――――――――――喧嘩が好きだ。肉を打つ拳に、閃くナイフ。ルール無用で血を流す事に生きてる実感を覚えるから。
*
「ヒャハハハハッ!楽しいなぁ、オイ!楽しいじゃねぇかよ、オイ!」
赤毛まじりの長髪を翻して、
彼の両手の拳は血まみれだった。そして、暴れまわる彼の周りでは不良やチンピラなどガラの悪い男たちが何人も倒れており、皆が一様に気絶もしくは苦悶の表情で蹲っている。
【血塗れ久崎】それが彼の通り名であり、一帯の喧嘩自慢その他諸々、腕っぷし自慢達が日夜襲い掛かるようなそんな少年だった。
生粋の戦闘狂。喧嘩狂い。
何よりおかしいのが、
「ぶっ!?…………ハッハーッ!良いじゃねぇか!もっと来やがれ!」
一方的に粉砕するのではなく程よく反撃を貰えば貰うほどにギアが上がっていく点。
殴打でも、何ならナイフなどで斬られたり、刺されたり、最悪車に撥ねられたとしても彼は狂った笑みを浮かべて反撃に次ぐ、反撃。血塗れの異名は何も返り血だけが原因ではなかった。
「ソラァッ!…………あん?終わっちまったか?」
最後の一人が、彼の拳の餌食となった。
合計で三百七十四人。それが今回彼の襲撃で襲い掛かってきたチンピラの数であり、今のところ過去最高を記録していた。
そんな集団に一人で戦っていればどうなるか。
「あー…………イテェ」
角材で殴られた頭からは血が流れ、殴られた頬は腫れている。口内に溜まった血を吐けば、折れた歯が地面に転がった。
何より左わき腹。不意打ちで刺され、抑えた左手の隙間からは未だに血が溢れている。
傷だらけだ。寧ろ、現在進行形で死んでいないのが不思議なほどの傷を負いながら、彼はいまだに息をしていた。
だがしかし、今日この日。彼の悪運は尽きる事になる。
何かが破裂したような乾いた音が響く。
「あっ―――――?」
何が起きたのか。それを理解する間もなく、アタルの視界は暗転し、その体は後ろ向きに仰向けで倒れていた。
角材で殴られたのとは違う、額に空いた一つの風穴。血が流れ、空洞を晒すこれこそがその答えである。
久崎アタル、享年十五歳。油断したところを脳天を撃ち抜かれ、死亡。
*
「―――――以上が、貴方の最期よ。十五歳で随分と殺伐とした人生送りすぎじゃないかしら?」
「はぁ…………何てこった」
今まさに、自分が死んだ原因を聞くことになったアタルは、ため息をついて目元を手で覆い天井を仰いだ。
赤みがかった茶髪に、黒いツナギ灰色のTシャツという格好の彼は、死んだときと同じ格好。違うとすれば、その体には一切の傷が無い点だろう。
脳天を撃ち抜かれ、暗転した彼の意識が復活して、最初に見たのは水色の髪をした女性と、執務室のような部屋だった。
アクアと名乗った彼女曰く、ここは死んだ人間が来る場所であり、まずは死因を伝えるところから始まるのだとか。
ただ、アタルが頭を抱えているのは何も死んだからではない。
「喧嘩、してぇなぁ…………」
死んでしまったことにより、喧嘩ができなくなったこと。それだけが、彼の心残りなのだ。
好きだから喧嘩を買う。好きだから喧嘩を売る。
その結果の果てに後悔しないだろう、と勝手に彼は思っていたのだが、死んでみて初めて気が付く欲求不満の数々。
何より強いのが戦闘欲求だった。
自然、腰かけて天井を仰ぐ彼の右足はガタガタと貧乏ゆすりを始めていた。
目の前で行儀の悪いことをするアタルに対して、アクアは目を細めるとある選択肢を切り出してくる。
「ねえ、貴方。異世界転生、してみる気は無い?」
「あぁ?んだ、ソレ」
「本当なら、輪廻転生させて同じ世界に生まれなおさせるか、もしくは天国に行くんだけど…………貴方の魂って歪すぎるのよ。少なくとも、記憶処理しても同じ事になりかねないわ」
「人を欠陥品みたいに言いやがるな、オイ。何なら、お前が相手してくれるか?カミサマ、よぉ?」
「するわけないでしょ。私は、水の女神だもの。戦うなんて野蛮なことしないわ!話戻すわね。貴方を異世界に送り込むの。その世界は、今まさに魔王の侵略を受けて日夜戦いの毎日なのよね」
「で、そこで戦えってのか?」
「勿論、タダじゃないわよ?ただの人間が魔王倒せるわけないもの。送り込む転生者には、特典をあげてるの」
「特典だぁ……?」
「何よ。普通そこは喜ぶところじゃないの?」
「こちとら、その手の知識はねぇんだよ。興味もねぇし。勝手にそっちで選んでくれや」
喧嘩が大好きなアタルだが、だからこそその他方面に関しては残念極まりないものばかりだった。
天才的な戦闘センスを持ちながらも、その頭脳はお粗末な脳筋極振り。ついでに、ろくに学校にも行かず喧嘩三昧な毎日を送っており、食費などは全て賞金()で賄っていた。
生まれた時代が時代ならば、重用されたであろう人種が彼なのだ。
その知識の無さは、二次元などに関するモノも含まれている。神話や伝承などもってのほか。
では、身体能力のバフなどを求めればいいのかもしれないが、ソレに関しても知識がない。
彼にとっての喧嘩は、感覚的なものだが驚異的なバランスの上に成り立っている。それこそ、単に力が強いだとか、技が鋭いだとかではなく、自身の技量を逸脱しない範囲で高水準を保つのが良いのだと、そう考える。
思ったよりも無欲だったアタルに、アクアは頭を悩ませた。
てっきり、力寄越せコノヤロー!位は言われると思っていたのだ。それほどまでに、アタルの人生経歴は頭が悪い。
かといって、このまま送り込めば間違いなく身の丈に合わない戦闘に首を突っ込んで死ぬことになるだろう。それでは、面白くない。
「うーん…………あ」
「あ?」
「これなんてどうかしら?」
言って、アクアが差し出すのは一振りの日本刀だった。
長さは太刀。柄、鞘には隙間なく晒しが巻かれており、鍔は鍔としての機能を果たしそうにない武骨な塊。
受け取ったアタルは、首を傾げる。
「何だこれ」
「それが、貴方の特典よ。魂と結びつかせてるから、無くすことも無いはずよ」
「いや、刀なんぞ振った事無いって話なんだが?折れるだけだろ」
「心配しなくても、それは折れないわよ。何やっても絶対に折れないもの。折れても直るし」
「はあ?刀が勝手に戻るもんかよ」
「それは戻んのよ。ほら、それじゃあ、送り出すわ」
「あ、おい―――――」
言う前に、アタルの足元より光が溢れる。
そして、彼の姿は部屋より掻き消えるのだった。
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2
都会暮らしが長いと、当然というべきか自然環境から距離を置くことになる。
