五条悟が最強であることは理解していたが、まさか封印されるとは思ってなかったんだ。 (のれん(-_-)zzz)
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プロローグ

プロローグはあらすじを長くしたようなもの。なんか申し訳ないからもう一話投稿する。


 

2018年、10月31日、世間はハロウィンで浮かれている中、渋谷にて呪術師対呪詛師・呪霊の戦いが始まった。

 

正確に言えば、呪術師・五条悟対呪詛師・呪霊である。20時40分東京メトロ渋谷駅、地下5階の副都心線ホームにて両者の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

多くの一般人が周りにいる中、五条悟に特級呪霊2体、漏瑚、花御、特級呪物「呪胎九相図」の1番が受肉した張相と渡り合う。敵は一般人を殺し、利用しながら、五条に向かうが、五条もある程度の犠牲を考慮に入れ、敵のうち、花御を撃破する。

 

しかし、闘い始めて20分ほど経った後、ホームに電車が到着、真人と真人に改造された元人間の呪霊たちが開放された。それは敵の五条悟に対する精神的打撃とそれに付随する戦闘の選択肢を狭める狙いによるものであった。

 

ここで、五条悟は一か八かの0.2秒の領域展開「無量空処」を発動した。この時間は一般人に影響を与えないギリギリの時間であり、五条はこの間にすべての改造人間約1000体を倒した。

 

一気に五条悟が優勢にたったと思われたとき、彼の親友夏油(正確には偽者)が現れ、獄門疆により封印されてしまう。

 

しかし、五条悟が最強であるがゆえに完全なる封印に至ってはおらず、獄門橿はその場から動かせないでいた。

 

生前の与幸吉が遺した縛りつきのメカ丸と虎杖悠仁により五条封印の旨が他の呪術師に伝えられ、呪術師たちは五条悟奪還に動き出した。

 

五条悟が完全に封印された場合、彼の存在により抑制されていた呪詛師・呪霊達の暴走、彼の保護下にある者達の危機、五条家が彼のワンマンであるがために呪術界の均衡の崩壊が起きてしまう。

 

つまり五条悟がいなくなれば、人類が終わるということだ。

 

そのような状況が作り出せる可能性を呪術師側は考えていなかった。実際に敵も倒せるとは思っていなかった。ゆえに封印という手段をとったのだ。誰一人として彼の最強を疑わなかったのだから。

 

 

 

 

 

五条悟の封印と同時刻、ある術式が崩壊した。

 

その者は、伝統的な日本家屋といえる五条家の地下にある怨禅の間、壁に数百枚の赤と黒のお札が張られている部屋の中央に鎮座していた。

 

ミディアムの長さの白髪で頭に黒のヘアバンドをつけており、端正な顔立ちをしていおり目は伏せられている。黒の装束を身にまとい、その手にはその場にそぐわないであろう丸型のサングラスがあり、薄っすらと血がにじんでいる。

 

「んあ?あれ?」

 

先ほどまで微動だにしていなかったその女性は突如、言葉を発した。のろのろと手を上げ、片手で軽く頭を掻きながら、大きくあくびをする。伏せられていた眼が徐々に持ち上がる。

 

「なんで起きてしまったんですかねえ?」

 

誰もいない部屋にその者の声がこだまする。

 

 

その女性のもつ外見的特徴、動作、雰囲気はとある人物と酷似していた。

 

 

 彼女の名は五条千代(ちよ)

 

 

最強の呪術師、五条悟の実の妹である。

 

 

 

 

不本意ながらも、彼女は十年の眠りから目を覚ました。

それが意味するものを理解する者はまだいない。

 




見切り発車で、ストックがほぼないため、ゆるゆるで投稿する。取り敢えず切りのいいところまでは絶対書くので許して。


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過去編
壱話


言うの忘れてた。過去編から入るよ。
間違いがあったらこっそり教えて。(土下座)


2006年 2月初旬

 

私は、五条千代。中学三年生。2か月後には東京都立呪術高等専門学校に入学する。

 

兄様(あにさま)、五条悟が今1年生で、今度2年に上がる。兄様は高専に入ってからめっきり本家に帰ることがなくなった。まあ、寮制だから仕方ないことだが、高校に入ってから更に兄様が強くなられたのも関係あるだろう。帰ってもこの家の者からとやかく言われるだけなのは目に見えているし、高専に気の合う友人でもできたとも聞いている。

 

これは、私としても喜ばしいことである。私自身の術式を使う必要がないということだから…と思っていたら、

 

「なんで、仕事が入るんですかね。一応まだ中学生ですよ。お上は未成年の就業時間を知ってるんですか。」

 

深夜0時に連絡が来て、仕事に駆り出された。呪術師界は大変ブラックである。

 

「ええと、「岸が丘南病院前集合、もう一人の呪術師を待て」って。」

 

病院にたどり着いた。周りを見ても人っ子一人いない。一足先に来てしまったようだ。

それにしても、一緒に仕事に当たる哀れな相棒くらいきちんと教えてほしいものだ。しかも廃病院とは。嫌な予感しかしない。

 

「最近、兄様に何もないものだから、ついに私にも仕事が回されてしまったんですかね。嬉しいやら悲しいやら。」

 

そうぶつくさ言っていると、声をかけられた。

 

「ねえ、君が悟の妹さん?」

 

「んえ?」

 

私が声をした方に体を向けて見ると、長身の男性がいた。頭のてっぺんで団子があり、左に前髪を垂らしている。

 

「あの、どちら様でしょうか?」

 

「は?」

 

私が疑問に思ったことをいうと呆気にとられた顔をされた。仕方ないでしょう、何も説明しなかった上が悪い。

 

「いや、あのですね。上から一緒に任務にあたる人の説明全く受けてなくてですね。」

 

そういうと、男性は苦笑交じりに答えてくれた。

 

「ああ、ごめんごめん。私の名前は夏油傑。君のお兄さん、五条悟の同級生だよ。今日は一緒に任務に当たるように言われている。」

 

夏油傑…。夏油傑…。ああ!

 

「あの兄様によく突っかかるネチネチ野郎ですか?」

 

ピキッ。そう効果音が聞こえるぐらい目の前の男性、夏油傑の額に青筋が浮かぶのが見える。

やばい。まずった。

 

「それは悟から?」

 

笑顔でそう尋ねてくる。

 

「え、ええと、そうです。」

 

ごめんなさい。兄様。私はやらかしてしまいました。

 

「うん。あとで悟と全面戦争だな。」

 

何やら不穏な言葉が聞こえる。私は何も聞かなかった。うん、そうしよう。

 

「ところで、」

 

ビクッと自分の背筋が伸びる。

 

「君も自己紹介してもらっていいかな?」

 

「はいっ、五条千代といいます。夏油さんのことは兄様がからよく聞いています。」

 

「そう、中学生?」

 

「はい。来年度には呪術高専に入学します。」

 

「じゃあ後輩になるんだね。よろしく。」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします。」

 

なんだろう。すごく真っ当な人な感じがする。どこかの兄様と違って。

 

「任務内容については聞いてる?」

 

「いえ、とりあえずここに来いとしか…。」

 

「私も軽くしか聞いていないんだよね。たぶんそろそろ補助教員が来ると思うけど…「遅くなりました~」あ、来たね。」

 

黒スーツの男性がやってきた。

 

「すいません。夏油傑さんと五条千代さんですね。監督員の松田です。」

 

「松田さんよろしくお願いします。さっそくといっては何ですが、任務を教えていただけますか。さすがに時間が時間で早く終わらせたいもので。」

 

夏油さんが話を進めてくれる。ありがたい。

 

「分かりました。説明させていただきます。最近ですが、この岸が丘南廃病院近くの病院患者が真夜中にここに訪れて、自殺をするといった事件が起きています。現時点で2名亡くなられています。ここの周りを徘徊しているのを保護された場合もあるのでそこまで被害が広がっていないようです。以上より、上はこれを推定2級呪霊による仕業と決定しました。お二方にはこれから、岸が丘南廃病院内での調査・呪霊のお祓いをお願いします。」

 

「「了解です。」」

 

「それではお願いします。私は帳をおろして、ここの正面入り口で待機しておきます。何かあれば連絡してください。」

 

私と夏油さんは正面から廃病院に足を踏み入れた。

 

病院内を順に1階から探索していく。特に何もおかしなところはない。

二人とも無言なので少々気まずい。

 

「そういえば、」

 

夏油さんが耐え切れなくなったかのように口を開いた。

 

「千代ちゃんの階級は何級?」

 

「私ですか? 3級です。今回の対象の等級より低いんですが…。」

 

「じゃあ、今回は千代ちゃんに経験を積ませる意味もあるのかな。戦闘は久しぶり?」

 

「はい、呪霊と戦うことは少ないですね。夏油さんは1級でしたよね。その年ですごいです。」

 

「悟と同じだけどね。まあ、安心していいよ。2級程度の呪霊には負けないから。ああそうだ、千代ちゃんの術式って何?一応聞いておこうと思って。」

 

「え?兄様から聞いてないですか。」

 

まあ、兄様なら言ってないだろうけどね。

 

「全然。悟と同じ無下限呪術?」

 

「まさか、それを持っていたらもっと現場に引っ張りだこですよ。そうですね、はっきり言ってしまえば、あまり戦闘面では役にたたない術式です。ですので、基本的に私は補助役で、闘うとしても呪力による打撃を主とします。多分上もそれを踏まえて、夏油さんと組ませたんじゃないですかね。」

 

私は手に持った分銅鎖を見せながら、言葉を濁して、伝えておく。私の術式は使わないに越したことはないからね。

 

「そう。分銅鎖なんて珍しいものを使うね。」

 

夏油さんは術式には深入りせず、引き下がってくれた。空気読める人だ。

 

「夏油さんは呪霊操術を使うんですよね。」

 

私は夏油さんの足元でうごめく呪霊を見ながらいう。

 

「そうだよ。確かにこれを見て何も言わないから不思議だったんだけど、これも悟から?」

 

「はい。」

 

「はは、仲いいね。」

 

「うーん?そうでしょうか。」

 

私は兄様と話すときは聞き役に徹しているし、兄様も呪術関連のことしか話さないから仲がいいということではない気がする。

 

 

軽く雑談しながら周囲を警戒して、どんどん上階に調査を進めていく。夏油さんの呪霊のおかげで調査のペースが速いのがうれしい。しかし、最上階に来ても全くお目当ての呪霊に遭遇しない。ということは・・・、

 

「屋上ですか。」

 

「十中八九そこにいるだろうね。飛び降り自殺なら屋上からだろうし、自分の行動範囲を狭めて、影響が及ぶ範囲を上げているんだろう。」

 

「いるのが分かっていて、突っ込むのは少々憂鬱ですね。」

 

「突然仕掛けられるよりマシさ。すぐ終わらせて帰ろう。」

 

私たちは屋上への扉の前までやってきた。扉の奥から呪霊の気配がする。

 

さて、行きますか。

 




読んでくれてありがとう。


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弐話

前の話でルビを振るところを忘れてた。兄様はあにさまと読むよ。

それではどうぞ。



屋上への入り口を開けると、そこにお目当ての呪霊がいた。黒い靄が3メートル範囲にまとまっており、ところどころに眼球が付いてぎょろぎょろと動かしている。

 

「私が叩く、サポートを頼む。」

 

夏油さんが言う。

 

「分かりました。」

 

私が言い終わるのと同時に、夏油さんが動き出した。夏油さんはまず、2体の呪霊を出した。一体はムカデのように体が長く節と足が多くついている昆虫型の呪霊、もう一体は、熊ほどの大きさがあり、鋭い爪を持つ獣型の呪霊だ。

 

昆虫型の呪霊は黒い靄の近くまで這いより、一気に体を巻き付けようとした。

 

しかし、黒い靄は霧散し、その巻き付けは空振りに終わった。

 

「どこにいった?」

 

私と夏油さんは周りを見渡す。呪霊の気配は消えていない。寧ろ濃くこの場に残って居る。

 

必ずどこかにいるはず。

 

後ろで何かが動いた気配がした。私は反射的に、分銅鎖の端から1メートルのあたりを持ち、呪力を帯びさせながら回転させた。

カキンッと音が響く。

 

見ると、黒い杭のようなものが転がっており、その後、先ほどと同じように霧散して消えた。

 

「大丈夫か?」

 

「はいっ」

 

「ちっ、やっかいだな。靄は実体となっても攻撃してくるのか。」

 

こちらは敵の位置を読めない。しかし、呪霊は靄のようなものを動かし、死角からの攻撃を行う。

おそらく先ほどのはまだ序の口。あの大きな黒い靄の塊ならもっと多くの攻撃手段があるはず。

思考をめぐらしていると、次の攻撃は一気に来た。

 

ズズズと音を出しながら、私たちを数百本の杭が囲んだ。そしてこちらに向かって飛んでくる。私は先ほどと同じ要領で鎖を回転させ、弾く。夏油さんは、昆虫型の呪霊を自身に巻き付けながら、獣型の呪霊の爪により弾いていく。

 

ただ、敵も考えているのか、一斉に杭を投げかけるのではなく、時間差を作りタイミングをずらしている。夏油さんはまだいいものを、私にとってこれは少々きつい。

 

「夏油さん、本体はっ?」

 

「確認できない。しかし、これだけの能力を有しているには、何か縛りを設けていてもおかしくない。同じ場所に留まるだけでは足りない。」

 

そうだ。場所の縛りはおそらく一般人への影響範囲の拡大。実体を持たず、これ程の能力を得ているのは別の縛りがあるはず。どこにいる?

 

「この攻撃を一気に吹き飛ばす。千代ちゃんはこっちに来れるかい?」

 

このままでいても埒が明かないと考えたのだろう。夏油さんが動き出す。

 

「はいっ。」

 

私は攻撃の合間を縫って、夏油さんに近づく。

 

私が近づいたのを確認すると、夏油さんは二体の呪霊を消して、新たな呪霊を出した。大きさは先ほどの獣型と同じ。翼にもなっている手と足を両方地面につき、シューと息を吐きだしながら構える蝙蝠(コウモリ)のような呪霊であった。

 

「耳を塞いで!」

 

夏油さんの一声に反応し耳を塞ぐ。次の瞬間、耳を塞いでも分かる、鼓膜を震わすような衝撃波が響いた。反射的に目をぶってしまった。

 

眼を開けると、周りを取り囲んだ黒い杭が一気に崩壊しているのが見えた。

 

「すごい。」

 

これが、兄様(あにさま)に並んで最強と呼ばれる人の力。圧倒的力で敵を屠る。

 

「まだ、倒せていないかもしれないから気を抜いちゃだめだよ。今の衝撃波でダメージを負わせることはできたとはお…も…。」

 

夏油さんが話している途中、急に口から血が垂れた。見ると横腹から細く黒い(もり)が突き刺さっていた。

 

「夏油さん!」

 

勢いよく銛が引き抜かれ、夏油さんが倒れる。私は夏油さんを支え、彼の裏にいたものに分銅鎖を投げつける。

 

グエッと声が聞こえる。手ごたえはあった。

 

見ると30㎝程の小さなサイズの赤子のような呪霊がそこにいた。霧状のものよりは弱そうだ。もう一発入れようとすると、目の前を黒い靄を実体化させた障壁でブロックされてしまった。

 

その隙に距離を置かれた。

 

 

「夏油さん大丈夫ですか?」

 

「急所は外してるから、何とかね。」

 

そうは言うが血は止まっていないし、動きが鈍い。

 

「ア、イヤイ、イヤイウー。」

 

赤子の呪霊も先ほどの攻撃の衝撃でひるんでいるが、弱るまでには至っていない。

 

夏油さんは力を振り絞り、先ほどの2体を再度召喚し、相手を牽制する。

 

「本体を見ていろいろと分かった。まず、あの黒い靄。靄のときは呪霊もほぼ無敵だが、実体化させるときは確実に呪霊本体が弱体化する。」

 

なるほど。さっき私の攻撃が通ったのはそのせいか。だけど、

 

「でも、弱体化しているなら、先の衝撃波のときに大ダメージを追っているはずです。」

 

実体化している杭をすべて崩壊させたときは呪霊も無防備だったはずだ。

 

「いや、おそらく攻撃の瞬間だけ実体化させたようだ。私の攻撃で壊されたと見せて、こちらの油断を誘った。もともと小さい本体だから私たちの死角、かなり近いところに潜んで能力を強化していたみたいだね。2級どころの呪霊ができる芸当じゃない。1級、もしくはそれ以上。」

 

「なっ。」

 

それはまずい。今、夏油さんは負傷している。かつ私が足を引っ張ってしまっている。

 

「一旦引きましょう。こちらの分が悪いです。」

 

「相手がそうしてくれたらいいんだけどね。屋上は向こうのフィールド。逃げ切れたとしても、場所を変えられたら、被害が広がる。ここで殺るしかない。なに大丈夫、相手の能力は割れたし、私は1級だ。十分に祓える。」

 

夏油さんはそう言って呪霊に向かう。使役している呪霊たちは私たちが話している間にかなり消耗している。どれだけ彼にストックがあったとしても、負傷しているうえに相手の能力で隙を狙われやすい。それを私がカバーできる保証がない。

 

 

現実は厳しいものであるのに、夏油さん自身もそんなに青ざめた表情であるのに、どうして言い切れるんですか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…仕方がない。

 

 

彼が死んでしまえば、兄様は悲しむ。親友が死ぬことで兄様が弱くなることなどはないとは思うが、万が一が起きれば、五条家が終わる。五条家が終わることは呪術師界が終わるということ。万が一がなくとも、夏油さんを死なせれば、ここへ私を仕向けた五条家の面子も潰れる。

 

分かっていた。私は利用される存在であることを。できれば使いたくなかったが、五条家のためになるのならばやらねばならないのだ。そうして○○になるのならば。

 

 

フゥーと息を吐く。

 

「夏油さん。」

 

私の前に立つ夏油さんが振り返る。まっすぐ彼を見つめ言葉を発する。

 

「あなたが全快であるならば、私へのフォローを気にしなくていいならば、こんな呪霊簡単に殺れますよね?」

 

最強の片割れのあなたならば。

そう言って私は笑みを浮かべる。

 

夏油さんは目を見開いて、そして答えた。

 

「ああ、確実にやれるだろう。だが、どうやって。」

 

「詳しい説明は後です。あなたは、呪霊を殺ることのみを考えてくさい。私が全力でサポートします。」

 

 

そういって、私は夏油さんに触れ、術式を発動する。

 

 

代躰(だいたい)呪法』

 

傷継(しょうけい)

 

次の瞬間、夏油さんの体から傷が消えた。

 

 




連日投稿なんてしたらこの後が厳しくなるのに…してしまったよ。けど、後悔はしない。

ここまで読んでくれてありがと。


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参話

題名にある人が全然登場しない...
名前は何度も登場しているのに。




千代視点

 

私が術式を発動した後、夏油さんの体から傷が消えた。

 

「これはっ?」

 

夏油さんは自分の体に触れ、傷があった場所を確かめる。穴が塞がり、血も流れ出ていない。傷が一瞬のうちにして消えたことに驚いていた。

 

「では、後は頼みましたよ。先輩。」

 

私はそう言って、微笑み返す。私はこの顔を崩してはいけない。彼の余念に残るようなことをしてはいけない。

 

私の姿を見て、一旦夏油さんは今起こったことの考察を放棄して、呪霊の方へ向く。

 

「ああ、任せてくれ。」

 

「ア、ア、イエエエヤー。」

 

赤子の呪霊は、どんどん力を増していく。先ほどの攻撃の影響などなかったかのように。

夏油さんの3体の呪霊はもうすでにボロボロ。

 

 

「これは扱いづらいから好きではないけど、その分威力は半端ないよ。」

 

夏油さんは、新しい呪霊の名を呼んだ。

 

「『滝夜叉姫(たきやしゃひめ)』」

 

その瞬間、女型の呪霊が現れた。団子に結われ足元まで伸びる艶やかな黒髪。色白く陶器のような肌。整ってはいるが、白眼で血涙を流しており不気味さを醸し出している顔。何枚も着物が重なった十二単。そして圧倒的呪力を身に纏っている。

 

 

滝夜叉姫は手元に札を持ち、目の前で構え何やら術を唱える。その後、彼女の周りに無数の紫紺の火の玉が現れた。

 

「ウ、ウ、ギャアアアア。」

 

敵の呪霊も滝夜叉姫に対抗して黒い杭を出す。

 

次の瞬間、打ち合いが始まった。火の玉と杭が衝突しその場で小さく爆ぜる。

 

両者とも呪力のキャパシティは大きい。このまま打ち合いが続くかもしれないが、おそらくはそうはいかない。

 

次の瞬間、私と夏油さんの周りにも黒い杭が現れる。

 

やっぱり。このフィールドではあちらの方が上。滝夜叉姫が対抗している分、私たちへの攻撃は少ないが、こちらも気が抜けない。

 

それに、先ほど夏油さんが言っていた。滝夜叉姫は扱いづらい。あれほどの呪力を内包しているならば、私たちへのフォローも十全にできるはず。それができないとなると、正面の敵にしか意識を向けさせることしかできないということ。

 

 

ただ、滝夜叉姫の攻撃も徐々に苛烈さを増している。その分対応に追われ、敵が無防備になる瞬間が増える。敵が黒い靄の実体化に伴い弱体化するときの一瞬の隙。それを夏油さんは伺っている。

 

私がするべきことは決まっている。敵の攻撃をいなしつつ、夏油さんがダメージを負ったら回復させること。それだけ。

 

「ギギギ、イアアアアアア。」

 

敵は仕留めきれないことに、しびれを切らしたのか攻撃手法を変えた。自身を黒い靄で包み、そこから何本もの蛇行する鞭を繰り出した。滝夜叉姫の発する火の玉でその鞭が削られるも、再生速度が速い。おそらく、本体につながっているからだ。

 

そのまま黒い鞭は滝夜叉姫の元まで伸び、湾曲して攻撃を与えた。

滝夜叉姫は動じずに、そのまま術を発動していく。それによって敵の呪霊も押されている。

 

「滝夜叉姫も狂ってますね。気に食わない奴はとことん攻めるタイプだ。」

 

私は苦笑いする。

夏油さんの操る呪霊が意思を持つかどうかなど知らない。けれど、どこか兄様と似ている。夏油さんもこの滝夜叉姫の特性を理解したうえで、召喚したのだろうか。今の彼女は消耗を気にせず、間合いを詰めている。

 

 

しかし、ダメージは追っているはずだ。

確実に敵を殺るには、滝夜叉姫を最高の状態に戻すべき。

 

 

私は、後方で分銅鎖を滝夜叉姫に投げつけ、巻き付けた。私の術式は何も人にのみ効くわけではない。

 

傷継(しょうけい)

 

「っ、すごいタフですね。あなたは。」

 

呪霊を褒めるなんて、呪術師としては恥だが、自然とその言葉が出た。

念押しだ、これもあげてやる。

 

呪呈(じゅてい)

 

私の術式発動に呼応するように滝夜叉姫は動いた。実体化する鞭を掴み、靄に戻る時間を与えず、一気に燃やし尽くす。呪霊の元まで伸びた炎により、敵の呪霊の黒い靄の防御に隙が生まれる。

 

夏油さんはその隙を見逃さず、新しく呪霊を手元から出し、さらに自身の体術に呪力をのせる。

 

「これで終わりだ。」

 

「オオオオギャーー。」

 

次の瞬間、呪霊は地面に叩きつけられ、戦闘不能になった。

 

 

 

 

