鴨が鍋に入ってやって来た (さわZ)
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カモ鍋。勘違いの味覚添え
序章 俺も屑だった


これは(ブラコン&シスコンに)目覚めた男の物語


 とある分娩室に繋がる廊下で一人の少年が尻もちをついていた。

 原因は自分が持ち込んだ果汁入りの水が入ったコップの中身を零し、それに足を取られて尻もちをついた。その痛みと尻に感じる冷たさで脳の奥に眠っていた何かが刺激を受けて、呼び起こされたのは前世の記憶だった。

 

 「・・・・・・・・・は?」

 

 少年の体格はずんぐりむっくりというか、言うなればマトリョーシカな体型に栗色の髪に金の瞳。薄っぺらい笑顔の下には碌な事を考えていない事が感じられる。

 そんな少年、自分が転んだ瞬間に呼び起こされた記憶を感じ取るのは一瞬。しかし理解するには数秒の間があった。その時だけは年相応のきょとんとした顔をしていた。

 何を感じ取ったのか?それは自分のいる世界が前世でよく好んで遊んでいたゲームの世界に似ている事だった。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 シャイニング・サーガ。

 そんなタイトルのゲームは王道ファンタジーRPGの学園シュミュレーション。

 主人公とその仲間達で繰り広げられる英雄譚。

 そして自分は『踏み台キャラ』で『カモ君』と称されたキャラクターに転生したようだ。

 

 「・・・いやいや。いやいやいやいや」

 

 頭を振りながら立ち上げるカモ君。

 自分が主人公達の経験値になる、やられ役『踏み台キャラ』と決まった訳ではない。

 確かにこの世界には王族・貴族・平民・奴隷の身分がある。

 次に魔法が扱える中世ヨーロッパを思わせる世界観。

 そして自分の家名が鴨。もといモカ家。

 ワンアウト。

 廊下と待合室を繋ぐドアに映る自分の体形。茶髪のぽっちゃり。

 前世らしき記憶が蘇るまでの自分は他人どころか自分の両親すらも見下していた性格。

 普通の魔法使いが使える魔法の系統は地水火風に光と闇のどれか一つだけなのだが、自分はこの世界では物凄く稀な魔法使い。全属性の魔法が使えるエレメンタルマスター。

 ツーアウト。

 まだだ。まだ否定する材料はある。そう期待しながら否定材料を記憶の中から引っ張り出そうとしていると分娩室から赤ん坊の声が聞こえてきた。

 そうだ自分はここで自分の弟か妹が生まれてくるのを待っていた。最初はただ事務的に赴いていたのだが前世の記憶を確かめる為にも知っておかなければならない。

 聞こえてくる赤ん坊の声は二人分。どうかどちらとも弟。もしくは妹だけでお願いします。弟妹のワンセットは嫌です。

 しばらくすると分娩室の扉が開きそこから現れ女性看護師が笑顔で伝えてきた。

 

 「おめでとうございます。可愛らしい双子の赤ちゃんですよ。男の子と女の子ですよ」

 

 おいおいマジかよ。姉ちゃん。嫌な予感がぬぐいきれないカモ君だったが、看護師の 後ろから出産に立ち会いの為に入っていた父親が出てくる。

 口ひげを生やし丸い顔に短く切りそろえた角刈りの頭にカモ君と似たぽっちゃりボディ。三十代後半の男性。モカ家の現当主が出てきた。

 スリーアウト。ゲームセットである。

 

 「赤子が生まれたな。では俺は仕事に戻る。エミール。お前も会っていくといい」

 

 冷たく言い放つこの男に人の情というのはないのか?出産と言う大仕事を終えた自分の妻をほっといて仕事に戻るとか。

 無いんだろうな。こいつ分娩室にその人の魔力を調べる虫眼鏡『魔法のルーペ』持ち込んでいやがる。きっと生まれたばかりの双子の魔力の質を見たんだろうな。俺と同じ全属性の魔法使い。エレメンタルマスターの素質があるかを確認して、無いから仕事に戻る。こいつから仕事を取ったらただの屑なんじゃねえの?何でもかんでも仕事優先。しかも自分に都合のいい事ばかりで悪い物はよそに押し付けるという噂をまだ五歳の俺でも聞くんだぜ。

 

 「…はい。父上」

 

 ここで何やっているんだクズ親?自分の嫁さんを労わってやれよと言えば普通に全力で横っ面を殴る親だ。うんクズだわ。まあストレートにそういう風には言わないけど、力つけたら逆襲してやる

 

 「いいかエミール。お前は次期領主だ。その魔法の才能を育て、この私。私の役に立て。今度産まれ来た双子もそれなりの才能持ちだが、お前のように生まれながら全属性の才能を持つ物に比べては劣る、これからも励めよ」

 

 エミール・ニ・モカ。 えみーる に もか。 並べ替えると鴨に見える。それが俺の名前。

 ギネ・ニ・モカ。 ぎね に もか。 並べ替えると鴨にねぎ。それが俺の父親。

 

 「分かっております父上。生まれてきた双子の立派な兄として精進します」

 

 お断りじゃボケー!なんで毒親の言うことを聞かなければならないんじゃい!俺は王都で活躍して良家の娘さんの婿になって養ってもらわれつつてめえを上から命令すんだよ!と言えたらどれだけ胸をすく事か。

 

 「レナには期待していたのだがやはり駄目だなこれだから男爵の娘は…」

 

 レナ・二・モカ。 れな に もか。並べ替えると鴨になれ。それが俺の母親。

 二十代後半の子爵婦人のはずだが出産で疲れ切っている以外にもこれまでの気苦労の事もあってか痩せきった四十代にも見える銀髪の女性がいた。

 自分はそれからたった一つ上の子爵じゃねえか。たかが階級が違うだけでダメとか。本当に父親はクズ。

 そう思いながら心の中で中指を立てるカモ君だが、最後に確認したいものがある。それによって自分が踏み台になるかが分かるのだ。

 

 「ところで双子の名前はどうするおつもりですか?」

 

 「…ふん。お前の予備として名前ぐらいは考えているさ。男はクー。女はルーナだ」

 

 クー・二・モカ。 くー に モカ。並べ替えると鴨肉。それが俺の弟

 ルーナ・二・モカ。るーな に モカ。並べ替えると鴨になる。それが俺の妹。

 

 豪速球に空振り三振。カモ君は諦めるしかない。自分の立ち位置に。

 外的要因と魔法使いの適性。そして家族模様から自分の立ち位置が完全に『踏み台キャラ』だという事に。

 少し太った鳥の紋様が刻まれたモカ家の家紋入りの馬車に乗り込む父親を見送りながら分娩室に向かうとそこには未だに息を荒くした母親。レナと赤ん坊を清潔な布でくるんでいる助産師と看護師がいた。

 

 「お疲れ様です。母上」

 

 「ありがとう、エミール。・・・あの人はもういってしまったのですね」

 

 「父上もお忙しいひとですから」

 

 「そうね。…でもあの子達を抱いてほしかったわ」

 

 母の視線の先には鳴き声をいつの間にかやめてすやすやと眠る双子の赤ちゃんがいた。

 というか必死になって出産した妻も子供も抱きしめもしなかったんかいあのクズ。死ねばいいのに。

 ああ、前世で見てきたゲームが示す未来が見える。家系こそ立派だが、家族に何の関心を持たない父親をきっかけに冷えていく親子間。やさぐれるように増長したカモ君がいずれ出会う主人公に八つ当たりのように突っかかるも返り討ちに会い、それをきっかけにさらに冷え込む親子間。カモ君が決闘なんか持ち出し、当然のように負けて、賠償金を払うことによりモカ家は衰退し、破産する。

 逃げなきゃ。ゲームの主人公から。もっと言えばこの家からも。でないと人間性が腐ってしまう。

 

 「エミール。せめてあなただけでもあの子達を抱いてくれないかしら」

 

 「そんな事言わないでもいいですよ母上。むしろそちらから言わなければ此方からお願いするところですよ」

 

 「・・・少し意外ですね。あなたはあの人に似ているからそんな事を言わないと思っていたのに」

 

 ま、まあ。前世の記憶を取り戻す前の俺だったら言わなかっただろう。現にこの領に唯一の病院まで足を運ぼうとしなかっただろう。むしろ屋敷でふんぞり返りながら肉でも齧っていた所にメイド長のモークスに言われるまで肉を食っていた。腹が満たされたことで気まぐれで仕事をしていたクズな父親と一緒にこの病院まで来たのだ。…うん、今までの俺もクズだな。出産に立ち会うどころか前世の記憶を取り戻すまで心配もしてなかったぞ。

 ありがとうモークス。お前の渡してくれた果汁入りの水筒のおかげでクズにならずに済んだ。あ、いや俺も母上の心配の前に自分の今後を心配していたわ。俺もクズだわ。

 い、嫌な所で血の繋がりを感じてしまった。気をつけよ。

 内心自分自身に苦笑いをしながら助産師さんから弟さんですよと言われながらのクーを受け取る

 

 「かわっ!?…うんん。可愛らしい弟ですね」

 

 軽く咳払いをしながら平静を装いながら弟をしっかりと抱きかかえる。

 まるで中級レベルの風魔法。サンダーを受けたかと思った。それほどまでの衝撃を受けるくらいに可愛らしい赤ん坊だった。前世では一人っ子だったからそう思えるのだろうか?

 いや、なにこの弟。顔はまだしわくちゃなのにこの愛くるしい丸顔に俺や父親に似た茶色がかかった金の髪。小さく開閉している唇。可愛い。もし美少年コンテスト何かがあったら確実に優勝しているだろうお前。

 危うく落としそうになった弟を抱え直してからしばらく眺めていると、今度は看護師さんが妹さんですよとまだ五歳の俺の視線に合わせるように屈んで自身が抱いている妹のルーナを見せてくる。

 

 「んっっ?!ういっ、初々しい妹だね。お兄ちゃ、じゃない兄上だぞ」

 

 もし視線だけで人を石化させる魔獣バジリスクがいたとするならきっとこんな感じで人の意識を持っていくんだろう。まるで心臓を止められたかのような心境だぞ。可愛い。とても可愛い。アイドルの中に放り込んでもなお輝かんだろうその綺麗な母親譲りの白銀の髪。まるで計算しつくされたかのように赤らむ頬。お前が天使か?

 助産師にクーをなくなく早々に返すことにした。これ以上抱っこしていたらブラコンになっちゃう。これ以上ルーナを見つめていたらシスコンになっちゃう。

 俺はいずれこの家を捨ててどこかの裕福な領地の娘と結婚してニート生活するんだ、これ以上しがらみを持ってはいけない。いけないのに・・・。

 弟妹達の小さな手が虚空を弱々しく開閉していた。そこに両手の人差し指を伸ばしていた。そして、掴まれた。

 

・・・・・・・・・ま、まあこの領地を見捨てるのはもう少し後でもいいかな。

 

 

 

 これがゲームとの違いの第一歩である。

 本来のエミールは自分の弟妹を邪険にしていた。しかし、前世の記憶を思い出した彼はこれを機に弟妹達には『格好良い兄貴』として見せたくなったため、生活習慣を変える。

 体を鍛え、魔法に磨きをかけ、人付き合いの良い人間になろうと努力をし始めるのであった。

 




ぽんぽこ太郎さんの踏み台が己を自覚した結果ww に影響されて勢いで書いてみました。
面白かったです。


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第一話 これが俺の全力全開

 弟妹の誕生から五年が経った。エミールことカモ君、十歳。

 あのマトリョーシカのような体形は弟妹達が誕生した次の日から、剣と体術の訓練を加えて、今まで鍛えてきたことによって体が引き締まっていた。どれくらいかと言うと「お前その体型系で頭脳派の魔法使い?ていうか十歳?」と言うくらいに引き締まっていた。同い年の子どもの服を着ようものならパツンパツンになるだろう。というか千切れる。それくらいに筋骨隆々。THE・戦士な体である。顔は年相応に童顔だが髭が生えていないのが不思議に思うくらいの少年?だった。

 そんな体つきになった理由もある。それは、

 

 「にーさま、肩車~」

 

 東、青竜の方角より、愛弟クー。その太陽が如くその笑顔でとてとてと歩み寄ってくるその姿、輝く金の髪と金の瞳はまるで太陽のごとくカモ君の心に温かみを与えていた。口角思わず上がりそうになるがそれを必死に抑えてポーカーフェイスを貫く。

 格好いい兄貴は弟にだらしない顔をしないのだ。元気なショタっ子にクールな笑顔で答えてやるのが兄貴の務め。

 普通は兄じゃなくて父が肩車だろうだって?馬鹿言うな、年中デスクワークで家族サービスなんか考えていない狸な体をしたクズ親父の肩車なんか危なっかしくて見ていられない。まあ、あっちもするつもりなんざさらさらないんだろうけど。

 

 「にぃに、わたしも…」

 

 西、白虎の方角より、愛妹ルーナ。クー同様に近付いてくるとズボンのすその部分をそっと掴んでくる辺りが実に愛らしい。その思わず抱きしめたくなるおっとりした雰囲気に愛らしさを倍増させるような垂れた目尻。赤い瞳と長い目つげは艶っぽさを引き立て今や領内どころか国内一の美少女なのではないだろうか?思わず同じように目尻が下がりにやけてしまいそうになるがそれを抑える。

 格好いい兄貴は妹に見惚れないのだ。どれだけ健気な雰囲気を出そうともその要望に応えるまでが限度なのだ。

 普通は父親が応えるものだろうって?馬鹿を言うな、あの無愛想、無作法、不養生なダメ狸が応えられるわけないだろう。応えるとしてもそれは自分の利益になる時だけだろう。まあ、俺にとってはこの触れ合いが何よりの報酬ですが。

 

 とまあこんな感じでモカ子爵領にある屋敷の中庭で、双子の弟妹達をそれぞれ右肩左肩に乗せて肩車をするカモ君。この五年のうちにすっかりブラコン&シスコンになっていた。

 しかもこの男、少年と言うには体つきが屈強過ぎるが、幼児を抱え上げても体勢を全然崩さない。そう、この屈強な体は弟妹達と安全に触れ合うため。万が一に転んで二人を傷つけないために鍛え上げた物である。兄馬鹿である。

 

 「エアジェル・ダブル」

 

 そうカモ君が呟くとクーとルーナの周囲を薄い緑色の風が包み込んだ。

 魔法のレベルには五段階あり、1から5まであり、初級、中級、上級、特級、王級となりレベルが上がる程習得が難しい。

 貴族出身の魔法使いが一生かけて魔法の修練を重ねても上級までが限界である。中には平民の中からも魔法使いは産まれるがそんな彼等でも中級、上級までが限界。

才能が有り、幼いころから環境に恵まれ、良い師、経験を重ねた上で血統も上等な王族でなければ王級は扱えないと言われるのがこの世界の魔法である。

 そしてゲームに似ている世界なら別の理由がもう二つある。

 それは成長ボーナス補正である。生物としてのレベルが上がればそれによって扱う魔法に上昇補正がかかる。

 それはある特定の人物に認識されないと使えないが今は語るべきではない。

そしてもう一つは魔法の属性の少なさに比例してその属性の魔法が成長しやすいという物だ。つまり魔法は浮気をしない一途な魔法使いが成長しやすいという物である。

 つまりカモ君は全属性の魔法を使えるとはいってもそれはレベル1、2が限界でそれ以上は前者の方法を取らないと魔法のレベルを上げにくい事を表している。

 エレメンタルマスター等と言われているがその実器用貧乏ということを表しているのだ。

 更に弱点補正という物がある。火属性の魔法使いには水属性の魔法攻撃を受けると他の魔法使いに比べて大きなダメージを負う事になる。水は地に弱く、地は風に弱い、風は火に弱い。闇は光には弱いが残りの全てに強い。光は闇には強いが他の属性に弱いといった。タイプ相性がある。

 つまり全属性の魔法が使えるエレメンタルマスターのカモ君は全ての魔法に弱いということになる。まあ、魔法は基本的に先手必勝。攻撃するだけなら手札が多いカモ君にも利点はある。

 話を戻すがカモ君が使ったのは風魔法のレベル1で修得できるもの。駆け出しの魔法使いなら使える魔法だがその効果は対象になった物や人への外部からの攻撃を緩和するといった保護膜のような物だ。

 しかし、それを十歳の少年がしかも対象は自分ではなく他人。しかも二つ同時に発生させ、それを持続させるなど本来ならあり得ない出来事だ。普通の魔法使いがその技術を扱えるようになるには十五年近くの修行がいる。

 それが出来るのはカモ君のゲーム内では高スペックな性能を持っていた。扱える魔法のレベルは低いが魔法の同時使用を行っていた。だから出来るだろと考えていた現世カモ君はそれを弟妹達の為にと意欲を駆り立てながら修練を重ねてそれを修得させた。まさに才能と努力がかみ合った結果である。

 

 「にーさまの風は気持ちいねルーナ」

 

 「うん・・・。気持ちいい」

 

 そやろっ。そやろっ。ん~~っ、俺も気持いい。愛すべき弟妹からの称賛の声程心ふるわせる物はなかなかないな。時点でクソ親父の悔しがる声とネグレクトを働いている母親の金切声だ。まあ、そんな事は顔には出さないけどな。格好いい兄貴は自画自賛していることを感じ取らせてはいけないのだ。

 

 父親ギネとの関係は相変わらずで自分の息子の外見がポッチャリからガチムキへと驚くべきビフォアーアフターしてもそうかの一言で仕事の邪魔になるからと部屋から追い出された。

 クーとルーナも全然構ってくれないギネの事を父親ではなく同じ屋敷に住む無愛想な人間と思っていた。むしろ邪魔扱いするギネよりもクールぶりながらも構ってくるカモ君に懐いていた。

 母親のレナも仕事ばかりのギネに冷え切った関係に辟易していたが、下手に逆らえば暴力で返ってくることが分かっているので下手に口出しできない。その関係が続けば続くほどに家族という繋がりに嫌気がさしていた。

 カモ君も最初はそんなレナに明るく接していたが八つ当たりのようにクーとルーナに手を出すようになっては距離を取るようになり、今では、母親のレナは育児の殆どはメイド長のモークスに任せるようになっていた。

 その所業の所為で弟妹達からはモークス(御年5●歳)とカモ君(十歳)がお父さんお母さんだと思っている節もあった。

 

 「少し大きくなったか?二人共」

 

 「にー様、昨日も同じこと言ってたよー」

 

 「にぃにも大きくなったよ」

 

 「そうかそうか。ふははは」

 

 兄弟三人が戯れている光景に癒されているのは何もカモ君だけではない。それを見守っていたメイド長のモークスとメイドのルーシー(十九歳)と執事プッチス(二十五歳)だ。

 カモ君。正確にはカモ君がクーとルーナに構いだすまでは、まるでぬるま湯の中にいるよう雰囲気が漂うモカ子爵の屋敷内の生活だった。

 三兄弟が遊びに興じている時は本当に幸せな空間を作り出していることに、従者達は癒されていた。

 領主であるギネは仕事だけで気に喰わなければ、従者である三人はもちろん、妻だろうが息子だろうが手を上げるような人物だ。今のところ年の功でモークスが矢面に立つことでどうにかなっているが、カモ君と妻のレナが口答えしただけで、弟妹達は子ども特有の遊び声が五月蠅いから殴られたことがある。

 自分はともかく弟妹達を殴られた時は本気で殺してやろうかと魔法を使いかけたがギネの魔法使いとしてのレベルは地属性のレベル3。当時のカモ君では逆立ちしても勝てない為に歯を食いしばって耐える事しか出来なかった。

 カモ君が体を鍛え始めたのもこの理不尽な所業に対抗する為である。魔法はまだ勝てないが素手の殴り合いなら負けんぞと口に出さないだけで雰囲気作りの為もある。

 そのかいもあってか今ではカモ君と遊ぶクーとルーナの声を聴いても呻き声のような物を出しながら自室にこもるという状態になっている。ざまぁである。

 そんな裏事情がありながらも関係良好な兄弟達の時間に野暮な知らせが届いた。

 モカ領に駐在している衛兵からゴブリンの群れが領内にある村の近くに現れたとの報せがあった。そこに駐留している衛兵だけでは手が足りないから領主であるカモ君に指示を仰ぎに来たのだ。なんで領主のギネじゃないかって?

 魔法使いのレベルは3という中堅レベルでもお偉方のいるところでしか魔法を使いたがらない頭でっかちタイプで「お前等だけで対処しろ」の一言で終わるからである。

子どもながらもエレメンタルマスターであるカモ君はクーとルーナに格好をつけたい為に最初は衛生兵代わりに水魔法レベル1のプチヒールという回復魔法をかけて回り、次第に弓兵代わりに火魔法・地魔法レベル1のバスケットボールサイズの火球を投げつけるファイヤボールや鍋くらいの厚みの鎧なら貫通できる複数の土くれの針、アースニードルで襲い掛かってくるゴブリンを対処していくにつれ衛兵たちの信頼を勝ち取り、複数の魔法が使える人間として父ギネに代わって衛兵達に指示を出すようになっていた。

 それだけ魔法使いは貴重で力を持つ存在なのである。

 ゴブリンについて。奴等は全身が緑色の人型モンスター。子ども位の背丈で膂力も子供並だがその不衛生な生態と増殖力。集団で人を襲い、襲われた村には疫病が蔓延する厄介なモンスターである。一匹二匹程度なら領内に住む平民の成人男性でも対峙できるが群れとなると危険度は跳ね上がる。そのような存在が駐在している衛兵達が指示を仰ぐほどの数だと判断したカモ君はクーとルーナを地面に降ろして従者達に自分の剣とローブを持ってくるように指示を出した。

 この時のカモ君の表情は先程まで穏やかな雰囲気を出していた兄貴の顔ではなく、これから戦いに出向く戦士の顔をしていた。

 本来魔法を使う事が出来るのはその才能が有るか、貴族のように先祖が魔法使いか、特定の条件を満たすことでしか使うことができない。その為、幼いながらも複数の魔法を使う事が出来るカモ君に支援を求める。

 そんな兄の雰囲気を察したのか、クーは頑張ってとエールを送り、ルーナは早く帰ってきてねと安全を請う。そんな二人にカモ君は不敵な笑みを浮かべてこういった。

 

 「また帰ってきたら遊ぼうな」

 

 それは自分達のヒーローだ。少なくても二人の弟妹達には正しくヒーローだった。

 力無き民を守り、率先して兵達を率いて、領の恐怖を取り除く。紛れもなくヒーローだった。

 これから向かうのはゴブリンの群れの討伐。衛兵だけでは足りないからカモ君に頼って来たという事はカモ君にも危険があるという事それはわかっている。だからこそ二人の兄へとエールを送った。頑張って。負けないでと。

 従者達がカモ君の背丈に合わさせて作られたショートソードに下手なナイフでは裂くことが出来ない頑丈なローブ持ってきた。それを身に纏い、報せを届けに来た衛兵と共に馬に乗って出陣していった。まさにヒーローの出立である。

 ちなみにその時のカモ君の心境はというと。

 

 おのれっ!くそゴブリンが!三人のふれあい時間を何度も邪魔してくれたお馬鹿さんはお前等が初めてですよ。じわじわどころか確実に皆殺しにしてくれる!覚悟しろよ!

 

 とまるでどこかの宇宙帝王な事を考えながらゴブリンの圧殺を考えているカモ君だった。

 

 

 

 モカ領は領内にいくつかの森を持つ比較的平坦な土地で、その土地性を活かし、農耕を中心に発展しているのどかな土地だ。そんな平和そうな土地に住む人達は今、ゴブリンという魔物に平穏を侵されつつあった。

 日が暮れ、松明にともされた火と月明かりで静かに照らし出されるのは緊張で顔を引き締めた衛兵達。それに対してモカ領へ侵入しようとしているゴブリン達は嗜虐心からくる笑みでその腐臭の香る顔を醜く歪めながら侵攻を開始した。

 モカ領から少し離れた森から続々と現れるゴブリンの数は五十匹以上。更に森の影から出てくる総数は百をくだらない。まさに大群だ。そしてモカ領の入り口に見えるのは王都から派遣された衛兵達その数二十人前後。まさに五倍の戦力差である。

 このままぶつかれば衛兵達は数の差に圧倒されてモカ領への侵入を許してしまうことになる。

 領主はいけ好かない貴族だが、その息子。子どもはいまどきの貴族には珍しく頭を下げてこの防衛線に出てきた。それも今回だけではない。度重なるゴブリンの侵攻の防衛に参加してきた。

 最初は子どもに何が出来ると話も聞かなかったが、一度目は衛生兵として水魔法で清潔な水を生成し、どんなに小さな傷でもふさがるまで治癒魔法に該当する水魔法プチヒールを何度もかけていた。防衛を終えた後にもあなた達のおかげで領(弟妹たちの遊び場)が守られた。ありがとうと。その時、感じ取った。こいつは領主とは違うと。

だが実のところ領主のギネのように弟妹達が関係していなければ参加していなかったという事に誰も気が付いてはいなかった。

 二度目の防衛線は深夜だったので松明代わりに幾つもの火球を魔法で作りだし、衛兵達の視野を広め、防衛成功させた後には感謝の意を伝えた。一度目の防衛で築き上げた信頼を更に盤石の物にした。そして、三度目のゴブリンの侵攻。

 一度目、二度目に比べて確実にゴブリンの数は多い。だが、ゴブリン達が侵攻を開始する前にモカ君は領を守る衛兵達と合流することができた。そして衛兵達に伝えた。とっておきの魔法を修得した。と、

 彼等の半分には領を守る柵の内側から弓を構えてもらい待機してもらう。残りの半分の人員は。その弓を構えた人達の護衛だ。今から使う魔法に巻き込まれないようにするため遠距離戦をしてもらいたいから。

 そしてカモ君の魔法の詠唱が終わる。するとゴブリン達の視界の下半分が土色に。それはカモ君が使った地魔法ホールという採掘場で使われる岩盤を彫るための魔法だ。本来ならそれは直径二メートル、深さ五メートルの穴を瞬時に作り出す魔法だが、カモ君はそれを薄く広く広げゴブリンの先発隊の真下に深さ五十センチ直径二十メートルの落とし穴と言うには広く浅すぎるそれはゴブリン達の足を止めるには十分だった。

 ゴブリン達が慌てている間に衛兵達の弓で放った矢が降り注ぐ。その矢はゴブリンの頭や腹足に突き刺さり、絶命ないし足止めに成功した。だが、後続のゴブリン達は落とし穴に落ちた仲間達を足場に更に侵攻を開始した。降り注ぐ矢の雨をかいくぐり、または動けなくなった仲間のゴブリンを盾にして進んでいく。

 そんな時だった。ゴブリン達の視界が暗くなった。今夜は雲一つない月明かりが自分達を照らしているのになぜ暗くなるのか?視界を上に移すとそこには宙に浮かぶ直径二から三メートルの岩が幾つも浮遊しており、それが岩だと気が付いた時にはその岩は自分達めがけて落下し始めた。

 地魔法レベル2のロックレイン。カモ君は魔法のホールの後すぐにこの魔法を詠唱していた。落とし穴で身動きが取れないゴブリン。衛兵達の弓矢による攻撃で時間稼ぎをして押し潰す。それがカモ君の作戦だった。

 

 「さすがは次期領主。次はどんな魔法を見せてくれるんだ?」

 

 その言葉にカモ君は不敵な笑みを浮かべながら腰につけていたショートソードを抜き放った。

 

 「見せるまでもないですね。残ったゴブリンは十匹未満。弓矢で射殺してトドメを刺すだけです」

 

 「違いねえ、これだけ削れれば後は俺達、衛兵の出番だ」

 

 今ので魔法力を使い果たしました。さっきのが全力ですが何か?次に使えるのは六時間以上の睡眠をとった後ですね。

 とは決して言えないカモ君だった。

  それからの防衛戦は終始カモ君の心中は「ゴブリン死すべし!消毒だー!!」と今まで衛兵の皆さんに頼んで鍛えてきた体術と剣技でゴブリンの掃討を行うのであった。

 

 

 

 こいつは他の貴族連中とは違う。

 モカ領の衛兵長はそう感じ取った。

 魔法使いと言うのは武器も無しに自分よりも屈強な大男も殺すことが出来る。その為、魔法が使えることで増長するのが常だった。魔法使い=貴族がほとんど通用する。そんな貴族間でもたとえ身内であろうとそこに優劣を見出せば下に見られる。そんな中、エレメンタルマスターという全属性の魔法を扱う事が出来るエミールももれなくいけ好かない生意気なガキだった。

 しかしそれは彼に守るべき存在。彼の弟妹が生まれた時から変わった。

 これまでの対応を詫びた。しかも膝と額を地面につけてだ。基本的に自分達を下に見ている自分達に対して。こいつの父親。領主のやつは絶対にやらない事をやってのけた。その上、魔法が使える人間は体術や剣や弓と言った武器を使う事を毛嫌いする。そんな事をするくらいなら魔法を修練したほうがまし。と考えるのが普通だった。だがそれだけでは足りないと言い、魔法の修練を自分の屋敷で終えた後、わざわざ駐屯上まで出向き、泥臭く汗臭い衛兵の訓練に積極的に参加するようになったエミールに衛兵達は自分も含めて信頼し始めた。

 そして三度目のゴブリン侵攻の防衛。そこで見せた剣術。僅か五年で一衛兵並の体運び、剣術を修得した。これが魔法使いではなく一兵士なら歴史に名を残せたのではないかと思う。

 こいつはいわゆる天才と言ってもいいだろう。だが、そう言われることを嫌っているのもわかる。エミールには自分以上の存在を知っているのか苦笑しながら自分は良くて秀才ですよと。

 お前以上に才に恵まれた奴がいるのかと、是非見てみたいといったら、もう既に見ていると思いますよ。と、言った。まさかあのクソ領主か?

 もしやコイツ、おとぎ話や吟遊詩人の歌に出てくる英雄や勇者と自分を比べているのではないだろうか?だとしたらとんでもない大馬鹿野郎だ。だが、嫌いじゃない。上を目指している人間の姿は万人に受けなくても身を挺して誰かを守る衛兵達にとっては好ましいからだ。

 エミールがどこを目指してどこまで行きつくかは自分にもわからない。だがそれを見ることが出来たらそれは歴史の生き証人になれるのではないだろうか。英雄や勇者の誕生を見ることが出来るのではないかと心踊らされるのであった。

 

 

 

 実際のところ、兄馬鹿なカモ君が弟妹達に自分の格好いい所を見てもらいたいというただの承認欲求からきていることを衛兵長は知らなかった。

 



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第二話 主人公がカモ君を殴らなければ国が滅亡する

 カモ君は早朝から昼食に入るまでは魔法の修練を、お昼から夕暮れまで駐屯所で体術および剣術を学び、夕食から就寝にいたるまでにこの世界シャイニング・サーガの国政情報を集めていた。それは僅かでも『踏み台キャラ』を否定する為。それは残念ながら出来なかった。

 自分達の国がロー大陸の西部にあるリーラン王国であり、国境から少し離れた所にモカ領がある。幸いな事にお隣の王国ネーナとは友好的なのだけれど、それは五年後の合同演習でのクーデターというか奇襲作戦によりリーランとネーナは戦争状態になることをゲームで知っている。

 それを解決するのがシャイニング・サーガの主人公。のはずなんだが、名前も性別も分からないのだ。

 何せゲームではキャラメイキング。つまり主人公の外見・名前・性別を好きにいじれるという事だ。声優も選べて豪華な上、主人公の家族構成もゲーム開始時点で『平民だけど魔法の才能を見出されたからやって来たけど貴族様の学園に通っても良かったのかな?』という特殊なケースでの入学なのにそれ以上は主人公の身の上は明かされない。

 主人公のパーティーメンバーとなる少年・少女達に出会うのも学園なので彼女を起点に探る事も出来ないでいた。

 おいおい主人公より踏み台キャラのカモ君の方が設定しっかりしているってどう言う事よ?転生してから十年。自覚したのは五年前だから前世の自分の名前も忘れてしまったが、自分が『踏み台キャラ』という自覚を持って鍛錬に挑まなければいけない。

なんで『踏み台キャラ』を脱しようとしないかって?俺を踏み台にしなきゃこの国が滅ぶからだよ。

 シャイニング・サーガはRPG(ロールプレイングゲーム)にありがちなゲーム展開がある。

 主人公が学園に入学し、ヒロインと出会い、ダンジョンで冒険をする。ライバルと競い合い、大会に挑む。そして国を救う為に、カモ君を踏む。何度も踏む。仕方ないよ。だって、主人公ゲーム開始時点はすげえ弱いんだもん。最初から無茶苦茶強い奴なんていない。誰もが最初は無力な赤ん坊のように弱い。そんな彼がどうやって国を救うかと言うと、それはそのゲームの主人公特有のチート能力。自分とパーティーメンバーのレベルアップ。

 ん?普通じゃないかって?よく考えてみて欲しい。そこら辺にいるレベル1の子どもが主人公と共に生活して、しばらく見ないうちにレベル4になって猪とかゴブリンを素手で殺すことが出来るんだぜ?あ、ちなみに生物としてのレベルと魔法のレベルは別です。経験値補正でも入っているんだろう。モンスターメーカーって言われても俺は驚かない。

 レベルを上げる方法は幾つかあるが一番手っ取り早いのが自分と同じ属性の魔法使いを倒すという事。しかし、主人公の魔法属性はランダムで決定するので狙って鍛えることは難しい。この世界ではまだその方法が知られていないからだ。たとえ知っていたとしても同じ属性の魔法使いを見つけたとしても倒す機会はそうそうない。何故なら魔法使い同士の戦いとは決闘に近い物で勝てばある程度の金銭、アイテムを負けた方から奪う事が出来るからだ。

 その所為で魔法使い同士が戦うという機会は年に一度ある国が行う魔法大会で競い合うのが一般的だ、これなら戦う機会もあるし、負けても何かを奪われることもない。優勝すれば国から商品も貰える。だが、年に一回。そう、一回の為これだけで目的のレベルまでは程遠い。

 ここまで考えればレベルを上げるのが難しいじゃないかと思うプレイヤーが多くいただろう。だが、そんな救済措置はある。

 そこに厭味ったらしい貴族を体現した奴がおるじゃろ?こいつなら何度殴っても心痛まないじゃろ?少しお金を持った領地の息子がおるじゃろ?多くの金銭やレアアイテムを持っていそうなやつがいるじゃろ?エレメンタルマスターなんていう全属性の魔法を扱う事が出来るやつがいるじゃろ?狙わなくても全属性を兼ね備えているからレベルアップに必要な要素を持っている奴がいるじゃろ?

 そうじゃよカモ君じゃよ。

 魔物を千体倒すより、ライバルと特訓するより、大会に出て優勝するよりもフリーバトルで一日一回は厭味ったらしい貴族をぼこる。

 

 プレイヤーのチャット内容もこんな感じだ。

 

 えー、カモ君に決闘を挑まないプレイヤーいるー?

いないよー。

 えー、カモ君に決闘と言うカツアゲしないプレイヤーいるー?

いないよー。

 えー、カモ君に決闘挑まないでゲームクリアーした奴っているー?

いないよー。

 だってカモ君、お金もくれるし、アイテムもくれるし、全属性持ちだから主人公やパーティーメンバーもレベルが上がりやすいんだよー。

 カモ君、やられていくたびに身なりが痩せこけていくというかみすぼらしくなっていくというかゲームの終盤には学費を払えずにいつの間にか退学したって情報があるんだけど。と、ここだけ何故リアルに描写されているんだろうな?

 そのお蔭でボス戦は余裕でクリアできた。

 カモ君の財力が敵ボスのHPだった?

 悪いことしたな。…カモ君をあまり殴らんとこ。

 そしたらアイテムもお金も経験値も手に入りにくいじゃん。

 カモ君しばりプレイ。

 俺やってみたけどかなり難しいぞ。ボスのHP全然削れんかった。

 お金もないから装備も整えることが出来ない。

 やっぱり殴らないとカモ君を。

 許してくれカモ君。これも国と世界を救うためだ。

 

 といった感じで主人公がカモ君に決闘で何度も勝たなければ主人公のレベルが上がらずにイベントが進み五年後に起こる戦争で弱いままの主人公は何かを残すことなく死んでしまい、我が国リーランは滅ぼされることになる。

 現世のカモ君は別に国が滅びようと構ない。だったらとっととこの国を見捨てて脱出。といった考えの持ち主だったが、愛する弟妹に国が滅んだのは王族・貴族の所為だ。責任を果たせと民衆に処刑を求められた場合があると考えるだけでそれは却下された。

 じゃあ、カモ君が主人公の代わりにそれを果たせって?確かにエレメンタルマスターだからレベルは上がりやすいだろうが魔法の性能はちっとも上がらない。

 例えるなら輪ゴムで作る円グラフと言うべきか?例えるなら得点は最大十点しか割振りできない。それなのにエレメンタルマスターなので全属性。地水火風。光と闇。各属性に強制的に一点ずつ配ることになり、残りの四点をどう配布すればいいか?

 残りを一属性に極振りする。駄目だ。敵国は四天王的な将軍にラスボスが全属性レベル4下手したら5がいる。一人をどうにかしても残りの将軍にやられるのは目に見えている。そもそもエレメンタルマスター(笑)だから攻撃は出来ても防御はからきしになる。

 その上、全属性適正と言う事は全属性のレベルも上げにくい事だ。それなのに地属性はクズ親父に対抗して地属性の魔法の修練を重ねてレベルを2に上げている。残り三点はどう使うべきか。

 やはり主人公とそのパーティーメンバーにレベルを上げてもらい、彼もしくは彼女達に任せるしかない。主人公のパーティーに混ざる?それからどうやってレベル上げるの?カモ君以上の経験値タンクはいないんだよ。

 主人公の属性に合わせて自分の属性のレベルをあげた方がいい。その方が主人公のレベルも上がりやすいから。

 しかし、主人公の事をこの領に来る商人や衛兵、有力貴族の遣いからどうにか知ることが出来ないかとあれこれ探してみたが成果なし。

 そりゃそうだ。二年後に魔法学園に引き抜かれそうな平民離れした魔法使いの子どもを知りませんか?と聞かれてもそんなのどっかの貴族の養子にされているだろ。と、返される。孤児院なんかでも魔法使いの素質がある子供は引き抜きされるのがこの世の常だ。魔法使いはその存在だけで大きな武器になるのだ。とある魔法使い一族が王国を築いたという話もある。と言うか、我が王国リーランがまさにそれだ。だから今でもそのスカウトじみた養子の争奪戦は行われている。

 カモ君こと俺、エミールもエレメンタルマスターの素質があると知られるやいなや。子爵の上の爵位を持つ伯爵と辺境伯からもスカウトは来たがギネがそれを拒否。自分が成り上がるための駒をみすみす手放すはずがない。その割には侯爵以上の娘と結婚させようと画策しているのを知っている。

 まだ画策段階なのだろうが、碌でもない所と縁談組まされるのだったらそうなる前に力の限り暴れて、クーとルーナを連れて家を飛び出し、世界各地にあるダンジョンを攻略する冒険者になるぞ。

 話がそれた。まあ養子にした子どもの情報も貴族社会では武器なるのであまり知られない方がいい。前にも言ったが貴族間で行われる決闘では敗者は金銭やアイテムを要求され、滅多な事ではそれを拒否することが出来ない。相手によっては代理をたてたり、相手の魔法属性に対しての攻撃・防御アイテムを準備することが出来るので自分の属性は出来るだけ秘匿にしておくのがいい。自分の弱点は誰だって見せたくないだろう。

 カモ君の弱点は全属性だろう?

 大丈夫、詠唱短縮に同時発動の技術は修得した。これで先手を取って必勝を狙える。魔法使いの戦いは個人戦ならどれだけ相手より早く魔法を完成させるか。当てるかにかかっている。威力や派手さは考えなくていい。最弱とはいえ攻撃魔法が当たればダウンまでは取れなくても相手の詠唱阻害ができるので後はそのままごり押せばいい。

 団体戦だと威力や範囲が重視されるがそれは軍隊に任せるか王族のレベル5の魔法に頼りきっていいだろう。それだけ数の暴力とレベル5の魔法は強力だ。

 どうやって詠唱短縮と同時発動を修得したか。それは詠唱短縮の練習を五歳から行っていて、早口で唱えればいい。生麦生米生卵。隣の柿はよく客食う柿だ。余裕だね。

 同時発動はクーとルーナの存在だ。二人をそれぞれ違う方法で構ってあげる為に複数思考をいつの間にか修得した。そこからの延長で修得することが出来た。まあその分魔法力も使うんだけど、そこは日々の努力で微々たる物だが水桶に毎日水を一滴ずつ入れるかのような量だが最大量は上がっている。まあカモ君もゲーム上では主人公達にレベルだけは対抗していたからそれだけのスペックを持っていたんだろうけど。

 それを考えると主人公達のレベルアップは本当化物だと思う。日々の決闘と言う名のカモ君いじめありとはいえ、訓練無しでレベル3・4の上級、特級だけでなく、成長次第でレベル5の王級まで使える上に自分が修得した詠唱短縮に同時発動。更にその上の詠唱無しで魔法を放つノーキャストという技術を習得するし、二つではなく三つ四つと魔法を同時発動させる量も増える。

 某RPGの王様が自分の娘である姫を勇者に嫁にどうかと言ってくるのも理解できる。結婚相手の親族、国に刃を向けないようにするのも当然だ。主人公怖いよ、本当に。

 まあ、最悪なのは主人公が敵国に寝返る展開だ。ゲームでもこの展開が用意されていたからありえそうだ。まあこれはカモ君含め嫌味な貴族達に決闘で負け続けると溜まるカルマ値とかいう数値が一定以上溜まると強制的に起こるイベントで何もかも嫌になった主人公が敵国に渡り、リーラン王国は滅亡するエンドだ。ちなみにカモ君はリーラン王国の貴族で最初の犠牲者になる。俺に救いはないのか。

 ずいぶん長くなったが要約すると。

 

 主人公がカモ君を殴らなければ国が滅亡する。

 

 こんな国滅んでしまえ。と言うか、世界が俺を嫌いすぎている。

 しかし、殴られないと国が滅ぶ。ひいては弟妹達が困ってしまう。それだけは避けたい。そこで思いついた。決闘を申し込まれるのは諦める。だが、その回数を減らすことはできる。

 カモ君自身のレベルを上げて、倒された時に獲得する経験値を増やして、早期的に主人公達のレベルを上げるのだ。そうすればモカ家の財政を圧迫することも少なくなるだろう。

 頑張ってレベルを上げる。それはモンスターのいるダンジョン踏破や日々の訓練で溜まる経験値は主人公に比べたら1%にも満たないだろうが、これらを増やしてレベルを上げて、レアアイテムを入手して、そして主人公に倒され、献上する。

 

 クーとルーナがいなければ泣いていた。というかいなかったらこんな国見捨てて出ていくわ!

 

 さて、今後の予定も再確認した事だし。可愛い弟のクーと楽しい触れ合いをして来よう。転生して数少ない楽しい時間だ。

 今は太陽が昇り始めた早朝。クーとルーナも起き出している頃だろう。

 先程の鬱屈とした雰囲気とは違った様子で上機嫌に自分の部屋を出るカモ君。

 確かに今のカモ君の安定剤となっている弟妹達との触れ合い。それは確か楽しい時間なのだろう。

 だがそれは命懸けの魔法の修練でもあった。



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第三話 兄よりも優れた弟なんていたぁあっ!

 早朝、起きてすぐに顔を洗い、簡単に身だしなみを整えたカモ君はその足で屋敷から少し離れた空き地。所々に草が茂っている平野の真ん中で行き、胡坐をついて瞑想にふけていた。

 

 「にー様おはようございます!」

 

 「おはようクー」

 

 屋敷から少し離れた所に平野で瞑想していたカモ君は執事のプッチスに連れられてやって来たクーの気配を感じ取って瞑想を中断して元気に挨拶してくる金の瞳を持つクーに微笑みながら挨拶を返す。その微笑みの下で「キャーッ!キャー!あの子が私に笑いかけてきてくれたわっ!ヤバいわよっ!」とオネエ化していることに誰も気が付いていない。

 平野は夏も間近と言う事もあってか青々とした草が生えているのにカモ君の頭の中は春満開だった。

 プッチスはビシッと決めた執事服に対してカモ君とクーは軽装と言うか運動着のように動きやすい服装をしており、軽いハグを済ませるとストレッチと言った軽い運動をしていると、チップスが平野の近くを農耕地や朝食のパンを買いに出た平民の皆さんに出来るだけカモ君とクーから離れるように声をかけていた。

 ストレッチ運動を済ませた兄弟はある程度離れると向き合って好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 「にー様、今日こそ勝たせてもらいますよ」

 

 「ふふん、やってみろ」

 

 挑戦的な言葉とは裏腹に幼さが溢れるクーの言葉に不敵な笑みで応えるカモ君だが、内心では「ああっ、ああっ、かっこかわゆい。お前がヒーローものの主人公か?その魅力にもうメロメロに負けているってのっ。ばかぁ」と、馬鹿はお前だと言われても仕方ない思考をしていた。

 しかし、これから始まるであろう凄惨な事が起ころうとは関係者以外は思うまい。

 クーが風の魔法の詠唱をすると今まで暢気に構えていたカモ君の思考が生き残るためのものに切り替わる。これから起こるのは兄弟のじゃれ合いではなく、魔法の訓練と書いたサバイバルだ。クーが一方的にカモ君を攻撃するというリンチに近いものだが、カモ君が愛する弟を攻撃できるわけがないだろ。

 

 「行け、エアショット!」

 

 「…ファイアハンド」

 

 クーがカモ君に向けて手をかざすと同時に、その手に風が集まり、圧縮された手のひらサイズの空気のボールが撃ちだされる。

 クーの魔法適正は風と火。カモ君の全属性に比べれば劣るかもしれないが、カモ君のようにレベルが上げにくいわけでなく二つに絞っている分、練度は上がりやすい。それはカモ君が「お前がもしや主人公?」と、驚くほどである。

 クーが撃ちだした魔法は時速で測れば100キロメートルはあるだろうその風を圧縮したボール状の物である。クーの方が撃ちだされる少し前に詠唱を完了させていたカモ君の手には赤く燃え上がる炎を両手に纏いそれを受け止め、風の弾丸の威力を相殺した。ちなみこの炎使っている本人は結構熱がっている。これで殴れば殴られた方は無茶苦茶熱い。それを顔に出さないのは兄の矜持か。

 炎に包まれた手が風の弾丸を受け止めるたびに熱風が辺りに吹き荒れる。

 クーが撃ちだしているその魔法はまともに当たれば骨にひびが入るかもしれない威力に実は戦々恐々のカモ君。しかし表情はクールに微笑む。格好いい兄貴は熱風や弟の攻撃で顔を歪めたりはしないのだ。

 正面から撃ちだしても直撃しないと悟ったクーはカモ君を中心に時計回りに移動しながら風の弾丸を何度も打ちこんでいく。

 そんなクーに対してカモ君はその場からあまり動かないが、いつでもクーを正面に捉えるように体の向きを変えて、炎に覆われている手でクーの魔法を受け止めていた。ただし決して自分から攻撃はしない。というか出来ない。

 そんな攻防はクーがカモ君の周りを一周するとその場で息を乱しながらカモ君の方を見て悔しそうに喋った。魔法を使いながら運動をするとスタミナを一気に持っていかれる。その為、魔法使いは出来るだけ動かないで魔法を使う固定砲台が一般的な戦闘スタイル。だが、クーは何度もモンスター退治に向かうカモ君からその時の事を聞いて魔法使いは魔法を使いながら動くものだと曲解していた。だがそれを間違いとは言わない。ゲーム上のシステムで出てくるキャラクター達は基本的に一対一で戦っていたのであながち間違いじゃないからだ。

 

 「流石、にー様。全然攻撃が当たらない」

 

 「まだまだ弟には負けるつもりはないさ」

 

 悔しがるクーの言葉にクールに返すが内心「あんな剛速球躱せるわけねぇだるぅお!」と焦っている。何度も言うが格好いい兄貴は弟にビビったりしないのだ。

 

 「でもまだやれるんだろ?」

 

 「…流石にー様。これが僕のとっておきです」

 

 クーは息を整えて最初に唱えていた詠唱とは違う長めの詠唱を開始する。魔法は詠唱が長ければ長い程威力を増す。そのため、カモ君は「え?やれるの?結構いっぱいいっぱいなんですけど?まだ詠唱続くの?」と言いたいのを堪えてクーの魔法の詠唱が終わるのを待つ。

 クーの詠唱が終わる頃には先程撃ちだしてきた風の玉が十数個。それらがクーの周りに発生していた。それは風魔法レベル2のガトリング・エア。先程のレベル1のエアショットを連射する魔法である。

 

 「いきますっ!にー様!」

 

 カモ君はやらないでくださいと言えるなら言いたい。

 

 「いくらでもかかってこい」

 

 嫌だぁあああっ!死にたくないっ!死にたくなぁあああいっ!と泣き喚きたいが兄には死んでも守り通さねばならない矜持というものがあるのだ。

 

 その日。カモ君は空に舞った。

 

 

 

 モカ家の執事であるプッチスは目の前で魔法を撃ち出しあっている兄弟の戯れに目を細めながらも驚愕していた。

 エレメンタルマスターであるエミールは幼少のころから様々な魔法を使えていたが、弟君であるクーも凄い。風と火の二種類の魔法適正を持つ彼はエミールの事を親のようにそして師のように慕っていた。その事もあってかエミールの一挙手一投足を真似ることがよくあった。普通の魔法使いでは考えられないスピードで魔法の精度が上がっている。

 早朝、太陽が昇る頃には起きて、顔を洗い、兄エミールが魔法の訓練をしている所を見てから、それに参加させてほしいといって今のような魔法訓練を行っている。その日々の中でクーの魔法の精度は上がっていき、今日レベル2に値する魔法を練り上げた。

 エミールはエレメンタルマスターとはいえまだ地属性だけがレベル2。それ以外はレベル1。

 魔法レベルは相性の関係があれどレベルが高い方が相手を圧倒することが多い。

 現に何度もクーの撃ち出す風の弾丸を受け止めていた炎の籠手も一度受け止めただけで消失した。

 右手、左手の順で受け止めた後、無防備になったエミールに残り十発が彼に襲い掛かる。が、直撃する寸前に炎に包まれた彼の足先で弾かれた。

 いつの間に?!と思ったが防いだが衝撃を殺せずに体が半回転してクーに背中を見せるような形になったが、それも計算のうちなのか、そのまま宙に体を投げ出すと再び両手に炎を纏わせてそれを防ぐ。その炎が消えたら足。時には肘。膝と炎をピンポイントで出現させクーの魔法を防いでいく。

 クーの撃ちだしていくほどにエミールは宙に投げ出される。それはさながらアクションスターの様だったが、クーの魔法が直撃する場所に炎を展開してそれを防いでいった。そして、全てを受けきった時にはエミールは五メートルほど宙に投げ出される形だったが、何とか体勢を持ち直して両足、次に右手を地面につけて着地するとクーに不敵な笑みを向けた。

 

 「やるじゃないか、クー。びっくりしたぞ」

 

 「さ、さすが、にー様。…とっておきだったんだけどなぁ」

 

 エミールの言葉に嬉しそうにするクーだが一撃も与えることが出来なかった事が少し悔しい様子だった。だが、尊敬する兄が自分の遥か先にいることも嬉しそうでもあった。

 そんな風に思っていると朝食時間が迫ってきた。その事をプッチスが伝えると兄弟は手を繋いで屋敷に戻っていく。その姿を見て今後も誠心誠意この兄弟に仕えていこうと思うプッチスだった。

 

 

 

 そんなのどかな一風景にカモ君は、死ぬかと思った。もう二度としたくない。でも、弟のお願いは断りきれない。…もっと強くならねばと。内心怯えながらも弟の期待に応えるべく、日々の精進の訓練が更に磨きがかかるのはすぐの事であった。

 



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第四話 オンリー マイ プリセンス

 クーとの魔法訓練を終えて軽くシャワーを浴びたカモ君はメイド長モークスとメイドのルーシーの作った朝食を家族全員が揃って食事をとる。

 誰も何も喋らず黙々と食べる。食器が重なる音だけ鳴っていた。時折くちゃくちゃと不快な音を鳴らすのは当主のギネだ。

 カモ君とモークスが視線で注意するがそれに気づかないギネにイライラが溜まっているのは二人だけじゃない。クーとルーナ。その隣に立つプッチス。母であるレナの隣に立つルーシーもその不快な音を聞いているが何も言わない。言おうものなら逆ギレして唾を飛ばしながらこちらを怒鳴る。それが嫌ならここから出ていけと。

 馬鹿なんじゃないの?母親のレナは実家の所に戻れればいいが、まだ十歳と五歳の子どもに出ていけとかどうやって食っていけと言うんだこのクズは。

 まあ遅くてもあと五年したらこいつをぶん殴ってこの家を出ていこう。その頃には主人公がラスボスを倒しているだろうし、魔法学園も卒業しているだろうから、レベル的にも学歴的にも、どこへ行っても職に困ることはないだろう。

 嫌な雰囲気で終わった朝食。出来る事なら家族バラバラで済ませたかったが、ギネは見栄を張るので、いざ他領の人達との食事会で恥をかかないようにと家族そろって食べるようにしているのだが、恥になるのは自分自身だとは思ってもいない。

 食事を終えたギネはすぐに自室に赴き、事務仕事を。レナはルーシーとプッチスと共に領地の巡回に行く。人付き合いはまだレナの方がましだから。ギネは他人をどこか下に見るのが透けて見えるからでもある。

 クーはモークスと勉強を。子どもはまだ遊んでいる時期だと思うがギネが強要しているので逆らう訳にもいかない。カモ君が自分に反抗的なのを知っているからか、カモ君の代わりになるようにと教育しているようだ。嫌々で勉強に向かうクーの背中に頑張れよとしか言えないカモ君は自分の力の無さを悔いた。

 そして残ったカモ君と妹のルーナはというと、

 

 「にぃに、ご本読んで」

 

 「勿論だ。どんな本がいい」

 

 六法全書だろうが電話帳だろうがエロ本だろうが中二病ノートだろうが音読してやるぜおらぁああああっ!!と、カモ君は心の中で絶叫を上げた。

 先程の食事で陰鬱とした空気を早く忘れたいのか、ルーナは食事をしていた部屋から出ると少し涙を溜めた瞳で上目づかいをしながらそっと服の一部を摘まむように掴みながらお願いしてきたルーナにカモ君はメロメロだった。表情はあくまでクールだが。

 

 もう何時からそんな技を覚えたんだい。この子悪魔ちゃん。自然と出来たの?凄いぞ、儚いぞ、可愛らしいぞ。これで俺は三年戦える。主人公?クズ親父?ラスボス?まとめてかかって来いよ。やってやんよ。実際に来られたらクーとルーナを連れて逃げるけど。

 

 「あのねあのね。お姫様が出てくる本。勇者様が出てくるの」

 

 「そうか。ルーナは勇者様が好きなんだなぁ」

 

 「うん。勇者様はね。お姫様を助けて幸せに暮らすの」

 

 先程のルーナの悲しそうな表情と打って変わって顔の筋肉を弛緩させていた。本当に嬉しそうな笑顔を見ただけでご飯三杯どころか鼻から1リットルは献血してもおかしくない程愛が溢れそうになっていたカモ君。それを決して顔に出さない。格好いい兄貴は妹の前でだらしない顔をしないのだ。

 

 「ルーナもお姫様みたいになりたいなぁ」

 

 俺にとっては君が永遠のお姫様ぁああああっ!むしろ奴隷になって支えたい!

 決して格好いい兄貴が抱いてはいけない思考の持ち主のカモ君はルーナの手を取り、彼女の部屋へと連れて行く。

 ルーナの部屋には部屋の奥に子ども用のベッド。その上に牛のぬいぐるみが一つ。そして勉強机に部屋の枠を仕切るように並べられた多くの教育本。その殆どが貴族間で交流会に必要なマナー本やこの国の歴史本だ。

 ルーナに英才教育して知的な淑女にしたいんだろうけどカモ君から見たらこれはギネの洗脳教育だと感じられる。何せまだ五歳の部屋なのに夜伽の本とか変態親父に自分の娘を売りつける気か?もしそうだというなら今すぐにでも父親の首を取って領のど真ん中にさらしてやる。変態ロリペドクズ親父の首、ここにさらす。と、

 カモ君はルーナに気づかれないようにその本だけ抜き取って、魔法を使って灰も残さずに燃やし尽くした。ロリもペドもクズも妄想の中までにしなさい。

 

 「ルーナはお姫様になりたいのか」

 

 「…ちょっと違うの。ルーナは勇者様に助けて欲しいの」

 

 それは小さな少女の心の叫びなのだろう。彼女は今の家庭環境にある。父は傲慢。母は放置。という毒親状態。一番近くにいなければならない両親が悪影響を与えている。

 まだ五歳なのにそれを理解してしまうのはその教育が悪因。メイド長たちの奉仕による善因によるものだ。その両方を知った。知ってしまったから彼女はその年齢に似合わず我が儘を言う事も少なく今を過ごしている。

 それはクーも同じだ。我儘を言うはずの存在からは否定され、言える相手はカモ君と従者達のみ。領民の同い年の子ども達と遊んでもいいはずなのにギネの洗脳教育を受けることを強要されている。

 クーとルーナがそうならないのはカモ君が父親の教育をこなしながらも時間を見つけては二人に愛情を持って接しているからである。カモ君とギネが正面からぶつかり合えば、下手したら殺し合いになるだろう。

 そうならないのは前世の記憶。正確に言えばシャイニング・サーガの知識で戦闘力的に成長しているカモ君に文句は言いたいが筋は通っているので文句は言えない。

 その上、カモ君の存在は他領にまで知れ渡っている。その身に何かあれば不振がられて王都からの視察が来るかもしれないから手を出せないのだ。その間にカモ君は自分磨きをしながら弟妹達にこれ以上なく愛情を持って接している。そのかいもあってクーはカモ君以上の風。そして火の魔法使いになりつつある。

 ルーナは水属性の適性があるが、女児と言う事もあってかあまり魔法の教育はしていない。カモ君に次いでクーまで手に付けられないほどの魔法使いになりかけているのにルーナまでそうなったら三人揃って反逆されたら堪らないからだ。

 貴族の男子はいつ戦争が起こってもいいように魔法使いとしての力量を求められる。その為、カモ君とクーの魔法訓練に文句は言いづらいギネは血筋だけを重視したルーナには魔法使いとしての教育はしようとはしなかった。

 カモ君達には戦争に役立てるようになれと言う癖に、ギネ本人は戦争になったら後ろに引っ込んで私には私の仕事があるといって事務仕事に勤しむ気満々のくせに。

 そんな家族環境なのにやさぐれないルーナを優しくそれでいながらしっかりと抱きしめる。

 今の自分ではルーナの環境を変えることは出来ない。それに二年後には魔法学園に行って主人公達に倒されなければならないカモ君はしっかりと抱きしめながらルーナに言葉を伝えた。

 

 「いつか、きっと。…お前だけの勇者様が現れるといいな」

 

 ルーナを救えるのは主人公か、もしくは自分以上の才能を持つクーだけだろう。モカ家はゲーム制作陣営から蛇蝎の如く嫌われているようなキャラ設定だ。現に自分では。自分の辿る運命ではクーとルーナは救えない。それでも。それでも、二人の力になりたいカモ君は妹の頭を優しく撫で、彼女の御所望の本を手に物語を語るのであった。

 

 

 

 ルーナにとって恐ろしい父と構ってくれない母は他人と言ってくれた方がまだ救われていた。しかし、自分が平民よりも恵まれている生活をしているのも知っている。

 彼女にとって汗水流しながら泥まみれになって農耕や軍事訓練をする人達の考えがピンとこない。それでも一日の始まりと終わりに大体の家族は笑顔で過ごしているという。

 生活の質はこちらが遥かに上だが、家族の質は下だった。それでも笑っていられるのは従者の三人と双子の兄クーと兄エミールの存在だ。

 クーは双子という事もあって一緒に行動することが多い。ここ最近はギネによる教育でクーとも遊ぶ機会を失いつつある。だが、それでも勉強の後はよく二人でいることが多い。そして兄エミールが時間の合間を縫っては二人に構ってあげている。それが心地よかった。その時は自分が愛されているのだと感じられた。

 今もこうして出来るだけ優しい声色で本を言い聞かせている。

 子どもにしては屈強過ぎる戦士じみた体なのに砂糖菓子を持つかのように優しく抱きしめる。その逞しい腕に抱かれているだけで安心して眠ってしまう事もしばしば。そんな時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。それがもったいなく感じる。

 

 ちなみにカモ君もそれは同じ意見の様で「可愛い。その結果だけだ!手段や過程などどうでもいい!可愛さだけが残る!ルーナの寝顔を見ていいのはこの兄エミールだ!」と顔には出さないが大興奮していた。

 

 本を読んでもらっているとふと気が付いた。今日もまた兄の手に新しい傷が増えていることに。

 クーと魔法の訓練をしていると、どうしても体のどこかに傷を作ってしまうのだ。それはルーナにとって悲しい事だけど、クーはもといエミールも魔法の精度が上がっているくのを実感しているそうだ。

 兄が弟を押し上げ、弟が兄を支えるように二人の仲は良好に見える。それだけにルーナは悲しかった。自分は兄から貰うだけで何もしてあげられない。自分も何かしたいのに出来ることが何も見つからない。

 だから尋ねた。自分に出来ることはないかと、そして帰ってきた答えは。自分の髪を撫でさせてもらう事らしい。クーもそうだが兄は弟妹達に頼られると嬉しいのだと。これは自分に気をつかうことなく甘えろと言う事なのだろうか?

 

 ちなみに混じりっ気のない100%カモ君の本音である。

 

 せめて兄が好いてくれる自分の髪は常に綺麗にしておこうと従者達から髪の手入れについて質問したり、父から貰った教本の中にそれらしき事が無いか勉強をしながら探した。その中で『はじめてのよとぎ』という本から男性を喜ばせる香油の種類を幾つかを押さえた。

 早朝、ベッドから起きた時それを少量つけて朝の訓練から帰ってきた兄に頭を撫でてもらった際に心地よさを感じてくれるようにと兄に知られないように手間をかけている。

 のちに見えない所にも気を配ることに自覚したルーナは数年後、同年代の貴族令嬢の中で最も可憐で清廉な令嬢と呼ばれることになる。

 

 ちなみにカモ君はそれを従者経由で知らされた。というよりなんかいつもと少し違うからモークス達に尋ねると妹が自分の為に髪の手入れを頑張っていると聞いた時は天にも昇る気持ちだった。ただし外見上はクールに微笑むだけで済んだが。

 カモ君の感情と表情の伝達率は10%未満くらいだろう。カモ君が嬉しそうにしたらそれは内心で十倍以上に喜びまくっている。

 

 そんな心の葛藤を感じながらもルーナは本を読んでいる兄の服を軽く引っ張る。

 

 「にぃに」

 

 「どうしたルーナ?」

 

 「大好き」

 

 「っ。そうか。俺も大好きだぞ」

 

 そう言ってエミールは本を読むのは止めてルーナの頭を昼食の時間になるまで撫で続けた。ルーナはその行為に目を細め、瞑り、いつの間にか眠っていた。彼女にとってそれはあっという間の事だった。幸せな時間というものはそういうものだ。

 

 

 

 「…さま。エミールさま」

 

 「…っ。どうしたプッチス」

 

 気が付けば執事のプッチスが立っていた。いつの間に。このエレメンタルマスターの俺がここまで接近を許していただと?!毎回毎回、現れる気配を感じない。こいつ新手の魔法使いか?!

 

 「お食事の時間であります」

 

 「分かった。ルーナ。ご飯の時間だぞ」

 

 自分の腕の中で寝ているルーナを優しく起こす。

 この天使のような。否っ!女神のような寝顔を崩すのは心が痛むがご飯も大事。その可愛さを保つためにもご飯は必要なのだ。ああん、ぐずるのは勘弁して、許したくなっちゃう。まだ寝かせたくなっちゃうよ~。

 しかしそんな事は悟られないためにカモ君の表情だけは優しく微笑むだけだ。

 ああ、もっとこの時間が続けばいいのに。と思わずにはいられないカモ君だった。

 彼にとっても幸せな時間というものはあっという間だった。

 ただ体感時間が「大好き」と言われた余韻が残る三時間が数秒で終わってしまったかのように感じられるほどであった。実際には三時間以上の時間が経過していた。

 恐るべき魔性の可憐さを持つ幼女ルーナ。それとも兄馬鹿が過ぎるカモ君が馬鹿なのか。それとも両方か。今はまだ誰も分からなかった。…まあ、カモ君が馬鹿なんですけどね。

 



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第五話 初めてのダンジョン

 カモ君がゴブリン退治してから十日が経過した。

 あのゴブリン退治から三日後の昼に、衛兵の皆さんが探索して、モカ領内にある森の中に自然発生したダンジョンを発見した。前日のゴブリン達はここから生まれたのだろう。

 この世界ではモンスターを生み出す迷宮。ダンジョンが時折発生する。発生する場所は戦場跡や古代遺跡。廃墟の村など人気が無い所に出てくるのが多い。なんで発生するのかは解明されていない。

 ゲーム上では魔法を扱う人間を含めた全ての生物から発生する魔素とやらその大地に沈着して、一定量溜まったらダンジョンコアと呼ばれる宝玉がポンと出て、それを中心に迷宮が作られるそうだ。

 ちなみに王都など人の行きかう町でも結構な魔法が使われているがそれを取り除くのが協会の人間。光属性の魔法使い。プリーストやシスターといった聖職の魔法使い達が定期的に魔素を散らして発生を抑えているらしい。

 それってモカ領みたいにまあまあ広いけど、教会の人間が光属性の素質を持っていても魔法の力が弱いおじいちゃんとかおばちゃんくらいの人しかいない貧弱領地じゃどうにもならないんじゃないか。むしろ散らしている魔素のしわ寄せはこうやって地方領地に来ているのではないだろうか?

 まあそれを解決するための魔法の使える貴族。領主。衛兵。そして冒険者と呼ばれる人達である。ちなみにギネはやらない。汗水流すのは部下の仕事だと考えているから。

 冒険者とはその名の通り、主に地方に出現するダンジョンを攻略。そのダンジョンの中にあるコアを破壊してその領地の主から報酬を得て生計を立てている荒くれ者達だ。他にも未開の土地に赴きその土質や生体の調査、戦争の時の傭兵として戦いを主にしている人達である。

 そのような猛者三十人を隣の領まで行ってかき集めた。更にゴブリン退治のときは距離があって来ることが出来なかった者も合わせて衛兵は五十人。一般領民十名ほど一週間で集め、ダンジョンの前で先導しているのは領主のギネではなく、その息子カモ君である。

 

 「これからこのダンジョンを攻略する。衛兵、冒険者の皆には苦労を掛けるが報酬もきちんと出す。勿論脅威度C級以上のモンスターを討伐した者には別途の報酬を用意する。ダンジョン前にある野営地の設備も存分に使ってくれ。数は少ないが回復ポーションはもちろん解毒、麻痺治しは揃えている。あまり良い物は出せないが量だけはある。食事の方も遠慮なく食べてくれ」

 

 「ひゅーっ!今回の領主様は当たりだな!太っ腹じゃないか!」

 

 「というか本当に領主の関係者か?体格が俺達より何だが」

 

 「ポーションは持って行ってもいいか?駄目か。そうか」

 

 本来、冒険者達の準備は自前。受けた傷や体力を回復させるポーション。剣や鎧は自己負担が当たり前だが、カモ君が父親とやりたくもない協議の末、彼等を最大限にサポートすることを約束させた。

 貴重で高価なポーションの持ち出しを禁止しているのはそのまま持ち逃げされないためだ。だが、食事や怪我の面倒まで見ることはない。それを行うのは彼等の士気を高めるため。

 それがダンジョン前での休息地点を儲ける事だ。ちなみに彼等を先導しているのはカモ君だ。ギネはまた事務作業に戻っている。本当に下の者には愛想のない人間だった。

 流石に装備品は用意できないがダメージからの回復や空腹でのパフォーマンスの低下を危惧したため、彼等をサポートする人達。衛兵以外に志願してきた領民から十名が支援に来てもらっている。勿論、彼等にも報酬は払う。

 どうせ自分の見栄を張ることぐらいにしか使わない金だ。ダンジョン攻略費用と考えれば安いものだろう。それに報酬を多めに用意することで冒険者達からモカ領への印象アップも狙える。

ダンジョン攻略は早ければその日で、長ければ一年はかかる大仕事である。

 それを短期的に、関係した人達には好意的に終わらせるためにギネから初期投資は多めにぶんどって来たカモ君。勿論彼等だけを働かせるわけにはいかない。自らも率先してダンジョン攻略に出向く。むしろそっちがカモ君の狙いだ。

 ダンジョンはモンスターを生み出すがそれだけではない。そこでしか手に入らないレアアイテムも生み出すことが出来るのだ。ちなみに所有権は発見者にあるので率先してダンジョンに入るつもりだ。

 その見た目に似合わず大容量のモノを入れることが出来るアイテム袋。

 魔力を少しだけ使うだけ六時間の明かりを灯す魔法のランタン。

 所有者の魔力を吸って威力を増すマジックメイス。

 その色でその属性魔法に対してある程度ダメージを緩和することが出来るアクセサリーなど。

 勿論カモ君の狙いはダメージ軽減の効果を持つアクセサリー。それを入手して来たるべき主人公との決闘に負けた時に渡すアイテムを入手する為だ。

 あ、急にカモ君のやる気が下がったぞい。

 いやいや、あくまで主人公に渡すまでは自分が使っても構わないだろう。摩耗や損傷で使えなくなることもあるがそんな乱暴に使う事なんて…。あ、クーとの魔法訓練で壊すかも。だ、大丈夫だ。滅多に壊れることは、うん、たぶん、ない、と、思いたい。

 そうテンションが下がりそうになりながらもダンジョンに突入するメンバーの選出や順番について最終確認をした後、第一班としてカモ君を含めた選出された三十人がダンジョンに突入することになった。

 

 

 

 とある冒険者は思った。

 こいつはいい支援者だと。

 本来ならダンジョンでの生き死には自己責任だが、ダンジョン攻略してそこで終わりという訳ではない。ダンジョンコアを破壊したとしても既に生み出されたモンスターが消えることはない。ダンジョンの帰り道で死ぬ奴なんて片手で数えきれないほど見てきた。だが、そんな被害者を少なくするためにわざわざ野営地やポーションを準備する領主。正確にはその息子だが見たことはない。

 このような地方領地に発生するダンジョンは年月が経っていてその分。階層が増え、モンスターの質も、ダンジョンでのトラップも凶悪になってくる。それこそ莫大な資金を定期的に必要とする。

 それを短期的に解決しようとするのは効率的だ。自分達をこのようにサポートすることでやる気を出させて、報酬を約束し、同じ釜の飯を食う事で友好的に接してこちらとの連携も上手くいくように人を動かしている。

 モカ領にある駐屯所に冒険者の募集を呼びかけたのもこの領地を守る衛兵達の負担を軽くするためだ。冒険者だけでなく衛兵達からの信頼をこのエミールという少年はやってのけた。

 それに度胸もある。今もこうして初めてだというダンジョンに突入するのも中衛とはいえ先陣を切る。冒険者たちに声をかける時にも、

 

 「報酬も出す。その支援もしよう。報酬はこれだ。特別報酬もある。文句があるなら来なくてもいい」

 

 わかりやすい。あまりにもわかりやすい。しかもそれを堂々と言うだけあって余剰な報酬を要求する冒険者もいたがそういう奴等はお呼びではない。自分と衛兵達でどうにかすると言ってのけた。十歳だというこの少年を脅そうにも共に声をかけて回った衛兵十名ほどに気圧されてそうする事も出来なかった。

 更に、このダンジョンは出来たての可能性が高い。アイテムは期待できないだろうが攻略はたやすいだろう。それに対してこの報酬で文句があるなら冒険者達の協力は諦める。

 確かに出来たてのダンジョンならこの領地にいる衛兵達だけで事足りるだろう。それなのに自分達のような荒くれ者にも報酬の機会を与える。やる気の出し方を心得ているエミールは大した奴だと評価せざるを得ない。

 一回の報酬は多めだが、二回目以降。もしかしたら一回の突入で攻略してしまう仕事に残念だと思う冒険者だが、命の危険が少ない仕事がまた定期的に来るかもしれないと考えればこれもいいかもしれない。少なくても今回の報酬で半年は暮らしていける。ダンジョンの発生も短ければ半年から二、三年のスパンで発生する。運がよければまた半年後に食い扶持にありつけると考えるとこのモカ領は気前のいい仕事場でもあった。

 

 

 

 そんな冒険者の考察と裏腹にカモ君はというと、少なくても五階層はあってほしい。深層が深ければ深い程、質のいいアクセサリーやアイテムが手に入るのだ。出来れば風か地に抵抗のあるアクセサリーが欲しい。風はクーとの魔法訓練。地はいずれ殴り合うギネとの悶着の時の為に入手したい。

 地属性レベル2にしたのもマッパーというダンジョンの地図を製作するのに必要な魔法の習得のためだ。これでダンジョン攻略も楽になる。あと同じ属性の魔法は感知しやすいのでこれもギネを殴るための必要経費だと割り切っていた。

 残り三点どれに割り振るべきかと悩んでいる所で十日前に対峙したゴブリンが数匹ダンジョンの奥から現れたので撃退するために戦闘態勢に入る。

 ダンジョンでのレアアイテム入手はこの世界の男のロマンでもある。ルーナは心配するだろうがクーはそれを見たら目を輝かせて喜ぶだろう。そう考えると口角が上がるのを押さえられない。

 だが、ここはダンジョンであるという事を思いだし攻略に専念する。にやけるのは弟妹達に無事を報告してからだと。

 そして手に入れたアイテムで余ったものは冒険者や衛兵達に出している報奨金として黙っていてもらおう。あのギネならそのアイテムを寄こせと言ってくるに違いない。レアアイテムを入手したらそれを黙って押領し、来たるべき時まで自分が使う事にする。ギネも騙せて自分も楽が出来て一石二鳥だ。あまりレアじゃないアイテムは目くらまし用にギネに押し付けて有用な物はクーやルーナにもあげる予定でもある。

 報酬を用意しているとはいえ、人が命を賭けていることをそっちのけで私利私欲にまみれているカモ君。

 モンスターが現れるたびにレアアイテムに期待を寄せてにやりと口角をほんの少しだけ上げて不敵な笑みを浮かべたカモ君を見て、冒険者・衛兵達は心強いと信頼を寄せるのであった。

 

 ギネの金で他人の命を扱い、戦利品を横領する。血の繋がりを感じずにはいられないカモ君でもあった。

 



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第六話 バッドでディスなコミュニケーション

 カモ君が衛兵と冒険者の皆さんとダンジョンを攻略するのにかかった期間は僅か三日。正確には二日半かかった。残りの半日は衛兵、冒険者への祝勝会に費やした。

 ダンジョンの深度は八階層と比較的出来立ての物で出現するモンスターもゴブリンの他に人間の体に犬の頭をしたコボルト。粘液生命体のスライム。巨大な血吸い蝙蝠などが現れた。

 コボルトと蝙蝠はゴブリン同様に数が多ければ脅威だが、衛兵、冒険者達との連携で殲滅が可能だった。

 厄介だったのがスライムだ。ダンジョンの天井に張り付いている事に気が付かなく、頭上からの急襲に対応が遅れたため、時間はかかるが有機物なら殆ど溶かしてしまうスライムの粘液に数名の怪我人を出したが、無事にダンジョンコアのある部屋までたどり着き破壊に成功した。ダンジョンコアが破壊されたダンジョンは徐々に崩れ落ちていき最後は地面に埋まるのでダンジョンコア破壊後はすぐさま撤収し、その道中で入手したアイテムの分配に移り、祝勝会となった。

 と、そのような報告を息子エミール。カモ君から受け取ったギネは自室で仕事に使う書類から目を離して尋ねた。そのカモ君個人の戦利品の中に使えそうなものはあるかと。

 カモ君は後ろに控えていたルーシーに目で挨拶をして彼女は普段は食事を乗せるカートに置かれたダンジョンで発見したアイテムを持ってきた。

 銀製の短剣。ほつれた部分があるバックラーと呼ばれるモンスターの皮で作られた小さな盾と皮鎧のレザーアーマー。成人用の革靴。銅の延べ棒が数本。

 そして、マジックアイテムの水筒。見た目は瓢箪のような形だがその中には水を十リットルは入れることが出来る上に重さは普通の水筒と変わらないという優れものだ。

 バックラーやレザーアーマー。革靴なのではサイズがまちまちで価値は低いが、銀の短剣と銅の延べ棒は売ればそこそこの金になる。マジックアイテムである水筒はその何倍の価値もあるものだ。本来それは発見者であるカモ君の物であるのだが、ギネはつまらなそうに言ってのけた。

 

「この小汚い盾と皮鎧。革靴はくれてやる。それで本当にこれだけなのか?」

 

 労いの言葉なんてなく、まるで残りは自分の物だと言わんばかりの態度。実際に自分の物だと思っている。

 当然だ。自分は今回のダンジョン攻略に出資したのだからその中で得た物も自分の物だと考えているのがギネだ。本来なら冒険者や衛兵達が見つけた物も自分の物だと言いたいがそんな事をすれば冒険者はもちろん衛兵達が不満を爆発させて襲い掛かってくるだろう。カモ君に皮装備を与えたのも不満を解消させる為だ。

 だが、この皮装備はダンジョンで生まれたモンスターたちが身に纏っていたもので持ってくる前に洗ったとはいえ所々に毛や染みみたいなものが付着している。それを頑張ったカモ君に押し付けて不満を解消するとは傲慢だ。寛大な父で嬉しいだろう。と、

 勿論そんな事で喜ぶカモ君ではない。

 銀の短剣よこせやコラー!銅の延べ棒もマジックアイテムも俺のもんじゃー!と、言いたいところだが今回のダンジョン攻略の資金をギネに出してもらう代わりに手に入れたアイテムは全て渡すように言ってきたのだ。

 普通、領主としてダンジョン攻略に資金を出すのは当然の義務だが、ギネは最低限の費用。つまり冒険者などに頼らず衛兵達だけで攻略させようとしていた。

出来立てのダンジョンだから脅威度は低いという見積もりは正しいが、それでも衛兵達のリスクの分散とか考えずに低予算で済ませようとしたところに待ったをかけたのがカモ君。

 冒険者を雇い、衛兵達のリスクを減らし、ダンジョンを短期攻略するように申し出た。そうする事でかかる長期よりもかかる費用は抑えられると申し出た。そして冒険者達に通常より多めの報酬を用意させたのも今後有事の時に精力的に協力してもらうために必要だとカモ君申し出にギネは承諾した。

 冒険者の質がよければ自分の評価が上がる噂話も上がるだろう。冒険者は金に執着する生き物だと考えているが、ギネ自身は自己承認欲求の塊だったためこれも承諾した。

しかし有効利用出来そうな物。ゾンビやグール。ゴーストといったモンスターに有効な銀製の短剣。これは加工すれば貴族の護身用の武器になる。これを自分より上位の貴族に渡せば印象アップも狙える。

 だが、それで終わるギネではなかった。「来い」というとルーシーの後ろから神官の服に秤を持ったおばちゃんが入ってきた。そんな彼女がギネの隣に立つ。そうして、もう一度ギネはカモ君に尋ねた。

 

 「本当にこれで全部か?はいかいいえで答えろ」

 

 「はい。それで全部です」

 

 カモ君がそう答えるとおばちゃんの持つ秤が淡い光を放つ。

 こんな事でギルドメンバーの神官を呼ぶか。この強欲が。とカモ君は心の中で悪態をついた。

 彼女は冒険者をまとめるギルド。その彼等の言葉の真偽を見極めることが出来る神官職でありながら荒くれ者の一員でもある。

 ギネは彼女の持つ光魔法で自分が嘘をついていないかを調べているのだろう。他にもアイテムは手に入れていないのかと。もし嘘をついていたらただでは済ませないぞと。

 審議の結果はシロ。カモ君が嘘をついていない事を確認したギネは彼女に数枚の銀貨を握らせて帰らせると、カモ君にも皮装備を持って出るように言った。その間際に、

 

 「今度はもっとましな物を手に入れてこい」

 

 「…。努力します父上」

 

 とやりとりがあった。カモ君は内心中指を立ててじゃあてめえがいって来い!このブタが!と悪態をつきながら皮装備を持って部屋を出て行った。

 そんなカモ君の心境を知ってか知らずか、ギネは今回のダンジョン攻略でかかった費用と期間を考え、にやりと笑みを浮かべた。

 この短期間でダンジョンを攻略できたのは領主として断然に良い結果となる。その上、冒険者達からのモカ領への印象も良くなった。

 その上、カモ君の活躍を振り撒くだろう。意欲的に彼等と共にダンジョン攻略をする姿。貴族なら彼等の後ろでどんと構えているべきだが、その貴族らしからぬ働きを見せたことにより他領でその活躍が広まれば綺麗事の大好きな奴等からの接触があるかもしれない。そういう奴等に限って色々と紐が緩いので取り込んでやろうと考えていた。

 お近づきのしるしにこの銀の短剣を渡すのもいいだろう。そうする事でエレメンタルマスターである息子を広め、自分がのし上がる手段として利用してやると感慨にふけるギネであった。

 

 

 

 そんなギネに対してカモ君はというと。

 

 騙されやがったぜ!あの馬鹿が!

 

 と、皮装備を自室に持って行き、誰もいない事を確認すると、見たら愛する弟妹達が泣いて逃げ出すほどの邪悪な笑みを浮かべながら、今回の戦利品である一つバックラーのほつれ部分に指を入れる。そこから出てきたのは親指の先程の小さい赤い宝石がはめ込まれたワッペンのようなものが出てきた。

 火のお守り。

 火属性の魔法の威力を底上げして、受けるダメージを軽減してくれるお守りでこれを持っているだけで効果を発動してくれる優れもの。

 地属性レベル1で出来るアナライズという魔法でこの結果が出てきた時は思わず、ダンジョンの中だというのにその場で小躍りしそうになったカモ君。

 正直な話これ一つでダンジョン攻略費用を賄えるレアアイテム。ダンジョンが八階層という割と浅いにも関わらずこのアイテムを自分で発見できたのは幸運だった。

 勿論、カモ君はこれを自分の物にしたいと思っていたがあのギネの事である。このお守りの事を知れば必ず取り上げるのは目に見えていた。かといって黙って横領してもばれることを事前に知っていた。

 ダンジョン攻略後の宴会で自分の戦果を報告する際にギルド所属の数人の神官の姿を見た時にそれとなく探ってみたら、神官の一人がギネにそのことを報告するのだと知った。

 それはカモ君がダンジョン攻略の内容を照らし合わせる為でもあるが、嘘偽りを述べないかの確認も取りたかったんだろう。今回のようにレアアイテムを横領しないかと。

 神官が屋敷に来るという事は自分に横領の嫌疑がかけられるだろうと察したカモ君は薄汚れたアイテムの中にこのレアアイテムを隠すことにした。

 見た目を気にするギネならまずこのような皮装備などいらないだろう。先程の質問。手に入れたアイテムがこれで全部か。という言葉に全部ですと言ったのは嘘ではない。バックラーの中に隠していたとはいえ、本当に全部なのだから。

 ギネの質問が隠しているアイテムはないかと言われれば水筒の中に毒消しの薬草が入っています。と言ってバックラーから目を逸らせる事が出来る。が他にも隠していないかと尋ねられたらこのお守りの事も言う事になっていた。が、準備していた言い訳を使うことなくレアアイテムを入手したカモ君は自分の部屋に近付いてくる足音に気づくまで邪悪な笑みを抑えることが出来なかった。

 

 まずは一個目。自分の手で確認しなかったことを後悔しやがれクズ親父!

 そして待っていろよ、主人公。お前にくれてやる土産が出来たぜ。まあ、火属性じゃなかったらいずれ時期を見てクーにあげようかな。くふふ、クーの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 

 と、私利私欲にまみれた親子のコミュニケーションは幕を閉じたのである。

 



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第七話 喜べよ、お前の嫁だ

 カモ君がダンジョン攻略してから更に一年がたった春。ギネに呼び出されたので内心嫌々でギネの部屋に行くと来週の休みの日に俺の婚約者に会わせてやると上から目線で言われた。

 最初は何の冗談だと思ったが自分が貴族だという事をすっかり忘れていたカモ君。

毎日を早朝に魔法の修練。弟妹達との触れ合い。クーとはいつも命懸けの訓練をした後にルーナに癒される。

 昼に駐屯所での稽古。時々、領の見回りを称してのモンスターハンティング。アイテム置いてけ!アイテム置いてけ!ダンジョンが出来てないか期待するがまだ時期じゃなかったらしく発見できていない。最近の成果は自然発生したはぐれゴブリンやはぐれコボルトが持っていた錆びた剣や斧。皮鎧といったゴミアイテムばかりだった。

 夜に貴族としてのこの国の情勢の勉強をしていたが、朝と昼の生活リズムが濃過ぎて勉強の感覚がすっかりなくなっていた。

 そんな半分冒険者になりつつあるカモ君に嫁だと?いや聞けば相手の方が爵位は上の伯爵令嬢らしいから婿になるのか?

 というかギネのやつ、常日頃からお前は侯爵辺りのやつと結婚しろという癖に、外面は従っている振りをしている自分に見切りをつけて適当な相手を用意して、まだ御しやすいクーを使ってのし上がる気かとカモ君は疑ってしまう。

 確かにクーの成長速度はカモ君も舌を巻く。まだ六歳なのに風魔法レベル2まで至り、火魔法もレベル2になるのも時間の問題じゃないかと思うぐらいだ。そんなクーなら侯爵。下手したら王族の親族。公爵の娘をゲットするんじゃないかとギネは考えたんだろう。

 まー、カモ君はクーなら魔法レベル5の王級を修得して王様になってもいいんじゃないかと兄馬鹿なことも考えている。

 

 「婚約者ですか。どのような相手なのでしょうか?」

 

 「ハント伯爵の妾の小娘だ。貴様には丁度いい相手だ」

 

 こいつ殴ってもいいかな?

 カモ君は長年鍛えたポーカーフェイスで殴りたい衝動を抑えた。

 どんだけ自分の出世の事しか考えてないんだ。王都からの仕事を受け持っていると言うが実際は自分の貴族という立場だけを使って他の人間を働かせているだけ。いつもやっている仕事は自分にとってやり易い仕事ばかりを選択しているだけだ。

 それが間違いとは言わないが、こうまでして人間関係に無頓着とかありえねえ。どんな教育を受ければこんな風になるんだ。

 ていうか婿になったらこの家を出ていく。つまりクーとルーナに会えなくなるじゃないか。そんな事、絶対にNOである。この婚約、絶対に破棄させねば。てか、それ以前にカモ君に婚約者がいたなんて設定あっただろうか?

