東方 白狐伝 (蛸夜鬼の分身)
しおりを挟む

プロローグ
プロローグ ~転生~


?「っ⋯⋯う⋯⋯?」

 

 気付くと、俺は見たこともない森の中で倒れていた。何でこんな場所に倒れているんだ?

 

 辺りを見渡すが、木、木、木⋯⋯微かに木が揺れる音が妙に心を苛立たせた。

 

 ⋯⋯さて、状況を整理しよう。そう思った俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 まずは自分の服装だ。白い和服に水色の羽織。灰色の袴に足袋と草履という、現代では変な目で見られそうな服を着ている⋯⋯と、思ったところで問題が生じた。

 

?「⋯⋯尻尾?」

 

 俺の腰⋯⋯尾骨辺りから白い毛皮を持つ、狐の尻尾が生えていた。嫌な予感がして恐る恐る頭を触ると狐の耳の様なものまで生えている。

 

 確認の結果⋯⋯俺は人間をやめた様だ。

 

 ⋯⋯色々とツッコミたいが、次に身体の感覚だ。

 

?「あー、あー。アメンボ赤いなあいうえお」

 

 声、少し低い気がするが問題なく発声出来る。触覚、全く持って問題なし。痛覚⋯⋯頬を思いっ切り引っ張る。痛い⋯⋯。嗅覚の確認⋯⋯確認のしようがない。まあ、大丈夫だろう。

 

 そして次に記憶の異常⋯⋯を、確認したところで再び異常が生じる。

 

?「俺の名前って⋯⋯何だったか?」

 

  俺の名前を思い出す事が出来ないのだ。それだけじゃない。家族、友人、そしてあらゆる思い出⋯⋯何も分からなくなっていた。

 

?「どうしてだ、どうしてなんだ?!」

 

 俺は頭をガリガリと掻きながら何とか思い出そうと記憶を探る。しかし、その記憶が最初から無かったかの様に何も思い出せない。それでも思い出そうとしていると、懐から何かがパサリと落ちた。

 

 それは⋯⋯手紙。

 

 俺は手紙を拾い、書かれている内容を確認する。それはこんな内容だった。

 

『初めましてだな、転生者よ。我は貴様の世界の神だ。さて、先程の言葉通り貴様は転生した。実は此方のミスで命の灯火⋯⋯所謂寿命を消した。死の宣告をしてしまったのだ。

 

 その詫びとして貴様を転生させた。但し、思い出の記憶が残っていると不都合があるので消させてもらったのを許して頂きたい。

 

 貴様が転生した世界は“東方project”。妖怪や神が存在する世界の遙か古代だ。そして貴様の種族は“白狐”。伏見稲荷大社の倉稲魂命《ウカノミタマ》の使いとして有名だろう。我の独断で少し存在を弄らしてもらい、人間以上に強く寿命は無限大にさせてもらった。但し寿命で死なないだけで命に関わる怪我では命を落とすので忘れぬように。

 

 更にその世界には“能力”という力がある。貴様には『氷を司る程度の能力』を授けた。

 

 水、氷、冷気、凍結。氷に関するもの全てを操り、この世のありとあらゆるものを凍らせる事が可能だ。それと能力とは別で幻術、変化、狐火が使えるぞ。

 

 さて、長くなってしまったな。それでは第二の人生⋯⋯いや、狐生か。まあ、楽しむと良い。

 

 P.S 世界征服等と馬鹿な事をしたら存在を消滅させるからな』

 

 ⋯⋯転生? 俺が、この神とやらの勝手で? 納得がいかない、いかないが⋯⋯俺にはどうする事も出来ないか⋯⋯。

 

?「さて、これからどうするか」

 

 こうして俺は、白狐として不安しかない狐生を歩む事になった。さてさて、どんな事が起きるやら⋯⋯。




 小説家になろうでお会いしてる方、別の投稿作品でお会いしてる方はどーもどーも。初めましての方は初めまして。作者の蛸夜鬼です。

 今回はなろうの方で既に投稿している作品を、「ハーメルンとかでもコメントとか欲しいな」という浅はかな考えから同時投稿を始めたものとなります。

 内容が変わっていたり、後書き等の書き込みも殆どありません。自分の作品を見てもらいたいという完全に自己満足のものとなります。

 それでもよろしかったら是非、ハーメルンでも見ていってください。

 それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 古代都市の巻
第一話 初めての友人


 俺が転生してから約十年近く経った。どうやらこの身体は食事や睡眠を殆ど必要としないらしく、一年程何も食わない、不眠不休だった時があったが特に問題が無かった。

 

 俺はその間何もする事が無かったので旅の傍ら能力の検証を行っていた。

 

 俺の『氷を司る程度の能力』だが、手紙にも書いてあった様に氷に関するもの⋯⋯水や雪、冷気を創造、操作する事が出来た。シンプルだが汎用性が高いので使い易い。

 

 ただ、能力の使用には身体に流れる力(後に霊力と呼ぶと分かった)を消費するらしい。一度能力の使いすぎで倒れてしまった事があった。

 

?「しかし何も無いな⋯⋯古代だし当たり前か?」

 

 俺が今まで見てきた生物は古代特有の変な姿の魚や動物、無駄にデカい虫。そして

 

?「グルァアアア!」

 

?「おっと」

 

 動物とも違う姿を持つ異形─────妖怪。

 

 妖怪は動物の様に本能で行動している。そして俺に対して異様に攻撃的だ。白狐というのが関係してるのだろうか?

 

 因みに妖怪だと言ってる理由は、コイツらの中に猫又の様な妖怪や、牛鬼の様な妖怪が居たからだ。つまり仮で呼んでるだけで深い意味は無い。

 

?「全く、いつもいつも面倒だな」

 

 俺は能力で氷の槍を創造、妖怪に投擲した。槍は見事に命中して妖怪の腹に風穴を空ける。

 

 妖怪は大きな断末魔を上げるとドサリと倒れ動かなくなる。コイツら、寝てる時にも襲い掛かってくるから面倒なんだよな⋯⋯。

 

?「⋯⋯?」

 

 そんなどうでも良い事を考えていると、遠くから妖怪と、もう一つの別の声が聞こえた。

 

?「まさか、な⋯⋯」

 

 俺は自分の考えを確認する為に声が聞こえた方へ走っていく。まさか⋯⋯この時代に“人間”がいる訳ないだろう。

 

~少年移動中~

 

少女「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」

 

妖怪「グゥウウウ⋯⋯」

 

 目的地に着くと、左右が赤と青で分かれている奇抜な服を着た銀髪の少女と、四本の腕を持つ熊の様な妖怪を見つけた。少女は怪我をしているのか、脚から血を流している。

 

 しかし、まさか本当に人間がいたとは。言葉は通じるのだろうか。

 

妖怪「ガァアアア!」

 

少女「っ⋯⋯!」

 

 妖怪はその巨大な剛腕を少女の頭部へと振り下ろす。

 

?「せあっ!」

 

 が、俺が阻止した為少女を殺せず、顎を勢い良く上に蹴られたので後ろに倒れた。

 

少女「⋯⋯えっ?」

 

 突然現れた俺を見て少女が驚いているが、今は説明をしてる暇が無い。

 

?「さて、さっさと終わらすか」

 

 俺は未だに倒れている熊の四肢(六肢?)に氷柱を突き刺して地面に固定、動けない様にした。

 

熊「ガ、ガァアアア!?」

 

 熊は動けない事に戸惑っている。俺はそれを無視して更に巨大な氷柱を創造する。そして氷柱の先を熊の心臓に合わせると⋯⋯

 

?「じゃあな」

 

 勢い良く落とした。氷柱はドスッと鈍い音を立てて熊の心臓に刺さり、熊は断末魔を上げる暇も無く絶命する。

 

 俺は熊が死んだのを確認すると少女に近寄る。

 

?「大丈夫か?」

 

少女「え、ええ⋯⋯助けてくれてありがとう」

 

?「礼は要らない。人を助けるのは当然だからな。立てるか?」

 

少女「ええ⋯⋯痛っ!」

 

 少女は立ち上がろうとするが顔を歪めて座り込む。見ると右足の膨ら脛に痛々しい傷があった。

 

 ⋯⋯しょうがないな。

 

 俺は水を創造して患部を洗い流し、着ていた羽織を破くとそれを巻き付けて少女を背負う。

 

少女「わっ! ちょっと!」

 

?「家は何処だ? 送ろうじゃないか」

 

少女「⋯⋯貴方、初対面の人間に妙に優しいわね」

 

?「そうか? ああ、そういえば名は何と言うんだ? ここで会ったのも何かの縁だろう」

 

少女「⋯⋯八意 ××よ」

 

?「⋯⋯んん?」

 

 何だ今の言語は。苗字は聞き取れたが名前が分からん。明らかに人間が話せる言葉じゃないな。

 

少女「『八意《やごころ》 永琳《えいりん》』で良いわ。他の人は私の名前は発音出来ないみたいだから。で、貴方の名前は?」

 

?「⋯⋯そういえば俺に名前は無かったな」

 

 その言葉を聞いた永琳はズルッと背中から落ちそうになる。

 

永琳「貴方、良くそんなで生活出来たわね」

 

?「今まで不便しなかったからな。そうだ、どうせだしお前が付けてくれ」

 

永琳「ええっ!? 急に言われても⋯⋯」

 

 永琳はそう言いながらもブツブツと何かを呟いている。すると

 

永琳「そういえば、貴方の種族は何と言うの?」

 

 と聞いてきた。

 

?「俺か? 俺は白狐だ。白い狐と書く」

 

永琳「白狐、か⋯⋯そうね、じゃあ⋯⋯『狐塚(こづか) (ゆき)』なんてどうかしら?」

 

雪「狐塚 雪⋯⋯うん、気に入った。ありがとう永琳」

 

永琳「どう致しまして。あ、それと雪⋯⋯」

 

雪「どうした?」

 

永琳「私が住んでる場所と逆方向に進んでるわよ」

 

雪「⋯⋯すまん」

 

 俺は来た道を引き返して永琳の案内の元、彼女が住んでいるという都市へ向かう。

 

 ⋯⋯今日、この日が俺の名前が決まった日であり、初めての友人である八意 永琳と出会った日だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 未来都市

永琳「あれが都市よ」

 

雪「なんだアレは⋯⋯幾ら何でもデカ過ぎじゃないか?」

 

 永琳の案内で最初に見つけたのは、何十メートルもあるデカい壁だった。聞くと妖怪襲撃の対策で建てているらしい。

 

永琳「背負うのはここまでで大丈夫よ。ありがとう」

 

雪「そうか。ではここで⋯⋯」

 

永琳「待ちなさい。お礼をしたいから私の家に来てくれないかしら?」

 

雪「⋯⋯分かった」

 

 俺は永琳と巨大な門へ向かう。門にはやはりと言うか、門番が立っていて永琳を見つけると顔を明るくする。

 

門番「や、八意様! ご無事でしたか!」

 

 ⋯⋯様?

 

雪「おい永琳。もしかしてお前、結構偉い立場の人間か?」

 

永琳「もしかしなくても偉い立場ね。この都市の設計や科学技術は私を中心として発展させたのよ」

 

雪「驚いたな⋯⋯」

 

門番「むっ、誰だ貴様! 人間⋯⋯ではないな。まさか妖怪か!」

 

 永琳と話していると門番がアサルトライフル(の様な物)を向けてくる。

 

永琳「止めなさい。彼は妖怪に襲われていた時に助けてくれた恩人よ。それに妖怪じゃないわ」

 

門番「そ、そうなのですか?」

 

 門番は俺と永琳を交互に見つめ、暫くすると何かを取り出す。それは赤色の腕章の様な物だった。

 

門番「これを着ければこの都市をある程度自由に移動出来る。着けてくれ」

 

雪「そうなのか? 悪いな」

 

門番「いや、八意様を救って頂き感謝する」

 

 門番はそう言って軽く頭を下げる。

 

永琳「さあ雪、行きましょうか」

 

雪「分かった。それじゃあ、門番の仕事頑張ってくれ」

 

 そう言って永琳と共に壁内へ歩いて行く。そして⋯⋯

 

雪「何だコレは⋯⋯」

 

 目の前に広がったのは、空飛ぶ車の様な乗り物やモノレールらしき物。高いビルの屋上等にはホログラフィの看板⋯⋯現代では考えられない未来都市だった。

 

永琳「雪、何してるの? こっちよ」

 

雪「ん、ああ⋯⋯すまない⋯⋯」

 

~白狐移動中~

 

永琳「ここが私の家よ。さあ、上がって」

 

 都市の技術力に驚きながら永琳に着いていくと大きな屋敷に着く。屋敷を囲んでいる塀には『八意』と掘られた表札がある。

 

雪「デカ過ぎだろ⋯⋯ここに一人で住んでいるのか?」

 

永琳「ええ。上の人達がくれたのよ。こんな大きな屋敷は要らないと言ったのだけどね」

 

 永琳はそんな事を言いながら屋敷に入っていく。俺も続いて屋敷に上がったのだが⋯⋯

 

雪「ウッ⋯⋯!」

 

 強烈な薬品の臭いが鼻を突いた。キツい⋯⋯白狐になって嗅覚も上がってるから更にキツく感じる⋯⋯というか部屋汚いな。

 

永琳「どうしたの?」

 

雪「いや、何でもない⋯⋯ただ、薬品の臭いがな⋯⋯」

 

永琳「ああ、ごめんなさいね。私は薬も作ってるのよ」

 

雪「そ、そうか⋯⋯ところで、お礼をすると言っていたがどうするんだ?」

 

 そう聞くと永琳は少し考える素振りを見せる。そして

 

永琳「⋯⋯貴方、この都市に住まない?」

 

 と言って来た。俺が⋯⋯この都市に?

 

永琳「外だと何かと危険でしょう? この都市なら不便は無いと思うし、私の権限なら出来るわ」

 

雪「しかし⋯⋯俺は人間じゃないぞ?」

 

永琳「狐だし変化の術くらい使えないの?」

 

雪「⋯⋯使える」

 

永琳「なら問題ないわね。早速申請してくるからゆっくりしてて」

 

雪「おい、俺はまだ住むとは⋯⋯」

 

 俺は永琳を引き留めようとするが、永林はその前に屋敷を出て行ってしまった。

 

雪「はぁ⋯⋯まあ、良いか。さて⋯⋯」

 

 俺は永琳の強引さにため息を吐き、ゴミやら書類らしき物が散らかった部屋を見て

 

雪「⋯⋯片付けてやるか」

 

 部屋の掃除に取り掛かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 あれから十年

雪「む、う⋯⋯朝か⋯⋯」

 

 俺が都市に住み始めてから十年が経った。俺はこの間に永琳に手伝ってもらいながら生活の基盤を建て、この都市の軍に入った。俺の能力を十分に発揮出来るのは軍くらいしかなかったからな。現在では軍の第一小隊隊長を務めている。

 

 そうそう、流石に耳と尻尾を晒すのは問題があると永琳に言われたので、変化の術で隠す事にした。現在では本当の姿を知ってるいるのは永琳と最初に出会った門番(事情を話して黙って貰っている)だな。実はもう一人知ってる奴がいるんだがな⋯⋯。

 

 prrrr⋯⋯

 

 俺がベッドでボーっとしていると、横に置いてあった携帯が鳴る。電話主は⋯⋯永琳か。

 

永琳『もしもし、雪?』

 

雪「どうした永琳、こんな朝から?」

 

永琳『今日は軍の会議でしょう? いい加減支度しないと遅れるって事を伝えようと電話したのよ』

 

雪「分かった⋯⋯すぐに行く」

 

永琳『ええ。昼食のお弁当は持ってきてあるから。朝食はちゃんと食べるのよ? それじゃ、また後でね』

 

 ピッ、と音が聞こえ、その後はツー、ツーと

言った機械音が聞こえる。

 

 ⋯⋯切ったな。

 

 俺は携帯を閉じると寝室からリビングへと移動した。

 

─────

 

永琳「あら、やっと終わったのね。はい、お弁当」

 

雪「いつも悪いな」

 

 会議を終えた今、俺は永琳と共に軍本部の食堂にいる。適当な席に座ると弁当を受け取り、机に広げた。

 

永琳「それで? 会議はどうだったの?」

 

雪「いつもと変わらんな。あの上層部の爺共、自分の保身しか考えてないからロクな意見しか出てこない」

 

 最近は妖怪の襲撃が増え、その対策を会議で考える事になったのだが⋯⋯。

 

雪「くだらない意見しか出さない会議なんて行う必要がない。時間の無駄だろう?」

 

永琳「まあまあ、気持ちは分かるわよ」

 

 俺と永琳が上層部の愚痴を言っていると

 

?「チーッス隊長! 今日も奥さんと弁当ッスか?」

 

?「こんにちは隊長、八意様」

 

 弁当を持った男女二人が近づいてくる。片方は茶髪を逆立てているパッと見不良っぽい男で、もう一人は黒髪ボブの真面目そうな少女だ。

 

 コイツらは俺の部隊の隊員である『赤城《あかぎ》 勇也《ゆうや》』と『黒沢《くろさわ》 明理《あかり》』だ。どちらも優秀な隊員で良く昼食を共にしている。

 

永琳「奥さんって⋯⋯そんな関係じゃないわよ」

 

勇也「だけど毎日弁当作ってやるって相当だと思うっスよ?」

 

明理「わぁ! 今日も美味しそうですね!」

 

雪「一つ食うか?」

 

 俺と永琳は勇也と明理を交えて昼食を楽しむ。暫くすると、俺達は任務の壁外の巡回警備を行う事になった。

 

永琳「それじゃあ三人共、気を付けてね」

 

雪「ああ、分かっている」

 

勇也「ウッス! 行って来るっス!」

 

明理「はい! 行ってきます!」

 

─────壁外

 

 俺達は南方ゲートから東方、北方、西方ゲートと巡回した。しかし時たま風の音が聞こえるだけで何も起きない。何か引っかかるな⋯⋯。

 

勇也「後はもう一回南方ゲートに戻れば終わりっスね! さっさと行きますか!」

 

明理「⋯⋯おかしいですよ」

 

 勇也が意気揚々と先を歩こうとすると、明理が、そう呟いた。

 

勇也「は? どうしてだよ」

 

明理「だって、妖怪が一度も、しかも気配すら感じないんですよ?」

 

勇也「それで良いんじゃねえか?」

 

 勇也の言葉に明理は首を振る。ふむ明理も違和感を感じていたか⋯⋯最近は妖怪が活発化しており、比例して目撃例が多発。今では巡回警備に必ず一匹確認される程、この近くに出没する。つまり⋯⋯

 

雪「一匹も確認出来ないのが、寧ろ違和感ということか」

 

明理「はい⋯⋯」

 

雪「⋯⋯お前ら、警戒を強めろ。武器は常に構えておけ」

 

二人「「了解」」

 

~白狐警戒中~

 

明理「⋯⋯何もありませんでしたね」

 

勇也「二人の思い過ごしだっ「総員、戦闘準備」⋯⋯あ?」

 

 俺達は南方ゲートまで巡回したが何も起こらなかった為、思い過ごしかと思った⋯⋯が、戻って来た瞬間、独特な重い空気が漂ってくる。

 

 そして次の瞬間

 

妖怪「キシャアアアアア!」

 

 長く、鋭い爪を持った妖怪が飛び出してきた。妖怪は高速で勇也に向かい、攻撃しようとする。

 

勇也「うおっ─────」

 

雪「フンッ!」

 

 俺は妖怪が攻撃する前に飛び出し、妖怪の顔面を掴んで能力を発動。凍らせて地面に叩き付けた。それと同時に周りから大量の殺気を感じ取る。

 

勇也「す、すんません隊長⋯⋯」

 

雪「別に良い。早く戦闘準備だ」

 

 俺は両手に氷の篭手を装着し、勇也は散弾銃を、明理はライフルを構えた。そして前方の森から大量の妖怪が押し寄せてくる。

 

雪「来るぞ、応戦しろ!」

 

 俺はそう叫んで妖怪の群れに突っ込み、殴る蹴る、投げ飛ばす。更に能力で氷塊や氷柱、水圧カッターを飛ばして妖怪を駆除していった。

 

妖怪「グァアアアアア!」

 

雪「甘いっ!」

 

 後ろから攻撃してくる妖怪は尻尾に鋭い氷を纏わせて一気に突き刺した。良し、俺の周りは粗方片付けたな。二人は⋯⋯

 

勇也「オラオラオラァ! くたばりやがれぇ!」

 

 勇也は両手に持った散弾銃(自身の霊力を弾丸にする特別製)を乱射する。その弾丸に当たった妖怪はバンッと音を立てて弾け飛んだ。これは勇也の能力によるものだ。

 

『爆発させる程度の能力』。自分の霊力を強烈に爆発させる。単純な能力だが強力だ。欠点と言えば霊力を消費するので持久戦に向いていない。

 

 勇也は大丈夫そうだな。明理は⋯⋯

 

明理「フ~⋯⋯」

 

妖怪「グルァアアア!」

 

 明理の様子を見ると、ライフルを座って構えている明理に妖怪が襲い掛かっている場面だった。

 

 そして次の瞬間

 

 ギィンッ!

 

妖怪「ガアッ!?」

 

 明理から半径数メートルの所で何かに弾かれて地面に落ちる。そのがら空きの眉間に明理は容赦なくライフルを撃ち込んだ。先程の妖怪が最後の様で、ライフルを下ろして立ち上がった。

 

 明理の能力は『障壁を張る程度の能力』だ。自身から半径数メートル程離れた場所にドーム型の強固な障壁を張る。任意で通過可能なものを決める事ができるとの事だ。欠点は使ってる間その場から動けない事だな。

 

明理「あっ、隊長! こっちは終わりましたよ!」

 

勇也「隊長! 俺も終わったっス!」

 

雪「よし、他に妖怪はいないな? しっかりトドメを刺したか? さもないと⋯⋯」

 

 すると勇也の後ろで倒れていた妖怪がカッと目を見開き、飛び掛かってきた。しかし俺の氷で頭に風穴を空けられてすぐに動かなくなる。

 

雪「こうやって隙を突かれるからな」

 

勇也「ま、まだ生きていたのか⋯⋯」

 

明理「勇也は詰めが甘いんですよ。ちゃんと脳を潰さないと」

 

勇也「い、言うじゃねえか⋯⋯」

 

 俺は後ろで口喧嘩している二人を余所に妖怪の死体を集めて狐火で燃やし尽くした。放っておくと腐って悪臭が漂うからこうやって排除するに限るな。

 

雪「お前ら、いつまで喧嘩してるつもりだ。帰還するぞ」

 

勇也「うーい」

 

明理「はい、分かりました!」

 

 俺は二人に声を掛けて南方ゲートに向かう。しかし、ふと脚を止めて二人の方に振り向いた。

 

雪「⋯⋯今日はお前ら頑張ったから、俺の奢りで飲みにでも行くか」

 

 最近は飲みに行ってないからな。偶には良いだろう。俺の言葉を聞いた二人はパァッと顔を明るくした。

 

勇也「よっしゃあ! 隊長太っ腹~!」

 

明理「ありがとうございます! ご馳走になります!」

 

 俺は二人の嬉しそうな顔を見て少し微笑み、永琳も飲みに誘う電話を掛け、任務の報告の為に本部へと戻っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 新しい隊員

 とある日の昼頃。勇也と明理の三人で昼食を食べているとある事を思い出した。

 

雪「そういえば言ってない事があったな」

 

勇也「何スか? 遂に八意様とのご結婚スか?」

 

雪「そんな訳ないだろ」

 

 勇也はいつもの様に軽口を叩き、明理は顔に疑問を浮かべながらスープを飲んでいる。

 

雪「実はな、俺達の部隊に新人が入ることになったんだ」

 

 そう言うと二人はポカンとした表情を浮かべると

 

勇也「は、はぁああああ!?」

 

明理「ブフッ! えっ、えっ?」

 

 勇也は大声を上げ、明理はスープを吹き出す。

 

 何をしているんだコイツらは。見ろ、周りの奴らが驚いてるだろう。

 

勇也「な、何でそんな大事な事忘れてるんすか!」

 

明理「そうですよ! 隊長何考えてるんですか! 言わなかったら勇也が新人いびりするでしょう」

 

勇也「お前も何言ってるんだよ!」

 

雪「確か綿月家のお嬢様だったか?」

 

二人「「えぇえええええええええ!?」」

 

 俺は二人の文句を聞き流して誰が入隊するか言うと、二人はまた大声を上げる。

 

 綿月家とは、都市でも有名な名家の一つだ。確か剣術に長けていて、家宝だか何だかに『祇園様《ぎおんさま》の剣』というのがあるんだったか? 綿月家には二人の姉妹がいるが、俺の部隊に入るのはその妹だ。

 

勇也「どうしてそんな大物が来るんスか!?」

 

明理「ウッ、驚きすぎて頭が⋯⋯」

 

雪「兎に角、明日には入隊するから歓迎するんだぞ?」

 

勇也「分かったっス⋯⋯」

 

明理「はい⋯⋯」

 

 二人は疲れた様な表情で頷く。全く⋯⋯あんな叫ぶから疲れるんだろう。今後注意する様に言っておかねば⋯⋯。

 

 そして次の日。

 

雪「それじゃお前ら。今日から俺の部隊に入る依姫だ。仲良くやってくれ」

 

 俺は三人にそれぞれ自己紹介する様に命令する。すると新人が前に出て自己紹介を始めた。

 

依姫「私は『綿月《わたつきの》 依姫《よりひめ》』です。まだまだ未熟者ですので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」

 

 依姫は主に刀を使う。まだ甘いところもあるが筋は良い。今後に期待だな。

 

勇也「俺は赤城 勇也っス! この隊のムードメーカーだな!」

 

雪「まあ、険悪な雰囲気でも明るくする事はあるな。逆に言えば空気を読まないとも言えるが」

 

勇也「えっ、そんな事思ってたんスか?」

 

雪「⋯⋯」

 

勇也「何か言ってくださいよ!」

 

 勇也の喚きを聞き流していると明理が依姫に近付く。

 

明理「黒沢 明理です。これからよろしくお願いしますね」

 

依姫「はい。こちらこそ」

 

 うん。この二人は上手くやってくれそうだな。真面目同士気が合うと良いが。

 

雪「さてお前ら、早速だが巡回警備だ。依姫」

 

依姫「はい」

 

雪「恐らく今回も妖怪が出てくる。お前の力を見させてもらうぞ」

 

依姫「了解しました」

 

 そうして俺達は巡回警備の為に外に出る。依姫は⋯⋯入隊した頃の二人よりも良くやってくれたと言っておこう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 月面移住計画と⋯⋯

『月面移住計画』

 

 この計画は数年前に提案、推し進められる事になった計画で、その名の通り今の都市を捨てて月面に移住するという馬鹿げた計画だ。

 

 現在地上では穢れと呼ばれるものと妖怪の活発化によって人間は過去最多の死亡率となっている。なので地上に住むのはこれ以上は危険だろうと計画された。

 

 今は軍の科学者が総動員してロケットの建造を進めている。永琳が設計しているので安心はしているのだが⋯⋯

 

雪「月に行ってからどうするんだ? 資源も酸素も無いんだぞ」

 

永琳「知らないわよ。そこら辺は担当の人達に任せるしかないわね」

 

 俺と永琳は呆れながら昼食を食べる⋯⋯って、何か昼飯の描写多くないか? まあ良いか。

 

永琳「そういえば雪、月読様が呼んでたわよ」

 

 月読様というのはこの都市を統治している神で、名前で分かると思うが日本を代表する三大神の一柱だ。何故この都市にいるのかは謎だが。

 

雪「月読様が? 俺に何の用だ」

 

永琳「さあ? 詳しくは聞かされてないわ。何でも貴方に頼みたい事があるらしいけど」

 

雪「⋯⋯分かった。飯食ったら行く事にする」

 

 俺は弁当を早々と食べ終えると、月読様の元へと向かった。

 

~白狐移動中~

 

雪「月読様、雪です」

 

月読「入れ」

 

 俺は月読様の部屋に入る。中には月読様と数人の召使いらしき者がいた。

 

月読「来たか⋯⋯お前達、一度部屋を出ていってくれ」

 

召使い「畏まりました」

 

 月読は召使い達を部屋から出ていかせると、俺の方を見る。

 

月読「さて⋯⋯もう敬語は使わなくて良いぞ、雪」

 

雪「⋯⋯二人だけで話すとは相当重要な話らしいな」

 

 俺は敬語を崩して普通に話し掛ける。彼女、月読は俺の正体を知っている数少ない人物の一人だ。俺が白狐である事も、そして転生者である事も知っている。まあ、白狐である事だけは永琳とあの門番も知ってるがな。

 

雪「で、俺を呼び出したのは何でだ?」

 

月読「まあ待て、順を追って説明しよう。まずこれは都市全体に知らせる事だが⋯⋯一週間後、大陸全土から妖怪が攻め込んでくる」

 

雪「⋯⋯ほう」

 

 大陸全土から妖怪が⋯⋯しかも一週間後と来たか。最悪だな。

 

 何故かと言うと、一週間後はロケットが発射される日だ。そして大陸全土から妖怪が集まっている⋯⋯恐らく、百や千じゃ足りない数の妖怪が攻め込んでくる。こんな偶然を最悪と言わずに何と言おうか。

 

月読「一応軍には迎撃する様に頼むが軍の半分が参加すれば良い方だろう⋯⋯そこでお前だ」

 

 月読は椅子から立ち上がると俺の前に立ち、頭を下げてきた。

 

月読「雪よ⋯⋯前に頼みがある」

 

雪「⋯⋯何だ」

 

月読「⋯⋯どうか、我々の為に─────」

 

 

 ─────死んでくれ。

 

 

~食堂~

 

雪「集まったか」

 

 月読の部屋から戻ってきた俺は勇也達を呼び集めた。今回は軽口を叩く雰囲気じゃないのが分かったのか、勇也も神妙な面持ちだ。

 

明理「隊長、大事な話とは?」

 

依姫「月面移住計画についてですか?」

 

雪「ああ。恐らく明日にでも都市全体に知らされるだろうが⋯⋯計画当日、大陸全土から妖怪が攻め込んでくる」

 

三人「「「っ!?」」」

 

 あまりの事に三人は言葉を失った。当たり前か⋯⋯想像も出来ない数の妖怪が攻め込んでくるのだから。

 

雪「軍はロケット発射までの時間を稼ぐ。参加は自由だ。お前達はどうする?」

 

 三人は暫く考える素振りを見せる。そして

 

勇也「俺はやるっスよ。ロケットには親父やお袋が乗るんだ。逃げてなんかいられねぇっス」

 

 と、勇也が言ったのを皮切りに

 

明理「そうですね。私が軍に入ったのは皆を守る為ですから⋯⋯それなのに逃げたら、一生悔やむ事になるので」

 

依姫「私もやります。皆さんが戦うのに逃げてなんかいられません」

 

 明理と依姫も決意に満ちた表情をする。

 

雪「本当に良いのか? 今度は死ぬかもしれないんだぞ?」

 

勇也「大丈夫っスよ! 隊長がいるんスから!」

 

明理「それに今までだって死ぬ可能性はありました。今回はその確率が高くなるだけです」

 

依姫「何を言われようと、私達の思いは変わりませんよ?」

 

雪「そう、か⋯⋯」

 

 本当は参加してほしくなかったんだけどな⋯⋯しょうがないか。

 

雪「じゃあ俺からの命令だ。絶対に死ぬんじゃないぞ?」

 

三人「「「了解!」」」

 

 俺の言葉を聞いた三人は頼もしいくらいの返事をする。頼もしいな⋯⋯。

 

 これなら、俺がいなくなってもきっと大丈夫だ。

 

 次の日、月読が都市全体に妖怪襲撃を連絡。軍は月読の予想通り半分程度が参加する事になった。

 

 そして遂に、俺達は一週間後を迎えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 人妖対戦・始

 計画当日⋯⋯俺はロケット発射までの時間を稼ぐ為の、壁上にあるレーザー砲の整備を行っていた。

 

雪「⋯⋯」

 

依姫「おはようございます、隊長」

 

 すると依姫が声を掛けてくる。こんな状況でも朝早く来るとは⋯⋯真面目なのは変わらないな。

 

雪「依姫か。相変わらず早いな」

 

依姫「そんな私よりも早く来てる隊長に褒められて光栄ですね」

 

 依姫はそう言って笑っていたがすぐに顔を伏せて座り込む。俺は整備の手を止めると隣に座った。

 

雪「怖いのか?」

 

依姫「⋯⋯はい」

 

雪「そうか⋯⋯俺も怖い」

 

依姫「えっ?」

 

雪「何だ、俺が恐怖も感じない程の精神を持ってると思ってたか?」

 

依姫「いや、えっと⋯⋯はい」

 

 最初ははぐらかそうとしていた依姫だったが、諦めたのかすぐに頷く。うむ、素直でよろしい。

 

雪「俺だって怖いものは怖いさ。だけど死ぬ恐怖よりも大切な人を失う方が怖いからな」

 

依姫「隊長⋯⋯」

 

雪「なに、お前らが恐怖で体が動かなくなってもすぐに助けてやるさ。大船に乗ったつもりでいろ」

 

依姫「フフッ⋯⋯はいっ!」

 

 俺の言葉に依姫は大きな声で返事をする。

 

 ⋯⋯何か凄く小っ恥ずかしい事を言った様な気がするな。まあ良いか。

 

依姫「隊長、絶対に死なないでくださいね?」

 

雪「フッ、当たり前だろう」

 

 その後、レーザー砲の整備を依姫にも手伝ってもらい早々と終えると暫くの間談笑する。大きな戦いの前だが緊張もほぐれるし丁度良いだろう。

 

依姫「で、勇也さんはどうなったんですかる」

 

雪「ああ。それで勇也は⋯⋯」

 

勇也「うぃーっスお二人さん! 何の話してるんスか?」

 

明理「おはようございます隊長、依姫さん」

 

 勇也と明理がやって来た。その後ろには他の部隊がいる。一、二⋯⋯月読の予想通り半分程度か。人数にすると三百が良いところだろう。

 

雪「来たかお前ら。縁起は悪いが別れの言葉や遺書は渡してあるか?」

 

勇也「開口一番がそれっスか⋯⋯まあ、俺は昨日の内に言っといたっス」

 

明理「私は遺書を渡してあります」

 

依姫「私も大丈夫です。隊長は?」

 

雪「永琳に遺書を渡してある」

 

 そう言った直後、懐に入れていたスマホが振動する。相手は永琳か。

 

永琳『もしもし雪? あと二時間くらいでロケットが発射されるわよ』

 

雪「二時間後だな? 上空から見て妖怪は今どの辺りにいる?」

 

 妖怪が来る方角には数機の偵察ドローンが飛ばされている。これによって妖怪の侵攻時間を予測しているんだ。

 

永琳『⋯⋯あと、三十分程で皆の視界に入るわ。予想通り、一万以上の妖怪がね』

 

雪「⋯⋯そうか。分かった」

 

永琳『雪、死なないでね。絶対に一緒に月に行くのよ。それじゃ』

 

 永琳はそう言って通話を切る。絶対に一緒に月に行く、か⋯⋯。

 

雪「悪いな永琳、守れそうにない」

 

 俺はそう呟くとスマホを仕舞って軍全体に通信を送る。

 

雪「こちら、第一小隊隊長の狐塚 雪だ。先程連絡が来て、二時間後にロケットが発射される。しかし三十分程で妖怪が見えるそうだ。全員、戦闘の覚悟はしておいてくれ、以上だ」

 

 俺は通信を切ると三人の方を見る。三人とも覚悟は既に出来ている様だ。

 

雪「お前ら、やるぞ」

 

三人「「「了解!」」」

 

 そして三十分後、永琳からの連絡通り妖怪の大群を全員が視界に映した⋯⋯目の前の地平線全てを塗り潰す程の大群を⋯⋯。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 人妖対戦・中

勇也「あの黒い影全部妖怪っスか⋯⋯世界の終わりって感じっスね」

 

雪「⋯⋯そうだな」

 

 俺は再度通信を軍全体に入れる。

 

雪「第一小隊隊長の狐塚 雪だ。レーザー砲の操作を出来る者は直ちに発射準備に取り掛かれ。射程に入ったら砲撃班長の号令の元、一斉発射だ」

 

 そこまで言うと通信を切ってレーザー砲のエネルギーを充填している明理に近付く。

 

明理「レーザー砲で倒し切れますかね⋯⋯」

 

雪「無理だろうな」

 

 良くて百近くが限界だろう。レーザー砲を再発射するのにも時間が掛かるから、精々二発と言ったところか。

 

 そして十分もしない内に妖怪の前列が射程に入り、砲撃班長の号令でレーザー砲が放たれる。明らかに着弾して妖怪を吹き飛ばしたのに、減ってる気がしない。再度の砲撃でも同じだった。

 

大隊長『こちら大隊長! レーザー砲はもう撃てない! 全隊、各々の武器で応戦せよ!』

 

 大隊長の通信で全隊は武器を持って壁上から降りる。俺達も例に漏れず壁上から下へ降りた。

 

雪「お前ら、危なくなったらすぐに逃げろよ」

 

勇也「了解っス」

 

明理「了解しました」

 

依姫「隊長も気を付けてくださいよ? 幾ら強くても⋯⋯」

 

雪「分かってるさ⋯⋯行くぞ!」

 

 軍は武器を構えて妖怪に応戦する。俺は他の奴が死なない様に立ち回るか。

 

─────

 

 俺達が戦いを始めてから一時間半が経過した。相手はこちらよりも数が多く、身体能力は高いが連携が取れていないのが救いとなって犠牲者は少ない。しかし、疲弊によって全員の動きが鈍くなっている。

 

雪「大丈夫か、お前ら」

 

勇也「へ、へへ⋯⋯余裕っスよ」

 

明理「まだ⋯⋯大丈夫、です」

 

依姫「私もまだ、行けます!」

 

 コイツらも疲れてきてるな。さて、そろそろ通信が入る筈だが⋯⋯。

 

月読『皆の者、月読だ。妖怪と戦闘している全兵士はロケットの発射準備が整っている。直ちに撤退せよ』

 

 すると月読から通信が入る。この通信を聞いた者は我先にと撤退を始めた。

 

雪「俺達も下がるぞ! 俺が殿を務めるから、お前らは妖怪共を牽制してくれ」

 

三人「「「了解!」」」

 

 俺達は他の兵が撤退しやすくなる様に妖怪共を牽制していく。そして兵士達が壁の中に入るのを確認すると三人を壁内へ入れ、壁外にいるのは俺だけとなった。

 

依姫「隊長、早く中に!」

 

 依姫が叫ぶ。俺はすぐ近くにいる妖怪を殺し、門を通る─────

 

雪「悪いな、お前ら」

 

依姫「⋯⋯えっ?」

 

 ────振りをして、開いている門を力業で強引に閉めてから凍結させた⋯⋯俺が外にいる状態で。

 

勇也「な、何やってるんすか隊長!」

 

雪「お前ら早く逃げろ。ここは俺が守る」

 

明理「ふざけないでください! 隊長も逃げるんです!」

 

依姫「何で、何でこんな事⋯⋯!」

 

雪「⋯⋯お前らを守りたいからだ」

 

 あの日、月読に呼び出された日⋯⋯俺は月読からロケットを守る為に死んでくれと頼まれた。

 

 ロケット発射準備が終わっても発射までに時間は掛かる。その間にロケットが襲われては元も子もない。だから月読は、この都市の中でも異質な存在である俺に頼んだんだ。

 

 俺も、永琳達を守れるならと引き受けた。撤退を命令された時に、俺だけが妖怪と最後まで戦うとな。

 

勇也「ざっけんじゃねえぞ隊長! アンタ、こんな所で死んで良い人じゃねえだろうが!」

 

 勇也がいつものおちゃらけた口調を崩して怒鳴ってくる。

 

雪「すまないな⋯⋯」

 

 そう言った直後、何もしない俺に痺れを切らしたのか妖怪共が襲いかかってきた。俺は氷でその妖怪を吹き飛ばす。

 

雪「すまない、もう話す時間も無くなってきた様だ。最後に一つだけ良いか?」

 

明理「最後、なんて⋯⋯言わないでください!」

 

雪「⋯⋯お前達から見て、俺はどんな隊長だったんだ?」

 

依姫「⋯⋯とても、とても頼りがいのある、隊長です」

 

 俺の質問に、勇也も明理も答えない中で依姫だけが泣きながらも答えてくれた。

 

雪「そうか⋯⋯なら、最後まで頼りがいのある隊長としていさせてくれ。じゃあなお前ら、月でも元気でやれよ」

 

 そう言うと俺を引き留め様とする三人の声が聞こえてくる。俺はそれを無視して変化を解き、白狐の姿になった。

 

雪「この姿になるのも久々だな。やはりこの姿が一番馴染む」

 

 そして数千はいるであろう妖怪共を睨むと、周りに大量の氷柱を創造した。

 

雪「さて、こっから先は通行止めだ。通りたいのなら俺を倒してから行くんだな」

 

 俺の言葉が理解出来たのかは分からない。しかし妖怪共は俺に敵意を向けると大きな雄叫びと共に襲い掛かってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 人妖大戦・終

妖怪「キシャアアアアア!」

 

雪「ハァッ! くっ、次ぃ!」

 

 妖怪共と戦闘を始めてから十分程度が経過した。本当なら飛んでも良い時間なんだが⋯⋯何か問題でも発生したか?

 

雪「ハァッ、ハァッ⋯⋯させるか!」

 

 俺は壁をよじ登ろうとした妖怪に向けて氷柱を飛ばす。妖怪共は俺を襲うものと壁を登ろうとするもので別れていた。大量の妖怪を捌きながら壁を登ろうとする奴を落とすのはかなり神経を削って行く。

 

雪「アァアアアアア!」

 

 だが俺は止まらない。妖怪共を殴り、蹴りつけ、投げ飛ばす。時には氷柱を落とし、狐火で燃やし、死んでしまった兵士の光線銃を使って敵を倒していく。

 

 しかし敵は幾万の妖怪。いくら人間ではないと言えど、俺も疲弊していく。数の暴力によって身体に少しずつ、だが確実に傷が増えていった。

 

 しかし、そんな戦いに突然として終止符が打たれた。何故ならば、轟音を立ててロケットが飛び立ったのだから。

 

 妖怪共は空の彼方へと飛び去っていくロケットを見て呆然としている。俺はその場にドサリと座り込んだ。

 

雪「残念だったな、獲物が逃げていって」

 

 そう言うと妖怪共は俺を殺気を込めて睨み付ける。

 

雪「悪いが、もう俺は戦うつもりはない。それに⋯⋯」

 

 今、ロケットから何かが投下された。ロケットを見ていた妖怪共はそれを視界に入れた瞬間我先にと逃げ去った。

 

雪「どの道お前らはここで死ぬ」

 

 妖怪共は落とされた物を見ると逃げ出していく。恐らく本能的に感じ取ったんだろう。『アレは危険だ』と。

 

 落とされた物の正体は軍が秘密裏に開発していた核弾頭だ。小型だが、都市とその周辺を消し飛ばす威力はある。

 

雪「⋯⋯」

 

 俺はその場から動かない。いや、身体中に刻まれた傷と多大な疲労のせいで動けない、の方が正しいか?

 

雪「⋯⋯怖いな」

 

 ポツリとそんな言葉が零れた。妖怪と戦うのは怖くない。こんな馬鹿げた数じゃなければ負けないからだ。だが死ぬのは怖い。死んでしまえばそこで終わりなのだから。

 

雪「⋯⋯最後に、悪足掻きでもするか?」

 

 俺は自分の身体を巨大な氷の球体で覆った。

 

 一度永琳に頼んで俺の氷がどのくらい硬いのかを調べて貰った時に、溶かすのなら千万近くの熱を、壊すのなら数トン近くの圧力を与えなければ壊せないとの事だ。もう氷ではなくて冷たい強硬度の物質で良いんじゃないか?

 

 まあ、この氷なら核弾頭はなんとか耐えられる。そして俺の体温を冷却して極限まで下げた。理由は俺の身体を冬眠状態にする為だ。

 

 つまり俺が行っているのは、自力で冷凍睡眠をやろうとしているんだ。

 

 これは危険な賭けだ。もしかしたら二度と起きないかもしれない。あくまで冬眠なのでもしかしたら寝てる間に死ぬかもしれない。だが、生き延びる可能性があるのならやらねばならない。

 

雪「(また、いつかアイツらと⋯⋯)」

 

 もしも永琳達と出会えたならば、戦いのない所で過ごしていきたい。そう思ったところで俺は抗えない眠気に襲われ、そのまま意識を失った。




 はいどーも、作者の蛸夜鬼です。これにて本日6/21の投稿は以上となります。取り敢えずなろうの方に追い付くまでは毎週一章分投稿しようと思っていますのでどうぞお楽しみに。

 それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弐章 諏訪大戦の巻
第一話 新たな時代


?「良し、このくらいですかね」

 

 私は『東風谷《こちや》 稲穂《いなほ》』。洩矢神社の風祝《かぜはふり》です。今は神社近くの山で筍取りをしています。

 

稲穂「うんうん。これだけ集めれば沢山の筍料理が作れますね」

 

 籠いっぱいに入った筍を見て満足していると、何だか辺りの空気が冷たくなってきました。

 

稲穂「⋯⋯寒っ! え、何でこんなに寒いんですか!?」

 

 どうやらこの地面から冷気が出てるみたいですね。一体どういう事でしょうか⋯⋯。

 

稲穂「⋯⋯ちょっと掘ってみますか」

 

 私は手に持っている鍬で足下の地面を掘り起こしてみる事にしました。

 

 暫く掘り進めていると、ガギンッ! という音を立てて鍬が何かに当たり、土を退かすと何やら大きな水晶の様な物を見つけました。

 

稲穂「何でしょう、これ⋯⋯」

 

 う~ん、これ以上は鍬では無理ですね。諏訪子様にお願いしましょうか。

 

 私はひとまず水晶を放っておいて神社へと戻る事にしました。

 

~???side~

 

?「⋯⋯暇だな~」

 

 私の名前は『洩矢《もりや》 諏訪子《すわこ》』。この辺りの信仰を得ている土着神だよ。

 

 え? 神様なのに何で縁側でゴロゴロしてるのか、だって?

 

 神でも暇なものは暇なんだよ。それに最近は国も安定してきて神頼みをしてくる人間もいないからね。

 

稲穂「諏訪子様ー。ただいま戻りましたー」

 

 あっ、筍取りしてた稲穂が帰ってきたね。私は飛び起きると玄関に向かう。玄関には籠いっぱいに筍を入れた稲穂が立っていた。

 

稲穂「諏訪子様、先程大きな水晶の様な物を見つけたんですけど⋯⋯」

 

諏訪子「水晶っ!?」

 

 筍を見ながら美味しい筍料理に思いを馳せていると、稲穂からそんな事を言われた。

 

諏訪子「何それ、凄く気になるんだけど! 今すぐ案内してよ!」

 

稲穂「は、はい! こっちです!」

 

~少女移動中~

 

稲穂「ここなんですけど⋯⋯」

 

諏訪子「へくしゅ! な、何か寒くない?」

 

稲穂「はい。多分この水晶からの冷気だと思います」

 

 稲穂が指を差した先を見ると、地面から少しだけ顔を出した水晶が見える。でも水晶と言うよりも氷に近い様な⋯⋯。

 

諏訪子「取り敢えず掘り起こしてみようか。せいやっ!」

 

 私は能力を使って水晶を掘り起こす。私の能力は『岬を操る程度の能力』で、簡単に言えば大地を操る事が出来る。

 

 で、水晶を掘り起こすと周りの空気が冷やされて真っ白に染まった。と言うか、この水晶凄く大きい⋯⋯大体七尺(約二メートル)くらいかな?

 

稲穂「流石諏訪子様! 素晴らしいです!」

 

諏訪子「えへへ~⋯⋯じゃなくて!」

 

 どうしてこの山にこんなのが埋まってるの!? それに⋯⋯

 

諏訪子「中に、人が⋯⋯?」

 

稲穂「えっ? あ、本当ですね⋯⋯ええっ!?」

 

 稲穂が驚くのも無理はないよね。こんな冷たい水晶に人が入ってるなんて⋯⋯封印にしては術式も何もないし⋯⋯と、この水晶の正体について考えていた次の瞬間

 

 ビシッ!

 

二人「「えっ?」」

 

 突然、この水晶にヒビが入った。水晶のヒビは私達が驚いてるのを他所にどんどん大きくなっていく。そして遂に⋯⋯

 

 バキンッ!

 

 大きな音を立てて水晶が砕け散った。キラキラと輝く水晶の中から、雪の様に真っ白な毛並みの狐耳と尻尾を持つ男が出てくる。

 

稲穂「人じゃ、ない?」

 

諏訪子「⋯⋯この男、多分白狐だね」

 

 神聖な動物として知られている白狐。でも何でこんな場所に?

 

 警戒しながら近付いてみると、どうやら男は気絶してる様で起きそうにない。呼吸はしてるので死んではないみたいだね。

 

稲穂「ど、どうしますか?」

 

諏訪子「う~ん⋯⋯見捨てるのも後味が悪いから連れて帰ろうか?」

 

稲穂「わ、分かりました」

 

 あーうー⋯⋯これは面倒な事に巻き込まれたかな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 諏訪の神

雪「っ⋯⋯」

 

 微かに吹く風の音で、俺は意識を取り戻した。

 

雪「ここ、は⋯⋯?」

 

 俺は清潔そうな白い着物を着ていて、畳の部屋の布団で寝かされていた。少し身動ぎすると身体中に痛みが走った。

 

 どうやら身体中が傷付き、治っていない様だ。誰の仕業か知らないが包帯が巻かれている。深呼吸すると、意識を失う前の出来事が少しずつ思い出される。

 

 自らを冷凍休眠させた時、俺は適当な時代で氷が砕け、目を覚ますようにしていた。つまり今は人類がある程度の文明を築いている⋯⋯そういう事だろう。

 

雪「しかし、今はどの程度の時代なんだ? 流石に縄文や弥生では無いだろうが⋯⋯」

 

 するとパタパタと誰かの足音が聞こえる。足音はこの部屋の前で止まると、障子を開いた。

 

稲穂「あ、起きたんですね」

 

 部屋に入ってきたのは、青と白の脇が出た巫女服を着た少女だった。

 

雪「⋯⋯お前は?」

 

稲穂「私はこの洩矢神社の風祝をしている、東風谷 稲穂です」

 

 神社⋯⋯うん、どの辺りの時代か分からんな。と言うか風祝? 神主の類か何かだろうか?

 

雪「ふむ、稲穂だな? 俺は⋯⋯」

 

諏訪子「稲穂ー。その白狐起きて⋯⋯るね」

 

 自己紹介しようとすると、目玉の様な物が付いた変な帽子を被った幼女が現れる。何だコイツ、月読と同じ力を感じるが⋯⋯まさか神か?

 

雪「お前がこの神社の神か?」

 

諏訪子「うん! 私は洩矢 諏訪子。この諏訪の国の土着神だよ!」

 

雪「やはりか。さて、俺も自己紹介をしておこう。俺は狐塚 雪。白狐だ」

 

諏訪子「そっかー。やっぱり白狐だったんだね。予想通りだよ」

 

 諏訪子は自分の予想が当たって嬉しそうに頷くと、ゴソゴソとポケットから氷の結晶を取り出す。

 

雪「これは?」

 

諏訪子「君は最初、これに包まれながら土の中に眠っていたんだ。もし何か知ってるなら話してほしいな」

 

雪「ふむ。まあ別に隠す様な事でもないからな。良いだろう、話そうじゃないか」

 

 俺は二人に古代都市に住んでいた事を話す。ああ、勿論転生者というのは隠しているぞ? 

 

 で、二人は話を聞くと楽しそうだったり驚いていたりと、様々な表情を見せてくれた。

 

雪「最後に俺は自分を冷凍睡眠状態にして、生き残った訳だ」

 

諏訪子「ほえ~。随分と大変な狐生を歩んできたんだね」

 

稲穂「今からずっと昔の出来事⋯⋯全く想像が出来ませんね」

 

諏訪子「だけど記憶を持ってないなんて不思議だね。誰かが気紛れに創り出したにしても変だし⋯⋯」

 

雪「別に気にしてないから良いんだけどな⋯⋯さてと」

 

 俺は未だに痛む身体を動かして立ち上がろうとする。しかし慌てた二人に止められた。

 

諏訪子「ちょっ、そんな怪我してるんだから動かないでよ!」

 

稲穂「そうですよ! せめて怪我が完治してから⋯⋯」

 

雪「しかし、初対面のお前らに世話になるわけにも⋯⋯」

 

諏訪子「良いから良いから! 一人くらい増えたってウチは大丈夫だから!」

 

稲穂「それに行く宛もありませんよね?」

 

 ⋯⋯ここは二人の厚意に甘えるとするか。稲穂の言う通り行く宛も無いからな。

 

雪「分かった。せめて傷が癒えるまで世話になる」

 

諏訪子「んっ! よろしく、雪」

 

稲穂「良しっ! では私は夕食の準備をしてきます! 腕を振るうので期待しておいてくださいね!」

 

 稲穂はそう言うと慌ただしく部屋を出て行く。

 

 ⋯⋯遙か古代の都市生活から和風な神社生活か。早めに慣れるとしよう。

 

 しかし問題はこの時代の情報が足りない事だな。その為にも⋯⋯

 

雪「諏訪子」

 

諏訪子「ん? どしたの?」

 

雪「この時代の事を教えてくれ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 神々の戦

雪「⋯⋯ふむ」

 

 俺が洩矢神社に居候してから数週間が経った。妖怪との戦いで受けた傷は意外にも深かったのか、治癒力が高まっているこの身体でも先日にやっと完治した。

 

 因みに今の時代は天津神と国津神が地上の信仰を取り合ってる時代、所謂諏訪大戦の時代らしい。永林達と過ごしていた時代から約三億年は経っている⋯⋯と思う。

 

 この数週間、ただ居候するのはアレなので買い物や家事を手伝って過ごしていた。それと俺が元々着ていた服はボロボロだったので諏訪の国にあった仕立屋で同じ物を作ってもらった。

 

 あと耳と尻尾は隠していない。諏訪子が民に俺が妖怪ではないと話してくれたんだ。俺は変化の術が苦手だから助かるな。

 

雪「⋯⋯鈍ってるな」

 

 そして今は体を軽く動かしている。しかし長年の間動かなかった事が原因なのか、思うように体が動かない。その事に少しため息を吐くと

 

 カンッ! カンッ! カンッ!

 

 という鐘の音が聞こえた。これは⋯⋯まさか敵襲だったりしないよな?

 

雪「⋯⋯諏訪子の元へ行くか」

 

~白狐移動中~

 

諏訪子「あっ、雪!」

 

雪「諏訪子、この鐘の音は何だ」

 

諏訪子「敵が攻めて来たんだよ! 私は兵を集めないといけないから、雪は民を避難させて!」

 

 諏訪子はそう言うと慌ただしく走り去ろうとする。ふむ、戦か⋯⋯丁度良いな。

 

雪「俺が出る」

 

諏訪子「えっ、何言ってるの!? 先日傷が治ったばっかでしょ!?」

 

雪「なに、無茶はしないさ。それに身体も動かしたかった所だからな」

 

 俺はそう言うと敵がいるらしい方角へ走る。民家の屋根を伝いながらショートカットし、国の外に出ると数百程度の人間達が向かってきていた。

 

雪「さて、始めるか」

 

 そう呟くと同時に人間達の中に突っ込み、数人を宙へ飛ばす。

 

兵士A「な、何だぁ!?」

 

兵士B「何事だ! 何が起きた!」

 

雪「おお、良い感じに混乱したじゃないか」

 

 混乱している人間達を他所に複数の氷塊を創り出し、近くにいる奴へ飛ばした。氷塊が着弾した兵士は吹き飛び気絶したのか動かなくなる。

 

兵士「あ、アイツだ! あの狐をやれ!」

 

 混乱から立ち直った兵士が俺を指差して叫ぶ。その声に反応して数人の兵士が俺に斬り掛かってきた。

 

雪「遅いな。もう少し訓練を積んで出直してこい」

 

 俺は足を地面に落とす。すると地面がピキピキと音を立てて凍っていき、兵士達の足を止めた。

 

 足に張り付いた氷を砕こうとしている者もいるが、そのナマクラ剣で壊せる程柔じゃない。

 

 他にもまだ動ける奴がいるか辺りを見渡していると、背後から一人の兵士が飛び掛かってきた。

 

兵士「貰ったぁ!」

 

雪「残念、二十点だ」

 

 俺は尻尾に氷を纏わせると兵士の剣を防ぐ。

ギャリィン! と音を立てたと思うと兵士の剣は根元からポッキリと折れた。

 

兵士「なっ、へぐぅ!」

 

 剣を防がれた兵士が驚いてる隙に氷を纏わせた尻尾を顔面に叩き付けた。あ、首から嫌な音が聞こえた。死んでないよな?

