お泊り会にて (羊皮紙に落ちたインクの一滴)
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2018/06/25
「ねぇ、青眼鏡」
「何だい」
「暑いから仰いでほしみある」
「脱げばいいよ、全部」
「……」
「あれ、身構えてた痛みが来ない」
「……アリかも」
「まじかー」
そういう、くだらないやり取りがあった。
高校二年の夏。まだ疎遠になりきっていない頃の──ちょっとした、お泊り会の話である。
●
リンリンのチャンネル登録者数は留まる事を知らず──しかし、初期の初期に比べれば、伸び率は多少、下がってきたかな、という頃。その事に危惧しているのかなんなのかはわからないけど、リンリンの方から「お泊り会をしたい」という打診があった。
こちらとしてはまぁ、異論はなかったし。資格取得の趣味や勉強も、別に日を空けたところでどうにかなってしまうようなカツカツさではないので、そういう休暇もありかな、と思った次第。リンリンの毎日配信を途切れさせるわけにはいかないのでその時は黙るとして、久しぶりにゆっくりするかぁ、などと高を括っていたのも束の間桃の間山椒の間。
冷房をつけていようが暑い──という、まぁありきたりな熱帯夜で、リンリンと私は──下着姿になっていた。
別に、ソウイウ話じゃない。死ぬほど暑いから、である。
「しかし」
「何」
「色気の無い下着つけてるなぁ、って」
「なんで青眼鏡といる時に色気のある下着つけないといけないの」
「それはそう」
リンリンは背が低い。多分このまま順当に成長したところで、大学生なのか高校生なのかわからない程度の身長しか得られないだろうし、顔も声も幼いから大人になっても中学生料金でいける、とかが普通に在りそうである。
幼児体型というわけではないから、一応、ちゃんと胸だの尻だのの膨らみはあるんだけど、如何せん……ね?
「青眼鏡こそ……何、それ。なんで下着に文字書いてあるの?」
「見えない所に透けない程度の柄があるっていう今下火のセンスだよ」
「下火なんだ」
「流行ってはいないでしょ」
ちなみに書いてある文字は「
他にも「
「脱いでも暑い」
「アイスでも食べればいい」
「……そうする」
言って、リンリンは下着姿のまま自室を出て行った。
……まぁ家族にならいい、か。私が両親の前で下着姿になったら、「とうとう気が狂ったか、それとも隠す気が無くなったのか」とか言われると思う。余りに辛辣な母親に号泣してしまいそうだ。しないけど。言うとは思うけど。
一分と経たぬ内にリンリンが戻ってくる。手には二本のアイス。所謂パキっと割って半分こにするアレ。味はチョコ。
「欲しい?」
「要らんと言ったら二つ食べるつもりか」
「照れる」
「欲しい」
「はい」
ハンドタオルに包まれたそれを渡される。こういう気遣いが出来る子になったんだ……私ァ感激だよ。そう、こういうアイスって直持ちすると冷たすぎて痛くなっちゃうんだよね。
そういう気遣いが出来るなら、私の横を通り過ぎる瞬間に背中にアイスを入れてくるとかいうThe・子供染みた悪戯はやめてほしかったかな!
流石に驚いて変な声を出してしまった私を笑って、リンリンは自身のゲーミングチェアにどっかりと座る。
「んぁ~……社長椅子きもち~……」
「革は冷たいからね。そして股を開くな女の子らしさが過ぎる」
「胡坐かいてる青眼鏡に言われたくないんだけど」
「それはそう」
蓋を引き抜いて、蓋側の中身を食べて、蓋を捨てて……という最早全人類が手慣れているだろう動作をして、リンリンの方を見る。
「……」
「上手く取れてないのちょっと笑うからやめて」
「交換」
「えー」
しょうがないなぁ。
口を尖らせたリンリンとアイスを交換する。食べ口がささくれみたいになってて、いや余りに下手。リンリンはもう私から受け取ったアイスを美味しそうに食べていて、いや余りに横暴。リンリンからジャイ〇ンに改名してもいいくらい。ジとンしか合ってないけど。
口を切らないよう気を付けつつ、私も一口。
「んー。変わらない美味しさ」
「ソーダ味好き」
「わかる」
別にチョコ味が嫌いなわけじゃないんだけど、あの爽快感は代え難い。
「あーつーいー」
「アイスを体に当てればいい」
「溶けるじゃん」
「食べやすくなるよ」
「……冷たい」
「アイスだからね」
Iceが冷たくなかったらそこは別世界だよ。
「そろそろ配信しようかなって思ってる」
「んー。……下着のままやるんか」
「だって、映らないし」
「……映らなければ……カメラの前で裸にもなるのか!」
「うるさ」
そのまま、特に気にする事も無く配信準備を始めるリンリン。これは普段からやってるな?
