この素晴らしき繋がりに祝福を! (☆saviour☆)
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おや、こんな夜分遅くにどうされたのですか主さま?
眠れないのでしたら、わたくしがあなたさまに寄り添って子守唄などを歌って差し上げましょう。わたくし達は例え『仮』だとしても主従関係。主さまの生活を支え、健康を守り、より快適な日々が過ごせるようお世話するのが従者であるわたくしの務めでございます。
どうぞ、ご遠慮なく。
お望みとあらばお応えますゆえ、何なりとお申し付けくださいませ主さま。
…えっ? ひとまず『主さま』と呼ぶのをやめてくれ、でございますか? これは失礼しました。ですが、わたくしのこれは一種の癖のようなものでして。
例えば、ブランケット症候群というものをご存知でしょうか。これは特定のアイテムを手放せず、常に持ち歩いている状態を指しますが、その原因の大半は心理的、環境的ストレスによるもの。頼りたい、縋りたい、安心したいという欲求が満たされるものを見つけてしまうことで備わってしまう執着心なのでございましょう。自立心が芽生える年頃であれば、なおさら。肌身離さず、常に手元にあった『
これは何も、物だけに限った話ではありません。時として対象は行為にも及ぶ場合があり、例えば買いたい物がある訳でもないのに、繰り返し買い物をしてしまう人なんかも当てはまるでしょうね。
わたくしがあなたさまを『主さま』、とつい呼んでしまうこの癖も、ブランケット症候群に近いやもしれません。
まあわたくしの場合、幼い頃から巫女として育てられていたことも考慮すると一概に『そう』だとは言いきれませんが。植え付けられた価値観、というものでしょうか? 周りの環境というのは良くも悪くも、その人の人格を形成するものなのでございます。
…そう心配なさらずとも、わたくしは望んで『ここ』にいるのです。気に病む必要はありません。
それに、あなたさまに寄り添う時、ぽかぽかとした暖かな安心感を抱いてしまうのですよ。尊敬する主さまにお仕えし、献身的に尽くし、お世話することがわたくしの幸せにございます。
ふふ、あなたさまに照れられるとわたくしも照れてしまいます。
…バブみ? 主さまは時折、わたくしの知らない言葉を使いますね。
それはそうと、物心ついた時からアメスさまより託宣を賜っていましたから、主さまには憧れに近い尊敬の念を抱いております。
ええ、
それでもあなたさまにお仕えすることを選んだのは紛れもなくわたくしの意思なのです。
本来の主さまに出会うことがあっても、わたくしは決してあなたさまを見捨てないと約束いたしましょう。
ですが、一つだけご注意を。
わたくしを頼ってくださるのは大変喜ばしいかぎりなのですが、間違っても『主従関係』そのものに
それはあなたさまを蝕んでしまう楔となり、時として道を違えてしまう原因となるやもしれません。勿論、そうならぬようにお導きするのがわたくしの使命ですが、あなたさまの人生はあなたさまだけのもの。わたくしがそう易易と踏み込んでしまえるものではありません。
ですが、まあ。
お望みとあらば、いっそのこと踏み違えるのも良いかもしれませんよ、主さま?
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序章 栄光の冒険者に宿命を ~A_never_ending_story~
独自解釈と独自設定って言葉、すごく便利
「はい、おはよう」
友人と交わすような気軽さで放たれた挨拶を皮切りに、茶髪に緑の瞳を持つ平凡な少年、
視界は黒から白へ。ただし、白紙のような真っ白ではなく、寧ろ澄み渡るほどの青空が彼の視界に映り込んできた。
(ーーーあれ、俺……?)
どうやら、ベッドのようなものに寝かされているらしい。弾力性はなく、ゴツゴツとした硬さだけが後頭部と背中から伝わってくるが、どういうわけか寝心地は悪くなかった。
夢心地な安心感がある、というか。
(俺、確か
今にも二度寝を決め込んでしまいそうな状態へとシフトしつつある意識を保ちながら、重い体をなんとか起こして状況確認を試みる。すると、すぐ近くに少女が立っていることを認識した。
「ごめんなさいね、ゆっくり眠っているところを起こしちゃって。でも仕方ないのよ。今はそんな、悠長なことは言ってられない状況でね」
「…………っ」
幼さを残した顔立ちに透き通った綺麗な青の瞳。黒のドレスを纏うスラリとした体躯と、ふわりと揺れる長髪から覗く長い耳が相まって、その姿はまさに『妖精』のよう。人間らしからぬ美貌を持つ少女に目を奪われるカズマだったが、何より惹かれたのは彼女の背後にあった。
翼。
彼女の背中から翼が伸びている。それも一般的に想像されるような羽毛でできた白いものではなく、所々から痛々しくケーブルのようなものが露出した機械仕掛けの翼だ。更には彼女の頭上にもボロボロの天使の輪っかのようなものが浮遊していた。
察するに天使…を模した精巧なロボットか。
あるいは本物の『そういう姿』の天使なのであれば、カズマにとって自分が今どの状況、状態に陥っているのかが
つまり。
(………ああ、そうか。俺、やっぱり死んだんだな…)
少女を視界から外し、辺りの風景を見てみれば、まさに天界のような景色があった。水平線の彼方まで広がるお花畑…は、流石になかったが、緑の木々に囲まれた大きな噴水の広場。そこが、カズマが寝かされていた場所だった。美しい景色の中に見え隠れする人工物のような柱が少し気になるが、恐らくは『そういう外観』の天界なのだろう、とカズマはとりあえず納得する。
ここは死後の世界。
であれば、目の前の少女こそが自分に死後の行く末を案内する天使、あるいは女神なのだろうとあたりをつけた。
「なによ、そんなにきょろきょろしちゃって。…まあ、あんたの事情を考慮すれば無理もないか。
「………その、無我夢中だったもんで…。自分でも思いきったことをしたなぁとは思います」
「まあ、そのおかげで魔王なんてご大層な存在を倒しちゃったわけだけど。やるじゃない」
少女に褒められ、照れくさくなって視線を外してしまう程度にはカズマにも可愛げがあったらしい。
それとは別に、少女の言葉にはカズマが抱いていた一抹の不安を解消する要素があった。
魔王の討伐。
それが無事に完遂されたことを補償するような彼女の言葉は、カズマにとって自分の死が無駄ではなかったことを証明しているのだ。
何せ、相手は魔王である。
最弱職の冒険者であったカズマとしては、
かつて、人助けの末に迎えた死が無駄であったと水の女神を
「…俺が魔王を倒した後、みんなはどうなったんですか?」
「…悪いけど、あたしはそこまで知りえていないわ。見ることができたのはあんたが死ぬ直前の記憶だけ。それ以外は何一つわからないわ」
「そうですか…」
仲間の安否まで確認できなかったのは残念だが、魔王を倒せたのならきっと無事だろう、とカズマは自分に言い聞かせる。
結果だけで言えば死んでしまったというのに、彼はどこか達観していた。無事やるべきことをやれたからだろうか。
なんだか達成感に満ち溢れてきたカズマは少女を見遣って、
「ところで、俺はこれからどうなるんですか? …とりあえず選択肢としては生まれ変わるか、天国に行くかの二択ですかね? 先に言っておきますけど、俺、天国なんて日向ぼっこするしかやることないらしい場所に行きたくないですよ? …そういえば、魔王を倒した暁にはどんな願いでも一つだけ叶えてくれるって話がありましたけど、あれってーーー」
「あーごめんごめん、ちゃんと言ってなかったわ。認識の齟齬があったというか、こればっかりは瞬時に把握しろなんて言うほうが無茶だものね」
「?」
少女の不思議な物言いにカズマを首を傾げた。その様子に少女はため息をつき、やれやれ、というような仕草をする。それからしっかりとカズマを見据えて、こう告げた。
「単刀直入に言って。ここは、あんたの知る世界じゃない」
パキンッ、と。
カズマは思わず声を失い、自分の世界が壊されるような衝撃を受けた。
物理的にでは無い。
精神的な、もっと深い部分へと。
「まず、あんたはここを『天界』…つまり死後の世界と認識したようだけど、それは間違い。『夢の世界』って称した方がいいかしら? 死後の世界とは似て非なる場所、それでいて紛れもなく現実に近い世界。だから、あんたも魂だけじゃなくて肉体とともにしっかり存在してる」
ビッ、と少女がカズマの体に指を指すと、カズマもそれに合わせて視線を下に落とす。