 

?「テメェ! よくも俺の兵士を殺りやがったなぁ!」

 

 吹き飛ばした兵士の様子を見に行こうとすると神力を纏った男がズカズカと歩いてきた。⋯⋯何だか不良みたいな格好の神だな。

 

雪「気絶してもらっただけで別に殺してないさ⋯⋯多分」

 

神「おい、今多分って聞こえたぞ!」

 

 おっと、口が滑った。

 

雪「さて、お前が今回攻めてきた敵の大将で良いのか?」

 

神「ああ? 見て分からねえか?」

 

 分からないから聞いたんだろうが⋯⋯まあ、そう言うって事はコイツが大将で良いな。なら話は早い。

 

雪「ああ、分からないから聞いたんだ。悪いな。そして⋯⋯じゃあな」

 

神「はあっ?」

 

 俺は神の足下の氷を操り、氷柱状に尖らすと神の胸へ突き刺した。

 

神「がふぁっ!?」

 

 神は口から血を吐くと、俺に向かって口を開いた所で倒れ伏した。何だ、神と言っても人間と殆ど変わらないじゃないか。

 

雪「さて⋯⋯お前らの大将は死んだ。これ以上の戦いは無意味だろう。降伏しろ」

 

 俺は兵士の方を向くとそう宣言する。兵士はそのまま剣を落とす者、忌々しげに俺を睨む者等様々だ。

 

 こうして、俺の久々な戦いは幕を閉じた。

 

~その夕方~

 

二人「「かんぱーい!」」

 

雪「⋯⋯乾杯」

 

 今俺は、戦の勝利を祝して二人と祝杯を交わした。

 

 あの後、諏訪子達がやって来て敵国の兵士を捕縛、神の死体を弔った。兵士達はこの国に住むか他の国に向かうか決めてもらうらしい。信仰を集めるのにわざわざ人間を殺してしまっては意味が無いらしいからだ。

 

諏訪子「雪、飲んで飲んで! 雪のお陰で私の国は被害を出さずに済んだよ、ありがとう!」

 

稲穂「私も遠くから見てましたけど凄かったです! 雪さん、強かったんですね!」

 

雪「まあな」

 

 そう答えると酒を口に含む⋯⋯美味い、これは俺好みの酒だな。

 

諏訪子「ほらほら、もっと飲んで!」

 

雪「⋯⋯諏訪子、お前もう酔ってるのか?」

 

諏訪子「酔ってないよーだ」

 

稲穂「ああ! 諏訪子様はお酒弱いんですからあんまり飲まないでください!」

 

 諏訪子は酒に弱いのか。神ってのは酒に強そうなイメージなんだがな。意外だ。

 

諏訪子「ほらほら、お猪口が空いてるよ?」

 

稲穂「す、すみません雪さん⋯⋯」

 

雪「いや、お前も大変だな⋯⋯」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 大和の国

諏訪子「大変だ大変だ大変だー!」

 

雪「ふぁ~⋯⋯どうした諏訪子、そんな慌てて」

 

 俺が洩矢神社に居候してから約一年が経った。傷も治ったし、そろそろお暇しようかと思ったのだが、大戦が終わるまでは居てほしいと言われたのでそのまま住んでいる。

 

 そして今は布団に包まっていたが、諏訪子が部屋に入ってきて叩き起こされた所だ。

 

諏訪子「って、雪! 上くらい着てよ!」

 

 諏訪子は顔を赤らめて俺を指差す。俺は寝る時上の服は脱いでで寝ている。暑いのは苦手だしこの方が楽なんだ。

 

雪「ああ、すまん。着替えるから待っててくれ」

 

 未だに寝惚けている頭で着替えを済ませると部屋を出る。障子を開けた先には諏訪子が立っており、その手には矢文が握られている。

 

雪「⋯⋯その矢文は?」

 

諏訪子「大和の国からだよ!」

 

 大和の国⋯⋯今ある国の中で最も力を持っている天津神の国だったか。戦に長けている戦神もいると言われ、挑んだ、又は挑まれた国は例外なく信仰を奪われたという話だ。

 

雪「見せてくれ」

 

諏訪子「うん⋯⋯」

 

 矢文を受け取ると先に付いている手紙を取り、開くと内容に目を通す。それはこんな内容だった。

 

『諏訪の神へ

 

 我々は天照大神様率いる大和の国だ。貴殿、諏訪の国の信仰を譲渡して頂きたい。そうすれば貴殿の民は傷付けない。

 

 要求を飲まなければ国に攻め込む。戦力差は明白の筈だ。明日の日入りまでに良い返事が来ることを待っている』

 

 手紙を読み終えるとグシャリと握り潰す。

 

 何だコレは⋯⋯選択肢などあって無いようなものじゃないか。

 

雪「諏訪子、返事は出したのか?」

 

諏訪子「ううん、まだだよ⋯⋯」

 

 諏訪子の顔を見ると、いつの間にか涙目になっていた。

 

諏訪子「雪ぃ⋯⋯私、まだ消えたくないよぉ⋯⋯」

 

 ⋯⋯神は信仰によって力、存在を維持している。逆に言えば信仰が無ければ力を維持出来ず、存在は消滅する。もし信仰が無くなる様な事があれば、諏訪子は⋯⋯。

 

 そう考えた瞬間、こんな手紙を渡してきた大和の国に沸々と怒りが沸いてきた。

 

雪「⋯⋯やがって」

 

諏訪子「雪⋯⋯?」

 

 俺は不安そうにしている諏訪子の頭をポンポンと優しく叩く。

 

諏訪子「わっ、雪? どうしたの?」

 

雪「⋯⋯大丈夫だ、俺がお前を助けてやる。こんなふざけた手紙を出した大和に行ってくる。きっと、お前が助かる方法を探してくる」

 

 そう言うと、諏訪子は俺に抱き付き、無言で何度も頷いた。

 

稲穂「お二人とも、朝食の準備が─────」

 

二人「「あっ」」

 

 すると台所の方から稲穂がやって来た。稲穂は俺達を見ると一瞬硬直、すぐに顔を赤くして

 

稲穂「お、お邪魔しました~!」

 

 驚くぐらいの速さでその場を離れていった。

 

雪「おい待て、誤解だ!」

 

諏訪子「⋯⋯フフッ♪」

 

~数時間後~

 

雪「それじゃあ、行ってくる」

 

諏訪子「き、気を付けてね?」

 

稲穂「危なくなったら、すぐに帰ってきてくださいよ?」

 

雪「大丈夫だ。もし俺達の要求を飲まなければ潰してくる」

 

諏訪子「いやいや、物騒だよ!」

 

 今回大和に要求する内容は、諏訪子と大和の代表が一対一で戦い、諏訪子が負ければ信仰を譲渡、大和が負ければ信仰を奪わない代わりに二度と干渉しない事を約束してもらうという至ってシンプルなものだ。

 

 というのも諏訪子が一対一ならチャンスはあると言ったし、俺も鍛えてやるから不利になることはないだろう。

 

雪「じゃあ行ってくる。期待してて待っててくれ」

 

諏訪子「うん! 行ってらっしゃい!」

 

 居れば手足に氷を纏わせると宙に浮く。これは数ヶ月前に思い付いた飛行方法だ。氷を操れるのなら手足に纏わせて飛べるんじゃないかと思って練習した。今では自由自在に飛ぶ事が出来る。

 

 そして俺は二人に手を振ってから大和へ飛んでいった。

 

~大和の国~

 

 今俺は大和の国、その神がいるであろう巨大な社の前に来ていた。ああ、勿論耳と尻尾は隠している。

 

雪「さて、諏訪の者だと言って通れるかな?」

 

 長い階段を上りきると社に入ろうとする、しかし

 

門番「待てっ、ここは天照大神様が居られる神聖な社だ! 一体何の様だ!」

 

 やはりと言うか、門番に止められた。

 

雪「諏訪の者だ。大和の神と話をしたい」

 

 そう言うと門番は一瞬キョトンとしたが、すぐにニヤリと笑う。そして中に入るように促すと

 

門番「これはこれは失礼しました。どうぞお通りください。きっと、降伏宣言でもしに来たのでしょう? ハッハッハッ!」

 

 と言って豪快に笑い始めた。はぁ⋯⋯少しイラッときてしまった。

 

 俺は笑っている門番を無視して社に入る。その際に

 

門番「ハッハッ⋯⋯ん? 暑っ、熱い!? 熱いぃいいいい!」

 

 門番の来ている鎧の中に狐火を入れてやった。小さい炎だし、別に死なないだろう。

 

~白狐移動中~

 

 俺は社の最奥にある、無駄に豪華な襖の前に立っている。中には大きな神力が二つ、小さいのが一つ、か。

 

雪「俺に気付いてるのは大きな神力の二人だな。小さいのは気付いてないし、雑魚と仮定して良いか」

 

 そう呟くと襖を開く。中には白い着物を着た黒髪ロングの女、青髪でしめ縄と御柱を背負った女、小者臭漂う男がいた。

 

男神「な、何者だ!」

 

 男神は狼狽えているが、黒髪はニコニコと微笑み、青髪は俺をジッと見つめている。この中のリーダー格は⋯⋯

 

雪「諏訪の使いで来た狐塚 雪だ。そこの⋯⋯黒髪のお前と話をしたい」

 

黒髪「おや、何故私なのですか?」

 

雪「この中で一番余裕を持ってるからな。青髪も余裕はあるがお前程じゃない。男は論外だろう」

 

 すると黒髪は楽しそうに微笑みを強くする。青髪は少し微妙な表情を浮かべている。男? 知らんな。

 

黒髪「改めまして、私は天照《アマテラス》と申します。そして彼女は建御名方《タケミナカタ》。彼は⋯⋯」

 

雪「自己紹介は良い。俺の要件を話す」

 

 天照の話を遮ると今日渡された手紙を突きつける。

 

雪「これは今朝届いた手紙だ。内容に目を通したが、まるで脅迫じゃないか?」

 

 天照は手紙を受け取ると内容に目を通す。建御名方と男神も横から手紙を覗き込んだ。

 

 まあ、今の会話でなんとなく分かったが天照はこんな手紙を出す性格じゃないだろう。恐らく出したのは⋯⋯

 

男神「なんだ、何事かと思えば私が出した手紙じゃないか」

 

 この男神だ。二人は知らなかったのか分からないが驚いた表情をしている。

 

天照「⋯⋯どういう事でしょうか?」

 

男神「諏訪の国など我々の足下にも及ばない小国。無駄な労力をかけるよりも脅して信仰を得た方が楽だと思いましてな。現に、この様な異色な男を使いに出してくるではありませんか」

 

 男神はそこまで言うと俺を蔑む様な目で見てくる。俺を馬鹿にするのは良い。気にしないからな。だが⋯⋯

 

雪「諏訪子を脅し、泣かし、更には雑魚と馬鹿にする、か⋯⋯」

 

三人「「「っ!?」」」

 

 友人を馬鹿にするなら、話は別だ。俺は怒りによって変化の術を解いてしまい、更に冷気を出して俺の周りを凍らせてしまった。

 

男神「ヒ、ヒィイイイイ!」

 

天照「お、落ち着いてください!」

 

 天照が慌てた様子で話し掛けて来た所で我に帰り、怒りを下げる。

 

雪「すまない、少し熱くなった様だ」

 

天照「いえ、大丈夫ですよ。さて⋯⋯」

 

 天照は男神の方を向いて静かに威圧する。ほう、大和の最高神と言われるだけあって凄い威圧感だ。

 

天照「相手国に礼儀の無い矢文、他人の威を利用する傲慢な心⋯⋯大和の神として風上にも置けない方ですね」

 

男神「あ、天照大神様?」

 

天照「⋯⋯貴方を今日この時から、大和を永久的に追放します」

 

 天照の言葉に男神は顔色を青ざめる。そして何かを言おうとしたが、天照に命令された建御名方に連れて行かれた。

 

天照「さて、諏訪の使い⋯⋯雪様でしたか? お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 

雪「いや、別に良い。邪魔者も居なくなった事だし本題に移ろう」

 

 俺は天照に勧められたので座り込むと、懐から俺達の要求を書いた紙を差し出した。

 

天照「これは?」

 

雪「大和はどの道、諏訪と戦をするつもりだろう?」

 

天照「⋯⋯気付いていたのですか」

 

雪「そりゃあ、町中でこの事を大騒ぎしてればな」

 

 ここに来る前に少しだけ町を回ったが、諏訪と戦をする事を民が噂していた。あの男神が先走っただけで、遅かれ早かれ戦は申し込まれていただろう。

 

雪「俺達の国には、諏訪の神しかいない。しかし、ただ負ける訳にもいかない。そこでこの要求を飲んでもらいたい。大和の不都合になることはない筈だ」

 

 天照は俺の言葉を聞きながら紙に目を通す。そして紙を置くと優しく微笑んだ。

 

天照「こちらは諏訪に迷惑を掛けた身ですし、それに良い条件でした。断る理由もありません。要求を飲みましょう」

 

雪「⋯⋯感謝する」

 

天照「しかし良いのですか? 先程の事があるのですから、戦を止めさせる事も出来ましたのに」

 

 要求が飲まれた事に安堵しているとそんな事を聞いてくる。

 

雪「⋯⋯もし戦を止めたら、お前たちの信仰が薄れるかもしれないじゃないか」

 

天照「っ! ⋯⋯フフッ、お優しいのですね」

 

 もしも戦を止めさせたら、確かに俺達には被害が出ないが、天照達には民からの疑問が突きつけられるだろう。そんな事で大和が壊滅しても、俺も諏訪子も喜ばない。

 

雪「それに、もし諏訪子が負けても俺には切り札があるんでな」

 

天照「あら、気になりますね。教えてはくれませんか?」

 

雪「切り札をバラしたら意味がないだろう」

 

 そんな事を話していると、男神を処分し終えたのか建御名方が戻ってきた。

 

建御名方「戻りました、天照様」

 

天照「ご苦労さまです。ああ、そうだ」

 

 天照は先程の紙を建御名方に渡す。

 

天照「建御名方、貴女に諏訪の神との一騎打ちを命じます」

 

建御名方「⋯⋯えっ?」

 

 コイツか⋯⋯まあ、諏訪子に修行させれば勝てない事はないだろう。程よい相手だ。

 

建御名方「あの、急過ぎて話が⋯⋯」

 

雪「勝負の日は追々伝える。今日は有意義な話が出来た。失礼する」

 

天照「はい。本日はありがとうございました。建御名方、彼をお見送りしてあげてください」

 

建御名方「⋯⋯分かりました」

 

 俺は天照と握手をすると部屋を出て行く。その際、諏訪子の嬉しそうな顔を想像すると自然と顔が緩んでしまった。

 

~白狐移動中~

 

建御名方「先程はすまなかったな」

 

雪「ん?」

 

 社を出ると建御名方がそんな事を言い出した。振り向くと彼女は複雑な表情をしている。

 

建御名方「あの男が裏で何かをしているのは薄々気付いていたのだがな⋯⋯大和の国を代表して謝罪する。すまない」

 

雪「いや、もう気にしてないさ。それに、どの道戦は行われるんだ。それが変な方向で早まっただけでな」

 

 すると建御名方はポカンとした表情を浮かべ、すぐ苦笑した。

 

建御名方「⋯⋯優しいんだな、お前は」

 

雪「そうか?」

 

 そして俺は手足に氷を纏わせると宙に浮く。

 

雪「それではまた会おう、建御名方」

 

建御名方「⋯⋯『八坂《やさか》 神奈子《かなこ》』だ」

 

雪「ん?」

 

神奈子「建御名方は神名。本名は八坂 神奈子だ。神奈子で良い」

 

雪「⋯⋯そうか。既に言ったが俺は狐塚 雪だ。次に会うときを楽しみにしている」

 

神奈子「ああ、気を付けて帰ってくれ」

 

 神奈子に別れを告げると、諏訪の国へと飛んでいく。まさか、本名を教えてもらえるとは思わなかったな。

 

 その後、要求を受け入れられた事を諏訪子達に言うと、嬉しそうな表情をした諏訪子が抱き付いてきた。稲穂はその様子を見てニヤニヤしていたが、この誤解をどうにかしないとな。

 

 そして数週間後、遂に諏訪子と神奈子の一騎打ちの日が訪れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 諏訪大戦

雪「諏訪子、準備は良いか?」

 

諏訪子「う、うん⋯⋯緊張するけど、大丈夫!」

 

雪「良し⋯⋯稲穂、お前は神社で待っててくれ。流石に危ないからな」

 

稲穂「分かりました。無事を祈っています」

 

~白狐移動中~

 

神奈子「⋯⋯来たか」

 

 俺達が着いた時には既に神奈子と数人の兵士が待っていた。この兵士は大戦を見守り、公平な判断をしてもらう事を頼んでいる。天照と神奈子の紹介、そして俺も確認したから一応は信頼出来るだろう。

 

諏訪子「お前が今回勝負する相手⋯⋯八坂 神奈子だね?」

 

神奈子「ああ。お前が諏訪の神⋯⋯洩矢 諏訪子か」

 

雪「挨拶は済んだか? それでは早速だが構えてくれ」

 

 そう言うと二人は少し離れて構える。兵士は巻き込まれない様に適度な距離を取って見守っている。

 

雪「それではいくぞ?⋯⋯始め!」

 

 合図と共に二人は動き出す。諏訪子は巨大な鉄の輪を持ち、神奈子は御柱を浮かせた。

 

諏訪子「容赦はしないよ、神奈子!」

 

神奈子「それはこっちの台詞だ!」

 

 諏訪子は鉄の輪や土を盛り上げて攻撃し、神奈子は御柱や地面を抉る程の竜巻を飛ばしていた。

 

雪「神奈子は風を操るのか?」

 

兵士「いえ、建御名方様は『乾を操る程度の能力』です。簡単に言えば天候、特に風雨を操る事が出来ます」

 

 俺の呟きに近くにいた兵士が答えてくれる。天候を操る⋯⋯それは自然を味方にしているのと同じだろう。諏訪子は勝てるだろうか⋯⋯。

 

雪「⋯⋯?」

 

 暫く二人の戦いを観戦していると、遠くから邪気の混じった空気を感じ取った。俺は近くの兵士に適当な理由を言ってこの場を離れると、その不穏な空気の元へと向かった。

 

~白狐移動中~

 

 ふむ、この辺りの筈だが⋯⋯。

 

雪「っ! あれは⋯⋯」

 

 見付けたのは、前に大和を追い出された男神だった。前とは違い髪は荒れて目は窪み、肌色は悪く服装もボロボロ⋯⋯まるで貧乏神、疫病神を思い浮かべる様な格好だった。

 

 取り敢えず近くの茂みに隠れて様子を見ていると⋯⋯

 

男神「ふ、ふふふ⋯⋯俺をこんな目に合わせたアイツ等に制裁を⋯⋯ふふふ⋯⋯」

 

 男神は懐から大きな蛇の鱗を取り出す。その鱗を見た瞬間、ゾワリと背筋が凍り付いた。

 

 俺は即座に氷を創ると鱗へ向かって放つ。しかし急ぎ過ぎて狙いが定まらなかったのか、少し掠っただけで弾く事は出来なかった。

 

雪「しまった!」

 

男神「お、お前は⋯⋯俺をこんな目に合わせた狐!」

 

 クソッ、バレてしまった⋯⋯仕方ないので茂みから出ると、男神はニヤリと笑った。

 

男神「丁度良い。まずお前から殺してやろう」

 

雪「⋯⋯まさかそんな鱗で戦うつもりじゃないだろうな」

 

男神「ふふふ⋯⋯ただの鱗じゃない。これはあの八岐大蛇《ヤマタノオロチ》の鱗だ。これを砕くと邪気が溢れ、俺に強大な力を与えてくれるのだ!」

 

雪「⋯⋯ベラベラと喋ってくれて助かった」

 

 思えばあの手紙の時も自白してたな。もしかしたら口が軽いのかもしれない。

 

 そんなどうでも良いことを考えていたら男神が鱗を砕いた。しまった、コイツの馬鹿らしさに気が逸れてしまった⋯⋯。

 

男神「お、おお⋯⋯グォオオオオ!!」

 

 男神を中心として、視認できる程のどす黒い邪気が溢れ出す。

 

雪「っ! ゲホッ、ゲホッ!」

 

 クソッ、少しだけ吸ってしまった⋯⋯少し離れておこう。これ以上吸ったら何が起こるか分かったもんじゃない。

 

 暫くすると男神が纏っていた邪気が四散する。そこには⋯⋯

 

男神「キュルルルル⋯⋯」

 

雪「おいおい、何だコイツは⋯⋯」

 

 まるで様々な蟲を繋ぎ合わせた様な異形な化け物が立っていた。しかも神力ではなく妖力を感じる⋯⋯神を捨てたか。しかし蛇の鱗から何故蟲になるんだろうか?

 

異形「キュル! キュルルルル!」

 

雪「おっと!」

 

 異形は蟷螂の様な鎌を振り下ろしてきた。チッ、やるしかないか⋯⋯。

 

雪「まあ、向こうでは諏訪子達が戦っている。ここを通す訳にもいかないからな⋯⋯ここで死んでもらおう」

 

 ポキポキと指を鳴らすと構え、異形は大きく不快な雄叫びを上げると突進してきた。

 

 そして、諏訪子達の戦いとは別の、もう一つの戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 異形との戦い

異形「キュルルルルル!」

 

雪「おっと」

 

 異形は蟷螂の様な巨大な鎌を振り回す。リーチは長いが攻撃は単調なので簡単に避けられるな。

 

雪「そらっ!」

 

 小手調べで氷塊を何個か飛ばす。異形には当たったが特に効いてないのか普通に攻撃してきた。

 

雪「効いてないのか。単純に甲殻が硬いのか痛覚が無いのか⋯⋯」

 

 しかし⋯⋯あれだけの大きさだし、もしも外骨格なら自重で潰れそうな気がするけどな。外骨格に見せかけた内骨格か?

 

異形「キュルル、キュルルルルル!」

 

雪「ったく、面倒だな」

 

 俺は氷を飛ばして異形の脚を固定する。

 

 とある本で読んだのだが、虫の思考は簡単に言ってONとOFFしかないらしい。一度その思考を始めるとOFFにするまで切り替える事はない⋯⋯つまり、今は俺を攻撃するという思考なので氷が壊される心配はないという事だ。

 

雪「さて、攻撃する箇所はどうするか」

 

 取り敢えず異形の攻撃方法は鎌しかないようだし、範囲外に出ておけば当たる心配はない。というか見た目がエグいだけで拍子抜けだな。

 

 ⋯⋯実を言うと、俺は筋力自体あまりない。人間離れはしているがパワー型の妖怪に比べたら数段劣る。つまり物理攻撃は通らないと考えた方が良いだろう。

 

 氷も、単純に飛ばしただけでは通らない。巨大な氷で潰しても良いが創るのに時間が掛かる。う~ん、どうするか。

 

雪「⋯⋯そうだ」

 

 俺は一本の大きな氷柱を創り出す。それを研磨⋯⋯というとおかしいかもしれないが、氷柱の先をとにかく鋭くする。そして形をライフル弾の様に整え、高速で回転させる。

 

 狙うのは頭。落ち着いて一撃必殺を狙う。つまりヘッドショットを狙おうという訳だ。

 

雪「⋯⋯発射」

 

 風を貫く音が鳴る。俺の創った氷柱は高速で回転しながら異形の頭に吸い込まれる様に放たれ⋯⋯。

 

 パァッン!

 

 という音を立てて異形の頭を吹き飛ばした。異形は後ろに倒れてバァンッ! と爆発。邪気を辺りに撒き散らした。

 

雪「ゲホッ、ゲホッ!」

 

 クソッ、撒き散らすなんて効いてないぞ。結構吸ってしまった⋯⋯。

 

 暫くして邪気が晴れる。すると異形が倒れた場所には男神が胸に風穴を空けて倒れていた⋯⋯何で頭を飛ばしたのに胸に穴が空いているんだ?

 

男神「ぐ⋯⋯」

 

雪「さて、これで俺の勝ちな訳だが⋯⋯最後に何か言い残す事はあるか?」

 

男神「く、ククク⋯⋯貴様の勝ちだと? 自惚れるな⋯⋯まだ俺には別の手段があるのだよ⋯⋯」

 

雪「別の手段?」

 

 男神はニヤリと笑って俺の背後を指差す。

 

男神「あの先には、俺が集めた妖怪共がいる。あの女共じゃ話にならん程の大量の妖怪でな⋯⋯俺はただの時間稼ぎだよ⋯⋯」

 

 自らを時間稼ぎに使ってまで復讐に走るのか。その情熱を別の事に使えば良かったものを⋯⋯しかし、諏訪子達では歯が立たない大量の妖怪か。

 

男神「ククク⋯⋯行かなくて良いのか? まあ、既に遅いかもしれないが⋯⋯」

 

雪「⋯⋯悪いが、その妖怪共なら既に駆除させてもらった」

 

男神「⋯⋯は?」

 

 俺の言葉に男神はポカンとする。

 

 実はここに来る前、妖怪が異様に集まっている場所を見つけていたんだ。諏訪子達の邪魔になってはいけないと思って駆除しておいたんだが、まさか男神の刺客だとはな。

 

雪「しかし、あの数で諏訪子達では歯が立たない? 幾らなんでも過小評価し過ぎじゃないか?」

 

 大量と言っても精々五百程度。あの人妖大戦の妖怪共と比べてずっと少ない。それに一匹一匹も弱かったからな。恐らく諏訪子達でも簡単に勝てただろう。

 

男神「ば、馬鹿な⋯⋯」

 

雪「稚拙な作戦だったな」

 

男神「ぐ、くそ⋯⋯ガフッ⋯⋯」

 

 そして男神は息を引き取り、その姿は光の粒子となって消えていった。

 

 ⋯⋯『ガフッ』て言って死ぬとか、まるで漫画みたいな奴だったな。

 

雪「おっと、こんな事してる暇じゃない。早く戻らないとな」

 

 俺は浮遊すると、全速力で諏訪子達の戦いへと戻っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 大戦の終結

 あの男神との戦いから戻ってくると、大地はひっくり返り竜巻が発生したかの様に抉られ、更には刃物で斬られた様な大きな溝、更には御柱が刺さっていた。

 

 そしてその中心には傷だらけになった諏訪子と神奈子、二人の姿があった。

 

雪「良かった、まだ決着は着いてないみたいだな」

 

兵士「戻りましたか。長かったですね?」

 

雪「少し野暮用でな」

 

 兵士とそんな会話をしていると二人は神力を放出する。

 

諏訪子「これで終わらせるよ、神奈子!」

 

神奈子「これはこっちの台詞だ! 行くぞ諏訪子!」

 

 まず仕掛けたのは諏訪子。神奈子の目の前に土の壁を発生させて目眩ましをすると巨大な大岩を創り出して投げ飛ばす。

 

神奈子「なっ! ぐぅっ!」

 

 大岩を投げ飛ばしたと同時に土の壁を崩し、神奈子の虚を突くことに成功した。神奈子は目の前に現れた大岩に驚いたが御柱でなんとか防ぐ事に成功する。

 

諏訪子「貰った!」

 

 しかし諏訪子はそれすらも囮として扱い、大岩に気を取られている神奈子の背後に回ると鉄の輪で斬り掛かった。

 

雪「やったか!」

 

 これには俺も驚き、諏訪子の勝ちだと思い込んだ。しかし⋯⋯

 

神奈子「⋯⋯掛かったな!」

 

諏訪子「っ!? て、鉄の輪が⋯⋯!」

 

 諏訪子の鉄の輪が、突然として錆びて朽ち果てた。鉄の輪を良く見ると、何か植物の蔓が巻き付いている。

 

雪「⋯⋯あの蔓は?」

 

兵士「藤の蔓です。鉄を錆びさせる力を持っています」

 

雪「⋯⋯そんな物を持っていたのか」

 

 今思えば当たり前か。相手は数々の国を相手にしてきた大国。鉄の武器に対する道具を持っていたとしても不思議ではない⋯⋯。

 

 その後の戦いは一方的なものだった。諏訪子は武器を失い、能力と俺が教えた付け焼き刃の体術で応戦したが、唯一のアドバンテージであった鉄の輪を失った諏訪子に勝ち目は無かった⋯⋯そして

 

諏訪子「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

神奈子「⋯⋯私の、勝ちだ、諏訪子」

 

兵士「勝者、建見名方様!」

 

 勝者は、神奈子に決まってしまった。俺はすぐに諏訪子に駆け寄って身体を起こす。

 

雪「大丈夫か?」

 

諏訪子「ねえ、雪。私、負けちゃったんだよね⋯⋯」

 

雪「⋯⋯そうだな」

 

諏訪子「そっか⋯⋯」

 

 俺の言葉を聞いた諏訪子は弱々しく笑う。すると次の瞬間

 

諏訪子「うっ、うぅ⋯⋯うわぁああああ!」

 

 大声で泣き出してしまう。俺はそんな諏訪子の頭を、そっと撫でてやる。

 

雪「大丈夫、大丈夫だ諏訪子⋯⋯」

 

諏訪子「ふぐっ、うぅ⋯⋯」

 

 俺は諏訪子の頭を撫でる手は止めずに顔だけを神奈子達に向ける。

 

雪「素晴らしい戦いだったぞ、神奈子」

 

神奈子「⋯⋯そうか」

 

 そして神奈子が信仰の件について口を開こうとした時、俺はそれを止める。ここで切り札を使う時が来たようだ。

 

雪「⋯⋯だが、諏訪の国の信仰は渡せないな」

 

神奈子「なっ!? 約束が違うぞ!」

 

諏訪子「ゆ、雪?」

 

 神奈子は俺の言葉に怒り、諏訪子は困惑そうな表情を浮かべる。

 

雪「まあ待て、ちゃんとした理由がある。信仰を渡さないんじゃない、渡せないんだ」

 

神奈子「どちらも同じだろう!」

 

雪「いいや、違うぞ。俺は諏訪の民にとある質問をした。それは『諏訪子以外の神を信仰するか』というものだ」

 

諏訪子「えっ? いつそんな事⋯⋯」

 

雪「最初に大和の国に向かう数時間前だな」

 

諏訪子「あ、あの時『野暮用がある』って言って外に出たのって⋯⋯」

 

雪「まあそんな事はどうでも良い。話を戻すが、その質問に対しての民の答えは全て『自分たちを気にかけてくれる諏訪子様を裏切るつもりはない。だから別の神を信仰するつもりはない』だった」

 

諏訪子「み、みんな⋯⋯」

 

 諏訪子は民に感動したのか、顔を抑えた。

 

神奈子「っ~! ではこの戦いは無駄骨じゃないか! ふざけるな!」

 

 まあ、勿論納得しないよな。だが俺の切り札はこれだけじゃない。

 

雪「そこで俺の考えた方法、そうだな⋯⋯『二神統治制』とでも名付けようか」

 

二人「「二神統治制?」」

 

雪「ああ。さて神奈子、お前達大和は沢山の神がいるよな? どうして全員に信仰が入ると思う?」

 

神奈子「それは、一人一人が国を統治する立場だからであって⋯⋯あっ」

 

雪「そういうことだ」

 

 大雑把に説明すると、二人で国を取り仕切れば両者に信仰が入る、という訳だ。大和の国を真似したものだな。まあ、そんな簡単に行くわけないから今後も調整が必要だが。

 

雪「この方法を取れば二人は信仰を得る事ができる」

 

神奈子「な、成る程⋯⋯よし、お前の提案を受け入れよう」

 

雪「感謝する」

 

諏訪子「えっと⋯⋯雪、私って⋯⋯」

 

雪「ああ、存在を維持できるな」

 

 ポカンとした表情で聞いてくる諏訪子に微笑んで答えると、諏訪子は大粒の涙を流して抱きついてきた。

 

諏訪子「良かった、良かったよぉ⋯⋯」

 

 俺はポンポンと背中を優しく叩くと、諏訪子を抱き上げた。

 

雪「それでは神奈子、俺達は帰るぞ」

 

神奈子「ああ、それではな」

 

 俺は諏訪子に「いい加減泣き止め」と言って洩矢神社へと戻っていった。

 

神奈子「⋯⋯全く、奴にはいつも驚かされるな。お前達、私達も帰るぞ。天照様に報告だ」

 

兵士達「「ハッ!」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 新たな地へ

 あの日の大戦から約数年。神奈子が諏訪の新たな神になり、『洩矢神社』も名を改めて『守矢神社』へと改名した。

 

 神々の大戦は大和の勝利として終結し、今では平和そのものだ。

 

 ⋯⋯俺もそろそろ旅を始めようかと思っている。アイツらに言ったら、何と言うんだろうか。

 

~夕食時~

 

 都市に住んでいた頃は一人で済ませていた食事。今は和気藹々とした雰囲気で食べる夕食にすっかり慣れてしまった。

 

諏訪子「あっ、神奈子! それ私のおかず!」

 

神奈子「ふん、早い者勝ちだ!」

 

稲穂「ああもう! 何で仲良く食べられないんですか!」

 

 ⋯⋯訂正、騒がしすぎる夕食に慣れてしまった。目の前では諏訪子、神奈子、そして稲穂が言い争いを続けている。

 

 俺は三人の言い争いを眺めながら飯を口に運ぶ。すると

 

 ガシャンッ! ⋯⋯バシャッ!

 

三人「「「あっ」」」

 

雪「⋯⋯」

 

 三人の内誰かが卓袱台を蹴ったのか大きく揺れる。その振動で俺の味噌汁が落下して脚に掛かった。

 

諏訪子「え、えっと⋯⋯」

 

神奈子「ゆ、雪⋯⋯?」

 

稲穂「あわわ⋯⋯」

 

 三人は俺が怒っているのが雰囲気で分かったのか、言い訳を話しているが⋯⋯知らん。

 

雪「お前等、そこに正座して並べ」

 

三人「「「は、はい⋯⋯」」」

 

 その日の夜、神社から大きな怒号が聞こえたという。

 

~深夜~

 

雪「⋯⋯」

 

 眠れない⋯⋯既に皆が寝静まった頃、俺は縁側で満月の光に当たりながら尻尾の手入れをしていた⋯⋯あ、枝毛発見。

 

諏訪子「あれ、雪? どうしたの?」

 

雪「⋯⋯諏訪子か。いや、何だか寝付けなくてな」

 

 手入れを続けていると諏訪子が眠そうに歩いてきた。俺は一瞥すると再び尻尾に目を落とす。すると諏訪子は隣に座ってきた。

 

諏訪子「⋯⋯どうかしたの?」

 

雪「何がだ」

 

諏訪子「何だか悩んでるっていうか⋯⋯雰囲気が違うよ?」

 

雪「そうか⋯⋯」

 

 俺は手入れの手を止めて満月を眺めると

 

雪「⋯⋯近い内に、旅に出ようと思うんだ」

 

 今の考えを打ち明ける。諏訪子は驚いた様に目を見開いた。

 

諏訪子「どうして!? ここ、嫌になった?」

 

雪「いや、そういう訳じゃない。寧ろ心地良いくらいだ」

 

諏訪子「なら、どうして⋯⋯」

 

雪「⋯⋯この国の、色々な場所を見てみたいんだ。それに一カ所に留まるのは何だか性に合わなくてな」

 

諏訪子「⋯⋯そっか」

 

 諏訪子は俯いて何も喋らなくなる。暫くの間、風の音だけが辺りに響き渡っていた。

 

諏訪子「⋯⋯そういう事なら、止めないよ」

 

 すると、沈黙を破るかの様に諏訪子が口を開く。

 

諏訪子「雪の人生、だもんね。居なくなるのはちょっと悲しいけど⋯⋯」

 

雪「なに、いつか戻ってくるさ。旅になるからいつになるか分からないが⋯⋯約束だ」

 

諏訪子「うん、約束だよ」

 

 そう言った時の諏訪子の笑顔は、太陽の様にとても眩しかった。

 

諏訪子「ね、久しぶりに尻尾触らしてよ」

 

雪「は? 急にどうした」

 

諏訪子「だって、雪いなくなったらもう触れなくなっちゃうじゃん。一生分モフモフさせて!」

 

雪「⋯⋯分かった」

 

諏訪子「えへへ~♪」

 

~数週間後~

 

雪「それじゃあなお前等、仲良くやれよ」

 

 俺はこの数週間の間に旅の準備を済ませた。諏訪の国で世話になった人達にも挨拶して周り、後は旅立つだけとなっている。

 

神奈子「本当に行くのか⋯⋯」

 

稲穂「本当に⋯⋯今まで本当に、ありがとうございました!」

 

 神奈子はどこか納得のいかなそうな表情で、稲穂は涙を流しながら俺の見送りに来た。

 

諏訪子「⋯⋯またね、雪」

 

 諏訪子は簡単に別れの言葉を紡いだ。

 

雪「ああ。じゃあ、行ってくる」

 

 俺はあまり長く留まると別れが辛くなると思い、三人に別れを告げると軽く手を振って境内を出た。

 

雪「さて、最初はどこに行こうか」

 

~side 諏訪子~

 

諏訪子「⋯⋯行っちゃったね」

 

稲穂「⋯⋯そうですね」

 

 素っ気ない別れを告げて、雪はこの神社を去って行った。

 

稲穂「何者だったんでしょうね、あの人」

 

諏訪子「さあ。大昔から生きてきた白狐って事ぐらいしか分からないなぁ」

 

 思えば、雪はあまり自分の事を話さなかった。何だか聞いてはいけない、という雰囲気を醸し出していたのもあって、私達は聞かなかったんだけど⋯⋯。

 

諏訪子「まあ、それも雪らしいとは思うけど?」

 

稲穂「⋯⋯それもそうですね。さて、私は神社の掃除をしてきますね」

 

 そう言って稲穂は神社の中へ戻っていった。

 

神奈子「⋯⋯前々から思っていたが、まるで嵐の様な奴だったな」

 

諏訪子「えっ?」

 

神奈子「雪と出会った時もそうだったが、いきなり現れたと思ったらすぐに消える⋯⋯嵐の様な奴だとは思わないか?」

 

 神奈子はそう言って雪が去って行った方を見ている。嵐、嵐ねぇ⋯⋯。

 

諏訪子「⋯⋯私は嵐って言うより、雪だと思うけどなあ。山に降り積もった雪」

 

神奈子「何?」

 

諏訪子「雪が降った時みたいにいつの間にかそこにいて、雪解け水みたいに何かしらの恵みをもたらして消えていく⋯⋯そんな感じが似合う気がするけど?」

 

神奈子「⋯⋯そうか。お前がそう言うならそうなんだろう。私よりずっと共に過ごしていたのだからな」

 

諏訪子「ん。さてと、私達も神社に戻ろうか。いつ雪が戻ってきても良いように頑張らないと」

 

神奈子「ああ、そうだな。今日も信仰を深めていかないとな」

 

 私達はそんな事を話して神社に戻る。その際に

 

諏訪子「⋯⋯またね、雪」

 

 また、雪と出会える事を願ってそう呟いた。




 はいどーも、作者の蛸夜鬼の分身です。今回は弐章の諏訪大戦編でした。

 次回は参章を投稿します。どうぞ楽しみにしていてください。

 それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参章 飛鳥時代の巻
第一話 十人の話を聞き分ける人


雪「⋯⋯あれか」

 

 諏訪子達と別れてから早数年。俺は数々の村や都を転々として旅を続けていた。

 

 そしてつい先日、旅の疲れを癒す為に泊まっていた村の住人に面白い噂を聞いた。それは、この辺りにある都に“十人の話を一度に聞き分ける人”がいるというものだ。

 

 そんな人間、日本の歴史には一人しかいない。そう、聖徳太子だ。俺は歴史上の人物を一目見たいという好奇心からその都へと歩いてきた訳だ。

 

雪「さて、取り敢えず中に入るか」

 

 俺は白狐の姿から黒髪黒目の平凡な容姿へと変化する。理由は、一度耳と尻尾だけ消して一つの村に入ったんだが、異端者だと言われて碌な扱いを受けなかったからだ。どうやら人間は自分達と違う者はとことん嫌う性分らしい。

 

 都の中に入ると多くの人間の声が耳に入ってくる。ふむ、賑やかだな。もしかしたら大和よりも活気があるかもしれない。

 

 沢山の人間が歩く大通りを散策していると、どこからか美味そうな食い物の匂いが漂ってくる。そういえば昼飯をまだ食ってなかったな。まずは腹ごしらえでもするか。

 

雪「⋯⋯おっ、あの店が良さそうだな」

 

 俺は近くにあった店に入る。中に入ると美味そうな匂いが漂い、食欲を刺激した。

 

店員「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

 

雪「一人だ」

 

店員「分かりました! ではお席にどうぞ!」

 

 店員に案内されて席に着いた俺は品書きを手に取り、適当な定食を頼んだ。

 

~??? side~

 

?「ん、ん~! ふぅ、やっと終わりましたね」

 

 私は『豊聡耳(とよさとみみの) 神子(みこ)』。民からは聖徳太子という名で通っています。

 

 私は今、目の前の書類を捌き終わって暇になったところです。恐らく夕方頃になればまた大量の書類が送られてくるのでしょうが⋯⋯。

 

神子「⋯⋯お腹が減りましたね」

 

 そういえば昼食を摂っていなかった。どこで食べましょうか⋯⋯。

 

神子「そうだ、久しぶりに外に行きましょう」

 

 最近は外に出ていませんでしたし、民の様子も見れるので一石二鳥ですね。そう思った私は早速出掛けようと『七星剣』を手に取って部屋を出ました。

 

?「太子様!? 一体どこに出掛けられるつもりですか!」

 

 すると私の部下の『蘇我(そがの) 屠自子(とじこ)』が駆け寄ってきました。彼女はとても頼れる部下なのですが、結構な過保護で少しの外出にも護衛をつけようとする始末です。私の身を案じてくれるのは嬉しいのですが⋯⋯。

 

神子「少し昼食を摂りに出掛けるだけです。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

屠自子「しかし、何かあってからでは遅いのですよ!?」

 

神子「屠自子⋯⋯私も自分の立場は理解しています。危険な真似はしませんから」

 

屠自子「⋯⋯分かりました。でも、すぐに帰ってきてくださいよ」

 

 屠自子の言葉に頷くと、宮を出て大通りを歩く。ふむ、民の皆は平和に過ごせている様ですね。

 

 暫く民の様子を見ながら歩き、適当な店に入る。昼時はもう過ぎているが繁盛しているのか結構混み合っていますね。

 

店員「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

 

神子「一人です」

 

店員「分かりました! 他のお客様と相席になってしまいますがよろしいですか?」

 

神子「はい、構いませんよ」

 

店員「ではこちらに」

 

 店員に案内されて着いた席には平凡な男性が座っていました。とても美味しそうに食べていますね⋯⋯。

 

神子「私も彼と同じものを頂けますか?」

 

店員「分かりました! では、ごゆっくりどうぞ!」

 

 店員が離れると私は席に座る。ふむ、見ない服装ですね、旅の方でしょうか? 私は少しだけ⋯⋯と思って欲を覗きました。

 

雪「(─────────)」

 

神子「っ!?」

 

 な、何ですかこの欲は⋯⋯読み取れない程の大きな欲を持っているなんて⋯⋯人間の欲の大きさではありませんでした。

 

 もしも、この男性が人間ではなかったとしたら⋯⋯私は息を飲むと警戒しながら

 

神子「⋯⋯すいません、少しよろしいですか?」

 

 意を決して話し掛ける事にした。




 はいどーも、作者の蛸夜鬼の分身です。先週、先々週と投稿出来ずに申し訳ありません。

 先週は色々と都合があり、先々週は単純に忘れてしまいました。今回はそのお詫びも兼ねて今週、来週は二章分投稿しようと思います。

 そうそう、私はTwitterをやっているのでそちらを確認して頂ければ何を投稿したか、今日は投稿したかが分かります。一応ご報告を。

 それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 大きな誤解

雪「⋯⋯」

 

神子「⋯⋯あの?」

 

 ⋯⋯ゴクン。

 

神子「ゴクン?」

 

雪「いや、すまない。飯を口に含んでて喋れなかった」

 

 しかしこの店の飯は美味いな。米は良く炊けているし主菜の味付けも好みだ。今度から贔屓にしよう。

 

雪「して、話だったか?」

 

神子「はい。あ、一応名をお聞きしても?」

 

雪「小塚 雪だ。お前は?」

 

神子「私は豊聡耳 神子です。周りからは聖徳太子の名で通っています」

 

雪「ほう⋯⋯」

 

 この少女が聖徳太子か。まさかこんな場所で出会えるとはな。しかし、聖徳太子って女だったのか?

 

神子「では雪さん。単刀直入に聞きます。貴方は⋯⋯人間ですか?」

 

雪「⋯⋯何でそんな事を聞くんだ?」

 

神子「私は相手の欲と本質を見抜く事が出来ます。しかし貴方の欲を見たとき、明らかに人間が持つ様な欲ではありませんでした」

 

 欲と本質、か⋯⋯俺の欲といえば永琳達にまた会いたいと旅をしたい程度の筈なんだがな。恐らく能力をまだ扱いきれてないのだろう。現にこの様な話をしているのだから。

 

雪「逆に質問するが、俺が人間ではなかった場合どうするつもりだ?」

 

神子「⋯⋯貴方がこの都に害である、もしくは害を及ぼす気があると判断した場合、貴方を倒して追い出します」

 

 神子は強い意志が籠もった目つきで睨んでくる。

 

 ⋯⋯まだこんなにも幼いのに、ここまで言い切るとはな。心が優しく、周りの事を第一に考えなければ出ない言葉だろう。神子の様な人間は初めて会ったかもしれないな。

 

雪「そうか⋯⋯まあ、俺はこの都に害を及ぼす気はない。それに目的は既に達成したからな」

 

 元々は聖徳太子を一目見るのが目的だったからな。こんな形になったが出会う事が出来た。後は何日か滞在して出発する事にしよう。

 

神子「⋯⋯」

 

雪「何だ、信じてないのか?」

 

神子「当たり前です。それに人ならざる欲を持っている理由が分かりません」

 

雪「ふむ⋯⋯」

 

 一体何と説明しようか。そう思った瞬間

 

女性「キャアアアアアアアア!!」

 

 と、布を切り裂く様な悲鳴が聞こえた。それと同時に喧噪と⋯⋯妖怪か? 何やら獣の様な声が聞こえる。

 

神子「これは⋯⋯!?」

 

 神子は悲鳴を聞くや否やすぐさま店を出て悲鳴が聞こえた場所へと走って行く。

 

雪「あっ、おい! チッ⋯⋯店員、代金だ! 釣りはいらん!」

 

店員「は、はい! ありがとうございましたー!」

 

~白狐移動中~

 

雪「えーっと、どこだったか⋯⋯」

 

 俺は急いで店を出たが神子を見失い、悲鳴の場所も分からなくなっていた。なんせ人間の通りが多く都の作りも分からないからな。空を飛んだり屋根の上を走っても良いが人目に付くのは避けたい⋯⋯。

 

 すると前方から大きな雄叫びが聞こえる。それは都中に響き渡り、人間達はその雄叫びから離れようと一斉に走り出した。

 

 その中に数名、体中傷だらけの人間がいた。腕に傷を負った者や背中に大きな爪痕が出来ている者もいる。俺はそいつらに近付いて雑嚢から包帯と薬を取り出した。

 

雪「大丈夫か?」

 

中年の男「す、すまねえ⋯⋯イっ、て~」

 

雪「こんな大きな傷、一体何があったんだ?」

 

若者の男「よ、妖怪が出たんだ⋯⋯巨大な牛の頭に蜘蛛の体の(おぞ)ましい姿で⋯⋯思い出すだけでも恐ろしいよ⋯⋯」

 

 ⋯⋯多分、牛鬼だな。蜘蛛の体から出す糸で拘束し、鬼の角で刺し殺す悪質な妖怪だ。そこらの人間ではただ殺されるだけ⋯⋯いや待て。

 

雪「おい、太子がどこにいるか知っているか?」

 

若い女性「太子様は、私達を救う為に牛鬼の気を引いて⋯⋯」

 

 何だと⋯⋯?

 

雪「安否は?」

 

若い女性「分からない⋯⋯逃げるのに精一杯で見えなかったから⋯⋯」

 

 ヤバいぞ⋯⋯ここで神子が死んでみろ。未来が改変されるかもしれない。もしかしたら取り返しのつかない悪影響を及ぼす可能性だってある。

 

雪「チッ⋯⋯急がないとな。おい、応急処置は終わりだ。早く逃げろ」

 

中年の男「あ、アンタはどうすんだ!?」

 

雪「⋯⋯神子一人残して、逃げる訳ないだろう?」

 

 俺は一応と思って残りの包帯と薬を渡すとコイツらが見ているのも気にせず全速力で走った。

 

三人「「「⋯⋯速っ」」」

 

~神子 side~

 

神子「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

牛鬼「モ゛ォウウウウ⋯⋯」

 

神子「万事休す、ですね⋯⋯」

 

 私の目の前には、牛の頭を持った蜘蛛の妖怪が私を睨み付けていた。

 

 私の剣、七星剣は先程弾き飛ばされて牛鬼の背後にあって取れません。まあ、牛鬼の攻撃による打ち身によって動けませんが⋯⋯。

 

牛鬼「ブモォオオオオオ!」

 

神子「っ!」

 

 牛鬼が雄叫びを上げ、私にトドメを指そうと突進してくる。私は死への恐怖で眼を閉じた。

 

神子「⋯⋯?」

 

 しかし、いくら待っても突進の衝撃はやって来ない。恐る恐る眼を開くと、そこには─────

 

雪「痛いな⋯⋯変化が解けたじゃないか」

 

神子「⋯⋯えっ?」

 

 白髪で真紅の瞳を持つ、狐耳が生えた男性が牛鬼の角を掴んでいました。

 

~雪 side~

 

雪「何とか間に合ったか⋯⋯」

 

 俺は全速力で走り、牛鬼が神子を殺そうとしていた所に何とか割り込んだ。その時の衝撃と痛みで変化が解けたが、この際文句は言ってられない。

 

牛鬼「モ、モォオオ!?」

 

 牛鬼は突進を止められた事に驚いたのか、間抜けな声を出している。

 

雪「うぅおぉおおお!!」

 

牛鬼「モォオオオオオ!?」

 

 俺は牛鬼の角を脇に抱えると勢い良く投げ飛ばす。

 

 チッ、無理に投げたせいで腕が痛い⋯⋯もう二度とあんな重いやつは投げたくないな。

 

神子「あ、貴方は⋯⋯」

 

雪「悪いな神子。話は後でだ」

 

神子「な、何故私の名前を!?」

 

 驚いている神子をよそに牛鬼へと視線を戻す。その際に巨大な氷柱を作り出しておく。

 

牛鬼「モ⋯⋯ボバァ!」

 

 牛鬼は何か嘔吐《えづ》いたと思うと口から糸を吐き出してくる。

 

雪「遅い」

 

 俺は目の前に氷の壁を作り出して糸を防ぐ。更に糸が氷の壁に張り付いた瞬間、パキパキと高速で凍り始めた。

 

 牛鬼はそれを見て糸を切り離すと一度助走を付けてから突進してきた。恐らく氷の壁ごと破壊しようとの魂胆なのだろう。

 

 だが⋯⋯俺の氷は数トンの衝撃を与えなければならないという子供が考えた様なふざけた氷だ。牛鬼程度の突進では壊れる訳がない。現に氷に衝突した牛鬼の角は見るも無惨に砕け散った。

 

雪「じゃあな」

 

 そして待機させておいた氷柱を牛鬼の頭に放った。氷柱は牛鬼の眉間を貫き、その体すら貫通して牛鬼を穿つ。

 

神子「⋯⋯凄い」

 

雪「ふう⋯⋯さて、大丈夫か?」

 

 牛鬼が死んだ事を確認すると神子に近付こうとする。すると頭上から小さな雷が発生し、俺はそれをよける為に後ろに下がる。

 

 ガチャンッ!

 

 後ろに下がったと同時に俺に向けられたのは数々の槍。無抵抗を示す為に両手を上げると前方から緑がかった金髪の少女が怒りの表情で歩いてきた。

 

雪「⋯⋯おい、これは一体どういう事だ?」

 

屠自子「黙れ妖怪! 太子様をこんな目にしやがって⋯⋯お前たち、コイツを牢屋にぶち込んでおけ! ただ殺すだけじゃ許せないからな!」

 

 ⋯⋯こりゃあ、俺が神子を傷付けたと勘違いしてるな。大方先程出会った三人が兵士を呼んだのだろう。この娘は神子の部下か?

 

雪「⋯⋯おい神子、どうにかしてくれ」

 

屠自子「妖怪風情が太子様を軽々しく呼ぶな! さあ太子様、こちらへ」

 

神子「ま、待ってください屠自子! 彼は────」

 

 屠自子と呼ばれた少女は神子を連れて去って行く。兵士達を見ると全員が怒りの表情で俺を睨んでいた。

 

雪「⋯⋯どうしてこうなった」

 

 そう嘆くと俺は両手を縛られ、兵士に槍を向けられながらどこかに連れてかれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 太子との対話

 ここは地下牢。罪人や容疑者が入れられる狭い部屋だ。周りは土壁で覆われ、目の前には出られないように木の柵がある。

 

 そんな場所に、俺はぶち込まれていた。

 

雪「ふぁああ⋯⋯」

 

銀髪「おいお主! 何を欠伸しておる!」

 

 あまりにも暇でつい欠伸を漏らすと、看守代わりの銀髪の少女が怒鳴ってきた。

 

 俺が神子を助け、兵士に捕まってから約数時間が経過した。俺は縄で手足を縛られた状態で牢屋にぶち込まれ、今は銀髪の少女と話をしている。

 

雪「何だ、欠伸程度で俺は怒られるのか? それじゃ人権侵害だろ」

 

銀髪「訳わからん事を言うな! と言うか、お主は人じゃないわ!」

 

雪「そうだな。だが心は人間だ」

 

 銀髪を茶化していると兵士がやってきて銀髪に耳打ちをする。耳を澄ますと、どうやら神子がやってくるらしい。それを聞いた銀髪はニヤリと笑った。

 

銀髪「今から太子様がやってくるらしい。残念だが、お主の罪は決まりじゃな。太子様が嘘を吐く訳ないからな」

 

雪「ふん、言ってろ」

 

 これでやっと解放されるな。暫くすると包帯を巻いた神子が金髪に支えられながら歩いてきた。

 

銀髪「太子様! 大丈夫ですか!?」

 

神子「ええ、そこまで酷くありませんよ。それより布都、彼の縄を解いてください。彼は私を助けてくれたのです」

 

銀髪「なっ! こ、此奴は太子様を殺そうとしたのではないのですか!?」

 

雪「おい、太子様は嘘を吐かないんじゃないのか?」

 

銀髪「ぐぬぬ⋯⋯」

 

 布都と呼ばれた少女は悔しそうな表情で俺の縄を解いた。

 

 ふう、やっと解放されたな。ずっと固い床に横たわってたから身体が痛い。

 

神子「すいません。彼女達は決して悪気があった訳ではなくて⋯⋯」

 

雪「いや、別に気にしてないさ。あの状況なら誰だって勘違いする」

 

神子「申し訳ありません⋯⋯ところで、貴方は雪さんで良いんですよね?」

 

雪「ああ。折角だし俺の事を話してやろう。もう正体はバレた訳だしな」

 

 そして俺は、こんな所で話すのもあれだと神子に言われて部屋を移動した。

 

~白狐説明中~

 

雪「以上が、俺の今までだ」

 

神子「なんとまぁ⋯⋯予想外というか⋯⋯」

 

 話が終わると三人は何とも微妙な表情を向けてくる。まあ、数億年(実際は九割近く冬眠してた訳だが)も生きてると言われても信じられない事は分かる。

 

 そういえば金髪と銀髪の名前だが、金髪は蘇我 屠自子。銀髪は『物部《もののべ》 布都《ふと》』というらしい。あの布都姫と関係があるのだろうか?

 

 喉が渇いたので出されたお茶を飲んでいると、屠自子がチラチラと俺の尻尾を見てきた。

 

雪「⋯⋯どうした?」

 

屠自子「えっ!? あ、いや、何でもない!」

 

雪「そうか?」

 

布都「フッフッフッ⋯⋯分かる、分かるぞ屠自子よ! お主、雪のモフモフした尻尾を触りたいのであろう!」

 

屠自子「なっ!?」

 

雪「ふむ、そうなのか? 触るか?」

 

 自分で言うのもなんだが、俺の尻尾は結構触り心地が良い。毎日手入れしてるからな。

 

屠自子「べっ、別にいい! っていうか布都! 余計な事言うんじゃない!」

 

布都「むおっ!? 何をそんなに怒っておるのだ!? 我はただお主の心の声を代弁しただけで⋯⋯」

 

屠自子「だからそれが余計だって言ってんだよ!」

 

神子「二人とも! 客人の前で失礼ですよ!」

 

布都「ウッ⋯⋯すみませぬ⋯⋯」

 

屠自子「申し訳ありません、太子様⋯⋯」

 

雪「⋯⋯仲が良いな」

 

 ⋯⋯考えると、喧嘩出来る程仲が良い友人を持った事が無いな。別段喧嘩したい訳ではないが、少し寂しいとも思う。

 

?『─────だろ?』

 

雪「⋯⋯?」

 

 今、何か聞こえた様な気がしたが⋯⋯気のせいか。

 

神子「ところで雪さん。この後どうするつもりですか?」

 

雪「ん? そうだな⋯⋯神子に会うという目的は達成したから、旅の疲れを癒やすつもりで暫く滞在しようと思っている」

 

神子「でしたら、私の屋敷の部屋を貸しますよ。流石に毎日貸すわけにもいきませんが⋯⋯知り合いに宿屋を経営している方がいるのでその人に掛け合ってみます」

 

雪「そうか、ありがとう」

 

神子「いえ、命を助けてくれたのですから。寧ろこんな事しか出来ませんが⋯⋯」

 

 そして俺は神子の屋敷に泊めてもらう事にした。

 

 しかし流石太子と言うか、豪華な飯、大きな風呂、更には一部屋丸々貸してもらえた。お陰で十分休まる事が出来たな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 お面作り

 ゴォオオオオン⋯⋯ゴォオオオオン⋯⋯。

 

雪「ん⋯⋯朝、か⋯⋯」

 

 俺は大きな鐘の音で目を覚ました。この時代にはまだ時計という物が無いので朝6時と夕方の6時に鳴らしているらしい。どうやって正確な時間に鳴らしているのか知らないが⋯⋯。

 

 さて、俺が都に住み始めてから約1週間が経とうとしていた。神子に宿屋を紹介され、そのコネで格安で部屋に泊めてもらい、さらに日払いの仕事を紹介してもらいながら生活している。

 

布都「雪ー、起きておるかー?」

 

 ボーッとしていると部屋の外から布都の声が聞こえる。何だ朝っぱらから⋯⋯。

 

雪「どうしたんだ布都⋯⋯まだ日が昇ったばかりだろう?」

 

布都「うむ、朝早くに悪いな。太子様からの伝言⋯⋯って、うわぁああ!?」

 

雪「どうした、大声上げて?」

 

布都「馬鹿者っ、上の服くらい着ないか!」

 

雪「⋯⋯ああ、悪い」

 

 先程起きたばかりで着替えてなかったな。しかし、諏訪子もそうだったが男の、それも上半身だけで赤面する理由が分からん。これが男女の違いというものか?

 

雪「すぐに着替える」

 

布都「早くしろ!」

 

~白狐着替え中~

 

 着替え終わった俺は、布都を取り敢えず部屋に入れる。

 

雪「で、用件は?」

 

布都「太子様がとある仕事を手伝ってほしいそうだ。何かを作ると言っておったが⋯⋯」

 

雪「聞かされてないのか?」

 

布都「いや、忘れた!」

 

雪「⋯⋯そんな胸を張って言う事でもないだろう」

 

 しかし重要な所を忘れるとは⋯⋯まあ、これが布都らしくもあるのか?

 

雪「まあ良い。分かった、引き受けよう。いつ頃そっちへ向かえば良い?」

 

布都「日が真上に昇ったらだ。よろしく頼むぞ?」

 

雪「分かった」

 

 手伝いか⋯⋯一体何をするのだろうか?

 

~数時間後~

 

雪「神子、入るぞ」

 

 俺は約束した時間に神子の部屋へやって来た。中に入ると机等の家具が端に寄せられ、部屋中に大量の紙が散らばっていた。そんな部屋の中心に神子が座り込んでいる。

 

神子「あ、雪さん。すいません、散らかってて」

 

雪「いや、別に気にしてないが⋯⋯これはどういう状況だ?」

 

 まさか手伝いって⋯⋯部屋の片付けの事じゃないだろうな?

 

神子「実は昨日、私の知人が『感情を表す面』を作ってほしいと頼んできて⋯⋯ずっと考えていたのですが中々良い案が浮かばないので何か助言をと⋯⋯」

 

雪「成る程⋯⋯分かった、手伝おう。まずは⋯⋯そうだな、今まで思い付いた案を書き記したものは無いか?」

 

神子「それなら、そこの机に纏めてあります」

 

 神子が指差した方には数枚の紙が纏めてある。俺はその内の何枚かを手に取ったが⋯⋯

 

雪「神子⋯⋯お前、あまり画力無いな」

 

神子「お恥ずかしながら⋯⋯」

 

 神子が書いた面は全て似たか寄ったかで、感情を表す面なのに無表情の面が多かった。

 

 俺も絵はそこまで上手くはないが、流石にここまで下手ではないぞ?

 

雪「しょうがないな⋯⋯俺が面を描くから、どんな感じにしたいのか言ってくれ」

 

神子「分かりました。では──────」

 

~白狐会話中~

 

雪「ふう⋯⋯少し休憩するか」

 

神子「そうですね」

 

 あれから数時間が経過した⋯⋯が、全く進展が無い。神子が出した案を俺が描く、という行為を数十回繰り返したが、全部が全部しっくりこなかった。

 

雪「喜び、怒り、哀しみ、楽しみ⋯⋯思い付く感情は全て描いてみたが、微妙だな」

 

神子「そうですね⋯⋯」

 

布都「失礼しますぞー!」

 

 二人で溜め息を吐いていると布都が入ってくる。

 

神子「布都、どうしました?」

 

布都「お食事の時間ですぞ、神子様」

 

雪「もうそんな時間か。神子、悪いがそろそろお暇するぞ」

 

神子「あ、分かりました」

 

 俺は神子に挨拶して部屋を出ようとする。すると布都が足下に落ちていた紙を手に取った。

 

布都「ん? なんだこの絵は⋯⋯雪、お主太子様の手伝いをしながら落書きをしていたのではあるまいな!?」

 

雪「急にどうした?」

 

布都「この紙に描いてある下手な絵! どう見ても落書きだろう! 太子様の手伝いをしながら遊ぶとは、何ともけしからん!」

 

 そう勘違いした布都が突き付けたのは、神子が描いた絵だった。チラと神子を見ると、少しショックを受けた表情をしている。

 

雪「⋯⋯布都」

 

布都「なんだ?」

 

雪「今回神子に頼まれた手伝いはな、仮面作りの案を描く事だったんだ。だからこれは落書きじゃない」

 

布都「む、そうだったのか。なら早く言えば良いものを⋯⋯しかしお主、画力無さすぎではないか?」

 

雪「それとな布都」

 

布都「む、まだ何かあるのか?」

 

雪「これは神子が描いたものだ」

 

布都「⋯⋯へ?」

 

 布都は俺の言葉を聞くと間抜けな顔をしながら硬直する。暫くして顔を青くすると、ギギッと音がしそうな動きで神子の方へ首を向けた。

 

 神子は顔を真っ赤にしながら、プルプルと震えている。

 

 おお、まるで漫画だな。本当にあんな表情が出来るとは。

 

布都「えと⋯⋯お、おお! よく見れば中々に上手いではないですか! なあ雪!?」

 

雪「⋯⋯もう遅いぞ」

 

神子「⋯⋯」

 

布都「⋯⋯太子様、すみませぬ」

 

神子「いえ、別に良いんですよ、気にしてませんから⋯⋯」

 

 ⋯⋯気まずいな。

 

雪「ところで、布都は何か案があったりしないか?」

 

布都「わ、我か!? う~む⋯⋯」

 

 布都は暫く考えると、ポンと手を叩く。

 

布都「寧ろ喜怒哀楽全てを表すのはどうだろうか!」

 

雪「喜怒哀楽全て⋯⋯」

 

神子「布都、その様な仮面が出来る訳がないですか」

 

布都「む、むう⋯⋯すみませぬ」

 

 喜怒哀楽全て、か⋯⋯そんな面が⋯⋯。

 

雪「⋯⋯あるな」

 

二人「「えっ!?」」

 

 俺は二人が驚いているのをよそに記憶にある面を描く。

 

雪「描けたぞ」

 

 俺が描いたのは能楽と呼ばれる日本の娯楽に使われる面だ。目尻や口角を僅かに曲げ、喜怒哀楽全てを表している面⋯⋯そう、能面だ。

 

雪「これでどうだ?」

 

神子「これは⋯⋯目や口を曲げて様々な表情を表しているんですね?」

 

雪「正確には喜怒哀楽だがな。布都の言葉で思い出した」

 

布都「我か?」

 

雪「ああ。お前の言葉がきっかけでこれが描けたんだ。お前のお手柄だな」

 

 布都は最初キョトンとしたが、すぐに嬉しそうな表情になると

 

布都「ふふんっ!」

 

 と、無い胸を張りながら『ドヤァ』と擬音が付きそうな顔で俺を見てきた。

 

神子「雪さん。今女性を敵に回す様な失礼な事を考えませんでしたか?」

 

雪「知らん」

 

 で、最終的には能面の案に決定した。この後この絵を元に神子が作るという。どうやらこういう物作りは上手らしい。

 

 その後食事を一緒にさせてもらって帰ったんだが、たびたび布都がドヤ顔を向けてきたので帰り際にアイアンクローをキメてやったのは良い思い出になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 娘探し

 神子から面作りを頼まれた日から一週間。今日は予定が無いので適当に都を歩いていると

 

屠自子「あっ、やっと見つけたぞ!」

 

 屠自子が息を切らして近付いてきた。どうやら俺を探して都中を走り回ったみたいだな。

 

雪「どうした屠自子」

 

屠自子「太子様から手紙だ。ったく、あちこち走らせやがって⋯⋯どれだけ探したと思ってるんだ!」

 

雪「それはすまないな。で、その手紙は?」

 

 そう聞くと屠自子は何を苛立ったのか、手紙を投げ付けて去って行った。何を怒っているんだ⋯⋯。

 

雪「⋯⋯神子から手紙か、何の用だ?」

 

 手紙を開き、内容を見る。そこにはこう書かれていた。

 

『こんにちは雪さん。今回は諸事情によって手紙という形で手伝いをお願いしたいと思います。

 

 実はとある母親の娘が行方不明になったという報告を受けました。今は布都達に都内を探してもらっていますが、もしかしたら外に出てしまった、または妖怪に攫われた可能性があります。

 

 雪さんの実力ならこの辺りの妖怪相手でも大丈夫と判断したので手紙を書かせてもらいました。どうか、お願いします』

 

 娘が攫われた、か⋯⋯これは一大事だな。早く探さないと手遅れになるかもしれない。

 

雪「霊力を感じる場所に行ってみるか」

 

 俺はそう呟くと都の外へと向かった。

 

~白狐移動中~

 

雪「⋯⋯ここか」

 

 俺が着いた場所は人間達から妖怪の山と呼ばれている場所。その名の通り多くの妖怪が住む場所だ。そしてここに小さな霊力を感じる。恐らく娘のものだろう。

 

 俺は辺りを警戒しながら足を踏み入れると、次の瞬間大量の矢が放たれた。一瞬驚いたがすぐに後ろに下がり、矢を避ける。

 

 矢が飛んできた方向を見ると数人の犬耳が生えた者達が弓を持っていた。

 

雪「これは驚いた。最近の妖怪は道具を使うのか」

 

 俺が見たことある妖怪は獣の様に本能で動く奴しかいなかったからな。数億年も経てば進化するということか。

 

天狗「貴様っ! 我々天狗の領域に何の用だ!」

 

雪「ほう、天狗なのか。その割には鼻は長くないな」

 

天狗「答えろっ!」

 

雪「煩い奴だな。この場所に人間の娘が居る筈だ。その子を探しにきた」

 

 そう言うが、天狗達は知らないのか顔を見合わせて睨み付けてくる。

 

天狗「人間の娘など知らん! 嘘を吐くな、本当の目的は何だ!」

 

雪「そんな筈はない。ここに小さな霊力を感じるんだぞ? 俺を入れるのが嫌だと言うのなら一度探してくれないか?」

 

天狗「断るっ!」

 

雪「何でだ⋯⋯分かった、そこまで言うのなら力尽くで探させてもらう」

 

 コイツ等では話にならん。時間を掛けては娘が危険だからさっさと終わらせよう。

 

 俺が構えると天狗達は殺気を飛ばして一斉に襲いかかってきた。

 

~side神子~

 

神子「ふう⋯⋯やっと終わりましたね」

 

 私は数々の書類を捌き終えると椅子にもたれ掛かる。しかし一時間前にやって来た母親の娘の捜索は捗っているのでしょうか⋯⋯。

 

神子「⋯⋯私も探しに行かなくてはなりませんね」

 

?「あら、それは困ります。折角危険を冒してまで貴女を孤立させたのですから」

 

神子「っ!?」

 

 椅子から立ち上がろうとすると背後から聞き慣れない声が聞こえる。振り向くと青色の髪の女性が立っていた。

 

 何故私の後ろに? この部屋に入るには正面の扉しかないのに⋯⋯。

 

神子「⋯⋯貴女は?」

 

?「私は『霍《かく》 青娥《せいが》』と申しますわ♪ 太子様にとある提案があって参上しました」

 

神子「提案⋯⋯?」

 

青娥「はい♪ 太子様、貴女は─────不老不死に興味はありませんか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 青娥の誘惑

天狗「ぐっ⋯⋯うぅ⋯⋯」

 

雪「ったく、やっと終わったか。増援多過ぎだろう」

 

 俺はパンパンと手に付いた埃を払う。周りには多くの天狗が倒れ呻いている。コイツら、一度倒したと思ったらどんどん増援送ってきて大変だったな。一度人妖大戦のトラウマが蘇りそうになった⋯⋯。

 

天狗「くそ⋯⋯ば、化け物め⋯⋯」

 

雪「どうとでも言え。お前ら妖怪の治癒力なら数時間で動ける様になる。その間寝てろ」

 

 そして今度こそ娘を探そうとすると突然突風が吹き、上空に黒髪で背中に烏の様な翼を生やした少女が現れた。

 

少女「あやや~、皆やられちゃったみたいですね」

 

雪「何だお前は?」

 

少女「名前を聞く時は自分からが礼儀じゃないですか?」

 

雪「⋯⋯それもそうだな。俺は狐塚 雪。白狐という狐だ」

 

少女「ほうほう、雪さんですか。私は『射命丸《しゃめいまる》 文《あや》』、烏天狗です」

 

 烏天狗⋯⋯確か白狼天狗と鞍馬天狗の間くらいか。違いが良く分からないがコイツらよりは強いという事か? だとしたら面倒だな。

 

雪「で、その烏天狗が何の様だ?」

 

文「天魔様が貴方に御用らしいですよ?」

 

雪「天魔?」

 

 すると先程よりも強い強風が吹き抜け、木の葉が舞う。そして次の瞬間には目の前に黒髪の女性が立っていた。背中には文と同じ翼が生えているがコイツの方が大きいし光沢がある。

 

雪「お前が天魔か」

 

天魔「ああ⋯⋯」

 

雪「そうか。では天魔。俺に何の用だ?」

 

天魔「⋯⋯この惨状は貴様がやったのか?」

 

雪「そうだな。俺はとある事情でやって来たのに、理由を話しても襲ってきて困って⋯⋯っ!?」

 

 俺が話を終える前に、天魔はなんと風の刃を飛ばしてきた。すぐさま避けたが、頬が少し切れてしまった。

 

天魔「よくも⋯⋯よくも私の仲間を! 許さんっ!」

 

 怒り狂ってるな⋯⋯この状態で事情を説明しても聞き入れてくれないだろう。しょうがない、頭を冷やしてもらうか。

 

雪「悪いが時間は掛けられない。早めに終わらせる」

 

 天狗達が本当に娘の事を知らないのであれば⋯⋯危険だ、急いで見つけなければ。

 

~神子 side~

 

神子「不老、不死?」

 

青娥「はい♪ 私達と同じ宗教を信仰して修行を行えば不老不死になる事が出来ます」

 

 同じ宗教⋯⋯この口振りから仏教ではないでしょう。それにこの者が着ている見たこともない服⋯⋯ここから予想出来るのは

 

神子「貴女はこの国の者ではありませんね? 自分達の宗教を広める為の大陸からの使者、といった所でしょうか」

 

青娥「あら、鋭いのですね。流石は太子様」

 

神子「帰りなさい。私が信仰する宗教は仏教です。民の平和の為に仏教を広めているのに、別の宗教など──────」

 

青娥「ですが、それも難しいのでは?」

 

神子「っ! そ、それは⋯⋯」

 

 青娥の言葉に、私は答える事が出来なかった。

 

青娥「仏教を心から信仰する者がいないからこそ、欲深い罪な人間がいるのではないですか?」

 

 青娥の言うとおり、仏教をどんなに広めても私利私欲に駆られて行動する者はいる。確かにこれでは⋯⋯。

 

神子「しかし、それは貴女の宗教も同じでは?」

 

青娥「いえ、私達が信仰する宗教⋯⋯道教を信仰し、不老不死、仙人という永い時間を手に入れれば平和にする事もきっと可能ですわ」

 

神子「⋯⋯人間の寿命では出来ない事を、仙人になり永い時間を利用して未来を治めろ、という事ですか」

 

 青娥はニコニコと笑っているだけで何も言わなかった。

 

 ⋯⋯このまま未来の見えない仏教を広めるよりも、少しでも可能性がある道教に⋯⋯青娥に乗せられた気はしなくもないですが。

 

神子「修行というのは?」

 

青娥「その気になってくれたのですね! 嬉しいですわ! では早速説明致しますわ。修行と言うのは─────」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 雪の怒り

天魔「くっ! 離せ!」

 

雪「無理に動くな。骨が折れるぞ」

 

 天魔との戦闘から一時間。俺は天魔の腕を押さえつけ、動けない様に地面に倒している。

 

天魔「貴様⋯⋯何が目的で我々に危害を加える!」

 

雪「だから何度も言っているだろう。一人の娘を探しに来たんだ」

 

天魔「そんな事信じられ─────」

 

少女の声「キャアアアアアア!」

 

二人「「っ!?」」

 

 天魔が反論しようとすると、遠くから悲鳴が聞こえる。恐らく俺が探している娘だろう。

 

 俺は天魔の拘束を解くと全速力で駆け抜けた。

 

文「あやや~、彼の言葉、本当だったんですね⋯⋯私、彼に着いていってみます」

 

天魔「ああ、任せる」

 

~白狐移動中~

 

娘「嫌だ、嫌だぁ⋯⋯」

 

雪「クソッ、間に合え⋯⋯!」

 

 悲鳴が聞こえる方向に走っていくと、大蛇の妖怪に襲われている幼い娘が尻餅をついて後ずさっている。

 

娘「だ、誰か⋯⋯助けて⋯⋯!」

 

 クソッ! ここから攻撃しても娘に当たる可能性がある。どうする⋯⋯!

