2度目の人生の目的はパパ活です (粗茶Returnees)
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藤原萌葉は焦れったい

 


 

 秀知院学園は言わずとも知れたエリート学校である。高等部に至っては偏差値70を超えており、そこにいるだけでまず有能な生徒であることに変わりない。そこで成績が振るわなくても、他校ではトップになれるぐらいだ。

 それはともかく、この学園は幼稚舎から大学までが用意されている学校でもあり、成績さえちゃんと取れていればエスカレーター方式で大学まで進める。この学校に通っている人たちは、お坊ちゃんだったりお嬢様だったり。道が決まっている人もいれば、経済的理由を気にすることなく進路を自由に選べる人が圧倒的に多い。

 それは中等部でも同じこと。一般層の人は少数派であり、富裕層だらけ。挨拶で「ごきげんよう」と言う人だってしばしば。

 

「会長お疲れ様~!」

「あー藤原さん。お疲れ~」

 

 労いの言葉と共に生徒会室に入ってきたのは、生徒会副会長である藤原萌葉。父は政治家であり、母は元外交官というお嬢様。三姉妹で姉が2人いて、彼女は末っ子。長女は自由奔放な大学生、次女は少しズレた高校生。萌葉いわく、家族みんなちょっとおかしいらしい。お前もおかしいと言っても首を傾げられたものだ。

 

「それどうしたの?」

「どれ?」

「そこの()()()

「あーあれね。買った」

「また出費~?」

 

 見慣れた生徒会室に見慣れぬ冷蔵庫。どうしたのかと聞いたら冷蔵庫を買ったのだと言う。やれやれと萌葉は首を横に振った。この会長、結構浪費癖があるのだ。

 秀知院学園は基本的に新しい設備が多い。寄付金も多く、その分設備が充実しているのだ。それは授業面でも部活面でも反映され、生徒の満足度も高い。その運営の一手を担っているのが生徒会だ。高等部ほどの権限はないが、仕事量はおよそ6割から7割。他校の中学よりは生徒会の権限と仕事が多いのは間違いない。

 そして高等部とは違って、中等部の生徒会室は中等部の敷地内にある。冷暖房完備の過ごしやすい空間だ。それにも関わらず、この会長はちょこちょこ備品を買ってくる。しかも生徒会のお金で。

 

「変なの買うと圭ちゃんに怒られるよ」

「いやいや、冷蔵庫があればいつでも冷えた飲み物飲めるじゃん。近年は気温が異常なほど高くなるし、必要かなって」

「他の部に文句言われそう」

「生徒会の金で買ってるし、文句言われる筋合いないよ。部費で買えって話じゃん」

 

 そして部費を増やしてほしければ、人数を増やすのと大会で結果を出してこいという話である。その辺り、この会長は実力主義なのだ。萌葉もその方針を気に入ってはいた。だからケラケラと笑いながら冷蔵庫を確認していく。

 

「たしかにね~。あ、冷凍室もある。今度アイス入れようっと」

「活用する気満々じゃん」

「あるもんは使わないと勿体無いじゃん? あ、会長この中入って」

「凍死させる気か!?」

「カチンコチンになったらヒエヒエの実って遊べるじゃん!」

「それ俺死んでるから!」

 

 まず冷凍室に体を押し込めようと思ったら、体をバラけさせないといけない。凍死以前に確実に死んでしまう。ノリが悪いなーと言ってくる萌葉に恐怖を抱きつつ、早く他に誰か来ないかなと願う。萌葉のこの手の発言回数を数えるのはやめた。サイコパスだと思うことにしているのだ。

 

「会長スーパーボール貸して」

「スーパーボールじゃない。ハイパーボールだ」

「どっちでもいいよ。跳ねることに変わりないじゃん」

「跳ね方が違うの! ハイパーボールのほうがめっちゃ跳ねるの! なんでわかんないかなぁ!」

「はいはい。ボインボイン」

「それは藤原さんの胸だはっ!」

「セクハラっ!」

 

 投げ渡したハイパーボールが眉間に投げ返された。勢い良く跳ね返ったハイパーボールが萌葉の胸に激突し、生徒会室で2人悶える。ツイッターランドによると、女性が胸で受ける痛みは男が金玉で受ける痛みに等しいのだとか。お大事に案件である。

 

「ったぁぁ……! 会長のせいだよ!」

「投げたのは藤原さんじゃん!」

「今すぐ会長席から立って!」

「なんで!?」

「金玉狙えないじゃん!」

「狙うなよ! というか女子が金玉言うな!」

 

 軽くショックだった。中等部の中でも指折りの美少女の口から金玉とか飛び出してくるとかショックである。萌葉は「黙ってさえいればなぁ」と一定の男子から言われるような少女ではあるが、彼女はまだ神秘のベールで包まれているのだ。

 

「恥じらう女子とか期待しないでよね! それで恥じらうのは圭ちゃんみたいな子くらいだから!」

「頼むから白銀さんにそんな事吹き込むなよ! 害悪でしかないからな!」

「圭ちゃんをお姫様扱いするのもキモいけどね」

「ガチトーンで言うなよ心臓に悪いなぁ」

「隙あり!」

「うおあぶね! おぅふっ!!」

 

 萌葉が投げたハイパーボールを避けた会長だったが、判断が甘かった。なにせブツはハイパーボールである。その跳躍力はスーパーボールの比ではない。しかも会話の最中に萌葉は計算していた。入射角と反射角を計算し、会長の股間の高さを想定。椅子に当たることも計算に入れ、そこから机の下での跳躍も想定。的確に金玉に当たるように投げたのだ。

 そして見事にゴール。萌葉はその秀才力を全力で会長のゴールデンボールに当てるために発揮した。会長は涙目になりながら悶えている。想定外の痛みに机の上は涙で濡れていく。

 

「女子にこんな事されたの初めてだよ……」

「初めてを貰っちゃってごめんなさーい。あ、精通したらもっとごめんねぇ」

「しねぇよ! 誰が好き好んでハイパーボールで精通するかバカ!」

「童貞の負け惜しみにしか聞こえないですね~」

「さっきから下全開なのなんなの!? そんな下品な藤原さんにはハイパーボール!」

「甘い!」

「なに!?」

 

 仕返しに、中学生にしては発達しまくりな胸めがけてハイパーボールを投げる。しかしそれをカバンで打ち返され、ハイパーボールは生徒会室の中を飛び跳ねる。内装は頑丈というか、ハイパーボール程度で穴ができるような脆さではない。電灯に当たるのだけは怖いが、この跳ね方なら大丈夫だろうと2人は計算し、ボールに当たらない位置に移動する。

 ハイパーボールって勢いつけたらこんなに跳ねるんだなぁと2人で話していると、生徒会室のドアが開いた。生徒会役員の1人が入室したのだ。

 

「ぶっ!」

「「あっ……」」

「いった……」

 

 飛び跳ねていたハイパーボールがその人のお腹にぶつかる。それでハイパーボールの勢いは死んだ。

 

【ここまでか……】

 

 そう言わんばかりに、弱々しく転がるハイパーボール。彼の勇姿に敬礼していると、入室早々襲撃された少女こと白銀圭の視線がギロリと会長に向けられる。

 

「何してるんですか? 会長」

「いや……これには理由がありまして」

「圭ちゃん大丈夫? 会長も酷いよね~」

「おい待て被害者ぶるな!」

「萌葉も関わってるでしょ」

「あれ~?」

 

 逃げ道を塞がれた。圭に寄り添ったことが裏目に出て、萌葉はがっしりと腕を掴まれる。笑って誤魔化すも、目が笑っていない笑顔を返されただけだ。圭がこういう事に鋭くなったのは、明らかに会長のせいである。萌葉は会長を恨めしく思いながら、圭と一緒に睨んだ。被害者と加害者に睨まれる経験は早々ないだろう。

 萌葉と会長は床に正座させられ、圭の説教を受ける。会長が怒られるのは珍しくもないのだが、2人揃って怒られるのは珍しい。圭の成長に感動しているとさらに怒られた。反省してないと思われたようだ。

 

「まったく。会長がそんなんじゃ他の生徒に示しがつかないっていつも言ってるのに」

「学校生活を楽しんでるだけだよママ」

「誰がママよ! それに、会長のそれは楽しんでるんじゃなくてふざけてるの!」

「男の遊びはこんなもんだよ?」

「スーパーボールを持ってきてる時点で駄目でしょ!」

「ハイパーボールだよ。そこは二度と間違えないでほしいね!」

「何のこだわりそれ!?」

 

 大事な一線である。男には決して譲れないものがあるのだ。

 

「それより圭ちゃん。冷蔵庫が来たよ」

「……会長?」

「暑くなるじゃん? 冷えた飲み物の確保は必要だと思って」

「またそうやって出費して! お金に余裕があると思わないでって言ってるじゃん! 会計の私に先に話してって言ってるじゃん! 後からやり繰りするこっちの身になってよ!」

「もちろん手伝うよそこは。当たり前じゃん」

「そう思うなら勝手な出費すんな!」

 

 圭ママの怒りが爆発。白銀家で家計簿もつけている彼女は、生徒会でも会計の仕事に就いている。歴代で最も優秀な会計で、その手腕には大人たちも感嘆するほど。その原因は出費が多い生徒会長にあり、「よくあれだけ出費してるのに赤字にならないな」という意味合いで評価されているのだ。

 別に生徒会で使える金が増えたわけでもない。圭の倹約術が十二分に発揮されているだけである。その信頼があるせいで、会長もこれくらいならいけるだろうと出費してくるのだが。

 

「この前買ったやつ覚えてるの?」

「大型テレビっすね」

「生徒会発足した後の冬で買ったやつは?」

「こたつです」

「節分の時期に買ったのは?」

「ナマハゲの仮装1式。けどこれは藤原さんのせいだよ!」

「許可出したの会長でしょ! なんで学習しないの!」

「白銀さんがいてくれたら、生徒会がなんとかなりそうだと思って。つい」

「~~っ! そういう言い訳はいらないの!」

「圭ちゃん照れてる~」

「萌葉!!」

 

 うっかり揶揄うと飛び火してしまった。萌葉はケロッとした顔で立ち上がって部屋を出ていく。お花を摘みに行ったようだ。ズバズバと下の発言をするくせに、こういうところは淑女なのである。姉たちの影響だ。

 

「逃げられた」

「会長は逃しませんよ」

「はいこれ領収書」

「あ、安売りしてたんだ」

「思ってたほどの出費にはなってないだろ?」

「うん。じゃなくて!」

 

 買ってしまったものは仕方がない。処分するわけにもいかず、圭は頭を手で抑えながら帳簿を取り出す。日付と備品名、値段を書き記して残りの予算を見やる。重くため息をつき、正座している会長の前へと戻った。

 

「もう何も買わないでね。行事にお金を回そうと思ったら何1つ買えないから。予備費に手を出したくはないでしょ?」

「それは嫌だな」

 

 体育祭と文化祭という2大行事は、生徒会が発足してすぐにあった山場だ。生徒会の任期は2学期に終える。1学期である今は、残りの任期の消化に等しい。行事らしい行事もない。そして予算もない。何か問題があったとき用の費用が少し残っているぐらいで、あとは予備費だけ。

 そこに手を出してしまうと、周りからの評価は一気に落ちてしまう。来期も生徒会やりたいと思っている身としては、致命的な一手になってしまうのだ。

 もう勝手な出費をしないという誓約書を圭が自作し、それを会長に書かせる。はんこ代わりに指紋をつけさせた。それでひとまずは良しとして、圭は正座をやめていいと許可を出す。

 

「いやぁ、白銀さんに怒られるの癖になりそう」

「勘弁してほしいよ」

「なんか白銀さんと話すの楽しくてさ」

「はいはい」

「本当なのになー。ちゃっと出てくるね~」

 

 会長が出ていき、入れ替わるように萌葉が入ってきた。何やら軽く言葉をかわし、楽しげに笑っている萌葉が圭に歩み寄る。

 

「2人きりなのどうだった?」

「どうもないよ。相変わらず遠回し」

「進歩なしか~」

「うん。ストレートに言ってくれたら、私も前向きに考えるのに」

「OKじゃないんだね」

「会長だし」

「そっか~」

 

 そんな会話がされているとは露知らず、会長は食堂めがけてのんびり歩く。飲み物を買いに行っているのだ。

 

「女子って難しいなー。あの二人が特にって気もするけど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。我ながら悪くない考えだと思うんだけどなぁ」

 

 圭に対しては、パパ活を利用しての日頃のお詫びとお礼がしたいだけ。それをしながら、仲良くなって萌葉の好みを聞き出せるようになりたいだけである。会長こと小野寺陽の本命は萌葉なのだから。

 

 



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小野寺陽は論じたい

 

 小野寺陽は自分が転生したことを自覚している。しかしここで言う転生は、前世の記憶が全てあるという転生ではない。彼が持つ前世の記憶は、彼の年齢分のものしかない。例えば、10歳の7月10日であれば、前世の記憶も10歳の7月10日の分まで。翌日になれば、またその一日分の記憶が更新される。もはや、前世の記憶というよりは、平行世界の自分の記憶を見ているような気分だ。

 しかし、陽はそれが前世の記憶だという確信がなんでかあるのだ。彼の確信を支えているものの1つは、「女子は金があればなびく」という偏見のせいだろう。その一念が物心ついた頃から、道路に張り付いたガムのようにしつこく残っている。その一念に突き動かされ、ならばどうしたらいいのかと悩んでいた頃に出会った言葉。それが「パパ活」であった。

 

 そんなわけで、藤原萌葉を落とすための前段階として、彼女の親友である白銀圭と仲良くなるために、彼女に「パパ活」して好感度を稼ごうという作戦だ。同級生の時点でパパ活とは言えないし、それもう貢いでるだけだということは気づいていない。

 

「白銀さん欲しいものない?」

「別に。というか出費しないで」

「自分のポケットマネーで出すけど」

「私が物乞いしてるみたいだから嫌」

 

 そして一向に成果が出ていない。

 当たり前だった。白銀圭はプライドが高い。中等部の中でも指折りなまでにプライドの高い人物であり、多感な時期でもある。手伝ってもらう程度ならまだしも、一方的に施されることは嫌なのだ。白銀家が決して裕福とは言えないのも、彼女が支援を拒む理由だろう。惨めに感じてしまうから。

 ちょっとジュースを奢ってもらうとかなら許容もできよう。テストの勝敗でとか、苦労した仕事を片付けたとか。そういう理由でなら彼女も受け取るし、お金も微々たるものだからあまり気にやまない。それなのに、陽が奢ろうとするのは高い食事だったり、そこそこお金のかかる物だったりするのだ。

 

「会長って頭いいけどバカですよね」

「褒められてるのか貶されてるのか」

「褒めながら貶してます」

「正直ものの後輩だなー。そこに直れ」

 

 作業していた手を止めるも、その後輩は言われたことを流して淡々と作業を続ける。本気ではなくノリで言っているだけなため、陽も作業を再開。それを横目に確認してから、後輩は話の続きを口にした。

 

「買ってきてるやつって基本的に白銀先輩のためじゃないですか」

「そんなことはないが?」

「……そうですね。それはいいとして、貢がれるのって普通怖いですからね」

「話聞いてたかお前?」

 

 じろりと視線を向けるも、後輩はまたもや受け流すだけ。再度止まった作業をもう一度始めた。ミスがあったようなのでやり直し。1からやり直しじゃないだけまだマシだ。

 

「ライブとかで出演者にプレゼントってあったりするんですけど」

「花とかじゃなくて?」

「それとは別で。プレゼントは飲食物は禁止なんですよ。食べきれないから」

「当たったら怖いしな」

「生物送り込む人はいないと思いますけどね。代わりに何あげるかって言うと、メッセージカードだったり、絵師だとイラストですね」

 

 色紙にコメントを寄せたりとか。多いのはメッセージカードだろうか。お互い気楽にできるから。

 

「へ~。それで?」

「怖いのがここからで、それが異常な人って、女性の出演者に化粧用品とかアクセサリーとか贈ることがあるらしいんですよ」

「キモち悪いな。潰れたナマコよりキモい」

「会長のやり方ってそれかなって」

「んなわけないだろ!?」

 

 そんな気持ち悪いことをしたことなどない。大型テレビを買ったのも、高等部の生徒会室にはあると聞いたから買ったのだ。こたつを買ったのは、萌葉が「冬はこたつが恋しいし、こたつあったら作業が捗るんだよね~」と言ったからだ。圭のことを考えて貢ぎ感覚でやったわけじゃない。勘違いしないでほしかった。

 

「でもそう見えてしまうところもあるので、気をつけたほうがいいと思いますよ」

「たしかに。パパ活って難しいな」

「やっぱ会長バカですよね」

 

 言われたことに納得したのにバカ扱いとはこれいかに。上下関係に厳しい人からすれば問題発言とも取れるが、陽はそこまで厳しく捉えない。

 

「これでよしっと。やり方は覚えたか?」

「はい。会長のおかげで手順を理解できました」

「んじゃ、()()()()()

「おぉ……! 思ってたより広く感じる……!」

「初めて入ると感動するよなぁ」

 

 感動して目をキラキラ輝かせる後輩の姿に、陽はしみじみと頷いた。自分も初めて体験した時はそうだったと。テンション上がってテントの中をゴロゴロ転がったものだ。

 テントは寝る場所として使用するわけで、寝転んだ時の体感も確認した。2人で並んで寝転んでも問題ない広さ。3人で寝ることも可能だろうし、寝方次第では4人目もいけるだろうか。そうやって大きさを把握しながら、枕代わりに頭の後ろで手を組んだ。見上げて見えるのは布の天井。平面でもない天井を見上げるのは初めてで、なんだかそれがおかしくて笑ってしまう。

 

「そういえば会長」

「どしたー?」

 

 ふと思って話しかける。気の抜けた声が返ってきて、隣りを見ると同じように頭の後ろで手を組んで寝転んでいる。その横顔から見て取れるほどに弛んでいる顔。横になってるだけで結構気が緩む人のようだ。

 

「会長って巨乳派じゃないですか」

「まぁな」

「でも白銀先輩のことが好きですよね?」

「は? なんでそうなる?」

「? 貢ぎたくなってるぐらいに好きなのでは?」

「違うわ」

 

 弛んでいた思考が一発で引き締まる。スイッチが入ったようで、横顔もキリッとしたものに。真面目な顔するとただのイケメンだから腹立つなぁと思いつつ、でも寝込んでる状態のままだから台無しだなと思って口には出さなかった。

 ともあれ、中等部でわりと噂されている説は本人の口から否定された。噂を信じる気もないが、そういう噂が立つのも仕方ないと思っていた。わりと2人でいる姿は目撃されるからだ。

 

「なんでそんな話?」

「噂が立っているので。本人に聞くのが早いなって」

「信じないタイプだと思ってたんだがな」

「信じませんよ。だからこうして確かめてるわけです。実際、会長って副会長の藤原先輩より白銀先輩と一緒にいること多いですし」

 

 少し機嫌の悪くなった陽を見て、早口になりながら噂が出ている理由も話す。他学年は知らないが、1年生の間ではこれを理由に2人が「付き合っている」もしくは「好き合っている」はたまた「会長の片思い」という説が出ているのだ。「白銀圭の片思い」説が存在しないのは、2人の様子からお察しである。

 1年生の中ではそういうふうになっているのかと把握し、平和だなぁと一安心。2年生や3年生の邪推に比べればとても可愛らしいものである。

 

「他言しないことを信用して話すがな」

「他言しませんとも。恩知らずなことはしたくないですし、善良なオタクを心掛けてますから」

「良い人だってことはもちろん知ってる。だからスカウトしたし」

 

 そういうところはこの人のズルいところだなと思う。

 自分の目で見て、自分の頭で判断して相手を評価することを心がけている小野寺陽。自分が高い評価をした相手のことをとことん信じる人間だ。その真っ直ぐな目が、生徒会メンバーから親しまれる所以となっている。

 

「俺は白銀さんと仲良くなりたいと思っているが、白銀さんと付き合いたいわけじゃない。男女間の友情を作りたいんだ」

「オタクの身としてはそれはリア充の考えなので爆ぜてほしいです」

「待て話の腰を折るな。これには訳がある」

「聞きましょう。非リアを納得させられる理由があるんでしょうね」

「なんで圧かけてきてんの?」

 

 すごまれたことに首を傾げた。

 

「俺が好きなのは藤原さんだ」

「ちょっと耳鼻科行ってきていいですか? なんだか耳の調子が悪いみたいです」

「そうなのか? 一応もう一回言うが、俺が好きな人は藤原萌葉だ。彼女の好みを知るために、白銀さんと仲良くなろうという算段なんだよ」

「あ、聞き間違いじゃなかった。会長。脳検査受けましょう」

「なんでだよ!」

 

 あまりもの言い草に陽は飛び起き、後輩もムクリと体を起こした。

 

「だってあの藤原先輩ですよ! どこを好きになるって言うんですか!」

「なんでそんな否定的なんだよ! カミングアウトしただけなのに!」

「だってあの人()()()()()()()!」

「この()()()()……!!」

 

 後輩こと阿天坊書記は貧乳派だった。

 これより始まるは世界をも分けるおっぱい論争。きのこたけのこ論争に並ぶ決着なき論争であり、しかし衝突せずにはいられない運命である。性癖(カルマ)性癖(カルマ)のぶつかり合い。人類史上何度目かもわからない聖戦(ジハード)。それが今まさに、テントの中で行われようとしていた。

 

「百歩譲って会長の巨乳好きには目を瞑っています。男はおっぱいには遺伝子レベルでは逆らえませんし、巨大ロボを好きになるのと同じように大きなおっぱいを好きになっても仕方ないのでしょう。全く理解はできませんが

「巨乳と巨大ロボを同列に扱うな。ガンダムに謝れ。俺はロボットにも煩いぞ」

「僕もガンダム好きですが今は置いときましょう」

 

 ガンダム論争などさらに地獄絵図を広げるだけである。スピンオフが多すぎるんじゃ。しかもあとから出てくる宇宙世紀作品の数たるや。ミノフスキー粒子とかもわけわかめである。νガンダムは伊達じゃないことだけみんな認めて手を繋いでいたらいいじゃないか。

 

「巨乳と巨大ロボの同列視はナンセンスだということをまず覚えておけ。これはさらなる炎上案件になるだけだぞ。ルナツー落とされるぞ」

「そこは素直に謝罪しますよ。愚言でした」

「巨乳の良さは何か。まずおっぱいは女性の身体的特徴だ。大人の女性になるにあたって大きくなる」

「まさかデカイ=大人の女性の魅力とか愚かなこと言わないですよね?」

「甘いな。それは真の巨乳好きとは言えない」

 

 女性の魅力はそれだけじゃない。ということは伏せた。ロリ巨乳という概念も好きではある。

 

「巨乳とは何か。それは(ロマン)だ! そこに詰まってるのは男の夢! 命を育む母性がそこにはあり、人は母性には逆らえん! そして時にそれは扇情的に映るもの! セクシーさもたまらん! 願わくば公約に『裸エプロン月間制定』を掲げたかったくらいだ! ちっぱいなどもはや無いに等しい虚乳で虚しいだけだがな!

「ちっぱいは虚乳なんかじゃない!!!!」

 

 煽りはするものの、いざ煽られたら簡単に起爆した。その単純さわりと好きな部分なのだが、今の陽にとってはそうでもない。今の阿天坊はただの敵だ。

 

「ならば聞かせてもらおう。ちっぱいの魅力とやらを」

「綺麗、美しいかわいいえっち好き、性癖」

「……」

「綺麗、美しい、かわいい、えっち、性癖、好き」

「いや聞こえてるから」

「綺麗、美しい、かわ──」

「聞こえてるって言ってるだろ!! 壊れた人形みたいにループしやがって!」

 

 ニヤニヤしたまま同じことを繰り返す阿天坊にさすがに戦慄したが、これは勝利したと確信した。もはや勝負にならない。土俵に立った時点で勝ちが決まっていたようだ。

 

「全然魅力を語れていないじゃないか。それはつまりその程度でしかなかったということ。巨乳の勝ちだな」

「否。断じて否!」

「見苦しいぞ!」

「うれせぇこれがちっぱいの魅力なんだよ! そもそも人間好きなものは言葉にできなくなる生き物でしょ! 語彙力は消し飛ぶんです! 恋人に好きっていうよりキスしたほうが気持ちが伝わるように! あいつら死なねぇかな……」

 

 思考が逸れたがそれをすぐさま阿天坊は戻した。ここで畳み掛けるしかないと見切ったのだ。

 

「逆説的に! 多くを語った会長の方が巨乳への気持ちが弱いんです!」

「なん……だと……ッ!?」

「会長だってわかるでしょ。ちっぱいの魅力。その理想の体現者たる人が、我らが白銀圭先輩なんですよ」

「白銀さんをそんな目で見るな。殺すぞ」

「この人めんどくさっ!? 藤原先輩は胸で見てるくせに!」

「いやあの人の顔とかサイコじみてるとこが好きなわけで、巨乳だから好きなんじゃない」

「えぇ……」

 

 なんだか一気に疲れが体に押し寄せてくる。いったいなんでおっぱい論争をしていたのかもわからなくなってきた。とりあえず、やっぱり会長には病院に行ってもらって脳検査を受けてもらいたい。きっとどこかおかしいから。

 

「もちろん性癖な話をしたら巨乳が好きなわけで、藤原さんとかもっと大きくなるだろうなぁとか思ってる」

「やっぱり胸見てるじゃないですか」

「性癖はまた少し違うだろ?」

「わからなくもないですけど。でもちっぱいこそ至高という点は譲れませんね」

「懲りてないようだな」

 

 第二ラウンド開幕か。

 

「なんで生徒会室でテント張ってるの?」

 

 そうなりかけた時、テントの出入り口が開けられて光が差し込んだ。そちらにいるのは、約束された巨乳こと藤原萌葉。彼女と出入り口の隙間から、圭の姿も確認できた。

 

「今度うちの部でキャンプやるらしいんで、テントの張り方教えてもらってたんです」

「会長は多芸だもんね~。ところでオタクなのにキャンプやるんだね」

「アニメの影響っす」

「うっわ単純」

 

 そんな軽い気持ちで始めるもんでもないだろと思った萌葉だが、面白おかしい失敗談を期待して注意することはなかった。とりあえず生きて帰ってくるようにだけ伝えた。

 

「ところでなんかやらしい話してたよね? 男子ってそういうの好きだよね~」

「藤原さんならマリー・アントワネットぐらい行くかなって」

「私はパワー・アントワネット目指すかな」

「目指すなよ」

 

 下手に否定せず、ちょっと避けながら話を有耶無耶にする。そうやってなんとか許しをもらい、テントから出たところで軽く伸びをする。時間を忘れて熱く語ってしまっていたようだ。

 冷蔵庫からジュースを取り出し、それを飲んでいると圭が隣にやってきた。萌葉が許しても彼女が許すとも思えない。願わくば話を何一つ聞かれてなかったという展開になってほしい。そんなものは淡い期待でしかないのだが。

 

「会長は……その……おっきぃほうがすきなんだ」

「ぶふっ! ガハッ、ゲホッ!」

 

 ジュースが気管に入って咽る。これは完全に聞かれていたパターンだ。あれだけ声を張っていたのだし、聞かれてしまっていても無理はない。問題はどこからどこまでという話だが、それを聞くのも憚られる。

 息を整えてジュースを冷蔵庫に入れる。恐る恐る圭の顔を見ると、なんとも言えないような顔をしていた。怒っているようでもあって、残念そうでもあって、少し悲しそうで。その理由までは察せられず、おっぱい論争をしたせいだと解釈する。

 

「性癖の話はそうで。人を好きになる条件がそれとは限らない」

「……どうだか」

「白銀さんは…………なんというか、素敵な女の子だと思うし」

 

 そう言われて会長のお腹を小突く。当たりどころが良くて陽はよろけ、その間に背を向けた。

 

「会長のばーか」

「なんでさ……」

 

 褒めたのにバカって言われた。きっと彼女の表情を見られたら、何かわかったかもしれない。なにせ照れくさそうに笑っているから。

 

「よくわかんないけど、お詫びにジュースでも」

「明日貰おうかな」

 

 見えないから陽も勘違いして。でもそのおかげでパパ活はできそうだ。

 パパ活ではないが。

 

 



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白銀圭は乗りたい

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 秀知院学園高等部の校長は、生徒会に時々無茶ぶりをする。そんな話が中等部の生徒会にも聞こえてくることもあり、それに比べれば中等部の校長は良い人なのだろうと思える。無茶ぶりとかはなく、提案がある程度だ。たまに手伝いを頼まれることもある。

 それらは基本的に生徒会長が1人で片付ける。遊びたがりな性格で浪費癖があったり、他にもいくつか残念な点があるものの、仕事はきっちりと片付けるしその速度は他の追随を許さない。だから、自分の仕事を片付けた上で、他の役員の仕事が増えないように1人で校長からの頼まれ事を引き受けるのだ。

 

「会長ってほんとお人好しだよね~」

「そうかもね」

「圭ちゃんこういうのは止めないんだね。分担しようって言いそうなのに」

「会長が早く仕事を終わらせるから。待たせることになるし、時間の無駄で効率悪いし」

「ふーん?」

「なに?」

 

 隣に並んで仕事を片付けている萌葉がニヤニヤと見つめてくる。圭は半眼でチラッと見返した。言いたいことがあるなら言えと。

 

「拗ねてるなーって」

「は? 誰が?」

「圭ちゃんが。今回も置いて行かれたもんね」

「そんなんじゃないから。仕事を早く片付けられるようになってるはずなのに、全然会長に追いつけない自分が悔しいだけ」

「それは一緒に仕事したいからじゃないの?」

「違う! なんでそういうふうにしたがるかな……」

「そのほうが面白いから」

 

 それ以外に理由はないと輝いた目にはっきりと刻まれていた。圭は額を押さえてやれやれと首を振る。この手の相手は何を言っても無駄だと知っているのだ。それと、友人で遊ぼうとするな。

 

「萌葉の方が会長に置いて行かれて残念そうにしてたじゃん。言葉に出してたじゃん」

「だってどんなことしてるか気になるじゃん? 教師たちの裏事情話してたりするかもしれないし」

「何期待してんの……。私は陰口はもちろん、それみたいなのも好きじゃないんだけど」

「うん知ってる。だから、圭ちゃんが聞かないでいいように、私が聞いておけばいいかなって」

「そういうことじゃなくて」

 

 萌葉はにぱぁと楽しそうに笑い、圭が反比例するように肩をすくめる。そういう面があると知っているから嫌いになることがない。萌葉は陰口が好きなわけではなく、スキャンダルとかゴシップとかが好きなだけ。ただそれらは、良い方面の話だけじゃない。生徒間で回らないような話なんて基本的に誰かの陰口だ。

 圭は気にしないように振る舞っているが、内心では毛嫌いしている。萌葉も好きではないが、圭ほど嫌いではない。相手を知れるという点で楽しいらしい。その情報と、それを話す人間の性根を知れるから。そして知った情報を整理し、極力圭に届かないようにフィルターをかけるのだ。わざわざそうしてくれる萌葉に、圭はいつも感謝している。知り合ってからずっと隣りに居てくれる彼女に。

 

「会長が1人で行っちゃうのも、そういうことなんですかね」

「どうだろね~。会長って単純に見えていろいろ考える人だから、違う理由かもよ。校長先生からの案件だって、私たち内容知らないし」

「……暗い話とかじゃないとは思う」

「なんで?」

「だって会長。帰ってくる時毎回機嫌いいから」

「え、会長って機嫌悪い時あるんですか?」

「そこはさすがにあるよ~」

 

 あの人って機嫌悪い時あるのかと阿天坊が唖然とする。そんな様子に萌葉と圭はくすりと笑った。彼がそう思うのも無理はない。いつも明るく振る舞っていて、いつも学校生活を楽しそうに過ごしている。生徒たちが見る彼の姿はそれだ。

 だが彼だって人間。機嫌が悪くなることはあるし、嫌いなものだって存在する。苦手なタイプとかもある。それを知る機会が、ほとんどないだけ。中等部の中では、圭や萌葉を始めとしたごく一部の生徒しか知らないだろう。

 

「会長ってピーマン嫌いだし」

「あれ……そういう話?」

 

 思っていた方向性と全く違った。動物園から動物が脱走したと聞いてライオンを想望してたらひよこが逃げ出したという報道ぐらいにほっこりする。

 

「コーヒー飲めないし」

「圭ちゃんが淹れるやつだけ頑張って飲むよね~。苦そうにしながらチビチビ飲むの可愛いよ~。椅子に縛り付けてブラック飲ませたくなるくらいに」

「萌葉それ会長泣くから」

「泣き顔も見たいね」

「やめたげて」

 

 中2男子の突貫工事メンタルがジェンガみたく崩壊してしまいそうだ。それやられたら立ち直れなくなるかもしれない。今が絶賛ガラスの少年時代なのだから。

 陽で遊べないか画策する萌葉。それをやめさせる圭。こんなガールズトークは聞いてても面白くないというか、いつそれが自分に矛先が向けられるかわからなくて阿天坊はヒヤヒヤしていた。陽ならともかく、自分の時に圭は止めてくれるだろうか。ゴーサインを出されたらどうしよう。

 

(会長帰ってこないかなぁ……)

 

 そんな不安を一手に吹き飛ばしてくれるのが、生徒会長という存在。この場合だとどう考えても的にされるというだけなのだが。阿天坊書記。先輩を盾にしようと考えていた。

 そんな思いも時間が経てば叶うもので、それから20分ほどすると話題にされていた陽が帰ってくる。ガチャリと生徒会室のドアが開かれ、今日も楽しげな様子の陽が入ってきた。圭曰く、いつもより2割増しで楽しそうなのだとか。

 

「会長おかえり~」

「ただいま~」

 

 萌葉が声をかけ、1オクターブ高くなった声で返事が来る。なるほど圭に言われたように意識してみると、いつもより楽しそうなことが萌葉にもわかった。

 

「校長と何してたの?」

「それは秘密~。内密にって校長に言われてるからな。いつもそう言ってるじゃん」

「そのうち根負けしないかなって」

「しません」

「男同士の秘密ですね」

「そういうこと。さすが阿天坊だな」

 

 忙しなく生徒会室の中をあっちへこっちへと移動する陽を、萌葉と阿天坊は意にも介さず会話を続ける。その光景をおかしいと思う自分がおかしいのかと圭は疑ったが、そんなことはないと信じてツッコんだ。

 

「会長さっきから何乗ってんの」

「セグウェイ」

「なんでそれで生徒会室に来たの?」

「貰ったから」

「なんで今も乗ってんの!」

「楽しいからに決まってるだろ!?」

「いいなー。私も乗りたーい」

「萌葉!」

 

 さっきからセグウェイで生徒会室の中を動き回っている陽を注意しようとしているのに、親友萌葉が拍車をかけようとしている。名前を呼んでも、ちょっとだけと言って言うことを聞きそうにない。阿天坊も興味津々で、目が軽くイッテた。阿天坊の場合、セグウェイに乗りたいのではなくセグウェイのシステムを知りたいのだろう。

 

「会長。解体(バラ)したいです」

「自分で買え」

「いくらするか知ってて言ってるんですか? 90万強ですよ!」

「えっ!?」

「阿天坊ならそれぐらい買えるだろ」

「僕の財布事情知ってて言ってます? お年玉で買えますけど」

「……会長。何かあってからでは遅いですし、高いものですから今すぐ降りてください」

「これブレーキないんだわ」

「不良品!?」

「いえそういうものです」

 

 圭からすれば高額商品。こんなものを貰ってくるとか意味がわからない。校長室で何があったらそうなるのか。なんでそんな高いのにブレーキという安全性を捨てているのだろう。圭には一切理解できない世界だった。だが安心してほしい。陽も萌葉も阿天坊も、ブレーキがない点については設計者の正気を疑っている。

 

「まぁしかし、せっかくの貰い物をすぐに壊してもあれだからな。ぶつけないように外で試乗するか」

「やった! さすが会長わかってるー!」

「データ収集しますかね~」

 

 セグウェイから降り、それを萌葉に渡す。おもちゃを受け取った萌葉はウキウキと外に出ていき、阿天坊も自前のノートパソコンを抱えて後を追う。久しぶりについていけない世界を見て呆然とする圭に、陽は笑いかけながら手を差し出した。

 

「白銀さんも行こ」

「……ぁ、うん。でも手はいい」

「知ってた」

 

 伸ばした手をあっさりと戻し、生徒会室を出ていく。その隣を圭が歩き、廊下の窓から見える外に視線を向けた。そこは下駄箱がある昇降口の前。もう外に出ている萌葉が、さっそくセグウェイに挑戦していた。1人で挑戦するのは危ないようで、阿天坊がサポートしている。

 

「気が早い奴らめ」

「会長がそれ言う? 一緒に楽しみたいだけでしょ」

「まぁな」

 

 見破られてるならいいかと、陽は足を早めた。はやる気持ちを抑えられないのだと言外に語り、圭は苦笑しながらそれを追いかける。相変わらず子どもっぽいなと。

 2人が外に出た頃には、萌葉が1人でセグウェイを乗り回していた。阿天坊がハラハラした様子で見守っているのを見る限り、安定して乗れるようになっているかは怪しい。早めた足も緩やかなものへと変えると、陽に気づいた萌葉が向かってくる。陽は念の為圭に離れるように伝えておいた。

 

「会長やっほ~!」

「楽しんでるなー」

「思ってた以上に楽しいからね! こういうのもできるし!」

「それは危ないやつだが?」

 

 その場で小さな円を描き続ける萌葉に注意してやめさせるが、時すでに遅し。操縦者である萌葉は目を回して陽の方へと突っ込んだ。

 

「会長!」

「だいじょーぶ」

 

 スレスレのところで避け、セグウェイにある棒部分と萌葉の体の間に腕を滑り込ませて萌葉を抱きとめた。それで萌葉を引き剥がし、操縦者を失ったセグウェイを体を捻って反対の手で掴む。

 

「頭がフラフラする……」

「遊び過ぎたな藤原さん。安全第一だぞ」

「ごめんなさい」

「わかればよし」

 

 会長としてそう言っているが、内心はそれどころではなかった。ちょっとした緊急時ということもあり、好きな人の体を触っているのだ。しかも触れるどころじゃない。がっつり抱きとめている。腕で感じる腰の細さ、肌の柔らかさ。中学生らしからぬその胸もがっつり当たっており、自分の体温が熱くなっていくのを感じる。

 これはやばいと思ってすぐに萌葉から手を離して一歩下がるも、目を回した萌葉は今支えがほしい。一番近くにいる陽を支えにするのも自然な話で、彼の腕を掴んで休憩。

 

(手も柔らかい……!!)

 

 男子だと筋肉質な感触だが、女子は柔和な感触。マシュマロとはよく言ったものだ。

 今は落ち着かねばと萌葉から視線を逸らし、助けを求めるように阿天坊に目を向ける。彼は何を思ったのか、ベンチに座りノートパソコンを開きながらサムズアップを返してきた。違うそうじゃない。

 陽は生徒会長として過ごす時、圭の言う模範となる者としての立ち振る舞いを心がけている。放課後でこの場所となれば、他の生徒の目にも止まりやすい。冷静でないといけないのだ。

 

「白銀さん乗ってみる?」

 

 彼に残されたのは、圭へのヘルプだけだった。萌葉に手を離してほしいなんて言えるわけもなく、阿天坊は助けてくれない。圭に動いてもらうしかない。視界の端で阿天坊が肩を落とすのが見える。意思疎通は今もできていない。

 

「えぇ、今のを見た後に勧める?」

「藤原さんの乗り方に問題があるだけだから」

「私は別に……」

「体験してみるのはいい刺激だと思うんだが」

 

 圭が楽しそうに見ていたのは知っている。しかし彼女はプライドが高い。珍しいものですぐ遊ぶのは子どもっぽい、そういう理由で素直に首を縦に振れないだけ。だから、陽がすべきなのは言い分を用意すること。「それなら」と圭が言えるようにさせることだ。

 

「一応使った感想を校長に言うことになっててな。調査ってわけでもないから気楽なものだし、声が多いにこしたことはない」

「……会長がそう言うなら」

 

 回復した萌葉が陽から離れ、阿天坊が座っているベンチへと腰掛ける。この人わざとなんじゃないかなと阿天坊は疑ったが、真相は定かではない。遊ぶことはあっても、友人をハメるようなことはしないのが藤原萌葉なのだから。

 

「これってたしか体重の掛け方で動くんだっけ」

「そうだな。今は電源切ってるから安心して乗ればいい」

 

 セグウェイの棒は、少しでも体を安定させるための手すりだ。姿勢の補助にもなる。圭が手すり部分を持ちながらセグウェイに乗り、陽は棒部分を持って安定させる。バランス感覚は悪くなく、これなら問題なさそうだ。

 

「んじゃ、電源入れるぞ」

「待って。電源入ったら急に動き出したりする? 大丈夫なの?」

「歩く速さぐらいに速度を制限させるから、危ないと思ったらすぐに降りたらいい」

「……そうじゃなくて」

「うん?」

「…………はぁ。会長のばか」

「なんで?」

 

 理由は絶対に口にできない。圭のプライドがそれを許さない。それを口にすることは恥ずかしいことだから。ディスコミュ状態の兄に急に馴れ馴れしく話しかけるぐらいに恥ずかしい。

 電源が入れられ、圭の体重移動に合わせてセグウェイが進んでいく。それに付き添って移動しながら、圭がしっかり動かせていることを素直に褒める。そっぽを向かれ、陽は圭が馬鹿にされたと感じたのかと思って口を閉じた。安定した運転に安心し、その場に止まってしばらく見守る。

 

「かーいちょっ!」

「うわっ!? 藤原さん!?」

「あはは! びっくりし過ぎ~」

「そりゃびっくりするわ。耳元でいきなり大声出されたんだし」

 

 しかも萌葉は背後に立っていて、彼女の小さな両手が両肩に乗せられている。わざとなのか、背中にも彼女の兵器が軽く当たっており、陽は気が気じゃない。

 

「さっきは鼻の下伸ばしてたよね~。今もかな?」

「伸ばしてない。……と思いたい」

「あはっ! 正直だよね会長」

「自信がないことだから」

「そういうとこは見栄を張らないよね~。ねっ、会長」

「なに?」

 

 後ろを振り向くこともない。首だけでも動かして萌葉を見ようとする、なんてこともしない。今の精神状態的に、それは自滅行為に等しいと理解しているから。そして、萌葉が()()()()両肩に手を置いているのは、振り返ってほしくないからだと汲み取っているから。萌葉もまた、良い意味で今は顔を合わせたくない。

 

「さっきはありがとう」

「……どういたしまして」

「……」

 

 背中にコツンと感じる。頭を押し当てられているようだ。何を見ることもできず、西の空へと傾いている太陽を見やる。残り少ない日照時間を、残り少ない生徒会任期と重ねた。2学期が始まってすぐに解散だから、実質的に活動はこの1学期で終わり。

 

「ところで会長」

「んー?」

「圭ちゃんってカーブできるの?」

「……できなさそうだな! 行ってくる!」

「よろしくね~。圭ちゃんを傷物にしないでねー」

「言い方!!」

 

 危うく道路に出かけた圭を後ろから抱きしめる形で引き止めた。なりふり構っていられない状況だったのだから仕方ない。これには圭も何も言えなかった。そしてもう二度とセグウェイには乗らないと心に宣言するのだった。

 セグウェイは阿天坊が持って帰り、週明けにはブレーキが搭載されて生徒会室に置かれた。ブレーキ機能が搭載されたなら、と揺らぎかけたのは圭だけの秘密である。

 

 



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阿天坊書記は喋りたい

 

 生徒会というのは内閣みたいなもので、学校という1つの集合体から代表者が集まる。秀知院学園は中等部も高等部も選出方法が同じで、選挙を行うのは会長職のみ。選ばれたその人が、残りのメンバーを選出していく。

 生徒会は生徒たちの代表であり、秀知院学園という曲者揃いの代表だ。その役員たちに癖がないわけがなく、かと言って一応それなりの人格者じゃないと務まらない。その肩書きには一種のプレミア感があるもので、多くの生徒からそれなりの敬意が向けられる。

 そして、頼りになる存在だと思われたりする。

 

「相談がありまして」

「相談とな」

 

 中等部の生徒会室は、役員たちが作業するための席が4つ。机の形は職員室にある教員たちのものに近く、違いは木製というところぐらい。コの字になるように配置され、真ん中が会長席。圭と萌葉が親友という理由から、副会長席と会計席が横並び。その対面に書記席となっている。

 それとは別に、来客者用のソファも置かれており、これもまた向かい合う形に。ソファは高等部同様横に長く、数人で座れるものだ。今はそのうちの一席に男子生徒が座り、陽が対面に座っている。阿天坊と萌葉は自分の席に座ったまま、話を聞く態勢に。

 

「どうぞ」

「あ、すみません。ありがとうございます」

「私たちは席を外そうか?」

「いえ、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」

 

 圭が紅茶を淹れ、それを男子生徒に渡す。内密にしたいのなら席を外そうと気を遣ったのだが、そこまでのことでもないようだ。圭は陽に視線を向け、いたらいいと視線で返された。それで圭も納得し、萌葉の隣へと戻る。ニヤニヤと意地悪く笑う友人に、圭はため息だけを返した。

 

「それで、相談っていうのは?」

「はい。小野寺ハーレムを作ってる会長に聞きたいんですけど」

「そんなハーレムを作った覚えはない」

「えっ!? 生徒会って会長の好みで集まったメンバーじゃないんですか!?」

「俺はバイセクシャルになった覚えはない!」

 

 これは違う意味で席を外したほうがよかったなぁと圭は後悔する。萌葉と阿天坊は苦笑するだけ。そんな考えが出るのもまぁ仕方ないだろうと納得できるから。もっとも、萌葉の目は笑ってなかったが。

 生徒会長は選挙で決まり、他の役員は指名制。会長の好みで集めることはたしかに可能だ。実際、阿天坊が入学してくるまでのほとんどの期間は、圭と萌葉しかいなかったのだから。そうなっていたのも「1人は新入生から選びたい」と拘っていたから。学年が違えば空気も違う。新鮮な意見を取り込みやすいとの考えである。

 見方を変えれば、見事な「小野寺ハーレム」である。アロハシャツのおっさんはいないし脱退もしてないけど。

 

「どんなエンディングを飾るおつもりで?」

「話が逸れてるぞ。俺は異性愛者だし、生徒会役員はそれぞれの能力の高さで選んでる。人に対する好き嫌いはあるし、そういう意味ではたしかに好みのメンバーではあるけど」

 

 ハーレムって相手が何人いるところからハーレムと呼ぶのだろうか。どうでもいいことが気になったが、知らなくてもいいやとその疑問を投げ捨てる。

 

「実は今付き合っている彼女がいるんですけど。かわいい子が」

「この人自慢しに来たんすかね。追い返したい」

「そのヨーヨーをしまえ阿天坊」

「阿天坊くんそれ没収するね」

「許して白銀先輩!」

 

 キルアの動きを真似るためにはどうしてもヨーヨーの特訓が欠かせないのだ。これも部活動に関わること。どんな部活だ。

 後ろで行われていることは気にせず、陽は話を促した。自慢するような一言も流せばいいだけ。言いたくなっちゃうお年頃なのだろう。同い年だが。

 

「最近うまくいってなくて」

「よぅし別れろ」

「阿天坊くんガムテープ口に貼られたい?」

「圭ちゃん猿ぐつわ(こっち)にしようよ」

 

 阿天坊が圭に抑えられ、にこにこと愉しそうに萌葉が阿天坊の口に猿ぐつわを嵌める。どっから取り出したのか、なんで持っているのか。それは萌葉にしかわからない。思春期男子としては「猿ぐつわ」というワードにちょっとときめくのだが、女子が男子に嵌める光景を見て幻想が崩壊する。

 

「白銀さんこっち来て~」

「? うん」

 

 圭にはあまり見せないほうがいい光景だと判断し、装着が終わる前に圭を呼び寄せる。圭がいなくなったところで、萌葉の圧に阿天坊は逃げられないのだから問題ないだろう。助けを求められたが無視した。口を抑えたところで、手を抑えなければ外されるものだが、阿天坊の真横に萌葉が立つことで抑止となる。完全にヤバイ絵面だった。

 圭を隣に座らせ、男子生徒に話の続きを促す。ヤバイ絵面に衝撃を受けているようだが、現実に引き戻させた。

 

「うまくいってない、というのは具体的にどういうこと? 付き合って長い?」

「いえ。ご夫妻ほど長くはないです」

「……ご夫妻?」

「ちなみにそれ誰と誰?」

「会長と白銀さんです。白銀さんは正妻って話が」

「どんな話だ!!」 

 

 それさっき否定したハーレム話が続いているだけじゃん。否定したんだからその話もないって脳内処理されてくれ。陽は頭を抱え、圭は冷ややかな視線を男子生徒に向ける。

 

「お二人はよく一緒におられるので、そのせいかと」

「単純だなぁ」

 

 仲のいい男女は付き合っている。そんな単純で厄介な思い込みが激しいのが多感な時期というもの。しかし噂はあくまで噂。相手にしようとは思わない。圭もそのつもりのようで、話を引き戻す。脱線する原因は双方にあるようだから、舵取りは自分がやろうと決めた。

 

「それで、付き合ってどれぐらい?」

「2ヶ月です」

「長いのか短いのかわからん」

「ぼちぼちじゃない?」

「会長は半年間お付き合いされたことがあると聞きまして」

「そうなの?」

「デマだからな。告られたのを振ったら付き合ってることにされた」

 

 実に面倒な時期だったと記憶している。中等部に入学してすぐに告白され、断っても食い下がられ。挙げ句の果てには勝手に付き合ってるということにされた。それが夏休み明けまで続き、この期間は機嫌が悪いことが多かったものだ。

 

「2人の付き合い方がどういうのかは分からんが、互いに見えてなかった部分が見えてきて戸惑ってるとかそんなんじゃないの?」

「実はそうなんです」

「なんでわかるの?」

「よくある話じゃん。第一印象と違うってやつ。初めからオープンにしてる人は少ない。誰もが壁を用意して、人によってはそれが何層にも重ねられる。相手との距離感次第で、その壁が取り払われるってわけ」

「見せてなかった一面が見られるようになるってこと?」

「そういうこと」

 

 それは誰しも実感するものだろう。自分の好きなものも嫌いなものも。打ち明けなければ誰にも伝わらない。誰かと付き合うということは、場合によっては友達以上に距離が近くなる。友達に見せていない面も、見せることになるだろう。

 

「彼女の知らない一面を知って、嫌だったの? それとも意外だっただけ?」

「……嫌、ではないですね」

「それなら、受け止めないとな。向こうだって勇気出したと思うぞ? 器を見せるときだと思うね」

「会長が真面目なこと言ってる……!」

「はっはっはー。藤原さん黙ろうか。白銀さんは何かある? 女子目線で」

「え、うーん……」

 

 男子の視点だけでは足りないかもしれない。情報は欠けているし、相手がどういう女子かもわからない。女子目線とか言われても、判断に困る話だった。それでも1つくらい言っておくべきかと考え、おおよそ間違っていなさそうなことを選ぶ。

 

「同じことをしてほしい、かな」

「同じこと……ですか?」

「うん。同じ分だけ歩み寄ってほしい。一方的だと、好きじゃないかもしれないって不安になると思う。彼女のことを考えるなら、相互的になるのがいいかな。一意見だけど」

「十分参考になりましたよ。ありがとうございました! 頑張ってみます!」

 

 紅茶を飲み干し、勢いづいて生徒会室を出ていく。それを見送ったところで阿天坊も解放された。椅子から立ち上がって軽く体を動かしている。

 

「喋っていいよ」

「もう喋ることないっすよ。気になることとしては、相談って感じがあんましなかったことですかね」

「そりゃあな」

 

 阿天坊の疑問も当然だろうと肯定する。すぐにそれに気づいたのは、陽と萌葉ぐらいだろう。圭は最後に気づいていた。

 

「本人の自覚はなかっただろうけど、求められていたのは後押しだ。ぼんやりと気持ちだけは固まっていて、実際にどうするかは固められてなかった。だから相談に来た」

「あのカップルなら放っておいてもなんとかなっただろうけどね~」

「知ってたのかよ……」

「余計なことしないようにちゃーんと黙ってんだからいいじゃん」

「たしかに! 偉いな藤原さん!」

「あはは! でしょ~!」

「え、何この茶番」

 

 萌葉による劇薬投与がなかったことがどれだけマシな話なのか。何も知らない阿天坊にはわからなかった。そして知らなくていい世界である。ちなみに圭も知らない。陽が徹底して情報封鎖したから。

 

「会長」

「なに? 白銀さん」

「会長ってよく告白されるの?」

「2、3ヶ月に1回くらいは」

「へー。なのに付き合わないんだ。欲ないの?」

「あるよ。失礼だな」

 

 生徒会メンバーは基本モテる。阿天坊は例外だが、他三人の人気は高い。陽の場合、「()()いい」「成績優秀」「生徒会長」などそれなりに要素が揃っている。中身までを知る生徒は少ないが。生徒会役員くらいでは。

 萌葉は「中学生離れした容姿」「気さくな性格」とか、「時々見えるサイコさがいい」という一部の意見もあったり。

 圭は「例えられないほど整った容姿」「学業優秀」「他人思い」など、可愛さと格好良さを兼ね備えた人物。男女合わせて総合評価を出した場合、一番人気があるのは彼女だと言われている。

 

 そんなわけで、それぞれモテる。阿天坊以外は。陽も萌葉も時々告白される。人気があるのに告白されないのは圭ぐらいだ。プライドの高さによって生まれる近寄りがたさ。それに加えて、基本的に萌葉が隣にいて誘い出しにくい。萌葉がいない時は陽がいてまさかの鉄壁の布陣。圭への告白はそれができるだけで伝説扱いされる。

 だから、圭からすれば告白されるというシチュエーションは馴染みがない。新鮮なものに思えてくる。そんな思いとは別に、告白を受けないなんて一途だなと加点した。一途に思ってもらえるのは嬉しいものだから。ただし、圭は陽が自分に好意を寄せていると勘違いしているが。

 

「会長は…………。ううん、やっぱいい」

「なんだそりゃ」

「なんでもないから」

 

 

 ──()()()告白しないのか

 

 そう聞こうとしてやめた。こういうのは聞くものじゃないし、告白するよりされたい。されたところでOKを出すかは別として。

 

(これ……捻れなかったらいいなぁ……)

 

 徐々に不安が募る阿天坊だった。

 

 

 


 

 

 

 小野寺家は、大手ジュエリーショップの社長の一家である。富裕層にいる一家で、その家の大きさは藤原家と迫るものがある。さすがに四宮家のような怪物級ではない。東京にあるのは別邸だが、別邸でもやたらと大きい。

 玄関を開けると、気だるそうな目をしながらアイスを噛って立っている姉。家の大きさによる印象を台無しにする威力がそこにはあった。小野寺家の長女。秀知院学園高等部の1年生。ギャルにして陽キャの仲間。弟でもついていけない時がしばしば。頼むから初等部の妹に変な影響を与えないでほしい。切実な願いである。

 

「ただいま」

「ん。おかえり。今日だけど──」

「わかってる。晩飯はいいよ。部屋にランチパックとお菓子あるし」

「……ん」

 

 靴を脱いで下駄箱にしまう。何か言いたげな姉には気づかないフリをして、階段を登っていく。2階の一番奥にある部屋。一番狭い部屋だが、7畳の広さ。十分なものだ。

 階段を登りきったところで足を止め、姉と目を合わせてヘラっと笑う。姉以外には見せられないほど力のない顔。ただの作り笑顔(弱い顔)

 

「よく言ってるけど、姉さんには一番感謝してるんだよ。姉さんのおかげでまだ家にいられる」

「……陽はほんとバカね」

「よく言われる。でもま、経営者としては壊滅的に才能ないからさ」

「ホントな。……後でラインするからその時間に風呂に入っときな」

「ありがとう姉さん」

 

 それだけ言って部屋に入る。姉の麗があそこで待っていた意味は、父が帰ってきてるということ。基本的に海外での商談ばかりの父でも時々帰ってくる。陽は顔を合わせないように部屋に篭もるしかない。

 跡継ぎの話でいろいろとあったが、収まり方としては姉が会社を継ぐことが決まり、陽は用無しとなった。家から追い出されかけたが、父以外の全員が反対。母は離婚を迫り、姉が「追い出したら跡を継がない」と言い、次女は父と口を利かなくなった。それに堪えて一応家での生活が許されている。

 

「お兄ちゃんやっほー!」

「いや来ていいのか今……」

「髭と話してても面白くないもーん」

「せめて父と呼んでやれ……」

 

 この通り、妹の舞は父に懐いていない。物心ついた頃からほとんど顔を合わせない父より、いつも一緒にいる兄に懐いたのは無理からぬことだろう。自業自得だが、陽が父親から反感を買う理由にこれも含まれている。

 

「一緒にお風呂行こ!」

「何言ってんの!? 来年には中学生だろ!?」

「え、妹には手を出さないでしょ? 欲情するの?」

「しないけど! 待って。どこでそんなこと覚えてきたの?」

「学校の保健体育。変態増えたから気をつけろって先生が」

「間違ってはないけど……!」

 

 ちゃんと身を守るための意識を持たせるように教えてくれているのはありがたいのだが、なんだか妹の成長が寂しく思えてしまう。

 それはそれとして、さすがにお年だから駄目でしょと窘めた。納得してくれたことに安堵すると、足を抱えられて連行される。華奢な妹のどこにそんな力があるのやら。

 

「私が運んで仕方なくお兄ちゃんはお風呂に入った。口実が完璧だね」

「なんて強硬手段を取りやがる!」

「あ、階段痛いだろうけど我慢してね」

「鬼か!?」

 

 手すりの支柱を掴んで抵抗する。さすがに洒落にならない。下手したら打ちどころ悪くて死ぬかもしれない。そんな決死の攻防も姉の介入によって止められ、妹との混浴も阻止されるのだった。

 自作自演じゃないだろうなという冷たい視線が辛かったとか。

 

 



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藤原萌葉は遊びたい

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。すこ。


 

 中等部の生徒会は常に忙しいわけでもない。いくら秀知院学園といえども、中学生は中学生。仕事量も程よいものであり、高等部よりも職業体験感が強い。そのため、基本的に仕事に取り組むのは週に3日程度。残りの2日は休みなのだが、適当に集まることが多い。

 今日も仕事がなく集まった日であり、ソファで向かい合っている陽と阿天坊は、トランプゲームの「スピード」で勝負している。阿天坊はゲームセンスで、陽は瞬発力で勝負。このゲームなら陽の方に分があると思いきや、阿天坊の差し込みが光って適切に妨害している。

 

「会長。コーヒー飲む?」

「あー。うん、飲む」

「ブラックにするね」

「それ死んじゃう!」

「スキあり!!」

「ぬあっ!! くそっ、負けたぁぁぁ!!」

 

 ゲームの流れを全く無視した圭の言葉に律儀に反応。その律儀さが勝負の命運を分けた。本気で悔しがる陽に、悪いことをしたなぁと思いつつ子供だなぁと微笑ましくなる。彼のそういう一面は、この秀知院学園という箱庭の中では希少な方だ。

 全員分のコーヒーを淹れてそれを配る。陽もトランプを箱にしまって、圭から渡されたコーヒーを口に含んですぐに離した。熱い。猫舌にはきつい。

 

「お味は?」

「コーヒーの苦さには慣れない。けど飲める」

「コーヒーで会長の口から美味しいって言葉が出る日来るんですかね?」

「会長が大人になったら来るかな」

「誰がお子様か」

 

 さて、3人でそうやって話しているのは理由がある。いつも何かしらしてるか話題を出してくる萌葉が黙っていることだ。圭にもその訳がわからず、コーヒーを渡すのも少し躊躇われる。萌葉の分のコーヒーを陽が受け取り、席で静かにしている萌葉の下へ。さっきの勝負はどちらがこの役をやるかを決めるためだ。

 机に肘を置き、ゲンドウポーズを取っている萌葉。役作りでもしたのか雰囲気が様になっている。3人の見解は「碌でもないことを考えている」である。

 

「藤原さん今日はどうしたの?」

「やっと声かけてくれた~! なんで誰も触れないの? ノータッチが一番辛くて止め時見失ってたんだけど?」

「そう言われてもな……。はいこれ白銀さんコーヒー」

「ども~。で、まぁふと気づいたんだけどね」

「なにを?」

 

 圭のコーヒーをズズズッと飲んだ萌葉。猫舌ではないらしい。猫っぽいのに。

 

「生徒会で遊びに行ったことないなって」

「ん~? んーー、そうだな」

「言われてみればたしかに」

「よかった。僕一人ハブられてたわけじゃないんすね」

「そんな事しねぇよ」

「お望みならやるよ~」

「おい」

 

 本当にやりかねない萌葉に釘を差しておく。やらないよと返してきたが、どうにもやりそうで怖い。日頃の行いというわけではないが、性格が信頼を欠いてしまうのは悲しい。

 

「そんなわけで、生徒会で遊びに行こうよ。暇でしょ?」

「ドストレートだなぁ。暇だけども」

「いつ行きます?」

「今週末。今度やる映画が面白そうだから~、みんなで観に行きたいなぁって」

「いいですね。行きましょ!」

「白銀さんもそれで大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 

 そんなこんなで決まった映画鑑賞。

 時は流れてその当日。映画館がある大型ショッピングモールの正面入り口付近。そこに大型の時計台があり、集合場所がそこになっていた。待ち合わせがしやすく、目立つ目印のおかげで初めて来る人にもわかりやすい。生徒会メンバーも着々と集合を果たしていた。

 

 のだが──

 

 

「会長おっそい! あの人今どこいるの!?」

 

 生徒会長が来ていなかった。集合時間になっても姿を現さない。チケット自体はオンラインで抑えており、あとは発券するだけ。念の為に集合時間も早めにしておいて、映画の後にどこで食べるか決められるようにしている。それなのに陽が来ない。阿天坊が陽に電話をかけると、3回コール音がしたところで電話に出た。

 

