インフィニット・ストラトス~光に奪われし闇~ (ダーク・シリウス)
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現れる黒いIS

書きため込んでいた小説を処理するべく投稿しました。
アーキタイプ・ブレイカーのキャラはIS学園に何人かは最初から存在している設定で投稿します。

一巻と二巻分、それ以外の小説を色々と省いて投稿します。ご了承ください。


どこからともなく聞こえる爆発音に混じって発砲音の他に、人の悲鳴と怒声と奏でる緊急放送に甲高く鳴り響くエラーの音の不協和音。どこかの施設が強襲されていることが明白であり、白衣を着た人間が危険から遠ざかり安全圏へ向かう駆け足の音が彼らの心情を醸し出す中・・・・・。

 

「チャンチャラチャンチャンチャウェイウェイララララー♪」

 

機械的なウサ耳に童話の本から飛び出して来たんじゃないかと言う青いワンピースに腰には大きなリボン、服の上からでもわかる豊満な胸。垂れた双眸の女性が理解に苦しむ歌を噴火の勢いで壁から発生した爆発にも意を介さず歌い、この緊急事態の中をピクニック気分で歩みを止めない彼女の精神に疑わずにはいられない。そして彼女の行く道を阻む人も障害も皆無であることも疑問に尽きる。

 

破られたバリケードや壁に天井と床、通路に倒れてる警備係も含めた数多の人間達、中には機械のパワードスーツを身で装着してる女軍人もいたが、既に強襲されてから時間が少し経っていた。そんな人間達を有象無象の以前に存在していない者として気にせずに歩き彼女は、篠ノ之束は真っ直ぐ目的の場所へ悠々と向かっていった。

 

しばらくして今まで通ってきた通路とは作りが違うレーザーの熱で焼き開かれた大きな扉に辿り着き、穴を潜って進入する。そこは培養カプセルが数多く設けられていた研究施設だった。カプセルの中には胎児から大人まで前進にケーブルと繋がっていて、何かの研究をしていたのが明らかであった。だが、彼女の意識と視線はこの研究をしていた化学者と研究者、生物学の者達が集められてる場所にか眼中になかった。彼の者達の周囲には人型のパワードスーツのロボットが数機佇んでいて、逃がさないように大型の銃器を突きつけていた。

 

「ねぇねぇ、ここにあの子がいるのは判ってるんだぁ。だから早く私に返してくれないかな♪」

 

「な、何の事ですかっ。我々は何も知らない!こんなことしてタダではすまさないっ・・・!」

 

「ふーん、とぼけるんだ。じゃ、いいよ。もう用はない」

 

と、言い返す研究員から踵を返してコンピューターに近寄り、銃撃で生じる発砲音と人の悲鳴を背にピアノの如く指を動かしては何かを作動させた。一拍遅れて鈍重の音が開く壁のから聞こえてくる。その中に躊躇なく入って中の物を確認する彼女の顔に笑みが浮かんだ。とても、とても狂気を孕ませて。

 

「やぁ、3年ぶりだね!この時をずっとずっとずーっと待っていたよ!」

 

「世界で唯一、私が見初めた最高の助手にして最愛の男の子」

 

「ふふっ、直ぐにこんな馬鹿で阿呆な場所から私の秘密基地に連れて帰るね!」

 

「そしたら君の望むことをこの天才篠ノ之束さんが全て叶えてあげるよ!」

 

「だからさだからさ、一緒に君を苦しめたこんな国なんて、キミから全てを奪った奴らなんて―――潰そ?」

 

 

 

IS―――現代兵器を凌駕する反面、女性しか扱えないという欠点を伴いながらもISが世界最強の兵器として認識

認知されてから、世界観は男尊女卑から女尊男卑と変わってから早くも十年が経った頃。

 

女性しか動かせないISを男が動かした、世間を騒がせる前代未聞の事実がお茶の間に流れた。

 

それだけでも驚きだというのに広がった水の波紋に呼応するよう感じで、次々と特定の国のみの男性がISを動かせる発覚がされていく。

 

 

 

 

 

 

日本に初めて珍獣が来日してから動物園はその日の年の来客数が倍増した。珍獣を一目でも見たいがためにこぞって足を運んで好奇、奇異、興味深々な眼差しや視線を向けるのは人としての性か。動物に限らずその視線を籠めて―――四人の男子に送っているのは可憐な花の女子達もそうであった。

 

その視線と言ったら、一身に浴びる男子達は極めて居たたまれないでいる。十四~十五の思春期の男達が思っていた甘い憧憬とは程遠い視線に気持ちが萎縮し、体を縮めてしまう。もしも四人の男子の心を言葉にするのであれば。

 

「「「「家に帰りたい」」」」

 

嘆く男達の呟きは虚空に消えて女子しかいない教室では、彼等の心を慰めてくれる救いの手を差し伸べてくれる者は皆無である中でSHRが始まった。

 

「織斑一夏・・・・・以上です」

 

「織斑秋十、一夏と双子の関係だ。どっちが兄か弟かは興味ない。以上」

 

「五反田弾。ISを動かせる男として頑張ります」

 

「御手洗数馬だ。趣味はこの四人で下手くそなバンドをする事。後はISを動かせるからには足手まといにならない程度に頑張ります」

 

女性しかISを動かせない男達の自己紹介は終え、期待していた女子達は「え、それだけ?」と拍子抜けした面持ちで目を丸くする。もっとまともな紹介は出来ないのかと、世界で唯一の男達の頭にスパパパパンと叩かれ、揃いも揃って鈍痛に堪えたように頭に手を押さえた。

 

「もっとマシな事を言えんのか馬鹿ども」

 

「ち、千冬姉―――!?」

 

「げぇっ!か、関羽ぅっ!?」

 

「ここでは織斑先生と呼べ。それと誰が三国志の武将だ馬鹿兄弟。山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」

 

再び二つの頭に降り下ろされて炸裂するは出席簿。叩かれずに済んだ二人は「「南無」」と合掌する。そんなことした人物は黒い長髪を一つに結い、黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているがけして過肉厚ではないボディライン。組んだ腕。狼を思わせる鋭い吊り目の女性で一夏と秋十の姉である。因みに副担任は黄色いワンピースを着た(※巨乳!)緑の短髪に同色の眼、眼鏡を掛けたこれもまた女性の山田麻耶(※巨乳!)と言う。

 

『キャー!千冬様ー!』

 

織斑千冬の登場で大半の女子が黄色い歓声を上げ、教室の中はあっという間に騒がしくなった。IS乗りの女性の中で一番有名なのはISを用いる格闘競技大会、通称モンドグロッソの優勝経験者をした織斑千冬だ。しかし、二度目の大会でとある事情で放棄、優勝を逃した後に引退をしたのが数年も前の話しになる。

 

「キャーキャーと五月蠅い。有名人の女を会いに来ただけならさっさと帰れ」

 

黄色い歓声の中。冷たく、どこまでも低い声音が興奮で熱が冷めない盛り上がりを一気に下げた。女子達だけでなく男子や教師もある一人の女子に目を向ける。その女子は―――織斑千冬を幼くした顔をしていて、冷やかな言葉を一同に向けて言い放ったのだ。それには一夏と秋十は冷や汗を流しながら、第一印象を悪くしたら友人も関係もできず一人ぼっちになりかねない。―――同じ兄弟姉妹としてフォローしなければとやんわりと窘めた。

 

「そう言うなって。マドカ。ほら、皆に言い過ぎたって謝った方がいい。後で仲良くなれないぞ」

 

「そうだぞ。確かに千冬姉は世間的に有名人だけと家じゃあ随分と―――(バシッ!)あだっ!?」

 

「・・・・・仲良しごっこなんて興味無い」

 

吊り目の眼差しが触れれば切れそうなほど鋭い上に強い光を帯びていた。しかも纏う雰囲気が人を寄せ付けない危険な何かを発していて、織斑マドカは周囲を近寄り難くさせている。

 

「くだらない交流をする暇があればさっさと授業をした方が合理的。特にこの学園の存在意義であるISの関する―――」

 

話す途中で飛んでくる出席簿によって最後まで言えず、顔だけ動かして直ぐ横で通り過ぎるソレはマドカの背後にいた女子に当たり、彼女は初日から不運な目に遭ってしまった。目の前で繰り広げた光景に女子達はただ唖然、呆けるしかなく出席簿を投擲した千冬は淡々と言葉を口にして警告する。例え実の妹であろうと厳しく指導しなくてはならないのだ。

 

「織斑妹。危険な思考でISを触れるならば監視をしなくてはならない」

 

千冬の教師としての立ち振る舞いに、「もう一人の男」が立ち上がってマドカの肩を持つ風な立ち振る舞い方をした。

 

「まぁまぁ、誰もが羨望されているISを触れられる機会を手に入れたからには、強くなりたい気持ちを持っても自然でしょ?俺も練習用の機体でも強くなりたいからマドカの気持ちはわかるよ」

 

「・・・・・お前と一緒にするな虫唾が走る」

 

「orz・・・・・マドカ辛辣だな。あ、順番を無視するような形で申し訳ない。俺は織斑一誠。この間まで芸能界で働いていました。卒業するまで休業扱いなので皆とは一夏兄達と共々仲良くなりたいです」

 

黒髪に黒目、眉目秀麗の少年が場の雰囲気を変え再び黄色い歓声の嵐を巻き起こした。その人気ぶりは尋常ではなく、殆どの女子たちは一誠を熱い眼差しで向けている他、「あの有名人と学園生活を送れる!」という理由で喜びの涙を流すファンもいた。

 

「静かにしろガキども!」

 

千冬の雷の一喝が落ちるまでは続いた。その後すぐにチャイムが鳴った。

 

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくとも返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 

『はいっ!』 

 

「お前達も席に着け」

 

千冬に促され男五人はそれぞれ席に着き、一時間目のIS基礎理論授業を臨むのだった。

 

―――が・・・・・。

 

「お前ら、理解できたか?」

 

「いんや、理解に追い付けんかった・・・・・」

 

「そもそも、ISを触れること自体少ないだろ。知識だけ叩き込まれても実際に動かさないことには俺達がここにいる意味なんてないんじゃないのか?」

 

「自分の専用のISがあればいいんだけどなぁ~」

 

「ない物を強請ってもしょうがない。因みに俺は何とか噛みついている」

 

自然に一時間目の授業が終わって今は休み時間中に集う一夏達。けれど、この教室内の異様な雰囲気を無視できないようで、八つの眼がチラリと廊下側へ向ける。廊下には他クラスの女子、一、二、三年の先輩らが詰めかけている。しかし女子だけの空間に馴染んでしまっているのか、中々四人に話しかけるという事はしない。それはクラスの女子も同じで、『貴女話しかけなさいよ』という空気と『ちょっとまさか抜け駆けする気じゃないでしょうね』的な緊張感が満ちている。

 

「弾と数馬、お前らが願望していた展開だが喜ばないのか?」

 

「いやー、なんつーか・・・・・」

 

「想像していたのと違うのと、いざ理想郷の中に立たされると緊張が、な?」

 

「それに加えてクラスの女子からも視線が凄いことで、何とも居た堪れない気持ちの思いだ」

 

「そう?俺はいつもと変わらなく感じるよ」

 

「「「「それは日頃そういう日常を送っているお前だけが抱く感想だ」」」」

 

興味津々、好奇心旺盛で一夏らを見てソワソワ、ザワザワと落ち着かない様子の女子達は話しかけられるのを待っているかのように雰囲気を醸し出し、チラッと四人が周囲の女子を見ると、それまで彼らに向けていた視線を慌てて逸らす。

 

「「「「・・・・・一人じゃなくて安心する」」」」

 

「あはははー」

 

もしもこの状況の中、たった一人でいさせられたとしたら、物凄く精神的に疲れが出ていただろう。気さくさに話ができる女子が一人でもいたら救いであり、男友達だったら更にひとしおだ。

 

「な、昼飯どうするか決めてるか?」

 

「食堂で食べるつもりだぜ」

 

「同じく」

 

「んじゃ、マドカも誘って飯食おうぜ」

 

「そのマドカはもう姿を消していなくなっているんだが・・・・・」

 

仲がいい同士で和気藹々と会話をする男の光景に一部の女子が黄色い歓声を上げるが、当人達は気にすることはなかった。

 

「・・・・・ちょっといいか」

 

「「「「ん?」」」」」

 

突然、話しかけられた。女子同士の牽制に競り勝ったのだろうか?と思った一夏だが周囲の反応を確認してそうではないと悟った。

 

「「箒?」」

 

「おー、久しぶりじゃん」

 

「・・・・・」

 

篠ノ之箒。一夏と秋十に一誠、そしてマドカにとって彼女とは六年ぶりに再会になる幼馴染だ。四人が昔通っていた剣術道場の娘。髪型は艶のある肩下まである黒い長髪を白色のリボンでポニーテールに結っている。一夏と秋十はとても懐かし気で朗らかに話しかけるが睨みつけているような目つきで「話がある」と席を立つ催促を受けた。

 

「マドカは?」

 

「・・・・・早くしろ」

 

どうやらマドカ抜きで話をしたい箒に弾と数馬に一言残して彼女と話せる場所へ赴いた。そこは晴天を見上げれるIS学園内の屋上。箒は落下防止の目的で設置している柵の前に立ち三人に背を向ける。

 

「箒久しぶりー!凄く会いたかったよ!」

 

「六年ぶりだもんな。久しぶりに会ったけど、箒ってすぐにわかったぞ」

 

「相も変わらず髪型はポニーテールだし、目つきも鋭い上にな」

 

再会の会話を述べる一夏と秋十と一誠の声に箒は返答をしない。照れているのか中々言い出せないでいる。だから彼女から話しかけてくるまで口を閉ざした。しかし、休憩の時間切れの鐘の音が鳴ってしまった。二時間目の開始を告げるチャイムを聞き、行動に移す。

 

「箒、教室に戻ろう。遅れでもしたら千冬姉の出席簿に叩かれる」

 

「あれ、すっげー痛いんだよな。初めて知ったぞ出席簿に叩かれるのが痛いだなんて」

 

「ここじゃ姉さんに逆らっちゃいけない法律が黙認されているんだきっと」

 

「・・・・・」

 

―――†―――†―――

 

 

「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ―――」

 

すらすらと教科書を読んでいく山田先生。対して生徒は聞き耳を立てながら事前学習している者がてきぱきノートに記入していく女子がいればそうでない生徒が浮き上がる。主に男子生徒だ。机にどっかりと積まれた教科書五冊を片手に何とか遅れまいと四苦八苦、苦難の色を浮かべながら授業に取り組んでいる。そんな生徒がいれば教育者として指導の甲斐があるというものだ。山田真耶は内心嬉しそうにしながら一夏達に胸を張って訊ねた。

 

「何か分からないところがありますか?」

 

そう訊ねられた一夏達は席がバラバラでも以心伝心、事前に打ち合わせしたかのような口振りで応えた。

 

「「「「ほとんど全部わかりません」」」」

 

「へ?」

 

千冬から事前に発行されているはずの入学前の参考書について問われ、一人は漬物石の代わりに、一人は古い電話帳と間違えて捨て、残りの二人は単純に難しいと理由により、二人だけ出席簿で叩かれた。

 

「山田先生。すまないがこの四人を放課後教えてやってください」

 

「はい。わかりました。それじゃ織斑君達。放課後先生と教えてあげますから、がんばって?ね?ね?」

 

特別指導を受ける事になった一夏達四人は「はっ、ほ、放課後・・・・・放課後に教師と生徒・・・・・。あっ!だ、ダメですよ、先生、強引にされると弱いんですから・・・・・それに私、男の人は初めてでいきなり四人がかりでなんてそんな・・・・・」と頬を赤らめてそんな事を言いだした山田先生に何とも言えない面持ちとなった。妄想癖のあるかと、印象を窺わせる彼女の教師としての威厳はあまりないかもしれない。寧ろ不安になり果てしなく前途が多難な気がしてしょうがない。

 

 

二限目の休み時間、弾と数馬に一夏と秋十は復習というプチ勉強会をしつつ会話の花を咲かせていた。何とかマドカも誘いだして一誠は仏頂面を崩さない妹のにあれこれと積極的に接触、交流を臨んでいると一夏達の元へ一人の女子が口を開きながら近づいた。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

話しかけてきた相手は、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通った青い瞳が、ややつり上がった状態で五人を見ている。わずかにロールが掛かった髪はいかにも高貴なオーラを出していて、その女子の雰囲気も『いかにも』と風に醸し出していた。

 

「訊いてます?お返事は?」

 

「あ、ああ。訊いているけど・・・・・どういう用件だ?」

 

一夏がそう答えると、目の前の女子はかなりわざとらしく声を上げた。

 

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないのかしら?」

 

『・・・・・』

 

高貴な者の上から目線、大きな態度、プライドの塊が詰まった様な言葉を口にされ和気藹々だった雰囲気は静まり返るほど下がった。今の世の中、ISの登場で女性はかなり優遇されている。優遇どころか、女性によって女性こそが至上の存在だと思い込んで男の立場は完全に奴隷、労働力だろうと認識している者もいる。見知らぬ女に擦れ違っただけで小間使いのような仕打ちをされる男の姿は珍しくない。その上ISを使える。それが国家の軍事力になる。だからIS操縦者は偉い。そしてIS操縦者は原則女しかいない。それが現代の女性に優遇されて当然だと認識を増長させている原因でもあるのだ。

 

「いきなり話しかけてきた人のどこから光栄を思わせるのかわかるか?それとも背中の後ろに後光が見えるか?」

 

「「「「いや、わからん」」」」

 

だよなーと若干呆れる秋十。だが、名前は覚えている。

 

「確かイギリス出身のセシリア・オルコットだったけ?俺達に何か聞きたいことでもあるのか?」

 

「私の名前だけを憶えてらっしゃるのは及第点ですわね。ですが、私がイギリスの代表候補性という肩書が抜けていらっしゃいますわ」

 

「あー、相手が候補生だろうと代表だろうと今の俺達に他のことまで気に掛ける理由がないんだ。見ての通り勉強しているぐらいだし」

 

マドカはただ嫌々突っ立っているだけで勉強会に参加していない。ウーンウーンと頭を悩ませる男四人の一人、一夏がふと素朴な疑問を口にした。

 

「ついでに質問だ。代表候補生って、何?」

 

がたたっ。聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。セシリアも信じられないと顔に気持ちを露わにし、一夏の質問に呆れの息が零れる秋十達。そんな兄の為に一誠は説明した。

 

「オリンピックに出る国の代表の予備の選手って感じだよ」

 

「おお、わかりやすい」

 

ポンと納得して手を叩く一夏に「いや、読んで文字如くそのまんまだからな」と付け加える言葉を送る。

  

「あ、あ、あ・・・・・」

 

「「「「「『あ?』」」」」」

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

 

すごい剣幕で一夏に食って掛かるセシリア。

 

「・・・・・で、その代表候補生のセシリア・オルコットはどんな話をしに来た」

 

そこで初めてマドカが口を開いた。

 

「『たかが』代表候補性だからだと自慢をしに来ているなら他所でやれ。この愚兄共に付き合わされてイライラしているんだ。高飛車な女の話なんて聞いても意味がない。消えろ」

 

「な、なんですってっ!?入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートの私の話が無駄!?聞き捨てになられませんわ!」

 

唯一、を物凄く強調するセシリアの言葉に一夏達は「「「「「ん?」」」」」?と疑問を抱いた。

 

「入試って、あれか?ISを動かして戦うやつ?

 

「それ以外入試などありませんわ」

 

であれば、と五人は顔を見合わせて自分に指を突き付けながら言った。

 

「「「「「俺達も倒したぞ、教官」」」」」

 

「は・・・・・?」

 

「私もだ。相手はあのメガネの女教師だったな」

 

マドカもそうだったと言ってさらに付け加えた。

 

「お前、代表候補性だと言ったな。だとすれば専用機のISを保有しているのだろ」

 

「だったら、何ですの」

 

「訓練機相手に専用機で戦えば出来レース以外何もない。結果が見え透いている。自慢のISで訓練機を倒したそっちと同じ訓練機で教官を倒したこっち。代表候補生になるまで知識と実績を得ているお前と、初めてISを動かしたばかりのド素人共。一体どっちが自慢話になるのかすら頭の硬いエリートはどうやらそこまでわからないようだな」

 

千冬の顔でセシリアを嘲笑う。当然ながらセシリアは憤慨する。金切り声を上げながらマドカに対して食って掛かるも、相手にされないどころか三時間目開始のチャイムが鳴るまで無視された。女子達が続々と席に座った頃を見計らったように教室に千冬と山田が入って授業を臨んだ。

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

一、二時間目とは違って、山田ではなく千冬が教壇に立っている。よほど大事な話なのか、副担任の山田までノートを手に持っていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

ふと、思い出したように千冬が言う。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席・・・・まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測る今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生むもの。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

ざわめきが生じる教室。クラスの代表を決める時間となったこの瞬間に一夏達は臨んで推薦をしようとしなかった。その中、右手を挙手しクラス全員と二人の教員の視線を一身に集めた。まさか、彼女が?と勝手な期待が孕んだ眼差しを受ける中で千冬から話しかけられる。

 

「織斑妹。自薦か?自薦他薦は問わないぞ」

 

「他薦。現時点で戦闘力が高いセシリア・オルコットに面倒事を全面的に押し付けたい」

 

堂々と言ってのけるマドカの理由に「何ですのその理由はー!?」と悲鳴染みた叫びが聞こえても当の本人は気にせず、彼女を推薦すると意を固めている。仕舞には、はっと一夏達も挙手して「セシリアさんを推薦します!」と名乗り出た。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

突然、甲高い声で抗議しながらバンッと机を叩いて立ち上がったセシリア。

 

「このような選出は認められません!何ですの、面倒事を押し付けるとは。もっと言い方があるでしょう言い方が!」

 

「・・・・・成績優秀で入試試験で教官を倒したエリートのセシリア・オルコットを推薦する、で言い改める」

 

「何かイラッときますわ。あからさまにわたくしのこと蔑んでいますの?」

 

マドカを睨むセシリア。「なんだ、エリートじゃないのか」「エリートですわっ」と何だか夫婦漫才がしそうなやりとりに千冬は息を吐いた。

 

「他にはいないのか?いないなら無投票当選だぞ」

 

「ですから、織斑先生。わたくしはこんな選出は認められ―――」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

ばっさりとセシリアの言い分を切り捨てるその切れ味は一刀両断の如くであったと一夏は思った。このまま彼女の独走で決まってほしいと思う少年少女達であるが、初の男性操縦者の戦いを、強さを見てみたい女子達の好奇心を抑えつける事は叶わず。

 

「あの、織斑君に推薦を」

 

「私も、秋十君です。やん、秋十君って言っちゃったっ」

 

「五反田君に推薦」

 

「御手洗君を推薦します」

 

「織斑さんも推薦します」

 

「一誠君に推薦!」

 

他薦されっぱなしであっさりセシリアより多く指名され「いい気味ですわ」と内心嘲笑するが。別の意味で納得できなくなった。しかし、拒絶した手前で手の平を返す様に異論を唱えてはプライドを汚すのではないかと苦悩する。多くから推薦された生徒の数を決めかねなくなってしまっては教師として千冬はある提示を下す他なかった。

 

「クラス長を決める決闘をしてもらう」

 

「もしかして、バトルロワイヤル?」

 

「ああ、手間も時間も掛らず直ぐに決まる。ルールの勝敗は時間制限以内で勝者は一人、もしくは残存エネルギーで決める。異論はないな」

 

異論などすれば出席簿が飛んできそうな予感を覚える弟と妹は沈黙で是と答える対象的に。

 

「うふふ、丁度いい機会ですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたの機会ですわね!ああ、ですが・・・わたくしの実力を以って平伏させて決めないといけなくなるとは、あなた達は幸運でありながら不運ですわ。わたくしと『ブルー・ティアーズ』の戦う姿を目の当たりにしながら敗れるのですから」

 

優位に立った者の言動をし、優越感に浸っているその顔で結果は目に見えていると腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべるセシリア―――に言いたげな顔でマドカは呟いた。

 

「推薦した」

 

「あのような推薦こちらから願い下げですわよ!」

 

「実力を評価した上で嫌がれるなんて我儘過ぎるな。嫁の貰い手がなくなるぞ」

 

「何ですってー!?」と怒り狂う高貴なお嬢様から興味を無くしたのか、無表情の顔を逸らしてそれからセシリアに振り返らず瞑目し出す。自分に興味を失せた者に言い表せない感情が湧き上がり、許すまじとビシッと指をマドカに突き付ける。

 

「わたしくしを小馬鹿にして許せませんわ!絶対にあなただけはこのセシリア・オルコットが誇りに懸けて叩きのめしてあげますわよ。覚悟しなさい!」

 

「訓練機相手に全力を出すとか、よっぽど自分の実力に自信がないんだな。ああ、専用機じゃないと訓練機に勝てないって隠しているからか。弱いなセシリア・オルコット」

 

「ど、どこまでもわたくしを侮辱するなんて・・・・・っ!絶対に許しませんわよ、織斑マドカ!徹底的に潰して貴女の三人の兄弟の前で無様な姿を晒して見せますわ!」

 

ピクリと反応してゆっくりとセシリアへ顔を向けた。

 

「しない」

 

「は?」

 

「私は、敗北など絶対にしない。私は、強くならねばならない。『兄さん』に無様な姿を見せるわけにはいかない」

 

強い決意の思いを瞳に宿し、真剣な面持ちでセシリアを睥睨するマドカから発する雰囲気に、周囲は気圧される。

 

「(あの背中に・・・・・追いつけるまでは絶対に)」

 

 

 

一夏達の高校生活が始まりを迎えた頃・・・・・。篠ノ之束は秘密のラボの中で鼻歌しながら歩いていると、目的の空間に足を踏み入れば外套で全身を隠す者と少女が時折紫色の発光現象を起こす黒一色の機体の前に立っていた。二人の姿を目に入れてにんまりと笑みを浮かべつつ近づく。

 

「体の調子はどうかな?」

 

「・・・・・」

 

「そかそか、作った甲斐があったよー。何たって束さんのお手製で特注品だからね。もしも不具合や不備が感じたら遠慮せずに言ってね」

 

こくりとフードが揺れて首肯した黒衣の人物に絶やさない笑みのまま抱き着いた。

 

「ところでさ、IS学園でいっくん達がバトルロワイヤルをするんだってー。ここは君も参加して新しい体の調子を確かめる絶好の機会だと思うんだ。ねね、行ってみない?」

 

「・・・・・」

 

「大丈夫、私達もついていってあげるよ。可愛い助手の晴れ舞台を間近で見なきゃ勿体無い。宝くじ一等を当てるよりも嬉しいことなんだからね」

 

「・・・・・」

 

「うん、それじゃ早速準備しちゃおう!」

 

何も言っていないのに束は相手の気持ちがわかっているかのような言動をして行動を移す。黒衣の人物はそんな彼女を続くためにガシャッと足音を立たせた。

 

 

淡い照明しか光源がない薄暗く巨大な鉄の連絡路に歩く。三人分の足音が静かに立たせ続けていくと通路の側面に巨大な培養カプセルが軒並みに連なってる空間に足を踏み入れた。カプセルにはナンバーが刻まれていて、培養液と共に全裸の女性等が自分の覚醒を待っているかのように目を閉じていた。それらを感心するそぶりを見せない三人は歩く先に培養カプセルと対峙するように佇む二人の男女と出くわした。白衣を着た紫色よりの長い黒髪の金瞳の男性とウェーブがかかった薄紫の長髪の女性だ。それぞれ空中投影のディスプレイを二枚展開して、膨大なデータに目配りしていく。それと同時進行で空中投影のキーボードを叩いていった。

 

「やぁやぁ、順調かな?」

 

「滞りなく作業は進んでいるよ篠ノ之博士。まだこの娘達の稼働は先であるがね」

 

作業を中断して振り返った男性に腰に手を当てて首だけ培養カプセルの中にいる女性達へ見上げた。

 

「そかそか、この子が目を付けただけあってやるねー。この私もお前の『狂気』の研究に興味だけは湧いているよ。人体の中に機械を移植・融合なんて技術は私の専門外だけど私を除けばお前は『天才』だよ」

 

「それは光栄極まりない。人類史上の『天才』の博士に目を向けてくれるだけでも、私のしていることは世界に通用できるという証だ」

 

深々と紳士のように一礼する男性。

 

「ところでここに来たのは私にしてほしいことでも?」

 

「うんうん、これからIS学園に遊びに行くから何人か貸してほしいんだよ。この子の初めての晴れ舞台に乱入する失礼な連中が出ないようにさ」

 

「ほう・・・・・では、動き出すのだね?篠ノ之博士」

 

二人が意識する黒ローブで全身を隠す者。束はくるりと回りながらその者に抱き着いた。

 

「当然だよ。地獄の底から蜘蛛のほっそい糸で上るよりも、鉄の翼で力強く飛んで抜け出すこの子の姿を馬鹿な世界にお披露目をするんだ」

 

 

―――†―――†―――†――――

 

 

幾日が過ぎバトルロワイヤル当日。六人が第三アリーナの別々のピットから『青』と『白』、鈍色の機体を纏ってアリーナ・ステージに佇んでいた。

 

「あら、逃げずに来ましたのね極東のお猿さん達。一方的な結果が見えているというのに」

 

「そうだな、そうすればお前の言い訳もできるのにな。同じ訓練機同士で戦えば少しは言い訳できる。一方的な勝利に浸れるからさぞかしいい気分だろう?ああ、そのド素人の相手にも勝って諸手あげて喜ぶ程度の小学生の精神と我儘な性格に心に余裕がなかったか。すまん、そこまで気が付かなかったよ。プライドだけが取り柄しかない自称エリートお嬢様」

 

「~~~~~っっっ」

 

マンガのように怒りの血筋が浮かび、ブチッ!と血管が千切れる擬音が聞こえるのであればまさに今のセシリアはそんな感じで憤怒していた。彼女が纏う鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その外見は、特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従えどこか王国騎士のような気高さを感じさせる。それを駆るセシリアの手には二メートルを超す長大な銃器―――検索、六七口径レーザーライフル《スターライトmkⅢ》と一致―――が握られていた。ISは元々宇宙空間での活動を前提に作られているので、原則空中に浮いている。そのため自分の背丈より大きな武器を扱うのは珍しくない。アリーナ・ステージの直径は二〇〇メートル。発射から目標到達までの予測時間〇.四秒。すでに試合開始の鐘が鳴っているので、いつ撃ってきてもおかしくない状況その中で六人はISを駆って戦うのだ。

 

「・・・・・最後のチャンスをあげますわ」

 

高ぶる気持ちを抑え込みつつ腰に当てた手を一夏の方に、びっと一夏の方へ人差し指を突き出した状態で向けてくる。左手の銃は、余裕なのかまだ砲口が下がったままだ。

 

「チャンスって?」

 

「私が一方的な勝利を得る―――」

 

ガガガガガッ!と『ブルー・ティアーズ』のシールドエネルギーを削る銃弾が真下から撃たれる。話の腰を折られすぐさま回避行動に出たセシリアの瞳には純色のIS『打鉄』を纏うマドカがアサルトライフル『焔備』を構えていた。

 

「あ、すまん。空に小五月蠅い虫が飛んでいたんでな。撃ち抜こうとしてお前に当たってしまった。それにしても不思議だな?イギリスのエリート様が日本の量産型で訓練機の攻撃を受けるとはな。ああ、サービスのつもりか?敗北必須の私達にお情けをかけてくれたというのは涙が出るほど喜んで感謝をしよう。―――一生蠅のように空を飛んだまま撃たれてくれ」

 

「お、織斑マドカァアアアアアッ!」

 

さんざん煽られ、侮辱と嘲笑されてとうとうセシリアの怒りのエネルギーゲージが限界突破して《スターライトmkⅢ》をマドカに突き付け狙いを定める。

 

「うし、作戦通りにいくぞ!」

 

「おう!」

 

「了解、マドカに合わせる!」

 

「一夏、頑張れよっ!自由に空飛べるのはお前だけだからな!」

 

「わかったっ!」

 

「っ、いいでしょう・・・・・。ならば、踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

「ヒステリックのお嬢様が淑女的な踊りができるのか?精々恥を掻かないお子様の踊りをするんだな」

 

マドカ、どこまで人を煽るのが天才的なんだ。とセシリアの精神を乱しに乱して戦闘を臨む妹に一夏は脳裏に昨夜のことを思い出す。

 

 

一日だけ時間が遡る。一夏と秋十の部屋で明日、バトルロワイヤルをすることになったセシリア以外のメンバーがマドカの誘いで集まった。

 

 

「マドカ、話ってのは何だ?お前から声をかけるなんて珍しい」 

 

「久しぶりに妹から声をかけられて俺は嬉しいぞマドカ」

 

「(無視)あのイギリス女を倒す作戦をしたい」

 

「バトルロワイヤルの形式だろう?最後の一人になるまでだから結局敵同士じゃん」

 

「ふん、そこまで勝ちたいならセシリア・オルコットを倒したら好きにすればいい。私はクラス委員長など微塵も興味がない。最初から辞退する気でいるが、あの女に負けるのは心底嫌だ」

 

「ってことは、俺らが協力し合ってあの子を倒すってことでいいんだな?」

 

「その通りだ。都合よく愚兄が専用機をぶっつけ本番で手に入る。実力は圧倒的に劣るが少なくとも同じ土俵に立っている。私達が下で素人らしい素人の戦いをしている間に、上から調子に乗って笑いながら攻撃してくるあのヒステリック女が許せない」

 

マドカから共闘の誘いを受け、一夏達もタダで負けるのは男として嫌だと思うところがあったのだろう。異論なく彼女の作戦に協力して臨む姿勢になった。

 

「でも、協力するだけなら簡単だ。セシリアのISがどんなのかわからないんじゃ作戦は立てられないぞ?」

 

「既に手は打ってある。あいつのISの戦闘スタイルも把握済みだ」

 

「お前、一体どこからそんな情報を?」

 

一夏の問いに、口を閉ざして苦虫を噛み潰したような面持ちで吐露した。

 

「・・・・・篠ノ之の姉に頼んだ」

 

「「ぶっ!?」」

 

「「「納得」」」

 

以下の話をマドカ達はしてセシリアとの戦いに向けて作戦を考えて今日を迎えた。

 

「四つの自立起動兵器を狙え!あいつが射撃の時は他の攻撃を同時にできないからな!」

 

「・・・・・!」

 

ひくくっとセシリアの右目尻が引き攣った。図星であることを一夏達は認知して、それぞれ果敢に彼女へ迫り攻撃する。下からマドカ達の支援を受け、直接たった一つしかない一夏の専用機『百式』の武装、ブレードで斬りかかりセシリアの意識を集中せざるを得ないようにする。レーザーライフルで狙おうとすれば直接本人か四つのビットが狙い撃ちされる。マドカの指摘通り、レーザーライフルとビットを同時に使役することができずにいるセシリアは歯痒い思いと一対多向きの状況なのに、ブルー・ティアーズの本領を発揮する戦いだというのに思うように戦わせない相手に苦戦を強いられる。

 

「はぁぁ・・・・・すごいですねぇ、織斑君達」

 

ピットでリアルモニターを見ていた山田真耶がため息混じりにつぶやく。確かに一夏は二回目とは思えないほどの健闘ぶりで、援護しているマドカ達の連携も中々のものだ。

 

「バトルロワイヤルを逆手にとってまずは強敵を倒す。大方考えたのは織斑妹だろう」

 

「どうしてわかるんですか?」

 

「あいつは人一倍負けず嫌いなところがある。そして自分の強さと弱さを知っている。可能ならば他の奴に協力を求めることも惜しまず勝つことを臨んでいる」

 

「へぇぇぇ・・・・・さすがはご兄弟姉妹ですねー。そんなところまでわかるなんて」

 

何となくそう言った真耶に、けれど千冬は複雑な表情を浮かべた。

 

「影響を濃く受けたからな・・・・・」

 

「織斑君達のですか?仲睦まじいですねー」

 

微笑ましいとモニターへ向き直り四機全てのビットの破壊を達成した瞬間を目の当たりにした。

 

 

「よし、丸裸にしてやったぜ!」

 

「気をつけろよ、一夏。腰のミサイルに警戒しろ!」

 

「なんでブルー・ティアーズの武装を知っているのですか!?」

 

ここまで追いつめられることになるとは予想外以外何もなかったセシリアは、さらにまだ隠していた武装まで看破され不意打ちで撃つ機会を奪われたのも当然だ。焦りが彼女の行動を鈍らせて肉薄しかかる一夏にライフルを構えるが、『弾道型(ミサイル)』も撃たれることを想定して迫っているとすれば次にかわされるのが目に浮かぶ。どうする、どうするどうすれば・・・!?

 

「(いける!)」

 

秋十達の支援あってついにセシリアを追い込むことが叶った。残りの武装を気を付ければ接近戦でブレードを叩き込めば勝つことができる。皆の援護を無駄にしないために一夏は全力でセシリアの懐に飛び込まんと宙を駆け、両手で握っているブレードを上段から振り下ろした。

 

――――――刹那。

 

二人の間に影が音もなく舞い降り、それぞれの腕を掴んだ感覚を覚えた二人が気が付いたときはステージの地面へ高速で引きずられて叩きつけられた。

 

ズドオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

「「「「―――っ!?」」」」

 

二人が何かによって地面に叩きつけられたまでは肉眼で捉えた。だが、それは何なのかは判明できない。ステージにもくもくと上がっている煙の中から、一夏とセシリアが放り投げられた感じで飛び出してきた。

 

「一夏、セシリア!」

 

「うっ、くっ・・・・・!だ、大丈夫ですわ・・・・・」

 

「一体、今のは・・・・・?」

 

「わからない・・・・・」

 

警戒する七人が纏うISのハイパーセンサーが緊急通告を行った。

 

―――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

 

「なっ―――――」

 

IS学園に謎のISが襲撃。何故、このタイミングで?何故ここに襲撃してきた?何が狙いなのだ?理解に苦しみ、込み上げる疑問を解消できないまま少年少女達の前にユラリと煙の中から影が浮かび上がる。聞こえてくる足音の主が黒衣のローブで全身を包んだ出で立ちで現れて立ち止まる。

 

「・・・・・IS、なのか?にしては小さすぎるような」

 

「ですが、ハイパーセンサーではISと断定していますわ」

 

「ISの故障だと思いたいな」

 

臨戦態勢の構えのまま、正体不明のISと対峙して何時でも動ける姿勢で皆の気持ちを代表に一夏が尋ねた。

 

「お前は誰だ。何の目的でここにきた」

 

相手は答えない代わりに無言でフードに手をかけて脱ぎ払う。一夏達は目を疑った。身長は170cmは優にある。それが人間だったならば特別珍しくない特徴なのだが―――相手は肌の露出を全てISのような装甲で隠していた。頭部の部分は能面のヘルメットで体と同じように隠している異様な敵は不気味さを醸し出してた。

 

「あれで、ISなのか・・・・・?どこかの国が開発した新しいやつか?」

 

「わからないことを口にしても結局答えがわからないままだ。ただ、現状わかるとしたら」

 

「あいつ、俺達のことロックしたままだ」

 

「つまり・・・・・」

 

「敵なのだろうな」

 

自分の立場を告げるように敵ISは背中から鳥のように四対八枚のウイングスラスターを広げ、両手持ちの赤黒いブレードを呼び出し(コール)た。そして、スラスター翼の部分が分離して八つの自立起動兵器として一夏達を狙い定める。

 

「・・・・・マジでか」

 

信じられない弾の呟きに八つのビットから放たれるビームが応える。ビームの射撃に散り散りで避ける一夏達は第二ラウンドを強いられることになってしまった。まず敵ISに標的されたのはセシリアからだった。弱った獲物から狙う狡猾の獣であるかのように後部スラスター翼からエネルギーを利用して爆発的に加速する。

 

「は―――――!?」

 

いきなり高速移動する相手に目を張った瞬間に全身が襲う衝撃で機体諸共アリーナの壁まで吹っ飛んだ。敵ISと一緒に。瞠目する一夏達を置き去りにして赤黒いブレードをセシリアに振り下ろして滅多切り。武装のレーザーライフルとミサイルを破壊し、戦闘不能になるまで繰り返す。

 

「止めろぉおおおっ!」

 

背後から斬りかかる一誠は軽やかな動きでかわされながらブレードを持つ腕を掴まれ、片腕で振るわれるブレードに叩き込まれた。滅多打ちの如く何度も蹴りも入れられシールドエネルギーが削られて視界がブレる。外装が壊されISから警告の報せと一緒にアラームが鳴っていようと敵ISの暴力的な攻撃は止まらない。ただ受け身でいるしかない一誠は負けじと殴り蹴り返し始めたが。

 

「「一誠!」」

 

「「このいい加減にしろ!」」

 

兄弟を、友達を助けようと四方から迫りくる。ブレードを水平に突き付ける、上段から振り下ろす姿勢の四人に力いっぱい一誠を振り回して弾き飛ばした。その直後に八つのビットで射撃して追い撃ち牽制。マドカを残して一夏達をたった一機のISに凌駕する光景は圧倒されるものであった。当然、この非常事態に教師陣は鎮圧に動くはずだが、未だに緊急連絡すら放送されていない。

 

「ダメです、織斑先生。システムがオールダウン。ハッキングを受けて機能が停止しています!外部への通信も遮断されております!」

 

「・・・・・あのISがこの元凶か」

 

ピットの中は騒然と化するなかで千冬は冷静でいながら綺麗な黒い柳眉を寄せていた。鉄の空間の中に閉じ込められているようなもので外部への連絡は真耶が言った通りできない状態。モニターも砂嵐でアリーナにいる生徒達の状況も把握できず完璧に後手に回ってしまったのだ。手の打ちようがない千冬達は生徒、家族の安全に気に掛けることしか唯一できること他なかった。

 

学園に生じた非常事態に備え実戦向けに戦闘訓練を受けた教師部隊が、出動の報告を受けて以降音沙汰無のアリーナへ直行する直前―――奇襲を受けた。

 

「ドクター、こちらトーレ。IS保管庫を制圧した」

 

『ご苦労トーレ。そのままあの子が、篠ノ之博士が満足に至るまでしてくれたまえ』

 

了解した。と長身の紫髪の女性は短く受け答え通信を切った。

 

「うふふのふー。IS学園の管理機能はそれほどでもないわねー。篠ノ之博士だったら一本の指でもハッキングできちゃうんじゃないかしらぁ~」

 

待機状態のISの肩部に腰を落として空中投影のキーボードを叩いている、長い髪をツインに結び大きな丸い眼鏡をかけた少女が、空中に投影されているモニターに映っているアリーナの様子を見ていた。

 

「クアットロ、あいつはどうだ」

 

「問題視することなんて無いほどに余裕で戦っていますわ。というか、あの子が強すぎて戦いになっているのか怪しいぐらい。今じゃ、残り一人しか無事な相手がいませんわ」

 

「ふん、当然だろう。まともに訓練を受けていない相手ばかりではまっとうな戦いにもならん」

 

「あらトーレお姉さま。まるで自分の事のように褒めますのね。やっぱり気になりますぅ?」

 

ちょっぴりからかいを含んだ問いかけは「任務に集中しろ」と叱咤で返させられた。はぁいと返事をしてハッキングを解除する試みを確認して指を滑らせるように動かすクアットロ。何時の間にか解除されようとしていて、もしも解除を許してあのアリーナに邪魔者を行かせてしまったら、上のお姉様達に冗談抜きで怒られちゃう。その想像をして心の中で薄っすら冷や汗を流すクアットロ。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

マドカを残してISのダメージが大きい一夏達は地にひれ伏していた。敵ISは鞘も粒子召喚してブレードのように二刀流の構えで姿勢で停止した。まるで彼女の次の行動を待つように。マドカは既視感を覚えた。敵ISのあのブレードの構えは―――。

 

『刀が重いから持てないけど鞘なら持てれるよ。ほらこれで二刀流!これなら相手と戦えるよ絶対』

 

『格好いい!』

 

『『いや一誠、鞘は斬れないって』』

 

まだ幼い頃だった時に発案した戦闘スタイル。お蔵入りになったそれは輝しい思い出の一つとしてマドカの中に眠っていたが今蘇った。

 

「・・・・・待て」

 

戦闘が続行できないまでにダメージを受けた練習機のISから降りた一誠。ISのブレードを両手で持って構えながら敵ISに近づいた。

 

「妹に手を出すな」

 

「・・・・・」

 

「無視をするな!」

 

大振りで袈裟切りしかかる一誠。後ろを一切振り向かず前を向く敵ISは手に持っていたブレードで防ぎながら、鞘で一誠の身体に鋭く突き飛ばした。無様に数メートルも吹っ飛んで転がる兄をマドカは気にかける余裕がないのか敵ISから視線を外せない。それどころか口を開いた。

 

「お前・・・・・本当にISなのか?動きが妙に人間的だ」

 

「・・・・・」

 

新型のIS・・・・・第三世代型を上回るISなのかと予測を立てるマドカは、返ってくるとは思わなかった答えに目を疑った。

 

ブレードを鞘に納め片手を伸ばす敵IS。意志疎通が可能だとわかりマドカはこれを機に問い詰めた。

 

「目的はなんだ?」

 

「・・・・・」

 

しかし、敵ISからの返答はなかった。差し伸べられた手がそのままで、勧誘の話を応じるか否か先だとばかり無言に戻ったのだ。マドカはそれに対して否と答えようとしたら一夏のISが一次移行(ファースト・シフト)を完了と通告があった。

 

白を基調としたISを纏う一夏がエネルギーの刃の武装を手に敵ISへ突貫した。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

赤黒いブレードで受け止め一夏の勢いに押し負け、地面に溝を作って壁際まで押される。そこで鍔迫り合いをする白と黒の機体。

 

「俺の家族にこれ以上手を出させねぇ!」

 

「・・・・・」

 

忘れていないか?と八つのビットを放って一夏の背中から射撃してシールドエネルギーを削り、怯んだところを狙い腹部に蹴り逆に飛び掛かって斬りかかる。武装の多さは勝っているが、あのエネルギー刃は当たれば厄介だと敵ISは知っていた。なんせあれは『織斑千冬』の―――。

 

『もしもーし、そろそろ帰ってきたほうがいいよー。長引くと引き際がわからなくなるからねー』

 

ピタリ、と一夏に振るいかけたブレードが停止。突然動きが不自然に止まったが一夏は逃さずエネルギー刃を叩き込んだ。しかし、あっさり防ぎ弾き返されて直ぐに空へと駆けてアリーナから去る敵ISに見送るしかできなかった。

 

「帰った、のか?」

 

「・・・・・」

 

最後の行動はマドカも理解できず、啞然としばらくその場で突っ立った。ピットも機能が回復しハッキングを解除、学園のシステムが正常に戻った後は戦後処理が待っていた。

 

―――†―――†―――†―――

 

「ひとまず、よく戦ったとしか言葉は送れない。正体不明の所属不明、未知のIS相手にな」

 

試合は当然ながら中止、敵ISによって戦闘不能に陥ったセシリア、弾、数馬は共に軽症で済んだがセシリアのISは無事とは言えない。殆どの装備が破壊された上にダメージがCを超えた。しばらくの間、修復に時間を費やすために起動はできなくなってしまった。一誠も身体的ダメージが大きく医療室に運び込まれた。

 

「お前達から見て相対したあのISはどうだった。何か感じたか」

 

「「「・・・・・」」」

 

千冬の質問に感想を思い浮かべる一夏、秋十、マドカの三人は難しい表情と当惑してる気持ちで打ち明けた。

 

「あんなISが存在しているなんて思わなかった。まるで人間ぽかった」

 

「なんつーか、違和感しかなくて釈然としない」

 

「意志疎通ができることぐらいしかわからん」

 

そうか、と三人の感想を聞いた千冬は解散させた。謎は解明されることなくその日は全て有耶無耶にされて翌日を迎える。そして、あろうことか。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

山田真耶は嬉々として喋っている。そしてクラスの女子達も大いに盛り上がっている。その結果に身に覚えがない一夏は困惑と暗い顔で挙手。

 

「先生。質問です」

 

「はい、織斑君」

 

「俺は昨日、勝っても負けてもいませんが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

 

「それは―――」

 

「それは私が辞退したからですわ!」

 

がたんと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズ。様になっているが何故、辞退をしたのか一夏にはちんぷんかんぷんだ。しかも、なんか妙にテンションが高く昨日までの怒っている感じもないし、むしろ上機嫌にも見える。不思議である。

 

「勝負はあのような事件もあって有耶無耶になってしまいました。それは仕方のないことですわ」

 

まぁ、そうであるな。実際そうであるが辞退する理由がまだなっていない。

 

「しかし、まあ、それ以前に私も大人げなく起ったことを反省しまして。昨日、私を助けようとしてくれた貴方には感謝していますの」

 

ほうほう、そうなのかと納得する首肯をする。

 

「一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何より糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 

これほどありがた迷惑はないだろうと思わずにはいられない他、名前で呼ばれたことに不思議さを覚えた当人は首を傾げた。

 

「因みに、俺達もお前にクラス代表を譲ることにした。昨日の功労者はお前だからな」

 

「俺達の援護もあったとはいえ、セシリアを追い込んだのは他でもないお前だし」

 

「私はもとよりクラス代表になるつもりは微塵もないと事前に言った」

 

「という事で、頑張れよ一夏兄委員長」

 

「お前は俺達に売られたんだ」

 

「・・・・・はぁっ!?」

 

自分の知らないところで辞退していた身内と友人に間の抜けた驚きの表情を浮かべた。秋十達は一夏の反応を見てしてやったりと心の中でほくそ笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ・・・・・」

 

とある日の夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。まだ暖かな四月の夜風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。肩にかかるかかからないくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をしていた。

 

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 

上着のポケットから一切れの髪を取り出しながらIS学園の中を彷徨うようにして潜って歩き始める。ふと、夜空に散らばっている星空を見上げとある男子のことを思い出す。その男子のことは、少女にとって日本に帰ってくる最大の理由にかかわっている思い出だ。

 

・・・・・一年ちょっとしか日本から離れていただけだってのに、もうずいぶん昔のようだわ。

 

思い出すのはとても仲良しであってとある理由で遊ぶ機会はない時もあり、とても忙しそうだった男子の兄だった。その弟の人気振りはかなりの人気者の半面、面白く感じない者や嫉妬、嫌う者も少なくなくちょっとした騒動も絶えなかったっけと弟の方も思い出して懐かしみさも覚える。

 

「だから・・・・・でだな・・・・・」

 

ふと、声が聞こえてくる。視線をやると、女子がIS訓練施設から出てくるようだった。どこの国でもIS関係の施設は似たような形をしているから、すぐにそうだとわかる。

 

―――ちょうどいいや。場所聞こっと。

 

声をかけようとして、少女は小走りにアリーナ・ゲートへ向かう。

 

「だから、そのイメージがわからないんだよ」

 

不意を突かれて、少女の体はびくんと震えてその足が止まる。男の声―――それも、知っている声にすごく良く似ている。いや、おそらく同一人物。予期しなかった再会に、少女の鼓動が急ピッチでペースを上げる。

 

「・・・・・だから言っただろう。こいつの教え方は大雑把で幼稚、感覚だけで教えようとする。だから上級生に頼んだほうがいいと」

 

「お、大雑把ではない!ちゃんと説明しているだろう!」

 

「ならば、もう一度私達が分かるような教え方をしてもらおうか。わかるならばよし、わからなければお前から教わることは何一つないと断定して上級生に教えを乞わせてもらう。さぁ、言え。あれはどういう動きに対する『くいって感じ』なのだ?」

 

「・・・・・・くいって感じだ」

 

「はっ!お前は相手を教える教え方を学ばせたほうが賢明か!幼稚園児か小学生並みの教え方しかできん奴から身になるような訓練ができるとは万が一すら思えない。お前、もう一度小学生から学び直してこい。最悪幼稚園児からだな。それで正しい学び方が分かったならまた教えてもらおうじゃないか。無論、納得できる分かり易くなっていれば、の話だがな。それにしても、その歳で原始人並みの表現の教え方とか・・・・・お前、大人になってもそれじゃあ、脳筋馬鹿女と言われても仕方がないぞ。だがまぁ安心しろ篠ノ之。例え教え方が脳筋原始人でも原始人は時間を掛けて進化を遂げたんだ。お前も時間を掛けて教え方を上達すればいい。ああ、しかし原始人がそうなった時間を考慮すれば、お前の教え方が分かり易く聞けるようになった頃には、とっくにお前も私達は死んでいるな!だからこの言葉を送ろう。―――お前は死んでも絶対に教え方が絶望的に下手のままだと」

 

 

だが、相手を蔑む声を聴いた途端にさっきまでの胸の高鳴りは嘘のように消え、さーっと冷たい滝に打たれたかのように心が委縮してしまう。この声の主には少女にとって散々辛酸をなめさせられた思い出しかない。できれば会いたくはない相手だ。嫌いではないが、毒を入れないと話せないような相手と会話をするのは強い精神力が必要なのだ。身内に対しても容赦しない。ただ一人を除いてだったが。ほら、実際にポニーテールの少女が口で負かされて目尻にキラリとした何かを浮かべて走って行ってしまった。自分にも経験があるとすごーく、既視感を覚え同情する。

 

それからすぐ、総合事務受付は見つかった。アリーナの後ろにあるのが、本校舎だったからだ。灯りがついていたので、そこだとわかった。

 

「ええと、それじゃ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、鳳鈴音(ファン・リンィン)さん」

 

愛想のいい事務員の言葉に「ありがとう」と返して―――鈴音は、聞いた。

 

「織斑一夏って何組ですか?」

 

「ああ、噂の子?一組よ。鳳さんは二組だから、お隣ね。そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけあるわね」

 

噂好きな女性の性。その体現のような事務員の姿を冷ややかに見ながら、鈴音は質問を続ける。

 

「二組の代表ってもう決まってますか?」

 

「決まってるわよ」

 

「名前は?」

 

「え?ええと・・・・・聞いてどうするの?」

 

鈴音の態度に少しおかしなところを感じたのか、事務員は少し戸惑ったように聞き返す。

 

「お願いしようかと思って。代表、あたしに譲ってって―――」

 

にこにことした笑顔に不敵さが滲み浮かんでいた。

 

―――†―――†―――†―――

 

「織斑君達、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

朝。席に着くなりクラスメイトに話しかけられた。入学から数週間で、謎の敵ISの襲撃から受けて数日。それなりに女子とも話せるようになったのは最初の頃より大きな前進と言えるだろう。一夏がそうであるように秋十達とも自分から女子と会話をするようにもなっているが、マドカは未だに寄せ付けないオーラを発していた。

 

「転校生?今の時期に?」

 

今はまだ四月だ。何で入学じゃなく、転入なのだろう。しかもこのIS学園、転入はかなり条件が厳しい。試験はもちろん、国の推薦がないとできないようになっているのだ。それができるとすればつまり―――――。

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ふーん」

 

代表候補生と言えば。

 

「あら、私の存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら」

 

一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、腰に手を当てながらポーズをする。

 

「複数とはいえ訓練機相手にも苦戦を強いられた候補生相手に危ぶんでいるのであれば、中国の政府はイギリスなど恐るに値しないのだと判断したんじゃないのか」

 

「マドカさんッ!!!」

 

相手の精神を逆撫でする言葉を発するマドカも、もはやこのクラスにとって日常になりがちになってきている。

 

「でもよ、このクラスに転入してくるわけじゃないんだろ?騒ぐことでもないんじゃね?」

 

御手洗数馬が、気づけば一夏の側に近づいてきた。

 

「それに他のクラスや上級生の方にも俺らと同じ、男の操縦者もいるらしいし気にすることでもないって」

 

「でも、個人的に中国から来た候補生ってのが気になるな。な、一夏」

 

「ああ、少しは」

 

五反田弾の言葉には含みがあり一夏も思うところがあるようで同感する。脳裏に過るここにはいない活発的な少女。その少女は一年、二年間ぐらい前に故郷の中国へ帰郷したのだ。理由は分からないが元気にしているだろうか?

 

「今のお前、女子を気にしている余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

「そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手なら専用機を持っているこの私、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスで私と一夏さん、だけ!なのですから」

 

『だけ』という部分をえらく強調するセシリアの態度に秋十達は声を殺して話し合いだす。

 

「・・・・・なぁ、あれってよ」

 

「言ってやるな」

 

「今日の星座占いであいつ、女難に遭うって結果だったぞ」

 

「あ、そうなんだ」

 

数馬の指摘に男四人は顔を見合わせ、微妙な表情で一夏へ目を向ける。

 

「秋十、例の中国の転入生。あいつだったらおかずを一品奢り(五反田)」

 

「あいつじゃない方でおかずを一品奢りだ(秋十)」

 

「なに、急にお前らは賭けをしてんだよ?(御手洗)」

 

「私は五反田に一票だ(マドカ)」

 

「俺も弾に一票(一誠)」

 

離れて座っているマドカが賭けに乗ったのがとても珍しく数馬も戸惑いつつ秋十に投票参加。その結果―――。

 

「あたしを賭けの対象にするんじゃないわよ、あんたらっ!」

 

教室の入り口から怒る声が聞こえた。一部の少年と少女達がすげえきいたことのある声だとドアの方へ視線を向けた。そこには歯を剥いて怒りを露に、トレードマークのツインテールが逆立つほど怒髪冠を衝いていた。

 

「鈴・・・・・?お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

一夏に話しかけられてふっと小さく笑みを漏らす。

 

「てか、何でドアんとこに立っていたんだ?」

 

「大方、愚兄に恥ずかしい再会をしたくないために、『こんな姿勢で格好良くすればあたしって結構イケてるんじゃない?』的な気持ちでスタンバイしていたんじゃないか?―――仮にそうだったらお前は漫才の才があるぞ。三流のな」

 

「久しぶりにアンタの毒の会話を聞いたわね・・・・・相も変わらずなわけ」

 

「「「まぁ、これがマドカなわけで」」」

 

マドカに対する質問の答えは敢えてせず、聞いていなかったことにスルーして弾に目を向ける。

 

「まさか、弾までISを操縦するなんて思いも―――」

 

「おい」

 

「なによ?」

 

バシンッ!聞き返した鈴に痛烈な出席簿打撃が入った。―――鬼教官の登場である。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん・・・・・」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません・・・・・」

 

すごすごとドアからどく鈴。その態度は100%千冬にビビっている。家族の一夏達ですら千冬には頭が上がらないどころか逆らえない。

 

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

 

「さっさと戻れ!」

 

「は、はいっ!」

 

自分のクラスへ向かって猛ダッシュ。

 

「(うん、昔のままの鈴だな。ていうか、アイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った)」

 

久しぶりの友人の身近な変化を知っても変わらない態度のまま授業を臨む。しかし、それから鈴と接していくと当人が訳の分からないうちに鈴を怒らせ、来月のクラス対抗戦で雌雄を決することになった。

 

 

 

某所。高速道路で走る高級車に乗っている中年の男性がいた。相席する若い美女の秘書から予定のスケジュールの報告を受けながら、仕事の内容を頭の中に入れる。それが終わると秘書は静かに口を閉ざして目的地に辿り着くまで待つ姿勢に入った。そんな彼に中年の男性は訊く。

 

「IS学園にいる男性操縦者達の様子はどうかね」

 

「はい、逐一何の問題なく順調であると報告を受けております。ですが、所属不明の新型のISによる襲撃の件を除いてですが」

 

「新型・・・・・無人機、あるいは我々が認知していない秘密結社か組織の者の仕業か」

 

「可能性は、あるかと思います。目的は不明のようですが」

 

質問に答える秘書の言葉以降、静寂な雰囲気を醸し出す中で黙った。

 

「・・・・・例の『プロトタイプ計画』の方はどうだ」

 

「はっ、それは―――」

 

話を切り出す中年男性に口を開き答えかけた秘書だったが、車の天井からドッ!と二人の間で突き刺さる赤黒い刃。瞠目する彼らを気にせず刃がそのまま天井に切れ込みを入れ、今度は手で強引に取り外されて車内が露出。空を見上げるようになった車から二人の目には黒いISを纏う者が飛び込んできた。今話に出たばかりの所属不明のISを操縦する者が、中年男性へ手を伸ばして車から引きずり出して―――車の速度と同じ速度で宙に浮いたまま言葉を発した。

 

「・・・・・『プロトタイプ計画』。やはり認知していたんだな」

 

「ぐ・・・・・誰だ。いや、何故お前がその名前を知って・・・・・っ」

 

「その計画の要だった、からだと言えばわかるな。―――大統領」

 

中年男性の目が限界まで見開いた。悟ってしまった。目の前の男は一体誰であるかを・・・・・。

 

「・・・・・第一次世界大戦から代々日本の大統領は秘密裏に様々な非人道的な計画をしてきた。お前ら政府が『プロトタイプ計画』をする前にも『究極の人類を創造する計画(・・・・・・・・・・・・)』もな」

 

「っ・・・・・!?」

 

「・・・・・・なぜ知っているって顔だな。それを知ることができるバックアップがいるからさ。故に―――俺はお前ら政府を潰す決断を決行する」

 

胸倉を掴まれたままの大統領は宣言を受けてしまった。どこまでも低い極寒の冷たさを孕ます声音を発する男は、本気で政府と直接戦争を起こす気でいるのだと疑うよりも本能的に理解してしまった。

 

「ま、待てっ、政府を潰してしまえばこの国が・・・・・!頼むっ、君は何もしないでくれっ・・・・!これは大統領の私の問題でもあるのだっ。私が何とか、あの計画を潰したら君の家族がっ!」

 

「・・・・・過去の亡霊に家族が必要か大統領」

 

大統領を手放し車内に落とす黒いISの操縦者は能面のマスク越しで見下ろす。

 

「・・・・・・必ず計画に関わった者全て粛清してやる」

 

確固たる決意の発言を残して車から離れた黒いISを追いかけるように身を乗り出す大統領。その時は空の彼方へと飛翔する姿しか目は追えず、自分の無力さに悔い首が項垂れる。そんな大統領を置き去りにする黒いISはオープン・チャンネルで束から情報を教えられていた。

 

『束さんからの生報告だよー。いっくんが中国娘とこれから対抗戦するんだって。どーする?遊びに行くなら夕食前には帰ってきてねー。何人かもうIS学園に向かってるから私とくーちゃんはそれまで準備してるから!』

 

チャンネルを閉じ今から遅れてIS学園へ高速で向かう。

 

 

―――IS学園第二アリーナにて織斑一夏はクラス対抗戦の第一試合を臨んでいた。相手は中国代表候補生にして一夏達の幼馴染、鳳鈴音。操るISは第三世代型甲龍(シェンロン)。近接戦闘型のISを駆使する一夏は先日ISを得たばかりで戦闘経験は少なく未知の相手との戦いに四苦八苦していた。IS用の青竜刀とブレードが刃をぶつけ合い、距離を取ろうとすれば鈴の肩アーマーがスライドして開いて、中心の球体が光った瞬間、一夏はでなく撃った本人、アリーナから観戦している全生徒の目でも見えない衝撃に『殴り』飛ばされた。

 

「今のはジャブだからね」

 

にやりと不敵な笑みを浮かべる鈴。牽制(ジャブ)のあとは、本命(ストレート)と相場が決まっている―――。一夏を追い詰める衝撃砲の連射。逃げ惑う中で相手の隙を窺って一撃を叩きこもうと鈴へ強い眼差しを向ける。

 

「鈴」

 

「なによ?」

 

「こっから本気で行くからな」

 

―――突然のトップスピードに体が硬直し、瞠目する鈴。急激な速度で迫る何かの技術を隠し持っていたのは予想外だったようで反応に後れ、懐に潜ることを許してしまい鈴に刃が届きそうになった、次の瞬間。

 

アリーナの遮断シールドが破られる甲高い音が二人の戦いを遮った。

 

揃って二人はこの緊急事態の原因の元凶を視認するべく視線を青い空へ見上げた時、高い空から黒い影が落ちてきた。驚愕している間にアリーナの地面へと真っ直ぐ落ちていく最中、姿勢を整え難なく着地をしたその影に絶句、試合に割り込んできた侵入者―――黒いISに驚愕する。

 

「また、来たのかっ」

 

「また?あのISに襲われたことあんの?」

 

「ああ、突然いきなりな。気をつけろ鈴。あいつは強い」

 

「誰に言ってんの。こっちは本国で実戦的な訓練をしてきたのよ。そうやすやすとやられるもんですか」

 

―――所属不明のISと断定。にロックされています。

 

アリーナを覆う遮断シールドはISと同じ物で作られている。それを打ち破るだけの攻撃力を持った相手がまた乱入、こちらをロックしている。眼前にISからの警告表示が浮かび、二人の警戒は一気に高まった時、敵ISが最初に動き出した。

 

「鈴!」

 

「わかってる!」

 

近距離と中距離の即席の連携で迎撃に入った。甲龍(シェンロン)の肩部武装『龍砲』で文字通り斬り合いを始める一夏と敵ISに向けて射撃、一夏の援護と敵ISへの牽制しながら鈴も連結した青龍刀のようなブレードで斬りかかる。二対一の戦いに対し敵ISは背部のウィングスラスターからビットを展開して全て一夏へ自動射撃モードに、足止めをしている間に鈴へ爆発的な速度で懐に潜った。

 

「ぐぅっ!?」

 

連結刃の柄で防ごうにも勢いづいた速度だけは止められず、一夏から遠ざけられ首を掴まれた状態で空中を縦横無尽に押される。このっ!と『龍砲』で己から遠ざけようとした試みは―――遅かった。既に華奢な背中は地面を捉えていた。

 

ドッ―――――――――――――――――――!!!

 

「―――――――――!?」

 

背中から激しい衝突と衝撃が全身に襲い思考が一瞬停止した鈴に敵ISは攻撃の手を止めない。『龍砲』を徹底的に破壊し、脚を掴み鈴を掴み上げて地面に叩きつけると背部と脚のスラスターも切り刻み、得物もアリーナの壁に向けて蹴りつけたことで鈴を完全に戦闘不能にした。

 

「鈴っ!」

 

ビットの牽制射撃に翻弄されていた一夏の目に幼馴染みが倒された上に攻撃を加えられていた光景が焼き付いた。己の弱さと不甲斐なさで悔しくてたまらないが鈴を助けるためにも足腰に力を入れ、一気にとびかかろうとした瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

「一夏ぁっ!」

 

キーン・・・・・とハウリングが尾を引くその声は、ポニーテールの少女のものだった。一夏は「な、なにしてるんだ、お前・・・・・」と唖然していた。中継室の方を見ると、審判とナレーターがのびていた。おそらくドアを開けたところにバシンと一撃を食らったらしい。当分目を覚まさないような倒れ方をしている。

 

「男なら・・・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

大声、またキーンとハウリングが起こる。ハイパーセンサーで数十倍に拡大して彼女を見ると、はぁはぁと肩で息をしている。その表情も、怒っているような焦っているような不思議な様相をしていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

―――まずい!気が付くと、敵ISは今の館内放送、その発信者に興味を持ったようだった。実際に中継室へ移動して彼女の前に立っていた。

 

「っ!」

 

生身の人間相手がISには勝てない。それは象に挑む蟻のごとく。彼女は近付いてくる敵機から後退り、壁際まで追い詰められると敵ISはそれ以上近づかず手を伸ばしだした。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・ぇ?」

 

そして、何故か敵ISに頭を置かれた。金属の手だからか優しく慈しみを込めて撫でる相手に当惑していると、横から一夏が中継室にやってきた。

 

「箒に手を出すなぁっ!」

 

凄まじい推進力に伴うハイスピードで肉薄しかかる。ISの後部スラスター翼からエネルギーを瞬時で爆発的に加速する技法で接近した。それは前回、敵ISがして見せた『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』という方法だ。

 

「―――オオオッ!」

 

右手の一夏のブレードが強く光を放つ。中心の溝から外側に展開したそれは、一回り大きいエネルギー上の刃を形成した。

 

「俺は・・・・・千冬姉を、箒を、鈴を。関わるすべてを―――守る!」

 

一夏の必殺の一撃は敵ISの左腕を切り落とした。敵ISの操縦者は箒と一夏から飛び下がり、切り落とされ断面が焼けてる己の左腕を一瞥した。隻腕と化した腕であろうと、片手でブレードを持ち一夏へ迫って斬りかかってステージへと追い込んだ。しかし、途中で踏ん張る一夏が宙で留まって鍔迫り合いする最中。

 

「・・・・狙いは?」

 

『完璧ですわ!』

 

よく通る声。一夏と敵IS、そして第三者目の登場に戦況が変わる。三機しかいないと思われたアリーナに、客席からブルー・ティアーズのビット四機同時狙撃が敵ISを打ち抜く。

 

そう誰もが思った刹那。遮断シールドを破壊したビームがセシリアのビットを明後日の方から狙撃され、敵ISを守った。

 

「なっ・・・・・!」

 

そう、遮断シールドはさっきの一撃で破壊した。それは目の前の敵ISだと信じ込んでいた一夏からすれば敵は複数いるとは考えもしなかったことだ。

 

 

「邪魔はさせないよ」

 

アリーナの全貌を見下ろせる位置から周囲の風景とハイパーセンサーの探知に引っ掛からない全身を覆い隠す特殊な擬態のフード付きの外套を身に包む狙撃者がいた。ISを装着した状態でそこからハイパースコープで介して覗き、黒いISの援護射撃の役割を担っていた。

 

 

一拍遅れてまた強大なビームが客席の方へ放たれ直撃と同時に爆発した。

 

「セシリア!」

 

『大丈夫ですわっ!ですが、敵は複数いるみたいですので援護射撃が難しくなりますっ』

 

一体どこから、ISのハイパーセンサーでもアリーナを見回しても捉えることが出来ない。それ以前に敵ISの猛攻に攻めあぐねてるのに他に意識する余裕がない。なら、倒すことに集中するべきだと真剣な表情で一気に飛び掛かった。

 

「こいつは俺が倒す!」

 

ピットでリアルタイムモニターを見ていた千冬は不思議と違和感を覚えた。敵ISがブレードを振るう太刀筋、クセ、斬り方が妙に見覚えがあってならなかった。何故だか既視感を覚えてしまうのだ。

 

「織斑君、すごいですね。負けていませんよ!」

 

同じくモニター越しで見ていた女性教員は千冬の心境など露も知らず、呑気に興奮混じりで見守ってる。仲間を助けんと獅子奮迅のように奮闘する一夏に対し、敵ISは冷静に受け流して何時までも切り結び合うのだった。そんな敵ISの操縦者の動きに・・・・・ある者と被って見えてしまった。まるで・・・と思いが過ったからか、ある筈が無い想像をしてしまったところで、一夏の刀の柄に刀の峰で押し上げて得物を取り上げられた瞬間を目撃した。風車のように宙で回る一夏のブレードをキャッチする敵ISのテールクロー。

 

「い、一夏、早く離脱しなさい・・・・・!」

 

戦闘不能に陥った鈴が武器を奪われた少年へ必死に叫ぶ。武器を奪われ素手で戦うしかないのかと覚悟を考えながら鈴の指摘を受けず、臨戦態勢の構えを解かないまま警戒する一夏―――にポイっと刀を返された。

 

「え?」

 

条件反射で思わず両手で受け取って信じられないものを見る目で黒いISの操縦者へ見ると、空から新たな乱入者が現れた。ガドリングガンが降って来て距離を取る敵ISの前に水色の機体が舞い降りてきた。

 

「真打ち登場ってところかしら?助けに来たわ織斑君」

 

一見アーマーは面積が全体的に狭く。小さい。だが、それをカバーするように透明の液状のフィールドが形成されていて、まるで水のドレスのようだった。そんな独特の外観を持つISの中でも一際目を引くのが左右一対の状態で浮いているクリスタルのようなパーツである。アクア・クリスタルと呼ばれるそこからも同じく水のヴェールが展開され、大きなマントのように新たに乱入してきた少女を包み込んでいる。そしてガドリングガンを放ったと思しき手に持った大型のランスの表面にも水の螺旋が表面を流れて、まるでドリルのように回転をしている。

 

「・・・・・えっと」

 

水色の髪に血のように赤い眼の少女は誰なのかと困惑する一夏であるが、少女は口唇を笑みで緩めたあと黒いISへ目線を変えた。新たな敵の登場に沈黙して見つめてる相手は、ジッと佇む姿勢に水色の少女と一夏や大型ランスを構える少女は臨戦態勢の構えを解くことなく警戒する。一対複数を相手に難なく一人を残して戦闘不能状態に陥らせた相手に勝てるのだろうかと不安が胸に過る。

 

「話は後で、今はあのISを倒し事態の収拾をしましょう。行くわよ」

 

「は、はい」

 

破壊してでも捕らえるべく二人掛かりで飛び掛かってくる気配を察した敵ISは後方へ退くと見えない敵の援護射撃が一夏と少女に襲う。回避した相手の隙をついて、敵ISは―――更なる力を発現した。それを眼前に見た二人は大きく目を張った。

 

禍々しい鎧を思わせるISのフォルムは、それ自体が殺意と敵意を具現化したかのような各部の棘付き装甲(スパイク・アーマー)のように刺々しい。全身の装甲は時折紫と赤の発光現象を生じてる黒一色。また腰から伸びてる巨大なテールの先端には龍を模した顔のクローが備わっている他、肩のアーマーにも伸縮自在な鎌首がある巨大な龍の顔が二つあった。そして三対六枚の特殊型の巨大なウィングスラスター(手着き)とエネルギーウィングのISを纏う人物の特徴は―――また全身装甲(フル・スキン)だった。

 

「ISを二機も装着した!?」

 

「まさか、あれが正真正銘のメインのISってことなのかしらね」

 

距離を取って警戒している少年少女を見つめ、各部の棘付き装甲(スパイク・アーマー)の先端が妖しく灯り出し、ふわりと宙に浮いた矢先。虚空に消えて一夏と少女のハイパーセンサーが探知しなくなった。肉眼でも視認は叶わず二人が突然に弾かれた。

 

「ぐっ!?」

 

「きゃっ!」

 

見えない相手の攻撃に吹き飛ばされた。体勢を立て直し敵を探る水色の髪の少女は、目と鼻の先に現れた黒いISにランスを構えるが、龍の顔のクローに胴体を拘束されランスも手翼に掴まれ捕まってしまった。だが、まだ奥の手がある彼女にとって負けたつもりではなかった。それを実行しようとすると敵ISの顔に寄せられた。

 

「―――――」

 

静かに赤い瞳を皿のように張り、彼女が敵ISに信じられないものを見る目で向け口を開きかけた。

 

「何でその名前をっ。それに、それはどういう―――」

 

「その人を放せぇっ!」

 

問い質そうとした矢先に一夏がエネルギー刃を振るいながら飛び掛かってきた。ブレードで受け止め、拘束している彼女を一夏へ放り投げるようにして開放し、すぐさま接近して二人を巻き込む蹴りを叩き込んだ。そして次に敵ISが取った行動は・・・・・踵を返して空の彼方へと飛んで行った。これには完全に虚を突かれて暫く二人は呆然と立ち尽くした。

 

「逃げた・・・・・?何でだ・・・・・?」

 

「・・・・・」

 

 

 

 

IS学園が男性操縦者に襲撃されて数時間が経った頃。織斑千冬は茜色に染まった外から夕陽の光が差し込むとある一室に訪れた。扉を叩くと「どうぞ」と中から入室の許可をもらって扉を開けると、机を挟む二つのソファーの向こう側に別の机の前に座る水色の髪の少女がいた。

 

「調査の結果はどうだった」

 

「はい、調べれるだけ調べました。織斑君が切り落とした左腕の装甲の中にあった操縦者の()から採取したDNAと血液・・・・・その結果」

 

織斑千冬から調査を依頼された彼女がまとめたファイルが収納箱から取り出す。しかし、彼女の表情は暗く当惑の色が浮かんでいた。これを報告してよい物なのかと苦悩しているようにも見て取れる。

 

「どうした」

 

「・・・・・これを織斑先生にお見せすることをできません。できれば私の方で預からせてほしい、その気持ちがあります」

 

「・・・・・何故、と聞こうか更識」

 

彼女の心意を図る千冬は真摯な面持ちで尋ねた。更識と呼ばれた少女はファイルを触れながら言いづらそうに口唇を重く開いた。

 

「私もこの結果に驚かざるにはいられませんでした。しかし、これを見てしまえば私以上に織斑先生が衝撃を受けると思います。目の前の事実を受け入れられるとは思えません」

 

そこまで彼女に言わせるほどあの黒いISの操縦者に秘密があるのか。ならばなおさら確認しなくてはならない千冬は、視線で見せろと送り更識はその視線に応じてファイルを手渡す。報告書を目に通す黒い眼は次第に彼女の表情から感情を消してしまい、最後は時が止まったかのように千冬は結果の内容を凝視した。

 

「・・・・・馬鹿な。何の冗談だ・・・・・これは」

                    

「・・・・・残念ながら事実です」

 

「・・・・・」

 

「私はあの黒いIS、彼にこうも告げられました。―――織斑一誠を信じるな」

 

「・・・・・信じるな?」

 

「理由はわかりません。その意図も。ですが、もしも・・・もしもこの結果を残した襲撃犯が本当の目的が浮上してきます」

 

それはなんだと、更識に無言で話の続きの催促をする千冬に彼女はこう口にした。

 

「敵は―――織斑一夏君達を狙っている。多分ですが貴女もです織斑先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、今頃そんな阿呆なこと思いついちゃってるんじゃないかなー?もしもそうならほんとーにお馬鹿だね。別にそんなこと望んでもいないのにさぁ?」

 

ラボに戻り篠ノ之束に義手を施されながら話しかけられていた。相槌もせず沈黙を貫いて新しい機械の手が完成するまで石像のように待っている黒いIS。能面のマスクは取り払われて素顔が窺える。感情の色と生気の光が宿っていない黒髪と黒い瞳、顔は―――IS学園にいるとある男子生徒と瓜二つである。

 

「ねぇねぇ、そろそろまどっちのISが完成するんだけれど、お使いに行ってくれないかな?」 



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転校生と宣戦布告

二度目の黒いIS―――男性操縦者による襲撃から幾日過ぎ六月が過ぎた。あの襲撃以降IS学園に現れなくなった。嵐前の静けさの感じがしてならないものの、一夏達は勉学を励むことを集中する他なく学生らしく授業を臨む。

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもない者は、まあ下着で構わんだろう」

 

教師としてその発言はいかがだろうか。一夏達男組の存在を気にせずそうしろという千冬の言葉に神妙な面持ちとなった。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

連絡事項を言い終えた千冬が山田先生と呼んだ緑の髪に眼鏡を掛けた女性、山田真耶に交代する。ちょうど一誠達の言葉のやり取りを見ていたらしく、声をかけられ赤面した顔で慌てる姿がわたわたとしている子犬のようだった。山田先生が説明口調で語りだしていた。

 

「ええとですね、今日は何と転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

「え・・・・・」

 

「「「えええええええっ!?」」」

 

いきなり転校生紹介にクラス中が一気にざわつく。教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

 

「・・・・・」

 

クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきがピタリと止まる。それは必然的だろう。何故なら、その内の一人が―――男だったのだから。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

転校生の一人、黄金色の髪を首の後ろで丁寧に束ねている華奢な体、貴公子然とした感じのシャルルはにこやかな顔でそう告げて一礼する。一夏達が呆気に取られていると、女子達は黄色い歓喜の声を教室中に轟かせた。それに対して。

 

「挨拶しろ、ラウラ」

 

「・・・・・」

 

千冬に催促されたもう一人の転校生は、見た目からしてかなりの異端であった。輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを、腰近くまで長くおろしている。奇麗ではあるが整えている風はなく、ただ伸ばしっぱなしという印象のそれ。そして左目に眼帯。医療用のものではない、正真正銘の黒眼帯。そして開いている方の右目は赤色を宿しているが、その温度は限りなくゼロに近い。印象は言うまでもなく『軍人』。身長はシャルルと比べて明らかに小さいが、その全身から放つ冷たく鋭い気配がまるで同じ背丈であるかのように見るものに感じさせていた。ラウラ、と名を言われた本人は未だに口を開かず、腕組をした状態で教室の女子達を下らなさそうに見ながらも千冬を幼くした顔を持つマドカを見つめた後は、「おい」と話しかけてた千冬に視線を向ける。

 

「転校初日から私の言葉を無視するとは言い度胸だなラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

銀髪の頭にパアンと出席簿が鋭く叩かれ、うわ、痛そうと他方から同情の眼差しが向けられる。

 

「ではHRを終わる。各人は直ぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。それと織斑兄弟、五反田、御手洗。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だからな」

 

解散!と千冬の号令で生徒達は各々と準備に取り掛かる。男子は空いているアリーナへ向かう最中、フランスから来た男を見ようと群がる女子達と鉢合わせし、道を阻まれようと何とか向かうのだった。

  

それから第二グラウンドは二クラス四十人+遅れて千冬の叱咤を受けた男子四人が集まったところで格闘及び射撃を含む実戦訓練が始まろうとしていた。最初はそのお手本として専用機持ちが―――。

 

「凰、オルコット」

 

「なんでよっ!」

 

「な、なぜわたくしまで!?」

 

「織斑より経験を積んでいる専用機持ちはすぐに始められるからだ。さっさと準備しろ」

 

「「えー」」と嫌々や渋る二人にやる気を出させる魔法の言葉でその気にさせた。

 

「一夏に良いところを見せるチャンスだぞ」

 

「しょーがないわねっ!さぁ誰かしら、相手になってあげるわよ?」

 

「見世物の感じで気が進まないのですが、わたくしセシリア・オルコットの華麗な戦いを皆さんにご披露して差し上げるのも、代表候補生の勤めでもありますわね!」

 

手のひらを返すようにISを装着してやる気を見せる二人が相手をするのは一体誰だろうという話になったとき。一夏達の上空から悲鳴が聞こえてきた。皆、空を見上げるその視界にISを纏う山田真耶が、IS学園の教師が体勢を崩し第二グラウンドへ墜落する勢いで、気付けば一夏達のところへ落ちてきた。

 

ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!!

 

所変わって某所軍ISが保有されている日本基地。蒼穹の空に黒煙が天まで伸びるほどの爆発と火災が発生していた。基地にいた自衛隊達は襲撃者に対して迎撃の態勢で迎え撃っていたが、相手がISでは白兵戦で使用される重火器では通用せずに蹂躙される。燃え盛る炎に照らされる黒色の装甲は橙色に染まり、軍用ISのパイロットと戦闘を繰り広げた。一夏によって切り落とされたはずの腕は義手を施され前のように二本の腕でブレードを振るい、最後の機体を切り捨て轟沈させた。程なくして黒いISに従順な無数のISが近づいてきては女性操縦者を立ち上がらせた。

 

「ぐっ・・・貴様、これは国家反逆罪に値するぞ。自分が一体何をしているのか、わかっているのかっ」

 

返す言葉を送らず、黙々と軍用ISからコアを奪い取る。コアを手にすればもう用はないと飛翔。空からIS学園の遮断シールドを貫いたエネルギーによる射撃をして基地を再起不能レベルまで破壊しつくす。さらに破壊された基地からは数機の無人(・・)ISが飛んできた。その腕の中には銀髪の目を閉じている少女を抱えていて、バックも抱えてた。少女に奪ったコアを渡すとバックの中に奪ってきたISのコアと一緒に収めてもらった。

 

「基地の中にあったコアはこれで全部ですね。戻りましょう」

 

空の彼方へと消えていく複数のIS。その日、基地が何者かの襲撃によって基地に保有していたISコアが全て奪取された事実は、政府や国防総省、IS委員会にも知れ渡り日本は水面下で激しい動揺と衝撃を受けたのだった。その事件はIS学園にも伝わる・・・・・。

 

「・・・・・しばらく息を潜めていたのは、コアの強奪をするため、だったのでしょうか」

 

事件の経緯の報告を受けて可能性を挙げる真耶。当の本人しかわからないことを自分達が分かるはずもないと千冬は肯定も否定もしない。

 

「わからない・・・・・一体何を考えて基地襲撃などしたのか・・・・・」

 

「他にも同時多発で軍事基地やISを保管・保有している場所に襲撃しているみたいで、彼以外にも複数の仲間がいると思われます。そうではない可能性もありますが」

 

「・・・・・日本から軍事力を奪うつもりか。その先に何らかの目的があるのだとすれば」

 

「想像したくはないのですが・・・・・日本そのものを相手にしているのかもしれません」

 

日本を敵に回す―――政府も敵として見定めているのだとすれば、政府に恨みある行為だと予測できる。だが本当にわからない。今の自分には、あの者の考えていることが理解できない。何に駆り立てられているのか千冬は苦悩する。

 

 

「喜べ愚兄ども。色々と消費と犠牲を果たしたことで優秀なコーチとしばらく特訓や訓練ができるぞ。後日倍返ししてもらう分、しっかり学び身に着けていくぞ。いいな」

 

「「「「「ありがとうございます。マドカ様・・・・・!」」」」」

 

同時刻シャルルとラウラが転校してきてから数日が経って、今日は土曜日。IS学園では土曜日の午前は理論学習、午後は完全に自由時間になっている。とはいえ土曜日はアリーナが全開放なのでほとんどの生徒が実習に使う。それは一夏達も同じで、本日はマドカが言った通り三人の上級性が四人の前に立っていた。

 

「フォルテとデートをしようって思ってたんだが、会長から頼まれたのもあって織斑先生の妹にも特訓を求められちゃしょうがねーな」

 

「いいじゃないっスか。後輩が手配してくれた数日間の旅行ができるんっスよ?私は物凄くやる気があるっス」

 

「ったく・・・フォルテがそこまでやる気が湧いちゃってるんじゃオレもやる気出さなきゃだめじゃんかよ」

 

三年生ダリル・ケイシー。ポニーテール。うなじで束ねた(ホーステール)金髪で長身は高め、背筋もしっかりしているので、余計に大きく見える。自己主張が激しいのは身長だけでなく、ISスーツで身に包み腕組の上に重たそうに乗っているFカップの膨らみだ。もう一人は二年生のフォルテ・サファイア。特徴的な口調でマイペースな感じであるがマドカが自腹で提供した旅行チケットによってやる気を漲らせていた。整っているとは言い難い長い髪を、太い三つ編みにして首に巻いているのが特徴だった。体躯は平均よりも小さめだが、猫背の姿勢で座っていたらますますシルエットを小さなものにしていただろう。最後の一人は言わずとも二年生の更識楯無であった。

 

「旅行ってどこの?」

 

「前から日本の温泉に興味があったんっス。だからコーチをする条件に良い温泉がある旅館の宿泊費用を負担することを約束してもらったっス」

 

「・・・・・ということだ。さっさとしよう。時間は有限だ。一秒でも時間を無駄にしたくない」

 

因みに、マドカがこの三人をコーチとして仰ぐより前にいた自称コーチ(箒・鈴・セシリア)達はすっごく不満げな顔をしていた。それもそのはず・・・・・。

 

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんっ!という感じだ』

 

『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。・・・・・はあ?なんでわかんないのよ』

 

『防衛の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』

 

それを直で言われたマドカが。

 

『やはり小学生から人を教えるという勉強を学び直してこい。まともに教えるようになるまで一切の口出しは許さん。破ったら卒業するまでお前のこと「素人箒」と呼び続けるからな』

 

『何でもかんでも「なんとなく」とか「感覚」で人生を生き抜くつもりでいるなら、まるで原始人と変わりないな。もっと人に教えるという事はどういうことなのか、教え方が幼稚すぎる篠ノ之と小学生から出直してこい』

 

『理解はできなくないが、細かすぎる。私はともかく愚兄たちがお前の頭脳と思考を着いていけるレベルじゃないんだ。小さな子供でももっとわかりやすい教え方をしろ。自称エリート』

 

と、毒も含めて三人のコーチの申し出を断固拒否した故に、激しい出費をせざるを得なかった。

 

「それじゃ、早速特訓をしましょうかしらね」

 

「はい、よろしくお願いします。でも、先輩が言ってた頼みってどういうことです?」

 

「あの黒いISの襲撃が二度も起きたからね。目的不明だし、こうしてアリーナで練習をしていたらまた現れる可能性が高いと私や織斑先生が判断したのよ。で、また現れるようなら専用機持ち全員で相手して捕まえるってわけ。シャルル君も転校してきたばかりで申し訳ないけど協力してね?」

 

オレンジ色のカラーで塗装されたIS『ラファール・リヴァイブ』を装着するシャルル・デュノアも一夏達といて、更識からのお願いに異論はないと首肯した。そして始まる上級生達による特訓や訓練は、格段に一夏達の身になるようなものであって、高評価だった。自称コーチ達と違って。

 

「ねえ、あれっ」

 

アリーナの雰囲気が変わった。一夏達以外にも他に実習していた生徒達がおり、何か見て気付いた様子でピットから姿を晒す黒いISと銀髪の操縦者を見上げる。

 

「ドイツの第三世代型のIS!?」

 

「まだ本国じゃトライアル段階だって聞いたんだけど」

 

異様なざわめきが立つ中で銀髪の少女ラウラ・ボーデヴィッヒは鋭く一誠をにらんだ後、不敵な物言いで一夏を話し掛けた。

 

「貴様も専用機を持っているとは好都合だ。専用機同士の戦いならば持っていないそいつより少しはまともな戦いになるだろう。織斑一夏、織斑一誠の代わりに私と戦え」

 

「イヤだ。戦う理由がねぇよ」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

一夏と秋十に一誠、そしてマドカはどうしてラウラがそこまで固執するのか直ぐに一つしか思いつかなかった。忘れもしない事件が遭ったのだ。第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦でのことだ。千冬が出る決勝戦のその日に一誠が何者かに誘拐されたのだ。千冬はその報告を受け、決勝戦を辞退してまで家族を、一誠を救ったが、事件発生時に独自の情報網から一誠の監禁場所に関する情報を入手していたドイツ軍関係者は全容を大体把握している。そして千冬はそのドイツ軍からの情報によって一誠を助けたという『借り』があったため、大会終了後に一年ちょっとドイツ軍IS部隊で教官をしていた。その頃にラウラと出会っていたのだろうと一夏達は推測する。

 

「織斑一誠。貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成しえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を―――貴様の存在を認めない」

 

・・・・・ということらしい。千冬の教え子という事以上に、その強さに惚れ込んでいるのだろう。だから、千冬の経歴に傷をつけた一誠が憎い、と。

 

「・・・・・もう過ぎたことを掘り返して、お前に言われる筋合いはないぞラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「千冬姉さんに尊敬する余りに俺を憎むのはお門違いだ。あれは俺達家族の問題だったんだ」

 

「愚兄に同感だな。あの姉も人の情を捨て切れない面があった。完璧に思われてた者は実際完璧ではなかっただけのことだ。家族の問題に赤の他人の貴様にとやかく言う資格は何一つない」

 

訊き捨てにならないとばかりに、秋十と一誠にマドカがラウラを見上げながら言い返す。ふんと鼻で笑うラウラは見下す目で二人に言い返す。

 

「教官の家族というものだからどんな者達なのかと思えば、教官の足元にも及ばない弱者共と教官の面をした偽物。本当に貴様らは教官の家族とは思えない弱さと無能だな。特に織斑マドカ。お前は教官と違ってまさにそうだ。他者に協力を求めるのは群れる狼のようだ。群れなければ借りができない弱さの証だ」 

 

ここでマドカが初めて憤怒で顔を歪め、睨みで人を殺せそうな目で射抜く視線にラウラは涼しげな顔で受け流す。

 

「私は姉さんではない。私はマドカだ、あの人と一緒にするなっ!!!」

 

「下らないプライドで教官を否定するとは見下げた存在だ。その顔に傷を付ければお前の望み通りになるぞ」

 

嘲笑うかのように侮蔑するラウラに親の仇を見るような目で睨みつける織斑家。格下として見下ろすラウラと第一印象が最悪で仲良くなれそうにないムカつく相手を見上げる一夏達の間で一触即発だった中。

 

アリーナ上空から猛スピードで降下してくる、もう一機の黒いIS(・・・・・・・・・)の登場に専用機持ちの全員が示し合わせたように臨戦態勢に入った。

 

「報告にあったISか。丁度いい。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの強さを見せつけてやろう」

 

好戦的に迎え撃つラウラ。が、敵ISは真っ直ぐマドカの前で静止してから地面に降り立つ。専用機持ちは彼女に何かするつもりなのかとISを装着して成り行きを見守る。

 

「・・・・・」

 

敵に囲まれようとお構いなしに襲ってくる感じでも捕まえる気も感じない相手に、マドカは胡乱気に敵ISが手を動かし掌にある黒と白のリングのネックレスを見せつけられた。

 

「・・・・・私にか」

 

可能性として渡しに来たのかと込めて言外すると、小さく敵ISは頷いた。何か仕掛けられている物かもしれないが、試してから破棄すればいい考えで受け取った。受け取りを確認した敵ISが彼女の前で空中投影、『専用機』の情報を閲覧させた。

 

「『黒騎士』・・・・・私の専用機」

 

予想外な相手から与えられた唯一無二の自分の専用機。これを届けに現れた敵ISはマドカから距離を置き何かを待つ風に佇む。一同はマドカに視線を向けるように意識し、彼女が自分のISを展開した。

 

「ふっ、ははは・・・・・これが私の力・・・・・っ!」

 

第三世代型IS『黒騎士』。展開稼働する高出力三対六枚の濡羽色の大型のウイング・スラスターは瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に小回りができるよう設計されており、高機動の近接型ISとして開発された。武装は大型バスター・ソード『フェンリル・ブロウ』、射撃武器はエネルギー弾と実弾を組み合わせた腕部ガトリングガン。腰に2基のランサー・ビット。

 

力が溢れてくるような高揚感を覚え笑うマドカ。手を強く握り敵ISへ戦意の眼差しを送った。

 

「私にISを渡した理由はわからないが、黒騎士の性能を試させてもらおうか」

 

敵ISは異論ないと赤黒いブレードを構えるが楯無が待ったの制止と二人の間に割って入った。

 

「貴方、彼女にISを渡して何を企んでいるのかしら?これ以上の事は私を通してからにしてちょうだい。それとも前回の続きでもしたい?」

 

あの時とは違い、今回は上級生の二人もいる。性能と武装は未だ把握できていないが十分な程に戦力は整っていると自負する。楯無はランスを突き付けながら不敵な物言いを述べると敵ISは真後ろからロックオンを受けた。振り返ればラウラが傲岸不遜に右肩部のリボルバーカノンを構えていた。

 

「話は終わったな?ならば私と戦ってもらおうか」

 

「・・・・・」

 

「待ち―――」

 

楯無の制止など聞く耳を持っておらず装填を終えたリボルバーカノンから口径88mmの実弾が射出され、真っ直ぐ敵ISに向かった。避ける素振りもせずブレードを両手で持ち鋭く上段から振り下ろし―――実弾を両断するという技を披露したのだった。それだけでなくブレードから放たれた飛ぶエネルギー刃がラウラのところまで届いた。かわした彼女の懐に敵ISは飛び込み攻撃を仕掛ける。

 

「・・・・・今、斬りやがったな」

 

「アレをっすか!?避けることも防ぐことができても斬るなんて芸当は至難の業っすよ?」

 

「それをしてみせた証拠があるんだ。敵ながら強ぇーな、ブリュンヒルデ・・・織斑千冬を見ている気分だぜ」

 

把握したダリルと彼女の言葉に驚くフォルテが主に接近して格闘術で挑む敵ISから距離を置いて、両肩や腰部左右から三次元躍動するワイヤーブレード六つで牽制攻撃する。四肢を拘束し動きを封じる意図であろうラウラだが・・・・・一刀両断され、軽々とかわされて中距離からは八つのビットからのビームを受ける。片手を突き出し、敵ISかビームを何等かの能力で止めるもの一点しか止められないことと、意識を集中しなければならない欠点があることに気付いたかそこを狙って猛攻、ラウラは防戦一方だ。

 

「あのクソ女、押されっぱなしじゃないか」

 

「一点に攻撃していないからでしょうね。そしてボーデヴィッヒちゃんを中心に速度を維持して円を描いて回り続けてる。隙を見せるならば一気に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で斬り込む。代表操縦者並みの動きをしている」

 

嘲笑うマドカに楯無が上空の二人のそれぞれの動きを説明口調で語る。

 

「しかも、私が見たもう一つのISを装着していないのだから本気じゃないのかも」

 

淡々と語る楯無の目には四方八方からのビームをかわし、焦燥に駆られて顔を歪ませてるラウラと対極的にビットを駆使して確実に一撃を入れる敵IS。

 

二人の決着は程なくして終わった。ラウラの真後ろに移動し羽交い絞めした敵ISは遥か上空に飛んでから一気に急降下、アリーナの地面に叩きつけようとするその行為に楯無達は気づき慌てて敵ISを止めようとするがもはや遅く二人一緒に地面に墜ちた。

 

 

土煙がたちこもる目の前を眺めるしかできないでいる少年少女達は気を取り直して煙の中から現れた敵ISに警戒する中、土煙で覆われ叩きつけられてできた凹んだクレーターにラウラの体と機体は仰向け状態になっていた。まるで目の前が真っ暗のように太陽の光を遮断され、敗者の末路のごとく戦闘不能の一歩手前まで攻撃を受けた機体は紫電が走り、IS強制解除の兆候を見せ始める。

 

「(こんな・・・・・こんなところで・・・・・負けるのか、私は・・・・・!)」

 

確かに相手の力量を見誤った。それは間違えようのないミスだ。しかし、それでも―――。

 

「(私は負けるわけにはいかない・・・・・!敗北させると決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で勝ってやると!)」

 

ならば―――こんなところで負けるわけにはいかない。あの黒いISは、あれは。まだ動いているのだ。動かなくなるまで、徹底的に壊さなくてはならない。そうだ。そのためには―――渇望するラウラの想いは―――

 

『―――願うか・・・・・?何時、自らの変革を臨むか・・・・・?より強い力を欲するか・・・・?』

 

「無様だな。それでもなお立ち上がるなら一興として力を与えよう」

 

足音を立たせて近付く影と無機質な声がラウラの気持ちを読んだ口振りで問うた。入り交じる声に疑問を持つ前に願ってしまう。

 

言うまでもない。

 

「力があるなら、それを得られるのなら」

 

私など―――空っぽの私など、何から何までくれてやる!