「ちょっとまって、服着るから」
「別に青眼鏡は映らないからいいじゃん」
「……羞恥心とか無いのか」
「青眼鏡が恥ずかしがり過ぎなだけじゃ? ストーキング行為とかは普通にやる癖に、そういうとこ初心だよね」
「ストーカーちゃうが?」
失敬な。最近はもうしてないぞ。
「じゃ、始めるから。あ、声は出していいよ。青眼鏡が来るの、周知の事実だし」
「り」
「もしかしたらゲームやるかもだけど、基本は雑談で……私が質問投げたら応えてもらって」
「私出る前提じゃんやめてよ」
「ミュートにするから」
「……じゃあこっちはフリップボードで答えるわ」
「なんで持ってるの」
「生活必需品だからね」
もしまだ発音の怪しい言語の国の旅行者から話しかけられたらどうするのだ。書けるけど話せない、って言葉がまだ結構あるから、そういう時のためにフリップボードは常に持ち歩かなければならない。
「相変わらず頭悪いよね、青眼鏡って」
「ばーか!」
「ばーか!」
ケッ、準備が良いと言え準備が良いと。
兎にも角にも角煮にも、リンリンが配信を始める。
始めた。
●
配信中のリンリンは、まぁ、多少、キャラが変わる。普段のドギツい感じが鳴りを潜めて、元気になる。いや学校でもあんな感じだから、ドギツい感じは恐らく私にだけ出すソレなんだろうけど、やっぱりギャップを覚えてしまうのは仕方のない話だろう。
これは別に自分を偽っているとかじゃなくて、あくまで出力端子を変えているというか、使うチャンネルを変えているというか。どっちもリンリンだけど、学校では元気いっぱいアニーちゃんだし、配信ではみんなのアイドルNYMUちゃんだしで、本質をそのままに出す側面を変えている感じだ。
よって、というべきか、配信中に私の方を向くリンリンは、完全にNYMUちゃんで。けれど容姿はリンリンで。
それはつまり、私の理想たる中学生リンリンにもっとも近い姿なのである。
「A子ちゃんに聞きたい事書いていってー!」
と、なんだか質問コーナー的なのが始まったらしい。
今はリンリンの背後にいるわけでもないから、コメントは見えない。ベッドに座って、冷たい壁を暑苦しい服越しに感じながら、お休み中。スリープモード。
リンリンの雑談は同時接続数が軽く万を超えるのだが、まぁ書き込んでるのは500人から1000人くらいだろう。Vtuberの配信をラジオ感覚に聞いている人も少なくはない。3Dモデルや2Dモデルの表情の変化を楽しむのがVtuberの楽しみ方の一つではあると思うけれど、まぁ、雑談配信だと右下や左下にいるVtuber以外に変化の要素がないから、そういう見方になってしまうのも納得は出来る。
「最近ストーカー行為は順調?」
──"ストーカ-じゃないが?"
「今迄に成功したナンパの数」
──"2件"
「今日のパンツの色は?」
──"ブロックしろ聞いてきた奴"
二度手間だけど、私の書いたことを一つ一つリンリンがリスナーに話していく。
何度か配信に声が乗ってしまった私だけど、やっぱり好き好んで声を出したいとは思えない。どこまで行っても否定されるのが怖いから、とどめたい。
「私の事、どう思ってる?」
──"友達。百合営業な答えの方が良い?"
「私のチャームポイントは?」
──"八重歯とうなじにある黒子かなぁ"
「……」
──"あと、声。リンリンの声は好きだよ、私"
「……ふんだ」
別に。
関係は、戻ったけれど。そこが可愛いと思うのは、変わってないわけで。
私は君の声、好きだよ。
「声を聴かせて」
──"断る"
「マイクに息を吹きかけるだけでいい」
──"断固"
「自分は今、高校一年生なのですが、勉強についていけずに困っています。A子さんの問題集をいただけないでしょうか」
──"金銭が発生する"
「自分は今、36のおっさんなのですが、職場の女の子の話題についていけずに困っています。NYMUさんとA子さんでJKっぽい会話をして、サンプルとしてくださいませんでしょうか」
──"職場の女の子はJKじゃないだろ"
「自分は今、ピチピチのJKなのですが、友達の輪に入れず困っています。友達になってください」
──"好みの主張と好みの押し付けを違えない事。クールを気取らない事。他人から見て、話しかけたいな、と思われるような要素を一つで良いから作って、けれど話しかけられるのを待つんじゃなくて、自分から話しかける事。怯えない。万人に受け入れられるのは無理。友達の輪に入れないのなら、友達の輪を作る事も念頭に置く事。別に友達は一個の輪にしか所属しちゃいけない、なんて決まりはないから、色々な所から同好の士を集めた新しい輪を作る事も択になる。あと、遠慮しない事。スタートラインが遠慮だと、拗れるよ"
「長すぎる。ちょっとボード貸して」
ペン習字の資格は役に立ったと言えるだろう。少ない範囲にこれだけの文字を綺麗な字体で収める……! これは気持ちがいい。
「恋愛相談です。自分は好きな子がいるのですが、どうもその子は腐女子っぽいんです。どうしたらいいですか?」
──"お前の百合好きと何が違う"
「どうしたら強くなれますか?」
──"運はあるんだからひたすら練習しろ"
それ、私に聞くことか? って質問がいっぱい来る。もうちょっとテーマ定めてから質問募集しなよ、とは思う。NYMUちゃんの所に集まるのはやっぱり男子が多いのか、男性目線の質問が多めだ。先のJKは本当にJKかどうかは置いておく。友達の輪に入れない、という所は本当だろうし。
強くなりたい、はもう意味わかんないよね。私は拳闘家かよ。
「ペアルックとか着ますか? あ、今二人とも下着姿だよー!」
横目でニヤっと笑ってくるNYMUちゃん……いや、この表情はリンリンだな。
何を晒してくれているのか。今全国ネットに私達が下着姿であることがばらされたわけだが。下着姿で配信しているNYMUちゃんがバレてしまったわけだが。
「あはは、暑いからねー。勿論! 風邪は引かない様に気を付けるよ! ぃひゃぁ!?」
──"えっ"
──"えっっっっっ"
──"江戸"
──"かわいい"
「ちょ、ちょっと、何、何いきなり……!」
──"これはA子ちゃんの仕業と見た"
──"やっぱり百合はあったんだ……桃源郷は、ここにあったんだ!"