「会長どこいるんですか? ショッピングモール付近にはいます?」

「付近というか、中なんだけど。むしろみんなどこ?」

「中!? なんで!? 大型時計台で集合って話だったでしょ!」

「うん。だからO型時計台の前にいる。屋上のやつのことじゃないの?」

「どんな間違え方だよ! むしろそっちの方がマイナー!」

「阿天坊くん代わって」

「あ、はい。白銀先輩に代わりますね」

 

 ショッピングモールの屋上は小さな子たちが遊べるように芝生があったり、噴水があったりしている。そこにもたしかに時計台があり、正円ではなく縦長の円。O型時計台とはよく言ったものだ。ややこしい。

 

「会長。今からそこ行くから動かないでね」

「え? いっそ映画館を集合場所にしたら──」

「そこに行くから動かないでね」

「あ、はい」

 

 圭の圧に押された。通話が切られてスマホを返される。阿天坊は苦笑するしかなかった。副会長より副会長らしいことをしているから。

 

「それじゃあ屋上行こっか~」

 

 萌葉が先頭を歩いていき、圭と阿天坊がそれに続く。エスカレーターやエレベーターがあるホールは、1階から天井までが見えるようになっており、そこから射し込む日光が開放感を引き立てる。週末のために家族連れが多く、カップルもそれなりに見受けられる。

 

(はっ! 今僕は両手に花じゃん! 藤原先輩は食虫植物だけど)

 

「あれー? 今失礼なことを言われた気がする」

「これだけ人が多いんですし、たぶん人違いですよ」

「そういうことにしとこうかぁ~」

「あははは。それがいいと思います」

 

 にっこりと嗤う萌葉に見逃され、阿天坊はほっと細く息を吐いた。エレベーターに乗り込んで最上階へ。ガラス張りになっており、エレベーター内からフロアを見ることもできるし、その逆も然り。痴漢防止にも役立っていたり。バカップル公開処刑も可能となるなど有能な仕様だ。

 何度か途中の階で止まり、ようやく最上階へ。そこからスロープを上がって自動ドアを通る。そこにいるのは大勢の小さな子どもたちに群がられている陽の姿が。

 

「何事!?」

「会長がっ! 幼女に囲まれて……!」

「守備範囲危険過ぎないそれ?」

「Don't touch ロリータの精神ですのでご心配なく」

「その血走った目で言われてもなー。でも面白いからGO!」

 

 萌葉の許可が出て阿天坊が陽の下へと突っ込む。ちびっ子たちにはちゃんと優しく声をかけて道を開けてもらっていた。理性はあるようだ。

 

「何してんすか会長」

「遊んでたら人気になっちゃった。みんなごめんなー。迎えが来たからここまでだわー」

「おにいちゃんばいばーい!」

 

 意外や意外。ここまで人気があったら、駄々をこねる子が出てくると思っていたのにそんな様子がない。みんなが手を振って陽と別れる。何をしたんだと阿天坊は陽に目で問いかけ、肩をすくめて返される。大したことはしてないと言いたげだ。

 萌葉と圭も合流し、事の経緯とあの聞き分けの良さについて問いかけた。陽からすれば本当に大したことじゃないのに。やれやれと首を振った。

 

「待ってる間に話しかけられたから話して、流れで遊んだだけ。聞き分けがいいのは、あの子たちがいい子ってことだろ」

「あぁ、そういえば会長って小さい子から好かれやすかったっけ。初等部の時とか凄かったな~」

「体育祭で出番があるだけで声援が集まってましたね」

「謎いことにな」

「一種のカリスマなんじゃない? 勘違いして迷子になるみたいだけど」

「迷子ではない」

 

 圭の言葉を否定しておく。時計台の前にはいた。自分がどこにいるのかわからなくなることが迷子なのであって、目的のショッピングモールには着いているし、時計台にも来てたんだから迷子ではないのだ。

 そんな言い訳も聞き流され、建物の中へと移動する。急激な気温の変化で最近は妙に暑い。梅雨はどこへ行ったのやら。日本の季節感とやらも引退したようだ。

 

「会長のせいで少し狂ったけど、予定通りお昼食べる場所決めようか」

「パンフレットなら取っといたぞ」

「さすが会長。ただでは転ばない男」

「1階にあるフードコートか、3階にある飲食店だな」

 

 転んでもいないと思ったけれど、いちいち反応していてはくどいと判断した。他の人の邪魔にならない位置で立ち止まり、パンフレットを開いて確認。他の3人も覗き込み、どんな店があるかを見ていく。

 

「誰かアレルギー持ちいたっけ?」

「僕は特にないです」

「私達もないし、みんな大丈夫だね」

 

 さらっと萌葉と陽のアレルギーの有無も把握している圭。以前にアレルギーの話をしていて、その時のことを覚えているだけなのだが、阿天坊はその事を知らない。なんで把握してんだろって少し呆けてしまった。

 阿天坊とは別の理由で意識が他所に向いている男がいる。生徒会長の陽だ。パンフレットを覗き込むために、萌葉が近くにいるせいだ。肩が触れており、萌葉の髪の香りが鼻腔をくすぐる。しかしこのタイミングで離れてしまえば露骨な反応であり、相手に失礼であるとともに傷つけてしまう可能性もある。それは避けたかった。

 結果、体は石像の如く固まり、首から上を動かして視線は他所に。パンフレットも他の3人も見ていなかった。

 

「会長? どうかしたの?」

 

 それに気づいた圭が顔を上げる。反応が返ってこず、ムスッとしてもう一度声をかけた。それでようやく気づいた。

 

「向こうに何かあったの?」

「あったというか……。ごめん、ちょっと行ってくる」

「へ? あっ、会長! もう!」

「あらら~。私追いかけてくるから、2人はここで待ってて」

「ちょっ、萌葉! ……はぁ」

「追いかけます?」

「……ううん。待っとこっか」

 

 お昼をどうするかも決めてない。待っていてという萌葉の指示も、2人で決めといてという意味が含まれているものだ。圭はそれを理解し、手元に残っているパンフレットへと視線を戻した。

 

「なんか、会長とじゃなくてすみません」

「? 何言ってるの? 私阿天坊くん好きだよ?」

「へ?」

 

 小首を傾げる圭を、ぽかんと口を開けながら見つめる。中等部1の人気を誇る彼女の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。なんとかポーカーフェイスで表情を保ち、思考を落ち着かせる。

 

「後輩として、ですよね?」

「うん」

「今の言い方はややこしいですし、相手を勘違いさせますよ」

「勘違い? …………ぁ……ご、ごめん! 阿天坊くんは好きだけどそうは見てないというか魅力がないわけじゃないんだけど」

「わかってますって。他の人にやらかす前でよかったですね」

「本当、ごめんね」

 

 なんとも微妙な空気が流れ、やらかした圭は珍しく混乱していた。この空気をどうしようと目を泳がせ、思考も散漫になってしまっている。

 

「お店決めましょうか」

「あ、そ、そうだね」

 

 狼狽する圭などまず学校内で見られない。いつもの雰囲気とはまるで違うその姿を、かわいいなと思いつつ思考を切り替える。生徒会で修羅場など作りたくなかった。渦中の人間にはなりたくない阿天坊。あと、姉の影響があるせいで年上の異性は遠慮願いたいのである。

 どの店がいいかを話し合いつつ、思考の半分ほどはいなくなった2人のことを考えていた。早く帰ってきてほしい。阿天坊だってあんな事態初めてなのだ。心臓が持たない。

 

「会長どこ行ったんですかね」

 

 話を遮るように言ってしまった。やらかしたと思っても言葉は既に出ている。圭も言葉を止め、視線をパンフレットから前方へと移した。陽たちがいなくなった方へ。その視線に何が込められているのか、阿天坊には読み取れない。

 

「たぶん人助け」

「人助け……?」

「うん。たぶんだけど、あの時の目はそういう目だった」

「へ~。よく見てるんですね」

「……あの目は印象的だったから」

 

 だからってわかるようなものなのだろうか。目は口ほどに物を言うとは言っても、それなりにパターンは決まっている気がする。真剣な目とかならまだしも、人助けの目とはどういうものか。ちょっと気になった。

 

 

 

 最上階からエスカレーターで1つ下のフロアに移動し、しばらく真っ直ぐ進んだところで左に曲がる。従業員たちが使う部屋へと続く廊下は、一般客が通ることのない道だ。大人が横に3人並べる程度の広さ。他の通路よりは断然狭い。その廊下には自動販売機があり、陽はそこまで足を進めた。

 

「どうしたの?」

 

 自動販売機の陰には、3、4歳程度の少女が蹲っていた。陽はその前で膝をつき、なるべく視線を近い高さにして声をかけた。少女は恐る恐る視線を上げ、目に涙を溜めながら黙る。

 

「お父さんたちとはぐれちゃった?」

「……」

 

 言葉は返ってこなかった。首を小さく縦に振られ、この子が迷子なのだと断定する。この大きなショッピングモールで迷子となると、この子の両親を一緒に探し出すのは難しい。迷子センターに届けるのが一番だ。その前に、仲良くなるのが先決だ。警戒心を解いてもらわないと、誘拐扱いされてしまう。

 

「実はね。お兄ちゃんも迷子なんだ」

「ふぇ?」

「あはは、友達と来てたんだけどね~。みんなどっか行っちゃった~。俺たち一緒だね」

「いっ、しょ?」

「うん。一緒」

 

 にこっと微笑むと、少女の頬も緩んだ。少しは警戒心を解けただろうか。陽はチラッと横に視線を向ける。追いかけてきた萌葉が、やれやれと首を振ってスマホを操作しながら一旦離れていく。陽のスマホには、萌葉からのメッセージが届いた。

 

『今どこいんの?』

 

 それを少女にも見せて、本当に今逸れていると証明。それで信じ込んだ少女がくすっと笑う。

 

「あのね。まいごになったら、まいごせんたーってとこにいくんだって」

「そうなの? それを知ってるなんて偉いねぇ」

「えへへ。でもね、どこにあるかわかんないの。それでね……あるいてたのにね……」

「うん。じゃあお兄ちゃんと一緒に行こうか。お兄ちゃんたぶんそこ行けるよ」

「ほんと? まいごにならない?」

「ならない」

「いままいごなのに?」

「うぐっ! だ、大丈夫……。人に聞きながら行けば着けるから」

 

 けらけらと笑っている萌葉の様子を横目に見つつ、顔を引きつらせて少女を納得させる。笑い過ぎて目から涙が出ているようだ。あとで一言言わせてもらうとしよう。

 なんとか元気になった少女を抱っこする。視線が高くなってさらに明るさが増し、笑い合いながら出発。わざと2回ほど道を間違えて少女のご機嫌を取りながら、迷子センターへと到着した。決して本気で間違えたのではない。わざとと言ったらわざとなのだ。そういうことにしておこう。彼の小さな名誉のために。

 

「この子迷子みたいなんです」

「そうでしたか。ねぇ、お名前教えてもらってもいい? あなたのお名前とお父さんのお名前。迎えに来てもらうから」

「いいよ! あのね、おにいちゃんもまいごなんだって!」

「……おっと?」

「お兄ちゃんはたぶん迷子じゃないと思うんだけど……」

「ふぇ? うそつき?」

 

 涙目での一言がグサリと刺さる。嘘つきなんかにはなりたくない。この子を悲しませたくない。

 

「実は俺も迷子です」

 

 即断だった。

 

 

 

 

『迷子のお知らせです。藤原萌葉様、白銀圭様。お友達の小野寺陽様がお待ちです。3階南モールの迷子センターまでお越しください』

 

 

 そんな放送が流れたとか。

 

 




 つづく


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藤原萌葉は言っておきたい

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
 息抜き程度に脳死で書いてる作品ですが、モチベーションに繋がっております。まじ感謝。


 

 腕を組んで立つ少女。彼女はにっこりと美しい笑みを浮かべているのに、誰も見惚れることなく、むしろ恐怖心を抱いて視線を逸らす。そんな彼女の目の前には、ぽりぽりと頬を掻く迷子少年がいた。

 

「なんで怒ってるかわかる?」

「館内放送で名前を呼ばれたからかなー」

「そうだよ。別に他の誰に気づかれるわけでもないけど、すっごい恥ずかしかったんだから! 係のお姉さんの生暖かい目もキツかったんだから!」

「本当にごめん。流れでそうなっちゃったからさ……」

「電話くれたらよかったじゃん! わざわざ館内放送じゃなくていいじゃん!」

「その手があったか」

「バカなんだからー!」

 

 萌葉が纏う気配は最悪なのに、その怒る仕草は可愛らしい。それで和んでいてはさらに怒られるだろうし、火は早めに消すに限る。陽は油を注がないように気をつけながら消火に努めた。

 

「はぁ。会長らしいと言えば会長らしいんだけどね~」

 

 萌葉もそんな引きずるタイプじゃないというか、比較的早くに切り替えられる人間だ。言いたいことを言ってスッキリすれば終わり。サバサバしてるところは彼女の美点でもあり、場合によっては欠点にもなる部分。陽も「ならばどうするか」とすぐに次のことを考える性格のため、結構馬が合う部分だったりする。

 それに、一部始終を見ていたのだから怒るようなことでもない。文句を言いたくはなったから言っただけだ。

 

「会長ってすごい視野が広いよね。他の誰も気づいてなかったのに」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。視野が広いというより、視点がズレてるって感じかな」

「頭もズレてるもんね!」

「ハゲみたいに言うな!」

 

 ツッコミも少しズレていた。

 

「とりあえず、圭ちゃんには連絡してるし、さっきのところに戻ろ。私よりご機嫌斜めだと思うよ~」

「白銀さんの名前は余計だったよな……失敗した」

「ちなみに阿天坊くんがハブられたのは後輩だから?」

「正解」

「館内放送聞かれてる時点で意味ないね!」

「……ほんまやん」

 

 思わず関西弁が飛び出してしまった。関西に住んだことはないし、前世も関西人ではなかったのに。ちょっとした関西弁の飛び出しやすさはなんだろうか。「せやかて工藤」とか代表格やで。

 

「ねっ、かーいちょ」

「どした?」

 

 後ろで手を組みながら隣を歩く萌葉をチラッと見る。さっきの表情を忘れさせるほどに機嫌がいい。学校で見るよりも綺麗さが増しているのは、メイクをしているからだろう。その事も言及しないとなと頭の片隅で準備した。

 

「いつもありがとう」

「急にどうした。()()()()()

「うん。だからだよ。圭ちゃんも阿天坊くんもいない今だから言っとこうって」

 

 何かを企んでいるような笑みでもなく、愉しんでいるような笑みでもない。そこにあるのは純粋な感謝からくる笑み。萌葉がなかなか見せない表情だ。人によってはよく見ているだろうが、陽はあまり見ていない。

 

「私たちって、こーいうのじゃないじゃん? 2人とも好き勝手する担当というか」

「……まぁ。演じてる気はないけど」

「あはっ! 私もそのつもりはないよ。道化なんて私たちには無理だし」

 

 自分の立ち位置と役回りを認識するとしたら、それに当てはまるというだけ。

 

「私たちの関係は2人の前だとコンビって感じだから。こういうこと言うのは、2人だけの時じゃないと」

「藤原さんがそこに拘るならの話だけど」

「……拘ってるわけじゃないけどね

「え?」

「ううん」

 

 エレベーターで上がればすぐなのに、少し話す時間を作りたかったからエスカレーターを選ぶ。陽を無言で手招きして、それに合わせてくれるから結構楽だ。先にエスカレーターに乗り、振り返って陽を見下ろす。いつもとは逆だ。律儀に一段開けていて少し距離を感じる。萌葉は一段降りてその距離を無くした。

 

「会長のおかげで、圭ちゃんすごく楽しそうなんだ」

「いやいや藤原さんが側にいるからだろ」

「ううん。会長が生徒会って場所を作ってくれたから」

 

 上の階に着き、エスカレーターから降りる。もう1つ上の階上がらないといけない。くるっと回って次のエスカレーターに乗り込む。今度もまた一段開けられて、萌葉がその距離を無くす。開けなくていいのにと萌葉は思うが、陽からすればこの距離は心臓に悪いのだ。煩くなる鼓動に気づかれないか不安になる。

 

「歴代会長って、なんでかみんな男子でさ。古臭いよね~」

 

 そういう決まりこそないものの、秀知院学園の生徒会長は中等部も高等部も代々男子生徒が務めている。過去には決まりがあったかもしれないが、今は校則どれだけ見てもそんな記述がない。しかし、未だにそんな空気が残っていた。不要な空気だけが。

 

「だから、会長が会長してくれて本当に感謝してるんだ~」

「俺もやりたかったから。うまいこと噛み合っただけだ」

「それでも、指名してくれたのは会長だから。ありがとう」

「……どういたしまして?」

 

 お礼を言われるほど綺麗なものじゃない。陽には陽の目的があってやったことだから。利害の一致で出来上がったのが今の生徒会。だから、陽は素直にそのお礼を受け取れず、疑問形にして誤魔化すしかなかった。

 

「俺はさ……」

「うん?」

「……俺は藤原さんにも笑っていてほしい」

「っ。あはは、私はたぶん1番楽しめてるよ」

「それもそうか。ならよかった。それと……その、いつももだけど、今日は一段と綺麗だな」

「っ!! ……かいちょー。言いながら照れてる。かわいい」

「ふ、藤原さんだって」

「かいちょーのせいだよ。でも、ありがとう」

 

 ちょっぴり勇気を出して言ってみた。圭とか阿天坊相手ならさらりと言えるのに。好きな子が相手だと言いにくい。

 けれども萌葉は萌葉で日頃から楽しそうにしている。陽と同じように好きに動いている。誰よりも笑顔を見せているのは間違いないだろう。種類も豊富だけど。今だって、これまで見たことないほど眩しい笑顔だ。

 萌葉は陽に背を向けて、1つ上の段に移動する。陽と萌葉の間ではこういうやり取りは「らしくない」ものだ。それはつまり耐性がないということ。萌葉は妙に気恥ずかしくなっていた。

 

 圭たちがいる階へとたどり着き、別れた場所に移動する。2人はそこにいて、恨めしそうに陽を見る阿天坊と、機嫌を損ねている圭が待っていた。言わずもがな。館内放送のせいである。

 

「会長。何があったかを教えてもらおうかな」

「迷子です」

「……その子はご両親と会えた?」

「会えてたよ」

「うーん、ならいいや。館内放送のことは萌葉が先に言ってるだろうし」

「え、迷子の子って言葉出てきてませんでしたよね?」

「圭ちゃんさすが~」

 

 誰かのために動いたという前提で、迷子というワードが出た。それなら、迷子の子を助けたということだろう。圭の中ではそういう推測が出来上がり、それを踏まえての会話。それが見事に成立したというわけだ。

 

(合っててよかったぁ~)

 

 内心では合ってたことにほっとしている。外れてたらこれほど恥ずかしいこともないのだから。

 そんな事情を悟られないように、圭はこれぐらい当然だと言わんばかりに堂々とする。築き上げられている白銀圭という像を保つためにも。

 

「お詫びにご飯を奢らせていただきます」

「やった~。会長の奢り~」

「ただし阿天坊テメェは例外だ!」

「でしょうねぇ! 別に構いませんけど」

「会長」

「いや冗談だから。みんなの分奢るから」

「……そういうことじゃなくて」

 

 別にお詫びとかいらない。普段から言ってることで、今回も迷惑をかけられたとは思っていないのだから、そんな事はしなくていいと圭は思っている。ただまぁ、陽が決めてしまったのなら引き下がるしかないことも知っている。いつもは提案で、だから断ったら何もなし。けれど今回は宣言だ。こうなったらどう言っても聞いてくれない。パパ活の達成もあるから尚更に。

 眉をひそめる圭に、ごめんねと一言謝る。2回も待たせたことと、奢ることになったことを。その意味合いを読み取り、圭は困ったように笑った。仕方のない人だと。

 

「お昼どこにするか決めてくれた?」

「うん。こことかでいいかな? いろいろあるし」

「ビュッフェか~。圭ちゃんこういうの好きそうだよね。いろいろ食べられるから」

「萌葉は一言余計」

「ごめんごめ~ん。いやー、人の金で食べるビュッフェは格段に美味しいだろうね!」

「いい性格してるよほんと」

「会長ゴチになります!」

「阿天坊も潔いなぁ」

 

 昼食代を全員分払うとなれば、当然そのビュッフェでの料金を払うということに。その事を今ようやく結びつけた圭は、違う店にしようかとパンフレットを見直した。

 

「これぐらい別にいいよ」

「でも……」

「それに、ほらあれ」

「「ビュッフェ! ビュッフェ!」」

 

 指差した先には、周囲の視線を集めるほどにはしゃいでいる2人が。

 

「盛り上がってるし」

「遠慮を知らないのかなあの2人」

「別にいいんじゃない? ビュッフェなら好きなものを食べられるし、人の好みで店を悩む必要もないし。待ち時間はあるだろうけど、この4人なら気にならない」

「……会長がいいならそれで」

 

 圭もなんとか納得させられたところで、盛り上がっている2人を放置して映画館へ向かう。それに気づき、ドタドタと賑やかな足音を立てながら萌葉と阿天坊が追いかける。

 

「チケット発券は私がいないとできないんだけど」

「それはたしかに」

「2人ともせっかちなんだから~」

「いやあの場に残り続けたくはなかった。というか同じグループとか思われたくなかった」

「え、それ会長が言うんですか?」

 

 あまりもの「おまいう?」案件に阿天坊もびっくり。姉がTSさせようとしてきた時と同じくらいにびっくりだ。思わず口からスルスルと言葉が滑り出してしまった。

 

「はぁ。なんでこの生徒会ってまともな人いないんだろ」

「ブラコンに言われてもなぁ」

「萌葉何か言った?」

「なんでも~」

 

 小野寺陽(知能5歳)藤原萌葉(キュートサイコ)白銀圭(ブラコン疑惑)

 なるほどたしかにまともな人間がいなかった。これは後輩の自分がしっかりせねばと阿天坊は気を引き締める。

 

「今さらだけど、どんな映画観るの?」

「うーん、サバイバルアトラクションかなぁ」

「それ白銀さん楽しめる?」

「話が面白ければそういうのでも大丈夫」

「会長って圭ちゃんに過保護だよね~」

「藤原さんがブレーキ踏まないから」

「夫婦漫才してないで飲み物とかポップコーンとか買いに行きません?」

「「そだね~」」

「ツッコまないの!?」

 

 ツッコミどころがあっただろと圭は言及するも、陽と萌葉はいちいち反応しない。むしろ、当人たちの感覚では流した方が面白いと判断されたようだ。なぜか反応した圭がおかしいという雰囲気が出来上がり、納得できないと言いたげだ。

 

「会長ご機嫌直してきてください」

「人をなんだと思ってる?」

 

 故障を直せぐらいの感覚で言うのは、圭に失礼だろうと注意する。会長という立場上、何かしらが起きたらその責任を取ることに異論はない。それぐらいやってのけるつもりだ。

 

「白銀さん怒ってる?」

「別にこれくらいじゃ怒らない。2人がよくやることだし」

「だよな」

 

 4人で並ぶのは邪魔だろうということで、買うのは萌葉と阿天坊に任せる。ポップコーンの味はおまかせにして、飲み物だけは指定した。列から離れ、わかりやすい場所で待機。新作映画が出たこともあってか、相当な人の多さだ。チケットを先に抑えていた萌葉には頭が上がらない。

 

「白銀さん。いつも以上に綺麗だな」

「……まぁ。萌葉とメイクして行こって話になったから。失敗してなくて安心した」

「普段してないしな」

「うん。興味はあるけど、あまりお金かけたくはないし。男子ってあんまメイクに印象良くないじゃん。夢見過ぎって思うけど」

 

 辛辣だなぁと思いつつ、女子からの貴重な意見をありがたく受け止める。精神的な成熟は女子のほうが早いと言われており、それは考え方の違いも出てくる。いわゆる大人の考え方というやつだ。同年代女子の視点や価値観の参考として、圭の意見を聞くのは十二分に価値がある。

 それを記憶に留め、列に並んでいる萌葉と阿天坊に視線を向ける。合流しやすくするように、せめてこちらからは把握しておくべきだから。そうしておきながら、少し気になったことを圭に聞いた。

 

「そうなー。人によるだろうけど……、白銀さんでも男子の目気にするんだ?」

「ぇ……。一応ほら……プライベートだし」

「2人はどうであれ映える気がするんだがな」

「ありがと」

 

 お礼を言いながら視線を逸らした。こういうところが、周囲からの人気がある要因なのだろう。相手を褒めることや感謝の気持ちなど、相手が聞いていて心地よくなることを臆することなく伝える。それが陽の人気の理由で、陽が会長になれた一番大きな要因。

 むず痒い気持ちを落ち着かせるためにそんな事を考える。今2年生で生徒会長ということは、就任時は1年生。高等部なら珍しくもないが、中等部では事例が少ない。高等部への進学は、普段の成績で決まるために受験勉強などいらないのだ。せいぜいが、3学期にある進学テストに向けてのテスト勉強ぐらい。その備えは、要領が良ければ任期終了後で間に合う。そして、生徒会長になれる人はそれぐらいできる人だ。

 だから、認知度的にも本来なら陽は不利なはずだった。会長になるのは難しいという通説があった。それを覆したのは、彼の人柄と普段の様子と熱心な選挙活動のおかげだろう。

 

 そういうふうに圭は捉えているわけだが、陽だって人間だ。圭に言ったときのように、さらっと同じことを萌葉に言えるかと言うと無理だ。恥ずかしさに悶える。

 

「買い終えたみたいだな。合流しよう」

「そうだね」

 

 萌葉と阿天坊との合流を済まし、チケットも発券していざスクリーンへ移動を開始。オンラインの強みとしては、先に席を指定できるから見やすい位置を確保できることが挙げられる。今回もそうで、スクリーンのほぼ真正面。高さも程よく、首が疲れる心配もない。

 席順は奥から阿天坊、陽、圭、萌葉の順番に。萌葉の露骨な行動に圭は一瞬だけ渋い顔をした。圭は別に、陽のことが異性として好きなわけではないのだから。

 

 そんなことも言ってられず、大人しくそこに座って上映開始を待った。他の映画の予告やら注意事項が流れ、いよいよ本番。萌葉が見たがっていた映画が始まる。

 

(……これ……ホラーじゃねぇか!!)

 

 サバイバルアクション。なるほど嘘は言ってない。生き残りをかけた物語だ。戦いもする。ただ、一番言っておくべき「ホラー」の要素が欠けていた。

 ちらっと横を見る。萌葉の目が明らかに輝いていた。もう既に映画の世界にトリップしている。率先して計画を立てて準備していたのだから、当然といえば当然のこと。ちらっと反対側を見ると、阿天坊も目を輝かせて見ていた。萌葉と違って、こちらは構成や映像の分析を嬉々としてやっている。

 さて、残りの1人である圭なのだが。

 

(萌葉の嘘つき……!! これただのホラーじゃん! 先に言ってよもう!!)

 

 完全に嵌められていた。ホラーは好きというわけじゃない。どちらかと言えば苦手な部類だ。萌葉の影響である程度の耐性があるのだが、今回はそれを超えている。気を紛らわせるためにポップコーンへと伸びる手も、心なしか震えていた。

 ホラーシーンではビクビクと反応する。陽はそんな様子を見て気を紛らわせていた。この男、ホラーが苦手な人間である。

 プルプルと震える手を手すりに伸ばす。そこには圭の手があり、自ずと重ねられた。陽も圭の手があるとは思っておらず、映画には関係ないところでビクッと2人が反応する。

 

(会長驚かさないでよ……!)

(マジビビった……)

 

 ただの事故である。

 どちらも相手の手が震えていることに気づき、暗がりの中で目を合わせる。小さくこくりと頷き合い、手の位置はそのままに。圭が手の向きを変え、手のひら同士が重ねられるようにして映画を乗り切るのだった。

 

 陽は最終的には面白かったと笑顔で言うタイプであるため、上映後に圭は裏切られた気持ちになって陽の足を踏んだとか。

 

 




 


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小野寺陽は隠したい

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
 本当に嬉しいのです。


 

 梅雨の時期というのは、どうにも雨が降る日が続いてしまう。日本ほどの降雨量は世界全体を見渡しても稀というか、日本以外にはない。自然環境にとても恵まれた土地だ。

 しかしまぁそこで生まれ育ち、何年もそこにいると慣れてくる。贅沢の悩みというやつで、連日の雨を嫌う人も少なくはない。それでも、雨に喜ぶ人もいるわけで、生徒会役員にもそんな人物がいた。

 

「雨はエロスを引き立てますよね」

「いきなり何言ってんだこいつ」

 

 生徒会室にある大型テレビとノートパソコンを接続。ツイッターを開いて大画面でTLを眺め始める。女性陣がいないからこそできること。映し出されている映像には、雨をテーマにしたイラストの数々。その多くが下着の透けている少女イラスト。このアカウントの持ち主がどういう人をフォローしているのかよくわかる有様だった。

 

「ほら。雨で制服が濡れるんですよ。いろんな人がこれ描いてる!」

「けど阿天坊。これみんな巨乳じゃん」

「ちっぱいで描いてくれる人がいないんですよ!! 僕は求めているのに……! どれだけ探しても全然見つけられない! ちっぱい描いてる人も、雨ってシチュの途端巨乳にするんだ! どうして……!!」

「ないなら自分でやるってのがオタクじゃなかった?」

「僕は! 人が描いたものを見たいんです! 供給する側ではなくされる側がいいんです!」

「わがままだなぁ」

 

 タイムラインがスクロールされていっても、阿天坊の言うとおり全然ちっぱいイラストがない。不思議なものだ。

 

「秀知院中等部の制服があるじゃないですか」

「白銀さんを変な目で見たら殺す」

「3次元での供給は求めてないです。っていうか、会長ってほんと白銀先輩のことになると過敏ですよね。好きなのは藤原先輩なんですよね?」

「そうなんだがな」

 

 エアコンのスイッチを入れて除湿を始める。湿気がなかなかに鬱陶しい。

 

「まぁ、白銀さんとはちょっとあってな」

「へー」

 

 面倒そうな気配を察知してその話題から離れる。前々から気になっていたことだし、それのせいで面倒な人間関係を構築されてほしくはない。けれど、知り過ぎると身の振り方に困ってしまいそうだ。

 陽もそれを話す気はなかった。知られたくない話というわけでもないが、圭がどう思うかはわからなかったから。机の引き出しからスーパーボールを取り出し、壁打ちを始める。

 スーパーボールを投げ、壁に当たって跳ね返ってくるボールを掴んでは投げる。それを3球でやる。これが長篠の勝敗を分けた三段撃ちだ。

 

「会長の過敏な反応のせいで逸れましたけど、秀知院の制服って白じゃないですか。高等部は黒ですけど」

「暑そうだよな」

「僕らは黒ですけどね!」

「女子だけ白だもんな。で、それが?」

「会長は疑問に思わないんですか?」

「なにを?」

 

 三段撃ちを止めてモニターを見る。相変わらずさっきから制服女子のイラスト画像だらけだ。

 

「秀知院の制服はこんな風には透けないんですよ!!」

 

 机から鈍い音が響く。そこには阿天坊の手が悔しそうに打ち付けられていた。

 

「そんな悔しがる?」

「他校の制服では透けて見えるそうです。雨に濡れた日にはこんなイラストのようになるらしいんです!! それなのに! 秀知院の制服は透けないし雨に濡れたところでそのガードが崩れない!! 不公平です!」

「振り切った変態だな!」

「変態と一緒にしないでください!」

「何が違うんだよ!?」

 

 TLのイラストを眺めてみても、今の話を思い返してみても、どう考えたって変態としか言いようがなかった。

 

「いいですか? 変態というのは、例えば下着を盗んだり、下着を見て性的興奮を覚えるような人のことを言うんです。僕は、下着が透けて見えるというシチュエーションを欲しているだけなんです!」

「お前さっき3次元での供給は求めてないって……」

「1回ぐらい下着が透けて見えるというシチュエーションを体験したいって思ってもいいじゃないですか……! 1回だけでいいんです! そんなわけで生徒総会では新制服を提案しましょう」

「しねぇよ?」

「なんで!? すでにそれに向けた資料を作成してるのに!!」

「最近目にクマを作ってたのはそれか! 寝ろ!!」

 

 目にクマを作っていると「うちの兄を連想するから嫌」と圭に言われる。阿天坊はまだ直接は言われてないが、陽はどうにかならないかと圭に相談されていた。

 下手に探りを入れてもなと困っていたのだが、原因がたった今はっきりした。無駄な努力をしていたようだ。悲しいかな。制服への不満の声など上がっていない。せめて女子の意見を集めてこいという話である。

 

「ぐっ! かいちょっ! 殺す気ですか……!」

「殺さん。ちょっと意識を飛ばすだけだ」

「わぁ~。会長と阿天坊くんがくんずほぐれつしてる」

「言い方に悪意しかないな!」

「テレビ点けてるなんてめずらし……。これどっちの?」

「状況から見てわかるだろ」

「男の子だね~」

 

 犯人である阿天坊だけでなく、陽にまで萌葉の言葉が刺さる。決して望んでこれを点けさせたわけではない。あらぬ誤解を急いで解かねば。

 

「隙あり!」

「うおっ!?」

 

 萌葉の言葉に動揺した陽を一本背負い。オタクといえど身体能力は無駄に持っているのだ。

 

「藤原先輩のその誤解は不名誉です!」

「ほほう? では被告の弁を聞きましょう!」

「これはたしかに僕のTLではありますが、下着が透けてる巨乳の子が見たいという願望はありません! 僕は巨乳じゃなくてちっぱい派です!」

「何を不名誉に感じてんだよ……」

「そういえば、胸の小さい人が好きって話だけど、それは成長中の子も含まれるの?」

「すべてのちっぱいを愛する所存です」

 

 堂々たる宣言。恥ずべき発言。それでも引き下げない言い分。

 

「くっ、なんて決意なの……!」

 

 なぜか萌葉には効いていた。

 

「いいですか? 成長中のちっぱいはそこに希望が詰まってるんです。可能性という名の希望が」

「それ成長止まった途端絶望になってない?」

 

 阿天坊の話を聞き流しながら、陽は起き上がって生徒会室のドアへと向かう。

 

「いいえ。ちっぱいこそ至上! 胸の成長が止まった時、その人は美を完成させるのです! 白銀先輩のように!」

「あ、圭ちゃんが代表例なんだ」

「もちろんですよ。あの人ほど完璧なちっぱいの持ち主はいません。あ、別に異性として好きになるとかはないですよ。ちっぱい同盟の一員としての意見なだけですから」

 

 ちっぱい同盟とは。正式名称「この世の至上にして絶対たるちっぱいを愛する同盟」。略してちっぱい同盟であり、俗称を貧乳同盟という。これに対を成すのが巨乳連盟である。秀知院学園中等部だけでなく、高等部までにその勢力は拡大し、密かに中高の男子を二分している。ちっぱい同盟名誉会長は白銀御行である。なお本人は知らない。

 

「あの人はたしかに容姿端麗です。人に手を差し伸べる優しさ、自分に厳しく努力を惜しまないカッコよさもあります。ですが、それらの魅力を纏め上げているものこそ! あの慎ましやかなちっぱいなのです!」

「別に圭ちゃんの魅力を語るぐらいならいいんだけど、私の圭ちゃんに変な影響が出るなら見過ごせないよ」

「もちろんそんなことは──」

「圭ちゃんを汚していいのは私だけだから」

「藤原先輩のほうが悪では!?」

 

 いったい萌葉は何を言っているのか。陽はツッコミたい気持ちを抑えて無視する。

 

「あの、会長。なんで私の耳を塞いでるの?」

「聞かないほうが良さそうな話してたから」

 

 過保護かもしれない。けれど、圭は聞かないほうがいい話だと陽は判断した。だから圭の耳を塞いでいたのだが、萌葉の気持ちも少し分かってしまう。秀知院学園という場所にいながら、汚れることなく純粋さを保つ彼女を汚してみたくなるというのは。言い方を変えれば、独占したくなるという気持ちが。

 圭に変な人が寄り付かないように気をつけようと決めつつ、むくれる圭から手を離す。気を遣ってくれるのは嬉しいが、仲間外れみたいで嫌だった。

 

「このイラストだけどさー。制服着る時にこんな派手なブラ使わないと思うんだけど」

「そこは作者の願望とか夢がですね」

 

 いつの間にか品評会に変わってる。萌葉と阿天坊が意見を交して50点ずつの判定を出してた。合わせて100点満点。今のイラストはエントリーナンバー3番だった。

 

「会長。なんで私の目を塞ぐの?」

「白銀さんは見ないほうがいいかなって」

「なんか変な会話が聞こえてきたんだけど」

「気のせいだよ」

 

 萌葉と阿天坊を睨みつけると、やれやれといった調子で品評会が中止に。テレビの電源が落ちたところで圭の目から手を離す。

 

「もう、会長のバカ。それで、2人は何してたの?」

「阿天坊くんのTLに流れてくるエッチなイラストの品評会」

「「おい!!」」

 

 隠した意味がなかったし、誤魔化すはずが裏切られた。しかも今の言い方からして、標的になるのは阿天坊のみ。被害を最小限に抑えることはできたが、なかなかに酷いムーブである。

 

「……阿天坊くん」

「……はい」

「男の子だし、仕方ないのかもしれないけど。ここでそれを大画面で見てたことには見損ないました」

「ガハッ……! 会長……辛いです」

「今日は早めに帰──」

「ひゃぁっ!?」

 

 阿天坊に帰るように言おうとしたが、外では雷が落ち始めた。大雨どころか雷雨らしい。雷の轟音に萌葉が悲鳴を上げてお腹を抑える。

 

「藤原さん大丈夫?」

「うぅっ……。雷は苦手なのぉ……」

「かわいい」

 

 反射的にぽろっと本音が出てしまった。

 

「なんでお腹抑えてるんですか?」

「雷に取られるでしょ! 馬鹿なの!?」

「えぇ……」

「きゃぁぁ! また鳴ったー! やだぁかいちょー助けてぇ」

 

 ここまで弱気な萌葉を初めて見た。いつもとのギャップ。さらに助けを求められたことで陽はグラついた。

 

「雷切ってきてぇ」

「死ぬがな」

 

 持ち直した。

 

「会長ならできるから! 自分を信じて!」

「黒焦げになる。それにしても、この雨だと歩いて帰ったりは無謀だな」

「タクシー呼ぶのが賢そうですね」

「あはは! 阿天坊くんその発言がバカッぽひゃぁあ!?」

「人を馬鹿にするから雷がなるんです」

「そんな理論おかしい!」

 

 どんな状況でも賑やかなのはいい事だが、これでは話がなかなか進まない。楽しむのは陽も大賛成だが、これだけの雷雨では帰るだけでも一苦労。下手したら怪我の恐れもある。女性陣を危ない目に合わせるわけにもいかない。

 

「あ、お姉様だ」

「千花姉から?」

「タクシー呼んだから一緒に帰ろうって」

「それがいいんじゃない? 白銀さんも家の方向が途中までは一緒なんだろ? 乗せてもらえば?」

「え……。私は電車で帰るから」

「今運行止まってますよ」

「しばらく待てば復旧するでしょ」

 

 たしかにタクシーで帰るのも1つの手だ。この雨の中なら最適解とも言える。けれど、圭は余計なお金を使いたくはなかった。電車なら定期を使える。復旧さえしてしまえば余分な出費なく帰れるのだ。

 そして、奢ってもらうのもありえない。一緒に乗れば萌葉と千花はそうする。圭はそれも遠慮したい。

 

「でも白銀先輩。この雨だと傘してても制服濡れますよ」

「雨の中の登下校は今さらな話だよ」

「いえ。これだけ雨風が強いと、腰から上も濡れます。うちの制服でそうなると体のラインがはっきり出てしまいます。女性専用車両を使ったとしても、それ以外の場で手を出されかねません」

「走って逃げるし、声出して周りに助けを求めたらいいじゃん」

「周りに男性しかいなかった場合、それが有効かはわかりませんよ」

「え?」

 

 阿天坊の性犯罪への意識は、友人から聞かされるAV作品のせいでだいぶ偏見が強かった。しかし、今回はそれがうまく効果を出している。たとえAV作品の世界だろうと、人が考えたことならそれが現実となる可能性は捨てきれないのだから。

 

「決まりだな。白銀さん、今日は車で帰って」

「会長まで。2人とも大袈裟だよ」

「君にもしものことがあったら、ご家族に申し訳が立たない」

「……」

「別にタクシーで帰れとは言ってないしな」

「会長……いいの?」

「今回はやむを得ないから」

 

 萌葉は申し訳なさそうに声をかけたが、陽はもう決めてしまった。やる事としては難しくない。陽が家に電話して、車で迎えに来てもらう。圭もそれで家まで送り届けるだけだ。

 小野寺は一応使用人が2人いる。父親が見栄を張って雇ったのだ。家のちょっとした騒動により、使用人も父親派と母親派に別れた。車の運転は父親派の人間の仕事。派閥みたいに言っているが、その2人は毛嫌いとかしてない。どちらの意見を優先しやすいかというだけ。

 ただし、陽が使用人たちの力を借りればその事は父親の耳に届く。いらぬ諍いの元を作ってしまう。姉の麗がどっちも馬鹿だと言うように、父親は陽が関わると過敏に反応する。

 萌葉は細かいことまでは知らない。以前に、使用人たちの力は極力借りたくないと陽から聞いているだけだ。

 

「会長の迷惑にかけたくないし、私はいいから」

「よくない。迷惑でもないから」

 

 結局圭が押し切られ、小野寺の車で帰ることに。萌葉は姉の千花からの連絡を受けて先に生徒会を後にし、タクシーを呼んでいた阿天坊もそれで帰る。なぜか姉が乗り込んでいて絶叫したのは誰も知らない。

 

「……会長は、なんでいつも私にそうするの?」

「鬱陶しかったら言ってくれ。やめるから」

「鬱陶しいわけじゃないけど、過保護だなって思う。同じ年なのに、子供扱いされてる気がする」

「…………過保護、なんだろうな。気をつけるよ」

 

 自覚はしている。阿天坊にも萌葉にも言われているのだから。

 圭を守っているつもりはない。それは圭ではなく萌葉にしたいことだ。圭とは友達でいたいだけ。異性の友情を育むだけなんだ。

 

「質問に答えて、会長。なんで私にそこまでするの?」

 

 気の強さを表すような釣り目。秀知院では珍しいとすら言えるほどに純粋で綺麗な瞳。それが陽の目を真っ直ぐ捉えてくる。

 陽はそれから目を逸してスーパーボール三段撃ちを開始。反射能力を鍛えられるし楽しいのだ。それもすぐに圭に没収された。見事な回収劇である。

 

「答えて会長」

 

 なぜそうするのか。そこにどんな感情があるのか。圭はそれを聞き出そうと思った。

 自分と萌葉が睨んでるように、陽の好意が向けられているのか。それとも別の何かか。もし違うのなら。

 

「生徒総会に向けての資料ってどうなってる?」

「会長! 先に質問してるのは私!」

「……それを答えたとして、何か意味があるの?」

「意味なら……! 意味なら……」

 

 答えを得られる。けれど、知ってもいいのだろうか。

 自分のことが好きなのかを確かめたい。それを確かめてどうなる?

 合ってたとして、なら付き合おうとなるのか。今現在でそんな気はないのに。

 そのはずなのに、違ったとしたら。自分のことを好きじゃないとしたら。そう考えると怖くなる。ならばなぜ過保護なのか。小野寺陽という人間がわからなくなる。

 

 本当に? 怖くなるのはそれだけか?

 

「今度高等部に行こう。生徒総会でやらかすわけにはいかないから」

「……うん」

 

 答えないことが答え。

 圭は無意識のうちにそれに気づくことを避けた。防衛本能の働きか。女の勘か。

 なんにせよ、それが無ければこれまでの関係を保てなかっただろう。

 

 




 高等部にお邪魔するよ!
 あの人やあの人も出てくるよ!


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白銀圭は懸念する

 
 感想、評価、お気に入り共々、今後共よろしくお願いします。


 

 秀知院学園高等部。それは中等部から歩いて5分の場所に位置する。あまりもの近さにコンビニ感覚で立ち寄ってしまう生徒もいるとかいないとか。精神的な成長が男子より早い女子とか、高校生というフィルターによってそこに通う男子生徒が輝いて見えるらしい。白馬の王子様がいると言ったちっこい生徒とか。これってつまりコンビニに出会いを求めているだけでは。コンビニでの運命の出会いとか小説でも稀有じゃん。

 それはともかく、真面目にOB訪問をする生徒もいるのだ。距離の近さから、アドバイスを貰いに行くのも気楽なのである。部活動だけでなく、生徒会もそうだ。

 この日も、秀知院学園中等部の生徒会会計。白銀圭が高等部の生徒会室に訪れていた。

 

「あらかわいいお客さん」

 

 多少のあどけなさを残しつつ、子供から大人へと成長し始めている顔。整った容姿と体の線の細さ。人形のようだと言われることも多々ある。

 そんな彼女を前に、高等部の生徒会副会長の四宮かぐやは滑るように言葉を発していた。

 

「初めまして。中等部の生徒会会計、白銀圭と申します」

「高等部で副会長を務めています。四宮かぐやです。よろしくお願いします」

 

 丁寧な挨拶に、かぐやも上品さが染み付いた挨拶で返す。意識しているのではなく、勝手に品が出ている。その事に圭は感服した。

 

(しろがね……白銀!? 話に聞いてた会長の妹!? 面影あるある!!)

 

 かぐやの内心は品の欠片もなかったが。

 

「あの、会長の白銀御行は留守でしょうか?」

「会長に御用がおありでしたか。会長は今部活連の会議に出ています」

「部活連の会議って……」

 

 その昔。秀知院学園高等部の生徒会長を外部入学の生徒が務めた時のこと。部活連の会議で少しばかり失礼を働いてしまい、その人の父親の勤務先がカンボジアに飛ばされたのである。この話は多少の尾ひれがついたものの、中等部にまで話が広まっている。一種の伝説として。

 

「えぇ……大丈夫かなぁ……」

 

 その事を心配する圭を見てかぐやは即断した。ここで好印象を掴んでおけば、御行の外堀から埋めていけると。そのために彼女との仲を深めようと。

 圭を使うという点では陽と同じなのだが、かぐやの方が何倍もやり方がうまい。詰め方をしくじった陽もかぐやの爪の垢を煎じて飲めばいい。いや飲め。転生してやり直せ。

 

「大丈夫ですよ。何かあっても、四宮の名にかけて私が全力で会長を守りますから」

 

 頼りになるアピール!

 四宮家の名前は当然圭も知っている。その影響力は、自分の想像もつかないほどのものだとも。その四宮家の人間が兄の味方をする。これほど心強いものはない。

 

「あ、いえ。そっちじゃないです」

「へ?」

 

 だが圭が懸念しているのは御行のことじゃない。雀の涙程度に心配するものの、兄なら何とかできるだろうとも思っている。圭が心配するのはそれではないのだ。

 

「うちの会長がそこで何かやらかさないかなって」

「うん!? ま、待ってください。完全部外者ですし、そこに混ざることはないと思うのですが」

「うちの会長はそういう場所にひょっこりいてもおかしくない人なんです」

「いったいどういう人なのですか?」

「バカです」

「はい?」

「会長を簡潔に表すなら、バカなんです」

 

 かぐやは笑顔のまま固まった。冷静に整理がしたい。中等部とはいえ秀知院学園。馬鹿が務められるような役職ではない。けれど圭が嘘をつく必要などない。というか本心で言っているのは読み取れる。余計にわからない。

 

「会長とここに来るつもりだったんですけど、目を離した途端いなくなってしまって」

「子供ですか!?」

「慣れてない場所だと迷子になるのに。この前も館内放送で呼ばれて」

「じゃあ会長の名前は小野寺陽で合ってる?」

「いたの!?」

 

 妙なタイミングで石上が会話に参加。部屋にいたことを知らなかったかぐやは、一番驚いていた。

 今の石上の言葉からして、その館内放送を聞いていたことは明白。圭は恥ずかしさのあまり顔を手で覆い、かぐやの冷酷な視線が石上に刺さる。

 

「ご、ごめんなさい。忘れます」

「いえ……全部会長が悪いんです……」

「苦労してるんですね」

「はい。子どもっぽいどころか子どもで。いっつも何かで遊んでて、勝手に買い物してきますし。今度の総会でそこを突かれるのは分かってるはずなのに」

「ちょっと資料見てもいい?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 石上が圭から資料を受け取り、パラパラと目を通す。かぐやもそれを横目に見ていた。内容はすべて頭に入り、ひとまず石上の意見を待つ。

 

「スクリーンに映し出すなら、ここの表記ズレとか直したほうがいい。予算削減を訴えたいなら、各部の予算の前年のデータとかあったほうが効果的。そうなると、たしかに生徒会の予算の使い方を突っ込まれるだろうけど」

「ですよね……」

「生徒会長を務めてる程の人なら、そこもわかってるはず……わかっててやってるなら、クセ者か」

「私は好印象ですけどね」

「四宮副会長?」

 

 石上の意見を聞き届けてからかぐやは口を出した。今の資料から、小野寺陽という人物像を構築。かぐや程の人間であればその精度は高く、実像とのズレも小さくなる。

 

「彼は実力主義の人間で合ってますよね?」

「あ、はい。合ってます」

「予算のデータ。生徒会は前年のがあったので助かりましたが、予算が少ない中での浪費ですね。私がいた頃より減ってますし、それでいて実績を出している。他を黙らせるには有効でしょう」

 

 次を見据えてのプランニング。資料を見れば明らかだ。それは今期の生徒会が発足した時から作られている。もしかすると、会長に立候補した時からかもしれない。

 やはり秀知院学園の生徒会長。子供の性格だとしても、ただのバカではないらしい。

 

「彼を信じてあげてください。その方は先を見据えて行動できる。そして確かな実力も備えている。周囲が思ってるよりも強い人です」

「……はい。それは……わかってるつもりです」

「そうでしたか。少し差し出がましいことを言ってしまいましたね」

 

 安心させようとしたが、余計なお世話だったか。そう思ったかぐやの言葉を圭を首を振って否定する。そう言ってもらえて嬉しかったと。自分が一緒にいる人が褒められると嬉しい。かぐやや石上にもその気持ちはわかった。

 

「あれ~? 圭ちゃん! こんにち殺法!」

「こんにち殺法返し!」

 

 シリアスな空気が一瞬で滅んだ。ムスカも笑う。ラピュタの雷並の威力だ。

 圭もさすがに胸中が複雑ではあったが。

 

「遊びに来てくれたの~?」

「ううん。お仕事だよ千花姉ぇ」

「そっか~」

「ねぇ千花姉。うちの会長見なかった?」

「中等部の会長? どんな子?」

「バカな人」

「うーん、見てないなー」

 

 額に指をグリグリ当ててみるも、呼び起こした記憶たちの中にそんな人はいなかった。

 

「お、お二人は知り合いなの……?」

「はい! うちの妹と圭ちゃんが同い年で、時々家に泊まりにきてくれるんですよ~」

 

 薄汚い女めとかかぐやが心の中で罵詈雑言を浴びせるも、千花はそんな事に気づかない。目が怖いことになっているのも気づかない。幸いにも圭だって気づいていない。ただ石上が1人で戦慄してるだけ。余波で被害が出ているだけ。

 

「会長くんに電話してみたら?」

「そうだね」

 

 千花に言われた通り、圭は陽へと電話をかけた。家族を除けば異性に電話などしない。慣れないことに心が落ちつかないが、それも電話が繋がると和らいだ。

 

「会長。今どこ?」

「今ね。なんか鶏小屋にいる」

「なんで!?」

「ちょっと人探してたんだけど、気づいたらここにいた。どうやって出ようか」

「どうやったら鍵かかってるとこの中に入れるの……」

「私の知人に連絡しましたので、彼のことは任せましょう」

 

 かぐやの速やかな采配に従い、圭はその事を陽に伝える。助けてもらったらお礼を言うこと、その人から離れずに生徒会室に案内してもらうことも言い含めた。

 

「母親みたいなことを言うな……」

「誰かさんが変なとこに行くからでしょ!」

「あはは、いやー高等部って広いな~」

「もう。……ちゃんと来てね」

「わかった。また後で」

 

 通話を切ると、かぐやと千花から生暖かい視線が向けられていることに気づいた。その気はないのだと言っておき、気恥ずかしそうに目を逸らす。石上からは死ね死ねビームが鶏小屋に向けて発射された。翌日に1羽死んだとか。

 

「圭ちゃんって会長くんのことどう思ってるの?」

「どうって?」

「だって、ただバカなだけだったら萌葉が見限ってるはずだもん。そうなってないから、何か良いとこあるのかなーって」

「……うーん」

 

 そう言われても困る。本当にただの馬鹿なら、そもそも生徒会への誘いも断っていた。そうしなかったのは、陽の人柄に良い点があるから。

 圭は千花からのハグを受けながら、少しくらいなら話してもいいかなと思った。ちょっとぐらい、陽の良いところを話してみたい。誰かにそれを伝えるのは初めてだ。

 

「会長は、私に居場所をくれた人なんだ」

「圭ちゃんの居場所?」

「うん。……秀知院学園って、純院と混院って分け方があるでしょ?」

「……ありますね。白銀会長もそれで苦労されてたと聞いています」

「私は初等部から秀知院に入ってたんですけど、中等部に上がってからその言葉が耳に入るようになって」

 

 幼稚舎から大学まである学園だ。各ステージ毎に外部からの入学がある。幼稚舎からの生徒を純院と呼び、一応初等部からの生徒もそこに含まれる。しかし、中等部や高等部、そして大学。この3つのどれかから秀知院に入った生徒は混院と呼ばれて蔑まされる。御行はこれに辟易していた。

 

「秀知院学園の生徒って基本的に裕福じゃないですか。でも、うちの家庭はそうじゃない」

「まさか……」

「純院から弾かれて、混院ですらない。私は──」

 

 

 

 

 ところ変わってこちら鶏小屋。陽が今現在いる場所だ。圭からの電話でなければ出ていなかった。今はそんな余裕がないから。

 鶏小屋にて、制服が汚れるのもお構いなしに視線を鶏の高さに合わせていた。鳴かれれば鳴き返し、威嚇の応酬。闖入者を追い払わんとする鶏たち。この中での居場所を作るために場所を奪い取らんとする陽。侵略者は陽だった。

 

「コケー!」

「ココココ!!」

 

 鶏は翼をはためかせた。陽は連続鳴きで応戦。

 相殺といったところか。

 

コケェコココ(こいつ中々できる)

コーココケーコ(さすがは首領だな)

 

 両者一歩も譲らない熱き戦い。男には、負けられぬ戦というものがある。命をかけた争い、愛するものを守るための戦い。そして、魂をぶつけ合う戦いだ。

 陽と鶏はその第三の戦いをしていた。もはやその先のことは不要。目に映るのは眼前にいる好敵手のみ。それを打ち負かし、己が魂の強さを示すことしか考えていない。

 

ココッケェェ(行くぞ若造)!!」

コケーココォォ(受けて立つぞドン)!!」

「うわっなにこれ」

「「コ?」」

 

 外野(小屋の外)からの声にドン鶏と陽の動きが止まる。両者の視線は声の主に向けられた。校則の穴を縫った制服。スカートの丈も他の生徒より短い。すらっと伸びる健康的な足。日の光に輝く金髪と青空よりも澄んだ瞳。

 四宮かぐやに仕える侍従。早坂愛がそこにいた。

 陽はそれを知らない。高等部でも知っている人はいない。一般人として溶け込んでいるし、まず初対面だから。

 

「どちら様?」

「その姿勢のまま話さないでくれる? キモいし」

「白パンギャルが何を言う」

「なっ!? 変態!!」

「見ようと思ったわけでもなく、あなたが見せてるだけですよ?」

 

 顔を真っ赤にし、バッとスカートの裾を抑えて後退する。ギロッと睨みつけるも、2人を隔てるは小屋。何も怖くはなかった。

 ところで客観的に見てどうだろう。鶏並みに低い視線にしている中学男子。スカートの裾を抑えて赤面している女子高生。変態の汚名を被せられても言い逃れはできないのではないだろうか。

 

「そこから出してあげるために来たのに……!」

「そうですか。でも待ってください。途中なんで」

 

 まだ戦いは終わっていない。ドン鶏との勝負はまだ!

 ドン鶏の片翼が陽に向けられる。陽は目を丸くし、ドンの顔を見た。その目は語っている。今は決着をつける時ではないと。こくりと頷き、その翼と握手。

 歴史的瞬間だった。男と漢の熱い戦いが、平和的な方法で決着がついたのだから。時間にして実に20分。長きに渡る戦いだった。これはノーベル平和賞ものである。ハリウッド化間違い無し。

 

「解決しました」

「だからその姿勢のまま話さないでほしいし」

「仕方ないですね。いい太もも見れてたのに」

「よく本人の前でそれ言えるね!?」

「胸で言えば巨乳フェチですけど、どちらかと言えば太もものほうが好きです」

「聞いてないから!」

「自己紹介遅れました。秀知院学園中等部生徒会長の小野寺陽です」

「なんで生徒会長なれたの!?」

「ここから出してください。白パンギャルさん」

「このっ……!!」

 

 正直に言えば早坂は出すのをやめたかった。どうやってこんな状況になってるのかは知らないが、彼ならここでも生きていけそうな気がする。ここに閉じ込めておくほうが世のためな気がする。

 

「フェチ的には巨乳って言いましたけど、それはエロスの話で好みで言えば美乳です」

「セクハラで訴えていいかな?」

「えぇ……あなたの美乳を褒めようとしてるだけなのに。ところでお名前聞いてもいいですか?」

「なんでウチこんな目に合わないといけないんだろ……。名前も言いたくない……」

「じゃああだ名でもつけて──」

「早坂愛。高校2年」

 

 絶対変なあだ名をつけられる。直感でそう判断した早坂に選択肢などなかった。名前を言う以外に自己防衛手段がなかった。

 

「早坂さんとお呼びさせてもらいますね。それとも下の名前のほうがいいですか?」

「どっちで…………早坂でお願い」

「わかりました。早白さん」

「おちょくってるよね!? 自分の立場理解してる!?」

 

 1発くらいぶん殴ってやりたい。けれど小屋のフェンスのせいでそれができない。外に出したら覚えてろよと心の中で毒づいた。

 

「あはははは! すみません、()()()()()()()()()()()()()()()

「は?」

「不思議な目をされてる。白銀さんよりも不思議な目を」

「……まぁ、クォーターだし」

「あ、いえ。生まれ持った身体的特徴ではなくてですね」

「? どういうこと?」

「俺より、あなた自身が知ってるはずですよ。ご自分のことなんですから」

 

 前世の記憶があるからと言って、特にそれをありがたく思ったことはない。生きている時代が違い過ぎるから。現代で参考になるものなんてほとんどなかった。

 

 それでも、1つだけあるとすれば──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

 四宮家の別邸。早坂はかぐやが就寝する前の僅かな時間。毎晩かぐやと言葉を交わしていた。その多くはかぐやの話を聞く時間だが、それでも数少ない楽しみにして、最大の楽しみだ。

 かぐやは天蓋付きベッドに腰掛け、目の前で立っている早坂を見上げる。いつもの形。彼女たちの日常。

 

「会長の妹さんが可愛かったのよ」

「そうでしたね。少しだけ拝見しましたが、人形のようだと言うしかない少女でした」

「そうよね! ぜひとも妹さんとも仲良くなりたいわ。会長のことを抜きにしても」

「随分と気に入られたのですね」

「ええ。とても好感触だったもの。()()()()()()

「そこには同感できませんね」

「そう? 彼良い子よ?」

「どこが?」

 

 いったいどこに良い子だと言える要素があるのか。下着を見られ、セクハラ発言され、不名誉なあだ名をつけられた。早坂にとって小野寺陽はただの敵だ。殲滅するしかない。

 

「彼が四宮家に関わることはないと思いますが、近づかないほうがいいかと」

「そもそも関わる機会もないのだから心配ないと思うけれど、早坂は彼をどう見てるの? 失礼な言い方だけど基本バカよ」

「バカなのは重々わかっています」

「早坂? 彼と何があったの?」

「……」

 

 

『演じるのなら演じ切った方がいい。いつかボロが出る』

『演じるって何の話? 別に演劇の練習とかでこうしてるとかじゃないし』

『別に聞き出す気もないけど。その本心を演技で塞ぎ切れないのなら、信じられる人を作ったほうがいい。あなたに足りないのは、人を信じて頼る勇気。臆病で寂しがり屋な早坂愛さん』

 

 

 

「早坂?」

「……彼は……」

「……いいわ。さっきも言った通り、会う機会も滅多にないのだし。頭の片隅に留めておく。それぐらいでいいわね?」

「……はい」

 

 



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小野寺陽は極めたい

 「ここすき」のやり方は運営さんも模索中のようです。詳しくはツイッターで運営さんのアカウントをご覧ください。
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 その事を通して己の精神、人間性を高める。それが日本における『道』というもの。例えば剣道や弓道。華道や茶道もそれに当たる。大会があり、競い合い、勝敗を付けるようになっているが、本来なら競うものじゃない。あくまでも自身の精神を鍛えるものなのだ。

 とはいえ、剣道や弓道というのは歴史が浅い。元々は戦のためのものであり、名前も剣術や弓術だったのだから。それらの細かいことは流すとして、秀知院学園に新たな『道』が誕生していた。

 

「パンツァーゴー!!」

 

 戦車道である!!

