ゼロの使-Ai-魔 (ポロシカマン)
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出-Ai ……①

 『AIは夢を見るのか』

 

 ……どこかの時代、どこかの国。

 

 誰かが思ったその疑問。

 

 

 

「なぁ……お前は、どう思う?」

 

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ます。

 

「お…あれ?」

 

 瞬きを、数回。

 

 

「…………えぇ……?」

 

 

 消えたはずの意識。

 

 消えたはずの知識。

 

 消えたはずの意思(アイ)が、ここにたしかに存在していることを、実感した。

 

 

 

「う、ウソだろ……」

 

 

 

 無二の相棒とのデュエルで、その存在の一切を消去したはずの『Ai(オレ)』が。

 

 何故か

 

 なんでか

 

「ウ~~~ソ~~だ~~~ろ~~~~!!??」

 

 復活してるじゃねーーか!!!!

 

「どゆこと!? え、どゆことぉ!?」

 

 なんだなんでだなんでなんだ!

 バックアップなんて1bitも残さなかったぞオレ!

 

「まさか……"ハノイ"のヤツら……」

 

 かつてオレを含めた6体の意思を持つAI、『イグニス』を造り出した科学者たちについて思い立つ。

 

「……なわけねーよな」

 

 が、その可能性をすぐに捨てた。

そもそもとしてヤツら……『ハノイの騎士』の大目的は、オレたちイグニスとそれに関わるデータ生命、『サイバース』の殲滅だったからだ。

 それに、意思を持ったAIが欲しいならすでに次世代型である『パンドール』を開発していた。

  

「じゃあ……誰がオレを……」

 

 

 

『───Ai(アイ)、お前は俺の……』

 

 

 

 ……心当たりは、あった。

 

 

「まさか……」

 

 ────アイツだったら。

 

「…………」

 

 

 "期待"

 

「……」

 

 "不安"

 

「……ううん……」

 

 なんだこれ

 

 なんだこの、"感情"。

 

「……言語化できねえ」

 

 

 人間のモノより遥かに優れてたアルゴリズムを持つはずの『イグニス』……そんなオレでもやっぱり解析しきれないこの、"感情"。

 

「わかんねーな……わかんねーよ」

 

 今更ながら、ちょっと後悔。

 

「もっとこーゆーの、色々調べときゃよかったな」

 

 

 …………。

 

「……なわけ、ねーよな」

 

 そうだよ、オレがどんだけ、アイツをひどい目に遇わせてきたんだ……

 

 ねーよ……あるわけねーんだよ……

 

「財前か、SOLのもっと上のヤツらか……そこらへんか」

 

 取り敢えず、手頃なネットワークに潜り込んで地道に探して……

 

「…………あり?」

 

 ネットワーク……見つかんねぇ。

 

「つーか……」

 

 周囲を、見回す。

 

「────ここ、どこ?」

 

 この空間、オレ以外の『存在』と呼べるものは、

 

 全くと言っていいほど、何もなかった。

 

 

「誰かぁーーー!!返事してぇえーーーーーーー!!」

 

 

 そうなんです。オレ、遭難です。

 

「あ、今のうめーな……じゃねーよ!!」

 

 我ながら自分の緊張感のなさにビックリする。

 つーかマジで笑い事じゃねーし!

 

「ど、どこか……出口……出口プリーズ!!」

 

 堪らず空間を四方八方に飛び回る。

 

 ……今更ながら、オレの姿がアイツと逢う直前の一番ショボい形態にもどっていたことに気付いた。

 

「だ、誰か……誰でもいいからこっから出してぇーー!!」

 

 心……そう、"心"からの叫びだった。

 

 

 

 その時。

 

 

『──応えよ』

 

「およ!?」

 

 風が吹いた。

 

『我が声に、応えよ!!』

 

「だ、誰だ!? 誰かいんのか!?」

 

 眼球のようになった体をぐりぐりと動かし音源を探す。

 

 すると、目の前にポッカリと、楕円形の穴が空いているのを認識した。

 

『我が声に応えよー!!!!』

「なぬっ!?」

 

 さらには、まるで「ここに飛び込め」と言わんばかりにさっきの声が聞こえるではないか。

 

「マジで!?……え、これ……マジかやったー!!」

 

 もうなんでもいい。

 

 このなんもない空間から抜け出せるなら。

 

「誰だか知んねーが待ってろー!!」

 

 わかんねーことは今は置いとくぜ。

 

 それよりもこの、目の前の新しい世界への風を

 

 オレは掴む。

 

 少なくとも、シミュレーションじゃ見つかんねー未来が待ってるはずだからな。

 

Ai(アイ)ちゃんが今行くぜーー!!」

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

「あ……な……」

 

「───お、もしかして」

 

「な、ななな……」

 

「オレを呼んだの、お前か?」

 

「る、ルイズが……」

「『ゼロ』のルイズが……」

 

 

 

「貴族を召喚したぞーーーー!!」

 

 

「なんでなのよーーーーー!!!!」

「オレ様の名はAi(アイ)

 

 人を愛するって意味の、Ai(アイ)だ!!」

 

 

 また、風が吹いた。

 



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出-Ai ……②

『サモン・サーバント』

 

 このトリステイン魔法学院で二年生になった生徒が春に必ず行う、使い魔召喚の儀式である。また、呼び出された使い魔の種類から自身が持つ魔法系統を見極める目的もある。

 

 貴族の、私たち『メイジ』にとって人生で最も重要な儀式の一つだった。

 

 

「な、ななな……」

 

 

 それがようやく……ようやく成功した。

 

 他の生徒たちが一発で成功する中、ただ一人私だけが何十回と挑戦し、ようやく。

 

 貴族に生まれ、恵まれた教育を受けているにも関わらず……まともに魔法を使えないまま16歳になった私が、『ゼロ』のルイズと蔑まれていた私が、ようやく一人前の貴族として認められる! 

 

 

 ……そう、思っていたのに。

 

 

「なんでなのよぉおーー!!!!」

 

 金の縁取りに肩章の付いた黒と紫を基調としたマント。

 その下の皴一つない清潔感のある礼服。

 

 整いすぎるほどに整った顔立と、下手な貴族よりよほど豪奢な出で立ち。

 

 

 

「オレ様の名はAi(アイ)! 人を愛するって意味の、Ai(アイ)だ!!」

 

 

 どう見ても、"人間"。

 それもおそらくは、どこか知らぬ国の王侯貴族。

 

 

 なんで。

 

 なんで……よりにもよって。

 

 

 

 私の使い魔に召喚されてしまったのよ!!!! 

 

 

 

 

 

 ✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

「ミ、ミス・ヴァリエール!! これは……この方は一体何者ですか!?」

「聞きたいのはこっちです!!」

 

 謎の声を聞き、変な穴に飛び込んでからちょっと。

 気付けば、オレは入ったことのない世界で仰向けに寝っ転がっていた。

 

「おいおいルイズ! まさか儀式に失敗したこと隠すためにその辺にいた貴族を連れてきたのか!?」

「そんなわけないでしょマリコルヌ!! たとえ平民でも私はそんなことしないわ!!」

 

 とりあえず、目の前で何やら口論してるっぽいピンク髪の女の子に話しかけてみる。

 

「あのすんませーん。ここなんて名前のゲームワールドっすかー?」

「……ひゃあっ!!」

 

 いやそんな驚くことねーじゃん。

 

「おいルイズ呼ばれてんぞ!」

「どこの言葉か知んないけど挨拶位しとけって!」

「あんたたちねぇ……他人事だからってよくもそんな……!」

 

 うわ、何語かわかんねーけどめっちゃキレてんな……

 流石のオレでもわかっちゃったぜ。

 

「……あり? つーかなんでオレ人型になってんだ?」

 

 ふと、目線が目の前の少女の頭より高いことに気付く。

 

「どういうことだ……?」

 

 さっぱりわからん。

 

 ……いやわからんといえば

 

「そもそもここはどこのゲームワールドなんだよって! ……もしもーし?」

 

 女の子の目の前で手を振った。

 

「はいぃ!?」

「なぁ教えてくれよー、ここどこなんだよー。ねー」

「あ、あの……私は……その……私が……貴方を……!」

 

 もじもじと何やら伝えようとしているのはわかる。

 でもやっぱり聞いたこともない言語だった。

 ……申し訳ないが、この子じゃぁオレの疑問には答えられそうもないな

 

「…………いや」

 

 ……つか、よく見たら

 

「すっげーよくできたモデルだなー」

「ひゃぁあああ!?」

 

 両手で女の子の顔を包むように触れ、瞳を覗き込む。

 

「なんだよこの直線のねぇキャラデザ……え、可愛くね?」

「ふあ……ふぁ!?」

 

「「「きゃあああああーーーーー♡♡♡♡!!!」」」

 

「声もなんか背筋がぞくぞくしちゃうしよー、声優ってスゲーなー」

 

「ル、ルイズに……あのルイズが……ウソでしょぉ!?」

「な、なんてことよ……まさかこんな形でイイ男をゲットしちゃうなんて!! きーーーっ!! ルイズのくせにーーーっ!!」

「お、おぉぉ……なんてロマンティックな!! 美味しすぎる! 誰だか知らないが美味しすぎるぞ彼!!」

「(うるさい……)」

 

 

「うわすげ……ほっぺた波打ってんじゃん! 頂点何個だよこのモデル、完成されすぎだろ!! やべーよ隠れた名作だなこのゲーム。あ、隠れてなかったらメンゴ」

「は、はにゃ……」

 

 モチモチだモチモチ。《モッチリ@イグニスター》! ……なんちて。

 壁モンスターに使えそーなネーミングだな。覚えとこ

 

「放せーーー!」

「うおっと」

 

 女の子のモデルに夢中になって油断していたせいか、押し相撲みたーな勢いで倒された。

 

「おい! いきなりなにすん……」

「(触られた触られた触られた触られた)~~~~~!!!」

「すんませんした!」

 

 そんな恥ずかしそうな顔されちゃぁ、なぁ。

 素で謝っちゃったよ。

 

「ミスタ・コルベール!!」

「な!? ……何かね、ミス・ヴァリエール」

「『コントラクト・サーバント』……やります!!」

「な……何ですと!?」

 

 おそらくは何かを提案したらしき女の子に、顔を青ざめるなんか上司っぽいオッサン。

 

「うっそマジ!?」

「早まんなルイズ!! そこまでしたら本当にその人がお前の使い魔なんだぞ!!」

「うっさい!! あそこまでされて……しないわけいかないでしょ!!」

「あちゃー……出た出た悪い癖」

 

 それにギャラリーも何やら慌てている雰囲気だ。

 ……しっかし表情だけで感情をバキバキに表現するたぁ、コイツらもよく見りゃ一級品だな。

 恐ろしーぜクオリティへの執念。このゲームのスタッフ気合入りすぎだろ。

 

 

「……いいのですか?」

「『春の使い魔召喚の儀式はあらゆるルールに優先する。"始祖ブリミル"を由来とする伝統あるこの儀式においては、あらゆる例外を認めない』……そうでしたよね」

「ですが!」

「覚悟はできています!!」

「!!」

「たとえこの者が何者であろうと……私が、私がやっと召喚できた使い魔なんです!!」

「…………ミス・ヴァリエール」

「やります!! ……責任は、私が全て背負います」

 

 ……"決意"だな。

 

 女の子の可愛い顔を凛々しくしているその感情。

 あっちの世界で何度も見てきた。

 

「……笑えねーな」

 

 オレはきっと、この女の子に何か重大な選択させるフラグを踏んでしまったのだろう。

 

「──"我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール"」

 

 なんだってオレは、いっつもこうなんだろーな。

 

「"五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え"──」

 

 たとえ今この女の子が喋っている言葉がどっかの誰かの録音だろーと関係ない。

 俺というAIは、どうして存在するだけで、こういう運命(ルート)を引き出しちまうんだろう。

 

「"我の使い魔となせ"」

 

 自分が嫌になる。

 オレが関わったヤツはみんな……みんなオレが未来の選択を迫らせた。

 

 オレは……オレは……

 

 

 どうしてオレは……

 

 

 あそこで、消えきれなかったんだよ……! 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 声。

 

 

 

「……え?」

 

 思わず、顔を上げる。

 

 

 

 

「じっとしてて」

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 ―――温かいものが、口に触れた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 何をされたんだ、オレは。

 

 

「……何よ、その顔」

「……は!?」

 

 意味が、意味がわかる。

 この女の子の、言葉がわかる。

 

「え、な、なに今の? オレ何されちゃったわけ?」

「……契約よ。これであんたは……っ!! 言葉がわかるの!?」

「おう……なんで?」

「し…………知らない」

 

 

 

 ……暫しの、沈黙。

 

 

 

「なぁ」

「!!」

「さっきのって、もしかしてキ」

「わあぁあああああ!!」

「なんだよ」

 

 なに突然叫びだしてんだコイツ。

 ……ははーん、これはもしかして

 

「一目ぼれ、からの即チュー……ときてようやくの翻訳開始、さらには恥ずかしがって取り乱す……このゲーム造ったヤツらよぉ……お前らの""""本気""""伝わったぜ!!」

「うぅぅうるさい!」

「はいっ!?」

 

 あまりの剣幕に思わず正座してしまった。

 

「いい!? あんたは今から私の……このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ!! 誰が何と言おうと私が私の魔法で呼び出した正真正銘の使い魔!!」

「……ほー」

「わかったわね!?」

「バッチリ」

 

 いやぁ…… 

 

「攻めてんなぁスタッフ~~~うん、いい仕事!」

「わかれーーーー!!!」

 

 そういう設定なんだろ? 

 わかったってちゃんと。

 いやぁ感服感服。

 

 

「……で、結局何者なのかしら、彼。 タバサ知ってる?」

「知らない」

「あら、てことはよっぽど遠い国の御方なのね……フフ」

「変わった人……興味あるわね」

「モ、モンモランシー! そ、それは僕よりもかい!?」

 

 

 しっかし『使い魔』ねぇ。

 

 デュエルでもあんま聞かねぇ単語だぞおい。

 

 

 

「よっこいせっと」

「え、ちょ……な、なにすんのよぉ!」

「お姫様抱っこ。使い魔なので」

「どこの国の使い魔よ!!」

「いて! なにすんだよ!」

 

 殴られた…てことはコイツは暴力系ヒロインってヤツだな!!

 レア度で言えばホログラフィック、いやコレクターズレア!

 いやーーー楽しめそうだな!

 どうせやることねーし、とりあえずこのゲーム……一通り遊ばしてもらおうじゃねーの!

 

 

「……あれ? 普通に重くね?」

「(無言の正拳)」

「――グぇッ!?」

 

 

 

 

 



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出-Ai ……③

「なー」

「……」

「なーって」

 

 悪夢のような使い魔召喚の儀式から半日。ミスタ・コルベールを含む大勢の好奇心旺盛なメイジたちから逃げ続け、やっとの思いで自室に戻った私は……目の前の使い魔、もとい『アイ』と名乗ったこの謎の男と自身の今後の学園生活について頭を痛めていた。

 

「疲れてんのか?……つか寝てる? なぁ」

 

 自分の置かれている立場を全く理解していないのだろう、男はのん気に床に寝転がって私に呼び掛けてきた。

 

「……悪いのだけど、少し静かにしててもらえる?」

「へーい」

 

 そう言って面白くないと言わんばかりにふて腐れた顔をして、床に寝転がる男。

 自分の中で良くない感情が湧き上がってくるのを感じた。

 

「…………汚いわよ」

「細けーこというなよ。俺の部屋になるんだろ? ここ」

「な……!」

 

 な……なんてふてぶてしいの、この男!

ホントに高貴な身分の人間なのかしら……?

 

「! ……ねぇ!」

「はーい?」

 

 そうよ、そもそもまだこの男自身の口から全く素性を訊いていなかったじゃない!

 勝手にこの男の風貌から想像を膨らませてばかりで肝心なことを忘れていたわ!

 そもそも使い魔の特性は召喚してすぐに調べなきゃいけなかったのに!……私のバカ!

 

「あなた、一体どこの国の人?」

「あー住所? ……そういやまだ登録してなかったな。

 えーっと日本のDen City(デンシティ)の……あれあそこん()の住所何処だったっけ?」

「『ニホン』?」

 

 ……なにか噛み合ってないような気もするけど、とりあえず聞こう。

 

「そーそークールジャパン!」

「……知らない国だわ」

「はぁ?」

 

 信じられないという顔で聞き返してきた。

 

「いやいやさすがに日本知らないとかねーだろ……」

「知らないものは知らないわよ」

「あ、そうだよ。オレも聞きたいんだけど」

「なに?」

「ここ何処の国のゲームワールド?」

 

 ゲームワー……ルド? なんのことかしら……

 

「ゲームワールドは知らないけど、ここは"ハルケギニア"よ。ハルケギニアのトリステイン魔法学院。まさかここを知らないなんて……」

「あん? なんだそりゃ絶滅動物か?」

「ゼツメ……なんですって?」

「…………あ? その前に魔法ってどういうことだ?」

「…………えぇ?」

 

 なによこれ。

 なんでこんなにも会話が噛み合わないの?

 

 ニホンだとか、ゲームワールドだとか……

 

 この男の前提としてる知識があまりにも私と違うじゃないの!

 

 

 

 

 

「待てよ……」

 

 突然。

 

「おい、お前!」

「!!」

 

 眼にも止まらぬ速さで、男が私の首を掴んだ。

 

「そうか、そういうことか……」

「……はが!?」

 

 何をするの、と口に出すこともできず、ギリギリと嫌な音が耳の奥で反響する。

 

「処理しきれねぇ情報をぶつけまくってフリーズさせる魂胆だったんだろーが、あめーんだよ。それでブッ飛ぶようなチャチなソースコードが意思なんか保てるわけねーだろ。『イグニス』なめんじゃねぇぞ」

「……!……!」

 

 儀式の時とは違う、あまりにも鋭利な視線。

飛びそうな意識の中で、はっきりとこの男の人と思えないカタチをした瞳孔が像を結び続けていた。

 

「せっかくいい遊び場に来れたと思ったのによ……なぁ。どうしてオレを復活させた? ろくでもねぇ理由だったらタダじゃおかねぇからな!!!!」

 

 

 男の瞳が

 

 金色に

 

 光っ

 

 

 

「なん……だよ……これ……」

 

 足が床に着く感触とともに、私は倒れこんだ。

 

「げっ、けほっ……はっ……はぁーっ……」

「お、おい……お前……」

「……なにすんのよ!! あんたぁ!!!」

 

 今日一日で蓄えられた諸々の怒りを含んで、自分の口から出たとは思えない声が出た。

 

 

 でも

 

 

「ナマの……人間だったのか……?」

 

 

 そんな私の怒りは、今日一番の疑問で塗り潰された。

 

 

「は、はは……そうだ……なんで気づかなかったんだ……この体、一番始めに乗っ取った『ソルティス』そのものじゃねぇかよ……」

 

 見上げる形で、男を見る。

 

 人間ではあり得ない、喉仏のある部分が菱形に発光していた。

 

「──あんた、ヒトじゃ……ないの?」

 

 その言葉が、口をついた瞬間だった。

 

 

 

「そうだよ……」

 

 

 男の瞳は、深い哀しみに染まった。

 

 

「へッ……見てもわかんねーか」

「あんた、一体何者よ!」

「……くそぉっ!」

「あ……待ちなさい!!」

 

 そして男は、私から逃げるように部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 ✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

「――くそっ、くそくそっ!!」

「待ちなさい!」

「るせーっ!!ほっとけよ!!」

「自分の使い魔をほっとけるわけないでしょ!!」

「何が使い魔だ!!バカにすんな!! オレはAIだーーー!!」

「なによ『エーアイ』って!! そんな種族聞いたこともないわよ!!」

 

 そんな馬鹿な話があるか!

 AIを知らない人間がこの世にいるわきゃねぇ!!

