アイデンティティ (めそふ)
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アイデンティティ

一発ネタ


 今日も紅魔館は平和である。

 かく言う私は退屈という酷い拷問に悶えてながら、目の前に開かれてる文字の羅列を眺め続けていた。

 

 私自身、穏やかな生活を気に入ってはいるのだが、ただ暇なだけではどうにも飽きが出てしまう。

 枯れ果てた砂漠の大地で、退屈という喉の渇きを癒そうとするかの様に訪れた図書館であったが、そこに私の求める物は無かった。

 

「ねぇパチェ、なんか面白い物はないの?」

「……そんな物無いわよ。そうやって何度も来てるんだから、いい加減分かるでしょう?」

 

 友人の対応は相変わらず冷たかった。

 それでも彼女の言う様に、此処に来て何か興味を惹かれるものに出会ったのはそれこそ漫画を見つけたくらいである。

 残念な事に、その漫画も今では全て読み切ってしまっていた。

 彼女が稀に行っている実験も、私に関心を持たせるものは殆どと言って無く、半ばやけくそでこの図書館に通っているのであった。

 このまま何もしないのもなんだか腹が立ってくるので、仕方なく先程まで流し読みをしていた本をちゃんと読む事にした。

 どこまで読んだっけなと考えながら、ページをペラペラとめくっていると、突如として地下から耳を劈く様な爆発音が静寂を掻き消した。

 一瞬、妹の事が頭をよぎり、私は立ち上がって地下へと急いだ。

 

 

 

「あー! お姉様だー!』

「あはははは! 全部壊してあげる!」

「……」

「はぁ……」

 

 前言撤回、紅魔館は全然平和なんかじゃなかった。

 

 困惑する頭を全力で回転させ、現状の理解に勤しむ。

 眼前に広がる光景を整理すると、此方に無邪気な笑みを向けてくる妹と狂ったように高笑いを続ける妹と周りの混沌とした状況を気に留める事もなく本を読み続ける妹と部屋の中央で頭を抱えている妹がいた。

 

「ちょ、ちょっと! どうなってんのこれ!?」

 

 あまりのカオスさに耐えられなくなった私が叫ぶと、頭を抱えていた妹の1人が私に目を向けた。

 

「あ、お姉様」

「フラン、これどういう状況なの?」

「……あーこれね。ちょっと魔法に失敗しちゃって」

 

 妹が言うには、魔法の実験を行う時、いつも自分の分身に向けて魔法をかけているそうだ。

 普段は複数人を同時にかけると失敗するリスクが高いために、分身1人だけにしていたのだが、今日はいちいち複数回魔法をかける事が面倒になったらしく、3人同時にかけて見事失敗。それぞれの性格が大きく変化してしまったという事であった。

 

「成る程ね……。それで、あんたの分身のこの3人、どうするの?」

「んー、私の部屋で暴れられても困るしねぇ。私の言う事も聞かないみたいだから消そうかなって」

「あんたねぇ……、分身でも人格を持った自分自身なんだからもうちょっと大切に扱いなさいよ」

「別に良いじゃない。これらは私であって私ではないもの。気にする事はないわ」

 

 妹は、私に向かって微笑みながら3人に向けて右手を向けて伸ばした。

 私は咄嗟に妹の右手を掴んで止めさせる。

 妹の行動は確かに合理的なのかもしれないが、私にとってはどうにもそれが気に食わなかったのだ。

 

「確かにこれらは貴方ではないけど、それでも同時に貴方でもある。もう少し自分を大切にしなさい」

 

 そう私が諭すと、妹は大人しく腕を下ろした。

 ふと妹の顔をみると、いつもの余裕は無く、何処か考え込んでいる様な表情をしていた。

 妹が考え込む事は珍しいと思ったが、私の話を聞いて思う所があったのかもしれないと思うと何処か嬉しく感じられた。

 

「お姉様、だったらどうするつもりなの?」

 

 妹が考えるのをやめて私に聞いてきた。

 勿論、何も考えてはいない。

 私は、妹が妹の分身を壊すのを止めたかっただけで何か特別策があった訳でもない。

 どうするつもりかと聞かれたら無言になるのは至極当然であった。

 

「なーんも考えてなかったのねぇ。お姉様らしいわ」

「うるさい、大体あんたの失敗なんだから自分でどうにかしろ」

「私の案に反対したのはお姉様なんだから、お姉様に任せるわ」

 

 暫くの間3人の押し付け合いが続いたが、遂には根負けし、私が3人の処遇を決めることになった。

 ラリった妹を気絶させ、友人を彷彿させる程動こうとしない妹と共に担ぎ上げる。

 無邪気な笑顔を浮かべる妹は、妙に私に懐いている様で、何も言わなくても私に付いてきた。

 妹の部屋から出てきた私はひどい顔をしていたと思う。

 妹の尻拭いをするのも姉としての役目だとは思ったが、こうも厄介な刺激はやはり私の望むものではなかった。

 無邪気な妹の暴走っぷりを抑えながら、辛うじて部屋に戻った私は、やはり妹と同じ様に頭を抱えたのであった。

 残念な事に、妹3人を連れて館を歩き回る私の姿が従者の間で話題になったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「それでこの状況という訳ですか」