地面に陥没する呪霊をみて、この戦いに勝ったことを認識する。

 

「は、終わった。」

 

長かったようで、短かった戦いが終わり安堵の息を吐く。

 

夏油さんはまず、滝夜叉姫の呪霊を解き、今しがた倒した呪霊を飲み込もうとしている。

 

あれが呪霊操術で操る元なのか。どんな味がするのだろう。あとで聞いて...みよ......な。

 

私の体も限界が来ていた。力の踏ん張りが利かず、前のめりに倒れる。倒れる直前、視界の端にこちらへ駆け寄ってくる夏油さんが見えた。

 

 

 

 

夏油視点

 

赤子の呪霊を倒した。今後、利用するために倒した呪霊を飲み込む。うん、不味いな。

 

途中、どうなることやらと思ったが、無事倒せてよかった。これも、千代ちゃんのおかげか。彼女の術式はどんなものか。もう一度聴いたら、教えてくれるだろうか。

 

そうして、私は彼女の方へ振り向く。

 

「千代ちゃん、怪我はな...」

 

すると千代ちゃんがふらつきながら、今にも倒れそうなのが見えた。

 

急いで、駆け寄り残しておいた呪霊を使って、彼女を支えた。ゆっくりと地面に降ろし、仰向けにさせる。

 

異常がないか確かめる。すると、すぐに気づいた。

 

「これはっ。」

 

彼女は特に敵からの攻撃を身に受けてはいなかったはず。だが、横腹から血がにじんでいる。他にも腕、足に打撲の跡が見られる。

 

私自身が、敵の攻撃で負傷した位置であった。そして、打撲の跡。正確な位置は記憶していないが、滝夜叉姫が負った傷を可視化するならこのようになるだろう。

 

彼女の術式を聞くまでもなかった。彼女の術式は、他者の傷を請け負うもの。私と彼女の体格差を見ても、傷を請け負ってから、普通に行動していた際の彼女の忍耐力は凄まじいものだ。

 

「早く治療しないと。」

 

私は反転術式が使えない。腕のいい術師、ここでは同級生、家入硝子のもとに早く連れて行かなければ。彼女を死なせてしまったら、悟にあわす顔もない。

 

空を飛べる呪霊を召喚しようとする、が、

 

「大丈夫ですよ、夏油さん。」

 

彼女の手が私の術の発動を制した。

 

「少しふらついて、意識が飛んだだけなので、平気です。支えてもらってありがとうございます。地面とキスしないで済みました。」

 

そう言って、私に弱弱しい笑顔を向ける。

 

「いや、大丈夫じゃないだろ!その傷は私の…」

 

「大丈夫ですって。私の術式はご想像のとおり傷を請け負うものですが、わざわざ自分が死ぬものを請け負うのはごめんです。」

 

そう言って、千代ちゃんは起き上がり、その手に呪力を籠めて自身の患部にあてる。

 

すると、血のにじみの広がりが止まり、打撲跡が薄くなっていった。

 

「反転術式、使えたのか。」

 

「自分限定ですけどね。ただ強力で、重傷負っても歩くぐらいは何ともないところまで治せます。ね?大丈夫でしょう?」

 

少し余裕ぶっているところが頭の中の親友と重なり、少しイラつく。だから、彼女に笑顔を向けてこう言った。

 

「最初から言ってくれれば、焦る必要はなかったのにね。」

 

そう言うと、彼女の顔が青ざめて、慌てる。

 

「いや、えっと、しょうがないじゃないですか。まさか、こんな強い呪霊だったと思わなかったですし、夏油さんも深く聞かなかったじゃないですか!」

 

あわあわとする彼女を見てぷっと息を吐いて笑う。ちょうどいいから利用しよう。

 

「先輩。」

 

「へ?」

 

彼女の目が真ん丸になる。

 

「戦いの途中、そう呼んでくれたでしょ。これからは夏油さんじゃなくて、傑先輩。そう呼んでくれたら、許してあげる。どう?」

 

彼女は少し迷うようなそぶりをして、恥ずかしそうに言った。

 

「う、分かりました。げ、傑先輩。」

 

その言葉に満足して、手を差し出す。

 

「じゃあ、帰ろうか。立てるかい?」

 

「は、はい!」

 

彼女は私の手を取り、腰を上げる。

 

散々な任務だったな。彼女の術式だったとしても、自分の不覚により傷を負わせてしまったのも申し訳ない。悟にも謝った方がいいかな。

 

それとは別で、彼女の入学後の悟の反応が楽しみだ。

 

 

 




ここまで読んでくれてありがとー

こんなに、夏油メインにするつもりはなかったのにどうしてこうなった
次回はやっと、題名の人が出てくれるよ


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肆話

今回は3人称視点。
話を進めたくて、描写が雑になる。それ以前に、語彙力が圧倒的に足りない。




あの廃病院の戦いから二日後。

呪術高専の教室の中に二人の生徒がいた。五条悟、夏油傑、どちらも最強と称されている二人は、昼休憩中、オセロをしていた。同級生の家入硝子は治療の任務が入りどこかへ行ってしまった。

 

「暇だ。」

逆向きにした椅子の背に脱力しもたれ掛かる五条がつぶやいて、駒を置く。

 

パチッ

 

「なんだ、急に。」

五条のつぶやきに反応しつつ、夏油も駒を置く。

 

パチッ

 

「先日の任務が簡単すぎて、物足りねえんだよ。」

 

パチッ

 

「いいじゃないか。悟が苦しむような強い呪霊なんていない方がいい。」

 

パチッ

 

「傑もこの前任務だったんだろ。強かったか?」

 

パチッ

 

「ああ、2級呪霊の予定が、1級以上の呪霊を相手取ることになってしまってな。ていうか、妹から聞いていないのか。」

 

夏油の言葉を聞いた五条の手が止まる。

 

「あっ?今なんて言った?」

 

そう言って、五条は自分の駒を潰した。その全身からはどす黒い呪力がにじみ出ている。

 

「何を殺気立っているんだ。お前の妹、千代ちゃんと任務に行ったのだが、聞いていないのか?」

 

次の瞬間、五条悟のこぶしが机の上に叩きつけられた。

 

「クソッ!」

 

五条が言葉を吐きつけるように叫ぶ。

 

「悟?」

 

夏油が様子の変わった五条を見て驚く。普段の飄々とした雰囲気からはかけ離れている。

 

五条はまだ状況を理解していない夏油を見遣り、言った。

 

「傑! さっき2級呪霊の予定が、1級以上の呪霊になったと言ったな。あいつがその状況で無事で済むわけがない。」

 

五条がここまで緊迫した状態になるのは珍しい。

夏油は真剣な顔つきで答えた。

 

「いや、彼女は何も怪我をしなかった。本来ならばな。私が不覚を取ったせいで負った傷を彼女が請け負った。彼女自身の反転術式ですぐには治ったのだが、すまない、私がいながら。」

 

五条は夏油の言葉を聞くと、こぶしに込めていた力を解いた。先ほどよりは呪力の出力を抑え、少し冷静になって答えた。

 

「いや、傑は悪くない。悪いのは五条家と上層部の奴らだ。」

 

悟の言葉に夏油は怪訝な顔をする。五条の言っている意味が分からなかった。

 

「どういうことだ。」

 

「...お前には言っておいた方がいいか。あいつは、俺のために、いや違うな。俺が生きていなければ困る五条家のためにのみ存在している。」

 

そう答えた五条の表情は非常にやるせないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1991年、2月、五条家にある女の子が生まれた。

 

後に、五条家相伝である無下限呪術、そして六眼の持ち主であると判明した五条悟の実の妹、千代であった。

 

ひとつ上の兄の術式が分かり、彼女も自分の術式を自覚する年頃になるとそれはそれは期待されていた。

 

しかし、現実はそう思い通りにはいかなかった。

 

彼女の術式、それは『代躰(だいたい)呪法』であった。

 

その名の通り、代わりになる躰を行使する呪法である。任意の相手の身体的能力を自身に上書きし、相手はその分失う。また、自分の術式以外の能力も受け渡すことが可能だ。

 

しかし、彼女は術式により相手から身体的能力をもらい受け、自身を増強させることができなかった。それは、術式を自覚する前にすでに無自覚に縛りを加えてしまったからだ。

 

 

 

ひとつ上の兄、五条悟が、非常に稀有な存在となった瞬間から、周りは彼を大層大事に扱った。今後の呪術界の筆頭になる存在、そして他の御三家に対抗できる存在であったからだ。

 

五条千代はその周りの反応を5歳にして感じ取ってしまった。

 

「兄様は特別。兄様に害を為してはならない。兄様は守るべき存在。」と。

 

その意識が術式に縛りを加えてしまった。

 

身体的能力を自身に代えることができるのは、相手の低下している身体能力のみ。また、相手に渡せるものは、自分に対して有利な能力のみ。彼女が幼いながらにして自身にのみであるが、強力な反転術式を使えたのも、この縛りによるものだろう。

 

彼女の能力を知った、五条家は落胆した。しかし、無下限呪術でないにしても彼女の能力を都合がいいと思った。そう、五条悟の身代わりとなればいいと。

 

よって、五条家のためにという思想が入り混じった教育をされた五条千代は、元々彼を守るという思考もあって、五条悟が負傷する度にその能力で請け負い、彼が完全な状態であるように努めた。

 

そうして、現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一連の話を聞いた夏油は、苦虫を嚙み潰したような表情で五条に問うた。

 

「お前が、千代ちゃんがそのための存在であることを知ったのはいつだ。」

 

自分の親友は呪術師であるが、肉親を自身のための生贄の様に扱う奴ではないと夏油は信じていた。

 

静かに五条は口を開く。

 

「俺が、中2、あいつが中1のとき。あいつの呪法は、触れて発動する。だから、その時まで、反転術式だと偽って、俺の治療をしていた。ただ、あの時は、俺もかなりやられていてな。あいつの体が目に見えて血に染まるのを見た。問い詰めて、初めてあいつの術式を知った。情けねえよな。今まで、負った傷を全部妹にあげていたんだから。」

 

五条千代は幼い頃より、黒い服を好んできていた。それは、自身から発する血を隠すためでもあった。

 

「悟のせいじゃない。それなら俺も同罪だ。彼女に治してもらった。」

 

夏油はまっすぐ親友の方を向いて答える。顔は少し歪んでいたが。

 

「...さっきも言ったけど、傑は悪くない。そう教育してきた五条家の問題だ。」

 

(その五条家の中に悟自身も含めているのだろう。)

 

親友の言葉を受け、夏油に苦悶の表情が浮かぶ。悟は何もしていない。だが、存在しているために彼女を傷つけてしまったことを悔いているのだろう。

 

「今は、どうなっている。私が一昨日、彼女に会ったとき、五条家を崇拝しているような様子は見られなかった。」

 

「あいつの術式が分かってから、教育係をボコボコにしたし、色々周りにも言っておいたから教育はもうされていない。だが、あいつの心の中を覗けるわけでもないから、今のあいつの思考は俺にも分からない。根底には残っているかもしれないな。」

 

 

「っ、では彼女はなぜ今になって任務に参加し始めたんだ。不躾なことをいうが、その話だと彼女はこれからも悟を治すだけで良かったのではないか。」

 

五条が自身の手のひらを見つめて言う。

 

「多分、俺が強くなりすぎたからだよ。怪我なんてしないほどにな。それに高専に入ってからは、少々傷を負っても、硝子の反転術式で回復させてもらえたしな。」

 

 

「なるほど、だから五条家は役割がなくなった彼女を、一度実戦に投入してみて、彼女が実戦の中でも役に立つかを判別したって所か。上層部と取引して。」

 

反転術式を扱える呪術師はそう多くはいない、がいることにはいる。そのほとんどは非戦闘員であり、一瞬で治癒できるわけではない。ある意味、ノータイムで治療できる彼女の能力が真に活かされるのは、戦闘中であるといえるだろう。

 

「ああ、たぶんな。2級よりも上の等級の呪霊を偽って伝え、油断して傑が負傷する状況を想定したんだろうな。怪我がなければ、あいつの有効性を示せないからな。」

 

五条の言葉に夏油は息を吐く。

 

「はあ、私までも利用されていたとは。心底腹が立つ。」

 

「ああ、そうだな。」

 

二人の間に静けさが通る。

 

 

 

 

 

「よし!この話は終わり!」

 

急に五条が手を叩き叫んだ。

 

「どうしたんだ。急に。」

 

夏油は先ほどの重い空気と打って変わった五条をみて驚く。

 

「これ以上話してもしょうがないってことさ。確かにうちが手のひらを返したように、あいつを呪術師として送り始めたり、その先駆けに傑を利用したのは許せない。だがあいつも呪術師だ。今後その任を持つことに異論はない。」

 

確かにそうだ。彼女自身、教育はもう受けておらず、これから通常の任務を受けられれば、一般の呪術師と何ら変わりない。

 

(本当は兄として心配しているのだろうが、こいつは普段の飄々としている態度の方が似合う。)

 

夏油は悟の空気を変えようとする姿勢に乗っかった。

 

「それに2か月後にはここに来るからな。近くでも見守ってあげられるからだろ、兄様(あにさま)。」

 

「な、お前、それをあいつから聞いたのか。」

 

少し顔が赤くなった五条が尋ねる。これは面白いと感じた夏油はさらに悪い笑みを浮かべて畳みかける。

 

「ああ、それともう一つ。誰がお前によく突っかかるネチネチ野郎だ。この野郎」

 

夏油の言葉でさらに五条の顔が悪くなる。

 

「く、あいつ変なところでぼろを出すからな。だが、俺も一つ許せねえことがある。」

 

反撃するかのように五条は夏油を指さした。

 

「なんだ?」

 

「俺の妹を千代ちゃんなんて気安く呼ぶな!せめて、苗字呼びしろ!」

 

親友の意外な一面に驚く夏油。

(…意外だ。こいつシスコンだったのか。しかし、)

 

「はあ、お前だって妹のことあいつ呼ばわりしているだろ。兄としてどうかと思うが。それに苗字だとお前と被る。」

 

「ふざんけんな。お前普段、俺のこと名前呼びだろ。」

 

「今度から苗字呼びにしてあげるよ。」

 

軽い挑発をかました夏油。余裕の表情で五条をいじる。

 

「ああっ?」

 

それに易々と乗る五条。五条悟の額に青筋が浮かび、戦闘の構えになる。

 

「なんだ?やるのか?」

 

夏油もやる気満々だ。

 

「ああ、ここで白黒つけさせてやるよ。」

 

二人の間に緊張が走る。

 

 

 

次の瞬間、教室の扉が開き、担任の夜蛾が入ってきた。

夜蛾が二人を見遣ると、二人は先ほどの剣呑な雰囲気などなかったかのように着席していた。完璧な高速移動であった。

 

 

 

しかし、夜蛾は突っ込んだ。

 

「おい、机の上のオセロ片付けとけよ。」と。

 

 

 





ここまで読んでくれてありがとう~

なんか、設定を色々詰めすぎた気がする。


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伍話


呪法の名前とか安直にしてしまう。
原作者さんのあの難しい漢字が呪法にピッタリとマッチする感じがすごいと思う。(小並感)




2006年4月、学生は新しい学年を迎える時期である。それは、ここ東京都立呪術高等専門学校とて例外ではない。

 

校内にある桜を見つめる生徒が一人。白い髪に、黒のヘアバンド、そして呪術高専の黒の制服。今年の新入生の内の一人、五条千代である。

 

「うーん、春ですねえ。」

 

しみじみとした表情で言う。

 

「さてと、そろそろ教室に向かいますか。」

 

十分に桜を堪能したあと、新しい教室に向かった。

 

教室の中にはすでに二人の生徒がいた。黒髪のまだあどけなさが残る青年、茶髪で外人の血が混じっているであろう、長身の青年だ。二人とも、さほど任務に行かない千代とは初対面だ。

 

「おはようございます。1年の教室ってここであってますよね?」

 

「うん、合ってるよ!」

 

黒髪の青年が答える。

 

「ありがとうございます。」

 

千代はそれに安堵して教室の中に踏み入れ、席に座る。

 

「ねえねえ、君のお名前聞いてもいい?」

 

これまた、黒髪の青年が千代に聞いてきた。

 

「名を名乗るときは自分からという風習がありますけど、どうします?」

 

千代は少し意地悪をするような笑みを浮かべて聞き返す。

 

青年はきょとんとした後、にかっと眩しいぐらいの笑顔に変えて答えた。

 

「それもそうだね。僕の名前は灰原雄。よろしく!」

 

(あ、この子まっすぐ過ぎるな。呪術師には珍しい。)

 

千代は直感で灰原の性格を察した。そしてもう一人、

 

「そちらの長身の方は?」

 

茶髪の青年は読んでいた本を閉じ、千代の方を向いて答える。

 

「私は尋ねていないのですが、」

 

「細かいことは気にしないんですよ。」

 

「いや、あなたが最初に気にしたのでしょう。はあ、私は七海健人です。」

 

そうは言いつつも礼儀正しく返してくれる青年に千代も答える。

 

「私は五条千代です。よろしくお願いしますね、灰原君、七海君。」

 

互いの自己紹介がちょうど終わったとき、教室の扉がガラッと開き、黒髪を後ろで低めにひとまとめにして、瓶底メガネをかけた女性が入ってきた。

教卓の前まで進み、千代たちを見渡す。

 

「あー?1年生全員揃っているね。私は君たち一年の担当、荒縫(あらぬい)妃沙(ひさ)だ。よろしく。さっき声が聞こえたから、たぶん互いの自己紹介済んでいるね。よしっ、それじゃあ、任務行こうか。」

 

「「「えっ」」」

 

いきなりのことに3人の声がハモった。

 

しかし、その後の反応は三者三様であった。

 

「先生、オリエンテーションとかそういうワクワクイベントないんですか?」

真っ先に手を挙げて先生に聞くのは灰原。

 

「あのー私、そんなに戦えないんですけど。」

非戦闘員であることをアピールする千代。

 

「なぜ集めてからすぐに任務に行くのですか。まだ、互いについてなにも知りません。」

任務の必要性を抗議する七海。

 

荒縫は手元の資料をめくりながら言う。

「みんな、一気にしゃべりすぎ―。えーと、まず灰原雄。」

 

「はい!」

荒縫の呼びかけに元気よく返事をする灰原。

 

「オリエンテーションはもっと大人数でやってこそ、楽しめるもんだ。四人でやってもつまらないだけだ。」

 

「そうですか。分かりました。」

荒縫の言葉に灰原はシュンとする。

 

一方他の二人は、

((え、そういう理由?))

全く同じ疑問を抱えていた。

 

「次、五条千代。」

 

「はい。」

 

「もともとサポート向きの術式だが、五条自身が最低限戦えるのも分かっている。そこら辺の調整は3人で行うからお前も来い。」

 

(まあ、そうですよね。)

 

「はーい。」

 

一応納得して千代も返事をする。

 

「最後、七海健人。」

 

「はい。」

 

「今回は互いの戦い方を見て、吸収するのが目的だ。事前に話すより、実戦で見た方が互いのことが分かりやすい。」

 

「分かりました。そういうことなら。」

 

七海も荒縫の言葉を渋々受け止めた。

 

3人の様子を見て、荒縫は自身のメガネの蔓に手をかけ、位置を調節しながら、にやりと笑い発破をかける。

 

「それにな、お前ら……、呪霊は待ってはくれないぞ。」

 

その言葉を聞いた3人の顔は先ほどより幾分か引き締まっていた。

 

 

 

 

 

 

任務は公園跡地にて3級呪霊を祓うものだった。もともと、灰原と七海は以前から任務の経験が豊富であったので、難なく呪霊を相手にできた。少々突っ走り気味の灰原を七海がセーブしていたが。

 

七海の術式は『十劃(とおかく)呪法』。定めた線分の長さの7:3となる場所に強制的な弱点を作る呪法だ。線分は部位ごとでも調節できる。弱点を作っても、そこに攻撃を与えなければ、意味がないが、元来几帳面な性格もあり、攻撃は洗練されている。

 

灰原の術式は『漣紋(れんもん)呪法』。自分の呪力を波長の様に調節し、任意に荒立てたり、増幅させることが可能だ。それは、自分の元を離れた呪力でも可能であり、弱い呪力で呪霊に攻撃を与えた後でも、呪力の波長をずらし、大ダメージを与えることができる。また、呪力の感知も波長を捉えるかのようにして行うため索敵も得意だ。

 

そんな二人の戦いを見つつ、千代も分銅鎖を使って、軽くアシストを行う。

 

(うーん?やっぱり私必要ない気がする。)

 

この戦いの中で彼女の術式を使うことはなさそうだった。

 

 

 

 

 

呪霊の数はそこそこ多かったが、特にこれといった問題もなく、呪霊を祓うことに成功した3人は担任の荒縫もとに集まった。

 

「うん、戦い見させてもらったよ。特にチームワークの部分は気にしていなかったが、まあ十分だね。3人ともどちらかといえば近接戦闘を専門にしているから心配だったけど戦いなれているからか問題ないし。よし、帰ろうか。」

 

 

淡々と講評をして、彼女は背を向ける。

 

(あまり、感情が見えない先生だなあ。自分の従う理論があるみたい。)

心の中で、千代は思った。

 

荒縫先生は無駄に生徒と話さず、適当に任務で戦闘の配置を伝えてあとは観戦していただけだ。しかし、配置は呪霊との戦闘で有利であったし、時折聞こえる指示は、正確なものだった。データでしか、五条たちのことを知らないはずなのに。

 

帰ろうとする荒縫は、何かを思い出したように足を止め振り返った。

 

「ああ、五条。うーん。五条と被るから千代でいいか。千代、一応お前の術式で二人の傷治してやってやれ。」

 

五条千代の兄、五条悟のこともよく知っているのだろう。千代の呼び方を変えた。

そして、荒縫の指示は二人を治せというものだった。

 

しかし、千代は少し不服そうに申し立てた。

 

「え、高専の反転術式使う人に治してもらえばいいじゃないですか。そんなに大けがじゃないですし、わざわざ私のを使わなくても。」

 

呪霊は確かに弱いものだったが、数がいたので二人は少々傷を負っている。しかし、すぐ治す必要性のないものだと千代は判断した。彼女自身、そんなに見せびらかしたい術式でもなかった。

 

千代の言葉に、荒縫は説明する。

 

「さっきも言ったけど、今日は実戦で3人が互いに知ることが重要だ。これから、3年間一緒に過ごすんだ。術式は知っておいた方がいい。」

 

「はい…、分かりました。」

 

千代は渋々了承し、二人の肩に手を当てた。二人は何が起きるか、あまりよく分かっていないようだったが。

 

代躰(だいたい)呪法』

 

傷継(しょうけい)

 

千代の術式が発動すると二人の体から、傷が消えた。突然痛みがなくなり、驚く二人。

 

「私の術式は相手の体から傷を私に移すものです。ああ、私の方は気にしないでください。自分だけに反転術式が使えるので、このぐらいなら集中すれば怪我の痛みを感じる前にすぐに治せます。」

 

軽く術式を説明して、心配されないように言う。

 

「へえ~すごいね!」

 

灰原は、感心しているようだ。一方で七海は何とも言えないような顔をしていた。

 

(うーん、七海君は頭よさそうだな。私の術式の意味を正確に捉えてそうな感じがする。)

 

そう、五条千代が戦いに参加するのは身代わりの意味合いが強い。その意味を瞬時に理解し、七海は少し不快感を表す。

 

しかし、呪術師というものの中で、自分の身を媒介にする者は多い。呪霊を祓うためなら、なんらおかしいことでもない。呪術師は狂っていなければやっていくことなど出来ない。