 しかし、このギネが俺に丁度いいという娘か。えー、このギネがちょうどいいとかどんなドラ娘を押し付けられるんだか。絶対コイツ爵位とか立場しか見てないで決めたな。

 色んな意味で嫌な予感しかしないカモ君。

 婚約(仮)パーティーに家族全員でハント伯爵家の屋敷に出席するからそれまで怪我でもしたら困るから昼の駐屯所での訓練を控えるように言われた。その事は衛兵の誰かに伝えたのかと聞いたら伝えていないと馬鹿な答えが返ってきた。

 部屋を出たらすぐにプッチスを使いに出してしばらく訓練に参加できない事を連絡してもらう事にした。

 ギネって、もしかして人間関係でうまくいかなかったからこんなクズになっちゃたんじゃないか。と、思わざる得ないカモ君だった。

 

 

 

 一週間後。

 丸一日ほど馬車で移動してようやくハント領にたどり着いたモカ家の人達はハント家に使えるメイドや執事達によって屋敷へと案内された。

 メイドの数が十人近く、執事の数が五名ほど。うちが雇っている従者の5倍以上の数。それだけでモカ家との差を見せつけられた。

 うちにいるメイド長はもうおばちゃんを通り越しておばあちゃんだし、ルーシーもそろそろ結婚を考える年齢だ。プッチスだって婚期を逃さないか不安がっている。若い従者の二人にはこのパーティーでいい人を見つけることが出来ればいいのだけれど。

 屋敷に入ると黒い髪を角刈りした口ひげを生やした恰幅の良い中年男性がにこやかな笑顔でカモ君達を迎え入れた。どうやら彼がこのハント領地の領主。グンキ・ノ・ハント伯爵らしい。同じように恰幅があるとはいえ、自分の父のようなだらしない体つきとは違い、こちらは筋肉で引き締まっている。交換できないかなうちのやつと。

 モカ家の屋敷の三倍はありそうな屋敷の広さと豪華な内装にカモ君は感心した。

 実際にハント領の領地ではダンジョンの出現が比較的に多いために冒険者を定期的に雇い、攻略をしている。その為の資金を王都から頂き、それを元手に冒険者向けの商売。冒険者の宿舎やギルドを低額で貸出し、その周りに鍛冶屋や娯楽施設を設けることで冒険者たちにお金を落していってもらっている。そして人が集まる所には大なり小なりの交流が生まれるのでそこの取り締まりをすることで更にお金を落してもらう。

 下々の者達の為にお金を使う事でモカ領の何倍の利益を生み出したのがハント領だ。うちでは絶対こうはいかない。だってギネは下々の人達にお金は一切使おうとはしないから。

 それはグンキ・ノ・ハント伯爵も知っているはずだ。なんせ、妾とはいえ自分の娘の婿を自分の領民たちにあまり投資しないギネの息子である自分の娘の婿にするのは躊躇うはずだ。まさかエレメンタルマスター。全属性の魔法使いの自分を種馬代わりにする気か。

 

 「やあやあ、モカ子爵。…とても可愛らしいお子さんですね」

 

 「あの、子爵は向こうで、自分がそのお子さんです。そっちの弟のクーですが」

 

 駄目だ。笑うな。いつものようにクールに振る舞え。お互い書類のみでの面識しかないんだろう。だからカモ君である自分とギネを間違えたんだろう。しかし、いくら体を鍛え過ぎたとはいえまだ十一歳だぞ。老けて見えるだろうか?それにしても間違えようが、

 

 「い、いや、すまない。若々しい益荒男と聞いていたので、本当にすまない」

 

 ぷぎゃーっ!若々しい益荒男?誰が?ギネが?このブタが?どんだけ自分を盛っているんですか。貴族は見栄を張るもんだけど自分盛り過ぎじゃないですか!ほーらプルプル震えて顔を真っ赤にして恥辱を耐えているようだけどますますブタっぽくなってますよモカ子爵~。あーはっはっはっはっ!

 

 「い、いえいえよく息子と間違えられるんですよ」

 

 失礼じゃない。この父親。全然自分の部屋から出ないで仕事ばかり、領地の巡回もロクにしないこのぶよぶよした体と日々命懸けの魔法訓練と手ごろな体術・剣術訓練で鍛え上げられた体が間違えられるわけないでしょ。クーとルーナに逞しい体だねって褒められるんだから。

 それから何とかお互いに挨拶を交わしながら話を進めていくモカ子爵とハント伯爵。

 正直ギネが笑い者になっただけでもここに来たかいがあるのだが本来の目的は婚約破棄だ。目的を見失う、あー、駄目だ。笑っちゃう。顔はクールに決めちゃってるけど、心が笑っちゃう。体は強情でも心は正直なのよね俺!これだけでパン三斤はいけちゃう。あー正直に笑えない自分が悔しい。ハント家のメイドさんや執事さん達みたいに笑いを隠しながらも笑いたい。

 ハント領の屋敷に用意された御馳走を少しずつつまみながらハント領の人達と談笑を始めていた。ハント伯爵にその妻イークン。十七歳の長男のローア。十三歳の次男のプラット。十五歳長女のブロー。と、まあ貴族にありがちというか皆美男美女だよな。

 そして、最後に紹介されたのがハント家第二婦人ルイネ。その娘で我が婚約者予定の、コーテ・ノ・ハント。自分より一歳年上の十二歳。肩まで伸ばした空色の髪。そしてこちらを見つめる空色の瞳は何処までも吸い込まれそうで…。怖いのか?

 なんか不思議な感じがする。不思議でクール系な女の子だ。

 今年の春の終わり。つまりこのパーティーから終わってから一週間もしないうちに魔法学園に向かうのだろう。青春を謳歌する前に婚約とかなんか可哀相だ。さて、何と話しかけたらいいかな。うーむ、分からん。年頃の娘っ子の気持ちなど分から

 

 「あなたの妹さん。可愛いね」

 

 何だ、話が分かる奴じゃないか。

 

 

 

 コーテ・ノ・ハント。ハント家の第二婦人の娘。

 貴族は伯爵以上ならと夫人を二人以上持っていい。だからといって彼女が兄弟姉妹と同じように扱われるわけではない。

 父グンキの前では目立った事はして来なかったが、見えない所では姉・兄達からないがしろにされていた。別にそれが可哀相だとは思わなかった。リーラン王国での貴族の家庭ではそれが普通だ。

 父は母のルイネと自分を愛してはくれるがそれも第一婦人、兄弟・姉の次だ。

 それが普通。いつも自分は一番にはなれない。母が愛しているのは旦那のグンキだ。それを知ってからは私の感情と表情はほとんど動かなくなった。

 好物のケーキを食べる時も、姉・兄弟に嫌がらせを受けても、お気に入りの服を着ても、父との狩猟で大物を仕留めた時も、領に来た冒険者が大物のモンスターの剥製を持ってきても、喜びも怒りも驚きも心を震わせない。

 そんな私を心配した父母があれこれと構ってくれたが、あまり効果はなく私に変化は見られなかった。

 そんな生活が三年以上経った時だ。うちの領で活動している冒険者達が隣のモカ領で一山当てたという話を聞いた。聞けば自分達の領にいる衛兵だけじゃなく冒険者。そしてなんの力も持たない領民を率いてダンジョン攻略をした貴族がいるという話を。

彼は冒険者達に破格の待遇と支援。そして報酬を用意してダンジョンをたった三日で攻略したという。その時に出した報酬は冒険者だけでなく、衛兵、領民にまで渡していざこざが発生せずにスムーズに解決したという。

 モカ領は農耕で成り立っている領だけに冒険者ギルドなんてものはない。ギルドに用がある時は隣の領。それこそハント領にまで足を運ばなければならない。そんな手間をわざわざ貴族の子どもが衛兵を引き連れて集めたという。

 それから少しずつその子どもについていろいろと情報を集めてみた。そこで分かったのは何と全属性の魔法を使う事が出来る魔法使い。エレメンタルマスターがその子どもだという。

 何やら領主も同じエレメンタルマスターだとか、その年齢に見合わない筋肉隆々だとか、普段は自室にこもって事務仕事をしているとか、毎日町のどこかを天高く飛んでいるとか、ヒステリーな性格だとか、モンスターハンティングして紅玉でねぇとか、ブタ頭のモンスター、オークみたいな顔をしていると聞いていた。

 正直そんな人間がいるのかといるのなら見てみたいと思った。そんな時に父が彼と顔を合わせてみないかと、それがまさか見合いを通り越して婚約になるとか思いもしなかった。

 父は予めモカ領での出来事を調べ上げ、その子ども。エミール・ニ・モカの詳細を知らせてくれた。ちなみにモカ子爵本人の事も知っていたのにエミールと間違えたのは建前上だ。ギネが醜く太った肥満体だというのは父も私も事前に知っていた。

 そんな家族関係はというと親子間はなかなか劣悪だという。表面上は厳格な父に従順の母と息子だが、その周りに漂う雰囲気がピリピリしているらしく、貴族で魔法使いなのに体術と剣術を鍛えている変わり者らしくそりが合わないらしい。

 逆に弟妹達とはすごく仲がいいらしい。その時だけは本当に幸せな雰囲気だという。

 私には兄弟間で幸せというのが分からなかった。親子でもその人の一番になれない。それなのに幸せになれるものなのかと。それが知りたかった。それを知れば私自身が変われるのかもしれないと。

 実際会ってみると確かに情報通りだった。魔法使いらしからぬ体格。なのに彼の体から滲み出て感じられる魔力は上物だとすぐに分かった。

 感情がほぼ死んでいた自分には分かった。彼は今、父親が恥をかいている事を楽しんでいる事に。

 平然とした表情に口角がほんの少しだけ上がったのが分かるのは自分だけだろう。実際に見てわかるが親子間の仲は悪いのだろう。それは理解した。では次が本題だ。

彼は弟妹に優しい兄だという事が本当に正しいのかを。それを知る為に軽く突っついてみることにした。

 

 「あなたの妹さん。可愛いね」

 

 変化は激変だった。クールな佇まいから一瞬だけ本当に心の底から喜んでいる笑顔を見せたのだ。それは貴族間で行われる世辞や建前で使われるものでもなく、神官や聖者が慈愛に満ちた顔で教えを説くものでもない。

 破顔とはよく言ったものだ。この時だけはエミールは今まで取り繕っていた表情があっさり崩れて喜びを押さえられない。そんな笑顔だった。これに気が付けたのも彼の正面にいた私だけだろう。

 私の言葉で本当に嬉しそうな顔をする彼が、どうしても。どうしても気になった。いや、気にいらなかった。

 どうしてそんなに幸せなのか。どうしてそんな笑顔が出来るのかと。

 二人きりで話してきなさいと個室に移動させられた。そこには客受けのお菓子や紅茶もあったが、私には目に入らなかった。どうして目の前にいるエミールはそんな顔が出来るのかを。彼と二人きりになった直後に彼の襟首を掴んで尋ねた。

 どうしてそこまで自分じゃない誰かを好きになれるのかと。その人の一番が自分でないかもしれないのにそんなに嬉しいそうなのかを。どんなに頑張っても報われないかもしれないのにどうして心から笑えるのかと。

 気が付けば泣いていた。殆ど動くことのない感情がこの時だけは活発になっていた。だからここまで自分は活動的に成れた。分かっている。これは嫉妬だ。自分じゃない他の誰かが満たされているのを見て悔しがっている。自分だってそういう感じになりたかった。貴方みたいになりたかった。

 泣きながら乱暴に彼の体をゆすりながら問いかけた。すると返ってきたのは意外な物だった。

 

 「知っているよ。どんなに努力しても報われないことくらい」

 

 それはどんなに鍛えても自分の限界を知っている戦士の顔だった。

 

 「分かっているさ、いずれ、弟妹達の一番になれなくなってしまう事も」

 

 それはいつか覚める夢を見ている子どもの様だった。

 

 「覚悟もしている。築き上げた物が全て無くなることだって」

 

 それは借金取りに追われる債務者のように辛そうな顔をしていた。

 そして、少しだけ困った顔をしてエミールは私の手に自分の手を重ねた。

 それだけわかっているなら何故あなたは毎日自分を鍛えているのかと彼の顔を睨みながら尋ねた。尋ねずにはいられなかった。

 

 「それでも弟妹達の為にどうにかしたいのが兄心ってやつさ」

 

 どうしてそんなに自分以外の為に尽くせる。どうして自分の為に力をつけようとしない。どうしてお前は奪われることが当たり前だと思っているのに笑っていられる。

 

 「誰かを愛するってことは多分そう言う事なんだと思う。その人の為ならなんだってやれる。どんなことだって耐えられる」

 

 「それで頑張った自分に何もなければただの馬鹿みたいじゃないか。そんなの、私は、嫌だ…」

 

 「兄は弟妹に見返りは求めない。求めるとしたらそれはより良い道に進んでほしいと思う事だけだ」

 

 「…そんなの知らない。私は女で一番下の子どもだから」

 

 「んー、じゃあ、誰かを好きになってみよう。もしくは誰かに好きになってもらう為に自分磨きをしようじゃないか」

 

 「…え?」

 

 彼は語った自分はいつか家族はもちろん弟妹の顔に泥を塗る事になるだろうと、それでもその時までは格好いい兄貴でいたいと。だから今も自分を鍛え上げている。自分に出来る限りの範囲で毎日鍛えている。

 いつかはそれが崩れ去ると知っていてもせめて崩れ去るその時まで二人の兄として格好いい兄貴を貫きたいのだと。

 だから俺みたいに誰かを好きになれ。誰かに好きになってもらえ。そうすればきっとお前も変われるさ。と、

 簡単に言ってくれる。ああ、まったく簡単に言ってくれる。すぐに誰かを好きになることも好きになってもらう事もとてもじゃないがすぐに出来るはずがない。そういったらエミールは屋敷に来た時と同じような顔でこう言った。

 

 「俺は結構お前の事が好きだぞ」

 

 全く度し難い。本当に度し難い。今の今までお前は私に乱暴に問い詰められていたんだぞ。そんな私が好きだと。一体どんな理由だ。

 それは、私が彼に声をかけた時の一言。「あなたの妹さん。可愛いね」だ。それだけで私の事が好きになったというのだ。正直言って馬鹿だ。大馬鹿だ。それなのに、それなのになんでこんなに嬉しいんだ。

 父も母も兄も姉にも同じような事を言われたことがある。同じような表情で言われたこともある。だけど彼の言葉ほど嬉しいものはない。

 それは彼が誰よりも一生懸命で何もかもを失う覚悟を決めた人だからだ。

 彼の手は父よりも擦り切れていて堅かった。それだけで彼の言動に嘘はなかった。

 彼から感じられる魔力は多種多様なのにどれもバランスよく配置された宝石箱の様だった。これは日々訓練していても難しい。それなのにこなしているのは彼の努力のたまものだ。

 彼の言葉と心にどれだけ差異があったとしても。私の事が好きだといった言葉が嘘だったとしても。

 彼が弟妹の為に頑張っている兄である以上、その事だけは、それに関する事だけはきっと本心なのだから。

 そんな彼が私を認めてくれるなら、私はもう少しだけ頑張ってみようと思う。

 自分の方が一つ年上のお姉さんなのに彼の体は成人男性より少し低いくらいの身長で、 彼の顔を見上げるほど私との身長差がある。まだ十一歳なのにこれなら成人を迎える時には2メートルの巨人になるのではないだろうか。

 きっとのその時には彼の隣に成長した自分がいると考えると少しだけ嬉しかった。

 

 ああ、愛に真っ直ぐな貴方。

 どうかそのままでいて。そのまま真っ直ぐ進んでいって。

 いつかその矜持が崩れ去る時が来てもどうかその心の在り様を失わないで。

 崩れそうになったら私に寄り掛かって。

 きっと貴方が好きになった私が、好きになった貴方を支えます。

 だから、どうか、貴方は貴方のままでいてください。

 

 

 

 一つ年上の少女に癇癪を起こされながら問い詰められて、泣き疲れたかと思えば、嬉しそうに抱きつかれたカモ君。

 

 あかん。婚約破棄の事切り出せねえ。

 

 割と優柔不断でクズい思考をしていた。

 



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第八話 そして伝説の始まる地へ

 ハント家での婚約パーティーを無事に終えてしまって一年。

 カモ君は王都にあるリーラン魔法学園に行く準備をしていた。

 あのパーティー。正確にはあの時二人で話し合った後、コーテ嬢はカモ君の弟妹。クーとルーナにもそのクールな表情に少し笑みを浮かべながら挨拶して回った。それが兄であるカモ君に似ているという事もあってすぐに懐いた。

 その二人を育てたのは俺だぞ。その子達を取らないで。と言いたかったが不特定多数の人達がいる。なにより弟妹達がいる前でそんな情けない事は言えなかったカモ君。

それから婚約パーティーは滞りなく終えた。終えてしまった。婚約破棄の事を切り出せなかった。

 なぜならクーとルーナが滅茶苦茶コーテに懐いたから。出会ったのはあのパーティーの時だけ、それからすぐにコーテ嬢はリーラン魔法学園に入学した。

 その直後から月に一回のペースで手紙のやりとりをしていた。そのやりとりの中で婚約破棄を切り出したかったが、手紙の中にクーとルーナの事を気にかけていた内容が含まれていた為、ないがしろに出来ず、またクーとルーナもその手紙を楽しみにしていたので手紙のやりとりを終わらせるわけにもいかず、そのままずるずると婚約破棄を出来ずに今に至る。

 ブラコン・シスコンがばれたら婚約者(仮)に好意を持たれた。どうしてこうなった?と、自問するカモ君。お前の自業自得だよ。

 あのパーティーの後の生活は少しだけ変化があった生活だった。

 毎日、クーとの魔法訓練で兄の矜持を賭けた勝負で毎日辛勝(見栄を張っているのでクーに気取られていない)。ルーナに癒されて、昼に駐屯上で訓練、時々モンスターハント。夜、勉強。な生活リズムに週末はコーテ嬢との手紙のやりとりが加わった。これではまるで彼女とお付き合いをしているようではないか。

 婚約前提のお付き合いをしているんだよなぁ、これが。

 そしてその事に起因してハント領でダンジョンが発生した時に積極的に参加させてもらえるようになった。

 コーテ嬢は馬車で一週間はかかる王都にいるのでその場には居なかったが、手紙でカモ君の事を気遣ってくれていた。とある一回のダンジョン攻略の時を除いて。

両親からもそんな気配りを受けたことが無かったので気をよくしていたカモ君。そんなカモ君を見て気をよくしたハント伯爵。

 伯爵のグンキさんは私の事をお義父さんと呼んでくれていいんだよ。と、機嫌良く接してくれる。

 もともとダンジョンが発生しやすいハント領。領主であるグンキさんは勿論。その息子達も偶にダンジョン攻略に出ることもあるのだが、それでは冒険者達の稼ぎを奪ってしまう事に繋がるので本当に偶に、である。そこに一般冒険者扱いで参加させてもらっているカモ君は向上心のある青年と思われているようだ。

 実際は自分のレベル上げとこれから出会う主人公に貢ぐためのレアアイテム蒐集だと知ればどうなるだろうか。とりあえず泣くまで殴られる覚悟はしておいた方がいいだろう。

 そしてあの婚約パーティーから一年。その間にカモ君のレベルは少しだけ上がった。詳細を言うと水属性の魔法がレベル2になったのだ。

どうしてかって?弟のクーの火属性の魔法がレベル2になったからだよ。

 それに対抗するためにも有利を取れる水属性を上げざるを得なかったのだ。上げられなければ死んでいたかもしれなかったからだ。

 本当にクーは強くなった。本当に主人公じゃないのか?と思うくらいである。

最近はカモ君にならって勉強時間が空いた時には駐屯上に行って槍術を習っているらしく、文武両道。武道も魔法も極めると息巻いているらしい。

 ルーナはというとコーテ嬢との手紙のやりとりで、王都で流行りの服やアクセサリーに興味を引かれたのか自作で可愛らしいアクセサリーを作っている。

この子は将来国一番の美貌を持つアトリエマスターになるぞと感心して兄馬鹿を発動させるカモ君は通常運転である。

 そんなカモ君に同調するかのようにモカ領を巡回する時にルーナもたまに同行して領地を巡るが、その時にそのファッションセンスに同年代の領民の少女達は真似をする子が多くいる。ルーナはモカ領のファッションリーダーになりつつあるのも事実だ。

 ハント領でダンジョン攻略の際に入手したレアアイテムもグンキさんのお墨付きで自分の物だと保証してもらうことによりギネが手を出せなくなった。それを機に火のお守りをルーナの刺繍によって可愛らしく作り直してもらった。

 宝玉さえ無事なら効果は発動するので多少不恰好でも愛する妹の手で生まれ変わった火のお守りはカモ君にとって最高級の宝になった。

 そのお守りを荷造りしている鞄の中に大事に収める。

 これをいずれ主人公に渡すのか。嫌だなぁ。と、早くも後悔するカモ君。

 そして、火のお守りの他にも手に入れたレアイテムに目を向ける。

 水の軍杖。長さ一メートルはある螺旋を描きながら伸びる枝のような杖の先に青色の宝玉がついている。

 水属性の魔法の効果を上げてくれるというレアアイテムをハント領のダンジョン攻略で入手した。それも発見した時は二本同時である。しかし、カモ君は現在一本しか持っていない。

 入手した当時、アイテムはダブるけどこれで主人公にアイテムを渡す機会が増えたな。と気楽に考えていたのだが、魔法学園が長期休暇で領に戻ってきたコーテ嬢に知られてしまい、婚約指輪ならぬ婚約軍杖(?)として渡すことになった。

 仕方ないだろう。二本の杖を持って喜んでダンジョンから出たらカモ君の事を心配してきてくれたコーテ嬢。そんな彼女は水属性の魔法使い。ここで渡さなかったら両人に気まずい雰囲気が発生して婚約破棄。ダンジョン出禁になれば自身のレベル上げの機会もダンジョン攻略でのレアアイテム入手の機会も失ってしまう。

 外観はクールに爽やかに。コーテ嬢に水の軍杖一本を渡したが内心では未練たらたらのカモ君だった。

 

 「それなのにこの杖を渡すことになったら、俺グンキさんに殺されるんじゃないか?」

 

 火のお守りも水の軍杖も主人公に渡すつもりで集めていた。例え主人公にその適性が無くてもその仲間達にきっと適性がある者がいるだろう。しかし、それを決闘で失ったと知られれば、魔法も使えるがどちらかというと武闘派のグンキ・ノ・ハントが使う強弓と放たれる矢で自分はハリネズミみたいになるのではなかろうか?

 そもそも渡すべきアイテムがまだこの二つのみ。主人公に渡せそうなアイテムはお守りと軍杖だけで。残りは王都に行けばすぐに見つかりそうな皮鎧シリーズ。ちょっとお金を出せば鉄製の装備を揃えられるだろうが魔法使いの決闘で渡せそうなアイテムには成りそうにない。

 それにゲームのシステム上主人公には少なくても五回は決闘してもらわなければレベル的にも装備的にもラスボスには勝つことが出来ない。

 でもこの二つ。絶対に渡したくない。この二つはクーとの訓練で大いに役立つからである。火のお守りが無ければ全身火傷していたかもしれないし、水の軍杖が無ければモカ領の一部の土地を大火事にしていたかもしれないのだ。

 改めて嫌だなぁ。と思うカモ君。今持っているレアアイテムのどれか一つでも失えばクーに対抗出来なくなる。主人公よりもクーの方がチートなのかもしれない。

 そして何より嫌なのは明日からこの屋敷を離れて魔法学園で過ごす。つまり毎日触れ合っていたクーとルーナとのお別れだ。いや、別に永遠に別れるわけではない。半年もすれば長期休暇で戻ってくることもできるのだが、問題は自分がいない間にギネがクーとルーナにひどい事をしないかと心配だ。モークスに頼り切りはいけないと思い、グンキさんにもそれとなく目を光らせてもらうように頼んだ。

 あの人、武闘派な人だから自分やクーには目をかけてくれるがルーナにはあまり目を配ってくれないかも。そこはモークスに頼るしかない。ルーナに何かあったら俺は死ぬ。

 クーは自分に似て、いざとなったらギネに殴りかかるかもしれん。火と風のレベル2の魔法使い。あれ?以外と圧倒できるやもしれん。風は地に強いし、火は全属性の中で一番攻撃的なものだ。…とりあえず父親殺しはまだするなと言っておこう。やるのなら俺がやる。

 色々と心配事は残るがやれるべきことはやった。駐屯所の人達と領民の皆さんとの繋がりも従者の三人を通して太くしているし、いざとなればクーとルーナをハント領に逃がしてもらうようにも頼んだから大丈夫だと思いたい。

 母のレナは相変わらずギネのイエスマンだからほっといている。事なかれで済まそうとする母は弟妹達の事はほぼ自分と従者たちに任せきり。いざとなったら故郷に戻ってもらおう。残念だがそこまで面倒見きれない。

 まあそれでも自分達の母親だ。ギネじゃなければ普通の主婦だったかもしれないのだからそれとなく従者達にフォローをお願いしてもらうようにお願いした。勿論クーとルーナを優先してだが。

 自分が準備した鞄を見る。アタッシュケースに入れきれるだけの貴重品。とは言ってもモカ家の家紋が刻まれたローブが二枚。レザーアーマー一式。火のお守り。何かあった時の為に非常食と水。そしてルーナお手製の火のお守りが入っている。

水の軍杖を手に持って自分は明日、この屋敷を出ていく。そう思うと感慨深いものだ。

 その日の夜。クーとルーナが自分の部屋に来て一緒に寝て欲しいというお願いに心の中で悶えながらも了承して兄、弟妹揃って夜を過ごした。

 そして翌朝。この日の為に頼んだ業者が持ってきた馬車に乗って家族や従者達に見送られながら屋敷を出ようとした時だった。

 

 「エミール様―、いってらしゃーい」

 

 「立派な魔法使いになって戻ってきてくださいー」

 

 「向こうに行っても体は鍛えるんだぞー」

 

 「お前がいなくてもしっかり俺達がこの領を守ってやるかなー」

 

 領民や衛兵達が見送りに来てくれた。

 最初から最後まで自分の為。自分の愛する弟妹達の為に彼等との親交を深めてきたというのに。彼等はカモ君/エミールを見送る為に朝も早いのにわざわざ出向いて見送りに来てくれたことに感動する。

 衛兵だから当たり前だろと無粋な事を言うギネには見えないように馬車の中で中指を立てた。レナはいつものようにやつれた顔で自分を見送った。

 

 「にー様っ、いってらっしゃい!にー様に負けないように僕も頑張ります」

 

 正直これ以上クーに強くなられると困るのだが、それでも逞しくなっていくクーの言葉に一層自己鍛錬に励むことを誓い、

 

 「にぃにっ!コーテ姉様にルーナは元気ですと伝えてください!立派な淑女になりますと!」

 

 普段は大人しいルーナの声が胸に響く。

 ああ、分かっているさ。

 お前達の為にも俺は。

 

 「皆、行ってきます!」

 

 俺は主人公に殴られてきます!

 

 

 

 やっぱり学園なんかに行きたくないよーっ。

 



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第九話 五人に勝てるわけないだろ!

 カモ君がモカ領を出立して三日目。

 これから向かう王都。魔法学園とそこで起こるイベントについて考えていた。

 リーラン王国にあるリーラン魔法学園。

 国の名前をそのまま関しているその魔法学園はこの国唯一にして最大の学園である。

 今年十二になる魔法が使える貴族の子息達の殆どが入学するその学園では、勉学よりも魔法の練度を上げるための魔法使い養成機関のような物である。

 魔法省と呼ばれる国公認の研究機関の人間が常駐しており日々新しい魔法の研究をしてはそれを学園にいる生徒達に伝える。

 それを学生が自分の使いやすいよう独自に改良した魔法研究をまた魔法省に伝え、研究して、学生に回すといったサイクルを繰り返して自国の魔法使いの質を高めるのが目的なのだが、そのサイクルで最適化した魔法は百年以上も前から停滞してしまったため、学園そのものは魔法使い達が模擬戦。決闘をする為だけの修練場とかしている。

 簡単に言えばいくら車を改良したところでその操作方法は十年前から何の変化もないという事だ。

 昔から変わらない事と言えば、魔法学園で習う事はその最適化した魔法の使い方と知識を学ぶこと。

 ただ変わったものがある。それが個人かグループ。もしくはクラス対抗模擬戦。

 これはいわゆる試合のような物である程度規定はあるが、そのルール内で体外に競い合うという健全な試合。

 そして、もう一つは決闘だ。これはお互いに何か貴重な物を賭けて魔法を用いた試合をすること。勝った陣営は負けた陣営から賭けた物を奪う事が出来る。

 シャイニング・サーガというゲーム内ではカツアゲとも呼ばれ、その主な加害者と被害者は主人公とカモ君だった。

 いや、カモ君は今まで何度も説明してきたからいいけど主人公も?と思う奴がいるだろう。誰がカツアゲしていたかって?それもカモ君だよ。

 主人公の事が気にいらないからカツアゲをしようとする。ここでゲーム的にはチュートリアルだ。どうやって攻撃するか、アイテムを使うかなどをシャイニング・サーガのプレイヤーはここで学ぶ。

 しかもこのゲームのシステム上、主人公が戦闘不能になるまでダメージを受けると「はは、情けない奴め。もっと俺を楽しませろ」と、カモ君が回復アイテムを使って戦線復帰させる。主人公がカモ君に勝利するまでそれを続けさせる。そして勝った主人公はカモ君からお金を手に入れることが出来る。

 うん。クソゲー。どこまでカモ君を貶めたいんだこのゲーム制作者は。

 しかも、それ以降、カモ君は最初に会った時に負けたことに因縁をつけて決闘を持ちかけるんだけど、後はまあ過去に説明した通り、返り討ち、負け続け、アイテムや金銭を奪われ続け、そして学園を去ることになる。そうしないとこの国が滅ぶ。しかも描写はあまりなかったが主人公以外からもカツアゲを受けていたようなこともあったようななかったような。

 本当にクソゲーだこれ!お前等も一度はカモ君サイドに立って見ろ!逃げ出したくなるぞ!きっと!

 魔法学園のある王都へ向かう馬車の中でこれから始まるであろうイベントを思い返しているだけで気分が鬱になっていく。そんな時はルーナが作り直してくれた火のお守りを取り出して元気を出す。あ、でもこれも奪われるんだよな。あー、嫌だ。学園に行きたくない。

 そんな引きこもりじみた思惑でも、カモ君の乗っている馬車は順調に進み、その四日後に魔法学園がある王都リラにたどり着くのであった。

 

 

 

 日が暮れ始めた時間帯にカモ君を乗せた馬車は首都リラにあるリーラン魔法学園の男子学生寮まで辿りつく。

 王都リラはモカ領の農耕地帯でもなく、ハント領のように冒険者達が練り歩く風景でもない。近世ヨーロッパ思わせる街並み。この世界では珍しい五階建てのアパートやデパートが立ち並び、王都の中央には巨大な白い城が鎮座していた。

 それがリーラン城。王都のどこからも見えるその城はこの国のモチーフにして象徴。偉大なる魔法使い達の城。

 その広大な城では年に一度その敷地の一部を解放して魔法大会という御前試合が行われ、噂ではその大会で優勝すれば王族に迎えられるとかなんとか。

 そんな話を御者から聞かせてもらったカモ君はここまで送ってもらった代金と暇つぶしに聞かせてもらった噂話の礼としてのチップも渡し、馬車から降りて大きく背伸びをした。

 一週間も乗り継ぎありとはいえ、殆ど馬車の中で過ごしたため体がこって仕方ない。軽く腕を回しただけでゴキゴキゴッゴッと石を擦り合わせているような音が鳴る。それを見ていた男子寮生たちは思わず身をすくめた。

 それもそうだろう。その筋肉で太い腕を回している高身長の男性の姿はまるでこれから殴り込みをかける山賊にも見えたからだ。嘘みたいだろ。これで十二歳なんだぜ。

 一応、その身に纏っている太った鳥の家紋が刻まれたローブをつけているから貴族の者だと後から気が付いたが、この図体で初見さんがカモ君を貴族で魔法使いだとは思わないだろう。

 モカ領では同年代と遊ぶ機会が少なく大人に交じって体術・剣術の稽古。ハント領に出向いてはダンジョン攻略と思えば同世代と遊んだあまり記憶がないカモ君はちょっぴりショックを受けていた。

 周りの寮生達に軽く会釈をしながら領の中に入る。そしてそこで寮の受付をしていたメガネの男性教諭に自分がエミール・ニ・モカである証明として名前と家紋入りのローブを見せて寮内を案内させられる。

 学生寮は五階建ての広い建物で、広大でハント伯爵家の屋敷並に広く最大300人は収容可能。

 これからカモ君がなる初等部一年生から三年生。中等部の一年から二年生がこの寮で生活しているという。小等部一年は一番下の階。学年が上がるたびに階層が上がっていき、中等部三年生になる頃には自分でアパートとかを探してそこに移らなければならないらしい。

 まあ、カモ君は初等部の三年間いられるかどうかの瀬戸際であるが、年間授業料が払えない貴族は最低でも初等部を卒業すれば職に困ることはないらしく、初等部で出ていく生徒達も少なくないらしい。

 カモ君も初等部を卒業したら冒険者としての箔もつくかなと考えながら用意された自分の部屋にたどり着いた。

 紹介された部屋は六畳一間といった具合にとても狭い部屋だった。

 机、ベッドは備え付けられていたので尚更狭く感じる。というか持ってきた鞄を置けば座る事すら難しい部屋だった。ルームシェアをすればもっと広い部屋に移れるかもしれないが、カモ君はレアアイテムを二つも持っている為、盗難防止として一人部屋を希望したのだ。

 貴族出の人間にこの空間は狭すぎると感じられるがこれは戦争時、同僚の兵達との生活を想定した時の事を考え、この狭さになれておけという学園の思惑だ。しかし、カモ君は一般学生に比べると大きい部類に入るのでその狭さは尚更余計に感じる。

 衣服や部屋の掃除などは学園が雇った執事見習いや業者の人間が準備し、料理は駆け出しや見習いの料理人が準備する。勿論それぞれの責任者がいるが基本的にはまだまだ新米か見習いの人間がカモ君達、学園生徒の世話をする。こうして雇われた者達は将来卒業する生徒達の目に留まればその家に雇われることが出来るのでその仕事にも力が入るというものらしい。

 この寮に移り住む際に自分の家の従者を連れてくることは禁じられている。学園は自立を促す場でもあるのでそのような甘えを助長するようなことは許さないのだ。

そんな環境の変化もカモ君にとっては部屋が狭くなったなぁ程度である。

 アタッシュケースの中から火のお守りを取りだし、首に下げ服の下に隠すようにつけ、水の軍杖を片手に取って、貴重品は全部持って部屋を出て、男性教諭から渡された部屋の鍵でしっかり鍵をかけて男子寮を出る。

 寮での手続きを終えたら次にやるのはコーテ嬢との挨拶だ。一応婚約者だし、学生寮に付いたらすぐに連絡すると手紙でやりとりしていたことを思いだし、少し離れた所に見える女子学生寮へと足を運ぼうとした時、後ろから声をかけられた。

 

 

 

 「君、新入生かい?よければ学園を案内しようか」

 

 また新しいカモが来た。

 そう考えながらカモ君に声をかけてきたのは初等部三年生の先輩だった。彼は人のよさそうな顔でカモ君に話しかけると彼の横に並ぶように歩き始めた。

 

 「はい、そうです。いやあ、助かりました。なんせ、自分はこの体格なもので。声をかけようにも他の皆さんは怯えられてどうしようかと困っていたんです」

 

 「そうかそうか。君が一階の廊下から歩いてきたのを見たときは本当に一年生かと二度見しちゃったよ」

 

 「いやー、すいません。実家にいた時は魔法の勉強もしていたのですが自分はどうも体を動かす方が好きだったみたいで、気が付いたらこんな体になっていたんですよ」

 

 「ははは、無理もない。その体格じゃあ冒険者どもに間違われるかもしれないしね。・・・そうだな。君も僕等と同じ魔法使いだという事を皆に知らしめるためにも闘技場に行ってみないかい?」

 

 「知らしめる。ですか?」

 

 「ああ、そこで僕の友人達と魔法を見せ合えばそれを見ている生徒達に君も魔法使いだと知らしめることが出来る。なに闘技場の手続きは簡単さ。書類に名前を書くだけだ」

 

 「すぐに済むでしょうか?人と約束もあるのですが」

 

 「済むさ。ほら行こう行こう」

 

 彼の手を取って男子学生寮の敷地を出て、丁寧な刻まれた文様がある魔法学園の校門をくぐり教室があるだろうと思われる建物や教員の集まる職員室を越え、多くの者が運動している体育館の隣に闘技場はあった。

 野球場のように外縁に観客席があり、その内側には石畳が積み上げられた試合舞台が設置させられていた。まるで古代ローマにあるコロッセウムのようだ。

 カモ君がそんな学園の中に闘技場とは?と、呆けているうちに、先輩が受付表を闘技場にいた女性教諭にある書類を出させていた。そんな彼の周りにはいつの間にか何人かの男性生徒達が見受けられた。

 

 「さ、あとはこの闘技場使用許可書にサインを」

 

 「はい。わかりました。さらさら~っと」

 

 と、サインを書き終えた後、瞬間先輩とその周りにいたにやりと邪悪な笑みを浮かべた。

 

 「それじゃあ、始めようか。お互いのアイテムを賭けた『決闘』を」

 

 「は?」

 

 カモ君のきょとんとした顔を見て先輩達は笑い声まで上げた。罠にかかった間抜けな獲物を見つけたように笑いながら隠し持っていた杖に短剣。首飾りなどを見せつける。それらは恐らくマジックアイテムなのだろう。

 

 「勝った方が強い魔法使いとしてその装備を身に着けるのは当然だ。勿論、弱い魔法使いはそれを使うには不相応だと思わないかい。だから勝った魔法使いは負けた魔法使いからアイテムを奪う権利があるのさ」

 

 そう言いながらカモ君が持つ水の軍杖に視線を移す。

 カモ君の図体から冒険者崩れが魔法学園に特別枠で入学してきたと思ったんだろう。

そんな冒険者崩れがレアアイテムの水の軍杖を持っている。そんな奴より自分達の方が魔法に関してなら上手だと考え、カモ君から水の軍杖を撒き上げようとした。まさにカツアゲである。

 

 「なるほど道理ですね。力の無い者が強いアイテムを使うより力のある者が使う方が有意義というものですよね」

 

 カモ君は俯きながら先輩達にそう答えた。その答えに気をよくしたのか。笑い声を上げながらカモ君を根性無しだの意気地なしだの馬鹿にする。

 俯いたおかげでその表情が見えない。が、その見えない所でカモ君もまた邪悪な笑みを浮かべていた。カモ君もまた同じような事を考えていたから。アイテムが向こうからやって来た。と、その笑みを引っ込めていつものクールフェイスに戻しながら顔を上げて言った。

 

 「だったらそのアイテム俺の物になりますね」

 

 その言葉にキレた先輩達とカモ君による五対一の決闘が一時間後に行われることになった。

 それまで決闘する人達が待機する控室でカモ君はクールに佇みながら決闘する時間を待っていた。ように見えるが、内心では。

 

 やばいって。五人同時は聞いてないって。

 精々一対一を五回行うものだと思っていた。

 

 とかなり焦っていた。

 ゴブリンでも単体ならさほど問題無いが、複数になると難易度が跳ね上がる。

 この魔法学園の決闘もそうなる可能性はあるので、カモ君が圧倒的に不利であった。

 



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第十話 馬鹿

 コーテ・ノ・ハントがこのリーラン魔法学園に入学してもうそろそろ一年経とうとしていた。

 半年前まではなかなか友人が出来なくて少し困っていた。何せカモ君から変わりたいなら誰かを好きになれと言われて誰かを好きになろうとしたが、もともとクールというか口下手。というか無口な性格なので友人関係を築くのも一苦労だった。

 そんな彼女に友人が出来たのは学園の授業の一環で王都の周辺にある草原や森。洞窟の探索で遭遇するモンスターや動物を仕留めた時だった。

その父親譲りの狩りの腕前でその放つ弓矢のように学友達の心を射止めた。

 その流れるような仕草が、獲物をしとめた姿があまりに綺麗に映ったらしく、仕留めた後の姿も決して浮かれることないそのクールな対応に男子よりも女子の方に人気が出た。

 この件をきっかけにコーテに話しかけてくる生徒が増え、友人と呼べる者達も出来た。

 なお、一部の女子生徒からはお姉様とか呼ばれている。同い年なのに。

 そんなクールな彼女の一番の友人は自分とは対照的に活動的なアネス・ナ・ゾーマというパーマの掛かった赤い髪を腰まで伸ばした少女。

 同じクラスメイトでよく話す間柄にある。とは言ってもアネスがよく喋り、コーテが応える関係だ。

 男爵家の次女でゾーマ寮は農耕と平野に囲まれたモカ領に近い風土だがここは主に狩りで生計を立てているらしく、コーテと同じように弓矢を使ってモンスターや鹿や猪を狩っていた。

 彼女は魔法使いとしての素質をあまり期待されていないらしく、この学園に来た理由も玉の輿を狙っての事だとさばさばした態度で教えてくれた。その時に彼女の体の一部がプルンと揺れた。コーテは自分の平野。ではなく胸を押さえながらまだ未来がある。成長期はこれからだと自分に言い聞かせた。

 アネスの実家は貧乏男爵家らしく、学園の授業料は何とか出せたが、趣味に使う交友費や贅沢品のドレスなどを購入するために学園で公式に募集している害獣退治やモンスターへの警戒として王都周辺の巡回を手伝っている。

 その為、少し手強いモンスターや害獣駆除のバイトを行う時は「一狩り行こうぜ」とコーテに声をかけては彼女を引きずり回している。

 本来なら爵位が上の娘であるコーテだが、ハント領ではダンジョン攻略や冒険者絡みの事は日常茶飯事なのでコーテはいいよ。と即答する。彼女もこんな関係も悪くないと感じている。

 その時に入手したバイト代は半ば文通しているような状態の婚約者の妹。ルーナからカモ君の好きな香りがする香水。髪の手入れに使う香油の購入に使っている。

 もうそろそろカモ君がこの学園に来るころだなと寮にある自室で本を読んでいるとアネスが部屋のドアをノックせずに入ってきた。

 

「コーテ。いるか?」

 

「…アネス。ノックはした方がいいよ。それと動作と言葉の順番が逆」

 

 「悪い悪い。気軽に話せるのはコーテしかいないからな。ほら、私って貴族だと一番下の貧乏男爵の娘だろ。こんな風に接するのはお前だけだから」

 

 「…もう」

 

 自分しか。

 その特別感にコーテは内心嬉しいのだが、一応友人として貴族の娘としての立ち振る舞いをするようにとアネスを軽く叱る。

 確かにアネスは玉の輿を狙っているから男子には活発な女の子を装っている。が、同性にはその性格の荒さが見え隠れする。

 貴族としての立場も一番下の男爵の娘なので女子寮での生活。女子生徒との交流も気をつかっている。下手な態度で上位の貴族の娘を怒らせたらどうなるか分かったもんじゃない。

 だからアネスもコーテ以外の人間と接する時はお嬢様を演じる。時々、仕草や態度に荒さが見える時がありコーテは内心ハラハラしていた。

 

 「と、そんな事より。これからなんか決闘が始まるらしいぞ。観にいかないか」

 

 「…また?あの不良グループが新入生を苛めているの?」

 

 小等部三年生。あと三日もしないうちに中等部になるかもしれない男子で先輩にあたる十数人の貴族グループは入寮手続を済ませたばかりの生徒達。正確には持ち込んでいる荷物の中にめぼしい物が無いかを遠目にチェックを入れて、難癖つけては決闘を申込み、その荷物の中にあるレアアイテムを奪っていく。

 学園側もそれは認知しているが、同時に黙認もしていた。

 この学園は殆どが実戦主義。

 このような横暴がまかり通っているのも、予めこの学園について調べなかった方が悪い。カツアゲされるような物を見つけられる方が悪い。予め自分達のグループを作り自衛しなかった方が悪い。

 実戦で対戦相手が自分の事をペラペラしゃべるか?喋らないだろう。と、実戦では準備を怠ると命取りになることを今のうちに学ばせようという魂胆も含まれている。

 コーテもその魂胆を知った時は驚いていたが、当時の彼女はレアイテムの一つも持たずに入学・入寮。そして伯爵の娘というネームバリューにも守られ決闘を申し込まれることはなかった。

 だが、今は状況が違う。半年前にカモ君がダンジョンで発見した水の軍杖を貰って、それをそのまま学園に持ち込んだので、決闘を申し込まれることもある。かと思いきや、そうはならない。

 それはあくまでもこの学園で行われる決闘が実戦形式であることが由来している。

 実戦形式。ここは魔法学園だから魔法だけで戦うと思いきや剣や弓。槍といった武器も使っていい。戦争では魔法が使われるのが主だがそれだけではない。素早く近づいて接近戦で相手を仕留めようとする輩も当然いる。それを想定して決闘では武器の持ち込みも認められている。

 詠唱して魔法を放つよりもコーテが矢を放つ方が断然早い。その上に連射できる。基本的に決闘は速効性とリーチの長さと連続性が求められる。その三つを持つコーテの弓は脅威となり、彼女へ決闘を挑もうとする輩に対して抑止力になっている。

 決闘が行われる舞台では特殊なアイテムが渡される。致命傷や戦闘続行が不可能なダメージを受けた時、すぐさま舞台の外に転送されるアイテムで、そこで待機している専属の医師の手当てを受けることが出来る。

 いくら実戦主義とはいえ、自国の兵力の卵達が死んでしまうのはまずいという学園。リーラン王国の意向だ。

 まさかとは思うがカモ君がカツアゲを受けているわけではないだろう。月に一回の手紙のやりとりで既にカツアゲの事は伝えている。その上、あの体格だ。あの体格で殴られでもしたらただでは済まない。

 カツアゲする貴族グループは自分達より下の輩にしかちょっかいを出さない。そういう輩ほど狡猾に傲慢に出るのだ。

 カモ君は自分より一歳年下とは思えない身長で半年前に見た時にも伸びていた。あの調子で大きくなればこの世界の成人男性ほどの身長になるだろう。

 ふと部屋に置かれた姿見の鏡を見る。女性というにはあまりにも幼く、幼女というにはぴったり過ぎる体型。豊満な体つきをしているアネスの方は見ない。何か負けた気がするから。

 とにかくカモ君が出す雰囲気は只者ではない。モカ領では自己鍛錬に励み、ハント領に来ては何度もダンジョン攻略に出向いているカモ君は歴戦の勇士とまでは行かなくても堅気の人間から決して出ない覇気のような物が零れ出ているのだから。だから決闘という名のカツアゲを受けるはずがないと本に視線を戻して、

 

 「何でも山賊みたいな体がでかい新入生と決闘だってさ」

 

 「観に行く」

 

 本を閉じた。

 まさかとは思うがカモ君はいつもの気迫を押さえて一般貴族として振る舞っていて、それにホイホイつられた不良貴族達を逆に引っかけたのではないか。もしそうだとしたら。もしその決闘で大きな怪我でもされたら。そう考えただけで心配になってきた。

 コーテは机に立てかけていた、家から持ってきた弓矢とカモ君から貰った水の軍杖を手に、アネスと共に決闘が行われる闘技場へと向かった。

 

「…案の定」

 

「どうしたコーテ。もしかして知り合いか?」

 

 コーテは闘技場の入り口前でがっくりとうなだれていた。

 決闘が開始される前に闘技場の入り口に決闘する生徒達の名前が垂れ幕で公表されていた。既に日は落ちていたが、まるで祭日の時のようにスポットライトのような灯篭の光で映し出されていた垂れ幕は二つあり、片方には不良グループ五名の名前が書かれており、もう片方にはカモ君の名前が書かれていた。

 

 「あいつ等また複数で一人を苛めてやがる」

 

 不良グループは予め、決闘を行うメンバーを決めている。相手が不利になるようなメンバーを選出して、数と属性の有利さを武器に戦うのが常だ。

 コーテはカモ君がエレメンタルマスターだから全属性が弱点なのは知っている。だが、不良グループはそれを知らないので、一対一の決闘なら魔法の詠唱も早く、ダンジョン攻略で実戦慣れしている彼なら勝てない事はないと思っていたが、五人同時に相手をするという確実に不利な状況。

 彼の援軍として参戦しようと思ったが、受付時間は終了していた。今の時間帯では観客席に行って決闘を見守るだけとなる。

 アネスに連れられて闘技場の中へ入ると既に決闘を観ようとする人が大勢いた。決闘は起こる頻度が少ないが故にちょっとしたお祭り感覚で見る者を楽しませる。特に時刻は夜を示していたが、闘技場の中はまるで演劇の舞台のように明かりで埋め尽くされていた。

 一部の貴族の中にはその決闘を行っている相手が優秀ならば自分の派閥に入れようかと策することも出来るのだ。だが、今回は無理だろう。カモ君一人で相手は五人。いくらカモ君に自信があろうとこの魔法学園で三年学んできた不良グループ倒せるはずがないと思っている観客が九割以上だった。

 残りの一割はコーテのようにもしかしたら勝てるのではないかと淡い希望を持つ者。そして、不良グループに自分のアイテムを取られた貴族達だ。あの憎き不良集団をボコボコにしてくれーっといった怨恨こもった声で応援するつもりでやってきた。

 

 「なあ、珍しく決闘を観ることになったけどよ。あの五人に勝てると思うか噂の山賊貴族」

 

 「分からないけど。とりあえず距離を詰めれば勝てるかも」

 

 余程の事が無い限り驚かない自信があったアネスは珍しく目を丸くした。

 コーテは見た目通り冷静沈着。物事を現実的に捉え、行動する。

 五対一。そんな事は相当の実力差が無いと覆すことが出来ない。そんな冒険譚の英雄のような人間なんてそうそういない。

 腐っても魔法学園で三年間鍛えられた不良グループ。片や一年どころか入学もしていない新入生。力量差は明らかだ。それなのにコーテは勝てるかもという。

 

 「なあ、やっぱり新入生ってお前の知り合いなのか?」

 

 「一応、婚約者」

 

 「ほー、婚約者ねぇ。婚約者?本当にいたのか?だから先輩達からの誘いを断っていたのか?」

 

 「うん。でも誰も信じなかった」

 

 こんなちんちくりんな体形だが容姿は上物。次女とはいえ伯爵の娘。そう言う事もあってかコーテはよく男子生徒に声をかけられるが全て婚約者がいるからと断って来た。

 すると相手は「君みたいな女の子。げふんげふん。女性に婚約者なんていたのかい」と、言う。

 なんでそんな事を言うのにお前は声をかけてきたんだ。私を誑し込んで伯爵の地位かカモ君からもらった水の軍杖でも欲しかったのか?それとも単なる幼女趣味か?これ以上思い出すのはやめよう。今日は自己嫌悪によく陥る日だ。

 

 「ほーん。水の令嬢とも言われたコーテちゃんがそんなにお熱の奴なのかい。でもいくら恋は盲目といってもこの戦力差は覆らないよ。よっぽど実力があるか装備に自信があるかじゃないと」

 

 「エミールの使う魔法は多分あの不良グループ一人一人なら圧倒できると思う」

 

 「一対一ならねえ…。でも、五人同時に相手どるんだぜ。さすがにそれじゃ負けるだろ?」

 

 「負けるね。だからどうやってこの状況を崩すのか楽しみ」

 

 コーテはそれからカモ君がハント領にやって来た時に行っていた訓練を従者の方から聞いていた。ハント領では間借りしている間は一緒に来ている弟クーと一緒に魔法訓練をしていたらしいのだが、その光景が恐ろしく早いのだという。

 クーが高速移動をしながら四方八方から魔法を撃ち込んでいるのにカモ君はその場からあまり動くことなく迎撃したり、相殺狙いの魔法を撃ち込んでいく。その撃ち込まれていく魔法の軌道は、まるでクジャクの羽を広げたようにカラフルな色合いを作り出した。

 そしてその魔法がぶつかり合い最後にはその余波で宙に舞った細かな砂や水が虹を描きだした光景の真ん中でカモ君はクーの頭を撫でながらよくやったなと褒めていた。

 その光景が長期休暇で一時帰ってきたコーテが見たカモ君達の魔法訓練だった。

 その時のカモ君の内心は『やべぇ。クーの奴、並行思考覚えて二つの魔法を同時に使えるようになってりゅ』である。それから更に鍛錬としてダンジョンに果敢に挑戦していく。カモ君だった。もはやカモ君に弟妹達とじゃれ合う以外の私的な時間はほぼ無くった瞬間でもあった。

 グンキから聞けば兄弟のじゃれ合いと評した魔法訓練の後に冒険者と組み手をしたりして魔法が使えなくなった時を想定した体術や剣の訓練。そして集団戦を教えてもらっていた。それからだ。カモ君がダンジョンに挑む際の装備がある物に固定される事になったのは。それはどれだけ身軽に動けて相手に捕まらないかだ。つまり、

 

 「おい、なんだよ。あの男」

 

 「本当に魔法使いなのかしら?どう見ても冒険者どもにしか見えないのだけれど」

 

 試合の舞台に上がってきたのは学園から支給される動きやすい体操服。その上から実家から持ってきた急所を守る為のレザーアーマーを着込んだカモ君だった。このレザーアーマーは一度寮に戻って持ってきた物だ。一応魔法使いだという事を知らせるためか左手に水の軍杖を持っていた。

 本来、魔法使いは上質な布で出来た服の上にローブを羽織るのが一般的である。上質な服は着ている人間の立場を証明する為であり、ローブは遠距離から攻撃。弓矢や魔法の直撃を避けるためのものである。

 現にカモ君の相手するチームは五人中四人がローブを羽織っていた。冒険者のような恰好をしているカモ君を笑っていた。

 魔法使いは冒険者の事を汗水流す奴隷のように考えており、冒険者は魔法使いを軟弱者と考えている。両者の溝を埋めるには一番わかりやすい金という報酬のやりとりくらいしかない。

 

 「なあ。やっぱり駄目なんじゃないか?そりゃあ魔法を使う前に近付いて攻撃すれば勝ち目はあるかもしれないけど、舞台って広いんだぜ?縦横百メートル以上で試合開始時には相手との距離が五十メートルくらいある。近づく前にやられちまうよ」

 

 魔法の詠唱は五秒くらいかかるが、威力を押さえれば三秒くらいで発動が可能になる。

 カモ君がどれだけ俊敏に動いたとしても彼等に近付く前に魔法でハチの巣にされるのは目に見えていた。

 

 「大丈夫だと思う。エミールもそんな事が分からない程馬鹿じゃない」

 

 コーテは最後列の席になるが舞台がよく見える観客席に腰を下ろしてカモ君の勇姿を見守ることにした。

 

 

 

 その時のカモ君はというと。

 

 まっすぐ行ってぶっとばす。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。

 

 馬鹿な事を考えていた。

 



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第十一話 念願の盾を手に入れたぞ!殺してでも使い切る!

 リーラン魔法学園で一番人気の施設。それが闘技場。

 そこで行われる模擬戦もいいがそれでも一番人気があるのが決闘である。

 正々堂々。スポーツマンシップにのっとって行われる模擬戦よりも、戦争時の戦闘を想定した模擬戦。それに参加する選手達は互いに大事な物を賭ける。

 貴重な装備。多額の掛け金。時には自身の貞操。期間限定の主従関係を結ぶなど違法ギリギリの事までを賭けての勝負。そこには駆け引き。罠。脅迫。人質なども学園側が黙認している。少しでも世間の汚さ、過酷さを知ってもらうためだ。

 決闘は起こそうと思えば毎日一回は行う事が出来るので下手したら一カ月もしないうちに自分はシャイニング・サーガから退場することになる。そんな短期間でそれだけのアイテムを用意できたカモ君は金持ちだったのか?否である。特にギネは自分の事だけでその息子娘には貴族の子どもとして最低限の事しかしてこなかったから決して裕福とは言えない。

 いや逆か。と、目の前にいる決闘というカツアゲしてきた先輩達を舞台の上で見て考え直す。

 カモ君はエレメンタルマスターだ。防御には不安しかないが攻撃の手数だけはゲームの時から多かった。相手に合わせて使う魔法を選び一方的に攻撃して決闘に勝ってきた。そしてその相手からレアイテムの装備や賞金を奪って、主人公達に挑みそれを献上することになる。そう考えると目の前にいるカツアゲ先輩達も予定調和の一つなんだろうと思えてきた。

 

 「よう、良く逃げずに来たな。そこは褒めてやる」

 

 「予定があったんですけどね。先輩達が突っかかって来るんで仕方なく付き合ってあげているんですよ」

 

 皮肉には皮肉で返す。これはクーとルーナ。そしてギネには見せないがカモ君のスタイルはだいたいこうだ。決闘を観に来た魔法学園の生徒の歓声でカモ君と不良グループ。そして決闘の審判くらいしか彼等のやりとりは聞き取れないので猫をかぶる必要もない。

 ギネに猫をかぶっているのは、下手に逆らってはカモ君自身はともかく弟妹達に何らかの被害が向くかもしれないので抑えている。個人で弟妹達を養える状態になったら速攻で謀反を起こす気満々である。

 

 「ちっ。それにしてもお前がレアアイテムを二つも持っていた事は驚きだ」

 

 「自分としては一個でも十分だったんですけどね」

 

 主に自分の死因として。

 カモ君は決闘前に行われる学園側からの装備品チェックに舌打ちするところだった。

 

 火のお守り。ルーナの手によって装飾が生まれ変わったカモ君の至宝。奪われたら精神的にカモ君は死ぬ。

 水の軍杖。コーテとの婚約指輪代わりのペアリングならぬペアワンド。奪われたら彼女の父グンキさんに弓矢でカモ君は殺されるかもしれない。

 

 これは万が一にも負けられない。

 

 しかし、いくら決闘中は護身の札とかいう特殊アイテムを渡されるとはいってもその代わりに荷物チェックを受けるとは思わなかった。

 

 護身の札。

 決闘の時に渡される奇妙なお札。

 致命傷や戦闘続行不可のダメージを受けた際に身代わりに破けるお札。所有者が気を失っても破ける仕様になっている。

 破けたら所有者を舞台の外に転送され、その時点で負けとなる。

 また破れなくても舞台から落ちても負けになる。降参をしても負けになる。

 

 試合開始前に審判からそれを受け取る為にも控室を出る前に学園側の講師からチェックと決闘の説明を受けたカモ君は隠していた火のお守りも見えるように服の下から出しなさいと言われた。

 これは試合開始時に対戦相手の装備品を瞬時に見抜いて対策が出来るかの知識量と対応力を見る為らしい。まったく余計な事を。

 

 「ふん。その装備品も見た所、火属性と水属性か」

 

 「まあそんなところです。先輩達は地属性が多めみたいですね」

 

 「ああ、俺達は数も人数も多いんだ。だからお前みたいなボンボンからおこぼれ貰わないとやってけないんでな」

 

 相手はカモ君が水属性の魔法使いだと踏んでいるのだろう。持っていたのが水の軍杖だからという事もある。それを見越して不良グループのむこうは地属性のメンバーを集めたのだろうが、自分。カモ君の事を全然知らないらしい。

 カモ君がエレメンタルマスターだと知れば地属性の装備品多めではなく全ての属性に警戒したほうがいい。まあ光と闇は使える魔法使いもそれを補助するアイテムも少ないから用意するのは難しいだろうけど。

 と、そこまで考えていた時だった。

 

 「まあ、その杖と火の宝石は貰うけど。そのゴミみたいな装飾はいらねえから。安心しろよ。試合が終わったら布の部分は破って返してやるよ」

 

 は?今何と言った?

 水の軍杖。これは結構レアだから分かる。

 火の宝玉。これさえ無事なら効果は発動するから分かる。

 ゴミみたいな装飾?これが分からない。

 ルーナが繕ってくれたお守りが?世界にたった一つだけ。ルーナが自分の為に繕ってくれたこの最高に素晴らしい装飾がゴミだと?

 

 「ははは、面白いジョークですね。先輩。決めました。あなたは最後に倒して力の差というものを教えてあげますよ」

 

 真っ直ぐだ。何かをすると決めたからにはその為に真っ直ぐに突っ込む。

 

 人は本気で怒ると笑うものなんだと学んだカモ君だった。

 

 

 

 決闘は舞台に上がれば開始するまでは手出しは無用。魔法使いらしく距離を取って戦うらしく。

 縦横百メートル石畳の舞台の真ん中から西に二十五メートルの所にカモ君。東に不良グループ五人がカモ君から見て横に並ぶように立っていた。

 試合開始の合図は舞台の外にいる審判が試合前に準備された大きな銅鑼を鳴らすことにより始まる。

 そして、決闘開始の銅鑼が鳴ると同時にカモ君は不良グループの真正面から突っ込んでいった。

 

 魔法使いなのに真正面から来たら驚くと思ったか?考えが三流以下だ。お前みたいな筋肉馬鹿みたいにそう考えて突っ込んできた新入生達を叩き潰してアイテムを奪ってきた不良グループは慌てるどころかにやけた顔で魔法の詠唱を終える。

 後は突っ込んできたカモ君を魔法で撃墜するだけだと魔法を発動させる前にカモ君の魔法が発動する。

 

「ミラァアアア、ンナロォオオオオ!」

 

 不良グループの前に彼等五人全員を映せるほどの横広な大きな水鏡が現れる。

 カモ君が使った魔法はミラーという生活魔法と呼ばれるほど初歩的な水魔法だ。任意の対象の前にその姿を映すといっただけの水鏡だ。

 魔法を放とうとした直前に見慣れた自分の顔が映し出されて少しだけ驚いた。そのほんの少しが命取りになった。

 魔法を完成させると同時にカモ君は水の軍杖を投げ槍のように投擲した。

 走り出しながら、魔法を繰りだし、杖を投げる。三つの事を同時に行えるのは常に弟妹の事を構っている時。クーに構う事、ルーナに構う事を同時に行いながら、そしてそれにデレデレしている自分を常に考えているカモ君だからできた事。

 水鏡を出したのは杖を投擲した事を気取られないためだ。

 自分達の姿を映していた鏡の向こうから現れた杖の投擲に反応できずに五人の真ん中にいた不良C。ルーナのお守りを馬鹿にした先輩の顔面に杖が激突。鼻血を出しながらのけぞると同時に水鏡の向こうからカモ君が飛び出してきて、不良Dのがら空きのボディーを投げつけた杖の何倍も太いカモ君の剛腕が撃ちぬいた。

 その時、何やら肉が千切れたような音が聞こえたと。不良A、Bは後に語る。

 

 魔法を使わずに人が人の手によって一メートル程宙に浮かぶ瞬間を闘技場に来た人達は見た。

 

 胴体に風穴が空いたのではないかという音。幸いな事にそれは音だけで実際には空いていない。だが、不良Dが宙から地に落ちた時、既に意識は無く、口からは大量の血を吐き出しながら倒れ伏した。それから数秒遅れた後に彼の護身の札が破れて、不良Dは舞台の外に転送された。

 その時、鼻血を出してのけぞっていた不良Cはその光景を見ることが無かった。それが幸運だったのか不幸だったのか。決闘が終わってしばらく経っても分からないままだった。

 その光景を間近で見た不良AとB。そしてEは狂ったようにカモ君に魔法を放とうとする。だが、その魔法が放たれる前に不良Dを殴り飛ばしたカモ君の右手は既に不良Eの眼前にあった。

 不良達が放った魔法はロックシュート。直径三十センチの岩を撃ち出し相手を攻撃するという殺傷能力がある魔法だ。打ち所が悪ければ即死もあり得た。不良達が撃ち出したそんな魔法が、

 

 「お、お前。俺を盾、代わりに」

 

 不良Eの背中と腰の部分に当たっていた。

 カモ君は魔法が当たる寸前に不良Eの顔を掴み、その握力と腕力で彼を自分の盾にした。

 不良Eの魔法はカモ君に顔を掴まれた痛みでその効果を発動する前に霧散した。その所為でカモ君を攻撃することが叶わず、カモ君の代わりに盾として使われた彼が甚大なダメージを受けたのだ。

 

 「安心してください先輩。まだ先輩は退場しませんよ。ヒール。ほらこれでまた耐えられる」

 

 カモ君は水属性のレベル2の回復魔法を使う。これはその対象の傷やダメージを回復させる。部位の欠損や出血で失った血液。体力は戻らないが傷を埋めるくらいの効果がある物だ。

 そんな癒しの魔法なのにカモ君のヒールを受けた不良E。そして残りの不良達はすぐに悟った。こいつ。不良Eを盾代わりに使う気だ。しかも不良Eが舞台外に転送されないように回復魔法を使ってやがる。

その考えは正しい。

 カモ君は集団戦になると決まってからずっとこれを狙っていた。

 カツアゲする輩は攻撃するのは好きだが、されるのは嫌っている。一方的に攻撃できるのが好きだが、逆は嫌だ。これは不良だけでなく一部の人間を除けばほぼ全人類がそう考えるだろう。

 

 「ひ、ひでぇ。これが人間のする事かよ」

 

 鼻血を出してのけぞっていた不良Cその光景を見て、思わず言わずにはいられなかった。

 そんな事を言われてもカモ君が不良Eをそんな酷い状態にしたのは先輩達が原因だ。

先輩達が魔法など使わなければこのような事も無かった。そもそもカツアゲなんぞしなければこんな事にはならなかった。だから俺は悪くねえ。俺は悪くねえ。それに一番の悪いのは、

 

 「俺の傍にいたこいつが悪い」

 

 「…悪魔め」

 

 そんなやりとりをしているとカモ君が再び走り出した。右手に不良Eを持ちながら、

 

 「や、やめてくれぇえええっ!もう魔法は撃たないでくれぇえええええっ!!」

 

 そんな叫びに先輩達の魔法の詠唱が止まる。こんな根性が腐った輩でも仲間を思う気持ちはあるらしい。そんな彼等に対してカモ君は不良Bに向かって不良Eを投げつける。

 不良Bは不良Eを強制的に受け止めさせられた。その所為で二人共不安定な体勢になる。

 そこにカモ君が追い打ちをかけた。

 

 「なかじまー、サッカーしよぜー。お前ボールな」

 

 走りした勢いそのままに不良Eの腹部を蹴り上げる。足は腕の何倍も筋力があるという。その威力は絶大でそのまま二人は舞台の端まで転がっていった。そこにカモ君はアクアショットという一抱えはある水属性のレベル1の魔法である水球を撃ちだしてそのまま二人を場外に押し出した。

 その脚力もだが、すかさず魔法で追い打ちをかけるカモ君に戦慄していた不良AとC。そしてカモ君に一番近い不良Cはこれ以上殴られるのも蹴られるのも嫌なので場外へ行こうとして走り出そうとしたがカモ君にその後頭部を捕まえられた。その握力は凄く、逃げようとしているのに離れず、逆にカモ君の手で締め付けあげられていた。

 

 「あがぁあああああっ!」

 

 「残るは貴方達二人ですね」

 

 実ににこやかな笑顔で彼等に言葉を投げかけるカモ君。明らかに魔法使いの戦い方じゃない。というか後頭部を片手で掴んで持ち上げるとか。本当に人間か!?と問いたい。

 

 「降参しますか。しませんか?」

 

 「馬鹿言うな!ここまでされてはいそうですかと負けを認められるか!」

 

 「よく言った。そう来なくてはね。じゃあこっちの先輩は退場してもらいますか」

 

 不良Aが力強く答えるとカモ君は嬉しそうに微笑んだ。

 まだまだ殴りたりないんだよー。もっと殴らせろとバーサーカーじみた思考になりつつある。

 カモ君が不良Cを掴んでいない力を込めるとビリビリとカモ君が着けている支給された魔法学園指定の体操服の袖が破れていた。カモ君のバンプアップに耐え切れず千切れていたのだ。

 

 「ま、待ってくれ。俺は最後なんだろう。だったらあいつをやってから」

 

 「ああ、言ったな。だが、あれは嘘だ」

 

 「やめ、こうざばぁ?!」

 

 憐れ不良Cは軽く持ち上げられた後、反対の手で勢いよく腰の辺りを殴り飛ばされて舞台の上をゴロゴロと転がる。その体は細かく痙攣するだけ。数秒後に転送されていった。

 

 「もう油断はしない。サンドアーマー!」

 

 カモ君が水属性の魔法使いという事。そして近接戦闘を得意としていることから下手に攻撃してもカウンターを狙われる可能性がある。だからこうして分厚い地属性レベル1の砂鎧を身に纏いカモ君に突撃していった。

 

 「この百キロを超える砂の鎧受け止められるというなら受けて」

 

 「エアハンマー」

 

 突撃して三歩歩いたとこでカモ君が放ったレベル1の風魔法の風のハンマーで砂の鎧は粉々に吹き飛び、決闘時に来ていたローブ姿の不良Aが出てきた。

 

 「な、お前は水だけじゃなく。風も、いやそれだけじゃない。その炎のお守り。まさか貴様。三重属性魔法の使い手か!」

 

 「残念。違うんだよな。アースニードル」

 

 そう言ってカモ君は地属性レベル一の土の針を撃ち出す魔法を不良Aの胸についていた護身の札を破って彼を転送させた。

 こうすることでカモ君は不良5人まとめて相手にして勝つという大金星を挙げた。

 最後に最初に投げた水の軍杖を手に取ってそのまま天に向かって拳を伸ばした。

 

 「勝者!エミール・ニ・モカァアアアア!」

 

 その姿に審判や負傷者の治療をしていた医師。決闘を観に来た観客者から大きな歓声が上がった。

 



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第十二話 最高の報酬とは

 五対一。その上相手は上級生であるにもかかわらず、たった一撃も直撃を受けずに勝利したカモ君。それだけではない。その俊敏な動きと剛腕から繰り広げられた外道とも取れる戦法だが、向こうも殺傷能力の高い魔法を使っているのだからおあいこだろう。

 その上レベルが低いとはいえ三つもの属性の魔法を使っていた。身に着けている装備品から見るともしかしたら四つの属性魔法が使えるかもしれない。

 天賦の肉体と魔法の才能。それは天から与えられた才能か。

 それを聞いたらカモ君は怒るだろう。これらは全部弟妹達の為に鍛えたのだと。

 そんな英雄。勇者の体現とも思われるカモ君が決闘を終え、審判から決闘勝利の惨事。もとい賛辞を受けながらカツアゲグループの装備品兼賭けていたアイテムを七個ほど受け取り、控室に戻った。

 五対一という圧倒的不利であるにも関わらず勝利したからこそカモ君はアイテムを七個も受け取ることができた。本来賭けられるアイテムは同数が普通だが、相手は複数だった為、その分賭けるアイテムも増える。だからカモ君が得られる物は多かった

 控室には誰もいない事を確認してカモ君は受け取ったアイテムを見てにやりと笑みを深めた。

 

 水の腕飾り。水の指輪。地の首飾り。火の首飾り。

 呼び方はいろいろあるがこれらはすべて防御アイテム。その属性の魔法に対してダメージ軽減の効果がある。

 カモ君が水属性だと踏んだのに関係のない属性のアイテムまでつけていたのは威圧の為だろう。これだけ持っているんだ。それだけ強いんだよ。と、それが裏目に出たな。

 

 地の短剣が二つ

 これは地属性の魔法の威力を上げる物だ。徹底的に自分を痛めつける為に持っていたなあいつ等。まあ勝ったのはこちらの方ですけど。

 

 そして、一番の大当たり。

 それが抗魔の短剣。

 前述したアイテムより効果は落ちるが全属性の魔法の威力を上げ、ダメージを減らす。薄く広い効果を持つアイテム。エレメンタルマスターであるカモ君に見合わせたような一品だった。

 間違いなく今まで見てきたレアアイテムの中で二番目に良い物だ。一番上?最高はルーナのお守りですけど、なにか?

 ちなみにこれはルーナのお守りを馬鹿にした不良Cが持っていたものだ。物理に沈んだために効果を発揮する前にカモ君に奪われた。

 

 控室で着替えを終えてコーテが待っているだろう女子寮へと行くかと控え室の扉を出た所でいつの間にかできていた人だかりに囲まれていた。

 

「あいつ等をぶちのめしてくれてありがとう!」

 

 「凄い筋肉だな。確かにこれで殴られたらひとたまりもない」

 

 「一方的にあいつ等にアイテム奪われたけど、あんたにならそのアイテムを使われても文句はない!むしろ使ってくれ!」

 

 「というか、二つ。いや三つの属性を使っていたよね。しかも胸にかけていたのは火属性の物だし!もしかしてお前、エレメンタルマスターか?!」

 

 まるで熱烈なファンのように集まって来た人だかりに悪い気はしなかった。カモ君。最後の質問にそうだよと答えようとした時だった。

 

 「ご、ごめん。ちょっと通して」

 

 「はいはーい。ごめんねー」

 

 人だかりの間を何とか抜け出してカモ君の眼前に現れたのはコーテとその友人アネスだった。

 

 「コーテ嬢?」

 

 「コーテ」

 

 「うん。すまん。コーテ。まさか闘技場に来ているとは思わなかった」

 

 「うん。そうだね。私も思わなかった。学園に来たら私に連絡することも忘れて決闘をする婚約者がいるなんて」

 

 うぐぅ。と、思わず呻きたくなるが堪える。

 ここからの行動はコーテが毎月出す手紙の内容に含まれるかもしれない。ここから先は『格好いい兄貴』モードで接しなければ。

 彼女を通してクーとルーナに婚約者との約束を破って決闘していたなんて知られたら…。

 

 え?にー様。コーテ姉様との約束破ったんですか?

 にぃに。コーテ姉様を悲しませたの?

 にー様。見損ないました。

 姉様を悲しませたにぃになんて嫌い。

 

 う、うわぁああああああああっ!!?!?!!

 

 カモ君が恐れていた事態が目の前にあることにようやく気が付いた。

その動揺たるや、普段はクールな兄貴然とした態度で珍しく言い訳をしてしまった。

 

 「毎月出している手紙にも書いていたでしょ。ろくでもない奴らがアイテムをカツアゲしているって」

 

 「あ、いや、これはだな。違うんだ。これには訳があって」

 

 「…分かっている。どうせ絡んできたのはあっちからなんでしょ。そしてそれを懲らしめたかった」

 

 ん?なんかおかしな方向に行っている気がするぞい?

 

 「手紙でもそんな奴等が弟妹達の通うかもしれない学園にいるなんて許されないとかあったわね。そしてそれを自分がやるって」

 

 ま、まあ確かにそんな事を書いたかもしれない。全くいかんな。弟妹の事になると色々と溢れてしまう。愛(手紙)とか殺意(決闘)とか。全く、クーとルーナの事好きすぎかよ自分。

 

 「それを本当にやるとは思わなかった。しかも五人同時だなんて無謀だよ」

 

 それは全くの同感。終わった後だから言えるが、一対一ならもっと安全に勝てた相手だし、五対一の戦い方ももっと他にあった。それなのにぶちギレたからとはいえ魔法ではなく直接素手で殴りたい衝動に駆られてあのような決闘を繰り広げてしまった。下手したらあの決闘、負けていたのかもしれない。もし決闘に負けていたとしたら…。

 

 え?にー様。決闘に負けたんですか?

 にぃに。負けちゃったの?

 それでアイテムを全部失ったんですか?コーテ姉様との婚約軍杖も奪われた?

 コーテ姉様。可哀そう。

 弱いにー様。いや、エミールなんて僕の兄上でもなんでもないね。

 弱いにぃになんていらない。

 

 う、うわぁああああああああっ!!?!?!!

 

 まさかの二段構えで最悪の更新された状態であったなんて思いもしなかった。今、体震えていない?いくら感情と表情の伝導率が十パーセント未満の自分でもこの心の動揺だと地震の震度5くらいで揺れているかもしれない。

 幸いな事にカモ君の表情に謝罪の色が少し混ざる程度で済んだが、カモ君の普段の行動を見てきたコーテは珍しい物を見れたと役得だった。彼女は顔には出さないが。

 また、そんなコーテを見て同じく珍しいものを見たと嬉しそうにしている少女もいた。

 

 「本当に知り合い。いや、婚約者なんだな…」

 

 「うん。だから言っているじゃない」

 

 「知り合い?ですよね」

 

 「ああ、見ていて爽快だったよ。私はアネス・ナ・ゾーマだよ。よろしくカモ子爵」

 

 カモ君は握手を求めがら挨拶をしてきたアネスにドキッとした。

 彼女の少女離れした魅惑のボディにではない。カモ子爵と呼ばれたことにである。

 こいつまさか転生者か?等と考えながらも会話を進めていたがどうやらそうではないらしい。もし転生者で自分が『踏み台キャラ』だと分かって入れば、すかさず決闘を申し込むだろう。それだけカモ君はドロップする装備品的にも経験値的にも美味しいキャラだから。

 

 「アネス。口調が戻っている。あとカモじゃなくてモカ」

 

 「お、っと。申し訳ございません。モカ子爵。私の実家は貧乏男爵でして、貴族間での話し合いになれていませんので。ご理解いただけると幸いです」

 

 コーテに無表情ながらも注意されたアネスは令嬢らしい所作で改めて挨拶をしてきた。

 それに微笑みながらクールに了承する。この対応ならクーとルーナに知られても嫌われることはないだろう。

 と、考えていたらまだ来て数日も経過していないような学生服を着た生徒。恐らく自分と同じ新入生の女子が会話に割って入ってきた。

 

 「あ、あのモカ子爵。大変勝手なのですがどうか。どうか決闘で勝利して手に入れた装備品を私に渡してもらえないでしょうか」

 

 「どういうことかな?」

 

 聞けば彼女もカモ君と同じようにレアアイテムを持って学園内を散策している所に不良グループに難癖つけられてアイテムを奪われたらしい。

 そんな彼女の後ろには同様の理由でアイテムを奪われた新入生たちが複数いた。

 彼女達はアイテムを奪っていった不良グループに何とか返してもらう為に頼みに行ったが代わりに自分達と付き合えば返してやると言ってきた。貴族令嬢として不特定多数の男性と付き合うのは自分の家の顔に泥を塗る行為と同じなので彼女達は泣き寝入りするしかなかった。

 学園側も自己責任とだけしか言わず取り合ってくれない。

 そんな中、山賊じみた巨体の新入生が不良グループと決闘をするという話を聞きつけた。そして、もしその新入生が決闘に勝てたのなら、話をしてどうにか譲ってくれないかと考えたらしい。

 そこまで聞いてカモ君の答えはNOだ。

 なんでせっかく手に入れたアイテムを元の持ち主に返さなければならないのか。実際に学園側も言っているだろう。これは実戦を想定した決闘だと。

 何より、このアイテムはまだ見ぬ主人公に渡すためのものだと決めていたのだ。絶対に返すつもりはない。

 お前の物は俺の物。俺の物は主人公の物だ。

 …クーとルーナに会いたいなぁ。

 自分の置かれた立場にホームシックになりかけたものの、カモ君は彼女のお願いを断ろうとした時だった。

 

 「あなた甘過ぎ。この魔法学園に来たからには相応の覚悟が必要。ここは魔法の力量を上げる為だけじゃない。自分を磨くだけじゃない。他者を蹴落としてでも強くなろうとする者が集う場所。そうでなくても貴族として気高く過ごさないと駄目」

 

 お、いいぞ。コーテ。もっと言ってやれ。

 思わぬ援護にカモ君は静観を決める。

 

 「それは…。分かっています」

 

 「そもそも決闘は戦争を想定したもの。いくら強要されたとはいえ、それに了承してしまった貴女達にも責任がある」

 

 「…はい」

 

 「でも」

 

 おや?コーテの様子が?

 

 「私達はまだ学生。貴方とエミールが戦争したわけでもない。私は甘いと思うけど、本人同士で話しをつければいいと思う」

 

 それは暗にカモ君が許容すれば返して良いという事ですね?

だが残念。返す気なんざ、さらさらない。

 

 「お願いします!その火の首飾りは弟達がお小遣いを長い間溜めて買ってくれた物なんです!」

 

 「返そう」

 

 「はや。躊躇いはなしか」

 

 アネスのツッコミを聞いて、カモ君も自分が条件反射の領域で返すことを承諾した事に驚いていた。

 はやっ!?自分でもそう思う。だけど仕方ないじゃん。俺だってクーやルーナから一生懸命貯めたお小遣いで買ってくれた物だったら馬糞だろうがゴキブリだろうが喜んで肌身離さず持っていたいもの!

 で、でもぉ。一応念のために本当であるかどうかの確認をする。もしかしたら自分を騙してアイテムだけを盗っていく奴かもしれないし?と思っていたにもかかわらず、彼女達の奪われたアイテムにはそれぞれの家の名が刻まれている。カモ君やコーテが持つ水の軍杖にも自分の家名が刻まれている。

 決闘で手に入れたアイテムをその場で確認したら確かに彼女達の家名が刻まれていた。

 奪われて間もないから不良グループそこを削るまで気を回していなかったらしい。そして手元に残ったのは…。地の短剣一本のみである。これは元から先輩達が実家から持ってきた物らしい。

 これには落ち込んだ。外見は元の持ち主の元に戻ってよかったと微笑んでいるが、中身は不満たらたら。

 申し出た少女だけではなく他にもカツアゲを受けた生徒の物だと判断した為。戦利品として手に入れたレアイテムも短剣のみ。あれだけのリスクを負ってリターンがこれだけとはあまりにも割に合わない。

 

 「本当に良かったんですか。あれ。売れば一財産になっていたのに」

 

 「弟達からのプレゼントを取り上げたら可哀そうじゃないですか」

 

 もしそれが両親からのプレゼントとかだったら絶対に返していなかった。

 それだけカモ君とギネの確執は深い。

 アネスの言葉にクールに答えるカモ君。

 そもそもコーテが強くアイテム返還を拒否していればこんな事にはならなかったのに。と彼女に視線を移したら、彼女がカモ君にだけ聞こえるような声で伝えた。

 

「甘いけれど。格好いいですよ。エミール。クーとルーナがこの事を聞いたら喜びますね」

 

 つまり、このアイテム返還という美談をコーテさんからクーとルーナに伝えるという事ですね。

 本人からではなく、他人を通して自分の美談を語られれば好印象間違いなし。つまり。

 

 さすがにー様です。尊敬し直しちゃいました。

 にぃに、格好いい。

 

 と、なる。

 

 いやぁ、アイテム返してよかったなぁ。いやぁ、本当に良かったなぁ。

 さすが俺の婚約者。俺の事分かってらっしゃる。

 と、途端に上機嫌になるカモ君。

 弟妹達の事が関わると山脈よりも高く舞い上がり、海溝よりも沈むそのテンションに表情が殆ど連動しないカモ君。

 カモ君にとって弟妹達からの賛辞は何事にも勝る報酬なのだ。それを知っているのかコーテはカモ君の口角が少し上がったのを見て、やはり私の話の持って行き方は間違いじゃなかったと一人納得するのであった。

 

 

 

 そんなカモ君達のやりとりを柱の陰で見ていた魔法学園の制服を着た少女がいた。

 

 あれが『カモ君』?私が知っているのとは違うけどアイツよね。踏み台キャラは。

 

 背中まで伸ばした黒いストレートヘア揺らしながらその場を離れる少女。

 彼女が知っているカモ君は巨漢のデブだ。厭味ったらしく、権力を笠に威張り散らし、自分達のような平民出身の魔法使いや弱者を虐げる嫌な奴だ。

 生理的にも性格的にも受け付けないそれが彼女の知る『カモ君』。そしてそれは前世の記憶を取り戻したカモ君が覚えている『ゲーム内での自分』でもある。

 まあ、少女にとって見た目も受け付けない。少女にとってあの筋肉は無しの部類らしい。

 カモ君達三人がそれぞれの寮に戻る為、闘技場の外に出るまで見送った少女は最後にもう一度カモ君の姿を見て誰かに知られないよう静かに笑った。

 

 せいぜい私の為に踏み台になってよね。カモ君。

 



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第十三話 お前、主人公だろう

 決闘騒ぎから三日が経過して何とか無事に魔法学園への入学式を終えることが出来たカモ君はクラス分けの名簿が張り出されている掲示板の前でショックを受けていた。

 外見はクールぶっているのでその心情は誰にもわからなかっただろうがとにかくカモ君はショックを受けていた。

 いや、自分は踏み台。弟妹達の為に。ついでにこの国の為に主人公に蹂躙されることは覚悟していた。

 その主人公とは自分と同じクラスで特別枠の平民から選ばれた生徒。分かっているのはこれだけだが、平民のクラスメイトを探せばすぐわかると思っていた。

 そして、クラス発表がされた校内の掲示板で自分の名前を見つけて、次に同じクラスの平民の名前を探した。

 貴族には自分の名前と名字である家名。そしてミドルネームがあって、それらはリーラン王国のどの位置に領地があるかで決まる。

 ミドルネームがナの場合、王都より北寄りの位置にある領主・貴族。東寄りなら二。王都を含む中央がヌ。西側がネ。南がノである。

 ナニヌネノ。と、覚えやすかったがこれはこれでいいのだろうか?それはさておき。平民にはこのミドルネームが無い。だからすぐに見つけることが出来た。その名前が。

 

 シュージ・コウン。しゅーじ・こうん。並べ替えるとしゅじんこう。主人公。

 

 お前かよ!主人公お前かよ!

 名で体を示しすぎだろう!思わず吹き出すところだった。しかし、決めつけはよくない。何故なら平民の名前はもう一つあったからだ。しかし、彼の外見は赤髪のイケメン少年。これは地元ではさぞモテていただろう。

 

 キィ・ガメス。きぃ・がめす。並べ替えるとめすがき。…メスガキ。

 

 これは酷い。

 これが名を体で示していたら自分はどう対応すればいいのか?もしこっちが主人公だったらどうすんだ?しかもこの二人は聞けば西側。ネの領地出身の平民で幼馴染らしく、二人共魔力の質が高く、属性はわからないが既にレベル2の兆候が見られるという噂があるらしい。

 じゃあやっぱり主人公か?しかもゲーム開始時より少し強くなっている傾向にある。とりあえず、この一年、もしかしたら半年で自分はいなくなるかもしれないが、異世界でも恒例の自己紹介が始まるまでカモ君は自分の教室の真ん中に配置された椅子に座り、クラスメイトと主人公候補が来るまで見た目はただ座っているだけだが、瞑想をして判断する時を待っていた。

 

 

 

 地元の田舎から王都までやって来たシュージ少年は未だに自分がこの魔法学園にいることが信じられなかった。

 最初は女の子なのにガキ大将をやっていた幼馴染のキィが突然現れた野良のゴブリン一匹を相手に魔法を発現させ、撃退した事から始まった。

 小さな女の子。まだ七歳になったばかりの自分達が遊んでいる時に現れたゴブリンに襲われた時に覚醒した彼女の魔法の力。しかも珍しい闇の属性を持つキィはそれを撃退した。だが、現れたゴブリンは一匹だけでなく、もう三匹いたのだ。そこにいたのはキィと自分を含め子どもが数名。襲われれば誰かが、もしくは全員が命を落としていただろう。

 キィは最初の一体を倒しはしたものの魔力は底を尽き、絶体絶命のところで自分も火の魔法の力に覚醒した。

 キィが発動した魔法がレベル1のボールを投げつける程度の力だったとすれば自分は川に流れる清流だっただろう。ただ清流というにはその熱量はあまりにも激しかった。

自分の手から生じた炎の流れはゴブリン達の状態を焼き尽くし、炎が出終わった跡にはゴブリンの足首しか残っていなかった。

 その事が領地内に知れ渡り、シュージ達は地元の領主の援助を受けながら魔法の修練を重ねて、今、魔法学園にいる。

 自分はあの時から魔法の訓練をしているがどうにも成長している気がしない。最初は自分が魔法の腕前は上だったのに、いつのまにか追い越されて幼馴染のキィは既に闇属性の魔法レベル2まで手を伸ばしかけている。

 この学園に来る前に領主から普通は学園で学んでようやくレベル2になれるんだよ。と言われたが男としてレベル1のままでは終われないと思っていた。

 そしてそれは三日前に起こったカモ君と不良貴族の決闘を観た時になお強く感じた。

 魔法を使わずに五人を圧倒。しかもレベル1とはいえ複数の属性魔法を使って先輩たちを圧倒。しかもその後、手に入れた戦利品を元の持ち主に返していったという。なんという度量。なんという心の器の持ち主。まるで男とはこう生きるのだと。勧善懲悪。どれだけ言葉を尽くしてもあの少年を褒める言葉が尽きない。

 

 実際はただの兄馬鹿がシスコンでぶちギレただけで。その後のブラコンで同情してアイテム返しただけである。

 

 そんな少年が自分と同じクラスメイトになった。

 キィは自分があの少年を越えると言っていたが、実際彼を見て、理解した。

自分とキィだけの目には見える彼のレベルを。

 

 エミール・ニ・モカ LV38

 エレメンタルマスター

 

 キィが言うにはこれはステータスプレートというもので相手の事が簡略だが分かるというもの。

 あの鍛え上げられた体から発生する覇気を。魔力を。そしてレベルも何もかもが自分より上だ。何より同年代で彼以上のレベルを見たことが無い。

 きっと才能があったんだろう。それ以上に努力したんだろう。同年代できっと彼に勝る存在はいないのだろう。

 それでもキィは越えられると言った。幼馴染にそこまで言われて何もしなかったら男が廃る。

 いいだろう。挑戦してやる。行くぞ最強。魔力の貯蔵は十分か!