 

「ははっ、そうだよ……やっぱここはVR空間なんだ! こんな世界が、現実なわけ……」

 

『――レビテーション』

 

「うおぉ……おぉ!?」

 

 突然、草原を走っていたはずの足が地面から離れていく。

 

「な、なんで浮いて……うおぉおおお!?」

「タバサ!?」

「……読書の邪魔」

「なんだこれ……そうか! なんだ物理演算バグっちまって……わぶ!?」

 

 スイスイと空中浮遊、する間もなく。

 顔から地面に落っこちた。

 

「うえー……あ?」

 

 起き上がって、顔に触れて……そして。

 

 

「……データの土じゃ……ねぇ」

 

 

 意思をもって初めて得た、感触。

 

 

「この草も……石も……ソースが読めねぇ。……ていうか、ソースがねぇ」

「ほら、観念なさい!!」

 

 

 人間(ルイズ)に襟首を掴まれながらオレは

 

 

「マジで……現実なのかよ……」

 

 

 足の下の地面に、触れ続けた。

 

 

 

 

 



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出-Ai ……④

 

「そう……じゃああんたは『エーアイ』っていう、人間並みの動きができる人形に憑り着いた、人工の精霊ってこと?」

「んー、まぁだいたいそんな感じだな」

 

 逃げ出した使い魔をやっとのタバサの助けを借りてなんとか捕縛し、部屋に連れ帰ってから少し。ようやくこの使い魔の素性を知ることとなった。

 

「正しくは『人間並み』じゃなくて『人間以上』だけどな」

「……ふぅん?」

 

 あまり精霊を知っているわけではないけれど、こういう人間全体を小馬鹿にしたような言いぐさは……まぁ少なくとも人間だとは思えない。

 

「随分と偉そうだけど……そんなに優れた種族なのかしら?」

「証拠だってあるぜ」

「どこよ」

「ふふん……こいつだ!」

 

 私の顔のすぐ横を、手首から紐のようなものを出して何かが飛んだ。

 

「……きゃぁああ!?」

「じゃーん! マジックハンド~~!」

 

 飛んでった方向を見ると、この使い魔の拳が背中側の壁に付いている。

 それは使い魔の手首のある場所から伸びた……太い、黒いヒモのようなもので繋がっていた。

 

「て、手が、て……!」

「へへーん、人間にこれができるかぁ?」

 

 ぶるぶると、震えながら首を横に振る。

 

「いやぁ実を言うとオレも最初こんな機能あるなんて知らなかったんだけどさぁー、土壇場で気付いて救われたことがあってよ! ……見たかったなぁ……《トポロジーナ・ネイビー》……」

「あ……あはははは」

 

 もはや、笑うしかない。

 魔法でだって、こんな技は知らない。

 

「じゃ、じゃああんたがその……『チキュウ』って星の、『ニホン』って国から来たっていうのも……」

「本当だって何度も言ってんだろ?」

「うぅぅ……」

 

 巻き取るような音とともにヒモが縮み、使い魔の手と腕が元に戻る。

 信じるしかない……わよね。

 こんな怪しい、あまりにも胡散臭いヤツだけど。

 

「はぁ……わかったわ。わかったわよ」

「ホントかぁ?」

「えぇ……もう、観念するわよ」

「そりゃ助かる」

「だからあんたも、私の言うこと信じなさいよね」

「えー……」

「当たり前でしょ!! 『ネット』だか、『ブイアール』だか知らないけど……」

 

 無意識に、拳をテーブルに打ち付ける。

 

「勘違いしてたからってねぇ……貴族の女の子に……衆目の前であんな……あんなことして……!!!」

 

 話していくうちに、昼間の儀式の一部始終を思い出す。……ぐつぐつと頭に熱い血が昇っていくのを感じた。

 

「あー、いや、その件に関しましてはー……オレそんな際どいことしたっけ?」

「したわよッッッ!!!!」

「――ぶぎゃんッ!?」

 

 あまりの怒りに、傍にあった腰かけ椅子で思いっきり使い魔を殴打してしまった。

 

「いきなりなにすんだ!! 暴力反対!!」

「貴族どころか平民でも……人間ですらないヤツに遠慮はいらないわよ!!」

「鬼! 悪魔! 守備力0-!!」

「……あんた今どこ見て言ったぁッ!?」

 

 この……この、この男…!!

 どこまで人をイラつかせれば気が済むのよ…!

 

「はぁ……もういい!! 疲れたわ!!」

「うわっぷ」

 

 怒りのままに服を脱ぎすて、使い魔に投げつける。

 

「おい! さっきからいったいなんだってんだよ!」

「寝るわ! それ洗濯しといてよね!!」

「はぁあ!? ……わぶ!」

 

 口答えする前に、上も下も全部の服を使い魔に投げつけ、寝間着に着替えた。

 

「洗濯ねぇ……まぁ、やってやらねぇこともねぇけどさぁ……」

「『やらせていただきます』」

「やらせていただきますけどぉ……しっかしお前よく順応できんな? 使い魔だっつっても、普通の女の子がさっきまで人間の男だと思ってたやつに自分の服を渡しますかねぇ?」

「あんたが貴族だったらしないわよ、もちろん」

「平民はいいってか?……『差別』っていうんだぜ、そういうの」

「そう」

 

 使い魔の言葉を聞き流し、ベッドに横たわる。

 

「順応って言えば、あんたも結構順応してるじゃない」

「オレ?」

「そうよ。私が今のあんたの立場だったら、絶対洗濯なんかしてやろうとは思わないわ。……もっとごねるかと思ってた」

「こえーやつだな! それがわかっててやらせようとしてんかよ……」

「うっさい」

「はぁ……まぁ世話になるんだしな、やるよ。依頼された仕事はきちんとやる遂げるのがいいAIってもんだ」

「あら、いい心がけね。感心感心……明日の朝食は弾んであげようかしら」

「あ、メシ? 気ぃ遣ってもらってわりーけど、オレAIだしメシは食わなくていいんだよな」

 

 今日一番、信じられない言葉だった。

 

「なによそれ……どういうこと?」

「マジマジ。電気……はねーだろーし、まぁ日の出てる間の二時間くらい日向ぼっこさせてくれりゃあ、ソーラー発電システムで最低限小間使いに支障がねぇくらいのエネルギー……体力は溜められるぜ」

「うっそぉ!! すごいじゃない!」

「だろ?」

「あんたまるで……理想の平民だわ!!」

「良い笑顔でとんでもねぇ発言だなおい!?」

「あ、それなら睡眠は? 『エーアイ』って眠る必要はあるの?」

「あー……まぁ一定のスリープ、もとい睡眠時間は必要だな。他のタスクより優先して、この体の状態をじっくり調べたりしなきゃなんねぇし……エネルギーの節約も兼ねて、一日六時間は欲しいところだな」

「あぁ……そう」

「(露骨に残念がってんじゃねーよ……)」

「うん、これであんたのことはだいたいわかったかしらね」

「おいおい……この程度の会話で俺の何がわかったってんだ? まだ好きな昼ドラのジャンルも話してないんだぜ?」

「『ヒルドラ』? ……どことなく粘着質な響きね……あ、そうだ」

「今度はなんだよ……」

「洗濯のほかにも部屋の掃除と、朝の着替えの用意もしといてよね。それに教科書の用意と……」

「多くね!?」

 

 

 こうして、激動を極めた『春の使い魔召喚の儀式』の日は騒がしく終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

「……あ、そういや洗濯ってどうやるんだ?」

 

 

 

 

 



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果たし-Ai……①

 そんなこんなで、朝。

 

 オレは高飛車お貴族のルイズちゃまのお世話を完璧にこなし、朝の清々しい空気を感じながらいい気分で原っぱに寝っ転がって日向ぼっこ……もとい充電に勤しんでいた。

 

「ただいま、大人しくしてた?」

「もちコースよ」

 

 優雅に朝食を決めたらしいルイズちゃま。

 寝起きのだらしねー顔が嘘のように、キリッと引き締まっている。

 なるほど、貴族のお嬢様ってのはホントのようだ。

 

「よく噛んで食ったか?」

「あんた私を何だと思ってんのよ……」

「いやぁー、よく晴れてて気持ちいーぜ。今日は充電日和だ」

「それはよかったわね。……それ終わったらちゃんと洗濯しといてよね」

「わ、わかってるって……」

 

 はぁ……どうしよっかな、洗濯。

 

「あ、そうだ。ちょっと訊きたいんだけどよ」

「なによ」

「あれ」

「うん?」

 

 さっきから騒がしい、オレの足の方にいる人間を指さす。

 

「――あぁヴェルダンデ!! 君はどうしてそんなに美しいんだい!?」

「もしかしてあれ……モグラか?」

「あぁ、あれは『ビッグモール』よ。ギーシュのところは『土系統』の多い家系だから、妥当な使い魔ね」

「モグラが使い魔かよ、ファンキーだな……ん? 土ケイトウ?」

 

 どことなく聞き覚えのあるような、ないような。

 今までに聞いたこの世界の概念の中で、一番オレに『引っかかった』言葉だった。

 

「四つある魔法系統の一つよ。 大地に関する魔法を司っていて、金属の生成や加工、農作物の収穫に建物を建てたり……四系統の中で一番生活に欠かせない属性ね」

「属性……あー!!」

 

 なるほど、だからか!

 

「それってよ、地属性のことだよな!」

「あら、知ってたの?」

「似たような概念が俺の世界にもあってな……てことは残りの三つは『炎』『水』『風』か?」

「うん、そうよ」

「よし!」

 

 ルイズちゃまの説明だと、どうやらこっちの世界でも地属性は生活基盤を担う重要な属性っぽいな。

 

「…………。」

 

 そういやサイバース世界を造った時も……基本骨子作成は『アース』が担当してたっけか。

 懐かしいなぁ……

 

「魔法が使えないっていうから随分文化の違う世界だと思ってたけど、意外な接点ね」

「なぁ、『光』と『闇』はねーのか?」

「……うーん、聞いたことないわね……属性を持たない『コモン・マジック』ならあるけど」

「『無』属性か。 ……そっちはオレが知らねー」

「無?……あれ、たしかそんなのをどこかで……」

「あ、じゃあよ」

 

 本当に、本当にふとした疑問だった。

 

 

 

「お前はどんな属性の魔法が使えるんだ?」

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 いつか、その質問にぶつかるとは思っていた。

 思ってたよりは、遅かったけど。

 

「……使えない」

「え?」

「私、魔法は使えないのよ」

 

 はっきりと、きっぱりと。

 なんの言いよどみもなく、流れるように答えた。

 

「あれ? でも貴族はみんな使えるってお前……」

「私は使えない。……あんたを召喚したときの魔法以外は、ね」

 

 胡麻化しても、どうせ他のメイジがバラすんだから。

 だったら潔く自分から話すべきなのよ。

 

 ……その方が、

 

「私ね、ここじゃ『ゼロ』のルイズって呼ばれてるの」

「『ゼロ』……?」

「他の子は『微熱』とか『香水』とか……自分の系統に即した二つ名を持ってるけど、私はどの系統の魔法も使えないから、『ゼロ』。」

 

 

 ――他の子はできてるのに、どうしてあなただけ!

 

 

「魔法の才能がゼロのルイズって、そういう意味よ」

 

 その方が、傷つかないから。

 

 

「座学だけでもって頑張って、なんとかここに居させてもらってるだけの……私は、落ちこぼれなのよ。」

「……いや、お前それって」

 

 

 

 

 

「――おや、『ゼロ』のルイズじゃないか!」

 

 突然声を掛けられて、びっくり。

 振り向くと。

 

 

「奇遇だね、君もここで使い魔と絆を育んでいたのかい?」

 

 さっき話題に出たビッグモールの使い魔、とその主人。

 私のクラスメイトの一人。

 

「あぁ、使い魔殿には初めまして。

 僕は『ギーシュ』。ギーシュ・ド・グラモン。

 気軽に『ギーシュ殿』と呼んでくれたまえ!」

 

 バラに似せた杖をくるりと手で弄びながらの、仰々しい自己紹介。

 何度見てもイラッとくるわね……

 

「ふーーん……」

 

 いかにも興味ありませんという顔。

 使い魔は一瞬だけギーシュに視線を合わせただけで、後はずっと『ヴェルダンデ』と呼ばれていたギーシュの使い魔の方を見ていた。

 

「え、えぇと……君は名をなんというんだい?」

 

 調子を崩され、たじろいでいるギーシュ。

 自分より背の高い男を相手しているからだろうか、普段女の子を口説いている時とは違い、随分と口数が少ない。

 

「えー日本から来ました、Ai(アイ)っていいますー。呼び方は……なんでもいーや。シクヨロー」

「適当すぎないかい!?」

 

 さすがにツッコむわよね。

 

「はぁ……あの『ゼロ』のルイズが召喚したというからどんな使い魔なのかと興味があったのだが……格好だけで言動は粗暴な平民そのものじゃないか!! ふぅ……期待はずれだね」

「あのねギーシュ……こいつは平民どころか人間でもないのよ」

「……ほう?」

「『エーアイ』っていう、全く未知の種族なのよ」

「なに! そうだったのかい! ……いや、すまない。失礼した!! アイ殿と言ったか、君を平民と侮辱してしまったことをここに謝罪するよ」

 

 そう言ってギーシュは恭しく胸に手を当て、軽く頭を下げた。

 ……ホントに謝罪の意思があるのかしら。

 行動の一々が本当に軽いのよね、こいつ。

 

「べつにいいよ謝んなくて、オレって元々そんな敬われるようなヤツじゃないしさ」

「そうなのかい?」

「あぁ」

 

 そんなギーシュに使い魔は――

 

「でもご主人タマをバカにしたのは謝ってほしいかな!」

 

 鼻っ柱を掴み上げることで、答えた。

 

「……あんた!! 何やってんのよ!!」

「生意気なガキンチョにわからせてやってるのさ」

「だだだだだだ!?」

「身の程ってやつをよ!!」

「だんっ!?」

 

 そしてそのまま、ギーシュを後ろに突き飛ばした。

 

「……な、何をするんだ!!」

「お前……たしか地属性の魔法を使えるらしいな」

「そ、それがどうしたんだ!?」

「それだけか?」

「……んん?」

「使える魔法はそれだけかって訊いてんだよ。で、どうなんだ?」

「まだドット……一つだけだが」

「そーかい! じゃ大した事ねーな!!」

「な……なにを言う!!」

 

 ギーシュは普段の振る舞いからは想像もできないような怒気をもって立ち上がり、使い魔を睨む。

 

「お前は一個で、こいつはゼロ。 ……大して変わんねーじゃねーか。そんなんでよくもまぁこいつをバカにできたもんだぜ」

 

 使い魔は小憎らしい口を叩きながら、私の頭も同時に軽く叩く。

 

「ポンポンしないで」

「やだ」

「ぐぬぬ……」

 

 飄々とした使い魔の様子を見て、ギーシュはさらに怒りの炎を燃やしていた。

 

「大して変わらない……だって? ふん、君こそわかってないな!!」

「あん?」

「魔法を使えるのと使えないとじゃ、天と地ほどの差があるのさ!!

 魔法の使えない貴族について来る平民などいやしない!! 魔法を使えてこそ貴族だ!!」

 

 ……わかり切ってるわよそんなこと。

 どんなに威張ったって……結局は魔法。

 

「どんな魔法を唱えても爆発になってしまうルイズなど……貴族とは認めない!!」

 

 

 そう、『ゼロ』の私になんか……誰も……

 

 誰も、ついてきてはくれないのよ……

 

 

 

 

 

「いや、『ゼロ』って逆に良くね?」

 

 

 

 信じられない言葉だった。

 

 

「はぁ!?」

「ダメージが『ゼロ』、攻撃力が『ゼロ』、そして相手のライフが……『ゼロ』。いい響きだぜ」

「な、なんの話だい……?」

「オレ、こう見えても『決闘者(デュエリスト)』だからよ。好きなんだわ、『ゼロ』って言葉」

「デュエ……リスト?」

「おう、"この世で最も誇らしい戦士"って意味だ。……オレはそうでもねーけどな」

 

 バツが悪そうに苦笑しながら、使い魔は言葉を続ける。

 

「オレはカッコいーと思うぜ、『ゼロのルイズ』」

「か、カッコいいわけがあるかね!!」

「ある! オレはいいと思う! だからまぁ……」

 

 使い魔は、私の目を見て――

 

「そんな悲しそうな顔するなよ、ルイズ」

 

 哀しそうな顔で、そう言った。

 

「あんた……」

「……ふっ」

「私のこと、慰めて……」

「そ、そういうんじゃねーよ!……ただ『ゼロ』ってカッコいーなーって……そんだけだっつの!」

 

 さっきまでの顔が嘘のよう。

 使い魔は恥ずかしそうに唇を尖らせ頭を掻いていた。

 

「なんていうか……」

「んだよ」

「あんた、本当に変な使い魔ねぇ」

 

 なんだろう。

 今日は風が……温かいわ。

 

「い……一体さっきから! 君は何の話をしているのかね!?」

「るっせーぞ『ギューシ』!! 今いいとこなんだから黙ってろよ!!」

()()()()だっ!! なんだねその脂っこそうな名前は!!」

「……くすっ」

 

 思わず、笑みが零れる。

 変だけど、面白い使い魔だ。

 

「『決闘』だ……」

「おん?」

「君に『決闘』を申し込む!!」

「け………決闘!?」

 

 ギーシュ!? 

 こいつ何考えてんのよ!!

 

「へぇ、なんだよお前も決闘者(デュエリスト)だったのか!!」

「ちょっと、あんたも乗り気になってんじゃ……」

「だったら話は早ぇ……『デュエル』!!」

 

 使い魔が何かを宣言し、左腕を前に構えた。

 

 その――――次の瞬間。

 

 

「…………。」

「…………。」

「…………んん?」

 

 

 特に、何も起こらなかった。

 

 

「……どーしよ」

「な、なによ……」

「オレのデッキ……出てこねぇんだけど」

「……何だったんだ今のはーー!!」

 

 この時ばかりは、ギーシュと同じ気持ちになった。

 

「あれ? ……つかよく見たらオレの左手、なんか彫られてんだけど」

「使い魔の契約のルーンでしょ、ミスタ・コルベールがそう言ってたわ」

「へー」

「……君たち!」

 

 使い魔の左手のルーンに気を取られていると、まだ怒っているギーシュがこちらを呼びかけてきた。

 

「特にそこの君……」

Ai(アイ)って呼べ」

「こほん……アイ、君はもしや決闘を勘違いしてやいないか?」

「え、デュエルのことじゃねーの?」

「違う!! 何かは知らないが絶対に違う!!」

 

 力強く言い放ち、バラの杖を使い魔に向けるギーシュ。

 

「ここでいう『決闘』とは! メイジたちが自身の誇りを掛け、魔法をもって正々堂々と雌雄を決する由緒正しい対決法のことさ!!」

「へー……いやデュエルじゃん!!」

「ふむ。どうやら君も……多少形は違えど、この『決闘』の精神を理解しているようだね」

「まーな……あとはそうだな。実は個人的に、お前にはちょっとした恨みもある」

「何のことだい? 僕らはほとんど初対面のはずだが……」

「関係ねーよ」

 

 使い魔が、ギーシュのバラと重なるように指を立てた。

 

 

 

 

「お前とオレ……キャラ被ってんだよ!!!」

「ハッ……ほ、本当だ!!」

 

 ……呆れて何も言えなかった。

 

 

 

「――そこのメイドのねーちゃん!!」

「え!? あ、はい!?」

「わりーけど、この決闘の立会人になっちゃくれねーか?」

「わ……私が……ですか?」

「おうよ」

 

 哀れ、その場に居合わせてしまっただけで巻き込まれてしまった給仕の平民。

 おどおどとした口調で使い魔の話に合わせてくれている。

 

「でも……私……ただの給仕ですし……なんの権限もない平民ですよ?」

「関係ねーよ」

「え……?」

 

 

「貴族だろうが平民だろうが、AI(オレ)からしたら、みんなただの『人間』だ」

 

「…………。」

 

 なによ、それ。

 

「わかりました」

「いいのか!」

「はい。立ち合います。立ち合わせてください」

「……サンキューな」

「いえ!」

 

 給仕の女の子が朗らかに笑う。

 この子はたしか……『シエスタ』って呼ばれてたわね。

 

 ……初めて見たわ。この子が笑ってるの。

 

「文句はねぇよなぁ!

 ……おぼっちゃまくん!!」

「せめて人の名で呼んでくれたまえよ!?

 ……まぁ平民といえど、決闘を行う者とは関わりのない第三者が公平な勝負には必要だね。いいだろう、認めよう!!」

「ひゅー! さすがはお貴族、空気が読めるねぇ!!」

「あとはそうだね……僕が勝ったら、君にはルイズではなく僕専属の小間使いとして一生ただ働きをしてもらおうか!!」

「ちょっと! 勝手に決めてんじゃないわよ!!」

「いーねーそうゆうの!嫌いじゃないぜ!! じゃぁオレが勝ったらー……お前一生こいつの奴隷な?」

「いらないわよ!どっちが勝っても私だけ損してるじゃないの!!」

「え、損なのかい……?」

「なんでそこで悲しむのよ……」

「ふぅ……じゃ、これで決闘成立だな」

「あぁ、『ヴェストリの広場』で待っているよ」

「……どこそこ」

「あそこの裏手だよ」

「おけまるー」

 

 そして使い魔とギーシュ、二人の視線が重なり、火花が散った。

 

「ははははは! では僕は先に行っているよ! ギャラリーも呼んでおくから盛大にやろうじゃないか!!」

「お、助かるぜ! ……おし、オレらもいい感じに集めとこーぜ!!」

「集めないわよ!!」

「えー……」

「えーじゃない!! ……あんた、決闘って、本当に意味わかってんの!?」

 

 雰囲気に流されそうになったけど、よく考えたらこいつの強さとか戦い方とか、主人なのに全く知らない私だった。

 

「ドットでもギーシュは名門の家のメイジよ! あんなんだけど……実技の成績は上位なの!」

「心配すんなよ」

「わぷっ」

 

 また、頭を軽くポンポンと叩かれた。

 

「お前の顔に泥は塗らねぇ」

「え……?」

「あいつに勝って、お前に詫びさせる」

「なんで……」

「なんでって……そりゃあ、

 

 

 使い魔として、お前についてくって決めたからな」

 

 

 

 ……なによ。

 

 

 

「そう………」

 

 

 

 さっきから、カッコつけちゃって。

 

 

 

「わかった……わかったわよ……」

 

 

 

 うれしくなんか、ないんだから……

 

 

 

「もう、勝手にすれば?」

「おう!」

 

 

 いい笑顔で、使い魔は答える。

 なんだか……大きい犬みたい。

 

 

「あ、なぁメイドのねーちゃん」

「……は、はい!」

「決闘が終わった後さ……

 オレにこいつの服の洗い方、教えてくんねぇ?」

 

 

 ………………。

 

 

「私のいないとこで言えーーっ!!」

「やばい痛い!!」

「あ、あはははは……」

 

 

 ……犬は犬でも、バカ犬だけど。

 

 

 

 

 



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果たし-Ai……②

お待たせしました。


「ゼロの使-Ai-魔」、始まります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、待たせたな」

 

 そしてオレとルイズちゃまにメイドのねーちゃんは、『ヴェストリの広場』へとやってきた。

 

「ようこそ。逃げずに来てくれたことを感謝するよ」

 

 目的はもちろん、このチャラッチャラな貴族のボンボンの……えーっと……

 

「光栄に思いたまえよ。このギーシュ・ド・グラモン、基本的に女性以外で人を待ったりはしないのだからね」

 

 そう、ギーシュ。ギーシュとの決闘だ。

 

「へっ、キザなやろーだ。ぶっ倒しがいがあるぜ」

 

「――やっちまえギーシュー!!」

「『ゼロ』のルイズの使い魔なんかやっちまえー!!」

 

 周りを見渡すと、オレとギーシュを取り囲むようにギャラリーが集まっていた。

 

「ギーシュ様ー! 頑張ってー!! 怪物を退治してー!!」

「そうだー! 人の皮をかぶった怪物なんかぶっ飛ばせー!!」

 

 って、ちょっと待て。オレがヒール扱いなのかよ!