 

 そう悩んでいると、突然強い追い風が吹き、俺を後押しする。

 

文「お詫びって訳じゃないですが、これでどうです!」

 

 文か! どうやら能力か何かで風を起こしてくれた様だ。

 

雪「助かる!」

 

 俺は手元に氷の塊を創り出すと、それを勢い良く妖怪に投げ付ける。少しブレたが、なんとか妖怪に当たって大きく吹き飛ばした。

 

娘「えっ⋯⋯?」

 

雪「大丈夫か?」

 

 娘に怪我は⋯⋯無いようだ。娘に近付くと妖怪が起き上がり、怒りが込もった眼で睨んでくる。

 

 俺は殺意を込めて睨み返すと、ビクッと怯えて去って行った。

 

娘「だ、誰⋯⋯?」

 

雪「母親に頼まれてお前を探しに来た。どうしてこんな場所に?」

 

娘「えっと⋯⋯青い髪のお姉ちゃんが、私と隠れんぼしようって⋯⋯ここに連れてこられて、お姉ちゃんが鬼になったから隠れてたの」

 

雪「青い、髪⋯⋯?」

 

 一体誰だ。青い髪なんて知らないぞ? もしソイツが娘を危険に晒すつもりでここに連れてきたのなら⋯⋯いや、違う!

 

雪「文、邪魔したな。天魔に怪我の詫びを言っておいてくれ」

 

文「どうしたんですか? 急に焦りだして」

 

雪「⋯⋯友人が危ない」

 

 それだけ言うと娘と共に都に戻り、娘を母親の元に帰す。そして急いで神子の屋敷に走った。

 

~白狐移動中~

 

雪「神子ぉ!」

 

神子「ゆ、雪さん!? 一体どうしたんですか!?」

 

 俺は神子の部屋の扉を蹴り開ける。そこには神子が驚いた表情で固まっていた。その手には紙に包まれた洋紅色の鉱物を持っている。

 

 それを奪い取ると入念に凍らせ、窓の外に投げ捨てた。

 

神子「な、何をするんですか! あれは⋯⋯」

 

雪「馬鹿野郎!」

 

 神子は俺の怒声で身を竦ませる。

 

雪「お前、あんな物誰から貰った⋯⋯」

 

神子「か、霍 青娥という大陸からの仙人から貰いました」

 

雪「何の目的で?」

 

神子「⋯⋯不老不死の仙人になり、長い時を掛けて人々の平和を創る為です」

 

 神子は意志の籠もった眼でそう答える。しかし不老不死だと? そんな馬鹿らしい力があるわけ⋯⋯いや、神や妖怪がいるんだ。あったとしても不思議じゃない。だが今は⋯⋯。

 

雪「あれはそんな代物じゃない。辰砂《しんしゃ》という硫化水銀⋯⋯中毒を引き起こして死に至らしめる毒物だ」

 

神子「なっ⋯⋯!」

 

 この時代では賢者の石と呼ばれ、不老不死の薬と信じられていたが⋯⋯実際はただ毒物を摂取していたと判明した物だ。

 

 恐らく娘の件も辰砂もその青娥とかいう奴の仕業だろう⋯⋯すると一瞬、壁の外から霊力を感じ取る。

 

雪「誰だ!」

 

 氷柱を創り出し、その壁に放つ。すると氷柱が刺さった壁から少し離れた場所に穴が開き、そこから青い髪の女が現れる。

 

青娥「あら、見付かってしまいましたね」

 

雪「お前が青娥か?」

 

青娥「あら、ご存じで?」

 

雪「先程聞いたからな。ところで、あの娘を攫ったのはお前か? ⋯⋯どうして、神子に辰砂を渡した」

 

青娥「はい♪ あの少女を攫ったのはこの私です。貴方達を太子様から遠ざけ、二人になる必要がありましたので。辰砂を渡したのは、彼女を仙人に導く為ですわ♪」

 

 俺は娘を危険に晒し、神子を毒殺しようとしたのに悪びれもなく喋る青娥を見て何かが切れた。

 

 一瞬の内に青娥に近付き、首元を掴んだまま壁に叩き付ける。

 

青娥「かはっ⋯⋯!」

 

雪「ふざけるなよ⋯⋯不老不死なんて、ただの人間がなれる訳ないだろ!」

 

青娥「ふ、ふふっ⋯⋯現に私が不老不死ですわ。試してみます?」

 

 青娥の余裕ぶった姿と、血が登った頭のせいで正常な思考が出来なかった俺は首を掴む力を強めていく。

 

神子「雪さん! やめてください!」

 

 それを止めてくれたのは、神子だった。

 

雪「っ!」

 

神子「雪さん、どうか冷静になってください。貴方が殺人を犯す場面なんて、見たくありません⋯⋯」

 

雪「⋯⋯すまん」

 

 俺は力を緩め、青娥を解放する。青娥は何度か深呼吸すると、先程と同じ余裕ぶった様子で立ち上がった。

 

雪「だが、俺はコイツを許す事は出来ない。お前を毒殺しようとしたんだぞ?」

 

神子「その事ですが⋯⋯青娥は私に危害を加えようとは思ってるないようです」

 

雪「何故分かる」

 

神子「私は相手の欲を見れます。青娥の欲は、本当私を仙人にしたいだけの様です」

 

 俺は青娥の方を見る。青娥は何も言わず、ただニコニコしてるだけだ。

 

雪「⋯⋯神子」

 

神子「はい」

 

雪「本当に、仙人になる気はあるのか?」

 

神子「あります。民が平和に暮らせる世を創れるなら、私はその道を進みます」

 

 ⋯⋯本気か。

 

雪「青娥、本当に⋯⋯本当に仙人になれるんだな?」

 

青娥「はい♪ 仙人は嘘は吐きませんわ♪」

 

雪「分かった、信じよう」

 

 本当は今も半信半疑だ。だが、神子が決めたのだから、止めはしない。

 

雪「青娥、絶対に成功する様にしてくれ。何か手伝う事があるなら手を貸そう」

 

青娥「分かりましたわ♪ では、また後日貴方の元に行きます。それでは♪」

 

 そう言って青娥は壁の外へと消えていった。

 

神子「雪さん。私の我が儘に付き合っていただき、ありがとうございます」

 

雪「いや、別に良い。アイツらにも伝えておけよ」

 

神子「はい」

 

 俺は頭を冷やす為に家に帰った。

 

 その後俺は、神子達と過ごし、時折青娥に手を貸しながら一日一日を過ごしていた。

 

 そして一週間後⋯⋯仙人になる準備が整った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 暫しの別れ

 今、都にはとある噂が広がっている。それは『神子が重い病に倒れた』というものだ。

 

 実際は神子の事情を知る者が流したデマだが、人間達は鵜呑みにして毎日の様に屋敷に押し掛けていた。

 

 そして俺は今、神子の屋敷に向かっている。屋敷が見えると、今日も同じように人間達が兵士と争っている。

 

男「太子様に会わせろ! 一度だけで良いんだ!」

 

兵士「駄目だ! 騒がしくしてはお身体に障るだろう!」

 

 これも神子の努力の賜物か⋯⋯こんなにも心配してくれる人間達がいるとはな。

 

 そんな事を考えながら、人混みを掻き分けて兵士の前に出る。

 

雪「通してくれ⋯⋯」

 

兵士「雪様ですね? どうぞ、お通りください」

 

雪「すまないな⋯⋯」

 

 俺は兵士に軽く頭を下げると屋敷に入っていく。後ろの人間達がギャーギャーと騒いでいるが、生憎相手をする気分じゃない。

 

 石の様に重く感じる足取りで神子の部屋に来ると、軽くノックした。

 

雪「神子、俺だ」

 

神子「どうぞ」

 

 中に入ると、白装束に着替えて布団に座っている神子、屠自子、布都⋯⋯そしてすぐ側に立っている青娥がいた。

 

雪「⋯⋯青娥、本当に成功するのか?」

 

 どうやら青娥が行う儀式は、長い眠りについて後の時代に尺解仙として復活する。というものらしい。

 

 尺解仙というのは良く分からないが、恐らく仙人と同じものだと考えて良いだろう。

 

青娥「ええ。何度も確認した完璧な術式です。万が一にも失敗は致しません」

 

雪「そうか⋯⋯」

 

 青娥から視線を外し、三人を見る。

 

雪「お前ら、気分は?」

 

神子「落ち着いています。少しだけ、怖いですけど」

 

布都「我は絶好調だ! さあ雪、そんな暗い顔してないで笑え! 我らは尺解仙になるんだぞ!」

 

屠自子「⋯⋯笑えって言われて笑えないのは分かる。だけどお前がそんなに思い詰めなくても良いんだ。だから、そんな暗い顔しないでくれ」

 

 布都と屠自子の言葉を聞いて俺は自分の顔を触る。

 

雪「⋯⋯駄目だな、俺も」

 

 せめて暗い顔はしないで、コイツらを送り出そうとしたんだがな。

 

神子「⋯⋯雪さん」

 

 内心苦笑していると、神子が話し掛けてくる。

 

雪「どうした?」

 

神子「その⋯⋯手を握っててもらえますか?」

 

雪「⋯⋯分かった」

 

 少し驚いたが、すぐに微笑んで優しく手を握る。

 

雪「⋯⋯何十年、何百年、何千年経とうがお前らの事は忘れない。きっと⋯⋯いや、絶対に会いに行く。だから、信じて待っててくれ」

 

神子「はい! お待ちしています」

 

青娥「挨拶は済みましたか? では、術式を発動します」

 

 そう言われた俺は神子の手を解くと、少し離れる。神子達は布団に寝ると目を瞑った。

 

 次の瞬間、三人の胸元に太極印が現れて吸い込まれていく。暫くすると太極印は消えてなくなり、穏やかな顔で眠っている神子達が残った。

 

青娥「術式は成功しましたわ。雪様は外に出ていてくださいな」

 

雪「⋯⋯ああ」

 

 俺は立ち上がると部屋を出て、壁にもたれ掛かる。

 

雪「⋯⋯覚悟は、していたんだがな」

 

 友人と別れた時に何度も感じた、心にポッカリと穴が空いた様なこの感覚は、未だに慣れない。

 

 まだ、いつかまた会えるから良い。だが、彼女たちが目の前で亡くなった時に、俺の心は持つのだろうか。

 

 そうぼんやりと考えていると青娥が部屋から出てくる。

 

青娥「術式の仕上げ、復活する際の媒体と共に寝かせてきましたわ。これで術は終わりです」

 

雪「そうか⋯⋯ありがとう青娥。またいずれ⋯⋯神子達が目覚める時にでも会おう」

 

 俺は青娥から術の終わりを告げられると、フラフラとした足取りで出口へと向かう。

 

青娥「待って。何処へ行くつもりで?」

 

雪「旅を再開する。もう、この都に留まる意味は無い」

 

 そう答えてその場を去る。暫くは誰とも口を利きたくない。そんな考えが届いたのか、青娥はそれ以上何も聞かなかった。

 

 そして俺は、借りていた宿で必要最低限の物だけを纏め、それ以外は売って資金にすると静かに奈良の都を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肆章 竹取物語の巻
第一話 白狐と隙間の出会い


雪「ふぅ⋯⋯今日はここで野宿するか」

 

 都を出てから数ヵ月が経過した。神子の死亡(実際は仮死だが)は即座に広がり、多くの人間が悲しみに暮れたという。

 

 俺はと言うと旅を続けている。村や都を転々としているが、今の様に野宿する時もあるな。

 

 因みに今は黒髪人間の姿だ。苦手な変化の練習に加え、いつ人間に会っても大丈夫な様にしている。

 

雪「⋯⋯ここを寝床にしよう」

 

 この辺りは妖怪も少なく綺麗な川も流れている。魚が泳いでいるので夕食には困らないな。

 

雪「少し早いが夕食にするか」

 

 俺は羽織を脱ぎ、着物と袴の裾を上げると川に入る。そして手で掬う様に魚を捕った。

 

 魚は逃げる時は必ず前に逃げようとする。それさえ分かっていれば手掴みも可能だ。

 

 ⋯⋯まあ、白狐の動体視力のお陰でもあるんだが。

 

雪「ほいっ、と」

 

 そして枯れた枝を集め狐火を投げ入れて焚き火を作る。捕った魚は串に刺して丸焼きにする。

 

 そして数分後。

 

雪「⋯⋯もう良いか」

 

 良い感じに焼けたので雑嚢から塩を取り出して魚に振る。

 

雪「いただきま─────」

 

?「あら、こんな所に人間?」

 

 魚を食べようとすると後ろから声が聞こえる。

 

 妖怪か。それも強めの⋯⋯もう少しで大妖怪になりそう、というくらいか。まあ敵じゃないな。無視して飯を食おう。

 

?「あら、無視? 良い度胸じゃない」

 

雪「⋯⋯」

 

?「⋯⋯ちょっと?」

 

雪「⋯⋯」

 

?「⋯⋯バーカ」

 

雪「誰が馬鹿だ」

 

?「ひゃん!?」

 

 俺は氷柱を後ろに飛ばす。元々当てるつもりはなかったが、氷柱は避けられてしまった。

 

?「ちょっと、危ないじゃない!」

 

雪「煩い、食事中だ。そんなに腹が減ってるなら⋯⋯魚食うか?」

 

?「⋯⋯いただくわ」

 

 妖怪は渋々といった感じで魚を受け取る。

 

?「あ、美味しい」

 

雪「そうか」

 

~白狐食事中~

 

?「ふぅ⋯⋯お腹一杯になっちゃった。貴方を食べる気が無くなっちゃったわ」

 

雪「ふん、俺を食おうなんて十年早い。それに人間と狐の違いくらい分かる様になるんだな」

 

?「え?」

 

 妖怪が何を言ってるんだという表情になったので幻術を解く。俺の髪が白くなり、頭から耳が生えてくる。

 

?「な、なな⋯⋯狐?」

 

雪「正確には白狐だがな」

 

 最近はずっと人間の姿だったからこの姿に戻るのは久々だな。

 

 因みに俺の正体が白狐という事を知った妖怪はシュン⋯⋯と落ち込む。何でも、もう少しで大妖怪になれる所だったので調子に乗っていたらしい。その高く伸びた鼻を俺が折った訳だ。

 

?「はぁ⋯⋯」

 

雪「いつまで落ち込んでるつもりだ」

 

?「だって⋯⋯」

 

雪「ずっと落ち込んでてもしょうがないだろう。今回は良い勉強になったと思え」

 

?「それもそうね。そうだ、丁度良いし⋯⋯私の名前は『八雲《やくも》 紫《ゆかり》』。私の友達になってくれないかしら?」

 

雪「唐突だな⋯⋯まあ、断る理由も無い。俺は狐塚 雪だ。よろしく頼む」

 

 俺の言葉に紫は小さくガッツポーズする。友人が少ないのだろうか。

 

紫「ところで雪。貴方、泊まる場所はあるの?」

 

雪「無いからここで野宿の準備をしているんだろう」

 

紫「あら、それだったら⋯⋯私の部屋にごあんなーい」

 

 突如、身体が宙に浮く。どうやら紫の能力か何かで落下している様だ。

 

 何とか着地すると、そこは先程の森ではなくギョロギョロと沢山の目が蠢く気味の悪い空間だった。

 

雪「気持ち悪っ!」

 

紫「酷い! 私だって好きでこんな空間にした訳じゃないのに!」

 

雪「大体、何で俺はここにいるんだ。お前の能力か何かか?」

 

紫「ええ。私はあらゆる境界を操れるの」

 

 境界を操る⋯⋯俺の氷とかを操る能力よりずっと強いじゃないか。まあ、俺の能力は汎用性が高いから良しとしよう。

 

雪「で、何で俺をここに?」

 

紫「あそこじゃ危ないから、ここで寝泊まりして良いわよ」

 

雪「⋯⋯今日会ったばかりだぞ?」

 

紫「そうだけど⋯⋯友達でしょ?」

 

 ⋯⋯こいつの考えを無下には出来ない、か。

 

雪「分かった。甘えさせてもらう」

 

紫「それが良いわ」

 

 こうして暫くの間、紫のスキマに住まわしてもらう事になった。

 

 そして紫に厄介になった数年後⋯⋯『かぐや姫』と呼ばれる絶世の美女の噂を耳にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 六つ目の難題

貴族「ほう、お主は大陸から来た術士とな?」

 

雪「ああ。修行と文献の為にこの国へ渡ってきた」

 

 俺は今、御輿に乗った貴族(らしき男)と竹林を歩いている。どうしてこんな事になっているかと言うと⋯⋯数時間前に遡る。

 

~数時間前~

 

雪「かぐや姫?」

 

紫「そう。何でも光る竹から生まれた絶世の美女なんですって。人間で言う(みかど)もかぐや姫に夢中らしいわよ」

 

 紫と出会ってから数年が経った頃、彼女から興味がそそられる話を聞いた。

 

雪「どうしてそんな話を?」

 

紫「あら、貴方が興味あると思って言ったのよ?」

 

雪「まあ気にはなるが⋯⋯」

 

 かぐや姫⋯⋯確か原作は竹取物語だったか? 竹から生まれた少女が急速に成長して世間が認める美女となる。その後、彼女に惚れた貴族が様々な難題を出され、それを解こうとするが皆失敗する。

 

 そして満月の夜の前にかぐや姫は月の民だと告白し、帝は彼女を帰らせまいと兵士を送るが月からの迎えの者達に呆気なく敗北してかぐや姫は月へと帰ってしまう。

 

 その際にかぐや姫は蓬莱の薬と呼ばれる不老不死の薬を帝に授けるが、帝は富士山でそれを燃やす⋯⋯大まかにはこんな感じか。

 

 ⋯⋯ちょっと待て。かぐや姫は月の民、だったよな。もしも紫の話が本当なら⋯⋯かぐや姫は永琳の事を知ってるんじゃないか?

 

雪「紫、そのかぐや姫が住んでる場所はどこだ?」

 

紫「えっ? ど、どうしたのよ」

 

雪「いいから」

 

紫「分かったわよ⋯⋯そこまで送ってあげるわ。はい、ご開帳」

 

 紫は渋々といった感じにスキマを開く。俺は礼を言うとスキマを通る。

 

雪「っと。ここは⋯⋯竹林か」

 

 この竹林にかぐや姫が⋯⋯そう思って人間の姿に変化してから先に進もうとすると後ろから人間の悲鳴と妖怪の雄叫びが聞こえてくる。どうやら襲われている様だ。

 

雪「⋯⋯放っておく訳にもいかないか」

 

 悲鳴が聞こえた方に走ると貴族風の男とその護衛らしき人間。数匹の妖怪が争っている。

 

 奇襲でも受けたんだろう。護衛の動きがぎこちない。何人かは既に怪我をしている。

 

妖怪「ギィイイイ!」

 

貴族「ひ、ヒィイイイイ!」

 

雪「はぁっ!」

 

 一匹の妖怪が護衛の間をすり抜けて貴族に襲い掛かろうとした所に氷塊を投げつける。

 

 突然の事に貴族達はポカンとしているが、妖怪共は邪魔された事に怒ってギャーギャーと騒ぐ。

 

雪「⋯⋯喧しい」

 

妖怪「ギッ⋯⋯!」

 

 威圧すると妖怪共は顔を恐怖に染め、逃げ去っていく。戦うのも面倒だったからな。あの程度の雑魚なら威圧すれば逃げるから楽だ。

 

雪「大丈夫か?」

 

 そう言って貴族達に近付くと護衛が槍を向けてくる。これは警戒してるな。そりゃあ突然現れて妖怪共を撃退すればそうなるか。

 

 すると貴族が護衛を下げ、俺の前に出てくる。

 

貴族「先程は助かった。お主は誰かな?」

 

雪「ここらを旅してる者だ」

 

貴族「ほう。しかしこの辺りは竹林しか無いぞ? どうしてこんな場所に?」

 

雪「この先にいるかぐや姫に会いにきた」

 

 そう答えると貴族は笑い始める。何なんだ一体⋯⋯。

 

貴族「奇遇だな、私もかぐや姫に会いに来たのだ。どうだ、共に行かぬか?」

 

雪「良いのか?」

 

貴族「うむ。折角だ、姫の元に着くまで旅の話を聞かせてくれぬか」

 

雪「良いだろう。では、共に行かせてもらう」

 

──────

 

 そして現在に戻る。氷塊を飛ばした所を見られた⋯⋯というか見せてしまったので大陸の術士と答えてある。

 

 暫くして歩いていると鬱蒼とした竹林の中に建てられた屋敷が見える。ここに、かぐや姫が⋯⋯。

 

貴族「うむ、着いたな。さあ待っておれかぐや姫よ! 今行くぞ!」

 

 貴族はさっさと御輿を降りると早足で屋敷に入っていく。さて、俺も行くか。

 

~白狐移動中~

 

 屋敷に入ると、先程の貴族を含めた五人の男と優しげな雰囲気の老人がいた。恐らくこの老人が竹取の翁だろう。

 

翁「あの、貴方は?」

 

貴族「私の連れだ。この者も姫に会いたいらしい」

 

翁「はあ⋯⋯構いませんが」

 

 翁は俺を一瞥するが、すぐに視線を外すと俺達を姫の部屋に案内した。

 

翁「では、ごゆるりと⋯⋯」

 

 通された部屋には俺と五人の貴族。そして(すだれ)で姿を隠しているが、姫が座っている。

 

 そして翁が部屋から出て行った瞬間、貴族達はマシンガンの様に話を始めた。俺はというと、貴族達から少し離れた場所で壁にもたれ掛かりながら黙っている。

 

 暫くして貴族達の話が終わると、姫が口を開いた。

 

姫「⋯⋯皆さん、とても楽しいお話をありがとうございます」

 

 絶対聞いてなかっただろうな。多分何度も同じ事があったんだろう。

 

姫「もう少しお話を聞いていたいのですが、何分時間が掛かります。なので皆様に一人一つ、問題をお出ししましょう。それを達成出来た方と結婚を致します」

 

 貴族達はその話を聞くと歓声を上げる。五月蝿いな⋯⋯ここは他人の家だぞ。恥じらいというのを持ったらどうだ。

 

姫「ところで⋯⋯そこのお方」 

 

 貴族達の様子に呆れていると、突然として姫に話し掛けられた。

 

雪「何だ」

 

姫「貴方は私に話をする訳でも、結婚を願う訳でもなく様子を見ているだけ⋯⋯どうしてですか?」

 

 おっと、何も喋ってないから目を付けられたか。さてどう答えるか⋯⋯そうだな。

 

雪「なあ姫、あと数日もすれば綺麗な満月が浮かびそうだとは思わないか?」

 

姫「⋯⋯は?」

 

雪「姫は月に何か思い出は無いか? 俺は⋯⋯永琳、という女性との思い出があるんだが」

 

姫「っ⋯⋯!」

 

 幕によってあまり分からなかったが、姫は今確実に動揺した。貴族達は「何を言ってんだコイツ」という表情をしてるが気にしない。

 

姫「⋯⋯成る程。貴方の言いたい事は分かりました。ですが確証が欲しいところです。貴方にも問題をお出ししましょう」

 

雪「良いだろう」

 

 ビンゴだ。これでかぐや姫は月の民というのが確実になった。後は問題を解けばオーケーだな。

 

 そして姫は俺達にそれぞれ問題を出していく。話通り難題ばかりだ。そして俺は⋯⋯

 

『花を愛する妖怪』が育てる花を一本取ってくる⋯⋯という難題を出された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 四季のフラワーマスター

雪「ここか⋯⋯これは凄いな」

 

 俺はかぐや姫から出された難題、妖怪の向日葵を取りに来ている。

 

 花を愛する妖怪が住んでいるという場所は、一面向日葵が咲き乱れ、見た者を圧巻させる景色が広がっていた。

 

雪「美しいな⋯⋯お前が育てているのか?」

 

?「あら、気付いていたのね」

 

 俺は後ろから近付いていた妖怪に声を掛ける。その妖怪は緑色の髪を持つ美しい女性の姿をしている。

 

?「貴方は誰? 私の庭に何の用かしら?」

 

雪「俺は狐塚 雪だ。お前に少し頼み事があってな」

 

?「私に? へぇ⋯⋯私の名前は『風見(かざみ) 幽香(ゆうか)』よ。それで、用って?」

 

雪「この向日葵を一本もらいたい。頼めるか?」

 

幽香「向日葵を? ええ、良いわよ」

 

 用件を伝えると幽香は微笑んで承諾する。何だ、随分楽じゃないか?

 

雪「ありがとう。では早速─────」

 

幽香「⋯⋯貴方の命と引き換えにね」

 

雪「っ!」

 

 幽香が日傘を閉じ、その先端を向けた瞬間、俺の頬を何かが掠めていった。皮膚が切れたのか、血が流れ出る感覚を感じる。

 

幽香「ほら、避けないと死ぬわよ?」

 

雪「チッ!」

 

 頬の血を拭った瞬間、幽香は先程よりも大量の何かを飛ばしてくる。

 

 何だこれは。見た感じ光の玉のようだが⋯⋯妖力の塊? こんな使い方もできるのか。

 

雪「⋯⋯こんな感じか?」

 

 俺は霊力を集める様なイメージで掌を突き出す。すると速度は遅いが、一発だけ霊力の塊が放たれた。

 

 なる程、練習すれば能力との併用も出来そうだな。

 

雪「今は練習する時間も無いが!」

 

幽香「貴方、避けてるばかりで勝てるのかしら?」

 

 大量の妖力弾を避けていると幽香がそんな事を言ってくる。

 

 確かに、このまま避け続けても勝てる筈がない。だがこの攻撃の中攻勢に出ようとは思えないしな⋯⋯。

 

雪「しょうがない。まだ練習途中なんだが⋯⋯」

 

 そう呟くと、俺はパチンと指を鳴らす。

 

 ─────刹那、俺以外のあらゆる事象が停止した。

 

 俺は動きの止まった妖力弾を避けながら幽香へと近付く。そして腰を落とすと⋯⋯

 

雪「女を殴る趣味なんて、俺には無いんだがなっ!」

 

 多少手加減しながら拳を突き出す。それと同時に止まっていたあらゆる事象が動き出した。

 

幽香「⋯⋯なっ! がふっ!」

 

 幽香は驚いた表情をしたと同時に殴り飛ばされる。

 

幽香「な、何を⋯⋯何故貴方が突然目の前に⋯⋯?」

 

雪「時間を止めた⋯⋯いや、時間を凍らせたの方が正しいか?」

 

 俺は今まで、この能力を何かに応用出来ないかずっと考えていた。確かに氷を生み出したり何かを凍結させるだけでも十分に強い。だが手数は多い方が良いだろうと、色々と試行錯誤していたんだ。

 

 そんな中、前世に読んでいた漫画で氷を操る女性キャラが時間を凍らせて強制的に止めていた技を思い出し、それを真似てずっと練習していた。今は3秒が限界だがな。

 

幽香「フ、フフフ⋯⋯貴方、面白いわね。ちょっと楽しくなってきたわ」

 

 そう言った幽香は日傘を振るってきた。俺は咄嗟に氷の篭手を作り、ガードする。

 

 っ⋯⋯凄い衝撃だ。何とか防げたがそう何度も受け止められる攻撃じゃないな。現に、受け止めた腕が痺れている。

 

雪「婦人の行いじゃないな! 日傘が折れるぞ!」

 

幽香「この日傘は特別製⋯⋯そう簡単に折れないわ!」

 

 今度は俺の顔面を狙ってきたのでそれを避け、幽香のカッターシャツの襟を掴み

 

雪「おお、らぁっ!」

 

 力業での背負い投げをする。しかし幽香は受け身でダメージを流すと日傘で俺を吹き飛ばした。

 

雪「ぐっ!?」

 

 俺は諸に食らったせいで数メートル吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。クソっ⋯⋯嫌な音したぞ。骨でも折れたか?

 

幽香「あら、苦しそうね」

 

雪「お陰様でな⋯⋯ゲホッ」

 

幽香「⋯⋯今、楽にしてあげるわ」

 

 幽香はそう言うと日傘を俺に向けてくる。一体何を⋯⋯

 

幽香「マスター⋯⋯」

 

 っ! 日傘の先端に妖力が集まっていく!? これを放ってくるって言うのか!?

 

雪「おい待て! そのままだと向日葵まで消し飛ぶぞ!」

 

 駄目だ、聞こえていない。そう思った瞬間、幽香のチャージが終わったのか、一度妖力の収束が止まり⋯⋯

 

幽香「⋯⋯スパーク!」

 

 辺りを照らす様な巨大な光線が放たれた。

 

雪「クソっ!」

 

 俺は咄嗟に足と地面を氷で固定し、身体がその場から動かない様にすると光線を受け止める。

 

雪「ぐぅうううう⋯⋯!」

 

 何だこれは。今までの攻撃で一番強力⋯⋯永琳達が住んでいた都市のレーザー砲よりも強いんじゃないか? 一度誤射されて食らったけどこれ程じゃなかったぞ?

 

 暫く耐えていると光線の威力は徐々に弱まっていき、遂には消滅する。しかし俺の服はボロボロになり、身体中傷だらけだ。

 

 後ろを振り向くと、向日葵畑には傷一つない。どうやら守れた様だ。

 

幽香「貴方⋯⋯どうして避けなかったの?」

 

 すると幽香が驚いた様な表情で話しかけてきた。

 

雪「⋯⋯避けたら、お前の向日葵が消し飛んだだろう?」

 

 俺がそう答えると同時に、意識が少しずつ落ちていく。最後に見たのは、こちらに向かって走ってくる幽香の姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 答え合わせ

雪「う⋯⋯」

 

幽香「あら、起きたのね」

 

 花々の甘い香りで目が覚める。首を動かして辺りを見渡すと、どうやらベッドに寝かされているらしい。隣では幽香が椅子に座っていた。

 

 ⋯⋯確か俺は幽香の光線を防いで気絶したんだったか。というとここは幽香の家か?

 

 起き上がろうとすると身体に痛みが走る。見ると身体には包帯が巻かれていた。幽香が巻いてくれたのだろうか。

 

幽香「貴方、よく私のマスタースパークを正面から止めようなんて思ったわね。まあ、そのお陰で向日葵は助かったんだけど」

 

雪「お前が向日葵に気を回していれば受け止めなかったさ」

 

幽香「⋯⋯はい、これ」

 

 すると幽香は一輪の向日葵を差し出してくる。

 

雪「これは?」

 

幽香「向日葵を守ってくれたお礼⋯⋯といった所かしら。貴方が花を大切にするって分かったから譲っても良いと思ったのよ。それに、この子も貴方の力になりたいと言ってるから」

 

雪「まるで花と話せるかの様な言い方だな」

 

幽香「話せるわよ。『花を操る程度の能力』だもの」

 

 その後、幽香とは他愛もない話をしてから別れた。幽香はいつでも歓迎すると言っていたが⋯⋯彼女には悪いが暫く勘弁だな。

 

~数日後~

 

 姫の難題の答え合わせの日。屋敷に足を運ぶと既に三人程の貴族が集まっていた。残り二人は⋯⋯確か龍の首の五色の珠、あと燕の子安貝を難題として出された者だったか。竹取物語では二人とも大怪我で戻ってこれなかったのだったな。

 

姫「皆様、お集まり頂きありがとうございます。では早速、答え合わせといきましょう」

 

 そして、姫の答え合わせが始まった。一人目は仏の御石の鉢を渡す。確かこれは鉢のどこかに光があるという代物だな。

 

姫「⋯⋯光ってませんね。偽物です」

 

貴族「なっ⋯⋯!」

 

 姫はそれを偽物だとアッサリと見抜き、一人目の貴族を帰らせる。恐らく先程の貴族は偽物でも騙せると高をくくっていたんだろう。

 

姫「では、次の方」

 

 二人目は火鼠(かそ)の皮衣を持ってきた。確か火鼠という妖怪の皮で作られた衣でどんな炎にも決して燃えない、という物だったな。

 

 それを受け取った姫はすぐさま近くにあった火鉢に放り込む。その衣は火鉢に入った瞬間、燃えない所か普通よりも早く燃え盛った。

 

姫「なんとも簡単に燃えましたね。偽物です」

 

貴族「く、くそぉ!」

 

姫「それでは⋯⋯次は貴方ですね」

 

 最後の貴族は蓬莱の珠の枝を持ってきた。これは七色の美しい実を付ける枝だな。

 

姫「これは⋯⋯」

 

 姫は渡されたそれを見ると、最初は澄ました表情をしていたが段々と驚いた様な表情に変わっていく。

 

姫「まさか⋯⋯本物?」

 

 ⋯⋯竹取物語では藤原不比等(ふびな)という貴族が珠の枝を取りに行ったと思わせ、数人の職人と共に贋作を作り出すのだったな。で、最初は姫を騙せていたが⋯⋯

 

 そこまで思い出していた時、廊下からドタドタと足音が聞こえる。すると襖が開いて数人の男達が慌ただしく部屋に入ってきた。

 

男「貴族様! いつになったら報酬を頂けるのですか!」

 

 そうだ。確か姫を騙せていたが、その後入ってきた職人達によって失敗に終わるんだったか。

 

貴族「き、貴様ら! 何故ここに!?」

 

姫「皆様は?」

 

男「私達はこの御方に依頼され、蓬莱の珠の枝を作った者です。完成した暁にはすぐに報酬を払うと言われて数日間殆ど眠らず完成させたのに、この方は未だ報酬を払わずのらりくらりと⋯⋯」

 

姫「⋯⋯どういう事でしょうか?」

 

貴族「こ、これは⋯⋯その⋯⋯」

 

 姫の威圧感のある言葉に狼狽えた貴族は、弁解は不可能だと思ったのか逃げる様に部屋を去っていった。職人達も貴族を追って消えていく。

 

姫「さて、最後は貴方ですね」

 

雪「そうだな」

 

 部屋に残った俺は姫に向日葵を渡す。しかし姫はそれを一瞥するだけで

 

姫「本物ですね」

 

 そう告げた。

 

雪「何故しっかりと見もしないで本物だと分かる?」

 

姫「この辺りに向日葵はあの妖怪の場所しか生えていませんから。遠出すれば他の場所にも生えていますが、それを数日で取りに行くのは不可能です」

 

雪「⋯⋯成る程な」

 

 そう呟いたと同時に、姫は簾を退けて姿を見せる。

 

姫「⋯⋯では、貴方の願いを叶えましょう。月の英雄」

 

 ⋯⋯濡れた様な長い黒髪に整った顔立ち。成る程、貴族達が夢中になるのも無理はない。俺には関係ないが。

 

雪「なんだ、俺は月の英雄などと大層な名で呼ばれているんだな」

 

姫「はい。たった一人で無数の妖怪を止め、私達を守って亡くなった⋯⋯そう思われてますよ」

 

雪「そうか⋯⋯というか、普通に喋ったらどうだ?」

 

姫「あら、気付いてたのね」

 

 姫は凛とした雰囲気を壊し、見た目相応の柔らかな雰囲気を纏う。そして可笑しそうにクスクスと笑った。

 

雪「どこか無理してそうな雰囲気をしていたからな。名を聞いておこう。俺は⋯⋯」

 

姫「狐塚 雪でしょ? 月の民なら知らない人はいないわよ。私は『蓬莱山《ほうらいざん》 輝夜《かぐや》』。お爺様やお婆様からはかぐや姫と呼ばれているわ」

 

雪「そうか⋯⋯なあ、輝夜」

 

輝夜「ん?」

 

雪「⋯⋯永琳は、元気か?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 月の使者

輝夜「ええ、元気よ。一時期精神的に参ってたけど、最後に見た頃にはいつも通りに過ごしてたわ。あと、貴方の部下だった三人も元気に過ごしているわ」

 

雪「そう、か⋯⋯それは良かった」

 

 ずっと、気掛かりだったんだ。永琳達は無事に過ごせているのか⋯⋯そうか、元気に過ごせているか。

 

雪「ところで、輝夜はどうして地上にいるんだ?」

 

輝夜「月で重罪を犯したのよ。蓬莱の薬っていう薬を飲んで不老不死になったの。死罪にも出来ないから穢れの溜まった地上に流刑されたのよ」

 

 蓬莱の薬⋯⋯噂だけなら聞いたことがあるな。飲むと不老不死になり、魂が存在すれば肉体を一から再生する禁薬。都市が厳重に管理していると聞いたが⋯⋯よく飲めたな。

 

雪「地上に流刑⋯⋯生まれ故郷なのによくそんな事が出来るな。そんなに天命を迎えるのが嫌なのか」

 

輝夜「まあ、死にたいとは思わないでしょうね。でも地上も悪くないわ。寧ろこっちの方が楽しいわね」

 

 そう言った輝夜の表情には寂しさが混じっている。竹取物語では、かぐや姫は月の使者に連れられて地上を去る。恐らくもう少しでその使者が来るのだろう。

 

雪「⋯⋯輝夜、月に帰りたいか?」

 

輝夜「えっ? そ、そうね⋯⋯帰っても私は重罪人として碌な扱いを受けないだろうし、残りたいと思うけど⋯⋯それも無理よ。どこに行ったって必ず見つかるもの」

 

 ⋯⋯あれから数億年近く経っている。俺の記憶よりも強力な兵器も持っているだろう。なんせ、輝夜を迎えに月から飛んでくるくらいだからな。

 

 ⋯⋯だが、俺には関係ないな。

 

雪「輝夜、迎えはいつ来る?」

 

輝夜「えっと、二週間後だけど」

 

雪「そうか⋯⋯分かった。またな」

 

 俺はそう言って輝夜と分かれると屋敷から離れ、人気の無い竹林の奥へ入ると

 

雪「話は聞いたな、紫」

 

 紫へ話しかける。すると後ろの空間にスキマが開き、紫が顔を出した。

 

紫「ええ。どうするの?」

 

雪「決まっているだろう。頼めるか?」

 

紫「分かったわ。早速準備してくるわね」

 

 そして紫は再びスキマへと消えていく。

 

 ⋯⋯二週間後、か。

 

~Nobody side~

 

 雪が輝夜に会った日から二週間後。いつもは竹林の奥に立つ静かな屋敷は、多くの兵士によって守られている。

 

 今日の夜、輝夜が月の使者に連れて行かれると聞いた帝は大量の兵士を送り、輝夜を守る命を出したのだ。

 

 そして満月が美しく輝く夜⋯⋯突如として辺りが眩しく光り輝き、ここら一帯が昼間の様に明るくなる。

 

 暫くして光が収まり、その場の全員が目を開く。そして全員の目に映ったのは、いつの間にか現れていた雲に乗った使者─────

 

兵士「何だ、あれは⋯⋯」

 

 ─────などでは無く、十分過ぎる程武装された銀に光る宇宙船だった。

 

兵士「浮いている? 一体どうやって⋯⋯」

 

 兵士はそれぞれ驚愕、恐怖、疑問を浮かべる。すると指揮官らしき男が声を張り上げた。

 

指揮官「狼狽えるな! 相手が何だろうと倒せん事はない! 弓矢隊、放─────」

 

 しかし、指揮官の言葉が最後まで紡がれる事は無かった。宇宙船から放たれた閃光が指揮官を一瞬にして灰にしたのだ。それを見た兵士達はポカンとした表情を浮かべ

 

兵士「う、うわぁあああああ!」

 

 戸惑い、逃げ惑う。中には勇敢にも立ち向かおうとした者もいたが一瞬にして消え去る。瞬く間に、兵士達は全員灰と化した。

 

 宇宙船は輝夜がいる屋敷の庭に降りるとハッチが開く。そこからは数人の月人と⋯⋯

 

輝夜「永琳⋯⋯」

 

永琳「⋯⋯」

 

 雪の最初の友人にして、輝夜が家族同然にも思っている永琳が姿を見せる。その表情は険しく、昔の様な柔らかな笑顔を感じられない。

 

永琳「⋯⋯姫様」

 

輝夜「ええ、分かってるわ。月に帰り「⋯⋯まだ、地上にいたいですか?」⋯⋯え?」

 

 永琳は諦めて月に帰ろうとする輝夜の言葉を遮って、そんな質問をかける。

 

永琳「私は姫様の味方です。どんな判断をしてもずっとお側につきましょう⋯⋯もう一度お聞きします。地上にいたいですか?」

 

 永琳は小さく、だがしっかりとした声で聞く。輝夜は一度目を閉じ、開くと力強く頷いた。それを見た永琳はニッコリと微笑むと

 

月人「永琳殿、時間がありません。お急ぎをお゛ぉ゛⋯⋯?」

 

 弓を引き絞って後ろの月人に放った。脳天を貫かれた月人は目をグルンと上に向けるとドサリと倒れる。

 

永琳「姫様! 走ってください!」

 

月人「永琳殿! 裏切るつもりか!」

 

 永琳は月人の言葉に返事をせず、輝夜と共に竹林の奥へ逃げていく。月人達は光線銃を手に取るとそれを追った。

 

~少女逃走中~

 

輝夜「ハアッ⋯⋯ハアッ⋯⋯あっ!」

 

永琳「姫様っ! 大丈夫ですか?」

 

月人「追い付いたぞ永琳、輝夜!」

 

 永琳と輝夜が逃走して数十分。竹林の道を理解している輝夜のお陰で二人は上手く逃げていたが、相手は訓練を積んだ兵士。中々振り切れずにいると輝夜が転び、すぐに月人に囲まれてしまった。

 

永琳「このっ⋯⋯ぐぅっ!」

 

輝夜「永琳!」

 

 永琳は弓を引き絞ったが光線銃に肩を貫かれ弓を落とす。そして隊長らしき男が片手を上げると全員が銃を構えた。

 

隊長「ふんっ、馬鹿な事をしたな。月の頭脳とも呼ばれる貴女が我々を裏切るとは」

 

永琳「黙れっ! 貴方達が姫様の身体を使って不老不死の研究をするなんて言い出さなかったらこんな事はしなかったわ!」

 

輝夜「えっ⋯⋯?」

 

隊長「ふんっ⋯⋯輝夜は不老不死だ。手足を落とし拘束してから連れて帰るぞ。永琳は⋯⋯用済みだ、殺せ」

 

輝夜「っ⋯⋯!」

 

 輝夜は隊長の声を聞いて顔を青くする。そして永琳は庇う様に輝夜を抱き締め、隊長を強く睨みつける。

 

隊長「⋯⋯撃てぇ!」

 

 隊長が片手を下ろすと月人達は光線銃を放つ。二人は殺される事を覚悟して目を瞑る。

 

永琳「⋯⋯?」

 

 しかし、一向に痛みを感じない。永琳が目を開くと、まず見えたのは濃い吹雪。その先に驚愕の表情を浮かべた月人達。そして⋯⋯

 

永琳「あ⋯⋯え⋯⋯?」

 

雪「悪いな二人とも。遅くなった」

 

 彼女達の英雄が、優しげな表情を浮かべて立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 雪の憤怒

隊長「き、貴様は何者だ!」

 

雪「お前達に答える義理は無い。紫!」

 

紫「はいは~い。さあ二人とも、逃げるわよ」

 

 紫を呼ぶと隣にスキマが開き、中から紫が顔を出す。永琳達が驚いているが今説明する時間は無い。

 

雪「二人とも彼女に着いて行け。安全な場所まで連れていってくれる」

 

永琳「ゆ、雪は!?」

 

雪「コイツらの足止めだ。安心しろ、“あの時”の様にはならないさ」

 

 振り向いて永琳に優しく微笑むと永琳は小さく頷き、輝夜の手を引いてスキマに入っていく。

 

隊長「に、逃がすな! 撃てぇ!」

 

 勿論コイツらが見逃す訳もなく、号令と共に光線が放たれた。俺は能力で氷の壁を創り出しそれを防ぐ。それと同時に三人はその場から消え去った。

 

隊長「な、何をした!」

 

雪「答える必要がない」

 

 俺は月人の隊長らしき男を睨む。それと共に、心の底から沸々とドス黒い感情が芽生え始める。

 

雪「どうせお前達は⋯⋯」

 

 俺は、友人を傷付けるのは嫌いだ。

 

 俺は、友人が傷付いてる姿が嫌いだ。

 

 俺は、友人を傷付けようとする奴が─────

 

雪「⋯⋯今、ここで死ぬんだからな」

 

 ─────殺したい程までに、大っ嫌いだ。

 

 綺麗事だと言われようが、偽善と罵られようが、この考えは変わらない。

 

 不当な理由で友人を失うのが怖い。それを阻止するのならばこの手を穢そうとも構わない。

 

雪「さあ、始めようか」

 

 俺がそう呟くと同時に月人達は各々銃ではなく刀や槍を取り出す。

 

 銃が効かなければ近接武器か⋯⋯悪くない判断だ。相手の数は七人。そこまで多くないな。

 

 すると隊長が向かってくる。その手には刀が握られていた。隊長はそれを振り上げ、斬り込んでくる。

 

隊長「死ね、穢れた妖怪風情がぁ!」

 

雪「お前がな」

 

 俺は片手に氷の篭手を纏わせると刀を掴み、刃を根元からへし折る。そして手の中にある刃をガラ空きの顎に突き刺した。

 

 刃は顔を突き抜けそのまま頭頂部に突き出る。隊長はそのまま何も喋らずに倒れ伏した。

 

隊員達「「「う、うわぁあああああ!」」」

 

 それを見た月人達は散り散りに逃げ惑った。

 

 おいおい⋯⋯今時の防衛軍は根性が無いな。俺が所属してた頃は隊長が死んでも戦意は喪失しない程度の根性はあったぞ?

 

雪「というか、逃がすわけないだろ」

 

 俺は月人共を見失わない内に巨大な氷の壁を創る。奴等は逃げられないと悟ったのか武器を構えるが、ガタガタと震えておりとても滑稽だ。

 

雪「さあどうした? 永琳達を追ってた時は非常に楽しそうだったのになぁ?」

 

月人A「ヒィッ⋯⋯!」

 

雪「ほら、永琳達を追ってた時の様に強気に来れば良いじゃないか。それともお前らは無力な相手には強気になる屑なのか⋯⋯いや、永琳を殺そうとした時点で屑だったな」

 

 この時の俺は狂っていたのか、いつもなら口に出さない言葉を喋り始めた。それも、楽しそうに満面の笑みで⋯⋯。

 

雪「⋯⋯もう良い。来ないならこちらから行かせてもらおう」

 

 そう呟き一番近くの月人へと近付く。その月人は恐怖により後退りながら刀を滅茶苦茶に振り回し始めた。

 

 そんな攻撃が当たる訳もなく、俺は刀をへし折ると月人の頭を掴み⋯⋯

 

雪「燃えろ」

 

 全身を狐火で包み込んだ。狐火の火力を調整して長い間火達磨で燃やされる様にしておいた。月人はゴロゴロと転がって火を消そうとしているが無駄だな。

 

月人A「アァアアアアア!? 熱い、熱いぃいい!!」

 

雪「ハハハハッ、綺麗じゃないか! 火は浄化の力を持つとされているんだ。お前の嫌いな穢れも燃やされているんじゃないか?」

 

 暫くすると月人は死んだのか動かなくなる。それと同時に狐火は消え、そこには人だった巨大な炭が残った。

 

雪「次はお前だ」

 

月人B「ムウッ!?」

 

 そして近くで腰を抜かしている月人の顔を引っ掴み持ち上げる。更にその口を開くとドポドポと水を流し込んでいく。

 

月人B「ンンッ! ンーッ!」

 

雪「知ってるか? 聖水って言ってな。水にも浄化の力があるんだ。まあ大体は偽物だしこれもただの水だがな」

 

 そんな事を喋りながら水を飲ませていく。途中で吐き出しそうになったが、それも操って無理矢理飲ませていった。

 

 すると水をずっと飲んでるせいでコイツの腹がブクブクと膨れていき、苦しそうに藻掻いている。

 

雪「さて、あと何秒後に破裂するかな?」

 

月人C「や、止めろぉおおおおお!」

 

 すると今度は背後から槍を持った月人が走ってくる。俺は左手をそいつに向けるとパチンッと指を鳴らした。

 

 指を鳴らしたと同時にその月人の周りに吹雪が舞う。勿論ただの吹雪じゃない。高速で氷の刃が飛び交い、触れると即座に切り身が出来上がる特別製だ。

 

雪「そこで大人しく見てろ」

 

 俺はそう言って水を飲ませている月人に視線を戻す。

 

月人B「ングッ⋯⋯!」

 

 しかし、それと同時にコイツの身体が破裂した。辺りに血肉が飛び散り、一番近くにいた俺は顔まで鮮血に染まる。

 

雪「チッ⋯⋯もう弾けたか」

 

 唯一残った顔を投げ捨てると、先程閉じ込めた月人に顔を向け、開いた左手を突き出す。

 

雪「お前も⋯⋯さよならだ」

 

 そして突き出した左手を握ると、吹雪は一気に狭まり月人を切り刻んだ。その月人は悲鳴を上げる間もなくバラバラになる。

 

 すると今度は背後から殺気を感じ取った。振り向くと二人の月人が俺に攻撃を仕掛けていた。どうやら一人では適わないと思い二人で挑んだ様だ。

 

雪「だが甘いな」

 

 次の瞬間、月人の足下が突如として凍り付き奴らの足を止めた。そして俺は手を上げ、空中に何十本もの氷柱を創り出すと⋯⋯

 

雪「じゃあな」

 

 手を下げる。それと共に氷柱が地面へと落下して奴らを串刺しにする。

 

雪「さて、後はお前だけだが⋯⋯」

 

月人D「ヒッ!」

 

 残った一人に視線を向けると、ソイツの股ぐらからは異臭のする液体が漏れ出す。

 

月人D「お、お願いします⋯⋯殺さないでください⋯⋯」

 

 ソイツはあらゆる液体で汚れグチャグチャになった顔を地面へと擦りつける。

 

 殺さないで、か⋯⋯そうだな。

 

雪「安心しろ。死にはしない」

 

月人D「えっ!?」

 

 俺の言葉に月人は希望を見つけた様な表情を浮かべ顔を上げた。

 

月人D「あ、ありが「運が良ければな」⋯⋯えっ?」

 

 俺はポカンとしている月人の胸ぐらを掴むと空高くぶん投げる。そして手を指鉄砲の様にすると霊力を溜める。

 

 俺は、コイツらが来るまで何もしていない訳じゃなかった。何が来ても対処出来るように、幽香に頼んで特訓を積んでいたんだ。

 

雪「運が良ければ死なないさ。運が良ければな⋯⋯」

 

 俺は幽香との地獄の様な特訓のお陰で彼女の技を一つ覚える事が出来た。それは⋯⋯

 

雪「⋯⋯マスタースパーク!」

 

 マスタースパーク。幽香は日傘の先端に妖力を溜めて放ったが、俺は指先に霊力を溜めて放つ。

 

 指先に溜まった霊力は白い光線となって月人に向かっていく。そして光線は月人を消し飛ばすとそのまま夜空の彼方へ消えていった。

 

 むう⋯⋯やはり力加減がまだ分からんな。

 

雪「まあ良い。お前は運が悪かったようだ」

 

 ああ楽しかった。さあ、永琳の所へ⋯⋯。

 

 そう思った瞬間、俺は足を止めた。

 

 俺は今⋯⋯何て?