 

 

 

 そんな挑戦的な視線を送る主人公君に対してカモ君はというと、

 

 …あれ?なんかすげぇ見てくるけど俺まだ何もしてないよな?

 これからちょっかいはかけていくけど。

 俺、何かしちゃいました?

 

 残念な思考をして、主人公君(仮)を見返していた。

 見た目だけは主人公とライバルの睨み合いに見えるだけに残念さが増すのであった。

 もし、主人公君(仮)の見ることが出来るステータスプレートがもう少し情報を開示することが出来たのならきっとカモ君のエレメンタルマスターの下にこう表示されていただろう。

 

 ブラコン&シスコン

 

 と、

 



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第十四話 あいつ、ホモかよ

 キィ・ガメスはイライラしていた。怒っていた。

 その艶のある黒髪を揺らしながらその不機嫌さを隠そうともせずに魔法学園に設置された学生食堂でパスタを食べていたが、そのイライラのせいでか持っているフォークと料理を乗せている皿がぶつかってカチャカチャと音を立てていた。

 その怒りの原因はカモ君だ。

 ゲームでなら入学早々カモ君が決闘を吹っ掛けて、それを返り討ち。アイテムとお金をゲットする予定だったのだ。

 それなのに踏み台であるカモ君はこちらを様子見するだけで全然決闘を吹っ掛けてこない。ゲームとは違うのか。まあ確かにゲーム内でのカモ君と自分が見たカモ君は別人に見えた。

だが、ゲームと同じ国の名前。歴史。アイテム。そして魔法。その特性。何より幼馴染のシュージの能力。

 自分が魔法の力に覚醒した時にそれは出なかったが、彼が覚醒したその次の日。それはキィの目の前に。正確には彼女とシュージの目にしか映らないもの。

 それはステータスプレート。ゲーム画面でよく見るそれを見えて、自分の名前の横にLV1と表示されていた。その下にATK・DEF・MAT・MDF・SPD・LUCと表示されていて、更にその下に属性適正の表示とボーナスポイントがあった。

 それらをいじると本当に力が上がった。素早さが上がった。それらを感じ取って確信した。

この世界は本当にシャイニング・サーガの世界なんだと。

 

 それからキィはシュージを連れまわしては色々と試した。鬼ごっこ、腕相撲、競争。ボーナスポイントを振ると同年代の子ども達では相手にならないくらいに力をつけた。が、そのボーナスポイントはすぐに尽きた。

 どうやら名前の横にあるレベルが上がればボーナスポイントが増えるようだが、そのLVの上げ方が分からない。だから調べた。レベルが高い人達の事を。そして分かった。LVが高い人には特徴がある。

 一つは冒険者のような魔物退治やダンジョン攻略といった荒事携わる者達。

 そしてもう一つは魔法を使う事が出来る貴族。魔法使い。

 はっきり言ってモンスターは怖い。ゴブリンは弱かったがそれでも命の危険がある魔物退治ダンジョン攻略をする冒険者にはなれそうにない。だからボーナスポイントを得るためにキィとシュージは後に引き取られる領主ツヤ伯爵の元で魔法を学んだ。そうする事でまたLVが上がった。

 しかし、属性魔法の数値が上がらない。そこをいじろうとするとマイナスの記号に30の文字が浮かび上がった。つまり魔法のレベルを上げたかったら、生物としてのLVを上げて、ポイントを溜めて、それを使ってあげろという仕組みだ。

 それに気づいたキィは魔法を学びながらLVを上げてボーナスポイントを溜めに溜めまくってようやく魔法のレベルを上げるだけに十分なポイントを溜めた。その事により彼女は闇属性レベル2を修得した。

 シュージはステータスにボーナスポイント振っていたが、魔法の勉強しかしていなかったのが理由になったのかATK・DEF・SPDに割り振ろうとすると他のモノに比べて多くのポイントを失うらしく、勿体ないからMAT・MDF・LUCにふった。そのお蔭でシュージの放つ魔法は強力になり、魔法を受けても他の人に比べてダメージが軽度で済むようになった。

 何より上げてよかったと思えたのはLUC。これが高いお蔭で幸運にもシュージは冒険者を引退した領民のお爺さんから火の指輪を貰う事が来た。

 キィは闇属性なのでそれに合ったアイテムを欲したが、闇属性のアイテムはレア中のレア。結局入学までにめぼしいものは自分達では見つけられず、ツヤ領主から渡された生活費のみをあてに学園生活を過ごしていかなければならない。

 その額ははっきり言って最低限の物で欲しい服があっても、美味しそうなケーキを見つけても黙って我慢するしかなかった。

 それもこれもカモ君が決闘を吹っ掛けてこないからである。彼から決闘を申し込まれ、それを返り討ちにして、アイテムや保証金を巻き上げる。そうする事で豪勢な生活が送れると思った。思っていた

 それなのに入学して一週間。カモ君はこちらを見ることはあっても決闘を吹っ掛けることは無かった。

 座学は真面目に受けて、実習は他の貴族達に比べて優秀な魔法を見せる。魔法使いに苦手な体を使った運動も黙々とこなす。休憩時間も他の貴族と友好的に交流をしている。

 

 違うだろ!お前は厭味ったらしく、座学は居眠り。実習は汚らしく粗暴に。運動なんて少し走っただけで息を切らして、爵位が下の者には、高圧的に。上の者には媚びへつらう。

 それなのにあいつは!カモ君は!あれではただの優等生ではないか!いや、そんな事はどうでもいい!とっとと決闘を挑みに来い!

 

 こっちはシュージのアイテムを一個しか持っていない。基本的に決闘は誰にでも出来るが大体は賭けるアイテムや金銭を持っている者が仕掛けるものだ。仕掛けられた方が勝てればそれを貰えるが、アイテムや金銭が無い場合で負けた場合は肉体労働。パシリに使われるだけで済む。

 つまり自分に決闘を申し込まれた場合、万が一負けてもしばらくパシリに使われるだけで済む。まあ、それも嫌なのだが殆どノーリスクでアイテムやお金をゲットするチャンスだったのに。

 

 カモ君が決闘を仕掛けてこない理由は幾つもある。

 一つはシュージかキィどちらがこの世界の主人公なのか判断がつかないからだ。

決闘に負けてアイテムを渡したところで、実は主人公ではありません。となったら渡し損になる。そもそも決闘に負ける=弟妹達の信頼を損なう事に繋がると考えている為、それを最低限で済ませたい。だから間違う事も出来ない。

 間違っても決闘で主人公に勝ってしまえば下手したら主人公が敵国に渡ってし、リーラン王国は滅亡。弟妹達が路頭に迷う。いや下手したら敵国の貴族だから処刑されるなんてこともある。

 しかし、決闘を申し込まなければ主人公のレベルが足りずに戦争に負けて結局は滅亡。

 だからカモ君は慎重に動くしかない。決闘する相手もその勝敗も間違えるわけにはいかないのだ。だから今はシュージとキィをしっかり観察して判断しなければならない。

 

 そんな事情キィが知る筈も無い。まさか自分の存在が決闘を仕掛けられない理由が自分にあるとは思いもしないだろう。

 わかると思うがキィも転生者だ。シャイニング・サーガの存在を知っている。しかし 彼女はいわゆる『にわか』でそのストーリーの複雑さや内部事情など気にしない。いわゆる実況動画というものを見ていた。

 どう戦えば楽に戦えるか、ボーナスポイントはどう振れば効率がいいなど。そしてそこに至るまでの経過は知らずにエンディングの最短ルートしか知らない。

 誰もが幸せになるトゥルーエンド。しかしその『誰もが』の中にカモ君はいない。所詮踏み台。やられキャラ。経験値タンク。アイテム製造機。カモ。呼び方は複数あれどカモ君は不幸にならなければならない。

 

 どうせ生き残っていても不幸になるだけだろ!だったらとっとと私達の為に犠牲になれ!アイテムを寄こせ!金を寄こせ!殴られろ!経験値を寄こせ!

 

 あまりに理不尽。あまりに横暴。そしてあまりにも現実的な問題。

 キィにとって、自分はいい暮らしをしたい。豪華なドレスに、豪華な食事。自分を羨む貴族達を見下ろす。誰もが自分を優遇する環境。働かなくてもそれらを享受できる地位。誰もが羨む魔力。全てが欲しい。

 その為にも、シュージにはカモ君と決闘をして勝ってもらい、その賞金で。アイテムが自分達の属性と不一致の場合はすぐに売ってお金にして、少しでもはやく、この節制生活から脱したい。そんな我儘な性格の彼女。しかし、それも無理もない。

 彼女の前世は裕福な家庭に生まれた一人娘で我儘盛りの幼少期に不慮の事故で死んでしまった。

 その時の性格は転生しても変わらず我が儘だった。

 そんな彼女に注意をする人物がいる。現世での幼馴染のシュージだ。

 

 「キィ。行儀が悪いよ。周りを見てみなよ。変な物を見る目で見られているよ」

 

 「別にいいでしょ。私達平民の事なんて貴族の連中から見れば皆変に見るわよ」

 

 「それでもだ。ツヤ伯爵からお金をもらって学園に来させてもらったんだから。悪く言われるのは俺達だけじゃない。ツヤ伯爵だって悪く言われるんだぞ」

 

 「別にいいじゃない、言わせても。そんな奴等決闘で黙らせれば。私とあんたならそれが出来るわ」

 

 「キィ。あまりわがまま言うなよ。昔も我儘だったけど今のはいきすぎだぞ」

 

 シュージの目つきが鋭くなってきたのでキィはしぶしぶ姿勢を正して行儀よく食事に戻った。

 シュージが言う通り、食堂を利用する貴族の連中もこちらをまるで腫物を見るような視線でこちらを見ていた。そんな連中の視線を感じてもキィは不遜な言葉を紡ぐ。

 

 「それよりもシュージ。あんたはなんでカモ。じゃなかったモカ子爵と決闘じゃなくて模擬戦ばっかりするのよ」

 

 ゲームでもあったが決闘以外の他に模擬戦という戦闘イベントはあったが、これは勝っても相手のアイテムもお金も得ることが無く、手に入る経験値も決闘に比べれば微々たる物だ。そんな事より一回でも多くの決闘をした方が、効率がいいのに。

 

 「ばっかりって、まだ二回だけだぞ。この短期間で同じ相手と二回も相手してくれるエミール。じゃない、エミール様に感謝すれど非難を言うのは間違っていないか?それに彼は強いぞ。俺やお前が二人掛かりでもあっさり負かされるだけだ」

 

 キィに対してシュージはカモ君に好意的だ。

 この一週間、カモ君が他の貴族との交流の隙間を見て、放課後に自分と模擬戦をしてくれないかというシュージの言葉にカモ君は快く了承した。結果は時間切れの引き分けだが、明らかにカモ君が手加減している。模擬戦中に関わらず回復魔法でこちらを回復させてくれるところから明らかに訓練をつけてもらっている。

 カモ君が模擬戦を了承した理由は例え微々たる量でも模擬戦でシュージに経験値が入り、彼が強くなるなら喜んでやる。しかもアイテムや金銭を賭けたものでもないので晴れ晴れとした気持ちで稽古をつけることが出来るのだ。

 もっともカモ君が教えることが出来るのは魔法を使いながらどうやって移動するかという。この国ではあまり常識的ではない戦闘方法だ。

 シュージの魔法は確かに攻撃力ある。が、それを当てる手段があまりない。固定砲台の魔法なんぞいくらでも対処のしようがあるとカモ君と模擬戦をするごとに教えられている。

 その上、彼は貴族には珍しく平民である自分と対等に接してきてくれる。

カモ君は自分の事を名前で呼んでほしいが、周りの目がある。平民ごときが貴族の名前を気安く発するとは何事かと、他の貴族にしばかれるかもしれないから誰もいない時。二人きりの時に様付けしないで名前で呼んでくれと言われた。

 

 なんだよ。ゴリマッチョだけじゃなくホモにもなったのかよ。カモ君の奴。

 

 と、カモ君が聞いたらショックを受けそうなことをあっさりと考えつくキィ。

 シュージはカモ君の事を好ましいクラスメイトで良い貴族だと考える一方で、早く決闘をしてカモ君のアイテムとお金を撒き上げたいと考えているキィは対照的だった。

 カモ君の持つアイテムは、水の軍杖と火のお守り。そして地の短剣。他にも持っているかもしれないが自分の魔法属性は闇。ほとんどの属性に有利を取れるものだから一度でも彼に当てることが出来れば勝てる自信はあった。

 ああ、早くカモ君と決闘をしてあのアイテムを全部奪えたら。

 あの杖と短剣は自分達の属性に合わないから売り払おう。そのお金で贅沢しよう。

 あの火のお守りはカモ君にしてはいいデザインだった。宝玉の部分だけシュージに渡して自分のアクセサリーの一つにしようと取らぬ狸の皮算用をしているキィ。

 もしそれをカモ君が認知したら金目的で自分のアイテムを奪うのかよと呆れつつもルーナの刺繍で出来た火のお守りに目をつけるとは「いいセンスだ」と褒めてくるに違いない。

 

 「とにかく、いい。あんたと私はあのモカ子爵に決闘を挑んで強くならないといけないの。前にも言ったでしょ。同じ属性の魔法使いとの戦いに勝利すれば強くなれるって」

 

 キィは小声でシュージに言い聞かせる。

 シュージは自分が強くなれば故郷の両親や送り出してくれたツヤ伯爵に恩返しができると思い、キィの言葉に従っている。確かに彼女と共に行動すれば自分が強くなっていることは実感できる。

 カモ君と戦うのもやぶさかではない。むしろどんどん戦いたい。だけど、キィの過激な発言に再度注意しようとした時だった。

 

 「失礼。今、モカ子爵に決闘をと言ったかい?」

 

 シュージはまずいと思った。

 決闘とは本来、貴族間で行われる戦いで平民である自分達が口にしてはいけないものだ。平民が口にするとしたらそれは貴族の代行か貴族から挑まれた時ぐらいしかない。

 小声で話したが、カモ君なら苦笑で済ませるかもしれないが他の貴族の耳に入ったとしたらどんなことが起こるか分からなかった。

 そんな風に焦るシュージに対してキィは別に聞かれたとしても聞いた奴を決闘で黙らせればいいと考えていた。この実に浅い考え方は彼女の性格から来るものかもしれない。

 そんな二人の思惑とは裏腹に声をかけてきたのは同学年の別クラスの貴族の男子だった。

 

 「いやあ、実は僕。僕の知り合いもなんだけど彼とは因縁があってね。きっかけが欲しかったんだ。君達がよければ、どうだい?一枚かんでみるかい?」

 

 「ふーん。どんな?」

 

 「こら、キィ。すいません。本当にすいません」

 

 話しかけてきた貴族への態度ではないキィの態度にシュージが頭を下げて詫びるが、それを笑顔で許す貴族男子。

 

 「決闘にもいろいろあってね。個人対個人。個人対チーム。チーム対チーム。そして、複数のチームでの乱戦。八人以上が同時に参戦して最後の一人になるまで戦うバトルロワイヤルなんてのもある」

 

 「…ふぅん。つまり私達だけでなく貴方達も加わってモカ子爵を倒すわけね」

 

 それを聞いてシュージは拒否をしようとした。

 だが、気が付けば自分達を囲んでいる貴族達が視線で語っていた。

 黙って従え、さもなければ。分かるよな。と、

 そんな貴族たちの中にはカモ君にやられた先輩達もいた。つまり、彼等はカモ君に仕返しがしたいのだ。

 自分達は平民だ。出資してくれるツヤ伯爵に迷惑をかけるわけにもいかない。

 キィは気付いていない。いや、気づいていて気付かない振りをしているのかもしれない。

 

 「良いわよ。その話乗った」

 

 「キィ?!」

 

 「そうか。それじゃあ申請書を出してくるよ。チーム戦かバトルロワイヤルかは分かったら連絡を入れるよ」

 

 決闘を持ちかけてきた生徒は不良の先輩達と共に食堂を去って行った。

 シュージはキィを責めるような視線を送るが、彼女は気にした様子はない。そして話を持ちかけた貴族達がいなくなってからシュージだけに聞こえるように喋る。

 

 「大丈夫よ。シュージ、別にモカ子爵だけをリンチするわけじゃないから」

 

 「どういうことだ?」

 

 「それはね…」

 

 

 

 三週間後。

 カモ君とコーテ。シュージとキィ。そして決闘を持ちかけてきた貴族とその友人。にカモ君が決闘で倒した不良先輩AとB。そして新たにF・Gが加わった十名による二人組。五チームが入り乱れるバトルロワイヤルが休日の昼過ぎに行われる。

 参加者は皆、学園指定の体操服を着こんで魔法学園の運動場に集まっていた。見た目は運動会のようだが、実際行われるのは血が流れ、命を落とすかもしれない決闘が開催された。

 それぞれの思惑が行きかうバトル会場となった魔法学園の運動場で試合開始の銅鑼が鳴ると同時に各々が持つ最大威力の魔法をぶつけ合った。

 

 「「「「「くたばれえええええええ!!」」」」」

 

 それぞれが最寄りのチームに対して魔法を放つ。こちらに決闘を持ちかけた貴族のチームがシュージ・キィチームに。キィは同時にそちらのチームに魔法を放った。

 

 キィはあの時こう言った。

 

 あいつら。私達も攻撃して。私達っていうパシリが欲しいだけだから。

 

 と、

 あんなに自分達から話を持ちかけたのに即裏切りとか。

 貴族って汚い。

 せめてカモ君は違ってくれと願いつつ、他のチームへの警戒をしていたシュージだった。



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第十五話 負けなきゃいけない決闘

 少し時間を巻き戻そう。

 シュージは貴族達に決闘を持ち込まれた日の放課後のうちにカモ君に決闘の事を話した。

 シュージはキィの短慮で決闘に巻き込まれる事を一人で謝罪しに来た。キィを連れて行くとその我儘っぷりで不評を買うかもしれない。

 平民という事もあってかまだクラスにはあまり溶け込めていない。それでも少しだけ溶け込めているのは、入学前に不良貴族を盛大に叩きのめしたカモ君の存在だ。

カモ君がいるため、シュージ達を平民だと下手に扱えば彼が出てきて粛清もといその太い腕で注意されるかもしれない。しかもカモ君はシュージ達には好意的に模擬戦もしているので下手に手は出せない。

 その事はシュージも重々承知している。キィの方は、私は別に守ってくれなんて頼んでないし。と、生意気な事を言っていた。シュージはその時、きつめに注意したが反省はしていないだろう。

 その事を含めて謝罪したら、いつも冷静な顔をしているカモ君に苦笑された。

 お前、人が良過ぎだ。と、

 元々、ここは魔法学園。魑魅魍魎が跋扈しているとまでは言わないが、自分以外の奴は蹴落とす勢いで挑まないと座学はともかく実技試験や模擬戦や決闘。そして年に一度開かれる魔法大会に挑戦する事すら怖くなるぞ。と、

 だから、こうやって自分達に決闘の準備をしている事を伝えるシュージ達はこの魔法学園の生徒としては間違っていることを教えてもらった。それに。と、カモ君は付け加える。

 決闘はあくまで両者合意の模擬試合だ。そこに至るまでに脅迫や強要はあるかもしれないがそこに合意が無ければ起こることはないと付け加える。

 シュージ達に決闘を取り付けた貴族達がサインしてもそこにカモ君がサインしなければ不良貴族達だけでの決闘になるので、むしろ自分達だけの潰しあいが起こるだけだ。と、

 それを聞いたシュージはホッと胸をなでおろした。じゃあ、参加しないんだなと思っていたが、カモ君は一言「まあ、売られた喧嘩は買うけどな」と更に付け加えた。

 それを聞いてまたもや焦った。なんで自分に不利な状況で決闘を受けるのかと。理由は何かと尋ねたら自分達が理由らしい。

 もし、カモ君が決闘に参加しなかったらシュージとキィがその悪意の矛先の対象になる。そうならないためにも参加する。もうこんな風に自分達を利用する貴族に睨みを効かせるためにも今回の決闘に応じるつもりらしい。

 その度量。思慮の深さにシュージは感動した。が、実際のところカモ君は別の事を考えていた。

 

 この一件で主人公達(仮)が不良貴族にいじめでも受けるようになったら、カルマ値溜まって敵国へ亡命。この国滅亡エンドじゃね?

 

 それを避けたいカモ君はシュージにはそれっぽい理由を述べただけなのだが、それを彼が知る事などできようがない。

 そんなカモ君とは裏腹にシュージは決闘を受けるつもりでいるカモ君をまだ心配していると、後ろから背が低い女の子に声をかけられた。カモ君が自分より頭一つ身長が高ければ、コーテは自分より頭一つ身長が低かった。

 その女の子はコーテ。カモ君の婚約者。そう紹介された時はカモ君の事を幼女愛好者だと一瞬だが失礼な事を考えてしまったシュージは一度頭を振って、コーテの言葉を聞いた。

 さっきから聞いていたけど、カモ君の事を心配するより心配をしろと言われた。前は間に合わなかったが今度は自分もこの決闘に参戦するとも言った。こう見えても私は先輩だし。先輩だし。大事な事らしいので二回言った。

 その女としては悲しくなりそうなくらい平らな胸を張って言うコーテにカモ君も驚いていた。が、シュージにも必ず参加するように言ってきた。

 ここでシュージかキィ。どちらかでもこの決闘に参加しなかったらそれ以降あの不良貴族達に目をつけられるからとも言われた。

 その物言いに納得がいかないシュージだったが、それなら決闘で最後まで勝ち残ってからにしろ。この魔法学園では弱肉強食。勝った者が負けた者を従わせるのがルールだと。それに一応彼女には秘策があるらしい。

 その言葉に押し黙る事しか出来ないシュージにカモ君はお互い頑張ろうな。と、声をかけてからコーテと一緒に学園を出ていくのであった。

 

 それから三日後。

 二人組が五チームあるバトルロワイヤル式の決闘になった事を知らされたシュージ。

 学園側も大がかりな決闘になるから二週間ほど待ってほしいと連絡を受けて、シュージは少しでも強くなるために対戦相手であるカモ君との模擬戦を何度も行っていた。

 決闘相手だというのに相手に稽古をつけるカモ君。その評価は爵位が低い者や魔法使いとしてのレベルが低い者からは好意的に見られたが、逆に爵位とその爵位以上に変なプライドが高い貴族や魔法使い達からは偽善者と陰口を叩かれることになった。

 カモ君もその事には気が付いていたが、文句は言わない。文句があるなら俺と決闘するかと言わんばかりに堂々と綺麗事を述べて陰口を叩く輩に言ってのけた。

 その少年というには大きすぎる体つきと、エレメンタルマスターの持つ魔力の質に圧倒され、陰口を言う輩はなりを潜めつつも、二週間後の決闘でカモ君はボコボコにされろと暗い願いを持っていた。

 

 そして、決闘一日前。

 シュージはカモ君から今回のバトルロワイヤル式の注意点を教えてもらった。

 各チーム、賭けるアイテムは一人一つまで。用意できない者は相応の金額を譲渡するか、最後まで勝ち残ったチームのパシリを一週間務める事。

 この決闘でも、護身の札を渡されるので、これを攻撃の当たりにくい体の部分に貼る事。

 マジックアイテムの持ち込みは一人一つまで。普通の武器の持ち込みはあり。

 シュージが持っている火の指輪はカモ君が持つ火のお守りと同じ効果を持つ。どちらかと言えば指輪の方が効果は高い。

カモ君とっては精神安定・戦意高揚の効果を持つお守りの方が価値のある物だった。だが、逆に失えば情緒不安定・戦意喪失の恐れがあるからまさに諸刃の剣だ。

 それとお節介ついでにカモ君はシュージに二つ注意する。

 一つは自分の魔法属性の事を他人には話さない。それは自分が持つマジックアイテムも同様だ。それは自分の弱点を露呈している事と同異議なのだから。

 そして、もう一つは今回のバトルロワイヤル式の決闘では、攻撃するよりもまずは回避。もしくは防御を優先する事だ。理由はすぐにわかるとカモ君は教えた。

 

 

 

 そして、決闘開始直後。

 シュージはカモ君がいっていた事をすぐに理解することになった。

 決闘場と化した運動場はまるで花火がその場で爆発しているかのような状態。どこを見渡しても様々魔法が飛び交い、その風貌が目まぐるしく変化する。もはや、被害がないところを探すのが難しい程だ。

 そんな光景を二週間の準備期間で設立された観客席で見ていた学園生徒。そして、休日という事もあってか王都の人間も見学に来ていた。決闘は学園の名物になっていて、次期さえあれば一般人でも対いることが出来、見学することもできる。

 シュージは自分とキィ以外はすべて敵だと認知したほうがいいとカモ君に言われたことを思いだしていた。

 いくらカモ君に因縁があるとはいえ、いきなりこちらを攻撃してきた同級生達。カモ君とキィの忠告を聞いていなかったら、その驚きで体が動かせずに黙ってやられていたかもしれない。そんな二人の忠告とは別にシュージが動きまわれるのはキィの魔法のおかげである。

 闇属性は光以外の魔法に強く、その威力を相殺するにはその二倍をぶつけないといけない。そんな魔法を広範囲に高威力で使う事が出来るキィはほぼ無双。鎧袖一触で対戦相手を薙ぎ払っていた。

 開始十秒で決闘を持ち込んできた同級生二人を仕留めた彼女はすぐにシュージの傍に行って自分を守るように言ってきた。

 キィの使う魔法は強力だが、それだけ燃費も悪い。使えるのはあと二回だけ。

 いきなり攻撃したのはそうでもしないと自分達がやられると考えたからだ。この攻撃で相手は自分達にビビって攻撃はしにくいだろう。という算段もある。

 その考えは当たっていて、残った相手のチームがこちらを攻撃するそぶりは今のところない。

 では今も派手な魔法が使われ続けているのは何故か?

 それは残ったチームがカモ君チームを執拗に攻撃しているのだ。そんな攻撃をカモ君達は思いっきり物理。というか、鍛え上げられた身体能力で走って避けまくっていた。

 水の軍杖を持ったコーテをカモ君がお姫様抱っこしながら、その身体能力で魔法を回避し続ける。たまに避けきれそうにもない魔法が飛んできた時はカモ君が地属性の魔法で地面を盛り上げてそこを魔法の防波堤にする。そこで攻撃をやり過ごしたら再び走り出すというあまりにも脳筋な戦術。

 少しのミスで二人とも魔法が直撃して、リタイヤする危険がある。あまりにも稚拙な作戦。だが、これを考案したコーテには秘策があった。

 それは、決闘前に魔法の言葉を紡ぐこと。

 

 「この決闘で負けたら家族に何と言われるか…」

 

 と、ぽつりと。しかしカモ君には確実に聞こえるように呟いた。

 そこでカモ君は何を思った。

 家族。特にギネに何と言われようと何とも思わない。

 しかし、最愛の弟妹達が何と言うか。想像してみた。

 

 え?兄様。コーテ姉様と一緒に戦ったのに負けたの?

 え?にぃに。婚約者のコーテ姉様に恥をかかせたの?

 …ふっ(冷笑)。残念な兄を持って可哀そうだな僕は。

 は?これが私のにぃに。冗談でも笑えないんですけどぉ。

 

 この時点でカモ君の実力はいろいろなリミッターを振り切って120%の実力を発揮していた。

 そして、この学園に来る前まではクーとの魔法訓練で魔法の迎撃・回避はほとんど毎日行っていた。それに比べれば攻撃範囲は広くても遅く感じる。コーテを抱えていてもなんら問題無かった。

 問題があるのはそんなカモ君にその成長速度で驚かしているクーなのかもしれない。クーと訓練する時も兄の矜持を守る為、実力以上の事を成すことが出来るカモ君。こいついつもリミッター外しているな。

 逆に何にリミッターをかけているのか?

 クーとルーナと戯れている時にデレデレしないように表情にリミッターをかけているだろう。こいついつもリミッターつけているな。

 よって、今のカモ君は『格好いい兄貴モード』。少なくても今の状況でミスをする方が難しかった。

 決闘開始前に観客席を建築した二十歳前後の妙齢の女性。この魔法学園の卒業生で王都の研究者兼貴族のミカエリ・ヌ・セーテ侯爵が実況役。

 御年七十歳を迎えた老齢にもかかわらず現在も賢者の称号を持つシバ。その清潔感がある長い髪とひげを持つ彼はリーラン学園長として解説として、生徒の紹介をしていた時にコーテがカモ君の婚約者だと知ったキィは苛立った。

 

 自分達以外にやられていないのはいいけど。婚約者といちゃいちゃしすぎなんだよ!あのロリホモゴリマッチョの踏み台が!

 

 キィは口にはしないが、カモ君が聞いたら激怒しそうなフレーズを内心毒づいた。

もし本人が聞いたら「違う!俺はブラシスコンの筋肉モリモリマッチョメンの踏み台だ!」と、内心荒ぶるかもしれない。

 そんな二人の視線が思考の様に会う事は無く、カモ君は縦横無尽に走り抜ける。

 そんなカモ君に苛立ちながらも魔法を撃ち込んでいく先輩達。その内の一人が、お前達!俺達に協力しろ!と言ってきたが、キィが舌を出しながらそれを否定する。

 

 「誰が私達を不意打ち攻撃する奴等なんかと協力するかっ。シュージやっちゃって!」

 

 あくまでシュージ頼りのキィ。彼女の魔法は強力だが隙がでかい。現にカモ君達にこっそり攻撃魔法を使おうとした時、コーテが水魔法で牽制してくる。その魔法に直撃はしなかったものの、キィの方を見ていたコーテは無表情だがお前の事はちゃんと見ているぞ。と言っているみたいだった。

 

 「平民のくせに生意気だ!黙って貴族に従え!」

 

 「平民だって従う貴族は選ぶ!」

 

 風の攻撃魔法を放ってきた先輩達にシュージは自身の炎の魔法で反撃をする。

 彼の放った炎の奔流は先輩達の風を呑みこんで更に大きくなり先輩とその相方すらも巻き込んで呑みこんでいった。

 炎が奔った跡には誰もいない。シュージの魔法を受けて、護身の札が燃えて試合会場の外に設置された医務室に転送された。と、解説を行っているミカエリ侯爵の発表を聞いてシュージは安堵した。

 シュージにとって人に向かって直撃する魔法を撃つのが初めてだった。カモ君との模擬戦ではカモ君は自分の攻撃をことごとく相殺する。その為彼は初めて自分の魔法で人を倒したことになる。

 その感触が怖かった。キィは気にしていないようだが、慣れそうになかった。カモ君と模擬線している時は相手が完全に上手でうまく処理してくれるという確信があった。

 今更ながらに恐れを感じた。もし、護身の札が効果を発揮することなく、所有者を殺してしまったら、自分は簡単に人を殺せるのだと。そう思うと体が震えてしまう。

 そんな震え始めたシュージに気が付いたキィが声をかけるよりも早くコーテを抱えたままのカモ君の前蹴りがシュージの顔を蹴りつけた。

 

 「シュージィイ!歯ぁ食いしばれぇ!」

 

 蹴りつけた後に言うとはなかなかにカモ君も外道である。

 更によろめいたシュージの腹を強く蹴り飛ばし、自分は正反対の場所にバックステップする。その直後に二人。正確には抱えられたコーテも入れて三人がいた所に残ったチーム。不良AとBが放った魔法が着弾した。

 蹴り飛ばされたシュージはむせながらもカモ君に助けられたことに気が付いた。あのままあそこで棒立ちになっていたら自分がやられていた。蹴られた自分を心配して駆け寄ってきたキィにも叱り飛ばすようにいつもはクール(に見える)なカモ君が大声で彼に説いた。

 

 「決闘前にも言っただろ!これは戦争だ!何でもありだ!殺す気でやれ!出来なきゃこんな学園辞めてとっとと出ていけ!」

 

 だが、カモ君の内心は、

 

 振りだからな。本気にするなよ。出ていかれたら本当にこの国が詰むから。絶対すんなよ!絶対だからな!

 

 である。

 

 「何の為にここに居るのか?何の為に戦うのか?相手の都合?そんなこと考えても無意味だ!無価値だ!そんな事は敵をぶっ殺し終わってから考えろ!」

 

 そんなんでお前、ラスボスや敵国に勝てるわけがないだろ!お前達は弟妹達の、俺の、ついでにこの国の希望なんだぞ!そんなセンチメンタルでいたら俺が困るわ!

 

 このカモ君。本当に本音と建前が上手である。一応嘘も言ってないから逆に説得力もある。

 しかし、そんなカモ君の説得にシュージはまだ踏ん切りがつかないのか、まだカモ君だけを見て攻撃してきた先輩達を見ようとしない。

 

 「お前が倒れたら次は隣の女だぞ!負けたらその女は年頃の男の言いなりになる!言いなりだぞ!パシリだけで済むとか思っているんじゃないだろうな!」

 

 お前が敵国に渡ったら俺はパシリどころじゃない!クーとルーナは路頭に迷い、俺は敵国に殺される。まさに死活問題だからな!

 

 その言葉にシュージは自分の体をさすってくれているキィに視線を送る。

 そうだ、自分がここで負ければキィが狙われる。そして攻撃される。負ける。不意打ちをしてきた同級生を思い出し、自分が倒した先輩を思いだし、今、カモ君と対峙している先輩達を見る。

 シュージにとってこの学園にいる貴族とは汚い輩のイメージがほとんどだ。

カモ君以外のクラスメイトの貴族達もシュージ達が決闘を受けると知ってからは距離を取っている。不良貴族達から目をつけられないように無関係を装っていた。

貴族は汚く、冷たく、外道な輩が多い。そんな輩に幼馴染が言いなりになったらどうなるか。それは考えなくてもすぐに想像できた。

 

「それが嫌なら戦え!それすらできないのならとっととこんな学園辞めてしまえ!」

 

 何度も言うが振りじゃないからな!

 

 本当にこのカモ君は勝手が過ぎていた。しかし正論なので文句のつけようはない。

 言っていることは正しいんだけれども。なにか引っかかる。そんなもやもやがある。婚約者の異性に抱きしめられているコーテの感想だった。

 カモ君からの言葉を何度も受けてようやくシュージの心に闘志が灯った。

 先程、同級生を倒した事により彼のレベルは上がっていた。それによって得たボーナスポイントを今まで振りこんだことのないステータスに割り振る。

 

 ボーナスポイントによる火属性レベルアップ。

 シュージの持つ魔法の力が一段階引き上がる。彼の闘志が、魔力が、魂が燃え上がる。

 その力を解放しようと口が。体が。否、命がその言霊を紡ぐ。

 

 そんなシュージに気が付いたのか不良AとBが魔法を放とうとしたが、それをカモ君とコーテの放つ魔法で相殺していった。

 自分が立つために、立つまで見守ってくれたカモ君とコーテに応えるべく、シュージは紡ぎ終えた魔法を不良AとBに撃ち放った。

 

 ファイヤーストーム。

 

 その炎の竜巻はシュージの手から生み出され、目標となった不良AとBを呑みこんでいった。そんな二人の悲鳴すらも掻き消して炎の竜巻は天高くまで巻き上がると五秒ほどでその空に溶けるように消えていった。

 その光景に誰もが息を飲んだ。その火炎旋風に決闘を観ている観客達の声援すらも巻き込んで消し飛ばしたかのように圧巻の光景だった。それから数瞬後、先程まで聞こえていた歓声を大きく上回る声量の歓声が上がった。

 平民が。まだ入学して間もない生徒が、火属性魔法レベル2。いや、あの威力ならレベル3はあると思われる威力の魔法を放った。圧倒的に強者であると思われた上級生を一撃で薙ぎ払った。巨悪を正義に目覚めた少年が打ち倒す。そんな英雄譚の1ページと思われる光景を目にした観客は大いに盛り上がった。

 シュージの事を避けていたクラスメイトも、内心平民だと見下していた教師も、諦め半分で見守っていた同じ平民出身の先輩魔法使いも歓声に打ち震えていた。

 シュージは人の持つ可能性をまざまざと見せつけたのだ。

 そんな歓声に打ち震えているのは同じ決闘場の上に立つ。いや抱きかかえられているコーテも同じだった。

 こんな魔法を使う少年に塩を贈って良かったのかと。

 今の魔法で完全に場の流れはシュージに流れている。雰囲気や場の流れは大事だ。その事に身を任せることで実力以上の力を引き出すことが出来る。先程、放たれた魔法をこちらに向けられたらただでは済まない。

 コーテは決闘開始前にカモ君からシュージ達を倒すのは最後にしようと話を持ちかけられた。シュージ達が貴族と戦える実力があると知らしめたかったからだ。そうする事で性質の悪い貴族から彼等を遠ざけるつもりだった。

 それが想定以上の実力を引き出すことになるとは。コーテは焦っていた。これでは負けてしまうのではないかと。負けてしまえば自分が持つ。この水の軍杖を勝利チームであるシュージ達に渡さなければならない。それは嫌だ。

 だけど、今のシュージの実力は未知数。キィの闇魔法も広範囲で強力だ。そんな二人と対決すればこちらが負けてしまう。そう焦っていた時、彼女の視界の隅っこにこの状況を打破する存在を見つけた。

 複数の魔法から狙われる心配も無くなったのでカモ君から降ろしてもらうように伝えたコーテはある方向を指さして、そこをカモ君に確認してもらう。

 カモ君はシュージとキィに注意を払いながらもコーテが指さした方向を見て目を見開いた。

 その指の先には観客席でこちらを応援しているアネスがいた。その隣にはコーテの手紙で今回の決闘を知り、応援に駆け付けたグンキ・ノ・ハント伯爵。彼の妻で、コーテの母親であるルイネがいた。そしてその隣には同様にコーテの手紙で決闘を知らされても来るはずが無かったカモ君の父親ギネと母親レナがいた。大方ギネの方は爵位が上であるグンキに誘われてしぶしぶ決闘を観戦に来たのだろう顔が少し疲れていた。

 だが、カモ君にとってはそんな事はどうでもいい。問題は彼等の前に乗り出すようにこちらを応援してくる二人の少年少女。

 

 「にー様ぁああ!がんばれー!」

 

 「にぃに、がんばえーっ」

 

 常時ブラコンシスコンフィルターをオンにしているカモ君にとって小さな体の二人を大観衆の中で見つけ出すなど造作もない事。

 兄馬鹿イヤーは地獄耳。二人の声を決して聞き逃すまいと確実に拾い、何度もその声を反響させる。

 先程まで『格好いい兄貴』モードだったカモ君が、クーとルーナからカ応援をうけることにより『超・格好いい兄貴』モードへと移行する。これによりカモ君は先程以上までのパフォーマンスを発揮することが出来る。

 決闘の応援にクーとルーナを呼ぶ。これがコーテによる秘策その2であった。

 これなら勝てる。いくら場の状況がシュージに流れが来ようともこれなら勝てるとコーテはカモ君と共にシュージとキィに杖の先を向ける。

本当の勝負はここからだ。

 

 

 

 そんな状況でカモ君はというと、

 

 やべぇ。負けなきゃいけない試合なのに、負けられない状況になってしまった。どうしよう。

 

 割と窮地に立たされていた。

 



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第十六話 覚悟未完了!

 シュージの魔法を見てコーテが焦っている時、カモ君は予定調和だと感じていた。

 ゲームシステムでは、シュージやキィに決闘相手を倒させることで得られる経験値が二人に入ればと考えていた。

いくらカモ君によりは低いとはいえ何人も倒せば手に入るだろうと思っていた。こうして強くなっていく二人はいずれ敵国を打ち倒し、ラスボスも撃破してこの国の平和を勝ち取るのだろう。

そして、今決闘している自分も負かされて、彼等の経験値となり、持っているレアアイテム。火のお守りを奪われ、それもまた彼等の糧になるのだろう。

 そんな事を考えていた。覚悟も出来ていた。ルーナのお守りを渡すのは本当に嫌だが、これまでシュージと接してきて分かった。

 こいつが、シュージがこの世界の主人公だと。

 彼の真っ直ぐな性格。この学園では純粋すぎる感性に惹かれて、近い将来、彼の仲間になるクラスメイト。先輩、後輩、冒険者達。果ては王族までが彼の仲間となり難関辛苦を乗り越えてハッピーエンドを迎える。

 さあ、主人公よ。自分を倒して強くなるのだ。カモがネギをしょってくるどころか下ごしらえも終えて鍋に入った状態でやって来たぞ。

 自分が負ける事でクーとルーナも救われる。だからこの決闘が始まる前から負ける覚悟はできていた。出来ていたのに。問題が起きた。

 

 「にー様ぁああああ!頑張れぇええっ!」

 

 「コーテ姉様ぁあああ!やっちゃええ!」

 

 我が愛しき弟妹達がこの決闘の応援に来たことである。負けるのは覚悟していた。だけど、二人の前で負けるのは覚悟できていない。何故なら二人の前では格好いい兄貴でいたいから。

 二人の前でなければ格好悪い自分も我慢できる。決闘に負けることも、コーテに嫌われることも。まあ、多少、いや長期的に落ち込むのだけれど。弟妹達との繋がりはたった一回や二回の失敗で終わるものではない。

 しかし、こうして応援に来てもらった二人の期待に応えられなかったらどうなるか。

 

 にー様、せっかく僕達応援頑張ったのに。

 にぃに。私達、試合の後、周りの人に馬鹿にされちゃった。

 にー様、あんなに家では威張り散らしていたのに外ではこうなんですね。

 にぃに。コーテ姉様のお父様お母様も同じように馬鹿にされちゃった。

 にー様。実は雑魚だったんですね。幻滅しました。

 にぃにの馬鹿。口だけ魔法使い。ギネの息子。

 

 ぐふっ。

 思わず血を吐きそうになったカモ君は口元を押さえそうになる。

 こんな長文になりそうな思考をしていながらも、シュージとキィから目を離さずに、クーとルーナの声を拾い続けながら、どうするかを考えていた。

 

 『シュージに負ける』と『クーとルーナの期待に応える』。

 二つを同時にこなさなければならないのが踏み台兄貴の辛いところだ。

 覚悟はいいか?カモ君は出来ていない。

 

 しかし、行動を起こさないといけない。

 この決闘。このまま膠着時間が続けば怪しまれる。少しでもいい。じたばたしてでも行動を起こすんだ。じたばたした分、人は進むこともできるのだから。

 

 「コーテは下がっていてくれ。あの二人の魔法は効果範囲が広い。万が一俺がやられたらあの二人を攻撃にしてくれ」

 

 「…エミール?」

 

 とりあえずコーテは後ろに下がってもらう。そうする事で彼女を危険から遠ざけたという自己弁護の材料を増やしておこう。負けた時の言い訳の為に。

 

 「よくここまでやってくれた。その褒美だ。二人まとめて相手してやる」

 

 「なっ?!」

 

 「私達の事馬鹿にしすぎじゃない。それとも私達の魔法を見ていないのかな」

 

 いくら強くても自分達を同時に相手にするとは思わなかったシュージ。カモ君のくせに生意気だとキィは言いたかったが、そんな二人の足元に人の頭サイズの岩が突き刺さる。カモ君の放った魔法ロックシュートだ。

 

 「馬鹿にしている?違うな。これは強者の余裕だ」

 

 ぶっちゃけた話、シュージとキィの魔法は広範囲なため、下手したら自分の相方を巻き込む可能性がある。例えばシュージが攻撃した時キィも巻き込まれる可能性がある。そんな可能性があるので二人は碌な攻撃が出来ない。二人同時に相手したほうがカモ君にとっては都合がいいのだ。

 これは決して強者の余裕ではない。卑怯者の狡賢い詭弁である。

 

 「どうした。詠唱はしなくていいのか?まあそちらが詠唱を終える頃にはその岩が顔面に突き刺さっているだろうな」

 

 魔法は詠唱を中断されれば効果は発動しない。その為、魔法を相手の魔法使いに当てるには相手より早く詠唱を終えてぶつけてしまえば相手は無力化する。

 それを示すかのようにカモ君はクイックキャストと聞こえはいいがただの早口で詠唱を終えて、二人の足元に岩の魔法を撃ち込んだ。

 それは、お前達は既に無力化しているぞ。と、言っているものだ。

 シュージとキィもそれを理解してどうしようもない。ただカモ君と無言で睨み合っているだけだ。

 

 ミスった。また膠着時間が始まってしまった。

 

 カモ君は反省するとすぐに行動が出来る男だ。

 

 「…どうした。来ないのか?なら仕方ない。待ってやる」

 

 この状況を打破するためにカモ君の口が動く。やりたくはない手段を。だって目の前の二人の使う魔法の威力が高いんだもん。でも、こうしないと自然に負けることも出来ない。

 

 「お前達の出来る限り最大の威力を持つ魔法の詠唱を待ってやる。俺はそれを正面から打ち破る」

 

 シュージは確かに自分の魔法属性のレベルアップが出来た。強力な魔法を修得した。だが、それでも模擬戦で圧倒的な実力差を見せたカモ君なら言葉通り打ち破れる気がした。

 ばっちり気のせいである。

 シュージの先程放った魔法はレベル2でもあるにもかかわらず、ボーナスポイントの割り振りというチート能力でレベル3に匹敵するほどの威力を持っている。

 そんな魔法を打ち破れる手段をカモ君は殆ど持っていない。

 

 「上等だ!その自信、私の魔法でぶっ飛ばしてやる!カモ君のくせに生意気だ!」

 

 シュージとカモ君が緊張感でなかなか動けない中、キィは詠唱を開始する。それは暗く、粘着質で、怨嗟を綴るような詠唱にカモ君は身構えた。

カモ君もどんな魔法が来てもいいように、自分のとっておきの魔法を使うための詠唱を開始する。

 そしてキィの詠唱が終わり、彼女の魔法が発動する。

 

「シャドウバインド!」

 

 キィの足元にあった彼女の影がまるで蛇のようにカモ君の足元まで凄いスピードで伸びていき、その影はカモ君の体に巻きつき、実体がないにもかかわらずカモ君の体を凄い力で締め上げていく。

 普通の魔法使いならそのまま締め上げられて意識を失うか、体の骨を砕かれるかのどちらかだが、残念ながらカモ君の体は鍛え上げられた戦士のような体。

筋肉の鎧がその締め上げから弾いているが、その拘束を外すことも出来ないでいた。

 だが、それも見越していたキィは次の詠唱を開始する。

 この詠唱は重く、攻撃的で、排他的な詠唱。その詠唱が進むにつれキィの目の前に小さな影の玉のような物が生まれる。

 詠唱が進むにつれ、その玉は大きくなる。生み出したキィを除く周りの物を呑みこまんばかり暗さを持つその玉はまるで熱い雲に覆われた夜空のような暗さを持っていた。

 そしてキィの詠唱は完了する。

 

 「ブッ潰れろ!グラビティ・プレス!」

 

 大人一人を呑みこめそうな大きさに成長した影の玉は、人が歩くほどゆっくりとしたスピードでカモ君に迫る。

 本来、この魔法は実戦向きではない。威力はとてつもなく高く、その球体に触れたものを取り込み、物凄い力で押し潰す重力の檻。だが、その愚鈍なスピード故に発動しても簡単に避けられてしまう。

 そうならないためにまずは拘束する魔法でカモ君の身動きを封じて、確実に当てる。

 だが、それに黙って当てられるカモ君でもなかった。事前に終えていた詠唱を完了させて、準備していた魔法を放つ。

 

 「エレメンタルダンス!」

 

 カモ君の周りに一抱えはある火・水・風・岩・光・闇の塊が浮かび上がる。

 ゲームのシャイニング・サーガでカモ君の必殺技である魔法。エレメンタルダンス。

 クーが訓練でよく使う風属性の魔法。エアショット。

不良先輩達が使っていた地属性ロックシュート。

 それを撃退した水属性のアクアショット。

 その他にも火・光・闇のレベル1の魔法の弾丸を同時に発動させるカモ君の唯一にして最大の必殺技。

 ゲームプレイヤーは最初の時は警戒していたが、終盤になるとこれをわざと受けて自分がどの魔法に弱いかを比べるだけのメーター代わりになった悲しき必殺技である。

 だが、それもゲームの話。カモ君は前世を自覚して体も魔法も鍛錬を重ねてきた。ゲームの時よりも強くなっていると自負している。

だから自分の撃ち出した魔法がキィの放った魔法を相殺、そして突き破り彼女を攻撃するものと考えていた。

 しかし、そんな事は無かった。

 確かにカモ君の撃ち出した魔法はキィの魔法にぶつかった。キィの撃ち出した魔法の影は少し小さくなり、進むスピードを落としたが消えることなく、カモ君の魔法を呑みこみ、進むことを止めはしなかった。

 キィもこの世界でまがいなりにも鍛えていたのである。その修練はめんどくさいが、自分が良い暮らしをするために修練を重ねて来た。

 キィの態度で彼女が修練するような人間ではないと決めつけたカモ君の決め付けが招いた結果は、影がカモ君を呑みこむという事態を引き起こしたのであった。

 

 

 

 「エミール!」

 

 コーテはカモ君の行動は必ず何か理由があると思い、今まで彼の動向を見守っていた。この決闘を受けたのもシュージとキィを心無い貴族から守るための行動だと思っていた。

 しかし、こんなふうにやられるとは考えていなかった。そもそもあんなに自信満々だったのにやられるなんて笑い話にしかならない。

 それにこれで負けたら彼は最愛の妹からの贈り物。火のお守り。の、刺繍した物を丸ごと平民に渡すことになる。そんな事ブラコンでシスコンな彼が許すはずがないと思っていた。

 だから万が一にも負けるはずはない。そう思っていたのにエミールはキィの放った影の玉に呑みこまれていった。そのショックで足が動かなくなっていた。気が付けばもう自分の目の前にその影の玉が迫っていた。

 それはまるで明かり一つない夜空が自分に迫ってくる。そんな光景だった。

もう回避も相殺も間に合わない。自分もこのままやられてしまうと、目を閉じることも忘れてその夜空のような球を見ていた。

 

 

 

 だが、忘れてはいけない。

 夜空には輝く星があるということを。

 

 

 

 コーテの鼻先で影の玉は完全に止まった。あと一歩でも踏み込んでいたら彼女も飲みこまれていただろう。だがそうはならなかった。

 

 影の玉に一つ目の変化が起こる。小さな赤い星が灯った。二つ目、青い星が生まれた。三つ目、緑の星が顔を出した。

 

 「…え?」

 

 四つ目、土色の星が力強く産声を上げた。五つ目、幾つもの黒の色の帯が影の玉から突き破り、突きぬけていく。

 そして、

 

 「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 六つ、影の玉を内側から粉々に吹き飛ばした白く光る魔法の粒子。まるで光の雨を浴びているかのような錯覚を覚えたコーテの前に息を荒くしたカモ君が現れた。

 

 その光景にコーテも、キィも、シュージも。そしてそれを見ていた観客達も声を失っていた。魔法に当たればそのダメージによっては身動き取れなくなるのが普通のこの世界。特にキィの放った魔法はレベル2で高威力。その身で受ければ光属性だけをもつ魔法使いにしかキャンセル・相殺できないものだと誰もが思っていた。解説をしていた賢者の称号を持つシバ学園長も。そして、相殺したカモ君自身もそう思っていた。

 しかし、主人公。シュージ以外にやられるわけにはいかない。

 その一念でキィの放った影の玉。重力の檻に捕らわれてもカモ君は全身に力を籠めて耐えながら、エレメンタルダンスを何度も放った。

 高重力の檻の中で軋む体。エレメンタルマスターと呼ばれている全属性ダメージ増加という付加が常についている自分。まるで重石が体中から押し付けられているような圧迫感に耐えながらで何度も魔法を唱えた。

 影の玉に捕らわれて三回目の魔法でようやくキィの魔法を打ち破ることに成功したカモ君はこうして外に出られたのである。

 ちなみにその時に放たれキィの魔法を打ち破る際に突き出てきた魔法がコーテに当たらなかったのは偶然である。

 彼女の目からするとカモ君が彼女の危機に参上した騎士のようにも見えるが、本当に見えるだけの偶然の産物である。

 

 「…え、嘘?」

 

 キィは勝ったと思ったらカモ君が自分の魔法を突き破ってきた事に驚いてその言葉を発する事しか出来ないでいた。

 シュージもキィの放った魔法が完全に決まったと思っていた。しかし結果はカモ君の粘り勝ちだ。

 そして、カモ君が視界の端にキィの姿を捉えると同時に走り出した。距離は十分に離れている。だが、キィは完全に勝った気でいた。

 

 ざまあみろ、余裕ぶっているから、こんなふうに逆転されるのだと。

 

 奇しくもそれは入れ替わる。

 十分に離れていた距離はあくまで魔法使い同士の話。カモ君のスペックは戦士と魔法使いを足して二で割らなかったスペックである。

 カモ君は戦士の膂力で一息にキィに近付き、彼女が胸元につけている護身の札に手をかざし、魔法を唱えた。

 

 「プチファイア」

 

 それは小さな火を生みだし自分の手元を小さく照らす魔法だが、攻撃にするには威力が小さすぎる。生身に当たっても熱がる程度。しかし、紙に当たれば簡単に火をつけてしまう威力で、キィの護身の札はあっという間に燃え尽きてしまう。

 

 「あ」

 

 キィが何か言い終える前に彼女は試合会場の外に転送されてしまった。

 そんな光景をまざまざと見せつけられたシュージにカモ君は挑戦的な笑みを浮かべてこう言った。

 

 「次はお前の番だ」

 

 しかし、実のところカモ君は既に全魔力の3分の2を消費していた。

 残った魔力でシュージのファイヤーストームを防ぐことなどまず無理であり、受け止めようにも魔力が足りない。

 シュージに攻撃されればあっという間にやられてしまうカモ君は虚勢を張って彼を挑発するのであった。

 



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第十七話 もっと熱くなれよ!

 キィが転送されていく光景を見ているだけだったシュージはカモ君との実力差に慄いていた。

 その魔力。体力。どれをとっても自分では勝てそうにない。どれだけ自分が強くなってもカモ君は常にその先に立っている。そんな気がして体から戦意が抜けていきそうになる。

 自分が修得したばかりの火魔法レベル2ファイヤーストームもカモ君には傷一つつかないのではないか。いやそうに違いない。そう考えただけで心が折れそうになる。それでも心が折れないのは、またもやカモ君だった。

 彼の目が言っている。降参することは許さない。諦めることは許さない。今の己を越えないと許さない。現実から逃げることも。投げ出すことも許さない。そう言っているようだった。

 これは正解である。

 カモ君はシュージが強くなってもらわなければ将来的に困ることになる。その困ったことを強くなったシュージに解決してもらおうというスパルタでエゴな考えをシュージに押し付けているのだ。

 

 頼むから攻撃してこいよ。間違っても降参はさせんぞ。俺はお前に負けないといけないのだからな。

 

 今まで努力してきたのは全てこの日の為と言っても過言ではない。

 だが、そんなカモ君が見たのは、俯いたシュージの口から零れた今の自分への弱音だった。

 

 「…無理だ。勝てるわけがない」

 

 その言葉にカモ君の眉尻がピクリと動いた。

 

 「やっぱり俺なんかじゃエミール様に勝てるはずがなかったんだ」

 

 「待て。シュージ」

 

 カモ君は嫌な予感がしてシュージの元に走り出した。一気に距離を詰める。最悪の事態。それはシュージが降参する事だった。

 

 「こうさ」

 

 「シュージィイイイイイ!」

 

 最後の一文字を零される前にカモ君は雄叫びと共に彼を殴り飛ばした。

 それは普段はクール(に見える)なカモ君には結びつかない言動だった。

 

 やばかった!本当にやばかった!こいつ何でこんなにメンタル弱いんだ?とにかくまたこいつのやる気を出させるために演説せねばならない。本当はクーとのトレーニングとかで使いたかったのに。

 

 そう思うカモ君だったが仕方がない。

 貴族の争い。特に魔法戦などこの学園に来て初めての事。しかも初めての決闘でカモ君のような圧倒的強者(勘違い。あと一発でもまともに攻撃が当たれば勝てる)を相手に戦意喪失するのは仕方のない事である。

 だが、それでは困るのだ。これから起こるだろう戦争に、モンスター討伐に、ラスボス戦と主人公であるシュージが強くなければこの国は詰む。

 そう考えているカモ君は殴り飛ばされて倒れこんでいるシュージ胸元を掴み上げて弱気になっている目に向かって怒気のこもった声をぶつける!

 

 「お前!俺は言ったよな!これは戦争のようなものだと!それなのにお前、まだできることがあるのに諦めるのか!」

 

 「…無理だ。だって俺はお前みたいに貴族じゃない。生まれながらに魔法の才能に恵まれた奴でもなければ、そんな環境でもなかった。それなのにお前みたいに強い魔法使いに勝てるわけが」

 

 はぁ!?レベルアップっていうチートを持った奴が何をぬかすか!俺だって代われるのならお前と立場を代わりたかったわ!あ、いや、それだとクーとルーナに会えないわ。今の無し。

 

 本当にカモ君は自分勝手な男である。

 

 「当たり前だ。人は平等なんかじゃない。生まれも育ちも違うのが人だ。でもな、人は産まれた時、そんなに差がない。誰もが小さい赤ん坊だったんだよ。そこからどうやって強くなるかはそいつの行動で、意志の力決まるんだ」

 

 「意志なんかで強くなれるわけがないだろ。そんな事で強くなれるなら俺だって強くなれる」

 

 「じゃあ、なればいいだろ。俺を倒してやると言う意思を持て。それすら持てないのならずっと俺に勝てるなんて夢のまた夢だぞ。お前はさっき、それすらも捨てて負けを認めようとしたんだぞ」

 

 意志が無ければ行動に移せない。

 なるほど。確かに弟妹達に良い格好がしたいという意志を持つカモ君。ハードスケジュールともいえる日々の鍛錬。行動に移せたお蔭でゲームの時のカモ君より強くなれた。ブラコン・シスコンにならなければ強くなろうともしなかった。その言葉に嘘はない。

 

 「どす黒い欲望でもいい。ありふれた綺麗事でもいい。それを叶えたいのなら、それを燃やせ。心を燃やせ。それはきっとそいつの原動力になる」

 

 経験者(カモ君)が言うんだから間違いない。

 

 「それは…」

 

 「お前は変わりたくないのか?」

 

 「…変わりたい。俺は、変わりたい」

 

 「どう変わりたい?」

 

 「俺は、お前に、勝ちたい!」

 

 その言葉を聞いたカモ君は怒気がこもっていた表情から一転して嬉しそうな微笑を見せた。

 

 「それでいい」

 

 そう言ってカモ君はシュージから手を離した。

もう彼に伝える言葉はないだろう。

 カモ君が時間と距離は必要かと尋ねられたシュージは恥を忍んで必要だと言った。

 今の自分では格闘戦はもちろん。魔法だって無理だ。

 それでも少しでも勝つ可能性のある魔法を覚えたての魔法をカモ君にぶつける。

 シュージが今まで見たことがあるカモ君の攻撃魔法は、模擬戦では相殺だけに使われたレベル1の水魔法とキィの魔法を相殺する時に使ったエレメンタルダンスだけである。

 修得したばかりのファイヤーストームならそれらを吹き飛ばすことが出来る。威力だけなら自分はカモ君に勝てる。そんな可能性すらも捨てようとした自分を叱ってくれたカモ君には感謝の言葉しか出てこない。

 もちろん戦場で自分達が対峙すれば、カモ君のクイックキャストによる詠唱短縮でこちらの魔法が発動する前にあちらの魔法が発動して自分がやられるのは目に見えている。

 本当に勝っているのは魔法の威力だけ。それ以外は負けている。魔法も。体格も。心すらも。

 

 シュージ君。魔法と体格はともかく。そいつの心は兄馬鹿だぞ。心象風景が見ることが出来たらそこにはかなり美化されたカモ君とその弟妹達がお花畑で遊んでいる風景だからね。少なくても心の強さはともかく、質の高さじゃ君の勝ちだから。

 

 「エミール。いや、エミール様」

 

 「様はいらない」

 

 ある程度離れた二人はお互いの声が聞こえるギリギリまで距離を取っていた。魔法使いとしては十分な距離をとった位置取りなら、お互いの最大範囲の魔法を使っても自身が巻き込まれる心配はない。

そんな距離でシュージはカモ君に声をかける。

 

 「そうか。ならエミール。…ありがとう。今はそうとしか言えない」

 

 「そうか、ならばその礼としてお前の全力を所望しよう」

 

 そういうとカモ君とシュージはお互いに不敵な笑みを浮かべる。そんな光景に文句を言う人物が一人。

 

 「婚約者をそっちのけで、男同士でおしゃべりとは良い身分」

 

 コーテだった。キィの魔法をほったらかしにされた状態に文句を言ってきた。勿論、カモ君の真意は汲み取れないが、それでも彼が次に何を欲しているかくらいはわかる。

 

 「コーテ。分かっているとは思うけど」

 

 「うん。手は出さない。二人の勝負に水は指さない。色んな意味で」

 

 二人の邪魔はしない。水魔法でシュージを不意打ちもしないという、水属性の魔法使いジョークだ。

 それに苦笑したカモ君は埋め合わせとして今度の休日一日コーテに付き合うように命じられた。

 こうでも言わないとカモ君は自己鍛錬ばかりに時間を割いてしまうからだ。

コーテ自身あまりコミュニケーションは得意としないが、こうでもしてないとカモ君の交友関係は戦闘狂のバーサーカーだけになってしまう。それは未来の旦那には似合わない。彼には多くの人と交流を持ってもっと自慢できるようなカモ君になって欲しい。

 そんな思いも知ってか知らずかカモ君は快く了承した。格好いい兄貴は婚約者を大事にするのだ。ギネという反面教師を持ったカモ君はブラコンでシスコンにならなくてもそう考えていただろう。たぶん。

 

 そしてカモ君とシュージは詠唱を開始する。それと同時にコーテは二人から十分に離れる。これで自分はカモ君を援護することもシュージを攻撃することも出来ない。これで実質、カモ君とシュージの一騎打ちになる。

 お互いこれが最後の攻撃となるつもりで魔力を込める。

 シュージの魔法が完成する前にカモ君は二つの魔法の詠唱を完成させる。

 一つは地属性のレベル2の魔法クリエイト・ウエポン。

 自身の魔力を消費して自分が望んだ形の岩でできた武器を作り出し、射出する魔法。それを使ってカモ君は両手で持たなければならない程大きな円錐状の石槍を作り上げ、射出せずに自身の手で持ち上げることにした。

 もう一つは水属性レベル1のアクアコート。

 自身と装備品に薄い水の幕を張り、熱さから身を守るという生活魔法だ。決闘に使うにはやや力不足を感じる。しかし、カモ君は魔法で作り出した石槍よりこのアクアコートに残った魔力の大半を注ぎ込んだ。水属性は火属性に強いという現象を見越しての事だった。

 シュージの放ってくるのはおそらくファイヤーストーム。正面から打ち破ると宣言したからには実行しなければならない。

手にした石槍を水の幕で包み上げて、その矛先を支点に炎の竜巻を打ち破るつもりだろうと実況のミカエリ。解説のシバが語る。その通り、カモ君はそのつもりでこの二つの魔法を選んだ。

 この二人、カモ君がシュージを殴り飛ばして説教をしている時も青臭い青春劇ですね。嫌いじゃないです。とか、決闘している時にはあるまじき行動。当然の心構え。しかし、ここまで導く輩も必要だと語っていた。

 カモ君の迎撃態勢準備が終わってからしばらくしてシュージの魔法詠唱も終えた。

シュージの周りには熱を持った熱風が吹き荒れて彼の髪、身に着けている体操服が激しく揺れていた。その光景に魔法に疎い一般人の観戦者達もこれからまたあの凄い魔法を見せてくれるのだと心を躍らせていた。

 逆にカモ君の髪や服はぴったりと彼の体に張り付いていた。髪は折角男らしくオールバック気味に整えたのに前に垂れてしまったが、それが逆に妙な色気を醸し出していた。また、濡れた体操服も彼の体に張り付いて体のラインが浮かび上がる。その鍛え上げられた体つきと前髪に色気を感じた女生徒達や一般人からの観戦者達からため息が零れる。

 

 「いくぞっ!エミール!」

 

 「来い!シュージ!」

 

 シュージの雄叫びと共に突き出した右手の先から炎の竜巻が再び生まれた。

 一度目よりも赤く、熱く、強くなったその竜巻にカモ君は突撃していく。

まるで風車に突撃するドンキホーテのように愚かに見えるその光景を見た人間達は五十・百年後にもこう語るのであった。

 

 これが伝説の始まりだった。と、

 



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第十八話 そして踏み台の役目は果たされた。

 期待の新入生二人の魔法のぶつかり合い。

 一人はカモ君。エレメンタルマスターという稀有な才能を持って生まれた男子は、その魔法の才能だけでなく体も鍛えて入学してきた彼は、入学前に五対一のほぼ不利な決闘を制した戦闘慣れした少年だった。

 その身体能力だけで二度目の決闘も制してきたかと思えば、殆どの魔法に対して有利を持つレベル2の闇属性の魔法を攻撃として受けても諦めず、ダメージを負いながらもキャンセルしたというガッツを持った少年でもある。

 対するは平民の特別枠で入学してきたシュージ・コウン。火属性の魔法適正を持つ彼は自己申告してきた時はレベル1の魔法使い出会ったが、対戦相手であるカモ君からの薫陶を受けて決闘中という非常事態で成長し、レベル2の魔法を修得した少年だ。

 平民出身という事もあって貴族のクラスメイトに馴染めないでいたが、放課後にはカモ君との模擬戦での魔法の応酬。そして今まさに放たれた炎の竜巻はカモ君との戦いで確実に強くなっている。

 

 「両者互いの持つ全力をぶつけ合ったぁああああっ!!これは熱い!物理的にも心理的にも熱いぞぉおおお!」

 

 ミカエリ・ヌ・セーテは自身が作った拡声器を握って実況をしながら、万が一を考えて、自分が建設した観客席に仕込んだ結界を発動させる。

 それは決戦会場となった運動場を囲むかのように張られた透明上のドームは結界となり、カモ君とシュージのぶつかり合いによって生まれた熱波から観客を守る。

 その効果はレベル3までの魔法なら防げるが、その決闘による興奮自体までは防げない。

 二人のぶつかり合いで本人達だけではなくそれを見ていた観客の殆どが手に汗を握ってその勝敗を見守っていた。

 ぶつかり合っている二人をだいぶ離れた場所から見守っているコーテも己にアクアコートの魔法を使ってその熱波に堪えていたが、それでも大量の汗が噴き出るのを抑えきれないでいた。

 そんな彼女から見た光景は自分を呑みこまんとしたキィのグラビティ・プレスとは真逆の光景。炎の赤一色の風景画に一つの小さい青い宝石が輝いているような光景だった。

 炎の竜巻はにわかに輝く青色の光を呑みこみはしたもののそれを消すことは出来ずにいた。まるで嵐の夜の海にぽつりと光る船の光。その炎に呑みこまれまいと足掻くようなその青い光はじりじりと、しかし確実にその竜巻の根元。シュージに向かって進んでいた。

 

 「あの熱量っ!あれだけの熱波はまるで炎の津波!シュージ選手、本当に初等部一年生なのかぁあっ!結界の効果でこちらまでは届かないはずの熱気を感じさせるそれはまるで王国魔導団の放つ魔法のように力強いファイヤーストームだぁあああっ!

 それを受けてもエミール選手進むのを止めない!まるで航海者のように炎の海を突き進む!彼の歩みはあまり愚鈍!しかし確実にその歩みは決して無駄ではない!じりじりとその矛先をシュージ選手の喉元へと近づけていくぅううう!」

 

 ミカエリの実況に観客席の声援も同調するかのように声高くなっていく。その時に揺れた彼女の大きな一部分により、一部の男性陣からの声も大きくなる。

 

 「これだけの決闘なかなかありません!本当に彼等は新入生なのだろうか!このぶつかり合いの勝敗がこの決闘の決着と言っても過言ではないでしょう!」

 

 「ええ、実にいい。本来決闘とは互いの出し得る全力をぶつけ合う機会でもある。今ではアイテム争奪戦のやりとりの一つだと認知されがちだが、エミール君とシュージ君のやりとりは本来決闘前にやるべきであるのですが、このように全力でぶつかり合う事こそがお互いの成長を促すものです」

 

 解説のミカエリの言葉に追従するように解説の学園長のシバが言葉を重ねる。

 

 「本来、シュージ君の魔法を受ければ当然燃やされてお終いです。例えその炎に耐えられたとしてもあの勢い。風量では生半可な事では吹き飛ばされて会場の外に流されるか、どこかに強く打ちつけて気絶。その場で決着となるでしょう。

 しかし、エミール君が持つあの石槍は敵対象に撃ちだされる物でしたが自分の手で持つことにより自分の自重を増やしながら吹き飛ばれずに確実に進むための重し代わりにしているのでしょう。そして、恐らく水魔法のアクアコートでしょう。それに常に魔力を消費しています。そのお蔭であの炎にも耐えているのでしょう」

 

 だが、燃えることを耐えているだけでその熱さやその炎によって周りの酸素を消費させられたカモ君にとってそれは熱された泥の中を無呼吸で突き進んでいることと同義だ。

 まさに根性勝負。

 どちらかの魔力が尽きるのが先か、カモ君の根性が尽きるのが先か。

 どちらにせよシュージの魔法のど真ん中に突撃していったカモ君の分が悪い。

 そこまで考えてシバは疑問に思った。

 なぜカモ君はそこまで自分を追い詰めるような真似をしているのだろうか。

 彼はシュージと模擬戦をするほど仲が良かったと担任教師から聞いている。

 本来なら自分の戦い方を見せることがある模擬戦。手札を晒すような真似を貴族ならやりたがらない。決闘もそうだが行えば行うほど、自分の手札が後の未来に決闘するであろう相手に知られてしまう。

 それでもその様を見ているもの全員に見せつけるように戦うのは何故だろうか?

 シュージやキィは平民だからこのような貴族がやる様な考えを思いつかないかもしれないが、カモ君は貴族の子息である。それが分からないはずがない。

 何故か?カモ君はあえて自分の手札を晒しているようにも見える。いや、エレメンタルマスターだからその手札の多さで多少見られてもいいと考えているのか?

 彼は気付いているのだろうか。エレメンタルマスターの魔法のレベル上限が2までが限界だという事を。

 レベル2の魔法はいくら有利を取ろうともレベル3の魔法には敵わない。

 シュージの使う魔法はレベル2だが威力だけを見ればレベル3はある。

 相殺するにはシュージの2から3倍の魔力を消費した魔法をぶつけなければ勝てない。

 カモ君がシュージに勝利するには彼の魔法よりも早く己の魔法をぶつけてその速さで圧倒しなければならない。

 だがカモ君はそうしなかった。初めての決闘で動きが硬かったシュージを蹴り飛ばして指導し、シュージの心が折れそうな時は殴って闘志を燃やさせた。そして今、彼はわざわざ自分の勝ち筋を潰してまでも真っ向勝負に出た。

 シュージが自分に勝って欲しいように。全力を出して自分を乗り越えてもらう。敢えて試練として彼と戦っているようだ。

 それとも…。

 

 彼はもしや気が付いているのだろうか?

 エレメンタルマスターでも魔法レベル3以上の修得の方法を。いや、あれはまだ仮説にすぎない上に実証例が未だにない上に危険すぎるために実験することもままならない。

 それは生物の生存本能を利用した強化案。

 己を危機的状況に追い込み自身の力を強化することだ。

 火事場の馬鹿力ともいうがこれを定期的に行う事で体はもちろん魔力も強化されるという定説だ。

 これには命の危険がある。という危機感を持つこと事が肝になる。

 訓練や模擬戦では命の危険が無いと自然に理解してしまうため、火事場の馬鹿力も発揮されることは少ない。

 しかし、決闘となると別だ。なにせ複数個あれば一財産になるマジックアイテムを賭けて戦う決闘は、賭けた物を失うかもしれないという危機感に襲われるから実力以上の事を引き出すことが多い。

 その上カモ君はわざと自分を窮地に追い込むことで危機感を煽りたてているのではないか。そう考えるとその行動もわからなくもない。

 問題は何処でそれを知ったか。そしてどうして確証がないのに実行できるかだ。

 

 シバ学園長。そいつはそこまで考えていません。シュージに将来起こるだろう戦争やラスボスを倒してもらう為に自分が負けたいだけです。人任せです。そんな高度な事は考えていません。

 

 そんな深い考察をしていたシバ。その考えがまとまる前に決着がつく。

 シュージの放っていたファイヤーストーム。その根元にようやくカモ君は辿りつくことが出来た。それと同時にシュージの放った魔法ファイヤーストームも霧散する。

しかし、そのカモ君を包んでいた水の幕は既に無く、彼の手にしていた石槍も真っ黒に焦げていた。

 その矛先はシュージの一メートル手前のところで止まり、カモ君の体や体操服のあちこち焦げ跡や火傷がついていた。

 カモ君が意識して止めたわけではない。もう一歩も踏み出せない程にカモ君はダメージを負っていた。つまりは戦闘不能。

 シュージはカモ君の思いに応えて、カモ君に勝利することが出来たのであった。

 

 

 

 「…勝った、のか」

 

 シュージは自分の出せる全力を。いや、それ以上の魔法を放った。

 そうさせてくれた対戦相手で、恩人で、魔法学園で初めてできた友人は水の幕に包まれていた石槍を目の前で落とした。

 自分が負けたのに、自分をまかした相手を讃えるようにこちらを見て微笑んでいた。

 彼の姿が見えなくなるほどの広範囲にわたる高威力の魔法は、ゆっくりと、しかし、確かな歩みでこちらへと近づいてきていた。

 炎の光の向こう側に彼の影が見えた時はまた決闘を諦めそうになった。だが、そうさせなかったのは彼の目だ。

 

 最後まで諦めるな!

 

 その目を裏切れば自分は彼の友人を名乗る事は出来ない。

 文字通り、魔力が空になるまで最後の最後まで魔法を酷使した。そうする事でカモ君の足をとうとう止めることに成功した。

 

 「…ああ。そして、俺の負けだ」

 

 カモ君が着けていた護身の札が試合の熱にとうとう耐え切れないと言わんばかりに発火した。カモ君の転送が始まる。それがカモ君に勝利したという実感を湧かせていくものだった。そこでシュージは気を緩めてしまった。

 

 「だが、俺達の勝ちでもある」

 

 「達?…はっ!」

 

 シュージは思い出した。

 この決闘場にはもう一人参加者がいる。それは。

 

 そこまで考えたシュージの視界が透き通った水一色に塗り替えられた。

 これまで決闘を誰よりも近くで見守ってきた者が放ったアクアショットを顔面に受けたのだ。

 そこで彼はこれまでの疲労もあってかそのダメージで気絶してしまい。カモ君に遅れて転送されることになる。そんな彼が最後に見たのはカモ君の少し呆れた顔であった。

 

 「油断大敵。残心はしっかり取らないと」

 

 そんな事を言いながらコーテはこれまで浴びてきた熱波で火照った顔を左手で仰ぎながら、右手に持った水の軍杖を高く上げて己の存在を知らしめる。

 

 卑怯というなかれ。これが決闘。これがバトルロワイヤル。これがコーテとカモ君の二人組。最後に残った勝利者。その名は。

 

「決まったぁああああああ!最後に残ったのはコーテ・ノ・ハント!ただ一人!よって勝者はエミール・コーテチームだぁああああああっ!」

 

 こうしてバトルロワイヤル式の決闘は幕を下ろしたのであった。

 



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第十九話 すれ違う想い

 

 決着がついた。

 

 平民上がりの魔法使いが参加するという決闘を聞きつけたモノ好きな貴族。そして、一般公開しているという事からリーランに住んでいる十数人の平民達もその決闘を観ていた。

 それは今まで聞いてきた決闘とは別物だった。

 魔法のぶつけ合いが主で、才能がある者。修練を重ねて来た者が強い。確かにそうだろう。現に平民という魔法の教育を少ししか学んでいないキィが二人倒し、シュージがカモ君を含めた五人を倒した。魔法は貴族だけの物ではないと証明した。

 だが、そんな才能。修練を重ねて来た魔法も当らなければ意味がない事を証明したのが貴族であるカモ君だった。

 まず、その素早い動きで翻弄し、相手の魔法をかいくぐった。相手の詠唱が終わり、その魔法を放ったとしてもカモ君の有利な属性の魔法がピンポイントで相殺していく。相手の詠唱が終わる前に先に攻撃して詠唱を中断させる。

 知識だけでなく、技術が必要だと言う事が必要だと言う事を見せつけた。どんなに強い魔法も使えなければ意味がないということを示した。

 また、勝ったと思っても最後まで油断しない事の大切さを教えたのはコーテだった。

 カモ君との勝負で集中力が削られ切ったシュージは彼女の存在を忘れていたがために最後はあっさりとやられてしまった。

 

 魔法使いは魔法だけが使えればいいというものではない。魔法使いだけではない。戦いの中で常に自分がどんな状況にあるかを判断し、行動しなければならない。

 

 それを示した。と、最後にカモ君とコーテを高く評価したシバ学園長の演説を受けながら、カモ君は戦闘不能や失格になった選手が運ばれる運動場の隅っこに設立されたテントのベッドの上で横になって聞いていた。

 その隣のベッドにはシュージに倒された同級生や先輩達が寝かされていた。

 彼等はカモ君よりも先にやられたが、予想以上にダメージが大きかったのか未だに目を覚まさない。命や後遺症に関わるような事はないと言っていたが、まだ目を覚まさないという事はそれだけシュージの魔法の威力が高かったという事だ。

 よく耐えきったな俺。いや、最後までは耐え切れなかったけど。

 エレメンタルマスターだから受けるダメージは彼等の倍だろうけど、これまで鍛えてきた事と度重なるダンジョン攻略でレベルが上がり耐久力は彼等の倍以上になったのだろう。

 それと火のお守り。これが無ければシュージの魔法と相対した瞬間に負けが決まっていただろう。それもシュージの。主人公の手に渡るんだろうな。と考えていたが、そんなシュージはというとベッドに寝かされるほどダメージは負っていない者が座らされる長椅子に座らされながら黒髪の少女。キィからぎゃんぎゃんと負けたことに文句を言われていた。

 

 「どうしてあんたあの時油断したの!これじゃあ私達の負けじゃない!あんたの火の指輪もあのロリっ子に渡す羽目になったじゃない!」

 

 「し、仕方ないだろ。俺はエミールとの打ち合いで魔力も体力も使い切ったんだから。それにキィだって油断してエミールに負けたじゃないか」

 

 「そうだけど!そうだけど!これじゃあ私の学園生活が、優雅な生活がぁあああ…」

 

 キィは決闘で勝って、賭けていたレアアイテムを総取りして、自分達に合わないもの売り払らって豪遊するつもりだった。

 それなのに最後まで勝ち残ったのは今の今まで戦闘にほとんど参加せず最後にいい所を持って行ったコーテだった。本来ならそれは自分の位置だったのにと悔しがるキィを見てカモ君は内心焦っていた。

 まさか自分達が勝つとは思わなかったのだ。一応自分はシュージにやられたから彼の経験値になったと考えたい。ゲームでは経験値は戦闘終了後ではなく敵を撃破した後に入手していたからたぶん大丈夫だろう。

 そんな事よりもシュージ達は今回の決闘でレアアイテムを全てとはいっても一個だけだが失ってしまった。これでは今後、他の貴族達から決闘を挑まれない事になる。

 なにせ決闘を申し込んでも旨味がないから。彼等に勝っても得る物は少ないのにこちらは大きい。そんな彼等に誰が決闘を申し込むというのか。と、カモ君は悩んでいた。

 だが、そんな事よりもカモ君にとっての最大の悩み。それは愛する弟妹達の反応である。

 殆ど相討ちの形とはいえ負けてしまった自分をどう思うだろうか。

 

 はー、あれだけ煽っておいて結果がこれですかにー様。

 さすが口だけの父親を持つにぃに。似た者親子。

 無様。×2

 

 そんなことはありえない。しかし人類史の上でありえない事はありえない。いつだって想像した物は実現する可能性があるのだ。

 これは決闘の疲労による体の震えか、それともカモ君の心理描写が表に出て来たものなのか。それはカモ君自身にだって分からない。

 テントのある位置からだとクーとルーナの姿が見えないが今頃愛する弟妹達は何を思っているのだろうか。嫌われていないだろうか。だとしたら一年くらいは引きこもるぞ、ダンジョンに。

 そんなかすかに震えるカモ君の元に決闘の運営を携わっている教師達がやってくる。

 

 「では、敗北者である君達の賭けていたアイテムを持っていこう」

 

 シュージにやられて寝かされている同級生・先輩達のみにつけていたアイテムを無慈悲に回収していくその姿は追剥のように見えた。それはシュージも同じことなのでしぶしぶと教師に火の指輪を渡していった。

 それを見て可哀そうだな。と、考えていたカモ君の前にも教師がやって来た。

 

 「さあ、君も出したまえ」

 

 「あれ?俺、コーテと同じチームなんですけど」

 

 「これは実戦を想定した決闘でもある。負けたという事は、君は実戦なら死んでいるにも等しい事だ」

 

 言っている事はわかる。それにコーテとは知らない仲どころか婚約者でもある。この後にでもすぐに返してもらえばいい事だ。

 そう考えながらもカモ君も火のお守りを教師に渡した。

 ちょっとの間の辛抱だ。コーテならきっとわかってくれる。いや説明しなくても渡してくれるだろう。

 そう考えていたカモ君は火のお守りを渡した後、ベッドに横になりたいのを堪えて体を起こして、立ち上がりベッドから離れる。

 弟妹達がどこで自分を見ているか分からない。そんな状況でいつまでも弱っている姿は見せられないカモ君は医療テントから出ると決闘場と化した運動場の真ん中で、賭けていたアイテムを回収していった教師達から受け取るコーテの姿を見守った。

 コーテもそんなカモ君に気が付いたのか、カモ君に向かって小さく手を振る。カモ君もそれに対して手を振る。

 実際のところ転送されてすぐに応急処置を受けたとはいえ、キィやシュージにやられた時に受けたダメージや火傷の痛みで一歩も動きたくは無かったが、コーテの後ろにある観客席から弟妹達が自分を見ている。

 それだけで虚勢を張るには十分な理由だ。無論、辛そうな表情は一ミリたりとも表してはいけない。

 そんなカモ君を見かねたのかコーテは受け取ったアイテムをその小さな両腕で抱えながらカモ君の目の前までてとてとと歩み寄ってきた。

 彼女の腕の中には、自前で持っていた水の軍杖はもちろん。カモ君やシュージが賭けていたアクセサリーの他に、マジックアイテムの短剣や杖に小奇麗なアクセサリーを、同じマジックアイテムのマントに包まれた状態だった。一見すると商人が品物をまとめて運んでいるようにも見えた。

 

 「…はい。プチヒール。お疲れエミール」

 

 コーテは一度持っていたアイテムを地面に置いて水属性レベル1の回復魔法をかける。

 彼女もそんなに魔力が残っていない。それはシュージとカモ君のぶつかり合いで生じた衝撃波と熱波から自信を守る為にカモ君も使っていたアクアコートの魔法を使い続けていたからだ。

 

 「ありがとう。コーテのおかげで勝てたよ」

 

 「本当にそうだね。そもそもエミールが相手に発破をかけなかったら、その怪我も無かったし、私も楽できた」

 

 「それは、…すまなかった」

 

 「…エミールって、そんな人だったっけ?それともそれだけ気をかける人なの、彼?」

 

 コーテの吸い込まれそうな瞳がカモ君を捉える。

 その瞳に、彼が主人公です。これから起きる戦争で英雄になる人物です。ついでにラスボスも倒してくれます。と、言えたらどれだけ楽になるか。もし言えるのならカモ君はここまで一人で悩んだりもしていなかった。

 

 「…エミールってホモなの?」

 

 何と言ったこの小娘は?

 

 「違うぞ」

 

 「じゃあショタなの?」

 

 それはクーの事を言っているのかい?

 

 「…違うぞ」

 

 クーの事は親愛的にはイエスだが、性的に見たことは一度もない。例えるならアイドルの追っかけみたいなものか?