 

「うぉぉぉ! くらえぇぇ!!」

「なんのぉぉ!」

 

 的にならないように動き、隙を見つけては砲弾を発射する。空間を震わすは砲撃。大地を鳴らすはキャタピラ。秀知院学園中等部を二分した大戦である。

 

「ぐぁぁぁ!」

「隊長! っ、おのれー!」

 

 東へ3動き、射角を40度に調整。狙いを定めて砲撃開始。

 

「おわっ! このパワーは……禁忌兵器か……!」

 

 砲撃直後に横からの強い衝撃。これは通常の砲撃ではありえない。条約を無視したというのか。そんな事をしては信頼を失い、勢力の内部崩壊に繋がりかねないというのに。戦争の亡者となったというのか。

 

「何やってるの会長」

「あぁ、白銀さんか」

 

 ハッチを開いて圭と視線を合わせる。呆れた様子の圭に何か用事でもあるのかと問いかけた。ちなみに禁忌兵器とは、物理攻撃のことである。

 

「総会に向けての話し合いでもしようかと」

「真面目だなー。もう少し肩の力を抜いたらいいよ」

「会長は気を抜きすぎ! 今だってこんなことして!」

 

 場所は中等部の講堂。体育館はさすがに部活の邪魔になるから場所をここにしている。周囲にはダンボール戦車が6門。砲弾がそこかしこに落ちていたり、ダンボール戦車にくっついていたり。

 圭の登場により戦闘が中断される。各々がハッチを開き、外に出て休憩。中等部名物生徒会痴話喧嘩をつまみに水分を補給する。

 

「いやな。ガルパン見たらやりたくなって」

「それでこれ作れるってのもおかしいけど!」

 

 ダンボールで作られた戦車。キャタピラや砲門も作られ、ハッチも作るなど外見の完成度は無駄に高い。中身はさすがに本物同様とはいかないが。そのレベルの出来のものを6門。短期間で制作できるものなのか。

 もちろん1人で作ったわけもなく、今休憩している他の5人の協力もある。他にも技術部の協力があったりと、圭が思っているより多くの人の手が加わっているのだ。

 

「総会に関しては明日話し合おう」

「なんでそんなに余裕なの……」

「会長だからね~」

「萌葉」

 

 後ろから飛びついてくる萌葉を受け止める。背中に当たる膨らみに多少思うところはあるけれど、それを気にしても仕方がない。尊敬する先輩である四宮かぐやは絶壁なのに美しいのだから。

 

「会長が大丈夫って言ったら大丈夫~。今までもそうだったでしょ?」

「そうだけど……。はぁ、会長明日は時間作ってよ」

「もちろんそうする」

「で、会長は何してたの~?」

「ダンボール戦車で遊んでた。っと、フィードバックしないとな」

 

 戦闘が中断となったが、それなりに遊んでたのも事実。全員でのフィードバックは必要だ。陽が他の男子たちと合流しにいき、圭と萌葉もそれについていく。

 

「会長痴話喧嘩終わった?」

「痴話喧嘩ではない。それよりフィードバックするぞ」

「そうなー。思ってたよりは楽しめたな」

「弾もちゃんと飛んだしな」

「飛距離は課題だがな」

 

 このダンボール戦車の主砲は空気によって放たれる。筒の先端に弾を込め、後方にも弾を入れる。それを押していき、圧縮された空気によって先端の弾が発射されるというわけだ。弾を撃つ際に、ダンボールの砲身から毎度筒を抜かないといけないのは手間だ。急造のため簡略化されているせいだが。

 

「石上師匠は何かあります?」

「あれ? なんで石上会計がここに?」

「呼ばれたから」

 

 かぐやにも後輩との交流も悪くないだろうと背中を押された。石上からすれば行ってこいという圧をかけられたような感覚ではあるが。

 

「この人が石上さんなんだ~」

「僕って有名じゃないと思うんだけど」

「うちの姉の話にたまに出てきてたので。初めまして、藤原萌葉です」

「藤原……あー! あの人の妹さん。いろいろとお世話になってます」

「聞いてたより断然いい人ですね。私好きだな~」

「えっ?」

 

 予想外の言葉に石上がピタリと硬直する。陽と圭は萌葉の目を見て察した。男女の色恋などではないと。

 

「調教しがいがありそう」

「え……?」

「今度是非うちに来てください!」

「絶対嫌だわ!!」

「藤原さんその辺で」

「はーい」

 

 先輩を揶揄うものじゃないとかは言わない。萌葉のそれは揶揄いではなくガチだから。女子に免疫のない石上が相手だと、押して行けばできちゃいそうだなとか思ってる。

 

「うちの副会長がすみません」

「中等部の生徒会ってどうなってんの」

「あははー。ほら、俺が会長ですから!」

「まともじゃないのは自覚ありか!」

 

 指名制なのだから必然といえば必然か。唯一の良心である圭の苦労が窺えた。

 

「それでまぁ、このダンボール戦車のことなんですけど」

「そうだなー。これ何かに使う気?」

「体育祭で盛り込もうかと」

「意外性で言えば盛り上がるだろうけど、1回戦、よくても2回戦が限界かな。耐久性も難ありだし、難しいと思う。移動面も視界の狭さからして危ないし」

「なら文化祭で一度切りのイベントに使ったほうがいいかな。小学生対象に変えよっと」

「移動の姿勢のしんどさも、小学生の身長なら特に問題ないだろうけど、今度は攻撃面の課題が出るよ。結構力込めることになるし」

「ですよね」

 

 セカンドプランとしての文化祭。こっちでの実践の方が現実的だろうとは思っていた。期間的にも、実用性からしても。

 対象となるのは小学生男子。ダンボール戦車の高さと身長を考えれば丁度いいだろう。問題となるのはやはり攻撃の部分なのだが、これは技術部の開発を待つしかない。

 

「バズーカみたいな感覚で撃てるように、技術部に開発してもらう予定です」

「それが完成しないと日の目を浴びることはないと思うけど」

「そこは承知の上ですよ」

「ならいいや。弾はあれでいいと思う。マジックテープでくっつくようだし、それで被弾率を示して勝敗を決める。わかりやすさは利点だ」

 

 問題は剥がれ落ちることはないかという点だ。視界も限られるため、動き回れば必ず戦車同士が接触する。その時に弾が剥がれ落ちるのは容易に想像できる。

 

「審判の数も揃えるつもりです。それぞれが被弾回数を記録すれば解決するかと」

「小学生がそれで納得したらいいけどな。被弾した時の振動もないし、自分が思ってるよりは被弾するわけだから」

「その辺はなんとかしますよ」

「なんとかするって……」

「まあ会長だし、なんとかできちゃうんだろうね~」

「何その信頼」

 

 萌葉も圭も、陽なら大丈夫だと信じきった目をしていた。陽と会ったのは今日で2回目の石上には、その感覚がまるでわからない。わかることは、陽がなんとかできる人だと信頼されているということだけ。

 陽は技術部の生徒やダンボール戦車に入ってた人とも話を始める。石上はその様子を静かに観察した。御行が一般生徒と話している時の雰囲気とは違う。彼は周囲から尊敬の念や畏怖が向けられるのだが、陽の場合はそれがない。友人という距離感。親しみやすさが滲みに出てるのだろう。

 それを見ながら石上は先日のことを思い出した。陽が高等部の生徒会室に来た時のことを。

 

『石上優さんで合ってますか?』

『え、合ってるけど』

『一度お会いしてみたかったんですよね』

『……そうなんだ』

『会長が探してた人?』

『いやそれはまた違う人』

 

 陽が高等部の生徒で会ってみたい人は他に何人かいる。生徒会長の白銀御行だったり、萌葉の姉の藤原千花だったり。兄弟姉妹関係なしに会ってみたい人もいるわけで、石上はそのうちの1人だ。

 

『僕みたいな人間に会いたいって相当な物好きだな」

『そうですかね? ()()()に会ってみたいって気持ちは誰にでもあるのでは?』

『っ!』

『小野寺くん』

『白銀さんのお兄さんが選んだ人ですし、その時点で噂がネジ曲がってるものだとはわかりますけどね。噂を信じず自分の目と耳で確かめて判断する。うちの姉の教訓です』

 

 石上ならそれでピンとくる。同じクラスにいる小野寺麗が、目の前にいる少年の姉だということが。その教訓とやらを下の子に伝えている。麗との接点はないものの、彼女への印象が少し変わった。

 

『……それで、小野寺くんの判断はどうなのですか?』

『確信に変わりましたよ。石上先輩は信頼できる人だと。尊敬すらしますね。俺はそこまでの行動はできませんから。結構薄情なので』

『ええー。萌葉はそうは言ってなかったですよ?』

 

 薄情という部分を千花が否定する。いや、この場の誰もがそれは違うだろうと思った。軽くではあるが、圭から話を聞いたばかりなのだから。

 しかし、かぐやはすぐに切り替えた。本当に薄情なのだとしたらと。基準こそ不明だが、すでに何か薄情なことをしているのではと。それをこの場で聞き出す気もなかった。自分が変われたように、彼も変わっていってるかもしれないから。圭と話している姿を見ると、そうも思えてくる。

 

『そういえば総会の資料はチェックしてもらえた?』

『とっくに終わってる。会長が迷子になってる間に』

『あはは、ごめん。じゃあ中等部に戻ろうか』

『あら、白銀会長に会わなくてもよろしいのですか?』

『またの機会にします。お時間を取っていただきありがとうございました』

 

 ちゃんとする時はちゃんとする。メリハリをつけるにしても、その差は激しかった。

 

 その答えが中等部に来たことで得られたと石上は思った。彼は生徒会長でありながらも、常に生徒会長として振る舞っているわけじゃない。それが白銀御行との大きな違い。生徒会長として過ごす時間は、決まった条件下のみなのだろう。

 

「会長。ハッチどうするよ。小学生が対象だと出入り口は別で用意しないと無理だぜ」

「下から入ってもらえばいいんじゃね? ハッチ自体は付ける」

「何そのハッチへの拘り」

「女子にはわかりにくいだろうけど、そこにはロマンがあるんだ」

「わかりにくいどころかわからない」

 

 男子なら誰もが共感するだろう。戦車のハッチから上体を出すというシチュエーション。あれへの憧れ。そこにあるカッコよさ。

 

「仕方ないよ圭ちゃん。男子は穴という穴に突っ込みたくなる生き物だから」

「そうなの?」

「おいこら。変なことを吹き込むな」

 

 萌葉の言葉を信じ込もうとする圭に修正を加える。今のは極端な言い方だと。ならばどういう穴に突っ込みたくなるのかを聞かれ、陽は適当に誤魔化した。日本の城にある狭間。丸や三角の形をしていて、そこから銃を撃つあの穴のことだが、それを説明して、萌葉の話は戦闘での話だということにしておく。

 圭ばかりが苦労しているのかと思いきや、陽も陽で苦労してるんだなぁと他人事として石上は処理した。さすがは藤原千花の妹だと妙な感心と納得と共に。

 

石上師匠(ガルパンおじさん)

「今呼び方おかしくなかった?」

「気のせいです。進展があったらまた足を運んでもらっても構いませんか?」

「……まぁ、それぐらいなら。どう完成するのか興味あるし」

「だってよ技術部!」

「「イェーイ!! よろしくお願いします!」」

「こ、こちらこそよろしく」

 

 謎の熱烈歓迎。なぜこんなに慕われるのかさっぱりわからなかった。一緒にダンボール戦車を動かし、思ったことを言っただけなのに。裏があるのかと疑いたくなる。自分が慕われるわけがない。何かの間違いだと。それでも、彼らの目は真っ直ぐで、その感覚が何やら心地良いとは思えた。

 ダンボール戦車の試乗会は終わりとなったその瞬間に、慌ただしく阿天坊が駆けてきた。走るなと圭が注意するも、陽がそれを宥める。

 

「どした?」

「目安箱見てきたんですけど」

「何入ってた?」

「これ見てください! 会長への挑戦状です!」

 

 これは果たし状と読むのだよ少年。

 

 




 


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一般生徒は勝ちたい

 感想、評価、お気に入り登録。いつも本当にありがとうございます。息抜き作品ですが、やる気に繋がっております。


 

 どの学校もそうだろうが、体育館というのは一応全校生徒が入れるだけの大きさはある。秀知院学園もそれは当然のこと。バスケのコートが2面使えるだけの大きさだ。3面行っちゃおうかという話も上がったらしいのだが、そんなに広くてもなぁということで2面である。代わりに2階建て。つまり4面。アホである。

 それはともかく、体育館は授業や部活動でも使われるのだが、他にも始業式や終業式でも使われる。生徒総会の場も体育館で、文化祭でもステージの1つとして使用される。

 そんなわけで、今日も放課後に全校生徒が体育館に集まっていた。生徒総会が行われるのではない。この場に集まるのも強制ではなく自由参加。しかし、生徒たちは足を運んでいた。洗脳ではないのであしからず。

 

「さぁ始まりました『第5回打倒生徒会長大会!』。実況は数学の竹原と!」

「生徒会書記の阿天坊でお送りします」

「私の頭は決してバーコードではありませんので、バーコードリーダーで読み取ろうとしても無駄ですよ!」

「あっ、198円だ」

「私の頭の中には198円の愛が詰まって……ないわい!!」

 

 阿天坊が持っていたバーコードリーダーは奪われ、体育館の壇上へと投げ捨てられる。校長が蹴り返して2人の間を通し、壁に突き刺す。さすがはキャプテン校長。伝説の左は健在だ。

 

「コホン! 失礼しました。解説には生徒会会計の白銀圭さんに来ていただいております」

「よろしくお願いします」

「「キャーーー! 白銀さーーーん!!」」

「相変わらずの人気。アイドルになられては?」

「それはちょっと……」

 

 竹原Pの誕生とはならなかったようだ。

 圭の人気は言わずもがな。男女どちらからも人気。実況席に近い生徒の一部は気絶した。マイケルジャクソン並である。しかし圭は軽く手を振るだけ。意識は壇上に向かっていた。

 その素っ気なさの中にある優しさによって、限界オタクたちは倒れていくのだが圭はそれを理解していない。

 

「阿天坊なんで白銀様のお隣にいるんだ! TSさせるぞ!」

「ピンポイントな嫌がらせ! それトラウマだからやめろ!」

「白銀会計には歓声。阿天坊書記には罵声。生徒会は極端ですねぇ、ゲストの藤原萌葉さん?」

「人気の裏返しじゃないですかね~。本当に嫌いなら声すらかけずにいない存在として扱いますよ」

「なるほど。それは一理ありますね。おっとー! 皆さんご覧ください! 壇上の幕が上がっていきますよー!」

 

 実況席は壇上から10mほど離れた位置の壁際に設置されている。生徒たちの並びからして、実況席の近くにいるのは皆1年生だ。陽のちょっとした配慮である。

 数学の竹原(バーコード頭)の言葉に釣られ、生徒たちの意識は壇上へ。閉じられていた幕が開き、その奥に控えている()()が姿を現す。

 

「なんて集合率だ! みんな部活はどうした!」

「「サボったー!」」

「それでいいのか!? 俺は構わんけど」

 

 我らが生徒会長がマイクを片手に壇上の真ん中で話す。その後ろに控えるはクイズボックス! これより行われるのはクイズ大会なのである!

 挑戦者はそれぞれボックスの中に入り、答えるごとにその箱が上昇。先に10問正解すれば勝利なのである。実にシンプル。ちなみに問題は事前に生徒たちによって募集され、それを校長がくじ引きで出題する。実力だけでなく運も絡んだ勝負だ。知識の広い者なら問題ないだろうが。

 

「君たち問題数の多さ知ってる? 生徒数約340人なのに、集まった問題の数843問。はしゃぎすぎだろ!」

 

 どういうジャンルがあるのかを分類するのにどれだけ手間取ったことか。出演者たちは問題を極力知らないようにしており、生徒会長の陽も同じこと。ジャンル分けは手伝わなかった。代わりにご飯を奢ることになった。

 陽の言葉に生徒たちが盛り上がる。祭りは楽しんでなんぼだろうと。異論はない。地獄を見たのは生徒会と教師陣だから。

 

「前説とかやる気ないし、ルール説明だけしたら始めるからなー。竹原先生お願いします」

「かしこまりました。えぇ、ルールは簡単。校長先生に出題していただき、それを早押しで答えてもらいます。間違えるとお手つき。他の誰かが2回回答するまで休み。問題が変わればお手つきはなくなります。10問先取で勝者を決めます」

「補足しますと、間違えた時に回答者たちの下にあるボックスに落ちます。中身は先生方しか知らないですが、危険のないように配慮してもらっております」

「聞いてないぞ小野寺!」

「俺も初耳だわ!」

 

 阿天坊の補足内容は出演者全員知らない。セッティングに協力したクイズ研究部と教師陣の遊び心である。生徒会もついさっき知ったばかりだ。

 

「本当はくじ引きの予定だったんですが、問題数が多すぎたのでルーレットアプリを使用します。その点の変更はご了承ください」

「「はーい」」

「白銀さんの時だけ聞き分けいいな」

 

 会長と副会長より人気がありそうである。陽はちょっと嫉妬した。

 

「優勝いたしますと、副会長の藤原萌葉さんへの優先デート権が手に入ります!」

「「うぉぉぉぉ!!」」

 

 出場者たちの士気が爆発する。あまりにも煩く、壇上に近い生徒たちは耳を塞いだほどだ。空間が震え、体育館の窓も振動する。

 その様子を圭は冷ややかな目で、萌葉は愉快そうな目で見ていた。圭は一抹の不安を覗かせてはいるが。

 事の発端は陽への挑戦状こと果たし状である。恋愛相談の時もそうだが、生徒会への誤解は残っている。会長以外は指名制。指名された人は拒否権もあるのだが、強制なんじゃないかと強く疑っている人もいる。萌葉に惚れているその男子が、陽の魔の手から救出しようと一念発起したのだ。

 

「ところで白銀先輩。なんで第5回なんですか?」

「形式は違うけど、本当に5回目だから」

「会長への挑戦は今に始まったことじゃないからね」

 

 選挙戦に辛くも勝利した陽は、就任時の挨拶で言ったのだ。常識の範囲内であれば、形式問わずに挑戦してきていいと。勝てば生徒会長を代わると。ちなみにこれは公約に掲げ、票集めの要因にもなった。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これまでの4回の勝負。その全てに陽は勝っている。どれも快勝だったため、その後は音沙汰なかった。「よくよく考えたら生徒会の仕事面倒じゃね?」ということである。さらに、時も経てば任期が減る。時間が経つと共に誰も挑戦しなくなったのだ。それなのになぜ今なのか。総会前だというのに。

 

(特に理由はないというか、総会前だからか)

 

 生徒会長になりたいのではない。目的がそれではないのだから、残りの期限が少なくなって挑戦に踏み切ったのだろう。

 

「それでは参加者の紹介です! 今回会長に挑むはチャレンジャー後藤! 右に続いていきますは便乗者たち。クイズ斎藤。筋肉高田。雑食中井。彼らを迎え撃つは生徒会長の小野寺!」

「これは波乱が予想されますね」

 

 参加者の紹介も終わり、いよいよ戦いが始まろうとしていた。盛り上がる会場とは逆に、圭の心は冷えていく。そもそも今回のこれは、萌葉の一言で辞めさせることができた。こんな展開にならずに済んだ。

 

『会長なら勝ってくれるでしょ?』

『もちろん勝つ』

 

 信じて疑わない萌葉。それに応えると断言した陽。圭だって陽が勝つとは思っている。今まで負けていないし、総会前というこの時期なら尚更に勝ちに行く。それでも、今回ばかりは不安要素がある。

 陽は何でも勝てるわけじゃない。現に、学力なら陽よりも上の人間が何人もいる。圭だってその1人だ。つまり、今回のような知識勝負は確実に勝つとは言えないのだ。しかも運要素も絡んできては不確定要素が増える。

 

【第一問 筋トレ──】

「はい!」

「最速で押したのは筋肉高田選手! 筋トレという単語しか出ていないのに押すとはよっぽどの自信があるのか馬鹿なのか。彼が早漏であることは事実でしょう!」

「竹原先生は賢者ですけどね」

「なんのことやら。さて回答は!」

「超回復!」

 

 圭の思考をよそに勝負は始まった。竹原の実況が圭の耳に届いていなかったことに、陽はほっと息をついた。ちなみに答えは正解である。体育系の問題であれば筋肉高田が優勢か。

 

【第二問 現在のお札は一万円が伊藤博文。五千円が樋口一葉。千円が野口英世で──】

「はい!」

「ここで押したのは雑食中井選手! 彼ならお札も食べてしまうことでしょう。電子マネーで生活していただきたい」

「渋沢栄一。津田梅子。北里柴三郎」

 

 新たなお札たちに描かれる人物を答えた。これにはチャレンジャー後藤とクイズ斎藤も悔し顔。筋肉高田は興味なさげだ。誰も体育会系ではないからだろうか。

 

【ハズレ! ドボンで~す!】

「ふぁっ!?」

 

 事前に収録された萌葉の音声と共にボックスの底が抜ける。落下した先にはヒエヒエの削られた氷たち。熱くなった今ではご褒美ではなかろうか。シロップをかけて召し上がれ。

 

「引掛け問題もあるようですな。ここは私が!」

「続きを待たずに押したのはクイズ斎藤選手! 日本国内のアンダー18クイズ大会で優勝した彼の答えはいかに!」

「2024年度の上半期、4月から発行される!」

【ブッブー! ドッボーンだよ!】

「ぶひぃ!」

 

 声豚のようだ。萌葉の声に喘いで落下していく。落下しても何もないと思いきやノズルが出現。前後左右から激流が顔に浴びせられる。呼吸できなくなるから時間にはお気をつけあそばせ。

 

「ふん。こんな問題終わらせて次に行かせてもらう」

「筋肉高田選手。自信満々に回答権を取りました!」

「脳筋でも秀知院生ですからね。それなりの知はあるのでしょう」

「皆さん問題文の続きを聞いたらいいのに……」

 

 陽は初めからそのつもりで待っているのだが、なかなか続きを聞けないでいる。そして案の定筋肉高田も不正解で落ちた。彼には電気風呂。出力は強めに設定されているはずなのだが、心地良いらしい。体が筋肉でできているからか。

 

「閃きましたよ」

「閃き問題じゃないが? なんでお前ら問題文聞かねぇんだよ」

「ふっ。負け惜しみですか」

【残念! ドボン!】

「今のは回答ではないですが!? あぁぁぁ!」

 

 チャレンジャー後藤痛恨の失敗。落下した先に現れたひよこ達に突かれる。かわいい生き物から攻撃を受けたことで精神的ダメージを負っていた。女子たちからはそこ代われという抗議の嵐。精神的ダメージって一番キツイのではなかろうか。

 

「あれか。秀知院生の出題って考えたら絞れるな」

「おっと小野寺選手が強気な発言。これは問題文を聞かずに答えるのでしょうか」

「そうしますかね。……沖縄の守礼問。反対は源氏物語絵巻の鈴虫」

【ピンポーン! 大せーいかーい!】

 

 新札が発表されたこと。早押しクイズという特徴。それらのことを踏まえ、今のお札の話をすれば新札に関する問題だと誘導される。実際に間違えた人たちを考えれば、違う話ではないかと推察することができる。現役でありながら希少なお札。二千円札の問題だと考えられるわけだ。

 

【第三問 第二次世界大戦時、ユダヤ人たちの強制収容所──】

「アウシュビッツ!」

【ハズレだよ~】

 

 雑食中井。またもや外して落下。氷でお腹を壊さないように気をつけていただきたい。

 

「これは今回も引っ掛けですかね~」

「私もそう思いますよ阿天坊くん」

 

 素直な出題の方が少ない。問題に一通り目を通した生徒会と教師陣はその事を把握している。今回出題される中では、もしかしたら最初の筋肉問題だけが素直な出題になる可能性も、実況席の面々は考慮している。

 

「今度は答えさせていただきますよ!」

「勢いよく押したのはチャレンジャー後藤! 先程の雪辱を晴らせるか!」

「オシフィエンチム市。第二収容所はブジェジンガ村」

【正解だよ!】

 

 アウシュビッツとはドイツ語である。ポーランド内に作られた収容所のことを指すわけだが、当然ながらポーランド名での地名が存在する。その地名は何かという出題だ。

 引っ掛けを想定すれば、逆に問題を読みやすくなってくる。秀知院生の知能は伊達ではなかった。ただし一部生徒は違う。

 

 その後も出題が続いていき、ボックスが高くなっていくと間違えた時の罰が落下では危険なものとなる。そこで、一定の高さからは黒歴史大公開へと変わる。これに変わると回答者の勢いも減少し、問題文を長く聞こうという者が増えていく。筋肉高田だけは突っ走るが。脳筋だから。

 

「現在の状況を整理しますと、小野寺会長が6問正解。チャレンジャー後藤が8問。クイズ斎藤も8問。筋肉高田が6問。雑食中井が7問ですね。接戦ですが、リーチ目前が2人。これはクライマックスと言えましょう!」

「会長……」

「……会長なら大丈夫だよ。圭ちゃん。会長は負けないから」

「萌葉……」

 

 そう言う萌葉だが、普段より表情が固くなっているのを圭は見逃さなかった。ここまで来ると萌葉も不安になったようだ。

 

【第36問 ……これいいのかな? えぇ……入っているので読み上げます】

 

 校長が何やら困惑している。その声に生徒たちも首を傾げた。そしてその理由はすぐに明らかとなる。

 

【藤原萌葉さんの昨日の帰宅時間は?】

「「は?」」

「!?」

 

 誰もがぽかんと口を開け、名前を言われた萌葉はビクリと肩を震わせた。そんな問題など目を通していない。誰も見ていない問題が紛れている。しかも、()()()()()()()()()()()()()()

 

「20時18分31秒」

「……藤原さん合ってる?」

 

 チャレンジャー後藤の回答。正解かどうかなど校長にもわからず音声を流せない。これが合ってるかを言えるのは、萌葉ただ1人なのだ。

 

「うん。合ってる……」

 

 肯定。後藤のボックスがさらに上がり、とうとうリーチをかけた。勝利を目前とし、口角が釣りあがっていく。それとは反比例するように、いつも笑顔を振る舞う萌葉が表情を曇らせる。無理もないだろう。自分のプライベートを把握されているのだから。

 陽は萌葉のその様子を見て、ちらりと頭上にいるチャレンジャー後藤を見上げる。勝ちを確信したような表情でこちらを見下ろしている。それを受けながら、陽は始まる前に話したことを思い出した。

 

『後藤。一応聞いとくけど、勝ったらどうする気? 会長になる気はないんだろ?』

『ええまぁ。目的は藤原さんを会長から引き剥がすこと。目を覚ましていただくだけなので』

『目を覚ます、ね。誤解はいつものことだからいいけど、具体的にはどうやって?』

『会長と会わないようにさせる。しばらく特別室にて生活してもらうだけです』

『なるほどな』

 

 もう一度萌葉の方に視線を向ける。萌葉だけでなく、圭や阿天坊の視線も陽に向かっていた。だが、今は萌葉だけを見る。副会長として側に居続けている彼女を。

 もしかしたらとは考えたものだ。もしかしたら、一度入ってしまったから、抜けたくても抜けられないと思っているのではと。萌葉の性格からしてそうなるとも思えないが、彼女の気持ちは本人だけのもの。可能性はゼロにはできない。

 だから、勝つ人次第では、負けることも視野に入れていた。自分よりも、萌葉の隣に相応しい人がいるのではないか。それを探るために規模を大きくしていたのだ。けれど、これはきっと違う。

 

「藤原さんに1個聞いてもいいか?」

「なに?」

「生徒会についてなんだが、楽しい?」

「楽しいよ。圭ちゃんがいて、阿天坊くんがいて、会長がいるから。だから楽しい。このメンバーじゃないと嫌だって思えるぐらい、生徒会が好きだよ」

「そっか。じゃあ信じて見といて。逆転勝利を見せるから」

 

 逆転勝利宣言。その言葉に会場が湧き上がる。ドン引き正解を見せたチャレンジャー後藤に勝てという声が、そこかしこから聞こえてくる。この瞬間、陽は会場を味方にした。

 

【第37問 世界で最も登山が過こ──】

「K2。世界二位の山でカラコルム山脈にある」

 

 間違いは許されない。チャレンジャー後藤よりも早く押し、正解しないといけない。その緊張感をものともせず、陽は怒涛の勢いで連続正解。あっさりと優勝を勝ちとっていくのだった。

 

 打倒生徒会長大会も、例に漏れず陽の勝利で幕を閉じた。セットの片付けは後日となり、生徒たちは解散。陽は萌葉たちと合流する。

 

「いやー危なかった。いろいろと」

「見ていてハラハラしましたよ本当に。心臓に悪い」

「実際手こずったから」

「最後に連続正解した人が何を言いますか……」

 

 やれやれと首を振る阿天坊を圭が手招きして席を外す。先に生徒会室へと戻るらしい。体育館の中には、陽と萌葉の2人だけが残っている。

 

「今回は正直怖かったなー。私は会長が勝つと思ったからオッケーしたんだし。まさかリーチかけられるとは思わなかった」

「それは……うん。謝るしかないな」

 

 負けてもいいと思っていたわけじゃない。勝つつもりはあった。ただ、相手の気持ち次第では負けても自分を納得させられると思っていただけだ。その考えも、最後には消し飛び、勝ちにこだわった攻めの姿勢で優勝することができた。

 

「会長忘れないでね」

「なにを?」

「私も圭ちゃんも、たぶん阿天坊くんも。会長の側にいるから楽しめてるんだってこと。私は会長を手放したくない。だから、会長も私が側にいられるようにして?」

「えっ!? あっ……えっと……、うん。わかった」

 

 てっきり告白されたのかと思った。

 けれどそれは自分の期待による勘違いで、萌葉が言っているのは生徒会のこと。陽はなんとか思考を切り替え、動揺する心を落ち着かせた。

 

「景品はどうするの? 会長」

「景品? そんなのあったっけ?」

「……会長が覚えてないなら別にいっかな」

「まじでなんだっけな……?」

「いいじゃん。それより、後藤くんに一言言ってきたいんだけど、いいかな?」

「程々にな。一応近くに控えとくぞ。不安だし」

「あはっ、ボディーガードだ~」

「藤原さんのことは護るよ。当たり前じゃん」

「っ! かいちょーのばーか」

「なんで!?」

 

 緩んだ顔を見せないように、陽の前を先々歩いていく。この会長は女の敵だなぁと思いながら。

 

 

 5回に渡る生徒会長への勝負。全て小野寺陽の勝利で無事に生徒会の任期を終えたのだとか。

 



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小野寺陽は思い返す

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。本当に嬉しいです。


 

 生徒総会という最後の大きなイベントはつつがなく終えた。予算削減の提案はしたものの、実際どうなるかはわからない。今期の生徒会の任期は終了まで秒読み。各方面の予算に関しては次期生徒会によって決まる。その次期生徒会がどうなるか、具体的には誰が会長になるのか。それ次第なのだ。

 陽は次も生徒会長をやろうと思っているし、今期生徒会に入ってからもそのために行動してきた。生徒会選挙は周囲への認知度。実績、信頼、人気。それらが大きく影響してくる。もちろん政策も大事だが、事前の印象によってそれの受け取られ方が変わってくる。その点も陽はクリアしていると言えよう。

 

 さて、生徒総会も終えれば生徒会の活動もほとんど無くなる。放課後に集まる意味もなくなってくるのだが、これはもう習慣となってしまった。阿天坊も加わり、遊びに行ったりと絆を深めたことで、この場が安らぎの場となったのだ。

 

「コーヒー飲む人」

「圭ちゃんちょうだーい」

「僕も欲しいです」

「じゃあ4つだね」

「さらっと勝手に俺も含まれてるのか」

 

 答える前に締め切られた。圭が淹れるコーヒーなら飲む気になるのだし、特に問題もないのだが意思表示はしたいものだ。そんな思いを知ってか、圭は揶揄うようにくすりと微笑む。

 

「会長に美味しいって言わせるのが目標だから」

「おいしいなぁ」

「会長?」

「ごめんなさい」

 

 ひと睨みで静まる。これもなんだかんだで定着してきたやり取りだ。尻に敷かれてるわけではない。本人はそうじゃないと信じている。

 圭が4人分のコーヒーを淹れ、それを各々に配る。砂糖とミルクはセルフだ。

 

「ラテアートって知ってます?」

「もちろん。阿天坊くんできるの?」

「趣味程度に練習してまして。たとえば……っと、こんな感じです」

「趣味程度?」

 

 阿天坊が描いたのはエヴァ初号機。その完成度の高さに萌葉と圭は苦笑した。全然趣味のレベルではない。

 

「意外と楽しくてハマっちゃいました」

「どうせならやってみるか」

「そうだね」

 

 阿天坊にやり方を教わり、それぞれバラバラのイラストに挑戦する。陽はクローバーに挑戦し、圭はハートを描く。ダイヤとスペードがいたらトランプの完成である。

 

「なかなかに難しいな」

「思い通りにはならないね」

「お二人とも初めてにしては上手いですけどね」

 

 初心者だとまずイラストが崩壊することも珍しくない。それなのに、陽と圭はそれぞれ何を描いているのか分かる。というか形がきれいに整っている。その器用さに阿天坊は舌を巻いた。

 

「これまた挑戦しようとしても新しく淹れないと駄目だから大変だよね~」

「そうなんですよ。藤原先輩は何にしました?」

「シンプルに手錠」

「シンプルとは」

 

 これまた手錠だと分かるイラストだ。萌葉は陽と圭よりもセンスがあるらしい。描くものの方向性だけが残念だが。

 ラテアートも終わり、上達するにはどうしたらいいかを阿天坊から聞く。ラテアートもまた奥が深いもので、コーヒーが好きな圭は夏休み中にとことん練習することになるとか。それはもう少し先の話。

 

「ボードゲームしよう! お姉様から借りて来たんだ~」

「何借りてきたの?」

「ふふん。これだよ! 『オダノブなんだっけ?』ってゲーム」

「なんすかその地雷臭」

「本気でやればなんでも楽しいでしょ!」

「思考回路を捨てたら……あぁ、それが得意な人ばっかでしたね」

「今私も含まれた?」

 

 陽と萌葉と阿天坊。その気になればいつでも思考回路を投げ捨てられる人種である。圭だけはそれができないが、そうしなくてもこのゲームは遊べる。

 このゲームは、1人が信長役。残りが家臣役になる。信長役がお題を決め、家臣たちは質問をしながらそれが何かを当てるゲームだ。しかし相手は信長。堪忍袋の緒が切れやすい。ゲームにも堪忍袋ゲージがあり、それが10になると家臣の負け。家臣はそれより先に答えを当てる必要がある。

 このゲージは、信長が決める逆鱗ワードを使えば一発終了。外国語を使えば+5。質問1回毎に+1。答えを間違えても+1。無礼なことを言っても+1。面白いと思わせる発言で-1である。なお外国語は答えを言う時だけ使っていい。そして信長役はいつでも使っていい。さすノブ。理不尽である。

 

「萌葉これ信長役に有利じゃない?」

「そう思うでしょ? そこでこの本能寺チャンス!」

「無礼なチャンスだな」 

 

 家臣たちは最終ジャッジを下すのだが、信長役の答えが難しすぎたり、逆鱗ワードが理不尽過ぎたり。不満なことがあれば「本能寺カード」を出していい。しかし、この時は家臣たちでの相談がNG。誰か一人でも「是非もなしカード」を出せば本能寺チャンスは失敗である。これにより信長役の勝利となる。

 ちなみに、答えを言い当てた場合、最もそれに貢献した家臣を信長役が選び、褒美を与えるシステムである。

 

「ルールは簡単でしょ?」

「そうだな。誰か質問ある人は?」

「私は大丈夫」

「僕も大丈夫です。疑問が出たらその都度聞きます」

「それでいこっか。じゃあ最初の信長役は、会長にしてもらおうかな。あっ、ゲーム始まったらそれぞれ演じてね」

「りょーかい」

 

 早速の信長役に陽は目を閉じる。自分の中にある信長像を引っ張り出して来るためだ。そして思い出す前世の記憶。

 

 ここで陽の前世についておさらいだ。以前と同じ話を繰り返してしまうが、確認は大事である。

 陽の前世は現代とは時代が大きく異なる。現代において参考になるものが殆ど無いほどに。恩恵は、演技を見破れることと、自分が生きた時代の歴史の問題に少しだけ強いぐらいだ。そして、前世の記憶と言っても前世の生涯の記憶があるわけじゃない。今の実年齢に比例する。14歳の7月3日なら、前世の記憶も14歳の7月3日までのものしか見れない。

 

 以上が陽の前世のおさらいになる。では、その時代とはいつか。それは戦国時代である。陽自身把握していないが、陽の前世は短い人生だ。10代の若さで幕を閉じている。農民ではなく、織田信長に仕えた者の1人。それが陽の前世だ。その時の記憶が特に意味を為さないのも当然というわけだ。生活様式、文明レベル。何もかもがかけ離れているのだから。

 

「儂が信長だ」

「おぉ。会長すごい様になってる」

「すぐに始めよ」

 

 だから、陽は記憶の中にある信長を引っ張り出して真似ればいいのだ。当然クオリティは高い。現代のイメージにも合わせ、多少はアレンジを加えているが。

 お題のカードを引く。そのカードに決められているのはジャンルだけ。「人物」や「建物」など。そのジャンルに合わせて信長役はお題を決めるのだ。

 

「人物か……」

「決まりました?」

「ふむ……なんだったかのう……。あの者の名はなんだったかのう……」

「恐れながら信長様~」

「申してみよ藤原の」

「その方は男性でしょうか?」

「否。あの者は女であった」

 

 質問に対して、信長役は嘘をついてはいけない。どれだけ大ヒントになろうと正直に答えないといけないのだ。

 萌葉の質問により、人物が女性と決まった。性別を絞れたのは大きいが、それでも人類の半数。まだまだ答えには遠い。

 

「信長様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ白銀の」

「その方は日本人でしょうか?」

「そうじゃ。日ノ本の者である」

「先輩ら効率的っすね」

「負けるのは嫌じゃん?」

 

 遊びであっても勝ちたい。萌葉の言葉に圭も頷いていた。プライドの高い圭の方が、むしろ拘っているかもしれない。そんな2人に続くように、阿天坊も質問する。

 

「その方はお可愛いでしょうか?」

「……ふむ。そうだな」

「信長様!」

「騒がしいの藤原の」

「その方は圭ちゃんですか!」

「何言ってんの萌葉!?」

「違う」

「え、じゃあ私?」

「違うのぉ」

「藤原先輩無駄にゲージ上げないで!」

 

 質問3回に不正解が2回。これで堪忍袋ゲージが5になる。

 

「西洋かぶれが!!」

「あっ……」

 

 そして阿天坊の発言によって堪忍袋ゲージは10に。家臣たちの敗北である。ちなみに答えは「江」。信長の妹であるお市の娘の1人だ。逆鱗ワードは「醜女」である。姪っ子を醜女なんて言われたらそりゃあキレる。当然の逆鱗ワードであった。

 

「これは文句なしの是非もなしだね。自滅だし」

 

 1回戦が終わり、信長役が変更される。今度は戦犯の阿天坊が信長役に。

 

「面を上げーい」

「わぁ秀吉みたーい」

「誰がサルか!」

「会長?」

「ごめんて」

 

 前世の記憶を呼び起こした弊害か、お調子者みたくはしゃいだ阿天坊をうっかり秀吉と言ってしまった。無礼な発言により開幕から堪忍袋ゲージが1増えた。

 

「お題は……好きなもの?」

 

 阿天坊信長が引いたのは「好きなもの」。それが何かを阿天坊がすぐさま決め、ゲームが開始される。

 

「信長様。それはちっぱいというものでございましょうか」

「それじゃ!!」

「「えぇーー」」

 

 開始されて終わった。あまりにも呆気ない。2秒で2回戦が終わるなど誰が思うだろうか。製作者も思わない。ちなみに「ちっぱい」にした理由は、女性陣がいるから除外すると予測されるだろうと考えたからだ。裏をかいたつもりが見破られた結果である。逆鱗ワードは「巨乳」だ。

 女性陣から冷めた視線が男子に向けられる。設定した阿天坊はもちろん、それを一発で当てた陽にも。

 

「次は藤原先輩が信長役ですよ」

「頭が高い!」

「始めるの早い!」

 

 信長役と言われた瞬間始まったようだ。頭が高いぞ無礼者め、ということで堪忍袋ゲージが+1から始まる。理不尽な藤原信長だ。けど楽しそうにしている。

 

「ジャンルは建物かぁ。……なんだったかなぁー。あの建物何かなー」

「決めるのも早いですね」

「萌葉のことだから、たぶん事前に考えてたんじゃないかな」

「なるほど」

「おそれながら信長様」

「申せ」

「その建物はどこにおありでしょうか?」

「日本にあるぞい」

 

 キャラがぶれてると言いかけた阿天坊の口を陽が塞ぐ。オタクに外国語禁止はなかなかに厳しそうだ。しかし発言しないという選択肢もない。それはゲームに参加していないのも同然だから。

 

「おそれながら信長様」

「申してみよ圭ちゃん」

「それはどの都道府県におありでしょうか?」

「TOKYO。阿天坊くんが変な目で見るからゲージ増加~」

「見てませんよ!? 信長役は自由だなって思っただけで!」

「それがこのゲームだからね。くくっ、所詮お主は秒殺された信長じゃからのう」

「ははは! お戯れを」

 

 家臣に負けたからと言って、信長が殺されたわけでもない。死ぬのは本能寺チャンスが成功した時だけである。

 

「阿天坊は何かないのか?」

「えーっと、じゃあ……信長様はそこに行かれたことはありますか?」

「ないの! 行ってみたいとは思ってるよ!」

「そこはどういう目的の建物ですか?」

「住まいだね~。生活空間」

 

 信長役へなり切ることを忘れたようで、素の萌葉が出てくる。そして、これは答えに大きく近づいた。萌葉のことだからここからひと捻りありそうだが、一応素直な答えを出してみる。

 

「それは家というものでしょうか?」

「違うなー」

 

 やはり違ったようだ。4回の質問。1回の不正解。2回の無礼案件。答えられるチャンスは残り2回。

 

「あと1回質問する?」

「どうしましょうかね。もう少し絞りたい気もしますが」

「あ……」

「白銀さんどうしたの?」

「答えてみていい?」

「いいよ」

 

 わかったかもしれない。それなら答えてみてもいいだろう。質問するにしても、どう絞り込むかで悩ましい。答えてみて絞り込むことも可能なのだから、ここは圭に任せよう。

 

「そこは刑務所ではないでしょうか?」

「うわっ、ありそうな答えが……」

「違うよ! 私へのイメージ酷くない?」

「ラテアートで手錠描いてたから」

「酷いなぁ。ちゃんと情報があるのにそれを無視するのはよくないよ」

「それは白銀さんの家ではないですか?」

「ぶっぶー! もうみんなわかってなーい!」

 

 ゲージが最大になり、答えにたどり着けなかった。答え自体は本当に近いところまで来ていたのだ。生活空間なのだから家。家という答えではないから、()()()家。行ってみたいというのだから、親友の家かなと陽は推測した。しかしどうやら違ったらしい。

 

「私が行ってみたいのは会長の家だよ」

「うちかー。少し厳しいかもな」

「無理にとは言わないけどね」

「いける日があれば言うけど、早くても2学期とかかな」

「そこまで気にしなくてもいいからね?」

 

 家というのはプライベート空間だ。そこに他人が入ってくることを嫌がる人もいる。たとえ子がよくても親が許さない。そんなパターンも珍しくないのだ。

 

「藤原先輩。逆鱗ワードってなんだったんですか?」

「監獄。刑務所はグレーだったね~」

「危なかったー」

「さっ、次は圭ちゃんの番」

「なり切らないと駄目?」

「軽く演じてみるぐらいでもいいと思う」

 

 圭の性格的にこうやって演じるのは向いていない。授業の一環だったり、行事の一環だったりすれば完璧にこなせるのだが、こういう遊びの中でとなると気恥ずかしさが勝つ。

 

「わ、私が信長だ……」

「圭ちゃんかわいい~!」

「ちょっ! もえはー!」

 

 揶揄われたと思ったのか、頬を赤くしながら怒ってみる。特に効果もなく、陽と阿天坊が無言で温かく見てくるせいで、圭は余計に恥ずかしさが込み上げていく。

 引いたカードは食べ物。何にするかを決め、逆鱗ワードも設定する。

 

「なんだったかなー」

「信長様」

「なに? 会長」

「あ、圭ちゃん。今は圭ちゃんの方が上なんだし、会長って呼ぶのはおかしいと思うな~」

「えっ!? じゃあどうしたら……」

「名前で呼んじゃいなよ~。ほらほら」

 

 煽ってくる萌葉の言葉も聞き流せず、圭は困ったように陽を見た。とはいえ、陽が助けを出すわけでもない。名前で呼ばれるのが嫌とか思ったことがないから。むしろ、会長に就任してからというもの名前で呼ばれることが極端に減っている。せっかくだから名前で呼んでもらいたいくらいだ。

 

「ぇ……。…………むりぃ!」

「ありゃ。私圭ちゃん追いかけてきますね」

 

 生徒会室を飛び出す圭を萌葉が慌てて追いかける。阿天坊はそれを見送りながら、隣で項垂れている陽にかける言葉を探した。

 

「名前呼びを拒否られるってなに……? いや名字も駄目なの……?」

「会長って呼び方が定着しちゃったからですかねー。今さら違う呼び方は難しい的な」

「……そうだといいな」

 

 

 



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阿天坊書記は窮地を脱したい

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。「ここすき」もしてもらえるとさらに嬉しいです。


 

 学校生活は何も楽しいだけでは終わらない。誰しもが通ることになる試練がある。定期テストだ。

 秀知院学園は偏差値が高い。幼稚舎から入っていようと、初等部から入っていようと、この学園は私立の学校だ。エスカレーター方式といえどテストで点を取っておかなければ進級も進学もできない。仮進級という制度はあるが、それを使えば進学はできなくなる。他校に移るしかない。

 この学園に通う生徒たちは、一般層とは異なる。一般的な常識と、この学園にいる者たちの常識だってズレがある。外の学校に行って苦もなく馴染めるものがいるとすれば、それだけの社交性を備え、柔軟な思考ができるものだろう。

 

「会長ってテスト勉強いつもどうしてる?」

 

 にこにこと今日も笑顔を浮かべている萌葉が、会長席で書類に目を通している陽に話しかけた。仕事の邪魔をしないように圭が萌葉を窘めるも、陽は目を通しながら会話を始める。マルチタスク派だからこれくらいはできるのだとか。

 

「どうも何も、ノートを見返しながら教科書と資料の見直しぐらいだぞ」

「暗記派?」

「公式とか化学式はそうするしかないけど、それ以外は暗記じゃないな。仕組みというか、理屈を理解するようにしてる。歴史は流れで覚える」

「会長ってバカなのに勉強はまともだよね」

「失礼だな。成績だって上位だぞ」

「圭ちゃんほどじゃないけど」

「藤原さんに言われてもなぁ」

 

 目を通した書類の内容、出してきた者の意図を理解し、問題ないと判断してサインする。期限がギリギリだが間に合うだろう。

 圭の学力は学年トップ。数学に関しては他を寄せ付けない。テストが100点満点だから圭に迫る者もいるのだが、上限を無くせば差が開くだろう。全国の学力テストでも同様だ。

 陽と萌葉の成績も悪くない。陽は上位10人の中に入り、その中で順位の上下があるぐらい。採点後は廊下に上位50人の名前と点数が張り出され、萌葉だってその中に毎回名前が入っている。

 

「なんでテスト勉強の話?」

 

 そんなわけで、テスト勉強の話を切り出される理由がいまいちわからなかった。萌葉だって自分のやり方でテスト勉強をやっているはずで、成績が悪いわけじゃない。もっと成績を上げたいというのならわかるが、萌葉はそこまで成績に拘りがあるわけじゃない。しかも聞くなら陽ではなく圭に聞くべきだ。

 机を間に挟み、目の前でふわっと笑う萌葉を見つめる。何か企んでいるのだろうか。萌葉は黙って視線を陽と絡め、陽の方が視線を逸した。惚れている相手と見つめ合うのは難しい。

 

「私の勝ち~」

「え、なんの勝負?」

「にらめっこならぬ見つめっこかな」

 

 知らぬ間に勝負になっていて、どうやら負けたようだ。惚れたほうが負けとはよく言ったもので、これ以上ないほどに的を得ている。なんだか前より2人の距離感が縮まっているような気がして、圭は少しばかり嫉妬する。2人が自然体でそうなっているから。

 

「それで、テスト勉強の話をしてたのはなんで?」

「勉強会をするのもいいんじゃないかなって思って」

「必要か?」

「私は1人の方が捗るんだけど」

「俺も白銀さんと同じだな」

「それだと面白くないじゃん!」

 

 勉強のやり方はそれぞれ。誰かと取り組んだほうが捗る人。1人きりの方が捗る人。BGMがほしい人。なんの音もない環境がいい人。家じゃないと駄目な人。家だとできない人。本当にバラバラだ。

 圭の場合、「静かな環境」「1人」という条件が整えばどこでもいい。最適な場所が家だから、いつも家で勉強しているだけだ。陽なら「1人」という条件くらいだ。雑音があろうと集中することでシャットアウトする。

 そして萌葉の場合。1人でもできるが、「誰かとやる」という条件が整うと身が入るのである。勉強会ってなんだか面白そう。だからやりたい。気持ちとしてはそれぐらい。

 

「お姉さんとやれば? 高等部とテスト期間は同じだし」

「範囲が全然違うから。一方的に教えてもらうのは申し訳ないというか。姉様は成績が落ちてるし」

「千花姉でもついていくの大変なんだ……」

 

 高等部の勉強は大変だなぁとしみじみ唸る3人。真相は全く別で、白銀御行vs四宮かぐやの頭脳戦の被害を一身に受けているだけである。それがなければ成績は維持できるのだ。授業だってついていけているのだから。

 まさかそんな事になっているとは露知らず、話は勉強会へと戻っていく。そのタイミングに重なるように阿天坊も生徒会室に入ってきた。

 

「すみません。掃除が長引きまして」

「おうお疲れ~」

「皆さんなんで会長席に集まってるんです?」

 

 自分の机にカバンを置いた阿天坊が首を傾げる。傍から見ると、陽が女性陣に問い詰められているようにも見える。いったい何をやらかしたんだこの会長。

 

「阿天坊って勉強する時どうしてる?」

「どうとは?」

「俺だと1人で取り組むんだが。人によっては雑音もほしくないって人いるだろ?」

「あー。僕は特にこだわりはないですよ。1人でも誰かとやってもあんま変わんないです」

「それはそれですごいな」

「いやいや会長。騙されちゃ駄目だよ?」

「うん?」

 

 萌葉は自分の席から取り出した縄を使い、阿天坊の腕を縛って逃げられないようにする。ニヤニヤと嗤っているその顔を見て阿天坊は遅まきながらに気づいた。この人は自分の成績を知っているのだと。

 

「阿天坊くんは、1人でも誰かと一緒でも、勉強しないから成績が変わらないんだもんね?」

「あっはっは、何を言いますか藤原先輩」

「阿天坊くん。そうなの?」

「うっ! ひ、卑怯ですよ藤原先輩!」

「何が? ちゃんと圭ちゃんの質問に答えなきゃね~」

 

 秀知院学園の男子のほとんどは圭に弱い。基本的には圭の人気の高さがそうさせるのだが、中には陽のように例外もいる。阿天坊もまた例外で、多くの男子とは違う理由で弱い。彼の中にある「理想のちっぱい女子」が圭だからだ。

 

「仕方ないじゃないですか……。だって時間がいっぱいあるんですよ!? 溜まってるアニメ見たりラノベ読んだりゲームしたくなるじゃないですか! 勉強しようと思ったけど掃除してた~なんて言う人と同じですよ!」

「言い分はわかるけども! ちなみに成績はどれぐらいなんだよ」

「進級とかはなんとかなりそうです」

 

 つまりギリギリである。なんとかなるぐらいなら、見逃してもいいかと思いかけた。しかしそれは萌葉の言葉によって消え去る。

 

「中間テストで赤点取ってたよね~? 期末で取り返さないとヤバイって話だったよね~?」

「阿天坊?」

「なんで藤原先輩そこまで知ってるんですか!」

「阿天坊くんの担任の先生に生徒会でどうにかできないかって言われたから」

 

 もう阿天坊に逃げ場はない。

 

「成績は大事だよ。順位はどうでもいいから、点数伸ばさなきゃ」

「1位の人が言うとニュアンス変わりますね」

 

 大抵なら嫌味に聞こえるだろう。けれど圭の言葉はそういうふうには聞こえない。純粋に心配しているだけ。

 

「はぁ。それで勉強会の話か」

「そういうこと。やろうよ」

「面子とかは気にしてないけど、そういう事ならやるしかないな」

「アニメ……ゲームが……」

「安心しろ。長々拘束する気はない。家に帰ったら好きにしていい。ただし、中間テストの分まで取り返せなかった時は覚悟しろ」

「了解であります!」

 

 予定は狂ったが、こういう事情なら仕方がない。教えながらでもやりようはある。教える立場の人間は3人。担当を決めたりすれば時間も均等に分けられる。

 

「まずは前回の成績を確認しないとな」

「はいこれ。阿天坊くんの中間テストの成績」

「ぽんぽん個人の成績が流れるのはどうかと思うが……」

「教科毎に顕著だね」

「わかりやすくていい」

 

 萌葉に渡された阿天坊の成績を見る。圭が横から覗き込み、彼女の絹のような髪から華やかな香りが漂った。耳に髪をかける仕草に軽く見惚れるも、すぐに切り替えて何もなかったように振る舞う。

 阿天坊の成績は国語なら問題ない。酷いのは数学と英語と理科。極端なまでに文系の人間のようだ。

 

「数学は白銀さんに任せる」

「うん。英語は萌葉が得意だし、理科は会長でいいよね?」

「それでいこう。副教科の方はどうだ?」

 

 厳密に言えば数学も英語も理科も、テストが2個あるが問題ないだろう。国語なら現代文と古典分野。社会は歴史と現代社会といった具合だ。

 気になるのは中間テストでは実施しない副教科の科目。これはデータがないため、阿天坊の自己判断でしかわからない。彼の趣味から、技術科目は問題ないとわかる。残りの美術や音楽、家庭科が不明だ。

 

「一応見てもらっていいですか?」

「謙虚だな。こっちの分担は、藤原さんが音楽か」

「そうだね。家庭科は圭ちゃんに任せたらいいし、美術は会長がよろしく」

「正直、美術も阿天坊は大丈夫だと思うがな」

 

 美術のほとんどは過去の話だ。現代ではデジタルアートが多い。それを教えるのは専門学校だったりするわけで、普通科の学校ではあまり触れない。教科書に載っているのは西洋のものが多いか。

 ダヴィンチだったり、ミケランジェロだったり。印象派やら新古典派やら。人類が歴史の中で紡ぎ続けた分野の中で、日本の学校の美術という授業に当てはめられるものは、行き着いたものとして取り扱われている節がある。もちろん時代に合わせての変化はあるのだが、歴史という側面は強いだろう。

 

「有名な人物とか作品なら結び付けれますね。何派とか何主義とか言われると悩みますけど」

「だろうな。去年はテスト中にイラストを描く問題もあったが、ラテアートできるなら心配いらないか」

「自信ありますよ!」

 

 それなら特に教えることないなと思いつつ、念の為一通り見ることにした。テスト後に美術部から勧誘を受けることになったらしいのだが、それはまた別の話。

 

「テストの日程はどうなってる? それでテスト勉強の計画を立てるぞ」

「ええっと、たしかそのプリントが……あった。これです」

 

 キャラクターが描かれたクリアファイルからプリントが取り出される。来週から実施される期末テストの期間は1週間。幸いにも阿天坊の成績が酷い数学と英語は重なっていない。それを元に圭がテスト勉強の日程をすぐさま作成。自分たちのテストの日程、それぞれの苦手分野にも考慮しての計画。即座に作っておきながら文句なしの計画だ。

 

「さすが白銀さん」

「これくらいは別に」

「圭ちゃん照れてる~」

「照れてないから」

 

 クールにそう言っているが、内心ではほっこりしている。褒められたら誰だって嬉しいものなのだ。

 

「ところで、入ってきた時から気になってたんですけど。あれなんですか?」

 

 生徒会室の隅に設置されたいる物。阿天坊が指差すそれを見て、萌葉がニヤッと笑った。持ってきた当人だから。

 

「笹だよ。難しかった?」

「いや笹なのは分かってますよ!? なんで笹が生徒会室にあるのかを聞いてるんです!」

「初めっからそう言いなよ~。それに、ああいうのが生徒会室にあるのは今更じゃん。冷蔵庫もこたつもあるんだから」

「そうですけども!」

 

 陽と圭は、てっきりそれには触れずにやり過ごすものかと思っていた。その方が賢い選択だっただろうにと憐れみながら、萌葉にイジられる阿天坊を見守る。

 

「笹があるんだから理由なんて1つじゃん?」

「七夕ですか。たしかにもうすぐ7日でしたね」

「……そっか。7月7日って七夕だったっけ」

「あれ!? 違うの!? ていうかなんで会長たちも驚いてるんですか! 何に使うつもりだったんですか!」

「「パンダの餌」」

「うちの学校にパンダはいないでしょ!」

 

 パンダの餌として笹を与えるのは鉄板である。パンダにとっての主食。メインディッシュにしてデザート。笹さえあればいい。

 しかし、中等部にパンダなんていない。高等部にもいない。高等部にいるのは鶏である。そして中等部にいるのは兎である。ならば、兎の餌として笹を使うのだろうか。兎って笹を食べるのだろうか。そんな事を考え、それが違うのではと思い至った。なにせこれを持ってきたのは萌葉なのだから。

 

「まさか、パンダを飼うんですか?」

「ううん。飼わないよ」

「違うんかい! じゃあなんで笹があるんですか。意味わかりませんよ……」

「かぐや姫出てくるかなぁって」

「まさかのメルヘン! かぐや姫は笹じゃなくて竹ですよ!」

「似てるしミニかぐやちゃん出るかもよ?」

「米粒サイズがお望みで!? 出たら世紀の大発見ですね!」

 

 もうツッコミもヤケクソだった。

 

「七夕ってことで、短冊掛けてたらミニかぐやちゃん出てくるかな」

「そうなんじゃないっすかね」

「会長と圭ちゃんも一緒に書こうよ」

「今お願い事なんて……あ、1個あった」

 

 圭のお願い事とは何か。興味がある内容だった。私利私欲が無さそうなイメージが強く、何かを欲したとしても自力で掴み取っているのだから。願うより先に行動に移すのが圭なのだ。

 陽の机から折り紙が取り出され、好きな色を選んで適当な大きさに切る。阿天坊も願い事を書いて笹に飾り、2年生組に何を書いたのか聞いた。

 

「阿天坊くんは?」

「生きてる間にSAO世界が実現されますように」

「ブレないな~」

「先輩たちは?」

「ん~、私も圭ちゃんも会長も同じこと書いてるねこれ」

「え、何この疎外感」

 

 3人と同じ域にはまだ届いていない。やはり過ごした日数の違いのせいか。少しばかり寂しい気持ちになりながら、3人が書いた短冊を自分の目で確認する。

 

『阿天坊の成績が伸びますように』

 

「願い事レベル!? やってやりますよこんにゃろう!」

 

 

 下校時刻となり、勉強道具を片付けて生徒会室の鍵を閉める。鍵を職員室に返しに行けば下駄箱へ。生徒会メンバーもそこで陽を待ち、靴に履き替えて門を出たところで解散。待たなくてもいいと言っているのだが、この形は基本的に崩れない。

 阿天坊とは正門ですぐに別れるのだが、2年生組は途中まで道が同じ。次に別れるのが萌葉で、圭とは駅で別れる。可能ならそれぞれ送りたいところだが、家の方向や距離の関係で難しい。

 

「ね、会長」

「なに?」

「七夕って言えば織姫と彦星じゃん?」 

「そうだな」

 

 年に一度しか会えない2人。そこにロマンスを感じる人は多い。圭もそれは共感できることで、萌葉と陽の話を隣で聞きながら歩く。

 

「会長が彦星だったらどうする?」

「俺は彦星になりたくないな」

「え、織姫?」

「違うそうじゃない」

「ポーズ入れてもう一回」

「Take2はないぞ」

 

 なんだかわからない話が出てきた。ポーズって何のことだろう。圭は電車の中で調べてみることにした。

 

「年に一度とか嫌だから。そうならないように、好きな人とは何がなんでも一緒にいられるようにする」

「わぉ、結構情熱的だね」

「……そういう藤原さんは?」

「へ? あー、うん。また今度で!」

「ちょい!」

 

 勇気を出して言って、勇気を出して聞いてみたのに逃げられた。通行人もそれなりにいて、追いかけるのも憚れる。陽は伸ばした手を肩と共にがっくりと落とすのだった。

 

 



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藤原萌葉は合わせたい

 感想、評価、お気に入り登録、ここすき、ありがとうございます。まじで嬉しいのです。色のシーソーゲーム。


 

 眠りの海から浮上する。目を覚ますも体が動かない。これが伝説の金縛りだろうか。まさかこの家に霊がいたのか。これは萌葉に話したら喜びそうな話題だ。姉に話したら冷静にあしらわれそうな話でもある。妹はどうだろう。いつもにこにこと会話してくれるが、こういった話題は少なかったはずだ。心霊体験の番組とかも小野寺家は見ない。母と姉が白けて変えてしまうからだ。

 

「お兄ちゃん起きた~?」

 

 聞こえてくる妹の声。絶賛金縛り中の兄の部屋に入ってきては危険ではなかろうか。しかしどう伝えたらいいのか、金縛りに遭っていると言えば、逆に心配して中に入ってきかねない。

 陽は寝起きの頭を回転させて考える。今日は寝起きがいいほうだ。結構頭がスッキリしていて思考できる。

 

「お兄ちゃーん」

 

 返事がなかったせいでもう一度呼びかけてくる妹の声。何か返事をしなくては。そう考えたところで、陽はふと気づいた。妹の声が思ってるより近い場所から発せられている。具体的には斜め上。さらに細かく言えば、()()()()()()

 横に向いていた視界を正面に戻し、首を少し上げてみるとそこには鬼の面が。

 

「うわぁぁっ!?」

「あはははは! お兄ちゃんびっくりし過ぎ~!」

「そりゃ驚くわ! 起きたら体が動かないし目の前には鬼がいるし!」

「ぶー。妹を鬼って言うのは酷いなー」

「ならその面を外せ」

 

 リアクションが見れて満足したようで、おとなしく鬼の面を外す。その面の下からはサングラスをかけた妹が現れた。

 

「おはようございます。寝起きドッキリです」

「心臓に悪いからやめてくれ、あと上から降りてくれ」

「はーい。うんしょっと。話題ができてよかったね!」

 

 目が覚めたら妹が上に乗っていた。そう話せば阿天坊が怒り狂うことだろう。しかし事実は異なり、目が覚めたら金縛り。腹の上には鬼がいた。その中からグラサンかけた妹が現れたである。これには誰も羨まないか。