確かに肉体は健在だ。意識を集中させれば、生前と何ら変わらない感覚がある。肉体がない状態が具体的にどのような感覚なのかは不明だが、それにしたってあまりにも変わらなすぎるのだ。
死を何度も体験したことのあるカズマですら気付くほどに。
ようやく。
カズマは自分が置かれている状況がとてつもなく異質であることを理解した。魔王討伐という偉業を成し遂げた者は死後、通常とは違う扱いになるのかと先程まで思っていたが、それは違ったのだ。
ここは夢の世界。
つまり、佐藤和真は死んでいない。
間違いなく、体は魔王と共に吹き飛ばされたのにも関わらず、だ。
「どういうこと、だ…ですか……? 俺は確かに自分を含めた魔王とその周辺の全てを跡形もなく消し飛ばしたはずだ。
「おまけにあんな強烈な魔法が放たれたのは地下奥深くの狭い空間。世界最大のダンジョン、その最下層…かしら? 万が一、奇跡的に助かったとしても崩れた地盤であっという間に引き潰されてお陀仏よ」
「ならッ! ………なら、俺がこうして肉体を持って生きてるのはおかしいじゃないですか。魔王は倒されたんですよね? 俺を気遣って嘘をついてるわけじゃないんですよね?」
「嘘をつくメリットなんてあたしにはないわよ。あんたは間違いなく魔王を倒した英雄、あるいは勇者。それは保証するわ」
けどね、と続けて、
「あんたは生き長らえてしまった。肉体を失い、本来のルートである死後の世界への道を外れて、この『異世界』へと辿り着いた。ふらふらと砂漠を彷徨う旅人のように、ね。それと、そう畏まらなくていいわよ。あたし、別に神さまじゃないし」
意識が遠のいていく感覚すら覚えた。黒幕を倒し、いざエンディングを迎えるかと思いきやまさかの『
もはや、ついてないとしか言いようがなかった。カズマの幸運値のステータスは平均値をかなり上回っていたはずだが、そんなの絶対嘘だろと宣いたくなる。
「これはあくまでもあたしの推測なんだけどね。魂と肉体っていうのは互いに強い相互関係にあるのよ。いわば太陽と月、陽と陰みたいに。そして互いを結びつけている糸のような力が精神、ってところかしら」
両手の人差し指を立てて、少女は魂と肉体の関係図を簡潔に表す。
「じゃあ、どちらか一方が失った場合、残された片方はどうなると思う? 魂は宛もなくさ迷うのか、肉体は動かないただの人形と化すのか。…答えは簡単、互いを結んでいた精神という力が、失った一方を引き寄せるのよ」
ピトッ、と指と指をくっつけた。それこそ、磁石のS極とN極が引き合うように。
「あんたは元の世界で魔王と共に死滅、肉体は吹き飛び、文字通り魂だけの存在になった。現世に留まる術を失ったあんたは本能に従って死後の世界へ目指すでしょうね。
魂は肉体を求めていた。自身が収まるべき器となる肉体を。生物としての生と死のサイクルが本能的に機能する結果なのか、これが輪廻転生と呼ばれる概念たる所以なのかはカズマにはわからない。
しかし、転生には以前の記憶を失うということをカズマは知っている。それは最初に死んでしまった時…『あの世界』へ異世界転生を果たす前に告げられた死後の案内には、こんな選択肢があったのだ。
記憶を消し、全く別の人物として生まれ変わって新たな生を歩むか。
…もしも、記憶を消すという工程が魂と元の肉体を結びつけていた精神をキレイさっぱり洗い流すための作業だとしたら。
死に絶え、肉体との繋がりを保てなくなった精神が、それでも別の場所に再接続できる『生前と違わぬ肉体』を見つけてしまったのなら。
「まさか…」
「そう。この世界には正真正銘あんたの体が存在してしまった。『中身』のない、けれど何の不具合もなく機能する綺麗な肉体が。結果、どうなるかなんて検討つくでしょう?」
佐藤和真の魂は磁石のように新たな肉体に引っ張られてしまい、本来ならば有り得ない形で異世界転生を果たしてしまった。
魂と肉体、そして精神。
これら三つの要素がもたらした事実はカズマに絶望にも似た感情を植え付ける。
言ってしまえば。
どうしてこうなった?
「…本当に、そんなことが起こり得るんですか? 普通に考えたらありえない話じゃないですか」
「でもこうして現実に起こってる、ここは夢の世界だけど。あんたがここの存在している、その事実は変わらないわ」
「だとしたら、魂は? この体の持ち主はどうなったんですか?」
「…うーん、そのあたりの説明が少し難しいのよね。詳しく説明してあげたいのは山々だけど、生憎と今はもう時間がない。手っ取り早く、こちらの事情だけ把握してもらうわ」
少女がこほんと軽く咳払いだけ行う。
そして、胸を撫で下ろすようにしてから、
「あたしは…まあ、『アメス』とでも名乗っておくわね。最近はもっぱら、そう呼ばれてるから」
アメスと名乗る少女の背面、機械仕掛けの翼の一部が歯車のように回転した。ギチギチと嫌な音を立てるが、故障でもしているのだろうか。
「『この世界』はね、ある一人の黒幕によって支配されているのよ。大いなる嘘で世界を覆い尽くし、みんなの認識をズラして支配している黒幕が。あんたの世界でいう魔王みたいな存在ね」
「認識をズラす…? 催眠術みたいなもんですか?」
「まあ、概ねその通り。『この世界』の違和感に気付かないよう策を講じたってところかしら。歴史、社会制度、情勢、異様に豊富な武具や魔法、そして自分の出自…どれも少し考えれば違和感しかないのに、誰もその事に気付かない。気付いても、思考をまるごと別の対象へと切り替えられてしまうのよ。なんの突拍子もない、納得のいく都合のいい理屈を並べてね」
「…なんだか複雑な話になってきたんですけど」
「別に、この話の全てを理解しろなんて言わないわよ。
動きはないが、アメスの演技染みた物言いにに既視感を覚えるカズマ。前の異世界転生の時にも似たようなことを言われたなと思い出していた。
思い出した上で、嫌な予感がカズマの中で迸る。
そうとは知らないアメスは祈るようなポーズでこう言った。
「あんたにはさ、この世界を救ってほしいのよ」
つまり、黒幕を倒せ、と。
まるで女神から託宣を受けた本物の勇者になったような気分だった。…いや、元々カズマは女神から魔王を倒すよう命じられはしていたのだが。
正直なところ、ふざけるなと声を大にして言いたかったのだろう、カズマは何やら葛藤するように表情を歪ませていく。
世界を救う。
確かに魔王を倒したカズマであるが、その実態はおとぎ話やヒーローの物語と違って抗いに抗い続けてようやく得た泥だらけの勝利なのだ。世界を救ったとはいえ、彼は依然として最弱職のままである。
「…いやいや、無理ですって。魔王は倒しましたけど、俺所詮は一般人に毛が生えた程度のステータスしかないんですよ? そんなやつが世界をまるごと支配しているようなやつに勝てると思います?」
「そりゃあ、正攻法じゃ無理でしょうね。
「じゃあ…」
でも、とアメスは呟いてから、
「あんたは世界を救ってみせたのでしょう?」
そう言って、ふわっと浮かべたアメスの微笑みに、カズマは思わずドキッとしてしまう。
いつか、憧れであり大切な友人でもある『幸運の女神』を前にした時のような。
「………ズルいなぁ。神様ってほんとズルい」
「ズルくない。それにあたし、神様じゃないって言ったでしょ?」
詭弁なのか、彼女が纏うオーラは女神そのものように思える。そのせいなのかは知らないが、不思議とカズマはアメスの頼みを拒めないような感覚を抱いた。
別に世界平和を願って見ず知らずの赤の他人のために命をかけれるほどカズマはお人好しではない。
他人より自分。
人間誰もが抱く当たり前の優先順位だ。
それでも。
困っている人がいたらなんだかんだ見過ごせないのが佐藤和真なのである。
「それに、あんたが元の世界に戻るにはどのみち黒幕を倒すしかない。瞬間移動、あるいは空間跳躍系の魔法は使用できないように黒幕が厳重なロックをかけてる。あいつにとって恐らくそれが一番厄介だと判断したからでしょうね。だから、元の世界へ戻るための方法はあっても、それを使う手段は既に失われているわ」
それを聞いて、カズマはため息をついた。
例え元の世界に帰りたいと泣き喚いたとしても、魔王退治に行かされるのは決定事項だったわけだ。
魔王を倒してすぐに別の魔王を倒さなくてはいけないなんて、ハードスケジュールにもほどがある。せめて、魔王を倒したことへの報酬があったのなら救いものなのだが、恐らくそれは見込めないだろう。
本当にここが別の世界…異世界であるのなら、アメスはカズマに特別な報酬や特典を与える義理はないのだから。
アメスはベッドの上で座ったままのカズマの腕を引っ張って、