 

 「じゃあロリだね」

 

 断定しよった。

 いや両極端過ぎないかコーテさんや。俺の性癖は普通だ、普通。

 

 もしカモ君が普通ならこの世界で兄弟・姉妹間での家督争いなどは万が一にも起きないだろう。

 

 「違…わなくはないかな?」

 

 「…えい」

 

 カモ君が言いよどむとそれが気にいらなかったのかコーテはカモ君の脇腹を水の軍杖でつつく。

 そこはコーテの回復魔法を受けてもなお残っている火傷があった場所で、つつかれた痛みで涙と鼻水が出そうになったがぐっとこらえるカモ君。

 

 「っ。何をするコーテ」

 

 「なんとなくイラッとした」

 

 ロリじゃないと言えば、私の事が好きじゃないのかと不満が出る。

 ロリですと言えば、私の事を幼女だと思っていたのかと不満が溢れる。

 どちらにしてもカモ君はコーテの不評を買うことになっていた。

コーテに対しての最適解は俺が好きなのはお前だけ。である。それをブラコンでシスコンなカモ君に察しろというのは難しい事であった。

 そのようなやりとりをしている二人を見ていた人達はこの二人は本当に婚約者なのだなと納得していた。

 この光景を見たことによりコーテはもちろん、カモ君と特別な仲になろうと、ましてや横恋慕を狙おうとする輩は滅多に出てこないだろう。

 

 「…計画通り」

 

 「コーテ、何か言ったか?」

 

 「何も言ってない」

 

 「?そうか」

 

 自然に自分とカモ君にちょっかい出そうとしている輩に牽制をかける光景を見せつける事に成功したコーテ。計算高い恐ろしい少女である。

 そんなこんなで決闘を終えたカモ君とコーテは運動場の近くにある体育館の控室に戻った後、シャワーを浴びて着替えて控室から出るとそこで待っていたのは参戦者の関係者がいた。

 不良先輩の仲間が先に控室で着替え終わったシュージにメンチを切っていたが、カモ君が近寄ると口惜しげに離れていき、人ごみに紛れて消えていった。

 魔力を使い切ったとはいえ、カモ君にはまだ鍛え上げられた筋肉が残っている。カモ君自身もそうだが彼が気にいっているだろうシュージを目の前でいちゃもんをつけたらカモ君に殴られるのではないかと思ったのだろう。実際そうだったりする。

 カモ君は決闘で疲れ切っていた。表面上はクールな表情だったが、もうどうこう考える余裕もないので「もう暴力で解決しようぜ」みたいなノリでもあった。

 シュージはカモ君にまた助けられたと言ってお礼をいってきたが、カモ君はそれどころではなくなっていた。

 彼のすぐ後ろに愛する弟妹。クーとルーナがいた。それだけでカモ君の疲れはぶっ飛んだ。

 愛する二人に合えた嬉しさ?それもある。だが、それ以上に緊張もしていた。

 あれだけ大見えを張った決闘でシュージに負けたのだ。そんな自分への二人の印象はどうなっているか。これでもし少しでも悪い意見が出たらカモ君はその場で膝から崩れ落ちる自信があった。

 クーとルーナの表情からはまだ分からない。どのような意見を言われるのかカモ君はドキドキしていた。

 

 「…にー様」

 

 「…にぃに」

 

 よし、来い!覚悟はできた!最低でも同情される覚悟はできた!でも最悪、幻滅はしないでください!心と体がくじけますから!初めて(の決闘負け)なので優しくしてください!激しい怒りや沈痛な非難はやめてください!ショックで死んでしまいます!

 

 全然覚悟が出来ていなかったカモ君。

 そんなカモ君の足元まで歩み寄ってきた弟妹達はカモ君を見上げると、目に涙を浮かべて泣きついてきた。

 

 「痛くなかったにー様」

 

 「にぃに。痛くない?体熱くない?」

 

 クーとルーナにとってカモ君は絶対ともいえる指標だった。誇りだった。どんな時も自分達の期待に応える存在だった。そんな兄が決闘で初めて見せて聞かせた雄叫び。

 キィの魔法をまともに受けてその姿が見えなくなった時は何かの冗談だと思った。

 シュージの魔法を真正面から受け、転送されていく姿は夢なんじゃないかと思った。

 普段からクールに徹しているカモ君が雄叫びを上げる姿は勿論、負ける姿を見た二人には到底受け入れられるものではなかった。

 だからこそ、こうして決闘が終わったカモ君を迎えに来た。もしかしたら自分達が知っているカモ君はいなくなり偽物が成り代わっているのではないか、もう会えなくなるのではないかといてもたってもいられなくなった。

 そんな二人を抱きしめる為にかがんで二人を優しく抱きしめるカモ君。

 

 「ごめんな。兄ちゃん、負けちゃったよ」

 

 「ぐすっ。にー様は負けてない。あれは連続で戦ったから。一対一だったら誰にも負けないんだから」

 

 クーは子どもらしい言い訳を言うが、それを言ったらシュージとキィは六人連続と戦った後にカモ君と戦ったことになる。それが分かっているから黙ってクーの頭を撫でるカモ君。

 

 「にぃにはコーテ姉様を守りきって戦ったの。ただ攻撃するだけの人達からずっと守りきったからにぃにの勝ちなの」

 

 守りきれていないんだよな。それが。

 結局シュージの攻撃を受けて力尽きて最終的にはコーテが自ら手を下す形になったから守りきれていない。つまりルーナの言葉を借りても負けている。

 勿論、そんな事を言えないから黙ってルーナの頭を撫でるカモ君。

 二人の言葉に応えることが出来ないカモ君は大変心苦しい心境だが、最悪ではなかった。むしろその逆で二人にここまで心配、弁護されているという事は愛されている事。

つまりカモ君はそのことを確認できた時点で頭の中がお花でいっぱいになる程有頂天だった。

 そんな頭ハッピーのカモ君はそれを顔に出さないように二人を抱きかかえながら体育館の入り口へと向かう。男子更衣室と女子更衣室は体育館の入り口で二手に分かれている為、今頃着替えが終わっているコーテと合流するには入り口で待つのがちょうどいい。

 弟妹達を抱きかかえて、いつものように両方の肩に二人を乗せて歩いていくカモ君の姿を見ていたシュージも彼の後を追うように体育館の外に向かって歩き出した。

 そんな中、シュージはカモ君を再認識していた。

 己の負けを認め、受け入れる。それがどんなに難しい事か。それが男の子なら、しかも貴族である彼が。自分を慕う弟妹達の前で自分の負けを認める。

 それでいながら何とも雄々しい者か。その同年代では大きすぎる体はまるでこの弟妹達の期待に応えるためにあると言わんばかりの力強さではないか。

 確かに自分はカモ君を打ち倒した。だがあれは彼が詠唱する時間を、場を、そして立ち向かう心をくれたからこそできた勝利である。

 いつか可能になるだろうか。そんな彼に追いつくことが。彼の隣に立つことが出来ることが。

 キィは言った。いつか自分は最強の魔法使いになれると。このチート能力があれば誰よりも強くなれると。

 でも、それでいいのか。そんな事で最強になれたとしてもカモ君が期待した男になれるのか?

 そんな事を考えていると、ふとカモ君が少しだけ首を後ろにして目線が合った。

 

 いくらでもいい。どんな手を使ってでも俺にたどり着いて見せろ。

 

 そう目が言っているような気がした。

 カモ君は自分に強くなれと決闘でずっと語っていたじゃないか。強くなれと。強くあれと。

 シュージは決意した。必ずカモ君に並び立つと。この反則的な能力を使ってでも必ずカモ君の思いに応えると。

 

 

 

 そんな決意を固めたシュージだったが、実際のカモ君はというと。

 

 どやぁ、俺の弟妹達可愛いやろぉ。あげないぞ。

 

 と言った残念な事を思っていた事カモ君。

 つくづく残念な奴であった。

 



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第二十話 妹の願い

 決闘を終えた次の日には魔法学園ではいつもの通りの授業が行われていた。

 決闘の参加者の事情など知った事か。

 戦場ではいつだって異常事態が起こり得る環境なのだよと言わんばかりでいつもの通りの授業が行われる。それは貴族だろうと平民だろうと新入生だろうと変わらない。

 応援に回っていたアネスはともかく、カモ君もシュージにキィ。一年上のコーテだって決闘の疲れが取れていない状態であったとしてもそれは変わらない。しかし、そんな彼等に変わった事があった。

 一つは決闘後だというのにその次の日から魔力を上げる為の瞑想を行う為に昼休みの時に中庭に集まった五人で行動することになった事。

 そしてもう一つは彼等が身に着けているアイテム。

 

 アネスは学生服と家紋の刻まれたマントを羽織っていた。彼女は決闘前とそう変わらない格好だったが、

 カモ君も学生服とマントをつけていたが、腰に地の短剣と右手に水の軍杖を持っていた。

 コーテも水の軍杖に、家紋入りのマントの代わりに、先日手に入れた水のマントというマジックアイテムを身に着けていた。

 シュージはコーテから返して貰った火の指輪とカモ君が持っていた火のお守りを身に着けていた。

 そしてキィはメイド服を着ていた。

 

 決闘を終えた後、唯一の勝者としての権利。賭けていたアイテムの所有権とキィの一週間パシリにする権利をすぐに使った。

 コーテはまず真っ先にキィを一週間、自分のお付きのメイドとして世話をさせることにした。自分の事をロリっ子と言われたことに対する腹いせである。

 この生意気な後輩に調教。もとい貴族と接するための教育を施すために授業時間以外は自分の行動に付き合わせている。この日の昼食もキィに食堂から自分達の分まで持ってくるように言いつけたばかりだ。

 次にシュージには火のお守りを渡した。

 マジックアイテムを持っている・いないでその人の戦闘力はだいぶ差が出てくる。

 シュージにアイテムを返したのも、意地の悪い貴族に目をつけられても自衛できるようにという意味も込めて彼のマジックアイテムを返してあげた。

 そしてカモ君の持っていた火のお守りも渡したのはカモ君が期待していたシュージに対する未来への投資もあるが、カモ君への戒めでもある。

 シスコンなカモ君の事だ。お気に入りのアイテムを自身に返すのではなく他人に渡すことで今回の決闘の戒め。相手を手助けする事。助言する事。発破をかける事をもうしないようにという罰も兼ねていた。

 実際にそれは効いた。かなり効いた。

 感情と表情があまりリンクしないカモ君の表情がシュージにお守りを渡した時、少し落ち込むような表情を作った。カモ君は心の中では愚痴と言い訳を何度も繰り返していた。

 それを見たコーテはだいぶ落ち込んでいるなと思いながらも今後はあのように対戦相手を助ける真似はしないようにカモ君に言いつけた。その時、クーやルーナにも油断しないでと言われたので今後二度とそんな真似をしないとコーテとクー、ルーナに誓った。

 シュージは当初、カモ君に返そうと思ったが、それは自分が彼よりも強くなってからする行動だとコーテに言われた。敗者は勝者に従うのが決闘の暗黙のルールだ。

 そんなやりとりを行い、カモ君から明日から魔力増強のための瞑想をしないかと誘われたため、コーテとアネス。シュージはそれを快く承諾。キィは嫌そうな顔をしていたが、一週間パシリになる契約を結んでいる為、仕方なく皆で仲良く中庭で正座しながらその瞑想に付き合うことになった。

 

 アイテムの受け渡し後、カモ君とコーテはクーとルーナ。応援に来てくれたハント夫妻。と、一応自分の両親を学園近くの宿泊施設まで送ることになった。

 クーとルーナは無邪気にカモ君とじゃれ合っていたが、宿泊施設につくとグンキさんがカモ君とコーテを見てもう一つ二人部屋を取ろうかと言ってきた。

 おい、おっさん。まだ十二の小僧と十三の小娘やぞ。それにクーとルーナが見ている前で下ネタは勘弁してほしい。

 クーとルーナは無邪気に自分達と遊べると目を輝かせていた。その輝きに応えようと思ったが、コーテが大人の対応で学生寮に戻ると言った。

 確かに学生寮に戻らないと二人部屋に押し込められる。弟妹達にまだ下ネタは早すぎる。

 カモ君は二人の教育の為に涙を呑んで学生寮に戻ることにした。弟妹達との触れ合いは至福の時ではあるが、その二人の為にも下ネタを避けるためにもカモ君は学生寮に帰ることにした。

 その時にクーとルーナはカモ君と離れることを嫌がっていた。カモ君も内心は嫌がっていた。だけど、二人の為に我慢を通すことも兄の務めである。

 それでもその翌日。本日の早朝には専属の馬車に乗って自分の領に戻る両家を見送った。

 まだ眠っていたいだろう時間帯にもかかわらずクーとルーナは眠い目を擦りながらもカモ君とハグをして涙を溜めながら馬車に乗り、こちらの姿が見えなくなるまで馬車から乗り出してこちらに手を振っていた。

 カモ君も心の中ではチアリーダーのように手を振って、その眼力は水魔法と光魔法で強化した視力で一キロ先の馬車が見えなくなるまで見送った。

 

 そんなカモ君的にはドラマチックなお別れをしたのでテンションマックスな彼はそのテンションのまま、コーテとアネスの先輩を含めた五人で瞑想する昼休憩の一時を過ごしている所に近寄ってくる人影が見えた。学園長のシバだ。

 学園長の存在にいち早く気が付いたアネスが正座を崩して立ち上がり一礼する。それにつられてカモ君。コーテが立ち上がり礼をするが、コーテは足が痺れたのかその場で崩れ落ちそうになったがカモ君に支えられて倒れることは無かった。

 格好いい兄貴は自分の婚約者をクールに助けるのだ。実は足が痺れて立ち上がるのもしんどかったなんてことは顔に出してはいけないのだ。

 貴族の三人が立ち上がった事にようやく気が付いて立ち上がろうとしたシュージとキィだが、この三人に比べて瞑想になれていない二人は立ち上がろうにも痺れて動けない状態だった。

 そんな五人を見てそのままでいいと言いながら懐から目薬のような液体の入った小さな小瓶を二つ取り出した。

 

 「先日の決闘。実に見ごたえのある物だった。これは私からの敢闘賞だと思ってくれ」

 

 そういってカモ君とシュージにその小瓶を一つずつ手渡した。

 これは何だと思っていたシュージとカモ君にシバ学園長が言葉を続ける。

 

 「それは私特製のマジックポーション。普通の魔法使いが使えばその効果で悪酔いするかもしれないが、君達二人なら使っても大丈夫だろう」

 

 傷を回復させるポーション。毒や体の痺れを取る解毒ポーションなどがあるが、マジックポーションの価値はその十倍になる。

 生成が難しいと言う事もありながら作れる人間もレベル3以上の光属性の魔法使いじゃないと作れない。つまり、シバ学園長は光属性のレベル3以上の魔法使いということになる。

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 「大事に使わせてもらいます」

 

 カモ君とシュージが頭を下げてお礼をいうと好々爺のような笑顔で頷くと、自分の仕事があると言って中庭から去っていく学園長を見送ったカモ君達。彼が完全に見えなくなった後、キィはシュージに渡されたマジックポーションを見て目をお金のマークにして輝かせる。

 

 「や、やったわ。シュージ。これを売ればしばらくの間遊んで暮らせる!」

 

 「すぐにお金に変えようとする。普通?」

 

 「うっさいわね。貴族にはわからないだろうけど庶民はカツカツなのよ」

 

 「いや、同じカツカツの私でも今の反応は引く。てか、バイトでもしろよ。学園の講堂に張り出されているのを知らないのか?」

 

 「あんな小銭すぐに使い切るに決まっているじゃない。私は楽して大金が欲しいの」

 

 それは誰だってそうだよ。その場にいたほとんどの人間はそう思った。

 女三人集まれば姦しいと言うが、その騒々しさの九割はキィである。

 それを注意するコーテに文句を言おうとしたがコーテはキィの契約書をみせる。これを破ればキィは違約金として大金を支払わなければならない。勿論、そんなお金は持っていないので押し黙る。

 最初はマジックポーションを売ったお金でそれも帳消しにしようと思ったが、自分はあと六日我慢するだけで大金が手に入るのだと考え直してシュージに猫なで声でお願いする。が、それもコーテに止められる。

 学園長が手渡しでくれた物だからこそ信頼できるものであって、それを知らないマジックアイテムを取り扱っている店に持って行っても良くて定価の二割でしか買い取ってもらえないと言った。

 キィはそれを聞いて憤慨した。そして小声で「どうせ消耗品だからいいじゃない」と呟いたが、シュージはそれを聞いて絶対に売らないと断りを入れた。

 その反応に文句を言おうとしたキィだが、コーテが再び契約書を見せつけながら「淑女」と言うと悔しそうに引き下がった。

 そんな昼休憩をはさんで午後の授業を終えたカモ君達。

 そのまま放課後は運動場で模擬戦でもしようかと学園内の講堂で集まった時だった。

 一人の兵士然とした男が行動に走ってやって来たが、その勢い余って躓いて盛大に転んでしまった。

 そのただならぬ気配に誰もが彼を避けて道を通していた。が、走りこんできた男は痛む体を無視し顔を上げて叫んだ。

 

 「シバ学園長を呼んでくれ!王都から離れた南東部の空にドラゴンが現れた!」

 

 それをその場で聞いた生徒達全員は固まった。

 

 ドラゴン。

 ファンタジー世界の代名詞的なその生き物はとかげの体に蝙蝠の翼を合わせたような生き物だが、その巨大さ。凶暴性。そして生命力の高さからレベル3から4以上の属性魔法が使える魔法使いが数人がかりか熟練の冒険者のパーティーでないと対処できない文字通りのモンスターである。

 

 そんな生物が王都の近くの空で現れたという報告を受けた大部分の生徒達はパニックになり、悲鳴を上げた。

 そんな中でも何とか平静を保てた生徒が学園室に向かって走り出した。そのまま学園長に事の次第を伝えるのだろう。

 だが、そんな事よりカモ君はどうしても確かめないといけない事がある。それはドラゴンをどこで誰が見たのかという事。

 ありえない。そう祈りながら倒れこんだ男の傍に近寄ってその事を尋ねた。

 だが、現実は非常である。

 ドラゴンの情報。それは自分の領地に帰ろうとしていたモカ家。ハント家の護衛を務めていた衛兵達からの情報だという事。それはつまり、襲われたのはその両家の一行だと。

 それを聞かされた時、ショックを受けていたコーテは走り出したカモ君を止められなかったことを後悔した。

 逆にそれを聞いたカモ君は自分に風の属性の魔法を使い、自分の体を軽くして講堂を飛び出した。向かう先は護衛を務めていた衛兵達がいるという南の城門。

 風よりも速く、風よりも軽く、駆け抜けるカモ君は王都の中心部に近い魔法学園からものの十数分で王都の最南端であるその城門にたどり着く。普通の人間なら到底追いつかない。下手したら馬よりも早く駆け抜けたカモ君だが、本人にとってはそれでも遅く感じるほど焦っていた。

 南の城門にたどり着くとそこにはモカ家とハント家の家紋がそれぞれ刻まれた馬車が乱暴に止められていた。そこには多くの王都の門番や衛兵達が集まって、その馬車に乗っていた人達からドラゴンの情報を聞きだしていた。

 カモ君はほっと胸をなでおろしそうになったが、馬車の数が圧倒的に足りない事に気が付いた。

 今朝見送った時にはモカ領の護衛馬車は二台。ハント領の護衛馬車は六台あったはずだが、その護衛馬車はたったの一台しかなかった。

 嫌な予感が収まらない。

 その焦燥感に身を焦がしながらカモ君は情報を聞きだされている人達の端っこで身を震わせていたルーナとそれを抱きしめているレナの姿を見つけた。

 だが、そこにクーの姿は見えない。

 嫌な予感はまだ晴れない。

 

 「ルーナ!母上!ご無事でしたか!」

 

 「…にぃにっ!」

 

 「…エミール。私達は何とか無事ですよ」

 

 カモ君が衛兵達の間をかき分けて二人の前にかけよるとルーナはレナからカモ君に抱きついた。その瞳と声は震えていた。ドラゴンに遭遇した恐怖以外の事も含まれていた。

 それを否定したかった。

 カモ君が視界で確認できたのはルーナとレナ。そして今も聞き取りをされているギネ。とハント家第二婦人でコーテの母親であるルイネ。あとは顔を見知った衛兵が数人。

 だが、どんなに探してもクーとグンキの姿が見つけられなかった。

 

 「ルーナ、母上。クーは、グンキさんは何処にいるんだっ」

 

 出来るだけ怖がらせないようにだけど力強く最愛の妹に最愛の弟と婚約者の父親の安否を尋ねる。返ってきたのは当たって欲しくない言葉だった。

 

 「グンキさんは私達を逃がすために殿となってドラゴンと対峙しました。クーも自分は魔法使いだから。エミールの弟だからと言って対峙していきました。ドラゴンの追撃はそれからありませんでした。でも、今頃はもう…」

 

 兄であるカモ君ならこうやって行動するだろうとクーはグンキさんの援護をするために風属性の魔法を使いながら馬車から飛び降りてグンキさんの隣に立ったという。

 そんな息子の姿を止めたレナとルーナだったが、ギネが自身の安全の為にクーを見捨てて王都まで馬車を操る業者に逃げるように指示した。

 ルーナとレナはクーを呼び戻すために戻るように意見したが、ギネはそんな二人を殴って黙らせ、王都まで逃げ帰ったのだ。

 

 カモ君は怒りのあまりで狂いそうになった。だが、怒るのも狂うのも後で出来る。

 ギネがクーを見捨てた事もそうだが、何よりもクーがドラゴンに立ち向かうようになってしまうほどの完璧な兄を演じてきた自分にも怒り出しそうだったが、それよりも先にすることがある。

 それは南の城門の衛兵駐屯所。その隣に併設されている伝達用の馬が用意された馬小屋に行くことだった。

 

 自分は利己的な人間だ。掲示欲の強い人間だ。弟妹達が自分を褒め称えるのが好きで聖人君子で文武両道な優等生な兄を演じてきた。それを勘違いさせてしまった。

 クーは自分なら知人のピンチを見捨てる事などせず助けだす。ならば自分だって出来るはずだと自信過剰になったのか?いや、違う。自分の弟ならそれが出来ると思わせてしまったんだ。

 

 あの兄なら知人を見捨てない。それは違う。カモ君なら知人でも利益にならないならギネのように見捨てる。

 あの兄ならドラゴンを相手にしても勝てる。それも違う。カモ君が相手に出来るのはドラゴンよりももっと低いランクのモンスターまでしか相手に出来ない。

 

 そうだとも自分は卑しい奴だ。それなのに勘違いしたクーは馬鹿だ。ドラゴンに相対したほとんどの人間は食い殺される。それはクーも知っている事だろう。今頃ドラゴンの腹に納まっているかもしれない。だが、こうも考えてしまう。

 自分を圧倒するほどの腕前を持ったクーなら自分が考えている以上にしぶとく立ち回っていてまだドラゴンと戦っているかもしれない。

 すぐにその事に気が付いたからには動かずにはいられなかった。幸いな事にドラゴンが出たという非常事態でも馬小屋にはまだ数頭の馬が残っていた。それを無断で借りるのは本来なら心苦しい事だったが今は自分も非常事態だ。

 

 「早馬を一頭、エミール・ニ・モカが借り受ける!代金は我が父、ギネに当ててくれ!」

 

 モカ領では自分の屋敷と駐屯所の移動でよく馬に乗っていたからその扱いは慣れた物だった。

 カモ君が馬小屋の馬を持ち出したことに気が付いた衛兵達はカモ君を止めようとしたが、威嚇射撃として彼の右手に持った水の軍杖から射出された水球を足元付近に撃ちだされてしまい、足並みが止まる。

 その光景を見たルーナは理解した。兄がクーを助けに行くことを。それを止めることは出来ない。それを止めたくもない。兄ならば、エミールならば、クーとグンキを助けることが出来るのだと信じているから。

 

 「にぃに!クーを、おじ様達を助けて!」

 

 祈り、願い。そして自分ではどうしようもない状況にすがってしまう力の無さを叫ぶようにルーナは兄に声を投げかけた。

 そしてその思いに応えるようにカモ君。いや、エミールは馬を走り出させながら答えた。

 

 「任せろ!」

 

 その言葉を置いていくようにエミールは馬を走り出させ城門を越えていく。

 後ろでは衛兵の人達が何か言っているようだが、お叱りはあとで受ける。今は少しでも時間がおしい。

 エミールは先程使っていた自分を軽くする魔法を乗っている馬に使って、少しでも速度を上げる。

 目指すはドラゴンの現れた街道。そこは死地。

 だが、そこには婚約者の父親がいる。愛する弟がいる。

 それだけで十分だ。

 自分の命を賭けるには十分すぎる理由だ。

 間に合わないかもしれない。自分も食い殺されるかもしれない。その可能性が大きい。

 だけど、クーにはそれを引き延ばすだけの可能性があった。

 そして自分にはエレメンタルマスターで、彼等を助けられるかもしれない。いや、下手をしたら足手まといになるかもしれない。それでも、もしかしたら、そのわずかな希望と可能性があるのなら自分がその場に駆け付けるには十分な理由だった。

 ルーナや他の衛兵達からの目では馬を駆るエミールの姿は見えなくなっていた。その愚かで勇敢な姿は確かに彼等の目と脳裏に焼き付くのであった。

 



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第二十一話 弟の奮闘

 目の前にある絶望を体現した存在にクーは心と体がくじけそうになっていた。

高さ七メートル。全長十メートル。自分達が住む屋敷よりも大きいドラゴン。

そんな存在が自分達の領に戻ろうとしていた自分達に押しかかって来るとは思いもしなかった。

 のどかな風景が広がる平野。夏も間近な風景にのんびりしていたら、魂をも揺さぶる方向と共にドラゴンが舞い降りてきた。

 しかも闇属性の象徴である黒い表皮に生える滑らかな鱗は太陽の光を弾いてまるで夜空に浮かぶ星のように輝いていた。

 自分の使う魔法は全てその鱗に弾かれた。グンキの強弓から放たれる矢も弾かれた。

 それなのにドラゴンから繰り出される黒い炎のブレスで護衛の衛兵達の半数が戦闘不能もしくは死亡したかで動けなくなった。

 その全体像からは短くも見えるドラゴンの腕。そして三メートル近い尾を振るわれれば残った衛兵達の殆どがやられた。

 残ったのは遠距離攻撃に徹した自分とグンキ。そして弓矢で攻撃する数人の衛兵達。

 自分達だけでは貫けない防御力。防ぎようのない威力を持つ攻撃。

 その二つの事を認識しただけで体が震える。くじけそうになる。だが、駄目だ。今ここで自分達がやられたら呻き声を上げて動けない衛兵達が勿論、くじけてしまった自分自身も食い殺される。だから駄目だ。動け。諦めるな。自分の兄ならこの程度の逆境を乗り越えられるはずだ。

 その上、自分から馬車を飛び下りて時間稼ぎのつもりで逃がした妹の乗った馬車。自分がやられた後にそれを追いかけられてやられてしまうかもしれない。そうなれば自分はもうあの人の弟として誇れなくなる。それだけは駄目だ。

 勝てなくてもいい。ここでやられてもいい。立ち向かえ。妹を逃がすための時間を稼ぐために。

 

 クーはそれから時間を稼ぐために、逃げた妹を乗せた馬車に注意が向かないようにドラゴンの目を執拗に狙って魔法を繰り出す。その全ては黒い鱗に弾かれる。だが、それでもドラゴンのヘイトを集めることに成功する。

 兄が使っていた二つの魔法の同時使用を弟のクーはこの場面で完全に習得した。

風属性の魔法を使い、体を軽くして人では出せないほどの俊敏さを見せながらドラゴンの目を火属性の魔法で攻撃した。

 ドラゴンから繰り出される腕や尾のなぎ払いをどうにか躱しながら魔法で攻撃をし続ける。ブレスを吐こうとした動作を見せた際には、ドラゴンの頭とは反対側の方に移動してドラゴンがブレスを吐きだすのが苦しむようにした。実際、ドラゴンはブレスを吐きださず、尾でのなぎ払いで自分を攻撃してきた。

 グンキや残っていた衛兵達も弓矢で攻撃していたがドラゴンはしつこく魔法を使ってくるクーだけを狙って攻撃を続ける。

 

 どれだけ時間を稼いだだろうか。一時間?三十分?もしかしたら十分も経過していないかもしれない。

 後どれだけ自分の魔力と体力は残っている。どれだけ動ける。そんなことも考える余裕も無く攻撃を続けるクーの攻撃魔法が発動しなくなった。それと同時に体中に重りをつけられたように力が入らなくなる。

 魔力が尽きかけているのだ。もう自分が使っている魔法が維持できないくらいに。

 その鈍くなった動きをドラゴンは見逃すことなく尾を振るう。その尾の太さは大の大人よりも太く高い。当たればその小さな体ははじけ飛ぶだろう。

 動け動け。魔法をどうにか発動させろ。残った魔力を全部使いきってでも。不完全でも発動させてあの攻撃を躱せ。

 その思いに応えたのかクーは一瞬だけ魔法を発動させる。その鈍くなった両足に力を込めて後ろに大きく跳び下がる。

 それは文字通り紙一重。直撃は免れたもののその尾によって生じた風圧でクーは下がった方向に更に吹き飛ばされた。まるでおもちゃの人形を投げつけたかのようにクーの体は回転しながら地面に打ち付けられた。

 

 「…う、あっ」

 

 随分と転がされた所為か。うつぶせに倒れているクーの視界は歪んでいた。しかしそれ以上の気持ち悪さをともなった体の熱さで立ち上がれなかった。

 たった一撃。しかも直撃していないのにその風圧で体を転がされただけだったのに。

その時に腕と足を痛めたのか動けなくなっていた。

 痛み以上に気持ち悪い。動かなければならないのに体がピクリとも動かない。

 先日見た兄のように目の前に襲い掛かってくる脅威に立ち向かおうとしたがそれに敵う事はなかった。

 

 

 

 やはりドラゴンに立ち向かうなど無理な話だった。

 

 

 

 歪んだ視界の中でドラゴンが大きく息を吸い込む姿が見えた。

 それがどこか他人事のように感じられたのは全身に奔る痛みの所為か、それとも絶望を前にした走馬灯なのか分からない。だが、数秒後にはドラゴンのブレスが理解出来た。そうなれば自分は消し飛んで死んでしまうだろう。

 子どものくせに、兄のように鍛え上げられた肉体でもないのに、真似をしようとした結果がこの状態である。兄なら吹き飛ばされても受け身を取ってすぐに立ち上がっていただろうに。

 

 

 自分がドラゴンと対峙するなど無茶な話だった。

 

 

 ドラゴンの口先が自分の方を向いた。そこから離れた所からグンキや衛兵達が声を上げて自分に逃げるように叫んでいる。しかし、それに答えることが出来ない。立ち上がる事が出来ない。

 兄ならその期待に応えることが出来ただろう。兄なら立ち上がる事が出来ただろう。そう、兄なら…。しかし自分は兄エミールではない。応える事も立ち上がる事もが出来ない。

 

 ドラゴンの口が開く。その奥には自分を吹き飛ばす威力を持った黒い炎が見えた。その動作がクーには嫌にゆっくりに見える。クーはそんな時でも思わずにはいられない兄の事を思った。

 そう、こんな絶望的な場面でも兄なら…。

 自分のように弱っている人を背に、ドラゴンという驚異を前にしてしても堂々とした佇まいできっと守り抜くだろう。

 そしてドラゴンのブレスが放たれる。黒い炎がクーの視界を埋め尽くす。

 

 ・・・はずだった。

 

 クーは視界の中央に白く輝く巨大な星を見た。

 その星の光を避けるように黒い炎は左右に分かれていった。

 黒い炎が自分達を避けていった後、白い星が役目を終えたようにその光を失う。

 その光の中から現れたのは自分達の英雄。どんな時でも優しく微笑みながら守ってくれた存在。

そう、いつもの訓練後のように微笑みながらこう言うのだ。

 

 「俺が来るまでよくやった。頑張ったなクー」

 

 

 

 しかし自分がドラゴンに戦いを挑むことは決して無駄ではなかった。

 

 

 

 兄がここに居るという事は、妹は逃げ切ったという事だろう。妹が自分の危機を兄に伝えて、兄が自分を助けに来てくれた。

 兄がいつものように自分の方に水の軍杖をかざして回復魔法をかけるとクーの体から痛みが消えた。疲れまではとれなくても立ち上がる事が出来るまでは回復した。

 

 「あとは俺に任せてお前はグンキさん達と一緒に王都に戻れ」

 

 「…にー様。僕も」

 

 「悪いな。今回ばかりは全力で戦わないといけない。周りにお前達がいると全力で戦えない。この杖を持ってグンキさんと一緒にここから離れてくれ」

 

 自分も戦いたかった。だが、魔力の尽きた自分は足手まといだ。それを暗に伝えた兄にクーは従うしかなかった。だから、せめて言葉だけでも置いていきたかった。

 

 「にー様。御武運を」

 

 クーが兄から水の軍杖を受け取り、グンキ達の元に駆け寄るのを見たドラゴンは彼に向かって再度攻撃をしようと視線を移した瞬間に、いつの間にか自分の視界の半分を埋める白い光を帯びた大剣を振り降ろすエミールの姿を見た。

 思わず瞼を閉じて、その動作でドラゴンは自分の瞼に軽い衝撃を覚えた。その事に驚いた。

 ドラゴンはこれまで自分がこれほどの衝撃を受けたのは自身が生まれ落ちた時、まだ母ドラゴンに小突かれた時に痛みを感じた時以来である。

 自分の体は闇属性の鱗に覆われている。その為、自分が受ける魔法攻撃は人間だとそよ風か精々羽でこすられる程度のものだった。そんな自分に衝撃を与えることが出来た新たに現れた人間は光属性の魔法使いだろうと思ったが、その割には地面から六メートル以上もある高さにある自分の顔面に切りかかる人間離れした跳躍力だ。

 閉じたまぶたを開くと同時に切りかかってきた人間も地面に着地する。その手に持っていたのは砕け散った大剣だった。

 だが、その人間は魔法を紡ぐと新たな土くれの大剣が彼の目の前に現れる。それを手にしてさらに魔法を発動させる。その大剣にはドラゴンに唯一効果のある光魔法が付与されていた。それで殴られでもすればさすがにダメージを負ってしまうだろう。

 それを感じ取ったドラゴンは考え方を切り替える。

 圧倒的な優位の自分でただ嬲られるだけの捕食対象から、自分を傷つけるかもしれないという危険な存在へと切り替わる。

 男が更に動く前にドラゴンは大きな咆哮を上げる。

 これから始まるのは決闘だ。命を賭けた物だ。ただし賭けているのは男の方だけ。ドラゴンは自分を傷つけることはあっても殺すまでには値しないと踏んでいた。

 事実、エミールはドラゴンに有効と思われる最大威力の魔法をぶつけたがドラゴンは未だにノ―ダメージ。それでもコイツの前から逃げるなんて事はしない。自分が逃げれば次はクーが狙われるから。本当は逃げたい気持ちを押さえながらドラゴンに自分の今の気持ちを伝える。

 

 「くそトカゲ。よくも可愛い弟をあそこまで痛めつけてくれたな。覚悟しろよ。努力してきた踏み台の攻撃はちょいとばかり体に響くぞ!」

 

 立場が逆転する。とは言ってもドラゴンの圧倒的立場が変わる事はない。

 変わったのはクーからエミールに攻撃対象が移っただけの事。そして、防戦一方だった人間の立場から隙を見ては反撃する事が出来るようになったことだ。

 

 「人間舐めんなよ!」

 

 そして、ドラゴンと踏み台の生死を賭けた戦いが始まった。

 



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第二十二話 兄の意地

 クーを逃がして三十分ほど経過した。

 その時間が経過する間にエミールはもう何度目になるか分からない程、死を感じたドラゴンの攻撃を回避・反撃を行っていた。

 ドラゴンからしたらエミールの攻撃など蚊程の威力しかなかった。だが、無視する事が出来ない。それはドラゴンからしたら目の前で小さな羽虫が飛び続けているような物であり、エミールは真っ先に叩き潰したい存在になっていた。

 その苛立ちを表すように地面が揺れているのかと錯覚するほどの大きな咆哮を発するドラゴン。

 エミールはその耳を割くほど強大な咆哮を前にしても魔法を使う事を止めなかった。

 止めれば十数秒後には自分は殺される。

 現に七メートルの巨体で突進してきたドラゴンを受け止めることは出来ない。そのような事をしようとしたら巨体に潰されて死ぬ。

 よって回避するしかない。しかし、その大きさ故に事前により大きな初動で動かなければ回避も出来ない。それを行うには自分の体は重すぎる。

 

 「ライトネスボディ!クリエイトウエポン!」

 

 風の属性魔法レベル1で自分の体重を軽くして突進してきたドラゴンを躱しながら、通り過ぎる際に持っていた地の短剣に魔力を込めて地属性レベル2の魔法を使う。

 地の短剣の周囲に太く堅い岩の刃を生みだされ、その姿は岩でできた大剣と変化する。躱しながらその刃をドラゴンに叩き付けるが、それは鈍い音と共に弾かれるだけだった。その上たった一度殴りつけただけで刀身にひびが入った。これでは常に魔力を注ぎ続けなければすぐに砕け散ってしまう。

 

 「くそっ。出し惜しみしている場合じゃないか!シャイン・エッジ!」

 

 エミールは更に魔法を重ね掛けする。

 岩でできた大剣の刃の部分に薄い光の膜が発生した。この光属性の魔法レベル1はゴーストや邪精霊といった普通の武器ではダメージを与えられない存在にもダメージを与えることができる魔法だ。

 その光の刃を持って、岩の大剣で殴りかかる。元から切り払う事は考えていない。自分の技量ではドラゴンの爪や角どころか、鱗一枚傷つけることが出来るかどうかである。

 先程殴りつけた時より澄んだ音が鳴り響くが鳴っただけでドラゴンにはダメージはない。ただ相手にうっとうしいと思わせるだけの威力しかない。

 だが、それだけできれば十分だ。クー達が逃げ切れるだけの時間を稼げればそれでいい。というかそれしか出来ない。今やった攻撃がエミールに出来る最大攻撃だから。

 その上、クー達が逃げきれる時間を稼げるかも怪しい。

 レベル1の魔法を二つ。レベル2の魔法を一つ。計三つの魔法を使い続けている。その為に魔力の消耗も激しい。あと何時間。いや何十分持つか分からない。

 学園長から貰った魔力を回復させるマジックポーションはドラゴンと対峙する前から使い切っていた。

 クー達の所に追いつくまでに乗っていた馬に使い続けていたために、彼等の前にたどり着くころには魔力は使い果たし、ドラゴンの気配を察した馬は途中で来た道を反転して逃げていった。その後は自分自身の体を魔法で軽くして全力疾走。そのすぐ後にマジックポーションを使用した。そうでもしなければクーの絶体絶命の危機に間に合う事は出来なかった。

 風魔法を使うのを止めるか?それではドラゴンの速度に追いつけずに潰されてしまう。

 地魔法か光魔法を止めるのも駄目だ。純粋な魔法の威力ではドラゴンの気を引けない。闇に有効な光の魔法も同様だ。どれか一つでもやめてしまえば自分の攻撃は無力に成り果ててしまう。

 そんな葛藤をしていると、ドラゴンは自分から大きく距離を取り、大きく息を吸い込んだ。この距離ではブレスを回避するよりもドラゴンが少し首を曲げただけで有効範囲に入ってしまう。だからここは防御しかない。

 

 「魔力もそんなに残っていないのに…」

 

 既に使っている魔法の三つを同時に強制キャンセルして、新たな武装を作る詠唱を紡ぐ。

 大剣はその殻を破るように元の短剣へと戻る。が、次の瞬間にはエミールの体を覆うような丸い巨大な盾へと変化する。

 

 「クリエイトウエポン・シールド!」

 

 その盾を地面に突き刺すように立てると全身でそれを支える体制に入る。そうしながら急ぎながらも着実にもう一つ魔法の詠唱をする。

 その間にドラゴンのブレスが吐き出された。その炎がエミールに着弾すると同時にエミールの魔法が完成する。

 

 「シャインコート!」

 

 自身が持っていた盾と自身の体を白い光が包み込む。クーを助けた時に使っていたのもこの二つの魔法の組み合わせだ。

 だが、クーの時よりも吐き出されている時間を長く感じられた。それは恐怖で体感時間が長く感じられたわけではない。実際に炎ははき出され続けていた。

 

 「…あいつまさか」

 

 ドラゴンブレスは最初に受け止めた時よりも衝撃は軽い。その上、時折炎が途切れることがあってもエミールが隠れているように構えている盾から顔を出すたびにドラゴンは黒い炎を吐き出し来る。

 

 「…野郎。息継ぎしていやがる」

 

 ドラゴンは怒りやすいが決してバカではない。一説によると人より賢いという説もあるくらいだ。

 ドラゴンは持続的に断続的なブレスを吐きだし続ける。しかも一歩一歩こちらへと近づいてきている。

 今、魔法で作った盾と光の防護膜を止めれば確実にブレスに焼かれて死ぬ。かといって、今受け止めているブレスの勢いでは盾を持って移動することも出来ない。動こうとすれば勢いに負けて盾を手放してしまう。

 かといってブレスを受け止めている間、自分は動けない。その間にドラゴンは近づいてくる。

 エミールにはどうしようもない。まさに詰みの状態。動きたくても動けない。そんな葛藤をしている間に黒い炎以外の影が自分の上にかかった。

 

「あ」

 

 そして、ドラゴンは決して鈍重な生き物ではない。

 高い知能と魔力を有し、全ての生き物の平均ステータスを凌駕する最強の生物の一角を担う存在。それがドラゴンである。

 十分にとっていたと思っていたその距離はいつの間にか、その短い腕を振り払うには十分な距離まで詰められ、その対象を一撃で排除するだけの膂力がエミールに襲い掛かった。

 完全に防御するだけの体勢。それでどうにかできるのは勢いだけで殆ど質量を伴わないブレスだからできた事。人間一人で受け止めるには巨大すぎるその威力を持ってエミールは持っていた大盾を砕かれながらその一撃を受けてしまった。

 

 体の中で何かが砕ける音が確かに聞こえた。

 次に自覚したのは乱されまくった平衡感覚。まるで巨人に無茶苦茶に振り回されているような感覚。

 そして鉄の味と香り。

 それらを自覚した事でようやく自分が攻撃を受けたことを認知した。

 

 自分がいた所からそれほど離れていない所で仰向けに倒れている事。

 先程の攻撃で自分の体が負ったダメージで戦闘不能になった事。

 もう詠唱も出来ない程の激痛に襲われている事。

 全て理解した。

 

 だが、認めるわけにはいかない。何故なら今、自分がやられてしまえば次に狙われるのは弟達だから。

 彼等が逃げ切ったかなんて今の自分が知る由もない。時間を稼がなければならない。今も自分に興味が無くなったのか弟達が去って行った方向を見ているドラゴンを引き止めなければならない。今もなお奇跡的に生き延びている命を使い果たしてでも止めなくてはならない。

 

 自分は兄貴だから。

 

 

 

 モカ家・ハント家の馬車を襲ったドラゴン。そんな存在が襲ってきた理由はただの暇つぶしだった。

 自分はドラゴンであり、その強さに自信を、プライドを持っていた。だからこそ自分が蹂躙するだけの遊びで小さな人間如きが抵抗するなど気にいらなかった。

 ただ潰すだけの遊びでその玩具が小賢しく動き回っていた。その小さな体を活かして自分の目の前を行き来するだけでなく、魔法と弓矢を使って自分の視界を奪おうとする。それが気にいらなかった。イライラした。

 最も小さき人間が中でも気にいらなかった。

 自分達のようなドラゴンでもなければ翼をもつ鳥でもないくせに自分達よりも素早く動いていた。しかも時折炎を練り上げてこちらの視界を奪い、逃げ回る。

 腹立たしい。まったくもって腹立たしい。

 たかが玩具が自分の機嫌を損ねさせるな。もう遊び飽きた。潰れろ。

 いつまでも続くと思ったが、小さき人間の動きが急に鈍った。魔力が尽きたのか、体力が尽きたのかは分からないがとにかく叩き潰すチャンスだった。

 ちょうど自分の腕が届く位置で鈍ったのでそこを狙って、腕を横に払うと面白いくらいに吹き飛び地面を転がる。そこから動かなくなった玩具を焼きはらうつもりで自慢のブレスを吐きだした。これならたとえ動けたとしても回避することなどできない。それだけのダメージは与えたのだから。

 だがそれでも人間はしぶとかった。

 新たに現れた人間が小さい人間の前に立って地と光の魔法で作り出した盾を持ってブレスを防ぎきった。

その後に水の魔法で小さい人間を回復させると、新たに地の魔法で作り出した剣で生意気にも自分に殴りかかってきた。

 小さな人間が弓矢で攻撃してきた人間達の元へ行くと同時にここから離れていった。獲物を逃がしてなる物かとそちらに顔を向けようとしたが、新たに現れた人間が執拗に自分の瞳を攻撃してきた。

 正直、その攻撃が瞳に直撃したところで少し涙が出るくらいの威力だ。だが、それを好き好んで受けるわけにもいかない。うっとうしい事に新しく現れた人間からは様々な魔力を感じる。それが更に気にいらなかった。

 微弱ながらもあの御方と同じ気配を漂わせる人間という存在が気にいらない。

 ただの暇つぶしがこんなにも苛立つことになるとは思わなかった。

 だから絶対に潰してやろうと思った。

 それからしばらく時間がかかったが、ある程度暴れまわる事で冷静さが戻ってきた。この人間は小さいが故に動き回り、自分の体を小突いてくるが、広範囲攻撃のブレスだけは躱せないのか光の盾を作り出して防いでくる。

 その間は動けない。そこを狙って手間がかかるがブレスを吐きながらじりじりと近づいて、狙い通りに殴り飛ばすことが出来た。

 最初の人間同様に動けなくなった事を確認してから逃げていった人間を仕留めようと翼を広げようとした瞬間にゾワリと悪寒を感じた。悪寒の原因を確認するためのその発生源に首を向けるとそこには先程殴り飛ばした人間がいた。

 

 ――――ロ

 

 殴り飛ばした時は少し硬い肉の感触だったが、確実にその体の骨を砕いた。

 現に奴の右半身の腕や足は不自然に折れ曲がっており、その小さな口からは大量の血を吐き出し続けている。明らかに致命傷だ。戦闘不能のはずだ。それなのに

 

 ―――ヲ、ミロ

 

 その目は死を目の前にした瀕死の獲物の目ではなく、その気配は今にもこちらへと襲い掛かりそうなものだった。

 

 コッチヲミロ

 

 その血だらけ口から吐き出される物は貧弱な吐息でも弱音でもない。

 

 こっちを、見ろ!

 

 何が何でも自分をここから動かさないという気迫を持っていた。

 自分が触れるだけで死にそうな体で、何もしなくても勝手に死ぬ怪我であるのにもかかわらず自分に向かってまるで唸るようにこちらに声をかけてくる。

 

 もう、うっとうしいと思わなかった。恐ろしいとも思わなかった。ただその強い瞳に足を止められた。ここでこいつを殺さなければずっと自分はこいつの目を忘れる事は出来ない。

 ブレスでは吹き飛ばしてしまい、吹き飛ばしたところで生き延びるかもしれない。だから確実に殺すために、自分の腕で確実にすり潰し、牙でかみ砕いて、腹の中に収めて二度と自分の目の前に現れないようにしなければならない。

 瀕死で動けないはずの人間は自分がそちらへと歩み出したのを見て笑った。確かに笑ったのだ。

 死に瀕して狂ったのではない。その瞳の中には確かな正気と誇り高さがあった。

 これに対して最早、種族の違いなど関係なかった。敬意をもって自分はこの人間を殺す。

 射程内に入った。腕を振り上げた。

 もはやこの攻撃からは逃げられない。避けきれない。

 それでもこの人間は笑っていた。まるでこれから殺されることに誇りを持っているかのように。

 自分がこの人間を殺すのは遊びでも狩りでもない。その誇り高さに敬意を称して殺すのだ。

 そしてその太い腕は振り降ろされた。

 



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第二十三話 ここは天国?地獄?

 カモ君の意識はドラゴンに殴り飛ばされてからあやふやだった。

 ただ、ドラゴンを足止めしなければならない。その一心で何かをしていたと思う。

 そして再び意識を取り戻すとそこは見慣れない白い天井と白い部屋。そして自分は白いベッドの上でシーツを掛けられて寝かされていた。確認できたのはそこまで。身動き一つとれない。

 もしや、自分はあの状況から助かったのかと視線だけ動かすと自分の右側にベッドに寄り掛かるように寝ているカモ君にとっての二人の天使がいた。

 

 あ、俺死んで天国に来たんだ。だってこんなにも愛らしい天使の笑顔が二つもあるんだもの。

 

 そんな馬鹿な考えをしているカモ君は二人の頭を撫でようとしたが天井から吊るされるように固定された右足の所為で碌に動けない。

 その上右腕と右足はギブスが巻かれており、動かそうにも麻酔か何かが効いているのかピクリとも動かない。

 それから何度も体を動かそうとしたが、ただ鼻息を荒くするだけで二人の方に手を伸ばすことが出来ないでいた。

 

 ここは地獄だ。こんなにも愛らしい天使がすぐ傍にいるのに触れられないんだもの!

 

 悔し涙を流しそうになったカモ君だったが、何かが割れる音を聞いたのでそちらに視線を移す。何せ体中どころか口元すらも包帯のぐるぐる巻きで固定されているから動かせるのは視線ぐらいだ。

 その視線の先にあったのは水溜りの出来た所に花瓶だったもの破片と飾られていた花が落ちており、更に視線を上げるとそこには少しやつれたように見えるコーテの顔。

 そんな彼女と目が合うと、ふんと鼻息を立てて挨拶をする。出来るのはこれくらいだから勘弁してほしい。

 そんな事を考えていると見る見るうちにコーテの目に涙が溢れ出し、こぼれ落ちた。

その涙をぬぐおうともせずにカモ君が寝かされているベッドに近付いてくるコーテはカモ君の包帯が巻かれている頬に優しく触れる。

 

 「…エミール」

 

 コーテの手は冷たかった。だが、それの感触のおかげで自分がいるこの場所は天国でも地獄でもない現世だとカモ君は理解した。

 

 「…おかえり」

 

 それからコーテは声を押し殺すように泣いていた。それで目を覚ましたクーとルーナもカモ君が目を覚ましたことに泣いて喜び、そんな三人を見てカモ君も包帯に包まれていない目頭を熱くさせながら三人の泣き止むのを黙って見続けていた。

 

 

 

 王都にある病室でコーテ達三人が泣いている事に気が付いた王立の国家病棟に勤務する看護師はすぐに医師を呼び、そのままシバ学園長とミカエリ・ヌ・セーテ侯爵をこの病室に呼び出した。

 医師の診察を受けながらカモ君はドラゴンに殴り飛ばされた後どうなったかを学園長とミカエリさんから聞かされた。

 カモ君が押しつぶされる寸前で王都からの支援要請を受けたシバ学園長と闘技場となった運動場の解体現場責任者としてやって来たセーテ侯爵が自分の後を追うように学園からドラゴンの暴れている街道まで援護に来てくれた。

 何でもドラゴンを魔法の射程内に入れた時に学園長が光属性レベル4の魔法を使いドラゴンを撤退させた。

 学園長の放った魔法はドラゴンを数メートル程ぶっ飛ばせるほどのレーザー光線のような物らしく、その一撃を受けたドラゴンは勝てないと思ったのか翼を広げ王都からさらに南東の空へと去って行ったらしい。

 ただその学園長の魔法の余波で瀕死だった自分もぶっ飛ばされて、虫の息になったカモ君をセーテ侯爵と学園長の回復魔法と持ってきた回復アイテムで何とか命を繋いで王都にある病院へと運び込むことが出来た。

 その一連の事柄を聞かされたカモ君は、医師からの診断の結果首から上の包帯を取ってもらった後にお礼を述べた。

 それと同時に自分の力の無さを恥じた。

 クーは自分の倍は時間を稼いでいたのにそれを自分は行う事が出来なかった。これではクーに何も言えないなと自嘲の言葉を零したが、それは違うとセーテ侯爵が言った。

 確かにクーは時間稼ぎを出来たし、カモ君は出来なかった。だが、そんなクーやグンキを逃がすことが出来たのはカモ君のおかげである。

 カモ君があの場に駆け付けなかったらクーとグンキ達は皆食い殺されていただろう。

 クーとグンキ達がカモ君の到着までの時間を稼ぎ、カモ君は学園長とセーテ侯爵が来るまでの時間稼ぎをした。誰かが一人でも欠けていたらあの場に居た全員が死んでいた。

 ドラゴンの襲撃で倒れていた護衛の人間もその四分の一は生き残っており、そんな彼等を救う事が出来たのもカモ君のおかげだと学園長と侯爵は説明した。

 その言葉にカモ君は思わず俯いてしまう。何より、クーとルーナが自分を褒め称えてくれているのだ。それなのにこれ以上自嘲するような言葉を零すのは二人の想いを裏切る事だ。だからもう自嘲はしない。

 それから病院に運ばれて三日間、目を覚まさないカモ君の世話を看護師とコーテ。カモ君の母親レナが交互に世話をしてくれたことにもお礼を言う。

 カモ君が目を覚ましたという報せを聞いたレナとハント夫妻や助かった護衛の人達もやってきて礼を言ってきた。自分が一番重症だったらしく、皆が皆、気が気でなかった。と、お礼を述べながら伝えてきた。が、そこにギネの姿は無かった。彼はもう既に自分の領に戻っているらしい。

 自分の妻や子ども達を王都に置いて行って自分の領に戻るとはどういうことだと思っていたら、なんでもグンキさんがギネを殴り飛ばして奥歯二本へし折り、殴られた頬を大きく腫らして帰って行ったらしい。

 自分の子どもを見捨てて王都に逃げ出したことをルーナから聞かされ、激怒したグンキに殴られた。

 貴族であるのに、地属性レベル3の魔法使いなのに真っ先に逃げ出した上に、自分の妻子に手を出してまで保身に走ったギネを許せなかったグンキさんはその剛腕で殴ってくれたという。

 それに対してカモ君はお礼を言う。と、同時に心に決めた。今度顔を合わすことがあったら問答無用で殴り飛ばすと。

 あと、自分が持っていた地の短剣だが、ドラゴンに殴り飛ばされた時にへし折れて、核となる宝玉も砕けてしまったのでここにはもうないらしい。どうやらあの短剣は最後の最後までカモ君を守る為に役目を全うしたのだ。

 それから経過観察で一週間は入院することになる事と、ドラゴンの襲来に勝手な行動をしたという罰で退院後一ヶ月は学園の闘技場に設置されている便所掃除をすることを命じられたカモ君はそれを粛々と受け入れた。

 何せ、小さな領なら一つ滅ぶかもしれないドラゴンの襲来に国の財産である早馬を一頭持ち出したのだ。窃盗罪。下手したら国家反逆罪で死刑もあり得る。それを便所掃除だけで済ませてくれる学園長とセーテ侯爵には感謝の念しかない。

 話すことも終えたので医師や看護師。学園長に侯爵、護衛の人達は病室を出ていくのを確認したカモ君にクーがギブスに覆われているカモ君の右腕に触れながら宣言するように言葉を発した。

 

 「にー様。僕はもっと強くなります。あのドラゴンも倒せるように、にー様みたいに強くなります」

 

 にー様はそこまで強くないのよ。

 そう言いたいがクーの強い意志が灯った瞳に向かってそんな無粋な事が言えるわけもないのでカモ君は、

 

 「じゃあ、俺はもっと強くならなきゃいけないな」

 

 クーはこれ以上強くなるのかと、震えそうになりそうな声を出さないように兄の意地でどうにか抑えるカモ君。

 これでエブリデイ・バーサーカーなトレーニングをしないと実現できない言葉を発してしまったカモ君。

 正直泣きたい。クーが格好いい事を言ってくれた事とそれに伴い自己鍛錬を一層励まなければならない自分のこれからの学園生活に。

 そんな事を考えていると今度はルーナがクーの手に重ねるように手を置いて喋る。

 

 「にぃに。私も頑張って魔法の練習する。コーテ姉様みたいに上手ににぃにやクーの怪我を治したり、お世話をしてあげられるように頑張る」

 

 え?慈愛の天使が俺の怪我の面倒を見るだって?

 だとしたら、もう何も怖くない。致命傷以外の怪我ならどんどん負っても構わない。

 ここはヴァルハラだったのか。

 

 「それなら俺はどんな相手とも戦えるな」

 

 主人公はもちろん。あのドラゴンにだって再戦挑めるぞこらっ。ラスボスだって…。いや、さすがにラスボスは無理。敵国の将軍も今は無理。でもルーナが戦ってとおねだりしたら戦っちゃうぞ。

 って、ちょっと待って。怪我を治すはいいけど。お世話をする?

 確か、自分は三日間意識を失っていた。その間にも生理現象というのは起こるから、下の世話は当然必要になるわけで。

 

 「安心していい。私は立派に婚約者として恥ずかしくないお世話を二人の前で行った」

 

 二人の前で行った。二人の頼れる兄貴(願望)である自分がコーテのような少女に甲斐甲斐しくお世話された。

  …泣きたい。ここは凌辱される拷問部屋なのだろうか。

 もし自分が重要な国家機密を持っていたらすべて吐いてしまいそうになる。

 そんなカモ君の想いを汲んでか、その日の面会時間終了時刻を報せに来た看護師がカモ君の母、弟妹達。そしてコーテに病室を出ていくように言ってきた。

 レナに連れられてクーとルーナも病室を出ようとしたが、その際にコーテはカモ君に近寄ってそのカサカサなカモ君の唇に自分の唇を重ねた。

 重ねられた瞬間、コーテ以外何をされたか分からなかったが頬を少し赤くしたコーテが一言。

 

 「貴方は私の婚約者。誰にも渡す気はないからね」

 

 そう言ってモカ家の人間を置いていくように早足で病室から去って行ったコーテを見てようやくさっきの事が現実に起きたのだと理解した。

 きゃーっ。とクーとルーナは目の前を両手で覆い、レナは自分には送れなかった青春の一ページを羨ましそうに見ていた。

 …まあ、あれだ。

 いつもは無表情なコーテだったが、あの照れた顔は無茶苦茶可愛かった。

 この時カモ君は初めて弟妹達以外の人間でときめくのであった。

 



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第二十四話 カモ

 あれから一週間後。

 退院したカモ君は退院するまで王都の宿に寝泊まりして心配してくれた弟妹達やグンキ夫妻を王都の南門まで見送った。その間クーとルーナに構いきりだったカモ君は退院直後で早朝であるにも関わらず、絶好調だった。

 またドラゴンに襲われないようにグンキはハント家の馬車と護衛馬車に魔除けのお香という高価なマジックアイテムを王都で購入してそれを各馬車に備え付けて王都を出ていった。モカ家の馬車は先に帰ったギネが使っていてここには無い。あの豚、本当に碌な事しないな。

 最初にモカ領に寄ってレナとクーとルーナを降ろし、最後にハント領に行くとグンキの計らいにカモ君は感謝して頭を下げると、そのグンキに顔を上げるように言われた。

ドラゴンの撃退に貢献した二人の子どもに報いる為にも大金をはたいても全然構わない。そして将来の婿殿の為になるなら安いものだと

 コーテの婿。先日にされたことを思いだしたカモ君は頬を少し赤らめて重ねてお礼を言った。それは隣に立っていたコーテも同じように頬を赤らめていた。

 そんな二人を見たグンキは何かを察したのかうんうんと頷くと三年後くらいに式を挙げるかと言い残しながら馬車に乗って王都を出ていった。

 確かにこの世界での貴族間での結婚適齢期は十五から二十三くらいだが、初等部卒業までこの学園にいられるかどうか怪しいカモ君はそれに苦笑する。

 出来る事なら式を挙げて高等部まで進学してクーやルーナと一緒に学園生活をしてみたいのだが、これから三年もしないうちに戦争が起こるのだ。あまり楽観視できない。

 自分を退学に追い込むほどシュージと決闘を行わないといけない。それなのに自分が所有しているマジックアイテムは水の軍杖のみだ。

 これは学園が講堂で応募しているダンジョン探索のバイトが出たら真っ先に飛びつかなければならない。決闘で負けた時に渡すためのマジックアイテムの獲得とお金を獲得するためにも。

 

 強くなるというクーとの約束を果たすために訓練は欠かさず行い、

 シュージに決闘で負けて渡すアイテムを調達しながら、

 退学しないように成績を収めながら戦争に備える。

 

 我ながら過密すぎるスケジュールに意識が遠くなりかけたが、ハント家の馬車が見えない距離まで離れて行ったのを確認したコーテが遠い目をしていたカモ君の手を引いて学び舎へと歩み始める。

 

 「行くよ、エミール」

 

 愛する弟妹達の為にならいくらでも頑張れると思っていた自分が途方に暮れかけたが、普段クールな婚約者が見せるこの笑顔を時々見られるのならまだがんばれるかと思い直すカモ君だった。

 

 

 

 カモ君とコーテが仲良く手を繋いで歩いて学び舎となる学園の門をくぐると同級生からでなく上級生の皆さんからもカモ君を中心に人だかりができる。

 

 「君、ドラゴンに立ち向かったって本当?!」

 

 「凄いな。しかも遭遇したら八割は死ぬと言われているブラックドラゴンだろ!学園長が来るまで粘ったとか凄い魔力とスタミナだな」

 

 「決闘見ました。ファンです、握手してください!」

 

 「君、子爵の子なんだろう。良ければ私のグループに入らないかい」

 

 「婚約者とかもう決まっている?決まってなかったら私なんてどう?」

 

 女子と男子の割合が七:三の状態で矢継ぎ早に飛んでくる言葉にどう答えようかとカモ君が悩もうとした時だった。

 コーテは持っていた水の軍杖を上に軽く振って人だかりを少しだけ分かるとカモ君の腕を抱きしめながら公言した。

 

 「この人、私のだから」

 

 それを聞いた生徒達。特に女子達からは悲鳴のような喜色の混じった悲鳴が上がった。それは男子達の一部にも上がった。

 カモ君はこの学園の生徒には珍しい戦士のような体格。その上、決闘で見せた魔力と魔法の数から初等部にしては優秀な魔法使いだった故に女子からの受けも良かったが、婚約者がいることは殆どの者が知らなかった。

 それをここで公言することにより、カモ君を狙う女子に明確な忠告をするコーテ。

 決闘の時も婚約者だと聞いていたが、こうやって見せつけることで牽制する狙いだった。

 また自分に言い寄ってくる男子にもカモ君以外興味ありませんと見せつけるようにすることでしっかりと自分達の立ち位置を知らせるコーテ。

 ドラゴンを撃退したという戦歴は大きなステータスになる。今は子爵だが、もしかしたら伯爵にまで昇進するかもしれないカモ君は女子の目から見ると将来美味しく育つ鳥のカモそのものだった。

 婚約者がいようと関係ねぇという令嬢がいてもおかしくないくらいにドラゴン撃退は凄い事なのだ。

 コーテが宣言したにもかかわらず、未だに言い寄ってくる上級生達はいたのだが、コーテがそれをあしらいながら学園の中へと歩いて行った。

 

 

 

 様々な人達に言い寄られているカモ君を学び舎の最上階にある学園長室から覗いていたのはその部屋の主である学園長とセーテ伯爵の二人だった。

 

 「ほっほっ。思った以上に人気者じゃのう。エミール君は」

 

 「ドラゴンの襲来も十数年に一度くらいですからね。頻度は低いのに反比例するように危険度は増します。それをどうこうしたという生徒が出てくればそれは人気者にもなりますよ」

 

 「…それを撃退した儂には誰も来ないんじゃが」

 

 「あなたは学園長でしょうが、出来て当たり前の地位にいるんだから仕方ないでしょう」

 

 この国の国力を増強するこの魔法学園の長となればドラゴンの一匹、二匹倒せても当然だ。それくらいできないとこの学園に通う生徒達を導けない。

 

 「それに対して、教師陣は駄目ですね。あの時学園にいた教師は誰一人として彼を助けに行こうとしませんでした」

 

 「彼等も自分に危険が迫るまでは滅多に腰を上げんからのう。それにブラックドラゴンではなく、その更に上位種のカオスドラゴンなら尚更じゃ。逆に儂等でなければ犠牲者を増やすだけだっただろう」

 

 闇属性のドラゴンというだけで光属性以外の魔法を弾いてしまうのに、更にその上位種カオスドラゴンであればレベル3以下の魔法はすべて無効になる。

 あの時、現れたドラゴンは年が若かったのかその鱗は柔らかったのでカモ君の作り出した武器でもどうにか対応できた。

 学園長が放った魔法は彼が即座に撃てる魔法の中で最強のレベル4の光魔法。アンデットなら即座に蒸発し、闇に潜むモンスター中でも上位に値するヴァンパイアやリッチーにも有効打になるその一撃を受けたあのドラゴンは彼とその隣にいたセーテ侯爵を見て即座に力量を推し量った。

 このままぶつかれば自分がやられるかもしれないと。あのドラゴンは怒りやすいが馬鹿でもない。自分が倒すべき人間を放っておくのは癪だが、ここは退くしかない。

 シバ学園長とセーテ侯爵が詠唱に入った瞬間にその場から跳ねるように距離を大きく取り、翼を広げて大空へと飛び去った。

 ただのブラックドラゴンなら怒りに任せて突撃するがそうしなかったがそうせずに撤退を選んだあのドラゴンはカオスドラゴンだと考えた学園長は国に報告する際、上層部だけにカオスドラゴンだと報告し、その他の者にはブラックドラゴンだと知らせた。

 ドラゴンの中でも最上位に位置するドラゴンが現れたと知られれば余計な混乱を生むことになるだろう。

 この件の処理はこの国の上層部。自分のように高位の魔法使いか将軍クラスの者が解決すべき問題だ。だが、

 

 「一時とはいえカオスドラゴンに対抗できたあの兄弟はこれから様々な思惑に巻き込まれるでしょうね」

 

 セーテはこれから起こるだろうカモ君とその弟のクーを狙った権力抗争に嫌そうな顔をしていた。

 彼女は侯爵令嬢という立場でいながら、趣味でもある人工のマジックアイテム作りに没頭できるのも貴族という立場を無視できるだけの研究成果があったから。あの運動場を決闘場へ建設し直した時の障壁なども彼女の研究成果だ。

 

 「エミール君とクー君、だったか?あの年齢で魔法レベル2か。この学園を卒業するころにはどこまで成長しているか楽しみでもあるがね」

 

 学園長であるシバはカモ君達の成長を望みながらこれから起こるだろう貴族による権力抗争対策として彼には魔法以外にもコミュニケーション能力の授業の機会を組み込むことを画策した。

 貴族の抗争など今はまだ知りもしないだろうカモ君は、その貴族から見ればそのあだ名通りカモに見えるだろうから。

 

 

 

 …そうか。人間の中に我々と同じ混沌の気配を感じたか。

 

 並の人間が決して踏み入れることが出来そうにない荒野。そこには複数のドラゴンが集まっていた。

 火を、風を、大地を、水を、光も、闇も操る事が出来るドラゴン達が集っていた。

 毒ガスが吹き出し、毒の沼は常にあふれ出て、植物。動物の姿は彼等以外には見当たらない。すぐ隣の山は火山として常に活動している。それなのに彼等の頂点には青空が広がっていた。

 カモ君と相対したカオスドラゴンはとその場でその巨大な翼を閉じ、四肢も地面に縫い付けるように揃え、顎は地面につけ、完全に降伏の姿勢で眼の前の存在に平伏していた。

 自分はおめおめ逃げ帰った。ドラゴンの誇りを捨てて命惜しさに逃げ帰ったことを全て話した。

 自分はこのまま周りのドラゴン達に殺されても文句は言えない。今もそうされないのは目の前にいる人間サイズの存在。

 その姿は黒い瞳に白い髪を腰まで伸ばした中性的な美形の人間。しかし、人にはあり得ない虹色に輝く角をこめかみから生やし、背中と腰の部分から同色の蝙蝠に似た翼と鰐に似た尾を生やしていた。

 自分達のボス。数千年は生きているだろう言われるエルダー・カオスドラゴンが裁決を下さずに今ある情報を吟味していたからだ。

 ボスは全ての属性を持つ存在でありながら、そのデメリットである全属性弱点を克服し、全属性耐性を修得した。魔法を扱う生物の頂点に立った存在と言ってもいい。

 

 …珍しいな。我と娘。汝と同じ混沌の力を持つ人間か。同時に面白い。

 

 ボスは何やら悩んだ後、思いついたように口元を横にした三日月のように変化させた。美形の人間の姿をしているそのボスの様子を見ていたドラゴン達は固唾を飲む。

 ここに居る全てのドラゴン達が力を終結してもこのボスには勝てない。人間の姿をしているとはいえ、目の前の存在を蔑ろには出来ない。

 

 …その人間をここに連れて来い。だが、人間どもに徒党を組まれたら面倒だ。半年後だ。それぞれの代表を一頭選出してその人間を連れて来た者に娘をくれてやろう。

 

 これには周りにいたドラゴン達はざわついた。エルダー・カオスドラゴンにも寿命がある。だが、その風貌からその寿命を推し量る事が出来ない。それなのに自分の娘を渡すという事はこのドラゴン達の長になれるという事。他のドラゴン達よりも上の存在になれるという事だ。

 

 分かっていると思うがその人間だけを狙って連れて来い。町や城を壊すなとは言わんが出来るだけするな。人間は厄介だからな。最小限の労力で連れて来い。力だけの馬鹿はボスにふさわしくないからな。

 人間はいざとなったら道連れと言わんばかりに周りの生き物。家畜やモンスターを自分もろとも吹き飛ばす狂気を持った存在だ。

 これはお前達の手腕も試すための物だ。

 

 それを了承したドラゴン達は一斉に頷いた。そして、逃げ帰ったカオスドラゴンは何の責任はないとそのまま放っておくように告げるとボスは景色に溶けていくようにその場から姿を消した。

 それからドラゴン達の動きは迅速だった。今すぐ自分達の集落に行って作戦を練らなければならない。人間達に気づかれないように混沌。エレメンタルマスターのカモ君をどうやってここに連れて行くかを議論することになった。

 カモ君の生死は問わない。ボスはあえてそれに触れていなかった。だが、あの様子なら活かして連れて来た方がより良い印象を受けるだろう。

 今この時を持ってカモ君は全ドラゴンから狙われるカモになるのであった。

 

 

 

 そんな周りの変化に気づくはずも無く、カモ君は手にはゴム手袋、頭には頭巾、口元は布マスクで隠して、デッキブラシを持ち闘技場に設置された便所を掃除をしていた。

 だが、それを一人で行ってはいなかった。

 

 「悪いな、付き合わせてしまって」

 

 「大丈夫だ。その代わり終わったら模擬戦をしてもらうぞ」

 

 赤毛でイケメンの将来が約束された少年。シュージがカモ君の便所掃除に付き合って、彼の手伝いを行っていた。

 この国のトイレが水洗でよかったと思いながらこびりついた汚れを魔法で石鹸や水を作り出して掃除をするカモ君。その様子を見てこんな時でも魔法の修練を欠かさないのかと感心するシュージ。

 なら自分も、とカモ君を真似て魔法を使おうとしたら止められた。

 臭いものを熱したら余計に臭くなると。

 そんな事を言いあいながら今日の便所掃除を終えた。

 掃除道具を片付け、運動着に着替える二人は本日決闘が行われない闘技場を借りて互いの魔法をぶつけ合う。とは言ってもカモ君のクイックキャストが今日も唸り、シュージはほぼ逃げ回る事になっていた。

 彼に出来ることは短い詠唱でも発動する魔法でどうにか相殺を行う程度である。

 

「やっぱり強いな。エミール」

 

 そんな一方的な展開でもシュージの表情から笑みは消えない。クイックキャストのおかげで決闘の時よりもカモ君が本気で自分と対峙してくれているのだと実感したから。

 自分は少しカモ君に近付けたのだと思うと挑戦的な笑みが自然と浮かぶのだ。

 そんなシュージに対してカモ君も挑戦的な笑みを浮かべる。

 この調子なら決闘はあと数回で大丈夫かな。と、思えるくらいにシュージの魔法の威力はあった。クー程ではないがシュージは確実にレベルアップしていた。

 

 「さすがドラゴンバスターだ」

 

 「撃退したのは学園長だと何度説明したらわかる」

 

 年頃の男の子なら二つ名といった廚二的な物に心揺さぶられるのは分からんでもないが、カモ君からしたら時間稼ぎが精いっぱいだった。それなのに撃退した者と称されるのはむず痒い事だった。

 

 「…なあ、エミール」

 

 こうやって言葉を交わしながらも、二人は常に闘技場の上を駆けまわりながら魔法を放つ。主にシュージの魔法をカモ君が相殺し、カモ君はシュージが余裕をもって相殺できるようにゆっくり詠唱してから魔法を放つ。

 お互いの魔法の合間に二人は言葉を交わす。

 

 「俺も…。お前みたいにドラゴンと対峙することはできるだろうか」

 

 一週間前。決闘した終えた後、シュージはカモ君に少し近づけたと感じたが、その次の日、カモ君はドラゴンと相対するという大事を成した。

 

 大事な人達を助けるために。自分が殺されるかもしれないドラゴンの前に立った。

 それがどれだけ尊大で勇気ある行動だろうか。

 

 それが自分に出来たか分からない。いや、きっと出来なかった。シバ学園長が撃退してくれなかったら今も学園に設置された避難所で震えていたかもしれない。

 そんな自分と目の前にいるカモ君。その間にある差があまりにも大きく感じた。

 体力も魔力も。心の在り様も。その全てが自分よりも上回り先に進んでいる。

 そんなシュージの思惑を知る筈も無くカモ君はさらっと答えた。

 

 「当たり前だろ」

 

 ドラゴンなんてゲームの後半では経験値とドロップアイテム目当てに主人公達に絶滅するのでは?と思うくらいに倒されていた。それでも経験値的にはカモ君の方が多いとか本当にあのゲームはふざけている。

 

 そんなカモ君の思惑をシュージも知る筈が無かった。

 そんなお互いの擦れ違いに気が付くことなく交わされる言葉。

 

 自分から見て誰よりも先に進んでいると思っていたカモ君の言葉にシュージは再び胸に闘志を灯す。

 自分が信頼して、目標にしている男からそう言われたらそれに応えるしかないじゃないかと。

 

 「っ。エミール。お前ってやつは本当に凄い奴だよ」

 

 「それほどでもある」

 

 そう言うとカモ君は再び魔法を放つ。

 その魔法は今まで見てきた魔法使いの中で誰よりも種類があり、まるでこんな魔法もあるんだよと教えてもらっているようだ。

 実際そうである。これから主人公であるシュージはドラゴンだけではなく、ダンジョンに封印された中ボス。戦争を仕掛けてくる敵国の将軍。そしてラスボス。

 将来的にはドラゴンなど鼻で笑って倒すぐらい強くなってもらわなければカモ君が困るのだ。

 

 俺ぐらい越えていけ。ドラゴンなんか片手で倒せ。お前は未来の英雄なのだから。

 

 シュージとカモ君は再び魔法をぶつけ合う。

 いずれ隣に立とうと思っている男といずれ追い抜かれるだろうと考えている男のぶつかり合いを観客席から眺めているのはそれぞれの幼馴染と婚約者。

 

 幼馴染はまた効率の悪い、男臭い方法を取っていると呆れながらも様々な色や形を持った魔法が放たれる光景を眺めていた。

 婚約者は顔には出さないがその光景に見惚れていた。

 カモ君がクーと魔法の訓練を行うように指導しながら模擬戦を行う理由をまだ聞いていない。

 しかし、カモ君の今まで理解出来ない行動は後になってから意味のある物だと証明してきたカモ君だからこそきっと意味のある物だろうと信じている。

 だが、いつか。

 彼からその意味を話してくれる時まで信じて待とうと二人の模擬戦を眺めていた。

 

 

 

 そんな模擬戦を眺めているのは二人の少女だけではない。

 二人の模擬戦を見てその実力を推し量る者達がいた。

 二人の弱点を見つけだし、決闘を持ちかけて出し抜こうとする者。

 自分の派閥に加えようとする者。

 彼等に指南をしてもらおうと考える者。

 その思惑は人の数だけあった。

 

 本来なら模擬戦を頻繁に行うのは自分の弱点を晒すような物だ。そんな事を知らずに。いや、知っていてもなお行う者はただの馬鹿だ。いいカモだ。

 だが、それがカモ君の狙いだ。

 

 自分に決闘を挑む者は腕に自身のある恐らく上級生だろう。ドラゴンバスターなんて言う二つ名をつけられたため、同年代との決闘。アイテム入手の機会を失ったカモ君はこうやって自分の弱みを見せて相手から決闘を吹っ掛けてもらうのが狙いでもあった。

 自分から決闘(カツアゲ)をするなんてことは愛する弟妹に知られてしまえば嫌われてしまう。だが相手から吹っかけられたら仕方ないよなぁ?と、下種な考えも混ざっていた。

 

 シュージに決闘を吹っ掛けられたとしてもその時の為にカモ君は自分が扱える全属性の魔法を見せて、シュージ自身が対策を練られるように魔法を見せる。それによりシュージはカモ君以外からもアイテムを入手することが出来る上にカ、自分を倒した時ほどではないが経験値も得ることが出来る。

 

 こうやって模擬戦を繰り課すことでシュージは少しずつ強くなる。

 そうすれば自分がシュージとの決闘で負ける回数を減らせる。

 クーやルーナに嫌われることなく学園生活を過ごせる。そんな打算がカモ君に合った。

 だが、その浅い考えは周りの人間からしたらカモ以外の何物でもなかった。

 




 これで第一章は終了です。
 第二章はしばらく(無期限)時間がかかるかもしれません。
 ある程度書きまとめられたら再び投稿を開始します。


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フラグ職人による後悔のごった煮風味。
序章 ダンジョンに行こう


 リーラン魔法学園。

 そこは国中の貴族。魔法使いの卵達を集め、その国力。魔法兵団の育成場所でもある。

 そんな魔法学園では貧乏貴族といったお金に困った生徒達の為にアルバイト募集の広告を食堂や講堂の前に張り出されている。

 その内容は王都周辺の見回り、野良モンスターの駆除。遠出になるが魔素によって自然発生したダンジョン攻略といった荒事から、

 朝日が昇るかどうかの時に清潔な水の確保の為に病院や飲食店へ赴き魔法で水を生成し提供する。町中に配置された下水道のひび割れを地属性の魔法で塞ぐといった細かい仕事をすることでわずかながらの報酬を貰う。

 当然、モンスターと出くわすことがある荒事の方が実入りはいいがそれでも貴族が平民。衛兵や冒険者のような真似をする事に抵抗がある。しかし、いっそのこと吹っ切れた生徒やどうしてもお金が必要な生徒達はアルバイトを求めて放課後の講堂や食堂に集まる。

 

 アネス・ナ・ゾーマ。

 パーマの掛かった赤い髪をした女子生徒もそのうちの一人だった。

 

 彼女の場合、趣味に使えるお金が少ないため、定期的に講堂の前に張り出されている張り紙を見て実入りの良いアルバイトを探す。

 彼女の場合、学園での成績も中の上なため多少授業をさぼっても後で取り戻せるのでアルバイト料が高いダンジョン攻略でもないかと探していた。

 だが、残念ながらそれはないようで仕方なく王都の見回りのアルバイト広告に手を伸ばそうとしていた彼女の頭上に影がはいる。

 その影の主は頭脳労働派の魔法使いの卵達が通う魔法学園にしては似つかない肉体労働派な戦士のような筋肉の持ち主だった。

 

 エミール・ニ・モカ。

 その肉体からは想像できないが全属性の魔法適正があるエレメントマスターと呼ばれる魔法使い。

 

 アネスの友であるコーテ・ノ・ハントの婚約者で一学年下の新入生でこの魔法学園では異色を放つ魔法使いだ。

 入学する前からレアアイテムを賭けた決闘をやったかと思えば、バトルロワイヤル式の決闘も行い、つい二ヶ月間にはブラックドラゴンとも戦った後輩だ。その風貌からだと二十歳間近の青年にも見えるがまだ十二歳である。

 そんな彼はお金には困っていないが自己鍛錬の相手に困っていた。

 先に述べた決闘とブラックドラゴンとの戦い。それらが原因で彼に決闘を挑む者はめっきりいなくなった。それだけではなく賭けアイテムの有り無しに関係のない模擬戦の相手も少なかった。

 強弱あるが陰謀が渦巻くこの魔法学園では決闘どころか模擬戦を行う事で自分の手札を見られることを危惧した生徒達が多くいる為に、いくら彼が願おうとその対戦相手は殆ど現れない。

 これでは自分を鍛えられないと感じた彼は、このアルバイト募集で行っているダンジョン攻略などモンスターとの戦闘がある危険な場所に身を置いて鍛錬にするつもりだった。

 

 「こんにちわ。アネス先輩。…ダンジョン攻略は、…ないか」

 

 「残念だったね。エミール君。私の期待していたんだけどね。まだ時期じゃないのかな」

 

 こちらに挨拶をして張り出された広告から自分の鍛錬に使えそうなアルバイトを探したが見つからなかった彼は何事も無かったかのようにその場を去ろうとしたが、そこに学園の職員が数枚の用紙を持ってこちらに歩いてきた。

 

 「あの、新しいバイト広告があるんですけど見ますか?」

 

 そう言って職員は二人に見えるようにその用紙を渡した。

 新たに張り出されるバイトの広告用紙に二人が望んでいたものが記されていた。

 

 コノ・ネ・ゾーダン伯爵が収めるゾーダン領でダンジョンが発生。

 仕事内容 冒険者と協力してダンジョンの攻略。及び、その補助。

 報酬 金貨20枚。貢献度により授業課題の免除。

 滞在期間は一週間。

 ダンジョン発生から二ヶ月未満。危険度下の上。

 王都に設置された転移陣からの移動。定員は十名まで。

 

 学生の身で金貨20枚。前世の世界だとサラリーマン一ヶ月分の報酬

 これを見た二人は迷うことなくこう言った。

 

 「「このバイト受けます」」

 

 お金に困っているアネスは勿論、対戦相手に飢えていたエミール。もといカモ君はダンジョン攻略という命の危機もあるかもしれないこのバイトに飛びつくのであった。

 だが、実際のところこの金貨20枚。魔法使いを雇って支払う報酬としては安すぎる。命の危険があるダンジョン攻略に魔法使いが協力するという事はそれだけ他の協力者の危険度が下がる。その貢献度に対して金貨20枚は安すぎるのだ。

 これはあくまでも生徒の手によるもので、その際の不祥事は勿論起こした本人にもあるが、何割かは学園側になる。それが起きた場合、どうして学園はこのような使えない輩を送りつけたのかと責められることになる。

 その為、このアルバイトを受けるには学園長との面接を受け、その人柄、戦闘力からOKサインが出た者だけが受けることが出来る。

 カモ君はその図体にあった膂力。

 そしてこの世界。シャイニング・サーガという世界観を知っている転生者としての知識とエレメンタルマスターという魔法使いとしての全属性の魔法という手札の多さで力量は問題ない。何よりブラックドラゴンと相対して生き延びたという胆力も見れば十二分に合格するだろう。

 転生先の実家にいる弟妹達に良い顔をしたい為に頑張った座学も優秀でダンジョンで出てくるモンスターやトラップなどの知識も豊富。

 今回のダンジョン攻略も今度の夏季休暇で戻った時の土産話にする予定だ。弟妹達に兄の冒険譚を聞かせる。想像するだけで鼻から幸せな愛が生まれそう。

 そんな残念な事を考えているカモ君の外見はダンジョン攻略をクールな表情で受ける向上心溢れる青年に見える。

 この男、思考と言動のリンクが殆ど働かない。学園一、心情が読めない人物なのかもしれない。

 



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第一話 今日から私はロリなヒモ

 「なんで私がダンジョン攻略に参加できないんですか!」

 

 学園長室で一人の女子生徒が声を荒げた。

 黒い髪を腰まで伸ばした魔法学園小等部一年生十二歳の少女。キィ・ガメスは学園長シバが手にした用紙を見せつけられながら今回ゾーダン領で発生したダンジョンの攻略から外された理由を学園長のシバから伝えられた。

 

 「君の場合、実技はいいんじゃが座学の成績が足りないのじゃ。いくら地元に近い領とはいってもダンジョンの中で生まれるモンスターはその生まれた土地に関係してくるのは知っておろう」

 

 「海に近いんでしょ?マーマンとか、人食いイソギンチャクとか、ジョー○ズとか海のモンスターなら水属性で私の魔法のなら一発よ。一発」

 

 光以外の魔法に強い闇の魔法を使う事が出来るキィなら確かにそのような海のモンスターには強く出る事が出来るだろう。だが、

 

 「では質問じゃ。ポイズン・フィッシュが持つ毒に有効な薬草といえばなんじゃ?」

 

 「は、そんなの毒消しポーションや魔法のキュアポイズンで対処できるでしょ」

 

 「お主。そのポーションを持っているのか?その魔法を使えるのか?」

 

 「うっ」

 

 「毒消しポーションや魔法以外の解毒方法は青ワカメの粉末や骨無しにぼしの血じゃ。こればかりは独学で学ぶしかないが、こういった毒を受けた場合の処置を知っているか、いないかで状況は大きく変わる」

 

 そう、キィは金銭的な余裕がほとんどない。その為、万病もとい毒とつくものには大抵効く毒消しポーションを買う余裕もない。

 つい二ヶ月前にカモ君とその婚約者との決闘に負けて、その婚約者の一週間メイドとして無償で働いていた。それから他のアルバイトをするわけでもなくただ普通に学生として日々を過ごしていた。

 カモ君以外の貴族から決闘を申し込まれることを期待していたが、ドラゴンバスターの二つ名があるカモ君を追い詰めた平民としてこの世界の主人公シュージ、キィの二人は顔が知られてしまい、決闘を仕掛けられるという事は無かった。

 決闘に勝てば対戦相手から高価なレアアイテムを入手出来て、それを売り払えば相当な額になる。もしくは賞金として多額のお金を入手出来る。はずだったのに。

 カモ君がドラゴンと戦った事で事情は変わった。

 お蔭でキィはこの学園に来る前に地元の領主ツヤ伯爵から渡されたお金をやりくりしながらの生活になった。

 本当ならぱっと使いたかったが幼馴染で主人公のシュージに止められているので我慢している。

 そこにやって来たダンジョン攻略のアルバイト。せっかく大金ゲットのチャンスが真面目に受けてこなかったつけがここに回ってきた。

 

 「まあそう言った不意の事故に対処できそうにない君の参加を認めるわけにはいかん」

 

 「…毒の対処方法があれば参加を認めてくれるんですね」

 

 「出来ればな。その上、参加募集期限は明後日までじゃ。それまでに定員になれば当然許可出来んぞ」

 

 「わかりました。すぐにその人を用意します!」

 

 そう言ってキィは学園長室を飛び出して行った。

 知識以前に協調性の無さも彼女を今回のダンジョン攻略から外した理由でもある。

 協調性の無い者が何かしらのプロジェクトに参加するなど無理な話だ。出来たとしてもそれはリーダーとか責任者。スポンサーという上位の人間でないと駄目だ。

 しかし、人脈も確かにその人の力である。キィが学園長の納得のいく人材を連れてくることが出来れば考えないでもないが…。

 協調性のない人間にそれほどの人脈があるのかと思わずにはいられない。学園長だった。

 

 

 

 図書館で水辺に出没するモンスター図鑑を見ていた少女にキィは頭を下げていた。

 

 「それで私にお鉢が回って来たの?」

 

 キィが学園長室を飛び出してから一時間。彼女はカモ君を除く自分のクラスメートに声をかけていったが全員駄目。

 まだ入学してから二ヶ月という事もあってキィとそんなに仲が良くなるクラスメートでもなければ知り合いでもない彼等にキィの頼みを聞く奴はいなかった。

 キィの知り合いで、解毒魔法が使えそうな人間などそうそう見つからなかった。そして、最後の手段として頼み込んだのはカモ君の婚約者であるコーテ・ノ・ハントだった。

 空色の瞳と肩まで伸ばした髪。そしてクールな佇まいから同世代からはお姉様と慕われている彼女だが、低い身長とその幼児体型から一番低学年のはずのキィよりも幼く見える。

 

 「お願い。お金が欲しいの!」

 

 「直球。嫌いじゃないけど好きでもない」

 

 コーテがキィのお願いを聞くメリットがない。

 なにせキィはコーテの婚約者のカモ君を目の敵にしている。そんな相手の頼みをどうして了承しなければならないのか。

 

 「私が貴方のお願いを聞くメリットは何?」

 

 「なによっ、可愛い後輩が困っているんだから助けてくれてもいいじゃない」

 

 「…もう帰ってもいい?」

 

 コーテが本を閉じてその場を後にしようとするとキィは慌てて媚びへつらう。

 

 「あげるからっ。報酬の何割かをあげるからっ」

 

 「どれだけ渡せる?」

 

 「え、えーと。に、二割」

 

 「さようなら」

 

 「待ってよー。じゃあ三割。いいえ四割でどう」

 

 「一週間もダンジョン攻略に付き合わされるのにたった金貨八枚?あなたダンジョン攻略の相場を知らないの?」

 

 コーテの実家であるハント領はダンジョンがよく発生するのでその度に冒険者達を集めて攻略する。その為、コーテは今回のダンジョン攻略の報酬が低すぎることを注意する。

 

 「う、ううう。なら、半分!五割でどうよ!」

 

 「七割。金貨十四枚。これでもかなり割引している」

 

 ダンジョン攻略は命懸けの仕事でもある。それをたった金貨十四枚。平民の平均月収の約半分で受けるのだ。これほど安い物はない。

 

 「うぐぐ、せ、せめて六割。金貨十二枚にしてください」

 

 「…はぁ。あなた普通にアルバイトしたほうが実入りいいよ」

 

 命の危険があるアルバイトを一週間やって実質金貨八枚しかないと言われたらコーテはもちろんアネス。キィの幼馴染のシュージもやらないだろう。それこそコーテの言うように普通のアルバイトをした方がいい。

 ちなみにカモ君の場合は鍛錬ついでだから構わない。自分は無償でもいいよと言うだろう。

 

 「…分かった。六割で手を打つ。その代わり、貴女もここでゾーダン領と水辺モンスターの事を勉強する事」

 

 「うう、わかりました」

 

 水属性の解毒魔法を使えるコーテがいるかいないで大分状況は変わる。彼女の有無で自分の生存が買えるなら安い物だ。それにダンジョンでマジックアイテム。レアアイテムを入手出来ればそれだけで元は取れるどころか三ヶ月は遊んで暮らせる。

 その上、キィとシュージにはレベルアップというチート能力が備わっている。生物としてのレべルが上がればボーナスポイントが手に入り、それを自分のステータスに割り振る事でその能力を引き上げることが出来る。

 レベルを上げるには自分と同じ属性の魔法使いと戦い勝つ。もしくはモンスターを倒して経験値を得てレベルを上げる事。

 その為、今回のようなダンジョン攻略は彼女にとってはレベルも上がるし、レアアイテムを入手できるかもしれない上にお金まで手に入る一石三鳥の出来事だ。だから嫌な相手にだって頭を下げるのには抵抗あるが出来ない事ではない。

 いずれは相手に頭を下げさせてやると邪な事も考えているが今はそれを表に出すのは得策じゃない。

 

 「い、一応聞くけど。もし攻略中にアイテムを見つけた場合は」

 

 「アイテムは貴女の物。手に入れた物はプラスであれ、マイナスであれ、発見者。遭遇者の物。それに文句をつけるのは貴族の恥」

 

 つまり、以前カモ君がダンジョン攻略でいちゃもんをつけて取り上げた事があるカモ君の父。ギネ・ニ・モカは貴族の恥である。

 

 「それともアイテムの有無に関わらず手に入れた物はすべて私に渡す?それなら金貨は全部貴女の物でいい」

 

 「ば、馬鹿言わないで。そんなの嫌に決まっているじゃないっ。マジックアイテムは金貨20枚よりも多いに決まっているんだから!」

 

 どうやらマジックアイテムの相場は知っているようだ。平民が貴族に対しての態度ではない。常識をまだあまり理解していないキィだが、物の価値は知っているようだ。

 

 「そう。分かっているならいい。じゃあ、ついでに貴族への対応も勉強してね」

 

 コーテは自分が呼んでいたモンスター図鑑をキィの目の前に差し出しながら新しい本を探すために本棚の方へと足を向ける。

 渡された本を見ながらキィはある事に気が付いた。あまりにも都合が過ぎる本に違和感を覚えた。

 

 「もしかして、最初から今回のダンジョン攻略に乗り気だった?」

 

 「当然。婚約者が出向くならそれに同行するのが伴侶の務め」

 

 コーテは今回のダンジョン攻略にカモ君が赴くことを事前に知らされていた為、コーテもダンジョン攻略に応募した後だった。今回のアルバイトで出現するだろうモンスターの事を勉強していた所にキィが頼み込んで来た。

 彼女からすればキィの態度が未だになっていない事と人に頼み事をするときには報酬を準備することを学んでほしいということもあってからこのような金銭のやり取りをしたのだ。

 

 「だ、だったら私からお金を取らなくてもいいじゃない!」

 

 「そうね。貴方を置いてダンジョンに出向くことも出来たわね」

 

 キィがコーテを連れてダンジョン攻略に行くのではない。コーテがキィを連れて出向くのだ。それをしっかりキィに教え込むコーテ。キィはこの条件を飲むしかない。飲まなければ自分はダンジョン攻略に行けないからだ。

 

 「う、ううう~っ」

 

 「今後、こうならない為にも勉強しなさい」

 

 悔し涙を溜めているキィに対して突き放すように言うコーテだった。

 この後、図書館の閉館時間まで勉強したキィは闘技場でカモ君と模擬戦をしていた幼馴染のシュージにもダンジョン攻略に付き合うように言ったが、シュージはそのアルバイトがある事に初めて気が付いたところでキィ自身も学園長にコーテとの協力が取れたことを報告することを忘れていた為、慌ててシュージの手を引いて学園長室まで走り出すのであった。

 



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第二話 手のかかる後輩達

 幼馴染のキィと共にダンジョン攻略のアルバイトを申し込んだ翌日。

 面接で資格ありと合格を貰ったシュージは困っていた。

 なんでわざわざ火属性の魔法使いである自分が水属性のモンスターが出現するゾーダン領のダンジョン攻略に赴かなければならないのか?