「森?」
光に染め上げられた視界が晴れ、アタルの第一声は疑問の声だった。
そう、森。木漏れ日が差し込むぐらいしか、日差しがないにもかかわらず先まで見通せる程度には明るい森の真っ只中に、彼はぽつねんと立っていたのだ。
恰好は、あの部屋で女神であるアクアと対面したときのまま、黒いツナギに灰色のTシャツ。足元は動きやすさを重視したハイカットのスニーカー。
そして、左手には晒がぐるぐる巻きにされた一振りの太刀。
それ以外には、文字通り身一つであるアタルには持ち合わせがない。ツナギのポケットにねじ込んでいた現金などもいつの間にか消えてなくなっていた。
周囲を見渡し、少なくとも視界内に人が通りそうな道などが確認できなかったアタルは、毒を吐き捨てる。
「チッ、あの女…………んな所でどうしろってんだよ」
イライラと、見るからに機嫌を悪くしていくアタル。
彼は気づいていないが、苛立ちを強めるにしたがって彼の握る太刀が鞘の中で共鳴するようにして震え始めていた。
少しの間、こうして立ち止まっていたアタルだったが、やがて気持ちを切り替えるようにして適当に歩き始める。
普通は、何かしら目印を定めてから歩き始めるのが一番、なのだが生憎と彼は転生前から野良猫のようにあちこちを寝床にして生活していたのだから目的も無く歩き回る事は慣れていた。
フラフラ、フラフラ、下草を踏みながら時折立ち止まって周りを見渡し、再び歩き出す。その繰り返し。
暫く、そんな変化のない時間が過ぎて、不意に彼はその場で立ち止まっていた。
徐に鼻を鳴らし、そしてその口角が避けたようにして吊り上がり、瞳はギラギラと輝き始める。
「血のニオイだ…………!」
死ぬ前から嗅ぎ慣れた濃密なまでの鉄臭さ。喉にへばりつくような独特のそのニオイは、容易に彼の神経を高ぶらせて心を揺すった。
常人ならば二の足を踏むだろう。だが、アタルは逆に一切の躊躇なくニオイの方向へとその足を向ける。
最初は歩き、徐々に回転が増していき、いつの間にか走り出す程度には興奮していて、自然と左の親指は太刀の鯉口を切っていた。
そして―――――
*
「危ねぇ、リーン!躱せ!?」
パーティメンバーであるダストの悲鳴のような声を聴き、しかしリーンは目の前の光景から逃げ出すことが出来ずにいた。
ダスト、リーン、更に二人を加えた四人パーティはこの日、ゴブリンの討伐の為に森へとやって来た。
慣れた仕事だ。順調に討伐数を増やし、そろそろ街へと戻ろうかというところでソイツは現れた。
初心者殺しと呼称される黒い虎のようなモンスターだ。
性質は狡猾。ゴブリンなどの弱いモンスターを駆り立てて数を一か所に集め、その討伐や狩りに現れた冒険者や己よりも弱い捕食者を狙って狩りをする。初心者殺しと呼ばれるのは、偏にゴブリンなどが初心者冒険者に回されやすい討伐対象であるから。
仮に討伐を考えるならば、初めからソレ狙いで万全に整えていなければ危ないような相手。
その牙が今、リーンへと迫っていた。
彼女は魔法職だ。お世辞にも近接職は強いとは言えないし、とてもではないが初心者殺しに即座に対応、迎撃できるような腕も無い。
致命傷、ないしは迫る死を前にその目は見開かれて、
「―――――ヒャハハハハッ!見つけたッ!ついに見つけたぞ、テメー!」
「「「「!?」」」」
横合いから突然現れた狂人によって、その牙は彼女の脇を空ぶった。
狂人は変わった格好をしており、その右手には一振りの片刃の剣、左手にはその剣の鞘であろう物が逆手に握られている。
彼は、狂った笑いを発しながら初心者殺しへと襲い掛かっていた。
その動きには一切の技術がない、正しく暴力のままに棒きれでも振り回すようにして剣を振り回し、斬るというよりも叩きつけるような独特な動き。
何より恐ろしいのが、その全てが無意識のうちにか全てに必殺を求めている所だろう。
首、目、胸部、足の腱。命中すれば確実に機動力、ないしは戦力を削れるところばかりが狙われており、突然の横やりに初心者殺しは避けるばかりしかできない。
「オラァッ!」
一際大振りの斬撃を間一髪で躱し、そこで漸く両者の間隔があいた。
唸り、姿勢を低くする初心者殺しと、鞘と剣による独特な二刀流の姿勢を崩すことなく恐ろしい笑みを浮かべる狂人。
「助かった、のか?」
パーティのタンクを務めるテイラーがそう零すのも無理はない。
突然現れた男が、完全に初心者殺しのヘイトを持って行ってしまったのだ。仲間を救われたものの、その笑みは見ているだけで不安になりような雰囲気があった。
他三人も似たようなもので、ただその背を見つめるばかり。
穴が開きそうな四つの視線。そこで初めて、彼は後ろを振り返った。
「あー?んだ、テメーら。見世物じゃねぇぞ、コラ」
完璧、チンピラのソレだった。赤毛まじり長めの茶髪の隙間から覗くその目には、剣呑な光が宿っており関わり合いになる事も避けたくなるような危険な雰囲気をこれでもかと放っている。
彼、アタルにしてみれば漸く見つけた戦う相手なのだ。横取りなど知った事ではない。
「ま、待てよ!アンタ一人で、初心者殺し相手にするつもりか!?」
「あん?初心者殺しだ?知るか、んなこと。
チンピラと揶揄されるダストが食いついたが、アタルにしてみればそんな事関係ない。
鞘を逆手に、刀を順手で持ち一気に前へと駆けだし、初心者殺しへと襲い掛かっていく。
酷く大振りな一撃は、しかし空を切る。反撃の右前足は、同じく振るわれた鞘によって一瞬相殺されたが直ぐに筋力差に押し負けてしまった。
崩れるバランス。だが、アタルはあえて体勢を戻そうとはしなかった。むしろ、崩れた体勢をそのままに後ろへと倒れそうになる体の反動を利用して、右手の刀を勢いよく振り上げたのだ。
単純な筋力による攻撃ではなく、反動を利用した斬撃その切っ先は容易く空気の壁を切り裂いて、その黒い毛皮に赤い線を引いた。
「ギャウ!?……グルァアアアッ!」
ダメージとは言えないその手傷は、初心者殺しの怒りに油を注ぐこととなる。
体毛が逆立ち、目が血走り、呼吸は短く速くなっていく。地面には爪が突き立てられ、筋肉が収縮。力が溜められ、解き放たれた。
弾丸のような突進。この場合、避けるのが最適解―――――なのだが、アタルは寧ろ前に、まるで迎え入れるかのように突っ込んでいった。
引き絞られる右腕。踏み込むと同時に広背筋をバネにして放たれるのは渾身の突きだ。
タイミングといえばドンピシャ。突っ込むようにして突きを放ったことにより、その切っ先は初心者殺しの鼻っ面を―――――