──"下着姿でくんずほぐれつするJK二人。何も起こらないはずも無く……"
「ちょちょっとミュートするね!」
──"そんな、ゴムタイヤ!"
──"セッション!"
──"聞かせろー! 見せろー!"
息も絶え絶えにミュートを押すリンリン。
やはり脇と脇腹は全人類の弱点。下着姿の弱点を思い知ったかね。
「ふざけないでくれない?」
「恥ずかしい事を先にしたのはそっち」
「口答え禁止」
そう言って、リンリンは私の腕を掴んで、ベッドへ押し倒す。……なんという早業。そして離れて欲しい暑い。リンリンは私に馬乗りになった後、ベッドに備え付けの引き出しへと手を伸ばす。ごそごそとやって、出てくるのは──
日本には古来より藪蛇という言葉がある。It is.
「乗ったらさらにイラっとした」
「理不尽すぎる」
「なにこれ……また育ってるじゃん」
「膝を胸に当てるのはやめたまえ」
リンリンは慣れた手つきで私の両手を縛り、両足を縛り、胸を一揉みした後に降りた。それいる?
「……立って」
「難しい事を言う」
「こっち来て」
「せめて縄を解くなど」
縛られたままの足では上手く歩けないから、リンリンの補助ありでなんとかそこ──リンリンのゲーミングチェアの所まで行く。座らされた。
座らされて、座られた。
What? Why?
「うわ、暑い」
「そりゃね?」
「身動ぎしたり息吹きかけたり、余計なことしたりしたらと太腿触るから」
「どういう脅しなんだ……」
私の縛られている両腕をマフラーみたいに……というかジェットコースターの安全バーみたいに首に回して、リンリンは配信を再開する。正確にはずっと続いていたんだけど、ミュートだったから、それを解除したと。
うえー、この格好死ぬほど暑いんだけど……。
「お待たせ!」
──"先ほどはお楽しみでしたね"
──"舌入れた?"
──"NYMUちゃんはぺったんこだけど、A子ちゃんは結構あるの?"
おいおいセクハラコメントしかねぇぞ。
一応NYMUちゃんは年齢不詳とはいえ、問題集をやっていたり学業の話をしたりしているから、学生である事はわかっていると思うんだけど。
学生にそういう事聞くゥ? いやまぁ余計な事した私が一番の悪であることはもうぐうの音も出ない反論不可なんだけどそれはおいておいて捨て置いて。
──"コメ欄キモすぎだろ"
──"おっさん落ち着けよ"
──"非表示推奨"
ああ、ちょっと荒れ気味。自治とセクハラと嫌悪が争っておる。
申し訳の無い事をした。これくらい、容易に想定出来た事なのに。
「今A子ちゃんは、椅子になってまーす!」
えぇ……。火に油を注ぐのか……。
──"えっっっっっっっっ!??!! !!? !??!? !!! !!!?! ?? !??!? !? ?? ?! !!!?! !?!?? ?!?!! ?? !!!?! "
──"え、A子ちゃんとそういう関係だったん?"
──"俺も椅子になりたい"
「あと10分くらいで配信終わるから、その間だけお仕置きなのです! 配信中の私にくすぐりをしかけるなんて、言語道断!」
──"言語道断覚えてて偉い"
──"伝説のゴードンダンダンを忘れるな"
──"お仕置きされたい"
「そしてぺったんこって言ったアカウント! ……覚えたからね!」
──"ぺったんこって言えば覚えてもらえるのか! ぺったんこ! ぺったんこ!"
──"A子ちゃんはヨツンヴァインなのかシートなのか、それが問題だ"
──"A子ちゃんのデビューマダー?"
「あ、ニャンさんからなんかメッセが……膝当てはちゃんとすること? ……なんか勘違いしてない?」
──"つーか、あのゲーミングチェアの代わりになれるとかA子ちゃんデカすぎだろ"
──"じゃあやっぱりシートなんだ! 企画でみたことある!"
──"ブロックが捗るなぁ"
「それじゃ、そろそろ配信終わりまーす! ちなみにA子ちゃんの胸は、……揉めるくらいはあるよ」
──"えっっっ"
──"それはつまり揉んだことが"
──"やっぱり! やっぱり百合の園は、理想郷はあったんだ!"