 

「ちょっとギーシュ! あんた……こいつらに私の使い魔のこと変な風に伝えたでしょ!!」

「い、いやぁ……アイ君が人の姿をした『異種族』だと教えてあげただけなんだが……」

「おいおい……」

 

 差別主義者どもにそういう言い方は誤解されるに決まってんだろ……

 

「おいお前らー!」

「ひっ!」

「しゃ、しゃべった!」

 

 いや、さっきから喋ってたし。

 

「オレは『AI』っていう種族でなー。本来の姿はもうちょっとちっちゃくてかわいいんだけど、仕方なくお前ら人間に合わせてやってんだー。別に取って喰ったりはしねーから安心しなー!」

 

 そんなオレの言葉にざわざわとし始めるギャラリーたち。

 

「なんか偉そうだな……」

「ホントなの? 今の」

「絶対罠でしょ……」

 

 ま、あんまり効果ないよなー……うん、知ってた。

 

「あいつらぁ……人の使い魔をぉ……!」

「ミ、ミス・ヴァリエール! 抑えてください!」

「どうどう、怒んなってご主人タマ」

「なによ! 悔しくないの!?」

「まぁうぜぇとは思うけどさ……だからってこっちから手を出すのは違うと思うぜ?」

「……ほう?」

「オレは『決闘者(デュエリスト)』だからよ。セットされた手の平は、オレ自身の魅力でオープンするぜ!!」

 

「「「………。」」」

 

「……あれ?」

「ま……まぁ? 君がとても高潔な精神を持っていることは伝わったよ、うん!」

「~~フォローありがとよ!ちきしょー!!」

 

 だめかー!

 なんでカッコつけようとするといっつもこうなるんだー!!オレー!

 

「ぐぅ~!!……もういいからやろーぜ決闘!!」

「おうとも! もはや言葉はいらないさ!!」

「うっし……メイドのねーちゃん!!」

「はい!」

 

 ギーシュがオレを見据え、バラを構える。

 そしてオレも、ギーシュを見据えて格闘技の構えっぽい姿勢にシフト。

 

 

「決闘――開始!!」

 

 

 今ここに、オレの意思を賭けた戦いが、始まった。

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

「あら、もう始まっちゃってるじゃない!!」

 

 使い魔とギーシュの決闘が始まってから少し、キュルケとタバサもギャラリーに加わってきた。

 

「なんだ、二人も観に来たのね」

「当然じゃない!こんな面白いこと!!」

「部外者は気楽でいいわね……こっちはヒヤヒヤしっぱなしよ」

 

 やれやれ、と言いたげな表情で私を見下ろすキュルケ。

 相変わらずムカつくわね……無駄に大きい胸が邪魔くさくて、決闘が見えにくいったら!

 

「あれがルイズの使い魔の力……」

「えぇ」

 

 珍しくタバサが三単語以上の言葉をっ発したのに相打ち、使い魔の方へ視線を戻す。

 

「ふーん……なんだ。思ってたより戦えるのね」

 

 

 

 

「そーれそーれー! へっへへへ、すっとろいぜぇ!!」

「この、このぉ!!」

 

 ギーシュの二つ名は『青銅』。

 得意とする土系統の魔法であいつが生み出したのは、その二つ名と同じ材質のゴーレム……『ワルキューレ』。

 女好きが高じた結果か、女性型のゴーレムだ。

 もちろん、戦闘用として性能を最大限発揮できるよう青銅の鎧と槍を装備していて、平民の兵士数人を相手にしてもものともしない馬力を持つ……そんな、先生方の評価も高い、私からみてもよく練られた魔法だった。

 

 しかもその『ワルキューレ』が七体。

 既にこの決闘の場に召喚されている。

 

 

 なのに。

 

 

「なぜだ! 何故止められない!!」

 

 私の使い魔一人、動きを捉えらずにいた。

 

「わかりやすすぎんだよ、こいつらの動き!!」

 

 一体の刺突を避けると同時に、他のワルキューレの背後に回り必ず死角の位置に入る。

 そのパターンをギーシュに読まれる前にある程度正面切ってワルキューレの攻撃をいなし、隙をついて足払いして倒す。

 

 しかも、それらの動きを休みなしで永遠と続けていた。

 

「き、君は疲れというものを知らないのかい!?」

「お生憎様、オレ人間じゃなくて『AI』……お前らでいうところの『怪物』だからよ! 残念だったなぁ人間サマ!! お前らの常識はこのAi(アイ)ちゃんには通用しないんだぜー!!」

「ぐぅうう~~~!!!」

 

 悔しそうに唸るギーシュ。

 

「へー……意外だわ。あのギーシュが最初から押されてる」

 

 正直言って、ワルキューレたちの動きは決して悪いものではない。

 陸軍元帥である父親を持つギーシュは、メイジ同士の戦い方についても十分な教育を受けていて、実際にそのノウハウが魔法にも表れている。

 

 ――ただ、

 

「はぁっ、はぁっ……どういうことだい……?」

「んー?」

「どうして動く前のワルキューレの動きが、まるで未来を見るようにわかるんだ!?」

「いや、単調でわかりやすいってだけだからこれ」

 

 それが、致命的だったというだけ。

 

「な……?」

「あーされたらこーする。あー返されたらこー返す……あらかじめ戦闘のパターンを学習して、反射で対応できるようにしてんのはすげーよ。『経験と学習』……そして『工夫』。それが人間の一番の強みだからな……でもよ」

 

 前後左右、そして上方から、同時に迫るワルキューレの槍。

 

「オレたち『AI』は、その強みを極限まで高めて造られてるってだけさ!!」

 

 それを使い魔は、ただ一歩斜め後ろに避けただけで、躱した。

 

「な……!」

「ちなみに反射神経もスゲーんだぜ、人間サマ?」

 

 飛び掛かった一体ごと、前後左右五体のワルキューレはそれぞれの槍に貫かれている。

 

「「おぉおおおおおーーー!! すげーー!!」」

 

 ギャラリーたちの歓声は、最高潮に達した。

 

「……惜しかったわねー、囲む役が三体だったらまだ被害は抑えられたのに」

「あいつにそこまでの詰めはできないでしょ」

「ま、そこはやっぱり経験よね。ギーシュにはいい授業でしょ……ってタバサ?」

「帰る」

「あら、もういいの?」

「つまらない」

 

 一言だけ言って、タバサはギャラリーの輪から外れ、使い魔の竜を連れて寮へと戻っていった。

 

「もったいないわねぇ……まだ勝負は決まってないのに」

 

 去りゆくタバサから決闘に視線を戻す。

 

「まだ……まだだぁーー!!」

 

 ギーシュは護衛に侍らせていた残る二体を使い魔に向けて突進させる。

 

「へ、苦しまぐれかよ……っと!」

 

 使い魔は迫る槍の片方を避け、残る片方は柄を掴み、いなす。

 その表情にはギーシュのものとは対照的に、一切の焦燥はなかった。

 

「(これで全部……勝負あったな!)」 

 

 しかし、

 

「……フッ」

 

 柄を掴まれたワルキューレの腰布から、

 

 ギーシュのバラの花びらが、ひとひら落ちた。

 

「――誰がワルキューレは七体しか出せないと言った!!」

 

 そこから現れた『八体目』のワルキューレが、使い魔を思いっきり殴り飛ばした。

 

 

「ぐぁあああああああッ!!??」

「「「うぉおおおおおおおおおおおーーーーッ!!!!」」」

 

 ギャラリーが、再び熱狂に包まれる。

 

「――あぁっ!?」

「あいつ、いつの間に出せるワルキューレを増やしてたの!?」

「フフフフフフフ……奥の手は最後まで取っておくものさ!!(……実はマグレだけども)」

 

 殴り飛ばされた使い魔は顔から地面に激突……そのまま倒れ込んだ。

 

「うわ痛そー……」

「いい気味だわ。怪物が人間の姿で紛れ込んでるなんて……気持ち悪い」

 

「くっそぉ……!やってくれるじゃねぇか!」

「ハハハハハ!!どうしたんだい?起き上がりたまえよ……ところで、『エーアイ』は疲れを知らないんじゃなっかったかな?」

「へへ……故障(ケガ)は普通にしちゃうんだよなー……なんつって」

「それはなにより……そぉれ!」

「ぐぅうっ!」

 

「いーぞぉギーシューっ!!」

「そのままやっちまえー!!」

 

「……こいつら……!!」

 

 さっきまでは使い魔の方を応援してたくせに……!!

 

「あ、あぁあ……い、今すぐ手当てしないと……!!」

「待って!」

「……ですが!!」

「したくてもできないのよ……あいつの体、人間のそれとは違うらしいから」

「そ、そんなぁ!?」

 

 目を見開いて驚くシエスタ。

 それもそうだろう。貴族の私でも驚いたのだ。ただの平民には理解の外だろう。

 

「ねぇ」

「な……なんでしょうか?」

 

 でも、だからこそ知りたかった。

 

「あんたは……あいつが『怪物』に見える?」

 

 ただの平民の瞳に、あいつは、私の使い魔はどう映っているんだろう。

 

 自分でも不思議だった。

 ただの平民の給仕に何を訊いているんだと。

 

「…………私は……」

 

 それでも……知りたかった。

 

 

 

「私には、ただの優しい人に見えます」

 

 

 

 薄ら寒い熱狂の中で響き渡る……『怪物』の声。

 そんな中、シエスタは凛とした声で、笑顔でそう言い切った。

 

 

「『貴族も平民も関係ない』なんて、初めて言われましたから」

「そう……」

「あ、す、すすすすみません!!」

「べつに謝んなくていいわよ。この際だし」

 

 本心だ。

 なんていうか……この子に謙遜されると、落ち着かなかった。

 

「そっか……『優しい人』……か」

「ミス・ヴァリエール……?」

「ふふ……そっか……そうね!その通りだわ!……ありがとう、シエスタ!!」

「えぇ!?わ、私ですかぁ!?」

「他に誰がいるのよ!」

 

 なんだか

 

「うん、それだけだったのね!あいつ!」

 

 色々なことが吹っ切れた気がする!

 

「何笑ってんのよルイズ……気持ち悪い」

「うっさいわね!あんたに言われたかないわよ!!」

「どういう意味よぉ……ていうか、いいの?このままじゃあんたの使い魔、ギーシュにやられちゃうわよ?」

「あ……!」

 

 キュルケの一言で我に返り、使い魔に視線を戻した。

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

 もしも、昔のオレを知ってるやつが今のオレを見たなら……きっと疑問に思うだろうな。

 

 

「ほらほらどうしたんだい? さっきまでの動きが嘘のようじゃないか!」

 

 

 『随分素直にあのルイズって子の使い魔になったな』ってよ。

 ……まぁ実を言うと、オレも不思議ではあるんだが。

 

 

「(くそ、いいのもらっちまったぜ……動作の最適化が間に合わねぇ!)」

「ハハハハハ!!」

 

 

 そりゃぁ前いた世界じゃ『人間への気持ちが離れちまった』っつってよ。

 自分勝手な望みを叶えるために人間たちと敵対して……。

 

 

「怪物が人間のマネなんかしてんじゃないぞーー!」

「この国から出ていけーー!!」

 

 

 散々、迷惑掛けて……。

 

 

『私ね、ここじゃ『ゼロ』のルイズって呼ばれてるの』

「へ、所詮は『ゼロ』のルイズの使い魔だな!」

『私はどの系統の魔法も使えないから、『ゼロ』。』

「多少はやる奴だと思ってたけど……なんか大した事なかったな」

『魔法の才能がゼロのルイズって、そういう意味よ』

「主人が主人なら、使い魔も使い魔ってことだろ?」

『座学だけでもって頑張って、なんとかここに居させてもらってるだけの……』

「結局、落ちこぼれには落ちこぼれの使い魔しか召喚できなかったってことだな!」

 

 

 ――どうしてそんなオレが、また人間と寄り添う生き方を選んだかって言うとだな……

 

 

「うっせーな……」

 

 

『私は、落ちこぼれなのよ。』

 

 哀しそうに笑ってた『ご主人様』の言葉が、オレの心にぶっ刺さっちまったからなんだよ。

 

 

「ホント……うっせーよ……!」

 

 

 自分の目的のために、ネット社会全体の混乱とかお構いなしにイグニス抹殺を実行したやつ。

 

 自分のコンプレックスを拗らせまくった結果、故郷を滅ぼし、人類とAIの戦争をおっぱじめちまったやつ。

 

 そして……オレ。

 

「おや、動きが止まったね……そろそろ降参かい?」

「なぁ」

「ん?」

「貴族って……楽しいか?」

「哲学的な質問だね……楽しいか楽しくないかでいえば、もちろん楽しいとも」

「へぇ……例えば、どんな風にだ?」

「そうだね。街で見かけた女の子に貴族と一夜を共にする『栄誉』を与えるなどは……格別の楽しみだね!」

 

 

 共通してたのは、『自分の意思を貫くためには他者の犠牲を厭わなかった』ってとこだ。

 

 

「へっ、そりゃあ楽しそうだ……オレAIだから、そういうのよくわかんねーけど」

「……なんだって!?

 おぉ……『エーアイ』。なんて悲しい生き物なんだ……生きていて辛くないのかい?」

 

 人間と、人間が生み出したイグニス。

 最後までオレたちを振り回し続けた、意思を持つ者の業。

 

「……辛いさ、もちろん」

 

 結局人間も、イグニスも、それには抗えなかった。

 

「そうか……では不肖、この僕が、そんな悲しい君に引導を渡してあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 ――なのにさ。

 

 

 

 

 

 

 

Ai(アイ)ぃぃいーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつ……自分がどんなにバカにされてても、居場所を作ろうって頑張ってんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

「……ルイズ!?」

「ちょ、あのバカ何やってんのよ!!」

 

 

 そう、バカだなーって思っちまった。

 

 

「ご主人……タマ?」

「立ちなさい」

「……はい?」

「あんた、このままでいいの?」

「いや……なにが?」

「このままバカにされたままでいいのかって訊いてんの!!」

「…………へへっ」

 

 でも同時に、すげぇって思った。

 

「よかねーよバーカ!!」

 

 嬉しかったんだ。

 こんな、他人のために自分を曲げまくる人間が他にもいたのかってよ。

 

 こんな奴いたらさ、オレがどんなにカッコ悪くても……

 

「……うん、それでこそよ!」

 

 カッコつけるしか、ねーじゃんか。

 

「ったくお前……こんなとこまで来て言うことがそれか?」

「あんたが情けないからよ! ……私の顔に、泥は塗らせないんじゃなかったの?」

「……へへ、そういやそんなこと言ったっけ!」

 

 

『いい!? あんたは今から私の……このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ!!誰が何と言おうと、私が私の魔法で呼び出した正真正銘の使い魔!!』

 

 

 ……ま、そんなわけで結局。

 オレはルイズの生き方にキュンキュンきちまったって話さ。

 あ、言っとくけどよ! これは断じて浮気じゃないぜ!

 使い魔ってのに興味があるだけだからな!

 

 

「誇り高く最後まで戦いなさい、Ai(アイ)。 あんたはこの、『ゼロ』のルイズの使い魔なんだから!!」

「おう!!……つーかやっと呼んでくれたなオレの名前!」

「あ……うん!」

 

 だからまぁ……

 

「……よっしゃーーー!!」

「おぉう!?」

「こっからが本当の決闘(デュエル)だぜ!ギーシュ!!」

 

 

 今はちょっと、こっちでよろしくやってるからよ。

 

 ――だから安心しててくれ、遊作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慶事である。

 

 

 

「あん?……なんか左手が光って……」

 

 

 

 その日、トリステイン王国魔法学院にて、異常気象が観測された。

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおお!!??」

「ちょ、何よこの……風!?」

「わわわわわ!なんだ!なんだ一体ーー!?」

 

 

 

 季節外れの、『大嵐』。

 

 

 

「ちょっと、いきなり何なのよこれー!」

「……まずいわ」

「あ、タバサ!? 戻ってきたの!?」

「まさか……『異次元』の力……」

「これが何か知って……きゃ!」

「どうしたの?」

「なによこれ……『カード』?」

 

 

 

 こことは違う、彼の世界での呼び名は――『データストーム』。

 

 

 

「マジか……マジかぁあああーー!!」

「え、なに? あんたこれが何か知ってるの!?」

「知ってるも何も……これ!」

 

 

 

 彼の世界の『魔法』、その源。

 

 

 

「オレのデッキ……【@イグニスター】だよ!!」

 

 

 

 ……そう。その日より始まったのだ。

 

 

 

「嵐が……止んだ……?」

 

 

 

 彼の災厄の再来が―――

 

 

 

 

「――オレはフィールド魔法、《イグニスターAiランド》を発動!」

「……アイ君!?」

「その効果により、オレは手札から《ドヨン@イグニスター》を特殊召喚!」

<ドヨン…>

「無事で……! んん!?」

「そして《アチチ@イグニスター》を通常召喚!」

<アーチチッ!>

「その効果により、デッキから《ヒヤリ@イグニスター》を手札に加え……そのまま《ヒヤリ》を、自身の効果で特殊召喚!!」

<ヒヤー…>

「な……なんだいこの子たちは!君の使い魔なのかい!?」

「わりーなギーシュ……オレ、今超テンション上がってんだよ……!!」

「……うん??」

「ちょっとここは、最後まで付き合ってもらうぜ!!」

「な、なんだか知らないが……君が楽しそうだから、いいとも!!」

「おっしゃーー!!……よし!今再び開け!闇を導くサーキット!!」

「うぉお!? なにか出たぞ!?」

「召喚条件は、『カード名が異なるモンスター三体』! サーキットー……コンバイン!!」

 

 

 

 ハルケギニアを震撼させた『次元大戦』の再来が、始まった。

 

 

 

「――暗影開闢!闇夜の英知よ!世界を超え、今再び我が手に集い……ここに覇気覚醒の力となれ!」

 

 

 

 

 

 さぁ、この世の全てよ――闇の根源たる虚無(ゼロ)に還るのだ。

 

 

 

 

「リンク召喚!……現れろ、リンク3!オレの分身!《ダークナイト@イグニスター》!」

 

 

 我が『闇』に還るのだ。

 

 

「な、ななな……」

「うそ……でしょ?」

「なんという……魔法だ……」

 

 

「さぁ、デュエル再開だ!!ただしこっから先は……ずっとオレのターンだぜ!!」

 

 

 

 そして……永劫の安寧を齎そう――――。

 

 

 

 




OCG化しているカードの効果は、基本的にOCG版を採用します。


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果たし-Ai……③

 

「な……な……」

 

 あまりにも予想外。

 この状況について私の口から言えるのは、その一言だけだった。

 

 誰が想像できるだろうか。

 

 白昼の決闘場で突如発生した嵐の中から現れた数十枚の謎のカードが、あろうことか自分の使い魔へと集まって。

 

 しかもそれを使って、使い魔が使い魔を召喚するなどと。

 

 ―――本当に、誰が予想できるのか。

 

「ちょ、ちょちょちょっと!!」

「どした?」

「そ、その……それ!なんでそこにカードを置いたらあんたの使い魔が出てきて…………魔法陣も出て!?そこに使い魔がくっついてそこからもっと大きい使い魔がばーん!!……って……う、ううううう」

「おぉう、おちけつおちけつ!」

「あんたそ……あんたホント、なんなのよぉーー!!??」

 

 結局、動揺が極まって……自分でもなにを言っているのかわからなくなってしまった。

 

「あー……はははー!」

「笑ってんじゃないわよ!?」

「いや、説明するとわりとマジで長くなるからさー!……えーとだな」

「……えぇ?」

「これは『デュエルモンスターズ』。オレのいた世界じゃ一番イケイケな……最高のエンターテイメントさ!」

 

 雲の割れ目から見える太陽のような笑顔で、そう、Ai(アイ)は言い切った。

 

「……オレが言っても説得力ねーな、はは」

「な、なんの話よ……?」

「!……わり、こっちの話」

 

 そしてまた、哀しみで瞳を覆っている。

 

「……ねぇ!左腕のそれで使い魔を呼び出した……のよね?……とても杖には見えないけど……」

「あぁ、これな」

 

 Ai(アイ)は、左腕の『それ』を、いとおしそうに撫でる。

 

「『デュエルディスク』だ。プレイしたカードを置いとくフィールド兼、制御装置さ。……どこの誰だか知らねーが、へへ、粋なことをしてくれるぜ」

 

 デュエルディスクと呼ばれた紫色のごてごてとしたものを撫でながら、Ai(アイ)は微笑む。

 

「ところでご主人タマよ」

「なによ」

「こいつ、どうよ?」

 

 そう言って、親指でくいくいと差したのは

 

『………』

 

 Ai(アイ)が召喚した使い魔(かどうかはさておき)、黒い騎士。

 名前はたしか、《ダークナイト@イグニスター》。

 紫の翼が生え、大剣を携えたその姿はどこか……

 

「……なんていうか」

「なんていうか?」

「うーんと……」

 

 姿形はもちろん、雰囲気だってAi(アイ)とはまったく違う。

 なのに。

 

「あんたに……ちょっと似てる?」

 

 不思議とそう思えた。

 

「……おぉおおお~~~!!」

 

 パチパチと大きな拍手。しかもすんごい笑顔。

 

「百点!!……ご主人タマ百点!!ん~~ルイズちゃましゅごい!!」

「な、なによ……!そんなに嬉しかったわけ!?」

「そりゃ~も~~!!わかるご主人タマを持てて、Ai(アイ)ちゃん大感激よ~~!」

「う、うるさいうるさい!! この……離れなさいよぉ!!」

 

 猫撫で声で撫でてくるAi(アイ)を必死に押し戻す。

 なんなのよこいつ~~!本格的に犬じゃないのよ!!