「ガッ!?」
穿たない。
獣の動体視力は並ではなかったのだ。初心者殺しは突きを寸前で躱し、翻した体の反動を活かして遠心力を十全に乗せた尻尾をアタルの腹部へと叩き込んでいた。
呻き声と一緒に内臓が傷ついたのか、血がこぼれ彼の体は大きく後方へと吹っ飛び、背中から木の幹へと思いっきり叩きつけられてしまう。
ここで、リーンたちは我に返り助けに動こうとする、のだがその前に笑い声が聞こえたことから再びフリーズすることになる。
「―――――ヒャ、ハッ…………良いじゃねぇ、か…………!」
口から血を吐きながら顔を上げるアタル。その表情は、正しく喜色満面というもの。
同時に、彼の中での話だがいまいち嵌りが悪かった歯車が、この一撃によりガッチリと噛み合い動き出していた。
「良いぜ!良いじゃねぇか!これが、命の削りあいだ!」
叫び、アタルは左手の鞘を地面へと突き立て叩きつけられた木の幹を発射台にして猛然と駆け出した。
盾になる鞘を捨てるという事は、それ即ち防御を捨てる事に等しい。
案の定と言うべきか、初心者殺しの爪が掠めて彼の腕からは血が流れている。だが、それと同時に彼の攻撃はより一層激しくなっており、何より、
「お、おい、何かどんどん速くなってないか?」
斥候も兼ねている弓手のキースが口から出したといは、他の面々も思っていた事だ。
アタルの攻撃は激しさを増すと同時に、体のキレが尋常じゃないほどに増していた。
最初こそ致命傷を避けるだけの回避とも言えないお粗末な動作は、今では薄皮を切らせる程度で深く爪が食い込むことも無い。牙に掠める事も無く、最初に痛打を受けた尻尾に至ってはその先端をカウンターで斬り飛ばしている。
片手で刀を振り回している事には変わりない。ただ、その腕に込められた力や、体捌きが洗練されていっているのだ。
「ヒャハハハハッ!もっとだ!もっと!上げろ!上げてこい!食らいつけや!」
「ギ―――――ッ!?」
徐々に、押されてきている初心者殺しは不意の斬撃に二の足を踏んだ。
訳が分からないのだ。最初は圧倒的な戦力差があった筈が、今では押される始末。何より、逃げ出そうにも前に前にアタルが出てくるせいで突き放せない。
何度目かの爪と刀の応酬。一瞬の間。
「ルアァッ!」
無警戒だったアタルの左手が、初心者殺しの鼻っ面へとまるで蛇のように食らいつく。
万力のように締められる指先が、毛皮の中へとめり込んでくる。
咄嗟に暴れて離させようとする初心者殺しだが、それは文字通りの致命的な隙だった。
「オオオオオッ!」
一瞬起き上がった初心者殺しの上半身。その隙をアタルの本能は逃さなかった。
突き出される右腕。黒い毛皮を穿って貫通する切っ先、並びに刀身。力任せに貫き、これまた力任せに振り抜かれる。
「カッ―――――」
初心者殺しは、そんな声を上げて白目を剥いた。
如何にモンスターといえども、心臓があり体内には重要な内臓器官が多数ある。それが、貫かれ尚且つ切り裂かれたのだ。
崩れ落ちる巨体。それを見下ろし、口角を吊り上げる狂人。
「ヒャハハハハッ!殺した!殺してやったぞ、オラァッ!俺の勝ちだ!ヒャハハハハハ―――――」
血に濡れた刀を掲げるようにして勝鬨を上げていたアタルは、しかし唐突にその笑い声を途切れさせて、仰向けに倒れた。
確かに勝利したのは彼だ。彼だが、その勝利に至るまでに血を流し過ぎた。骨は折れているし、傷口からは未だに血が止まらない。
怒涛の展開に、蚊帳の外へと置かれた四人が戻って来るまで彼はそのままなのだが、それは全くの余談である。
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3
それは一番最初の記憶。小学校に上がったかどうかという年の頃の話。
派手な髪色をした地毛のせいで、半ばイジメの様な扱いを受けていたアタルはある時堪忍袋の緒が切れた。
もっとも、どれだけ激高しようともその時の彼は、喧嘩の素人も素人。多勢に無勢という事も相まって一方的にボコボコにする、何てことにはならず教師に止められるまでどちらも血塗れになる凄惨なものとなった。
ただ、それが転機となった事は確か。それから、彼は容易く拳を振るうようになったのだから。
対象は、同級生だけに留まらない。上級生、中学生、果てはチンピラ。
負ける事だって珍しくなかったのだが、それでも彼は止まることなく暴れまわっていた。
やがて、二つ名の様なものまで獲得し、その結末は―――――
*
沈んでいた意識が浮上する。
「―――――………………………………うん?」
ぼやけたアタルの視界に最初に入ってきたのは、木目の天井だった。
右方向が明るいことから、そっちの方に窓があるのかもしれない。
彼は困惑した。屋根と壁がある建物の中で過ごすことは彼にとっては珍しい事であり、その上木造建築など縁もゆかりも無かったのだから。
鉛のように重い体を無理矢理起こせば、自分がベッドに寝かされていた事にも気づくことが出来た。もっとも、気づけただけで、自分がなぜこんなところに居るのか分からないのだが。
「また、死んだのか?…………いや、刀があるな。なら、まだ異世界とやらにいるらしい」
身を起こして考え込んでいたアタルが、そう判断した材料はベッドの傍らに立て掛けられた太刀を視界に収めてからだった。
ついでに、そこで漸く記憶が鮮明になってきた。
思い出したのは、魂を削るような殺し合い。
血塗れになり、血が流れるにつれて鮮明になっていく視界と思考、本能に任せて動き続けたあの瞬間。
「…………くはっ……」
思い出しただけでも、アタルの血が昂って来ていた。
次戦えば死ぬかもしれない。次戦えば生き残るかもしれない。そんな先の見えない戦い。未だかつてない命の危機に瀕しながら、アタルはある種の境地を見たのだから。
そうと決まれば、彼は行動を開始した。
ふかふかとしたベッドより降りて、傍らにあった刀を手に取り右手にあった窓とは反対側に設けられた出入り口であろう扉へと向かう。
ここがどこかなど関係なかった。ただ、戦いたい。彼の内心はそれ一色。
扉を押し開き、
「ぶっ!?」
「あん?」
何かにぶつかったのか、扉に伝わる衝撃と呻き声。
闘争本能へと水を差される形となったが、それでもアタルは幾分か冷静になる事が出来た。
扉を引いて一旦ノブから手を放して首を傾げる。
考えられる候補としては、この家の所有者だろう。どこの誰とも知れない自分を助けるようなお人好しなのか、あるいはもっと下卑た考えを持っているのか。少なくとも、この世界には知り合いの居ないアタルには思い当たる相手がいない。