 ゴブリンやコボルトといった何の属性を持たないモンスターならいざ知らず火属性の魔法は水属性のモンスターには効果があまりない。

 そして面接を受けたはいいもののまさか合格するとも思わなかったから。

 カモ君のように全属性が使える魔法使いでもなければ、剣術や体術で対応できる戦士でもない。

 それなのに今回のダンジョン攻略に合格したのは、あえて不利なダンジョンに挑み経験を積むという向上心を代われたからだろうか?

 カモ君に憧れを持つシュージは、彼が挑戦することは自分もやってみたいというある意味、アイドルの行動を真似るファンのようなものだ。

 魔法使いとして、一人の男として憧れているシュージは今回のダンジョン攻略にカモ君も参加すると聞いたから受けたら本当に受かった。

 キィと違ってシュージは座学でも優秀な成績を収めていた事、キィが受け答えできなかった水辺のモンスターの対応にも答える事が出来たので合格を貰ったのだ。何より、彼の持つ魔法の才能は威力だけを見れば初等部では最強と評価することが出来るので学園長のシバも今回のアルバイトを許可したのだ。

 正直、ダンジョン攻略にかかる日程の一週間はカモ君と模擬戦をしていたかったが、そのカモ君が今回のダンジョン攻略に乗り気だった。

しかもカモ君自身がシバにダンジョン初心者がいたらサポートすると言ってのけたのだ。

 カモ君は実家の領地と婚約者の領地で発生したダンジョンを何度も攻略した事がある猛者だ。経歴とその体格から魔法使いではなく冒険者といった方がいいかもしれない。それなのに魔法の成績も優秀と絵に書いたような優等生だが、それらは全て愛する弟妹達に褒めてもらいたくてやっている事を婚約者のコーテ以外誰も知らなかった。

 

 カモ君はブラコンであり、シスコンである。

 

 いずれは自分を倒してのし上がるだろうシュージにはもっと強くなってもらう為に今回のダンジョン攻略、シュージとその幼馴染キィをサポートするだろう。

 勿論、シュージ達の成長を阻害しないように必要最低限のサポートしかしないだろうが、今回のようにお金に困って装備やアイテムに不安がある彼等に対して、ダメージや毒を受けるようなことがあればその多彩な魔法で彼等を助けるつもりである。

 カモ君にとって、万が一にでもこのダンジョン攻略でこの世界の主人公と思われるシュージが死んでしまう事があれば、ひいてはこの国の滅亡につながる恐れがあるので出来る限りのサポートをする予定である。

 この国が滅べばこの国の貴族である弟妹達にその被害が及ぶ。それはそう遠くない未来で起こる戦争で英雄になるはずのシュージに何かあった時だ。そうなればカモ君は弟妹達を連れて他国に亡命するつもりだ。余力があれば婚約者のコーテも連れて逃げる算段である。

 愛される兄貴が婚約者を見捨てるという自分の株を下げるような真似はしない。

 第一に弟妹。第二に自分。第三に自分の婚約者。四以降はその他になる。

 

 カモ君はかなりブラコンであり、かなりのシスコンである。

 

 いずれは自分を踏み越えるだろうシュージに対してこうやって援助するのも全ては弟妹達の為である。

 そんな事を知らないシュージは次の休みまでに必要な道具を準備するためにキィやカモ君と共に図書館にやって来た。

 ゾーダン領で見かけられるモンスターや過去のダンジョンで出現したモンスターの履歴。それに必要なアイテムを調べ上げて次の日の休みに市場へ出向きそろえられるだけの事をする予定だ。

 

 「今さらだけど俺なんかが役に立つのかな…」

 

 「何言っているのよ、シュージ。ダンジョンよ。ダンジョン。マジックアイテムをゲットできるチャンスを見逃してどうするのよっ」

 

 「そうだぞ。それに今のうちに得意な事ばかりじゃなく、苦手な事。不利なモンスターにも慣れておけ。その経験はいつかきっと役に立つ」

 

 全属性が使えるエレメンタルマスターであるが故に全属性が弱点のカモ君が言うと説得力がある。

 

 カモ君が得意な事。愛する弟妹達と戯れる事。三日三晩、休むことなく戯れることが出来る。むしろ体調は良くなる。

 カモ君が苦手な事。ハイレベルな力量を持つ弟との魔法訓練。補助と回復魔法無しでは確実に完敗する上に筋肉痛。及び周りへの被害が甚大になる事。なにより弟妹達に嫌われる事である。

 

 カモ君が愛する弟。今年で八歳になるクーに、カモ君は全力を挑んだ上に兄の意地も賭けた上でようやく勝てるかどうかの実力である。

 毎回どうにか兄の威厳を保つ事が出来たカモ君は、その過酷さを乗り越えることが出来たお蔭で新入生どころか初等部三年の中ではトップクラスの実力を有していた。

 我ながら自分の言葉に納得するカモ君だった。

 

 本当にうちの弟は天才である。でもお兄ちゃんまだ負けないぞ。

でも毎回負けそうだぞ。(震え)

 

 エレメンタルマスターという全属性の魔法が使えるカモ君の強さはその手札の多さ。

そんなカモ君が追い詰める事が出来る彼の弟クー。彼こそこの世界の主人公なのではと今でも疑うカモ君は弟に強くなるという約束をしたため、今回のようなダンジョン攻略に飛びつかずにはいられなかったのだ。

 そんなカモ君と似たような想いを持つのがシュージとキィだ。

 レベルアップというステータスを上げることが出来るチート能力を持つシュージとキィはモンスターとの戦闘、魔法使いとの戦い、魔法の鍛錬や勉学で生物としてのレベルを上げて強くなることが出来る。

 シュージは世話になっている地元の領主。ツヤ伯爵への恩返しの為に強くなろうとしており、キィは贅沢気ままな生活をするために強くなろうとしていた。

 そんな三人を待っていたかのように図書館に設置されたテーブル席に座っていたコーテとアネスが手招きをしていた。

 

 「お、後輩君達やって来たね」

 

 「あ、遅くなってすいません。ゾーマ先輩」

 

 頭を下げながらやって来たシュージにアネスは気にしていない様子で自分達が確保していたスペースに迎え入れる。

 対するキィとコーテは明らかに違う雰囲気で話し合っていた。

 

 「あなたはこっち。あとこれに着替えてきなさい」

 

 「…いやぁ、もう、無償労働はいやなの」

 

 コーテに渡された紙袋の中にあったのは学生寮の手伝いを従者達がよく着る服装。メイド服だった。

 これは二ヶ月前の決闘に負けた時にパシリを強制させられた負の遺産でもあり、キィにとって無償労働の証と認知されつつあり、忌避する物でもあった。

 

 「毒消しアイテム代。個別に請求してもいいなら着なくてもいい」

 

 「…わかりましたっ。着ればいいんでしょっ、着れば!」

 

 コーテとカモ君がいればダンジョンで毒を受けても解毒魔法を受けることが出来る。 しかし、ダンジョンでは不測の事態がよく起こる。もしも二人とはぐれた時にも解毒のアイテムを持っていれば対処できる。

 コーテは後払いになるが、キィからの報酬の金貨十二枚からそのアイテムを購入し、今回の五人メンバーに割り振ると約束していたが、キィはその対価としてゾーダン領のダンジョン攻略まではコーテの特別講義を受けることになっていた。要はパシリである。

 メイド服を受け取って女子更衣室に向かうキィの後ろ姿を見ながらカモ君達。

 

 「容赦ないな」

 

 「これくらいしてもらわないと彼女はここでやっていけない」

 

 こうやって言葉を気軽に交わす彼等だが、貴族と平民。身分が違う。平民が貴族に何かしでかせばそれを起因に手打ちにされるだろう。

 未だに貴族への接し方が成っていないキィへの教育として、あえてコーテは厳しく接するのだ。決してキィにメイド服を着せたがっているわけではない。

 

 「手のかかる子の面倒を見るのは大変」

 

 「そうだな」

 

 カモ君も今はまだ弱いとはいっても初等部では中の上か上の下の実力を持つシュージのレベルを上げるため。決闘に負けて装備品を渡すために模擬戦や今回のダンジョン攻略に向かうのだ。

 コーテの気持ちは分からんでもない。

 

 「・・・手のかかる子の面倒を見るのは大変」

 

 「なんでこっちを見ながら二回言った?」

 

 コーテの視線がいつの間にか自分に向いている事がわからないカモ君だった。

 



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第三話 強すぎる刺激体験

 図書館で水辺のモンスターの情報とその対策方法を調べ上げたカモ君達は翌日。学園の休日にもあたるその日にコーテとアネス。シュージにキィの五人揃って王都西部。ゾーダン特別商業地区と呼ばれる市場にやって来た。

 ここには国の首都から西部にある有力な領地を繋ぐ転送するための大掛かりな魔方陣があり、そこを中心に様々な商店が立ち並んでいた。

 その魔方陣は王都リーランの最西部に設置されており、そこには多くの商人と王都の兵隊。商品を求める平民達で溢れかえっていた。そこはまるで港町のような賑わいを見せていた。

 実際、リーラン国で海産物などを口にすることが出来るのは首都かゾーダン領のように海に隣接している領地でないとできない。

 毎日、ゾーダン領で採れた海産物はその量と首都リーランを瞬時に移動することが出来る魔方陣によって転送される。他国のスパイやモンスターが間違って通ったりしないように魔方陣の周りには関所が設けられており、そこを通過するにも手間がかかる。

 一般公開されている転送の為の魔方陣は最西端のゾーダン領の他に、最北・最東・最南と隅々とまではいかないが要所に設置されている。

 魔方陣がある所は国の要にもなるので警備も厳重だがそれ以上に人の往来が盛んで、魔方陣がある領は大体景気も盛んである。

 学生服でやって来たカモ君達も市場に入る前には関所の役人達にアナライズという解析魔法を使われて危険物の持ち込みが無いかをチェックされるほど厳重な市場であった。

 

 「今日買い揃える物は骨無しイワシの干物をこれで買えるだけ買う事。青サンゴの粉末も銀貨三枚までだったら買う事。それ以上値段は交渉。それからゾーダン領での噂話も聴き出せたら聴き出しておいて」

 

 「はい。コーテ先生。おやつは銀貨何枚までですか?」

 

 「一枚まで。その代わり超過したら銅貨一枚につきエミールの張り手一発」

 

 アネスの冗談に真面目に返すコーテ。

 銅貨一枚は日本円だと百円前後。

 銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚になる。

 つまり金貨一枚分。一万円分買えばカモ君の鍛え抜かれた体による張り手が百発受けることになる。

 並の人間が百発も受けたら死ぬんじゃないの?

カモ君の張り手は鞭打ちより効くと思った一同はコーテから渡された二枚の金貨を恐る恐る受け取った。

 市場に出回る商品はいつも時価であり、値段はいつも変動し、店によっても変化する。

 今回はこの広い市場を四方と中央に出ている店にそれぞれ個人で出向いて目的の物を購入することが目的。要はお使いである。

 

「それじゃあ、二時間後にここに集合」

 

 コーテの合図でカモ君達は自分達が担当する方向へと足へ進めた。

 この五人メンバーの中で一番幼く見えるコーテが他のメンバーを引率している光景は周りから見たらいように見える。が、彼女が一番の年長者であるが一番メンバーの事を考えている人物でもある。

 現にこの買い物でも物の価値を教えるつもりでお使いに活かせる。そうする事でお金の大切さを学んでほしいのだ。特にキィとカモ君。

 浪費家なキィはもちろんだが、カモ君も実は浪費家である。

 以前、ハント領でダンジョン攻略を手伝っている時に領にやって来た商人達が小さな子供向けに作った玩具をカモ君に売りつけたことがある。

 最初はガラクタに近い玩具なんかに興味は無かったカモ君だったが小さなお子様には特に人気があるというフレーズに惹かれて購入してしまったことがある。

 これを二人の弟妹に与えれば喜んでくれると信じ込んだカモ君はガラクタを購入。それを二人に渡す前にコーテに見つかり、事情を聴いて渡すことを諦めるように説得するには時間がかかった。

 現に同じガラクタを持った子ども達を見た弟妹達にあの玩具をどう思う尋ねた時に帰ってきた答えは、いらない。の一言だった。

 それ以降もカモ君は弟妹達が喜ぶというフレーズを聴くと思わず購入してしまうほど浪費家になってしまうのだ。

 せっかくダンジョン攻略で手に入れた報奨金の四分の一をフレーズの効いたガラクタ購入に使ってしまった事を知ったコーテは出来るだけカモ君の財布を預かるようにしていた。

 欲しいものがある時は自分も連れて行くこと。決してデートの口実だとか思ってはいない。と、自分に言い聞かせるコーテ。しかし時間が余ったら二人でこの市場を回るのもいいかもと思うコーテだった。

 

 

 

 コーテから金貨を渡され、南側の出店や雑貨店に顔を出しては目的の者が無いかを店主に聞くシュージは改めてダンジョン攻略をする人達の凄さを痛感していた。

 ダンジョンに挑む前の準備。

学園で調べた所、毒を受ければ呼吸困難や出血に麻痺といった症状に苦しめられて死ぬ。そうなる前に毒消しのポーションかその毒に見合ったアイテムを使用して対処しなければならない。

 モンスターによって、使うアイテムは違う。今回のように水辺のモンスターの毒には骨無しにぼしなどが有効だが、湿地帯に行けばその地域に生えている毒消し草。鉱山ではそこから湧き出る深層水といった具合にその地域で入手できるアイテムを使うか毒消しポーションを使うしかない。

 全ての毒に効果のある毒消しポーションの値段は一つ金貨五枚。しかも日持ちが悪い。それを事前に入手出来る冒険者や魔法使いはごくわずかだ。なにせコスパが悪すぎる。かといって、その地域に合った毒消しのアイテムが事前に入手できるのかといわれたらそれも難しい。

 今自分がいる市場ならまだしも、王都から離れた地域に出現するダンジョンの周りで解毒アイテムが必ず手に入るというとは限らない。むしろその地域に住んでいる人達が使う為に品切れになるのが常だ。誰だって毒を受けて死にたいわけではない。モンスターを生み出すダンジョンが発生すれば尚更だ。

 それなのにそのアイテムを準備できる潤沢な資金を準備するのは難しい。自分達のようにお金に困っている人間なら尚更だ。

 今回はキィから絞り上げたお金をコーテが前払いとはいえ出資してくれた事に感謝をしながら目当てのアイテム。一つだけ残っていた青サンゴの粉末の入った小瓶を見つけた。しかも想定よりも少し安い値段の銀貨二枚で陳列していた。それを買おうとして手を伸ばしたが、その商品を同時に手にした人がいた。

 

 「おっと、君もこれを欲しがっているのかな?」

 

 空色のコーテの髪とはまた違った深海の青色に近い髪を肩甲骨まで伸ばした十五歳前後の美人といってもいい人物だった。

 まつ毛は長く、整った顔立ち。少し細いながらもしっかりと鍛えられた体つきはまるで演劇に出てくる俳優のようにも感じさせた。

 青いジャケットに白いジーンズをつけ、レイピアのような細身の件を腰につけた中性的な、しかし大きく膨れた胸の部分がその人物を女性だと物語っていた。

 そう言いながらも彼女は小瓶から手を離さない。シュージも離さない。当然だ。これは生命線だ。これを入手できずにダンジョンで毒を受ければ死ぬかもしれないから。

 

 「まあ、そうですね」

 

 「僕に譲ってくれないだろうか。こう見えても僕は明日ダンジョンアタックをするんだ。それにはどうしてもこれが必要でね」

 

「奇遇ですね。自分達もこれを必要とするんですよ。ダンジョン攻略に」

 

 彼女はにこやかに。しかし、それでも手をどかせる気配はない。むしろシュージにその手をどけろと言わんばかりにアイテムを握りしめる。

 負けじとシュージも力を込める。既に金銭面ではコーテに。ダンジョン内でも毒やダメージを受けたらコーテとカモ君の世話になるかもしれないのだ。

 買い出しくらいは役に立ちたい思いもある。その為、このアイテムを譲るつもりはなかった。

 

 「まあ、いいじゃないか。達という事はパーティーで挑むのだろう。僕はソロで挑むんだ。その危険度はパーティーの比じゃない。それを汲んで譲ってくれてもいいんじゃないかな」

 

 「自分達は確かにパーティーですけど。その分使う機会が多いかもしれないんですよ。人数が多いと使う回数も多くなりますし」

 

 お互いににこやかに。しかし、アイテムの詰まった小瓶を掴むその手は固く握りしめられていた。表情は爽やか同士なのにどうして首から下は剣呑な空気になるのか?

 それはきっとお互いの命がかかった事案でもあるからだ。お互いに引けない。そんな時間がもうしばらく続くかと思ったが、不意に彼女がアイテムを握っていない手でシュージの空いた手を掴み自分の胸に押し付ける。

 

 「な?!」

 

 思春期のシュージには刺激が強すぎるその感触は思わず全身の力が緩んでしまう。それを見た女性はにやりと笑みを浮かべると、その隙をついて小瓶を抜き取ると彼女は素早く店員に銀貨二枚を渡して店を出て行った。

 

 「はっはっはっ。いい買い物をしたね少年」

 

 そう言葉を言い残して足早に去っていく彼女は人ごみの中に消えていった。

 シュージは柔らかい感触を受けた手を震わせながら彼女の背中を目で追う事しか出来なかった。

 それからというもの、シュージは待ち合わせの時間まで目的の品物を探そうとしたが、その若すぎる精神性にはその強すぎる刺激の為、まともに思考が働かず、結果として他の店で見つけた青サンゴの粉末を予算より高い値段で購入してしまったため、罰としてカモ君の張り手を一発受ける羽目になるのであった。

 




 カモ君「スケベ体験する奴はBENDAぁ!」
 シュージ「アーーーッ!」


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第四話 お前がやっぱり主人公

 ゾーダン領へとつながる魔方陣の前では魔法学園から攻略のサポートとして送られる生徒は十数名。

 その第一陣として既にカモ君達より先輩の中等部から五名。高等部から三名。そして引率として先生が二名先に一時間前に現地へ赴き、それに追随するようにカモ君達が今から転送される。

 カモ君は初めて使う転送陣を見ながらある種の感慨にふけていた。

 この転送陣は前世のゲームではワープポイントとしてぽんぽん使われていたが、実際問題だとこれを使うにも資格が必要になる。これを個人で使う事は難しい事だ。使うにしても手間と金が沢山かかる。

 何せ、ここを押さえるだけでリーラン国の王都リラの兵糧の三分の一を押さえられるのだ。塩に外国から来る香辛料に他国の情勢なども押さえることが出来る。まさにこの国の生命線。

 魔法学園側のコネが有るとはいえ早々に使える物ではないな。と考えていたカモ君は自分の装備品のチェックを行う。

 今回のダンジョン攻略ではモンスターの討伐より解毒や回復を期待されているので、婚約者のコーテとおそろいの水の軍杖は勿論持ってきている。

一応貴族の証としてマントをコートのように羽織っているが、その下には使い慣れたレザーアーマーを着込んでいるカモ君。彼だけは魔法学園の人間としては見た目も装備も違っていた。

 そして、前日買い集めた解毒アイテムの入ったポーチの中身を確認する。

煮干しと青い粉末が入った小瓶がそこにはしっかりと詰め込まれていた。一見すると料理の材料ように思えるがこれはちゃんとした経口摂取する解毒アイテムである。そのまま口に入れるとむせそう。

 そしてカモ君達が転送陣の上に移動してその魔方陣を起動させる役人たちが詠唱を終えると魔方陣が輝きだす。その光に包まれ、周りの景色がその光で見えなくなる。

 その光が収まったかと思えば肌に張り付くような湿気。王都のような都会の風とは違う風を感じたらそこは王都リーランではなく、港町。ゾーダン領の心臓部である市場の真ん中だった。

 王都リラから数瞬で移動したことを確認したカモ君達は転送先で待っていた先生、先輩方と合流するとゾーダン領領主の館があるコノ伯爵に挨拶に出向く。

 歩いて一時間ほどかかると聞かされたキィが馬車を借りていけばいいのにとごねるが先生方の自費の二文字に屈してぶつぶつ言っているなか、カモ君は先輩方と今回のダンジョン攻略について情報交換をする。

 今回のダンジョンは発生してから一ヶ月は経過しているダンジョンは攻略が開始されてはいた。階層は十階層までは攻略したが未だにダンジョンコアがある最下層は見えない。もしかしたら今の倍はあるかもしれないという話も上がっている。

 そして魔法学園下級生である自分達はその攻略されたフロアで見落としが無いかのアフターフォローで呼ばれたことの説明を受けた。要は後詰め要員だ。

 それを聞いたキィは大きな声を出しながら意義を訴えた。

 

 「それって、私がアイテムを見つける機会が減るじゃない!というか、ないじゃない!」

 

 そう、ダンジョンはレアアイテムを生みだす事もあるがそれは稀な事象で既に攻略したフロア=生まれたアイテムは拾い尽くしたと意味でもある。

 

 「その分、モンスターとの戦闘も少ないないからある意味安全にお金を稼げるんだけどな」

 

 「そんな事じゃ儲けが少ないじゃない!私はアイテムが!お金が欲しいの!」

 

 アネスの言葉に反論するキィの気持ちが分からないでもないカモ君は彼女にやや同情的な目で見る。

 カモ君の目的はモンスター討伐によるレベルアップだ。

これは主人公であるシュージに比べるとあまりにも微々たる物だがそれでも自分の力量を上げ、シュージがそんな自分を倒した時に得られる経験値でレベルアップしやすいようにするために自分を鍛える。

 気分は養豚場の豚だ。そう考えていると街並みにある窓ガラスに写っていた自分の瞳が無機質になるのがみてとれた。

 そして、ダンジョンで生まれるアイテムの回収。

 これもいずれ決闘でシュージに負けて明け渡す予定の物だ。

 教えてくれコーテ。俺はあと何回シュージに搾取されればいい?クーとルーナは教えてくれない。訊かれてないから答えようもないのだけれど。

 

 「そうは言うけどさ。キィ。俺も含めて俺達はまだ下級生だぞ?しかもダンジョン攻略初心者がダンジョン最前線の攻略班に混ぜてもらえるわけないだろ」

 

 シュージの言葉にキィは頭を抱える。

 それはせっかくの大金をはたいてマイホームを建てるのに一流建築者ではなく下っ端一年生に任せるような物である。

 彼の言う事も最もだ。しかし、物欲に目が眩んだキィにそれが通用する物でもない。

 

 「分かるけど。分かっているけど…。これじゃあ普通にアルバイトしたほうが、実入りがいいじゃないっ」

 

 「私は最初にそう言った」

 

 コーテはそんなキィの肩に軽く触れながら端的に言う。

 こうなってはただの社会見学もといダンジョン見学に近い。

 この伯爵の屋敷につくまでキィはぶつぶつ文句を言い、シュージがそれをなだめ、それを見たコーテとアネスは呆れ、カモ君は外見上クールぶっているがシュージに遠くない未来でやられなきゃいけないんだよなと先回りの後悔をしていた。

 

 そんな思惑が続く中、カモ君達はようやくゾーダン伯爵の屋敷にたどり着いた。港町という貿易を担うだけあってカモ君が見てきた屋敷の中で一番広く大きな豪邸を通るカモ君達。

 その道中で、その屋敷を行き来するレザーアーマーや金属鎧を身に纏った強面の冒険者達が数人出入りする。しかし、その中で異色を放っている存在がいた。

 レイピアを持った青い髪の少女。可愛らしいと言うよりも綺麗とその少女はカモ君達。正確にはシュージとすれ違う際に小さな声で「また会えたね少年」と呟くと振り向きもせずに屋敷の外へと歩いて行った。

 そんな彼女とは対照的にその場で立ち止まり振り向いたシュージにキィ、コーテ、アネスも続いて立ち止まりどうしたのかと彼に尋ねる中。カモ君だけは違う事を考えていた。

 

 もうフラグ建てていたのかよ。はえーよ。主人公。お前がナンバーワンだ。

 

 シャイニング・サーガのヒロインの一人である少女の一人との出会いに感動するよりも、目の前の主人公のフラグ回収能力に戦慄するのであった。

 

 

 

 「以上五名が魔法学園からの追加メンバーです。本格的な攻略はやりませんが見落としのチャック。浅い階層のモンスターの討伐を主に進めていきます」

 

 引率の先生に連れられ屋敷に入り、この屋敷に務めているメイド達に案内を受けて、コノ・ネ・ゾーダン伯爵の財務室に招かれたカモ君達は伯爵の前に並ぶように立って軽い自己紹介をすると、身長の低いコノ伯爵はカモ君の名前を聞くと眉尻をあげて声を上げた。

 

 「エミールッ。まさかあのドラゴンバスターの?!」

 

 「俺は時間稼ぎが精一杯でしたよ。バスターなど名乗る程戦果を挙げた覚えはありません」

 

 「いやいや。ドラゴンと対峙して生き延びただけでも十分の戦力だにゃ」

 

 執務席から飛び降り、カモ君の近くまで歩み寄ってきたコノ伯爵。

 彼の低い身長はまるで炭鉱や鍛冶が得意な種族ドワーフや行商と大道芸の得意な種族のホビットといった背の低い種族を髣髴させる背の低さで、人種族の十歳前後の身長。コーテと同じくらいの身長の伯爵はカモ君の手を取り上下に振る。

 

 「魔法使いと聞かされたのに一人だけ戦士然とした人間がいるなと思えば、君が噂のっ。これはこれは。うん。ドラゴンバスターでエレメンタルマスター。その上戦士の体とは君は実に才能にあふれているにゃ」

 

 その言葉にカモ君は異を唱えたかった。

 確かにエレメンタルマスターは天から与えられた才能だが、戦士の体は弟妹達にちやほやされたいという欲望からの努力。ドラゴンバスターも愛弟を助ける時についたものだ。

 断じて天からの才能と言われたくはない。それを否定しようと思ったが、そうすると相手に悪印象を与えるかもしれない。

それくらいだったらこれに気をよくして気持ちよくダンジョン攻略をさせてもらった方がいい。

 しかし、さすが転送陣が設置されている港町の領主。ドラゴンバスターは秘匿にされていないが、エレメンタルマスターであることは出来るだけ控えているにも関わらず、王都で噂になっているカモ君の情報を握っているコノ伯爵。港町。貿易を主流とする領主だけに情報には一際敏感のようだ。

 

 「出来れば君にはダンジョン攻略の前線を任せたいんだけど…。それだと先発の冒険者達に申し訳が立たないんだにゃ。悪いけど君もダンジョン後発組になるにゃ」

 

 「仕方がありません。その辺りは心得ています。ダンジョン攻略は個人で行う事ではありません」

 

 ダンジョン攻略は常に危険が伴う。熟練の冒険者や魔法使いでも最低でもパーティーを組んで攻略に挑む。更にそのパーティーが何組も集まって攻略する。それはダンジョンで起こるリスクを分散して攻略する事が普通だ。

 いくら噂のカモ君が実力者だとしても、ぽっと出の彼がいきなりパーティーに混ざっても不和を生むかもしれない。

 何せ、ダンジョン攻略の旨味の一つであるレアアイテムの分け前を奪われるかもしれないからだ。命を賭けているのに分け前が減る。そんな事を享受できるほど冒険者達もおおらかではない。

 

 「それに今はギルドで勢いづいている冒険者が数名。今回の攻略に着手しているにゃ。彼等の機嫌を損なえば今後のダンジョン攻略に参加してもらえないかもしれないのにゃ」

 

 その冒険者はそれぞれ『鉄腕』と『蒼閃』呼ばれる冒険者。

 『鉄腕』は肩から指先にかけて金属鎧のプレートアーマーを装着して、残りはレザーアーマーで身を固めた格闘術を扱う男の冒険者。そのバトルスタイルから鉄腕と呼ばれている。

 『蒼閃』はその素早いレイピアによる抜刀と刺突。そのスピードで他の人間が見ると彼女の髪が光を反射して、まるで青い閃光が其処を走っているように見えるところからつけられた女の冒険者。

 この二人はこの付近の冒険者ギルドでは注目株の冒険者。この二人の機嫌を損なう訳にはいかないコノ伯爵は、これまで魔法学園から来た生徒達に冒険者と諍いを生まないように口を酸っぱくして注意をしている。

 

 「何言っているのよ。そんな事をしたらレアアイテム目当ての私。じゃなくて生徒の意欲が削がれちゃうじゃない。やる気なんて出なくなるわよ。ダンジョン攻略に支障も出るわよ。いいのっ、それで」

 

 キィがコノ伯爵の言葉に異を唱える。

 確かに魔法使いの機嫌を損ねるのもマズイ。冒険者達でも用意はできるが、火と水の確保を魔法使いがいるだけでそれを賄えるからだ。

 火は大事だ。食事を取ったり、暖を取ったり、ダンジョンの暗闇を照らしたりすることが出来る。

 水も大事だ。痛みやすい水を飲むことで体調を崩すことが多々ある中、魔法で作り出した新鮮な水はすぐに飲める貴重な物だ。その上、装備品の洗濯や傷口を洗い流すなど衛生面で役に立つ。

 それであるにもかかわらず伯爵が忠告するのは、それだけその冒険者が有用だと言う事。少なくても空気を読まず文句を言うキィよりは集団行動は得意そうだ。

 悪態をつくキィの口を抑えるシュージだが、時すでに遅し。

 しかし、それが普通だ。冒険者と魔法使いの溝は平民と貴族並に仲が悪い。

 勿論冒険者の中には魔法を使えるのもいるがそれはほんのごくわずかだ。

 

 「それではお願いしますにゃ。魔法学園の皆さん」

 

 キィのおかげで場の空気が悪い物になってしまった。先行きが不安になるがカモ君達は伯爵の言葉に頷いた。

 こうしてカモ君達のダンジョン攻略は始まるのであった。

 



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第五話 インがオホー!!

 ダンジョン付近に設置された簡易宿舎。そこはコノ伯爵がダンジョンの確認をして用意してくれたプレハブ小屋のような建物が二十近く立ち並んでいた。

 その建物からは多くの冒険者、そして魔法学園から来た先輩達が出入りしていた。だが、彼等が目を合わすことは少ない。

 貴族だから、平民だからとお互いを無視し合うような雰囲気。だが、その空気をあえて読まないで挨拶をする。

 

 「エミール・ニ・モカです。今日からよろしくお願いします」

 

 目の前を通り過ぎそうになった冒険者達に向かって握手を求めるカモ君。

 その体格から同じ平民の冒険者だろうと思っていたが、ミドルネーム持ちでマントを纏っているから貴族だと判断し直した冒険者はカモ君の事を無視し直そうとしたが、彼に続く者がいた。

 

 「コーテ・ノ・ハントです。冒険者さん、お互い協力してダンジョン攻略を頑張りましょう」

 

 ハント領は冒険者にとって絶好の稼ぎ場だ。何せ冒険者への待遇がいいと評判である。

 そこの関係者が挨拶をしてきた。それを無視するのは今後のダンジョン攻略の時に困るかもしれない。

 そう思い直した冒険者達はカモ君とコーテの言葉に応えて握手を交わす。

 その時、カモ君の手を握った冒険者はカモ君の手の皮の堅さに少しだけ目を丸くした。

 カモ君の手は剣や棍棒を使い慣れているような荒さであり、断じて魔法だけに力を注いでいる人間の手ではなかった。

 

 「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 その言葉にカモ君は決して相手を不快にさせない笑顔で答えて冒険者達を見送った。

 その光景に冒険者達からは好印象に、魔法学園の人間には悪印象に取られただろう。

 しかし、魔法学園側。魔法使いの人数と冒険者の人数の比率は1:20。

 ダンジョン攻略は数だよ、兄貴。マンパワーが必要なんだよ。過言でもない。

 敵。モンスターを倒すだけじゃなく、モンスターの索敵。迷宮の探索。アイテムの回収。トラップ解除。退路の確保。これはいくら優秀な魔法使いでも少数では出来ない。出来る奴等は人間じゃない。

 つまりゲームでは少数でダンジョン攻略できた主人公達も人間じゃないといっても過言ではない。

 エレメンタルマスターであるカモ君でも攻略中は魔力・体力・集中力がゴリゴリ削れる。一つのミスが死に繋がる事象が起こる。それこそがダンジョンである。

 コーテの実家。ハント領はダンジョンがよく発生するので冒険者達の力はよく知っている。だからこそ出来るだけ協力する方がいい。

 広範囲を攻撃できる魔法。だからこそ魔法使いは強いのだが、ダンジョンのような閉鎖空間では小回りが利く攻撃がしやすい冒険者に利がある。

それなのにダンジョンといった閉鎖空間でそんな使えばどうなるか。それは。

 

 

 

 「崩落の恐れがあるから威力は控えめにしろって言っただろぉおーっ!」

 

 「仕方ないじゃないっ。仕方ないじゃないっ。細かい触手が一面に広がっていくのよっ。まとめて潰そうとしても仕方ないじゃないっ」

 

 ダンジョンの地下七階の中腹に当たる場所でアネスはキィの顔を鷲掴みしながら彼女を叱る。

 ゾーダン領の港町から五キロ離れた平野に出現したダンジョンに意気揚々と乗り込んだカモ君一行は十名ほどの冒険者達とカモ君達魔法使い五名で先行した冒険者や先輩達が踏破したダンジョンフロアに再出没するモンスターの討伐を行っていた。

 ダンジョンは深度が深くなれば深くなるほど広く複雑になるのだが、先行隊によるマッピングとモンスター討伐。そして所々に設置された松明のおかげで、一つの階層でモンスターが数体しか見当たらなかった。魔法を使うまでも無くカモ君達の前を進む冒険者達がモンスターを倒していくのでカモ君達が動くことは無く、殆ど遠足のような気持ちで進んでいた。

 そんな中でダンジョン地下七階。複雑な通路を進み、大広間のような所に出た所で異変は起きた。

 冒険者達はその大広間に何も異常はないと通り過ぎた時に後衛にいたアネスが大広間の中央に黒い靄が立ち上っていたのを見つけた。

 モンスターの出現する前兆。その黒い靄で向こう側が見えなくなる程濃くなると、そこからその靄を吸収したかのようにモンスターが現れる。

 アネスは自前で持ってきた弓矢を構えながらモンスターが出現することを全員に伝えるとコーテとカモ君は杖を構え、シュージとキィは手をかざし、先行していた冒険者達も彼女の声を聴いて戻ってくる。

 そうこうしている間に靄の中からモンスターが現れる。

 それはパラライズ・ローパーという地面から伸びる五十センチくらいチューブ状の黄色い触手状のモンスターで、生態はその触手に触れた生物を痺れさせる麻痺毒を注入し、触手を伸ばして生物の穴にその触手を伸ばして中に侵入して増殖。獲物の内側から食い殺すという割と怖いモンスターだ。

 しかし、そうとわかれば遠距離で攻撃して討伐しようとした瞬間だった。

 黒い靄は晴れることなくそこから一気に広がると同時にその靄の中から大量のパラライズ・ローパーが出現した。

 まるで春風で花開く花畑の様だったが、その実際はうねうねと生理的に受け付けないローパーの群れだ。

 それを見た瞬間、キィは目の前。直径五メートルの範囲を押しつぶす闇魔法レベル2のグラビティ・フィールドの詠唱を開始した。その詠唱から威力と範囲がヤバいと感じ取ったカモ君は自分とコーテとアネス二人の襟首を掴んで自分達の位置を入れ替えるように引いた。

 そのお蔭で二人はそれに巻き込まれることは無かったが、カモ君は巻き込まれた。しかも二人を助けた体勢が悪かったのか前のめりになっていた事でうつぶせ状態でキィの魔法で押し付けられるように押さえつけられる。

 何とか顔を上げたカモ君の視界は迫ってくるローパーの群れが目の前でぶちゅぶちゅと潰れて光景だった。しかも、キィの魔法の効力で天井部分に生えていた円錐に近い岩がカモ君の近くにドスンドスンと落ちていく。

 その様子にシュージとコーテは慌ててキィを止めようとするが、当の本人は「キモいっキモいっ。キモすぎるぅうううっ!」と魔法を止める様子がない。アネスは仕方ないと思いっきりキィの頭を殴る。その時、キィの首からぐきっと鈍い音が聞こえたが、その痛みでようやく魔法が中断された。

 その間にも倒れこんでいるカモ君の周りに天井から岩等が落ちていくが奇跡的にカモ君には当たらなかった。魔法が解けたことによりようやく体を起こすことが出来たカモ君は自分の目の前までに増え続けるローパーの群れを見て、シュージに焼きはらうぞといって火の魔法と風の魔法を同時に発動させる。

 シュージはそんなさっきまで危険な目に遭っていたにもかかわらず、目の前の事を解決しようとするカモ君の言葉に戸惑うも、目の前で未だに増え続けるローパーをどうにかするのが先だ。シュージはカモ君と同じ魔法を唱える。

 火魔法レベル1の地面を熱した鉄板のように熱する魔法。バーンフロア。

それが発動すると同時にカモ君はその熱気が行かないように風の魔法を使い、その場の空気を留まらせる風魔法レベル1、エア・シェルターを発動させた。

 二人の魔法を受けたローパーの群れはじゅうじゅうと音を立てながら焼けていき、最後には灰になって、その場に漂っていた風に消えていった。

 その時はアネスのモンスターの出現の報せを受けた冒険者達は、カモ君達のすぐ後ろにいた。

 ローパーの群れが灰になっていく様を見ていた冒険者達はほぅ。と、感心した様子で見ていた。

 魔法が使えない彼等からすればローパーのような群体で襲ってくる魔物は一匹一匹潰していくか、避けていく。もしくは松明用の油をまいて火をつけて焼きはらう事で対処するしかない。そんな手間を省けるのも魔法使いの利点だ。

 だが、その魔法も使いようによっては悪手になる。今回みたいな見方を巻き込むような広範囲魔法を使う際に味方を巻き込んではパーティー全滅の恐れがある。

 その事もあって、アネスはローパーがいなくなった事を確認するとキィの頭を鷲掴みしながら、そのまま無理やり正座させた。

 そして今に至る。

 

 「魔法を使うならせめて味方を巻き込まないようにやれ!運よくエミール君には当たらなかったとはいえ、あの大きさの岩が頭に当たったら死ぬからね普通!」

 

 「良かれと思って魔法を使ったのよ!それに私の魔法の前に飛び出すこいつが悪い!」

 

 「エミールが飛び出さなかったら押しつぶされていたのは私とアネス。エミールなら魔法を受けながら立ち上がれるかもしれないけど私達じゃ無理。そのまま押しつぶされ続けてダメージ受けて戦闘不能の恐れもあった」

 

 「何も無かったんだからいいじゃないっ」

 

 「それは被害を受けた人が言う台詞。貴方じゃない」

 

 アネスの説教に首元が痛むキィは悪びれることなく自分の正当性を主張するが、コーテの冷たい返しを聞いてキィもさすがに悪かったと思いしたが、素直に謝ろうとしなかった。

 

 「もう少し落ち着いて行動してくれ」

 

 「わかった。わかったわよっ。私が先頭を歩いていけばいいんでしょ。それなら巻き込まないで済む!」

 

 冒険者達から火のついた松明を掴みとるとずんずんと先を進みだすキィ。その背中を慌てて追いかけるシュージを除いて、その様子に誰もが顔を横に振った。これは痛い目に遭わないと分からないとため息をついた。

 そこからしばらくしてキィを追いかけるように冒険者、カモ君達が続いて行進をしているとカモ君はふと足を止めてすぐ傍にあるダンジョンの壁を撫でた。

 

 「…あ、隠し部屋がある」

 

 「なんですって!?」

 

 カモ君はエレメンタルマスターで土魔法レベル2のマッパーを使える。これはダンジョンなどの構造物の内容を大雑把に把握することが出来る。

 ダンジョンに入ってから、ダンジョンが生み出すトラップに警戒して、殆ど常時発動させている魔法だが、これは攻撃魔法に比べて非常に少ない魔力で使う事が出来るのでカモ君は重宝している。

 実際、戦闘と同じくらい索敵の方も神経使うと思うのだが。と、カモ君は思った。

 先行隊が作った地図には載っていない場所に少し広い空間を感じ取ったカモ君の魔法。それを聞いたキィは急いで戻ってきてカモ君を押しのけながらダンジョンの壁をベタベタ触り始める。

 シャイニング・サーガではこういう隠し部屋にはお宝。レアアイテムがある事がよくあるのでキィは隠し部屋の存在に気が付いたのがカモ君だという事も忘れてカモ君が触れていた場所をベタベタと触りまくっていた。

 それは後ろにいた冒険者達も同様だったが、キィほどがっついていなかった。

 確かに隠し部屋にアイテムがある事は多々あるが、それ以上にトラップなどが設置されていたりして、そこに踏み入れた瞬間にやられるという事もあるのだ。

 

 「おいおい、嬢ちゃん。そんな無防備にがっついていたら痛い目に遭うぜ」

 

 冒険者の一人がそう言うが、キィの目は既にお金のマークになっていた。

 

 「冒険心失くして財宝が手に入るかっ!」

 

 確かにキィのような物欲もダンジョン攻略には必要な物だが、彼女の場合は多々あり過ぎて酷い目に遭う未来しかない。だからか誰もがキィの言動に少し引いていた。

 シュージは額を手で押さえながら項垂れていた。本当に自分の幼馴染はどうしてこうも欲深なのだろうか。

 

 「落ち着けよ、キィ。そこにはいる為にはツルハシか地属性の魔法で削るとかしないといけないから。それにそこに入った瞬間に罠に引っかかったら命に関わる。だから落ち着け」

 

 シュージは大事な事なので二回言った。だが、キィは止まらない。

 

 「だったらカモ。じゃなかった、エミール、様。隠し部屋に罠が無いか探ってくれます」

 

 思わず、平民である自分が貴族であるカモ君(エミール)の事をあだ名で呼び捨てにしそうになったがコーテの鋭い視線に気が付いて所々言い直す。

 これは学園に戻ったら再度教育せねばと考えるコーテに、キィの言動に呆れるカモ君。表面上はクールに微笑みを絶やさないが、内心すごく疲れていた。だからか、思わずぽろっと言葉が零れた。

 

 「見た所隠し部屋に罠は見られなかった」

 

 「シャアッ」

 

 「が、」

 

 カモ君の言葉に小さくガッツポーズしたキィは壁から少し離れて詠唱を開始する。それはカモ君を苦しめた闇魔法レベル2の重量の檻を撃ち出す魔法。

 

 「グラビティ・プレス!」

 

 キィから放たれた直径2メートル近い黒い砲弾はゆっくりとダンジョンの壁にめり込み、めり込んだ分だけ重力で削り取っていく。

 そこから数秒もしないうちに、砲弾の軌道はその薄い壁を砕いて道になる。その先は日の光や光を放つダンジョンゴケなどなく、ただ真っ暗な部屋になっていた。

 そこまで確認したキィはカモ君の言葉を途中で遮って、我先にその未踏の隠し部屋に火のついた松明を持って突入した。

 

 「モンスターがいるかもしれないから慎重に」

 

 「お宝ぁあああああああっへぇえええええええええ?!」

 

 「「「「「はやっ!」」」」」

 

 火のついた松明。もとい、キィ目掛けて陰に潜んでいた何かの群れがキィの姿を覆い尽くした。

 恐ろしく早いフラグ回収。注意を呼びかけるカモ君じゃなくても見逃さないね。

 何かに覆いかぶさられたキィを助けようとしたシュージだったが、冒険者の一人に止められた。その間にカモ君は辺りを照らす光魔法レベル1のライトを隠し部屋に向かって投げ入れる。

 すると隠し部屋の全容が露わになる。

 まず部屋の入り口でキィを覆い尽くしたのは、先程見たローパーとは色が違うローパーだった。色がド派手なピンク色のローパー。

 このピンク・ローパーの粘液には媚薬作用がある。触れた生物を発情させ、その行為によって溢れた体液を糧に増殖するタイプで、獲物の体内で増えるといった事もない事から娼館などでアイテムとして扱われることもある。

 見ればこの隠し部屋の所々にこのピンク・ローパーがあちこちに群体で生えていた。

 キィが大声を出しながら、暗闇では目立つ火のついた松明を持って、魔法でこじ開けた時に発生した轟音と共にこの隠し部屋に突入したことで、ピンク・ローパーの格好の的になったのだ。

 それらを確認したコーテが水の魔法でキィの体に張り付いているローパーの大体を洗い流し、カモ君の風の魔法がこびりついたローパーを吹き飛ばし、最後に二十歳ぐらいの女性冒険者とアネスが隠し部屋からビクンビクンと体を痙攣しながら気絶しているキィの体を隠し部屋から引っ張り出してローパーが残っていないかを確認する。

 アネス達が確認をしている間にカモ君は地魔法でキィの開けた隠し部屋に繋がる穴を土砂で塞いだ。

 アネス達が見た所によるとローパーはもう付着していないようだった。大した体の損傷は見られなかったが、キィは見られてはいけないような顔で気絶していた。

 そのあられもない姿に女性メンバー達と幼馴染のシュージは目を覆った。

 まだ十二歳という小娘だが、それでも女としての体つきになりつつある肢体をこれ以上見せるわけにはいかないと思ったアネスは彼女を自分がつけていたマントでくるんでお米様抱っこで担ぎ上げる。

 

 「行動と顔には問題があるけど、体には問題はないように思う。けど、念のためにダンジョンの外に出てしっかり体調を調べないと。ピンクだけじゃなくてパラライズやポイズン・ローパーがいたかもしれない」

 

 「だったら私も。一応水の魔法で調べてみるけど詳しい事はダンジョンの外でじゃないと安心してできない。誰か私達の護衛に来てほしい」

 

 アネスとコーテの言葉にシュージが名乗りを上げようとしたがカモ君に止められた。異性にあれ以上醜態を晒すわけにもいかないだろう。彼女に対しての武士の情けというものである。

 と、なると自然と冒険者名の中にいた唯一の女性に視線が集まる。すると、彼女は右手の親指と人差し指で丸を作った。

 それを見たコーテは軽くため息をついて指を三本立てた。

 

 「金貨三枚で」

 

 「乗った」

 

 あまり高すぎても、安すぎても足元を見られてもっと請求される可能性も有る。コーテはその辺りを自分の領地であったダンジョン攻略の報酬と比べて、彼女に妥当な商談を持ちかける。

 モンスターとの遭遇が殆どない上に一度来た道を一緒に戻るだけで金貨を三枚も貰えるのなら請け負ってもいいと考えた女冒険者はコーテ達についていくことを了承した。

 この金貨三枚も後でキィに支払ってもらう。自分が蒔いた種なので文句は言うがお金は出すだろう。

 話がまとまった上でコーテ達とはここで別れる事になる。キィを担いでいるアネスはモンスターとの戦闘が出来ないだろうが、ここに来るまでにコーテ一人でもどうにかできるレベルのモンスターしかいなかった。その上、モンスターの再出現も滅多にないだろうし、女冒険者の風貌からも熟練者の雰囲気があった。

 それにこれまで見てきた彼女の風貌は軽装。スカウトという索敵能力に秀でた冒険者でもある。戦えるのが女二人でも彼女とコーテなら大丈夫だろう。

 彼女達を見送り、冒険者の一人が、カモ君が土砂で埋めた隠し部屋の入り口を見る。

 

 「で、どうする。貴族様。これをそのままにするか?」

 

 魔法学園の者=貴族という公式は殆どどの国、地域で通用する。一応カモ君も貴族なので彼の意見も聴こうと言う様子だ。

 しかし、隠し部屋はローパーでいっぱいだった。冒険者達では対処するのに時間と手間がかかる。剣やナイフ。弓矢などでローパーを一匹ずつやるには時間がかかる。しかし、隠し部屋の探索はしておきたい。もしかしたらレアアイテムがあるかもしれない。

 しかし、ただでやるわけにもいかない。それを汲み取れたのはこの手のやりとりに経験のあるカモ君か、コーテくらいだろう。

 

 「お一人ずつに金貨一枚お渡しするので少し待ってください。ローパーの除去と隠し部屋の探索もすぐ終えますので」

 

 「おいおい。さっきの嬢ちゃんは金貨三枚だったんだぜ。もう少し寄こしても罰は当たらないぜ?」

 

 カモ君は少し冒険者の彼等に待ってもらって隠し部屋の探索をしたかった。しかし、そうすると隠し部屋の中で見つかったアイテムはカモ君達の物になる。それでは彼等にあまり旨味が無い。

 

 「勿論先に行ってもらっても構いませんよ。すぐに追いつきますから。大丈夫ですよ。何も無かったらすぐ合流します」

 

 無論、隠し部屋にはモンスターしかいなかったという話もよくある。そうなれば言葉通り、カモ君達は置いて行かれてもすぐに彼等と合流するだろう。

 カモ君達をおいて行って金貨なしにするか。少し待って金貨一枚を得るか。答えはすぐに出た。

 

 「仕方ねぇな。少し待ってやるよ」

 

 「ありがとうございます。じゃあシュージ。俺が入り口開けるからローパーを焼き尽くせ。強火で一気にまんべんなくだ」

 

 冒険者とのやりとりを終えたシュージに魔法の準備を進める。

 

 「わ、わかった。焼きはらえばいいんだな?」

 

 「それで隠し部屋の中は意外と狭かった。さっと炙ってしまえばアイテムも燃え尽きることはないだろうしな。あ、冒険者に払うお金。お前が出すなら中で見つけたアイテム譲るけど」

 

 「う、わかった。幼馴染のツケは幼馴染が払う」

 

 その言葉を聞いてカモ君は内心にやりとしていた。

 お金のやりとりをしたのもそうだが、本当の狙いはシュージのレベルアップの為だ。

 部屋簿中にいたローパーはかなりの量だろう。これをシュージが倒せば経験値となってシュージのレベルアップの糧になる。それにパッと見たがあの隠し部屋の中央にローパーではない、何かしら人工物を見た。恐らくレアアイテムだろう。これをゲットしてもらい次のダンジョン攻略に活かしてほしいという思惑もある。

 そんなカモ君の思惑など知らないシュージは魔法を放つ準備が負えたことをカモ君に伝えるとカモ君は部屋を隔てる土砂の壁を魔法で取っ払った。するとそこから溢れ出そうとしたローパーだったがシュージの火魔法レベル2のファイヤーストームに焼かれ瞬時に灰になる。

 シュージの放った炎の旋風は部屋にこびりついていたローパーを焼き尽くすと、シュージの意志に応えて手元から消えていった。

 そして安全を確認できたカモ君とシュージは隠し部屋の探索をすると部屋の中央にきらりと光る金属の棒のようなものがあった。

 それを見た時、カモ君は鉄製のこけし人形のような物かと思ったが、シュージがそれを手に持って見ると時折ヴヴヴヴヴと振るえて落っことしそうになる。

 

 「何だこれ?」

 

 ピュアな十二歳のシュージには分からないのだろうが、前世持ちのカモ君はすぐにそれが分かった。これって、電動マッサージ機(淫)だよな。電気じゃなくて魔力で動いているけど。

 ピンク・ローパーのいた隠し部屋でこれが見つかるとかなんか意図的な物を感じる疲れたカモ君だった。

 



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第六話 タイマン殺し

 キィがエロトラップに引っかかった後。

 ダンジョンを進んでいき、階層十階の中央部に位置する場所にたどり着くと冒険者達とカモ君達魔法使いはようやく一息がつけた。

 現在、このダンジョンは十四階層まで確認されている。

 ダンジョン攻略の先発隊はある程度の時間、ダンジョンを侵攻・調査したらこの十階層に戻ってくる手はずになっている。

 ダンジョン攻略の先発隊とはこの階層で合流することになっている。後発組のカモ君達は携帯食料や水。そして包帯やポーションといった物を先発隊に渡してまたダンジョンの入り口に戻る。可能ならば先発隊の何名かと入れ替わりで更にダンジョンの攻略に乗り出すという事もある。

 しかし、カモ君達はまだまだビギナー。初心者レベル。もっと経験を積まなければそのような事はないので、ここで補充アイテムを先発隊に渡せば一通りのミッションは完了になる。

 勿論、帰り道はモンスターが再出現する可能性も有るので油断は厳禁だが、ここに来るまでの道中で根こそぎと言っていいほど殲滅してきたので出現しても少数。だけど、ダンジョン攻略は帰るまで油断してはいけないのだ。

 

 ダンジョン攻略は油断したらお終いですよ。

 カモ君(は)、もっとアイテムが欲しいです。

 

 一応、今回が初めてのシュージよりもダンジョン攻略の経験は多いので先発隊に混ざって攻略。アイテムの発見をしたいところだが、我が儘を言って評判を落としたくない。

 正確にはその評判が愛する弟妹達に伝わる事をカモ君は恐れている。

 

 え、にー様。ダンジョン攻略中にわがまま言ったんですか?アイテム欲しさに?

 え、にぃに。ダンジョンで他の冒険者の皆さんに迷惑かけたの?経験者(笑)だから?

 …えぇぇ。(ドン引き)×2

 

 なんてことになって見ろ。余裕でカモ君は首を吊るぞ。

 アイテムは欲しいが、弟妹達の信頼より重い物はない。それを裏切らず、且つ、今回のダンジョン攻略を行う。アイテムは余裕があったら拾っていく。

 そもそも今回のダンジョン攻略は自己鍛錬の為だ。それを考えると今回は実りあるアルバイトだと考えていたカモ君は、近くにモンスターや罠が無い事を魔法で調べて、冒険者達に伝えると地べたに座る冒険者に混ざりながら、今回のダンジョンでの出来事を談笑しながら情報収集していた。

 シュージは冒険者と談笑するカモ君についていくように彼等と談笑をしていく。

 最初はぎくしゃくしていたが、シュージが貴族ではなく平民だという事が知られると冒険者達から、貴族どもに混ざって今回のダンジョン攻略をするなかなかガッツがある奴だと認識された。

 カモ君は貴族だが、その風貌から魔法だけを鍛えているだけでなく体術・剣術を鍛えていることを知ると彼等は態度を軟化させ歓迎の雰囲気を作り出していた。最終的には先行隊と合流するまでの間、向かい合うように腹這いになって腕相撲をするほどにカモ君達は彼等に馴染んでいた。

 そんな穏やかな空気が流れで終えると思っていたダンジョン攻略だったが、カモ君がいる広間に繋がる通路側。正確には先発隊が出てくるだろうという通路の奥から誰かが息を切らして走ってくる音とガチャガチャと金属音と不穏な音が聞こえ始めた。

 それを聞いたカモ君とシュージ。冒険者達は立ち上がり戦闘態勢を取る。

 そして、その通路から飛び出してきたのは合流する予定だった先発隊にいた冒険者達だった。そんな彼等は恐怖で顔をひきつらせながらカモ君達に叫んだ。

 

 「タイマン殺しだ!タイマン殺しが出た!お前達も逃げろ!」

 

 その言葉に冒険者達。そしてカモ君は凍りついた。シュージはタイマン殺しを知らなかったが、カモ君達の様子を見てただ事ではない事は感じ取っていた。

 タイマン殺し。それはダンジョンでは一番のはずれモンスター。千回のダンジョン攻略に挑んで一回出現するかどうかのレアモンスター。

 地球で言う所のオラウータンが、頭に鉢巻をつけて、直立で二足歩行しているような人型モンスター。モンスターなのに人間の使うような武術を使ってくる。

 タイマン殺しは倒すことがとにかく難しい。

一対一では確実にこちらがやられる。だからタイマン殺し。ダンジョン攻略をソロでやる冒険者が滅多にいない理由の一つである。

 冒険者の持つ剣や槍といった物理攻撃を無駄なく紙一重で躱し、直撃する強力な攻撃も軽く拳を当てて衝撃を完全に受け流すジャストガード。盾や鎧といった堅い防御も通す事が出来る衝撃を持った打撃。更には妙にぬるぬる動くその動きで弓から放たれた矢も回避する。

 では魔法なら倒せるか?それも残念ながら難しい。何せ凄い速度で撃ちだされた弓矢を躱すこともできる反射神経で撃ちだされた魔法も回避する。

 ではどうやって倒すのか?

 それは魔法による回避不能の面制圧攻撃魔法。今回のダンジョンのような閉鎖空間だとシュージのファイヤーストームが一番有効打になる。

 だが、問題もある。

 タイマン殺しは耐久力が人より少しあるくらいだが、そんな範囲攻撃の中を突撃して突破してくることもあるのだ。つまり、シュージのファイヤーストームも突っ込んで来られでもしたらやられる可能性がある。

 

 「今、『鉄腕』のアイムさんが足止めしているがいつまで持つか」

 

 うぅあぁぁぁ~。うぅあぁぁぁ~。うぅあぁぁぁ~。

 

 逃げ出してきた冒険者がそこまで言ったところで、彼の後ろからダンジョンという閉鎖空間で反響した男の悲鳴が聞こえた。

 

 「あ、ああ。アイムさんまでやられた。お、俺は逃げるぞっ。こんなダンジョンにいられるか!」

 

 逃げ出す冒険者達につられて、カモ君達と一緒に来た冒険者達も逃げ出そうとしたが、そんな彼等の前に一歩前に出るカモ君。

 

 「シュージ。お前が頼りだ。これから俺が言う事をちゃんと聞くんだぞ」

 

 ゲームではロールプレイングゲームなのにアクションゲームさせるモンスターとかふざけているのかと思うモンスター。

下手したらラスボスより攻略が厄介なモンスターだが、倒せば大量の経験値を得ることが出来る。

 それにカモ君には勝算もある。その為の下準備は今、出来た。後は覚悟を決めるだけだ。ここが転換期だぞ、カモ君。

 

 

 

 自分が生まれ落ちた時、ある使命を持って生まれた。

 人間を倒せ。ここを侵攻してきた人間を倒せ。殺せ。

 それには従おう。しかし、やり方は選ばせてもらう。

 それは一人ずつ。一体ずつ。己の肉体を持って倒そう。殺そう。

 その武器を、魔法を、己の体一つで乗り越えよう。

 そんな思いを持ってダンジョンで生まれた自分はまず目の前に現れた冒険者達にファイティングポーズを取って近づいて行った。

 冒険者達はおもむろに武器を取ってこちらを迎撃する。

 まず放たれたいくつもの矢が襲い掛かった。しかし、それを生まれ持った動体視力と反射神経で、体を少し逸らすことで回避する。その間にも自分は彼等との距離を詰める。

 次に襲ってきたのは鎖と皮の鞭。変則的に見えるその軌道だが、放たれた弓矢に比べれば遅い。これもギリギリまで体に引きつけてから回避する。

 すると冒険者からも打って出たのか体験を振りかぶりながらこちらに向かってきた。

鞭と剣の波状攻撃。これ以上ないくらいのコンビネーションでの攻撃だったが、体をねじりながら襲い掛かって来た冒険者の顎を蹴り上げる。

 その衝撃で少しだけ体が地面から浮きあがったその冒険者。ちょうどタイマン殺しの視線と冒険者の胴体が重なった。

そこから蹂躙が始まった。

 両手を使った数発ジャブ。ボディーアッパー。くの字に折れ曲がった冒険者の顔を回し蹴りでダンジョンの壁の端まで弾き飛ばす。

 その冒険者は最初こそ呻き声を上げていたが壁に叩き付けられ、口から血を大量に零しながら、そのまま動かなくなった。

 ここまでやって冒険者の一行は自分の姿を見て恐怖した。

 ゴブリンにしては大きすぎる。コボルトにしては細すぎる。しかし、その素早い動きと反射神経。そして打撃。最後に自分の額を縛っている鉢巻を見てこう言った。

 

 タイマン殺し。

 

 そう、ダンジョンの意志ともいえる物が奇跡的に生み出した人間に対するカウンター。

 対個人戦において最強の魔物。それが自分だ。

 ダンジョンといった閉所空間では一対一が基本になる。大広間の様な所に出ればまた別なのだろうが、関係ない。

 自分の間合いに入ればどんな人間もその打撃の餌食だ。下手に集団で襲おうにも自分と密接している仲間が邪魔で全力は出せないだろう。

 例え味方もろともで攻撃しても構わない。殺す手間が省けるだけだ。

 もっと殴りたい。蹴りたい。もっと戦闘を。もっと自分に敵を。

 それから襲い掛かる冒険者達をある程度殴り飛ばしている時だった。

 本人の胴体よりも巨大な白い鋼鉄の腕を振るって殴りかかってきた人間が現れた。

 このような変わった風貌の人間はいなかった。恐らく魔法で作り出した腕なのだろう。その光景に驚いたが自分の体は固まることなく動く。

 殴られた瞬間。正確にはその奇怪な腕が振れた時、その方向に沿うようにして自分もその方向に跳んだ。

 一見すると殴り飛ばされたように見えるが、その衝撃は完全に逃がすために地面を転がりながら、その勢いのまま飛び起きる。

 自分を殴り飛ばした人間もこれで自分を仕留めたとは思わなかったのか、自分が起きた瞬間にはこちらに向かって走り出していた。そして走り出しながら何かを叫んだ。

 人の言葉をモンスターである自分が理解することは出来ない。しかし、その叫びに残っていた冒険者達は自分に背を向けて走り出した。

 逃がしたのだ。自分を殴り飛ばした人間は仲間に逃げろと叫んだのだ。自分に。タイマン殺しに敵わぬと知りながら。自分を犠牲にして彼等を逃がしたのだ。

 その高潔な精神に自分は歓喜する。

 目の前の人間は彼等のボスだ。強者との戦い。高貴な精神を持った人間。さあ、戦おう。お前は自分の対戦合相手なのだから。

 それから数分もしないうちに奇怪な腕は消え失せていた。魔力が尽きたか?それとも気力が尽きたか?それも仕方ない事だ。自分の打撃を数十発受けてまだ意識を保っているのがやっとだから。

 だが、その意識もこの一撃で終わりだ。深く腰を落とした姿勢から飛び上がるように体を伸ばしながら自分の拳を冒険者の顎にめがけて振り抜いた。

 人間は悲鳴をあげなら地面に倒れ伏した。

 自分が殴り倒した奴等のトドメはさしていない。死んでいるのかもしれないし、生きているかもしれない。だが、逃げ出した人間を追ってその人間を倒してからトドメをさす。

 ここはダンジョンが。何もしなくても人間の方からやってくる。ダンジョンは成長する。それは人間にとって良くない事だからだ。

 細長い通路に逃げて行った人間の後を追う為に細長い通路を走りながら通ろうとした瞬間だった。

 大小様々な岩が自分にめがけて飛んできた。恐らく人間の放った魔法だろう。回避しづらい細長い通路でなら命中すると思ったか?甘いな。

半身を逸らす。ジャンプする。かがむ。それらの講堂を必要最低限の動きで躱す。自分の機動力を甘く見てもらっては困る。

 岩が飛んで来た方向を見ると大量の砂を身に纏った人間がこちらに向かって走り出していた。あれも魔法で作り出したものだろう。しかし、その動きはあの腕の人間に比べると遅く鈍い動きだった。

 こちらに向かって突き出してきた右の拳に対してカウンターでミドルキックを放つ。

相手の拳は当たらず、こちらの蹴りは正確に突き刺さり、蹴った場所から骨を折った感触があった。

 蹴られた勢いのまま通路の壁に叩き付けられた砂の鎧はその衝撃ではじけ飛び、中にいた人間もその衝撃で口から血を吐き出した。だが、戦意の光はその瞳から消えてはいなかった。

 どうやら、砂の鎧の下に水の膜も張っていたのか全身は砂まみれの水まみれだった。だが、二つの魔法で自分の体を守っていたようだが最早立っているのが精一杯だろう。

 そんな事を考えていると、自分に向かって吹いてきた熱波を感じた。

通路の先の風景にはマントを羽織った赤い髪の人間の右手から炎の竜巻が生み出されていた。これはマズイ。あれだけの魔法を放たれてはやられる。砂の鎧を纏っていた人間もろとも自分を焼きはらうつもりか。

 そう思い、来た道を戻ろうと振り返るがそこには先程回避した岩で退路がふさがれていた。あの岩の砲弾は攻撃ではなく退路を塞ぐための物だったのか!ならば多少のダメージは承知で前へ進むしかない。見た限り強力な炎の魔法だろうが、数秒なら耐えられる。そう思い、走り出そうとした次の瞬間、背中に冷たくざらついた感触が自分をその場にとどまらせた。

 先程、殴りかかってきた人間だ。再び砂と水の魔法を身に纏い、自分を後ろから羽交い絞めにしている。口から血を噴きだし、動くのも辛いはずなのに自分の足止めをして、何かを叫ぶ。

 止めろ!離せ!お前まで焼け死ぬぞ!

 そんなこちらの焦りを察したのか、その人間の口元が完全に砂に覆われる前ににやりと持ち上がるのを自分は見た。

 ああ、この人間は最初から自分共々焼かれる覚悟で戦いを挑んできたのだ。自分をそこまでの強者と認識して戦いを挑んだのだ。それが誇り高く感じたが、同時に残念でもあった。

 

 この人間ともう少し戦っていたかったという後悔の念を残しながら、タイマン殺しはカモ君共々悲鳴を上げながらシュージの炎に焼かれるのだった。

 

 

 

 ぬわああああぁぁぁ…。

 

 「エミール!無事か!」

 

 シュージは自分が放ったファイヤーストームを言われたとおり十五秒程放った後に一緒に来ていた冒険者と共に、炎に呑みこまれた際に珍しく悲鳴を上げたカモ君の元へと駆けつけた。

 カモ君曰く、タイマン殺しが通路から自分達のいる広間に来たら勝てないと言って、自分が通路で足止めをするから自分ごと焼きはらえと言い出した時は正気を疑った。しかし、それ以上にカモ君の事を信じたシュージはカモ君の言葉に従い、突撃していったカモ君の背中目掛けて魔法を放った。

 その作戦は見事にはまり、タイマン殺しを倒すことに成功したシュージは己の生物としてのレベルが上がった事に喜ぶことなくカモ君の元に駆け寄る。

 そこには燃え尽きて灰になったタイマン殺しと、乾いた砂が体のあちこちにこびりつき、つけているレザーアーマーも所々焦げて倒れているカモ君の姿があった。

 

 「あんちゃんっ、無事か!?」

 

 カモ君の作戦でもタイマン殺しが倒せなかった場合でも、この作戦でダメージを負った状態なら、ついて来た冒険者達でもダメージを負ったタイマン殺しを倒せると後詰めの説明を受けた冒険者達もカモ君の元に駆け寄る。

 カモ君もタイマン殺し同様シュージの魔法を受けたが、砂の鎧と水の膜を張る魔法を使っていたのでそれが断熱材の機能をしていた。

それでも起き上がれないほどのダメージを負ったにもかかわらず、カモ君は不敵の笑みを浮かべながら答えた。

 

「回復魔、法があるから、だいじょ、ぶだ」

 

 事前に冒険者に預けていた水の軍杖を受け取るとカモ君は自身に回復魔法をかける。だが、タイマン殺しから受けたダメージが大きいのか時折、血を吐きながらの魔法の行使にシュージや冒険者の皆から無理に使う事をやめるように言われるがカモ君は止めなかった。

 岩で塞いだ通路の向こうにまだ生存者がいるかもしれない。タイマン殺しと戦って、戦闘不能に陥れられることはあっても死んでいないかもしれない。今自分を回復させて魔法を使い、塞いだ岩を除去するためにも自分はここで意識を失う訳にはいかないと。

その意志を聞いた冒険者達は感動した。ここまで自分達を気遣ってくれるカモ君の志に。これが本当の貴族なのかと。

 実際のところは、

 

 え、にー様。ダンジョンの通路を塞いでそのままにしたんですか?

 え、にぃに。ダンジョンを攻略している人達がいることを知っていたのに見捨てるような真似をしたの?

 ないわ~。×2

 

 などと弟妹達から低評価を浴びそうな事例を取り除く為だった。

 タイマン殺しの攻撃を受けて足止めを行う事が出来た理由も。

 痛みで気を失いそうになっても、自分が死ぬのは愛する弟妹達に挟まれる双子サンドイッチで。と、固く心に決めていたからこそ奮起し、気合と根性と下心あってのタイマン殺しを足止めすることが出来たのだ。

 はっきり言ってブラコンでシスコンな自分自身の為。冒険者達の安否など二の次。三の次である。

 知らぬが仏。語らぬは金。を体現したカモ君だった。

 冒険者達は男泣きをし、シュージはほっと胸をなでおろした。とりあえずサウナのように熱された通路から一旦出てカモ君が休める場所まで下がろうとした時、シュージの足元が光った。

 それはダンジョンでのみで見られる。けれどそれもごく稀な出来事だった。

 モンスター討伐後、そのモンスターが持っている装備や甲羅や鱗などを剥ぎ取り等で得る報酬もあるが、中にはとても稀有な現象で得ることがある。

 それがモンスター討伐後に発生するアイテムの出現である。

 ダンジョンで生まれたモンスターの中で力のあるモンスターを倒した時、そのモンスターを撃破した人間のところで起きるダンジョンからの特別報酬。

 冒険者人生でも一生に一度あるかないかの光景に冒険者だけでなくシュージは驚いていた。が、カモ君だけは慌ててはいなかった。

 

 …流石主人公。アイテム出現の現象もお手の物ってか。

 

 前世の記憶の中にあるゲームでは何度も目にした光景だ。主人公がモンスターを倒せばたまにアイテムが拾える。

 現実ではそんな事はありえない。特にシュージのような対象を焼き尽くす火の魔法使いならそのアイテムも消し炭になるはずなのにそれが起こった。

 シュージの足元に現れたアイテムはタイマン殺しが唯一身に着けていた白い鉢巻。それを見て拾い上げたシュージは本能的に悟った。

 これはマジックアイテムであると。これがどんな効果をもたらすかは分からない。だが、これは良い物だ。それだけはわかった。

 と、シュージはここまで考えて頭を振りながらその鉢巻をズボンのポケットに詰め込んで、冒険者と共にカモ君を運び出す作業を再開した時だった。

 カモ君が塞いだ瓦礫の向こう側からドスンドスンという衝撃が響いてきた。まさか、瓦礫の向こう側のモンスターがこちらに向かって掘削作業でもしているのか?

 カモ君は自分を運ぼうとしていた冒険者の手を借りながらも何とか立ち上がり、手にした水の軍杖で回復魔法を使おうとしたが、激痛により魔法を使うための集中力が霧散し、咳き込むたびに血の混ざった唾を吐きだした。

 …まずい。今、またタイマン殺しなどという強力なモンスターに襲われれば全滅する。

 せめて、未来の弟妹達の為にもシュージだけはここから逃がさなければならない。だが、魔法が使えない。ダメージで詠唱できない。体術も呼吸するだけで激痛が走るので無理だ。

 はやく、回復魔法を。と、カモ君が内心焦っている間に通路を塞いでいた土砂が崩れ落ちた。

 その先にいたのは。

 

 「アイムの旦那が倒れていると思ったら土砂崩れでもあったの?」

 

 「おい、気を抜くな。冒険者!」

 

 「文句があれば自分が先に行けばいいのに…」

 

 『鉄腕』アイムが率いる先行メンバーとは別の先発隊のチーム。

 魔法学園リーランの先輩達と先生。複数の冒険者達の混合チーム。そして、

 

 「…『蒼閃』だ。別の先行隊だ!」

 

 コノ伯爵が頼りにしていた冒険者の片割れ。

 『蒼閃』。カズラ・カータ。

 ここで強力な冒険者が現れたことにカモ君達、後発組の冒険者達は歓喜に沸いた。

 シュージは自分に胸を揉ませた女性としか認識しておらず、彼女の事はよく知らないが、自分の周りにいる冒険者達の様子から見るに凄腕の冒険者だという事が伺えたことに。今度こそ安心した。

 そんな中、カモ君だけは彼女に対して失礼な事を思い出していた。

 

 …あ、思い出した。百合園の女騎士。

 

 前世のゲームではその風貌と声。仕草や性格から多くの女性と一部の男性ユーザーを虜にして女性同士の愛好者。いわゆる『百合』に目覚めさせたとももてはやされた『蒼閃』のカズラ。

 

 「…おや。また会ったね。少年。こうまでして出会うなんて。もしかして運命かな?」

 

 と、シュージにウインクをしながら話しかけてくる彼女こそ、主人公のシュージの将来の仲間になるだろう一人でヒロインだった。

 



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第七話 女の心配と男の愚行

 ゾーダン領に発生したダンジョン近くに建てられた野戦病棟の一室。

 日は落ち始めた時間帯で、カーテンで区切られたベッドで一組の男女が話し合っていた。

 男の方は先発隊の冒険者達の肩を借りながら歩いて撤退してきたカモ君。

 体中に火傷と吐き出した血のグラデーションで見るからに重傷な状態で運び込まれた彼はダンジョンから戻るなり、タイマン殺しにやられた冒険者共々ベッドに寝かされた。

 女の方はカモ君の婚約者のコーテ・ノ・ハント。今の彼女は無表情ながらも目と雰囲気が尋常ではないくらいに怒っているのが感じ取れた。

 実はダンジョン内で全魔力を使い果たして治療したお蔭で何とか歩けるくらいまで回復したカモ君。

 しかし、それは体の奥から激痛に耐えながら、血を吐くのを懸命にこらえ、常人なら全身の穴という穴から体液が噴き出るのではないかという苦痛を堪えながらの状態だった。

 そんな状態を水魔法の使い手で、現在治療班に回されているコーテが見逃すはずが無かった。

 カモ君の状態を把握したコーテはカモ君を空いているベッドに寝かせて、彼の枕元に傷を回復させるポーションと水差しを置いた。

 

 「エミール。反省している?」

 

 「しているが後悔はしていない」

 

 あの時、自分がタイマン殺しと対峙していなくてもいずれは追いつかれ戦う羽目になっていた。しかも今までマッピングされたダンジョンの地図情報だとあの狭い通路に タイマン殺しを抑え込まなければ勝機は無かった。

 シュージと自分だけで逃げるということも考えたが、正義感の強いシュージが冒険者を見捨てる事が出来るはずもない。

 それに、

 

 「下手をしたら、まだ撤退中のコーテ達を巻き込む可能性があった」

 

 タイマン殺しと戦っている時、戦闘不能になったキィを運んでいたコーテ達はまだダンジョンにいた。自分達が逃げればいずれは彼女達に追いつき、後ろからやってくるだろうタイマン殺しの餌食になっていたかもしれない。

 それは駄目だ。カモ君にとってコーテは弟妹。クーとルーナの次に大事な人であり、将来は自分の伴侶。二人の義理の姉になるかもしれない人物を危険に晒すわけにはいかなかった。

 

 「それは…。わかっている。でも無理はしないで欲しい」

 

 「無理を通す時だった」

 

 コーテが言っている無理はタイマン殺しとの対峙か、それともシュージの魔法を受けた事か。もしくは両方かもしれない。

 カモ君だって二度とあんな真似はごめんだ。やりたくない。弟妹達にもう一度タイマン殺し討伐を願われても上手く説明してやらない方向に持って行くつもりだ。

 

 「…エミール。私の気持ちもわかってほしい。…貴方が死ぬんじゃないかと思っただけで私は」

 

 そう言って俯いた彼女から数滴の涙が落ちた。

 コーテにとって、カモ君はある意味最も心を開いている人間だ。実の家族よりも素の自分でいられる存在で、大事な人だ。そんな人がボロボロになって帰ってくる。その心境は本人にしかわからない痛みだろう。

 

 「…すまなかった。こうならないようにもっと強くなる」

 

 「…無理はしないとは言わないんだね」

 

 「そういう人間だよ。俺は」

 

 「知っている。だから私はそんな貴方を」

 

 と、コーテが次の言葉を言おうとした時、カーテンを乱暴に開ける無粋な人間がいた。

 

 「エミールが大怪我って本当か?!」

 

 「…ごめん。コーテ。止められなかった」

 

 現在十二歳の主人公シュージ。未だに人生の酸いも甘いも経験した事のないお子ちゃまスピリットの持ち主に男女の時間を察しろというのは無理があった。

 シュージはカモ君を尊敬しているので彼と一緒に戻って来た時は歩けるまで回復したと思っていたが、そんな彼の強すぎるやせ我慢に気が付かず、幼馴染のキィの様子を見舞いに行ったあと、カモ君が実は重症という報せを持ってきたアネスによって知らされた。

 彼女の伝え方にも問題があったかもしれない。

 カモ君が重傷で今は安静にしておかなければならない。と、言ったのがまずかった。

 その時既に幼馴染のキィは涎を垂らしながら健康そうな顔色で宿舎のベッドで寝かされていた。命、身体共に異常無しで安心した所に友人が重症という報せを受けてすっ飛んできたのだ。

 その間にもアネスはシュージを呼び止めようとしたが思いのほかシュージの走るスピードが速く、追いつくころにはカモ君が寝かされているベッドに到着しているという始末だった。

 せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊してくれたシュージとそれを止められなかったアネスをみて、カモ君を叱りつけた時の二割ほどの怒りを込めて二人を睨むコーテ。

 そんな意図を汲み取れないシュージはカモ君に歩み寄り、その様子を見て安心のため息をついた。

 

 「なんだ、元気そうじゃないか」

 

 「…シュージ。心配してくれるのは嬉しいが。もう少し場の雰囲気という物を感じ取ろうな」

 

 カモ君はいわゆる鈍感系ではない。むしろ様々な思惑が交錯する貴族であるが故に人の感情に機敏な方だ。コーテの気持ちの大体は汲み取っていた。

 

 「何の事だ?」

 

 「…今度の休み。皆で演劇でも観に行くか」

 

 無論、観に行くのは恋愛劇場だ。それを観て場の空気という物をシュージに学んでもらおう。ある意味シュージとキィとは似た者同士なのかもしれない。

 

 「ほら、私等は明日もダンジョンに行くんだからさっさと寝るよ。後発組の私はともかく、あんたは先行組。しかもダンジョンボス討伐っていう役に抜擢されたんだからね」

 

 シュージがタイマン殺しを仕留めたという報せを受けたコノ伯爵と先行隊を仕切る冒険者パーティー。そして、『蒼閃』のカズラからの推薦でシュージを連れて行くことが決定したのだ。

 シュージの放つ魔法は高威力だ。恐らく海が近いこのダンジョンのボスは火に強い水属性のモンスターだろう。しかし、シュージの魔法はそれを上回る程の威力を持っていると判断され大抜擢を受けたのだ。

 そんなシュージを連れてアネスは彼と一緒に病棟を出て行ったことを確認したカモ君とコーテ。

 ちょっと前まで漂っていた場の雰囲気は完全に壊れ、なんだかグダグダになってしまった。

 

 「ゆっくり休んで。しっかり治してね」

 

 早く治せなど決して言わない。治してしまえばカモ君はまた無茶をするかもしれないからだ。

 

 「ああ、しっかり治す為に寝るさ」

 

 むしろ無茶なんかもうやりたくないと思っているカモ君は水差しに入っていた水を一口飲んで布団をかぶり、目を閉じた。

 それを見たコーテはシュージが開けていったカーテンを閉めながら、彼から預かっている水の軍杖と自分の軍杖を持って病棟を後にした。

 その際に、支給されたポーションも持って行けばよかったかなと考えた。そうすればカモ君はより休息を必要とする。その間だけ彼は休めるのだから。

 



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第八話 勝てば勘弁。負ければ被告。

 シュージ達がダンジョンに潜りこんで半日が経過した。

 所々で休憩を挟みながら辿りついたダンジョン十六階層。薄暗い地下の空間に五メートル近い高さを持つ扉の前にシュージを含めた冒険者。魔法学園から派遣されてきた先輩。先生方を含めた二十人がいた。

 この扉の向こうにダンジョンボスであるマーマンキング。魚の頭をした人型モンスターの長とその部下たちであるマーマンの群れがいることを、魔法で扉に音を立てないように小さな穴をあけて中を除いた地属性の先輩が中の様子を伝えた。

 少なくても中にいるモンスターは五十体以上いる。こちらの倍はある戦力だ。そこで立てた作戦は扉を開け放つと同時に魔法使いである自分達が最大火力の魔法をぶつける。すると同時に扉から離れながら、前衛を冒険者に任せながら後退しつつ再度魔法を放つ。

 いわゆるヒット&ウェイをしながらモンスターの数を減らし、モンスターが少数になるまでこれを続ける。

 冒険者はモンスターが魔法使いに近づいて来ないようにシュージ達を守り、シュージ達は冒険者を巻き込まないように魔法を放ち続ける。

 だが、ここで問題が一つ。

 それは貴族である魔法使いの先輩・先生方が冒険者諸共モンスターを吹き飛ばさないかという事だ。

 基本的に貴族は平民を人間扱いしない事が多い。

カモ君だって愛する弟妹達がいなければ平民をこき下ろしていただろう。

 そんな貴族に背中を預け、且つ守らなければならないという作戦に冒険者達が素直に言う事をきくかという事である。はっきり言おう。無理である。

 冒険者は命を賭けた仕事であるが、命自体を売り買いしない。そんな彼等にその作戦を飲ませる方法は二つある。

 一つは莫大な報酬。もう一つは後ろ盾である。

 コノ伯爵は冒険者には必要な分の報酬は用意した。それでも彼等を動かすには少し足りない。だからもう一つ。後ろ盾の存在である。

 もし魔法使いが意図的に冒険者を巻き込もうとした瞬間、冒険者の代表がその魔法使いを切り捨てるという脅迫じみた後ろ盾だ。その後ろ盾の存在が、魔法使いよりも後衛に配置している『蒼閃』のカズラである。

 今回のダンジョン攻略で十五歳という若さながらもトップクラスの力量を持つ彼女の判断で切り捨てることが出来る。

 彼女のその俊敏な動きと裁量で魔法使い達はある程度自制しなければならない。

 彼女はこの時の為にコノ伯爵から『堕天のモノクル』というマジックアイテムを借り受けている。

 これは自分に向ける好意・敵意を判断する物だ。いくら表面上取り繕うともこのアイテムの前でだとそれがばれる。予め、これを使って攻略メンバーを集めたが今のところ違反者は出ていない。

 

 「…じゃあ、十秒後に扉を開けるぞ」

 

 地属性の魔法を使うシュージの先輩が扉に向かって手をかざす。彼の使う魔法でこの巨大な扉を開くことが出来る。開けばそれに気が付いたマーマン達が襲いかかってくるだろう。

 大丈夫。何度も確認はした。それに今回は先輩や先生達もいる。上手くいくはずだ。

 それに、自分を送り出してくれた。自分が知る中で最高の魔法使いが見送ってくれたんだ。

 タイマン殺しとの対峙。正確にはその姿すら禄に確認出来なかったが、あの時のプレッシャーに比べれば今の状況は簡単に感じられる。

 

 やるぞ。シュージ・コウン。

 あのエミールの友人ならばやれるはずだ。

 

 そして扉は開かれるのであった。

 

 

 

 シュージ達がダンジョンに挑んでいる間にカモ君はという、三時間以上も掛けて自身に回復魔法を使っていた。

 カモ君がダンジョンに挑んだ時のレザーアーマーはシュージの魔法であちこちが焦げて修理が必要な状態だった。一応カモ君も貴族なので見栄えも気にすることもあって、今は魔法学園の制服とマントを羽織っていた。

 タイマン殺しから受けたダメージは思いのほか骨と内臓に響いていたらしく、ようやく自力で歩けるようになったカモ君は軽く体操をして自身の調子を確かめていた。

 魔力は殆ど使い切った所為かすこしだるく感じてしまうが、先日まで感じていた鈍い痛みは無くなっている。できればポーションや他の魔法使いから回復魔法を受けて完全回復したいところだが、今はこのダンジョンの周りに居る人間全てが攻略に力を注いでいる。

 この場に残った冒険者や魔法使い達は、ダンジョンから溢れてきたモンスターが地上に溢れて来た時に対応するための余剰戦力として対応しなければならない。

 それには自分だけでなく、コーテとキィも含まれる。

 アネスはダンジョン攻略の後発組としてシュージ達の三時間後に出立していった。

 もしダンジョンコアが破壊されれば一日から三日かけてダンジョンは崩落して、そこには何も無かったかのような更地になるはずだ。

 シュージ達がダンジョンに行って六時間が過ぎようとしていた。その間に回復したカモ君は軽い体操の後、食事をとり、軽くダンジョン周辺を散策していると、今にもダンジョンに乗り込もうとしているキィとそれを止めるコーテの姿が見えた。

 

 「私はもう十分に回復したわ!なのに、なんで行っちゃ駄目なの!」

 

 「何度も言った。経験不足。力量不足。人脈不足。貴方に出来るのはダンジョンの前で待機する事だけ」

 

 「そんなの関係ないわよ!私の魔法ならどんな魔物もなぎ倒せるわ!」

 

 「貴女。不意打ちで、一瞬でやられたばかりでしょ」

 

 「あれはモンスターが不意打ちしたからよ!正面から戦えば私が勝つわ!」

 

 「モンスターに正面から殺されに来いと伝えるのは難しい」

 

 どうやらキィがまた物欲に駆られてダンジョンに行こうとしていたらしいがコーテの魔法で首から下を巨大な水玉で捕らわれていた。その魔法の所為でそれ以上前に進むことは出来ない。かといってキィが魔法を使おうものなら、コーテが手にした水の軍杖を軽く振るだけで、彼女を捉えている水球から一部の水が切り取られ彼女の口を塞いだ。

 

 「がぼぼぼっ」

 

 「私一人振りきれないのならダンジョンに向かわせることは出来ない。単独なら尚更」

 

 いやー、お前の拘束を逃れる事は結構難しいと思うぞ。

 そう思わざるを得ないカモ君。詠唱しなければ魔法は使えない。ノーキャストという無詠唱で発動する魔法もあるが、キィの力量ではまず習得は無理だろう。それにあの水の拘束をされれば自分でも抜け出すのは難しい。

 コーテは攻守・補助回復と使える魔法にバリエーションがあるオールラウンダーだ。水の扱いならカモ君より上だ。

 未だに水属性のレベル1の魔法使いだが、あと一年もしないうちにレベル2になると踏んでいる。

 キィが反抗するたびに口に水を放り込まれるのでどうしようもない。それなのにこれをずっと繰り返していると、少し離れた所で待機していた冒険者達から聞いた。

 あ、うちの御同輩が迷惑かけてすいませんと頭を下げるが、タイマン殺しを討伐したとカモ君に頭を下げられたらこっちが委縮してしまうと逆に謝られた。

 そんな事を考えていると地面が少し揺れた。ダンジョンでこのような事象が起きる理由は幾つもある。

 一つはダンジョンコアの破壊による衝撃でダンジョン全体がゆっくりと崩れ落ちる前兆。

 一つはダンジョンコアが更に地下に移動して、新たなダンジョンフロアが生成された時の衝撃。

 そして、もう一つは、

 

 「氾濫だ!モンスターがやって来たぞー!」

 

 地下へとつながるダンジョンの入り口から松明を持った冒険者達がこちらに向かって走りながら大声を上げてこちらに向けて危険を知らせる。

 

 氾濫。

 ダンジョンで生まれたモンスターが一定数以上増えるとダンジョンの外に飛び出す現象。

 ダンジョンからモンスターが出てしまうと周囲の被害が馬鹿にならない。そうならないために先発と後発に分けてモンスターを間引きする。

 それでもごく稀にダンジョン第一階層でモンスターが大量発生することによりそれが起こる。

 

 「他の冒険者や魔法使いは!」

 

 「いない!先発隊が来るのはもう少し後の予定だ!遠慮なくぶっ飛ばしてくれ!」

 

 「モンスターの種類は!」

 

 「ポイズン・フィッシュの群れだ!とにかく数が多い!」

 

 ポイズン・フィッシュはカモ君達が危惧していたモンスターの一つで、一匹では大きくても空飛ぶ鰹サイズの魚のモンスターだが、これが空に浮かんで襲い掛かってくる。しかも毒持ち。

 攻撃方法は体当たりだけといった魚らしい物だが、その尾びれ背びれには毒針があり、これを何度も受けるとその毒性で呼吸困難で死に至る。

 このモンスターは走光性という光るものにつっこんでくるという習性もあって、薄暗いダンジョンでは冒険者の持つ火のついた松明につっこんでくるという事例が何件も上がっている。

 出てくるモンスターがフィッシュ系だと聞いたカモ君が魔法を詠唱するのは火の魔法。バスケットボールサイズの火の玉を投げつける魔法。ファイヤーボール。

 残っている魔力もあと一回か二回魔法使うだけで尽きる。いや、今回は持続させないといけないので実際は今日の魔法はこれで打ち止めだ。出来る事ならこれで仕留めたい。

 カモ君は威力や射程距離は考えず、バスケットボールサイズから少し大きくして直径一メートルの火球を生成する。ただ持続するための魔力だけを注ぎ込む。

 ここには自分以外の冒険者や魔法使いがいる。自分の放った魔法につっこんできたポイズン・フィッシュはその熱に焼かれ地面に落ちるか、弱って動きが鈍くなるだろう。そこを冒険者達に仕留めてもらえば上手くいくはずだ。

 

「火を放つ!そこを狙って攻撃してくれ!」

 

 カモ君はそう言いながらダンジョンの入り口付近にファイヤーボールを放ち、その場に留まらせる。ダンジョンの入り口付近に大きな火球が漂っている形になった。

 それから数秒後にダンジョンの入り口から幾つもの青白い光が飛び出し、カモ君のファイヤーボールに突っ込んでいった。

 その勢いを無くしてファイヤーボールの下にドサドサと音を立てて落ちていくのはポイズン・フィッシュ。食欲を誘う香ばしい匂いを立ち上らせながら落ちていく。ちなみにこのポイズン・フィッシュ食べられる。

 中には数匹ファイヤーボールを突き抜けていくが、ダメージが大きいのか大分緩慢なスピードで宙を泳ぐか力尽きて地面に落ちてぴちぴちと地面に転がる。そこに冒険者達の放つ弓矢。先輩魔法使いの魔法が振りかかり、ポイズン・フィッシュを仕留めていく。

 二十匹ほど仕留めた所でカモ君の放ったファイヤーボールがまだ威力を保ったまま宙に浮いているが、ポイズン・フィッシュの群れも尽きそうにない。

 だが、この調子なら被害も無くモンスター討伐がこなせるだろうと思っていた。そう思っていたのだが、

 

 「飛んで火にいる夏の虫ならぬ魚ね。私がまとめてぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 トラブルメイカーのキィである。

ファイヤーボールを維持しているカモ君は仕方ないとして、コーテもポイズン・フィッシュの襲撃に備えてキィの拘束を解いて警戒態勢に入っていた。

 キィの詠唱が始まった時、カモ君とコーテは嫌な予感がして止めたかったが、カモ君は魔法の維持。コーテは効果が薄いが水の攻撃魔法を使うための詠唱をしている状態。

キィを止める者はここには居なかった

 

 「グラビティイ・プレス!」

 

 得意の魔法なのか。高威力だが、低スピードで発射された高重力の砲弾はゆっくりとダンジョンの入り口へ迫る。そこには当然カモ君の放ったファイヤーボールがあるわけで。

 

 「「あ」」

 

 キィの魔法がカモ君の魔法を呑みこみ、かき消した。するとどうなる?