 

雪「っ! うぇえええ⋯⋯!」

 

 突然として吐き気が込み上げた。その場に蹲ると胃の中身をぶちまける。

 

雪「何で⋯⋯楽しいなどと⋯⋯」

 

 確かに、俺は友人を傷付ける奴は殺したい程までに大嫌いだ。

 

 だがそれを⋯⋯殺しを楽しいと思わない。思う筈が無いのに⋯⋯

 

雪「なのに⋯⋯どうして?」

 

?『それ──前が思───だ─?』

 

雪「っ!?」

 

 突然、頭に謎の声が響く。まるで“俺の声”のような⋯⋯。

 

?『本───達が傷付く──嫌──て建───? お前───殺────大好────なあ? 前──殺人────しよ』

 

雪「何だ⋯⋯何を言ってる?」

 

?『お───まだ干────くい───いみ──だな───今度会おう─。じ──な』

 

 暫くして、謎の声は聞こえなくなる。今度会おう? 一体誰だったんだ⋯⋯。

 

雪「⋯⋯」

 

紫「⋯⋯結構無残に殺ったわね」

 

 すると後ろから紫の声が聞こえる。振り向くと彼女がスキマから顔を覗かしていた。

 

雪「紫か⋯⋯」

 

紫「そこに川があるわ。その返り血を洗っておきなさい。服は私が用意しておくわ」

 

雪「⋯⋯悪いな」

 

 俺は紫に言われた通り川の方向へと歩いて行く。

 

 あの声は、そしてさっきの俺は⋯⋯一体何だったんだ⋯⋯。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 幻想郷へご招待

紫「到着よ」

 

 紫と共にスキマを抜け、着いた場所は竹林から遠く離れた人気のない平地。

 

 スキマを抜けた所から少し離れた場所に、二人はいた。

 

 俺は彼女たちへと近付いていく。暫くして永琳も俺を見つけたのか、こちらへと走ってくる。

 

永琳「雪っ!」

 

雪「永琳⋯⋯」

 

 永琳は少し涙目になりながら俺の前に立つと⋯⋯

 

永琳「この⋯⋯馬鹿っ!」

 

雪「ブッ!?」

 

 パァンッ! と辺りに響く音を鳴らしながら俺の頬に平手打ちをかました。

 

雪「え、永琳?」

 

永琳「貴方ねぇ、私達がどれだけ心配したと思ってるの!? 貴方の部下だったあの三人なんか何日も自分の事を責めてたのよ!?」

 

雪「うっ⋯⋯」

 

 そうか、アイツらは月に行ったから俺が生きてる事を知らないんだ。これは盲点だった⋯⋯。永琳にも、かなりの負担を掛けたんだろう。

 

雪「⋯⋯永琳、すまなかった」

 

永琳「すまなかった!? すまなかったで解決する問題じゃないでしょう!? 貴方はいつもそう。自分の事は二の次で、他の人の心配なんて気にもしないで⋯⋯」

 

 永琳の声が段々と小さくなり、嗚咽が聞こえる。恐らく泣いているのだろう。

 

雪「すまなかった⋯⋯だから、泣き止んでくれ」

 

永琳「な、泣いてなんかいないわよ!」

 

 永琳はそっぽを向くがどう見ても涙が流れた跡がある。予想以上に心配を掛けたいたんだな⋯⋯。

 

雪「すまなかった⋯⋯」

 

永琳「⋯⋯フフッ。貴方、すまなかったしか言えないの?」

 

 すると永琳は笑い出してそんな事を言う。

 

永琳「しょうがないわね、私は許してあげるわ」

 

雪「あ、ああ⋯⋯」

 

 ⋯⋯私は、という事はアイツらが許すかどうかは知らないという訳だな。まさかアイツらに頭を下げる事になるかもしれないとは、思ってもいなかった。

 

 すると今まで蚊帳の外だった輝夜が話し掛けてくる。

 

輝夜「で、私達は今後どうすればいいの?」

 

雪「ああ、それは考えてある。それより永琳、お前地上にやって来たが穢れの事はどうするんだ?」

 

永琳「あら、私が考えてなかったとでも? もしもの時の為に月から薬を拝借してきたわ」

 

 永琳は悪戯な笑みを浮かべながら小さな瓶に入った、少し白く濁った液体を見せる。強かだな⋯⋯。

 

永琳「まあこれは後で飲むとして⋯⋯雪の考えって?」

 

雪「それは⋯⋯」

 

紫「私が教えるわ。月の追っ手が来ることがなく、更に退屈させない場所⋯⋯幻想郷に二人を招待するわ」

 

 幻想郷⋯⋯まさか本当に実現するとは思ってもいなかった。

 

~数年前~

 

雪「人間と妖怪⋯⋯様々な種族の共存か」

 

紫「ええ。とても素敵な夢だと思わない?」

 

 数年前のとある日。その時は紫と旅をしていて、スキマで泊まらせてもらった時にそんな事を聞いてきた。

 

 人間と人外の共存、か⋯⋯。

 

雪「⋯⋯難しいだろうな。人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を襲う。この関係を元から断たないと実現するのは難しいだろう」

 

紫「⋯⋯」

 

 紫はその返答を予想していたのか、特に何も言わず扇で口元を隠した。しかし、その顔に僅かな落胆の表情が浮かんだ。

 

雪「だが、楽しそうだな」

 

紫「えっ?」

 

雪「人間も妖怪も意思を持っている。考えは違うだろうが意思疎通が出来るなら分かり合う事だって出来る。努力次第で何とかなると思うぞ」

 

紫「そっか⋯⋯そうよね! 私、頑張ってみるわ!」

 

雪「ああ。俺も出来る範囲で手伝う」

 

 その日から紫は度々幻想郷の相談を持ち掛けてきた。その数年後に一通り完成したと聞いた時には驚いた事を覚えている。

 

───────

 

雪「⋯⋯という訳だ」

 

 二人に幻想郷の事を話すと永琳は感心した様に、輝夜は驚いた表情で紫を見た。

 

永琳「貴女凄いわね。たった数年でそんなものを創るなんて⋯⋯」

 

紫「当然じゃない。私なんですもの!」

 

 永琳の言葉に紫は胸を張る。

 

雪「向こうに適当な家を用意してある。幻想郷なら追っ手も来ないだろうから好きに過ごしてくれ」

 

 仕組みはよく分からないが、幻想郷には巨大な結界があって、それによって外からは決して入る事が出来ないらしい。紫は結界や札等の陰陽道に詳しい様だな。今度教えてもらおうか。

 

雪「家具や日用品は一通り揃えてあるが、必要な物があれば紫に伝えてくれ」

 

永琳「ええ。ありがとう二人とも」

 

輝夜「本当、英雄様とその友達はとんでもないわね⋯⋯」

 

 二人は紫に連れられて幻想郷へと向かう。俺は旅を続けると告げ、二人とは別れた。

 

雪「さて、宇宙船を破壊しておくか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 三人目の不老不死

 永琳達と別れてから約一週間。竹林に近い場所にあった村や都では、月へと帰ってしまった(実際は違うが)輝夜の噂で持ち切りだった。

 

 月の使いは雲に乗っていたとか、輝夜を守っていた兵士達は月の使いによって無力化されてしまったとか、色々と間違っている噂が沢山耳に入ってきたな。まあ、噂なんてそんなものだが。

 

 それと輝夜は月に帰る事を告げた日に帝に不老不死の秘薬⋯⋯恐らくだが、蓬莱の薬を献上したらしい。

 

 しかし帝は薬を飲むことをせず、兵士達に富士の山で燃やすように伝えたらしい。

 

雪「俺が処分しようと思ったが⋯⋯手間が省けたな」

 

 気掛かりだった事も無くなったし、旅を再開するか。記憶が正しければ歩いていない場所も残り半分だな。旅も折り返し地点についたか。

 

雪「日本の旅が終わったら⋯⋯海外に出るのも良いな」

 

 今度紫に言葉の境界を操れないか聞いてみるとしよう。

 

~白狐放浪中~

 

雪「⋯⋯迷った」

 

 旅を再開したはいいが、禄に歩かない内に道に迷った。気分を変えて街道ではなく森の中を歩いてみようと思ったのが悪かったな⋯⋯慣れない事はしない方が良かったか。

 

 目の前には断崖絶壁が広がり、空を見上げると暗くなってきている。

 

 しょうがない。今日はここで野宿するか。

 

雪「⋯⋯ん?」

 

 そう思った所で上から何かの気配を感じる。見上げると何かが降ってきている。目を凝らしてよく見ると、どうやら人間の様だ。

 

雪「これで良いか」

 

 俺は変化の術で近くにあった岩を巨大なクッションに変化させる。それを落下地点に移動させると、ボスンッ! と大きな音を立てて少女を受け止めた。

 

雪「おい、大丈夫か?」 

 

少女「ん⋯⋯」

 

 ふむ、どうやら気絶してるだけの様だな。しかし上から落下してくるとは、何かあったのか? それに⋯⋯

 

雪「何で蓬莱の薬を持っているんだ?」

 

─────

 

少女「う、ん⋯⋯」

 

雪「起きたか」

 

少女「⋯⋯えっ!? だ、誰っ!?」

 

 少女は目を覚まし、俺を見ると飛び起きて距離を開ける。

 

雪「狐塚 雪だ。なに、お前に何かしようと思ってない。するならお前が気絶している間にやってただろう」

 

少女「⋯⋯」

 

 俺の言葉を信じてないのか、少女は未だに警戒を解かない。

 

 すると少女の腹が大きく鳴った。見ると、少女は顔を赤く染めて俯いている。

 

雪「干し肉を炙っただけだが⋯⋯食うか?」

 

少女「⋯⋯うん」

 

~白狐食事中~

 

 少女の名前は『藤原 妹紅(ふじわらの もこう)』と言った。どうやら輝夜に求婚した貴族の娘だそうだ。

 

 その貴族はあの蓬莱の珠の枝を持ってきた奴らしい。しかし偽物と見破られた上に多額の金を失い、輝夜が月に帰った事を知った貴族は屋敷に閉じ籠もり、家庭は崩壊寸前まで追い込まれた。

 

 その原因である輝夜に復讐しようと考えた妹紅は、薬を燃やそうと富士の山に向かう兵士達と偶然遭遇。隙を見て薬を奪った。

 

 当然、帝の兵士は追ってきた。少女の足より兵士の足の方が速い。あっという間に崖に追い詰められ、その時に足を踏み外して落下したらしい。

 

雪「復讐するのは勝手だが、その薬はどうするつもりだ」

 

妹紅「勿論飲むに決まってるでしょ? 飲んで不老不死にでもならなきゃ、一生掛けても見つからないと思ってるから」

 

 そう言うや否や、小瓶の蓋を取って薬を口に運ぼうとする。俺はそれを見ると即座に薬を奪った。

 

妹紅「あっ!?」

 

雪「お前⋯⋯これを飲むという事が何なのか分かってるのか?」

 

妹紅「⋯⋯分かってるよ。不老不死になるんでしょ?」

 

 やっぱりか⋯⋯俺は小瓶を置くと妹紅に近づき

 

妹紅「ウッ!?」

 

 顔を軽めに殴った。妹紅はその場に倒れ、起き上がると頬を押さえて涙目で睨む。

 

妹紅「な、何するの!?」

 

雪「⋯⋯不老不死になるのは良いものじゃない。今お前が感じている痛みや苦しみが、この先永遠に続く事になるんだぞ?」

 

妹紅「そのくらい分かってるよ! 私は覚悟を決めて⋯⋯」

 

雪「なら大切な人を何度も看取る苦痛も耐えられるか!!」

 

 俺の突然の怒鳴り声に妹紅はビクッと身体を竦める。

 

雪「この先何十、何百と友人や愛する者を作る度に死を看取る! 同じ不老不死でない限りずっと繰り返す! その苦痛を耐えられるのか!」

 

妹紅「⋯⋯」

 

雪「⋯⋯すまない。熱くなった」

 

 俺は何も喋らない妹紅を横目に近くにあった岩に座り込む。

 

 ⋯⋯俺の寿命は無限らしい。だが死ぬ事は出来る。生きるのが嫌になったら自害することは出来るだろう。しかし、不老不死は死なない。先程言った覚悟を持たず⋯⋯なってほしくない。

 

妹紅「⋯⋯それでも、いいよ」

 

雪「なっ⋯⋯」

 

妹紅「色んな人を看取る事があっても、かぐや姫に復讐するのは諦めたくない。だから、飲むよ」

 

雪「⋯⋯分かった」

 

 これ以上何を言っても無駄だと判断した俺は妹紅に薬を手渡す。それを受け取った妹紅は一気に薬を飲み込んだ。

 

妹紅「っ! う、うぅ⋯⋯」

 

雪「おい、大丈夫か!?」

 

 薬を飲んだ妹紅は胸を押さえて苦しいだす。すると黒かった髪が白く染まっていき、目は燃える様な赤色になる。

 

 どういう事だ? 月人以外の者が飲むと副作用でも発生するのだろうか。

 

妹紅「⋯⋯これ、どういう事?」

 

雪「分からん。薬の副作用か何かだろう」

 

妹紅「⋯⋯そっか」

 

 妹紅はそう呟くとスタスタと歩いていく。

 

雪「おい、どこに行くつもりだ」

 

妹紅「父上と母上のところ。旅に出るって別れを言ってくる」

 

雪「そうか⋯⋯俺も行こう」

 

 そう言って俺も立ち上がる。恐らくだが、姿の変わった妹紅の親は彼女に碌な言葉を掛けないだろうからな⋯⋯。

 

~白狐移動中~

 

貴族「出ていけ! 二度とその顔を見せるな!」

 

妹紅「っ!」

 

 妹紅の両親が住んでるという屋敷に来ると、彼女は早速自分の屋敷へと入っていく。暫く外で待っていると騒がしくなり、その数分後には妹紅は父親に叩き出されていた。

 

雪「大丈夫か?」

 

妹紅「うん⋯⋯」

 

 妹紅は俺の手を借りて立ち上がると服についた土を払う。

 

妹紅「⋯⋯お前は娘じゃないってさ」

 

雪「ん?」

 

妹紅「私の姿を見た時、二人とも顔を青ざめて化物語とかわめき散らしたんだ」

 

雪「⋯⋯」

 

妹紅「二人の為に、こうなったのにね。姿が変わった程度であんな事を言うなんて⋯⋯馬鹿みたい」

 

 妹紅は喋る度に涙声になっていく。両親に絶縁の言葉を聞かされて、相当ショックなんだろう。

 

雪「取り敢えずこの場所から離れよう」

 

妹紅「ん⋯⋯」

 

──────

 

妹紅「うっ⋯⋯ひぐっ⋯⋯うぁああああ!」

 

 フラフラとした足取りの妹紅を支えて都を出ると、妹紅は遂に大声で泣き始めた。

 

妹紅「何でっ、何で私ばっかりこんな目に遭うの!」

 

雪「⋯⋯取り敢えず今は泣け。好きなだけな」

 

妹紅「ひぐっ⋯⋯うわぁあああああ!!」

 

 妹紅は長い間泣き続けた。泣き止んだ後も暫くボーッとしていたが、スッキリしたのか顔が晴れ晴れとしている。

 

雪「もう大丈夫か?」

 

妹紅「うん。何か情けない所見せちゃったね」

 

 妹紅は可笑しそうにクスクスと笑う。

 

妹紅「さてと、スッキリしたしそろそろ行こうかな」

 

雪「待て、そんな服装で行くつもりか?」

 

 妹紅の服装は女性の着物だ。こんな格好じゃ歩きにくいし、旅に向かないだろう。

 

雪「ちょっと待ってろ」

 

 俺はその場から離れると人目に着かない場所へとくる。

 

雪「紫ー!」

 

 そして紫を呼ぶと、隣にスキマが開いて紫が顔を出した。

 

紫「はいはい、何かしら? あの女の子のこと?」

 

雪「知ってるなら話は早い。妹紅の身長に合う服を持ってきてくれ。出来るだけ動きやすいのをな」

 

紫「分かったわ。ちょっと待ってて」

 

 紫はスキマに引っ込み、暫くすると服を持ってくる。サイズも丁度良さそうだ。しかし⋯⋯

 

雪「何でカッターシャツともんぺなんだ?」

 

 紫は幽香が着てる様な白いカッターシャツに赤色のもんぺ。更にはサスペンダーまで持ってきた。何故この時代にこんな服が⋯⋯。

 

紫「もう、持ってきてあけだんだから文句言わないの」

 

雪「それはそうだが⋯⋯まあいい。ありがとう」

 

紫「ええ、どういたしまして」

 

 紫と別れると妹紅の元へ戻る。そして先程の服を渡した。

 

雪「ほら、これに着替えろ。俺はそっちに言ってるこら着替え終わったら言ってくれ」

 

妹紅「あ、ありがとう⋯⋯この紐は何?」

 

雪「⋯⋯やっぱり問題があったか。ちょっと待て」

 

 俺は氷で簡単な人形を作る。するとその人形は勝手に動き出し、その場に直立した。

 

 これは能力の応用で、氷の人形に簡単な意思を持たせたものだ。因みにこれも前世の漫画の記憶から再現した。

 

雪「着替えはコイツに手伝ってもらってくれ。俺はあっちに言ってるから」

 

妹紅「わ、分かった」

 

 俺は少し離れた場所の茂みへと向かう。暫くして妹紅が呼んだので先程の場所へと戻った。

 

雪「おお、結構似合ってるじゃないか」

 

妹紅「そ、そうかな?」

 

雪「ああ。そうだ、これは餞別だ」

 

 俺は少しの金を投げ渡す。金額的には節約すれば一ヶ月は過ごせる程度だ。

 

雪「少なくなったらその時その時で働くなり何なりで貯めろ。自分から動いて何かしらに積極的に関わるのが旅の基本だ」

 

妹紅「自分から動く⋯⋯うん、分かった! 何から何までありがとう! また合った時にはお礼をさせてね!」

 

雪「ああ、じゃあな」

 

 妹紅は手を振って俺と別れた。またどこかで会えるといいな。そう思いながら俺は旅を再開した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伍章 西行妖桜の巻
第一話 半獣の子


雪「今日はここで野宿するか」

 

 妹紅と別れてから数週間。俺はいつも通り旅を続け、人目のつかない森の開けた場所で野宿をすることにした。

 

雪「飯はどうするか⋯⋯」

 

 干し肉も残り少ないし、近くに川も無いから魚が捕れないしな⋯⋯近くに獣でも現れてくれればいいんだが。

 

?「キャアアアアア!!」

 

 すると、そう遠くない場所から誰かの悲鳴が聞こえてくる。

 

雪「獣じゃなくて要救助者が現れたか⋯⋯」

 

 俺はため息を吐くと悲鳴が聞こえた方へ走り出した。

 

~白狐移動中~

 

?「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」

 

妖怪「イヒヒッ、待ってくれよお嬢ちゃ~ん」

 

 俺の視界に映ったのは、薄緑の髪の少女が下卑た笑い声を上げる妖怪から逃げている場面だった。

 

 妖怪は少女からつかず離れずの距離で追っている。その気になればすぐに捕まえられるだろうに。一生懸命逃げている少女の姿を見て楽しんでいるのか。

 

?「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯あうっ!」

 

 少女は追ってくる妖怪に気を取られていたのか、地面から出ていた木の根に足を引っかけた。逃げ出そうとまた立ち上がるが、追い付いた妖怪に遮られてしまう。

 

?「あ⋯⋯あ⋯⋯いや⋯⋯」

 

妖怪「ヒヒヒッ! さてさて、運動も終えたしご飯を戴こうとするかね。いっただきま─────」

 

雪「死ね、このゲスが」

 

妖怪「ギャアアアアアア!?」

 

 妖怪は少女を食おうと飛び掛かるが、俺の氷柱によって串刺しになり動かなくなる。

 

雪「大丈夫か?」

 

?「えっ? あ、はい!」

 

 少女は少し放心していたが、呼び掛けると少し戸惑いつつも返事をする。怪我は⋯⋯膝を擦り剥いているな。

 

雪「おい、怪我を見せろ。包帯と薬なら持ってるから治療してやる」

 

 そう言うと少女は患部を隠した。一体何なんだ?

 

?「だ、大丈夫です。このくらい⋯⋯」

 

雪「何言ってる。その怪我が化膿すれば更に酷く⋯⋯」

 

?「大丈夫です!」

 

 ⋯⋯何故こんなにも頑なに拒むんだ? 見せられない理由でもあるのか?

 

雪「もしかして、俺に治療されるのは嫌か?」

 

?「い、いえ! 決してそういう意味では⋯⋯」

 

 ふむ、違うのか。あと考えられるとすれば⋯⋯

 

雪「そうか⋯⋯まあ、これ以上は何も言わない。ただ、一つ聞いていいか?」

 

?「な、何ですか?」

 

雪「この辺りの村に妖怪が紛れ込んでいたと聞いたんだが、何か知らないか?」

 

?「っ⋯⋯!」

 

 ん? 少し反応がおかしいな。

 

雪「その見た目が薄緑の髪で⋯⋯」

 

?「⋯⋯ひぐっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯」

 

 反応がおかしかったので少し気になり話を続けると少女が泣き始める。

 

雪「なっ⋯⋯!」

 

?「うぅ⋯⋯うわぁあああああん!!」

 

雪「お、おい! 一体どうしたんだ!?」

 

~白狐混乱中~

 

雪「成る程、お前は半獣なのか」

 

?「ぐすっ⋯⋯はい」

 

 この少女、名前を『上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)』と言った。どうも人間と妖獣の混血で半獣と呼ばれる存在らしい。

 

 元々は普通の人間だったが、数日前に突然こうなったとの事だ。恐らく後天的な先祖返りだろう。先程までは気付かなかったが、その頭からは小さな角が生えている。手当てを受けなかったのは半獣とバレるのが嫌だったからだそうだ。

 

 途中で泣いたのは、半獣という事が住んでた村の連中にバレて追い出されてしまった事を思い出したかららしい。悪い事をしてしまったな。

 

雪「⋯⋯さっきはすまなかった」

 

慧音「いえ、大丈夫です⋯⋯」

 

 しかし、慧音は今後どうするのだろう? 先程の低級妖怪にすら襲われる程だ。いつか殺されてしまうだろう。

 

慧音「えと、先程は助けていただいてありがとうございます。それでは⋯⋯」

 

 そう言って慧音はこの場を去ろうとする。

 

雪「⋯⋯慧音、待て」

 

 が、俺は慧音を引き留める。

 

慧音「はい⋯⋯?」

 

雪「お詫びといっては何だが、一つ話がある。恐らくお前にとっても良い話の筈だ」

 

 俺は、幻想郷について話を始める。人間と妖怪が共存できる様にする事。慧音なら、きっと種族同士の架け橋となってくれる事。他にも、色々だ。

 

雪「以上が、幻想郷についてだ」

 

慧音「⋯⋯」

 

 慧音は俺が話している間、ずっと黙って聞いていた。暫く沈黙が続いたが、慧音が口を開く。

 

慧音「⋯⋯私が半獣になった時、仲の良かった皆が揃って化け物だって罵ってきたんです」

 

雪「⋯⋯」

 

慧音「私の両親は既にいなくて、頼れる人もいませんでした。それで皆から村を追い出されて、それからずっと⋯⋯何で生まれてきたんだろうって、自分を責めてました」

 

雪「慧音⋯⋯」

 

慧音「でも、さっき雪さんは私が必要だと言ってくれました。幻想郷なら私も役に立てるかもって、そう思えたんです」

 

 すると慧音は決意を固めたのか、真面目な表情で俺を見る。

 

慧音「雪さん。私をぜひ、幻想郷に連れてってください!」

 

雪「⋯⋯ああ、勿論だ。紫!」

 

紫「はいは~い。一名様、幻想郷にご案内~」

 

慧音「ひゃあっ!?」

 

 紫は俺の隣に現れるとスキマを開く。慧音は突然現れた紫に驚いたのか尻餅をついた。

 

紫「貴女が新しい住人さんね? 私は八雲 紫。幻想郷の管理人よ。紫でいいわ」

 

慧音「は、はぁ⋯⋯」

 

雪「何が幻想郷の管理人だ。大層な名前を自称し始めて⋯⋯恥ずかしくないのか?」

 

紫「なっ! 別に良いじゃない! あながち間違いじゃないんだから!」

 

慧音「⋯⋯フフッ♪」

 

 俺と紫が暫くして口喧嘩を終えると、慧音はスキマの前に立つ。その際、俺へと頭を下げてきた。

 

慧音「雪さん。ありがとうございました。もし向こうで会えたら、その時はお礼をさせてください」

 

雪「ああ。向こうでも頑張れよ」

 

慧音「はい!」

 

 そして慧音は紫と共にスキマへと消えていった。俺はその姿を、スキマが閉じるまでずっと見送っていた。




 はいどーも、作者の蛸夜鬼の分身です。今週は伍章、陸章を投稿したいと思います。

 今後は投稿を忘れない様にしていきたいと思います。今回は本当に申し訳ありません。

 さて、来週は漆章を投稿します。どうぞ楽しみにしていてください。

 それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 宵闇の妖怪

 慧音と別れてから数週間後。俺はどこで道を間違えたのか、また深い森の奥に迷い込んでしまった。

 

 しょうがないので適当な方向へと進んでいると、どこからか血の臭いが漂ってくる。嫌な予感がしながら先へ進むと

 

雪「⋯⋯何だこれは」

 

 目の前に現れたのは妖怪に食い散らかされた人間の死体だ。その程度ならこのご時世、別に珍しくはないのだが、問題なのは咬傷とは別の傷だ。

 

 まるで腐り果てたかの様に、その傷は真っ黒に染まっている。しかも刃物で切られたかの様な傷だ。妖刀の類か何かか?

 

雪「相手は武器を持った人食い妖怪、という訳か」

 

 すると遠くから人間の断末魔が聞こえてくる。これは死んだな。わざわざ見に行く必要もない。逃げよう。

 

?「あら、また人間? もうお腹いっぱいなのだけど」

 

 すると目の前に金髪の女性が現れる。闇の様に真っ黒な服を着た彼女は大量の返り血を浴び、その手には聖者の十字架を変形させたかの様な赤黒い大剣を持っている。

 

雪「何でこういう時だけ都合良く出てくるんだろうか⋯⋯」

 

?「何言ってるの? それよりも貴方、人間じゃなくて狐なのかしら? それにしても雪みたいに白い髪。日焼けのない白肌。血の様に赤い瞳⋯⋯食べたら一体どんな味がするのかしら」

 

雪「お前、さっきお腹いっぱいとか言ってただろう」

 

?「貴方みたいな珍しいモノは別腹よ。それじゃあ早速!」

 

 妖怪は大剣を構えるとかなりの速さで振るってくる。俺は何とか回避したが、その際に腕を掠めた。

 

雪「っ!?」

 

?「あらら、白い肌が真っ黒になっちゃったわね」

 

 掠めただけなのに激痛が走る。見ると死体にあった傷の様な、真っ黒な傷があった。やはりこいつの仕業か⋯⋯これは早々治らない様だな。

 

 俺は氷のナイフを作ると掠めた部位を切り落とし、血は氷で強引に止血する。これで暫く大丈夫だろう。

 

雪「はあ⋯⋯随分な獲物を持っているんだな」

 

?「良いでしょう、これ。私の能力で作ったのよ」

 

雪「能力⋯⋯」

 

 そういえばこの近くの村で闇を操る妖怪の噂があったな。なんでも異国人の様な見た目をした人食い妖怪らしい。宵闇の妖怪とも呼ばれるそいつは、確か名前が⋯⋯

 

雪「⋯⋯『ルーミア』、だったか」

 

ルーミア「あら、私の事を知ってるのかしら?」

 

雪「ああ。近くの村で噂になってるからな」

 

 宵闇の妖怪と言われるくらいだ。恐らく能力は『闇を操る程度の能力』だろう。この傷との関係性はいまいち分からんが、能力による応用だろうな。

 

雪「まあ、噂だか何だかはどうでもいい。俺に危害を加えるならそれ相応の対応はさせてもらう」

 

ルーミア「言うじゃない。狐風情が」

 

 俺は氷の篭手を創り出す。そしてルーミアが突っ込んでくると、パチンッと指を鳴らした。

 

 その直後、世界の時間が凍結する。

 

雪「さて⋯⋯」

 

 ルーミアにある程度近付いた俺は深く腰を落とし、拳を叩き付ける。それと同時に凍結が解除された。

 

ルーミア「ガフッ!?」

 

 突っ込んできた速度に強く叩き付けられた衝撃でルーミアは崩れ落ちる。

 

ルーミア「ゲホッ、ゲホッ! な、何が⋯⋯」

 

雪「言っただろう。それ相応の対応はさせてもらうと」

 

 ルーミアは何が起こったか分からないという表情で俺を見る。俺は彼女を横目に雑嚢から一枚、札を取り出した。

 

ルーミア「そ、それは⋯⋯?」

 

雪「お前みたいな手に終えない妖怪の力を封じ込める札だ」

 

 この札、神社を出る前日に諏訪子から貰ったものなのだが、こんな所で使うとは思わなかったな。

 

 ただ一時的にしか効かないという話なので、陰陽道に知識がある紫に強力な札を用意してもらうとしよう。

 

ルーミア「っ! や、やめなさい!」

 

雪「それは出来ないな。お前をほっとくと何があるか分からん」

 

 俺はルーミアを押さえつけると札をリボンの様に髪に結ぶ。

 

ルーミア「あ⋯⋯」

 

 するとルーミアの放っていた強烈な妖力が消え、それと同時に気絶した。取り敢えず、これで大丈夫か?

 

雪「紫ー!」

 

紫「はいはい」

 

雪「コイツを幻想郷に送っといてくれ。それと力を封じ込める強力の札も頼む。これは一時的な物だからな」

 

紫「分かったわ。全く、わたしも暇じゃないんだからね」

 

雪「悪いな」

 

 ルーミアを抱えた紫はスキマへと消えていく。さてと⋯⋯

 

雪「死体片付けて⋯⋯傷も治さないとな」

 

 紫に着いていって幻想郷で永琳に治療してもらった方がよかっただろうか。そんな事を考えながら俺はルーミアの食い散らかしを片付けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 妖怪の山、再び

天魔「まさか、またお前と出会うとはな」

 

雪「ああ。恥ずかしながら道に迷ってしまってな。ウロウロ歩いていたらここに辿り着いた」

 

 俺は今、神子の時に世話になった天魔の家に上がらせてもらっている。数十分前に妖怪の山に紛れ込んだのだが、哨戒の白狼天狗に見つかり、いつも通り面倒事に⋯⋯と、思っていたんだが天魔が来て客人としてもてなしてくれた。

 

 相手の本心としては、また部下に怪我をされては堪らないのだろう。そう推測していると天魔はお茶を持ってきて椅子に座る。

 

天魔「どうだ、最近は」

 

雪「まあ、ぼちぼちだな。妖怪の山に着いたということはこの国を一周したんだろう。だから異国にでも出ようと思ってる」

 

 そう言うと天魔から出されたお茶を飲む。ん、美味い。どこの茶葉を使ってるんだろうか。

 

雪「それで、お前の方は?」

 

天魔「⋯⋯いつもと変わらんよ」

 

 俺の問いに、天魔は顔を暗くして答える。

 

 様子がおかしいな⋯⋯そういえば動きもどこかぎこちない。よく見ると腕を庇っている様だ。

 

 俺は立ち上がると天魔の手を掴んで袖を捲る。天魔の腕には痛々しい痣が出来ていた。

 

天魔「な、何をする!」

 

雪「お前の様子がおかしかったからな。で、これはなんだ」

 

天魔「⋯⋯」

 

 天魔は袖を戻すとポツリポツリと話し始める。

 

 簡単に纏めると、数日前に“鬼”という妖怪がこの山に攻めてきた。妖術の類は使わなかったものの、その圧倒的な身体能力で天狗達を蹴散らしたという。天魔も応戦したがあえなく敗北。この痣はその時に付いたもので、これでもまだ癒えてきたんだらしい。

 

天魔「今ではこの山は鬼の領域だ。我々天狗や河童は鬼の配下になり、言うことを聞くしかない状況に陥っている」

 

雪「ほう⋯⋯」

 

 鬼⋯⋯そういえば出会った事は無かったな。精々餓鬼や天邪鬼の様な低級の妖怪を村で見つけた程度だ。本物の鬼とはどんなものなんだろうか。

 

 天魔の話を聞き終わると、その場から去ろうと部屋のドアに手を掛ける。

 

天魔「待て、どこへ行く」

 

雪「この山の頂上へ」

 

天魔「なっ! 待てっ、正気か!?」

 

雪「ああ。見てくるついでに鬼を倒してくる」

 

 一応身体の状態は万全だし、まあ大丈夫だろう。鬼がどの程度の力なのか分からんが⋯⋯都市防衛の際の大群に比べたら余裕だな。

 

天魔「か、簡単に言うな! お前は鬼の強さを知らないからそう言えるんだ! どれだけ恐ろしいか⋯⋯」

 

雪「大丈夫だ」

 

 そう言うと、天魔は俺が折れないと分かって諦めたのかため息を吐く。

 

天魔「⋯⋯分かった、好きにしろ」

 

雪「ああ。そうする」

 

 俺は鬼の元へ向かう為、部屋を出る。その時⋯⋯

 

天魔「⋯⋯死ぬなよ、雪」

 

 天魔がそう呟いたのを、確かに聞いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 鬼という者・百鬼夜行

雪「ここ、か?」

 

 天魔の家から暫く歩き、鬼がいるとされる頂上に着く。頂上は出来るだけ平らに整地されていて、多数の角が生えた男女がワーワーと騒いでいる。恐らくコイツらが鬼なのだろう。少し酒臭い⋯⋯。

 

 鬼達は輪になっており、その中央では誰かが戦っている様だ。近くに高い木があったので丈夫そうな枝まで登り、鬼達が囲んでいる正体を確認する。

 

 そこには額から一本の角が生えた女⋯⋯名前が分からんし鬼女(きじょ)とでも呼ぶか。それと刀を持った人間が戦っている。その周りには人間が何人か倒れている。どうやら死んでいる様だな。

 

人間「うぉおおおおお!」

 

鬼女「⋯⋯何だか飽きてきたね。終わらせようか」

 

 鬼女は人間の攻撃を避けると胸に蹴りを入れる。人間は吹き飛び、地面に叩き付けられて動かなくなった。

 

鬼達「「「ワァアアアアア!!」」」

 

 鬼女の勝利が決定すると鬼達は歓声を上げる。鬼女は戦っていた最中にも持っていた大きな杯を掲げ、それに入っている酒を飲む。

 

 彼女なりのハンデ、といった所か。片手が塞がった状態であの強さ。天魔達が負けたというのも納得出来るかもしれない。

 

?「どうだい、鬼の喧嘩は?」

 

雪「⋯⋯っ!?」

 

 突然、横から声が掛けられた。咄嗟に飛び退き、別の枝に飛び移る。

 

 俺が座っていた場所には、いつのまにか二本の角が生えた幼い少女が座っていた。

 

雪「いつの間に⋯⋯」

 

?「おんや? かなり反応が良いじゃないか。もしかしなくてもアンタ、強いんじゃないか?」

 

 その鬼は酔っ払ってでもいるのか、少し顔を赤らめて瓢箪を口に運ぶ。

 

 ⋯⋯あの至近距離でも気付けないとは、結構な腕を持っているんだろう。突然現れたのは能力か何かか?

 

雪「お前は?」

 

?「んあ? 私は『伊吹(いぶき) 萃香(すいか)』。鬼の四天王の一人だよ」

 

雪「狐塚 雪だ」

 

 四天王⋯⋯そう呼ばれているということは結構強いのか。恐らく、先程まで人間と戦っていた鬼女も四天王の一人だろう。あとの二人はどうしたのだろうか?

 

萃香「んで、雪とやら。アンタは私達に何の用かい?」

 

雪「天魔から話を聞いてな。鬼がどんな奴か気になったんだ」

 

萃香「ふ~ん、そっか⋯⋯」

 

 すると萃香はスクッと立ち上がる。

 

 ⋯⋯雰囲気が変わった? 先程までの酔っ払いから一変し、ピリピリとした雰囲気を纏い始めた。

 

萃香「私達鬼の事が気になった、か⋯⋯」

 

 そう萃香が呟いた瞬間、彼女は突然として黒い霧となって姿を消す。

 

萃香「じゃあ、一番手っ取り早い方法で教えてあげるよ」

 

雪「ぐっ!?」

 

 突如、背中に萃香が現れて俺を殴り付ける。咄嗟に背中に小さな氷を創り、前に飛んだお陰でそこまでのダメージは入らなかった。

 

 俺は殴り付けられた勢いから鬼達の中心へと飛ばされた。突然現れた俺に、周りの鬼は驚愕している。

 

萃香「せりゃあ!」

 

雪「チィッ!」

 

 萃香が俺を追撃しようと飛んできたので飛び退いてそれを回避。萃香の拳は地面に叩き付けられたが、その細腕からは創造出来ない程の威力で地面を陥没させた。

 

鬼女「おい萃香! 一体何事だい!?」

 

萃香「私達の事が気になったっていう変わり者の狐がいたからね! ちょっと遊ぼうって思ったんだ!」

 

雪「その威力で何が遊びだ! 完全に殺しに掛かってるだろう!」

 

鬼女「ハッハッハッ! そうかそうか、なら存分に暴れな!」

 

 止めないのかよ⋯⋯どうやら鬼は相当な戦い好きのようだ。

 

 ⋯⋯天魔に鬼を倒してくると言った手前、逃げるわけにもいかないし、それを許してくれる気はなさそうだ。

 

雪「やるしかないか⋯⋯」

 

 俺は萃香に近付くと蹴りを入れる。萃香はそれを屈んで避けると拳を振り上げてきた。

 

雪「チッ! 小さいから攻撃を当てづらいな!」

 

萃香「むっ! 誰が小さいって!?」

 

 俺の言葉を聞いた萃香はかんに障ったのか苛立ったような表情を見せた。するとムクムクと身体が大きくなり、遂には俺の二倍以上にもなった。

 

雪「なっ!? 能力か何かか!?」

 

大萃香「正解。私は『密と疎を操る程度の能力』だ。この程度造作もない事だよ! そりゃあ!」

 

 萃香は得意げそうに言うとその巨大な拳を振るってくる。

 

 俺はその拳を避け、跳躍すると萃香の頬を勢いよく蹴り付けた。

 

大萃香「あいだっ!?」

 

雪「デカくなったお陰で攻撃が当たりやすくなったな!」

 

 すると、脇腹に強い衝撃が走る。空中から地面に叩き付けられたが何とか受け身を取り、殴られた空中を見ると

 

小萃香「アララ、バレチャッタカ-」

 

雪「⋯⋯は?」

 

 俺の掌に乗るくらい小さな萃香が、そこに何人もいた。

 

萃香「フフフ⋯⋯私は密と疎を操るんだ。大きくなれるなら小さくなれるに決まってるじゃない、かっ!」

 

 小萃香に呆然としていると、いつの間にか元の大きさに戻っていた萃香が殴り付けてくる。

 

雪「チッ!」

 

 咄嗟に氷の盾を創り出し、萃香の拳を受け止める。

 

萃香「~~っ! いったーい!」

 

雪「おい、俺の氷にヒビを入れるとかどんだけ力が入ってたんだ⋯⋯」

 

 防いだ氷の盾には大きなヒビが入っていた。俺の氷を傷付けるとは、かなりの威力があったんだろう。しかも萃香は手を少し痛めただけの様だ。色々とぶっ飛んでるな、鬼は。

 

 しかし、こんなの喰らってたら骨が粉砕してたな⋯⋯死なないと思えるだけマシな方か。

 

萃香「あーあ。今ので決まったと思ったんだけどねえ」

 

雪「これでも場数だけは踏んできてるんだ。そう簡単に負けてたまるか」

 

萃香「ククッ、そうかそうか。いや~、この喧嘩は本当に楽しいなぁ」

 

 そう無邪気に笑う萃香を見て、少し気が抜けそうになる。

 

 ⋯⋯ただでさえ強力な鬼で、しかも四天王と呼ばれる程に大きな力を持ってるんだ。喧嘩が好きなのに対等に戦える相手が少なかったんだろう。

 

 その寂しさを少しでも紛らわせるのなら、この喧嘩にも意味はあるんだろう。

 

雪「はあ、しょうがないな⋯⋯」

 

萃香「さあ雪、まだ喧嘩は始まったばかりだ。続きをやろうじゃないか!」

 

雪「⋯⋯分かった。俺も本気でいかせてもらう」

 

 俺は能力を使い、周りの気温を急激に下げていく。マイナスまで下がったのか、萃香の吐く息は真っ白になった。

 

萃香「ん⋯⋯何だか肌寒いね。雪の能力かい?」

 

雪「ああ。『氷を司る程度の能力』だ。さあ、行くぞ!」

 

 そう言うと萃香に向かって走る。萃香は最初の攻撃の時の様に霧になろうとするが、それを見逃す訳もない。

 

雪「させるか!」

 

 俺は即座に萃香の周りを氷の壁で囲む。

 

 恐らくだが、萃香の霧状になる変化は攻撃が出来ないと思われる。最初の攻撃で霧から元の姿に戻ったのがいい例だ。

 

 なら、霧では抜けられない様に周りを囲めばいい。現に萃香は霧になるのを止めて氷の壁を何度も殴り付けて破壊。その場から脱出した。

 

 俺は萃香が氷の壁を破壊したと同時に、氷の欠片の陰から飛び蹴りを当てる。萃香は咄嗟にガードして防いだ。

 

萃香「⋯⋯成る程、気温を下げたのはこういう事か」

 

 萃香は手を握ったり開いたりしてそう呟く。

 

 俺が気温を下げたのは、萃香の動きを遅くするためだ。

 

 多くの生物⋯⋯特に人間等の体毛が薄い生物は寒いと身体を動かしづらくなる。冬場の寒さで手が悴んで動かしてづらくなるのがいい例だな。

 

 それは妖怪でも同じこと。人間程の効果は無いだろうが、多少動きは遅くなっている。俺? 自分の力で身を滅ぼす訳が無いだろう。

 

 俺は萃香に接近すると息つく間もなく連撃を仕掛ける。最初は何とか防いでいた萃香だが、冷気によって動きが強張り、少しずつ防御が間に合わなくなっていく。

 

雪「ハアッ!」

 

萃香「うぐっ!」

 

 そして、俺の拳が萃香の腹部に当たる。萃香の小さく、軽い身体は一瞬宙に浮くと地面に倒れた。

 

雪「俺の勝ちだ、萃香」

 

萃香「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯そう、みたいだね」

 

 手を差し伸ばすと、萃香はその手を取って立ち上がる。

 

萃香「ありがとう雪。楽しかったよ」

 

雪「それは何よりだ」

 

 萃香と握手すると、後ろから強力な妖気を感じ取る。振り向くとそこには刀を持った人間と戦っていた鬼女が立っていた⋯⋯嫌な予感がするんだが。

 

鬼女「ハッハッハッ! 良いねえ、ウズウズしてきたよ。なあ、雪とやら。今度は私と戦わないか?」

 

雪「⋯⋯お前は?」

 

鬼女「私は『星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)』。萃香と同じ四天王さ!」

 

雪「⋯⋯いいだろう。やってやる」

 

勇儀「決まりだ! それじゃあ早速⋯⋯」

 

 勇儀は腰を落とし、構えを取る。俺は少し距離を取って構えた。

 

 そして勇儀は萃香が観客の方へ移動したのを確認すると

 

勇儀「始めようか!」

 

 そう叫んで走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 鬼という者・怪力乱神

勇儀「はあっ!」

 

雪「おっと」

 

 勇儀は俺の近くまで走ってくると大振りの拳を振るってくる。恐らく様子見、といったところか。

 

 だがその威力は凄まじく、拳圧だけで背後にあった木に拳の形に抉った。

 

雪「どんな拳圧だ、おかしいだろ!」

 

勇儀「まだまだこんなもんじゃないよ!」

 

 どうやら勇儀は萃香と違い純粋なパワー型の様だ。真っ正面から挑むのは無謀だな。

 

勇儀「さあ、どんどんいくよ!」

 

 勇儀は先程とは比べ物にならないくらいの速さで攻撃を仕掛ける。俺はそれを避け、いなしていく。

 

勇儀「ハハハハッ! いいねえ、楽しいよ雪!」

 

雪「そうか。それは良かった、なっ!」

 

 俺はそう答えながら勇儀の脇腹に攻撃。少し怯んだところに⋯⋯

 

雪「ハッ!」

 

勇儀「ぐっ⋯⋯!」

 

 顔に渾身の蹴りを当てる。だがあまりダメージは通ってなかったのか、少しよろけただけだな。

 

勇儀「良いねえ、今のは効いたよ」

 

雪「萃香にも言ったが、伊達に場数は踏んでないからな」

 

 しかし参ったな。恐らく俺の力じゃ有力な攻撃は入らない。能力の氷も、萃香の力でヒビが入ったのだから勇儀の前では役に立たないだろう。どうするか⋯⋯。

 

勇儀「喧嘩中に考え事とは、随分と余裕だね!」

 

雪「っ! しまっ─────」

 

 考え事をしていた俺は反応に遅れ勇儀の拳を受ける。モロに拳を喰らい、背後へと吹き飛んだ。

 

勇儀「どうだい。今のは効いただろう!」

 

 勇儀は吹き飛んだ先を見てそう言った。暫くすると砂煙が晴れ、そこに俺の─────

 

勇儀「⋯⋯? これは⋯⋯」

 

 ─────姿が模されたバラバラの人形が転がっていた。

 

雪「残念だったな」

 

勇儀「っ!? がふっ!」

 

 人形を見て呆然としている勇儀の背中に、巨大な氷の拳を叩き込む。勇儀はその奇襲に反応出来ず、大きく吹き飛んだ。

 

 俺は勇儀の拳を喰らう直前、能力で時間を凍らせた。そして凍っている内に人形と拳を創り、勇儀の後ろに回ったんだ。まあ、凍らせた際に少し間に合わず少々ダメージを受けたけどな。

 

勇儀「⋯⋯あたしは少し、アンタを舐めてたみたいだねえ」

 

 勇儀は血を吐き出しながらそう呟く。そしてギリッと拳を握ると大量の妖力を纏った。

 

鬼「お、おい! お前ら早く離れろ! 姐さんがアレをやる気だぞ!」

 

 それを見た鬼達は顔を青くしてその場から離れる。 

 

 何だ? 何が起きるんだ。

 

萃香「ちょ、勇儀!? 本当にやるのかい!?」

 

勇儀「ああ、コイツは⋯⋯雪はこれくらいやんなきゃいけないからねえ!」

 

 萃香の焦りを含む問いに勇儀は答える。そして俺の方を向くと

 

勇儀「雪! これがあたしの全力の攻撃だ! 付き合ってくれるかい!?」

 

 そう叫ぶ。全力の攻撃、か。付き合えというのは真っ向から受けてみろ、ということだろう。

 

雪「⋯⋯ああ、分かった。やってやろう!」

 

 そんなの、受けてやらなきゃ失礼じゃないか。

 

 俺は篭手を創り出し、その場に構えた。

 

 俺の答えに、勇儀は短く笑うと腰を落とし構えを取る。

 

勇儀「さあ行くぞ! 四天王奥義─────」

 

 

 ─────『三歩必殺』。

 

 

 勇儀が一歩踏み出すと、妖力が更に跳ね上がり地面がひび割れる。

 

 二歩目を踏み出すと、その妖力が全て拳に集まり空気が震える。

 

 そして三歩目。勇儀の姿が一瞬消えたかと思うと目の前に現れ、その膨大な妖力の拳を俺に打ち込んだ。

 

 バァアアアンッ! という轟音と共に辺りの空気が吹き飛んでいく。周りの木々は揺れ、地面は割れる。

 

 そして砂埃が晴れると、そこには氷の篭手が砕けボロボロになった俺と、腕の肉が裂け、血に濡れた勇儀が立っていた。

 

雪「勇儀⋯⋯耐えて、やったぞ」

 

勇儀「⋯⋯ああ、そうみたいだね」

 

 勇儀はそう答えるとドサリと後ろに倒れた。俺も疲弊からその場に座り込む。

 

勇儀「ああ⋯⋯久し振りに、負けた気がするよ」

 

雪「萃香と同じ様な事を言うんだな」

 

勇儀「鬼の四天王、なんて呼ばれるくらい強くなっちまったからねえ。まともに戦える相手が少ないんだよ」

 

雪「そうか」

 

 俺は立ち上がり、勇儀に手を差し伸べる。勇儀はその手を取って立ち上がると腕を掴んで周りに見せ付ける様に上げさせた。

 

勇儀「お前たち! コイツは私達から真っ正面から戦っていた勝利した! 雪はもう私達の友人だ、良いかい!」

 

 勇儀がそう叫ぶと周りの鬼は大きな歓声を上げた。そして俺の周りに集まる者。何故か酒やら何やらを集める者と騒がしくなる。

 

勇儀「雪。アンタ、酒はイケるかい?」

 

雪「まあ、多少は」

 

勇儀「よしっ! なら上等な酒を用意してもらおう! 今日は宴会だ!」

 

 そう言って勇儀は宴会の準備をしている鬼達に混じった。

 

 ⋯⋯今日は夜遅くまで起きる事になりそうだな。

 

雪「⋯⋯まあ、たまには悪くないか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 宴会

勇儀「さあ! 私達に挑んで勝利した雪に!」

 

萃香「そして新たな友人が出来た事に!」

 

雪以外「「「カンパーイ!」」」

 

雪「⋯⋯乾杯」

 

 勇儀と萃香の音頭と共に宴会が始まる。参加者は俺、鬼、そして天狗や河童等の妖怪達だ。

 

雪「⋯⋯ほう」

 

 美味い。結構な辛口だが香り高く、すっきりとした飲み口で好みの酒だ。しかしアルコール度数はどの程度なのだろうか。鬼の上物の酒だ。かなり高そうだが⋯⋯。

 

勇儀「やあ雪! 主役なのにチビチビやってるじゃないか!」

 

 暫くの間宴会の様子を眺めながら飲んでいると勇儀が近付いてくる。

 

雪「豪快に飲むというのは苦手でな。こうやって少しずつ、酒の味を楽しみながら飲むに限る」

 

勇儀「ふーん⋯⋯まあ、飲み方は自由だけどね。で、どうだい? 私達の宴会は」

 

雪「⋯⋯ああ、悪くない」

 

 この様に他人と飲むのは久し振りで、こんな大人数で賑やかなのは初めてだ。どちらかというと静かな方が好きだが、こういうのも悪くないな。

 

萃香「おっ、こんな所に居たんだね」

 

 すると今度は萃香がやってくる。かなり酔ってるのか、顔は赤く染まっている。

 

萃香「おー? 主役なのにチビチビやってるね、雪」

 

雪「勇儀と同じ事を言うな」

 

 勇儀と萃香を交えて三人で酒を飲む。途中で鬼達が喧嘩したり、天魔が無理矢理飲まされて昏倒していたが二人はそれを肴にしていた。神経が太いにも程があるだろ。

 

 暫くして、宴会に参加した多くの者が眠りにつくか酔い潰れ、起きているのは俺と勇儀のみになった。

 

雪「⋯⋯なあ、勇儀」

 

勇儀「なんだい?」

 

雪「四天王、と言うのだから後二人いるんだろ? ソイツらはどうしたんだ?」

 

 俺はふと、一つ気になった事を聞いてみた。すると勇儀は少し寂しそうな表情をして満月を眺める。

 

勇儀「一人は⋯⋯『茨木 華扇(いばらき かせん)』と言うんだけどねえ。アイツ、『仙人になる』と言って出ていっちまったんだよ」

 

雪「仙人にか? 珍しい⋯⋯」

 

 ⋯⋯仙人といえば、神子達は今どうなっているのだろう。恐らく青娥が定期的に様子を見てるだろうが⋯⋯こっちまで戻ってきたんだ。一度、会いにいくのも悪くないかもしれない。

 

勇儀「あともう一人は⋯⋯死んだよ」

 

雪「っ⋯⋯!?」

 

 勇儀の言葉を聞いて、手に持っていた猪口を落としかける。

 

 死んだ、だと? 一体どうして⋯⋯。

 

勇儀「ここに来る少し前に、人間が宴会を持ち掛けてきたんだ。私達は勿論、喜んで参加したよ。でも、それは罠だったんだ」

 

雪「何があった?」

 

勇儀「毒が盛られてたのさ。鬼が簡単に死ぬくらいの猛毒をね。あれは宴会と称しての暗殺だったんだよ」

 

雪「⋯⋯」

 

勇儀「⋯⋯何かしみったれた空気になっちまったね。さて、私も休むかな」

 

 そう言って勇儀は立ち上がり、この場を去ろうとする。

 

雪「勇儀、すまなかった。辛いことを⋯⋯」

 

 俺はそう言ったが、勇儀は気にするなと言いたいのか手を振ってそのまま去っていった。

 

雪「⋯⋯友人の死、か」

 

 俺は酒に映る月を見ながらそう呟いた。

 

 友人を目の前で失った勇儀達は何を思ったのだろう。そして、それを奪った人間達に何を思ったのだろうか⋯⋯もし、俺がその状況を目の当たりにしたら⋯⋯。

 

雪「⋯⋯やめよう」

 

 俺は酒を飲み干すと木にもたれ掛かり、目を閉じる。酒で火照った筈の身体が、何故か異様に寒く感じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 西行寺家

雪「⋯⋯お前の、友達?」

 

紫「ええ」

 

 俺は今、紫と共にスキマの中にいる。と言うのも、勇儀達と別れ、神子の様子でも見に行こうかと山を降りた途端にスキマに落とされたからだ。

 

 そして、紫から友人を紹介されたいと言われていた。

 

雪「お前、友人なんていたのか」

 

紫「いるわよ!? 何でいないと思ってたの!?」

 

雪「いや、初対面の相手に対する胡散臭さと人をおちょくる様な薄ら笑いを浮かべてるんだからいるのが不思議だろう」

 

紫「酷い! 貴方、私の事そんな風に思ってたの!?」

 

 永琳や慧音の時の貴婦人染みた雰囲気はどこへやら。まるで駄々っ子の様な声で俺に叫ぶ。

 

雪「で、その友人がどうしたんだ?」

 

紫「あ、えっと⋯⋯」

 

 話を戻すと紫はゴホンと一つ咳払いをする。そして神妙な面持ちになると

 

紫「私の友達を⋯⋯助けてほしいのよ」

 

 そう、まるで悲しむかの様な声色で、俺に頼んできた。

 

 

~西行寺家の屋敷~

 

 

雪「さて、地図によるとここなんだが⋯⋯」

 

 紫に頼み事を受けた俺は、その数日後に紫から受け取った地図を頼りに一つの屋敷へとやって来ていた。

 

雪「西行寺家、か。風の噂は本当なんだろうか」

 

 まさか紫の友人とやらが西行寺家のお嬢様とは思わなかった。

 

 この屋敷には一本の巨大桜がある。『西行妖』と呼ばれるそれは春になるとこの世のものとは思えない程、美しい花を咲かせるそうだ。

 

 そして昨年程前、不治の病を患っていたこの屋敷の当主が亡くなった。満開の西行妖の根元で、まるで眠るかの様に息を引き取っていたらしい。

 

 それからだ。その当主を慕っていた者達がその桜の根元で、まるで後を追うかの様に自殺していったのは。

 

 やがて、この屋敷近くの村からは『西行妖は死を誘う桜』、『西行寺家は死を誘う呪いがある』などと噂され始めた。今では当主の娘とその従者が一人いるだけらしい。

 

 で、紫が言う『友人を助けてほしい』とは、その西行妖から救ってほしい、との事だ。

 

 当主を慕っていた者は皆死んだ。恐らく当主の娘である紫の友人も西行妖の力によって死んでしまうかもしれない。それを止めてほしい、との事だった。

 

雪「⋯⋯ひとまず、中に入らないとな」

 

 俺は屋敷の住人を呼ぶ為、門を叩こうとする。すると

 

?「この白玉楼に何用か」

 

雪「っ!」

 

 突如、後ろから刀が斬り放たれる。咄嗟に上へ飛び、刀を回避すると後ろに蹴りを入れる。

 

翁「む⋯⋯」

 

 相手は後ろに飛んで蹴りを避ける。その相手は刀を持った白髪の老人だった。

 

 ⋯⋯この老人、相当な手練れの様だ。声を掛けられるまで全く気配を感じなかった。

 

翁「この白玉楼は貴様の様な(あやかし)の類いが来るような場所ではない」

 

 妖怪ではないんだがな⋯⋯しかし、紫はこの屋敷の住人に何も伝えてないのか?

 

雪「まあ待て。順を追って説明「去らぬか。ならば斬るのみ!」おいおい⋯⋯」

 

 この老人、話が通じないな。老人は人間では到底不可能な速度で向かってくる。

 

雪「しょうがない。少し冷静になってもらおう」

 

 流石に素手で戦う訳にもいかないので氷の篭手を作り構える。

 

 そして老人の刀が俺の首に、俺の拳が老人の眉間へと迫ろうとした、その時。

 

?「そこまでよ、妖忌」

 

二人「「っ!?」」

 

 不思議な程に透き通る女性の声が響き渡る。見ると門が開かれ、そこには桃色の髪を持つ女性と、この状況を作り出した紫が立っていた。

 

?「妖忌、そこの狐さんはお客人よ。刀を納めて」

 

翁「⋯⋯分かり、ました」

 

紫「雪、貴方もよ」

 

雪「むっ⋯⋯」

 

 俺と、妖忌と呼ばれた老人はそれぞれ武器を引く。

 

?「ごめんなさいね。妖忌は少し融通が効かなくって⋯⋯私は『西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)』。この人は『魂魄(こんぱく) 妖忌(ようき)』よ」

 

雪「狐塚 雪だ。一応、そこの馬鹿の友人だな」

 

 そう言って紫を指差す。馬鹿と言われた紫は心外だと言いたげに不機嫌な表情になった。

 

紫「なっ! 馬鹿って何よ、馬鹿って!」

 

雪「煩い。元々お前が説明しておけばこんな事にはならなかったんだ。それなのにお前は⋯⋯」

 

幽々子「ふふっ。二人とも仲が良いのね。さっ、ここで話をする訳にもいかないし、中へどうぞ」

 

 幽々子はクスクスと笑うと屋敷の中に入っていく。随分とほんわかした性格の様だな。

 

雪「言葉に甘えさせてもらう。妖忌、先程は手荒な真似をしてすまなかった」

 

妖忌「いえ、儂から謝罪させてもらう。申し訳ない」

 

 俺は妖忌に頭を下げてから。屋敷の敷地内へと入る。その際に

 

雪「紫、後でじっくりと話し合おうじゃないか」

 

紫「っ⋯⋯!」

 

 紫にひっそりと、そう呟いておいた。後に妖忌から聞いたが、顔から血が引いて顔面蒼白になっていたらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 西行妖と不穏な動き

雪「さて紫。幽々子を助けると言ったがどうするつもりだ」

 

 俺、紫、妖忌は西行妖の前で話し合っていた。幽々子は居間で飯を食っている。

 

 最初運ばれてきた大量の料理を見た時は驚いたな。まさかあんな細い体で大食いとは思っていなかった⋯⋯。

 

紫「そうね⋯⋯幽々子を助けるには、この西行妖をどうにかしないといけないのよ」

 

雪「ん? どういう事だ」

 

妖忌「それは私が説明致しましょう」

 

 すると妖忌が前に出る。そしてポツリポツリと話し始めた。

 

 まあ、話が長かったから簡単に要約させてもらうが⋯⋯現在、幽々子は『死に誘う程度の能力』を持っている。幽々子はそれを制御する事が出来ないでいる。

 

 その理由はこの西行妖だ。噂にあった様に、何人もの人間が後追い自殺をした。西行妖はその“死”を吸い取り続け、現在では周りに影響を及ぼす程の力を持ってしまった。元は『死霊を操る程度の能力』だった筈の幽々子の能力を変えてしまう程に。

 

雪「成る程⋯⋯現在はどの程度の力を持っているんだ?」

 

妖忌「⋯⋯例えば、雪殿の力を一万としましょう」

 

雪「ああ。西行妖は?」

 

妖忌「恐らく、一万五千だと思われます」

 

雪「なっ⋯⋯!」

 

 俺はこれでも、そこらの妖怪などよりも強いと自負している。今までの戦闘経験に加え、霊力、能力がそれなりにあるからだ。

 

 それを西行妖は軽々と超えている。一体どれだけの死者を出していたのだろうか。

 

紫「つまり、この桜を倒す事は出来ないという事よ。圧倒的に力が足りないし、何をしてくるのか分からないもの」

 

雪「つまり、封印しかないのか⋯⋯」

 

紫「ええ。それも何千年経ったとしても解けない封印をね」

 

 この馬鹿げた力を持つ化け物を封印か⋯⋯出来るのだろうか。

 

雪「まあ、やるしかないか」

 

紫「ええ。といっても、既に封印の術式とかは揃っているのよ」

 

雪「何? それなら封印すれば⋯⋯いや、何か必要なのか?」

 

紫「ええ。あの妖力を抑え込める媒体が必要なのよ」

 

雪「媒体⋯⋯例えば?」

 

紫「妖怪と相反する存在⋯⋯所謂神と共にあった物や穢れの少ない場所で作られた物が良い例ね」

 

 つまり神器、という物か。諏訪子達ならそういう物を持っていそうだが⋯⋯。少し遠いな。急いでも往復で数週間は掛かるだろう。時間が掛かってしまうのは得策じゃない。

 

雪「とにかく、そういう物を探せばいいんだな?」

 

紫「ええ」

 

雪「分かった。じゃあ媒体は俺と紫で探そう。妖忌は幽々子の近くにいてくれ。それと、もしまた自殺に来る者がいたら殴ってでも止めてくれ」

 

妖忌「つまりいつも通り、という事ですな。承った」

 

紫「期限は⋯⋯この桜が満開になるまでよ。この桜、満開になると妖力が増大するみたいだから」

 

雪「分かった」

 

 満開になるまで⋯⋯今年の春辺りか。今は秋。まだ時間があると思えば良いのか、時間が無いと考えるのが良いのか⋯⋯。

 

 そんな事を考えながら俺は紫達と別れ、白玉楼を出ると媒体を探し始めた。

 

 

─────

 

 

雪「ふぅ⋯⋯」

 

 白玉楼の広い風呂で、俺は手で顔を拭いながら今日の疲れを癒やす。

 

 俺は家がないので、暫くの間この白玉楼で住まわせてもらう事になった。

 

 結局、今日の内に媒体が見つかる事はなかった。一日目で見つかったら万々歳だったが、やはりそんな甘くないらしい。

 

雪「穢れが少なく、神と共にある物か⋯⋯」

 

 穢れが少ない、という事は妖怪が少ない場所だ。そして神と共にある物。出来るだけ高位の神が良いだろう。そんな物、本当にあるんだろうか。

 

雪「今夜は満月か」

 

 風呂の窓から見える夜空には、綺麗な満月が浮かんでいた。そういえば月にいったアイツらは無事なんだろうか⋯⋯。

 

雪「⋯⋯そうだ」

 

 月なら妖怪もいない。それに月読という日本を代表する三柱の内の一人がいる。そこになら媒体となる物があるんじゃないだろうか。

 

雪「⋯⋯いや、駄目だな」

 

 輝夜が言ってが、向こうでは俺が死んだことになっているらしい。それなのに俺が現れたら困惑⋯⋯最悪敵対する事になるだろう。

 

雪「はあ⋯⋯一体どうするか」

 

 結局俺は何も考えが浮かばず、今日一日を終える事になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 久しい者達

雪「⋯⋯駄目だ」

 

紫「何でよ!」

 

 紫は机をバンッ! と叩き俺の言葉に反論する。

 

 現在、俺と紫の間で口論が起きていた。

 

 と言うのも、紫が「月になら媒体になる物があるかもしれない」と言ったのが発端だ。多分、俺がベラベラと依姫達の事を話したのが原因だろう。

 

雪「何度も言っているが、アイツらの技術力の前では妖怪なんぞ歯が立たん。一切手を出せずに負けるのがオチだ」

 

紫「やってみなきゃ分からないじゃない!」

 

雪「分かるから言っているんだ。とにかく、月の事は忘れろ。幽々子を助けたいのは分かるが一度冷静になれ。いつものお前ならこんな事は言わなかったぞ」

 

 そう言うと紫は一度黙り、その後すぐに立ち上がって部屋を出ようとする。

 

雪「おい、どこに行くつもりだ」

 

紫「どこでも良いでしょう?」

 

 紫はそれだけ言ってスキマへと消えていく。

 

 ⋯⋯あれは確実に何かやらかすな。

 

雪「はぁ⋯⋯」

 

幽々子「雪? 溜め息なんか吐いてどうかしたの?」

 

 すると大量の菓子を持ってきた幽々子が部屋に入ってくる。

 

雪「いや、アイツが危険な事をしそうになっていて、止めようとしたんだが話を聞かなくてな⋯⋯」

 

幽々子「そう⋯⋯お菓子いるかしら?」

 

雪「⋯⋯戴く」

 

 俺は幽々子から饅頭を一つ貰う。一口食べるとこし餡の優しい甘さが口に広がった。

 

雪「⋯⋯美味いな」

 

幽々子「でしょう? 近くの町で一番美味しい饅頭屋さんのを妖忌が買ってきてくれたのよ」

 

雪「ほう」

 

 幽々子はニコニコと優しく笑う。

 

幽々子「ねえ雪。私ね、貴方達が来てくれてとっても嬉しいのよ」

 

雪「嬉しい?」

 

幽々子「ええ。元々お嬢様って事で友達も少なかったし、あの桜に亡くなる方が出てきてからはその友達も離れていったから⋯⋯」

 

雪「⋯⋯」

 

幽々子「だから、紫が友達になりましょうって言ってくれてとても嬉しかったの。だから⋯⋯」

 

 幽々子は少し困った様な表情をして俺を見る。

 

幽々子「⋯⋯あの子に何かあったら、助けてあげてくれないかしら?」

 

雪「⋯⋯当たり前だ」

 

 恐らく、紫の能力の関係から月へは満月の夜⋯⋯そして満月が美しく映る大きな湖から向かうだろう。

 

 満月の夜は明後日⋯⋯それまでに媒体探しの傍ら、それを心に刻んでおかなければ⋯⋯まあ、その前に⋯⋯。

 

雪「幽々子、もう一つ饅頭を貰っていいか?」

 

幽々子「あっ、ごめんなさい。もう全部食べちゃったわ」

 

雪「なっ⋯⋯」

 

 

─────Nobody side

 

 

 満月の夜。空に浮かぶ月が美しく映る湖の周りには、千体以上もの妖怪が集まっていた。

 

 どの妖怪も戦いに飢えており、そしてどの妖怪も人間から恐れられている人食い妖怪だ。

 

紫「お集まりいただき感謝致します」

 

 その中心に立ち演説をしているのは、今回妖怪達を集め、月への襲撃を行おうとしている八雲紫。

 

紫「今宵は満月。私の能力でこの湖に映った満月をあの月へと繋げます。さあ、今こそ我ら妖怪の力を知らしめる時です!」

 

 紫の言葉を聞いた妖怪達が雄叫びを上げる。

 

 紫の本来の目的は媒体を手に入れる事だ。妖怪共が暴れ回っている内にその媒体を探す腹積もりだろう。

 

紫「では、参りましょう!」

 

 紫が扇子を水面に映った満月に向けて降ると、湖が巨大なスキマへと変貌する。

 

 その不気味な空間へと、躊躇せず一斉に雪崩れ込む妖怪達。

 

紫「見てなさい、雪⋯⋯私だって出来るんだから」

 

 ⋯⋯数時間後。月は地獄絵図と化していた。

 

 辺りは血肉に塗れ、誰一人として五体満足の死体は転がっていない。

 

 ⋯⋯唯、一つだけわかる事があるとすれば─────そこに人間の死体は一つも無かった。

 

紫「そ、そんな⋯⋯」

 

 紫は傷付いた身体を押さえながら、その場に座り込む。目の前には武装した人間が三人立っていた。

 

依姫「全く⋯⋯穢れごときが月に攻め入ろうなどと⋯⋯穢れは穢れらしく地球で過ごせばいいものを」

 

 現防衛軍総帥、綿月 依姫。

 

勇也「おいおい、こんな美人が妖怪なのかよ。戦意削がれちまうなぁ」

 

 防衛軍・第一大隊隊長、赤城 勇也。

 

明理「馬鹿な事言わないで勇也。この妖怪が今回の首謀者に違いないんだから」

 

 防衛軍・第一大隊副隊長、赤城(・ ・) 明理。

 

 僅か三人の人間に、紫が率いた妖怪の大群はものの数時間程度で全滅した。

 

明理「依姫様。トドメを」

 

依姫「分かってます⋯⋯」

 

紫「っ⋯⋯」

 

 そして紫にトドメを刺そうと、依姫が刀に力を込めた瞬間

 

?「伏せろ、紫!」

 

 紫にとって⋯⋯そして三人にとって懐かしい声が月に響き渡る。

 

 それと同時に火球が三人の元へと飛んでいった。

 

依姫「っ!」

 

勇也「おおっと!?」

 

明理「だ、誰っ!?」

 

 三人は火球が飛んできた方向へと目を向ける。そこには血に濡れた男が手を向けていた。

 

 男は紫へと近付くと小さく耳打ちをする。

 

?「(頭は冷えたか、紫)」

 

紫「(っ! も、もしかして⋯⋯雪?)」

 

雪「(話は後だ。今すぐ白玉楼へ帰れ)」

 

紫「(で、でもっ!)」

 

雪「(早くしろっ!)」

 

 紫は雪の小さな怒声を聞くとスキマを開き、その中へ消えていく。

 

明理「っ! 逃がしません!」

 

 明理は手に持っていたライフルを構え、紫を狙おうとする。

 

雪「させると思うか?」

 

 しかしそれは火球が着弾した場所から発生した火柱によって防がれた。

 

 そして紫が去ったのを見届けた雪は三人を見ると

 

雪「⋯⋯久しいな、お前ら」

 

 嬉しそうな声で、そう呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 元部下との戦い

依姫「まさか、まだ生き残りがいたとは⋯⋯」

 

勇也「うへぇ⋯⋯俺知ってんだぜ? こういう時に現れる敵ってのは変に強いんだよ」

 

明理「それはゲームでの話でしょ? まあ、先程の攻撃を見る限り只者じゃないのは分かるけど⋯⋯」

 

 ⋯⋯何とか、俺だとバレずに済んでいるか。

 

 俺は変化の術で自分の姿を変え、狐火と幻術で攻撃を火球と火柱だと誤認させた。先程の火球は狐火。それもかなり小さなものだ。火柱も幻術で太く見せ掛けただけで、実際はかなり細い。

 

 今回俺の能力は使えないからな。コイツらにバレてしまえば色々と面倒だからだ。

 

依姫「貴方は? あの妖怪を逃がした所を見ると、妖怪の味方と考えても?」

 

雪「そう考えてもらって構わない。まあ、俺はアイツらを止めに来ただけだがな。その必要は無かったが⋯⋯」

 

 まさか三人で百近くいる妖怪共を倒しきるとは思っていなかった。コイツらも成長したのか。

 

雪「さて、俺の目的は完遂した。このまま何もしないから逃がしてくれ⋯⋯と、言っても無理なんだろう?」

 

依姫「ええ。貴方からは今回の襲撃の目的などを洗いざらい吐いてもらいます」

 

勇也「ま、そういうこった」

 

明理「ここで素直に投降してくれれば悪い様にはしませんが?」

 

 三人は逃がさないとばかりに俺を囲む。どうやら獲物は変わっていないのか、依姫は刀、勇也は散弾銃、明理はライフルを持っている。

 

 だが依姫の刀から何か神聖な力を感じる。あれが昔、噂に聞いていた祇園様の剣と呼ばれる刀か?