 

「だから、力を・・・・・比類なき最強を、唯一無二の絶対を―――私によこせ!」

 

「―――――いいだろう、我が主の為に働くがいい」

 

影は小さく口元を緩め、徐に何かを持っている手を掲げた矢先、光が迸った。

 

 

 

「あああああああああ!!!!」

 

土煙からラウラの身を裂かんばかりの絶叫が聞こえてきた。と同時に土煙が吹き飛んで姿を見せるシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、一夏達の体が吹き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

一夏と秋十も目を疑った。その視線の先では、ラウラが・・・・・そのISが変形していた。いや、変形などという生易しいものではなかった。装甲を象っていた線は全てぐにゃりと溶け、どろどろのものになってラウラの全身を包み込んでいく。黒い、深く濁った闇が、シュヴァルツェア・レーゲンだったものがラウラの全身を包み込むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、やがて倍速再生を見ているかのようにいきなり高速で全身を変化、変形させていく。

 

そしてそこに立っていたのは、長い鎌首に四肢の体。背中に身の丈を大きく超える一対の翼に長い尾。首から上は爬虫類の蛇やトカゲを彷彿させる頭部で瞼が開くとラインアイ・センサーなのか、赤い光を漏らしていた。

 

「IS・・・・・か?」

 

「ラウラは無事なのか・・・・・?」

 

変わり果てたシュヴァルツェア・レーゲンは鎌首を動かして状況を把握、確認するその動きは意思を持っているかのようだった。そして赤い双眸は黒い敵ISを視界に入れるや否や、顎を大きく開き―――灼熱の炎を吐きだす。

 

直撃すればタダでは済まない火炎攻撃をかわし、真っ直ぐ音速を越えた速度で擦れ違いざまに鎌首を斬り落とす。だが、断面が盛り上がって頭部が再生すると再び火炎を吐き出した。敵ISは考える。ならば中にいる少女を引き摺りだせば終わるかと。

 

「・・・・・」

 

敵ISはもう一つのISを展開・装着して敵ISが一瞬で『分裂』した。それもアリーナを覆う程の量だ。

 

『!?』

 

シュヴァルツェア・レーゲンは驚いたように首を動かし周囲に目を配った。それは一夏達もそうでハイパーセンサーを確認すると全てに反応を示していた。全て反応しまえば、本物がどれなのか探しようがない。

 

「ちょ、何よアレ!?」

 

「まさかあれは、唯一仕様(ワンオフ・アビリティー)ですの?」

 

一夏は素朴な質問をシャルルへ問うた。

 

「ワンオフ・アビリティー・・・・・えーと、なんだっけ?」

 

「言葉通り、唯一仕様(ワンオフ)特殊才能(アビリティー)だよ。各ISが操従者と最高状態の相性になった時に自然発生する能力のこと。そしてそれは第二形態(セカンド・フォーム)から発現するものだから、発現しない機体の方が圧倒的に多いんだ。だからそれ以外の特殊能力を複数の人間が使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズと凰さんの衝撃砲がそうだよ」

 

「なるほど。それで、白式の唯一仕様ってやっぱり『零落白夜』なのか?」

 

それに答えたのはシャルルではなかった。答えたのはあろうことか・・・・・。

 

「ふっふーん、そーだよいっくん」

 

「た、束さん!?」

 

やっほー、おっひさーだね!と朗らかに言葉を送る女性はISの生みの親、篠ノ之束その人だった。いつの間にアリーナに入り込んでいたのか、何の目的でここに姿を現したのか分からない理由に当惑する一同。

 

「いっくんのISはちーちゃんが使っていたISと同じだから―――って同じアビリティーが発現するのだってイレギュラーなんだよ?この天才束さんですら把握できない摩訶不思議に満ちているのさー」

 

篠ノ之束の登場に、何時の間にか当然のようにいる彼女の存在に気付いた一同が内心驚く他所に、数多の敵ISがシュヴァルツェア・レーゲンへ強襲を始めた。

 

「あのISのワンオフ・アビリティーは『夢幻現』といってね、実体のない幻と実体のある幻が入り交じった夢見せるというよりも、人間の目やISのハイパーセンサーを騙すのが特徴だよ」

 

ハイパーセンサーを見てごらんよ、と促されISを起動している一夏達はその通りに再度確かめてもラウラのISと同じ反応が多数出ている。どれが幻で本物かなど、これでは到底探り当てるのは不可能に近い。

 

「・・・・・束さん。もしかしてこの黒騎士を作ったのは貴方ですか?」

 

マドカの質問に対して楯無は注意深く束を観察する。肯定すれば敵ISと繋がりがあることが―――。

 

「ふふっ、気に入ってくれた?まどっちにはピッタリのISでしょ?」

 

『っ―――――』

 

敵ISという点と篠ノ之束という点が繋がり、ニコニコと笑いながら暗に認めた。楯無は非難する目で束に言った。

 

「今までの襲撃は、全てあなたの差し金だったのですね」

 

「ちょっとは楽しかったでしょ?私も予想外な置き土産もどうだったかな?まさかいっくんに腕を切り落とされるとは思いもしなかったからね。でも、ふふっ。箒ちゃんとの再会がそれほど優先したかったんだね。もーあの子の可愛いところ知れて胸がキュンキュンしちゃった」

 

置き土産、その単語に楯無は何が何でも聞き出さなければいけなくなった。真剣な顔つきでランスを構える。

 

「・・・・・知っていることを全て教えていただきます」

 

ダリルとフォルテに目を配り協力して束を捕まえる。二人は了承したようにISを展開して囲む形で構えを取ると、大きな影が差し込んできた。見上げれば敵ISが楯無に迫って牙を剥いた。ブレードを叩き込まれ束から遠ざかれ、腕部の砲身から高密度に圧縮されたエネルギー弾をダリル、フォルテに向けて放ち束の安全を確保した。数秒の出来事に一夏達はただ唖然と立って見ていた。

 

「ふっふーん。どう?この子の本気はまだまだ全然なんだよ?お前達なんかには負けないんだからねー」

 

「っ、彼をどうする気なんですか・・・・・」

 

「世界で唯一私が認める最高の助手にして最愛の子をどうしようが束さんの勝手だよ。あ、一つだけ教えてあげるよ。私ってば親切だね。この子の名前は―――――ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー。計画を壊す亡霊の復讐者だよ」

 

差し伸ばしてくる敵ISの腕に抱かれ、共に宙に浮く束は大きく告げた。

 

「次は箒ちゃんのISを持ってきてあげるねー!その大っきな胸の中で期待感を膨らませて待っててねー!」

 

「!」

 

そんな言葉を置いてけぼりにして束と敵IS―――ラーズグリーズ・F・アヴェンジャーは空の彼方へと飛んで行った。後にラウラは助け出されて地面に横たわっていたことに気付き、保健室に搬送された。

 

 

 

 

その日の夕方。

 

「う、ぁ・・・・・」

 

ぼやっとした光が天井から降りているのを感じて、ラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

その声には聞きおぼえがある。聞き覚えがある―――どころではない。どこで聞こうと一瞬で判断できる。一夏達がそうであるように。この声は・・・・・織斑千冬だ。

 

「私は・・・・・は・・・・・?」

 

「全身に無理な負荷が掛ったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

「何が・・・・・起きたのですか・・・・・?」

 

無理をして上半身を起こすラウラは、全身に走る痛みにその顔を歪める。けれど、瞳だけは真っ直ぐ千冬を見つめていた。治療のため眼帯が外されている左目は、右眼の赤色とは全く違う金色をしている。そのオッドアイが、ただまっすぐに問い掛ける。

 

「ふう・・・・・。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

 

しかし、そう言って引き下がる相手ではないこともわかっている。千冬はここだけの話であること沈黙で伝えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「VTシステムを知っているな?」

 

「はい・・・・・。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム・・・・・。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、確かあれは・・・・・」

 

「そう、IS条約で現在どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

「・・・・・」

 

「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志・・・・・いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

そして、と付け加えた。

 

「あのシステムが起動したとすればお前、力を欲したそうだな」

 

「っ!?」

 

千冬の指摘にあの時の事を思い返し、自ら強さに焦がれていた事を口にし、誰かと話していたような記憶が甦った。実際誰かと直接話したなどうろ覚えで、独り言で呟いていたつもりが、今にしてみればあの男は一体、誰だったのだろうと不思議に思える。

 

「過ぎた事にこれ以上口出しはしないが、私達は何時かとんでもない敵と戦うことになるやもしれん。だからお前が誰だろうと誰でもなくても、お前はラウラ・ボーデヴィッヒとしてこの学園に三年間在籍しなけれないけないからな。その間はお前とお前のISの力が必要になる可能性がある故に、精々コキ使ってやるから覚悟しろ」

 

それが生徒に対して言う教師の物言いか、と思う他にも自分に対する励ましの言葉も含まれていたので、励ましの言葉を言われるとは思っても見なかったラウラは、何を言うべきかが分からない。わからないまま、ただぽかんと口を開けていた。そんなラウラに、千冬は席を立ってベッドから離れる。もう言うべき事は言ったのだろう、教師の仕事に戻るようだった。

 

「ああ、それとお前を助けた敵には気を付けろ。あれは今の私達には手が余る相手だからな」

 

最後に軍人のような言い方をして、言い残して千冬が部屋を去った。

 

 

 

 

 

保健室を後にして直ぐ壁に背中を預ける楯無と会うも彼女の顔を直視せず、廊下のど真ん中に足を停める千冬に言葉が飛んだ。

 

「篠ノ之束博士のことどう思いますか」

 

「・・・・・あいつの考えることは私の理解を何時も超えている。直接訊きたださなければこの気持ちは晴れないままだ」

 

「仮に訊き出した時、彼をどうするつもりですか?」

 

「・・・・・お前が気にする事じゃない。これは家族の問題だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまー!我が家よ!」

 

秘密基地に帰還した束は入るなりそう言ってどんどん奥へ足を運ぶ。ラーズグリーズもその後に続いて行くと白衣を着た男性の顔を空中投影するモニターが展開した。

 

『篠ノ之博士お帰り。丁度報告することがあってね、娘達が日本の軍事基地を全て破壊したそうだよ。日本代表の者も辛勝であったがISコアを奪えた』

 

「おーそかそか。やるねぇあの子達。私が貸し与えた無人機も役に立ったようだね」

 

『軍事用のISはともかく専用機を持つ者達は既にIS学園にいるが、今後どう動くか様子見と言ったところだ』

 

「IS学園はどーでもいいよ。それよりさ日本の政府はどんな感じか分かる?」

 

『それも含めて報告が届いているよ。襲撃された軍事基地がある地域を除いて情報操作されて世間に知らされないようもみ消してはいるが、かなり焦っている。他国とのパワーバランスが名も知らぬ者らに崩されてしまったからね。奪われたISコアの代わりは利かないしIS学園に泣き入りするようだ』

 

男性からの報告に束は満足そうだった。日本の防衛を丸裸にしたことで日本は旧世代の兵器を代用せざるを得ず、頼みの綱はIS学園だけになったのだ。後は強烈な毒を与え日本を震え上がらせ自滅に追い込むまでだ。

 

『娘達が戻ってきたら日本を潰すかい篠ノ之博士』

 

「まだだよー。これから愛しい妹の為にISを用意するからね。その間自由にしてていいよー」

 

『わかった。ではまた報告が届いたら連絡を入れるよ』

 

映像を切った男性との会話が終わると束達の自室についた。横にスライドして開かれた扉の向こうは鉄と機械だらけではなく、生活感が溢れた空間であった。

 

「お帰りなさいませ。束様、ラーズ様」

 

「ただいまくーちゃん」

 

銀髪に目を閉じた可愛らしい服装を着ている少女が二人を出迎えた。束は朗らかに言い返して少女の頭を撫でラーズグリーズは能面のマスクを外し素顔で「・・・・・ただいま、クロエ」と言い返す。

 

「ラーズ様。あの方から伝言があります。時間が空いている時でも構いませんから連絡をしてください。です」

 

「むー、らーくんを独り占めする気だなぁ~。すっごく束さんはじぇらしぃだよ~?」

 

束に抱き着かれても気にせずクロエから携帯を受け取り通信を入れた。数秒後、相手と繋がりラーズグリーズは口を開いた。

 

「・・・・・久しぶり」

 

 

 

 

奇妙な事件からあっという間に六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色にと変わる。その慌ただしさは予想よりも遥かに凄く、今こうして第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。

 

「しかし、すごいなこりゃ・・・・・」

 

更衣室のモニターから観客席の様子を見る弾の呟きが三人の耳に入る。三人もモニターを見て同感だと感じている。そこには各国政府関係者、研究員を企業エージェント、その他諸々の顔触れが一堂に会していた。

 

「話によれば三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ている。俺ら一年は関係ないけど、上位入賞者には唾をつけるようだぜ」

 

「ふーん、ご苦労なこった」

 

「どうでもよさそうに答えるが秋十。俺達は男性操縦者だから目を付けられていると思うぞ」

 

「そうだな。俺ら以外にも男子が何人もいるし、夏兄を除いて男の操縦者の中で誰が一番になるかワクワクする」

 

「何で俺を除くんだよ」

 

専用機を持っているからだよ、と四人に揃って言われて微妙な面持ちになった一夏。

 

「いや、俺の武装ブレードだけだから勝てる見込みはあるだろ」

 

「自分は弱いです。だから勝てない。でも実際に勝っちゃったみたいな展開になってみやがれ。俺はぁお前をボコるからな」

 

「何故に!?」と酷く動揺する一夏を他所に一誠達も秋十の言い分に同感だと風に口を開く。

 

「同期で同時にISを動かしたメンツの中でまだ俺らだけ専用機を貰っていない気持ちはわかるまい」

 

「束姉さんにお願いしようかな・・・・・」

 

「色々とやめたほうが良いって。あの人がここ最近の襲撃の黒幕だったのがわかったんだから」

 

でもやっぱり欲しいなぁ、と専用機を手にする機会が恵まれないことに溜息を吐く秋十達三人が使っている更衣室から場所を変えて反対側の更衣室。人工過密のそこにあってなお、冷気を放つ一角があった。1人はラウラ・ボーデヴァッヒ。もう1人は織斑マドカである。彼女達の放つ異様な気配に、すし詰めで生まれた粗熱も二の足を踏んでいるかのようだ。そしてそれは明らかに壁を作っているのだから近寄りがたい。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

剣呑な気配を醸し出し、どちらも相手の顔を見ようとせずにいる。特にマドカがラウラを忌避している素振りをしている。ラウラとタッグを組むとわかった瞬間、顔から表情が消え失せた瞬間を一夏達は目の当たりにして複雑な表情を浮かべたのは言うまでもない。女子更衣室に入ってからも今に至り、この状態がいつまでも続くかと思った。

 

「・・・・・」

 

あれから自分専用のISが手に入ったという実感の高揚感を噛みしめ、今日まで特訓や訓練をしてきたことで実力は身についた。ぐっと力強く握りしめ試合に臨んだところでモニターがトーナメント表へと切り替わった。そこに表示される文字をラウラは見つめた。

 

 

初戦は―――マドカ&ラウラVS一夏&一誠だった。

 

 

「愚兄共か、障害物にもならんな」

 

「どちらも近接型のIS・・・・・私のAICの前では敵でもない」

 

うげっ、と嫌そうに声を漏らしていた兄達を知らず、否、気にせず初戦は貰ったと―――不気味な笑みと声をして周囲の女子達を震えさせたのだった。

 

 

 

賑やかになっているIS学園を見下ろせる空は晴天に恵まれて大会日和であった。しかし、その空に1人の男が腕を組んで浮かんで愉悦そうに眺めていることを誰も気づかない。

 

 

 

両者がアリーナ・ステージに飛び出す。

 

「さぁ、狩りの始まりだ」

 

「精々逃げ回り続けるがいい弱者共」

 

「「ヤバい、この二人の目がマジで・・・・・ッ」」

 

 

試合開始まで五秒。四、三、二、一―――開始。

 

 

試合開始と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行う。一夏と一誠、マドカがだ。後方からワイヤーブレードを射出して援護を行うラウラ。猪突猛進のようにブレードを振るう兄達に対して、体を独楽のように回転したマドカの遠心力がついた横薙ぎに振るわれた斬撃と直撃、勢いに押し負けた二本の近接ブレードが弾かれたその隙を狙って二人の腕に絡みついた。

一夏を明後日の方へ放り投げてそれを追うマドカ。ラウラは一誠とマンツーマンで戦う意思を見せつけ、引き寄せた獲物をじっくりと料理をする腹だった。

 

一誠が駆使する量産型IS打鉄の接近ブレード『葵』と、ラウラの手首から出現するプラズマ手刀とぶつかり合う。

 

「ほぉ、素人とは思えない太刀筋だ。手慣れた動きを見せる」

 

「こういう武器は俺ら兄弟姉妹は扱い慣れているんでな。小学生の頃は全国制覇もしたことがあるぞ」

 

「そうか、ならばお前の実力を見せてもらおうか。チャンバラごっこ程度で強気でいるお前のな」

 

その直後、大口径リボルバーカノンの弾丸が一誠に当たりアリーナの壁まで吹っ飛んだ。更にたたみ掛ける大口径88mの弾丸。

 

 

「くたばれ一夏ぁーっ!」

 

「兄に対してなんちゅー言い方をするんだ!?」

 

ラウラのように一方的な戦いは出来ずとも、二人はISを操縦してまだ日が浅い。使用している機体の性能と機能、能力の優劣で勝敗は決まる様なものであるが、近接ブレード『雪片弐型』一本のみの白式と秋十と同じぶっつけ本番のISで駆るマドカはバスター・ソードで振るう二人は剣戟を結び合う。

 

操縦者の士気と勝利の対する執念の差が決定するかもしれない。片手でブレードを振るいながら隙を見せたところを、アサルトライフルで撃ち込むマドカの戦い方に四苦八苦する一夏は急後退をして間合いを取った。

 

「ははは!最高の気分だ。だが、まだ『黒騎士』の力はこんなものではないはずだ。もっと私の練習台になってもらうぞ。お前を負かしてな!」

 

「でもよ、千冬姉はこの一本の剣だけで世界の頂点に立ったんだぜ?」

 

「それはあの人が化け物染みた強さがあるから成せたこと。お前にそんな力が無いだろう。というか、お前は姉さんではない限り世界の頂点に立つことは不可能だ。だから―――その剣が折られないよう気を付けるんだな!」

 

間合いを取られた分、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で詰める。それから始まる剣戟にアリーナの観客席から熱が籠った歓声が湧きだす。

 

 

「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練であそこまで強くなるなんて」

 

教師だけが入ることを許されている観察室で、モニターに映し出される戦闘映像を眺めながら山田真耶は感心したように呟く。

 

「やっぱり織斑君と織斑さんは兄妹ですね。何だか戦いが似ています。織斑さんに至っては織斑先生があそこにいるみたいに間違っちゃいそうですよ」

 

「ふん。私はあんな雑な振るい方をしないし欲望に満ちた顔もしていない。完全に浮かれおって馬鹿者が」

 

身内には相変わらずの辛口評価しかしない千冬に、山田真耶はやや苦笑気味に言う。

 

「そうだとしても織斑先生の背中を追って成長しているんだと思いますよ?これからも練習すれば今より強くて凄い生徒になりますよきっと」

 

「まあ・・・・・そうかもしれないな」

 

ぶすっとした感じで告げる千冬だったが、山田真耶はそれが照れ隠しなんだとわかってきているので、別段気にしない。それどころか『やっぱり兄弟姉妹想いだなぁ』としみじみ思う。

 

モニターでは実戦経験の差でラウラに追い込まれた一誠が一夏と合流し、マドカとラウラと対峙した。

 

「あ、織斑君・・・ああ、ややこしいですね。一誠君がピンチですね」

 

「戦闘の経験とISの能力の差で決まっているのだろうな」

 

「では、マドカさんの実力は?一夏君を追い込んでいましたけれど」

 

「・・・・・さっきも言ったが、いまの織斑妹は欲望丸出しだ。獣が全力で獲物を襲いかかるようにあいつも代表候補生だろうが専用機がだろうが相手が誰であれ、躊躇なく全力で襲いかかる。獣のような奴なのにそのクセ、時折キレのある動きをするものなのだから迂闊に攻め込むと、何時の間にか鋭い牙が体に食い込む危うさを抱かせるんだ」

 

それが身内が良く知っている、と付け加えられマドカに対して若干戦慄してしまう山田真耶。

 

―――刹那。アリーナの会場のど真ん中に大きな空間が開きだした。その異常現象を目の当たりにする一同は怪訝な気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

 

 

「なんだ、これ?」

 

戦闘を中断し、穴を見つめる。何が現れようとおかしくない雰囲気が突然穴が出来た空間から醸し出している。警戒する一夏達はジッと食い入るように視線を送り続けていた時、現れた。黒一色の革の服を着こみ紫色の発光現象を起こす黒髪に血のように赤い眼の青年が穴から出てきた。

 

「「・・・・・っ」」

 

男の纏う不穏な雰囲気を感じ取ったからか、生身の相手に大型カノンとバスター・ソードを突き付けるラウラにマドカ。一夏と一誠が目を見開き驚いても場の空気を読んでブレードを構えだした。すると男が口を開いた。

 

「直ぐに警戒したのは及第点だな。そこの男達は失格だ。もしも殺戮者が予告もなしに襲いかかって来ていたら死んでいたところだ」

 

「ならば貴様はなんなのだ」

 

「俺か?ふっ・・・俺はだな・・・・・」

 

小さく笑みを浮かべ、ラウラの問いに男は言い返した。高らかに、そして誇らしく胸を張って―――。

 

「我が名はアジ・ダハーカ。世界と人類の絶対の天敵に位置する存在。我が主の願いのためにこの世界に対して宣戦布告をする」

 

まだ開き続けている空間の穴から駆動音と鉄と鉄が擦れるような音に金属音など色んな音が聞こえ、全貌が明らかになった同時にアジ・ダハーカは何時の間にか手にしている杯を見せつけながら不敵に言った。

 

「この杯で命を吹き込み、創造した金属生命体―――世界最強のISと対なる存在、

混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』と共にな」

 

ソレは鈍い銀色の光沢を輝かせていた。ISと対なる混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)の形状は西洋のドラゴンに似ていた。そして、ラウラのISが変貌した姿とも酷似しており、一夏とマドカはまさかと悟った。

 

「お前、この前の騒動と関わっているな」

 

「力を欲した者に力を与えたに過ぎない。あとは得た力をどう振る舞うか本人次第だ」

 

「ふざけるな!そのせいでラウラがどんな危険な目に遭ったと思うんだ!」

 

「ISを操縦するからには危険は付き物ではないのか?ISは本当に安全な平気であると断言できるのか?その武器で生身の人間に振るえばどうなるか、わからない筈がないであろう」

 

一夏の思いを呆れる風に語り、アジ・ダハーカが金属生命体に指示を出す動きを、三人に向けて手を翳した。

 

「やれ」

 

ギェエエエアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

機械が咆哮を上げた。と同時にアリーナ中に警告の警報が鳴り出し、防衛システムが作動する。

 

 

観察室でも緊急事態が起きている報告を受けていた。けたたましくなる警報のアラームと焦燥に駆られながらも真剣な面持ちで千冬に報告される。

 

「大変ですっ。他のアリーナでも同様の未知の自立型起動兵器が出現し、生徒を襲っているそうです!」

 

「やってくれたな・・・・・本気で我々と、世界を敵に回すつもりのようだ。各アリーナにいる戦闘教員は迎撃と生徒の避難の誘導を最優先にするんだ」

 

 

そして・・・・・とある秘密基地のラボでも騒動の状況を確認されていた。大画面のモニターで今までのやり取りを見聞していた束達もこの緊急事態に興味を抱いていた。

 

「ほうほう、機械生命体なんてテレビの中の話しかと思ったら、テレビの中から飛び出して出てくるなんてねー。どこの国がそうしたのか興味深々だよー」

 

「・・・・・」

 

「束さん、あれを調べてみたいからちょっと一緒にIS学園まで行ってくれるかな?」

 

「・・・・・わかった」

 

ありがとー!と感謝の言葉を送られながらISを保管している部屋へ向かった。扉が開き、点灯する明かりで照らされたことで鎮座しているISの全貌が晒される。黒いISの隣にある青いISへ視線を送った。

 

 

 

 

第三アリーナでは三つの頭を持つ混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)が出現し、三年の専用機持ちの女子生徒が戦っていた。ダークグレーの装甲、両肩の犬頭から炎が呼吸のように噴出している。赤熱化した双刃剣(バトル・ブレード)黒への導き(エスコート・ブラック)》を展開(オープン)させ、握りしめているが彼女は時折第二アリーナの方へ視線を向けている。第二アリーナにも二つ頭の金属生命体が生徒を襲っている情報が届かれてから、大丈夫だと自分に言い聞かせつつも心のどこかで不安と心配がチラついていた。

 

「(生徒会長がいるから大丈夫だろうけど、あーっ、やっぱりオレがあいつを守りたいのにコイツが邪魔するし他の連中を放っていくのはマズい話しだよな・・・・・ファックが!)」

 

「集中しなさい。敵は目の前にいるのよ」

 

「そうそう、何を考えてるか分かってるけどね。だからそのためにも早く敵を倒そ!」

 

「分かってる!」

 

紅蓮のように真っ赤な長髪を激しくなびかせ、鳶色の瞳のIS操縦者は冷静沈着に少し心あらずな味方に声を掛けた。橙色の装甲に肩のアーマーと膝に四つの水晶を備えたISを展開した綺麗な空色の髪と瞳、健康的に日焼けしたような褐色肌の少女達と共闘しながら心中葛藤に悩まされ、苛まれながら言い返しつつ両肩の犬頭が口を開き、火炎を撒き散らす。三つ頭の口から極寒の冷気が放たれ、炎の熱をたちまち凍らせて無力化した。さらに背中の装甲が八対十六の砲身が開き、そこから小型ミサイルが放たれた。

 

「おいおい・・・・・本当に何なんだよコイツは―――よっ!」

 

「全くね」

 

「おっと!」

 

空気を凍てつかせる吹雪の攻撃が猛威であり、背中から小型のミサイル。そして全てを掻い潜って懐に飛び込んで斬りかかってみると、装甲が分厚く、斬りかかった瞬間に猛吹雪が放たれる。

 

「ちっ!―――なっ・・・!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で緊急回避。が、両足が吹雪の攻撃に掠ってたのか装甲が氷に覆われていて、脚部の推進力が消失、本来の速度が半減したところで三つの極寒の吹雪と数多のミサイルが挟撃してきた。

 

「(あー・・・・・これ、ダメなやつか。ゴメンなフォルテ、助けにいけれなくなった)」

 

氷漬けになったところでミサイルの攻撃によって身体は爆散するだろう、と悟る女子は周りがゆっくりと見える感覚の中で自嘲的な笑みを浮かべた。

 

次の瞬間。挟撃を受ける身が空から飛翔してきた影によって逃れた。標的を見失ったミサイルが吹雪に当たって凍りつき、ステージに虚しく落ちる。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・!」

 

自分を横抱きに抱え、機械生命体から離れたところで停止する影の正体・・・・・輪後光を背に青い羽根を生えそろえる三対六枚のウィングスラスターが特徴の青いISを纏う者が彼女を掬い上げた。

 

「・・・・・」

 

「誰だお前?」

 

三年生として知っている学園に在籍している専用機持ちの、全てのISの特徴が完全に異なって誰なのか判らなかった。自分を助けてくれた操縦者は一体何者なのか声を聞くまで怪訝な気持ちを抱いていれば吹雪が襲ってきた。彼女を抱えながら三つの冷気をかわし、灼熱の炎に輪っかが燃えだしそうな勢いで真っ赤に染まり、男性操縦者の眼前に現れるウインドウに唯一仕様(ワン・オフ・アビリティー)の発動条件が満たしたと浮かぶゲージがMAXになった。意識だけでソレを発動すると青い羽根が真っ赤に染まり、炎を纏いだした翼が大きく広がって・・・・・まるで火の鳥のような出で立ちとなった。

 

「うおっ!ISが燃えだしたっ!?でも、熱くない?あ、やっぱり熱っ!」

 

しかも脚部の氷が溶けたので本来の速度を取り戻した。変化した青いISに驚くも仲間のところに連れて行かれ、彼女を押し付けるように手渡す青いIS。炎翼をはばたいて一気に急転して三つ頭の機械生命体へ突貫する。燃え盛る炎が矢の如く飛来してくる敵に冷気が帯びる吹雪をビームと化にして攻撃する。直撃すれば即凍結、の危機に対して地面へ急降下、冷気を帯びたビームを紙一重でかわし例え直撃したとしても炎と化した機体自身は風を受ける度、炎は昂るように燃え盛る強さが増すのであっという間に氷解する。

 

機械生命体からの攻撃が一瞬だけ途切れた。その瞬間を逃さず、一気に畳み掛ける意思を持って炎のブレードを二振り手にして瞬時加速(イグニッション・ブースト)以上の速度で飛翔。と同時に口を開けて氷のブレスをした機械生命体の目に飛んでくる火の鳥を視界にいれたのを最後に―――炎の斬撃が燃え盛りながら吹雪ごと三つの首を同時に両断、生命維持が出来なくなった目に光が無くなった頭部はアリーナ・ステージに沈んだ。後に首から下の身体も鈍い音を立たせ地に沈み、それ以降二度と動くことはなかった。

 

「・・・・・今、腕を振った瞬間が見えなかったぞおい」

 

「というか誰なのかしら。記憶にないIS・・・・・」

 

「一応、敵ではないのは確かかも」

 

ここにはもう用はないとどこかへ飛んでいく謎のISの先には、第二アリーナがある場所だった。三人も遅れて後を追うように向かいだす。

 

 

第二アリーナでは水色の髪の女子と猫を彷彿させる小柄で華奢な女子生徒が混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)と戦っていた。二つ頭の西洋のドラゴンであったが、二人の連携攻撃に圧倒されたからか驚くべき行動に出た。咆哮をしたと思えば自身の体をからくり仕掛けのように変形させて、四肢の体は人型に成り代わっていき、両手に巨大な射撃武器と近接武器を備えた巨人のような姿となった。

 

「ちょ、あれ、変形するっスか!?どこの国だって機械を人型に変形させる技術なんてないっスよ!」

 

「唯一、できそーな人がいるんだけど。あの人の仕業じゃないだろうし・・・・・」

 

変形している瞬間を攻撃しておけばよかったわ、とちょっぴり惜しいことをした気分に浸る彼女の目に銃口を突き付ける相手の姿が入る。

 

「気合入れ直すわよフォルテちゃん」

 

「勿論ッス。先輩を助けに行くにはコイツが邪魔っスからね」

 

「うんうん、恋人同士の熱い愛情は燃えるわねー」

 

「茶化さないでほしいっス!」

 

鈍い銀色の大剣を振りかざそうとする機械生命体に臨戦態勢の構えを取る二人―――に炎を纏う謎のISが横切った。第二アリーナの外から飛んできた、火の鳥を彷彿させるIS。四つの目が見開き、こっちに近づいてくる火の鳥は大型の射撃武器で撃ってくる金属生命体に向かって飛来し、あっさり首を斬り捨てては第二アリーナから遠ざかっていった。

 

「な、なんなんスか今の・・・・・」

 

「分からないわ。でも・・・・・」

 

謎のISの正体に疑問を抱くが、事態が好転するならば後回しにするべきだろうと楯無達も追いかける。最後の第一アリーナでは既に人型になっている金属生命体に苦戦を強いられていた。巨大過ぎてAICでは止め切れず、大型カノンが放つ弾丸に転がりながらかわして撃ってくる機械人に瞠目せずにはいられないラウラ。腕部ガドリングガンで射撃するが威力は小さく、振り返る際に剣を横薙ぎに振るわれて瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近づいた一夏にかばわれて助けられるマドカ。

 

「くっ、図体のデカい割になんてすばしっこい動きを・・・!」

 

「あのデカブツの一撃が当たれば、シールドエネルギーが減るどころか私達の体を真っ二つにされそうだ」

 

「雪片二型もそんな感じがして下手に攻撃できないっ」

 

巨大なマシンガンの引き金を引き、連続で撃ってこられ回避行動をする間でも遠距離と中距離の射撃武器で何とか攻撃を仕掛けるマドカとラウラ。しかし、かわされるか分厚い装甲を貫くだけの威力が足らず決定的なダメージを与えない戦いが続く。

 

 

アジ・ダハーカは高いところから高みの見物をして、一人意味深に笑みを浮かべていた。訓練機で必死に戦っている織斑一誠を視界に収めて心なしか懐かしそうに見つめていたら、炎纏うISが第一アリーナに向かっていく姿を捉えた。

 

 

 

 

「許可が下りた。俺達も戦いに行くぞ」

 

「やっとか。ここに来て初の実戦相手は巨大ロボなんていいじゃん」

 

「もう試合どころじゃないけれど、ここで僕等の戦いを見せつける機会ってことであの機械をスクラップしに行こうか」

 

「つまらないからね?」

 

「はっはー!女共に俺達の強いところを見せ付けてやろうぜ!」

 

「麗しの女子達は避難して見ている子は少ないだろうけれどね」

 

意気揚々とピットから出てくるISを纏う操縦者達―――全員、男だ。見たことのない専用機だったり馴染みある訓練機で戦いに乱入、マドカ達を苦戦に強いた金属生命体に飛び掛かった。

 

「邪魔だ邪魔だー!あとは俺達に任せとけ!」

 

「うわっ!?」

 

一夏達を退けて自分達が倒しに臨んだ。巨大機人相手に群がり、苦労した四人を嘲笑うかのように攻撃を仕掛けた。装甲の隙間にブレードや射撃武器で攻撃し、顔面を狙うスナイパー、格闘で分厚い装甲を粉砕。

 

そして二振りの三日月のような大きいブレードを片手に背中に跨った状態で機械人の首を鋭く振り下ろした。

 

『・・・・・』

 

急所を斬られたことで目に光が消失。と同時に魂のない機械はただの鉄屑と化して倒れた。彼等の戦いに介入できず、ずっとただ佇んでいた一夏達は見ていただけで終えてしまった。

 

「・・・・・」

 

第一アリーナに一拍遅れてやってきた時には全てが終えていた。纏う炎が消えて元の青色の機体に戻り冷却システムが作動する。一夏達はそんなISの存在に気付き―――他の六人の少年達はこんなISが学園にいたか?と素朴な疑問と好奇心、奇異に思いながら所属不明のISに意識を向けた。

 

「おい、お前は一体どこの誰なんだ?顔を見せてみろよ」

 

頭部を覆うヘルメットバイザーで顔を窺えない。一夏達は黙認して事の成り行きを見守る姿勢で、もしもの場合自分達も介入せねばならないと思って―――。

 

「やっほー!いっくん達、お疲れだねー!」

 

豊かな胸を揺らしながら陸上選手顔負けの脚で走ってくる篠ノ之束の登場に、更に混沌と化する。同時に気付く。あの青いISの正体はラーズグリーズであることを。

 

「た、束さん?何でここに・・・・・」

 

「決まってるじゃーん。金属生命体って束さんの好奇心をくすぐらせるこの機体を調べに来ちゃったんだよ。好奇心で猫を殺すって、あ、もう死んじゃってるかこの機体」

 

機械生命体に触れようとした彼女に向けられるブレードと射撃武器。得物を持つ相手の意思次第ですぐに生身の相手の命を奪える行為をしている―――六人の少年達によって。

 

「美しい女性にぶっそうなものを突き付けるのは僕のポリシーに反するけれど☆」

 

「こんなところで世界的指名手配されている大物が飛んでくるとは思いもしなかった」

 

「もしも見掛ける様なことがあれば即捕縛しろってお達しなんでよ」

 

「悪いけど大人しく捕まってくれるかな」

 

「逆らえばその四肢を切り捨てる」

 

「達磨のように地べたに転がりたくないなら尚更だよ」

 

捕獲する意思を表す彼等の行いに誰も動こうとはしなかった。正確には動けないのであるが、動ける者がいるとすればただ一人。ラーズグリーズ・F・アヴェンジャーだけだ。スラスターウィングから十二のビットが自立起動して六人へ警告なしで射撃。撃ってくる一つのビットから複数の射出したビームに回避に遅れた数人は撃ち抜かれ遠くに追いやられ、残りの数人は束から遠ざけられる。その後彼女を守る姿勢で攻撃した本人に叫ぶ。

 

「お前、俺達に攻撃することはどういうことか判ってんのかよ!日本を敵に回すようなもんだぞ!?」

 

「だからなーに?」

 

「はっ・・・?」

 

「馬鹿な連中しかいない国なんかを回しても束さん達は別に興味無いんだよねー。しかもISの開発者でもある私にISで脅かそうなんてお前達も案外馬鹿なんだねー」

 

男性操縦者達へ強襲するラーズグリーズを他所に、機械生命体に身体から機械の触手を出し、何時の間にか調べていた束が侮蔑する意味を籠めて口を開いた。

 

「『プロトタイプ計画』が成功しても操縦者が出来損ないじゃ、どれだけISを動かせる男を増やそうとしても馬鹿しか増えないなら一生馬鹿しか生まれないねこの国は」

 

国の国家機密の情報源が漏洩していることから六人は様々な反応を窺わせた。

 

「いいこと教えてあげようか。その子、ラーズグリーズのらーくんは『プロトタイプ計画』要だったんだよ?道端に転がっていた石ころのお前らなんかが油でピッカピカに塗られて、人為的にISを動かせる切っ掛けを齎したかわいそうな子」

 

『っ!?』

 

「だから、らーくんにとっては君達がとてもとても憎くて殺したいほど恨んでいるんじゃないかなー?大人の醜い身勝手と理不尽に欲望で非人道的な実験の被験者だったからね」

 

十二のビットが放つ豪雨のようなビームが全て弧を描いて曲がりながら、一人の男性操縦者を捉え打ち抜いた。

 

「(あれはっ・・・・・BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃!?そんな―――)」

 

信じがたい光景を前に、セシリアは目を瞠目して愕然の表情を浮かべた。

 

「一人やられた!ビームが曲がったぞ!?何のトリックだよ!」

 

偏光制御射撃(フレキシブル)っていうBT兵器のみ可能な現象だ。もっとも、それを可能にする全IS乗りには存在しないと聞くがな」

 

「それを可能にするあいつは本当に何者だよっ。てか、『プロトタイプ計画』すら何だってんだ!」

 

「それよりも、いい加減にやめろよお前!お前らも見てないでどうにかしろぉっ!」

 

結局一夏達総出でラーズグリーズを抑え込むまで攻撃は止まらないどころか、逆に攻撃対象と見做され迎撃される。謎の男アジ・ダハーカの宣戦布告と襲撃事件でトーナメント戦は必然的に中止になった。戦後処理に各アリーナに倒れている混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)は学園側が解析するために回収され、その内の一機が束のもとで行われている。

後に専用機持ち全員が緊急招集を掛けられ、生徒会室に一堂は会した。上級生の専用機持ちの先輩を見ることにも叶いながら一夏達は前に立つ千冬の話に耳を傾ける。

 

「どこの国の者、もしくは危険な思想を抱く組織の者か定かではないがこの男、アジ・ダハーカが今回起こした騒動はIS学園だけ飽き足らず、情報によればISが保管されている世界各国にまで襲撃をしたそうだ。この混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)でな」

 

立体的なモニターの映像に映し出される鈍い銀色の光沢を放つ機械のドラゴン達。世界各国に対して襲撃している映像を見せつけられ、危機感を覚えずにはいられない。

 

「敵の狙いはISであることが判明している。それ以外の事は関心がないのか、無関係な人間と建造物、自然には手を出さないでいるものの、奴は完全に我々人類と世界の敵として認識されるのは時間の問題。先だって私達はアジ・ダハーカと奴が創造する金属生命体を総称―――『絶対天敵(イマージュ・オリジス)』と名付けることにした」

 

「・・・・・」

 

話しが区切られたところでマドカが挙手をする。

 

「アジ・ダハーカという男の狙いは本当にISなのか?―――我が主の願いを叶えると言う言葉も口にしていた」

 

「それについては私達も理解できないでいる。奴のバックにどんな者がいるのか想像もできない。捕まえて吐かせねばわからないことだからその質問は今後一切しないことだ。私達は奴が創造する機械どもの対抗をせねばならない。山田先生」

 

「はい。金属生命体、混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)は、篠ノ之束博士の解析によりわかった情報が判明しました。世界各国から受けた報告を照らし合わせましたところ、通常の兵器はIS同様にエネルギーシールドで無力化されるとのことです」

 

「それってつまり、あの機械の化け物もISと同じ・・・・・?」

 

「厳密的には違う。分かりやすく言えば犬と狼の違いだ。ISのエネルギーシールドとは異なるエネルギーがシールドとして従来の兵器を無力化にしているのだ。その上で人型に変形できるあり得ない機能も備わっている。その仕組みも今現在篠ノ之束が調べているところであるが」

 

―――織斑兄妹、ボーデヴィッヒ。奴がどうやって創造したかなど何か言っていたか覚えているか。

 

問われる三人の頭の中で思い出したのは・・・・・手に持っていた意匠が凝った一つの杯だ。

 

「杯を持っていました。杯で機械に命を吹き込み創造したとも・・・・・」

 

「・・・・・にわかに信じ難い話だ。しかし、現に金属生命体と言うものが世界各国に出現している。奴がその杯を手にしている限り、混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)との戦いは絶対に終わらないことを肝に銘じておけ」

 

その後、調べるだけ調べ情報を千冬に提供した束はラーズグリーズと姿を暗ました。



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臨海学校とアジ・ダハーカ再び

世界各国に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が散発的に出現。世界中の人々は恐怖と混乱に支配されようとしていた。ISに対する強襲や奇襲などしている最中、全ての元凶の男は日本のとある某所の海で釣りをしていた。何時そこに居続け釣りをしていたのか不明であるが、水が張った入れ物の中に一匹も魚はいなかった。しかも白いTシャツにジーンズ、麦わら帽子を被ってサンダルを履いた姿と田舎者の服装に変わっており、彼の男こそが人類と世界の敵であると初見した者は信じられないだろう。その上呑気に釣りなどしているのだから各国の政府やISの操縦者、軍に携わっている人間の怒りや反惑を買わせること間違いない。どうしてここにいるのか見当もつかず、海に垂らした釣り糸を静かに見下ろしていたそんな男の元に一人の人物が近づいてきた。その者に対してアジ・ダハーカは徐に口を開いた。

 

「久しいな」

 

その人物へ再会の言葉を送ったら、彼女―――女性は相槌よりも溜息を吐いた。

 

「世界と人間に対して攻撃するとはどういうことですか」

 

「俺は我が主の願いの為にしているに過ぎない。無論、人間の命など一つも奪わずにな」

 

「少々やり過ぎではないのか、と言っているのですアジ・ダハーカ」

 

旧知のように言葉を交わす彼女から非難の眼差しを向けられようとアジ・ダハーカは気にも留めず、釣り針に獲物が掛るのを待ち続ける姿勢を変えずこう言った。

 

「だが、器を見つけたぞ」

 

「!」

 

「やはり騒ぎの渦中にいるようだ。俺の玩具を倒せなかったが聖杯を渡せば問題はないだろう」

 

女性は問うた。その器はどこにいるのか。機を見て会うつもりなのだろうとアジ・ダハーカは察し、告げた。

 

「IS学園だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末の日曜。天気は快晴に恵まれたその日、束の一言が全ての始まりだった。

 

『今度、ちーちゃんと箒ちゃんに会うから皆も水着用意してね~。これ、命令!』

 

 

そんなこんなで一同は水着を買いに駅前のショッピングモール、その二階にやってきているのであった。交通網の中心でもあるここは電車に地下鉄、バス、タクシーと交通手段が多種多様でそろい踏み。市のどこからでもアクセス可能、そして市のどこへでもアクセス可能なのだ。そして、駅舎を含み周囲の地下街すべてと繋がっている当ショッピングモール『レゾナンス』は食べ物は欧、中、和を問わずに完備、衣服も量販店から海外の一流ブランドまで網羅している。その他にも各種レンジャーはぬかりなく、子供からお年寄りまで幅広く対応可能。いわく『ここでなければ市内のどこにも無い』と言われるほどだ。そんな場所に十二人の女性と少女、もう一人は金属のバイザーで目と顔の上半分を覆う黒髪の少年が集団で歩いていた。

 

「あのイカれた女の頭はどうなってるんだよ。襲うところがないから今度は遊び呆けてろってか」

 

「突然言うっスからねあの人。ドクターも従うし私らもそうしなきゃいけないっしょ」

 

赤い髪に少年的な雰囲気を纏う少女と赤い髪を後頭部で纏めた少年的な少女が束に対して微妙に思うところがあるようで、自分達の存在意義とは無縁なことをさせられ何とも言えないようだ。

 

「実際ドクターと違ってあの博士は肉弾戦でも強いしね。ほんと、あの人は人間なのか疑うわー」

 

「トーレお姉さまをも赤子の手のように倒しちゃうものねぇ」

 

「次は勝ってみせる」

 

水色の髪に愛嬌のある幼気な風貌の少女の言葉にクアットロはそう言いながら姉へ視線を送ると、リベンジに燃えるトーレが短く決意の言葉を漏らした。

 

「水着・・・水着か、どんな水着を選べばいいかわからない」

 

「そうだなディード。ここは男であるラーズの参考を取り組み、自分の好みの色を選べばいいと思える。私はラーズに選んでもらうぞ」

 

「・・・・・ラーズに選んでもらう」

 

「妙な羞恥心が・・・・・」

 

「うん、そうだね・・・・・」

 

栗色のストレートヘアで、容姿はかなり大人びている少女に疑問に灰色のコートを着込んだ、小柄で銀髪の少女が自分の考えを打ち明けると、水着選びに悩んでいた頭にリボンを着けている桃色の長髪をした少女が黒髪黒目の少年へ意味深に見て言い、散切りの茶髪に中性的な外見をしている少女が仄かに顔を赤らめ、茶色の長髪を薄黄色のリボンで結わえている少女も同感で顔を赤らめた。

 

「そう言えばウーノ姉の水着はどうするんだ?全員って言われたけど来ていないし」

 

「セイン様。それについては私がサイズを知っておりますので、ラーズ様に選んでいただくことになっております」

 

「うーん、ま、ラーズだから大丈夫か」

 

何が大丈夫なのかは知る由もないラーズグリーズが、大半の彼女達の水着を選び、ファッションショーみたいに実際に着てみて皆の意見を参考にしながら選んでいく。その時間はあっという間に小一時間も経過して、水着選びに面倒くさそうだった少年的な雰囲気を纏う赤髪の少女も心なしか楽しんでた。

 

「ふっふーん、結局ノーヴェもラーズが選んだ水着にしたんっスね」

 

「う、うっせぇよっ。お前だってそうだろうがウェンディ」

 

「今回初めて着るっスからね。似合わない水着を着て変に思われたくないでしょ?」

 

「そりゃあ・・・・・そうだが」

 

ウェンディと呼んだ後頭部に長い赤髪を纏めた少女の指摘に、手の持ってる水着を一瞥する。似合わないより似合う方がいいのだから言われるまでもないが、ある意味下着姿で肌を見せる行為と同じで恥ずかしい。しかも男のラーズグリーズがいる目の前で見せるのだから色んな意味で恥ずかしいのだ。

 

「おーい、買い終わったらなんか食べに行こうよ。ここのショッピングモールの中にあるレストランでさ」

 

クロエにセインと呼ばれた少女が皆に聞こえるように自分の提案を口にした。その時、黒髪黒目の少女がブロンドヘアーの少女と赤髪の少女と水着コーナーに入りセインとすれ違った。

 

「へぇ、初めてきたけどたくさん種類があるんだね」

 

「衣類の物は大体ここで買い揃えるから私にとって珍しくもない場所だ。逆に言えばここにはよく通っている」

 

「ここにない物は市内にもないぐらい品揃えが豊富だからね。家が遠くても足を運んじゃう理由はここにあるから」

 

軽く水着を見渡し最初に適当な水着を手に取り、品定めする目つきで自分の体に合うピッタリな物を物色する。そうして悩んで選別している二人の隣で買い物かごにどんどん水着を入れてく赤髪の少女に黒髪黒目の少女は不思議そうに尋ねた。

 

「おい五反田妹、そんなに水着を買うつもりなのか?」

 

「そうだよ。水着によって勝負の度合いを決めて買うんだよ」

 

「勝負下着ならぬ勝負水着か?とうとうお前にあんな愚兄以外の想い人ができたか」

 

「そ、そんな人はいないよっ。・・・・・って、えっ」

 

 

「ラーズ様。私の水着も選んでくれてありがとうございます」

 

「・・・・・」

 

 

水着コーナーの奥から銀髪の少女と一緒に歩くバイザーで上半分を隠す黒髪の少年が三人の横を通り過ぎようとした少年の横顔、目を見て赤髪の少女に仄かな淡い恋心を抱かせている少年と酷似していた。思わず素っ頓狂な声をあげた赤髪の少女の声が、二人の少女が思わずその声に反応して振り向き、赤髪の少女が嬉しそうな顔に赤らめながら黒髪の少年に近づき話しかけていたのだった。

 

「ぐ、偶然ですね?お仕事の方はもう終わったのですか?お兄から仕事で来れないって聞いたんですけれど」

 

「・・・・・」

 

「あ、もしかして驚かすつもりで密かに来てたんですか?今日皆水着を買いに来ることを知って―――」

 

一言も喋らない相手は、自分の存在がバレて悪戯が失敗したんだと思われているらしく赤髪の少女が一方的に話しかけていたら後ろから肩に手を置かれた。黒髪黒目の少女がラーズグリーズを訝しげに見ながら口を開いた。

 

「待て蘭。・・・・・そいつは愚兄じゃない」

 

「えっ、マドカ?」

 

「え・・・・・?でも、隠れてるけど横顔が同じだったよ?」

 

「私だからわかる。お前の好きな愚兄と目の前のそいつが纏う雰囲気が完全に違う。顔が同じなのはどこの外国の人間でもいる。そいつは―――」

 

と―――続けて言おうとしていた少女の前にクロエが凛と冷ややかに制した。

 

「それ以上、言葉を謹んでいただきます織斑マドカ様」

 

「・・・・・誰だお前は」

 

「お初にお目にかかります。私はクロエ・クロニクル、無礼を承知の上で申し上げます。貴女が言いかけた言葉は貴女自身が不幸にするものです。口は禍の元。直ぐに立ち去りますから黙っていてくださいませ」

 

―――ラーズグリーズはあの黒い能面のマスクを粒子召喚して被り、己の正体を晒せばブロンドヘアーの少女は目を張り、黒髪黒眼の少女は顔を強張らせた。

 

「ふざけた冗談だな。愚兄の顔で何を企んでいるラーズグリーズ」

 

「・・・・・」

 

その問答には答えれなかった。何故、正体を明かすような真似をしたのか。赤髪の少女が皆もこの場にいるという単語を聞き取り、その皆は誰なのかは―――言うまでもなかった。

 

「はぁっ!?何でここにラーズグリーズがいるわけ!」

 

「ここであったが百年目ですわね。雪辱諸共貴方を拘束しますわ」

 

「・・・・・あいつか。それにあの銀髪の女は・・・・・」

 

ISを展開して逃げ場を塞ぐツインテールの小柄な少女、金髪縦ロールの少女。静観の姿勢に入る銀髪の少女。

 

「マドカ、シャル!そいつをとっ捕まえるわよ!今ならここで確実にラーズグリーズを捕まえれるわ!」

 

「・・・・・」

 

戦意の意思を全身から表すツインテールの少女にラーズグリーズは赤黒いブレードを召喚する。

 

「この場で争うのですか?」

 

「何あんた。そいつの仲間なわけ?」

 

「それ以上の関係とお伝えします。それより、代表候補生の方々が独断で公共の場にISを展開してもよろしいのでしょうか」

 

「敵が目の前にいて素通りさせる程、私達は甘くありませんわ」

 

「当然の考えしょう。ですが、私達はともかくあなた方にとって不都合なことが起きかねないことを承知の上で行動をしているのですね?今私達がいる場所と時間帯、そしてこの場で戦えばどうなってしまうのかを」

 

クロエの言葉に目をかっと見開く二人。ようやく理解に追い付き呑み込めたか苦虫を嚙み潰したような表情になった。この場で争えば二次災害、買い物客がいるショッピングモールの中を流れ弾や意図的な破壊をすれば死者が何十人も出ても不思議ではない。それが現実となり世間に露見されることになれば責任を問われるのはISに関わる者たちすべてだ。その中にラーズグリーズとクロエは含まれておらず、責任は二人以外のこの場にいる全員が負うことになる。

 

「IS学園では私達を見つけ次第、ISを展開して捕える指示を受けていますか?」

 

「それは・・・・っ」

 

「当然、IS学園の教えで許可もなくISの展開、部分展開でも固く禁じられており市街地での戦闘も厳禁であるかと。お二人は各国の代表候補生として、今の立ち振る舞いが胸を張って正しいと物申すことができますか?」

 

「うっ・・・・・!」

 

「それに比べて他の代表候補生は理解しておられます。この場で戦闘を発展させることはリスクであることを承知しています。それに―――」

 

ラーズグリーズの赤黒いブレードが蘭の首筋、薄皮一枚に留めて突き付けた。

 

「この場に無関係な人がこうして人質になってしまいます。勿論、マドカ様と紆余曲折で本来の性別を明かしたシャルロット・デュノア様がそうはさせないでしょう。さらに申し上げると私達だけがこの場にいるとは限りません」

 

ラーズグリーズが指を鳴らすと、その音に呼応して彼女達を取り囲む風にISを展開して装着したセイン達が武装を構えた。よもや人数を上回るほどのIS保有者が、敵がすぐ近くにいたとは思いもしなかった一同は絶句する。

 

『っ!?』

 

「戦いを望むなら私達も応じます。もしもそうなったら貴女達のISかコアをいただきます」

 

如何なさいますか。場を完全に支配したクロエに誰一人逆らえず、ISを待機状態して大人しく道を譲る。

 

「ご賢明な判断に感謝します。私達も無用な戦いはしたくありませんので」

 

「どの口が言うのよっ」

 

ラーズグリーズ達もISという矛を収めて去る。見えなくまで見送るしかなかった少女達のその後は。

 

「おい小娘ども」

 

「「ひっ!」」

 

「敵に論破されるどころかこの瞬間どれだけ規則を破ったかわかっているな。止められなかった、止めなかった貴様らも同罪として学園に帰ったら覚えておけ、いいな」

 

「なっ、それは横暴―――!」

 

「い・い・な?」

 

「・・・・・鈴、セシリア・・・・・覚えておけよっ!」

 

理不尽な罰を受ける羽目になった犠牲者が多数出たのであった。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

「海っ!見えたぁっ!」

 

臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地良さそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」

 

「・・・・・夏は嫌いだ。熱い、死ぬぅ・・・・・」

 

「秋十はめっちゃテンション下がりっぱなしだがな」

 

「秋兄は秋になるとテンション上がるんだけどな」

 

「こいつは犬か猫か」

 

隣人は男性操縦者で座り、色めき立つクラスの女子の声を耳にしながら海を視界に入れつつ会話をする。

 

「お前等の名前に季節の名前が入っているからか、名前通りの季節になると反応が違うよな」

 

「千冬さんは冬になっても変わらずだけど、お前等が一番わかりやすいわ」

 

「そうか?」

 

憂鬱の秋十を除いて最後列の後部座席へ三人は目を向けた。そこに腕を組んで座っているマドカが窓の外を見ていた。その目は酷く遠い眼で心ここにあらずといった感じでぼうっとしていた。箒、セシリア、シャルロット、ラウラは各々とクラスメートと雑談を交わしていたり静かに座っているのでマドカの様子は少々浮いていた。

しばらくした後「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」と千冬の言葉に従い全員もさっとそれに従う。言葉通りほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出て来て整列した。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

この旅館の着物姿の女将が全員で挨拶する女子達に応じて丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

「今年は異常なほどにです。ご迷惑をおかけすると思うと申し訳が無いです」

 

「元気なほどいいではありませんか。あら、こちらが噂の・・・・・?」

 

ふと、一夏達と目が合った女将が千冬にそう尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は男子がいるせいで浴場訳が厳しくなってしまった申し訳ありません」

 

「噂はかねがね聞いております。未来ある生徒さんに恵まれて大変でしょう」

 

「ええ、色々と手間がかかる生徒ですがね」

 

旅館から女将の背後に近づく着物姿の女性が現れた。女将はその女性の存在に気付き、丁度いいといった感じで声を掛けた。

 

「皆さんを旅館の中に案内してください」

 

「はい、かしこまりました」

 

その女性の登場に千冬達は不思議と静かになった。黄色い着物で華奢な体を身に包む彼女が纏う雰囲気、気配が言葉では言い表せない物を発していた。豊かな金髪に澄んだ青い瞳と外国人の容貌であるが変わった特徴ではない。しかし、自分達とは何かが違う・・・・・そんな感じがしてならないと思っている間に女将が彼女の紹介を口にした。

 

「ご紹介しますね。外国から移住して長らく一緒に旅館を支えて下さっている兵藤メリアです」

 

「IS学園の皆さま、短い間ですがよろしくお願いします」

 

よ、よろしくお願いします。と挨拶を返す一年生一同。綺麗な顔立ちで柔和に微笑まれながら挨拶されると気恥しげに言葉を詰まらせて返してしまった。

 

「・・・・・やべ、すっげ美人過ぎて惚れそうだ」

 

「綺麗って感想が言いたいなら同感だぞ弾。外国人かな」

 

「外国人だけならこっちにもいるが、ありゃ一線を越えた何かの存在だよな。独特な雰囲気を持ってるし」

 

「美女にミステリー・・・・・か」

 

「奇麗だなー」

 

メリアを意味深に見つめる一夏達。口では言い表せないメリアにの美貌と雰囲気に視線を奪われていたところ、頭に出席簿による攻撃が炸裂した。既に大半の女子が旅館の中へ足を進めていた時に何時までも見惚れてた四人の足が、案山子のように動いていなかったのを千冬に見られてたのだ。

 

「早く動け馬鹿者共が」

 

「「「「「は、はい」」」」」

 

すごすごと動く一夏達を睨むその目はメリアにも含まれ、彼女の視線に気づいたのか柔和に微笑を浮かべるメリアと目が合った。

 

「あっと、織斑先生」

 

催促されたはずの一夏が千冬に声をかけた。

 

「束さんって来るんですか?」

 

「正直わからん。あいつに行動を規制することも束縛することなど自由奔放の度を越えてできないからな」

 

ただ、と一言付け加える。

 

「あともう少しで篠ノ之の誕生日だ。必ず現れると思って身構えておけ」

 

身構えておけ、ってそんな大袈裟な。と思うもここに束達がいないとなると不安が払拭できない気持ちがあった。特にラーズグリーズがまた襲撃しているんじゃないかと思うと余計になってしまう。

 

 

しかし、一夏の気持ちを裏切らないラーズグリーズがいた。新たに実戦配備されている軍の施設に強襲をかけたのだ。だが、あろうことか同じタイミングで絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現して三つ巴の戦いに発展した。そのことを千冬達は気づかなかったがIS学園は把握し、直ぐに報告した。

 

 

その報告は生徒達には届かないまま―――思い思いに海で遊ぶと時間はあっという間に過ぎ、お広間三つを繋げた大宴会場で食事を済ませるIS学園一年生達。メニューは刺身(キモつき)小鍋、それに山菜の和え物が二種類。さらに赤だし味噌汁とお新香。その日の夜の食事を済ませれば用意された和室に足を運び就寝時間まで寛ぐ。

 

 

 

合宿二日目、午前から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が持っているので訓練機よりも数倍労力を使う。昨日のうら若き花の十代女子らしく大はしゃぎで一時の夏を過ごした分、今日は真面目に臨海学校の本来の目的を取り組んで臨まなければならないところ、意外や意外ラウラが寝坊したのであった。集合時間に五分遅れてやって来て千冬からISのコア・ネットワークについて説明を求められ、緊張しながら説明口調で語った後に遅刻の件の許しを得た。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

はーい、と一同が返事をする。さすがに一学年全員がずらりと並んでいるので、かなりの人数だ。そんな人数で作業を取り組もうとしている現在位置はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。ちょっとした秘密のビーチみたいで、ドーム状なのが、どこか学園のアリーナを連想させる。大海原に出るには一度水面下に潜って、水中のトンネルから行く。ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の目的。当然ISの稼働を行うので、全員がISスーツ着用姿だ。海にいるとますます水着に見える。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

 

「はい」

 

打鉄用の装備を運んでいた箒は、千冬に呼ばれてそちらへと向かう。何故代表候補生でも専用機を持っていない彼女を?と抱く疑問は割とすぐに解消された。

 

「お前には今日から専用―――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~ん!!!」

 

ずどどどど・・・・・・!と砂煙を上げながら人影が走ってくる。無茶苦茶速く駆けてくるその影は―――篠ノ之束である。いつものワンピース姿で豊満な胸を揺らしながら堂々と臨海学校に乱入してきた。

 

「・・・・・・束」

 

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ―――ぶへっ」

 

飛び掛かってきた束を片手で掴む。しかも顔面だ。思いっきり指が食い込んでいた。手加減する必要のない相手には遠慮の文字は握り潰されるものである。

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ・・・・・相変わらず容赦のないアイアンクローだね」

 

千冬のアイアンクローからするりと抜け出して距離を置く束に催促する千冬。

 

「バカをやってないでさっさとしろ」

 

「わかったよー。さあ、大空をご覧あれ!」

 

びしっと直上を指す束。その言葉に従って一同も、そして他の生徒達も空を見上げる。

 

ズズーンッ!

 

「のわっ!?」

 

大空から一つの金属の塊が砂浜に落下してきた。一学年の生徒全員と目を張る一夏達の目の前で銀色をしたそれは、次の瞬間正面らしき壁がばたりと倒れてその中身を皆に見せる。そこにあったのは―――。

 

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!『紅椿』は全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

真紅の装甲に身を包んだその機体は、束の言葉に呼応するかのように動作アームによって外へと出てくる。新品のIS故に太陽光を反射する真紅色の装甲がとても眩しい。

 

「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか!私が補佐するから直ぐに終わるよん♪」

 

「・・・・・」

 

ぴ、とリモコンのボタンを押す束。刹那、紅椿の装甲が割れて、操従者を受け入れる状態に移る。しかも自動的に膝を落として、乗り込みやすい姿勢にと変わった。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」

 

コンソールを開いて指を滑らせる束。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りしていく。それと同時進行で、同じく六枚を呼び出した空中投影のキーボードを叩いていった。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、直ぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備も付けておいたからね!お姉ちゃんが!」

 

「それは、どうも」

 

素っ気ない態度で相槌を打つ箒を他所に束の指の動きは、もはやキーボードを打つと言うよりもピアノを弾いているかのような滑らかかつ素早い動きで、数秒単位で切り替わっていく画面にも全部しっかりと目を通している。束の作業の効率とその速さは世界各国のIS整備士を超えているだろう。故に己を天才と称する束の凄さが解ってしまうのだった。

 

「あの専用機って篠ノ之さん達がもらえるの・・・・・?身内ってだけで」

 

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。それに素早く反応したのは、束と意外な人物だった。

 

「おやおや、歴史の勉強したことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

ピンポイントに指摘を受けた女子は気まずそうに作業に戻る。それを別段どうでもいいように流して、束は調整を続ける。そしてそれもすぐに終わって、束は並んだディスプレイを閉じていく。

 

「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるねー。あ、いっくん白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」

 

「え、あ。はい」

 

全部のディスプレイとキーボードを片づけて、束は一夏の方を向く。ひらりとなびいたスカートが、子供っぽい性格とは正反対に淑女を連想させる。ともあれ、一夏は白式を待機状態にし、右腕に嵌めたガントレットに左手を添えると意識を集中させた。

 

 

それからあっという間に経つ三分。

 

「んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃん達のイメージ通りに動くはずだよ」

 

「ええ。それでは試してみます」

 

プシュッ、プシュッ、と音を立てて連結されたケーブル類が外れていく。それから箒達がまぶたを閉じて意識を集中させると、次の瞬間に三機は物凄い速度で飛翔した。その急加速の余波で発生した衝撃波に砂が舞い上がる。それから三人の姿を追うと、二百メートルほど上空で滑空する紅椿、黒騎士、暁黄昏を専用機持ちのハイパーセンサーが捉えた。

 

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

 

「え、ええ、まぁ・・・・・」

 

ならばと束と一誠は顔を見合わせて頷き合った。

 

「じゃあ箒ちゃん刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータ送るよん」

 

そう言って空中に指を躍らせる束。武器データを受け取った箒は、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。

 

「親切丁寧な束おねーちゃんの解説つき~♪雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!する武器だよ~。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」

 

束の解説に合わせてかどうかはわからないが、箒が試しとばかりに突きを放つ。刃から赤いレーザーが光が球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにした。

 

「次は空裂ねー。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利」

 

「てなわけでこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」

 

言うなり、束はいきなり十六連装ミサイルポッド×2を呼び出す(コール)。光の粒子が集まって形を成すと、次の瞬間一斉射撃を行った。

 

「箒!」

 

「―――やれる!この紅椿なら!」

 

その言葉通り、右脇下に構えた空裂を一回転するように振るう箒。またあの赤いレーザーが、今度は束の言葉通り帯状になって広がり、計十六発のミサイルを全弾撃墜した。爆炎がゆっくりと収まっていく中、その真紅のISと箒は威風堂々たる姿をしていた。

 

地上では試運転の成功、全員がその圧倒的なスペックに驚愕し、言葉を失っている一夏達の元に豊満な胸を揺らしながら山田真耶が顔に焦りの色を浮かべて千冬の元へ。渡された小型端末の、その画面を見て千冬の目は鋭くなった。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし・・・・・」

 

 

 

とある空域で超音速飛行を続けている銀色のISを追いかける―――混沌と破壊を齎す機龍(カオス・マーシナリードラグーン)の軍勢。その内の一機の頭部に乗っているアジ・ダハーカもいて感心した目で視界に入れていた。

 

「存外に粘るな。が、操従者の意識が無いまま飛行しているのはISがそうしているからか?」

 

まあ、どちらでもよいがな。とほくそ笑む絶対天敵(イマージュ・オリジス)は狩る側として逃げる兎を全力で追いかける。じわじわと弱っていくのを眺めながら銃弾やレーザーを放ちつつ追い詰めていくと、何時しか知らず知らず臨海学校の旅館がある海域と空域に侵入するのであった。

 

 

時刻は十一時半。二キロ先の空域に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が通過する情報を得て、専用機達はこの事態を対処することになった。紅椿―――第四世代型の仕様・展開装甲の調整も終えて出撃準備が整った状態で砂浜に立っていたが、何故かIS学園の生徒ではないラーズグリーズまで駆り出される不思議な状況。

 

どうしてこうなったのか、少し時が遡る。

 

「では、現状を説明する」

 

緊急事態となってテスト稼働は中止。ざわめく一年生一同は旅館に戻り各自室内で待機されている間、専用機持ちの一夏達は旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間で教師陣と集っていた。照明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発をしていた施設が絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃に遭う際、共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御化を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

正式な国家代表候補生ではない一夏とマドカ、箒とは違って国家代表候補生達はこういった事態に対しての訓練を受けている様子で厳しい顔つき、真剣な表情や眼差しをしていた。マドカは事の重大を察したのか、混乱と戸惑いの色を浮かべず真摯に耳を傾けていた。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することが分かった。しかも暴走したISを追いかける金属生命体もだ。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

今現在も超音速飛行で行く宛ても帰る場所もないまま飛び続けている暴走したISの追跡と撃墜、世界と人類の敵の迎撃・撃墜の作戦を受け、暴走した福音は一撃必殺の威力を有している一夏と―――天井裏から忍者の如く現れた束の提案で第四世代型IS紅椿の展開装甲の説明で箒、あろうことかラーズグリーズまでが福音の対処をすることになり、混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)は残りの専用機持ちが相手にすることとなったのである。

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

一夏と箒がISを展開したのを皮切りにセシリア達もISを装着する。同世代の少年少女達が作戦を臨むことは今回が初めてだ。慣れない集団戦の連携で仕損じるかもしれないが、互いが互いをカバーしあって任務を全うする他ない。だが、紅いISを纏う少女から重大な任務を臨むとは思えない程、一夏と喋る時の声音が喜色に弾んでいた。千冬だけでなくセシリア達も箒の様子の異変に気付いている。

 

『お前達、伝えておく』

 

プライベート・チャンネルで千冬からの声が届く一夏達。

 

『今作戦においてラーズグリーズも篠ノ之束に介して協力してもらうが、敵でも味方でもない相手だ。お前達に攻撃を仕掛ける可能性はないとは言い切れない。警戒だけは怠るな。用心しろ』

 

離れた位置で佇んでいる青いISを装着しているラーズグリーズ。全員が千冬の言葉に肯定する。

 

「大丈夫です。もしその時は私達全員で止めて見せます」

 

『・・・・・』

 

やはり危ういと箒の返答に一夏達は察しても千冬の声がオープンに切り替わり、号令をかけた。

 

『では、はじめ!』

 

―――作戦、開始。

 

箒は一夏を背に乗せたまま、一気に三百メートルまで飛翔するその直前にラーズグリーズは一気に五百メートルまで飛翔していたことに一夏達は絶句した。ラーズグリーズが装着しているIS『遥かなる青の空想(グランブルー・ファンタジー)』は第三世代型のISであるが、速度だけなら全ISを凌駕している。第四世代型ISの紅椿にすら負けていないのだった。

 

「くっ・・・!」

 

「篠ノ之、張り合おうとするなよ。私達は私達で動けばいい」

 

「わ、わかっている!」

 

マドカから釘を刺される。それでも速度を上げて目標の座標のところへ飛翔する。

 

 

一足早く目的の空気にたどり着いたラーズグリーズ。ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はその名の相応しく全身が銀色をしている。そして何より異質なのが、頭部から生えた一対の巨大な翼だ。本体同様銀色に輝くそれは、ラーズグリーズが参加しなかった作戦会議に判明した大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システム。そして、そのISを肉薄仕掛る機械生命体の軍勢。

 

「・・・・・」

 

青色の機体が、輪後光が眩い光を放った直後に赤く染まってぼっと燃えだす炎を纏い、火の鳥のように翼を広げ福音と機械生命体の間に割り込んだ。

 

「―――火葬(ほうむ)れ」

 

エネルギーチャージ・FULL。

 

「煉獄の焔火」

 

輪後光に集まる炎の球状が太陽と彷彿させるまでには至らなくとも巨大な火炎球を作り出した。と同時に炎の塊から火柱のように放たれる熱線が、混沌と破壊を齎す機龍(カオス・マーシナリードラグーン)の中央に貫く直後、大爆発を起こした。三分の一ほどの金属生命体は焼失したか、黒焦げになって形を残しながら蒼海へ落ちていく。遥かなる青の空想(グランブルー・ファンタジー)の真骨頂とも呼べる唯一仕様(ワン・オフ・アビリティー)の威力を目の当たりにした千冬達は、目を見開きながら言葉を出すことが忘れたように唖然となった。しかし、炎のエネルギーを使い果たした為か、炎の衣は消え失せ青色のカラーに戻って冷却システムが作動した。それ故そこから一歩も動けないラーズグリーズは相手の好い的になってしまう。

 

「―――誰かと思えば、あの時のISか。あの銀色のISを狙いに来たようだな」

 

福音から完全に意識と矛先を変えた男と支配下の金属生命体に囲まれる。

 

「・・・・・アジ・ダハーカ」

 

「如何にも。我が名はアジ・ダハーカ。世界と人類の絶対天敵、イマージュ・オリジスとやら呼ばれている者だ」

 

まだ残っているイマージュ・オリジスをけしかけた。未だに冷却しきれてないISを動かせば十全も発揮できない。迫りくるイマージュ・オリジスに対して福音は己をロックせず、敵機として確認させないでいるおかしな機体にふしぎそうに見ている。その仕草はどこか人間味があった。遅れてやってきた箒と一夏。ラーズグリーズに叱咤した。

 

「どうして突っ立っている!」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・福音は」

 

暴走しているんじゃなかったのか、と思っていたISは何故か大人しい。不思議を通り越して不自然だと思う二人の隣で冷却機能が停止し、再び太陽光のエネルギーをチャージし始めた。敵はまだいる。と言外して一夏と箒と共に攻撃を仕掛け、そんな三人を見送る福音にも襲いかかられ、

 

「迎撃モードへ移行。《銀の鐘(シルバー・ベル)》稼働開始」

 

機械的な音声が発し、奇妙な共闘が始まった。作戦本部の大広間にいる千冬達もこれには謎だと思いながらも、優先順位を変えずにはいられなかった。

 

「全機、機械生命体の殲滅を優先。福音は後回しにしろ」

 

 

 

しばらくして、他の専用機達も戦闘領域に突入。ラーズグリーズと一夏に箒、何故か福音まで共闘している姿に疑問を抱くが千冬からの指示で自分達も共闘をして本来の敵に対する攻撃を始める。

 

アジ・ダハーカは減っていく玩具を威風堂々とした佇まいで高みの見物を決め込んでいる。混沌と破壊を齎す機龍(カオス・マーシナリードラグーン)の形状は超音速の飛行をする奇襲型『ワイバーン』。数は優に百を超えている。十機も満たない専用機持ちは厳しい戦いになるかと思っていたが、機械生命体との戦闘が初めてであったり、専用機を得たその日に初の実践する少年少女達は互いをカバー、フォローし合って着実に敵の数を減らしていく。

 

「一夏、アンタ零落白夜や瞬時加速(イグニッション・ブースト)をバンバン使い過ぎないでよね!エネルギーの消費がこの中で一番一番激しいのはアンタなんだから先に戦えなくなるなんて許さないんだから!」

 

「わかってる!零落白夜発動。おおおおおーっ!」

 

「言われている傍から使うんじゃありませんことよ!?」

 

「シャルロット!」

 

「うん、行くよリヴァイヴ!」

 

世界最強の兵器は流石に強いな、高みの見物をしていながらそう感心するアジ・ダハーカ。ワイバーンの武装は口内と手翼から射出する実弾かビームのみ。アメリカとアラスカの共同開発施設に奇襲を仕掛けるところまでは何て事はなかったが、やはり威力が不足していたことに苦笑いする。

 

「La・・・・・♪」

 

銀色の福音(シルバリオ・ゴスペル)がウイングスラスターの、三六の砲門からエネルギー弾の雨を上空から全方位に向けての一斉射撃を行った。巻き添えになりそうになりながら急後退、回避をする専用機持ち。そして直撃を免れなかった機械生命体等は大海原に沈んでいく。

 

「ちょっとっ!やっぱり暴走しているんじゃないの!?」

 

「いや、周りを見ろ。さっきの射撃で殆どのイマージュ・オリジスが減ったぞ」

 

「さりげなく僕達まで撃ち落とそうと考えていたら恐いね」

 

危なっかしい援護を受けながら残りの敵機を撃破していく。そんな中、守りが手薄となっているアジ・ダハーカの元へ紅が迫っていく。主を守らんと襲いかかるワイバーンを空裂が放つ帯状の紅いレーザーで斬り捨て、突破して刀の切っ先を突き付けた。

 

「投降しろ。お前の作った玩具は全てなくなる」

 

「もしも断れば?」

 

「痛い目に遭うだけだ。お前が機械に命を与える能力があろうと、お前自身は無力であることは変わりない」

 

嘲笑するアジ・ダハーカにもう一度語気を強くして投降を求めた。

 

「お前の負けだ、アジ・ダハーカ。大人しく降参―――!」

 

徐に降伏を命じる箒が言った矢先。華奢な体が凄まじい衝撃波を受け、数百メートル先まで吹っ飛んだ。

 

「たかが機械程度で俺に勝てると思っていたのか?俺は我が主に創造されし最強の一角であることをその身に思い知らせてやろうか」

 

見えない力によって吹き飛ばされた仲間をセシリアが受け止めている間、アジ・ダハーカが宙に浮いた。そして彼の男の周囲に幾何学的な黒い円陣が―――。

 

「小手調べだ。踊り続けろ」

 

それら全て、光のエネルギー弾として一斉射撃を行い一夏達へ放ったのであった。絶句、瞠目する少年少女達は蜘蛛の子が散るようにそれぞれ回避行動を取ったのであるが、一向にも撒ける気配が感じない。

 

「・・・・・」

 

追ってくる敵の追尾攻撃にラーズがビッドのエネルギー弾で打ち落とすことが成功した。

 

『セシリア、ラーズグリーズがしたように!』

 

『それしかないようですわね!』

 

二人も攻略の糸口を見つけそれぞれ動く。セシリアが鈴、シャルがラウラに向かい射撃武器を構えて擦れ違う際、エネルギー弾に撃つと暴発した。その無力化をした方法を見た他の皆も自分で対処したり仲間に対処してもらったりして乗りきった。

 

「ふむ・・・・・ならこれはどうだ」

 

上空に手を掲げたアジ・ダハーカに呼応して今度は巨大な幾何学的な黒い円陣が発現した。今度は何をするのかと身構える相手に口端を吊り上げた。

 

「千の雷を見たことがあるか?」

 

轟く雷鳴、稲光する雷。槍の如く宙にいる一夏達に牙を向くその姿はまるで龍―――。雷の速度にISが反応することも操縦者が回避する間もなく全員、IS諸共全身に電撃のダメージを受け福音も含めて全滅―――。シールドエネルギーの残量が0、ISも損傷が軽くCレベルを超えて皆と蒼海へ落ちてゆく最中、旅館へ飛行するアジ・ダハーカへ睨むラーズグリーズが諦めの色を浮かべていなかった。

 

肩のアーマーの龍の口から収束する光が極太のビームと化してアジ・ダハーカに迫った。この攻撃に難なく片手で弾かれた。

 

「・・・・・ッ」

 

一矢も報い得ずこのまま敗北と共に海に落ちるのを待つだけと思った刹那、ラーズグリーズの体から一瞬の閃光の後。黒の機体が目の前に具現化した。操縦者を受け入れる姿勢になるその機体に手を伸ばす。と同時に海面が強烈な光の球によって吹き飛んだ。球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのようにへこんだままだった。その中心、青い雷を纏った『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が自らを抱くかのように蹲っている。

 

「・・・・・っ」

 

培養カプセルの中で飼い殺ししているラーズグリーズを見上げ、せせら笑う科学者と政府の人間の顔が脳裏を過る。

 

『よくやった。この素材のお陰でさらに男の操縦者を増やせるだろう。他国に対して強い姿勢でいられる』

 

『それでも数に限りがありますがね。このモルモットからどれだけ搾取出来るか』

 

『なに、搾れるだけ絞ればいい。この実験動物の力は我々人類のためになるのだからな』

 

粛清するだけでは、ない!海面へ落ちる一夏とマドカを視界に入れて強い決意を口にする。そしてその想いは強く、歪でも熱い。それに応えるように自身のコアと遥かなる青の空想(グランブルー・ファンタジー)が輝きだした。

アヴェンジャーの装甲がグランブルー・ファンタジーに触れた途端、共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)が起きた。光に包まれるラーズグリーズと二つの機体。しかし、強制解除されたラーズグリーズは空へ放り出されるも。

 

『キアアアアアア・・・・・・!!』

 

どこからか獣の咆哮のような声が聞こえ、声がした―――海に視線を向けると頭部からエネルギーの翼が生えた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が迫って来ていた。ここで攻撃してくるのか、とラーズグリーズの考えを裏切り背中から光の渦となった二つの機体の方へと押しやった。まるで己を光りある場所に連れていくかのような福音の行動に言葉を失いながらも切に願った。

 

「(・・・・・例え俺が―――)」

 

ラーズグリーズの心の叫びが、その本心が、その想いが、―――届いた。

 

宙に佇む二つ(三つ)の機体が一つの輪になり、福音の手によって押し上げられたラーズグリーズをとりまく。それはまるで光と闇に祝福されているかのように。やがて光が弾け―――新たな力を得て顕現した。

 

全身が濡れ羽色と白銀に金色のカラーの棘付き装甲(スパイク・アーマー)の機体。背部は三対六枚の巨大な純白と漆黒と金色のエネルギー・ウィングに変化。頭上に幾重も重なった輪っかと変わらない黒い能面のマスクを被って、ウィングスラスターと肩のアーマーの龍の顔とテールクローが無くなりカラーが変化した程度の変化を気にすることなく、アジ・ダハーカに粒子召喚した剣を突き付けた。福音もラーズグリーズの横に並び臨戦態勢の構えを取った。

 

「今の現象・・・・・お前に興味が沸いた」

 

「・・・・・」

 

「だが、新たな力を得ても俺には勝てない。機械の力を頼っている限りはな」

 

そう言って黒い幾何学的な円陣を展開したアジ・ダハーカが魔法的な光に包まれ姿を消した。

・・・・・いなくなった?何故?疑問しかない突然消えていなくなったアジ・ダハーカにラーズグリーズは―――はっと旅館がある方へ振り向いた。

 

 

「ぜ、全機全滅・・・・・っ」

 

旅館の指令室に設けた薄暗い部屋の中で真耶が震えた声音で状況を報告した。まさかの結果に千冬も予想外だったため目を細め奥歯を噛みしめた。

 

「ラーズグリーズもか・・・・・」

 

「いえ、それが・・・・・ラーズグリーズ君のISが」

 

「ほうほう、らーくんが新しい機体を手に入れたみたいだね。アヴェンジャーと遥かなる青の空想(グランブルー・ファンタジー)が融合した第四世代型に匹敵するISをね!」

 

唐突に束が叫び出した。状況を把握できるのは機体とリンクしている空中投影のディスプレイしかない。だというのに現場で見た風な言い方をする。振り返る千冬は詳細と求めた。

 

「束、見ていたのか」

 

「らーくんのISにはカメラを内蔵してるからね!さっすがは私の助手だよ!束さんの想像や考えを遥かに超えたことしてくれるんだからびっくりしちゃった!」

 

 

 

「・・・・・」

 

廊下に佇んでいた着物を着こんでいる仲居、メリアが指令室の中での会話を盗み聞きした後、とある部屋へと向かった。そこは秋十と一誠がいる寝室で兄と妹の帰りを待っていた二人に詳細を教えた。

 

「全員が倒されたっ!?一夏やマドカ、他の皆はどうなったんです!」

 

「救助隊が送り込まれると思いますので、お二人はどうか気持ちを落ち着かせて出迎えてあげてください」

 

一夏達の戦況を知らされた二人は酷く動揺した。敵は思っていた以上の強大で仲間や家族が負けるとは想像しなかったか秋十は愕然とし、一誠は握りこぶしを作って己の非力さに悔恨している。

 

「家族がやられて・・・・・くそっ、俺にも力があれば!」

 

「ISがあればな・・・・・」

 

「束さんに頼めば・・・・・!」

 

「いや、今すぐは無理だろ。それに・・・・・」

 

言いづらそうに言葉を濁し、心中で発しようとした言葉を留めた。

 

「それに?」

 

「や、手に入ったら一夏みたいに千冬姉のスパルタ式訓練が・・・・・よ」

 

「納得」

 

脳裏にド素人を特訓させる鬼教官が浮かび、自分もスパルタ式の訓練でしごかれる想像をして顔に影を落とす。

 

「力が欲しいのですか?」

 

メリアからの問いに彼女へ顔を向ける。

 

「力を手に入れたら何をしたいのですか?」

 

「何をしたいって、皆や家族を守りたいですよ」

 

「それに手の届く距離の人達も助けたい。今世界は大変な事になってるから」

 

二人の返答にメリアは、優しい眼差しで聞いていたが不意に意識を部屋の外へと向ける。誰か来たのかと思った矢先に―――静かにアジ・ダハーカが現れた。

 

「それがお前の覚悟か」

 

「な、お前っ・・・・・!」

 

「だが、覚悟が定まっても力がなければただの幻想。ISもない者の寝言程度でしかない」

 

機械や金属に命を与える聖杯を懐から取り出し、見せつけるアジ・ダハーカは不適の笑みを浮かべた。

 

「力を欲するならばこれを手に入れる必要がある。これは俺が持つ以外にももう二つある。三つ揃えたらISという玩具など比じゃない強力で強大な力を得られるのだ」

 

「三つ・・・・・!?」

 

「そうだ、一つは俺、そしてもう一つはとある女が持っている。そして最後の一つは」

 

意味深に言いつつ勿体ぶるアジ・ダハーカの会話の最中、メリアがいつの間にか彼の男と同じ杯を持っていたのだった。これには秋十と一誠の心境は愕然と唖然だった。

 

「何で、あなたがそれを・・・・・っ」

 

「俺とメリアはとある目的を、約束が果たされるその日まで持ち続けていた仲間のような関係だ」

 

「仲間!?嘘だろ、何で人類の敵とメリアさんが!」

 

「アジ・ダハーカが人類の敵となったのは私も予想外でした。なんて余計なことをしてくれたのかと、今でも信じられない思いです。おかげでこの聖杯を譲渡するタイミングが変わってしまったのですからね」

 

非難めいた眼差しを向けられても悪そびれたアジ・ダハーカではなかった。秋十が気になる単語を吐露する。

 

「譲渡?」

 

「ええ、織斑一誠。この聖杯を貴方に授けることが我々の使命なのです」

 

何故自分に?メリアの告白に一誠は呆然と彼女を見つめ言い続ける言葉に耳を傾けた。

 

「アジ・ダハーカはまだ聖杯を渡す気はなさそうです。ですので私が持つこの聖杯を貴方に授けましょう。そして対抗できる力を身に着けてもらい、アジ・ダハーカを打破して世界を救う。きっとそういうシナリオを描いたから今回の騒動を起こしたのかと思われます」

 

「ふっ、ただ普通に渡すのも面白くないからな。メリアの言うことは殆ど正解だ。故に俺と戦い世界を救ってみせろ」

 

メリアから差し出される聖杯を恐る恐る手に取り、意匠が凝ったその杯に凝視して自問自答した末に握る力を強めた。真摯な目で一誠は尋ねた。

 

「本当にこの杯で俺は強くなれるのか?」

 

「あなた次第で強くなれます。強さを身に着ければ大切な者達を守ることもできます」

 

断言する彼女の言葉に口を閉ざしてから少しして、意を決したように一誠は宣言した。

 

「わかった、俺は皆を守るために強くなる」

 

「では、その聖杯を―――」

 

次の瞬間。天井が何かによって突き破られ部屋の中は轟く。部屋を破壊しながら乱入したものは・・・・・アジ・ダハーカを追いかけたラーズグリーズ。硬直している秋十と一誠を視界に映し、メリアとアジ・ダハーカを視界に入れ、最後は一誠が手にしていた聖杯を見て―――聖杯を奪わんと肉薄するラーズグリーズ。

 

「邪魔をするな」

 

人類の敵が、一誠を守らんと一瞬でラーズグリーズの前に立ち塞がり軽く弾き飛ばそうと手を軽く薙いだ。

 

「―――――」

 

アジ・ダハーカは目を丸くした。己の攻撃に見切ってかわす超反応を見せつけたラーズグリーズに。振るわれた手を掻い潜って一誠に向かってブレードの横腹を叩きつけようと振るった。しかし、一誠に直撃せず金色の膜のようなものに阻まれて防がれた。だが、それでも何度も振るい続ける。途轍もない執着心、何かに憑りつかれたように苛烈なまで攻撃を繰り返すが傷一つも付けれない。

 

「織斑一誠が狙いなのか、聖杯を狙っているのかそれとも両方なのかわかりません。ですが、これは彼に世界を救うために必要な物です」

 

そんなこと知ったことではないと金色の膜に向かって懲りずにブレードを振るった。また防がれるだけだとアジ・ダハーカは冷静に見定めていたところ。

 

「・・・・・反転」

 

一誠を守る金色の膜が激しく水の波紋を生じた。この結果に人類と世界の敵にメリアは信じられないものを見る気持ちで、膜に罅が走る嘆きのような音を耳にし、そして甲高い音共に弾ける瞬間を見送った。

 

「―――馬鹿な」

 

「機械の能力次第で魔法に干渉するのか。これは驚かされた。しかし―――」

 

結果は変わらないとラーズグリーズを背後から殴り飛ばしてこの場から遠ざけた。

 

「今の内だ」

 

「聖杯を胸に」

 

「・・・・・こう?」

 

胸に押し当てる一誠は聖杯が体の中に沈んでいく瞬間を秋十と驚き、不安になりながらも取り込んだ。そしてこの騒ぎに駆け付ける千冬と束。

 

「何の騒ぎだ!っ、アジ・ダハーカと仲居・・・・・この状況はなんだ」

 

「ふっ、織斑一誠に新たな力を手に入れさせただけだ」

 

「・・・・・何をしたっ」

 

手を出した事実を匂わせる発言に怒気を孕ます千冬は、異様な雰囲気を発するラーズグリーズの登場に束の言葉で疑問を抱いた。

 

「らーくん、怒ってるの?どうして?」

 

「何・・・・・?」

 

フルフェイスで顔が隠れているため感情や表情が判らない。だが、束も珍しいぐらい怒っているようだ。千冬は一体なぜだと理解できずにラーズグリーズへ視線を送っていると。どこまでも冷たく、淡々と感情が籠ってない声音で兵藤一誠に一緒に話しかけた。

 

「・・・・・お前を許さない」

 

「っ!?」

 

「・・・・・身内にも家族にもすべて奪われても、俺に残された大切なものだけは奪わせやしない」

 

束に近づき、彼女の背中と脚の裏に腕で支え横抱きに持ち上げると束と大空の彼方へと飛翔した。

ラーズグリーズと織斑一誠。この二人の関係性が未だ不明であるも何らかの事情を抱えている様子だった。それは千冬も似ていなる理由で胸に抱えていた。

 

「(・・・・・お前は一体なにを・・・・・)」

 

 

 

「ねぇらーくん、さっきの話はどういう・・・・・らーくん?」

 

「・・・・・」

 

旅館から遠く離れた海岸に待機していたクロエ達のもとに二人が戻るや否や、束の豊満な胸に飛び込み抱き着くラーズグリーズに不思議そうに見下ろしたが、母親のような母性に満ちた眼差しでラーズグリーズの心情がわからずとも優しくマスク越しで頭を撫でた。涙も流せない体に成り果てた愛おしい少年を抱きしめながら。

 

「私は誰にも奪われないからずっとらーくんの傍にいるよ~」

 

柔らかくない硬い感触の頭でも優しく愛情いっぱいに注ぐ束。

 

―――†―――†―――†―――

 

八月、IS学園は遅めの夏休みに入った。長期に亘る夏期休暇で、世界中からやってきた学園生は現在ほぼ半分が帰省中。もう半分は様々な理由で帰省せず残っている最中、専用機持ちは一年一組に召集を掛けられ各々座っていると教室に入ってくる水色の髪に赤い瞳の女子生徒が教卓の前に立った。

 

「さて、私で最後のようでよかったわ。帰省中だった子もいたから、なるべく全員に教えたいと思ってたの」

 

当然のようにし切り出す女子生徒にどこの誰だろうかと一夏達一年生は不思議そうな顔をしていた。

 

「と、その前に後輩君達に私の事自己紹介しないといけなかったわね」

 

手にしていた扇子をばっと広げたら『IS学園最強』と書かれてあった。

 

「改めて名乗るわね。私は二年生の更識楯無。このIS学園の生徒会長でもあり、ロシア代表でもあるからよろしくね一年生諸君」

 

疑問が解消したところで本題に戻る楯無。

 

「では、皆を呼んだのは他でもないイマージュ・オリジスに関することよ。知っての通り、イマージュ・オリジスの対抗手段としてISが最も有効とされたわ。その結果を受けて―――情報の集約と戦力の集結のため、各国緊急対策会議で、ここIS学園が迎撃拠点となることが正式決定しました」

 

「(敵に対抗できるのはISだけ。そして、ここが迎撃拠点。まさしく最前線になるってことか・・・・・)」

 

「現状、敵の目的はISそのものだと推測されてるわ。そこで、常にISと一体化している専用機持ちのリスクを減らすため、待機形態時の情報機能の一部を遮断しました。これで、ISを展開しない限りは敵から位置情報の把握はできないはずよ。あなた達の行動にも制限が掛らないわ。ただし、学園以外の場所でのIS起動はやむを得ない戦闘時のみよ。それは心しておいて」

 

楯無から説明を受け、事の重大を理解した一同の中でフォルテが訊く。

 

「それはわかったっスけど、あのアジ・ダハーカってどうするんっスか?映像を見た限りアレもISで対抗できるのか気になるっスよ。なんか、宙に浮いていたし」

 

「対抗できるかどうか言わせてもらえば―――無理なのよ」

 

「無理って・・・・マジっスか?」

 

「これは織斑先生から教えてくれた情報なのだけれど。アジ・ダハーカという者は魔力と言う未知のエネルギーで魔法を駆使するそうよ。実際、臨海学校に行っていた一年生達がその魔法を身を持って体験したわ」

 

雷雲が無い空から雷が一夏達に牙を剥き、たったの一撃でISを戦闘続行不可能にしてみせたその魔法の威力は計りしれず、当時の戦闘を思い出した少年少女達にとっては歯牙にも掛けれなかった悔しさと苦い思いしかない。

 

「へぇ、魔法かよ。本当にこの世に存在していたなんて驚いたぜ生徒会長」

 

頭の後ろに両手を回すダリルは興味を抱いた風に述べる。

 

「で、ISでも対抗できない相手にどうするんだ?イマージュ・オリジスの元凶なんだろう、捕まえない限りは止められないぜ」

 

「ISを勝つにはISで、なら目には目を歯には歯をで迎え撃つのよ」

 

どう言うことなんだ?と訝しげに楯無へ視線を注ぐ彼女の疑問は解消されなかった。意味深な笑みを広げた扇子で隠し、その扇子には『協力者』と書かれてあった故に詳細は語られなかったのである。

 

「アジ・ダハーカに関してはこちらに協力してくれる心強い人がバックについてくれて一緒に戦ってくれるわ。そしてそういうことだから、近い内に各国から続々と代表候補生が転入して集まってくることになっているわ。それまで皆は実力と連携をさらに磨きをかけるように心掛けてちょうだい」

 

一瞬、とある女子に視線を向けたその目は気に掛けるソレであったが、直ぐに口を開き続けた。

 

「それじゃ、現在学園は長期の夏期休暇の真っ只中だけど早速代表候補生の転入生を紹介するわ」

 

「え、もうですかっ?」

 

「そうよ。戦力は、いくらあっても足りないくらいでしょ?じゃ、まずは一人目の子ね。入ってちょうだい」

 

扉の向こうにいる転入生に向かって催促する楯無の言葉に応じ、教室に入ってくる代表候補生の姿を目の当たりにした鈴が、素っ頓狂な声を荒げながら信じられないものを見る目で、食って掛かるように指摘せずにはいられなかった。その言動に一夏達はキョトンとする。

 

「アンタ、まだ中等部のくせに何でここにいんのよ!台湾代表候補生の凰乱音!」

 

「どーも、鈴『おねーちゃん』。アタシ、優秀だから?飛び級だってさ、いいでしょ、フフン!」

 

腰に手を当てて胸を張る姿、そして髪方はサイドテールだが転入生の容姿は鈴と被って見えるぐらい似ていた。

 

「「「飛び級・・・・・」」」

 

織斑三兄妹はとある弟、兄と同じだな、と気持ちを一致し思い返したところで転入生の紹介が進められていく。二人目は深緑のボブカット、アメジストの瞳に褐色肌の少女が入ってきた。

 

「初めまして、タイ代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです。こちらには戦力補強および、文化交流、そして学力向上のために転入となりました。皆さん、よろしくお願いしますね」

 

丸くて小顔な代表候補生の紹介に専用機持ちは興味深々な眼差しで見つめた。学園には様々な外国から来た生徒はいるが、いない外国人もいるのだ。その一つがタイ人である。

 

「それじゃ、最後は転入生じゃないけど一気に紹介するわ」

 

一気に紹介―――複数人なのかと思った矢先、一夏達は目を見開いた。最後の転入生は誰かと思えば・・・・・日本で唯一、ISを操縦できる男達だったのだ。

 

「彼等は他のクラスから移動してもらったの。常に共に行動できるようにするためにね」

 

「そういうことだ。よろしくな」

 

「だけど、お互い足を引っ張らないようにしていきたい」

 

「あとは共闘や連携、命令は聞きつつも男として女に負ける気はないって宣戦布告をさせてもらうぜ?」

 

不敵な物言いを告げる男の操縦者達は一夏と秋十、一誠にも話しかけた。

 

「お前等も男なら、女に尻を敷かれる人生なんて過ごしたくないだろう。なりたくないなら女に負けない強さを一緒に磨きかけようぜ」

 

「それでも可憐な花を愛でるなら俺と一緒に可愛がろうね☆」

 

「この中で趣旨が違うのはお前と天神だけだぞおい」

 

「まあ女に対して挑発するけれど、そこに悪意はないから気にしないでくれ。単なる男としての挑戦みたいな感じだから俺達は」

 

女尊男卑に依存している女性からすれば目の敵にされる発言である。しかし、本人達からは本当に悪意の微塵も感じられず、優越感に浸らず女に負けない証明を純粋にしたがっているのだろう。少なくとも一夏達の中で彼等の印象は悪くはない。ただ一人は除いて。

 

これで転入生の紹介が終わり、質問会が行われる雰囲気が醸し出したところで皆の意識を一変させる甲高い警報が学園中に響き渡った。

 

「これは・・・・・!」

 

「敵襲ですか・・・・・!」

 

「どうやらそのようね。皆、直ぐに向かうわよ!」

 

『はいっ!』

 

 

 

「おおっと~、らーくん。イマージュ・オリジスちゃんがアリーナに出現したよ~?また調べに行こうか!」

 

「・・・・・」

 

 

 

一夏達は第一アリーナへ躍り出るように飛び込むと今まで見てきた敵とは異なっているイマージュ・オリジスと遭遇した。西洋のドラゴンタイプではなく、一言で表せば恐竜の姿形をしているのであった。長い顎、巨大な体躯に頭から尾にまで鋭利な刃物のような棘突起がある。外見を判断すればスピノサウルスと酷似しているが、胴体や手足に巨大で鋭利なスパイクも伸ばしている。

 

「何時ものイマージュ・オリジスじゃない?」

 

「何にせよ、ここにいるのなら敵ってことでしょ。フフン、さっそくアタシの実力を見せつけられっちゃうワケね。もしかしてアタシを歓迎してくれてるのかしら?気が利くじゃない」

 

「アンタね、下らないこと言ってんじゃないわよ。こっから先は命懸けの世界よ?」

 

咎めの言葉なぞ右から左へ素通りして、逆に鈴を煽るようなからかいの言葉を送った乱は予想通りの反応で返されても不敵な態度を崩さない。

 

「行くぞ」

 

総理の息子、天神が短くそれだけ言えば他の男性操縦者達は反応、イマージュ・オリジスに飛び掛かった。スピノサウルス型の機械生命体は、眼を妖しく煌めかせて臨戦態勢に入るや否や、全身のスパイクから迸る雷がバリアーのようなものを張って防御の姿勢に入った。それを見て楯無は叫んだ。

 

「警戒しなさい、相手は何時ものイマージュ・オリジスじゃないわよ」

 