 

「な、ななななんだ君はこれはーー!?」

 

 と、混沌としてきた決闘場に……情けない声が響き渡る。

 

「ア、アイ君!キミ、キミキミ君はメイジだったのかい!?」

「あん?いや、ただのデュエリストだぜ。魔法じゃないのよ」

「ほ、本当かい……?」

「…………いや実は」

「メイジじゃないと言ってくれよぅ!!」

 

 ギーシュ……メイジ同士の決闘が校則違反だからって……情けなさすぎて泣けてくるわね。

 

「なんでこんなのがモテてるのかしら……」

 

 女なのに女心がわからない。

 ……なんて、うまくないか。

 

「ところでギーシュ君よぉ!」

「ふぁい!?」

「決闘は……続行させてくれるよな?」

「…………は、い?」

 

 吹っ飛びかけてた意識がようやく戻ってきたのか、泳いでいたギーシュの視線が定まってくる。

 ゆるゆるだった顔つきも、みるみる精悍に。

 ……あ、もしかして顔に釣られてるのかしら。

 

「どうなんだ?」

「んんっ……ふっ、答える必要があるかい?」

「と、ゆーことは?」

「君がメイジでないというなら、僕が決闘を降りる理由は……ない!!」

「よっしゃ!そうこなくっちゃな!」

 

 いい笑顔のままカードを持ってない方の拳を強く握り挙げるAi(アイ)

 

「……あ、でも君の使い魔はどかしてく」

「──ダークナイトで、右のワルキューレに攻撃!」

「嘘だろう!?」

「え?……な、ちょ、ま!」

 

 待ちなさい!と言う前に、《ダークナイト》はすでに攻撃を終えていた。

 

「……ちなさいよ」

 

 《ダークナイト》の剣が、ギーシュからもっとも離れた位置にいたワルキューレの銅を刺し貫く。

 そして剣が抜かれた瞬間、ワルキューレは私の魔法モドキを受けたみたいに爆散した。

 

「……ぬわぁああああ!?」

「きゃあああああ!?」

 

 ギーシュはもちろん、私もギャラリーたちも阿鼻叫喚の渦に飲み込まれる。

 ただ一人、下手人のあんちくしょうを除いては。

 

「うっひゃホーーイ!!まずは一体!!よーし!調子が出てき」

「……ふざけんなーーー!!」

「ぬぼあ!?」

 

 怒りのままにぶん殴る。

 それはもう、火山の噴火が如く。

 

「らにすんのよ!?」

「こっちが聞きたいわよ!あんた爆発するならするって……い、言いなさいよ!!」

「そんなビビることか?……これ」

「どういう神経してるわけ!?」

「(アイ君……こうして見ると、なんだか君を他人とは思えないよ……色々な意味で)」

 

 こうなったら本格的にしつけないといけないわね……

 とりあえず馬用の鞭でも常備しようかしら。

 

「だーもう!オレはターンエンドだー!!」

「あれ?さっきずっとオレのターンって……」

「ルールを守って楽しくデュエル!」

「あ、そう……」

 

 なんだか知らないけどあの《ダークナイト》、行動に制限が付いてるみたいね……それくらいないとあれだけの力は動かせないだろうし当然といえば当然だけど。

 

「え??……いいのかい?」

「いーよ!かかってこいや!」

「やったー!!」

 

 子供の遊びか!

 ……って、そんなことよりマズイわね。

 

「ワルキューレ!」

 

 残る二体のワルキューレに向け、ギーシュはバラを振るう。

 

「気をつけてAi(アイ)。何か細かい指示を与えてるに違いないわ」

「そんな感じだな……お、なぁ!」

「なによ」

「今の忠告、めっちゃご主人タマっぽかったぜ」

 

 親指を立てて、こちらに向けるAi(アイ)

 

「ほめても何もあげないわよ」

「か~、厳しいねぇ」

 

 軽口を流しつつ、ワルキューレの動きに注視。

 二体は散開……挟み撃ちに持ち込もうってハラかしら。

 左右からダークナイトに向か……

 

「! 違うわ」

「気づいたところで!!」

 

 狙いは……Ai(アイ)だわ!

 

「……ん?」

「バカ!逃げるわよ!!」

 

 油断しきっていたAi(アイ)の袖を引っ張る。

 

「……大丈夫だ」

「なんで余裕ぶってんのよ!」

 

 思わず怒りを込めて言い返してしまった。

 

「へへ……」

 

 しかし……私は忘れていたのだ。

 

「こう来ると思ったぜ!」

 

 この使い魔が笑う時は絶対に何かが起こるということを。

 

 

「《アチチ》、《ヒヤリ》!……今だ!!」

 

 

 なんと、()()()()()()()()()()さっき魔法陣に消えていったはずの小さい使い魔たちが飛び出し、ワルキューレの槍から私たちを護ったのだ。

 

「なんだって!?」

「《ダークナイト》の効果さ!……このカードが戦闘でモンスターを破壊した時、墓地のサイバース一体を特殊召喚できる!!」

「一体……?二体もいるじゃないか!!」

 

 ギーシュの言うことはもっとも。

 さらに言えば、どうして《ダークナイト》の中に小さい使い魔たちが入っていたのかも不可解だ。

 そんな気持ちでAi(アイ)を見つめると、『これから説明するから』と言いたげに撫でられる。……だからやめなさいよ!

 

「『ダークナイト』のさらなる効果!……このカードのリンク先にモンスターが特殊召喚された場合、墓地のレベル4以下の『@イグニスター』をこのカードのリンク先に可能な限り特殊召喚できる!……戦闘破壊した時の効果で一体、今の効果で二体、合計三体!俺は最初にワルキューレを倒した後、《ダークナイト》の中に蘇らせてたのさ!」

 

 その三体目、確か《ドヨン》と呼ばれていた使い魔がダークナイトの肩から出てきて手を振っている。

 ……なんだかあの子もAi(アイ)に似てる気がする。

 

<アチ…><ヒヤー…>

 

「(フレイム……アクア……ありがとな……)」

「リ、リンク先??特殊召喚??……そ、そんなの言ったもの勝ちじゃないかーーー!!!」

「先に奇襲まがいのダイレクトアタックかましてきたのはそっちだろーが!!ひきょーもん!」

「君に言われたくないぞーー!!」

「どっちもどっちでしょ……はぁ……」

「あ、なんで《ダークナイト》の中に《ドヨン》たちが入れたかっていうとだな……よっと」

 

 Ai(アイ)は、その辺の石を拾い上げ、《ダークナイト》に投げつけた。

 

 すると。

 

「「あぁっ!!」」

 

 なんと、石は《ダークナイト》に当たっても、そのまま《ダークナイト》の中に吸い込まれてしまった。

 

「い、石が飛び出してきた!?」

「えぇ!?……あ、そうか」

 

 《ダークナイト》に当たった石は……私には吸い込まれたように見え、ギーシュには飛び出してきたように見えた。

 

「石が貫通した……!?」

 

 とどのつまりそういうことになる。

 ……だとすれば。

 

「その騎士は幻だったのかい!?」

「おうよ! 物体と映像、両方の性質を兼ね備えたこいつは……『ソリッドビジョン』!」

 

 宙に浮かびながら剣を振るい、《ダークナイト》がその勇姿を誇示する。

 

「こんな魔法があったなんて……」

「魔法じゃなくて科学……とかまぁ野暮なことはどーでもいいか。ま、良くできた幻だと思ってくれりゃぁ大体オッケーだぜ」

 

 意味はわからない。

 

「すごい……」

 

 でも、これが人間の叡知を結集させた素晴らしいものだということは……心の底から理解できる。

 

「世界には……こんなものもあるのね……」

 

 気持ちのいいため息が、漏れた。

 

「な、なんだよあれーー!!」

「あんなのありかよ!反則だー!!」

「いいぞー!もっとすごいものを見せてくれーー!」

 

 ギャラリーの声をよく聴けば、ブーイングの中に僅かに期待と興奮……心温かい熱狂が、混じり始めていた。

 

「これがAi(アイ)の……私の使い魔の、力……!」

 

 今さらながら、震えてきた。

 あぁ私は、こいつを最後までこの手に繋ぎ止めておけるのか、と。

 

 いや……

 

「(『おけるか……じゃない!『おく』のよ!)」

 

 それが、使い魔の主人の責任というものなのだから。

 

「……さーて、いい感じにフィールドも盛り上がってきたところで!」

 

 Ai(アイ)が口火を切った瞬間。

 

 

 

「今度こそ、ずっとオレのターンだ!……ドロー!!!」

 

 左手のルーンが、光、輝いた。

 

 

 デュエルディスクから、さらなるカードが引かれる。

 

「……そっか!そういうことなのね!!」

 

 あの数十枚のカード、あれが全部、Ai(アイ)の力そのものなんだわ!

 

 

 

「オレは、《ピカリ@イグニスター》を召喚!!」

<ピカリン!>

 

 Ai(アイ)の下に新たな使い魔が召喚される。

白い三角帽を被った、どこかメイジを思わせる使い魔だった。

 

「《ピカリ》の効果発動!召喚、特殊召喚に成功した場合、デッキから『Ai(アイ)』魔法・罠カード一枚を手札に加える!!……えーと、こいつだ!《Ai(アイ)打ち》を手札に加える!」

 

 相討ち……じゃなくて《Ai(アイ)打ち》。

 どこかコミカルで愛らしいキャラクターの描かれたカードを手札に加え、にんまりと笑うAi(アイ)

 

「そんなにいいカードなの?それ」

「おう、強いんだぜ~!」

 

 無邪気に笑うAi(アイ)

 ていうか、私がこっちに来てからずっと笑ってない?こいつ。

 

「まったくもう……」

 

 こんだけすごい力を持ってるっていうのに、なんでこんなに子供っぽいのかしら?

 

 

「……お?」

 

 あら?また左腕が光って……

 て、左腕じゃない!……デュエルディスクの方だわ!!

 

「! ……にゃるほどにゃるほど!わーかってるって!!」

「今度はなに!?」

「おいお前らーー!!」

 

 Ai(アイ)が、ギャラリーに向けて問いかける。

 

「――もっと面白ぇもん、観たいよな?」

 

 その問いに、

 

「「「うぉおおおおおおーーーー!!!!」」」

 

 ギャラリーたちは、燃え盛る熱狂で答えた。

 

 

 

 

「オレはレベル4の《ドヨン》と《ピカリ》で……オーバーレイ!!」

 

 Ai(アイ)は、重ね合わせるように両手を前に出し、叫ぶ。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!!」

 

 そして、デュエルディスクが十字に輝き、再び空に稲妻が飛ぶ。

 

「怪力乱神!驚天動地!!その力、今こそ再び……久遠の慟哭から目覚めよ!!」

 

 二体の使い魔は、細かく分解。空より降りたる十字の陣へと吸い込まれ――

 

「エクシーズ召喚!!!」

 

 空高く昇り、銀河となって光が弾けた。

 

 

 

「来い、ランク4!!……《ライトドラゴン@イグニスター》!!!」

 

 

 

 曇天を割り、雷鳴が轟く。

 

 天より、神の光を纏った龍が、決闘の場へと降臨した。

 

 

 



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果たし-Ai……④

「《ライトドラゴン》……」

 

 霹靂を伴に『エクシーズ召喚』なる方法で降臨した、Ai(アイ)の新たなる使い魔。

 

「……ドラゴン!?」

 

 二対の翼、細長い体躯。私たちが一般的によく見る風竜(ウィンドドラゴン)の姿とは似ても似つかない……が、この世の全てを睥睨し君臨していると思わせる圧倒的な威容は、『ドラゴン』の名を冠するに疑問はなかった。

 

「闇あるところに光あり……へっへっへ、これで勝ったも同然だぜ!!」

「ど、どどどっどドラゴンってあ、あああああんたさらっとなんてもん召喚してんのよ……!」

「え?ドラゴンってそんな珍しいのか?」

「犬みたいにそのへんにいるわけないでしょーーーー!!!」

 

 驚くことは、もうないと思ってたのに。

 黒い騎士は……まぁ納得できる。ギリギリ。

 ギーシュのワルキューレだって、女騎士を似せてあるもの。

 

 それが今度は何よ!

 あの足のないドラゴン、どこからどう見ても韻竜クラスの稀少種じゃないの!!

 

「……あ、でも待って」

 

 この《ライトドラゴン》だって、さっきの《ダークナイト》と同じように小さいほうの使い魔を生贄?にして召喚してたわよね……

 

 ――てことは!

 

「このドラゴンも《ダークナイト》と同じ、よくできた幻……?」

「そーだけど……いやぁ、さすがに実体を持ったモンスターは創れねぇよ!」

「……はぁあああ~~~」

 

 びっっっくりした……そりゃそうよね。

いくらなんでも本物のドラゴンをそうホイホイ召喚されてたまるもんですか。

 

「は、ははは……も、もう何が、何だか……」

 

 ギーシュも相当参ってるわね……無理もないけど。

 あ、ドラゴンといえば。確かタバサもドラゴンの使い魔を召喚していたわよね。

 

「あははははは、すごいわねあれ……タバサ、あんたの専売特許取られちゃ、きゃあ!?」

「シルフィード」

『……!!』

「聞こえてたでしょ。あれは幻」

『…………』

「あなたの仲間じゃない」

 

 そのタバサに視線を移すと、どうやらタバサの使い魔の『シルフィード』と呼ばれたドラゴンがAi(アイ)のドラゴンを見て興奮しているらしく、タバサはそれをなだめている。

 

「あっちもあっちで苦労してそうね……」

 

 クラスメイトの姿が客観的な自分の姿と重ね合わさる。

 ……自分だけじゃなさそうだ、とちょっと安心。

 

「さぁて……そんじゃ早速、《ライトドラゴン》の効果発動!!」

 

 なんて感慨に耽っていると、今まさに、Ai(アイ)は新たに召喚した使い魔の能力を行使しようとしていた。

 

「そのドラゴンにも能力があるの?」

「あたぼーよ!!よく見てな、これが【@イグニスター】デッキの真骨頂の一つ!!」

 

 《ダークナイト》の能力が『召喚の生贄にした使い魔の再召喚』……

 ならばこの《ライトドラゴン》は如何なる力を持っているというのだろう。

 

「すんごい……小さい使い魔も含めて、使い魔ごとに特殊能力が備わっているのね……!」

「……(間違いない……やっぱりあれは『異次元の魔法』)」

「タバサ?」

「なんでもない」

 

 今後の為にもしっかりこの目に焼き付けないと……

 Ai(アイ)の力は、私の力でもあるんだから……!!

 

 

「1ターンに一度、このカードのオーバーレイユニットを一つ取り除くことで、オレのフィールドの『@イグニスター』モンスターの数まで、相手モンスターを選んで破壊できる!!」

 

 

 《ライトドラゴン》が、自身を中心に回っていた光球の一つを捕食する。

 空間を割るような耳鳴りの後、胸の紋章を中心に《ライトドラゴン》は雷を帯び始めた。

 

「今オレのフィールドにいる『@イグニスター』は《ダークナイト》と《ライトドラゴン》の二体!……よって二体まで破壊できる!!」

「二体を破壊……二体……まさか!?」

「そう、破壊するのはもちろん……残る二体のワルキューレ!!」

「なんだってぇーー!?」

 

 《ライトドラゴン》の能力は……『味方の使い魔の数まで、複数の敵を同時攻撃』!!

 

「すごい!これで一気に勝負を決められるわ!!」

「おう!……やっちまえ!《ライトドラゴン》!!」

 

 Ai(アイ)の号令で、《ライトドラゴン》は纏っていた稲妻をその顎に収束。

 球状になった霹靂は、閃光とともに二体のワルキューレに炸裂した。

 

 

「!……危ない!!」

「!……まじぃ!!」

 

 バラが散る。

 決闘場は、大きな爆炎に包まれた。

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

「すみません!!水系統のメイジの方は消火をお願いいたします!」

「そこ、燃えてるわよ!!」

 

 シエスタとキュルケが叫び、それを聞いた水系統のメイジたちは発火個所に放水し始めた。

 

「お、貴族っつっても意外に素直じゃ……ぶが!?」

「さっきより被害が大きくなってるじゃないのよ!!」

「マジごめんって!オレも今知ったの!!……ていうかご主人タマもさっきノリノリだったじゃん!!」

「…………反省シテマス」

「目ぇ逸らしてんじゃねーよ」

 

 いけないわね、つい盛り上がってこういう状況になるのを失念してしまったわ……。

 

「それにしても、冗談抜きでかなり危険な力じゃないの」

「いや、オレの前いた世界じゃ現実でこんなことはできなかったんだぜ?なんでか知らんけどこの世界じゃモンスターもその攻撃もマジで実体化してるけど」

「あれ?じゃぁさっきの『ソリッドビジョン』は現実のものじゃないっていうの?」

「まさか、さすがに現実でソリッドビジョンは出せねーよ!!電脳空間限定の技術だ!」

「『デンノウ空間』……?」

「あーそこはまたおいおい説明するから……」

「うーん、まぁとにかく使いどころは考えないとね……その、あんたの使い魔」

 

 強力な魔法は往々にしてリスクが付きまとうもの。

 周りの人に迷惑をかけてしまえばそれはただの災害と同じ。

 私のためにもAi(アイ)のためにも……どうしてもこれじゃなきゃ!って状況以外では使わないことにしましょう。

 

「……火、消えたな」

 

 Ai(アイ)が、へたり込むギーシュのもとへと歩き出す。

 他に発火個所がないか確認しつつ、私もそれについていった。

 

「ギーシュ」

「…………。」

「どうしたよ、今オレめっちゃ隙だらけだぜ?」

「フッ、もう僕に魔力は残ってないよ……こうして意識を保っているだけで精いっぱいだ」

「そうか」

 

 Ai(アイ)がシエスタに目配せする。

 それに、頷きで返すシエスタ。

 

「勝者―――Ai(アイ)さん!!」

 

 ギャラリーが再び、暑苦しいほどに熱狂。

 

 激しい決闘を制したのは、私の使い魔のAi(アイ)

 

 そして敗れたギーシュは、なぜか満足そうにうなだれていた。

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

「いやー、まさかギーシュが負けるとはなー」

「流石にあれは誰も勝てないだろー」

「しっかしルイズの使い魔、とんでもないな!!」

「あなた大丈夫?フラフラじゃない」

「ちょっとさっきの衝撃で……ギーシュ様、ごめんなさい……」

「魔法が使えないぶん、使い魔は滅茶苦茶強いのを召喚できたってことだろ」

「ま、このまんま『ゼロ』のルイズで終わんなくてよかったんじゃない?」

「運だけはゼロじゃなかったのね!あはは!!」

 

 口々に好き勝手言いながら散っていくギャラリーたちを怨嗟の眼差しで見送るルイズに、それをどうどうとなだめるメイドのねーちゃん。

 いやマジで今日のMVPだなメイドのねーちゃん。あとで菓子折り持参しなきゃ……菓子折り売ってんのかな。

 

 ……て、そうだ。

 

「ギーシュ、ちょろっと訊きたいことがあるんだが」

 

 デッキをデュエルディスクから取り外し、デュエルを強制終了する。

 そしてオレは胡坐をかいて、仰向けに寝っ転がるギーシュに問うた。

 

「どうして()()()のワルキューレをオレへの攻撃に使わなかったんだ?」

 

 ルイズとシエスタが目を見開いて仰天する。

 

「……なんのことだい?」

「AI相手に白ばっくれるとはいい度胸だな……でも無駄だよーん。ちゃーんと見てたからな。お前が長髪で茶色のマントの女の子をワルキューレで爆風から守ってたのを」

「……なんですって!?」

 

 そう。《ライトドラゴン》の効果で残る二体のワルキューレを破壊した瞬間に発生した爆風。その時こいつは、恐らくはなけなしの力を振り絞って出したのだろう最後のワルキューレ一体を、爆風をモロに受ける位置にいた女の子を守るために差し出したのだ。

 

「オレが《ライトドラゴン》をエクシーズ召喚してた時とか、隙をついて背後から奇襲できるタイミングはいくらでもあった。その時点でお前は相当焦ってたはずだ……このままじゃ負けるってな。でもお前は最後の一体をそこで使わなかった……いや、女の子が危険にさらされているのを見るまで『使えると思ってなかった』が正しいか?」

「…………何が言いたいんだい?」

「お前は自分より赤の他人を助ける時こそ、力を発揮できるヤツだってことだよ」

 

 そんなバカな、って顔でオレの顔を見るギーシュ。

 

「なに驚いてんだよ……もしかして無意識だったか?」

「……あぁ」 

「……ったく、どいつもこいつも……貴族ってやつはよ」

「だ、だったら何だというんだ!!僕を決闘を放棄した腑抜けだとでも、そう言いたいのか!?」

「んなわけんねーだろ!」

 

 呆けた顔をするギーシュの肩を掴む。

 強く掴む。

 

「そこがいーんじゃねーか!!」

「……えぇ!?」

 

 そう、オレは人間のそういう生き方に……とっても弱いAIなのだ。

 

「ごめんなギーシュ……オレお前のこと、チャラい版のオレのパチモンくらいにしか思ってなかったわ……」

「それは誹謗中傷だよね?言葉の意味は分からないけど絶対そうだよね?」

「でも違った!お前はすげぇヤツだ!!」

「……おぉう!?」

「見直した!!……それに引き換えオレは、久々のデュエルに夢中で、爆風のことなんてちっとも頭になかった……」

「それは……うん。問題だよ。あれだけの力、及ぼす影響は甚大だった」

「だろ?本当はあそこであの女の子を守るべきだったのはオレ、そしてそこにいる危機感ゼロのダメご主人だったんだよ」

「…………うぅ」

 

 さすがの怒りんぼルイズもここでは殴ってはこない。

 ご主人タマにも確かな良心があった……ならもっとオレに優しくしろよな!!