 

 ⋯⋯しかし、懐かしいな。俺が部隊にいた頃もこうやって三人一度に特訓してやったものだ。

 

雪「今回は実戦形式だがな⋯⋯」

 

依姫「何をブツブツと喋っているのですか?」

 

雪「いや、何もないさ⋯⋯さあ、来るなら来い」

 

 俺が狐火を浮かべると、三人は武器を構えた。

 

依姫「二人とも、今まで通りに!」

 

勇也「あいよ!」

 

明理「了解!」

 

 依姫の言葉を合図に二人も動き出す。恐らく勇也が特攻。依姫がその隙を攻撃。明理が狙撃で援護、と言った所だろうか。

 

 ならまずは手数を減らす。俺は明理に向かって狐火を放射した。

 

明理「無駄ですっ!」

 

 明理は能力で障壁を張る。火炎放射はその障壁によって防がれる。

 

 だが、そんなことは既に分かっているさ。

 

明理「消えた⋯⋯!?」

 

 火炎放射を目眩ましにして、俺は幻術を使って視界から消える。

 

 そして明理の後ろに回ると障壁を破る為に勢いよくそれを殴り付ける。

 

雪「っ!」

 

 だが、破る事は出来ず俺の拳は障壁によって防がれた。

 

勇也「喰らえっ!」

 

雪「チッ!」

 

 俺は勇也の散弾銃を避ける為に明理から離れる。勇也が撃った散弾は地面やらに接触すると爆発を起こした。

 

雪「⋯⋯以前よりも強いな」

 

 勇也の爆発も明理の障壁も、俺が覚えているものより強力になっている。

 

依姫「祇園様!」

 

雪「っ!」

 

 二人を警戒していると依姫が刀を地面に突き刺す。すると俺の周りに無数の刃が現れた。

 

雪「これは⋯⋯」

 

依姫「下手に動くと祇園様の怒りに触れますよ」

 

 祇園様⋯⋯牛頭天王こと須佐之男命(すさのおのみこと)だったか。依姫の言葉から察するに、動いたらこの刃でも飛んでくるんだろう。

 

雪「仕方ないな⋯⋯」

 

 俺はパチンッと指を鳴らす。すると周りの時間は凍り付き、動く者は俺だけとなる。

 

 その間に刃の中心から抜け出し、一番厄介そうな依姫と近付く。

 

 ⋯⋯時間だ。凍り付いていた時は解かれ、また動き出す。

 

依姫「⋯⋯っ!? な、何でっ!?」

 

 依姫の目には突然俺が現れたかの様に見えただろう。俺は依姫へと拳を突き出した。

 

依姫「くっ⋯⋯!」

 

明理「依姫さん!」

 

 だがそれは明理のスナイプによって妨害される。すると依姫が俺が拳を引く隙を狙って刀を振るう。何とか避けた俺は一度三人からある程度離れ、指先に霊力を集中する。

 

雪「マスタースパーク!」

 

 そして霊力を巨大な光線として発射。三人に向かってマスタースパークを放った。勿論、気絶する程度まで威力は落としてある。

 

依姫「石凝姥命(いしこりどめのみこと)!」

 

 すると依姫は神降ろしで黒髪の女神を呼び出す。その女神の手には一枚の鏡があった。

 

 マスタースパークは依姫達へと迫るが、三人の前に立っていた女神の鏡へと当たる。その次の瞬間

 

雪「何っ!?」

 

 キィンッ! という音と共に、俺のマスタースパークは反射された。

 

 突然の事に驚きながらも、反射された。マスタースパークを避ける。

 

 確かあの神の名は石凝姥命だったか。神々の三種の神器の一つ、八咫鏡(やたのかがみ)を製造した事で知られる鋳物(いもの)や金属加工の神とされている。

 

 つまりあの鏡は八咫鏡か。まさか光線を反射する能力を持っているとはな。

 

勇也「余所見してて良いのか、オッサン!」

 

雪「くっ!」

 

 するといつの間にか接近していた勇也が散弾銃を放つ。俺は狐火の壁で散弾を防ぎ、更にその狐火を飛ばした。

 

勇也「おっと! 今だぜ依姫!」

 

依姫「火雷神(ほのいかずちのかみ)!」

 

雪「っ!?」

 

 依姫の言葉と共に突如雨が降り、俺の立っていた場所に雷が落ちる。更にその雷は七頭の炎の龍となって俺に襲い掛かった。

 

雪「クソっ! やむを得ん!」

 

 俺は龍を巨大な水の刃を創り出すと龍へと放ってその首を飛ばす。更にその首を氷で包みぶつかり合わせて粉々に砕いた。

 

 首を失った炎の竜はその巨体を地面に倒すと四散して消滅する。

 

依姫「そんなっ!?」

 

雪「ふぅっ⋯⋯ふぅっ⋯⋯何て力だ」

 

 先程のは火雷神。神話では伊邪那美命(いざなみのみこと)の身体から生まれ、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を追った七兄弟の神だったか⋯⋯。

 

 しかし、やむを得なかったとはいえ能力を使ってしまった。三人にバレないといいが⋯⋯。

 

依姫「⋯⋯二人とも、逃げてください」

 

 バレないか冷や冷やしていると、依姫が思いもよらない言葉を放つ。それを聞いた二人は目を見開いた。

 

依姫「奴は予想以上の腕前の持ち主です。奴の考えが変われば殺されるかもしれない⋯⋯もし死ぬなら、私だけで十分です」

 

勇也「なっ、馬鹿野郎っ! 隊長みてぇな事言ってんじゃねえぞ!」

 

明理「そうですよ! 三人で戦えばきっと⋯⋯」

 

依姫「二人には“子供”がいるでしょう!?」

 

二人「「っ!」」

 

雪「何っ!?」

 

 こ、子供だと!? この二人、そんな関係だったのか。確かにお揃いの指輪をしているなとは思っていたが⋯⋯。

 

 祝ってやりたいが、それは自分の正体を明かす事になる。だが部下二人が結ばれているのにそれを祝わない訳にも⋯⋯どうするか。

 

月読「何を悩んでおる?」

 

雪「っ!」

 

 すると後ろから突然として声を掛けられる。振り向くとそこには月の神、月読が立っていた。

 

依姫「月読様っ!?」

 

月読「おお、三人とも。励んでいるか?」

 

 月読は驚いてる三人へと軽く言葉を掛ける。そして俺へと向くと

 

月読「まさか生きておったとはな」

 

 そう、懐かしむ様な声色で声を掛けてきた。

 

雪「⋯⋯正体を知ってるのか」

 

月読「これでも私は神だぞ? お前の不完全な幻術など簡単に見破れる」

 

雪「むう⋯⋯」

 

月読「それに、姉からお前が生きていると聞いたからな。まさかあの妖怪の大群に加え、核弾頭から生き延びたとは思っていなかったが⋯⋯」

 

 月読の姉⋯⋯天照か。確かに諏訪大戦の時代に会ったな。

 

雪「まあ、そう考えるのが妥当だろうな」

 

 月読と話していると、警戒しているのか武器を構えた三人が近付いてくる。

 

依姫「月読様⋯⋯彼は一体?」

 

月読「ふむ。お前達が一番知っていると思うのだがな」

 

勇也「ええ? 俺達、こんな奴知らないんスけど⋯⋯」

 

明理「私もです」

 

 一瞬だが能力を見せたのにまだ気付かないのか。戦闘で興奮しているからなのか、単純に忘れているからなのか⋯⋯。

 

月読「⋯⋯だそうだ。正体を明かしたらどうだ?」

 

雪「はぁ⋯⋯まあ、俺も戦いたくは無かったからな」

 

 俺はため息を吐くと変化の術を解く。ボフンッと音を立てて煙が撒き散らされ、三人の目から俺の姿が消える。

 

依姫「なっ、煙幕っ!?」

 

月読「落ち着け。これは煙幕ではない」

 

 突然の煙に慌てる三人を月読が宥める。そして煙が晴れてくると、三人は目を見開いた。

 

依姫「なっ⋯⋯」

 

勇也「おい、二人とも⋯⋯俺達、夢見てねえよな?」

 

明理「嘘、そんな⋯⋯」

 

雪「久しぶりだな、お前ら」

 

 俺は戦う前に小さく呟いた言葉を、今度は真っ正面から三人に言う。

 

勇也「な、なあ月読様。この人⋯⋯本物の隊長っスか?」

 

月読「正真正銘、本物の雪だ。私が保障しよう」

 

 月読の言葉を聞いた三人は少しずつ俺へと近付く。そしてある程度まで近付いてくると

 

三人「「「隊長ー!!」」」

 

雪「うおっ!?」

 

 一斉に飛び付いてきた。俺は三人を受け止めきれず、後ろへと倒れる。

 

依姫「隊長、無事だったんですね! 本当に、本当によかったです!」

 

勇也「アンタが死んだと思って何日後悔してたと思ってたんスか!! 明理なんか仕事休んで家に引き篭もりがちになって⋯⋯」

 

明理「ちょっ、勇也は黙ってて!」

 

雪「お前ら⋯⋯一旦離れろ、重い」

 

 そう言うと三人は少し恥ずかしげに俺から離れる。三人に退いてもらった俺は服に付いた砂を払って立ち上がった。

 

雪「ったく⋯⋯お前らは子供じゃないんだ。大人が子供みたいに飛び付いてどうする」

 

依姫「す、すいません⋯⋯」

 

明理「申し訳ないです⋯⋯」

 

勇也「いや~、そんくらい嬉しかったんスよ。しょうがないじゃないっスか!」

 

雪「相変わらず減らず口が直らないな、勇也。あと男に抱き付かれて喜ぶ男がどこにいる」

 

勇也「ウッ⋯⋯」

 

 俺と勇也のやり取りに依姫と明理がクスクスと笑う。

 

月読「雪、久々の再会で嬉しいのは分かるが何か用があるのではないか?」

 

 すると蚊帳の外だった月読が話しかけてきた。

 

雪「ん、ああ。実はな⋯⋯」

 

 俺は四人に、友人を助ける為に封印の媒体を探している事を簡単に説明する。妖怪が攻めてきたのも、その首謀者である紫が媒体を奪う為だった事も。

 

月読「成る程⋯⋯用件は分かった。私の家に何かないか探してみよう。その間、お前達は数億年振りの再会を楽しむといい」

 

 そう言った月読は、能力か何かでその姿を消す。

 

雪「⋯⋯だそうだ。少しの間だが、今までの間にお前達にどんな事があったのか聞かせてくれないか? 俺も話したい事は色々あるからな」

 

依姫「勿論です。ただ、その前に⋯⋯」

 

 依姫は二人に目配せをして、それを見た二人は頷いて俺を見る。そして

 

三人「「「隊長、お帰りなさい!」」」

 

 そう、嬉しそうな声色で言ってきた。

 

雪「⋯⋯ああ、ただいま」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 月から地上へ

雪「⋯⋯で、今に至る訳だ」

 

 俺は今、三人に今まで何をしていたのかを話していた。

 

 諏訪大戦に始まり、飛鳥時代、鎌倉時代、妖怪の山、そして現在⋯⋯その旅で何を見てきたのかを事細かく話した。

 

勇也「ほえ~。流石隊長、普通の旅じゃなかったっスね」

 

雪「おい、何だその俺が普通じゃないみたいな言い方は」

 

依姫「でも凄いですよ。天照大神様や健御名方様とご友人だったなんて」

 

明理「しかも妖怪達と友達って⋯⋯想像の斜め上をいってましたね」

 

雪「想像外といえば勇也と明理、お前ら結婚してるんだってな」

 

 そう言うと二人は顔を赤らめてそっぽを向く。

 

依姫「はい。数年前にお二人が式を挙げたんですよ。私やご友人の方々はお二人が交際しているのを知らなかったので、とても驚いたのを覚えています」

 

雪「だろうな。俺も最初聞いたときは驚いた」

 

 この二人、俺の部隊に入りたての頃は喧嘩ばっかしていたからな。依姫が入る頃はマシになっていたが、俺が目を離すとすぐ口喧嘩を始めていた。

 

 そんな二人が結婚するなんて想像すらしなかったぞ。一体俺がいなかった間に何があったというんだ。

 

雪「それに子供までいるんだったか」

 

依姫「ええ。まだ三歳の女の子で、悠里っていうお名前なんですがとても可愛いんですよ」

 

勇也「依姫! 勝手にベラベラ喋んなって!」

 

雪「ほう、一度見てみたいな。写真みたいのはないのか?」

 

明理「た、隊長!?」

 

依姫「ありますよ。ですよね、二人とも」

 

 依姫にそう言われた二人はため息を吐く。そして勇也がポケットからスマホを取り出して写真を表示する。

 

勇也「どうぞ⋯⋯」

 

 勇也からスマホを受け取り、表示された写真を見る。写真には笑顔を浮かべている二人と、二人の面影を持った少女が満面の笑みで写っていた。この少女が悠里という子か。

 

雪「なるほど、可愛らしい女の子だ」

 

依姫「でしょう?」

 

勇也「むがー!! いい加減この話はいいでしょ! 小っ恥ずかしいんスよこっちは!」

 

明理「そ、そうですよ! この話は終了です終了! 別の話をしましょう!」

 

 二人が顔を真っ赤にしてそう言うので、しょうがなく別の話をすることにした。全く、何が恥ずかしいんだろうか。結婚を祝福され、自分達の娘が可愛らしいと褒められているんだから恥ずかしがる事もないだろうに。

 

雪「でも別の話と言っても何を話す?」

 

明理「そ、それは⋯⋯う~ん」

 

月読「残念だが、そんな時間は無い」

 

 するといつの間にか月読が後ろに立っている。その手には⋯⋯何も握られていなかった。

 

月読「すまない雪。お前の言う媒体となる物は見つからなかった」

 

雪「そうか⋯⋯まあ良い。探してくれただけありがたい」

 

 媒体は無し、か。まあそんな都合良く見つかる訳もないが⋯⋯。

 

雪「さて、名残惜しいが俺は帰るぞ。アイツに色々と言うこともあるからな」

 

依姫「⋯⋯分かりました」

 

勇也「な、なあ隊長。このまま月に住むって事は出来ねえんスか?」

 

明理「そうですよ。月なら不便も無いでしょうし⋯⋯」

 

雪「⋯⋯悪いな。俺はあっちが良いんだ」

 

 それに、生まれ故郷を捨てる訳にもいかない。幽々子についての問題もまだ終わっていないんだ。逃げる訳には、いかない。

 

雪「またいつか機会があったら遊びに来るさ。それまで、な」

 

月読「雪、準備出来たぞ」

 

 振り向くと、月読がいつの間にか謎の空間を作り出していた。あの空間に入れば地上へと戻れるらしい。

 

雪「ああ、分かった。じゃあなお前ら、また会おう」

 

依姫「はい、またお会い出来るのを楽しみにしてます」

 

雪「ああ。それと勇也、明理」

 

勇也「何スか?」

 

雪「子供、大事にしろよ。特に勇也は一人の父親なんだ。何があっても守り切れ。明理も、妻として勇也を支えてやれ」

 

勇也「⋯⋯分かってるっスよ。隊長に言われなくても守ってみせるっス!」

 

明理「はい。隊長、またいつか!」

 

 四人に見送られながら俺は空間へと足を踏み入れる。フワリとした変な感覚と共に歩き、出口へと出ると俺は白玉楼の前に立っていた。

 

雪「⋯⋯帰ってきたか」

 

 さて、紫と一度じっくり話をしないといけないな。

 

 

─────

 

 

雪「⋯⋯」

 

紫「⋯⋯」

 

 白玉楼にもどってきてから数時間後。俺は机を挟んで紫と向き合っていた。

 

 俺が戻ってきた時は紫は気絶しており、しょうがなくコイツが起きるまで待っていた。そして気が付いたので別室で話し合う事になったんだ。

 

雪「⋯⋯おい、お前は何を仕出かしたのか分かっているのか?」

 

紫「⋯⋯」

 

雪「俺は、月の前では妖怪など無力だから行くなと忠告した筈だが? お前は、悪行を積んだ奴等だったとはいえ、多数の妖怪の命を無駄にしたんだぞ?」

 

紫「⋯⋯」

 

 紫は俯いたまま黙っている。反省する気が無いのか、それとも何か反抗心があるのか。

 

雪「⋯⋯何も言わないんだったらどうしようもないんだが? お前は立場が悪くなると黙り込む子供だったのか?」

 

紫「⋯⋯さい⋯⋯」

 

雪「ん?」

 

紫「⋯⋯うるさい! 雪に何が分かるって言うのよ!」

 

 すると今まで黙っていた紫がバンッと机を叩いて立ち上がる。その目には涙を浮かべていた。

 

紫「私はもう弱くない! 貴方にとやかく言われる程の弱者じゃないの! なのに貴方は私を守ってばっかりで⋯⋯過保護なのよ!」

 

 プチッ⋯⋯。

 

 紫の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが切れた。机を強く叩くとそこから氷が広がり、辺りに冷気が漂い始める。

 

紫「っ⋯⋯!?」

 

雪「⋯⋯なら、あの月でお前は何をしていた!!」

 

紫「ひっ⋯⋯!」

 

雪「自分は弱くない? ならお前は何故あの三人の前で死にかけていた!? 俺が助けに入らなければどうなっていた!?」

 

 俺がそう叫ぶ度に氷の浸食が激しくなる。既に氷は机だけでなく、畳にすら届いている。

 

雪「お前は死んでいたんだぞ!? 自分の実力を見誤ってな!」

 

紫「っ!」

 

雪「俺が過保護? そうでもしなければお前が死に急ぐからだろう! お前は、自分が死んだときの周りすら考えられないのか!」

 

 そう怒鳴ったところでドタドタと足音が聞こえ、障子が開く。そこには幽々子と妖忌が驚いた表情で立っていた。

 

幽々子「二人ともっ!? これは一体⋯⋯」

 

妖忌「雪殿、一度冷静になりなされ。紫殿が怯えてらっしゃる」

 

 妖忌にそう言われて紫を見ると、紫は顔を真っ青にして体を震わせている。

 

 俺はため息を吐いて怒りを下げると部屋に広がっていた氷と冷気を消す。

 

雪「⋯⋯すまん紫、言い過ぎた。少し時間を置こう」

 

 そう言った俺は部屋から去り、一度冷静になろうと白玉楼を出た。

 

 

─────紫side

 

 

幽々子「紫、大丈夫?」

 

 幽々子が近付き、私に声を掛ける。しかし私はそれに答える程の気力が残っていなかった。

 

 あんなに怒鳴る雪なんて初めて見た。今までは怒ると言っても、少し不機嫌そうな顔で何か言うくらいだったのに。

 

 ⋯⋯机が凍り付き、辺りの空気が冷気へと変わり、氷が畳にまで広がったのを見た私は初めて、雪を恐ろしいと思った。

 

幽々子「紫、少し落ち着きましょ? 気分転換でもして、ね?」

 

紫「⋯⋯ええ」

 

 私が幽々子の言葉に答える事が出来たのは、たったそれだけの言葉だった。

 

 その後、私は少し早めの夕食とお風呂に入り、幽々子と一緒に月が昇る空を縁側で眺めていた。

 

幽々子「どう紫、落ち着いた?」

 

紫「ええ、ありがとう幽々子。手間掛けさせたわね」

 

 優しく微笑む幽々子に、私は少し弱々しく答える。

 

幽々子「でも、あの雪の怒り方は凄かったわね。あんな感情的になるなんて、いつもの姿からじゃ想像出来ないわ」

 

紫「ええ、そうね。私も初めて見たわ、あんな雪」

 

幽々子「⋯⋯紫は、雪の最後の言葉の意味が分かる?」

 

紫「えっ?」

 

 雪の最後の言葉⋯⋯『お前は、自分が死んだときの周りすら考えられないのか!』だったかしら。

 

紫「⋯⋯私が死んだときの、周り?」

 

幽々子「ええ、そうよ。雪は私達が想像出来ない程の年月を生きてきたんでしょう? 沢山の出会いがあったのかもしれないわ。そして、沢山の人との別れもあったでしょうね」

 

紫「っ⋯⋯!」

 

 別れ⋯⋯それはきっと死別も含まれているのかもしれない。近しい人との死別はとても辛く、悲しいもの。特にそれが、大事な人であったなら尚更⋯⋯。

 

紫「雪は、私に死んでほしくなかったから⋯⋯」

 

幽々子「そういう事よ。私だって、貴女が死んだら悲しいわ。自分が死んだ時、貴女に近しい人がどう思うか考えてほしかったんでしょうね」

 

 きっとそれは、雪が多くの死を見届けてきたから故の言葉だろう。それなのに私は、ただ我が儘を言って⋯⋯。

 

紫「⋯⋯これじゃ、雪が怒るのも無理ないわね」

 

幽々子「大丈夫、分かったならきっと許してくれる筈よ。後でまたちゃんと話し合えば良いわ」

 

紫「ええ。そうするわ。ありがとう幽々子」

 

幽々子「ええ。どういたしまして」

 

 そして雪が帰ってきた深夜。私は雪と話し合って、私は無謀な事をしたと謝った。雪は「いや、俺もお前の気持ちを考えずにいてすまなかった」と言っていた。

 

 まあ、結論としてはどっちも悪くって、今後はそれなりにそれぞれの気持ちを尊重しようって事になったわ。

 

 心のモヤモヤが晴れた私は、その夜気分良く寝ることが出来た。

 

 ⋯⋯この次の日、まさかあんな事が起きるなんて知ることも出来ずに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 この呪いに終止符を

雪「⋯⋯うぁ⋯⋯」

 

 朝が来る。いつもの様な清々しい気分⋯⋯ではなく、俺は謎の不快感と激痛、そして鉄臭い異様な臭いで目を覚ます。

 

雪「⋯⋯ッ!?」

 

 起き上がり「気持ち悪いな⋯⋯」と言おうとした瞬間、突然何かを吐き出す。

 

雪「な⋯⋯にが⋯⋯?」

 

 その吐き出した物の正体はすぐに分かった。布団と手にベットリと付いたそれは⋯⋯血。

 

 血は俺の手や布団だけでなく辺りに広がり、畳や胸元を濡らしていた。

 

 どうしてこんな事になっているのか、それは俺が胸元を見るとすぐに分かる事だった。

 

 何故なら、俺の胸には氷の杭が突き刺さっていたのだから。

 

雪「っ! ぐぅ⋯⋯!」

 

 俺はその杭に驚きながらも、それを引き抜くのではなく、そのままにして傷の周りを冷やした。

 

 深く刺さった物を引き抜くと逆に血が吹き出して危険な状態になる為、抜かない方が良い。そして傷の周りを冷やしたのはアイシングと言う。アイシングで冷やす事で血管を収縮して止血する事が可能だ。

 

 杭はどうやら骨で止まっていた様だ。心臓まで届いてないなら人外の俺の身体ならまだ動ける。

 

雪「クソッ、何があったんだ!?」

 

 俺は脱いでいた上の服を簡単に着ると部屋を出る。すると、先程までは気付かなかったが異様な程大量の妖気が白玉楼に充満していた。

 

雪「三人はっ!?」

 

 俺は隣の部屋にいる筈の紫の様子を見に障子を上ける。そこには虚ろな目でクナイを胸に突き刺そうとする紫の姿があった。

 

雪「紫、何してる!!」

 

 俺は紫のクナイを奪い、頬を叩く。すると紫の目には徐々に光が戻ってきた。

 

紫「う⋯⋯私は⋯⋯っ!? 雪、その血は何っ!?」

 

雪「俺の事はどうでも良い! こっちに来い!」

 

 俺は未だに動揺している紫の手を引いて廊下を走る。その途中で血に濡れた刀を持った妖忌と出会った。

 

雪「妖忌、無事だったか!」

 

妖忌「はい、何とか⋯⋯お二人とももご無事で何より」

 

 妖忌をよく見ると、手から血が流れている。どうやら刀を手で止め、自害を防いだらしい。

 

雪「後は幽々子か。一体どこに⋯⋯っ!?」

 

 ふと空を見ると、白玉の様な物が大量に浮いていた。あれはまさか⋯⋯魂か?

 

 魂は全て同じ場所へ向かっている。あそこは確か⋯⋯。

 

紫「雪、あの魂達が向かってる場所って⋯⋯」

 

雪「っ! 急ぐぞ!」

 

 俺は二人と共に魂が向かう場所⋯⋯西行妖の元へと向かう。

 

 俺達がそこへ着いた時に目に映ったのは、見た者全てを魅力するかの様な満開の西行妖。それに群がる魂。そして─────

 

雪「クソッ、遅かったか!」

 

紫「嘘⋯⋯そんな⋯⋯」

 

妖忌「ああ、幽々子様⋯⋯そんな馬鹿な⋯⋯」

 

 ─────根元で血を流し倒れている、幽々子の姿があった。

 

 俺は幽々子を抱き上げると二人の元へ戻る。肌は冷たく、脈を測ったが動いていない。胸元には短刀が突き刺さっている。恐らくこれで⋯⋯。

 

雪「クソッ⋯⋯クソッ⋯⋯クソッ!!」

 

 俺は自分の無力さと西行妖への怒りを地面へとぶつける。拳を地面に打ち付けると一瞬にして辺りが凍り付く。

 

 そしてその怒りは憎悪へと。その憎悪は殺意へと変化していく。そして心の中で燻る大きな殺意は、今回の元凶である西行妖へと向けられた。

 

雪「紫、アイツをどうにかする手立てはないのか」

 

紫「⋯⋯一つあるわ」

 

雪「何だ、言ってみろ」

 

紫「⋯⋯あの妖気を抑えられる媒体は神聖な物が必要。だけどそれ以外にもう一つ、媒体になり得るものがあるの」

 

雪「それは?」

 

 紫は視線を落とす。その視線の先には幽々子の遺体があった。

 

雪「まさか⋯⋯」

 

紫「封印するものと、最も近しいもの。西行妖なら、幽々子が媒体になり得るわ」

 

妖忌「幽々子様のご遺体を使われると!?」

 

雪「⋯⋯それしか方法がないなら、やるしかない。もしアイツを野放しにしとけば、更に被害が出る。幽々子もそれは願わない筈だ」

 

 そう言うと紫は目元を拭って強く頷く。妖忌も刀を抜くと西行妖へと向かいあった。

 

紫「⋯⋯そうね。やらなきゃ、いけないのよね」

 

妖忌「儂は幽々子様の従者。ならば、主人の仇は取らねばなりませぬ」

 

雪「よし、やるぞ⋯⋯幽々子の弔い合戦だ」

 

 西行妖を封印するに至って重要なものは紫の術式だ。

 

 西行妖への術式は強大なもので、式を完成させるのにかなり時間が掛かる。その間、俺と妖忌で紫を守る事に専念する。

 

 守る、というのは何があるか分からないからだ。妖気に当てられて異常が起き、紫に害が及ぶ可能性がある。用心に越したことはない。

 

 それを伝えると、二人も同じ考えだったのかすぐに理解してくれた。考えが纏まった所で俺と妖忌は前に進み、紫は早速幽々子の遺体に術式を組み始めた。

 

 それを察知したかの様に、今まで一切動きを見せていなかった西行妖が動き出す。

 

 桜咲く巨大な枝をまるで触腕の様に動かす。そして鋭い枝先を俺目掛けて高速で伸ばしてきた。

 

雪「うおっ!?」

 

 予想外の攻撃に反応が遅れた俺は、枝先を頬に掠めながらも避ける事に成功する。しかし枝先が掠めた瞬間、身体になんとも言えない脱力感を感じ取った。

 

 これは⋯⋯生命力を吸い取っているのか?

 

雪「妖忌、コイツの枝に触れるな。生命力が吸い取られるぞ」

 

妖忌「なんと⋯⋯今まで数多の命を吸い取り、まだ力を得ようとするのか」

 

 ⋯⋯もし名称を付けるとするならば『生命力を吸い取る程度の能力』、といったところか。しかも触れるだけで能力が発動するときた。

 

雪「これは、骨が折れそうだな」

 

 冷や汗を垂らす俺達を他所に、西行妖は更に枝を伸ばしてくる。

 

雪「来るぞ!」

 

妖忌「っ!」

 

 俺は氷の籠手を創ると片っ端から枝を折っていく。手の届かない位置にある枝は氷の弾丸を飛ばして破壊していく。

 

 妖忌は二本の刀で枝を斬り飛ばし、遠くの枝は斬った時に起きる斬撃を飛ばして破壊していた。妖忌の実力はあまり分からないが、相当な手練れの様だ。

 

 しかし受ける事が出来ない攻撃、というのは予想以上に神経を削る。四方から飛んでくる攻撃はいつも以上に俺達を消耗させていった。

 

雪「クソッ、キリが無いな!」

 

 西行妖は折られた枝を引っ込めると周りに浮かぶ魂を吸収し、無理矢理再生している。周りの魂は言うなればコイツの栄養剤だろう。

 

紫「二人とも、もう少しよ! もう少しだけ頑張って!」

 

 西行妖の枝を防いで十分程が経過した頃、背後から紫の声が聞こえてきた。どうやら術式がもう少しで完成する様だ。

 

雪「ああ分かった!」

 

妖忌「承知!」

 

 終わりが見えてきた俺と妖忌は、消耗している身体を無理矢理動かして枝を破壊していく。

 

 ⋯⋯刹那、西行妖の動きが変わった。

 

 植物故に感情があるのかは分からないが、自分の脅威を感じ取ったのだろう。今まで俺達全員に攻撃していた枝を、術式で動けない紫目掛けて伸ばし始めたのだ。

 

雪「クッ、姑息な手を!」

 

妖忌「っ! 雪殿!」

 

 妖忌の言葉で前を向くと、西行妖が枝を大量に絡めて作ったハンマー状の塊を俺目掛けて伸ばしてきていた。

 

雪「ぐっ⋯⋯!」

 

 咄嗟に籠手でガードしたが、あまりの衝撃で後ろへ大きく吹き飛ぶ。

 

紫「雪っ!?」

 

妖忌「雪殿っ!」

 

雪「く⋯⋯そっ⋯⋯!」

 

 吹き飛ばされた衝撃で予想以上に背後まで飛んでしまった。すぐさま起き上がり西行妖を見ると、紫のすぐ近くまで大量の枝を伸ばしていた。

 

雪「紫ぃいいい!!」

 

紫「っ!」

 

 紫はようやく枝の存在に気付き避けられないと悟ったのか、衝撃に備えて目を瞑る。

 

 そのすぐ後にドスッ、という鈍い音と共に生暖かい液体が紫の顔に掛かった。

 

紫「⋯⋯?」

 

 ⋯⋯結論から言えば、紫に西行妖の枝が刺さる事は無かった。術式も無事だ。

 

雪「ぐっ⋯⋯」

 

 理由は、俺が紫を庇って枝を受け止めたからだ。大量の枝は俺の腕や肩、腹等の籠手で防げていない部分に突き刺さっている。

 

紫「っ!? 雪っ!?」

 

雪「紫、俺ごとコイツを封印しろ⋯⋯!」

 

紫「っ!? そ、そんな事したら!」

 

雪「構わん! 早くしろ!」

 

 生命力を吸われ続けている俺は、声を出す事すら辛く感じる。しかし駆け寄ろうとする紫を止めると、紫は頷いて今までよりも早く術式を組んでいく。

 

 俺は突き刺さった枝を引き抜こうとするが、大量に生命力を吸われたせいか、枝を引き抜く力すら入らなかった。

 

雪「チッ⋯⋯妖忌、悪いが俺は動けない。完成まで粘ってくれ!」

 

妖忌「承った!」

 

 そして、遂に術式が完成したのか紫が一度その手を止める。

 

紫「雪、完成したわ。これから西行妖を封印する⋯⋯」

 

雪「ああ、早くしてくれ。これ以上はもう耐えられそうにない」

 

 今も身体の力が失われていくのが分かる。ここまで耐えられたのは、半分不死であるこの身体のお陰だろう。

 

紫「⋯⋯雪、一つだけ約束して。絶対に死なないって⋯⋯!」

 

雪「フッ⋯⋯ああ分かった。約束だ」

 

紫「っ⋯⋯ええ!」

 

 紫が術式を発動させる。すると媒体となった幽々子に組まれた術式が光り、西行妖を包み込む。

 

 その光に触れた西行妖は悶え苦しむかの様に枝を暴れさせた。

 

 俺は暖かいその光に包まれながら、意識を落としていった⋯⋯。

 

 

─────???

 

 

雪「っ⋯⋯」

 

 気絶から目が覚める。起き上がって辺りを見渡すと、白玉楼の一室ではなく真っ白な空間が広がっていた。

 

雪「⋯⋯傷が消えてる」

 

 身体を見ると胸の杭や、西行妖に付けられた傷が綺麗に消えていた。これは一体どういう事だろうか。

 

雪「⋯⋯まさか、ここは死後の世界というものか?」

 

 あの傷の量だ。それに西行妖に大量の生命力を吸われていたし、あり得ない事ではない。そう推理していると

 

?「いんや? お前は死んでねえよ。白玉楼の一室でスヤスヤぐっすりさ」

 

 背後から、そんな言葉が聞こえてくる。その()に驚いた俺は咄嗟にその場から飛び退く。

 

雪「なっ⋯⋯!?」

 

 その声の主を見た俺は、今までのどんな事よりも驚いた。

 

 真っ黒な髪。深い青色の瞳に褐色の肌。服装は黒い着物に灰色の袴。そして赤色の羽織、といったところか。頭からは狐の耳。腰からは尻尾が生えている。そしてその顔は⋯⋯

 

雪「⋯⋯俺?」

 

 この俺に瓜二つだった。まるで目や髪、服の色を反転させたかの様な“俺”がそこに立っている。

 

雪?「半分正解で半分外れだ。俺は確かにお前だが、俺はお前じゃない」

 

雪「どういう事だ⋯⋯?」

 

 “俺”は俺の言葉を聞くとフッと馬鹿にするように笑う。

 

雪?「光と闇。日向と日陰。太陽と月。お前が陽とするならば、俺は陰。それは真逆な存在ながらも確かに隣にいる存在⋯⋯それが俺だ。そうだな⋯⋯」

 

 その“俺”は、俺が決して好きになれない邪な笑顔を向けてくると

 

雪?「⋯⋯『狐塚(こづか) (ほむら)』。そう呼んでくれ」

 

 楽しそうな声でそう言ってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 惨劇の終わり

雪「焔⋯⋯?」

 

焔「おう。お前が雪なら俺は炎だ。簡単だろ?」

 

 何とも安直な⋯⋯だが今はそんな事はどうでもいい。

 

雪「⋯⋯お前に聞きたい事がある」

 

焔「どうぞどうぞ? まあ立ち話もなんだ。こっち来て話そうぜ」

 

 焔がパチンッと指を鳴らすと二枚の座布団と一つの茶舞台、湯気が上がっているお茶が出てくる。

 

雪「何故こんな物が⋯⋯」

 

焔「ここはお前の精神世界。その中でも特に深い場所だ。想像したもんなら何でも出せるぜ?」

 

 そういうものなのだろうか⋯⋯そして俺と焔は座布団に座り、向かい合う。

 

雪「さて、何から聞こうか」

 

焔「答えられる範囲なら何でも答えてやるよ。どうすんだ? 手始めに俺の好きな物でも言ってやろうか? 俺の好物は⋯⋯」

 

雪「そんな事どうでもいい。まず、お前はいつからここにいる」

 

 恐らくコイツ⋯⋯焔とやらは飛鳥、そして鎌倉の時に聞こえた謎の声の正体だ。それくらい何となく分かる。

 

焔「早速それ聞いちゃう? まあ良いけど⋯⋯俺はずっと傍にいたぜ? お前が誕生した時から今日まで、ずぅっとな。だけど、俺がこの姿を手に入れたのはっていう意味で聞いたんなら⋯⋯そうだな」

 

 焔は顎に手を当て、考え始める。

 

 しかしずっと傍にいた、とはどういう意味だろうか? 考えられるのは内なる人格の一つ、というものだが⋯⋯。

 

焔「お前、あの虫野郎と戦っただろ?」

 

雪「ん? あ、ああ。虫野郎って⋯⋯あの男神か」

 

焔「exactly(イグザクトリー)。その虫野郎が撒き散らした瘴気を吸い込んだだろ? その瘴気が俺の元々の正体になんやかんやあってこの姿になったんだよ」

 

雪「⋯⋯元々の正体っていうのは何だ?」

 

焔「残念。それは範囲外だ、まだ言えねえなあ。ただヒントを言うとすれば⋯⋯お前が理性とするなら、俺は本能。それだけ覚えときな」

 

 俺が理性なら焔は本能? 一体どういう事だろうか。

 

雪「⋯⋯では別の質問をしよう。お前はどれくらい俺の事を知っている?」

 

焔「言っただろ? ずぅっと傍にいたって。それが答えだ」

 

 ⋯⋯まともに答える気がない様だな。まあいい。他に何の質問をしようか⋯⋯そう思った所で、俺の体に淡い光が纏わり付く。

 

焔「おっと、残念だが時間切れみたいだな。現実のお前が目覚めようとしてるみたいだぜ」

 

雪「チッ⋯⋯まだ質問があったんだけどな」

 

焔「また別の機会にでも答えてやるさ。ああそうだ。一つお前に忠告しとくぜ」

 

雪「何だ」

 

焔「⋯⋯イレギュラーはイレギュラーらしく、大人しくしといた方が良いぜ」

 

雪「何? それはどういう─────」

 

 焔の訳の分からない言葉の意味を聞こうとした所で、光が強くなり意識が途絶えた。

 

 

─────

 

 

雪「⋯⋯うぅ⋯⋯」

 

 静かで、薄暗い一室で俺は目を覚ました。体中、特に胸元が酷く痛む⋯⋯無理矢理体を起こして着ている服を少し脱ぐと、痛々しい傷痕が体中に出来ていた。

 

 特に氷の杭が刺さっていた胸元はまだ治っていないのか、真新しい包帯が巻かれていた。

 

雪「俺は、どれくらい眠っていたんだ⋯⋯?」

 

 俺の再生力であの傷が完治するには、安静にしていても最悪二週間かかる。だがあの時は生命力を吸われていた。それを考えると眠っていた時間はあまり分からない。

 

 

雪「⋯⋯誰か、いないのか?」

 

 俺は服を着直すと部屋を出て、未だ痛む体を引き摺る様に廊下を歩く。まるで誰もいないかの様な静けさで、大きな庭には花が散っている西行妖が立っていた。

 

雪「一応、封印は成功しているのか」

 

 戦った時の様な禍々しい妖気はどこへやら。ただの大樹と成り果てた西行妖は静かにそこに鎮座している。

 

妖忌「お気付きになられましたか、雪殿」

 

雪「⋯⋯妖忌か」

 

 するといつの間にか妖忌が後ろに立っている。妖忌も体中に包帯を巻いていた。

 

妖忌「部屋に居りませんかったのでまさかと思いましたが、既に起きていらしたとは」

 

雪「ああ、今さっきな。なあ妖忌、俺はどれくらい眠っていたんだ?」

 

妖忌「約半月、といった所でしょうか。恐らく身体への大きな負担と封印に巻き込まれた影響で昏睡状態に陥っていたのだと思われます」

 

 半月⋯⋯そんなに眠っていたのか。あの戦いは相当身体に堪えたみたいだな。

 

雪「⋯⋯そうだ、紫は?」

 

妖忌「客間でとある方と談笑されていられます。それでは儂はこれで」

 

雪「とある方⋯⋯?」

 

 とある方とは誰だと聞く前に妖忌は去ってしまう。紫の知り合いなのだろうが、一体誰なのだろうか。

 

 確か客間、と言っていたな。行ってみるか。

 

~白狐移動中~

 

雪「ここの筈、だな」

 

 客間の前まで来ると、中から数人の声が聞こえてきた。俺は障子に手を掛けると静かに開く。そこには⋯⋯

 

紫「雪っ!? やっと起きたのね!?」

 

 少しボロボロな紫。

 

?「この方が、雪か⋯⋯」

 

 金髪の、腰から九本の狐の尻尾が生えた少女。そして⋯⋯

 

幽々子「あらあら、紫のお友達かしら~?」

 

 死んだ筈の、幽々子が楽しげに座っていた。

 

雪「どうして、幽々子がここに⋯⋯?」

 

幽々子「あら? 私、貴方と会った事があったかしら?」

 

 幽々子は俺の言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべる。

 

雪「紫、これは一体どういう事だ。一から説明してくれ」

 

紫「ええ、分かってるわ。実は─────」

 

 紫の話が長かったので例の如く要約すると、幽々子の魂は確かに閻魔の裁きを受ける筈だった。

 

 しかし幽々子の魂は死してなお肉体と繋がっていた。それは西行妖の封印の鍵となっていたからだ。

 

 無理に裁いてしまえば封印が解かれ、また西行妖の大混乱が起きるかもしれない。そこで閻魔は幽々子の生前の記憶を消し、冥界の管理者の亡霊として留まらせた。

 

 ⋯⋯との事だ。因みに能力は『死に誘う程度の能力』から『死を操る程度の能力』に変化したらしい。

 

雪「⋯⋯そう、か」

 

幽々子「ねえ、白い狐さん。貴方はなんてお名前なのかしら~?」

 

 すると幽々子が楽しげな笑顔で名前を聞いてくる。そうか、記憶が無いんだったな。

 

雪「俺は狐塚 雪だ。よろしく頼む、幽々子」

 

幽々子「ええ。よろしくね~」

 

 俺は自己紹介を終えると幽々子と握手する。

 

雪「さて紫。もう一つ聞きたいんだが、そこにいる九尾は誰だ?」

 

紫「ああ、そうね。紹介するわ。私の式の藍よ」

 

藍「話は紫様から聞いている。私は『八雲(やくも) (らん)』だ」

 

雪「藍か。その尻尾を見る限り、お前は玉藻前、という事で良いのか?」

 

 九尾の狐というのは、基本的に玉藻前。またの名を白面金毛九尾の事を指す。日本の九尾は玉藻前くらいしかいないからな。

 

藍「ああ。腕の立つ陰陽師に傷を負わされ逃げていた所を紫様に救って頂いたんだ」

 

雪「その恩で式に、か。なる程、紫の世話は大変だろうが頑張れよ。愚痴くらいなら聞いてやる」

 

紫「ちょっと! 何で私が世話される前提なのよ!」

 

雪「お前が冬眠という名の爆睡で幻想郷の管理が杜撰になるから、代わりにしてやってるのは誰だ?」

 

紫「うっ⋯⋯」

 

 そう、紫は冬になると獣でもないのに冬眠とかふざけた事を抜かして爆睡する。その度に俺は不慣れな結界術を使って幻想郷の管理を行っていたんだ。

 

雪「そういう訳だ。辛いだろうが頑張れよ、藍」

 

藍「⋯⋯分かった」

 

 ⋯⋯こうして、紫から頼まれた長い頼み事は幕を閉じた。幽々子が亡霊になってしまうという予想外な終わり方だったが、まあ彼女自身が楽しそうなのでよしとする、か?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陸章 紅月血鬼の巻
第一話 異国での出会い


雪「っ⋯⋯油断したか」

 

 俺は、満月の光が照らす薄暗い森の中で木にもたれ掛かっていた。俺の右足には大きく抉られた傷がある。

 

 西行妖の事件から約百年。これといった問題にも出会わず、日本を何周と歩いた俺は紫に異国へ飛ばしてくれる様に頼み込んだ。元々日本を一周した時には考えていたんだがな。

 

 紫は最初は嫌がっていたが、俺が折れないと分かると渋々ながら俺を異国へと送り、もしもの為にと幻想郷にある紫の家に飛べるリボンを渡してくれた。

 

 その後、人目に付かない程度にこの国を散策していたんだが⋯⋯その夜、恐らく吸血鬼であろう敵に襲われ、何とか撃退したが足を怪我して動けなくなった⋯⋯というのが今までの経緯だ。

 

 アイシングで何とか止血したものの、痛みで歩く事も適わない。歩ける様になるまで二日は掛かるだろう。

 

雪「一日目で帰る、というのもな⋯⋯」

 

 それに帰ったとしたら紫に怒られるのがオチだろうな。それは避けたいものだが⋯⋯。

 

 すると、月が煌々と光っていた筈の明るい空が突如として暗くなる。見上げると、そこには蝙蝠の様な翼を生やした幼い少女が浮いていた。

 

少女「あら珍しい、赤眼白毛の狐が怪我をしているわ。大方、魔物にでもやられたのかしら」

 

雪「⋯⋯誰だ」

 

少女「私? 私は『レミリア・スカーレット』。高潔なる吸血鬼の一族、スカーレット家の現当主よ」

 

 吸血鬼⋯⋯まさか先の吸血鬼の仲間か? いや、それだったら既に襲い掛かっている筈だが⋯⋯。

 

レミリア「さあ、私は名乗ったわよ。貴方の名は何て言うのかしら?」

 

雪「⋯⋯俺は狐塚 雪⋯⋯いや、ユキ・コヅカ、だな」

 

レミリア「へえ、ユキねぇ。その服装、もしや極東の地の者かしら?」

 

雪「そうなるな⋯⋯で、その高潔なる吸血鬼とやらが俺に何の用だ? 動けないのを良いことに血でも吸っていくのか?」

 

レミリア「いいえ、人間の血以外は好まないわ。私は貴方に提案をしに来たの」

 

雪「提案?」

 

 レミリアは俺の言葉に頷く。

 

レミリア「実は、私の両親や従者達がとある理由で亡くなったのよ。そのせいで館は私と、今では唯一の肉親の妹だけ⋯⋯」

 

 レミリアは悲しげな表情で言葉を紡ぐ。

 

 ⋯⋯両親と従者が亡くなった、だと? それでも当主として動いているのか。まだこんなにも幼いのに。

 

レミリア「妹は事情があって館から出せない。だから私が人間を攫ったりしているけど、それも限界があるわ。そこで貴方よ」

 

 レミリアは降りてくると、膝を付いて俺の目線と合わせる。

 

レミリア「⋯⋯私、貴様の事が気に入ったわ。どう、私の従者にならない?」

 

 ⋯⋯レミリアの従者、か。承諾すれば、恐らく不便はしないと思われる。見た目は幼いが、主としての能力は持っているのだろう。

 

雪「⋯⋯百年だ」

 

レミリア「えっ?」

 

雪「俺の帰りが長引けば心配する者が多々いる。ソイツらを待たせる訳にもいかない。百年、お前の下につこう」

 

レミリア「フフッ⋯⋯十分よ」

 

雪「なら、契約成立だな」

 

 俺はレミリアが差し伸べた手を握る。百年程度なら妖怪だったり不老不死だったりするアイツらにとってはすぐだろう。

 

レミリア「それじゃ、早速私の館に招待するわ」

 

雪「おい、俺は足を「主従関係よ、ユキ」⋯⋯ご主人、俺は足を怪我しているのですが?」

 

レミリア「空は飛べないの?」

 

雪「⋯⋯その手があったか」

 

 俺は手足に氷を纏わせて宙に浮くと、前を行くレミリアに着いていく。

 

 暫くすると目の前にチカチカする程真っ赤な館が現れる。そしてレミリアは俺の方に振り向くと

 

レミリア「ようこそ紅魔館へ。ユキ、貴方を歓迎するわ」

 

 美しい満月を背に、俺を迎え入れた。

 

 そして今日から百年、レミリアに仕える従者として俺は過ごす事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 孤独月の少女

 あの日、レミリアに仕えてから暫く経った。仕えてから数日は怪我の療養に専念し、完治してからは執事服を着ての生活だ。

 

 深夜に起き、レミリアを起こす時間まで紅魔館の掃除と夜食の準備。時間になったら彼女を起こし、夜食を摂らせる。

 

 その後は掃除仕切れなかった場所を掃除したり庭の手入れや町に出て食べ物を買う。他にも湯浴みの準備だったり朝食、昼食の準備もする。

 

 最初は中々慣れずレミリアに文句を言われたりしたが、数日もすれば慣れるものだ。

 

 しかし不思議な事が何個かある。この館には大きな図書館があるのだが、その奥に地下へ向かう階段が存在する。その奥には行かない様にと言われていて、先へ進んだ事もない。

 

 それにレミリアと出会った時に言っていた妹、とやらも見当たらない。食事の場に出てこないんだ。だが二人分作った食事は綺麗に無くなっているし、恐らく食べてはいるんだろうが⋯⋯。

 

雪「⋯⋯行ってみるか」

 

 俺はレミリアからの言いつけを破り、地下へ行ってみる事にした。

 

~白狐移動中~

 

雪「これは⋯⋯」

 

 地下への階段を降り、先に進んだ先に見えた物は『フランの部屋』と書かれた壁掛けが掛かった鉄の扉だった。

 

 辺りの空気は重々しい。それに今まで何度か体感したことがある⋯⋯死の空気、とでも言うものが充満していた。

 

雪「⋯⋯」

 

 俺は意を決して重い扉を開ける。中は飾り気のない暗い部屋で床には縫いぐるみや人形が、そして部屋の奥には大きなベッドが置かれている。

 

 ただ、壁や床の一部は壊れ、何個かの縫いぐるみ等もボロボロになっている。

 

?「貴方、だあれ?」

 

雪「っ!?」

 

 すると、突然として後ろから声を掛けられる。咄嗟に飛び退き振り返ると、そこには金髪のサイドテールの少女がいた。背中には八個の宝石の様な物がぶら下がった翼に似たものが生えている。

 

 まさか、この少女がレミリアの妹か?

 

雪「⋯⋯初めまして。俺はレミリア様に仕えている執事のユキ・コヅカと言います」

 

?「アイツの⋯⋯? ユキって言うの?」

 

雪「ええ。貴女のお名前を聞いても?」

 

?「⋯⋯フラン。『フランドール・スカーレット』」

 

 やはりこの少女がレミリアの妹か。だが何故こんな地下の部屋に?

 

フラン「ねえ、ユキは何で私の所に来たの?」

 

雪「ただの成り行きですよ。館の掃除をしていたら偶然、この部屋に辿り着いたのです」

 

フラン「そう」

 

 フランドールは素っ気なく答えるとスタスタと俺から離れる。そして次の瞬間、俺に向かって魔法弾を撃ち込んできた。

 

雪「っ!? 急に何を!?」

 

フラン「⋯⋯私ね? 数百年も前からずうっとこの部屋に閉じ込められてたの。私は生まれつき精神が不安定で、能力も危険だからって」

 

 精神が不安定⋯⋯情緒不安定というものだろうか?

 

フラン「私だって⋯⋯私だってみんなと一緒に遊びたいのに! お父様も、お母様も、お姉様も! みんな私から遠ざかるの! 誰も私を愛してくれないの、誰も!」

 

 フランドールは涙を流しながらそう叫ぶ。

 

 子供は親や兄弟からの愛情を受けて育つ。それなのに地下に監禁され、ほぼ誰とも会うこともない生活をしていれば、それは不安定な精神を更に悪化させる事になるのではないか? それを知らずにレミリア達はフランドールを?

 

フラン「⋯⋯でも、気付いたの。こんな悲しい想いをするなら─────」

 

 ─────みんな、いなくなっちゃえば良いんだって。

 

 そう言った瞬間、フランドールは先程とは比べ物にならないくらいの魔法弾を展開する。更にどこから持ってきたのか、グネグネと歪んだ棒を振るうとそれは炎の大剣となる。

 

フラン「ユキ、貴方にはコイン一個しかあげないわ。貴方がコンティニュー出来ないように!」

 

雪「チッ、やるしかないか!」

 

 フランドールは魔法弾を放ち、それと共に大剣を振りかぶりながら迫ってくる。俺は横に飛び魔法弾を避け、大剣を氷の籠手で防ぐ。

 

 っ⋯⋯近くにいるから分かるこの炎の熱量。もし擦りでもしたら傷どころか炭になるな。

 

雪「フッ!」

 

 俺は大剣を弾き、フランドールに殴りかかる。しかし流石は吸血鬼と言うべきか、俺の攻撃は容易く避けられてしまう。

 

フラン「フフッ、凄い凄ーい! 普通ならみんな動かなくなるのに!」

 

 フランドールは子供特有の無邪気な声を上げる。しかしその声にはどこか狂気を感じられた。

 

フラン「もっともっと遊びましょう? 貴方が壊れてしまうまで!」

 

雪「お断りだ!」

 

 クソッ、少女だからと手加減していたらこちらが殺される。それに能力も未知数だ。何があるか分からない。短期決戦で決めたいが⋯⋯。

 

フラン「アハハハハハ!!」

 

 フランドールからの攻撃が激しすぎる。乱暴な攻撃だがそれ故に次の行動が読めない。どうしたものか⋯⋯。

 

フラン「ユキ、避けてばっかじゃつまらないわ! もっと楽しみましょう!」

 

雪「殺し合いが楽しめる訳ないだろう!」

 

 俺は氷塊を創り出すとフランドールに投げつける。その隙に俺はとあるものを創り、こっそりとこの部屋から出す。

 

フラン「そう、それでいいの! 楽しんで楽しんで楽しんで楽しんで! 私が満足するまで壊レナイデ!」

 

雪「ぐぅっ!?」

 

 フランドールの声が段々と片言になるにつれ、攻撃が更に激しくなる。クソッ、アレ(・ ・)はまだなのか!?