「わかっている。轟」

 

「あいよ!」

 

空中に浮遊してスナイパーライフルを構えていた操縦者が初弾を放った。亀のように動かない敵に外れることもなく直撃する弾は、バリアーの手前で停止、地に落ちた。

 

「・・・・・電磁バリアーか。直接触れれば電撃のダメージも食らうかもしれないな」

 

「おいおい、自滅覚悟で倒さなきゃいけないってか?」

 

「その上、電磁バリアーを張っている角を破壊しなければ倒すこともできないよねアレ」

 

「あはは、敵さんも本腰を入れてきたわけだね」

 

電磁バリアーを展開したそのままの状態で、凶悪な牙を覗かせながら猪突猛進を仕掛けたイマージュ・オリジスから難なく空中へ回避した。これで手も足も出せまいと思った矢先に背中のスパイクが勢いよく一夏達へ放たれる。

 

「はんっ!ただそれだけなら目を瞑っててもかわせるわよ!」

 

あっさり避けて先手必勝とばかり飛び出す乱。電磁バリアーを発動させるスパイクが無い今なら防ぐことはできないだろう、と台湾の量産機こと甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)の武装である青竜刀を片手に向かう彼女の行動に釣られる男性操縦者達。攻め立てるなら今だと行動で表したその行為に―――装填したスパイクから発現する紫色の幾何学的な円陣、魔方陣が放つ属性魔法攻撃でお見舞いしてやったのであった。

 

「え、きゃあああああっ!」

 

「どわっ!?」

 

炎、雷、氷、風、光、闇といった様々な魔法攻撃を目の当たりにした一夏達は、嫌でも脳裏に思い浮かんでしまう言葉が口から出た。

 

「―――魔法!」

 

「んな阿呆な!機械が魔法を使うなんて!?」

 

「まるで動く砲台だ。迂闊に近づいたら連中のようになるぞ」

 

乱と少年達は絶対防御システムに守られていたが、機体へのダメージは軽くなく一部破損していた。

 

「シールドエネルギーを軽く突破する威力を持っているのね魔法って」

 

「はい、アジ・ダハーカの雷を受けた時は一瞬でシールドエネルギーが無くなったほどで絶対防御を無視した攻撃でした」

 

楯無の声を拾う一夏の相槌に警戒心が増さった。威力はあの男の魔法の比ではないが、油断できないことは変わりない。

 

「空裂!はぁああああああっ!」

 

箒が振るった刀の刃から帯状のエネルギーが射出する。魔法の砲撃は止み、幾何学的な円陣で受け止めてみせた防御力もその硬さを見せつけた。

 

「魔法で防ぐこともできるんだな」

 

「マジかよ。魔法ってもしかして最強なのか?だからISでも勝てないってワケか」

 

「いえ、織斑先生からくれた情報では魔法もシールドエネルギーみたいな有限のエネルギーで行使するみたいよ。だからあなた達が負けたあの化け物でもない限り、魔法を使わせ続ければ使えなくなるかもしれないわ」

 

「それって、どのぐらい使わせればいいんでしょうか?」

 

「・・・・・ごめんなさい。そこまではわからないわ」

 

そう言った直後、魔法の砲撃が放たれ回避するしかない楯無達。

 

「そーいうことだったら、フォルテ!」

 

「はいっス!」

 

フォルテが巨大に作り上げた氷塊をアリーナに落とした。絶対的な物量が隕石のように落ちてくる光景を目の当たりにするイマージュ・オリジスの背中の刃物のような棘突起が赤熱化し始め、少年少女達の前で驚くべき行動を取ったのであった。身体の各パーツを組み替え、変形しては人型となって上腕部に備わっている砲身から、放つ魔力の砲撃によって氷塊を打ち抜いた。アリーナの遮断シールドも貫くその威力が、一夏達にも向けられ無差別魔法の砲撃を始めた。当たる場所は全て損傷・破損。回避を続けつつ攻撃に転じてみるも幾何学的な円陣の結界に阻まれ好転は恵まれない。

 

しかし、後から現れたISが急接近してバターのようにイマージュ・オリジスの幾何学的な円陣、魔法陣の障壁をすべて弾け飛ばし丸裸にしてみせた。

 

「ここだ」

 

「いま!」

 

「ですわっ!」

 

ドンッ!と轟が射撃した実弾に合わせて、セシリアとシャルも同時にエネルギーと実弾を放って三方向から同時の射撃に両眼と脚が貫かれた。一夏、秋十、マドカ、箒の斬撃で脚を切られ、胴体を支える軸が破壊されるステージに倒れ込んだところで一夏達が一斉攻撃を下した。

 

全方位から浴びる一斉攻撃に負けじと魔法の砲撃を行うイマージュ・オリジス。それで一時攻撃を中断せざるを得ない彼女達に目を破壊されようと関係なく魔法を放つ。そこで影が金属生命体を覆った。不穏な気配を感じたイマージュ・オリジス。ここで片目だけでも残っていれば回避できたかもしれない。―――己の首を上段から振り下ろすラーズグリーズを見ることが叶ったならば。

 

激しい戦闘の幕が降りてから皆の安堵の吐息が自然と漏れた。混沌と破壊をもたらす機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)との実践はともかく、行使される魔法の威力にいつも以上の緊張感で戦ったことで精神的にも肉体的にも疲労感は倍増ものだ。

 

「なんとか、勝てたね」

 

「ふう・・・・・みんな無事みたいだな、よかった」

 

シャルロットの思いに同調し、仲間に声を掛けた一夏。

 

「魔法とは初めて見ましたが、あのようなものなのですか?」

 

「専門家に聞きたいところだけれど生憎その人は敵だから何とも言えないわ」

 

「機械と魔法の融合・・・・・厄介極まりない以外無いだろう。人間と違って疲労も限界も感じないのだからな」

 

「俺たちも魔法を使えたら無敵に近くなるだろうにな」

 

そこで一同は遅れて現れたISへ振り返る。黒い能面のフルフェイスで顔を隠すISの操縦者と戦闘中ずっといたのか世界各国から指名手配されている篠ノ之束。一夏達彼等の視線を気にもかけない束はさっそく調査を始めた。彼女を守る矛と盾として一夏達に対して強い警戒心を向ける。

 

「あの、あの人は敵なのでしょうか・・・・・?」

 

「敵9割に味方1割なところかしら」

 

「それ、殆ど敵でしょ。敵なら捕まえておくべきじゃないの?」

 

「それができたら苦労はしないのよね」

 

エネルギーウイングを大きく広げて構え出す。近付くなら容赦はしないと意思表示をするラーズグリーズに誰もが容易に近寄れないでいた時に男性操縦者等が動いた。

 

「お前、一体どこのどいつだ?」

 

「・・・・・」

 

「シカトかよ?名前は?」

 

―――警告。敵ISにロックされています。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

ハイパーセンサーから警告を受けた直後に天神達はラーズグリーズから攻撃をされた。突然の展開に誰もが当惑や困惑をしてしまい、どうすればいいか躊躇していると第三者の登場で張り詰めた空気が緩和したどころか更に緊張が張り詰めた。

 

「何をしているお前達!ラーズグリーズ攻撃を止めろ!」

 

世界最強の登場には天神達にとって反応せずにはいられない。ラーズグリーズは直ぐに攻撃を中断して束の傍らに降り立つ。天神達はその場で佇む。

 

「―――各自の部屋に戻れ」

 

「お言葉ですが織斑先生。敵をこのまま野放しにしておくのは危険ではないのですか―――」

 

轟の問い掛けの言葉は眦を裂いた千冬の怒声が籠った叫びに遮られた。

 

「二度も言わせるなっ!部屋に戻りたくなければ戦闘の後始末の上にアリーナで100周させてもいいんだぞ!」

 

ヒッ!と誰かが悲鳴を上げ、流石の田頭達も千冬の怒りに緊張で顔を強張らせ、逆らったらタダでは済まないと本能で悟るや彼女の言うとおりに行動を始めた。

 

三人しかいなくなったアリーナは静寂に支配されたかのように静まり返った。

 

「・・・・・束、話はいいか」

 

「なーに?」

 

「提案がある。IS学園にお前の力を貸してくれないか」

 

「それはイマージュ・オリジスに対するため?」

 

「世界を守るためだ。お前が望むことなら、無理なこと以外は何でも叶えてみせる」

 

機械的なウサギ耳がカシャッと何度も動いて、束の心情を表してるかのように見えた。

 

「何でも、何でもかぁ・・・・・」

 

心が揺らいでいる。あの千冬から何でも言うことを利くという言葉を言わせて天才の脳内は桃色一色に染まりきっていた。一緒に食事をする際は「はい、あーん」と食べさせあい、いつでもどこでも抱き着きちょっぴりセクハラもして、夜は一緒にお風呂に入ってそこでもちょっとセクハラを、最後は白百合に囲まれながら添い寝を―――と。

 

「んー!んー!とっても魅力的なお話しなんだけど、嬉しくてしょうがないのにらーくんの事を思うと出来ないって思っちゃうんだよちーちゃん。あーあ、残念だなー」

 

「何故だ」

 

「だってさ、らーくんはあの織斑一誠と顔を見合わせなきゃならないでしょ?」

 

「・・・・・」

 

「あの子の立ち位置、すっごく邪魔なんだよねー。存在してなかったら大喜びで協力はしてたと思うよ」

 

だから無理、ごめんねー。と協力を拒否した束。織斑一誠の存在がどうしてそこまで束とラーズグリーズを邪魔するのか千冬は知っている。

 

「お前にとって織斑一誠はなんだ」

 

「逆に聞くけどさ、ちーちゃんはどう思ってるわけ?もうらーくんの正体気付いているんでしょ?」

 

イマージュ・オリジスの残骸の解体作業を続けながらの質問に、千冬からの返答はすぐに帰ってこなかった。ラーズグリーズを見ながら切なそうに顔を苦悩に染め上げた。

 

「・・・・・だからわからないんだ。何故こうなっているのか」

 

「・・・・・」

 

「正直、私とマドカは違和感を感じていた。だが、結局は確かめることもせず弟として、家族として過ごしてきた。・・・・・あのDNA鑑定を知るまでは」

 

ラーズグリーズへ近づき、真摯な表情で懇願する。

 

「教えてくれ・・・・・お前の身に何が遭った」

 

「知ってどうするの?」

 

束からの指摘に千冬は目だけ彼女に向ける。

 

「今更知ったところでもうどうしようもない所まで来ちゃってるんだよらーくん。なのに一体らーくん事情を知って今のちーちゃんに何が出来るの?何もできないよね?私みたいに人類最高の『天才』じゃない人類『最強』のちーちゃんは物理的に解決するしかできないもん」

 

と、指摘を受けて拳を握る千冬は束へ近づき、彼女の胸倉を掴んで睨みつけた。

 

「それでも、私は知るべきなんだ!お前の知っている全てを答えろ束っ!」

 

「言っちゃっていいの?後悔するよ?」

 

「後悔など私がすると思うか!」

 

「そかそか、じゃあ教える代わりに条件を呑んでくれる?一つはこのことをまどっちにも伝えること、二つ目はらーくんの邪魔をしないことと望むことを全部受け入れること。ちーちゃんの拒否権はないよ?三つ目は―――私達と一緒に家族として、異性としてらーくんを愛すること。あ、勿論子作りも視野に入れてね?」

 

束からの要求に目を丸くする。特に最後の要求に対しては家族として受け入れがたい。弟して一緒に生活していた家族を一人の女として一線を越えなければならないことに、押し黙り続ける千冬の心境を察したか束はこう言った。

 

「呑めないならいいよ。代わりに絶対教えないし死ぬまで悩んでれば」

 

胸倉を掴む手を解いて解体作業に戻る束の後ろ姿。ラーズグリーズから臨戦態勢で威嚇、この場から追いやろうとする姿勢に千冬は後ろ髪を引かれる思いでアリーナを去った。

 

 

束は千冬の、IS学園への協力は拒んだものの接触は止めるつもりは毛頭もなかった。現に昼食の時間帯となっている頃になった学園に堂々と侵入しては。

 

「うへへぇ・・・・・!箒ちゃんとご飯を食べるの何年振りで嬉しすぎて泣いちゃうよ!」

 

「騒がないでください姉さん、抱きつこうともしないで静かに食べてくださいっ」

 

「そうはいかん!濃厚な姉妹のスキンシップをするのだー!」

 

「きゃっ!?」

 

人工的に敷かれた青草の芝生の上で腰を下ろして購買で買ってきたパンや弁当、自分で作ってきた弁当を持参して食事を臨もうとしている一夏達。一部、姉妹同士の百合的な光景を目の当たりにされ「これが、ISを開発した天才科学者・・・?」と目を疑うのであるが、彼女を知る者からすれば当たり前のことであると反応はスルーである。日除けとして大きなパラソルを用意した束特性のクーラー付きの下で涼しい風を受けながらの食事は快適にされている。

 

「束さん、相変わらずなんだな」

 

「・・・・・変わった束姉を想像できる?」

 

「できねぇよ。想像すら浮かばねぇよ」

 

どこにかくしていたのか木刀で姉を黙らして仏頂面で黙々と食べる箒。チラリと輪から離れて佇んでいるラーズグリーズを見るが視線に気づかれ、向けられる目線に反射的に逸らした。

 

「あの、束さん。質問いいですか?ラーズグリーズって人間なんですか?それともISですか?」

 

「一応ISだよー。でも、元々は人間だったっていうもあるけれどねー」

 

「元人間・・・・・?」

 

「うん、専門外だったけどこの天才束さんでも初めて試みた人体とISの融合実験の末に成功した被験者だよ。ぶっちゃけ無人機に人間の意思がある感じだと思ってくれてもいいから気にしないでね」

 

人体実験をしておいて気にするな、とあっけらかんに述べられた一同は言葉を失う。

 

「だかららーくんの左腕がいっくんに斬られたのを知ったときは意外だったけれどね。別に無人機じゃないのに人間を斬ったいっくんは中々凄いなーって」

 

「っ・・・・・」

 

「ふふふ、意地悪を言ったわけじゃないよいっくん。君の思いの強さってやつを感心しただけなんだからね。だから白式もいっくんに応じて起動しているのかもね」

 

にこにことラーズグリーズ特製の弁当を食べつつ感想を言う束。じっと見つめ耳を傾けていたマドカは核心を突くような質問を訊いた。

 

「私はラーズグリーズの素顔を見たという者から話を聞いた。それはある奴と同じだという。奴の顔はどういうことなんだ束さん」

 

「おー?それは凄いじゃん。らーくんの素顔を見れるのは私達だけなのに超激レアな瞬間を目撃したんだね。幸運者だよそいつ。で、質問に答えるなら、もう私は答えてあげたよ?らーくんはISの体を手に入れた元人間だよって」

 

「――――――」

 

「ふふっ、もう気づいたかなまどっち?そして疑惑をするだろうね。だからそんな可愛いまどっちには今度教えてあげるね。二人だけの秘密だよ?」

 

 

 

 

 

「姉さん」

 

IS学園内の敷地内に存在する一年生の寮、寮長室に向かおうとしていた少女と同じ顔の女性と遭遇を果たせた。真剣な顔つきで姉を問いただす。「知っていたのか、ラーズグリーズの正体を」と。彼女は、千冬はそれを黙認していたかのように沈黙で是と答えればマドカの心は混乱と疑惑でいっぱいになった。

 

「なら、あの男は一体なんだ。私達以外にもいたのか。だとすれば篠ノ之束のところにいるあいつは・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「答えろ、姉さん!」

 

答える回答を持ち合わせていない千冬は沈黙を貫くことしかできない。自分も答えを知りたい一人なのだ。だからマドカに返す言葉はなく、別の言葉で送った。

 

「機会があるなら束から聞き出せ。ラーズグリーズの正体は知っていてもそれが本当なのか確証すら得ていない。私は素顔すら見ていないのだ」

 

「・・・・・」

 

「真実を知ったなら、私にも教えてくれマドカ。今の私は考える時間が必要なんだ」

 

必死に気丈を振る舞っているのか、どこか心の余裕が無い風に窺わせる千冬を気づき通り過ぎる彼女に振り返り見送った。

 

「・・・・・苦しんでいるのか、姉さん」

 

あの姉がそうさせる人物、ラーズグリーズ・・・・・マドカは本格的に正体を突き止めようと動き出す。



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新たな人類の天敵

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ある場所へたどり着いたアジ・ダハーカ。そこは世間から、人すらも忘れ去られた様な古い教会が太陽の光に注がれていた。両開きの扉の片方だけ開けて中に入る。人が座る木製で横長の椅子はなく、石畳で敷かれているだけの足場を踏みしめながら進むアジ・ダハーカの眼前、石造りの台座の上に十字架のような物が置かれている手前に跪く祭服を身に包んだ者が一人いた。

 

《久しいな》

 

「そうだな。あれから十年余りか・・・・・。我らにとっては昨日のようなものだがな」

 

《だとしても、短いようで長い月日が過ぎたことは事実で変わりない》

 

アジ・ダハーカの言葉にゆっくりと立ち上がって振り向いた。祭服を着た褐色の美男子―――から感じる気配は、人間が感じ取るものではないものを醸し出し、怪しい雰囲気を纏っていた。

 

《お前から現れたという事は、何か進展でもあったのだな》

 

「その通りだ。器が現れたのだ」

 

黒い魔方陣を展開した。それは何時の間に記録していた織斑一誠と対峙した時の立体的な映像だった。

 

《・・・・・なるほど、間違いないな》

 

とても懐かしいものを見る視線で遠い目をした美男子の一言にアジ・ダハーカは微妙な顔を浮かべだした。

 

「お前から見てもそう思えるか」

 

《この顔を忘れるはずがないだろう。特にお前が一番思入れのある者の筈だ》

 

「ああ、その通りだ。この者、織斑一誠はメリアと既に接触して、聖杯は無事に手中に収めた」

 

ようやく時が来たと語るアジ・ダハーカに美男子は頷いた。

 

《アジ・ダハーカ、メリアと織斑一誠とやらがいる場所を教えろ》

 

「会いに行くのか。織斑一誠はまだ力を持たぬ人間だ。戦いに行く気ならば止めておけ」

 

《わかっている。まずはメリアから接触をする》

 

問いかけたアジ・ダハーカに美青年は行動をする意思を示した。彼は薄く笑みを浮かべて真っ直ぐ視線を人類の天敵に向け口を開く。

 

《お前が今していることに私も参加させてもらおう。私を誘うつもりでもいたのだろう?》

 

「器たる者が浮上した今、再び集う時かもしれんからな」

 

戦意と喜びを顔滲ませる青年は破顔一笑だった。

 

《ならば他の者達を探す必要はあるな》

 

「そうだな。探してみるか。きっと喜んで誘いに乗ってくれるだろう」

 

事態は動く。この世界では対応できない何かが心臓の鼓動のように脈を打ち始め、それに呼応するように各地で散らばっていた巨大な力が活発的に蠢く。

 

 

―――某海。

 

 

陸から遠く離れ船員は恵まれた天候の中で世界一周旅行を目的に豪華客船を操縦している。数年は掛かるという世界一周の航海を経験しているベテランや新米の船員達の手によって今回も無事に終わることを疑わなかった。

 

ドォオオオオオンッ

 

「っ!?」

 

不意に―――船底が何かとぶつかったような衝撃と揺れが生じた。操舵室は緊迫に包まれ、状況を把握する。しかし、船に直接な影響はないと整備班やスタッフ達から報告を受ける。座礁でもしてしまったのかと疑ったが、ベテランの船員達は『いつも通り』の航海をしていた。大波や激しく荒れる天候を除いて乗客達のために安全な運航をしている船員達にとって今の不自然な揺れは不気味でしかなかった。今尚も豪華客船は異変がなかったように動いている。そう、『船』はだ。船の真横の海面が大きく盛り上がって、勢いよく膨大な海水の水柱が乗客達の目の前で発生して圧倒させる。だが、自然現象かと思われた水柱から細長くも巨大な黒い影・・・・・。滝のように海水が落ちて黒い影の全容が明らかになった。

 

《グヘヘヘヘヘッ!今日も大物を捕まえたっ!ゲットだぜ!》

 

細長い蛇の体に黒い鱗の巨大生物が海水に濡れながらも嬉々として喋った。しかも両手で抱えているのは魚類の中で最大最長の魚類、鯨を抱えている。乗客達は巨大生物を目の当たりにして恐怖と混乱に陥りながらも動画や写真に収める者もいた。

 

《ん~?グヘヘヘ、いいところに置き場があった!》

 

え?と思った矢先に捕獲した鯨をあろうことか巨大生物が乗せようとしている。それには慌てて船内へ駆け込む客達だったが、数十トンもある鯨の巨体で半分圧し潰される。人間のことなど気にしない巨大生物は舌なめずりし、大きく顎を開けて鯨の体をかぶりついては肉と骨を喰いちぎる。あっという間に豪華客船は海水や血で汚れ、船から滴り落ちる血が海面を赤く染めていく中でも巨大生物は、バキバキと骨を噛み砕き、肉を咀嚼する音を生々しく立てる。運よく圧死されず済んだ人間達は、ただただ絶望に染まった顔で突っ立って見ることしかできず、その間に鯨は大量の血と食べかすとばかりの鯨肉を残して巨大生物の腹の中に消えた。

 

《うへぇ~、美味しいけどやっぱり魚はしょっぱいや。口直しに水を飲みたいな~。グヘヘ、その後はまた牛とか豚とか食べよっかな~》

 

海から飛び出し、長大な体をくねらせながら空へと飛翔する巨大生物。残された豪華客船は不吉なほどに赤く染まった上に、死者を出した状態で近くの港まで避難するまでは幽霊船のように静まり切った。後のその出来事は動画にUPされ、ニュースでも報道されては一部の人間が深くこの事実を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、皆ちゅうもーく。このIS学園に編入してくる人達を紹介するわ」

 

長期夏期休暇中にて誰も利用しなくなった一年一組の教室。楯無がそんな専用機持ち達を集めて知らせを告げる。迎撃拠点の学園に戦力が集う事は事前に伝えられているため、驚きはしない。今度はどんな代表候補生が来るのか、期待に胸が膨らむ一夏達の目の前に教室の扉が開いて現れる編入生―――もとい大人の女性。

 

「こんにちは」

 

鮮やかな金髪におしゃれ全開なカジュアルスーツ。開いた胸元からは大人の女性特有の整った膨らみが覗いている。代表候補生の少女かと思えば大人の女性が現れたので一夏達の反応は様々だった。

 

「おいおい、なんであの人がいるんだよここに・・・・・」

 

「先輩、知っているんっスか?」

 

ここに現れるはずが無い女性に訝しげな面持ちで零した独り言は、フォルテに聞こえて訊ねられる。ダリルは「同じ国の人間だ」と答える。

 

「ナターシャ・ファイルス。ISテストパイロットを務めているアメリカの軍人だ。確か、暴走したISは凍結処理され査問委員会以降・・・・・」

 

「ダリル・ケイシーね?アメリカの代表候補生と出会えて嬉しいけれど、私は迎撃拠点となったIS学園に就職することにしたの。教師として接するから年上を敬うこと忘れないでね?」

 

「・・・・・あー、そういうことか」

 

含みある笑みを浮かべるダリル。彼女がそう言うことならこれ以上の言葉はいらないだろうとそれから口を閉ざした。

 

「はい、皆も聞いた通り。彼女はこの学園に就職しに来たIS持ちのナターシャ・ファイルス先生です。彼女もイマージュ・オリジスに対する戦力として数えるから今の私達には大助かりね」

 

バッと広げた扇子に「超即戦力」と書かれていた。楯無にそこまで言わしめる彼女の実力とISは凄いのかと一夏達は驚嘆する中で紹介は続く。

 

「はい、それじゃ次の子。入っていらっしゃい」

 

「「失礼します」」

 

今度は二人。皆の視線が少し下げて楯無の隣に佇む少女を見つめる。身長はラウラかフォルテ並みに華奢な体つき。紫がかかった青に空色のメッシュを入れた前髪と長い髪を右側に結い上げたサイドテール。オレンジ色に黄色のメッシュが入っている前髪と長い髪を左側に結い上げたサイドテール、青い瞳と赤の瞳を持つ少女が口を開く。

 

「初めまして。カナダ代表候補生のオニール・コメットです」

 

「同じくファニール・コメットよ」

 

「・・・・・子供?」

 

「「子供じゃないっ!」」

 

思わず零れた呟きに反応し、非難の色を浮かべる目で否定した少女達。顔の容姿はどことなく似ているため双子だろうかと推測する。が、明らかに年下の少女達に楯無へどういうことですか?と視線を向ける。

 

「更識先輩、何で如何にも小学生みたいな子供がここにいるんですか?もしかして迷子?」

 

「誰が小学生で迷子よ!」

 

「私達、もう12歳だよ?もう大人だよ?」

 

『12歳はまだ子供だろう』

 

男性操縦者一同揃って異口同音でツッコミを入れた。

 

「まあまあ、話しを聞いてちょうだい。彼女達は、今回の騒動で飛び級扱いになってるのよ。でも、その実力は折り紙つきだから安心して?」

 

「ということは・・・・・ISを持っているのだなお前達は」

 

ラウラの予想した言葉に双子は肯定する。

 

「そうよ。私とオニール」

 

「私とファニール、二人で動かすISなの」

 

不意に、オニールとファニールが教室の中を見回し始めた。誰かを探している仕草に一同は「?」と頭上に浮かべる中、双子の視線は一誠に止まった。

 

「いた、お兄ちゃんだ!」

 

「ふぅーん。ネットや写真、テレビで見るのと違って間近で見る先輩は中々じゃない」

 

『・・・・・お兄ちゃん?先輩?』

 

何やらひと騒動が巻き起こりそうな展開になってきた頃、一夏達が臨海学校の際に利用した旅館に祭服を着た褐色の美男子が現れた。その気配を感じ取った着物姿の仲居ことメリアが中に案内して一室の中で腰を落とした。

 

「久しぶりですね。アジ・ダハーカから教えられましたか」

 

《ああ、聖杯のことも含めてだ》

 

「無事に渡せました。アジ・ダハーカがこの世界に余計な騒動を起こしましたから一時はどうなるかと思いましたが」

 

《奴は『悪』そのものだ。人類に対して絶対的な『悪』に挑ませたかったのだろう。それがあの約束を果たす前菜でもな》

 

「だとしても、約束の時が果たされた際は彼に申し訳ないのですが」

 

呆れて落ち込むのメリアに美青年は労いの言葉をかけず話を進ませた。

 

《織斑一誠という者はどこにいる?》

 

「会いに行かれるのですか。ならば案内をいたしましょう」

 

《そうか。では頼む。それとメリア、私とアジ・ダハーカは他の者を探し再び集まるつもりだ。お前もその際には顔を出せ》

 

立ち上がりながら告げる美青年にメリアは小さく頷く。

 

「・・・・・わかりました。元々そういう約束です。我々と彼の・・・・・」

 

と、最後まで言いかけた口が不意に止まり、美青年は彼女から視線を外へ変えた。二人の間で静寂な時間が過ぎていく最中にメリアがまた口を開いた。

 

「この気配は、まだ遠くにいるようですが間違いないですね」

 

《丁度いい。あの粗暴な奴の探す手間が省けた》

 

 

 

 

機械と鉄の空間の中で束と白衣を着た男性は実験を試みている最中だった。三つのISコアを内蔵したラーズグリーズからデータを収集し、得たデータで自身が生み出した人体と機械の移植・融合―――通称『ナンバーズ』達の新たな力の向上を。

 

「二つの第三世代型のISと君のISの身体は完全に融合している。もはや他のISに乗り換えできる事は出来なくなっているが、篠ノ之博士が開発した第四世代型IS紅椿の性能と能力を上回っている。特に興味深いのは『反転』だ。あらゆるもの全て、それも理すらひっくり返すことが出来るかもしれない素晴らしいものだ」

 

目を輝かせ膨大な情報を前にして子供のようにとても嬉しそうな顔をしている。

 

「私のことどこで知ったのか分からないが、君が篠ノ之博士に介して私を探し全てを買ってくれた。そのおかげでこれからも研究を続けられる私は今の環境に満足しているよ」

 

「・・・・・」

 

「ああ、『反転』の能力の話だがね。あれは人体に直接使わない方がいい。『反転』とは色んな現象や概念がある中でひっくり返る意味も認識もある。もし使えば体の内側から、その人間が生きたまま内蔵やら骨やらそのまま体の外側にひっくり返り浮き彫りしてしまう可能性があるからね」

 

と新たな力の解説を聞きながら自身の身体の情報を提供する。『反転』、使いようによっては極めればアジ・ダハーカ達を―――と考えていた時に、薄い紫色の長い髪をした金眼の女性が二人のいる空間に入ってきた。

 

「ドゥーエからの報告です。日本の空域に巨大な生物が出現し、IS学園の上層部に討伐の命令が防衛省からされた模様です」

 

「イマージュ・オリジスではないのかね?」

 

「衛星からの映像も届いてます」

 

タブレットで巨大な生物の真上から撮影した写真を見せられ、推定数十メートルの蛇の体のような黒い生物であることが三人の目にも視認した。

 

「ふむ、生物上こんな空を飛ぶ巨大な生物は存在していないのだがね」

 

「・・・・・」

 

兎にも角にも現実的に存在しているから討伐隊の編成に組み込まれたIS学園は、巨大な蛇を退治に駆り出されてしまった。今頃騒々しく準備をしているに違いない。ラーズグリーズが全身に付けられたコードを抜き始める。その仕草に男性は話しかける。

 

「行くのかい?ならウーノ、この生物の現在の位置はどこか調べてくれ」

 

「調べるまでもございませんドクター。もう間もなくこの生物は数分後日本に上陸します」

 

「だそうだラーズグリーズ。座標も送ってあげるから行っておいで。データも十分得られた」

 

歩き去るラーズグリーズに向かって送る言葉は最後に―――。

 

「おっとそうだ。『反転』の名前を付けておこう。そうだね・・・・・『リヴァーサル』だ。この世にもしも神がいれば神の存在すら反転してしまう意味を込めた名だよ」

 

 

数分後。専用機持ちの一夏達は巨大生物の討伐に向けて飛行中に作戦指令室から千冬の言葉を聞いていた。

 

『衛星からの映像では、巨大生物は富士山の付近の湖に停まっていたが直ぐに行動を起こし、点々と移動しては停まってまた移動し出すという奇妙な動きを繰り返していることだ。その原因は調査しているがお前たちの目で直接追いながら確かめてくれ』

 

わかりました、と専用機持ちのリーダーとして楯無が応え、皆を引き連れながら巨大生物が点々と停まっていたという一つの座標の場所に向かうとそこは―――牧場であったことが判明した。家畜を管理している施設へ向かえば凄惨な状況だったことが皆の目に飛び込んできた。

 

嵐に遭ったかのように施設が破壊されていて、家畜が一匹も見当たらない。しかし、牧場の責任者が見つかり事情聴取を試みた。が、その責任者は酷く顔を蒼白させていて自分の体を抱きしめながら震えていたために聞き出すことは叶わなかった。楯無は周辺の状況を推察して答えを出した。とてもシンプルな解答を。

 

「状況を鑑みるに巨大生物が家畜を一匹残らず食べたとしか思えないわね」

 

「まさか、今までの不規則な行動は日本各地の牧場の家畜を襲って・・・・・」

 

「可能性としては大かもしれないわ。だから余計に不味すぎる。日本の食生活から肉が消えてなくなりかねないわよ」

 

危機感を覚える一同。その時、乱が「ねぇ、臭くないここ?」と鼻を摘まみながら顔を顰めて言い出した。それに対して顔を合わせる皆は首をかしげる。

 

「家畜の糞尿とかじゃね?」

 

「でも、管理者が清掃しているんだから清潔なはずだろ?」

 

「臭いなんてどうでもいい。それよりもさっさと追いかけるぞ」

 

IS学園に一報を送り巨大生物の追跡を再開する。若干焦燥に駆られて必死に移動して長時間経った頃に黒い巨大な塊を発見した。

 

「あ、あれが巨大生物・・・・・?デケぇ・・・・・ッ!」

 

「てか、ここって牧場?」

 

「だとすれば今襲っている最中ってことなんじゃ・・・・・?」

 

極太の蛇の体しか見えず顔はわからないまま、低空している一行の真下で一頭の牛が巨大生物から逃げようと駆けていた。その様子を見ていると、蛇の身体が蠢き顔も明らかになったところで巨大な手が逃げる牛へ伸びて鷲掴み空中へ放り投げては、人間からすれば巨大すぎる顎を開いて丸々と牛をバクンと喰らい二度三度咀嚼する。

 

「ば、化け物・・・・・っ!」

 

「ISの武装で勝てるか怪しくなってきたわねこれ」

 

戦慄を禁じ得ない一行は顔を強張らせ巨大な生物と目が合う。黒い鱗と黄土色の蛇の腹、長細い蛇タイプの化け物で、口からは異臭を放つ唾液を垂れ流している。自分達を襲って喰らうつもりかと警戒した矢先に相手は一夏達をジッと見つめた後に背中に生えている大きな翼を動かし、どこかへ飛び出していった。

 

「・・・・・襲ってこない?何でだ?」

 

「理由がわからなくても私達は討伐しなきゃいけないの!全員、戦闘態勢!」

 

リーダーの疾呼に慌てて追いかけると攻撃を開始する専用機持ち達に巨大生物が攻撃を繰り出してきた。

 

《ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!》

 

口腔からすべてを焼き尽くさんとする濁流の火炎を吐き散らし、地上にも燃え移る。

 

「こいつ、火を吹いたぞ!?」

 

「二手に分かれましょう!化け物の意識を集める者と胴体に攻撃する者と!」

 

「さっきから攻撃しているけれど、この怪物硬すぎるわよっ!」

 

「ビーム兵器もあまり効果がありませんわ!」

 

鈴の双天牙月とセシリアのビットのビーム攻撃が大きすぎる標的の身体に当てても致命傷までとはいかない。数を活かして攻撃を仕掛ける面々のISの攻撃力では倒しきるのに不足しているのだろう。それでも諦めない面々は勇ましく攻撃を続ける。幸い、巨大な生物は自分達の速度に追い付けないで口から吐く火炎攻撃も気を付ければ問題ない。時間を掛け不足している攻撃力でなんとか倒すしかない状況の中、巨大な生物の瞳に瞋恚の炎を燃やした咆哮をあげた。

 

《さっきから鬱陶しいんだよハエ共がぁああああああああっ!》

 

『っっっ!?』

 

身体を激しくくねらせながら突進攻撃を繰り出した巨大な生物。そして人語を操るという新事実に誰もが攻撃の手を止めてしまった。さらには濃密で巨大な黒いオーラを全身から発しだすと、地上の草木が枯れながら腐敗するという危険極まりない光景を目にしてしまった。

 

「全員、後退して!あの黒い靄に触れたら命がないわっ!」

 

あの化け物は本気ではなかったかもしれない。あの化け物を怒らせたらどうなるか自分達は知らなかった。追い詰めようとしたら自分達が追い詰められかねない状況になってしまった。楯無は冷静沈着なろうとしながらも焦り出していた。

 

《何なんだよお前ら、さっきからよぉっ!お、俺の食事を邪魔するなっ!》

 

「・・・・・驚いたわね。化け物が人語を操るなんて。なら質問をさせてちょうだい。あなたは一体何なのかしら?」

 

もしも情報を得られるならこれ以上のない貴重な機会だ。理知を備える化け物とならば事態が好転する可能性も捨てきれない。巨大な怪物は質問に対してあっさりと言い返した。

 

《俺は『外法の死龍(アビス・レイジ・ドラゴン)』ニーズヘッグだ。・・・・・お前ら、微かだけどアジ・ダハーカの旦那に会ってるな。魔力の残滓をか、感じるよ》

 

アジ・ダハーカ?アジ・ダハーカって・・・・・あの?

 

「あの男を知っているの?」

 

《グヘヘヘ、知っているも何もアジ・ダハーカの旦那は俺と同じじゃ、邪龍で最強のドラゴンだ。お前らじゃ絶対に勝てないぜ。グヘ、グヘヘヘ!》

 

「・・・・・ドラゴン」

 

アジ・ダハーカ=ドラゴン。そんなバカな話はあるというのか。しかし現にこうして巨大な怪物が言葉を交わして会話を成立させている。

 

「ニーズヘッグだったかしら。あなたも人間の敵、絶対天敵(イマージュ・オリジス)なの?」

 

《イマージュ・オリジス?なんだそれ?で、でも人間を喰わなければ他は何でも喰ってもいいって約束は守ってるから人間の敵じゃねぇよ》

 

「約束?一体誰としたのか教えてくれない?」

 

《嫌だね、お前ら人間に教えてやる秘密じゃない。帰れっ》

 

「はいそうですかって帰れないのよ私達は。あなたが喰らい続けている家畜は私達人間にも深い悪影響が出るの。これ以上家畜を減らしてもらいたくないから」

 

《人間は肉なんて食わなくても生きていける人間だってことぐらいは知ってるぜ。そ、それに日本以外の肉は外国でも手に入るし問題はないはずだ》

 

化け物のくせに妙に知識もある。まるで自分の目で見てきたかのように知った風な言い方をするニーズヘッグに楯無は意を決した目でランスを突き付けた。

 

「なら、あなたを倒す他ないわね」

 

《グヘヘヘ!む、無理だね!お、お前らなんかの攻撃は殆ど通用しないんだ。俺を倒したいならアジ・ダハーカの旦那達を連れてくるんだな!》

 

「アジ・ダハーカの旦那達・・・・・?まさか、この世界にあなたのようなドラゴンが他にもまだいるの?」

 

《・・・・・》

 

余計なことを言ってしまったとばかり楯無の言葉を聞き、口を閉ざしたニーズヘッグはしばしの沈黙の後にそっぽ向いて―――彼ら彼女らをびっくりさせるぐらい全力で逃げ出した!

 

「ちょっ、待ちなさいニーズヘッグ!」

 

慌てて追いかける楯無。もっと聞き出さなければいけなくなって貴重な情報源をどうにかして倒さなくてはならないのだ。失敗、逃がせば他の国の牧場の家畜が全て餌となり喰われてしまうならばここで退治しなくては危険だ。そう思って皆と全力で追いかけた矢先―――ニーズヘッグが逃げる先に一つの機影が飛んできた。

 

「『吹き飛べ(リヴァーサル)』」

 

《ガッ、アアアアアアアアアアアッ!?》

 

何かに殴られた様に顔を地面へ叩きつけられたニーズヘッグ。そしてそうしたのが三つのコアを内蔵しているISを装着しているラーズグリーズだった。

 

《い、いでぇ・・・・・!誰だお前・・・・・なんだ、この力は・・・・・!》

 

頭をあげるニーズヘッグが睨みつける相手は無言で己を見下ろすだけ。ニーズヘッグは相手の存在を信じられず再度叫びながら問い質した。

 

《誰だか知らないけど、この世界で俺達ドラゴンを対抗できる人間も兵器もないことを知っている。な、なのに、なのになんなんだ。お前からドラゴンの気配を感じねぇ、だ、誰なんだ!》

 

事実な話だろう。現存している旧兵器を軽く凌駕し、現在の国の力は旧兵器ではなくISだ。この世にISを上回る兵器や力は存在していない。しかしここ最近ISの対となる存在や凌駕する生命体によって世界は危機感を覚えている。目の前のニーズヘッグまたISを脅かす凶悪な生物だ。

 

「・・・・・」

 

《こ、答えろぉおおおおおっ!》

 

己に対抗しうる力を有する存在に動揺を隠しきれないニーズヘッグは黒い魔法陣を展開した。攻撃魔法を放つ気でいるドラゴンに対してラーズグリーズは一瞬で魔方陣に近づき。

 

《っ―――――!?》

 

「・・・・・リヴァーサル」

 

魔方陣を触れて消滅させた。

 

《な、なんだよそれ――――ッ!?》

 

魔法すら干渉する未知の力。この世界にはない筈の異常(イレギュラー)な現象に酷く愕然とする中、ある予想が脳裏に浮かび上がった。異常(イレギュラー)な存在、(ドラゴン)に対抗できる存在と言えば―――。

 

《ま、まさか・・・・・お前、なのか・・・・・?》

 

「・・・・・」

 

答えは地面に呼び出(コール)したブレードを天に衝いて「落ちろ(リヴァーサル)」と口を動かした。何をする気だ?という疑問が一夏達の中で浮上してただの姿勢(ポーズ)だけかと思った時だった。空が赤く染まり出す。全員、空へ見上げると巨大な塊が空気の摩擦で燃えながら落ちてきた。それは誰が見ても見間違えようがないもの。

 

《うげっ!?》

 

「い、隕石ぃっ!?」

 

「た、退避ぃーっ!!!」

 

ニーズヘッグも逃げ惑う宇宙からの攻撃に一夏達は全速力で退避する。その瞬間ラーズグリーズはニーズヘッグとすれ違った。

 

「―――――」

 

《・・・・・っ!?》

 

そして隕石は地面に落ちて激しい大爆発と共に地震を発生させた。

 

 

 

遠く離れた場所から美青年とメリアが空に昇る大量の煙と燃え広がる火災、これまでの一連の様子を見て閉ざしていた口を開いた。

 

《今の攻撃・・・・・魔法ではなくても異常(イレギュラー)な力だな。隕石を落とすとは》

 

異常(イレギュラー)・・・・・まさか」

 

《さてな、私の勝手な想像に過ぎない。お前達はその目で器を見て接触し聖杯を渡したのだ。渡し間違えた等とあるわけがないのだろう?》

 

「・・・・・そうですが」

 

《とりあえずお前はニーズヘッグを迎えに行け。奴は自分の存在がどれだけ人間達に注目を浴びているのか分かっていないだろうからな》

 

「・・・・・はい」

 

 

 

『っ!』

 

ラーズグリーズの介入でニーズヘッグが逃げた報告をIS学園に入れた直後。祭服を着た褐色の美男子が宙にいる一同の目の前に現れた。

 

《お前達は運がよかったな。粗暴とはいえ本気になる前のニーズヘッグに喰われずに済んだのだからな》 

 

「・・・・・まさか、お前はアジ・ダハーカの仲間か?」

 

箒の指摘に美男子は肯定した。

 

《如何にも、私は『原初の晦冥龍(エクリプス・ドラゴン)』アポプスという。アジ・ダハーカと同じ最強の邪龍の一角として存在している》

 

最強の邪龍、それがアジ・ダハーカとアポプス。眩暈がしそうな情報にそれでも更なる聞き込みを臨もうと口を開く。

 

「貴方達は何なのかしら。織斑一誠に聖杯というものを渡すのが目的のようだけれど、どうしてそうするのか教えてちょうだい」

 

《それは語ることはできない。お前達が知る必要がないことだ》

 

アポプスは薄く笑みを浮かべるだけで何も答えず、広大な黒い幾何学的な円陣を展開して光に包まれる。

 

《だが、幸運のお前達はこれからもドラゴンと巡り合うだろう。もしかすると真実を知ることがあるのかもしれない。その時まで生き残り続けてみろ》

 

そう言い残した次の瞬間。展開した魔法陣から発する閃光と共にアポプスは皆の目の前から消えてなくなって、残された楯無達と戦いの爪跡だけが現実を突き付ける。

 

「・・・・・世界を救う筈が、私達の思いもしない何かが同時に巻き起ころうとしてる」

 

 

 

 

場所は変わってアメリカ某所―――。

 

浅黒い肌の大男が深夜の時刻に地下のコロシアムで観客達の歓声を浴びていた。裏世界の界隈に足を踏み込んでから毎日血を浴び、毎日人間の命を壊し続けてきた男は今日も相手を殺して勝利を得てきたが、心なしく退屈そうにしていた。己の膝をつかせるどころか身体に傷をつける者は一人もおらず、一方的な蹂躙と殺戮を繰り返してきた。

 

「(あー・・・・・つまんね。もう飽きてきたわ。そろそろ他の連中のところに行ってみるか?久々に殺し合いをしてぇ・・・・・)」

 

舞台から降り、スタッフからタオルを受け取らず真っ直ぐ地上へ通じる通路へと突き進む。その足が不意に立ち止まる。男の目の前を立ち塞がる人物がいた。見知らぬ者であれば気にせず進むだけであったが男の口唇が深く笑みを浮かべた。

 

「―――久しぶりだな。どうやら退屈をしていたところのようだな」

 

「グハハハハッ!ああ、実際にそうなんだぜ。もうここにいるのも飽き飽きしてたところなんだ」

 

「そうか。ならば共に来ないか。俺とアポプスは世界各地にいるお前達を探して再び集結を臨んでいるのだ」

 

男の勧誘に大男は銀色の双眸に狂気の光を孕ませ、全身から禍々しいオーラを迸らせた。

 

「一つ聞かせてくれや。あの野郎は・・・・・復活したのか?」

 

「残念ながらまだ復活には程遠い。だが、この世界は思いのほか俺達を楽しませてくれるようだ。先程アポプスから連絡が入った。倒されそうになったニーズヘッグを回収したそうだ。これは間違いなく俺達と対抗できる存在がいる」

 

「そうか、そうかぁ・・・・・グハハハッ。そいつはぁ楽しみだなぁ~・・・・・!そいつとの死闘をやれたらと思うと楽しみで仕方がねぇよ」

 

「その機会は近いうちに巡ってくる。―――グレンデル、存分に我が主のために戦え」

 

「グハハハハッ!勿論だぜアジ・ダハーカの旦那っ!ああ、待った甲斐があったもんだぜぇっ!」

 

哄笑するグレンデルと人類の天敵アジ・ダハーカ。通路の天井に設けられた照明で伸びる二人の男の影は異形の姿をした影として浮かび笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とある夏休みの日常―――

 

「・・・・・」

 

織斑家と刻まれた表札の前に日照りを受けるシャルロットがいた。アメジストの瞳は緊張の色を浮かべ織斑家に着いてからもドキドキしながら、その表札を見つめる。織斑家と書かれたそれを、シャルロットは何回も読み返しながら、深呼吸をした。

 

「ふーん、ここが先輩の家なんだ」

 

「私達の家と全然違うねー」

 

シャルロットの心情を露知らずな、視線を下に落とせば双子の子供が私服姿で立っていたファニールとオニール。

 

「(ううう・・・・・まさかこの子達に見つかっちゃうなんて・・・・・)」

 

一夏達が今日は家にいると情報を得て皆に内緒でこっそりと向かうはずが、外へ出かけようとする二人と学園内で鉢合わせしてしまい、そのまま連れてきてしまった経緯がある彼女は「入らないの?」と催促の言葉をかけられてしまった。

 

「(うー、あー、えっと、本日はお日柄もよく・・・・・じゃなくてっ)」

 

なんて切り出そうかと考えては、伸ばした手がボタンに触れる直前にいきなり声をかけられた。

 

「あれ、ジャルロットか?どうした」

 

「双子もいるし珍しい組み合わせだ」

 

「・・・・・」

 

「遊びに来たのか?」

 

いきなり後ろから声をかけられ、狼狽120パーセントのシャルロットが振り向くに釣られてオニールとファニールも振り向く。そこには、ホームセンターの買い物袋を提げた織斑兄弟妹が立っていた。

 

「あ、あっ、あのっ!ほ、本日はお日柄もよくっ―――じゃなくて!え、えっと、ええっと・・・・・」

 

「「「「?」」」」

 

「こんにちは!」

 

「突然押しかけるような形で来てごめんなさいね。先輩達の家に遊び行くって知ったから便乗してきたの」

 

パニックになりながら、何かいい言葉がないものかと慌てるシャルロットを他所に、小さきカナダ代表候補生がスラスラと語る。後に発覚する。

 

「やっぱりそうか。とりあえず外じゃなんだ、中に入ろうぜ。冷たい麦茶を用意するよ」

 

「お、お邪魔します」

 

「「お邪魔します!」」

 

一同は家の中に入った。

 

「(こ、ここが一夏達の家かぁ・・・・・)」

 

男の子の家に上がったこと自体初めてのシャルロットは、それとなくリビングの中を見渡す。織斑家は、いわゆる普通の家で、リビングとキッチンが繋がっているタイプのものだ。もともと中古物件だったのを、芸能界で働いてたラーズグリーズの給料で千冬が買ったため、設備は新しくない。しかしそれでも去年までは一夏と秋十、一誠、マドカがあれやこれやと手入れをしたり掃除をしたりして奇麗にしていたため、古くくささやボロさという言葉には縁遠い。

 

「ここが先輩の家なのね。意外と普通だわ」

 

「悪いな小さくて」

 

「ううん、初めて他の人の家に入ったから新鮮なの」

 

同じく男の子の家に上がったことがないオニールとファニールは一夏と秋十から麦茶をもらい受ける。暑い日差しを受けてカラカラだった喉が冷たい麦茶の味と共に潤いつつ美味しさがひとしおだ。

 

「さてと、一誠。久々にゲームでもしないか?」

 

「あ、ちょっと古びてるけどまだまだ使えるなボードゲームの方も」

 

「うーん・・・・・皆で遊べれるボードゲームでいいか」

 

「お、人生ゲームだな。直ぐ出してくるぜ」

 

一夏が率先に動いて部屋を後にすること数分後。大きな箱を持ってきた一夏が戻ってきてテーブルの上に置いて遊ぶ準備をする。

 

「オニールとファニールは悪いけど二人一組でいいか?」

 

「うん、いいよ。ボードゲームってしたことがないから楽しみだねファニール」

 

「そうね」

 

六人(七人)でオニールとファニールのコンビ、秋十、マドカ、シャルロット、一夏、ラーズグリーズの順番でゲームを始める。

 

「最初は職業を選ぶの?だったら、アイドルの職業を手に入れるわ」

 

「運動選手の方が年俸はいいのに勿体ないぜ」

 

「俺は普通に料理人だな。マドカは」

 

「専業主婦」

 

「俺は発明家だ」

 

「僕は・・・・・うん、メイドさんだね」

 

それぞれ最初に職業を決めて玩具の所持金一万二千円を得てから駒を進める。職業と普通の二種類が交ってるコース、七十マス以上先にあるゴールまでルーレットを回す。ルーレットを回したファニールは三マスを進める。

 

「えっと、『初めての仕事の通勤中に人助け、助けてくれたお礼に二千円を得る』だって」

 

「お、幸先がいいな。次は俺だな(ルーレットを回す)・・・4だ。1、2、3・・・・・げっ『電車の中で痴漢と勘違いされてしまう。一回休み』」

 

「幸先が悪いのは愚兄だったな。・・・・・1か。『夫から出世の報告を受ける。職業カードがランクアップ』

 

「マドカの職業は専業主婦だから・・・・・なんだ?」

 

「セレブだ」

 

「セレブなマドカ・・・・・想像できないな」

 

豪華な服を身に包むマドカを想像できないと織斑家男子は心中で頭を振る。続いてシャルロット。

 

「えっと、6だね。『勤め先で高評価を受けボーナス千円を受ける』」

 

「次は俺だ。・・・・・2か。『寝坊して急いで電車に乗る。ニマス』って俺も休みかっ」

 

「ウェルカム一夏。ようやく一誠の出番だ」

 

「よし回すぞ・・・・・5。『初めてできた恋人に高級料理を奢らされる。食事代を五千払う』」

 

無言で五千を払う。「「うわっ」」とリアルでもありそうなこと故に笑い事ではなかった。そんな感じでボードゲームをする一同は、阿鼻叫喚に似た熱狂的なほど夢中になった。

 

「地震発生で仕事がなくなっちゃったよー!?」

 

「『結婚詐欺で全員から全財産を貰い十五マス戻る』・・・・・『全員から子供を一人ずつ養子として貰う』」

 

「えっと、『夫の本妻に愛人が発覚され、職業はランクダウンする』・・・・・なんだろう。凄くデジャブを感じる」

 

「今度は俺だな。んと1、2、3、4・・・・・『黄金郷を発見。職業はランクアップして皆からお祝いに五万貰う』。おおっ、ラッキーだ」

 

「・・・・・『アルコール依存症で病院から薬をもらう。三千円払って一回休み』・・・・・リアル」

 

ゲームは終盤にかかりいよいよ最初の一人目がゴールしようとしてた。しかし、その手は聞こえてきたインターホンの音で止まった。

 

「誰だ?」

 

「シャルロット、迎えてこい」

 

「え、ぼ、僕が?」

 

「ああ、そうだ・・・・・迎えたら『織斑シャルロットですがなにかご用でしょうか』って言うんだ、いいな」

 

「ええええええええええっ!?」

 

どうしてそんなことを言わなきゃいけないのか、と驚きながらマドカに問うと現状のゲームの結果を突き付ける。

 

「負けてるからだ」

 

「あう、罰ゲームなんだね・・・・・」

 

「軽い罰ゲームだ。おい愚兄、同伴してやれ」

 

「まぁ、別にいいけど」

 

マドカの促しに異論を言わず一夏はシャルロットと玄関へ向かった。そして少しした時に。

 

「シャルロットさんッ!『織斑シャルロットです』ってどういうことですの!?まさか、い、一夏さん。シャルロットさんとけ、けけけけ・・・・・っ!?」

 

リビングキッチンにいる全員の耳に聞き覚えのあるお嬢様の動揺の声が聞こえたのであった。

 

―――†―――†―――†―――

 

セシリアと―――ヴィシュヌを連れて戻ってきた一夏とシャルロット。その際、マドカへ非難めいた眼差しをシャルロットは送った。友人に変な誤解をさせたからだ。

 

「ひどいよ。セシリアが来るなんて知っててあんなことを言わせたの?」

 

「ワザとじゃない。他人のプライベートを調べるほど暇を持て余してないからな」

 

「何故でしょうか。私のプライベートは調べる価値すらないと聞こえてならないのですが」

 

「ほう・・・・・ならこの五つのケーキ。一体、誰を食べさせるためにある?」

 

「こ、これはですね・・・・・!お、おほ、おほほほほっ!」

 

机に置かれた小箱の中身。相手のプライベートを知ったうえで持ってきた、という決定的な証拠を指摘されたセシリアのあからさまなごまかし笑いにマドカの目は据わった。そして溜息を吐いた。

 

「・・・・・箒達も遊びに来るな」

 

「妹よ。何故そう予想できる」

 

「・・・・・これでこなかったらおかしいだろう」

 

「なるほど、一理ある」

 

秋十も納得したところですっと立ち上がる。

 

「仕方がない。四つだけでは分けることができないからホットケーキでも作ろう。私のケーキは双子に食べさせろ」

 

「マドカのホットケーキだと?なら俺のケーキも上げるから俺は妹のホットケーキを食べる!一緒に手伝う!」

 

「あ、それなら私も手伝いますね。突然の訪問で申し訳ございませんので。私の分もファニールかオニールにでもどうぞ」

 

ヴィシュヌも手伝うと立ち上がってはキッチンに近づく。

 

「料理の経験は?」

 

「人並みにありますがホットケーキというものはございません」

 

「ならいい。それに簡単だからすぐに覚えれる」

 

冷蔵庫から卵と牛乳を取り出し、もとより作る予定だったのか直ぐに用意できた。小さい体故に魔法で宙に浮きながらマドカとヴィシュヌの間で上機嫌に一緒に作る一誠。三十分も時間を費やせば皿の上に三枚のホット―ケーキと十枚のホットケーキが完成していて、バターや蜂蜜たっぷりかけてマドカとヴィシュヌは食べる。で、ケーキを食べ終えた頃・・・・・マドカの言った通りに箒・鈴・ラウラに乱が遊びに来た。

 

「しかし、来るなら来るで誰か一人くらい事前に連絡くれよ」

 

「仕方ないだろう、今朝になってヒマになったのだから」

 

「そうよ。それとも何?いきなりこられると困るわけ?エロいものでも隠す?」

 

昼食のざるそばをすすりながら、箒と鈴が答える。結局大人数になってしまったため、昼は手軽に作れる麺物になったのだった、

 

「わ、私とヴィシュヌさんは、ケーキ屋さんに寄っていて忙しかったので」

 

「ご、ごめんね。うっかりしちゃってて」

 

わさび抜きのざるそばをちゅるんと食べて、セシリアとシャルロットもそれっぽい言い訳を言う。

 

「ちなみに私は突然やってきて驚かせてやろうと思ったのだ。どうだ、嬉しいだろう」

 

そばつゆに次の麺を入れながら、しれっとラウラがそう告げる。

 

『(この自信が時に羨ましい・・・・・)』

 

ラウラ、コメット姉妹とヴィシュヌ、乱以外の女子四人は、まったく同時にそう思うのだった。

 

「ラウラ、別に嬉しくもないしお前達が来るのを予測していたから大して驚いてなどない」

 

「ほう。こちらの動きを察知してたか」

 

「勘だがな」

 

秋十が徐にざるそばを食べるために使った食器類を片付け始める。一夏も同時に動く。

 

「さて、これからどうするか」

 

「当然だがこれからどうする。こんな押し掛けの女房のように何の連絡もせずに押し寄せて来た連中と何する」

 

「ちょ、誰が押し掛け女房―――っ」

 

ギロッと食って掛かる鈴に睨みを利かせるマドカのその仕草は、千冬と酷似していて押し黙ってしまった。

 

「そうだなぁ・・・・・またゲームでもするか?」

 

「それ以外ないだろしな」

 

リビングキッチンを後にするマドカを一瞥して話し合いをする一夏と秋十もボードゲーム以外の物を取りに。

 

『・・・・・』

 

少女達は心中で深い溜息を吐いた。あのマドカの毒の入った言葉は今更始まったことではないが、今回は自分達に非があるので「次は気を付けよう」「今度は何かを持参しよう」と肝に銘じた。結局トランプもボードゲーム以外の遊びを考えた末に―――。

 

「―――王様ゲェエエムッ!」

 

『イエーイッ!』

 

王様ゲームをすることにした。

 

「ねぇねぇ、王様ゲームって何?」

 

「王様のくじとそれ以外の数字のくじを皆で引いて、王様のくじを引いた人が数字のくじを引いた人に複数人命令できるんだ。ただし、絶対に命令できない命令をしちゃだめだ」

 

「例えばどんなものよ?」

 

「裸になれとか王様とキスをしろとかそういうものだ」

 

「た、確かにそれはできない命令ですね・・・・・」

 

「少なくともそんな命令をする奴なんてこの中にはいないでしょ」

 

イマージュ・オリジスに対抗するべく外国から来た転入生組は王様ゲームのルールを知ったところでゲームは始まる。穴を空けた箱の中に全てのくじを入れ、数人ずつそのくじを開けるタイミングまで持つ。

 

「それじゃ全員取ったな?では、いくぞ」

 

『王様はだーれだ!』

 

と、掛け声を言いながら揃ってくじを開き・・・・・。

 

「ふっ、私だ」

 

ラウラが王様のくじたる王冠の絵をドヤ顔で見せつけた。

 

「では、王様の命令を言わせてもらおうか。何人でも命令していい話であったから・・・・・まず最初は軽めでいいだろう。13番と1番は次の王が決まるまで抱きしめ合い、5番も7番に王が決まるまで膝枕をしろ」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

指定された数字のくじを持つ―――鈴、箒、ヴィシュヌ、一夏が表情を固くする。

 

「ちょっ!?なんて命令を言うのラウラー!」

 

「・・・・・」

 

「ひ、膝枕をですかっ?」

 

「えっと、それはちょっと・・・・・」

 

抵抗を覚える命令される側に心底楽しそうなマドカは笑みを浮かべたまま断言する。

 

「王様の命令は、絶対。やれ。次が進まない」

 

「「「「っ・・・・・」」」」

 

催促の言葉を突き付けられる四人は渋々とそれぞれ命令通りに動く。箒の豊かな胸を直視する鈴の顔から表情が失せ、一夏とヴィシュヌは赤面したまま膝枕続行中。満足するラウラは次に進める。

 

「うむ、では次だな。いくぞ、せーのっ」

 

『王様はだーれだ!』

 

全員がくじを引き終え、確認すること数秒後。

 

「やった!私だよー!」

 

王様のくじを引いたオニールが満面の笑顔で告げる。ばっと箒から離れる鈴に、恥ずかし気にヴィシュヌの膝から起き上がる一夏。

 

「えっとね。じゃあ、4番の人は全員に好きな人のタイプを言う、で!」

 

その四番のくじを引いた者は・・・・・すぐ隣にいたファニールだった。

 

「オニール。それは恥ずかしいわ・・・・・」

 

「あ、ファニールだったんだ。じゃあ、言ってね?」

 

「・・・・・好きな人のタイプって、あんまり考えてなかったけれど。うーんと、私とオニールを大切にしてくれる人でいいかしらね。これでいい?」

 

「うん、ありがとう。えへへ、ファニールと大切にしてくれる素敵な人って一緒だね」

 

姉妹揃って互いを大切にしてくれる人がタイプと告白を聞いて、そういう人が現れることを少女達は胸中で祈る。

 

「それじゃいきまーす。せーの!」

 

『王様はだーれだ!』

 

三回目に突入した王様ゲーム。次の王様のくじを引いた者は―――。

 

「あ、僕だね」

 

シャルロットだった。

 

「えっと、じゃあ・・・・・5番が王様に可愛いと思うことをすることで、いいかな?」

 

そう命令を下したシャルロットが指名した5番のくじを持つ―――一誠が5のくじを皆に見せつけた。

 

「・・・・・一誠かぁ」

 

「昔は可愛かったが今は格好いいって女性から人気を集めてるからできるのかね?」

 

「ふん、できようができまいがやらなければ先が進まない」

 

三兄妹や箒達が二人の様子を見守る。命令した本人も、ちょっぴりドキドキして一誠を見つめる。

一度顔を俯いて精神統一をするかのように少しの間そうした。そして、意を決したように顔を上げて可愛く言った。

 

「シャルおねーちゃん。だ、大好き・・・・・!」

 

瞳を潤わせて恥ずかし気ながらも精いっぱい自分の気持ちを告げる一誠の言動に、シャルロットの胸の奥がキュンとときめいたのは内緒であった。マドカの感想はと言うと、ゴミを見る目で吐き捨てた。

 

「気持ち悪い、マイナス100だ」

 

「それはあんまりだ妹よ!?」

 

そして、まだまだ続く王様ゲーム。次に王様になったのは、一夏だった。

 

「一夏、あんた。へんな命令をしたら許さないんだからね」

 

「そうですわ。公平な命令をしたくださいまし」

 

「そんなこと言われてもなぁ・・・・・じゃあ、8番が9番の頭を撫でるで。8番と9番は誰だ?」

 

「8番は俺だ」

 

「9番はあたしよ」

 

秋十と乱が名乗り上げ、命令通りに乱の頭を撫でる秋十。無事に終わり続ける。

 

『王様はだーれだ!』

 

そして王様は・・・・・。

 

「私だ」

 

箒となった。一瞬、一誠を一瞥して命令権を使う。

 

「ごほんっ。では、言うぞ。1番が10番に命令する」

 

「「・・・・・」」

 

マドカと一誠が1番と10番のくじを見せびらかす。一誠に命令権を得たマドカは、獲物を見る猛禽類のような目つきとなってギラギラと自分の兄から放さない。千冬の幼い顔が舌なめずりをして邪な笑みを浮かべる。蛇に睨まれた蛙は、全てを悟った顔で遠い眼をしていた。

 

「愚兄」

 

「わかっている妹よ。お兄ちゃんの胸にさぁ―――!」

 

「これから私から三メートル離れて生きていろ」

 

「ぐはっ!?」

 

「「一誠が死んだぁー!?」」

 

わいわいと騒ぎつつ、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そして時刻が四時を過ぎたところで、唐突に予想外の人物がやってきた。

 

「なんだ、賑やかだと思ったらお前達か」

 

織斑千冬、その人である。私服姿は白いワイシャツにジーパンという行動的な人柄をよく表しているそれで、服の下ではタンクトップが豊満な胸を窮屈そうに押し込めていた。

 

「「千冬姉、おかえり」」

 

「今日は珍しく帰ってきたか」

 

すぐさま一夏と秋十は立ち上がって、千冬の側に行く。右肩の鞄と脱ぎ捨てたワイシャツを受け取って片付ける様は、執事か何かのようですらある。

 

「昼は食べた?まだなら何か作るけど、リクエストある?」

 

「バカ、何時だと思っている。流石に食べたぞ」

 

「そうだな、外から戻ったばっかだし、冷たい物でも。お茶か麦茶、どっちがいい?」

 

「そうだな。では麦茶にでも―――」

 

「わかった麦茶だね」

 

甲斐甲斐しく姉の世話をする三人の弟たち。まるで千冬は女王様みたいだと箒達はそう感じ取って意味深な視線を向けていた。その視線に気づき居心地が悪くなって急用な仕事が入ったと嘘を言って帰ってきたばかりだというのにすぐ外出した。その後、一夏達の携帯に一斉送信されたメールが届いた。その内容を見ては直ぐに行動に移った。一同、IS学園に赴くため。

 

 

 

 

夏休み中に更識楯無から発表が下された。招集の声に応じて一堂に会する専用機持ち達は、クラスメートがいない分、自分の席に座ることでバラバラであったり隣人同士だったりするのがより分かりやすくなった。そんな状況など気にもかけない一同は今回の召集の本題に意識をしていた。

 

「皆、おはよう。まだ夏休み中の時にごめんなさいね。今日は二学期初日から新たに学園にやってくる代表候補生を紹介させてもらいたかったの。では、入ってきてちょうだい」

 

―――専用機持ち、代表候補生のみしかいない教室にはねっけが特徴の銀髪のIS学園の制服を身に包む少女が入ってきた。

 

「それじゃ自己紹介よろしくねロラン君」

 

「私はロランツィーネ・ローランディフィルネィ。オランダ代表候補生にして、99人の恋人を持つ罪深き百合だ!」

 

『・・・・・』

 

出会って開口一番に意味不明な発言をされ、うん?理解できなかった者は少なくなかった。99人の恋人を持つ百合・・・・・?一同の胸中は疑念でいっぱいになり、ヴィシュヌは疑問をぶつけた。

 

「99人の男性と付き合ってるのでしょうか・・・・・?」

 

「男性ではないよ。私が付き合っているのは麗しき蕾の乙女さ」

 

「はぁっ!?」

 

「・・・・・百合って、マジな意味だったか」

 

「99人も恋人がいるってのも信じられねー事実だわ」

 

「というか、よくそんな関係を構築できてるなって逆に感心するわ」

 

現在四人しかいない男子の一夏達がロランの話を聞いて半ば唖然とした。男ならわからなくもないが同性愛者で100人近く、交際しているなどと眉唾な話であるゆえに信憑性があるか否か拘わらず自己紹介の内容に目を丸くする。

 

「む!」

 

するとロランの目が・・・・・箒の姿を捉えた。当人もロランからの視線とぶつかって絡み合った瞬間。

 

「嗚呼、君は!何て名前だい?」

 

「篠ノ之・・・・・箒だ」

 

名乗った箒の手を優しく両手で包むように手に取るロランは、歓喜の声を上げた。

 

「嗚呼、私達は出会ってしまった!運命よ、君に感謝をしよう!」

 

「おい、何故私の手を取る。おい、私の話を聞いてるのか?」

 

「ふふふ、いいじゃないかいいじゃないか!私は決めたよ、心から決めたよ」

 

何をだと思った者や、まさかと感じた者が二人の成り行きを見守る。

 

「君こそが100人目の恋人に相応しいと!」

 

笑顔と共に本気で言っているロランに自分の貞操が危ういと危機感を覚えた箒は、全力で拒んだのは言うまでもなかった。



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暴龍とラーズグリーズの正体

国の各上層部が国会議事堂にて集い、悩まされてる案件の解消を臨む。今一番悩まされてるのは国の軍事、防衛の要であったISの不足が国一番の問題として、悩みの種として頭に植え付けられている。

 

「どうしたものか・・・・・この世界にあのような化け物が存在しているなど誰が想像できたことか」

 

「それ以前に日本が保有するコアが一部を除いて全てテロリストに奪われてしまったのだから、防衛もままならない」

 

「このまま国が丸裸のままでは我らの面子も・・・・・っ」

 

「面子どころではない。国そのものが危ぶまれるのだ。ここはIS学園から幾つかコアを見繕い補填しては如何か。あそこの学園には我が国から貸し与えたコアがある」

 

提案した者の言葉に懸念があると眉根を寄せる別の男性が指摘した。

 

「名案なのは確かだが、また奪われたときの事を考えているのかね?そうせずともイマージュ・オリジスに関する命令をすれば学園側は動いてくれるのだ。化け物にもイマージュ・オリジスと認定すれば問題はない。一先ずそれでしばらくは保てるだろう」

 

「欲を言えば篠ノ之束の捕獲が叶えたいところだ。イマージュ・オリジスが現れて以降、頻繁に姿をIS学園で見掛けるようになっているそうだからな」

 

「彼女に付き従うラーズグリーズとやらもな。日本のISコアを奪った犯人は篠ノ之束が率いる組織であることが判明しているというのに、何故IS学園は捕らえようとしないのだっ」

 

また別の男性がIS学園の篠ノ之束達に対する対応に強い遺憾を覚えていた。

 

「情報によれば彼の化け物を倒せはしなかったが宇宙から隕石をよんだそうだ」

 

「隕石を?馬鹿馬鹿しい、絵空事のようなことがISができるはずがないだろう」

 

「化け物については架空生物の龍、ドラゴンの種類だとかな」

 

「それすらも本来あり得ん話なのだ!化け物に種類も種族も部類する必要はない!」

 

「どちらにせよ、あのような化け物が他にもいるというのだから対策はIS学園に任せるしかない。我々は我々であの計画を続行しなければならぬ。首尾はどうかね」

 

また別の男性が壁際に立っている女性―――総理の秘書に成果を求めた。秘書は報告書として持参したタブレットを扱いながら告げる。

 

「生産率は八割越えであり、活動が可能な量産型は紛争地域に送り込んでの実験は上々であります。しかし、ISの試乗は現状できませんのでこれ以上の実験の続行は不可能です」

 

「・・・・・それこそIS学園からコアを受け渡してもらえばいい話か」

 

「いっそのこと、被験者達から取り上げますか」

 

「理由がない限りは強引に事を進めるのはよくない。日本代表のコアも奪われてるのだ。次期国家代表の者が決まるまではまだそうする必要はない。今は各国よりISを動かせる強力な兵士を生産し続けることが最優先だ」

 

「その素材が篠ノ之束に強奪されたのは痛いが、計画に支障がないことに関しては幸いであった」

 

「そうですな」

 

解散後、秘書は一人誰もいない通路を歩きながらタブレットに報告をまとめて送信する。するとすぐにメールが届き、内容を確かめると労いの言葉と共に十人以上の水着姿の少女が楽しそうに海で遊んでいる写真が何枚も送られていた。『今度は家族全員で温泉旅行行きましょう』と言うメッセージを見て秘書は口唇を緩めた。

 

「温泉ね・・・・・ふふ、あの子をからかって遊ぶのもいいわね」

 

 

 

 

 

「「おおおおおおおおっ!」」

 

ガギィンッ!と鋭く重い金属音を響かせ、一夏とマドカは刃を交えて対峙する。数度の剣戟を繰り広げ、腕部のガドリングガンの牽制を受けて距離を置く一夏を肉薄するマドカ。

 

「くっ・・・・・!」

 

「逃がさないぞ!」

 

夏季休暇中でほとんど使用する生徒がいないアリーナの中ではじまったバトルは、最初こそ一夏が押していたものの次第にマドカが巻き返し始めていた。その理由は単純にして明快。紆余曲折で第二形態になった白式の、さらに加速した燃費の悪さである。

 

「ふっ!」

 

「はぁああっ!」

 

バスター・ソード『フェンリル・ブロウ』を振るうマドカに向けて振るう一夏のそのブレード《雪片弐型》もすでに唯一仕様である『零落白夜』の輝きはなく、通常の物理刀になっている。距離が開けば左腕の多機能式装腕(アームド・アーム)による荷電粒子砲を放てるはずだったが、それもすでにエネルギーが底をついていた。

 

「ここぞとばかりに全力でペースを上げる癖は治ってないな!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に小回りで移動しながらフェンリル・ブロウを勢いよく振るってエネルギー刃を放つ。

 

「ぐぅっ!」」

 

エネルギーの斬撃を受け切ったものの、視界いっぱいにランサー・ビットの放出射撃のビームに目と意識を奪われたその視界の死角からすぐにISハイパーセンサーの位置情報補足がやってくるが、もう遅かった。一夏の真上、ムーンサルトで振り下ろした足で蹴り地面へと叩きつける。眩しい瞬光に一瞬目を細める一夏。その視界に影が落ちた。

 

「ふんっ!」

 

「!?」

 

凄まじい勢いで落下しながらランサー・ビットを突き刺してくるに、ダメ押しとばかり放出射撃も食らい地面に激突する。同時にそれが勝負の終了を意味する。―――言うまでもなく、一夏の敗北である。

 

「ISの操縦歴はお前が上だというのに実戦経歴が少ない私に負けてどうする愚兄。ISの燃費の悪さがさらに倍増してしまったとはいえ、それを補う工夫をするのが操縦者のお前ではないのか愚兄」

 

妹のダメ出しにぐうの音も出ない兄の一夏は、親に怒られた子供のように体を小さくして正座をされている。まるで体が小さい千冬に怒られてる光景なのでなんとも言えない箒達であった。

 

「一夏にはちょっと同情するわね。千冬さんに怒られてる風にしか見えないし」

 

「顔だけは教官と同じだからな」

 

「ふ、二人ともそんなこと言っちゃだめだよ。マドカが気にしているんだからさ」

 

千冬に畏怖の念を抱いてる二人の吐露した気持ちにやんわりと宥めるシャルロットだったが、遠くからランサー・ビットの放出射撃が飛んできた。

 

「聞こえているぞ、そこのチャイニーとドイツ」

 

「危ないわねっ!?事実を言われてキレてんじゃないわよっ!」

 

「喋る暇があるなら訓練でもしていればいい。ああ、ISのではなくジャガイモの皮剥きの方だ。ドイツのお前もおでんではなく家庭的な料理の一つぐらい作れたらどうだ。シャルロットの料理はお前らより良き嫁になるレベルだぞ?うちの愚兄の嫁になってほしいぐらいだ」

 

「な、なんですってー!?」

 

「言ってくれる。おでんの何が悪いと言うのだ」

 

「いや、ラウラ?おでん以外の料理を作れるようにしなくちゃダメなんだよ」

 

怒髪天が衝く勢いで怒る鈴と不満げに顔をしかめるラウラ。

 

「ついでだが、愚兄達は日本食をよく好む。この国に来てからお前達は一度でも日本食を作ったことがあるのか?ん?どうなんだ言ってみろチャイニーとドイツ」

 

「ぐぬぬぬぅっ!」

 

「シャルロット。おでんも日本食ではないのか?」

 

「ラウラ、そこまでおでんに拘る理由ってなに?」

 

唸る鈴から意識を反らし減ってしまったエネルギーを回復するためピットの中へと飛んで移動した。するとタイミングを図ったようにプライベート・チャンネルが送られてきた。

 

『やっほーまどっち。元気にしてたー?』

 

「・・・・・」

 

連絡をしてきたのはマドカのISを作った篠ノ之束だった。油断ならない相手と認識してる天才からの突然の連絡には警戒して尋ねた。

 

「何の要件ですか」

 

『ふふ、そろそろ知りたい頃かなー?って思って連絡したんだよ。らーくんのこと』

 

束の声を聴きながら目の前の空間がパックリと裂けだす・・・・・穴のように開いた空間の奥からラーズグリーズが現れ、マドカは目を細めた。

 

『迎えに来たらーくんと一緒に来れば私の秘密基地に来れるよ。どうするまどっち?』

 

「・・・・・」

 

気にならないと言えば嘘になる。同じ兄の顔を持つ者が束のところにいる理由を千冬も知りたがっていた。真実が今目の前に自分からやってきて誘いかけてきている。後日改めて知ることができるかもしれない。しかし、今知るのと後で知るという自分の未来の分岐点が左右するなら・・・・・。

 

「わかった、奴についていけばいいのだな」

 

『そうだよー。それじゃ、待ってるからねまどっち』

 

チャンネルが閉じられ踵を返し裂け目の空間に潜ろうとするラーズグリーズを、ISを装着したままついていくマドカ。裂け目の空間に潜るラーズグリーズに続いて潜ったマドカは、最初に広大な鉄の通路に壁際で軒並みに連なっている培養カプセルの中にいる大勢の少女達の光景等に出迎えられた形で足を踏み入れた。

 

「・・・・・なんだ、ここは。この女たちは一体・・・・・」

 

「・・・・・」

 

マドカの疑問を答えずにどんどん奥へ突き進むラーズグリーズ。ついていく先でも同じ光景が何度も見受けられ、少し不気味に思えてきたところでとある扉の前にいったん立ち止まり、扉が横にスライドして開いたら中に入るや否や「おっかえりー!」とマドカを誘った本人からの熱い歓迎の抱擁が待っていた。豊満な胸が少女の顔に埋まり一瞬呼吸ができなく困難だったが、直ぐに離れてラーズグリーズにも抱き着いたので窒息死にならずに済んだ。

 

「(篠ノ之箒も将来あんな無駄乳になるのか・・・・・)」

 

内心失礼な考えをして本人が知ったら真剣を振るいながら否定するだろう。改めて今いる空間を見渡すとここで生活をしているのか生活用具や寝具などが設置されていて、キッチンにはショッピングモールの中で見た銀髪の少女が茶菓子を用意している。何故かラウラを彷彿させるが今のマドカには与り知らないことであった。

 

「へへへー、この間も会ってたけどこうしてゆっくり話し合うのはほんと久しぶりだよねまどっち。いまのまどっちを見ると高校時代のちーちゃんを思い出すよ」

 

「・・・・・どうせ文武両道みたいな言動をしていただろ」

 

「うふふ、というか授業中でもたまにまどっちやいっくんたちの写真を見て微笑んでいた時もあるんだよ?一度だけ、教師に注意されても止めなかったんだよねー」

 

愛されてるねーと言われても実際本当なのかマドカは確認することはできない。大方、聞いてもはぐらかされるだろうと悟っているから。

 

「ところで、どうしてISを装着してるのかな?」

 

「見知らぬ場所に敵対している奴がいるからだ」

 

当然の態勢だと断言するマドカにとって束は至極不思議そうに首をかしげた。

 

「敵対ー?ああ、らーくんはいっくんたちとじゃれあってるだけだよ?遊びだよ遊び」

 

「・・・・・あれで遊びだと言われても誰一人そう思えない。それより、聞かせてくれるのだろそいつの話を」

 

他の話や余計なことは聞く気がないマドカの催促に束はクロエがテーブルに置いた茶菓子の方へ歩み、椅子に座って美味しそうに飲食をし始めた。それを眺めるマドカにラーズグリーズ。

 

「さてさて、らーくんの素顔を見たからには疑問を抱いているまどっちに真実を教えてあげよう。それでらーくんのことど思うかはまどっちの気持ち次第だよ?」

 

ようやく話す気になった束の顔を見つめ、発せられる言葉に耳を傾ける。そして語られる言葉は全て信じられない内容だった。同時に同じ顔を持つ理由が納得する。ラーズグリーズに対する認識が変わった瞬間でもあった。ISを装着した姿の彼の者に視線を向け・・・・・自分自身でも久しぶりに口にした。あの言葉を。

 

「・・・・・兄さん」

 

 

 

「「「・・・・・」」」

 

一夏、秋十、一誠は違和感をはっきりと感じていた。妹の心境に変化が起きていることを。

ある日からマドカは夏季休暇中の殆んどを実戦による訓練に精を出す。それぐらいならば何もおかしくはないのだが、問題は自分達の妹の特訓に付き合っている相手が問題すぎるのだ。毎日決まった時間に現れるようになったラーズグリーズ。アリーナに登場するとマドカとマンツーマン指導を行い、時には束もやってきてIS戦闘術のノウハウを教授し、時にはトーレ達も見学をしにやってくるようになった。

 

「いや、なんっスかその機体。あっという間にエネルギーが無くなるなんて燃費悪すぎっスよ」

 

「弱すぎる。射撃はド素人、駆け引きも未熟。わざと隙を見せれば全力で仕掛けてくるその短絡。全てにおいて私達より弱すぎるぞ」

 

「雑魚が」

 

「ISの性能と効率を全然考えてないおバカな子なのねぇー?」

 

箒達でも言わないようなセリフを頂戴した一夏は立ち上がれそうにないほどの心のダメージを受けた。

流石に言い過ぎではないかと思うもそれが事実でもあるから、味方であるはずの少女達からは労うだけで慰めの言葉は送らなかった。

 

「やっぱり、なんか変わったなマドカ」

 

「人間嫌いの獣が急に人間に懐いて甘える例えが出るほどにな」

 

「でも、何でよりにもよってあいつなんかと・・・・・」

 

信じられない光景を目の当たりマドカがラーズグリーズにだけ(不敵)笑みを浮かべる。ここ数年、自分達には向けてくれたことが無くなった妹の笑顔を久しぶりに見れた原因は、敵対している相手との交流だったことに兄の立場として複雑極まりない。

 

「ははは、ははははは!強い、強いなラーズグリーズ!お前が私の兄だったらどれだけ素晴らしいことだろうか!」

 

強さを比較され、一夏は己が弱い事実にぐうの音も出ず、ISを持ってない秋十と一誠は微妙な面持ちで妹を見ていた。マドカの変わり様は箒達も訝しい思いをしていて、一夏達のもとへ集まりつつ訊きだす。

 

「ねぇ、マドカはどうしちゃったわけ?敵と仲良くしちゃってさ」

 

「私達と協力をする気になったのか?」

 

「あんな奴は信用できないぞ」

 

「うーん、でも何度も一緒に戦ってくれたんだから、少なくとも本気で敵対しているわけじゃないかもしれないよ?」

 

「そうですが、やはり急にマドカさんが親密になっていらっしゃるのが不思議で逆に疑問を抱きますわ」

 

自分達に聞かれてもこっちも知りたい一夏達の気持ちを他所に、シャルロットはある予感を脳裏に過った。

しかしこれは、聞いてもいい質問なのだろうか?少なくとも皆がいる前で尋ねていいか当惑するが、やはり知った方が後のためになるかもしれない。少し皆から距離を置いてマドカへプライベート・チャンネルで繋げた。

 

「後で話がしたいんだけど、ラーズグリーズのことについて」

 

『・・・いいだろう』

 

マドカもマドカでシャルロットに対する懸念を抱いていた模様。言えば信じるかどうかは分からないが頼めば黙ってくれる優等生、人柄であることは理解している。戦闘中に突然連絡をしてきたからにはラーズグリーズを気にするほど何か思うことがあるのだろう、とマドカは結論を出して了承した。

 

そしてその日の夜。女子寮から離れコースの途中にあるベンチで待ち合わせをして、しばらくして夜の闇に紛れて現れたマドカも揃うとシャルロットはベンチに座った彼女に口を開いて訊く。

 

「単刀直入に訊くね?ラーズグリーズの顔は愚兄と同じだって、臨海学校に行く前に言ってたよね。もしかしてラーズグリーズはマドカ達の兄弟姉妹なの?」

 

「仮に私が肯定したら?」

 

「否定されても疑問が残るかな。ラーズグリーズの今までの行動とどうして篠ノ之束博士のところにいるのか、どうしてマドカ達と一緒に暮らしていないのか。色々とね」

 

もっともな疑問だろう。第三者からすればどういう成り立ちでいるのか気にならないはずがない。シャルロットの質問にある質問で返すマドカ。

 

「すまないがその質問には答えられない。だが、私は時が来たらラーズグリーズと行動を共にすることにした」

 

「えっ!?」

 

「それまでは大人しく学園にいるが、誰にも言うなよシャルロット」

 

マドカから衝撃的な事を告げられ、シャルロットはただ愕然の面持ちで見つめるしかできないでいた。この話は終わりだと言わんばかり先に腰を上げて暗闇の向こうへ歩いていく、そんなマドカの背中は遠く見えたように感じた。友人として止めたいが邪魔をすれば確実に敵として牙を剥いてくる。友人に敵意を向けられる心構えをしなくてはならないとは誰が想像できたことか。

 

「・・・・・マドカ」

 

マドカはラーズグリーズのために動こうとしている。この事は一夏達や千冬は知っているのだろうか?否、知らないか知らされていないだろう。だからマドカがまだ学園に居続けている。時はまだ来ていないからだ―――。

 

 

「・・・・・」

 

寮長室の机に置かれているチケット。それは夏季休暇が終わり二学期が始まってしばらくたった後に開催される学園の行事に誘うものであった。千冬は意味深に見つめ傍に置いてある画面が暗い携帯に目をやり手に取りコールをする。

 

 

「おお~?おおー!ちーちゃんからの連絡だ、とうっ!」

 

「・・・・・」

 

ISの開発中に鳴り響く携帯へ飛びつく束に気にせず作業を続けるラーズグリーズ。

 

「もしもしひねもす~?や、おっひさーだねちーちゃん。この私に何の用かな?ほうほう、ラーメンのなるとーね。うんうん、わかったよ!ちーちゃんからのお誘いなら深海でも行っちゃうよ!」

 

話し合いでもするのか千冬から誘われた束は喜んでいる。微笑みながら通信を切った束からある一言をぶつけられてしまう。

 

「らーくん、ちーちゃんからIS学園の学園祭に来てほしいって。だからクーちゃんと一緒にに行こう!」

 

断れる選択肢などないラーズグリーズ。勿論行動を共にするため首肯するのだったが―――学園祭中に人生を左右することが起こるとはだれも知る由がなかった。

 

 

 

そして学園祭当日を迎えた。一年一組の出し物は男子は燕尾服を着た執事、女子は黒と白のエプロンドレスを着たメイド(一部の女子は執事)のコスプレ喫茶店。唯一日本しかISを動かせる男子が全員集っているせいもあり、客の対応や接客は何から何まで男子中心に動いている。

 

「秋十君とのツーショット!」

 

「私は一夏君とご奉仕セットを!」

 

「ねぇ、裏メニューとかないの?御手洗君と五反田君の絡みセットとかさ」

 

「「当店にそのようなご注文はございませんので!」」

 

「一誠君、私と写真を!」

 

淑女達からの絶え間ない注文に男子達は世話なく動き続ける。ホステスのように廊下の壁際には男子の肖像画が張られ、どの男子が人気なのかも女子達の間で賭け事の対象にもされているわけだが、当人達は気付くはずがなかった。

 

「さばいてもさばいても客が途切れないってどれだけいるんだよ。食堂よりも忙しすぎるぞこれはっ」

 

「仕方ないだろ秋兄。女子学園の中で唯一芸能人がいるクラスはここだけなんだから」

 

「IS学園の中でホストクラブを設立で来たら大儲け間違いなしだな」

 

「現役アイドルもいるからなおさらだ」

 

接客の対応をするべく友人と擦れ違いながら話や愚痴をこぼし、自分の休憩時間になると一人か複数で他のクラスの出し物に顔を出して学園祭を楽しむ。

 

「一夏、一誠。どっか行こうぜ」

 

「秋兄、揃って行動したら女子が騒ぎ出すと思うぞ。だってここ女子しかいないんだから」

 

「一誠、わかりきっていることを言ってもどうしようもない。あ、行く当てがないなら先料理部でいいか?」

 

「「寧ろ行こう」」

 

マドカを除いて織斑兄弟が揃って学園内を歩き回る。一夏の要望で料理部に顔を出し、試食をさせてもらったら一誠が調理場を借りて料理を作りだし始める負けん気が発揮してしまった。一時、料理部と三兄弟が対決してしまう事態が起きてしまい異様な盛り上がりを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、そこの貴方。止まりなさい」

 

「・・・・・」

 

「聞こえていないのですか。大男の貴方ですよ」

 

「・・・・・あ?」

 

自分に話しかけられたことを自覚した男は振り向いた。二メートルは優にある筋骨隆々の巨体の肌は浅黒い。その肌には相手を畏怖させるような刺青が筋肉の繊維で内側から盛り上がってる腕や頭に彫られており、顔は厳つさや強面なんてよりも生易しいぐらい、獰猛そうな顔立ちに双眸は狂気を滲ませている。明らかに堅気ではない大男が真正面から堂々と学園の門を入ろうとすれば制止の声が飛んでくる。振り向いた先に立っていたのは、メガネと手に持ったファイルで如何にも堅物イメージの女子生徒だった。

 

「あなた、誰かの招待?一応、チケットを確認させてもらっていいかしら」

 

「チケット?ンなもん持ってねぇよ」

 

「持っていないのでしたら学園内に入らないでください。不法侵入と不審者として警備の者を呼びますよ」

 

「ハッ、呼んでみろよ。そん時ぁ・・・・・死人が出るぜ?」

 

ニヤァと野獣のような笑みを浮かべそう言ったら次に「ああ」と声を漏らした。

 

「おい女。ここにいるはずだ。どこにいるか教えろや」

 

「・・・・・誰のことですか」

 

「―――織斑一誠って奴をよぉ」

 

銀色の双眸にギラギラと戦意や殺意が孕んでいたことを女子生徒は気づき、一歩後退して警戒する面持ちを浮かべた。

 

「知らないと言ったら、貴方はどうしますか」

 

「知っていようがいまいが、俺はあの野郎がここにいると情報を得て来たんだ。虱潰ししてでも探し出してやんよ・・・・・久々に殺し合いをするためにな」

 

この男は凄く危険だ。危険すぎる。女子生徒がポケットに手を突っ込んで携帯を取り出そうとする素振りをしても、逃げも隠れも邪魔すらしない男はニヤリと笑みを浮かべてた。

 

「・・・・・名前を伺っても」

 

「―――グレンデルだ。女、俺に付き合ってもらうぜ?」

 

大きな手が女子生徒の顔を覆う―――。

 

 

 

「ん?なんだ、廊下の方から騒がしいな」

 

不意に教室の外で列を作っている女子のざわめきが聞こえだした。なんだ、と思って出入り口の方へ視線を向けた。接客中の箒達や女子達も廊下へ意識を向けたら一人の大男が入ってきた。銀色の双眸と一緒に教室の中を見回す大男は、女子生徒の首を掴んでいた。

 

「ここか。・・・・・ンだよ、いねーじゃねぇか。俺に嘘吐いたか女ァ?」

 

「ッ・・・・・吐いて、ない・・・・・!彼は、ここに・・・・・!」

 

「いる奴がいないんじゃ騙したってことなんだぜ。やっぱ、テメェで探したほうが早ェな」

 

苦痛で顔を歪める女子生徒を無造作に教室の中で放り投げ、客達が巻き添えを食らって倒れようと気にもかけない大男は教室を後にして廊下に出戻ったところで箒達は動き出し、前と後ろから大男を挟んで臨戦態勢の構えをとった。

 

「貴様何者だ!目的を吐いてもらうぞ!」

 

「あ?チビガキ共に用はねぇんだ。どけや」

 

「そうはいきませんわ。目の前で白昼堂々と暴行をなさる野蛮な男を好き勝手にさせれません」

 

「ほぉ?俺をどうするんだ・・・・・おっ?」

 

「捕える。そして拷問を視野に入れて白状してもらう」

 

AICを展開したラウラが冷徹に正体不明の男の動きを停めた。相手が人間だろうとISだろうとAICによって重火器の弾丸ですら停止させられたら逆らえない法則―――そのはずだった。

 

「さぁ、痛い目に遭いたくなければ・・・・・なっ」

 

「じれってぇなぁっ!!!」

 

大男は全身の筋肉を膨張させ自力で停止結界を脱した。その行動を目の当りにした一同は目を皿にするぐらい驚きを顔にまで浮かばせてる間に、大男はラウラへ掴みかかろうとした。持ち前の小柄な体を活かす動きで俊敏にかわし距離を置くと同時にAICを再び展開―――が。

 

「動きを停めるんなら意識ぐらい停めてみせろや」

 

異様に腹部を膨らませたかと思えば、大男の口の中から視界を埋め尽くす火炎球が放たれた。絶句し、停止させる対象を変え意識を集中した時に火炎球から口の端まで釣り上げた大男が飛び出してきた。

 

「―――っ!?」

 

「停められるのは一つだけってか?」

 

豪快な殴打が首を横にひねったラウラの銀髪の数本を千切った。うっすらと冷や汗を流す刹那、仲間を救わんと背後から箒が粒子召喚した二本のブレードで飛び掛かりながら振り下ろすも、一本の刀を掴まれ勢いを殺された直後に箒の腹部へ足蹴りを入れて飛ばされた。

 

「はっ、暇つぶしにすらならねぇわなテメェらじゃあよ」

 

「な、何ですってっ!」

 

「テメェらごときがこの俺様の相手にすらならねぇってんだよ。おら、知っているんならとっとと言えよ。―――織斑一誠の居場所をよ」

 

『っ!?』

 

織斑一誠が目的だと告白した大男に愕然の面持ちを浮かべる。何故、一誠を狙っているのかその理由はわからないものの真っ当な目的で学園に来たわけではないことぐらいは察していた。「知らない!」と言っても目の前の大男は自分の目で確かめるまで探し続けるかもしれない。であれば、自分達がするべきことはただ一つ。情報の漏洩をせず、全力で敵を倒す―――!

 

「皆、大丈夫か!?」

 

『―――――』

 

最悪なタイミングで戻ってきてしまった三人が、一誠が大男と接触してしまった。一誠を一目見た大男は愉快気に豪快で哄笑しだす。

 

「グハハハ、グハハハハハッ!久しぶりだなぁその顔を見るのはよっ!思わず懐かしさを感じてしまったぜ!」

 

腹を抱えて今にでも床に転げ回りそうなほど笑い続ける大男に一誠は当惑していた。

 

「なっ、いきなり何を・・・・・っ?」

 

その一言で笑うのをピタリと止めて、今度は心底呆れた風にため息を吐く。

 

「ああ?はぁ~、ンだよ。本当にアジ・ダハーカの旦那の言う通りだな。聖杯は手に入れたがまだ復活していないって」

 

「アジ・ダハーカ!?まさか、お前はニーズヘッグって化け物と同じ仲間か!」

 

男性操縦者の一人が愕然のあまり叫んで、大男は初めて己の名乗りを上げた。

 

「―――俺の名前はグレンデル。『大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)』グレンデルだ。言っとくが、俺はあの悪食ニーズヘッグと違って強ェからよ。テメェらが死ぬまでこの島を舞台に暴れまわってやるぜ?」

 

とりあえず、とグレンデルは一誠に視線を向け、背部に浅黒い一対の翼を生やし出して己が化け物であることを明かした。

 

「聖杯を手に入れたオメェの実力はどんなもんか試してみるとするぜ」

 

「―――っ!?」

 

次の瞬間。一誠はグレンデルに掴まれ外へと連れ出されると窓ガラスを突き破り、闘技場と見紛うアリーナへと一緒にたどり着いた。拘束を解かれるや否や、グレンデルが拳を握って構えだした。

 

「そんじゃ、行くぜ織斑一誠よ」

 

「ま、待て―――!」

 

「殺し合いに相手が素直に待つ馬鹿はいねぇんだよ!」

 

話し合いをする気もなく闘争心むき出しで聞く耳も持たずに、グレンデルの大きな拳が鋭く突き出された。

 

「(やられる―――――)」

 

走馬灯が脳裏に過り己の死を悟った一誠に迫った拳は、強烈な殺意を感じて一誠の鼻先にぶつかる直前で停止した。グレンデルは久しく感じなかったこの殺気に深い笑みを浮かべ、周囲に顔を向け始めているとアリーナのステージの奥からIS、ラーズグリーズが現れる。

 

「・・・・・てめぇだな?アジ・ダハーカの旦那や悪食野郎が言っていた噂の奴は」

 

一誠から踵を返し戦意と殺意の光をギラギラさせる他にも歓喜の色が帯びてる銀瞳を、ラーズグリーズに向けながらズンズンと歩いていく。身長と体格は比べるまでもないほど圧倒的で勝負すれば勝てるはずがないというのにグレンデルは確信している。こいつは十数年間地下闘技場で相手にしてきたどの人間よりも己を楽しませてくれる好敵手なのだと。

 

 

 

専用機持ちの一夏達が二人がいるアリーナへ辿り着いた頃にはすでに死闘は繰り広げていた。振るわれるブレードを片腕で防ぎ、突き付けてくる拳をかわしてエネルギーウィングからエネルギー弾を放つ。腹部を膨張させて火球を吐くと弾き返して攻勢に転ずるラーズグリーズの背後に、素早く回って蹴りを入れるグレンデルを上空へ飛んでは弾かれるように両者は接近してブレードと拳が交わる。

 

「す、すげぇ・・・・・」

 

「ISの体であんな軽々と動けれるものなのかよ」

 

「ラーズグリーズの体がISだからだろう。私達の機体は操縦してこそ真価を発揮する」

 

「あいつの場合は乗るんじゃなくて本当の意味で一心同体だから、人間離れした動きができるわけね」

 

ISは全てを凌駕するが、スムーズな動きができなく遅くなり重くもなっている。ISが引き金を引くよりも早く人間の方が引き金を引く方が早い現実は周知の事実であり、自分達がラーズグリーズの動きを真似しろと言われれば、確実に動作の遅れでついていけれないだろう。

 

「で、どーするんだ会長。このまま見学してればいいのか?」

 

「できれば私はそうしたいっスね。見てくださいよ、ビームを食らってもピンピンしてるっスよ。あり得ないっス。正真正銘のバケモンっス。や、元から化け物でしたっけ」

 

遅れてやってきたダリルとフォルテ。これで全員が揃ったが楯無はラーズグリーズの援護に回ろうとはすぐにしない。

 

「相手は人の姿をしたドラゴン。あの子と戦いが集中している間は私達も下手に攻撃はできないわ。だから接近戦を極力避けて中・長距離からの援護射撃に徹底します。他は一誠君の救助よ」

 

「そんな遠くからチクチクと攻撃して倒せれるわけなの?この前みたいに皆で接近戦で攻撃すればいいじゃない」

 

火球を吐くグレンデルに対してラーズグリーズも地面にブレードを突き刺し、巨大な土の槍で火炎球を穿つ。土の槍を粉砕して飛び込んでくる相手に擦れ違い様に身体を斬り付け、直ぐに二人は至近距離で激しい攻撃を攻撃で応戦して繰り広げる。グレンデルは心底から楽し気に嬉々と笑みを浮かべていた。

 

「乱ちゃん、あれを見ても接近戦したい?」

 

「・・・・・」

 

もはや普通の戦闘ではないことは明らか。押し黙る乱は無言で射撃体勢に入った。

 

「まだまだ物足りねぇな、物足りねぇよ!どんどん攻撃してこいやぁっ!」

 

傷一つもないグレンデルの体は強硬、最硬だった。ISの装甲を凌駕する硬さを有するグレンデルの体はブレードを以てしても倒れる気配は皆無。しかし、だから何だとラーズグリーズは思った。グレンデルに勝てないならばこれから一生もアジ・ダハーカ達にすら勝てないのと道理。

 

「ッ!!!」

 

ブレードを握る力を込めてグレンデルの体に斬りつける。が、やはり人間の肌で隠れている浅黒い鱗が硬く、一滴の血すら出ないでいる。

 

「ちった痒くなってきたじゃねぇか!そうだ、その調子で―――!」

 

拳を振り上げるグレンデルは、背中からビームを受けた。服が貫き肌が焼き焦げたが体が貫通せず浅黒い肌だけが窺わせる。

 

「あ?」

 

動きを止めて振り返る先には、レーザーライフルを構える瞠目したセシリアや一夏達の姿が視界に入る。ここで初めてグレンデルがラーズグリーズ以外の存在に気付いた瞬間でもあった

 

「なんだてめぇら・・・・・交ざりてぇなら大歓迎だぜ?」

 

「そう、だったら遠慮なく交ぜさせてもらうわ。―――一斉射撃!」

 

楯無の号令で射撃を開始する。ビームやレーザ、実弾がグレンデルの全身に直撃して徐々に押していくものの・・・・・当の本人は平然と佇んでいる。

 

「おいおい・・・・・『相変わらず』世界最強の兵器はこんなもんかよ」

 

心底呆れ、嘆息するグレンデルが動いた。真正面から射撃を受けつつも接近して鈴を狙い定めて拳を構える。

 

「回避っ!」

 

疾呼する楯無の言葉を体が反応して空へと舞い上がる―――前に鈴の足を掴んだ。

 

「遅いってーのっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

絶対に人間の力では動かせれないISを地面に向けて振り下ろすグレンデルは鈴を叩きつけた。しかも持ち上げてまた叩きつける行為を何度も繰り返し、ブレードを水平に斬りかかるラーズグリーズへ鈴を放り投げて肉薄しかかる。グレンデルの動きの意図を読み、あえて鈴を受け止めずに跳躍してかわしグレンデルに攻撃する。

 

「おほっ!やるじゃんかっ!」

 

甘い人間なら味方を助ける。グレンデルは人間に対しての考えを確定している。だが、中にはそうではない人間は少なからずいることも知っている。ラーズグリーズの取った行動はまさに後者であったのでグレンデルにとって好ましい故に好感を覚えた。

 

「大丈夫、鈴!?」

 

「ぐっ・・・このっぉ・・・・・!」

 

シャルロットに体を起こされる鈴。グレンデルへの射撃は苛烈を増してラーズグリーズの援護をする。しかし、その効果は殆ど見られず、逆に追い回されるだけで戦況は好転しない。再び二人はブレードと拳を交え合うところで鈴の前に背中を見せるグレンデル。この瞬間を逃がさないと放った龍砲の衝撃砲が―――立ち位置を入れ替わったラーズグリーズに直撃する。

 

「あっ!?」

 

短い驚きと悲鳴が混じった声を漏らすシャルロット。まさかの誤射にラーズグリーズの態勢は崩れ、その隙を黙って見逃すほどグレンデルは優しくない。唸らせる部分的に巨大化した拳を見てブレードを構えて反転(リヴァーサル)―――。

 

「おらあああああああああああっ!」

 

間に合わず、初めてラーズグリーズが重い一撃を受けてしまった。

 

ドゴオオオオオオオオオンッ!