 妹と言えば、圭も萌葉も妹だ。あの2人はこんな事をするだろうか。しないだろう。特に圭は絶対にしない。もしそれをしていたら、秀知院学園の男子たちは解釈違いで飛び降りかねない。せめて圭が「こんにち殺法返し」をする人間だと知っていれば変わるのだろうが。

 萌葉なら可能性が捨てきれない。結構ノリノリでやりそうだ。

 

(あれ? もしかして()と藤原さんって気が合う? 危険な匂いしかしないけど)

 

 できれば会わせないようにしようと思った。好きな人を家族に知られたくないという思いもあったりする。恥ずかしいから。

 

「陽起きてる?」

「起きてるよ姉さん。どしたの?」

 

 横になっていた体を起こし、妹と並んでベッドに腰掛ける。部屋のドアが開いて姉の麗が中に入り、妹がいることに一瞬だけ眉を顰めた。麗はすでに制服に着替えており、ギャルではあるがしっかりものだ。というか、ギャル=だらしないというイメージが事実とは異なるだけだ。

 

「夏休みなんだけど、父さんがほぼ日本にいるって」

「ならキャンプでもすっかなー!」

「いいね! 私も行く~!」

「いや流石に小中学生だけじゃ無理でしょ」

「なんかキャンプの企画あるんじゃなかった? 同意書は母さんに書いてもらうとして、でも夏休み丸々はまずないか……」

「どっかのホテルで連泊とかする? 家にいる気ないんでしょ?」

「まぁね。どうするかはもう少し考えるよ。何か他にいい案があるかもしれないし」

 

 たとえどれだけ富裕層であったてしても、義務教育中であればゴリ押しが効かない。親の同意書は必要になる。高校生になっても、基本的には必要だ。そのホテルを親の会社が買収してるとかなら、話が変わってくるのだろうが。

 今年の夏をどう過ごすか。陽はぼんやりと悩んだ。彼にとってはそんなに深刻な問題でもないから。

 

 

 

 テスト期間も無事に終わり、教師たちにとって超忙しい採点ラッシュも終わる。返された自分の答案を見るのもいいが、手っ取り早く知る方法がある。廊下に貼りだされる上位者の発表だ。

 自分の順位を確認する者。自身は関係なくそれを見て楽しむ者。友人の名前を見て感心する者。自分のことを二の次にする人の方が多いのはいかがなものか。

 

「会長おはよう」

「おはよう白銀さん。今回も1位みたいだけど、阿天坊に教えながらのこれは凄いな」

「阿天坊くんの飲み込みがよかったから」

「やればできるけどやらないタイプだったな」

「会長と萌葉は……前回と同じなんだ」

「うん。てかよく覚えてたな」

「ぇ……ほら、同じ生徒会だから」

 

 周りのことを気にかける。真面目で優しい彼女らしい理由だなと陽は思った。陽が萌葉の順位を覚えている理由とは全然違った。圭は言わずもがな。いつものことだから覚えやすい。萌葉の場合、陽と同じく毎度変動する。それでも陽が覚えているのは、萌葉の順位だからだ。念の為、聞かれたら圭と同じ理由にしようと決めておく。

 

「2人ともおはよ~」

「おはよう萌葉」

「私の順位は~っと、前と同じかー。会長と圭ちゃんも変わってないし、面白みナッシングだね」

「変わってるのは点数ぐらいだしな」

「そうだね。みんなちょっと落ち……圭ちゃんなんで上がってるの?」

 

 信じられないものを見るような目で萌葉が圭に問い詰める。今回は全員等しく阿天坊に時間を割いた。いつもより勉強時間は短い。そのために萌葉と陽は順位こそ変わらないものの、前回より点数が落ちている。それにも拘わらず、圭だけが点数を伸ばしていた。

 これには陽もびっくり。さすがに点数までは覚えていないものの、萌葉がそう言うのなら上がっているのだろうと信じる。

 2人の視線が注がれ、圭は困ったように口を開いた。特別なことは何もしていないのだ。

 

「阿天坊くんに教えてたら時間減るでしょ?」

「そうだね」

「だから、残り時間を有効活用しようと思ったらいつもより集中できて頭に入ってきた」

「化物かな?」

 

 親友に化物呼びされたことに圭が機嫌を損ねる。陽と2人でなんとか宥めながら、話を阿天坊のことに変えた。どれだけ点数を伸ばせたのかをみんなで予想。平均くらいにはなっていたらいいなと口々に言っていると、件の阿天坊が駆け込んできた。

 

「廊下を走っちゃ駄目! 阿天坊くん、めっ!」

おぎゃりそう。じゃなかった。助けてください会長!」

 

 またもや圭ママが登場。今のは圭が悪い。

 

「どしたよ」

「カンニング疑われてるんですよ僕!」

「なんで?」

 

 どうしてそうなったのかと3人とも首を傾げ、騒ぎを聞いた2年生たちにもざわざわと話が広がっていく。こういう広がり方をすると、疑惑から決め付けに変わりかねないため、陽はこの場で聞くべきじゃなかったと反省する。

 しかしここで場所を移すと逆効果だ。鎮火は早い方がいい。阿天坊に話を促した。

 

「先輩らに勉強見てもらって、家でも勉強したんすよ。アニメ見るの我慢して!」

「阿天坊にしては偉いな」

「そしたら50位になったんですよ」

「上がり方パネェ」

「それでカンニングを疑われたんだ?」

「そうなんですよ。してないのに!」

 

 アニメ鑑賞を我慢し、ラノベもゲームも我慢して勉強した。短冊にあれを書かれてしまったから、「やってやろうじゃぇか!!」って奮起したのである。その結果まさかの50位。圭がさっき言ったように、飲み込みはいいのだ。授業中に二次元作品の考察さえしていなければ、普段から成績はいいのだ。

 今回はそれが遺憾なく発揮されたのである。そうだというのに、ありもしない罪を被せられかけている。これには苛立ちを覚えるし、協力してくれた陽たちへの侮辱にもなる。しかし変に話を拗らせるのは良くないとその場では我慢し、急いでここまで来たのだ。

 

「会長たちのお時間ももらって……なのにそれをカンニングだって言われて……!」

 

 悔しそうに拳に力が込められる。悔しさと怒りに震える阿天坊の肩に、陽はポンと手を置いた。

 

「今回のこれじゃあ黙らせるのは難しい。だから、2学期でも結果を出せ」

 

 下手な慰めなんてしない。同情する余地はあるが、それもしない。陽がやるのは、その次はどうするかという提示だ。

 

「けど会長!」

「お前のその悔しさも怒りも尤もだ。完全に消すのは無理だが、疑いを減らすのは任せろ」

 

 阿天坊の担任がやってきた。陽が阿天坊と担任の間に入る。

 

「先生はどっちですか? 疑ってますか? 信じてますか?」

「信じているとも。放課後に残って勉強していたことも知っている。何より生徒会に頼んだのは私なのだから」

「それはよかった。で、他の先生方で疑っている方は?」

「残念なことに、何人かはいる」

「その全員を職員室に集めてください。お話をさせてもらいます」

 

 圭と萌葉はぼそりと呟く。「会長怒ってるね」と。それが聞こえた何人かの2年生は教師陣に合掌するのだった。実際には、1年生たちにも話をしに行ったのだが。

 

 結果的に言って、疑いを完全に晴らせるわけではなかった。ただ、疑いの目を確実に減らすことはできた。やり方は単純で、その場で抜き打ちテストをしたのである。一問一答形式で、範囲はもちろん今回のテスト範囲。阿天坊が職員室と教室でそれをやり、正解したことで火は小さくなった。

 それでも疑いたい人は疑い続けるわけで、それに関しては今後のテストの結果で示していくしかないのだ。

 

「あーあー。ついて行きたかったなー」

「遊びではないけどな」

「わかってるよもちろん」

 

 テストも終われば授業もない。答案返却とHRで終わり、学校は午前だけで終了。陽たちは生徒会室のソファに腰掛け、向かい合いながらお弁当を食べている。口の中にあるものを飲み込んでから、萌葉は今朝のことを口にした。圭と萌葉は同行していなかったのだ。

 

「あーいう会長ってなかなか見れないから」

「怒るのとか疲れるし」

「会長って人の為に怒るじゃん? そういうとこ好きなんだよね。カッコイイし」

「ゔぇっ!?」

「どうしたの萌葉? 変な薬盛られてた?」

「私はいつも素直だと思うんだけどな」

 

 褒め殺しにより陽がノックアウト。全然褒めちぎられてるわけでもないが、好きとカッコイイで耐久値はゼロになった。背凭れに体を預けて天井を見上げる。

 

「普段とは全然違うし、そのギャップもいいんだよね」

 

 まさかの死体蹴り。陽は昇天し魂が身体から抜けていく。阿天坊がそれを身体に入れ直した。危機一髪である。

 

「話変わりますけど、女子って弁当箱小さいですよね」

「胃も小さいからね」

「それで足りるのって男子からすると不思議っすわ」

「栄養を効率よく摂取してるんだよ」

「そんな馬鹿な~」

 

 とか言っておくが、萌葉が言うと妙な説得力がある。なんでだろうと考えていると、逝きかけた陽が復活して会話に参加する。一応話は聞いていたらしい。あの状態でも聞けるとはさすが会長だ。

 

「藤原さんの場合効率よく胸に行ってそうだな」

「あーなるほど」

 

 モヤモヤと悩んでいた正体がわかってスッキリする。その少ない量でそれだけの栄養を摂取できているとなれば、よっぽどの変換効率である。長生きしそうだ。

 萌葉なら最年長記録を更新するんじゃないかと男子でわいわい話し、その間に萌葉が圭にハリセンを渡す。藤原印のハリセンだ。大変性能がいいことは製作者である千花によって確認されている。

 

「会長」

「どうしたの白銀さあ゙ぅっ!」

「いい音しますね~」

 

 圭によるハリセンフルスイング。連続でビシバシと右へ左へと叩かれる。耳には当たらないように注意して叩いているところに、圭の優しさが出ていた。

 

「あ、そのおかず頂戴」

「じゃあ交換で」

 

 部屋に響くハリセンの音をBGM代わりに阿天坊と萌葉は食事を再開。おかず交換を始めた。萌葉とのおかず交換をしていることに、叩かれながらも陽は嫉妬して阿天坊の足を踏んだ。ハオが見たらちっちゃい男と言うだろう。

 

「はぁ、はぁ……。会長、セクハラ発言でしたよ」

「以後気をつけます」

「はぁっ、腕疲れたー」

 

 ハリセンを萌葉に返し、元いた場所に戻って休憩。結構叩いていたせいで腕を動かすのもしばらく億劫だ。まだ食事中なのに。

 

「はい圭ちゃんあーん」

「なんで?」

「腕疲れてるんでしょ? あーん」

「しなくていいって」

 

 萌葉に食べさせられることを遠慮する。理由は簡単で、陽と阿天坊が目の前にいるからだ。男子に見られている状態でそれはできない。見られてなくても遠慮したいぐらいなのに。

 もちろん萌葉の気遣いは嬉しい。遊び要素があるのはわかっているが、気遣いも含まれていることもわかっている。それ自体はありがたいのだが、今回は遠慮したかった。陽はあまり気にした様子もなく、仲良しだなー程度に自分の食事を再開。けれど阿天坊はじっと見てた。「百合展開やで」とか言いながら見てた。百合ではない。

 

「ほらほら圭ちゃん。遠慮しないで」

「いいってば」

「頑固だなー。じゃあ会長よろしくー」

「ん? ああ、はいはい」

「なんで引き受けるの!?」

 

 圭の腕が疲れる原因になってしまったからである。

 陽は圭の弁当へと箸を伸ばし、おかずを1つ挟んで圭の口に近づける。圭はわかりやすく混乱し、目を泳がせながら耳を赤くしていく。その耳は髪に隠れていて見えないが。

 

「ほらあーん」

「な、なんで会長は抵抗ないの?」

「妹が風邪引いた時とかよくやるし」

「妹!? 会長の妹さんはどんな人なんですか!?」

「あとで写真見せる」

 

 阿天坊にとって重要なのはちっぱいか否かなのだが、それはあまりにも失礼なことだと自覚しているため明言しない。あくまで見てみたい程度のニュアンスに留める。

 

「ほら、白銀さんあーん」

「ぅぅ……かいちょうのばか」

 

 観念して小さく口を開く。小鳥のようなかわいらしい口におかずが運ばれ、圭は視線を下げながら咀嚼して飲み込んだ。

 

「お味は?」

「……わかんない」

「圭ちゃんの自作だもんね」

「あ、そうなの? すごいな」

「これぐらい当たり前だし」

「いやいや。俺はすごい事だと思うな」

「ぇ…………、ありがと」

 

 圭にとっての普通が、他人にとっての普通とは限らない。陽にとってはそれがすごい事で、賞賛するに値することなのだ。

 

「かいちょー。私にも食べさせて~」

「Why?」

「面白そうだから」

「まぁいいけど」

 

 圭の時よりも気恥ずかしさが増していく。無心になることを意識しながら、萌葉のおかずを取り、それを彼女の口へと運ぶ。無心になろうとしているのに、その柔らかな唇に目が行ってしまうのは仕方ないだろう。

 

「ん~。これで圭ちゃんと会長と間接キスだね」

「え゙っ!」

「ゲホッゲホッ……! も、萌葉!!」

 

 圭が赤面しながら咽せ、陽が衝撃のあまり石化した。その光景を見ていた阿天坊は、巻き込まれなくてよかったと安堵しながら弁当を食べ終える。

 

 それからなんやかんやで全員が弁当を食べ終わり、話は直近に迫った夏休みのことに移る。

 

「夏休みの予定ですか。アニメ三昧映画三昧ですよ」

「相変わらずだな」

「アニソン界最大のライブにも行きますけどね! 全通で!」

「電通?」

「全通。3日間あるんですけど、全部当選しました」

 

 阿天坊は想像からずれることのない夏休みを過ごすことになりそうだ。コロナの影響による延期もない。大変盛り上がることだろう。阿天坊はすでにお祭り気分のようだ。

 

「藤原さんは?」

「うちは海外旅行だね。毎年のことだけど」

「じゃあ藤原先輩抜きで花火大会行きましょ」

「目の前でハブらないでよ!」

「じゃあ8月20日予定空いてるんですか?」

「……トマト祭り行ってます。でもやだやだ! みんなとも花火行きたい!」

「物理的に無理があるだろ」

 

 スペインと日本じゃ離れすぎている。どう足掻いても不可能だ。

 

「あっ! お金出すからみんなスペイン来て!」

「家族旅行に同伴しろと!?」

「私パスポートないし」

「パスポートは今からでも間に合うから! そのお金も出すから!」

「いやいやいやいや」

 

 家族旅行であり、父親の性格を考えれば1人日本に残ることはできない。しかしこれでは花火大会に行けない。どっちも行きたい萌葉なのだが、これは実質的に家族旅行一択なのである。本人の気持ちは関係なく。

 陽や圭にもそれを残念に思う気持ちがあるにはあるが、それだけ旅行行ってるのに欲張りだなという気持ちもある。この2人に旅行の予定などない。というか夏休みにこれといった予定がない。阿天坊が言う花火大会くらいだ。

 

「私は夏休み特に予定ないし、暑いからあんまり外出たくない。日焼けとか嫌だし」

「圭ちゃん夏嫌い過ぎてない? 8月誕生日なのに」

「そうだったんですか? ちなみに何日ですか?」

「暑いから嫌なだけ。季節は好きだよ。誕生日は8月1日」

「じゃあその日に何かプレゼント送りますね」

「別にいいのに……」

 

 送られてしまえば受け取るしかない。阿天坊のことだから本当に何か送ってくることは予想できた。涼めるような何かだろうというところまで。

 

「会長の予定は?」

「キャンプでもしようかなって悩んでる」

「川の近くにテント建てたらだめだよ? 増水したら流されるから。それと虫にも気をつけて、火を扱う時はくれぐれも注意してね」

「圭ちゃん心配し過ぎ」

「決まったわけでもないし、どうしようか悩みっぱなしだよ。キャンプもできれば長い期間やりたいし、そういうイベントないかなーって」

 

 何か心当たりはあるかと聞いてみたものの、誰も心当たりはなかった。そもそもアウトドアな人間がこの場にいない。当然の結果である。

 誰かそういう情報を持っている人、あるいはその人とのパイプ役になれる人はいないか探してみる。連絡先の一覧を適当に流し見していき、可能性がありそうな人を見つけて電話。すぐに出てくれた。前に会った時に連絡先を交換しておいて正解だった。

 

「どしたしー」

「ちょっと相談があるんですけど、長い期間キャンプするようなイベントに心当たりあります? もしくはそれを知ってそうな人を知ってます?」

「なんか後輩に便利に扱われてる気がする」

「頼りにしてると言うんですよ」

「あはっ、ものは言いようだね。んー、でも心当たりはないかな。ウチ男子とはそこまで関わりないし」

「えっ遊んでそうな見た目してるのに。初心(うぶ)なんですね」

「あはは、久々にキレちゃったよ」

 

 ギャルなのに交友関係少ないな、姉とは大違いだと思い、姉に聞けばよかったと今更気づく。しかし、極力姉には迷惑をかけたくなかった。何とも思ってなさそうではあるが、気苦労を増やしたくはない。

 

「まぁでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

「ちょっと待ってね。どうにかできるかもしれないから」

 

 スマホのマイク部分を手で押さえているのか、向こうの声がこもって聞こえる。微かな音量と部分的に聞こえる言葉を拾っていく。

 どうやらどうにかなるらしい。陽は電話を切り、なんか面白い夏休みになりそうだということだけ生徒会メンバーに伝えた。本当に面白いかは、実感しないことにはわからないのだから。

 

(かぐや様って聞こえた気がしたんだけど……まさかねぇ?)

 

 



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早坂愛は見極めたい

 感想、評価、お気に入り登録、ここすきありがとうございます。本当に嬉しいものなのです。
 今回は短めです。


 

 東京某所にあるお屋敷。その規模のお屋敷というだけでも確かな財力の証。けれどもその場所はあくまでも別邸。本家は京都にあり、ここは東京に備えた仮住まい。それが四宮家の別邸であり、現在秀知院学園に通う四宮かぐやが住んでいる場所だ。

 門は内部から開閉するオートロック機能が付き、別邸内に置かれている車も複数台。四宮かぐやの外出の際には、必ずと言っていいほど使用されている。門を潜ればそこには庭があり、いつでも輝いて見えるその華やかさは超上流階級の証。汚れ1つ決してない。

 建築から何年も建てば綻びも出そうなものの、この四宮家の別邸は新築同然の綺麗さを保っている。藤原家や小野寺家も、一般層からすれば綺麗なものなのだが、そんな富裕層からしてもこの屋敷は別格。四大財閥の力が余すことなく発揮されている。汚れもなければ無駄なものも一切ない。それが四宮家というもの。

 

 そんな場所にポツリと余計な者が1人。

 中等部生徒会長の小野寺陽が訪れていた。

 

「おはようございます」

「おはようございます早坂さん。なんだか学校の時と雰囲気が違いますね」

「仕事中ですから」

「メリハリって大事ですよね~」

 

 どの口がそれを言うか。圭が聞いたらさぞ呆れたことだろう。

 旅行みたくキャリーケースと軽めのカバンを1つずつ。それを持ちながら、陽は早坂と玄関の前で話していた。この男。夏休み期間中四宮家の別邸に住むのである。正気とは思えない。今更か。

 

「一応形式的には住み込みでのバイト扱いになります。他の使用人への説明が面倒なので」

「なるほど」

「そのため面接をすることになります」

「一応真面目に答えたほうがいいですよね」

「どんな発言されてもこちらの都合がいいように捻じ曲げるのでお気になさらず」

「面接も形だけかー」

 

 それなら面接の時でも真面目さを捨てて良さそうだ。陽は余計なことを考えた。

 

「では中へどうぞ」

「お邪魔しまーす」

 

 早坂の後に続くように屋敷の中へ。家族への説明は「知り合いの家に住み込みで働く」ということになっている。誰の家かは伏せておいたし、伏せた意味を母と姉は汲み取って追求しなかった。妹には追求された。主に連れてけと。

 かわいい妹の頼み。毎年夏休みは一緒にどこかへと遊びに行っていたが、今年はそれができないかもしれない。陽は断腸の思いで頼みを断り、涙の別れをしてここに来たのである。

 外も外なら中も中。富裕層の生活をしている陽は驚くこともないが感心する。それもすぐに慣れ、視線だけを動かして内装の確認。廊下や階段の位置を見て大まかに屋敷の作りを想像する。それをしている間に一室に通された。応接室のようだ。生徒会のソファより座り心地がいい。感動した。

 

「形だけですし、ありふれたものを聞きますね。志望動機とか」

「住める場所を探してました」

「事実ですけどディープなものを出してきますね」

「提案してくれたのは早坂さんですけどね~。俺はキャンプの話を出しただけですし」

「こちらとしても良い機会でしたから」

「良い機会とは?」

「それは後ほど」

 

 当然ながら裏がある。陽もそれがわかってて話に乗った。どのみち仮宿を探してはいたのだ。特に接点もないはずの四宮家。目をつけられるようなことはしていない。

 

「できることできないこと。アレルギーの有無を教えてください」

「どんな仕事をするかはわからないですけど、難しくないことなら望まれたレベルでできます。アレルギーはないです」

「大きく出ましたね。まぁ仕事の割り振りは私が決めるのでいいんですけど。覚えてもらっても1ヶ月ほどの間だけですし。基本的には私の手伝いをしてもらいます」

「シンプルでいいですね」

 

 シンプルイズベスト。普通が素敵ってボンバーマンでも言ってた。

 

「朝早いですけど起きてもらいます」

「5時とかなら問題なく起きれるので」

「え、正直助かる。やった」

 

 住み込みで働いているのは早坂ぐらいだ。他の使用人達は通っている。つまり、毎朝の最初に行われることは早坂1人でやっていた。それの負担が減るのはありがたい。

 

「あ、四宮家は労基無視してるんで」

「ブラックぅぅ。これは世間から叩かれた某企業も笑いますよ」

「メディアを揺さぶれないのが敗因ですよ」

「怖い世界だなー」

 

 社会の闇を見た気分である。

 

「今回のことは本家の人間は知りません。かぐや様と私の独断です。他の使用人達にも本家には黙ってもらうことにしてます」

「予想はついてましたけど、やっぱり四宮さんと知り合いだったんですね」

「知られる場面は無かったかと思うのですが」

「電話の時に少し。日本人にしては目と耳がいいので」

「なるほど。私とかぐや様のことも他言無用でお願いします」

「わかってます」

 

 もし情報が漏れたら、あの手この手で陽を抹消しないといけない。そうなった場合、日本にはいられなくなるだろう。父親も結託しかねない。いやする。

 あくまで仮の話。そんな事にはならないのだが。

 

「給料も出しますので」

「え、住まわせてもらうんですし、別になくてもいいのに」

「体裁に関わりますから。この期間で30万くらいが妥当ですかね」

「妥当なんですかね。わかんねっす」

 

 新社会人が聞いたら発狂しそうな条件である。天引きされることなく手取りが30万なのだから。もちろんその分職務は激務ではあるわけで、妥当と言えば妥当かもしれない。

 

「休みの日っていりますか?」

「その質問が出る時点でどす黒い環境なのがよくわかりますね。早坂さんと同じでいいですよ」

「その方がやりやすいので助かります」

 

 早坂の手伝いが仕事なのだから、早坂が休みの日に陽も休みを取ればいい。いったい何日休みが取れるかは知らないが、陽はそのあたり気にしていない。

 働くことに関してはだいたいこの程度だろうか。早坂は書類をでっち上げながらそんな事をぼんやり考える。これはあくまでも建前で、本題は別にあるのだから。何も同情して陽に助け舟を出したわけじゃない。

 

「今回のこれは、あなたの父親が日本に滞在することが関係してますね?」

「調べたんですか。それで合ってますよ」

「あなたと父親の不仲は、跡継ぎの件が始まりだとか。継ぐことを拒んだそうで?」

「そうですよ。跡を継ぎたいとは思えなかったので」

 

 なまじ前世の記憶があるせいでそうなった。戦国の世の侍たち。陽の前世も名のある家だった。家名を継ぐということ。その時の父親の背中は大きく、憧れるものがあった。

 時代が太平の世になったのだから当たり前なのだが、今の父にその偉大さを感じることができない。憧れるものがなく、子供心にそれを比べて小さな器だと思った。そんな男の跡を継いで何になるのかと。才能のある人が引き継げばいい。そう思ったし、父親から受ける視線の印象が、子に向ける()()ではないと感じた。

 だから拒んで喧嘩した。宝石がその時に何個か割れたのもいけなかったんだろう。それからは口を聞かない仲になったのだから。

 

「そんな話を出してきて、いったい何を知りたいんですか? そこまで調べられる四宮家を相手に、うちは隠せるようなものもないと思いますよ」

「あなたの家ではなく、小野寺陽くん個人を知りたいだけです。どれだけ探っても測りかねるあなたを」

「買いかぶり過ぎですよ。僕は馬鹿な中2男子です。強いて言うなら、本当の自分って何だろうとか考えちゃう中2病男子です。特別でもなんでもない」

 

 早坂が知りたいのは危険度だ。跡を継ぐことがない陽なら、四宮家と対立する可能性など無いに等しい。ただの一般人に成り下がっていくのが陽なのだから。けれど、もし衝突することがあるとすれば。どの程度影響があるのか。正しく把握しないといけない。

 けれど陽はけろっとしている。そんなふうに疑われてもなと困り顔ですらある。なんでそんなに疑われるのか。陽はまったく自覚していなかった。

 

「以前に言ってましたよね。演じるなら演じ切った方がいいと」

「あー。そのせいか。いやだってそう思いません? 役者と同じですよ。演じるのなら、その役としての気持ちだけあればいい。そこに自分自身の感情なんて邪魔なだけです」

「概ね同意できますね」

「けど、早坂さんは切り替えが多いせいか、それともずっとそうしてるからか。素が出る瞬間があるんでしょ? 勘のいい人は引っかかりを覚えますよ」

「ご高説どうも。やけに鮮明に語りますね」

「ええまぁ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「? ……っ!!」

 

 言われた瞬間は意味がわからなかった。脳がその言葉を理解した時、背筋がゾッと寒くなり目を見開いた。

 それが演技だというのか。小野寺陽はこういう人間だと。誰しもが共通で認識しているその姿が。それが演技だとすれば、早坂にもかぐやにも見抜けないほどの技量。詐欺師よりも詐欺師をしている。

 

「冗談ですけどね」

「……」

 

 舌を出してケロッと白状するも、早坂にはそれが本当の事なのか判断しかねた。一度生まれた強い疑いは、簡単には消えない。まだ会うのも2回目なのだ。信じられるほど陽のことを知らないし、信じるという行為は早坂にとって苦手分野だ。

 疑いが晴れないことに陽は苦笑し、それも仕方ないかと納得する。揺さぶりのかけ方。前世のやり方を参考にするとそれは強過ぎるものとなるらしい。

 

「冗談ですけどね!」

「そういうことにしときます。四宮家に対してどうこうというのもないでしょうし」

「興味ないですから。それに、恩がある人に仇で返すのは好きじゃない」

 

 ひとまずはその言葉を頭に置いておくとしよう。信じるには値しないけれど、その言葉を本心で言っているのは伝わってくる。飄々としているようで、芯が強く自身に真っ直ぐな少年だ。

 陽が恩を感じているのは、話を持ちかけてくれた早坂に対して。次点で許可を出したかぐや。その次に別邸にいる使用人達。四宮家に対してではない。

 

「話はこれで終わりです。あなたの部屋に案内します」 

「ありがとうございます」

 

 応接室から移動する。廊下を出て階段を上がる。道中でどの部屋がどういう部屋なのかを聞きつつ、1部屋ごとの間取りの大きさに笑った。かぐやの部屋も両扉だ。どんな部屋か若干の興味は湧いたが、中を見ることはできない。

 

「この部屋を使ってもらいます。家具は一式揃ってますので」

 

 早坂に通された部屋。この仮宿で寝る場所。ベッドと机。本棚とタンス。テレビも置かれている。揃い過ぎではなかろうか。そう思ったが四宮家の感覚からすれば当然のことらしい。むしろ即席だから多少の質の低さに眉をひそめたとか。十分過ぎるというのに。

 

「ベッドの上に仕事着を置いてますので、それに着替えてもらいます」

「了解です」

「ちょっ! なんで今脱いでんの!」

「え? だって今から仕事ですよね?」

「私が出てから脱いでよ!」

「男の半裸ぐらいで何を……。さては初心ですね」

「うっさいし!」

 

 素早く陽が使う仕事着を回収した早坂が、それを丸めて陽の顔へと投げつけるのだった。

 



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早坂愛は見極めたい2

 感想、評価、お気に入り登録、ここすきありがとうございます。これからもだらっと更新します。


 

 早朝に目を覚ます。むくりと体を起こし、スマホを見て時間を確認する。5時前に起きれたようだ。アラームより早く起きれたが、アラームは保険というだけ。何時に起きようと決めて寝ると、しっかりその時間に起きれることが陽の特技だったりする。短い睡眠時間だろうと、長い睡眠時間だろうと関係ないのだ。

 起きれたのはいいが、目はショボショボしている。意識をはっきりさせるのに手っ取り早いのは顔を洗うことだ。けれど、その前に軽く体を動かす。ラジオ体操ですらない独特な動き。覗いてしまった人はそっと目を逸らすだろう。

 使用人が使っていい部屋というのは限られている。陽は使用人と客人のハーフアンドハーフみたいな状態だが、扱いとしては使用人だ。昨日言われたことを思い出しながら、使っていい洗面所へと向かう。

 

「人気もないと寂しいなー」

 

 広い屋敷の中で、この時間に起きているのは陽と早坂。あとは外にいる警備員ぐらいだ。かぐや様はまだ夢の中にいる。今耳元で白銀御行の名前を出せば夢に干渉できるのではないだろうか。是非とも早坂にやってもらいたい。ちなみに、陽はまだ御行とかぐやの関係を知らない。

 基本的に静かな屋敷だが、人気がないと余計にそう感じる。僅かな不気味ささえ感じつつ、陽は洗面所の扉を開けて中へ。

 

「あっ」

「おはようございます。早いですね」

「……ぇ、うん。いつものことだし」

 

 中に入ると上司こと早坂愛がいた。ここは洗面所兼脱衣所で、すぐそこにシャワー室もある。早坂はシャワーを浴びた後のようで、シャツ一枚を巻いただけの際どい格好。ドライヤーを片手に呆然としていた。

 

「ちゃんと服を着てから髪を乾かしてほしいですね」

「~~っ!!」

 

 サッとドアを閉めた。次の瞬間には何か物がぶつかった音が響く。陽はやれやれと肩をすくめるのだった。

 女性のそういう姿は、姉や妹で慣れてしまっている。早坂が相手だからってどうこうとはならないのだ。なるとしたら萌葉ぐらいではなかろうか。

 

「うっかりしてた……。小野寺くんいるんだった……」

 

 赤くなった顔を冷ましたいところだが、まだ髪を乾かしてる最中だ。この熱が引くまではまだ時間がかかりそう。

 完全なる失念。油断。アンポンタン。

 必然と言えば必然なのだろう。鍵を締めていなかった早坂の責任だ。いつもはこの時間に起きているのは自分だけ。警備員は外にいるだけ。それが日常だから、用心なんてする必要がなかった。

 けれど、陽がいるとそれが崩れるのは予測できたこと。洗面所はこの場所を使えと言ったのは早坂自身なのだから。

 

「ノックぐらいは欲しかったけど……仕方ないか」

 

 朝シャンしてるとも思わなかっただろう。一概に陽を責めることもできない。重くため息をつき、髪が乾いたところでメイド服を素早く着る。いつもより1.5倍速。気持ちは150ccだ。

 

「どうぞ」

 

 ドアを開けて陽に中に入ってもいいと伝える。気まずくて顔は見ていない。早坂は鏡を見ながらヘアーアイロンを使って髪を整えていく。陽も口を閉じ、黙々と顔を洗った。

 早坂愛は毎日罪悪感に潰されそうになる。姉妹同然で好きな主人であるかぐやに対して、裏切りに等しい行為を何年間も続けているから。いや、専属になった時から毎日だ。

 彼女と共に過ごす時が長くなるに連れて、その罪悪感も大きくなる。いつしか早坂は、毎朝涙を流すようになっていた。寝起きだから。最も素の状態でいられる時間だから。けれど今は陽が近くにいる。早坂は涙を流すのを堪え、それでも気持ちの沈んだ目を浮かべていた。

 

「……髪に集中できないでしょ」

「え……?」

「嫌だとは思いますが、少し我慢してください」

 

 タオルで顔を拭いた陽は、早坂の手からヘアーアイロンを奪い取る。何をするんだと見てくる早坂の頬を抑え、鏡に向かって真っ直ぐにさせた。強引だなと思いつつ、鏡越しに陽をきつく見つめた。針を指すような強さだ。

 

「綺麗な髪ですし、髪は女の命ですからね。扱う時は余念を挟まないほうがいいですよ」

「……わかってるし」

「ですよね」

 

 早坂がやろうとしていたことを引き継ぐ。割れ物を扱うように、もしくはそれ以上に丁寧な手つきで。

 

「こういう事慣れてる?」

「妹がよくいろんな髪型に挑むので。手伝ったり、訂正したりしてるうちに上達しました。姉さんには、女よりうまくやるのキモいって言われましたけどね」

「美容師が全員泣く台詞」

「姉さんに言ってやってください。高1なんで、早坂さんの後輩ですよ。ギャルとしても」

 

 接点なんてない相手だ。小野寺麗は生徒会役員ではない。学校行事に一時的に関わるような仕事ならまだしも、常日頃から真面目に何かをしようとは思わない人間だ。見た目に反してしっかりしてる人間だが、楽しむことを優先としている。

 ギャルという共通点があっても、声をかけようとは思わなかった。向こうから来れば話そうかな程度である。主人のかぐやならまだしも、自分には来ないだろうなと早坂は思った。

 早坂のルーティーンは、いつもなら髪を整えた後に仕事着を着ることで成立する。それで完全に意識を切り替えられる。しかし今日は順序が逆。ルーティーンは成立せず、早坂の意識は中途半端に切り替わっただけだ。まだ半分ほど素が残っている。

 

「頼れる相手は見つかりました?」

 

 陽はその素の部分に話しかける。今なら早坂の本音を出せると踏んだから。

 

「……いないよ。そういう人は」

「相手を知らないことには判断できませんからね~。早坂さんって踏み込むの苦手でしょ?」

「小野寺くんほど図太くないから」

「これは1本取られた」

 

 けらけらと笑いながら、それでも髪の扱いには細心の注意を払ったまま手を動かす。

 

「誰か男でいません?」

「なんで男? 体を売る気はないよ?」

「偏見が酷ぇ。そういう人がいるのも否定できないですけども」

「下衆だと見る目が厭らしい。気づいてないとでも思ってるのかな?」

「気づいてるとしても、使用人ならどうとでもできるって思ってるかもしれないですね」

 

 早坂がどこまで自覚しているのかはわからないが、ハーサカの時なら人目を引くほど可憐な少女ではあるのだ。そうでなくとも、クールさが綺麗さを引き立てている。どちらにせよ相当にレベルが高いのが事実だ。

 愚痴っぽい話で脱線したが、話の軌道を修正していく。

 

「男って、ヒーローに憧れるもんなんですよ。誰かを助ける、誰かを守る、誰かのために行動する。そんな存在に」

「だから頼れば助けてくれるって? そんなうまい話はないと思うけど。見返りを求めるもんじゃない?」

「そういう人には頼らなければいいんです。都合のいい話ですけど、無償で助けてくれるような人。心当たりがなければドンマイですね」

「はぁ。無責任」

「だって、俺には話してくれないでしょ?」

 

 髪の手入れが終わり、ヘアーアイロンを早坂に返す。早坂の求めていた状態になっており、腕は確かなんだなと少し感心した。昨日の仕事も、宣言通りに求めるレベルでこなしていた。バカなくせに、天才と称される領域にいるのだろうか。果てしなく信じ難いが。

 鏡越しで見るのをやめ、顔を横に向けて陽を見る。成長期を迎えている少年。だが背丈はまだ同じぐらい。自然と目があった。真っ直ぐな目なのに、それとも真っ直ぐだからか考えが読み取れない。

 

「話したとして、無償の協力をするって言うの? リスクリターンなんてリスクしか存在しないとしても?」

「早坂さんには恩がある。それでチャラになるかは怪しいぐらいに大きい恩だと俺は思ってますよ」

「やっぱりバカだ」

「知ってます」

 

 軽快に笑い飛ばす少年を見て早坂も笑う。釣られての笑いでもあり、その実呆れを通り越した笑いだ。

 重たい話なのに、それを軽く言っている。決してそれが軽いものではないとわかっていても、そうやって言われると肩の荷が軽くなる。気持ちが楽になる。中等部で人気があるというのも伊達じゃないらしい。

 

「早坂さんって男友達いるんですか?」

「いないけどなに」

「なら、男友達第一号になれるかなって」

「えー」

「めっちゃ嫌そう」

 

 陽はそこまで露骨に嫌がられてもなと悲しくなった。が、それもすぐに切り替える。

 

「じゃあ早坂さんの友達になれるように頑張ります」

「仕事を頑張って」

 

 意地悪っぽくそう言われたのが、四宮家での生活2日目の朝のこと。

 

 四宮家の使用人たちの仕事は、主に清掃活動と準備、片付けになる。厳格なもので、汚れ1つあれば誰かしらクビになる。食器、シルバーディッシュに曇りがあれば誰かしらクビになる。完璧が当たり前の四宮家は、これが通常業務だ。

 陽は物覚えがよく、早坂に教わった仕事もどんどん覚えていく。メインの仕事は早坂のサポートであり、仕事を覚えていくことで早坂の仕事を減らすことがちょっとした目標だ。

 早坂個人の仕事量は多い。四宮家の使用人に上下関係こそないが、だからこそ古株の早坂が指示を出す立場にいる。全体の把握の他、かぐやの専属としての仕事もある。常人では3日と持たない仕事量。陽はそれの負担削減に尽力する。

 

「小野寺くんがいるというのは慣れないわね」

「まだ2日目ですから」

「1週間経っても慣れそうにないわ」

「そんな馬鹿な」

 

 使用人たちは、呼ばれる時以外主人やゲストに会うことはない。例外なのは専属の早坂と立場が異例の陽だけだ。

 かぐやの食事を見ながら、声をかけられたので言葉を返していく。所作の上品さは流石の一言。行動そのものが芸術品と言えてしまう。腹黒いのに。

 

「仕事の方はどうなの?」

「どうなんですかね」

「……飲み込みは早いので教えるのが楽です。仕事も完璧にしてますし、特に困るとこもないですね」

「あら高評価。てっきり小野寺くんのことだから、安心して目を離せないとか言われると思ったのだけど」

「意外とできる子です」

「これでも生徒会長ですからね?」

 

 高等部で生徒会長を務めている白銀御行ほどではないとしても、会長としての務めはきちんと果たしている。一応実績というものはあるのだ。

 かぐやの食事が終われば早坂に連れられて右へ左へ。早坂の仕事量が多いということは、陽が覚える仕事も多いということ。早坂も初めはそこまで教えようとは思っていなかったが、思ってたより陽が優秀なために教えるものを増やした。課題が増えるのも四宮流だろうか。

 

「小野寺くんも大変だね」

 

 休憩していると、使用人の1人に話しかけられる。細かい事情は知られていないが、特異な事情で早坂の手伝いをしていることは知られているのだ。

 

「結構楽しいですけどね」

「2日目なのに楽しむ余裕があるのか……」

「やることをきっちりやるだけですし。死ぬわけでもないですし」

「極端だな!?」

 

 割り切った方がやりやすいというだけだ。

 

「君が来てくれたことは使用人の間でちょっと話題なんだよ」

「そうなんですか? まぁ、異例だと話題性はありますよね」

「それもあるけど、早坂さんにサポートが入ったってことでね」

「ほうほう」

「あの方はかぐや様と同い年なのに、私達を束ねる立場にいるからね。常に一分のスキも油断もなく気を張り続けてる」

 

 使用人たちの仕事量は決まっている。余分なことは許されない。だから誰も早坂の負担を減らすことなどできない。使用人たちの結束による蜂起。それが起きないようにするのも四宮家の采配だ。

 けれど、陽のことは本家が認知していない。かぐやの許可によりここにいる。だから早坂の手伝いができる。それが使用人の間で話題になる理由だ。

 

「俺がやってるのはただの恩返しですけどね。同情して動くようなできた人間でもないので」

「達観してるなー」

 

 使用人の方の休憩時間が終わりに近づき、話はそれで打ち切られる。手を振って別れながら、使用人達の間でも絆ってあるんだなとぼんやり思った。

 

 夜になり、かぐやの就寝時間までの空き時間は早坂にとって最も楽しめる時間だ。陽はかぐやの部屋の外で待機していた。かぐやが寝れば早坂も部屋から出てきて、早坂が次にやるのは本家への報告。陽の仕事はそこで終わり、先に風呂を済まさせてもらう。

 その後は部屋に戻って就寝するだけなのだが、陽は早坂が風呂から出て自室に戻るタイミングを見計らって部屋を訪れた。

 

「どうかした?」

 

 オフモード。スイッチを切った早坂は、素の状態で陽に接する。それで陽は確信を抱いた。早坂の演技の既視感の正体を。前世で何人も見かけた。間者と同じだ。

 

「本当の主人は本家の方か」

「……なんの話?」

「別に答えなくていいですよ。だからどうってわけでもないし」

 

 部屋に入るように促し、早坂は警戒しながらも自室に入ってベッドに腰掛ける。

 

「どーん」

 

 肩を押されてベッドに倒される。

 ああ、こいつもそういう奴か。やはり男はと思ったが、陽は何もしない。部屋にある椅子を拝借して座るだけ。

 

「何がしたいの?」

「別に何も。寝る前に少し雑談するのもありかなって思ったり。でもこの時間ですし、少しでも寝てもらうほうがいいのかなって」

「つまり?」

「早坂さん次第です。雑談して寝落ちするか。そのまま寝るかです」

「はぁ。意味わかんないし」

「はっはっは。俺はバカですから」

 

 自分で言うのか。そう呆れながら、早坂は布団に潜り込んで目を閉じた。スクラップ動画も今日は見なくていい。バカを相手にするとそれを見る気分じゃなくなる。

 

「雑談って、何か話のネタ持ってきたの?」

「ないですね。忘れてました」

「ほんとバカ」

 

 目を閉じたままそう言って、中等部の生徒会の話でもいいかと聞かれたから承諾する。早坂はその話を聞きながら、いつもよりは少し楽な気持ちで眠りについた。

 

 




 次の次くらいで萌葉とかが出る予定です。


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早坂愛は見極めたい3

 感想、評価、お気に入り登録、ここすき本当にありがとうございます。
 夏休み話は今回を入れてあと3回を予定してます。


 

 四宮家に滞在してから日も経ち、陽は必要な仕事をすべて覚えた。こうなってくると早坂にも余裕が生まれ、肩の荷が降りるというもの。夏休みということもあり、仕事着でいる時間は長くなるものの、実際の労働時間は変わらない。

 それは余暇ができるということなのだが、早坂も陽も夏休みの課題がある。その時間を使って課題を片付けるしかない。

 

「何も私の部屋に来なくても」

「分からないところは教わろうかなって」

「成績優秀じゃなかったっけ?」

「優秀=何でも知ってるってわけじゃないですから」

「あー、たしかに」

 

 超箱入り娘である主人のことを思い浮かべて納得する。白銀御行に匹敵する頭脳を持ち、知りさえすれば何でもできる万能の天才。けれど、世俗的な事にはとことん無知だ。映画館も1人では満足に行けない。ディズニーに放り込んだら一巻の終わりだ。

 そんなわけで、分からないことがあれば聞こうとする彼の姿勢も間違ってない。早坂は自身の先輩にあたるのだから。使用人という立場を考え、かぐやに聞きに行かないという選択にも好感が持てる。

 

「あ、でも早坂さんが頭いいかは話が別でしたね」

「失礼なこと言うね」

 

 さすがに中等部の範囲なら教えられる。早坂の成績はそこまで高くないが、真面目に取り組んだ結果かと言われると疑わしい。実際の実力が数値以上のものであることは事実だろう。

 

「じゃあこの問題は?」

 

 陽が取り組んでる問題集を向けられ、シャーペンで1つの問題文が指される。数学の問題だ。早坂は手を止めてその問題を読んだ。メモ用紙を1枚取り出し、そこに数式を書き込んでいって答えを導き出す。

 

「はいできた」

 

 ドヤ顔である。

 

「答えがあってるかは分かりませんけどね!」

「合ってるし! これぐらいなら間違えないから!」

 

 他の学校なら夏休み中に登校日があったり、最初から解答が貰えてたりするだろう。しかし秀知院の場合は郵送である。盆明けに解答たちが自宅に届けられる。つまり、現時点で早坂の答えが正しいのかは不明だ。

 だが早坂は絶対の自信がある。中等部の問題を間違えるようなことなんてしない。それを証明する手段としては、かぐやに解かせるのがいいだろうか。

 

「でもかぐや様にやらせるのはちょっと」

「これで持っていったら、早坂さんの実力が疑われますからね」

「本当にね」

 

 残念なものを見る目で見てくることだろう。説明しても取り合ってくれないだろう。早坂は自分のプライドを守るためにも、何がなんでもかぐやを巻き込みたくはなかった。

 

「白銀さんに聞けばいいか。あの人数学は3日で終わらせる人だし」

「会長もそんな感じなのかな」

「俺はなうですが?」

「そっちじゃない! わかってて言ってるでしょ」

「もちろん」

 

 じとっと湿り気のある視線をぶつけられるも、陽は変わらず軽快な表情でスマホを操作する。早坂はやるだけ無駄かと判断し、自分の課題を片付け始める。

 

 

< 白銀圭

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そうだけど、関係ある?

今どういう状況? 14:14
      

      
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その人の部屋で課題やってる

 

 

 即返信が来ていたのに何も反応が来なくなった。さすがに女子の部屋に上がってるのは駄目だったのだろうか。圭の癇に障ることだったのだろうと見当をつけてスマホをスリープモードに。その瞬間に電話がかかってきてビビった。相手は圭だ。

 

「もしもし白銀さん?」

 

 陽が電話に出ながら部屋を出ていこうとする。その気遣いは嬉しいものの、早坂は好奇心が勝った。陽に出ていかなくていいとジェスチャーで伝えて残らせる。上げた腰を下ろした陽の隣に移動し、スマホに耳を近づけて話を堂々と盗み聞きする。

 

「──んでそんな事になってるんですか?」

 

 これは圭の機嫌が悪くなっている。彼女と接点のない早坂にはわからなかったが、生徒会で時を共にした陽には簡単に気づけることだ。

 聞き分け方は簡単。()()()()()()調()()()()()()()()()()()()

 

「えーっと、住み込みでバイトしてて……。先輩に見てもらいながら課題に取り組んでたんだけど」

「その方の答えが合っているかを私で確かめようと?」

「その通りでございます。白銀さんって課題をすぐに終わらせるタイプだし、数学の成績は学年トップだから。けど、ごめん。解答代わりにしようとして」

「別にそこに怒ってるわけじゃないので」

「……となると、先輩の部屋にいることかな」

っ、会長のバカ!!」

 

 突然の大音量に耳が痛くなる。早坂も反射的に弾かれるように離れた。

 

勉強くらい私が見るのに

「あ、ごめん。今耳がキーンってしてて聞き取れなかった」

「何も言ってないです」

「いや何か言って──」

「言ってないです」

「あ、はい。……2学期でまた勉強会しような。阿天坊のこともあるけど、白銀さんの説明ってわかりやすいし」

「っ! ほんと、会長のばーか」

 

 声が一気に丸くなった。優しく包み込むような声色。途端にそう変わるなんて、女子ってわからないものだなと頭を悩ませる。その間に通話が切られ、陽はスマホを机の上に置いて早坂に目を向ける。

 

「答えは迷宮入りです」

「いや出てる答えもあったけどね?」

「暗号か何か?」

「はぁ。恋愛で苦労するんだろうね」

「絶賛してますよ。早坂さんは結婚できなさそうな雰囲気出てますけどね」

「婚姻届に血印押させようか?」

「もう持ってるとか焦りすぎゃっ!!」

「うっさいし! 焦ってなんかないし!」

 

 消しゴムが眉間直撃。陽の額にはくっきりと消しゴムの跡が付いた。百豪の印である。これは百豪の術を使える。しわくちゃ婆さんになる資格を得たな。

 わいわい言い合うのもそこそこに、2人は真面目に課題の処理を進める。空き時間だからと言って、無駄にするような時間でもないのだ。さっきまでのは必要経費。決して無駄な時間ではない。

 

 早坂のスマホの方でアラームが設定されており、それが鳴ったら課題を進める手を止める。片付けをして、陽は自分の部屋に課題を持って行ってから早坂と合流する。

 今からはかぐやの夕飯の準備だ。テーブルセットは他の使用人がやっており、早坂はそれの確認。陽は厨房に行き、料理を運ぶのを手伝う。

 

「来たか坊主!」

「坊主頭ではないですよ」

「そりゃ見りゃわかるぜ」

 

 豪快なシェフと陽は初日から気が合っていた。時間が合えば料理や他のことを教えてもらうぐらいに、2人はすぐに仲良くなった。その性格で四宮家のシェフをしてていいのかと思わなくもないが、腕は紛うことなき超一流。仕事に一切の手を抜かないためポカもやらかさない。オンオフが激しいだけなのだ。

 シェフは陽の肩に腕を置き、ニヤニヤと愉快げに嗤っている。その表情が誰に近いかと言えば、萌葉に近いだろうか。

 

「どうだ。早坂の嬢ちゃんとしっぽりやったか」

「2人で勉強してましたね。時偶教わったりって感じです」

「ほほう。年上としての意地ってとこか」

「たまにムキになってましたし、そうなんでしょうね」

「ムキになるのはまだまだ子どもだなァ。慣れてなきゃしゃーねェか」

「男友達いないって言ってましたし」

「ってことは、坊主が初めての相手ってわけだ。どうなんだ? 早坂の嬢ちゃんは有りか?」

「向こうがいいならって感じです。俺はそうなりたいって言ってます」

「おっ、良いじゃねェか! そこで止まるな。男ならガツガツ行け!」

 

 誰もツッコまなかった。

 見事に話が噛み合っていないのに、それを聞いていた厨房の人間も、そこに足を踏み入れた使用人の誰も指摘しなかった。その方が平和に収まるだろうし、早坂のためになるだろうと思ったから。

 

「かぐや様のために赤飯を炊くのが先か。嬢ちゃんのために炊くのが先か」

「そこはかぐや様でしょう。相手がいるかは知らないですけど」

「……まァ、主人を差し置いてとはいかんか。嬢ちゃんも気難しいとこあるからな」

 

 高等部だと誰が男友達になれるだろうか。圭の兄である御行なら可能性があるか。陽はそう思っているが、前回高等部に行った時には御行と会えていない。実際に会うまでは、どういう人間か判断しない陽にとって、御行もまた正体不明の存在と同義なのだ。たとえ圭の兄だとしても。

 

「そういや秘技は習得したか?」

「それはまだですね。結構難しいっす」

「ハハハッ! 秘技だからな。ま、夏休み中に習得できりゃ大したもんだぞ」

「してみせます」

「オウ! やってみろ!」

 

 料理を渡され、それをかぐやの座る席へと持っていく。かれこれ10日は経過しているのだが、未だにかぐやは違和感が強いらしい。陽が使用人の中に混ざっているのを見ると、つい咽せてしまいそうになるのだとか。これは名誉毀損になるだろうか。

 運び終えたら早坂の隣に移動する。それに合わせて使用人達の視線がチラチラと早坂に向けられた。早坂は陽がなんか変なことを言ったのだろうと判断し、黙って陽の足を踏んでおいた。

 かぐやの夕食が終わればかぐやは部屋に戻る。専属の早坂もそれに同行し、陽も連れられて行く。基本的に外で待機なのだが、今日は中に通された。

 

「わぉ沈んでらっしゃる」

「小野寺くんの口が硬いと信じ、少年の意見も取り入れるために通しました。かぐや様は白銀会長のことがお好きなのです」

「好きじゃないわよ! 何回も言ってるでしょ!」

「なるほどこれがツンデレ」

「誰がツンデレよ!」

 

 天蓋付きベッドで死体のように倒れているかぐやだが、口だけは達者なようだ。ゾンビになっても、この様子が再現されるんだろうなとぼんやりと思った。

 

「白銀先輩は今日家にいたらしいですけどね」

「家の周辺いたらワンチャン会えたかもしれませんね」

「ストーカーじゃない!? え、待って。なんであなた達そんな事知ってるの?」

「会長がツイッターで呟いてますから」

「白銀さんとラインしてたら愚痴が来たので」

「情報量が多いわね! まずは早坂の方から行きましょ」

 

 ツイッターとライン。現代っ子ならすぐにハイハイと処理できそうな話なのだが、未だにガラケーを使っているかぐやはそうもいかない。聞いたことがあるなぐらいの認識だ。具体的にどういうことができるのかまでは把握しきれていない。

 

「ツイッターって藤原さんとかがたまに言ってたやつよね」

「やってる人は結構多いですよ。あれは自分のことを投稿するものですし、会長のアカウントだから間違いなく家にいましたね」

「そんな! 個人情報ダダ漏れじゃない!」

「いえそれは本人がどこまで晒すかによりますので。会長はその辺ガードが強い人ですから心配いりませんよ」

「使い手次第というわけね」

 

 特定行為なるものもあるのだが、変なことばかりしていなければそれをやられることもない。御行のような人格者であれば、秀知院学園の生徒会長程度しか情報が出ていないのだ。プライベートに関しても全くツイートがない。もはや秀知院学園高等部の公式アカウント代わりに思われているのが現状だ。

 さて、次は陽の話だ。かぐやにとってこちらも重要な話。特大のネタである。本マグロがなんだというのだ。かぐや曰く、圭に勝るものはない。

 

「妹さんとラインしてるの?」

「そりゃ同じ生徒会ですから。連絡ぐらい取りますよ」

「明らかに連絡事項以外の話もしてる口ぶりだったわよね?」

「連絡事項はグループの方でやりますから」

「グループ?」

「そこからか」

 

 陽はスマホを操作してラインアプリを起動させる。その画面をかぐやに見せながらラインの主だった仕様を説明した。

 

「ラインってそうなってるのね……。え、便利ね」

「利便性がないとアプリ大流行時代を生き抜くのは難しいですから。ゲームとかはまた別の話になりますけど」

「そう……。それで、会長の妹さんと個人でお話してるのよね?」

「毎日ではないですけど。白銀さんが言うには、会長さんは今のとこ毎日家にいるらしいですよ。暇してるって事でしょうし、誘ったら遊べるのでは?」

「何を言ってるの!? 私からそんなことしたら、まるで私が会長のことを好きみたいじゃない!」

「あっ、そういう……」

 

 陽は察した目で早坂の方を見た。早坂はこくりと静かに頷き、彼女の気苦労はとんでもないだろうなと静かに合掌する。どう勘違いしたのかは不明だが、合掌する陽にかぐやから枕のプレゼント。見事に顔で受け止めた。

 

「まったく。やはり中学生には早すぎるのね」

「かもしれないですね。それよりツイッターはパソコンでも使えますし、アカウントを作られてはどうですか?」

「へ?」

 

 かぐやは機械にもめっぽう弱い。この中で1番その手のことに詳しいのは早坂だ。早坂が横から説明しながら、かぐやは言われた通りに動かしていく。

 

「これで、あとはツイッターのアカウントを作れば完成です。例えばですけど、これが書記ちゃんのアカウント」

「食べ物ばかりね」

「名前とか、画像とかは好きなものにできますし、ここのプロフィール欄は書いても書かなくてもいいです。で、こちらが会計くんの」

「どうでもいいわ」

「ま、アカウント作るのは簡単ですし、それぐらいはかぐや様でもできますから」

「少し棘がないかしら?」

 

 そんな事はないと言い切り、早坂は陽を連れて部屋を出る。早坂がこれから向かうのは大浴場。本家の人間もおらず、主人は姉妹同然のかぐや。咎める者などいない。

 

「私が出るまでここで待機しててください。誰が来ても通さないように」

「四宮さんが来たら?」

「要件次第で。対処できないと思ったらかぐや様だけを中に通して。絶対に小野寺くんは中に来ないで」

「そのへんは弁えてますよ。紳士ですから」

「うわ信用ゼロ」

「ぴえん超えてぱおん」

「ぱおん超えてぼかん。では行ってきます」

「ごゆるりと~」

 

 早坂が中に入っていき、扉に持たれる形で立つ。上司が完全リラックス状態に突入していくのだ。自分も気楽でいたっていいじゃない。立つだけなのだから。

 他の使用人たちは陽を見て察し、早坂がまた大浴場でバカンス気分を味わっているのだと理解する。そこで立つだけの仕事を与えられた陽に同情しつつ、自分の仕事があるために会釈して消えていく。

 

 中にいる早坂はというと、服を脱いで大浴場に突入。ビーチチェアを浴槽の中に投げ込み、入浴剤をドバドバと決めていく。やっぱこれを決めないとやってけないらしい。

 

「ふぅー。かぐや様はもう少し私を労ってくれたらいいのに……」

 

 どれだけの心労があることか。凝り固まった肩を揉みほぐしながら湯船に使っているビーチチェアに腰掛ける。マッサージ機とか欲しいな。浴槽に突っ込んでみるのもありかもしれない。

 

「小野寺くんは……思ってたよりは有能。でもバカ」

 

 彼が来てから変わったことはある。仕事量は減った。それで少しは余裕ができて、前よりも視野が広まった気もする。常に気を張る仕事であることに変わりはないのに、なんだか前よりは肩の力を抜いて取り組めている。

 

「……かぐや様はあんなに夢中になって……。会長の妹さんは可能性があって。……私もああいう恋してみた──」

 

 そこまで呟いたところで、脳内で陽が「男友達すらいないのに?」と煽ってくる。喧しいわと早坂は1人湯船に拳を叩きつけ、跳ね上がったお湯が顔にかかる。

 

「小野寺くん…………ない。うん、絶対ない」

 

 男友達と言ってもいいかな、ぐらいの相手を想定してみる。陽を恋人に想定してみて、そんなのないわと切り捨てた。

 熱くなるのは湯船に浸かっているせい。恋をしてみたいなんて、らしくないことを考えたせい。自分らしくない。そういうことをしていい資格なんてない。

 

『頼れる相手見つかりました?』

 

 あぁうるさい。出てくるな。

 目を閉じてその声を脳から消していく。合間合間で調べてわかっているんだ。陽はこれ以上他の場所に手を伸ばす余裕なんてないことぐらい。

 

「早坂来て!」

「……小野寺くん何してんのかな」

 

 主人がドアを開けて叫んでくる。なぜ止めなかったと陽に苛つくも、かぐやはそれを無視して声を張って要件を伝えてくる。

 

「ネットが壊れてしまったの!」

「世紀の大事件じゃないですか」

 

 なるほどこれは仕方ない。たしかに陽には対処できないことだ。早坂にも対処できないが。

 急かされるままに濡れた体を拭き、タオルを巻いた状態で廊下に出る。当然ながら陽がそこにいるわけだが。

 

「痴女ですか?」

「違うし!」

 

 かぐやのせいだということは分かってる。陽は執事服の上着を脱いで早坂の肩にかけた。気休め程度にはなるが、ないよりはマシだろう。一種の大人からすればむしろ逆効果な気もするが、健全な少年少女にはこれが今できる最適解である。

 陽も部屋までついていき、かぐやの言っていることを早坂と確認。ネットが壊れたという意味を理解し、早坂に風呂に戻っていいと伝えるのだった。

 

 




 


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藤原萌葉は振り回したい

 感想、評価、お気に入り登録、ここすきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


 

 四宮かぐやは休みの日に遊べる機会がほとんどない。1年の間でも数えられる程度。外に行ったとしても、基本的に早坂を始めとした使用人たちが警護のために離れた位置から見守る。行き帰りも必ず車だ。

 そんな生活を送るかぐやにとって、友人との遊びは何にも代えがたいほどの楽しみになる。遠足前の子供なんて比じゃない。ママを与えられた人たち。おぎゃりたい時にコッコロママやらサレンママやらを与えられたビッグベイビーすら凌ぐ。

 

「なんでこんな急に……」 

 

 そんなかぐやに届いたのは、本家に顔を出しに来いという指示。指定された日は、まさに千花たちと遊びに行く日だった。藤原家の次女(千花)三女(萌葉)。かぐやと圭。女子の4人で遊びに行こうと夏休み前から計画していた。

 そうだというのに、無慈悲にもその楽しみは奪われる。無神経に、強引に。それをやられたかぐやの心境たるや。マスターボールなのにポケモンが逃げた時並のショックだ。ゲームバグ。一番ひどいバグゲーオブクソゲーはメジャーとか言っちゃ駄目。首が180度回ったノゴローくんは貞子すら逃げる。

 

「拒否権がないってのは辛いですね」

「親の言うことを拒否した人間が言うと嫌味に聞こえますね」

「そんなつもりもないですが」

「お父様の指示を拒否なんて無理なのよ」

 

 一般層はもちろん。富裕層であったとしても四宮家とは大きく異なる。四大財閥の1つである四宮家は、黒を黒で塗りつぶしたような漆黒さ。その家族関係は壊滅的で、家族愛なんて感じられない。家族の絆も感じられないような場所。

 ただわかっているのは、四宮家の当主である雁庵の力は絶大。雁庵が来いと言えば行かなくてはならない。雁庵が右と言ったらそれは左であっても右だと言わないといけない。左だけど。

 陽にとってわからないのは、その家族関係ではない。戦国時代でのお家騒動など珍しくもない。かぐやが当主に対して無抵抗という点だ。

 

「私は後継者の権利を持ってないのよ。立場は1番不安定。下手なことをすれば今の生活すら怪しい。私はこれでも今の生活を気に入ってるのよ」

 