 

七海はそのことも理解していたからこそ、その感情を押しとどめた。

 

 

 

 

荒縫は千代が二人を治し、あらかた説明が終わったのを見ると、3人に声をかけた。

 

「よし、じゃあ、今度こそ帰るぞ。飯ぐらい奢ってやる。」

 

その言葉に、3人は一斉に荒縫の方を向く。

3人とも驚きの表情だ。

 

「なんだ、その顔は。」

 

荒縫は3人の表情を見て言う。

 

「先生何食べてもいいんですか!?」

「荒縫先生は論理的思考しか持っていないかと思っていました。」

「すいません、生徒に奢るような人に見えなかったです。」

 

灰原、千代、七海が順に勢いよく話す。

 

「おい、若干1名質問の方向性が違うが、まだ会って数時間なのに散々な言われようだ。じゃあ、なにかそのまま直帰するか?」

 

「え、僕食べるって言いました!」

「ぜひ、いただきます。」

「せっかくなので、お願いします。」

 

荒縫は3人の反応に軽く溜息を吐き、言う。

 

「よし、じゃあ、行くぞ。」

 

荒縫は振り返り、歩き出す。その後ろを3人が追う。

まるで親鴨に続く小鴨のようであった。

 

 

 

歩を進める荒縫は、心の中でつぶやいた。

 

(私は生徒が大事だよ。)

 

分厚い眼鏡の下に、ひどく優しそうな瞳があった。

 

 

 

 





ここまで読んでくれてありがと。

今回は二つのオリ設定が出てきたけど、灰原君の呪法は今後活躍するときがなさそう。


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陸話

2年生登場。

硝子さん個人的に大好き。




 

冬の寒さも完全になくなり、心地よい暖かさになった今日、前回の任務から3日ほど経っていた。特に任務もなく、授業や、自主練をして過ごしていた1年生3人だが、昼休憩中に乱入者が現れた。

 

「おー、いたいた。やっほー。」

教室のドアから、顔を出したのは、五条千代と似ている男子生徒。ツンツンとした白髪に怪しげな丸いサングラスをかけている。

 

突然の来客に一瞬動きが止まる3人であったが、灰原と七海はその後、五条千代とその男子生徒を見比べた。

五条千代は席から立ちあがり、驚いた表情で言葉を漏らす。

 

「兄様?」

 

「おう、久しぶり。」

 

片手をあげて、返事をする五条悟。

 

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。兄様。」

 

久しぶりに会う兄に、笑顔を向ける千代。普段はここまで微笑むことはない。

 

他の1年二人は、その間に入ろうか入らまいかを迷っていた。灰原は我慢できなくなりどういう関係か尋ねようとしたとき、五条悟の後ろから声が響いた。

 

「おーなになに、感動の再会ってやつ?」

「いや、そこまで重くないでしょ。悟、いきなり1年のところに押しかけたら、向こうも困ってしまうよ。」

 

一人は、黒髪のショートで右目下のほくろが特徴的な女子生徒。

一人は、以前千代と共に任務に行った夏油であった。

 

 

「別にいいじゃん。後輩になるわけだし。」

 

「後輩?」

 

五条悟の言葉に、反応し頭をコテンと傾ける灰原。

 

「ああ、私たちは2年生、君たちの先輩だよ。」

 

灰原の疑問に答えた夏油。

 

夏油の言葉を聞き、灰原は先輩という存在に目をキラキラさせる。一方七海は特に表情も変えずに先輩の方を見ていた。

 

 

2年生3人は順に自己紹介を行う。

 

「俺は五条悟、そいつの兄だよ。」

五条は千代を指さして言う。

 

「夏油傑、よろしく。」

五条に続き、手をひらひらさせて夏油も挨拶する。

 

「私は家入硝子。みんな先輩だからってこいつらをわざわざ尊敬しなくてもいいからね。」

なぜか二人を貶す言葉を付け加える家入。

 

「おい、どういうことだよ(ですか)」

 

家入の挨拶に二人が突っ込む。

 

そんな、上級生を見て、灰原が笑う。

 

「あははは、面白い先輩ですね!僕は灰原雄といいます。よろしくお願いします!」

 

「七海健人です。」

 

続いて七海も挨拶をした。

 

二人の挨拶を聞き、最後に、千代も自己紹介をした。

 

「兄様と傑先輩は良いとして、硝子さんは初めましてですね。五条千代です。よろしくお願いします。」

 

五条悟は千代の「傑先輩」という言葉にピクッと反応して、鋭い視線で夏油を見遣る。夏油も五条悟の視線に気づいているが、素知らぬ態度を通している。

 

夏油は五条弄りをひそかに楽しんでいた。

 

また家入硝子は千代に興味津々のようであった。

 

「へえ、君が悟の妹か。顔は似ているけど、全然性格違うね。五条と違っていい子そ~。」

 

「おい、硝子さっきから、一言余計だぞ。」

 

「あっはは~、まあいいじゃん、怒ってばっかだと禿げるよ。」

 

「うるせえ。」

 

互いの紹介も終わったのに、先輩たちがまた、がやがやと話を進めていく。

 

 

千代はというと、

 

(え、兄様禿げてしまわれるの?)

 

真剣に硝子の言ったことを考えていた。

 

 

 

 

話が進まず、結局しびれを切らした七海が2年生に問うた。

 

「あの、それで先輩方はどうしてこちらに?」

 

その問いに夏油が答える。

 

「ああ、そうだね。要件を言い忘れていた。この後、2年と1年で任務に入るよ。まあ、交流目的みたいなものだ。そんなに気負わなくていい。私と灰原、五条悟と七海、硝子と千代ちゃんでペアになって当たってもらう。」

 

「そうですか。」

 

七海は顔には出さないが、少々嫌そうであった。急に入った任務に対してではない。そんなものは前回にも経験した。ペアになる五条悟と自分の相性が良くなさそうであると直感的に感じたからである。

 

「分かりました!よろしくお願いします!夏油さん!」

 

一方で灰原は元気よく答える。やはり先輩というものに憧れを感じているようだった。

 

「よろしく。じゃあ、あとは各ペアで移動してね。行こうか。灰原」

「はい!」

 

灰原は夏油についていく。それを見て、五条たちも動き出す。

 

 

「おし、こちらもぼちぼち行きますか。七海君。」

 

「了解です。」

 

「もっとテンション上げていこうよ~」

 

至極真面目に対応する七海に五条が不満を漏らす。

 

「いえ、自分のペースが一番なので。」

 

ダルがらみされるのを嫌そうにする、七海。五条はそれを面白がって更にからかいながら、二人は教室の外に出ていった。

 

 

 

教室に残ったのは、家入と千代の二人。先ほどの騒がしい様子とはかわって随分と静かになってしまった。

 

「家入さん、私たちはどうするんですか?」

 

千代が家入に尋ねた。

 

「硝子でいいよ。うーん特に決まってないんだよねえ。」

 

家入は、千代の隣の席に腰掛けながら言う。

 

「へ?」

 

「私さあ、反転術式を使うから戦闘にはそんなに参加しないんだよね。今日は一応千代ちゃんと組めとは言われているけど、急患がいない限りやることはないかな。ほら、千代ちゃんも座って、座って。」

 

そう言われて、千代自身も自分の席に着く。せっかくなので聞いておきたいことは聞いておこうと思った千代は質問をする。

 

「なるほど、では、硝子さんの反転術式について教えてもらってもいいですか?」

 

千代自身も反転術式を使う。他の使用者の意見も知りたいところだった。

 

「えー、前に五条からも教えてって言われたけど説明下手って言われたよ。」

 

五条悟は、まだ無下限呪術の術式反転「(あか)」を習得していない。そのため、家入にコツを聞き出そうとしたようだ。

 

「兄様から?因みにどんな感じに説明したんですか?」

 

(兄様のセンスは悪くないはずだけど。どんな教え方をしたのだろう?)

 

千代はもともと無意識下で反転術式を習得したため、学んで身に着けることに関してはよく分からなかった。そのため、千代は反転術式の発動の仕方について教えることはほぼできない。

 

「んー、こうぴゅうっとやって、ばあとして、ちょいちょいっとしたらできるでしょ。」

 

そう言いながら、人差し指を突き出し、空を切るようにして動かす家入を見て、千代の顔が引き攣る。

(ごめんなさい、兄様。兄様のセンスを疑ってしまいました。これは無理ですね。)

 

圧倒的感性の問題だった。

 

「どうして、私の反転術式について聞いたの?千代ちゃんもチャレンジしてるから?」

 

「いや、私は自分自身のみを対象にした反転術式は使えますけど、他の人には使えないので。一応参考にと。」

 

縛りによるものだとは言わずに答える。

 

「ふーん、真面目だね~。もうちょっと肩の力抜いたら?」

 

「いえ、これが通常なんですけど。」

 

千代は曖昧に笑う。

 

「私的には、何となく五条と同じ匂いがするんだけどなあ。」

 

(におい?)

千代は気になって自分の袖をクンクンと嗅いでしまう。何も臭いがせず、顔を顰める。

 

「あはははっ、千代ちゃん意外にピュアだね。それをもっと前面に出せばいいのに。」

 

家入さんの言っていることがよく分からないといった表情をする千代。

 

「つまりはさ、もう少し自分のことを考えたらいいんじゃないってこと。」

 

 

千代はその言葉を聞いた瞬間、家入の言葉が心臓の奥に突き刺さったのを感じた。何か言い返さなければと考えるが、何も出てこない。

 

 

「あの…、硝子さ…「家入、千代いるか?」」

 

取り敢えず何かを言おうとしたとき、1年の担任の荒縫がやってきて千代の言葉を遮断した。

 

「あれ、荒縫先生じゃないですか?どうしたんです?」

 

「どうしたんです?じゃないだろ。お前、急患が入るまで任務はないとは言ったが、念のため医務室で待機してろと言われたろ。」

 

荒縫の言葉に動き、表情が固まる家入。これは完全に忘れていた顔であった。

 

「一般人が呪霊の被害に遭って、応援要請に来た補助監督員が医務室に行ったが、お前らがいなくて探し回ってたぞ。」

 

 

「あ、やば。」

 

案の定の反応に、荒縫は深く溜息を吐く。

 

「そんなこと言っている暇あるなら急いで向かえ。」

 

「はーい、じゃあ千代ちゃん行くよ。早く行かないとあとで夜蛾先生にどやされる。」

 

「手遅れだよ。もう夜蛾の耳にも入ってる。」

 

荒縫が追い打ちをかける。

 

「ええぇ、そこは黙っていてくださいよ。千代ちゃん、ダッシュだよ。」

 

「は、はいっ」

 

走る家入についていく千代。

 

 

 

しかし、その心の中では先ほどの家入の言葉が反芻する。

 

(私自身のこと…)

 

走りながらも思案している千代を横目で見た家入は少しだけ口角をあげた。

 

(男は気づきにくいよね、女のこういうとこ。)

 

 

 





ここまで読んでくれてありがとぅ。

少しリアルが忙しくなってきたのとストックが切れたので次の投稿まで2,3日空ける。
ごめんよ。


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漆話

三人称の方が個人的に描きやすい。
≠上手




 

2006年 6月

 

呪術高専の結界を作り上げ、不死の術式を持つ天元の同化に際し、天元本人の適合する人間・星奨体(せいしょうたい)となる天内理子(あまないりこ)の護衛の任が五条、夏油に与えられた。

 

2人が任務に向かうと、早速、呪詛師集団『Q』が彼女の住まいを襲撃していたところだった。しかし、最強と言われている彼らは容易く呪詛師集団『Q』を撃破した。

 

その後、天内の希望により、彼女の中学校での最後の日常を守護することになった。

 

2人が中学校で、彼女の最後の生活を見守っていた時、もう一つの敵である盤星教の術師が現れた。特に苦戦することもなく、見事天内を守り切ることに成功した二人だが、彼女の唯一の家族ともいえる使用人の黒井が敵に捕まってしまう。敵が黒井の取引に利用した場所は沖縄であった。

 

その取引に応じるため、沖縄へ五条、夏油と希望により天内が向かう。

 

そして、警備には1年生3人組も駆り出された。

 

 

 

那覇空港に到着したのち、空港の警備を任されている1年生の3人は、周囲に注意を向けていた。

 

「はあ、どう考えても1年生に務まるような任務じゃないでしょう。」

 

伏し目がちな七海がため息交じりにぼやく。

 

本来、星奨体がこちらに来る予定はなかった。高専の中にいた方が数段安全だ。彼女の希望により、黒井の取引についてくることになったため、任務の重要性は格段に跳ね上がる。

 

「でも僕は燃えてるよ。なんたって夏油さんにいいところを見せたいからね。」

 

2か月前の、ペアでの任務から、灰原は夏油をいたく尊敬するようになった。毎回、夏油さんみたいに強くと言うほどだ。

 

「それに星奨体といってもいたいけな少女だ。先輩たちが身を削って、彼女を守るんだ。僕たちが頑張らないわけにはいかない。」

 

残り2人は灰原の背後にメラメラと燃えるような炎の幻覚が見えた。

 

「しかし、ここは沖縄ですよ?台風で空港が閉鎖されたらおしまいです。」

 

あくまで悲観的、現実的に物事を見据える七海が、星奨体がこちらにいるリスクを問う。

星奨体が天元と適合する日は決まっており、明日までには東京の高専に戻らねばならない。

 

「天気予報では、今日、明日ともに晴れなので多分大丈夫ですよ。」

 

そう答えたのは、千代だ。

 

「まあ…、そうですね。」

 

「私は、この後兄様と傑先輩のところに合流する予定なので、空港の警備お願いします。」

 

黒井の取引を刺激しないように、一旦空港で待機を言われていた千代。無事取引も終わったようなので、五条たちがいる海辺へと向かうように指示が来た。

 

「いわれなくてもやりますよ。」

「いってらしゃーい、千代ちゃん。怪我無いようにね。」

 

((怪我負わない方が難しいですよ。))

七海と千代の心の声がハモった。

 

なんせ、護衛するのはあの星奨体だ。文字通り身を挺して守るのが千代の役目だろう。

 

灰原はまだ千代の存在の意味をなんとなくでしか分かってないらしい。

 

(しかし、そう純粋なのが彼の良いところ。)

 

なんだかんだ言って、千代も同級生と共にいることに慣れて、彼らについてよく分かって来ていた。

せっかく言ってくれたのだ、きちんと答えよう。

 

「はい、行ってきます。」

 

千代は、彼らに微笑み出発する。

 

 

 

 

 

思っていたよりも、海辺への自動車道が混みあっており、千代が集合場所に指定された海辺に着いたときは、予定ではすでに星奨体を連れて空港に向かわなければならない時間であった。

 

(これは骨折り損だったかな。)

 

わざわざ来たのに、すぐにとんぼ返りをすることになって気持ちが落ちる千代。

 

海岸を見渡すと、遠目で五条たちの集団を見つけた

丁度、五条と天内が海から引きあげてきたところだった。

しかし、何やら話し込んでいるようだ。

 

取り敢えず近くまで寄る。

 

「兄様、傑先輩。」

 

「お、来たね、千代ちゃん。」

 

「はい、遅れてすみません。道が混んでて、もう空港へ向かう時間になってしまいましたね。」

 

「ああ、そのことだけど、帰るのは明日の朝に変更だよ。」

 

「えっと、どうしてです?」

 

「いろいろとね。」

 

そう言って夏油は天内のことを見遣る。

 

(思い出作りか。)

 

明日には天元と同化してしまう天内。

できるならば、最後まで悔いのないように過ごしてもらいたいということだろう。

 

千代は、呪術師界の礎としてその身を捧げてしまう彼女に何も思わないわけではなかった。ある種、自分自身と似ている部分もあった。

 

「…了解です。」

 

「ありがとう。」

 

2人が話していると、天内が我慢できなくなったように話し出した。

 

「お前はなんじゃ。どこか五条と似ているし、さっき兄様と…」

 

「そうそう、俺の妹だよー。」

 

天内の言葉を遮るように五条が答える。

 

「こんにちは、五条千代といいます。よろしくお願いしますね。」

 

千代は天内の方へ向き挨拶をする。

天内は千代のことをじろじろと観察する。

 

「ふむ、五条の妹か。うむ、似てないな。主に性格が。こいつよりお主の方が良い性格をしていそうだ。」

 

天内がどこかの誰かが言ったことと同じようなことを言う。

 

「その通りだね。」

 

天内の言葉に乗っかるように夏油もぽつりと言葉を漏らす。

 

その瞬間、五条は天内の首に腕を巻き付け、落とし込むように首を絞めた。笑顔になりながら天内に問う。

 

「誰の性格が悪いって?」

 

「ギブギブ、ギブなのじゃー。」

 

必死に五条の腕の中でもがく理子。

 

「五条さん理子様をお降ろし下さい!」

 

必死に五条を止めようとする黒井。

 

「兄様…」

 

兄の反応に千代はどのようにしてよいか分からず、おろおろとしてしまう。

 

 

なかなかにカオスになりつつある空間に夏油が助け舟を出した。

 

「ほらほら、明日に帰るなら、今日のうちにやることやっておかないとね。時間は有限だよ。」

 

夏油の言葉を聞いて、五条は天内を離し、不満があるかのように夏油を見つめる。先ほどの言葉は五条にもしっかりと聞こえていたようだ。

 

「どこにいく?」

 

夏油は五条の視線など気にも留めず行き先を検討する。

 

「うーん、そうじゃのー。」

 

天内は顎に手を当てて、思案する。

 

「残念、行き先はもう決めてるんだな~。」

 

五条はそう言いながら、ガイドブックを取り出す。所々のページに付箋がしてあった。

 

それを見て、天内が反応する。

 

「なぬ!?ずるいのじゃ。」

 

黒井と夏油は、

((いや、準備がいいな!?))

 

と五条の用意周到なことに驚いていた。五条がもともと予定を遅らせることも考えて勝手に計画していたのだろう。

 

一方、千代は、

 

(兄様なら何かする気がしていましたよ。)

 

血がつながっているだけあって、兄の行動を察していた。

だから、帰る時間を遅らせると言われた時、ろくに反論などしなかったのだが。

 

 

その後、昼食をとり、カヌー体験や水族館などを巡った。観光するには短い時間であったが天内にとっては貴重な体験となっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

沖縄にて、濃い一日が終わった。

急にとったホテルにて、天内は疲れ果ててすぐに眠ってしまった。

 

千代は天内の部屋の近くで警備している兄に話しかけた。

 

「兄様、」

 

「ん?なんだ?」

 

千代は、意を決したような表情で兄を見つめ、答えた。

 

「私の術式を兄様に使わせてください。ずっと兄様の術式を解いてないのでしょう?」

 

千代は五条が術式を使い続けているために溜まった疲労を取り除こうとしていた。

 

「へーきだよ。それにお前の今の仕事は星奨体の守護だ。俺に使う必要はない。」

 

しかし、断る五条。千代は兄が拒絶することを予想していたためここでは引き下がらない。

 

「しかし、完璧に任務を成功させることも考えるなら、回復させた方が…」

 

「くどいぞ。俺は大丈夫だと言っている。お前が数時間でも行動できなくなる方が痛い。」

 

無下限呪術と六眼を並行して使用する五条の忍耐力はとても高い。その分、疲労もそれなりに溜まる。ある意味傷は誰が受けても等しいものであるが、疲労は個人が受けることのできるキャパシティがある。昔、千代が兄の疲労を請け負ったときは、反転術式を使っても回復するのに時間をかけていた。今では、そのことも五条は知っていた。

 

五条の言葉に口をつぐむ千代。

そして、絞り出すように答えた。

 

「出過ぎたことを言いました。必要ならお申し付けください。」

 

身を翻し自分の部屋へと戻る。その後ろ姿をみて、五条はつぶやく。

 

「…しまったな。」

 

そう言って、頭を掻く。

 

五条は以前夏油に指摘されたように千代に強く当たるきらいがある。(シスコンではあるのだが。)

先ほども強く言ってしまったことを後悔し、しゃがんで落ち込んだ。

 

丁度その時、夏油がやってきた。

 

「どうしたんだ、悟?」

 

しゃがんでいる五条を見て言う。

 

五条は深く息を吐き、立ち上がって頬を自分の平手ではたく。今、集中するべきなのは護衛任務だ。

 

「なんでもないさ。」

 

貼り付けたような笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、同化当日の午後3時、無事に一行は天内を連れて、高専に到着することができた。高専に来てしまえば、天元の結界の内側だ。

 

「これで一安心じゃな。」

 

安全圏内に来れたことに安堵する天内。

 

「そうですね。」

 

浮かない顔で天内に同意する黒井。

 

「悟、お疲れ。」

 

夏油も終始術式を発動し、睡眠も削っていた五条を労わる。

 

「二度と餓鬼のお守はごめんだ。」

 

「あ?」

 

軽口をたたく五条に天内が突っ込む。

 

 

千代も大きく息を吐き、緊張をほぐした。

 

(なにも起きなくてよかった。あとで兄様を治そう。)

 

 

一行は無事に任務が終了する兆しが見え、気が緩む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、次の瞬間。五条が背後から刀で突き抜かれた。

 

 

「兄様っ!」

 

刺された兄の姿を目の当たりにした、千代が叫ぶ。

 

五条の後ろには黒髪で口元に傷がある男性がいた。

 

 

その男を視認すると五条はかすかに笑いながら尋ねた。

 

「アンタどこかであったか?」

 

男はにやりと笑い答える。

 

「気にすんな。俺も苦手だ。男の名前覚えんのは。」

 

 




急に原作に入ったよ。個人的にはやっと入れたって感じ。

ただ、特に話の何が変わってるとかはないけどね。


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捌話


戦闘は薄味。展開が早い。




夏油は五条が背後の男から刺されたことを認識し、呪霊を召喚する。巨大な呪霊が地面から現れ、男を飲み込んだ。

 

「兄様っ」

 

千代は五条に近寄る。

 

夏油も呪霊の方に意識を向けながら五条の方へ駆け寄り安否を確認する。

 

五条は手を千代たちの方へ向けにやりと笑って答えた。

 

「問題ない。術式は解除していたが、内臓は避けたし、呪力で強化して刃を引かせなかった。お前らは天内を早く天元様の元へ連れていけ。ここは俺が持つ。」

 

五条の言葉を夏油は信用し、言葉をかけた。

 

「油断するなよ。」

 

夏油は天内の方へ走る。

 

「しねえよ。」

 

 

千代はまだ、五条の近くにいる。

 

「お前も早く行け。」

 

五条は千代を急かす。

 

千代は唇をかむ。ここで治療を申し出ても五条は断るだろう。敵はまだ生きている可能性が高く、ここでどうこうしている猶予はない。先の攻撃から術式を再度発動して、五条に触れることもできないのだからなおさらだ。

 

「ご武運を。」

 

千代はそれだけ言って、夏油達の後を追った。

 

「任せろ。」

 

千代が去り、彼女に聞こえないようにして五条はつぶやく。次の瞬間、夏油の呪霊が内側から切り崩され、中から先ほどの男性が現れた。

 

 

 

彼の名は伏黒甚爾。極めて特殊な「天与呪縛」の持ち主である。呪力を完全に持たない代わりに、呪縛の強化によって五感が呪霊を認識できるまでに鋭く、身体能力も圧倒的である。体に武器庫の役割を持つ呪霊を巻き付け、武器の自在に操る。

 

 

 