左手で鍔元を握った刀の鯉口を切り、彼は扉の前で待つ構え。
一方、ぶつかった誰かは特段警戒する様子も無く扉を引き開いた。
そこに居たのは、
「イッテェ……!起きたのか?」
「…………誰だ、テメー」
「おいおい、こっちは態々宿まで運んできたんだぜ?安くないポーションも使ってよぉ」
チンピラは若干腰を曲げながら下から睨み上げるようにして顎を突き出してくる。
ただ、チンピラ度で言えばアタルもいい勝負であるし。そもそも、凄みに関しては彼には一切の効果がない。
興味を無くしたように、彼は鯉口をもとへと戻し左手に込めていた力も刀を持ち運ぶためだけ程度にまで落としていく。
アタルから見て、目の前の男は弱くは無い、がそもそも本気を早々に出さないタイプ。
本気を引き出せれば楽しめるかもしれないが、生憎と彼は配慮ができる戦闘狂。場所はちゃんと選ぶし、避けるというならば戦う気も無い。
因みに、配慮できるといえば聞こえはいいが、その実横やりを入れられる事を疎んだ結果場所を選ぶようになっただけで仮にそんな経験が無ければ、この場で速攻切りかかっていたかもしれないことをここに記す。
何とも言えない空気となったこの場。払拭したのは、目の前のチンピラだった。
「俺はダスト。お前さんをこの宿にまで連れてきた恩人様だぜ?」
「…………………………………………ああ、あの虎が居たところに、居た、か?」
「何だよ、その間は!?………ま、まあ、初心者殺しの件じゃあ助かったけどよ」
「初心者殺し……あの虎、んな大層なもんなんだな」
「は?お前さん、知ってて戦ったんじゃなかったのか?」
「いや、全く」
欠伸を零すアタルに対して、ダストは絶句する。
この宿のある街に住む冒険者ならば皆、一度は初心者殺しの名を聞くし、少なくない被害に自分がかち合わないように祈ることだって少なくない。
戦い方はどうあれ、アタルは強かった。故にダストはまた新しい冒険者が来たのかと考えていたのだ。
だが、蓋を開けてみればどうだ。目の前の男は、そんな事知らないと首を傾げている。
そこでダストは、ある可能性へと行きついた。ここ数年と言うか、時折ズブの素人でありながら妙に強すぎる新人が現れる事を。
目の前の少年もそれに当てはめて、ダストは頭の中で算盤をはじいた。そして、出された答えは、
「しょうがねぇなぁ。先輩である俺が、教えてやろうじゃねぇか」
*
始まりの街、アクセル。この街の冒険者にとっての憩いの場といえば、やはり酒場を併設した冒険者ギルドだろう。
単純に仕事を得る場であり、情報交換の場であり、コミュニケーションの場であり、スキル習得の場であり、とにかくこの場では様々なやり取りが行われる。
「それじゃあ、改めて。俺は、テイラー。一応、このパーティのリーダーをしてる。初心者殺しの件では、偶然とはいえ命を救われた、感謝する」
「俺はキース。職業はアーチャーで、もっぱらスカウトとかが仕事だな。あん時は助かったぜ、マジで」
「リーンよ。職業はウィザードね。あの時は助けてくれてありがとう」
「おう…………?」
「おいおい、何だよアタル。照れてんのか?」
酒場の一角。六人掛けの席で、ダストたち一行とアタルはこうして改めて顔を合わせていた。
ただ、感謝の気持ちを伝えられるアタルは、当人がそんな意識なかった事から、どこか困惑したような雰囲気を発しており、そこをダストに突っ込まれていたりする。
とはいえ、彼が困惑するのも無理は無いのだ。誰だって、意図した行動ではないのに、勝手に感謝されるなど座りが悪い。
気まずそうに顔を逸らして頭を掻いたアタルは、気を紛らわせるようにしてテーブルに置かれたジョッキへと手を伸ばした。
今回は親睦会と言うべきか、感謝会と言うべきかそんな集まり。そして、料理の代金はある意味アタル持ちであったりする。これは、彼が倒した初心者殺しの討伐報酬、並びに牙を売り払って得た金で購入した数々だからだ。因みに、金を作ったのはダスト。幾らかちょろまかしたのだが、報酬を受け取るべき人間であるアタルが気にした様子も無いため荒れる事は無かった。
適当に談笑しながら進む食事会。不意にキースが斜め前の席に座るアタルへと水を向けた。
「そういえばアタルは冒険者にはならないのか?」
「あん?あー…………面倒くさそうだし、興味ねぇな」
「でもよー、アタルはつぇーし、稼げるんじゃねぇかー?」
「絡んでくるんじゃねぇ、酔っ払い。片っ苦しいのは苦手なんだよ」
「でも、ダストでさえ冒険者できるのよ?アタルだって出来るんじゃないの?」
「俺でもってなんだよリーン!俺だってなー!俺だってなー!頑張ってんだよ!」
「うわっ、めんどくさ」
「めんどくさとか言うなー!」
まるでゴミムシでも見るようなリーンの視線に、
タダ酒だからと序盤からハイペースで飲み過ぎた結果だ。彼自身、特別酒に弱かったりはしないのだがどれだけ飲んだのだろうか。
役に立たない酔っ払いを放置して、テイラーが口を開く。
「ハハハッ………でもな、アタル。冒険者に成れば少なくとも食いっぱぐれることはまずない。今回の初心者殺しの報酬だってもっと手短に貰えたはずだ。それに、冒険者に成れば身分証明にも使える冒険者カードが発行される。いろいろと便利じゃないか?」
「ひゅー♪さっすがテイラー、我らがリーダーってね。どうだ、アタル。ここはリーダーの忠言を聞いとくもんじゃないか?」
「…………」
二人の言葉を受けて、アタルはテーブルへと肘をついた。
彼も身分証明書の類の万能性はよく理解している。喧嘩をして、警察にパクられたときなど警官と顔馴染みになるまでは面倒この上なかったのだから。
その事実を知っていながら、彼が二の足を踏むのは偏に面倒だから。
身分は枷だ。便利であることを知っていながら、同時に制約がついて回る事をアタルはよく知っている。
それは何も正常な社会だけではない。裏社会であるヤクザやチーマー。不良集団などですら様々な理由をつけて自然と身分が出来上がる。
下っ端は使い走り、中堅は統率と事後処理、トップはケジメ付け。何れも、地位という名の身分によって定められておりその範囲を逸脱した動きは早々できない。
アタルは、その堅苦しさが嫌だった。だからこそ、徒党を組まなかったし喧嘩するにも動き回るにも基本的に一人で気の向くまま。
不便でもあったが、同時に誰よりも自由だった。理不尽に追い込まれることもあったが、それすらも彼は楽しむことが出来た。
考え、悩み、これから先の事を天秤にかけて―――――