 失いたくないのは現環境。秀知院学園に通い、友と過ごし、後輩と過ごし、御行と過ごせる生徒会のある今の生活。姉同然の早坂に支えられ、多くの使用人に支えられ、普通に近いことができる今の日常は掛け替えのないもの。何がなんでも守りたい生活なのだ。

 だから、下手なことをせずに従順にやり過ごす。大したものでもないと思わせれば、排除する労力すら無駄だと思わせれば、今の生活を続けられるから。

 

「そうですか」

「なんだか納得してなさそうね」

「……いえ。四宮さんがそう判断されたのなら、それが最適解なのでしょう」

 

 いてもいなくても変わらないような人間なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いないも同然だとしても、いると認識した時に目障りだと思うなら、排除する方がらしい行動だ。

 四宮家での立場が不安定で、当主が変わったとしたら、今の生活はもっと危うくなる。陽の考えとしては、抗える力をつけるべきというもの。

 けれど、他の兄弟にも雁庵にも会ったことはない。かぐやのやり方のほうが適しているのだろうと陽は考えた。

 

「何かあるなら言ってもいいのよ。聞くだけ聞くわ」

 

 かぐやにそう言われ、早坂の方をチラリと見る。早坂は無言のまま頷き、陽は思ったことを口にした。

 

「当主のことを無敵みたいに言ってますけど、弱点は当然ながらありますよ」

「弱点? そんなものを持ち合わせてるような人じゃないわよ」

「いやいや四宮さん。いいですか? 弱点がない人間はこの世に存在しません」

「……つまり?」

「首が胴から離れたら死にます」

「当たり前でしょ!?」

「あっ、その手があったか」 

「早坂!?」

 

 手をぽんと叩き、見落としていたと反応する早坂にかぐやは焦る。雁庵のことをクソジジイと呼んで毛嫌いする早坂が、何かの間違いで暗殺をするのではと心配になったから。かぐやは雁庵が嫌いなわけでもないし、早坂にそんな事をしてほしくない。

 

「人が死ぬようなことは駄目に決まってるでしょ!」

「わかってますよかぐや様。しませんて。私だって前科持ちにはなりたくないですし」

「婚期が遠のきますからね」

「変なことを言うのはこの口かな?」

「痛いっす」

 

 ぐにっと陽の頬を引っ張る。結構柔らかい頬で触り心地がいい。ぷにぷにと遊びたい気分になったが、早坂はそれをまた今度の楽しみにすることにした。

 

「あなた達だいぶ仲良くなってるわね」

「友達ですから。早坂さんがどう思ってるかは知らないですけど」

 

 2人の視線が早坂に集まり、早坂は困ったように視線を逸らした。まだ友達認定はしてないらしい。

 

「まぁともあれ、いくら当主でも金的には負けると思いますから、参考程度に」

「金的ってなに?」

「四宮さんが知らなくても、早坂さんが知ってたら大丈夫です」

「早坂は知ってるの?」

「ええまぁ。やったことはないですけど」

「白銀会長にでも教わってください」

 

 さらりと爆弾をかぐやの手に渡した。かぐやにとってそれは、話の口実という認識。しかしそれは無知故のもの。恥をかくことになるのは目に見えているが、早坂は止めないでいいやと判断した。その方が傍から見てて面白いから。

 夏休み明け。生徒会にて思い出すようにかぐやが御行に聞き、ひと騒動が起きるのは別の話。陽の預かり知らぬ話である。

 

「小野寺くん」

「なんでしょう?」

「言い忘れてましたが、あなたを本家に連れて行くことはできません。秘密にしてますし。なので、私と早坂が帰ってくるまでは休みです」

「了解であります」

 

 そうして言い渡された休日なのだが、どこかに出かけようとも思わなかった。課題も9割は終わっている。最後までやり切ってしまおう。そう思っていたのだが、萌葉からの呼び出しがかかったために予定変更である。

 

 新宿駅にて集合。そう言われても迷宮で簡単に巡り会えるわけもなく、ちゃんと集合場所を決める必要がある。かと言って、渋谷のハチ公みたくわかりやすい場所があるかと言われたら難しい。あの有名なワンチャンは優秀過ぎた。

 結局、一番最初に着いた人が場所を指定するというやり方になった。そして萌葉が一番早かった。というか陽を呼び出した時点で萌葉は新宿にいた。

 

「会長おそーい」

「無茶言うな。これでも急いでもらったんだぞ」

「車で来たんだ? 珍しいね」

「暑いし」

 

 それだけの理由じゃない気がしたが、詮索する気にもならなかったので萌葉は流すことにした。萌葉の服装は袖の短いシャツに短パン。淡いピンクのサコッシュを肩にかけている。いつもは制服で隠れている脚が露出しており、陽は反応に困った。神秘を覗いてしまっている気分だった。

 

「後は圭ちゃんが来たら揃うね」

「阿天坊は?」

「昼夜逆転生活してるみたい。銀の弾丸撃ち込んで来ていい?」

「吸血鬼じゃなくても死ぬからやめなさい」

「は~い」

 

 少し残念そうにする萌葉は通常運転だった。旅行でエジプトも行ってきたようだが、変な刺激を受けることなく帰ってきたらしい。後のミイラ騒動まで陽はそう思っていた。

 圭は電車で来るようだが、萌葉の連絡が急だったために準備に時間を取られているらしい。圭が乗る電車の時間を聞いておき、待っている間にスタバまで移動して飲み物を購入。集合場所へと戻って飲みながら待機する。

 

「それにしても急に呼び出すなんて珍しいな」

「予定が無くなったからね~。会長が寂しい思いしてるかなーって思って呼んだんだよ」

「子供か」

「寂しくなかったの?」

「……会いたいなとは思ってたよ」

「ぇ……?」

 

 視線を逸らしながら言ったことを、今度は萌葉を見て言う。

 

「藤原さんから連絡が来て、本当に嬉しかった」

 

 顔から火が出そうになりながら伝える。自分の本心を。恥ずかしさに悶えそうだ。

 この夏休み期間の内に会えてよかった。

 萌葉は夏休みのほとんどに予定がある。陽はそもそも実家にいないし、四宮家でのバイトはいつ休みが取れるかわからない。だから、会えないものだと思っていた。

 そんな中での萌葉からの呼び出し。スマホを見ながらニヤけてしまったのは、無理もないことだろう。

 

「……あはっ。会長、らしくないよ」

「らしさなんて、わかんないから」

「そっかー」

 

 ストローに口を加え、飲みながら陽から顔を逸らす。

 

「圭ちゃんそろそろかな」

 

 萌葉はそう言いながら、自分の中の陽のイメージとのギャップに()()。違う。こうじゃないのだと。ほぼ1年間一緒にいるのに、今さらズレるようなことはあってほしくない。

 

「あ、白銀さん見っけ」

 

 陽が指差す方向に、たしかに圭がいた。ノースリーブの服で下はジーンズ。萌葉とは対象的で、圭は脚を見せるような服装にはしないらしい。学校にいる時と同じようにリボンを髪につけている。少しだけ普段より小奇麗なのを見て、メイクしてから来たなと萌葉は見抜いた。

 圭はメイクの小道具を持っているものの、倹約家であることからかあまり使わない。生徒総会だったり、始業式だったり。全校生徒の前に生徒会が立つ日に限っているのだ。

 それなのに今日はメイクをしてきた。イジれることにニヤリと笑い、同時にモヤっと陰りを感じた。

 

「おはよう白銀さん」

「おはよ。節操なし」

「語弊があるにも程があるんだが!?」

「え、なんの話?」

「会長が女の先輩と同じ屋根の下で夏休みを過ごしてる話」

「なにそれ詳しく!」

「なんで愉しそうに食いつくかな……」

 

 簡潔に話す事は可能なのだが、艶々な表情で食いついた萌葉を見るにグイグイ聞かれるのは確定だ。長くなるのなら、どこかで座りながら話したい。

 

「今日はどこ行くんだっけ。聞いてなかったと思うんだが」

「話は電車の中で聞こうかな」

 

 目的地は秘密らしい。先導する萌葉について行き、目的の電車に乗り込む。夏休みだからだろうか。高速道路は毎年必ずエゲツない渋滞をするのに。

 圭と萌葉が座り、陽がその前に立つ。という形に持って行きたかったのに、2人に腕を引っ張られて間に座らされる。外野からすれば両手に花。陽からすれば尋問を受けるに等しかった。

 

「さっきの話なんだけど。圭ちゃんが言ってたやつどゆこと?」

「キャンプ探してるって夏休み前に言ったじゃん?」

「うん。それがなんで同棲になってるのかな?」

「飛躍するな。その人がバイトしてるとこに、住み込みでバイトさせてもらえることになって」

「キャンプからバイトに変わってるとこが不思議なんだけどなー」

 

 そもそもなんでキャンプの話も出たのか。まずはそこを話さないと萌葉と圭を納得させることもできない。周りの乗客も、修羅場っぽいと判断して露骨に視線を逸らす。耳だけは傾けていた。これがジャパン製野次馬根性か。

 話すとなると家庭の話にもなる。あまり話したいとは思わない内容だが、軽くだけ話すことにした。

 

「諸事情で夏休み期間は家を出とかないといけなくてな。それでキャンプを考えたりしてたんだよ」

「さらっとヘビーっぽいことを。言ってくれたらよかったのに」

「藤原さんとこは旅行の予定が多かったから。迷惑かけることになるし」

「そうだけど~」

「白銀さんも同じ理由。迷惑かけたくないから」

「迷惑とは思わないよ」

 

 ただ、白銀家の間取り的に寝るところに困るだけだ。一部屋を兄とブラインドカーテンで仕切り、強引にそれぞれの部屋を作っているのが現状。父は部屋がなくリビングで寝る。来客自体はできなくはないが、寝泊まりは難しい。

 

「阿天坊には、前に絶対にうちには来ないほうがいいとか言われてたしな」

「呪われるのかな?」

「さぁな」

 

 陽の事情が2人に伝わった。それなら仕方ないのかと頭では納得できる。感情ではいまいち首を縦に触れない部分もあるが。

 

「さてと、電車に乗ってることだし山手線ゲームでもしよっか!」

「乗ってるのは山手線じゃないけどな」

「お題は?」

「世界各国歴代首相の禿げてる人」

「失礼が過ぎるお題だな!」

 

 そう言いながらも、萌葉が始めたので陽もそれに合わせて答える。呆れながらも圭が乗っかった。これがこの3人のいつもの形。萌葉か陽のどちらかが始めて、どちらかがそれに便乗する。内容次第では圭が止めることもあるが、だいたいは今回のように合わせるのだ。

 こんなお題でも秀知院生の優秀な生徒としての実力が発揮される。意外なことにこのお題のまま勝負がもつれ込み、開始してから30分が経過した。

 

「あ、乗り過ごした」

「まじか」

「乗り換えて戻る?」

 

 そろそろ引き出しのハゲも枯渇し、萌葉は自分の順番が回ってきたところで窓の外をチラッと見た。目的の駅を通り過ぎていることがそれでわかり、圭は引き返そうと提案した。現実的な選択肢だ。

 けれど萌葉はそれを汲み取らなかった。絶対にそこに行きたかったわけでもないから。

 

「せっかくだし海に行こうよ。夏だし」

「俺は構わないけど、白銀さんは?」

「私もそこでいいけど、水着持ってきてないよ?」

「泳ぐのが目的ってわけでもないからいいの」

 

 海で泳ぐことが目的なら、初めから水着を持ってくるように言っている。というか、海で遊ぶのはもう十分楽しんできた。別腹感覚で楽しめなくもないが、違うアプローチで楽しみたいところ。

 それに、姉2人とは違って可愛らしい水着を持っているわけじゃない。陽に見られると思うと恥ずかしさがあるし、別の水着ならいいかと言われたらそうでもない。今の服装の布面積が限界範囲なのだ。

 

「私達の水着が見れなくて残念だったね会長」

「俺をどうしたいんだ……」

「会長はどんな水着好き?」

「萌葉!?」

「んー、日焼けしないやつ」

「そっち!?」

「あはは! それもうダイビングスーツじゃん! あ、ダイビングしよっか」

 

 思いつきでコロコロ変わるなと思いつつ、日本でダイビングができる海は限られているのではと思い返す。そもそも中学生だけでできることでもないことを忘れてはいけない。シュノーケリングも同様だ。

 

「このまま葉山まで行けばたしかできるんだよね~」

「いやライセンスいるでしょ」

「体験型も一応あるけど……あれは申込みしないと駄目か。んー、とりあえず葉山の海行こ」

 

 行き当たりばったりの日帰り旅行になりつつある。それはそれでいいかと思い、萌葉の旅行話に圭と2人で耳を傾けた。

 そうして話を聞いていると葉山に到着し、海に向かう道中でお昼を済ませる。

 

「んー?」

「どうしたの? 萌葉」

「ちょっとあっち行ってみよ」

「引っ張らなくてもついていくって」

 

 萌葉に手を引かれながら足を早める。握られている手首には、萌葉の柔らかな手の感触とそこから伝わる体温を感じる。決して熱くないのに、そこから熱を流し込まれているようで火傷しそうだ。

 

「やっぱり屋台だ! 結構あるね~」

「祭りでもあるのか?」

 

 萌葉の嗅覚が屋台を発見した。ほとんど直感のようにも思えるが、確かな足取りだったのだから確信があったのだろう。笑顔で綿菓子を買う萌葉に感嘆する。

 

「花火大会やるんだって~。7月にもやったみたいだけど、今年は2回やるんだとか」

「派手だな」

「そうだね。はい、会長も一口あーん」

「いいのか? ありがとう」

ほんとに食べちゃった

 

 揶揄いたいのにそれがうまくいかない。このシチュエーションなら、それはそれでいいのだが、自分の狙い通りにもしたいなと欲が出る。何かないかと辺りを見渡し、夏に合うものを見つけた。

 

「ねっ、3人でかき氷買おうよ」

「味をバラバラにしたいんでしょ?」

「そういうこと。さすが圭ちゃん」

「クソ暑いし、私もかき氷なら食べようかな」

「決まりだね!」

 

 陽が並び、3人分のかき氷を買って戻る。流れるように奢ることになったが、この程度の出費は気にしない。むしろ圭の節約に一役買えたことが喜ばしいくらいだ。

 いちご味、ブルーハワイ味、ぱちぱち葡萄味。

 

「なんでぱちぱち買うかな……」

「珍しいと買っちゃうよね~。はい会長お先にどうぞ」

「それが目的だったな!?」

 

 陽にぱちぱちを強制的に食べさせる。萌葉の目的はそれがすべてだった。けれど遊び盛りの少年小野寺陽。彼はむしろこういうおふざけ系のものが好物だったりするのだ。萌葉の計略破れたり──とはならなかった。

 

「ほら会長口開けて。あーんして~」

「……」

 

 味には困っていないのに。萌葉にこれをやられることに困っていた。さっきは綿菓子が大きくて、萌葉の顔が隠れていたために問題なく食べれた。けれど今回はそうもいかない。ストローで作られたスプーンでは、萌葉が小顔だからといってそのすべてを隠せるわけがない。

 好きな笑顔を向けられ、妄想ぐらいしたことあるシチュエーションを今まさに起ころうとしている。その喜びだってもちろんある。天元突破しそうだ。けれど緊張のほうが先に天元突破してしまっている。

 夢のシチュエーション。それに今一歩踏み出せない自分。

 

(セーブポイントからやり直してぇぇ!!)

 

 そんな自分がなんと情けないことか。

 

「会長こっち向いて」

「なに? 白銀さ……ん?」

「どう? 美味しい?」

「美味しい……です」

 

 緊張の糸を断ち切ったのは圭の声。それに油断した陽は、開いた口にかき氷を入れられた。口の中に広がるブルーハワイの味。混乱もあって、その味を半分ほどしか認識できていなかった。

 

「むー。圭ちゃんずるい!」

「私の作戦勝ちってだけ」

「はい、白銀さんも一口」

「ぅぇっ!? 私は……別に……」

「いやいや、一口くれたんだしさ」

「ぅぅ……あーん

「どう?」

「……んっ……わかんない」

 

 圭もまた、混乱して味がわかっていなかった。頬はほんのりといちごシロップに色が近づいていたが。

 

「ほら会長食べて。……それとも、私のはいや?」

「食べます。あむっ……。っ!? ぱちぱちが強い……!!」

「あはは! 会長リアクションおっきい~。はむ……っにゃ!? すっごいぱちぱちする!!」

「だから言ったろ!? でも美味いなこれ」

「……ほんとだ。後味がいい」

「えぇ……」

 

 こいつら何言ってんだという視線が圭から発せられ、それを受けながら萌葉と陽はぱちぱちかき氷を二分して食べるのだった。さすがにこれ1人は罰ゲームの域らしい。

 それが終われば目的の海へ。萌葉が砂浜へと駆け出し、陽もはしゃぐ。圭はやれやれと大人対応を見せるも、うきうきしているのは顔に出ていた。

 

「海~! ただいま~!」

「おかえりー」

「ちょっと会長~。……ぷっ、あははっ!」

 

 海は世界全土に繋がっている。名前で分けられているが、1つの海という見方が可能だ。だから、萌葉がただいまというのもおかしくはないのだ。それをすぐに汲み取り、陽は代弁しておかえりと言った。ちょっと茶化す気持ちも込みで。

 陽が靴と靴下を脱ぎ、波の届かない場所にそれを置く。

 

「ははっ! やっぱ冷てえ~!」

「いいなー。私もやろっと!」

「2人とも! タオルないんだよ!?」

「後で買えばいいじゃん! 圭ちゃんもおいでよ! 足だけでも気持ちいいよ!」

 

 渋った圭だが、周りの人たちはそれぞれの遊びに夢中。いちいちこちらに意識を割かない。それならはしゃいじゃってもいいかなと判断して、ジーンズが濡れないように可能な限り捲ってから圭も2人の下へ。

 

「圭ちゃんそれ~!」

「きゃっ! もうー! タオルがないって言ってるのに! それっ!」

「あはは! 圭ちゃんもやる気になったね! 2人で会長倒すよ!」

「結託すな!」

 

 足首までが波に浸かる範囲で、2人からの水掛けを極力避けながらたまに反撃。この状態の何が辛いかと言えば、女子に水をかけて服を透けさせたら、変態の烙印を押されかねないことである。そして2人が恥ずかしがるような状況にはさせたくなかった。

 

「私は左から。圭ちゃんは右ね!」

「了解」

「挟み撃ちとか容赦ないな!?」

 

 2人が水をかけようとするタイミングに合わせて逃げる。狙いをずらさせる作戦だ。

 

「甘い!」

 

 けれど萌葉はその上を行く。手ですくった海水が駄目なら、足で蹴りだせばいい。押し寄せる波がサポートし、陽の背中に海水が直撃する。

 

「器用だな!」

 

 背中に感じる水気と冷たさ。驚きと共に振り返ると、バランスを崩しそうになっている萌葉が目に映った。

 

「んーっ! とーっ! ぁっ、だめっぽい」

「藤原さん!」

 

 振り返って見た時に、転けるだろうなと見抜けた。体はすぐさま反応し、萌葉の態勢が完全に崩れる前から動いていた。

 それでも支えるのは間に合わない。できることは、萌葉が海水に倒れ込まないように、萌葉と海水の間に体を割り込ませることぐらいだった。

 

「っ……」

「ぁ……」

 

 眼前に映るのは近くなり過ぎた互いの顔だけ。正確には顔のほとんども見えていない。目と目が重なり、細い呼吸を感じ取れるほどに近い。1cmにも満たない僅かな距離。ほんの少しズレたら唇が触れ合う。

 

「2人とも大丈夫!?」

「ぅ、うん」

「背中全体冷たい」

「タオル買ってくるね! たぶん近くに売ってるとこあるだろうし!」

 

 圭が駆け出し、それを見送りながら萌葉は陽の上から離れた。陽も体を起こし、体についた砂を払いながら気まずそうに海を眺める。

 

「その……怪我はない?」

「だい、じょうぶ。会長こそ……どこか痛いとかはない?」

「うん。砂浜だったからな」

「そっか。……よかった。ごめんね」

「いいよ。今のは……えっと、事故だから」

「そう、だよね。事故だよね! だから、その……お互い忘れよ? キスはしてないわけだし」

「それがいいよな。うん」

 

 ぎこちない会話だが、忘れようという話で収まった。もちろん、どちらも忘れられるわけがないのだが。あれだけ距離が近ければ、体は密着状態。お互いに、異性の体つきを文字通り全身で知ったのだ。脳に焼き付いてしまっている。

 

「タオルあるといいな」

「圭ちゃん1人で行っちゃったけど、大丈夫かな? ナンパとか」

「白銀さん探してくる」

「待って!」

 

 走り出そうとした陽の服の裾を掴んだ。咄嗟の行動に萌葉自身戸惑う。

 

「藤原さん?」

「……ミイラ取りがミイラになるってこともあるし、会長が行っちゃったら私が1人になるから。だから……、一緒にいて」

 

 

 


 

 

 タオルを探しに出た圭だが、彼女の目的はそれだけじゃない。あの場にいたくなかったことの方が理由として大きい。

 あの状態。陽の上に萌葉が乗ったように見えるあの状態。あれを傍から見ていたらどう映るのか。答えなど明白である。ドラマのワンシーンと同じ原理だ。たとえそうなっていなくとも、見ている側からすればそう映る。

 

 ──2()()()()()()()()()()()()()

 

 震える体を走ることで誤魔化す。脳裏に焼き付いた光景から逃げるように全力で走る。

 どこにタオルを売っている場所があるかわからない。冷静に考えてポイントを絞るなんてことはできない。なんとなく、それっぽいという理由でそこに向かうだけ。

 

 けれど全力疾走もいつまでも続けられるわけがなくて、呼吸を荒げながら足が少しずつ止まっていく。感情に突き動かされるままに走ってきたから、裸足なのを忘れていた。アスファルトが熱いことを思い出し、木でできた海岸沿いの柵に腰掛ける。

 

「ちがうっ……。わたしは……べつに、会長のことなんて……! だからっ、2人がキスしたって関係な……。かんけぃ……っ、ぁっ……!」

 

 フラッシュバックするあの光景。胸にぐさりと棘が突き刺さる。

 胸が苦しいのは、息が苦しいのは、全力疾走してきたからなのか。それともあの光景のせいなのか。

 

 圭にはそれがわからない。

 

 




阿天坊「起きたらSNSに先輩らの楽しそうな写真が投げられてた件」


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早坂愛は見極めたい4

 感想、評価、お気に入り登録、ここすきありがとうございます。
 これにて夏休み編が終わります。


 

 それなりに見慣れた部屋にて昨日の出来事を考える。萌葉と起きたことではなく、圭のことだ。忘れることにしようと話し合ったため、思い返さないように意識はしている。

 それよりも今気になるのは圭のことだ。あの後、2人で圭を迎えに行こうと話し、連絡を取って圭の居場所を把握。圭の靴も持って移動し、水道で足を洗った。陽は濡れた足をそのままに靴下を履き、靴も履いた。萌葉はそれを真似る気になれず、裸足のまま砂浜を移動。

 圭のいる場所まで砂浜を通って移動して合流。壁の高さも男性の大人の平均身長より低く、陽がそこを登って圭の隣へ。背中は濡れているため背負えず、後ろが駄目なら前ということでお姫様抱っこ。その状態で慎重に砂浜へ飛び降り、海の家に行って事情を説明。タオルを貸してもらって解決したのだった。

 

 あの後の顛末としてはそういう形で、合流してからというもの終始圭の雰囲気が変わったままだった。どこか余所余所しく、けれど好感は保ったまま。距離感がわからなくなった感じか。萌葉はそんな圭を複雑そうに見ていた。

 

「心当たりはアレしかないけど……事故だしな……」

 

 親友の唇が奪われた。その場面を目撃してしまったことへの動揺、怒り。そういった気持ちが入り混じった結果なのだろうか。

 そう考えるも、そうじゃないのだろうと心の内で直感が訴えてくる。

 

「あーもう。仕事に没頭できてたら、頭がもう少し回ったんだろうけど」

 

 座っている椅子の背もたれに体を預ける。夏休みの課題は全て終わっており、やることが特にない。やらないといけない事があれば、それをやることで気を紛らわせられただろうに。生憎とそれができない状況なのだ。

 

 本家の使用人が2人派遣された。

 

 それが陽の行動を著しく制限する。陽がこの別邸にいることを四宮家の本家は知らない。これは別邸の人間の独断であり、知られてはいけないこと。別邸と本家では厳格さが異なる。正確には、本家の人間こそ四宮家の厳格さの体現者たちなのだ。この事が知られたら追い出されるだろうが、それだけで終わるかが怪しいところ。だからかぐやも早坂も、別邸の人間たちも、陽の存在を隠している。

 陽が使っていた部屋はそのままに、私物類は全て纏めて早坂の部屋に移動。早坂の部屋の鍵は早坂本人しか持っていない。ここにいればバレる心配はないのだ。

 

「誰かと電話してると気づかれる可能性あるし……」

 

 困ったものだ。

 何かに没頭していたいと気分なのだが、音を立てるわけにもいかない。電話は無理。イヤホンをつけて動画を見るくらいならできるが、見たい動画が特にない。ダラダラと探す気にもなれない。

 ツイッターを開いて他の人の投稿を眺める。旅行に行ってたり、遊びに出かけていたり、ゲーム廃人がいたり。ぼーっと眺めながら、ふと本棚に目を向ける。異性の早坂が持っている本なら、自分では選ばないジャンルの本があるのではと思ったのだ。

 

「BLはないか。面白くない」

 

 キワモノを見つけられたら面白かったのに。男子がエロ本を探されるような感覚で、陽は早坂の黒歴史部分を探してみる。さすがに本棚以外を探すのは理性によって規制がかかった。

 だが、本棚でも十分興味を引くものは見つけられた。

 

「アルバムか。……駄目な気もする」

 

 そう言いながらチラッと中身を見る。いけないことをする時のワクワク感。天下一武道会に出る時の感覚に似ている。

 

「さすがに幼い」

 

 というか赤子の頃の写真だ。順番に貼られている。赤子の頃の早坂。一緒に写っているのは両親か。他の写真を見ると、かぐやと写っている写真がある。

 誰しも無垢な時期はあるものだなと感動しながらパラパラとページをめくり、一通り目を通して元の位置に戻す。

 見て楽しめたかと言えば、それなりに楽しめたと言えるだろう。見てよかったかと言えば、見ないほうがよかったと陽は口にするかもしれない。ただ、家族で四宮家に仕えるとは()()()()()で、四宮家らしさを垣間見れたのはある意味収穫だ。

 

「早坂さんが持ってる本って、なんかマニアックだな」

「マニアックで悪かったね」

「うわびっくりしたぁ!」

「静かに」

 

 音もなく入って来た早坂に驚くも、当の本人に注意された。いったい誰のせいだと思っているのだと陽が目で訴えると、早坂が愉しそうにくすくすと嗤う。なんとも性格の悪い笑みだ。萌葉とはまた違う。

 何をしに来たのか。それは早坂が手に持っているのを見ればわかった。時間はまだ早いが、今のうちに昼食を取っておけということだろう。

 

「あの2人に気づかれないようにとなると、食べ盛りの小野寺くんには物足りないと思うけど」

「貰えるだけありがたいですし、たまにカロリーメイトだけで過ごすこともあるので十分ですよ」

「……成長期にそういう食生活は……いや、ごめん」

「あはは。早坂さんが謝ることではないでしょ」

 

 早坂は陽のことを調べてある。父親との諍い。それによって、まともな食事を取っていないこともあるのだ。考えたら分かる、とまではいかないにしても、可能性ぐらいは考えられるものだ。少なくとも早坂の中ではそういうものらしい。

 陽自身はその事を大して気にしていない。早坂が謝るようなことでもないし、話に出されて困ることでもないのだ。

 早坂が持ってきてくれたのはサンドイッチ。持ち運びやすさと食べやすさに適している。それを受け取り、早速口の中へ放り込んだ。たかがサンドイッチ。されど四宮家の料理人たちが作ったサンドイッチ。今まで味わったことのない美味が口の中で広がる。

 

「めっちゃ美味いっすね」

「料理人たちにもそう伝えておくね」

「よろしくお願いします」

 

 一度食べたら止まらない。しっかりと咀嚼はするが、飲み込んだらすぐに口の中へ入れる。品を保っているような保っていないような。シュールな光景に早坂は頬を緩めた。

 

「んぐっ!」

「はい水。誰も取らないし落ち着いて食べたらいいから」

 

 主人とは違う方向で世話の焼ける部下だ。忙しない感じ。これで生徒会長が務まっているのだから、おかしな話である。

 

「んー?」

「? 私の顔に何かついてる?」

「いえ。そういうわけではなく」

 

 落ち着いて食べたらいいと言われたのに、手も口も止まることなく昼ご飯を食べ切った陽は、早坂を観察して唸る。何かついているわけでもないなら、何か持ってきてほしいものでもあるのだろうか。そう思った早坂だが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 

「ちょっと服脱いでください」

「は? 何言ってんの?」

「そのままだとやりにくいので」

「昼間から何しようとしてるの!?」

「マッサージ」

「隠語!?」

 

 腕を胸の前で交差させた早坂が陽から距離を取る。何か勘違いされていそうだと気づいた陽は、言葉が足らなかったことを反省。

 

「大丈夫ですよ。揉みほぐすだけなんで」

「ヘンタイ!」

「えぇ……。あー、でも、その黒い上着のがなければ十分かな」

「着衣フェチなの!?」

「着衣フェチってなんだ。……いやだから。疲れが溜まってそうだから、マッサージするってだけですよ」

「……ややこしい」

 

 たしかに言い方に語弊があった。ただのセクハラ発言でしかなかった。相手が相手なら通報されている。早坂の寛大な心によって許されただけだ。

 早坂は時間を確認し、まだ余裕があるとわかると上はシャツ1枚になって椅子に座った。本人の感覚としてはいつものことであるため、疲れが溜まっている自覚などない。言われてみると少し体が重いかなぐらいである。

 

「手を出してください」

「どっち?」

「じゃあ右で。あとで左もやりますけど」

「ん」

 

 言われた通りに右手を出す。陽の手が優しくそれを包み込みながら、ツボを押していく。合谷(ごうこく)と呼ばれる箇所。目や鼻など首から上の部位に効果的とされるが、肩こりやストレス解消にも効果があるとされている。

 

「んっ、けっこう……ぁっ、うまいね」

「人体の構造くらいなら把握してるので。よく姉さんや母さんに頼まれますし」

 

 資格を取って店を開くのも可能だろうというレベルで心地よい。なんなら四宮家お抱えでもいいかもしれない。どうせ後を継がないのなら、選択肢の1つに考えてもらってもいいはず。

 

(そしたら、また一緒に働け──)

 

 今何を考えていた。

 そんなことを望む理由がどこにある。

 早坂は自分の甘い考えを断ち切り、陽のマッサージに身を委ねる。痛くなく、ちょうど良い気持ちよさ。これを受けていると、自分の肩が凝っていたことをはっきりと認識できてくる。

 

「早坂さん。体が強いから耐えれてますけど、大人になるとツケが回ってきますよ。若い時の無茶は数十年後に響くんですから」

「そうっ、なんだ……」

 

 腕のいいマッサージにより、ドーパミンが出てくる。早坂は思考レベルが一時的に低下し、話を大人しく聞くだけになっていた。

 右手のマッサージが終わると左手。そのどちらも終わると、早坂は肩が軽くなったことを実感し、椅子から立ち上がった。思考も徐々に回復し始め、さっきまでの自分が結構だらしなかったのではと1人焦る。

 

「時間は?」

「まだ大丈夫」

 

 そう言いながらベストを羽織ろうとすると、その手を陽に止められた。

 

「時間が残ってるならもう少しやりますよ」

「えっ……。いや、十分してもらったし」

「早坂さんの体はまだまだ疲れが溜まってますから」

「そんなの言ってたら終わらないと思うし」

「だからすぐやりますよ。最低限だけで済ませますから。今度はベッドでうつ伏せになって」

「ちょっ、強引! 中等部でもこんな……なんだろうけども!」

「そう言いながら抵抗が弱いあたり、早坂さんって押しに弱いですよね。乙女」

「うっ、うるさい!」

 

 余計なことを言うなと睨むも、屈託ない笑みを返されるだけ。引っ張られる手に従い、ベッドの上にうつ伏せで寝転ぶ。結局大人しく従っている自分に恥ずかしくなり、早坂は枕に顔を埋めた。

 

「痛かったら言ってくださいね」

「それ言ってもやめてくれないやつじゃん」

「いや強さは変えますよ。強く押せばいいってわけでもないので。まぁ、四宮さんみたいな天然天才がやると話が変わってくるんでしょうけど」

 

 後の被害者(果報者)は白銀御行である。

 

「肩と首、あとは足を2箇所ほど。時間が足りるかはわかりませんが、やれるとこまでやりますね」

「アラームセットしとくね。やっぁ! 急に始めないでよ!」

「急ぎなんで。足は敏感なんですね」

「ひゃぁっ! 言いながっぁん、やらないで! 他のとこやって!」

「ぐえっ! ……足の裏なら平気ですかね」

「んっ、だいじょうぶ」

 

 暴れた早坂の足の踵が陽の胸を蹴り上げる。ふくらはぎ付近にあるツボを押すと、面白いぐらいに早坂が反応し、それで嗜虐心が出てしまったことへの罰だろう。当然の報いである。

 足裏のツボ。それが終われば肩。首もやろうとしたが、今度は別問題で断念。

 

「はぁはぁっ、くびはだめぇ……」

「みたいですね」

 

 瞳を潤ませながら呼吸を荒らげる早坂に変なスイッチが入りかけたからだ。それを見た陽もまた、これはイケナイ何かに目覚めさそうだと察知。早坂へのマッサージを中断し、ベッドの縁に座らせる。早坂のベストを渡し、設定されたアラームを確認。予定の変更が功を奏して時間内に完了するのだった。

 

 

 

 この日は8月20日。花火大会が行われる日である。かぐやはこの時を心待ちにしていた。本家の使用人により断念させられるも、早坂が焚き付けたことにより脱走。そのために早坂は変装して囮になっている。

 かぐやの部屋にあるテラスから外を眺める。ビルの隙間から花火が見える。それを見ながら、自分の部屋にいる陽に申し訳ないなと思い耽っていた。

 早坂の部屋からは花火が見れない。本家の使用人を警戒すると、下手に移動させることもできない。かぐやの部屋となれば尚さらに。けれど、問題は今後だ。本家の使用人たちがいつまでいるのか。それがわからないと身動きが取れない。可能ならば、どこかのホテルで残りの夏休みを過ごしてもらいたい。こうなってしまえば、残りの日数をそうしてもらうほうがお互いに都合がいいのだ。

 

「早坂さんが黒髪って似合わないですね」

「!? なんでこの部屋に!?」

「いやー。出ていったほうが良さそうだなってのと、俺も花火を見る約束があるんですよね」

 

 中等部の生徒会で花火を見ようと夏休み前に話していた。ひとまず遅れるとだけ連絡しており、可能な限り早く行かないといけない。

 

「……どうする気?」

「四宮さんと同じで脱走ですよ。同じ手は使えないですけど、あの壁の高さと木の位置からして出ていくのは可能なんで」

「壁の上の柵は微弱な電流が流れてるけど」

「当たらなければどうということはない。さてと、それじゃすぐに行きますよ」

「へ? ちょっと!」

 

 手早く早坂に履物を履かせて抱きかかえる。陽はテラスの横にある下水管を利用して下に降りた。大胆かつ強引。それでいて迅速。その行動の早さに早坂は陽にしがみつくしかなかった。

 下に降りたらそのままの状態でダッシュ。壁に近づいたら地面を蹴って跳び、壁を足場にジャンプして近くにある木の枝に手を伸ばす。片手でなんとかぶら下がり、そこから反動をつけて壁の上に足を乗せ、上体を起こして立ち上がる。

 

「人1人抱えながらって……」

「早坂さん軽いですよ?」

「……ありがと」

 

 木の枝が柵の上にまで伸びていてよかった。そこを支点とし、柵を避けるように敷地の外へと飛び降りる。

 外に出ると、早坂の手を引いて走り出す。向かう先は1つだけ。萌葉と圭と阿天坊がいる場所だ。早坂は引かれるままに走りながら、懸念事項を口にした。影武者として残っていたのにこれでは意味がないと。

 

「かぐや様が後で何言われることやら」

「その辺りもご安心を。全部俺に回ってくるようにしてあるんで」

「何も安心できないけど?」

「ははは。使えるものは使って、使い捨てにできるものは切り捨てて使う。それが四宮家じゃないんですか?」

「……」

 

 黙り込む早坂に、意地悪な言い分だったかなと思いつつも足を止めない。普通に考えて、かぐやが帰ってくる段階でどのみちバレるんだ。責任の追及が誰に向かうのか。それだけの話なのだ。かぐやの四宮家での立場を考えれば、元から期間限定だった人間に目が行くようにした方が都合がいい。

 そもそもその人間が、かぐやの独断だとバレないようにする工作自体は、別邸の人間で行っているのだから。()()()()()()()()()()。そう認識させることができれば、陽の作戦は成功となる。

 

「うちの後輩のコネが凄くてですね。面白い場所で花火が見れますよ」

「そう」

 

 タクシーを呼び止め、目的の場所を伝える。少し不思議そうにされるも、運転手は言われた通りにその場所へと向かった。

 花火が見えやすい場所。東京のようにビル群ともなれば、会場の近くまで行かないと見れない。けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()。例えば海ほたる。アクアラインを通っていくその場所は海の上。ビルも何もないのだから、花火を見えることだろう。もう1つは、()()()()()()()()()

 

「ビルの屋上に行っちゃえば、障害もなく花火が見えるってわけですよ」

「うわー、ずるいやり方」

「賢いやり方と言ってほしいですね。ま、提案してきたのは後輩ですけど」

 

 阿天坊くん。リア充だらけの人混みの中で花火を楽しめる自信がないらしい。周囲を呪うことに忙しくて花火を満足に見れないらしい。

 そんな非リアが選んだのがビルの屋上。コネはこうやって使うのである。

 そのビルへと到着し、エレベーターで最上階へ。そこから非常階段を使って屋上に出る。この高さにもなると風は強め。早坂はウィッグを外し、飛ばないように手で持つ。

 

「みんながいるのは向こう側で、俺もあっちに合流するんですけど」

「私はバレないように離れたとこで見とくから」

「そうですか? じゃあ行ってきます。今日までお世話になりました」

「ぁ……待って!」

「?」

 

 数歩駆けたところで足を止めて振り返る。風でたなびく髪を手で抑えながら、早坂は陽を見つめる。

 どう言おうか。何を言おうか。そもそもなんで呼び止めたのか。

 別れが突然だったから。脱走したのだ。この後はもう別邸に帰ってこない。次に顔を合わせるのはいつになるかわからない。だから、ちゃんと別れの言葉を言っておきたい。

 陽はどういう存在か。期間限定の部下で。年下なのに揶揄ってくる少年。仕事は優秀で、違った風を吹き込む男の子。妙に世話が焼ける弟のようでもあって。

 

(うまく纏まらない……。けど)

 

 それでもはっきりしてることもある。

 

「また会おうね。()

「! ははっ、またね()()()

 

 早坂は柔和な笑みを浮かべながら、嬉しそうに手を振って去っていく陽を見送った。

 

 



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阿天坊書記は平和でいたい

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 執筆に割ける時間がこの先減っていきそうですが、ちょこちょこ書いていきます。


 

 人生を彩るものは何か。恋人、家族、友人、夢。漠然としたものもあれば、他人事のように思う人もいるだろう。

 けれど、これはそんな難しい話じゃない。人生を彩るもの。それは趣味だ。

 趣味とは、その時にハマっているもの、ずっと好きなもの。2パターンあるだろう。そのどちらでもいい。趣味があり、それに時間を費やしている時、まさしく人は人生バラ色パラダイスだろう。楽園(エデン)はそこにある。

 

「3日とも最高でしたよ会長!」

 

 その楽園(エデン)からの帰還者である阿天坊は、ツヤッツヤな顔で陽に話しかけていた。夏休み中はアニメをリアタイで見るために昼夜逆転生活。3日間に渡って行われる大規模ライブでは物販も無事に欲しいものを購入し、良席を引き当てて脳汁ドバドバ。未だにその時の昂ぶりが残り続けているのだ。

 

「アーティストの順番とかもヤバかったっす!」

「語彙力崩壊してるぞ」

「いやヤバイんですよ。まじヤバヤバなんすよ!」

「エモエモみたいに言うなよ……。楽しめたなら何よりだが」

「来年は会長も行きましょうよ!」

「成績維持できてたらな」

 

 オタクあるあるの語彙力崩壊。好きやら凄いやら、その場に脳みそを置いて感情だけ持ち帰ってきてしまう現象。その感動を伝えたいのに、ちゃんとした言葉には変換できない。阿天坊は見事にオタクだった。

 そうなるほどに楽しめた場所であるなら、行ってみるのもいいかもしれない。陽は前向きに検討した。ライブに行った経験もない。絶大の人気があるものなら、行ってみて悪い経験になるなんてこともないだろう。

 陽の前向きな反応に、阿天坊はガッツポーズしてから気になっていたことを聞いた。

 

「会長さっきから何やってるんですか?」

「フェネクス作ってる」

「いやそれアカツキのシラヌイの方。合ってるの色だけじゃないですか」

「……オオワシでもないのか」

「間違え方が酷え」

 

 学校にあるとある部屋の中でせっせと組み立てているガンプラ。陽はフェネクスを作っていると思っていたようだが、全く違うものを作っていた。作品すら違う。阿天坊が過激派じゃなかったのが救いだ。

 作っている手際はいい。工具を使って1つ1つ丁寧に組み合わせて行っている。それ自体はいいのだが、陽の意識は散漫だ。その状態でもしっかりと作っていくあたり、陽の才覚が無駄に発揮されていた。阿天坊はため息をついて本題に入る。

 

「先輩ら何があったんですか?」

「うーん、なんだろうな」

「3人で遊んでた日に何かあったんですよね? 僕が寝てる間に出かけちゃって!」

「そこは阿天坊の自業自得だろ……」

 

 やっぱり1人だけ遊べなかったことに噛みつかれた。予想通りの反応に少しだけ和み、どう話したものか考える。原因は1つしかないとわかっているのだが、さすがにあれは言うのも躊躇う内容だ。ぼかし方も思いつかない。

 

「花火の日も、ギスギスとかはしてなかったですけど、なんか距離を感じるというか。お互いに気まずそうにして手探り状態だったですし」

「諸事情があってだな」

「今回ばかりは聞き出しますんで、ガンプラ作る手を止めてください」

「俺はこれでガンプラバトルを勝ちたいんだ!」

「ビームサーベル鼻に突っ込むぞこの野郎!」

「怖いなぁ」

 

 キリのいいところで作業を止め、そのままの状態で放置する。下手に動かしてパーツが消えては大惨事だ。

 陽は観念して腹を括り、あの日に起きた出来事を阿天坊に打ち明けた。あまり他人に話すことでもないが、阿天坊ならば信頼できる。同じ生徒会役員でもある阿天坊には、知る権利があると判断したのだ。

 

「藤原さんとキスしかけた」

「こいつは生かしておけぬ!」

「今日は沸点低いな!」

「エクス──!」

カリバーン(股間ビーム)!」

「おぅふ!」

 

 アカツキの腕を射出。見事に右ストレートが当たった。特に威力もないはずだが、そこはリアクション芸。ちゃんと反応をしたところでエアーちゃぶ台返し。

 

「遊んでる場合じゃないんすよ!」

「今のはお前のせいだからな?」

「おっほん。それで、どういう状況でそんな事に? 白銀先輩だっていたんでしょ?」

「事故があってだな」

 

 陽は海に行ったことを話し、萌葉が転けかけたところを助けたことで、原因たるキス未遂事件が起きたことを説明。それを聞いた阿天坊はわかりやすく顔を顰めて歯ぎしりしていた。

 

「ラッキースケベ死すべし!」

「この話題とことん向いてないな……」

「何を女子と密着してるんですか! しかも意中の子と! 運命でも味方につけましたか!? ふざけんな馬鹿野郎! 僕もいい思いしたい!」

「そのせいで今の空気なんだが!?」

「は? ぶっちゃけ幸せな悩みの方向ですよそれ。遠回しの自慢に思えてきた。会長を夜道で刺したい」

「犯罪に手を染めるなよ」

 

 ゴム製のクナイでジャグリングを始める阿天坊に引きつつ、後輩が前科持ちにならないように言っておく。わかってますよと言いながらクナイを投擲。陽がそれを1つずつ回収してそのまま没収する。

 

「まったく……その状態密じゃないですか。何を密になってるんですか。ソーシャルディスタンス!」

「テンション高いな」

「こうしてないとやってけないからですけど?」

「それはごめん」

 

 状況を把握しきれていない阿天坊が、あの空気の中で一番神経を使うのである。それを先輩である2年生組がさらに気を使い、微妙な空気の永久機関が完成する。可能ならばすぐにでも解決してほしい。

 もちろん、根本的解決は難しい。というか無理だと阿天坊は思っている。陽の話を聞き、だいたいを察したから。

 

「会長は問題ないでしょうけど、僕らは生徒会が1番の居場所なんですよ。ここが壊れるとだいぶキツイんですよね」

「……」

「そんなわけで、会長は白銀先輩とちゃんと話をしてください」

「白銀さんと?」

「そうです。会長が話さないといけないのは白銀先輩です。僕的には小白派ですし」

「カップリング論を混ぜるな」

 

 ハーレム論こそ陽たちの耳に届いているが、それに並んで議論されているのがカップリング論である。小白が正しいのか、小藤が正しいのか。秀知院学園中等部は密かにこれらで論争が起きている。真実はどれも不正解なのだが、生徒たちからすれば不明のまま。だからこそ議論を楽しめているらしい。

 そういう論争があるのかと頭の隅に入れておきながら、阿天坊に言われたことを考える。振り返ってみても、たしかに圭とはまともにあの事を話せていない。萌葉とはすぐに話して落とし所を見つけたが、圭はそうじゃない。

 圭に会って何を話すか。それは考えるまでもない。むしろ、夏休みが明けるまで先延ばしにしていた方がおかしなものだ。

 

「白銀さんに会ってくる」

「それがいいと思います。ところで会長」

「どした?」

「この部屋って何なんですか?」

「娯楽部の部室だが?」

「そんな部があったとは……」

「知らないのもしゃーねぇよ。入ってるのは俺と玉袋とジャーキーだから」

「知らん2人出てきた!」

 

 どちらも陽の友人である。これと言った部に入る気もなく、廃部寸前だった娯楽部に入部したのだ。この部屋にある物の大半が、当時3年生だった先輩の置き土産だ。 

 

「この部屋残るか?」

「いえ今日は帰ります」

「ん。付き合わせて悪かったな」

「いえいえ。僕も我儘を言ってますから」

「あれぐらいは我儘には入らん。俺の責任だからな」

「いやほんとにね」

「ははっ。また明日な」

「はい。お疲れ様です」

 

 部室の鍵を閉めて阿天坊と別れる。鍵は教室に残っていたジャーキーに渡し、圭を見なかったかを聞く。見かけたわけではないようで、陽は適当に当たりをつけて教室を後にした。

 まずは下駄箱の確認。圭が帰っていないかのチェックだ。靴が残っており、校舎内にいることが判明。スマホを使わないのは、あの日以降圭とのやり取りが途切れているからである。校舎内にいると分かれば、一応生徒会室を確認。中には誰もおらず、萌葉もどこに行ったのか気になったがそれは保留にした。今優先すべきは圭だから。

 生徒会室にいないのなら、次の候補地に移動だ。

 

(居場所……か)

 

 阿天坊の言葉を思い返しながら階段を上っていく。言われた通り、陽の性格と人望上、生徒会が無くても居場所は消えない。娯楽部も居場所の1つであり、クラスでも存在感のある人間として過ごせているのだから。

 けれど、他の3人がそうとは限らない。萌葉もどちらかと言えば陽側だろう。その人当たりのいい性格から、世渡りに困ることはない。発言が時々怖いだけで、それも萌葉の特徴として受け入れられる程度。けれど、阿天坊は生徒会以外の居場所が危うい。オタク仲間を見つけられれば、と言ったところか。

 

 そして圭もまた、居場所が危うい側だ。学校にいる時の圭は()()()()()。自分に厳しく、人に優しくできる人間。けれどプライドの高さが壁を作る。萌葉のようにズカズカ入り込む人じゃないと、いつも一緒にいようとは思わない。そんな振る舞い方もしてしまっている。

 生徒会を失えば、入る前の時期に戻りかねない。それは陽としても好ましくないことだ。

 

「白銀さん。やっぱりここにいた」

「……会長」

 

 屋上のドアを開け、日陰になる箇所を覗くと圭が壁に寄りかかって立っていた。空を見上げていた圭の目が、話しかけた陽に向けられる。その瞳を見て、陽は距離を感じた。

 

「白銀さんと話したいことがあって」

「私は別にないから」

「あの時から避けられてるし」

「……調整してるだけ。2人の邪魔にならないように」

「いやあれは──」

「いいの! これで、いいんだから……。事故だとしても、私は気にしてないから」

「気にしてないってそんなわけないだろ。それならなんで避けるんだよ」

「わかんないよ!!」

 

 近寄るなと言わんばかりに腕を振るわれる。陽はその場に立ち尽くし、言葉を失いながら圭をただ見つめた。空よりも澄んだ瞳から、静かに雨が落ちたから。

 

「気にしないようにしようって……! 事故だからって考えてるのに……。それなのに頭から離れないの! 忘れたいのに! 胸がギュって苦しくなって忘れさせてくれないの! わかんないよ……なんで……なんでわたし……。かいちょう、おしえてよ。これなんなの……? どうしたらわたし、らくになれるの?」

 

 胸を抑えながら見上げてくる圭を見て、自然と動きそうになった手をすぐに止める。

 陽はこの時に理解した。これまでのやり方を間違えたことを。圭の見方、接し方を変えないといけないことを。

 頭ごなしに突き放すなんて選択肢は取れない。自身の責任だ。これまでとの見方を変え、それを前提として圭と向き合い、圭のことを今よりも知らないといけない。陽はそう判断した。時代が時代なら、違う選択も取れたのに。

 

「……白銀さん。まず、俺と藤原さんはキスしてないから。未遂だから」

「嘘! だって私すぐ側で見た!」

「ドラマのキスシーンと同じで、そう見えただけだから。信じてほしい」

「……なんで……」

 

 ほぼ1年間近くにいたから。陽が嘘を言ってないことは圭にも伝わる。自分の勘違いだった。それはまだ半信半疑だ。

 嘘であってほしいと無意識に願ったこと。それが叶ったことへの安堵と。都合が良すぎることへの困惑。

 圭の頭が混濁するのも当然のことだった。

 

「なんで……すぐに、言ってくれなかったの?」

「ごめん。なんだか言い出しづらくて……。本当にごめん」

 

 圭が避けていたからなんて言い訳は通用しない。勘違いされているとすぐに分かったはずだ。それを言わなかったのは陽のエゴだ。いっそ虚偽での既成事実ができたら、萌葉を落とすのに有効な効果が出るのではと、心のどこかで思っていた。

 そんな手は取るべきじゃない。陽は阿天坊と話してる中でそれを自覚し、心を律してそう決断したのだ。

 何よりも、阿天坊や圭の居場所を無くしたくない。

 

「かいちょうの……ばか。……かいちょ、ばかぁ……」

「ごめんね、白銀さん」

 

 覚束ない足取りで、圭は陽へと歩み寄ってその胸に顔を押し付ける。胸元をぎゅっと掴み、肩を震わせて嗚咽を漏らす。

 そんな圭に、陽はそっと肩に手を置くことしかできなかった。圭を泣かせていること。その事への自責の念に奥歯を噛み締めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「圭ちゃんはやっぱそうなんだね……」

 

 哀しそうに笑いながら、萌葉は屋上のドアを静かに閉めた。

 

 



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小野寺陽は祝いたい

 感想、評価、お気に入り登録、ここすきありがとうございます。
 中学生の限界ってどの辺りだろ、わからんとか思いながら最近書いてます。


 

 生徒会の空気感が元に戻った。なんてことにはならないが、改善されたのは間違いなかった。

 阿天坊のアホ毛センサーも安心したようにへたれ、アホ毛なのに他の髪と混ざってしまった。しばらくアホ毛は有給休暇を使うようだ。3日ほど。

 

「会長。はい、コーヒー」

「ありがとう白銀さん」

「どういたしまして」

「え、これ何を見せつけられてんの?」

 

 改善というか魔改造じゃないだろうか。距離を取り合うような状態ではなくなったが、距離がおかしくなった気がする。昨日の今日でどうなっているのか。ちっぱい主義である阿天坊的には、圭が明るくなったことは喜ばしい。だが、前より近くなっている気もするのだ。

 いやしかし、光景的にはこれまでと同じ。圭が陽にコーヒーを飲ませるのもいつものこと。まだ陽の口から「美味しい」の一言が出ないのもいつものことだ。ちなみに、かぐやのコーヒーは飲めなかった。コーヒー限定だが、圭は陽の胃袋を掴んでいる。

 

「会長の表情が柔らかくなったね」

「会長の? いつも柔らかいと思いますけど」

「そうだけど、圭ちゃんと話す時の表情が前より柔らかい」

「ほぇー。よく見てますね」

「副会長だから。私は観察力とか買われて選ばれてるし」

「初耳です。この人何で選ばれたんだろとか思ってましたけど、そういう理由なんですね」

「ナチュラルに失礼だね!」

 

 阿天坊の頬を両側から挟んで引っ張る。痛くないように気をつけながら。

 

「阿天坊くんが書記で選ばれてるのも不思議だけどね~!」

「ほふはほれれもしふぁふぃれいなのれ」

「日本語話してくれない?」

「いや手を放してやれよ……」

「あはは! こうしてる方が面白いな~って。楽しんだからもういいけど」

「自由人……」

 

 解放された頬を自分で擦る。痕はついていないのだが、引っ張られていたために違和感があるのだ。引っ張られながら「女子のお手手が頬に!!」とか思っていたらしいが、同時に「どうせなら白銀先輩の手がいい」とも思っていたようだ。

 

「僕ってこれでも字が綺麗なんですよね」

「ちゃんと言い直した」

「阿天坊くん偉いね」

「白銀先輩の優しさが染みる!」

「ふふっ、大袈裟」

 

 元には戻らない空気。願わくば内部分裂しないような決着のつき方をしてほしい。考えれば考えるほど阿天坊は胃がおかしくなりそうだった。考えることをやめた。自分の立ち位置が外野だということを自覚しているから。必要があれば少しだけ関わろう。阿天坊はそう決めた。

 

「そういや、昨日って白銀さんのお兄さんの誕生日なんだってな。おめでとうございますって伝えといて」

「え。んー……えぇ……」

「そんな渋る!?」

「でも、会長の頼みならそれくらいいいかな」

「ディスコミュ過ぎない? 好き避けなのに」

「なっ!? 違う! だって兄さんはグチグチ煩くて! この前も──」

 

 圭の愚痴という名の兄語りが始まる。萌葉と阿天坊はまたかと思いながらコーヒーを飲んで退避。対処を陽に押し付けた。

 面倒に思ってるわけじゃない。話の聞き手が1人いたら十分だろうと思っているだけだ。あと、この時の圭は離れてみてる方が楽しい。

 

「そういえば、阿天坊くんの誕生日はまだだよね?」

「そうですね。今年は文化祭の日と被ってます」

「ロマンチック~。パイ投げしてあげる!」

「台無しにする気満々でしょさては!」

「祝ってあげる気満々だよ~」

 

 どこまでが本気なのかわからない。いやこの人ならやりかねない。阿天坊は警戒し、当日は着替えを持っていこうとスマホのカレンダーにメモを打ち込んだ。

 そうやって誕生日の話をしていると、圭の話も終わったようで、陽からアイコンタクトが送られてくる。阿天坊はまだ習得していないが、萌葉はそれでのやり取りが可能だ。というか、萌葉と陽の2人ならアイコンタクトだけで1日過ごせるほどに意思疎通ができる。圭を揶揄うがために習得した能力である。

 

「会長と萌葉ってまだ私がそれできないって思ってるよね」

「「できるの?」」

「……できないけど、読み取るぐらいはできるから」

「会長のならって付くやつだ」

「萌葉のもわかるよ。当たり前じゃん」

「えへへ。さっすが圭ちゃ~ん!」

 

 萌葉が圭に飛びつき、圭も微笑みを浮かべてそれを受け止める。警戒するほど関係が悪くなってるわけじゃない。そうだと分かると阿天坊はドッと肩の荷が下りた気分だった。

 圭の好意が無自覚だから。萌葉も明確なものではなく、気になる程度のものだから。2人ともが明確なものではないから。今はまだ恋敵ではなく、親友という関係を保てているのだ。それはつまり、両者の意識が変わればどうしようもなく変わらないといけないことなのだが、それはまだもう少し先のことだ。

 阿天坊は2人の気持ちがどの程度か理解していない。だから安心してしまっている。

 

「話を戻すんだが」

「会長なんか話してたっけ?」

「前振りで遮られたからなぁ!」

 

 圭をじーっと見つめると、それでようやく自分が話を遮ったのだと気づいた圭が視線をそらす。

 

「それで会長の話はなんですか?」

「藤原さんと白銀さんの誕生日を祝ってない」

「? 祝ってもらったけど?」

「私も誕生日メッセージとプレゼントが贈られてきたよ?」

「誕生日ケーキを食べてないでしょ!」

「「あ~」」

 

 萌葉の誕生日は週末で、圭の誕生日は夏休み中。去年は萌葉の誕生日が平日だったが、その頃はクラスメイト程度の関係だった。つまり、誕生日っぽいことをできていないのである。

 萌葉は家でケーキを食べているのだが、圭の手前その事を黙っておく。白銀家はその家計から、誕生日ケーキを食べる習慣が消え失せているのだ。

 

「会長。私は別に気にしてないからいいよ」

 

 同情なんていらない。そんな気持ちをぶつけられたくなんてない。

 

「俺が祝いたいから駄目」

「あはは! 会長がそう言うなら仕方ないね~」

「ほんと、会長のばか」

「……あれ? もしかしてこれ今から僕が買いに行く流れ?」

 

 祝われる側が2名。祝う側が2名。陽はそれぞれにちゃんと誕生日メッセージとプレゼントを贈っている。生徒会のラインのグループ内でメッセージは送られているため、阿天坊ももちろん送っているのだが、プレゼントは贈っていない。

 そして今日、陽が誕生日ケーキを提案した。今のところ貢献度の低い阿天坊が、買い出しに行く流れは自然と予想がつく。

 

「いや、ケーキなら届けられるから」

「はぁ。……は? 届けられるって何ですか。ウーバーですか」

「それはケーキが潰れるだろ」

 

 崩れやすいものを崩れないように運ぶ。それができるのは、それだけレベルの高い人間。陽の知り合いの中でそれができる集団といえばどこか。

 

「お邪魔しま~す」

「タイミングが完璧過ぎて怖いっすわ愛さん」

「あはっ! まぁそこはウチだし?」

 

 四宮家の人間が改造ドローンを飛ばし、生徒会室の様子を覗いていたのは内緒である。小型マイクが部屋の隅に置かれているのも内緒である。早坂愛。中等部への訪問ということで、後輩たちにできる女感を出しにきたのだ。四宮家の力を遠慮なく使ってるあたり、大人気などどこにもなかった。

 ケーキが入っている箱を片手に乗せながら入ってきた早坂を、会長席から立った陽が迎える。年上女子の登場に、他の3人は戦慄した。

 

(なんで会長ってレベル高い女子とばかり知り合うんだろ。呪っていいかな。いいよな。男の醜い嫉妬をぶつけてもいいよな!)