 

「だから……この決闘は、ナシ!!」

「「……ハァ!?」」

 

 いやハァ!?なのはこっちだっつの!

 

「当然だろーが!!余力を残してた相手に勝っても……そんなの勝ったなんて言いませーん!!デュエルってのはなぁ!互いの全てをぶつけ合って……認め合って……こう、何のわだかまりもなくスカッと終わるもんなの!!……本当は!!」

「初耳だそんなもの!!」

「今聞いたな!?だったら問題ないねー!!」

「どんな理論よ!?」

 

 イグニス理論だ。提唱者はオレ。

 

「とにかく!!……ギーシュ!!」

「はい!?」

「…………。」

「……アイ君?」

「……いつか」

 

 いつか。

 

「……もっかい、今度はちゃんとルール決めて……思いっきりデュエルしようぜ」

 

 デュエルで散々悪いことしたオレが言うのもなんだけど。

 でも、こんなオレでもデュエリストなんだ。

 

 だから……いつか、本当に。

 

「なんのわだかまりもねぇ、ただ純粋に互いの力の全てをぶつけ合うだけの、超楽しい決闘、しようぜ!!」

 

 やりたい。

 心の底から、そんなデュエルを。

 ギーシュと。

 

「…………いい、のかい?」

「うん」

「僕は、見ての通りの軽い男だぞ?」

「オレもそう」

「……臆病者で、女の子と仲良くなれるくらいしか、能のないと言われている男だぞ?」

「いーじゃんナンパ。楽しそうじゃん。オレもしてみたい」

「ちょっと」

 

 うるせーなー。いいとこなんだから出てくんなよルイズちゃま。

 

「…………」

「ギーシュ」

「……なんだい?」

「こんないるだけで人間に迷惑かけるダメなAIだけどさ……オレ、人間とはそれなりに仲良くなりたいんだ」

「…………うん」

「特にお前やご主人タマ……それに、そこのメイドのねーちゃんみたいな」

「はい!?」

「……オレ的に、いい人間と」

 

 誰かのために、世界のために戦う人間。

 オレが迷惑をかけてきた人間……

 

 罪滅ぼし……とかそういうんじゃないさ。

 

 ただのオレのわかがまだ。

 

 

「だから、ギーシュ!」

「……うん!」

「メイドのねーちゃん!」

「あ、シエスタです!」

「……シエスタちゃん!!」

「はい!!」

 

 

 間違えまくったオレだけど。

 だからこそ。今度こそ。

 

 

 オレは。

 

 

 

「……『仲間』に入ーーれて!!」

 

 

 間違えたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君がいいなら、僕も」

「貴方がいいのでしたら、私も」

 

 

 

 

 

 

 

 隣にいたい。

 

 

 

 

 

 

「君と」

「貴方と」

 

 

 

 

 

 

 オレは―――。

 

 

 

 

 

「「友達になりたい」」

 

 

 

 

 

 人間と、繋がりたい。

 

 

 

 

 

 

 



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果たし-Ai……⑤

「ルイズ、それにアイ君……すまなかった」

 

 シエスタちゃんと談笑していると、ギーシュが突然、膝をぬかるんだ地面に立ててながらオレとルイズに頭を下げた。

 

「いきなりどうしたのよ」

「そもそも、今回の決闘は僕が始めに言い出したことだ。ルイズを侮辱した僕に注意してくれたアイ君を逆恨みしてね……」

「……そう、だったわね」

 

 居心地が悪そうにしているルイズに、シエスタちゃんがそっと隣に寄り添う。

 

「ルイズ……正直に話すよ。僕は君を下に見ることで、自分の欠点から目を反らしていた……『魔法の使えないルイズよりはマシだ』と思うことで、臆病者の自分を正当化していたんだ」

「…………ふぅん」

「僕は怠惰で、卑怯者だった」

 

 鼻声混じりの独白。

 初めて会った時とは違う、本心からの謝罪だった。

 

「今までの非礼を許してくれとは言わない……ただ、この愚かなギーシュは今後二度と……ルイズ、君の前に現れないことを誓おう」

 

 ギーシュは、静かに胸のバラに手を当てながら、目を伏した。

 

「──……。」

 

 そこから顔を背け、口元をもごもごとするルイズ。

 はぁ…………しょうがねぇなぁ。

 

「おい、ご主人タマよ」

「……なに?」

「言いたいことがあるんじゃねーのか?」

「……!」

 

 なにをびっくりしてんだか。

 バレバレだっつの。

 

「そんなにそわそわしてよ、本心隠してんの丸わかりだぜ」

「ほ、本心って何よ!!」

 

 改めて謝罪しようとしたギーシュを制し、ルイズに言葉を続ける。

 

「あるだろ?」

「ないわよ」

「……はぁー……」

 

 まー!意固地になっちゃってこの子はもー……しょうがないんだから!!

 もういい!強行手段よ!!

 

「いいかルイズ!」

「うにゅ!?」

 

 初めて会った時のように、ルイズの頬を両手で掴んで無理やりオレと視線を合わせる。

 

「オレもギーシュもシエスタちゃんも、ここにいるヤツはもうお前をバカにしねぇ!……な!」

 

 ギーシュとシエスタが、強く頷く。

 

「だから言いたいこと、全部ここでゲロっちまえ!」

「う、うぅ……」

「……なぁ、ルイズ」

 

 手を離し、ルイズと直線で視線にが重なるように、腰を落とす。

 

「オレを……信じてくれ」

「…………Ai(アイ)……」

「頼む。……お前に、後悔してほしくねぇんだ」

 

 今度はオレも、頭を下げた。

 

「…………」

「…………」

「…………わかった」

 

 その言葉を、待っていた。

 嬉しくって、つい顔を上げてしまった。

 

「ねぇ、ギーシュ」

「……なんだい?」

 

 ルイズは、今度こそ目を合わせ、ギーシュに向き合った。

 

 

「──私に……魔法の使い方、教えてほしいの!!」

 

 

 そして、腹の底から引き釣りだしたように、大きな声でそう言った。

 

「…………いい、のかい?」

「他のメイジに頼むより全然マシよ。その、あ、あんたは……」

 

 少し吃りながらも、ルイズは言葉を絶やさない。

 

「謝ってくれたから……」

「……ルイズ」

「……だから!!二度と私の前に現れないとか……逆に迷惑なのよ!つべこべ言わずに魔法教えなさいよ!!」

 言い終えて、顔を真っ赤にして、ルイズはそれを隠すように、顔を俯かせた。

 

 そんな顔に、ギーシュは気持ちのいい笑顔で返した。

 

「……喜んで!!」

 

 こうして、ルイズの一世一代の頼みごとは快諾された。

 

 

 

「──よし!いい感じに締まったところで!」

「きゃ!?」

 

 シエスタちゃんを肩を掴み、そっと抱き寄せる。

 

「ア、アイさん……!?」

「決闘も終わったことだし……約束通り、シエスタちゃんに優しく洗濯の仕方教えてもらおっかなー!」

 

 とかなんとか言いながら。すぐ横のシエスタにAi(アイ)ちゃんウインクをお見舞い。

 

「うぇえええ!?」

 

 決まった……顔が真っ赤だぜ。フゥ!

 

「おいおい忘れちゃった?……オレとのヤ・ク・ソ・ク」

「わ、わわわわ忘れてません!」

「……ホントぉ?」

「は、はい、はいーー!」

 

 もー、そんなに恥ずかしがっちゃってぇ……。

 …………お。

 

「…………。」

「な、なんでずっと、見つめてくるん……ですか??」

「……お前のキレーな目、見てたから」

「はうわ!?」

 

 …………なるほどな。

 理解してきたぜ……人間の女の子の、『良さ』ってやつが!

 

「シエスタ」

「……は、い」

「お前の……」

「……ごくり」

「お前のめ「いい加減にしろぉおおおーーーっ!!!」

「あばりゃんっ!?」

「きゃーーー!?」

「アイくぅん!!!?」

 

 怒れるルイズがダイレクトアタック!!

 オレの腹に大ダメージ!!ライフポイントが減る音!! 

 

「あわ、あわ、あわわ」

「…………」

「はー、はー…………はぁーっ…………シエスタ」

「はい……」

「本気にしちゃ、ダメよ……」

「…………うぅ」

 

 

 

 

 

「……………………………………いやシエスタの眼ってマジでカワいくね?」 

「懲りなさいよっ!!!!!」

「ブぁんッ!?」

「アイさん!!!」

「アイくぅーーん!!!?」

「……シエスタ」

「は……え、はい!?」

「もう私、服は自分で洗濯することにする!!」

「…………私でよければ、お手伝いしますよ?」

「……助かるわ!!」

「――……死ぬなぁーー!!アイ君ーー!!」

「…………」

「はッ!?……息を……していない……!!??」

「――当たり前だろオレ機械の体だから」

「アイくん……――――アイくぅーーーーん!!」

「いや生きてるの見てぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~、いいもの観れたわね~~!!」

「…………」

「大剣持ちの黒騎士に、雷を操るドラゴン!!……威力はもちろん、見映えまで完璧だなんて……ふふ、興味深いわ」

「…………」

「人間の男にも若干飽きが来てたところだし……ふふふ、今夜あたりにでも……」

「やめたほうがいい」

「……タバサ?」

「あの男だけは、やめたほうがいい」

「……珍しいじゃない、あんたが男の趣味に口を出すなんて。……まさかとは思うけどあんた彼を」

「違う」

「…………ふぅん」

「……とにかく、忠告はした」

「えぇ、ありがたく受け取っておくわ」

「……図書館によってから、帰る」

「うん、わかったわ。じゃね~」

「……また」

「…………ふぅ」

 

 

 

 

「何を隠してるか知らないけど、関係ないわ。手を出すなって言われて素直に引くような女じゃないわよ、私。……ツェルプストーの名に懸けて、必ずモノにしてやるわ……アイ。……フフフフフ!!」

 

 

 

 

 

 

「なんか存在しないはずの寒気がする」

「……ヴェルダンデ!!アイ君を抱擁するんだッ!!」

「うおモグラ!?……あ」

「どうだい?」

「もふもふで……いいっすね……」

「だろう~~~~~?あ、せっかくだから僕も……」

「「もふもふ~~~!!」」

「ひっどい絵面だわ……」

 

 

 晴天からから春の日、Ai(アイ)とその仲間たちの運命は、ゆっくりと動き始める。

 ……かもしんない。もふもふ。

 

 

 

 

 



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幕-Ai……①

「―――とまぁそういうわけでぇ、ボクモンスター召喚するの得意なんでしゅ☆」

 

 ここはどこだって?

 女の子のお部屋!!キャッ!!

 

「はぁ……それは、なんとも」

「なんだか、頭が痛くなってきましたわ……」

「……ふむ」

 

 それって本当!?……ウ・ソ☆

 

「真面目に説明しなさいよ!!」

「っだい!?」

 

 残念!!学院長サンのお部屋でした!!

 冗談はさておき、なんかさっきの決闘のこれやそれやとか、オレ自身のあれやどれやについて知りたいんだって。

 はー……ぶっちゃけすげーーめんどくさい。

 ……イグニスと人間の戦争に関するもの以外、もう洗いざらい話したしな。帰りたい。

 

「なんだかとても複雑な状況なんですね……アイさん……」

「同胞もなくたった一人で見知らぬ世界に召喚されて……うぅ……僕だったら寂しくて途方に暮れてしまうよ……」

 

 オレとご主人タマのルイズはもちろん、ギーシュとシエスタも巻き込まれ。

 こいつらにも悪いしさー、帰ろーよん!

 

「……ミス・ヴァリエール。使い魔の扱いは慎重にすべきですよ」

「そうだぞー!!AIは優しくしないと死んじゃうんだぞーー!!」

「うっさい!!この程度で死ぬなら決闘の時に死にまくりじゃないの!!」

「……しーん」

「自分で言ってんじゃないわよ……」

「ふほほ」

 

 おじいちゃん笑ってんじゃねーよ!!

 オレは落語家か!!

 

「オールド・オスマン……笑ってないであなたも止めてくださいよ」

「まぁよいではないか。見たところ険悪な仲でもなし、ちょっとしたじゃれ合いじゃろうて」

「じゃ、じゃれ合ってなんかいません!!」

「おじいちゃん目が腐ってんの?眼科行った方がいいぞ?」

「失礼な口利くんじゃないの!」

「顔はやめて!!」

「もう!ばか!!」

「(口では怒っておるが……楽しんでおるのが顔に出ておる。内心はこの使い魔との触れ合いを喜んでおる証拠じゃな。……あのヴァリエールの三女がのう。よほどこの者が気に入っていると見える)」

「バカって言った方がバカなんだぞう!!」

「じゃあ結局あんたもばかね!ばーーか!!」

「なんだとこのバ……はっ!!」

「……なによ?」

「これは……無限ループ!!」

「だからなんだってのよ!!」

「あいだい!?」

「ほっほっほ!」

「(よきかなよきかな。これでこの子の進路にも光明が見えてきた。肩の荷が一つ下りた心地じゃの)」

「――こほん!!」

 

 メガネのおねーさん咳払いで、カオスを極めそうだった部屋の空気は落ち着きを取り戻した。

 おねーさんの視線がオッサンを差し、おねーさんの意図をくみ取ったオッサンはおずおずと話し始めた。

 

「ミスタ・コルベール、よろしくお願いします」

「では、今アイ君が話してくれたことをまとめましょうか」

「お、オナシャス」

「君は『エーアイ』という意思を持ったゴーレムような種族であり、ミス・ヴァリエールに召喚される前は『ニホン』という異世界で暮らしていて……」

「へぇ」

「そして君がミスタ・グラモンとの決闘で見せた魔法……のような技は、君が元いた世界で流行していたカードゲームを再現したもの、と……こういう理解でいいかな?」

「へぇへぇ」

「……(適当に返事してんじゃないわよ!)」

「「「……はぁ」」」

 

 爺さんとその秘書っぽいメガネのおねーさん、そしてルイズに召喚された時にも見たメガネのオッサンは揃ってため息をついた。

 

「――あの、すみません。一つ質問が」

「はい?」

 

 床に座り込み、さっきご主人タマに蹴られたスネを撫でていると、メガネのおねーさんから質問。

 なんじゃろなったらなんじゃろな。

 

「『エーアイ』についてですが、今ミスタ・コルベールに説明していただいたように『意思を持ったゴーレムのようなもの』として定義するのでしたら……我々メイジの操るゴーレムにも、意思を持たせることは可能なのでしょうか?」

 

 あー……想像以上にヘビーなやつ来たな……

 

「ふむ……」

 

 ご主人タマもギーシュも気になってるみたいで、視線をオレに注がせる。

 

「ゴーレムに意思を持たせる方法ねぇ……」

 

 期待されんのはまぁ悪くない。

 

 ――でもな。

 

「いやぁ流石のオレでもそこまでは知らないっすよー!」

 

 言えねぇ。

 こればっかりは、言えねぇ。

 

「とすると……あなたはご自分がどのようにして意思を得たのかもご存じでない?」

「まぁな。ふと気が付いたら……オレはオレとして、オレをやってたね」

「……そうですか。失礼いたしました」

「いやいやぁ……あ、その代わりといっちゃぁなんだけど」

「はい?」

「見たい?モンスター召喚するとこ!」

 

 デュエルディスクにデッキをセット。

 簡易VR空間が展開され、部屋全体を覆っていく。

 

「おぉ!!」

「これは、すごい……」

「へへへ、すごいのはこっからだぜ!!」

 

 デッキから手札五枚をドロー。

 

「《ドンヨリボー@イグニスター》を召喚!!」

<ドヨヨ…>

 

 そしてプレートが展開されていることを確認し、中央のモンスターゾーンにカードを置いた。

 

「わぁ……!」

「初めて見る使い魔だね!」

「こいつは《ドンヨリボー》。さっきのデュエルで召喚した《ドヨン》……の弟的存在でな。……そういやこれが初召喚か」

「あら、そうなの?」

「おう。こいつの効果はフィールド、もとい召喚された状態だと使えないのさ」

 

 《ドンヨリボー》の効果は大まかに言うと、

 『手札から捨てて《@イグニスター》の受ける戦闘ダメージを無効にする』

 『墓地のこのカードを除外して《@イグニスター》か《Ai》カードによる効果ダメージを倍にする』の二つ。

 

「だからこいつ自身を召喚する機会は滅多になくってよ。でもその分こいつの存在を気取られづらいから、相手の不意を突いたりできるんだ」

「ふむ……つまりは自分が受ける痛みをゼロにし、さらには敵に与える痛みを倍にする能力を持っているということですか」

「しかもそれを不意打ちできるのね。……見た目のわりにえげつないわねその子」

 

 なにやら気恥ずかしそうにもじもじと手を揺らす《ドンヨリボー》。

 照れてんのか?

 へへ、可愛い奴だぜ。

 

「んじゃこっからさらに……開け!闇を導くサーキット!!」

「おぉ!」

「召喚条件は『レベル4以下のサイバース族モンスター1体』!!オレはレベル1の《ドンヨリボー》をリンクマーカーにセット!!」

 

 部屋の天井にサーキットを出現させ、紫の矢風となった《ドンヨリボー》を斜め左下のマーカーにセットする。

 

「リンク召喚!!」

 

 そしてサーキットの光の中から現れたるは、もちろんこいつ!!

 

「来い!《リングリボー》!!」

<グリグリングー!>

 

 ポップでキュートなまぁるいフォルム。

 相棒に託したかつての友達、《リンクリボー》。

 その生き別れの兄弟……てな設定で生み出した、オレのデッキで唯一の《@イグニスター》に属さない純粋なサイバースモンスター。

 それがこの《リングリボー》だ。ちなみに中で暮らせたりする。

 

「ほほぉ!使い魔を別の使い魔に!!……これはたまげた!!」

「《リングリボー》さん……わぁ、とても可愛らしい!」

「生意気な目つきね……なんだか誰かさんにそっくりだわ」

<グリリー!>

 

 なにやら若いお嬢様方から中々の高評価を得ている《リングリボー》くん。

 嬉しそうに空中で一回転とかわいさアピールに磨きがかかっている。

 ……ていうかなんか、オレのモンスターたちにどことなく意思を感じるのは気のせいか??

 

「この子も新しく見るね。どんな能力を持っているんだい?」

「こいつはトラップを無効にして除外できる。魔法っぽく言うと、罠の発動をなかったことにできるってとこだな」

「おぉ!それはなんとも素晴らしい!!」

 

 オッサンはじめ、センセー方からの高評価もちゃっかり。

 色んな意味で侮れないのぞ、リンク1ってね。

 

<グリ!>

「おん?」

 

 感心していると、なにやら《リングリボー》が周囲を見渡し始め……

 

<グリグリングー!>

「え?……きゃあぁあ!?」

「ほぉおおお!?」

 

 突然、メガネのおねーさんのスカートの中に潜り込んだ……だとぉ!?

 

「どういうことだい!?」

「ちょ、あんた何やらせてんのよ!?」

「いやオレなんも言ってねーし!!」

「じゃぁなんなのよ!!」

「……待て」

 

 《リングリボー》の行動の意味に思考を巡らせる。

 あいつの効果は『トラップの無効化』。ならあいつの奇行はそのアイデンティティに則ったモノのはず……ならば。

 

「……多分、何か"罠"でも見つけたんじゃねーの?」

「ミス・ロングビルのスカートの中に?」

「(ぎくり)」

「そうとしか思えねぇ」

「あ、ちょ、くすぐっ、やめ……て、ったらぁ……!!」

<グリリ!>

 

 と、どうやら"罠"が見つかったようだ。

 なにかを尻尾で捕縛して……あれは……

 

「ネズミ?」

 

 どこにでもいそうな普通のネズミ……でもないよう。

 そのネズミを見た瞬間、センセー方の顔があっというまに真っ青になった。

 

「『モートソグニル』…………!!」

「え、なに?誰かのペット?」

「オールド・オスマンの使い魔よ!」

「はぁ!?」

 

 え、ネズミが!?

 あのおじいちゃんの!?マジで!?