「ほらほら、早く準備なさい。呑気に話合ってる余裕なんかもうないんだから」
「ちょ……っ、そんなに切羽詰まった状況なんですか!?」
「言ったでしょ、時間はないって。夢は…いつまでも見てられないから」
瞬間、幾重にも重なった魔法陣が扉のように展開される。恐らくはそれが、夢から現実へと向かうための門。
「ちょっ…ま、せめてサポートは!?」
「悪いけど、あたし、見ての通りボロボロにぶっ壊れててさ。自己修復が完了するまで現実には関われないのよ」
「丸投げするつもりかよ!?」
「大丈夫。あたしの代理として、『ガイド役』を一人派遣してるから。あんたを導く水先案内人ね。詳しいことはそっちに聞いて」
アメスはニコッ、と笑ってカズマを門へと押し出して行く。本当に、神様というのはどの世界でも無茶苦茶だと思いながらも、カズマは既に抵抗する力は抜いていた。抗ったところで状況が覆るわけでもないからだ。
そして、アメスはカズマをこんな言葉で見送る。
「それじゃあ、二度目の魔王退治…」
目指す先は遥か高みに鎮座する巨大な悪。
それに対抗するための、彼女が知るヒーローはどこかへ行ってしまったけれど。
見ず知らずの異界の勇者に希望を託すように。
「いってみよう!」
肉体やら何やらの事情は後々説明が出てきます
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第一章 この新たな旅路に従者を ~Newbie _guide_little_girl~
投稿形式どうしようかと悩んでたら一週間たってた。
本当は小説の一章分(大体3万字?)で投稿する予定でしたが、Web上じゃあ本ほど自由に栞を挟めないので、ある程度区切り(5千字目安)がついたら投稿することにしました。
「はじっめ、ちょろちょろ……♪ な〜か、ぱっぱ……♪ あかっご泣いても、蓋とるな〜……♪」
微かに聞こえてくる少女の歌声に刺激され、サトウカズマはゆっくり意識を取り戻した。夢を見ていたようなふわふわとした感覚に囚われつつも、背中でしっかりと緑の大地の温もりを感じる。
目を開けば、視界いっぱいに青空が広がった。まるで曇る気配がなく、まさに素敵な晴れであるといえよう。
目が覚めた、というか。
どうやら、無事夢の世界から現実へと降り立つことができたようだ。
記憶が一部はっきりとしないが、機械仕掛けの翼を持つ少女、アメスとのやり取りは覚えている。
二度目の魔王退治。
魔王を死ぬ気で倒したのに、どうして報酬もないままに休みなく二周目へ突入させられるのか、納得がいかなかった。
もしもこれが派遣会社であれば、労働基準法を無視したブラック企業もいいところである。
このままふて寝の二度寝を決め込んでしまおうか、そう思っていた時だった。
「……おや。お目覚めになられたのですね、主さま」
ひょこ、と。
横たわっていたカズマの視界に、可愛らしい少女の顔が映り込んできた。
12歳くらいだろうか。ふわりと揺れるショートウェーブの銀髪に桃色にも似た赤の瞳。おっとりとした優しげに整った顔立ちはまさに美少女である。髪飾りの花がよく似合っていた。
少女はカズマの顔を覗き込みながら、
「わたくしは偉大なるアメスさまによって派遣された『ガイド役』…名前は、コッコロと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」
「え、あ、どうも…佐藤和真と申します」
幼い身ながらも、その態度はとてつもなく丁寧だ。明らかに少女の方が年下であるにも関わらず、体を起こしたカズマは思わず敬語で返してしまう。別段、相手が年下だからといって不躾にしていいわけでもないのだが。
「サトウカズマさま、ですね。良かった、アメスさまの託宣通り、わたくしがお仕えする主さまで間違いないようです」
「主さまって…別にそこまで畏まらなくていいんだぞ? 俺、偉い立場の人間でもないしな」
「いえ、そういうわけにもいきません。主さまをお守りし、おはようからおやすみまで…揺籃から棺桶まで、誠心誠意お世話をするのがわたくしの役目でございますので」
などとコッコロは言うが、カズマとしては複雑な気分だった。確かに彼女のような礼儀正しく可愛らしい女の子が自分に仕える従者なのは喜ばしいかぎりだ。それも思わず庭を走りまわりたくなるくらいに。
しかし。
彼女は明らかに『幼女』である。
抱きしめてしまえば簡単に包み込めてしまうほどの小さな体躯の少女を、いい歳した男が『主さま』などと呼ばせて歩き連れていたら周りの目にはどう映るだろう。
まず間違いなく通報案件である。
「? どうかしましたか、主さま。突然、頭を抱えられて…もしや、頭痛に苦しんでおられるのですか? それでしたら今すぐにでも横になってくださいまし。よろしければ、わたくしの膝の上に…」
「いや大丈夫だ、問題ない。ちょっと考え事をしてただけで…だからそんな膝をポンポンとして誘わなくていいんだからな?」
自分の代わりに『ガイド役』を派遣する、とアメスは言っていた。言ってはいたが、まさか幼い少女を自分の従者として派遣してくるとは予想外だ。おまけにアメスから何を言われたのか、初対面にも関わらずコッコロのカズマに対する好感度が割かし高めに思える。
「あの、…コッコロ?」
「はい、主さま。なんなりとご用命を」
「いや命令ってわけじゃないんだけどさ…できればその、『主さま』っていうのは無しにしないか?」
「…もしや、ご不快だったでしょうか。それは大変申し訳ございません。配慮に欠けたわたくしに何なりと罰をお与えくださいまし。どうぞ、鞭で打たれようが何をされようが、わたくしは一向に構いません」
「いや俺が構うよ、何言ってんの!?」
好感度が高めどころの話じゃなかった。従者としての奉仕精神があまりにも異常だ。『ガイド役』を任せてられているとはいえ、年上の男に対して『何をされてもいい』なんて無防備にも程がある。
カズマには顔は良くても性格に難ありの仲間たちがいたが、コッコロもまた別ベクトルで『ヤバい』のかもしれない。
「ところで、お腹を空かせてはおりませんか? 主さまがお目覚めになられたら召し上がっていただこうかと、わたくし、ごはんを炊いておりました」
そう言って背を向けたコッコロの近くには焚き火が作られていた。近くの川から組んできたのか、水が入ったバケツを傍に、何かを用意し始める。
「アメスさまからの託宣によれば、主さまは『異世界の勇者』さまであると聞き及びました」
「アメス様から?」
「はい、ですので、『この世界』については右も左も分からない状態で不安を抱いておられるかと思いますが…」
振り返ったコッコロはカズマとしっかり向き合って、
「わたくしが主さまをお守りし、お導きいたしますので、どうかご安心を」
そう言って優しく微笑んだコッコロの手にはおにぎりが握られていた。
できたてほやほや、見渡す限りの草原に吹き付ける風が、炊きたてごはんの美味しそうな匂いをカズマの嗅覚に運んでくる。
ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。
そういえば、最後に取った食事は魔王城への道中、移動中の馬車の中だったかと思い出す。軽めの食事でもあったためか、魔王城突入から『この世界』に至るまで何も口に入れてなかったことを考えると自分が如何に空腹だったかを自覚する。
「こちらをどうぞ、主さま。主さまのために、丹精を込めて作らせていただきました。お口に合うとよいのですが…」
「あ、ありがとう…。もうこの際、『主さま』と呼ぶのは止めないけど、せめて二人っきりの時だけにしてくれると助かるよ」
「かしこまりました、主さま。では、その時は『カズマさま』と呼ばせていただきます」
何だか余計にイケない感じになった気もしなくもないが、ひとまずは一件落着とピリオドを打つ。
貰ったおにぎりはとても美味しかった。
☆
「ところで、俺はこれからどうしたらいいんだ?アメス様から、詳しい話はコッコロから聞けなんて言われたんだけど」
「おまかせくださいませ。この不肖コッコロ、主さまのために何でもお答えいたしましょう」
「お、おう…。とりあえず、この世界について幾つか教えてほしい」
おにぎりを食べ終えた二人は気ままに草原の中を仲良く並んで歩いていた。どこまでも続く緑の景色と煌めくの川のせせらぎが、徒歩の旅を彩ってくれている。
元々都会から切り離された田舎で暮らしており、かつ剣と魔法の異世界での旅を果たしたカズマとしてはその景色は目新しいというわけでもない。けれども、自分の知らない世界の風景というのは普段とは違う新鮮味を味あわせてくれるのだ。