 走光性だったポイズン・フィッシュ達はファイヤーボールへの一方通行な軌道から外れ、それぞれ様々な方向に飛び回る。しかもキィの魔法がダンジョンの出入り口を崩してより多くのポイズン・フィッシュが方々に散るように飛んでいく。

 中にはキィの魔法に飛び込んでいくフィッシュ達もいたがそれも良くて半分。もう半分はキィの魔法を避けて、宙を縦横無尽に泳ぐことになる。ちょうど今の時間帯は正午。昼の十二時。お天道様がカモ君達の頭上に輝く時間帯。フィッシュ達が一番無秩序に飛び回る時間帯だった。

 

 「「「何してんだ、お前えええええええ!!」」」

 

 冒険者・学校の先輩達から非難の声が湧き上がりキィを責めたてる。

 カモ君のファイヤーボールで弱らせたからこそ簡単作業だったのにキィの魔法でそれが消えて面倒くさい展開になった。

剣や槍を持った冒険者は急いで弓矢を装備するために待機所に走っていく。

今のポイズン・フィッシュは空を飛ぶ鳥同然の存在。剣や槍で仕留めるのは非常に困難である為、急いで弓矢に交換する必要があるのだ。

 

 「な、なによっ。私だって何匹か仕留めているじゃない!」

 

 キィが文句を言おうとした瞬間、コーテが彼女前に立ち水の軍杖を真っ直ぐ前に振り降ろしていた。その瞬間、鈍い音が聞こえたと思ったらキィの足元に頭が凹んだポイズン・フィッシュが転がっていた。

 

 「貴女はこのクエストが終わったら補修決定。三週間は覚悟して」

 

 助けられたという事よりも普段は無表情なコーテの有無を言わさない視線にキィはたじろいだ。明らかに怒っている。

 

 「エミールの魔法で出てくるモンスターは皆弱らせることが出来たのに、貴女の所為で台無し。下手すれば賠償金。賠償金が無くても説教は確実」

 

 「賠償金…。な、ならカモ。じゃないエミール様がもう一回使えばいいじゃない!」

 

 賠償金という言葉にキィは己が行ってしまった愚行にようやく気が付いた。そして慌てて挽回するようにカモ君の方を見たが、既にカモ君は着ていたマントを右手に巻きつけてグローブ代わりにしてファイティングポーズを取っていた。どうやら飛んできたポイズン・フィッシュをそれで叩き落すつもりらしい。

 

 「さっきの魔法で魔力が尽きた」

 

 「何よ!使えないわね!」

 

 「「「「「お前が言うなぁあああああっ!!」」」」」

 

 カモ君が言い返したい事を周りの冒険者や先輩達が代弁してくれた。というか叫んだ。

 カモ君の魔法の扱いはかなり上位に食い込む。彼がやったようにファイヤーボールを離れた場所・空間に留まらせるという技術はかなりの物で、ダンジョンに潜らなかった先輩達には出来ない事だった。

 それから一時間。冒険者と魔法使いは一時間のもの間、空飛ぶ毒魚の対応に追われ、多いに疲れることになった。

 

 どうしてあいつはこうもから回るかな?フラグの神でも憑いているのか?

 

 後処理を終えた後は念のための解毒と疲れを取る為に先日の市場で仕入れた骨無しにぼしを齧りながら大人数から説教を受けているキィを眺めるカモ君であった。

 



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第九話 それを手放すなんてとんでもない

 「まあ、これといった変化も無く作戦通りマーマン達は魔法で倒して、ダンジョンコアを破壊して戻って来たんだけど…。まさかこんな事になっているとは」

 

 半日かけてダンジョンの最下層に赴き、一時間かけて冒険者達が魔法使いを守って、魔法を使い続けてマーマンを倒した。

 それから三時間かけて機能停止したダンジョンから出る為に来た道を戻る。ダンジョンコアが破壊されたのでモンスターの再出現もトラップの新設も無く、何の問題無く帰って来られたシュージ。

 そもそも作戦とは綿密に練られた物で単純なものほど完遂しやすい。このダンジョンで起こった一番のイレギュラーはタイマン殺しの出現。そして、

 

 「良かれと思ってやったのに…。皆、心が狭すぎるってのよ」

 

 キィが壊したダンジョンの出入り口の補修作業である。

 ぶつくさ言いながら魔法学園の制服ではなく泥臭い作業服を着て、いずれは更地になるだろうダンジョンの出入り口の整備を手伝っているキィの姿を見てシュージは再び頭を抱えながら俯いた。

 ダンジョン先発組のシュージと後発組アネスはダンジョンの途中で合流を果たし、全員そろって地上へと帰還すると、そこには毒抜きされたポイズン・フィッシュ丸焼きを食べる冒険者が数名と、ダンジョン近くに建設されたプレハブ小屋を解体する冒険者と地属性の魔法が使える先輩達がいた。

 だが、魔法使いという立場でいながら作業着に着替えさせられて馬車馬のように働かされているのが自分の幼馴染だという事に気が付いたシュージは唖然とした。

 あの我儘なキィが何でこんな汗水流す地味な作業をしているのかとカモ君に事情を尋ねた所、自業自得な事をきかされた。

 みんなの足を引っ張ったペナルティーとして冒険者のように体で働いて反省しろとの事だ。

 むしろ、罰がこれで済まされたのが不思議なくらいだったが、カモ君とコーテが連帯責任として今回のダンジョンクエストの報酬をダンジョン攻略時に行う打ち上げの酒の費用に充てる事を約束して今の状況で落ち着いている。

 勿論キィの報酬も全額、酒代に使われる。カモ君、コーテ、キィの三名は今回のクエストはただ働きになった。

 いや、むしろコーテは事前に用意した解毒アイテムの準備費用も請け負っているので赤字。更にポイズン・フィッシュを水の軍杖で殴った際に杖の先が少し曲がっていた。マジックショップで専門の技師に頼んで修理することを考えると更に赤字である。

 カモ君はレザーアーマーの修理だけで済んだが。コーテの水の軍杖をこれ以上使うと魔法の暴発もあり得るので修理が終わるまでは自分の杖を使うように促した。そのお蔭で カモ君は自前の装備を二つも失ったことになる。当然赤字だ。

 キィは先払いとはいえ、アイテムの費用はコーテには貰った物だし、装備品。学園の制服にも損傷が無いので、彼女だけは差し引きゼロ。

 キィを連れて来た責任というだけでコーテとそれを補填するには足りない部分をカモ君が支払う。はっきり言ってこの二人にとっては酷いとばっちりだ。

コーテはキィをこの件でばっちりと調教すると。今回の罰金と事の重大さを彼女にタップリ教え込む為にこれから二ヶ月。夏休みが始まるまでただ働き。自分のパシリにすることに決めた。

 キィは文句を言おうとしたが、「貴女にこれだけの弁償。賠償金が払えるなら文句を言ってもいい」といわれ、「やらせてもらいます。コーテお姉様先輩」と手の平と態度をクルクルと変えた。

 正直、二ヶ月どころか二年パシリにしても足りないくらいの損害だ。

 それをシュージの隣で聞かされたアネスは黙々と毒抜きしたポイズン・フィッシュの丸焼きを食べているコーテの肩に手を置いて、大変だったな。と、労いの言葉をかける。

 はっきり言ってキィの所為で踏んだり蹴ったりのコーテにそれ以外の言葉をかけることが出来なかったアネス。

 自分の幼馴染の所為で迷惑をかけたと感じたシュージは、ふと思い出したように自分のあてがわれたプレハブ部屋に行って、急いで戻ってきた。

 ほぼ丸一日動きっぱなしのシュージだが、疲れで倒れてしまう前に出来るだけの謝罪はしたかった。

 

 「あ、あの。足りないかもしれませんが、これで今回の弁償を補填させてください」

 

 そう言ってシュージが差し出してきたのはタイマン殺しを倒した後に出現してきた白い鉢巻。それをコーテとカモ君に差し出してきた。

 キィがそれを知ったら絶対売り払うと思ったシュージは彼女には内緒で取っておいたマジックアイテム。効果はわからないがダンジョンで見つけたレアアイテムだろうその鉢巻で今回の損害を補えると考えていた。

 カモ君は鉢巻の効果を調べるために鉢巻を手に取って鑑定魔法を使おうとしたが、魔法が発動しない事に違和感を覚えた。

 一応ポイズン・フィッシュの件から休憩を入れて少しばかり魔力も回復したから、アナライズという魔法も使えるはずだったがそれが発動しなかった。

 カモ君はその鉢巻を地面に置いて再度魔法を使う。すると魔法は発動した。どうやら思った通りこの鉢巻は身に着けることで魔法を封じ込める効果がある代物だった。

 

 魔法殺し。

 直接身に着けることで魔法が使えなくなる。魔法への耐性が無くなるというデメリットがあるが、身体能力が大幅に上がるマジックアイテム。

 

 ああ、確かにゲームでもあったなこのアイテム。

 カモ君は鉢巻を手に取ってシュージにその効果を教えることにした。

 このアイテムは魔法使いである自分達には無用の長物だが、魔法を使わない冒険者達が手にすればその効果は絶大。はっきり言ってこのアイテム一つで金貨五万枚はくだらない。

 平民が一生遊んで暮らせるだけの価値があると言ってシュージに渡す。シュージはこんなアイテムを鍵もついていない仮宿に置いていたというのだから呆然としていたが、次第に事の重大さを理解してガタガタと振るえだす。

 それはそうだ。金貨二十枚が平民の月平均の収入。その2500倍がいきなり手に入ったのだ。震えない方がおかしい。

 ゲームで言うと最終局面かクリア後にプレイできる裏ダンジョンで手に入るアイテムだ。そんな強力なアイテムを自分が手に入れたとしたら狂喜乱舞。下手したらこれを元手に商売。貴族の地位も買えるかもしれないのだ。

 なので、今回の損害の補填に貰うにはあまりにも価値があり過ぎるという事をシュージに伝える。確かに価値はあるがカモ君達魔法使いが貰っても意味のない代物。貰っても自分が使うには扱いに困る。

 だが、シュージはこれ以外で補てんできるアイテムは持っていない。その上、彼自身も魔法使いだ。となるとマジックショップに売ることも視野に入れていたが、カモ君が待ったをかける。

 

 それを売るだなんてとんでもない。

 

 いずれは主人公であるシュージの元には信頼できる冒険者が現れ、彼の仲間として三年以内に起こるだろう戦争で共に戦うだろう。その時、この鉢巻。魔法殺しをその仲間に与えれば大きな戦力強化になる。

 勿論そんな事が言えるはずもないのでカモ君はいつかお前が心から信頼できる奴に渡せと伝える。

 このアイテムは下手すれば国宝級の価値があるので売ってしまえば二度と手に入らない。買い直すことはもちろん不可能だ。買い直す時には金貨二十万枚は必要になる。

 シュージはそんな考えに気が付かないでいたが、カモ君が真剣に語るので大人しく頷くことにした。

 だが、カモ君はそう遠くない将来。この魔法殺しを渡す時が来るだろうと思っていた。

 『鉄腕』のアイム。『蒼閃』のカズラ。この二人はシャイニング・サーガのゲームでは仲間になる冒険者だ。

 アイムは耐久と一撃の攻撃の重さが売りのパワーキャラ。地属性の魔法も使う事が出来るが基本はその剛腕から繰り出される格闘が主である。

 カズラはテクニックの高さからの急所攻撃。そしてゲーム一のスピードキャラである。

 この二人のうちのどちらかがシュージの仲間になると考えているが、恐らくカズラが仲間になるだろう。その為のフラグもシュージは重ねているだろうし。

 ちなみにカズラに魔法殺しを装備させると敵どころか味方すらもその姿を捉える事が出来ない程のスピードで翻弄するだろう。

 というか、幼馴染の美少女(物欲)に冒険者の美少女(スピード狂)か。確か同年代の王族に美少女(過激派)がいるという話も聞いているし、最近では図書館で勉強する時にはシュージを気にかけてくれる美人(文学)な司書さんもいたなぁ。

 

 何だぁ。お前ぇ?ハーレム主人公か?

 カモ君、キレた。

 

 とまでは言わないが、約束された踏み台の自分と、確定しつつあるハーレム主人公のシュージを比べると苛立ちが収まらないと思ったが、自分には愛すべき天使な双子がいることを思いだし苛立ちを収めた。むしろ増長していた。

 

 ハーレム?別にいいですけど?自分には天使が二人もいるし?そんな自分を理解してくれる婚約者もいますし?俺の方が勝ってね?

 

 問題は踏み台を果たした時、そんな大事な存在が自分の傍にいるかである。

 カモ君、苛立ちは収めたが焦りが出てきた。

 だ、大丈夫だよな?シュージもゲームよりは成長しているし、アイテムも整っているからこの調子でいけば戦争にも勝てるよね?魔法殺しもあるし…。

 間違っても失くすんじゃないぞ。ちゃんと冒険者の将来の仲間に渡せよ。

 そんな一抹の不安を抱えながらもカモ君はそれを顔に出さずシュージを言いくるめた。

 正直そのことで一杯だったから、シュージが行う次の行動に不覚を取った。

 

 「あ、じゃあこれ貰ってください。なんのアイテムかはわからないけどダンジョンで手に入れたアイテムです」

 

 そう言って魔道マッサージ機(淫)を女性であるアネス・コーテの前に出すシュージ。

 貴族の子女なのでその手の教育も届いている二人はそれを見て顔を赤らめた。

 カモ君はその光景に言葉を失っていた。

 …うん。キィは冒険者との。というか、人とのコミュニケーション力不足を感じるけど、シュージは一般常識というか色事についての勉強不足感がある。

 だとしたら誘っちゃう?エロ男子特有の猥談な世界へ。勿論カモ君はいけるクチだが、問題はそれがばれて愛する弟妹達に知られてしまう事である。軽蔑されたくないから誰とも猥談が出来ないでいる。で、でも、これも世界を救うためだし…。いっちゃう?いっちゃうの、自分?

 今度の休み。恋愛劇場が観られなかったら、エロコメディ的な劇を探してみるのもいいかもしれないと考えるカモ君だった。



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第十話 女の香り

 「では今回のダンジョン攻略を祝って、乾杯!」

 

 「「「「「かんぱぁああああいっ!!」」」」」

 

 シュージ達、ダンジョン攻略の最終先発隊が戻ってきてから一日置いて、ゾーダン伯爵地の中心部といってもいい大通り。その大通りの中でも一番大きな酒場でダンジョン攻略の祝杯が挙げられていた。

 そこには多くの冒険者達が酒の入った樽ジョッキを持って近くの人間と祝杯を挙げていた。

 そこにはカモ君達、魔法使い組もいたが、それはカモ君達年少組だけで先輩達や先生方の姿は無かった。

 彼等は野蛮な冒険者と祝杯を上げられるかと一足先に宿場に戻り、魔法使い達だけでささやかな宴をしていた。もっともこれがこの世界では一般的な魔法使いの対応である。

 彼等の多くは貴族なので、自分の武勇伝を今度の社交界で自慢すべくメモを取ったり、己の冒険談を頭の中でまとめているのが殆どだ。

 カモ君とコーテは、ハント領でのダンジョン攻略で冒険者の偉大さとまでは言わないが大切さを知っているので彼等と共に祝杯を挙げる事は苦でもなんでもない。むしろ参加させてほしいと彼等に言い寄ったくらいだ。

 アネスは自分の領地では貧乏暮らしをしている名ばかりの貴族なのでこういう時にこそ美味しい物を食べられる機会を逃さない。むしろこれを切っ掛けに彼等との縁繋がりでお金持ちの冒険者がいないかチェックするくらいだ。

 シュージは魔法使いだが平民である。その為、このような宴会は初めてだがカモ君とコーテにつられて宴会に参加した。

 シュージとカモ君はタイマン殺しを倒した珍しい理解のある魔法使いと認識され、今も未成年にもあるにもかかわらず酒を進められるほどだ。カモ君は最初の乾杯の時だけ酒を飲み、あとはジュースだけというペースを保っていたが、シュージはこのような宴会に慣れていないのか酒を断れず、三杯目で目を回しながら潰れてしまった。

 急性アルコール中毒にならないようにコーテが軽い回復魔法をかけて給仕服のキィにシュージを宴会場の隅っこに持って行くように指示する。

 言うまでもなくカモ君達は魔法学園の制服だがキィだけは給仕服だ。これもコーテの指示である。

 

 お前、私にたくさん借りがあるのだから分かっているんだろうな。あぁん?

 

 決して、コーテはそのような事は言っていないが、彼女の作り出す雰囲気で普段は空気の読めないキィにも伝わった。ぶつくさ言いながらも宴会場となった酒場のオーナーに頼み込んで給仕として働かせてもらっている。もちろん、その時に発生したお給金は全部コーテに渡される。

 水の軍杖の修理費には足りないが、それでも何割かの足しにはなるだろう。

 酒に潰れたシュージを見て冒険者達はタイマン殺しを倒せるのに酒には弱いんだなと愉快そうに笑う。

 この国では平民も貴族も十五歳から成人として扱われ、飲酒も解禁される。だが、このような場で酒を断るという無粋な真似をカモ君はしない。

 彼等と同じ物を飲み、食べ、クールに騒ぐ。外見では微笑んでいるだけのように見えるが内心、結構はっちゃけていた。

 その理由は潰れているシュージ。ローパーだけでなくタイマン殺しを倒したことで確実にレベルは上がっただろうし、彼は魔法殺しという超レアアイテムを手に入れた。これでこの国の未来は少し明るくなったのだ。ひいては愛する弟妹達の暮らしが少しだけ安定した事に繋がる。

 目下の悩みは実父であるギネだ。あのキィ並に出世欲と掲示欲が強いクズ親父の元に弟妹達を置いている事だけがカモ君は気がかりだ。

 弟妹達があの男の元にいるという現実を思い出すたびにご飯がまずくなるのを感じた。しかし、そんなことは顔には出さず冒険者達と今回のダンジョン攻略の談笑を楽しむことにした。

 彼等に好印象を残せれば、実家であるモカ領でダンジョンが発生した時、彼等の印象がよければ快く力を貸してくれるかもしれないからだ。

 だから今は楽しもう。彼等との親交を深める。勿論、この中で一番小さく幼く見えるコーテのフォローも忘れずに。

 コーテはその姿から子どもに見られがち。まあ、まだ子供なのだがそれでも大人の女性として扱えば彼女の機嫌も取れるだろうし、いないと思いたいがロリコンへの牽制もしっかりしておくことにした。

 そんな中、酒で潰れたシュージがふらふらと酒場の外に出ていく姿を追いかける一人の冒険者をカモ君は確認した。

 やっぱりあいつの仲間になるのは彼女か…。

 こういう場で主人公は仲間を増やしていくんだなと、カモ君は近くの冒険者の持つ樽ジョッキにジュースの入った自分のジョッキを乾杯するのであった。

 

 

 

 「うぇああああああっ、き、気持ち悪い」

 

 目の覚めたシュージは吐き気を覚えたので酒場のトイレではなく酒場の外に向かう事にした。外に行けば夜風に当たって気持ち悪さが消えるかもしれないし、吐いたとしても一応外だ。酒場には迷惑はかけないだろうと考え外に出た。

 酒場の裏に回りえずいていたシュージの背中を誰か優しく撫でた。

 

 「うあああ、す、すいません。…って、誰ですか」

 

 口元をぬぐいながら振り向いたシュージの目に移りこんだのは、先輩のコーテとは違う青い髪を冒険者。

 『蒼閃』のカズラだった。

 

 「ほら、水だよ。僕もついこの間成人したばかりの時に随分と苦しんだものさ」

 

 苦笑しながら彼女は左手に持っていた水の入ったジョッキをシュージに渡す。

 シュージは驚きながらも喉の渇きを感じていたので素直に受け取って、それを飲み干す。

 アルコールを感じさせないただの水だが、とても美味しく感じたシュージはお礼を言う。

 

 「ありがとうございます。でも、なんで?」

 

 酒場からはまだ宴会が続いている事が分かるくらい中ではまだ賑わう声が聞こえていた。

 まだまだ宴会はこれから盛り上がるだろうと思われるほどの活気で賑わっている所を抜け出してきた自分に何でついて来たのか不思議に思っていた。

 

 「いや、君を見ていると少し前の自分を見ているみたいでね。僕も冒険者一年生だった時はいろいろとお酒で無茶をしてね。だからかな。お酒できつそうな人を見ると声をかけたくなっちゃうんだよね」

 

 なるほど。それでシュージを追ってきてくれたのか納得していたらカズラが体全体を押し付けるように近寄ってきた。

 

 「それに今回のダンジョン攻略の功労者の一人。しかもタイマン殺しを倒した君となら色々と縁を結んでおきたいからね」

 

 「ちょ、ちょっと…。近いですよ」

 

 「近づいているんだ。当然だろ」

 

 あやしく微笑むカズラにシュージはどぎまぎしていた。

 これは酒の所為か?それとも異性を感じさせるカズラの魅力か?どちらにせよ今の自分が普通じゃない事はわかった。

 カズラは更にシュージに迫る。彼の手を取り自分の頬に当てる。

 

 「随分、興奮してくれているようだね。まあ、僕もなんだけど。…わかるだろ。僕も結構ドキドキしている」

 

 シュージは慌てて彼女から離れようとしたが、酒が残っているからか、それとも魔法使い故に冒険者の膂力に敵わず離れることが出来ない。

 

 「最初に見かけたときはヤンチャな男の子だと思っていたけど、まさかタイマン殺しまで倒してしまう男の子だったなんてね」

 

 「ちょ、やめ。止めてください」

 

 シュージは心音がうるさいくらいに鳴り響いているのに心地よく感じ始めてきている。

 なんだかお酒を飲んだ時のようにくらくらしてきた。

 

 「ふふ。まだ十二歳だというじゃないか。僕より四つ下なのに意識してくれているのかな?君が望むなら今以上の事を体験させてあげるよ。その代わり僕のお願いも聞いてくれないかな」

 

 シュージの思考に靄が狩る。視界もなんだかぼやけてきた。布団に包まれたようにふわふわしてきた。

 

 「僕のあげられるものは全てあげよう。だから、君の」

 

 もう考えられない。顔が、首が、体が熱い。それなのに心地よい。

 

 「魔法殺し。それを僕に渡してくれないか」

 

 もう何も考えられない。心地よい。気持ちいい。

 目の前にいるのが誰なのか。自分がどこにいるのか。それすらもわからない。だが、この声に従えば自分はもっと気持ちよくなれる。

 朦朧とする意識の中シュージはその言葉のまま頷こうと薄れる意識の中、首に力を入れた。

 

 

 

 「はーい。そこまで」

 

 が、シュージとカズラに冷たい水をぶっかけた事で、シュージの沈みかけていた意識が急浮上した。

 

 「まだお前は十二歳だろ。そう言う事を覚えるのは後三年待て」

 

 水を二人にかけたのは二人が出て行ったことを見ていたカモ君。

 最初は青少年が性少年になるのではとドキドキワクワク、オネショタ、ウハウハとわざわざ気配と音を殺して見守っていたが、カズラが通った跡に香る甘い残り香のような物からそれが媚薬の類の物だと感づいたカモ君。

 なんでカモ君が知っているか?

それは二年ほど前に実父であるギネが自分の娘であるルーナに貴族の連中と会う時は常につけているようにと言っている所を見かけたからである。

 最初はカモ君も珍しい香水の類だと思っていたが、あのクズ親のギネの事である。ルーナに渡した時に、カモ君はそれを手に取り解析魔法をかけると媚薬効果のある香水だということが判明した。

 当時、まだ五歳の幼女だぞ!と、カモ君は叫びたくなる事を押さえて、口八丁手八丁でギネを言いくるめてルーナにそれを使うのはまだ早いと説得した。だが、その内心では何度目になるか分からないギネに対する殺意を押し殺すのに相当苦労した。

 ギネは貴族の有力者に媚薬を纏ったルーナを使って人脈を広げようとしたのだ。それを許すカモ君ではない。説得しながらももしこれを行ったらお前を殺すという事を匂わせたのを今でも鮮明に思い出せる。

 よって媚薬の匂いはカモ君にとっては怨敵のような物。

 カズラが媚薬など使っていなければカモ君はデバガメ。パパラッチ。覗きする気だった。

 薬物。駄目。絶対。

 それでも冒険者達のような荒事を専門にする人達には当たり前の事なのかもしれないと考えていたが、カズラの魔法殺しが欲しいと言う言葉を聞いて手に持っていた水を二人にかけて止めた。

 ハニートラップかよ。美人局かよ。というか、カズラってこんなキャラだったっけ?と思いながらもカモ君は二人の会話に割って入った。

 まだ彼女がシュージの仲間になるという事は確定していないのに魔法殺しを渡して、そのままバイバイ。俺はこいつ(魔法殺し)と旅に出る。なんてことをされたらたまったもんじゃない。

 

 「…二人の逢瀬に水を差すなんて。噂のドラゴンバスターは空気が読めないね」

 

 空気(残り香)を読んだから邪魔したんだけどな。

 カズラとシュージが驚いている間にカモ君が二人を引き離して、シュージを連れて再び酒場に戻ろうとしている所にカズラがカモ君にドスの利いた声で話しかけた。

 流石は百合騎士。もう少しで手に入っていただろうレアアイテムを逃した喪失感と怒りで内心は荒れているだろうに笑顔で接してくる。それはそれで迫力がある。

 

 「あんたなら薬なんか使わなくても上手くいっただろうに。…まあ、冒険者とのやりとりでこういう事があるから魔法使いは冒険者との宴会を避けるんだけどな」

 

 冒険者達は刹那的な生き方をしているが同時に現実的である。

 シュージのように何も知らないカモがいたら引っかけてアイテムをぶんどるなんてこともざらなんだろう。

 彼女の目的がシュージとの縁作り。下心なく彼と仲良くなりたいという事であればカモ君も何もしなかった。しかし、魔法殺しという下心があるなら話は別だ。

 あれはレアイテムの中でもさらにレア。国宝級のアイテムを持ち逃げされる恐れがあるのならそれを止めるのがシュージに期待しているカモ君である。

 

 「もし、僕がここで君に乱暴されたと叫んだらどうなるかな」

 

 そこまでして魔法殺しが欲しいのか。…欲しいよな。冒険者であるのなら尚更。

カズラは自身の着ている服をはだけさせながらカモ君を睨みつけるように。いや、実際に睨みつけながら言った。だが、

 

 「俺は貴族で、噂のドラゴンバスター。更にはタイマン殺しを倒した魔法使いの片割れだ。冒険者達の賛同は得てもそれ以外の人達は俺を信じるだろうな」

 

 普段は自分の立場を振り回さないカモ君だが、こういう時は振り回す。

 使える物は弟妹達に嫌われなければ何でも使うのがカモ君だ。それに…。

 

 「こう見えても婚約者持ちの十二歳なんでね。お姉さんが不利になるんじゃないかな」

 

 「…え?十二歳?」

 

 シュージの年齢は把握していてもカモ君の年齢は知らなかったようだ。それにカモ君の図体はごつい。山賊然とした二十歳前後の男性に見えてもまだシュージと同じ十二歳なのだ。

 服をはだけた十六歳の冒険者お姉さんと貴族のお子様十二歳(山賊風)。この場合どちらを信じるか。少し考えればすぐわかる事だ。

 

 「…くっ」

 

 「こんな事をしないでじっくり付き合えば、こいつの信用を勝ち取れればもらえるかもな」

 

 悔しそうに顔を歪めたカズラをよそに未だに目を白黒させているシュージを連れてカモ君は酒場に戻っていく。

 それを見送る事しか出来なかったカズラは夜風に吹かれて寒さを感じ、服を整えた。

 

 「…失敗したな。でも、魔法殺し。あれがあれば僕は」

 

 そう言いながらカズラは自分の腰につけていたレイピアの柄を握りしめながら夜の街の暗闇に足をむけてその場を去るのであった。



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第十一話 三流フラグ建築士

 宴会から一夜明けて、カモ君は魔法使いである学園関係者達が寝泊まりしている宿でいつもよりも遅めに目が覚めた。

 一日の始まりは朝食の前に魔法で作り出した水で顔を洗い、軽い筋トレをする。つもりだったが魔法が発動しない事に気づく。

 そう言えばシュージから昨晩ハニートラップに引っかかる寸前だったので寝る前に魔法殺しを預かってほしいと言われたことを思い出した。

 寝る前に展開していた魔方陣の様子を見て誰も侵入した形跡がない事に安堵しながら自分の足首に巻いていた魔法殺しを外し、結界を解く。

 魔法殺しは身につけると魔法が使えなくなるという特性上つける前に数種類の魔法の結界を重ね掛けした後に巻きつけて眠った事を思い出す。これで侵入者への対策は出来たが問題はこの結界の中にいると体感時間が少し分からなくなる事。

 顔を洗い、軽くストレッチをした後に自分が寝泊まりしている部屋の窓を開けると既に太陽が昇っていた。いつもなら太陽が昇る前に目覚めるのだが、酒が入っていた所為か眠りが思いのほか深かったようだ。

 現に太陽の光が室内に入り込んでいるのに同じ部屋で寝ているシュージは未だに目を覚ます様子はない。太陽の高さから時間帯を考えると軽い筋トレくらいしか出来ないなと思いカモ君は部屋の隅で筋トレを一通り行うと、その場で服を脱ぎ、魔法でお湯を作りだし、体を軽く洗い、持ち込んできた替えの学園服に着替えた。

 ダンジョン攻略後は念のため二十四時間。その跡地の調査を行う。攻略時に魔素を散らしたが、また集まってダンジョンが再構築されたかの確認をするためだ。

学園の図書館で見た資料によると百三十年と三百年前。そして二年前に三度そのような事が起こり、氾濫が起こったらしい。

 被害は甚大で出来上がったダンジョンは比較的に浅かったが、そこから生まれたたった一匹のモンスターに近くの村や町は壊滅寸前まで追い詰められたとあった。

 再出現の条件。周期や環境。出現してきたモンスターを調べ上げられたが何が原因でダンジョンが出現するから対策は見張るしか出来ない。

 今はゾーダン領の衛兵達がダンジョン跡地を見張っているから異変があればすぐこの港町中にその報せが飛ぶはずだ。それがない。

さあ、今日も平和な一日が始まるぞい。

 

 「だ、ダンジョンだ!ダンジョンがまた出現したぞおおおっ!冒険者と魔法使いを集めろおおお!」

 

 …はい。平和な一日が衛兵達の掛け声により終わりました。

 残業決定です。

 

 

 

 「…ダンジョンの再出現。なんでうちの領で起こってしまうかにゃ」

 

 コノ伯爵は頭を抱えながら衛兵達からの連絡を受けてその対応に追われていた。ダンジョンの再出現。それによる氾濫からのモンスターの出現を今は衛兵達と残っていた数名の冒険者達で対応しているが、その均衡も破られるのも時間の問題だ。

 

 「領主様。魔法学園の者達をお連れしました!」

 

 「今すぐ通せ!」

 

 執務室の向こうから衛兵の声と数人がこちらに歩いてくる足音を聞いてコノ伯爵はすがるように声を上げ得る。

 モンスターの多勢には魔法が一番手っ取り早い。だが、魔法使いの助力を得られるのも明日までの契約だ。何とか契約期間を延ばしてもらおうと頼み込む算段だ。

 魔法学園の教師と年長組の数名。そして、シュージとカモ君が執務室に入ってきた。

 その姿を確認したコノ伯爵は頭を下げて彼等に嘆願した。

 何せ、時間がない。いつモンスター達が溢れ出してこの町を襲いに来るか分からないからだ。そうなったら自分の領地に住む領民に被害が及ぶ。

 それだけじゃない。港町であるこのゾーダン領でダンジョンやモンスターの対応が出来なかったという評判が挙がれば、この領の信頼を失くし、他国との貿易がやりにくくなる。もしくは出来なくなるかもしれない。

 そうなれば例えダンジョンやモンスターの問題を解決しても、そこに住む領民たちの仕事が無くなり生活が出来なくなってしまう。

 領民を守る立場として、彼等を守る。その領主の責任を感じてコノ伯爵は頭を下げる。

 ダンジョンの再出現は普通のダンジョン出現の現象とは違うことは重々承知である。出てくるモンスターの量・質共に危険度が上がる。

 既に王国への打診はしているが彼等が駆けつける間に領地を襲われたら意味がない。

 

 「リーラン魔法学園の皆さん。時間がありません。またもう一度力を貸してください!」

 

 「コノ伯爵。我々は多少の危険は承知してこのダンジョン攻略に手を貸しました。しかし、ダンジョンの再出現は別です。これは多少というレベルではない。それを大きく上回っている」

 

 上がってくる情報によると空飛ぶ人切り魚のモンスター。ソードフィッシュ。

 ゴブリンよりも体躯が大きく膂力も大きい。ニア・オーク。

 毒の鱗粉を振り撒く。ポイズンバタフライ。

 他にもいろいろなモンスター対応しているという情報が今もなお上がってくる。

 前までは魔法学園は生徒でも対応できるレベルだから遣いに出した。しかし、今上がってくるモンスターはそれを越えている。

 教師は生徒を引率する立場の人間だ。そして同時に彼等を守るという責務もある。その責務を守るためにはこの領地の守護よりも脱出が優先される。

 ただでさえタイマン殺しという上位モンスターに遭遇し、あまつさえ倒したという情報に教師は腰を抜かしそうになったほどだ。これ以上は自分の行う仕事ではない。

 カモ君達の先輩も同じような意見らしい。

 今ついてきてくれている教師は戦闘技術官の経験もある教師だ。彼の実力は身をもって知っている。そんな彼が危険というのだから自分達の実力では危険なのだろう。

 ここに居る魔法使いは力になれない。そのような雰囲気だったが、敢えてぶち壊す輩がここに入る。

 

 「俺は手伝いますよ。コノ伯爵」

 

 カモ君である。

 見た目は義と勇に目覚めた男のような立ち振る舞いだが、当然裏はある。

 一つは今まで挙げられたモンスターの種類は自分の使う魔法なら大体一撃で屠れる雑魚であるということ。そして、もう一つは愛する弟妹に語る武勇伝の為である。

 ここでコノ伯爵を助けるとどうなるか。その話は人から人へと伝わりいずれはクーとルーナの耳に届くだろう。すると、どうなる。

 

 流石です。にー様。男の中の男。

 にぃに、格好いい。さすが私のお兄様。

 さすおに。×2

 

 いやー、参っちゃうなぁ。参っちゃうなぁ。俺ってばエレメンタルマスターだから出来る事が多くて、こなせる事が多くて、いやぁあ困った、困った。(自惚れ)

 勿論そんな事は周りにいる人間には分からない。カモ君はいつだってクールな表情でいるから。弟妹達には格好のいいお兄様でいたいから。

 

 「…エミール。お前」

 

 シュージはカモ君の内心など知りもしないで、その行動に感動していた。そうだ。魔法使いは魔法が使えるから偉いんじゃない。普通の人間より成すべきことが大きいから偉いのだ。と、

 問題はカモ君の目的が弟妹達の為という一点に絞られているという事。そしてそれをまだ誰も知らないという事である。

 

 「出来れば先輩方や先生にも手伝ってほしいのですが」

 

 「君っ、ソードフィッシュやニア・オークの事を知らないのかい!?奴等の攻撃は大の大人の手首や足を一撃で切り落とし、肉を裂き、骨を砕くんだぞ!」

 

 「当たらなければどうという事もない。俺達には魔法があるんだから」

 

 勿論、カモ君は弟妹達に良い格好をしたいからモンスターの生態にも詳しい。先程のモンスターの特徴も知っている。

 むしろそういう魔物に対しての魔法だと思う。今まで挙げられたモンスターを物理攻撃。弓矢や槍以外で仕留めるのは難しいだろう。その為の魔法だ。

 カモ君の言葉に多少動かされたのか先輩達が息を飲む。

 この場に連れてこられたのも年少組でありながら高い戦闘力を持つからだ。教師としては撤退を見極める勉強として連れてきたのにまさか戦うと言いだすとは。

 

 「再出現したダンジョンは同じ場所にあるんですね?ではすぐにでも向かいます」

 

 「…エミール君。ありがとう。君は、君こそが本当の貴族だよ」

 

 コノ伯爵は顔を上げてカモ君を見る。その時既にカモ君は執務室を出る為に伯爵には背中を向けていた。だが、その大きな背中のように期待感が募った。

 家族を守る為に戦ったというドラゴンバスターの噂は本当だったのだ。タイマン殺しを倒した少年は他の領民だろうと彼等の為に立ち上がる事が出来る貴族なのだ。

 現にそんな彼に見せられて他の魔法学園の生徒達も彼の後を追うように執務室を出ていく。教師はあくまで止めようとするが、カモ君だけは止められそうにない。そんな威風堂々とした佇まいをしている彼を誰が止められようか。

 

 「…エミール。俺も行くぞ。友達だけを危険な目に合わせられないからな」

 

 「当然だ。シュージ。むしろお前だけでも来てもらわなければ困る」

 

 将来的な意味で。ゲーム的な意味で。

 シュージの魔法なら先程のモンスターも一掃できるだろう。それによりシュージのレベルが上がる。カモ君はその分、将来で楽が出来る。

 先程のモンスターも自分が彼のガードに回ればシュージは攻撃に専念できる。主人公には精々頑張ってもらおう。と、結構下種な考えをしているカモ君。

 そんな彼と行き違い新たな衛兵が慌てた様子で執務室に入って行った。

 

 「ダンジョンにシータイガーがダンジョンから地上に現れました!現在、『鉄腕』と『蒼閃』が交戦中!その他のモンスターもシータイガーに続いてダンジョンの中から現れているとの事です!」

 

 シータイガー。

 体が海水でできている魔法生物で見た目は大きな虎。弱点は体のどこかにあると言われる核。それを潰せば倒すことが出来る。が、その体は常に激流の海水のようになっていて、並の冒険者が放った弓矢や投石といった遠距離物理攻撃を弾き、魔法もある程度の威力までならば弾き飛ばすといった厄介なモンスターだ。

 そのくせ、爪や牙を使った攻撃はその見た目通りの威力を持ち、例えその爪に当たらなくても、その足に殴られれば首がねじ切れる威力を持つ。

 はっきり言ってカモ君でも死ぬ可能性があるくらいだ。しかも七割くらいで。勝てる三割も一方的に攻撃できればの話しだ。勿論無理である。シータイガーは素早い。カモ君の攻撃を一度受ければ後は警戒して逆にトラの膂力を持って襲い掛かってくるだろう。

 それにカモ君にはシータイガーを一撃で倒す手段はない。あれ?これって詰んでね?

 …俺、やっちゃいましたぁ。(後悔)

 あんな大見得を切って出て行ったのにシータイガーの出現で一気に状況は悪化。それなのにシュージはシータイガーを知らないのかカモ君に戦意溢れる視線で言葉を投げかける。

 

 「エミール。絶対勝とうな」

 

 「勿論だ」

 

 戦意満々のシュージ。カモ君は出来れば「あ、さっきの話無しでお願いしまーす」といいたかったが、ここで逃げればシュージを危険な場所に取り残すことになる。シュージを守るためにも結局は戦場に赴かなければならない。彼に何かあればこの国が滅ぶ。弟妹達に被害が及ぶ。

 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。…逃げちゃ駄目か?(提案)。

あ、駄目か。はい。やってやろうじゃねか!シータイガーなんて怖くねえ!やぁろー、ぶっ殺してやる!シュージが!俺が足止めしてシュージにまた自分ごと焼いてもらおうかと考えるカモ君は出来る事なら三分前の自分にビンタをして撤退を選択させればよかったと後悔するのであった。

 



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第十二話 己に課した無茶ぶり

 少女には姉がいた。

 姉は自分よりも柔和でおしとやか。平民なのに水属性の魔法が使えた。それなのに驕らず誰にでも優しかった。自慢の姉だった。

 そんな姉が冒険者になるのはある意味、運命だったのかもしれない。

 自分の住む領は貧しかったが数年に一度。ダンジョンが現れることもあり、その時だけは領主や冒険者がお金を落していくのでダンジョン攻略中はある意味お祭り騒ぎだった。

 姉が冒険者になったのはダンジョン攻略の時に怪我をした冒険者達の手当てをするために救護兵として怪我をした冒険者の手当てをした時に、そのパーティーに冒険者にならないかと誘われた。

 初めは家族を置いて冒険者というあちこちに出向いてダンジョン攻略。傭兵として働くことに否定的だったが、冒険者としての稼ぎを自分達の家族に渡せば生活が楽になる事を知って、散々悩んでその冒険者パーティーの回復役として自分の領を出ていくことになった。

 少女は勿論。家族の皆も姉が冒険者になる事を反対した。冒険者は危険な役職だ。しかし、貧しい領で貧しい生活をしている自分達の暮らしを良くするためには自分が出稼ぎに行くしかないと説得した。

 反対していた家族も、最後まで反対していた少女も最後には折れた。

 そして姉は誘われた冒険者のパーティーとして領地を出ていくこととなった。

 それからニ、三ヶ月に一度。姉から送られてくる手紙を少女は楽しみにしていた。

 送られてくるお金と手紙には、元気でやっている。パーティーの仲間とも関係は良好だ。立ち寄る町や村には自分達の領では見つけられない発見がいっぱいあると記されていた。

 少女は姉に会えない寂しさは消えないが、それでも好きな姉が元気でやっていることに安心していた少女だった。しかし、ふと送られてくる手紙に違和感を覚えた。姉の書く文字はこんなだっただろうか。と、

 送られてくるお金も手紙の頻度も遅くなりつつあった。

 その頃には少女も自分も冒険者になって姉の役に立つんだと、腕力はないが瞬発力を活かした動きで領内にいる衛兵との訓練じみた遊びに興じていた。

 衛兵達も最初は子どもの遊びだと思っていたが、その遊びは模擬戦へと変わり、最終的には領内一の速度の剣速を放てる存在へと変わった時は、女ではあるが自分達と同じ衛兵にならないかと誘われた。

 少女は姉が好きだった。だから自分も将来的には冒険者になり、姉と一緒に色んな町や村を見て回るんだと考えていた。だから衛兵になるつもりはないと断った。

 それから少女が衛兵と訓練して一年経つ頃には再びダンジョンが出現した。

 その時の攻略時には衛兵はもちろん。冒険者にも呼び掛けての攻略だった。

 少女も予備戦力として、普段は一般的な衛兵が身に着けている皮鎧を身に着けて参加することになった。だからだろう。彼女の姉をパーティーに誘った冒険者達が少女に気が付かなかったのは。

 その冒険者パーティーには姉がいなかった。代わりに他の魔法使いらしき少年といってもいいくらいの男の子がいた。

 嫌な予感がした。冒険者は命の危険が伴う仕事だ。姉の身に何か起きてもおかしくはない。だから家族そろって反対していたのだ。だが、姉の身に何かあればギルドを通して家族に何らかの報せが行くはずだ。それが無い。だが、姉もいない。少女は急いで彼等に詰め寄った。どうして姉がいないのかを。

 そこで知ったのは姉が少し前のクエストでとあるモンスターの毒を受けてからの意識不明の重体で今も眠り続けている事。その毒は魔法でも毒消しポーションでも取り除くことは出来ない特殊な毒で、意識を取り戻すためにはドラゴンの心臓が材料となる薬が必要だと言う事。

 手紙に違和感を覚えたのは、彼等の一人が姉の願いを聞き入れたから。姉は自分に何かあった時は自分の装備品を売って、少しずつ家族に手紙を代筆しながら送ってほしいと言う願いを叶えたから。

 姉は今も王都リーランの王立病院で眠り続けている。王都の設備は充実しているが心臓を使った薬など置いているはずがない。あるとしてもそれは王族の身に何かった時の為の物だ。ならばそれを手に入れる為には自分が取りに行く必要がある。

 これを機に少女は冒険者になる事を決意した。

 姉の冒険者仲間にお願いして、まずは見習いで彼等と共にクエストをこなしていった。が、パーティーで動く事と単独でクエストをこなす事にはだいぶ差がある事に気が付いた。

 まずフットワークが違う。パーティーの一人に不備があるとそれが治るまでは動くことがままならない。

 勿論単独で行動するのはお勧めしない。危険度や役割分担などのリスクが大きいからだ。しかし、それでも少女には時間とお金が無かった。

 王都の病院は設備が整っているがその分、お金もかかる。姉の稼ぎもすぐ底を尽き、姉の冒険者仲間が工面してどうにか置いてもらっているがそれも苦しい状況だ。だから少女は一人。姉の冒険者達から独立して単独でクエストをこなすようになり始めていた。

 やがて青い閃光。『蒼閃』と呼ばれる頃には少女は美女となり、彼女は資金面では問題無く工面できるようになったが、肝心の薬が手に入らないでいた。

 姉は徐々に弱りながら眠り続けている。あと魔法やポーションで生きながらえているがあと二年ほどが限界だと医師から伝えられた。

 ドラゴンの情報を探しては姉の冒険者仲間を頼ったが、ドラゴンの情報は見つからず、かといって見つかったとしてもドラゴン退治は軍隊レベルの戦力が無いと倒せない。

 そこまでの実力はつけていないし、つけられると思っていない。だが、それはとあるアイテムの性能でどうにかできる。

 ドラゴンキラーという特殊な武器ならばドラゴンの堅い鱗も、強靭な筋肉も切り裂くことが出来る。鎧や盾ならドラゴンのブレスも耐えられる。アクセサリーならドラゴンの動きにも対応できる。だが、それらは全て国宝級のアイテムだ。個人で入手することは限りなく難しい。

 だが、それをついに見つけた。魔法殺し。身に着けると魔法の恩恵は一切受けられなくなるが代わりに身体能力がぐんと伸びるレアアテム。

 それを持つ少年は魔法使い。魔法が使えなくなるから無用の長物だろう。それにその持ち主はまだお子様のようだ。騙すのは悪い気がするがこれも姉の為。ドラゴンを倒すアイテムを手に入れる為に彼に近寄った。

 普段つけている香水とは違った香りを放つ媚薬を身に纏い、彼に近付いたが邪魔が入った。

 それを邪魔したのは皮肉にもドラゴンバスターと噂される青年だった。彼は少年の友人なのか自分から引き離していった。

 その事により少年からの印象は悪い物になってしまい、アイテムを譲ってもらう機会は減ってしまっただろう。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。自分にはどうしても必要なのだ。

 その為なら、冒険者としての地位も。持っている財産も。貞操も。命だって捧げよう。

 姉を救う為に少年からアイテムを何としても奪い取る。

 そんな事を考えていたから罰が当たったのか。

 自分が見張りを担当している時に滅多に起こらないダンジョンの再出現。モンスターの氾濫がおこった。

 見張りに参加していた衛兵。自分を含めた冒険者達がそれに応戦するが町に行かないようにせき止めるのが精一杯だ。

 一撃で手足を切り落とすモンスター。こちらの首をねじ切る力を持つモンスター。そして毒の鱗粉を零しながらあちこちを飛び回っているモンスター。どれも厄介だ。そんな時、再出現したダンジョンが音を立てて崩れ落ちた。

 ダンジョンが自壊した?

 と、疑問に思っていたがその瓦礫の中から文字通り波打つ毛皮を纏った巨大な水でできた巨大な虎が現れた。

 高さ二メートル。全長五メートルはあるその虎は咆哮を上げると、一番近くにいた『鉄腕』のアイムに牙をむいて襲い掛かっていった。アイムは既に魔法で作り出していた巨大な左腕を使って防御したが、その牙を噛む力ですぐにひびが奔る。

 それに慌てたアイムはすぐさま右腕で虎の胸元を殴りつけたが、手ごたえはなく逆にその水の体に呑みこまれる。その所為でアイムの体勢はバランスが悪い物となり押し倒される形になる。

 噛みつかれた魔法の左腕はかみ砕かれ、本来の左腕が丸出しになる。それを再びかみ切ろうとした瞬間。周りにいた他の冒険者達が虎の目や胴体に向かって槍や大剣で斬りつける。しかし、水で出来た体には対して効果がないのか。虎はうっとうしそうに首を振った。それだけで斬りつけた槍と大剣はその体を通り抜けてしまう。

 だが、その間に何とか抜け出すことに成功したアイムは魔法を詠唱をして新たな腕を出現させる。

 彼は組み合って分かったことがある。奴は見た目通りのパワーとスピードがあると。そして、殴った感触がまるで激流の水を殴ったかのような感触。おそらくスライムの変異種だろうと周りに人間に伝えた。

 ほぼ物理攻撃が効かないスライム相手なのに巨大な虎の膂力を持ったモンスターの出現に慄く冒険者、衛兵達。厄介なモンスターだらけの戦場に後からやって来た冒険者達が来たが、彼等の攻撃で虎が倒せそうにない。やはりその体を構成する核を見つけ出してそれを破壊するしかない。

 よく見なければわからないが、体表の色合いと似た手のひらサイズのボールが虎の体から透けてみた。

 だが、その核らしきものも虎の中心。心臓ともいえる場所に留まっており、その周りは虎を構成する水が激流となって流れており槍のような長い柄ものを持って貫かなければ届きそうにない。

 自分が持つレイピアやアイムの鉄の腕ではリーチが短い。かといって普通の槍だとあの激流で折れ曲がってしまうかもしれない。

 何とかして貫通力のある攻撃であの核を砕かなければならない。だが、それを自分達は持ちあわせてはいない

 虎はアイムか自分でないと抑え込まないといけない。他の冒険者では力不足だ。それをアイムも理解したのかお互いに視線を合わせると頷いて激流の虎。シータイガーに斬りかかった。

 アイムが牙と爪の攻撃を捌いている間に自分が尾や耳。後ろ脚などを切り飛ばしてみるが切り落とした部分はただの水になって地面に吸い込まれるだけだった。こうしているだけでも虎の体積は減っていずれは自分達の攻撃も核に届くと踏んでいたが、その核が鈍く光ったと思うとシータイガーの体は一回り大きくなった。

 

 「…まさか、ダンジョンコア自体がモンスターになったのか!?」

 

 アイムの言葉に衛兵や冒険者達は驚きの声を上げる。

 ダンジョンコアはあくまでもダンジョンやモンスターを生み出すだけのいわば心臓のような物だ。その心臓に手足が生えてあまつさえ明らかな意思を持って人間を攻撃するなどきいたことが無い。

 だが、現にシータイガーの核は鈍く光りながら、シータイガーの体を大きくさせている。コアが周りの魔素を吸って巨大化させているのは目に見えて分かる。

 すると体から少し力が抜けたような気がした。

 目の前のモンスターの脅威に臆したからではない。今も尚自分達の周囲を飛び回っているポイズンバタフライの毒鱗粉を少し吸ってしまったからだ。

 相手は強くなるのにこちらは弱くなっている。状況は劣悪だ。しかし、今自分かアイムがやられればこの戦況は一気にモンスター側に傾く。

 その状況が分かるのかシータイガーが一際大きな咆哮を上げるとこちらを見て顔をにやけさせた時。同じように顔をにやけさせる人間達がいた。

 

 「ロックレイン!」

 

 「ファイヤーストーム!」

 

 その声が聞こえたと同時にシータイガーの頭上から幾つもの直径一メートルから二メートルの岩が降り注ぎ、周囲にいたポイズンバタフライとソードフィッシュを焼きはらう炎が吹き荒れた。

 岩が当たる前にシータイガーはその場から飛びのき回避するが、炎は空に浮いているモンスターを許さないと言わんばかりに吹き荒れる。

 その光景に衛兵。冒険者達は一時を忘れ、見惚れていたが、いつのまにか自分達の隣に並び立っている少年・少女達の姿があった。

 

 「ここまでよく頑張った。もう大丈夫だ」

 

 そう言いながら自分に向かって自分に手をかざすと解毒の魔法を使う。体から抜けていった力が再び漲る。

 どうして自分を助けるのか。自分は君達を罠にはめたのに。アイテムを奪おうとしたのにどうして助けてくれるのかと疑問を投げかける前に、こちらを安心させる為に向けられた笑顔。それとは別の少年が自分のふらついた体を支えながら言った。

 

 「一時とはいえ、仲間を助けるのに理由なんかいらない」

 

 そう言いながら少年は身に着けていた鞄から白い鉢巻。魔法殺しを取り出し、渡してきた。

 

 「…え?これは」

 

 「貸すだけです。終わったらちゃんと返してください」

 

 そう言って後は自分に見向きもしないで、残ったニア・オークに向かって魔法を放ち始める。彼の周りには他の魔法使いの姿があった。服装からすると彼等はまだ学生という立場なのにこの場に来てくれた。

 本来なら守られるべき立場でもあるにもかかわらず危険を冒して自分達を助けに来た。ここで立ち上がらなければ自分達はもう冒険者とは名乗れない。

 そう考えた冒険者達は雄叫びを上げながら残ったモンスター達に斬りかかる。

 

 「気をつけて!あのシータイガーはダンジョンコアを取り込んでいるのかいくらでも再生、巨大化する!」

 

 その言葉を聞いた魔法使い達は戸惑っていたが、岩の雨と炎の風を放った少年。タイマン殺しを倒した二人の魔法使いは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 「大丈夫だ。俺達は負けない!」

 

 「…当然だ」

 

 不利な情報を聞いても決して臆さず、正面を見据えて言いきった二人の少年に闘志を貰ったような気がする。

 

 

 

 カズラ・カータの運命はここで変わった。

 この世界の主人公。シュージとの本当の意味での共闘をすることになる。

 

 

 

 そして、

 

 え?再生とか巨大化とか聞いたことないのですけど?!知らない?!俺、そんな情報知らない!前もって考えた作戦が失敗する可能性が上がってしまったやないか!やだー!安請け合いするんじゃないよ、主人公!逃げたい、が、今更逃げるわけにもいかない。…わかりました。命のある限り戦いましょう!やあああってやるぜぇええええ!(やけくそ)

 

 この世界で約束された踏み台。カモ君は自分自身とシュージに課された無茶ぶりと応えるべく、その荒れ狂う心情をしっかりと押さえながら魔法の詠唱を紡ぐのであった。

 



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第十三話 落として上がる

 カモ君達がカズラ達冒険者に合流して共同戦線を張って、十五分ほどが過ぎようとしていた。

 彼等はセオリー通り、魔法使いに攻撃が行かないように冒険者が彼等を守り、モンスターの群れを魔法で薙ぎ払って雑魚狩りを行う。

 その所為かもあって残るはシータイガーのみになった。だが、そのシータイガー問題だった。他のモンスターを倒せば倒すほどその時に発生した魔素を吸い上げ巨大化しているのだ。

 既に高さは四メートル。全長十メートルはあるその巨大な虎を相手に脱落者が出ていないのは魔法殺しを装備したカズラのスピードとパワーがあってこそ。

 魔法殺しを装備した彼女の繰り出す剣戟で巨大化した虎の爪や牙を弾き飛ばし、その強靭な四肢や首を斬り飛ばしているからである。

 しかし、そんな彼女の剣戟でもシータイガーの核を砕くまでには至らない。牙や爪、前足や首などを斬りはらっても、すぐさま再生を行うシータイガー。核を潰すまでは奴は不死身だった。

 シータイガーもカズラを敵として認識しており、彼女から目を逸らすという事は出来ないでいた。まさに膠着状態であった。

 魔法使いも自慢の魔法を使う事が出来ないでいた。シータイガーと接近戦をしているカズラに当たってしまう可能性があったから。今彼女がやられれば自分達全員がシータイガーにやられてしまう。

 だが、今は互角でもこのシータイガーはダンジョンコアを核としたモンスター。スタミナは無尽蔵といってもいい。逆にカズラは人間でしかも女性だ。いくら魔法殺しで自分のステータスを底上げしていると言ってもスタミナには限界がある。むしろその驚異的な身体能力の所為で余計にスタミナが削られつつあった。

 シュージはカモ君や他の先輩方。冒険者の人達と共に雑魚狩りを行った。だが、自分に出来るのはここまで。シータイガーとカズラは常に接近戦をしている為に自分の魔法で援護する事も出来ない。隙さえあれば魔法を放とうとしたがそんな隙はシータイガーには無かった。

 そんな時、カズラとシータイガーが戦っている場所から少し離れた所にいたカモ君が大声を上げてその場にいる全員にむけてメッセージを飛ばした。

 それはシータイガーの耳にも届いたが、モンスターが人の言葉を理解することはない。

 カモ君の言葉を聞いて『鉄腕』のアイムが彼の護衛に付き、魔法学園の先輩が数人、彼の元に駆け寄り、彼と共に魔法を唱える。その魔法に全魔力を注ぎ込んでいるのかカモ君と先輩の額から玉のような汗が噴き出していた。

 そんなカモ君と先輩を支えるようにともに来ていたコーテとアネスが二人を支える。更にその後ろではキィと残った魔法学園の先輩達がご自慢の魔法の詠唱に開始していた。

 そんな三人の魔力を感じたのかシータイガーの意識が魔法を使っている三人に向けられる。

 すでにシータイガーはちょっとしたドラゴンに近い程の巨体になっていたが、それでも三人の放つ魔力は脅威に思ったのか、カズラとの近接戦闘から距離を一度取り、攻撃目標を三人に切り替えた。

 シータイガーはカモ君達に向かって走り出した。その様子を見た魔法使いや弓矢を使っていた衛兵。冒険者達は次々に攻撃する。だが、彼等の攻撃ではシータイガーの足止めにもならない。

 シータイガーの後ろからカズラも慌てたように後を追うが、追いつく前にシータイガーがカモ君達の元へ辿りつく。それを見たカモ君達は苦しそうに顔を歪めた。まだ彼の魔法が完成していないからだ。

 クイックキャスト(笑)を持つカモ君が未だに魔法を完成させていない事にシュージは焦った。

 一番早く放てる魔法のファイヤーボールを放ち、それがシータイガーの顔に当てるが、シータイガーは水の体を持つモンスターだ。火の魔法とはすこぶる相性が悪い。その毛先を焦がすことも出来ないでいた。シュージに出来たのは視界を少し遮っただけだった。

 『鉄腕』のアイムが残っていた魔力の殆どを使い切って、魔法の腕を二メートルほどの巨大な腕を形成してカモ君達の盾となるべく両腕を合わせて待ち構える。だが、いくらその腕を持ったとしても所詮は人間。巨体となったシータイガーの突進を受け止められるわけもない。

 あともう一息という所でシータイガーは空を蹴ったように足を踏み外した。別に階段や細い桟橋の上を渡っていたわけでもない。それなのにどうして地面の感触が殆どないのか。

 それはカモ君と先輩が即興で作った落とし穴に足を取られたからだ。その深さ直径二十メートル。深さが約六メートル弱。ちょうどシータイガーがすっぽり収まるサイズの落とし穴が出来上がっていたからだ。

 カモ君としては深さ的に今の倍が欲しかったが、出来上がる前にシータイガーが来た。この深さでは簡単に這い上がられてしまう。

 カモ君が先程叫んだ内容はシータイガーを落して身動き取れない所に自分達が持つ最大火力を持つ闇魔法レベル2が使えるキィがトドメを刺すという簡単な作戦内容だった。シータイガーに人の言葉を理解する能力があればこの作戦は破綻していた。

 しかし、思った以上に早くシータイガーがこちらに喰いついた。

 カモ君達が落とし穴を作り上げる前に奴がやって来たが作戦は続行しなければならない。ここで失敗することは自分達の死に繋がるからだ。カモ君はシータイガーが落ちた後も穴の震度を少しでも深くさせる為に魔法を使い続ける。

 穴に落ちたシータイガーは這い上がろうとしていたが、地上に足をかけた瞬間にそこをカズラによって切り飛ばされた。だが、斬り飛ばしたところからシータイガーの新たな顔が生まれた。

 斬り飛ばしたカズラに噛みつこうとしたがそれをさせまいと『鉄腕』のアイムが魔法学園の先輩達から受けた補助魔法で強化された跳躍力で新たに生まれたシータイガーの頭上まで飛び上がるとその巨腕で殴りつけ無理矢理顎を閉じさせる。

 次にキィと共に詠唱をしていた先輩が魔法を完成させる。

 シータイガーの落ちている落とし穴の壁から土でできた腕が二本生えてシータイガーを押さえつける。

 地属性レベル2。へヴィアームズ。本来それは土木時の時に資材を運ぶために使われる物で実践的な要素は薄い。即効性がないためである。

 この魔法は頑丈で力強い二本の土の腕を駆使しながらシータイガーを押しとどめる。 シータイガーもこの穴にいるのはまずいと感じたのだろう。虎の巨体を一度捨て、ゲル状になったあとそこから伸びる虎の顔、タイマン殺しの腕、ローパーの触手とありとあらゆる形状で這い上がってこようとしてくる。それらが地上に出た端から切り捨て、殴り潰しいく二つ名持ちの冒険者。

 そこまで来てようやくドヤ顔のキィの準備が出来た。

 

 「ふふんっ。見てなさい。最強の私が一撃で屠ってやるわ!」

 

 イイからはよ魔法を撃て。それがその場にいた人間達の総意である。

 そんな事とは裏腹にキィが腕を空に振り上げると、彼女の体中から黒い空気のような物が吹き合出て振り上げた腕の先。宙で集まりだし、直径五メートル以上の大きな黒い球が形成される。キィの後先考えない文字通り全力全開全魔力を込めた魔法がそこにはあった。

 それが少し離れた所から見ているシュージにも分かるくらいビリビリと周囲の空気を震わせていることが分かる。

 

 「ブッ潰れろ!スーパーグラビティイ・プレス!!」

 

 彼女が掲げていた腕を振り降ろすと、その黒い球はゆっくりと。それこそ人が歩くようなスピードで落ちていく。そのスピードにもっと速く撃ちだせないかと思っていたが威力と範囲を重視したこの魔法でないとシータイガーを撃破できないと考えていたカモ君はこれでいいと考えていた。

 カモ君は未だに落とし穴の震度を深くしている。へヴィアームズを使用している学園の先輩もキィの魔法が着弾するまでシータイガーを抑え込んでいる。その最中にシータイガーが伸ばしていた触手の一本がキィの魔法弾。否、魔法砲弾のグラビティイ・プレスに触れた瞬間に勢いよくその内部に吸い込まれた。それに続くように虎の頭が、タイマン殺しの腕がその魔法に吸い込まれていく。その勢いはまるでバキュームカーの吸引のようにどんどん吸い上げていき、シータイガーの体積をどんどん削っていく。

 

 「踏ん張れキィ!先輩!ここでミスれば全てが台無しになるぞ!」

 

 「分かっている!後輩に言われなくても!」

 

 「私に指図すんな!トドメを刺すのは私の魔法よ!」

 

 カモ君は落とし穴の掘り下げ地属性の魔法をキャンセルして、先輩と同じ魔法へヴィアームズの魔法を使う。今も尚、ありとあらゆる場所に触手や腕を伸ばすシータイガーだが、四本の土の腕。そして迫りくるキィの魔法砲弾によって這い上がる事が出来ずにその身をどんどん削っていく。

 そして、キィの魔法砲弾が落とし穴の底に着弾すると同時にズンと大きな地響きと大きな砂煙をあげる。

 既にシータイガーが放っていたプレッシャーは感じない。確認の為、カモ君が落とし穴の中を確認する。そこは七メートル近くまで掘り下げた事と砂煙が上がっていたのでそこを確認することが出来なかったので、残ったなけなしの魔力で風と光の魔法を使い落とし穴の底を見た。

 そこには波打つ体を持ったシータイガーの姿はなく、あったのは二つに割れたダンジョンコアだけだった。

 それを確認したカモ君はその場にいる全員に見えるように親指を立てた。

 それを見た瞬間。辺りが歓声で溢れる。

 あの凶悪なモンスターを倒したのだと冒険者。衛兵。魔法使いの誰もがそう思った。しかし、その中で一人だけ違和感を覚えた人間がいた。

 レベルアップというチート主人公能力を持ったシュージだ。タイマン殺しを倒した時にレベルアップしたが、今回のシータイガーを倒した時はそれが無い。

 あのシータイガーがタイマン殺しより弱いかどうかは分からないが。レベルアップしない事に拭いきれない不安があった。

 それは同じ能力を持つキィも感じるべきであったが、彼女はシータイガーを倒したという達成感で気が付いていなかった。

 レベルが上がらない。経験値が入って来ない。それはつまり、

 

 「まだだ!キィ!奴は生きている!」

 

 歓声に紛れた所為で聞こえるかどうか分からない声で叫んだシュージの声はキィの耳には届かなかった。そして、カモ君達が作り出した巨大な落とし穴から一抱えはある水の弾丸のような物が飛び出した。

 二つに割れたダンジョンコアに挟まる形で。手のひらサイズのスライムの核がまるで再びダンジョンコアをくっつける接着剤のような働きをしていた。

 これがシータイガーの元になったスライムの核。再出現したダンジョンコアの中に紛れんでいたスライムが、その本能から死の間際にその執念を見せた。

 もはやこれまで。だが、自分をここまで追い詰めた人間を一人だけでも仕留める。

 その執念を持ってダンジョンコアを取り込み、残っていたダンジョンコアの魔素を使い、空飛ぶ毒魚。ポイズン・フィッシュの姿を取り、宙を急上昇。そして、一番先に目についた人間。自分をここまで追い詰めたキィの姿を見つけた。

 残っていた魔素も自信を維持する魔素も全て注ぎ込んでポイズン・フィッシュの毒を限界まで引き出し体当たりを敢行する。人間に当たればその毒性で即死する威力だった。

 魔力を使い切ったカモ君の魔法では間に合わない。キィの前に立つ時間もない。それは先輩も。コーテもアネスも。『鉄腕』のアイムでも無理。目標になっているキィですら回避・防御は無理だ

 常人ではその姿を見極めるのも難しいスピードで突撃してくるシータイガーだったモノ。それが最後に見たのは驚きのあまり目を剥いているキィの表情。そして。

 やや上下にずれた世界の中央で剣を振り払っていたカズラの姿だった。

 



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第十四話 打算ありきの善意

 「…では、今回のダンジョン再出現に最も貢献した二人をここに表彰する」

 

 夕暮れ時のゾーダン領の港市場。普段はそこには昼夜を問わず水揚げされた海産物が並ぶ最も人が集まる場所にカモ君たちはいた。

 そこには今回のダンジョン攻略に尽力を尽くした冒険者・衛兵・魔法使い達だけでなく、この地域に住む漁師を含む住人。行きかう商人。ゾーダン領を利用するほとんどの人間がその場で読み上げられる今回ダンジョンで起こった事柄が発表されていた。

 主だった冒険者。『鉄腕』『蒼閃』の二人はもちろん、最初のダンジョンコアを発見した冒険者チーム。衛兵長。そして魔法使い達がコノ伯爵に呼ばれると用意された舞台の上で伯爵手ずから金貨が沢山入った袋を渡されていた。特別報酬という物である。

 それは再出現したダンジョン。正確にはダンジョン跡地から出現したモンスターを討伐した人物の表彰も含まれる。その中にはシュージも入っていた。そして最後に、と、コノ伯爵は二人の人物を招く。

 

 「エミール・ニ・モカ。彼は魔法使いの者達を集め、見事な作戦を立て、シータイガーを仕留める貢献に当たったことを表彰して金貨千枚を譲渡する!」

 

 呼ばれたのはカモ君。確かに彼がやる気を見せてシュージを含めた魔法使い達をあの戦場に連れて行かなかったら今頃この領はシータイガーによって壊滅していたかもしれない。

 それを評価されてコノ伯爵から特別報酬をクールに受け取ったカモ君だったが、内心は羞恥でもだえ苦しんでいた。

 

 シータイガー仕留め損ねていたのに何で俺はサムズアップ何かしていたんだよ馬鹿ぁああああっ!

 遠目に見ていたから。シータイガーのスピードが速かったからあの場にいた殆どの人は分からなかっただろうけど確実に。少なくてもダンジョンコアをシータイガーだったモノを切り裂いたカズラは分かっているんだよ!小切手とかいらないから!この事はあまりにも恥ずかしいから伯爵にも正直に伝えたのに何で表彰してくれているの?!功績で失敗をもみ消すつもり?!それがクーとルーナにばれたらどうしてくれるの?!ばれたらきっと…。

 

 うわっ。倒し損ねたモンスターの功績でお金貰っている人がいるぜ。

 うえっ。失敗したのにいろんな人から褒められてつけあがっている人がいるよ。

 軽蔑しました。貴方の弟(妹)やめます×2

 

 いやーっ!それだけはいやーっ!

 なに、わかっているからみたいな顔しているコノ伯爵!こんな俺を表彰した事は港町だから国中に広まるよ!

 

 それはカモ君の虚構の功績が愛する弟妹に伝わるという事だ。それがばれる可能性があるという事だ。カモ君にはそれが恐ろしい。ダンジョンコアを取り込み、巨大化と再生能力。形状変化能力を持ったシータイガーよりもそれがよっぽど恐ろしい。その恐れがもみ消せるなら金貨千枚もらうどころか支払う。五十回ローン。ダンジョン攻略払いで。

 そんなカモ君の心情を知らないコノ伯爵は次に表彰する冒険者を呼ぶ。

 

 「最初のダンジョンコア破壊。そして凶悪な性質を持つシータイガーと互角に渡りあった『蒼閃』カズラ・カータ。この者に金貨千五百枚を進呈する!」

 

 「ありがたく頂戴します」

 

 カズラは男性・女性が見惚れるほど綺麗な笑顔で伯爵から小切手を受け取る。現金で金貨千枚や千五百枚は重すぎる。はっきり言ってこのような発表会では邪魔になるだけだ。

 その光景に殆どの者が笑顔で拍手や歓声を上げていた。あげていないのは私が殆ど倒したのに。と、カズラに助けられたこともあるので愚痴を垂れるキィだった。

 コーテやアネス。『鉄腕』のアイムはカズラが最後のトドメを刺したことを知っているので苦笑交じりにカモ君が表彰される時に拍手はしていた。

 そんな彼等の事を敏感に察知したカモ君。自分の痴態を隠すためにはこの瞬間しかない。コノ伯爵に断って声を上げる。

 

 「今回のダンジョン攻略。そしてシータイガーの討伐には冒険者や衛兵の皆さん。そして魔法学園の先輩達の力が無ければ無理でした。よって、この金貨千枚。皆さんで大いに飲み、食べ、騒ぐことに使う事をここに宣言します!皆さんこれから宴です!騒ぎたい人は冒険者、衛兵、魔法使い、商人、漁師。職業。人種は問いません!この大通りの先にある酒場ゾーダン・シーパレスまで!今夜は貸し切りだ!大いに騒いでくれ!」

 

 その言葉を聴いた周囲の人達はそれこそ人種・職種を問わずに大いに歓声を上げた。今回の英雄は太っ腹だと。これこそ貴族の金の使い方だと。大いに騒ぐ。

 実際はこの宴を持って少しでも自分の印象を良くしようと考えたカモ君の浅知恵ある。

 先日。シュージがカズラにハニートラップにかかりそうになった酒場の店主には突然の事になるだろうが一晩騒いだとしても金貨千枚は使い切らないだろうと。

 

 「…まいったなぁ。これじゃあ僕も出さないと格好がつかないじゃないか」

 

 カモ君の行動に少し呆れながらもカズラも続いてもらった小切手見せつけるように宣言する。

 

 「僕もその宴にこの報酬を使おう!…ただし、女性の皆は飲み過ぎてお持ち帰りされないようにね☆」

 

 歓声とは別に女性陣と一部の男性から黄色い歓声が上がる。

 カズラは特段お金には困っていない。困っているのは姉を治すための薬の材料がない事。ドラゴン退治は自殺にいくような事なのでどれだけ大金を積まれても行く冒険がいない事だ。

 出来る事なら今も自分が髪を止めるリボンとして装備している魔法殺しをシュージ達から貰い受け、ドラゴンを退治に出向きたい。これを返さずにそれを行いたいがそんな事をすれば自分の冒険者の評判は地に落ちるどころか貴族様の宝を盗んだ人間として姉共々処罰されるかもしれない。

 酒場を貸し切るとカモ君が言っていたが、あの広さの酒場を貸し切るとなると金貨千枚ではとても足りない。その倍二千枚は必要になる。

 ここでカモ君に恩を売る事で彼等の印象を良くしてこの魔法殺しを受け取る。その為なら今まで溜めこんだ財産を全て譲り渡してもいい。この身の純潔を捧げてもいい。奴隷になってもいい。姉を絶対に助けるのだ。

 

 

 

 「…お姉さんを助けるために。魔法殺しを欲したと」

 

 「身勝手だと思ってもいい。どう思ってくれても、どんな仕置きも、どんな対価を要求してくれても構わない。だから、だからどうか僕にこの魔法殺しを譲り、いや、貸してくれ。ドラゴンの心臓を。姉さんを助けるまでどうかこの僕に」

 

 酒場の親父にこれから貸切で大宴会を行う事を伝え、酒場に入れない人数がやってくることを見越して酒場周辺にテーブルを並べている所に、シュージとカモ君に声をかけてきたカズラは二人を酒場の裏に呼び、その場で片膝をついて頭を下げながら自分の今ある状況を包み隠さず伝えた。

 キィを助けた恩。身内に対する情に訴えることもある。使える物はすべて使う。それで姉が助かるなら、今この場で全裸にでもなる。

 その心情をまともに受けたシュージは一切の余念なく魔法殺しをカズラに渡そうと思ったが、それを思い留めることがある。

 この魔法殺しをカズラに渡せば彼女はすぐにでもドラゴンを探しに旅に出るだろう。そして、ドラゴンを見つけ、戦う。

 彼女の強さは共に戦ったからある程度は理解しているつもりだ。魔法殺しをつけた彼女はまさに超人といってもいい動きをしていた。だが、それでも…。

 

 「カズラさん。いくらなんでも一人でドラゴン退治は無理です。実際ドラゴンと対峙した自分でも分かります。ドラゴンは別格。シータイガーも驚異的だった。だけど、ドラゴンに比べれば大きさだけです。レベルが違いすぎます」

 

 「…それでも僕は」

 

 カモ君の言葉を聞いてカズラは表情を曇らせる物のドラゴンを倒しに行くと信念は曲がりそうにない。

 そんな彼女に魔法殺しを渡せば確実に彼女はドラゴンに挑んで死ぬ。

 ドラゴンは軍隊でも討伐が難しい。それを個人で行うのはまさに自殺行為。それを容認できるほどカモ君もシュージも人でなしではなかった。

 

 「エミール。…どうにかならないか?俺達が彼女を手伝ったり、学園長を味方にするとか」

 

 「彼女に俺達が加わってもドラゴンには敵わない。学園長は王都防衛の要である。そう簡単に王都を離れることは出来ない。ドラゴンを倒しに行くなんて無茶も出来ない」

 

 シュージは何とかして彼女の力になりたかった。強くなった自分達なら彼女に協力してどうにかならないかと考えたがカモ君の答えは非情だった。だが、希望も残っていた。

 

 「…必要なのはドラゴンの心臓。それだけなんだな?」

 

 「…そうだ。…まさか君は持っているのかい!?」

 

 沈んでいた表情を見せていたカズラはカモ君の言葉を聞いて思わず掴みかかる。目の前の少年が姉を救うカギになるかもしれないのだから。

 

 「何でも渡そう!何でもしよう!だから!」

 

 「お、落ち着け。声が大きいっ。俺もどこかで見た文献で確かじゃない。だけど、ドラゴンの心臓。それの代わりになるかもしれない物があるかもしれない」

 

 これは前世のゲーム。シャイニング・サーガの知識だ。

未熟なプレイヤー達がドラゴンを倒せるまでの過程での金策。回復アイテムの素材に使われる物。

 しかし、序盤でそれを用意するのはとても手間がかかるのだ。王国の最東西南北のモンスターや薬草。アイテムを収集してやっと作れる回復アイテム。

 だが、足りないのがドラゴンの心臓だけならこれ一つで代えは効くだろう。だが、その前に。

 

 「教えるには条件がいくつかある。一つ、この情報を他に漏らしてはいけない。一つ、俺が情報源だという事も。一つ、調合する錬金術師にもそのアイテムの詳細を伝えない事。そして、最後に…。俺がシータイガーでミスした事を誰にも話さない事だ」

 

 最後の条件。というよりもお願いはカモ君の弟妹達からの評価に対する保身の為である。

 勿論、シュージにもこのアイテムの事は秘密である。このアイテムの出所が民衆に知れ渡れば領地の二つや三つ。下手すれば国が滅ぶ。

 それを二人にしっかりと説明したうえで、そのアイテムの事を伝えた。

 そのアイテムを聞いた時、シュージとカズラの二人は最初は呆気にとられていたが、カモ君の態度は真剣そのもの。

 カモ君にとっても近い将来の戦争。ラスボス戦後のこの国で生きていくための金策だったので出来る事なら教えたくなかった。だが、ここでカズラに恩を売る事で裏切る事が無いシュージの忠実な仲間になってもらおうという打算もあった。

 カズラも打算ありきの接触。カモ君も打算ありきの接触。シュージだけが純粋な善意で接している。そんなシュージだからこそ二人の話しの潤滑油になったのかもしれない。

 カズラとカモ君だけではきっとこんな事にはならなかっただろう。

 



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第十五話 百回ローン。ダンジョン攻略払い。

 ゾーダン領で行ったシータイガー討伐祝勝会。

 かかった費用は金貨二千二百八十七枚。カモ君の報奨金金貨千枚を払っても。残り役千三百枚足りない。はっきり言ってカズラもお金を出してくれなければカモ君は借金を背負うことになっていた。

 考えてみればあれだけ大きな港町の酒場だ。しかも他国との貿易もしている為、外国のお酒。自国では手に入らない珍味。それらが集まる酒場で貸切の宴会を行ったのだ。むしろこれだけで済んだのはコノ伯爵の口添えもあったからだろう。出なければ金貨二千三百枚で納まらなかっただろう。

 あの厄介なモンスター討伐での宴会の席で「あ、これ以上の飲み食いはちょっと…」なんて言えるわけもない。宴会はその場にいた人間の殆どを巻き込んでの大宴会。カモ君はもうカズラとコノ伯爵に足を向けて眠れない。

 もしこの二人の援助が無ければカモ君はローンを組んでいた。百回ローン。ダンジョン攻略払い。百回も命の危険を冒してやっと返せる借金とは…。考えたくもない。

 今回のダンジョン攻略のアルバイトでカモ君が得た物は。

 

 収入。

 アルバイト代。金貨二十枚。

 特別報酬。金貨千枚。

 計プラス千二十枚。

 

 支出。

 焼け焦げたレザーアーマー。修理費金貨五枚。

 コーテの少し曲がった水の軍杖。修繕費金貨三十枚。(折半)

 宴会一次会の会費。金貨二十枚。

 宴会二次会の会費。金貨千枚。

 計マイナス金貨千五十五枚

 

 トータル。マイナス金貨三十五枚

 

 あれれ~。アルバイトの報酬が消えて借金が増えたぞー。

 どうして、こうなった。

 キィの尻拭いの為の酒代とコーテの水の軍杖が曲がったのが痛かった。あいつマジで疫病神なんじゃ…?学園に来る前に貯めていたお小遣いがすぐに底を尽きそうになっていた。

 しかし、キィがいなければあのシータイガーも倒せなかった。

 キィがいなければシュージも今回のダンジョン攻略に来なかった。タイマン殺しが出てきてもカモ君、コーテ、アネスだけで討伐も無理だった。

 キィの扱い方は本当に考え物だ。厄介事を増やすが功績を残すこともある。

 魔法学園に戻ってきたカモ君は酒場の親父から渡された領収書を手の上で遊ばせていたが、今回の事でよーく分かったことがある。

 子どもが大金を持つことはよくないという事だ。

 多額のお金の使い方を分からないから使う時に限ってへまをする。今回の飲み会のように。

 そして、今回のダンジョン攻略ではあまり戦果は見られなかったという事だ。

 今回の戦果って、よく考えてみるとタイマン殺しを足止めしてシュージに焼かれたことと、ポイズン・フィッシュを焼いた事。そしてシータイガーを押さえつけただけである。

 字面だけだと鉄板焼きの職人みたい。クーとルーナが聞いたらなんというか…。

 

 え?バーベキューにでも行っていたんですかにー様(にぃに)?