 

 一切の案が浮かばなかった私は、取り敢えず咲夜を呼び出した。

 この天然なメイドが、素晴らしい提案をできるとはこれっぽっちも期待できなかったが、それでも1人で考えるよりはましだと思ったのだ。

 

「そういうこと。という訳で咲夜、なんか良い案ない?」

「そうですねぇ。では、この3人のフラン様をそれぞれ誰かに預けるっていうのはどうです?」

「となると?」

「例えばですが、其処で本をお読みになっているフラン様はパチュリー様へ、今お休みになっているフラン様を美鈴に任せるという様にするというものですね」

「あぁ成る程ね。良いんじゃない? その案乗ったわ」

 

 私は思ったより良い案を出してくれた咲夜を褒めつつ、早速妹達を運び出す。

 咲夜との相談を元に、本の虫状態の妹は図書館へ連れて行き、気絶したままである妹を、まぁ無駄だとは思うが、暴れないように縛りつけて困惑する美鈴へと押し付けた。

 残った妹は私の咲夜で面倒を見ることになった。

 と言っても、咲夜は家事等で忙しい為に基本的には私のみであるが。

 

「では、そろそろ仕事に戻りますね」

 

 そう言って咲夜が部屋から消えると、とうとう私は妹と2人きりになった。

 

「お姉様! 一緒に遊びましょう!」

「あ、あぁいいよ」

 

 目の前の妹の満面の笑みは可愛らしいものであったが、それ以上に本来の妹とは似ても似つかない言動に、何とも言えないもどかしさを感じた。

 妹は飯事がしたいとねだったが、生憎私の部屋にはそれらしいものは無かったので、妖精メイドに指示を出して集めさせた。

 メイド達がぬいぐるみだのを持ってくるのを待っていた間にもしりとりやババ抜きがしたいだのと、私をしつこく遊びに誘ってくる程、妹は見た目通りの幼子の様であった。

 自由奔放に遊び続ける妹に少々疲れながらも、私は妹に合わせる事にした。

 

 

 

 

「お嬢様、随分楽しんでいらっしゃいますね」

「はっ!」

 

 咲夜の声で私は我に返った。

 初めのうちは妹の遊びに付き合うのに一杯一杯だったが、時間を経るにつれて妹の無邪気な姿が可愛くて堪らなくなってきたのであった。

 妹の我儘も笑って許してしまうほどに私は甘くなっており、それを咲夜に見られたとなると、まさしく顔から火が出る様であった。

 

「さ、咲夜じゃないか。何か用?」

「いえ、他のフラン様の様子も見に行かれたらどうかと思いまして」

 

 咲夜の言う様に、確かに他の妹の様子も気になる。ついでに美鈴が生きてるのかも。

 私は妹との大富豪を渋々中断して立ち上がった。

 妹を部屋に置いて、咲夜と共に外へ出ようとすると不機嫌そうな顔で妹が駆け寄って来た。

 

「お姉様、置いてかないで! 私も一緒に行きたい!」

 

 なんて言うもんだからつい、いいよぉ〜なんて自分が聞いても吐きそうな程の甘ったるい調子で返事をしてしまった。

 しまった、咲夜がいるの忘れてた。

 

「……お嬢様」

「何も言うな」

 

 私は、全く笑いを堪え切れてない咲夜を睨みながら、妹と仲良く手を繋いで美鈴のもとへと向かった。

 

 

 

 部屋から出た私は、美鈴や図書館を一通り回り終えていた。

 自室に戻り、先程までの出来事の回想に耽る。

 

 美鈴に関しては、予想通りの惨劇が繰り広げられていた。

 門番の仕事を休ませ、自室で妹の世話をする様に指示をしていたが、何分妹の状態があんなのである為に世話なんて出来るのかかなり不安だったのだが、やはり私の不安はしっかりと的中していたのであった。

 

「いい加減落ち着いてくれませんかね……」

 

 そう愚痴を漏らす美鈴は傷だらけになりながらフランドールを羽交い締めにしている真っ最中であった。

 

「……あ〜美鈴、ご苦労だったね」

「お嬢様、これは流石に聞いてませんよ」

 

 私は身体だけでなく部屋も荒れてしまった美鈴に謝りながら、美鈴の羽交い締めを振り解こうと暴れている妹を気絶させた。

 妹が意識を失った事を確認すると、美鈴は緊張が解けたようでその場に座り込んだ。

 先程まで、私と手を繋いでいた妹が美鈴のもとへと駆け寄った。

 どうやら美鈴の心配をしているようで、美鈴の方も彼女の魅力にやられたのかすっかり顔が綻んでいる。

 こっちのフラン様は優しいんですねーなんて言いながら頭まで撫で始めていた。

 これ以上美鈴に妹を独占されるまいと、私は妹の手を取った。

 

「私はフランと一緒にパチェの所まで行ってくるから、後は咲夜にでも頼んどいて」

 