 

フラン「アハハハ! 楽シイ、楽シイヨユキ! モットモット遊ビマショウ!」

 

雪「っ、ぐはっ!」

 

 攻撃を防いでいた俺だが、脇に重い魔法弾が当たってしまう。想像以上の衝撃を食らった俺は吹き飛ばされて壁に激突した。

 

フラン「マダ遊ベルデショ、ユキ? 今マデ遊ベナカッタ分、存分ニ遊ビマショウ!」

 

雪「⋯⋯成る程、そう言う事か」

 

 フランドールは数百年ほぼ誰とも会えず監禁されていた。まだ幼いフランドールにとってそれは何よりも悲しく、寂しい事だ。

 

 だから彼女は遊び相手を求めた。だが彼女が言っていた「みんないなくなればいい」という考えが邪魔して、かつて彼女と接触した者達はみんな殺してしまったのだろう。

 

 だから、今彼女に必要なのは遊び相手などではなく本当に愛情を向けられる者だ。だが俺はその役目は務められない。その役目を本当に果たせるのは⋯⋯

 

レミリア「フラン!!」

 

雪「やっと、来たか」

 

フラン「⋯⋯お姉、様?」

 

 フランドールの唯一の姉である、レミリアの他にいない。

 

 さて、ここが執念場だ。上手くいけば良いが⋯⋯。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 すれ違う二つの想い

レミリア「貴方達、これは一体どういう事?」

 

 レミリアはかなり急いで来たのだろう、服は乱れ、息を荒げている。

 

フラン「お姉様、何でここに⋯⋯?」

 

雪「俺が呼んだ。お前にデカい氷塊を投げた時に氷の人形を創って送ったんだ」

 

 そう、今言った様に俺は氷塊と共に氷の人形を創りレミリアの元へと向かわせた。向こうに着いたら適当な物で「フランドールと戦闘中」と伝える様にな。

 

レミリア「ユキ、敬語は⋯⋯いえ、それ以前に何故ここにいるのかしら?」

 

雪「まあ、それは後々説明する。その前にレミリア」

 

レミリア「⋯⋯何かしら」

 

雪「何故お前がフランドールを監禁していたのか今言うべきじゃないか?」

 

レミリア「っ!」

 

 レミリアは俺を睨みつける。フランドールは正気に戻ったのか、俺達の様子を見てオロオロしている。

 

レミリア「それは貴女には関係ないでしょう?」

 

雪「ああそうだな。だがお前はそれで良いのか? お前はそうやって⋯⋯ずっと逃げ続けるのか?」

 

フラン「お姉様、ユキは何を言ってるの?」

 

レミリア「フラン⋯⋯」

 

 ⋯⋯埒が明かないな。レミリアは頑なに本当の想いを言おうとしない。なら、しょうがないな。

 

雪「⋯⋯守る為、だったんだろう? フランドールを人間や周りの環境から」

 

フラン「えっ、どういう、こと?」

 

レミリア「っ!」

 

 レミリアは図星を突かれたのか、苦々しい顔をする。フランドールは思ってもいない言葉だったのか顔をを驚愕の色に染める。

 

雪「フランドールはまだ幼い上に情緒不安定だ。その状態のまま他人と関わり合いをさせればフランドールはその相手を壊してしまうだろう。もしそうなれば⋯⋯フランドールは人間達に討伐対象として見られ、殺されてしまうかもしれない」

 

レミリア「⋯⋯」

 

雪「だからお前はフランを監禁した。今は主として働いているから時間が取れない。だからいつか余裕が出来た時、フランドールに色んな事を少しずつ学ばせる為に」

 

 ⋯⋯と、長年生きてきた中で培った勘や知識を使って導き出した推論を長々と話した訳だが⋯⋯。

 

フラン「⋯⋯お姉様、今の話って本当なの?」

 

レミリア「⋯⋯ええ」

 

フラン「っ⋯⋯!」

 

 フランドールがレミリアに聞くと、レミリアは諦めたのか肯定する。

 

レミリア「フラン、貴女の能力は危険という事は知ってるでしょう?」

 

フラン「うん⋯⋯『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、でしょ?」

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』がフランドールの能力なのか。なるほど、危険と言うのもおかしくはない。

 

 後から詳しく聞いたが、この能力はあらゆる物体や生物にある一番集中した部分⋯⋯フランが言うに『目』というものを手元に出し、握り潰す事で相手を粉々にするらしい。

 

レミリア「もし貴女を外に出して、狩りの方法も知らずに人間を殺したら⋯⋯雪が言った様に貴女は人間に追われる身になるわ。最悪、殺されてしまうかもしれない。それが怖かったのよ。今は亡きお父様とお母様も」

 

フラン「⋯⋯」

 

レミリア「今更許してほしい、何て言わないわ。私は貴女の数百年の時間を奪った。そして独りぼっちにして、姉なのに貴女が寂しがってるのも知らずにいたわ。もっと真剣に話せば良かったのに⋯⋯ごめんなさい、フラン」

 

 レミリアは話していた途中、涙声になりながらも頭を下げる。

 

 フランは黙っていたが、暫くするとレミリアに近付く。そして⋯⋯

 

フラン「お姉様⋯⋯」

 

レミリア「っ⋯⋯!」

 

 レミリアを優しく抱き締めた。

 

フラン「良かった⋯⋯お姉様に嫌われてなくて」

 

レミリア「フ、フラン⋯⋯?」

 

フラン「私、不安だったの。お姉様に嫌われてるんじゃないかって。私が邪魔だから、ずっと閉じ込めてたんじゃないかって⋯⋯私、要らない子なのかなって⋯⋯」

 

レミリア「っ、そんな事思うわけないじゃない! 貴女は私の唯一の妹なのよ? 要らない子なんて思った事はないわ!」

 

フラン「っ⋯⋯お姉様ぁ⋯⋯!」

 

 フランドールはレミリアの言葉を聞いて安心したのか涙をこぼす。レミリアはそんなフランドールを抱き締め、自分も涙を流した。

 

 ⋯⋯俺は邪魔の様だな。

 

 俺は二人の邪魔にならないように静かに部屋を出る。そして館の近くにある森に入ると

 

雪「っ⋯⋯ゲホッ! ガフッ!」

 

 膝を降り、口から血を吐く。どうやらフランドールとの戦闘は思ってた以上に身体に負担を掛けてたらしく、さっきからずっと我慢していたんだ。

 

雪「⋯⋯昔はこの程度じゃ、血なんて吐かなかったんだがな」

 

 やはり西行妖の封印の影響か。身体に掛かる負担が大きくなっている気がする。

 

雪「⋯⋯まあ良い」

 

 俺は血を拭くと館に戻った。二人はすっかり仲直りしたらしく、泣き疲れたのかフランドールの部屋のベッドで仲良く寝ていた。

 

 その翌日レミリアに呼び出され、言いつけを破りフランドールの部屋に入った事。そして主従の関係でありながら敬語を使わなかった事について叱られた。まあ、フランドールとの関係を戻してくれた事を考慮してこの事は不問になったがな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 執事の一日

雪「む⋯⋯う⋯⋯」

 

 レミリアに仕える執事の朝は早い⋯⋯いや、夜は早いと言った方が良いか? 起床する時間も午後5時辺りだからな。昼夜逆転すると混乱するな⋯⋯。

 

 俺はベッドから降りると寝間着から執事服に着替え、氷の人形を十数体創り出す。

 

雪「それじゃあ頼むぞ」

 

 そう言うと同時に氷の人形は各々動き出し、館の掃除を始める。今この館にいる従者は俺しかいないからな。こうでもして人手を増やさないとやってられない。

 

 俺はと言うとキッチンで食事の下拵えを始める。そういば、中世ヨーロッパの貴族の朝食は白パンと肉料理、魚料理、酒だったらしいがレミリアは小食でそんなに食べない。俺としては料理が楽になって良いんだがな。

 

雪「⋯⋯そろそろか」

 

 俺は懐から懐中時計を取り出し時間を見る。そろそろレミリアとフランドールを起こす時間だな。

 

 俺は食事の準備を終えるとキッチンを出てレミリアの部屋に行く。そして部屋の前に来るとノックした。

 

雪「お嬢様、起床のお時間です」

 

レミリア「ん⋯⋯分かったわ⋯⋯ふぁ~」

 

 レミリアは起きたのか眠そうな声で返事をする。レミリアは着替えやらで暫く時間があるな。今の内にフランドールを起こしに行くか。

 

雪「お嬢様、俺はフランドール様を起こしに行って参ります」

 

レミリア「分かったわ。着替えたら先に食堂に行ってるから」

 

雪「はい」

 

 レミリアの部屋の前から去ると、図書館を通って地下のフランドールの部屋に。流石に鉄の扉をノックする訳にもいかないので扉を開け、ベッドで寝ているフランドールを優しく揺する。

 

フラン「ん⋯⋯んん⋯⋯」

 

雪「フランドール様、起床のお時間です」

 

フラン「ん~⋯⋯ふぁ~⋯⋯あ、おはようユキ⋯⋯」

 

雪「おはようございます。食事の準備はできております。着替えたら食堂に入らしてください」

 

フラン「ん⋯⋯分かった⋯⋯」

 

 フランドールが起きたのを確認すると、俺はキッチンに戻り下拵えしておいた食材の料理を始める。今日は白パンと魚料理、サラダだ。ついでに俺の食事と⋯⋯門番中に食べる食事も作っておこう。

 

 完成した料理はワゴンに乗せ、食堂まで運ぶ。食堂には既にレミリアとフランドールが座っていた。

 

雪「お待たせしました」

 

 俺はワゴンに乗せていた食事を並べる。そしてグラスを置くとワインの瓶に入っている真っ赤な液体を注いだ。これは⋯⋯まあ、言うまでもないな。

 

レミリア「ありがとうユキ」

 

フラン「わ~、今日も美味しそう! いただきま~す!」

 

 レミリアとフランドールが食べ始めたのを見ると、俺はレミリアの左後ろに控える。二人が食べ終えたら食器の片付けをしなければならないし、元々主人が食事中の場合はここに立っているのが普通だ。

 

雪「フランドール様、口元が汚れてます」

 

 あと、こうしてフランドールの口元を拭いたりするのも俺の仕事だ。フランドールは長年監禁されていたというのもあって、食事マナーはあまりなってない。まあこれから覚えていけば良いんだがな。

 

フラン「んむ⋯⋯ありがとユキ。あと、フランで良いって言ったでしょ?」

 

雪「⋯⋯分かりました、フラン様」

 

 執事が目上の者を愛称で呼ぶのもどうかと思うが⋯⋯ここは本人の意見を優先するか。

 

 そして二人が食事を終えると、俺は食器をワゴンに乗せてキッチンへ運ぶ。その途中、掃除をしていた氷人形の一体を捕まえると皿洗いを任せ、俺は使用人部屋で食事を摂る。

 

 使用人は基本主人達と一緒に食事は摂らず、使用人部屋で食べる。身体の性質的にあまり食べる必要もないので少量の食事を食べると食器をキッチンに持って行き、庭に出る。

 

 そしてここでも五体程の氷人形を創ると庭の手入れを行う様に指示した。館が広いだけあって庭も広い。俺一人じゃ庭の手入れなんぞ一人じゃ終わらないんだ。

 

 庭の手入れの仕事は本当は庭師の仕事なんだがな。それがいないから俺の仕事になっている。と言うか執事の仕事に加えて使用人、料理人、庭師、門番の仕事が全部俺一人に任されている。もし氷人形を創れなかった過労死してるな⋯⋯。

 

 周りの草花の手入れは氷人形に任せ、俺は手入れが難しい薔薇を行う。薔薇は病気に弱く害虫が良くつく。その上根腐れしやすいし冬に行う剪定も難しいとの事だ。

 

 今は夏だから剪定は無いが手入れは欠かせない。特に害虫を見逃すとすぐボロボロになるからな。

 

 庭の手入れを終えると氷人形を消し、キッチンに戻って⋯⋯時間帯だと夜食になるんだが、順番的には昼食の準備を始める。

 

 今日はサンドイッチだ。パンにベーコンやレタス、トマトを挟む。あと卵と自作のマヨネーズで作った卵サンドも作っておこう。

 

 そして朝食と同じくレミリアとフランを呼び、昼食を摂らせる。まあ殆ど朝食と同じだ。二人が食べ終わったら食器を片付けキッチンで待機させておいた氷人形に洗わせる。

 

 次の仕事は門番だ。と言ってもただ門の前に立っているだけ。わざわざ吸血鬼が住む場所に近付く人間もいないからな。時間があるので門番の仕事中に夜食を摂っておく。

 

 時間が経ち、おやつの時間になるとキッチンに戻り戸棚からクッキーを出す。そしてティーポットとティーカップを二つ持って月が良く見えるテラスに行く。

 

 テラスには既にレミリアとフランが座っており、仲良く話していた。相変わらずこの時間だけは集まるの早いな⋯⋯。

 

雪「お二人とも、お茶をお持ちしました」

 

レミリア「ご苦労さま」

 

フラン「わあ、今日はクッキーなのね」

 

 ティーカップをテーブルに置くと濃さが均一になるように紅茶をまわし注ぐ。最後の一滴はレミリアに。紅茶の最後の一滴はゴールデンドロップと言って一番美味いとされているんだ。

 

 因みに紅茶の淹れ方はゴールデンルールというイギリスの淹れ方を参照させてもらっている。前世の俺は色んな事に挑戦していたらしく、日常に関係ない事まで記憶していた。

 

雪「前世の俺は何をやってたんだろうか⋯⋯」

 

レミリア「何をブツブツ言ってるの、ユキ」

 

雪「何でもありません」

 

フラン「ね、ね、ユキ。後で私と遊びましょう?」

 

 するとフランが遊びに誘ってくる。彼女の言う遊びは普通に遊ぶか弾幕の撃ち合いなんだが⋯⋯今日はどっちの気分なのだろうか。

 

雪「構いませんよ」

 

フラン「やった!」

 

 ⋯⋯あの日から既に数週間が経過している訳だが、最近のフランは落ち着いている。最初の頃は精神が不安定になって暴れていたがレミリアが頑張ったお陰で普通に過ごせる様になった。

 

 で、まあその後ティーポットやらを片付けてフランの部屋に行く。今日のフランはどうやら弾幕の気分だった様で、最初に出会った頃さながらの撃ち合いをした。元気で何よりだが、手加減というものをそろそろ覚えてほしいな⋯⋯。

 

 フランと遊んだ後は(時間的に)朝食の準備まで自由だ。と言ってもやる事がないし、大図書館の本を読んで過ごしている。中には魔導書もあり、中々に面白い。

 

 朝食前の時間になると料理を始める。今日は肉料理にしよう。キッチン近くにある食料庫の中にあった肉だが、何の肉とは聞かないでもらいたい。血だけを吸うんじゃなかったのか⋯⋯。

 

 料理を終え、まあ夕食や夜食と同じく二人を呼んで食事を摂らせて食器を片付ける。

 

 暫くしたら二人が風呂に入るので浴槽の掃除に取り掛かる。そういえば吸血鬼の弱点に『流水』というのがある。それを思い出して一度、吸血鬼が風呂に入って大丈夫なのかと聞いたんだが「お風呂は水じゃなくてお湯でしょう? そういう事よ」と言われた。そんな緩いものなんだな。

 

 風呂掃除を終えて湯を入れる。丁度二人が風呂に入りに来たので俺は退散。残った仕事と言えば門番だな。あと館の掃除が終わる頃だ。氷人形も消しておこう。

 

 さて、最初門番した時は近付く人間がいないと言ったが、この時間帯は別だ。この時間⋯⋯というか朝になると吸血鬼が眠りにつき始める為、吸血鬼狩りがやって来る場合がある。まあ、吸血鬼狩り自体が少ないからそうそう来たことがないが⋯⋯警戒するに越したことはない。

 

 暫く門番をしていたが今日は平和な様だ。吸血鬼狩りも来ず、今日の仕事も終わりに近付く。

 

 一応門番役として氷人形を二体創り出し、一度館に戻り、レミリア達の様子を見に行く為風呂場近くの部屋に行く。予想通りそこにはレミリア達がいた。

 

フラン「あ、ユキだ。お仕事お疲れ様ー」

 

雪「まだ終わってませんよ。あとフラン様、髪はしっかりと拭いてください」

 

フラン「わぷっ⋯⋯もう、急にタオル被せないで」

 

レミリア「ふふっ。ああ、ユキ。今日はもう仕事は終えて良いわ。ゆっくりなさい」

 

雪「それではそうさせてもらいます。ではお二人とも、失礼します」

 

レミリア「ええ」

 

フラン「おやすみ、ユキ」

 

 俺は部屋を出ると使用人部屋に備えられている風呂に入る。まさか主人達が入った風呂に入る訳にもいかないしな。

 

 風呂から上がると寝間着に着替え部屋に戻る。まだ眠る時間でもないので大図書館から拝借してきた本を読んで時間を潰す。

 

 その後はまあ、明日も仕事があるのでベッドに入って寝た。執事の仕事はこれで終わりだ。未だ慣れない仕事に加え、ずっと動き回っていたのですぐに俺の意識は夢に落ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 虹色の龍

雪「魔物を襲う魔物⋯⋯?」

 

レミリア「ええ。最近噂になっているのよ」

 

 執事生活をしてから約数年。レミリアとフランに紅茶を出しているとそんな事を聞かされた。

 

 詳しく聞くと、最近この辺りに住んでいるそれなりの実力の妖怪⋯⋯もとい魔物が決闘を申し込まれているらしい。その噂の者はかなりの実力者らしく、今度はレミリアを探しているとの事だ。

 

レミリア「何でも貴方と同じ東の方からやって来たそうよ」

 

雪「して、何故俺にそんな話を?」

 

レミリア「その者と少し『お話』したいと思ったのよ。で、貴方にちょっとした命令があるのだけど」

 

雪「⋯⋯俺にその者を連れて来いと?」

 

レミリア「まあ、少し違うけどそんなとこね」

 

 ⋯⋯レミリアの魂胆は、話という名の決闘をして新しい従者にでもしようって所だろう。聞いた限りだとそれなりに実力はあるみたいだし、任せるとしたら門番だろうか。

 

 まあ、俺の仕事が減る点では良いかもしれない。デメリットは無いだろう。

 

雪「早速探しに行きましょうか?」

 

レミリア「いいえ。明日の⋯⋯そうね、私が起きる少し前くらいに門番をしておいて。あっちからここに来てくれるから、十分にもてなしなさい」

 

雪「分かりました」

 

 レミリアは何か確信を持った表情で俺に命令する。勿論、レミリアは適当に言っている訳ではない。これは彼女の能力によるものだ。

 

『運命を操る程度の能力』。どんな能力かは俺も明確には分からないが、レミリアが言うには『例えば死にかけの人間に私が一声掛ければ、その人間の結末は大きく変わる』との事だ。つまり未来改変、の様な事が出来るらしいな。それに加えて未来予知の様な事も出来るとも言っていたな(フランはレミリアが判ってる振りをしてるだけと言っていたが)。

 

 ⋯⋯もしかして俺がレミリアの従者になったのもその能力のせいじゃないか?

 

 そして執事の仕事を終えた次の日。レミリア達が未だ寝静まっている夕方に門の前で立っていると目の前の森から誰かがやって来た。

 

?「ふうっ⋯⋯ここが吸血鬼のスカーレット一族の館ですか。本当に真っ赤なんですねー」

 

 暢気そうな声で歩いてきたのは、淡い緑色の華人服とチャイナドレスを足して二で割った様な服を着た妖怪だ。髪は腰まで伸ばした赤毛のロングヘアー。その妖力からそれなりに強い妖怪だと分かる。

 

雪「ようこそ紅魔館へ。歓迎しよう、お客人」

 

?「おや。もしかしてこの館の執事さんですか?」

 

雪「ああ。俺は狐塚 雪。お前と同じ東の者だ。妖怪じゃないがな」

 

?「わあ、貴方もですか! あ、私は『(ホン) 美鈴(メイリン)』です。所で雪さん。貴方のご主人様はどちらに?」

 

雪「悪いがまだ寝ている。起きるまでお前を丁重にもてなせとの命令だ。館へ案内しよう」

 

美鈴「分かりました」

 

 俺は門を開け、美鈴を屋敷の客室へ案内する。そして紅茶を淹れると彼女に差し出した。

 

雪「飲み物だ」

 

美鈴「あ、どうも⋯⋯紅茶、ですか」

 

雪「む、紅茶は苦手か?」

 

美鈴「い、いえ。紅茶は好きですよ。ただ祖国のお茶とこっちのお茶は香りが違くって」

 

雪「香り?」

 

美鈴「はい。祖国の紅茶は癖がある強い燻香があるんです。私はそれが飲み慣れてて、この国の紅茶はあまり⋯⋯」

 

 燻香の強い紅茶⋯⋯ああ、もしかしてあれか。俺は美鈴に少し待ってくれる様に頼むとキッチンでとある紅茶を淹れる。そして部屋に戻ってくるとそれを出した。

 

美鈴「⋯⋯また紅茶ですか?」

 

雪「まあ飲んでみろ」

 

美鈴「はあ⋯⋯」

 

 美鈴は少し不思議そうな表情でその紅茶を口に運ぶ。そして一口飲むと目を見開いた。

 

美鈴「こ、これ! 私の祖国の紅茶じゃないですか!」

 

雪「やはりそれか」

 

 美鈴に出したのはラプサン・スーチョンという中国の紅茶だ。紅茶の茶葉を松葉で燻して着香したフレーバーティーの一種だな。

 

 人間の街に買い物に行ったとき、中国からの輸入品としてこの茶葉が売ってたから買ってみたんだが、レミリア達の口には合わなかった様で俺がちょくちょく飲んでたくらいなんだ。

 

 と、そんな事をしてる内にレミリア達を起こす時間になってしまった。起こしに行くか⋯⋯と思った所で客間のドアが開き、いつもの服装のレミリアが入ってくる。

 

レミリア「あら、その人がお客人かしら」

 

雪「おはようございます、お嬢様」

 

美鈴「えっと⋯⋯?」

 

 突然現れたレミリアを見た美鈴は困惑する。そんな美鈴を見たレミリアはクスリと笑うと、カーテシーと呼ばれるお辞儀をする。

 

レミリア「初めまして。私はこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。貴女は?」

 

美鈴「わ、私は紅 美鈴です。それにしても、ここの主がまさか女の子だったなんて⋯⋯」

 

 美鈴は少しガッカリした様子でそう話す。恐らくだが、美鈴は自身の実力を上げる為の旅にでも出ているのだろう。それで実力のある魔物に決闘を申し込んでいる。そしてこの近辺では『紅い悪魔』として有名なレミリアに会いに来たが、見た目が幼く拍子抜けした、といった所か。

 

レミリア「あら、見た目に騙されると痛い目に合うわよ」

 

 そう言ったレミリアはいつもは抑えている妖力を垂れ流す。それを感じ取った美鈴は顔つきとレミリアに向ける表情が変わった。

 

美鈴「⋯⋯成る程。噂に違いは無いみたいですね」

 

レミリア「それで、貴女は私に何の用かしら? まあ大方の予想はつくけど⋯⋯」

 

美鈴「はい⋯⋯この紅 美鈴。貴女と手合わせお願いします」

 

レミリア「そうねぇ⋯⋯ただ手合わせするだけじゃつまらないわ。勝者は相手に一つ、願いを叶えるっていうのなら良いわよ」

 

美鈴「構いません。その代わり本気でお願いします」

 

レミリア「ええ。じゃあ庭に行きましょうか」

 

 そして二人は庭に出る。まあ戦闘の内容は省略させてもらうが、結果としてはレミリアの勝利となった。

 

美鈴「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯私の負け、の様ですね⋯⋯まさか手も足も出ないとは⋯⋯」

 

レミリア「本気でとお願いしてきたのは貴方の方よ? それでも何気に危ない場面もあったわ。貴女、強いのね」

 

美鈴「あはは、光栄ですね⋯⋯それで、貴女は私に何をお願いするんですか? あ、流石に死ねとか血を吸わせろは嫌ですよ?」

 

レミリア「そんなお願いはしないわよ。そうねぇ⋯⋯貴女、この館の門番をやらない?」

 

美鈴「⋯⋯へ?」

 

 美鈴はレミリアの要求を聞くとポカンとした表情で固まる。

 

レミリア「何を変な顔してるのかしら?」

 

美鈴「あ、いや⋯⋯えっと、門番ですか?」

 

レミリア「ええ。今この館で働いている従者はユキしかいないの。ユキ一人で全ての仕事が出来る訳じゃないし、門番までやらせてたら休ませる時間が無いわ。そこで貴女よ」

 

 レミリアは座り込んでいる美鈴に近付き、手を差し伸べる。

 

レミリア「私達が寝てる朝の間、門番をしてくれないかしら。衣食住は保障するわよ」

 

美鈴「分かりました。というか、負けた時点で私に拒否権はありませんし、それに強い人に仕えてみたいとも思ってたんですよ」

 

レミリア「そう、丁度良かったわね。では美鈴、貴女はこれからこの館の門番として雇うわ。よろしく頼むわよ」

 

美鈴「はい。えっと⋯⋯お嬢様」

 

 美鈴が頭を下げ、レミリアは満足そうに頷くと美鈴と一緒に館の中に入っていった。そして俺は⋯⋯

 

雪「⋯⋯これ、俺一人で直すのか」

 

 二人の戦闘でかなり壊れている庭を見て、大きくため息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 七曜の魔法使い

 突然だが、最近仕事が少し楽になった。

 

 と言うのも数週間前に美鈴がこの館に入ってきた事が大きい。今までは、毎日ではないがレミリア達が寝てる時間帯も起きて門番をしていた時もあったからな。

 

 美鈴が門番をしてくれるお陰で休憩を取る時間が多くなった。その分仕事の進みが早くなり、自由に出来る時間も取れる様になっている。美鈴さまさまだな。

 

 だが少し困った事も出てきた。それは⋯⋯

 

雪「⋯⋯」

 

美鈴「ぐー⋯⋯ムニャムニャ⋯⋯」

 

 美鈴が門番中に居眠りを始める事だ。何でも人が来なさすぎて暇で寝てしまうらしい。門番中は眠くなるのは分かるが、それでも本当に寝るのは如何なものだろうか?

 

雪「⋯⋯美鈴」

 

美鈴「ぐー⋯⋯」

 

 呼び掛けても起きる気配の無い美鈴を見た俺は、中指を内側に丸め親指で押さえ、美鈴の額に持ってくると

 

 ベチッ!

 

 親指を離し、所謂デコピンを当てる。

 

美鈴「痛ぁ!」

 

雪「おはよう。良く眠れたか?」

 

美鈴「えっ、あっ、雪さん! お、おはようございます⋯⋯」

 

雪「なあ美鈴。暇なのは分かるが門番中に寝るのはどうかと思うぞ?」

 

美鈴「だ、だって誰も来ないんですよ?」

 

雪「そんな毎日の様に来られても困るだろう。ほら、仕事は終わりだ。飯は作ってあるから食べてゆっくりしておけ」

 

美鈴「あ、もうそんな時間ですか。それでは雪さん、また後で」

 

雪「ああ」

 

 美鈴は俺に頭を下げてから館に戻っていく。俺は庭の手入れを少ししてから館に戻った。

 

 

─────

 

 

雪「⋯⋯暇だな」

 

 今は夜中の二時。レミリア達の夜食を終え、俺はいつも通り門番をしている時だった。美鈴は仕事を終えているので部屋で寝ている。

 

?「た、助けて!」

 

 門番をしていると館の前の森から紫色の髪をした少女が駆けてきた。

 

雪「おい、どうした?」

 

?「助けて! 今魔女狩りに追われているの!」

 

雪「魔女狩り? ああ、今人間達で流行っている訳の分からない私刑の一種か。と言うことはお前は魔女なのか?」

 

?「そんな事より、私を匿って! すぐに魔女狩りが「来ないわよ」⋯⋯え?」

 

雪「お嬢様、どうかしましたか?」

 

 突然割り込んできた声に振り向くと、そこにはレミリアが立っていた。

 

レミリア「来るわけないわ。ここは吸血鬼の館よ? ヴァンパイアハンターならともかく、魔女狩りをしてる人間が吸血鬼殺しの武器を持ってる訳ないもの」

 

?「た、確かにそうかもしれないけど⋯⋯万が一って事があるじゃない」

 

レミリア「万が一もないわよ。それにもし来たとしても雪が撃退してくれるから心配ないわ」

 

 まあ魔女狩りなんて言ってるがただの人間だからな。強力な能力持ちだったりしなければ人間に負ける筈はない。

 

?「なら良かった⋯⋯それにしても魔女狩りが来ない、か⋯⋯ 」

 

 少女は安堵したと思うとブツブツと何かを考えて始める。そして暫くすると

 

?「一つお願いがあるのだけど、私をここに住まわせてもらえないかしら? 魔女狩りのせいで家が燃やされてしまったのよ」

 

 と言ってきた。チラとレミリアを見るとまるで分かってたかの様にクスリと笑う。

 

 ⋯⋯能力でコイツが来るの分かってたな。だからあんなタイミング良くここに来たのか。

 

レミリア「そうねえ⋯⋯別に構わないけど、ただ住まわせるのもねえ」

 

?「なら、私が今まで培ってきた魔法の力を貴方に貸すわ。これでどう?」

 

レミリア「それなら良いわよ。自己紹介が遅れたわね。私はレミリア・スカーレット。この館の主よ。そして⋯⋯」

 

雪「ユキ・コヅカだ。この館の執事をやっている」

 

?「レミリアにユキ、ね。私は『パチュリー・ノーレッジ』。よろしく頼むわ」

 

レミリア「ええ。それじゃあ私はパチュリーに館の案内をしてくるわ。ユキは引き続きお願いね」

 

雪「分かりました」

 

 そしてレミリアとパチュリーは館に入っていく。

 

 その後に図書館にいたフランから聞いた聞いた話だが、大図書館に案内されたパチュリーはその本の量に興奮して持病の喘息を起こして倒れたらしい。何をやっているんだろうなアイツは⋯⋯。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 十六夜の少女

 パチュリーがこの館にやって来てから、かなりの年月が経過した。

 

 パチュリーは大図書館にあった魔導書やら何やらを片っ端から読み始め、今ではほぼ全ての本を読破した程だ。俺ですらまだ四分の一しか読めていないのにな。

 

 とにかく、そのお陰なのか知らないがパチュリーはこの館⋯⋯主に大図書館をかなり便利にしてくれた。

 

 例えばこの館の劣化の速度を抑える魔法。大図書館の本が燃えない様にする魔法、濡れない様にする魔法、劣化を抑える魔法等々⋯⋯その便利さに興味を引かれて休憩時間に魔法の指導を願ったんだが⋯⋯

 

パチュリー「無理ね」

 

 ⋯⋯一蹴された。理由を聞くと魔法の適性が無いとのこと。一応霊力でも魔法は使えるらしいが、それでも適性がなければどうしようもないらしい。

 

雪「そうか⋯⋯それは残念だ」

 

パチュリー「というか、この間貴方の戦い振りを見たけど十分強いじゃない。それ以上強くなってどうするのよ」

 

雪「何かを守る為には強くないと駄目だろう。それに手数は多い方がいい。回復の魔法とか便利そうだからな」

 

パチュリー「回復の魔法はあまり良いものじゃないわよ。簡単に言えば傷の治りを早めてるだけだから、あまり使いすぎると老いが早くなるわよ」

 

 ふむ。つまり細胞を活性化させ、分裂を促して治しているのだろうか。細胞の分裂も限界がある。だから老いが早くなるのだろう。完璧な治療法など無いという事か。

 

 ⋯⋯いや、若干一名覚えがあるな。都市に住んでた頃、片腕を落とされた兵士に変な薬を使って完璧に治療した親友が。あいつなら死後数分の人間を蘇生出来るんじゃないかと思ってたりする。誰かとは敢えて言わないが。

 

 しかし何かしらの術が使えないのは痛いな。紫は陰陽術に長けているらしいし、今度教えてもらおうか。

 

?「パチュリー様~! ご所望の本持ってきました~!」

 

 すると後ろから体が隠れる程大量の本を持った少女がやって来る。

 

 彼女は『小悪魔(こあくま)』。名前は無いからそう呼んでいる。パチュリーがこの館に来て暫くしてから呼び出した。現在ではパチュリーの補佐というか、司書的な立ち位置にいる。

 

小悪魔「わわっ!」

 

 見ていると小悪魔はバランスを崩して倒れそうになる。俺はパチンッと指を鳴らし時間を凍らせると小悪魔の姿勢を正し、本をパチュリーの前の机に置く。そして能力を解除した。

 

小悪魔「あ、あれ?」

 

雪「大丈夫か小悪魔。パチュリー、あまり無理はさせるなよ。怪我したらどうする」

 

パチュリー「⋯⋯少しずつ持ってくれば良いものを、こあが一気に持ってこようとするのがいけないと思うのだけれど?」

 

 ⋯⋯それは盲点だった。そして休憩時間が終わり、仕事に戻る際に本は少しずつ持つようにと小悪魔に伝え、大図書館を出て行った。

 

 

─────

 

 

 さて、レミリア達が寝静まる朝方。俺は館の廊下を歩いていた。

 

 コツ、コツ、という俺の革靴の音だけが静かな廊下に鳴り響く。

 

雪「⋯⋯この館に何か用か。お客人」

 

 暫く歩き、館のホールに着くと振り返ってそう問い掛ける。すると俺の事をずっと尾行(・ ・)していた人間が廊下の奥から姿を現した。

 

 闇に溶け込みやすい真っ黒なローブに身を包んだ、ハイライトの無い蒼い目をした銀髪の少女。その手には吸血鬼退治用の銀のナイフが握られている。

 

 この少女は恐らくヴァンパイアハンター。それも幼少の頃から暗殺に特化する様に育てられた者だろう。最近貧民街の子供を攫い、暗殺者に仕立て上げるというのが増えてるらしいからな。

 

?「⋯⋯いつから気付いてたの」

 

雪「お前が屋敷に侵入してからだ。ここに住んでる魔女が防犯用に魔法を掛けてくれてな」

 

 そう、嬉しい事にパチュリーが侵入者が分かる魔法を屋敷に掛けてくれたのだ。侵入者が来ると俺の胸ポケットに入っている懐中時計が震える様になっている。魔法は本当に便利なものだな。

 

雪「さてお客人。もう一度聞くがこの館に何の用だ? まあ、何となく予想は付くがな」

 

?「貴方に話す事は無いわ。任務の邪魔をするならここで始末する」

 

 そう言った少女は銀のナイフを一本投擲してくる。ふむ、スローイングナイフか。ローブの下にもまだ隠し持っていると考えた方が良いだろう。

 

 俺は飛んでくるナイフを止めると少女に投げ返す。少女はそれを避けるともう一度ナイフを投げてきた。それも数十本という数を一瞬にして。

 

雪「っ⋯⋯!」

 

 俺は氷の壁を創り出しナイフを防ぐ。これは少女の能力か? もしや『数を増やす程度の能力』? いや、それにしては増える瞬間が分からなかったし、不自然だな。

 

?「考え事をする余裕があるの?」

 

雪「おっと」

 

 どうやら考える時間もくれないらしい。少女はナイフを瞬時に何本も飛ばしてくる。俺はそれを氷柱を飛ばして迎撃する。

 

雪「⋯⋯ふむ」

 

 少女の動きに注目していると、攻撃を避ける際に時折瞬間移動するかの様な挙動が見える。これは何となく能力が分かったな。恐らく少女の能力は⋯⋯

 

?「⋯⋯さようなら」

 

雪「なっ⋯⋯」

 

 すると目の前から少女の姿が消え、いつの間にか後ろに回りナイフで俺の首を搔き切る。

 

 その瞬間、首の傷口から大量の冷気が噴出された。大気より重い冷気は床に落ちると少女の足と床を氷で固定する。

 

?「これは⋯⋯!?」

 

雪「やっと掛かったか」

 

 俺はホールの階段を静かに降りる。少女はそんな俺の姿を見て顔を驚愕の色に染めた。

 

?「私は貴方を確実に殺した! 生きてる筈が⋯⋯」

 

雪「足下を見ろ、足下を。それのどこが俺なんだ?」

 

 少女が足下を見ると、そこには首に傷が出来た氷人形が転がっている。

 

 この戦闘、俺は最初から戦ってなどいない。少女が俺だと思っていたのは冷気風船となっていた氷人形だ。

 

 ここに来るまでの廊下の角を曲がった際、少女に幻術を掛けて氷人形が俺だと誤認させていたんだ。上手く引っ掛かってくれた様で何よりだな。

 

?「こんな氷!」

 

雪「諦めろ、その氷は相当硬くしている。人間の子供の力で壊せるもんじゃない」

 

 少女はナイフの柄で氷を叩くが壊れる筈もない。そして俺は少女に近付くと両手を掴み、懐に仕舞っていたロープで拘束した。ついでに隠し持っていたナイフも全部回収する。

 

雪「一、二⋯⋯どれだけのナイフを持っているんだお前は」

 

 バラバラとナイフを床に落とす。普通この量ならナイフ同士が擦れる音がする筈なんだがな。相当な訓練を受けていたということか。

 

雪「しかし驚いたな。まさか『時間を操る』能力を持っているとは」

 

少女「っ!」

 

 少女はバレると思っていなかったのだろう。驚いた表情を浮かべると顔を背ける。

 

 恐らくだが、この少女の能力は『時間を止める程度の能力』、または『時間を操る程度の能力』のどちらかだろう。俺も時間を凍らして止める事が出来るから何となく分かったが、他の奴らだったらどうなっていた事か。

 

 ⋯⋯いや、レミリア達なら大丈夫な気がする。レミリアとフランは強力な能力を持ち、パチュリーは『火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力』や魔法で対処出来るだろうし、美鈴も今まで培ってきた戦闘技術で勝てる気がしないでもない。こう考えると紅魔館は化け物揃いだな。

 

雪「さて、お前の処分だが⋯⋯」

 

?「⋯⋯殺すなら一撃でやってもらえないかしら。あまり苦しむのは嫌だから」

 

雪「それを決めるのは俺じゃない。主人が決める事だ」

 

レミリア「ええ、そうよ」

 

 するといつの間にいたのだろうか、レミリアがホールの階段から下りてくる。

 

レミリア「時を操る能力だったかしら? それを失うのはとても惜しい。人間に返すのも癪だし、そうね⋯⋯」

 

 レミリアは少し考える素振りを見せ、警戒している少女に手を差し伸べる。

 

レミリア「貴女、ここで働く気はない?」

 

?「えっ⋯⋯?」

 

レミリア「私の下に仕える代わりとして、衣食住の安定を約束するわ。どう、悪い話じゃないでしょう? ねえユキ?」

 

雪「ええ、悪くない提案かと。人手は多い方が良いですから」

 

 その提案を聞かされた少女は暫くポカンとした表情を浮かべていたが、フッと笑う。

 

?「分かりました。どうせ帰る場所など無いですし、断ったとしても有無を言わさず仕えさせるつもりでしょ?」

 

レミリア「あら、良く分かったわね」

 

 レミリアは少女の言葉を聞いてクスクスと笑う。そして

 

レミリア「折角だし新しい名前もあげましょうか。そうねぇ⋯⋯『十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)』、なんてどうかしら?」

 

 十六夜は満月の翌日。そして咲夜は“昨夜”だろう。名前は満月を意味するのか。レミリアは中々のセンスの持ち主の様だ。

 

咲夜「構いません。不肖、十六夜 咲夜。従者としてお嬢様に仕えましょう」

 

 咲夜のその言葉にレミリアは満足そうに頷く。もう敵意はないと判断した俺は咲夜を拘束していた足の氷を解く。

 

レミリア「それじゃあ、私は寝直してくるわ。貴方達も休みなさい。特に咲夜は明日から忙しくなるわよ」

 

雪「承りました。じゃあ咲夜、部屋に案内しよう」

 

咲夜「はい。ありがとうございます」

 

 咲夜の部屋は⋯⋯美鈴の隣の部屋で良いか。女子同士部屋が近ければ何かと相談しやすいだろう。美鈴は聞き上手だからな。

 

 そして今宵⋯⋯ではなく今朝、この紅魔館に新たな住人が増えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 執事の休日

レミリア「ユキ、貴方に休日をあげるわ。偶にはゆっくりしたらどう?」

 

 咲夜がこの館に住んでから二年。そしてレミリアとの契約も残り一年となった今日。俺はレミリアに呼び出され、突然そんな事を言われた。

 

雪「休日⋯⋯?」

 

レミリア「ええ。考えたら貴方、ずっと働きっぱなしだったもの。咲夜も仕事を覚えた様だから、今日くらい休んで頂戴」

 

雪「分かり、ました」

 

 俺は部屋を出ると自室に戻る。しかし突然休日を貰ってもやる事がない。折角だし、みんなの様子でも見るか。

 

 そう考えた俺は執事服を脱ぎ、数十年ぶりの着物を着ると取り敢えず大図書館に向かった。

 

 

─────大図書館

 

 

 扉を開けると、まず大量の本が目の前に入ってくる。咲夜の能力、『時間を操る程度の能力』はどうやら時間だけでなく空間をも操れるらしい。それを利用して、ただでさえ広い大図書館が更に広くなっている。

 

 本棚の迷路を抜け、本が大量に積み重なっている開けた空間にやって来る。そこには分厚い魔導書を読むパチュリーと、読み終わったらしき本を棚に仕舞う小悪魔の姿があった。

 

パチュリー「あらユキ。珍しいわね、執事服じゃないなんて」

 

雪「お嬢様が休みをくれてな。今日は一日ゆっくりする事にしている」

 

パチュリー「レミィが? 珍しい事もあるものね」

 

 パチュリーが言うレミィというのはレミリアの事だ。どうやら俺が知らない間にかなり親密になっていた様で、いつの間にかレミィ、パチェと愛称で呼び合っていた。

 

小悪魔「あ、ユキさん! いつの間に⋯⋯あれ、執事服じゃないんですか?」

 

雪「お嬢様が休みをくれたんだ。今日はゆっくりしようと思ってな」

 

小悪魔「へ~。それにしても不思議な服ですね。ユキさんの故郷の服ですか?」

 

雪「ああ。和服と言ってな。やはりこの服がしっくりくる」

 

 ⋯⋯それにしても、この服は何百年と着ているがあまり劣化していないな。確か諏訪の国で仕立ててもらったから、諏訪子が何かしてくれたのだろうか。

 

パチュリー「それで、ユキは何で大図書館に来たのかしら? 魔法なら教えられないわよ」

 

雪「いや、みんなの様子でも見ようと来ただけだ。魔法ならもう諦めているさ」

 

パチュリー「あらそう。そうだ、折角だしこの本を片付けといてくれないかしら。小悪魔一人じゃ終わらないもの」

 

雪「⋯⋯休日の人間に働かせるのか。別に構わないが」

 

 そして俺は小悪魔と共にパチュリーの本を片付ける。さて、次は地下に行くか。

 

 

~白狐移動中~

 

 

 大図書館にある階段を降り、その先の通路を進むとフランの部屋がある。その扉をを開けると、前とは違い女の子らしい部屋が広がっていた。

 

 その部屋の中央で、フランが人形で遊んでいた。フランは俺に気付くとパアッと顔を明るくして駆け寄ってくる。

 

フラン「あ、ユキ! あれ? あの黒いお洋服じゃないの?」

 

雪「ああ。レミリアから休みを貰ったからな」

 

 実はフランとはとある約束をしている。それは『レミリアがいない時は執事ではなく、友人として接する』というものだ。

 

 だからレミリアがいない時は敬語は使っていない。フランが望んでいる事だし、俺もこっちの方が楽だからな。

 

フラン「じゃあ時間あるって事? なら私と遊びましょ!」

 

雪「ああ、分かった。少しだけでも良いならな」

 

フラン「やった! じゃあ何したい? お人形遊びでも、ボール遊びでも良いよ。何なら、弾幕遊びにする?」

 

雪「弾幕遊びは遠慮したいな」

 

 弾幕遊び⋯⋯魔法弾やら能力やらで戦う遊びだ。簡単に言えば俺がフランと出会った時にやった戦いが該当するらしい。

 

 時折暇を持て余したフランが俺やレミリアを誘って遊びたがるのだが、その遊びをした後は大体怪我を負うので出来るだけ遠慮したい遊びだ。

 

フラン「じゃあ⋯⋯あ、トランプ! トランプならどう?」

 

雪「分かった。トランプで遊ぼう」

 

フラン「うん! じゃあポーカーにしよっ。私、ポーカー強いのよ?」

 

 そして俺はフランとポーカーで遊ぶ事になった。自分で強いと言った通りフランはかなり強かったな。まさかロイヤルストレートフラッシュが見れるとは思わなかった。

 

 

─────

 

 

 さて、フランとの遊びに付き合った後だが、俺は今庭に来ている。少し外の空気を吸いたくなったんだ。

 

美鈴「あれ、雪さん?」

 

咲夜「珍しいですね、執事服じゃないなんて。今日はお休みですか?」

 

雪「ああ。お嬢様が休日をくれたんだ。お前達は庭の手入れか?」

 

 美鈴が来るまで俺がやっていた庭の手入れだが、最近は美鈴に任せっきりになっている。というのも美鈴は花の扱いに長けていて、俺が手入れするよりも丁寧なんだ。

 

咲夜「はい。美鈴さんから花の手入れを教えて貰っています」

 

美鈴「咲夜ちゃん、覚えるのが早くて教え甲斐がありますよ。今は薔薇の手入れを教えてるんです」

 

 薔薇か⋯⋯咲夜達が手入れした薔薇を見ると、俺がやった物より丁寧に扱われていた。

 

雪「ほう、見事なものだな」

 

美鈴「ですよね! この調子なら私が手入れするよりも綺麗に出来ると思いますよ」

 

咲夜「いえ、そんな事は⋯⋯美鈴さんの教え方が上手だからですよ」

 

 二人は仲睦まじく笑い合う。何だか男の俺が居づらい空間になっているな。

 

美鈴「あ、そうだ。今日は私が料理を作りますよ」

 

雪「良いのか? 悪いな」

 

美鈴「いえいえ。雪さんは休日ですし、ゆっくりしててください」

 

咲夜「あ、私も手伝って良いですか。中華料理も練習したいので」

 

美鈴「勿論! じゃあ庭の手入れが終わったら買い出しに行きますか」

 

 そう言って二人は俺と別れる。そして飯時、美鈴と咲夜が腕によりを掛けた中華料理が振る舞われた。

 

 

─────

 

 

雪「ふぅ⋯⋯」

 

 俺は今、自分の部屋にいる。休日も終わり、明日からまた執事としての仕事だ。早めに寝なければな。

 

 そう思っているとコンコンとドアがノックされ、レミリアが入ってくる。その手にはワインとグラスが握られていた。

 

レミリア「ユキ、少し良いかしら」

 

雪「はい、何でしょうか」

 

レミリア「⋯⋯少し、話さないかしら。ワインでも飲みながら」

 

 そしてレミリアの部屋に移動した俺は椅子に座らされ、注がれたワインを手渡される。

 

雪「ありがとうございます」

 

レミリア「今日は敬語を崩しても良いわよ。それじゃあ、乾杯」

 

 レミリアがグラスを掲げると同時に俺もグラスを掲げる。ワインを含むと独特の風味が口に広がる⋯⋯やはり俺は日本酒の方が好きだな。不味くはないんだが⋯⋯。

 

雪「で、話というのは?」

 

レミリア「そうだったわね。もうすぐ、貴方との契約が切れるわ。その前にお礼を言っておきたくてね⋯⋯ユキ、今までありがとう。貴方が来てくれて本当に助かったわ」

 

雪「ああ。俺もお前達と過ごして楽しかった。良い経験にもなったからな」

 

レミリア「そう。なら良かったわ」

 

 レミリアはそう言ってワインを飲む。そして神妙な面持ちになると、俺を真っ直ぐ見た。

 

レミリア「ねえ、ユキ。貴方にお願いがあるのだけど、良いかしら」

 

雪「お願いとやらの中身によるな。聞かせてくれ」

 

レミリア「ええ。ユキ、貴方⋯⋯この先も館の執事として働いてくれないかしら。今までより待遇は良くするわよ」

 

雪「成る程⋯⋯悪いが、新たに働く気は無い。出会った頃に言ったが、俺の帰りを待っている奴がいるからな」

 

レミリア「そう⋯⋯まあ分かってたわ。そういう運命が見えて、それは変えられなかったもの」

 

 少し悲しそうな表情をしたレミリアはグラスを傾け、ワインを飲み干す。

 

レミリア「悪いわね、変な話に付き合わせて。残りの期間、明日からしっかり働いてもらうわよ」

 

雪「ああ、分かってるさ。それじゃあ、俺は部屋に戻らせてもらう」

 

レミリア「ええ。おやすみ、ユキ」

 

 俺はレミリアの部屋を出て自分の部屋に戻ってくる。そしてベッドに潜ると、瞼を閉じた。

 

 ⋯⋯そして一週間後、レミリアから『幻想郷に向かう』という話を聞かされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 幻想郷と吸血鬼

雪「幻想郷、ですか」

 

レミリア「ええ」

 

 俺の休日から一週間後。レミリアに言われ、俺は大図書館に来ていた。

 

 そしてレミリアから伝えられたのは『この紅魔館は幻想郷に向かう』との事だった。

 

 説明を纏めると、何でも最近は人間が“畏れ”を抱かれなくなってきた為、自分たちの存在が薄れかかっている。もしこのまま過ごしていれば消滅は免れないだろう。だが日本にある幻想郷に向かえばそれを回避する事が出来る。というものだった。

 

雪「その情報はどこから?」

 

レミリア「先日訪問してきた吸血鬼よ」

 

雪「⋯⋯ああ。あの方ですか」

 

 そんな奴確かに来ていたな。何だか偉そうな態度だったのを覚えている。

 

 しかし幻想郷。まさかこの様な形で向かう事になるとは。紫達は元気だろうか。

 

レミリア「幻想郷は『忘れ去られたもの』が入りやすい特性があるらしいわ。それを利用してパチェの転移魔法で入り込むのよ」

 

 今向こうの方でパチュリーと小悪魔がやっているのがそれか。床に大きな魔法陣の様なものを書いている。

 

レミリア「勝手に決めてしまったけど、一応伝えておこうと思ってね」

 

雪「⋯⋯フラン様や咲夜には?」

 

レミリア「後で伝えておくわ。貴方にはそれ以外にも伝えておくことがあるのよ」

 

雪「それは?」

 

レミリア「⋯⋯実は、この事を教えてもらった事と同時に『幻想郷を支配するから協力しろ』と言われていたのよ」

 

雪「支配⋯⋯」

 

 確かこの辺りの吸血鬼は五百以上だったか。幻想郷には紫の他にも永林や実力のある者がいる筈だからそう簡単にいかないと思うが⋯⋯。

 

雪「それで、お嬢様は何と返事を?」

 

レミリア「断ったに決まってるじゃない。私には大事な家族がいるもの。まあ、それで少し厄介な事になってね⋯⋯」

 

雪「大方、裏切り者と言われて標的になったのでしょう?」

 

レミリア「あら、良く分かったわね」

 

雪「あの雰囲気の持ち主でしたから」

 

 きっと、今まで欲した物は全て手に入れてきたのだろう。だからレミリアに断られ、自分の思い通りにいかないから標的にした、といった所か。ああいうタイプは面倒なのが多いからな。

 

レミリア「まあその事もあってパチェ達に急いでもらってるのだけど、一応警戒しといてくれないかしら。ああ、フラン達には伝えない様にね。変な心配は掛けたくないもの」

 

雪「分かりました」

 

 まあ、最近は咲夜も仕事を覚えて余裕も出来ている。転移魔法とやらが完成するまで辺りの警戒に専念しよう。

 

 そして転移魔法が完成するまで俺は警戒を強めた。時折偵察隊らしき吸血鬼達が来たが、ソイツらは裏でコッソリ処分している。

 

 それと同時に吸血鬼からここに攻めてくるのは何日後とか、色々と情報を聞き出したんだが元々捨て駒だったらしく有益な情報は分からなかった。

 

 そのまま時は流れ、一ヶ月。パチュリーから転移魔法の魔法陣が完成したと報告を受け、俺は大図書館に向かった。

 

雪「遅れました」

 

レミリア「遅いわよ、ユキ」

 

フラン「ね、美鈴。このまほーじんって言うやつで別の場所に飛ぶの?」

 

美鈴「そうらしいですね~。私は魔法に詳しくないのであまり分からないんですが⋯⋯」

 

パチュリー「はぁ⋯⋯疲れた⋯⋯」

 

咲夜「パチュリー様、疲労に効くお茶でございます」

 

小悪魔「えっと、この本はここに⋯⋯」

 

 俺が来たときにはみんなは既に集まっていた。パチュリーはこの期間、魔女という身体を利用してほぼ休憩無しに動いていたらしく、怠そうに座っている。

 

パチュリー「さて⋯⋯今から転移魔法を発動させるわ。対象はこの館と周囲数メートル。この魔法陣の中に居てもらえば館と一緒に飛べるわ」

 

 魔法陣の大きさは俺達全員がギュウギュウに詰めて何とか入れるくらいだ。フランを肩車すれば余裕が出来るだろうか。

 

雪「魔法陣外に居た場合は?」

 

パチュリー「取り残されるわね。時間があれば館内部に居れば飛べる魔法も組めたけど、一ヶ月間じゃこれが限界よ」

 

 ふむ。どうやら魔法というのは予想以上に大変なものらしいな。一ヶ月でこれとは⋯⋯。

 

パチュリー「それじゃ、早速入って頂戴。魔法陣を発動させ─────」

 

 パチュリーがそう言った瞬間、館の門の方面から大量の妖気を感じ取る。それはレミリアやフランの妖気に少し似ていて、数は二百と言った所か。

 

 どうやら、吸血鬼共の大群がここに来ているらしい。幻想郷に飛ぶ日と襲撃日が重なるとは⋯⋯運が無いな。

 

 俺はレミリアに目配せすると、レミリアは少し悲しげな表情をして頷く。それを見た俺は執事服の上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外し、Yシャツの袖を捲る。

 

雪「さて、と⋯⋯レミリア。今日この日を以て、ユキ・コヅカは本館の執事長を退職させて戴く。今まで世話になった」

 

レミリア「⋯⋯ええ。今日までご苦労だったわ」

 

 レミリアは視線を合わせようとせず、一言言う。

 

 そう。今日は幻想郷に飛ぶ日、襲撃日に加えて俺とレミリアの契約が解除される日だ。本当は幻想郷に飛んだ後に契約解除をするつもりだったが、こうなっては仕方ない。

 

雪「という訳だ。ここは俺が時間を稼いでおくから、飛ぶなら早くしろ」

 

フラン「ユキ? 何を言ってるの?」

 

雪「言葉通りの意味だ。安心しろ、こんな所俺は死なない。それに、また会いに行くさ」

 

 俺はフランの頭を撫でると、もう一度全員の顔を見渡し

 

雪「⋯⋯じゃあな」

 

 そう呟いて大図書館を出る。そして門の前まで来ると、少し遠くの方から吸血鬼の大群がやって来ていた。

 

雪「あの時と同じく、守りながら大群との戦闘か。しかも今度は個々の力が強い⋯⋯」

 

 ふと、昔の人妖大戦を思い出す。だがあの時の俺とは違う。それに今度は吸血鬼という、弱点がハッキリしてる奴らだ。

 

 俺はベルトに差していた数本の銀のナイフを手に持つと

 

雪「さて、こっから先は通行止めだ。通りたいのなら俺を倒してから行くんだな」

 

 そう言って吸血鬼共の群れに突っ込んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 吸血鬼狩り

~襲撃軍隊長 side~

 

 何故だ、何故だ何故だ何故だ!!

 

 目の前にある趣味の悪い真紅の館。我々はその館に住まう裏切り者のスカーレット家を壊滅させる為に十二分な戦力でここにやって来た。

 

 相手は小さな子供。門番やら魔女やらが住み始めたらしいが、それでもこの二百人を相手にしてスカーレット家が勝てる筈もない。

 

 だから、今目の前で流れている光景は⋯⋯こんな事は有り得てはならない事だ。

 

吸血鬼A「ギャアアアア!」

 

吸血鬼B「ウワァアアアア!」

 

雪「さあどうした。俺を倒さねば人形は止まらないし、この館に入る事も出来ないぞ」

 

 数十数百という同胞が、たった一人である白銀の狐に蹂躙されるなど。

 

 戦力は十分の筈で、白狐の隙を突いて館に向かう者もいる。相手はたった一人。狐の隙を突いて館に侵入し、スカーレット家を殺せば作戦は成功する筈なのだ。

 

 だが何故か館の塀を越えようとした者は半透明な矢によって射貫かれ、射貫かれた同胞は半透明な人形によって銀のナイフでトドメを刺されるのだ。

 

雪「卑怯だなんて言うんじゃないぞ。数の利で攻めてくるなら俺もそれで返すだけだ」

 

 狐は目にも止まらぬ動きで同胞の攻撃を避け、そしてパチンと音が聞こえると同時に時が飛んだかの様に仲間の首が銀のナイフで切り裂かれている。

 

隊長「っ~~!! 貴様ら、あの人形を壊せ! そして中に侵入するのだ!」

 

吸血鬼「出来ません! この人形、異様に硬くう゛ぅ゛⋯⋯?」

 

 そう叫んだ吸血鬼の首が切り裂かれ、銀の効果で再生も出来ずに血を吹き出す

 

隊長「クソがっ! こんな化け物がいるなど聞いてないぞ!」

 

雪「悪かったな、化け物で」

 

隊長「なっ⋯⋯がはっ!」

 

 私が悪態を吐いた瞬間、いつの間にか背後にいた狐が首を掻き切っていた。生暖かい、私の首から流れる液体の感触を感じながら私は意識を落としていった⋯⋯。

 

 

~雪 side~

 

 

雪「さてと⋯⋯」

 

 先程から叫び散らしていた吸血鬼を殺した俺は再び吸血鬼の軍勢の中を走り回り、時を凍らせて首を掻き切っていく。

 

 館内部に入ろうとする者は俺が大量生産して館の庭に配置していた氷弓兵により撃ち落とされ、銀のナイフを持たせた氷人形に殺させる。以前はこんな方法など思い付かなかったが今は違う。目には目を、数には数を、だ。

 

 それにこの吸血鬼共、連携も取れずお互いを邪魔している。一人一人の力が強くても、周りと連携が取れなければ意味がない。

 

雪「フッ⋯⋯!」

 

 四方から襲い掛かる吸血鬼共を殴り、蹴り、投げ飛ばし、そして隙が出来た者から銀のナイフで殺していく。逃げようとする者は氷柱で動きを止めて氷人形に処理させる。

 

 情けは無い。短い間だったが、俺の家族同然のレミリア達を殺しに掛かっているんだ。殺されても文句は言えないだろう。

 

 そして吸血鬼の数が少なくなった頃、紅魔館が光り輝く。次に気付いた時には、元から無かったかの様に紅魔館の姿が消えていた。

 

雪「⋯⋯守り切ったか」

 

 俺は氷人形達を消し、残った吸血鬼共を殲滅する。吸血鬼共は既に戦意を喪失しており、ただ逃げ回っていただけだった。

 

 そして最後の吸血鬼を殺すと俺はナイフの血を拭き取る。

 

雪「さて、次は⋯⋯」

 

 俺はズボンのポケットに入れていた赤いリボンを取り出す。これは紫に渡された幻想郷にある紫の家に飛べるリボンだ。たしか使い方はリボンを持ってゆっくりと降ろす、と言っていたか。

 

 コイツら吸血鬼のリーダーは幻想郷を襲い支配しようと企んでいるらしい。早く行った方が良いだろう。

 

雪「⋯⋯思った通りの海外旅行は出来なかったが、まあ良かったか」

 

 俺はそう呟くとリボンを降ろす。すると紫のものと同じ様なスキマが開く。そこに足を踏み入れるとスキマは閉じ、もう元の場所には戻れなくなった。

 

雪「待ってろよ、紫」

 

 俺はスキマの道を走る。その先にある幻想郷に向かって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漆章 幻想郷の巻
第一話 幻想郷と吸血鬼


雪「抜けたか⋯⋯」

 

 スキマを抜けた先は和風の庭園だった。少し白玉楼を思い出すが、ここはもう少し小さい。恐らく紫の家に着いたんだろう。

 

雪「紫ー!」

 

 俺は庭園から紫を呼ぶ。だが返事は無く、代わりにトタトタと足音がして目の前の屋敷の障子が開く。そこには赤と白のワンピース風の洋服を着た幼い少女が立っていた。その頭には猫耳が、腰からは日本の尻尾が生えている。猫又の妖怪だろうか?

 

?「え、えと⋯⋯狐塚 雪しゃま、ですか?」

 

 しゃま⋯⋯。舌っ足らずなのか?

 

雪「ああ、俺は狐塚 雪だ。お前は?」

 

?「わ、私は紫しゃまの式神の藍しゃまの式神の『(ちぇん)』です! 雪しゃまがここに来たらこの手紙を渡してほしいと紫しゃまに言われました!」

 

 橙は早口でそう言うと一枚の手紙を渡してくる。俺はそれを受け取るとその場で開いた。内容はこんな感じだ。

 

『この手紙を見てるということはこの幻想郷に来たのね、雪。感動の再会を祝いたい所だけどそんな暇も無いから手紙越しに簡単に説明するわ。

 

 まず、この幻想郷に吸血鬼と呼ばれる異国の妖怪が大群で攻めてきたわ。何でもこの幻想郷を支配するとかなんとか。そんな事を認める訳にもいかないから実力のある者と一時的な協力関係を築いて今応戦しているの。

 

 そこで貴方は幻想郷の北にいる今回の異変の首謀者を討ち取って貰いたいわ。途中、吸血鬼と戦っている者と出会ったら手伝ってあげて。

 

 さて、説明は以上よ。帰ってきて悪いけどすぐに行動して。お願いね』

 

 成る程⋯⋯やはり吸血鬼の本勢力は先に幻想郷に来ていた様だな。しかしこの手紙の内容からして吸血鬼の大将の場所はまだ分かっていないらしいな。

 

雪「しょうがない、これでも疲れてるんだがな⋯⋯」

 

橙「雪しゃま⋯⋯?」

 

雪「橙、もし紫が帰ってきたら俺は吸血鬼を退治しに行ったと伝えてくれ。あと紅い館に住む吸血鬼は俺の友人だ、とな」

 

橙「えと、分かりました!」

 

雪「じゃあ頼んだ」

 

 俺は手足に氷を纏わせると宙に浮き、紫の家を離れる。空に出ると辺りは真っ暗で、だが戦闘音や悲鳴が聞こえてくる。

 

雪「本格的に戦争になってるな⋯⋯」

 

 さて、今回の首謀者は北だったな。俺は奴を倒す為に北の空へと向かう。

 

 途中、吸血鬼が襲ってきたり妖怪が襲われていたが例のごとく銀のナイフで殺す。しかし見た感じ妖怪が劣勢の様だが⋯⋯どういう事だろうか。

 

 そして北の空を進むと一人の吸血鬼がそこに浮いている。他の吸血鬼とは比較にならない力を持っているな。

 

吸血鬼「っ!? 何者だ貴様は!」

 

雪「⋯⋯お前が今回の騒動の首謀者で良いのか?」

 

吸血鬼「貴様は⋯⋯スカーレット一族の館にいた執事か!? まさか襲撃作戦は失敗したのか!」

 

雪「質問に答えてくれると有り難いんだが⋯⋯」

 

 だが今の反応からして首謀者だろう。というか、確かコイツはレミリアに幻想郷の存在を教えた吸血鬼だったな。すっかり忘れていた。

 

吸血鬼「クソっ、役に立たん雑兵共が! あの生意気なスカーレットの小娘共すら殺す事も出来んとは!」

 

雪「生意気?」

 

吸血鬼「ああそうだ。あの小娘、我の偉大なる計画への誘いを断った挙げ句、『可哀想ね、貴方の馬鹿げた計画に付き合わされる同族も』と言いやがった⋯⋯吸血鬼の王の末裔とも言われるこの我にだぞ!?」

 

雪「ああ、まあ馬鹿げているな」

 

 というか相手の力量も分かっておらず、仲間の連携も取らせずただ特攻させる。その計画を偉大と言ってる辺り馬鹿げてるとしか言いようがないだろう。大方その力でのし上がってきたんだろうな。

 

吸血鬼「まあ良い⋯⋯この幻想郷の妖怪は予想よりずっと弱い。このままの調子で行けば支配出来るのも時間の問題だ。後は⋯⋯」

 

 吸血鬼は俺を睨み付け、臨戦態勢に入る。そして妖力を威圧感と共に辺りに放つ。

 

吸血鬼「狐! 貴様を殺せば何もかもが成功するのだ!」

 

 そう叫び、吸血鬼は俺に攻撃を仕掛けてくる。俺は体を傾けてそれを避ける。

 

雪「おっと。中々速いな」

 

吸血鬼「ガァアアア!!」

 

 吸血鬼は雄叫びを上げながら殴り、蹴り、掴み掛かろうとする。俺はそれを避け、いなして攻撃を防ぐ。

 

 この吸血鬼、フェイントというものを知らないらしい。攻撃が素直過ぎて避けるのが非常に安易だ。

 

吸血鬼「クソッ! 何故当たらない!」

 

雪「さあな」

 

 そして反撃をしようと、まずは吸血鬼の動きを止める為に腕を掴む。

 

雪「っ⋯⋯!?」

 

 だが奴の素肌に触れた瞬間、体になんとも言えない怠さが生じる。これは⋯⋯西行妖の能力に似ているのか?