五条は目の前の敵に対し、戦闘態勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏油達は、星奨体同化のために、高専最下層、薨星宮(こうせいぐう)参道に訪れた。天内の付き人である黒井はこれより先へは行くことを許されていない。天内と黒井は抱きしめあい、最後のお別れをする。

 

2人が涙し、別れを惜しむ姿を見て千代は思う。

 

(一生家族に会えることが出来ない、隔離された世界へ赴く彼女はどのような気持ちなのだろう。使命だから納得し、受け入れた結果だとしても彼女の本心はどこにあるのだろう。本来ならば普通の生活を送るはずだった人の子である彼女自身の心は。)

 

千代は数か月前に家入に自分のことを考えればと言われてから自分の本心について、そして他者の気持ちについてよく考察するようになった。

 

この状況においてそれを考えるのは不謹慎かもしれないが、目の前で抱き合う2人を見て、そう思わずにはいられなかった。

 

千代はちらりと夏油を見遣る。夏油も何とも言えないような顔で2人を見つめていた。

 

 

 

黒井との別れを済ませた後、歩を進め、薨星宮(こうせいぐう)本殿に3人は到着した。天元様のお膝元であり、国内主要結界の基底である。千代と夏油の護衛もここまでである。

 

夏油は天内に同化までの順序を説明する。それを浮かない顔で聞く天内。まだ、先ほどの別れが忘れられないのだろう。

 

夏油は説明し終わったあと、天内にとって思いがけない言葉が付け加える。

 

「…、それか引き返して黒井さんと共に家に帰ろう。」

 

その言葉に驚いた表情をする天内。

 

 

千代もその言葉に思考が一度止まった。呪術界の要である天元の同化を放棄することだ。そんな簡単に放棄することなど出来ない。

 

夏油曰く、その判断が親友の五条と相談して決めた結果だという。天内がどんな選択をしようと、その未来が侵されないよう保証することも付け加えられた。

 

(兄様と傑先輩がそう決めたのなら異論はない…、ただそういう大事なことは前もって教えてほしかった。)

 

千代は自分の生い立ちを考慮され、伝えられていなかったと考えた。それに関して少々思うところはあるが、仕方のないことだと割り切った。

 

千代は夏油に目配せして了承の意を送った。夏油もそれを認識し、2人は天内の回答を待った。

 

 

夏油の言葉を聞いた、天内は自分の本心を漏らす。

 

「私は生まれたときから特別と言われて、それを普通だって思ってた。幼いころに両親が亡くなったことも、もう忘れて辛くも悲しくもなかった。同化してしまえば同じように辛いことも悲しいことも忘れる。だからみんなと離れ離れになっても大丈夫だって思ってた。」

 

天内の目から涙がこぼれだす。

 

「でも、でももっとみんなと一緒にいたい!いろんなところにいって、いろんなものを見たい!」

 

天内の魂の叫びだった。これが星奨体である天内理子でなく、1人の人間としての天内理子の本心。

 

夏油はその願いに応じた。

 

「じゃあ、帰ろうか。」

 

夏油はそう言って、天内に手を差し出す。

 

天内は笑って、「うん」と言い手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その天内の手が夏油の手を握り返すことはなかった。

天内の脳天に銃弾が撃ち込まれたからだ。

 

天内はどさりと横に倒れる。その目は生気を失っていた。

 

「千代ちゃん!」

 

夏油は千代の名を叫ぶ。

 

「はい!」

 

千代は夏油に言われるまでもなく、急いで天内の元に駆け寄り、天内の状態を確認する。

 

まだ、命の灯が消えていなければ、蘇生は可能だ。が、

 

 

「……っ無理です。私の術式が反応しません。……即死です。」

 

千代は絞り出すように答えた。千代の術式は死んでしまった人間には作用しない。

 

 

夏油はその事実に歯噛みして、銃弾が飛んできた方向を見遣る。

 

そこには、先ほど襲ってきた男、伏黒甚爾がいた。五条と戦っていたはずの男がだ。

 

「何してんの、終わりだよそいつは。解散解散。」

 

 

人一人殺しておいて、さして何も気にしていないように伏黒は言う。

 

 

「なぜ、お前がここにいる。」

 

夏油が問う。

 

「はあ?なんでって、ああそういうこと。」

 

夏油の言葉の意味を理解した伏黒は答える。

 

「五条悟は俺が殺した。」

 

「そうか、死ね」

 

伏黒の言葉を聞いた夏油は呪霊を召喚し、純粋な殺意を敵に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伏黒と夏油が戦い始めようとしている中、同じ言葉を聞いた千代はその場にしゃがみこんだままであった。体を動かすことが出来ず、その内では、先ほどまでは目の前に横たわる天内の死に自身の無力さを感じていたはずなのに、今ではその感情もある一つの思考に飲み込まれていた。

 

 

 

 

(兄様が…死んだ。最強の兄様が…あの男に? 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。………私のせい。私が沖縄で無理にでも兄様を治しておけば。刺されたときに治しておけば。兄様はこの男に敗れることなど絶対に、絶対にない。ここまで来て役に立たなかったんだから、最初から私の全てを、兄様に差し出せば良かったんだ。それなのに、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして…なの?)

 

 

 

 

 

 

 

目の前では、夏油の攻撃をいなしながら、伏黒がどのようにして星奨体の殺害を成し得たのか絡繰りを説明していた。

 

夏油は一つ質問をする。黒井はどうなったのかと。

 

伏黒は答えた。気にしていなかったなと。多分死んでいると。

 

その言葉に夏油の殺意はさらに膨れ上がる。伏黒も飼っている呪霊から、武器を取り出した。

 

術師同士の本格的な闘いが始まった。

 

呪力の全くない伏黒は天与呪縛により底上げされた身体能力で夏油の呪霊を容易く嬲る。その呪霊、虹龍(こうりゅう)は夏油の手持ちの中で最高硬度を持つものだった。敵の強さに驚くも、夏油は負けじと他の呪霊を彼に仕向ける。

 

 

 

 

 

千代はその様子をまるでテレビに映った映像のように捉える。先ほどの二人のやり取りも聞こえてはいたのに、理解をしていない。今の千代には兄の死以外の情報は何も入って来ない。茫然自失という言葉をそのまま体現していた。

 

夏油のように天内、黒井、そして五条の死に復讐しようとする気概を千代は全然見せないでいた。彼女にとって復讐は何の意味もなさないからだ。復讐したとて兄が戻ってくるわけでもない。

 

 

 

 

 

夏油は新たに召喚した呪霊が倒された後の隙を利用して、伏黒に間合いを詰めた。その行動は近接を得意とする伏黒にとって悪手といえるものだったが、夏油の狙いは伏黒の武器保管庫の役割である呪霊を自身の呪霊操術の支配下に置くことで、相手の武器庫を抑えるものだった。

 

しかし、伏黒とその呪霊の間には既に主従関係が構築されており夏油の術式は空振りに終わった。逆にその隙を伏黒に切り込まれ、夏油は敗れた。

 

夏油は意識を飛ばし地に伏した。伏黒は床に転がった夏油を蹴り上げた。

 

普通ならそのままとどめを刺すものだが、夏油を殺した場合、彼の支配下にある呪霊が解放される可能性があることを考え、伏黒は夏油にとどめをささなかった。

 

「親に恵まれたな。」

 

その言葉を夏油に吐きかけた後、伏黒はこの場にいるもう一人の呪術師と向き合った。

 

 





ここまで読んでくれてありがとうー(前回書き忘れた)

パパ黒、かっけぇ。そのかっこよさをうまく出せればよかったのに。


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玖話

原作を文字で表すのムズイ。




伏黒が千代の方を向き、にやりと笑う。

 

「お前も、闘うか?」

 

戦闘意欲を著しく欠いている千代に伏黒はわざわざ問う。

 

狙うのは千代の前にある天内の遺体。伏黒は盤星教信者ではなくただの雇われた人間である。お金が入るなら、別に千代を殺す必要はない。彼女が邪魔しなければそのまま天内の遺体をもって雇い主の盤星教の元へ向かうだけだ。

 

「兄様は…本当に死んだのですか?」

 

「あ?兄様?」

 

唐突に出た千代の言葉に一時的に止まる。そして顎に手を当て、彼女の容姿をじっくり見て答えを出す。

 

「ああ、お前が五条悟の替玉と言われている妹か。道理で似ている。」

 

伏黒は禪院家の出。同じ御三家として他の家の情報は入っていた。

 

千代は伏黒の言葉に何も反応しない。空虚な瞳を持ち、ただ答えを待っている。

 

「確かに俺が殺した。脳天をぶっ刺してな。さっきの場所まで行けばいい。死体が転がってるぜ。」

 

「…………そうですか。」

 

伏黒は今の千代に戦う意思がないと結論付け、彼女の元まで寄り、天内の遺体を担ぎ、来た道を戻っていった。それを千代はただ目で追っただけだった。

 

(あれはダメだな。個の思考に他のものが介在しすぎている。他、ここでいえばあの五条家の小僧がダメになった時点で、あれは意思を持たない。)

 

歩きながら、伏黒は、生きているかも死んでいるかも分からなくなりながらも存在する先程の女の姿を思い浮かべた。

 

(ああいう、生き方は流石に嫌だな。)

 

 

 

 

 

 

伏黒が去ってから、十数分後。千代が動き出した。

 

(まだ…、もしかしたら…)

 

千代は兄の遺体を実際に見ていない。現実は違うものかもしれないという淡い希望を導き出し、兄の死を確認するために動いた。

 

五条の元へ向かおうとするとき、かすかな吐息が聞こえた。後ろを見る。そこに夏油が横たわっていた。

 

「傑先輩…」

 

先ほどまで伏黒と戦い、彼自身の術式ゆえに生かされた夏油。千代ならば、伏黒がまだいたときは確実に殺られるため動けなかったという理由付けは出来るが、彼が去った後でも治そうと思えばすぐに治せた。

 

つまり、治そうと思っていなかったのだ。そこまで千代の考えが及んでいなかったのだ。しかし、五条の死を確かめに行こうとする際、かすかに千代の脳裏に五条の親友といわれる彼の姿が浮かんだ。

 

「…私は最低ですね。」

 

そう言っって、夏油の元へ近づき、彼が負った傷を自身に移す。まだ、気を失っているが、時期に目を覚ますだろう。彼への微かな感謝の気持ちだけで彼を治癒した。あとは兄の元へ向かうだけだ。千代は移された傷を癒しながら、出口へと向かう。

 

 

千代は出口までの道のりをとても長く感じた。一歩一歩の足が重い。千代はこの重さは移した傷によるものではないと分かっていた。

 

ようやく地上に出て、先ほどの五条と伏黒が戦闘を始めた付近へ向かう。遺体があれば現実を受け止めなければならない。その時、千代自身がどのようになるかなど、彼女も知らない。

 

 

(もうすぐ着く。あの角を曲がれば…)

 

 

心臓がドクドクと鼓動する。

 

角を曲がる瞬間、一度目を瞑り、そして開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、ははは…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地表が抉れ、建物が半壊している戦いの跡が戦闘時の壮絶さを物語っていた。そして、その中に、呪力の残穢(ざんえ)と人が横たわっていたとわかる大量の出血痕があった。しかし、肝心の人間はどこにもいない。

 

 

千代は笑う。非常に乾いた笑いであった。その眼には歓喜の光と絶望の闇が織り交ざっていた。

 

 

 

 

 

「ああ、兄様。兄様は本当に最強になられてしまわれたのですね。」

 

 

 

 

誰もいない場に、千代の声が吸われていった。待ち望んでいたような、そうではないような感情が混ざった声であった。

 

 

 

 

 

千代が放心してしばらくすると、高専関係者が現れ始めた。何か事が起きたことをようやく察知したようだった。千代は彼らに事のあらましと夏油の居場所、そしておそらく兄が敵を追撃していることを伝えた。

 

高専関係者たちがひとまず、夏油のところまで行こうとしたら、彼は既に千代たちの元まで来ていた。

 

夏油は千代を見つけ、声をかける。

 

「…千代ちゃん?」

 

千代は幽鬼のような表情をしていた。夏油に気づき、微かに微笑み、言葉を発する。

 

「傑先輩、兄様は生きていました。多分、あの男を追ったと思います。行ってください。」

 

夏油があの男と天内の遺体を追いたい気持ちを察していたようだ。五条も生きていると分かり、早く行動したいはずだった。ただ、千代の様子が少し気になった。

 

目の前の彼女は兄の死を知り絶望の中にいた先ほどまでの姿とは違った。しかし、兄が生きていると知ってうれしいと素直に喜んでいるようにも見えなかった。消え入りそうな彼女の姿に、夏油は見入る。

 

(なにがあったんだ。)

 

自分が気を失っている間にいったい彼女に何が起こったのか気になる夏油。しかし、その考えを今は捨て置き、彼女の言葉通りに動く。

 

「ああ、分かった。…それと治してくれてありがとう。」

 

最後に感謝の言葉を述べ、その場から去る夏油。その後ろ姿を見た千代は今にも泣きだしそうな弱い笑みを浮かべた。

 

 

「感謝される身ではないですよ。」

 

 

夏油に聞こえないようにぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、盤星教本部にて、復活した五条と伏黒甚爾の再戦が始まった。五条は先ほどの戦いの死の間際で習得した反転術式により生まれた正のエネルギーを無下限術式流し込み、無下限呪術の反転『(あか)』を繰り出す。それによって弾かれ吹き飛ばされる伏黒。

 

しかし、彼は元禪院家であることからも五条家の無下限呪術についてはよく知っていた。『赫』によるダメージもそこまで大きくない。そこで、伏黒は勝てるという算段をつけた。自分の中に違和感を持ちながら。

 

五条は、今はただ新たに身に着けた力を使用し、最強への道を辿ることに熱中していた。心の中で天内に謝り、自身にとって心地よい世界を感じていた。

 

「天上天下、唯我独尊」

 

五条はぽつりと今の自分を言い表す言葉を漏らす。

 

 

伏黒はその五条に対し、リーチのある鎖に五条に通用する特級呪具『天逆鉾(あまのさかほこ)』を繋げ、攻撃を仕掛ける。高速で鎖が振り回され、五条めがけて刃が飛んで行く。

 

 

五条悟もある術を使用した。他家も知らない術を。

 

 

 

五条家の中でも一部の人間しか知らない無下限術式の技。五条千代もこの術を知らない。術式順転『(あお)』と術式反転『(あか)』。それぞれの無限をぶつけることにより生み出すことのできる膨大な仮想質量を押し出す技。

 

 

虚式『(むらさき)

 

 

 

その技が発動した瞬間、伏黒の左半身は抉られていた。

 

 

死の淵で伏黒は、最強と言われていた五条悟と戦い、違和感の正体であるかつての自尊心を取り戻していたことに気づいた。それを持っていた時点で五条悟には負けていたと認識した。

 

伏黒は最後に自分の息子が禪院家に売られることを伝え、絶命した。

 

 

 

 

天内の遺体を回収した五条は夏油と合流した。

 

本部にいる盤星教信者を殺そうかと問う五条に夏油は意味がないと答える。その盤星教信者達は一般人であり、呪術について何も知らされていない、かつ、このような問題を起こした盤星教という組織自体がじきに解体されるためである。

 

五条はその意味の有無自体が必要かを問う。夏油は術師には必要だと答える。

 

2人の間に認識の齟齬が生じながらも、2人は共に帰路についた。

 

 

 

 

五条と夏油が合流した頃、千代は担任の荒縫に事の報告をしていた。荒縫は高専関係者から連絡を受け、そう遠くない場所で任務に当たっていたため、高専に急いで戻ってきていた。

 

「…以上が報告になります。」

 

「了解だ。五条も無事敵を仕留めたらしい。お疲れさまだな。」

 

「いえ、私は何もできなかったので。」

 

暗い表情で答える千代。そんな彼女に荒縫は言う。

 

「…お前らを任務に向かわせたのは私たち教師と上層部の判断によるものだ。生徒が任務に責任を持つのは良いことだが、向かわせた側にも責任がある。今回はイレギュラーが多い。そう深く考えるな。」

 

「……はい。」

 

「すぐに来てやれなくてすまなかったな。ゆっくり休め。」

 

「……はい、ありがとうございます。」

 

千代は一礼して、その場から離れた。

 

荒縫はその千代の後姿を見つめた。彼女の様子の変化が任務の達成、失敗によるものではないと感じていた。しかし、そうなってしまったのも彼らを任務にあてた教師側の責任だと思っていた。

 

(入学して2か月でこれか。もう少し学校らしく、教師らしくあいつらを導いてやりたいものだが。)

 

呪術師は圧倒的に数が足りない。かつ任務の最中に死ぬ者や、精神を壊して辞めてしまう者も多くいる。それ故に、彼らにも任務を任せなければならないことに呪術師としての荒縫は肯定するが、教師としての荒縫は心苦しく思っていた。

 

(五条、夏油は夜蛾に任せるとして、あの2人にも一応フォロー入れとくか。)

 

荒縫は間接的ではあるがこの任務に携わった自身の生徒2人を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにて、星奨体の同化に際した護衛任務は、星奨体である天内の死、敵である伏黒の死、そして事を起こした盤星教の解体の末に終結した。

 

 

 

この事件は五条悟、夏油傑、五条千代、3人行く末を決める大きな分岐点となる。

 

 

 

 




ここまで読んでくれてありがとうっ。

原作でいう懐玉編を3話にまとめてしまったかつ戦闘シーンを大幅にカット。
これに関しては本当に申し訳ない。
けど原作とストーリーがほぼ同じで、主人公は戦わないので少しだけ心情面に重きを置きたかった。(言い訳)

過去編は多分ここで折り返しかな?と思ってる。

また、三日連続で投稿してストックがなくなり、今週忙しいため3日~6日空ける。




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拾話

まず初めに3~6日で次話投稿するとか言っておいて、1ヶ月以上放置してごめんなさい。
言い訳は最後に。

今回はほのぼの回...のはず。



星奨体護衛任務から、1か月後。

 

高専内の破壊された建物は修繕され、以前と同じ外観を取り戻していた。

 

先の大きな事件の直後でも、呪霊は待ってくれない。もともと呪術界は人手不足で、また6月は繁忙期だったこともあり生徒達も任務に追われていた。ようやくその繁忙期に終わりが見え、ぼちぼちと落ち着き始めていた。

 

呪術高専にて、1年生3人が教室に揃う。任務で一緒になることもあるが、教室でこのようにゆっくりと過ごすのは久しぶりのことであった。

 

今日は珍しく3人とも任務がない。日々働きまわっていたことでまだ疲れも抜けておらず、自主練も担任からするなと言われていた。ほぼ休日の扱いであった。一応学校ではあるため、軽く授業があるがそれも昼までには終わった。

 

教室で軽く座学をした後、各々好きなようにするよう言われた。

 

その言葉に千代と七海がすぐ立ち上がり、自室へ戻ろうとする。

 

その二人の手を灰原が唐突に掴んだ。

 

「ねえ!遊びに行こ!」

 

「「へ?(は?)」」

 

灰原のその言葉に、千代は驚き、一方で七海は軽く切れ気味で反応した。

 

「だって、最近忙しかったじゃん。高校生らしいこと何もしてないよ。」

 

灰原曰く、最近忙しく互いになかなか会えなくて寂しかったらしい。また、この3人でどこかに任務目的以外で外出したことなどなく、それを不満に思っていたようだ。

 

「このブラックな呪術師界のせいで疲れが溜まってるんです。休ませてください。」

 

灰原の提案を一喝するように七海が断る。七海も随分とここ連日の任務に参っていたらしい。

 

「私も少しやりたいことがあるので遠慮したいのですが、」

 

千代もなるべく柔らかい言葉で断る。

 

「いや、絶対に行こう。七海は明日も休みでしょ。」

 

2人の態度に対し、灰原は引き下がらない。

 

「なんでそれを知ってるんですか。」

 

「荒縫先生に聞いておいたんだよ。」

 

そう言いながら得意げにサムズアップする灰原。

 

七海は灰原の行動にイラっとしたが、自分を落ち着かせる。七海は灰原とペアを組むことが多いため、彼が普段から3人で交流できなくてストレスが溜まっていたことには気づいていた。灰原にとっては外出する方が健康的に過ごせるのだろう。自分は疲れるであろうが、明日も休みであることも考慮に入れて、七海は折れた。

 

「はあ、分かりましたよ。」

 

「よしっ、それで千代ちゃんもやりたいことは今すぐやらないといけないこと?」

 

「い、いえ、調べものなので特に急ぎではないですけど…。」

 

弱点を突かれたように、千代が反応する。

 

「じゃあ、行こ!」

 

ニカッと笑う灰原。千代もさすがにこれ以上断るのも無粋かと思い、了承する。

 

「仕方ないですね。」

 

 

 

 

3人は一応担任に外出の旨を伝えたら、「おー、行って来い。帰るのは遅くなるなよ。」とだけ言われた。

 

こうして3人は外に出て、呪術高専の出口までやってきた。

 

「で、どこに行くんです?」

 

七海が灰原に問う。

 

「え、決めてないけど?」

 

あっけからんという灰原。

 

灰原の言葉を聞き、眉間に皺を寄せる七海。

取り敢えず、誘うこと自体が一番の関門だと思っていた灰原は計画を立てていなかったようだ。

 

「まずは、昼食にしません?丁度お昼時ですし。」

 

このまま話し続ければ、逆に七海のストレスが頂点へと達してしまうと考えた千代が提案する。

 

「いいね、それ!僕はハンバーグが食べたい!」

 

灰原がその提案に乗る。ちゃっかりと自分の希望も述べた。

 

「私は何でもいいですよ。あまり良いお店も知らないですし。」

 

そう答える千代。千代自身、外食をすることがほとんどなかった。

 

「洋食ならおすすめのレストランを知っています。早く行かないと混み出すでしょうし、そこに決めましょう。」

 

千代と灰原はそう言う七海をじっと見つめる。

 

「何ですか?」

 

2人の視線に我慢できなくなった七海が問う。

 

「七海ってグルメなんだね!」

「意外です。」

 

 2人そろって七海が食にこだわることを知らなかったようだ。

 

「食べるなら美味しい方がいいでしょう。ほら、行きますよ。」

 

これ以上何か言われるのも嫌な七海が動き出した。少しだけ耳が赤くなっていた。そんな彼に2人はついていった。

 

 

 

七海が案内したレストランは流行りの若者向けのお洒落な店でなく、どこか懐かしさを感じるレトロな喫茶店だった。

 

まだ、人はそこまで多くおらず、3人は無事店に入って、席に着くことが出来た。軽くメニューを見ていると、スタッフが注文を受けに来た。

 

「僕はハンバーグランチで!」

 

灰原は最初から決めていたメニューを注文する。

 

「私はナポリタンでお願いします。」

千代はこの店の雰囲気から、外れようがないナポリタンを選択した。

 

「私は日替わりで」

七海は日替わりランチを注文した。今日はエビフライとチキンソテーのセットらしい。

 

「はい、ハンバーグランチとナポリタンと日替わりランチですね。食後のお飲み物はどうなさいますか。」

 

お昼のランチメニューには飲み物が格安でついてくる。急ぐ用もないので3人ともそれぞれドリンクを注文した。

 

 

 

10分後、軽く話しながら待っていた3人のもとに料理が到着する。

 

「いただきます!」

勢いよく食べ始める灰原。

 

残り2人もそれにつられて食べ始める。

 

「「美味しい」」

一口目を食べた灰原と千代から言葉が漏れる。

 

「それは良かったです。」

 

「うん、七海に任せて正解だった!」

 

「ほんとですね。」

 