 

アリーナの壁にまで殴り飛ばされ、トラックに撥ねられた以上の衝撃がラーズグリーズの全身に襲いISが半壊してスパークも生じる。左腕が無くなり上半身の装甲がひび割れていくつか剥がれ落ちる。もはやシールドエネルギーもなくなりISを維持することもままならないはず。楯無達はラーズグリーズの敗北に衝撃を覚え心が揺れる。

 

「・・・・・ッ」

 

壁から抜け出し、半壊の身体で動き出すラーズグリーズの姿に別の意味で驚く。あの状態でまだ戦うつもりでいるのだと察したところで皆の視界が映り込む。ISが維持できず強制解除された。生身が・・・・・枯れ木のように骨が浮き彫りでミイラのような身体で、黒い能面のマスクが動く度に罅が入り、左半分が割れて隠れていたラーズグリーズの素顔が表に曝された。

 

『・・・・・え』

 

『は・・・・・?』

 

ラーズグリーズの身体を初めてみる面々は一様に間抜けな表情を浮かべた。あんな、あんな生気が感じられないほど枯れ木のように痩せ細ったミイラのごとくの身体で、今の今まで生きて戦っていたのかと衝撃を受ける一夏達。そしてその胸の中心にはISコアが埋め込まれていた。更にフルフェイスの左半分が割れて曝された目元は―――とある男と同じ瓜二つであった。

 

「・・・・・お前」

 

グレンデルの顔は訝しんだ。どこかで見覚えのあるような、と。だが、ラーズグリーズの目元だけでは判別できずそんな疑問が沸いた時に、アリーナを駆けラーズグリーズの所へ集う複数の女達。

 

「らーくん!」

 

「ラーズッ!」

 

ラーズグリーズを横抱きに持ち上げたあの束が、見たことが無い焦った表情を浮かべてアリーナから脱出した。追従するナンバーズ達は追いかけて来させないため、スモークグレネード、スタングレネードを放り投げて一同の視界を奪う。

 

「ち、逃げたか・・・。だが、一応アジ・ダハーカの旦那に聞かなきゃいけねぇな」

 

久々にちょっとだけ楽しめた。笑みを浮かべながら背中から生やした翼を羽ばたかせ、IS学園から飛び去って行ったグレンデルに取り残された専用機持ち達はただ唖然と佇む。

 

 

 

 

「アジ・ダハーカ旦那」

 

「戻ったか。織斑一誠と会ってきたな。殺してはいまいな」

 

「グハハハ、ちっとだけ殴ろうとしたがアジ・ダハーカの旦那や悪食野郎が言ってたおかしな奴と戦って来たぜ。よわっちぃ機械で俺といい勝負してくれたぜ」

 

「その話ぶりからして奴は負けたか」

 

「当然だろ?でも、俺的にあいつの方が聖杯を渡す予定の男だったら嬉しかったんだが、中身があれじゃあな」

 

「中身?」

 

「すんげぇ痩せ細ってたぜ。骨が浮き彫りになってるぐらいに骨と皮の状態だった。よくもまぁあんな身体で俺と戦えたもんだって久々に感心したぜ?異常すぎるだろ、普通戦えない身体してんのによ」

 

「・・・・・異常か」

 

 

 

 

「あんな身体をしてたのか、ラーズグリーズの奴」

 

「信じられないわよ。どうしてあんな身体で・・・・・」

 

「そ、そもそも何なのよアイツ!一体何なの!?」

 

「分からない。奴に関する情報は殆ど把握していないのだ」

 

 

 

 

「姉さん・・・・・知っていたのか、あいつの身体を」

 

「・・・・・全てではない。一夏が斬り落としたラーズグリーズの左腕の装甲の中にあったミイラのような体の一部、それが全身まで至っていたとは想像もできなかった」

 

「・・・・・くそっ」

 

「・・・・・しばらく奴は現れないだろう。我々だけで対処する」

 

「するにも何も、奴らの狙いはあの愚兄だろう!こっちが何もせずとも奴らは遊び半分で愚兄にちょっかいを掛ける!ラーズグリーズでも勝てない相手にどうやって対処するんだ!」

 

「やるしかないんだ・・・・・それでも」

 

「っ・・・・・!」

 

 

 

「篠ノ之博士、彼はどうだい」

 

「うん、何とかなったよ。まさか、ISが破壊されるなんて思わなかった。コアが無事だったからよかったけど、コアまで壊れたら確実に死んでたよ」

 

「だが、しばらくは表に出せないのだろう?」

 

「出せないというより出したくないのが本音ー。らーくんの身体はボロボロなのに今日もっとボロボロになって自己回復は困難なんだよ。だからしばらくカプセルの中で過ごさなきゃならないわけだよ」

 

「その間は新しいISの開発をするのかね」

 

「うーん、同時に聖杯って不思議なアイテムを探したいかな。一つはイマージュ・オリジスが持ってるでしょ、もう一個はIS学園にある、最後の一個はまだわかってないから」

 

「欲を出さず効率的に探し出せる方法をするとなれば一つしかないのだがね?」

 

「そうだねー。あいつの存在がらーくんの邪魔をしてるけど、おかげでらーくんが私のところにいてくれるからWINWINな感じなんだよね」

 

でも、らーくんのためにあいつを殺して聖杯を奪っちゃおうかな?



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異世界の剣と集結

空の彼方から飛行する巨影。悠々と空を飛ぶものは飛行機でもロケットでもなく、肩に突起物のようなものが二つある他、背中と肩、腕や太股にも赤黒い二重の輪後光が。体は尾と繋がっており、四対八枚の翼に黒が赤に浸食された感じで入り混じっていた。手首と足の甲に鋭利な刃物状な物が生えて頭部に鋭い一本の角にも赤黒い二つの輪後光がある。胸に妖しく光る赤い宝玉のようなものがある巨大な生物―――ドラゴン。人の目が届かない雲の上で世界中を飛び回って今日まで地上の人類に気付かれたことはない。しかし、今日ばかりはそうではなかった。雲から新たな黒い影が浮かび上がり、雲を掻き分けながら姿を表す背中に大きな翼を生やし、浅黒い鱗に覆われた巨人型のドラゴン。

 

『ようやく見つけたぜ縛り野郎!』

 

『ほう、暴れん坊のお前が俺を探しに来るとは珍しいものだ。勝負なら断らせてもらうぞ。お前を相手にするのは面倒だからな』

 

『縛るしか能がない奴なんかとこっちから願い下げだ。アジ・ダハーカの旦那の伝言だ。「時は来た」ってな』

 

『時は来た・・・・・ということは』

 

『おう、奴を見付けたぜ。メリアが持っていた聖杯も受け取ったそうだ。残りは二つ。俺達も全員集まることになってんだよ。問題がねぇならついて来い』

 

わかった、と頷くドラゴンは巨人型のドラゴンの案内でアジ・ダハーカがいる場所へ向かうべく雲の下へ降り立ち、人間の都市の上空で移動する。

 

 

《ん~と、どこだぁ~?》

 

堂々と大都市の上を通り過ぎ餌を求めて探してるのではなく、誰かを探している様子のニーズヘッグ。地上の人間の阿鼻叫喚など気にせず移動しながら探し求める巨大過ぎる大蛇のニュースは世界にも放送される。

 

 

《おや、お久し振りですね》

 

《お前も息災のようだな》

 

《木を隠すなら森にと思ってずっと木の真似をしていたのですが、やはり気付かれますか》

 

《森の中ではなく、人里の公園の中にいたことに不思議なのだが》

 

某国の深夜の公園にてアポプスが葉の無い樹木に話し掛けると、樹木が赤い双眸を開き、口と思われる部分が広がって人語を操る。

 

《人間の子供達の遊戯を見ながら待っていたもので、案外バレませんでしたよ?》

 

《楽しんでいたようだな。しかし、それもそろそろ終わりだ》

 

《ということは、彼は復活したのですか?》

 

《まだだ。器はアジ・ダハーカが見つけた。聖杯もメリアが与えた》

 

《ようやくですか。ならば私もこの場から離れるとしましょう。何やら世界は慌ただしくなっていますが》

 

 

「順調に見つけているようだな。俺も他の者を見つけねば」

 

届く連絡にアジ・ダハーカも動き出す。人の形を大きく崩し、時折紫色の発光現象を起こす黒い鱗に覆われた四肢型の三頭龍の姿に変えてその場から一気に人間の町の上空に移動し、咆哮を上げた。

 

『さぁ、そろそろ我が主の復活の第二段階に進めるとしよう!』

 

 

 

ここは―――知らない者にとっては未知の場所。円状な空間で壁一面にはキラキラと星屑が下に落ち続ける神秘的な現象が絶え間なく起きている。床は四匹の龍が太陽を囲むような姿勢が描かれているのに対して、

天井は満月を囲む四匹の龍の彫刻が施されている。そして、この空間の奥に天井にまで伸びた背もたれの椅子に座る女性がいた。緑色の髪から突き出る翡翠の二つの角。身に包んでいる衣服は、緑と青を基調とした着物。その者はジッと立体的な映像で見つめていて吃驚した表情を浮かべていた。

 

「これはっ・・・イレギュラーです。まさか彼のドラゴン達がこんなところにいたなんて。だとしたら・・・・・」

 

思案顔をした彼女は魔方陣を展開した。魔方陣から発する光と共に浮かび上がるは、宇宙にいると思わせる程の常闇に星の輝きをする宝玉が柄から剣先まで埋め込まれてあり、刃の部分は白銀を輝かせ

至るところに不思議な文様が浮かんでいる装飾と意匠が凝った金色の大剣。

 

「彼の者もいるかもしれません。恐らくは人間に転生しているでしょうが・・・・・」

 

 

 

 

某所。真紅のメッシュを入れた銀髪の女性がとある店に設置されたテレビのニュースで『巨大生物 各国に出現する!』と報道されているのを見て綺麗な柳眉が皺を寄せて訝しんだ。

 

「・・・・・余計な騒ぎを、『約束』を果たす気があるのかしら」

 

会計を済ませて携帯を取り出し、彼女はある人物に連絡を入れる。繋がるとすかさず口を開いた。

 

「こんにちは束さん、あの子とお話しできるかしら」

 

 

 

 

 

IS学園に近付いてきた一人の女性を千冬と楯無の二人が要人として出迎えた。

 

「ようこそIS学園へ。お待ちしていました」

 

「申し訳ございません。引き継ぎの準備に思いの外手間取ってしまいました」

 

「私達に協力してくれる為だと思えば首を長くした甲斐もある。兵藤メリア」

 

絢爛な金の着物姿で美しく微笑む女性。臨海学校で利用した旅館の仲居の女性であり、アジ・ダハーカの仲間の一人。千冬がメリアに協力を求めたことで条件付きであるが彼女を政府どころか学園上層部すら秘密裏に引き込めた。すべて千冬の独断によってだが、学園の防衛はより強固となったと過言ではない。

 

 

同時刻、休日の日にも拘らず各アリーナでは上昇志向の強い生徒たちがIS訓練に明け暮れていた。その中には一夏達の姿もいて、一対一、複数同士、複数対一の戦闘を繰り広げていた。のだが、訓練に熱が入っている彼等彼女等を他所にただ一人マドカはIS学園にいなかった。

 

「あら、奇遇ね」

 

「・・・・・あなたは」

 

束とラーズグリーズ達の秘密基地に訪れていた。束に連絡して頼み込み条件付きでナンバーズの一人に迎えに来てもらい、送ってもらうことができたところ。ラーズグリーズがいる秘密基地の内部に、鉄のカプセルの中で培養液に包まれながら眠ってるラーズグリーズの隣に佇んでいる、この場に居る筈がない人物と鉢合わせした。

 

「・・・・・どうしてここに」

 

「久しぶりマドカちゃん。私は束さんと繋がりがあってここに来させてもらったの。彼の様子を確認するためにね」

 

桐生カーリラ。日本と外国のハーフで真紅色のメッシュが入った長い銀髪に琥珀色の双眸の容姿の女性。織斑家全員と面識があり、何度も共に卓を囲んで食事したり外食したり、当時中学生だった時の千冬の手助けもしたこともあるので、マドカもお世話になったこと経験がある故、ここにいること自体が信じられなかった。

 

「彼の様子・・・・・ラーズグリーズのことか」

 

「ええ、偽物ではなく本物のこの子をね」

 

「っ・・・!?」

 

信じられないことに、彼女は明らかに自分達よりだいぶ前から気付いていたようだ。その事実に目を見開くマドカと小首を傾げる桐生

 

「不思議そうね。まさか、マドカちゃん達は気付いていなかったの?家族なのに?」

 

「うっ!」

 

「因みに私以外にも気づいているわよ。一人だけどマドカちゃんが苦手な私と同じ職場で働いているあの人」

 

その場で四つ這いになるマドカ。ピンク色のアフロ、同じ色でアフロのような胸毛を抱え、オカマならぬ漢女の相手にも後れを取ったショックは思いのほか大きいようで、物凄く落ち込むマドカであった。

 

「・・・・・何時から」

 

「第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の後の次の日ね。同じ顔のあの子が何故か普通にやってきて、事前に打ち合わせしたことを全然できなかったからその日やそれ以降の仕事が大変だったわ。社長と問い質すかどうか話し合ったけれど、同じ顔ならバレる心配はないだろうと、悪い言い方をすればこの子に成りすましたあの子を利用することにしたの。会社的にあの子の不在は凄く大きいから」

 

「・・・・・」

 

「で、今年に束さんから連絡があって会ったのよ。彼女とこの子をね。とてもじゃないけれど最初は目を疑ったわ。私が知るこの子の影の形もなくなって話を聞けば、ISを動かせる秘訣を得るための非人道的な事をされたって、家族に会いたいのに自分を成りすましている奴がいて出来なくて悔しいって」

 

何故先に教えたのは家族ではない彼女なんだと束に疑問が沸くも、この身体で自分が本当なのだと名乗り上げようと信じてもらえない。それが関の山なんだろうと悟るマドカ。同時に納得してしまった自分に悔しくて怒りを抱いた。

 

「それから連絡を取り合うようにして来たけど、ここ最近世界各地でドラゴンが出現してるわよね?束さんに連絡を取ってみたらイマージュ・オリジスに与する敵にやられたって聞いて私はここに来たの。まったく無茶するわねこの子は。ドラゴン相手にISじゃあ勝てないのに」

 

「仕方がない・・・・・今の人類の最高最強の戦力はISしかない。それに愚兄が聖杯とやらを手に入れて・・・・・」

 

「・・・・・聖杯?」

 

刹那、何とも言えない異様な雰囲気を纏うカーリラ。

 

「あの偽の子が聖杯って物を手に入れて何になるの?」

 

「詳細は不明だが、ドラゴンと対抗できる力を得るって愚兄から聞かされた。それが三つもあり、すべて揃えればアジ・ダハーカ達を倒せると」

 

マドカの話の直後。今度は何故かカーリラがその場で四つ這いになり物凄く落ち込んだ。

 

「なんてことを・・・・・これじゃあ『約束』が・・・・・」

 

「・・・・・『約束』・・・・・?」

 

この落ち込み様は聖杯と関係しているのかと憶測を立て尋ねて見た。

 

「貴女はアジ・ダハーカ達の仲間なのか?」

 

「・・・・・」

 

問われたその問いに四つ這いから立ち上がったカーリラ。マドカの質問を答えようとした口が開きかけた時。

 

「ねぇねぇ、面白いニュースが放送されてるよー!二人も見て見なよー!」

 

束がくるくると回りながら二人に近づき大型の空中投影ディスプレイを広げた。

 

『緊急放送です。山梨県の青木ヶ原樹海に突如超巨大な剣が落ちて来たという報告が現地から届きました。御覧ください、天を衝かんとばかりの超巨大な剣が遠くからでもよく見えます。空から降ってきたという話がありますが、実際のところはまだ聞き込み調査中で真意は定かではありません。一体あの剣にどんな意味を込められているのか研究者・専門家の間で議論が飛び交っているようです』 

 

雲の上まで届いている柄の剣。それは宇宙にいると思わせる程の常闇に星の輝きをする宝玉が柄から剣先まで埋め込まれてあり、刃の部分は白銀を輝かせ至るところに、不思議な文様が浮かんでいる装飾と意匠が凝った金色の大剣。

 

「何だ、あの剣は・・・・・本物なのか?」

 

「すっごい不思議現象だねー!」

 

「束さん!」

 

鬼気迫る凄い剣幕で束の肩を掴むカーリラ。おっ?と目を丸くする束は彼女からの懇願に耳を傾けた。

 

「今すぐこの子をあの剣の場所へ連れて行って!」

 

「何言ってんの?無理だよ、まだこの子のISは完成していないんだよ。このカプセルから出したら、らーくんは十時間も生きていけれないんだよ?蝉より短い死を迎えちゃうよ」

 

「なら、このカプセルごとでも構わないから!あの剣は、今は振るえずとも今後この子の力になる!」

 

何を言っているのだと思う気持ちはマドカもそうだった。あんな巨大過ぎる剣をミイラのような片腕で持ち上げることすらできないのは誰が見ても火を見るより明らかだ。胡乱気にカーリラを見ていると、鉄のカプセルから音が聞こえてくる。

 

「ラーズグリーズ・・・・・?」

 

「え、らーくん?」

 

マドカの呟きに反応して近づく束。培養液に浸かってる状態のラーズグリーズが何度も枯れた手でカプセルを叩く。ここから出たい・・・・・そんな必死な意思表示をするラーズグリーズを見て束はうーんと悩んだ。そしてカーリラに振り向く。

 

「カプセルごと連れて行っても外に出すのは一回だけだよ。本当に死んじゃうんだからね」

 

「構わないわ。それと邪魔が入らないようにしてくれるとありがたいわ」

 

「当然だよ。今頃有象無象達が甘い汁を啜るアリのように集まっているだろうしね」

 

本当にこの子の為になるならば、という考えで準備に入る束。マドカも見守るために同行する。

 

しかし、彼女の考えることは他にもいた。

 

 

「皆、聞いて頂戴。これから私達専用機持ちは全員、樹海にある巨大な剣のところに行くことが決定しました」

 

「え、何でですか?」

 

「どう考えてもあれは普通じゃないわよね。だから調査の為に政府がIS学園に依頼をしてきたの」

 

「納得できるけど、どうせ分からず仕舞いで終わるだろうに。政府も真面目だな」

 

「結果がそうでもやらないといけないのが政府の仕事の一つよ秋十君。それとこれはこっちの都合だけれど、一誠君も連れて行くわ」

 

何でだ?全員の気持ちが一致した。

 

「こっちはメリアさんの依頼なのよ。細かな説明は貰ってないけれど、こっちとしては危険じゃない限りは連れて行っても問題ないし、もしもアジ・ダハーカが持っている聖杯と関係する物だったら御の字だしね」

 

聖杯を手に入れてる一誠がいるならば何かしらの反応がある。そういう考えの楯無に一同は取り敢えず異論もせず直ぐに行動を始めた。

 

「あの、楯無さん。マドカはどうしましょ。連絡が繋がらなくて」

 

「ISでも?」

 

「ええ」

 

「一方的に通信を遮断してるなら、今回の件については私達だけでしましょう。学園に戻ってきたなら織斑先生達が後から行かせると思うし」

 

 

―――†―――†―――†―――

 

IS学園一行は数時間も掛けてISで飛び続け、広大に広がっている森のところに辿り着く頃には、顔を見上げねば全貌が見れない巨大な謎の剣に出迎えられた。

 

「で、でっけぇ・・・・・」

 

「あれ、絶対人が作ったもんじゃないだろ」

 

「じゃあ神様か?世界中で暴れ出すイマージュ・オリジスに対する神の武器とか」

 

「そういうことだったらロマンがあるよなー。それで剣に選ばれた者は勇者となって後の英雄になるとかさ」

 

「だったらあれは勇者を選ぶために振ってきた剣だってか?それなら触ってみたいぜ」

 

男性操縦者達の和気藹々の会話にもしそうだったら可能性として聖杯を手にしてる一誠が?と思う楯無だった。しかし、護衛として依頼された身としてそれをするならば依頼が完了してからになるだろう。楯無達一行は政府関係者が集まっている場所、野営の為にテントを張ったり巨剣の周囲に様々な機材を設置して調べていたりと活動中の所に舞い降りた。

 

「政府の依頼に馳せ参じましたIS学園です。ここの責任者はどちらにいますか?」

 

「おお、待っていた。私が今回の調査隊の総責任者だ。よろしく頼むよ」

 

白衣の袖を揺らしながら中年男性が楯無達の下へ近づく。

 

「何分、これだけ大きい巨大な剣の周辺は数キロも及ぶ。しかもこの樹海だ。自衛隊でも迷いかねないのでね。空から周辺の護衛と調査の協力をしてもらいたい」

 

「分かりました。ところで何か調査で明らかになったことは?」

 

「恥ずかしい限り、少しもわかっていないのだ。見たことのない物質を始め、宇宙に広がるどこかの星が築いた高次元の文明が作った物か、銃弾や爆発類の旧兵器でも破壊できない。しかし、この剣から電波のようなものが発生していてね。現在その電波を主に調査しているところなのだ」

 

と、説明する研究者の顔は興奮が滲み出ていた。未知への研究と探究ができてこの手の仕事に就く者として幸せなのだろう。もしも解明できれば世に名を残すことにもなる。

 

「しばらくは退屈な思いをさせてしまうがよろしく頼むよ」

 

「わかりました。そちらも頑張ってください」

 

「勿論だとも。では早速だが、研究員達を上に運んでもらえるかね。あの黒い宝玉に」

 

ISならばヘリより安定した飛行が出来て物資も軽々と持ち運べる。彼等はこの機にISで利用し研究を尽くす気満々だった。そんな彼等に振り回されることになろうとは知らない一行は、辟易になりながら夜まで付き合わされた上、三日三晩も駆り出され睡眠不足の少年少女達と対照的に、調査隊の大人達は子供のように連日連夜大はしゃぎ、寝る暇も惜しむガチの廃人ゲーマー並みの気配を感じさせてくれた。

 

 

 

「うへぇ、連中すっごくピンピンしてるよ。ドクターや篠ノ之博士みたいに殆ど寝てないのにさ。どういう精神の構造しているのやら」

 

「それが何かを探究する人間の特有だよセイン」

 

遠くから、そしてISとナンバーズの能力で監視をしていた束達は闇夜の中で機を窺っていた。IS学園が彼等に振り回されて疲弊することも含め、調査したデータをハッキングして密かに複製していたのだ。地面から現れるISを纏ったセインの呆れた感想に白衣を着た男性はにこやかに話しかけた。

 

「篠ノ之博士、そろそろ動くかね?」

 

「そうだねー。じゃあ、そっちは陽動してくれないかな?そろそろ箒ちゃん達も限界だろうし、馬鹿な連中から解放してあげなきゃね」

 

天を衝く巨剣を見上げ、感慨深く見つめる。

 

「あれが本当にらーくんの為になるなら、是非とも回収したいけどあいつはどうやってするのか見物だね」

 

そしてその日の同時刻の夜・・・・・束の移動型ラボの中で黒いボディスーツを身に包み、フルフェイスを被って髪と顔を隠して正体を隠しているカーリラ。ラーズグリーズが入っているカプセルに触れていると、二人がいる空間に暗闇の外から二人の少女が入ってきた。

 

「準備はいいですか。ドクターと篠ノ之博士から指示で動くことになりました」

 

「わかったわ、手伝わせてごめんね」

 

「問題ないっすスー。ラーズのことは皆大好きっスからねー」

 

「ふふ、それは異性として?」

 

「えっ、いや、そのっスね?」

 

散切りの茶髪に中性的な外見をしている少女オットーと赤い髪を後頭部でまとめた少年的な容姿の少女ウェンディが、ラーズグリーズを運ぶ役割となり、カーリラの発言で照れくさそうに顔を赤らめるウェンディだった。

 

「ごめんなさいね、からかっちゃって。それじゃ、お願いするわ」

 

「はいっス。オットー、慎重に持つっスよ」

 

「うん」

 

カプセルの培養液を抜いてから蓋を開けてラーズグリーズの身体を起こし、顔にフルフェイスで被せて抱え上げる。その際小さくもラーズグリーズが声を発した。

 

「・・・・・頼んだ」

 

「変化がなかったら直ぐにカプセルの中に入れる約束っス。ラーズのISもまだ完成してないっスからね」

 

「行くよ」

 

二人は夜空を駆け、カーリラは地を駆ける。他のメンバーも位置について臨戦態勢に入る。何時でも戦闘ができるように。

 

 

「この辺でいいっスかね。あんまり上に行くとラーズが保たないっスし」

 

「うん、ラーズ。触って」

 

楯無達の食事の時間を狙って巨剣に近づく二人。ラーズグリーズを直ぐ傍にまで寄せて少しでも腕を伸ばさず触れさせる配慮で、ミイラのような手の平を動かし巨剣に触れたその直後だった。

 

 

「楯無さん、あの剣を触って良いんですか?」

 

「あの人達に内緒でね?メリアさんのお願いを叶えておかなきゃならないから」

 

一誠は楯無の背中について見張りがいない場所へ静かに向かい、剣に近づく。

 

「もしも触れて変化が起きたらこの剣はあなたの為にあるのかもしれない。メリアさんはそれを確かめたがってるのかも」

 

「こんな大きすぎる剣が・・・・・?」

 

「確かに大きすぎるわね。何だってこんなものがこの地球に落ちて来たのかしら。取り敢えず今のうちに触ってみてちょうだい」

 

促されるがまま手を伸ばして剣に触れた。その直後だった。

 

 

「は、博士!電波に異常が発生しました!」

 

「な、何だとっ!?何が原因だ!」

 

「分かりませんっ、突如急に活発化して激しく乱れました!」

 

慌ただしくなった調査団員達。ざわめく彼等の言動に楯無達も異常を察知して巨剣を見上げる。そして聞こえてくるドクン、ドクン、ドクンと脈打つ心臓に似た重音。ISを展開・装着して警戒する最中、巨剣が闇夜を引き裂く光量の光を迸らせどんどん縮小していった。楯無と一誠が慌てて戻ってきた時は、突き刺さっている地面から離れ限りなく小さくなった巨剣は両手剣、大剣、バスターソードと呼ぶほどの大きさにまでなり、宙に浮いたまま静止する。

 

 

「・・・・・小さくなったわね」

 

「でも・・・・・何でだ?俺が触って反応したから?」

 

「それとも何か原因でもあったのか・・・・・」

 

考えても埒が明かない。これからあの剣の扱いはどうするのか見守るしかないだろうと思った時に。

 

「織斑一誠に持たさせてください」

 

兵藤メリアが楯無にそう話しかけた。振り返る先にIS学園に残った彼女が誰にも悟らせずに登場したので誰もが吃驚した。

 

「貴女、一体いつの間にっ・・・!」

 

「驚かせてすみません。しかし、あの剣が変化したのを黙って見ていられませんでした」

 

「一誠君に触れさせてどうなるの?やっぱりあの剣は彼に関係する物なの?」

 

「それを確かめたくお願い申し上げております」

 

と、乞うメリアに楯無は一誠をここに呼んでもらい責任者に話しかける。

 

「すみません。あの剣を触ってもいい―――」

 

空から黒と紫のツートンカラーのISが小さくなった剣のところに振って落ちて来た。敵組織―――否、見慣れた顔が一人現れた。眠たそうな顔の鈴が問い詰める。

 

「あんた、確かラーズグリーズの仲間の・・・・・ここに何をしに来たわけ?」

 

「この剣を回収しに来た。それ以上は語るつもりはない」

 

言うや否や、柄を握り直ぐに戦線離脱したその直後、明後日の方からビームの砲撃が飛んできて場は大爆発が巻き起こり悲鳴と混乱が支配した。

 

「け、研究材料が奪われた!あ、IS学園!取り返してくれ!」

 

「皆、行くわよ!」

 

責任者からの必死な声に言わずともと楯無は皆を引き連れて追いかける。

 

 

「おー!らーくんが触れた途端に反応して小さくなった!すごいすごい!」

 

「実に不思議な現象だ。トーレはあの剣を回収しIS学園が彼女を追いかけに行っているよ」

 

「ふっふーん!あんな光景を見たからには私もらーくんの為に手伝ってあげよう!」

 

「クアットロ達にもサポートに回せよう」

 

様々なISの、一夏達のISの稼働状況を知らせるウインドウが、宙に撫でるだけで展開された。

 

「いっくんと箒ちゃんには悪いけれど、らーくんの邪魔はさせないよー」

 

また指先で、つぅ・・・・・と宙を撫でる。

 

 

『―――――っっ!?』

 

ガクンッ!と己の機体が、ISが変調を起こしたのを一番理解したのは搭乗している一夏達操縦者だった。

 

「くっ!どうしてISの出力があがらない!何故だ!」

 

「まさか・・・・・篠ノ之博士?」

 

「な、どうして束さんが・・・!」

 

その疑問が解消することもなく、逃走する彼女のサポートとして駆けてくる複数の機影。

 

「奴等か・・・しかもラーズグリーズと同じ機種のISとはな」

 

「上等じゃないっ!」

 

「出力が落ちたからって簡単に負けたわけじゃないわよっ!」

 

敵としてくるなら容赦しないと鈴と乱が勇ましく、連結した大型の青龍刀と大型マチェットを構え突っ込む。

桃色の長髪をした少女で、頭にバンド状の装甲を着けている少女セッテと栗色のストレートヘアで、容姿はかなり大人びているディードが赤い光剣とブーメランブレードを二刀流として構えそれぞれ鍔迫り合いする。その後ろから小柄で長い銀髪に金の瞳の少女チンクが飛び出し鈴と乱の装甲に触れた。

 

「『ランブルデトネイター』」

 

技名を口にした途端、チンクが触れた装甲が爆発を起こし二人のISにダメージを与えた。更には鍔迫り合いしていた目の前の敵からも鈴の龍砲を破壊され、スラスターを破壊するなど攻撃手段と機動力を奪う効率重視な戦法によってあっという間に戦線離脱せざるを得なくなった。

 

「これでちょっとは、ラーズの為の仕返しになった」

 

「お前があの時、余計な手を出さなければラーズは戦闘不能にならなかったのだからな」

 

「あ、あれは事故でしょうがぁっ!」

 

「反省していないなら徹底的に破壊する」

 

セッテが鈴へ飛び掛かろうとするが、そこへ一夏が滑り込んできた。

 

「鈴に手出しするな!」

 

「っ!ふっ・・・!」

 

相手を切り換え、斬り合う。箒もセシリアもシャルロットもラウラも楯無や他の専用機持ちも数で圧倒すれば勝てるとチンク達と戦い始める。

 

「やはり数で押し切られるか。―――お前達、やるぞ!」

 

悪戦苦闘は必須だと最初から分かり切っていたような口ぶりでチンクは打開策に転じる。示し合わせたように皆行動に出た。それはラーズグリーズの能力『夢幻現』の発動であった。同じ姿をしたチンク達が、ハイパーセンサーが相手の位置表示を全て表示し出した。

 

「これってっ、ラーズグリーズがラウラに使ったワンオフ・アビリティー!?」

 

「どうして貴方達が使えますの!?」

 

『ふふ、それについては私が説明しようではないか』

 

突如展開する大型の空中投影ディスプレイ。白衣を着た男性ジェイルが説明に買って出た。

 

『初めましてだIS学園の諸君。私はジェイル・スカリエッティという。この子達を創った産みの親でもある』

 

「創った・・・・・?」

 

『私も科学者の端くれでね、生体改造や人造生命体を主に研究と開発をする事しか余念がないほどだ。現在人造生命体研究や機械兵器技術の発展はもちろん、両種を融合させた技術を実用可能な域まで完成させた私の手で生み出した娘はそこにいる彼女達も含めて十二人。総称させてもらえば「ナンバーズ」。戦うために作られた人と機械の融合を確立させた戦闘機人』

 

「「「―――っ!」」」

 

『クローン技術の応用で純粋培養、クローン培養によってゼロから機械を移植・融合して拒絶反応を無くし後天的に高い戦闘能力を与えた。どうだい、素晴らしいだろう?篠ノ之博士も認める私の最高傑作だ。ああ、何故ラーズグリーズの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使えるのかの説明はまだだったね』

 

狂喜に満ちた笑みを浮かべ、一夏達に教えることが楽しいのか喜々として語った。

 

『彼の身体を見ただろう?ISという身体がなければ一日たりとも生きてはいけない。篠ノ之博士が彼に活動が出来るようISの身体を与えたことで彼はISとの生体融合を果たした』

 

「・・・・・」

 

『ほぼ、彼自身は意思を持ったISと言っても過言ではない成り立ちをしている。そして三つのISコアを内蔵した彼の特殊型ISは驚きの特徴があったのだよ。それは彼の今までのISの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を他のISに複製して譲渡すること。特に「夢幻現」と「リヴァーサル」は我が娘達のISが発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)と別物として自由に使えるのだ』

 

そんな性能が備えていたとは露にも知らなかった楯無にとっては、味方であったら是非ともこっちにも使ってほしかったと心中で嘆息を吐いた。

 

「ジェイル・スカリエッティ・・・・・確かあなたの言う研究と開発は違法技術として、世界各国から指名手配されていた人物がまさかこんな形で出会えるとは思ってもみなかったわ」

 

『ふっ、篠ノ之博士を介してラーズグリーズが私を買ったのだよ。自身の命を長らえさせる為にね』

 

「どういうことかしら・・・・・」

 

『彼の異常な体を見て何もわからないのかい。ラーズグリーズの命はもはや二年もないのだよ。あれこそ違法な実験によって行われた代償。そこにいる人工的にISを操縦できるようになった者達のような男の操縦者を人為的に増やすために非人道的な実験をされた結果だ』

 

衝撃的過ぎるジェイルの言葉に一夏達は思考を停止しかけた。

 

「う、嘘だっ!だってあの手術は・・・・・!」

 

『そう、全てラーズグリーズがモルモットのごとく実験動物として散々身体を弄られ採取された結果、世界で初めて一番目にISを操縦できてしまった天然の男から奪ったDNAを、君達の脊髄に注入することで確実に動かせるように至った』

 

一人の男の操縦者が顔を蒼白させる。否、手術を受けた男達全員が信じられないと開いた口が塞がらない。

 

『しかし、そうではない真の天然でISを動かした男が他に四人もいたとは彼等も想定外だっただろう。故に君達も気を付けたまえ。君達も何者かに拉致されてラーズグリーズのような身体にされてもおかしくはない。そして四人分の天然の男の操縦者がいればさらに数十人分は増やせ、他国に強い牽制が出来る考えを持つ人間は近くから虎視眈々と狙っているだろう』

 

―――まぁそれも、ラーズグリーズと我が娘達が日本のISコアを全て奪取したからにはこれ以上男の操縦者を増やしても何の意味もないがね。

 

語るジェイルの話に戦意が無くなりかける一夏を除く人工的に操縦が出来るようになった男の操縦者の天神達。

 

「・・・・・待って、じゃあラーズグリーズは一夏君達を守るために日本のコアを全て」

 

『それは彼しか分からない気持ちだ。私達には何の関与もしていなければ興味もない事だよ』

 

楯無の質問に嘘偽りもなく言うジェイル。

 

『さて、説明は以上だ。今の話を聞いてまだ戦い続ける気持ちはあるかねIS学園の諸君』

 

「「「「・・・・・」」」」

 

『ないなら娘達を引き下がらせてもらおう。なに、今回ばかりはこのような形で相対したが私達と対立しない限りは友好的な関係を築こうじゃないか。世界の平和と自由を守るためにね』

 

高らかに笑いながらディスプレイを閉ざすジェイルの後、チンク達は一夏達に目を配り警戒しながら離脱を開始する。

 

そして一方。移動型ラボで秘密基地に戻ろうとしている最中にそれは現れた。夜の暗闇を神々しく照らす金色の光を放つ金色の身体、天使の翼に頭上に輪っかを浮かばせるドラゴン。

 

『申し訳ございませんが、その剣を渡してください』

 

「おー、綺麗なドラゴンだね。お前、誰?」

 

『「無限創造龍(インフィニティ・クリエイション・ドラゴン)」メリア。一度、旅館で会いましたね篠ノ之博士』

 

「んー?いたっけ?らーくんに夢中でお前みたいなの眼中に入ってなかったよ。ていうか、そこどいてくれる?」

 

答えは否、とラボごと金色の膜のようなもので張って閉じ込めた。

 

『奪った剣はアジ・ダハーカ達と対抗できる唯一の武器。それは織斑一誠にしか本来の力を発揮できません。返していただきます』

 

「ふーん、ってことはあの子もその力を発揮できるわけだ」

 

『・・・・・何を言っているのですか?』

 

その答えは返ってこなかった。黒ずくめのカーリラがラボの上に立つ束の隣に肩を並べた。奪った剣を宙に浮かせて。そしてその剣を持つこともなく腕を振るうだけで剣は、カーリラの腕の動きに呼応して動きメリアの結界を切り裂いた。

 

『っ・・・!?』

 

「先に行ってください」

 

「ん?いいの?」

 

「ええ、ここでお別れ。また会いましょう」

 

ラボから宙に浮きだすカーリラ。束は言う通りこの場の空域から脱するように彼女を残して去った。

残された一人と一体は無言の沈黙の雰囲気を漂わせる。

 

 

そして別次元から覗いていた女性は織斑一誠の顔を見て愛しむ眼差しで見つめ、少年から奪った剣を振るう女性を見て困った表情をしてあの剣をあるべき持ち主の所へと―――スッと腕を前に伸ばして撫でる感じで動かすと眼前の床に翡翠で複数の魔方陣が浮かび上がった。輝きを増す光が迸った直後には三人の女性が召喚された。

 

「・・・・どこだここは?」

 

「どうやら召喚されたらしいな。目の前の者に」

 

「久しい」

 

見覚えのない突然別の場所に立たされてる状況に当惑するダークカラーが強い髪に澄んだ青い瞳の女性。現状を把握できて自分達を喚んだ者を見つめる黒と金が入り乱れた髪に黒と金のオッドアイの黒いコートで身に包む女性。目の前の女性と会ったことがある言葉で発する濡れ羽色の長髪と瞳、黒いゴスロリを着た幼女。

 

「初めまして、そして久しぶりです。突然ですが貴女方にお願いがありここに召喚させてもらいました」

 

「このメンツで頼みとは?」

 

「ただ一つ、彼の者の助力をしてください」

 

翡翠の立体的な映像を浮かべる魔方陣を三人の前へ展開し、映像に映し出す織斑一誠の姿。

 

「っ―――」

 

「・・・・・これは」

 

「・・・・・」

 

「顔は同じですが、この世界と異なる世界・・・異世界にいる者です。恐らく転生したのでしょうがその世界には消滅した筈のアジ・ダハーカ達の姿も確認できています。これは偶然と片付けていいことではないでしょう」

 

話を聞かされた三人は映像を凝視しながら聞き耳を立てる。確かに見覚えがあるドラゴン達が確認できる。

 

「・・・・・一体どういうことなんだこれは」

 

「事実を知るためには直接会いに行く他ございません」

 

「行くことができる?会いに行ける?」

 

「彼のドラゴン達が世界にドラゴンの存在を認識させてくれたおかげで彼がいる世界に繋げることが出来ました。会えますよ」

 

微笑みながらそう告げる女性の言葉によって彼女達は喜色を瞳に宿した。

 

「お前の頼みは今すぐか?」

 

「私の頼みは、彼の者の為に送った封龍剣が何者かに奪われました。その剣を織斑一誠に渡してほしいのです。奪った者はどこにいるのかわかりません。よって貴女方には信頼できる者に声を掛けてください。時が来たらこちらから連絡をします」

 

それだけ言い残すと彼女は女性達を魔方陣でどこかへ消した。

 

 

 

 

元の場所に戻された三人は、互いに顔を見合わせてはすぐに三手に分かれて行動を開始した。ダークカラーが強い銀髪の女性はある中年男性のもとへと訪れた。

 

「アザゼル」

 

「お前か。どうした?新作のラーメンの試食でも頼みに来たか?」

 

「いや、教えたいことが出来たからその知らせに来た。近日中に異世界へ行くことになりそうだ」

 

「・・・・・まさかお前からとんでもないことを言い出すとはな。そいつは冗談か?いや、お前が冗談を言うやつじゃないことは分かっているが、いきなりそんなこと言われて反応に困るぞ」

 

金のメッシュを入れた黒髪の中年男性の顔は言葉通り困惑した表情で、銀髪の女性の心意を知り得ずどういう経緯でそう言うのかと尋ねた時、彼女は言った。

 

「確かな情報の元でね。異世界で懐かしい男と邪龍達がいたんだ」

 

「懐かしい男と邪龍?」

 

「ああ・・・・・異世界で転生した元真紅の龍とアジ・ダハーカ達が生きている」

 

不思議そうに復唱して考えた末に、彼女の言葉に男性は目を限界にまで見開いた。その表情と反応に女性は嬉しそうに、楽しげに口元を緩めた。

 

「お、おい、まさか・・・・・本当なのかそいつは・・・!?あいつは、あいつは俺達の目の前で確かにっ」

 

「私が愛していたドラゴンはなんて言われ続けてきたか忘れたのかアザゼル?」

 

「・・・・・マジかよ。あいつ、そこまでイレギュラーを発揮していやがったのか」

 

女性は度肝を抜かしたアザゼルと言う男に乞う。

 

「理由は分からないが異世界で大きな戦いが起ころうとしている。そのためには戦力が必要だ。頼めるかなアザゼル」

 

「・・・・・まったく、異世界でどう過ごしたら戦いが起こるんだ。あいつがいる異世界はこの世界と似ているのか?」

 

「さぁ、そこまでは分からない。行ってからのお楽しみと言う奴だろう」

 

二人して異世界へ赴く同時に再会の邂逅を楽しみで笑みを浮かび合った。

 

金と黒が入り乱れた髪の女性は強行突破してとある神聖な領域へ侵入をしてみせた。当然、正式ではない侵入に彼女を取り押さえようとする者達が駆け付ける。が、一蹴され触れることもなく敗者の山が築き上がってしばらく経った頃に力ある代表者が現れた。

 

「これはどういうつもりですか?」

 

「何、緊急の報せを届けに来た際の不祥事だ。気にするな天使長」

 

「私達に対する敵対行為と受け取られても仕方がないのですが。緊急の報せとは何ですか」

 

「近いうちに異世界へ行くことになった。その際に聖書の神も誘おうかと思っている」

 

「異世界に行く?」怪訝に思わせる彼女の発言に天使長は具体的な説明を求めた。すると―――。

 

「どういうわけか、死んだと思われていたドラゴン達が異世界にいた」

 

「っ!?」

 

「あいつを助力するためにこの情報を提供してくれた者から、信頼できるものを集めろと言われた」

 

「それが、私達ということですか」

 

その通りだと頷く女性に天使長は逡巡した思考を程なくして結論付け、女性の言い分を理解して言った。

 

「わかりました。聖書の神や他の熾天使(セラフ)の皆にも私から伝えましょう」

 

「頼んだ。私は他の者達にも伝えなければならないのでな。邪魔をした」

 

来た道に戻る女性を見送る天使長は視線を上に向け「死んでもなおも私達を驚かすのですね」と吐露した。

 

黒いゴスロリの幼女は雅な街を見渡せる位置に建てられた山にある建造物、家に音もなく入った。トコトコと歩いて襖を開けて中に入る前に二人の男女に出迎えられた。

 

「よ、遊びに来てくれたか」

 

「いらっしゃい」

 

「久しい。教えに来た」

 

笑顔で迎える中年の男性と若々しい女性に濡れ羽色の瞳を見上げながら見つめる幼女は、ここに来た目的を口にする。とても彼女の口から出るような、信じられない発言だ。

 

「誠、一香。一緒に異世界に行く」

 

「「・・・・・え?」」

 

一瞬、何を言われたのか分かっていても戸惑う二人だったものの。

 

「異世界にいる、転生したイッセーを迎えに行く」

 

「「えっ、えええええええええええええええっ!?」」

 

事態は急展開する。

 

 

 

 

 

―――謎の巨剣の調査と調査隊の護衛任務は失敗に終わる形でIS学園に帰還するや否や、泥沼に浸かったように深い眠りに就いた。その翌日、暗い顔を浮かべ落ち込む男の操縦者達がアリーナに顔を出す。

 

「・・・・・連中は変なものでも食べたのか?」

 

「それよりマドカ。お前任務に参加せずこの三日間どこに行っていたのだ」

 

事情聴取をと話し掛けてきたラウラに仏頂面で言い返す。

 

「三日前の夜には学園に戻ってきていた。ISがなく留守番以外、何もすることがなかった愚兄に聞けば裏は取れる」

 

実際にマドカの言う通りだと訓練機を操縦する秋十は一緒に食事も食べたと事実を伝えた。

 

「俺も知りたいところだ。何が遭った?あの巨大な剣も無くなってるし、テレビの向こうは大騒ぎだ」

 

「後で追々話す。私自身も他人事の話ではないことを聞いてしまったからな」

 

「「?」」

 

神妙な表情をするラウラも、任務に参加できなかった、しなかった者からすれば本当に昨夜は何が遭った?と不思議そうに思い、マドカ達と同じアリーナで離れた場所でメリアの指導を受けている一誠の姿もある。

 

「メリアさん、あの剣は一体何だったんですか?」 

 

「あれは、ドラゴンを倒す力が宿っていた武器でした。あの剣の力を引き出せればドラゴンの攻撃を防ぎ、封印や滅することが出来るのです」

 

「ドラゴンスレイヤー、ってことですか?」

 

「その認識で間違いないですが、取り戻せず申し訳ございません」

 

「気にしないでください。聖杯に宿っている魔力だって全然引き出せていませんから。それにまだそんな凄い剣を持つのに十分な強さでもないし」

 

顔に影を落としトホホと落ち込む一誠も力を物にしていなかった。それは仕方のない事だ、魔力など最初はどう扱えばいいのか教えてもすぐにコツを掴めるようなものではない。そして何よりは―――。

 

「・・・・・」

 

昨夜、『三つ目の聖杯』を持つ者らしき者と接触したが・・・・・。

 

「メリアさん?」

 

「・・・すみません、少し考え事を」

 

いや、今は目の前のことに集中しよう。メリアは特訓に精を出し、一誠に知識と力を覚えさせている間に長い夏季休暇が終わりIS学園は二学期に入った。

 

そして更に数か月も月日が光陰矢の如しのように過ぎた時―――。

 

「らーくんのIS完成したよー!」

 

ラーズグリーズが再び活動することが叶い、久しぶりに外の世界で試運転と評した夜中の散歩を出向くラーズグリーズ。向かった先は・・・・・窓から灯りが漏れている一軒家。耳をすませば楽しそうな大勢の声、フルフェイスで隠れている顔の表情は読み取れないが、震えている手を片方の手で握るその仕草は堪えているようだった。 

 

―――今日は―――の―――本当ならば―――。

 

思考が最後まで過ってしまう前に首を横に振って、余計な考えをするなと己を戒める。束達がいる家に戻ろうと、何時までもここに女々しく未練がましくいても何も変わらない―――と踵返したところで家から誰かが出てきた。その人物の顔を見て、ラーズグリーズの中で憎悪が沸き上がる。今すぐ斬りに掛かってやろうかと、殺してやろうかと殺意を放って鎌首を擡げ始めかけた時―――。また家から、今度は楯無が遅れて出てきて周囲を見渡す。そして、ラーズグリーズがいる夜空に視線を上げた。

 

「「・・・・・」」

 

ぶつかり絡み合う視線。ジッと見つめ合う時間は永遠に続くかと思われるも、何も言わず闇に溶け込むようにしてラーズグリーズはいなくなった。

 

「あれ、楯無さん。どうしたんですか?」

 

「ううん、なんでもないわ。ちょっと夜風を当たりにね」

 

適当な誤魔化せを言いつつ、また夜空を見上げ心中で言葉を零す。

 

「(お誕生日、おめでとうラーズグリーズ)」



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暴かれる日闇

「パンパカパーン!らーくんの復活をお祝いに、皆で京都に遊びいこー!」

 

『・・・・・』

 

また前触れもなく言い出すなこの人は、とナンバーズ全員が呆れ混じれに心中で吐露する。無反応な彼女達の代わりとジェイル・スカリエティが口にする。

 

「彼のISの稼働テストを兼ねてかね」

 

「違うよ?純粋に遊びたいだけだよ」

 

真顔で言い返すので本当にそうしたいのだろうという雰囲気が漂う。新しいISを得たラーズグリーズが束の肩を指先で突き、意識を変えさせた。

 

「・・・・・IS学園、京都旅行」

 

「へー、そうなんだ」

 

「・・・・・箒いる」

 

「うん、そうだよね」

 

「・・・・・女湯、覗きする?」

 

「うん、そうだよっ!」

 

『・・・・・』

 

お祝いの為に旅行することは嘘ではないが、真実は語っていない。要は妹の裸体を拝むために時期を狙っての企みだったらしい。束の深意を看破したラーズグリーズは一言。

 

「・・・・・覗き、駄目」

 

「そ、そんなぁ~!?」

 

はぁ・・・・・とナンバーズから溜息が漏れる。しかし、決定事項なようで結局は皆で京都旅行に行く運びとなった。

 

「それはそうと、らーくん。そろそろしない?バカな連中の粛正をさ」

 

「・・・・・」

 

 

IS学園も京都に修学旅行として訪れた。各クラスの生徒は限られた自由時間を目一杯堪能する姿勢で一人だったり仲の良い友達と組んで古い歴史でありふれた雅な京都の街中を散策する。

 

「・・・・・」

 

教師の千冬もその一人、そして・・・・・黒い布や衣で全身を身に包む忍の格好をしたテレビカメラを持つ者の隣に完全に服装で浮いている知り合いの女性を見付けてしまった。

 

「らーくん、らーくん。これ、扇ぐと香りが出るんだってー。まだこんなのが売ってたなんて根性あるよねー」

 

「・・・・・」

 

何故こんなところに、そしてあからさまにいるのだと考えを殴り飛ばし千冬は無視できない存在へ自ら近寄った。

 

「わーい!わーい!ちーちゃんと新婚旅行なんて嬉しいなー!あ、勿論ちーちゃんは夫で私がちーちゃんの奥様だよ?いやーん、ちーちゃんが野獣のような性欲で私を―――」

 

「・・・・・その口を握り潰して一生話が出来なくしてやろうか」

 

「容赦のないアイアンクローだね!あ、ちょっとヤバいから手を放してくれると嬉しいよちーちゃん、割とマジで!」

 

声を掛けた時点で面倒事に巻き込まれる千冬が行くところについていく束とラーズグリーズ。イチャイチャしようと手を伸ばす束に、公衆の面前でキめる千冬の腕をタップする束の様子をラーズグリーズが横からカメラを向ける。

 

「何故ここにいる」

 

「らーくんの復活のお祝いに皆で遊びに来ているのだよ。純粋に楽しんでいるだけだからちーちゃんは気にしなくていいよー」

 

千冬の技から解放されてそのままラーズグリーズの背後から抱きしめる束。黒い眼は黒装束を着込む少年の身体を見つめ悲痛の色を浮かべる。ジェイル・スカリエッティから齎された情報を楯無から聞いて以降、どうしても聞きたかったことがあった。

 

「・・・・・束、ラーズグリーズの身体は回復しないのか」

 

「馬鹿な連中が色んな薬品を投与したり薬漬けにしたから、治らないよ。生まれ変わらない限りはね」

 

「・・・・・顔はどうしてそのままなんだ」

 

「ああ、顔は私特製のマスクだよ。ちーちゃん達との再会にとっても必要不可欠―――だったのにおかしな奴が割り込んでいたからできなくなったけどね」

 

冷ややかな声と不穏な空気を醸し出す束。内心警戒して厳しい目つきで束へ視線を送る。

 

「でも、マスクを脱いだらーくんを何も知らないままのちーちゃん達だったら、後々考えたら受け入れたのかも分からないね。弟の皮を被った何者だぁ!って。今の時代、人の顔を模したマスクなんて巧妙に作成できちゃうから疑うよねー。『クローン技術』なんてものも確立してるし、らーくんにそっくりなクローンだって作れる」

 

ふと、何かを思い出した風に空を見上げてからラーズグリーズに笑って話しかける。

 

「ああ、今現在も進行形何だっけらーくん。君のクローンを作り出しては国の強い兵士を量産する計画『プロトタイプ計画』ってアホな考えを具現化した研究がさ」

 

なんだとっ、と心中で愕然する。千冬の心情を悟ったかのような笑みを浮かべ、あろうことか束は爆弾発言をした。

 

「その研究所、ここ京都の地下で活動してるけどちーちゃん、知ってた?そこってらーくんが三年間も酷い事された場所でもあるんだー」

 

「っ・・・!」

 

「私がこの子を救い出してから放置していたけど、まーだ懲りずにらーくんを冒涜するような真似をし続けるからさ。この際、徹底的に潰そかって思って・・・・・今現在、日本中に生放送中だよ?これ」

 

「・・・・・は?」

 

生放送?唖然とする千冬を置いてすたこらさっさと移動を始め、千冬と離れる二人。

 

「さーて、そろそろ次は清水寺へ行こっか!」

 

「・・・・」

 

待て、と言いかけて伸ばした手は虚空に停まった。今の自分は二人を止めるだけの力はないしISもない。自分が関わればIS学園にも影響が及ぶ。二人は政府を直接潰す気でいる。聞こえてくるパトカーのサイレンも現実味が帯び始めしばらく空虚で立ち尽くす千冬は己の無力さに悔恨の気持ちと感情に浸って―――。

 

「こんなところでかのブリュンヒルデと出会えるとは奇遇なのサ」

 

そんな千冬を背後から履いたピンヒールで近づきながら声を掛ける謎の女性。振り返りその女性の顔を見た千冬は「お前は・・・」と意外な人物と出会えた驚きが顔に浮かんだ。

 

 

「あの二人がそろそろ動くって」

 

「わかったっス。じゃあ、私達も指定ポイントへ」

 

別の場所で遊んでいたディードとウェンディが届いた連絡に気を引き締め、与えられた任務を全うしようと行動を開始した。

 

「へぇ、一体どこの指定ポイントに行こうってのかしら」

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

迂闊にもポニーテールとツインテールの少女に話の内容を聞かれてしまった二人は、ヤバいと一瞬思いながらもまだ自分達の作戦までは判らない相手に平然と言い返す。

 

「久しぶりっスねー。私らはラーズの復活を祝いを称して京都に遊びに来ているっス」

 

「指定ポイントは一旦戻って集合すること」

 

嘘は吐いていない。事実集合して計画を実行する為なのだ。部外者に深い所まで教えるほど間抜けではない。

 

「・・・・・ラーズグリーズ」

 

「・・・・・」

 

その名を聞いた途端に神妙な面持ちとなった箒と鈴。

 

「ねぇ、ラーズグリーズって何なわけ」

 

「何でそんなこと聞くっスか?」

 

「だっておかしいじゃない。あんな身体になった原因が非人道的な実験だって。それに一番最初にISを動かしたのは一夏達でしょ」

 

「私達はそうなった原因は話しを聞いた程度でしか知らない。それにラーズがISを世界で初めて動かしたのは、篠ノ之博士がISを開発した頃の10年前だって」

 

ディードの話を耳にした直後、箒と鈴はふいに過ったとある記憶と引っ掛かる部分が覚えた。

 

「・・・10年前、だと?」

 

「・・・ちょっと待って・・・・・」

 

 

『これ内緒だよ?僕、身体が小さくてもISを動かせたんだすごいでしょ!』

 

『お仕事の休みの日だけ一緒に束ねぇのISを創るお仕事のお手伝いをしているんだ』

 

 

「「―――――」」

 

懐かしい幼い頃の記憶の中と現実と一致できない違和感が、二人の頭の中で築いて完成した筈のパズルのピースが初めて一枚だけ違うことに気付いた。不自然に硬直する箒と鈴を一瞥して人混みの中に紛れ込むように消えながらウェンディは言う。

 

「ラーズのこと教えすぎちゃったっスかね」

 

「正体までは教えてないから問題はない。だけど、あの二人はラーズの―――だったから」

 

「・・・・・ヤバいっス、あの二人がラーズのこと気付くじゃないっスか」

 

「取り敢えず、一応ラーズに聞こう」

 

一末の不安をウェンディまで覚えてしまって、もしも教えすぎた事が駄目だったら誠心誠意に謝ろうと誓った。

 

 

「「・・・・・」」

 

「「・・・・・」」

 

チンクとディエチは動きを停めた。というより相手が長い砲身の銃を突きつけて鋭い眼差しでチンクを睨んでいた。

 

「何か用か、ISでなければ問題ないと旧兵器の銃を街中で堂々と晒す精神は疑う。ここで私が騒ぎを起こせばどちらが被害者と加害者に見えるか一目瞭然であろう」

 

「心配はするな。これはおもちゃだ。日本の法律に反してなどないさ」

 

「プラスティック製品のおもちゃにしては鉄製のようだが?最近の玩具を取り扱う業界は鉄のおもちゃを創るようになったとは知らなかったな。後日私も買い揃えよう。ではな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

銀髪をなびかせ踵を返して去ろうとするチンクの気配を感じ取り額に銃口を押し付ける。逃がさないとばかり強く。

 

「私達と同行をしてもらおうか」

 

「理由は?」

 

「貴様らとラーズグリーズの事を洗いざらい吐いてもらうためだ」

 

「警察でもないお前が私を拘束する権限はない。たかが代表候補生が警察よりも立場が上だと言うならやぶさかではないがな」

 

一進一退の会話の攻防が繰り広げる最中、半ば放置され気味の二人の相方は見守りながら別のことを思った。

 

「(小柄で長い銀髪・・・・チンク姉みたい)」

 

「(言動も纏う雰囲気は妙にラウラさんと似ていますわね)」

 

もしかしてと、二人は思わずと聞いてしまった。

 

「チンク姉」

 

「ラウラさん」

 

「「もしかして貴女の姉妹はいる?/いますか?」」

 

「「・・・・・」」

 

何だそれは、と胡乱気な表情を浮かびチンクとラウラはディエチとセシリアに振り返って言い返す。

 

「いる筈がないだろ。何を勘違いしているのだ」

 

「私の姉妹はお前達だけだ。何か勘違いしていないか」

 

「「(やっぱり似ている)」」

 

 

「IS学園か」

 

「うふふのふー、私達に何か用かしら?もう一人の眼鏡の子は知らないわねー?」

 

トーレ、クアットロの所にはシャルロットと水色のセミロングの髪形で、癖毛のようで内側に向いている。眼鏡をかけているが、視力矯正用ではなくIS用の簡易ディスプレイで、どことなく更識楯無と思わせる容姿である少女と三重塔の前で鉢合わせした。

 

「こんなところで何をしているのですか」

 

「ラーズが復活したのでな。篠ノ之博士が祝いとして遊びに来ているだけだ。今は各自自由に動いているがな」

 

「・・・ラーズグリーズが」

 

「そうよぉ?ま、そっちからちょっかいを出すのならば・・・こっちも自衛の為にあの手この手をしちゃうかもしれないからよろしくねぇ?」

 

怪しい笑みと共に笑うクアットロの発言に臨戦態勢の構えをしてしまうシャルロットにトーレは忠告する。

 

「ISを展開するならば止めておけ」

 

「何故、と聞いても」

 

「ドクターの話を聞いたのだろう私達はラーズの能力の恩恵を得ている」

 

「故に織斑千冬ですら簡単には倒せないつよーい存在ってことなのよねぇー」

 

事実そうなのかもしれない。と思ってしまうところシャルロットはナンバーズ、としてラーズグリーズの強さに警戒している。

 

「貴方達が非人道的な技術で生まれたのに自分の生き方に迷いはないんですか」

 

「迷い・・・・・?そんなものはないし、クローンではないが人工的に創られた者はそちらにもいるだろう」

 

「えっ?」

 

「確かぁ~ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんっていう子ね~。ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 

ラウラが?と衝撃的な事実を前に思考が停止かけた時、トーレとクアットロの所へ合流しようと集う他のナンバーズや束、ラーズグリーズの姿が。

 

「さーて、皆揃ったところでさくっと潰しに行こうか!」

 

唐突に言い出す束。今潰すとか言わなかった?と嵐の前触れの予感を抱いたところで束を先頭に全員が清水寺を後にどこかへ向かって行った。

 

「・・・・・どうする?」

 

「織斑先生に伝えよう」

 

自分達だけでは到底止める事だって不可能だからと千冬に連絡するシャルロットは、ラーズグリーズの姿を脳裏に思い出す。

 

 

「篠ノ之博士、研究所ってどこにあるんですかぁ~」

 

「病院だよー、こっからだと遠いからISで向かおっか!」

 

ISを展開するナンバーズ達と束を背中にしがみつかせるラーズグリーズ。周囲の驚倒の反応を気にせず空へ飛びだって病院へと直行する。とある病院まで時間を掛けて辿り着くとISを解除して中に入り込み、束が我が物顔で病院の奥へ進んではパスワードを求める認証機器の所で立ち止まる。隣には固く扉が閉ざされている。

 

「さてさて、束さんの手に掛かればちょちょいのちょーいっと」

 

カタカタと数字を片手で入力し指紋認証を求められると「てや」と画面に指先を押し付け、何故か認められて扉が開きだす。開かれた扉の向こう車輪付きの担架を含めて十人以上は優には入れる空間のエレベーター。全員中に入り束が『閉』ボタンを押したその時だった。激しい足音が聞こえてきて扉が閉まる直前に白衣を着た初老の男性が焦った顔で中を覗いてきたが、直ぐに扉が閉まり降下した。

 

「今の誰?」

 

「さぁ?この病院のお偉いさんじゃないかな?」

 

つまり医院長であった。一同を載せたエレベーターは何十階分も静かに降り続け十数分後、ようやく停止して扉が開き直ぐに白衣を着た多くの人間達が通路を行き交っていた。

 

「うわっ、こんなところに人なんて―――」

 

「リヴァーサル」

 

誰かが言いかけた矢先にラーズグリーズが能力を使った。すると行き交っていた人間達が突如にして床に倒れこんだ。それを気にせず束は歩き始め、出会い頭ラーズグリーズが「リヴァーサル」と壊れたオルゴールのように白衣を着た者達を床に平伏させていった。

 

「・・・・・生きてるよねこれ?」

 

「息はある。自力で動けないでいるようだがな」

 

「ラーズ、一体何をしているんだろ?」

 

戸惑うもついて行くしかないナンバーズ達。束の行く道の前に立ち塞がる者は例え銃を所持した顔を隠した警備の者でも、ラーズグリーズが「リヴァーサル」と言うだけで倒れていく。それが例え―――日本のコアを奪ったはずのISを装着している顔を隠した男の操縦者であろうと例外ではない。不意にここで束がカメラに向かって喋り出す。

 

「ねぇねぇ皆。顔まで隠していて辛くないかなーって思えない?だから親切で優しいこの私が解放してあげようと思うんだよねー。それじゃいっくよー、それ!」

 

黒いヘルメットのような被り物を外した束の手によって明らかになった黒ずくめの顔は―――。

 

 

織斑一誠と瓜二つな顔が日本中に映し出された。

 

 

「あれれ~?皆、この子の顔に見覚えない?あるよねー?だって、IS学園にいるはずのあの超有名な芸能人にしてアイドルの織斑一誠と同じ顔だよね?じゃあ、もしかして他の黒い人もそうなのかな?確かめてみよう!そりゃ!」

 

次々と被り物を剥いでは織斑一誠の瓜二つな顔がお茶の間に映し出されていく。

 

「おおっと、私達に襲ってきたこの子達は全員織斑一誠だったよ!束さんドッキリー!」

 

その者達を無造作に捨て置いて、先行く束にまたISがアサルトライフルを撃ちながら奥から接近してきた。

 

「おやおや、こんなところにもISが現れた!でも束さんは戦うよ!てりゃー!」

 

今度は束自身があっという間に『解体』して撃破した後、搭乗者の顔を剥げばまたしても織斑一誠の顔だった。

 

「むかーしむかし、とは言っても第二回IS世界大会「モンド・グロッソ』」が始まったころかな?誰もが織斑千冬の優勝二連覇を想像して期待していた時、何故か織斑千冬が大会に現れず不戦敗となったのは皆も覚えてるよねー?覚えてない奴は心底アリより知能がない奴だよ」

 

「で、どうして織斑千冬が大会に現れなかったのか皆も当時気になってたよね?ではでは、目的地に着くまでこの私が真実を教えてあげよう!」

 

「大会の裏ではあることが起きていたんだよねー。それは織斑千冬の弟が決勝戦のその日に誘拐されちゃってたんだよ!」

 

「家族想いの、弟想いの彼女は決勝戦よりも優勝よりも弟を救わんと栄光と名誉をかなぐり捨てて大会を放棄し、無事に誘拐された弟を救ったのだ!これが第二回IS世界大会「モンド・グロッソ」に起きた不戦敗の理由でした!」

 

「と、ここで話が終われば織斑千冬の美談で一件落着で済んだんだけれどぉー。更にこの続きがあるんだよねぇ」

 

話している最中に秘密の研究所の深奥に辿り着いた。ラーズグリーズがリヴァーサルで扉を圧力でこじ開け潜った先で・・・・・両手を横に伸ばして高々と告げた。

 

「日本のおバカな集まりの政府や権力者たちの要望で、今いる京都のとある病院の地下で、優秀な遺伝子を持つ織斑一誠を量産するためにここの研究所で強い兵士を造り出すためのクローンが毎日産みだされていたんだよねー」

 

広々とした地下空間に夥しい数の培養カプセルと、白衣を着た多くの男女たちが束の登場に愕然の面持ちで硬直していた。その内の一人の外国人に満面の笑みで軽々しく話しかけた。

 

「やぁやぁ、儲かってるー?織斑一誠を量産してぇー低いコストで強い兵士を造ったりISの操縦者にしたりとか、現在日本しか現れない男性操縦者にISを乗れるようにする薬の製薬とか頑張ってるかなー?」

 

「な、なんですか貴女は!ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だ!」

 

「その関係者って政府の人間だよねー?大統領とか国防総省の人間とか。ああ、あとアメリカの大統領も絡んでるっけ?実際、ここに外国人の、アメリカ人の人もいるみたいだしね。というかこの人だしね。ほら、首に下げてる名標にもちゃんと英語で名前が書かれてるし」

 

「っ!?」

 

「ていうか、私のこと知らないの?篠ノ之束さんだよー?」

 

「し、篠ノ之束・・・・・っ!?」

 

「ほらほら皆、見てごらんよこのカプセルの中身。やーん、全裸だけどそこは気にしないでね?はい、体を丸めて覚醒を待っている織斑一誠くんだよー!赤ちゃんから少年、更には大人な織斑一誠がクローン技術で量産されている真っ最中でーす!」

 

「カ、カメラ・・・!?と、止めろぉっ!今すぐ映像を消すがはっ!?」

 

「うっさいよ、お前程度の奴に私を従わせるなんて億万年よりもずっと先だよ。死んでるけどねお前」

 

外国人の研究員を殴り飛ばし、近くのカプセルを破壊して覚醒前の織斑一誠を掴み取りカメラに前に突き出した。

 

「はい皆ーちゃんと見ててくれているかなー?クローンの織斑一誠のこの姿を!いやー、政府はとんでもないことをしてきたんだねー。この施設自体も相当昔からじゃないと造れていなかったと思うよ。きっと第二次世界大戦かそれ以前からじゃないかな?」

 

クローンを放り投げ、他の研究員と朗らかに話しかけつつ研究内を撮影する束は数十分も亘って行った。その間、様々なデータと証拠を集めながらお茶の間に公開していく。

 

「ああ因みに、この地下研究施設は京都の全病院と繋がっているから、暇な人は是非とも探して見給え!それじゃ、待ったねー!らーくん、カメラを停めていいよー」

 

その通りにするラーズグリーズはカメラを置いて外国の研究員の胸倉を掴む。

 

「・・・・・久しぶりだな」

 

「な、何を言って・・・・」

 

「・・・・・この顔を見れば思い出すか」

 

フルフェイスを脱ぎ捨てたその顔は・・・・・人の皮を被っていないラーズグリーズだった。木乃伊のように骨と生気の色をしていない肌の皮、右目にある筈の眼球はなく、空洞と化した眼窩の顔をした男の顔を見て、研究員は時が停まったかのように表情を凍らせた。

 

「お、お前は―――!!!」

 

「・・・・・言いたいことは山ほどある。―――取り敢えず、お前ら全員もカプセルの中でしばらく生活してもらおうか。何、酸素マスクがあるから電力が止められない限りは冷たい液体の中でも生きていられるだろう」

 

「この施設の出入り口はとっくの昔に全てロックしたから一人も地上には逃げられないよー」

 

蒼褪める研究員はラーズグリーズの手によって身近なカプセルへと連れて行かれた。

 

数時間後―――秘密の研究所に駆け付けた者達は絶句した。床の至る所に寝転がされた織斑一誠のクローンと入れ替えられたようにしてカプセルの中で閉じ込められている研究者達を。クローン以外誰も死んではいなかったが、それが後の日本を震撼させる大事件になる事をラーズグリーズ達は予期していた。

 

 

「『日没落』・・・・・始めよう」

 

「おー!」

 



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集う戦力

数時間後、千冬の招集の呼びかけで大広間に集まった専用機持ち達。京都の町は闇に支配された証として真っ暗で、地上は真っ暗な夜に負けないと煌びやかな明かりの光量で照らす。しかし、一夏達の心は穏やかではなかった。

 

「・・・・・政府から極秘任務が下された。日本転覆を目論む篠ノ之束と一行を捕らえる特別S級の任務だ」

 

「断る」

 

真顔で千冬の言葉の後でマドカが一刀両断で拒絶した。

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)から世界の平和を守るのが最優先任務の筈だ。どうしてそんなことしなくてはならない。しかも外国の代表候補生まで巻き込むほどか。日本の問題は日本が解決するべきだろ」

 

「・・・・・同時並行で行えとの通達だ。今すぐのことではない。そして織斑一誠を重要参考人として引き取りを求められている」

 

「待ってくれよ!」

 

説明を聞いた一夏は立ちながら叫んだ。

 

「一誠が誘拐されたことは知っていた。だけど、日本が一誠のクローンを量産したってどいうことだよ!」

 

「特別任務だってのも怪しすぎるわ。政府が自身の保身を守る為なんじゃないの?しかも政府が引き取りを要求?」

 

異議ありと乱も任務の遂行に疑問を抱く。それは箒達も似た心情であった。しかし、千冬は淡々と「決定事項」だと言う。

 

「私達に選択肢はない。任務を拒絶するならばその者は国別問わず一年以上の監視がされる。織斑一誠は今夜の内に政府の役人が連れて行かれる」

 

「それでいいのかよ千冬姉!」

 

「・・・・・政府に逆らうということは国を敵に回すということだ。織斑、お前にその覚悟はあるのか。束のように隠れて生きていかねばならないかもしれないのだぞ。最悪、政府に捕まって一生独房暮らしになるだろう」

 

「っっっ・・・・・!」

 

「あるのならば今すぐ行動をしろ。一誠はいつもそうしてきていた。私達家族の為にな」

 

生徒達を残して一足先に広間を後にした。廊下を歩いて教師用に充てられた部屋へ向かう途中で、メリアと出会った。足を止めるとメリアに話しかけられた。

 

「家族を助けることしないのですか」

 

「今の私にその力はない。国を敵に回す器用すらもない。そして政府も住民の命までは奪うことはしない。暫くは監禁されるだろうがその後は、監視される生活を送るが自由な人生の生活を出来るようになる。篠ノ之のようにな」

 

「それを見越して見捨てるおつもりですか」

 

細めた目から冷たい眼差しが向けられようと千冬は真っ直ぐ見つめ返した。

 

「・・・・・お前にとってもこの状況は待っていたんじゃないか?」

 

「待っていた?どういうことです」

 

「目的は判らないが、織斑一誠を今より独占できるいい機会だ。京都にドラゴンが現れ、織斑一誠を攫われるのであればあいつら(政府)も諦めがつくだろう」

 

そう言ってメリアの肩を叩いて通り過ぎる。振り返らずまっすぐ前を向いたまま苦笑いを零す。

 

「そういうことですか」

 

ならばお応えしましょうと心の中で吐露しIS学園が宿泊している旅館を後にする直後、一誠を迎えに来た政府の使いの車が現れた。

 

 

「・・・・・」

 

ガタイのいい黒服を身に包んだ男達によって連行されてから押し黙る織斑一誠。これから自分はどうなってしまうのか、自分がいなければアジ・ダハーカ達を倒せない事実を馬鹿正直に教えても信じてくれないだろう。だが、このままどこかに連れ去られて監禁されてしまえば皆に会えなくなる―――様々な考えが黙れば黙る程、頭の中で湧き上がってしまい、チラっと強面の二人の男達を一瞥して溜息を吐く。

 

誰か、助けに来てくれないかな~・・・・・。

 

結局は他力本願で助けを求めてしまう。半ば諦めかけた時に―――ドッ!と天井から何かが突き出て来た。そして火花を散らしながら天井を削り切り天井が開放的に何かの手によって開かれた。人の形をした黒い影が車の上にいることが視界に入るや否や襟を掴まれ車の中から出される。

 

「お前は・・・!」

 

「・・・・・」

 

一誠を掴み上げた黒い影、ラーズグリーズだった。久しぶりに見たが姿が少し変わっているものの、顔を隠すフルフェイスは変わっていない、と認識した矢先急に空高く飛翔し出した。どうしたんだと疑問を抱いたら、暗い空間から金色の光が迸って光から綺麗な金色の龍が現れる。

 

『織斑一誠を返しなさい』

 

「その声・・・・・メリアさん!?」

 

見たことのない姿に動揺するも、助けに来てくれたことだけは直感でわかった。しかし、ラーズグリーズはどうして?という疑問は残ってしまう。許さないんじゃなかったのかと思いながら激しく揺さぶられる、揺れる。物凄い勢いで飛ぶから風圧が凄い。ジェットコースターの方がまだ優しいだろと考えていた一誠はまだ余裕があった。そんな逞しい精神で耐えているとラーズグリーズは。

 

「・・・・・」

 

片手で持つ天井を切り裂いた武器―――チェーンソーの刃を五月蠅い駆動音と共に激しく回し始め、メリアに接近する。メリアは金色の魔方陣を展開して転移してラーズグリーズの後ろに再び姿を現す。振るい上げた手を振り下ろし捕まえようとするがリヴァーサルで弾かれて逃げられる。

 

『くっ、ネメシスがいれば捕まえることが出来たでしょうが・・・!』

 

『―――呼んだか?』

 

『え?』

 

暗い空から肩に突起物のようなものが二つある他、背中と肩、腕や太股にも赤黒い二重の輪後光が。体は尾と繋がっており、四対八枚の翼に黒が赤に浸食された感じで入り混じっていた。手首と足の甲に鋭利な刃物状な物が生えて頭部に鋭い一本の角にも赤黒い二つの輪後光がある。胸に妖しく光る赤い宝玉のようなものがあるドラゴンが舞い降りて驚倒の色を顔に浮かべる。

 

『どうして、ここにあなたが・・・・・?』

 

『久しぶりだなメリア。他のドラゴンを探しに日本を訪れていた。そしたらお前を見かけた』

 

『そういうことならば協力してください。織斑一誠が捕まってしまいました』

 

『あれがそうか・・・・・』

 

黒いISに掴まれて宙吊りの一誠を見てくく、と笑みをこぼす。

 

『何とまぁ、おかしな出会い方をしてしまったものだ。それにしてもお前が捕まえられない相手とは?』

 

『魔法を干渉する能力があるのです。私の能力では全て突破されるか防がれてしまうので、本気で行こうにも織斑一誠まで巻き込む形になり・・・・・』

 

『手を焼いていると。不思議な者だな人間か?あいつではないだろうな』

 

周囲の空間を歪ませ出来た穴から複数の鎖を放ちラーズグリーズを捕らえようとする。しかしながら、高速で飛び続け、迫ってくる鎖には躱すかチェーンソーで弾き返すラーズグリーズ。それを何度も繰り返す姿にネメシスは驚嘆の念を抱いた。

 

『なるほど、アジ・ダハーカとグレンデルが興味を示す相手としては納得できる。話に聞くISとやらの能力は馬鹿にできないか。あれもISなのかはわからぬが』

 

一向に捕らえれないラーズグリーズを見つめる目を細める。

 

『仕方ない。直で捕らえるか』

 

翼を羽ばたかせ、一気に距離を縮めて手を突き出す。その手に向かってチェーンソーを振り上げて弾き返すつもりのラーズグリーズ。

 

そこへ―――ネメシスの顔に向かって巨大な火球が飛んできて爆ぜた。

 

「・・・・・」

 

誰の仕業だ?ハイパーセンサーに表示する新たな『IS』反応が示す方へ顔を向ける。

 

「初めましてかしらね。ラーズグリーズ」

 

夜の空に炎を纏う金色がいた。金色のカラーリングを施されたIS。その姿は、黄金のアーマーとブロンドヘアーが重なって、神々しささえ感じさせる。両肩に備えられた炎の鞭、長いテイル・クロウに炎を纏わせるその特徴的な外見に加えて、いまは両肩のリングも含めて二つの巨大なリングが機体を守るように包んでいる。

 

「・・・・・」

 

「それにしても初めて直接見るわね。これがイマージュ・オリジス・・・・・通称はドラゴン。私のISの炎でも通用してるかしら?」

 

豊かな金髪を伸ばしてる女性はネメシスに意識を向ける。爆ぜた炎で生じた煙が晴れて、少しもダメージどころか焦げてもいない鱗に謎の女性は失笑する。

 

「厄介な生物ね。今の今までどこに生きていたのかしら?」

 

『何の用だ』

 

「会う予定だった要人から突然のキャンセルをされて暇を持て余していたところ、金色のドラゴンを見掛けると何かを追いかけていたのが気になって来てしまったわ。そしたらお世話になってる科学者から聞く話の子がいるのだから助けたまでよ」

 

そう言ってラーズグリーズの方へ近づく謎の女性。

 

「改めて名乗るわね。私はスコール・ミューゼ。ジェイル・スカリエッティに何度もお世話になってるわ」

 

「・・・・・」

 

「さっきも言ったけど、あなたの話は伺っているわ。ふふ、『あの時の子』がこんなに変貌を遂げるなんて、時間が経つと不思議なことが変化するものね」

 

己の何を知っている、と怒気を発してチェーンソーを振り上げる前のラーズグリーズから距離を置く。

 

「怒らせてしまったのならごめんなさいね。一先ず抱えている織斑一誠をどうにかして一緒にどこかへ行かない?」

 

「・・・・・」

 

「出来れば篠ノ之束博士と会わせて欲しいのだけれどね。彼女にお願いしたい事があるから」

 

彼女の話はどうでもいいが、これをどうにかするのは同感だと思ったのか明後日の方へ放り投げて落とす暴挙をしたことで、ドラゴン達の意識を変えさせた。

 

『なっ・・・』

 

『任せろ』

 

空中落下に身を委ねる一誠を空間から飛び出す鎖で縛り落下を防いだ。ラーズグリーズは既にはるか遠くまで飛んでいった。

 

『・・・・・あの者は何をしたかったのだ?』

 

『わかりません。一体何を考えているのか』

 

優しく一誠を手の平に載せるメリアに話すネメシス。

 

『まだ見つけていない奴はゾラードとステルス、そしてティアマトとリーラだ』

 

『・・・・・リーラ』

 

『ステルスは俺達でも極めて探し当てるのに困難な奴だ。トレードマークを一つあるとはいえ、それすらも探しにくい。ティアマトはどこで何をしているのかわからんし、ゾラードは・・・あいつのことだ。時期を見計らって現れるだろう。最後はリーラだが、こいつの傍にいなかったか?』

 

居たら分かり易くてすぐに見つけられる、と語るネメシスの発言に首を横に振る。

 

『いえ、私はIS学園に居させてもらっていますが彼女と思しきものは見つかっていません。ただ、それらしき人物と接触出来ましたが話をするどころではなかったです』

 

どういうことだ?と興味を示すネメシス。しかし、それよりも他の龍を探す意識をする。

 

『俺は行く。近いうちにアジ・ダハーカが聖杯を渡すだろうが、それまでそいつの面倒は任せた』

 

『ええ、お任せください』

 

『・・・・・』

 

去る前にジッと話を聞いていた織斑一誠の顔を覗き込む形で見つめた後、メリアと別れ飛び去って行った。残されたメリアは千冬の言葉通りに一誠を攫い、先にIS学園へ転移式魔方陣で戻った。

 

 

 

「らーくんお帰りー、大変だったね二匹もドラゴンに追いかけ回されて。ふふ、だけどこれで政府も焦っていることが分かったね。絶対手を出すだろうと思ってたよ。本当に馬鹿だよねー」

 

戻ってきたラーズグリーズを出迎える束。

 

「『日没落』もあと少しで大詰め。らーくん、頑張っていこう!」

 

「・・・・・」

 

コクリと頷くラーズグリーズを愛おしくて、腕を伸ばしてフルフェイスごと胸で抱きしめて頭を撫でる。

 

「君をこんな風にした連中は絶対に許しちゃダメだよー。私も可愛いくて狂おしいほど愛している君を苛めた連中は許さないから。だから一緒に日本を潰そうね」

 

どこか狂気が孕んだ束の背中に腕を回して抱きしめるラーズグリーズに嬉しくて仕方がないと、ニコニコと笑う束はその後、ここまで着いてきたスコール冷たい目で言った。

 

「で、誰なのお前?」

 

「お会いできて光栄ですわ。私はスコール・ミューゼ、亡国機業(ファントム・タスク)の一員です。ジェイル・スカリエッティ氏には色々とお世話になっています」

 

「へぇーそうなんだー。で、何か用?」

 

「我々、亡国機業(ファントム・タスク)に新造ISを提供―――」

 

最後まで言わせなかったラーズグリーズ。スコールの身体が見えない何かに凹む地面ごと押し潰されかけ、その場でひれ伏す。リヴァーサルでスコールの周辺の重力を「反転」、重さを変えたのだ。ISを展開しても抜け出せれない重力にしてだ。

 

「ぐっ・・・・・こ、これはっ!?」

 

「あーあー、らーくんを怒らしちゃダメだよー?ジェイルの知り合いだからって私に面倒くさいと思わせることをお願いしちゃあさ。そこのところらーくんは私の事よーく理解してくれるから、世界で唯一の助手と私が認めた愛おしい子なんだよ」

 

反転した重力の影響がない位置に腰を下ろして見下ろす束を、目だけで見上げるスコールの顔に余裕の色はなく焦りの表情。

 

「し、失礼なことを言ってしまい申し訳ございません・・・。どうか、許してもらえないですか・・・・・」

 

「んー?どーするらーくん」

 

「・・・・・」

 

答えは重力を解いたことだった。己を縛る重力が消えた事でよろよろと立ち上がるスコールへ近づき、無造作に横抱きに持ち上げた。

 

「えっ・・・・・?」

 

「・・・・・新しい戦力、ゲット」

 

「ほーほー、そういうことならば束さんはオールオーケーだよらーくん。良かったねー、お前。らーくんがジェイルと同じでお前を買うってさ」

 

「買うって・・・・・私をどうする気ですか?」

 

「決まってるじゃん。らーくんと私のお手伝いをしてもらうだけだよ。まずは亡国機業(ファントム・タスク)の情報を全部洗いざらい教えてもらってーそれから私達の手足となって頑張ってもらおうかなー♪特にお前はらーくんを愛する女になってもらうこと。それが最重要優先だからね!」

 

この時のスコールは悟った。自分は何て愚かな選択をしてしまったのだと。

 

「ま、頑張ったご褒美はちゃんと与えてあげるよ。面倒くさいけど奪った日本のコアの分と新造ISは提供してあげるから頑張ってね?」

 

「・・・・・」

 

組織の一員として破格的で魅力的過ぎる報酬にスコールは心を揺り動かされた。十個のISコアと十機の新造ISは確定されたも当然だ。この二人の為に奉仕活動をすれば楽に手に入る報酬をスコールは提案を述べた。

 

「あの、恋人も招いてよろしいですか?」

 

 

 

メリアと別れた自室に戻った千冬は部屋に待たせていた者と話し合っていた。その結果、相手の要求を呑むことで協力関係者として強い手札のカードを一枚加えることが出来た。

 

「よろしく頼む」

 

「わかったのサ。本当ならば別件の方で身を置こうと思っていたけど、織斑千冬の熱い懇願に応えてやるサ」

 

「別件の方だと・・・・・?」

 

「そうサ。まぁ、言っても問題はないかな」

 

くるり、と持っていたキセルを指で弄ぶ千冬と出会った女性は、こう言った。

 

亡国機業(ファントム・タスク)に降ろうと思ったのサ。織斑千冬、お前と再び勝負をするためにサ」

 

「ッ!」

 

「祖国イタリアも軍も抜けて今頃裏切り者扱いだろうサ。そうまでしてあの時の決着をしたいのサ私は」

 

「・・・・・すまなかった」

 

あの時の真剣勝負を臨んでいた戦う戦士だった者に頭を垂らして謝罪の念を伝える千冬。祖国と軍を裏切ってまで自分との再戦を臨んでいた相手は、キセルを持った手を振って気にしていない素振りをする。

 

「いやいや、気にしなくていいサ。それに今年はイマージュ・オリジスとやらの存在で世界は慌ただしい。織斑千冬の条件、イマージュ・オリジスを倒す協力の暁には訓練機でも勝負をしてくれる。あの時のIS『暮桜』も凍結を解除する言葉も信用するサ」

 

「ああ・・・・・私も前線に出なければならなけばと痛感している。イマージュ・オリジスだけでなく、篠ノ之束達も相手取らなければならなくなってきた」

 

篠ノ之束、ジェイル・スカリエッティが生み出したナンバーズ、そして―――ラーズグリーズ。イマージュ・オリジスと相手にしなければならないというのに。織斑一誠のクローンの量産計画が世間に暴露され、政府は必死に隠ぺい工作を試みるつもりか束達の捕縛任務を下してきたのだ。ISの数だけは勝っているもの、実力は一夏達を越えている。特にラーズグリーズは凌駕している。そこに束が加わると絶望的だ。

 

「あのニュースには驚いたサ。弟君も大変だねぇ~その家族もだけどサ」

 

「軽々しく言うなよアリーシャ・ジョセスターフ」

 

声音を低く怒気が孕んだ声と殺意と殺気が全て彼女に向けられ、アリーシャと呼ばれた女性は一瞬押し黙った。これが初代ブリュンヒルデの実力、久方ぶりに感じられた強者の気配にゾクリと興奮を覚えたからだ。

 

「(最初は断るつもりだったけど、やっぱり受けて正解だったのサ!)」

 

心中で歓喜するアリーシャ。最早これを機に彼女を倒す攻略の鍵を探ろうかと思ってしまった。

 

そしてもう一方・・・・・。

 

 

 

「ただいま」

 

桐生カーリラは仕事から戻って家に帰宅した。賃貸マンションに住んでいる彼女の部屋は一人だけで住むには広過ぎる高級マンションだったが、一人居候している者がいた。

 

「お帰りなさい。食事の準備は出来てるわよ」

 

蒼い長髪に藍色の瞳の美女。青いエプロンを着けた姿でタイミングよく彼女のために作った料理をテーブルに運んでいた。鞄を床に置いて黒い上着のスーツを脱いで背もたれの椅子に掛けて腰を落とす。

 

「いつもありがとうね」

 

「物凄く新鮮な気分をしてるわ。『昔』の貴女を知る人だったら信じられないでしょうね」

 

「私からすればあなたもそうよ?」

 

「まぁね。普通はありえないでしょ?なんせ―――ドラゴンの私が料理を作るなんて、前代未聞よ絶対に」

 

座りながら自嘲的な事を言いカーリラと合掌してから食べ始める。彼女が作ったパエリアやサラダにスープを口にして味わい、美味だと感想を抱く。

 

「腕を上げたわね。とても美味しいわ。お店の商品にしてもいいぐらい」

 

「嫌よ。そこまでするほど暇じゃないわ。しかもアジ・ダハーカ達が余計なことをしている時点で」

 

「ええ、ええ、本当になんてことをしてくれたのだと思っても尽きないわ・・・・・はぁ」

 

頭を垂らして仕事の疲れより、どっと頭を悩ますことで気疲れしているカーリラに同情を覚える蒼い長髪の美女。

 

「この日本であなたと出会って、一緒に彼の復活を待つはずだったのに狂ってしまったものね」

 

「本当にもう・・・・・どうしてそうなったのか、こうなってしまったのか今でも不思議でしょうがないわ」

 

「そして恐らくは・・・・・」

 

カーリラから視線を変えて棚の上に飾られている織斑一誠が手にするはずだった大剣を見やる。

 

「あの剣がこの地球に送られてきたってことは、そういうことよね」

 

「間違いなく、観ている。そして今年か来年、数年後かもっと先か分からないけれどやってくるでしょう」

 

二人の間でやり取りされる会話の深意を解る者がいるとすればアジ・ダハーカ達ドラゴンだけだろう。それは喜ばしい事なのか喜ばしくないことなのか、現時点の状況を考慮して二人は悩みどころだった。

 

「出来れば来ないで欲しいかしらカーリラ」

 

「ええ、必ず過ちを犯すから。一応、信頼はしているけれどもしもということがあるし」

 

「私はまだ会ってないけど、あの子・・・どうだった?」

 

「今は何とも。連絡していないので状態は知り得ていないわ」

 

「知り得ていないならニュースは見た?とんでもないニュースだったわよ」

 

どんな?と風に目を向けるカーリラに、百聞は一見に如かずとテレビの電源を入れる。画面に映り出す報道ステーションは束とラーズグリーズが撮影した生放送のことで盛り上がっていて『京都の病院の地下で織斑一誠のクローン量産化計画!』とどのチャンネルも同じ内容で放送していた。

 

「な、何これっ!?」

 

「まだ知らなかったのね。今、日本中がこれのことで悪い意味で凄い反響しているの。それでこの研究と関わっていたって言う政府や権力者に誹謗中傷の大嵐、京都県民も今頃荒れているんじゃないかしら?」

 

「そんなことはどうでもいい!それよりもあの子をあんな身体にさせた研究がまだ稼働していたなんて!―――ティアマト、一緒に一暴れしに行ってくれない?」

 

背後に般若が浮かび上がってる恐ろしいまでに怒り狂っているだろうカーリラを、ティアマトと呼ばれた女性は焦燥に駆られて話を補足する。

 

「ま、待ちなさい!これを世間に露見させたのは篠ノ之束なのよ!もしかするとあの子も一緒だったかも!」

 

「・・・・・あの子も?」

 

怒りを霧散して落ち着きを取り戻す。

 

「一切映らなかったけれど、可能性は0じゃない。もしもあの子に復讐心なんてものがあるなら、どうやってするかあなたなら解るんじゃないの?」

 

「日本政府を潰すわね」

 

さらっと考える素振りもせず、真顔で断言されティアマトは困惑する。

 

「えっと、断言するほど?」

 

「逆に聞くけれど、忘れたの?」

 

「・・・・・そうね。そうだったわね。昔のあの子は昔の貴女の為に敵となったものね」

 

そういうことだと頷いて用意してくれた料理を残さず食べ尽くす。

 

「それはそうと、アジ・ダハーカ達が集まり出しているかもしれないけれど。貴女はどうする?」

 

「勘違いしている連中と一緒に居たら、こっちまで勘違いされて『約束』が果たした後のあの子にどんな反応をされるか分かったもんじゃあない。だから貴女の傍に居させてもらうわ。その方が効率的にいいし」

 

ティアマトの合理的な考えに腰に両手を当てて胸を張り自慢気になったカーリラ。

 

「賢明な判断で安心したわ。メリア達よりあの子のことは私が一番理解しているもの。絶対に間違える事がないから間違えないわ」

 

「二度も同じこと言ってドヤ顔をキめちゃってまぁ。本当に昔の貴女とは思えない言動振りで新鮮過ぎるから面白すぎるわ」

 

クスクスとおかしそうに笑むティアマト、ある事を口にする。

 

「でも、これからどうする気?聖杯が『二人』も所有しちゃってるわよね」

 

「問題ないわ。最終的には本来の持ち主に戻るもの。仮にあの子から奪われたとしても既に中身のない空の聖杯。何の足しにもならないわ。だけど、それは逆も然りだから・・・・・」

 

「聖杯にはそれぞれあの子の全てが宿してある。『記憶』・『魔力』そしてあの子の全ての『力』。メリアが持っていた聖杯は『魔力』が宿っていたから、与えられた織斑一誠の一部として残っちゃうわね」

 

「『力』の聖杯はアジ・ダハーカが持っている。あの聖杯だけは何としてでも取り戻さなければ。ああ、あの聖杯をメリアに・・・・・メリアも変わらないかぁ・・・・・勘違いしちゃっている時点で結果は同じだもん」

 

だもんって・・・本当に変わってしまってるわねぇと、無言でテーブルに突っ伏すカーリラの頭を撫でるティアマト。

 

「手伝ってあげるから頑張りましょ。ね?あの剣があればアジ・ダハーカ達に後れは取らないから」

 

「うう、ありがとうティアマト・・・・・」

 

感激で滂沱の涙を流すカーリラをティアマトは苦笑いし、よしよしと慰める。



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新たな力と邪龍

国会議事堂。国の運営や方針を定め、平和と繁栄を保ち国の危機に対しては大統領を始めとする大臣や防衛省、多くの議員が全力で対処をする国のトップとも言える者達は―――今や国民の害の集まりでしかないのではないかと日本中の国民から怒りと恐れ、不安の対象とされていた。

 

織斑一誠の量産型、クローンを増産する計画が京都の地下で行われていた。

 

篠ノ之束が暴露した地下研究施設とそれに関わっていた者達のリストを、包み隠さず公開したことで政府の支持率は底辺まで下がり、各県・・・特に古い歴史と雅で溢れている京都は激しいデモ活動が行われ、病院で入院している患者や患者の親族は、違法な研究に加担していた病院から一刻も早く遠ざけたい、遠ざかりたい一心で病院や務めている看護師や看護婦、はたまたは院長と副院長に直接抗議をする。中には夜中に病院から逃げ出したりしようとする患者、その手助けをする者も現れる始末。それが出来ない事情の患者は不安を抱く毎日を過ごし、自分を診てくれる相手を警戒するようになってしまい、病院側は診察が難しくなった。

 

 

「―――くそっ!くそっ!くそぉっ!おのれ、篠ノ之束めぇっ!?」

 

クローン計画に携わった者達も穏やかではいられない。立場を危うくさせた人類史上の『天才』に憎悪を抱き恨みがましく発する声は荒々しかった。

 

「な、何だお前達はっ!?不法侵入だぞ!」

 

冷静に次の行動に出る狡猾な人間は国を捨てて、全ての財産を所持し逃亡を図る。だが、そういう人間にだけ限っては逃走の直前にどこで情報を入手したのか、金目当てで群がる不良やチンピラに襲われて全て奪われてしまうのだ。手に入れた側はホクホク顔で遊ぶ金として大いに楽しんだ。

 

政府もまた例外ではない。

 

「くそっ!篠ノ之束が齎したあの公開映像は不味すぎる!」

 

「我々だけでは収拾がつかなくなっている状況になっている。織斑一誠の確保も日本のISコアを奪った者に阻まれて行方知れずだ」

 

「このままではいかん。何とか手を打たねば・・・・・だがどうすればっ・・・・・!?」

 

どうするも、どうしようにもならない事など顏を揃えて頭を抱えて悩んでいる政府の中年男性達はわかっている。しかし、こうなってしまった以上は国民を納得させる以外は限られている。今まで押し黙って硬く目を閉ざしていた総理は組んでいた手を解いて厳かに伝えた。