「ここ、アストライア大陸は世界最大の大陸。北は雪原に火山、西は砂漠、東は大森林と様々な自然環境が混在する大陸にございます」
コッコロがバスガイドのように右手側を指す。
「そして、あちらに見えますはアストライア大陸内において最大の国家である首都『ランドソル』でございます。わたくしたちがこれから滞在することとなる城塞都市ですね」
「滞在…あれが俺達の活動拠点となる街か。首都なだけあって『アクセル』よりも大きいな。…街の上空に浮いてるのは?」
「あちらは世界最大の建造物、『ソルの塔』でございます」
「へえー……。空に浮かぶ塔なんて初めて見たなぁ」
「
「古代人が残した遺跡…みたいなものか」
カズマが『ソルの塔』を見上げると、その遥か上空…塔の頂上は雲で覆い隠されてしまっていた。
空に浮かぶ、首都よりも巨大な塔。
元の世界でもそうだったが、こうした用途不明の謎施設及び遺跡の存在は非常に惹かれるものがある。
浪漫、というか。
「…いつかは登らないといけないんだろうなぁ」
「おや、主さまは随分と冒険家でいらっしゃるのですね」
「一応、職業は『冒険者』だしな。それにゲームじゃ、あの手の施設は主人公のパワーアップイベントだとか、女神に実力を認めさせるための試練だったりするんだよ。気乗りはしないけど」
ただし、無性に頂上を目指さなくては行けないという謎の使命感に駆られるのはただの気まぐれか気のせいか。
ザワザワとした不思議な感覚に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるカズマを余所に、コッコロは言う。
「塔の攻略でございますか…。それにはまず、装備を整えなくてはいけませんね。今の主さまは武器も防具も装備していない、丸腰の状態ですから」
今更だが、必要最低限の生活用品を纏めた軽い荷物とどう見ても槍にしか見えない杖を持っているコッコロとは裏腹に、カズマは荷物らしい荷物を何一つ持っていなかった。
『この世界』…アストライア大陸へと降り立つ前は自分で放った魔法で肉体を吹き飛ばしているのだから当然と言えば当然である。
愛刀であった『ちゅんちゅん丸』やスキル発動のための道具やその他諸々、加えて常日頃から持ち歩いていた『冒険者カード』までもが消失していた。
「自衛のためにせめて剣のひとつでも。基本的にはわたくしが全身全霊で主さまをお守りいたしますが、万が一、ということもありますので」
「ああ、うん。気持ちは嬉しいけど、無理はしなくていいんだからな?」
幼女に守られるなんて魔王を倒した身としてはあまりにも情けない。
「というか、やっぱり『この世界』にもモンスターとか魔物が蔓延っているものなのか?」
「はい、それはもう、わんさかと。とても高い凶暴性を持ち、人々に害をなす存在であるため、討伐行為なんかは積極的におこなわれておりますね。特に危険な魔物の類はギルドでも高難度クエストとして討伐依頼が張り出されるほどの
「ギルドにクエスト、か。…それじゃ、最初の目的は『ランドソル』の冒険者ギルドに行って登録するところからだな」
といっても、カズマが話しているのは彼が認識しているギルドのシステムを踏まえての事だ。実際のところ、『ランドソル』におけるギルドがどのようなシステムで成り立っているのかはカズマは知らない。
しかし、『ギルド』という名称が用いられている以上、その活動内容や目的は概ね推測できる。
「登録、でございますか?」
「そう。ギルドってのは基本的に冒険者稼業を斡旋したり、支援してくれる組織なんだよ。特に新参者には活動資金を準備していくれたり、いい仕事を紹介してくれたり、タメになるアドバイスをくれたりな」
つまり、これから『ランドソル』で生活する上で、ギルドへの登録はスタートダッシュになるわけだ。二度目の魔王退治にあたり、できれば慎重に行きたいというのがカズマの本音である以上、活動拠点の有無は特に重要視される。
衛生面が不安定な馬小屋で夜を過ごすのか、ふかふかのベッドの上でゆっくりと休むか、これだけでも大きな差が生まれるのだ。
主に精神的に。
「というか、ギルドについては俺よりもコッコロの方が詳しいと思うんだけど…」
「えぇっと…」
コッコロは歯切れの悪い返事をしながら、
「その、実はわたくし、随分と田舎の方で暮らしておりまして…『ランドソル』を訪れるのは初めてになるのです」
「……え?」
「なので、街の地理やルールはあまり存じ上げず…お力になれず、大変申し訳ありません。不甲斐ないわたくしに、どうか罰をお与えくだ
「いやいや大丈夫! 大丈夫だからそんな悲しそうな顔して頭を下げなくていいから! ………そうか、コッコロも初めてなのか」
カズマは食い気味に、身振り手振りでコッコロを励ました。
都会デビュー、といったところだろうか。
なるほど、先程からコッコロの発言の中にあった妙な違和感はこれだったのだ。知ってはいるが、あくまでも人から伝え聞いた知識を答えているかのような感覚。さほど気にもしていなかったが、いざそのような事実を聞いてしまうと、カズマとしては非常に困るわけで。
別段、コッコロを使えない子認定したわけではないのだが、得られる情報が限られてしまうというのは些か心許ない。自力が脆弱なカズマにとって情報は何よりの武器なのだ。それを得られないということはアドバンテージが圧倒的に失われていると言っても過言ではない。
しかし、だ。
カズマは魔王を倒した勇者。言ってしまえば超ベテランの凄腕冒険者である。
そして、コッコロは『ガイド役』を任命されたとはいえ、故郷を旅立ったばかりの新米冒険者。先輩後輩の関係でいえば、カズマの方が圧倒的に先輩なのである。
ここでひとつ、カズマにこんな考えが浮かぶ。
先輩冒険者として新米冒険者の彼女を誠心誠意、全力で引っ張っていかなくては、と。
「そう申し訳なさそうにするなコッコロ。こういう時、冒険者なら下を見ないで前を見るんだぜ? 次はどうするか、ってな」
それにな、と
「俺は数多のスキルを習得し、名だたる魔王幹部達と渡り合い、果てには魔王を倒した勇者カズマさんだ。分からないことだらけだとしても、そう簡単にへこたれるほどヤワじゃないさ」
完全にキメ顔だった。
とはいえ、コッコロを安心させる為でもあったので仕方ないと言える。決して出会って早々に慕ってくれる少女に良い格好をしようとか、そんな邪念はなく。
カズマなりの励ましが効いたのか、コッコロはゆっくりと顔をあげた。
「あ、主さま………」
「どうした?あまりの感動に言葉を失ったか?」
「いえ、そうではなく…う、うしろ…」
ゴトッ、と重い音が聞こえた。
そしてガラガラと音を立てながら、カズマの背後で何かが蠢いている。背中で感じる、硬い何かが眠りを妨げられた犬のように蠢いているのが。
ギギギ、と壊れた歯車のようにカズマは振り返った。
それは、巨大な岩だった。
岩と岩の隙間からは草や花が生い茂っており、よく見れば黒い皮膚のようなものが見える。
おまけに、その岩には手足のようなものまでくっついていた。腕は太く硬く、にもかかわらず、巨大な図体を支える足は小さく心許ない。
つまるところ。
「ぎぃやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」
「気をつけてください、ゴーレムです!」
驚きのあまり、超ベテランの凄腕冒険者の威厳が消し飛んだカズマとは裏腹に、コッコロは冷静に杖を構える。
戦闘態勢へと移行した少女を見て、ゴーレムもまたそれに答えるように巨大な岩の腕をガチンと豪快に鳴らした。
「主さま、今のわたくしたちにはちょうどよい相手です。ゴーレムは見ての通り頑強な岩で覆われており、その硬さから繰り出される攻撃は強烈の一言でございます。ですが、その動きは非常に鈍足。距離をとって戦えば、後れを取ることはまずないでしょう」
「な、なるほど…それなら!」
コッコロの説明を聞きながら、何とか体勢を立て直したカズマ。それから掌をゴーレムへと向けて、
「見てろよコッコロ! これが、俺の実力だああああああああっ!!」
「主さま!」
「『ライトニング』ッ!」
瞬間、カズマの掌からは青白い光が閃光のように瞬き、ゴーレムへと届いた。
光は勢いよく霧散し、カズマの放った魔法を真正面から受け止めたゴーレムは仰け反る。
…
「あ」
直後に。
岩の剛腕から繰り出された強烈な一撃によって、カズマの体は回転しながら宙を舞う。
「あ、主さまああああああああっ!!」
ボク、空を飛べた!