出された料理はどれも美味しいものであった。3人ともおなかは減っていたので、それぞれ自分の料理に集中して食べ進めた。

 

食べ終わり、ドリンクで一息をつく。

 

「うん、満足満足。」

灰原は満面の笑みでお腹をさする。

 

「では帰りますか。」

灰原の様子を見て、七海が提案する。

 

「えっ、ダメだよ!」

 

「…冗談ですよ。」

 

「いや、今本気だったでしょ!」

 

2人のやり取りに苦笑する千代が言う。

 

「ではこの後どうします?」

 

「えっとね、さっき食べてるときに行きたいところ見つけた!」

 

「どこです?」

 

「ん、遊園地!」

 

灰原が行きたい場所を聞いた瞬間、千代の表情が笑顔のまま固まり、七海は先ほどより眉間の皺が深く刻まれた。

 

「「却下です。」」

 

平日とはいえ、人が多い場所で遊びまわる体力は2人にはなかった。

 

2人の批判を猛烈に受けた灰原はしぶしぶ代替案として、水族館を提案した。先ほどの遊園地よりかはマシかと考え、2人はあんまり乗り気ではないが了承した。

 

3人は残りのドリンクを飲みながら、近場の水族館を探した。

 

そうして、3人は都市直下型のサン○ャイン水族館へ赴いた。

 

「なぜこの年で水族館に…。」

 

「いいじゃん、七海。久しぶりに来てみると案外楽しいもんだよ。」

 

水族館に入場し、初めの珊瑚や小魚たちが展示されているゾーンを見ながら2人が話す。

 

千代はつい一か月前に沖縄で天内に連れられて行ったばかりなので目新しくはないが、やはりいる生き物たちは異なるものでその違いを考察していた。

 

三人はそのまま順路に進んだ。

 

灰原はやはり楽しんでいるようで特に大きいサメやマンボウなどを見ると興奮していた。七海もアクリル板越しにアシカを見て癒されていた。平日で人もそこまで多くなく、広大な敷地ではないためゆったりと時間をかけて回った。

 

あらかた、メインの水槽を見て回った3人は売店で缶ジュースを買い、近くのベンチに座った。

 

 

「あー、楽しかった。」

 

「…たまにはいいですね。」

 

なんだかんだ言って楽しんでいた男子2人をみて、千代は缶ジュースを飲みながら、軽く微笑んで、言う。

 

「結構楽しめましたね。」

 

そんな表情をする千代を見て、気まずそうにした灰原が言葉を発する。

 

「…あの、ごめんね。」

 

「え?」

 

「今日結構二人とも無理やりに連れてきちゃったし、それに千代ちゃんは沖縄でも水族館にいったでしょ。一緒に来たかったのは本当だけど、無理させちゃったかなって。」

 

曇りがちの表情で言う灰原。無理やり二人を連れまわしていたのは流石に自覚ある。それに加えて1か月前の沖縄での任務で、千代は灰原と七海より星奨体と深く関わりっていた。しかし、今日思い付きではあるがそれに関連した場所に連れてきてしまったことを少し悔いていた。

 

灰原の表情を見て、七海と千代は顔を一旦見合わせ、そして同時に灰原に向け直して言う。

 

「「バカなんですか?」」

 

「え!?ひどい!」

 

「あなたはいつも通りポジティブに考えていた方がいいですよ。まあ、水族館を選んだのはデリカシーにかけるとは思いますが、悩むなんてあなたらしくない。それに…今日実際に3人で来れてよかったと思っています。」

 

灰原に対し、はっきりと申しつつも、最後の言葉を少し照れ臭そうにしながら七海は言う。

 

「私も、灰原君と七海君と来れて楽しかったですよ。あの事件のことは気にしていないと言ったら嘘にはなるけど、灰原君が心配するほどではないです。」

 

千代も七海と同様に灰原をフォローする。

 

2人の言葉を受け、灰原は口をムズムズさせ、はにかみながら言う。

 

「ありがとう、2人とも!」

 

灰原はそう言って、2人に飛びかかる。

 

「えっ」

「なっ」

 

二人とも突然のことに困惑した。が、彼の笑顔を見て、観念した。本心からしていることだとありありと分かったからだ。

 

 

周りにいる人達はそんな3人を見て、

((((青春してるなあ))))

とほくほくしていた。

 

 

 

 

その後、3人は高専の学生寮に帰っていった。その足取りは軽かった。それはやっと帰れるからではなく、自然な軽快さを表していた。

 

任務でもないただの遊び。普通の高校生なら当たり前に感受できるものを彼らは初めて経験した。灰原は大いに楽しめ、残り二人も悪くないと感じていた。戦いの日々のなかにこういったこともたまには悪くないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日から約一年後。

 

 

 

灰原雄は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくれてありがとう!


この後、更新遅れた言い訳がぐちぐち続くので興味ない人はスキップで。




更新が遅れた理由
1.めちゃくちゃリアルが忙しかった。
2.投稿していなかった期間が長くモチベが下がった。
3.自分の文章能力のなさに意気消沈した。
4.最初の投稿頻度自体、無理していた。

この教訓を活かし、次回投稿の日にちは指定しないことにする。
ただ、ちゃんとある程度満足する(作者が)までは続けるので悪しからず。
(次話はちゃんと書いてるぞ)

では、さよなら!


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拾壱話

少し短め


 

2007年 8月中旬 東京都立呪術高等専門学校

 

 

 

 

呪術高専の広い敷地の中には医務室が存在する。その中の解剖台の上に一人の男が横たわっていた。

 

 

 

 

 

灰原雄。

 

ここ呪術高専の2年生であった者だ。

 

 

 

 

 

 

そしてこの空間にあと2人の学生がいた。

 

一人は3年生の夏油傑。台の近くに立ち、灰原の遺体を見ている。彼に尊敬のまなざしを向けていた後輩が、激しい裂傷を負って、目の前に静かに横たわっているこの現状に、眉間に皺を寄せている。

 

一人は灰原と同級生であった2年生の七海健斗。彼は椅子にもたれ、顔を上向きにして目にタオルをかけている。そのタオルには幾分か血がにじんでいた。そして、彼は憤りを露わにしていた。

 

「なんてことない2級呪霊討伐任務のはずだったのに…!クソッ、産土神信仰…あれは土地神でした。明らかな1級案件だ…!!」

 

七海が歯噛みしながら言う。

 

そんな七海の慟哭を聞き、夏油が静かに言う。

 

「…今はとにかく休め、七海。任務は悟が引き継いだ。」

 

 

「…もうあの人だけで良くないですか?」

 

「……」

 

夏油は七海の言葉に反論はしない。事実、夏油と同じ特級術師であるが、現在の五条悟の強さは他と比べ突出していた。

 

沈黙がこの空間に落ちる。

 

するとすぐに、医務室の外で人が駆ける音が聞こえてきた。足音が段々と近づき、医務室の扉の前で止まった。ガラッと扉が開いた。

 

そこに立っていたのは、五条千代だった。おそらく連絡を受けて、急いできたのだろう。千代の息は幾分か上がっていた。

 

夏油は正直に先ほどの会話を聞かれていなくて良かったと考えた。悪気はなくとも兄への一種の僻みの言葉を聞いたら、不快を感じるであろう。それも、同級生から言われたならば。

 

千代は医務室の中に足を進めた。そして、台の前で足を止め、台の上に横たわる灰原を捉えた。

 

そっと千代の手が伸びる。

 

彼女の手は灰原の左頬に付いた大きな傷をなぞった。しかし、そうするだけで何も言葉を発することなく、動かなくなった彼を見つめていた。

 

夏油は彼女が今何を思っているかを図ることが出来なかった。しかし、夏油からみて、その瞳には、悲しさも悔しさも映ってなかったと感じた。

 

千代のその行動は一分にも満たなかった。千代は手を灰原から離し、椅子にもたれる七海へと体の向きを変えた。

 

「…七海君。」

 

普段から接しているときと変わらない声色で、千代は七海を呼んだ。

 

「七海君の目、治しますよ。」

 

灰原の最期を聞くこともせず、任務の不当さを口にすることもなく、千代はただ淡々と治療を申し出た。

 

それを七海は受け入れることが出来なかった。千代の治療をというわけではない。彼女の呪術師としての姿をみるとどうも苦しい。まるで灰原の死が当たり前のように過去のものとしてすでに処理されたと認識しているような彼女の姿を受けいれることが出来なかった。

 

(呪術師としては合っている。が人として、仲間の死をそう簡単に受け入れることが出来るものだろうか。まだ、高校生である自分たちが。)

 

七海は、少しの間逡巡し、そして答えた。

 

「……いいです。」

 

七海の言葉を聞いた千代の瞳が揺れた。

 

「この傷は残します。彼のことを忘れないために…。」

 

「………そうですか。では、硝子先輩に伝えておきます。細かい治療は先輩の方が適任ですからね。」

 

千代は七海の提案を承諾した。

 

ただ、流石に傷をそのまま放置というのはまずいと考えたのだろう。千代に傷をそのまま移すよりも、部分的にでも治療が可能な家入に治療を継いでもらうことになった。

 

「…ありがとうございます。」

 

七海は自分の意見を汲んでくれた千代に礼を言う。

 

「いえ…、では私はここで失礼します。七海君はお大事に。」

 

特にこれ以上この場に留まる必要もないと考えた千代は、七海に一声かけた後、夏油に会釈し医務室を出た。

 

千代にとっても、他者から見ても、あまりに短い仲間とのお別れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千代視点

 

高専内の休憩所で、私は缶ジュース片手にベンチに腰かけていた。

 

「灰原君……。」

 

亡くなった者の名を呼ぶ。こんなことしても、約1年共に過ごした者は帰ってくるはずもない。ただ、あの無邪気でちょっと間の読めない男の明るい返事が聞こえてこないことに、少ししこりが残る。

 

そして、先ほどの同級生を思い浮かべる。

「……七海君の気を悪くさせちゃいましたね。」

 

灰原君を目の前にしたとき、一瞬だけ自分の意識が揺らいだ。しかし、それが表情に出ることなどなく、自分の役目を果たそうと考えた。その結果、七海君に心がないと思われてしまったようだ。

 

当たっているけれど…。

 

七海君は今回のことで、呪術師を辞めてしまうかもしれない。彼に適性はある。だけども、こうも世の理不尽しかないような場所では、確固たる意志、もしくは功利的考えがなければ押しつぶされてしまう。

 

兄様のような最強への冀望、傑先輩のような非術師への慈悲、あの冥冥さんのような圧倒的なまでの金銭欲。術師それぞれの意志が術師であるための生命線であると私は思う。

 

私も………。

 

思考を巡らしていると後ろから声がかかった。

 

「おい。」

 

「へっ?」

 

即座に振り向くと、そこに立っていたのは自分の担任の荒縫だった。その表情は分厚い眼鏡と逆光で見えづらい。

 

「荒縫先生…。」

 

「平気か。」

 

簡潔な言葉。けれどその意味はよく分かっている。

 

「大丈夫ですよ。」

 

「……嘘はついていないようだな。」

 

「はい。こうなること呪術師になった時点で覚悟していましたから。七海君には会いましたか?」

 

「まだだ、医務室に行こうとしたらお前を見かけたんでな。」

 

「そうですか。」

 

「…灰原が抜けた分、これから忙しくなることもある。五条がいるとはいえ、呪術師の手は足りないからな。お前も今のうちにゆっくり休んでおけ。」

 

「はい……。あの荒縫先生。」

 

「なんだ?」

 

先ほどの七海君の表情が思い浮かぶ。

 

「七海君にはもう少し優しく話しかけて下さい。彼は今辛いでしょうから。」

 

「……お前、教師を舐めているのか?」

 

先生の分厚い眼鏡の下の瞳が一瞬鋭くなったのを感じる。

 

「え?」

 

先生は少し顔を緩くして答える。

 

「仲間がなくなったんだ。フォローはもちろんするさ。優しくな。」

 

私は先生の言葉に慌てて抗議する。

 

「いや、先ほどの私への「平気か?」って全然優しくなかったじゃないですか?」

 

「それは相手がお前だからだよ。」

 

その言葉を聞き、私は目を見開く。ああ、失言だった。

 

「生徒にはそれぞれ生徒に合った対応を平等にする。生徒を想ってな。教師の基本だよ。」

 

「そう…ですね…。」

 

「……そろそろ行く。また今度話そう。」

 

「今度があるんですか。」

 

「ああ、生徒の相談に乗るのも先生の役割だ。」

 

そう言って先生は医務室へ向かってしまった。

 

「はあ、敵わないですね。」

 

私は大きく溜息を吐いた。確実に荒縫先生には見透かされていたな。どうしてこうも同性の相手は、察しがいいのだろうか。

 

じっと、自分の手元を見つめ、そして手に持った缶の残ったジュースを一気に飲み干した。

 

 





ここまで読んでくれてありがとです。

各話にちょくちょく修正入れてる。主に誤字脱字だけど、口調なども少しだけ修正した。内容には影響はない。


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拾弐話

灰原死亡から約一か月後 9月中旬 長野県某所

 

まだ夏の気配を忘れていないかのように、青々とした草木が周りを包み込む広大な池があった。山の中であるがこの美しい池を観光地とし周りにキャンプ場や山荘を構えているため、未だ夏休みであろう大学生やお年寄りでにぎわっていた。

 

その池の目の前に二人の女性が佇んでいた。2人とも山の中では珍しい黒い服を着ており、その容姿も整っていたため、周りの目を引き付けていた。特に片方の服は制服らしいから猶更だ。

 

「何かありそうな雰囲気がありありとしています。ね、荒縫先生。」

 

美しい池を目の前にし、片方の女性がもう片方の女性にそう言う。

 

「任務が来たのだから当たり前だろ、千代。」

 

荒縫先生と呼ばれた女性は、はあとため息を吐き、千代と呼んだ女性に答える。

 

「まあ、そうですけど。どうします?周りの人の視線が痛いのですが」

 

千代はちらりと周りを見る。さすがに散策に来た格好ではないため、悪目立ちをしていると感じていた。

 

「…とりあえず、予約していたコテージに行くぞ。夜に動く。」

 

荒縫は簡潔に指示を出し、池に背を向けた。

 

「了解です。」

 

そう言って、千代は荒縫の背を追った。

 

 

 

 

 

コテージに戻った二人は今回の任務を確認していた。

与えられた任務は、この観光地として人気の坩月池(かんげついけ)の調査。最近、坩月池のあるこの山を訪れる人の遭難が多いという。事前調査で原因が池にある可能性が高いと分かった。そして、一級術師の荒縫妃佐と二級術師になった五条千代が派遣された。

 

地図を見ながら、行動範囲を示し合わせていく。

 

「…よし、じゃあ午前零時に行動を開始する。」

 

「分かりました。」

 

「……」

 

任務の確認も粗方終わり、2人の間に沈黙が落ちる。

 

 

(気まずい…)

 

千代は内心そう思った。一か月前の灰原の死から面と向かって荒縫先生と対峙していなかったからだ。むしろ避けていた節まである。

 

(この前言っていた面談まだしていない…)

 

千代はそう思って、地図から顔を上げて、荒縫へと目を向けた。相変わらずの分厚い眼鏡で表情が読みにくい。

 

そうしていたら、荒縫も顔を上げて千代に目を向け、なにか言おうとする。

 

(うっ)

 

千代はぎくっとしながらも、荒縫の発言を待つ。

 

「…行動開始が深夜になる。今のうちに寝ておけ。今日は移動もあって疲れただろう。」

 

「えっ?」

 

思いがけない言葉に硬直する千代。

荒縫は千代の様子など気にせず、自分の部屋に行こうとする。

 

「あ、あのっ」

 

千代は思わず、荒縫を引き留めてしまった。

 

「なんだ?」

 

振り返って、問う荒縫。

 

「い、いえ何でもないです。」

 

「ふむ」

 

荒縫は、千代の慌てた様子にすこし考え、答える。

 

「今はこの任務に集中しろ、面談はその後だ。じゃあな。」

 

そう言って、部屋の中に入っていってしまった。

 

「はあ、やはり気づいてますよね。」

 

誰もいなくなった部屋に千代は溜息を吐きながら、ぽつりとこぼした。

 

 

 

 

部屋の中に入っていった荒縫もまた内心溜息を吐いていた。

 

(私も随分甘くなったな。本当ならあの日の後すぐにでも話すつもりだったが、あそこまで避けられているとなるとな。)

 

千代の心の中。深くまで突っ込むつもりなどなかったが、明らかに嫌厭されていたため無理に話しかけることもなかった。

 

(あいつの考えていることは大体予想がついているのだが…、どうしてこうも御三家には厄介な奴しかいないんだか。)

 

荒縫が窓の方を見ると、日が落ちてきていた。

 

(…寝るか。)

 

先ほど生徒に行った手前、自分も任務に集中しなければならないと考えた荒縫は、髪をほどき、眼鏡をはずし、ベッドへと横たわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

6時間後、あたりは真っ暗になり、虫のさざめきが四方から聞こえてくる。数少ない電灯が、朧げに坩月湖への小道を照らしている。

 

仮眠を取った荒縫と千代はその小道を進み、池までやってきた。ちゃぷちゃぷとした水の音は聞こえるが、水面は手前しか見えず、その奥は暗闇。池の周りを取り囲むように木の柵と小道があり、それに付随して電灯があるが数えるには両手で足りる。

 

「雰囲気は昼と変わりませんね。何かありそうですけど、確定するには難しいです。」

 

池の方を向いて千代が言う。

 

「ふむ。」

 

荒縫も顎に手を当て何か考えている。

 

そのままあたりを見渡し、そして何かを見つけた。

 

「あれはなんだ?」

 

荒縫が向いた方向に千代も顔を動かす。

 

あたりはほぼ暗闇で包まれているにも関わらず、荒縫が目を向けた方向には明かりがちらちらと点灯している。

 

「あの光は…花火?それに人ですかね。それも複数人。」

 

「面倒だな。」

 

おそらく観光に来ている大学生だろう。一般人が呪霊の被害があるこの場所にいるのは少々まずい。そして二人の調査もしづらくなる。

 

「あの集団の方へ向かうぞ。」

 

「了解です。」

 

 

 

まず、一般人には退散願おうと二人は花火の光が発せられている場所まで向かった。2人が徐々に近づくと、若者たちの話し声も聞こえてきた。どうやら4人いるようだ。

 

 

 

「全然噂と違うじゃん。行方不明者急増の呪われた池なんて。」

 

花火片手に不貞腐れた男が話す。

 

「けんたそういうの好きだよね~。ま、昼来たのは年寄りばっかだし、夜になってもただ薄暗いだけだよね。」

 

4人の内、紅一点の女が話す。先ほど話していた男はけんたというらしい。

 

「花火持ってきて正解だったしょ。さすが俺。」

 

違う背の高い男が少し自慢げにが話す。

 

「おーナイス判断。」

 

けんたが棒読みでその男を褒める。

 

「………」

 

「おい、さっきから何黙ってるんだよ、とおる。」

 

友達にとおると呼ばれた男が反応する。ずっといままで黙っていた男だ。

 

「いや、なんていうか。視線を感じるというか。誰かに見られている気が。」

 

「なにい、とおるって霊感あるかんじ?」

 

「いやちがうだろ、こいつの場合今まで散々女に詰め寄られてたからその名残だろ。」

 

3人いる男の中で、とおるという男性が、一番容姿が優れていた。そのため、残りの友人も納得する。

 

そんな友人の反応を見てとおるは反論する。

 

「そんなんじゃないって。なんかこう嫌な感じみたいなのが…「おい」っうわあ!」

 

とおるは後ろから声を掛けられ、前のめりに倒れそうになる。しかし、友人たちが支えてくれたおかげで地面にダイブはしなかった。

 

そこに立っていたのは2人の女性。荒縫と千代だ。

 

「なっ、なに?」

 

とおるは動揺している。

 

「あ、昼に見た人だ。けんたがイケてる女がいたって騒いでた。」

 

背の高い男は特に驚いた様子もなく、荒縫と千代を昼間にみていたことを言った。

 

女はその男の言葉にけんたに目を向ける。けんたはギクッとしたような態度を取った。どうやらこの二人はそういう関係らしい。

 

「君らはなにしてるんだ。」

 

荒縫は4人に質問する。

 

「なにって見たとおり花火しているだけですけど。」

 

けんたが答える。

 

「ふむ…さきほどの話を聞く限り心霊体験にでも来たのかと思ったが?」

 

荒縫はズバリと聞きこむ。声色は強めだ。

 

けんたはその様子に少々気圧されたが、特に悪いことをしているわけでもないので反論するように返す。

 

「いや、そりゃあここに来たのはそれがあったからだけど、おねーさんたちこそなに?そっちも噂が気になってきた感じ?」

 

千代はちらりと担任を見た。調査に来たのだが、どう答えるか気になったからだ。

 

「まあ、そんな感じだ。そこの男がなにか視線を感じるらしいな。どこから感じる?」

 

荒縫は話が面倒になる前に、先ほど視線を感じるといった男から聞きこむ。呪力を持ってはいないようだが、違和感に気づくということは、なにか今回の調査のカギを握っているのかもしれない。

 

「え~、なになにそいつの言うこと本気にしてるの?」

 

答えたのはとおるではなく、女が面白がるように反応した。

 

荒縫はその女の言うことを無視してとおるを見つめる。

 

女性に見つめられて焦ったとおるは反応する。

 

「い、池の中からです。」

 

そう言われて荒縫と千代は池の方へ眼を向ける。何かあるのは2人の中でも確定している。

 

(ただ、感受性がいいだけかもしれんが…)

 

荒縫は千代に目配せする。

 

千代は荒縫からの視線を受けて、とおるという男の近くに寄る。

 

「なな、何?」

 

荒縫の後ろに控えていた千代がいきなり自分に近づいてきて、戸惑う男。

 

「いえ、念のためです。」

 

笑顔で答える千代。

 

((((いや、何のだよ!?))))