 

「・・・・・国民に事実を伝える」

 

「なっ!?」

 

「早期解決はこれ以外方法はない。他にあるのであれば挙げてくれたまえ」

 

『・・・・・』

 

そんなもの、ある筈がない。そんな心情を俯く顔に浮かばせて沈黙する政府の要人達は口を引き締める。

 

「記者会見を設ける。これであの人の命を冒涜する研究も終止符を打つ。よいな」

 

異論はない。否、言えない彼等は総理の決定に従うほかない。

 

 

その日の内に政府が記者会見を行った。日本中の国民に向けて政府や有力な権力者達が優秀な遺伝子を持つ織斑一誠のクローン計画、そして男性操縦者を人工的に増やす研究を秘密裏にしていたことを事実として認め明らかにした。アメリカ政府との共同研究であることもアメリカにも同じ研究施設はあると示唆する。会場に震撼が走りテレビを見ている国民達も心底から信じられないと驚倒一色に染まる。その最中、一人の記者が問うた。

 

『IS学園に通っている織斑一誠は複製したクローンですか?また、自身がクローンであることを自覚していますか』

 

『クローンである自覚はしていません。しかし、彼だけでなく―――織斑千冬氏、織斑一夏氏、織斑秋十氏、織斑マドカ氏も含めて遺伝子操作によって「究極の人類」を創造するという織斑計画の試作体、人工受精卵、クローンです。以下の男性操縦者はその為にISを操縦できたのかもしれません。そして十年前、篠ノ之束博士が開発当初からISに関わっていた齢5、6歳だった織斑一誠氏こそが世界で最初に初めてISを動かした者だった』

 

 

 

「おやおや~?こいつ何言っちゃってんのかな~。嘘は言ってないけどまだ事実を隠しているなんてどこまで往生際の悪い奴なんだろうねらーくん」

 

「・・・・・」

 

「らーくん、この展開に対してどう思ってる?納得できてるかな?」

 

「・・・・・できるか、こんなの・・・・・!俺の受けた・・・・・あの三年間が、こんなあっさりと・・・・・終わってしまうなんて・・・・・!まだ始めたばかりなのに・・・・・くそぉおおおおおっ!」

 

 

 

 

「俺達が・・・・・クローン・・・・・」

 

「そんな話があるのかよ・・・・・」

 

「千冬さん達が、クローン・・・・・?」

 

「ちょっと、一夏、秋十、しっかりしなさいよ!箒も何放心しかけてんの!」

 

「お二人はお二人ですわ!クローンでもちゃんとここに生きておりますの!」

 

「・・・・・無理もない。ショックを受けても不思議ではない隠された事実だ」

 

「ラウラ・・・・・」

 

 

 

 

「・・・・・」

 

「織斑一誠、貴方は貴方です。今は問題視していることに集中してください。自分の出生が歪でも皆から認められれば、立派な個の存在として胸を張って生きていけます」

 

「・・・・・はい」

 

 

 

 

「織斑先生・・・・・」

 

「隠されていた事実でも前を向いて生きていくだけだ。私のことは気にするなよ真耶」

 

「は、はいっ」

 

 

 

 

「政府め・・・・・まだ隠し通すつもりか。―――もう一人の織斑の存在をっ」

 

 

 

 

「世界に公表されたわね。だけどあの子がクローンとして産まれたなんて、本当に常識外れね」

 

「そうね。だから異常(イレギュラー)に愛され続けた者だと周囲から呆れられていたものね」

 

「懐かしいわね」

 

「ええ、だけど・・・・・この展開、あの子が望んでいないわ。今まで味わってきた苦痛をこんな記者会見で済ませようとする政府に癇癪を起していなければいいけれど」

 

 

 

 

様々な影響を与えた日本が秘密裏にしてきた計画が世界にも露見してから数日が経った。その間―――。

 

「クーリェ・ルククシェフカ・・・・・。こっちは熊のプーちゃん・・・・・。なかよく、してね。あ、あと、こっちは、友達の・・・・・ルーちゃん」

 

新しくIS学園に編入してきたプラチナブロンドの少女。予備代表候補生としてロシアから来た小学生ほどの年の少女。ロシア特有の色白の肌に碧眼の瞳、虚空に向かって誰かを紹介するクマのぬいぐるみを抱えて名乗った名前はクーリェ・ルククシェフカ。更には―――。

 

「元イタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフなのサ。よろしく頼むサ。基本はISに関する授業およびイマージュ・オリジスの襲撃にしか出ないから、見かけたら気さくに話しかけてくれなのサ」

 

千冬が声を掛けたアリーシャもIS学園の教師として招き入れた。するとセシリアが挙手した。

 

「どうしたオルコット」

 

「あの、どうしてイタリア代表の方がここに・・・・・?それに先程『元』とは・・・・・」

 

「軍を抜けたのサ。織斑千冬と再戦をするために。国と軍の縛りがあっちゃあずっとあの時の決着がつけれないからサ」

 

「何という純粋な理由だ。しかし、これからどうやって生きるつもりなのだ?」

 

感嘆の念を抱くラウラの指摘にアリーシャは顎に手をやって考える仕草をすると、千冬を見て頷いた。

 

「ブリュンヒルデに養ってもらサ」

 

「働けバカ者が」

 

一蹴する千冬にキセルを弄りながらカラカラと笑う。そんなこんなで一国を相手に戦争が出来て国を奪えるほどの戦力が過剰までに揃ったIS学園であった。実績の経験も知識も全て揃っているこのメンツを相手に挑める相手がいるとすれば二つの存在しかこの世にいない。

 

「さて、諸君には今一度我々が相手すべき者達の情報を改めて再確認をする」

 

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)―――どの個体も巨体で未知のエネルギー、魔力と言う異常現象や超常現象を起こすに必要な力を有し、魔法を操る架空の生物と思われてきた総称『ドラゴン』。ISの武装を物ともしない硬質な鱗に覆われた身体で世界を滅ぼす可能性を示している。聖杯と言う摩訶不思議な道具を用意て金属や機械に命を吹き込み『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を作り出して私兵としている。その数は圧倒的にISを上回り、ISの対の存在として敵対している。聖杯は全て三つがある事が判明、一つはアジ・ダハーカが所有し、もう一つは織斑一誠が、最後の一つは未だ不明。

 

 

篠ノ之束、ラーズグリーズ、ジェイル・スカリエッティが率いるナンバーズ―――ISに関することや自身の身体能力の高さは世界最強の千冬を真っ向から挑めるオーバースペックの持ち主。そして助手としてでも異性としてでも愛されているラーズグリーズは千冬並みの実力を有す示唆をしている。正体は未だ一部を除いて把握されていない謎の男性操縦者。人体に機械を移植・融合を果たした十二人のクローンであるナンバーズ自身も下手な代表候補生よりもISの稼働時間が高く、束自ら作り出したラーズグリーズのISを扱える他、ラーズグリーズの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)も使用できるようになってから厄介な存在と認識を改めざるを得ない。

 

 

『・・・・・』

 

どっちも勝つのが極めて難しい相手の情報に溜息が出そうになる。

 

「イマージュ・オリジスはISじゃあ倒せないのがネックよねぇ・・・・・」

 

「篠ノ之博士の方も厳しいですわ。一度もラーズグリーズを倒したことが無いですもの」

 

「あはは・・・・・勝たなきゃいけないのは判ってるけどよ・・・・・」

 

「シビアすぎる・・・・・はぁ・・・・・」

 

意気消沈しかける代表候補生やそれすら成ってない専用機持ち達。そんな相手に一体どうやって勝てと言うんだとばかりに。そんな生徒達をアリーシャは不思議そうに見た。

 

「どうしたのサ?」

 

「気にするな。ただの気落ちだ」

 

「それは落ち込んでいるのと変わりないのサ」

 

「そうだな。落ち込んでいる暇があればISを展開したままアリーナを十周走らせるか。クーリェ以外の者は取り敢えず行って走ってこい。当たり前だが、PICはもちろん、補助動力もいれるなよ。いいな、異論は認めん」

 

「え、あの、俺らIS持ってませんけど?」

 

「行ってこい。命令だ」

 

何て横暴なっ!と誰かが言えば、ナイフのごとく切れ味のある鋭い睨みが向けられ、恐れ戦く一夏達は脱兎のごとく教室からいなくなった。

 

「え、えっと、あの・・・・・」

 

「クーリェはIS学園に来たばかりだ。学園の案内をしてやろう」

 

「そういうことなら私も同行させてもらうのサ」

 

 

がっしゃん、がっしゃん、がっしゃん。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 

がっしょ、がっしょ、がっしょ。

 

「ふう!ふう!ふう!」

 

晴天の第一グラウンド、そこでは様々な色の機体が重量のある金属音を響かせながら走り回っていた。その傍や先に走る専用機を持っていない秋十、一誠、弾、数馬。

 

「はぁっ、あ、あの人は何てことをさせるんだ!」

 

「ふうっ、ふうっ!こ、これは意外と辛すぎる!ふうっ、ふうっ!」

 

「ああ、箒、汗で濡れる君の顔の様は花びらの霜のようだよ!私はそれを見ながらならば十周なんて軽く走れそうだ!あはは、あははは!」

 

「こ、こっちに来るな!?こらっ、触ろうとするな!」

 

「つ、疲れたよぉ・・・・・もう走れないぃ・・・・・」

 

「が、頑張ってオニール・・・・・っ」

 

「意外にもいい運動になりますねこれは」

 

「ヴィシュヌ、そう思っているのは絶対にあんただけよっ、はぁ!はぁ!はぁ!」

 

いま世界で集団でISの徒競走をしているのはこのメンバーだけだろう。珍妙な行動をする者達を見る者がいたら記念に写真を撮影して保存に残す。

 

「・・・・・」

 

肩にカメラを担いでその様子を後ろから一緒に走って撮影するラーズグリーズに気付くまでアリーナを八周も走ったところだった。

 

―――†―――†―――†―――

 

「・・・・・共同戦線だと」

 

驚きで絶叫を上げる一夏達。アリーナを十周して疲弊した身体で教室に戻ると、何故かラーズグリーズまでついてくる。何を考えているんだと思いながら警戒して教室にいた千冬と、ラーズグリーズのフルフェイスから射影する立体映像として浮かび上がった篠ノ之束からの話に訝しむ。

 

『うんうん、そうだよちーちゃん。そっちもこっちもあのドラゴンとドラゴンの玩具に手を焼いて難儀しているでしょ?だから敵の敵は味方ってことで一緒に戦わない?ってお誘いをしているんだよー』

 

「・・・・・」

 

『別に強制じゃないから断ってもいいよ。ただ束さんの情報網では、世界各地の会社や企業が取り扱う機械や金属が謎の消失する不思議現象が相次いでいるんだよね。その中には車とか工事用の機械、更には軍用機や豪華客船までも!』

 

「アジ・ダハーカ達の仕業だと?」

 

『機械に命を吹き込むことが出来るなら納得できるんじゃない?』

 

あり得ない話ではない。アジ・ダハーカの手元にはそれが出来る聖杯を持っている。個の存在だけでも極めて強敵なのに私兵として数を揃えているならば、エネルギーが消費し長期戦は難しいISでも全てを全滅することは敵わない。こっちが数十であっちが万の数で挑まれれば危険で無謀な戦いを強いられる。

 

『私もイマージュ・オリジスに負けないように無人機をたくさん量産しているからそっちに行けないのは残念だよー。だから、ちーちゃんの返事がすぐに聞こえるようにしばらくらーくんを貸してあげるよ。ああ、それと私からプレゼントがあるから受け取ってね。ふふ、私ってば優しいね!』

 

「・・・・・」

 

『それじゃ、返事は待ってるからね。ばいばーい』

 

映像は途切れ異様な静けさが教室に残る。そしてラーズグリーズは粒子召喚して出した朱色のバンダナ、銀色のチェーン、金色のガントレット。それらを弾、数馬、そして秋十に指す。

 

「・・・・・俺達にか?」

 

「・・・・・(コクリ)」

 

恐る恐る近寄る弾にはバンダナ、数馬にはチェーン、秋十にはガントレットを手渡す。それからフルフェイスから三人に手渡した物、待機状態のISの情報を公開する映像を映し出した。

 

「第四世代型のIS・・・・・暁、白桜(はくおう)黒霧(くろむ)・・・・・!?」

 

暁はビーム無効化に加えて反射する金色の装甲が特徴で特殊なビットからバリアを張り、相手の攻撃を防ぎかつ相手を閉じ込めることも可能な武装以外、腕部の荷電粒子砲に刀剣の形をした、近接戦闘用のブレード。そして全身の装甲から太陽のような光量を放つ。

 

白桜(はくおう)は聖騎士のような両手剣の剣と十字架を模した四枚の銀色の大盾を展開している。その四枚の大盾が遠隔無線誘導型で武装のメインでありそれぞれ反発・吸引・重力・ビーム無効の能力が備わっている。四枚の大盾と剣が連結すると、盾の能力が全て発揮する大型のエネルギーの刃を形成して斬撃を放出することが可能。

 

黒霧(くろむ)は大型のウイングスラスターから大量の黒煙を噴出してハイパーセンサーの情報のとビーム兵器の阻害、暗闇にいる相手の位置を黒霧(くろむ)だけが特定でき、遠隔無線誘導型の六つの大鎌から炎・雷・風・水・氷そして斬撃そのものをエネルギー刃として放出できる。また組み合わせ次第で様々な攻撃のパターンが変わる。

 

「ちょ、これっ・・・・・!?第四世代ってマジか!」

 

「恐れ多いんだけど束さぁーん!?」

 

「俺に不相応だって・・・・・不相応だってこれぇ・・・・・!」

 

三人共完全にビビる。今の今まで訓練機しか操縦できないでいた自分達がいきなり第四世代と、これで世に四機しかない新世代のISを手に入れてしまったのだ。なので、三人は揃いも揃ってラーズグリーズに待機状態のISを突き出した。

 

「「「お返しします」」」

 

「・・・・・」

 

返事はNO。召喚したチェーンソーの刃を激しく回転させて、受け取れと言う強迫観念を三人に伝える。その行動の意図を察し表情を硬くする物凄い不安そうな三人に、一夏は同情の眼差しを送った。

 

「大丈夫だ。俺でも何とかなっているんだからお前達も何とかなれる」

 

「「「そういうことじゃない!」」」

 

兎にも角にもこのクラスに一誠以外が全てISを有することとなり、秋十達もISの訓練に励むこととなったところで―――外からけたたましい爆音が聞こえだした。なんだ!?と目を見開く一同に疾呼する千冬。

 

「全員!すぐに現場へ急行!」

 

『了解!』

 

襲撃ならばすぐさま行動に移らなければいけない。ぶっつけ本番に等しい秋十達も一夏達と交じって駆けて行く中、一誠とラーズグリーズだけが教室の中に残った。

 

「・・・・・ラーズグリーズ、この学園に居る間は束から私達と協力をする事も含まれているのか」

 

「・・・・・」

 

千冬の問いに否定と首を横に振る。束からの誘いの答えを待つだけの存在だというラーズグリーズは教室の隅に移動して、そこで腰を下ろして物言わぬ置物と化した。一方、爆発の下へ第一アリーナへISで向かった一夏達は―――。

 

「久しいな、IS学園よ」

 

「アジ・ダハーカッ・・・・・!」

 

臨海学校以来に相まみえる時折紫色の発光現象を起こす黒い髪を伸ばす血のような赤い双眸の男。一夏達はあの時の敗北を嫌でも脳裏に過って思い出し、険しい表情を浮かべた。

 

「あれからも変わらぬ兵器で強くなったか?であればこちらとしても遊び甲斐があるというものだ」

 

「一体何しにここへ来た!」

 

「無論、お前達に戦いをしかけに来た。俺は高みの見物をさせてもらうがな」

 

空へ舞い上がったアジ・ダハーカと入れ違うように一夏達の目の前で黒い魔法陣が展開した。そこから最初から変形した『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』が出てくる。全長は優に百メートルを超え野太い手足がIS学園を蹂躙することが可能を示し、全員は緊張で引き締めて戦闘態勢に入った。

 

「相手が誰であろうと学園を、俺が皆を守る!」

 

勇ましく超巨大な『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』に突撃する一夏に続いて飛び出す箒達。自身のISの最大火力を最初から全力全開で攻撃していく。ほぼ一方的に攻撃を食らう『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の身体に見た目だけは激しい損傷、ダメージを負っているようにもみえるがゆっくりと片足を上げて前に動かすその挙動だけで―――第一アリーナの壁を粉砕、IS学園へ一気に距離が縮んだ。

 

「脚だ、脚を集中攻撃をするんだ!」

 

「それが動きを停めさせる効率的な手段だね☆」

 

「つっても、厚さが数十メートルもあるぜこれは!」

 

「それでもやるしかないだろう!」

 

白桜(はくおう)の大盾を全て横に連結した後に剣も接合すると、情報通りの大型のエネルギーの刃を十メートルも形成してみせた数馬が両手で持って横凪ぎに振るった。

 

「おおおおおおおっ!」

 

巨木のような太い脚に斬り付け、装甲を削りながら一周し回った。覗き込める筋肉のようにびっしりと詰まった機械的な部品が露出して畳みかける遠距離と中距離型のISを操縦する箒達。一転集中攻撃で超巨大な体躯が片足だけでは立っていられないと前のめりの姿勢になるや否やそのまま激しい地響きと震動を起こしながら倒れた。

 

「やるな、数馬!初出陣で大手柄だ!」

 

「いや、最後は皆が攻撃したからな?」

 

「今のが最新の武装か。格好いいな」

 

もはや動けぬ相手に脅威も感じられないと初出陣の秋十、弾、数馬であったが―――まだ戦いは誰も終わったという雰囲気ではなかった。超巨大『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の背部の装甲が大きく開きだすとその中から臨海学校で見かけたワイバーン型の『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の他、五メートル級のドラゴンまで交じって飛び出してきた。その数は優に百を超える。

 

「はぁあああっ!?」

 

「皆!一機たりとも見逃しちゃダメよ!」

 

「これ、手に負える数じゃない!」

 

「くそぉおおおおおっ!」

 

一人一機相手にしていると四方八方からも襲い掛かってくる。痛みなど感じない『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』は死肉を貪るハイエナやハゲワシのように一夏達に群がり、アジ・ダハーカの指示で武装を破壊、ドラゴン型に足で押さえつけられる。あるいは人質にされて無力化された。

 

「ふっ、世界最強の兵器とはいえ中身は情に弱い人間。よほど大切な人間の命を脅せば大人しくなるな。機械のように使い手の意思のまま無情に徹せすればこんなことにはならなかっただろう」

 

「それが、人間ってもんでしょうっ」

 

「知っているさ。お前達よりも飽きるほどにな。さて、織斑一誠を炙り出すか」

 

IS学園を取り囲むようにして超巨大『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を再び召喚する。その数は四つ。学園を破壊するつもりか片腕を振り上げて―――頭部の部分が突然爆発を起こした。

 

「やれやれ、私も出張らなきゃいけないとはサ!」

 

「一応の予備戦力として残された分は働かないといけないでしょ」

 

「・・・・・」

 

「皆さんのために頑張ります!」

 

ナターシャ・ファイルス、アリーシャ・ジョセスターフ、山田真耶に―――ラーズグリーズが『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』と応戦を始め、ラーズグリーズがいち早く反転(リヴァーサル)で超巨大『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の身体を内側から表に強制的に変えて鉄と金属の塊に変えた後、アジ・ダハーカの前に移動した。

 

「ラーズグリーズとやらだったか。グレンデルに破壊されたISで復活を果たしたようだな」

 

「・・・・・」

 

「しかし、この状況を見ても俺に戦いを挑めるか?」

 

その答えは二つ目のISを装着することで示した。自身を取り囲む幾重の大小様々なリング状。それは手の甲、肘、肩、膝、頭上、背中に大型のリング。更にはラーズグリーズの身体を閉じ込めるような更に巨大な三つのリングとリングがメイン武装だと窺わせる出で立ちだった。アジ・ダハーカもそれを認知する。

 

「それでどうする?」

 

こうする、と身体から分離するリングは遠隔無線誘導型、ラーズグリーズの意思に従って一夏達を取り押さえてる『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』に向かって飛び出し、途中リングからエネルギーの刃を展開してリングの刃が拡大そのまま両断し続ける。他の『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』をも対象としてリングは勝手に動き出す。

 

「なるほど、殲滅には効率がいい。だが・・・・・俺の魔法には耐えられまい」

 

アリーナを包む黒い魔法陣が上空に発現し、臨海学校で受けた黒い雷が降り注ぐ。ラーズグリーズを囲う三つのリングが分離し、更に二つに分離して広大な円陣のように展開すると、

 

掻き消えろ(リヴァーサル)

 

アジ・ダハーカの雷は分離したリングの中心から下まで届かず、ラーズグリーズ達に直撃することもなく前回とは違い完璧に防いだ。

 

「・・・・・魔法に干渉する能力を、更に効率的に伝導させる武装と言うことか」

 

ラーズグリーズの元に戻るリングを見つめ、己の魔法を封じるために開発されたと過言ではないことを認め、深い笑みを浮かべる。

 

「その能力、確かに我等に通ずるやもしれない。だが、それを真正面から破るこそがドラゴンとしての本懐だ!」

 

禍々しい黒い魔力のオーラを迸りながらアジ・ダハーカは人の姿から異形の姿に変貌していった。紫色の発光現象を起こす黒い髪は体を覆う鱗に、背中に二対四枚の翼、長い尾、鋭い手足の爪、三つの鎌首を生やし三つの頭部に六つの目に三つの凶悪な口の牙を持つ邪悪な龍に。

 

『グレンデルが称賛した者の実力を俺も味わおうか!』

 

「「「「「―――――っ!?」」」」」

 

ニーズヘッグ、グレンデルと一戦交えた一夏達だったが、本性を現したアジ・ダハーカから感じるプレッシャーは彼等の比ではないと脂汗を掻き心から恐怖する。上級生の楯無達ですらビビっていた。これが最強の邪龍の威厳と威圧なのか―――と。だが、たった一人だけそれを感じても・・・・・威風堂々と立って戦う姿勢でいるラーズグリーズだけは違っていた。

 

『この俺を前に怯えるどころか戦う姿勢を見せるか・・・・・面白いっ!』

 

喜々としてラーズグリーズに戦いを仕掛けようとしたところで深緑の魔方陣が浮かび上がり、輝きが最高潮に達した時に現れる絶対天敵(イマージュ・オリジス)

 

グオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

浅黒い鱗に覆われた背中に翼を生やす巨人型のドラゴン。銀色の双眸に狂気と戦意を孕ませてアジ・ダハーカに異を唱えだした。

 

『待ってくれやアジ・ダハーカの旦那!そいつは俺が最初に目を付けた面白れぇ人間なんだ!復活したんならもう一度俺が戦いてぇよ!ていうか、旦那は織斑一誠に用があったんだろうが!聖杯でも渡すんじゃなかったのかよ!』

 

『これから楽しい一興を演じようと思っていたところを・・・・・邪魔するなグレンデル』

 

『他の連中は全然見つからなくて暇すぎるんだよ。ということであの時の再戦と行こうや!』

 

アジ・ダハーカの言葉を無視してドラゴンと化したグレンデルがラーズグリーズに殴りかかった。応戦しようとしたラーズグリーズの目の前でアジ・ダハーカが魔法で邪魔する。

 

『俺の楽しみを邪魔をするというなら、まずはお前を倒してやるぞ』

 

『上等だ!アジ・ダハーカの旦那でも十分楽しめっからよっ!』

 

喧嘩をするなら他所でやってくれーっ!?と全力で願う一夏達は巻き込まれないように退避する。

 

 

 

 

他のドラゴンを家畜を摘まみ食いしながら探すニーズヘッグの目の前に、空を切り取ったような美しい蒼い身体をしたドラゴン―――ティアマトが近付いてきた。

 

《お、おーひ、久しぶりだなっ。ティアマトー。さ、探したよっ!》

 

『久々に再会したのがあなたなんて、何か嫌だわぁー』

 

《ぐへへっ、そんなことよりも、お、俺とアジ・ダハーカの旦那のところにい、行こうぜ?皆、ま、待ってるっ》

 

『待ってる?集まってるの?もしかして、あの子は復活した?』

 

ティアマトの指摘にニーズヘッグは不意にキョロキョロと辺りを見回して誰もいないことを確認すると出来るだけ小声で言う。

 

《お、俺・・・・・織斑一誠って奴が『約束』の奴じゃないと思うんだよ。どうすればいい?》

 

『・・・・・』

 

意外にも疑問を抱いているドラゴンがいたとは思えなかった。誰もが織斑一誠に聖杯を渡す者だと信じているからだ。それはメリアが聖杯を織斑一誠に手渡し、アジ・ダハーカが他のドラゴンに織斑一誠のことを告げているから、他のドラゴンも信じてしまっているからだが、ニーズヘッグはどうやら違うらしい。

 

『どうしてそう思うの?』

 

《ん、んと、お、俺を対抗した異常なことと、あとは『アジ・ダハーカ達には黙っていろ』って、言われたからだよ》

 

『・・・・・』

 

《お、お前なら多分、だ、大丈夫だと思ったから言ったんだ。で、でも、内緒にしてくれると嬉しい》

 

そう、と思案する仕草をする蒼いドラゴンは、ニーズヘッグにこう言う。

 

『あなたの抱えてる疑問は、一先ず私に預けてくれる?』

 

《へ?》

 

『いいわね?』

 

《わ、わかったっ・・・・・。あと、ついてきてくれると俺も一段落できるんだけど》

 

『そのつもりでアジ・ダハーカ達を探してたからいいわよ。行きましょ』

 

 

 

 

喧嘩を始めだした邪龍にラーズグリーズも手も足も出せない。こちらの都合などお構いなしに辺りの施設を巻き込む暴れ様に、誰もが当惑と歯痒い思いをしていた。楯無はラーズグリーズに近づく。

 

「ねえ、あなたの力でどうにか学園から遠ざけれない?」

 

「・・・・・」

 

触れれば爆発しそうな喧嘩の光景を目の当たりにしながら考え込むラーズグリーズ。この場にナンバーズがいれば何とかいけそうなものだが・・・・・。

 

「・・・・・やってみる」

 

「っ!」

 

初めて聞いたラーズグリーズの声。目を見張る楯無の傍で全てのリングを分離して巨大な輪の形にし、その前に腕を引いて構えるラーズグリーズ。暴れ続ける二体のドラゴンがリングの中に入った瞬間に―――。

 

「―――宇宙の彼方まで吹っ飛べ(リヴァーサル)!」

 

「「!?」」

 

突き出した拳が巨大なリングの中心から強烈な衝撃波を発生させて、空気の塊に押し潰されながらアジ・ダハーカとグレンデルがIS学園がある島からどこまでも飛んで行って、何時しかその姿が見えなくなった。

 

「・・・・・」

 

強い、そう思えるほどラーズグリーズとISの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は強い。『リヴァーサル』の効率を求めた開発なのだろうが、あまりにもこれは―――異常だ。

 

「ラーズグリーズ!」

 

歓喜の笑みを浮かべマドカがラーズグリーズに向かって抱き着いた。

 

「すごい、すごいじゃないか!手も足も出せなかったドラゴン達を一撃で吹っ飛ばすなんて!今のお前とISならアジ・ダハーカ達と戦い渡れるじゃないかっ!」

 

「・・・・・」

 

それは無理、と首を横に振って否定する。何故なら・・・・・。

 

『やってくれたじゃねぇかぁああああっ!!!』

 

『地味に効いたぞ、今の一撃は!』

 

吹っ飛んでから三分も経たずして直ぐに戻ってきた邪龍達に辟易する楯無。

 

「そうよね。今ので倒れるようなら苦労していないもの」

 

「・・・・・しぶとい化け物共めっ」

 

二度目は通用しない、と悟る楯無とラーズグリーズ。再び訪れるIS学園の危機に一夏達が総攻撃を仕掛けても倒せない相手にどう戦えば―――と心の底から苦悩した時であった。

 

アジ・ダハーカとグレンデルが光速の勢いではるか遠くから飛んできた漆黒の塊に、反応をする前に吹き飛ばされた。

 

「――――」

 

誰もが思考を停止した。今、何が起きた・・・・・?吹き飛んだアジ・ダハーカとグレンデルも信じられないといった表情を空中で踏ん張って止まりながらした。それから第三者の方を見て開いた口が塞がらないほど驚倒する。

 

『お前はっ・・・・・!』

 

『な、何でここにいやがるんだっ!?』

 

黒と金色のオーラを全身から放ちながら、ドラゴンの両翼を雄大に広げる一体の巨大な生物―――。口から火の粉混じりの息を一つ吐いた。

 

『―――久しいなお前達』

 

そこにいたのは―――王道ともいえる強大なドラゴンのフォルムをした漆黒のドラゴン。両翼を広げた姿は、威風堂々たる見惚れるほどの見事なものだった。

 

「・・・・・新手の、イマージュ・オリジス?」

 

「・・・・・だが、何故だろうか・・・・・見ているだけで興奮が抑えきれない」

 

「・・・・・」

 

マドカが今感じているのは恐らく武者震いかもしれない。圧倒的な純粋な力を有するドラゴンを目の当たりにして、今まで見て来たドラゴンから感じたことが無いものを始めて感じているだろう。そうさせる漆黒の名を・・・・・ラーズグリーズはポツリと小さく、そして懐かしみを込めて吐露した。

 

「『三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)』・・・・・クロウ・クルワッハ・・・・・」

 

 

 

『何故、この世界にお前がいるっ・・・・・この世界には我が主が宿したドラゴンのみが存在している筈だ』

 

『そうだぜ!まだあの野郎も復活していないってのに姐御がこの異世界に来れる筈がっ・・・・・!』

 

『その問いに答えるならば、お前達は忘れてはいまいか。龍の祖の存在を』

 

『『―――――!』』

 

『理解したな?お前達がこの世界で好き勝手に暴れ回り人類にドラゴンの認識と存在、恐怖と絶望を与え続けてきた結果が、龍の祖のテリトリーが増えたのだ。他ならぬお前達の行動のおかげで、私達もこの世界に送れるようになった』

 

『ぬかったな・・・・・これでは描いていたシナリオが根本的に崩れ去る』

 

『何やら企んでいるが私の知らぬことだ。本題に入ろう。あの男は今どこにいる?グレンデルが言った復活とやらも気になるところだ』

 

『・・・・・これは我等と我が主の間で交わした「約束」だ。知りたければそこの施設の中にいるメリアから聞くといい』

 

『いいだろう。そうさせてもらう。次に出会う時は戦いなら喜んで相手になってやろう』

 

新たな漆黒の龍の登場にアジ・ダハーカとグレンデルは大人しく引き下がって消えていった。

そしてラーズグリーズもだ。

 

 

 

「あれー?らーくん、どうして戻ってきたのー?」

 

「・・・・・いる必要がなくなった」

 

「必要がなくなった?はてはて、IS学園で何が起きたのかな?」

 

 

 

《クロウ・クルワッハが元の世界からやってきたか》

 

『当然、必ず奴等もやってくるだろう』

 

『アジ・ダハーカの計画もこれでおじゃんなら素直に「約束」のこのところに集まるか?』

 

『私はどちらでも構わないところ、強いて言えば一勝負をしてみたいですねぇ』

 

『グハハハッ!クロウの姐御の他にも来ているならいっそ全世界に全面戦争でもしねぇかアジ・ダハーカの旦那!』

 



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奪取

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「まさか・・・・・貴女が来るとは思いもしませんでした」

 

「私もつい最近までお前達がこの世界で生きていることに知らなかったぞ。驚かされたものだ」

 

旧知との再会に見知った相手と話をするメリアと黒と金色が入り乱れた長髪と同色、右が金で左が黒のオッドアイに黒いコートを身に包んだ女性。喜ぶ表情をせず淡々と言葉を交わす二人を見守る千冬達。

 

「説明してくれるな。この世界で何をしてたのか、何をしようとしているのかを」

 

「はい。ですがその前に皆さんに自己紹介を」

 

専用機持ち全員と千冬、真耶、ナターシャ、アリーシャを見渡し、最後に織斑一誠を視界に入れる。

 

「私は『三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)』クロウ・クルワッハ」

 

「彼女はアジ・ダハーカとアポプスと同じ邪龍の筆頭格であり『邪龍最凶』です。その強さはこれまで相対したグレンデルやニーズヘッグを一蹴するほど。彼女が味方になれば一気に戦況と戦力がひっくり返ることになるでしょう」

 

なってくれるかはまだわかりませんが。と付け加えるメリアの最後の一言に不安を覚える一同の中、楯無が問うた。

 

「一応敵ではないのよね?」

 

「私に敵対する理由がなければそうであろうな」

 

「じゃあ、手助けしてくれる気とかは」

 

「それはないな。私はある目的で一足早くこの世界に送り込まれた。私は、というよりこの世界に存在する全てのドラゴンは皆―――異世界から来た」

 

『い、異世界・・・・・?』

 

何か、おかしな展開になってきたと話について行ける自信が不安になった一同を気にせずクロウ・クルワッハは言い続ける。

 

「異世界でとある事情により、メリア達ドラゴンは元の世界で消滅したと思われていた。しかし実際は何かしらの方法で消滅もせずこの世界に生きていたようだが、私達ドラゴンを生み出す神のような存在がこの世界にある物を送った」

 

「それは?」

 

「ドラゴンを封じ討滅する剣だ。だが、それは何者かに奪われたようでな。私はそれを奪った者から剣を取り返すよう頼まれたのだ」

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

あ、あれかぁーっ!?

 

一夏達は天を衝く超巨大な剣のことを思い出し、叫んだ。

 

「あの剣、やっぱり神様が創った武器だったのか・・・・・しかも異世界の神って」

 

「すっげぇーな。ファンタジーじゃんかよ」

 

唖然と事実を知った面々の衝撃はがまだ抜けきれていない時にクロウ・クルワッハは織斑一誠見て言う。

 

「そして、その男―――メリア誰だ」

 

「織斑、織斑一誠です」

 

「・・・・・そうか、織斑一誠にドラゴンスレイヤーの剣を渡すのが私の仕事だ」

 

「それは何故?」

 

「手にすることは出来ても、あの剣を振るえるかどうかは定かではない。メリア、お前もよく知っている筈だ」

 

「・・・・・」

 

「宝の持ち腐れだろうと、手元に置かせたいのだろうあの龍の祖は」

 

どうしてそこまで織斑一誠に拘るのか分からない一夏達は思い切って尋ねた。

 

「貴方達はどうして一誠を拘るんですか?」

 

「メリア、言っていないのか?」

 

「説明する時ではありません。余計な混乱を招くだけかと」

 

「私もまだ何もわかっていないからな。後にやってくるあいつらにも説明をしてもらうぞ」

 

誰が来る?またドラゴンでもやってくるのかと、この世界は一体どうなってしまうのかと不安要素が増えた千冬達は顔を顰める。

 

「話せる中で抜粋させてもらいますと、我が主は、三つの聖杯に己の全てを分けて宿しました。それらを私とアジ・ダハーカ、そしてもう一人に『約束の日』まで預け、来るときに復活させて欲しいと」

 

「用意周到だな。聖杯でそんなことに使うとは。そしてそれが・・・・・」

 

「ええ、その通りです」

 

織斑一誠がそうなのだと最後に二人の中で事の顛末の話を打ち切った。

 

「ならば、アジ・ダハーカが持つ聖杯をついでに奪ってやろうか」

 

「これ以上、アジ・ダハーカの玩具を増やさせないためにも必要ですのでお願いいたします」

 

ドラゴン同士の会話に割り込めず蚊帳の外で聞くしかなかった千冬達の心情など露知らず。

それどころかクロウ・クルワッハとメリアですら思いもしなかったアジ・ダハーカにとってアクシデントが起きていた。

 

 

『何の真似だティアマトめ・・・・・!』

 

ニーズヘッグが連れて来たティアマトに再会の挨拶をしながら、聖杯を蒼い龍に触れさせた矢先に何も言わず転移魔方陣でどこかへ姿を暗ました。後になってティアマトに奪われたことを気付き憤怒で怒りを露にするアジ・ダハーカ。

 

《してやられたか。我等もよもや、ティアマトが裏切るとは到底思わなかったから初動に遅れた》

 

『でもよ、アジ・ダハーカの旦那みたく玩具を増やすわけじゃないんだろ?するとも思えねぇけど』

 

『織斑一誠に聖杯を早く与えたい気持ちが抑え込めなかった、のでは?』

 

《わ、わかんねぇ・・・・・で、でも、ラードゥンの言うとおりだったら別にいいんじゃないのかぁ?》

 

よくあるかぁっ!と怒鳴り散らしニーズヘッグを恐怖でビビらせた。

 

『その真の役目こそ俺が与えられたものだぞ!ティアマトになぞやらせてたまるかっ!』

 

『んじゃどーするんだよ?織斑一誠のところで待ち構えるつもりか?』

 

『ぬぅ・・・・・そんなことできる筈がないだろうっ』

 

『しかし、これで玩具を増やすことはできなくなりましたね。もう十分すぎるほどですが』

 

『クロウ・クルワッハ達までもが参戦するというなら物の数にも入らないだろう。それにだ』

 

《あれからも長い年月が経っている。その分、力も増しているだろう。となればこちらの敗北は必須・・・否、元からそのつもりだから痛くも痒くもないか?》

 

別段、クロウ・クルワッハ達と戦う理由は最初からなかった。あるのはこの世界の人類とだ。かつての同胞、仲間までしゃしゃり出て来られてはこれまでの活動は無意味になる。アジ・ダハーカはそれが何とも面白くなく感じている。

 

《な、なぁ・・・俺達は元の世界に帰れるって感じでいいのかぁ?》

 

『そうなりゃこんな退屈な世界とはおさらばで、またアルビオン達と戦えるなら俺は大歓迎だぜ?』

 

疑問と喜々なニーズヘッグとグレンデル。アジ・ダハーカは目を閉ざして思考の海に飛び込む。少ししてネメシスの方へ目を向ける。

 

『・・・・・ネメシス、我が主から預かっていたものがあったな』

 

『確かにある。なんだ、あれらを渡せというのか?』

 

『それがお前の役目であったはずだ。奪われた聖杯は織斑一誠の自身の手で奪い返してもらう』

 

《ふむ・・・世界を懸けたシナリオとしてはまだ修正できる範囲内か》

 

《お、織斑一誠が使いこなせれるかぁ・・・?》

 

『無理だろ、一度だって戦ったことが無い奴なんかに渡すならラーズグリーズって奴にした方が面白そうだぜ。ちょっととはいえ、俺とアジ・ダハーカの旦那を吹き飛ばしたんだからな』

 

『おや・・・それは本当ですか?』

 

『確かに・・・・・俺達ドラゴンと真正面から対抗できている人間・・・なのか分からないがあの者だけだ』

 

ラーズグリーズに興味を示し出すドラゴン達にニーズヘッグは冗談のように言い出した。せめて、皆も疑問を抱いてくれるように祈って。

 

《ア、アジ・ダハーカの旦那を吹き飛ばすなんてさ、案外、そ、そいつがあいつだったりして・・・・・》

 

途端に異様な静けさが場を支配して、ニーズヘッグを除くドラゴン達はアジ・ダハーカへ視線を向ける。

 

《どうなのだ?聞けば聞くほどISとやらの能力であれ、話題に出てくるのは織斑一誠を除いてラーズグリーズという者だけだ》

 

『悪食野郎の言い分は妙に納得できるぜ。旦那。あン時、本気じゃなかったとはいえ俺と長く戦える奴なんて、この世界にそんなことできる人間はそうそういないだろうしよ』

 

『単なる勘違いでは済まされないが、この世界で転生したあの者を見つけ出せるのはあの者だけだ。そして最初に「記憶」の聖杯を宿すことが決まっている。まぁ順番など決まっていないから絶対ではないが』

 

『しかし、受け継がれた「記憶」によって私達の事は知るでしょうが以前のように接するのか不明ですがね。魂も受け継がれていなければ本当の意味で復活をしたことにはならない。アジ・ダハーカ、その辺りは何か知りませんか?』

 

話を振られたアジ・ダハーカは分からないと首を横に振る。

 

『お前達もあの時、共に話を聞いていたはずだ。あれ等以外聖杯に宿したのは三つのみ。その一つはティアマトが奪った。そしてもう一つは・・・・・』

 

 

 

 

「ティアマト・・・・・数日いなくなるっていった意味はこれだったの?」

 

「ええ、アジ・ダハーカが持っていた聖杯。難なく奪えて私も肩透かしを食らったけど、これで何とかなるわね」

 

テーブルの上に置かれた聖杯を見て愕然とする。絶対に奪われることはないと思っていた物が光沢を出してカーリラに本物だと窺わせる。

 

「・・・・・ありがとう。残すは一つだけ。でもそれは最後に取っておきましょう」

 

まずはこの聖杯を・・・・・と思案するカーリラにティアマトは主張する。

 

「あの子のところに行くなら私も行くわ。いい?」

 

「ダメな理由なんてないわよ。夜行きましょ?」

 

聖杯を手に入れてくれたティアマトに感謝しながらカーリラはラーズグリーズに会うため世界が闇に支配されるのを待つこと翌日の夜。開け放たれた別室で着替える彼女にティアマトは思い出したかのような口ぶりで話しかける。

 

「ああ、そういえばニーズヘッグは織斑一誠のことを疑問視していたわ。本当にあいつなのかーって」

 

「そうなの。疑問を抱いているだけでも重畳だわ。全てが終わったら体を小さくしてもらって、たくさんご馳走を振る舞ってあげようかしら」

 

「尻尾を振って喜ぶわよ絶対。だったら引き抜いて来ればよかったかしら」

 

「あのままでいいわ。あの子に報告するだけでも安心してくれるだろうし」

 

数分後、顔も髪も隠す黒いフルフェイスとボディースーツで、身体も隠した出で立ちのカーリラはティアマトと肩を並ぶ。

 

「案内するわ。送ってちょうだい」

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

秘密基地の前にカーリラが来ていることをクロエから報告を受け、ナンバーズに出迎えてもらい招くことにした。一体何の用だろうと考え、彼女が来るまで待っていると一人だけじゃなくもう一人いて、ラーズグリーズはその人物を見て静かに吃驚した。

 

「おっひさーだね。あの剣はどうしたのー?」

 

「ちゃんと保管しているわ。今日はその子に渡すものがあってきたの」

 

「らーくんにプレゼント?好感度を得る作戦だなー?束さんも負けていないからねー!らーくんの身体も復活したら私と言うプレゼントをするんだから!」

 

「ふふ、そういうことをするなら是非とも私にも声を掛けてね?さて、ラーズグリーズ・・・・・これを受け取って。彼女が危険を冒してまで奪取してくれたものよ」

 

蒼い長髪と藍色の瞳の美女が肩に掛けていた鞄からアジ・ダハーカが所有していた聖杯を取り出した。一番早く束が興味を示した。

 

「お?おー?これって噂の聖杯ってやつなのかな?『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』って不思議なロボットを作り出すのに必要な絶対天敵(イマージュ・オリジス)が持っていたものだよね?ね?」

 

「ええ、その通りだけどこれをこの子の中に宿してもらうわ」

 

うん?宿す?不思議なことを言うカーリラに人類史上の天才の頭を持つ束に混乱を齎したワードだった。

 

「カーリラ。この子がそうなのね?」

 

「ええ、この姿でいるのは訳があるの。政府のニュースを見たでしょ?」

 

「貴方と一緒に見たから覚えて・・・・・待って、まさか・・・・・この子がそうなの!?」

 

おっかなびっくりする美女に首肯するカーリラ。

 

「ね?何も知らないでいたら勘違いしてしまうでしょ?」

 

「確かに・・・・・いくらなんでもこれは私でも勘違いしてしまう自信はあるわよ。事情も知らないなら特に尚更でしょ。メリア、アジ・ダハーカ・・・とんでもない勘違いをしてしまったのね」

 

はぁ・・・と同情が籠った嘆息が溜息と共に吐き出だす彼女に束は刺しながら問い詰めた。

 

「さっきからこいつ何なの?」

 

「私の古き友、そして名前は―――『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマト。私の味方のドラゴンよ」

 

「よろしくー。あまり舐めた態度されちゃうとイラっとするからね。燃やしちゃうかもしれないし」

 

「・・・・・(フルフル)」

 

燃やしちゃダメ、と言いたげに慌てて束の前に立って両手でクロスする。カーリラはラーズグリーズの心情を代弁する。

 

「この方、篠ノ之束さんはISの開発者でラーズグリーズの命の恩人よ。手を出しちゃダメだから」

 

「へぇ、そうなの。でも、肝心の子が昔と比べて以前の姿の形もないわね・・・・・大丈夫なの?」

 

「とてもじゃないけれど大丈夫ではないわね。全身はミイラのように干からびてISがなければ死んでしまうほどだから」

 

「え、身体がミイラ!?クローンって話じゃなかったわけ!?」

 

「クローンなのは事実だよ?でも馬鹿な政府がらーくんのことまだ隠しているんだよ。真実と虚偽を入れ混じりながら世界に公表したのさ。往生際悪くもね」

 

この時、本当の意味でラーズグリーズという存在を知ったティアマトは言葉を失いかけた。

 

「あなた、これからどうする気でいるの?」

 

「・・・・・」

 

ティアマトから聖杯を手に取り、そして、胸の中に沈ませる現象に束は好奇心旺盛な目つきで見続ける中で完全に体の中に取り込んだラーズグリーズは、ドクン、と鼓動を感じた。

 

「・・・・・時が来たら、最後の聖杯を取り戻す。・・・・・政府に引導を渡す」

 

難敵はいるが、戦いを通じて事情を説明すれば解ってくれる。クロウ・クルワッハというドラゴンを知る者の思考は脳裏でそう考えを過らせて意を決する。

 

「・・・・・その前に・・・・・やることがある」

 

「なに?」

 

「・・・・・武器の回収」

 

「ネメシスね」

 

カーリラも納得して、ならば彼の思いを応えてやるのが自分の務めだとティアマトと行動に出た。

 

 

 

クロウ・クルワッハという最凶のドラゴンがIS学園でメリアと織斑一誠の指導に加わることになった。

アジ・ダハーカの襲撃から翌朝、それはもう、容赦などなかった。

 

「ぐっ!?」

 

「・・・・・手加減したが、これでもダメか」

 

「昔のように修行をしておりません。仕方がないですよ」

 

早朝五時。半壊したアリーナで軽い模擬戦を、一誠を起こして組み手を交わしたが予想以上に弱かった。一方的に千切っては投げて、千切っては投げてと繰り返すクロウ・クルワッハ。殴りかかってくる一誠を片手でさばき、どすっと頭部に手刀を落とし地面に叩きつけた。無情に一誠の実力を考慮して一刀両断の言葉を送る。

 

「無理だな。一朝一夕でアジ・ダハーカ達と戦えるまでに強くはならん。魔力を扱えるようになっててもだ。否、魔力だけでも倒せるような相手でもないだろう」

 

「・・・・・分かっています。ですから昨夜、説明したように」

 

「三つの聖杯が必要なのだろう。その内の二つはアジ・ダハーカとあの者が持っていると」

 

首を縦に振るメリアを一瞥して一誠を見下ろす。

 

「指導の件は止めさせてもらう。聖杯を集めた方が手っ取り早い。それから鍛え直した方が効率的だ」

 

「っ・・・・・」

 

今の己を鍛えても時間の無駄だと言外されたことに奥歯を噛みしめて悔しがる一誠。ISすら兄弟の中でまだ手に入れていない上に置いてけぼりにされている劣等感。唯一、ドラゴンと同じ魔力を宿しているのにそれすらアドバンテージすらなっていない情けなく感じてしまっている。

 

「まだ、俺はっ・・・・・!」

 

「気合だけでどうにもならない。お前は聖杯を与えられる時を待っていればいい」

 

『―――悪いが、そうも言っていられなくなったぞ』

 

立ち上がる一誠を突き放す言い方をするクロウ・クルワッハの話に、第三者がアリーナに発現した黒い魔法陣から現れて言い返した。三人の前に現れたドラゴンはクロウ・クルワッハに笑みを浮かべさせた。

 

「ネメシスか、久しいな」

 

『よもや、お前がこの世界に来るとは思わなかったぞクロウ・クルワッハよ。アジ・ダハーカにとっては都合の悪い予想外なことらしいからな。そしてこちらも織斑一誠に聖杯を渡すことが叶わなくなった』

 

「どういうことです?」

 

メリアとクロウ・クルワッハを見下ろしながら事実を打ち明ける。

 

『ティアマトがアジ・ダハーカから聖杯を奪った』

 

「な、ティアマトが?理由は何ですか?」

 

『解らない。突然の裏切りに俺達も面を食らった。ティアマトが織斑一誠に聖杯を渡すつもりなのかと思っていたが、どうやら違うようだな。これでティアマトの行方が分かるまでは聖杯を渡すことが叶わなくなった』

 

「ティアマトの裏切りの深意が判らぬ以上は、探す他ないだろう。お前はそのことを教えに来たのか?」

 

それもある、と言って一誠に視線を変える。

 

『織斑一誠。時期尚早だが、お前に聖杯以外の物を渡す。これらがあれば少なくとも強さは増すだろう』

 

怪しく目を輝かせるネメシス。開けた口から鎖に縛られた数々の武器が吐き出されて一誠の前に停止する。

 

「聖剣エクスカリバー、レプリカのトールハンマー、フラガラッハ・・・・・他にもかつて使っていた物の武器も全てお前が預かっていたのか」

 

『ああ、使いこなせるか疑問視しているがな。それでも必要な物だろう。ティアマトから聖杯を奪い返すのにどうしても力が必要だ。受け取れ織斑一誠』

 

宙に停止する武器の一つを触れると、縛っていた鎖が他の武器を縛っていた鎖も呼応して勝手に弾け飛ぶ。

その様子を見届けるとネメシスは空に飛び始める。

 

『これで俺の役目は終わった。次に会う時は戦いの時だろうな』

 

「ふふ、楽しみにしているぞ?」

 

『最凶の邪龍を縛れたことは一度もないから遠慮させてもらう。大方他の者達も来るのだろう?故にアジ・ダハーカから伝言がある。「他の者達に伝えろ。この戦いは我々ドラゴンとこの世界の人類との戦いだ。異世界から来たお前達の手出しは一切許さない」。以上だ』

 

「・・・・・わかった、伝えよう。だが、言うこと聞く連中だと思うなよ」

 

『解っているとも。奴らはたった一人の男の為に大はしゃぎをするだろうからな』

 

苦笑いを零して去るネメシスを見送る。そしてクロウ・クルワッハは踵を返してアリーナから去る。

残された二人は、メリアが数々の武器を浮かせて一誠は手に持った武器を握り寮へ戻る。

 

 

 

薄っすらと明るくなっている空を、アジ・ダハーカ達の下へ飛んで戻るネメシス。預けていた武器を織斑一誠が使いこなせれば魔力を扱えずとも、魔力を必要とする魔法の武器が呼応してそれなりにいい勝負が繰り広げるだろうと思案していた時―――ネメシスよりもっと上空から蒼い魔力の塊が落ちて来た。感知して回避したネメシスがいた場所に魔力が通り過ぎる途中で分散し、追尾性の魔力弾として再びネメシスに襲い掛かる。腹部を膨らませて口内から連続で火炎球を放ち追尾してくる魔力を相殺して防ぐ。

 

『何の真似だ、ティアマト』

 

魔力の持ち主の名を発し、舞い降りてくる蒼穹のごとき鱗を持つ巨龍を視界に入れる。

 

『あの子から預かっていた物があるでしょ?それを渡してほしかったの』

 

『聖杯だけ飽き足らず、あの武器等も奪ってお前の何になる』

 

『私達の為になる事よ。じゃなきゃ、こんな事好んでするわけないじゃない。でも、どうやら一歩遅かったようね』

 

あからさまな嘆息をする相手にネメシスは理解できないと目元を細める。

 

『織斑一誠の所に行ったところでクロウ・クルワッハがいるならタダで済むはずがないし、参るわね』

 

『目的は何だ、奴の復活の阻止か』

 

『違うわよ。寧ろそうしようとしているのよ』

 

『訳の分からないことを、お前がしていることは復活の妨害だ。よもやお前という者が誰かに唆されたわけでもあるまいな』

 

唆されている。ある意味的を得ているわねと口端を吊り上げて笑む。しかし、ティアマトは敢えて教えない。

 

『答えてあげるつもりはないし、あの子の武器がないならあなたと戦う理由もなくなったし帰るわ』

 

『待て、聖杯の在りかを教えろ!』

 

『ちゃんと渡したわよ?―――織斑一誠にね』

 

意味深に言うティアマトの言葉に、何だと?と疑問が沸いた。その瞬間を狙って転移式魔方陣でこの場からいなくなったティアマトをネメシスはIS学園がある方角へ目を向けた。

 

『どういうことだ?既に織斑一誠に渡した・・・?クロウ・クルワッハとメリアに悟られず宿す意味はあるのか?』

 

混乱しかけ一先ずアジ・ダハーカ達に知らせようと再び飛び去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻ってきたティアマトはラーズグリーズとカーリラに報告する。

 

「ごめんなさい。既に織斑一誠の手に渡っていたわ」

 

「・・・・・聖杯だけでも十分」

 

「ありがとう。でも、その身体でよく今まで生きて来られたね。異常な生命力と精神力よ?」

 

「・・・・・それでももう・・・人として生きていけれない体にされた俺は・・・・・あと一、二年も生きられない」

 

「「っ!?」」

 

その事実を打ち明けられた二人は完全に思考を停止した。それからもポツリ、ポツリと語り続けるラーズグリーズ。

 

「・・・・・悔しい、あの政府の公表には・・・・・俺の存在を誰にも打ち明けず、最初から・・・・・いなかったことにされた。・・・・・このままただ死んでいくだけなんて・・・・・あの苦痛を味わった報いがあんな公表で終わらされるなんて・・・・・」

 

フルフェイスの中でどんな表情を顔に表しているのだろうか。怒り?悲しみ?それとも虚無?あるいは全てかもしれない。ラーズグリーズが受け続けて来た痛みと辛み、相手に対する怒りと恨みが晴らされぬまま短い余命を過ごすのはあまりにも酷だと、瞋恚の炎を燃やすカーリラは拳を強く握り締める。



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異邦人と憎悪

クロウ・クルワッハが来てから世界は絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現がパタリと途絶えて一時的な平穏が訪れた。それに呼応して束達も静かに何かを待っているかのようだった。IS学園は第一アリーナの復旧が進む中、一誠は与えられた武器を扱えるように奮闘していた。一夏達も学園生活を過ごしつつ嵐の前触れのようにも思えるこの静けさにピリピリと警戒する。

 

 

 

 

『俺はあの時の仕切り直しをする。ついて行きたければついてくるといい。ただし、相手はISを駆使する者以外なら手を出していい。連れて行く私兵も標的はISと兵器に設定する』

 

『んじゃあ、俺もIS学園に行かせてもらうぜ?あそこに行きゃあクロウの姐御と戦えっからな』

 

『この際だ、全員で行こう。クロウ・クルワッハと戦いにな』

 

《ふむ、IS学園に私達が集えば恐らく、私達の行動を龍の祖が窺っているだろうから奴らが来る可能性はある。用心するべきか》

 

《俺、クロウの姐御と戦いたくねぇよ・・・・・あ、蠅共なら、い、いいけどさ》

 

『本気で喜々として挑んでくるでしょうからねぇ。私も肝が冷えますよ、クロウ・クルワッハと真正面からぶつかり合うのは』

 

再び絶対天敵(イマージュ・オリジス)が戦いを仕掛けようと臨み、その時が来るとき季節は冬に突入する。

 

 

 

IS学園は冬の催事としてクリスマスパーティの準備にかかっていた。特に専用機持ちは戦いばかりだからこそ日常の催事は大切だと楯無の提案でクリスマスパーティをすることになった。それぞれ準備をするために分担して行う。料理班、ツリーの飾りつけ、皆は聖夜に向けて楽しく準備を進めて―――。皆の和気藹々と楽しい気分を引き裂くように警告のアラームが学園中に鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

 

まさか、久しぶりに―――と誰かがその思いを抱いた時、それは具現化した。直ぐ近くで大爆発の連鎖の音が鳴り響いた。

 

『緊急放送、緊急放送!専用機持ちは直ちに全員学園の外へ!絶対天敵(イマージュ・オリジス)の大群が!IS学園を襲撃しています!』

 

「んな、こんな時にだって!?」

 

「絶対狙っていやがるな!」

 

駆け出す専用機持ちは窓の外から飛び出してISを装着して空へ飛び出す。放送通り、学園の各施設にアジ・ダハーカが襲撃してきたよりも圧倒的な数で破壊を繰り広げていた。そしてISを纏う者、一夏達を視認するや否や、一斉に襲い掛かった。

 

「くそったれぇっ!?前回の二の舞になってたまるかぁっ!」

 

「全員、複数に組んで対処をして!」

 

指示を出す楯無。その疾呼の叫びに一夏達は複数で組んで射撃や近接攻撃で襲ってくる『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を迎撃していた時、あの声が聞えて来た。

 

『遊びに来たぜクロウの姐御ぉー!俺と勝負しろやぁっー!ラーズグリーズ、お前もいるなら前回の勝負の続きをするぜぇっ!』

 

「グ、グレンデル!?」

 

《ひ、久しぶりだな蠅共ぉ~!》

 

「ニーズヘッグまで嘘だろ!?」

 

『私は初めましてですねIS学園の皆さん。私は「宝樹の護封龍(イムソニアック・ドラゴン)」ラードゥンと申します。以後お見知りおきを』

 

「新しいドラゴン!・・・ドラゴン・・・・・なのか?」

 

『ドラゴンですよ。見た目は樹木ですが邪龍です』

 

そして最後にはアジ・ダハーカと黒い祭服を着た褐色肌の美青年に一誠に武器を渡したネメシスが現れた。これにはモニターで見ていた千冬達も驚倒一色、意識を失いかけるほどこれは絶望的な光景だった。現場にいる一夏達も絶望に打ちひしがれそうだった。

 

「これと全部戦えってことですか楯無さん」」

 

「・・・・・帰っていいかしら。生徒会の仕事が溜まってて虚ちゃんに叱られちゃうわ」

 

「お、お姉ちゃん・・・現実逃避、しないで・・・・・!」

 

「死んじゃう、のかな・・・・・」

 

戦意も喪失。心が折れそうなときにアジ・ダハーカが言い渡す。

 

『クロウ・クルワッハ!出てこい!』

 

絶望を目の当たりにする一夏達の前に呼ばれたクロウ・クルワッハが人型の姿で空から現れた。

 

『お前がいては俺の望むシナリオ通りにはならない。この世界に来て早々悪いが退場してもらうぞ』

 

「くくくっ、面白い。これだけの邪龍と一度で戦うことは初めてのことだ。喜んで相手になってやるぞ」

 

《アジ・ダハーカや他の邪龍と組んで貴公と戦うのはこちらも初めてのこと。私も全力で相手になろう》

 

そう言うなり、アポプスは胸の前で手を重ねた。刹那、この一帯が暗くなっていく。周囲を見渡せば、この島を囲うように結界らしきものが展開し始めていた。

 

《この島の規模ならば、数秒あれば私の世界を作るに十分だ》

 

アポプスの全身が―――闇に覆われていく。島が暗黒に包まれていくのと呼応するように、アポプスの体を覆う闇は膨らみ、広がっていった。次第に形を変えて、巨大な物を形作り出す。この島の空に皆既日食のときの太陽みたく、細い光輪状態のようなものが浮かび出していた。それをバックに形を変えた邪龍が宙を泳ぐ―――。結界に覆われたIS学園がある島の空に現れたのは、全長百メートルを超えるであろう長細い蛇タイプのドラゴンだった。色は暗黒一色であり、ところどころ銀色に発光する宝玉のようなものが確認できる。頭部に浮かぶ目は三つあり、すべてが銀色に光る。

 

「これが・・・・・アポプスの正体・・・・・」

 

「ま、待て待て・・・・・どうなってんだよこの世界は、なんでこんな化け物が揃いも揃っていやがるんだよ!?」

 

「異世界から来たって話だけど、こんなレベルのドラゴンがいたなんて・・・・・終わったな俺達」

 

死を受け入れるしかない、そう思ってしまう男の操縦者達に喝を入れる筈の楯無も不安を抱いていた。

 

「(最凶のクロウ・クルワッハでも、この数の邪龍と戦って無事で済むはずがない。メリアさんも弱くはないけれど、私達を守りながらでは邪魔になってしまうでしょうね)」

 

「お、お姉ちゃん、危ないっ!」

 

混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』が楯無に牙を剥いた。気付いた頃には噛み殺そうとする無数に生え揃えた金属の鋭利な牙。

 

「―――――ぁ」

 

しまった、もう助からない・・・・・と半ば放心しかけていた楯無は死を直面した。

 

―――しかし。

 

「・・・・・」

 

赤黒いブレードを振るい、楯無から『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を守り切り捨てた。自分を守るその背中を見つめ、無意識に吐露する。

 

「ラーズ、グリーズ・・・・・?」

 

「・・・・・これで」

 

「え?」

 

「・・・・・昔の約束を、守った」

 

―――――っ。

 

楯無の心臓が不意打ちに高鳴った。かつて、たった一度だけ会った昔の男の子との約束。それを交わしたのは楯無ととある男の子だけだ。それを知っているのも当時の子供だった自分達だけだ。

 

ギャオオオオオオオオオオ・・・・・・ッッ!

 

ラーズグリーズの登場に呼応して『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』が押し寄せる。それらを目の当たりにしてもラーズグリーズは全てのリング状を大きく展開して発する。

 

全て掻き消えろ(リヴァーサル)

 

混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を限定に存在を反転。つまりは存在しなかったことに無の状態にする声が襲ってきた『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の全てを消した。

 

「―――ラーズだけやらせはしないっスよー!」

 

「他の鉄屑も全部潰してやる!」

 

「当然だ。すべて破壊する。突撃だ!」

 

闇の結界に飛び込むナンバーズ達。そして数多の無人機が『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』に攻撃を仕掛けた。

 

『―――――ッ!!!』

 

加勢に来てくれた彼女達の姿を見て、再び勇気を振り絞りまずは学園の守りから入る。ドラゴンはドラゴンに任せてやるべきことをやろうと一夏達は動き始める。

 

『来やがったな、ラーズグリーズ!俺と勝負しろ!』

 

「・・・・・脆くなれ(リヴァーサル)

 

殴りかかるグレンデルの拳を紙一重で交わしながら、その極太の腕にエネルギーの刃に形成して刃が伸びたブレードを叩き込んだ。

 

『グハハハッ!ンなもん、斬れるわけ―――』

 

ズンッ!

 

『な・・・・・』

 

グレンデルの浅黒い腕が抵抗を感じさせず、ブレードが下まで振り下ろせ、ドラゴンの腕を両断して地に落とした。斬り落とされた腕の断面から迸る青い血、それが何よりドラゴンに対する一撃が有効になったという証になった。

 

「・・・・・リヴァーサル、全ての理を反転する能力」

 

『ッ!?』

 

「・・・・・硬いなら柔らかく、脆い状態に・・・・・反転(リヴァーサル)すればいい。ドラゴンの存在もなかったことに、反転は可能・・・・・それが、俺のIS、リヴァーサルの能力」

 

明かされるとんでもない能力。それでも喜々として戦う意欲を示すグレンデル。

 

『やるじゃねぇか!この世界の兵器でこの俺を殺すことが出来るって、最高すぎるだろう!』

 

腹部を異常に膨らませて口腔から吐き出す巨大火炎球。まともに受ければ骨すら残らない猛火の塊にリングで照準を合わせて反転(リヴァーサル)、迫ってきた方向へ逆戻りする火炎球はグレンデルに直撃する。

 

『グオオオオオオオオオッッ!?』

 

脆くなった耐久の身体に自身の攻撃でダメージを負うグレンデル。

 

《・・・・・あの粗暴なグレンデルを圧倒しているとは》

 

『反転・・・か。厄介な能力だ。ISも認識を改めざるを得ない。魔力も消滅させられ、強さも弱さに反転させられれば流石に俺達も有利ではいられなくなる』

 

ならばやることは一つだと禍々しいオーラを迸らせるアジ・ダハーカとアポプス。

 

『ラーズグリーズ、この世界の人類の代表として全力でお前にも挑ませてもらう』

 

《運命の理をも己の意思で変えるその力、侮れない故にな》

 

「・・・・・人類の代表は、織斑一誠」

 

『現段階で何度も俺達ドラゴンと戦い渡っているのはお前だ。あの者は別枠に入っているに過ぎない』

 

ネメシスまでもラーズグリーズを人類の代表の認識でいる言葉を発して、展開したリングを解除して身体に戻す。

 

「・・・・・別枠、なに」

 

『この世界を救う後の英雄だ。今はまだ眠れる獅子のように聖杯が全て揃うその時まで英雄としての力は振るえないがな』

 

新たに展開する黒い魔法陣から大量の『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』を召喚したアジ・ダハーカ。まだこんなに戦力を残していたのかと、戦慄が走る一夏達の間で緊張で顔の表情が強張った。

 

「・・・・・」

 

―――何が、英雄だ。

 

「ラーズグリーズ・・・・・?」

 

沈黙するラーズグリーズの異変を察知した楯無が声を掛けても返事はない。

 

―――大切な場所を、大切な人達を奪ったあいつが我が物顔で後の英雄気取りに・・・・・?

 

「・・・・・訂正しろ・・・・・アジ・ダハーカ」

 

『なに?』

 

訊き返した直後、ラーズグリーズとアジ・ダハーカの視線が絡み合った。

 

「―――――殺すぞ」

 

ゾクッ・・・・・!

 

『『『『()()()()()』』』』

 

殺気を感じた。純粋な殺意がアジ・ダハーカ達に伝わり愕然で目を見張った刹那、空から蒼穹ごときの鱗を持つ巨龍が現れアジ・ダハーカ達に魔法攻撃した。

 

「ティアマトか、久しいな」

 

『最悪っ、何でクロウ・クルワッハがいるのよ!?まぁ、大方想像できるけど・・・・・』

 

複雑極まりない顔色を浮かべ溜息を吐くいたところ、ティアマトの攻撃を防いだアポプスが真っ直ぐ彼女に見つめながら口を開いた。

 

《ティアマトよ。貴公は敵なのか?それとも味方なのか?》

 

『中立の立場でいさせているわ。事情が変わったからね』

 

久しぶりの再会を喜ぶこともなくアジ・ダハーカ達と対峙する蒼い龍ティアマト。

 

『事情が変わった?どういうことだそれは』

 

『知らない方がいい時もあるわ。今それがアジ・ダハーカ達の状態よ。取り敢えずクロウ・クルワッハ、アジ・ダハーカ達と戦うならよろしくね。私は織斑一誠に用があるから邪魔されたくないわ』

 

『待て、よもや織斑一誠の聖杯まで奪うつもりはないだろうな。織斑一誠に授けた武器を奪おうとしたお前は信用できん。アジ・ダハーカから奪った聖杯は与えたというがまだその確認も出来ていない。ティアマト、今一度尋ねる。本当に聖杯を織斑一誠に渡したのだろうな』

 

臨戦態勢の構えを取るネメシスに真っ向から言い切った。

 

『嘘だったらどうする?』

 

『・・・・・捕らえてお前の企みを吐いてもらう』

 

ネメシスの周囲の空間から放たれる数多の極太の鎖がティアマトに迫るその時、ラーズグリーズがリヴァーサルで軌道を反転させ、アジ・ダハーカに変えた。

 

『あら、ありがとうラーズグリーズ』

 

「・・・・・」

 

『何だと・・・・お前達、いつの間に組んでいた』

 

『契約よ。この子の持つ大切な物をくれる代わりに暫く協力しているの』

 

『・・・・・聖杯を奪ったのはそのためだというのか。武器も奪おうとしたのもラーズグリーズが求めている?』

 

『これ以上、アジ・ダハーカが玩具を量産させないためなのが主な理由ね。そして武器は、IS以外の武器を求めていたから』

 

それだけよ?と答えるティアマトを捕らえようと鎖を飛ばすネメシスから守るラーズグリーズ。

 

『だとしても「約束」を果たすつもりがあるのかティアマト!』

 

『あるわよ。大体、この世界をこれだけ搔き乱してあの子がどう思うのか想像したことがあるわけ?絶対に全力で世界中に土下座して回る勢いで申し訳ないと思うに決まってるじゃない』

 

『ぐっ、それはだな・・・・・』

 

『言っとくけどアポプス達も同罪だからね?』

 

呻くアジ・ダハーカと返す言葉がない邪龍達。

 

『それからね私個人が貴方達の邪魔をするのは、こんな状況化の中であの子を復活させたくない、それだけよこの馬鹿共。ああ、あと私は三つ目の聖杯を持っている彼女と一緒に暮らしているわよ。そして現在進行形、どうしてこんなことになったのかってすっっっごく、呆れてるわ。で、今絶賛、聖杯を渡したいのに渡せない状況ですけど何か言うことはあるかしらアジ・ダハーカ?』

 

『ぬぅ・・・・・っ』

 

『い・う・こ・と・は?』

 

ずいっと顔を近づけて有無をも言わせない威圧を放つ。アジ・ダハーカ相手に口で相手を負かすティアマト。まるで悪いことをした息子を叱る母親のような光景だった。

 

『・・・・・反省はしている。だが、後悔はしていない』

 

『よーし、わかったわ。死刑ねあんた。クロウ・クルワッハ、こいつを殺して』

 

「・・・・・ティアマト、変わったか?」

 

微妙な表情を浮かべるクロウ・クルワッハや他の一同がいる暗黒の結界の中で突如、翡翠の光が差し込んだ。全員がその光に意識を奪われ見上げた先には、翡翠色の美しい魔法陣が展開していてこの空間全域を照らすほどの光量と共に―――。

 

 

 

《やはり、現れるか・・・・》

 

『予想の範囲内だ・・・・・来るぞ』

 

 

 

「な、なんだ、今度は何が起きようとしているんだ!」

 

「とにかく、みんな集まって!」

 

 

 

「ラーズ、あたしらは!?」

 

「・・・・・様子」

 

「状況を把握っスね」

 

 

 

『―――現れるか。彼の者の懐かしい者達が』

 

 

 

最高潮に達した翡翠の光量と共に―――魔方陣が開こうとしていた。そして一夏達の視界に飛び込み現れたのは―――数多の人影。人影は落ちるがまま落ちて地面に難なく着地をしたり宙に浮いたりして次々と翡翠の魔方陣から出てくる。

 

「また、ドラゴン・・・・・?しかもあんなに・・・・・?」

 

「アジ・ダハーカの仕業・・・・・でもなさそうね」

 

外見は人、でも、中には蝙蝠のような、烏のような、白い鳥のような翼を背中から生やす者もいて人間ではないことだけは何となくわかってしまう。一体・・・彼等彼女等は何者なのか?敵か味方か?

 

「―――来てやったぜ、異世界にぃっ!」

 

開口一番、男の謎の歓喜の叫びだった。は?と怪訝になるも直ぐに改める。

 

「本当にいるな、久しぶりだなアジ・ダハーカ達よ!」

 

『・・・・・俺はお前達の登場に心底迷惑しているがな』

 

「おいおい、釣れないことを言うなって!こうして皆で会いに来たんだからさ!」

 

『帰れ、いま俺達ドラゴンとこの世界の人類の戦いをしていたのだ。横から邪魔されてしまうのはいい迷惑だ』

 

「いやいや、それはあまりにも可哀想過ぎるって。お前達と戦える力がある人間はこの世にいないだろ。だったら手助けの一つや二つぐらいしてもいいよな?」

 

『・・・・・話にならん』

 

魔方陣を展開してどこかへ転移して居なくなったアジ・ダハーカ達。『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』も呼応して空に展開された黒い魔法陣へ吸い込まれていくように飛んでいきIS学園から立ち去っていく。ティアマトも続くようにして去った。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

残された一同は突如現れた者達と対話を試みた。上空にはラーズグリーズ達が成り行きを見守る。

 

「貴方達は、一体・・・・・」

 

「俺達はアジ・ダハーカ達と同じ世界に住んでいた・・・この世界で例えると異世界から来た存在だ」

 

「異世界の人間・・・・・」

 

「世界が違えど同じ人間同士、仲良くしたいからまずは自己紹介だ」

 

中年の男性は朗らかに名を打ち明けた。

 

「俺は兵藤誠。元の世界では人類最強の一族、天皇家にして兵藤家の当主をしている」

 

「私は兵藤一香。誠の妻で自称、世界最強の魔法使いよ」

 

最強の一族の当主に自称最強の魔法使い・・・・・。

 

「あの、冗談ですか?」

 

「「本気で言ってるけど何か?」」

 

声を揃って言い返されかける言葉を迷ってしまった。

 

「信じられないだろうが、事実を言っているぞ」

 

「クロウ・クルワッハ・・・・・」

 

「その二人限らず、今いる他の者達もお前達よりアジ・ダハーカ達と善戦はできる強い猛者たちだ。ISなど相手にもならぬ」

 

そこまで強い者達が勢揃いしているのは理由がある筈だ。観光をしに来たわけではないだろうと認知する楯無は誠に問い掛ける。

 

「あなた方の目的は?」

 

「この世界にいる転生した俺達の息子とアジ・ダハーカ達ドラゴンを元の世界に連れて帰ること」

 

「転生?息子?どういうことです?」

 

「元の世界で死んだ息子がこの世界で転生して生まれ変わっていることが分かったの。その子は普通の人間だったら会いたいだけで済むけれど、この世界に来る前・・・・・」

 

 

『先に送り出したクロウ・クルワッハからの情報では、彼の者はどうやら生前培った「記憶」と「力」、「魔力」を宿した聖杯をアジ・ダハーカ達に預けたそうです。そして生まれ変わった己を見つけ、再び聖杯を宿すことで復活を望んでいると』

 

『じゃ、じゃあ・・・!』

 

『今はあなた方のことを何も覚えていらっしゃらないでしょうが、聖杯を一つに揃えることが重要です。今現在、一つだけ聖杯は彼の者の生まれ変わりに宿っているそうです。残りは二つ、どうか彼の復活をお願いします』

 

 

「って、説明を受けて望みはあるって知ったわ。だから復活した子供を私達の世界に連れて帰ることにしたの」

 

話を伺って楯無は察した。彼等彼女等が会いたがっている人物は誰なのかを。そしてそれはすぐに叶うことも。ほら、そう思った傍から・・・・・。

 

「皆、大丈夫か!?」

 

話題の本人が黄金の剣を持って駆けて来た。その声に振り返る誠達は―――。彼を、織斑一誠を見て―――。

 

『あ、会いたかったぁあああああああっ!!!』

 

「ちょっ、えええええええええっ!?」

 

性別問わず、津波のように飛び掛かり絶叫を上げる一誠に向かって抱き着いた。

 

「だ、誰!?この人達は誰!?夏兄、秋兄、愛しの妹のマドカ、助けてぇっ!?」

 

「「・・・・・」」

 

「そのまま押し潰されて死ね」

 

もみくちゃにされる家族を見ているしかできない織斑家の兄弟姉妹。兵藤誠達にとってハッピーエンドに進む王道なのかもしれない。しかし、それがバッドエンドに続く道でもある事を気付かないでいる。

 

 

「・・・・・ふざけるな」

 

「ラ、ラーズ・・・?」

 

「ふざけるな・・・・・っ。お前じゃない、望まれている人間はお前じゃない・・・・・!なのに、なのに何で疑わない、何で誰も疑問を抱かないんだ・・・・・!」

 

召喚した赤黒いブレードに殺意を宿し、殺気と威圧を織斑一誠に向けて放ちながら瞬間的に加速した速度で迫るラーズグリーズが振るう剣は剣で防がれた。

 

「いきなり襲い掛かってくるとはね」

 

「敵なら容赦しない」

 

「イッセーを殺す気なら万死に値するわ」

 

「やっとやっと会えた幼馴染に攻撃するなんて許さないわ!」

 

「誰だか知らないが、一誠の敵は私達の敵だ」

 

「もう死なせない、絶対に!」

 

織斑一誠を守らんと多くの女性達がラーズグリーズに迎撃を始める。目を見張る剣技、魔法と魔力の攻撃、妖術、体術―――それらを駆使する女性達と一進一退、あろうことか知っているかのような動きでかわし、弾き返し、避けて全員を相手にしてみせているラーズグリーズの戦闘能力に誰もが目を疑った。

 

「何で、私達の攻撃が当たらないのっ!?」

 

「この世界の人間の強さはここまでだということか・・・・・」

 

 

違う、違うんだ・・・・・!

 

 

「(気付いてくれっ・・・・・気付いてくれ皆・・・・・!)」

 

 

 

「・・・・・ああ、やはり・・・・・」

 

悲痛に項垂れるカーリラ。戻ってきたティアマトが遠見の魔法で学園の様子を彼女に見せたところ、ラーズグリーズが異世界人達と戦っている光景を見ては、この世の終わりを知った絶望の表情をした。

 

「疑う余地もないとばかりに守っているわね」

 

「違う・・・・・違うのよ・・・・・その子じゃないの・・・・・お願い、気づいて・・・・・」

 

「カーリラ・・・・・」

 

「あの子がとても悲しむ。あんな姿にされてまで『約束』を果たされる日を待っていたというのに、これはあまりにも・・・・・」

 

 

 

「―――川神流」

 

「っ!」

 

絢爛な黒い着物を着た長い黒髪に紅い瞳の女性が捉えた。ラーズグリーズはすぐに反応して同じように拳を構えた。

 

「無双正拳!」

 

突き出される二つの拳。そして重なる拳は、ラーズグリーズの装甲を殴った衝撃で粉砕して片腕を奪った。そこにある筈の人の腕がない事に女性の動きが停まった。

 

「なんだお前・・・?だけど人の気を感じるっ!?」

 

リヴァーサルで彼女を吹き飛ばし、片腕だけでも織斑一誠を狙い続けるラーズグリーズ。

 

「―――葬る」

 

気配を極力殺し、姿を戦っている者達の身体で隠し、隙を見せた瞬間に斬りかかった黒い長髪に赤い瞳の刀を持った女性が、ラーズグリーズの懐に飛び込んで装甲を切り裂いた。

 

『―――ッッッ』

 

露になるミイラのごとくな身体、胸部に埋め込まれたISコア、そして真っ二つに割れたフルフェイスで隠された生気のない皮膚のみの顔のラーズグリーズを視界に入れてしまった異世界人達は全員、目を凍結させたように固まった。

 

「なんで、そんな身体で生きて・・・・・っ!」

 

―――異常、の一言で尽きる。人の身ではもはや死んでいてもおかしくない筈の状態だ。なのに、一体何が彼をここまで動かさせているのか分からないため、異世界人達は冷や汗を薄っすらと浮かべた。

 

機動力を失い、もはや自力で動けない体でも怒り、恨み、憎悪といった負の悪感情を宿った隻眼で織斑一誠を睨みつける。

 

「お前だけは、お前だけは絶対に・・・・・!」

 

「ッ・・・・・」

 

「お前が邪魔だ・・・・・!俺が、俺たるために・・・・・お前を・・・・・・必ず・・・・・殺すっ」

 

「ラーズ!」

 

「俺が、俺がそうなんだ・・・・・!俺がそうなんだ・・・・・っ!」

 

駆け付けたナンバーズに連れ去られながら怒りと悲しみを瞳に宿しながら、織斑一誠に呪詛を吐き続ける。

 

 

 

 

「何だったの彼・・・・・」

 

「わかりません。でも・・・・・」

 

「いろいろな意味でとても危険な相手であるのは確かですわ」

 

「イッセー君に恨みを持っているみたいだったけれど」

 

「また襲ってきたら今度は絶対に倒してやるんだから!」

 

「こっちは最強の人達が勢揃いだし、絶対に守り切れる安心感が凄すぎるわね」

 

 

 

 

 

「束ちゃん」

 

「きりゅー、来たんだ」

 

「あの子の様子は?」

 

「全然ダメ、すっかり落ち込んじゃってる。織斑一誠が原因なのはわかってるんだけどねー」

 

「わかってる。あの子にその話をしに来たの」

 

 

 

「・・・・・見てたわ」

 

「・・・・・」

 

「残念だった、仕方がなかった・・・・・そんな言葉しか言えないわ。今の貴方の顔は昔の頃の顔の影すらない別人、同じ顔をした織斑一誠がいたら皆、もう一人の織斑一誠の方へ強く意識しちゃって、素顔を晒した貴方を見ても誰も気づかない、信じてくれない。・・・・・酷な話だけど、貴方もそれを分かってて皆に攻撃した。昔のように切磋琢磨したあの頃を再現して気付いてもらえるように」

 

「・・・・・っ」

 

「それでも、皆は気付いてくれなかった・・・・・私も願ったけど誰一人、一人の男の子に愛しすぎて盲目となってしまってる彼女達は結局・・・・・」

 

「・・・・・分かってる。最悪の予想が現実になっただけ・・・・・」

 

「これから、どうする?顔を取り戻した後の話よ」

 

「・・・・・わからない、虚無感しか・・・・・ない」

 

「・・・・・今はゆっくり考えて。例え彼女達が織斑一誠を選んでも、この世界で生まれた貴方には、貴方を知る人は直ぐ傍にいる。それを忘れないでね」

 

「・・・・・」

 

 

 

 

 

『龍の祖め・・・・・余計なことをしてくれたものだ』

 

《完璧に計画が潰されたな。全世界に私兵を放っても、十数年分も強くなったあの者達が全て一蹴するだろう。無論私達もだ》

 

《じゃ、じゃあ・・・・・素直にお、織斑一誠の所に戻るのか?》

 

『選択の一つだろうな』

 

『俺は殺し合いをしてぇぜ!』

 

『それも選択の一つでしょうね。私もグレンデルに一票ですが。アジ・ダハーカ、今後の活動は?』

 

『・・・・・ゾラードの捜索は続行だ。ニーズヘッグお前がしろ』

 

《えええ~・・・・・あいつ、絶対復活するまで出てくる気、ね、ねぇぞ?探しようが、な、ないし・・・・・》

 

『並行してラーズグリーズの居場所を探りながら家畜を食らえば出てくるだろう』

 

《え?いいの?てか、出てきたらど、どうすれば?》

 

『俺達に居場所を教えろ。奴を捕まえティアマトの居場所を聞き出す』

 

《ん、ん~上手くいくかわからないけどよ、わかったよ・・・・・》



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真実と違和感

異世界から来訪した誠達の登場によって織斑一誠の日常生活は一気に変わった。授業がある平日の時は異世界の散策に行くが、異世界の女性達が一誠の為に順番を決めて弁当を作るように、学校が終わると一誠を誘って拠点として異世界から持って来た家で一緒に夕餉を楽しみ大勢の女性達が裸体を晒して入浴としたり、密着した状態で添い寝をしたりとハーレム生活を迎えた。男なら誰もが羨む酒池肉林のような生活に一誠は―――。

 

「・・・・・平穏が欲しい」

 

精神的に参っていた。突然昼食中に溜息混じりに呟いた家族を秋十が応じた。

 

「どうした?綺麗なお姉さん達にちやほやされる生活で平穏が欲しいなんて贅沢な悩みだな」

 

「一人で過ごす時間が全然ないんだ。一人二人は当たり前のようにいて、毎日おはようのキスから休みのキス(唇以外の箇所も)をしてくるしスキンシップの度が超えて身体を押し付けてきたり、俺を争って喧嘩をしたり、休みの日は戦う特訓以外、一緒に外出という名のデートをされて、帰りが遅いとホテルに連れ込まれそうになって大変なんだ・・・・・」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

幸せの代償ってやつなのだろう。特に酷いことをされているわけではないので弟、友人の境遇に同情はしない一夏達。

 

「まぁ、その内に慣れるだろ。頑張れ有名人兼ハーレム野郎」

 

「くっ、他人事のように・・・・・!」

 

「「「「実際、俺達の関係のない事だからな」」」」

 

助けてくれない家族と友人に肩を落とす。

 

「一誠、魔力は使えるようになったのか?」

 

「・・・・・ようやく、初歩中の初歩が出来るようになった。使えなかった原因もわかったし」

 

「原因があったのか?」

 

「得た魔力が膨大過ぎるんだってさ。だから兵藤一香さんが魔力を分割して封印すると、人差し指からライターの火みたいな小さい火が出るようになったんだ」

 

その証拠を見せるため、人差し指から火を灯す一誠に、一夏達は感嘆の念が宿った拍手をしながら素朴な疑問をぶつけた。

 

「膨大過ぎるのが何が駄目なんだ?」

 

「分かり易く例えるとコップの器が俺の身体、水が魔力だとする。コップが小さいのに膨大な水の量が溢れ続けているとコントロールが難しいんだってさ。しかも魔法の知識もない素人がぶっつけ本番しても成功しない方が珍しくない言葉も頂戴しました」

 

「うん、それで?」

 

「コップに入れる水の量なら今まで通り練習すれば、子供の内でも初歩の魔法が出来るようになるって言われた。本当にその通りだったから吃驚したよ」

 

コップの中に指を入れてゆっくりと引き抜くと水までもが指と一緒に引っ張られ、宇宙の中で漂うようにプカプカと浮かび上がる。コントロールができた証を見せられ驚嘆する一夏達はまた拍手を送る。

 

「おー、すげぇーマジックだ」

 

「いや一夏。本物の魔法だから。これだけでもご飯を食べられるな」

 

「まったくだ、羨ましいよ一誠」

 

「ISより希少な力だよなそれ」

 

「俺的にISに乗って皆と空を飛びたいけどなー」

 

IS、乗れるのに。と淡い願望を吐露する一誠は残念そうに苦笑いする。その時、『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』の出現を報せる警報が学園中にけたたましくなった。一夏達は昼食を中断して急いで出陣する。

 

 

 

織斑一誠に斬りかかり返り討ちに遭って、再びISを失ったラーズグリーズは再びISで身に纏う時までどことなく不安を覚えさせる雰囲気を醸し出している。目を離せば消えてしまいそうな気配の薄さに危うさを感じていこう、ナンバーズが付きっ切り傍に寄り添い、甘えさせたり甘えたりして一緒に過ごす時間を増やした。

 

「・・・・・」

 

それでも、覇気がなく幽鬼のようなラーズグリーズを心配するナンバーズ。励ますにしてもそれで元気になるような相手ではないことを分かっているため・・・・・。

 

「・・・・・日本中に俺の存在を知らしめてやる」

 

『・・・・・』

 

突拍子もなく、何かしようと考えていたのかそう口にしたラーズグリーズにきょとんと顔をしてしまう。

 

「ラーズ、それって本当の名前を教えるってこと?」

 

「・・・・・政府が俺を隠すなら、俺から表に出てやるだけ」

 

「ずっと、落ち込んでいたんじゃないんだね?」

 

「・・・・・ごめん」

 

今まで気遣ってくれたこと、間際らしかったこと、他にも色々と念を込めて謝るラーズグリーズを笑って許すナンバーズ達。

 

「それじゃあ!らーくんの目的を実行するためにテレビ局を乗っ取っちゃおうか!束さん、可愛く出演しちゃうよー!」

 

気配を感じさせない登場の仕方をする束に驚くナンバーズ。ワンピースを翻す、くるくると回りながらやる気を窺わせる束をラーズグリーズは褒める。

 

「・・・・・見飽きない可愛さ」

 

「らーくんも、カッコいいよ!さぁさぁ、決行は明日の朝!すこーりゅん達にも手伝ってもらうからビシッ!と決めてね、らーくん!」

 

 

 

 

 

その事実はまだ誰も知らされていない闇に葬られた真実。人々は胸にどんな思いを抱くか。どんな感情を露にするか。世界はどうなるのか、知ることができるのは明日の朝である。

 

 

―――翌朝。

 

テレビを点けてニュースを見ようとする日本国民達。今日はどんなニュースが放送されるか、織斑一誠と政府を中心とした話をするだろうなと思う人々は少なからずいる。通学、通勤前の朝食中に見聞するお茶の間に・・・・・。

 

『やっほーっ!皆、天才科学者の篠ノ之束さんの朝のニュースを見てくれてありがとうねー!そんな皆に私はとっても嬉しいよ!あ、どのチャンネルでもこの私のニュースしか見れないからたっぷりと私の話を聞いてちょうだいね!きゃは☆』

 

テレビ局を占拠しかつ、日本のすべてのネットワークを支配した束の姿がテレビの画面に映り出す。画面の隅っこで拘束されてる数人の男女。束は主役のように立ち振る舞いお茶の間の皆さんにお報せをするのだった。

 

『さてさて、皆にはとある発表があるんだよね。そ・れ・は、先日バカな政府が記者会見で明かした話しが実はまだ他にもあったことだよー?』

 

『勿論、嘘は言っていないし事実だけれどさ?でもね、織斑一誠のクローンと人工で他の男の操縦者を増やす実験、実は織斑一誠じゃなくて別の人間がその被験者なんだよね!』

 

『しかもしかも、織斑一誠が世界で始めてISを動かしてはいません!本当にISを動かしたのは別の子なんです!私と一緒にその頃から開発の手伝いをしていたのも別の子なのだ!ISの開発者たるこの私が記者会見で発表した政府の事実は、嘘であることをここに証明しまーす!だって、私はその瞬間を間近で見てたから当然だよ?もー政府はなに嘘っぱちなことを言うんだろうね?』

 

『というか、ISを動く秘訣が身体検査と血液検査程度で分かるなら今ごろの世の中は、お猿さんが人間に進化したように人類を超えた超人類なってる話だよ』

 

『そんなんだから、政府と権力者達はこの子の人権なんて無視する非人道的な実験や研究を続けたんだよ。しかも三年間もね』

 

テレビに映り込むISを装着してるラーズグリーズ。束は彼に近寄って肩に手を置く。

 

『さぁ、ご覧あれ!これこそが世界で初めてISを動かした男の、世界で唯一私が認めた私の助手にして、動かす男を増やすために研究しつくされた者の姿を!』

 

束の手によってISが解除して晒される片腕と片目がない生きたミイラ。お茶の間に悲鳴と驚愕、子供の泣き声。

 

『見てるかなー?頭から足の先まで枯れた木みたいに細く、浮き彫りする骨と皮しかない彼を。奇跡的にもまだ日本政府と権力者達に粛清するため、余命二年しかない短い命を燃やしてまだ生きているんだよ』

 

束に支えられながら生きている証拠としてカメラにゆっくり近付く。ドアップで映るラーズグリーズは隻眼でカメラを覗き込みながら伝える。

 

『・・・・・初めまして、俺は織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー・・・・・織斑千冬の弟にして・・・・・政府の闇に葬られた者だ』

 

『俺を・・・・・こんな姿にまでしたすべての人間を・・・・・一人ずつ、一人ずつ悪霊が住み着いている人気の無い場所へ・・・・・連れて・・・・・お前達も闇に葬ってやる・・・・・』

 

『はーい、以上、織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャーくんことらーくんからのお話でした!因みに雲隠れしようとしたり、海外に逃げようたって、この束さんが逃がさないから逃げられないからね?うふふ、死ぬ瞬間ってどんな感じなのか体験をしながら詳しく教えてね!まずは―――日本一おバカの代表の大統領から迎えに行くからちゃーんときったない体を洗って最後の晩餐ならぬ朝餐を楽しんでねー。それじゃ、ばいばーい!』

 

ブツンと画面がブラックアウトした。この時、日本は朝にも拘わらず異様に静まり返った。

 

 

「カーリラ・・・・・あの子・・・・・」

 

「政府が黙っているわけがないわ。当然、彼等彼女等もね」

 

 

 

 

「集まったな。では説明する」

 

専用機持ちが作戦指令室へ招集を掛けられ集まった面々の顔触れを見回しながら千冬は告げる。

 

 

「ラーズグリーズがテレビ局を占拠して大統領の命を狙うことが朝のニュースで宣言した。これより専用機持ち達には大統領の護衛をしてもらうことになる。失敗が許されない任務だ」

 

「ま、待ってくれ・・・どうしてラーズグリーズが大統領の命を狙うんだ?理由が分からないよ」

 

「・・・・・テレビのニュースを見たか」

 

誰もが顔を暗くして訊く千冬に不思議そうな顔で「え?」と漏らした。

 

「ニュース?いや、見てない・・・・・」

 

「・・・・・なら、各々出発前に確認をすることだ。話は以上、時間までに準備をしろ」

 

何時もの覇気が感じられない織斑千冬を皆、素朴な疑問として抱き―――そしてその理由を知ることになった。

絶句、驚倒、愕然する中たった一人だけ、喜々として笑みとても嬉しそうであった。

 

「織斑ラーズグリーズ・・・・・!?」

 

「俺達の家族だと・・・!?そんな、何かの冗談に決まっている・・・!」

 

「―――兄さんッ」

 

 

出発時―――国会議事堂前まで電車の乗り継ぎを繰り返して移動する。IS学園の制服を身に包む少年少女は人の目を集めるぐらい目立つが、お通や状態の一夏達は静かに目的の駅まで移動する電車に体を揺らされながら佇んだり席に座った。全員が考えていることはラーズグリーズの素顔、そしてラーズグリーズが織斑の姓を名乗ったこと。

 

「・・・・・ねぇ、箒。ラーズグリーズってさ・・・・・」

 

「・・・・・今は、何も言わないでくれ」

 

「・・・・・うん」

 

二人の中でラーズグリーズの正体を突き止めた。残すは疑問のみ。実際に会って話し合うために箒は手をギュッと膝の上で握り締めた。

 

 

長い時間を掛けて護衛対象がいる国会議事堂に辿り着く。しかし、護衛をする者の傍ではなく、国会議事堂を守るように警備するのが一夏達の役目だった。皆と出会い任務の詳細を説明したのは大統領の秘書、艶がある長い黒髪に黒い目をした女性。

 

いつ何時でもラーズグリーズが現れてもおかしくはない。警戒を強めて怠らない一行は空でも見張った。

 

―――しかし、敵は内にいた。

 

任務に就いて空が朱色に染まり目に見える世界が暗くなりかけようとしていた時であった。突然の地震が起きて街中を歩いていた人々は悲鳴を上げ、安全な場所へ避難行動するためその誘導を一夏達がする。地震の震度はどんどん増して地面に亀裂が国会議事堂を囲むように走り、線が繋がるとゆっくりとゆっくりと空へ上昇するえぐり取られたかのような大地と国会議事堂。

 

「なっ、しまった!まさか、既に中にいたなんて!?」

 

「皆、直ぐに追いかけるわよ!」

 

楯無の指示に従い、浮遊する国会議事堂を追いかけるのだったが、中に突入して政府の要人や大統領をくまなく探しても―――人っ子一人もいなかった。だが、議員達が集い議会を行う専用の大広間の中心に。

 

「・・・・・」

 

大統領を含む大勢の議員とラーズグリーズが一人いた。

 

「ラーズグリーズ・・・・・ッ」

 

学生寮にテレビはなく、外の情報は学園に届かない。情報が入ってこないため遅れて知ったラーズグリーズの真実に衝撃を覚えた一夏達は、躊躇いの色を顔に浮かべさせた。

 

「ラーズグリーズ・・・・・彼等を開放して」

 

「・・・・・」

 

「あなたが憎むべき相手なのは判っている。だけど、こんなことしても過去は変えられないわ。あなたの立場を、自分の首を絞めて余計に苦しめるだけよ」

 

説得を試みる楯無の思いは届くことはない。

 

「・・・・・俺が守る、立場・・・・・奪われた、もはやない。・・・・・だから、過去の清算、するだけ」

 

「ラーズグリーズッ!お前、俺達の家族なのか。どうなんだ!」

 

ぶつけてくる秋十の疑問に「・・・・・今は関係ない」と返す。

 

身体のリング状の武装がない。恐らく国会議事堂を浮かせているためなのだろう。それでもラーズグリーズは赤黒いブレードを召喚して大統領のうなじに添えた。

 

「お止めなさいっ、あなたのしていることは意味のない過ちを犯しているだけですわよ!」

 

「邪魔をするなら・・・・・容赦しない。お前達の、居場所を奪う・・・・・家族、家、、仕事、何もかも」

 

「ラーズグリーズッ。お前、一体何なんだよ。どうして織斑の名字を名乗るんだ。俺達はお前のことなんて何一つ聞かされていない。今の今まで知らなかった」

 

セシリアの制止も介さず一夏の抱いている謎は―――ラーズグリーズから返ってくる言葉にますます深まる。

 

「・・・・・織斑一夏。小学生の頃、さつまいもと栗を焼こうとして、焚き火に火力を上げすぎて小火騒動になり般若の織斑千冬に叱られた」

 

「は?」

 

「・・・・・織斑秋十。小学四年生の頃、一目惚れした経験を織斑千冬に教えて、付き合う方法を学ぶが相手は近所に住む大学生の男性だった」

 

「なっ!?」

 

昔の話を打ち明けられ、一夏は吃驚して秋十は激しく動揺した。特に秋十の過去の深意はどうなのかと、周りからの奇異な視線が集中する。

 

「あんた、男が好きだったわけ・・・・・?」

 

「違う!?俺の初恋は綺麗な女性だと思ったら女装した男性だったから玉砕した!」

 

「・・・・・相手は『十年経ったらもう一度告白してね?』とまんざらでもなかった」

 

「どうしてお前がそこまで知っているんだぁっー!?」

 

最後、期待してる顔のマドカ。

 

「・・・・・織斑マドカ。織斑一誠が好きで異性として付き合いたい強い願望を抱いていた」

 

「ふふっ、今も結婚したいほどに思ってるぞ」

 

えっ!?とマドカを除く全員が絶句した。

 

「お、おいマドカさん?あれだけ一誠を毛嫌いして愚兄としか呼ばなくなったのに、実際は嫌悪の裏返しだったのがっ!?」

 

「ふざけるな愚兄二号。あんな奴等、勝手に死んだとしても唾を吐いて痛め付けてハイエナの餌にしてやるぐらい嫌いだ」

 

「お、おま、それは、一誠が、落ち込む・・・・・」

 

マドカにISでのボディブローを食らわされ、腹部を両腕で押さえながら悶絶する秋十。

 

「謎だな。どうして事細かに知ってるんだラーズグリーズ」

 

ラウラも疑問を口にする。まるで―――同じ時同じ場所にいたから知っていたようだと。その疑問は一夏達も同じでもある。それは答えてくれるのかと耳を傾けてると、ラーズグリーズの背後から焦燥が孕んだ声が聞えて来た。

 

「な、何をのんびりと話しているのだ!さっさと人の皮を被った化け物を捕まえろ!大統領も救うのだ!ISはそのために在るのだぞ!敵をせん滅せよ!」

 

『・・・・・』

 

議員から催促され、気を改め、引き締めて臨戦態勢の構えをする一行に告げる。

 

「・・・・・全員は助からない」

 

「・・・・・何故と聞いても?」

 

「・・・・・この国会議事堂、俺のISの能力で空高く浮かせている。解除すればあっという間に地上へ落ちて・・・・・この中に取り残された議員と・・・・・地上にいる住民や周辺の建物が・・・・・第二次災害に遭い死者と負傷者がでる」

 

『―――――っ!?』

 

衝撃的な告白を告げるラーズグリーズに言葉を失う全員。催促した議員へ振り返る。

 

「・・・・・死にたくなかったら大人しく、黙って。次はない」

 

「な、なんだと!私を一体誰だと思っている、この実験動物が―――!?」

 

ドスッ!