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その2
感想、評価ありがとうございます。大変励みとなっております。
そして誤字報告もとても助かります。
王都、ランドソル。
そこはアストライア大陸内において世界最大の国家にして首都。
連なるようにして鋭角の赤い屋根の住居が立ち並ぶ街の風景はどこか迷路のよう。かといって狭苦しい感覚はなく、石畳で舗装された大通りにはガラガラと音を立てながら進んでいく馬車やそれに轢かれまいと避けるように往来する人々、露店でお客の呼び込みをしているおっちゃんに隅の方で井戸端会議を行っている奥様方など…活気で溢れた良い街だと言える。
その街中に、銀髪エルフのロリっ子と、彼女に支えられながら歩く冴えない茶髪の少年が一人。
「着きましたよ、ある…カズマさま。ここが、アストライア大陸最大の国家、王都『ランドソル』でございます。…体調の方はいかがでしょうか」
「あぁ、うん…。少しは楽になったよ。ここまでありがとな、コッコロ」
「いえ、カズマさまのお力になるのが、わたくしの使命ですから」
カズマとコッコロ。
結局、遭遇したゴーレムから何とか逃げ延びた二人は無事『ランドソル』へと辿り着いたのだ。街の門を潜り、人々から奇妙なものを見るような視線を集めつつも、二人は街中をぼそぼそと突き進んでいく。
「カズマさまが吹き飛ばされた時はどうなることやらと思いましたが……さすがはわたくしの主さま。回復魔法まで使えるなんて、感無量でございます」
「ま、まあな」
格好つけて自信満々に放った魔法がゴーレムには効かなかったにもかかわらず、回復魔法のおかげでコッコロからの尊敬の念を失わずに済んだのは不幸中の幸いか。
ちなみに、ゴーレムの一撃はカズマに直撃したわけではなかった。直撃寸前で彼の『自動回避』スキルが無事発動したことにより、最悪の事態は免れたわけだ。
まあ、その衝撃で体が宙を舞ったのだが。
おかげでダメージこそ負ったものの、動ける程度には浅かったため、コッコロに支えられながらも自分に回復魔法をかけたカズマは難を逃れた。魔王討伐前に数多のスキルを習得しておいて本当に助かったと、過去の自分に感謝する。
(それにしても………)
カズマは静かに自分の掌を見て、
(やっぱり俺の魔力だけじゃ、魔法の出力も大したことないか…。それなりに全力で放ったつもりだったけど、最初の敵にすらまともに効果がないなんて。…幸先よくないよなぁ)
魔法の威力は術者の魔力量、あるいは魔力の質によって比例する。主に関わってくるのは潜在能力ともなる魔力量ではあるが、このあたりは魔力の質…ようは魔法そのものを制御する技術があれば、その威力はいくらでも操作可能だ。
例えば魔法の専門職、『ウィザード』あたりは魔法の制御に長けているおかげか、潜在魔力が低くても、その知識と職業補正で幾分かはマシになる。カズマがゴーレムに放った魔法…『ライトニング』ひとつとっても、『冒険者』のそれとは段違いな威力を持つのだ。
しかし、カズマはやはり『冒険者』。魔法は使えても本職のそれには遠く及ばない。魔王城への出立前に緊急で習得した数多のスキルのひとつであることも相まって、その制御方法も非常に曖昧だった。
なんというか、ゲームのコマンドを選んで、画面が変化するのをただ見ているだけのような。
(鍛錬が必要、か。…やだなぁ、俺、そんな体育会系なんて柄じゃないのに)
とはいえ、使える手札を増やしておくに越したことはない。取れる戦略が多ければ多いほどそれだけでサトウカズマという人間はたった一人で計り知れない戦力となるのだから。
…と、あたかもとんでもない実力者であるように評価したが、実際は肝心なところで失敗するので器用貧乏の域を出ない。スキルや魔法の精度もそこそこなので、あまりにもステータスに差がある敵と相対すればやることなすことが嫌がらせレベルにしかならない時もある。
先程ゴーレムを仕留め損ねて一撃もらいかけたのがその証拠だ。
「カズマさま? ……やはり少し休まれた方がよいかと。顔色が悪いですよ?」
「いや違うんだ、ちょっと考え事してたら段々と気持ちが萎縮してきたというか…。それより、首都なだけあって『ランドソル』は広いな」
「はい、入り組んだ街ですし、油断すると迷子になってしまいそうです。この人混みにもぜんぜん慣れません……どこを見ても人々の姿があって、多種多様の種族の方々が入り交じっておりますね。ほら、あちらには
「お、あっちにはコッコロと同じエルフ族らしき人もいるな。……こうして見ると、本当にファンタジーの世界に来たんだなって思うよ」
まあ、前の世界もファンタジーの世界だったが、という言葉は呑み込むカズマ。とはいえ、『ランドソル』ほど様々な種族の人々が行き交う光景は見れなかったので、新鮮といえば新鮮だ。獣耳や尻尾がピコピコと動かす獣人族を見ると感動すら覚える。
付け耳エルフにヒゲなしドワーフ、猫耳オークといった世界観ぶち壊しの光景を見てきたのだから、無理もないだろう。
ふと、コッコロがある一点をじっと見つめていることにカズマは気付いた。
「どうした、コッコロ?何か珍しいものでも見つけたか?」
はう、とコッコロは驚いてから、
「い、いえ、どれもこれも物珍しいものばかりでつい見入ってしまいました。物見遊山にきたわけではないですのに、申し訳ありません」
「別にいいのに。気になったものがあれば言ってくれていいんだぞ?」
「だ、大丈夫です。ささ、先を急ぎましょう、カズマさま。予定どおり、ギルドを探して……」
などと言いながら、コッコロはそそくさとその場を離れようとする。そんな彼女をしり目に、カズマはコッコロが先程まで見つめていたであろう場所に視線を向けた。
そこはきっと、小さなお店だった。
屋台とは違う、かといって飲食店かと問われればそれも違うだろう。何せ、テーブル席が存在しない。
受け渡しや会計用だと思われるカウンターには劇場の幕のように赤のカーテンが張られており、所々にリボンの刺繍が施されている。草花が多く積まれた園芸用のワゴンとやけに可愛らしくデコレーションされたメニュー看板は『隠された喫茶店』を色濃く演出しているように思えた。
そして看板には
クレープ、と。
…カズマはその場を離れようとしていたコッコロの手を掴んで引き止めた。
「なあ、コッコロ」
「わっ、わっ、どうかされましたか、カズマさま?」
「ついさっき昼飯をすませたところだけどさ」
彼はニヤリと不敵に笑ってからこう言った。
「食後のデザートってまだだったよな?」
☆
「よかったのでしょうか……こんなところで寄り道してしまって」
「いいんだよ。郷に入っては郷に従えって言うだろ?」
「それは少し違うような……? ですが、ありがとうございます、カズマさま」
クレープ屋にて無事にクレープを買うことができた二人は人混みの少ない街の広場へと足を運び、設置されていたベンチに仲良く座っていた。
手にはお互いイチゴと生クリームが盛り付けられたクレープがひとつずつ。
甘いスイーツの匂いが二人の鼻腔をくすぐった。
目を輝かせながらクレープを見つめていたコッコロが、いただきます、とたまらず一口。
瞬間、彼女は目を見開かせ、ある程度咀嚼すると顔が程よく蕩けてしまった。
お気に召してくれたらしい。
所謂、ほっぺが落ちそう、というやつで。
「わたくし、このような食べ物は初めて食しました…! 柔らかな生地で包まれたイチゴの酸味と生クリームの甘みが口の中で広がって、とても、おいしいです……♪」
クレープの味に魅了されたのか、彼女は口元にクリームがついてしまっていることも忘れて、無我夢中で頬張っていく。
はむっ、という効果音がよく似合いそうだった。
その様子に、カズマは思わず笑みを零す。
「そんなに気に入ってくれたなら、引き止めた甲斐があったな。まあ、クレープ作ったのは店員さんだし、俺は無一文だから支払いはコッコロがしてくれたけど」
そう言って、カズマもクレープを口の中へと運んだ。コッコロの言う通り、確かに美味しかった。特別、甘いものが好きというわけでもないカズマとしても、これならいくらでも食べれそうなほどだった。
と、微笑んでいるカズマに気付いたコッコロが、
「あの、カズマさま。そんなに見つめられると少々照れてしまいます……なにかご用命でしょうか?」
「いや、さっき言われたことを少し思い出してな」
「言われたこと……? というと、クレープを買ったわたくしたちに『幼女に養われるなんていいご身分だな』と住民の方に揶揄された時のことでしょうか。すみません、わたくしが幼い容姿であるばかりに、カズマさまに不名誉な言い分を与えてしまって……」