「…………んじゃ、とるだけとってみるか」
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4
この世界の冒険者という職業には、更に職業が存在する。
それは一種の、方針ともいえるもので、剣士ならば剣を。魔法使いならば魔法を、それぞれ選択していくことになる。
「“狂戦士”ねぇ…………」
右手の人差し指と中指で挟んだカードを眺め、アタルは目を細め道を行く。
冒険者カードの手続きは滞りなく終わった。今は、仕事という形で受けた討伐依頼を熟すべく目的地へと向けて足を向けている所。
防具の類は何も着けていない。それどころか、変わったとすれば血まみれになったTシャツをこの街で買ったシャツへと変えた程度。ツナギはそのままであるし、スニーカーも履き替えていない。
長く伸びた赤みがかった茶髪もそのまま伸ばしっぱなしで、せめて結べとダストたちにも言われていたのだが面倒くさがってそのままになっていた。
閑話休題
彼の冒険者としての職業は、狂戦士。本来ならば、ソードマンなどが最初に来るはずの職業候補の中で真っ先にこれが上がってくるあたり、彼の性根を表しているというもの。
因みに初期ステータスは、魔力以外の値は平均より少し高めで中でも筋力値が頭一つ抜けているというものだった。
連れの居ないアタルの仕事。一応、テイラーにはパーティに仮にでも所属しないかと勧誘を受けていたのだが、それは断っていた。
街を抜け、歩くこと数時間。彼の姿は、鬱蒼とした森の前にあった。
今回の彼の討伐対象は、一撃熊。人間程度ならば、一振りで絶命させるほどに前足が発達した巨大なクマである。
本来なら、初級冒険者が受ける仕事ではない。ないのだが、彼には単騎による初心者殺しの討伐という功績があった。
何より、冒険者という職業は自己責任。死んでしまったとしてもそれは、当人の実力不足や運の無さによる結果であるという割とドライな面があるのだ。
そもそも、アタルにしてみれば死のうが生きようが最終的に、戦えればそれでいい。
初心者殺しとの一戦から、彼はある種の魅力に取りつかれた。いや、ある意味漸く実感したというべきか。
自分よりも圧倒的に強いであろう存在に生身で挑み、尚且つ乗り越える。脳内麻薬が迸るというものだ。
「ヒャハハハハ…………楽しみだ。ああ、ああ、凄く、凄く、愉しみだ」
鯉口を切り、彼は森の中へとその一歩を踏み出していく。
*
ここ最近、アクセルではとある冒険者が話題に上がる事が多くなっていた。
武装は一振りの剣のみで、防具は一切つけることなく徒党も組まない。ソロばかりで、尚且つ討伐の仕事ばかりを受け続ける変わり者。
実力はピカ一で、噂を流している者たちの中には、結果的に彼に助けられた者も少なくは無かった。
「よっ、アタル。最近羽振りがいいらしいじゃねぇか」
「あー?んだよ、ダストか。酒なら、奢らねぇぞ」
「はあ!?良いだろ、クリムゾンビアの大ジョッキ一杯ぐらいよー!」
「うるせぇ、絡むな…………チッ、だいたいテメーの連れはどうしたよ」
「テイラーとキースは、買い出し。リーンは装備の新調に行っちまって暇なんだよ。なー、良いだろ?聞いたぜ?この頃一撃熊を倒して金が入ったって」
「チッ…………」
酔っ払いが面倒なのは、どの世界でも同じであるらしい。
アタルは目を逸らして舌打ちを零し、絡んでくるダストを完全に無視の体勢に入っていた。
別に、彼に稼いだ金品の特別な使い道があるわけではない。防具は買わないし、武器に関しても特典としてもらった刀が一振りあれば事足りているのだから。
だが、この手のタイプは一度奢ってしまうと味を占めるタイプなのだ。ソースは、アタル自身の経験から。
揺すられながら水を口に含み、山盛りの唐揚げへと手を伸ばす。
一応このギルド併設の酒場で一年以上飲み食いしてもまだまだ余裕がある程度には稼いでいるアタルなのだが、彼は存外チープで尚且つジャンクな料理を好む。
この、ジャイアント・トードの唐揚げも彼の好みにベストマッチしておりここで食べる時には毎度の様に大皿にこれでもかと盛らせていた。
そんな唐揚げの山を箸やフォークではなく手でつまむのがアタルの好み。一つ摘まんでは口の中へと放り込んでいく。
「…………んぐ?」
山を半分ほど消費したところで、アタルはある視線に気が付いた。因みにダストは酔いつぶれて机に突っ伏している。
顔を上げて少し見渡せば、立ち尽くしている少女にを見つけた。
黒髪に紅い瞳。片眼の眼帯に、黒いとんがり帽子を被った杖を携えた少女だ。
彼女が見つめるのはアタル―――――ではなく、彼の食べる唐揚げの盛られた大皿。心なしかその口の端には涎が見えるような気がする。
「…………」
「ああ…………」
「…………」
「あぁ…………!」
「…………」
「うぅ…………」
食べ難い。一口唐揚げを頬張る度に少女は、この世の終わりの様な表情を浮かべるのだから。
アタルは戦闘狂だ。喧嘩大好きであるし、その結果不良呼ばわりもされてきた。
だが、決して不条理な暴力を振るう人間ではないし、何ならスイッチが入っていなければ存外のんびりボンヤリしているのが彼だった。
「…………おい」
「!は、はひっ!?」
「そこで突っ立てんなよ。こっち来い」
「い、良いんですか?」
「みられて食べる趣味はねぇんだよ」
ついでに、腹の減った人間の目の前で物を食べるような悪趣味も無い。
声をかけられるとは思っていなかったのか、少女の肩が跳ねる。どこか、挙動不審な雰囲気を出しながら彼女は空いていたアタルの対面の席へと腰を下ろす。
そこに投げ与えられたのはメニュー表。
「好きなの選べ。支払いは気にすんな」
「あ、ありがとうございます!」
「えぇ~~~~!何だよぉ!俺には奢ってくれねぇくせによぉ!」
「うっせぇ。腹空かせたガキは苦手なんだよ」
急に起きたダストを流し、アタルはテーブルに肘をつくとそっぽを向く。
割と失礼なことを言っているのだが、件の少女は瞳を輝かせてメニューに釘付け。気づいた様子は無かった。
そうして、幾つかの料理を注文し運んでくるまでの小休止。少女の方から、救いの神へと口火を切る。
「あの、頼んでおいてあれですが本当に良かったんですか?」
「あー?ガキが心配してんなよ。黙って奢られとけ」
「むっ……さっきからガキガキと呼びますけど、私にもちゃんと名前があるんですが!」
「そうかよ」
そっけない態度だ。
奢られる立場とはいえ、そこまでくればカチンとくる。