 

立ち上がって激昂した議員の胸から鈍色の鋭利な爪のようなものが生えだした。血に濡れたそれは、議員の後ろに隠れるように立つ者が刺したのだ。

 

「あの子の忠告を無視した、貴方の自業自得ですね」

 

「な・・・・・何故・・・・・!?」

 

「これから死にゆく者に教えても意味のない事よ」

 

議員から引き抜き、悠々と歩いてラーズグリーズに近づく―――大統領の秘書。倒れて静かに息を引き取るだろう人間に場は緊張に包まれた。

 

「・・・・・まだ、その時ではなかった」

 

「ごめんなさいね。貴方のこと悪く言う者だからついやっちゃったわ。だけど、証拠も十分すぎるほど手に入ったし、そろそろ政府内の潜入と諜報活動も潮時でもあったからね」

 

長い黒髪は金髪に変色し蠱惑的な顔立ちになって別人と化する秘書に二人を除く一同が目を張った。

 

「君は一体・・・・!」

 

「私はドゥーエ。ジェイル・スカリエッティの手によって生み出された戦闘機人、主に潜入とスパイを主な活動しているわ。だからあなた方が隠していた裏の秘密を全て篠ノ之博士、ジェイル・スカリエッティ、そしてこの子にも流してリークしていたわ」

 

「まさか、大胆にも政府内に潜り込んでいたなんてね驚かされたわ。だけど、自ら正体を現すからには逃がさないわ」

 

「私達を捕まえるより、人質の救助の方が優先しないのかしら?勿論、地上の人間もね?」

 

自分達は絶対的有利な立場にいると言外するドゥーエ。それは楯無が気付かないわけでもなく悔しそうに奥歯を噛みしめる。だが―――!

 

「やんちゃなことをしているようね」

 

この空間に床から浮かび上がった魔方陣の光と声と共に現れる長い紅髪の女性、大和撫子を思わせる艶の入った長い黒髪をポニーテールにしてる女性達を始めとした十数人の男女。

 

「ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。貴方達を捕まえに来たわ。無駄な抵抗をしないで大人しく捕まってくれないかしら。特にラーズグリーズと言う人、貴方の身体を考慮して手荒な真似だけはしたくないわ。この世界の人間には危害を加えることは避けたいの」

 

だけど、抵抗するなら容赦しない。と冗談ではない真摯な眼差しで見つめて言うリアス・グレモリーという女性は続けて言う。

 

「ねぇ、ラーズグリーズ。この建物を浮かせているのは魔法なのかしら?」

 

「・・・・・IS」

 

「IS・・・・・不思議な兵器ね。ここまで物理の法則を超えるようなことも出来るなんて」

 

「魔法だったらどうするのかしら、リアス・グレモリー?」

 

「何でもないわ。ただの質問ですもの。白音、レオーネ」

 

「はい」

 

「とっ捕まえればいいんだな?」

 

首だけ縦に振って首肯する。彼女の仲間、白い猫耳と二つの尾を生やす白い着物で身に包む女性と獅子を彷彿させる豊かな金髪と体つきの女性が近づきながら言う。

 

「抵抗しないで大人しく捕まってくれよー」

 

「・・・・・」

 

手を振っておちゃらけた風に言ってくるが窺える立ち振る舞いに隙がない。ラーズグリーズはどうするのかと信じて次の行動をしてくれるのを待つドゥーエは、突然腰に腕を回された。もう片方は大統領の襟を掴みだす。

 

「リヴァーサル」

 

三人以外の全てを空気で吹き飛ばし、その瞬間に天井から降って落ちて来た極太のビームが二人の姿を隠し消失するビームと共にラーズグリーズとドゥーエ、大統領が消えていなくなっていった。

 

「今のは!?」

 

「魔力は感じませんでした。これがこの世界の・・・・・」

 

「あの二人を―――」

 

刹那、国会議事堂が浮遊力を無くして重力に逆らわず地上へと落ち始めた。ラーズグリーズが反転の能力を解除、更に宇宙から巨大な隕石を落としたのだ。地上から見上げて見守っていた人々は、その様子を目の当たりにした途端にすぐに阿鼻叫喚、出来るだけ遠くへ走って逃げだす。

 

「異世界は凄いなー。国会議事堂丸ごと浮かせることが出来る技術があるなんてね。しかもこのタイミングで隕石とか、本当に魔法みたいだ」

 

朗らかに上を見ながら逃げる人々と逆の方、落ちてくる国会議事堂と隕石の中心に向かって行くのは、魔法使いのようなローブに家紋があり長い髪を一本に結って、銀髪に眼鏡を掛けたメイドの女性と歩く若い男性。落ちる巨石と化した国会議事堂と隕石に向かって手をかざす男性は笑みを浮かべた。

 

「いずれ、復活したあの子もこんなことが出来るようになるといいな」

 

落ちてくる二つの石塊が不自然なまでにピタリと空中で停止した。それからゆっくりと国会議事堂が降ろされて、隕石も降ろされる。

 

「隕石は残されるのですか?邪魔なだけかと」

 

「異世界の隕石だよ?持ち帰って調べたいんだ」

 

「そういうことですか」

 

 

 

「どちらも失敗に終わってしまったね」

 

「・・・・・その前提でした」

 

「本気でしようとしなかったの?」

 

「・・・・・した。でも、結果は判ってた。どちらでも構わなかった」

 

「そうなの、それで、この大統領はどうする?」

 

「・・・・・利用価値はない。適当な場所に捨て置く」

 

「私を殺さないのか・・・・・」

 

「・・・・・死んで楽になりたいと思ってるなら、日本列島を崩壊する。・・・・・それがどういう意味か、解っている筈だ」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・自分の息子にも業を背負わせてしまった、お前等政府が今の俺を、作り出したその責任・・・・・簡単じゃない」

 

 

 

 

「任務は失敗。大統領は攫われ、議員の一人がスパイ活動していたナンバーズによって殺害・・・・・か」

 

「織斑先生・・・・・」

 

「・・・・・ラーズグリーズ」

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

大統領の拉致と議員の一人の死亡によって任務は失敗に終わった後、IS学園に帰還した一夏達は沈黙を纏って千冬の下へ集まった。

 

「ご苦労、と言い難い結果になってしまったな」

 

「はい、私達の対応のミスです・・・・・申し訳ありません」

 

「私に謝っても意味はない。この失敗を次に活かせるのがお前達の義務だ」

 

「次、と言うと・・・・・?」

 

「お前達が帰還している間にまた篠ノ之束の奴が日本中に放送した。次は防衛省の大臣を狙うとな」

 

『・・・・・』

 

「政府と権力者が件の計画に関わっている以上、ラーズグリーズが奴ら全員の報復と粛正が終わるまで繰り返すと思え」

 

次の瞬間、空中投影されたディスプレイが千冬達の目の前に浮かび、束の顔が映り出した。

 

『残念、もうその情報は中古だよん。らーくんはもうとっくの昔に防衛省の大臣の報復を終えたよちーちゃん!』

 

「束・・・・・!」

 

『今度のは凄いよー?生きたまま顔を燃やしたんだよねー。うふふ、今頃は病院で治療受けているんじゃないかなー?ま、殺されないだけマシって思えば、らーくんの心優しい配慮に感謝しなくちゃねそいつは』

 

それはもう狂気でしかない。ラーズグリーズは優しさを捨てた復讐の鬼と化した悪魔だ。

 

「今すぐラーズグリーズを止めさせろ束!」

 

『やだでーす。これは人として生きられなくなったらーくんの復讐でもあるんだよ?あの実験でもう二年も生きられなくなったあの子が唯一の生き甲斐にして、あの子の心が初めて癒えるための狂った行い。もう時間がないらーくんの無念が残らないためにはこうする他ないのだよちーちゃん』

 

真剣な表情で顔を顰め、拳を硬く握る千冬を見返して淡々と言う。

 

『だから次からは誰を狙うかは教えないけどらーくんが最後に狙う相手ぐらいは教えてあげるよ。最後は―――織斑一誠だから夜道に出歩かさない方が賢明だよ?』

 

「っ・・・・・」

 

『ちーちゃん、らーくんを止めたかったらちーちゃん自身が止めてあげてね。じゃ、ばいばーい!』

 

ディスプレイが閉じて静寂な沈黙を残して消失する。

 

「・・・・・千冬姉。ラーズグリーズって本当に俺達の家族なのか・・・・・?」

 

「・・・・・その質問に肯定したら、お前は受け入れるのかラーズグリーズを」

 

「・・・それは・・・・・」

 

「無理だと思うなら二度と私に同じ質問を言うな。自分の中で禁句にするんだ。いいな」

 

「姉さん、それは私と愚兄二号も含めて言っているのか」

 

マドカは秋十と自分も確認すると短く「ああ」と答えられると意味深に笑みを浮かべだす。

 

「そうか・・・・・ならば私は今後からラーズグリーズのことを愛情込めて『兄さん』と呼ぼう」

 

「・・・・・正気かよマドカ。俺は受け入れ難いぞ」

 

ミイラの顔と身体なラーズグリーズと肩を並べて仲良くなれる自信はない、と顔を顰め拒絶の色を浮かべる秋十を心底から非難の眼差しで睨みつける。

 

「だから愚兄なんだお前は。あの篠ノ之博士が嘘を言っていると思っているのか?」

 

「それは・・・・・だけど・・・・・」

 

「『家族を大切にできない奴は家族じゃない』この言葉は確か―――かつて貴様が言っていたな愚兄二号」

 

「っ・・・・・」

 

「非道な目に遭って今のラーズグリーズの行いは誰からでも褒められたものではないが、それでも家族として受け入れるべきではないのか?酔狂に織斑と姓を名乗るからには深い事情がある筈だ。私はそれを考慮して受け入れるつもりだ。対してお前は、お前達はどんな思いでラーズグリーズの事を考えているのだ」

 

一夏にも話を振り秋十と共にラーズグリーズに対する思いを聞こうとした矢先、千冬が話に加わった。

 

「マドカ、身内同士の話は他所でやれ。篠ノ之達に聞かせる話ではない」

 

「・・・・・ふん、それもそうだな。他にラーズグリーズの敵がいるこの場でする話じゃないか。姉さん、話は終わったな?ならば帰らせてもらうぞ」

 

一夏と秋十の手首を掴み作戦指令室から連れ出す。さらりと仲間から敵視されている風な発言を残され箒達は微妙な気持ちをされた。後に一同も解散して寮室に戻る際。

 

 

「・・・・・あたし、マドカに訊いてみるわ。箒はどうする?」

 

「・・・・・部屋に来るといい」

 

 

 

それから誰もが寝静まった夜の時間帯で、鈴は箒の部屋に訪れた。相手の了承を取らず入ればベッドの縁で腰を下ろして対面している箒と―――同じ相部屋の住人のマドカ。入ってくる鈴を見てマドカは口を開く。

 

「これで揃ったか。それで、私から聞き出したいことは何だ」

 

寝ようとするマドカに聞きたい事があると、話は鈴が来るまで待ってくれと箒は伝えた。その鈴が現れると開口一番に口開いたマドカに問うた。

 

「・・・ラーズグリーズのことだ。単刀直入で言わせてもらう、ラーズグリーズって名前は偽名だな」

 

「・・・・・」

 

「沈黙は肯定と受け取るわ。これまであたしと箒はラーズグリーズと篠ノ之博士にナンバーズと関わってから色々と考えていたことがあるの。あんなミイラの身体を見て以来ずっとね」

 

壁に寄り掛かりながら部屋の淡い照明灯の光を視界に入れ見つめる鈴。

 

「京都でもナンバーズと会って、気になる話を聞かされたわ」

 

「十年前・・・・・初めてISを動かしたのは一誠であると私は直接本人から聞かされた」

 

「あたしもそうよ。マドカ、あんたも当然知っていわよね。同じ家族なんだから」

 

「ああ、そうだ。ちぃ姉には内緒だよ?と楽しそうに言ってくれたからな」

 

「ふぅん、だったら最初政府が織斑一誠こそが十年前、初めてISを動かしたのは最初の男だって話、その事実は篠ノ之博士本人が否定したけど、ラーズグリーズが篠ノ之博士とISを開発する当初から関わっていたことは本当なんだ。それ千冬さんも知らなかったでしょ」

 

鈴の言葉に言い返そうと口を開きかけたが、マドカはこの会話の深意に気付きまた意味深に笑みを浮かべる。

 

「いや、知っていた」

 

「「!」」

 

「と言えば、お前達の中で出ている答えは確定するか?」

 

だとすれば、だとすれば・・・・・!

 

「・・・・・教えて、『織斑一誠』って・・・・・」

 

「・・・・・」

 

気分がよさそうに笑うマドカ。

 

「はっ、伊達に幼馴染の関係を持っていないか。あの愚兄達と違って、ここまで答えを自分で見つけるとはな。いいだろう・・・・・教えるつもりは毛頭もなかったが、自分で気づいたならば私が知っている全てをお前達に打ち明けよう。ただし教えるには条件がある。ラーズグリーズの味方になれ」

 

「なっ・・・・・」

 

「鈴はともかく、篠ノ之、お前はラーズグリーズの味方になる理由はあるだろ。私が気付かないと思っているのか?しかもその理由は私個人にとっては忌々しい限りだっ」

 

戸惑う箒を更に動揺させるマドカ。

 

「だが、今のお前には極めて難しい気持ちになっているだろうな」

 

「・・・・・」

 

「故にさっきの条件は冗談で済ませてやる。ありがたく思え」

 

「何であんたが上目線で言うのよ」

 

「当然だろう?私がお前達より下である事は一度もないのだからな」

 

傲岸不遜な態度でいるマドカの鼻っ面を折ろうと気持ちで喧嘩を買う鈴。

 

「へぇ?言ってくれるじゃない。だったら今度勝負しなさいよ」

 

「いいだろう。料理対決でもするか?勝敗は篠ノ之に決めてもらう。お題と試食と審判もな」

 

「上等よ」

 

勝手に勝負の中立に立たされ、当人がいる目の前で決められてしまい、ささやかな抵抗を試みる。

 

「・・・・・私の意見はないのか」

 

「「ない」」

 

呆気なく二人から切り捨てられる箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ナンバーズ達との日常編~

 

「ふむふむ、生命の理を覆す聖杯・・・・・中々に興味深いっ。無人機に命を与えたら面白いことにならないかね篠ノ之博士?」

 

「興味はあるけれど、反乱なんかされるのも嫌だからしないよー。というかそんなのISじゃないし。女の子が操縦してこそISだよ」

 

聖杯に宿っていた物を手に入れた今、奪われても支障がないので二人の科学者から目を輝かせて調べさせて欲しいという願いを叶え、壊さなければ好きなだけ調べさせることにしたラーズグリーズは、手に入れた『力』の感覚を取り戻すために特訓をしていた。

 

「・・・・・」

 

しかし、ミイラのような身体の弊害か思うように力を開放することはできないでいる。やはり、生身の身体でないと発揮できないかと心中落胆して肩を落とす。

 

「おいラーズ、何落ち込んでんだよ」

 

「そうそう、今のラーズでも十分強いっスよ」

 

少年的な雰囲気を持つ少女ノーヴェと赤い髪を後頭部でまとめた少年的な容姿で、ややノーヴェに似た外見をしているウェンディに話しかけられ振り返りながら言い返す。

 

「・・・・・ISがなければもやし以下」

 

「ははは、そりゃそんな身体だからしょうがないっス。それで生きているだけでも凄すぎるっスよ?」

 

「そうだ、だから女々しい考えをするんじゃねーぞ」

 

励ましに来たのかと二人をジッと見つめる視線にノーヴェは提案の言葉を述べながら拳を構えた。

 

「暇なら私と勝負しろ」

 

「ということで、何時ものように相手になってやってくれないっスかね?ラーズに構ってもらえないと苛立つっスからねー」

 

「ふざけた事を言うな!?」

 

いいだろう、と拳を構えるラーズグリーズが示す姿勢に合図もなしで飛び掛かるノーヴェ。突き出される拳は軽くかわされても流れるように足を振るって追撃する。横から迫る足に片腕で防ぎ、片手で掴み取り思いっきり降り投げるラーズグリーズの手から解放されながら空中で体勢を整え、床に着地した直後には目と鼻の先まで迫られていた。突き出される拳に負けじと突き出す拳がそれぞれの顔の頬に掠る。それから足も駆使して踊るように格闘術を繰り広げる。

 

「てめ、もやし野郎のくせにどうしてそんなに強いんだよ!戦闘なんて碌にしたことが無いだろが!」

 

「・・・・・もやし言うな」

 

「がっ!?」

 

腹部に重い一撃を食らい床から足が浮くノーヴェ。続けざまに躊躇なく女の顔にISの手で突き刺し殴り飛ばす。吹っ飛ぶノーヴェは瞬時で追い伸し掛かるつもりのラーズグリーズからバックステップで回避し、戦意が折れない強い眼差しでラーズグリーズを射抜きながら飛び膝蹴りを繰り出す。顔面を狙ってくるその蹴りを後方に飛び退きつつ交差した両出で防ぎ、衝撃を和らげる。

 

「うおおおおおっ!」

 

「・・・・・」

 

 

今日も長くやっていそうっスなーと傍観者姿勢で立って見守るウェンディ。そして大体こんな時にやってくる面子は決まっていると出入り口の方へ目をやれば。

 

「ノーヴェが一番手だったか」

 

「ラーズ、今日も凄い」

 

「順番を決めましょう。勿論じゃんけんで」

 

トーレ、セッテ、ディード、近接戦闘が主な戦いをする三人は暇があればラーズグリーズと組み手をする。ほぼ毎日誰か、今日みたいに三人揃ってするときもある。その際、ラーズグリーズから接近戦のイロハを学ぶので実力はメキメキとつけて、戦闘能力が向上するのだからいつの間にか訓練や戦闘時だけ戦闘の師のような関係を構築した。

 

「がふぅっ!?」

 

あ、終わったと腹パンを食らったノーヴェは、肺の中の空気を吐き出したような声を発しながら倒れこんだ。そして倒れた者を運ぶは必須だとお姫様抱っこをして、ここ訓練場の壁際にまで優しく連れて行く。

 

「お、下ろせ・・・っ!」

 

「・・・・・」

 

顔を赤くして照れと羞恥で暴れるノーヴェを無視し、安全な場所にゆっくりと下ろして立ち上がりトーレ達の方へ顔を向ける。

 

「・・・・・誰」

 

次に戦う者は誰だ、と言葉足りない問いだが共に過ごした時間は長くじゃんけんで決め合った結果、ディードが挙手する。

 

「私です。よろしくお願いします」

 

赤い刀身の双剣を持ちながら訓練場の中心に移動するディードに呼応してラーズグリーズも赤黒いブレードを二振り粒子召喚して構える。そして、一気にどちらからでもなく前へ飛び出して今回は双剣同士の戦いの訓練を始めた。残りの二人もしっかり訓練してもらう。それが昼時までの日常。

 

昼頃になると、ラーズグリーズが十数人分の料理を手慣れた手つきで用意する。今回の助手はセインにクアットロ。暇そうなナンバーズがいたら声を掛けるのがラーズグリーズのやり方である。

 

「ラーズちゃーん。お野菜洗ったわよー」

 

「・・・・・一口サイズ」

 

「はいはい、切ればいいのねー?おねーさんに任せなさーい」

 

「久々のカレーだなぁー。夜は何する?」

 

「・・・・・中華」

 

の何しようかなと鍋の中を混ぜながら考えていると、二人がすかさず食べたい中華の料理を主張してくる。

 

「フカヒレ作ってちょうだいね?」

 

「はいはい、私は中華まんがいいな!」

 

「・・・・・」

 

大体の夕食は、こうして一緒に誰かと作る時にその時に決まるのが常であった。結果、夕餉までにラーズグリーズが様々な中華料理を作り上げて束達の口と胃を大いに楽しませ喜ばせた。

 

夕餉の後はのんびりと寛ぐディエチ、オットー、チンクと大型テレビの前で何かしらの番組の放送をするか四人でゲームをする事もある。今回は四人でキャラクターを選びバトルロワイヤルをするゲームをしていた。

 

「「「「・・・・・」」」」

 

無言で勝負をする四人の沈黙が真剣さを醸し出していた。ゲームの中では一進一退、攻防を繰り広げガードをしたり隙あらば攻撃をしてダメージを蓄積して倒していく。そして誰かが一人勝って他は負けてゲームが終わると、

 

「「「「はぁ・・・・・」」」」

 

揃って溜息を吐くなどどれだけ集中をしていたのか分かってしまうほどだ。それでもまだゲームをし続けるつもりで皆で話し合う。

 

「次は何をする?」

 

「最近、面白そうなPCゲームがあって皆とやってみたいものがあるけどいい?シューティングゲーム」

 

「・・・・・どんなの」

 

「シューティングか。無論やってみようではないか」

 

ディエチが提案したPCシューティングゲームをするためにそれぞれ自室に戻り、その日、時間が許される限り何度も挑戦して楽しんだのであった。

 

就寝前はミイラのような身体を晒すラーズグリーズにウーノとクロエが献身的に濡れたタオルで優しく拭く。

 

「痒いところはありませんか?」

 

「辛かったら言ってね?」

 

「・・・・・ん」

 

清潔を保つために最初はクロエが、次にウーノまでもが自主的に(ジェイルの差し金)してもらうようになってから申し訳なさと感謝で一杯になるが、何時か身体が復活したら恩返しをしたいと願うラーズグリーズ。

 

そして就寝は一人ISを保管するガレージのところに向かい、束とジェイルの手によってISのチェックをしてもらう。問題がなければそのままラーズグリーズは自室に戻り柔らかいベッドの上で、傍らに束とクロエと寄り添い眠りにつく。



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復活する真紅の龍

「はぁ・・・!はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

突然変調を起こして荒々しい息を繰り返し、寝台で寝かされたラーズグリーズを診察する束とジェイル。結果はあまり良いとは言えず束の眉根が寄った。

 

「・・・・・身体に限界が訪れているようだね。元々意識があるだけでも奇跡な程、様々な薬物が投与された副作用がラーズグリーズの身体を蝕んでいた。もはや臓器などほとんど機能もしていないのに、ここまで生きていたのは異常で強靭的な精神力で命の線を繋いでいた」

 

「・・・・・」

 

「二年も生きられない命は、恐らく私達の予想より早く迎えるかもしれないようだ。いくら身体がISと言えど中身は彼自身の身体だ。風前の灯火の彼が身体を駆使すれば精神や気力も擦り減らしていたかもしれん。どうする篠ノ之博士?」

 

「・・・・・」

 

今後のラーズグリーズの扱いに対して訊くが束は無言で治療ラボから出て行った。残されたラーズグリーズは薄っすらと目を開けて己の死を察した、遠い目を天井に向けた。

 

 

「あ、もしもーし?天才科学者の束さんだよー。用件は言うけど、らーくん、思った以上に限界に近いみたい。ねね、聖杯って命の理を覆せるならさ?命をもっともーっと増やせれない?・・・ふんふん、やっぱり聖杯は三つ揃えなきゃ駄目なんだねー。分かったよ。ん?やってくれるの?じゃあ、私も動くからさ成功してもできなくてもお願いね」

 

 

 

 

一日に一人、政府の議員、権力者の行方不明が相次いでいる最中。調査する警察も対応しきれなくなっていた。未だ誘拐された大統領の捜索も難航している状況で行方不明者が増えていっているのだ。白昼堂々、闇に紛れて夜中に等と手段は選ばず現れる黒い人影と共に連れ去られた者はその後、帰ってこない。ただし、例外はあった。子供と妻と暮らしている者は、誘拐されず家を燃やし居場所を奪われ妻を連れ去られるのだ(後に発見される)。誰も手も足も出せず、増える被害者に頭を抱え悩む時―――一誠の携帯に通信が入った。

 

「もしもし?桐生さん?」

 

『お久しぶりー一誠君。今大丈夫?お仕事のお話があるんだけれど』

 

遠慮気味に携帯越しで話をしてくるのは桐生カーリラ。仕事という単語に顔を若干暗くして肯定する。

 

「はい、その、ご迷惑をおかけしてますよね」

 

『あのニュースのことなら気にしないで。貴方は貴方なのだから、胸を張って堂々とお仕事をしてくれればきっと他の皆も変わらず接してくれるわ』

 

「・・・はい」

 

『それでお仕事の件なんだけれど、詳しいお話は事務所に来てからになるけど大丈夫かな?』

 

すぐに返事をできる内容ではなかった。一度千冬に伝えてからまた連絡すると返事をして通信を切り千冬へ訪れに向かった。

 

「駄目だ」

 

「ですよねー」

 

即答で拒否された一誠であった。理由は言わずともわかっている。

 

「当たり前だ。立場を解っているのか?今のお前は休業中だ。しかも狙われていることが分かってて、学園から離れさせては相手にお前を狙ってくださいと言っているようなものだ。外出の許可はだせん」

 

「じゃあ、学園に来てもらうのは・・・・・?」

 

断られる前提での一誠からの提案を千冬は少し考えると、首を縦に振った。

 

「それならば、問題はないだろう。時間は少し貰うがそれでもいいなら問題ないと彼女に伝えろ」

 

「わかった、ありがとう千冬姉さん」

 

「・・・・・ああ」

 

神妙な表情をして返す千冬。政府や束のニュースを経て、織斑一誠という存在は何なのか把握してもこれまで通りの関係で接する己はいつの間にか、一夏と秋十のように家族として迎え入れてしまったことに、葛藤と罪悪感に苛まれてしまった。再びカーリラに連絡を取り、IS学園に来ての話し合いなら大丈夫だという旨を伝えた数日後。IS学園に桐生カーリラが訪れた。

 

「千冬ちゃん、お久しぶりね!ここ数年会ってなかったから綺麗に成長した姿は昔が懐かしいわー!あなたが中学生の頃は一誠君達の事を物凄く可愛がって一緒に添い寝―――」

 

「昔の思い出話はまた今度にして私に抱き着かないでください。お互いそういう年齢でもないでしょう」

 

「あら、年齢なんて関係ないわよ?それを言うなら千冬ちゃんは何時結婚するの?もう三十路になるのも時間の問題な年齢じゃない。早く素敵な男性を見つけて主夫として家庭を築かなきゃ女が廃れるわよ?」

 

「・・・今、主婦の言葉の意味合いが違って聞えたのだが」

 

「ふふ、気のせいよ☆」

 

世界最強に対してここまでフレンドリーに接することが出来るのは世界でたったの二人しかいないだろう。一人は言わずとも篠ノ之束、もう一人は桐生カーリラ。彼女を来訪者専用の部屋に案内して、飲み物を淹れる。千冬は気付いていない。砂糖と書かれている箱の隣の塩で入れてしまっていることを。

 

「一夏君と秋十君、マドカちゃんは?後で会いたいわー」

 

「あいつらはISの訓練をしています。どうぞこちらです」

 

「ありがとーう。・・・千冬ちゃん、このコーヒー塩入っているのだけれど新しいイタズラか何かかしら」

 

微妙な顔で困った風に苦笑するカーリラの言葉に、失態を犯してしまったことを自覚して慌てる。

 

「す、すみません。直ぐに淹れ直しますっ」

 

「うーん、もしかして仕事に夢中過ぎて家庭を疎かにしちゃってないわよね?」

 

ギクリ、と珍しく千冬が肩を震わせて答え辛そうに「してなど、いません」と返すがカーリラは目を細めた。

 

「一夏君と秋十君に一誠君に家事全般任せっきりにして女王様気分だったりしてないわよね?」

 

「女王様気分などしていません」

 

「じゃあ、千冬ちゃんは働きに出かける夫で、一夏君達を家ではメイドさんのようにさせちゃってるとか」

 

「何故そうなるのですか」

 

「―――弟達に家事を任せているのは否定しないのね」

 

「っ・・・・・」

 

鎌を掛けさせられた、誘導尋問をされていたことに気付いた時、千冬の肩にポンと手を置く暗い笑みを浮かべるカーリラ。

 

「千冬ちゃん?」

 

「・・・・・何ですか」

 

「必ず一般女性並みの家事全般できるように再教育をしてあげるから逃げないでね?」

 

昔からお世話になっている相手に対して強い姿勢で拒絶することはできない千冬にとって、ある意味桐生カーリラという女性は天敵のような存在だった。対極している束とは違い、違う方面から千冬は彼女に頭が上がらず、もしも母親がいたらきっとこんな感じで接しているのだろうかと言う思いを他所に、顔に冷や汗を流す千冬だった。

 

「一誠君との仕事の打ち合わせが終わったら千冬ちゃんの部屋に行くからね」

 

「関係者以外立ち入り禁止です」

 

「そんなこと言うだろうと思って、事前に学園長から許可を頂いているから千冬ちゃんの意思は関係ないわよ」

 

証拠にほら、と織斑千冬の寮長室への入室の許可書と印鑑すら捺されている紙を取り出して見せつけられる始末。

 

「必ず一般女性並みに家事全般できるよう再教育するから逃げちゃダメよ?」

 

「・・・・・」

 

「逃げたらマドカちゃんが喜々として見せてくれた貴女のマル秘の物を世界中に公開―――――」

 

「大人しく寮室に待っていますので勘弁してください」

 

そしてマドカ、後で殺す!

 

何故か呆れ交じりのため息を吐くカーリラ。

 

「殺気が駄々洩れよ千冬ちゃん。一誠君には悪いけれど、先に貴女を女性として淑女の嗜みも教え込まないと駄目みたいね。念のために有休を取ってきてよかったわ」

 

「っ!」

 

その日、織斑千冬の調―――もとい教育が行われそれは夜まで続いたのは言うまでもなかった。教育を受けた千冬は、疲労困憊で肉体的にも疲弊しているのか酷くげっそりとした顔で食堂にやってきて、生徒達を心の底から驚倒させた。

 

「・・・姉さん、どうした。随分と疲れているようだな」

 

「・・・・・何でもないです。気にしないでください」

 

「ち、千冬姉?口調が・・・・・おかしいぞ」

 

「・・・・・どうしました?一緒に食事でも食べたいのかしら?ふふ、可愛い弟ですね抱きしめてあげましょうか?」

 

「こ、壊れてる!?あの気が強くて軍人より軍人みたいな千冬姉が淑女みたいに変わってるぅっー!?」

 

「きょ、教官の身に一体何が・・・・・(ガクガクブルブル)!」

 

「どうしたの?凄く震えているわボーデヴィッヒさん。風邪なら保健室に行かないと、めっ、ですよ?」

 

「ゆ、夢よね?あ、あの千冬さんが綺麗な淑女みたいな言葉使いで話すなんてあり得なさすぎるわっ」

 

「て、敵の洗脳でも受けたのか・・・・・?」

 

ドン引きする昔から織斑千冬を知る少年少女達からすれば、淑女口調な織斑千冬は、天変地異の前触れだと言わんばかりの様変わりしたのだ。一体何が、一体誰がこんな彼女にしたのか・・・・・。

 

「あっ、一夏君と秋十君、マドカちゃんっ!お久しぶりー!」

 

「「え?えっ、桐生さんっ!?」」

 

「・・・・・何でここに?」

 

遅れて食堂に現れたカーリラの登場に彼女を知る者からすればIS学園にはいない存在。殆ど無縁と言ってもいいここに来ることもない筈の彼女に一夏達は目を丸くした。

 

「・・・マドカ、誰なわけ?」

 

「・・・・・織斑一誠が芸能界で働いていた頃の専属マネージャーの桐生カーリラ、さんだ。姉さんが中学生の頃から援助してもらったり頼ったりして私達もお世話になっている。故に姉さんでも頭が上がらない」

 

「あの教官が・・・・・」

 

「ああ、知らなかったな・・・・・そんな人がいたなんて」

 

そして、淑女と化した千冬の原因もわかった。さり気無く真面目な顔で警告する。

 

「お前達、あの人の前では敬語を使え。姉さんみたいにされるぞ」

 

「え、何それ?そんなことできる筈が・・・・・」

 

「・・・・・わかった。そうしよう」

 

「鈴、マドカが真剣な顔で言っている。どうやらふざけて冗談も言っていないらしい。言う通りするべきだ」

 

ラウラまでもがそこまで言わせるマドカの警告に、鈴も頷いたところでカーリラがマドカに話しかけた。

 

「マドカちゃん、久しぶりね。千冬ちゃんが中学生だった時の頃の顔みたいで懐かしいわ」

 

「お久しぶりです桐生さん、元気そうで何よりです」

 

「お互い息災で何よりね。ところでマドカちゃんの傍にいる可愛らしい三人は?」

 

「初めまして、篠ノ之箒です。マドカ達とは幼馴染の関係です」

 

「凰鈴音です。あたしも一夏達とは幼馴染です」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒです。よろしくお願いします」

 

「桐生カーリラです。一誠君の専属マネージャーをしていました。今は元がついちゃうけれどね?」

 

握手を交わしながら自己紹介を終わらす。

 

「桐生さん、どうしてIS学園に?」

 

「お仕事のお話があって一誠君に用があってきたの。その前にちょっと千冬ちゃんとお話をしすぎてこんな時間になっちゃったわ」

 

「・・・・・姉さんが淑女みたいになっていて気持ち悪いのですが」

 

「あら、女性は皆お淑やかでなきゃ。男勝りな口調や荒々しい口調、とにかく女性らしくない言動をされちゃうとね?気になって仕方がない性分で・・・・・ちょっと、淑女みたいにな女性にしちゃいたくなっちゃうの」

 

箒、鈴、ラウラの背筋に嫌な汗が流れた。マドカが言っていたことはこう言うことだったのかと知り、戦慄してしまう。

 

「でも、箒ちゃん達は淑女みたいにだから大丈夫そうね。それじゃ、また今度ゆっくり話しましょ?」

 

笑みを浮かべ千冬の方へ歩み寄って行く。残された四人は緊張の糸が解れて深ーいため息を吐いた。

 

「・・・・・分かったな」

 

「分かった・・・・・物理的な意味ではなく本能的にあの人に逆らってはいけないことも」

 

「強制的に淑女にするってどんだけよ・・・・・千冬さんがあんな風にされちゃうのも納得するわ」

 

「教官ですら逆らえない相手がいるとは・・・・・」

 

それだけじゃないと付け加えるマドカ。

 

「姉さんにとってあの人は唯一無二の天敵だ。だから強く逆らえず頭も上がらない」

 

「「「天敵・・・・・」」」

 

世界最強にも天敵が存在する。織斑千冬はそんな天敵の前ではどこにでもいる人間のようになり下がるのか、と静かに驚愕する三人は千冬に対して合掌する。

 

―――†―――†―――†―――

 

 

翌朝―――。

 

カーリラは本題の件を済ませようと一誠の部屋へと訪れる。ルームメイトは兄の一夏である事は千冬から聞き出したので、迷うことなく二人の部屋の扉を叩いて一夏がすぐに開けてカーリラの訪問を驚きながら迎えた。

 

「え、桐生さん。どうしたんですか?」

 

「一誠君とお話をしに来たのだけれどまだいるかな?」

 

「あー・・・・・ここにはいません」

 

いない?この部屋で一緒に寝ているのはどうやら違っていないようだがどういうことだろう?と、いればカーリラの横から近づいてきた制服姿のマドカが話に加わってきた。

 

「あの愚兄なら半ば強制的に別の場所で寝泊まりさせられているぞ」

 

「別の場所・・・・・?」

 

「桐生さんは知らないし、信じられないだろうけど・・・・・異世界からやってきた人達と暮らしているんだ一誠は」

 

異世界から来た人達・・・・・?何を言っているんだろう的な表情を浮かべるカーリラを見て微妙そうな表情で「やっぱりそんな反応しますよね」と達観する一夏。

 

「一誠に用があるなら案内しますよ」

 

「お願いするね」

 

「私もついて行く。あの愚兄の暮らしぶりを見たいからな」

 

三人は寮を後にして外へと出向く。一夏とマドカの案内でついて行くと寮からそんな離れていない場所ですぐに見つけた。

 

「・・・・・」

 

IS学園には存在しない、場違い過ぎて逆に浮いている見た目がお城のような大きな家が。唖然とするカーリラ。

 

「何でこんなところに?」

 

「分かりますその気持ち。異世界から持って来たって聞いたんですけど、実際どうやって持って来たんだって気持ちでした」

 

「常識はずれにも程がある連中だ。異世界の魔法はこんなことも出来るのか?」

 

驚きすぎるあまり言葉を失いかける。いや、確かに衣食住は必要だろう。この世界に来る際に様々な準備をしてきたのは間違いない。だけど、カーリラの心情はもっと別のことを考えていた。

 

「(あの人達は・・・・・あの子の思い出すら何も知らずに塗り替えってしまっているのっ)」

 

「呼ぶぞ」

 

インターホンを押してベルを鳴らす。それから一分も経たずに玄関の扉が開いた。中から出てきたのは銀髪のメイド。

 

「おはようございます。あの一誠は起きてますか?」

 

「はい、起きていらっしゃいます。これから朝食の時間ですのでよろしければご一緒にいかがですか?」

 

「・・・・・いらん。あんな光景を見ながらの食事は胃も通らないからな」

 

辟易した顔で拒絶するマドカ。一夏も微妙な表情をしてやんわりと断った。見聞したことが無いカーリラは何となく尋ねた。

 

「あんな光景って・・・・・?」

 

「一誠が、大勢の女の人に囲まれながら「あーん」をされて食べさせられる光景です。見ているだけで物凄く甘すぎて胸焼けがしそうでした」

 

「私は気持ち悪すぎて見ていられない。女誑しより酷過ぎる。酒池肉林の人生を体現、謳歌している王様気分な愚兄も愚兄でまんざらでもなさそうに楽しんでいた様子は本当に吐き気がした」

 

―――マドカちゃん、それ、そのまんま本人に言っちゃってるから。

 

心の涙を流すカーリラ。これ、元の鞘に収まない方がいいかしらと思ってしまう。

 

「では、ここでお待ちになりますか?」

 

「一誠を迎えに来たのでできれば呼んで欲しいんですが」

 

「わかりました。少々お待ちください」

 

三人の目の前で扉を閉め、中へ踵返して戻ったメイドがまた扉を開けるのを待って数分後。再び扉が開くと一誠が気まずそうな顔と共に出てきた。

 

「お、おはよう・・・・・」

 

そんな一誠を見た途端に、しかめっ面になるマドカ。

 

「・・・・・朝から異世界人の女共に群がられたか。香水やら女の身体の匂いが酷くするぞ」

 

「ち、ちがっ・・・!鍵を閉めて一人で寝ていたのに、いつの間にかあの人達がベッドに潜り込んで体中しがみ付かれて寝ていただけだっ!?」

 

「首筋にキスマークがあるのは?」

 

マドカの指摘に思わずと条件反射で首筋に手で隠す仕草をする一誠から、マドカは徐に鼻を摘まみながら近づき一誠の制服をボタンが外れるぐらい思いっきり引っ張って、Tシャツをめくると露になる上半身至る所にキスマークが。それを見てしまったマドカは五メートルもゴミを見る目で距離を置いた。その瞬間を携帯カメラで撮影してメモリに保存する。

 

「愚兄、私は寮に戻る。こんな淫欲に溺れた男と一緒に居たら襲われかねないからな。ああ、手も洗わなければ、汚物を触れてしまったから念入りにしないと気持ち悪いな・・・・・」

 

「ま、待ってくれマドカ!違う、これは誤解なんだ!話を聞いてくれマドカぁーっ!!!」

 

「・・・・・私も帰るわね。思えば電話越しでも話せることだったし。でもどうしよう、あの人気有名アイドルが多くの女性と肉体関係を持ってしまった事実、世間に公表されちゃったら稼ぎ頭な子を失っちゃうわね。社長と相談しなくちゃ・・・・・はぁ」

 

「桐生さんも待ってぇっ!?本当に違うんだぁー!!!」

 

不倫を暴かれた最低男のような末路を見せられる一夏は他人事のように二人を追いかける一誠を見ていた。

 

「ふ、二人共!お願いだから話を聞いて!?」

 

「近寄るな、息を吸うな。吐く息で人を孕ます気持ち悪い女の敵め」

 

「あの、流石に同意の上でもね?女の人とそういう行為をするのに限度があると思うの。それにさっきの身体を見てしまった感じ、まだ身体を洗ってないでしょ?出来れば洗ってからお話ししましょう?私、まだ仕事できる女として生きていきたいから、妊娠はしたくないの」

 

「マドカはともかく桐生さんまで辛辣ですねっ!?」

 

もはや必死に説得をする一誠の言葉に二人は聞く耳を持たないどころか、一誠から逃げるように走る。追いかける一誠も走り続けるので、必然的に女々しい男が自分を捨てる女を追いかける図になっていた。何とか誤解を解きたい思いでいる一誠が二人に手を伸ばした瞬間。

 

「!?」

 

三人がいる周辺にレーザーが降り注いだ。マドカはISを緊急展開すると、そこには見たことが無い黒い機体が群れをなして空から飛んできた。

 

「なっ!?」

 

機体の数は軽く数えて十を超える。それほどのISがあることがすでに異常事態だが、そのすべての機体は見たこともない機体の量産機であり、操縦者が乗るべき中心部にはマネキンのような機械人形が鎮座している。

 

「ラーズグリーズ!?それともナンバーズか!」

 

「いや、どちらも違うらしいな。初めて見る機体だ。まさか無人機なのか・・・・・?」

 

臨戦態勢を取るマドカ。その大量のIS群は、一誠を見つけるなり、一斉に襲い掛かった。

 

「目標視認、捕獲開始・・・・・」

 

機械音声が冷ややかに告げる。そしてその無人機と思しき機体たちは、十数機がかりで一誠を拘束すると、そのまま離脱を始める。

 

「な、何をするんだ!離せ!」

 

もがく一誠を、機械の腕が取り押さえる。一夏が弟を救おうとISを展開して飛び出すが、数機の無人機に取り囲まれて妨害を受けた。

 

「マドカちゃん、助けに行かなくていいの?」

 

「私一人で救うには力不足だ」

 

「そういう建前ね?ってあら」

 

何故かカーリラまでも丁寧な扱いで無人機が攫って行った。マドカは何となくだが察した。この誘拐事件の黒幕はきっとニコニコと微笑んでいる『天才』なのだろうと。遠ざかる無人機が去っていく方を眺めていると、第一アリーナへ向かって行くのが判り追いかけるマドカ。

 

「やぁ、きりゅー。ご苦労様ー」

 

「やはりあなたの仕業だったのね束ちゃん」

 

無人機に連れ去られ、降り着いた場所は半壊状態の第一アリーナ。束の護衛としてラーズグリーズを始め、クロエとナンバーズ。初めて表に出てきたジェイルとウーノまでもがいた。無人機から降ろされるカーリラは束と相対する。

 

「今日は勢ぞろいなのね?どうしたの?」

 

「らーくんが復活する瞬間を皆で見守りたいからなのさ!」

 

「・・・・・そうね。その権利は貴方達にもあるわ」

 

無数の黒い無人機のISに囲まれている信じられないような表情を浮かべ、当惑の色を顔に滲ませる一誠に振り返る。

 

「どういうことなんですかっ、一体何が目的で・・・・・」

 

「貴方の中に宿る聖杯よ。それを取り出したいから近づいたの。お仕事の話は本当なのだけれどね」

 

「聖杯を?これは俺に必要な物だってメリアさん達が言っていた!貴女に渡すわけにはいかない!」

 

「お前の意思なんて関係ないんだよ。さっ、今の内に聖杯を奪っちゃいなよきりゅー」

 

当然、と近づき伸ばす手が一誠の胸の中に沈み込んだ時と同時に、腕を引くと一誠から取り除くようにカーリラの手の中には聖杯が握られていた。

 

「・・・・・これで、『約束』が果たされる・・・・・」

 

感慨深く、愛おし気に聖杯を触れるカーリラ。ISを装着した一夏達が空から飛んできた。

 

「一誠!束さんに桐生さん!?」

 

「一体どういうことなんだ・・・!?どうしてあの二人が一緒に・・・・・」

 

「疑問は後!今すぐ一誠君の救出よ!」

 

「はーい、邪魔しないでねー」

 

様々なISの、一夏達のISの稼働状況を知らせるウインドウが、宙に撫でるだけで展開された。また指先で、つぅ・・・・・と宙を撫でると一夏達のISの出力が、システムが、ありとあらゆるISの機能をオールダウンして束が少年少女達の『力』と『翼』を奪った。

 

「白式!?」

 

「ブルー・ティアーズ!?」

 

甲龍(シェンロン)!?」

 

「ダメッ、リヴァイブも動かない!」

 

「篠ノ之束、一体私達のISに何をした!」

 

各ISの機能が完全に停止し、物言わぬ重たい金属の塊と化したことで動揺と混乱が一夏達の心を乱した。

 

「ISのコアとISを開発したのは誰なのか分からないなら一生馬鹿だねー。後で戻してあげるから邪魔しないでよ」

 

「一誠を何しているんですか!今すぐ離してください!」

 

「うん、いいよ?」

 

あっさりと一誠を解放されたので豆鉄砲を食らった鳩のように面を食らった。

 

「・・・・・えっと?」

 

「どうしたの?もうそいつには用もないからちゃんと返したよ?」

 

「えと、はい・・・・・でも、なんでこんなことを?」

 

「決まってるじゃん。勿論―――」

 

言いかけた束を遮るのは、上空に発現した複数の黒い魔法陣から現れた大量の『混沌と破壊を齎す機龍(カオス・マーシナリードラグーン)』とアジ・ダハーカ達が現れた直後に誠達も駆け付けて聖杯を持つカーリラを見て目を丸くした。誠が話しかける。

 

「まさか・・・・・リーラ、お前なのか?」

 

「誰のこと?人違いじゃないかしら。私は桐生カーリラと言うの」

 

「・・・・・ああ、そうか。転生したのは息子だけじゃなかったな。だけど、記憶は引き継がれている筈だ。そうだろう?」

 

確かめる風に述べる誠の言葉を無視してカーリラは肩から下げていた鞄から、一誠の身体に宿されていた聖杯と同じ聖杯を二つ取り出した。

 

『俺から聖杯をティアマトに奪わせ、織斑一誠から聖杯を奪って何をするつもりだ』

 

「アジ・ダハーカ?何言っているんだ?」

 

「決まっているわ。『約束』を果たすためよ。私自身の手でね。これは私の我儘、この場で我が主の願望を叶える」

 

三つの聖杯を持ってそれを―――聖杯が螺旋を描きながら宙に飛び回り、織斑一誠に向かって行った。期待感が膨れ上がった一同の気持ちを―――裏切るように弧を描いて逸れた聖杯がラーズグリーズの体の中に沈んだ。

 

 

っっっ―――――!?

 

 

心を激しく揺さぶる衝撃的な事実にアジ・ダハーカ達と誠達はあらん限りに目を見開き、言葉を失った。

 

『待て・・・・・どういうことだ貴様っ。我らが望む「約束」の者は織斑一誠の筈だ!気迷ったかっ!?』

 

誠も信じられない一心で一誠に近寄り肩を掴んで主張する。

 

「何かの冗談だろう?ほら、こっちに一誠がいるじゃないか。なのに何で一誠じゃなくその人間を選んだ?―――答えてくれ!」

 

彼女は淡々と、冷ややかに言い返した。

 

「―――どこまでも貴方達は・・・・・心底から失望したわ」

 

 

 

 

 

ラーズグリーズは、変な空間に何時の間にか立っていた。広がる蒼い空の下はどこまでも続く草原と対なる大海原。空から伝わる太陽の光は心地がいい。吹くそよ風が身体を撫でながらどこかへと去ってしまう。

 

「・・・・・」

 

この場所は『一度』だけ来たことがある。ラーズグリーズは周囲に目を配って何かを探すその視界にあるものが映り込んだ。

 

 

草原に横たわる真紅を。

 

 

真紅を見つけたラーズグリーズ。驚くことに真紅は自分と同じ顔をしていた人間であった。真紅へ手を伸ばして触れた瞬間。自分と相手の動悸がドクンッ!と激しく高鳴った。ラーズグリーズは解らず様子を見守る。それから一拍遅れて真紅の瞼が微かに動いた。そして静かに濡れ羽色と金色のオッドアイが特徴の目が開いた。

 

「・・・・・くぁ」

 

長く寝ていた風に欠伸をして首の関節を鳴らし、それからようやくラーズグリーズの存在に気づき―――眠気もすっかりなくなった真紅は薄く笑った。

 

「ああ、お前か」

 

「・・・・・」

 

「久しぶりだな。ここに来たってことはようやく揃ったんだな?」

 

よっと軽やかに立ち上がって真紅はラーズグリーズに告げながら、背中から二対四枚の翼に尻尾が生えだし、頭から一本の角が伸び出す。ラーズグリーズは真紅の少年にコクリとうなずいた。

 

「・・・・・聖杯は手に入った。だけど、それ以前にアジ・ダハーカがとんでもないことをしでかした」

 

「え、マジで?」

 

ラーズグリーズは今までの人生を真紅の少年に打ち明けた。静かに耳を傾けてる間に長々と語られ、全て語り終えると。

 

「人工生命体?しかもサイボーグって・・・・・あれからとんでもない人生を送ってたのか。てか―――!」

 

アジ・ダハーカが聖杯を用いて『混沌と破壊を齎す機械龍』を生み出して世界と人類の天敵、イマージュ・オリジスとして今日まで戦ってきたことを。そして異世界からやってきた兵藤誠達がアジ・ダハーカ達と同様にある勘違いをしていることに真紅の少年は。

 

「はぁ・・・・・マジかよ皆・・・・・顔だけ判断されちゃ悲しいよ。いや、何も知らないで出会ってしまったら勘違いしてしまうのは仕方がないと思うよ。だけどなぁ・・・・・」

 

憂鬱になりかける真紅の少年だが、気を取り直してラーズグリーズに見つめる。

 

「・・・・・まあいい。こうして俺は目覚め、『記憶』だけ与えたお前と『再び』出会ったんだ。本来の予定とは何だか大きく変わっているみたいだが結果オーライとして・・・・・俺の半身、俺という存在の復活のために一つになろう」

 

「・・・・・一つ?」とラーズグリーズは小首をかしげる。『以前』聞いたことがない話だったからだ。

 

「彼女から受け取った『記憶』の聖杯にはもう一つ、アジ・ダハーカ達には教えなかったモノを宿してある。それは俺自身、つまりは『魂』だ。俺がこの世界に転生する際、魂を半分にした『半魂』でありながら、生前の『記憶』を具現化にした存在だ俺は。そして残りの魂の半分はお前、半分わけた俺の魂からこの世界で転生した存在。もう半分の俺の魂。俺はずっと聖杯の中で全て揃う時が来るまで眠り続けていたんだ。だから二つに分裂した魂が再び一つになれば、俺達は新たな存在として誕生する。お互いの記憶と力を受け継いで共有している状態でな。それにはお前の同意が必要なんだ」

 

アジ・ダハーカ達も知らされなかった事実はラーズグリーズも知る由もないことだった。もしも最初に織斑一誠に『記憶』聖杯を宿されていたら、間違いなく最悪な展開、目の前の真紅の少年の念願だった復活は叶わなかった。『力』も『魔力』も大切だろうが、真紅の少年にとっては今までの『記憶』が一番大切に違いない。それを確実に転生した己を見つけることが出来る彼女に託したのだろうと思うラーズグリーズ。

 

「もしもアジ・ダハーカ達を止めるか倒す力を欲しいなら、俺と一つにならなきゃ駄目だ。本来の力の十全も発揮出来やしない。魔力を得ても精々一割以下程度だぞお前は。あ、魔力は別の奴に宿ってしまって空っぽか。まぁ、一つになれば問題ないか。俺自身も一つになるための魔力、本来の全魔力から半分を残しておいたからな」

 

「・・・・・俺とお前は一つに成って消えるのか?」

 

「同じ魂を一つに戻せば、人格も呼応して一つに融合する形でそうなるかもしれない。さっきも言ったが互いの記憶を共有することで俺とお前は新しい存在としてあり続けられる」

 

真紅の少年がラーズグリーズに向けて手を差し伸べた。

 

「これは・・・・・お互いのためだと俺は信じている。一方的に一つに成っても意味が無い。だから俺の半身、ラーズグリーズ。いや―――『織斑一誠』。俺と一つになろう。互いの家族のために」

 

差し伸べられる手を意味深に見つめ続けるラーズグリーズ。この手を握った瞬間、真紅の少年と融合して自分が自分でいられなくなるのは必須。全ての元凶となって千冬達が自分を受け入れてくれるかわからない。

 

だが・・・・・このままではいけないのも事実。自分が死ねば彼女達が悲しむ。『約束』も果たせない。アジ・ダハーカ達を倒さねばならない。ならば、もう一人の自分の力を借りてでも・・・・・。

 

その気持ちを、意思を抱いて差し伸べられた手を左手で握り締めたラーズグリーズ。真紅の少年は嬉しそうに笑みを浮かべ、アレンジした謳を教えると紡いだ。

 

 

 

 

「―――我は無限と夢幻の神の龍也」

 

 

「―――我は覇と王道をも降す唯一無二の龍を宿し者」

 

 

紡ぎ出す謳を二人が奏でる風に謳う。

 

 

「―――濡羽色の我が半身よ」

 

 

真紅色の極大オーラが、真紅の少年の全身を包み込んでいく。

 

 

「―――赫赫たる我が半身よ」

 

 

無限を体現する黒きオーラが、ラーズグリーズを覆っていく―――。

 

 

「「―――際涯を超越する我等は無垢な無限の希望と純粋で不滅の夢を抱き、運命を降す我等の真の禁を次元を越えて見届けさせよう」」

 

 

そして身体から迸る真紅と漆黒の濃厚なオーラが一つに入り乱れ奔流と化する。

 

 

そして真紅の少年とラーズグリーズは、最後の一節を謳った―――。

 

 

「「―――原始の理で以って我らは無夢をも解き放たん」」

 

呪文を謳い終わった時、二人が立つ場所が極光の輝きに満たされた・・・・・。

 

 

 

 

アリーナ、いやIS学園のみならず島全体が地震のような振動が発生し始めた。鈍重の音が空中にいる一夏達の耳にも入り原因不明の異常現象に動揺する。

 

「・・・・・これは」

 

突然の異常現象に周囲を見回す。ただの地震かと思われるが、違うのであれば『では一体なんなのだ』と問われると誰も答えに悩み迷う。ピットにいる千冬を除く教師達もこの異常現象に当惑して見守る。

 

不意にカーリラがラーズグリーズの方へ視線を送くり眩い光が迸った次の瞬間。

 

 

 

―――ドオオオオオオオオオオンッッ!! と。

 

 

 

空を昇る入り乱れる濡れ羽色と真紅の極光の柱が、天に突き立つのを、アリーナにいる一同は見た。IS学園がある島から天へと衝くようにして出現した光の巨柱。一同は距離を置くために撤退せざるを得ない。アジ・ダハーカ達は我を忘れたかのように目の前の膨張する真紅の柱からを見て、中には凶暴なまでに双眸を輝かせて深い笑みを浮かべた。まだ学園にいる人々は巻き起こる衝撃に襲われていた。まさに『震源地』であるアリーナから伝わる甚だしい揺れ。学園にいる全ての者が、場所は違えど等しい衝撃に耐えなければならなかった。

 

 

「やはり、貴方は私が見込んだイレギュラーですね・・・・・!」

 

目を輝かせ、この時を待っていたとばかり興奮した顔で見つめてる超越者。

 

「―――――」

 

そして・・・・・異世界でも異常現象を察知した者が一人いた。

 

 

「・・・・・」

 

マドカは見た。アリーナを丸々と飲み込んだ天へ逆流する巨柱の大瀑布の中で揺らめく影を。それが何なのか最初はわからなかったが次第に治まるように細まる極光の柱から窺える。全長100メートルは優にあり、入り乱れてる濡れ羽色と深緋色の金属の鎧に覆われた枯れ木のように痩せこけているドラゴン。鼻の甲に鋭利な一本の角に背中からは二対四枚の翼を生やし、機械化となった左腕の出で立ちで顕現して―――。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

 

真紅の龍の誕生の咆哮が世界中に轟かせた。



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過去との別れ

編集途中で寝落ちしていたぁああああああああああっ!(朝七時過ぎ※投稿完了済み)


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

 

真紅の龍の誕生の咆哮が世界中に轟かせた。しかし、それを良しとしない者は多々であった。

 

『説明してもらおうか、何故ラーズグリーズに聖杯を宿したっ!』

 

「何でだ、何でなんだリーラッ・・・!」

 

「リーラ・・・・・どうしてっ!」

 

怒りと悲哀、混乱が異世界から来た誠達やアジ・ダハーカ達を抱かせ、その元凶たるカーリラは呆れて何も言えないとため息を吐いた。

 

「ここまでしたというのに・・・・・まだわからないの?」

 

《貴公の考えていることが読めないのだ。目の前に織斑一誠がいるにも拘らず、別の者に聖杯を宿す理由とは?》

 

「私は既に目の前で答えを見せたわ。これが私の選択にして正解であり真実―――」

 

龍が光に包まれ出したあと、縮小していって光が消失した頃にはラーズグリーズが元の姿に戻った。

 

徐に誠達の方へ近づくラーズグリーズ。そして、言葉を発した。

 

「・・・・・久しぶりだな。皆、ずっとずっと会いたかった・・・・・」

 

『―――――』

 

「・・・・・この瞬間を俺は待ち望んでいた。やっと、やっとだ

・・・・・」

 

両手を広げて抱擁を交わそうとするラーズグリーズの意を誠達は警戒する。ある意味それは拒絶の意味でもあった。

 

「・・・・・どうした」

 

「―――貴方じゃないの」

 

真っ直ぐラーズグリーズに向かって否定の言葉を言い放った。

 

「前世の彼の全てを受け継いでも、貴方は私達が愛していた彼じゃないわ」

 

「・・・・・確かに前世の『俺』ではない。記憶を受け継いだだけの紛い物かもしれない。だけど、皆と会いたかった想いだけは前世の『俺』だ。偽りじゃない」

 

そう返すも誰一人として納得できず訝しげな眼でラーズグリーズを見つめる。

 

「織斑一誠を殺す理由は?」

 

「・・・・・あの時も言った。俺が俺たるためにそいつの存在が邪魔だ。俺から全て奪った男を許せない」

 

「お前の大切な何かを奪ったのかは分からないけどよ。それだけで殺す理由にはならないだろ」

 

「・・・・・なる。俺の目の前で、大切なヒトを殺されたあの時のように、そいつは全部奪った・・・・・」

 

「それも受け継いだ記憶から知った程度ね。貴方自身の気持ちじゃないでしょ?」

 

・・・・・だったら、なんだ。

 

「・・・・・仮に、聖杯が俺ではなくそいつに受け継がれていたら、お前等は俺に疑惑を抱くのにそいつには疑問も抱かないのか」

 

「当然だ」

 

「ようやく会えた幼馴染を疑わないわ!」

 

「・・・・・疑わない理由はなんだ。まさか、外見で判断したからだといい抜かすなよ。・・・・・外見以外で何がお前等をそこまで信用と信頼を寄せる」

 

フルフェイス越しで彼等彼女等を睨みつけるラーズグリーズは、首を横に振った。

 

「いや、答えなくていい。やることは変わりない。いずれ、織斑一誠をこの世から消す」

 

「どうあっても、俺達の息子を、家族を殺すことを止めないのか」

 

「・・・・・父さんと母さんの息子は一人を除いてこれ以上必要ないだろ」

 

「悪いけれど、私達の息子はこの子よ。貴方じゃないわ」

 

「・・・・・前世の俺の全てを受け継いで、やっと復活を果たしたというのに・・・・・俺を受け入れてくれないのか皆」

 

「この世界でどんな人生を送ったのかは知らないが、そんなミイラの身体の奴なんか私達が知る男じゃない」

 

・・・・・織斑一誠を疑わないのは、やはり外見と言うことか・・・・・。

 

「・・・・・俺が知っている家族は外見で判断しないと思っていたんだがな」

 

「例え、聖杯で身体を治しても私達が選ぶのはイッセーだけです」

 

「・・・・・そう、か・・・・・そうか・・・・・」

 

それがお前達の総意ならば・・・・・もはや交わす言葉も無意味だと悟ってしまった。心の支えであった憧憬という柱は・・・・・完全に崩壊した。それも展開状態のISが装着者の意思を反し、強制的にIS解除してミイラのような生身の身体を晒すほどにだ。

 

「は、ははは・・・・・俺は・・・・・俺は・・・・・何の為に・・・・・」

 

「なんて、何て愚かなの・・・・・!あなた達は・・・・・!」

 

大きく見開いた瞳を丸くして酷く絶望し、双眸に瞋恚の炎を孕ませ絶望に打ちひしがれたラーズグリーズを抱きしめるカーリラ。

 

「・・・・・」

 

カーリラはアジ・ダハーカ等へ振り返る。

 

「貴方達も織斑一誠を選ぶの?」

 

『・・・・・現時点で、我が主と思しき者はそこにいる織斑一誠だけだ。数々のイレギュラーを起こそうとも、死ぬ直前・・・転生の神ミカルとの交わした言葉は三つの聖杯を集め異世界で復活してみよだ。かつての主と瓜二つな者がいれば我々がどう動くか分からぬお前ではないだろう』

 

「・・・・・こうして袂をわかつことになる原因になることも、あの女神の物語のひとつと言うことねっ」

 

恨めしいとばかり奥歯を噛みしめ、カーリラはラーズグリーズのフルフェイスを外し、ラーズグリーズからひとつの聖杯を取り出すと聖杯の能力を行使しようとしたが、瞬時で近づいた誠の反応に遅れて手に持っていた聖杯を奪われた。

 

「これは一誠の物だ」

 

『他の聖杯も返してもらう』

 

アジ・ダハーカの瞳が妖しく煌めき、ラーズグリーズの身体から二つの聖杯が浮かび上がって邪龍のもとへ転移された。

 

「っ・・・!」

 

親の仇のような鋭い眼差しで誠達を睨みつけるカーリラ。最悪な展開の状況にすぐさま銀色の魔方陣を展開した。

 

「絶対に許さない、いつか必ずお前達を・・・・・!」

 

「待ちなさい、あなたも一緒に元の世界に―――」

 

「・・・・・誰が貴方達のような愚か者とあの世界へ戻るというの。用が済んだらさっさとこのはた迷惑な駄龍どもを元の世界に連れて行けばいいわ。私は、この子の最期までこの世界で暮らす」

 

銀光に包まれる二人や束達を周囲の者達はただ見守るだけですぐには動けなかった。

 

「―――もう二度と貴方達とは顔を見合わすことはないでしょう。私は永遠にそう望むわ。この子の為にもね」

 

「リーラ!」

 

最高潮に達した光は眩く迸った。視界が一瞬だけ真っ白に染まった後にはラーズグリーズ達の姿はどこにも見当たらなくなっていた。

 

 

 

「らーくんの聖杯、どうするのさ!あっさり奪われてこのままじゃらーくんが死んでしまうんじゃん!」

 

秘密基地に戻ってすぐ束が怒りのままにカーリラの胸倉を掴んだ。ナンバーズ達がラーズグリーズを介護しようと近づこうとしたが不要だと手で制止するカーリラ。

 

「信じてもらえないけれど、三つの聖杯を一度宿すことできたこの子はドラゴンに転生したわ。ドラゴンの生命力は人間の寿命を凌駕して簡単には死なないわ。だから私達が思っている最悪なことはないの」

 

「んー?ずっと持っていなくてもよかったわけなの?」

 

「ええ、三つの聖杯を揃えばそれだけで十分。もうアレは一つを除いて中身が空っぽな聖杯になった」

 

「その一つには何が?」

 

「・・・・・過去の記憶、としか言えないわ。もう不要なモノになり下がってしまったのだけれどね」

 

淡々と告げるカーリラの言葉は真実だと、ミイラの身体にISを纏うラーズグリーズが立ち上がってカーリラの胸倉を掴む束の手に触る。

 

「・・・・・死ななくなった。心配かけて、ごめん」

 

「本当に大丈夫・・・・・?」

 

「・・・・・大丈夫、ありがとう」

 

「ううん、元気になってくれればそれでいいよー」

 

よしよしと頭を撫でる束。撫でられるラーズグリーズはカーリラの方にも感謝の言葉を送った。

 

「・・・・・ありがとう」

 

「いえ、私は当然のことをしただけよ」

 

カーリラもラーズグリーズのフルフェイス越しに頭を撫でるその日。ラーズグリーズは秘密基地内のキッチンにてパン作りをしていた。それは自分の好物の物で数年ぶりに食べられるわけで束達の分も用意しておきながら好物のパンを作っていた最中。

 

「意外と本当に何でもできるんだなラーズってば」

 

「ラーズ様も天才なお方です」

 

「・・・・・天才じゃない。何度も経験したことがあることなら・・・・・大抵何でもできるだけだ。・・・・・クロエ、もう少し力を込めて」

 

「は、はい」

 

共にパン作りに参加していたセインとクロエ。可愛らしいエプロンを身に包み頭に布を巻いて生地をこねる作業を手伝っていた。華奢で二人よりも小さいクロエは少し力不足で、ラーズグリーズに後ろから抱きしめられる形で血が通って温もりがある手を重ねられながら、こねた生地を伸ばす作業の補佐をされて密着してくる異性に顔をほんのりと紅潮する。

 

「温かいです・・・・・元の体に戻れて私は嬉しいです」

 

「・・・・・俺も、クロエやセインたちの温もりや感触を・・・・・実感できるようになれて嬉しい」

 

「ラーズ、なんか卑猥だぞー」

 

「・・・・・卑猥に聞こえる方が、スケベ」

 

「なっ、私はスケベじゃないよ!」

 

講義をするセインにクロエが一言。

 

「セイン様限らず他の皆さんは、バトルスーツの下には何も身に着けてないはずです。つまりノー・・・・・」

 

「わああああああああああああっ!?」

 

「・・・・・焼く」

 

自分は何も聞かなかったことにしようと紅潮した顔でテンパるセインを見て見ぬ振りしながら作業を進める。

聞いた?聞いてない。聞いたよな?聞いていないって。聞いた絶対!と押し問答を繰り返すセインに苦笑いで言い返す。

 

「うー・・・・・ラーズにいやらしい目で見られるじゃんか」

 

「・・・・・見ないから」

 

「・・・・・何でそう断言できるわけ?」

 

同じ答えを返されて不思議そうにラーズグリーズを見つめ、「変なの」と思ったセイン。

 

「男は女が好きなんじゃないのか?ラーズは男で私とクロエは女なのに」

 

「・・・・・今の今まで異性に対して考える暇、なかった」

 

「・・・・・ごめん。でも、ラーズが私や他の皆にいやらしい目で見てないって絶対じゃないでしょ」

 

「・・・・・どうして皆をいやらしい目で見る前提でなきゃいけないのか疑問」

 

そう言い返されてドギマギするセインに近寄り、ラーズグリーズは至近距離で目線を絡め合う。

 

「・・・・・誘っている?セイン」

 

「さ、誘う・・・・・?」

 

「セイン様が異性として自分を見てほしい欲求が、思いが無意識にあるのではないでしょうか。ラーズ様のことが異性として好きで」

 

「っ!?」

 

クロエの言葉を聞き、そうなんだと、暖かな眼差しと優しい笑みをするラーズグリーズを見て、目が離せないセインは徐々に顔が赤面していきラーズグリーズが好きだという指摘を受け心臓の鼓動が早く高鳴り、密着している胸からはっきりと―――。

 

「・・・・・嬉しい。俺も・・・好き・・・・・セインのことが」

 

本心の言葉で一人の少女は居ても立っても居られずキッチンから脱兎のごとく出て行ってしまった。彼女の様子を見てクロエから質問の言葉を受け止めた。

 

「ラーズ様、フラれてしまいましたか?」

 

「・・・・・そんなつもりで言ってない。純粋な愛情表現」

 

「貴方様の愛情表現は女の子の心に刺激が強すぎるかと」

 

「・・・・・クロエも?」

 

「はい・・・・・」

 

目を瞑ったまま肯定するクロエの顔は朱に染まっていた。

 

「ですからラーズ様のことをお慕いしております」

 

「・・・・・そう言ってくれると嬉しいクロエ」

 

その後、ラーズグリーズも初めて食卓に着き魔力を得て魔法を行使すると束達を絶叫させた。そして更に束とクアットロの悪戯もとい企画で街中で撮影することになり―――その姿が世界に震撼させたのであった。



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新年とルクーゼンブルグ公国第七王女現る

「クリスマスも終わって、なんやかんやでもう年明けか」

 

冬休みに入って、あっという間に年末になった。

 

「今日は年越しそばでも作って。まったりとだな・・・・・」

 

ああ、やれやれとばかりに、一夏は帰省した自宅でこたつに入る。既に秋十とマドカ、そして織斑一誠までもがみかんを摘まんで食べていた。一夏もみかんを摘まんでいると、長風呂からやっと上がってきた千冬がやってきた。

 

「今年は色々あったなぁ。あ、千冬姉。年越しそばは食べるよな?」

 

「そうだな、もらおうか」

 

「じゃあ準備をするよ」

 

そう言ってこたつから出ると、千冬が意外なことを言ってきた。

 

「もう一人追加してやれ」

 

「?なんで?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

そう言って、千冬は庭に出て行く。外はちらほらと雪が降っていたが、つもるほどではない。しかし、真冬の十二月である。寒くないわけがない。

 

「とっとと出てこい、ラウラ」

 

名字ではなく名前で呼ぶあたり、今日は特別なのだろう。

 

「そこに隠れているのだろう。さっさと出てこい」

 

沈黙で素通りしようとしていたラウラだったが、あっけなくばれて、ばつが悪そうに出てくる。因みに冬迷彩のコートを着ていた。

 

「おまえ・・・・・いつからそこにいたんだよ」

 

結局庭に出てきた一夏が呆れたように言う。マドカ達も庭に顔を出して呆れ顔をしていた。少し鼻先が赤くなっているラウラは、どうだとばかりに胸を張った。

 

「夕暮れ前だ」

 

「あ、アホか!」

 

「いや、アホだろう」

 

「ああ、アホだな」

 

一夏は体の冷え切っているラウラを捕まえると、その手を温めてやりながら、家の中へと連行する。

 

「ったく、何で普通に訪ねて来ないんだよ」

 

「私はだな、お前達を見守っていたのだ」

 

そこまで言ってから、くしゅんっとくしゃみをするラウラ。

次の瞬間。雪を降らす空から織斑家の庭に落ちるように姿を現した―――黒い影。その正体を認知した途端に全員の目があらん限りに開いた。

 

「ラーズグリーズッ!?」

 

「・・・・・」

 

展開した大型のライフルを織斑一誠に突き付けた。まさか、この時を狙って襲撃を仕掛けて来たのか―――!と皆の心情が一致した。しかし、ラーズグリーズは静かにライフルを下ろして粒子化にして収納するや否や、千冬に向かって小さな端末を投げ渡した。それを受け取る千冬は目で訴える。これは何だと。ラーズグリーズは答える。

 

「・・・・・『暮桜』の強制解凍プログラム」

 

「・・・・・束からか」

 

「・・・・・」

 

それ以外誰がいると沈黙で返し、ここに来た目的は果たしたとばかり空へ舞い上がろうとするラーズグリーズ。しかしそれ以上よりもマドカが察知して取り押さえた。しかも瞬時に展開したISで。

 

「逃がさんぞ、兄さん!」

 

「・・・・・」

 

「こらっ、暴れるな!」

 

マドカの胸の中で離せと拘束から逃れようと暴れ出す。擦れる金属音が近所迷惑にならないかはらはらする一夏と秋十の心配をよそに千冬がある事を言ってきた。

 

「・・・・・今日ぐらい、一緒にいないか」

 

暴れるラーズグリーズをピタリと停止させた。

 

「・・・・・。・・・・・。・・・・・」

 

千冬に振り返り、フルフェイスマスク越しで彼女の深意を探ろうとする視線を向けると、そんなラーズグリーズに近づき手を掴んで家の中へ引っ張ろうとする千冬。

 

「「(あれ?)」」

 

こんな奴だったっけ?と思うぐらい従順な姿勢のラーズグリーズに一夏と秋十は不思議がらせた。千冬の珍しい行動を見つめ、大人しく家の中へ連行されるラーズグリーズが壁際に膝を抱えて座り込んだ。

 

「買い物に行ってくる。愚兄共、兄さんが帰らないように見張れ」

 

「急にどうしたマドカ」

 

「―――帰らしたら、貴様らの下半身にぶら下がっている物を打ち抜くからな」

 

外出用の着替えを部屋でしたマドカが実の兄達にそう脅して買い物へ出かけた。残された五人は、石像とかしたラーズグリーズと一緒にいる空間が静寂に包まれて何とも言えない空気に居心地が悪い。

 

「一夏、そばの用意をしろ」

 

「あ、ああ・・・・・ラウラの分もだよ、な?」

 

あのミイラのような身体で食べられるのか一夏達は知らない。聞くしかない状況に千冬は質問した。

 

「ラーズグリーズ、食べるか」

 

「・・・・・(フルフル)」

 

横に振るラーズグリーズ。いらないと意を示されてしまったのでラウラの分も作ることになって数分後。マドカが帰ってきた。

 

「今作ると時間が掛かる。それまでこれで我慢してくれ兄さん」

 

がさがさと買い物袋から取り出したのは、市販のアップルパイだった。それを持ってマドカはラーズグリーズの前に置く。

 

「・・・・・」

 

ジッと、アップルパイを見つめているのか明らかに反応が違って見える。思わずそばを作ろうとした一夏も次の行動が気になって様子を窺う。少しして・・・・・手を伸ばしアップルパイを掴み取ったラーズグリーズが、マスクを粒子収納してミイラ風の顏を千冬達の眼前で晒した。

 

「「・・・・・っ」」

 

悲痛に歪む顔の千冬とマドカ、緊張した面持ちで顔が引きつった一夏達。近くでラーズグリーズの素顔を見たのは今回が初めてで、非人道的行為な研究と実験の末の身体にされた者の末路を目の当たりにして酷く心が苦しくなった。

 

封を開けてアップルパイを小さく齧る。咀嚼しながら味を噛みしめつつ全部食べ終わるラーズグリーズ。その感想は・・・・・。

 

「・・・・・美味しい」

 

そう言ってまた食べ始めるラーズグリーズの身体が―――突然、光に包まれ千冬達の視界は一瞬だけ真っ白に染まった。眩い閃光の中にいたラーズグリーズの姿がまた見えるようになった頃には―――身体が小さく背中にまで伸びた金髪、狐の耳と九本の尾を生やす姿になっていた。

 

「・・・・・はい?」

 

「へ?」

 

「・・・・・」

 

「な・・・・・」

 

ハァアアアアアアアアアアアアッッッ!?

 

 

―――で、

 

 

「・・・・・♪」

 

「お、おお・・・本物、なんだよな?」

 

「犬と猫の毛よりこのモフモフ感・・・・・」

 

「凄いモフモフ・・・・・」

 

「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い・・・・・」

 

「「・・・・・」」

 

絶叫を上げるほど驚いた後の織斑兄弟姉妹は、ショタ(コン)になったラーズグリーズの尻尾や耳の感触を堪能するようになった。原因は不明だが、ミイラの身体ではなく触れれば血が通っている身体が生きている証として温かい。体の肌は柔らかい小さくなったラーズグリーズを、獣要素の耳と尻尾を生やしながら菓子パンを幸せそうに食べる様子を、完全に停止した思考が覚醒した時は、いつの間にか膝の上に抱えて頭を撫でていた千冬。

 

「姉さん、代われ・・・・・」

 

「・・・・・わかった」

 

内心やることが出来たと吐露し、遺憾ながら渋々妹にラーズグリーズを渡して二階に上がった。千冬がいない間でもマドカ達はモフモフタイムを堪能した。それから少し経って一回に戻った千冬が告げる。

 

「ラーズグリーズ、束から伝言だ。要約すれば、しばらく私達と家族水入らず泊っていけとな」

 

本当なのかと疑いの目を向けつつ、自分の耳で確認しないと信じられないので連絡して実際に訊いてみたところ。

 

『家族団欒年越しを楽しんできてねぇー♪あ、途中で帰ってきたら束さんオコだからねオコ!』

 

笑顔と共に事実である言葉を残し、通信を切られたラーズグリーズの顔は捨てられた子犬のようだった。

 

「・・・・・わかった」

 

納得していないと気持ちを尖った耳をぺたんと伏せて表すが、束の言うことを受け入れた。なので一番喜ぶ人物は、ラーズグリーズを抱きしめ頬擦りをする。

 

「千冬姉、ラーズグリーズが寝る場所ってどうする?」

 

「当然、私の部屋だろうが」

 

マドカが主張すると。

 

「馬鹿者、ラーズグリーズは私の部屋に寝てもらう」

 

千冬が当然のように言いだすのでマドカから睨まれるが意を介さず、ラーズグリーズ本人に選択肢を与える。

 

「お前は私とマドカ、どっちと寝る」

 

「・・・・・」

 

マドカから離れ二人を一瞥すると九本の尾で頭まで包む毛玉と化となっては、コロコロとラウラの方へ転がりそこで止まる結果に一夏は口にした。

 

「ラウラと寝るらしいな」

 

「「・・・・・っ」」

 

「ひっ・・・・・お、お返ししますっ」

 

同じ顔の二人に睨まれるのが恐れ、毛玉のラーズグリーズを押し返す。転がる毛玉は途中でUターンしてラウラの方へ戻る。

 

「お、おいっ!私はお前と寝る気などないのだぞ!?」

 

「・・・・・」

 

ラウラから拒絶されると、毛玉はこたつの中に転がってそのまま出てこないかと思えば・・・・・こたつの熱で引火したのか、毛が燃えた状態で庭の方へ出て行った。

 

「み、水だ!水ぅっ!」

 

「毛玉の次は火だるまって何のお笑いだよラーズグリーズ!」

 

大慌てで鎮火に走る一夏と秋十の行動によって、軽いやけどで済んだが寒い季節に水をぶっかけられて全身が濡れ鼠と化した。当然ながら身体が冷え切ってしまった。

 

「・・・・・くしゅんっ」

 

「む、このままでいさせたら兄さんが風邪をひく。直ぐに風呂に入らせるか。おい愚兄一号、昔の兄さんの服はまだ合ったはずだ。それを持ってこい。私は兄さんと風呂に入ってくる」

 

「ちょ、男女が、しかも兄妹一緒で風呂に入ってはいけません!」

 

母親かと気持ちを思わせるぶりな注意する一夏をマドカが睨みつける。

 

「家族水入らずを邪魔する気か?」

 

「そういうことだったら俺達がラーズグリーズと・・・・・」

 

「一人で入る」

 

「当然だ。子供ではないのだからな」

 

一誠の提案を即否定した濡れ鼠のラーズグリーズを持ち上げて連れて行く千冬。―――その後一向に戻ってくる気配がないのでもしや、とマドカが風呂場へ足を運んでいなくなった居間まで。

 

「さっき長風呂していただろう姉さんっ!!!姉さんが入っているなら私も入るからなっ!!!」

 

「「「・・・・・」」」

 

怒声が聞こえて来た。―――これは、長引きそうだなぁ・・・・・。

 

そんな予感を覚えた三人は一時間も長風呂してようやく上がってきた、顔が真っ赤な千冬とマドカに子供服を着ているラーズグリーズの三人にかき揚げとそばを用意した。

 

「二人共、随分と長湯だったな。そこまで時間が掛かるのか?」

 

「・・・・・しょうがないだろ。ラーズグリーズの尻尾の手入れに手こずったんだ」

 

「・・・・・タオルで水分を抜き、ドライヤーで乾かすにも時間が掛かったからな」

 

おかげさまでモフモフです、と見せつけるラーズグリーズの尻尾を触れてみれば確かに濡れる前のモフり具合だったので納得する。

 

「というか、顔が真っ赤だ。大丈夫か?」

 

「「湯に浸かりすぎただけだ」」

 

間も置かず返す二人の言葉に何も言えずにいた他所では。

 

「おいラーズグリーズ。これ以上アップルパイを食べたらそばが食べれなくなるぞ。もう食べるな」

 

「・・・・・」

 

「そ、そんな悲しそうな目で見つめてくるなっ。くっ、何なんだお前は、何時ものお前だったら接しやすいというのに・・・・・その姿の理由を教えろっ!」

 

「・・・・・ちょうだい」

 

「だ、ダメだっ。食べるならそばを食べてから・・・あ、こら!」

 

両手を伸ばして跳躍してまでアップルパイを取り返そうとするラーズグリーズから、こたつを中心に走って逃げ回るラウラ。追いかけるラーズグリーズと逃げるラウラ。ふと、秋十が思いついた。

 

「なぁ、ラウラ」

 

「なんだ、お前も止めろっ」

 

「アップルパイを渡してくれ。俺がする」

 

止めてくれるものだと思って渡す。受け取ったアキトはまだ残ってたアップルパイを―――ラーズグリーズの前に見せつけながら後ろに下がりながら移動し出した。

 

「ほーら、ラーズグリーズ。お前の好きなアップルパイだぁー」

 

「・・・・・」

 

止めるどころかからかって遊び出す秋十に呆れて頭を垂らすラウラ。もう夕餉の時間だというのに何からかうのだろうかと、母親を追いかける子狐を連想させるラーズグリーズを見て、次第に可愛いと思わされた。しかし、いつまでも続く筈がない。尻尾で秋十の片足に巻き付け動きを封じたのだ。抜くことも動かすこともさせない力強さに、ちょっぴり焦る秋十の足元から上目遣いで縋り付き瞳を潤わせながら涙目で懇願する。

 

「アップルパイ・・・・・ちょうだい?」

 

次の瞬間。

 

「「「「「「―――ッッッ」」」」」」

 

一同は胸をキュンキュンとし、母性本能や父性本能を激しく擽られた気持ちになった瞬間であった。

 

「あ、ああ・・・・・あげる」

 

「・・・・・ありがとう」

 

「ガハッ!?」

 

秋十、至近距離で見てしまったラーズグリーズの心からの微笑みで崩れ落ちた。時を同じくして、隠し撮りをして観ていた束達にも深い影響を与え、床一面は血の海と化したがラーズグリーズの知る所ではなかった。

 

そしてどこで寝かせるのかまたしても言い争う姉妹。結局ラウラと居間でラーズグリーズを挟んで寝ることとなったが、千冬と添い寝する展開になった緊張と嬉しさで中々眠れなかったラウラであった。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

「ええっ!ラーズグリーズが一夏達の家に泊まったの!?」

 

待ち合わせ場所の篠ノ之神社で、着物姿にかんざしを挿したシャルロットが驚きの声を上げた。

 

「うむ。今まで接したことはなかったが、存外悪くなかったぞ」

 

「そ、そうなんだ・・・・・でも、大丈夫だったの?一誠と一緒だったんでしょ?」

 

二人が揃うと不安しかないがマドカはシャルロットの心情を読み取って問題なかったと言う。

 

「流石に姉さんの前で殺気立つことも殺そうとすることはなかった」

 

「そう、だよね・・・・・うん」

 

「あとは、そうだな・・・・・モフモフだった」

 

「モ、モフモフ?」

 

「おい、大事なところを言い忘れるな。兄さんの可愛さは世界一であることを」

 

可愛い・・・・・?ラウラとマドカの説明に混乱しかけた。ミイラのような身体のどこが可愛いのか、どの辺がモフモフなのかわからな過ぎて理解に苦しんだ。

 

「おーい、ふたりとも!」

 

着物姿のシャルロットとラウラとマドカに比べて、その場にやってきた普通の私服姿な一夏とバスケットを持ってる秋十、一誠と―――紅白の巫女服を着込んでる、狐耳と九本の尾を生やし両手でアップルパイをもって至極幸せそうに笑って食べている小さくなってるラーズグリーズがやってきた。

 

「ん―――?」

 

あの子誰だろう?と思ってしまうのは仕方がないだろう。初めて見る小さな子供な上にコスプレしているのかな?と食べている顔がとても愛らしくて見ていると胸が、母性本能がキュンキュンと刺激する。

 

「おお、似合っているじゃないか、振り袖姿!箒に着付けてもらったんだろ?」

 

「うん。箒って凄いよね。あっという間にこなしちゃった」

 

「ふふん、私ももっと褒めるがいい。足りないなどとは思わないぞ」

 

「これぐらい人に教える説明もこなせればよいものを」

 

シャルロットは箒の手際(てきわ)がいい着付けに褒めながら、ラウラはかわって堂々と、マドカは箒の技術の振り分けに嘆くと、それぞれ振り袖姿を披露した。豪華絢爛とはこのことか。他の参拝者も思わず二度見するほど、三人は注目を浴びていた。

 

「あれってもしかして、IS学園のシャルロットさんじゃない?」

 

「じゃあ、となりにいるのはラウラさんかなぁ。雑誌で見たのより二人ともかわいい~」

 

「もう一人の子、誰だろう?どこかで見た気がするけれど」

 

そんな周囲の反応をしってかしらずか、一夏は持参したカメラで三人をファインダーに収める。

 

「それじゃあ、新年最初の一枚、いっとくか」

 

「あ、ちょっと待って?その子は一体誰なの?」

 

シャルロットが小さなラーズグリーズに向かって尋ねる。彼女を除く全員はどうする?的な視線を飛ばし合い、マドカが徐にシャルロットの口を手で覆った。

 

「な、何マドカっ?」

 

「絶対に驚くだろう。それだけならいいが絶対に叫んで驚くだろうから口を押えている。いいか、静かに驚け」

 

口を寄せてシャルロットの耳元で声を殺して教える。案の定―――ではなく、まず先に驚きの声ではなく疑いの声が先に上がった。

 

「え・・・?え?何の冗談?というか、本当にあの・・・・・?」

 

「私が冗談を言うとでも?」

 

「だって、この子供がラーズグリーズ?どう見ても全然違うよ?」

 

まぁ、確かに見た目は子供で頭脳は大人的なアレだと一夏が変なことを考えているのを気付かない中、ラウラも話に加わる。

 

「信じられないのは無理もないか。取り敢えず、そういうことにしておこうマドカ。後で実際に見てもらえばいい」

 

「そうだな。その方が早いか」

 

この話は一旦終わりだ、とマドカはアップルパイを食べ終えたラーズグリーズを抱えた状態で一夏に撮影をしてもらいホクホク顔を浮かべる。何故かラウラもラーズグリーズと撮ろうとする。

 

「ラーズグリーズ、私とも撮ろうぞ」

 

「・・・・・」

 

ツーショットを一枚、ラウラも楽し気に微笑む姿で撮ってもらった。

 

「シャルロットも一緒に撮ってもらうといい」

 

「え、うん、いいけど?」

 

「・・・・・アップルパイ」

 

「はいよ、ラーズグリーズ」

 

え?とラーズグリーズと秋十の会話のやり取りに耳を疑い、参拝しに来てるはずなのにバスケットを持ってる秋十がそこからアップルパイを取り出して、手渡すと幸せそうに尻尾を緩慢的に揺らし、笑んだ表情で食べるラーズグリーズを見てまたキュンキュンと刺激される。

 

「ほら、シャルロット。今の内だ今の内」

 

「う、うん」

 

ラーズグリーズの後ろに立ってツーショットを収める。何故かこっちまでも幸せな気分となってしまう不思議な感覚、ラーズグリーズの頭を耳ごと触ると作りではなく本物の感触だったことに驚く。

 

「よーし、次は俺と―――」

 

「あ、あのー・・・・・ちょっといい?」

 

「えっと・・・・・?」

 

着物姿の大人の女性が、それも数人近づいてきて声を掛けて来た。

 

「俺達ですか?」

 

「う、うん。あのさ、その可愛い子供と一緒に撮らせてくれないかな?さっきから可愛いなーと思っていたんだけど、食べている時の瞬間を見て一緒に撮ってみたい!って気持ちになっちゃって」

 

期待してる顔で懇願している一人の女性を他所にアップルパイを食べてるラーズグリーズ姿に携帯を構えている他の女性達。もう既に撮っているんじゃないかと視線を送ってるが、どうやら彼女だけが生真面目に了承を得ようとして気付いていない様子だった。

 

「うんと・・・・・どうする?」

 

「まぁ、一枚だけなら?」

 

「だ、そうです」

 

「あ、ありがとうー!ほら、皆って何勝手に撮ってんの!無遠慮過ぎるでしょうが!」

 

「「「可愛すぎて我慢できなかったんだもん!」」」

 

「だったら私だけツーショットをしてもらうからね!あんた達はもう撮ったんだから十分でしょ」

 

えええー!とブーイングの声を上げる他の女性達。

 

「ラーズグリーズ。お姉さんのお願いを聞いてくれるか?一枚だけだから」

 

「・・・・・」

 

顔には出さないが、仕方がないなと風に女性の所に近づき上目遣いをしながら食べ続ける。

 

「はうっ・・・・・あの、ちょっと抱かせてね・・・・・?」

 

一夏にカメラモードの携帯を渡して、姿勢を低く折った膝の上にラーズグリーズを載せながら抱きしめる女性。ピコピコ、ユラユラと動く耳と女性の首や頬に触れる尻尾。それが刺激になったのか、くすぐったそうな声に艶が宿っていた。

 

「お、お願いしますっ・・・・・!」

 

「あ、はい・・・・・」

 

何か、色々といけないモノを撮っている気がしてならないので、早めに終わらせようと写真に収めた一夏。

 

「どうぞ、綺麗に撮りました」

 

「あ、ありがとう・・・・・うきゃー!可愛いー!」

 

「「「ズ、ズルイッ!わ、私もっ!」」」

 

お姉さん達の勢いに押し負けた一夏。ラーズグリーズに申し訳なさそうに謝って一緒に撮ってもらった。うきゃー!と黄色い声を上げて満足する女性達は、ラーズグリーズの頭や尻尾を記念にと触ってから離れて行った。

 

「・・・・・一人だけ」

 

「す、すまん・・・・・」

 

不機嫌そうに睨みつけられて素直に謝る一夏だったが、これだけで終わるはずがなかったのだ。ラーズグリーズの魅力はマドカの言葉通りを窺わせるように。

 

「あのすみません。その子と一緒に撮らせていただけますか?」

 

求めるラーズグリーズとの撮影。二度あれば三度もあるとことわざ通りに十組以上の参拝者と撮影を終えた時―――ラーズグリーズ、篠ノ之神社から脱走。

 

「・・・・・そうか、だから戻ってきたのか」

 

「・・・・・」

 

織斑家に戻ってきたラーズグリーズをしばし独占できた千冬は、始終笑みを浮かべた。余談であるが、ラーズグリーズと一緒に記念撮影をした人たちは後日、様々な形で幸福を手に入れたり迎えたりして、幸運な人生を過ごした。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

新年の初詣を終えて、翌日。二日目も千冬と一夏達はリビングでくつろいでいた。

 

「んんっ。去年は事件続きだったからな、こうしてゆっくり休めれるのはありがたい」

 

「そうだね、千冬姉。そういえば、お雑煮は持ち何個入れる?」

 

「そうだなあ、ふたつでいいか」

 

「秋十達は?」

 

「俺もふたつ」

 

「ひとつでいい」

 

「ふたつで。ラーズグリーズは?」

 

「死ね」

 

辛らつな言葉で返すラーズグリーズは只今、一夏にモフられていた。特に耳がお気に入りなのか感嘆の息を漏らし目を輝かせて耳の感触を愉しんでいる。

 

「一夏、随分とラーズグリーズの耳に熱心だな」

 

「いや、動物自体も滅多に触らないしこの狐みたいな耳も狐を触っている感覚で楽しい。暖かくてスベスベなのにちょっとモフモフなのが堪らん」

 

「・・・・・」

 

「おい一夏。顔を見えていないだろうから教えるが、さっきから『どうにかしてくれないか』って顔で訴えてくるぞ。いい加減止めてやれ」

 

千冬の鶴の一声で少々名残惜しそうに耳から手を放すと、尻尾で全身を包み毛玉と化したラーズグリーズを素早く捕獲する千冬の手。鷲掴み膝の上に載せて抱えながら顔を尻尾に埋めた。それを羨まし気に見るマドカ。

 

「・・・・・姉さん、感想は」

 

「一家にラーズグリーズ一人、有りだ。良い匂いがする上に心地良い睡魔が襲ってくるぞ。仕事疲れで癒しを求めるOL達に好評だろうなこれは。尻尾の手触りを感じながら抱き枕にして寝ることも含めてだ」

 

「くっ・・・・・!尻尾の抱き枕は考えに至っていなかった・・・・・!」

 

「ふっ、まだまだだなマドカ」

 

姉妹の関係は良好なようで、とほくそ笑む一夏は台所に向かった。テレビでは、国賓の来日ニュースをやっている。

 

「東欧の小国、ルクーゼンブルグの第七王女(セブン・プリンセス)が来日、か。一誠どう思う?」

 

「国際的な理由で来ているなら気にしないでいいだろうけど、IS関連だったら学園に来るんじゃないかな。どうして来るのかは疑問に尽きるが」

 

千冬は一瞬鋭い視線を走らせる。それは束を含め数名しか知ることのない事実があった。東欧の小国ルクーゼンブルグ公国。その地下には巨大な洞窟が広がっている。そして、ISコアのもととなる、時結晶(タイム・クリスタル)がとれるのも、この国だけなのだ。

 

「(おそらく、束との裏取引で公式発表以上のISを保有しているのは間違いないな)」

 

そしてこのタイミングでの来日だ。何かあると思わない方がおかしい。

 

「(束のやつ、どういうつもりだ?)・・・・・ラーズグリーズ」

 

「・・・・・」

 

千冬の膝の上で尾を解いて身体を晒すラーズグリーズ。

 

「お前が政府に対する粛正は終わったかわからないが、束がこれからしようとしていることはあるか」

 

「・・・・・」

 

ニュースを一瞥して言う。

 

「・・・・・あれ(第七王女)とは関係ない」

 

「・・・・・偶然だと?」

 

「・・・・・あの国は小国・・・・・箔が得たいと思う」

 

政略的な何かが目的で日本に来日するんじゃないかとラーズグリーズの考えに、目の前の男性操縦者達に目を向ける。

 

「・・・・・十年前、行ったことがある」

 

「ルクーゼンブルグ公国にか。・・・・・まさかだと思うが顔も合わせたか」

 

「・・・・・した」

 

おそらく、織斑一誠が目的かもしれない第七王女に頭を抱える。

 

「・・・・・一誠、第七王女がお前に接触してくるかもしれない」

 

「えっ、何で?」

 

「ラーズグリーズが昔、ルクーゼンブルグ公国の王子と王女達と会ったことがある。その末っ子の第七王女ともな」

 

「―――――」

 

全てを悟った顔で一誠は肩を落として頭を垂らした。

 

「・・・・・ざまぁ」

 

「いやそれ、お前の原因だからな?」

 

「・・・・・顔、出してもいい」

 

「全力で止めてくれ」

 

ラーズグリーズが織斑一誠として表に出たら確実に国際問題が発展する。想像難くない未来に千冬は疲れたような表情で制する。

 

「頼む・・・・・第七王女とどんな会話をしたか教えてくれ」

 

「・・・・・殆んど束姉ぇ、俺は、何も喋ってない・・・・・向こうが覚えてたら嘘を言わず相槌すればいいだけ。」

 

「そ、そうか・・・・・それぐらいだったら何とか失礼のない言動はできるな」

 

「・・・・・第七王女と婚約をされたこと以外は」

 

「ちょっ―――!?」

 

突然のカミングアウトに一誠は絶句する―――が。

 

「・・・・・冗談」

 

「そういう冗談は止めてくれっ!?」

 

「できたぞー、はい、千冬姉」

 

「おう」

 

千冬からどいてまた毛玉の状態になってはコロコロと居間から出ると、インターホンが鳴った。玄関へと向かう。そうすると、そこには―――。

 

「あら、どちらさんでしょうか?」

 

「・・・・・どこかで見たことある顔のような」

 

振り袖姿のセシリアと鈴がいた。これもまた華々しいで、ラーズグリーズの後から出てきた一夏はおおっと声を上げた。

 

「誰に着付けてもらったんだ?しっかり着こなしているじゃないか」

 

「今は着物専門店で着付けしてくれるんですのよ」

 

「あたしは、まあ、自力で?」

 

うそつけ。

 

と、一夏とセシリアの視線が突き刺さり。

 

「・・・・・見栄っ張りなうそは、後で自分が恥かしい思いをする」

 

と、ラーズグリーズは口で物申す。ことの真相は、結局鈴も着付けまでしてくれる着物専門店でしてもらう。頭も結ってもらったのだった。

 

「ねぇ、一夏。このコスプレの子は誰よ。みょーに見知った顔の子供なんだけれど?さり気無く失礼なことを言うしさ」

 

お前も人に指を差して言うんじゃありません。と失礼なことに対して失礼なことで応じる鈴に内心呆れる一夏。

 

「・・・・・本当に自力・・・・・着付け?」

 

「・・・・・し、したわよ?」

 

どもった。

 

「・・・・・(ジー)」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・(ジー)」

 

「・・・・・だぁーっ!もう、あたしも着付けてもらったわ、もらいました!見栄っ張りなうそを吐いて悪かったわね!?」

 

無言の追究の視線に耐え切れず半ギレで認める。

 

「・・・・・本当にな」

 

「一夏、コイツ、張り倒していい?」

 

「お止めなさい鈴さん。子供相手にムキになったり逆切れしかけて。見栄を張った者の末路ですわよそれは。ですけど、この子供はどちら様ですの?」

 

あー、と答え辛そうに漏らす。しかし、結局は知ることになるだろうから言っておくかと正体を明かす。

 

「ラーズグリーズだ」

 

「「・・・・・はい?」」

 

何を言っているんだコイツは?的な反応を示す二人。当の本人は背後から現れた千冬の手に掴まれ居間へ連れ戻された。一夏の詳細な説明により鈴とセシリアは嘘ではないことをようやく受け入れるが納得は出来ないでいる。

 

「ねぇ、何でアイツがここにいるのよ。てか、何あの姿どういうことなの!?」

 

「一夏さん、これは一体どういうことですの?」

 

「束さんが寄こしてくれたんだよ。俺達としばらく新年を過ごせって。で、あの体については俺達もまだ解っちゃいない。一先ず、中に入れよ」

 

一夏に招かれる二人。先に戻るラーズグリーズを見て鈴は不安要素を問い投げた。

 

「あのさ、一誠もいるんでしょ?大丈夫なわけ?」

 

「マドカよりも毛嫌いしてるけど、家の中が居心地悪くならないぐらいすっげー大人しくしてる」

 

「攻撃的な態度をしていないのね?何度も本気で殺しかかっていたのにさ」

 

「理由は判らないけど、もうしないなら心配することもなくなっていいじゃないさ」

 

そこで思い出したように言いだす。

 

「後で写真を撮ろうぜ」

 

その後、先に一夏とツーショットを取るか睨み合う二人の情緒に「「後でも先でも、撮ることは変わらないのにそれが判らないなんて頭の中はカビだらけなのか」」とラーズグリーズとマドカの呆れ交じりの言葉を頂戴する二分前だった。

 

 

一月三日。

 

 

「今日はおしるこにしようかな。千冬姉達はどうする?」

 

「ん?ん~・・・・・私は・・・・・」

 

昼間っからお酒を飲んでいる千冬は、こたつでいい感じにできあがっていた。

 

「寝る!」

 

ばたん、とこたつに入ったまま横に倒れて、千冬は寝息をたてはじめる。おまけに近くでアップルパイを夢中で食べてるラーズグリーズの尻尾を引っ張っては抱えてだ。

 

「・・・・・酒、臭い」

 

「頑張れ、としか言えない」

 

「・・・・・くぅ~ん・・・・・」

 

「そんな悲し気な声を出されてもだな・・・・・」

 

すると、ぴんぽーんと本日もまた来客を告げるインターホンが鳴った。はーい、と暇を持て余していた秋十が対応に買って出て玄関に出る。その間、一夏はおしるこを作っていると戻ってきた秋十が四人の来訪者を引きつれた。

 

「おや、あのブリュンヒルデが寝ているのサ」

 

「珍しい瞬間に巡れてラッキーね」

 

「一夏君、マドカちゃんと一誠君、おじゃましま~す♪」

 

「おじゃま、します・・・・・」

 

アリーシャ・ジョセスターフとナターシャ・ファイルス、更識楯無とその妹更識簪が着物に身を包んだ姿で入ってきた。横になって寝ている千冬が胸の中に抱えている子供の存在にもすぐ気づく。

 

「あれ、その子供は?」

 

「ラーズグリーズです」

 

「「「「・・・・・え?」」」」

 

ですよねー。と彼女達の反応に達観の気持ちで大まかな説明する。要領を得ずと言った感じであるが・・・・・。

 

「ラーズグリーズから生えているアレ、本物?」

 

「触り心地抜群です。尻尾を抱き枕にすると眠り心地もまたいいです」

 

「・・・・・豪語」

 

「へぇ、そこまで言うなら是非とも触ってみたいものだわ」

 

そう言って眠る千冬に近づく楯無。するっと一本の尾が呼応して伸びては尻尾の毛がモフッと膨れる。ラーズグリーズの配慮だろうか?と思いながら触り心地を堪能する。

 

「おおっ~・・・・・これはこれは堪らん感触だわ~。手や顔がどこまでも沈んで、良い匂いがするしあたたかぁ~い」

 

満面の笑みをこぼして尻尾に埋める顔でスリスリとする楯無。好奇心に疼くアリーシャ等も後に触り出す。

 

「ラーズグリーズ。貴方がここにいるのなら話しておくべきね。異世界から来た人達のあの後のことを」

 

「・・・・・必要ない・・・・・話したら、わかっているだろうな。じゃないと・・・・・」

 

「じゃないと?」と鸚鵡返しした楯無に対してラーズグリーズはこう言う。

 

「・・・・・どこかの誰かさんに対する隠し撮りのことをバラす」

 

「あはは、面白い事を言うわね?私が隠し撮りをしているだなんて―――」

 

「・・・・・篠ノ之束」

 

「あ、はい。すみませんでした。話さないからどうかその胸の中に仕舞ってくださいお願いします」

 

深々とその場で土下座をするほど、隠し通したかったが姉を見つめる妹の眼差しがちょっぴり厳しかったのを、一夏達は見てしまったのだった。

 

―――†―――†―――†―――

 

 

 

「今年もビシビシと指導するので各人、気を抜かないように!」

 

新年の挨拶も終わり、三学期が始まったIS学園の一組教室では、スーツをびしっと決めた千冬がそんなことを言っていた。いつぞやの飲兵衛はどこへやら、酒がきれれば正気である。

 

「ところで、本日から特別留学生としてルクーゼンブルク第七王女(セブン・プリンセス)殿下がお見えになる」

 

千冬のいきなりの言葉に、全員がざわっと声を上げた。

 

「あー、やっぱりかぁっ・・・・・!」

 

「何だってこんな時期に、イマージュ・オリジスと戦っている最中に来るのよ?」

 

「というか、ルクーゼンブルクって小国で公国だったよな?ISを保有しているなんて聞いたことが無いぞ」

 

「外国の王女様ですか。きっと素晴らしい方に違いないでしょうね」

 

騒ぎ出す一組一同。事前に情報を得た春百は緊張で仕方がないと顔を強張らせてた。

 

「静かに!王女殿下はまだ十四歳でいらっしゃる。各人、無礼のないよう心掛けよ。いいな!」

 

『十四歳っ!?(男性操縦者達の声)』

 

中学三年生、もしくは二年生の年齢じゃないかと王女の年齢に絶句する。

 

「おい、十四歳だったら同い年かそれ以下の乱以外の年下がいるだろう。忘れているのか」

 

呆れ混じりに現実を思い出させるマドカの一言は、異を唱える者や疑問を口にする数名が反応した。

 

「ちょっと、それって私達の事言ってないでしょうね?もう私達は大人よ大人(12歳)」

 

「うんうんそうだよ(12歳)」

 

「クーのこと・・・・・?(投稿者の設定で12歳)」

 

ファニール・コメットとオニール・コメットの態度に双子の方へマドカは見るや。

 

「・・・・・はっ、大人か(失笑)」

 

「「ムカッ!」」

 

嘲笑うマドカに怒る双子。

 

「―――おい」

 

「っ!」

 

 

ゴッ!!!