「それじゃ、おつかれ!」
〇
「ふぅ」
「暑い」
「私も」
「……本気で恥ずかしい」
「だろうね。青眼鏡、こういうの本気で嫌いだもんね」
「暑い」
「顔が?」
「どっちも」
ふぅん? なんて言いながら、けれどまだ降りない。配信も配信ソフトも切って、PCも落として、それでも降りない。暑いし、熱いし、汗もべたべたしてて気持ちが悪いけど、これは嫌がらせなので降りない。
これで青眼鏡が下着姿のままだったら良かったのになぁ、とか思ったり。まぁ薄いパジャマだから、こうして指でツツーと撫でてあげれば、面白いようにビクビクするんだけど。
これはもう一回お風呂入らなきゃだなぁ。
「でも正直こうなるってわかってたでしょ、悪戯してきた時点で」
「縛られて終わりだとばかり」
「じゃ、予想を裏切れたご褒美だねー。いやぁ、快適快適」
首に当たる二つの膨らみ。
京子ちゃんも青眼鏡も、どんどん女の子らしい体になっていく。私はまだ、全然。ずるい。
……柔らかいし、暖かいけど、あっついね。本当に。
青眼鏡は、こういう恥ずかしいのとか、密着とか、それこそさっきの百合っぽい行為とか、全部嫌いだ。苦手で嫌い。やるとドン引きするし、たまに泣きそうになる。
……それが良いんだぁ。
「一緒にお風呂入ろっか」
「狭い」
「じゃあ縛られたまま寝る?」
「選択肢に地獄しかないんだけど」
「私とお風呂入るの、地獄?」
「……何もしないと約束できるなら、いいよ」
こういうことしてくる私の事は、多分、結構苦手に思ってる。嫌いまで行くかはわからないけど、かなり忌避している。その上で、青眼鏡は私といるのが嫌いじゃないから、こうやって押せば簡単に折れてくれる。
一緒にお風呂なんて、中学生ぶりかな。
「ちょっと胸を揉むくらいは許される?」
「許されない」
「えー」
「そっちに揉む胸が無いから公平じゃない」
「ぶっ叩くよ?」
「縛られたまま寝る方が良いまである」
「寝てる時に何もしないとは言ってない」
「地獄しかない……」
ヘッズオアテイルズ、だっけ? 裏か表か。壮一君の彼女さんである志保さんがよくやってる。
「……わかった、入る。入るよ」
「わーい」
「高校生にもなって……いやまぁ、別に年齢は関係ないか」
「じゃ、溜めてくるから」
「解いてはくれんのか」
「うん。そのままでいて」
「ひとのこころがない」
青眼鏡から降りる。んー、暑かったぁ。
「……まぁお風呂から出た後に悪戯しない、とは一言も言ってないんだけどね?」
こういうあくどいのは、青眼鏡譲りである。
〇
お風呂から出た後、私達は隣り合わせに眠った。
暑いのは重々承知で、けど、久しぶりだったから。
特に何の悪戯もする気はなかった。起こすのは悪いし、青眼鏡もゆっくりしに来た、と言っていたし。勉強頑張ってるからなぁ。まぁ、ちょっとくらいの休息はね。
……ただ、その髪の毛をサラサラしたり、その寝顔を眺めたりは、した。
今は青眼鏡を付けていない、素のままの風音の顔。
可愛い。キスしたい。フラれたのは事実だし、友達になってとかよくわからない事言われたけど、まぁ、私が風音にソウイウ感情を持っているのは変わらないわけで。他に好きな人でも出来ない限りは、私はまだ、彼女の事が……その、好きというか、愛しているとか、そういうのじゃなくて、なんだろうな、うーん、愛でたくて、嫌がってるところを見たい、みたいな……。好きな人なんて出来るとは思えないから、もしかしたらずっとずっと、私は風音を虐め続けて……ああ、それもいいなぁ、なんて。
うーん、たまに思うけど、私って怖くない?
「……」
閉じられた口に指を入れてみる。
つぷ、と入っていく指が、閉じられた歯に当たる。そうだよね、普通歯は閉じてるか。
そのまま歯茎を撫でていく。二本目を入れて、三本目。唾液でべたべたになるのも気にせずに、指を増やして、もう片方の指もつかって唇をうにょんうにょんする。
ハッ……。悪戯する気はなかったのに、これって紛う方なき悪戯では? アニーナは訝しんだ。
「汗……かいてる。舐めてみたい、とかは流石に変態だよね……うう、ニャンさんめ、無駄な知識を……」
あの人のせいで、えっちな知識が沢山増えてしまった。前まではなんとも思わなかった風音の部位や仕草にドキっとすることが増えたし、だからこそフラれている事実が私を落ち込ませる。首筋とか舐めたらドン引きされるよね……。
「……ほっぺにキス、くらいなら」
ゆっくり、ゆっくり。
顔を近付けていく。
……悪戯じゃないし。これは、悪戯では、ないし。
一瞬。一瞬だけね。
ちゅ。
──その時、幸か不幸か風音が絶好のタイミングで寝返りを打ったせいで、ほっぺにするはずのキスが唇に──マウストゥマウスになってしまったのは、まぁ、言わないで置くことにする。
いつもやってる嫌がらせのキスとはまた別の──誰も知らない、私しか知らない、暑い熱い夏の一コマ。
私と風音が忙しさよりあんまり会わなくなる前の、とあるお泊り会での秘め事。