 

若者たちは2人の行動が理解できないようだった。

そこでまた、けんたが反抗するように言う。

 

「結局、おねーさんたちはなんなの?せっかく花火楽しんでたのに。邪魔しないで…」

 

けんたが話している途中、明らかな異変を3人は感じ取った。

 

荒縫と千代が素早く戦闘態勢を取ろうとするが、その間もなくそいつがやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッバーーーンと水しぶきが舞う。その音に一歩遅れて、大きな波が陸まで押し寄せた。

身構えた荒縫と千代の二人はその波に流されずに済んだが、若者4人は数メートル池から流され、地面に腰をついている。

 

数名、波が来た勢いで水を含んでしまったようだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ、な、なんなんだ。」

「なによこれ。」

 

若者の内、3人は突然のことに何が起きたか分かってない様子だ。いきなり波がやってきた池の方に顔を向けても何もない。何もないことで逆に混乱し、恐怖する。

 

しかし、4人の中でただ一人、とおるはその元凶が視えていた。あの女性二人組が立つ目の前に、水面から大きくせり出す得体のしれないバケモノが。そのため、他の3人とは別の意味で恐怖していた。

 

 

 

 

 

 

慄く若者たちを背に、荒縫と千代はそれぞれの得物を取り出し、今度こそ戦闘態勢を取った。

 

 




読んでくれてありがとー。

場所は捏造。原作にない話を書くのは時間がかかるね。


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拾参話

 

 

びしょびしょになった荒縫と千代の目の前にいる呪霊は褐色のドロドロとした液状でできた巨体であった。その上部にはギョロっとした一対の瞳、そして中央には空洞ができている。山なりの巨体から薄っすらと手と思しき部分が伸びて、池の周りの柵によりかかっている。

 

「ゴオオオオオオオ」

 

呪霊が音を立てる。口という器官が見られないためどこから音を出しているかは不明だが。

 

呪霊を目の前にした荒縫と千代はそれぞれ自分の得物を構えた。荒縫が取り出したのは拳銃、千代が手に持つのは分銅鎖である。

 

「敵からでてきてくれたのはありがたいですけど、この状況は少し厳しいですね。」

 

千代がそう漏らしながら、ちらりと後ろを見遣った。千代たち2人だけならまだしも、一般人を庇いながら戦闘するというのは難しい。

 

それを受けて荒縫は千代に返す。

 

「それでもやるしかないだろう。千代が前に出ろ。私は援護にまわる。」

 

分銅鎖の攻撃範囲から千代が前衛に出て、遠距離武器を持ち、実力も高く、一般人を守りつつ戦える荒縫が後衛を担う戦い方を選択した。

 

「了解です。」

 

荒縫の言葉を受けた千代は、呪霊に向けて走り出し、分銅鎖を振り回した。鎖がまっすぐ呪霊に向かって伸びる。

 

それに呪霊も対抗して、泥状の球を体から投げ出す。

 

互いの攻撃がぶつかり、相殺される。

 

 

 

荒縫は千代に指示出しした後、すぐ後ろを向き、若者たちに呼びかけた。

 

「お前ら、死にたくなかったら急いでこの場から離れろ。」

 

「は?何言って、しかもその拳銃ほんも…「離れた方がいい‼」」

 

何も見えていないけんたが、なかなか動き出さないのを見て、とおるが大声で怒鳴る。彼にはすでに戦いが始まったのが視えている。

 

その怒鳴り声に反応したのか、呪霊が千代の後ろ側に瞳を向け、同じように泥を投げかけた。

 

高速で飛んでくる泥に目を瞑るとおるだったがその前に、パンッという音とその後にべちゃっと音がした。

 

荒縫がその手にある拳銃で泥を撃ち落としたのだ。

 

「…無駄打ちは避けたいな。仕方ない、おい、お前らはもう動くな。」

 

のろのろと呪霊が池から這い出てきているを見て、むやみに一般人が動かれるより、固まって位置を把握していた方が戦いやすいと荒縫は考えた。

 

 

 

一方、前衛に上がった千代は先ほどの若者に向けて、敵の攻撃が放たれたのをみて不可解に思った。

 

(私が相対しているなか、わざわざ男に向けて攻撃を出したのは、やはりなにかある?)

 

先ほどから千代は分銅鎖を呪霊に向けて投げているが、泥状の体を貫いても手ごたえが少なく、呪霊もさしてダメージを負ってないようだ。

 

しかし、そこで千代は焦らず、ふぅと深呼吸をする。千代は呪術高専に来てから、先生、先輩、同級生との稽古で総じて体術やこの武器の扱いも向上した。現場任務も段違いに増えた。

 

荒縫が千代に前衛を任せるのもそういった鍛錬から十分に任せるに値すると判断されたからだ。厳しい教師ではあるが、評価は厳正につける人である。

 

(この呪霊に攻撃を与える暇をあげないようにしないと)

 

千代は呪霊にダメージを与えるよりもまず一般人を優先に考え、目の前の呪霊に再度攻撃を仕掛ける。

 

千代の分銅鎖が、呪霊の体を貫通する。が、手応えはなく、呪霊も動じていない。

 

千代は試しにそのまま分銅鎖を振り回し、呪霊の体中央から斜め左に体を削り取った。そして、瞬時にまた鎖を体に貫通させ自分の術式を発動した。

 

 

 

代躰(だいたい)呪法』

傷継(しょうけい)

 

 

 

しかし、千代の体に傷は現れなかった。

 

「やっぱり、効いていない。」

 

術式を発動させても千代に傷が現れなかったということは、呪霊にダメージがないということだ。それを確認できたため、敵の呪霊の特性もある程度絞れる。

 

池から現れたが、その場所に固執することなく、戦場に陸を選択した。つまり、土地的アドバンテージは関係ない。どちらかと言えば、その体を構成している泥から水場に潜むためという考え方が自然である。おそらくは泥で包まれている巨体のどこかに明らかな素体、弱点があるはずである。

 

そう千代は見切りをつけた。

 

そして、このことを荒縫先生に伝える。

 

「荒縫先生!」

 

 

 

千代が戦っている間も、荒縫は若者達の周りの警戒と千代が捌き切れなかった敵の攻撃の相殺をしていた、かつ彼女自身の術式により呪霊の本質を見抜いていた。

 

 

 

白識目(びゃくしきもく)

 

荒縫の術式はその瞳を通して発動する。五条家の者が先天的に有すると言われる『六眼』の下位互換とよく囁かれているが、その特性は少々異なる。

 

 

 

()の眼」

高度な夜目、遠視が可能になり、動体視力が大幅に上昇する。

 

(あま)の眼」 

あらゆる物の内部構造を視ることが可能になる。

 

 

 

この二つの能力は荒縫の使用する拳銃との相性が良い。

 

さきほど千代が荒縫に呼びかけたのも「天の眼」により見抜いてもらうためである。

 

荒縫も千代が声をかけるよりも前から天の眼は発動していた。なぜ黙っていたかというと千代が自力で呪霊の特性を理解していたかを確かめるためである。

 

(及第点だな。)

 

千代への評価を口にはせず、心の中に押しとどめた。さすがに戦闘中に言うのは可哀そうだという理由だった。

 

荒縫は千代へ返答した。

 

「巨体の右側、手が伸びる付け根あたりに1つ、そして中央にある空洞より1メートル下に1つ核がある。」

 

その言葉を聞き、千代はすかさず分銅鎖をまず手の付け根を目指し投げつける。敵もなにかを察したのか、核の周りを泥で囲い始める。しかし、呪力を濃密に纏わせた分銅鎖が勢いよく貫き、ゴツッっと音がした。呪霊の核が破壊された証拠だ。

 

だが、核が一つ壊されても、呪霊は動き続けた。更に核周りに泥を固めて、堅牢にしようとしていた。

 

千代が少し嫌な顔をした。分銅鎖を引き戻すには少々時間がかかるからだ。その間に泥で固められたら、倒すのが面倒になる。

 

そう千代が考えていた時、中央の核を荒縫の銃弾が打ち抜いた。

 

 

 

(さすがに、一般人に被害が出るのはまずいからな。)

 

千代の成長具合を確かめたい気持ちもあったが、若者たちの安全をとるため千代の攻撃で、呪霊の気が若者たちから逸れた瞬間をねらった。

 

二つの核が壊された呪霊はその場で崩れ落ち、消滅していった。

 

 

 

呪霊が消滅したのを見て、千代が「ふう。」その場で一息つく。

 

「お疲れ様だ。いい戦いをするようになったな。」

 

荒縫は前衛の役割を担った千代をねぎらう。彼女は本格的に前で戦うのはそうそうないため、実際に動ける千代を見た評価だった。

 

「それは、扱かれてますから。」

 

千代は少々苦笑いしながら言う。近距離でも十分に戦えるように、毎日特訓した日々を思い出しているようだ。近距離戦を教える環境にあまり置かれなかった五条家に比べたら、荒縫や同級生との訓練はかなり厳しいものだったのだ。

 

(思っていたより、呪霊の気配に対して呪霊の強さがあっていないな。それにわざわざ陸に出ずに、その場で戦っていた方がよりこちらが苦戦していただろうに…。まだ、なにか)

 

「あの、すみません!」

 

荒縫が先ほどの戦いを考察していたら、声をかけられた。荒縫と千代が振り返る。

 

声をかけてきたのは、妙に呪霊から注目されていたとおるという男だ。

 

「ありがとうございました!」

 

男は礼を言った。唯一、若者たちの中で呪霊が見えていたからだ。

 

未だに他の3人は放心状態だった。それは、見知らぬ人達が虚空に向けて何かしら攻撃をしたり、水しぶきが何もないところから上がったら、だれでも混乱するだろう。

 

彼らを見渡して、荒縫が言う。

 

「これが仕事だからな。あとでここに黒スーツの人間が来る。そいつらの指示に、」

 

 

 

 

荒縫の言葉が止まる。そして、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そこから離れろ!!!!!」

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくれてありがとうー

戦闘場面は難しいよ~
術式の名前考えるのつらいよ~

荒縫先生の術式考えるのほんとに疲れた。結果、案外普通のが出来た。


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拾肆話

たまには早めに投稿

戦闘クライマックス




荒縫は叫んだあと、その手に持った拳銃をとおるのすぐ横に向けて、撃った。

 

シュッととおるの横で何かが避けた。そして、その何かは一瞬で大きくなり、とおるを包み込んだ。

 

「うわあああああああ」

 

とおるが悲鳴を上げる。

 

「と、とおる?おい、どうした!」

 

とおる以外の3人は今、友人の身に起こったことが分からず声を上げる。

 

 

とおるが何かに包まれる瞬間、荒縫が見えたのは泥、そして赤い核のようなもの。つまり先ほどの呪霊が生きていたことになる。

 

(やられた。やはり、最初から呪霊の狙いはあいつだったか。しかし、なぜ)

 

 

「先生。」

 

千代が荒縫に声をかける。その表情からは焦りが見られる。

 

千代は先ほどの荒縫の叫びに反応は出来たものの呪霊の攻撃までには至らなかった。ほぼ暗闇の状態で、呪霊が限りなく気配を遮断し、先ほどの巨体より極小の分体で近づいていたためだ。

 

荒縫がそれに気づけたのは、「丹の眼」で呪霊を視認しやすかったからだ。

 

 

「まだ、攻撃は…」

 

するなと荒縫が言いかけた時だった。先ほど相対していた呪霊とは思えないほどの、濃密な呪力が霧散し、二人を刺激した。呪力を当てられた若者たちはその場に、気を失って倒れた。

 

(この気配は…。)

 

荒縫の首筋に冷や汗が伝う。

 

2人の前に一体の呪霊が現れた。先ほど、闘っていた呪霊と同じであるが、全く違う。泥で構成されていた巨体はなく、その体は人型だ。体は筋肉質で、その手、足先は鋭い爪を持つ。そして頭の前から後ろにかけ、黒く細長い突起が複数本並び、その突起上には複数の眼がある。

 

その呪霊の足元にはとおるが倒れていた。彼が生きていると荒縫は「天の眼」で識別した。

 

 

呪霊は新しくなった体を確認しているのであろうか。足元にいる人間に目もくれず、屈伸したり、手の指を動かしたりしている。

 

 

目の前の呪霊から目を離さず、千代は震え声で荒縫に聞く。

 

「せ、先生。これは、もしかして。」

 

千代が以前夏油と戦った、1級相当の呪霊とは比べ物にならないほどの力が目の前の呪霊から見て取れる。千代は自分の推測が嘘であってほしいと願う。

 

 

「ああ、間違いなく特級呪霊。それもおそらく両面宿儺の指を取り込んでいる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

両面宿儺とは1000年以上前に実在したと言われる人間である。その時代の術士が総力を挙げて両面宿儺に挑んだが、敵わず敗れたと言われている。腕が4本、顔が2つあったとされ、宿儺の死後、その計20本の指の屍蝋が特級呪物「両面宿儺」として残された。当時の術師達は、それすら消し去れず、封印することしか出来なかった。

 

 

 

 

 

しかしながら、その封印も1000年経った今では紙切れも同然。呪霊に取り込まれたことで、完全に封印は解けた。

 

荒縫と千代がここに来た時から感じていた呪霊の気配は、最初の泥の呪霊も含まれるが、「両面宿儺」によるものが強い。そのため、泥の呪霊の本体を倒しても気配が消えなかった。

 

そして「両面宿儺」の指を持っていたのが先ほどのとおるだ。本人としては、お守りとして持っていたものだが、そのせいである程度の強さを持った先ほどの呪霊に狙われた。

 

 

 

 

「まず、私が全力で攻撃を仕掛ける。千代はその間にあの男を救出、倒れている奴らの所に置いて、応戦しろ。」

 

「敵の意識があの人達に向いたら、どうします?」

 

「ある程度はカバーするが、……お前の能力で受けきれない、もしくは戦いに支障が出るようなら見捨てろ。あの男を救出する際も同じだ。こいつはここで止めなければならない。犠牲を以てしても。」

 

「…分かりました。」

 

非情な選択。しかし、特級をこのままにしておくわけにはいかない。野放しにすれば数百、数千人規模の被害を及ぼす可能性のある存在だ。

 

まだ、とおるという男を救出するという指示を加えただけ優しいものだ。

 

 

 

自分の体の構造を確認し終わった呪霊は、ちょうど目についた足元の人間を見てにやりとし、その爪で殺そうとした。

 

「っ行くぞ!」

 

荒縫の号令で千代は、一気に呪霊との距離を詰めようと前に踏み込んだ。千代の後方から銃弾が呪霊に放たれる。先ほどまでとは違い、呪力がさらに練りこまれ、濃密な銃弾だ。

 

危険性を察知したのか、呪霊は飛んできた弾を跳躍して避けた。空中で弾が飛んできた方向、荒縫に体を向けた。

 

((よし、食いついた!))

 

それを確認した千代は、男の元へと向かう。

 

荒縫は敵が空中で身動きが取りにくいのを見て発砲し、3発、その体に打ち込んだ。

 

呪霊は空中で被弾し仰け反るが、すぐに態勢を整え、「キヒヒ」と笑った。

 

「効いていないようでなによりだよ。」

 

不満を口に漏らしながらも攻撃を続ける。

 

荒縫が「天の眼」で見ても、呪霊は体表が厚く呪力で覆われているため、銃弾があたっても大してダメージがなかった。

 

敵は地に降り立つ前に、呪力の塊を荒縫に向けて飛ばした。高速、高密度な攻撃であるが、荒縫も「丹の眼」で見て避ける。この回避の際にリロードを行った。

 

敵が地に降り立ち更に、攻撃を仕掛けようとしている。

 

(もっと銃弾に呪力を込めないとだめだな。だが、一瞬でも隙を取られて、懐に入られるとこちらが圧倒的不利。……やるか。)

 

 

 

 

 

 

 

 

荒縫は新たに術式を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白識目(びゃくしきもく)

 

千歳(ちとせ)の眼」

 

 

 

 

 

「千歳の眼」は、相手の思考・心を読み取ることが出来る。この能力は、呪霊に対して使うことがなく、どちらかと言えば対人間用だ。なぜなら、呪霊は低い等級ほど知能を持っても、基本的にその思考回路は破壊衝動、本能からくる部分が多いからだ。しかし、特級呪霊ともなればその思考回路は他とは異なり、ある程度読み取りやすい。

 

ただ、呪霊を倒すには思考を読み取るだけでは足りない。ある程度読み取りやすくても、呪霊は本能が大きい。だから、荒縫は眼鏡を捨て、能力を重ねる。

 

 

「丹の眼」、「天の眼」、「千歳の眼」、この3つの眼を同時に1つの眼として扱う。荒縫の眼は月白に染まる。

これが、荒縫の術式『白識目(びゃくしきもく)』である。

 

3つの眼を重ねることで、体内外の動き、心の動きすべてを認識することが出来る。

その結果、荒縫は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―未来を知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪霊は一瞬、荒縫の瞳の変化に反応したが、何も起きなかったためそのまま攻撃に移ろうとしてした。

 

(右手から先ほどよりも高密度の呪力放出、しかし本命は……接近による打撃。)

 

呪霊がまだ構えている状態で荒縫は相手の攻撃を視た。

 

そして、荒縫は、本来回避の準備をするところを、敵の両足を狙い、リロードから呪力を溜め込んでおいた銃弾を撃ち込んだ。

 

「ガギッ?」

 

足元への、それもさきほどよりダメージが大きい攻撃で、呪霊は構えが崩れた。しかし、荒縫に近づくという考えは消えたが、体勢を崩しながらも、そのまま右手に溜めかけていた呪力を荒縫に向けて投げだす。

 

しかし、視えている荒縫は、後ろ寄りに回避する。

 

 

(困惑の色、けれど問題ないと考え、なりふり構わず接近。ここは……許すか。)

 

体勢が崩れた呪霊は、そのまま地面に手をついた。そして、四つん這いになった状態で、地面を蹴り、一気に荒縫の元へ飛びついた。呪霊の爪が荒縫の顔面へ迫る。しかし、

 

 

「残念ですね。」

 

呪霊の手に鎖が巻き付き、横へ引っ張られる。呪霊は鎖に対応できないまま、地面に落ちた。

 

呪霊が、鎖が伸びている方向へ眼を向けると、そこには千代がいた。先ほどの荒縫が呪霊の足に打ち込んだときに、男の救出が終わった。荒縫も回避の方向を調節し、だいぶ若者たちが倒れている場所から距離が取ることが出来た。

 

地面に這いつくばる呪霊に向け、荒縫は銃口を向ける。近距離で、それも脳天に向けて数発撃った。

 

が、呪霊はまだ気力があるようだ。

 

(油断したところを、鎖を引っ張り、千代を引き寄せて壁にする気か、そのまま私も含めて一刺し。なら…)

 

 

「千代ッ、武器を離せ!!」

 

荒縫の言葉に反応し、千代は手からパッと武器を手離す。

 

呪霊は鎖を引きにかかったが、すでに千代から手放された鎖のみが呪霊の元へ来るのみだった。あるはずの重さがなくなったことで、また一瞬呪霊の動きが止まる。

 

 

(これで最後だ。)

 

呪霊の一瞬の隙を荒縫と千代が見逃すはずもなく、2人は距離を詰める。そして、荒縫は千代より早く呪霊に辿り着き、ゼロ距離から銃弾を打とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、荒縫は視た。

 

 

 

 

 

 

避けられない死を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪霊の全力の反抗。自爆に近い呪力の無差別放出。

濃密で攻撃的な呪力が目の前で放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

千代は目の前で、呪霊が攻撃を放つのを見て死を覚悟した。しかし、次の瞬間、黒い影が千代を覆い被さった。そして衝撃が広がり、千代は目を瞑り、地面に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千代が目を開けると、そこにいたのは右わき腹が抉れ、右脚がなくなった荒縫妃沙の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

呪霊が攻撃する寸前、荒縫がそのまま呪霊との近い距離を保って留まれば、確実に死ぬ。距離を取れば、致命傷は避けられるかもしれない状況であった。それは千代も同じ。だが、荒縫と違って千代は視えていなかった。

 

 

 

荒縫が取った選択は千代を守ることだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

千代は体を起こし、腕の中にある荒縫の体を見渡す。荒縫の体には欠損部位が多い。それを、千代の術式で賄い切れるかは一か八かの賭けになる。

 

 

(これを私に移したとしたら…)

 

千代は心の中で葛藤する。

 

 

 

 

 

 

 

すると、瀕死の荒縫が言葉を発した。

 

「千代、お前…の心を視た。」

 

千代の息が止まる。

 

「だから……全て分かっている。その…うえで言…う。治さなく…てい…い。」

 

「……………………先生はそれでいいんですか。」

 

「…生徒…を守って…死ねる。それだけで…い…い。」

 

 

それが荒縫の最期の言葉だった。

 

千代の腕が重くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くでザッと土を踏む音がする。呪霊が起き上がった音だ。

 

(呪霊がまだ生きている、そのうえで荒縫先生は私に任せた。…本当に生徒の扱いが上手い。)

 

千代の表情は無、しかしほんの少し後悔の念が現れていた。

 

(ごめんなさい。先生、私は最低な生徒です。)

 

見透かされた心の中で、千代は謝る。

 

 

そして、呪霊の方へ体を向けた。呪霊が嬉しそうにケタケタと笑うその顔を睨んで、力を振り絞る。千代の中にあるありったけの呪力を振り絞る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千代の領域展開発動後、両者の闘いは1分以内に片が付いた。

生き残ったのは、千代。その手には「両面宿儺」の指が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、荒縫妃沙の死が呪術界に知れ渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日もう一つの事件が発生した。

 

 

 

夏油傑が任務先で非術師100人余りを殺害し、呪詛師に堕ちたという事件が。

 

 

 




ここまで読んでくれてありがとうです。

因みに若者たちは呪霊から離されていたのでギリ生きていました。

荒縫の術式についての補足
基本的に荒縫は「丹の眼」、「天の眼」、「千歳の眼」は基本個別で使ってます。重ねると負担が増えるからです。戦闘中は「丹の眼」を常に使用して、「天の眼」を時折並行して使います。3つ重ねると、とても呪力を使うし、脳の回転率を上げないといけないのでとても疲れます。未来が見えると言っても数秒ですが、戦闘時にはとても役に立ちます。今回は…しょうがない。



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拾伍話

 

夏油視点

 

昨年、星奨体の護衛任務から私の親友、五条悟は文字通り最強となった。

 

彼が最強となったことで彼の妹、五条千代は自身の役目をほぼ失ったと言っていい。

 

あれから、悟は単独任務が増え、彼女の外の任務もこれまでに比べて多くなった。今までが少なすぎたと言わんばかりに。

 

十中八九、五条家が絡んでいるのだろうけど、何も言うことなど出来ないだろう。悟からすれば、妹が自分のために犠牲になることがなくなり、任務量が増加したと言えど、呪術師では一般的な量であるからそう不満はない。

 

では、彼女はどうなのだろう。

 

私は、五条家から与えられた悟を守るという使命が彼女の生命線だと考えた。

 

故に、一年前のあの星奨体の事件で、私を治して悟の後を追えと言ってくれた彼女の顔に浮かんでいた表情は自己の喪失なのではないかと思い始めた。生命線が消え、もうただ死を待つかのような。

 

1か月前の灰原の死を直面した彼女は灰原の傷をふれるようなことをしながらも、その表情は何も移していなかった。呪術師は消費されていく。非術師のために。そのことを十分に理解しているかのように。

 

荒縫先生が亡くなったときの彼女の様子は聞いていないが、一般人を庇いながらの事件だと分かった。そして彼らが持ち込んだものが発端の事件と聞いた。

 

だから、私は彼女をこちら側へ誘おう。五条悟へ手を出さないことを条件に。それは彼女を縛る使命に触れてしまうだろうから。術師だけの世界であれば、悟も死ぬことはないと言えば、その心は揺れてくれるだろう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

数日後、私は五条千代の元を訪れた。

 

彼女がたまたま都内での低級呪霊討伐を一人で行っていた時だった。

 

「やあ、千代ちゃん久しぶり。」

 

「…傑先輩?」

 

私の顔をみた千代ちゃんは面食らったような顔をしていた。初めて会った時を思い出す。

 

「まだ、そう呼んでくれるんだね。」

 

「…はい。」

 

千代ちゃんはきちんと受け答えをしてくれるが、警戒を怠ってはいない。

 

「別に何かをしようってわけじゃない。身構えなくてもいいよ。今日はそう、勧誘かな?」

 

「勧誘…ですか。」

 

「そう、勧誘。一緒に来ない?術師のみの世界に。」

 

「………」

 

「別に術師を殺していくわけじゃない。術師だけの世界を作るんだ。そうすれば、私たちはこんなにも苦しい思いをしなくてもいい。誰も傷つかない。」

 

「なぜ、私にその話を?」

 

「千代ちゃんは、今五条家でどんな存在?」

 

ピクリと千代ちゃんが反応する。しかし、沈黙したままだ。

 

「自分の役割なんてないんでしょ。与えられ続けたものがもうない。私なら与えられる。」

 

私は彼女の答えを待った。

 

 