「なにそれ全然知らないもうそんなこと言われたの? ……そうじゃなくて、クレープ屋の店員さんに言われたことがあるだろ?」
「…………何かありましたでしょうか。わたくし、思い当たりませぬ」
「恍けるなよ。やたら元気な店員さんに『可愛らしいご兄妹ですね!』って褒められたじゃないか」
うぐっ!? と吹き出したコッコロはそのまま頬を赤くして手足をジタバタとさせる。
褒められたかどうかはさておいて、『兄妹』と評されたのは恥ずかったようだ。
「そそそ、そちらについてはお忘れくださいませ…! カズマさまが『お兄さま』だなんて、そんな、畏れ多くて……」
「俺は一向に構いませんが」
コッコロはクレープを咥えて俯いてしまった。耳まで真っ赤にするあたり、かなり愛らしい。頭を撫で回したい衝動に駆られて思わず手を伸ばしかけるが、すんでのところで思い止まる。出会って一日もしていない幼女相手に軽々しく触れてしまっては、それこそ前の世界の仲間たちに『ロリニート』だの『ロリマさん』だのと言われなき誹謗中傷を浴びさせられかねないのだ。見ていないのはわかっていても、パパラッチがどこに潜んでいるか、あるいは湧いて出る可能性も考慮して冷静に欲求を押さえつける。危ない。
(………まてよ)
ふと、カズマは今更ながらにとてつもなく重要なことに気付いた。
(
青髪神官美少女にロリっ子魔法使い、おまけに美人女騎士。肩書きだけを見るのなら、男として理想のパーティーであるのはまず間違いないだろう。カズマも一度、チンピラ冒険者に嫉妬と羨望で絡まれたこともあるので、それは確かだ。
(だが。あいつらは揃いも揃って色物集い。性格、性質、能力、どれをとってもピーキーすぎて随分と俺も苦労させられた)
例えば、青髪神官美少女は能力だけなら一級品なのに、幸運値と知力が最底辺かつ問題ばかり起こすかまってちゃんだったために借金ばかり背負わされた。
例えば、ロリっ子魔法使いは潜在能力が高く、数多の魔王幹部を屠るほど優秀だったが、覚えている魔法といえば一日一発しか放てない広範囲過剰火力魔法くらいで、普通の冒険、あるいは地下に広がるダンジョンの攻略では役に立たず、おまけに短気なものだから作戦やら地形やらクエストやら何もかもをお釈迦にされた。
例えば、美人女騎士はありとあらゆる攻撃を無効化する上に貴族のお嬢様というカズマにとってはすごく惹かれる属性を持っているにも関わらず、その性格は魔性のドMで隙あらば自分の性癖を優先するために無駄にモンスターに追いかけ回されたり、不器用なせいで攻撃は当たらないし、常識知らずなのも相まって苦労させられた。
望んでもいないのに勝手に形成されてしまったポンコツパーティー。彼女たちとの冒険に、夢見た異世界での華々しい要素なんてどこにもなかった。
………楽しかったけれど。
(けれど、コッコロはどうだ?)
外見は申し分ない。幼い容姿からは想像できない大人のような立ち振る舞いと佇まい。にも関わらず目新しいもの、物珍しいものには年相応に目を輝かせて興味を持つという可愛らしい一面もある。
おまけに『主さま』一筋の、奉仕精神旺盛なちびっ子ガイド役の従者ときた。
(器量もいい、可愛いし既に俺を慕ってくれてるのもポイントが高い。今日のゴーレムとの戦いだって俺が吹き飛ばされてすぐ撤退を選べるほど冷静さを備えてる。何も言わず、体も支えてくれたしな)
つまり、と一幕あけて、
(コッコロは魔王を討伐した俺に神様が遣わせてくれた新ヒロインなのでは? アレだろ、ヒロインに恵まれなかった俺にようやく春がきたってことだろ!)
感極まって思わず虚空に親指をグッと立てた。
神様、グッジョブ。
コッコロを遣わせたアメス本人は「神様ではない」と主張していたが、なんのその。重要なのは結果であって、細かい過程はもはやどうでもよいのだ。
(ありがとう、こんにちは新世界! そして、さようなら
「…? どうかされましたか、カズマさま?」
「……ふっ、いや、前の世界を少し思い出していただけさ、気にするな」
一人でやたら盛り上がった挙句、調子に乗って声まで作り出したカズマに、コッコロは首を傾げる。彼女の手元に既にクレープはなかった。握られているのはクレープを包んでいた紙切れだ。
たった数分、俯いてクレープと格闘している間に何があったのか。それを知る由もない彼女はふと空を見上げた。
「カズマさま、そろそろ日が落ち始める時間帯です。落ちてからでは遅いですし、さきに宿をとっておきましょうか」
と、コッコロはそう切り出した。自分の世界から帰還したカズマもコッコロに釣られて空を見上げれば、昇っていた太陽は既に西の方へと傾いている。
「それもそうだな。どこも部屋が埋まって馬小屋に泊まる羽目になるなんてオチがつくのはごめんだし」
「馬小屋……寝心地の方はともかく、衛生面に少々問題があるのでは。わたくしは最悪馬小屋でも構いませんが、カズマさまにはふかふかのベッドの上でゆっくり休んでいただきたい…」
「………万が一部屋が確保できなくても、コッコロだけでも宿に泊まってくれていいからな?」
「いいえ、わたくしは常に主さまのお傍に」
新ヒロインがどうのと感極まっていたが、この幼女、人を堕落させてしまう危険性がありすぎる。根っからの引きこもり体質のカズマとしては油断すると一気にその優しさに引っ張られてヒモになりかねない。
先輩冒険者として、そのようなことにならぬよう気を張りつつ、残っていたクレープを一気に頬張った。
「…っ、よし。それじゃ、行くか。宿って言っても『ランドソル』は随分と広いし、場所はわかるのか?」
「はい。実はわたくし、先程街の案内図を見つけまして。候補として、いくつかメモをとってあります」
いつの間に、とは言わない。
というか、仕事が早すぎて驚きのあまり何も言えなくなってしまう。
先輩冒険者のカズマさんとか、買ったばかりのクレープがふとした拍子に落としてしまわないよう注意していただけというのに。
恐らく、クレープが出来上がるまでの待ち時間にメモをとったのだろう。
「とはいえ、軽く書き記した程度なので少々不備があるやもしれません。ですが、カズマさまの従者として、わたくしがしっかりご案内致します」
中々できる小さな『ガイド役』。見知らぬ土地に足を踏み入れても尚、率先して前を進む彼女の背中は、とても頼もしかった。
「頼りにしてるぞ、コッコロ」
「はい、主さま!」
カズマの言葉が嬉しかったのか、コッコロは花が咲いたように微笑んだ。
☆
「ダメでした」
「だ、大丈夫だコッコロ。失敗なんて誰にでもある。だからそんな暗い顔するな」
結局、コッコロがメモしてくれた宿屋を全てまわってみたものの、どこも部屋が埋まっている状態であったために借りることはできなかった。どうやら一級の宿屋ばかりだったらしく、部屋が空くことは滅多にないようだ。
それに。
「よもや、宿代がこんな高値だとは……『ランドソル』の物価は高いことを把握しておりましたのに、わたくしの残金では足りませんでした…」
部屋が埋まってしまっている、ということもそうだが、何より立ち塞がったのはお金だ。一級宿屋は当然、オーナーに紹介された宿までもがコッコロの手持ちでは足りなかった。
クレープを買ってしまったから、というのもあるだろうが、一日の宿泊費を払っただけで今後『ランドソル』で生活するのが厳しくなる。要は生活用品の確保ができなくなるのだ。
そうなれば本末転倒。野営するにしても、道具がなくては不自由極まりない。
「仕方ありません。かくなる上は、父から譲り受けたこの杖を……っ!」
「あーまてまて! はやまるなコッコロ、そんな大事そうなもん売り払ってまで宿に泊まる必要はないから!」
「カズマさま……。ですが…」
先程までの自信はどこへ行ったのやら、コッコロはしゅん、と肩を落とす。
そんな彼女に、心配するな、と前置きしてから、カズマはこう言った。
「いいか、コッコロ。宿は取れなくても、俺たちにはまだギルドへの登録が残ってる。言っただろ、ギルドってのは冒険者を支援してくれる組織だって相場が決まってるんだ。つまり、今日中に登録さえ済ませれば……」
「……少なくとも、寝る場所には困らない、ということでしょうか」
「まあな。確証はないから、ちょっと不安だけど……まあ、多少の資金くらいは貰えるんじゃないか?」
それに、と続けて、
「俺は魔王を倒した勇者カズマ。……安心してくれ、俺はこう見えて運が良いからな、最悪な事態にはならないはずだよ」
そう言って、コッコロを安心させるようにカズマは笑いかけた。
「ダメでした」
「あ、主さま………」