 

 阿天坊だけは理由が違ったが。

 

「会長……その方は?」

「高等部の早坂愛さん。夏休みの間に宿提供してくれた人」

「へ~? 会長はこの人と同棲してたんだ~? へー?」

「藤原さん?」

「え、同棲ってなんすか? 会長1回そこから飛び降りてくれません?」

 

 陽を窓から投げようとする阿天坊を、陽が片手で抑え込む。残念かな。物理でそう簡単に勝てる相手ではないのだ。

 世の中の童貞に謝れと叫ぶ阿天坊をよそに、陽はちらりと圭の様子を見た。無言でいられるとすごい怖い。

 

「夏休みの間はうちの(・・・)会長がお世話になりました」

「いや~、()には結構助けられたというか。思ってたより優秀でびっくりしたし」

 

 萌葉と早坂の間で火花が散り合う。陽に組み伏せられた阿天坊が、「修羅場やで~」と現実逃避を始めた。

 もっとも、この2人は修羅場感を出して楽しんでいるだけだが。素でサイコじみている萌葉と、性格がかぐや並みに悪い早坂。演技による修羅場演出は無駄にクオリティが高かった。

 早坂は、下の名前で呼ばれた時の反応を見ていた。圭と萌葉がピクリと反応したのを見逃さず、揶揄うのを楽しんでいる。

 

「会長」

「なんでしょう」

 

 早坂と萌葉が遊んでいるのを放置し、圭が静かに陽に声をかけた。その声色は穏やかなのに、どこか重く聞こえてくる。陽はもちろんのことながら、すぐ側にいる阿天坊まで息を呑む。

 

「早坂先輩のこと、名前で呼ぶんだね」

「なんか、そういう仲になった」

「そういう仲って何?」

「えっと……」

 

 言葉に困り、阿天坊に視線で助けを求めるも、阿天坊は頑なに陽の方を見ようとしなかった。

 

「会長」

「はい」

 

 それを良しとしなかったのか、先程より声が少しだけ強くなった。向けられるその目から逃れられなくなり、ゴルゴンに見られているように石化する。

 

「白銀さんのことも名前で呼べばいい?」

「そういう話をしてるんじゃない」

「えっ……」

 

 どうやら違うらしい。これには阿天坊もビクリと体を震わせた。てっきり嫉妬してるのかと思ったのに、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに淡々と言葉が発せられる。

 

「……はぁ。会長のばか」

「難しい子だね」

「圭ちゃんですから」

 

 頭を振った圭を見て、いつの間にか遊びをやめていた早坂と萌葉が会話に混ざってくる。難しい子と言われた圭が早坂を見る。心の内で身構えてみるも、その必要はなかった。

 

「会長に宿を提供していただいてありがとうございます。会長のことですから、ご迷惑をかけたことだと思います」

「信頼されてますね会長」

「不名誉な方でな」

 

 保護者のように圭が早坂に挨拶をする。この生徒会の人間関係ってこういうものなのかと早坂は萌葉に聞き、こういうものだと返された。高等部のそれとは違う。けれど、これはこれで良い形に思えた。

 

「んー、迷惑って程でもなかったけどね。陽がいた時はそれはそれで楽しかったし」

「そうですか。先程からずっと持たせたままで申し訳ございません。そこのテーブルに置いてください。それと、せっかくですから早坂先輩もお茶しましょう」

「さすがにそこまではちょっと……」

「ね?」

「じゃあお言葉に甘えてそうしよかなー」

 

 にこりと微笑みながらこてんと小首を傾げる。その仕草こそ可愛らしいのだが、なんとも言い難い圧を感じて早坂はソファに座った。四宮家の圧とは違い、高圧的じゃないのに有無を言わさないもの。

 

(会長の妹が化けそう)

 

 きっと陽が絡まなければ見せることがない一面。他にも何個かの条件を満たすことでこうなるのだろう。

 圭は陽を連れて全員分の飲み物を淹れ直す。その手際を見た早坂は感嘆した。早坂のように仕事で身に付けたわけでもなく、かぐやのように家柄による下地の上に身に付いたわけでもない。それにも拘わらず、圭の淹れ方は一流の領域に入り込んでいる。

 それは紛れもなく圭の努力の証。誰の為かは聞かずともわかる。

 

(青春してるなぁ)

 

 その気持ちが先にあったわけじゃない。圭のコーヒー布教の結果である。その結果が「圭のコーヒーじゃないと飲めない」になったのだが。

 

「どうぞ」

「ありがと」

 

 淹れてもらったコーヒーを受け取る。早坂の隣には萌葉が座っており、斜め前に阿天坊が。圭は早坂の正面に座り、陽をその隣に座らせた。

 箱に入ったケーキを取り出し、その大きさに早坂以外がドン引く。

 

「会長デカイの頼みましたね」

「俺もびっくりしてる」

「これ見たらそうなるよねー」

 

 かぐやが御行を祝うために用意させた誕生日(ウェディング)ケーキ。その処理に困った早坂は陽に連絡した。ケーキを食べたくないかと。それを聞いた陽は、萌葉と圭への誕生日ケーキにしようと決め、中等部に持ってきてほしいと頼んだ。その間、この大きさだということは一切聞いていない。

 

「あはは! すっごい大っきいね~。切り分けよっか!」

「じゃ、藤原先輩にお任せします」

「いいの? 適当にやるよ?」

「そこはちゃんと切りましょうよ……」

「藤原さんならちゃんと均等にするから」

「プレッシャーかけないでよ会長」

 

 そんな事を言いながら、萌葉はちゃんと切り分けた。それが全員に行き届いたところで、圭が早坂に話しかける。それで早坂は気づいた。自分の失敗は、この部屋に来たことである。

 

「早坂先輩。夏休みの間のこと、教えてくださいね?」

 

 



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生徒会は跡を濁したくない

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 これからペースは落ちそうですが、更新は続けていきます。


 

 先人の知恵というものは後世になろうと馬鹿にできない。ハイテクなものばかりに囲まれて生活していると、その便利アイテムが使えなくなった時に手詰まりとなることもある。

 そんな時に役立つのが過去からの学びというもの。例えば掃除の面でも、濡れた新聞紙を細かく切ってばら撒くことで、効率よく埃を集められるとか。掃除は高い場所からやれとか。細かな教えだって、必ずその理由があるのだ。

 

「会長! 今いい感じに窓から日が射してます!」

「やるしかねぇな!」

「「たいよぉぉぉぉ!!」」

「掃除して」

「「はい」」

 

 生徒会では、そういった知識を持っている圭の指示の下、大掃除が行われていた。全員がマスクと三角巾を着用し、棚の上の掃除からスタート。用務員から脚立を借り、安全を確保して棚の上を雑巾がけ。高い位置は埃が溜まるもので、陽はそこを掃除しながら綺麗になっていく様にテンションを上げていた。

 コップ類等は陽の持ち込みだったため、それは前日までの間に持ち帰られている。棚の上の掃除が終われば、寂しくなった棚の中の掃除。それが終わったところで、陽と阿天坊は日差しを浴びて圭に注意された。

 

「大掃除って言っても、普段から綺麗にしてると楽だよね」

「それはたしかに」

 

 萌葉の言うとおりで、生徒会室も毎日掃除している。生徒会の活動は掃除から始まるように決めていた。これは圭の提案で、異論を挟む余地もないため萌葉と陽も承諾。脚立を持ってこないと届かない場所以外は掃除していた。床や机だけでなく、窓やソファも。

 

「今日は机の下とかもやるから、机を移動させてね」

「男の仕事の注文が来たな」

「僕貧弱ボディなのに」

「そんなに重くはないだろ。机の中空にしてるし」

「会長が重い方持ってくださいね」

「そのつもりだから安心しろ」

 

 軽い方を持てることに阿天坊がほっと息を吐く。生徒会室にある机は教職員のと同タイプ。引き出しが机と一体化しているため、片側が明らかに重たいのだ。中身を空にしている分軽くはなっているが、比較すれば重たいことに変わりない。

 陽と阿天坊が棚の掃除をしている間に、圭と萌葉が机の掃除を終わらせている。男子2人は早速机を移動させることに。

 

「せーのっ!」

「頑張れ~」

 

 タイミングを合わせて持ち上げる。カニ歩きで机を前方に移動させる中、萌葉の声援により陽にブーストがかかる。

 

「会長その辺でストップ。戻す時大変でしょ」

「何も考えてなかったわ」

「まったく……」

 

 必要以上に移動させてしまったが、圭が早めに止めてくれたおかげで被害は最小限に。阿天坊も余計な疲労をせずに済んだ。しかし机はあと3つある。陽は達成感満載で満足している阿天坊の首根っこを掴み、次の机へと連れて行く。

 

「阿天坊くん猫みたい」

「にゃーん」

「うわぁ。猫に謝って」

「藤原先輩が振ってきたのに……」

 

 辛辣な発言にしょぼんとする阿天坊。陽がそれを火種として活用し、阿天坊のやる気を引き出させる。机を次々と移動させ、圭と萌葉が掃除を済ませたらそれを元の位置に戻していく。これを4ヶ所済ませたら、机の掃除も完了と言えよう。

 

「ふぃ~。疲れたぁ~」

「阿天坊くん。()()()()()()()()()()()()

「…………つまり?」

「ソファも動かして」

「……」

 

 圭の追加要求で阿天坊の魂が抜けた。彼のライフはもう0なのだ。少年の戦いは終わったのだ。

 

「しゃーね。1人でやるか」

 

 片側ずつずらせば1人でソファを動かすことも可能だ。その際、床に足をつけている部分が、床を傷つけないように注意しないといけない。圭と萌葉が手伝うと申し出たが、陽はそれを断って1人で行う。今回の掃除の主導者である圭の仕事量を減らすためと、それを1番手伝っている萌葉の仕事量を減らすためだ。あとは見栄を張るという目的もある。

 ちょっとしたトラブルもどきもあったものの、生徒会室の大掃除はつつがなく終わった。最後は雑巾がけといきたいところだが、楽さを求めてクイックルワイパーさんの出番。それをやる頃には窓も開けて換気。全部の作業が終われば三角巾とマスクもお勤め終了だ。

 

「みんなお疲れ様」

「白銀さんもお疲れ。ゴミ捨てと脚立の返却は俺がやるから、みんなはソファで休んでて」

「ありがとうございます会長! お疲れ様です!」

「お前は寛ぐの早すぎだろ!」

「会長私も手伝うから」

「大丈夫だって。白銀さんはコーヒーでも淹れて待ってて」

「……でも」

「しばらく飲み納めになるし、今日はまだ飲んでないからさ」

 

 今日で生徒会の任期は終わる。そうなれば放課後にここに来ることもなくなり、圭が淹れるコーヒーだってしばらくは飲めない。陽は未だにコーヒーが好きだとは思えないし、美味しいとも思えないのだが、圭が淹れてくれるコーヒーは好きなのだ。

 これまでなら、圭が淹れて飲ませるという形。けれど今日は逆で陽からのリクエスト。そうされては圭も断れず、折れて生徒会室で待つという選択を取るしかない。

 

「会長早く戻ってこないとこのお菓子みんなで食べ終わっちゃうからね~」

「先に食べるのは確定かよ」

「その方が早く帰ってくるでしょ?」

「そうだけども! そのお菓子って何?」

「チョコだよ。姉様がみんなで食べてってくれたやつ」

「それは早く戻らないとな」

 

 みんなで食べてと言われている差し入れ。それを食べれませんでしたなんて言えるわけもない。陽は競歩で生徒会室を飛び出し、せっせとゴミ捨てと脚立の返却を済ませるのだった。

 

 脚立の返却の際に、用務員と軽く談笑をするもそれをそこそこに切り上げる。生徒会室へと足早に戻ってくると予想外の光景に軽く驚いた。

 

「阿天坊と藤原さんは?」

「どっか行っちゃった」

「変なことしてなかったらいいけど」

「会長じゃないんだから」

「どういうことだってばよ」

 

 陽も陽だが、萌葉だって十分に予想外の行動を起こす危険性がある。今だってまさにその状況だ。

 どこに行ったのかはわからないが、そのうち帰ってくるだろうと割り切る。思考を放棄したとも言う。今は萌葉の姉からの差し入れの方に関心があった。萌葉は三女だ。長女と次女のどちらからの差し入れかは知る由もないが、どちらにせよありがたいものだ。

 陽はチョコの1つを摘んで口の中に放り込む。一口サイズの大きさ。口の中に広がるチョコの風味。そしてそこに混ざる()()()()()

 

「けほっ。これ……!」

 

 箱に書かれている文字を見て遅まきながら気づいた。

 

「中学生にウィスキーボンボンの差し入れをするなよ!」

 

 ここにはいない戦犯に叫ばずにはいられなかった。萌葉もどちらかと言えば被害者か。彼女の性格なら、知っていて持ってきた可能性すらある。それを確かめようにも、萌葉はどこかに消えてしまった。

 阿天坊と萌葉がいないのも、おそらくはこれのせいなのだろう。萌葉なら、アルコールが入ればはしゃぎそうだ。阿天坊は巻き添えを食って連行されていそうだ。そんな光景が簡単に想像できた。口直しにコーヒーを飲もうかとテーブルの上を確認。ちゃんと陽の分もあった。

 それを取ろうと手を伸ばすと、白く柔らかい手にそれを阻まれる。

 

「白銀さん?」

 

 対面のソファに座っていたはずの圭が、すぐ近くに立っていた。正確には、片膝をソファの上に乗せており、顔が近くにある。アルコールのせいでその顔は朱くなっており、目も時折焦点がズレている。

 

「かいちょ」

「どうした?」

 

 今の圭は会話ができるのだろうか。成立する気がしないでもないが、だからといって無視をするわけにもいかない。赤子を相手している気分に近い。

 

「んっしょ。えへっ、かいちょー」

「幼児退行するタイプなのね」

 

 酔っていても行儀は良いようで、上履きを脱いでから上がってくる。向かい合う形で陽の足の上に座っているのが、行儀が良いと言えるかは別として。圭が酔うとどうなるかを判断しつつ、機嫌を損ねないように気をつける。されるがままに対応する魂胆だ。

 

「かいちょ。ありがとう」

「こちらこそ。白銀さんにはいっぱい助けられた」

「かいちょがいるから、わたしがっこーがたのしい」

「呂律も回らなくなってない?」

「かいちょが、いばしょくれたから。……なくなるの、やだ」 

「そこは安心していいぞ。次も勝つから」

 

 次の会長戦に勝てば、同じメンバーでもう1年活動できる。勝つ気満々で、そのための布石もこれまで打ってきた。これからの選挙活動期間も有効活用する予定で、そのための協力者も確保してある。盤石な体制を取っていると言えよう。

 首に腕を回し、べったりとくっついてくる圭を安心させるように背中を優しく叩く。それをどう感じ取っているのか、圭は少しもぞりと動いた。

 

「……かいちょ。きょねんのこと、わたしおぼえてるよ」

「……そっか。俺も覚えてる」

 

 密着されていることにより、自ずと互いの耳元で声を発することになる。相手の声が耳元から聞こえてくるのはこそばゆいもので、陽は堪えているが圭はまたもぞりと動いた。けれど陽の上からは降りようとしない。

 去年の会長戦。その選挙期間での出来事。生徒会長になる事を前提とした勧誘活動。圭がその時のことを言っているのだと見抜き、陽もそれを覚えていると返した。忘れるわけもない。強烈な出来事だったのだから。

 

「かーいちょ」

「ん?」

「すき」

「……ぇ?」

 

 頬に柔らかいものを感じる。理解が追いつかず、首を回すと瞼を閉じてすやすやと眠る圭が見えた。

 今のはどういう意味の発言だろうか。なまじ圭が酔っている状態のために判断がつかない。

 頬に触れたのはなんだろうか。圭の柔らかな頬だろうか。湿()()()()()()()()()

 

「……この状況……どうしたものか」

 

 寝ているのに離れてくれない圭をどうしたらいいのか。陽は頭を悩ませるのだった。

 

 


 

 

 

 1年前のこと。

 会長戦に陽が立候補。当時の1年生の立候補者は陽だけ。2年生の立候補は前生徒会長だけ。わかりやすい構図が出来上がっていた。

 とはいえ、一般生徒にそれがどれだけ関係あるかと言うと、そこまでは関係ない話。というよりも、関心のない話だ。誰が生徒会長になろうと、激的な変化は起きない。生徒間ではそういう認識が定着していた。後に陽が、高等部では白銀御行が新たな風を吹き込むのだが、それは先の出来事。

 この時には会長戦への関心は少ない。見る箇所としても、面倒だと感じる公約を掲げていないか。どっちの方が自分たちにとっての自由度が高くなる会長か。その程度しか考えていない。

 

「あー。白銀さんゴメーン。ホースが暴れちゃった~」

「……気をつけて」

 

 だから、多くの生徒たちの日常は変わらない。トイレ掃除という秀知院生にとってのハズレくじを引いた人たちは、真面目には掃除しない。真面目な生徒が割りを食うくらいだ。

 その中でも特異なのは、ホースの水で全身が濡れた圭ぐらいだろう。

 

 もう一度言う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「面倒だし、後はお願いするねー」

()()なんだし、やってくれるよね~」

「アハハ! じゃあねぇ」

 

 押し付けられるのもいつもの事。

 呆れるような嫌がらせだっていつもの事。

 それに怒ることも嘆くことも辞めて、淡々と1人で済ませるのだっていつもの事。

 

「あれ? 白銀さんなんでそんな濡れてんの?」

 

 高嶺の氷花が変わるのは、これからの事。

 

 




 


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白銀圭に差し伸べたい

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 掃除も終わり、選挙活動にでも励もうかと廊下を歩いていた陽は、全身が濡れている状態の圭に出くわした。タオルを持っている様子もない。そもそも手ぶらだ。手ぶらと言えば手ブラジーンズだが、あれは裸エプロン先輩の功績である。

 

「着替えあるの?」

「ない」

「なら保健室に行って体操着借りないとな」

 

 体育が無かったのだから、着替えがないのも当然だ。1年時は陽と圭のクラスが異なるが、体育の時間は合同となる。もちろん男女は別れている。圭のクラスを思い出し、着替えがある方がおかしいかと脳内で解決した。

 中等部の女子の制服は白く、高等部と同じでワンピースタイプだ。それが濡れるとなると、体に張り付いてラインがはっきりと表れてしまう。圭に水をかけた人たちは、当然それをわかってて行っている。目的は嫌がらせと恥をかかせることなのだから。

 圭は下着が見えないように胸元を手で隠し、陽との会話も続けずに横を素通りする。

 

「ちょっと待った」

「何? このままでいたくないんだけど」

 

 嫌がらせをしてくる人たちには無関心でいるようにしているが、圭にだって恥じらいはある。同性だろうと異性だろうと、今の状態のままで会話を続けたくなんてない。

 意志の強さを表すような釣り目。陽をキツく睨むも、陽は気にした様子もなく学ランを脱いで圭の肩にかける。

 

「これで前を閉めたら見えなくなるだろ」

「……学ラン濡れるよ」

「濡れたって乾く」

 

 圭は一瞬だけ目を丸くし、陽の好意に甘えて学ランに袖を通す。ボタンを閉めて自分の状態を確認。上は大丈夫。下は少し危ういが、保健室までなら問題ないだろう。放課後ということもあり、校舎の中は生徒も少ない。

 

「ついてくるの?」

「そりゃあその学ラン俺のだし」

 

 隣を歩く陽を横目に見て短く聞いてみる。返ってきた言葉は当然のもので、それもそうだと圭は納得する。

 幸いにもすれ違う人もおらず、2人は無事に保健室に辿り着く。中に入るも、先生は今保健室の中にいないようだ。どうしたものかと立ち尽くす圭をよそに、陽は保健室のドアを閉める。

 

「……?」

「外から見られるのは嫌でしょ」

 

 そう言いながら保健室の窓際にあるカーテンも閉め、誰にも見られない状況を作る。それが終わると陽は保健室の中を物色し、予備の体操着を見つけ出した。

 

「はいこれ。一応ジャージも。あとタオルもあったから、そこのベッドのとこでカーテン閉めて着替えたらいい」

「うん」

「あ、下着はないや」

「……それは……大丈夫」

「えっ、まさか着けないの?」

「違う! 濡れたやつで我慢するだけ!」

「あーびっくりしたー。だよな」

 

 痴女かと思ったと笑う陽から着替えをふんだくり、一度それで叩いてから勢いよくカーテンを閉めた。

 

「外に出とくから、着替え終わったら呼んでくれ」

「……待って」

「ん?」

「そこにいてくれていいから」

「……わかった」

 

 カーテンという仕切りがあるとはいえ、布1枚しか2人を阻むものはない。いくら圭が純粋さを保っているからと言って、羞恥心がないわけじゃない。圭のプライドの高さ、今の状況を考え、それが許可ではないことを察して保健室にある椅子に座る。

 制服がべったり濡れているため、布の擦れる音はしない。うっすらとカーテンに影が映るぐらいで、陽はそっちを見ないようにして保健室の中を見渡す。

 圭の着替え中に会話があるはずもなく、着替えを済ませた圭はカーテンを開けて首を傾げた。

 

「何してるの?」

「聴診器って音がどう聞こえるか気にならない?」

「それで自分の心音聞いてるんだ?」

「そゆこと」

 

 何を勝手に聴診器を使ってるんだと思いはするが、相手をするのが面倒だった。そんな圭に陽は見つけ出したハンガーを手渡す。制服を乾かすのに使えるから。ついでに圭の胸に聴診器を当てたらビンタされた。

 

「何考えてんの」

「白銀さんの音ってどんなだろうなーって」

「変態」

「言い訳のしようもないな! それよりさ」

「それより? それよりって何! 人の胸触っといて!」

「小さな膨らみはありました」

「セクハラ!」

「逃げ場がどこにもねぇ!」

 

 逃げ場がないからって、地雷源を突き進めばいいわけじゃない。顔を赤くして怒る圭をなんとか宥め、そっぽを向く圭にさっき言いかけたことを言った。言いながら行動に移した。

 

「今日は晴れだし、屋上の方が早く乾くだろ」

 

 聴診器を片付け、ハンガーに制服をかけた圭の足元を見る。靴下も脱いでいるようだ。洗濯バサミを見つけ出し、返してもらった学ランに袖を通す。冷たい。

 

「そいじゃ移動するぞ」

「降ろして! 自分で歩くから!」

「裸足で上靴を履きたくはないだろ? 屋上までだし、校内にいる生徒も少ないから大丈夫だって」

「全然大丈夫な気がしないんだけど」

 

 圭の文句は受け付けずに背負う。降ろす気がないようだと分かると、圭は渋々といった様子で大人しくなった。

 ドアを開けて廊下を確認。人がいないとわかると階段までダッシュ。背負っている圭から、廊下を走るなと注意された。しかしこうでもしないと、時間をかけずに屋上まで行けるわけじゃない。肩を掴んでいる圭の手に力が入ったのを感じつつ、陽は足を緩めずに階段を駆け上がる。

 秀知院学園の中等部にはエレベーターもある。あるにはあるが、そこを使っているのは大人たちだ。鉢合わせするのも面倒で、階段を使うしか選択肢はない。

 

「私背負ったまま上がるのはしんどいでしょ……」

「別に。白銀さんは軽いし、もっと重たいのをつけて動いてたこともあるから」

 

 圭よりも甲冑の方が重たい。もちろん、背負っているのと全身につけているのとでは、重さの感じ方に違いがあるわけだが。何よりも、女子を背負うというだけで男は自然と力を発揮するのだ。

 屋上に到着するとドアを開ける。本来なら閉まっていないとおかしい。圭がぽかんとしているのをよそに、陽はフェンスの近くまで移動した。

 

「ほらフェンスにハンガーかけて」

「……ぁ、うん」

 

 フェンスにハンガーをかけ、制服の乾燥を開始。靴下も、持ってきた洗濯バサミでフェンスにつけた。

 

「夏は終わってるのにまだちょっと暑いな」

 

 まだ圭を背負ったままそう言い、日陰のある場所へ歩いていく。少しの間、圭に自力で掴まってもらい、素早く内ポケットからレジャーシートを取り出す。人1人が限界のサイズ。それを床に投げ、その上に圭を降ろす。

 

「座りますか。それも座れるだけの大きさはあるし」

 

 圭の横にドカッと腰を降ろし、圭もそれに続いてレジャーシートの上に座る。何個か聞きたいことがあった。レジャーシートもそうだし、屋上が開いていることもそうだ。陽は開いているのをわかってて動いていた節がある。

 

「レジャーシートは常備品だよ。それがあるとどこでも寛げるし、自然に囲まれてる所とかわりと好きだから」

 

 学ランを脱ぎ、裏返しにしてフェンスの穴に袖を通して絡める。磔にされているような見た目だが、乾かすためだから仕方ない。

 圭はそれを眺めながら、陽の言葉に納得する。わんぱくそうな少年だし、イメージがつきやすかったから。

 

「じゃあ屋上は?」

「開放してもらってるだけ。知ってる人は全くいないし、広めないことが条件だな」

「今日私が知ったけど?」

「白銀さんは言いふらすような人じゃないと思ってる」

「……変わらないね」

「?」

 

 呆れるような、嬉しそうな。なんとも言い難い表情を圭が浮かべる。膝を抱えるようにして座っている圭に、陽はそっと手を伸ばす。

 

「ちょっとごめんね」

 

 前髪を払い、圭の目を見つめる。性格を表している目だ。それを観察し、不思議な目だなと分析する。氷の層による壁。その奥にある入り乱れた感情。何を感じないわけでもなく、何もかも諦めたわけでもない。

 

「なに?」

「不思議だなーって」

 

 圭から手を離し、壁に背中を預ける。不思議なのはお前の行動だと言いたげな視線を浴び、陽は苦笑した。

 

「変なの」

「バカだからな」

「……知ってる。本当に、変わってないから」

「どうだろうなー」

 

 圭の言う変わっていない。それは本当にそうなのか。陽自身ぼかしているだけでわかっていない。自分のことは、自分よりも他人が気づけるものだから。変わっていないというのなら、変わっていないのかもしれない。

 ただ、陽からすれば()()()()()()()という気持ちもある。誰だって、外向きの顔があるのだ。裏表のない人も中にはいるが、それは極少数だ。純粋な圭ですら、外向きの顔はある。

 

「何も聞かないんだね」

「聞いてほしいなら聞くけど、白銀さん自身が蓋をしてる状態だしさ。無理には聞かない」

「そっか」

 

 圭は抱える膝に顎を乗せ、床を呆然と見つめる。話す話さないの選択肢は圭にある。無理に聞き出さないのは優しさなのか。陽はそれを優しさとはどうしても思えなかった。自分が優しい人間だとは思わない。だって、優しい人間なら現段階で解決のために動くはずだから。

 

「白銀さん。上見て」

「上?」

「真上じゃなくて、空」

「なにかあるの?」

「青空と雲しかないな」

「なにがしたいの?」

「空を眺めるのって楽しいじゃん」

 

 空は変わらない。いつの時代でも、どんな時でも変わらずそこにある。生物たちの営みがどうであれ、変わらずに手の届かぬ位置に在るだけ。

 そこに浮かぶ雲を見て、何かの形に見えるのを楽しむ。陽の楽しみ方はそれだけだ。小学生や幼児たちと変わらない。

 

「あれとかさ。クジラっぽくない?」

「え……うーん……クジラかなぁ?」

「白銀さんにはどう見える?」

「どうって……雲としか」

「やれやれ。初心者には難しいか」

「初心者って。雲は雲じゃん」

「そういう硬い顔しない」

 

 圭の頬を突き、手を払われたらニヤニヤと笑って視線を空に戻す。もう少しそれっぽい雲を見つければ、それを指差して圭に話を振る。今度はそれっぽい形だったから、圭も首を縦に振った。

 制服が乾くまでの間そうやって過ごし、乾いたのを確認すれば制服を回収。これから保健室へと戻り、着替えて解散だ。

 

「白銀さん。放課後にまたここで過ごさない?」

「え?」

「嫌なら別にいいけど」

「嫌じゃないけど、選挙活動は? たしか立候補してたよね?」

「まぁ、その辺は大丈夫。考えなしに誘ったりはしないから。白銀さんは優しいね」

 

 他人のことを心配する。形だけのものではなく、心からの心配。それを感じ取り、圭の人の良さが染みてくる。自分のことを棚に上げているのはいただけないが。

 

「明日は外せない用事があるから。明後日とかどうかな?」

「私は別に用事ないよ」

「なら決まりだな」

 

 明後日の放課後に屋上で会うことを決め、保健室へと戻る。今日のところはそこで解散した。

 

 

 

 陽の外せない用事。それは勧誘だ。会長戦に勝てば、生徒会の役員を任命する必要が出てくる。それを、会長になる前から決めておこうというのだ。勝利宣言とまではいかないにしても、その方がより決意を固められるのも確か。

 そんなわけで、陽は後の副会長の勧誘に来た。藤原萌葉。陽が好意を寄せる相手であり、圭の親友。

 

「生徒会か~。経験するのも悪くないし、いいんだけど条件をつけようかな」

「条件?」

「そう。圭ちゃんも生徒会に入れること。じゃないと私は入らないよ」

「白銀さんも誘うつもりだぞ。会計をお願いしようと思ってる」

「そうなんだ? ならよかった」

 

 昨日会ってるんだからその時に誘えばよかったものを。陽はまず萌葉を誘うことで頭がいっぱいだったらしい。

 萌葉としては、極力圭と一緒にいられる状態にしたかった。それが叶うのであれば、陽の提案は悪くない。生徒会という立場も、今の圭にとって大きくプラスに働く気がするから。

 

「何か要望ない?」

 

 陽のその言葉は意外だった。陽の目的は勧誘だけのはず。それが叶うのなら、早々に立ち去って選挙活動に勤しんだらいいはずなのに。

 

「要望って?」

 

 萌葉は小首を傾げた。純粋な疑問だ。陽がいったい何を考えているのか読めない。

 

「生徒会に入ってほしいってお願いしてる立場だしさ。何か要望に応えてそれでイーブンかなって」

「……あははっ、変なとこ気にするんだね」

「変か?」

 

 なぜ笑われるのかと疑問を抱くも、萌葉がそれに答えることはなかった。しばらく逡巡し、明るい雰囲気から一転。真剣な雰囲気を纏った。

 

「どういう頼みでも応えてくれるかな?」

「常識の範囲内で、俺にできることなら」

「うん。じゃあ……圭ちゃんを助けて」

 

 今の萌葉に必要なのは、裏切らない味方だ。

 

「圭ちゃんと仲良くなってほしい」

 

 そしてそれは、圭にも必要な存在だ。

 だから萌葉はそれを頼み。陽はそれを快諾した。

 



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白銀圭に差し伸べたい2

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 成人式。それは日本人が20歳になると行われる式。大人になる節目と捉える人も多いだろう。電車の大人料金を払えば大人の仲間入りと言ったり、義務教育が終われば大人の仲間入りと言ったり。いったい大人ってなんなんだと思わなくもないが、成人式が大きめな節目らしい。

 それのちょうど半分。10歳になった年にあるのが、2分の1成人式。何でもかんでも祝いたがる日本人らしい。4分の1にまで小分けしなかっただけまだいいか。

 この年は、日本に住む者なら小学校4年生の時に訪れる。特に何もなく過ごす人もいれば、祝われる人もいるだろう。学校によっては、何かしら行事を入れるかもしれない。

 

 秀知院学園では特に何があるわけでもないのだが、当時4年生を受け持っていた教員は、他のクラスの担任と打ち合わせを重ね、ちょっとした企画を立てた。

 隣の席の人にプレゼントを贈ろうというものだ。人数が各クラスちょうど偶数たったため、比較的スムーズに行われることが予想された。実際には、男子からのブーイングが多かったが。

 小恥ずかしいのである。背伸びしてる子や密かに好きな人がいる子など、事情は様々であれ、男子の一定数は反対した。陽は特になんとも思わなかった。前世の記憶に引っ張られているのもあり、むしろ意欲的にその企画に賛同した。

 

「はい。白銀さん。おめでとう」

「え……ぁ、うん。ありがとう?」

「あはは! なんで疑問形なんだよ」

「……いや、だって。なんで貰ってるかわからないし」

「なんでって。ほら、2分の1のやつ」

「…………もしかして、あれ無くなってたの知らない?」

「まじか」

 

 視界が狭まっていたのが原因なんだろう。当時席が隣だった圭に、何を贈れば喜んでもらえるのか。何だったら圭に似合うのかを必死に考えていた。姉と妹にも相談し、買い物に付き合ってもらい、悩み抜いてから決めた贈り物。それに夢中になり過ぎたせいで、企画が飛んだことをちゃんと聞いていなかった。

 けれど、買ってしまったものは買ったのだし。圭に渡そうと思って決めたのだから、圭に渡すのもおかしなことではない。返品は受け付けるつもりがない。

 

「白銀さんってたしか8月が誕生日だったよな?」

「うん」

「2分の1兼誕生日ってことで受け取ってくれない?」

「そういう事なら……。開けてもいい?」

「いいよ。白銀さんなら似合うと思うんだよな~」

 

 丁寧に梱包された箱を開ける。中に入っていたのは黒と白のラインが入ったリボンで、可愛らしくも気品の感じられる一品となっていた。これを買った時、見つけ出してくれた姉にめちゃくちゃ感謝したのも最近の話である。

 リボンを見た圭は、僅かに口を開けて驚いた後、柔らかく微笑んでそれを手に取る。

 

「えっと、どう……かな?」

「嬉しいよ。家族以外で男の子からプレゼント貰ったことないし。ありがとう」

「そうなんだ。なんか、初めての相手でごめん」

「私は貰えて嬉しいって言ってるのに……」

 

 初めてのものは好きな人から、という価値観があるということを陽は友人やクラスの女子から聞いていた。だから、圭に好きな人がいるかはさておき、そういう考えを圭も持っているのなら、ただのクラスメイトで初めてのことが消えるのは申し訳なかった。

 圭にその考えはないのだが。キスなら好きな人が初めてがいいと思っているが、プレゼントぐらいなら気にしない。妙なところで謝る陽を横目に、圭は貰って嬉しいことを示す意味も込めて早速それをつける。それまでつけていたカチューシャを外して、慣れないことに手間取りながら。

 

「どう、かな?」

 

 ついさっき陽が言ったこと。それを今度は圭が言う。

 手間取りはしたものの、圭は万能型の人間だ。要領を掴んでからは早く、初めてつけるのにバッチリと決まっていた。鏡も見ていないのに。

 月明かりより綺麗な月白の髪。それに溶け込むように、目立つわけでもなく、埋もれるわけでもなく互いを引き立て合っている。照れくさそうに笑いながら、リボンの端を指に絡めて圭が陽を見る。

 

「すごい似合ってる。綺麗」

「綺麗は言い過ぎだよ」

「いやほんと綺麗だと思うんだよ。鏡見てきたら?」

「うーん、そうしてみる」

 

 自分のことはどうしても見えない。始業まではもう少しだけ時間がある。圭は席を立ち、小走り気味に足早に教室を出ていった。それを見送った陽に、クラスメイトたちが邪推して絡むのも当たり前だった。

 教室でそうなっていることは知らずに、圭はトイレに寄って鏡に映る自分を見る。見ずにつけたわりにちゃんとつけられていることに安堵し、貰ったリボンをつけている自分を見て陽の言葉を思い出す。

 

(綺麗、かな)

 

 陽の性格からして、その言葉は本心なんだろう。そこまで絡んだことはなくても、同じクラスになれば目につく人物だ。クラスの中心にはいるような人物。話さなくてもある程度知れるタイプ。

 可愛いと言われるより、綺麗だと言われた方が嬉しかった。圭だって大人な女性には憧れの気持ちがある。綺麗という褒め言葉は、そこに一歩近づいてる気分になれた。

 

「あれ? 圭ちゃんどしたのそれ~」

「萌葉。おはよう」

「おはよ! で、それどしたの? イメチェン? 失恋?」

「失恋してないし、そもそも好きな人いないし」

「えぇ!? 私は圭ちゃん好きなのに!」

「友達としてだよね!?」

「…………………うん」

「今の間なに!?」

 

 ニパァと笑ったまま間を作られると、何かあるのかと勘ぐってしまいたくなる。特に深い意味もないのに。

 萌葉が遊んでるだけだと気づいた圭は、ため息をついてからリボンを貰った経緯を萌葉に説明した。

 

「あははっ! 小野寺くん相変わらず面白いね~!」

「萌葉は仲いいんだっけ?」

「それなりにね。小野寺くんは飽きないから」

「おもちゃみたいに……」

「それにしても、そっかー。リボンか~」

「リボンがどうしたの?」

「……んー、何でもない」

 

 絶対何かある。含みのある言い方にそれだけは見抜いたのだが、その内容まではこの時の圭にはわからなかった。

 

「圭ちゃんすごい似合ってるよ! これからそれで来てもいいんじゃない?」

「……萌葉がそう言うなら」

 

 それ以降、圭はそれをつけて学校に来るようになった。しばらくは周りから変に煽てられたりもしたが、陽も圭も適当に流していたことで段々と鳴りを潜めるようになり、やがてそれが陽からの贈り物だということ自体忘れる人も出るようになった。

 

 それを覚えている人もいるわけで、それが火種となってしまったことに気づいたのは、中学1年生のこの日だった。

 

「離して」

 

 ちょっかいをかけてくる3人組。圭からすればどうでもいい相手。一応名前こそ覚えているが、口に出そうとも思わない人たち。

 その内の2人に両腕を抑えられる。この2人は主犯格に協力してるだけ。主犯格がいなければ、圭に近づくことすらしないような間柄。だから、圭にとって1番面倒なのは、目の前にいる1人だけだ。

 

「なんであなたみたいな薄汚い混院なのよ……!」

「? なんの話?」

「それすらどうでもいいことか。あなたにとっては、()()()()()ことか」

「だからなんの話?」

「忌々しいわ。本当に。白銀さんを見ると絶対見せつけられるだから」

 

 主犯格がポケットから道具を取り出す。それを見た圭は目を見開き、話に聞いていなかったのか圭を抑えている2人もギョッとする。

 

「それは流石にヤバイって。退学になるよ」

「それぐらいわかってるわよ」

 

 取り出されたのはハサミ。傷害事件は洒落にならない。咎める仲間に、それはしないと言い返した。

 圭の前髪を掴んで引き寄せる。髪を引っ張られる痛みに圭は顔を歪めたが、目の強さだけは変わらない。圭の心の強さはこれでは揺らがない。

 

「本当に、ずっと忌々しいと思ってた。あなたがこれをつけて学校に来るようになってから!」

「……いっ!」 

「偶然だったのは仕方ないわ。妬ましく思っても我慢してた。けれど、これは耐えられないわ! なんで白銀なのよ! ()()()()()()()()()()()!」

 

 白銀圭は学年トップの成績を取る。しかしそれは、彼女がいなければの話。圭たちが中学1年生の時、成績トップを取っていたのは彼女だ。

 そして彼女は先程知ってしまった。陽が生徒会に誘うと決めているのが、藤原萌葉と白銀圭の2人だということを。実力主義という話はどこに行ったのか。実力主義なら、自分が選ばれないのはおかしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女にとってこれは屈辱以外の何物でもない。

 

「寺島さんが直接聞けばいいじゃん」

「薄汚い女は黙ってなさい!」

「ぐっ……」

「昨日あの後彼と保健室に行ったようじゃない。彼の性格なら、着替え中に外に出るわよね? でも出なかった。そういう事なんでしょ? 彼を誘惑して、弱みを作って。どこまでも汚い女ね」

 

 圭の髪を掴む手を離し、リボンだけを引っ張る。リボンと髪の間に寺島はハサミを差し込んだ。

 

「ぇ……」

「これがなければ彼とあなたを繋ぐものも消えるわよね」

「やめて……それだけはやめて!」

「あはっ! いい気味だわ! そんなにこれが大事? そんなに繋がりがほしいの?」

 

 寺島は履き違えているが、それに気づける筈もない。嫉妬は全てを歪ませる。

 圭にとってのリボンは、思い出が詰まっているものだ。ただの贈り物じゃない。陽と時折話すきっかけにもなった。家族にも良いものを貰ったなと喜ばれた。父と兄が少しだけ頬を引きつらせてはいたが、それも含めて思い出がある。

 断たれたくない。綺麗だと言ってもらえたから。これがあれば、少し大人になれるから。圭にとってこれはスイッチだ。早坂が朝のシャワー等でスイッチを入れるように、圭もこのリボンをつけることで、学校で過ごすためのスイッチを入れる。決してこれは、ただのリボンなんかじゃない。

 

 陽との繋がりの意味なんてあると思ってない。

 ただ、圭はこれが他に変えられないほどに大切なものだと思っている。

 

「切らないで……。お願いだから……」

「なら必ず彼の誘いを断りなさい。私が生徒会に入れるように仕向けること。それができるまで、これは私が預かっておくわ」

「ぁっ……」

 

 絹が髪を擦る感覚。それを感じたと思った時には、リボンが寺島の手の中に収まっていた。

 圭は力が抜けたように膝から崩れ、呆然と目の前にある自分の宝物(リボン)を見るしかなかった。

 

 陽が萌葉を勧誘した日に裏で起きたことである。  

 

 その翌日、圭がリボンをつけずに登校してきたことが1年生の間で少し話題になった。圭の言い分としては、汚してしまったから洗っているというもの。これまでにそうなったことはなかったが、圭ほどの人間でもうっかりすることはあるんだな程度で話は収まっていた。

 そこを勘ぐったのは、一部の生徒くらいだろう。

 放課後になり、一昨日の話の通り圭は屋上に来た。少し遅れて陽が屋上に到着し、陽は忘れないうちに生徒会への勧誘を始めた。

 

「白銀さんに生徒会に入ってほしい。藤原さんも誘ってるんだけど、白銀さんが入るなら入るって言ってくれてる」

「……ごめん。嬉しいけど入れない」

「一応理由を聞いてもいい?」

「私の家そんなに余裕ないから、放課後も新聞配達のバイトしたいし」

「そっか。うん、じゃあ()()

「……え?」

 

 何をもって「じゃあ」なのか。なぜ今の理由で断ることを断られるのか。圭は陽の正気を失った。そもそも役員は強制じゃない。会長の指名にその人が同意しないと成立しない。ひょっとしてそれを理解していないのだろうか。陽はバカだし可能性がありそう。圭は失礼なことを考えた。

 

「新聞配達より好条件を出すよ。生徒会で給料発生させる」

「そんな予算組めるわけ──」

「ポケットマネーで出す」

「何言ってるの!? 受け取れないよ!」

「白銀さんわかってないなー。俺はみんなが思ってるほど良い人じゃないんだよ」

「けど……」

 

 断らないとリボンが返ってこない。寺島を生徒会に加入させないと、宝物が返ってこない。圭はそれが耐えられない。

 

「俺はわがままな人間だから、白銀さんと藤原さんを生徒会に入れる。だから、白銀さんの憂いを全て俺が払う」

「そんなことされなくても、自分でできるから」

「人を頼れない人って、たいてい碌なことにならない」

「っ!」

「直接は知らない。又聞き程度で詳細もまだわからない。けれど、今日の白銀さんを見たら推察はつく。これは俺でも看過できない」 

「何もしないで! 私が生徒会に入らなかったらそれで解決するから!」

 

 陽の目的は圭を生徒会に入れること。

 圭の目的はリボンを取り戻すために生徒会に入らないこと。

 食い違いは当然のように発生した。

 

「何が解決するのさ」

「なにって」

「本当にリボンが返ってくる保証がどこにあるの?」

「っ!!」

「握った弱みを簡単に手放す人間かもわからない。返ってこなかったらどうするの? ずっと言いなりにでもなる? 無視するとして、その生活をいつまで続ける気?」

「それは……」

「選んで。俺に賭けるか。それとも寺島に賭けるか」

 

 



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藤原萌葉は選挙活動をさせたい

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 トレーディングカードゲーム。略してTCG。トランプやUNOのようなカードゲームとは異なり、カードの種類が圧倒的に多い。1つの作品の中でもカードの変遷があり、初代と現代では本当に同じカードゲームなのかと思ってしまいたくなるものもある。効果の説明がやたらと長いとか。

 

「速攻魔法サイクロン! 俺から見て右から2つ目のカードを破壊する!」

「馬鹿め! これもサイクロンだ! チェーンして発動! お前のサイクロンを破壊する!」

「意味ないだろそれ!?」

 

 仕方ない。陽の魔法・罠ゾーンには今発動されたサイクロンしかないのだから。いやそも破壊できるのだろうか。なんにせよ意味ないからその辺りは流すようだ。

 

「会長。んで、結局どうなったんですか?」

「俺はもう会長じゃないぞ阿天坊」

「んじゃよっちゃん」

「イカ食いてぇ~。しばき倒すぞ馬鹿野郎」

 

 ここは陽が所属する娯楽部の部室。あまりにもアバウトな名前の部活だからこそ、何を持ってきてもこの中での遊びなら許されるという風紀委員殺しの部室だ。去年3年生だったちびっ子風紀委員とは何度も交流した仲である。

 陽と今対戦しているのはジャーキー。去年の部長があだ名を考えている時にビーフジャーキーを食べたことから付いたあだ名だ。ちなみにビーフジャーキーは口に合わないらしい。以降一切食べてない。

 

「3体のモンスターをリリース!」

「まさか!」

「いでよ! オシリスの天空竜!」

「おい待てそのイラスト鼻毛の方のやつだろ!!」

 

 カードの捏造はよくないのでやめられたし。それが許されるのは身内だけで対戦する時である。

 

「効果は同じな」

「セコいやつだなぁ」

「よっちゃん話の続きは?」

「なんの話だっけ?」

「白銀先輩の話ですよ」

「あーはいはい」

 

 せっかく出てきた鼻毛版オシリスだが、ジャーキーの手札が2枚しかないために攻撃力が悲しいことに。これでは陽のフィールドにいるBMG(童貞殺し)を突破することができない。墓地には愚かな埋葬によって送られた師匠がいるから。

 

「あの後藤原さんが来て白銀さん連れて帰ったよ。あの人絶対酔ってなかっただろ」

「いや酔ってましたよ。顔赤かったですし」

「まじで? 冷めるのが早いのか? というか阿天坊はどこにいたわけ?」

「気づいたらうさぎ小屋にいました。目を覚ましたらうさぎに囲まれてて、あいつらカリカリ歯を鳴らしながら見てたんすよ。くっそ怖かった」

「死にかけじゃん」

 

 次のターン。未熟者の爆発(ブラックバーニング)により鼻毛神が蒸発。萌え萌えキュン死したようだ。

 モンスターゾーンがガラ空きになったジャーキーにダイレクトアタック。矢印樽トラップにより陽の自滅。敗北が決まった。あの矢印樽ってドンキーコングに出てたように思われるのだが、ゴリラからの移植だろうか。

 

「よっちでも負けるんすね」

「よっちって誰だよ。いやま、こういう遊びなら普通に負けるぞ」

「陽は案外弱いからなー」

「ジャーキーはそう言ってるけどな。こいつふざける癖に駆け引きが上手いから勝つんだよ」

「玉袋はジャーキーに勝てねぇしな」

「誰が玉袋だ!」

 

 玉袋も名前ではなくあだ名である。これも前部長がつけた。この名前の経緯は、陽が部室にあったハイパーボールで遊んでいたら玉袋の股間に直撃したからである。

 

「陽お前いつ告白すんだよ。ジャーキーに負けたんだけど!」

「お前らなんで賭けしてるんだよ……」

 

 陽がいつ告白するかで玉袋とジャーキーは賭けをしていた。敗者は勝者にご飯を奢るという健全な内容だ。玉袋は半年後と予想し、ジャーキーは任期中に告白できずに終わると予想した。結果、陽は告白できずに生徒会の任期が終わり、見事にジャーキーの勝利である。玉袋の財布から諭吉が消えた。

 

「実際問題、よっちっちって恋愛になると途端にヘタレですよね」

「あだ名が定着しねぇなー」

「名前で呼べばいいんじゃね?」

 

 あだ名の話の方が進みそうになるが、玉袋とジャーキーが陽を逃さない。陽が会長になれるように、前部長といろいろとサポートしたのだから。お膳立てして結果がこれでは文句の1つや2つ言っても許される。

 

「阿天坊後輩の言う通りだぞ実際。お前は時折妙に大人びてるとか言われるのに、恋愛は5歳児だ。おっぱいしか見てねぇ」

「それはジャーキーだろ。俺は藤原さんの人格に惚れてんの」

「それはそれで病院に行ってくれって話だが」

「藤原ってむしろあの胸以外に何があるんだよ」

「ちょっと待ってください。もしかしてここには巨乳派しかいないんですか?」

 

 阿天坊の言葉に3人が頷く。何ということか。分かり合えそうだった人が実は敵側だったなんて。アニメの世界のような経験に喜びを感じつつ、四面楚歌の状況に身を震わせる。これは怯えではない。武者震いだ。孤軍奮闘するしかない。今この場でちっぱいを布教できるのは阿天坊だけだ。

 

「ちっぱいとか胸がないに等しいだろ」

「あまりもの暴言!! ドストレートの暴言にびっくりしますわ!」

「玉袋は脳筋だからな。思考が硬いんだよ」

「なんだ陽。味方のくせにディスるなよ。てか藤原のおっぱいでか過ぎない? 中2であれだぞ? 長女が爆乳ってことを考えりゃまだ成長するんだぜあれ。ロマンしかないだろ」

「お前の脳は股間にしか結びつかないのか」

「これぞ前立腺思考!」

 

 うわ馬鹿だと阿天坊の口から漏れ出る。それを聞き取った玉袋が阿天坊を捕まえ、ヘッドロックを仕掛ける。レッドロックなら美味い。

 

「玉袋の股間思考は俺らにも理解できんから同じ仲間とは思われたくないが」

「おいジャーキーてめぇ!!」

「お前みたいな低能と同じ括りは屈辱だと言っている」

「お前俺より成績悪いだろ! メガネくいくいすんな腹立つ!!」

 

 メガネをくいくいと上げ下げして遊んだ結果、ジャーキーは気分を悪くした。三馬鹿の底辺なだけはある。しかし彼のポリシーは固く、それを主張できる今の場を逃すはずもない。

 

「胸の大きいやつがカバンを斜め掛けしてる時堪らんよな。片側ずつが強調してる感じスコ。帯が胸と胸の間に埋まってる時とかいろいろ困る」

「連行されちまえ! この歩く発情マシーンが!」

「馬鹿め! 巨乳でなければときめかん!」

「そういえば巨乳派の人に聞きたかったんですけど」

 

 ヘッドロックをかけられた状態のまま阿天坊は手を伸ばして質問する。手を上げているのだが、態勢のせいで前方に伸ばしてるようにしか見えない。

 

「太っちょ巨乳はどうなんですか?」

「それはただのデブ」

「痩せてから出直してくれ」

「相撲でもしてろ」

「3人とも辛辣~」

 

 許容範囲の話なら別かもしれないが、今この場では好みや理想の話をしているのだ。そこに含まれないものは議題にするだけでもありがたく思えという話である。

 

「阿天坊にわかりやすく紹介するとだな。玉袋がオープンスケベ」

「オープンカーみたいな響きだな!」

「見ての通りバカだ」

「そうですね」

「ジャーキーがムッツリスケベ」

「脳内なら犯罪にならんだろ」

「まともそうに見えるバカだ」

「がっかり感強いですね。で、YOへんぼくは?」

「唐変木みたいな言うな。俺は健全だ」

「こんのぉ! 裏切り者がァァ!!」

 

 阿天坊が解放され、今度は陽が襲いかかられる。陽がそれを迎え撃ち、拮抗しているところをジャーキーが横槍を入れた。陽にスキが生まれ、それを玉袋が逃さずにネックロックへと繋げる。素人は決して真似しないように。

 

「娯楽部っていつもこんな感じなんですか?」

「3人揃うとこうなるか、なんか遊んでるかだな」

「陽が生徒会に勤しんでからは暇だけどな。この前までカップ診断してた」

「これがそのリストだ」

「風紀委員にバレずによくやりましたね……」

「ミニ先輩が消えてからはカモだからな。ちなみにあの人の成長記録は最後のページだ」

「高等部にまで足運んでる!?」

 

 一番後ろのページには盟友(宿敵)と書かれている少女の記録が載っていた。1年間の成長記録にされている辺り、阿天坊は顔の知らぬその先輩を哀れんだ。しかし記録的にちっぱいである。コンタクトを取って会いたいとまで考えた。この男も正直だった。

 

「脅威な記録はやっぱり藤原なんだけどな」

「3年にも侮れん成長の人がいるのだよ」

「なぁなぁ。仮にも生徒会長と同じ部活なんだしさ。これ明らかに次の会長戦に響くんだが!」

「案ずるな。バレるようなヘマはしてない」

「女子の胸を見る男子は山ほどいるからな! 木を隠すなら森ってわけよ!」

 

 理屈としてはそうだし、実際に女子の胸を見る男子はいる。山ほどではないが、そこに目が言ってしまうのが男子だという認識が、女子の中で定着している。だから、胸を見ること自体は問題ではない。このリストさえ守り抜けばいいのである。

 

「シュレッダー行き~」

「「ああァァァァ!!」」

 

 玉袋がドヤった瞬間に抜け出した陽が、リストを阿天坊から回収して中身をパラ読み。速攻でシュレッダーにかけた。それにより男子2人の叫びが部室内に響いた。1年かけて作ったリストである。それが消えたとなっては叫びたくもなる。

 

「なんでだ陽! なんでなんだYO!」

「名前で遊ぶな。消すのは当たり前だろ」

「お前ならわかってくれると思ったのに!!」

 

 男子2人が打ちひしがれ、拳を床に何度も叩きつける。溢れる悔し涙は、これまでの熱意と時間を物語っていた。

 会長戦に影響が出るというのはそうなのだが、ここまでバレずにやり抜いたこの2人なら、隠し通すことも可能なはず。阿天坊は陽の行動の原因を考え、該当するものを思い出し手納得した。

 萌葉と圭の記録があったからだ。

 

「はぁーーーー。なくなったもんはしゃーねぇけど、お前はいつ告るんだ」

「話を戻された」

「そりゃ戻すさ。友達だから手伝いはするが、それが徒労に終わるのはゴメンだから。あぁ、徒労って言っても、絶対に成功させろって話じゃない。告れって話だ。回りくどいやり方の結果これだ。真っ直ぐ行ってみろよ」

 

 ジャーキーの言いたいことはそれだけだ。今年も、()()()()()()手伝いはする。陽が告白をするという前提でだ。それが前回裏切られた形になっている。次はないという最終通告でもあった。

 

「わかってる」

「ならいい」

「今年は今年で気をつけろよー。対抗場のやつ、寺島の件で相当お前を嫌ってるからな」

「だろうな。でも、関係ない。出方次第だが、もし看過できない場合は、同じ道を辿ってもらう」

「おぉーこっわ。また消えなきゃいいな」

 

 玉袋はわりと淡泊な人間だ。大抵のことに執着を見せない。自分が楽しめるのならそれでいい。だから、陽のことも手伝う。他人の恋路は見ていて楽しいから。そして、秀知院学園の裏の名物である他校への転校も、楽しいと思ってしまう性格だ。寺島を追い出したことにも一役買っている。

 不穏な空気を感じ取った阿天坊だったが、声を発する前に部室のドアがノックされる。入っていいと陽が声をかけると、中に入ってきたのは元副会長の萌葉だった。

 

「やっぱりよっぴーここにいた~」

「その変なあだ名シリーズ流行ってんの?」

「何のこと? それよりヒカリン選挙活動するよ。公約も張り出さないとだし」

「とうとう原型が消えたな」

 

 萌葉が陽の手首を掴み、グイグイと引っ張って部室から連れ出す。萌葉が関われば陽が拒むわけもなく、娯楽部プラスワンは手を振って見送った。

 

「阿天坊は行かなくていいのか?」

「近くで野次馬する気はないですよ」

「ははっ! たしかに、馬に蹴られかねないしな!」

「そういうことです」

「ようし気に入った! さぁここに名前を書け!」

 

 陽の知らないところで、阿天坊の勧誘が行われていた。

 萌葉に連れ出された陽は、どこに向かっているのか見当をつけられずにいた。生徒会の任期が終わり、生徒会室に入ることもできない。公約を張り出すにしても、まだ印刷を事務員に頼んでいる段階だ。

 

「藤原さん。白銀さんは?」

「……気になる?」

「まぁ、2人はいつも一緒にいるイメージがあるから」

「だよね」

 

 陽はしくじったと思ったが、気づくのが遅かった。今は男女で2人きりなのに、そこで他の女子の名前を出すのはタブーだ。姉が知れば無言で蹴られることだろう。

 

「圭ちゃんは今日買い物だって。夕飯作らないといけないみたいだから」

「なるほど」

 

 白銀家は父子家庭だ。父親の職業は不定。何時に帰ってるくのかもバラバラ。兄の御行は陽と同じく連続での会長戦に挑むらしい。比較的時間の取れる圭が買い物に行くのも珍しくない。

 ウィスキーボンボン事件以降、圭とはまともに話していない。元より教室内で話すことも少なく、生徒会という場所がなくなれば会話が極端に減るのも必至。そのために陽は、圭があの時のことを覚えているのかを把握できていない。どういう意味で言ったのかも。

 

「生徒会が無くなるといろいろ困るからね。会長になってもらわないと困るんだ」

「前にもそう言ってたな。覚えてるし、手放す気はないよ」

「ひとまずは安心かな。あとは勝ってもらわないと」

 

 勝たなければ何も達成できない。居場所作りも。たとえそこに混沌が生まれるのだとしても、全てのツケは自分で払わないといけない。手放したくないものは何か。考え直さないといけない。

 

「藤原さん」

「ん? なに?」

 

 あの日に生徒会室に戻ってきたのは萌葉だけ。寝ている圭にホールドされてる陽を見たのは萌葉だけ。それを見た直後の萌葉の様子は、死角だったために見えていない。圭が起きていたら、見えていたかもしれないが。

 萌葉は揶揄うような口調で話しかけ、寝ている圭を引き取って生徒会室を後にした。その時の萌葉の心情だって読み取れなかった。萌葉に勘違いされたのではと焦っていたから。

 タイミングとしては最悪かもしれない。酷いやり方かもしれない。

 

「会長戦に勝ったら、話したいことがある」

「……いいよ」

 

 ズルズルと引きずり続けてはいけないと思ったのか。陽は真っ直ぐと前に足を進めることにした。

 それが愚かな選択だったのか。この時にはまだわからない。

 

 

 



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早坂愛に相談したい

 飽きた。自分で書くよろし。


 

 夏が開ければ秋が来る。それは自然の摂理で時間の逆行なんてできやしない。秋となれば何か。なんとも思わない人の方が多いだろう。せいぜいが、「クッソ暑い夏が終わった」とか「秋だけ秋休みないからショボいよな」だろう。一応述べると、秋休みがある学校はある。

 ファッションを気にする人なら、秋物の服を買うことだろう。夏の間にチェックする人もいる。秋なら次の冬に向けてチェックする人もいる。

 何はともあれ、秋なのだから秋物の服を買ってもおかしな話じゃない。本日は、夏休み中に予定していた買い物の振替日である。

 参加者は四宮かぐや、藤原姉妹、白銀圭の4人である。

 

「尾行ってワクワクするなー。まるでスパイみたいだぜ、テンション上がるな~」

「余計なことは口にしないで。バレるから」

「ういっす」

 

 それを離れた場所から見ているのは、早坂愛と小野寺陽の2人だ。四宮かぐやの外出で、四宮家の人間が誰もいないなんてことはありえない。かぐやが望まないから、近くにいるなんてことをしないだけ。必ず何人かが目視できる場所にいるし、お付きの早坂がその中にいるのも必然だ。例外があるにはあるが、基本的にこの体制である。

 今日も早坂は仕事で来ているのだが、そこに陽が合流した。陽は陽で早坂に話があるから、それなら一緒に行動しながらでいいだろうとのことである。

 

「ショッピングって、四宮さん自分で買うの?」

「ううん。買うときはいつも私達。かぐや様に合うものを選んで買ってる。今日は気に入ったのがあったら連絡が入るってやり方」

「なるほど。で、愛さんの私服は自分で選んでると」

「休みの日にね。ネットで買うことの方が多いけど」

 

 休みがほとんどない早坂の生活を考えれば、ネットでの購入が現実的なものに思えた。ネットで買うと、「イメージと違った」とか「サイズが合わない」とか起こりそうなものだが。

 

「自分に合うサイズは把握してるし、あんま困ったことはないかな」

「四宮家相手に詐欺まがいなこともしないだろうし。有名どころは名前の圧があって便利だなー」

「うざいぐらいにペコペコされることもあるけどね」

「一長一短ってやつですな」

 

 かぐやたちが移動を開始し、それに伴って早坂と陽も移動する。今日の目的は秋物の服を買うということらしいが、それだけで終わらないのが女子の買い物というもの。どうやら主目的の買い物以外も満喫するようだ。

 一向は大型ショッピングモールへと入っていき、その後を追ってみると最初に来たのがゲームコーナー。主にクレーンゲームが集中的に置かれている。家族連れを客層に想定した場所だ。音ゲーマーと格ゲーマーの動物園ではないらしい。今年は申年ではない。

 

「愛さんって、こういうの得意そうに見えて散財しながら意地で景品を取りそうなギャルっぽいよな」

「陽の中の私のイメージを一回修正させないといけない気がする」

「今一歩どうしても及ばなくてポンコツに見えてしまう人」

「鮮やかに景品を取ってその印象が間違いだと証明したいところだけど、今はかぐや様を見とかないといけないし」

「んー。どうやら他の人が見とくみたいですし、時間は軽く作れそうだけど」

「配置見て分析しないでくれる? 一応四宮家は陽も監視対象にしてるから」

 

 なんでそんな事になってるのだろうか。別に何もしていない気がする。そう思った陽だが、夏休みのことを思い出して納得した。あの日、本家の人間からすれば、「警備にバレずに侵入してかぐや(早坂)を連れて外に出た人間」ということになっているのだ。かぐやにお咎めは無かったようで、早坂はかぐやを連れ帰った人として勝手に株が上がったらしい。

 とはいえ、陽は監視の目を感じていない。かぐやと早坂で手を打ってるのだろう。

 

「うわ、四宮さん一発で取ってる。あの人が全部やったら店側泣くだろうなー」

「かぐや様は偶に才能の無駄遣いするから」

「そう言う愛さんは? 取れる?」

「取れるし。取り方だって聞いてるし。むしろ陽はそれだけ煽っておいて取れないとか言わないよね?」

「バカにしないでもらいたい。俺は取れないぞ!!」

「威張るなし!」

 

 こうして始まったクレーンゲーム対決。先行は早坂。後攻が陽。条件を整えるため、一個の商品を交代しながら狙うのが今回の勝負だ。かぐやたちがこのゲームコーナーにいる間が勝負の制限時間。明確な時間などわからず、タイムアップによる引き分けも想定される。

 もちろん両者共に勝ちを狙いに行くが。会長という立場が消えた陽は、負けてはいけないという縛りがない。純粋に勝負を楽しんでいい。しかし、早坂に勝ちたいという気持ちが沸々と込み上げてきている。

 

「狙いは完璧……。えっ!? アーム弱過ぎ! こんなのおかしい!」

「クレーンゲームやったことないの? 基本的にアームは激弱設定だから」

「こんなのクレーンゲームじゃないじゃん!」

「取り方聞いてるんじゃなかったの……?」

「アームに引っ掛けて取るって聞いた」

「優しいクレーンゲームの方ならそれだなー」

 

 小学生とか幼稚園児向けのゲームなら、アームで掴んでそのまま取れるだろう。早坂の聞いてる情報も間違いではない。多くの場合はそれでいい。アームに引っ掛けて、徐々に動かして取るのが主流だ。

 

「見といてよ。このタイプのなら、アームをタグに引っ掛けるように狙う」

「狙うの地味に難しいやつじゃん」

「そうだけど、アームの開き具合を把握してると、こんな感じに閉じていく時に引っ掛かるのよ」

「なるほどね~」

「んで、それを繰り返して穴に落とすって寸法」

 

 陽のレクチャーが終わり、再度早坂の番が回ってくる。勝ちに行ってもよかったのだが、早坂が初心者だとわかってやり方を教えることにしたのだ。初心者狩りは器の小さいものがやるものだから。時代が時代なら問答無用だが、現代は太平の世なのだから。

 教わった通りのやり方で狙う。アームの開き具合も2度見たのだから目測を誤らない。位置の調整も狂わない。四宮家の侍従たるもの、僅かな誤差も生じさせないのだ。アームが下りていき、設定されたタイミングで閉じていく。

 