 

雪「ふむ⋯⋯」

 

吸血鬼「フハハハハハ! どうだ、我に力を吸い取られる気分は!」

 

 ああ、コイツの言い方からしてやはり西行妖の能力に似ているようだな。だがあれ程強力とも思えない。言うなれば『体力を吸い取る程度の能力』と言った所だろう⋯⋯同じ吸血鬼であるレミリアやフランの能力と比べて地味だな。

 

 だが確かに強力だ。戦いが長引けば長引く程こっちが不利になっていくんだろう。

 

雪「まあ、こういう輩は経験があるんでな」

 

 俺は手に氷の篭手を纏わせる。これで肌との接触は防げるから体力を吸い取られる事も無くなった。

 

 更に俺は周囲に氷柱と狐火を創り出し、数個ずつ放って吸血鬼の動きを制限する。

 

雪「フッ⋯⋯!」

 

 氷柱と狐火による攻撃で動きが止まった所に、俺は奴に殴り掛かった。

 

吸血鬼「クッ! 小賢しい真似を!」

 

雪「小賢しくて結構だ!」

 

 そして遂に拳は吸血鬼の腹部に直撃する。俺は氷の篭手を操り形状を変化させ、奴の腹に接触している部分を鋭くして貫通させた。

 

吸血鬼「グァアアア!」

 

 更に貫通した氷の先を樹木の様に何本と分かれさせ、吸血鬼の体に巻き付けて拘束する。

 

吸血鬼「グゥッ、クソっ!」

 

雪「さて、と⋯⋯」

 

 俺は拘束されて動けないでいる吸血鬼の襟首を掴む。

 

雪「おい、支配とやらを諦めて手下を連れて元の世界に帰るか幻想郷で静かに暮らすか、どちらかを選べ」

 

吸血鬼「っ⋯⋯ふざけるな! 何の為にここまで来たと思っている! 我は誇り高き吸血鬼だぞ、支配せずして何が─────」

 

雪「そうか、残念だ」

 

 提案を蹴った吸血鬼の首に、俺は銀のナイフを突き立てる。返り血が俺に飛び散り、吸血鬼は暫くして灰と化し風に乗って消えていく。

 

雪「⋯⋯ふぅ~」

 

 俺は手に付いた灰を落とし、大きくため息を吐く。

 

 それと同時に真っ暗だった空が白んでいき、太陽が昇り始めた。

 

雪「⋯⋯朝日か」

 

 この日の光で外に出ている吸血鬼は消滅していくだろう。光から逃げて生き延びた吸血鬼は幻想郷に住まわせるか、後々倒していけば良いだろう。

 

雪「さて、一度戻るか。いい加減疲れた⋯⋯」

 

 俺は一度伸びをすると一応紫の家に向かう。きっと何か愚痴を言われるんだろうな。

 

 ⋯⋯後にこの異変は『吸血鬼異変』として知られ、そして幻想郷で流行る事になる『とある遊び』の発端となる事件の日だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 幻想郷巡り 人里①

雪「⋯⋯」

 

橙「雪しゃまー! 朝ですよー!」

 

雪「ん⋯⋯むぅ⋯⋯」

 

 朝。橙の元気な声によって目が覚める。布団から這い出ると眩しい朝日が障子越しに部屋を照らしていた。

 

 あの吸血鬼異変から数日。俺は紫の家にて過ごしていた。

 

 と言うのも幻想郷に俺の家は無く、再会した紫に一時だけ過ごさせて貰っているんだ。因みに異変の残党である吸血鬼達は日の光によって灰と化すか、俺達によって殲滅された。

 

 さて、俺は寝間着からいつもの着物に着替えると部屋を出る。異変の時に着ていた執事服は捨てた。かなり血に汚れていたしボロボロだったからな。

 

 部屋を出るとすぐ近くに橙が立っていた。どうやら俺が部屋を出るまで待ってくれていたらしい。

 

橙「おはようございます、雪しゃま!」

 

雪「ああ、おはよう橙」

 

 この数日で橙は俺にかなり懐いたらしい。少し前に猫じゃらしで遊んでやったのが効いているのだろうか。まあ、その光景を見た藍に「橙を猫扱いするな」とかなり怒られたが⋯⋯。

 

 橙と共に居間に来ると既に紫と藍が座っていた。机の上には朝飯が並べられている。

 

紫「あら、おはよう二人とも」

 

藍「おはよう橙、雪」

 

雪「ああ、おはよう」

 

橙「おはようございます!」

 

 俺と橙が座ると朝食を食べ始める。食事は基本俺か藍が作るが、今日は藍が作ってくれた様だな。

 

 そして朝飯を食べ終わり少しした頃。俺は紫に1つ相談を持ち掛けた。

 

雪「なあ紫。そろそろ自分の家を建てようと思っているんだが」

 

紫「急にどうしたの?」

 

雪「いや、紫の家にずっと居候させてもらうのもどうかと思ってな。それに前々から幻想郷に着いたら腰を落ち着けようと考えていた所だ」

 

藍「住居が欲しいのは分かったが、お前は幻想郷の地理に詳しく無いだろう? どうするんだ?」

 

 すると藍がお茶を持ってやってくる。因みに橙はどこかにあるマヨヒガとやらに出掛けているらしい。マヨヒガとは『遠野物語』で有名な迷い家の事だろうか。

 

雪「取り敢えず幻想郷を見て回ろうと思ってる。紫、地図か何かは無いか?」

 

紫「それだったら確かここに⋯⋯」

 

 そう言って紫がスキマから取り出したのは二枚の紙だ。一枚目は現在の幻想郷の地図が、二枚目はそれぞれの場所の簡単な説明が記されているらしい。

 

紫「取り敢えずそれを見て幻想郷を回ったら良いわ。折角だし人里に送ってあげる」

 

雪「ああ。ありがとう」

 

 そして草履を取ってきた俺は紫が開いたスキマを通って人里へと向かった。

 

 

─────

 

 

雪「ふむ、結構賑わっているな」

 

 スキマを出た先は人目の付かない人里の路地裏。そこを出た先では人間達で賑わっている大通りの様な場所に出た。

 

 この人里は幻想郷の中で争い⋯⋯というか妖怪が人間を襲わない唯一の場所で、少しだけだが危険度の低い妖怪も過ごす事が多いという。ただ、未だにルールを守らない妖怪がいて外よりは安全といった程度らしい。

 

雪「ふむ、大和の国や神子の都を思い出すな」

 

 大通りの様子を眺めているとそんな言葉が零れる。そう言えば諏訪子達は元気だろうか。外の世界で信仰を集めるのが困難になっていたらここの事を話してみるのも良いかもしれない。

 

雪「取り敢えず大通りでも歩くか」

 

 どうやら大通りは店が多いらしい。肉屋や八百屋などの食べ物を扱う店。小道具店や仕立屋などの雑貨類の店など⋯⋯基本的な店は全てこの通りに並んでいる様だな。もし家を建てるなら人里近くにしようか。

 

 そんな事を考えながら歩いていると先の方が騒がしい。何事かと様子を見に行くと一人の少女に三人の妖怪が絡んでいた。

 

妖怪A「おい嬢ちゃん。人の肩にぶつかっておいて詫びも無しかよ」

 

?「だからすまないと謝っているじゃないか」

 

妖怪B「すまないで済んだら町奉行は要らねえんだよ」

 

妖怪C「詫びって言うのはさ、相手が満足しなきゃ意味がねえだろ? だからほら、ちゃんとした詫びってのを教えてやるからこっち来いよ」

 

 すると妖怪の内の一人が少女の腕を掴む。周りの人間達は妖怪を恐れて見て見ぬ振りをしている様だ。

 

 ⋯⋯しょうがない、助けてやるか。

 

雪「おい」

 

妖怪A「あぁ?」

 

雪「その娘の腕を放してやれ。肩がぶつかった程度で大人げないだろう?」

 

妖怪B「うるせえっ! てめえは関係ねえだろ!」

 

 すると一人が俺に殴りかかってくる。だが碌に鍛錬も積まず、ただ力に任せて振るってきてるだけの攻撃だ。体を逸らすだけで安易に避ける事が出来る。

 

 そして俺は隙を見せた妖怪の腹に膝蹴りを加え地面に倒し、氷の手錠で腕と足を拘束する。

 

妖怪C「テ、テメェ!」

 

妖怪A「やりやがったなゴラァ!」

 

 仲間がやられた事に激昂した妖怪共は、片方はそのまま殴り掛かり、もう一人は刀で斬りかかってくる。

 

雪「おっと」

 

 俺はそれを避けるとまず手前の殴り掛かってきた妖怪の頭に氷塊をぶつけ吹き飛ばし、もう片方は氷の篭手で刀を防ぎ足を払い地面に押し倒す。そして例の如く手錠で手足を拘束した。

 

妖怪A「このっ! テメェ、外しやがれ!」

 

雪「外したら暴れるだろう? 妖怪でも郷に入れば郷に従え、という言葉は知ってる筈だ。一度頭を冷やしてこい」

 

 俺は氷人形を三体創り出すとコイツらを人里の外に運ばせる。運ばれながら妖怪達が騒いでいたが、良く聞こえなかったな。

 

雪「さてと⋯⋯」

 

?「あ、あの⋯⋯!」

 

 少々目立ってしまったから退散しようとすると、先程まで絡まれていた少女が駆け寄ってくる。ん? どこか見知った顔の様な⋯⋯。

 

雪「何だ?」

 

?「えっと、お名前を聞きたいのですが、狐塚 雪さんですか?」

 

雪「ああ、そうだが⋯⋯何故俺の名前を? どこかで会ったか?」

 

?「はい。覚えてませんか? 慧音です。上白沢 慧音」

 

 慧音⋯⋯? ああ、昔妖怪に襲われていた所を助けた半獣の子か。そうか、幻想郷で元気に過ごしていたか。

 

雪「ああ、覚えている。久しぶりだな慧音。見違えたぞ」

 

慧音「あれから年月が経ちましたから。そう言う雪さんは全く変わりませんね」

 

雪「俺は不老だからな。慧音はこの人里で何をしてるんだ?」

 

慧音「私は寺子屋の教師をしてます。今日は寺子屋は休みですけどね」

 

雪「ほう。教師とは大したものだな凄いじゃないか」

 

慧音「まだまだ新米ですけどね。そうだ、立ち話もなんですし家に来ませんか。お茶くらいは出しますよ」

 

雪「ふむ⋯⋯ではそうさせてもらおう」

 

 そうして俺は慧音の家に上がらせて貰う事になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 幻想郷巡り 人里②

慧音「じゃあ雪さんは最近幻想郷に?」

 

雪「ああ。この人里に来たのも家の土地を探しがてら幻想郷の色々な場所を回ってるんだ」

 

 家に上がらせてもらった俺は慧音と他愛のない話をしていた。

 

 暫く話をしていると玄関の方から戸を叩く音が聞こえてくる。誰か来たのだろうか。

 

?「慧音ー、遊びに来たぞー!」

 

 戸を開ける音と共にどこかで聞いた様な声が聞こえる。

 

慧音「居間にいるから上がってくれー!」

 

 そう慧音が言うとドタドタと足音が聞こえ、襖が開かれる。そして居間に入ってきたのは⋯⋯

 

雪「⋯⋯妹紅?」

 

妹紅「⋯⋯もしかして、雪か?」

 

 あの時から服装を除いて一切変わっていない、妹紅の姿がそこにあった。

 

慧音「えっと⋯⋯雪さんは妹紅と知り合い何ですか?」

 

雪「ん、ああ。昔ちょっとな。それにしても妹紅、まさかお前も幻想郷に居たとはな」

 

妹紅「そりゃあこっちの台詞だよ。久しぶりだね雪」

 

 ⋯⋯随分と男勝りな言葉遣いになっているな。この姿を見て、元々は貴族の娘と言われて信じる者がどれだけいるだろうか。

 

妹紅「っていうか慧音も雪と知り合いだったんだな。もしかして良く話してた恩人って雪の事か?」

 

慧音「ああ。昔妖怪に襲われてた所を救って貰ったんだ」

 

 話を聞くと慧音は幻想郷に来ると人里で過ごし、妹紅は俺と別れた後旅を続けていたが紫に誘われてここに来たという。そして疲労で人里前で倒れていた所を慧音に助けられ、友人となったそうだ。

 

妹紅「ところで雪はどうしてたんだ?」

 

雪「俺か? 俺は⋯⋯鬼と喧嘩したり月にいったり、妖怪桜を倒したり⋯⋯あと異国に行ったりしてたな」

 

慧音「す、凄いですね⋯⋯月に異国ですか⋯⋯」

 

 まあそう言われても信じがたいだろうな。俺が慧音達の立ち話としても冗談と受け取るかもしれない。

 

 そんな話をしていると、家の戸が強く叩かれる。誰だろうか。慧音の知り合いがまた来たのか?

 

男「慧音さん! 慧音さんはいないか!」

 

 ⋯⋯そういう訳ではなさそうだな。どうやらただ事ではないようで、俺達は玄関に向かった。

 

 玄関の前にいたのは、走ってきたのだろうか。息を切らしながら立っている人間の男だった。

 

慧音「どうした、そんな息を切らして」

 

男「妖怪が人里の前に押し寄せてきたんだ! それも一人や二人じゃない! 数十の妖怪達が『白い狐を出せ。出さないと人里を潰す』と叫んでいて⋯⋯!」

 

 ⋯⋯慧音に絡んでいた妖怪達が仲間を連れてきたのか。白い狐とは確実に俺の事だろうな。

 

慧音「もしかして、先程の奴らが⋯⋯?」

 

雪「だろうな。頭を冷やしてもらおうとしたんだが駄目だった様だな」

 

妹紅「おい、そんな悠長に話してる場合じゃないだろ! 早く行かないと里が襲われる!」

 

 妹紅はそう叫ぶと慧音の家を出ようとする。俺は妹紅の肩を掴んでそれを止めた。

 

妹紅「うわっ! な、何するんだよ雪!」

 

雪「まあ落ち着け。今回は俺のせいで起きた事だ。俺が倒してくる」

 

慧音「で、でも数十の妖怪ですよ!? 幾ら何でも⋯⋯」

 

雪「なに、数十程度の数など朝飯前さ。ああそうだ。妖怪を倒したら別の場所にも行ってくる。また今度話そう。じゃあな」

 

 そう言うと慧音の家を出て妖怪がいると言う方面に向かう。そして人里を出ると多数の妖怪がそこに立っていた。

 

妖怪A「やっと来やがったな!」

 

妖怪B「さっきは良くもやってくれやがったなクソ野郎!」

 

雪「俺に何の用だ」

 

妖怪C「さっきの礼をしに来てやったんだよ! お前ら、やっちまうぞ!」

 

 そう妖怪が叫ぶと、周りの者達が俺に襲い掛かってくる。俺は一つため息を吐くと、足を一歩踏み込んだ。

 

 すると辺りの地面が凍り付き、周りの妖怪達の動きを止める。ああ、勿論殺してはいない。流石に幻想郷に来て数日で誰かの命を取りたくないからな。

 

妖怪A「な、な⋯⋯」

 

雪「さて、これで実力差が分かったか? 何も人里に来るなとは言ってない。幻想郷のルールには少しだけでも従えと言ってるんだ。紫にも目は付けられたくないだろう?」

 

妖怪B「ゆ、紫って⋯⋯あの!?」

 

 紫の名を出すと妖怪達は顔を青くする。どうやら俺が来る前、幻想郷の『人里で人間を襲わない』というルールを破った妖怪が紫によって酷い制裁を受けたらしい。それ以降、大半の者は紫に恐れを抱いてるそうだ。

 

妖怪C「ヒッ! す、すいませんでしたぁああああ!」

 

 俺が氷を解くと同時に妖怪達は我先にと一目散に逃げていく。何とも情けない。昔の妖怪ならあんな風に滑稽な逃げ方はしなかった筈だが⋯⋯。

 

 後に紫から聞いた話だが、幻想郷は人間と妖怪の数的バランスを崩さない為に食料係と呼ばれる者が支給する食料をただ食べるという生活で、妖怪全体に無気力化が進んでいるらしい。だからあんな風に情けない姿になっているとのことだ。

 

雪「⋯⋯今後、何か打開策でも考えないとな」

 

 俺はそう呟くと地図を開き人里を離れる。さて、次はどこに行こうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 幻想郷巡り 永遠亭①

雪「ふむ⋯⋯」

 

 人里から南東に位置する広大な竹林。そこは成長速度が異様に早い竹林と深い霧によって景色が変わる為に目印になる物もない。

 

 故に人々はここを迷いの竹林と呼んだ。一度入れば抜けられず、永遠にそこを彷徨うと噂される。

 

雪「⋯⋯む。ここは先程通ったか」

 

 そして俺は絶賛迷子中だ。流石迷いの竹林と呼ばれるだけある。自分がどこから入って、どこから出たのか一切分からない。

 

雪「さて、どうするか」

 

 最悪空を飛んで抜けるという手もあるが、ここに来たのはとある友人と再会しに来たからだ。もう何年も会っていない。折角会えると言うのだから顔を見せに行きたいものだが⋯⋯。

 

 そんな事を考えながら竹林を進んでいると突如踏み込んだ足が地面に埋まる。そこは落とし穴だった様で、俺はその穴に落ちていった。

 

?「フフフフッ⋯⋯どうやら間抜けな人間が引っ掛かった様だね」

 

 すると近くの茂みから兎耳の生えた幼い少女が邪な笑みを浮かべながら近付いてくる。これはこの兎少女が仕掛けたものか。

 

?「これで人間が怪我をして永遠亭で治療。人間から金を取って私の手取りも⋯⋯クフフフ」

 

雪「ほう。つまりお前は永遠亭への道を知っている訳か」

 

 そう話し掛けると兎少女は体を硬直させ、ギギッと擬音が付きそうな動きで後ろを向く。そして俺の姿を見ると文字通り飛び上がった。

 

?「ひゃああああ!? ア、アンタ落ちた筈じゃ⋯⋯」

 

雪「さてな。気のせいじゃないか」

 

 先程の落とし穴には確かに落ちた。だがすぐに跳んで落とし穴から出ると、この兎少女の真後ろに着地した訳だ。どうやら砂埃で出てきた俺の姿が見えていなかった様だな。

 

雪「さて、もう一度聞くがお前は永遠亭への道を知っている訳か?」

 

?「んあ? 勿論。ここは私の庭の様なものだからね」

 

雪「そうか。では案内を頼めないか? 永遠亭で会いたい者がいるんだ」

 

?「ふ~ん⋯⋯じゃあ、はい!」

 

 兎少女はジロジロと俺を見ると両手を出してくる。この手は一体何だ?

 

雪「⋯⋯?」

 

?「案内料だよ、案内料! 無料(タダ)で案内するなんてわたしゃ甘くないよ!」

 

雪「ふむ⋯⋯これでいいか?」

 

 俺は懐から一つの小袋を出し、それを兎少女に渡す。それを受け取った兎少女は最初不機嫌そうな顔になったが中身を見ると驚いたような表情になる。

 

 この袋の中には小判が何枚か入っている。円単位で換算すると数十万の金額か。少し高すぎるかと思ったが、まだ金はある。まあ必要経費と割り切ろう。

 

?「う、うへへ⋯⋯」

 

雪「足りるか?」

 

?「も、勿論! あ、私は『因幡(いなば) てゐ(てい)』だよ。よろしく」

 

雪「狐塚 雪だ。案内を頼む」

 

 そしててゐは上機嫌に歩き、案内を始める。途中、六十年に一度しか咲かない筈の竹の花が大量に咲いていた場所を見つけて少し感動したな。

 

 暫く歩くいていくと開けた場所に着き、そこには一軒の屋敷が見える。

 

てゐ「ほい。到着だよ」

 

雪「ああ、ありがとう」

 

てゐ「それじゃ私の案内はここまで。それじゃあね」

 

 そう言ったてゐはそそくさと屋敷の中に入っていく。俺も後に続くと、屋敷の玄関の戸をノックする。

 

永琳「⋯⋯誰?」

 

 すると戸が開き、俺が会いたかった友人である永琳が出てくる。永琳は俺の姿を見ると目を見開いた。

 

永琳「ゆ、雪!?」

 

雪「久しいな、永琳」

 

永琳「ええ、本当に⋯⋯じゃなくて、いつこっちに来ていたの!?」

 

雪「吸血鬼異変の時だな。大丈夫だったか?」

 

永琳「ええ。私が張った結界によって簡単にはここに来れないから。雪はてゐに案内されたのかしら?」

 

雪「ああ、そうだな。そうだ、輝夜は元気か?」

 

永琳「少し手が掛かるくらいにね。そうだ、立ち話もなんだし上がって。姫様も呼んでくるわ」

 

雪「分かった」

 

 そして永琳は輝夜を呼びに屋敷の奥に行き、俺はその途中で通された客間で待つことになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 幻想郷巡り 永遠亭②

 永遠亭の客間に通され暫くすると永琳と、寝ぼけ眼で手を引っ張られている輝夜がやって来た。

 

輝夜「もう永琳⋯⋯何よ、会わせたい人って⋯⋯折角寝てたのに⋯⋯」

 

雪「輝夜、久しいな。元気にしてたか?」

 

輝夜「えっ⋯⋯」

 

 輝夜は眠そうな顔で永琳に手を引かれて客間にやって来る。俺が話し掛けるとポカンとした顔で俺を見た。

 

輝夜「ゆ、雪!? いつこっちに来てたの!?」

 

雪「つい最近だな。随分と眠そうだが、ちゃんと寝ているのか?」

 

輝夜「ちょっと夜更かししちゃって⋯⋯でもいつもはちゃんと寝てるのよ?」

 

雪「夜更かし?」

 

輝夜「ゲームやってたの」

 

 ⋯⋯何故この時代にゲームがあるんだ。一から作ったのか⋯⋯いや、それ以前に電気はどうしているんだ?

 

雪「まあ、良いか⋯⋯」

 

輝夜「ね、そんな事より雪は何をしていたの?」

 

永琳「それは私も聞きたいわね。ここ数百年顔も出さないで⋯⋯また何かあったのかと心配してたんだから」

 

雪「ふむ⋯⋯では何から話そうか」

 

 コイツらにはあんまり話したくないんだがな⋯⋯そんな事を思いながら俺は二人に今までの旅の事を話す。そして西行妖や異国の話をすると予想通り無茶な事はするなと怒られた。

 

雪「そんな風に怒られてもしょうがないだろう。旅は何があるのか分からないんだからな」

 

永琳「それはそうだけど、そんな怪我するまで無茶はするなって言ってるのよ」

 

輝夜「雪は私達と違って不死じゃないんだから、もっと体大事にしないと」

 

雪「⋯⋯善処する」

 

 そう言うと二人はため息を吐く。恐らく何を言ってもあまり変わらないと思ったのだろう。

 

雪「ところで輝夜。お前はゲームをやっていたと言ったが運動はしているのか?」

 

輝夜「話しを逸らしたわね⋯⋯まあ良いわ。ちゃんと運動してるわよ? 週に何回かだけど」

 

雪「何をしているんだ?」

 

輝夜「殺し合い」

 

 ⋯⋯ん?

 

雪「すまない輝夜。俺の聞き間違いじゃなかったら殺し合いと聞こえたんだが?」

 

輝夜「そうよ。殺し合いと言ったの」

 

雪「輝夜、それは運動とは言わないぞ?」

 

輝夜「不老不死の私にとって殺し合いも運動と同じよ」

 

 そういうものだろうか。不老不死の感性は分からん。

 

雪「分かった。百本譲ってそれを運動としよう。だがお前の相手にとっては運動じゃすまないぞ? 不老不死じゃあるまいし」

 

輝夜「あら、相手も不老不死よ?」

 

雪「何?」

 

輝夜「『お前のせいで私の人生は滅茶苦茶だ』とか言って襲ってくるのよ。何か私に恨みでもあるのかしらね」

 

 ふむ⋯⋯輝夜に恨みのある不老不死か。誰だろうかと考えると、一人だけ心当たりのある者が思い浮かんだ。

 

雪「その不老不死とは、もしかして妹紅じゃないか?」

 

輝夜「良く分かったわね。知り合い?」

 

雪「やはりか。昔、ちょっとあってな」

 

輝夜「そう。さーて、私はそろそろお暇するわね。今やってるゲームが丁度良いところなのよ」

 

雪「程々にしろよ」

 

 そうして輝夜は客間を出て行く。一体何のゲームをやってるのだろうか。そしてやはり電気はどこから来たのか気になる所だが⋯⋯。

 

永琳「雪、折角だし夕飯食べていかない? 私も色々と話したい事あるし」

 

雪「ああ。じゃあ甘えるとしよう」

 

 俺がそう言うと永琳は嬉しそうに笑う。そして俺は永琳と数百年⋯⋯いや、最後に会った時はあまり話も出来なかったから実際には数億年ぶりに、互いに今まであった事を話し合った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 幻想郷巡り 太陽の畑

 永遠亭にて、永琳達と食事をしたその翌日。俺はまた別の場所にやって来ていた。

 

雪「⋯⋯ここも懐かしいな」

 

 俺の目の前には美しい向日葵畑が広がっている。ここは太陽の畑と呼ばれる場所だ。こんなにも美しい向日葵畑だが、人里の者達からは『恐ろしく無慈悲な妖怪が住む』と恐れられている。

 

 また、この太陽の畑近くには無名の丘と呼ばれる場所がある。そこは向日葵ではなく鈴蘭畑が並んでおり、これまた美しいらしい。今は夏で、鈴蘭の季節は過ぎていて見れないのが惜しいが。

 

 そして俺は太陽の畑の中を歩く。辺りには向日葵妖精が楽しそうに飛んでおり、時折流れる微風が心地良い。

 

雪「む、居たか」

 

 先を進んでいると知り合いの後ろ姿が見えてくる。どうやら他にも二人程と話をしている様だ。

 

 近付くと彼女も気付いた様で、人間の頭が吹き飛ぶんじゃないかと思うくらいの勢いで日傘を振るってくる。俺はそれを後ろに飛んで回避した。

 

雪「危ないな。数百年ぶりの相手に随分な挨拶じゃないか⋯⋯幽香?」

 

幽香「あら、避けられたんだから良いじゃない⋯⋯雪?」

 

 幽香はクスクスと笑いながら日傘を下ろす。俺はそんな様子の幽香を見てため息を吐いた。昔から全く変わってないな、コイツは⋯⋯。

 

雪「まあ良い⋯⋯ところで後ろの二人は? 随分と幼いが⋯⋯人間ではないようだな」

 

 俺は幽香の後ろにいる少女達に目を向ける。一人はウェーブの掛かった金髪の少女。もう一人は頭から虫の様な触角が生えたボーイッシュな少女だ。

 

幽香「この子達は私の話相手よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

雪「ふむ⋯⋯」

 

 二人に目を向けるとそうは思っていなかったらしく、驚いている様な表情で幽香を見ている。

 

雪「二人はそんな風に思っていない様だが?」

 

金髪「そ、そうだよ幽香! いっつも私達に優しくしてくれてたのに! あれは嘘だって言うの!?」

 

虫少女「そうですよ! 私が道端で倒れてた時に家に連れてって看てくれてたじゃないですか!」

 

幽香「ちょっと黙りなさいメディスン、リグル」

 

雪「ほう」

 

 まさか幽香にそんな一面があるとは。まさか子供好きか? いつもの様子とは想像もつかないな。

 

雪「二人とも、その話を詳しく聞かせてもらえないか? ああ、俺の名前は狐塚 雪という。二人はメディスンとリグルだったな?」

 

メディスン「ええ、良いわよ! そして私の名前は『メディスン・メランコリー』。この近くでスーさんの丘で暮らしてるわ」

 

雪「スーさん⋯⋯?」

 

リグル「『リグル・ナイトバグ』です。メディスンさんの言っているスーさんとは鈴蘭の事ですね」

 

雪「なる程」

 

 つまりメディスンは無名の丘に住んでいる訳か。しかし鈴蘭は毒花。こんな幼い少女がそこに住んでいて危なくないのだろうか?

 

幽香「メディスンは人形だし、能力も『毒を操る程度の能力』だから鈴蘭の毒は効かないわよ」

 

 すると俺の考えを読んだかの様に幽香がメディスンについて話す。ふむ、人形か⋯⋯付喪神の一種だろうか。

 

 そうなるとリグルの種族も気になる。触角が生えているし、マントもどことなく羽の様に見えるから虫の妖怪なのは間違いないだろう。

 

雪「⋯⋯リグルは、もしや蛍の妖怪か?」

 

リグル「は、はい! よく分かりましたね!」

 

雪「長年の勘だな。これでも色々な妖怪は見てきているからな」

 

 そう答えるとリグルとメディスンはキラキラと尊敬の眼差しで俺を見てくる⋯⋯実を言うと、リグルの名前に助けられたから少し良心が痛むな。

 

 リグルの本名にある『ナイトバグ』は日本語で蛍を意味する。もしやと思って言ってみたが、まさか合っていたとは。

 

幽香「長年の勘、ねぇ?」

 

雪「幽香、少し黙っててくれないか」

 

 どうやら幽香は嘘と気付いた様で、クスリと笑いながら俺を見る。幽香の勘、異様に鋭くないか?

 

幽香「ま、良いわ。ところで雪」

 

雪「何だ?」

 

幽香「折角だし、一戦交えない?」

 

雪「⋯⋯二人がいるのにか?」

 

幽香「ええ」

 

 ⋯⋯逃げられそうにもないか。俺はため息を吐くと渋々頷く。それを見た幽香はとても楽しそうに微笑んだ。戦闘狂な友人も考え物だな。

 

 その後、幽香と数百年振りの組み手を行った。二人は少し離れていた所で観戦していたんだがどうやら流れ弾が当たった様で、目立った外傷は無かったものの伸びてしまっていた。悪い事をしたな⋯⋯。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 幻想郷巡り 妖怪の山

 人里から北に向かった先の巨大な山。ここは人間や麓の妖怪とは違う社会を築いており、幻想郷のパワーバランスの一角を担っている。

 

 更に天狗や河童は外の世界の技術を一部模倣しており、天狗は写真や出版。河童は建築や道具の作成に関しての技術を持っているらしい。

 

 仲間意識が高く、豊かな生活を送っているがその仲間意識から余所者、特に人間には厳しい。もし一歩でも立ち入れば天狗が全力で追い返すそうだ。

 

雪「⋯⋯随分と変わったんだな」

 

 そんな山の麓に俺は来ていた。しかし数百年前に来た時と随分変わったらしい。天魔や勇儀達は元気だろうか。そんな事を考えながら山に一歩踏み入れると

 

?「止まれ」

 

 突如、凜とした少女の声が聞こえる。何だと声のした方を向くと犬耳が生えた白髪の少女が剣と盾を持ち俺を見下ろしていた。

 

雪「⋯⋯白狼天狗か」

 

?「ここから先は我々の縄張りだ。余所者は去れ」

 

雪「ふむ、俺は昔ここに来ていたんだが。そうだ、天魔に話を付けてくれないか」

 

?「天魔様に、だと?」

 

雪「ああ。これでも天魔とは知り合いでな。確認してくれるなら俺はここで大人しくしていよう。どうだ?」

 

 白狼の少女は暫く考えていた様だが、少しすると武器を降ろす。ほう、この少女は話が分かるようだ。

 

?「⋯⋯今から天魔様に確認しに行く。貴様の名は?」

 

雪「狐塚 雪だ」

 

?「では雪。私が確認している間、決してここから動くな。もし一歩でもこの山に入ろうものなら私の千里眼が見逃さないぞ」

 

 ふむ、彼女の言葉からして能力は千里眼だろうか。そんな事を考えていると目の前から白狼の少女が消える。

 

雪「⋯⋯しょうがない、暫く待つか」

 

 そうして俺は近くの木にもたれ掛かり、白狼の少女が戻ってくるまで待つことにした。

 

 暫く待っていると風が舞い、目の前に知り合いの姿が現れる。

 

文「あやや~。お久しぶりです雪さん」

 

雪「文か」

 

文「はい。清く正しい射命丸 文です。雪さんはどうしてここに? というか、いつから幻想郷に来ていたんですか?」

 

雪「幻想郷に来たのは吸血鬼異変の時だな。家を建てる土地を探しながら幻想郷を巡っていてな。それで久々に天魔や勇儀に会いに来たんだが、白狼の少女に止められていてな」

 

 俺の言葉を聞いた文は少し考えると口を開く。

 

文「⋯⋯もしかして、剣と盾を持ってて無駄に堅物そうな性格でした?」

 

雪「ああ、そんな感じだが⋯⋯何だ、知り合いか?」

 

文「あ~、知り合いというか⋯⋯まあ後輩みたいなものですね。彼女は『犬走(いぬばしり) (もみじ)』。『千里先まで見通す程度の能力』を持っていまして⋯⋯私とはあまり仲は良くないんですよね」

 

 ふむ、天狗同士でも不仲な者はいるのか。やはり(あやかし)それぞれ、と言う事だな。

 

 するとパシャリ、という音と共にフラッシュが焚かれる。何だと文を見ると、彼女はカメラを構えていた。

 

雪「⋯⋯何だ」

 

文「実は私、文々。新聞という新聞を出版してまして。折角ですし雪さんの記事を載せようかなと」

 

雪「別に構わんが、そういうのは一言言ってから頼む」

 

文「あやや~、それはすみません。ですが同意は得られたという事で、早速取材をしてもよろしいですか?」

 

雪「手短に頼むぞ」

 

 そして俺は文の取材とやらを受ける事になった。何か良く分からない事も聞かれたが、後日それを参考に記事を作るそうだ。

 

文「うんうん、有意義な取材が出来ました! ありがとうございます雪さん!」

 

雪「ああ。そうだ、今度自分の家を建てるつもりだから、家が建ったら新聞を持ってきてくれないか」

 

文「わあ、勿論ですよ! それでは私は新聞を作らなければならないのでここで失礼します!」

 

 そう言った文は目にも止まらぬ速さでその場を去って行く⋯⋯嵐の様な奴だったな。

 

椛「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯良かった、まだ居た!」

 

 すると椛が息を切らしながらやって来る。そして俺の近くまで来ると頭を下げてきた。

 

椛「申し訳ありません雪さん! 先程確認してきたのですが、まさか本当に天魔様のご友人でしたとは!」

 

雪「いや、別に気にしてない。お前も天狗の任務を果たそうとしていただけだからな。突然押しかけた俺も悪い」

 

 そう言うと椛はホッとしたかの様に息を吐く。その後、椛に案内されて天魔の所に通された。椛はまた任務に戻り、部屋には俺と天魔だけとなった。

 

雪「久しいな、天魔」

 

天魔「ああ。何年ぶりだろうか」

 

雪「勇儀達と喧嘩した時だから⋯⋯数百年振りといった所か。時間が経つのは早いな」

 

天魔「ハハハッ! 何を爺臭い事を言っておる。まだそんなにも若いではないか」

 

雪「これでも長い間生きてるから、他の者に比べたら十分爺だろう」

 

 そんな事を話しながら茶を飲む。暫く天魔と話していると、ふと一つ疑問が思い浮かんだ。

 

雪「そういえば、勇儀達はどうした? 力が感じ取れないが」

 

 そう、いつもなら圧倒的な力を放っている勇儀達、鬼の力が感じ取れないんだ。その事を聞かれた天魔は少しだけ黙ると

 

天魔「⋯⋯鬼達は、どこかへ消えたよ」

 

 一言だけそう言った。

 

雪「⋯⋯何故?」

 

天魔「また、人間の騙し討ちがあったのだよ。こちらの被害は無かったものの、嘘が嫌いな鬼で一度目は仲間が亡くなられている程だ。二度目は流石に堪えたんだろう」

 

雪「⋯⋯鬼達は、どこに?」

 

天魔「分からぬ。恐らくはもう人間と関わりの無い場所に行ったのだろうな」

 

雪「⋯⋯そう、か」

 

 その後、暗くなってしまった雰囲気を和ます為に天魔と色々話したが、俺の頭の隅では勇儀達がどこへ行ったのか、その事ばかり考えていた。

 

 そして天魔と別れた頃には空は暁に染まっており、一度紫の家に戻ろうと思った頃⋯⋯

 

?「⋯⋯ね、真っ白な狐さん」

 

雪「ん?」

 

 背後から声を掛けられる。何だと振り向くとそこには緑がかった銀髪の、恐らく十歳程度の容姿をしている少女が立っていた。胸元には何故が閉じた眼の様なものがあり、そこから出ている紐状の物が足へと繋がっている。

 

?「貴方、勇儀達に会いたいの?」

 

雪「っ!? ⋯⋯何故、それを?」

 

?「えっとね、ずっと貴方の事を見てたから。この山に入った時から、ずっと」

 

雪「何?」

 

 そんな視線など感じなかったが⋯⋯何かの能力だろうか。そんな事を考えていると件の少女に手を引かれる。

 

?「勇儀達はこっちだよ。早く行こっ!」

 

雪「お、おい」

 

 そうして俺は謎の少女に手を引かれ、妖怪の山の奥に進む事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 幻想郷巡り 地底

?「到着ー!」

 

 謎の少女に連れられてきた俺は、妖怪の山の山中にある巨大な穴の前にやって来ていた。

 

?「勇儀達はこの先だよ。早く行こっ!」

 

雪「待て。まずお前は誰だ? 何でここに連れてきた?」

 

?「んー? 私は『古明地(こめいじ) こいし』だよ。何度も言ってるけど、勇儀達に会わせたいから連れてきたの」

 

雪「何で勇儀達に「貴方のお名前は?」⋯⋯狐塚 雪だ。何で勇儀達に会わせようとするんだ?」

 

?「う~ん、面白そうだからかな?」

 

 ⋯⋯何なんだこの掴み所の無い少女は。それに気配に気付けなかった事もまったく分からん。一応警戒はしておくか⋯⋯何の妖怪か分からない以上、少女でも気は許せないからな。

 

 そして俺はこいしに手を引かれながら底が見えない穴の中に降りていく。穴の側面に階段とも言えなくはない坂があり、そこを伝っていく。

 

 暫く降りていくと、何やら蜘蛛の巣が多くなってきた。異様に大きいが、何だろうかこれは。

 

こいし「この蜘蛛の巣、大きいでしょ。この巣はね~、ヤマメが作ったものなんだよ!」

 

雪「ヤマメ?」

 

こいし「うん! 土蜘蛛っていう妖怪で~、私の友達なんだ!」

 

雪「土蜘蛛⋯⋯」

 

?「おや、こいしじゃんか! 久しぶりだね!」

 

?「⋯⋯誰?」

 

 すると壁に所々空いている穴の一つから二人程の少女の声が聞こえてくる。穴の中を覗くとそこには金髪で茶色い服を着た少女と、何故か桶に入った緑髪の少女がいた。

 

こいし「あっヤマメ、キスメ! 久しぶり~!」

 

 こいしはヤマメと呼んだ金髪の少女に勢いよく抱き付く。少女は微笑んでこいしの頭を撫でていたが、俺に気付いたのか首を傾げた。

 

?「あれ、見たことない人だね。狐⋯⋯なのかな?」

 

?「地底に何か用⋯⋯?」

 

雪「いや、本当は妖怪の山に用があって、それを済ましたから帰ろうとしてたんだが⋯⋯こいしに連れてこられてな。何でも勇儀に会わせてくれるそうなんだが⋯⋯」

 

 そう言うと二人はピクリと反応し、俺を見定める様に見た。

 

?「ふ~ん⋯⋯勇儀と何の関係?」

 

雪「昔、喧嘩してそのまま友人となった仲だ」

 

?「驚き⋯⋯」

 

?「勇儀達は嘘が嫌いなのは承知してる? 会わせても良いけど⋯⋯」

 

雪「俺は嘘は好かん。それに、勇儀達が嘘嫌いなのは重々承知してるさ」

 

こいし「天狗さんと話してた時に聞いてたけど、本当に知ってるみたいだったよ?」

 

 するとこいしがフォローを入れてくれる。流石にそれで信じたのか二人は顔を見合わせて頷く。そして金髪の少女が手を叩くとガシャン! という音と共に突如として巨大な桶が降りてきた。

 

?「はいは~い、この昇降機にお乗りくださーい。旧都までご案内しますってね! あ、そういえばあんたの名前は? 私は地底のアイドル『黒谷(くろたに) ヤマメ』ちゃんだよ!」

 

?「『キスメ』⋯⋯」

 

雪「狐塚 雪だ。よろしく頼む」

 

 そして昇降機(巨大桶)に乗るとそのまま下に降りていく。やはり歩いて行くよりもよっぽど速い。

 

ヤマメ「ねえねえ。そういえば雪は旧都はどんな所か知ってるのかな?」

 

雪「いや、全くだな。最近幻想郷に来たばかりだから家の土地を探すがてら色々な場所を巡ってるだけだ」

 

ヤマメ「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ私が教えてしんぜよう!」

 

 ヤマメはそう言うと得意気に語り出す。

 

 地底⋯⋯もとい旧都は人間に忌み嫌われた妖怪、人付き合いが苦手な妖怪が集まり、独自の社会を築き上げた場所。それ故に地上の妖怪とは永久不可侵の条約を結んでおり、地上に出る、または来る事は御法度となっているそうだ。

 

ヤマメ「って事だから、本当は雪が来るのはいけないんだけど⋯⋯」

 

雪「いや、別に問題ないぞ」

 

こいし「ん~、何で?」

 

雪「それは妖怪同士の条約であって、俺は妖怪じゃないからな」

 

キスメ「⋯⋯屁理屈」

 

雪「どうとでも言うが良いさ」

 

 暫くして一番下まで来ると昇降機を降りる。そしてこいしの案内で先に向かうと一本の橋と、一人の少女が立っていた。

 

こいし「やっほ~パルスィ! 久しぶり~!」

 

?「あら、こいし。久しぶりね。周りの心配も気にせずに放浪する貴方が妬ましいわ」

 

雪「⋯⋯彼女は?」

 

?「あら見ない顔ね。女を(はべ)らせてるなんて、本当妬ましいわ」

 

 そう言った少女はギリギリと爪を噛みながら睨んでくる。何だろうかこの少女は。

 

こいし「このパルパルしてるのは橋姫のパルスィだよ。地上と地底を結ぶこの橋で番人をしているの」

 

 橋姫⋯⋯橋を守る女神か。最も有名なものだと宇治の橋姫が有名だな。他の女に夫を奪われ、その嫉妬心から生きながらに鬼となりその恨みを晴らしたという話だ。しかし⋯⋯

 

雪「パルパル⋯⋯とは?」

 

?「こいし、そのパルパルは止めなさいって言ってるでしょ。そこの白いの、気にしないで。もし少しでも気にしたら妬み殺すわ」

 

雪「殺されるのは勘弁だな。自己紹介しておこう、俺は狐塚 雪だ。お前はパルスィで良いんだな?」

 

?「ええ。『水橋(みずはし) パルスィ』よ。もしかして、貴方が勇儀の言っていた狐?」

 

 おや、勇儀の事を知っているようだ。勇儀の言っていた、という言葉から推測するに勇儀が俺の事を話したのだろうか。

 

雪「ああ。俺の事を知っているのか?」

 

パルスィ「勇儀に無理矢理飲みに付き合わされたときにね。何度も聞かされて耳にタコが出来るくらいよ」

 

雪「そうか、勇儀がな⋯⋯」

 

パルスィ「⋯⋯その幸せそうな顔、凄い妬ましいわ。勇儀ならこの先の旧都で花見でも飲んでると思うわよ。通るなら早く通りなさい」

 

雪「パルスィは一緒に行かないのか? 折角だし少し話をしたいと思ってたんだが」

 

パルスィ「⋯⋯そんな言葉がサラッとでるのが妬ましいわ。良いわよ、着いていってあげる」

 

ヤマメ「あれれ、パルスィが素直なんて珍しい。明日は雪でも降るのかな?」

 

パルスィ「あ゛?」

 

 そしてパルスィと一緒に俺達は先にある旧都とやらに向かう。しかし彼女の言っていた花見とは何だろうか。この地底にも桜があるのか? だが今は夏。桜が咲く季節じゃないだろう。

 

 途中、こいしとヤマメに旧都について説明してもらったがこの地底、というより旧都は地獄が経費削減の為にスリム化を行った際に切り捨てられた、元々は地獄の鬼が住んでいた場所。その場所を妖怪が住み始めたらしい。

 

 中央には灼熱地獄跡と呼ばれる場所があり、そこにはこいしの家である地霊殿があると言う。地霊殿へのアクセスは『旧都の中央に向かうだけ』。成る程、分かりやすい。

 

 暫く歩いて行くと提灯やらが仄明るい街道に出る。上空からは何なのか分からないが桜吹雪の様な結晶片が美しく舞い降りている。

 

雪「美しいな⋯⋯」

 

こいし「でしょー! 今は石桜が舞い散る時期だから一段と綺麗なんだー」

 

 石桜⋯⋯成る程、パルスィの言っていた花見の花はこれの事か。地上の花見とは違う美しさがあるな。

 

 石桜を眺めながら先に進むと、騒がしい旧都の中でも更に騒がしい場所を見つける。

 

勇儀「ほらほら、もっと飲みな!」

 

鬼「ま、待ってくださいよ姐さん! 姐さんのペースに合わせたら俺達が酔い潰れるって!」

 

 すると、その中から懐かしい声が聞こえてくる。俺は自然とその声の方に歩いて行った。

 

こいし「勇儀ー!」

 

勇儀「ん? うわっ!」

 

こいし「勇儀、久しぶり~!」

 

勇儀「おお、こいしじゃないか! 久しぶりだね、最近はどこに行ってたんだい?」

 

ヤマメ「お~、やってるやってる」

 

キスメ「こんにちは⋯⋯」

 

パルスィ「ちょっと勇儀、飲み過ぎじゃないの?」

 

勇儀「おや、何だ何だ勢揃いじゃないか。一体どうし⋯⋯」

 

 勇儀は俺の姿を見ると手に持っていた杯を落としかける。周りの鬼は俺の事を知ってる者と知ってない者で様々だが、知ってる鬼は勇儀と同じ様な反応をしている。

 

雪「勇儀、久しいな」

 

勇儀「雪じゃないか、久しぶりだね! いつ幻想郷に来ていたんだい?」

 

雪「吸血鬼異変の時だな。妖怪の山にいないと聞いてどこに行ったかと思ったが、地底に居たんだな」

 

勇儀「ハハハッ、まあ色々あったのさ。所で雪、一つ提案なんだが⋯⋯」

 

 勇儀はグイと酒を飲み干すと俺の肩に手を乗せる。鬼の力で押さえられたせいでズシリと身体に力が掛かる。

 

勇儀「久しぶりに、ちょっと手合わせしないかい?」

 

雪「⋯⋯断っても無理矢理やろうとするんだろう?」

 

勇儀「ハハハッ! 分かってるじゃないか!」

 

雪「笑い事じゃないんだが⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 俺は勇儀の様子を見ていため息を吐く⋯⋯幽香といい、血の気の多い友人だ。結局、俺と勇儀は手合わせする事となった。

 

 

~白狐戦闘中~

 

 

雪「ハァッ!」

 

勇儀「ぐぅっ⋯⋯!」

 

 俺の放った蹴りが勇儀の腹に直撃する。勇儀は腹を押さえると膝を付く。

 

雪「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯俺の勝ちだな」

 

勇儀「あ~、また負けちまっねぇ⋯⋯」

 

こいし「わ~、雪って強かったんだね!」

 

ヤマメ「⋯⋯もしかして雪ってかなり強い方?」

 

キスメ「勇儀倒したから多分⋯⋯」

 

パルスィ「まったく、周りの迷惑も関係無しに暴れ回るなんて⋯⋯本当妬ましい」

 

雪「ほら」

 

勇儀「ああ、すまないね」

 

 勇儀は俺の手を取ると立ち上がる。ああ、身体中が痛い。手合わせと言ったのに勇儀は手加減の一つもしないから、少し油断して攻撃を受けてしまったな⋯⋯。

 

?「何の騒ぎですか?」

 

 すると、少し気怠そうな声が聞こえてくる。声の方を向くと桃色の癖毛をした⋯⋯こいしと似た眼の様なものがある少女が歩いてきた。

 

こいし「あ、お姉ちゃん!」

 

?「こいし! いつの間に帰ってきたの? 心配したのよ?」

 

こいし「えへへ~、ごめんなさい」

 

 ふむ、こいしの姉か。道理で顔が似てるわけだ。しかしあの眼の様なものは何なのだろうか?

 

?「⋯⋯成る程。勇儀、お客人に少々手荒な真似をした様ですね」

 

勇儀「ハハハッ! これが鬼の流儀だって分かってるだろう、さとり?」

 

雪「さとり⋯⋯」

 

 ⋯⋯もしや彼女らは覚妖怪、なのだろうか。飛騨や美濃の山奥に住まうとされる、人間の心を読む妖怪だ。気まぐれや無意識には弱いとされ、また一部では非常に気弱とされている。

 

?「⋯⋯どうやら私達の事をご存知の様ですね、雪さん」

 

雪「⋯⋯心を読んだのか」

 

?「はい。私は『古明地(こめいじ) さとり』。この地底の管理を任されている覚妖怪です。どうでしょう、我が屋敷で少々お話でも」

 

雪「ふむ⋯⋯」

 

 俺は少し考えると頷く。さとりは少し嬉しそうに微笑むとこいしの手を引いてその屋敷とやらに案内を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 幻想郷巡り 地霊殿

 さとりに案内され、やって来たのは地底の中央に建つ大きな屋敷。どうやらここがさとり達の家、地霊殿の様だ。因みにこいしは先に屋敷の中に向かっていて、既にどこにいるのか分からない。

 

 地底に建っていて日が入らないから建物内は薄暗いと思っていたが、ステンドグラスの様な光る床が敷かれていて辺りが見える程に明るい。

 

雪「暗いと思っていたが⋯⋯随分と明るいんだな」

 

さとり「この床のお陰ですね。蝋燭やランタンよりも安全で、よっぽど明るいんです」

 

 ふむ⋯⋯何の材質で出来ているんだろうか。細かい石で出来ているようだが⋯⋯そういえば石桜も光っていたな。あれは街の明かりが反射していた物だと思っていたが違うのか?

 

?「あ、お帰りなさいさとり様。あれ、後ろにいるのは? 新しいペットですか?」

 

?「うにゅ? さとり様お帰りなさーい」

 

 すると廊下の先から怨霊を引き連れた赤毛の少女と、黒い翼を生やした少女がやって来る。赤毛の少女の頭からは猫耳が生えていてるな。尻尾が二股に分かれているから、種族は猫又だろうか? そして翼の少女は⋯⋯烏の妖怪か? というかペットとはなんだ。

 

さとり「彼女は『火焔猫(かえんびょう) (りん)』と『霊烏路(れいうじ) (うつほ)』です。お燐は火車、お空は地獄鴉です。お燐、この方はお客様の雪さんです」

 

燐「おんや、それは失礼な事を言いましたね。悪いねお客様。あたいはさとり様のペットの燐。お燐って呼んでおくれよ」

 

空「お客様? 私はお空だよ。よろしくね雪ー」

 

雪「ああ、よろしく頼むお燐、お空」

 

 俺は二人と軽く握手を交わす。二人はどうやらこの後仕事の様で、お燐そそくさと荷車を引き、お空はふよふよと飛びながら玄関に向かっていった。二人は何の仕事をしているのだろうか。

 

さとり「お燐は地底にいる怨霊の管理と灼熱地獄の燃料にある死体運びを、お空は灼熱地獄跡の管理を任しています」

 

 すると、頭に浮かんだ疑問を読み取ったのかさとりがお燐の仕事について説明する。そういえばここに来る途中、さとりに灼熱地獄跡の温度調節をしていると言っていたな。

 

雪「しかし、さとりの能力だが疑問を読み取って答えてくれるのはありがたいな」

 

さとり「えっ?」

 

雪「ん? だってそうだろう。心を読んでくれれば言葉にし辛い疑問や悩みを分かってもらえるんだからな」

 

さとり「⋯⋯そう、ですか」

 

 そう言うとさとりは少し顔を暗くする。どうしたのだろうか。もしや地雷を踏んでしまったか。

 

さとり「⋯⋯貴方と早く会っていれば、あの子もあんな事になることは無かったのかもしれませんね」

 

雪「何か言ったか?」

 

さとり「いえ、何も言ってませんよ」

 

雪「そうか? そう言えば話をすると言っていたが、どうするんだ?」

 

さとり「そうですね⋯⋯折角ですし中庭に行きましょうか」

 

 そう言ってさとりは先に進む。中庭もあるとは。外から見て思ったがかなり大きい屋敷の様だな。紅魔館に負けず劣らずの大きさじゃないだろうか。

 

さとり「紅魔館?」

 

雪「ん? ああ、俺が百年程仕えていた館だ。レミリアという吸血鬼の娘がいてな。お前と同じ様に妹がいる。そうだな⋯⋯彼女達も幻想郷に来ている様だし、いつか紹介しようか?」

 

さとり「フフッ、そうですね。機会があったらお願いします」

 

 そんなやり取りをしながら暫く歩くと中庭に出る。そこにはさとりのペットらしい動物が沢山住み着いていた。

 

 猫や犬の様な、ポピュラーなペットからコモドオオトカゲの様な希少な動物まで幅広い⋯⋯どこからコモドオオトカゲを連れてきたのだろうか。

 

雪「この動物達はみんなさとりのペットなのか?」

 

さとり「はい。どうやら雪さんの事が気になっている様ですよ。紅茶飲みますか?」

 

雪「戴く」

 

 俺は中庭に置かれている椅子に座り、さとりは紅茶と茶菓子を用意した。

 

 紅茶を貰うと一口飲む。うん、美味い。上手に淹れてあるな。茶菓子はどこのだろうか。

 

雪「さて、何の話をしようか」

 

さとり「そうですね⋯⋯雪さんは、心を読まれて嫌だと思う事は無いのですか?」

 

雪「心を読まれて? いや、特にそう思う事は無いな」

 

さとり「何故? 自分の知られたく無いことが読まれるかもしれないのですよ?」

 

雪「読まれたく無いものは考えなければ良い。それに自分の心を先読みしてくれれば会話も楽になるだろう」

 

 まあ、知られたくないものを考えないというのは難しいかもしれないがな。だが何を伝えたいのか、そういうのを分かってもらえると誰もが嬉しいものだ。

 

さとり「⋯⋯成る程、それが貴方の考えなのですか。フフッ、優しい方ですね」

 

こいし「そーだねー。みんな心読まれるのは嫌だと思ってたのにねー」

 

 するといつの間にいたのだろうか。こいしが俺の尻尾を弄りながら現れた。何だか尻尾に違和感があると思ったらこいしだったのか。

 

雪「⋯⋯お前は何をしているんだ?」

 

こいし「んー? 雪のふかふかな尻尾を触ってるんだよ? 凄いふわふわの尻尾だねー」

 

さとり「こいし、失礼でしょう? 止めなさい」

 

こいし「は~い。あ、お菓子もらってくね」

 

 こいしは尻尾を触るのを止めると茶菓子を取り、能力でも使ったのか姿を消す。さとりは少し呆れた様に微笑むとこいしの後ろ姿を見ていた。そんな二人のやり取りを一つ疑問が浮かんだ。

 

雪「⋯⋯なあ、何故こいしのその瞳は閉じているんだ?」

 

さとり「っ⋯⋯」

 

 するとその言葉を聞いたさとりの表情が曇る。しまった、聞いてはいけない事を聞いてしまったか。

 

雪「いや、すまない。忘れてくれ」

 

 やってしまった。こういう事に鈍感なのが俺の悪い所だ。反省しなければ。

 

さとり「いえ⋯⋯この際ですが話しますよ。私達は覚妖怪で、心を読むのは知っていますよね」

 

雪「そうだな」

 

さとり「私達はその能力故に人々から嫌われ、時には酷い扱いを受けてきました。私はそういうものだと割り切って生きてきましたが、こいしはそうはなりませんでした」

 

雪「⋯⋯」

 

さとり「こいしは友達が欲しかったのでしょう。人間の子供に近付き、一緒に遊ぼうと何度も近寄って周りの大人から化け物呼ばわりされ⋯⋯そのたびに泣いて帰ってきました」

 

雪「言葉の拒絶と、心の拒絶を同時に受けてしまった訳か。それで、どうなったんだ?」

 

さとり「⋯⋯心を、あのサードアイを閉じたんです。トラウマとなってしまった人の心が、二度と見えない様に⋯⋯」

 

雪「っ⋯⋯」

 

 さとりの話を聞いた俺は言葉を失う。あんな小さな子供が心を閉ざしただと? 

 

さとり「心を閉ざしたこいしは『心を読む程度の能力』と引き換えに『無意識を操る程度の能力』を手に入れました。今では無意識妖怪とも呼ぶべき存在になって、私の能力で心を読むことも出来なくなっています」

 

雪「⋯⋯そう、か」

 

 ⋯⋯こいしが心を閉ざしたのは、恐らく一種の自己防衛だろう。人は大きなトラウマを負うと、それ以上心が傷付かない様に心を閉ざすという。

 

さとり「⋯⋯それに、その原因は私にあります」

 

雪「何?」

 

さとり「人々がこいしを拒絶したのは、私が人の心を読み、トラウマという傷に塩を塗るような真似をしていたから⋯⋯こいしに⋯⋯!」

 

 さとりはそこまで話すと涙をこぼす。どうやらこいしが心を閉じた原因は自分だと考えている様だ。

 

さとり「きっと⋯⋯こいしは私を恨んでいます。覚妖怪という生き方も、人間と友達になるという願いも潰したんですから⋯⋯」

 

雪「⋯⋯それは、こいしの心を読んだからか?」

 

さとり「いえ、私はこいしの心は読めませんから⋯⋯」

 

雪「ふむ⋯⋯もしもお前の事を恨んでいたら、この地霊殿に帰ってこないと思うがな」

 

さとり「え⋯⋯?」

 

 俺の言葉を聞いたさとりはキョトンとした表情を浮かべる。

 

雪「だってそうだろう? 恨んでる奴がいる所に戻ろうと思うか? それに、たった一人の姉なんだ。そうそう嫌いになれる筈ないだろう」

 

 そう言うと俺は椅子を傾けて中庭の出入り口を向き⋯⋯

 

雪「なあ、こいし?」

 

さとり「えっ」

 

 こいしを呼ぶと、いつの間にいたのか入り口近くにこいしが現れる。さとりはこいしの姿を見ると驚いた様な表情を浮かべた。

 

こいし「え、えへへ⋯⋯」

 

さとり「こいし、いつの間に⋯⋯」

 

雪「最初からだな」

 

 さて、何故こいしが居るのが分かったかと言うと、こいしが姿を消した時に出入り口のドアが動かなかったからだ。瞬間移動出来る能力ならともかく、扉を動かさずに部屋から出るのは不可能だからな。

 

雪「さて、俺は一度お暇させてもらおう。姉妹水入らずで話すと良い」

 

 さとり。これはお前がこいしの本心を知る機会だ。ゆっくりと話すと良い。

 

さとり「っ! ⋯⋯雪さん、ありがとうございます。出来たら、中庭近くに空き部屋があるのでそこで待っててもらえますか?」

 

雪「ああ、分かった」

 

 さとりは俺の心を読み、俺が何をさせたいのか察するとこいしを傍に呼ぶ。さて、後は彼女達次第だ。

 

 その後、隣の部屋で待っていると仲良く二人がやって来る。二人とも目が赤いな。泣いていたのか。

 

雪「どうだった⋯⋯いや、聞くまでもないか」

 

さとり「フフッ、そうですね」

 

こいし「えへへ、沢山泣いちゃった」

 

さとり「雪さん、ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、夕飯を一緒にしませんか」

 

雪「ふむ⋯⋯いや、今日は帰らせてもらおう。夕飯はまた今度、機会があったら頼む。今日は家族で過ごすと良い」

 

さとり「そうですか⋯⋯分かりました。では、玄関まで送りますよ」

 

雪「頼む」

 

 そうして玄関まで送ってもらった俺はさとり達と別れると地上に出る。どうやらかなりの時間が経っていたらしく、辺りは真っ暗で夜空が広がっていた。

 

 地底はよっぽど暑かったんだろう。夜風が涼しいな。

 

紫「⋯⋯地底に言っていたのね」

 

雪「紫か」

 

 するとスキマが開き、そこから紫が顔を出す。少し不機嫌そうなのは何故だろうか。

 

紫「⋯⋯地上と地底は永久不可侵の筈なのだけど?」

 

雪「さあ、聞いてないな。初耳だ」

 

 そうはぐらかすと紫は更に不機嫌になる。だが聞いてないのは事実だ。永久不可侵の話はヤマメから聞いたからな。

 

雪「それに妖怪の永久不可侵だろう? 俺は妖怪じゃないからノーカンだ」

 

紫「知ってるじゃないの! それにそれは屁理屈でしょ!?」

 

雪「まあ良いじゃないか。帰ろうじゃないか」

 

紫「⋯⋯土地探しより幻想郷巡りが目的になってない?」

 

雪「気のせいだろう」

 

 そう言うと紫はため息を吐いてスキマに消えていく。俺は次はどこに行くか、そんな事を考えながらスキマの中に入っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 幻想郷巡り 紅魔館

雪「おお、見えてきたな」

 

 妖怪の山と地底に向かった翌日。俺はまた妖怪の山方面に飛んでいた。先には妖怪の山の麓にある、霧が掛かった巨大な湖と、特に目立つ真っ赤な館が見えている。

 

 ここは霧の湖。昼間になると深い霧で包まれる視界の悪い湖。ここには妖精や妖怪が集まりやすい。何故昼間に霧が出るのかは分かってないらしい。

 

 そしてその近くにある紅い館⋯⋯紅魔館。まだ噂にはなっていないが、恐らく数ヶ月も経てば幻想郷中に広まるだろう。

 

雪「よっ、と⋯⋯」

 

 俺は館の前に降り立つ。すぐ目の前には重々しい門があり、久しい⋯⋯という程久しくもないが、見知った寝顔を見つける。

 

雪「⋯⋯」

 

美鈴「ぐー⋯⋯」

 

雪「おい、起きろ」

 

美鈴「ふぁっ!? ね、寝てませんよ咲夜さん⋯⋯って、あれ?」

 

雪「数日ぶりだな、美鈴」

 

 美鈴を起こし、声を掛ける。美鈴はキョロキョロと辺りを見渡したが、俺の姿を見るとポカンとした表情になった。

 

美鈴「え⋯⋯? 雪、さん?」

 

雪「ああ」

 

美鈴「⋯⋯雪さぁあああん! 生きてたなら何ですぐ帰ってきてくれなかったんですかぁああ!」

 

雪「うおっ!?」

 

 美鈴は大声を上げると肩を掴んでガクガクと揺らす。なんだなんだ。一体何があったんだ。

 

雪「落ち着け美鈴。一体どうしたんだ」

 

美鈴「どうしたも何も、雪さんが死んだと思って妹様が暴れたんですよ! 落ち着かせるまで凄く大変だったんですからね!」

 

 ふむ、そんな事があったのか。もしやまた地下室に引き籠もってるんじゃないだろうな。他のみんなも心配だ。だが既に部外者である俺が館に⋯⋯いや、そんな事を言ってる暇じゃないな。

 

雪「美鈴、悪いが門を開けてくれないか。怒られたら後で俺が弁解してやるから。頼む」

 

美鈴「は、はい! どうぞ!」

 

 美鈴はパアッと表情を明るくすると門を開く。俺は美鈴に礼をすると紅魔館の中に入っていった。

 

 

~白狐移動中~

 

 

妖精メイド「侵入者待てー!」

 

雪「どうしてこうなった」

 

 紅魔館に入り、地下室に向かう階段がある大図書館に向かおうとしたらメイド服の妖精に襲われた。何だコイツらは。レミリアが霧の湖に住む妖精でも雇ったのだろうか。

 

雪「まったく、美鈴も教えてくれれば良いものを⋯⋯」

 

 俺は妖精メイドに幻術を掛け、コイツらが混乱している内に大図書館へ向かう。だが、また咲夜の能力で空間を弄ったんだろう。外観よりよっぽど広い。というかここはどこだ。

 

雪「⋯⋯迷ったな」

 

 建物の中で迷うなんて創作物の中だけの話だと思っていたが⋯⋯いや、まさか自分で体験するとは。

 

咲夜「お久しぶりです」

 

雪「おお、咲夜か」

 

 すると後ろから声を掛けられ、振り向くと咲夜が立っていた。

 

雪「久しいな」

 

咲夜「はい、本当に⋯⋯再会の余韻を楽しみたい所ですが、お嬢様がお呼びです」

 

雪「レミリアが? 俺はフランの所に行こうとしたんだが⋯⋯」

 

咲夜「お願いします」

 

 ⋯⋯まあ、一度レミリアの話を聞いてからが良いか。ある程度事情を知ってからの方が後々楽だろう。

 

雪「分かった。案内してくれ」

 

咲夜「はい。では失礼して⋯⋯」

 

 咲夜がそう言った瞬間、紅魔館の廊下からレミリアの部屋の扉の前に出る。恐らく咲夜が時間を止め、俺を移動させたのだろう。

 

咲夜「お嬢様はこの先です。それでは私は失礼します」

 

雪「ああ、分かった」

 

 そして咲夜は消え、俺は扉をノックする⋯⋯返事がない。もう一度⋯⋯やはり返事がない。

 

雪「⋯⋯レミリア。雪だが」

 

レミリア「⋯⋯うー」

 

 ああ、これはダメだな。俺はため息を吐くと扉を開けて部屋に入る。その中には⋯⋯

 

レミリア「うー」

 

 いつものカリスマはどこへやら。机に突っ伏し「うー」とよく分からん言葉を言っているレミリアがいた。

 

 これはアレだな。俺が執事をしていた時もあったが忙しい事が立て続けに起きたり、カリスマという見栄をずっと張っている反動で起きる現象だな。カリスマブレイクと名付けよう。

 

 と、そんな事はどうでも良い。まずはレミリアを何とかしなければ。

 

雪「おい、大丈夫⋯⋯じゃないな」

 

レミリア「ええ。大丈夫じゃないわ」

 

雪「それで、俺を呼び出した理由は?」

 

レミリア「フランを宥めて欲しいの。あの子、雪が居なくなってからずっと塞ぎ込んでてね。今じゃ食事も殆ど食べない始末よ。私も何度か宥めようとしたんだけど⋯⋯」

 

 やはりか。しかし飯を食べないとは、心配だな。衰弱もしているだろう。すぐに向かわなければ。

 

雪「分かった。しかし地下室のある大図書館にはどうやって行けば良いんだ? 内装が変わっていて迷ってしまうんだが」

 

レミリア「この部屋を出て右に真っ直ぐ。突き当たりを左に進めば大図書館よ。図書館も改造されて入り組んでるからパチュリーに案内してもらって」

 

雪「分かった。早速行ってくる」

 

レミリア「ええ、お願い」

 

 俺は部屋を出るとレミリアに言われた通りの道順を進む。暫くすると見慣れた大図書館の扉を見つけ、俺はそれを開き中に入る。

 

雪「⋯⋯また本が増えてないか?」

 

 俺の記憶よりも本棚が多い気がする。前々から時折本が増えてるなと思った事はあるが⋯⋯。

 

パチュリー「私が増やしてるのよ。自分が書いた魔導書とか、そういうのをね」

 

 すると待っていたのかパチュリーが話し掛けてくる。元々顔色は優れていなかったが、やはり疲れている様子だ。

 

パチュリー「久し振りね。一週間かそこらかしら?」

 

雪「ああ、無事な様で何よりだ。小悪魔は?」

 

パチュリー「妹様が暴れたせいで傷付いた本を集めてもらってるわ。結構酷く暴れたから、ちょっとね」

 

雪「そうか⋯⋯また時間があったら手伝いに来よう。悪いがフランのいる地下室を教えてくれないか?」

 

パチュリー「分かってるわ。こっちよ」

 

 パチュリーが地下室に向かうので彼女に着いていく。レミリアが言っていた通り図書館も改造されているのか、俺の記憶と少々違う様だ。

 

 暫く進むと地下への階段が見える。この先は変わってないのだろうか。

 

パチュリー「私の案内はここまで。この先は貴方に任せたわよ」

 

雪「ああ。ただ、フランの様子はどんな感じか聞いて良いか?」

 

パチュリー「かなり塞ぎ込んでるわね。妹様の精神は今かなり不安定よ。下手な事を言ったら⋯⋯」

 

雪「⋯⋯分かった。行ってくる」

 

 俺は地下室への階段を降りる。中は薄暗く、酷く空気が淀んでいる。

 

 そして一番下まで降りてくると、目の前に見慣れた鉄の扉が見える。俺はその扉を開け、中に入る。

 

フラン「⋯⋯誰?」

 

 部屋の中には辺りに縫いぐるみが散乱し、壁や床に傷が付いている。そしてベッドにはフランが座り込んでいる。

 

フラン「誰だか知らないけど、出てって⋯⋯今は誰にも会いたくない⋯⋯」

 

 フランはこちらを見ることもなく拒絶する。確かにこれは酷いな。だがこうなる程に彼女に懐かれているのだと思うと、何とも複雑な感情を抱く。

 

 俺はそんな事を一瞬考え、部屋の中に一歩踏み入る。するとフランは魔法弾を一発、こちらに放ってきた。

 

フラン「出てって。誰とも話したくないって言ったでしょ⋯⋯出て行かないなら、容赦しないわ」

 

雪「それは出来ない。俺は頼まれてここに来ているんだからな」

 

フラン「えっ⋯⋯」

 

 フランは振り向き、俺の姿を見るとポカンとした表情を見せる。そしてすぐに俺の元に、足を縺れさせながらも走るとそのまま抱き付いてきた。

 

雪「おっと」

 

フラン「雪!? 雪なの? 本当に?」

 

雪「ああ。悪かったな、寂しい思いをさせて」

 

フラン「うぅ⋯⋯うわぁああああん!!」

 

 フランは俺に強く抱き付くと大声で泣く。俺はフランが泣き止むまで、優しく頭を撫でていた。

 

 

─────

 

 

雪「落ち着いたか?」

 

フラン「ん⋯⋯」

 

 フランは泣き腫らした目を拭きながら俺にもたれ掛かる。

 

フラン「⋯⋯死んじゃったかと思ってた」

 

雪「⋯⋯すまないな、すぐに会いに行けなくて。色々と忙しかったんだ」

 

フラン「ん⋯⋯じゃあ今日は一緒にいて?」

 

雪「ああ、分かった」

 

フラン「えへへ、やった♪」

 

 俺が頷くとフランは嬉しそうに笑う。するとフランの腹が鳴り、彼女は少し頬を赤らめた。

 

フラン「⋯⋯泣いたらお腹空いちゃったわ。雪、何か食べに行こ?」

 

雪「ああ。ただアイツらに謝ってからだ。心配していたぞ?」

 

フラン「は~い⋯⋯抱っこして?」

 

雪「分かった分かった」

 

 俺はフランを抱き上げると部屋を出る。さて、間接的には言えども迷惑を掛けたのだからフランと一緒に俺も謝らなければな。

 

 その後、俺はフランと一緒にみんなに謝り、結局今日一日はフランにせがまれて紅魔館で過ごすこととなった。これはフランが癇癪を起こすから定期的に紅魔館に来なければならないかもしれないな。まったく、嬉しいのか何なのか⋯⋯複雑な気分だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 幻想郷巡り 魔法の森

雪「⋯⋯空気が悪いな」

 

 ここは魔法の森。まるで原生林かの様に湿度が高く、化け物茸による胞子が混じった瘴気が漂う森だ。

 

 この瘴気のせいで人間が踏み入ればすぐに体調を崩すらしい。しかも妖怪にも居心地が悪いから、妖怪すら踏み入れないときた。

 

 俺には何の影響もないみたいだが、こんな空気の悪い場所に住みたくはないな。だが一応見ていこう。そう思って先に進もうとすると

 

?「わっ!」

 

雪「おっと」

 

 後ろから誰かがぶつかる。誰だと思い振り返ると、咲夜くらいの金髪の少女が尻餅をついていた。その背中には大量の荷物を背負っている。

 

?「イテテ⋯⋯おい、危ないだろ!」

 

雪「悪い。大丈夫か?」

 

 俺は少女に手を差し出す。少女は俺の手を取り立ち上がると、服に付いた埃を払った。

 

?「まったく⋯⋯アンタ、こんな所で突っ立って何してるんだ? ここに住んでる奴じゃないだろ?」

 

雪「ん、ああ。家の土地を探しがてら幻想郷を巡っていてな。それでここに来たんだが⋯⋯と、悪い。名乗ってなかったな。俺は狐塚 雪だ」

 

?「私は『霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)』。普通の魔法使い⋯⋯に、なる予定の人間だ!」

 

 魔理沙はそう言って胸を張る。ふむ、魔法使いか。だが人間と言ってる辺り純粋な魔法使いではないのだろう。

 

 パチュリーから聞いたのだが、魔法使いになる為には捨虫の術と捨食の術とやらを使うらしい。捨虫は不老となり、捨食は食事と睡眠を取る必要が無くなるとの事だ。別に使わなくても良いが、魔法習得には普通の寿命では足りないとの事だ。

 

魔理沙「家の土地を探してるって言ったか? 魔法使いになるつもりが無いならここは止めといた方が良いぜ?」

 

雪「ああ。ここは俺も止めようと思ってた所だ。空気が悪いのでな」

 

魔理沙「そっか。っと、急がなきゃならないんだった!」

 

 魔理沙はそう言うと魔法の森に入っていく。だが荷物が多く足取りが覚束ない。背負っている荷物からはポロポロと物を落としている。

 

雪「魔理沙、荷物を運ぶのを手伝おう」

 

魔理沙「そうか? 助かるんだぜ」

 

 俺は魔理沙から荷物を受け取ると魔法の森に入っていく。暫く歩くと大きな看板が掛かった建物が見えてきた。

 

 看板には『香霖堂』とあって、店周辺には『止まれ』の標識やら少しボロいベンチやら、信楽焼の狸やらが置かれている。

 

 どうやら外の世界の物が置かれている様だがどうしてこんな物が⋯⋯そういえば魔法の森近くに無縁塚と呼ばれる場所があるらしいな。そこに外の世界の物が流れ着くとか⋯⋯そこから拾ってきているのか?