 

 

 

 

 

「………お断りします。」

 

 

 

 

 

 

千代ちゃんが出した答えは私の予想に反したものだった。

 

「どうしてだい?千代ちゃんには今何が残っている?」

 

私は気になる。今、彼女を突き動かすものが何なのか。役目を終えた彼女をまだ存在させるものは何なのか。

 

 

彼女はふっと口元を緩め答えてくれた。

 

 

 

 

「…残っていますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄様への想いが。」

 

 

 

 

 

 

その言葉と表情で今まで捉え切れなかった彼女の考えが分かった気がした。

 

「なるほど。」

そう返すだけだった。でも、千代ちゃんは説明してくれた。

 

「傑先輩が私に対してどう考えているのかわかりました。つまり、私が五条家の言いなりと思っていらしたと。それは、半分あっていて、半分違います。」

 

「……」

 

「私は確かに五条家のために行動してきました。それが使命だと思っていたのも事実。私も気づいてなかったんですから。でも、心の奥底でずっと思っていました。兄様が望むものが、私が望むもの、兄の生が私の生だということを。今、私の中では兄様以外はどうでもいいんです。」

 

千代ちゃんはいつもより饒舌だった。もう隠す必要なんてないと言っているかのように。彼女は一息して、そのまま言葉を続けた。

 

「兄様は傑先輩の起こしたことに衝撃を抱いていました。兄様があなたを拒絶した。つまり、私はあなたの敵です。」

 

千代ちゃんは敵意のこもった眼で私を睨む。

 

 

「……………ふふふふ、ははっははははは。」

 

ああ、自分が考えていたものがバカらしい。今思えば彼女の行動一つ一つが悟のためだったのか。彼女を贄にしてきた五条家もまあ狂っていたが、彼女自身も十分に狂っていたらしい。たった1人の兄のためだけを想い、存在する。非常に危うい存在。だが、その兄が悟だからこそ成り立つ。最強である悟だからこそ。私は彼女の琴線に触れた。その時点で私は彼女の敵になっていた。

 

「?」

 

突然笑い出した私に千代ちゃんは、訝しんでいるようだ。なるほど、こう見ると分かりやすい。

 

「そうか。なら、お暇するとしよう。」

 

「案外、簡単に引き下がるんですね。」

 

「別に無理やり誘うつもりはなかった。断られるとは思ってなかったけどね。それに、千代ちゃんは術師だ。私の理想の世界には存在すべきだ。」

 

「…そうですか。」

 

先ほどの千代ちゃんの宣言は本当らしい。私の理想に興味を示さない。並みの術師ならばすぐに反論しそうなものを。

 

ここでの用はもう終わってしまったので、彼女と話す意味もない。

去ろうとする私に千代ちゃんは話しかける。

 

「兄様に会いましたか?」

 

躊躇しなくなったな。どこまでも兄想いだ。

 

「いや、まだだ。硝子に会いに行くからそこから悟にも連絡がいくだろう。」

 

「なら、私から連絡する必要性は無さそうですね。」

 

「簡単に信用しているけどいいのかい?」

 

「嘘をついてはいない。そう思いました。」

 

「…そうか」

 

そこは信用してくれるんだ。千代ちゃんとは1年半の付き合いだったけれど、全く意味がないわけではなかったらしい。

 

 

 

 

「…傑先輩、」

 

また、千代ちゃんが私に話しかける。

 

「なんだい。」

 

「あなたは兄様を裏切った。だから、私はあなたを赦しはしない。絶対に。」

 

力強い瞳で千代ちゃんは私を睨みつける。

 

「……………」

 

しかし、ふっと目元が緩んだ。

 

「ただ、兄様が、親友が出来たと言って、楽しそうにしていたのを覚えています。それがあなたで良かったと今でも思います。だから……、兄様の親友でいてくださって、ありがとうございました。」

 

そういって千代ちゃんは頭を下げた。おそらく私にここまで気持ちを露わにしてくれるのも、これが最初で最後だろう。

 

 

「うん……、さようなら、五条千代。」

 

これは決別の意。敵としての。

 

 

顔をあげて、五条千代も答えた。

 

「はい、夏油さん。」

 

彼女は決意を込めた表情をしていた。

 

 

 

私は五条千代の元から去りながら考える。

 

今現在、最強になった悟に役立つことは、彼女は出来ないだろう。ならば、おそらく彼女がこれからしようとすることは……。はあ、敵としては厄介な存在になってしまうな。でも、このことは悟には言わない。それが私へ敬意を払ってくれた彼女へのお返しになるだろうから。

 

 

 

 

五条千代に会った後、私は硝子に会い、そして悟にも会った。硝子はまあいつも通りだったが、悟はやはり怒りをにじませていた。

 

私の理想と悟の現実がぶつかる。

 

私は術師だけの世界を作るというが、悟は無理だという。悟の力なら出来るというのにそれを無理と私に押し付けるのも大概だろう。

 

もう決めたこと。悟に何を言われようが私の意志は変わらない。

 

その旨を悟に伝え、去ろうとする。悟は私に攻撃をしようとした。私は悟の攻撃を受け入れる覚悟でいたが、結局のところ彼は攻撃してこなかった。

 

 

 

これが私と親友との決別の時だった。

 

 

 

 




ここまで読んでくれてありがと。

このシーンはこの小説を書き始める時から決めてた。ようやく出せたー。
兄はシスコンで、妹もブラコン。


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拾陸話

 

千代視点

 

 

私が生まれてから数年の間、大層大切に扱われた記憶がある。どこへ行くにも使用人がついてきて、二、三人がかりで世話をされた。でも、私よりももっと丁重に扱われていた人がいた。それが兄様だった。その時の記憶は曖昧だったけれど、どこか兄様は自分とは違う特別な存在だと認識していた。

 

 

私が5歳になった頃、周りの人がそわそわし始めた。その時だったのだ。私の術式が判明したのは。兄様とは違い、五条家相伝の術を何一つとして受け継がれなかった出来損ない、そう言われるようになった。

 

 

しかし、その時の五条家当主が私の術式の利用価値に気づいてからは全く違う言い方をされた。五条家の贄と。五条家の存続のため、命を以て兄様を生かす存在に私はなった。

 

 

小さい頃からそうだったのだ。別にこの家の何がおかしいと思ったことはなかった。兄様が訓練で怪我をすれば、疲れれば、すぐにその元へ向かい、治した。呪霊との闘いの後も外傷を負っていなくとも万が一のために、兄様の元へ行き、術式を発動した。痛いし、辛い。でもそれが五条家のためになるならそれで良かった。ただ、このことを兄様に知られるのは嫌だと何気なしに思って、兄様にはただの反転術式による治療だと認識してもらった。黒い服を着て、血が滲んでもバレないように。気づかれても、返り血と言って誤魔化した。「六眼」を持っている兄様なら、見破るかもしれないと不安に思ったが案外ばれなかった。あまり私に関心を持っていなかったからだと思った。

 

 

そんな状況が一変したのが、私が中1の時。私が連絡を受け、兄様の元へ向かうと、兄様は手酷くやられていた。心臓が、心の奥がキュッと締まった気がした。手が震え、息をするのが苦しかった。周りの者に言われて、ハッとして、急いで術式を発動した。いつもなら隠しきれていたが、その時は私も気が動転していた。兄様の傷が思っていたよりも深く、服が目に見えて染まり、鉄のにおいが充満し、腕から血が伝うのを見られた。そこからなにが起きたのかは、朧気だった。私は自分に移した傷を治すのに集中していた。その間兄様の怒号が聞こえた気がした。

 

 

その後から私の生活は変わった。兄様が怪我をしても、余程のことがない限り呼ばれなくなった。そもそも元から強かった兄様が更に強くなられて、怪我を負うこと自体が少なくなった。たまに、ほんのたまにではあるが、兄様が私を意識していた気がする。自意識過剰だと思ったが、少し嬉しかった。この頃からだったと思う。私が五条家の五条悟ではなく、私の兄である五条悟として、兄様を意識し始めたのは。

 

 

兄様が呪術高専に入られてからは、お会いすることがほぼなくなった。元からお会いする機会は少なかったが。たまに、連絡が届いた。そこには良い友人ができたと書かれていた。噂には聞いていた。兄様と並んで最強と言われる男がいると。この報を見たとき心の中が少し熱い気がした。

 

 

呪術高専入学前にその友人の夏油傑という人に任務先で初めて会った。とても強い人だった。兄様が親友というのも分かる気がした。術式を使う姿を見られた。すぐに心配してくれて、とてもやさしい人だとも思った。

 

 

呪術高専入学後は、初日から様々なことが起きた。まず、初めての術師の同級生。これから仲間として共に過ごすものだと思っても、その時はあまりピンとこなかった。荒縫先生は…、今思えば、あの時からよく私たちのことを見ていたと思った。硝子さんにも会った。あのときから硝子さんは、私が考えていたことが分かっていたのだろうか。いや、違う。多分私の考えが分かったというより、私が無意識的に自分の気持ちを抑圧していたことに気づいたのだろう。

 

 

そして、私が自分の気持ちを完全に把握したのはあの星奨体の護衛任務の時だった。兄様が伏黒甚爾との一戦を経て、正真正銘最強になった。それに私は歓喜した。それは兄が望んでいたものであり、兄に害を与えられることがないということだったから。しかし、兄様が最強になったことは同時に、私の五条家としての五条千代の終わりを意味していた。私は今後一介の呪術師としての任務が多くなるのだろう。私自身が用済みとなってしまったことを残念に思ったが、それに関しては実際どうでも良かった。私が絶望したのは兄様の役に立てないこと。それだけだった。

 

 

星奨体の一件から一年の間、私はどうやって兄様のために生きていくべきかを考えていた。いや、早い段階で既に構想はあったが、実行できないでいたという方が正しい。自分が思っていたよりも、高校生活というものを楽しんでいたらしい。一番の要因は灰原君だったのだろう。そんな彼が亡くなったときは、突然ではあったが呪術師としては当たり前なことだと思った。誰も彼も兄様のように強くはない。こうなる覚悟はあったし、亡くなったと聞いてもさして動揺はしなかった。けれど、彼の遺体を目の前にしたとき、少しだけ心の奥が痛んだ。周りから見れば、私は仲間の死に対して何も反応しない女に見えただろう。その時から、七海君には距離を置かれてしまった。ただ一人、荒縫先生はそんな私を気にかけた。

 

 

その一か月後、荒縫先生との任務の時、予想外の特級呪霊の顕現により荒縫先生は死んだ。荒縫先生は言っていた。「全て知っていると。」あの意味は先生があの時発動していた「千歳の眼」によりその時の私の思考、そしてその時まで先生が感じ取っていた私の考えを統合したものだと思う。あの時の私の思考はひどいものだった。瀕死の荒縫先生を治したとして、私はこの場で生き残れるか。兄様の役に立てずこんなところで呪霊に殺されるのか。目の前に教師がいるのにも関わらず、そんなことを考えていた私は最低だ。でも、こんな私を先生は庇った。その真意は実際のところよく分からない。

 

 

ただ、この任務を通して思った。特級呪霊は強い。今の兄様は勝てるかもしれないが将来は分からない。特に、両面宿儺が顕現された場合。絶対ないとは言い切れない。だったら、私にできる最善を尽くそう。それが、私の意志を汲み生かしてくれた先生への最大限のお礼だと思うから。

 

 

荒縫先生が亡くなった日と同日、夏油さんは呪詛師となった。はっきりといったら、その日私が定めた心からすればどうでも良かった。だからこちら側に来ないかと夏油さんに誘われたときは、受けることは微塵も考えられなかった。ただ、親友であった兄様を裏切ったことは憤りを感じ、兄様の親友であったことには感謝した。

 

 

夏油さんも兄様の敵になった。兄様の敵は増えるばかり。そのほとんどを兄様は蹴散らすのだろう。だから、だから私は兄様のあり得ない可能性を潰すために存在しよう。

 

 

 

 

 

 

私は五条家の地下、怨禅の間にやってきた。黒と赤の札が部屋の壁中に貼られている。もともと、呪物の類が封印されていた場所。今は、結界の厚い呪術高専へ移動されていたり、兄様の力で消却されたため、ほとんど空になった部屋だ。私からしたら丁度いい場所だ。

 

部屋の真ん中で正座す。服から兄様の丸いサングラスを取り出す。そこには血が付着していた。星奨体の一件で、兄様のサングラスが地面に落ちていたのを拝借した。媒体としては兄様と血のつながっている私自身がいれば良いだろうが、念のため。

 

手が震える。お願いだから、成功してと願う。

 

私の心は決まった。目をつぶれば、今までの思い出が浮かぶ。決して楽しいものばかりではない。苦しいものがほとんどだ。

 

それでも、閉鎖的だった私の生活からすれば、ここ2年は充実していた。最後に自分の想いを吐露する。

 

「灰原君、君のせいだよ。ここまで、私を引き延ばしたのは。ここまで、私に日常を惜しくさせたのは。最期の時、共にいれなくてごめん。」

 

「七海君、君は怒るだろうね、私の選択を。でも、私は君が今後どう生きようとその生き方を応援しよう。…、一人にさせてごめん。」

 

「硝子さん、あまり関われなかったですね。ただ、あなたでした。一番初めに私の心に気づいたのは。それでも放っておいてくれたのは、硝子さんらしいです。」

 

「夏油さん、私の事情を知っても、尚、敬意を払ってくださる。最初から最後まで。さすが、兄様の親友だった人です。」

 

「荒縫先生、私に命を懸けてくださった。だから、謝罪はやめておきましょう。ありがとうございました。本当に。」

 

「兄様……、これは私のわがままです。ごめんなさい。」

 

 

 

 

兄様のためならば。なんだってする。それが私、五条千代の生き方。

 

 

 

 

集中する。己の全てを以てして、発動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『代躰呪法』

 

不惜身命(ふしゃくしんみょう) 贄の世(にえのよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、私、五条千代という個は、世界の認識から隔絶された。

 

 

 

最期に兄様の私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

 




ここまで読んでくれてありがとう。

最後の術名は仏教語から。
過去編もそろそろ終わり。


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拾漆話


誤字・脱字報告ありがとうございます。m(_ _)m。



五条悟視点

 

いつからだったろうか。俺のそばにいるあいつを意識し始めたのは。

 

俺は五条家に生まれ、五条家相伝の『無下限呪術』の術式を持ち、それを使役するための『六眼』をも持っていた。

 

一方、俺の妹はその類を何も持っていなかったらしい。しかし、珍しくも反転術式を使うことができたらしい。それが判明してから、そいつは俺の後をついてくることが多くなった。外に任務で出た後は、必ず玄関先で待っていた。たまにうざいなと思っていたけど、妹が俺のために尽力してくれているのは、子供ながらに嬉しかった。例えそれが俺に向けた本心でなく、五条家が決めたことからくる行動であったとしても。

 

その日は、いつものようにあいつが俺に反転術式をかける時だった。ただ、いつもと違ったのは俺が今までにない重傷を負っていたことだった。だから、気づいてしまった。術式発動後の妹から、血が垂れ、その表情が青ざめながら、必死に自身に反転術式をかけていたことを。あいつが俺に反転術式なんてかけていない。あいつが自分の身を犠牲にしてまで俺を治していた。この事実に、俺は頭に血が上った。家の奴らを問い詰めれば、簡単に吐いた。あいつの術式は、身体の能力、状態を奪うものだと。反転術式は自分にしか効果がないということを。俺の代わりとなるように、今まで育てられ続けていたということを。

 

弱い奴を捨て駒にし、強い俺を生かすということは、五条家からしたら自明の理だ。ただそれで、犠牲になるのがあいつだというのが気に食わない。あいつもあいつで、どうしてそこまで受け入れているのかも気に食わない。こんなこと絶対に認めないやるものかと俺は勝手に決意した。

 

それから、俺は家の奴らに二度と俺にあいつの術をかけるなと言った。さすがに、これには家の奴らも食い下がってきた。殴って、黙らそうかと思ったが、結局矛先が向くのはあいつなのだろう。仕方なく、俺が重傷を負ったときのみと限定し、引かせた。つまりは、俺が強ければあいつに迷惑は掛からない。そう思って、更に最強への道を進んだ。

 

親友である傑とも出会い、高校へ入り、一年もしたらあいつが入学してきた。今までと変わらず、俺に対してへりくだってくる。その態度にイラつきはしないものの、距離の取り方が分からず、素っ気なく返してしまう。それを親友にいじられる方がイラついた。そいつはそいつで妹と普通に話しているから、猶更イラついた。

 

その後、星奨体の一件で俺は遂に反転術式を扱えるようになった。これでさらに上を目指せる。呪術師界最強として。呪霊を屠り、あいつも俺のために使役されずに済む。そう思っていた。だから気づかなかった。親友の苦しみ。そしてあいつの決意に。

 

 

 

―――――

 

 

 

傑が呪術師界を離れて、数日経った。最後に傑に会ったとき、俺は、傑に攻撃できなかった。それは彼が親友だったから。あいつの理想、あいつの苦しみに気づいてやれなかった後悔から。

 

結局、俺一人だけ強くてもダメだった。なにも守れやしない。

 

そんなことを考えながら、俺は任務にあまり出ず、高専内をブラブラしていた。こんなところ普段、夜蛾先生に見られたら叱られるだろうが、先日の件で今はそっとしておいてくれる。良い教師だな、いつもこのぐらい寛容であればいいのに。

 

「教師か。」

 

ふと思う。教師という存在で生徒を導く。自らの手で強くすることを。

 

「そういうのしてたのは、荒縫先生か。」

 

先日、傑が離反した同日に亡くなった妹の担任を思い出す。ぶっきらぼうで夜蛾と同じくらい厳しい先生だが、生徒のことをよく理解しようと努めていたのは分かる。

 

「そういえば、最近あいつに会っていなかったな。」

 

ここ数日は傑のことで手一杯で妹のことを何も考えていなかった。担任が亡くなったというのに何も話していない。

 

「そろそろ、あいつとも真面目に話すべきか。」

 

数年前、あいつのことを知ってから、対応をなあなあにしていた。俺一人最強であっても、だめだ。そう自覚したからこそ、あいつと真摯に向き合うべきだと思った。

 

 

思い立ったが吉日、俺は高専内の寮に向かい、妹の部屋の目の前に立つ。ふうっと息を吐きだし、コンコンとドアをノックした。

 

しかし、反応がない。

 

「あいつ、何してるんだ?」

 

妹は、今日任務があるとは聞いていない。高専内にいるものだと考えていたところに夜蛾先生が通りかかる。

 

「ん、悟か。何をしている?」

 

「あー、妹に用があって。」

 

ぽりぽりと頭を掻きながら答える。兄がわざわざ妹の部屋までやってくるのが、少々恥ずかしかった。今まで素っ気なくしていた分余計に。

 

「聞いていないのか。千代は実家に戻ると言っていたぞ。やることがあると言って。」

 

その言葉を聞いた瞬間、何か嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感が。

 

「先生ッ!俺も実家に帰る!」

 

そういって、急いで廊下を走る。

 

「お、おい!」

 

慌てる夜蛾先生の声が聞こえるが、無視する。あとでいくらでも説教されてもいい。今はあいつの所へ向かいたかった。

 

 

 

 

急いで五条家に戻ってきた。家の者は、突然俺が返ってきたことに驚いているようだ。

 

「さ、悟様!いかがされた「おいっ!」っは、はいぃ。」

 

「妹が帰ったと聞いた。あいつは今どこにいる。」

 

「千代様ですか?確か用があるとかおっしゃって、怨禅の間に向かいました。」

 

恐禅の間、今は何もない場所に何故?

 

取り敢えず、そこに向かうため、地下への階段を下る。そしてあいつが、居るであろう部屋まで近づく。

 

そこで異変に気付く。部屋に近づくにつれ、あいつの呪力が強く、濃く伝わってくるのだ。

 

「お前、なにしてるんだよっ。」

 

そう文句を垂れ、部屋の目の前までやってきた。襖の取っ手に手をかける。これを開けばあいつがいる。

 

 

 

 

 

しかし、その瞬間、あいつの術式が発動した。いつもとは違う何か特殊な術。俺でさえも抗えないような術。二度とあいつと会えないような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った俺は叫んだ。

 

 

「ちよおおおおおおおおおおおっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその後、襖を開けることはしなかった。そして、部屋を気に掛けることすらせず、呪術高専へ帰っていった。

 

俺はこの時、大切な存在の記憶を持ってはいなかった。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
取り敢えず、これで過去編は終わりです。次に行く前に、閑話的なものをあげるかもしれません。

今後ですが、作者のリアルが忙しくなりそうです。また、原作ではまだ渋谷編をしているので、どのようにストーリーを変化させるかが難しいです。ザ・オリジナルで頑張るか、原作に沿う形にするかも迷います。
この二点から、投稿が超スローペースになると思いますので、ご了承ください。

P.S.
アニメと新刊、楽しみです。これでもっと呪術二次が増えることを願います。


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閑話 荒縫妃沙の独白


死後の荒縫先生の独白になります。



荒縫妃沙の独白

 

私はありふれた一般家庭の生まれだった。そのまま行けば普通の誰もが歩むような人生を辿っただろう。しかし、小学生の頃に呪霊に襲われ、自分の術式が判明した。その時から、呪術の世界で生きることになった。

 

呪術に目覚めて初めは、自分の術式のコントロールが難しくて、眼鏡をかけた。後々制御出来るようになったが、眼鏡があったほうが安心するのでそのままつけていた。

 

呪霊というものに対しては、その頃は特に何も思わなかった。小さい頃から見ていれば、そこにいるのが当たり前という状況だったからだ。なんとなく自分は他とは違うだろうとは思っていたが。

 

中学生になってから本格的に呪術師として活動した。中学生にやらせるのかと思うような内容だったが、人手が足りないらしい。やれと上から言われるのだから、やらなければならない。そんな理由をつけて、任務に当たっていた。

 

高校生になっても、戦い、戦い、戦いの毎日だった。知り合いが死ぬ。先輩が死ぬ。先生が死ぬ。友が死ぬ。こんな救いのない毎日を送っていると心がすり減ってくる。

 

私はなんのためにこの力を持っているのか。呪霊を倒すために?私はなんのために呪霊を倒しているのか。そんな存在を知らないただの一般人のために? 私はなんのために生きているのか。呪術師としての役割を全うするために?