 

 

「それでは王女殿下、お入りください」

 

一名、机に突っ伏して気絶しているのを気にせず、恐れる生徒一同を意も介さず千冬がそういうと、スライドドアが開いて赤絨毯が転がってくる。その上を、黒服の男装メイド達を従えた少女が歩いてくる。彼女こそ、ルクーゼンブルク第七王女にして、国会代表候補生、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクであった。

 

「織斑千冬、紹介ご苦労であった。まことに大儀である」

 

「はっ」

 

身長は鈴より小さく、胸もぺったんこ、年以上に幼い顔立ち、しかし釣り合いの取れた豪華なドレス。まさしく王女様という出で立ちだったが、その顔は傲岸不遜にして生意気、気の強さは鈴以上というのが一夏の感想だった。

 

ふと、王女がとある男子と目が合う。

 

「おぬし!」

 

びしっと―――一誠に指さす王女殿下。びくっと肩を揺らす一誠。思わず立ち上がってしまうほど、これから何を言われるのか想像するだけでも緊張してしまっていた。

 

「おぬし、織斑一誠じゃな」

 

「あ、ああ・・・そうです」

 

「ふむ、ならばわらわの事を覚えておるかの?」

 

尋ねる王女に一誠はコクコクと頷いた。

 

「勿論覚えているよ。久しぶりだね」

 

「うむ!お互い息災で何よりじゃの!こうして再会できてわらわら大変感無量じゃ。ゆえにおぬし等をわらわの召使にしてやろうぞ。どうじゃ、光栄であろう?」

 

ふふんと鼻高々に笑みを浮かべるアイリス。ふと、彼女の言葉に一誠は違和感を覚えた、

 

「おぬし等・・・・・?えっと、誰のこと・・・・・?」

 

「決まっておろう。織斑一誠の兄弟と妹である織斑一夏、織斑秋十、織斑一誠、織斑マドカ。おぬし等のことじゃ」

 

「そんなバカなっ!?」

 

「何でこっちまで!?」

 

「召使って、留学生の意味は!?ただの人材登用じゃないか!マドカ、お前も何かって気絶していたっけな!」

 

崩れ落ちる一誠と一夏と秋十。マドカ、未だ気絶中。

 

「ちょっとなによそれぇ!」

 

そして、納得のいかない一夏のヒロイン(鈴とセシリアのみ)。

 

「では、織斑達。王女殿下に失礼のないようにな」

 

知らんぷりの千冬。こうして波乱の新学期が幕を開けた。

 

 

「―――ふざけるなぁああああっ!?」

 

意識を取り戻したマドカが怒髪冠を衝く如く、怒り狂う。気絶している間に王女とはいえ赤の他人の召使をやらされる事実をあのマドカが受け入れる筈がなかった。職員室へ直行して千冬に直談判をした。

 

「ふざけるなよ姉さん!何故そんな人権を無視した横暴を許す!兄さんが一番毛嫌いすることだぞ!」

 

「王女殿下の意向だ。学園側が拒否できる相手ではない」

 

「何時からIS学園は他国の王族の権威に平伏すようになった。留学生だろうと学園に通うならば平等に生徒として扱うのが当たり前だろう。ましてや代表候補生ならばなおのことだ。大体この学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。その筈じゃなかったのか!」

 

「小国とはいえ王族だ。国際問題になれば大ごとになる事を解らんお前ではない」

 

「国際問題?はんっ、国際問題なんて可愛い方だ。それ以上の問題を日本が秘密裏にしていたことを姉さんだって忘れたわけではないだろう!」

 

その話を持ち出されたら千冬と言えど押し黙ってしまう。千冬もあの件に関しては許せない気持ちを抱いていた。人権を無視した、非道な実験と研究の被験者として苦痛を経験してきたもう一人の家族を思えば強く言えなくなる。

 

「貴族の娘や企業の娘を一人の教師として接していたあの最強が、王族に弱いとはな。情けない!あの王族のクソガキは愚兄共を気に入ったら国へ連れ帰ると言うだろうよ。姉さんはそれすら許すつもりか?だとしたら、私は心底から姉さんを軽蔑するぞ!」

 

踵を返して職員室から荒々しく出て行った。凄まじい剣幕で押し入ってきたマドカに職員室にいた職員達は、身体を縮みこませて嵐が過ぎ去ったことを確認すると、安堵で溜息を吐いた。千冬は、そんな彼女達に対して立ち上がって謝罪をした。

 

 

 

 

 

 

 

「おっとぉ~?これはこれは~・・・・・」

 

数枚の空中投影のディスプレイの目の前で同じく空中投影のキーボードを叩いていた束が、興味深い物を見つけたとばかり口にする。その傍にはクロエとラーズグリーズがいた。昼食の時間であることを呼びに来たのだ。

 

「どうしました束様」

 

「うんうん、あのねくーちゃん。さっきアメリカがね公式発表をしたんだよ。ISを始めて操縦した男の子をね」

 

「ラーズ様の恩恵でしょうか?あの研究にはアメリカ人の研究者もいました」

 

「大正解だよくーちゃん。ほら、今見つけたところだったんだー。京都の地下研究施設のような場所をさ」

 

「・・・・・」

 

束が見せつけるリアル映像。ラーズグリーズにとって地獄のような研究施設は海を越えた先にも存在していた。目に映る光景は悪夢を再現されていた。

 

「どうやららーくんのDNAは秘密裏に横流しをされていたようだね。これだから日本は馬鹿なんだよー。困っちゃうよねらーくん」

 

「・・・・・警戒が強い、猿の方が賢い」

 

「あはっ☆確かにそうだね!でさでさ、アメリカもらーくんを酷い事をした研究と実験に加担していたからさ、両成敗だよねこれ?」

 

妙に声色が色めいている束の意味深な問いにラーズグリーズは訊いた。

 

「・・・・・束姉、アメリカ・・・・・手に入れる?」

 

「おー!さっすがは世界で唯一私が愛する助手だよん!私の考えがお見通しなんて以心伝心、意思の疎通を越えた紛れもない愛だね!」

 

歓喜極まって抱き着く束の言動はまさにその通りだと示していた。

 

「うふふ、日本のお馬鹿たちの粛正も粗方終わったし、そろそろらーくんはアメリカの大統領も粛正するんじゃないかって思っているんだけど、らーくんの考えはどうなのかな?」

 

「・・・・・これを見て、黙っていられるほど大人しくない・・・・・手に入れるなら、束姉ぇの思い通りになる国、しよう」

 

「束様が幸せな毎日を過ごせる国ならば、その国もきっと強く素敵な国になるでしょう。ナンバーズの皆様も楽しい日々を送れるかと」

 

「二人共・・・・・私は大感激だよぉ~っ!」

 

賛同してくれた二人に、クロエもまとめて抱きしめ喜ぶ束。

 

「よーし、次のらーくんの粛正はアメリカ合衆国IN国盗り合戦だっ!頑張っていこーう!」

 

「・・・・・大国を相手・・・・・楽しみ」

 

「微力ながら、私も力になります」

 

 

 

 

 

―――アメリカ某所、地下施設。

 

 

一般市民には一生知られることはない特殊な研究や開発、実験を行う秘密の場所。そこでは日本で行われた同じクローン量産や人工的にISを操縦できる『男』のDNAの複製に日夜勤しんでいた。休憩中の専用喫煙室で片手にコーヒーを持ってたばこを喫煙する研究者達。

 

「やぁ、調子はどうだい」

 

「順調だ。政府も公式発表したそうじゃないか」

 

「日本に負けられないんだろう。その日本もラーズグリーズって者にこっ酷くやられて政府も関係者を除いて、どこかへ拉致されたそうだしな。未だ捕まってもないし政府もまだ全員発見されていないとか」

 

「しかも、研究施設を公にされたそうだな。ニュースで見たぞ。おっかねぇな。どうやって暴いたんだか」

 

「まぁ、ここは誰にも見つからない秘密の研究所だ。仮に探そうとしても、広いアメリカ大陸の中から特定することなんて到底無理さ」

 

とそんな彼の言葉がフラグを立てていたことをこの時、相席していた研究者達の誰一人気付かなかった。

 

次の瞬間。研究所全体が激しい揺れに襲われた。誰もが地震だと思われたがそうではなかった。揺れはすぐに治まったがまだ安心できる状況ではなかった。万全の武装をした警備の一人が喫煙室に入り研究者達に叫んだ。

 

「侵入者だ!今すぐ避難しろっ!」

 

「侵入者!?一体どうやってこの研究施設に!」

 

「判らないっ、とにかく急げ!」

 

避難を命じられて焦燥に駆られて脱出用の乗り物が用意されている場所へと走り出す。しかし、いざ辿り着いてみれば・・・・・。どうやって探し出せたのか脱出用の出口から大量のISが侵入してきて避難する研究者達に重火器を構えた。

 

「ISっ!?しかも、まだどこの国でも開発されていない無人機がこんなに!」

 

「こ、これでは逃げることも出来ないっ!どうすれば・・・・・っ」

 

後から駆け付けるように避難してきた研究者達も、敵ISに逃げ道を塞がれていることが混乱と絶望と共に伝播していった。

 

警備員達は侵入者を見つけるとすぐに射撃体勢に入って撃ち始めた。しかし、こちらも相手は無人機のISだった。無闇に命は奪わずとも一方的な蹂躙をしてどんどん研究所を占拠していく。その様子をモニターで見ていた監視者は軍に救援要請をした。しないよりは遥かにマシだが、それでもすぐに駆け付けて到着すまで時間はかかる。それでも要請した監視者は背後から現れた侵入者に意識を刈り取られた。

 

「こちらトーレだ。状況の報告をしろ」

 

『チンクだ。第三層の制圧は脱出路と共に完了した』

 

『ウェンディっス!ノーヴェと第四層を占拠したっスよー。対した抵抗はなかったっス』

 

『セインだよー。第七層の研究施設を見ているけど、研究者達がデータのバックアップと消去に忙しそうだよ』

 

『ディエチ、オットーと第五層にいた人達を確保した。居住区も』

 

『こちらディード。セッテと六層の脱出経路は制圧済み』

 

『スコールよ。同じく第七層の「工場」に侵入して今から制圧するわ。ラーズグリーズのクローンは傷つけない方がいいかしら?』

 

「証拠として残す。データのバックアップと消去している研究者共の確保も忘れるなよ」

 

間もなく制圧は何の障害もなく完了する。その報告を受けた束は・・・・・。

 

「おーそかそか。仕事が早いねジェイルの娘達は。それじゃあこの国の大統領とお話をしに行こうかな?」

 

真紅の巨龍の手の平の上でアメリカの上空を移動していた。真っ直ぐと目的地に真紅の龍が着くまでのんびりとクロエが淹れてくれた紅茶を飲む。

 

 

「大統領大変です!機密の研究所からの救援要請が送られてきました!何者かに襲撃を受けているそうです!」

 

「・・・・・クローン計画と織斑一誠のDNA生産を行っていたのが気付かれたか」

 

ホワイトハウス。大統領の執務室に駆け込む黒人の男性の報告に悟った目は真剣さが帯びていた。黒人も真摯な顔で報告を続ける。

 

「軍は既に動いていますが、あの研究所までは時間が掛かります。更には大量の無人機が攻め込まれており、辿り着いたとしても待ち構えているでしょう」

 

「篠ノ之束とラーズグリーズの仕業なのは間違いない。このままでは日本の二の舞になるか」

 

「今すぐ避難を大統領!おい、お前達!大統領を安全な場所へ送りするのだ!」

 

屈強な男達が部屋に入ってきて大統領をどこかへ連れて行こうとするその時だった。ホワイトハウス全体が激しい地震で揺れた。座り込んで姿勢を崩さない大統領とよろけて体勢を崩す黒人とボディーガード達。一体何事だと目を丸くしていた時、バキバキメキメキという悲鳴が音となって耳に入り天井が遠ざかって青い空が窺えた―――同時に巨大な化け物の身体が視界に映り込む。

 

「な、なっ・・・・・!?」

 

「・・・・・」

 

天上から上の部分は真紅の龍の手によってもぎ取られ、ホワイトハウスの横に置かれる。そして差し伸ばされる手の上には篠ノ之束その人が乗っていた。

 

「やぁー、アメリカンの大統領さんだよねー?」

 

「お初にお目にかかる篠ノ之束博士。イマージュ・オリジスを手懐けて現れたということは戦争の布告かね」

 

「ばっかだねー。くっだらない戦争なんか束さんがするわけないじゃん。面白くもないし。古い考えをするんだねお前って。今日はそんな古いお前にお願いをしに来たんだよ」

 

「お願いとは随分と我々が逆らえないモノを引き連れて来たな。脅しの間違いではないかね」

 

ジッと見下ろしてくる鋭い眼光を放つドラゴンの圧倒的な存在感は、その場にいるだけで凄まじい威圧感を感じて精神的に押し潰されそうになる。

 

「そう思うのはお前が弱いからだよね?それに今さ、織斑一誠のDNAでクローンや男の操縦者が現れた原因を、アメリカ全土に生放送しているんだよねー。これ、どういうことかわかるかなぁ?」

 

「・・・・・日本の二の舞にさせるためか」

 

「さぁ、同じことをしているから同じやり方をしているだけで、別にそれが目的じゃないんだよん」

 

 

―――アメリカ、もらっちゃおうかなって。

 

 



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復活後のラーズグリーズ

アイリスに召使を命じられた一夏達。だが、マドカは全力で相手が王族だろうと王女だろうと従わぬ媚びぬ、敬うことなど一切しない。よってアイリスの騎士や黒スーツのメイド達から敵視されていた。とある日の昼休憩、騎士団長が剣のように鋭い睨みの眼差しを食堂で食事中のマドカの前に立って向けながら話しかけた。

 

「織斑マドカ、何故王女殿下に従わない」

 

「従う義理もなければ好き好んでする理由もない。大体、それは貴様らの役目だろう」

 

「王女殿下がお望みになさられている命令は絶対だ」

 

はっと笑うマドカ。

 

「世界の滅亡の危機より優先することか?それで国が亡んだら一生他の国から笑いものにされることだな」

 

「何だと・・・・・」

 

剣呑な雰囲気を醸し出す騎士団長を嘲笑う。

 

「素人当然の私達がもし失敗すれば責任を負わせて即処罰、即処刑するつもりだろう?お前達はそうして敢えて王女の身を危うくさせ、王女自身も体を張って死刑の執行をするのが好きで好きで堪らなく、愚兄達に理不尽で迷惑な命令を押し付けて従わせて責任を負わせるなら―――ルクセンブルク公国とはとんだ蛮族の集まりだな」

 

「きっさまぁああああああああああああああっ!!!」

 

ブチ切れる近衛騎士団長ジブリル・エミュレール。ロングストレートの薄い桃色の髪が怒髪冠を衝く如く怒り狂い、腰に佩いていた鞘から勢いつけてIS待機形態である剣を抜く。そのままマドカの首筋の薄皮一枚まで添えた。

 

「今の発言は王女殿下とルクセンブルク公国に対する許しがたい侮辱だ!その罪は重たく死刑に値する!たったいまより、このジブリルが断罪する!」

 

「はっ!正体を明かしたな蛮族騎士団長!やっぱり死刑がしたくて仕方がない処刑人のような人間だったようだな!そうやって今まで何人の人間を死刑に処した?言ってみるがいいこの殺人鬼め」

 

挑発に乗ってしまったジブリルを嘲笑うマドカは更に煽る言葉を口にする。

 

「ほら、死刑にするならすればいい。だがな、私を殺したその事実は一生隠し通せないぞ?お前はIS学園で殺人を犯した人間として全世界に知れ渡るだろう。そうなれば貴様が仕える公国は風評被害に遭い、奈落の底まで落ちぶるだろうなぁ?貴様の沸点の低い言動のせいで、大切な国と人間達を、貴様自身の手で全て奪ってしまったら、一体誰が悲しむだろうか分かって構わないなら―――私を殺してみろ騎士団長」

 

自ら首筋に剣を添えて押し付け、一滴の血を流すその狂気を窺わせるマドカ。ジブリルは完全に彼女の言葉と簡単に命を奪わせる行為に目を張って動きを硬直してしまう。

 

「どうした・・・・・私を死刑にするんだろう?殺すならば殺せ」

 

「貴様は・・・・・死を恐れないのか・・・・・!」

 

「はっ!この程度、死ぬ方が生易しい激痛と苦痛を三年間味わったラーズグリーズだったら赤子のような茶番だ。ならば私も、この程度のことで恐れてはあの人の妹などなれはしない」

 

「ラーズ、グリーズ・・・・・?」

 

誰だその者は、と心中で吐露してると剣に重みが掛かった。マドカが更に剣に首を押し付けていたのだ。必然的に食い込んでしまう刃が首を斬り、出血も増える。

 

これ以上少女の首に剣が切ってしまえば集中治療が必要になる。そうなれば原因は何なのか探られ、必然的にジブリルが嫌疑をかけられ取り調べを受けることになる。そればかりはジブリル自身にとっても公国にとっても避けたい事態だ。しかし、ここはIS学園。そして現在授業が終わった休憩の間。言い合えば人の目がどこでも目がついてしまう。そう―――。

 

 

外から豪快に壁を粉砕してラーズグリーズが、駆け付けて来れる場所でもあった。

 

 

「兄さんっ!」

 

マドカの歓喜の言葉を無視して、ジブリルを床に叩きつける。

 

「ぐぅっ!?」

 

「・・・・・殺す覚悟があるなら、殺される覚悟もある・・・・・そうだな」

 

圧迫する力が増すのを感じ取りながら横目でラーズグリーズを見上げるジブリル。

 

「誰だ、貴様っ・・・・・・!」

 

「・・・・・織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー」

 

「織斑・・・・・ラーズグリーズ・・・・・!?」

 

床に押し付ける手が遠のく様子が視界に入る。が、その後にラーズグリーズの上がる脚。その足が己の頭を踏み潰さんとしていることが明白でありすぐさまジブリルはISを展開して装着した。だが―――。

 

「・・・・・リヴァーサル」

 

「ぐうううっ!?」

 

ISを以てしても動けれない重力に押し潰されて身動きが出来ない。如何に国家代表でも重力の縛りからは抜け出すのは困難に極まる。

 

「アイリス王女様と同じ重力攻撃だと・・・・・っ!」

 

「・・・・・一緒にするな」

 

「舐めるなっ!」

 

ジブリルのISから雷撃が襲い掛かってきた。距離を置いてジブリルから離れれば起き上がる彼女は大盾と剣を構え、臨戦態勢に入る。

 

「・・・・・篠ノ之束が寄付した・・・・・第四世代型IS『インペリアル・ナイト』・・・・・ISコアのもととなる、時結晶(タイム・クリスタル)と裏取引で得た」

 

「何故それを知っているっ。それは国家機密で知っている者は少数のみの筈だ・・・・・っ」

 

「・・・・・知っている・・・・・十年前、俺もその取引にいた」

 

「―――っ!」

 

ジブリルは愕然で目を見開いた。その事実が本当ならば、目の前にいる者は一体何者なのだという話になる。

 

「・・・・・織斑一夏達から手を放せ・・・・・あいつらは第七王女の玩具じゃない・・・・・さもなければ・・・・・ルクセンブルク公国を滅ぼす」

 

「何だとっ、貴様・・・・・!」

 

「・・・・・冗談じゃない・・・・・時結晶(タイム・クリスタル)が手に入れば、ルクセンブルク公国なんて、必要ない・・・・・国が大事なら・・・・・わかっているな」

 

ジブリルは柄を握る力を込めてラーズグリーズへ睨む。自分に選ぶ選択肢はないことを突き付けられ、肯定する他なかった彼女は尋ねた。

 

「・・・・・手を引けば、祖国に何もしないのだな貴様等は」

 

「・・・・・俺の独断、篠ノ之束、関わってない。相手の都合を考えず理不尽に従わせる人間が・・・・・俺の嫌いの部類に入る・・・・・」

 

「・・・・・接し方を改めろと言うことか」

 

コクリと首肯するラーズグリーズの真意を知る。ISを解除、臨戦態勢の構えを解きジブリルはその要求を呑んだところで、不穏な雰囲気を纏う千冬が現れた。

 

「・・・・・話は終わったな?今度は私が納得できる説明をしてくれるのだな」

 

「「「・・・・・」」」

 

0.3秒でラーズグリーズとマドカは視線で会話し、二人揃ってジブリルに指した。

 

「あの留学の意味を知らん我儘王女の命令に従えと強要する騎士団長に嘲笑ったら、首筋に剣を突き付けて『死刑に値する』と脅迫の言ってきた。見ろ、突き付けられた剣でできたこの首の傷から今でも血が流れてるぞ。証人はこの場に居る生徒全員だ」

 

「・・・・・マドカを助けに来た」

 

「なっ・・・!?」

 

一方的な悪者扱いをされ絶句するジブリル。二人共嘘を言っておらず、食堂にいた生徒達も剣でマドカを脅す騎士の姿を見ていたので間違っていないと認識している。千冬はジブリルにも訊く。

 

「貴公の言い分は?この二人が言っていることは間違いないのだな?」

 

「織斑マドカの首の傷は、王女殿下と祖国を侮辱したこの者に突き付けた剣にこの者が自ら作った。私に殺害の意はない」

 

話を聞いてどちらにしろ千冬にとってやることは決まっていた。―――両成敗である。

 

「「っっっ~~~~~!?」」

 

頭蓋骨が陥没したんじゃないかと大きな鈍い音がマドカとジブリルの頭に千冬の拳骨が炸裂した。顔を青ざめて戦慄する女子生徒を除いてラーズグリーズにも拳骨がされた。ただし、ぽこっと頭にめり込ませる程度だった。

 

「・・・・・ふふ」

 

薄く笑うラーズグリーズの声に千冬は訝しんだ。

 

「何故笑う」

 

「・・・・・久しぶりだから・・・・・」

 

「・・・・・」

 

家族に、千冬に叱られることが嬉しい―――引き離された家族の絆の証を感じた事が何よりラーズグリーズにとって嬉しいこの上はないのであった。ラーズグリーズの言葉の深意を読み取った千冬は呆れながらも否定しなかった。

 

「だったら帰ってこい」

 

「・・・・・無理・・・・・織斑一誠・・・・・邪魔」

 

「・・・・・一緒に暮らすことはできないのか」

 

千冬から出た言葉にラーズグリーズから憎悪と怨みに怒りの気配が感じ始める。

 

「・・・・・居場所を奪った奴・・・・・家族を奪った奴・・・・・絶対に許さない・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・いつか必ず・・・・・あいつを―――――」

 

そこまで言いかけたが、何かに察知したラーズグリーズが足元に魔方陣を展開して千冬の前からいなくなった。すると入れ違うようにしてラーズグリーズが作った壁の穴から誠達が飛び込んできた。

 

「・・・・・気付かれたか」

 

「ラーズグリーズが突然いなくなった理由はお前達か」

 

「気配を感じたから急いできたが・・・・・ああ、壊れた壁は直させてもらうよ」

 

誠達が壁の修繕を買って出てくれたので、マドカとジブリルに反省文の提出をしろと言葉を残して食堂を後にした。

 

 

 

「らーくん、お帰りー」

 

「・・・・・何かしてる?」

 

秘密基地に戻ったラーズグリーズが目にしたものは、衛星軌道上にある宇宙空間にある巨大な機械を映すモニターに立って空中投影のキーボードを叩いている束。

 

「・・・・・衛星?」

 

「うん、そうだよー。名前は『エクスカリバー』って言ってアメリカとイギリスが開発・運用している高度エネルギー集束砲。今じゃすこーりゅん達亡国機業(ファントム・タスク)の制御下にあるんだけど、これ、実は生体融合型のISなんだよ」

 

「・・・・・人、いる?」

 

「勿論いるよー。ま、中身の子はいらないけどね?今、私の制御下に切り替えている所なんだー」

 

ISとの生体融合懆措置(そち)は国際法で禁止されている。ISコアと融合している己も例外ではないだろうなと他人事のように考えながら束に尋ねた。

 

「・・・・・それ・・・・・貰っていい?」

 

「らーくん、使いたいの?」

 

にこにこと微笑む束がラーズグリーズへ振り返る。

 

「・・・・・織斑一誠、殺す・・・・・誰にも邪魔されない・・・・・新たな力」

 

「ちーちゃん達が邪魔してくるよ?いっくん達も巻き込んじゃうかもしれないけどいいの?」

 

頷くラーズグリーズ。

 

「・・・・・邪魔するなら・・・・・容赦しない」

 

「あはっ☆」

 

相手が誰であろうと目的を果たそうとする。復活してなおもラーズグリーズが抱く狂気は束を飽きさせなかった。

 

「・・・・・あれ、どう?」

 

「ああ、らーくんのおもしろ設計した『反転による無限のエネルギーに変換装置』だね?―――うん、もう完成したよん。まるで『紅椿』のワンオフ・アビリティー『絢爛舞踏』のようだねぇ」

 

「・・・・・紅椿の量産型・・・・・作る?」

 

「それもまた面白い事だけど、現状らーくんの為に作ったISの方が強いよ?なんたって全ての理を反転、覆すワンオフ・アビリティーは現存している全ISの中で最強だもん。だから量産型ISと同時並行でらーくんのワンオフ・アビリティーを複製しているんだからね」

 

「・・・・・」

 

「でも、名前を付けるなら|Output.Variable.Energy.Reverse.System.《可変型出力増大昇華装置》。略して『O.V.E.R.S.(オーヴァース)』。これなら少ない電力も都市一つ分の電力だって超余裕で作れちゃうから、例え自然による災害で国が機能しなくなってもこれ一つあれば暫く電力の心配はなくなる超便利な装置だね」

 

らーくんは世界の救世主ー!と言いながらエクスカリバーの制御を難なく全て束の思いのままに奪った。

 

「はい完了ーっと。それじゃ、らーくん手に入れてきていいよー」

 

「・・・・・ありがとう」

 

秘密基地から出て真紅の龍と変化したラーズグリーズ。その姿で宇宙(そら)へと飛んでいって成層圏を越えて宇宙空間に突入した。真っ暗な空、無音の海。そこに漂う一本の剣があった。全長十五メートルほどのそれが視界に入ると飛んでいって胸部のISコアを輝かせる。

 

「・・・・・どうして搭載されているんだろう」

 

中に人の気配を感じ取りながらも人の姿に戻り、内部に侵入する。そして眠っている少女を見てそう呟く。

 

「・・・・・生体融合型なら・・・・・呼応する筈・・・・・俺に応えろ、エクスカリバー!」

 

聖杯を魔方陣から出し、曝け出す胸部のISコアがエクスカリバーと共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)を起こした。光に包まれる二つの機体とラーズグリーズに眠る少女。宇宙空間で眩い光が閃光となって迸った後は―――。

 

 

 

一機だけが残った。エクスカリバーを吸収・融合した形で新たな力を得たラーズグリーズは胸の中で眠っている少女を見下ろし、そのまま抱え地球圏へと降下する。エネルギーの燐光を零しながら展開する巨大な八枚のエネルギー翼を広げて突入、青い大海原の上を飛ぶ速度は第四世代型ISである紅椿の―――否、全ISの瞬時加速(イグニッション・ブースト)を遥かに凌駕した速度は一拍遅れて過ぎ去った後に海面を割っていく。

 

 

 

「エクスカリバーが消失・・・・・?一体何の冗談なのかしら」

 

亡国機業(ファントム・タスク)から送られたメールの内容に眉根を寄せ、心底から理解しがたいといったスコールに話しかける女性。

 

「どうするんだスコール。エクスカリバーの消失の原因を調べろって、本当に消えていたらどうやってしろって話のレベルだぞこれ」

 

「そうね。軌道から外れて宇宙の彼方まで行ってしまったってことじゃないわね。それこそあり得ない話だわ。取り敢えず、形だけでもしておきましょう。篠ノ之束なら知っているでしょうし」

 

 

 

エクスカリバーに搭載されていた少女を秘密基地に戻ってジェイルに診断してもらった。興味深そうに少女の情報をデータにした詳細が空中投影のディスプレイの画面に見つめていたジェイルの口が開きだす。

 

「ふむ、これは治療が必要だね。直ぐに始めねば」

 

「・・・・・病気?」

 

「病巣プログラムというものがあってね。これを破壊せねばこのまま死んでしまうのだよ。だが、私の手に掛かれば問題はない」

 

問題ないと断言したジェイルの腕前を信頼して「・・・・・お願い」と口にする。

 

「任された。しかし、君も様変わりしたね。どんな心境でそうなったんだい?」

 

「・・・・・エクスカリバーと共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)を起こした」

 

「ほう、それは興味深い話だ。新たな能力を得たのなら是非とも調べさせてくれ」

 

了承と首を縦に振って頷き、少女をジェイルに任せて束の所へ足を運ぶ。鉄の通路の中を進む最中、向こうから二人組の女性が、ラーズグリーズを見るや否や怒気を孕ませたスコールの相方が怒声を散らしてきた。

 

「てめぇっ!」

 

「・・・・・?」

 

拳を握って殴りかかってくる女性に不思議に思いながら手の平で受け止め、スコールに意味深に視線を送った。

 

「・・・・・なに?」

 

亡国機業(ファントム・タスク)が保有していたエクスカリバーを勝手に奪うのは困るのだけれど」

 

「・・・・・イギリスとアメリカが極秘に開発、運用していたIS・・・・・亡国機業(ファントム・タスク)の物だという証拠・・・・・あった?」

 

「それを言われると、こっちは何も言えなくて困るわ」

 

制御下にあったものであってスコール達が所属していた組織の物である証はない。ラーズグリーズのイギリスとアメリカが共同開発と運用していたISを奪っただけだという言外にスコールは眉根を寄せた。

 

「・・・・・俺のISのデータ・・・・・ジェイルから」

 

「五つのコアを搭載したISのデータね。現状は参考にもならないものだけど、希少なデータでもあるから貰っておくわ。その姿を見て貴方自身にも興味があるし」

 

「・・・・・亡国機業(ファントム・タスク)にも・・・・・俺のDNA・・・・・横流しされている」

 

「ふふ、何のことかしら」

 

「・・・・・最後、潰す」

 

「・・・・・それは本気で勘弁してもらいたいわ」

 

頬にヒヤリと嫌な汗を流す。ラーズグリーズに敵う者はこの世界にはいないのだ。止めることも撃退も撃破もできないまま、一方的に蹂躙されるのが目に見えている故、スコールは止めて欲しいと願う。

 

「・・・・・暇?」

 

「暇・・・・・?ええ、消失したエクスカリバーのことで篠ノ之束博士に尋ねに来ただけだし、この後は何もないわ」

 

「・・・・・手伝う」

 

「何を?まぁ、新造のISとコアを報酬で貴方に協力する約束だから手を貸すけれど、何をするつもりなのかしら?」

 

ラーズグリーズは二人に向かって感情が籠ってない声音で告げた。

 

「―――織斑一誠・・・・・殺す」

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

IS学園に珍しい訪問者が現れた。メイド服を身に包み数多の視線に向けられようと彼女は受け止めながら恭しくメイド服のスカートの裾を摘まんで恭しく頭を垂らしお辞儀をした。

 

「初めまして、私はチェルシー・ブランケット。セシリア・オルコットお嬢様にお仕えしておりますメイドでございます。以後お見知りおきを」

 

突然の従者の来訪にセシリアは困惑するばかりだった。

 

「あ、あの・・・織斑先生。これはどういうことですの?」

 

「それは彼女に説明してもらう。私達にも関係のある話であるからな」

 

意味深な言い方をする千冬に一夏達は小首を傾げる心境で、千冬が視線を送るチェルシー・ブランケットに目を向ける。

 

「チェルシー、説明をお願いしますわ。今はイギリスで仕事を任せておきましたのにこの学園にいる理由を教えてもらいますわ」

 

「勿論でございます。単刀直入で申し上げますとイギリスとアメリカが共同開発、運用していた衛星軌道上にあった攻撃衛星―――『エクスカリバー』が突如消滅しました」

 

「衛星が消えただと?その程度のことで・・・・・いや、まさかIS絡みか?」

 

マドカの推測は正しいとチェルシーは頷いた。

 

「その慧眼、称賛に値します織斑マドカ様。左様です。本当のところは、あのエクスカリバーは生体融合型のISです」

 

すらすらと語るチェルシーに一同が疑問を抱く。

 

「なぜそんなに詳しいかと申しますと。あれには私の妹、エクシア・カリバーンが搭乗・・・・・いえ、搭載されていますので」

 

さらっと告げるチェルシー。一番驚いたのは、勿論セシリアだった。

 

「チェルシーに妹・・・・・?そんなことは―――――」

 

「いたのですよ。戸籍から抹消された、私の妹が。・・・・・ずっと探していた妹が」

 

驚愕の事実だった。それを知った時のチェルシーの心情を推し量ろうにも、そこには闇が深く立ち込めている。

 

「抹消された部分・・・・・ラーズグリーズと似てるな」

 

千冬が一夏達に告げる。

 

「我々はそのエクスカリバーの調査を欧州統合政府、IS学園上層部から調査を命じられている。専用機持ち達はすぐにイギリス入りをしてもらい、宇宙(そら)へ上がってもらう。エクスカリバーの消失の痕跡があるかもしれんからな」

 

ちらっと一誠を一瞥する。

 

「今回の作戦には織斑一誠も連れて行く。ラーズグリーズの襲撃がないとは限らん以上警戒するに越したことはない」

 

「ふん、兄さんの代わりに私が殺してもいいぐらいだ」

 

「・・・・・一番危ないのは身内だったか」

 

肩を落とす一誠に一夏と秋十は同情の念を向ける中、マドカが千冬に問う。

 

「こいつのお守りは異世界の連中に任せればいいじゃないのか。こちらの負担も減ってISだけでイギリス入りはできるだろうに」

 

「IS学園の人間ではない者達に任せるわけにはいかん。何より、あれだけ積極的に接触してきた連中は今では手の平を返して消極的に織斑一誠と接触していない。奴らの狙いはラーズグリーズに変えたようだからな」

 

「護衛に何人か連れて行くことは?今のラーズグリーズは残念ながら私達よりも強い。束になってもリヴァーサルで戦況を変えられてしまいます。あのワンオフ・アビリティーの対処法もないです」

 

ラウラの指摘に千冬は考える仕草をしてから答える。

 

「一応声を掛ける。ではこれより出立の準備をしてもらう。解散だ」

 

後日、セシリアの自家用ジェットでイギリスへと向かった。現在、上空一〇〇〇〇メートル。東ヨーロッパ境界線上に位置していた。その中でわいわいと旅行気分な賑やかさと雰囲気を醸し出している専用機持ち達と対極的に静かな数人の異世界人。ISで飛行するのとはまた違った感覚を体験しながらの空の旅は―――。

 

「おい、この機体は対赤外線装置は付いているのか?」

 

ラウラの一言で変わろうとしていた。

 

「? なんですの、ラウラさん。いったい―――」

 

ラウラの後ろの窓に映る影を見て、全員がぎょっとした。

 

「み、ミサイル!?」

 

どんっ!と激しい爆音が轟く。セシリアはパイロットを、一夏は千冬を抱え、各人がISを展開した。エンジンをやられた自家用ジェットから全員が脱出する。チェルシーも抱えようとしたシャルロットだったが、チェルシーの姿が光に包まれる。それはISの粒子展開で光が収まったそこには、ブルー・ティアーズ三号機『ダイヴ・トゥ・ブルー』を身に纏うチェルシーがいた。異世界人達は独自の方法で空に飛ぶ。外では、ロケットランチャーを捨てた女が待っていた。

 

「さすがに仕留めきれなかったかナー?ねぇ、更識楯無サン!」

 

空中に飛翔しているのは、かつて楯無にロシア代表の座を奪われたログナー・カリーニチェだった。専用IS『ロシアの深い霧』零号機(プロトタイプ)をまとっているのが特徴的である。

 

「面倒なのがきたわねぇ。一夏くん!」

 

ばっと扇子を広げる楯無。そこには「先に行け」の文字が書かれていた。

 

「あの狐目年増の相手は私がしましょう。織斑先生、引率お願いします」

 

「了解だ。不覚をとるなよ?」

 

「ふう。私は更識楯無ですよ?」

 

言うなり、蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を展開する。

 

「おしおきして、あ・げ・る♪」

 

どっちが悪役なのか分からない状況だったが、とりあえず一夏達はISによる超低空飛行によって現場を離脱した。そしてのこさられるログナーと楯無。

 

「・・・・・」

 

沈黙が場を支配する。だが、それを破る第三者達が遥か空から剣のビットが八本強襲してログナーの機体を切り刻むことで沈黙の場を切り裂いた。

 

「誰!?」

 

ハイパーセンサーで探ろうとしても敵影も姿形も見当たらない。目の前でログナーが起爆性のナノマシンを振りまき、爆発を起こして対応するも傷一つ付かない剣のビットは射撃攻撃もできるようでログナーを追い詰めていった。見過ごせない楯無も参戦しようと動き出した直後、何もない空間から光があふれだしてそこから一つの機体が飛び出し振り返った楯無の前に姿を現した。その機体に搭乗する者の顔を見て楯無は目を限界まで見開き顔を驚倒一色に染めた。

 

「貴方は・・・・・!」

 

「・・・・・」

 

以前見たISではない様変わりした姿の相手―――ラーズグリーズを前にして臨戦態勢の構えをした。ラーズグリーズは人差し指を楯無に突き刺した。正確にはその後ろであるが。

 

「・・・・・後ろ」

 

「え?」

 

「お姉さまああああああああああああ!」

 

全身全霊のハグを、かますログナーに反応が遅れて抱き着かれる楯無。

 

「・・・・・そういう関係?」

 

「違う!私にそのケはないのよ!ちょっと、離れなさい!今あなたを構っている暇はないの!」

 

「そんナ!つれナイ!」

 

五つも年下の楯無に、激情ラブ満開なログナーを、本当に、本っっっ当に、面倒くさそうに引き剥がそうとする楯無。

 

「・・・・・また会おう」

 

「っ!?」

 

全ての剣のビットを周囲に戻したと思えば、円陣に組むビットの推進力を促すエネルギーが噴出する部分の光が空間を輪後光のように光らせ、ラーズグリーズがその光に沈み込んで楯無の前からいなくなると八つのビットも光る円の中に飛び込んだ。空間転移でもしたのかのようにいなくなったラーズグリーズの新しいISに楯無は危険視した。

 

「なんなの、あのISは・・・・・」

 

その後、何とか引き剥がせたものの諦めが悪いログナーと互いに起爆性ナノマシンを振りまき、爆発を繰り返す。その爆発はすぐに周辺諸国に知れ渡り、ロシア代表と元代表の痴話喧嘩が全世界中継されるという最悪の事態を招くのだった。

 

 

ドイツ、特殊空軍基地。自家用ジェットのパイロットの身の安全を確保した一行は楯無からのラーズグリーズの出現の報を聞き、一層警戒を強めた。しかし、何時まで経ってもラーズグリーズは現れず戸惑う一行はラウラが所属している黒ウサギ隊の副官と山田真耶が一騎打ちを繰り広げた後、ドイツを後にドイツから海路と空路に分かれてイギリスへ目指した。

 

当のラーズグリーズは束に呼び戻されていた。

 

「らーくん、偽物を殺すのちょっとだけ待ってくれる?」

 

「・・・・・まだその時じゃない?」

 

亡国機業(ファントム・タスク)がフランスの第三世代型のISを奪おうとしているんだよね。で、らーくんはあいつらの逃げ道を確保して欲しいんだー。くーちゃんも行かせるからさ」

 

「・・・・・わかった」

 

フランスにいるなら、そのいざこざの中ですればいいと考えに至り束の指示に従う。

 

一方フランス、パリ。

 

イギリスへ赴く前にデュノア社から最新装備の受領命令があってフランスに訪れた千冬、一夏、ラウラ、シャルロット、簪、三人の男性操縦者に異世界人の女性達を出迎えたのは、デュノア社社長にしてシャルロットの実父、アルベール・デュノア。高級スーツに身を包み、顎髭を生やしたその風貌は、厳しさの一言に溢れている。デュノア社特設ISアリーナで現在、デュノア社で開発した第三世代IS『コスモス』を相手にシャルロットが模擬戦を始めていた。シャルロットが第三世代ISの受領を拒絶したことで実践データ収集を兼ねてシャルロットが駆使するリヴァイヴが勝つようなら、今まで通りの無茶を許すという口約束の下で行われている。花びらのようなスラスター・ウイングを広げる『コスモス』とリヴァイヴの戦いを上空一〇〇〇〇メートルから空中投影のディスプレイでクロエと見ていると、戦況と事態が変わった。コスモスを操縦していた搭乗者のフルフェイス・バイザーがシャルロットのショットガンの連撃で割れて、スコールの相方の女性の顔が曝されたのだ。当然、相手が敵であることを認知しているシャルロットが攻撃の手を緩めることもなく戦い続ける。ギリギリまで様子を見守ると二つの機体が呼応するように光りはじめたそれを見て、ラーズグリーズはぽつりと呟いた。

 

「・・・・・共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)

 

もはや、デュアル・コアを搭載したISに敵わないだろうとようやく動き始めるラーズグリーズの前に地上から上がってくる二つの機体。

 

「っ!ラーズグリーズ!」

 

「なんで、ここに・・・・・!」

 

ビットによる空間転移で光る空間の中に沈み、残したビットは一夏とラウラに強襲させる。

そしてアリーナの中で光り出す空間からラーズグリーズが現れ、女性を追い詰めているシャルロットと対峙する。

 

「ラーズグリーズ!?」

 

「・・・・・」

 

アリーナの中を見回す。織斑春百を探すために。肉眼で捉えることが出来るのはアリーナのシールドの向こうから見つめてくる千冬、一夏、ラウラ、簪に三人の男性操縦者に異世界人の女性。目的の人物がいない事実に特に何も思わず両肩部の砲身をシャルロットに狙い定める。

 

「っ!」

 

見たことのない装備―――否、様変わりした姿のラーズグリーズは新たなISで装備していると見て瞬時に察して、回避行動を取ったが敵の女性と共に足元で光る幾何学的な円陣を展開して消えていなくなった。

 

「・・・・・逃げた?」

 

射撃体勢は自分を警戒させ、自ら距離を置かせるためのブラフ―――だったと思い至った時は既に二人はフランスから離れ秘密基地に戻っていた。ラーズグリーズの介入がある可能性を考慮してても未然に防ぐことは難しいことだった。だが、千冬達の間でラーズグリーズは、束達は亡国機業(ファントム・タスク)と繋がっていることが判明した。ますますラーズグリーズ達への危険視が高まることになり一行はイギリスへ赴く。その間、異世界人の女性はIS学園の敷地内の豪邸にいる者達に連絡を入れていた。

 

「・・・・・第二世代ISじゃ、第三世代ISに負ける・・・・・」

 

「うるせぇッ!」

 

「オータム、無事に戻ってこられたみたいね」

 

現れるスコール。ラーズグリーズが窮地に陥った彼女の逃走の手助けをしてくれると分かっていた上で話しかけて来た。

 

「・・・・・年下の小娘に王手(チェックメイト)されてた」

 

「見ていたならとっととてめぇ来いよ!」

 

「・・・・・そっちの仕事・・・・・手伝う理由はない」

 

「ええ、私もオータムの頑張り次第を期待してたわ。失敗しちゃったみたいだけれど、大切な貴女が捕まえられるよりはいいわ」

 

肩身が狭い思いをするオータムという女性。

 

「ラーズグリーズ、エクスカリバーに搭載されていた彼女はどうしてるかしら?」

 

「・・・・・ジェイル」

 

「そう、ならいいわ。それにしても・・・・・人生って判らないものね」

 

ラーズグリーズを見つめながら意味深に言うスコール。何がだとオータムの言いたげな表情を他所に、スコールは小さく微笑んだ。

 

「あの時のまだ小さかった頃の子供が、今じゃあ私達と同じ裏の世界で生きることになるなんて想像もしなかったわ」

 

「・・・・・このガキのこと知ってたのか?」

 

「ええ、昔・・・この子が撮影をしていた時にね」

 

「・・・・・誘拐された」

 

はっ?と何言っているんだこいつは的な変な物を見る目をするオータムと、「若さゆえの過ちだったわ」と微笑するスコール。

 

「覚えていたのね?もう十年以上も前のことなのに」

 

「・・・・・強烈な日々」

 

「ふふっ、数日間色んな場所に連れ回していたから私のこと覚えていたのかしら?」

 

「・・・・・スコール。何してたんだよ」

 

きっとスコールと出会う前のことだろうと悟るオータム。スコールは自身の携帯を取り出してある動画を見せた。

 

『やぁボク。ちょっといいかな?』

 

『?』

 

見るからに怪しい中年男性が片手に袋を持って、街中のベンチに座っている子供に話しかけた。子供は男性に振り返った。

 

『なーに?』

 

『君の好きな食べ物はなにかな?』

 

『アップルパイ』

 

好物の食べ物を教えると男性は持っていた袋からアップルパイを取り出した。

 

『丁度おじさんもアップルパイが好きなんだ。良かったら食べるかい?』

 

『いいの?ありがとう!』

 

『うっ・・・・・!』

 

純粋無垢な子供の笑顔の輝きが邪心で近づいた男性にとってまぶしかったようだった。受け取ってすぐにアップルパイを食べる子供は、至極幸せそうに目を細め顔を綻ばせた。

 

『んふふ・・・・・美味しいかった♪おじさん、ありがとう!』

 

『ど、どういたしまして・・・・・もっと欲しいならおじさんの家に来ないかい?いっぱいあるんだよ』

 

『本当!?イクイクー!』

 

大好物のアップルパイを食べられると知り、心の底から嬉しそうに男性の腰辺りに抱き着き見上げた顔は天使のような笑顔だった。その笑顔を直視てしまった男性の父性本能が臨界突破してしまったか、青空を見上げながら仰け反る男性の口から赤い液体が吐いた。

 

『―――ゴハァッ!?』

 

『さ、佐藤さーん!?』

 

思わず男性の名前を言ってしまうほど動揺してしまった子供は混乱にまで落ち入り、挙動不審で周囲を見回し―――多くの見物客の中にいたスコールと思しき豊かな金髪とスタイルの外国の美女と視線が合って、彼女の所まで近づいて涙目でおじさんを助けてほしいと懇願した直後。外国の美女は真っ赤な顔で子供を抱え出したかと思えば・・・・・颯爽とその場からどこかへ連れ去ったのであった。

 

 

子供を誘拐する犯罪が増加しています。視界に入る場所で子供と一緒に居ましょう。

 

 

という最後の締めくくりでCMの動画が終わったところでオータムは一言述べる。

 

「お前、誘拐される人間を間違ってるぞ」

 

「・・・・・外国、楽しかった」

 

「楽しんでいたのかよ!ていうか、オータム。外国にまで連れ去ってたのか!」

 

「だって可愛かったですもの。傍に置きたいのは当然でしょう?今もそうだしね」

 

どこからともなく出す市販で買っただろうアップルパイをラーズグリーズに渡す。封を開けて齧るように食べだすと、ショタ(コン)になるラーズグリーズを見て怪訝な目で見るオータムと慈愛で満ちた瞳で見つめるスコール。

 

「どういう体の構造をしているんだてめぇーは」

 

「いいじゃない。可愛いでしょう?」

 

ラーズグリーズを抱え、頭を撫でるスコール。

 

「ふふ、この子も一緒に可愛がるのもいいわね。隠れ家に連れて行こうかしら。この子、高級料理店にも負けないぐらい美味しい料理を作れるし、実力も高い上に容姿も整って私の理想な男の相手だし」

 

「・・・・・」

 

自分の居場所を奪わないだろうな、一末の不安を覚えるオータム。

 

「安心しなさい?貴女を捨てるなんて絶対にあり得ないから」

 

「っ・・・・・スコール」

 

その考えは杞憂だった。嬉しそうに顔を明るくするオータムをラーズグリーズは一言。

 

「・・・・・単純」

 

「んだとぉっ!?てめぇだって好物をくれる奴だったら誰でも尻尾振るだろう!」

 

「・・・・・アップルパイに罪はない」

 

「なに訳の判らないことを言っているんだてめーは!ブチのめすぞ!」

 

「・・・・・できる?」

 

喧嘩腰になるオータムにスコールの腕の中で分裂し出すラーズグリーズ。オータムを囲み数多の尻尾で拘束するや否や彼女の身体に尻尾で擽り始め、強制的に笑わせる。ISを展開して襲うにしてもスコールまで巻き込め兼ねないからか、ただただ擽られ女性あるまじき笑い顔を晒す。それはスコールが仲裁に入るまで続いたのであった。

 

「・・・・・勝利」

 

「ち、ちく・・・・・しょうっ」

 

一方、IS学園は宇宙空間に上がって調査を進めたが、これと言って何の手掛かりもなく原因は不明であることしかわからず調査は程なくして終えて日本に帰還したのだった。



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再会と集う並行世界の兵藤一誠達

ラーズグリーズから接し方を改めろと脅迫されたアイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。国の存亡の為に従者の任を解いて留学生らしく学園生活を過ごしていた。しかし、彼女もまた『女』である。紆余曲折で一夏と共に過ごした日々の中で次第に惹かれ・・・・・。とある日―――教室にて一呼吸置いて、アイリス王女は一夏の前で口を開く。

 

「織斑一夏を我がルクーゼンブルク国に招く。わらわの世話係として、一生をともにするのじゃ!これは既に決定事項、異論は認めん!」

 

それはつまり、結婚という意味であった。

 

「は?」

 

「はぁ?」

 

「はああああああ!?」

 

その場にいた一夏、ジブリル、ヒロインズの一同が驚きの声を上げる。アイリスの告白を真っ向から拒絶したのは当然マドカだった。

 

「おい貴様、そんな身勝手な事を許されると思っているのか?」

 

「誰の許しを貰う必要があるのじゃ」

 

「こいつだけでも国絡みの問題が起きるということを分からんお子様には難しい国際問題だったか。それにラーズグリーズから手を引いて接し方を改めなければ国を滅ぼされる話も忘れたか?」

 

ジブリルから何も聞いていないわけではないだろう、と言外して言うマドカに威厳ある態度で言葉を言い返す王女。

 

「それは今の話じゃ。わらわは未来の話をしている」

 

「そんな未来は来ないと断言してやろう」

 

意味深に笑うマドカを訝しむアイリス王女。

 

「何故そう言い切れる」

 

「この愚兄はお子様のお前のことを妹のような存在、認識している限り一生結婚はするつもりがないからだ。せめて乱ほどの体つきでなければ女としても意識をしてくれないだろうよ」

 

「ねぇマドカ。それってあたしにも喧嘩売っているわけ?」

 

瞳から光が消えハイライトの鈴を華麗にスルー。王女は自分のぺたーんな身体を見下ろし次にマドカの凸凹な体を見て眉をひそめた。

 

「男は外見ではなく中身で選ぶと知っておる!」

 

「そうだろうな。だが、選ぶ基準は男女ともに中身より外見で選ぶ方が多いのは事実だ」

 

「ふん、貴様を嫁にする男など一生おらんじゃろうな」

 

「私にはラーズグリーズがいるのでな。他の男共など豚と交尾でもしていればいい」

 

とある者の名が出てアイリス王女は復唱するように口にする。

 

「ラーズグリーズ・・・・・本当にお主らと同じ兄妹であるのか?敵対している関係だと知っておるぞ。仮に本当の話しだとして、兄妹が結婚などできる筈もない」

 

「だから何だ?血の繋がりがあろうがなかろうが、愛があれば一緒に暮らせて子供も作れる。世間はそれを許さないでいるが私にとってそんなものは塵に等しいものだ。―――だから性に関する知識だけは豊富だぞ?」

 

艶やかに微笑するマドカの大胆な発言に大半の女子達は顔を真っ赤にした。男子達も同じで気まずそうにしていた。ジブリルが真っ赤な顔で同じく真っ赤なアイリス王女の耳を両手で抑え込む。

 

「は、破廉恥な!?王女!この者の話をきいてはなりません!」

 

「ほう?騎士団長あろうものが、経験は皆無らしいな。性も恋愛も男も含めてだ。くくく、好いことを知った。まさかまだその歳で生粋の処女だったとは。ああ、まだ二十歳だったな。これから数多の男を食らうのかな?」

 

「き、貴様何を言い出す!?王女の前でそれ以上口にするな!口を閉ざしていろ!」

 

「ふはははっ!そんなにしてほしければ力尽くでしてみせろ!その間、私が知っている知識を全て言い終えるまで教えてやる!いや、口で語るよりも私の愛用している動画を見てもらった方が早いかな?」

 

携帯を取り出して操作を始めるマドカを箒達が「見せるなぁっー!」と言って飛び掛かった。それを華麗にかわすマドカ。その間、アイリスはジブリルの手をどかして尋ねた。

 

「ジブリル、あの者は何を言っておった?」

 

「王女様は気にしなくてもいい戯言です。織斑一夏を渡さないと言っていただけですので」

 

「む、そうなのか。ならば、織斑マドカと対決して格の違いを思い知らせる必要があるようじゃな」

 

自信に満ちた態度、薄い胸を張って言う王女に嘲笑うマドカ。

 

「はっ!力で相手を黙らせるのがルクーゼンブルク国のやり方とは随分と野蛮だな!いや、お子様はそれしかできないかそれしか知らない頭が脳筋だったならば仕方がない。気にするな脳筋王女様(笑)」

 

「「き、貴様ーっ!」」

 

挑発されて、黙っているほど優しい性格はしていない。だがそこへ、教室に顔を出す楯無が場を鎮めた。

 

「はいはーい。言い合い喧嘩はそこまでにしなさーい?マドカちゃん、ちょっといいかな?」

 

「なんだ」

 

ちょいちょいと手招く楯無の登場で応じるマドカ。一夏達を待機させて廊下に呼び出したマドカに質問をする。

 

「マドカちゃん。ラーズグリーズを呼び出せることってできる?」

 

「呼び出してどうする」

 

「例のエクスカリバーの件について知りたいの。簪ちゃんが、ラーズグリーズの新しい機体を調べたらね。エクスカリバーの名前がついてるって言うものだから関りがあると思ってるの」

 

真意を探ろうとしている楯無の考えは理解はできたが、マドカは敢えて首を横に振った。

 

「ここでは無理だ。あの異世界人達を警戒している節があるぞ兄さんは」

 

「でしょうねぇ・・・・・最近イマージュ・オリジスも鳴りを潜めているしそれだけ強敵なのか関わりたくないかのどちらか、あるいは両方なのでしょうね」

 

今頃どうしているのか定かではないが、健在している間はこの世界の人類の天敵である。少なくとも決着がつかない限りは安心できない。

 

「私としても兄さんと会いたいから呼び出す協力はしよう」

 

「ありがとう。じゃあ学園の外・・・・・どこがいいかしら」

 

「どこでもいいではないか。別に私達全員で会うわけではないのだろう」

 

「大丈夫?一応警戒するべき相手なのよ?戦力過剰、過多、過激何て概念や言葉をリヴァーサルしてしまうほどラーズグリーズは強いのよ?」

 

マドカは不敵な笑みを浮かべだす。

 

「安心しろ。私には秘密兵器がある。勿論ちゃんとした考えもあるから安心しろ」

 

「秘密、兵器・・・・・?」

 

小首を傾げる楯無。秘密兵器とは一体何だろうか?あのラーズグリーズを大人しくさせることが出来るという、マドカの溢れんばかりな自信とその言動に取り敢えず信用することにした楯無。

 

―――†―――†―――†―――

 

東京都―――某所。

 

「いやーん!すっごく懐かしいぃーっ!」

 

「ふふ、本当にね」

 

マドカの考えが実行されたその日―――。身内以外唯一信用できる人物、そしてラーズグリーズと家族の次に深い関係を築いている人物に協力してもらって楯無の希望通りに叶えることが出来た。その人物は―――アップルパイを食べている間、ショタ(コン)になっているラーズグリーズを至極嬉しそうに抱きしめている元ラーズグリーズの専属マネージャーである桐生カーリラである。一緒に懐かしんでいる蒼い長髪に碧眼の女性ティアマトもラーズグリーズを見て微笑んでいた。一先ず彼女達が満足するまで待つことにしている楯無は今いる場所の中を軽く見回す。

 

「(芸能界のマネージャーが住む場所としては・・・・・豪華なところに住んでいるのね)」

 

そんな感想を心の中で述べながら視界に入れる。高級マンションの部屋の中に差し込む日当たり。平べったいロボットが床のゴミを吸い取って掃除していたり、棚の上にはカーリラと幼い頃のラーズグリーズのツーショットの写真、織斑家全員との写真が幾つもありラーズグリーズと長い付き合いをしていることを窺わせるものがあれば、DVDのブルーレイが飾られている。中身は何なのか気になるところだ。何故なら―――『織斑一誠マル秘映像』と書かれたラベルがケースに貼ってある故に。

 

「・・・・・桐生さん、そろそろ本題に入ってもいいか」

 

「いいわよ。こっちも大変満足したからこれで数か月間は元気で働けるってものよ」

 

シビレを切らしたマドカの催促にカーリラは膝の上にラーズグリーズを載せながら肯定する。

 

「私に協力してもらいたいのは事情聴取だっけ?」

 

「はい、そうです。そういうわけでラーズグリーズ。色々と教えてもらうわよ?」

 

「・・・・・何」

 

「宇宙にあったエクスカリバーっていうIS。貴方が原因なんじゃない?新しいISの名前、エクスカリバーがついているから」

 

単刀直入で質問する楯無に対して首肯するラーズグリーズ。隠すことでもないとあっさりと認めたことに拍子抜け以前にやっぱりと悟っていた楯無は言い続ける。

 

「どうして、というかどうやって手に入れたの?」

 

「・・・・・共鳴現象(ユニゾン・エフェクト)

 

「なるほどね。じゃあ、エクカリバーに搭乗していた女の子は?」

 

「・・・・・保護・・・・・病巣プログラム・・・・・破壊してもらっている」

 

「その子、セシリアちゃんのメイドの妹なんだけど、私達に引き渡してもらうことってできる?」

 

構わないと首を縦に振るラーズグリーズ。

 

「すんなり教えてくれるのね」

 

「・・・・・教えない理由・・・・・ない」

 

今有している情報は別に重要だからではない、もしくは聞けば何でも教えるという姿勢のラーズグリーズだった。ただし、今どこに住んでいるのかだけは教える気はないでいる。

 

「じゃあ、ラーズグリーズが住んでいる場所教えてくれる?」

 

「・・・・・それは駄目」

 

「桐生さん」

 

「ごめんなさい。私達も知ってるけど、恩人の秘密基地を教えることはできないわ」

 

協力を求める楯無の意を読み取って拒絶するカーリラ。

 

「・・・・・質問・・・・・終わり?」

 

「えっと、そうね。でも、せっかくだからもう少し交流を深めましょ?色々と話もしたいわ」

 

「そういうことなら皆で出かけない?個人的にこの子を会わせたい人がいるのだけれど」

 

「会わせたい人?誰だ?」

 

「社長よ」

 

聞いた瞬間、マドカの全身は鳥肌が立った。顔や背中にも嫌な汗が流れて席から立ち上がるマドカが告げる。

 

「・・・・・帰らせてもらう」

 

「え、どうして帰るのマドカちゃん?」

 

「私はあの男に対して生理的に駄目なんだ!見ろ、鳥肌が立つほど名前を聞いただけで嫌なんだ私は!」

 

「・・・・・あのマドカちゃんが忌避する人ってどんな人なのよ」

 

「まぁ、凄いインパクト持っている人なのは確かよ。・・・・・慣れる必要あるのだけれど」

 

慣れないと一緒にいられないぐらいおかしな人なのかと興味と不安が混濁した気持ちを抱き、楯無は一目見ようとする。カーリラの膝から降りてマドカへ寄るラーズグリーズは上目遣いで見上げながら話しかける。

 

「・・・・・マドカ、帰る?」

 

「・・・・・来て欲しいのか兄さんは」

 

「・・・・・無理強い・・・・・しない」

 

「・・・・・私を守ってくれるか?」

 

「・・・・・昔のように守る」

 

兄さん!と感激してラーズグリーズを抱きしめて嬉しそうな顔を浮かべるマドカ。遅れてティアマトも同行すると示すので、全員でかつてラーズグリーズが所属していた事務所へ足を運ぶこととなった。

 

 

 

車を走行させて十数分。ピンク色のハート中にピースした手の奇妙奇天烈な五階建て分もある施設がそこにあった。窓枠もあることから建物であることが窺えるものの、外国ではない限り初めて見る人は戸惑い気味に目を瞬きしてしまうだろう。しかしながら今では観光スポットみたいな受けを集めているのだった。そして奇妙奇天烈な建物に働いている有名芸能人達の筆頭の人物こそが織斑一誠なのだ。

 

「・・・・・何、この建物」

 

「・・・・・私も最初はそう思った。言っておくが、中はもっと酷いからな」

 

車の中から唖然と建物を見上げる楯無の横でラーズグリーズを抱きしめながら辟易するマドカ。

 

「どう、酷いの?」

 

「床や壁、天井がピンク色一色だ。設備や備品まではそうではないが、ピンク色に染められるものは何でもピンク色に染めるぞあの奇人は」

 

「全力でそうさせないように制止を掛けているのよ私達社員がね」

 

それこそ、カーリラが運転している車がこれから停車しようとしている場所の駐車場も例外ではなかった。日本にこんな建物があるなんて知らなかったと眩暈がしそうになった楯無。車から降りて事務所の中に入るや否やマドカの言葉通り建物の中までピンク色で言葉を失う。

 

「懐かしい?」

 

ラーズグリーズと肩を並んで歩くカーリラが話しかけると無言で頷いて反応してくれたからか、嬉しそうに微笑んだ。

 

「あの子じゃなくて貴方とこうして歩きたかったわ」

 

「・・・・・もう叶わない」

 

「それを決めつけるのは早いわよ?」

 

すると、同じ事務所に働いている男の職場の人が通路の向こうから歩いてきた。カーリラに気付き口を開いて声を掛けて来る。

 

「桐生さん・・・・・とその子は確か、ネットで有名な子ですよね?それに後ろの子は・・・・・あ、織斑マドカちゃんだったね?久しぶり、大きくなったね。お姉さんにそっくりだよ」

 

「お久しぶりです。姉に関しては遺憾ながらよく言われます」

 

顔を覚えられていたことに別段気にしていない様子で相槌を打つように返す。

 

「社長は何時もの部屋に?」

 

「ええ、そうですよ。ところでこの子、どこかで見た事があるような顔だけど・・・・・うーん」

 

ジッと記憶の中で誰かと似ていると引っ掛かって、思い出そうにも誰だかわからず首をひねって判らないでいる同僚にカーリラはラーズグリーズの頭を撫でながら言う。

 

「今日はこの子を社長に会わせたくて連れて来たんです」

 

「絶対に気に入りますよ?もし芸能界で働くことになったら織斑一誠君の再誕ですね。こんな可愛い子を放っておけないでしょうから、もっとこの事務所が賑やかになるでしょうねー」

 

じゃあーねと笑顔で手を振って去る男性に手を振って返すラーズグリーズ。

 

「当然ながらこの姿だと気付かないのだな」

 

「コスプレをした子供だと認識されるからね」

 

マドカの指摘に外見で判断してしまうのは仕方がないと風に述べるカーリラはまた歩きはじめる。ついていく楯無はマドカを見ながら先の会話を口にする。

 

「それにしてもマドカちゃんまで認知されていたなんて意外だわね?」

 

「織斑家全員の顔も覚えられているわよ?この子の働く様子を家族全員だったり個人だったり、この事務所に連絡して事前に見学する許可を貰ってよく同伴して見学するから」

 

それも三年前の話だけれど、と意味深に言った後は口を閉ざして最上階まで階段を上って、ピンク色に塗装され赤く塗られた大きなハートマークにピースの手が描かれた扉の部屋に近づく。カーリラはその扉に壁に備え付けられたインターネットで鳴らして来訪を教える。

 

「社長、桐生です」

 

『―――あら~ん?桐生ちゃ~ん?今日はお休みの筈だけれどどうしたのかしら?入って良いわよ~ん!』

 

「「「―――――」」」

 

野太い男の声が女口調で返ってきた。それだけでマドカの身体は鳥肌が立って楯無の後ろに隠れた。

 

「失礼します」

 

開け放った扉の向こうに足を踏み入れる彼女に続き楯無達も入る。案の定といったところか、この部屋―――社長室はどこもかしこもピンク一色で床は扉の絵と同じく描かれていた。そしてこの部屋の主は窓を背後にしてピンク色の木製の机の前でエクササイズをしていた。―――ガタイのいい筋骨隆々の大男の頭はピンク色のアフロ、動けば揺れるアフロのような同色の胸毛を晒してる上半身は裸、下半身はブーメランパンツのみといった姿で身体を動かしていた。彼のたらこ唇が蠢くように口を開く。

 

「あら、可愛いー子達を連れて来たのねって、あらん!そこにいるのはマドカちゃんじゃない!三年ぶりねー♪千冬ちゃんと同じ顔になって可愛く成長してたのねー♪」

 

「ヒッ!」

 

「(マドカちゃんが本気で怯えてる。ヒッ!って悲鳴を上げた・・・・・)」

 

生理的にも無理だ、と言った理由も理解した。楯無もこれは自分でもキツいと引き攣りそうな頬を何とか自制して堪えていた。

 

「それにその子!久々に私に衝撃を与えた今やネットで有名なアップルパイの子じゃないの!何々、桐生ちゃん。この子を紹介してくれるの?ここで働かす面接を設けたいのかしらん?だったら今すぐ準備に取り掛かるわよ!絶対に他のところには所属させたくないからねん!というか、面接何て無視して直ぐに採用しても構わないし!」

 

頭のアフロと胸毛を揺らしながら気味悪い動きをする社長に見慣れてるか、気にせずラーズグリーズのことを話し始めるカーリラ。

 

「その前に、この子のこと誰だかわかりますか?」

 

「うん?誰かって?」

 

じーっとラーズグリーズの顔を、位置を変えながら見つめる社長は不思議そうに述べた。

 

「あら、小さい頃の一誠ちゃんと同じ顔つきね?目の色は違うけれど間違いなくだわ」

 

「「っ!?」」

 

「その慧眼は感服します社長。―――では、元の姿に戻ってもらいましょうか」

 

というカーリラの言葉の深意を汲んで、元の姿と身長に戻るラーズグリーズを見て限界まで目を張った社長。そして次にまじまじとラーズグリーズの顔を見てまた驚いたように口にする・・・・・。

 

「一誠ちゃん・・・・・?違う一誠ちゃんじゃない本当の一誠ちゃん、そうよね?」

 

「「―――――」」

 

この奇人変人の社長の目は完璧にラーズグリーズのことを織斑一誠として認識した。気付いた。これにはマドカと楯無も心から驚いた。瓜二つな同じ顔の二人の内、社長はちゃんと区別して話しかけたのだ。

 

「・・・・・三年ぶりです。社長・・・・・」

 

深々と頭を垂らしてお辞儀するラーズグリーズを社長は感極まって抱きしめた。

 

「久しぶりじゃないわよーん!もう、今までどこで何をしていたの!ずっと心配していたんだからーん!」

 

「・・・・・すみません」

 

「ちがーう!帰ってきたのなら言うことはあるでしょう!」

 

社長はラーズグリーズの口からあの言葉を言わせたくて仕方がないと抱擁を解いて視線を合わせる。

ラーズグリーズは親みたいなことを言う社長に向かって静かに言った。

 

「・・・・・ただいま帰りました社長」

 

「はい、よろしい!」

 

力強くラーズグリーズの肩を叩く。それで満足した社長はカーリラに意識を向ける。

 

「本物の一誠ちゃんを見つけられたのね桐生ちゃん」

 

「はい、もっと早く教えるべきでした」

 

「タイミングとしては早くも遅くもないわ。偽の一誠ちゃんのことでマスコミが騒いでいるの。政府が裏で千冬ちゃん達を遺伝子操作で『究極の人間』を創造しようとした人工受精卵の織斑計画試作体の子だもの。こっちもそんな事情を抱えていた人間を働かせていたなんて知らなかったし、お互い困っちゃうわよね」

 

眉根を顰めて困ったように手を頬に添えながら溜息を吐いた社長。

 

「・・・・・織斑一誠・・・・・どうする気」

 

「それも困ってるのよ。あの子は本物の一誠ちゃんじゃないってことは私と桐生ちゃんだけの話で、他の皆には教えてないわ。混乱させてしまうだけだもの。だからIS学園に通っている間だけは助かってるわ。まったく政府の連中は余計なことをしてくれちゃって!」

 

ぷんぷん!と不機嫌な顔で頬を膨らませて怒る社長の顔は気持ち悪かった―――と口が裂けても言えない楯無の心情。

 

「本物の一誠ちゃんがやっと来てくれたのに残念だわ。今まで何が遭ったのか私にはわからないけれど、昔の太陽な一誠ちゃんと違って纏う雰囲気と表情にハイライトな瞳・・・・・漫画で例えるなら闇に堕ちたダーク主人公的な感じになっちゃってるわん」

 

「それはこの子の今の名前を聞けばすぐに察します」

 

「名前?織斑一誠ちゃんでしょ?」

 

自分が知っている人物の名を疑わず訊く社長にカーリラは首を横に振った。

 

「今はその名前も偽の子に奪われて違う名前で生きています。今のこの子の名前は―――織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー」

 

社長は言葉を失い愕然とした表情と共に限界まで見開いた目で凝視した。

 

「嘘・・・・・あの、ラーズグリーズ?非人道的な研究と実験でミイラみたいな身体になってたはずよね?」

 

「・・・・・治った」

 

「この子があのラーズグリーズであることは、この場に居る私達以外にも一部の者達だけが知っています」

 

「そう・・・・・ならこの子についての全ては墓まで持っていってあげるわ」

 

事情を察してからか、ラーズグリーズの味方になってくれた。感謝するカーリラだが申し訳なさそうに次の言葉を述べた。

 

「社長、こんな時に言うのも非常に申し訳ないですが退職させていただくことになるかもしれません」

 

「嘘っ!?どうしてん!?」

 

「今非常に厄介な事情を抱えていまして、というかこの子と一緒に生活したいのが大半の理由です。もうこの子に纏わりついている環境は人の道を外れているんです。私はそんな生活に放っておけないのでできれば傍にいて支えたいのです。まだその時ではありませんが」

 

突然のカミングアウトの発言に素っ頓狂に驚くも、社長は最後まで味方であった。

 

「・・・・・私と桐生ちゃん、そして一誠ちゃんと一緒にまだ小さかった事務所を立ち上げた時からの長い付き合いだったから辞めてるなんて寂しいわん」

 

「申し訳ございません・・・・・」

 

ばつ悪そうに頭を下げる彼女に向かって意味深に笑む社長。

 

「でも条件があるわ。その事情とやらが全部抱えずに済んだのならまた復職して貰うわん。勿論、一誠ちゃんもね?」

 

「・・・・・俺も?」

 

「当然じゃない♪ここに織斑一誠という人間がいるんだもの。あの時の約束を破るような子じゃないことを今でも信頼しているんだからね?勿論桐生ちゃんもよ」

 

「「・・・・・」」

 

三人の間で交わした約束―――。それを出されたカーリラとラーズグリーズは思わず顔を見合わせて見つめ合う。社長へ視線を戻す二人はそれぞれ同じ言葉を言い放った。

 

「社長、それは卑怯です」

 

「・・・・・卑怯、ずるい」

 

「ふふん、友達に対してこれぐらい丁度いいのよん♪」

 

してやったりと笑う社長に苦笑を浮かべるカーリラと口元を緩めて薄く笑うラーズグリーズ。

 

「・・・・・ありがとう、社長」

 

「私は何も感謝されることはしてないわよん?寧ろこれから一杯働いてもらうことになるから大変よ?」

 

「・・・・・そんな日が来ると・・・・・思うと・・・・・大変だな・・・・・」

 

「そうそう。だから何時までも友達として待ってるからねん?はい、約束」

 

小指を出して笑う社長にカーリラがその子指に小指で絡め二人はラーズグリーズを待つ。そんな二人に対してラーズグリーズは拒絶することもせず、ゆっくりと手を動かして二つの小指に小指で絡めて約束を交わし合った。

 

 

事務所を後に駐車場の中を歩くときマドカが口を開いた。

 

「兄さん、あんな約束をしていいのか」

 

「・・・・・多分、大丈夫?」

 

「疑問形なのはどうしてだ」

 

「・・・・・何とかなる・・・・・勘」

 

「だったら、何とかなるでしょうね」

 

「そうね。ハッピーエンドになるかもしれないわね」

 

カーリラとティアマトが知った風な口で肯定的に言う。マドカと楯無はそれを不思議そうに見ていた。

 

「・・・・・マドカ、学園の方は・・・・・」

 

「ルクーゼンブルク国の我儘王女に喧嘩を吹っ掛けられた。売られた喧嘩は買うつもりだがな」

 

「・・・・・遊びに行く」

 

=襲撃するという意味合いであることを察し楯無は警戒する。

 

「遊びに行くって、あなたの場合は突然の襲撃よ?また試合中に乱入してくるならこっちも容赦しないんだから」

 

「・・・・・楯無に対して・・・・・妹をダシにする」

 

「どうして簪ちゃんのことを持ち上げるのかなー?」

 

スマイル顔で訊く楯無に向かって指差すラーズグリーズ。

 

「・・・・・甘い、シスコン」

 

「シ、シスコンちゃうし!」

 

「「分かり易いな」」

 

「そこっ!兄妹揃って言わないの!」

 

車中でも楯無をからかう会話が続き、始終二人に翻弄されることをこの時の楯無はまだ気づいていなかった。そんな会話を聞きながらティアマトとカーリラも話をしながら帰宅する。

 

 

 

「おっかえりーらーくん。うーん?何かいいことでもあったのかなー?」

 

「・・・・・どうして?」

 

「ふふ、らーくんのことなら何でもお見通しなんだよー?」

 

帰ってきたラーズグリーズを見てニコニコと断言して言う束。特別嬉しそうに笑ったり喜んでいる顔をしていないのに、雰囲気もいつも通りの筈なのだが束は全てお見通しなのだろう。

 

「・・・・・束姉」

 

「なーに?」

 

「・・・・・全部終わらせる」

 

「そかそか。全部すっきりになるといいね」

 

「・・・・・うん」

 

それだけ言い残してジェイルの下へ足を運ぶ。宇宙で一人ぼっちだった彼女は完治しているのか少し気になって彼女がいる部屋へと入ると着替え中の少女と傍にいるウーノがいた。

 

「きゃっ!?」

 

「・・・・・治った?」

 

「ええ、ドクターが完璧に病巣プログラムを破壊したから日常生活を送れるわ」

 

「・・・・・IS学園、連れて行く・・・・・」

 

「この子の関係者がいるのね?」

 

頷くラーズグリーズは踵を返して部屋から出て行った。着替え終わるのを待つためだからだろう。裸を見られ硬直していた少女は自分の存在を認知しているのに『視られて』いない気がした。

 

「着替えなさい。貴女が帰るべき場所へあの子が連れて行ってくれるわ」

 

「は、はい」

 

 

 

楯無とマドカが学園に戻った途端だった。目の前に真紅の魔方陣が一つ浮かび上がった光景を目の当たりにした矢先に一人の少女が出現した。困惑気味の彼女から話を伺い、セシリアの関係者であることが判明、ラーズグリーズが件の少女を送ったことを悟り保護した。

 

 

同時刻―――。

 

「ここにいたか、見つけたぞ」

 

『クロウ・クルワッハ。やはりここへ現れたな』

 

「お前達を元の世界へ連れて行くのが目的の一つだ」

 

『元の世界へ帰還することは俺達にとっても宿願であった。戻れるなら素直に同行させてもらおう』

 

「殊勝な心掛けだな」

 

『―――だが、お前達はあの者を、ラーズグリーズをどうする気だ』

 

「こちらから何もする気はないが、向こうから仕掛けてくるというならば降りかかる火の粉を払うだけ、としか言えないな。取り敢えず私と来てもらおうか」

 

『その前にひとつ教えてもらうぞ。織斑一誠は復活したのか』

 

「・・・・・聖杯は揃った。記憶も確かに受け継いだ。だが、違和感を覚える。互いの距離感が一方的過ぎる感じがする」

 

『前世の我が主ではないからな。全てが以前のようにはならないのもメリアからそう聞いて百も承知のはずだ。違うか』

 

 

 

 

 

兵藤誠から話があると話を聞かされ指定された場所、夜中の無人のアリーナに足を運ぶ千冬。誰もいない客席に座る一人の男性のところへ近づき、立って見下ろす黒い瞳は誠の横顔を捉える。

 

「話とはなんだ」

 

「元の世界へ帰る前提で提案がある。というよりはお願いがある」

 

「叶えられる願いなどたかが知れている。異世界から来たあなた方の願いなど叶えられるか」

 

「なに、気持ちの問題だ。―――君はあの子の姉弟、家族なんだろ?」

 

あの子という単語。誰のことか・・・・・敢えてとある少年の名を口にする。

 

「・・・・・織斑一誠のことか」

 

「ああ、そうだ」

 

その名を聞いた瞬間。千冬は神妙な顔つきの表情をアリーナの広いグラウンドへ向け、誠の話に耳を傾ける。

 

「私の気持ちの問題とは何だ」

 

「あの子を元の世界へ連れて帰る。あの子の姉の君にその了承を欲しい」

 

「建前が欲しいわけか。どうせ私や奴の意思関係なく無理やり連れて帰るつもりだったんだろう」

 

「否定は難しいな・・・・・だけど筋を通して連れて帰りたいのが心情だ。だが、提案とは別の話だ」

 

なら何だと千冬の心情を読み取っているのかのように誠は口にする。

 

「あの子の家族として一緒に俺達の世界に来ないか?」

 

「・・・・・」

 

「俺は家族を引き離すような真似をしたくない。なら一家丸ごと異世界へ連れてくればあの子も心の拠り所があって安心すると思う。その為の援助は全力でしよう」

 

そうまでしようとするほどにラーズグリーズを執着する男に警戒を禁じ得なかった。これが彼なりの最善の手段、方法のつもりなのかもしれないが果たしてそれは最善と言えるべきなのか千冬は判断が難しかった。

 

「未知の世界に安全性があるとは到底思えんな」

 

「この世界とはほぼ一緒だ。地形も歴史も食文化も国も何もかもだ。ただ違いがあるとすればファンタジーの要素とISという機体の有無。直ぐに馴染めないだろうが直ぐに馴染んでくれる筈だ」

 

どっちなんだと怪訝、胡乱な視線を送る千冬を一切見ない誠。

 

「真面目な質問するけど、世界を滅ぼす家族がいたら君はその家族をどうする?」

 

「・・・・・」

 

「世界がその家族を敵対する。殺さなければ世界が滅んでしまうからだ。たった一人の家族がそんな存在になってしまったら君はどうする?―――世界で唯一その家族を殺すことができる最強の力を以ってして殺す?それとも世界を滅んでしまうことになっても家族を守り抜く?」

 

世界か、たった一人の家族か。数多の人類を殺して一人を救うか、一人を犠牲に数多を救うか。

 

「(この男はきっと・・・・・)」

 

予想したあと、千冬はあの頃(・・・)から決めていた選択を覆さず口にした。

 

「家族を選ぶ。世界が滅んでも地球そのものが滅ぶことはないのだからな」

 

「・・・・・そうか」

 

満足のいく答えだったのか判らないが腰を上げて立ち上がる誠は、初めて千冬に振り返って微笑んだ。

 

「あの子の家族なだけあって真っ直ぐな答えが聞けて安心した。―――これで心置きなくできる」

 

意味深なことを告げる誠。一体何をするつもりなのだと警戒度を高めたところでいつの間にか気配を感じさせず千冬の真後ろに、佇んでいた白いローブで身に着ている男性が誠に報告をした。

 

「誠さん。。準備できました」

 

「始めてくれ」

 

「わかりました」

 

何をっ!と問い詰めようとした千冬より誠が先に動いていた。千冬の真後ろに瞬間移動して強めに彼女の首に手刀を叩き込んだ。

 

「―――――っ!?」

 

「俺の動きが見えなかった時点で、これが俺と君との実力の差だ。次に目を覚ました時は家族と皆で新居生活スタートをすることになっているだろう」

 

意識を失った千冬を男性に預けどこかへ共に足を運ぶ。

 

 

 

 

不意にマドカから連絡が入ってきたメロディが流れだした。携帯を手に取り通話状態にすると―――しばらくしてラーズグリーズは動き出した。

 

 

 

 

 

「話をしたいのだけれど、少しいいかしら」

 

「断る」

 

拒絶の言葉が開口一番で放たれた女子寮の食堂の中。マドカはそれを拒否した。いつもの面々で食事をしている時、紅髪の女性とその仲間たちが食堂に現れるや否やマドカ達の所に近づいて話しかけたのが始まりであった。

 

「あら、どうして?」

 

「あの愚兄を連れて行きたいならば勝手にすればいい。私は喜々として賛同するぞ」

 

彼女達の考えを察した風に述べるマドカを紅髪の女性は問うた。

 

「イッセーの家族でしょ?心配とか不安とかないのかしら?」

 

「家族・・・・・?ハッ、私はあんな男を家族として受け入れたわけでもないし認めたつもりもない。他の二人の愚兄はまだ受け入れるし認めるがな」

 

「・・・・・そこまで彼を毛嫌いする理由は何なの?」

 

「それ以前の話だ。赤の他人が私達の家庭の事情に首を突っ込んでくるな」

 

突き放す言い方で言葉を返し、相手に悟られず見られないよう携帯を取り出して操作し出すマドカ。ーーーが。マドカの携帯に机ごと剣で突き刺す金髪に泣きぼくろがある女性に妨害された。

 

「誰かに連絡をしようと無駄よ」

 

「・・・・・貴様らの目的は織斑一誠を元の世界へ連れて行くことなのだろう。私はあんな奴どうでもいいから、他の二人の愚兄や姉さんを説得して見せろ」

 

「勿論するつもりよ。だけど、勘違いしないで頂戴。あの子の家族である貴方達も私達の世界へ連れて行きたいと思うの」

 

その発言に、マドカは胡乱気な目となり話を聞いていた箒達は目を丸くして驚いた表情で紅髪の女性を見た。

 

「はぁっ!?一夏も連れて行くってどういうことよ!」

 

「そのままの意味よ。イッセーだけ元の世界へ連れて行けば二度と家族と会えない状態になってしまうわ。だから、そうならない処置として織斑千冬を始め、あの子の家族を全員、元の世界へ暮らしてもらおうと考えたの」

 

食って掛かる鈴に決定事項だとばかり告げられて、これには一夏と秋十も異を唱えだす。

 

「ちょ、待ってください!急にそんなこと言われても俺達は異世界のことなんて全く知らないんですよ!?」

 

「というか、俺達の意見とか人権なんて完全に無視してるよなそれ。第一、貴女が言った二度と家族と会えなくなるってのは、俺達からすれば一緒にこの学園で過ごした友人達とも二度と会えなくなるって道理だぞ。そっちの都合で俺達の人生を好き勝手にされるのはハッキリ言って迷惑だ。てか、そんな話を一誠にもしたのかよ。あいつには仕事だってあるんだぞ」

 

「重々承知しているわ。だけれど、私達もこの世界に長く居座れないの。イッセーが復活した以上は、元の世界で一緒に暮らしてほしいから」

 

「あの、アジ・ダハーカ達はどうするんですか?」

 

「それならもう手を打ったわ。アジ・ダハーカ達も元の世界へ帰郷する意を示してくれたから、もう世界に危険を脅かすことはないでしょうから安心して頂戴。それと、友人達と別れたくないならその友人達も一緒に連れて行きましょうか?それならお互い別れ離れせずにすむでしょう?」

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)の脅威は去ったと言うが、一難去ってはまた一難。家族が、友人が異世界へ連れて行かれそうになって安堵が出来ないでいる専用機持ちだった。

 

「あのバケモノ共のことに関してだけは感謝するが、異世界へ行く気は更々無いぞ私達は」

 

「申し訳ないのだけれど、私達にも譲れないものがあるの。あの子の幸せのためには貴方達も必要なの」

 

「あいつの幸せ・・・・・?違うだろ、己の身勝手な我儘、自己満足の為に私達も巻き込もうとしているだけだ。織斑一誠に嫌われたくないがための、私達と言う緩衝材を用意しなくちゃならないからな。違うか?」

 

紅髪の女性の全身から紅のオーラが滲み出た。

 

「イッセーの妹、織斑マドカだったわね。いずれ義妹になるのだけれど、仲良くなろうとは?」

 

「ハッ、私が一番嫌いな女の特徴を教えてやろうか。―――肥え太った牛乳な女だ。蓄えた胸の脂肪で一体どのぐらい体重が増えるんだろうなぁ?(笑)」

 

「・・・・・そう、残念ね」

 

交渉決裂―――。剣吞な雰囲気となった場に警報が鳴り出した。専用機持ち達の通信チャンネルから真耶の焦燥の声が聞こえる。

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現しました!皆さん、直ぐに出動をしてください!』

 

「え、山田先生?」

 

「教官はどうしたのだ」

 

指令を出す人物ではないことに疑問を抱き、その疑問をぶつけたら・・・・・。

 

『それがさっきから姿を見当たらなく、連絡しても返答が・・・・・』

 

「・・・・・まさか」

 

何かに気付いたマドカは目の前の集団に睥睨した。

 

「姉さんに何かしたのか」

 

「何もしていないわ。ただ、眠ってもらっているだけよ」

 

『―――――っ!?』

 

「私達の話に応じなかったら、貴方達にも少しの間だけ眠ってもらうつもりだったわ。だけど、どうやらクロウ・クルワッハがアジ・ダハーカ達を連れて来たみたいね。魔の悪いことに・・・・・・」

 

次の瞬間、ラウラがテーブルを紅髪の女性の方へ強く蹴り飛ばした。テーブルは剣を持った金髪に泣きぼくろがある女性が斬って紅髪の女性を守った。その一瞬の間に全員は専用機を装着して臨戦態勢に入った。

 

「教官を返してもらうぞ貴様ら!」

 

「無理よ。そのISでは私達には勝てないわ。自分から動きを鈍らせているようなものよ?」

 

「だが、武装は負けているつもりはないぞ!」

 

「―――武装もよ」

 

そう言う紅髪の女性を始め、一斉にマドカ達へ肉薄しかかる異世界人達。マドカ達はその動きについていけず、そして食堂と言う制限された空間の中で十全も発揮できない、そして相手は生身の人間―――様々な結果が専用機たちの枷となってしまい、反応が遅れてしまった者も多々いて、そして自分の戦闘スタイルが露見されていることが大きな原因となり・・・・・。銃弾やブレードなど恐れもせず至近距離から攻撃を繰り出す相手にひとり、またひとりと倒されていった。

 

「ぐぁっ!」

 

「な、何なのよこいつら・・・・・」

 

「強すぎるじゃない・・・・・!」

 

「不可解な能力も使ってくる・・・・・っ」

 

無知ゆえに敗北は必須だった。魔法で拘束されている一夏、秋十、マドカに対して紅髪の女性は言う。

 

「仕方がないとは言え、アジ・ダハーカ達と対等に戦えない以上は私達にも負けてしまうわよ。私達は神とも戦う修羅場を潜ってきたのだから」

 

「神、だと・・・・・」

 

「ISを馬鹿にするわけじゃないけれど、相手が悪すぎたわね」

 

淡々と口にする相手から嘲笑も侮蔑もない。ただ、当然の結果を受け入れている感じなのがマドカを腹立たせた。このまま、異世界へ拉致・誘拐されてしまう恐れを抱くが黒い瞳にはまだ諦めの色が浮かんでいなかった。

 

「ハッ、相手が悪いならお前達にもいるだろう?」

 

「ええ、否定しないわ。だけど、お喋りは終わりよ」

 

専用機持ち達を囲むように展開する紅色の魔方陣。これで異世界へ送るつもりなのかと思考が過り、脳裏に思い浮かべる男の顔・・・・・。

 

「―――くっ、くくく・・・・・っ」

 

「・・・・・何がおかしいのかしら」

 

「いやなに、らしくもない考えをしてしまったものだと自虐していた。こんなピンチな時は必ずヒーローが現れてヒロインが助けられるというのをな。私は別にか弱くはないが、それでも一度ぐらいは体験したい女らしさがあるようだ」

 

と自嘲的な笑みで言うマドカに対して二人の兄は声を殺して信じられないと話し合っていた。

 

「聞いたか一夏。俺達を愚兄呼ばわりする怖い妹が女らしさがあるってよ」

 

「似合わねぇ、似合わねぇよ・・・・・」

 

「・・・・・貴様ら、あとでシバいてやるから覚悟しておけ」

 

鋭い眼光を二人に向かって睨みつけ黙らす。

 

「ヒーローね・・・・・今この状況を打破できる味方はいないでしょ」

 

「バカめ、元から私がお前達に本気で勝てるとは少しも思っていない。ならば、敵の敵は味方と言う―――他の所から助けを求めた。いずれ来てくれるだろう」

 

一体誰のこと―――と思い考えた紅髪の女性だが、時間が押していると考え直しマドカ達をどこかへ光に包ませながら消した後、自分達も追うようにして食堂から消えた。

 

 

 

無人のアリーナで誠達が集結していた。一同の傍や空中に絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼称されていたアジ・ダハーカ達もいて何かを待っていた。それは紅色の魔方陣が二つも地面に浮かぶまでだ。

 

「遅れてしまい申し訳ございません。少々抵抗されてしまいました」

 

「まぁ、しょうがないことだ。抵抗されても仕方のないことだがどうしても必要だから後で罵声も非難も甘んじて受け入れるさ」

 

「ふざけるな!あんたらはそれだけで済むから大して申し訳なさも感じていないだろう!」

 

「今すぐ解放しなさい!」

 

「いやよ、異世界へ行くなんて!」

 

「聞いているのかおっさん!」

 

ギャーギャー!と騒ぎだてる少年少女達の傍には、彼女達と同じように捕まっている楯無やフォルテ、ダリル、ベルベット、グリフィンがいた。彼女達も抵抗を試みた様子だが一夏達と同じように敗北したようであった。千冬の姿も見受けてしまう。

 

「はっはっは、すげー嫌われようだ一香」

 

「仕方がないって言ったばかりでしょ?私達は誘拐染みた事をこれからしようとしているんだから」

 

「だよなー・・・・・。アジ・ダハーカ、クロウ・クルワッハ。ゾラードとステルスの方は?」

 

顔を見上げ話しかける誠は否と返すアジ・ダハーカの返事に耳を傾ける。

 

『探しているが最後まで姿を現さないどころか姿も見せない』

 

「そうか、仕方がないな」

 

夜天の空から銀と嵐が生徒と同僚を助けんと強襲を仕掛けるも、クロウ・クルワッハが迎撃に出てそれぞれ二人にワンパンで殴り倒して一夏達を唖然とさせた。

 

「こいつらも連れて行くか?」

 

「旅は道連れ世は情けだ。そうしよう。さて、そろそろ帰るとしようか。一誠」

 

話しかけられた織斑一誠は、不安そうな顔で捕まっているマドカ達を見て誠に振り返る。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「ああ、勿論だとも。全力で息子の家族と友人をサポートするし援助もする。安心してくれ」

 

「・・・・・なら、信頼します」

 

「おう!」

 

笑顔で頷く誠は一香に目を配り頷き合ってから空に向かって顔をあげた。

 

「―――原始龍、元の世界に繋げてくれ!」

 

高らかにそう告げた誠の言葉に呼応するかのように蒼夜の空に翡翠色の光が雪のように降っては、巨大な魔方陣が発現した。翡翠の魔方陣を見て誠達はアジ・ダハーカ達と一緒に宙に浮きだし、異世界へ繋がっている魔方陣に吸い込まれようとした。

 

「帰ったら一誠の復活の祝福パーティをしような!」

 

「楽しみね!・・・・・ただ、リーラがいないのは非常に惜しむわ」

 

「彼女が強くそう望んでしまったんだ・・・・・何が彼女をあそこまでさせたんだろうな」

 

長年共に過ごした家族が掛けてしまうことが残念極まりないと複雑な気持ちを抱く。ラーズグリーズという異常な人間に固執しているが、自分達が望む者がここにいるのに何でなんだと・・・・・未だその謎に苦悩している。仕方がない割り切るしかないと考えに至っと時、もう魔方陣とは目と鼻の先まで目前に迫って久しぶりに元の世界へ帰れると視界が翡翠色に染まり―――。誠達の真下から巨大な真紅の魔方陣が突如として出現し、眩い閃光と共にそれは現れた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!』

 

全長百メートルは優にある真紅のドラゴンがタイミングを計って狙っていたとばかり誠達の後を追いかける。

 

「なっ!」

 

「このタイミングでだと!?」

 

「不味いです、攻撃でもされたら二つの世界に干渉している空間魔法に影響が出ます!」

 

「とにかく迎撃を―――!」

 

「いや、もう間に合わん」

 

巨大で凶悪な牙の(アギト)を開く真紅の龍。

 

「・・・・・え?」

 

「ちょ、これって・・・・・」

 

「食べられる・・・・・?」

 

一末の不安を抱く一夏達。迫りくる奈落の底を彷彿させる食道を見せる巨大な口が、悲鳴を上げる暇もなく捕らえられていた一夏達をバクンッ!とあと一歩届かずマドカ達が異世界へ繋がる翡翠の魔方陣の中へ消えて行ってしまった。

 

『ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

 

家族を連れ去られた怒りと悲しみの咆哮を世界に轟かせる。だが、その目はまだ諦めてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます。形はどうであれ、貴方の望みは叶えられたでしょう。そして今度は私が叶える番ですね兵藤一誠。待っていますよ、貴方の物語は―――まだまだ続き私はそれを見るのが楽しみであり仕事ですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーリラに連絡を入れて秘密基地に足を運んでもらい、束とジェイル、カーリラにスコールに織斑千冬達が異世界に連れ去られたことを伝えるラーズグリーズ。

 

「ちーちゃんと箒ちゃん達が誘拐された―!?」

 

「一体なぜそのようなことを・・・・・」

 

悲鳴を上げる束と拉致・誘拐を行った兵藤誠達の思惑に考え込むカーリラ。

 

「ふむ、ISを欲していたのでは?」

 

「・・・・・あいつらはISを凌駕している実力者」

 

「本当かどうか知らないけれど、だとしてもこれからどうするつもりなのかしら?イマージュ・オリジス達もこの世界にいないのなら平和に戻ったのよねぇ?」

 

「世界の平和なんてクソッタレだよ!私の可愛い愛する妹とちーちゃんを連れ去った奴らを許せないし!」

 

「関係のない・・・・・いえ、織斑一誠の関係者として連れ去ったのなら辻褄が合うわね。でも、それはしていいことじゃないわ。こっちの都合何て完璧に無視しているのだから」

 

束とカーリラの許されないという気持ちは同感のつもりで首を縦に振るラーズグリーズは、提案する。

 

「・・・・・俺達も、奴らの世界に行く」

 

「異世界へ行くというのかい?その術がキミにあるのかい?」

 

「・・・・・試す」

 

そう言って天井を見上げると。

 

「―――転生を司るミカル。見ているなら俺の言葉に応えろ」

 

「・・・・・」

 

全てを悟ったカーリラも天井を見上げる。釣られて束やジェイルにスコールも上を見る。照明灯以外何も映らない視界・・・・・否。

 

『お久しぶりですね兵藤一誠。待っていましたよ』

 

この場に居る者以外の女性の声が全員の耳に入り込んできた。姿が見えない相手を肉眼で探そうと周囲を見回すも当然見つけれず。

 

「うんんんー?どこの誰だよ?」

 

「頭に直接声を聞かされているような・・・・・」

 

「不思議ね・・・・・・」

 

摩訶不思議な現象に三人が少し戸惑っている他所にラーズグリーズは語り掛け続けた。

 

「・・・・・俺達は準備が出来次第元の世界に帰る」

 

『それがあなたの望みなら叶えましょう。こちらの要望を形はどうであれ達成した貴方にその権利はあります。―――ですが、その願いで本当に構わないのですか?』

 

聞き返してきたミカルに誰もが不思議そうな顔をした。

 

『その願いですとこの世界に戻るつもりならば、二度と元の世界に戻れません。私が叶える願いは一度だけ。片道の一方通行になる願いをしないようにするべきですよ』

 

ミカルの指摘にラーズグリーズとカーリラは視線を絡み合わせる。たった一度だけの願い。十全が叶うような願いをするべきだと意思疎通する二人は頷き合った。

 

「・・・・・ミカル、協力して欲しい」

 

『願いは決まりましたか?』

 

「・・・・・今言った」

 

『・・・・・?』

 

顔が見えないミカルの表情は心底不思議そうにきょとんとしているに違いない。ラーズグリーズの願いは今言った。始めは理解できなかったミカルはカーリラの補足の説明でようやく悟った。

 

「転生を司るミカル。この子は言ったわ。貴方の協力が欲しいと」

 

『私に協力?一体その願いは何ですか?』

 

「そのままの意味よ。貴方の持ちうるすべての権利と力を使い私達の為に協力をすることが、私達の願いなの」

 

『―――――』

 

神の力を文字通り借りる。一時ではなく最初から最後までそんな願いをしてくるとはミカルも想像していなかった。露にも思わなかった。

 

「手始めに最初は―――――をさせてくれないかしら」

 

束とジェイルにスコールの耳を疑うようなカーリラの発言はミカルも問わずにはいられなかった。

 

『・・・・・何故ですか?』

 

「それを教えたら楽しみが減るわよ。いいの?」

 

『・・・・・』

 

「私達の願いを叶えてくれるなら、最初から最後まで協力して見届けるのが貴方の義務の筈よ。違うかしら」

 

沈黙を貫くミカル。返答を待っている間の部屋は静寂が漂い、これで拒絶をするようなら他の願いでいくしかないと思考が過った時だった。

 

『わかりました。私の想像通りの展開になるなら、一度は見てみたい物語になるでしょう。では、準備が整い次第もう一度お呼びください』

 

その声を最後にミカルの声が聞こえなくなり、ラーズグリーズが立ち上がったのでスコールが訊く。

 

「ラーズグリーズ、これからどうする気なのか教えてくれないかしら」

 

「・・・・・奴らの戦力はISを生身の身体で破壊できるぐらい強大。こっちも戦力を増やす」

 

「それが彼女の願いと関係していると?」

 

「ええ、成功すれば一方的な蹂躙となる結果になるわ。その為には説得が必要なのだけれどね。そして行動を起こす前に私達はこの世界と離れることになるから、引っ越しの準備をしなくちゃいけないわ。もしも皆もついてくる気があるなら今すぐ、一ヵ月以内に準備をしてね」

 

「ちーちゃん達がいない世界なんてつまらないから勿論らーくんと一緒に行くよ」

 

ジェイルとスコールも異論はない風に首肯した後に訊ねた。

 

「しかしどうして一ヶ月後なんだい?」

 

「・・・・・まだこの世界にイマージュ・オリジスが残っている。残りのドラゴン達を探す」

 

「まだ、いたの?」

 

目を丸くするスコールを気にせず、ティアマットを除く残り二体のドラゴン―――何故アジ・ダハーカ達の前に最後まで姿を見せなかったのかラーズグリーズは心中不思議に思った。

 

「(・・・・・見つけろってことか?)」

 

「束さん。可能な限りISの量産をお願いします。彼等のけん制が必要だから」

 

「はいはーい。ちーちゃん達を連れ戻すためならお安い御用だよー」

 

「成功したらきっと感謝されること間違いなしだからね」

 

「燃えて来たー!!!!!」

 

やる気を漲らせた束。それなら娘たちの調整を―――とジェイル。スコールは―――。

 

「異世界にまで連れ回すぐらいなら報酬を上乗せが欲しいわね」

 

と、当然のように要求する。でないとここで手を引くというスコールの思いを汲んだラーズグリーズは。

 

「・・・・・永遠の若さと不死」

 

「ふぅん。若さを保ったまま永遠に近く生き続けられるなんて、女性からすれば魅力的な事ね」

 

だが、それは現実的ではない。理想と幻想でしかない実現が不可能なことだと意味深に笑うスコールであるが、ジェイルが指摘した。

 

「君のISの能力だね?理を反転する『リヴァーサル』ならば死の運命を反転させれば一生死ぬことが無くなるし、老化を反転すれば永遠に若いままで生きられる。現段階で不老不死を体現が出来る能力を持っているのは君だけだ」

 

「・・・・・正解」

 

首肯するラーズグリーズ。それからスコールがすぐに電光石火の勢いで反応した。

 

「ラーズグリーズ、一生ついていくわ。お礼に私の身体を好きにしてもいいし貴方の子供だって作ってもいいわ」

 

「・・・・・言質取った」

 

「その言葉、保護しないでねスコール」

 

そんなこんなで、一同は準備を整え始めるのであった。その間、この世界に残っているイマージュ・オリジス達を探し―――見つけ出した。人間が到底自力では辿り着けない某山の頂の洞窟の中で二人の来訪者を出迎えた。

 

「久しぶりね。こんなところにいたとはあなたらしいわ」

 

「・・・・・どうしてアジ・ダハーカ達の前に現れなかった」

 

「復活したのならば、自力で見つけ出すのに訳もないであろう。ずっとお前からやってくるのを待っていた」

 

「理由になっていないわよ」

 

「・・・ふん。強いて言えばこの世界で転生した昔と違うお前の様子を観察したかった。時が来るまでな。アジ・ダハーカ達が予定とは違うことを仕出かしたが、それはそれでお前のことを知られると思っていたのだが―――アレはなんだ?」

 

「・・・・・聖杯は、誰にでも宿せば全員が全員どんな姿でも性別でも関係なく『俺』になってしまう。彼女と再会を果たしたことを知っているのは俺と彼女だけ。それ以外のお前達は知る由もない。だから・・・・・」

 

「奴らは大いに勘違いしていると・・・・・嘆かわしい」

 

「ええ、本当に。本当にね」

 

「・・・・・お前だけ最後までその姿勢を貫いてくれて助かったのと嬉しい」

 

「今回の計画は慎重に期す。だからその時が来るまで思い思いに待っていてくれと言ったのはお前だぞ。ニーズヘッグとの小競り合いで隕石を落とす力は異常だと思い、もう一人のお前の顔をした人間はいたがしばらく観察していたがな」

 

「・・・・・情けないだろ。無様だろ」

 

「同情はしない。お前には死んでも決して切れない縁と女が傍にいるからな。何時までも過去に未練で引きずるような男でもあるまい」

 

「・・・・・決別した。だから、また昔のように力を貸してほしい。ゾラード」

 

「ふっ、ようやく時が来たようだな。いいだろう。再び俺の力を貸してやる」

 

「残りはステルスね。探すのは骨が折れそう」

 

「奴なら問題ない。お前達が来る気配を感じ取ってから連絡をしてある。時機に来るだろう」

 

「・・・・・来た」

 

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。

 

―――――一ヶ月後。

 

「・・・・・準備は整った。ミカル、お願い」

 

『いいでしょう。ですが・・・・・ソレごとですか?』

 

「・・・・・ダメ?」

 

『いえ、今まで観て来た兵藤一誠とは色々と逸脱していてびっくりしました・・・・・何時の間に完成していたのですか?―――宇宙船なんて』

 

地上から一万メートルの空に浮かぶ超巨大なウサギ形の機械の船。船内のコックピット、操縦室でナンバーズ達が席に座って船の稼働を行っている様子を眼下で見渡せる。―――IS学園にいた山田真耶も協力を仰いで同席してもらっている中、豊満な胸を揺らしながら自慢げに語る束。

 

「ふっふーん!小っちゃい頃のらーくんが『宇宙船に乗って家族旅行したいなー』って可愛い願望を言ってたからこの天才束さんがらーくんと造ったんだよー!」

 

「脱帽ですよ束さん」

 

「・・・・・この船もIS」

 

「更に言えば、私の技術開発でこの船にもラーズグリーズのISの能力を使えるのだよ。ただし、ラーズグリーズが専用の指定位置にISと繋がっていなければならないがね。エクスカリバーの数百倍のレーザー攻撃や地球の天候を意図的に操れることも可能だ」

 

「うそ、でしょ・・・・・」

 

「おい、この船を動かせたらイマージュ・オリジス共も倒せたんじゃねぇのか」

 

オータムが話を聞いてそう指摘すれば、それは否だと否定する束。

 

「何言ってんのお前。ジェイルが備え付けた破壊兵器やらーくんの『リヴァーサル』の能力は最近完成したばかりなんだよ。それ以前にそんなものを付ける予定は全然なかったんだし」

 

「・・・・・ただの宇宙船のつもりで創った」

 

世界を破壊できる戦艦を創ったわけじゃないと束と一緒に否定したラーズグリーズ。今なら倒せるかもしれないが本来の用途ではないのだこの宇宙船は。

 

「ただの、ね。宇宙船がISなのならばもうただの宇宙船じゃないでしょうに」

 

「私とらーくんの愛の結晶に文句でもあるわけ?」

 

「驚きすぎるあまりに感嘆を超えて何とも言えない気持ちになっているだけです」

 

「話はその辺りで。ミカル、お願いするわ」

 

『わかりました。では―――良い旅を』

 

宇宙船全体が光り輝きだして、あっという間にこの世界から光と共に掻き消えた。次に一行を乗せた船は―――。

 

 

???