 

魔理沙「香霖、お邪魔するぜー!」

 

?「ああ、いらっしゃい魔理沙⋯⋯と、そこの彼は?」

 

 魔理沙がズカズカと店内に入ったのでそれに続くと、奥の方に銀髪で眼鏡を掛けた男性が座っている。

 

?「僕は『森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)』。ここ、香霖堂の半妖店主だよ」

 

雪「狐塚 雪だ。ここには外の世界の物が多い様だが」

 

霖之助「ここは何でも揃う道具屋だからね。普通の道具から魔道具、冥界の道具、外の道具⋯⋯道具なら何でも扱う店さ。まあ、基本的に拾い物だけどね」

 

雪「ほう⋯⋯」

 

魔理沙「香霖! また色々と拾ってきたぜ!」

 

 魔理沙は背負っている荷物を霖之助の前に広げる。何の荷物かと思っていたがここに置く売り物だったのか。

 

 魔理沙と霖之助がやり取りをしている間、俺は店内を物色する。成る程、確かに色々な道具が揃っている。だが値札が付いてないのは何故だろうか。

 

雪「うん? これは⋯⋯」

 

 すると無造作に積まれていたガラクタ⋯⋯商品もといの中から一つ気になる物を見つける。黒い金属の塊。形は“く”の字に曲がっている。持ち手には引き金の様な物が付いている。

 

雪「⋯⋯銃まであるのか」

 

 典型的な拳銃⋯⋯警察が使うニューナンブの様な銃の様だ。警察銃は殺傷力が最低まで下げられているが、それでも危険な代物だろう。どうやら弾丸まで入っている様で、五発入る弾倉の中に四発入っている。

 

霖之助「おや、何か気になる物があったのかい?」

 

 すると魔理沙とのやり取りが終わったのか霖之助が話し掛けてくる。

 

雪「い、いや。所で霖之助は外の道具の知識があるのか? 色々と置かれているが」

 

霖之助「ああ、僕は『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っているからね。ただどう使うのかは分からないけど」

 

魔理沙「因みに香霖は道具とかも作れるんだぜ! このミニ八卦路も香霖が作ったんだ!」

 

 そう言って魔理沙は八角形の小さな道具を取り出す。何でも魔理沙を心配した霖之助が渡したマジックアイテムで、山一つを焼き払う火から小さなとろ火まで火力調整が可能な道具の様だ。

 

 霖之助はどうやらマジックアイテムの作成技術や魔術的な知識、特殊な金属をも難なく加工する冶金技術他色々と出来るらしいな。

 

 それと二人の関係について気になったのだが、どうやら霖之助は魔理沙の父親が経営する道具屋で修行していたらしい。魔理沙は赤子の頃から知っているとの事だ。

 

 それにしても道具が作れるのか⋯⋯よし。

 

雪「なあ霖之助。一つ頼み事があるのだが⋯⋯俺は今家の土地を探していてな。後々家具が必要になるのだが⋯⋯」

 

霖之助「それを作って欲しいって? 構わないけど、それなりに値は張るよ?」

 

雪「勿論相応の金は払う。後は⋯⋯これでも外の道具を扱えるのでな。気になる道具の使用方法を教えよう。どうだ?」

 

霖之助「そういう事なら」

 

 その後、魔理沙にちょっかいを掛けられながらも霖之助と多少の話し合いをした後店を出る。かなり有意義な話し合いが出来た。家を建てるのがまた一層楽しみになったな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 マイホームと博麗神社

 魔法の森に行ってから数カ月。俺は今、人里から少し離れた丘にいる。というのも⋯⋯

 

雪「要望通りの家を造ってくれるとは。素晴らしい腕前をお持ちだ」

 

大工「へっ! この道何十年の俺らに掛かりゃあこんなもんでさぁ!」

 

 人里の大工に頼み、遂に自分の家を作って貰ったんだ。と言っても一人暮らしの家なのだからそんなに大きくはない。だが大人一人が住むには十分の平屋だ。

 

 そして大工達を人里まで見送ると、俺は早速家の中に霖之助に作って貰った家具や人里で買ってきた物を入れていく。因みにこの家具は家の完成が分かった日から少しずつ持ってきた物だ。どうやら劣化防止の魔法を掛けてくれている様で、かなり長い間使っても問題ないらしい。まあ、それなりに値は張ったが⋯⋯。

 

雪「⋯⋯こんなものか」

 

 家具を置き終わった俺は縁側に行く。家の周りは柵で囲まれていて、縁側には多少の庭もある。ここには何か植えるとしようか。

 

紫「へぇ、ここが雪の家なのね。結構良いじゃない」

 

 するといつの間にか俺の後ろにスキマが開いており、そこから紫と藍、橙が出てきた。橙の手には饅頭らしき菓子の箱がある。

 

雪「不法侵入だぞ」

 

紫「まあまあ、お菓子も持ってきたし良いでしょ?」

 

藍「すまないな雪。詫びとしてはなんだが饅頭を持ってきた」

 

橙「雪しゃま、お饅頭です。どうぞ!」

 

雪「ありがとう。まったく、お前の式神はしっかりしているのに主のお前がそんな調子でどうする?」

 

紫「これが私のスタイルなのよ」

 

 俺は紫の調子にため息を吐くと、適当に座ってもらって台所から買ってきたばかりのお茶を淹れる。橙は猫舌だから温めの茶だ。

 

雪「で、今日はどうした?」

 

紫「雪の家が出来たって聞いてお祝いに来ただけよ。後は、貴方に行ってもらいたい場所があってね」

 

雪「行ってもらいたい場所?」

 

 紫に聞き返すと彼女は頷く。ふむ、もう殆どの場所は巡ったと思うが⋯⋯一体どこなのだろうか?

 

紫「確か地図持ってたでしょ? 出してくれるかしら」

 

雪「分かった」

 

 俺は近くにある小物入れから地図を取り出し、卓袱台に広げる。すると紫は地図の一カ所にスキマから取り出した筆で丸を付ける。

 

紫「また今度、近い内に時間があったらここに来て頂戴。貴方に説明する事があるの」

 

雪「ふむ⋯⋯分かった。では明日の昼、一四時頃に行くとする」

 

紫「明日の一四時ね。じゃ、頼むわよ」

 

 そう言って紫は家を出て行く⋯⋯と、思いきや暢気にお茶を飲み饅頭を食っている。どうやら暫くゆっくりしていく様だな。

 

雪「⋯⋯折角だ、昼飯を食べていくか?」

 

紫「あら、良いの? じゃあご馳走になっていくわ」

 

藍「雪、何か手伝おうか?」

 

雪「いや、座っててくれ。そんなに手間も掛からないからな」

 

 そうして俺は台所に行くと昼飯を作る。あり合わせの物で作ったのだが、どうやら好評だった様だな。

 

 その翌日⋯⋯約束していた時間に、俺は地図を見ながら紫の言っていた場所までやって来ていた。どうやら小さな山の上に立っている様で、無駄に長い階段があったが⋯⋯まあ、律儀に上る必要も無い。いつも通りの飛行法で飛んできた。

 

 そして山の頂上にやってくると、どうやら神社の様で『博麗』とある朱の鳥居と、石畳の向こうには社が見える。社の前には紫と、もう一人⋯⋯咲夜や魔理沙と同じくらいの少女が立っていた。

 

紫「あら、来たようね」

 

?「この人が⋯⋯」

 

雪「遅くなったな。紫、その子は?」

 

紫「紹介するわね。この子は『博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)』。幻想郷と外界を隔てる博麗大結界を見守る役目を持つ、博麗の巫女よ」

 

 博麗の巫女⋯⋯初めて聞いたな。幻想郷の結界を見守る役目か。確かに結界が無くなれば一大事所の話じゃない。常に監視する役目も必要と言うことだろう。

 

雪「霊夢か。俺は狐塚 雪だ。よろしく頼む」

 

霊夢「アンタが雪ね。紫がよく貴方の事を話してるわよ。愚痴が主だけどね」

 

雪「⋯⋯紫?」

 

紫「れ、霊夢! 何を変な事を言ってるの!」

 

 ⋯⋯まあ、良い。俺も愚痴を言われない生き方はしてないからな。愚痴の一つや二つはしょうがない。

 

雪「それで俺を呼んだのは何故だ? 霊夢に会わせるだけじゃないんだろう?」

 

紫「ええ、勿論よ。今回はこの間話していた、妖怪の無気力化を防ぐための『遊び』の試用をしたいの」

 

雪「遊び⋯⋯?」

 

霊夢「はい、コレ」

 

 すると霊夢が一枚の紙を手渡してくる。どうやら紫の言った『遊び』とやらの概要をまとめたものらしい。

 

 遊びの名称は“スペルカードルール”。力持つ妖怪や神が過剰な力で戦えば、幻想郷が崩壊する恐れがあり、しかし闘争のない世界では妖怪はその力を失ってしまう。

 

 そこで霊夢と紫が考えたのが、擬似的に命をかけた戦いができ、同時に持ち得る力を衰えさせない為の、この遊びだ。

 

 これにより、もしまた外界から新たに力のある妖怪が現れたとしても、力で捻じ伏せられるということが無くなるとの事だ。

 

 他にも色々とルールが書かれている。一通り目は通したが、確かにこれなら人間と妖怪が対等になり、更に遊戯特有の遊び心も追加出来るだろう。ルールが明確に決まってる辺り、スポーツに近いだろうか?

 

雪「⋯⋯一応目は通したが、試用と言っていたが実際にやるのか?」

 

霊夢「ええ。私とアンタでね」

 

雪「⋯⋯紫でも良いんじゃないか?」

 

紫「私はルールに穴が無いか等の確認をするから、霊夢と雪にやってもらいたいのよ。今詳しく知ってるのは私と霊夢だけだからね」

 

雪「分かった。だがこのスペルカードというのは?」

 

霊夢「これの事ね。はい、取り敢えず三枚程渡しておくわ」

 

 すると霊夢は三枚の札の様な物を渡してくる。スペルカードと名が付けられているくらいだから何か特別な力でもあるのかと思ったが、変哲の無い紙の様だな。

 

雪「これは? ただの紙の様だが」

 

霊夢「ええ。ただの紙よ。あらかじめ技の名前と技名を体現した技を幾つか考えておくの。で、技名を契約書形式にその紙に記すの。ま、このスペルカードに記したもの以外は遊びに使わない、って事ね。逆に言えばその紙に記せばどんなものでも使えるのよ」

 

紫「でも完全な実力主義は否定する、とルールにあるから絶対に避けられないスペルカードは作っちゃだめよ? あと、美しさを重視することね」

 

 ふむ、このスペルカードルール理念というものか。

 

・一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

・一つ、人間が異変を解決し易くする。

・一つ、完全な実力主義を否定する。

・一つ、美しさと思念に勝るものなし。

 

雪「取り敢えず、最強のスペルカードではなく美しいスペルカードを作れば良いんだな?」

 

紫「そういう事ね。さ、早く三枚作って頂戴」

 

雪「そう急かすな。少し時間をくれ」

 

 俺は紫に急かされながらも、何とか三枚のスペルカードを記す。その後、実戦での簡単な説明を受けた。

 

 攻撃はスペルカードで行い、カードを使用するときは「カード宣言」を必要とする。攻撃を全て攻略⋯⋯つまり回避された場合は負けとなる。

 

 他のルールとしては

 

・意味の無い攻撃はしてはいけない。

・事前に使用回数を宣言をする。

・このルールで戦い、負けた場合はちゃんと認める。余力があってもスペルカードルール以外の別の方法で倒してはいけない。

 

 ⋯⋯だそうだ。取り敢えずやってみれば分かるな。

 

紫「まあ今回はお試しって事で、カードの回数はそれぞれ三回。相手が再起不能にならない程度の戦いをお願いね」

 

雪「分かった。それでは始めようか、霊夢」

 

霊夢「ええ。よろしく」

 

 俺と霊夢は少し離れ、立体的な戦いが出来る様にと宙に浮く。そして紫が手を上げ⋯⋯

 

紫「それじゃあ⋯⋯始め!」

 

 振り下ろすと同時に、スペルカードルールに乗っ取った決闘がスタートした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 弾幕ごっこ

雪「さて、始まったは良いが⋯⋯」

 

霊夢「取り敢えずスペルカードを使ってみて」

 

雪「分かった。確か宣言をしてから放つんだったな」

 

 俺は三枚の内、一枚のカードを取り出すとそれを手に取り⋯⋯

 

雪「狐符『雪に狐火ゆらゆらと』」

 

 スペルカードを宣言。上空に大量の白い弾幕と狐火を作り出してそれを降らせる。弾幕は小さくあまり弾速も出していないから避けるのは安易の筈だ。それなりの量と密度があるがな。

 

 因みに白い弾幕は俺の霊力を固めたものだ。昔幽香が放っていた妖力弾と同じ様なものだな。ちょくちょく練習してきたお陰でそれなりの量を出せる様になった。

 

霊夢「これで貴方は三枚の内、一枚目を使用したから残り二枚。それで私はこの弾幕を攻略するの」

 

 そう言って霊夢は弾幕を避けていく。ふむ、やはり安易に避けられるか。まあ飽くまで遊びだしこの程度のもので良いだろう。見た目も、白と青が降り注ぐこの風景は悪くないと思う。

 

 暫くすると弾幕が全て降り注ぎ、スペルカードが終了する。

 

霊夢「それじゃ、次は私ね。別に交互にカードを使うルールは無いけどね」

 

 そう言って霊夢はスペルカードを取り出すと

 

霊夢「霊符『夢想封印』!」

 

 宣言して弾幕を放つ。色とりどりの弾幕は俺目掛けて飛んできた。それを避けると、通り過ぎていった弾幕は地面に接触と同時に炸裂する。

 

 何かに当たると炸裂する弾幕を相手目掛けて放つスペルカードか。色とりどりの弾幕も美しい。弾速もそれなりに速いな。

 

雪「まあ、避けられない程ではないか」

 

 俺はそう呟くと弾幕を避けていく。俺目掛けて放たれると言ってもどうやら誘導性は殆ど無いようで、横に移動するだけである程度回避可能だ。

 

 暫くしてスペルカードの効果が終わり、弾幕が終わる。ふむ⋯⋯これはスペルカード以外にも何か攻撃方法が必要じゃないか? それかスペルカードの攻撃性を上げた方が良いだろう。

 

雪「まあ、今はこれを終わらせよう。白符『穢れなき雪色の純情』」

 

霊夢「っ!」

 

 俺は霊夢に接近すると二枚目のスペルカードを使用。白い弾幕を俺を中心に渦巻く様に放つ。霊夢は渦巻く弾幕の中を、流れに抗わず同じ方向に飛んで器用に避ける。

 

雪「弾幕の渦から出なくて良いのか?」

 

霊夢「それはどういう⋯⋯」

 

 霊夢が何か言おうとした瞬間、弾幕が急停止する。霊夢は弾幕に当たらなかったか。中々の反応速度を持ってる様だな。

 

 そんな風に感心していると、弾幕は全てレーザーとなり湾曲しながら霊夢を追う。するとレーザーの何発かが霊夢に当たった。

 

霊夢「っ!」

 

雪「おお、当たったな」

 

霊夢「くっ⋯⋯夢符『封魔陣』!」

 

 霊夢が二枚目のスペルカード、夢符『封魔陣』を発動する。無数の札が周りに現れると俺をその場に閉じ込め、動きを封じた。

 

雪「ふむ、こんなスペルカードも作れるのか」

 

霊夢「随分と余裕ね⋯⋯これで私のスペルカードは終わりよ。霊符『夢想封印 集』!」

 

 そして霊夢は最後のスペルカードを放つ。無数の札が放たれたと思うと、札は弾幕に変わり一拍おいて俺に目掛けて飛んでくる。

 

雪「俺も最後のスペルカードを使うか。直伝『マスタースパーク』」

 

 俺は最後のスペルカードを発動する。指先を霊夢に向けると霊力を溜め、マスタースパークとして放つ。マスタースパークは札と弾幕を消し飛ばしながら霊夢に迫る。

 

霊夢「なっ! うぐっ⋯⋯!」

 

 マスタースパークは霊夢を吹き飛ばし空に消えていく。霊夢はそのまま地面に落下していく。しまった、やり過ぎたか。

 

雪「おっと」

 

 俺は霊夢の落下地点まで飛ぶと優しく受け止める。霊夢はどうやら気絶している様だな。威力が高すぎたか。

 

紫「雪、霊夢は大丈夫なの?」

 

雪「ああ。気絶してるが目立った傷は無い。すまん、威力が高すぎた」

 

紫「相手が再起不能にならない程度にって言ったのに⋯⋯まったく。謝るなら霊夢に言いなさい。取り敢えず霊夢が起きるまでやってみた感想をお願い」

 

雪「ああ。その前に布団を持ってきてくれないか?」

 

 そう言って紫が持ってきた布団に霊夢を寝かせるとスペルカードルールをやってみての感想、提案を話す。

 

紫「スペルカード以外の攻撃方法、ねぇ⋯⋯」

 

雪「スペルカードだけだと、全て攻略された時点で負けか引き分けが決まるだろう? スペルカードはそのままに、ある程度自由に戦えた方が良いと思うんだが」

 

紫「例えば?」

 

雪「攻撃方法は弾幕等々。必殺技の様なものでスペルカード。勝利条件は相手が負けを認めるか戦闘不能になるまで。といった具合にすれば良いんじゃないか?」

 

紫「成る程ね。じゃ、霊夢が起きたら話し合ってみましょ」

 

 その後霊夢が起きてから三人で話し合った結果、この案が採用された。これはスペルカードルール、通称“弾幕ごっこ”として幻想郷中に知られる事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 幻想郷を巡り、そして

 スペルカードルール⋯⋯もとい弾幕ごっこをやった日から数日。その夜、俺は実家の縁側で月見酒をしていた。

 

雪「⋯⋯」

 

紫「あら、月見酒?」

 

雪「紫か。一体なんだ?」

 

 するとスキマが開き、そこから紫が出てきた。紫は俺の隣に座ると何処から出したのか、御猪口に俺の酒を注いだ。

 

雪「おい。その酒は⋯⋯」

 

紫「あら、分けてくれないの? ケチねぇ」

 

 そう言って紫は酒を飲む。だがすぐに顔を真っ赤にして咳き込み始めた。

 

紫「ケホッ、ケホッ! 何このお酒、凄い辛いじゃないっ!?」

 

雪「鬼の造った鬼殺しだからな。今水を持ってくる」

 

 この酒、地底から帰るときに勇儀から貰った酒なんだが⋯⋯鬼殺しと名付けられているだけあって相当辛く度数の高い酒となっている。人間の造った酒に飲み慣れている者にとってはかなりキツいだろう。

 

紫「良くこんなの飲めるわね⋯⋯」

 

雪「昔飲んだし、酒には強いからな。まあ俺も偶にしか飲まないが。ほら水だ」

 

 紫は俺が持ってきた水を飲むと一息つく。そしてスキマから別の酒を出すと御猪口に注いだ。

 

雪「⋯⋯自分の酒があるじゃないか」

 

紫「気にしないの。細かい男は嫌われるわよ?」

 

雪「はぁ⋯⋯で、何の用でここに来た?」

 

紫「別に用は無いわよ?」

 

雪「は?」

 

紫「嫌ね、冗談に決まってるじゃない。ちょっとした報告よ」

 

 そう言って紫は御猪口に残っていた酒を飲み干し、スキマにそれらを仕舞う。

 

紫「⋯⋯貴方と一緒に来た吸血鬼の娘がいるでしょう?」

 

雪「レミリアの事か?」

 

紫「ええ。その子に、今度異変を起こして貰う様に頼んだの」

 

雪「は?」

 

 紫は何を言っているんだ。まだ吸血鬼異変の傷が癒えていないだろうに。

 

雪「何が目的なんだ?」

 

紫「スペルカードルールを手っ取り早く広める為、かしら。あと彼女達の存在も幻想郷中に知ってもらう為よ」

 

雪「⋯⋯そうか」

 

紫「気に入らない?」

 

雪「⋯⋯いや、文句は言わん。しょうがない所もあるだろう」

 

 レミリア達を利用するといった点は気に入らないが、スペルカードルールを広める為には、紫も言ったがそれが手っ取り早いだろう。それが広まれば無駄な殺し合いも無くなる筈だろうからな。

 

紫「あと、貴方にお願いがあるのよ」

 

雪「お願い?」

 

紫「ええ。霊夢は博麗の巫女なのは知ってるでしょう? 巫女は大結界を見守る役目と共に異変を解決する役目もあるの」

 

雪「つまりレミリアの異変解決の為に霊夢が向かうと?」

 

紫「ええ。それで⋯⋯今回の異変はスペルカードルールを導入して初めての異変。霊夢も今回の様な形には慣れていないわ。だから⋯⋯」

 

雪「⋯⋯様子を見て、場合によっては助けろという事か?」

 

紫「そういう事よ」

 

 ふむ⋯⋯まあ、紫も霊夢の事が心配なのだろう。そんなに心配なのなら自分で行けば良いじゃないかと思わないでもないが⋯⋯。

 

雪「分かった。任せておけ」

 

紫「ありがとう。それじゃ、よろしく頼むわね」

 

 そうして紫はスキマに入り、消えていく。俺も酒を片付けると歯を磨いて床に就いた。

 

 

─────

 

 

雪「む⋯⋯」

 

 ふと、妙な感覚がして目を覚ます。辺りは俺の家ではなく、果てまでもが真っ白な謎の空間だった。

 

雪「ここは⋯⋯」

 

焔「よう、お目覚めかい?」

 

 すると背後から焔が話しかけてきた。取り敢えず立ち上がり振り向くと、そこには座布団に座り茶を飲んでいる焔がいた。

 

雪「焔か。何の用だ」

 

焔「おいおい、百数年ぶりの再会だぜ? 早速用事を聞くとか常識ねえのかよ」

 

雪「再会を喜ぶ程の仲じゃ無いだろう」

 

焔「何だよ、つまんねえの」

 

 そう言って焔は茶を飲み干すとカンッと音を立てて湯呑みを置く。

 

焔「ふぅ⋯⋯んでお前、俺が前に言った事覚えてるか?」

 

雪「前に言った事?」

 

焔「イレギュラーはイレギュラーらしく、大人しくした方が良いぜ。そう言ったろ?」

 

 ⋯⋯ああ、確かにそんな事を言っていたな。イレギュラー、というのは俺が転生者だという事を言っているのだろう。

 

雪「⋯⋯何故今その事を?」

 

焔「どうやら俺の忠告を頭に叩き込んでなかったみてぇだからな。もう一度忠告しに来た。あと⋯⋯あの吸血娘の場所に行くんだったな」

 

雪「吸血娘⋯⋯ああ、レミリアの事だな」

 

焔「そうそう。そのレミリアの所には行くな。というか、今後起きる全ての異変と関わるな」

 

雪「⋯⋯何故だ?」

 

焔「お前がイレギュラーだからって言ってるだろ?」

 

雪「そんな説明で納得出来るとでも? 俺が転生者だから何だと言うんだ?」

 

焔「そういう意味じゃ⋯⋯だぁ面倒くせぇ!」

 

 焔は頭をガリガリと掻くと俺を指差す。

 

焔「最後の忠告だ。さっき言った通り今後起きる異変全てに関わんな。絶対な」

 

雪「断る」

 

焔「⋯⋯そうかよ。忠告はしたからな」

 

 そう言った焔は少し哀しげな表情を浮かべたかと思うと、どこからともなく扉を出現させてそこに消えていく。

 

雪「⋯⋯なんだったんだ」

 

 すると俺の体に淡い光が纏わり付き、段々と光が強くなる。そして俺の意識は光が強くなったと同時に、途絶えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 紅い霧と宵闇

雪「⋯⋯こんなものか。及第点、と言った所だな」

 

 弾幕ごっこを広めてから早一年と数ヵ月。文月に入り、幻想郷は夏の真っ只中だ。今日までこれと言った異変も起きず、幻想郷は平穏な日々を送っていた。

 

 スペルカードルール⋯⋯もとい弾幕ごっこはたった数ヵ月で幻想郷中に広がり、今ではごく普通の遊びとして認知されている。妖怪達も、今では無気力化がすっかり治っているな。

 

 俺もこの一年間はこれといった事も無く、偶に友人の所に顔を出したり遊びに付き合ったりして過ごしていた。そうそう、この間初めて知ったんだが、霊夢と魔理沙は幼馴染みだった様だ。

 

 そして今は新しいスペルカードの試用をしていた所だ。今ではカードの数は六枚。そこそこ増えたんじゃないだろうか。

 

雪「さて⋯⋯」

 

 俺はスペルカードを懐に仕舞うと時計を取り出して時間を見る。十一時か。やることも無いし人里で早めの昼食でも⋯⋯。

 

 そう思ったところで、急に辺りが薄暗くなる。何事かと辺りを見渡すと⋯⋯

 

雪「なんだこれは⋯⋯」

 

 辺りは妖気を帯びた“紅い霧”が、幻想郷中を覆っている。薄暗くなったのは上空の霧が特に濃く、日光が遮られたからだろうか。

 

雪「⋯⋯アイツらの仕業だな」

 

 一瞬誰の仕業か迷ったが、“紅”と“日光”という単語ですぐ誰の異変か分かった。最近忙しそうにしていたのはこれの準備だったからだろうな。

 

 さて、紫に頼まれていた通り霊夢の保護者として同行したいんだが⋯⋯。

 

紫「はぁい雪」

 

 そんな事を考えているとスキマが開き、そこから紫が顔を出す。

 

雪「何だ紫」

 

紫「前に言ったこと、覚えてるかしら?」

 

雪「ああ。今から霊夢の所に行こうかと思ったんだが⋯⋯」

 

紫「霊夢なら早々と神社を出て霧の湖方面に向かってるわよ?」

 

雪「随分と早いな、異変が発生したばかりと言うのに。例の勘か?」

 

 霊夢はどうやら勘が非常に鋭いらしい。一度遊びも兼ねてサイコロの目を当てさせたんだが、なんと全て当ててみせた。霊夢曰く「私が賽の目を予想したということをサイコロが覚えている」との事だが⋯⋯あれには驚いたな。

 

紫「ええ。魔理沙も既に動いてるわ。私は一応幻想郷を見回るから、保護者役お願いね」

 

 そう言って紫はスキマの奥へと消えていく。

 

雪「さて、早速俺も動くとしよう」

 

 そう呟いた俺は家の中にある雑嚢に小物を入れ、紅魔館へと向かった。

 

 

~白狐移動中~

 

 

 家を出てから十数分。俺は霧の湖近くの森を、空を飛ぶのではなく歩いて先に進んでいた。空を飛んでいないのは、上空は特に霧が濃く先が良く見えないからだな。

 

 暫く森の中を歩いていると、突然自分の手が見えない程に辺りが暗くなる。一体何だと足を止めると⋯⋯

 

?「いただくのだ~」

 

雪「っ!?」

 

 突如右腕が何者かに噛まれる。あまり痛くはないが、突然の事で驚き右腕を振り回す。

 

?「あうっ!」

 

 振り回した時の勢いで俺の腕を噛んでいた者が落ちたのか、少しの衝撃と共に闇も晴れていく。するとそこには⋯⋯

 

?「う~⋯⋯痛いのだ~⋯⋯」

 

雪「⋯⋯子供?」

 

 どこか見覚えがある、随分とボロボロな金髪黒服の少女が座り込んでいた。頭には随分と古い札の様なものがリボンの様に結んである。

 

雪「⋯⋯まさか、ルーミアか?」

 

ルーミア「う? 何で私の名前を知ってるのだ~?」

 

 ルーミアらしき少女は首を傾げながら俺を見つめてくる。これは⋯⋯俺の事は覚えてないのか? 見た目も幼くなっているし、もしや記憶を失っているのだろうか?

 

 そう考えた所で、ルーミアの腹が盛大に鳴る。どうやら腹が減っている様だな。最初の頃に出会ったルーミアもかなりの人間を食っていた様だし、大食漢なのだろうか。

 

ルーミア「お腹減ったのだ~⋯⋯」

 

雪「⋯⋯しょうがない、昼飯で食べようと思っていたんだが」

 

 俺は、雑嚢から竹の葉で包んだ握り飯を取り出す。それを差し出すと、ルーミアは目を輝かせ涎を垂らしながら俺と握り飯を交互に見る。

 

雪「食べていいぞ」

 

ルーミア「わーい! いただきま~す!」

 

 ルーミアは握り飯を受け取るとその小さな口いっぱいに頬張る。相当腹が減っていたんだろう。三個程入っていた握り飯はすぐに無くなってしまった。

 

雪「良く食うな」

 

ルーミア「⋯⋯足りないのだ~」

 

雪「だろうな」

 

 しょうがない⋯⋯紅魔館で飯を作らせてもらおう。咲夜に事情を話せばキッチンや食材を使わせてもらえるだろうしな。

 

雪「ルーミア、少し我慢してついてこられるか? この先にある場所で飯を作ってやろう」

 

ルーミア「そ~なのか~? じゃあ我慢するのだ~」

 

 そう言ってルーミアは俺の背中にしがみ付く。

 

雪「じゃあ、行くか」

 

ルーミア「は~い」

 

 そうして俺はルーミアを背負い、この先にある紅魔館へと歩いていった。




 はいどーも、作者の蛸夜鬼の分身です。まずは先週、先々週と休載してしまった事をお詫びします。

 さて、今回の章から現代編に突入します。最初はやはりこの異変からですね。今週も一気に投稿しています。

 話変わって次回の投稿ですが、まだ次の章が完結しておりません。そこで質問なのですが、一章分溜まってから一括投稿の方が良いでしょうか? それとも一括投稿ではなく1話毎週投稿の方が良いでしょうか? コメント等で返答お願いします。

 ソレでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 水色と緑の妖精

ルーミア「まだなのか~?」

 

雪「まだ少し歩いただけだろう。それとも飛んでいくか? かなり揺れるから酔うと思うぞ?」

 

ルーミア「う~⋯⋯気持ち悪くなるのは嫌なのだ~」

 

雪「ならもう少し我慢しろ」

 

 ルーミアをおぶりながら森の中を歩く。しかしこうしていると、昔出会ったルーミアとだとは信じられないな。本当にただの子供としか思えない。

 

 そんな事を考えながら先に進むと霧が濃い場所に出た。どうやら森を抜けて霧の湖までやって来た様だな。

 

雪「⋯⋯相変わらず霧が濃いな」

 

 湖周辺は普通の霧で、上空は紅い霧で先が見えない。紅魔館は⋯⋯確かあっちだったか。

 

?「やい、そこの狐!」

 

雪「ん?」

 

 そして紅魔館へ向かおうとすると、霧の奥から声を掛けられる。何だと思って立ち止まると、水色の髪をした幼い少女が霧の奥から出てきた。背中からは氷の様な羽があるから、妖精なのだろうか。

 

?「ちょ、ちょっとチルノちゃん!」

 

 その妖精を追ってきたのか、緑の髪の幼い少女も出てくる。彼女も妖精らしく、背中には羽がある。

 

雪「なんだ?」

 

?「ここはあたいの縄張りだぞ! 通るならあたいを倒すか何か置いていくんだな!」

 

?「チルノちゃん! さっきもそんな事やって弾幕ごっこに負けたの覚えてないの!?」

 

?「あたい負けてないもん! あたいはさいきょーなんだから!」

 

 ⋯⋯緑の妖精はともかく、水色の妖精は随分と頭が弱い様だな。恐らく負かしたのは霊夢か魔理沙のどっちかだろう。

 

雪「⋯⋯ルーミア、二人とは知り合いか?」

 

ルーミア「『チルノ』と『大妖精(だいようせい)』の大ちゃんなのだー。水色のがチルノで、緑のが大ちゃんなのだー」

 

雪「ふむ」

 

 やはり妖精なのか。しかしチルノは何の妖精だ? 氷の様な羽から察するに氷の妖精の様だが。

 

 しかし倒して通るか何か置いていけ、か。弾幕ごっこは時間掛かるし、何か渡すとしよう。そうだな⋯⋯。

 

 俺は能力で氷塊を創り出すと、それをまた能力で削り王冠を被ったチルノの氷像を創り出す。最初は何だと思って見ていた二人だったが、出来上がったものを見ると顔色を変えた。

 

雪「ほら、チルノだったか? 最強の人物には像が必要だろう?」

 

チルノ「すっごーい! あたいの像だー!」

 

大妖精「凄い⋯⋯」

 

ルーミア「凄いのかー」

 

雪「満足したか?」

 

チルノ「うんっ!」

 

 チルノが俺が作った像に夢中になっていると大妖精が近寄ってきた。

 

大妖精「その、ありがとうございます。えっと⋯⋯」

 

雪「狐塚 雪だ」

 

大妖精「あ⋯⋯ありがとうございます雪さん。あとごめんなさい、チルノちゃんの我が儘に付き合わせてしまって」

 

雪「いや、別に気にしてないさ。あの像は簡単に溶けず壊れにくく、軽い氷で創ってあるからどこか気に入った場所に持って行くと良い」

 

大妖精「分かりました、ありがとうございます」

 

 その後、どうやらこの濃霧はチルノが能力で創り出した事が分かり、上機嫌のチルノと大妖精に紅魔館へと案内してもらう事となった。

 

チルノ「見えてきたぞ!」

 

 先導してきたチルノがそう言うと、濃霧を抜けた目の前に真紅の館が現れる。ふむ、どうやら無事抜けられた様だな。

 

雪「すまないな二人とも、案内を任せてしまって」

 

大妖精「気にしないでください」

 

チルノ「そうだぞ! 子分のお願いを聞くのも親分の役目だからな!」

 

ルーミア「そーなのかー」

 

 ⋯⋯俺はいつチルノの下についたのだろうか。まあ良い。取り敢えず進むとするか。

 

 俺は二人に礼を言うと、この先にある紅魔館へと足を進めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 門番とメイド長

雪「着いたぞ。紅魔館だ」

 

ルーミア「真っ赤なのだ~」

 

 チルノ達と別れ、紅魔館の前までやって来た俺は一度ルーミアを下ろす。

 

ルーミア「この大きな建物でご飯作ってくれるのか~?」

 

雪「ああ。ちょっと待っていろ」

 

 俺は門の前までやって来ると、地面に倒れている(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)門番を揺すった。

 

雪「おい美鈴。大丈夫か?」

 

美鈴「う、う~ん⋯⋯」

 

 美鈴は目を覚ますと顔を顰めながら立ち上がる。どうやら霊夢か魔理沙に弾幕ごっこで負けた様だな。体の所々が傷付いている。

 

美鈴「あ、雪さん。こんにちは⋯⋯いてて⋯⋯」

 

雪「こっぴどくやられたな。紅白の巫女か、白黒の魔法使いか?」

 

美鈴「はい⋯⋯というか、両方ですね。どうやら弾幕ごっこは私に合わないみたいで⋯⋯」

 

 まあ、美鈴は武術の腕前を見込まれて門番に雇われたからな。弾幕ごっこといった、弾幕で勝負するのは専門外なのだろう。

 

雪「包帯や絆創膏を持っているから、応急処置だが巻いといてやろう」

 

美鈴「ありがとうございます。でも私は妖怪ですから、この程度の怪我はすぐ治りますよ?」

 

雪「それでもだ」

 

 俺は美鈴の腕や足に消毒をしてから包帯を巻く。これで化膿する心配も無くなっただろう。

 

美鈴「⋯⋯雪さん、もしかして出歩くときはいつも包帯とか持ってるんですか?」

 

雪「ああ。昔から友人に口煩く言われてたからな」

 

 防衛軍に所属していた時から、永琳に「何があるか分からないから一応包帯とかは持っていて」と言われ続けていたからな。すっかり癖になってしまった。

 

雪「⋯⋯こんなものか。この騒動が終わったら、咲夜にでもちゃんとした処置をしてもらった方が良いだろう」

 

美鈴「分かりました。所で雪さんは何で紅魔館に?」

 

雪「巫女の保護者役だ。それと⋯⋯」

 

 俺は振り向いてルーミアに手招きをする。ルーミアはそれに気付くとトテトテとこちらに近付いて俺の背中にしがみ付いた⋯⋯妙に懐かれたな。何だか餌付けした様な気分で複雑だ。

 

雪「コイツに飯を食わせたくてな。美鈴、すまないが館に入れてくれないか?」

 

美鈴「え~っと、お嬢様に侵入者は誰も入れるなと⋯⋯あ、でも雪さんの場合は侵入者じゃないですよね」

 

 美鈴は一人で解決すると門を開いた。

 

美鈴「どうぞお入り下さい。あ、妖精メイドのみんなには気を付けてくださいね。やられる事は無いと思いますが、みんな気が立ってるので」

 

雪「ああ、分かった。また今度礼をする」

 

 そう言って俺とルーミアは紅魔館の中に入る。しかし美鈴も苦労している様だな。何か今度、礼になるものでも探すとするか。

 

~白狐移動中~

 

雪「さて、キッチンは⋯⋯」

 

ルーミア「まだなのか~?」

 

雪「もう少し待っていてくれ」

 

 確かこっちがキッチン⋯⋯だった筈なんだが。うむ⋯⋯まさかまた迷ったか?

 

 そんな事を考えていると後ろから誰かの足音が聞こえる。振り向くとそこには少しボロボロになった咲夜が立っていた。傷は⋯⋯自分で処置しているな。

 

咲夜「こんにちは、雪さん」

 

雪「ああ。そんなボロボロになってどうした。紅白巫女か白黒の魔法使いにやられたか」

 

咲夜「白黒は知りませんが⋯⋯博霊の巫女にやられましたよ。まさか時間停止をすぐに見破られるとは思いませんでした」

 

 ほう、咲夜の能力を見破ったのか。霊夢はあまり努力や鍛錬といった事はしてないようだったが⋯⋯どうやら天性の才があるようだな。

 

咲夜「して、雪さんはどうして紅魔館に? それと⋯⋯その妖怪は?」

 

雪「本当は霊夢の保護者役で来たんだが、途中腹を空かしたルーミアと会ってな。すまないが食料と、キッチンを貸してくれないか?」

 

咲夜「分かりました。キッチンへ案内します」

 

 そして咲夜に連れられてキッチンへ案内される。ついでに近くにある食料庫から少しの食料を貰い、料理を作り始める。

 

 どうやらルーミアはかなり食うらしいから、簡単に作れる腹に溜まる物が良いだろう。そう考えた俺は早速料理を始める。

 

 まずトマトと茄子を輪切りに。茄子は水にさらしてアク抜き。アク抜きの間にミートソース作りだ。玉葱をみじん切りにし、フライパンに油をひいて鶏挽き肉を炒める。

 

 挽き肉に火が通ったら玉葱を入れて塩コショウを振り更に炒める。全体に火が通ったらケチャップ、中濃ソース、コンソメ、水を入れ、軽く混ぜて弱火で放置。

 

 放置してる間に別のフライパンに油をひいて中火でアク抜きした茄子を炒める。茄子に火が通ったらトマトと先程作ったミートソースを加え、和える。

 

 全体に火が通ったらピザ用チーズをある程度振りかけ、蓋をして弱火で二~三分煮詰めれば完成だ。

 

雪「ほらルーミア。茄子とトマトのミートソース煮だ。たっぷり食え」

 

ルーミア「待ちくたびれたのだ~! いただきま~す!」

 

雪「咲夜はどうする?」

 

咲夜「⋯⋯いただきます」

 

 俺は料理を三人分取り分け、キッチンにあるテーブルで食べ始める。まず一口⋯⋯うん、簡単に作った料理だがそこそこの味じゃないだろうか。

 

ルーミア「ん~! 美味しいのだ~!」

 

咲夜「美味しいです。今度レシピを教えてくれますか?」

 

雪「ああ。今度この騒動が終わったらな」

 

 そんな事を話しながら料理を食べ終わると、どこからか衝撃と轟音が聞こえる。どうやら大図書館方面の様だが⋯⋯。

 

雪「すまない咲夜、ルーミアを頼む。少し様子を見てこよう」

 

咲夜「分かりました。お気をつけて」

 

雪「ルーミア。このメイドの言うことを聞いておけ」

 

ルーミア「は~い。モグモグ⋯⋯」

 

 ルーミアも心配無さそうだな。俺はキッチンを出ると音が聞こえた大図書館方面へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 魔法使い達と

雪「さて、この辺りの筈なんだが⋯⋯」

 

 ルーミアと咲夜の二人と別れた俺は大図書館へと向かっていた。暫く屋敷内を走っていると、誰かが弾幕ごっこをしているのか大きな音が聞こえてくる。場所は⋯⋯あそこか。

 

魔理沙「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

パチュリー「火符『アグニシャイン』!」

 

 ドアを開けた先では魔理沙とパチュリーが弾幕ごっこで争っていた。そんな中でも何重にも魔法が掛けられている周りの本や棚は一切の傷もついてないのは流石と言ったところか。

 

小悪魔「あ、雪さん!」

 

 二人の様子を眺めていると大量の本を持った小悪魔が近付いてくる。どうやら弾幕ごっこで棚から落ちた本を片付けている様だな。

 

雪「小悪魔か。本の片付けか? 俺も手伝おう」

 

小悪魔「す、すいません。ありがとうございます」

 

雪「構わないさ。ところで面倒ごとが嫌いなパチュリーが弾幕ごっことは、珍しいな」

 

小悪魔「あ、えっとですね⋯⋯あの白黒の魔法使いがここに来たときに本を盗もうとしまして⋯⋯」

 

雪「盗む? 魔理沙がか?」

 

小悪魔「はい。「死ぬまで借りるだけだぜ!」とかよく分からない理屈で本を⋯⋯」

 

 ⋯⋯成る程。確かにそれはよく分からない理屈だな。弾幕ごっこが終わったら一度言い聞かせておくか。聞く耳を持つとは思えないが⋯⋯。

 

 そんな事を考えながら暫く本を片付けていると、どうやら二人の弾幕ごっこも終盤に入った様だ。

 

魔理沙「これで終わりだ! 恋符『マスタースパーク』!」

 

パチュリー「そんな、きゃあっ!」

 

 魔理沙のスペルカード、マスタースパークにパチュリーは直撃し、そのまま落下していく。俺は一度跳躍するとパチュリーを受け止める。

 

パチュリー「むきゅ~⋯⋯」

 

小悪魔「パチュリー様ぁ!」

 

雪「落ち着け、気絶してるだけだ。この包帯と傷薬を預けるから処置だけしといてやれ」

 

 さてと⋯⋯俺は小悪魔にそれらを渡すと本を持って行こうとしている魔理沙の肩を掴む。

 

魔理沙「うわっ! 何だ、雪かよ。って、どうして雪がここにいるんだ?」

 

雪「そんな事はどうでも良いだろう。それよりその本を置いていけ。パチュリーの許可も取らずに持って行くのは窃盗だぞ?」

 

魔理沙「人聞き悪いこと言うなよ。私が死ぬまで借りるだけだぜ? それに、アイツらにとっては私の一生なんて短いもんだろ?」

 

 ⋯⋯これをさも同然の様に言えるのが凄いな。まったく、誰からこんな事を教わったんだろうか。

 

雪「そういう問題じゃない。もしも大変な事が起きてその本が必要な場合はどうする?」

 

魔理沙「そりゃあ、私の所まで取りに行けば「それを取りに行く時間や暇が無ければ?」うっ⋯⋯」

 

雪「それに魔理沙がその本を無くしたり壊さない保証がどこにある? 貸し借りというのは信頼が必要だ。その信頼無くして借りるとは言えないな。それは窃盗だ」

 

 その後魔理沙は暫く反論を続けていたが、何を言っても俺に論破されるので諦めた様子で本を俺に渡す。

 

魔理沙「ほら、返すぜ⋯⋯」

 

雪「ああ。魔理沙、パチュリーの本を借りたければしっかりと話す事だ。パチュリーも鬼じゃない。ちゃんと約束を結べば多少なりとも貸してくれるさ」

 

魔理沙「うぅ、分かったぜ⋯⋯」

 

 俺は魔理沙が反省した事が分かると小悪魔に本を渡す。それと同時に大図書館の扉が開き、そこから霊夢が入ってきた。

 

霊夢「はぁ、まるで迷路ね⋯⋯って、雪と魔理沙じゃない。どうしてここに?」

 

雪「霊夢か。まあ、俺は野暮用でな」

 

魔理沙「私は異変を解決しに来たんだぜ!」

 

霊夢「そう。所で二人とも、この異変を起こした奴の場所を知らない? 無駄に広くって迷っちゃったのよ」

 

 ふむ、レミリアの場所か⋯⋯恐らく館の最奥か? あそこはそれなりに広いし、弾幕ごっこをするのには最適だろう。

 

雪「心当たりならあるぞ。案内しよう」

 

霊夢「あら、そう? じゃあお願いするわ」

 

魔理沙「⋯⋯なあ、何で雪はここの事を知ってるんだ? パチュリーとかいう魔女の事も知ってるみたいだし」

 

雪「ああ、それは百年間からここの館で働いていたからだな」

 

 そう言うと霊夢はあまり興味が無さそうに、魔理沙は驚いているのか目を見開く。

 

 そして暫く歩いていると館の最奥についた。予想通り、そこにはレミリアの姿が見える。ただ⋯⋯

 

雪「何だ、フランもいるのか」

 

フラン「あ、雪も来たのね!」

 

 レミリアの妹、フランの姿もある。どうやら二人して待ち構えていた様だな。恐らくレミリアの能力で霊夢と魔理沙、二人が来ることが分かっていたからだろうか。

 

レミリア「なに? もしかして三人して掛かってくるのかしら。私達はそれでも構わないけど」

 

雪「いや、俺は保護者役で来ただけだ。それに異変を解決するのは俺じゃない」

 

 そう言って霊夢と魔理沙の二人を見ると、霊夢は少し面倒そうに。魔理沙は任せろと言わんばかりにレミリア達の元へと向かった。

 

 まず霊夢とレミリア。

 

レミリア「へえ、貴方が博麗の巫女ね。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主にして、今回の異変の首謀者、といった所かしら」

 

霊夢「博麗 霊夢よ。この霧だか雲だかをどうにかしてくれる? 迷惑なのよ」

 

レミリア「短絡ね。でもそれは出来ないわ。私達は日光に弱いから。さあ、こんなにも月が赤いから本気で殺すわよ」

 

霊夢「はぁ⋯⋯こんなにも月が赤いのに」

 

レミリア「楽しい夜になりそうね」

 

霊夢「永い夜になりそうね」

 

 次に魔理沙とフラン。

 

フラン「私の相手はあなた? もしかして魔法使いさん?」

 

魔理沙「ああ! 私は普通の魔法使い、霧雨 魔理沙だ!」

 

フラン「フランドール・スカーレットよ。咲夜以外に人間を見たのは初めてだわ。丁度、人間ってどんなものなのか見たかったの」

 

魔理沙「良かったじゃないか。ほれほれ、思う存分見るが良いぜ」

 

フラン「フフッ♪ 魔理沙、あなた面白いわ。私と一緒に遊んでくれる?」

 

魔理沙「いくら出す?」

 

フラン「コインいっこ」

 

魔理沙「一個じゃ、人命も買えないぜ」

 

フラン「あなたが、コンティニュー出来ないのさ!」

 

 そうして四人はそれぞれやり取りをしたあと、宙に浮いて弾幕ごっこを始める。さてと、俺は見物とさせてもらおう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 異変の終わり

霊夢「霊符『夢想妙珠』!」

 

レミリア「天罰『スターオブダビデ!』」

 

魔理沙「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

フラン「禁忌『クランベリートラップ』!」

 

 四人は弾幕ごっこを始めたと同時にスペルカードを放つ。大小、色彩様々な弾幕は混じり合い混沌と化しているがそれでも尚美しく感じる。

 

咲夜「始まってしまいましたか⋯⋯」

 

ルーミア「また会ったのだー」

 

 その光景を見ていると扉が開き、咲夜とルーミアが入ってくる。

 

咲夜「雪さんは弾幕ごっこはしないのですね」

 

雪「ああ、今回は飽くまで保護者役だ。やれ、と言われればやるが⋯⋯俺は見ている方が好きだな」

 

 それに俺自身、弾幕ごっこはあまり得意じゃない。弾幕という攻撃手段に限定される以上自由に戦えないというのが原因だな。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にか咲夜がテーブルと椅子、ティーセットを弾幕ごっこの流れ弾が当たらない位置まで持ってきていた。

 

咲夜「どうでしょう、紅茶を飲みながら観戦するのは。丁度、上質なダージリンが入りましたから」

 

雪「ふむ。そうだな、戴こう」

 

ルーミア「わ~い、お菓子なのだー!」

 

 そうして俺達は紅茶を飲みながら四人の戦いを観戦する。どうやら霊夢とレミリア。魔理沙とフランといった感じで戦っている様だな。まずは霊夢とレミリアに目を向ける。

 

レミリア「フフッ、やるじゃない。まさかここまで動ける人間がいるなんて」

 

霊夢「伊達に妖怪退治やってる巫女じゃないのよ。そんな事よりさっさと倒れてくれる? こんな真っ赤な空を眺めながらのお茶なんて不味いったらありゃしないわ」

 

レミリア「あら、真っ赤な空の下でティータイムなんて素敵じゃない?」

 

霊夢「⋯⋯アンタとは趣味が合わない様ね。夢符『二重結界』」

 

レミリア「あら、残念ね」

 

 レミリアは霊夢の放ったスペルカードを器用に避けていくが⋯⋯どうやら少し押され気味の様だな。様子だけは余裕そうだが少々危ない場面もある。

 

 さて、次に魔理沙とフランだが⋯⋯。

 

フラン「アハハハハハッ! 楽しい! 楽しいわ魔理沙! 禁忌『レーヴァテイン』!」

 

魔理沙「それは何よりだぜ、って危なっ!」

 

フラン「まだまだー! もっともっと楽しみましょう魔理沙!」

 

魔理沙「へっ! 良いぜ、好きなだけ遊んでやるぜ!」

 

 どうやら魔理沙はフランの猛攻によって手が出せていない様だ。フランが振り回す炎の大剣を避けるのに精一杯、といった所か。

 

 だがその目はまだ諦めていない。この状況を変える一撃を放つ隙を伺っている様だな。

 

雪「⋯⋯美味い紅茶だ。また淹れるのが上手くなったんじゃないか?」

 

ルーミア「おいしーのだー」

 

咲夜「恐悦です」

 

 俺達はそんな事を話しながら四人の戦いを観戦する。

 

 ⋯⋯決着が着いたのは、意外とすぐ後だった。

 

 まずは魔理沙とフラン。フランのスペルカード⋯⋯レーヴァテインだったか? それが終了したのか、炎の大剣が消滅する。

 

 それと同時に魔理沙は八卦路を取り出し

 

フラン「恋符『マスタースパーク』!」

 

 マスタースパークを放つ。美しい色彩の光線はフランを飲み込み、紅魔館の壁を突き破った。

 

 マスタースパークが終了すると、少々ボロボロになったフランが落下する。俺が空中で受け止めるが、どうやらフランは気絶している様だな。

 

フラン「きゅ~⋯⋯」

 

魔理沙「ヘヘッ、私の勝ちだぜ!」

 

雪「ああ、そうだな」

 

 まさか、フランが負けるとは思っていなかったな。魔理沙は俺の予想以上に強いらしい。

 

レミリア「フラン!」

 

霊夢「余所見してて良いの? 夢符『封魔陣』!」

 

 フランが倒された事に驚き余所見をしたレミリアの隙を突いて、霊夢は封魔陣で動きを止める。

 

レミリア「しまっ─────」

 

霊夢「霊符『夢想封印』!」

 

 封魔陣によって動きを封じられたレミリアへ、霊夢は夢想封印を放つ。色彩様々な弾幕はレミリアへと迫り、容赦なく着弾した。

 

レミリア「っ⋯⋯」

 

霊夢「あら、まさか夢想封印を耐えるなんて」

 

 レミリアはどうやら夢想封印を耐えた様だ。だが流石にもう動けないのか、地面にゆっくりと降りる。

 

レミリア「はぁ⋯⋯まさか人間にここまでやられるなんてね⋯⋯」

 

霊夢「⋯⋯まだやるの? やらないの?」

 

レミリア「降参よ、降参。流石に動けない状態で続ける程馬鹿じゃないわ」

 

 レミリアは両手を上げてそう言った。少し悔しそうだが、その表情は妙に嬉しそうだ。

 

咲夜「お嬢様⋯⋯」

 

レミリア「咲夜、パチュリーを呼んできて頂戴。この異変、終わらしましょう」

 

咲夜「承りました」

 

 レミリアに指示された咲夜は能力を使ったのか姿を消す。

 

魔理沙「よしっ! 私達で異変解決だぜ!」

 

霊夢「は~、疲れた。私は一度神社に戻るわ。あ、そうだ。そこの吸血鬼⋯⋯レミリアだったかしら」

 

レミリア「何かしら」

 

霊夢「この後も色々と話があるから、時間作っときなさいよ。この世界のルールとか、異変の後の事とか。まったく、何で私がこんな事まで⋯⋯」

 

 霊夢と魔理沙も、色々と話しながらここを去る。残ったのは俺とレミリア、フランだけとなった。

 

雪「⋯⋯さてレミリア。初めての弾幕ごっこはどうだった?」

 

レミリア「悪くはなかったわね。それに⋯⋯」

 

 レミリアは俺が抱きかかえているフランの頬を撫で、微笑む。

 

レミリア「この子も、とても楽しんでいた様だから」

 

雪「フッ⋯⋯それは何よりだ。さあ、レミリアも一度休んだらどうだ。紅魔館の修復は俺がやっておこう」

 

レミリア「あら、悪いわね。じゃあお願いしようかしら」

 

 そう言ったレミリアはフランを抱きかかえるとこの部屋から去って行く。

 

雪「さてと、修復工事の始まりだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 宴会

 レミリア達が起こした、後に紅霧異変と呼ばれる異変の日から数日。

 

 俺達は日が沈み掛け辺りが暗くなる頃に、博麗神社で宴会が開始された。

 

 神社の敷地に並べられた卓上には咲夜が作った宴会料理や酒、ワインが並べられている。

 

霊夢「んっ、洋食なんて初めて食べたけど結構美味しいわね」

 

美鈴「洋食が美味しいんじゃなくて、咲夜さんが作る料理が美味しいんですよ!」

 

パチュリー「全く騒がしいわね⋯⋯食事時くらい静かに食べられないの?」

 

魔理沙「あんだ~パチュリー? 宴会はみんな騒いで楽しんで飲み食いするもんだぜ?」

 

パチュリー「ちょっ、酒臭いわよ! 貴女飲み過ぎじゃないの!?」

 

 さて、何故宴会を始めたのかだが⋯⋯今後この幻想郷で異変が起き、それが解決した暁にはその異変のいざこざや苦労を水に流す。という意味で宴会が行われる。まあ実際はただ酒を飲んで騒ぎたいだけだろうがな。

 

 因みに宴会の酒持ちは異変を起こした者だ。つまり今回は紅魔組だな。

 

 この宴会に参加したのは俺、霊夢、魔理沙、紅魔組と、俺が誘った知り合いだ。まあ知り合いといってもルーミアやチルノ達だがな。と言うのも、家族以外との交流が少ないフランに友人が出来れば、といった考えだな。

 

 レミリア達に聞いた話だとまだ情緒不安定だったり、能力の扱いにもまだ不慣れらしいが⋯⋯友人が出来る事によってそれも慣れていってもらいたいからな。

 

チルノ「あんたがフランね! 雪に聞いたわよ、あんた友達がいないらしいじゃない!」

 

ルーミア「そーなのかー?」

 

フラン「えっ⋯⋯」

 

大妖精「ちょ、ちょっとチルノちゃん! 急に失礼でしょ!」

 

 どうやらチルノ達がフランに話し掛けた様だ。あとチルノ、俺は「友達がいない」じゃなくて「友達が少ない」と言ったんだがな。

 

フラン「えっと⋯⋯何の用?」

 

チルノ「雪があんたと友達になってやれって言ってきたのよ! って事で、早速あんたと私達は友達! ねっ?」

 

ルーミア「そーなのだー」

 

大妖精「え、えっと⋯⋯迷惑じゃなければ、私達と友達になりませんか?」

 

フラン「⋯⋯うんっ! 私と友達になりましょう!」

 

 フランは三人の顔を見てポカンとしていたが、すぐに嬉しそうに微笑む。やはり、少々強引気味な性格のチルノに任せて正解だったか。

 

レミリア「相変わらずお節介ね」

 

雪「レミリアか」

 

 その様子を宴会の隅で眺めているとワイングラスを持ったレミリアがやって来る。

 

レミリア「フランに友達を作らせるのは時期尚早だと思うのだけど?」

 

雪「自分で物事を体験して学ぶ事もあるだろう。百聞は一見にしかず、だ。それに⋯⋯」

 

レミリア「それに?」

 

雪「⋯⋯チルノは妖精だから、一度壊されてもすぐに復活するからな」

 

 チルノ含める妖精は自然から誕生するものであり、自然が維持されている以上は不滅だ。一度死んだとしても「一回休み」と呼ばれる状態になって一晩程で復活する。

 

 俺の言葉を聞いたレミリアはヒクッと顔を引きつらせる。

 

レミリア「⋯⋯貴方、結構酷い事考えるわね」

 

雪「今更だな」

 

 レミリアとそんな事を話していると酔っ払ったのか顔を真っ赤にした魔理沙が近付いてくる。

 

魔理沙「おい雪~! そんにゃとこりょで何をこそこそ飲んでりゅんだ~?」

 

雪「呂律が回ってないぞ魔理沙。飲み過ぎじゃないか?」

 

魔理沙「んあ~? そんにゃ事ないぞ~! 私はまだまだ飲める~!」

 

 俺はそんな魔理沙の様子を見ると、パチンッと指を鳴らして氷人形を創り出す。

 

雪「⋯⋯氷人形。魔理沙に水を飲まして寝かし付けてくれ」

 

魔理沙「うわっ! 何だコイツ、離せー!」

 

 その氷人形に命令をすると、氷人形は魔理沙を担いで離れていった。これで少しは静かになったか。

 

 そしてレミリアと話しながら宴会を眺めていると、欠伸がこみ上げてきたのでそれを噛み殺す。時計を見ると、もう十時になる所だった。

 

雪「⋯⋯さて、俺はそろそろ帰らせてもらおう」

 

レミリア「あら、もうそんな時間?」

 

雪「ああ。宴会も終わりにした方が良いだろう。特に咲夜や美鈴は朝も早いだろうしな」

 

レミリア「そうね。まあ、私達もそろそろ帰ろうかと思ってたし丁度良いかしら」

 

 そう言って俺達は立ち上がり、服についた埃を払う。

 

レミリア「また会いましょう、雪」

 

雪「ああ。またなレミリア」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。