「あ、取れた」

「ふぁっ!?」

 

 なんということでしょう。匠の技で見事に景品を取りました。

 これには陽も驚愕。たしかに先程陽が動かしたものだが、それでもその次で取れるとは思えなかった。運が早坂に味方したとしか考えられない。そんなオカルトありえませんと言いたいが、前世の記憶を持つ自分が一種のオカルトだ。否定材料もない。

 

「ふふん。取りました」

「めっちゃドヤるやん」

「大変気分がいいですね。散々コケにしていた私に惨敗したお気持ちを聞かせてもらいたいぐらいです」

「取れた瞬間にめっちゃ笑顔になってたのが可愛いなと思いました」

「誰が口説けって言ったし!」

「口説いてる気もないし、楽しいから勝敗はどっちでもいいかなって」

 

 景品はぬいぐるみ。二足歩行するネズミだ。取ったとしても自分はいらないし、どのみち早坂に渡そうと思っていた。断られたら妹へのプレゼントになったが、取ったのは早坂だ。彼女が持ち帰って解決だ。

 予想外なまでに手早くクレーンゲームが終わり、かぐやたちの動向の監視に戻る。クレーンゲームを向こうもやめて、プリクラを撮りに行ってるようだ。

 

「四宮家ってプリクラオッケーなの?」

「プライベートの写真は大丈夫。パンフとかHPとか、公のところが駄目なだけ」

「へ~。……撮りますか~」

「え?」

「こうやって遊ぶのは初めてだから、記念に取るのもいいんじゃない? 夏休みは結局遊べなかったしさ」

「……すぐに終わるなら」

 

 夏休みの間に、どこかで休みを取って遊ぶのもいいだろうと話には上がった。けれど結局その日は訪れず、予定変更もあって話が流れてしまった。ある意味、今日はその埋め合わせにもなるわけだ。

 年上の異性の友達と2人で遊ぶのは、陽にとって初めてのこと。早坂にとっても、異性の友達は陽が初めてだ。記念といえば記念になる。

 他の使用人たちに任せても問題ないとはいえ、仕事は仕事。遊びは程々にする必要がある。あくまでも、一般人に溶け込むための偽装工作としてプリクラを撮る。そういう建て前を作り、早坂はプリクラを撮ることを承諾した。

 

 そこからかぐやたちがカフェに移動する。さすがに同じ店に入るわけにもいかず、その店の出入り口を見られる店に移動。窓際の席は見えやすいがその分見つかりやすい。早坂だけならともかく、陽が見つかると面倒だ。そのため外が見える位置というポイントを抑えつつ、見つかりにくい席に座った。

 

「それで、陽は話があるんだっけ?」

「ん。恋愛相談マスターの愛さんに聞きたいんだけど」

「相談の一言いる? いやマスターでもないけど」

「四宮さんから恋愛相談されまくってるならマスターでは?」

「そこを切り取られるとそうなるかな」

 

 たしかに早坂は恋愛相談にほぼ毎日のっている。ある意味プロと言える存在だ。恋愛相談マスターと言われるのも納得の余地がある。陽は決して恋愛マスターとは言わないようだが、そこを追及しても面白いことではないと早坂は見切って触れなかった。

 

「ん? 待って」

「四宮さんたちに何かありました?」

「いやそっちじゃなくて。恋愛相談? 陽が?」

「ツチノコ見つけたぐらいの衝撃の顔しなくても……」

「えー。陽が恋愛ってなんか……えぇ?」

「先を越されての戸惑いですか。むしろ焦ってくださいよ。出会いなんて降ってくるものじゃないですよ」

「いや違うし。そうかもしれないけど焦ってはないし」

 

 人生のほとんどを棒に振ってるような生活をしている。なんてことは思わない。ずっと辛い思いはしているけれど、仕えている主人のことは大好きだ。彼女と過ごす僅かな時間は楽しくて好きだ。学生らしいことはあまりできてないけれど、青春っぽいことしたいとか思うけれど、焦ってはいない。

 

「どこまで教えてくれるわけ? それ次第で言えることがあるかどうかって変わってくると思うんだけど」

「藤原萌葉さんが好きなんだ」

「……まぁ、好みは人それぞれだし。いいんじゃない?」

 

 藤原姉妹はそれぞれ人気が高いとは聞いているし、一般からズレてると言っても、秀知院生はわりかしズレてる人が多い。常識なんて半ば崩壊しているような箱庭だ。陽が萌葉を好きになってもおかしい話じゃない。ズレとズレが一致することもある。

 

「答えなくてもいいけど、どこを好きになったの?」

「人柄。藤原さんの相手の本質を見て接するところとか。飄々としてるようで真っ直ぐなところとか。友達思いなところも好き」

「がっつり好きじゃん」

 

 中学生の恋愛だから、「ちょっと気になる。お付き合いしたい」程度だと思ったのにガチの恋が放り込まれた。そこまで固まってるなら後はぶつかるだけじゃないかと思ってしまう。

 

「断られたらって思うと怖いから」

「ヘタレ」

「友達にも言われた」

 

 絶対の勝算をつけて挑む。そういうやり方が理想とされる場面はあるだろう。しかし、恋愛においてそれは時として足を引っ張る行為だ。人気のある異性相手となると尚更に。

 他の人が先に告白したらどうするのか。萌葉がそれを承諾したらどうするのか。萌葉が他の人を好きになったらどうするのか。

 じっくり行く場合も必要だろう。けれど、それが絶対じゃない。恋愛に絶対などない。人の気持ちは揺れ動くものだから。ゲームみたいにコツコツと好感度を稼げば必ず結ばれるなんて思っちゃいけない。

 現実はそんなに甘くないのだから。

 

「告白はできるの?」

「するよ」

「なら…………ん? いったい私に何を相談するの? 告白するんでしょ?」

「うん。会長戦に勝ったら」

「そこはいっそ、会長戦に勝ったら付き合ってほしいって言えばよかったのに」

「ほんまや」

「バカでしょ……」

 

 告白するということで頭がいっぱいで、その方法を思いつかなかったらしい。その事に早坂は半目になるも、その事に好感を持った。付き合うために、告白するという手段以外を考えられなかったことに。そういうやり方の方が、早坂としても個人的に好みだから。

 くすっと笑いつつ、ますます疑問が膨らむ。告白することを決めて、いったい何を相談するのか。言葉なんて自分の心に従えばいい。緊張してその時に言葉が出ないというのなら、あらかじめ好きな要素を把握しとけばいい。後者だって陽は達成している。どっちになっても、その思いは伝えられるはずなのだ。

 

「何か気になることでも? まさか他に気になる子がいるとか言う?」

「……気になるというか、いや気になるで合ってるんだけど。そういう意味じゃないというか」

「はっきりしないね」

「生徒会の任期が終わった時に大掃除したんだ」

「うん」

「終わった後、俺はゴミ捨てとか後片付けして、他の3人には生徒会室に残ってもらったんだ」

 

 注文したリンゴジュースが届く。早坂はストローで二口ほど飲みながら話を聞いた。

 

「藤原さんがお姉さんから貰った差し入れを持ってきてて、それを3人が先に食べたんだけど、中身がウィスキーボンボンで」

「なんでそんなの差し入れに持ってきてるんだか……」

「戻ったら白銀さんしかいなかったんだけど、白銀さんも酔ってて」

「アルコールに弱いんだね。中学生の体ならむしろ当り前か」

「うん。で、その時に好きって言われました」

「……はい?」

「白銀さんがそれを覚えてるかもわかんないし、それをどういう意味で言ったのかもわかんないし。っていうか、覚えてないっぽくてどうしたらいいんだろうかと」

 

 早坂は無言になり、ストローで氷をかき回す。回っている氷を見ながら話を整理していき、自分の脳も回転させる。

 

(そんなパターン知らないし)

 

 早坂が受け持つ恋愛相談はかぐやオンリーである。マス部のあれは宗教だから違う。そして、かぐやと御行の関係に他の人の介入の余地などない。つまり、1対1の恋愛話しか早坂のデータベースに蓄積されていないのだ。

 しかし、元部下である陽がわざわざ頼ってきたのだ。キャパオーバーと突っぱねるのも忍びない。

 

「……()()()()()()()?」

 

 だから、まずはそこを確認しないといけない。陽が早坂の演技すら見破れるように、早坂だって自分の経験から他人の演技を見破れる。夏休みの時、陽がボロを出してくれたのも大きい。

 

「前に言ってたよね。いい人そうに見えるでしょって」

「……言ったね」

「演技って言うよりは、目標設定かな? ()()()()()()()っていう」

「あはは……。うん、そうだよ。好きな人のお眼鏡に叶う人になりたいって、おかしな事かな?」

「私はおかしいとは思わない」

 

 陽のその考えは、早坂の考えと合致するものだから。

 

「藤原さんにとっては何気ないことだったんだろうけど、俺にとっては大きな言葉だったから。だから惹かれた」

 

 萌葉のことが好きだから、萌葉の好みに合うようになりたい。だから萌葉の言葉も優先的に聞いてしまう。

 圭と仲良くなってほしいと言われた。同じ生徒会役員になって、自然とそうなれた。けれど、萌葉に告白したら。もし付き合えたら。ひょっとしたら、圭を傷つけてしまうかもしれない。

 自分を優先するなら告白。陽はその方向で動いている。

 けれど、後ろ髪を引かれてしまう。萌葉と圭の関係にも亀裂を入れてしまうかもしれないから。

 

「……決めたなら貫くしかない」

「……」

「会長の妹さんの気持ちが定かではないにしても……。恋愛は甘くて優しいだけじゃないから」

 

 恋愛も現実と同じ。優しさだけじゃない。

 

 どこまでも甘美的なもので、どこまでも残酷なものなのだ。

 

「恋愛は戦争だよ」

 

 



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藤原萌葉に伝えたい

 畳む作業はしますとも。アペ楽しい。優しい読者に感謝。


 

 戦争に勝つ条件は何か。いや、戦争じゃなくてもいい。

 戦いに、勝負に勝つ条件は何か。

 それは、敵のやりたい事をさせずに自分のやりたい事で蹂躙することである。TCGであれ、格ゲーであれ、戦略や戦術の介入の余地があるのなら、それができるものが強者であり勝者になる。

 さて、恋愛ならそれはどうなるか。

 早坂愛は恋愛が戦争だと言った。なるほど、他の人に出し抜かれないようにするなら、それは戦争かもしれない。この場合、競争と言った方が適している。ならば戦争ではないのか。そう決めるのは早計だ。

 

 恋愛の必勝法とは、自分が好きな相手を自分に惚れさせることである。そうすれば断られることなどあり得ない。家柄を口にするのは時代錯誤であり、臆病風に吹かれてた時の言い訳に過ぎない。

 もちろんこれは一般論。敗戦後でも財閥が解体されなかったこの日本では、一部の富裕層の中でその認識が残っている。

 それはさておき、恋愛の勝利条件の定義は必要だろう。両思いになってから付き合うのは理想形である。誰もが一度は夢見るだろう。しかして現実では難しい。付き合ってから見極めるなんてやり方もあるのだから。

 

 恋愛が叶うというのは、自分の思いが通じることを指すのか。それとも両者の思いが通じ合う状態を指すのか。

 ゴールの規定。全てはそこだろう。

 

(付き合えることを勝利条件の1つにする)

 

 陽の考えはそこだった。萌葉の気持ちは未だに分からない。圭の気持ちだって。

 だから、萌葉に惚れられる男になってから告白するという理想は隅に追いやる。萌葉に今よりも自分を知ってもらうために、より近くにいてもらうために、萌葉と付き合うという手段を取る。

 順序を入れ替えたのだ。知ってもらってから付き合うのではなく、付き合ってから知ってもらう。お試し期間として捉えてもらってもいい。それならそれで、アピールすればいいのだから。

 

「会長。別に選挙のやり方弄らなくてもよかったんじゃない?」

「こっちの方がみんな話を聞くでしょ」

「そうだけどさ~」

 

 舞台袖に控えている陽と萌葉が今回の選挙について話す。阿天坊は他の生徒と同様に席に座り、圭は司会進行を務めている。彼女ほど中立性を保っていられる生徒は他にいないから。元生徒会メンバーという憂いを跳ね除けるほどに、彼女のこれまでの実績は知られていた。

 今回はこれまでの生徒会選挙とは少しだけ異なる。真面目に話を聞かない生徒の多さは長年の悩みとなっており、陽も去年それを痛感した。

 そして気づいた。一方的だから面白くないのだと。理想は生徒参加型だが、そうなると今度は時間が足りない。そこで、立候補者のみが他の立候補者への質問ができることにした。批判は許さず、質問とそれによって生まれる討論を許容する。高等部であったことを早坂と石上から聞き、中等部でも導入したわけだ。

 

「応援演説に横槍がないのは仕方ないか」

「横槍言うな。あと残念そうにするな。応援演説で口を挟んだら、ただの人格批判になりかねない」 

「人のボロとか裏を見せるには持ってこいなんだけどね」

「それをやられて痛くない人はそういない」

「それもそっか~」

 

 萌葉ならそれすら逆手に取って相手の印象を落とさせただろう。それくらいやってのけられる。けれど、陽は萌葉にそんなことをしてほしくなかった。応援演説に口を挟むとなると、そもそもその行為の時点で人格を疑われるのも同然だから。

 他生徒の応援演説が終わり、萌葉の応援演説の番となる。元副会長であることから、この人選は適任だ。娯楽部のどちらかに任せては酷い目に遭う。それも去年経験した。

 

「それじゃ行ってくるね~」

「よろしく」

「任せて!」

 

 笑顔を見せながら出ていく萌葉のなんと頼もしいことか。そして、同時に一抹の不安を抱いてしまうという何とも嘆かわしいことか。去年よりはまともなはずだと陽は自分に言い聞かせる。

 圭に頼んだ方が安心だったが、司会進行の役割を担える人物で他を見つけられなかった。

 

「小野寺陽くんは知っての通り前会長です。彼が会長になってからの学校生活を皆さん送っています。1年生には分かりにくいでしょうが、明らかに学校生活に輝きが増したはずです」

 

 プロジェクターを活用し、陽の功績を出していく。代表的なのは制服の小さな変化だろう。見た目こそその人気の高さから変えていないが、生地が変わっている。それまでなら女子生徒が下に着ているものが透けて見えたし、濡れるとはっきりとわかってしまっていた。雨の日ほど女子生徒が億劫に感じた学校生活はない。

 陽は着任早々それを真っ先に変えた。メーカーと交渉し、生地を変えさせ、透けないようにさせたのだ。男子からは陰ながら不評だったが、男子の立場が悪くなるために表立った声も出せない。これを公約に盛り込んだこともあり、陽は女子生徒から圧倒的なまでに票を集め、実行したことで人気が高まった。それもこれも、圭の1件に関わったからだが。

 

「1年生にもわかりやすいように、去年と一昨年での違いを纏めました。二大行事たる体育祭と文化祭です」 

 

 共通してる箇所は文字色をそのままに、変更点は赤色にして表示する。改変は言わば政策。それを強調し、さらに盛り上がりの違いを示してしまえば、陽の実績として高々に言えるのである。

 この人物が会長になったからこそ、去年の盛り上がりがあったのだと。そして、それを知らない1年生には、小野寺陽だからこそそれができたのだと言える。

 これをすることで、また陽が会長につけば、その盛り上がりを約束されたも同然だと言い切れるのである。実績という他の立候補者にはない武器。前会長だから持てる最大の武器。これを使わない手はない。

 

「皆さん。楽しい学園生活を送りましょう。小野寺陽に清き1票を」

「時間です」

「イェーイぴったし~!」

 

 時間通りに終わらせるのも、萌葉の度量と技量が覗えた。数百人の生徒の目が自分に集まる。それは中々経験できるものでもなく、緊張しないほうがおかしいだろう。緊張してしまえば、話が早口になったり、場合によっては話す内容を飛ばしてしまうこともある。最悪の場合、頭が真っ白になって全て飛ばすだろう。

 けれど萌葉はそうならない。緊張なんか感じさせず、生徒たちが聞き取りやすい声量と話し方で応援演説を終えた。時間配分も完璧で、早く終わることもなければ時間を過ぎることもない。政治家の娘とはいえ、ここまでできるのは才能か。

 

「完璧過ぎてむず痒いんだが」

「え? どこが?」

 

 圭に手を振ってから帰ってきた萌葉にそう言うと、萌葉は満足できていないようで首を傾げていた。彼女としては満点ではないらしい。

 

「もっと目の色を変えさせられたらよかったけど、私やっぱ向いてないよこういうの」

「いやいやいやいや」

 

 意識が散漫しやすいこの演説の時間で、全員の意識を自分に集めさせた時点で称賛に値する。それなのに、萌葉はもっと上の目標を立てていたようだ。普段の言動により忘れてしまいそうになるが、萌葉は優秀な人物だ。だから陽も堂々と指名できたというのに、まだ見誤っていた。底知れず、末恐ろしいほどに頼もしい限りである。

 

「お膳立てはしたし大丈夫だとは思うけど、後は頑張ってね」

「頑張る」

 

 立候補者による演説。少しだけやり方を変えているため、陽もステージ上に姿を現し、プロジェクターに映っている政策を見ながら演説を聞く。粗探しをする必要などない。疑問点を聞くことがこれの目的なのだから。

 他の生徒が聞きたがるようなポイント。突っ込みたいであろう箇所。そこを割り出して聞ければ、好印象は取れるか。

 いくつか聞きたい箇所はあるのだが、まずはそれが本当に必要かという点を聞くべきだろう。碌に説明をしなかったあたり、陽を誘導するための罠であることは見え透いている。しかし、質問できるという環境を作った以上、そこを突かないわけにもいかない。

 

「質問よろしいでしょうか」

「なんなりと」

「生徒会の構成の仕方の変更は個人的に面白いとは思いますが、基準を設けるにしてもそれは結局、会長となる人間が決めて指名すればいいのでは?」

 

 それぞれの職に対して、成績やら何やらを基準にして選抜する。優秀な生徒会を作るには効率的だろう。しかし、指名制になっていたのは、円滑な人間関係の構築をするためだ。いくら優秀な者同士が集まろうとも、人間関係が悪ければ非効率的な運用になってしまう。

 組織において、人間関係の構築は重要なファクターだ。そこを切り崩す理由が何か。十分な説明があるというのか。陽はそこまで聞き出す必要がある。

 とはいえ、見え透いた釣り餌に食いついたのだ。勝手に話すだろう。

 

「これは会長となる人間の暴走を抑制するためです」

「暴走?」

「生徒会は行事に大きく影響を及ぼせる。それはあなた方が証明した」

「高等部や他校を参考にしながら、ですけどね。より楽しい時間を過ごさせるのも生徒会の仕事だと思っているので」 

「もちろんそれが望ましいでしょう。ですが、危惧すべき点は生徒会の私物化です」

「なるほど」

 

 指名制である以上、そこを危惧されるのも当然の話。実際に陽も私物化してると言える状態だった。人選の時点からして。そうではないと証明するためのこれまでの実績でもあるが、納得しない人はしないだろう。自粛警察のように。

 

「前会長であるあなたも、私物化をしましたからね」

「指名制である以上、そういう指摘をされるのは当然ですね」

 

 そんなもの、歴代の会長が等しく味わってきたジェットバスだ。痛くもない。

 

「生徒会を3人で運用されていた」

「残りの1人は新1年生から選ぶと決めてましたし、去年の今頃にも言っていたはずですが?」

 

 マスメディア部が記録しており、その記録も残っている。そこを覚えていない方が悪い。

 

「本当にそれだけですか?」

「と、言いますと?」

「生徒会が多くの噂を持つのはご存知だと思います」

「根も葉もないことやら尾ひれのついたものまでありますね」

「その中の1つに、会長は他の役員の弱みを握っているというものがあります」

「初耳ですわー」

 

 噂のすべてを把握してるわけでもないし、噂は噂だと流すのが陽たちだ。知らない噂の1つや2つあっても当然。もしくは、この場ででっち上げている可能性もある。

 生徒たちの反応を見て、それがどちらかを判断する。でっち上げの可能性の方が大きそうだ。つまり、この釣りの目的は陽の人気と信頼を削ぎ落とすこと。合法的な名誉毀損まで有り得そうだ。

 

「噂というのは、当人たちに聞くしか確かめようがありません」

「そうですね。そしてその噂も根も葉もないものだと言わせてもらいます」

 

 ステージの反対側で圭が頷き、舞台袖でも萌葉が頷く。生徒たちには萌葉の反応が見えないが、圭の反応は見える。圭がその位置にいるのがプラスに働いた。

 だが、それはマイナスになることもある。

 

「こんな写真を入手しましたが」

「……へー?」

「ぇ……?」

 

 映し出された写真を見て陽は目を細め、圭が絶句する。生徒たちもざわめいた。

 その写真は、陽と萌葉がキスしているもの。これまでの話の流れからして、「萌葉が逃げられないように腕を回している」というふうに見えることだろう。

 キスなんてしたことないわけで、陽としてはそこにまず怒りたいところなのだが、これは陽だけでなく萌葉にまで飛び火する。そちらの方が看過し難い。

 

「よくできた合成写真ですな」

「なぜ合成写真と?」

 

 これが合成写真であることは、陽と萌葉がよく知っている。2人はキスなんてしてないし、それに近いシチュエーションとしては海に行った時だ。その時に写真を撮られ、今日のために編集されたようだ。

 これを否定するのは難しい。人間にとって視覚情報は事実として映りやすい。この写真が動かぬ証拠だと生徒たちに認識されてることだろう。

 

「これをいつどこで撮られました? どうやって手に入れました?」

 

 だが、合成の背景を選び間違えた。背景が外の写真なら、2人が付き合っていたのだなという認識にすり替わりかねない。その噂もあるから。効果的にしようと思えば、室内にする必要がある。

 ならば当然生まれてくる疑問は、なぜ室内での写真を持っているかだ。

 

「関係筋から」

「関係筋? マスコミが好きそうな言い訳ですね。写真を見るにこれは室内。開放的な室内ではなく、個室などに近い場所。ではどうやってその写真を撮りました? それを盗撮と言わずして何と言うのでしょうね」

「真実を暴くために多少の悪性は必要でしょう。探偵だって似たことをする」

「名探偵の真似事かな? モナーの方だろ」

 

 陽の機嫌が悪くなっている。元生徒会メンバーと娯楽部はそれに気づいた。ブレーキを踏ませることもできないため、アクセルを踏みつける陽を見るしかない。

 

「もう一度聞きますけど、いつどこで撮ったものですか?」

「8月19日と聞いてます」

「おやおやおかしいですね。その日は3人で葉山に出かけた日ですよ。SNSでその事は投稿されてましたし、写真を見るに日中ですが、日中にやっていたことも投稿されてます。もう一度聞きましょうか、これはいつどこで撮られましたか?」

 

 陥れるなら徹底的にだ。少し得意気になって行うから手痛いカウンターを貰うのである。

 陽はこれを逆手に利用し、自分への票集めに利用した。

 

「こちとらまだ彼女できたことないんだよ! 写真にファーストキスを越される屈辱などあってたまるか!!!」

 

 連続で問い詰めたことで、写真の真実性を低下させる。その後に本心からの魂の叫びを出すことで、陽は写真が嘘であると生徒たちに信じさせた上に会場を沸き上がらせた。

 

 こうして小野寺陽(童貞)は勝利を収めるのだった。

 

 

 演説も終わり、陽は圧倒的な大差をつけて会長職を勝ち取った。大勝利である。

 陽は萌葉を生徒会室に来るように連絡し、自分もそこに向かっているのだが、途中で呼び止められた。中等部の気高き花。月も恥じらう月白の髪を持つ少女に。

 

「会長」

「白銀さん……。どうした? 今日は仕事ないし、残る意味もないだろ」

「それを言うなら会長こそ」

「俺は大事な用事があるから」

「それって、萌葉が関係してる?」

「……うん」

「っ」

 

 空よりも澄んだ瞳が揺らぐ。彼女には晴天の如き曇りなき表情が似合うと思うが、それを曇らせる原因は陽にある。それを自覚し、その上で陽は耐えながら突き進まないといけない。

 

やだ……そばにいて」

「白銀さん……。ごめん、()()()()()側にはいるよ」

「っ!!」

「俺は藤原さんが好きだから」

「ぁ……」

 

 目を見開いた圭に、瞳を潤ませる少女に、何か言葉をかけようとしてやめた。それをする権利がどこにある。資格もない。罪悪感を抱くのなら、前に進んで萌葉に告白するしかない。玉砕するかはまだわからんが。

 圭に背を向け、足早にその場を去る。お互い、この瞬間は近くにいる方がしんどいから。

 

「会長は萌葉が好きで…………。そっか……わたしも、……かいちょうがすきだったんだ」

 

 恋愛は戦争だ。出遅れれば、戦いに参加する前に敗北する。

 斯くも美しく、斯くも残酷なものはない。

 

 

 生徒会室に入ると、待ってましたと行った様子の萌葉が後ろに手を組んでくるりと振り返る。夕日を背にした彼女はどこか神々しささえ感じた。

 萌葉は陽の様子を見て、それを察して困ったように笑った。

 

「圭ちゃん振ったんだ?」

「……うん。本人はたぶん、自覚してなかったんだろうけど」

「まぁ圭ちゃんだからね。持ち前のプライドが邪魔したんだろうね。会長は子供なとこが多いから、無意識下でそこを言い訳に気持ちを逸してたのかな~」

「そこまで分かるんだ……。やっぱ凄いな藤原さん」

「親友のことだから」

 

 その親友を振った相手に告白されるのも、萌葉はわかっていた。

 

「圭ちゃんとお似合いだと思ってたんだけど。……圭ちゃんがいつから会長のことを目で追ってたか知ってる?」

「……知らない」

「会長が圭ちゃんにリボンをプレゼントした時からだよ」

「え……」

 

 全く気づかなかった。陽が鈍いのか。圭が自分の恋に鈍いせいでもあるだろう。

 しかし、最大の理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「藤原さん。小3の時、同じクラスになったの覚えてる?」

「覚えてるよ。会長と初めて話した時がその頃だからね」

「変な質問したのも覚えてる?」

「うん。『自分が誰なのか分からない』でしょ?」

 

 物心ついた時から見えていた前世の自分。輪廻転生という言葉を知ったのは萌葉と話した時より後のこと。

 前世の記憶など誰も持ってない。

 自分がおかしいのだと思うのも当たり前だった。

 1つの体に2つの記憶。前の記憶の持ち主の魂だろうか。今の自分は何なのか。陽はパニックになり、そんな陽に答えを出したのが萌葉だ。

 

『変なこと言うね? 小野寺陽くんは小野寺陽くんでしょ? 今ここにいて、私と話してる。それでいいじゃん』

 

 実にシンプル。単純明快にして真理だった。

 陽はあっけらかんにそう言った萌葉に感銘を受けた。その衝撃は靄を吹き飛ばし、陽の地盤をあっさりと固めた。

 

「大袈裟に聞こえるだろうけど、本当にあれに救われたんだ。その時から、ずっと俺は藤原さんのことが好きなんだ」

「……あはは、そっか~。圭ちゃんのことで気が引けるけど、嬉しいよ」

「藤原萌葉さん、俺と付き合ってください」

 

 シンプルにして真っ直ぐな言葉。萌葉は自分が熱を帯びていくのを感じる。これまでも告白をされたことはある。人に好かれるのは純粋に嬉しいが、萌葉は惹かれなかったために断ってきた。

 小野寺陽に最大の誤算があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()ことである。彼女の中で、付き合ってから知るなどという考えはない。

 

「私ね。本当の事を言えば、会長に告白されても断ろうと決めてた」

「えっ」

「圭ちゃんのことも大好きだから。圭ちゃんのこと応援してたし」

 

 何度か阿天坊を連れ出して生徒会室からいなくなるのも、萌葉なりの援護だったわけだ。もちろん、無自覚な圭を突き動かすために、自らが陽に近づいたりもした。

 藤原萌葉に最大の誤算があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()である。彼がずっと萌葉に好意を持っていたからだろう。

 

「でも……駄目だなぁ。私、断ろうって決めてたのに。圭ちゃんを応援してたのに。……会長にそう言われてすっごい嬉しい。……こんなの、断れないよ……」

「藤原さん」

「だから、これから改めてよろしくね」

 

 嬉しそうに(悲しそうに)笑う萌葉を抱きしめ、距離を無くす。

 今度は未遂でもなく、合成でもない。

 

 




 萌葉(陽)が勝つにはここしかねぇ! というわけで選挙で終わりました。
 圭ちゃんの勝利条件は「文化祭までもつれ込ませること」(圭ちゃんルート突入は会長戦の後に陽が階段から突き落とされます)
 阿天坊くんの下の名前の出現条件は「体育祭をやること」でした。
 早坂ルートを想定した場合、友情(同棲)エンドになります。

 


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1歩目 白銀圭は側にいたい


 白銀圭エンドは気長に書こうかと思います。(書き溜めて一気に放出しようか検討中。年内に終わればいいっすね)
 夏休みなんてない生活にですし。他にもまぁいろいろと。
 以上の告知も兼ねて、導入だけ放出します。
 


 

 秀知院学園中等部の生徒会選挙。今回から新たに行われた質疑応答。その想定外の展開にこそなったものの、小野寺陽の勝利は揺るがなかった。むしろ前評判すら超えるほどの圧勝ですらあった。

 司会進行を務め、中立的立場になっていた圭もその結果にほっと胸を撫で下ろす。今年は去年と違い、事前の勧誘が行われていない。陽の中では同じメンバーでやろうという考えで固まっており、それを他の3人も知っているからだ。とはいえ、形だけでも指名しないといけない。後日の提出にはなるが、正式な書類に名前を書く必要もある。

 

「よっちゃんが会長に戻って良かったですね」

「うん。……ん? よっちゃんって誰?」

「会長のあだ名ですよ。藤原先輩は他の呼び方をしてましたけど」

「えぇ……」

「そういえば、白銀先輩って会長が一般よっちの間なんて呼んでたんですか?」

「えっと……。あれ?」

 

 なんて呼んでいたか。それを思い出そうとして引っかかる。

 陽が会長じゃない間、そもそも会話すら碌にしていないような。呼び方以前の問題ではなかろうか。

 

「もしかして白銀先輩……」

「たまたまだから。たまたま会長と話す機会が全然なかっただけ。そもそも任期中も生徒会の時ぐらいしか話してないし」

「へ~。まぁ会長は人気者ですし、普段は三馬鹿で行動してるらしいですしね」

「うん。だから何もおかしくない」

 

 三馬鹿という呼称に何も反応しないあたり、2年生の間ではすっかり馴染みのある呼称らしい。その内の1人が会長でいいのかと思いはするが、圭が見逃しているのならいいのだろう。

 単純に止められなかっただけだが。体裁を気にし過ぎて動きにくくなった方がパフォーマンスが下がると言われ、渋々見逃す羽目になっただけなのだが。

 

「ちなみに、会長って呼び方ができない時はなんて呼ぶつもりだったんですか?」

「別に。私あんまりあだ名とかで呼ばないし」

 

 萌葉の姉のことを千花姉ぇと呼んで慕っているが、元の名前の原型を保ったままである。

 だから、陽のことを阿天坊や萌葉のようにあだ名で呼ぶこともない。

 

「じゃあ下の名前?」

「なんで!?」

「じゃあ名字ですか。白銀先輩らしいといえばらしいですが」

 

 名字で呼べるのかと言えば、そういうわけでもない。白銀圭という少女は、リボンをプレゼントされたあの日から、()()()()()()()()()()()()()()()()。呼びたくないのではなく、なんとなく気恥ずかしいからだ。

 そのため、陽が会長職につくまでの間、圭から陽に話しかけたことはない。会話のきっかけはすべて陽だ。彼の言葉から会話が始まる。

 

「それより、会長はどこにいるかな?」

「姿を見てないですね。結果発表は見てたはずなんですけど」

「……生徒会室に行けばいるかな」 

「そうですか? 生徒会が始まるのは明日からですけど」

「会長はそこにいる気がするから」

「女の勘ってやつですか」

 

 圭がそう言うのなら、陽はそこにいるのだろう。1学期の間だけだが、共に活動してきた阿天坊にはそう思えた。

 

「そういえば藤原先輩も見ないですけど。藤原先輩はどこに?」

「先に帰ってていいとだけ聞いてる。校内にいるのは確かだろうね」

「会長と密会してたりして」

「え?」

「あ、いえ冗談です。会長と副会長の役職だけ何かあるんですかね」

「どうだろ。去年は特になかった気がするけど」

 

 今年と去年の相違点とすれば、演説時に加えられた質疑応答だろう。圭はそれを思い出し、例の写真のことも思い出した。あの時に走った胸の痛み。裏切りと感じたことによる絶望感。呆然とするしかなかったが、逆にそれで誰にも異変を気づかれずに済んだ。

 

「……あの写真はどう思う?」

「会長が言ったとおり合成だと思いますよ。8月19日ってたしか白銀先輩も一緒にいたんですよね?」

「うん。でも……解散した後に会長と萌葉が会ってたら、可能性が捨てきれないし」

「時間帯的に無理だと思いますよ。だって夕方頃に解散されたんでしょ?」

「ううん。昼間」

「……わーお」

 

 あの日、あの後は帰る時間を切り上げていた。圭が言うような可能性がどうしても残ってしまう。しかしそれは時間帯での話。阿天坊を頭を働かせて圭の予測を間違いだと指摘していく。

 

「仮に、仮にですよ? 万が一に会長と藤原先輩がキスをしたとして、わざわざそれを写真に撮りますか? しかもあの写り方、第三者に取ってもらわないと無理ですよ」

「離れたところにスマホでも置いてタイマーにしたらできるじゃん」

「できたとして、それをやるメリットが無いです」

「思い出作り。萌葉はズレてるし、会長もバカだから」

「いやいや、だとしたらあの写真を他の人が持ってることがおかしいと思いません?」

「見せびらかし……たりするような人じゃないか」

「そうですよ」

 

 圭の疑いラッシュをすべて解消してみせた。阿天坊は陽と萌葉から褒められていい。何かしら褒美を貰ってもいい。

 陽と萌葉がどういう人間か。それは阿天坊よりも圭の方が知っている。理解しているつもりだ。だからこそ反動も大きくなるのだが、修正力だって強いのである。一応念押しも兼ねて、陽に確認を取るとしよう。

 

「会長が生徒会室にいるとすれば、藤原先輩もそこですかね」

「そんな気もする」

 

 2人が会うだけなのに、どうにも心がざわつく。その役職柄からして、2人が何かするのも珍しくなかったのに。2人だけの仕事だって何度もあったのに。それなのに圭は落ち着けなかった。

 何かが起きる気がした。これまでとは明らかに変わってしまう何かが。

 

「ん? 変な音しませんでした?」

「そう? ちょっと考え事してて気が付かなかったけど」

「幻聴ですかね」

「危ない薬飲んでる!? 違法だよ!?」

「飲んでませんが!?」

 

 スピードやら大麻やらを吸ってなんかいない。それの入手ルートなんて知らないし、関わることのない世界だ。昨今では大麻に耐える者を対麻忍と呼ぶようで、オタクとしては興味が惹かれるものだが、近づいたくないものでもある。

 生徒会室に行くために、階段で上階に行こうとしたら、階段の前で人だかりができていた。これでは上がれそうにない。

 

「なんだろ? 誰かが12段ジャンプに挑もうとしてるんすかね?」

「そんなのやるの娯楽部くら……いやいや、ねぇ?」

「あっはっは! そうですよ先輩。まさかバカを自称してるあの人でもそれはしませんよ~」

「だよね~」

 

 顔を見合わせて笑い合うも、やりかねない人物でもあるために半笑いになる。いくらなんでもしないだろう。それだけでこの人だかりができるわけがないし、そもそも圭の予想ではバカは生徒会室にいるはずで。 

 

「ぇ……?」

「白銀先輩?」

「まさか……」

 

 こんな人だかりができるのはなぜだ。こんな場所でこれだけの人が集まるのは、それだけの引力のある人物がいるからではないのか。

 なぜ悪寒が止まらない。思い浮かぶ人物はここにいないはずなのに。

 人がこれだけ集まって、これだけざわついていて。青ざめた顔をしている人もいて、皆が一様にその場に固まっているのはなぜだ。

 

「ちょっと通して。道を開けて!」

「白銀先輩!」

 

 生徒たちを怒鳴り、強行的にこじ開けて進んでいく。あまりに()()()()()()()()。プライドの高い彼女が、なりふり構わずに進んでいくことに阿天坊も嫌な予感がした。

 圭によって道が開けられ、その後ろを通っていく。人の壁が消えた先に待ち構えていた光景は、広がる赤いインク。その中に沈む少年の姿。

 

「……かいちょう?」

 

 阿天坊の口から掠れた声が出る。自分でも認識していない。勝手に声が出ているようだった。

 前にいる圭の表情は誰にも見えない。

 無言のままにその赤に踏み込み、膝を折って肩を優しく揺する。

 

「こんなところで何寝てるの会長。寝たフリはしなくていいよ。こんな不謹慎な悪ふざけもしちゃって。……ねぇ起きて?」

「白銀先輩……」

「起きて……会長。生徒会続けるんでしょ? 去年より盛り上げるって言ってたじゃん。私たちまだ指名してもらってないよ? 指名してくれなきゃ側にいられないよ?」

 

 純白な制服が赤く染まる。それを構うことなく、圭は呼びかけ続けた。

 

「会長……起きてよ……。悪ふざけが過ぎるよ……、こんなのされたら……おこるしかないじゃん……」

 

 一周回って冷静になれた阿天坊は、スマホを取り出して救急車を呼び出し、次点で萌葉に連絡する。それをする傍らで、溜まっている生徒たちに呼び掛けて教師への伝達、保健医の呼び出しを任せた。

 

「ねぇ…………かいちょ……。かいちょがいないと…………わたし……またもどっちゃうよ」

 

 陽の体がぴくりと動く。

 それに気づいた圭が、陽の手を包み込み、その手を確かな力で握り返された。

 

「それは……困るな。……約束を、破るのは……趣味じゃない」

「かいちょう……!」

「……白銀さん、制服が汚れてるじゃん。しかも……これじゃ手まで」

「そんなのいいから! かいちょう、おねがいだから……これからも側にいて」

「……うん。こんなのでは死にきれん」

 

 呼び出されて駆けつけた保健医の的確な応急処置。ものの数分で駆けつけた救急隊員。それらにドナドナと運ばれることを無理に笑いながら、陽は病院へと運ばれて行った。

 

 

 

「っとまぁ、ちょっと大袈裟なことになってますが、この通りピンピンしてます」

「へー?」

「そこ痛い!!」

「気持ちが前向いてるだけマシか」

 

 ()()()()()()を押され、陽は涙目になりながら鬼のような姉を睨む。その隣りに座る早坂も苦笑していた。

 

「カッターで刺されて階段から突き落とされた、か。学園ホラーじゃないんだから」

「ナイフじゃなかっただけマシかな」

「犯人は少なくとも退学処分。学校側はそう決めてるみたいだし、体裁を守るために情報規制してるみたい」

「だろうなー。そういう学校だし」

 

 姉の悪態に軽口で返し、早坂の集めた情報に妥当だろうなと頷く。超名門学校でのこれはスキャンダルもいいところだから。情報規制のために、いろいろと影響力のある家が手を貸すことだろう。

 

「藤原さんとか白銀さんたちは? 救急車まで一緒だったのは記憶してるけど」

「そこまで覚えてるのもおかしいような?」

「矢が刺さるより軽傷だし」

「そんな経験する日本人いねぇわ。さすがに早めに帰した。それまではずっとここにいたし、帰すのにも一苦労したけど」

 

 その苦労は、陽との関係が良好であるからこそ起きること。その点は姉として喜ばしいことでもある。

 

「舞は?」

「パジャマ取りに帰った」

「ここで寝る気か~」

 

 ブラコン気質だなとは思っていたが、今回のことで拍車をかけたらしい。言い逃れ出来ないまでにブラコンだ。かわいい妹だから無下に追い返すような真似もできない。せめてシスコンの烙印を押されないようにしたい。

 

「陽の友人の方は面白いな」

「バカだし」

「なんだ生きてたかって言って帰っていったし」

「あいつら次会ったら病院に送ってやる! ぐおっ!」

「腹刺されてるのに叫ばない」

 

 出血箇所はカッターナイフで刺された腹。階段から突き落とされた時の頭部からの出血。その際に意識も飛んだせいで、身動きが取れなかったわけだ。

 

「んじゃ、私はそろそろ帰るわ。母さんと舞が入れ替わりで来るだろうけど」

「んー。ありがとう姉さん」

「……陽。今回の件、父さんの耳に届くのも時間の問題だから」

「……わかってる」

 

 秀知院の中で起きた事件。その当事者ともなれば、元から印象の悪い父親からの当たりはさらに強まるだろう。立場がさらに危うくなる。

 

「私がなんとかできるのも限界があるから、こういうのはもう勘弁」

「俺も勘弁だわ」

「わかってるなら良し! 早く退院しなさいよ。周りの子のためにも」

「うん」

 

 手を振りながら颯爽と帰っていく姉に、陽はほろりと笑みを溢した。いつも通りを演じてくれた姉には、ますます頭が上がらない。

 

「愛さんは残るんだ? はっ! まさか俺の寝込みを!?」

「襲わないし!」

「俺は童貞を付き合った人で捨てるって決めてるんだ!」

「うーわ童貞くさっ。まじ引くわー」

「夢がある人への妬みですかな? まさかヤリマン?」

「ヤリマ……っ!? ち、違うし! 処女だし! って何言わせるの!」

「自滅しただけじゃん……」

 

 いつもの調子で軽く頭を叩きたくなるものの、入院患者にそんな事をするわけにもいかない。早坂は赤く染まった顔でグッと堪えた。

 何度か深呼吸し、気持ちを落ち着かせて本題に入る。と言っても、早坂が話を持ってるわけじゃない。陽が話したいことを持っているのだ。それを感じ取り、早坂は残っている。今思えば、姉の麗もそれを感じ取って帰ったのかもしれない。

 

「話したいことか相談かだよね?」

「半々のニュアンスかな。自分でも漠然としかわからない」

「感覚的なことね。恋愛話?」

「ちょっと楽しげに食いついてきたな。……それも含まれるかもしれない」

「……正直に言ってみて」

「ん。なんとなくなんだけど、何かを無くした気がするんだ。物とかじゃなくて、内側の何かを」

 

 



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2歩目 藤原萌葉は心配する

 圭ちゃんの誕生日に合わせて何話分か投げたかったんですけど無理でした。予想以上に余裕ないですね。


 

 閉ざされた部屋にてガシャリと響くは鎖の音。手を動かそうにも全く動かない。ガチャガチャと鉄の音が響くのみ。ガチャポンみたくポンと解放されることはなく、くっころの状態である。ゴブリンはいないが。

 

「外してほしいんだが?」

「どーしよっかな~」

 

 病院のベッドにて拘束されているのは、絶賛入院中の小野寺陽会長。選挙に勝った日に入院し、不名誉な伝説を築き上げてしまった生徒会長である。この事件により、翌年の会長戦では立候補者が立候補しづらいという状況が生まれてしまったのだが、それは先の話である。

 両手を手錠によって拘束され、それぞれ左右の柵に繋げられてしまっている。そのせいで寝返りもできず、体を起こすことも叶わない。

 陽はそれを行った張本人を冷ややかな目で見つめるも、犯人はにこやかに愉しそうに笑顔を浮かべるだけだった。こんなことをするのは1人しかいない。手錠なんてものを持ってるのも、彼女くらいのものだろう。

 

「俺何かやっちゃいました?」

「やっちゃいましたね~。怪我人のくせにリングフィットアドベンチャーなんてするし」

「室内でできる運動だし」

「傷口塞がってないでしょ!」

「手術で縫い合わせてもらってるが!?」

「開いたらどうするの!」

「それはたしかに」

 

 陽を拘束した少女は藤原萌葉。引き続き生徒会の副会長になった少女だ。陽が階段から落とされた日は、生徒会室にて陽を待っていた。阿天坊から連絡が来た時には心底肝が冷えたものだ。

 陽のことを心配し、お見舞いに来てみたのだが、この男がリングフィットで遊んでいるところを目撃。中断させ、ベッドに押し倒し、手錠で拘束したのである。

 

「リングフィットはやらないから、手錠外してくれない?」

「信用できないなー」

「じっとしてる方が性に合わないというか、精神的にいかれそう」

「じゃあ片手は外すね」

「片手だけ!? いや外れるならまだありがたいか」

 

 寝返りも打てない状況から解放されるのだ。片手だけでも外されるのは大変ありがたいこと。そもそも手錠を持ってることに疑問を持ちたいが、相手が萌葉だとおかしくはないのかと思ってしまう。頭がやられたか。いや元から彼はバカだったか。

 萌葉がポケットを探り、次に鞄の中を漁る。ごそごそと漁り終えると、太陽のような笑顔で振り返った。

 

「あはっ! 鍵ないや」

「いい笑顔でなんてこと言いやがる!」

「いい笑顔だなんてもう~。本当の事でも照れちゃうよ」

「図太い神経だなー。いやそれよりこれどうするんだよ!?」

「じょーだんじょーだん。ちゃんと鍵はあるから」

「はぁー。焦るわー」

 

 手錠の鍵穴に鍵が突っ込まれ、ガチャリと音が鳴るとともに右手の手錠が外れる。解放されたことにひとまずは安堵した。まだ左手は繋がったままだが。

 

「学校の方はどう?」

「話題にはなってるかな。どうしてもそこは防げないし。会長がアホ顔で学校来られたら収まるんだろうけど」

「アホ顔とは失礼だな。俺がやるのは頭のネジを抜いた行動だけだ」

 

 自覚あったのかと揶揄う萌葉に陽は噛み付こうとするも、手錠によってそれが遮られる。萌葉がいつもより揶揄うのも、これがあるせいだ。

 

「そんなに歯をガチガチさせられてもね。そんなに私食べたい?」

「わりと」

「……あはっ。会長のえっち」

「思春期だし」

「ぇ、冗談とかじゃないの?」

「藤原さんは冗談だと思ってるんだ?」

「……えっと……」

 

 目を泳がせて言葉を探す萌葉に、陽はケラケラと笑った。仕返しが成功したと顔にはっきりと表れ、萌葉もやられたと気づいて肩の力が抜けた。

 ほっと安堵の息を吐きつつ、同時に寂しさも感じる。萌葉だって自分の体つきが他の人より発達してることを理解している。学年で一番大人の体に近づいているとも思っている。口にこそしないが、1つの長所と捉えていた。男子からの視線も感じるから、客観的な視点としてもそうなのだと思っている。

 だから、陽が他の男子とは違うという点には安堵して、長所が通じない相手もいると実感して寂しくも思う。

 

「会長は──」

 

 萌葉が話しかけるのを遮るようにドアがノックされる。陽は萌葉のことを気にしつつ、部屋の外にいる人に返事して中に入ってもらった。部屋の中に入ってきたのは圭だった。萌葉と一緒に来なかったから、てっきり今日は来ないものと思っていただけに少し意外である。

 

「圭ちゃん何買ってきたの?」

「消化しやすいやつ」

「りんごは?」

「買ってきたよ。萌葉が欲しいって言うから」

「お見舞いのりんごは定番だからね~」 

「そうだっけ?」

 

 そのお約束があるのは二次元の作品の世界だけだと陽は思ったが、それを言うとなんだかお見舞いの品にケチをつけてるような気がして口にしないでおいた。しかも、単純にりんごは好きな果物の1つだから。青森産か長野産ならベストである。前世の記憶的に長野にはそこまでいい印象がないから、気分的には青森産がいい。

 そんな陽の個人的な事情は心に伏せたまま、萌葉が小型ナイフを使ってりんごの皮を剥いていく。どこから取り出したのかは突っ込まない。普段から持ち歩いてはいないだろうし。そう信じることにしよう。

 

「会長は皮とか気にしない派? それとも皮ごと食べたい派?」

「別に気にしないかな。皮を食べて腹を壊すわけでもないし」

「じゃあ全部剥くね」

「なにがじゃあなんだそれ」

「細かいことはいいの」

 

 とことん自由人だ。陽も人のことは言えないが、萌葉もかなりの自由人である。鼻唄を交えながら手際よくりんごを剥いていく姿は、むしろ圭の方がらしく見えるのだが、萌葉もこれぐらいならできるらしい。

 

「薄く細くやっていくと楽しいよね~」

「怖く聞こえるが?」

「人にはやらないよ。やだなー」

 

 そうだろうなと思いつつ、その姿を想像できてしまうから困る。圭は静かに苦笑し、体を起こしている陽の肩を押した。

 

「元気なんですが」

「体にわざわざ負担かける理由もないでしょ?」

「そうだけどさ……」

「このベッドは操作できるやつだし、せめて動かしてベッドに凭れるようにしよ?」

「……わかったよ」

 

 言葉も表情も優しいものだというのに、断れない何かを圭から感じた。諭すようでありながら意見を押し通してきたからだろうか。

 そんな事を考えつつ、言われたとおりにリモコンで操作してベッドを起こす。斜めに凭れられるように角度を調整し、そこに体を預けた。そうすれば圭も満足のようで、こくりと小さく頷く。

 

「そいや阿天坊は?」

「仕事してる」

「押し付けてくるなよ……」

「会長の分の仕事だけどね」

「ごめんな阿天坊!!」

 

 窓の外に向かって思いっきり謝った。そちらの方向に中等部はない。

 会長職の仕事とはいえ、会長がサインやら判子やらを押さないといけないやつはできない。阿天坊がやっているのは、陽が復帰した時に()()()()をすればいいようにするための仕分けだ。復帰が間に合わないものは、副会長である萌葉に回されるのだが。

 

「会長を襲った人のことなんだけど」

「退学の方向って聞いてるけど、証拠を残すほど計画性なくやったわけじゃないだろうし、時間かかるんじゃねぇの?」

「ううん。今日退学措置が取られた」

「早いな!? 自首でもしたか?」

「そうみたい。様子がおかしかったって聞いてるけど、私も萌葉も直接は見てないから」

「様子がおかしかった、か」

 

 衝動的なものも何割かあっただろうが、計画されてるものという印象が強かった。時間も場所も、目撃者を減らすために調整された。証拠が残るようなことはしてないはず。

 そんな相手に自首させた。そんな事ができるような人は中等部にいない。そういう生徒がいるのなら、会長である身として把握している自信がある。

 僅かながらに萌葉を疑ったが、萌葉は発言がズレて時折怖いだけであって、本質的にはそちら側ではない。自分の知っている人間で、そういうことができる人は誰か。それだけの力を持つ者は。

 

(……でも動くとは思えないんだよなぁ)

 

 1人だけ心当たりはあるのだが、わざわざ中等部の方に出向くとも思えない。早坂に電話してみようかと思ったが、それはやめておいた。何も連絡なくそうなったのなら、知らなくていいものとして扱えということなのだろう。

 

「その件はもういいとして、今年の体育祭のことを考えないとな」

「……会長がそう言うなら触れないけど、今は仕事の事考えなくていいよ」

 

 早く治すことだけ考えたらいい。生徒会のことは心配しなくても大丈夫。暗にそう言う圭の隣で、萌葉も頷きながらりんごの皮を剥いていく。今まだ半分程度だ。細く切っていっているために、やたらと時間がかかっている。ギネスでも狙う気か。

 

「そう言われてもな。復帰したら即仕事なんだし、把握しときたい」

「職業病」

「これはあれだね。仕事と私のどっちが大事なのーってやつだね」

「そんなんじゃないから!」

「仕事と白銀さんならそりゃ白銀さんが大事だけども」

「~っ! 会長のばか!」

 

 去年の選挙期間での出来事。それを受けて女子の制服の生地を変更して、濡れても下着が見えないようにしたぐらいには、圭のことも意識している。

 

「圭ちゃんは仕事と会長ならどっちが大事?」

「萌葉!?」

 

 こんな面白いネタを萌葉が流すわけがない。攻撃される起点を作ってしまった圭が悪い……わけでもない。多少強引にねじ込んだ萌葉が原因というだけ。強いて言うなら、それを察しながら乗った陽が悪いということになるだろうか。

 

「俺は言ったし、白銀さんの意見も聞きたいかな~」

「い、言えるわけないじゃん!」

「え~?」

「会長みたいな恥知らずじゃないし!」

「俺恥知らずだったのか」

「それって言ってるようなものだけどね~」

「そう言う萌葉はどうなの!」

 

 ただでやられるわけにはいかない。こうなったら巻き添えだ。人を揶揄うなら、カウンターをやられる覚悟を持たねばならない。そちらも言わねば無作法というものだ。

 

「私? 私も会長の方が大事だよ」

「なんでさらっと言えちゃうの……」

「あははっ、だって本当の事だもん。比較対象が悪いよ」

「ちなみに俺と白銀さんなら?」

「圭ちゃん」

「即答だー」

 

 そうだろうなと思っていた。だから特に驚かない。むしろ自分のことを言われた方が驚く。

 

「りんご剥くの飽きてきちゃった」

「そんなに遅くするから」

「圭ちゃん代わって~」

 

 萌葉からりんごと小型ナイフを受け取ると、それまでの細切りを無視して一旦ぶつ切りにする。萌葉が口を尖らせるのもお構いなしに切り分け、残っている皮を利用してうさぎに見立てた切り方にした。

 りんごは皮を剝いたら極力早めに食べたほうがいい。そちらの方が新鮮だから。そこを考慮すると、萌葉のやり方では時間がかかり過ぎなのだ。

 

「はい、会長」

「2人ともありがとう」

「どういたしまして。喉に詰まらせないでね」

「藤原さんは俺をなんだと思ってるんだか」

「え? バカ」

「合ってるけども!」

 

 りんごの一切れを口に運ぶ。うさぎに見立てた切り方だと皮も残るが、そこは宣言通り気にしない。顔色を変えることなく咀嚼していく。

 

「2人も食べなよ。さすがに俺1人じゃしんどい」

「そうだろうね~。いただきまーす」

「いただきます」

「ん~! 甘くて美味しい~」

 

 3人で談笑しながらりんごを食べ、いつもの放課後と変わらないような時間を過ごす。場所が学校じゃないというだけ。3人でいれば、どこでも同じように楽しめる。

 

 ──その関係が変わりさえしなければ

 

「そろそろ帰宅時間なんじゃない?」

「わっ、ほんとだ。会長と話してると時間足りなくなるな~」

「脱線の半分は藤原さんだけどな」

「いやいや」

「どっちもどっちだよ。会長、早くよくなってね」

「じゃないと圭ちゃん寂しくて泣いちゃうから」

「泣かないし寂しくもないから!」

 

 寂しいのではなく、日常にぽっかり穴が空いてる気がして物足りなく感じるのである。似たようなものだとも思えるが、圭が言うには違うらしい。

 荷物を纏め、圭と萌葉が部屋を出ていく。手を振ってそれを見送り、静かになった病室になんだか落ち着かなくなる。テレビをつけ、適当なバラエティ番組を流した。

 そうしていると萌葉が1人で戻ってきた。圭は部屋の外にいる。

 

「ねぇ会長」

「忘れ物?」

「忘れ物みたいなものかな。確認しときたくて」

「ちなみに俺の左手の解放を思い出してほしい」

「あ、ごめん」

 

 すっかり忘れていた。なんなら圭だって何も言わなかった。気づきながらも流していた節があるが、部屋を出る時に何も指摘しなかったのは、萌葉と陽のように忘れていたからだろう。

 萌葉は陽の左手を解放し、手錠を鞄の中にしまう。手錠を持ち歩く女子中学生など、世界を見渡してもここにしかいないのではなかろうか。

 

「会長は当事者だし、事件の全容理解してるんでしょ?」

「全容かは知らないけど、当日のことはそりゃもちろん知ってる」

「……あれは、()()()()()()()()()()()?」

 

 本当の目的は別の人にあって、それを止めに入った陽が襲われたのではないか。萌葉はそう見ている。

 だって、犯人は萌葉に何度もラブレターを送り、諦めずに告白してくるような人だったのだから。つまり、狙われていたのは自分で、陽が間に割り込んだのではないか。萌葉はその可能性が高いと見ていた。

 

「本当は私を庇って……私のせいで会長は──」

「藤原さん。この件はもう過ぎて終わったことだ。それに、あの目は確実に俺だけを見てた」

「そう誘導したんじゃないの?」

「それができるほど、話術に長けてるわけじゃない」

 

 疑いは晴れない。けれど、こういうふうに言われては、陽の言ってることが事実という可能性も濃くなってくる。そう思わされる。

 疑おうと思えば何もかも疑わしくなってしまう。真相を求めていても、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことにもなりかねない。だから、萌葉は中断せざるを得なかった。

 陽が言ってることを真実とするしかない。どこか腑に落ちない気もするが、終わったことであるのも事実。それで納得する他ない。

 

「会長」

「ん?」

「会長がいないと面白くないから。早く帰ってきてね」

「……ははっ。それができるように頑張るわ」

 

 陽がいなくて物足りないと思うのは、何も1人だけじゃないのだった。

 

 



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3歩目 白銀御行は確かめたい

 なんとか書けた。


 

 白銀家は家計が厳しい家である。父親の職の失敗により多額の借金を抱えており、その上で2人の子供の学費を含めた3人分の生活費が求められる。父親の現在の職業は不定。収入があるのは事実だが、決して安定したものとは言い難いのが実情だ。

 家の間取りは1LDK。ひとり暮らしを想定したもので、2人での生活もできなくはないかといった程度の広さ。私室をブラインドカーテンで仕切ることで、御行の部屋と圭の部屋が擬似的に確保されている。父親に部屋はなく、寝る時に布団をリビングに敷いている。

 そんな生活をしている白銀家にゲームといった娯楽類は無縁に近い。御行は生徒会室で時偶石上と遊ぶ程度。圭も似たようなものだ。家計簿をつけている圭も倹約家で、漫画も基本的に買わない。

 

「うぅっ……」

 

 そんな圭が漫画をまとめ買いした。最近話題になっている少女漫画を買ってきた。事前にあらすじや試し読みをしてからの判断。衝動買いではないという建前を用意したが、衝動買いに近かった。陽の退院もあり、気が緩んだのだろう。

 それをリビングで読んでいた圭が、涙をぽろぽろと溢しながらテーブルを見つめる。

 

「どうした圭ちゃん!? 学校で嫌なことあった!?」

 

 そんな妹の姿に当然兄の御行は反応する。自身の経験上、秀知院という場所の悪い面も知っているから、そこを心配せずにはいられない。

 しかし見当違いだ。いじめはなくなっているし、生徒会のガードが硬い。

 

「違う! この漫画がもう泣けて泣けて」

「なんだ漫画かよ」

「馬鹿にするなら読んでみなよ! お兄も泣くから!」

「俺もう高2だぞ」

 

 あまり漫画を読まない。しかし漫画が嫌いなわけじゃない。好きな部類ですらある。現実的であれ、非現実的であれ、キャラたちはそこで生きているのだ。世界観に引き込まれることもある。

 反抗期でもある圭は、兄に泣き顔を見られたことに思うところがあったようで、漫画の1巻を押し付けて部屋に移動した。これから風呂に入るために、着替えを取りに行く必要があるから。

 

(……圭ちゃんがああなるぐらいだし、読んでみるか)

 

 愚かな行動とはどういうものか。いくつか挙げられるだろうが、御行は「知ろうともせずに決めつけること」だと考えている。底知れぬ努力家である御行の最大の武器は学業面。それは言わば知識。知識を武器にするものにとって、未知のままにして遠ざかるという選択肢はあまり取れない。生理的に受け付けないものは例外だが。

 圭が風呂場に行くのを背中越しに気配で感じながら、渡された漫画を読んでいく。『今日はあまくちで』というタイトルの漫画だ。少女漫画というジャンル。恋愛面に注目して書かれることが非常に多い。組み合わせとしては、青春学園モノが多いか。

 

(こういう話か。ふむ……)

 

 読むスピードは速い。高等部の生徒会の仕事量は殺人的。それを1年間捌き切り、時折ある校長の無茶振りも達成してきた御行の速読は、常人では理解できない速さだった。周りからすれば、パラ読みにしか見えないだろう。

 読み終われば次の巻に手が伸びる。それも読んだらまた次へ。

 見事なまでに御行の心は『今日あま』にハートキャッチされていた。慢心王も一瞥するくらいには鮮やかなハートキャッチである。世界観に引き込まれ、次の展開を考える余裕もなく没入していく。その手は止まることを知らない。

 

 だが、ある箇所から読む速度が遅くなった。

 そしてついにその手が止まる。

 

「うわぁぁぁぁん!」

「ほれ見たことか! 泣いちゃうでしょ!」

「アホお前こんなん泣くわ!」

「恋……したくなっちゃうでしょ?」

「したくなっちゃうわ!」

 

 御行の反応に満足した圭が、浴室のドアを閉める。髪を洗ってる途中でドアを開けるなとか普段なら言いそうなものの、『今日あま』に沼った御行はそれどころじゃなかった。

 

(恐るべし少女漫画……! これをなんとか活用して……ん?)