 

 アカン。兄の威厳が、死ぬぅ。

 だが今回のダンジョン攻略の事を手紙に書いて二人に知らせねば。兄が全然活躍しないでただバーベキューしただけのお気楽者扱いされてしまう。カモ君としては格好いい兄貴でいたい。

 その為、初めに与えられる情報は良い物にしておきたい。そうすれば後から来る情報がやってきてもある程度までは誘導できる。どれもこれも格好いい兄貴像を壊さないために。カモ君は頭を悩ませながら実家に送る手紙を記していくのであった。

 

 

 

 カズラはゾーダン領での祝勝会が終わった翌日の晩には、すぐにゾーダン領の野菜・果物が栽培されている耕作地に足を向けていた。

 冒険者がこのような牧歌的な場所に来ることは稀だ。やって来たとしても耕作地を荒らす猪や巨大なミミズ。ジャイアントワームが出た時、駆除を依頼されるくらいだ。勿論、その依頼は発注も受注もされていない。カズラがただ個人で、誰にも気付かれないような時間帯にここへやって来たのだ。

 

 「…いた」

 

 彼女の狙いは収穫前の葉野菜が育てられている畑の一角。そこにいるひざ下くらいの高さの体長のモグラ。大モグラというモンスターに分類されているが一般人や農業者から益獣扱いされているモンスターである。

 このモンスター。臆病な性格で人が出歩く日中は土の中でじっと過ごし、人気が無くなる夕方から夜中にかけて活動するモンスターである。人間を見かけるとすぐに逃げ出して地中深くに潜ると言った行動もとる。

 主な主食はカタツムリやナメクジといった農作物に被害をもたらす害虫と普通サイズのミミズやジャイアントワームを群れで襲って食べるという習性をもつ。

 彼等の糞も死骸も畑にとっては良い栄養になるので見かけても追い払ったり、無暗に傷つけないのが一般的な考え方である。今までは…。

 真夜中という事もあって視界があまり聞かない状況でもそんな大モグラを見つけることが出来たのはシュージが今でも彼女に貸している魔法殺しのおかげ。

 これをリボンとして髪に止めているカズラの視力は強化され、月明かりだけの畑でも大モグラを見つけることが出来た。

 本来なら松明といった明かりを用意したかったが、それではその明るさで大モグラたちが逃げてしまうかもしれない。出来るだけ彼等に気づかれないように静かに近付く。

 そして、

 

 「…ごめんね」

 

 魔法殺しで強化されたカズラの剣が大モグラの首を一瞬で切り裂いた。首と胴体がさよならした大モグラも何が起こった分からないまま地面に倒れ伏した。

 大モグラの肉は臭くてかたい。その上まずいと言ったどうしても食用には向かない。皮や爪・牙も他の動物と比べると見劣りするから価値がない。ただ、その心臓だけは別だ。

 これはカモ君から教えてもらった誰も知らないだろう情報。

 大モグラの心臓がドラゴンの心臓と似たような薬効があると言う事。

 モグラは日本語で土竜とかく。ゲーム製作者がそれをもじって設定しただろうそのアイテムはレアアイテムな回復薬を作る為の一つの材料として設定されていた。

 カズラは姉の薬で足りないのはドラゴンの心臓だけだとカモ君に伝えるとカモ君はやや考えてこの事をカズラに伝えた。

 本当ならドラゴンの心臓を使った薬の方が効果は何倍も跳ね上がる。状態異常回復。体力と魔力が全回復。戦闘不能・気絶・瀕死の重体。死んでさえいなければ、それを使えば一気に回復するという優れもの。

 だが、意識不明という症状だけを治すのであれば薬効が落ちても大モグラの心臓で事足りるとカモ君が伝えた。大モグラの心臓だけでも、体力や魔力の回復。瀕死からの回復は出来ないかもしれないが、意識不明という状態異常なら回復できるのではないかと教わった。

 ただ、その薬を作る工程が酷く手間がかかる。国中の隅から隅まで渡り歩き、材料をそろえ、調合するとなると莫大な費用と時間がかかる。それでもこの薬を欲する人間は山ほどいるだろう。

 この事が知られれば国中の大モグラが乱獲され絶滅するかもしれない。それに連鎖して、農業者。農作物へのダメージは計り知れない。大モグラがいたから畑は肥沃でジャイアントワームも駆除できたのだ。大モグラがいなくなってはそれが保たれなくなる。

確かにこれは村や領が潰れる可能性がある情報だ。迂闊に喋れない。だが、それもちゃんと効果があるか確認するまでは信じられない。

 カズラは月明かりの下で解体する大モグラの体から小さな心臓を抜き取り、持ってきた小瓶の中に詰める。後はこれを持って姉の掛かりつけの医者であり錬金術師にこれと今まで集めてきた薬の材料を調合してもらいその効果を試す。

 今までドラゴンを倒すという途方もない目標を持っていたカズラだったが、カモ君の情報からいきなり目指していた目標が近づいたことに今だ実感がわかないでいた。この薬は嘘なのかもしれないとも思っていた。

 だが、カモ君は純真なシュージの友人であり相棒のようにも感じられた。彼のいる場でそんなつまらない嘘は言わないだろう。彼の戦う様は一度しか見ていないが、何事にも真摯に対応してきた。信じるというよりも信じたいという気持ちが大きいがカズラははやる気持ちのまま畑を後にして、ゾーダン領にある王都に繋がる転送陣に向かって走り出した。

 

 翌朝。姉の眠っていた病室で彼女は喜びの涙を零す。

 

 カズラはカモ君に大きな借りが出来てしまった。酒代やモンスター討伐の失敗の埋め合わせだけでは足りないくらいの大きな借りが。

 作り出された薬は金貨一万枚の価値がある。そう医者は言った。調合する際には心臓の詳細を話さずに調合してほしいと伝えたため、是非材料が知りたいと言ってきたが、これはカモ君との約束がある為決して言わない。言えば何千、何万という人が窮地に立たされるかもしれないから。彼女は墓の中まで持って行くつもりだ。

 そしてシュージ少年にも借りが出来た。カモ君からこの情報を引き出したという大きな借りが。

 原作知識という英知を持つカモ君と純粋な善意を持つシュージ。二人の為になるなら何でもやろうと思った彼女は姉に薬の事は話さず、これからの事を伝えた。

 姉は妹が年下とはいえ男性の為に動こうとしている事に驚いたが、それを了承。二人で彼等に恩を返すためにまずは手紙をしたためるのであった。



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第十六話 ご唱和ください奴の名を

 ゾーダン領のダンジョン攻略から一週間過ぎた。

 今日も今日とて早朝には筋トレと体術・剣術トレーニング。朝食後、授業が始まるまでは瞑想をしているカモ君のルーティンは変わらなかった。

 変わったのはそのルーティンの中に講堂のアルバイトの張り出しによく顔を出すという事だ。だが、実入りの良いアルバイトにはまだありつけないでいた。

 はっきり言ってお金がない。だが、自分磨きをして強くなりたい。そして主人公に倒されたいという様々な考えを張り巡らせながらカモ君は今日も魔法学園の授業を受ける。

 そんなカモ君の視線の先には人だかりができていた。

 その中心にいたのはシュージだ。ドラゴンバスターの次はタイマン殺しバスターが現れたとここ一週間、この教室は噂と人だかりが絶えない。

 カモ君にも人だかりは出来ていたが、それもタイマン殺しを討伐したシュージの活躍の陰に埋もれ、今は一人静かに次の授業の準備をしていた。

 シュージも最初はカモ君がいなければタイマン殺しは倒せなかったと言うが褒められ続けることでその年齢特有の「俺ってば実はすごい?」と少し調子に乗っていた。

 カモ君はそれでいいと思う。こうやっておだてて意欲的に強くなってくれればカモ君としても嬉しいのでこれはこれでありだと考えていた。

 そんな人だかりを割るように本日の講師が教室の扉を開けてやって来た。

 

 「皆、席に就け。休み時間は当に過ぎている。これから授業を始めるぞ」

 

 その声を聴いてシュージを囲んでいた人だかりと一緒に彼もまた自分の机に戻っていく。そんな生徒達の姿を見て飽きれながらも講師は言葉を続ける。

 

 「皆も知っているだろうが、つい最近までダンジョン攻略のアルバイトを告知していた。そのアルバイトであるトラブルに見舞われ、これ以降同じトラブルに見舞われてもいいように新たな講師を雇うことにした」

 

 そのトラブルとはタイマン殺し。シータイガー。そしてダンジョンの氾濫だろう。その少し前はドラゴン騒ぎ。はっきり言ってこのようなレアケースが頻繁することは五十年に一度あるかどうかの出来事なのだが、次もまた起こると考えた方がいいだろう。この学園の講師。学園長はお気楽な人間ではない。

 自分達が、そして生徒達がそのような境遇に置かれてもいいように少しでも心構えという物を学んでほしいという思惑があるんだろう。

 

 「新しい講師は、…出身が冒険者だ。だが、だからといって無礼な真似はしないように。少なくても君等よりはダンジョンの経験が豊富で、また対人、対モンスターのスペシャリストだ。学んで損はない。入ってきてくれたまえ」

 

 お?これはヒロインがこの学園に来るイベントかな?やはりすごいな主人公。たった二回のフラグだけで彼女とのイベントを起こすなんて…。

 そんな風に考えていたカモ君の思惑通りにと教室に入ってくる人物に視線を向けた。

 その人物はカモ君と同じように筋骨隆々。その肉体は学園指定のジャージに包まれていたが筋肉質な体つきがみてとれる。瞳の四隅は角張ったような三白眼。頭髪は全て剃り落したように無く、日の光を弾いていたその人の名は。

 

 「アイム・トーボだ。宜しく頼む。こう見えても地属性の魔法なら使えるぞ」

 

 『鉄腕』のアイム・トーボ。

 三十七歳!独身!勿論男性!

 あれぇ、お前?フラグを立てた覚えも回収した覚えもないぞぉ。

 この瞬間だけカモ君は戸惑いの表情をしていたがそれは誰にも気付かれることは無かった。

 考えてみればここは魔法学園。魔法が使えない『蒼閃』のカズラが招かれないのは仕方ないのかもしれないが一番の要因は、カズラが少しでもダンジョンの知識をカモ君達に知ってもらう為にアイムと魔法学園に手紙を送り、その仲立ちをしたからであった。

 魔法使いは基本無手だ。だからそこから行える格闘術が指導できるアイムに頼み込んだのだ。

 学園側にとって渡りに船。生徒や講師達にダンジョンとモンスター。対人戦の知識を得るには丁度いい人材。

 アイム自身もカモ君達にはダンジョン攻略の時の借りがある。それを返すいい機会だと意気込んでやって来たのであった。

 

 ヒロイン(カズラ)だと思った?残念、彼(アイム)だよ。

 

 

 

 「今頃。旦那は二人に合えているかなぁ」

 

 『蒼閃』のカズラは王都から再び活動を移して、東の領地。モカ領行きの馬車に乗って思いをはせていた。

 あの恩人である二人。二人の為に何かしたいと思ったが所詮、自分は冒険者。荒事しか出来ない自分だが、もっと強くなり二人に会ったその時、この魔法殺しを返す時に改めてお礼を言おうと考えていた。

 そのお礼の一つでモカ領へ赴きカモ君の弟妹。クーとルーナにカモ君の活躍を伝えに行くことにした。もうすぐ東の領地周辺はダンジョンが発生する時期だ。そこを拠点にしながらカモ君の事を彼の弟妹に伝えようと思う。

 シュージとカモ君と面識有るカズラだが、カモ君の婚約者コーテとも少しだけ面識がある。

 とは言っても、カモ君の事を魔法学園の関係者に尋ねようとした時に話しかけたのがコーテであり、カモ君の内情を知ろうとしたがコーテは何?この女?カモ君に近付いて何する気?私の婚約者だよ?と内心穏やかではなかった。

 カモ君の印象を少し悪くしようとした嫉妬心から彼は弟妹とは仲がいいですが、領主。親とは仲が悪いですよ。彼と仲良くしても実入りはないですよと。と、遠回しに伝えた。

 だが、それだけ聴ければカズラには十分だった。カモ君は自分の失敗を隠したがっていた。恐らくそれは家族に知られたくない事だ。だったら今のうちに耳に良い情報だけを流して彼の印象を良くしておこうと、皮肉にもカモ君と同じ考えにたどり着いたカズラ。

 あのカモ君が仲の悪いという領主。ギネはあまり冒険者には優しくない領主だと聞くが、仲のいいカモ君の弟のクーは衛兵や冒険者から好印象だと言う情報も既に得ていた。

 冒険者にとって情報は命の次に大事な物だ。そんなカズラが馬車に揺られていると同乗していた冒険者らしき男達が話している内容に驚くことになる。

 

 

 

 モカ領にダンジョンが二つ同時に発生した。

 



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カモの頬肉の叩き揚げ(物理)
序章 クズは領民共通認識。


 四十代で肥満体系な男性は次々に運ばれてくる書類の山に文句を言いながらロクに内容も見ないで判を押し続けていた。

 ギネ・ニ・モカは慢心していた。冷静さを欠いていたとも言ってもいい。

 二ヶ月前にハント伯爵から鉄拳制裁を受けて苛立ちがピークに達していた。相手の方が立場が上で貴族として魔法使いとして自分の息子を見捨ててドラゴンから逃げ出した事を咎められたので反論も文句も言えずに早々に自分の領に帰ってから八つ当たりするように自分の屋敷で雇っている使用人・報せを持ってくる衛兵。領民に怒鳴り散らした。

 手を上げようにも口では使用人であり侍従長を務めるモークスに勝てず、言いくるめられて、その苛立ちを物に当たる事でしか出来なかったギネに追い打ちがかかる。

 自分が統治するモカ領でダンジョンが発生したのである。

 現在、自分の領にいる衛兵は少ない。

 その理由は王都に出向く際に自分の領地の衛兵の四割を護衛に連れて行き、その半分が王都からの帰り際にドラゴンに襲われ命を落としたのである。

 現在、自分の領にいる衛兵は集めても四十人くらいだろう。しかも亡くなった衛兵の遺族への挨拶も終わっていない状況でのダンジョン発生である。

 自分達の仲間を失ったばかりの衛兵達の士気は最低とまではいかないが、少なくても自分の息子エミール。カモ君が統率していた時に比べ格段に落ちている。

 その状況でギネは衛兵達だけでダンジョン攻略をするように命じる。が、衛兵長が冒険者を雇入れることを苦言した。

 ダンジョンの規模はわからないが戦力を整えてからの方がいい。衛兵達の士気は下がっており、魔法使いもいない自分達だけでは危険が大きすぎると。この時点で魔法使いであるギネは戦力から外れていた。

 カモ君が領にいる間は、エレメンタルマスターのカモ君が常に前線に立つことで様々な魔法を駆使しダンジョン内部を比較的早く把握できた。そんな魔法のバックアップが足りないだけではなく、戦力が前よりも比較的に落ち込んでいる今だからこそ冒険者を。出来る事なら魔法使いの投入を待ってから攻略がしたかった。

しかし、

 

「そんな事はどうでもいい!貴様等は儂の言う事をきけばいいんだ!」

 

 そう怒鳴り散らしながら権力で彼等を無理矢理ダンジョン攻略に向かわせることになった。

 ギネは冒険者という野蛮な輩を招いて自分の領の問題を解決することに苛立ちを覚えていた。それも自分を殴ったハント伯爵が彼等を優遇しているからである。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 そんなギネに辟易しながらも衛兵長はひとまずその命令を受け入れる。だが、衛兵の駐留所に戻るなり一番若い衛兵三人をそれぞれ縁のあるハント領。冒険者ギルドのある一番近い領。そして王都へ使いに出させる。そのどれもが救援依頼だ。

 ギネは外面だけは良くしようとするから一度救援部隊がこれば受け入れるだろう。しかし、これが終わった後。衛兵長はこの責任を問われ、この役職を降ろされるだろう。だが衛兵長は自分たちの部下。領民を守る為にそれを甘んじて受けるつもりだ。

 それらを部下の衛兵に伝えると部下達から辞めないでくれと頼まれるが、既に救援は出した後だ。もう後戻りも出来ない。するつもりもなかった。もう彼を止められるものはいなかった。

 

 「待った!そんな事しなくても、僕があの豚!じゃなくてクズ親父を説得する!」

 

 クー・ニ・モカ。

 モカ家の次男にしてカモ君の弟。

 カモ君がハント伯爵の婿に行くことが決まっているので、実質彼が次期領主となる。

 そんな彼は日課となっている衛兵達の軍事訓練に混ざって参加していた所で今の話を聞いた。それを聞いたらいてもたってもいられなくなったからだ。

 その金の髪は曇り空で日の光も少ないのにキラキラと輝いていたが、それ以上に金の瞳がやる気で輝いていた。

 

 「坊ちゃん。いや、若様。いくら貴方でも無理です。領地において領主の命令は衛兵にとっては絶対です。それを覆すにはそれ以上の立場の者。しかも伯爵や侯爵でも駄目です。もっと上の立場の人間でなければ。この近場に辺境伯と公爵領はありません。それに遣いはもう戻せません」

 

 つまり、頼りにしていたハント伯爵からの忠告もこのモカ領では意味がない。他領の事に口に出す事はその領主に文句をつけている事だ。今も勿論文句をつけられるような状況だ。戦力が衰えている今、誰もどうしようもないのだ。

 

 「…だったら。僕が。僕がダンジョンに行く!にー様みたいにダンジョンで皆の役に立つ!」

 

 「…若様。…止めてもついてこられるんですね」

 

 衛兵長はクーを止めようとしたが止めた。彼の目は数年前にカモ君が衛兵の駐屯所に来て体術や剣術を習いに来た時。そして野良モンスター討伐の際に自分から進んで彼等に協力をすると言い出した時と同じ瞳をしていたからだ。

 衛兵の訓練に混ざり、モンスター討伐の時にも協力し出した時期がカモ君に似ている。いや、カモ君よりも早い時期にクーは名乗り出したのだ。

 

 やはり、貴方方はご兄弟の様です。エミール様。

 

 衛兵長はクーの後ろにまだ小さかった頃のカモ君の幻を見た気がした。

 

 「当然だ。僕を誰だと思っている。エミール・ニ・モカの弟だぞ。絶対にあのクソ親父を説得してダンジョン攻略をみんなでするんだ!」

 

 「…わかりました。若様。ですが一言だけ注意したいことがあります」

 

 「なんだ?」

 

 「その口調。少なくてもあのクソ領主。いえ、領主の前ではそのような口の使い方はいけません。少なくてもダンジョン攻略の許可を得るまでは正してください」

 

 カモ君よりもやや好戦的な性格をしているからかクーの口調はカモ君の前以外では粗野になりがちである。今のような口調ではギネの反発を買い、部屋に軟禁されるかもしれないからだ。

 だが、逆に反感を買ってダンジョンに放り込んで痛い目に遭って来いと言うかもしれない。ギネの沸点は明らかに常人より低い。外面がいいが、その分、意見を言われると逆上することもあるのだ。

 

 「うぐっ。確かにあのクズ。いや親父ならそうしそうだ。気をつけよう」

 

 「ええ。それがいいかと。あとダンジョンでは私達の言う事に従ってもらいますからね」

 

 「分かっている。にー様も下積みの経験をしたんだ。それが貴重だと言う事も聞かされている。従うさ」

 

 そう言ってクーは駐屯所を飛び出し、自分の屋敷へと戻っていった。

 それを見送った衛兵長は振り返って自分の部下達を見渡す。そして大声で言い放った。

 

 「いいか!我等が若様は覚悟を決めた!まだ八歳にも満たないガキがだ!これ以上情けない姿を見せるのは大人のする事じゃねえ!野郎ども!戦の準備だ!」

 

 オオオオオオッ!!

 駐屯所が衛兵長。そしてその部下たちの雄叫びで揺れる。

 おもむろに配給されたレザーアーマーを身に着け、自分が得意な武器を手に取る。明らかに前回より戦力は低下している。されど士気は下がる事は無かった。

 自分を先導する者達がここまで男気を見せたのだ。これに応じなければ自分達は衛兵をやっていけない。

 直ちに発見されたダンジョンの周囲を調査する班が組まれた。

 以前のようにカモ君が用意した報酬は見込めないがそれでも自分達に協力してもらえる大人達を探し出して、今ある困難を乗り越えよう。

自分達は大人なのだから。

 

 

 

 それからちょうど二ヶ月が経った。

 他領の冒険者ギルドから冒険者が来た。

 ハント領から魔法が使える冒険者が来た。

 王都からも国属の魔法使いも来た。

 

 

 

 それでもダンジョンは未だに攻略できなかった。

 

 

 

 そして二つ目のダンジョンが発見された。

 



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第一話 踏み台兄貴。フラグ生産者を自覚し始める。

 日が暮れ始めようとした時間帯。そんな静かな風景をぶち壊すような轟音が鳴り響く。

 リーラン魔法学園に設置されている闘技場で二人の男が己の持てる力・魔法をぶつけ合っていた。

 一人は初等部一年生にして小等部トップクラスの魔力と体力を持ち、戦闘力を保有している魔法使いの卵であるカモ君。だが、その風貌は清潔感のある山賊。

 彼の着ている学園指定の体操服も一番大きなサイズであるが、激しく動いたおかげで裂けていたり、穴が開いていたりとみすぼらしくなっていたが決してそれは何年も着こなしてほつれた物ではない。一週間前におろしたての体操服だ。

 それがそうなってしまったのは彼の対戦相手が原因だった。

 筋骨隆々、頭つるつる。その両腕を覆うように装備されているのは魔法で作り出された巨大な鉄の腕。その腕の所々にとげとげしい装飾をした腕はその巨大さに合った重さを持っているが、それを装備している男。『鉄腕』アイム・トーボ。

 その二つ名を持つ特別教官はこの魔法学園に招かれてから二週間。対モンスター・対人の戦闘技術を授業としてこの魔法学園の生徒達に教えている。

 ここの教師達はたとえ冒険者だからといって彼を見下したり卑下したりしないようにと言いつけてはいるが、ここの生徒達の態度は二つに割れた。真面目に聞く輩と聞かない輩。

 魔法使いだから。遠距離で広範囲攻撃できるから。先手を取れれば勝てる。そう考えている生徒達がいる。

 確かにそうだ。魔法使いの魔法はそれだけ強力だ。しかし、それは先手を取れたらだ。その強力な攻撃を繰り出す前にやられたら意味がない。またこの世界では魔法に対しての防御手段が溢れている。防御魔法を展開すればやり過ごせるし、数は少ないがその効果を持ったマジックアイテムも存在する。

 それが分かっている生徒は彼の授業という名の経験談と体術やそれを支える体力づくりとして熱血体育教師を務めている。

 そんな彼も本来なら放課後は暇を持て余しているか筋トレをしているか酒場で酒を飲んでいる。だが、そこをカモ君に捕まり、こうやってほぼ毎日模擬戦を挑まれている。

 一応、教師もアイテムを賭けた決闘をすることが出来るが、アイムはレアアイテムを持っていない。カモ君も現在修理中のコーテの杖の代わりに自分の杖を貸し出しているので持っていない。

 だから模擬戦。とはいえ、やっている事は決闘そのもの。お互いに致命傷になるダメージを肩代わりする護身の札をつけているので遠慮は無い。常に全力でやりあっている。

 初等部最強と名高いカモ君の魔法がアイムを圧倒すると思いきや、アイムはそれを自身が作り出した鉄の腕がその全てを弾いた。

 威力を絞った一点攻撃魔法をカモ君は使わない。それは最初の三日で無駄だと悟ったからだ。

 アイムはその風貌に似合わず。いや、その筋肉に似合う膂力でその一点攻撃を躱して見せた。それを見て、体験したカモ君は今の自分ではアイムの動きにあった魔法は広範囲魔法しかない。しかし、それは鉄腕で防がれる。そして最後は決まって接近戦。

 作り出した地属性の魔法で作り出した大剣。それを持って自身には砂の鎧と風の膜を纏ったカモ君。三つの魔法を使ってアイムにぶつかる。

 対するアイムは自身が作り上げたオリジナルの魔法。『鉄腕』。ただそれだけを持ってカモ君を圧倒していた。

 パワー。スピードはアイムが上。魔力だけならカモ君が上。だが、それでも。

 

 「隙有りだ」

 

 カモ君の繰り出した斬撃を右の鉄腕で受け止めるだけでなく掴み取ったアイムは攻撃直後というカモ君の隙を狙って左腕でカモ君の体の中心を狙い鉄腕を振るう。

 その衝撃をまともに腹部で受けたカモ君はその衝撃のままぶっ飛び、舞台から転げ落ちた。それによりカモ君の負けが決定した。

 負けが確定したカモ君はアイムの攻撃により霧散した砂の鎧と風の膜は既に消失しており殴られた腹部だけではなく体の所々に出来た切り傷からは大なり小なりの血が滲んでいた。

 殴られた衝撃を殺し切れず咳き込みながらもアイムを見上げるカモ君。

 その瞳に恨みはない。だが逆に羨望の色もない。その先、アイムという壁を乗り越えてやろうという意思があった。

 それはアイムにとっても好ましい物であった。

 かつての自分もそうだった。強くなろうと。誰にも馬鹿にされない力を手に入れたいと無我夢中に追い求めていた自分を思い出すその瞳の色はいつまで経ってもくすむことなく自分を見ていた。

 

 「ありがとう、ございました」

 

 まだ咳き込みたいだろうにカモ君は立ち上がり模擬戦に付き合ってくれたアイムに頭を下げる。

 貴族は冒険者に金を渡して依頼をすることはあるが滅多に頭を下げない。

 そうすることでどちらの立場が上かをはっきりさせるのだがカモ君は頭を下げる。しかし、それは『今は』がつく。いずれ必ず超える。そんな意志を感じるアイムは背を向けながら手を振って闘技場を出て行った。

 

 

 

 「…また。…勝てなかった」

 

 カモ君は寮に戻るとすぐにシャワーを浴びて自身についている汚れを落とす。そして着替える時に自分がさっきまで来ていた体操服を見る。

 穴だらけ。血だらけの真新しい体操服はもう着られそうにない。また学園指定の体操服の替えを用意しなければならない。お小遣いの減りも目立ってきた。だが、それに後悔はない。

 最初の頃は三日も持たずにボロ布になった体操服だが、今回は一週間も耐えた。最初の日など三分も持たずに完封されたが、今では十分は持つようになった。

 明らかに自分よりも強者であるアイムの指導を受けているカモ君は着実に強くなっていると感じていた。少なくても対人戦。個人戦・格闘術の力量はついている。

 

 …さすがゲーム内屈指のパワーファイター。

 

 そうぼやかずにはいられない。

 シャイニング・サーガというゲームではタンク役を担っていたアイムは攻撃だけではなく防御が上手い。むしろそちらの方が得意だと言わんばかりにこちらの攻撃を受け止め、流し、反撃してくる。

 歴戦の冒険者。そんな彼の指導が受けられる内はガンガン受けようと決めたカモ君はまだ痛む体を引きずりながら一度寮を出て、学園にある食堂へと足を運ぶ。

 そこでは食堂のおばちゃん達が育ちざかりの魔法学園の生徒の胃袋を上手い飯で満足させていた。

 そこでは自分で食事を取りに行くものもいれば、自分の取り巻きにそれを持ってこさせる者もいる。勿論カモ君は自分で取りに行く派だ。なにせおばちゃん達と直接顔を合わせていつも大盛りを要求するからである。

 アイムに今日のように腹に攻撃を受けてしまった時はその痛みで普通盛りの食事を済ませた時は心配させたが、今回は大盛りを食べられる。これも自分が成長できていると考えると感慨深いものである。

 今日は野菜炒め定食。肉もほしいが野菜も美味い。カモ君と同じ年頃の生徒達は肉を多めに要求するがカモ君は野菜が大盛りでもバッチこいだ。

 肉食動物より草食動物の方が大きい。筋肉がある。持久力がある。だから草食最高!でもお肉も食べる!そんなカモ君の喰いっぷりはおばちゃん達に受けていつも好意的に食事を用意してくれる。

 今日も遅めの夕食を食べているカモ君の元に寄って来たのはシュージ以外のクラスメート達。主にアイムの特別授業を真面目に聞いている者達。いわば脳筋な生徒達だった。ちなみに女子も一人二人いる。

 カモ君の喰いっぷりに感心しながらも生徒達は今日もアイムとの模擬戦の意見や感想を述べていた。

 ここ最近、アイテムを賭けた決闘が行われていなかったため、カモ君とアイムの模擬戦は一種のイベントのように取られていた。だから、そんな二人の模擬戦を見ていた生徒たちは各々で感想を述べる。

 アイムの魔法は凄かった。動きも今まで見てきたどの教師の中でも滑らかだった。あの鉄腕で殴られてよく飯が食えるな。

 カモ君の魔法は色とりどりで凄いな。後どれだけの魔法が使えるんだ。どの魔法ならアイムに勝てそうか。

 などと様々な意見をカモ君は受け答えをしながらモリモリと野菜を食べる。しかし、上品に下品さを感じさせないその食べ方は品を感じさせる。

 格好いいお兄様は人前では下品な食べ方や受け答えはしないのだ。誰もいない場所ではどうかって?どこに人目があるか分からないから自室以外では清く正しく食べるんだよ。

 そうやって夕食を食べ終えたカモ君は自室に戻ると今日の授業で教わった王国史と魔法の復習をしてベッドに倒れこむ。それと同時に自室の扉に誰かが触れた時は警報音を鳴らす魔方陣を展開して意識を手放した。

 ここ最近は筋トレ。朝食。授業。昼食。昼休みは瞑想。授業。放課後アイムを捕まえて模擬戦。夕食。復習。結界を張って就寝。と休む暇が少ない。だが、休日はしっかりアルバイト。シュージとの模擬戦。コーテとの交流を深めるなどをしているので割と充実した毎日を過ごしているカモ君。

 明日もこんな風に過ごすのだろうと考えて意識を手放しかけた時だった。

 自分が展開した結界が発動し、警戒音が鳴った。

 その音で飛び起きたカモ君はすぐさま徒手空拳出来るように構えを取る。

 この時間帯はまだ見回りをする時間ではない。この時間帯で来訪者となるとまさか自分を良く思わない貴族の差し金かと疲れた体だが全身に力を入れなおしているとノックと同時に声がかかってきた。

 

 「エミール・ニ・モカ君。まだ起きているかね」

 

 警戒音は一回鳴ってすぐに解除した。それは扉の向こうの人間も感知しているだろう。それなのに構わず声をかけてくるという事はこちらに敵意はないと言う事か。そう考えてみるとこの声には聴き覚えがある。確か、この領に入る時に案内してくれた講師の一人だ。

 

 「学園長がお呼びだ。夜分にすまないがすぐに制服に着替えてあってくれないか」

 

 …ここ最近。自分が何かを考える度になにか情報が入って来るな。しかもこういう時に限って厄介事なのだ。

 そんなカモ君の思惑通り。彼は三十分後に学園長室で厄介事を知らされることになった。

 



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第二話 馬鹿親子

 カモ君が学園長に呼ばれている時、カモ君の婚約者であるコーテにもその知らせが届いていた。何でもカモ君に大切な知らせがあるから一緒にそれを知ってほしいと言う報せを受けたコーテ。

 既にお休みモード。子ども体型な為か、彼女の就寝時間は同世代な人に比べるとかなり早い。起こされた時には寝癖もあり、パジャマも着ていた。それでも貴族の子女として自覚もあるので簡単に身だしなみを整えてから魔法学園の制服に着替えて部屋を出る。

 この時、カモ君から借りている水の軍杖と決闘の時に手に入れた水のマントというマジックアイテムを身につけている。

 他にもコーテはマジックアイテムを所持しているが、それらは今、銀行に預けている。

 マジックアイテムを預けている利子で入手できるお金も少額ながらまとまった額なのでコーテは月に一、二回好きなデザートを食べ歩くことが出来る。まあ、彼女のような小柄な体型だと入る量も少ないので、それが行えているわけである。

 それを知ったキィはハンカチを噛み切らん勢いで悔しがっていたのは別の話。

 そんなコーテが学園長室前にたどり着くと既にカモ君が男子寮寮長と共に立っていた。

 どうやら自分を待っていたようで、カモ君に声をかけようとしたが寮長がその前に学園長室の扉をノックして入室すると続いて入ってくるように言われたコーテとカモ君。

 様々な書物が並べられた壁一面の本棚。歴代学園長の姿絵が飾られた壁が印象的な学園長室。そこには好々爺然とした学園長であるシバと印象的な特徴のない中年の教頭先生。そして、何故かいるハリウッド女優のようなグラマラスな女体と美貌。金の髪を自分の臀部まで伸ばしたミカエリ・ヌ・セーテ侯爵がいた。

 その三人の顔は神妙な顔つきでこちらを見ていた。

 その雰囲気に何事かと知らずにつばを飲み込んでいた。次にセーテ侯爵とシバ校長がこちらに向かって手をかざすと同時に隣にいたカモ君の両手足と口を覆うように緑色の光輪が現れ、締め付けた。その後ろには大人一人分の大きさはある白い十字架が現れると、光輪に縛られてもがいているカモ君の体を押さえつけるように吸いつけた。

 

 ノーキャスト。

 

 無詠唱と呼ばれる詠唱無しで魔法を発動させる高等技術を見せつけられたコーテは突然の事に目を白黒させていると、神妙な顔をしていたシバが口を開いた。

 

 「突然呼び出し、縛りつけた事を詫びよう。しかし、異常事態であるからな。それにエミール君には前科があるのでこう対応させてもらった。急に飛び出し、王都の馬を勝手に持ち出したという前科がな」

 

 その言葉に何かを察したカモ君はもがくのを止めて学園長の目をしっかりと見つめた。

 まさかまたドラゴンが襲来したというのだろうか。それともクーやルーナの身に何かあったのかと体を強張らせるカモ君とコーテ。

 

 「二人共、落ち着いて聞いてね。…モカ領でダンジョン出現の報告が来たの。しかもどうやらそれは二つあるらしいわ」

 

 ダンジョンの出現。カモ君の出身地。モカ領でなら一年から二年にかけて一度発生するそれは特段変わった事ではない。むしろ、もうそろそろ来るかな?と考える時期だった。しかし、それはダンジョンが一つの場合だ。それが二つというのははっきり言って異常事態だ。

 コーテの実家でもあるハント領もダンジョンの発生が比較的に頻繁な土地柄ではあるが、それでもダンジョンは一つだけ。二つのダンジョンが出来るという事はまずあり得ない。

 ダンジョンはこの世界ならどこにでも存在する空気のような存在。魔素が集まり、宝玉のような物に変質。それがダンジョンコアとなり地中にめり込み、ダンジョンを構成していく核になる。

 ダンジョンコアは一定範囲の魔素を吸い上げてそのダンジョンの深度を深めていく。しかし、その範囲は広大で領地の一つから三つほどの範囲だ。その吸収範囲で同じ領地に二つのダンジョンが出来ることは異常事態である。

 基本的にそれは一定の周期で出来上がるダンジョンの破壊をするのがその領地を治める領主の仕事になる。

 ダンジョンはレアアイテムを生み出す資源の一つだが、それ以上にそこから生み出されるモンスターによる被害が馬鹿にならない。その為、ダンジョンは見つけ次第破壊するのがこの国の規則だ。あるだけで害を生み出す。それがダンジョンだ。

そんなダンジョンが二つで来た理由は…。

 

 「モカ領の魔素が思いのほか濃く、ダンジョンが二つ出来る。…というのは難しいのう。そんなに魔素が濃いのはこの大陸の中央にある暗黒大地。噂では魔王がいるとまことしやかに言われている未開発地域ぐらいじゃ。そんな場所、並の人間が生きていくには酷すぎる。もしそうなら今頃、その魔素に苦しめられ、衰弱死する人間が多数出てくるだろうが、その情報は入ってきておらん」

 

 学園長の言葉を聞いてカモ君はほっとした表情を見せる。もしそんな情報が耳に入ればカモ君はまた学園を飛び出しクーとルーナの元に駆け付けに行くだろう。恐らく誰の制止も。それこそこの国の国王に止められても飛び出す。そんな確信がコーテにはあった。

 

 「あまり他の領地の悪口は言いたくはないのだが。…そこの領地の衛兵達の探索が遅れた。発見されていないダンジョンが元から存在しており、そのダンジョンが破壊される前に新たなダンジョンが出来た。つまり、領主と衛兵の杜撰な対応が招いた人的ミス」

 

 セーテ侯爵はすまなそうな顔つきで二人に理由を話す。

 貴族は自分の家を。家系を誇りに思う者が多く、それを傷つけられたり貶められたりすることを嫌う。ごく一部の家によってはそれをされただけで領主同士の戦争なんてこともあるくらいだ。

 その点は気にしないでもいい。コーテはもとよりモカ家であるカモ君自身、自分の家に誇りなどない。むしろブッ潰れてもいいとすら考えている。自分はハント領に婿入りする予定なのだから。その時にはクーとルーナを招いて養えるくらいには成長しなければならないけれど。

 まあ、最悪モカ家が没落。コーテとの婚約が無くなっても、弟妹二人を連れて各地を転々とする冒険者になるのもアリだ。むしろその方があの二人とも長く接していけるのであり寄りのありだ。

 そんな考えをおくびに出さないカモ君だが。ダンジョン二つというのは嫌な予感がする。

 

 「現在確認されたダンジョンは二つ。その一つは調査中だから詳細は分からんが、最初に発見したダンジョンの深度は二十五階層まで確認されておる。はっきり言ってモカ子爵領規模の衛兵だけの練度ではどうにもならんレベルじゃ」

 

 シバの言葉にカモ君の嫌な予感は高まっていく。

 ちょっと。待て。その言い方だと、あのクズ親。また衛兵だけで対処したのか?

 あれほどダンジョン攻略には戦力が多いと話したのに?冒険者の戦力も当てにした方がいいと言ったのに?しかもエレメンタルマスターという魔法で幅広い自分がいたからこそ円滑に攻略できたダンジョン攻略を?

 馬鹿じゃないの。いや、馬鹿だろあのギネ。

 カモ君は衛兵の皆を悪く言うつもりはないけど、無茶だ。しかもつい最近のドラゴン被害で衛兵の数が減っている。その上でダンジョン攻略させるとか労働基準局が聴けば殴り込みを仕掛けるレベルだ。

 カモ君ならそんな領の衛兵などやってられない。辞表を出して王国に別の働き所を紹介してもらいに王都にまで駆け込む。

 

 「今のところ目立った被害が出ていないのが奇跡ね。まあ、この情報を持ってきた衛兵の話しだと、この情報と同時に衛兵長が周りに協力を仰いだのが功を制したのかもしれないわ。出なければ多数の死人の報告が上がっているだろうから」

 

 加えて、と。セーテ侯爵は言葉を足す。

 

 「周りにからの助力で何とかなっているようね。それに一月前に派遣された王都からの魔法使いが向かったお蔭でその情報が無いのかもね。でも」

 

 ダンジョンが攻略されたという情報もない。

 王都から向かった魔法使いは腕利きだ。学園長ほどでなくても王都の魔法使いという看板を背負っている以上、実力者であるにも関わらず未だに攻略したという情報が無い。それだけ難易度が上がっているという事だ。

 このままダンジョンが存在し続けるとスタンピート。ダンジョンのモンスターが溢れ出してその土地を破壊しつくす。

 ゾーダン領で起こった氾濫とは違う。

あれは浅い層で生まれたモンスターがダンジョンからあふれ出てくる事。はっきり言って雑魚の群れだ。

 スタンピートはダンジョンの奥底にいた脅威度の高いモンスターも地上に溢れるという事。はっきり言ってボスモンスターが地上に出てくるという事だ。

 RPGの勇者が地元を一歩離れたらボスがいた。というクソゲー状態になる。そんな魔界と変化した土地に普通の人間が住めるわけもない。

 

 「…エミール」

 

 コーテがこちらを心配するかのような声色と視線をカモ君に投げかけるが、カモ君は今ある状態。魔法による拘束を振りほどこうと振り絞ってもがき始める。

 一刻も早くモカ領に戻り、愛する弟妹達の安全確保をする。

 その一念でもがき続けるが、学園長とセーテ侯爵の作り出した魔法による拘束は一向に外れることは無かった。

 

 「…こうなると思ったから拘束したが。正解だったようじゃ。エミール君。今から早馬を乗り継いでも四日。いや、五日は確実にかかる」

 

 だが、それでも行かなければならない。

 自分の存在意義は弟妹の二人の為だ。あの二人に危険があるのなら取り除く。それが兄だ。自分だ。エミール・ニ・モカだ。

 

 「王都から追加の魔法使いを派遣するか検討している。はっきり言って君よりも腕利きだ。君が行くよりもダンジョンを攻略する可能性が高い」

 

 それでも決まっていないのだろう。ならば自分が行く。自分はエレメンタルマスター(笑)だが、新米冒険者や魔法使いより役立つはずだ。

 そんな心持ちをしたカモ君を察したのか、学園長はセーテ侯爵に視線を送る。

 

 「だから今回。侯爵。ミカエリ嬢をこの場に呼んだのじゃ。今のところ彼女以外に即戦力になりそうな人物はいないからの」

 

 どういうことだ?

 セーテ侯爵は魔導具を作るだけの人間で、戦闘力を持った人間には見えないが…。

 いや、でも自分を助けに来てくれた人物でもある。ドラゴンに立ち向かうという事は相当の実力者だという事でもある。

 

 「彼女はレベル4の特級魔法使い。王国では五指に入る程の風の魔法使い。本来なら王国の軍備に関わる筈だったのじゃが、本人は魔導具作り向いていると言ってその職を辞退しておる」

 

 「私と私が作った魔導具なら、君を連れて二日でモカ領にたどり着くことが出来るわ。準備は家の者にさせているから明朝には出発できる。だから君を止めたのよ。エミール君」

 

 もう拘束は必要ないと考えたのだろう。セーテ侯爵はカモ君を捕縛していた風の拘束を解いた。遅れて学園長も拘束を解く。彼はもう一人で飛び出しては行かないだろう。

 

 「…我が領への援助。…ありがとうございます。心からの感謝を」

 

 拘束を解かれたカモ君はその場で片膝をつき頭を下げる。

 モカ領への脚はもちろんだが、セーテ侯爵という自分が知る中では最上の魔法使いの助力が得られるという事にカモ君は感謝を示した。

 セーテ侯爵は大人の魅力もあるが、それ以上に魔力の質が高い。カモ君とコーテはダンジョンの話で気が付かなかったが、落ち着いて彼女から発せられる魔力を感じ取ると確かに質は高い。

 

 「あの…。私もついて行っていいでしょうか?」

 

 「残念だが君は無理じゃ。コーテ君。君をここに呼んだのは万が一、エミール君が我々の話を聞いても一人で飛び出してしまわないために説得役として呼んだに過ぎない」

 

 コーテはカモ君がまたダンジョンという戦闘区域に赴くことを心配して自分もついて行こうとしたがそれを断られた。

 カモ君の戦闘能力は小等部にしてはかなり高い。そのまま王国の魔法師団に入団してもいいくらいだ。

 戦闘能力は魔法だけではない。身体能力も含まれる。

 コーテも魔法と弓を使うが、カモ君と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 それに今回のダンジョン攻略には力量が足りているとは考えられない学園長は彼女の参加を認めない。

 

 「わかりました。…出立は明朝でしたね。出来れば少しだけ遅らせてもらえませんか?」

 

 「…コーテ?」

 

 コーテの言葉にカモ君は首をかしげる。

 こちらは少しでも早くモカ領に行きたいのに少し遅らせるというのはどういうことか?

 

 「エミール。預けていた魔導具を銀行から全部引き出す。使えそうなものを選んで持って行って」

 

 コーテの言葉とその瞳からはこちらを心配する感情と力になろうとする感情が読み取れた。彼女は自分を信じて送り出してくれるのだと受け取ったカモ君はコーテの手を取り感謝の言葉を贈る。

 

 「ありがとう。コーテ。お前は最高の女だ」

 

 「その代わり、他の女に目移りしない事。あと無事に帰ってくることを約束して」

 

 無事に帰ってくることより他の女に目移りすることが心配なのかこのロリっ子。

 まあ、確かにセーテ侯爵は今まで見てきた女性の中でも一番に美人だが目移りはしないだろう。

 現在、カモ君(シスコン)が目移りする女性といえば妹のルーナであり、そんな自分を受け入れてくれたコーテ以外になびく要素は薄いと考えるカモ君。

 それに自分とセーテ侯爵とは年齢が十近く離れている。だから無理だろうと思っていたらコーテに左の頬を。いつの間にか傍に立っていたセーテ侯爵に右の頬を抓られていた。

 

 「…何を」

 

 「何か失礼な事を考えたでしょ」

 

 「女はそういう事には敏感なのよ」

 

 二人の女性から頬を抓られたカモ君はされるがままにその叱責を黙って受けた。

 馬鹿なこの鉄壁のポーカーフェイスを見抜かれただと?!

 と、馬鹿な事を考えていたカモ君はようやく自分のペースに戻りつつあると半ば安心感のような物を感じていた。

 異常事態があってもこうやって馬鹿な事を考えるくらいには余裕を持てるのは良い事である。いざ、本番という時に緊張しすぎて力を発揮することが出来ないよりはだいぶましだと考えるカモ君であった。

 



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第三話 頭が高いぞ。お辞儀をするのだ。

 太陽が昇り、朝一番で銀行から預けていたマジックアイテムを全て引き出したコーテはカモ君と共に引き出したアイテムを吟味していた。これらは全てカモ君が入学してすぐに引き起こしたバトルロワイヤル式の決闘で手に入れた物である。

 杖。短剣。アクセサリー。マントと種類があるが全部持って行くわけではない。

 この世界はマジックアイテムをたくさん持ってもその効果は三つまでしか発動しない。武器なら切れ味や打撃力は普通の武器と同じだが、マジックアイテムの真価は魔法を使ってこそ。その属性に合った魔法を使えば効果は上がる。

 転生者であるカモ君もそのルールから外れることは出来ない。だからこそしっかりと吟味した結果。

 地の首飾り。地の短剣。そしてコーテが羽織っていた水のマント。

以上の三つを装備することにした。

 出来る事ならダンジョン探索でマッピング。罠探知の魔法を補助する地属性のマジックアイテムだけで身を固めたかったが、コーテが預けているアイテムで地属性は首飾りと短剣だけ。

 それでもマジックアイテムがこれだけあるのは多くの貴族の中でもコーテか、富豪。侯爵家の御曹司くらいだろう。

 マジックアイテムは希少で貴重だ。それを貸してくれるコーテには感謝の念しかない。

 

 「これで十分だ。ありがとうコーテ」

 

 「これは貸した物だから。ちゃんと返す事。利子つきで」

 

 「今度の演劇デートは全部俺持ちでどうだ」

 

 「…それだけじゃ足りない」

 

 彼女のいつもの無表情からの冗談にもだいぶ慣れたカモ君は苦笑しながらデートの約束を取り付ける。

 はっきり言ってカモ君のお財布事情はかなり苦しい。だが、これから向かう実家はもっと苦しい状況だ。一刻も早くモカ領に戻ってダンジョン問題を解決しないといけない。スタンピートが起こる前に。最悪起こったとしてもクーとルーナをモカ領から逃がさないと。

 そんな事を考えていたカモ君の顎先にコーテの手が触れた。こちらに向かってピンと腕を伸ばしているが、二人の身長差からか、その手はカモ君の顎先までしか届かなかった。その様子にコーテは全身をプルプルと震わせていた。が、数秒後。

 

 「…私にひれ伏せ」

 

 「コーテさん?」

 

 わたくし、何かまずい事をしたでしょうか?

 カモ君は片膝をついてコーテとの目線を合わせる。高身長のカモ君と低身長のコーテはこうしないと同じ高さの目線にならない。

 そうすることでやっとコーテはカモ君の顔を両手で捕まえることが出来る。しっかりと自分の目が見えるようにカモ君を睨みつけるように言った。

 

 「無茶は許す。だけど無理はしたら駄目。ちゃんと帰ってくること」

 

 カモ君は目的の為なら無茶をするという事をコーテは熟知している。今回も無茶をするだろう。だからこそこの約束だ。これだけは譲れない。

 ダンジョン攻略は命懸けだ。死ぬ可能性がある。

 約束が力になる事もある。だが、そんな精神論が通用するほど甘くもない。時にはそれがよぎって冷静さを欠くこともある。

 

 「わかった。…行ってくる」

 

 だからこれは祈りじみた呪い(まじない)だった。自分の言葉がカモ君の枷にならないように、力になるように。

 コーテからアイテムを受け取ったカモ君はコーテに頭を下げるとすぐに背中を見せ、魔法を使いながら駆け出した。彼の行先は王都南部に位置する馬車乗り場。

 そこにセーテ侯爵が自作のマジックアイテムを準備しているだろう。そして向かう先。カモ君の実家であるモカ領。おそらくゾーダン領のダンジョンよりも難易度が高いダンジョン攻略を行うのだろう。

 コーテは自分の力量不足を恨む。自分は何のためにこの魔法学園に来た。このような有事の時に働きかける為に魔法学園に入学したのではないのか。

 今はカモ君を見送る事しか出来ない今まではカモ君を支えられればいいと考えていたが、考え直す。そんな考えでは駄目なのだ。

 彼は突き進む。進む先に壁があるなら何度だってぶち当たる。その壁が壊れるまで。乗り越えるまで。何度だって愚直に繰り返す。

 昨日よりも過酷な今日の訓練を。昨日を乗り越えるために。

 今もなお過酷な試練を自分に貸す。今ある難関を果たすために。

 今ある難行を幸ある未来に変える為に突き進む。

 そんな彼を支えるというだけでは駄目だ。

 彼と共にありたいと思うのなら彼の横に並ぶ。

 エミール・ニ・モカと同じ実力を持ち、比類する者は婚約者であり相棒のコーテ・ノ・ハントだと胸を張って言えるように自身も強くならなければならない。

 

 彼なら出来た。ならば自分も出来るはずだ。

 

 数多い魔法の才能に胡坐をかくことなく邁進する彼を倣えば自分にもできる。

 その為には日々の鍛錬が必要だ。

 

 彼になら出来る。ならば自分も出来るはずだ。

 

 それを証明するように今は新任の冒険者教員に何度負けても立ち上がる。その度に彼は強くなる。

 ならば自分も挑もう。何度でも敗北を味わおう。それを乗り越えた時自分はもっと強くなるのだから。

 その為にも自分も今からでも挑むのだ。自分よりも強い者に。

 最初から強い者などはいない。

 いるのは強くなろうとする人間かしない人間だけだ。

 それを彼は示して見せた。証明した。

 コーテはカモ君が見えなくなると銀行から引き出したマジックアイテムの中から自分に合ったもの以外を全て預ける。

 彼女が手にしたアイテムは彼から借りている水の軍杖。

 そして、抗魔のお守り。

 全ての魔法に対して幾ばくかのダメージ緩和の効果を持つアクセサリー。

 それはどのような事があっても、抗い、前を向くという彼女の心の表れだった。

 そして、

 

 カモ君が見落としていたマジックアイテムである。

 これに気が付いていれば、カモ君は水のマントではなくこの抗魔のお守りを選んで持って行っただろう。

 



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第四話 セクシャル、パワー、モラル!奴にハラスメントを仕掛けるぞ!!

 王都の南東に位置する馬車乗り場にたどり着いたカモ君。

 そこには貴族だけではなく貴族も大型の馬車から個人用の馬車といった多種多様の馬車が並べられていたが、そこに場違いな物があった。

 赤い装飾が特徴的な豪華な天蓋付きの大人が三人横になっても余裕があるサイズのベッドがあった。そしてそこに腰かける女優な美女がいた。

 

 「来たわね。エミール君。さあ、(このベッドに)乗って」

 

 ざわっ。と、周りにいた衛兵や平民達が変態を見る目でこちらを見てくる。

 そんな目で見ないでくれ。出来る事なら君達と同じ目で眼の前の美女を見たいんだ。

 空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶベッド天蓋つきですか?

 脳内で何度もツッコミを入れながらカモ君は侯爵の元へ歩み寄る。

 

 「セーテ侯爵。これが例の物ですか」

 

 「ええ、貴方が御所望の物よ。…天国を見せてあげる」

 

 ざわわっ。と、周りにいた皆さんから更に白い目線を浴びる。

 やめてやめて。誤解されるような言い方やめて。あんた侯爵令嬢やろ。いい所のお嬢様やろ。立場があるでしょ。弟妹達の事になると馬な骨と鹿の骨が入っていそうな輩と変な噂がたったらまずい立場でしょ。…なに、笑てんねん。

 

 「冗談は困ります。侯爵」

 

 「あら、(ダンジョン攻略に)本気だったのは私だけ」

 

 ひそひそとこちらを見ながら指をさす人達。

 クー。ルーナ。…兄ちゃん。(外聞を)汚されちゃった。

 目尻に涙が出てきそうな事態だがカモ君はぐっとこらえる。

 格好いい兄貴は泣かないもん。

 それにこうやってからかってくる人でも大事な協力者だ。大事なアイテム提供者だ。我慢我慢。

 

 「すぐにでも行きましょう。侯爵」

 

 「すぐイキたいの?我慢が出来ない子なのね」

 

 カモ君は我慢している。

 カモ君の脳内ツッコミ力が上がった。

 そろそろ俺の堪忍袋が火を噴くぞこらぁあああっ!

 もう行こうぜ。早くこの場から離れようぜ!身元が特定される前にこの場から去りたかった。

 

 「からかってごめんなさいね。服と上着を脱いでくれない。ベッドの下に小物入れが収納されているからそこに入れて頂戴」

 

 「…いえ。お願いしたのはこちらなのですからそれくらいは」

 

 そう言ってカモ君が服を脱ごうとするとすかさずにセーテ侯爵は口元を手で隠しながらこう言った。

 

 「まあ、服は嘘なんだけどね」

 

 テメエぇえええええっ!!

 立場が上で、侯爵令嬢で、協力者だからといって、からかっていい時と悪い時があるぞ!

 

 「…侯爵。周りの目があります」

 

 こんな衆人観衆の目が無ければこの令嬢をドつきまわしている。

 何でこの人逆セクハラ。いや、この場合はパワハラか。どっちでもいい。どっちでもいいからこれ以上の風評被害はやめてくれ。モラルまで混ざっているじゃねえか、この女郎。

 その翡翠色した瞳がこちらをじっと見つめてくるが、今度は何を言われるかたまったもんじゃない。

 というかゲームにこんな奴いたか?多分ゲームには出てこなかった有能キャラだ。某モンスターゲームでもその特殊な闘技場を制作した人物の名前なんて出てこなかったし。

 おら、ベッドに乗ったぞ。あくしろよ。

 

 「エミール君。ここまで言った私だけど…。もしかして男性にしか興味ないの」

 

 「おふざけはもうそのくらいにしてください侯爵。私にも我慢の限度という物があります」

 

 ふざけるな。ふざけるなっ。馬鹿野郎ぅうううう!

 女に興味がありまくるに決まっているだろう!

 年齢は十二。もうすぐ十三歳になるけど体は立派な男だぞ。精通もしたわ。

 あんな娘といいな。デキたらいいな。あんな夢。こんな夢。いっぱいあるお年頃だぞ!

 だけど今はそんな事にかまけていられるか!弟妹達の危機なんだぞ!

 

 「私って魅力ないかしら?」

 

 「私は貴方程に魅力的な女性はあまり見ませんね」

 

 一番は我が妹のルーナ(七歳)。二番目がコーテ(十三歳)。三番目がモークス(四捨五入すると六十歳)。四番目がお前だ!このショタコン侯爵令嬢が!今までのやりとりが無かったら二番目になれたかもしれないがな!中身が駄目駄目だ。カモ君的にはいい女は中身もいい女でないといけないんだよ!

 

 「移動中に貴方が私に襲ってこないかしら?」

 

 「少なくてもダンジョン攻略するまでそれはないと断言できます」

 

 「私が攻略されないかしら?」

 

 「出来たらまず、この王都を早々に出ることにしますけどね」

 

 「…よし。合格」

 

 投げ槍になりつつある返事に何やら納得したという感じで頷いたセーテ侯爵は自身の魔力を腰かけているベッドに注ぎ込むと天蓋つきのベッドが浮かび上がる。やっぱり空飛ぶベッドだった。

 前世のヘリコプターやジェット機のような重苦しいプレッシャーは感じない。文字通り宙に浮いた感覚。水面に触れるボートのようにゆらゆらと前後に揺れるベッド。

そんな不思議な感覚を感じたカモ君の頭上。天蓋の中から一人の黒ずくめの人間が飛び出すとカモ君に覆いかぶさろうとする。

 ベッドの上で不安定とはいえ、これでも鍛えているカモ君は抵抗してみせたが数秒後には首元にナイフを突きつけられると抵抗を止める。

忍者。そんなジャパニーズなスパイを連想させるような黒ずくめは男か女かも分からない体格だった。

 

 「…七秒。それがお前に出来た僅かな抵抗だ。もっと周りに気をつけねばな」

 

 まるでこちらを侮蔑するような視線と声色にムカッとしたが、確かにそうだ。ダンジョン攻略だけではない。ここからモカ領に向かう途中で盗賊が現れないという保証もない。確かに侯爵とのやりとりで視野が狭くなっていた。

 まあ、空飛ぶベッド?に近付こうとする物好きな盗賊がいるかは疑問だが…。

 

 「仕方ないわよ。私が散々注意力を散らして、貴方の奇襲よ。王国騎士団長でもなければ防ぎようがないわ」

 

 なるほど。自分は試されていたという事か。

 …あれ?それって不合格って事じゃないか?もしかしてこのベッドの使用を禁止されちゃう?!それは困るぞ。凄く困る。

 

 「お嬢様の美貌と言葉遊びに惑わされない男などいるはずもないか。いや、女であっても惑わされるだろう」

 

 そりゃあ、な。でも俺の視野が狭くなっていたのは間違いなく言葉遊びだ。この人をイラつかせるグダグダを演じていたお嬢様(疑)二十二歳の口頭テクニックだ。さすが年の功は伊達では…。

 

 「おい、今失礼な事を考えなかったか?」

 

 どうして自分の思考は一部に限って読み取られやすいんですかね?表情筋はしっかりとポーカーフェイスなのに。

 辺りを見渡せば先程までひそひそ話をしていた平民のおばちゃん達はこちらに向かって膝をついて頭を下げている。そこでようやく気が付いた。この人達は皆、ミカエリ・ヌ・セーテ侯爵の関係者だったわけだ。

 考えてみれば長距離を短時間で移動すると言う技術的にも軍事的にも有効な代物が一般の目に付く恐れがあるのだ。それ相応に秘密保持が働いてもおかしくない。今も一般人が近寄らないようにそれとなく誘導している一般人に扮した侯爵関係者達。彼等の努力を無駄にしない為にも早く出発したほうがいいんじゃないか。

 

 「このベッドは元々私だけの物だったんだけどね。今回の出発には私とこの子。そして貴方の三人で出発するわ。このベッドに魔力を注ぎ込みながら行きたい方角に意識を向ければそこに向かって前後に動くわ」

 

 こんな風にね。と、セーテ伯爵が魔力をベッドに注ぎ込むとベッドが前に動く。

 なるほど思ったより簡単に操作できそうだ。

 

 「ベッドが動くってなんだかエッチね」

 

 もうハラスメントは勘弁してくれませんかね?

 ほら、未だにナイフを首元から離さない忍者さんも呆れた目でそっちを見ている。

 

 「お嬢様。いくら貴方が見定めた輩とはいえ、人目のない所に行って一時の気の迷いなどが生まれたらどうするんですか」

 

 「大丈夫よ。こう見えても私の冗談は人を選んでやっているから」

 

 ええ、そうでしょうとも。気の迷い?生まれるに決まっているじゃないか。人気のない所に行ったらこのハラスメント美人の頭をどつく。お前はそれだけの事をした。覚悟はいいですね。

 クスクスと笑いながらも捜査しているベッドは侯爵。忍者。踏み台の三人を乗せて徐々にスピードを上げて飛んでいく。

 その光景を平民に扮した侯爵家関係者に見送られながらベッドは南へ進んでいった。

 …あのお嬢様。モカ領は南というよりも西よりの位置にあるんで。沈みかけている月に向かって動かしてください。

 それとなく進言すると悪戯がばれたかのように舌を出すセーテ侯爵。

 美人は何しても似合うのだが、もう二十歳を過ぎたのにテヘペロは似合わな…。

 

 「エミール君」

 

 美人は何しても似合うな。似合うなぁあああっ。だから影のある微笑みをひっこめてください。お嬢様。

 

 王都を出発してから三分も経たないうちに空飛ぶベッドは早馬よりも速いスピードで移動している。ここで下手な事を考えていると知られれば、放り出されるかもしれない。

 沈黙は金というが自分の場合。考えるだけでもアウトらしい。

 こうしてようやくカモ君は王都を出発し、モカ領へと足を進めるのであった。

 




美人だから許される。


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第五話 効いたよね?早めのカモ君。

 カモ君達が王都を飛び出してから六時間が過ぎようとしていた。

 セーテ侯爵とカモ君が一時間ごとに交代しながら空飛ぶベッドを操縦している。少し前に昼休憩を挟み、現在はカモ君が操縦している。

 その隣には少し息を荒くした侯爵令嬢の姿が。

 息は荒くしながら、仰向けになり、男なら誰もが見惚れる女体を横にしているミカエリ侯爵。まるで男を誘っているのかといわんばかりの息遣いだったが顔色は青かった。

酔ったのだ。乗り物酔い。空飛ぶベッド酔い。

 これ作ったのもお前だろ。なんでお前が一番に最初にへばっているんだよ。内心呆れながらもカモ君は彼女にちらりと視線を向けた後はただただモカ領に向かって空飛ぶベッドを動かしていた。

 あまりじろじろ見ると忍者さんがこっちを凄く睨んでくるのでカモ君は黙々とベッドを動かしていた。

 ベッドをハイスピードで動かしているのに、そのスピードで発生した風当たりはカモ君達にはそよ風程度も感じさせないのはベッドには空中移動以外にも簡易的な結界が張られているから。これが無ければベッドの上にいるカモ君はともかくミカエリの美しい髪はぐしゃぐしゃになっていただろう。

 

 「…うう、屋敷だった時に比べて激しく動かしたから気持ち悪い」

 

 それはそうだろう。時速100キロメートルは出ているだろう空飛ぶベッドだ。いくら侯爵家とはいえこんなでかいベッドをこれくらいの速度でかっ飛ばしても平気な広い屋敷などどこにもない。…いや、場合によるがラスボスなら持っていそう。

 しかし、彼女に構っている心は持ち合わせていない。こちとら愛する弟妹達の危機に駆け付けないといかないのだ。彼女が嘔吐してもベッドを止めるつもりはない。

 そんなこちらの意図を感じ取ったのかミカエリ令嬢はこちらを見て、諦めたように呻いていた。そんな彼女の背中を忍者さんがさすりながらこちらを睨んでくる。しかし、そんな目で見られてもベッドの速度は緩めない。

 俺(が操縦するベッド)は止まらないからよ。(お前等が操縦する時のベッドも)止まるんじゃねえぞ。

 何度も言うがこちとら時間がないのだ。イクゾー。デンデンデデンデン。

 今のところベッド移動は順調だ。盗賊にもモンスターにも出くわすでもない。この調子なら二日といわず一日でモカ領にたどり着くかもしれない。

 此方に助力してくれるミカエリ様には悪いがこのベッドの限界速度でいかせてもらう。

 カモ君はミカエリに言われた想定速度の上限いっぱいでベッドを動かしていくのであった。

 

 

 

 ミカエリは長年このベッドを使っていた自分よりもベッドを操作するカモ君の技量に驚いていた。

 普通、こんな限られたスペースで、不安定なベッドの上だというのに、これだけのスピードを出せる魔力。その操作技術。度胸に驚いていた。ベッドに酔いながらだが。

 それに終始カモ君を見ていたから分かるが、彼は自分に情欲を抱いていない。

 カモ君は当然ながら、学園長や自分の家族にも秘密にしている事だが、彼女は自分の瞳と同じ色のコンタクトレンズを装備している。

 それは人の感情を色で識別できる自作のマジックアイテムだ。

 怒りなら赤。困惑なら黄色。悲しみなら青といった具合に見た人間の感情を読み取るアイテムだ。そして自分を見る大体の男は色欲を思わせるピンク色だ。だが、それがカモ君からは感じられない。

アイテムを通してカモ君を注視していたがただの一度たりともピンク色には染まらなかった。

 こういっては何だが自分はそういう目で見られやすい。今まで会って来た男の1000人中999人はそういう色に染まっていた。貴族としての立場。女としての魅力がそうさせてきた。そうならなかったのは自分の兄二人以外にはカモ君が初めてだった。

 出発前にカモ君をからかったのも女の自分が襲われないか本当は戦々恐々だった。だから自分の家でも最も信頼する暗部の人間を見張り、護衛として同行させた。

 護衛の方も顔や名前は当主である父以外は知る筈のない素性の者だが、このマジックアイテムで見た限り信頼できる。顔を見せてとお願いしても頑なに当主以外にはお見せできないと聞き入れてくれなかったが。

それはさておきカモ君である。

 このブラコンでシスコンな彼だが一向に自分に興味がないのかベッドを操縦する時以外の殆どの時間は眠って魔力の回復に使っている。

 水と風と光の三種類の魔法を使って緊急事態という状況下で興奮している精神状態をなだめて休息に入るエレメンタルマスターの少年。

 状況をしっかりと理解して休むべき時はしっかり休む。戦士としての心得も持っているようだ。新人教師としてやって来た冒険者のアイムもカモ君の事を高評価している。

 まだ決闘やドラゴンとの対峙。ダンジョン攻略といった戦闘面でしか知らない彼だが、人格も誠実そうだ。

 彼が十年とは言わず五年早く生まれていたのなら自分の婚約者に推薦していたかもしれない。少なくても外見だけなら野性味を隠し切れていないが好青年と美女だ。

 少し勿体ないと思いながらもミカエリはこれから向かうダンジョン攻略に向けて意識を向けることにした。だが、その前に。

 

 「…エミール君。酔い止めの魔法をかけてくれない」

 

 この吐き気を振り払う為に彼に魔法をかけてもらおう。

 ミカエリの弱音を聞いたカモ君は呆れた表情を見せずに彼女に酔い止めの水魔法をかけた。

 その光景はミカエリの従者から見ても絵になると思わせるほどのカップリングだった。

 

 だったのだが、これから六時間後に到着したモカ領でカモ君が隠していた本性を見た時にその考えは遠くにぶん投げることになる。

 



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第六話 兄馬鹿の魂

 日が暮れたモカ領では、そこに滞在する衛兵達はもとより、ハント領にいた冒険者。そして王都から救援に来た魔法使い。そして戦闘力が無いに等しい平民。モカ領の領民達が一致団結してこの地に出現したダンジョンを攻略しようと尽力していた。

 だが、状況は好転しない。

 ダンジョンは深度を増してより凶悪になっていく。衛兵は浅い階層で発生したモンスターが地表に現れる反乱がおこらないように間引きするので精いっぱいだ。

 ダンジョンは二つある。それに対しての戦力がここに居る冒険者だけでは少なすぎる。その一つのダンジョン攻略だけでも熟練冒険者パーティーがあと二組は必要だ。

 王都から派遣された魔法使いの強力な力も攻略までには至らない。少なくてもあと三人の上級以上の魔法使いが必要だ。

 そんな彼等を陰から支えるモカ領の領民達の支援にも限界が近い。殆ど無償で提供している領の備蓄も底を尽きそうであった。このままでは数か月後の畑の収穫を待たずに領の備蓄が底を尽いてしまう。

 そんな逼迫した空気では攻略中の領内の治安も次第に荒れていく。

 今はまだ衛兵達の巡回などで目立った諍いは怒っていないが、あと一週間もすればきっと起こる。そんな雰囲気が漂っていた。

 そのような状況でも果敢に領民の為にダンジョンに挑み続ける少年がいた。

 ダンジョン前に設置されたプレハブ小屋が並ぶ整地された平地の集会場で次期領主であるクーは衛兵が持ってくる情報を待っていた。

 その情報の内容次第ですぐにダンジョンに挑むか。それともダンジョンから出てくるモンスターのみを相手にして領民を逃がすか決断すべきだと考えていた。

 

 「領内の備蓄は全てここと東のダンジョンに全て運び終えました。ダンジョンアタックは後三回。いや、周りの疲労を考えると二回がギリギリかと」

 

 衛兵の一人からその報せを受け取った次期モカ領当主であるクーは正しく現状を理解した。

 全て運び出した。か。

 これで本当に後がないと言う事だ。

 

 「…そうか。失敗した時に逃げ出す時の物資は」

 

 「彼等の分は既に配り終えています。これで今からでも彼等は逃げられるでしょう」

 

 彼等は逃げられる。しかし、自分達が逃げられる保証はない。むしろ自分達が殿としてモンスターを引きつけている間に逃げてもらう。

 ここに居るのが自分ではなく兄のエミールならば逃がすだけではなくダンジョンの攻略も出来たのにと考えてしまう。

 そこまで考えて自嘲する。

 まさかここまで兄に頼っていた自分の非力さに。総じて足りない父の統率力と判断力に。

 自分が家督を継ぐ前にモカ領が終わりを告げてしまいそうになっていた。いや、このまま終わるかもしれないと思うと情けなさを通り越して笑ってしまう。

 だが、ここで笑う事は出来ない。笑うとしても不安を感じさせない不敵な笑みを。いつも兄が領民達に向けていた。この人について行けば安心できると思わせる笑みを浮かべろ。自分はエミールの弟クーなのだから。

 

 「伝令です。伝書鳩から連絡がありました。王都から追加の魔法使いが派遣されるようです。早ければ明日の明朝。特級の魔法使いと魔法学園で有力とされている生徒が。…っ。エミール様がこちらに向かわれているそうです!」

 

 その報告を聞いた者達の反応はわっと歓声に溢れた。だが、その歓声には二種類あった。

 一つは王都から新たに派遣される特級の魔法使いの存在に歓声を上げた。これは冒険者や王都から派遣されて既にここのダンジョン攻略に力を尽くしてくれた魔法使いの歓声。

 もう一つはエミールの名前を聞いた時、歓声を上げたのはモカ領の人間。衛兵や支援をしてくれている領民達の歓声の二種類だった。

 巨大な戦力が二つも一気に来るのだ。これでまだ希望は残されていると、クーは体に力が漲る。衛兵が持ってきた伝令書を何度も見直す。そこには確かに兄の名前が記載されていた。

 これなら兄が帰って来るまで耐える。もしくは体を休めて彼等と合流した後に新たに攻略班を編成してダンジョンアタックに挑めばきっとダンジョンを攻略できる。そう確信するクーは疲労が抜けない体を無理矢理立たせ、この場だけでなく遠くの人にも聞こえるように大声を出す。

 

 「皆、よく聞け!明日までには王都から派遣された特級魔法使いと我が兄、エミール・ニ・モカがこの地にやってくる!それまで奮起せよ!決戦はその時だ!それまで何としてもこの場を抑えるぞ!」

 

 クーの言葉に衛兵。冒険者。王都から派遣された魔法使いの戦意は再び燃え上がる。

 確かに今は油断できない状態だろう。しかし、それを覆すことが出来るのが特級魔法使いだ。自分の兄だ。

 この二人が来てくれるのなら今回のダンジョン攻略は出来て当然だと誰もが思っている。

 それはダンジョン攻略の人間だけではなかった。

 支援していた領民達からも歓声が上がり笑顔があふれていた。その中から銀髪の一人の少女がクーの元に歩み寄ってきた。双子の妹のルーナである。

 

 「クー、本当っ。本当ににぃにが来てくれるのっ」

 

 「ああ、そうだとも。にー様が来てくれるんだ」

 

 クーとルーナはお互いに見詰め合って数秒後にはお互いに笑顔になっていた。

 日が落ち、完全に夜になった集会場を照らす松明の光。その光が金と銀の髪を持つ弟妹を照らし出した光景はモデルが子どもでありながら一枚絵のように映えていた。

 女性ならクーの幼さと勇猛な表情のコントラストにクラリと、きただろう。

 男性なら涙ながらにはにかむルーナを見て保護欲に駆られただろう。

 誰もこの二人の邪魔を出来ない。出来るやつは緊急事態を知らせに来た人間か、空気を読まない馬鹿か、読めない馬鹿だろう。だからこそ、この喜劇のような状況に割って入るこの人物は馬鹿なのだろう。

 歓声に沸いている群衆の中をドスドスと踏み鳴らすように歓声の中心。クーとルーナの元に歩いてくる肥満体の男。双子の実父であるギネがクーの目の前にいたルーナを突き飛ばすように押しのけてクーの持っていた伝令書を奪い取る。

 その際にルーナは突き飛ばされ方が悪かったのか顔から地面に倒れる形になって苦しそうな声を上げた。クーは慌ててルーナの手を取って、上半身を起こしながら突き飛ばしたギネを睨みつけながら声を上げた。

 

 「このブ、父上!何をするんですか!」

 

 「ふん。ただ王都から送られてきた伝令をわざわざ儂自ら確認しているだけだ!…ふん。あの役立たずも帰って来るのか。せいぜいお前ら同様こき使ってやる」

 

 役立たず。それは誰の事を言っているのだ。もしや、兄の事を。エミールの事を言っているのか。

 自分は屋敷から一歩も出ずに、文句を言うだけの豚が。いや、豚の方がましだ。こいつはクズだ。

 まだ子どもの自分をダンジョンに放り込んでも何とも思わない。

同じく子どものルーナには領民達と共に自分達攻略班のサポートとして、水魔法で清潔な水を絶え間なく出させ続けさせ、未熟な回復魔法を使わせ、そこで出たごみの片づけなどをやらせた。

 ふざけるなっ。ふざけるなよ!自分達はお前の道具じゃない!

 自分の兄を侮辱し、妹を酷使しただけでなく傷つける屑が自分の親とは思いたくもない!

 

 「ふざけるな!役立たずはお前だろ、このクズ!屋敷にこもってブヒブヒいうだけしか出来ないお前がルーナを、にー様を馬鹿にするな!」

 

 自分をクズだと言った。子どもの。自分の息子に悪口を言われた。それだけでギネは顔を真っ赤にして、ルーナを起こそうとしていたクーを蹴りつける。

 ルーナを起こそうとしていたから体勢が不安定であったためその場に転がされる形でクーが蹲る。そこを執拗に何度も蹴りつけるギネ。

 ルーナは最初に突き飛ばされた時から涙目だったが、それは歓喜から悲哀の物に変わっていた。

 

 「とー様やめてください!」

 

 「うるさい!お前等は黙って儂の言う事をきけばいいのだ!」

 

 先程まで漂っていた雰囲気は既にぶち壊れていた。それを非難するような目線を贈っていた冒険者達。王都から来た魔法使いもあまりの仕打ちに止めに入ろうとしたが、ギネはそれに対して声を荒げながら止めた。

 

 「いいか!儂はここの領主だ!儂が言う事は絶対だ!ここに居たければ逆らうな!役立たずも、文句も要らん!それに従わない全員は全て出ていけ!」

 

 確かに領主はそれだけの権限を持っている。

 領地に入ってくる人間。物資。文化。それらを制限することも、排斥する権利も持っている。だが、やり過ぎだ。

 冒険者達も何度もダンジョンに挑んでいたから分かるが、クーの姿を見かけてもギネの姿は見かけることは無かった。

 派遣された魔法使いも同様だ。ギネは報告だとレベル3の上級魔法使いであるにもかかわらず一向にダンジョン委は直接赴かない。

 衛兵達も今にも飛び出しそうな目つきでギネの愚行に耐えている。本来領主であるギネが率先してダンジョンに挑まねばならないのに何故クーが出向いているのか。そこからが間違いだ。

 今、自分達がギネを止めたら間違いなくギネは腹いせに自分達をモカ領から追い出すだろう。

 そうなって一番困るのはギネ本人だが、それに伴い、今も蹴られているクーとルーナ。そしてモカ領の領民達が困る。ダンジョンから湧き出たモンスターに襲われることになる。

 だから自分達は手が出せない。

 モカ領に関係していない人間ではギネに追い出されてしまう。

 モカ領に関係している人間はギネに逆らえない。

 誰もギネを止めることが出来ない。

 

 

 

 

 

 だから俺が裁く。

 

 

 

 

 

 人々の合間を縫うようにして飛び出してきた大柄な男に正面からギネは殴り飛ばされた。その時の衝撃でギネの鼻から赤い血が噴き出していた。

 殴り飛ばしたのはもちろんカモ君だった。

 次、会った時は殴り飛ばすと決めてはいたが、人目や場の雰囲気という物がある。状況によっては殴り飛ばす機会をうかがおうと思っていたカモ君。

 カモ君達が全速力で空飛ぶベッドを飛ばしたお蔭で、伝令鳩と同着に近い状態でモカ領にたどり着いた。

 ミカエリは従者だった忍びの者に領地から少し離れた森にこのベッドを隠してくるように言われてその作業をしていた。

 それを見届けてからカモ君は領内に発生したというダンジョンのある方角へ走り出した。それを見たミカエリが止めようと声をかけたが止まらなかったため彼女も慌てて追いかけたのだが、所詮研究職の人間。扱う魔法は彼女の方が精度・威力が上だが、日頃から体を動かし、実戦訓練で魔法を行使しているカモ君に追いつけずにいた。

 そんなミカエリをしり目に駆け出したカモ君が辿りついたところは運よくクー達が話し合いをしていた場だった。

 初めはすぐにでもクーとルーナに声を掛けたかったが、二人が微笑みあう場面をまるで映画のワンシーンのような気持ちで見守ってしまった。それから落ち着いた時に声を改めてかけようとしたところにギネが現れて、ルーナとクーを害した。

 すぐに止めたかったが、あまりにも空気が読めないギネの行動にカモ君は一種の放心状態だった。そこから再度意識をはっきりさせたが、すぐに怒り狂う事になる。

 自分の命よりも大事な弟妹を害したのだ。決して許される物ではない。

 カモ君は確かに自分の中で何かがきれる音を聴いた。

 そして、実家の支援で魔法学園に通っている事も。今から行う事案でモカ領に立ち入りが出来なくなる事も。貴族であり続けることも出来なくなる事も。そうなる事でいずれ来るだろう敵国との戦争の備えが出来なくなる事も。

 その全てを考慮せずに怒りのままギネを殴りつけた。いや、たとえ冷静でいられても殴りつけただろう。それだけカモ君にとってクーとルーナは特別なのだ。

 ギネを殴り飛ばした後、仰向けに倒れたギネに馬乗りになったカモ君は今まで培ってきた技術など使わず、ただ力任せに殴り続けた。とりあえずギネが泣いても殴るのを止めない事は確定だ。

 

 いくぜ、おいっ!

 

 「ぶっ?!え、エミー」

 

 ギネが何か言おうとしたがその前にカモ君はギネを殴り続ける。それだけの事をこいつはやらかした。

 罪状(ドロー)!

 まず領主としての行動に反する行為。ダンジョンへの対策を怠った事。証拠はクーとルーナがダンジョン前に出張っている事と多くの領民達がこの場にいる状況だ。

 鼻の穴に拳をねじこむようにして右の拳を叩き付ける。

 まだ怒り足りないぜ!

 

 「や、やめ」

 

 次の罪状(ドロー)!

 衛兵だけでなく、冒険者や王都からの来てくれた魔法使い殿に暴言を吐いた事。

 そんな事をすれば今ある困難を乗り越える事が出来ても次回もそうなる事は限りなくできなくなる。周りからの援助無しにダンジョン攻略をする。ひいてはモカ領全体が滅びる可能性がある。

 鼻血で鼻呼吸が出来なくなった次は、その臭い口を潰すように左の拳を叩き付ける。

 この一撃にオラの怒りを込める!

 

 「が、やめろっ、やめ」

 

 次の罪状(ドロー)!

 周囲の反応からギネ自身が今回のダンジョン攻略に参加していない事だ。それはクーの証言からもわかった。

 貴族だから率先的にダンジョン攻略に参加するのではない。率先的にダンジョン攻略をするから貴族として崇められるのだ。こいつはその義務すらも放棄したクズだ。カモ君が何度も口を酸っぱく言っても聞き入れなかった豚だ!人の話を理解しない時点でこいつを人扱いしてはいけない。

 もう殴られまいと手で顔を覆うギネに対して、今度は顔の側。左耳の穴に拳をねじ込むように殴りつける。

 まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!

 

 「やべ、ど」

 

 罪状(ドロー)!

 ルーナを突き飛ばした。それだけで重罪だ!

 顔全体を覆うように両腕で押さえるギネだったが、その隙間を縫うように拳を叩き付けるカモ君。

 ここで(ギネの命が)終わってもいい。ありったけを…。

 真っ直ぐに右ストレートォオオオッ!

 

 「ヤッ、ベデ」

 

 罪状(ドロー)!

 クーを蹴りつけた。死刑!以上!

 再び口元のガードが空いたので拳をねじ込む。

 ギネの瞳から涙が零れているがお構いなしに拳を叩きこむ!

 まだまだぁあああ!

 

 「ヤベ、デブ、ババイ」

 

 罪状(ドロー)!

 ドラゴンを前にしてクーを置いて逃げて行った!ルーナをその時に叩いて黙らせた!その時の痛みを万倍にして返すぜ!