結局、この日は馬小屋に泊まることとなった。
まだお話の導入となるので、少し盛り上がりに欠けるような…投稿頻度あげたい
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その3
この国におけるギルドのシステムは、前の世界のそれとは異なるらしい。
やはり、と言うべきか。
寧ろ、全く同じであった場合の方が異常だろう。企画や制作、専用ハードすら異なるゲームなのに、ストーリーやシステム面が何もかも同じであれば異常を通り越して疑惑にすらなる。とはいえ、ギルドという単語の意味合いが労働組合を指し示すのはどこの世界でも変わらないようだった。
基本的に国民にはギルドへの所属を義務付けられているという。ギルドの在り方は多種多様で、荒くれ者の冒険者達を取りまとめ、支援する…のではなく、商業、軍事、文化事業といった産業を目的としたギルドもあれば、警察や郵便、消防等の公的事業を担うギルドも存在する。これらを総称して『プリンセスナイト』と呼ばれているギルドであるらしく、大概のギルドはこの『プリンセスナイト』傘下の下部組織になるのだそうだ。
いわば、カズマが生まれた世界…『日本』における会社そのもの。
所属すればそのまま就職にもなるし、受けられる公共サービスも増えるので、ギルド未所属のまま暮らしている者はまずいないだろう。
当然、これから『ランドソル』に居を構える予定のカズマとコッコロにもギルドへの所属の義務が発生する。強制ではないらしいが、暮らしの地盤が全く整っていない二人がギルドの所属を拒絶する理由はない。おまけに住民登録にもなるという話も聞いたため、カズマは『ギルド管理協会』の職員のお姉さんの勧めに従って、適当なギルドへ所属してしまおうと考えた。
しかし、ここで問題が一つ。
『所属にはギルドマスターからの承認が必要……ということは今すぐ援助を受けることができないってことですか?』
『残念ながら、そうなります。申請書を出していただければ、こちらの方で手続きを済ませてしまえるんですけどね。ただ、ギルドマスターご本人の承認が必要となるとどうしても数日はかかってしまうんですよ』
当たり前ではあるが、いくら国中のギルドを取りまとめる『ギルド管理協会』と言えども、相談や報告、確認もなしにホイホイと組織へ人員を増やすなんてことはできない。
ギルド加入の申請書を提出し、それを確認したギルドマスターから承諾を得た上で様々な手続きを終えるとようやくギルドの一員として認められるわけだ。何だか本当に会社の面接のよう。
となると、カズマが予め手段として考えていた「ギルドからの支援で冒険資金や仮住まいを得る」というのは不可能となるわけで。
まるでスタートダッシュが上手くいかないことにデジャヴを感じながら、カズマは別の手段はないかと職員のお姉さんに尋ねてみた。
『そうですね……お二人の方でギルドの結成をしていただければ、今日中には所属が認められるんですけど』
『おお! じゃあ、それでお願いします!』
『ただ、結成にあたって制約がありまして。……最低でも、四人以上のメンバーがいらっしゃらないとギルドとして認められないと言いますか…、とりあえず、申請書だけでもお渡し致しましょうか?』
『ああ…、じゃあ、それでお願いします……』
降って湧いた希望からの絶望である。当然ながら現状カズマとコッコロの二人しか所属予定がない以上、ギルド結成なんて到底できるはずもない。
結局、新ギルド結成用と既存ギルドへの所属希望用の申請書をそれぞれ受け取り、泣く泣く馬小屋に泊まり込んだのが昨夜の出来事だった。
そして、本日。
天気は快晴、心地の良い陽射しを浴びながら、カズマとコッコロの二人は昨日と同じように『ギルド管理協会』の前へと足を運んでいた。身の丈の二倍以上の高さがあるにも関わらず、意外と軽い扉を押しながら施設の中へと入っていく。
すると、早速出迎えてくれたのは職員のお姉さんだった。
「おや。おはようございます、カズマさん、コッコロさん。昨日ぶりですね、こんな朝早くからどうされました?」
扉を開けてちょうど真ん前。施設を入って数十歩ほど歩くとたどり着く受付カウンターに彼女はいた。
黒のカチューシャをアクセサリーに、緑のロングウェーブヘアがふわりと舞う。キラリと光を反射させるメガネレンズの奥には黄金に煌めく瞳が覗いて見えた。穏やかな風貌と包容力のある雰囲気を醸し出し、それでいて妙に信頼感を覚えてしまうのは、彼女が『職員』らしからぬ服装で身を包んでいるからか。
何せ、メイド服だ。
黒のワンピースにエプロン。単純な構成ながら、家庭内労働を行う使用人の服としてどこに出しても通用する逸品である。信頼感を覚えてしまうのは、『メイド』という概念を自分の身の回りをそつなく管理してくれる、あるいは世話をしてくれる存在であると認識しているからなのだろうか。
ともかく、彼女はカズマとコッコロの二人を確認すると、書類の束をトントン、と整理する。当然といえば当然だが、仕事中だったのだろう。
「すみません、お仕事中にお邪魔してしまって…」
コッコロがそう言って詫びる仕草を取ると、彼女は、いえ、とだけ返して、
「それで、今日はどのようなご用件でしょう。と言っても、概ね察しはつきますが……」
「えぇっと、今日は仕事を探しに参りました。こちらにその募集の掲示板があると街の方から聞いたのですが」
「『クエスト』ですね? 早速ご案内致しますが……ギルドへの所属の件はよろしいので?」
ふいにカリンが確認の動作なのかカズマの方をチラッと視線を向けた。それに気付いたカズマが軽く会釈だけすると、コッコロが彼の代わりに説明する。
「その件ですが……カズマさまと話し合った結果、ギルド所属はしばらく見送ろうかと思いまして。何分、今のわたくしたちには
ちゃり、と取り出したコッコロの財布には既に二日三日分程度の食事代くらいしか入っていなかった。
『ランドソル』の物価は高い。
田舎から上京してきた彼女の財布は、ズラリと並ぶ数字の列を前に軽くなっていくばかりだった。食事も材料のみを購入し、自分達で調理できれば出費も多少抑えられるのだろうが、残念ながらそもそも料理をするための道具がなければ場所もない。たった一日、夜を明かしただけでこのザマだ。
故に、カズマとコッコロは考えた。
まずは軍資金を調達せねば、と。
「そんなわけで、しばらくは仕事をして食いつなごうかと。……ギルド所属はもう少し待っていただいても?」
「なるほど。お二人の事情は把握しました。そういうことでしたら大丈夫ですよ」
ただ、とだけカリンは付け加えて、
「私の方で所属の申請だけでも進めておきましょう。なぁに心配はありません、お二人のことをきっと助けてくれるギルドを知っていますから。備えあれば憂いなし、お二人がクエストをこなしている間、ギルドマスターさんからの許可がおりれば援助だって受けられますので」
「……いいんですか?その、あとで気に入ったギルドに所属にするかもしれないんですが」
ここまで無言を貫いていたカズマがようやく口を開いた。
「問題ありませんよ。
「まあ、そういうことならお願いします」
「はい、かしこまりました。それでは、お手数ですがこちらの申請書に記入をお願いしますね」
思わぬ助言に感謝しながら、カズマとコッコロはカリンの指示に従って申請書の空欄を埋めていく。
前日にコッコロと決めた予定では、仕事に励むつつ、その合間にギルドへの見識を深めるのが目的であったため、近いうちに援助が受けられるという話は非常に有難いものだった。場合によってはカリンの言うギルドに所属したまま『二度目の魔王退治』を決め込むのも一つの手か、そんなことを考えながら、カズマは書き終えた申請書をカリンへと提出する。
遅れてコッコロの申請書も受け取った彼女は笑顔で答える。
「はい、お二人の申請書をお預かりします。私の方で件のギルドのマスターさんに話をつけておきます」
「お願いします、カリンさん」
「お任せ下さい。……それじゃ、お次は『クエスト』のご案内をさせていただきますね」
カリンが二人の申請書を(恐らく)書類を纏めてあるファイルにしまうと、右手…カズマとコッコロから見て左手側を指す。
釣られて視線を向けてみれば、そこには天井を支える巨大な柱が均等間隔に二本、それから多くの木製のテーブルや横長のスツールが設置してあった。まるで飲食店…あるいは待合室のよう。何より目がいったのはそれらテーブルが並んでいる場所のさらに奥だ。
一言で言えば掲示板だった。
壁一面を覆うかのような巨大な掲示板には数多の貼り紙がペタリと貼られている。当然、その内容については遠目からは確認できないが、恐らく…いや経験則からしてまず間違いなくクエストの依頼書である。