 

 四宮かぐやにこれを読ませることで、少女漫画脳にさせることはできないか。すぐに作戦の組み立てへと思考を切り替えているのは流石の一言であり、それによって先程の妹の様子に引っかかりを覚える。

 恋というワードを出した時、妙に恥じらっていたように見受けられた。年齢を考えれば、思春期が始まっている頃合い。恋愛という存在自体への認識が、高校生の自分とは違うということも考えられる。性差による捉え方の違いもあるかもしれない。

 それを踏まえたとしても、プライドの高い妹がだ。反抗期である妹が、あのようなピュアな様子を見せるだろうか。

 

「パパきた産業」

「変に間違えて使うなよ」

「どうした御行。いつもより辛気臭い顔して」

「失礼な親父だなぁ! いや、ちょっと気になることがあって」

「生理か」

「ちげーよ! 俺男だぞ!?」

「男にも生理はあるぞ」

 

 女性ほどしんどいものじゃないため、全く気づく事なく日常を送れているだけだ。

 

「いや、ちょっと圭ちゃんがな」

「ようやく気づいたか」

「っ! 親父は気づいてたのか」

「当然だ。お前たちの父だぞ」

 

 子供たちのことも当然気にかけている。共にいる時間こそ少ないが、だからこそ些細な変化も見逃さぬようにしている。

 父親は御行と向かい合うように座り、ゲンドウポーズを取って真剣な顔をする。御行もそれに合わせた。真剣な話し合いとなるとこうなってしまうのは、親子の血の宿命だろうか。

 

「圭は反抗期だ」

「……」

 

 チラッと風呂場を気にしながらそう言った父親に、御行は豆鉄砲を食らったような顔をした。

 父親の言葉が脳内で反芻し、正しく噛み砕き、理解する。

 

「知ってるが!?」

 

 噛み合ってなかった。父親は分かっていなかったようだ。

 

「そうじゃなくて! 圭ちゃんに好きな子ができたかもしれないって話なんだよ!」

「ほう。ということはあれだな。娘は渡さんってやつができるな」

「なんでそれを期待してるんだよ……。楽しそうだなぁ!」

「父親になったらやってみたいイベントの1つだろう」

 

 授業参観だったり、入学式やら卒業式やら。学校イベントは主だが、それ以外だとやはり恋愛面になる。彼氏の壁になったり、結婚式だったり。親にならないとできないことはあるし、それが楽しみだったりしている。

 

「まず、何をもってそんな話になってるのかだが……、少女漫画か。それで繋げるとは影響受け過ぎじゃないか?」

「……でも圭ちゃんの反応がさ」

「圭が出てきたら聞けばいい。それで分かることだ」

 

 そんな直球で聞けるわけないだろと言いかけたが、それがギリギリ喉のところで止まる。この親ならそれくらいやるんだろうなという嫌な信頼感があったから。

 

「圭を待つとして、この漫画そんなに面白いのか?」

「うん? あぁ、俺も疑ったんだが、読んでみると思いの外面白かったな。圭ちゃんが薦めてくるのも分かる」

「ほう」

「親父も読んでみたらいいんじゃないか?」

「これを読んで過ぎ去りた青春を思い出しながら妻のことを想えと? 生憎だが他の女性が付け入る隙間は用意してないな」

「そんなこと誰も言ってねぇよ!」

 

 今でも1ミリの隙もなく別居中の妻のことが好きらしい。一途と言えば聞こえはいいが、妻の方からは離婚届けを送られてきている。判子を押さないからまだ離婚していないだけだ。

 

「何を騒いでるのかと思えば、帰ってきてたんだ」

 

 入浴が終わり、寝間着を着た圭が声をかけた。無視しようかとも思ったが、夕飯はこれからだ。どのみち顔を合わせるなら少しくらい声をかけるというもの。それが父親に用意された罠であるとも知らずに。

 

「圭。好きな男でもできたのか?」

「は……はぁ!? 何言ってんの!?」

「この反応はどっちだ」

「怪しい方だな」

「少女漫画読んだからって変な干渉して来ないで」

「干渉というか疑問なんだが……」

「男ができたなら連れてきなさい。どんな子か見てみたい」

「だからそういうのじゃないってば。あとパパには絶対会わせたくない」

 

 会わせたとしても、変なことを言い出しかねない。想像してみただけでもなかなかに強烈な絵面が出来上がってしまった。結婚とかになれば、もちろん相手には挨拶に来てほしいとも思うが、その時は覚悟を決める必要がありそうだ。

 単刀直入に聞いてみたが、取り付く島もない。少し怪しい気もするが、これ以上の追及は控えるべきだ。部屋の中へと消えていく圭に、父親はやれやれと首を振った。

 

「駄目だったな」

「そりゃそうだろ」

「圭が言ってこないなら俺も触れないが」

 

 お前はどうするのだと視線で問われた。御行は少しだけ考える。

 気にはなるが、周りから変に関われるのが鬱陶しいことに理解もできる。身内ともなれば尚さらに。

 だが、白銀御行は家族想いの男子である。シスコンとまではいかないが、妹のことは当然好きだし、だからこそ母親代わりに口煩くなることもある。

 考え抜いた結果、圭にバレないように軽く探る程度に留めることにした。

 

 

「会長が漫画持ってくるなんて珍しいですね」

「妹に薦められてな。思いの外面白くて、せっかくだからみんなもどうかと思ったんだよ」

「なるほど」

 

 翌日、自分の作戦と並行して圭の周りを探るために行動。かぐやに『今日あま』を読ませることは簡単ではない。そこで、周りの人が読んでいたら、かぐやにも簡単に話を触れると考えた。

 漫画やゲームが好きな石上が、御行に薦められたものを読まないわけもなく、パラパラと読みすすめていく。石上もまた、速読ができる人間である。

 そして彼もまた、御行のように轟沈。

 

「あー! 今日あまだー!」

 

 そんなことをしていると、生徒会の抱える核弾頭こと藤原千花が、かぐやと共に生徒会室に入ってくる。かぐやは漫画のことに触れながらも、御行の様子が少しだけいつもと違うことを見抜いた。

 

「会長。どこか具合でも悪いのですか?」

「いや、いたって健康だが」

「そうですか。では何か悩み事でも?」

「悩み事……というのかは微妙だが」

 

 圭がかぐやから下の名前で呼ばれるようになったことは、圭本人から聞いている。ならば、かぐやに話を聞いてみるのもありかもしれない。思い返せば、石上も中等部に足を運んだことがある。そちらの生徒会とは面識があり、何か思い当たるものがあるかもしれない。

 問題は千花だ。圭との関わりが、御行の次に長い人物であることは事実。何か知っているかもしれない。だがそれが藤原千花という少女であることが、御行の判断を悩ませる。

 

「藤原書記。席を外してくれないか?」

「えぇー! なんでですかー! 私だけ仲間外れは嫌ですよ!」

「お言葉ですが会長。藤原さんはこれでも口が固い人です」

「これでも?」

「私が友人と言える数少ない人ですから、信じていいと思います」

「……四宮がそう言うのなら」

「かぐやさんありがとうございます~! これ絶対面白い話だから仲間外れは嫌だったんですよー!」

 

 擁護しなければよかった。かぐやの目がありありとその心境を物語る。しかしもう撤廃はできない。腹を括るしかないのだ。御行と石上は、今後自分の事で何かあれば、千花に悟られないようにしようと断固たる意志も固めた。

 

「中等部の方で気になることがあってな」

「事件がありましたからね。被害を受けた子は退院したと妹から聞いてますよ」

「そこは一安心なのだが、それが起きた事自体異常というか……」

「被害を受けた小野寺くんですが、高い人気を持ちつつ、嫌われる相手からはとことん嫌われるようで。積もりに積もった不満が今回の件に発展したのではと見られていますね」

「うーん、僕も彼とは面識ありますし、四宮先輩の言う面も否定できないって印象でしたね。いい人ではあると思いますけど」

「あれ? もしかして俺以外面識ある?」

 

 部活連での会議に御行が出席している間に、御行と伊井野以外のメンバーは顔を合わせている。かぐやは夏休み中も会っており、石上は一度中等部に呼ばれて足を運んだ。

 

「皆さん何の話をされてるんですか?」

「ミコちゃんお疲れ様~。今ね、中等部の生徒会長の話ししてるんだ~。ミコちゃんは会ったことある?」

「えっと、たしか小野寺陽くんでしたよね。はい、面識あります。ブラックリストの1人です」

「ブラックリスト!?」

「彼は娯楽部という部に入ってまして、それが風紀委員としては相性が悪くてですね。廊下も走ったりしてましたし」

「TG部に近いものを感じるな」

「私たちは廊下を走ったりなんかしませんよ!」

「そうですよ! 藤原先輩たちはギリギリに際どいところを付いてくるから厄介なだけです!」

「ミコちゃん?」

 

 話がTG部へと変わっていきそうなところで、一度話を切る。どうやら伊井野も面識があるようで、やはり会ったことがないのは御行だけのようだ。今のところ想像できる人物像があやふやである。

 

「生徒会長としては優秀な子ですよ。去年度の体育祭と文化祭が例年以上の盛り上がりをしたそうですし」

「そうなのか?」

「たしかに盛り上がってましたね。体育祭だと文化部の人間とかが忌避しがちですが、そこの人たちですら楽しめてましたから」

「凄いな」

「そういうとこだけは良いんですよ。そういうとこだけは」

「伊井野とは相性悪いのか……」

「会ってみますか? 会長」

 

 ここでかぐやがファインプレーを見せる。御行の目的は、圭が惚れているかもしれない相手の特定及びその調査。だが、それを焦る必要はない。中等部で生徒会長をしている人間なら、同じ生徒会にいる圭のこともより知っていると見ていい。会う価値は高い。

 

「頼めるか?」

「はい。少々お待ちください」

 

 かぐやが鞄から徐ろに携帯電話を取り出し、全員の視線が集まるのを首傾げながらアドレス帳を開く。あ行の欄の一番下にある名前を選び、迷わずに発信ボタンを押した。

 

「かぐやさん連絡先交換してたんですか!?」

「え、えぇ。彼は一時期別邸に住み込みで働いていたので」

「どういう状況!?」

(四宮と同じ屋根の下だと……!?)

 

 知らなかっただとか、風紀の乱れやらと騒ぎ立てられる中、電話相手である陽の声がかぐやの耳に入った。向こうも生徒会室にいるようだ。圭や萌葉の声も聞こえてくる。

 

「小野寺くんお久しぶりです」

『お久しぶりです。先日はお世話になりました』

「いえいえ。大したことではありませんよ。お体の調子はどうですか?」

『完治はまだ先ですが、日常生活を送る分には問題ないです。体育ができないのは残念ですね』

「あなたにはいい薬でしょう」

 

 早坂の調査結果はかぐやも聞いている。今が骨休めとなることだろう。

 

『今日はどういうご用件で?』

「実は、うちの白銀会長が小野寺くんと会ってみたいそうで、そのセッティングを私がしているのですよ」

『……なるほど?』

 

 電話をしながら陽は気づかれぬようにチラッと圭を見た。反抗期である圭が、自分と兄の会合をどう捉えるか。直感的に察せられてはいけないと気づき、そのスリリングにニヤッと笑った。

 

 




 次回に続きます


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4歩目 白銀御行は確かめたい2

 感想、評価、お気に入り登録、ありがとうございます。ここすきもバンバンやってもらえると嬉しいです。


 

 白銀御行という人間は、中等部にもその名が届くほどに有名人だ。高等部のただの生徒会長ではなく、外部生である彼がその座についたからこそ話題にもなったのだ。天才と称される四宮かぐやを抑えての学年一位。これもまた、彼の名が通るようになった要因の一つである。

 打って変わって中等部の生徒会長である小野寺陽は、別に高等部にその名が届くことはない。せいぜいが、姉の麗の周りで少しだけ話題になった程度。中等部でこそ名が知られているといった具合だ。

 中等部での評価は様々なもの。共通していることは、学校生活という日常に新たな風を吹き込んだという話。耳にするものはプラス評価のものだらけだ。マイナスとして受け取れるものは、彼がバカだという話。それも愛嬌として受け入れられているため、マイナスと言えるかは怪しいが。

 

「緊張するなー」

「緊張とは無縁みたいな印象あるんだけど」

「それぐらいしますよ。それを抑え込んで挑めるってだけで」

「これだから陽キャは」

「石上先輩だって、やると決めたことはやり抜くタイプでしょ?」

「……まぁ」 

「同じですよ」

 

 決めたことは曲げない。マイナス思考になりやすい石上だが、そこは強固な芯として自分の中にある。それを美点として指摘されると悪い気はしない。石上はその経験が少ないから、痒そうにして視線を逸したが。

 陽が訪れているのは高等部。信じられないほどの方向音痴であることは、以前の訪問時に知られており、石上が正門まで迎えに来たのだ。前回の場合だと圭の付き添いであり、陽自身も人を探していたために逸れた。今回は目的が御行に会うことで、石上はその案内人。目的が重なるために逸れる心配はない。

 

「俺は周りの目を気にしてないように思われますが、それは周囲の誤解ですね」

「俄には信じにくいんだけど」

「だって周りを気にしない人が会長職に就けるわけないじゃないですか」

「……周りの目を理解してそれに合わせてるってことか」

「違います。石上さんも現代ジャパニーズですね」

 

 敷地内を歩き、見えてきた別棟を見上げながら話す。戦後の社会。学生運動が起きた昭和から残る「生きる遺産」。長く残るものは、過去を保存しながら現代に溶け込み未来に繋ぐ。陽はこういうものが好きだ。

 

「周囲を気にしてそれに合わせる。そんなことしたら個性なんて消えるじゃないですか」

「たしかに君は個性の塊だな」

「言葉にすれば簡単です。周囲の目に合わせるんじゃない。周囲の目を合わさせるんです」

「ミスディレクションみたいな?」

「それに近いですかね」

 

 相手の意識を誘導する。それを自分の長所に向けさせてしまえば、あとは自然と人気になる。

 「カッコイイ人間はカッコイイからカッコイイと思われる」。ならば、そう思わせるようにする。自己を消さずに。もっとも、それをやってる時は会長として皆の前に立つ時ぐらいだが。それ以外の時はただのバカとして過ごしている。

 

「意外と怖いことしてるなぁ」

「目的を優先した結果ですね」

 

 それができて、人気もあるということは、カルト教団すら作れてしまうということ。理論上ではそうなる。本人にその気がないのだとしても、先は分からないのだから。

 

「会長になるためにそうしたんだろうけどさ」

「いえ、目的はそこじゃなくて……」

「違うの?」

「そこじゃないんですけど……。()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 石上はそれを聞いてゾクっと背筋を震わせた。気味が悪いとかじゃない。先の事件のことを知らなければそう思っただろうが、知っているからこそ違う理由で怖く感じるのだ。

 陽は記憶が欠如している。それも、本人の今の行動指針の根幹に関わるはずのものを。

 そんなピンポイントなことがあり得るのかと疑いたくなる。しかし現実はそうなっている。本人は今自覚した。しかし、本人が気づかず、それでいて普段通りに過ごせていたのなら、周囲が気付けるわけもない。生徒会に支障が出るのではと懸念した。

 

「それについては落ち着いた時に考えるのがいいんじゃねぇの?」

「……そうします」

 

 別棟に入り、生徒会室を前に一旦思考を中断する。それを考えるのは早いほうがいいかもしれないが、今はまだ大丈夫だから。中等部の人間は他におらず、この後に会う予定もない。会ったところで、ボロを出すようなこともしないが。

 

「会長。連れてきました」

「ご苦労。すまんな石上」

「いえ。それでは僕は席を外しておきますんで」

「ああ」

 

 陽の案内が終わると、石上は気を利かせて生徒会を出ていく。他の役員の姿も見えず、この状況を御行が望んだのだと陽は察した。かぐやあたりは盗聴してそうだなと思いつつ。

 

「初めましてだな。高等部の生徒会長、白銀御行だ」

「話はいろいろと聞いてますよ。中等部の生徒会長の小野寺陽です。お会い出来て光栄です」

「俺も一度会っておきたいと思ってな。そちらにかけてくれ」

「失礼します」

 

 御行に促されてソファに座る。御行も会長席から移動し、陽の正面に座った。かぐやが用意しておいた紅茶を2人分持ちながら。

 

「妹が世話になっているようだな。礼を言う」

「いやいや。お世話になってるのは俺の方ですよ。マジで」

 

 生徒会の運営は陽がいれば問題ないが、経営は圭がいないと成り立たない。非常に重要な人物であり欠かせない存在だ。

 

「白銀さんにはいつも助けられてます。他の2人もそうですが、彼らがいないと乗り越えられなかったものが多いですから」

「妹が力になれているのなら何よりだが。謙遜するんだな。聞けば君が会長になってから、学校生活に充実感を覚えた生徒も多いそうじゃないか」

「そういう風に言われてますが、その人の実感が変わるのは、その人の意識が変わるからです。俺はただ、学校生活を楽しめるように動いて、周りが同調した結果に過ぎません」

 

 起爆剤の役割を担っただけ。それの爆発の範囲が、導火線の方から近づいたことで広いものになったに過ぎない。そうなればいいとは思った。そのほうが自分も、楽しんでほしい相手も楽しめるだろうから。けれどそれを強く意識したわけじゃない。だから、決して自分の功績とは思わない。棚ぼたでしかないから。

 

「ところでお兄さん」

「その呼び方はやめてくれ」

「わかりました。お義兄たま」

「何も変わってないが!?」

「では無難に白銀先輩と」

「絶対わざとだろ」

「当たり前じゃないですか!」

「威張るな!」

 

 話しながら、御行は陽のことを推し量っていく。その人物像を。

 

「俺が呼ばれた理由って、ただの交流会ではないですよね?」

「察しの通りだ。少し聞きたいことがあってな」

「中等部のことで? ……いや、妹さんのことですね。このシスコンめ」

「シスコンじゃない」

「好きな人いますもんね」

「い、いないが?」

「隠すの下手過ぎでしょ。よくそれで周りを誤魔化せますね」

「自然な流れで言われたから驚いただけだ」

 

 隠し通せると思ってるのもどうかと思うが、掘り下げて遊ぶのは後の楽しみとしておこう。

 

「白銀さんは結構学校を楽しんでくれていると思いますよ」

「そうか。学校のこととか全然話してくれないから少し気がかりではあったんだが、ひとまずは安心だな」

 

 主題はそこではないらしい。陽は予測が外れ、それではなぜ呼ばれたのだろうと悩んだ。思い当たる節があっただろうか。圭が不調だったとも思えない。いつも通りだった。

 

「その……あまり妹のことを詮索するのも忍びないんだが」

「秘密は守ります。それでも気づかれたらドンマイです」

「ああ。それで、俺が聞きたいのは、うちの妹の異性関係でな……」

「まぁ、白銀さんはモテますからね。容姿端麗で成績優秀。プライドの高さも魅力に見える立ち振る舞い、それでいて周囲を気にかける優しさがある。競争率高いらしいですよ。まだ誰も告白してないのが信じられないですけど」

「そうなのか」

 

 妹の良い話を聞いて気分を良くしない兄はいないだろう。安心したようで、嬉しさも表情に出ている。半分ほどは、変な虫がつかないかという警戒心もあるようだが。やはりシスコンである。

 

「誰も告白していない……。つまり密かにもう交際を……!」

「否定し切れませんが、彼女が好きでもない人と交際するとは思えませんよ」

「いやしかし、仮交際をしてから判断する。そういうやり方もあると聞くぞ」

「それをあなたの妹がする姿を想像できますか?」

「……できないな。すまない、浅慮が過ぎた」

「いえいえ」

 

 仮に自分の姉がそういう事をしたとしても、姉はしっかりしてるし大丈夫だろうと思える。しかし妹はどうか。陽は目の前の御行以上に動揺する自信がある。この男もまたシスコンだった。

 何はともあれ、御行の目的は理解した。探りを入れているということは、圭に変化があったということ。圭に好きな人ないし気になる異性ができたということだ。

 

「あの白銀さんに好きな人ができたんですか~」

「まだ確定したわけじゃないが、俺はそう見ている。生徒会という場所もあり、同じクラスでもある小野寺なら、それの特定ができるんじゃないかと思ってな」

「できなくはないでしょうけど。それをやろうとすると障害がいてですね」

「障害?」

「藤原萌葉っていう藤原千花さんの妹がいるんですけど」

「……なるほどな」

 

 藤原千花の妹というだけでこの説得力。陽は千花のことをそこまで知ってるわけじゃないし、御行は萌葉に会ったこともない。それでも、あの千花の妹で障害となると言われてしまえば、そうなり得るのだろうと納得できてしまうのだ。萌葉は姉と陽を恨んでいい。

 

「ですからまぁ、バレないようにってなると時間がかかると思います」

「それでも構わない。いや、報告とかも真面目に考えなくてもいい」

「おろ?」

「小野寺の判断に任せるよ。その相手が妹に害をなす人物かどうか。必要なら連絡してくれ。それぐらいならやりやすいだろ?」

「承知しました」

 

 報告もしなくていいのなら、ますます調査という意識は薄れる。なんとなく気にかければいいだけなら、普段と大差なく接することができる。それが最も隠密性を高められるやり方だ。御行のその采配に陽もまた、白銀御行という人物の評価をしていく。この学園の高等部の生徒会長というのは伊達ではないのだと。

 

「ちなみに、現時点で思い当たるような人は?」

「現時点ですか? そもそも白銀さんは藤原さんと一緒に行動してることが多いですし、男子と接する機会も限られますからね」

 

 生徒会とは別に、クラスで係もある。その時に男子と接することはあれど、現実味が薄い。放課後なら生徒会があるが、阿天坊は後輩として受け止められているし、阿天坊にもその気はない。

 

(……あれ?)

 

 陽はふと思い出した。生徒会の任期が終える日。ウィスキーボンボン事件の時を。

 

(……もしやこれ、俺じゃね?)

 

 酔っていた。圭の記憶はない。けれど、陽は()()を言われたことを覚えている。

 

「なんか、聞く限りで条件を絞ると小野寺じゃないかと疑いたくなるんだが」

「えっ……、いやいやまさかー。俺は白銀さんのような人に好かれるほど真っ当な人間じゃないですよ」

「どの辺りが? それに、人の評価は下す側の裁量に任されるものだろ」

「そうですけども。先輩はいいんですか? 仮にそうだとして」

「ふむ……そうだな。少し聞かせてもらおうか。君の生徒会作りの基準を」

 

 人選の基準。何を重視して選んだのか。思惑があるにしろないにしろ、それはその人の考え、価値観が出るもの。

 御行はそれを聞いて判断することにした。仮に圭が惚れた相手がそうだとして、圭に害を及ぼさない人物かを。

 

「実力主義。そういう風に言って選びました」

「成績で選んだと?」

「正確には、その役職に相応しいかどうかです。会計職だと数学を基準にしましたが」

「他の役職は?」

「副会長なら人を見る目。決して表面だけを見ず、周囲に惑わされないかどうか。書記は新一年生から選ぶと決めていたので、入学を待った形になりましたが、字の丁寧さと文章構成力です」

「合理的だな。では、現メンバーは君個人の私情を抜きに選んだのか?」

「いいえ」

 

 陽は首を振った。私情なら大いにある。個人の気持ちを合理的に見せるために作っただけ。萌葉の長所を言語化し、それに当てはまりやすい役職の条件として作ったに過ぎない。

 

「私情なら挟みましたよ。白銀さんより成績の良かった人もいましたしね」

「実力主義を唱っておきながら選ばなかったのか」

「はい。俺はその人とは一緒に生徒会をやりたくないと思ったので」

 

 性格に難あり。そういう理由で選ばなかったとすれば、周囲も納得する。その女子は秀知院から追い出されもしたのだから。

 

「……我儘でありながら目的の達成のために手を尽くす、か」

 

 その目的がなんだったのか、陽は思い出せないのだが。

 

「最後に1つだけ、生徒会長としての小野寺陽は何を目指す?」

「質問に反するとは思いますが、俺は会長としての仮面を被るのはみんなの前でスピーチするぐらいにしか留めてません。その上で言わせてもらいますと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「なるほど。よくわかった。……妹は俺ほど不器用でもないが、それでも心配にはなるんだ」

「鶏になり切れないひよこって感じしますからね」

「だから、これからも妹のことをよろしく頼む」

「任せてください。俺はあの人の笑顔がわりと好きですから」

 

 最後には握手を交して2人は話を終えた。

 その時妙に御行の手に力が入っていたのは、2人しか知らないことである。

 

 




 バカなことやらせてぇなぁ。

 一応補足説明しておきますと、萌葉エンドとの大きな違いは、「会長戦の後に告白できたか否か」です。
 萌葉が語ったように「圭ちゃんは小学生の頃から陽を意識している」「萌葉はこの2人がくっつくのもいいなと思ってる」です。


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5話目 藤原萌葉は聞きたい

 アクタージュの件が辛いです。HFは神です。


 

 同じことの繰り返しに思える学校生活というのは、多くの生徒たちにとって退屈なものになる。代わり映えのない日々なのだから当然の感想で、学校という場所に好きなものがなければ億劫にもなろう。部活とか青春とか、刺激がないと面白くないのだ。部活も、人によっては捉え方が変わるだろうが。

 そんな生活において、学校行事というのは大きなスパイスだ。これを楽しみにするものは非常に多い。

 

 生徒全体で一番人気なのは文化祭だろう。修学旅行は決まった学年しか行かないために除外する。そうなると、体育祭よりも文化祭の方が盛り上がる。

 なにせ文化祭の目的は「盛り上げること」だ。文化祭の成功は盛り上がるかどうか、客となる人間が楽しめるかどうかで決まる。

 それに対して体育祭は「勝つこと」が目的となる。その内容上勝敗が確実に決まり、勝敗がある以上勝ちたくなるのが人の心理。競争意識は誰にもある。けれど、体育祭である以上、運動が苦手な人間はこの行事に消極的だ。

 

 体育祭で活躍するのは運動好きや運動能力の高いもの。長所がそこで発揮されない人間は、活躍ではなく恥を晒すような心境になる。もちろんそこへの配慮で工夫された競技もあるが、それではフォローしきれない。

 

 「参加型のイベントは参加者の意識で決まる」

 

 誰も望まないものは成功しない。そして体育祭のように、明確な線引きがされてしまう行事は、参加者の意識が乱れやすい。文化祭は皆が同じ方向に向きやすい。誰しもが普段あまりやらないようなことをするから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから一致団結しやすい。

 それはつまり、体育祭でもそれができれば、体育祭だって文化祭に引けを取らないイベントになる。陽が目をつけるのはそういうところだ。

 

「なにやってんの会長」

「あー白銀さんおつかれ。今モデル頼まれててポーズ取ってる」

「……モデルにする相手間違えてない?」

「そんなことないよ~。会長顔はいいし、体がブレないから描きやすいんだよ」

「そうそう。会長並みの被写体ができる人とか見つけにくいし」

「予想外なとこで才能見せるよね」

「人の役に立てるなら素敵な才能だと思うぞ」

「そうだね」

 

 決して変な才能じゃない。写真のモデルとかなら素人なりに調整ができるかもしれないが、デッサンのモデルとなると長時間それを保たないといけない。それだけの集中力と体勢を維持できるのは、これも立派な才能だ。

 

「で、そのポーズは?」

「走ってるポーズだけど?」

「いや会長それは非常口の絵の真似でしょ~」

「藤原さんもおつかれ。あの絵って走ってる感じ伝わるじゃん」

「会長だとふざけてる感じになるのなんでだろうね~。膝カックンしていい?」

「いいわけあるか!」

 

 教室にあるスクリーンを下ろすための引っ掛け棒。黒板の横に掛けられているそれを取った萌葉が、片足でバランスを取っている陽の膝に棒を当てる。押すのではなく、触れるか触れないか程度で擦る。

 

「汚いぞこの女郎!」

「メロメロ~?」

「いい方に転がすな! ところで他のクラスの様子は?」

「それは圭ちゃんと阿天坊くんに任せたから」

「働け?」

「どこのクラスも似た感じだし、クラスで手伝えることないかなーって思って来たんだよね」

「邪魔しかしてないが?」

 

 動じることなくポーズを維持している陽は、顔を動かすこともしない。萌葉の方に振り返ることもなく、背中越しの会話をしている。そのシュールさに誰もツッコまず、圭は絵を書いている2人に視線を移した。美術部に所属しているこの2人が描く絵は本格的。ふざけているように見える陽のポーズを忠実に再現しながら、躍動感をそこに表している。

 それぞれモデルを使っているが、その絵から受ける印象は違ってくる。片や躍動感。片や焦燥感。どちらも体育祭に相応しいと感じるものだが、これは下書き、明日にはクラスで公表し、どちらの絵を使うか決める。

 

「白銀さんも描いてみる?」

「私はいいよ。2人ほどは描けないし」

「んー、今回は絵の綺麗さとか関係ないんだけどね」

「そうそう。体育祭に相応しいかだから」

「実際、モデルがいなくてもいいし」

「モデルなしの絵も描くしね~」

「俺の意味消えてね!?」

「私たちの糧になってくれてるから意味あるって」

「それならいいや」

「いいんだ……」

 

 経験というのは貴重だ。練習だっておろそかにしなければ身になる。2人が真剣に取り組んでいることは分かるため、陽はたとえ自分がモデルの絵が採用されなくても、無駄な時間を過ごしただなんて思わない。

 

「生徒会ってほんと仲が良いよね~」

「そこが自慢だったりする」

「遊びに行ったりとかするの?」

「ほんのたまになら。学校外の交流ってあんまなかったりするんだなこれが」

「私と圭ちゃんはよく遊ぶけどね」

「会長ハブられてんじゃん」

「そんな言い方するなよ?!」

 

 女子たちがわいわいと盛り上がり、陽はポーズを保ったまま無心になっていく。悟りを開けば何も恐れることはない。一は全。全は一。社会の歯車が崩れようと世界は回るのだ。

 

「白銀さんと藤原さんって何して遊ぶの?」

「お泊まり会が多いかな。圭ちゃんがうちに来るの」

「パジャマパーティー? 恋話? それとも百合展開?!」

「3つ目おかしくなーい?」

「会長。百合展開って何?」

「雑に言うと男女のお付き合いを女子同士に変換した感じ」

 

 レズビアンをオブラートに包んだ言い方とも言っていいかもしれないが、百合とレズは違うのだと主張する派閥もいるためやめておいた。賢い選択である。

 陽に言われたことを一拍置いてから咀嚼していき、圭は萌葉を見てからもう一度陽を見る。

 

「ごめん萌葉。私百合はちょっと」

「さらっと私が同性愛者みたいになってない?」

 

 女子は女子でまぁそれで、みたいな思考はするものの、同性と結婚したいかと言われたらNOである。結婚まで考えたら異性だ。萌葉の思考はあくまで遊びの範囲。圭を徹底的に汚したいなと思ったりするのも、萌葉の性格がそうさせるだけなのだ。

 

「それでコイバナはするの?」

「コイバナはあんましないね」

「うん。たまに会長の話はするけど」

「俺の悪口かな?」

「直してほしいのに直してくれないことへの愚痴」

「ごめんなさい」

「でも圭ちゃんイキイキするよね~」

「は? してないけど?」

 

 萌葉の発言に美術部が食いつく。

 

(これもうポーズ取らなくていいんじゃね? というかやっぱり藤原さん妨害しかしてなくね?)

 

 いろいろ思うことはあるが、女子トークを中断させることはできない。ライオンがじゃれ合っているところに割って入るようなものだ。

 

「だって会長の話切り出すのたいてい圭ちゃんだし」

「それは萌葉も振り回す側だからでしょ!」

「圭ちゃんも便乗すればいいのに~」

「これは白銀さんあるんじゃない?」

「あっちゃうんじゃない?」

「ないから!」

「何がないの? 圭ちゃん」

「だから! ……えっと……」

 

 にやにやと笑う3人に追い詰められ、圭は陽に助けを求めようとしたところで硬直する。今陽に助けを求めたら、萌葉たちの思う壺である。それは何としても避けないといけない。

 

「そういや俺白銀さんの家行ったことないな」

「そうだね。来ないでね」

「即答か……」

「「キマシタワーー!!」」

 

 陽は盛り上がり踊り出す美術部の2人を見て、その2人が描いていたイラストを見る。進捗度からして、もうポーズを取る必要がなかった。

 

「会長女の子の家に興味あるの? やらしー」

「なんか誤解が生まれてる気がする。単純に、誰の家にも行ったことないなってだけ」

「かぐやちゃんのとこには行ってるくせに。同棲したくせに」

「言い方間違えた。遊びに行ったことがないって話だ」

 

 四宮家の別邸に行ったのはあくまでも仕事ため。一時的に衣食住を揃えられる場所を作るためだ。

 

「まぁ私も圭ちゃんの家に行ったことはないんだけどね」

「絶対来ないで」

「こんな感じで断られるから」

「異常なまでの気迫出してるなー」

 

 1LDKのアパートで、自分の部屋だって仕切りを使って強引に確保しているだけ。兄と部屋が一緒と言っても過言ではないのだ。そして、あの兄の狂気的な部屋を見られると思うだけで圭には耐えられない。あと父親に会われるのも嫌である。

 

「ま、会長の家だって私たち行ったことないんだけどね」

「そう言われるとそうな。まぁ、タイミングが難しいってのもあるんだけど」

 

 父親が海外にでも出ていれば可能だろうが、仕事の予定など陽が知るところではない。仮に生徒会メンバーが泊まりに来たとして、家の女性陣がどう動くかわからない。陽は想像だけで嫌な予感がした。主に自分が被害を受ける気がして。

 横目に陽を見る。家庭環境が複雑だという陽の家。どんな家に住み、どんな生活をしているのか。興味がないわけじゃないが、陽に迷惑をかけたくない。圭は自分の好奇心を押さえ込んだ。

 

「ああそうだ。せっかく残って準備してもらってるし、何か欲しいものあったら言ってくれ」

 

 そんな圭をよそに、陽は思い出したように美術部に話を振った。クラスのための準備をやってもらっているのだ。何かしらで報いたい。

 

「ピザで」

「ピザパしよ!」

「あいよ」

 

 どこのピザ屋にするか。どのピザにするか。それを話し合いながら陽はスマホで注文を入力していく。学校に配達に来させるなと圭も言いたいのだが、教師陣がやっちゃってることも知ってる。特に校長は完全に私用の配達を頼みまくっちゃってる。そのせいで止められない。

 

「これくらいはね?」

「うん。わかってる」

 

 ウィンクする萌葉に頷いて返す。これぐらいなら注意することじゃない。

 

「30分で来るってさ」

「会長の奢り?」

「もちろん」

「「イェーイ!」」

「会長!?」

「大丈夫だって白銀さん」

 

 圭にとってピザは贅沢品である。白銀家ではまず食すことがない。頼もうという発想すらない。けれど、学校の打ち上げだったり藤原家だったりで食べることはある。そんな経験からか、圭が抱くピザの印象は贅沢品。圭の中ではピザは高いもので、彼女の中では実際の値段の倍近い印象があるのだ。

 そんなものを奢るなんて小遣いが無くなるんじゃないか。心配する圭に陽は大丈夫だといつも通り笑って返し、不安を取り除いていく。

 圭は自覚した。彼が笑うだけで大丈夫だと信じられる自分の理由を。薄っすらと頬を染めながら、ならいいと呟いて視線を逸らす。

 

「会長太っ腹だね~」

「これぐらいはやるって。……ふっ、財布ねぇわ」

「台無しじゃん。生徒会室戻らないとね~。ついでに、会長に見てほしい案件もあったからそれも片付けちゃお」

「仕事あったのかよ。先に言ってくれよ!」

 

 用事が生まれた2人は教室を出ていき、残された圭は美術部の2人の話に巻き込まれるのだった。

 

 

「ねぇねぇ」

「ん?」

 

 生徒会室に入り、鞄から財布を取り出した陽に萌葉が話しかける。いつもの何を考えているのか読ませない笑顔で。人によっては恐怖を感じる笑顔で。

 

()()()()?」

 

 藤原萌葉が副会長に選ばれた表向きの理由は、「誰よりも本質を見抜ける」ことである。

 

 

 



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6歩目 小野寺陽はパパ活がしたいったらしたい

 被殺願望杯楽しかったです。


 

 体育祭の準備がいつから行われるのか。そんなの前日の放課後と当日の朝だろと答える人が多いだろう。それは間違いではない。多くの生徒の認識はそうなる。けれど、人によってその認知に差が生じるのも事実だ。  

 

 たとえば生徒会。体育祭のプログラムを記したしおりを用意しないといけない。表紙はどうするか。プログラムの順番も教師陣と協議する。

 たとえば応援団。体育祭には必ず彼ら彼女らがいる。紅白戦となる秀知院の体育祭では、1つのチームとして纏まるのが難しい。そこで応援団の存在だ。学年クラス関係なく集まることで、自ずと皆の注目を集める。応援団はその組の中心となれるわけだ。そのためにも、応援団は事前に絆を深め、練習している。

 

 そして、各競技において練習を行う者も。

 

「会長」

「白銀さん? どうしたの?」

 

 そのうちの1人である白銀圭は、競技のための事前準備をしている小野寺陽の下を訪れていた。彼は今技術部たちと一緒にボードを作っている。競技の1つで用いられるこれは、各出場者の要望を聞いたオーダーメイド。ここで基盤を作り、最後の作業は美術部に任される。

 陽は器用な人間だ。頼まれればたいていの事ができてしまう。技術部に協力に来るのも頷けてしまうほどに。

 まずは形からということなのか。職人のような服装をしている。工事現場の人たちが穿くようなズボン。上はわざとタンクトップ。頭にタオルを巻いている。ちなみにズボンは家庭部の手作り。応援団の服もそこで作られたりする。

 

「時間取れる?」

 

 圭は作業状態を見てからそう聞いた。陽がいなくても大丈夫なのか。正直言って判断はつかない。それが分かるのは作業をしている当人たち。

 陽は自分が作っている物を見て微妙な顔をした。大体のことは終わっているが、作るものはこれだけではない。他にもやることはある。全体の作業も、陽がいることを前提に進行しているのだ。

 

「行ってやれよ小野寺」

「いいんですか?」

「余裕はあるからな。1人消えたところで間に合う」

 

 技術部は3年生の引退が遅い。部長の引き継ぎだってまだだ。技術部の部長はそれだけ言って作業に戻った。陽は他の部員を見渡し、頷きを返されたところで納得した。圭に少しの間待ってもらい、キリのいいところまで進める。それが終わると作業状況をメモに書いて部室を出た。

 

「それで、どうしたの?」

「その……手伝ってほしいことがあって」

「それぐらいならいくらでも。何を手伝えばいい?」

「……特訓」

「なんの?」

「障害物競争」

「んー?」

 

 陽は首を傾げた。同じクラスにいるため、圭が出場する競技の1つにそれがあることは知っている。けれどそれは、運動を苦手とする人でも楽しめるように用意された競技だ。中等部ではそれを2種用意し、イージーモードとハードモードを作っている。ハードモードは運動部向け。圭はイージーモードの方に出るはず。特訓の意味がわからない。

 

「内容見たんだけど」

「簡単にしてあるだろ?」

「うん。でも最後が」

「ただのパン食いだが?」

「ただのじゃない!」

「えぇ……」

 

 イージーモードの方は本当に簡単だ。小学生向けかと言われても言い返せないほどに。

 けんけんぱを参考にしたリングジャンプから始まり、バレーボールを乗せて走るラケットダッシュ。通常より幅を広くした平均台。そして最後にパン食い。ジャンプして口で取るアレだ。

 そして圭が危惧してるのもそれだ。

 

「白銀さんって運動苦手じゃないよな?」

「そうなんだけど、アレはちょっと……」

「白銀さんなら問題なく他の人より先に取れる気がするけど」

「イメージトレーニングしてみたんだけど、苦戦する気がして」

「あそこだけは手動だしな」

 

 パン食いする人間の身長を考慮しながら、教師たちが高さを調整する。それはつまり、簡単に取られないように避けることも可能ということ。圭が危惧するのはそこだ。

 イメージトレーニングとか言いつつ、実は家で即席で用意して試してみた。その結果わかったのは、口だけで取るのが難しいということ。これで避けられたりしたら、口を開けながら何度か跳ねないといけない。圭はそれを避けたかった。周囲に作られているイメージもあるから。

 圭のその懸念を汲み取り、陽はその特訓に付き合うことにした。何より圭からの頼みだ。断る理由もない。

 

「問題はどこでするかだよなー。部活は普通にやってるし、体育館も使えない」

「どこかの空き教室とか?」

「他の生徒に覗かれてもいいなら」

「……それは嫌」

「だろうなー」

 

 プライドの高い彼女が、いつも凛としている少女が、特訓の姿を見られることを肯定するわけがない。場合によってはそれでなお魅せるのだろうが、パン食いとなるとどう足掻いても珍妙な姿を見せる。餌を乞う鯉のような姿を。そんなの誰でも嫌である。陽でも躊躇う。

 そうなるとどこがいいのだろうか。他の生徒に見られることなく、その心配もなく特訓できる場所。

 

「……校長に頼るか」

「へ? 校長先生?」

「校長室なら誰も来ない。他の先生が訪ねるのも日にちが決まってるから」

「けど体育祭前だと変わるんじゃないの?」

「変わらない。むしろ校長室に先生が来ることはなくなる」

 

 校長室を出入りすることもある陽だから知り得る情報。校長と息が合うためにその辺の事情だって簡単に手に入る。そした、この程度の頼みを押し通すことだって可能だ。

 そうと決まればその足は校長室へと向かう。一瞬呆けた圭も、足早にその隣に移動して並んで歩く。

 

「それにしても、なんで俺? 藤原さんじゃなくていいの?」

「萌葉はいろいろと回ってるから。邪魔したくなくて」

「俺って暇に思われてる……?」

「ううん。会長なら付き合ってくれるって思ってる」

「……そりゃどうも」

 

 よくそんなことをさらりと言えるなと思いつつ視線を斜めに逸らした。

 圭も自然と言葉が出てしまったことで内心驚いていた。その動揺に耳が赤くなっている。

 しばらく無言が続くも、それは耐えられないものではない。気まずさなどよりも、ただ隣にいることの落ち着きが勝る。

 

 萌葉がいろいろなところに顔を出しているのは、圭を気遣ってのことである。萌葉の目は誰も誤魔化せず、本来圭がやるべきことまで萌葉が引き受けてしまっているのだ。そこに申し訳なさもあるのだが、言いくるめられてしまって今に至る。陽に協力を仰ぐように言ったのも萌葉だ。

 

「おや小野寺くんと白銀さん。見回り……ではないね。何その格好」

「校長丁度いいところに。これから数日の間、放課後に校長室を貸してください」

「別に構わないよ。私もウォーカーしたいし。それでその格好は?」

「ありがとうございます。さすが校長。体育祭が終わったら改めてお礼しますね」

「私からも、ありがとうございます。校長先生」

「いやいや、これくらい構わないさ。生徒の頼みであり、君たちのことは信頼してるからね。で、その格好は?」

「校長室は開いてますよね。失礼します」

 

 校長の質問を完全スルーしての交渉。友好な関係だからこそ許されることで、校長もやれやれと微笑しながら肩を竦めた。突かれたら嫌なことではなく、ノリでやってることだと分かったから。

 

「会長。パン買ってこなくてよかったの?」

「それは問題ない」

 

 にやりと笑う陽を見て、何か考えがあるのかなと推察する。そしてすぐにそれを否定する。こういう時の陽が、深い考えをするわけがないのだから。

 校長室に入ると、慣れない場所に圭は固くなる。そんな圭をソファに座らせ、慣れている陽は私室のように勝手に物を漁り始めた。

 

「それは駄目でしょ」

「校長は食べ物をいろいろと持っててな。たしかここに入ってるんだが……、ジャムパン見っけ! これでやるぞー」

「頭が痛くなってくる……」

「はっはっは! なにせ俺を気に入る校長だぞ」

「変に説得力あるねそれ」

 

 指し棒を発見し、コマの紐を見つけ出す。そしてなぜかある洗濯バサミ。校長はいったい何に使っているのか。陽と圭は考えることをやめた。大人の事情ってやつなのだろう。

 

「パン食いのところは教師が2人。それぞれ1つずつ棒を持って、計6個のパンが吊るされる。簡単に取れる箇所は、教師に一番近い場所にあるパン」

「振り幅が小さいから?」

「そういうこと。楽な持ち方だと、こうやって左右どちらかの脇を通す形になるから。まぁそんなことさせないけどな!」

「だと思った」

 

 半目でじっとりと見つめるも、陽はそれを受け流す。会長として、楽しめる学校行事を提供したい。そのためなら、細かなところだって調整を惜しまないのだ。コレの場合、パンを揺らす時の振り幅がブレないような持ち方をしてもらう。

 それを今陽が示し、圭は吊るされているパンを見つめる。

 

「ジャンプしたら届く程度。それも小さなジャンプでいいように調整する。スキップくらいの高さだな」

「私の場合がこれくらいの高さってことね」

「イージーモードの方だし、軽く揺らす程度にしてもらう。手を使っちゃいけないってだけで難しいし」

 

 高さを調整し、ひとまずは動かさずに取ってもらう。背伸びでは微妙に届かない高さ。場合によっては高さを下げてもらうのも視野だが、1回目は誰しもジャンプすることにはなる。

 圭がジャンプし、袋に入ってるジャムパンを鼻に当てて着地。何事もなかったように涼しい顔をしているが無理がある。

 

「白銀さんそんな不器用だったっけ?」

「今のは目測を誤っただけ」

「この至近距離でか」

「次は取るから」

 

 ジャンプの高さは申し分ない。あとは口で取るだけなのだ。そこが難しいのだが、圭は自信ありげだ。

 

「白銀さん。鼻でダーツする遊びじゃないからな?」

「わ、分かってるから静かにして!」

 

 自信ありげなのに、5連続で失敗した。5連続でジャムパンに鼻を当てていた。新しい競技だろうか。流行りそうにないから採用しない。

 その後も失敗が続き、陽はなんとも言えない顔で圭を見つめる。何でもそつなくこなす圭が、滑稽を通り越して哀れに思えるほどに不器用な姿を見せている。小さな口を開けて懸命にジャンプする姿は可愛らしいのだが、オチが鼻ダーツでは苦笑するしかない。

 

「そんな顔して! 会長もやってみたらいいよ! 難しいんだからね!」

「俺障害物競争出ないんだけどな……」

 

 圭が上靴を脱いでソファの上に立ち、高さを調整する。

 陽はそれを難なく一発で取ってみせた。

 

「なんでできるの!」

「なんで怒られてんだろ……」

 

 試しに揺らしてみるも、やはり一発で取られる。思いっきり動かしてみても同じだった。ここまで来ると畏怖が勝ってくる。人間を辞めているのか。もしくはパンに魂を狂わされた化物か。

 

「まず、吊るされてる程度なら角度を調整すると取りやすい。白銀さんの場合、ほとんど顔を動かしてないから鼻が当たるわけだし」

「でも本番だと揺らされるから……」

「止まってる状態のが取れなくて揺れてるのが取れるわけないだろ」

「うっ……」

「何時までやるか決めとかないとな。遅くなると夕飯とかの問題も出てくるし」

「時間は大丈夫。遅くなるって伝えてあるから」

「じゃあ夕飯は食べて帰るってことにすればいいか」

 

 そうと決まれば母親に連絡だ。今日の夕飯が不要だということを伝え、了承を貰う。これで心置きなく圭の特訓に付き合える。

 

「食べて帰るって……」

「大丈夫。奢るから」

「それは駄目。ただでさえ付き合ってもらってるのに」

「いや、奢らせてくれ。俺はそうしたいんだ」

 

 珍しく強気な陽に押され、圭は渋々頷いた。

 いや、好きな彼の真剣な瞳がそうさせたのかもしれない。

 

 圭がパン食いを苦手とする理由に見当はついた。それは単純なことで「恥じらい」だ。並大抵の人間なら、どう足掻いても鮮やかに取ることは不可能。陽みたく遊び要素が濃いものにめっぽう強い人間ならまだしも、大衆は圭と同じでそれが普通だ。

 わざわざ特訓するようなものではない。けれど特訓している。それはつまり、圭の目標地点が陽の領域だということ。

 

「最後まで付き合うから、しばらくは恥じらいを捨てるように」

「……うん」

 

 意識している相手を目の前に恥じらいを捨てる。

 圭にとっての試練が改めてスタートするのだった。

 

 

 

 

「で、夕飯も2人で食べて、奢って、家まで送り届けて帰ったと」

「おうよ。いやー、ようやくパパ活らしいことできたわー! これパパ活だよな阿天坊!」

「まぁ……世間的にパパ活と呼ばれるものに該当する部分はありますね」

「だよな!」

 

 昼休みに生徒会室で陽と阿天坊は昼食を取り、阿天坊はその流れでパパ活の報告を聞いていた。圭のことを気遣って伏せられている話もあるが、そこは阿天坊も聞かない。乙女の秘密はドントタッチなのである。

 念願のパパ活らしいことを達成した陽は、メジャーリーガーに出会った野球少年みたく目を輝かせている。人生楽しそうだなと思いつつ、阿天坊は箸を置いた。

 

「会長」

「ん?」

「パパ活楽しかったですか?」

「楽しかったぞ」

「それは良かったです。実はパパ活って年齢差があるものでして、それを近い年齢でやると一般的に()()()って言うんですよ」

「…………ん?」

「ですから、会長は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




 パン食い競争のアレって難しいですよね。


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7歩目 小野寺姉妹は聞いてみたい

 白銀母のイメージが変わりましたね。
 圭ちゃんかわいい。


 

 体育祭なんてものは、最後に祭の文字があるのだから祭りだ。熱血キャラが大興奮し、気になるあの子にアピールしたり、部活対抗リレーで「あの部には勝つ」とかやったりと、個々人の目標に誤差が生じるものの、だいたい同じ方向を向いて盛り上がる祭りなのだ。

 「暑苦しいわー」と引き目に傍観に入る生徒もいなくはないが、どのみち何かしらには出るのだからその熱意に呑まれて浮かれる。哀れなり。冷血キャラは遺伝子レベルで組み替えられてしまうのだ。

 

「そういえば会長」

「なにかね藤原さん。俺次の競技の招集かけられてるんだけど」

「それはまだ時間あるから大丈夫でしょ~」

 

 その旋風、嵐、大渦、言い方は何でもいいが、全員を楽しませる場を作り出すのが、小野寺陽を始めとした生徒会だ。会長たる彼が、それを第一に掲げている。

 もちろん彼自身楽しみたい。だからウズウズした様子で集合場所に向かいたがっているのだが、萌葉が話しかけて逃さない。

 にぱぁと悪意なき笑顔で、しかし確実に邪魔してやろうとその目で語る彼女に、それでも陽は紳士に対応する。それほど時間を取られないというのも分かっているから。信頼を前提とした駆け引きである。

 

「絶対領域ってあるじゃん?」

「それどれのこと言ってる?」

「男子たちが好きなやつ」

「あ、はい」

 

 見えそうで見えないギリギリのアレのことである。

 

「風のイタズラで崩れそうだよね」

「そんな事にならないから絶対領域なんだけど?」

「知ってる知ってる。それで最近思ったんだけど、スカートめくりしたら終わりだよね」

「女子がそれ言う?」

「これこそ流行りの領域展開じゃない?」

「天才かよ」

 

 その発想はなかった。脱帽である。同じ部活に所属する彼らの口からもついぞ出なかった言葉だ。それをまさか女子本人、しかも秀知院の中等部で高い人気を誇る藤原萌葉の口から出ようとは。

 

「藤原さんって言動で損してるよね」

「いやいや。それはお姉様の専売特許であって、私はそういうの求めてないと言いますか」

 

 無自覚なのかもしれない。

 

「ところで会長」

「え、まだ何か?」

「会長は会長のままですか? それとも別ですか?」

 

 それは先日聞かれたことの続きだ。「お前は誰だ」と聞かれ、陽はそれをついぞ答えることができなかった。だから萌葉は日を改めることにし、思いついたように聞いた。いや、そう見えるのは陽の視点からか。萌葉には萌葉なりの考えがあって動くのだから。

 

「……どう思うかは藤原さんたち次第だよ。俺は自分ではいつも通りだと思ってる」

「そっか。うん、ならいいけど、1つだけ教えてあげる」

「なにを?」

「私も圭ちゃんも阿天坊くんも、みんな会長のこと好きなんだけど」

 

 慕われていないとか、嫌われてるとかは思っていなかったが、面と向かってそう言われると照れくさいものがあった。

 

「私は、誰かのために努力できる会長が好き。で、圭ちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ」

「……新手の辱めかなにか?」

「照れちゃって~。ま、とにかく。この違いのことはちゃんと把握しといてほしかったんだ」

 

 本題が片付いたからか、萌葉は陽から視線を外して競技へと向ける。ちょうど圭が走っており、最後の関門であるパン食いに挑戦しようとしていた。それにつられて陽もそちらに目を向け、特訓の成果が出るように陰ながら祈る。

 

「会長、圭ちゃんが跳ねてるの見るのが眼福なのはわかるけど、招集かかってるんでしょ?」

「今それを言うか!?」

 

 止めたのは誰だよと言外に文句を滲ませつつ、無事に圭がパンを取ったのを見届ける。クールビューティーというイメージがあるため、圭はそつなくこなした様に振る舞うが、萌葉と陽はしっかりと見ていた。圭が一瞬だけ、僅かにだがその頬を緩ませたのを。

 

「それじゃまた後で」

「うん。行ってらっしゃ~い」

 

 足早にその場を去っていく陽を見送り、入れ替わるように圭たちがトラックから退場していく。真面目に駆け足で戻ってきた圭に、萌葉はいつもと変わらぬ笑顔で迎える。さっきまでの真面目な雰囲気など地球外へ投げ捨てたのだ。

 

「おっかえり~!」

「ただいま。会長はちゃんと行った?」

「うん。ギリギリだったけど」

「まったく……」

 

 誰のせいでそうなったのか。萌葉は真実を闇へと葬ろうとし、しかし親友が見抜いてくることを思い出して少しだけ笑顔を固まらせた。

 

「会長と何話してたの?」

「絶対領域について」

「何言ってんの?」

 

 じっとりとした目で見られ、でも本当のことだからと萌葉が笑って流す。圭は萌葉の言う絶対領域が何なのかイマイチわかっていないが。

 

「圭ちゃん会長のこと気になる?」

「……別に」

「あれあれ~?」

「もう! はいこれ萌葉にあげる!」

 

 勘ぐり始めた親友をパンで強引に遮った。萌葉は顔に押し付けられたパンを受け取り、何パンなのか確かめた。そこに書いてある文字を見やり、ニマァと笑みを浮かべる。これは受け取れない。

 

「会長にあげたらいいじゃん。これ、会長が好きなやつだよね?」

「会長今いないじゃん」

「お昼休みなら渡せるでしょ~。1回こっちに寄るだろうし?」

「萌葉がいらないならそうする」

「じゃあこれは会長に。圭ちゃんがそのために取ったやつだもんね~」

「違うから! 一番取りやすい場所にあったから取っただけ!」

 

 そこまで必死にならなくてもいいのに。そう思いながらその言葉をしまっておく。圭が言ったことを形だでも信じることにし、絶えずニヤける顔をそのままにするのだった。

 

 

 昼休みとなれば競技も当然一旦止まる。昼食の取り方は生徒によってバラバラ。家族で食べる者もいれば、友人同士で食べる者もいる。藤原家は家族仲が良好なため、家族で食べる。次女は学校があるためいないが、両親と長女が来ている。そこにどういう経緯があったのか、陽の母と姉妹が同席。

 

「陽が迷惑かけてるだろうからご挨拶しないとね?」

「その信頼はどうなんだ」

「いやいや、うちの娘こそ迷惑をかけていないか心配ですよ。聞けば陽くんは生徒からの信頼も厚いようですし」

「お母様?」

 

 互いの母親の評価に食いつく子供たち。それを眺めながら圭はどうするか考えていた。母がいるわけがなく、兄も当然学校だ。学校がなくとも「来んな」と噛み付いていた。気になるのは父の動向だが、職業不定で行動が読めないから探すほうが面倒である。

 かと言って、この状況は気まずい。圭は藤原家と親交があるとはいえ、せっかくの行事の日なのだ。しかも同席してる小野寺家も父親以外がいる状況。明らかに浮いている。

 

「いやいや絶対うちの弟が振り回してますから。圭さんは会計なんですよね? 苦労してるはずですよ」

「かもしれないけど、うちの娘もまだ青いからなー。実務以外で頼ってる部分があると思うんだ」

「なんでいんの!?」

 

 面子を見渡していたらさらっと父親を発見。しかも馴染んでいる。明らかに溶け込んでいる。圭は愕然とした。なにせ父を気にしていた最大の理由が、()()()()()()()()()からだから。

 

「おつかれだな圭。障害物競争見てたぞー。もっとパン食いで藻掻いてくれてもよかったのに」

「絶対イヤ。仕事は?」

有給(自由)休暇だ」

「くっ……!」

 

 見事に生徒会の上級生全員が自身の親によって黙殺された。阿天坊も自分の姉の襲来によって絶叫しているが、救いの手は伸びない。哀れなり。

 

「ってか、姉さん学校は?」

「自主休校」

「それサボりって言うんじゃ……」

「大丈夫。昼休みが終わったら行くから」

「それほとんど授業終わってるやつ」

「おっ、君が会長をしている陽くんだね。初めまして圭の父です。娘が迷惑をかけているだろう?」

 

 姉弟なだけあって似てるとこあるなーとか思っていたら、圭のスキをついて父親が陽にアプローチ。それを許してしまった圭は愕然とし、その間に小野寺姉妹に捕まる。そこに親トークから逃れてきた萌葉が合流した。

 

「ガールズトーク?」

「少し真面目なやつかな」

「えー」

「……お2人はお兄様のこと好きですか?」

「「!?」」

 

 真面目なのは嫌だなぁと思った萌葉に、小野寺家の次女にして末子の舞が本題をぶち込む。姉妹でその辺りを探ろうと決めて今日という日を迎えたのだが、姉と妹で少し狙いがズレていたりする。

 姉の麗は単純に弟の好感度を探りたいだけ。学校を楽しめているのかを知りたいというのがメイン。弟に恋愛話があるならそれにも食いつくが優先順位は落としている。

 妹の舞は逆だ。兄の陽を恋愛の意味で好いている人がいるのかを探りたい。特に仲がいいだろう2人に焦点を絞り、トマホークをぶつけたのである。

 

「その好きってどういう意味のやつかな~?」

「ガールズトークで出したんだからもちろんラブに決まってるじゃないですか~」

「え、私はライクの方で探り入れたかったんだけど」

「お姉様はお兄様の恋愛事情知りたくないんですか!?」

 

((目的を一致させてきてほしかった))

 

 姉妹での作戦会議が始まり、それを見て項垂れてから圭と萌葉は昼食を食べ始める。チラリと陽を確認すると、圭の父と意気投合してワイワイ盛り上がっていた。

 ちなみに、外での体裁ということで舞からの姉と兄の呼び方が変わっている。本人は大人の事情など気にせず、単に楽しんでいるようだが。

 

「どっちの意味でもいいや。私も妹も、陽が学校を楽しめてるかちゃんと把握したいってのが大きな目的だし」

「せめて絞ってください……。会長は、私の見る限りでは楽しんでいると思いますよ。生徒からの人気も高いですし、こういう行事もすごい力を入れますから」

「ふーん?」

「?」

 

 意味ありげに相槌を打つ麗に首を傾げるも、それを聞き出すことはできなさそうだ。圭は萌葉へと視線を向け、萌葉の意見を言うように促す。口の中に入っているものをもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから萌葉が口を開く。

 

「会長はいつでも全力ですからね~。底なしの体力かなって思うぐらい頑張る人。楽しんでるとは思いますよ」

「……なるほどね」

「それで、お2人はお兄様のこと愛してますか?」

「ん゛んっ!?」

「あはは……さっきより重くなってないかなそれ」

「お2人ともお兄様のことよく見ていらしてるようなので。ライクは間違いなさそうですし」

「聞けるなら私も聞いてから学校行こうかな」

「止めてくださいよ!」

 

 圭のお願いを麗が一蹴し、どうなんだと姉妹で2人に詰める。どう答えるのが正解なのだろうかと珍しく萌葉まで悩んでいると、姉妹の頭が同時に軽く叩かれた。

 

「お兄様~」

「女子の頭は叩くものじゃないぞー」

 

 叩かれたことに対する反応が対極だ。それを見て圭と萌葉は納得する。あの妹は間違いなくブラコンだと。

 

「2人を困らせるのが悪い。どんな話してたのか知らないけど」

「ガールズトークよ。交ざりたいなら去勢ね」

「簡単に恐ろしいこと言わないでくれるかな!?」

 

 冗談を織り交ぜた姉弟トークをしながら、陽も食事の輪に加わる。大人と子どもで分かれた形だ。藤原家長女の豊実も、服装と容姿の関係で大人組である。中学生には刺激が強過ぎるのだ。

 

「陽両手に花どころかハーレムじゃん。もっと喜んだら?」

「そうですよお兄様。姉属性妹属性、巨乳貧乳でパーフェクトですよ!」

「半数が肉親なんだけど? あと妹属性3人いるけど?」

「会長が胸の話をスルーした……!?」

「ツッコミが追いつかないんだよ! 拾ってこないで藤原さん! あと舞それどこで覚えてきたんだよ!」

「お姉様のご友人から」

「おっと姉上?」

 

 弟の視線から逃れる姉。心当たりしかないということが明らかである。萌葉もこれは流れに乗るかと判断し、小野寺姉妹に接近。どんな友人でどういう流れでそんな話になるのか聞き始めた。ノリノリできたことに麗すら困惑し、混沌が形成された瞬間だった。

 

「……会長」

「どしたの?」

 

 小声で呼ばれ、圭に耳を傾ける。場が盛り上がってるため、気づかれる心配がないと判断したようだ。

 

「やっぱり……む、むね……気にする?」

「…………いや、だから前に言った通りだって。それより白銀さん、そのパン貰っていい?」

「ぁ、うん。私食べないし」

「ありがとう。障害物競争見てたよ。練習の成果出ててよかったよ。おめでとう」

「うん……。会長のおかげ」

 

 圭が取ってきたパンは、陽の好みのパンだ。それを頬張り、幸せそうに食べる陽を見て、圭も小さく微笑む。これが見れるだけでも、狙ってみた甲斐があったなと。

 

 

 

 

 

 

「萌葉さんは、気づいてますよね?」

「何のことかな?」

「……お兄様のことです。とぼけないでください」

「ごめんごめん。やっぱり家族だと分かるんだね~」

「お姉様が最初に気づいて、お兄様と話をされているのを聞いて知ったんです」

 

 自分の力では気づけなかった。その事が悔しくて、舞はスカートに皺を作っていく。

 

「会長も隠すのが上手いからね。学校だと、私以外気づいてないと思う」

「……お兄様のこと、お願いします」

 

 正直、重たいなと思った。何をどう頼まれたのかも詳細が不明だ。まだ小学6年生の少女に、そこを求めるのも酷というもの。萌葉は陽と並んで微笑む親友を見て、仕方ないかと1つ深呼吸を置いた。

 

「任されました」

 

 着陸はさせる。

 たとえそれが、姉妹の願いからズレたとしても。

 

 




 前回の更新が夏ってことにめっちゃビビってます。
 時間に余裕が生まれそうなので、ゆっくりと更新をしていきたいと思います。


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