少女は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、少し広い場所まで離れると大きくマントを翻した。
「我が名はめぐみ―――――」
「こちら、ご注文のブリッツバイソンのステーキと、付け合わせのサラダ、パンになります」
絶妙なタイミングで割り込んでくる店員と料理。
店員のメンタルに脱帽するべきか、それとも少女のタイミングの悪さを憐れめばいいのか。
「…………とりあえず、食えよ。冷めるぞ」
「はい…………」
失敗をつつく程、アタルは鬼では無かった。
*
食事の一幕を終えて、食後の一休み。
「で?食うにも困ってるお前は、アークウィザードだと?」
「その通りです。我々、紅魔族は潤沢な魔力によってアークウィザードになる事を約束された種族ですからね」
「魔法ねぇ…………」
アタルは、死んだ目で目の前の少女を見た。
彼女、めぐみん(本名)は魔法使いであると名乗った。とある理由でひもじい思いをしていたが強力な魔法も使えると自己申告済み。
問題は、彼が魔法などに関して興味が一欠けらも無い点か。
別段魔法を見下しているとか、近接武器至上主義の様な思想を持っているわけでもない。
単に、馴染みがないせいだ。便利なのは、何度か見たこともあって理解しているが、かといって自分が使いたいとは思えないそんな代物。
対するめぐみんはというと、目の前にいる少年がまさか今街で噂の狂戦士とは思ってもみなかった為に、内心では焦っていたりする。
かっこいいものが好きな彼女だが、それと同じくリスクリターンの計算に関しての頭の回転も速かった。
正直なところ、強力な冒険者とパーティを組むのはメリット、デメリットが存在する。
メリットはレベル上げが容易になり、挑める相手が強力になれば報酬もまた巨額となる点。
デメリットは、身の丈以上の相手に挑まねばならなくなる場合。ジャイアントキリングなど早々出来るものでもないし、仲間におんぶにだっこならば自分の身も危ない。
めぐみんは、己の非力さを理解していた。魔法に関しても、気にはしているが改める気は無い。
年の割に聡明な彼女の頭脳は、計算し、やがて出した答えは、
「それはそうと、アタル。貴方は、パーティは組まないんですか?」
「あ?」
直球だった
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5
ゲームなどもそうだが、基本的に前衛、中衛、後衛の三つをバランスよく組み上げる事が生存の秘訣ともいえる。
勿論、全員が全員そうではない。
前衛の攻撃力高めて接敵殲滅を主にしたり、後衛を強化して遠距離から安全に打倒したり、はたまた後衛を回復役にゾンビ戦法をとったり。
「―――――“エクスプロージョン”ッ!!!!」
「ほお」
爆ぜる目の前の光景を見ながら、アタルは感嘆の声を漏らしていた。
今回来ているのは、アクセルの外。ジャイアント・トードと呼ばれる巨大なカエルの討伐であった。
本来ならば、アタルの食指が反応するような相手ではないのだが、今回は戦う事が目的ではなく自分へと売り込んだ少女の力量把握の為なのだ。
破壊力はすさまじい、攻撃範囲も。少なくとも、アタルでは先ず真似できない爆発と広範囲攻撃を目の当たりにして関心の気持ちを持っていた。
彼は戦う事が好きだ。好きすぎて死んだのだから、当然だがだからと言って自分がこの世の何者よりも強いなど自惚れていない。そして、強い相手を強いと認め、受け入れ、その上で乗り越えようとするところがある。
魔法の強さをその目で見て、その上で敵対したならばどうするかを考える。
その表情は、好戦的な笑みを自然とかたどっていく。
ただ、補足をすると少なくとも
「あ、あの、アタル……できれば早く助けてくださいぃ!」
情けない声で助けを求める彼女は、うつぶせに倒れていた。
めぐみんの放った魔法、爆裂魔法は人類の放つ攻撃手段の中でも最強の一角。当然、何の代償も無く放てるはずも無く、発動すれば尋常ではない魔力を一瞬で搾り取られることになる。
今の彼女の場合、一発撃てばそれで終わり。後は、立つことどころか、身動ぎの一つも出来ずにぶっ倒れる事になるのだ。
これが、彼女が上級職であるアークウィザードでありながら、引く手が欠片も無い理由。一発限りの超威力であるが、その後は動けない彼女のフォローが必要になるため。
いわば、残骸の残る爆弾の様なもの。しかも、その残骸を死守せねばならないのだから使いどころに困る。
今も、爆裂魔法の音に反応したカエルの残党たちが地面から現れ、その内一体がめぐみんへと襲い掛かろうとしていた。
とはいえ、食われる心配は無用だ。
「おお…………」
その光景を見ためぐみんは、感嘆の声を思わず漏らす。
一太刀だ。たった一太刀で、アタルはカエルを切り伏せてしまったのだ。それも片手で。
今の彼にしてみれば、魔物の中でも弱小に入るカエル如き、障害にならない。それこそ、豆腐でも斬るのと何ら変わらずに一刀両断できる。
文字通り、瞬殺だ。五体のカエルなど物の数ではないと言わんばかりに斬り伏せて、刀身についた血の理を振り払って鞘へと納める。
「面白いじゃねぇか、おい。お前、あの魔法連発できんのか?」
「うっ…………い、今はできません…………でも!いつかは必ず連射してみせます!」
「…………そうか」
うつぶせに倒れながらの宣言には、大した凄みも無いのだがアタルは突っ込まなかった。
ともかく、と彼は徐に手を伸ばしめぐみんの背中、マントとその下の服を掴み、持ち上げる。
そして文句を言われる前にさっさと自分の肩へと俵でも乗せるようにして担ぎ上げてしまった。
「…………この運び方は、遺憾なのですが。せめて、おんぶに―――――」
「めんどくせぇ」
肩からの不満を無視して、アタルは街への帰路へと足を向ける。
今の彼は機嫌が良い。それこそ、今日は戦いに無駄な横槍を入れられようとも、パンチ一発で済ませてやる程度には。
鼻唄を歌いそうなほどに、軽い足取り。その後、アクセルでは噂の狂戦士が上機嫌であった特別な日と語り継がれる。ついでに、肩に年端も行かない少女を担いでいた事からあらぬ噂も経つのだが、全くの余談である。
*
めぐみんから見て、アタルという少年は戦闘狂と言う外ない。だが、決して狂っているわけではなく、戦いの場でなければ理知的で冗談も通じるような柔軟さを持っている事も、知っていた。
もっとも、
「ヒャハハハハッ!掛かってこいやァ!」
戦いの場では理性の欠片も感じられないのだが。