思い出として、その時の感触は今でも覚えている。
……好きな人が出来るまで。
この感触は、ずっと取っておこうかな、って。
〇
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2018/12/24
「プレゼント交換会をしよう」
「交換会、とは。何、京子と壮一でも呼ぶの?」
「んーん。二人で」
「ほーん。別に良いけど。なんで?」
「クリスマスじゃん?」
そんな感じで、クリスマスお泊り会が決定した。
これもまた、高二の冬のお話。二人で過ごす機会の減ってきた頃のお話。
●
大きな会場でのライブや企画などを熟しているリンリンは、それはもう多忙である。多忙オブ多忙。なんならターボ。休日は勿論、平日も歌や踊りの練習でスケジュールは詰め詰め。勿論配信活動も怠ってはおらず、これだけ多忙でありながらほぼ日配信を心掛けている*1。
私は私で資格試験だとか、見聞を広めるための一人旅だとかで三連休なんかは丸々いないことが多々ある。そんな二人のスケジュールなど合致するはずもなく、あの夏のお泊り会からやろうやろうといいつつ冬まで伸びてしまった。
高二の冬だ。来年度からは受験勉強を含む勉学に熱を入れる期間に入るため、確かにここしかタイミングは無い。それはリンリンもわかっているのだろう、結構強引に、そして強い目で打診して来た辺り、どうしてもやりたい、という意思が伝わってきた。
中学の頃は壮一と壮一の彼女である志保さん、京子、リンリンと私でクリスマス会をやったものだけど、高校に入ってからは初。ちなみに京子の彼氏はちょっとヤンチャな人なので辞退してくれた。常識のあるヤンチャな人である。
去年は土日とはいえそれなりにバタバタしていたので中止になったけど、今年は三連休で、余裕がある。
あの二人を呼べないのはまぁ一応思う所がなくもないけど、どっちも自分の恋人と聖夜を過ごすことでしょう。ご馳走様。
「でも、いいの? クリスマスなんて配信やら企画やらの絶好じゃん」
「配信はするよ? というかスタジオ行くし」
「ウェ?」
「流石にクリスマスに何もしないのは無理だよ。リスナーさん達が待ってるし、もう告知もしちゃったし。24日はほとんどスタジオにいると思う」
「じゃあ23日にやるの?」
「お泊り会とプレゼント交換会自体はね。でも、青眼鏡は24日も拘束させてもらいます」
「we?」
「珍しく察しが悪いじゃん」
「ついてきて、っていうんなら断るけど」
「ついてきてって言ってるんだけど」
ふむ。
ふむ?
「確認するけど、22、23はリンリンの家で、24日だけスタジオ? についてこい、って話?」
「22、23、24全部スタジオ詰めになるから、近くのホテルに一緒に泊まって、そこでクリスマス会とプレゼント交換会をしようっていう話」
「ん~~~~~」
何を言ってるのかわからないんだよなぁ。
「部屋は?」
「私が出すよ」
「いや本当に行くなら払うけど、いや行かないけど」
「ベッドは一つでいい?」
「二つにしようね。行かないけどね」
「朝はビュッフェ形式らしいんだけど、会社行けばレストランあるからそっちでいいかなって」
「え、あの事務所レストランあるんだ」
「うん。朝8時から開いてるよ。社員の人がよく朝食食べに来てる」
「はえー、流石大手。でも私一般人だし入れないよ」
「マネさんに他社の人とコラボする時用の入館証発行してもらうの取り付けたから大丈夫」
「やめてよそれもう断れない域じゃん」
断るとマネージャーさんに迷惑かけるやつじゃん……。
いやそんなことで悪印象付かないと思うけど、将来入りたいと思ってる企業のなりたいと思ってる職業の人に迷惑かけるのは色々と……ポクポク。
メリットデメリットの天秤。
……まぁ、然したるデメリットはないか。ホテルに泊まって、朝食を会社に食べに行くだけでしょ?
「わかった。じゃあ行くよ。あ、でもホテル代は自分で出すから」
「もう払ってあるし取ってあるからいいよ」
「……ベッドの数は?」
「ないしょ」
内緒、じゃないんだよ。
まぁリンリンはその辺初心というか臆病なのでちゃんとベッドは二つあるだろう。なんなら部屋も二つ取っている可能性もある。
……後で払っておくか。
「じゃあ、青眼鏡。プレゼント期待してるから」
「う、そういえばそっちが主旨だった」
「サンタコスしてきてもいいからね」
「全身真っ黒のジージャンで行くわ」
「不審者扱いで捕まりそう」
そんな感じで。口約束で決まったクリスマス会は、なんだか波乱が起きそうな、起きなそうな。
●
荘厳──。
寒空を裂くガラスの柱。超大手事務所のビル。社名の連ねられた看板には、DIVA Li VIVAの文字もある。勿論、だけど。
勝手知ったる、といった様子で入り口の方へ向かうリンリンに慌ててついていく。流石に来たことの無い場所で、大企業に入るとなれば緊張もする。こちとら高校二年生の女の子だぞ!