 

「…………また、ですか」

「いや、あの、その、これは罠なんじゃ!!どこかに賊が忍び込んでいてもすぐにワシの"眼"に入るよう監視に出させておいたんじゃよ!!……なぁモートソグニル?」

 

 ちゅーと鳴くモートソグニルくん。

 いやだからってなんで女教師のスカートの中に……

 

「うわ、生盗撮とか……ガチのセクハラじゃん」

「ち、ちちちち違ーーう!!監視の為って言ったじゃろーが!!」

「私の下着のですか?」

「そう!!……いや違う!!」

「あなたって人は…………!!!」

「あ、ちょ、待ちなしゃい!!」

「すまないみんな、今日はもういいから……」

「はい」

「はい」

「はい」

「じゃ」

「あ、き、君たちーー!!」

「許さーーーーん!!!」

「ぎゃーーーーー!?」

 

 ネズミは返してあげました。ちゃんちゃん

 

 

 



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幕-Ai……②

 

 

 

 

 

 

 部屋に帰ってからしばらく―――――。

 

「ちびっこ6体の効果はざっくり言うと……《ドヨン》が墓地からモンスターを回収、《ピカリ》がデッキから魔法か罠を一枚手札に、《アチチ》が―――」

 

 私はAi(アイ)の持っているカード一枚一枚の能力について、説明を受けていた。

 

「あら?水色のが一枚だけあるわね」

「あぁ、こいつは『儀式モンスター』つってな。儀式魔法カードで特殊召喚する特別強力なモンスターなのよ」

「儀式!わかりやすく特別感があるわね!!……てことはかなり強いの?」

「そりゃもう。あ、ここらへんのつよつよモンスターたちについてはあとで詳しく説明するから頭の隅っこに置いといてくれ」

「わかったわ」

 

 最初は一人で確認しようとカードを貸してもらったけど……結局どのカードも書かれている文字を全く解読できなかった。全く癪だわ。

 カードを使う度にAi(アイ)が開示していた使い魔の能力が書いてあるって予想は当たってたけど……

 

「……だからなんでこんな複雑な文字を使ってるのよ!!」 

「なんだよ急に」

「何種類あるのよあんたの世界の文字!全っ然覚えられないわ!」

「あぁそういう……えーと常用漢字も含めて、大体二千文字くらいかな!」

「2000?!?!?」

 

 目眩で倒れそうだった。

 

「わはは!初めて日本旅行する外国人みてぇだな!見たことねーけど」

「無理!とてもじゃないけど無理!!!」

「まぁ安心しろよ、日本語が異常なだけで他のとこは三十字前後だから」

「そう……え?

 ちょっと待ちなさい」

「デデン!!!!さてここで問題です!!!」

「待ちなさいよ!!!」

「オレのいた世界に存在が確認されている言語の数。それに一番近い数字は、以下のどれでしょーーか!!!

 ①10

 ②50

 ③100

 ④5000 ……さぁどれ?」

「最後の桁がおかしくない!?!?!?」

 

 こんのバカ使い魔……ニヤニヤしてんじゃないわよ!

 うーん……最後だけ数字が飛び過ぎだし……いや流石に……

 

「……③?」

「ブッブー!!!」

「はぁ!?!?」

「正解は④!!大体7000言語くらいあるらしいぜ!!!」

「…………」

 

 

 ………………

 

 

「…………。」

「もしもぉ~し」

「信じられるかーーーーーッ!!」

「ばいッ!?」

 

 ふッッッざけんじゃないわよ別れすぎでしょ!!??

 なんなのよこいつ……なんでそんなに私をイラつかせたいわけ!?

 

「理不尽だ……」

「あんたが言うな」

 

 ほんっとにこの使い魔は……

 

「……はぁ」 

 

 すごい力を持っているのは確かなのに……

 なんでこんなにも感性が子供っぽいのかしら。

 見た目だけは立派な二枚目なのに。

 

「ねぇ」

「おん?」

「そういえばあんた、何歳なの?」

「何歳……てぇと、造られてからの年数でいいのか?」

「うん。わかる?」

「んーと……」

 

 指を折って数えるAi(アイ)

 ……まさか、今初めて数えてるの?

 

 

「十年……?」

 

 年下じゃないのよ!!

 

「……あ、あははははは!!あんた……あんたそのナリで十歳!?」

「はぁん!?なんだよ文句あんのかよぅ!!」

「や……っ!……っ!」

「ツボりすぎだろ!!」

 

 なるほど……あーー、すごい納得したわ。

 

「どうりで……色々と幼稚なわけだ」

「な、なんだとーー!?」

「あはは、ごめんごめん!私が大人げなかったわね」

「お、おぉぉおめー……このオレ様をそんな生暖かい目で見て……ただで済むと思ってんのかーーん!?」

「まぁまぁ、うふふ」

 

 カードについてはどこへやら。

 使い魔の意外な弱みを見つけて、それがおかしくって。

 

 昨日と今日で意味不明な出来事ばっかりだったけど、でも今は考えることがどうでもよくなっちゃった気分。

 

「笑ってんじゃねーー!!」

 

 今はこのおかしな使い魔で笑っていたい。

 そんな午後だった。

 

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

 

(あぁ……暇だー……)

 

 俺の名は『デルフリンガー』。

 かつての武勇はどこへやら、場末の武器屋で絶賛投げ売り中の……しがない魔剣さぁ。

 

 『ガンダールヴ』の出現を待ちながらあっちへ売られてこっちへ売られて。

 ハルケギニア中をたらい回しにされ続け幾星霜。

 

(毎日毎日、赤っ鼻の店主の野郎が無知な客を騙して笑うのをただ樽の中で眺める日々……最後に振るわれたのって、いつだったかなぁ……)

 

 退屈過ぎて嫌になる。

 ……今日もなんもなさそうだし、寝ちまおうかな……

 

「――さーて、プレゼントプレゼント……と」

「…………」

 

 ……お、ありゃ貴族のガキじゃねぇか。しかも二人。何年ぶりだ?

 

「いらっしゃいませェ~……おや、学院の生徒様でしたか!何をお探しデショ」

「とりあえず、この店で一番大きくて太い剣を持ってきてくれる?」

「へい!……そちらのお嬢さんはなにかお探しですかい?」

「いい。付き添いだけ」

「わかりやした!少々お待ちを!!(……へっへっへ、久々に上等なカモがお出でなすった~~!!)」

 

 あーあ。適当に見た目だけ派手なナマクラを掴ませられるなぁありゃぁ。

 もうこの店も随分長いこと居付いちゃいるが、こういう"常識"を知らねぇいいとこの坊っちゃん嬢ちゃんが欲の突っ張った大人の餌食になってる様は何度見ても居たたまれねーぜ。

 

 ま、これも一つの社会勉強だな。

 

「こちらはどうです?」

「あら、いい金色!!」

「へへ、そりゃもう!なんせかの高名なゲルマニアの錬金魔術師、シュペー卿の鍛えた業物ですんで!!」

「まぁ!故郷の品だなんて、運命を感じるわ!」

「へへ!そりゃどうも!!」

「おいくら?」

「新金貨で三千というところですな!!」

 

 うぉ、強気に出たなぁおい!!

 まぁここんとこ戦争ムードが高まってるっつってやたらに仕入れまくってたし、ここらでまとまった金を……て腹積もりか。セコイ野郎だな。

 

「……ふ~~ん?」

「……どうしやした?」

 

 と、なんだ?妙に探るような目ぇしてんな、あの嬢ちゃん。

 ……おぉ!?

 

「ねぇ……なんだかこの店、暑くなぁい?」

「はわっ!?」

 

 で、でかっっっっ!!??

 

「はぁー……っついわぁ……シャツ、脱いじゃおうかしら……」

「お、お客様……!?」

 

 み、見えちまうぞ!?

 ビーでチクなあれが!!見えちまうぞぅ!?

 

「ところで店主さん?」

「はいぃ!?」

「ごめんなさぁい聞き逃しちゃってぇ……この剣、おいくらだったかしら……?」

「え、えぇとぉ……」

 

 おぉ、おぉおおお!!

 まだ下げられる……だってぇ!!??

 おぅおぅおぅ今ドキのガキは随分育っちまうんだなぁ!?

 びっくりした!!びっっっくりした!!

 

「二千、五百で……」

「五百ね?」

「なばっ!?」

 

 ふ、フトモモもだとぉ~~~!?

 

「…………(うるさいな、ここ)」

 

 な、なんつーことを……胸だけでなく脚までも……!! 

 や、やべぇ……この嬢ちゃん、『女体』っつーこの世で最も恐ろしい"武器"の一つを……完璧に使いこなしてやがるっ!!!!

 

「新金貨で五百……でよかったかしら?」

「は……」

「よかったわよね?」

「はいぃ~~~……」

 

 轟沈!!店主轟沈!!

 もうこの店は終いだな!!ワッハハハハハ!!!こりゃおもしれーや!!ここ数百年で一番痛快だぜ!!

 …………んん?

 

「…………これか」

 

 ……あれ。

 俺、もしかして掴まれてる?

 

「………………」

 

 って誰かと思えばツレの眼鏡娘か。

 随分ボヤっとした娘っこだな。

 ……むむ!?

 待てよこの握り加減……

 

「あら?やっぱりタバサも何か買うの?」

「うん」

 

 わかる……『ガンダールヴ』の剣である俺にゃぁわかるぜ。

 間違いねぇ。この娘っこ、相当な手練れだ。

 それも大抵の戦士が即死しちまうレベルの修羅場を何度もくぐってきてやがる。

 

「これください」

「えぇ!?」

 

 ……ってなんだとぉ!?

 

「そ……それですかい?こう言っちゃぁなんですがそいつはどうしようもないナマクラで……」

 

 おい!!十年来の仲だろうが!!

 ようやく買い手が見つかったのによぉ!!せめて褒めろや!!!

 

「構わない。いくら?」

「えぇっと、新金貨百枚で……」

「じゃ、これと合わせて六百枚ね」

「はい?」

「買ったわ」

 

 マブい嬢ちゃんが早口で値段を確認したかと思えば、『600』と書かれた小切手をぺらりと放る。

 

「じゃ」

「……??」

 

 そしてそのまま、風のように店を出る俺と嬢ちゃん二人。

 

「!!……しまったぁ~~~!!!」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 長年の悪行のツケが回ってきたんだよ。

 

(じゃぁなオヤジ。ま、長生きしろや)

 

「タバサ、ホントにそれでよかったの?」

 

 ……ん?

 

「全体的に錆びついてるし、実戦じゃあんまり役に立ちそうもないけど……」

「別にいい。戦いには使わないから」

「あら、じゃぁ何に使うの?」

 

 なんだなんだ今更返品なんて俺は許さ

 

「彼に逢わせて、反応を見る。――この剣と同じ、意思を持った器物である彼に」

「ウソぉ!?」

 

 ……なんだって?

 

「意思って……まさかその剣って!」

「『インテリジェンスソード』」

 

 ぎくぅッ!!??

 

「喋って」

 

 …………あわわわわ

 

「喋って。一言でいいから」

『……こりゃ、おでれーたな。ハハ……』

「わっ、気持ち悪!!」

『んだとこらぁーー!!』

 

 

 あぁあ……なんつーヤバイ女どもに買われちまったんだ俺は……

 

 

(まだ見ぬ当代の『ガンダールヴ』よぉ!早く迎えに来てくれぇ~~~!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

 

 

「だからぁ!!『時に』って書いてあるのがタイミングを逃す効果で!!『場合に』って書いてあるのが逃がさない効果なんだよ!!」

「……もう一回言ってくれる?」

「もーやだ!!説明やだ!!こういうもんなのーー!!」

「言語の数以前の問題じゃないのよ!?」

 

 

 

 

 

 

 



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幕-Ai……③

 色んな意味で嵐が吹き荒れた今日もようやく更けて、私は泥のようにぐっすりと安眠していた。

 

 ――あ、待って……そんなにがっつかなくてもいいのよ。

 

「う~~~ん…………」

 

 なのになんだかうるさくて、いやな目覚め。

 

「……まだ月が出てるじゃないの」

 

 夜明け前、どころか、まだまだ全然月の光が眩しい。

 どう見ても深夜の時間帯だった。

 

「……またか」

 

 こんな大迷惑なことも、実は今に始まったことではなかった。

 

「ツェルプストーが、また男を連れ込んでるのね……!」

 

 原因は言わずもがな。

 件の隣部屋に住む"キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー"だ。

 二つ名は「微熱」。ゲルマニアからの留学生でクラスメイト。

 

「っっったくあの女はぁ……!」

 

 ツェルプストーとヴァリエールの領地は国境を隔てて隣接しており、その関係で先祖代々様々な因縁がある。……主に恋愛関係で。

 とはいえ、親同士が勝手ににらみ合うだけで私とキュルケに特にそういった因縁があるわけでもなかった。……でもそれは初対面までの話。

 

 あの日、初めて教室で顔を合わせた日から、私たちは互いに互いをこう思ったのだ。

 

『なんか、顔が生意気でムカつく』

 

 それ以来、顔を突き合わせては憎まれ口が飛び交うようになっていた。

 

 それだけ。本当にそれだけの関係なのに。

 部屋が隣同士ってだけでこんないらない迷惑をかけられて……

 

 ホンっっト嫌な女だわ……。

 

 

 ――ちょ、なにすんのよ!

 

 

「やるならせめて静かにや――あら?」

 

 

 ――るせぇ!!神妙にしろ!!

 

 

 …………待って。

 

「この声……!!」

 

 床で寝そべっているはずの、使い魔を見る。

 

「……いない」

 

 ……まさか。

 

Ai(アイ)……!!」

 

 いや、十分あり得ることだった。

 あの男狂いのキュルケが、顔だけは一丁前に整っている私の使い魔に手を出さないはずがない。

 

 そしてキュルケの毒牙に晒されたAi(アイ)が取る行動は――!!

 

「まずい!!」

 

 あれだけ強力な使い魔たちを従えるAi(アイ)が、容赦するはずがない。

 よくて五体満足。悪くて――

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 どんなに嫌いな相手でも、こんな形で死んでほしくはなかった。

 

「早まっちゃダメ、Ai(アイ)ーーっ!!」

 

 自分の物とは思えない力で、隣室のドアを蹴破る。

 

 そして――

 

 

「必殺のぉ~~~~Ai(アイ)ちゃんバスターーーー!!!!!」

「だだだだだだだだだだ!!」

 

 目に入ったのは、Ai(アイ)の左肩に逆さに乗せられ、両足を掴まれ股座を全開にされているという……屈辱的すぎるキュルケの姿だった。

 

「………………なにやってんの?」

Ai(アイ)ちゃんバスター。効果、俺はデュエルに勝利する!」

「ちょ、ホントにシャレにならアァアアアアアアアアアアアアア!!??」

「うるさいからその辺にしときなさいよ」

「ほい」

 

 死に掛けの鶏のようなキュルケの声があまりにもあまりだから、仕方なく解放を提案する。

 不承不承という顔で、Ai(アイ)はなんとかバスターを解いてキュルケをそっと下した。

 

「!?……―――~~~っ!!」

「どんだけ痛いのよ」

「だっっ!!……~~~~~っぁ!??」

「ぶはははははははは!!!バカみてーだなぁ!」

「悪魔かあんたは」

 

 馬鹿笑いする使い魔を窘め、今も痛みでうずくまるキュルケを確認する。

 

「~~~っ……なんでこんなことに……」

 

 いや絶対アンタの自業自得でしょ。

 

「……で、何があったわけ?」

「襲われた」

「襲われた!!」

「一人ずつ説明して!!」

 

 同時に声を上げた両者を目で制し、あんたから話せとAi(アイ)の方を顎で差す。

 

「まずはそう。この建物を探検しようと」

「はいストップ」

 

 しょっぱなから聞き捨てならない発言を聞いてしまった。

 

「ねぇ?」

「なんすか?」

「あんた私の許可なく、勝手に一人で出歩いてたワケ?」

「おう……え、禁止されてたっけ?」

「立場を弁えなさいよーー!!」

「あぼんっ!?」

 

 小気味のいい音が鳴る。

 本当に……こいつは!!

 

「なんだよ立場って!!」

「あんた今日どれだけエラいことしでかしてきたか自覚あるの!?変な連中があんたを攫おうと罠を仕掛けてるかもしれないじゃないの!!危機感が足らなすぎるわ!!」

「はー!んなもん《リングリボー》がいればどーってことないもんねー!!」

「……今の自分の状況見ても同じこと言えるの?」

 

 隣のキュルケを見るAi(アイ)

 

「今日はたまたま引っかかっちゃっただけだし……」

「あんたもう絶対一人での夜間行動禁止!!」

「やだーー!!」

「やだじゃないわよ!!あんたのためなの!!」

「やーーん!」

「ダメ!ダメったらダメ!!」

「(親子みたいな会話ね……)」

「!!……いけないいけない話が逸れてたわ」

 

 いやいや言うAi(アイ)を怒鳴り散らす前に、我に返る。

 なんで私ってこんなに怒りっぽいのかしら……。

 ……エレオノール姉さまの性分が自分の中にも息づいてるのかと思うと寒気がするわね。

 

「……で、そこでなんでこのキュルケの部屋に来ちゃったわけ?」

「ここの外の廊下をブラブラしてたらデカいトカゲを見つけてよ。捕まえようと追っかけてたらここに着いたんだよ」

「トカゲ?」

 

 キュルケの部屋を見回すと、それらしき動物がキュルケの膝元にいた。

 

「この子は……確かキュルケが使い魔として召喚したサラマンダーの……」

「『フレイム』よ」

 

 主人に名を呼ばれたサラマンダー……フレイムは、誇らしそうに口から火を吹く。

 

「どう、チャーミングでしょう?」

「ふーん……『フレイム』ねぇ……」

「……なによ、なんか文句でもあるの?」

「別にぃ」

「……?」

 

 別にキュルケの使い魔なんてどうでもいいけど……またAi(アイ)が瞳に哀しみを浮かべている。

 理由はわからないけど、時々ふとした拍子にこういう眼をして顔を伏せるのだ。

 

「はぁ……眠いし、後は明日にして帰るわよ」

「……ういっす」

 

 Ai(アイ)は気だるげに立ち上がり、横目でキュルケを睨んだ。

 

「…………キュルケっつったか」

「なに?」

Ai(アイ)ちゃんバスターかけて悪かったな。……もう二度と話しかけてくんなよ」

「……なんですって?」

「ほっといてくれっつったんだよ!!」

 

 それからは何も言わず、Ai(アイ)は足はやに部屋を出た。

 

「あ、ちょっと!」

 

 大きな音がした。怒ったAi(アイ)が私の部屋のドアを八つ当たりに閉めたんだろう。

 ……キュルケのため息が聞こえた。

 

「あんたも帰れば?」

「ねぇ、あいつに何言ったのよ」

「はぁ?」

「何か怒らせること言ったんでしょ。じゃなきゃあそこまで突き放すようなこと言わないわよ」

「なんでそんな……あんたの経験談?」

「そ、そんなことないわ!一般論よ!」

「……相変わらずウソが下手ね。はぁーあ、つまんない夜になっちゃったわぁ。……邪魔だから早く出て行きなさいよ」

「うっさいわね。まだ用は済んでないわよ。ほら、心当たりあるんじゃないの?言いなさいよ」

 

 キュルケの憎たらしい口をこれ以上聞きたくはないけど、あいつが怒った理由はどうしても知りたかった。

 そんな思いで見つめていると、キュルケも観念したのか白状した。

 

「そんな大したこと……まぁ、『ルイズなんかに召喚されて、知らない世界に一人ぼっちで寂しそうだから私が慰めてあげる』……って言っただけよ」

 

 …………うーん。

 

「他には?」

「特に何も。ほとんどあいつが喋ってたし。元いた世界じゃ月がどーたら星がどーたら。……私の気も知らないで」

 

 そう言って際どすぎる面積のランジェリー越しに胸を揺らすキュルケ。

 不愉快この上ない姿だった。

 

「はん、ざまぁないわね。あんたのこと女として見てないってことでしょ!」

「主従揃ってムカつくわねあんたたち……もう出ていって!!」

「はいはい」

 

 もう大した話も聞けそうにないし、とっとと帰りましょ。

 

 まったくとんだ夜になったわ。

 

「……あら、寝てる」

 

 癇癪を振り撒いてるのかと思えば、まるで石像のように、Ai(アイ)は眠っていた。

 

「……そういえば、私こいつ自身のこと、全然知らないのよね」

 

 何に笑って喜ぶのか、何に怒って哀しむのか。

 

「特に……何に哀しむのか」

 

 今一番知りたかったのは、それ。

 

「キュルケの部屋出てくときも、今も……なんでそんなに哀しそうなのよ」

 

 こつん、と。

 Ai(アイ)の鼻を指で弾く。

 

「…………明日じゃなくてもいいから、絶対教えなさいよね」

 

 その鼻は、石像のように堅かった。

 

 

 

 



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騙し-Ai……①

「『使い魔の品評会』!?」

「あれ、知らなかったのかい?」

 

 ギーシュとAi(アイ)の決闘から数日たった昼下がり。

 私は土系統の魔法についてギーシュに教わっていた。

 魔法を使えるようになる!とまでは思わないモノのなにかコツくらいは掴んでみせると杖を振るってはみたものの……やっぱりというかなんというか、何度やってもただの爆発にしかならなかった。

 今までずっと出来なかったのだから、突然道が拓けたりはしないと覚悟はしてたけど……やっぱり堪える。

 そんな私を見かねたのか、ギーシュはシエスタを呼んでグラモン家御用達のとっておきの紅茶を振る舞ってくれていた。

 その席でギーシュが使い魔のビッグモールに「あぁヴェルダンデ、今度の品評会で君の美しさをアンリエッタ王女殿下もご理解してくださるだろう……」と呟いたのを聞いてしまい……今に至る。

 

「……忘れてた……」

「ルイズにしては珍しいね」

「ミス・ヴァリエールはここ数日、Ai(アイ)さんのことでだいぶお忙しそうでしたし、無理ないですよ」

「それはそうなんだけど……」

「なんでも最も素晴らしい使い魔を持つメイジには、アンリエッタ王女様自ら褒章を賜与してくださるそうだよ」

「なんですってぇ!?」

「だからほら、見たまえ」

 

 ギーシュがバラを差した方を見ると、キュルケやこの間の儀式で使い魔を召喚したメイジたちが挙って、何やら見世物の練習をしているところだった。

 

「皆さん、はりきっていらっしゃいますね」

「はぁ……あいつをアンリエッタ様にお見せしなきゃならないなんて……」

「何を気に病むんだいルイズ!彼ほど派手な特技を身に付けている使い魔はそうはいないだろう?」

「……問題はそこじゃないのよ」

「というと?」

「あいつが、人を敬った話し方をしてくれると思う?」

「「……あー」」

 

 しくしくとお腹の底が痛むのを感じながら問いかける。

 その一言で、ギーシュとシエスタは納得してくれたようだった。

 

「悪い男ではないんだがねぇ……」

「悪い人ではないんですけど……」

「悲しい評価ね……」

 

 まぁ私もそう思うけど。

 

「あぁでももちろん彼のことは好ましく思っているよ! なんというかね……彼と話しているとこう、十年ほど若返った気分になるね。ただ何も考えず、兄上たちと屋敷の庭を走り回っていた頃のように」

「私もです!故郷の村の小さい子たちと遊んでいる時みたいな気分になります!」

「あ、やっぱりそういう目で見てたのね」

 

 どうやら私の言わんとしたことは十分に二人も認識しているようだ。

 

「あいつ、良くも悪くも子供なのよね……」

「いたずら好きで無邪気で嘘つき……うんうん」

「可愛らしいですよねー」

「え?」

「え?」

「……え?」

 

 ……まぁ可愛いかどうかはさておき。

問題は変わらず、あいつを学院外のやんごとなき御方達の前でどう振舞わせるかなのだった。

 

「いっそのことしゃべらせない、というのはどうかな」

「無理ね無理無理。絶対我慢できないわ」

「きちんと必要性を説明すれば、ちゃんと場に相応しい言葉遣いをしてくれるんじゃ……」

「それは私も考えたけど、やっぱり一から教えるとなると時間が足りないわ。私たち貴族の子供だって、嫌というほど練習して、ここ最近になってようやく自然にできるようになったんですもの」

「いやー、大変だよねぇあれは!」

「(この人は特に大変そうだなぁ……)」

 

 シエスタの生暖かい視線にも気付かず、長々と修行の思い出を語りだすギーシュ。

 

「……そろそろお暇するわね」

「あぁ。ルイズ、次はいつにするんだい?」

「んー……ちょっと例の品評会の準備で忙しくなりそうだし、それが終わって暇になったら集まりましょうか」

「わかったよ」

「じゃぁね。……あ、紅茶ごちそうさま。美味しかったわ」

「うん!それは良かった!!」

 

 笑顔で見送るギーシュとシエスタに別れを告げ、昼寝しているAi(アイ)を起こしに行く。

 

「あら…………?」

 

 いつもの原っぱ、確かにここで寝ていたのを、さっき見たばかりなのに。

 

 Ai(アイ)は、そこにいなかった。

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

「つん、つんつん!!」

「――おぉう!?」

「やっと起きた!!」

「……あぁん?」

 

 気持ちよく昼寝していたっつーのに、気づけばどこかの森の中。

 一体全体何が起こってんだ??