岩場に隠れる彼女が見る先、そこでは今まさに死闘と呼ぶほかない戦いが繰り広げられていた。
抜き身の刀を右手に、頭から血を流し狂った笑みを浮かべるアタルと、そんな彼の攻勢を受けてなお貫録を失わない緑の鱗に覆われたワイバーン。
今回の依頼は、岩山に現れたワイバーンの調査、斥候。
通常、ドラゴンに分類されるモンスターの類はソロで狩れるような存在ではない。それこそ、王都の騎士団や高レベルの冒険者パーティに委託されることが殆ど。
アタルも一応駆け出しなのだが、その戦闘能力は相当。故に今回、御鉢が回ってきたのだが案の定と言うべきか彼は見るだけにとどまらず、ワイバーンへと襲い掛かってしまった。
依頼についてきためぐみんならば、爆裂魔法により消し飛ばせるかもしれない。問題は、それが当たるかどうかという点。
魔法は発動した時点で魔力を食う。それこそ、
大事な一発だ。何より、
「ヒャハハハハッ!!!!」
アタルは手傷を負いながらもたった一人でワイバーン相手に善戦している。
尻尾を横宙返りで躱し、前足として振るわれる翼をダッキング。そのまま懐へと突っ込んで、跳び上がるようにして腹部の白い鱗を切り裂く。
恐るべき切れ味を誇る刀と、硬い肉質を苦にしない腕力の合わせ技だ。
勿論、ワイバーンも斬られるばかりではない。
咆哮を上げ、鞭の様な尾を振るい、岩盤を粉砕するパワーで前足を叩きつけ、業火のブレスを吐き散らす。
どれもが、一撃必殺だ。それも、ろくな防具も、防御魔法も使えないアタルならば、ミンチよりも酷い有様になる事は明らか。
だが、その当人は知った事かと前へと突っ込んでいく。紙一重で、時折体の一部に攻撃を掠らせながら、前へ、前へ、前へ。
恐ろしいのが相手の攻勢が激しくなればなるほど、彼の動きは洗練され荒々しくも、どこか舞い踊るような流麗さを持ち始めている点か。
今も、ワイバーンの噛みつきを前方宙返りで躱し、そのまま回転しながらその体を切り裂き首筋から尻尾へと背中の上を転がっていくではないか。
勢いのまま地面の上に立ち、そのまま滑った所で反転しアタルは再びワイバーンへと襲い掛かった。
彼は、この戦闘の中で体の内側から湧き上がってくるナニかを感じている。
それが何なのか分からないのだが、ナニかの勢いが増せば増すほどに体が軽く、そしてその手に持った刀はカタカタと歓喜に打ち震えるのだ。
もっと速く、もっと強く、もっと鋭く。もっともっと、と心が急かす。
「ヒャーッハハハハハッ!」
全ての攻撃を避け切って上をとったアタル。甲高い笑い声を上げて、掲げた右腕を落下に合わせて力任せに振り下ろした。
如何に切れ味のいい刀でも、ワイバーンの甲殻を完全には切り裂くに至らなかった今までとは二段階はレベルの違う一撃だった。
まるで水に通すようにして、その刃は一切の抵抗も無くワイバーンの首筋へと食い込み、そのまま筋肉、神経、骨を一太刀の元に切断。その頭部が胴体と泣き別れる。
更にその斬撃はワイバーンを斬るだけではとどまらず、着地した岩盤にも深い深い切り傷を刻み込むほどの破壊力。
ドラゴン系列のモンスターには、首を切断されても再生させるものが居るのだが、生憎とこのワイバーンは違ったらしい。一度体を痙攣させて、崩れ落ちる。
「ヒャハハハハ…………ッ、ハァ…………!ああ、面白かったぜ………」
ランナーズハイ、ならぬファイターズハイとでも言うべきか。出まくったアドレナリンで誤魔化していた疲労が一気に襲い掛かってきたのか、アタルの体が大きく揺らいだ。
咄嗟に刀を杖にして、倒れる事は防いだがあと少し気を抜いていれば彼は岩盤に顔面からダイブしていた事だろう。
荒く息を吐きながら、アタルは自身の元へと駆けてくる連れへと片手を上げる。
彼は気づかない。何を切っても欠ける事の無かった刃に、僅かな綻びが生まれ始めている事を。そしてそれは、
彼はまだ、知る由も無かった。
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6
「里に居た時以来ですよ。ここまでガンガンレベルが上がってるの」
「あ?別に悪いことじゃねぇだろ?」
「そうですけど……」
ここ最近の贅沢な悩みに、めぐみんは一つため息をついた。
明らかに適正以上の強敵を相手にする事が増えたことがその理由。それもこれも、止まる事を知らないアタルの戦闘欲求によるものだった。
彼はあくまでも戦う事を求めるだけであり、対象を殲滅、殺傷することに悦を見出しているわけではない。あくまでも強敵との戦闘、その為に彼は冒険者になったし、クエストも受注している。
お陰様で同行し、ラストアタックを得る事の多いめぐみんのレベルもガンガン上がる。問題なのは、レベルに沿った戦闘経験が皆無である点。
彼女の魔法は爆裂魔法のみの一発屋。駆け引きもクソも無いし、何なら他の後衛職と比べても接近戦はクソ雑魚ナメクジである。
杖術の一つも出来れば、少しはマシなのかもしれないがそれでもやはり焼け石に水であることは言うまでもない。
釈然としないのは、彼女が爆裂魔法に求めたあの破壊力がいかんなく発揮されていると思えない相手にばかりぶっ放していたからだろうか。
アタルには、彼女の悩みが分らない。彼はここ最近、満ち足りていたからだ。
人間同士では到底到達できない自然との闘い。紙一重で死ぬかもしれないスリルに彼は憑りつかれていた。
「…………まあ、良いです。アタル、今日は何をするんです?」
「何、ねぇ…………アレは、面白かったな。ワイバーンだったか、強くて硬い奴。斬り応えがあった」
「私は生きた心地がしませんでしたよ。本来ならドラゴン系のモンスターは、軍が一個師団率いたり、勇者候補の中でも上澄みのような人たちが相手するんですから」
「ハッ、知った事じゃねぇな。俺は戦いたいから、戦う。勝つとか、負けるとか興味ねぇんだよ」
「そのせいで、ギルドの人に少し睨まれてましたよね?あんまり勝手し過ぎると仕事回してもらえなくなりますよ?」
「その時は、その時だ。仕事関係なく、ぶった切れば良い」
「脳筋の思考停止なんて救いがありませんよ…………」
ため息を吐く、めぐみん。やはり、組織に属している手前、一定の自由を保障されるためには最低限度のルールを順守せねばならない。
先のワイバーンの一件も、本来アタルの役割は情報収集だった。だが、戦闘欲求が抑えきれずに結果、討伐。
討伐対象ならば倒して良いだろう、と思われそうだがそうは問屋が卸さないのだ。
まず、討伐の為に討伐隊が組織される。この際に、装備の費用やポーションなどの道具類の費用が嵩む。そして、隊に集められる冒険者などの人件費なども嵩む。