 

「大変。外に巨大な船が突然出現したわ!」

 

「何だそれ?」

 

平和な町に謎の巨大飛行物体が突如として出現した。直ぐに強者達は確認すると目を見開いた。

 

「なんだありゃあああああ!?」

 

「・・・・・ウサギ?」

 

「変な船ね・・・・・可愛いけど」

 

「調べに行くしかないですよね?」

 

「そうね―――!待って誰かが来るわ!」

 

空飛ぶ船から物凄い速さで降りてきて、地上から見上げていた強者達の前に現れては目を限界まで見開かせて驚かせた。

 

「嘘、これは一体どういうことなの?」

 

「この魔力と気配は・・・・・・」

 

舞い降りて来たパワード・スーツを纏う自分を見て絶句する彼等彼女等に、ラーズグリーズは言う。

 

「・・・・・初めまして。俺は別の次元の世界からやってきた並行世界の織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー。またの名を―――兵藤一誠だ」

 

「兵藤、一誠・・・・・!?」

 

「何ですって?その姿で一体何の冗談―――!」

 

「いや、冗談じゃないだろう。直感で悟ってるぞ俺は。こいつは似て異なる俺自身だってな」

 

男は驚いた表情から真剣な眼差しでラーズグリーズに問うた。

 

「別の世界から来た兵藤一誠。突然だが用があってきたようだな。目的は?」

 

「―――力を貸してほしい。俺の家族が連れ去られた。相手は世界そのもの。俺達だけじゃ、連れ戻せれない」

 

「家族が連れ去られた?どんな理由でだ?」

 

「・・・・・長い話になる」

 

「構わない構わない。俺自身からの頼みとあらばただ事じゃないだろうからな。協力の有無はそれからだ」

 

「・・・・船に招待する。全員でもいい」

 

「お、いいのか。んじゃちょっと待っててくれ」

 

その後、ラーズグリーズは船の中へ招いて事の詳細の説明を伝えた。招待された彼等は酷く驚き、男は何とも言えない顔でラーズグリーズの肩に手を置いた。

 

「そいつは・・・・・どんまいだな」

 

「・・・・・それだけで片づけられるのは止めて」

 

「ああ、ごめんな。なんだか俺以上に過酷な思いをして、最悪な展開になっているんだな並行世界のお前はよ。だけど、そうか・・・・・あながち世界が相手だってのは間違いないのか」

 

それでだ、と男は質問する。

 

「仮にお前に協力するとして、この世界に戻ってこられるのか?」

 

「・・・・・大丈夫。絶対に戻ってこられる」

 

「んー、そうか・・・・・じゃあ、俺一人でも協力してもいいぜ」

 

まずは『一人目』の協力者を得れて戦力を増やせた。

 

「よろしくな!」

 

「・・・・・ありがとう。ラーズグリーズと呼んでほしい」

 

「ああ、ややこしいか。そんで、今すぐに家族を連れ戻しに行くのか?」

 

「・・・・・まだ増やす。一方的な蹂躙を臨む」

 

「殺すなよ・・・・・?」

 

「・・・・・家族との縁は絶たれている状態」

 

「容赦なしか・・・・・俺もお前の過酷な経験を考慮して気を付けないといけないな」

 

『一人目』協力者とその家族の支度が整い次第、再び宇宙船が光と共に掻き消え―――。

 

 

???

 

 

「イッセー、空に変な船が浮かんでいるだそうだ」

 

「変なって俺の船・・・・・じゃないよな」

 

「うん、ウサギみたいな船だった。ここからでも見えるよ」

 

「・・・・・ウサギ?」

 

怪訝な話に作業をしていた手を止めた男性は腰を上げ、女性達と城の外へと赴いた。彼女達が見たウサギの空飛ぶ船を見て、彼女達と同じ気持ちになった。

 

「マジでウサギの船だ。ぶっちゃけ変なの」

 

「お前が造った―――」

 

「んなことするか!創るにしてもあんなお茶目なもんを創らないぞ!真面目に創るわ!」

 

「イッセー、誰かこっちに来る」

 

「は?―――待て、この魔力と気配は・・・・・」

 

船から現れた同じ顔を持つ飛行パワード・スーツで身体に身に装着する者が舞い降りてきて唖然とする。

 

「誰だ?」

 

「・・・・・初めまして、俺は織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー。本名は兵藤一誠」

 

「・・・・・違う俺か。まさかだと思うが、ミカルの仕業か?」

 

「・・・・・ミカルに協力してもらっている。この世界の兵藤一誠、力を貸してほしい」

 

「力を?何を言っているんだ。俺自身なら俺並みに強い筈・・・・・いや、どういうことだ?お前、一体何が遭った」

 

ラーズグリーズから何かを感じ取り、何かを気付いて問い質す。無言で見つめる少年に男性は親指で城の方へ差す。

 

「話は中で聞こう」

 

「・・・・・」

 

白亜の城の中へ招かれるラーズグリーズ。腰を落ち着けるLDKで席に座ってから説明すると、男性は深いため息を吐いた。同伴して聞いていた女性達もそれはないと顔を顰めた。

 

「はぁ~・・・・・それは最悪だなおい。俺もそんな状態と状況だったら心が折れる。マジでだ」

 

「・・・君は後悔しないの?ちゃんと顔を合わせて話をしていないんでしょう?」

 

「・・・・・真実を教えても今更。家族の絆を信じたのが駄目だった」

 

「例え見せれない顔でもちゃんと見せて話し合うべきだ。お前の家族も己の過ちに気付いて―――」

 

「・・・・・掌を反すような真似をされるぐらいなら真実を教えたくはない」

 

「・・・・・力を貸してほしい状況は理解した。だが、条件がある」

 

空気が重くなる前に条件を突き出す男性。その条件を聞いたラーズグリーズは、心底嫌そうに顔を顰めたが条件を呑めないなら協力はしないと意思を示す男性の態度。

 

「結果はどうなろうとお前は家族を連れ戻したいんだろ。違うか」

 

「・・・・・」

 

「お前は俺なんだろう?俺はお前だ。だからこそ根っこの部分だってわかってしまうんだよ」

 

男性は立ち上がって女性達に告げる。

 

「俺はこいつの結末を見届ける義務がある。俺と一緒に別の異世界へ行く物好きなやつは今すぐ支度して来い。多分、一週間やそこらじゃこの世界に戻ってこられないと思えよ」

 

「え、お店は!?」

 

「これから説明しに行く。いない間に足りなくなる食材も補充する。酒に関しては店の連中にも生産の方法を教えてるから問題はない筈だ」

 

女性達から用意周到過ぎる!とのお言葉を頂戴した男性は高らかに笑い、ラーズグリーズの協力に応えるべくその日の内に済ませるべきことを全て終わらせる。男性についていきたい、また誘われた者達を大勢引き連れて船の中へ招くラーズグリーズ。そして―――。

 

「お、並行世界の俺じゃん!」

 

「なんだ、俺以外にももう一人の俺がいるのか?・・・・・懐かしい家族が勢揃いで泣きそうだ」

 

「そっちはいないのか?」

 

「異世界のこの世界にトばされて離れ離れでいるんだよ俺は」

 

「え、なんでそうなってんの?」

 

「ふっ、いずれお前もそういう日が来ると思うぜ」

 

「・・・・・勘弁してほしいところだが、一先ず勝負しないか?」

 

「臨む所だ。言っとくが、俺はこの世界で新しい強さを得ているぜ」

 

並行世界の同じ者同士が船内のトレーニングルームへと足を運びながらラーズグリーズの腕を掴んで引きずっていく。少しして船全体が何度も激しい揺れが生じたのは言うまでもなかった。

 

 

 

???

 

 

 

ラーズグリーズはとあるマンションの中にいる者に協力を求めた。だが、三人目の者は他の二人とは明らかに異なっていた。

 

「・・・・・」

 

無言でパンばかりを食べ続け、ラーズグリーズの瞳と同じハイライト・・・・・生気の光が宿っていなかった。この者も自分と同じ過酷な人生を過ごしていたのだろうと悟って答えを待つも、一向に返答がない。

 

「・・・・・話を、協力を・・・・・」

 

「・・・・・」

 

どうすればいい?と同席している少年少女達に目を配らせた。一人の黒髪黒目の少年が教えてくれた。

 

「あー、この子は滅多に喋らないんだ。代わりに九桜って狐が話すんだ」

 

「・・・・・狐?」

 

「妾のことじゃ」

 

協力を求む男の後頭部から九つの尾を持つ狐が現れた。妖怪?いや、違う・・・・・。

 

「妾は九桜じゃ。この者の代わりに妾が聞こう」

 

「・・・・・俺と同じ、過酷な目に遭った?」

 

「この子の顔と同じお主と比べてもしょうがないこと。もはや変えられぬ過去の話をしても傷のなめ合いをするだけ。妾等に何を協力して欲しい?」

 

ようやく本題に入れたので同じ説明をする。他の二人はハッキリと反応をして協力してくれたが、このDという者は・・・・・。

 

「・・・・・」

 

無表情を貫いたまま。うんともすんともせず初めてラーズグリーズは反応に困った。

 

「ふむ、なるほどのぅ。それは災難という言葉で片づけられぬことじゃな」

 

「・・・・・」

 

「―――じゃが、それはそなたら家族の問題。そちらの別次元の世界の問題をこちらまで巻き込むでないわ。妾等の為にもならぬことに時間を割く暇もないのじゃ」

 

拒絶の言葉を突き付けられた。それでも特に残念がらないラーズグリーズは少年と九桜に頭を下げて船に戻ろうと―――。

 

「・・・・・異世界の兵藤一誠」

 

「D?」

 

ラーズグリーズの背中に向かって放った言葉は、滅多に喋らないというDの口から発せられたものであった。振り返りジッとこちらを見つめてくるDの視線を絡め合う。

 

「・・・・・顔、見たい」

 

「・・・・・」

 

突然の要望に逡巡するが、応じてフルフェイスマスクを外せばミイラの顏が晒される。当然の反応か、周囲の少年と少女達が目を限界まで見開いて悲鳴も上げた。信じられない者を見せられてもDは真っ直ぐ見つめ続けた。

 

「・・・・・。・・・・・わかった。・・・・・協力する」

 

そして、何を思って協力に応じたのか定かではなく、えっ!と驚愕する少年少女達を気にせず、Dは九桜を頭に載せたままラーズグリーズの傍に寄る。

 

「ちょ、ちょっと待って!そんないきなり勝手に決めちゃダメよ!総督に相談してからじゃないと!」

 

「今の話ならすべて筒抜けだぞ皆川夏梅」

 

焦った言動をする少女にダークカラーが強い銀髪の幼い少女が壁に背中を預けながら言う。彼女の肩に載っている白いドラゴンのようなぬいぐるみの口がぱかっと開きだす。

 

『まったく、珍妙なデカい船が突如現れたかと思えば別次元の兵藤一誠の家族問題を抱えてやってくるとはよ。一体どうなってんだお前さんとこはよ。その姿も含めてだ』

 

「・・・・・アザゼル」

 

『当然ながら知ってたか。しっかし、まさか異世界で転生を果たしては聖杯で完全なる復活を遂げようとする辺りは異常すぎる行動力だ。いずれうちのDもそんな変な行動力を身につけるんじゃねぇよな?』

 

「・・・・・クロウ・クルワッハとオーフィスがいる時点で確定」

 

はは、だよなー。と苦笑する笑い声が聞こえてくるが本人はどこにも見当たらない。

 

『Dの同伴についてだがな。興味を持っちまったんなら意地でもついて行くだろう。しょうがねぇから連れて行ってくれても構わねぇよ』

 

「総督!」

 

『落ち着け。既に全ての事件の騒動は終結して、これからはお前達の思い思いの生活を過ごせる状態なんだ。Dは大方ヴァーリとクロウ・クルワッハと戦闘や特訓だけの生活をする以外、パンを食べる生活を送る。だったら人助けをして少しでも人らしいことを身につけさせるのもいいんじゃねぇか?』

 

少女はぬいぐるみからの指摘に口を閉ざしてDを見つめる。―――意を決した瞳でDの手を掴んだ。

 

「心配だから私もついて行くわ。目を離すとDは何をしでかすか分かったものじゃないから」

 

「ふっ、異世界の私と戦える好機を見逃す私でもないぞ」

 

「クロウ・クルワッハに同意見だ」

 

黒と金が入り乱れた長髪と黒いコートの女性の不敵な笑みと発言に銀髪の少女も同感だと同行の意を示す。

 

『―――とまぁ、こんな感じで戦闘狂共がついて行く想像がついていたから驚かないわけだ』

 

「・・・・・戦力必要」

 

『どんだけお前の元の世界の奴等は強いんだ?いや、同じ世界の者がいるなら当然っちゃあ当然だろうけどよ。で、夏梅が行くとしてお前等は?』

 

それは他の少年少女達に向けられた言葉と言うことが察せれる。

 

「ヴァーちゃんが行くなら私も行くのです総督」

 

「異世界でもラードラがラーメンを食べに行きそうだぜ」

 

「はは、言えてるね」

 

「Dが心配だから俺も一緒に行くよ」

 

「私も」

 

「皆Dくんが好きだからね」

 

「異世界の我、会う」

 

「私もいるかな?」

 

全員、異世界に行くと意を告げるので総督は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

『ラーズグリーズ。家族問題をしっかり解決して無事にそいつらをこの世界に送り届けてこいよ』

 

「・・・・・わかってる」

 

『三人目』の協力者も得た末に船の中へ招くと―――。

 

「おお、この世界の俺は・・・・・暗いな」

 

「ああ、暗いな」

 

「・・・・・違う」

 

「「?」」

 

「ふふ、異世界のクロウ・クルワッハよ。勝負をしよう」

 

「この様な機会はもう二度とないだろう。死力を尽くせる勝負が出来るなら喜んでやろう」

 

「異世界の白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。私と勝負をしてくれ」

 

「ふっ、過去の私とご対面を果たすとは奇妙なことだな。だが、いいだろう。この戦いでお前が目指すべき強さを教え込んでやる」

 

「我、オーフィス」

 

「我もオーフィス」

 

 

???

 

 

『四人目』の協力者を求め異世界に転移してもらった。四度目の転移で騒がれるのはもちろんの事、直ぐに異世界の協力者と出会うことが叶った。今までは若い少年か青年の男性だったが、今回は三十代後半の協力者だった。その際、この世界の協力者の顔を見てみたいと九桜の代弁で『三人目』の協力者を同伴させたところで―――。

 

「・・・・・お前、九桜と一誠か?」

 

「・・・・・会えた・・・・・!」

 

「驚いた。こんなに早く会えるとはの・・・・・」

 

どうやらお互い知っている同じ者同士だったようで、協力を求める者に協力者が抱き着いて喜びを露にする。それから家に招かれ、同じ顔を持つ三人が珍しすぎると多くの女性達に見つめられたり触られたりされて話どころではなかったが、ようやく話が出来る状況になった頃だった。船から通信が入った。

 

『ラーズグリーズくん。そろそろお昼だけど戻ってこれる?』

 

「昼?まだ昼じゃないだろう?」

 

「・・・・・世界の時差が違う」

 

「ああ、そいうことか。じゃあ、食べ終わったらまた来てくれ―――と言いたいところだが船の中に案内は可能か?」

 

子供のようにうきうきと行ってみたい衝動に擽られている目の前の協力を求める者の問いを、肯定として答え宇宙船の中へと招いたのだった。

 

「四人目の兵藤一誠か!」

 

「こんにちは。今度は俺より少し老けてるのか・・・・・ん?この兵藤一誠って・・・・・」

 

「うおおおっ!?若い俺が二人もいる?どういう状況だよコレ!って、お前・・・・・もしかして」

 

「・・・・・知ってる?」

 

兵藤一誠同士が顔を見合わせ、違和感を覚えた。近づいてきたカーリラが『四人目』の協力を求める者を見て瞳を硬直した。

 

「貴方は・・・・・!」

 

「ん?誰だ?」

 

「・・・・・違う世界の者では、転生した私を感知できないみたいですね」

 

その場でターンをしたカーリラが魔法で別人に変身した。長い銀髪に琥珀の瞳、ナイトエプロンに紺のメイド服を身に包んだ姿になるとこれから『四人目』の協力を求める者が目を丸くした。

 

「んな、リーラ?今の姿は・・・・・」

 

「私は亡くなってしまった一誠様と転生しました。―――あの時助けていただいたというのに申し訳ございませんでした」

 

「俺が助けたリーラって・・・・・まさか、このラーズグリーズってやつは!」

 

ラーズグリーズに向かって酷く驚いたような顔で凝視する。

 

「・・・・・二人があれから何かの事件で死んだとしても納得は出来る。だけど、今回の件はどういうことなんだ。他の次元の俺達や家族を集めて、何をする気なんだ」

 

「・・・・・我が主がお食事をしている間に教えます」

 

そう言って落ち着いて話が出来る場所へ案内をするカーリラ。ラーズグリーズはそんな二人を見送り続けると協力者達に催促されたので踵を返す。カーリラは広い船内の中に畳がある室内で、これまでの事を全て打ち明ける。

 

「・・・・・そんなことが遭ったのか」

 

「私達は彼等のせいで連れ去られた者達を連れ戻したいためにこうして協力者を集めているのです。相手は世界そのものだと見据えて」

 

「・・・・・」

 

「我が主の心は壊れてしまいました。過去の家族に否定されこの世界の家族まで奪われたあの子は、連れ戻すことに躍起になっています。例えどれだけ自分が傷ついても決して止まらないでしょう」

 

愕然の表情で放心しかける協力を求める者は、天を仰ぐ顔に手で隠して何やっているんだあの人達は、と嘆きのため息を吐いた。

 

「関係の修復は」

 

「絶望的、でしょう。思い出も過去も、現在も別の者の存在によって塗り替えられてしまった」

 

ふかーい溜息を吐く。

 

「そりゃあ、同じ顔をしたやつがその場にいたら勘違いしてしまうだろうよ。だけど、そいつは偽者だってことを主張しなかったのか二人揃って」

 

「・・・・・私が私であることをあの二人は認知していました。目の前で聖杯を宿しても、一誠様が復活しても、外見で判断されました」

 

「聖杯で顔を元の状態に戻せれただろう。そうしなかったのはお前達の落ち度でもあるぞ」

 

「・・・・・それでも私達は強い絆を信じていました。人は外見ではなく中身だとあの二人が何度も一誠様に言いつけていたのですから」

 

苦い顔で吐露する彼女を男性は複雑極まりない表情を浮かべた。その気持ちは分からなくはないが実際に直面しないと本当にわかることが出来るのか不明なのだ。別の織斑一誠を初見で、鳥類の雛が最初に見た者が親だと認識、学習してしまうように勘違いをしてしまったのだろう。そして家族愛が、友愛が、情愛が、全ての愛が深く団結も高いほど己が愛した者が同じであると疑わず信用してしまう。―――愛とは状況が変わるとこんなに厄介なものになるのか、と男性は認識を改めらずにはいられなかった。

 

「失礼ながら、貴方もその目で判断できますか?目の前に同じ顔をしたオーフィス様が複数おり、この世界のオーフィス様を当てれますか?」

 

「・・・・・単刀直入に言わせてもらう。外見と魔力や言動が全て同じなら絶対に区別がつかない」

 

「・・・・・」

 

「だが、同じ時間を共有した俺とオーフィスにしか分からないことを一つずつ確かめれば直ぐにわかる。お前達はどうだ」

 

「私達の場合は、記憶も受け継がれてしまったので区別が判らない状態ですが何か」

 

男性は見ていられないと両手で顔を覆う。

 

「そうだった、厄介すぎるぞこれぇ・・・・・」

 

「全てを前世のままにするには聖杯に宿し、転生した我が主に再び宿すこそが当初の計画だったのです。それなのに・・・・・」

 

「世の中は簡単に事を運ばせてはくれなかったわけか。世知辛いなぁ・・・・・俺も気を付けなきゃいけないなこれはよ」

 

他人事じゃないカーリラ達の事情は、自分達に対する戒めにもなりうる。

 

「・・・・・そんな話を聞かされて協力しないなんて薄情な真似は出来ないな」

 

「では・・・・・」

 

「少しだけ時間をくれ、家族にも説明してくる。それが終わればこの世界からお前達の世界に転移しよう。大方、ミカルがこの世界にお前達を連れて来たのはそういう意味合いも含まれているだろうからな」

 

ならば、戦力を整える活動はこれで終わりなのかもしれない。立ち上がって魔法で移動しようとする男性を見て思うカーリラであったが、ふと気になる事を浮上したのか問われたのだった。

 

「そう言えば、連れ去られた連中がいるあっちの世界とこっちの世界の時差も違うんだよな」

 

「え・・・・・」

 

「もしかすると、お前達が幾つものの次元を飛び越えてきたから、これから行く並行世界の地球の時差はかなり進んでいると思うぞ」

 

これは急いだほうがいいかもしれない、と男性の指摘に自分達の見誤りに気付かされたカーリラはすぐさま行動に出た。



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異世界VS異世界

暖かい日差しと晴天は桃色の花が満開に咲いて彩っている地上を見下ろし、白い鳥達が鳴り響く大鐘楼の音で空へと羽ばたく。とある場所の白い教会に多くの参列者たちが集い、豪華絢爛なドレスや黒いタキシードスーツ、各々の正装で身に包んで続々と集まっている。

 

「・・・・・お前が結婚するなんてなぁ」

 

黒い正装で身に包む少年が感慨深く白い正装の出で立ちの少年を見つめる。隣に立つ少年も頷く。

 

「思いのほか早かったよな。この世界に来て二年目になったけどさ」

 

異世界へ連れ去られた一夏達が二年前のことを思い出しながら懐かしむ。この世界に拉致された当初は烈火のごとく反発や抵抗した者は殆どだった。だがしかし、明日を迎えるためにはこの世界で生きるしかなく従順なフリをしつつ与えられた衣食住を、仕事を甘んじて受け入れ今日まで生活をして来た。その間、様々な出来事や出会いに事件があったものの誰一人息災で生きて来た。

 

「元の世界、今頃どうなっているんだろうな」

 

「ラーズグリーズが怒り狂って大暴れしていないといいんだけど」

 

「・・・・・怖いこと言うなよ秋兄」

 

どうしようもないことだが、そうなっていないことを元の世界へ戻れない自分達は祈るしかできないこの状況に、三人達がいる控室の扉が勢いよく開けられた。

 

「うおっ!?って、マドカ・・・・・」

 

「おい、何時まで呑気に駄弁ってる」

 

「あ、ああ・・・・・時間か。ありが―――」

 

「貴様に礼を言われたくはない。この世界に私達まで巻き込んだことを恨んでいるのだからな」

 

黒いドレス姿で二年間の歳月で成長したマドカの瞳は、怒りと憎しみで満ちていて纏う雰囲気は触れれば切れそうな剣吞さを醸し出していた。

 

「「「・・・・・」」」

 

マドカのように変わってしまった者もいればそうでない者もいるが、極めてマドカはこの世界を恨んでいると思わせる程に憎悪を抱いてしまっている。もはや姉である千冬以外はまともに対話が出来ないほどだ。鼻を鳴らして去るマドカを見送ってから一夏達もそれぞれの赴く場所へと移動を始める。

 

「問題、起こらないといいな」

 

「これから結婚式が始まるもんな」

 

もしも発生したら自分達も対処しよう。家族の結婚式を台無しにしたくないから―――。

 

 

 

開始する結婚式。多くの参列者が前方を見て一人の新郎と数多の新婦が将来を誓い合うことを神父の代行者として美しい女性が問いかけ、新郎新婦達は一斉に誓い合った。その後、新婦のブーケ・トスを始める為に広い外へと出た。未婚の女性達が密かに殺気立っているが気付く者はいたり気付かないふりをする男性人達は距離を置いて見守る。そして新婦がそんな女性達に向かって後ろ向きで投げたブーケは、狼のように群がる彼女達の中に吸い込まれた。誰が取れたのか分からなかったが、幸運にも手にした女性から離れた女性達の輪の中に佇む者の姿が拍手を送られる。

 

「―――え」

 

一誠はその女性を見て絶句した。新婦も一瞬誰だか分らなかったが直ぐにブーケを手にした者が誰なのか理解して言葉を失った。

 

「・・・・・どうして、ここに」

 

「あら、辞職届も出さず勝手なことをしているあなたに伝えたい事があってここへ来たのに随分な言葉ね」

 

「伝えたいこと・・・・・って」

 

女性はニコリと笑みを浮かべていった。

 

「織斑一誠君、クビよ。そしていなくなる貴方の代わりにこの子が仕事を全うすることになったわ」

 

一誠の背後に発する光の中から飛び出す八つのピットとパワード・スーツを装着している人物。

 

「紹介するわ。彼の名前は―――織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー。貴方の兄よ」

 

『―――――っ!?』

 

「そして貴方に全てを奪われた者が今度はあなたから奪う者の名前でもあるわ」

 

ラーズグリーズの身体が真紅の光に包まれ、機械に侵蝕された枯れた木のような姿の体長二メートルの真紅の龍となった。

 

『・・・・・返してもらうぞ。全てを』

 

グパッ、と大きく口を開き―――一誠を頭から丸のみにした。腹の中に送り込まれた一誠に宿っている魔力とラーズグリーズの魔力がドクンと同調した鼓動が成り、感じ取った。

 

「一誠ぇええええええええっ!」

 

『・・・・・五月蠅い』

 

尾で新婦の腹部を突いて吹き飛ばしながら他の大勢の新婦にも薙ぎ払って蹴散らした。一連の行動を見て唖然と見ていた面々は我に返ったところで臨戦態勢の構えに入る。

 

「誰だお前は・・・・・グレートレッドの姿にしちゃあ奇妙奇天烈な姿をしているな」

 

「よくも一誠ちゃんやあの子の可愛い娘達の結婚式を・・・・・」

 

「覚悟できているんだろうな」

 

ラーズグリーズのかつての記憶から甦る懐かしい者達。今となっては自分の敵として相対してしまっているのに不思議と何も感じない。

 

『・・・・・分けていた魔力がようやく一つになった。ついでに聖杯も取り戻した』

 

「おめでとう、ラーズグリーズ。―――いえ、我が主よ」

 

「我が主・・・?」

 

「・・・・・やはり、まだ気づいていない様子ね」

 

呆れで溜息を吐く彼女は全身から銀色の魔力を解放した。魔力に包まれる彼女の服がメイド服に成り変わり、容姿は完全に別の女性の顏となってその琥珀色の瞳を見た者達は愕然とさせた。

 

「リ、リーラ・・・・・なのか?」

 

「お久しぶりでございますね。揃いも揃って馬鹿みたいに勘違いなさっている皆様。それと、私の今の名前は桐生カーリラです。確かに前世、この世界では―――リーラ・シャルンホルストでございますが、間違わないでいただきます」

 

深々とお辞儀をするカーリラの隣で人化に戻ったラーズグリーズに叫び声が届く。

 

「兄さん!」

 

「ラーズグリーズッ!」

 

結婚式に参加していた、この世界に連れ去られたマドカ達が掛けて寄ってきた。ラーズグリーズは飛びついてきたマドカを抱き留めた。

 

「待っていた、ずっと待っていたぞ兄さん!絶対に来てくれると信じていた!」

 

「まさか、貴方が来てくれるなんてビックリしたわ」

 

「お前、どうやってきたんだよ!」

 

「ここに来れたってことはもしかして元の世界に帰れるのか?」

 

詰め寄られて質問攻めを受けるラーズグリーズに、自然の動作でフルフェイス越しで顔を触れてくる千冬と顔を見合わせた。

 

「・・・・・信じていたぞ」

 

「・・・・・(コクリ)・・・・・束姉」

 

束を呼ぶラーズグリーズの言葉に呼応して、式場の上空に浮かぶウサギ型の巨大宇宙船が光学迷彩の機能を解除して姿を現し、束の声が聞こえて来たのだった。

 

『やぁやぁちーちゃん!箒ちゃんとまどっち達、皆のアイドル束さんが迎えに来たよー!』

 

「ね、姉さん!?」

 

「何だあれっ!?」

 

「・・・・・宇宙船型IS」

 

「「「「「IS!?あれが!?」」」」」

 

誰もが吃驚する事実に思わず突っ込んでしまった一夏達であった。あの宇宙船に乗れば元の世界に帰れるという認識はまだできないでいるが、それ以前にこのまま見過ごしてくれる甘い相手はこの場に居なかった。

 

「あー、色々とツッコミたいが一先ずお前さんを捕らえさせてもらうぞ」

 

「・・・・・まだ結婚していないのか」

 

「おい、脈略もなしに言ってくるんだお前・・・・・っ」

 

「まだしていなかったのですか。趣味が恋人なんて悲しすぎますね」

 

「リーラ、お前もだ!聞きたいことが山ほどあるからな!」

 

半ギレな前髪が金髪の黒髪、顎髭を生やしている中年男性が光の槍を具現化してラーズグリーズに突き付ける。

 

「・・・・・捕まえるのは無理」

 

「ISとやらでこの場を切り抜けるつもりか?それこそ無理だぜ。既に解明しているから倒すのは簡単だ」

 

「・・・・・なら、手始めにリサイクルしてきたもので戦ってもらう」

 

『というわけで、私とらーくんが回収と開発したモノと戦ってもらうねー!』

 

ウサギ型の宇宙船から夥しい数のISと―――。

 

「『混沌と破壊を齎す機械龍(カオス・マーシナリードラグーン)』!?」

 

アジ・ダハーカが聖杯で用意て私兵に使っていた置き土産が放たれた。

 

「・・・・・急いで全部倒した方がいい。この辺り一帯に攻撃する指示をした」

 

「てめぇっ!?」

 

「・・・・・頑張って」

 

レーザー攻撃、魔法攻撃の雨が結婚式場に振ってくる。迎撃し始める彼等彼女等を眺めている暇はなく、ラーズグリーズに攻撃しかかる者達も現れる。

 

「ラーズグリーズ、この場で滅するわ!よくも、よくもイッセーをっ!」

 

「・・・・・ちぃ姉達を元の世界へ連れ帰る」

 

「そうはさせない。彼女達はこの世界で―――」

 

「・・・・・あいつらの意思を無視して無理強いにするそれは、兵藤一誠が嫌うことじゃなかったか」

 

良く知っているために思わず口を閉ざして異を唱えようとした次の言葉が喉につっかえた。

 

「・・・・・どうなんだ」

 

「・・・・・例えそうでも、最後は納得してくれたわ」

 

「・・・・・納得?そうせざるを得ない状況化だったからじゃないか。そうさせた原因は、お前達の身勝手なエゴだろ」

 

「何ですって・・・・・!」

 

「・・・・・もう、お前等と話をするのも面倒だ」

 

ブレードを粒子召喚して天に向かって突き出し『リヴァーサル』を発動した。少ししてこの式場に空を赤々と照らして振って落ちてくる超超超巨大な隕石が突っ切ってくる。

 

『なっ―――!』

 

「全て潰れてしまえ」

 

「そうはさせるか!」

 

黒髪に赤い瞳の女性が両手の間に集束、圧縮した気を隕石に向かって放出した。

 

「川神流星殺し!」

 

極太のビームが隕石と衝突、貫いたが、未だ隕石は健在で地表に墜落してこようとする。これには唖然としてしまうこの世界の強者達。

 

「―――破壊尽くし続けなさい!」

 

紅色の髪と同じ魔力を迸らせる女性の号令に、落ちてくる隕石に向かって魔力を放つ女性達や結婚式に参加してきた面々の総力を挙げて隕石を粉砕、破砕、消滅していく。

 

「・・・・・リーラ」

 

「かしこまりました」

 

「待て!その子達を連れさせない!」

 

「・・・・・お代わりが欲しいなら、好きなだけ味わえ」

 

ラーズグリーズは―――更なる超超巨大な隕石を、今度は数十も同時に地球に落としかかった。数多の隕石で出来た影は晴天だというのに夜みたく地上に影を落とす。真っ暗になった空を見上げ、絶望が過った。

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

「流石にこの数を同時には壊せれねぇぞ!」

 

「ヴァーリ、頼む!」

 

「僕も力を貸そう」

 

青光りする黒髪の持ち主で、歳は14、5ほどに見える端正な顔立ちの美少年が上空に手をかざしただけで幾つかの隕石が木っ端みじんに破壊してみせた。

 

「・・・・・破壊神もいたのか。やはり、厄介だ」

 

「では、当初の予定通りに」

 

「・・・・・ああ、無限とドラゴンをぶつけよう。その前にまずお前等だな。クロウ・クルワッハ、ヴァーリ・ルシファー」

 

拳を突き出してくる邪龍最凶と魔力を放ってくる白銀の鎧を纏う者からかわし距離を置く。

 

「私達だけ警戒してもいいのか?」

 

「・・・・・忘れていない」

 

豊かな鬣を生やし黄金の獅子を彷彿させる鎧を身に纏う男性がラーズグリーズと対峙する。

 

「・・・・・サイラオーグ・バアルか」

 

「リアス達の結婚式を蔑ろにしたお前を、この拳で叩き潰す」

 

「ああ、同感だな」

 

「どうしてくれましょうかしらね?」

 

更にラーズグリーズを取り囲むように兵藤誠と兵藤一香が身体からオーラを滲ませていた。

 

「ISの能力を使われる前に殴り飛ばす。そのミイラのような身体だと一撃すら致命的だろ?」

 

「・・・・・その通りだ。だが、何の対処もしていないとでも思っていないのか」

 

「聖杯の能力も使っても同じよ。貴方の玩具も時期に全部なくなるし、あの時の貴方の味方があの船の中にいるなら負けるつもりはないわ」

 

残されるのは敗北。と言いたげに魔方陣を展開する一香。拳を構える誠とクロウ・クルワッハ、サイラオーグとヴァーリ・ルシファー。この絶望的な状況の中でラーズグリーズは嗤った。

 

「もう一度言おう。こうなる展開を予測できるのに何の対処もしていないとでも思っているのか」

 

―――ウサギ型の宇宙船から複数の影が飛び出してきて、ラーズグリーズの周囲に降り立った。その人物達を見て、誠達は思考を停止しかけた。

 

 

「・・・・・は?」

 

「え・・・・・」

 

「・・・・・これは」

 

「・・・・・」

 

「どういうことだ?」

 

 

「そろそろ出番だと思ってきたぜ」

 

「久しぶりだな。今度は敵として会いに来たぜ」

 

「・・・・・」

 

「複雑だが、まぁ違う世界の別の知り合いと同じ顔をした人って割り切って思えばいいか」

 

 

ラーズグリーズを助けに現れた四人。全員が黒髪か真紅の髪、双眸が金か金と黒のオッドアイ。感じる魔力も全員同じで気配も同じな彼等は―――。

 

「一誠が・・・・・四人だと」

 

「何これ、何がどうなってるの・・・・・?」

 

「・・・・・魔法の類じゃない。奴らから様々なドラゴン、邪龍の気配も感じる」

 

「全員、個の兵藤一誠だということなのか」

 

「信じられん・・・・・」

 

呆然と佇む五人に対してフルフェイスマスクを外すラーズグリーズは、聖杯を取り出して能力を発動する。器に銀色の液体を作り出して飲んだり頭から掛けたりして、命の理を覆す力を使った。

 

「・・・・・四人じゃない」

 

身体から蒸気が発してラーズグリーズを隠す。煙の中で骨と皮の身体が肉付きを取り戻し、健康的な肌が再生していく。頭皮に髪が伸び始め欠損していた目と腕も復元する。

 

「・・・・・改めて名乗る。俺は・・・・・」

 

煙の中から身体が人としての肉体を取り戻せたラーズグリーズが姿を見せる。

 

「元の世界では織斑ラーズグリーズ・F・アヴェンジャー。だが、この世界で生まれた俺は兵藤一誠と言う名前だったよ」

 

背中まで伸びた黒髪に触れながら手で真紅色に染めた。

 

「「「「「―――――」」」」」

 

「手始めに玩具で遊んでもらった。今度は一方的な蹂躙を始めさせてもらう。覚悟しろよクソッタレ共」

 

ラーズグリーズの言葉に呼応した四人の兵藤一誠達は瞬時に龍を模した真紅の鎧で包むと目の前の相手に向かって飛びかかった。

 

五人の兵藤一誠が戦闘を開始したことで、宇宙船から降りてくる者達も自分が戦う相手を見つけて戦っていた。

 

「初めましてね。この世界の私のウェディングドレスは白なのね。私の時は黒だったわ。ふふ、懐かしいわね」

 

「あら、私は真紅だったわよ?」

 

「わ、私達が、二人・・・・・?」

 

「リアス、私、成神くん、白音ちゃん、イザイヤ、アーシアちゃん、ギャスパー君、ゼノヴィアちゃん、イリナちゃん、ロスヴァイセさん、レオーネさんまでも・・・・・」

 

黒髪ポニーテールの女性が同じ自分達を見つめ自分の目を疑う。それはこの場に居る全員がそうである。

 

「やっぱり驚くわよね。まぁ、並行世界から来たのだから当然なのでしょうけれど」

 

「私達はラーズグリーズの協力でこの世界に来たの。この世界の貴方達をお仕置きするためにね」

 

「お仕置きって、何の・・・・・」

 

困惑する紅髪の女性に対して、同じ紅髪の女性達は憤慨した。

 

「「貴女のせいで愛しいイッセーに疑われてしまったのよ!貴女と言う前例が浮上したせいで!」」

 

 

「並行世界の私か・・・・・」

 

「同じ白龍皇であるが、人数差で負けてしまうな」

 

「さて、どう戦う?」

 

「勝負だ、この世界の白龍皇」

 

「・・・・・私でもまだ幼い頃の私は弱い。事実上三対一だ」

 

「よし、私に対する侮辱だな。絶対に倒す。その後、ラーメンのレシピを教えてもらうぞ」

 

「「一理あるな」」

 

「・・・・・それだけは譲れないな」

 

 

「兵藤一誠、この世界のクロウ・クルワッハは私が相手をする」

 

「そうか?じゃ、お願いするな。他とこに行ってくる」

 

「というわけだ。同じ邪龍同士、そしてこの状況を作ってくれたラーズグリーズに感謝して戦おうか」

 

「全力でいこうじゃないか」

 

「ふふっ、これはたまらないな・・・・・!」

 

 

「久しい、オーフィス」

 

「我、オーフィス」

 

「我もオーフィス」

 

「我が三人・・・・・不思議」

 

「オーフィス、勘違いしてる」

 

「何に?」

 

「我が好きなイッセーのこと、お前のせいで我も勘違いしてしまうことが分かった」

 

「だから、お仕置き。ラーズグリーズがそう望んでいる」

 

「オーフィス、許すまじ」

 

 

「やぁ、この世界の私と神ちゃん」

 

「ちょっくら話をしようぜ?」

 

「おいまー坊。俺等いつの間にか幻術でも掛かってるのか?」

 

「どうやらそうじゃないらしいよ神ちゃん。さて、穏やかではないそうだけどどんな話だろうかね」

 

「「義息子を勘違いするバカな俺(私)への説教だ!」」

 

 

「くそっ!何なんだお前達は!」

 

「五月蠅いなっ、どうして気付かないんだお前は!」

 

「全くだ、おかげでこっちはいい迷惑だ!」

 

「だから何なんだ、何の話だ!」

 

「「まだ解らないなら、川神流無双正拳突きっ!」」

 

 

「ふぅん、並行世界の私ね」

 

「そうよ。貴女は、問題なさそうね。同じ魔人として安心したわ」

 

「当然よ。魂を分け合った者同士なのだから見間違うはずがないじゃない」

 

「なら、適当に他を蹴散らさない?」

 

「いいわね。久々に楽しめれそう」

 

 

「厄介だな、同じ能力を使う相手を戦うのは」

 

「この程度で厄介だと思うのは貴様が弱いだけだ、凍り付け!」

 

「言ってくれる。手加減はしないぞ!」

 

 

「・・・・・やっぱり、あの子がいっくんだったんだね」

 

「一誠様・・・・・ああ、ようやく会えました」

 

「安心した」

 

「ええ、本当に」

 

「並行世界の私まで勘違いされるとすごくショックだもんね」

 

「他の方々は怒り狂っていますけれどね」

 

 

戦場の強い気配を感じ、釣られてきたのか、この世界のアジ・ダハーカ達が次々と現れ空から見守っている姿勢でいるその様子に異世界の兵藤一誠が気付いた。

 

「お?この世界の邪龍が来たぞ!お前等、出してやれ!」

 

「え、いいのか?ま、こいつらも戦いたがっているし」

 

「・・・・・分かった」

 

「この周辺一帯、地獄絵図となるだろうなぁ」

 

 

四人の兵藤一誠達が黒い魔法陣を展開。内に宿るドラゴン達を現世に召喚させた。三頭龍、黒い鱗に覆われ時折紫色の発光現象がする邪龍アジ・ダハーカ達がこの世界のアジ・ダハーカと対面を果たす。

 

『貴様等、よくもとんでもないことをしてくれたもんだな!特にお前ッ!この俺が我が主を勘違いしてしまう間抜けにするとは許さんぞ!』

 

『邪龍でも勘違いすることもあるだろ』『この世界の俺は老眼になってんのかー?』『記憶もおかしくなってるなら回復魔法がお勧めだよ!』

 

『異世界の俺は三頭それぞれ喋るのか』

 

『どうでもいい。この瞬間を楽しむだけだ』

 

『俺が、四体だと・・・!?』

 

同じ力、魔力、能力を持っていても数の差で不利な状況になる。異世界とこの世界のドラゴン達の戦いは地上よりも激しい戦場と化なっていく一方、ラーズグリーズは千冬達を全員宇宙船の中へ転移して束と山田真耶を引き合わせた。

 

「ちーちゃん、ひっさしぶりぃっー!」

 

「お、織斑先生ぃ~!」

 

「山田先生!貴女も来ていたのですか」

 

「もう大変でしたよ~!織斑先生が突然の行方不明と同時に、専用機持ちの生徒達も一斉に姿を暗ましたことを政府に包み隠すのが~!」

 

童顔の彼女がみっともなく泣くとますます子供っぽく見えて、すまないと申し訳なく頭を撫でて宥める千冬。改めて彼女達の顔を見て首をかしげた。一ヶ月前よりも大人っぽくマドカ達が成長しているように窺えるのだ。

 

「・・・・・マドカ達、成長した?」

 

「ああ、この世界で二年も過ごしていた」

 

「んん~?私達は一ヶ月程度だよ?」

 

「何だと?」

 

「・・・・・異世界の時差が違う。もう少し遅かったら十年以上だったかも」

 

「ってことは、元の世界に帰るとそんなに時間は経っていないということなのね?」

 

安堵で胸を撫で下ろす楯無。しかし、ラーズグリーズにとっては。

 

「・・・・・マドカが俺より年上」

 

「兄さんが弟・・・・・。兄さん、お姉ちゃんに甘えてもいいぞ?」

 

「馬鹿者、それは私だけの特権だ」

 

そこで張り合ってきた千冬が自分の胸の中にラーズグリーズを抱き締めた。負けじとラーズグリーズの腕をつかんで懐に引き寄せるマドカ。二人の負けん気の引っ張り合う光景を目の当たりにされる他の面々は恐る恐る口を開く。

 

「えっと、二人ともラーズグリーズに話を聞きたいからその辺で・・・・・」

 

「「・・・・・」」

 

「続きは元の世界に帰ってからで頼む!ってことで、ラーズグリーズ。お前その顔は一体どう言うことなんだ」

 

秋十が強行的に話を進ませて疑問をぶつけた。

 

「・・・・・元々こんな顔だった」

 

「元々って、本当に俺達の、俺達の家族だったのか?」

 

「・・・・・元家族だ。ミイラの身体の理由は知っている筈だ」

 

問い掛けた一夏と秋十に驚愕の真実が襲われ、開いた口が塞がらない。

 

「兄さん。ずっと聞きたかった。あの男は一体誰なんだ」

 

「・・・・・あいつも、俺達の家族。名前は織斑百春。出生は同じだ」

 

「織斑・・・・・百春?」

 

「血の繋がった家族なのは安心したが、どうしてお前に偽って?」

 

「・・・・・政府が俺から男性操縦者がISを動かせる秘訣を探るため、影武者が必要だったからだ。それ以降の事は元の世界で語った」

 

「織斑一誠君の影武者として今で生きていたってことは・・・・・」

 

楯無の言葉を最後まで言わずとも首肯するラーズグリーズ。怒髪天が衝く勢いの怒りを露にするマドカ。

 

「殺すっ!」

 

「殺しちゃダメでしょ!てか、アイツはコイツの腹の中にいるんだけどどうなってんの?」

 

「・・・・・腹の中に入れば分かる」

 

マドカ以外ラーズグリーズから一歩下がった。誰も蛇のように生きたまま丸呑みされて喰われたくないためであるが、セシリアがおずおずと尋ねた。

 

「あの、だとしたらあの方達は貴方と勘違いしていらっしゃるのでは?」

 

「うん、そうだよね・・・・・」

 

「どうするつもりだラーズグリーズ」

 

シャルロットとラウラも気になっていたようで訊くが、ラーズグリーズの顏が顰めた。

 

「赤の他人のお前等が気にする必要なことか」

 

「赤の他人って・・・・・」

 

「・・・・・お前等はマドカ達の学友。織斑百春に全てを奪われた俺は生きた亡霊、お前等とは何の関係も持っていない無関係。赤の他人以外何だって言うんだ?」

 

「何度も一緒に戦ったり助けてくれたり・・・・・」

 

「・・・・・そんなこと都合よく勝手に思いこんでいるだけ。何時から戦友になった」

 

突き放す言い方をするのでイラッと来た鈴が食って掛かった。

 

「じゃあ、どうしてこの世界に来てアタシ達を連れ戻そうとしているわけ!?」

 

「・・・・・連れ戻すのに、助けるのに理由は必要か?」

 

「僕達の為、なんだよね・・・・・?」

 

「・・・・・理不尽な目に遭っている奴らが目の前にいる。見過ごせないだけだ」

 

踵を返してマドカ達から離れるその背中越しから言う。

 

「・・・・・俺は経験上、人の人権を蔑ろにする奴や理不尽に強いる奴が嫌いだ」

 

それだけ言い残して宇宙船から出て行くラーズグリーズの言葉に、誰も何も言えなかった。戦場へ舞い戻り状況を兵藤一誠から聞き出す。

 

「・・・・・戦況は?」

 

「この世界のお前の元父親と母親、魔王と神とドラゴン以外はほぼお前のお望みどおりになってるぜ。ドラゴンの方は、思いっきり楽しんでいるみたいだからまだまだ時間は掛かるっぽいな」

 

「・・・・・こっちは大丈夫?」

 

「異世界にトばされたっていう兵藤一誠とDとこのオーフィスとクロウ・クルワッハ以外の家族が全員やられた以外はな。善戦はしたがまだまだ実力不足ってとこだ」

 

負傷者は『二人目』の兵藤一誠が生産したという回復薬で傷や魔力を回復させている。

 

「凄いよなあいつ。フェニックスの涙以外で欠損した身体や手足を元に戻す薬を作れるみたいだぜ?しかも異世界産の賢者の石も大量に作ったってよ」

 

「・・・・・興味ある」

 

「だな。もっかい、あいつのいる世界に遊びに行こう。ってことでオーフィス、そろっと神々にも相手してやってくれ。神相手だと俺等も正直大変なんだ」

 

『四人目』の兵藤一誠の催促に龍神同士の戦いは、リンチのごとく一方的に殴られ蹴られて地面に倒れこんだこの世界のオーフィス以外のオーフィスは頷き、神々へ無限の力を放っていく。が、その中には神々を相手にしている兵藤一誠達がいて彼等の悲鳴が聞こえてくる。

 

「うおっ!?今オーフィスの魔力が掠ったぞおい!鎧が削れたし!」

 

「・・・・・危ない」

 

「おいこら!オーフィスに曖昧な指示を出すんじゃねぇ!」

 

「・・・・・巻き込んでない?」

 

「はっはっは。うん、お前等ごめんな。お、復活したな彼女達」

 

回復薬で復活した『二人目』の兵藤一誠の家族達が再戦と構え直す中、とある報告をする。

 

「イッセー、【ランクアップ】と新しいスキルが発現した」

 

「見て、私も」

 

銀色の携帯型のプレートを見せつけ、【ランクアップ】の証明を見せる金髪金眼の少女と銀髪碧眼の少女。

 

「こんな時にかよ。いや、こんな時にこそか。ぶっちゃけ、嬉しいことに俺もだ!」

 

「本当に嬉しそうだね。それにしても神様と戦って【ランクアップ】って・・・・・」

 

「それだけ神は凄まじい俺達冒険者なんかよりも比べ物にならない【経験値(エクセリア)】を持っているってことだ。もしかするとだ皆、よーく聞け」

 

 

「―――この世界の神一人につきレベルも上がるとして、十人も倒せば十レベル分も【ランクアップ】も夢じゃないかもな」

 

 

『・・・・・』

 

攻防一体の風を纏い、燃え盛る炎の猛威を大剣に纏って振るい、玲瓏な歌声で詠唱を唱え魔法を放ち、唸る拳と槍のように鋭く繰り出される蹴り・・・・・この世界の敵として戦っているが何故だろうか。

 

「彼女達の動きが更に鋭く攻撃が苛烈になっているな」

 

「・・・・・【ランクアップ】ってなに」

 

「あー、レベルアップの事じゃないか?あそこにいる兵藤一誠達の世界はダンジョンとモンスター、冒険者がいる話だったし」

 

「・・・・・納得した」

 

冒険者にとってこの世界は【経験値(エクセリア)】の宝庫そのものなのかもしれない。その上、超越者の神々と全力で戦えるなら【ランクアップ】も夢ではない。倒すことは極めて難しいことだろうが、それは冒険者と言えど普通の人間の力だけの話だ。

 

「お、魔法で分裂した兵藤一誠の分身体達が彼女達の鎧と化したか。なるほど、あんな風にも出来るんだな。色々と学べれるな今回の戦いの中で」

 

「・・・・・俺も出来る」

 

「そうなのか。ということはお前と限りなく近い並行世界の兵藤一誠なのかもしれないな」

 

全身にドラゴンの魔力を帯びる彼女達の一撃は、神々にも通用できるようになり対等の戦いが繰り広げられていった。

 

「・・・・・神は厄介。だから、サポートする」

 

ラーズグリーズは神々にだけ対してリヴァーサルを振るった。何を反転させたのかはラーズグリーズと神々だけが知って、気づく。その中で極めて厄介な神―――隕石を破壊した神は。

 

「破壊と消滅の力、どっちが上か勝負だシヴァ兄さん!」

 

「神々の中で極めて厄介だからな」

 

「どちらも同じオーラを放つ存在が二人同時とは・・・・・何だこれは、力がでない?」

 

二人の兵藤一誠が破壊の神と戦い始めたが、神側が己の力が全く振るえなくなった原因不明に動揺が隠しきれず、神としての肉体ひとつのみで接近戦を強いられてしまう。その結果、冒険者達の攻撃は面白い程当たって倒されていったのだった。

 

「で、お前は来れからどうする気だ?」

 

「・・・・・クソッタレの元親は?」

 

「あー・・・・・あそこだ」

 

指差す兵藤一誠の先に視線を向ける。視界に入る光景は―――。

 

「お前ぇッ!顔が同じだからって自分の息子と間違えるなんてどういうことだぁっー!!!」

 

「あなたねぇっ、ふざけるんじゃないわよっ!おかげで息子に疑惑な目で見られちゃったじゃないの!」

 

「ぐっ・・・!だから、さっきから・・・・・・何なんだってんだお前等はよ!」

 

「息子を間違っているって何なのよ!」

 

誰にも介入が出来ない地面が凹みクレーターになっている場で怒りと罵声を織り交ぜながら格闘している並行世界とこの世界の兵藤誠。己の全ての知識をフル活動して魔法のフルバーストを非難しながら放つ兵藤一香。

 

「今横やりしたら確実にアレだから止めておけ」

 

「・・・・・やっぱり、間違われるのは嫌なんだな」

 

「そいつはしょうがない。そういうもんだからだとしか言えないな」

 

ならば、自分は適当なに相手を見つけて戦いを仕掛けるかと兵藤一誠から離れる。どいつにしようかと考えていた時、光の槍が飛来してきて魔力を帯びらせたブレードで弾く。

 

「ラーズグリーズ・・・・・」

 

「・・・・・アザゼルのおじさんか」

 

六対十二枚の翼を背中から広げ、疑心暗鬼な眼差しで見つめてくる者に攻撃の矛先を向ける。

 

「お前、一体何者だ」

 

「・・・・・リーラの口頭の言葉を忘れたのか」

 

「半信半疑なだけだ。織斑一誠が兵藤一誠の生まれ変わりだと誠達から聞いて、この目であいつを見て接した手前・・・俺もそうなんだと信じていたんだからな」

 

「・・・・・だからなんだ」

 

「織斑一誠がいた異世界に、次元を超えて並行世界へ移動できる技術はないと聞いている。だが、お前は、お前達は異世界からこの世界にやってきた。その理由はなんだ」

 

光の槍を突き付けるアザゼルの質問に対してつまらなさそうに答えた。

 

「転生を司るミカルに、俺が復活した際に一度だけ願いを叶える約束を交えた。それを行使しただけだ」



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永久の別れ

「転生の神、ミカルだと・・・・・だが待て、あいつは最初に原始龍が見つけて・・・・・」

 

「・・・・・原始龍も勘違いしていたことになる。それに比べて転生の神ミカルは俺達を直接この世界に送ってくれた。アザゼルのおじさん、この事実をどう受け止める」

 

「―――すでに勘違いしていたアジ・ダハーカ達から説明を聞いて鵜呑みにした。私はこの子に、織斑一誠はメリアから。私は一誠様と一緒に転生したためこの姿ではなかったのでメリア達は私達の存在を気付かず、特に一誠様はとある事情で表に出られず裏で生きていました。ですので表にいた一誠様と同じ顔を持った織斑一誠が兵藤一誠の生まれ変わりだということを、どいつもこいつも勝手に勘違いした結果がこれです」

 

ラーズグリーズに遅れて宇宙船から出てきたカーリラが更に詳細を付け加えてアザゼルを凍り付いたように固まらせた。

 

「・・・・・前世の兵藤一誠の証を一つ以上揃えた状態で、ノコノコと何も知らずにこの世界からやってきた連中が、同じ顔をした兵藤一誠の生まれ変わりを見てどんな反応をするかアザゼルのおじさんでも予想と想像がつくだろ」

 

「・・・・・まさか、お前、本当に・・・・・」

 

「・・・・・もう今更だそんなこと。主張と正しさを調律するのが面倒この上ない」

 

祝福がされ送られる結婚式場は戦場と化して、今では廃墟も当然のように建物も地面も風景もボロボロ。周りを見回して自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「・・・・・殺したいほど憎んでるが、恨んでるがこいつも俺の家族らしいからな。心と感情は納得していないが織斑千冬、織斑一夏、織斑秋十の為に元の世界へ連れて帰る」

 

腹部を添えながら言うラーズグリーズをアザゼルが焦燥の色を顔に滲ませた。

 

「待て!そいつもお前も、あいつらに説明しておけば!」

 

「―――十六年、いや。リーラから聖杯を受け取ってから十一年ぐらいか」

 

意味深に告げだすラーズグリーズ。魔法で復活する前のミイラの姿でアザゼルに語る。

 

「時が来るまでずっと生きて待っていた中、俺は三年間も非人道的な研究と実験の被験者にされて、生きているのが奇跡的なこの姿にされた。それでも生きていたのは昔の家族と再会を果たすためだ」

 

「・・・・・っ」

 

「・・・・・この状態の俺はISで身に固めないと数時間も生きていられなかった。顔も隠さないといけなかった。こんな醜い顔で表に晒せるわけがないだろうアザゼルのおじさん」

 

ISを装着して、フルフェイスマスクを被った姿で言い続ける。

 

「・・・・・分からないだろうアザゼルのおじさん。この姿で再会の想いを焦がれ続けていた俺と、人として何不自由なく生活を送れていた織斑一誠を偽っていた俺と同じ顔を持つ奴が同じ場に立って、あいつらが我先に選んだのは・・・・・俺じゃなくて俺じゃない奴だった」

 

握り締める拳がギリッと音が鳴り、ラーズグリーズの心情を露にしているようであった。

 

「・・・・・それでも一縷の望みに懸けた。あいつらと戦って、同じ戦い方をすれば気付いてくれるんじゃないかと―――だけど、駄目だった。全ての聖杯を揃えても、あいつらは織斑一誠こそがずっと会いたかった兵藤一誠だと、俺の目の前でハッキリ否定しやがった・・・・・絶望したよ」

 

突然、空気が鈍重に震える音が周囲に轟きだす。この異常な現象は何かと戦っていた者達も察して戦闘を中断し、重苦しくなった場の中で顔を俯くラーズグリーズ。

 

「・・・・・俺は何のために頑張っていたのかもあいつらは、否定した。全てはあいつ等と一緒に過ごすためだったのに、なのに、なのに、なのに・・・・・!」

 

カーリラが催促する。

 

「一誠様、当初の目的は果たしております。元の世界に帰りましょう。この世界に長居をする理由はございません。ここにいても私達の心が負担に掛かるだけです」

 

「・・・・・・」

 

重苦しい空気がフッと和らぎ、音も止んだ。同感と思ったのか四人の兵藤一誠達に向けて言葉を送った。

 

「・・・・・皆、ありがとう。元の世界に送り返す」

 

「ラーズグリーズ。本当にいいんだな?話し合いも和解もせずに」

 

「・・・・・和解しようが俺は元の世界で暮らす。こいつらとは永遠に会うことは―――」

 

「―――待って!」

 

遮った女性の声。一体誰だと目を向けようとした時、黒い着物で身に包む黒髪の黒と赤、黒と紫のオッドアイの女性達がラーズグリーズの足元の影から現れた。

 

「待っていっくん!」

 

「お待ちください、一誠様!」

 

「―――――」

 

ハッキリと己の事を昔のように呼ぶ目の前の女性達に信じられないと言った表情を浮かべる。この二人もきっとそうだろうとまだ見ぬ彼女達に対して憂いていた。だがしかし、それを裏切る彼女達の言動にカーリラも少なからず驚いた。

 

「・・・・・貴女方は、悠璃様と楼羅様。何故・・・・・」

 

「何故って、それはその子こそが私達が会いたかった『兵藤一誠』だと分かっているのかって疑問かしらリーラさん」

 

黒髪に黒い瞳、黒いドレスの黒尽くしの女性も微笑みながら現れる。

 

「私はその子の魂を分け合った魔人よ?魂を調べれば直ぐにわかるわ。この娘達は愛ゆえに、でしょうね」

 

「シオリ様。ですが、この場に居るということは織斑一誠と結婚するためでは?私達がいた世界に貴方達の姿は確認できませんでしたが」

 

「この格好を見なさいな。私は拒絶したから祝福する側だったのよ。悠璃と楼羅に至ってリーラさん達は知らないでしょうけれど。兵藤一誠じゃないからって結婚前夜、姿を暗まして逃げていたのよ?いつの間にいたのか分からなかったけれど。後ついでに、異世界に行かなかったのはこの世界で待っていたからよ私は。この二人に関しては立場上安易に動けないのは判ってるでしょ?」

 

実際、二人はどうしてここにいるの?という的な視線を向けられ二人は答えた。

 

「・・・・・ここにいるのは、一応結婚式を見守ろうと思っていたからだよ」

 

「そしたらこの騒ぎです。手助けをしようとしたら同じ顔の私達に見つかって今まで一緒にいました」

 

「・・・・・織斑一誠が兵藤一誠じゃないことを、他の連中に言ったのか」

 

悠璃が間も置かず否定した。

 

「無理、心底外見で判断してるっぽいから何を言っても無駄だと悟って放置してたし」

 

「正直、どうしてこんな痛恨な間違いを気付かないのかと目を疑いました」

 

「では、特に違いの要因は何なのか教えてくださいませんか」

 

「「可愛さ!」」

 

え、そこかよ?とアザゼルのツッコミを流すラーズグリーズ達。悠璃が手を歪ませて作った影の空間の穴に突っ込み、そこからアップルパイを取り出す。

 

「ほらいっくん。いっくんの為に作ったアップルパイだよ?」

 

「・・・・・」

 

「はやっ!D、何時の間にそっちに行った!?」

 

ラーズグリーズの横に仲間が気付かないほど移動し、ショタ狐状態で物欲しげに悠璃のアップルパイを凝視するD。

 

「・・・・・」

 

アップルパイを受け取り、ジーと視線を送ってくるショタ狐を一瞥。ラーズグリーズはアップルパイを二つに分け御裾分けとばかりDにも渡すと、ありがとうと述べるDと一緒に一齧り―――ラーズグリーズも食べた瞬間にショタ狐と化して、ショタな狐が二人美味しさのあまり顔を輝かせた。

 

「これだよこれ。やっぱり本物のいっくんはこうじゃないと!」

 

「はぁ・・・・・懐かしいです。こっちまでなごみます・・・・・」

 

「並行世界のいっくんも可愛いー」

 

「残念です。この瞬間の撮影が出来ません。え、出来ます?あの、焼き回しを・・・・・」

 

「これ、他のいっくんにも出来ないかな出来ないかな?」

 

「試してみたいですね」

 

可愛さに引き寄せられたかどこから現れたのかわからない並行世界の悠璃と楼羅達が揃うと、姦しくなって戦場と場違いな騒がしさを醸し出す。

 

「俺、あれは無理。お前等は?」

 

「できるけど」

 

「皆の前で控えさせて欲しいかなって・・・え、アイズとアリサ。何その期待した目は。見てみたい?いやちょっとそれはな?戦いに来ているんだから空気を読まないと」

 

とばっちりを食らいそうな他の兵藤一誠達も神妙そうな顔を浮かべる。そして戦場は殺伐とした感じではなくなってしまい警戒はすれど戦意を抑える。

 

「んー、もう戦う感じじゃなくなったか。だとすればこれならいけるか?」

 

「話し合いか?でも、ラーズグリーズはそんなことする気はなさそうだぞ」

 

「俺達もお咎めなしになるだろ。責任はとるが」

 

『四人目』の兵藤一誠はこの世界の兵藤誠と兵藤一香の所へ歩み寄る。並行世界の己と戦いを繰り広げ肩で息をするほど消耗している様子だが、まだ戦える余力が残っているようでもあった。

 

「さてさて、そろそろ本題に入ろうかね。お前達がここまでやらかされた原因を知りたくないか?」

 

「「・・・・・」」

 

「ラーズグリーズじゃあ、あまり信用できそうにもないから話し合いの場にリーラを付けよう。お前達全員も大人しくしておけよ?じゃないと三人のオーフィスと俺達兵藤一誠がもれなく大暴れをする特典付きだ。―――いいな」

 

戦力は圧倒的に不利。異常さが特有の兵藤一誠達や無限の龍神が場に三人もいる。神々も戦っていたというのに戦況は有利にもならなかった。おまけに並行世界の兵藤誠と兵藤一香が勝てなくても負けず足止めを食らわされた。フリーな状態のオーフィスが攻撃の矛先を向けられれば如何に神々とはいえど勝てない存在。それだけ最強のドラゴンは伊逹ではない。

 

「・・・・・わかった。これ以上戦場を大きく広げられたら日本がもたない」

 

「・・・・・」

 

こうして戦いは並行世界からやってきた者達の勝利に等しい結果となり、負傷者の手当てと戦場の結婚式場は、兵藤一誠達が率先と動いたことで怪我の回復や戦場の爪痕の復旧はスムーズに進み、元通りに戻ったのであった。野に放った並行世界のドラゴン達の回収も動いている間、話し合いの場が設けられた。

 

「では、不肖ながらこの私が我が主の代わりに全てをお話します。お二人が未だ、私に信頼をしてくださるならこれからお伝えすることは全て嘘偽りではないことを承知の上でご静聴してください」

 

テーブルを挟んで座る三人。カーリラから語られる異世界で転生した自分と織斑一誠のこれまでの経緯。

 

『・・・・・』

 

静かに話を聞いておかしなことを言わないでいたカーリラが、次に信じられないことを言い出したので思わず口を開きかけたが、冷たい眼差しで睨まれて口出しは出来なかった。それから聞かされる話は織斑一誠と名乗る別人が織斑一誠として表舞台に立ち、闇に葬られた本当の織斑一誠が非人道的な実験と研究から篠ノ之束に救われ、ミイラのような身体にISという身体を得て時を待っていたのにアジ・ダハーカが『絶対天敵(イマージュ・オリジス)』として当初の計画とは違う行動を起こし、一部除いてそれに便乗し出す邪龍達。『絶対天敵(イマージュ・オリジス)』と人類の対立する中、織斑一誠と偽る者に光を奪われたことで闇の―――ラーズグリーズ・F・アヴェンジャーとして名を変えて時にIS学園の敵として、時にアジ・ダハーカ達の敵として戦い、共闘もしてきた中で・・・・・。

 

「クロウ・クルワッハ。貴女が勘違いした原始龍の使いとして封龍剣の回収のため、この世界に現れてから更に計画の狂いが更に劇的に加速して止まらなくなりました」

 

「・・・・・」

 

「貴女に責任はございませんが、メリア諸共勝手な事されて深く遺憾に思い、怒りを覚えました。原始龍も余計なことをしてくださらなければ狂った計画の修正は出来たものを・・・・・」

 

今更言ってももう遅い話であるが言わずにはいられなかったカーリラは締めくくった。

 

「後はご存じの通り、異世界にお二人が我が主の家族を率いてやってきては織斑一誠と偽る者を一瞬も疑わず我が子同様に勘違いして受け入れたことで、私達の計画は破綻も当然の結果になってしまいました」

 

カーリラの背後で佇んでいたラーズグリーズが龍人化となり、腹部を膨張するや否や腹から大きな何かの輪郭が浮き彫りしながら食道に上り、凶悪で鋭利な牙が生え揃う口の奥から粘液塗れの何かがテーブルの横で吐き出した。

 

「この計画を知っているのは私と一誠様、転生する前にお伝えしたアジ・ダハーカ達だけです。さて、この計画の事をあなた方が可愛がっていた織斑一誠は果たして知っているのでしょうか?勿論その計画は転生して生まれ変わった主は何も覚えておらず知りませんでした。私が保有していた一誠様の『記憶』の聖杯を再度一誠様に宿したことで改めてお伝えしました。『記憶』はこの世界にまつわる全ての事のみ。転生時の時の記憶は一切ありませんからね」

 

汚いそれに水の魔法で洗い流し、意識を強引に覚醒させるべく電撃を浴びさせたラーズグリーズ。

それは全身が突然の強烈な刺激と激痛によって無理矢理眠りから覚めて悲鳴を上げた。

 

「うぁあああっ!?・・・・・な、なんだこの状況?俺、ラーズグリーズに喰われたんじゃ」

 

『・・・・・クソ不味かったから吐き戻した』

 

「事実かよ!」

 

案外元気そうに突っ込む織斑一誠。カーリラは質問する。

 

「一つ質問を、私は誰でしょうか」

 

「え?・・・・・リーラ、さんだよな?」

 

「ご名答です。では、IS学園がある元の世界では私はどんな人物なのか、名前と仕事の内容を教えてください。貴方が兵藤一誠の生まれ変わりならば同じ世界で私と既にお会いしていてわかりますよね?」

 

手を突き出すラーズグリーズが織斑一誠の周囲に透明な結界を張った。

 

「念のためにどこかの誰かが念話などと小細工がしないように施しました。尚、沈黙や黙認は認められません。私達は互いを愛し合う仲なのですから隠し事はなしの筈ですよ」

 

「・・・・・」

 

「さぁ、お答えください。直ぐにわかる事です」

 

突然の質問に記憶上しか知識がない織斑一誠は、元の世界の彼女のことが分からず必死に考え込むその行動が沈黙―――否、リーラという単語をどこかで聞いたことを思い出して内心信じられないが口にした。

 

「桐生カーリラさん、ラブアンドピースの事務所に属してる俺の専属マネージャー」

 

「正解です」

 

内心安堵で溜息をする。だが、本当に桐生カーリラなのかと目を疑ってしまう。完全に別人なのだ。信じられないと思う気持ちはおかしなことじゃないと思いたい織斑一誠はまた質問される。

 

「では、私とあなたしか分からないことを教えてください。当然ながら聖杯の関係以外の事です」

 

「え、俺達しか分からない聖杯以外のこと?」

 

「はい、貴方と初めて出会った際には私が保有していた『記憶』を宿しておりませんが、今ならお分かりになられる筈です。まさか、お忘れですか?」

 

織斑一誠は・・・・・分からなかった。彼女、カーリラが言うように聖杯を始めて受け取ったことがない。しかも聖杯以外のお互いしかわからない話なんてした覚えも ない。話し合いの場に居たメリアが酷く動揺していることすら気付かない。

 

「待ってくださいリーラ。貴女は聖杯を彼に宿していなかったのですか?私達より出会って再会していたのに?」

 

「メリア、元の世界で私が持っていた聖杯とアジ・ダハーカが保有していた聖杯も持っている所を見ていた筈です。そして織斑一誠から一つしかない貴女が保有し、直接宿した聖杯を奪った。あの時、誰も彼もが損な疑問すら抱いていない事実を今も呆れていますが」

 

「・・・・・っ!?」

 

「あの時、どうして既に宿した聖杯を我が主からわざわざ取り出したのか―――パフォーマンスです。復活する瞬間を皆に見せる為にです。リーラ・シャルンホルストという人物を知る者達がいる目の前で真実を教える為に」

 

しかし、それでも兵藤誠達は織斑一誠を選んだ。実に嘆かわしいことだと悲観する。

 

「そん、な・・・・・」

 

「至極、残念極まります。一誠様の幼少期から長年共にいた友人がこんなにも間抜けだったことに」

 

メリアから織斑一誠に顔を向け直す。

 

「結局、貴方も沈黙するばかりで何もお答えしませんでしたね」

 

「・・・・・」

 

「ハッキリ告げましょう。貴方は織斑一誠以前にも兵藤一誠ではない。本当の名前は・・・・・織斑百春。織斑家の末弟の者です」

 

な―――と口から吐露した驚愕の籠った一文字の声。織斑一誠は目を見開いたまま開いた口が塞がらない様を皆に窺わせた。

 

「織斑、百春・・・・・?千冬ちゃん達の末弟・・・・・」

 

「一誠、じゃない・・・・・別の子供・・・・・?」

 

その通りだとカーリラは魔方陣を展開して宇宙船からある資料をこの場に転送した。それを二人に提供する。

 

「証明するものはこちらに。それともナヴィ様に彼の詳細の情報を探ってもらいましょうか?」

 

「―――ナヴィちゃん!」

 

呼ばれた桃色の髪にグラマスな体型の女性が人壁の奥から出てきて、無言で織斑一誠の情報を確認した結果。彼女は静かに瞼を閉じて目を伏せた。

 

「・・・・・こんな典型的なミスを仕出かすなんて」

 

「まさか・・・・・」

 

「リーラの言う通りよ。この子は、織斑一誠じゃなかった。織斑百春って名前の人間よ。嘘じゃないわ」

 

彼女の情報網に嘘偽りがないと周囲の認識である。よってリーラの話は正しくあり虚偽ではないことに二人や結婚したばかりの織斑一誠の家族は凄まじいショックを受け、中には地面に腰を落として座り込んでしまった。

 

「事実をご確認できましたか?真の兵藤一誠、織斑一誠は誰なのか・・・・・」

 

織斑一誠改め織斑百春に近づき異形の手で織斑百春の襟を掴み宇宙船に向かって飛翔したラーズグリーズを見上げていた目を一瞥して目の前の者達に視線を変える。

 

「彼をこの場に残すのはあなた方にとって苦痛以外何物でもないでしょう。元の世界に連れ帰って差し上げます」

 

次いで、悠璃と楼羅、シオリに顔を向け尋ねる。

 

「私達は並行世界の兵藤一誠様達を元の世界に送りながら元の世界に帰りますが、どうしますか?」

 

「迷惑じゃなかったら、一緒に行ってもいいかしら?」

 

「もういっくんと別れ離れになるのは嫌!」

 

「一緒に同行させてください」

 

分かり切っていた言動に微笑まし気に口元を緩め、銀色の魔方陣を展開する。魂がない抜け殻な状態のかつての家族達に向かって一言。

 

「我が主に絶望を与えた貴方達も因果が巡るとは皮肉ですね。今度は貴方方が絶望を抱きながら余生をお過ごしください」

 

「リー、ラ・・・・・」

 

「では、これで本当に永遠にさようならです。二度と私達の世界に来ないでください。我が主より下回る代わりの男性などこの世界にいくらでもいます。その男性と好きなだけ結婚をして子供でも設けて最後は死んでくださいませ。―――私と一誠様から絶縁されたかつての家族の皆様」

 

永遠の別れ際の言葉を残して三人と一緒に銀色の光に包まれて宇宙船へと転移した。やがて動き出す宇宙船はドラゴン達の回収に勤しんでいるだろう並行世界の兵藤一誠達の元へと高速で移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・俺を、殺す気なんだろ」

 

「・・・・・殺す価値はもうなくなった。お前は俺と同じ苦しみを生きながら味わってもらった方が溜飲も下がると考え直した」

 

「お前・・・・・」

 

「・・・・・帰ったら政府を潰す。その後はお前が織斑家の末弟として勝手に生きてればいいし、勝手に自殺すればいい。これからも裏で生きる俺の関わる事じゃない」

 

「千冬姉さんやマドカが黙っちゃないぞ」

 

「・・・・・そうだよなぁ。仕事がクビになったお前の穴を俺が埋めなきゃいけなくなる感じだし」

 

「・・・・・でも、元々はお前の仕事だろ、よかったじゃないか。昔みたいに戻れるぞ」

 

「・・・・・やっぱり殺すか。それとももう一度俺の腹の中に入るか?」

 

「ごめんなさい。勘弁してください。蛇に丸呑みされた蛙の気分はもう嫌です。

あれはもう一生のトラウマだよぉ・・・・・!」

 

 

 

 

「千冬姉、一誠の奴をどうするべきなんだ?」

 

「私達の末弟だそうだ。あいつの世話をしたいならお前達が甲斐甲斐しくすればいいさ」

 

「ふん、私は死んでもあいつを嫌っているからな姉さん」

 

「マドカは変わらんなぁ・・・・・でもま、一誠じゃなかった百春か。改めて俺達の末弟として受け入れようぜ。問題はラーズグリーズ・・・・・か」

 

「「ラーズグリーズは何が何でも一緒に暮らさせるぞ。お前達も手伝え、いいな」」

 

「「異口同音になるほど熱意が伝わってくるなぁ・・・・・」」

 

 

 

 

「もう二度と、とは思えないが滅多に会えなくなるかもしれないから記念写真でも撮らね?一日二日だけじゃ足りない写真撮影会だ」

 

「お、いいねぇ。賛成だ」

 

「・・・・・また会える。今度は俺から会いに行く」

 

「兵藤一誠だもんな。俺達の寿命は一万年以上もある。いつか必ず会える時があるさ」

 

 

 

 

「いっくん、いっくん!いっくんの住んでいる世界に戻ったら私と楼羅の子供を作ろうね!」

 

「こらー!らーくんをいっくんと呼んでいいのはこの束さんだけだー!」

 

「ラーズグリーズだかららーくん?じゃあ、私もそう呼ぶね」

 

「らーくんでも駄目ーっ!」

 

「ふふ、悠璃が元気になってよかったです」

 

「私的にはあの子と魔人の子を増やせるなら問題ないわ」

 

「私もです」

 

「おい、兄さんの子供を作るのは私が先だ。これからも永遠にだ。だからお前達の出番はない。まぁ、しわくちゃの顏のばあさんからなら考えてもいいがな(笑)」

 

「「「へぇ、面白いことを・・・・・」」」

 

 

 

「あー、ラーズグリーズ・・・・・一誠って呼んでいいか?」

 

「・・・・・まだラーズグリーズ」

 

「まだ、ね。お前これからどうする気だ。束さん達と一緒に住むままか?」

 

「一誠、お前はこのまま家に戻ってこい決定事項だ異論は認めん」

 

「・・・・・束姉ヘルプ」

 

「ちーちゃん、それはまだダメかなー?らーくんはこれからも一緒に住むんだからさー」

 

「ほう?ならば勝負でもするか。お前の望み通りISで最高の舞台で弟を懸けた決闘をするぞ」

 

「あのちーちゃんが凄くやる気出してる!?でもこの束さんも臨む所だよ!元の世界に帰ったら早速らーくんと用意するからね!わーい、楽しみが増えたー!」

 

 

 

「「「・・・・・」」」

 

「・・・・・何?」

 

「「「同じイッセー、我、興味ある」」」

 

「・・・・・お持ち帰りは」

 

「「「駄目」」」

 

「俺も元の世界のオーフィスと会いてぇ・・・・・」

 

 

和気藹々な一同を載せた宇宙船は『四人目』の兵藤一誠の力によりこの世界から別次元の並行世界へと移動してこの世界から完全にいなくなった。その後の兵藤誠達は―――。

 

「・・・・・俺達はなんてことを・・・・・」

 

「ああ・・・・・私は、私達は・・・・・」

 

「イッセー・・・・・イッセーェ・・・・・」

 

「う、うう・・・・・っ」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・!」

 

「あ、ああ・・・あああああああっ!」

 

「そんな、そんなっ、そんなぁっ!」

 

友人達や神々から同情や憐みを向けられ、またその友人達と神々も同罪だと悔やみ、神の力を振るえなくなった神々は今後の未来を見据えて検討をするのだった。

 

 

「行っちまったか・・・・・」

 

「完全に気配が消えました。もうこの世界にはいないでしょう」

 

「あの坊主に悪いことをした・・・・・シアが酷く落ち込んでしまってやがる」

 

「ネリネちゃんとリコリスちゃんも・・・・・」

 

「彼等、これからどうなってしまうのかしら」

 

「・・・・・分からない」

 

「あの子に謝りたいわ・・・・・」

 

「誰でも同じ思いだ。しかし、現状彼がいる異世界に赴く術は今はない」

 

ならばどうする?否、既に決まっていると各勢力のトップ達はある計画を企てた。これから何百何千、もしかすると何万年も時間は掛かるだろうが時間はまだたくさんある。アザゼルは吐露する。

 

「待ってろよ。絶対に会いに行くからな」



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光ある処に闇がある

異世界から千冬達を連れ戻してからラーズグリーズ達は再び表から姿を暗ました。異世界同士の時差の差は幸い三年生のダリル達がまだ学園に通える年内であって、異世界で二歳も歳を取ってしまったが敢えて今まで通りの学園生活を過ごし、クラスメートに疑問をぶつけられても口外せず秘匿を貫いて数か月の時が過ぎIS学園は卒業式を迎え、ダリルとベルベットとグリフィンは卒業証書授与を受け取り晴れて無事に大人の世界に旅立った。

 

進級した一夏達も二年生、楯無とフォルテは三年生となって学園生活を送ることとなった春先のことだった。織斑一誠が名前を織斑百春に改名したことで世間は軽く奇異と疑問で賑やかになった頃、とある二人は奇怪な事務所に訪れていた。

 

「社長、お久しぶりです」

 

「・・・・・久しぶり」

 

「いやぁ~ん!桐生ちゃんと一誠ちゃん~!会いたかったわぁ~ん!会いたかったから桐生ちゃんは休職にしておいたからいつでも復帰できるわよん!」

 

「抜かりない人ですね。ですが、そうしていただけて助かりました」

 

「二人には約束をしてもらっているからねん!このぐらいの手配はお茶の子さいさいのさいさいよん!」

 

「・・・・・約束を守りに来た。また、よろしくお願いします社長」

 

「ええ、ええっ!また昔みたいに一緒にお仕事を頑張りましょん一誠ちゃん!」

 

ラーズグリーズはカーリラと一緒に仕事に復帰して一歩ずつ昔の頃を取り戻す。手始めに業界内の人脈を愛らしさをアピールしながら築き上げていって一ヶ月後。

 

「桐生ちゃん!今日も一誠ちゃんのお仕事が沢山入ってきたわよぉん!その中にはなんと、子役として映画の出演よ!」

 

「もう?CM数本請け負っただけなのに早いわね」

 

「んもぅ桐生ちゃん!一誠ちゃんの魅力は天井知らずどころか青天井以上、神クラスなのよん!アップルパイを食べてる瞬間の写真や可愛いキャラクターのイラストの商品なんて一時間も経たずに完売!人気アイドルなんて何?ごみの種類なの?と思われてるぐらいわかっているでしょう!?」

 

「言われるまでもないわ。けれど、昔のあの子の売り上げと比べると圧倒的ね」

 

「そりゃあ、獣属性付きの可愛いショタちゃんが女性の心を射止めちゃってるからん!一誠ちゃんがカバー曲を歌うだけでも絶対にヒットすること間違いなしね!」

 

「歌手どころか全てにおいてあの子は成功して見せる魅力があるわ」

 

「そうねん!それじゃあ、一誠ちゃんに連絡をお願いね?」

 

「わかったわ」

 

 

 

 

 

専用機持ち達のクラスに―――何故かIS学園の制服を着たショタ狐のラーズグリーズとウーノからトーレ以外のナンバーズ達が教壇の横に立って、真耶と肩を並べる彼彼女等の担当教師として千冬が口を開いた。物凄く疲れ切った声音で。

 

「はぁ・・・・・今日からお前達と一緒に学ぶことになった者達だ。自己紹介など必要もないぐらい知っているからさっさと授業に入るぞ」

 

「いや、いやいやいや!?何がどうしてラーズグリーズ達がIS学園に、俺達のクラスに編入することになったのか説明を!」

 

「私は兄さんと一緒に学園生活が出来るなら大歓迎だ!」

 

歓喜するマドカを除き、至極当然な疑問を抱く秋十の気持ちは同感だとウンウンとほぼ全員の専用機持ち達が頷いた。ラーズグリーズがその疑問を打ち明ける。

 

「・・・・・束姉が原因」

 

「姉さんが・・・・・?」

 

身内の名前が出た箒が反応し、百春を見つめるラーズグリーズ。

 

「・・・・・そいつ、織斑一誠が織斑百春に改名したならば正真正銘の織斑一誠としてデビューをするべきだと言って俺やチンク達をこの学園に寄こした」

 

「幸い、日本政府を潰したラーズグリーズの素顔はここにいる者以外誰も知らない。織斑一誠として生きることになったラーズグリーズのことを日本政府は追及する暇もなければすることもできない」

 

続いて語る千冬の意味深な最後の言葉に何となくでも察する一夏達。ラーズグリーズという日本の闇の一つが存在する以上、下手に刺激をすれば己の首を絞め立場を自分から失うことになる恐れが大いにある故に千冬が言う通り、追及する暇もすることもできないだろう。

 

「・・・・・今の日本政府に俺をどうこうする術もないしISもない。というか、ISを提供する代わりに篠ノ之束とジェイル・スカリエッティ、ナンバーズに織斑一誠と名乗る者に関して日本限定だけど一切の干渉をしないことを束姉が脅した」

 

それはもう日本内ではやりたい放題な現況ではないのかと思わずにはいられなかった。

 

「つまり、兄さんは光の世界で堂々と歩いて生きることが出来るようになったのだな」

 

「・・・・・そういうこと。以後よろしく」

 

何とも言えない状況になったが、ラーズグリーズが同じ学園の生徒として一緒にいることになるならば、事を構えず済めるとも仲良くなれるかもしれないと思ったところで千冬が催促する。

 

「話はここまでだ。授業を始める。ラーズグリーズ、いや、『一誠』とナンバーズ。生徒としてこの場に居る以上は私に逆らうような真似だけは止めておけよ」

 

「・・・・・ちぃ姉」

 

「馬鹿者、ここでは織斑先生だ」

 

「・・・・・ちぃ姉先生?」

 

「・・・・・」

 

言い聞かせても直さない生徒に拳骨(すごく痛くない威力)を落とす。のだが、ラーズグリーズ改め織斑一誠は殴られても口元を緩めて嬉しそうだった。

 

「・・・・・んふふ」

 

「何故笑う」

 

「・・・・・嬉しいから」

 

目を細めて自然な動きで千冬に抱きついて微笑みをこぼす。飼い主に甘える小動物のような、顔を擦り付ける一誠を困惑する千冬をしばし羨望の眼差しが一部から向けられる。

 

「あー、一誠?聞いていいか?」

 

「・・・・・?」

 

「どうしてそんな姿なんだ?」

 

ピコピコと動く獣耳、緩慢的に揺れる九つの尾。獣属性を備わってる今の一誠は別の姿にならずとも普通に生活できるじゃないのか、と秋十は思った。

 

「・・・・・俺もISを動かせる」

 

「うん?ああ、そうだな」

 

「・・・・・織斑百春と顔は瓜二つ」

 

「吃驚するぐらいにな。流石は兄弟ってやつだよな」

 

「・・・・・そんな男が突然、世間に現れたら余計で面倒な諍いが生じる」

 

「ん・・・・・?」

 

「・・・・・後日、俺の存在も公式発表される。そこにいるクーリェ・ルククシェフカと同じ待遇で学園にこの姿で通えば面倒なだけで済む」

 

面倒なだけ済む?

 

「お前にとって面倒なことって何だ?」

 

「・・・・・初詣みたいな寄って集まってくる連中と接すること」

 

「そう言うことならば私が全身全霊で守ってみせるぞ兄さん!」

 

そしてマドカをフォローするのが一夏と秋十、百春という事実は暫くして思い知らされるのであった。

 

「で、では授業を始めますね?皆さん、新学期でも頑張りましょう!」

 

真耶の促しでようやく授業を学ぶ姿勢になる。一誠達は宛てられた席に座ってIS学園の生徒として一夏達と学園生活を過ごす。よもやこんなことになるとはIS学園も一誠達も想像もしなかった。が、イマージュ・オリジスが消失した今・・・世界は平穏を取り戻して光に奪われ闇に生きるしかなかった少年は―――奪われた光の中で心機一転とゼロから人生をやり直して生きることを始めた。

 



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