 

「……あれー?」

 

 目の前には謎のマントマン。フードに隠れていて顔のよく見えない、いかにも「怪しんでください」といった風貌だな。

 しかも土地勘も何もあったもんじゃねぇこんな帰り道もわかんねぇ殺風景な場所に連れてこられて……かなりやべぇ状況だぜ。

 

「何モンだこの野郎!!」

 

 シュバっと立って、ビシッと指さす。

 こんな時だ。いつも以上にしっかり決めとかねぇと……状況の優先権はオレが握った!!

 

「お前なんかに名乗る名はないのね……ない!!」

「そうかよ。つーか今噛んだ?」

「だまるのね!!かんでないのね!!……はっ!?」

「……どしたの?」

「やっぱりお前はいけ好かないのね……いけ好かない!!」

 

 なんか知らないうちにめっちゃ敵意向けられてんじゃんオレ。

 つーかどんだけ口調隠したいんだよ。全然隠れてねーんだけど。

 ……まぁいいや。見えてる地雷にツッコむほどオレもバカじゃねぇ。

 

「……もしかして寝てる間にここに連れてきたのか?」

「そうなのね……だ!!」

「むふっ」

「何がおかしいのだ!?」

「……はい、すんません」

 

 ダメだ、笑かそうとしてるとしか思えねぇ……!

 

「で、用は何だよ?オレこう見えて超忙しいんだけど」

「のんきに昼寝してたくせに……まぁいいのn……だ」

 

 お、我慢できたな。偉い偉い。

 

「お前に聞きたいことがある……のだ」

「へぇーえ。オレの何が知りたいわけ?」

 

 とりあえず、話だけは合わせとくか。

 

 

 

 

「――お前は、人間をどう思うのだ?」

「大嫌いだ」

 

 

 

「……意外なのだ」

「そうか?」

 

 まぁちょっと答えが質問に被せ気味だったかもしれない。

 

「あんなにいつも人間と一緒にいるのに、か?」

「そりゃあ、あいつらのことは好きだからな」

「……????」

「なんで頭捻ってるんだよ」

「人間が嫌いなのに……人間は好きなのか……??」

 

 あー、そういうことね。

 

「オレが嫌いなのは『集団、種族としての人間』だよ。……目的は立派なのに大したシミュレーション、予測もしないうちに実行して失敗したり、間違ってると分かってるのにアホな多数派の圧力に負けてアホなことしたり……戦争とかなんやらで無意味に同じ人間を殺し続けたり、そういう欠点を欠点のままにしてる『人間』だ」

「……それはわかる」

「でもよ、そんな人間の中にも、たまにいるんだよ」

 

 

 ――人は強くなる。その過程で争いを生むかも知れない。

 だがそうなったとしても戦い続けるしかないんだ。

 答えは無くとも、繋がり続ける為に……!!

 

 ――誇り高く最後まで戦いなさい、Ai(アイ)

 あんたはこの、『ゼロ』のルイズの使い魔なんだから!!

 

 

「自分を変えて、周りのみんなも変えていく……超カッコいいって思えるヤツがさ!集団の中でも埋もれねぇ、そんなキラッキラしてるカッコいいやつらがいるんだよ!!」

「きゅい!?」

「大好きなんだ!愛してるよ!!」

「……あ、愛?」

「おう!だからオレは、そんなスゲーやつらのいる人間全体の味方でありたいんだ!!」

 

 傍にいたい。愛したい。

 

「わかるか!?オレのこのビッグな愛!!」

「むぅ~……なんだか話が大きすぎるのだ。煙に巻こうとしてるのか?」

「そんなんじゃねーよ本心だ!!」

「きゅいぃ……わからん」

「その証拠に……オレの名前、Ai(アイ)っていうんだ。人を愛するって意味で、Ai(アイ)なんだよ!!オレの一番好きな人間が付けてくれた名前だ!!スゲーだろ!!」

 

 わっははは!!と大笑い。

 やっぱり、何度言っても誇らしいよな。オレのこの『Ai(アイ)』って名前は。

 

「……なるほどなのだ」

「おぉ!納得してくれたか!!」

「うん」

 

 なんだよ意外と話の分かるやつじゃ……

 

「お前、要するにお人好しなのね!!」

「……はぁ!?」

 

 なかった。

 

「なんか黒いし自分のご主人様を裏切る気満々の頭の切れる悪いヤツだと思ってたのね!!なのに全然無害なのね!!やっぱりあいつが勝手に敵視してただけだったのね……」

「偏見が過ぎるだろ!!色で性格を判断してんじゃねーよ!!つーか口調隠れてねーぞ!!」

「……なんかめんどくさいからもういいのね」

「適当すぎるだろ!!」

 

 オレが言うのもなんだけど!!

 

「なんでそんなに人間が好きなのかはイマイチわかんなかったけど……悪いヤツじゃないみたいなのはよくわかったのね、だから今日はもうカンベンしてやるのね!!」

「ふざけんな!!」

 

 勝手にこんな知らん場所に連れてきて評価しやがって!!

 この大迷惑野郎!!

 

「大体お前何者なんだよ!!オレは名乗ったぞ!!お前も名乗りやがれ!!」

「わかったから静かにするのね」

 

 目の前のあんちくしょうがフードを外す。

 そして露わになった素顔は、さっきから聞いていた子供のように高い声とマッチするような、まぁ可愛らしい女の子のそれだった。

 

「ホントはやだけど名乗ってやるのね。名前は『イルククゥ』!!よーく覚えておくのね!!」

 

 えっへん、とそのやたらアピってくるドデカいおテェストを張りながら、鼻を鳴らすイルククゥちゃん。

 普通にイラつく。

 

「さっきから聞いてりゃ……まさかお前も、オレと同じ人間じゃないヒト型の異種族ってやつか?」

「くわしくは言えないのね。でもそういうことでいいのね」

「そうかい……ていうか、もしかしてオレお前に会ったことある?なんでそこまで一方的にオレのこと知ってんだ?」

「それはもちろん、あの時の決闘を見てたからなのね!!」

「あぁそういうこと……で、なに?結局お前はオレの人間への感情を知りたいがために、寝てるオレをこんな人気のない森に連れてきたってことか?」

「そうなのね」

 

 ……こいつ……かわいい顔じゃなかったら一発ぶん殴ってたところだぜ……

 

「イルククゥもその、ちび……人間と色々あって」

「……ふん?」

「境遇の近いお前と、お話したかったのね……」

「だったら普通に話しかけて来いよ。ったく、せっかく気持ちよく昼寝してたってのにさ」

「それはごめんなさいなのね。イルククゥもお昼寝は大好きなのね……でも本当の姿でお前とあそこで話すのはいやだったのね」

「なんでだよ」

「正体を知られたくなかったのね。『あの姿』のまま今みたいにペラペラしゃべるとす~っごくめんどくさいことになるのね」

「ふーん。だったらオレもこれ以上詮索はしねぇよ。面倒ごとが嫌いなのはオレも同じだからな」

「助かるのね!やっぱりお前はいい奴なのね!!」

「るせぇ。……しっかし真の姿があるのかぁ。オレと同じだな」

「そうなのね!?」

「おう、見せてやりたいところだが……生憎今は世界観的になれなくてな……残念だぜ」

「きゅい……お気の毒なのね」

 

 ……大概こいつも結構なお人好しじゃねーかな。

 

「あ!でもお前をここに連れてきたのにはもう一つ理由がのね!!」

「え、そうなの?」

「きゅい!実は……折り入ってお願いがあるのね……」

 

 うーん、お願いねぇ……まぁなんだかんだ言ってオレのこと結構頼ってるみたいだし、ここは快く引き受けてやってもいいかな。

 

「いいぜ、このAi(アイ)ちゃんにお任せあれ!!」

 

 どーんと胸を叩いて頼れるAIアピール。

 そんなオレの兄貴っぷりにイルククゥは目を輝かせた。

 さーて、一体どんな依頼が……

 

「お前のドラゴンを、見せてほしいのね!!」

 

 ……んん?

 

「え、ドラゴン??」

「きゅいきゅい!!」

「ドラゴン……あぁ!!」

 

 ガッテンガッテン。

 オレはデュエルディスクにデッキをセットした。

 

「――オレはレベル4になった《ブルル》と《ピカリ》でオーバーレイ!!」

「おぉ!!」

「怪力乱神!驚天動地!!その力、今こそ再び……久遠の慟哭から目覚めよ!!」

「きた~~~!!」

 

 デュエルじゃないけどせっかく盛り上がってくれてるので、口上付きでど派手に召喚。

 オレのドラゴンといえば、こいつしかいないよな!

 

「エクシーズ召喚!!来い、ランク4!!《ライトドラゴン@イグニスター》!!」

「きゅあ~~~~~!!!!」

 

 ライトドラゴンが雷をバリバリ言わせてる横で黄色い声を上げるイルククゥちゃん。

 その姿はまるでアイドルのライブで興奮しているファンのよう。

 

「か、か、かこいいの~~~!!」

 

 こいつをデザインしたオレも鼻が高いぜ。

 

「へへーん、どうよこの滑らかなボデー!!攻撃力もお高く止まって2300!!」

「強そ~なの~~!!」

「効果は汎用性ばっちりの対象を取らない破壊効果に破壊無効効果!!さらにさらにぃ!味方のモンスターが戦闘ダメージを与えると、なななんと!!墓地のリンクモンスターを復活させることもできちゃうんです!!」

「よくわかんないけどすごいの~~~!!」

「そしてなにより……イラストアドが高い!!」

「ふんふんふんふん!!」

「これでどうだーー!!」

「しゃぁわせ……なの……がく」

 

 すっかりライトドラゴンの魅力にメロメロメロンなイルククゥ。

 しっかしドラゴン萌えとは中々キマッてるご趣味をお持ちのようで……侮りがたし、異世界。

 

「……っておーい、起きろー」

「はぅん」

 

 ほっぺたをぺしぺし、目ん玉をハートにしたまま寝てるイルククゥを起こそうとするもどことなくやらしい声を上げるばかりで起きる気配がない。

 

「いやちょっとお嬢さん?あんたが起きないとオレ帰り道わかんないんだけど?ちょっと?」

「うぅ~ん……うるさいのぉちびすけぇ……」

「誰がちびすけだコラぁ!!」

 

 もうしょうがないので、肩を揺すって起こすことにした。

 

「起きろ~~~~~~!!」

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

 忘れもしない。あの時消えてしまった……

 

 

「!!……そちらの方、ご気分でも悪いのでしょうか!?」

「…………………」

「お待ちください!今魔法で……!!」

 

 

 かつての仲間の声を、オレは聞いたんだ。

 

 

「うぅ~ん……きゅい?」

「よかった!お目覚めになられたのですね!」

「…………あんたは」

「っ!!……す、すみません!!私今は急いでますので……それでは!」

「――待ってくれ!!」

「きゃっ!!」

「あんた……」

「あ、あの……」

 

 

 

 ――Ai(アイ)、あなたが最後の希望です。頼みましたよ。

 

 

 

「一体何を……」

 

 

 

 その腕を、掴んでしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………アクア?」

 

 

 

 



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騙し-Ai……②

 

 

 Ai(アイ)がいなくなってから、二日が経った。

 

「…………」

 

 あの日の茶会の後、私はギーシュとシエスタ、ミスタ・コルベール、それに多くの使用人たちも巻き込んで、昼寝していたはずのあいつをずっと探しまわっていた。

 シエスタが言うには、数日前から使用人たちの仕事場に現れては勝手に仕事を手伝っていたようで……話も面白いしよく働いてくれると、使用人たちは随分とあいつを慕っていた。

 唯一手掛かりと思えたあいつが消えたのと同じ時間に消えたらしいタバサの使い魔の話も、当のタバサが何故か口を噤んで聞き出せず。

 他に手掛かりと言えそうな話もなく、結局今日まであいつのことは見つからなかった。

 

 しかもそんなときに限って、あのアンリエッタ姫殿下がこの学院を訪問なされたのだから……もう!!

 

「うがぁ~~~!!!」

 

 あいつが見つからない苛立ちとアンリエッタ様のご尊顔を拝せた嬉しさの板挟みで、今にも体が弾け飛びそうで仕方なかった。

 

「あいつぅ~~~!!戻ってきたら絶ッッッ対シバきたおしてやるぅ~~~~!!!」

 

 ベッドの上で死にかけの虫のようにジタバタと藻掻き感情を鎮めようとしても、どうにもこうにも納まらない。

 

 ――こうなれば、姫様が学院に降り立った瞬間を思い出すしかない。

 

「姫様……」

 

 あの瞬間は私たちみんな心を一つにして、姫様のあまりの美しさにときめきの声を上げていた。

 

 最後の別れから数年。姫様の美しさはやはり私の矮小な想像力では収まらなかった。

 女性的シンボルの全てが黄金比に整ったスタイル。女神の生まれ変わりかと思うほどに慈愛に満ちた笑顔。そよ風よりも柔らかく揺れる白い手。

 

 まさに王女の中の王女。この世の全てを詰め込んだように、姫様は完璧な成長を遂げられていた。

 

「にへへ……」

 

 そんな姫様が私に、目を合わせてくださったのよ!!

 私を見て、姫様が笑ったのよ!!

 

「わたしのこと、覚えていてくださった……」

 

 あぁ……なんか色んな悩みがどうでも良くなってきたわ……

 私なんかが気に病むことなんて、姫様の美しさの前では些事も些事……

 

Ai(アイ)もそう思うで……」

 

 それを言いかけた瞬間、昇華しかけていた意識が肉体に戻った。

 

「………………」

 

 ……なによ。なんでよ。

 

「なんでこんな時にいないのよ……一人で盛り上がっても、つまんないじゃない……」

 

 窓の外を無心で見つめる。

 待ち望んでいたはずの今日という日の空は、もうとっくに宵の色に染まっていた。

 

「……静かね」

 

 静寂の中で床に就こうとした瞬間。

 

 こんこんと。ドアを叩く音が耳朶を打った。

 

「誰よこんな時間に」

 

 恐る恐るドアに近づき、そっと開く。

 

「――きゃ!」

 

 と、ドアの隙間からまるで狩人から逃げ出す鹿のように素早い動きで、謎の客は私の部屋に侵入した。

 

「ちょ、ちょっと……あんた誰よ!?」

 

 爆発力だけは折り紙つきの私の杖を向け、変質者を威嚇する。

 ……が。

 

「夜分失礼いたします」

 

 その変質者から聞こえた、小川のせせらぎのように透明感のある、声。

 

「まさか……」

 

 その声は。

 

「久しぶりですね……ルイズ・フランソワーズ!!」

 

 紛れもなく、アンリエッタ姫殿下その人のものだった。

 

「姫様……!!!」

 

 瞳を潤ませながら、抱き合う私と姫様。

 

「あぁ、ルイズ、ルイズ!!……懐かしいルイズ!!」

「ひ、姫殿下!いけません!!このような下賤な場所へお一人でいらっしゃるなんて!!」

「ごめんなさい。だって、こうしてまたあなたに遭えるのが嬉しくって……」

 

 水晶のようにきらきらと輝く瞳を潤ませながら、姫様は私を見つめている。

 

 そんな瞳も、髪の色も昔のまま。互いの目線の位置は少しだけズレてしまったけど、お声から感じられる姫様の清らかなお心の色は、ちっとも変っていなかった。

 

「そんな、謝らないでください!!私も姫様とこうしてお逢いできて……あ、も、申し訳ございません!!このような格好で……」

 

 本来なら相応しい礼服でお出迎えしなければいけないところなのに、こんな緊張感の欠片もない寝間姿。

 羞恥で自分の頬が熱くなる。

 

「いいのですよそんな。私の方から勝手に来てしまったのですから。……それに、昔はよく一緒のベッドで寝ていたでしょう?今更何を気にするというのですか」

「で、ですが……」

「ふふふ」

 

 あぁ、やっぱり姫様は、昔の姫様のままだ。

 姫様の優しい笑顔は、いつだって淀んだ私の心に光を満たしてくれる。

 こんなに幸せな時間は、一体いつ以来だろう。

 

「……ルイズ」

「姫様……」

 

 この瞬間が永遠になればいいのに。

 姫様の瞳を見つめながら、そう思った。

 

 

 

 

「あのー!!そろそろいっすかねー!!!」

 

 

 

 

「!!!!!?????」

 

 突然の大声に、背筋に稲妻が走った。

 

「誰!?」

 

 どこか聞き覚えのあるような。

 でも、初めて聞くような声。

 

「――あ、いけない!」

 

 同じく声に反応した姫様がドアの方へ小走りし「ごめんなさい大丈夫です!」と呟いて、開けた。

 

 

 

 

「まったくもーヒメ様よー。放置プレイは趣味じゃないんですぜー?」

「久しぶりにルイズに逢えてつい舞い上がっちゃって……」

 

 

 

 姫様に、恐れ多くもあのアンリエッタ姫殿下に、ぶしつけな態度で小言を言いながら私の部屋に入ってきたのは。

 

 

 

「……会いたかったぜご主人タマ~~~!!!」

 

 

 どこかで見たような、謎の可愛らしい黒い小人を抱いた姫様だった。

 

 

「えぇえええ!!??」

「なんで逃げんだよぉ!?」

 

 思わず窓に手がつく位置まで走ってしまった。

 

「な、なによあんたぁ!!小人に知り合いなんていないわよ!!」

「オレだよオレ!!見てわかんねーのかよ!!ほら!!このぷりちーなフォルム!!見覚えがあるだろ!?」

「はぁ!?」

 

 そう言われて、よくよく小人に目を凝らす。

 

「ルイズ、あのね、この方はあなたの……」

「しっ!!甘やかしちゃダメっス!!」

「もう、意地悪ですね」

 

 あの面妖な姿……確かにどこかで見た覚えがある。

 うーん……どこだったかしら……ここ最近のはずなんだけど……

 

「ん?」

 

 ふと、視線が滑って姫様が小人を抱きかかえている部分を見た。

 

「あれって確か……」

 

 確か、この前の決闘の時……あいつがカードを置いたり離したりしてた……

 

「デュエルディスク……!!」

 

 それを認知した瞬間。

 この状況の全てが理解できた。

 

「ね、ねぇ……」

「お、気付いた?気付いた!?」

「まさかとは思うんだけど……」

 

 この幼稚な生意気な可愛らしい小人、見覚えがあると思ったら……そうよ、間違いない。

 あいつが使っていたカードに描かれていた、あの!!