それら全てを、討伐報酬などから加味して組み上げていくのだが、アタルが先に討伐してしまって徒労に終わってしまったのだ。
無論、ギルドの側としても力量などを考えての配置だった。単に彼の爆発力を見誤った、それだけの事。
リスクリターンの計算が早いめぐみんとしては余計に目をつけられるのは困る。ただでさえ、街の近くで爆裂魔法をぶっ放して衛兵のオジサンに怒られた回数が結構な数に上っているのだから。
とはいえ、それでも離れないのはアタルの在り方が、紅魔族的にもジャストミートしているからだろう。
刀一本で、自分の負傷も顧みることなくその上で勝利する。戦い方も血生臭いがかなり派手だ。
ついでに一発屋であっても見捨てない彼のスタンスが、ちょうど良いというのもある。今まで一度だって彼女は、アタルに捨て置かれたことが無いのだから。
「……ん?アタル」
「あん?」
「これ見てください」
「んだよ…………パーティの募集じゃねぇか。珍しくねぇだろ、そこら辺に貼ってあらぁ」
「いえ、そこではなく。募集要項の所です。コレ、上級職限定の募集なんですよ」
「はあ?この街、そこまでの奴ら居ねぇだろ。とっくに、別のパーティを組んでるか先に進んでるんじゃねぇのか」
「基本はそうですね。ですが、態々こんな制限を設けるという事はそれだけの実力者なのかもしれません」
「いや、馬鹿なだけだろ」
「分からないじゃないですか!とにかく、行ってみましょう!」
「おう、行ってこいよ」
「はい、いってきま……じゃなくて!どうしてアタルは、クエストの方に行ってるんですか!ねえ、ほら、行きましょう?300エリス上げますから!」
「要らねぇ、んなはした金。第一、俺は上級職じゃねぇぞ」
「大丈夫です。アタルは、私のパーティですし、実力も保証すれば問題ありません」
「いや問題しか―――――」
「さっ、行きましょう!」
乗り気ではないアタルの手を引いて、めぐみんはパーティ募集の紙に書かれていた席へと向かう。
二人はまだ知らない。この後の出会いが後々にまで尾を引く程に長いものになるという事を。
*
「来ねぇな」
「来ないわねぇ」
緑のジャージを着た少年と、水色の髪をした女性の二人は並んでテーブルに着くと、何度目かの溜め息をついていた。
「なあ、やっぱり募集の基準下げた方が良いんじゃないか?」
「うぅ……!だ、だって、速く進まないと私がいつまで経っても帰れないじゃない!それに私はアークプリーストなのよ?だったら、媚び諂って仲間になってくださいって言う冒険者だってきっと居るわ!」
「いや、だからって上級職オンリーは無理だろ。だいたい、ここって始まりの街なんだろ?んなとこに、ポンポン上級職なんか居るのか?」
「居るわ!だって、居ないと私が困るもの!」
胸を張る彼女に対して、少年、佐藤和真は遠い目をする。
隣のアホ丸出しの女性の名は、アクア。カズマをこの世界に送り出した女神であり、彼が持ち込んだ特典でもあった。
その原因は色々あったのだが、今のカズマの心境とすれば後悔一択。あの時の俺の馬鹿野郎と殴り飛ばしたいと思う程度には後悔していた。タイムマシンがあれば、間違いなく戻っている。
だが、特典は隣の女神で消費してしまった。冒険者となったが、運以外は平均値過ぎて最下級の冒険者にしかなれず、特別な力があったわけでもない。
少し前に、ジャイアント・トードの討伐にも向かったが、割に合わない事と、戦力が大きく不足している事を目の当たりにして、今に至る。
因みに今回の失敗は、彼がアクアへとパーティの募集を任せてしまった点。彼は頭がよく、悪知恵も働くというのに詰めが甘い。
とにかく、この場をどうにかしようとカズマは席を立って、
「すみません、冒険者の募集を見てきたのですが」
横合いからの幼さの残る声でその動きは止められた。
声の方を見れば、そこに居たのは赤い装束に黒いとんがり帽子を被った眼帯をつけ杖を携えた少女と、彼女の連れなのか、黒いツナギに灰色のTシャツを着た少年がそこに居た。
カズマは少年を見て、目を見開く。何せ、明らかな
「ここで合っていますか?」
「え?あ、ああ、確かにパーティの募集はしてたけど…………」
「そうですか。でしたら―――――」
「ああーーーッ!あなたは!」
話を進めようとした少女の言葉を遮ったのは、アクア。
彼女は勢いよく、それこそ椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がると少女には目もくれず完全に外野となっていたツナギ姿の少年へと詰め寄っていた。
「見つけたわ!ついに見つけたの!天の助けね、私への助けよ!当然だわ、だって私女神さまだもの!」
「あ?」
喜色満面とは正にこの事。相手が面喰おうとも我関せず。面食らう彼のことなど知ったこっちゃないと言わんばかりに、両手を持ってぶんぶんと上下に振り回している。
怪訝な表情で眉間に皴を寄せた少年は、しかし振り払う事もせず頭の中では別の事を考えていた。
(こいつ、誰だ?)
この世界にやって来て濃密な時間を過ごしていた彼にとって、最早元の世界に出来事など遠い夢のようなもの。況してや、転生時の事なんて真面に覚えてもいなかった。
割と、戦闘が絡まなければ真面な彼に対して助け舟を出したのは、連れの少女。
「アタル、その人と知り合いなんですか?」
「あ?あー……分からねぇ」
「へ?」
「いや、なぁーんかどっかで会ったような、会わなかったような?うーん…………」
パーティを組んでから見たことがないレベルで悩む彼の姿に、少女も首を傾げる。
彼女から見ても、アクアの反応は知人を見つけた時のソレだった。となると、彼の方が忘れているのだろうと彼女の歳の割に聡明な頭はそう結論を出した。
そして、思った反応ではなかったことに、アクアが吠える。
「何で忘れてるのよ!?その斬魄刀あげたのも、私だし、何ならこっちに送り出したのも私なのよ?!いわば、恩人よ!お・ん・じ・ん!それを忘れるだなんてどんな頭してんの!?」
「揺らすんじゃねぇ…………んー……………………忘れた、分からん」
「何でよぉ~~~~~~~ッ!!!」
がっくがっくと揺すられる少年は、遠い目をして揺らしてくるアクアを見もしない。
結局、この場が収まったのはアクアを鬱陶しがった彼が、適当に注文したパンを口にねじ込んで黙らせるまで続くのだった。
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