「り、リンリン。ちょっと待ってちょっと待って」
「何?」
「ほんとに言ってる? ここ入るの?」
「え、うん。……えー、もしかして青眼鏡、怖がってる?」
きょとんとした顔から一転、ニヤァと口の端を歪めたリンリンが、小首を傾げて覗き込んでくる。うわ、一番見せたくない相手に弱みを見せてしまった。でも緊張するものはすると思うんだ私。
リンリンはふむ、と一つ思案をしたあと、手を差し出してきた。
「怖いなら、手、繋ぐ?」
「なんなら背負ってくれても」
「足持って引き摺って行ってあげてもいいんだけど」
「歩きます」
ちょっと落ち着いた。
自動ドアを抜けて大きなロビーに入る。物凄く開けた場所で、幾つかのエレベーターとエスカレーター、その隣の辺りにInformationがある。冬の空気が唐突に暖房の利いたそれになり、身体がぶるりと震えた。
リンリンは受け付けにずんずん歩いていくと、二、三、言葉を交わし、首掛けのカードホルダーを受け取った。
「はい、これ」
「これがゲスト入館証?」
「うん。ちゃんと首にかけといてね」
「うい」
guestと書かれたそれを首にかける。
……これが将来、社員証になるのかなぁ、って。勉強頑張ろう。
「青眼鏡?」
「あ、今行くよ」
いつの間にか扉の開いたエレベーター前に移動していたリンリン。その居住まいに不自然な点はなく、堂々としている。あの日完璧に割り切ったからショックは無いけれど、やっぱり私が全てを知っていたリンリンはもういなくて、私の知らない、成長したリンリンになっているんだなぁと、感傷。
……なんなら、私なんかよりよっぽど社会経験を積んでいるんだ。少なくともこの場においてはリンリンに習う姿勢で行かないと。こんな……大人たちに囲まれて、日々を過ごしているんだもんなぁ。
「青眼鏡、早く乗って」
「うい」
怒られた。
●
「美味しい……」
「でしょう」
「何故に自慢気」
案内されて入った社内レストラン。既にまばらに人がいて、皆私を見て眉をひそめたあと、その隣にいるリンリンを見て納得の表情をする。
「特にこのサーモンが美味しい」
「うむうむ」
「バイキング形式も出来そうな広さだね」
「歓迎会とか、イベントがあるとビュッフェになるよー」
「……?」
ん。ん?
「リンリン」
「なんだね!」
「あぁ、そういう」
「わかっているなら無言が吉!」
こっちが、ここでの"いつものリンリン"なワケね。うん、よく見てる子だ。
Vの姿になる時だけテンション上げるんじゃなくて、会社に来たら最初から上げてるわけだ。その方が気合も入るだろうし、隙もなくなるし。……というかめちゃくちゃ過激なのは私に対してだけで、学校でもああいうリンリンだから、うん、そう、気を許してくれているのだと思う事にしよう。
顔を上げる。
そこに、もうめちゃくちゃ"秘書"! って感じの女性がいた。スーツと眼鏡。ちょっと憧れ。
「NYMU、ここにいましたか」
「あ、おはようマネさん!」
「おはようございます。それで、そちらの方が……」
「初めまして、NYMUの友人の新舞といいます。この度は入館証の発行、」
「ふふ、そこまでかしこまらなくて大丈夫ですよ。私はNYMUのマネージャーを務めています、麻比奈と言います。新舞さんは今回はNYMUの友人としてきてくださったと聞いています。緊張しているかもしれませんが、リラックスが大事です。イベント、頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございま──イベント?」
ん?
ん??
「あ、ほ、ほらマネさん! 花ホルダーさんに依頼してたヤツどうなったのかな!」
「……NYMU。サプライズと報連相の欠落は違う、と何度も伝えたと思いますが」
「今日! 今日説明するから! ね? 今はね?」
なるほど、犯人はリンリン一人と。マネージャーさんもハメられた側ね。了解。
さて。
「どの暴露がいい?」
「やめて!」
「色々仕入れてまっせ……。直近のだと、体操服後ろ前逆事件とかどうだろう」
「やめてって!」
ふふふ、こちとら友人。ええ、ええ、何でも話せますよリンリンの覚えてない事も。
「青眼鏡、あとでね」
「わぁ怖い」
本当に怖い。
「申し訳ございません、NYMUがご迷惑をお掛けします……」
「あ、いえいえ。慣れてますので」
「ああ、そうですよね。付き合いで言えば貴女の方がずっと長く……」
「そうなんですよ。リ……NYMUとは中学からの付き合いなんですけど、もう四六時中一緒にいる時もあって」
「ふふ、元気な彼女と一緒にいるのは楽しそうですが、振り回されて大変でしょうね」
「あー、まぁー……大変ですねぇ」
しみじみと。
ちら、とリンリンを見れば、わぁ冷たい視線。テンション下げ下げじゃないですかぁ。
「NYMU、花ホルダーさんの件は資料を送っておきました。依頼は快諾していただけましたので、確認を」
「はーい」
「それでは、新舞さん。是非、楽しい時間を」
「ありがとうございます」
……うむ。うむ。
レナさんとも、みくさんとも毛色は全く違うけれど、出来る大人、って感じが凄い。カッコイイ人、って感じで憧れるなぁ。マネージャーって、うん、ああいうイメージあるよなぁ。うん。
「じゃ、青眼鏡。食べ終わったらホテル戻ろうか」
「り、リンリンは収録とかお仕事とかないの? 今日」
「あるけど午後だから。ね?」
「……うい」
まぁ、分かっていた事である。
●
ドン、と。