つまり、その掲示板はクエストボード。
採集、探索、討伐。ゲームではお馴染みの、ファンタジー世界における定番の仕事がそこにはあるのだ。
巨大なクエストボードの前に辿り着くと、カリンは早速クエストの選別に入る。
「えーっと、討伐クエストに護衛クエスト、それにダンジョン探索……うーん、どれも初心者の方にはオススメし辛いですね」
というカリン言葉に耳を傾けながら、カズマはふと手近な依頼書の一枚をクエストボードから剥がした。
「『ランドソル周辺にドラゴンの目撃情報アリ。財宝などに誘われたドラゴンは人的被害を及ぼすため、討伐隊を求厶』……嘘だろ、ここドラゴン出るの?」
「……赤いドクロマークがたくさん押されていますね。危険度を表しているのでしょうか? だとすれば、とてもわたくしたちに手に負えるクエストではございませんね……」
大層なドラゴンのイラストと共に、不気味なまでに押されていた赤いドクロマークの数はざっと十五くらい。間違いなく上級冒険者向けの高難度クエストであるのがわかった。
ドラゴン。
誰もが知っているような、伝承や神話に登場するわかりやすい最強生物を相手にするには、所詮は最弱職の冒険者にすぎないカズマさんの地力では差がありすぎる。戦力不足だの手数が足りないどうこう以前に、そもそも相対する資格すらない。
「討伐クエストに関しては、他も大した違いはありませんね…」
「怪鳥の卵納品、街の正門の守備、『断崖の遺跡』の調査。討伐抜きにしても、ハードル高そうなクエストばかりだな、どうなってんの」
「カズマさまカズマさま。少々マシな討伐クエストがございました。昨日わたくしたちが接敵したゴーレムですが、どうやら『ランドソル』近辺に住み着いてしまった魔物らしく、街や人里に時々近付いては無闇矢鱈に暴れ回るようです。……リベンジマッチ、と行きますか?」
「うーん、そうだなぁ……」
ゴーレムと聞いて、カズマは頭を悩ませる。
元は『中級魔法』という分類にカテゴライズされる魔法とはいえ、唯一まともな攻撃手段だったカズマの『ライトニング』をあっさりと弾いてしまった相手だ。事前準備さえ整えれば何とかなるだろうが、攻撃が通じなかった事実を考慮するとさすがに気が引けてしまうのだろう。トラウマとは少し違うが、失敗の記憶は時に人の本来の能力を引き下げてしまうこともあるのだ。
(…どうする? 一度戦ってる分、未知の敵と戦うよりかはマシだと思うが……)
と、葛藤するカズマの思考を吹き飛ばすようにカリンが声を上げた。
「あ、これなんかは良いと思いますよ。採取クエストなんですが、ガド遺跡に群生するキノコを集めてほしいそうです。危険も少なそうですし、オススメですよ?」
「おお、まさに定番の初心者向けクエスト! ありがとうございます! ……コッコロ、今日はこのクエストでいいか?」
「カズマさまが決めたことでしたら、わたくしに異論はございません。それにキノコの採取でしたら故郷の森で培ったわたくしの知識がお役に立つことでしょう。カリンさま、そちらのクエストでよろしくお願いします」
ペコり、と。
律儀にも礼儀正しく頭を下げたコッコロへ、カリンが微笑ましいものを見るような笑顔を向けた。
☆
ガド遺跡。
『ランドソル』付近の森の中にひっそりと佇む過去の遺産。建造理由、用途については『ソルの塔』同様、明確に判明しているわけではないが、街が近いこともあって何度も調査隊が派遣された遺跡である。おかげで迷路のような構造の内部は事細かにマッピングされ、攻略マップが市場でお手軽価格で売られていたりするのだ。
ともあれ、カズマとコッコロの目的はきのこの採取。間違ってもダンジョン攻略ではないので、護身用の剣と昼食用の米だけを購入した二人は木漏れ日が降り注ぐ森の中を歩いていた。
「主さまはきのこの生体についてご存知でしょうか?」
周りに人の目がなくなったことで、『主さま』呼びが戻ったコッコロがカズマに質問した。
「いや、あんまり詳しくないけど……確か、枯れ木や暗くてジメジメっとした場所に生えるんだっけか?」
「その通りでございます。ただ、厳密にするとその認識は少々違うのですけれど。きのこは葉緑素を持たない菌類に分類されますが、それ故に植物と同じように太陽の光で成長することができません。そのため、有機物から養分を直接吸収して生活します」
「寄生……みたいなものか?」
「言い得て妙、けれどそれも少し異なります。例えば木の実や落ち葉、虫の死骸に枯れ果てた木…これらに根を張り、分解する役割を担っているのが菌類なのです。つまり、
ですが、とコッコロは区切って、
「何もいらなくなったモノばかりに根を張るわけではありません。木の根っこに根を伸ばして、そこから養分を吸い取る、という場合もございます」
「……ん? 菌類は森の浄化装置なんだろ? それだと、まるっきり稲に群がる害虫じゃないか」
「ええ、ですので、きのこは土からも吸収した養分を木に供給するのです。言ってしまえば隣人関係にあるということですね」
そう言うとコッコロは手近な枝を拾って木の根元に近づいて行く。そこには踏めばガサガサと音を鳴らす落ち葉が溢れていた。とてもじゃないが、土が見えない。木の根元まで覆い隠してしまっているのは人の手が行き届いていないからか。
と、コッコロは枝を使って木の根元に群がる落ち葉を手際よくかき分けていく。二手三手ほどでかき分けられた落ち葉の下からは、綺麗な茶色をしたきのこが顔を覗かせた。
「おお!」
「このように、木の根元には美味しいきのこが成っています。注意して進みましょう」
流石は森育ち、といったところか。
その後、先導されるがままにきのこを集める様はまるで遠足のようだった。
街の外の森だということで魔物の出現も警戒していたカズマだったが、森の中には魔物の魔の字も存在していなかった。生息地ではないのか、隠れてこちらの様子を伺っているのか、粗方駆除されてしまっているのか。
なんにせよ、敵の存在を知らせるカズマの『敵感知スキル』が何の反応も示さないのなら、少なくとも敵対意識を持つ生物は近くにいないのだろう。
「……にしては、随分と静かすぎやしないか?」
聞こえるのは鳥のさざめきと風に揺れる草木の音くらいだ。魔物はともかく、森に暮らしているであろう動物の姿や暮らしている痕跡すら見つからないのは違和感があった。
念には念を、周囲を警戒しつつきのこ採取に勤しんでいると、やがて二人はガド遺跡の入り口…かと思われる遺跡前の広場に辿り着いた。周辺に人の顔を模した像が幾分か建てられていたのが不気味だが、遺跡そのものは至って普通の石造り。信仰主義の民族が建造したような。
「これがガド遺跡ですね。古い遺跡にしては随分と綺麗……調査隊が何度も踏み入っているからでしょうか」
きのこを集めた手編みのカゴを持ちながら、コッコロは遺跡に近づいてじっくりと観察していた。考古学のような目利きのスキルを彼女は持ち合わせていないはずなので、年相応に謎の年代物には興味があるのだろう。
それはカズマ自身にも言えることだが。
ともかく、折角見渡しのいい広場に辿り着いたこともあり、カズマは休憩も兼ねてたき火を炊こうと木の枝を集め始める。原始的な火を起こす作業には心得がないが、彼には『ティンダー』という火属性の初級魔法が使えるため関係ない。攻撃にはあまり利用できない魔法だが、こういう時便利だよな、と心の中で呟いた……その時だった。
(……っ!? 『敵感知スキル』が反応してる……数は一か?)
ここにきてようやく。
平和に事が進んでいた遠足に、危険が生じる。
「コッコロ、気をつけろ! 近くに魔物が潜んでるぞ!」
警告だけ飛ばすと、カズマは静かに剣を引き抜く構えを取る。しかし、周囲を見渡してもそれらしい影はどういうわけか見当たらない。巧妙に隠れているにしても、気配がなさすぎる。
にもかかわらず、『敵感知スキル』はビンビンと反応を示すのだ。
「……まさかっ」
前でも後ろでもない。左右にも見当たらなければ、残るは決まっている。
即ち、盲点。例えば、遺跡の真上からーー!!!
「コッコロッッッ!!!」
「主さ
ドゴンッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!、と。
突如飛来した巨大な『何か』は、有無を言わさず周辺の全てを吹き飛ばした。
『ここ』では一緒くたにしましたけど、敵感知と危機感知って別々のスキルなんですかね?
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