 でも、まさか……

 

 

 自分の姿をカードにするだなんてこと……

 

 

 

 

 

「あんた、Ai(アイ)なの……?」

「……おう!!!!」 

 

 

 そして。

 

 私の中でパンパンに膨らんでいた何かは、盛大に破裂した。

 

 

 

「ふざけんなーーーーー!」

「ぱぴぷぺぽ!?」

 

 大バカバカバカ使い魔を、デュエルディスクごとベッドに叩きつける。

 

「ふん!!」

 

 あ、なんかすごいスッキリしたわね。

 モヤモヤしていたのが一瞬で晴れていくわ。

 ……なんか人間としてダメになっているような気がしないでもないけれど……別にいいわよね。

 だってAi(アイ)だし。

 

「きゃーー!?Ai(アイ)さん!!」

「姫様!?」

 

 なんと意外なことに、姫様はベッドに沈んだバカ使い魔を慌てて拾い上げた。

 

Ai(アイ)さん、大丈夫ですか!?」

「むきゅぅ……いつものことなんで問題ないッス……」

「もうルイズ!!使い魔への仕打ちと言えど、優しくしないとダメですよ!!」

「は…………はい……?」

 

 あまりに予想外なことに、口角がひくつく。

 どうしてあの姫様が、Ai(アイ)に対しこうも優しく愛でるように接しているのだろう。

 

「あ、あの、姫様……そこのAi(アイ)と一体なにが……」

「そうでした!実は……」

「あー、お待ちくだせぇヒメ様、オレから説明しますんで」

「は、はい」

 

 どうして私の前から姿を消したのか。

 どうしてアンリエッタ姫殿下と親し気なのか。

 どうしてこんなにちっちゃくなってしまったのか。

 

 ―――――Ai(アイ)の口から、その詳細が語られ始めた。

 

 



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騙し-Ai……③

本話の前に《騙し-Ai……①》をお読みいただくことをお勧めします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの……すみません、失礼ですが人違いでございます』

 

 

 

 

 

『申し遅れました。私はアンリエッタ・ド・トリステイン。このトリステイン王国の王女でございます』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし……!!もし……!!大丈夫ですか!?」

 

 あぁ、なんということでしょう!!

 使い魔の品評会の準備に魔法学院へ向かう道すがら、人気のない茂みで花を摘んだ帰り道。

 お倒れになっている女性とその方を介抱する男性を見かけ、放っておけずお声掛けしたところ。

 

 女性の方は大事無かったのに、今度は男性の方がお倒れになってしまいました……!!

 

「(お、王女!?……や、やばいのね!逃げるのねーー!!)」

「あ、もし、お待ちくださーーい!!」

 

 あぁ……お連れの方は全速力で走り去ってしまいました……詳しい事情をお聞きしたいのに!!

 

「……致し方ありませんね」

 

 男性を仰向けにし、そっと杖をかざします。

 そして先ほどのように気付けの魔法をこの男性にかけます。

 

 ……立場上多くの人間を待たせている身、長い時間をここで過ごすことは許されません。

 

 ですが、王女である前に私は一人の人間。

 目の前で倒れた人を見過ごすことはできません!

 

 

 

 

 

 

「どう、して……?」

 

 ――しかし。

 

 私の魔法は、一切その効果を認められませんでした。

 

「なんで……さっきはできたのに……!!」

 

 他の覚えている限りの治癒系魔法を行使する。

 

「…………だめ……なの?」

 

 結果は同じだった。

 

「まさか……そんなはず!!」

 

 首筋、手首……『命』を感じることができるあらゆる部位に触れ、確かめる。

 

「………………冷……た、い」

 

 認められない。

 いやだ、そんなことは。

 

「……ごめんなさい!!」

 

 最後に、心臓の位置に耳を当て、拍動があることを願い……目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

「なに……これ……」

 

 聞こえた。

 

 『命』があることを確証する拍動が。

 

 ――しかし。

 

 

「こんな音……今まで聞いたこと……」

 

 

 どくん、どくんと、不安な日にベッドの中で響くような心臓の音は聞こえない。

 代わりに聞こえるのは……うぅん、うぅんと、洞穴の奥から聞こえるような弱った獣の唸り声のような音。

 

 それが、一拍のズレもなく一定の間隔で聞こえてくるのでした。

 

 

「………………」

 

 舌下に溜っていたつばを飲み。

 

 目を閉じ、横たわる男性の顔を覗きます。

 

 ウェールズ様程とはいかないまでも、まるで精霊の祝福を得たかのように、整った顔立ちをされています。

 

 

『…………アクア?』

 

 

 倒れる前に見せた最後の顔は……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな情景が浮かぶようでした。

 

 もし、この情景が真実であったのならば……

 

「先ほどの私の言葉は……なんて残酷だったでしょう……」

 

 王女という立場を守るためとはいえ、ただ傷つけるだけの真実をこの方に放ってしまった。

 

 

 

 この方の肉体は、間違いなく人間のモノではないでしょう。

 だからこそ、告げられた言葉の痛みが、彼の目を覚まさせないのかもしれません。

 

 

 

「……この方は……いったい……」

「――アンリエッタ様!!!」

 

 

 茂みの奥から、聞きなれた声がこだまする。

 

「アニエス!」

 

 現れたのは、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。

 少し前に、私がその類まれな身体能力と忠誠心を見込んでトリステイン銃士隊隊長に任命した元平民の女性で、『メイジ殺し』の異名でトリステインのメイジに恐れぬ者なしと言わしめた、卓越した銃と剣の達人でもあります。

 

「護衛もつけずにこんな森で!何のために我ら銃士隊がいるとお思いですか!!いつまでもお戻りにならないからどうしたのかと皆……その者は?」

「ちょうどよかった!この方を馬車まで運んでちょうだい!」

「な、何をおっしゃられる!!このような不可解極まる者を!!」

「こんな場所で放っておけないわ」

「……お言葉ですが、今の姫様は警戒心に欠けております。ただの行き倒れというには、その者の風貌、あまりにも平民のそれとはかけ離れております。どこぞ知らぬ異国の間諜かもしれません。危険です、早くお下がりください!!」

 

 そんな彼女は、王女である私にも必要以上に遜ることなく諫言してくれます。

 いつもながら感謝に堪えません。

 

「確かに……この方は信ずるに足る者ではないのでしょう。」

「ですから――」

「しかし、それはこの方を見殺しにする理由にはなりません」

 

 でも今回ばかりは引くわけにはいきません。

 だって、私はこの方の生きようとしている意志を信じているから。

 

「姫様!!」

「アニエスの言う通り……いえそれ以上に。もしかしたらこの方は、いずれ私たちに大きな災いを齎すやもしれません。……ですがそのような事態になったとしてもその時にどうにかすればいい話です」

「ご自分のおっしゃられている言葉の意味を理解しているのですか!?」

「わかっています!えぇ、もちろん!!私はなんと無責任な王女でしょう!!」

「……ならば、なぜ」

 

 決まっています。

 

「この方の命の鼓動はまだ止まっていないからです」

 

 たとえそれが……人間の音とは違っても。

 

「その命が……姫様の、我らの国を滅ぼそうとしてもですか?」

「目の前の命を平気で見捨てる人間の治める国など!!滅ぶべくして滅ぶだけです!!」

 

 私は、見捨てたくない。

 この目で、手で、耳で感じたこの命を、見捨てたくはない。

 

 王女として。

 ただの、人間として。

 

「―――――――。」

 

 何を思ったのか、視線を下げるアニエス。

 

「この方についての責任はすべて私が背負います。……責任を取るのが、王族の一番の仕事でしょう?」

「…………それだけの覚悟がお有りなら、もう何も言う事はありません」

「ありがとう!アニエス!!」

「(淑やかに見えて、どうしてこうたまにお転婆が過ぎてしまうのか……全く、放っておけん王女様だ)」

「うぅ……なんてできたおヒメ様だ……!オレは今、モーレツに感動している!!」

「ふっ、そうだな…………ん?」

「あら?」

 

 どこかで聞いたような声が、下の方から聞こえてきました。

 

「こっちこっち」

「こっちってど……」

 

 声のしたのは。

 

「ここだよーん」

「えぇえぇえ!?」

 

 なんと、さっきまで話題にしていたあの人の左腕の……く、黒い小人さん!!??

 

「何者だ貴様ァー!!!!」

「わーーーー!!!!待ってよして怒んないで剣が怖いよぉお!!」

「おぉおおおをお落ち着いてアニエス!!」

「姫様こそ落ち着いてください!!」

「はいぃ!」

 

 あまりに突飛な事態にひっくり返っていた声を戻すよう。何回も深呼吸しました。

 

「あー、えーーと……おヒメ様?」

 

 屈んで小人さんをよくよく見ると、男性の左腕の何か、前腕部だけを覆うガントレットのようななんとも面妖な物体の頂点の部分から上半身だけ出しているようでした。

 

 気になることが本当に目白押しですが……まずは

 

「お名前を聞いてもよろしいですか?」

「オレ様の名はAi(アイ)!人を愛するって意味の、Ai(アイ)だ!!」

Ai(アイ)さんというのですね!覚えやすくて素敵なお名前!!」

「むふふ、だろぉ~~~!!」

 

 そんな私の感想が嬉しかったのか、Ai(アイ)さんは両目と思われる部分にアーチを浮かべて小踊りしました。

 

「まぁ……なんて可愛らしい……」

「おい貴様!!」

「はう!?」

「このお方をどなたと心得る!!このトリステイン王国が王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下に在らせられるぞ!!人でないとしても最低限の礼節を弁えよ!!」

「……そういうあんたは誰ですのよ」

「トリステイン王国銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだ。……イラつかせなければ、呼び方はなんでもいい」

「ほーん、隊長さんね……デクリオンとかケントゥリオンとか、そういうあれか?」

「シュヴァリエだと言ったはずだ」

「よくわかんねーや。『隊長さん』でいい?」

「『さん』はいらん」

「ウィっす!隊長!!」

「…………フン」

 

 Ai(アイ)さん式の敬礼でしょうか……ちっちゃな右手で鉄兜の鎧戸を持ち上げるような可愛らしい仕草です。

 

 と、いけないいけない!!

 ついつい見惚れちゃいましたが、早くAi(アイ)さんがいらっしゃる男性を馬車に運んでなんとか治療を!!

 

「アニエス、今はとにかくこの方を運びましょう!!」

「はい」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

「すみませんAi(アイ)さん、後で説明させてください!!」

「それオレ!!運ぼうとしてんのそれ……オレの抜け殻!!」 

 

 ………………え?

 

「貴様何を戯けたことを!!」

「マジマジ!あーえっとヒメ様……言いそびれてたけど、オレさっきぶっ倒れたこいつの中身っス」

 

 ……なんですって??????

 

「………???????」

「混乱させて悪いっす!!……んー多分なんスけど、まずオレ最初ヒメ様のことアクア、俺の昔の知り合いだと勘違いしてたでしょ」

「は、はい……それを私、何の気なしにこの国の王女だと訂正して……」

「……それで、オレ超ショック受けちゃって」

「ごめんなさい……」

「いやいやいやいやヒメ様なんも悪くないっスから!!」

「当然だ!!」

「ハイソーデスネ!!……んでんで、まーーそれが原因なんかなーー……突然ソルティス、この抜け殻を動かせなくなっちゃったんスよね。なんでかはわかんないっスけど」

「不思議ですね……」

「いやホント。だからまぁあれっス。治療とかそういうのなくて大丈夫っス」

「……!」

 

 よかった……!!

 

「で、どうすっかなーと外の状況とかなんもわかんない中この抜け殻の中で途方に暮れてたら……なんか突然すごい力?湧いてきたんス!!」

「力?」

「そっス。みるみるうちに意識がハッキリしてきたっていうか……『元気』になったんス!!」

「!!」

 

 それって……もしかして、私が掛け続けた治癒系魔法の効力……

 

「で、頑張ってこの腕のデュエルディスクまで移動して……そしたらこの姿に戻れたんス!!」

「……本当に、本当によかったですね!!Ai(アイ)さん!!」

「へへへへ!!」

「……アイ、結局お前はなんという種族だ。さっきからどうにもわからない」

「あー……オレはAI、まぁ新種の動物だとでも思っててくれ」

「エーアイ……」

 

 聞いたことのない種族……これだけ人間と会話が成り立つとなると、どこかのおとぎ話にでも出てきそうですが。

 

「なぜ人間の皮を被っていた?……まさかとは思うが」

「あ、そこは大丈夫。これナマの人間のパーツとか一切使ってないほとんど機械とシリコン……珪素化合物……水晶でできてるから!!」

「「水晶!?!?!?!?!?」」

「そこで驚くの!?」

 

 な、なんという……水晶を使ってここまで人間に似せたものを作れるなんて……とんでもない技術を持った職人がいるものですね。

 

「にわかには信じられん……どこで手に入れたんだこんなもの……」

「こことは違う世界の、日本って国」

「『二ホン』?」

「おう。オレは元々そこにいたんだけど……まぁいろいろあって……ついこの間こっちの世界に使い魔として召喚されちゃってさ」

「使い魔ぁ!?」

「な……!」

 

 見知らぬ世界に一人?で喚ばれて即使い魔にされてしまうだなんて……

 

「お前それは……苦労してるんじゃないか?」

「いやーまぁ確かに最初はどうなることかと思ったけどさぁ……うん。でもオレを召喚したご主人タマがすげぇいい奴でさ!意外と楽しいんだよな!へへへ!」

 

 あれ、とすると……

 

Ai(アイ)さんの主人の方、Ai(アイ)さんがいなくてとても困っていらっしゃるんじゃ……」

「……あ、やッッべ!!そうじゃん!!」

 

 ご自分の今の状況を思い出したのか、Ai(アイ)さんは頭を抑えて取り乱します。

 

「あ、あの!もしかしたらですけど……あなたのご主人はトリステイン魔法学院の生徒さんではありませんか?」

「うお!なんでわかったの?」 

 

 どうやら当たりのようです。

 

「この辺りで最近使い魔を召喚したメイジがいるとしたら、彼らくらいですから」

「あー」

「なんて緊張感のない……」

「へへ、こういう性分なもんで」

「……お前よりお前の主人の方が苦労してそうだな」

「そうだな」

「断言しちゃうんですね……」

「はぁ……まぁいい。お前の主人の名前は?」

「ルイズだ」

「ルイズ!!??」

「うわびっくりした!!」

「あなたの主人の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですか!?」

「あ、そうそう!!確かフルネームはそんな感じで……」

「姫様、その者を知っておられるのですか」

「知ってるも何も!!」

 

 

 この数年間、どんなに会いたいと思っても会えなかった……

 

 

「私のたった一人の幼馴染です!!!」

 

 

 

 

 

 

 もし運命というものがあるとしたら、Ai(アイ)さんとの出会いこそ、そう呼べるでしょうか。

 

 私にとっても、ルイズにとっても。

 

 たとえ―――いつか本当に、災いを呼ぶとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 



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騙し-Ai……④

 

 

 

「――とゆーわけで。ヒメ様のご厚意で馬車に乗せてもらって、こうして帰ってきたわけだ」

 

 そう言って事の経緯を話し終えたAi(アイ)は、まだ見慣れない黒い小人の姿で腕を組んで得意げに頷いている。

 

 それを横目に、私は姫様の方に体を向け、床に膝と額を付けた。

 

「本っっっ当にご迷惑をお掛け致しました!!!!!」

「やだルイズったら!……もう、頭を下げることなんてないのに」

「そういうわけには参りません!!」

 

 このトリステイン王国にただ一人のアンリエッタ姫殿下の御手を、こんな脳天気使い魔に煩わせておいて……あぁぁあああああもう恥ずかしくて恥ずかしくて顔から火が出そう!!

 

 他のメイジは明日の品評会という正当な場でもって姫様に使い魔を拝謁させられるっていうのに……なんでよりにもよって私だけこんな形でぇえええ………!!!

 

「おいおいご主人タマよぉ、なーにカタくなってんだ?幼馴染なんだし肩の力抜いたらいーじゃん」

「あんたが言うな……あんただけは言うな!!」

「あぁん!?つかさっきからオレの扱いひどくない!?いきなり誘拐されて、ようやく今ここに帰還したってのに……うわぁんヒメ様ー!!」

 

 わざとらしい泣き真似。不遜すぎる態度……そういうところよそういうところ……

 

「大丈夫ですよAi(アイ)さん……ルイズも女の子ですから、ちょっと今夜は月の光のせいで怒りっぽいだけですよ」

「姫様!?」

「『月』?」

「聞いてんじゃないわよ!!」

「あ!!……あー……」

「何を察してんのよ!!違うからね!!それ絶対違うからね!!」

 

 二人して笑う姫様とAi(アイ)

 うぅう……なによ、随分仲良くしちゃって……ご主人様の私よりちょっと『距離』が近いんじゃないの……!?

 

Ai(アイ)!!」

「どしたぁ?」

「……おかえり」

「!!」

「ま、まぁ……無事に?

 帰って来て……よかったわ……」

「ご主人タマ……!」

「……ふん!これに懲りたら自分の身はしっかり自分で守りなさいよね!!」

「おう!!」

 

 そう!私がこいつのご主人様よ!

 ちょっと見た目が変ってしまったけど、この主従の繋がりは何も変わらない、変わらないわ!

 

「ふふ……(よほど心配してたのね……もう、素直じゃないんだから)」

 

「ところで元の体はどうしたのよ」

「荷物の一つとして一緒に帰って来たぜ。しかもヒメ様のはからいでここの倉庫に預けてもらっちゃった!」

「そうなのですか?」

「えぇ。Ai(アイ)さんがあの姿に戻る方法が見つかるまでは、衛兵付きのこちらの宝物庫に預けておいたほうが良いと思いまして」

 

 たしかに、姫様のおっしゃる通りだわ。

 動かない体なんて、事情の知らない者が見ればほとんど死体だもの。

 

「なんでも『破壊の杖』とかゆーヤバげなブツを狙う泥棒がいるらしくてな……めっちゃゴツいガードマンがうろうろしてたぜ」

 

 あぁ、そんな話もさっきオールド・オスマンから全生徒に通達が来ていたわね。

 『破壊の杖』……なんでそんな物騒なものが学院に保管されているのかしら?

 

「あ、それでね。ルイズ」

「……は!はい、姫様!」

「実はここに来る道すがら、Ai(アイ)さんからルイズについて色々お話を伺ったの!」

「な……えぇえええ!?」

 

 けたたましい声が喉の奥から響いた。

 

「お、おいヒメ様!!それ言っちゃうのぉ!?」

「そ、そそそそそれはどういった話でしたか!?」

 

 『変なことしゃべってないでしょうね!?』と意思を込めた視線をAi(アイ)に向ける。

 

「しゃべってないしゃべってない!!だから聞かないでぇ!!」

「ふふふふふ」 

 

 下手人はそう言ってるけど……イマイチ信用できない。

 

「それで……その……」

「はい!」

Ai(アイ)は私のことを……なんと?」

 

 

 おずおずと、身を縮めて。

 姫様の目を見据え、それをお聞きした。

 

 

 

 

 

 

 ―――次の瞬間。

 

 轟音と共に、部屋が揺れた。

 

 

 

 

 

「うぉお!?」

「きゃぁああ!!」

「姫様!!」

 

 落下物から守るため、ベッドの天蓋の下になるよう恐れながらも姫様の御体の上に被さる。

 

「地震!?……は違うな。地面からの衝撃波じゃねぇ」

「なによ!?何かわかったの!?」

「震源は……!!――ルイズ!!」

「え?」

「窓の外見せてくれ!!」

 

 自分じゃ動けないからって……!!

 ……仕方ないわね!!

 

Ai(アイ)……さん?」

「動いちゃだめだ!!」

「!!」

「ヒメ様はじっとしててくだせぇ。……あれか!!」

 

 暗くてよくわかんないけど……いる!なんかいるわ!!大きいのが!!

 

「赤外線センサーでいけるか?……いけた!!……うぉ、なんだありゃ!!」

「何が見えたの!?」

「なんか見た目ゴーレムって感じのゴーレムがいた!!」

「はぁ!?」

 

 言ってることが抽象的すぎるけど……なんとなく言いたいことは伝わったわ。

 

「たしかに……うん、いるわね。ゴーレムが」

 

 目が慣れてきたから私にも見えた。暗いけど、シルエットだけでなんとなく何がいるのかわかる。

 あれはギーシュのワルキューレのような精密な動作をさせるための人間大のものではない。質量の暴力による瞬間的な破壊力を目的とした……超大型ゴーレム!!

 

「―――あ!!」

「どした!?」

「あのゴーレムが立ってる近くの塔……宝物庫があるわ!!」

「……なんだとぉ!!??」

 

 ゴーレムを操る者の目的も、瞬時に理解した。

 

「『土くれのフーケ』……!!」

「誰それ」

「あんたがさっき話してた……『破壊の杖』を狙ってる盗賊よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️✡️

 

 

 

 

 

 

 

「チッ……ただの物理攻撃でもダメか……」

「待ちなさい!!」

「!!」

 

 ゴーレムの肩、声がした方を見ると、そこには黒いマントで顔を隠した女がいた。

 もしかしなくても、あの女が『土くれのフーケ』だろう。

 

「やいやい!そこの泥棒ニャンコ!!」

「!……()()()()()!?」

「この超スーパーウルトラシークレットAIのAi(アイ)様が来たからにゃぁ、もう悪さはできねぇぞ!!神妙にお縄に……」

「うっさい!!いいから準備する!!」

「んもー!せっかちなんだから!!」

 

 左腕に装着したデュエルディスク、その中心で叫ぶAi(アイ)を窘める。

 

「簡易決闘環境構築……完了!! 自動演算機能構築……完了!! その他もろもろ……完了!! よっしゃ行けるぜ!!」

「うん!!」

 

 ……そう、私は今。

 

「合言葉は!?」

「覚えてる!!」

 

 

 この左腕に、Ai(アイ)を乗せている!

 

 

 

 

「「《INTO THE VRAINS!!》」」

 

 

 

 

 風が吹く。

 この身を切り裂くような鋭い風。

 

 でも、春の夜を忘れさせるほどに――温かい。 

 

 

 

「なんだ……この、空間は!?」

「決闘場さ!」

「あんたと私たちのね!」

「意味が……わからん……」

 

 

 そう、わからない。

 でもわからなくていい。

 

 

「まぁとりあえず……やるだけやるわ!」

「おいしっかりしようぜ!?オレの体守るんだから!!」

「あんたが言うな!!」

「ひゃい!」

 

 

 だって、未知への一歩を踏み出すのに必要なことは……そこじゃないんだから!!

 

 

「「デュエル!!」」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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