顔の横に手をつかれた。ホテルの部屋に戻ってすぐのことである。
「壁ドンとはまたコアなものを」
「暴露、やめてね?」
「えー、どうしよっかなー」
「このお腹に当てた手、どうなると思う?」
「待って待って食べたばっかぐぇぇぇえええ」
「キスもしちゃう」
悲しい事に、押し返せるだけの力が私には無い。リンリンは日々ダンスを含む運動を行っているため、体力も身体能力も非常に高いレベルにまでまとまってきている。一人旅でぶらぶらしている私なんかとは比べ物にならないレベルで。
そんな彼女に壁ドンされて、その姿勢のまま抱き着かれたら、当然何もできない。
暖房の切っていた部屋はうすら寒く、だからこそ人肌は暖かいのだけど、同性からのキスは普通に嫌悪が勝る。ハグだけならまだ許せるけどキスはやめてほしいと何度言ったらわかるのか。ただ、これで「こっちも尻を揉んでやらぁ!」とか調子に乗ると、ベッドに押し倒される結果になりかねないので我慢。
「っぷふぅ……。暴露、やめてね?」
「はい……」
「あと、勿論ね? だまして連れてきたのは悪いと思ってるんだよ、私も。でもあんな公の場で恥ずかしい話をするのは違うと思うんだ。あそこにいた知り合いみーんな、体操服後ろ前逆だったの知っちゃったよね?」
「べ、別にそれくらいカワイイ、で済むんぎゅ」
「やめてね?」
「んんんん」
顔の横に突かれていた手とお腹にあった手、どちらもで私の顔を挟んで、物凄い力で締め付けてくる。小刻みにコクコクと頷くけれど、リンリンはそのままキス顔を作って……ぬあああ。
「んー、一般ホテルだけど、ホテルで二人っきりって、ちょっと良い響きじゃない?」
「同意がないので悪い響きです」
「同意するまでキスしてほしいってこと?」
「解放してほしいです」
解放してくれた。
「それで、イベントって何」
「あー。まぁ、察してると思うけど、箱内でクリスマス交換会があってね。それが終わった後、サプライズで友人呼んで交換会、みたいな予定だったんだけど……バレちゃったし」
「なるほど。私配信に出たくないって言ったよね?」
「うん。聞いた。だからサプライズ」
「うーんそれはドッキリというんだよなぁ」
それもタチの悪いヤツ。
「わかってる上でのサプライズはうーん、だよね」
「まぁ、そう。ぶっちゃけ驚ける自信はない」
「青眼鏡そもそも声に抑揚ないもんね……」
「それは悪口」
人が気にしている事を!
「またゲームする?」
「クリスマスにボコボコにされろってこと?」
「いいよ1vs7でも」
「前勝てなかったじゃんそれ」
「じゃあ今から考えてよサプライズ。楽しみにしてるから」
「ん。わかった」
ベッドに寝転がる。結構な緊張から解放されて、疲労が如実である。
なんというか、リンリンは凄い環境にいるんだなぁという思いと、気軽に送り出したあの時の私に色々思う所がないでもない。
リンリンも少しの間思案顔だったけど、同じようにベッドに寝転がった。勿論、二つあるベッドのそれぞれに。
お互い横向きになって、向かい合って。
「……ねぇ、青眼鏡」
「何だね」
「さっきの私、変だった?」
「さっきの、っていうと、つまりNYMUちゃんなリンリン?」
「ん」
少しだけ不安そうに。リンリンは問う。
「全然。いつも見てるNYMUちゃんだったし、いつも学校で見てるリンリンだったし、私の友人のリンリンだったよ」
「そっか」
「気にしてるんだ、猫被ってる事」
「少しね」
んーっ、と伸びをする彼女は、寝返りをして窓の方を向いた。金髪が揺れる。
「別に元気な自分も、冷静な自分も自分だと思うんだけどさ。いいのかな、って思うことは有るかな。なんか嘘ついてるみたいで……」
「でもリンリン、学校でもあんな感じじゃん。アタリきついの私にだけじゃん」
「……でも、ほら、青眼鏡に会う前……友達いなかった頃の私は、もっと暗い性格だったでしょ。みんなの前だから、って理由でキャラ作ってるとも言えない?」
「それが成長じゃないの? 暗い面を見せたって周囲は暗くなるだけだよ。それは知ってるでしょ。だからリンリンの明るい面だけをみんなに見せて、周囲も明るくなってる。それがリンリン、君が成長して獲得したスキルだよ。出来るようになった事。陳腐だけどさ、優しい嘘ってヤツだよ。あるいは需要と供給」
起き上がって、リンリンの方へ。
頑なに顔を見せない彼女の金色の髪を、サラサラと撫でてみる。
「何」
「偉いね、って」
「……」
「なんかさ、レストラン入った時も、受付の時もそうだったけど、社員さんがリンリンの事みると"あぁ、いつものか"とか"NYMUちゃんは今日も元気でいいねぇ"みたいな視線がチラホラあってさ。流石に全員じゃなかったけど、物凄い人数の大人たちがみーんなリンリンの事"元気なNYMUちゃん"で認識しててさ。ホント、すごいなぁって」
「……」
「頑張ってるね」
よしよし、と頭を撫でり撫でり。撫でりこ撫でりこ。
ぐい。手首をつかまれ、引っ張られた。
「ぬわ」
咄嗟に手をつくけど、当然、リンリンの頭部に顔を近付ける形になる。
金色の髪の毛が眩しい。髪の間から、リンリンの耳が見える。
「子供扱いしないでよ」
「まだまだ子供だよ、リンリンは」
「……じゃあ、青眼鏡も子供」
「うん」
その青い目が、可愛い顔が、こちらを向いた。文字通り目と鼻の先に目と鼻がある状態。
「大人になっても、一緒にいようね」
「勿論」
二人の顔はそのまま近づいて──あ、起き上がろうと思ったのに腕が、というか首の後ろに手を回されて、あぁっ!