 私の指示を聞いた美鈴は、妹の方を見て名残惜しそうな顔をしながら渋々頷いた。

 美鈴の部屋を出た後、私達は図書館へと向かった。

 先程の事があったので図書館が荒れていないか心配であったものの、いざ着いてみると、普段と変わらないままであった。

 友人のもとへと向かうと、やはり普段と何ら変わった様子もなくただ本を読み続けているばかりであった。

 

「ねぇパチェ、私が置いていったフランどうだった?」

 

 友人の隣で同じ様に本を読み続けている妹を見ながら、私は友人へと問うた。

 

「どうもなにも、ただ本を読んでいただけよ。貴方と貴方の妹も普段からこのくらい大人しいと私も楽なんだけどねぇ」

 

 それは出来ない話だなと答えると、私は本を読み続ける妹に目を向けた。

 私が声をかけても一向に答えないようとしない所からも彼女が大人しくしていた事は間違いなさそうであった。

 案の定、どちらも読書を止める気配が無さそうであるし、これ以上図書館にいる意味も無かったので、私は妹を連れて部屋に戻った。

 

 回想を終えた私は慣れないことをした為か、突然凄まじい瞼の重みを感じた。

 まだ遊び足り無いようと言う妹を宥め、私は寝床である棺桶へと向かった。

 すると、困った事に、妹が一緒に寝たいと言いだしたのだ。

 生憎だが、私の棺桶は1人用なので妹の入れるスペースは無い。

 妹に譲ろうともしたが、一緒に寝たいの一点張りでぐずり出したのでやめにした。

 仕方が無いので、私は棺桶を何処に投げ捨てて、下のベッドに寝ることにする。

 これなら2人で寝れるだろうと妹に言うと、妹は相変わらずの可愛らしい笑顔で私は抱きついてきた。

 私は自らの表情筋がどんどん緩くなっていくのを感じながらも、妹と共に睡魔に身を委ねる事に決めた。

 

 

 

 

 目が覚めると、其処には私以外の何者の存在も感じられなかった。

 部屋の隅々まで探したが当然見つかる訳も無く、私は部屋を飛び出した。

 咲夜や美鈴にも聞きに行き、図書館にも赴いたが、彼女らも私と同じ様に妹達の存在を見つけられないままであった。

 友人曰く、魔法の効果が切れたのだと言う。

 妹の分身達が作り直される時には、もはやあの個性的な妹達は作られないということであった。

 意図していなかった魔法の失敗によるものである為に、私が過ごしたあの妹の人格が再び形成されることは恐らく2度と無いだろうとまで言われた。

 私は、想像もしていなかった事実を突きつけられ、前日に共に過ごした妹ともう会えないとなるとほんの少しだけ泣いた。

 

 気持ちの整理がついた後、地下にある妹の部屋へと向かった。

 私が扉を開けると、其処には何処か落ち込んでいるような妹の姿があった。

 私が妹に声をかけると、妹は此方の方を向き、微笑む。ただ、その微笑みはどうにも力ないものの様に感じられた。

 

「貴方が元気無いって、そんな珍しい事もあるのね」

「それはお姉様だって同じでしょう? 随分あの私と楽しそうにしてたものね」

「げ、なんで知ってるのさ」

「私の分身が消えると、それぞれの分身の記憶は全て私に戻ってくるの。だから昨日の事は何でも知ってるわ」

 

 妹の言葉を聞き、私は前日の行いを思い出して羞恥に身を焼かれそうになった。

 私が顔を赤くするのを必死で堪えていると、妹の表情が先程の様に曇り出した。

 普段なら、私の事をいじってくる様な状況なのにも関わらず、それどころか笑う事すらしない彼女に違和感を覚えた。

 少しの間沈黙が私達を包んでいたが、私が違和感の正体に気づく事でそれは終わった。

 

「あんた、自分に嫉妬してるでしょ?」

 

 私の言葉に妹の表情が揺らいだ。

 どうやら図星だった様で、彼女の耳が赤くなるのが見える。

 

「あの子が私に甘えてたのを知ったから、私が盗られたとか思っちゃったんじゃないの? 全く、あんたも可愛い所あるのね」

 

 冗談めかして言ってみたが、図星なのは変わらないようで、妹の顔が見る見る内に真っ赤に染まっていく。

 普段は口達者な妹も、羞恥に晒されている時はそうもいかないらしく、固く口を結んだまま必死に耐えている様であった。

 このまま追求するのも可哀想に思われたので、私は静かに妹へと歩み寄った。

 妹は赤らめた顔のまま私の事を見つめ続けている。

 私はそのまま妹へと近付いて行き、最後に彼女を抱き締めた。

 妹は驚いた様子で身体を固めている。

 

「大丈夫、私がお前を愛している事に違いはないんだから、心配なんかしなくて良いわ」

 

 私の言葉を聞いた妹は、少しずつ身体の力を抜いていき、弱々しい力ながらもしっかりと私へ抱き返してきた。

 

「……えぇ、安心した」

 



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