 

今まで「指示されたから」という理由で、呪術師をやっていたツケが回ってきたのだろうか。この時ほど追い詰められていたことはない。なにに対しても、希望を見出すことが出来なかった。

 

この気持ちが晴れたのは、意外にも一般人である家族のおかげだった。私がしていることを何も知らない家族。時に憎んでしまいそうになった家族。私の調子が悪いと感じ取って、教師だった父は言ってくれた。

 

「お前は、何かと理由付けしたがる癖があるな。それはお前の美点でもあるが、弱点でもある。お前の気持ちに素直になれ。苦しいと思ったら休め。やりたくないと思ったらやるな。」

 

「…例えば、宿題とか、教師ならやらせないと。そんな時は父さん、どうするの。」

 

「む、お前は真面目だな。それはやってもらわないとその本人としても困ることだが、結局は自由で良いと思っている。人にはそれぞれその人なりの事情がある。それを理解してやればいいと。」

 

教師としてそれはどうかと思ったが、しかし生徒からは人気があったらしい。分かる気がした。父はいつも人を良く見ていた。

 

心が楽になった気がした。休みたいときは休むようになった。仲間が亡くなったときは悲しむし、この現状を嘆く。呪霊を憎むし、その任務を下した上層部も憎んだ。そうして自分の気持ちに素直になったとき、この現状を変えたいと思った。本心から。私が今まで受容できなかったものは、もう仕方ないと水に流す。しかし、これから術師になる人達はせめて悔いがないように生きてほしい。迷っても、苦しんでも、最期には笑っていられるようになってほしい。

 

 

だから私は父と同じ教師の道を歩んだ。

 

 

教師になってから数年。やはり呪術師界は色々と問題がある。教え子たちのなかには私より早く死んでいくものもいる。

 

その年も3人の新入生と出会った。

 

灰原雄、呪術師界には珍しいタイプの能天気で真っ直ぐな子だ。けれど逆に悩みを持ちにくそうだ。呪霊を祓い、人を助ける。呪術師としての根本が備わっている男だった。

 

七海健人、灰原とは幾分か性格が逆の子だ。几帳面で紀律を重んじる。でもおそらく仲間思いだ。昔の私に似て、後々悩みを持ちそうだった。

 

五条千代、御三家の一つ五条家の出。あの五条悟の妹。噂はよく聞いていた。御三家は良くも悪くも教育がしっかりしている。呪術師としてやっていくには問題は無さそうだが、その内には彼女自身の信念が伺えた。

 

3人が入学してきてから、星奨体の護衛任務という重い一件がやってきた。任務としては失敗。しかし、下手人は仕留める形で終わった。灰原と七海はおそらく大丈夫だろうと思ったが、星奨体と関わった千代はどうなるか心配した。彼女に話しかけてみると、責任を感じているのであろうが、なにか違うところで千代の精神が動いたと感じた。それを深くは聞かず、彼女の選択を待つことにした。教師が生徒の思考の自由を奪うことなどしてはならないのだから。

 

その後も、生徒の様子を気にかけた。驚いたことに、3人は時間があるとき、本当にたまにではあるが外出をしていた。主に灰原の提案であるらしいが。それが高校生らしくて、思わず笑ってしまった。良い傾向にあると思った。

 

 

 

しかし、三人の中心となっていた灰原雄が死んだ。その事実に、動揺はしなかった。いつか来るかもしれないと覚悟していたことだったからだ。ただ、悲しくはなったし、悔しかった。まだ、高校生の彼を死なせてしまったことに。

 

最期の灰原に会いに行く前に、千代に会った。灰原の死に対して彼女の精神は大丈夫だろうかと思ったが、彼女の様子を見てなんとなくどう考えているかが分かった。だから、心配ないと思った。彼女自身どんな気持ちであれ、確固とした意志を持っているのだと分かったのだから。

 

逆に七海はやはり悲愴に暮れていた。今の彼に過度な励ましの言葉はかけないでおいた。無闇な励ましは彼を逆に苦しませるから。しかし、もしかしたら辞めてしまうかもしれないなと感じた。それはそれでしょうがない。その時は、教師として相談に乗ろう。

 

七海の相手をした後、最後に灰原に会った。傷だらけの体、よく頑張ったと褒めた。同時に、お前がいないとあと2人の仲を誰が保つんだよと文句も言っておいた。

 

 

 

そして灰原の死の1か月後、私は、特級呪霊に殺された。

 

 

 

五条千代を守って。

 

 

 

死ぬ寸前、五条千代の心を見たとき少し笑ってしまった。なんだ、その私欲にまみれた願望はと。五条悟だけのために、どれだけ生にしがみついているんだと。

 

ただ、五条悟がお家関係なしに彼女の全てなのだろうと、この1年半で薄々感じていた。本人はあまり気づいていないようだったが。ああ、五条悟も気づいていなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

…私の可愛い生徒たち。

 

 

呪術師として、教師として十分にお前たちを守ることは出来なかっただろう。今回は私の命を以てして、1人の教え子を守った。彼女が本心から守ろうとしている兄、五条悟は呪術師界の要であるから。そして、大切な生徒だから。

 

 

千代、私は呪術師としても、教師としても、お前を守れて良かっただろうと言えるだろう。

 

 

 

さようなら。みんな、今から逝くよ。

 

 

 

 

 





ここまで読んでくれてありがとうございます。


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渋谷編
拾捌話



おひさしぶりです。文章変わっていたらごめんなさい。新章に入りますが、この話は原作のままです。



2018年、10月31日19時00分、渋谷の東急百貨店、東急東横店を中心に半径400mの(とばり)が降ろされた。

 

この異常事態に術師たちは渋谷に集合。その中で判明した帳の結界の効力は“一般人のみを閉じ込める”であった。帳の副次的な効果により電波も内外で遮断されている。ハロウィンであるにも関わらず駅前のスクランブル交差点には人っ子一人おらず、散り散りになった一般人たちは帳の縁にてこう叫ぶ。

 

「五条悟を連れて来い!」と

 

非術師たちがその名を知っているはずがない。何者かによって言わされている。

帳を下す呪詛師たちを倒し、この現状を打開しようと考える場面でもあるが、呪術界上層部は五条悟を敵地に単独で送る判断を下した。これは、術師の被害を最低限に抑えるための決定であった。他術師は帳の外にて待機し、不測の事態に備える運びとなった。

 

20時31分、五条悟が渋谷駅に到着。そこでは渋谷駅地下を中心に外と同じ一般人を閉じ込める帳がさらに展開されており、駅構内は一般人がひしめき合っていた。また、その地下に特級呪霊の気配。そして五条悟をおびき寄せる声。確実に呪霊側にとって有利な状況が作られていると予想できる。

 

しかし、五条悟はその明らかな罠ともいえる誘いに乗る。

自分自身が最強であるとう自覚から。誰であっても負けないという自負から。

 

 

 

 

 

20時40分、東京メトロ渋谷駅、地下5階の副都心線ホームの線路上に、五条悟は降り立つ。駅のホームも多くの人間があふれている。外へ通ずる出入口、天井は樹木により塞がれてしまった。同じ線路上には、特級呪霊で一つ目で頭が火山のような形をした漏瑚、同じく特級呪霊で目元が枝であり、巨体の花御、特級呪物「呪胎九相図」の1番を受肉した張相が待ち構える。

 

 

 

 

彼らが互いに軽く言葉を交わした後—

 

 

 

 

 

 

戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

呪霊側は大勢の人間を殺し、盾にし、隠れ蓑にし、五条へと攻撃を仕掛ける。これは五条の力が一番抑制される戦いである。五条悟が最も強い場面は、彼がひとりでいる時。五条の術式「無下限呪術」の術式反転の「赫」の最低出力は順転の「蒼」の二倍。一般人がいる上ではまず出せない。「蒼」も本来の出力を出せずに守りに徹するしかなくなる。領域展開の「無量空処」でさえ、この閉鎖された空間では悪手となる。非術師を巻き込まないように領域から外せば、周りの壁で圧死、領域の中に入れれば、呪術に抗うこともできずに死。あらゆる選択肢が封じられる。

 

更に敵方は五条に直接攻撃をする手法を会得していた。

 

 

領域展延(りょういきてんえん)

自分だけを包む液体のような領域。領域展開とは違い必中効果は薄まるが、相手の術式を中和する効果が大きくなるというメリットがある。

 

 

五条は驚く。それは、敵の強さ・対自分へ練られた緻密な作戦について…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この程度で自分を倒せると思っていた敵の脳みそに対してだ。

 

 

領域展延にはもう一つデメリットが存在する。展延は生得術式との併用が出来ないという点だ。

 

五条は無下限呪術を一時的に解除、それに対し花御は体に纏う展延を解き、攻撃を仕掛けようとする。しかし、展延を解いてしまえば、確実に五条の攻撃が当たる的となる。そして花御の弱点は先の交流会襲撃事件の際に割れている。

 

 

 

一瞬、

 

 

 

五条は一瞬で花御の弱点である目元の枝を引きちぎる。そして、漏瑚が助ける間もなく、五条の術式により花御の体は粉々になった。

 

 

 

闘い始めて20分ほど経った頃、ホームに存在する人間は闘いが始まる前よりも明らかに少なくなっていた。非術師が五条を避けることが出来るほどに。スペースが出来れば、五条は漏瑚を確実に捉えられる。既に犠牲者は多く出ている。これからもまだ出るであろう。全員を生かすことは出来ない。ある程度の犠牲は考えなけてばならない。

 

「そのかわり、絶対祓ってやるよ。」

五条がそう意気込んだ後、駅のホームに電車が到着した。

 

ホームに生き残っている非術師たちは逃げの手段がやってきたと喜びを見せる。

 

しかし、その歓喜もすぐに混沌へと変わる。

 

電車の中には、特級呪霊・真人に改造された元人間の呪霊、約1000体がぎゅうぎゅうと敷き詰められていたのだから。ドアが開かれ、改造人間が開放されると人間を次々と襲い始める。

 

わざわざ、五条の障害である非術師たちを殺すような行動に五条は戸惑っていると、同じ電車に乗ってやってきた真人も五条に攻撃をしかけた。

 

五条にその攻撃を無限により弾く。その瞬間、ホームの天井を塞いでいた根が開き、新たな人間が投入された。呪霊側に与する呪詛師によって。

 

新たにホームに入れられた人間の命は呪霊たちの手により消耗品のように容易く消えてゆく。

 

特級呪霊たちは、改造人間、非術師が入れ乱れ、虐殺が繰り返される状況下でおいても、五条悟が領域展開を出来ないと考えていた。五条悟が考えるある程度の犠牲は呪霊による死であって、五条悟自身の手による犠牲ではないと考えていたからだ。

 

しかし、特級呪霊たちのその予想は崩される。

 

 

 

 

五条悟は領域展開「無量空処」を発動する。

 

一か八かの0.2秒領域展開——

 

 

 

 

一般人に影響を与えないギリギリの時間を五条悟は勘で見出した。

 

0.2秒の間に改造人間、非術師の脳には半年分の情報が流し込められ、全員が立ったまま気を失った。特級呪霊たちも同じく領域展開をうけて動けないでいた。

 

そして、領域展開解除後、299秒で五条はすべての改造人間、約1000体を倒した。

 

 

相手の策を潰し、一気に五条悟が優勢にたったと思われた。その時—

 

 

 

 

獄門彊(ごくもんきょう)、開門」

 

 

 

 

五条の目の前に正方形の箱が置かれていた。そして、「開門」の声に反応して、箱の四角が拡がり、真ん中に瞳が現れる。その瞳は目の前の五条を写す。

 

さらに、

 

「や、悟。久しいね。」

 

 

袈裟を着た男が現れる。黒の長髪で頭の後ろに団子に結われており、何よりその額に縫われたような線が目立つ。

 

五条はその男を知っていた。

 

 

 

男の名は夏油傑。五条悟の親友であった者だ。彼とは10年前に袂を分かち、一年前に五条悟自身の手で止めを刺したはずであった。

 

本来なら存在せぬ人間.であるのに、五条悟は彼を本物であると彼の六眼をもって認めてしまった.故に,五条悟の頭の中に彼との青い春の記憶が浮かぶ。親友であった男との高校3年間の記憶が.

 

 

 

 

これこそが敵方の狙いであった。

 

 

 

敵方は先日、呪術高専襲来時にある物を盗んでいた.

 

 

 

「獄門彊」、呪術師最強と言われる五条悟を封印できる代物。

 

その封印発動条件は―

獄門彊開門後,封印有効範囲約4メートル以内に,脳内時間で一分、彼を足止めすること。

 

 

 

 

 

死んだはずの夏油傑との邂逅時に、五条悟の脳内では既に数年分の時が過ぎていた。

 

刹那、五条悟は獄門彊により捕らえられた。悟は封印を抜け出そうと試行するが,呪力も抑えられ,詰んだのだと理解する。

 

諦めた五条は目の前の夏油傑を見る。

 

「誰だよ、お前。」

 

「夏油傑だよ、前に会ってから一年しか経ってないのに忘れたのかい?悲しいね。」

 

「肉体も、呪力もこの六眼に映る情報はお前が夏油傑だといっている。

 

…だが、俺の魂がそれを否定している!お前は誰だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キッショ、何で分かるんだよ。」

 

 

 

 

夏油傑はそう言って、額に手をやる。額の縫い目のような線は糸であり、糸が引かれるとパカリと頭が開き、異常な脳が露わになる。

 

目の前の男は夏油傑ではなかった。肉体を転々と出来る術式。夏油傑の体を乗っ取りその肉体に刻まれた術式をも使用できる。

 

その事実に五条は歯噛みする。

 

偽夏油の目的は五条の封印。彼が強すぎる故に、邪魔だった。

 

 

数回言葉を交わした後、偽夏油は五条に言う。

 

「おやすみ、五条悟。新しい世界でまた会おう。」

 

「僕はな。お前はそろそろ起きろよ。何時まで良い様にされてんだ。傑。」

 

五条の言葉に偽夏油の手が反応する。偽夏油の手はそのまま偽夏油自身の首を絞め始める。

 

自分自身であり、自分ではない者が自身を殺そうとしている。本来死んでいるはずの夏油傑本人が。この現象に偽夏油は笑う。

 

そこに真人がやってきた。真人はヒトから生まれた呪霊。その思考には常に魂と肉体の関係性が入っていた。真人は肉体の先に魂があるという考えを持っていたが、夏油はたった今の現象から、肉体は魂であり魂は肉体であるという自論を示す。

 

 

五条は目の前で、そのように偽夏油と呪霊の真人が話しながら自身を見下ろしている姿を胸糞悪く感じていた。その旨を吐き出したら、敵側はご親切にも封印を完成させようとする。

 

 

偽夏油が「閉門」と唱えた瞬間、獄門彊は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獄門彊が閉じられる瞬間、五条の視界が狭まる。

 

 

(やっぱり強いだけじゃダメだ。)

 

 

昔、親友の挫折を通して、経験した悔いがここで活きる。自分だけが強くても、周りが弱かったら、意味がない。均衡が崩れれば、あとは秒読み。

 

だから、五条は今まで育ててきた。強く、芯のある生徒たちを。

 

(みんな。僕がいなくても頑張ってよ。)

 

五条は思い浮かべる。信頼のおける元担任、後輩、生徒達の闘う姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外界の一筋の光すら見えなくなるその瞬間、五条はある思慕を抱く。

 

ひどく、ひどく懐かしく、記憶にない愛しさを。

 

(ああ、これは…)

 

五条は暗闇の中に囚われた。

 

 

 

 





読んでくれてありがとう。遅れてごめんなさい。
でも、他の呪術の二次創作増えてて、私的にほくほく。


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拾玖話


すみません。今回もほぼ原作の説明回です。




 

 

10月31日、渋谷駅地下五階にて、五条悟の封印が為された。

 

 

 

その直後、ある者の術が発動する。

 

 

 

ある者の名はアルティメットメカ丸—本名・与幸吉。

 

元呪術高専京都校の2年生で、準一級呪術師であった者だ。自分の意志とは関係なく、先天的に身体に課される縛りである「天与呪縛」の持ち主で、体が不自由で全身に包帯が巻かれた状態である建物の地下室で暮らすが、その代わり、広大な術式範囲と強大な呪力放出能力を有していた。

 

本人としては、この不自由な体が治るのならば、今ある術式がなくなったとしても構わないほど、この天与呪縛か憎たらしく思っていた。

 

そこに敵方からアプローチがあった。

 

彼は、特級呪霊・真人の『無為転変』で体を治すことと、京都校の人間には手を出さないことを条件に、偽夏油達の内通者をする縛りを結んだ。しかし、呪霊たちが先の交流会襲撃事件にて、京都校の人間も同時に襲撃したため、縛りが破られる。

 

交流会後、偽夏油達が縛りを破った代償として、与幸吉は体を治させた。そして万全の状態で、とある山中のダムにて、偽夏油と真人と戦った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

与幸吉は完全に呪詛師側に与した訳ではなかった。京都校での生活は彼にとってかけがえのない時間だった。裏切り者と言えど、本来ならば生きて、渋谷襲撃の情報を高専に届けたかった。

 

それが叶わなかった場合に備え、与幸吉は自分が死ぬ前に、五条が封印された場合に限り、自身の作成した3体のメカ丸が作動する死後の術を保険として作っていた。

 

この術は正常に作動し、明治神宮駅の地下線路にて敵の呪霊と交戦していた特級術師・冥冥とその弟・憂憂、そして両面宿儺の器・虎杖悠仁に五条悟の封印の旨が伝えられた.

 

メカ丸が彼らを選んだ理由―それは呪詛師との繋がりの有無だ。

 

メカ丸が内通者であったように、未だ呪詛師を手引きしている存在の可能性があった。

虎杖悠仁は両面宿儺の器であり、比較的最近呪術師となったことと、索敵に長けている冥冥が渋谷に派遣されず、敵が仕向けられていることからメカ丸は彼らがシロであると判断した。

 

 

 

現在、渋谷には四枚の帳が降りている。渋谷駅を中心に、一般人を閉じ込める帳、五条悟を閉じ込める帳、術師を入れない帳、一般人を閉じ込める帳だ。

 

冥冥たちは帳の外だが、他の術師の班は帳の中に入っており、電波の遮断により連絡が付かない。さらに外の補助監督員たちにも連絡が付かないことから、帳の内外で事が発展している可能性が大きい。

 

この状況から、メカ丸が虎杖と冥冥たちに作戦を提案する。

 

虎杖は明治神宮から地上を通って、渋谷へ向かい、五条悟封印の旨を全術師へ連絡すること。

 

冥冥は虎杖の地上への脱出のサポート、その後は線路にて待機。相手の出方に応じた対応を取ること。

 

二人はこの提案を了承する。因みに冥冥の弟の憂憂は当然のように姉とともにいることを選択した。

 

そんな3人のもとへ準一級並みの呪霊が続々とやってくる。

 

虎杖は冥冥の補助を受けながら呪霊を躱し、地上へ無事脱出。渋谷へ全速力で向かっている途中、メカ丸から新たな情報が齎される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―封印された五条悟の獄門彊が渋谷地下から動かせないでいると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五条悟封印後、無量空処の影響を受けていた特級呪霊たちが目覚め、偽夏油の下に集まっていた。

 

「全員起きたね。さて、今後の―」

 

偽夏油が話す途中、その手に持つ獄門彊がカタカタと震えだした。

 

「…?どうした?」

 

話途中で口を閉ざした偽夏油に漏瑚が問いかけたその時、獄門彊は急に重みを増し、偽夏油の手では支えきれなくなった。そのまま地面に獄門彊が落ちると、ゴンッと音を立ててめり込む。

 

「なんて奴だ。」

 

偽夏油はそうこぼす。

 

「なにこれどういうこと?」

 

真人がしゃがみ、獄門彊に顔を近づけて聞く。

 

「封印は完了している。だが、獄門彊がまだ五条悟という情報を処理しきれてないんだ。暫くは動かせないね。」

 

そう話す敵陣営をこっそりと天井から聞く者がいた。三体の内の一体のメカ丸だ。すぐに、真人によって壊されるがその情報は既に残りのメカ丸によって伝えられる。

 

 

 

 

 

その情報を聞いた虎杖は一瞬何故と思ってしまうが、五条悟故という理由を提示されあっさりと納得した。この情報により術師を入れない帳を上げさせ、渋谷駅周辺の術師たちを渋谷駅地下へ向かわせ包囲網を作り出すことが作戦の主軸となった。

 

しかし、他の術師たちと連絡を取ろうにも、その連絡の要となる補助監督員の伊地知とも連絡が取れないでいた。どのようにして自分が知り得る情報を伝えようかと思案していた時、虎杖は冥冥との会話を思い出す。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、渋谷には誰が来ているの?」

 

「んーとね、確か…」

 

 

 

 

 

虎杖は会話にでた人物を脳裏に浮かべると同時に、一番外側の帳、一般人を閉じ込める帳を抜けた。中に入るとそこは既に地獄。改造人間たちが一般人を襲い始めていた。

 

虎杖は目に見える敵を瞬殺し、壁を伝ってとあるビルの頂上へ辿り着く。そして、息を吸い込みその名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

「ナ・ナ・ミーン!!!ナナミンいるー? 」

 

 

 

 

 

 

虎杖の渾身の叫びは伏黒、伊野を率いる七海班に届いた。伏黒と伊野は一級術師である七海が「ナナミン」と呼ばれていることに衝撃を受けていたが、虎杖の続きの一言でその衝撃も吹き飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

「五条先生があ、封印されたんだけどー。」

 

 

 

 

 

 

「封印!?」

 

驚く伏黒。しかし、七海は即座に判断を下す。

 

「予定変更です。今すぐ虎杖君と合流します。もし、封印が本当なら―

 

 

 

終わりです。この国の人間すべてが。」

 

 

 

急いで七海たちは虎杖のいる場所へと向かい合流した。そして、詳しい現状が伝えられた。

 

裏で糸を引く夏油傑の皮を被った何者か。特級呪霊と付随する呪霊達。夏油側の呪詛師。改造人間と一般人。正に混迷を極めた空間になった渋谷駅。

 

その場所に攻め入るには、渋谷駅の隣駅からが都合が良いが、まずは帳を解かなければならない。やるべきことは山ほどある。四の五の言っている暇はない。

 

呪術師最強の封印.それは呪術界の終わりを意味する.それは七海からみても明確な真理であった.一刻も早く救出に向かうべき.しかし,この情報をここだけのものにして動いて良いわけでもない.呪術界の上層部また現場にいるほかの術師と連絡を繋げ,総力を以てして五条悟奪還に動かねばならない.

 

七海健斗は今いる中で唯一の一級術師である。その彼にしか出来ない要請がある。そのため、七海自身は一旦分かれて、補助監督員の元へ向かい、残り三人には、今渋谷を覆う術師を阻む帳を排除するために呪詛師の捜索、そして五条悟の奪還に向かうことを指示した。

 

こうして五条悟奪還作戦が始動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人と別れた七海健斗は補助監督員を統括している伊地知が配置されている場所へ向かう。

 

虎杖からは伊地知と連絡が取れないと聞いていた。

 

伊地知は元術師を志した者。補助監督員としても優秀。何人もの術師を現場に送り出していた。不測の事態への対応は慣れている.連絡は取れなくてもと、安心していた部分があった.

 

しかし,伊地知の配置場所へ辿り着いたとき、七海が見たものは、ある意味で想定外の光景であった.

 

地に血を流して倒れ伏す伊地知.ポニーテールの呪詛師であろう男.その呪詛師が持つ刀には血がべっとりと付着しているため,彼が伊地知を刺したのであろうと容易にわかる。

 

そしてこの場で,七海にとって最もイレギュラーな存在は伊地知を庇うようにして間に立つ女の姿であった.

 

女の姿に七海は既視感を抱く.つい先ほど封印されたと聞いた男によく似た白の髪色と顔、額の上にかかる黒いバンダナ。

 

頭の中でカチリと何かが当てはまるような感覚に陥る. 恐る恐るといった口調で言葉に乗せる。

 

「…ちよ…さん?」

 

七海が呟いた言葉はその女に届いた.女は振り向き、少々顔を顰める。しかし、すぐに思いついたように答える.

 

「七海君…?」

 

10年前と同じ背格好。高専の頃からそのままタイムスリップしたかのような彼女に酷く懐かしさと苦しみを抱く。淡い気持ちが溢れ出す。忘れた後悔が迫り来る。

 

ただ、全く同じではなかった。

 

 

 

 

 

 

千代と呼ばれた女の表情は、七海が知るかつての五条千代よりも朗らかで、そして冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





読んでくださりありがとうございます。

最近は毎週本誌が阿鼻叫喚だそうで、大変そうですね。




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