●
翌日の夜。
結局サプライズはゲームになった。何も思いつかなかったらしい。
FPSバトロワゲームと、大混戦するスカッシュなゲーム。前者は協力一戦、後者は視聴者参加型で五戦。
『友人サンタから勝利という名のプレゼントをもぎ取ろう』のコーナーは、サンタの一人勝ちに終わった。1vs7の大混戦FF無し。サンタは一機さえ失わず。圧勝オブ圧勝である。
その結果に満足いかなかったらしいリンリンはパーティグッズより手錠、足枷、バランスボールなどのリアルハンデをサンタに課すも、敢え無く敗戦。最終的に取り出した伝家の宝刀アイマスクにてようやく辛勝を得た。7人の内の6人が落とされた時点のことである。
クリスマス企画はそれで終わり。勿論締めだとか挨拶だとか告知だとかはちゃんと済ませて、先に帰る……事無く待っていたサンタと共に、ホテルへ帰る次第となった。
「お疲れ様ー」
「お疲れ」
カチン、とグラスを当てる。勿論ただのジュース。
窓際に置かれたテーブルと椅子に向かい合って座って、夜景を眺める。ビジネスホテルじゃなくて普通に質の言いホテルだったのがびつくりぎゃうてん。
ちまちまとお菓子やおつまみをつつきつつ、ゆっくりする。
「友達出来た?」
「何にも」
「ああ、まぁ、青眼鏡だもんね」
「なんだとぅ!」
まぁ出来るだけ接さないようにした、というのが大きい。オタクなので、知りたくないという部分が大きい。おかげで怖がられた感じがないでもない。悪印象云々の話はどこへいったのか。
「でも楽しかったよ。なんか、異文化交流ってレベルで色々知れた。知識の裏付けになった感じ」
「技術さんに口出しした時少しヒヤッとしたけどね……」
「あの人とは配信始まる前にちょっと話しててさ。唯一口出しにいける人だったのがデカい」
「いつの間に……」
ドマイナー資格試験の同好の士だった。やっぱり自己紹介の時にドマイナー珍妙資格を提示するのは良好なコミュニケーションを作るな、って。
口出ししたと言ってもちょっと断線箇所の指摘をしただけで、調整だとか修正に横暴な態度を取ったわけではない。そんな知識ないし。いずれは勉強するつもりだけど。
「……あー、それでね」
「うん?」
「えーっと」
歯切れの悪いリンリン。ちょっと頬が赤い。
「どしたん、湯あたり?」
「あの……その」
「んー、それじゃ、はい」
バッグから、紙袋を取り出す。そういうことでしょ、多分。
「う、流石にわかる?」
「まぁね。そもそも最初はそういう話だったし」
あと椅子の下の紙袋見えてるし。
「じゃあ、プレゼント交換会。といっても二人だけだから、はい、どうぞ」
「ん。じゃあコレ、どうぞ」
「ういうい」
紙袋を渡し合う。一応ラッピングしてもらったソレは、15x30x8cm程の直方体の形をしている。リンリンから貰ったプレゼントは、何かしらが包まれた赤い袋。紙袋in袋。
「開けても良い?」
「もち」
別に良いのに丁寧にラッピングを向き始めるリンリン。そういうところ、律儀だよなぁ。京子辺りならビリッビリに破くだろうに。壮一もこのタイプ。
私は破きます。
「これ……ペンタブ?」
「うん。液タブは流石にプレゼントとして重すぎるし持っていけなかったけど、これならいい感じかなって。配信でお絵描きしたりするの見てるけど、マウスで描いてるじゃん? リンリンの絵は……その、上手いかどうかは置いておいて、そっちのが描きやすいかなって。ちなみにこれ防水で洗えるから」
「……実用性が高すぎる」
「ちなみにお絵かきソフトの利用権3ヶ月分もつけといた。それ以降使うかどうかは任せる」
「ん。ありがとう」
「うい。じゃ、こっちも開けるゾイ」
「開けてー」
大切そうに箱へ仕舞い直してくれる様を見届けつつ、赤い袋に手を掛ける。
結んである紐をほどいて……ぱぁ。
「……オルゴール、かな? 丸いのは初めて見たけど」
「よくオルゴールだってわかったね」
「重さと音でだいたいね」
「それはちょっと怖い」
球形の、ぱかっと開くオルゴール。
開くと天井側に巻き鍵があったので、一つ、二つと巻いてみる。
流れるのは──。
「NYMUちゃんのソロ曲?」
「うん。一番初めに出したオリジナルソング」
「へぇ、こんなのあったんだ。グッズ?」
「んーん。非売品。一点物」
「ワァオ」
付加価値やば。
いや売らないけどさ。
「ありがとう。大切にするよ」
「ん」
この曲好き、って言ってたの、覚えてたのかね。
リンリンにしてはロマンチックなことをするものだ。とか思っちゃったり。どちらかと言えば私の方がロマンチストだから、なんか新鮮。
互いのプレゼントを丁寧に包装し直して、一息。
「もう一回、乾杯しようよ」
「いいね、なんかカッコイイ」
「そう言う事言わない方がかっこいいのに……」
グラスを重ねる。
「メリークリスマス」
「ハッピークリスマス」
コツン、とグラスのベルを鳴らした。
友人に乾杯。
〇
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