 既にギネの血で血塗れになっている拳を振り上げ、振り抜く。

 終わってない!と、山猫が吼えるようにカモ君がもう一度拳を振り抜こうとしたがカモ君を後ろから抱きしめるように止める女性が現れた。

 カモ君の後を追ってやって来たミカエリ侯爵令嬢である。

 彼女もカモ君同様にギネの領主にあるまじき行動を見ていた。それを止めるのが侯爵令嬢だと思ってギネに声をかけようとしたらカモ君がダイナミックエントリーといわんばかりにギネを殴りつけた光景を見て魂が抜けたように呆然としたのだ。

 子が親を。しかも貴族で襲名も世襲もしていない状況でそんな事をすればカモ君の将来が危ない。だからそんな事をしでかしたカモ君にミカエリは呆然とせざるを得なかった。

 その呆然から今、脱した彼女はカモ君を止めに入ったのだ。

 豊満で魅力的な女体を押し付けられてもカモ君の拳が止まる事は無かった。

 

 「もうやめて!領主の前歯がゼロよ!」

 

 「HANASE!!」

 

 「落ち着いて!ここでこれ以上領主を拳で攻めたら本当に死んじゃうわよ!貴族殺しは重罪よ!」

 

 「それがどうした!こいつだけは、コイツだけは絶対に許せねえ!人の想いを踏みにじるこいつだけは絶対に許せねえ!」

 

 カモ君以外の人間からすると領主の無体な行動に衛兵・冒険者・派遣された魔法使い達の想いを踏みにじったギネに対する怒り心頭の姿に見えるが、実際はクーとルーナを傷つけられた兄馬鹿がぶちギレた。

 クーとルーナが関与してなかったらここまで怒っていなかった。むしろ言葉だけでギネを止めようとしていたはずだ。

 人の感情を大体読み取る事が出来るミカエリもまさか弟妹を傷つけた父に対して謀反を起こしたという詳細までは読み取れなかった。

 カモ君は怒りの色。辺りを照らしている松明の炎より赤く、ギネの流している血よりも黒い感情に捕らわれていた。

 

 「落ち着きなさい!ここで領主を害しても被害を受けるのはここに居る全員よ!貴方の弟さん、妹さんも大変な目に遭うのよ!」

 

 「ぐっ」

 

 他の人にも迷惑がかかるのはどうでもいいが、クーとルーナにも被害が出るという言葉を聞いて、ようやくカモ君の瞳にも理性の光が輝きだした。

 

 「貴方がこの人達を大事に思うのならそこまでにしなさい。これ以上は彼等を殴る事と同じことなのよ」

 

 「ぐぬ、ぬ」

 

 確かにここでギネを戦闘不能にするのは簡単だ。しかし、領主という最大のスポンサーを失えばダンジョン攻略は成すことが出来ないギネが領内から食料を主にした物資を認可することで、それを冒険者達に与え、支えているのは事実だ。

 既にギネの表情は見えないがカモ君に怯えて息を短く早くさせていた。それを見たカモ君は舌打ちをしてギネを踏みつけるようにして馬乗りの体勢を解いて離れる。

 その動作を見てミカエリはほっと息を吐く。例え親子とは諍いを起こせばこれから取り組むダンジョン攻略に支障が出ると考えていたからだ。

 それにギネは報告によると地の上級魔法使いだ。ダンジョン攻略では役に立つ。地図製作や罠探知。そして上級から繰り出される攻撃魔法は必ず役に立つだろう。報告が虚偽でなければ。

 

 「ひ、ヒィイイ」

 

 ミカエリは体を引きずるようにその場を離れようとしたギネの先に回り込んで一枚の書状を突きつける。

 

 「ミカエリ・ヌ・セーテと申します。これでも王都を預かる侯爵の娘です。お見知りおきを子爵。そしてギネ・ニ・モカ。王命です。ダンジョン攻略に冒険者及びその他協力者に最大の支援をすることを命じます」

 

 モカ領で二つのダンジョンが発生したという情報を聞きつけた王国はすぐにその異常事態を収拾するように重鎮達に議論を行い、白羽の矢が立ったのがミカエリだ。他の者を向かわせれば他国に付け入る隙を与えてしまう。

 彼女は王国が有している戦力の中で数少ない、遊ばせている戦力の一人だ。他国への対応も物好きな有力貴族の一人が対処したと言えば何とか誤魔化せる。

 そんな理由もあってか、王族の封蝋が押された書類を渡されたギネ。最初は受け取ろうとはしなかったが、背後のカモ君から。いや全方位から感じる視線の冷たさにようやく自分の立場を理解した。

この場でこの書類を確認しなければ夜道を襲われて亡き者にされてしまうかもしれない。

 涙と鼻水。そして流血で顔中がべとべとになったギネは震える手で書簡を開くとそこには確かにミカエリが言うように王家からの命令が記された書面があった。更にこれを拒否した場合。貴族としての爵位を取り上げると記されていた。

 こんな馬鹿な事があっていいのかとギネは未だに震える体でミカエリを睨みつけた。

 

 「ほ、ほんなほと。てひるはへはい」

 

 こんな事出来るわけがないと言っているのだろう。ミカエリはそう解釈して、ギネに言葉を投げた。

 

 「出来る、出来ないではないのですよギネ・ニ・モカ子爵。それが貴族の務めです。それに別に出来なくても構わないのですよ。…やれ。話はそれからです」

 

 ミカエリはギネに冷たく言い放つ。彼女もまたギネの行動に何も思わなかったわけではない。自分の子ども蹴りつける。しかもダンジョン攻略に尽力している相手にあのような非道・暴言を繰り出す奴を良く思うはずがない。

 カモ君がギネを殴り飛ばさなければミカエリが魔法でギネをぶっ飛ばしていた。

 

 「やらなくてもいいのですよ。その時は貴族の務めを果たせなかった貴方を排斥すればいいだけです。まあ、その前に無事でいられればの話しですが。…次は止めません」

 

 ギネは突きつけられた選択肢にただただ困惑するだけだった。

 子どもをしつけていたと思ったら、長男に滅多打ちにされた。それが終わったと思ったら目の前にいる美女からある種の死刑宣告を受ける。何故自分が殴られたのかも、彼女が侯爵令嬢だという事もまだ分からなかったギネだが分かったことが一つ。

 この要求を呑まなければ自分は死ぬ。もしくはそれに近い報復を受けるだろう。

 貴族でなくなった自分を考えると生きていける自信が無かった。なにより…。

 泣きついてくるクーとルーナをしっかり抱きしめながらこちらを睨みつけているカモ君の瞳がこう言っているように見えた。

 

 断れば殺す。

 

 沙汰は決した。ギネはこれから毛嫌いしていた土臭い仕事を受ける事に。自身の為に溜めていた隠し財産を引きだす事に。そして、命の危険があるダンジョンに挑む事に。

 ギネは激痛と自分の境遇に顔を歪めながら頷く事しか出来なかった。

 



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第七話 お前は強いよ(ガチ)

ギネを殴り飛ばしたすぐその後。

カモ君はこれまでダンジョン攻略に力を注いでいた衛兵や冒険者達を集めて攻略会議を行っていた。

二つのダンジョンから戻ってきた冒険者達から最新の情報を得ることで次のダンジョンアタックで攻略するつもりでいた。

というか、もうモカ領の備蓄が底を尽きそうだったからだ。二か月もの間ダンジョン攻略という大プロジェクトに参加者である衛兵はもちろん冒険者達にも疲れが見えている。

よくもまあ、ここまで長引いた。いや、防衛してくれたものだ。衛兵長が早い段階でハント領の冒険者を含む冒険者ギルドへの支援要請と王都への支援要請。これが無ければモカ領はとっくの昔にダンジョンから生まれたモンスターで埋め尽くされていたかもしれない。

二つのダンジョン。自分がいる東のダンジョン、北のダンジョンと名称しているが、東が先で後から北のダンジョンが生まれたそうだ。

ダンジョンが二つ生まれるなどシャイニング・サーガというゲームでもなかった異常事態にカモ君は頭を悩ませていた。

そんなカモ君に先程帰ってきた冒険者達から良い情報と悪い情報が入ってきた。

まず良い情報から聞かせてもらうと、東と北。それぞれのダンジョンコアの位置が分かったそうだ。東は二十二階層。北は十七階層にあると斥候職の冒険者達が意地を見せてくれた。

ダンジョンコアを潰せばもうモンスターが生まれることもない。どれもダンジョンの階層は深いがどうにかできるレベルだ。

そして悪い情報。

北には耐久力に定評があるゾンビの群れとその王ゾンビキング。自身を含む多くの配下であるゾンビをダンジョンコアの前に配置している。ただでさえ倒すのに時間と手間がかかるゾンビ系のモンスターと彼等の能力値を引き上げるキングの名を持つゾンビキング。ここを攻略するには少なくても冒険者には破邪の力を持つ光属性の魔法か、マジックアイテム。銀製の武器で彼等を打ち倒さなければならない。

ここにシバ校長がいればと思わずにはいられない状況だが、まだここは何とかなりそうだ。

問題は東。ドッペルゲンガーがダンジョンコアの近くを漂っている事。

ドッペルゲンガーは敵対する者がいなければ湯煙のような形状をした霞のような魔法モンスターだが、恐ろしいのはそれに認知された冒険者・魔法使いの姿形・ステータスから装備品までコピーして敵対する事である。いわゆる自分自身が敵という状況になる。

二十二階層という深度を踏破した後にドッペルゲンガーはきつい。

なにせ、こちらは疲弊した状態なのにドッペルゲンガー側はこちらの情報を手にしたうえで万全の状態で迎え撃たれるからだ。

ゲームだと疲れた状態でHP・MP満タンの状態の自分と戦えと言う事だ。クソゲーである。

だが放っておけばダンジョンは更に深度を深めより強力なモンスターを生み出しかねない。

最大戦力を投入すればそのままの敵対勢力と戦わなければならない。

この情報を生きたまま持ってきた冒険者には特別報酬を渡した。それはゾーダン領で出会った女冒険者のカズラだった。正直色んな意味でほっとした。

魔法殺しを装備したカズラをコピーしたドッペルゲンガーとか。敵対した時点で詰んでいた。彼女や他の冒険者がドッペルゲンガーに感づかれる前に撤退できたのは奇跡だ。これを何としても活かしたい。

この場にいる全員で意見を出し合った結果。

東のダンジョンに向かうのは、カモ君。ミカエリ。ギネの三人の魔法使いと選抜した冒険者達。そして衛兵長と三人の衛兵。

途中で自分達が休めるように中継ぎの冒険者・衛兵達。

最後に支援物資を届ける冒険者達。

三つのグループに分けて突入することに。

残りの戦力を北のダンジョンに注ぎ込む。

主な主力は王都からの魔法使い殿。カズラ。クーの三人を主力に攻略してもらう。

北のダンジョンを攻略したら東のダンジョンに応援に来るようにした。これもドッペルゲンガー対策だ。

自分を含めた魔法使い。及び冒険者・衛兵達の誰かがコピーされたとしてもカモ君かミカエリの魔法の一撃で倒せる。打たれ弱さからそう選抜した。ギネの魔法はほとんど見たことが無いから未知数だが、明らかに実戦慣れしていないギネに期待するのは無理という物だ。

北のダンジョンに行くカズラがコピーされたとなると一撃では倒せない。もしくは倒せなかった場合被害が広がるだけになる。魔法殺しを装備してフィジカル的なステータスが増強された最終決戦兵器な彼女が敵に回ったらここに居る誰もが敵わない。

そんな最大戦力の彼女を最難関のダンジョンに連れて行けないのは辛いが、その分北のダンジョンでクーとその他の人間を守る為に力を振るってほしい。

 

「…みんなの話をまとめると以上だ。なにか問題があると思ったらどんなことでもいい。意見を出してくれ」

 

議長を任せている衛兵長の言葉に、カモ君に殴られた後、嫌そうな顔をしながらカモ君の回復魔法とポーションで治療を受けたギネが文句を言いたそうにしていたが、カモ君とミカエリの一睨みで押し黙る。

自分がなぜダンジョン攻略という野蛮な行為をせねばならないのか。と、まだ文句がありげな顔だった。だが、これをやらねば貴族を辞めさせられる。それに腐ってもレベル3。地属性の上級魔法使いだ。こういうダンジョン攻略にこそ地属性は活かすべきだ。

カモ君はギネの魔法をレーダー代わり使うつもり満々だ。そうすることで自分の魔力を節約して、誰かにコピーしたドッペルゲンガーを一撃で屠れる魔法を放つ。それだけの魔力を温存しながらダンジョン攻略に挑まなければならない。

カモ君が使える魔法で一番威力がある魔法は地属性レベル2。岩の雨を降らせるロックレイン。はっきり言って威力だけならミカエリが放つ魔法の方が威力は出るだろう。

彼女もギネと同じインドア派なイメージだが試しに放ってもらった風属性レベル3のサンダーブレイドは轟音と閃光と共に深さ三メートル以上、長さ三十メートル先まで地面を穿った。さらにこれより一つ上の魔法もあると言うのでドッペルゲンガーは彼女に対処してもらおう。ちなみに穿った穴はギネに埋めさせた。どれだけ魔法が使えるかを確認するために。

彼女がコピーされたとしてもコピーされている時間は無防備だ。五秒ほどだが。何が何でもドッペルゲンガーに探知される前にミカエリに魔法をぶっ放してもらわなければならない。

つまりミカエリが主力で、ダンジョンコアを破壊するまでカモ君自身よりも彼女を温存しておかなければならない。

衛兵長の言葉に誰も意見は言わない。

冒険者や衛兵達にはこれが終わったら可能な限りの報酬を約束している。勿論領民の者達にも今すぐには無理だが半年後から少しの期間だが収める税金を減らす約束も取り付けた。カモ君が。ギネがそんな事を言うはずもない。

ギネには既に暴力を持って従わせているから問題ないとは思うが、カモ君の目を離れたらすぐにまた我が儘を言いだすだろう。

出来ればミカエリにこのモカ領の事を監視してほしいがそれも無理だ。それに手を上げたカモ君もこのダンジョン攻略が終わったらただじゃ済まない。だが、それらを悩むのは今じゃない。攻略した後に考えようカモ君は頭痛を抑えるように頭を抑えながら明朝のダンジョンアタックに向けて早めに自分に割り当てられた仮設テントで休むことにしたが、そこに尋ねてくる人達がいた。

最初の人間はギネだった。その後ろにはメイド長のモークスがいた。

散々ダンジョンには行かないと文句を言っていたが、貴族を辞めたければどうぞ。嫌なら来い。と、だけ言った。

まだ懲りてないのかこのクズは。モークスもギネに言われて嫌々ながら連れてこられたのだろう。彼女には今も支援してくれている領民達の代表として頑張ってもらっているのに余計な手間を増やしやがった。

正直蹴り出したいが、これでも貴重なダンジョンのレーダー役だ。水と風の魔法を組み合わせた簡易的な睡眠魔法をかけて眠らせた。その後近くにいた衛兵にクズの重い体を持って行ってもらった。

次に来たのはクーとルーナだ。その後ろには執事のプッチスとメイドのルーシーがいた。

まだ十歳に満たないクーもダンジョン攻略という危険な目に遭わせたくはないが何せ戦力が足りなさすぎる。これは生き残りを賭けた血戦である。

 

「…にぃにっ」

 

「にー様」

 

クーもその事を覚悟していたからこそ、兄であるカモ君に会いに来たのだ。信頼する兄から勇気を貰う為に。

ルーナは未だに心細いのか仮設テントに入ってきてからずっとカモ君に抱きついていた。カモ君はそれを黙って受け止めながらクーと明日のダンジョン攻略の事で話し合っていた。

テントに入った時から既に涙目だったルーナはカモ君に抱きついてからはずっと鼻を鳴らしながら抱きついていた。その鼻息も聞こえなくなったのはクーとの話し合いが終わる頃。今までの疲れとカモ君という兄という精神的な支えからくる安心感で寝息に変わっていた。

その様子にカモ君はもちろん、クーも困った顔をしていたがそんな彼もカモ君は抱きしめた。そうするとクーは体を震わせて涙を必死にこらえた。ルーナを起こさないように声を震わせながらもカモ君の背中に手を回す。

 

「ごめんな。もっと早くに来られたらよかったのに。そうすればお前もこんなに怖がらなかったのに」

 

「…き、貴族として当然の義務を、は、果たすだけです」

 

「クー。お前は強いよ。そしてこれからもっと強くなる。兄ちゃんよりずっとずっと強くなるよ。だから大丈夫だ。絶対上手くやれるさ」

 

精神的にも。ステータス的にも。このまま成長したら確実に自分より強くなるクーに頼もしさを感じるが、それを覆い潰すくらい今のクーは弱々しかった。

当然だ。まだ八歳にも満たない子どもが命の危険があるダンジョンに挑むのだ。泣かない方がおかしい。怖がらない方がおかしいのだ。

いくら貴族としての教育を受けたとはそんな幼子を戦場に駆り出すことになった事にカモ君は己の力不足を嘆いた。せめて後五年。いや、三年でも早く生まれていたのなら、上手くすればギネから貴族の地位を世襲して領主となり今の状況よりも良い状況を。少なくてもダンジョンに向かわせるような事態にはさせてなかっただろう。

双子の妹に気を使いながらもカモ君に泣きついたクーはしばらくすると妹同様眠ってしまった。これまでの疲れが出たのだろう。しかし、翌朝にはダンジョンに出向いてもらわなければならない。

眠っている双子を従者の二人に寝床まで連れて行くように任せて、ようやく寝つけると仮設ベッドに腰掛けた時、入ってきたのはミカエリとその従者である忍者。この忍者もカモ君達と一緒にダンジョンに挑むと伝えてくれた。ただし、その事はこの場だけでの秘密にしてほしいそうだ。

考えてみれば侯爵令嬢というかなりのVIP様である。関係者が一人もいないダンジョンに挑むはずがないのだ。

王族という血筋を除けば侯爵という最高位の令嬢だ。当然と言えば当然である。

忍者はあくまでも裏側からミカエリをお守りする。だから表側はお前がやれとカモ君に伝えた。言われないでもミカエリ令嬢のことは死守するつもりだ。

 

「ミカエリ様は死んでもお守り通すよ」

 

例え自分が死ぬようなことがあってもミカエリを温存させて、ダンジョンコアを破壊してもらう。そうすることでクーとルーナを。モカ領を守れることにつながるから。

そう口には出さなかった。

もう遅いかもしれないが、ブラコン・シスコンの事は隠しておきたかったら。

その言葉に一切の嘘はない。

そう考えているとミカエリの頬が、少しだけ赤みが増したような気がした。

あ、これって浮気の言葉になりませんかね?

 

「こ、これは別に口説いているわけではないですよ。そう、モカ領の未来の為ですから」

 

これが切欠でコーテとの中に亀裂でも入ったら回りまわって愛する弟妹達に嫌われてしまう。それだけは避けたかった。

 

「ふふ、それをすぐに気が付けたから及第点よ。…エミール君。しっかり私を守ってね」

 

ミカエリは小さく微笑んでカモ君の言い訳を受け入れた。

相手の心象が分かるコンタクトレンズは今もつけている。そこからカモ君が嘘をついていたり、変な下心を持っていないことはミカエリにもわかっていた。そんな彼だからこそ自分の護衛を任せられる。

その安心感を胸にミカエリは仮設テントから出て行った。

忍者の方もカモ君はミカエリの脅威にならないと判断したのか何も言わず、ミカエリについて行く。

そんな彼女達を見送ってようやくカモ君も眠りに就くことが出来た。

 

 

 

そして、朝を迎えると共にカモ君はミカエリやギネ。他の冒険者達と共に東のダンジョン入り口前に立っていた。

 

「よしっ。ダンジョン突入!」

 

オオオオオオオオッ!!

 

カモ君の声に答えた冒険者達も声を上げてダンジョンに足を踏み入れた。

 



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第八話 これが主人公(疑惑)パワー

カモ君達が東のダンジョンに向かっている最中、彼の弟クーも北のダンジョンへと向かっていた。

クーは最後列で王都から来た魔法使いを隣に、戦闘を歩いているカズラを含めた冒険者数名が先頭に立ち、彼等の梅雨払いを行っていた。

カズラは今まで会ってきた冒険者の中では一番強いとカモ君から聞かされている。

確かに兄の言うようにその素早い動きと、細腕から繰り出されているとは思えないほどの膂力を持った剣の一閃でモンスター達を切り払っている。

やり方としては斥候職の冒険者が、罠が無いか。モンスターがいないかを確認してモンスターがいる場合、素早くカズラに伝えてカズラがモンスターに気づかれないうちに剣で切り払うという作業を繰り返している。その動作だけで十階層まで辿りついた。もしかしたらダンジョンコアがある。ゾンビモンスターで埋め尽くされているフロアまでこの作業の繰り返しだけで行けるかもしれない。

時折、休憩を入れてはいるが、どちらかといえば冒険者の休憩というよりも、体力がまだない子どもである自分や王都から来た魔法使いの為に休憩を入れているみたいだ。

その証拠に自分の額から汗が流れ続けている。息も少し荒くしていた。ダンジョンという閉鎖的で命の危険がある空間は二ヶ月近くいるのに未だに慣れない。

ハント領でダンジョンが発生した時に攻略に参加したカモ君について行って、ダンジョンに入らず地上で訓練していた時に比べてずっと集中力を使いプレッシャーを感じながらスタミナを削る。

カモ君はアイテム欲しさという物欲も手伝っていたためにそれほどプレッシャーも感じずに攻略に参加していた事を知らないクーは何度もダンジョンに挑んでいるカモ君を改めて尊敬していた。そして目の前にカズラを含めた冒険者達にも。

そんな彼等をどうして下に見ることが出来たのか未だにギネの事が分からない。分かるつもりもないが。

そう考えていると休憩中の冒険者の輪を抜けてきたカズラがクーの前にやってきて片膝をついて目線を合わせてこう言ってきた。

 

「君の妹さんの出してくれた水のおかげでこうやって休憩できるよ。ありがとね」

 

そう言って微笑むとカズラはクーの元から離れて再び冒険者達の所へと戻っていった。

彼女からすれば恩人であるカモ君に恩返しの一つとしてクーの梅雨払いくらいやってあげようと思っていた。その上、清潔な水を生成してくれたルーナの水の魔法には助けられたのも事実だ。

清潔な水というのは緊急事態。ダンジョン攻略といった異常事態程貴重になる。ダンジョン突入前に魔力が空になるまで魔法で水を作り上げたルーナはそれを冒険者達の持つ水筒に入れて今頃疲れて眠りに就いているだろう。

その働きにもカズラは感謝をしているとクーに伝えたかったのだろう。

カズラはカモ君に恩返しのつもりで、いつものように協力者に自分の美貌を使った感謝の言葉を述べたに過ぎない。だけど、その微笑みは現在七歳になるクーには刺激が強すぎた。

美人で中性的なその微笑み。その健康的な肉体美。活動的な髪の色。そして、カモ君が認めるほどの実力。

クーは初めて異性への意識を持った。

母親はネグレクトで、妹は保護対象のような物で、メイド長のモークスやメイドのルーシーは自分の家族みたいなもので、コーテは姉。カモ君と一緒にやって来たミカエリはまだ綺麗なお姉さんくらいにしか考えていなかった。

そんな風に考えていた所にカズラのような魅力的な女性が現れた。外見も中身もクーが意識してしまうには十分に魅力的なカズラにクーはダンジョン攻略での行進以外の動機を感じた。

休憩中も彼女から目が離せなくなったクーはそれが恋だと自覚していなかった。

そして休憩が終わり、行進が始まる。

休憩をしたのになんだか息遣いが少し荒い気がした。それなのに体には力が溢れるような妙な充実感に似た何かを感じた。

それから問題無くダンジョン攻略は進んでいき、報告のあったダンジョンコアが、ゾンビの群れとその王がうろついているフロアの手前までやって来た。

今まで出てきたモンスターや罠の解除にカズラ達、冒険者が尽力してくれたおかげでクーと王都から来た魔法使いは魔力を温存できた。ほぼ満タンの状態だ。

ここからが自分の出番だ。ゾンビ達との出合い頭に最大威力の魔法を放つ。このために冒険者達は尽力してくれたのだ。ここで応えなければ自分は、カモ君の弟を。いや、男を名乗れない。

 

クーはカズラに恋をした。

 

惚れた女の前で男を魅せる時だ。自然と体に力が漲る。

カモ君が弟妹達の為にテンションやパフォーマンス力が上がり、実力以上の事を発揮できるように、クーもまた力が、魔力が滾っていた。

この精神的な成長。昂揚感により、クーの火属性レベルが2から3に昇格した事をその場にいる誰もが気づかなかった。未だにカモ君が辿りつけないレベル3の領域に七歳のクーが足を踏み入れたのだ。

だが、王都から来た魔法使いだけは。同じ魔導を歩んでいるからこそクーの練り上げられる魔力に驚愕した。だが、冒険者達の合図で詠唱開始の合図が出る。今はクーに驚いている暇はない。

クーの詠唱する魔法はレベル3。上級魔法。一般の魔法使いが使える最高レベルの魔法を詠唱する。そして、今回の北のダンジョン攻略のリーダーを務めるカズラの合図でそれは放たれた。

 

「エクスプロォオオオオジョン!!」

 

次の瞬間。

フロアいっぱいにたむろしていたゾンビ達は人が生み出した小さな太陽に呑みこまれ、ダンジョンコアと共に爆散するのであった。

 




クーの潜在能力は某白い魔王少女以上。その理由はあります。
少し前まではぐれメタルス○イム的な兄貴とほぼ毎日訓練をしていたから。その時の経験値が土台になり、今のクーになります。


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第九話 君を寝かさない

クーが早い思春期を迎えている事をカモ君はブラコン兄貴のセンサーでなんとなく察知することが出来た。

クーの身に何か起きている。甘酸っぱい何かが!

訂正。かなり感度と精度がよろしいセンサーである。この事を知ったらいくら相思相愛の兄弟愛をもってしても距離を取らざるを得ないだろう。そんな事をされたらカモ君はむせび泣くだろうが。

しかし、今はそれを確かめることも、確かめる暇も、余裕もない。

現在、ダンジョンの階層は十五階層。半日ほどの時間をかけてここまで来た。これはかなりのハイペースだと感じる。

何せ、出会うモンスターは全て殲滅しなければならない。無視して進めば行進中に後ろから攻められる。後退、もしくは撤退する時になれば障害になりえるかもしれないモンスターは基本的にサーチ&デストロイ。ダンジョン内で出会うモンスターに与える慈悲はない。

そんな中で役に立ったのはギネの地属性魔法による地形把握とカモ君の風魔法によるモンスターの索敵である。

この親子の魔法で斥候職の冒険者の負担を軽くすることが出来た。

ダンジョンは深度が深くなればなるほど、モンスターは強く、罠は醜悪に、そして階層は横に広くなっていく。

ダンジョン二十二階層となれば、上級の冒険者チーム。王都の魔法部隊。どれも高レベルの人間が必要になってくる。それなのにこちらの人材。冒険者はともかく魔法使いであるギネはもちろん、カモ君自身もレベルが足りていないかもしれない。ミカエリ自身も高レベル魔法使いとはいえ明らかに実戦に慣れているとは言えないお嬢様だ。

ダンジョン攻略に欠かせない戦力である魔法使い側の実戦レベルが足りないとか、モカ領関係者として泣けてきそうになる。

だが、そんな泣き言も言っていられない。

ダンジョンの十五階層。以前ここまでやって来た冒険者が言うには自分達がいるフロアが一番休憩するところにもってこいの場所だという。

ダンジョン特有の入り組んだ通路に繋がってはいるが、確かにここは学園の教室のように縦にも横にも広い空間で多少は坂があるものの、このフロアに入れば、フロア全体を見通すことが出来る。何かあればすぐに対応できる空間に来たカモ君達は周囲を警戒しながら最初に警戒する人間を除いた全員がダンジョンの床に腰を落とす。もしくは横になってどうにか疲労を取ろうしていた。

勿論、横になったのはこの中で一番体が横に大きく、だらしない、今回のダンジョン攻略の最高責任者であるギネだ。

汗はだらだら、息はゼエゼエ、ズボンの股下はビリビリに破れ、胸元のネクタイはゆるゆる。締めているのか解いているのか分からない。

体つきも表情も服装もだらしないギネの姿を見てカモ君は泣きそうになった。こんなのが俺の、クーとルーナの父親なのかと思うと。

しかも、このフロアに来る前に自分の持っていた水筒の水を飲みつくしたのに自分に魔法で水を出せと言ってきやがる。衛兵が嫌々ながら進んで渡してくれた水を一口飲むとぬるいと言って、水筒の中身をぶちまけながら捨てた。それを見て思わず尻を蹴り上げた。それについて蹴りつけられたギネ以外は誰も文句は言わなかった。

本当にこのクズは。こいつから貴族。いや、魔法を取り上げたら何も残らない。取り上げたら最後。こいつは殺してモンスターを引きつけるエサ以外に使えそうにない。これだけぶくぶく太っているのだ。さぞかし脂がのって美味いだろうよ。

何もかもマイナス印象しかない。このブタだが、地形把握の魔法は重宝する。だが、それだけだ。こいつはやはりダンジョン攻略に連れてこなければよかっただろうか?一応、自分も地形把握は出来る。

だが、それをすると魔法による攻撃手が足りなくなる。

ギネに攻撃魔法を使わせてもまともに当てられるビジョンが浮かばない。むしろ前線を張っている冒険者に当たりそうだ。そんな事になるくらいならその全力を地形把握に使ってもらった方がお互いの為になる。

そして、ギネの次に疲れていたのはミカエリだ。令嬢然としたドレスのような私服の上に自前の白衣を羽織りこんだ彼女はギネ程ではないが荒い息を整えるように浅い呼吸を繰り返している。その呼吸に合わせて彼女の女性らしい体が上下するのを見て思わずごくりとつばを飲む冒険者。衛兵達。そしてちら見が激しいギネ。ギネにはもう諦めたが、せめて見張りをしている冒険者はそっちを見ないでモンスターが来ないか注意してほしい。

自分はこの目の前の令嬢をハラスメントしてくる不思議な美形生物として認識している。

いや、確かに彼女にはすごく助けられたし、恩義は感じるのだが今回のダンジョン攻略中もこちらをからかってくる。さすがに索敵している時はしでかさないが、それが終わるとすかさずからかってくるのだ。

自分ではなく冒険者達にそれをやった方がいい反応が返って来るんじゃないか。

あ、でも侯爵令嬢が外で冒険者相手に火遊びしたとなれば評判が悪いか。となると、からかう相手は自分に限られる。ギネ?あれは駄目だ。あいつが本気になったら双方碌な事にならない。

見張りの冒険者が別の冒険者と見張りを交代した。この後退した冒険者が休憩を終えたらダンジョンアタックを再開だ。それで今回のダンジョン攻略を決める。

ギネはまだまだ休みたがっていたが、コイツに付き合っていたら一時間で終わる物が三日かる事になる。

あと四十五分ほどの休憩。少しでも魔力を取る為にカモ君も仰向けになって寝転がり仮眠を取る。こうすることで回復する魔力の量は微々たるものだが無いよりはましだ。

そんなカモ君の顔に影が入った。何事かと目だけ開くとミカエリがこちらを覗きこんでいた。それだけではない。自分の頭のすぐそばまで来ると、こちらの頭を持ち上げて彼女は正座をし、持ち上げた頭を、自分の膝の上に乗せた。膝枕だ。

 

「地面で横になるよりこっちの方がいいでしょ」

 

堅い地面に比べればミカエリの膝枕の方が仮眠を取りやすいだろう。だが、これは浮気になるのではないだろうか?

ギネがこちらをちらちらとみている。代わりたいと思っているのか?いるんだろうな。だがミカエリは奴には膝枕はしないだろう。彼女がギネを見る目は文字通り豚を。いや、ゴミを見るような目だった。それに好みの顔でもないだろう。あの豚のようなカエルのような潰れた大福の顔をしたギネを膝枕した瞬間、あいつは体のあちこちを撫でまわすぞ絶対。

 

「…お手数かけます」

 

「いいのよ。貴方のおかげで私も魔法を温存できたのだから」

 

そう言うミカエリだが彼女はダンジョンに入って一度も魔法を使っていない。

作戦通りに進んだ彼女は移動で少しの体力を消費しただけにすぎず、少し休んだだけで彼女は再び万全の状態に戻ったのだ。

逆にギネの方はまだまだ休みたがっていた。魔力はまだあるだろうが体力があまりにもなさ過ぎる。早く回復してほしいものだ。そして自分も魔力を回復させるために仮眠を取る。恥ずかしがっている場合ではない。休める時は休んで備えるのだ。

カモ君は周りの男性陣から羨望の眼差しを受けながら瞼を閉じた。そして、一分もしないうちに寝息を立て始めた。

それを見たミカエリは優しく微笑みながら彼の頭を撫でるのであった。

 

 

 

ミカエリはダンジョンには行った時から実は気を張り続けていた。

今回のダンジョン攻略するメンバーは自分を除けば全員男性。そして、自分でもどこにいるか分からない忍者とカモ君以外は皆、大なり小なり色欲の目で彼女の事を見ていることが分かっていた。その事に身の危険を感じるのは無理なかった。

戦場やダンジョンといった命の危険がある場所ではモラルは下がり、気性は荒くなり、性欲も溜まりやすい。

ギネという士気を下げ、神経を逆なでするような人物がダンジョン攻略の舵を切っていた所為で今回のダンジョン攻略でその兆候が見られていた。

カモ君がギネをボコボコに殴りつけたお蔭で多少の溜飲は下がったが、無くなったわけではない。そのような不穏な空気の中に身を置くのは堪える物があった。

そんな中で自分に一切の色欲を魅せなかったカモ君はミカエリにとって心のよりどころになりつつあった。

今回のダンジョン攻略の支援も自分の作った空飛ぶベッドの性能を試す事。感情を見るコンタクトレンズ。そして自分が身に着けている人工マジックアイテムである白衣の性能実験の為だ。

見た目通りの軽さに、着用者の魔力を吸収することで物理・魔法強度を増す白衣はダンジョンで見つかる抗魔の短剣に近い性能を持つ。さすがにダンジョン産のアイテム以上の効果は見られないが物理強度も増す効果を取り入れた自慢の一品だ。その物理効果は未だに試されていないが、冒険者の不意打ちの一発は防げるだろう。

寝込みを襲われる心配もあるがそこは忍者が守ってくれるだろう。そもそも不意打ちすらもあの忍者なら守ってくれそうだが。だが、あの忍者にすらも少ないながらも色欲が見えた。暴走する恐れが無い程小さい物だがあった。それが今のミカエリには耐えられないものではなかったが、危険は少ない方がいい。

だからカモ君にすがるように彼を介抱した。現にこの少年の隣は心安らぐことがある。自分の少し悪戯好きな性格にもあっている。今は丁寧な言葉遣いだが仲良くなれば遠慮なしに自分にツッコミを入れてくることだろう。いろんな人を見てきたがお互いに冗談を言い合える仲になってもいいと思ったのはカモ君が初めてだ。

今回のダンジョン攻略。学園長含め、王国からの指示で自分はゾーダン領で起こったダンジョンの再出現の原因を紐解くためにモカ領のダンジョンにやって来た。

同じ領地内では一つしか出現しないダンジョンが二つ発生した。ここ最近のダンジョンに関する記録ではとても珍しい事象に送り出される視察団の情報だけではなく実際に調べた方が効率はいい。

今回はモカ領の備蓄がきれそうと言う非常事態の為、入念な調査は出来なかったが、今までのダンジョン情報だと不思議な事が分かった。

北のダンジョンは深く潜る程に南東に方向に向かってダンジョンが拡大している。自分達がいる東のダンジョンは北西に向かって拡大していることが分かる。これらの情報から推測されるのは、

もともとこの二つのダンジョンは一つだった。

東のダンジョンでできたダンジョンは枝葉のように左右に分かれ、左の枝。つまり東のダンジョンが先に地表に現れ、遅れて右の枝。北のダンジョンが生まれた。

二つのダンジョンコアは株分けのように増えて独立したかのようになった。

スタートは二つ。終点は一つ。いや逆だ。となれば自分達の攻略班が東のダンジョンを制圧しなければまた北のダンジョンが復活してしまうかもしれない。いや、下手したらまた株分けなどされたら本当に手の施しようが無くなる。

そうさせない為にも、カモ君には出来るだけ休んでもらい魔力を回復してもらい、ダンジョン攻略に務めてもらわなければならない。その為にも質のいい睡眠をとってもらわなくてはならない。

その為にもミカエリはカモ君の頭を撫でながら子守唄を歌うのであった。

 

「ね~んころぅりぃいよ、こぉろり、こぉおろりよぉ~」

 

(((音程が酷くバラバラ?!)))

 

周りにいた冒険者達が二度見するほど彼女は音痴だった。

それを近くで聴かされていた為、眠っているカモ君はウンウンうなされることになった。

 



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第十話 ┌(┌^o^)┐

ダンジョン内での休憩を終えて再び行進を始めたカモ君達一行。

何故か休憩を挟んだのに休む前より疲れている気がするカモ君はそんな事を顔や態度には出さずに突き進んでいた。

ここで自分が弱腰だったり、弱音を見せたりしたら士気に関わる。とにかく突き進まなければ、と、心の中で自分を鼓舞するカモ君。

ここに来るまでに風魔法を使った索敵の疲労もあるが、どうにかダンジョンコアがあるという情報があった一つ前のフロアにたどり着いた。

そこは体育館のように開けた空間で、先頭を歩くカモ君と並ぶように歩いているギネが調べた所、落とし穴やつり天井といった罠は見受けられない様子であった。

そんな二人を挟むように斥候職の冒険者が周囲を見渡していると、カモ君の索敵魔法がすでにこちらを補足している索敵魔法に気が付いた。

 

「やばいっ!すでにこちらを捕捉されている!」

 

カモ君の声に弾かれるように周囲を見渡す冒険者達だが、こちらを補足しているという敵対存在の姿を見つけだす事は出来なかった。

カモ君の勘違いか?いや、違う。気配を消せるモンスター。そんな魔法を使えるモンスター。常人では聞き取りづらい魔法の詠唱ならカモ君の思いすごしや勘違いで片づけられた。しかし、姿は見えずともこの気配。この詠唱をカモ君が間違えるはずが無かった。

 

それは明らかに敵意を持った詠唱だった。その詠唱はカモ君が近い将来自分が相対する魔法だと予想していたものだった。

しかし、使う相手の声が違う。だが、その声を間違うはずがない。むしろその声でなければカモ君の耳には入らなかった。

 

「冒険者!俺達の後ろへ!ギネ!防御壁を!ミカエリ!俺達を一番強い風で守れ!」

 

ギネやミカエリに気遣う余裕がない程に現状は切羽詰まっている。

ミカエリは素直に従ったが、ギネは文句を言いたげな目でカモ君を見てくる。だが、そんな奴に構っている暇はカモ君には無かった。

 

まずミカエリの魔法が完成する。カモ君達を覆うように発生した竜巻が発生し、その暴風によってカモ君達の視界を灰色一色に染め上げる。

次にカモ君が魔法を完成させる。それは土と水の魔法を使って生み出された泥の壁。その泥の壁はミカエリの作り出した竜巻を囲むように生み出された。カモ君達の目から灰色の視界の向こう側が暗くなったようにしか見えない。

その様子にギネもただ事じゃないと感じとったのか魔法の詠唱を開始するが遅かった。

暴風の向こう側。灰色で一色だったはずの光景が白色。いや、黄金色に輝きだした。それはまるで太陽の光の様だった。

 

「全員伏せろぉおおおおおっ!」

 

カモ君の声を聴いて、彼を含め全員がその場に伏せる。直後、泥と竜巻の壁をぶち破った熱波が彼等を襲うのであった。

 

 

 

カモ君達を襲った熱波を放った存在は舌打ちをした。

先にこちらがあちらの存在を感知・攻撃したのに対処されてしまった。いや、されて当然か、自分が思っている中で最強と思われる存在があそこにいたのだから。

 

「さすがですね。にー様」

 

己が生み出した小さな太陽の熱波と爆発の威力に耐えきったカモ君達を見て、彼等の前に姿を現したのはクーの姿と声をしたナニカだった。

目の前のクーの雰囲気から自分達が知っているクーではないと察したカモ君。

なにより愛する弟がこんな殺傷能力の高い魔法を自分に向かって不意打ちで撃つはずがない。撃つなら事前通知してくるはずだ。

そんな思い切りのよ過ぎる弟。彼が東のダンジョンにいるはずがない。だから考えられる理由は一つ。

 

「…ドッペルゲンガー」

 

ミカエリは目の前のクーに似た存在に心当たりがあった。

まず、この東のダンジョンで生まれたドッペルゲンガーが北のダンジョンに繋がる通路を通り、北のダンジョンを攻略していたクーをひそかにコピーした。

そしてそのまま戦闘したかどうかは分からないがクーをコピーしたドッペルゲンガーは東のダンジョンに戻ってきてこちらを攻撃したのだろう。そうだとしたら今の状況も理解できる。つまり、あのクー擬きはモンスターだ。

クーの姿を象ったドッペルゲンガーと思わしき者はそのすぐ後ろにブタ顔の肥満体な巨漢のオーク。巨大な蝙蝠、ジャイアントバッドを背に乗せた全長五メートルの巨大な鰐ビッグマウスアリゲーター。剣のような鋭さをした角を持つ巨大な馬バイコーン。そして彼の傍に漂う霧のような物体。あれはコピーを行う前のドッペルゲンガーだ。

二体もいたのかとカモ君とミカエリは思わず舌打ちをする。

 

「この体が持つ情報から貴方達の持つ最大戦力はミカエリさん。貴女だった。だけど最大であって最強ではない。…あの判断力と指揮。やはり貴方が最強です。にー様」

 

カモ君は突入前にクーに言った。

単純な戦闘力ならカズラが最強。魔法攻撃ならミカエリが最強だと。

だけど、尊敬する兄がそう判断してもクーにとってはカモ君が最強だと信じていた。

現にミカエリは先程の奇襲で少なくないダメージを負い、うつぶせに倒れたまま立ち上がろうとしている最中だった。

あの奇襲をしのいでも、まともに戦えそうなのはカモ君と衛兵長。冒険者達だけだった。ギネは伏せるのが完全に遅かったのかフロアの隅まで転がされて目を回していた。到底戦える状態ではない。

そう目の前のドッペルゲンガーから言われた気がしたのでカモ君は半ば嬉しかった。

 

え、クーってばそんなに俺の事を…。(トゥンク)

 

なんて考えていた。

ただ、もしドッペルゲンガーがクーではなくカズラをコピーされていたら、そのふざけた身体能力でカモ君達は全滅していた。

ドッペルゲンガーがクーをコピーしたのは偶然だ。

北のダンジョンコアが破壊した大魔法を放ったのがクー。そのド派手な魔法でドッペルゲンガーはカズラではなくクーをコピーした。

この時、北のダンジョンにいたのはその一体だけだったのでカズラをコピーすることはかなわなかったが、クーの体をコピーした事で現在ダンジョンを攻略している人間の中での最強の力を持った人間を知る事が出来た。

カモ君の事である。もちろんそれはブラコンなクーの勘違いである。

魔法殺しを装備したカズラや特級魔法使いのミカエリの方がカモ君より強い。、クーをコピーしたドッペルゲンガーは肉体面・魔法面を考えて総合的にカモ君が強いと判断した。完全な間違いである。

ここでコピーすべきはミカエリ一択だが、現在二本の足で立っている人間が倒れている人間より強いと判断したのだ。完全なる誤信である。

しかし、カモ君をコピーされるのも悪手だ。何せ、手数の多さと剣術・徒手空拳といった近接戦闘が出来る上に、弱いながらも腕力や素早さを一時的に上げる魔法も使えるオールラウンダーである。その上、カモ君は自分自身をコピーされたくない理由がある。

転生者という事が知られるのもマズイが、それ以上に自分とクーの記憶を持つモンスターが揃う事で恐ろしい攻撃が繰り出される事を恐れた。

自分にとってそれは恐ろしい魔法である。一度でも使われたらこちらは甚大な損害を負い、向こうは強化を受けるという魔法の言葉。それが一番恐ろしい。

そう考えていると靄の状態のドッペルゲンガーが変化し始めた。カモ君はそれを見た瞬間に飛び出した。自分に変化される前に倒さなければならない。

 

「コピーされる前にこいつ等を倒すぞ!」

 

カモ君に続いて衛兵や冒険者達も続く。特に衛兵達はカモ君のコピーを彼同様に恐れた。自分達のリーダー的存在をコピーされたら戦いにくくなる物じゃない。全滅の二文字が安易に想像できるからだ。

しかし、コピーを妨げることは出来なかった。

衛兵の射る矢はジャイアントバッドが身を挺して、走り寄ってくる冒険者はビックマウスアリゲーターが足止め。そして先頭で飛び出したカモ君もクーの魔法とバイコーンの突進で近づけないでいた。

そんな状況だからミカエリに期待せずにはいられない。彼女の魔法ならこの状況を一気にひっくり返すことが出来る。

それでも彼女は立ち上がれない。魔法も詠唱をしようとしたが土煙が舞うダンジョン内では喉を傷め、それだけではなく先程の奇襲のダメージで咳も出て、詠唱が出来ずにいた。

カモ君が何とかクーの魔法を回避しながらバイコーンを自分の魔法で生み出した岩で押し潰すことに成功するが、その時には既にドッペルゲンガーはコピーを完成させていた。

衛兵所に配られるレザーアーマーを身に纏い、幾つもののマジックアイテムを装備した清潔感のある山賊風味のある青年の姿。自分の前に鏡でもあるかのように映し出されたモンスターだった者。しかし、その瞳の奥に宿る感情は薄暗い物があった。

まだだ。まだ最悪の状況ではない。ドッペルゲンガーの二人が合流する前にどうにかして自分かクーのコピーを倒さなければとカモ君は猛攻を重ねようとするが自分のコピーが地と風の魔法を組み合わせて発生させた砂煙で思わず足を止めてしまう。

この状況で魔法を使えば仲間に誤射してしまうかもしれない。砂煙に突入すれば衛兵に誤射されるかもしれない。

カモ君も慌てて風の魔法でその砂煙を吹き飛ばす。が、その先に遭った光景は最悪の者であった。

自分とクーのコピーが仲良く並んでいる。そして自分のコピーがクーのコピーに何やら話していた。

いけない。これを止めなければ自分達の勝算は大きく崩れてしまう。

カモ君は再三自分達のコピーに向かって飛び出す。だが、あと一秒。あと一秒あればカモ君は自身のコピーを殴り飛ばせていた。だけど出来なかった。

偽物とはいえ、愛するクーの姿で取られた行動でカモ君は大ダメージを負うことになったから。

 

「にー様なんか嫌い」

 

その一言でカモ君は大きく後ろに跳ね飛ばされた。比喩的表現ではなく物理的にも心理的にも大きく後退することになった。

もう少しでカモ君のコピーに手が届くと言ったところで大きく後退した光景を離れた場所から見ていたミカエリ達にはまるでカモ君が風魔法を受けて交代したように見えた。実際のダメージはそれの倍以上あるが。

カモ君のコピーがクーのコピーにささやくと更に言葉の暴力がカモ君を襲う。

 

「僕達を置いて行って自分は青春を謳歌しているのですか」

 

「僕を次期領主の身代わりにしてコーテ姉様といちゃいちゃしていて楽しいですか」

 

「どうして僕がギネに蹴られるまで呆けていたんですか」

 

その言葉の暴力がドラゴンの牙のようにカモ君に突き刺さる。その一言一言が中級魔法のように重く響く。

自分のコピーがクーのコピーに最も突き刺さる言葉の刃をチョイスして投げかけてくるのだ。

カモ君の良心の呵責や失態についてまでカモ君が最も辛く感じ取っている事。言われたくない事まで読み取っていたカモ君のコピーはカモ君が苦しそうに後ずさる光景を見て愉快に感じているのか目と口が歪に歪んでいた。

しかし、カモ君も黙ってやられているわけではない。目の前にいるのはクー本人ではない。愛する弟の言葉ではないと自分に言い聞かせながら吠えた。

 

「言うはずがないだろうそんな事を!俺の弟が!俺達兄弟を侮辱するな!」

 

しかし既に目から血の滴が、口から胃液が零れていたカモ君の心理的ダメージは計り知れない物だった。だからこその反論。魂の咆哮にその場にいた人間・モンスターは体を一瞬膠着させる。

しかし、その反論は予想していたかのようにクーのコピーは露骨に嫌そうな顔をして言った。

 

「きもっ」

 

カモ君の体が石化したように固まる。

 

「ここまで拗らせているブラコン兄貴。気持ちわるっ。近寄らないでください」

 

この世界の主人公。ドラゴン。タイマン殺し。シータイガーと数々の強敵と対峙しても折れることが無かったカモ君の戦意が、ぐしゃっと。

カモ君の中で戦意が完膚なきまでに叩き潰される音が聞こえた。それはカモ君の事を見守っていたミカエリにも聞こえそうなほどの気概の落差だった。

目からは血涙が、口からは過呼吸になり胃液の混ざった涎をぬぐう事も出来ない程やつれてしまったカモ君の様子を見ていられない変化にミカエリは咳き込みながら声をかける。

 

「落ち着いてエミール君!こほっ、そいつは偽物よ!」

 

そんな事はわかっている。しかし夢にまで出てくるクーの姿。それに拒絶され、毛嫌いされた。

愛する者にそんな態度を取られた兄貴が無事でいられるものか。無理である。想像しただけで情緒不安定になるのに偽物とはいえ、直接言われるとそのダメージは計り知れない。

 

「キモい本物よりこっちのにー様のほうがいいなぁ。影のあるダークヒーローみたいで格好がいいし」

 

「嬉しい事を言ってくれるね。見せつけてやろうぜ」

 

そう言いながらカモ君とクーのコピーはお互いを抱きしめあいながらカモ君を罵っていく。

まるで非モテの人間にリア充ぶりを見せつけるバカップルのようにいちゃつき始めたコピー達。

それはカモ君が何度も自分がすることを夢想し、自分が認めた人間以外とはして欲しくない光景を見せつけられるカモ君は呻き声を上げる事しか出来なかった。

逆にミカエリはその非生産的な光景。BでLな空間を見て息を荒くした。これは奇襲のダメージの所為であって彼女の隠れた性癖からくる興奮ではない。たぶん。

そんなカモ君達をよそに他のモンスターと冒険者・衛兵達の決着がつきそうだった。担当していたモンスターもそれぞれの連携で仕留め終えていた人間達。残るモンスターはドッペルゲンガーだけだ。

これにはまずいと思ったのかコピー達はいちゃつくのをやめて彼等に向き合った。

既にカモ君の戦意はへし折った。戦線復帰は当分無理だろう。最大戦力のミカエリも何故か必要以上に意気を荒くして魔法を使う様子もない。これなら冒険者・衛兵を倒してしまえばこちらの勝ちは揺るがない。そう思い各々が魔法の詠唱を開始しながら走り出そうとした瞬間だった。

 

「え?」

 

ずぶりと。

不意にクーのコピーの胸から短刀の先が突き出していた。

今の今まで息と気配を殺していたミカエリの従者の忍者がドッペルゲンガーの死角からクーのコピーに一撃必殺の奇襲を仕掛けたのだ。

モンスター特有の人間を害するという本能に身を任せ、カモ君を嬲る事に愉悦を感じていたコピー達にそれを防ぐことなど出来なかったのだ。

忍者の刺突は見事に決まり、クーのコピーの心臓を的確に貫いていた。

何故自分の胸に短刀が突き出しているのか分からないままクーのコピーはその場に倒れてそのまま霧となって消えていった。

その様子を見ていたカモ君のコピーは忍者の方に向き直し忍者に魔法を放とうとしたがその首に衛兵の放った矢が突き刺さり、詠唱どころか呼吸すらできなくなった。

 

「今だ!畳み掛けろー!」

 

冒険者の一声により一斉攻撃を始める冒険者・衛兵達。

いくらカモ君のステータスをコピーしたとはいえ、首に矢が刺さった状態では魔法を使う事は出来ず、更に首へのダメージで呼吸困難になり、身体能力の減退により碌な抵抗が出来ないままカモ君のコピーは彼等の持つ剣になます切りにされると弟のコピーを追うように霞になって消えていった。

 

ドッペルゲンガーとモンスターの詰め合わせによる危機は去った。だが、こちらの被害も馬鹿にならない。魔法による奇襲によって攻略班全員にダメージとモンスター退治の疲労が目立っていた。それは魔法使い組も同じようだった。

まずギネ。こいつは目を回しているだけで戦闘には役には立ちそうにない。しかし、目立った怪我もないので目が覚めたらまたレーダー役をやってもらおう。

次にミカエリ。何故か頬をほんのり赤く染めて混乱しているのか、息遣いが荒かった。状態異常:混乱といった具合だろうか。

最後にカモ君。こっちが一番ひどい。まるで目の前で成す術無く婚約者を奪われて凌辱される光景を見る事しか出来なかったかのように憔悴しきっていた。状態異常:疲労極大に合わせてSAN値チェック失敗した恐慌状態が詰まっていた。はっきり言って廃人寸前であった。ぶっちゃけ一番使い物にならないのがカモ君だ。

冒険者・衛兵達は遠くからカモ君の奮闘を見ていたので会話の内容を完全に把握していたわけではない。が、あの自分達の前ではあまり叫ばないカモ君が大声を上げた。しかも血涙を流している。よほどの攻撃を受けたのだと思い、カモ君の回復を待つことにした。

だが、それも十五分ほどだ。それ以上の時間をここで過ごすわけには行けない。

ダンジョンコアがあるフロアまであともう少しなのだ。もたもたしている間に新たなモンスターが生み出されるのは阻止したい。

ギネが意識を取り戻し動けるようになったのを見てダンジョンの行進を再開した。そしてダンジョンコアのあるフロアにつくまで憔悴しきったカモ君にミカエリがつきっきり励ましていた。

 

「大丈夫だって。貴方の弟さんは貴方の事が好きすよ。そうですよね、衛兵の皆さん」

 

「そうですよ、エミール様。クー様も貴方様の事を尊敬していると日頃おっしゃっておりましたよ」

 

そう言われる事三十分。何とかカモ君は戦線復帰を果たした。そうすることでダンジョンコアが安置されているフロアまで来ることが出来た。

ダンジョンコアの近くには二足歩行の鰐人間リザードマン。三メートル近い体を持った猿のキラーエイプ。そしてダンジョンコアのとこから立ち上る霧。新しいドッペルゲンガーが生まれていた。

しかし、それだけであった。カモ君とギネのおかげで敵情を知れたこと。斥候職の冒険者達のおかげで彼等に気づかれることなく近づけたミカエリの放った魔法で空間ごと切り裂いたかのような魔法で出来た巨大な雷の剣でリザードマン。キラーエイプは丸焦げになって絶命。ドッペルゲンガーもダンジョンコアと共に爆発四散した。

そしてダンジョン全体が鳴動する。

ダンジョンコアが壊されたことによりダンジョンの自壊が始まったのだ。

これ以上、このダンジョンに留まる必要は無い。今まで来た道を一気に駆け抜けていく。一番運動が苦手そうなギネを冒険者の一人にお金と魔法による身体強化のバフつけて背負っていくように頼んだカモ君。

冒険者達や衛兵からクーのコピーを倒した忍者は何処にと辺りを見渡していたが、きっと気配を殺して隠れながら自分達と脱出するだろうとミカエリがそう言うと、更にダンジョンから逃げ出すスピードを上げた。

既にミカエリもカモ君も残った魔力全てを注ぎ込むつもりで自身を含めた冒険者・衛兵の全員に身体強化魔法をかけて走り続けた。そして、彼等は無事地上に戻ることが出来たのだった。

そんな彼等の殆どは達成感に溢れていたが、そんな中、未だにショックを抜け切れていないやつれたカモ君の姿待機所で帰還を待っていたルーナ。北のダンジョンを攻略して少し休んだら後発隊としてダンジョンに挑もうとしていた本物のクーは首をかしげることになるのであった。

 



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第十一話 行き過ぎた信頼

ダンジョンコアの破壊。それはダンジョンの死を意味している。

モンスターを産み出す機能を失った、ダンジョンの階層は次第に崩れ去り、地に埋もれ人達から忘れられる。

ダンジョンからの帰還。その無事を喜んだ愛妹ルーナとの抱擁。心身の癒しを感じ取るカモ君。

ここまでは良かった。

別ダンジョンから生還した弟の無事を確認。ルーナ同様に抱擁しようとしたら、やんわり拒否された。それがショックだった。

特にドッペルゲンガー戦で負った心の傷がぱかっと開いたように感じたカモ君は体を小さく震わせていた。まるで雨に濡れる子犬のように。

今までのクーだったら顔を合わせてからの抱擁は当たり前だったのに。まさかあのドッペルゲンガーの言動はクーの本心を汲み取ったものなのか。そうだとしたら自分は立ち直れない。三日三晩、ルーナを可愛がり、考え直してくれたクーとの抱擁をするまでカモ君は立ち直れない。生きるために最低限必要な行動しかとれなくなる植物状態の人間に成れ果ててしまう。

その様子を見ていたカズラが少しクールな印象を持っていカモ君が少し面白い言動をしていることに微笑を浮かべた。それに気が付いたクーが少し頬を赤らめて、その顔が彼女の見えない方向にそっぽを向いた。多大なショックを受けていたカモ君だったが、それに気が付かない兄(馬鹿)ではなかった。

ありありと想像できてしまう。

北のダンジョン攻略リーダーだったカズラの容姿と言動により突き進んでいくクー達。そんな彼等を鼓舞しながら進むカズラに心惹かれていく弟の心情。

駄目ですっ。そんな事はお兄ちゃん認めません!

少なくても自分より強く、経済力があり、心優しい人じゃないとお兄ちゃんクーの想い人だなんて認めません!・・・認めざるを得ません!

魔法殺し抜きでも自分を封殺できるだけの戦闘能力を持ち、トップランクの冒険者と名高いカズラの経済能力はカモ君のお財布事情よりも潤沢で、姉の為に死地に飛び込む強さと優しさを持つ彼女はカモ君の言う条件にぴったり当てはまる。ミカエリ?あいつは駄目だ。あいつが家族になると絶対疲れる。その点、カズラはまだ交流は浅いがさっぱりした性格でしつこい性格でもない。それに自分のミスも察して黙ってくれる人格者だ。

でも嫌です!お兄ちゃん、クーに恋人が出来るなんて。自分から離れて行くなんて嫌です。

そんなカモ君の心情を知らないクーが自身の照れを誤魔化すように言ってきた。

 

「ダンジョン消滅が確認出来たらまた訓練をしましょう。にー様」

 

それはカモ君が魔法学園に行く前まで毎朝行っていたクーにとってはお遊び。自分にとっては命懸けの模擬戦である。しかもドッペルゲンガー戦の情報通りクーは火属性がレベル3になった上級魔法使いになった。

ランクだけならカモ君を越えたのだ。この世界の主人公であるシュージですらまだレベル2の中級魔法使いなのに。半分くらいの年齢のクーがその上のランクを追い抜かれたカモ君は弟の成長を喜んだ。と同時に焦った。この恐ろしいまでの成長速度を見せる弟に勝てる気がしないと。

自分は確かにエレメンタルマスターで火に有利な水属性。防御に利がある地属性のレベル2の中級魔法使いだ。だが、属性で相性がよくてもランク差は覆らない。レベル3の火とレベル2の水がぶつかり合えばレベル3の火が勝つ。

今までカモ君が何とかクーに競り勝てていたのは同レベルで有利な魔法が使えたからである。経験してきた訓練の量の差もあるが、クーの才能の前ではそれも覆される。

そんな弟の訓練の誘いにカモ君は出来るだけ爽やかな笑顔で了承した。してしまった。

それからダンジョンを攻略して丸一日過ぎた時は既に太陽が沈んでいる時間帯。カモ君はダンジョン跡地でダンジョンの再出現の警戒をしている衛兵や冒険者達に軽く挨拶した後、ダンジョンの入り口のあったところの周辺を足で確かめるように時折立ち止まってはとある魔法を撃ち込む。

それは地属性のトラップ魔法。そこに術者が微量の魔力を流すだけでそこに仕込んでいた魔法が発動するものだ。しかし、この魔法の欠点は撃ちこんだ魔法は時間が経つにつれ徐々にその効力を失っていくという物だ。

カモ君はそれをあちこちに打ち込む。撃ちこんでいる内容は水魔法が殆どだ。その用途とは翌朝クーと行う模擬戦の下準備の為。そう、カモ君は弟を嵌める為の罠づくりの為にここに来たのだ。

翌朝には今打ちこんだ魔法の効力は四割近く落ちてしまうだろう。しかし、カモ君は残っている魔力を全てつぎ込んででもこのトラップ魔法を撃ち込んでいく。そうでもしないと勝ち筋が見えないから。

はっきり言って弟のクーの成長スピードを頼もしく感じるがほんの少しだけ恐ろしさも感じている。たった七年で一般魔法使いの上限まで辿りついた彼の力量を甘く見てはいけない。戦いの中で成長していくという主人公パワーのような物を感じずにはいられない。だが、こちらも負けられない。負けたくないの。

今回の模擬戦では、クーの撃ち出した魔法をこのトラップ魔法で相殺していき、翌朝には全快しているだろう体力と魔力でいつもの通りあちらの魔力切れまで耐えるというもの。それも出来そうになければ断腸の思いでクーにあたらないように攻撃。最悪の場合は接近戦に持ち込んで寸止めをして「俺の勝ちだな」とクールに決めるつもりだ。

今回の罠の事がばれても、「ダンジョンで学んだだろ。戦場では罠や騙し討ちは当たり前だ。今のうちに慣れておけ」と先見者のように言えば好感度を下げることなく模擬戦に勝てる。

最後のトラップ魔法を打ちこんだカモ君は改めてダンジョン跡地を眺める。万が一、ゾーダン領のようにダンジョンが再出現。モンスターの反乱が起きても今打ちこんだトラップ魔法を発動させれば時間稼ぎは出来る。

今も警戒している衛兵や冒険者達にもこのトラップの事が知られても言い訳が出来る。

クーへの罠とダンジョンの再出現対策。一石二鳥だ。

そこまで考え尽く自分の知略が恐ろしい。勝ったな。風呂入ってくる。

そんなモカ邸の屋敷に向かうカモ君の足取りは軽かった。しかし、この男。無自覚に毎度ながら見落としやフラグを立てるのだ。今回のように調子に乗っている時は大抵痛い目に遭う事を学習していなかったのである。

 

そして翌朝。

クーの宣言通り、東のダンジョン跡地で模擬戦をすることになったカモ君。

その合間にカモ君はクーが上級魔法使いになった事で、その時に起こり得る被害の事を話しあい、周りへの被害の事を考えて上級は使わずにレベル1か2。つまり下級か中級魔法だけの模擬戦に何とか持って行こうとしたカモ君。その事を悟られないように話していた所に食客扱いでモカ邸の屋敷で休んでいたミカエリがレベル4の特級風魔法でつくった結界の中でならよほどのことが無い限り周りに被害は出ないと言い出しやがったのである。

これにはカモ君は内心オコだった。

なに余計な事を言ってくれたこの○ッチ!と、口に出せば不敬罪で首が飛ぶかもしれない悪口を内心で叫んでいた。

なにが頑張れお兄ちゃんだ。トラップがあるとはいえクーの潜在能力は主人公以上だぞ!カモ君は内心焦っていたが慌ててはいなかった。こんな事も有ろうかと昨晩はあれだけのトラップ魔法を仕込んだのだ。

内心ハラハラながらも見た目だけは自信満々のカモ君に尊敬のまなざしを送るクー。

カモ君とクーの模擬戦がここで行われると聞いた衛兵や血気盛んな冒険者達は観戦気分で二人を遠巻きに眺めていた。そこには愛妹のルーナ。そしてクーの想い人(仮定)のカズラもいた。その二人から頑張れーとエールを貰った男二人。

カモ君はいつもながら最高の支援魔法を受けたかのようにやる気と気力に満ち溢れ万能感にも似た感覚になるが、それ以上にクーのやる気が満ち、いや、溢れていた。

初恋の人が、今まさに思いを寄せる人からの応援を受けた。それだけでクーのステータスは強化されていた。

カモ君は正直止めて欲しいと願った。ブラコン兄貴として弟が離れて行くのを感じるたからでもあるが、罠があって初めて勝ち筋が見えたのに。殺る気まんまんもといやる気満々のクーを相手にどうやって勝とうか熟考する羽目になった。

一手でも間違えれば死ぞ。ここは魔法学園の闘技場ではない。よって護身の札もない状態でクーの魔法をまともに受ければ黒焦げになること間違いなしだ。

改めて模擬戦をする前にダンジョンの再出現が無いかカモ君自身が地魔法で調べたが異常は見当たらない。あってほしかった。そうすれば模擬戦もしないで済むのに。

カモ君とクーはお互い十分な距離を取って構えるとミカエリの讃美歌のような詠唱から繰り出された風の結界魔法が二人を中心に半径五十メートルのドーム状に包み込む。

ミカエリもクーがレベル3の上級魔法使いなのは知っているので時間をかけて詠唱し、ダンジョンで繰り出した風の障壁よりもより重厚な風の結界を展開する。彼女が結界を完璧に発動させた合図を出すとクーは詠唱を開始する。

カモ君は動きやすいジャージの上にコーテから借り入れているマジックアイテムを装備しているがクーは動きやすいジャージのみ。これだけでも十分にハンデ戦を強いられているような場面で尚更負けられないと感じたカモ君。その上、罠も設置しているのだ。決して負けられない。罠が健在なのはもう確かめた。いつでも発動できる。

クーがレベル3。火の上級魔法で広範囲爆撃魔法のエクスプロージョンを放っても仕掛けたトラップを全部発動させれば相殺できる。魔法にレベル差があろうとも一つの魔法に幾つもの魔法を重ねあわせれば相殺も可能なのだ。

ただ、問題があるとすれば。

 

(…あれ?あの詠唱はエクスプロージョンではない?)

 

クーが詠唱しているものが広範囲魔法ではなく威力を一点集中させた対個人魔法。範囲を絞った分威力が底上げされた魔法だったという事だ。

 

「フレイム・カリバアアアアアッ!!」

 

それはまさしく炎の大剣。太陽のように煌々と輝く三メートルはある大剣がクーの手の中にあった。己を生み出した者以外は灰燼と変えようとする魔法で作り出された炎の大剣。最高の兄へ挑む弟が現在使える魔法。

クーが知る中で最強の魔法を愛する兄に向かって投げ放つのであった。

 

 

 

七歳の幼子が投げ放ったとは思えない程、猛スピードで投げ出された炎の大剣は魔法という実際の重さは殆どないが故にそのスピードで撃ちだされた。されど威力は実体剣より極悪という威力を伴いカモ君の元へと突き進む。

だが、そうはさせまいと多方面の地面から吐き出された水流がその大剣にぶつかっていく。それは火事の現場でよく見る放水のように。されどその精密さは針の穴に糸を通すかのごとく一部の隙もない。

遠くから見ていた冒険者たちの目からするとまるで一本の光り輝く剣を全方位から食らいつく水蛇の群れのようにも見えた。

しかし、いくら大量の水蛇が食らいつこうにも炎の大剣は幾ばくかの輝きを失っただけで水蛇の主へと着弾したかのように見えた。だが、魔法殺しというステータスアップと鍛え抜かれた動体視力の持ち主であるカズラだけはその大剣が直撃する直前でカモ君の目の前に魔法作り出された土壁が地面から生える光景を目にした。

その直後に起こる爆発。それはカモ君を爆心地に轟音と閃光を撒き散らしながら湧き上がった土煙。その土煙が晴れるまで冒険者・衛兵達はもちろん、対戦相手であるクーですらも息を飲んで見守っていた。

そして一陣の風によってその土煙が晴れるとそこには、上半身が裸で首元には地の首飾りというアクセサリーを身に纏った状態のカモ君が不敵に笑っていたのだ。

 

「なんだぁ、今のは」

 

その発言にクーを含め、観戦者達は慄いた。あの魔法を受けてまだ笑っていられるだと。

カズラといった凄腕の冒険者。ミカエリのような上位の魔法使いから見ても今の魔法を受けて笑っているとはすごい度胸だと感じた。

しかし、実際のカモ君はというと。

 

なんだぁ、今のは。(震え)

 

恐怖からの戦慄。そして笑うしかないくらいに追い込まれていた。

コーテから借り受けた地の短剣の効果で強化したクイックキャストで生み出した土壁。水のマントと言うマジックアイテムが無ければ黒焦げになっていた。しかもその二つはクーの魔法を受け止めた瞬間に砕け散り、灰になるといった惨状である。

はっきり言ってこの二つのアイテムが犠牲にならなければ、カモ君の上半身が裸になるどころか骨しか残らなかったかもしれないほどの威力だ。

設置したトラップ全部と装備したマジックアイテム二つを犠牲にしてなおカモ君の服を焼きはらったというクーの魔法の威力にカモ君は半狂乱に近い状態で笑う事しか出来なかった。

勝てるわけがない。逃げるんだぁ。

クーは強くなり過ぎた。自分じゃああいつを受け止められない。

 

「さ、さすがですにー様。僕もこれ以上の魔法は使えません」

 

クーには先程の魔法はもう放てないという現実に直面していた。上級魔法でもあの魔法は彼の魔力をごっそり持っていった。これを防がれた今、同じことは二度も出来ない。

当然だよなぁ。

カモ君、強気になる。

 

「ですので、これが最後です」

 

そして始まる詠唱はシュージが使っていたファイヤーストームの詠唱。

あ、終わった。

カモ君、弱気になる。

カモ君にはまだ魔力に余裕があったが、明らかにシュージよりもレベルが上のクーが練りあげる魔法を受け止める自信は無かった。

こうなったら嫌われるのを覚悟で接近戦をする。そう思って駆け出そうとしたが足が動かなかった。否、動かせなかったのである。

さっきの魔法のダメージが足にきていた。

それは魔法による衝撃からか、それとも恐怖から来るものか。どちらにしてもカモ君をそこに留まらせるには十分なダメージだったことには変わりない。

 

「ファイヤーストーム!」

 

そしてクーの放った火炎旋風にカモ君が呑みこまれる現場を観客達は目撃するのであった。

 




弟の心情。
僕のにー様は最強なんだ!僕の魔法なんて笑って受け流せる人なんだ!
だから全力で攻撃しても問題ないよね!

兄の心情
\(^o^)/


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第十二話 と、いうことにしておこう!

目前にまで迫った炎の渦。視界一面が炎の赤で埋め尽くされていく中でカモ君は悪あがきとしか思えない行動を取る。

いつぞやの焼き直し。

岩でできた自身を覆うほどの大盾を魔法で生成。それと自身の体を水の魔法で作った膜で覆う。その二つの魔法に全力を駆使した。そこから数瞬遅れて炎の渦がカモ君を呑みこんだ。まるでその行動は無意味といわんばかりに炎に呑みこまれたカモ君はそのもの凄い熱量を受けて目と口を閉じて必死に耐えていた。

模擬戦といえ目を閉じる。相手から目を離すという事は行ってはいけない事柄の一つだ。それでもそうせざるを得ない。目を開ければ眼球が、口を開ければ粘膜が焼けて使い物にならなくなる。これほどまでの熱波はこの世界の主人公。シュージとの決闘の時でさえも感じたことが無い。

やはりクーの魔法はシュージの魔法よりも威力が高い。ランクアップしたから予想はしていたがクーは強い。主人公はもとより自分などとっくに追い越している。自分が教える事などもうないも当然だ。それでもまだ負けるわけにはいかない。

今のクーは少し浮かれている。魔法のランクアップと初恋という良い意味での情緒不安定で実力以上の力を振り回している。それが悪いとは言わない。そうすることで自身の力を使いこなせるなら構わないが今は駄目だ。

モカ領は今非常事態だ。ダンジョンの排除は出来たが、領の備蓄がもう底を尽くとモークスが言っていた。これから夏。猛暑に入るモカ領は耕作が主な仕事になっていて収穫できる作物もあるが、その楽観的な期待を含めても本格的収穫が出来る秋まで持つか怪しいところだ。

ありえないで欲しいがまたダンジョンが発生した時はモカ領が潰れる恐れが。いや確実に潰れる。潰れないようにするには今回のように他領の支援と王国からの幇助が無ければ潰れてしまう。またその支援が届くまでダンジョンで攻略を維持できなくなっても物理的に潰れてしまう。そうならない為にクーは今回のようにダンジョンに挑むだろう。しかし、その時に緊張感を持たず、今のように浮かれた拍子ではちょっとしたことで死んでしまうかもしれない。

模擬戦や勉強。訓練。といった命の危険が無い事に関しては大いに浮かれていい。増長してもいい。だが、実戦の時だけはそれだけはして欲しくない。

今現在、自分達が行っている模擬戦だが命の危険がある事に関しては増長しないで欲しい。慢心するきっかけにならないで欲しい。新たな力、ランクアップで浮かれて死んでしまわないようにカモ君は何が何でもクーに勝利させてはいけない。だが、それも負けてしまえば説得力を失くしてしまう。だから負けられない。

それに王都からモカ領への支援要請は既に出しているが、それでもモカ領が王国に多大な貸しを作るのはマズイ。王族や貴族はこのような貸しをいつまでもねちねちといい、モカ領からの利益を長く吸い続けることになる。

その時一番きつい思いをするのは勿論領主であるギネだが、二番目に割を食う事になるのはクーとルーナだ。特に次期領主であるクーが将来的には苦労することになる。

そうならない為にも出来るだけ王国への支援要請内容は控えたいのだが、これが少なすぎるとモカ領が、ひいてはクーが将来的に困る。だから本当に必要最低限の要請だけに留めて欲しいとギネに期待をする。あいつは自分の為ならいくらでも綺麗事を吐く。その為、今回の支援要請も少なくすむだろう。そうであってくれ。

まあ、こんな風にカモ君が長々と考えることが出来たのはクーの魔法にただ耐えるだけに全力を注いでいる。それ以外にやる事がないから考える余裕があったのか。もしくは、走馬灯という死に瀕しているからか。恐らく後者だろう。

ああ、思い返せば自分は弟妹達に遭うまでは腐っていたと思う。いや、二人が関与していなければ今も腐っているかもしれない。主人公であるシュージには模擬戦に何度も誘ってレベルアップを強要しているし、カズラには恩着せがましくシュージを支援するように言い、ミカエリには今回のダンジョン攻略で支援してもらっているくせに悪態をつく。婚約者のコーテにだってマジックアイテムをねだっている。

ああ、マイナスだらけだ。だから、だからせめてこれからはそれらに報いる為にももう少しだけ周りに気を使おう。そうすればクーとルーナとで仲のいい兄弟愛を、その最愛の弟に殺されかけているんだよな俺。

頑張れ俺。負けるな俺。クーの為にも。自分の為にもこの模擬戦負けられないぞ。

 

・・

・・・。

・・・・・・・無理!

だってクーの魔法強すぎるのぉおおおっ!

 

ここまでカモ君は長々と考えていたが実際の時間は十秒も経っていない。それだけカモ君現実逃避に没頭していた。

シュージのように炎の渦を突き進みたかったが、威力と魔法の勢いが強すぎる為に一歩も動けない。というか最初のダメージが大きすぎて動く事すらままならない。自分に出来るのは亀のように動かずにクーの魔法をやり過ごすだけだ。だが、それも長く続かない。

カモ君の魔力よりも先に体力を削られて自分がやられる。殺されると書いてやられる。

体力切れからの防御魔法の強制キャンセル。クーの魔法をもろに喰らう。焼死。クーが兄殺しの罪にさいなまれる。それだけは駄目だ。自分が原因で彼を傷つけるのだけは絶対に嫌だった。嫌だけど、現実はそう甘くは無かった。

先程まで激しかった動悸が鈍くなっていくのを感じる。意識も遠のいていく。それに反比例するかのように肌をも焦がす熱が冷めていく感じがした。力も抜けていく。魔法で作った盾も持っていられない。

 

とうとうカモ君は地面に膝をついた。顎を下げた。盾からも手を放した。

そしてカモ君は完全に弟に。クーに敗北し、無防備に炎の渦にのまれるのであった。

 

 

 

そしてカモ君が次に意識を取り戻すとそこには涙目のルーナが横たわる自分の手を取っていた。

 

「…にぃにっ。よかった、目を覚ましてくれて。本当に良かった」

 

その後ろにはクーが土下座をしていた。

 

「にー様!御見それしました。僕の完全敗北です!」

 

負けたのは自分なのだが?とカモ君は言いたかったが未だにクーの攻撃のダメージが抜けきっていないのか喋る事すらままならない。

その隣ではカズラとミカエリが一人の見覚えのない女の子を前面に押し出すようにして自分に向かって苦笑して言った。

 

「子爵。いくらなんでも無茶し過ぎだよ」

 

「この子を守りたかったのは分かるけど、もう少し私の魔法を信じて欲しかったわね」

 

周りにいた冒険者や衛兵。領民達からも自分を褒め称える言葉で溢れる。

さすがエミール様だ。さすが最前線で戦っただけはある。タイマン殺しを仕留めた噂は本当だった。あんたすげーよ。エミール様、本当に次の領主様じゃないの?勿体ない。などなど自分を笑顔で拍手付きでほめたたえる人達。

あれ、俺ってばいつの間に補完されたの?ていうか、女の子を守った?

疑問を口にすることなくカモ君はクールに微笑んで見せたが状況に追いつけない。だが、周りの人達の言葉から察するに以上の事が分かった。

 

自分とクーの模擬戦を知り、模擬戦開始から少ししてその現場にやって来たモカ領領民の女の子。そんな彼女がやって来た方向は丁度クーと自分の延長線上に位置する場所だった。そんな彼女の存在に気が付いた。と、思われるカモ君は動けなかったのではなく動かなかったのだ。と、皆に思われた。

 

ミカエリの風の結界があるとはいえ、クーの魔法の威力を危惧したカモ君は彼女にもしもの事があってはいけないと、彼女の盾になるように前に立ち、敢えて不動のままその場で魔法を受け止めた。と、思われた。

 

カモ君がクーの魔法を受け止めてすぐに、結界を張っているミカエリが少女の存在に気が付いた。ミカエリは風の結界に自信を持っていたが、カモ君がそれを知る筈もない。もし、クーの魔法が自分の結界を貫通したら少女が焼け死ぬ。だから受け止める形で彼はその場に留まったのだ。と、思われた。

 

次に少女の存在に気が付いたのはカズラだ。彼女は何故カモ君が動かなかったのか疑問に思っていた。クーの最初の攻撃をいなしたように思われた余裕があったカモ君がどうして窮地にわざわざ飛び込んだのか?

そう疑問に思っていたら結界を挟んでカモ君の後ろに小さな女の子がいたから。クーの魔法の威力を知ったが故の危険性。少女への危害を防ぐためにカモ君はあの場に押し留まったのだ。わざわざ避けられた攻撃を受けたのはその為だったのだ。と、思われた。

 

それからすぐにカズラが自身の身体能力と魔法殺しの効果で超人的なスピードを持って女の子の元にたどり着き、彼女とともに安全な場所へと移動した。

次にそれに気が付いたのは魔法を放ったクーだ。自分の兄がどうして魔法を受けているのか分からなかったがきっと意味があると思い、魔法を放ちながら兄を注視していた。そんな兄の後ろに青い髪の人物が。自分が恋い焦がれる人の姿を見た。彼女がカモ君の遥か後方へ行き、次に彼女の姿を見たのは領民の少女を抱えた姿だった。そこまで見てクーの疑問は晴れた。兄は少女の盾になる為に敢えて動かなかったのだ。と、思われた。

 

その直後に安心したようにカモ君が力尽き、地に伏せた光景を見たクーは慌てて魔法をキャンセルした。

もう模擬戦どころではない。いや、戦の文字を使うのもおこがましい。これは人質を使った卑劣な暴行である。それに気が付けたのはカモ君だけだ。だからこそ彼は力尽きるまであの場に立っていたのだ。と、思われた。

 

それらを皆が賞賛してくる。

クーもルーナもミカエリもカズラも。冒険者に衛兵。領民達までが自分を拍手付きで褒め称えていた。そんな状況にカモ君は。ふっとクールな表情を作って無言で誤魔化した。喋る気力も残っていないのもそうだが、ここはあえて皆が勘違いしてくれたのだからそれに便乗しようという邪な感情も含まれていた。

少しはまともになろうと言った傍からこれである。だが、カモ君にはこれに便乗するしか手段が無かったのだ。許してくれとは思わなかった。

 

「にー様。僕はもっと周りに目を向けるように努力します。もっともっとにー様のように周りの事に目を向けられるような男になります」

 

クーの言葉が心に突き刺さる。自分の事しか見ていなかったと少しは自責の念を感じるカモ君にその言葉は効いた。

 

「そして、もっともっと強くなります。そうしたらまた模擬戦をしましょうね、にー様」

 

勘弁してくれと。許してくれと思った。

本当に。本当に反省したから。これ以上強くならないでくれと願った。しかし、そんなカモ君の願いが通じるわけもなく、届くわけもなく。そう願う前にカモ君はダメージの振り返しがきたのか再び意識を手放すのであった。

 

 

 

そして再びカモ君が目覚めるとそこはベッドの上だった。だが、先程の光景とは違い、周りが騒がしい。

自分が寝ているベッドを囲むようにモークスやプッチス。ルーシーといった従者たちが騒がしい所に向かって懇願するように騒音の元を見ていた。自分のすぐ近くにはルーナが涙目で手を握っていたが、従者達同様に騒音の元を睨んでいた。

視線だけ騒音元に向けるとそこではクーとミカエリがギネに向かって何かを言い合っていた。

 

「子爵っ!貴方には人の、いえ、親の情というのはないのですか!」

 

「にー様がいなかったらモカ領は終わっていたんだぞ!」

 

「黙れ!黙れ!…ん、何だ目が覚めたか。この無礼者がっ」

 

なんだ?と、困惑しているカモ君にギネが嘲笑うかのように顔を醜く歪めて言い放った。

 

「エミール!お前の我が家。モカ家から追放する!同時に平民に落ちた貴様は貴族に手を上げた無礼者として死刑を言い渡してくれるわ!」

 

どうやら、まだカモ君は窮地を抜け出してはいないみたいだった。

 



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カモ肉のサイキョー風御前料理
序章 天は何故この兄妹達に幾つもの才を与えたのだろうか。


モカ領で起こったダンジョン同時発生事件が解決したという知らせを受けた魔法学園の長。シバは頭を痛めていた。

どれくらい痛いかというと頭痛が痛いとか頭が悪いくらいに痛かった。

それもこれもカモ君が実家であるモカ領で廃嫡。そして罪人扱いされて、王都へと御触れを出すまでになっていた。

現在、カモ君はミカエリ・ヌ・セーテ伯爵令嬢が匿う形で、彼女と彼女の従者の手によって空飛ぶベッドによりモカ領を脱出。王都にある彼女の屋敷で世話になっている

確かに親子とはいえ、領主に手を上げるなどあってはならない。貴族が王族に手を上げる。反逆や革命といったものだからだ。

 

「エミール君が言っていたように碌でもないな。彼の親は。儂に出来ることは彼の退学願いを先延ばしにする事だけか。ミカエリ君。本当に頼むよ」

 

モカ領から届いた一通の文。カモ君の退学申請の一報をシバは文字通り握りつぶしながらミカエリ女史に彼の行く末を守ってくれることを願った。

 

 

 

そんなことを願われているミカエリはというとセーテ侯爵家が持つ敷地の中で五番目の広さを持つ別荘。その自室でカモ君と向かい合いながら今後について話し合っていた。

五階建ての別荘の三階部分に設けた彼女の部屋の中央。そこに設置されたテーブルの上には空になったティーカップに自分で紅茶を注ぐミカエリと向かい合いように座っていたカモ君が同時にため息をついた。

一応、カモ君は犯罪者扱いされているので人目を避けるためにこの部屋には二人だけだが一歩部屋の外に出ればセーテ伯爵の雇った執事。もしくはメイドがすぐ目に入るだろう侯爵家の中でも最大と言われるセーテ伯爵令嬢のミカエリ。彼女が個人で所有するその別荘には常に二十名以上の従者がいる。

そんなお嬢様であるミカエリと二人きりで話しあえているのだが浮かれる気分にはなれないカモ君。

 

「今は私の食客として匿っているけど時間の問題よねぇ」

 

自身の額に手を当ててため息をつくミカエリの仕草は美人女優のように絵になる光景だったが、状況は良くない。

モカ領を飛び出してから、彼女の屋敷に匿われてから二週間。子爵と侯爵という爵位の差で何とか人の目を誤魔化しているが後一ヶ月が限界だ。

魔法学園は現在、長期休暇。長めの夏休みに入り始めたが、既にカモ君が廃嫡したという噂は学園中に広まっており、退学するのも時間の問題。

カモ君的にはこのまま退学。国外脱出も悪くないと考えている。ただ一つの問題が解決すればの話だが。

クーとルーナ。カモ君が愛している弟妹達の迎える未来の事だ。この二人を残している間。正確には未来で起こる戦争が終わるまで自分は魔法学園の生徒。最低でもモカ領の領民でいなければならない。

このまま原作通りに未来が進めば、二年半後には戦争が起こり、モカ領が真っ先にその戦火に呑みこまれる。そこでカモ君は真っ先に相手国の先兵に殺される描写があった。

腐っても全属性の魔法が使えるエレメンタルマスター。多少の抵抗が出来たはずだからクーとルーナが逃げる時間は稼げていたかもしれない。

まあ、原作。ブラコン・シスコンじゃない屑な性格をしたカモ君に弟妹の為の時間稼ぎをしたというよりも不意に現れた相手国の兵に殺されたのではないかと今は思う。

そんな事情もあり、カモ君は現当主であるギネに罪人扱いを取り下げてもらわなければならない。しかし、あの辺にプライド高いギネだ。自分を殴りつけた奴の罪状を取り下げようなどとは考えもしないだろう。ならばそれを解消する手段は一つ。

 

「…王族への助命嘆願」

 

「それしかないわね」

 

いくらその領地最高の権力者でも、その国の最高権力者である王族には逆らえない。そしてその命令をしてもらうには。

三週間後に行われる王族が直接目にする御前試合。リーラン武闘大会で優勝。その報酬として罪状の取り下げをしてもらう

それは簡単な事ではない。

まず自分の身分を隠して大会に参加しなければならない。なにせ、この国の柱ともいえる王族が観戦に来るのだ。それに乗じて暗殺されたら文字通り国が揺れる。特に未来で戦争になる隣国が刺客を送ってくるかもしれない。だからこそ身分証明がしっかりしている人間しか参加できない。

 

「それは大丈夫よ。ギネ子爵の報告はこちらが潰しているからまだ王家には伝わっていない。セーテ家の使用人が大会に出るという名目で出場できるわ」

 

他にもモカ領の平民達からの嘆願が出ている。例えカモ君の素性がばれても問題無く出場できるだろう。

 

「それはありがたいんですけど。どうしてそこまでしてくれるのですか?」

 

「それは君が一番よく知っているでしょう。君くらいの度胸と力量がある魔法使い。エレメンタルマスター。そんな人間を追いだすくらいなら一領主の意志を無視したほうが、国としては利が大きいの」

 

それはカモ君の特性。存外に戦った相手をレベルアップさせるという特性を見越しての事だろうか?

魔法訓練を毎日のように行ってきたクーの異常というまでに強くなった魔法の練度。

決闘や模擬戦を繰り広げたシュージのレベルアップから、ミカエリがカモ君の特性を掴んでいるかもしれない。

そんな人間が下手したら関係が悪化している国にでも亡命されたら、文字通りリーラン王国は滅んでしまう可能性だってあるのだ。そんな人物を手放すなど王国に忠誠を誓っている人間なら手元に置いておきたいはずだ。ミカエリもその一人である。

 

「でも、一応。顔は隠しておいてね。もしかしたらギネ子爵が大会に観戦にでも来ていて君を後ろから攻撃してくるかもしれないから」

 

大会中。もっと言えば試合中にもかかわらず攻撃されても現在ギネの名義で指名手配を受けているカモ君が攻撃されてもあちら側に分がある。ばれないようにと既に変装用のマスクをミカエリに用意してもらっている。しかし、そのマスクの柄がどう見ても女性用の下着。ブラジャーとパンティーを合わせたような柄になっている。

 

「…これをつけた奴はどう見ても変質者」

 

「私のデザインに文句でもあるの?」

 

「あるに決まっているだろう。この野郎」

 

「私が着けていた下着を下地にしたのよ。とってもエコでしょ」

 

「それはエロだよ」

 

この侯爵令嬢、隙あらば下ネタをぶっこんでくるのだ。正直、時間と場所をわきまえて欲しい。というか、自分みたいな一般学生と侯爵令嬢で研究者であるミカエリがこうして面を向い合せることが出来るのは緊急事態くらいしかない。

貴族の社交界。研究者としての会議。学園内での何らかの催し。それくらいしかカモ君とミカエリには接点があり得そうにない。そして大体そのような場所ではお互いに本音でふざけ合えるような場所ではない。

ミカエリにとって、カモ君とのこうしたふざけたやりとりは数少ない癒しなのである。しかし、カモ君にはいい迷惑である。緊急事態だというのにふざけるな。と、

本題はここからだ。

 

問題は助命嘆願を行うための武闘大会。その参加者である。

 

カモ君は知っている。

シャイニング・サーガという原作というゲームからその参加者のレベルを。

正直優勝するのは絶望的と言ってもいい。

まず、参加者は全員高レベル。高名な冒険者や軍に所属の魔法使い達。更にはマジックアイテムも一つまでなら持ち込み可能なので更に難易度が上がる。

カモ君もダンジョンという実戦経験を積んでいるが、この大会の参加者はそれをはるかに上回る。カモ君が優勝するにはその魔法の手数。エレメンタルマスターとしての実力を十全に使える事だ。

攻撃手段はある。しかし、それ以外が駄目だった。

まず瞬発力。試合開始直後、近接が得意な冒険者や戦士が一気に間合いを詰めてくると魔法使いである以上攻撃力のある魔法が使えない。威力がある魔法を使うにはそれだけ詠唱が必要になる。たとえ使えたとしても、その時点で使えば自分も巻き込まれるから。カモ君のクイックキャスト(笑)?(笑)がついている時点で察してほしい。

次に決定力。魔法も格闘術といった攻撃手段はあれど、そのどれもが武闘大会に出るにしては攻撃力が低い。

殴るにしても関節技をかけるにも冒険者や王国騎士といった戦士には及ばず、攻撃魔法にしても学園の先輩達だけならまだ何とかなっていたが、普通に現役の国家魔導師が出てくる。魔法に関する攻撃も防御もあちらの方が上手だ。暇か?国家魔導師。

いや、確かにこの大会で好戦績を残せば今後の生活に箔がつく。就職や職業だけでなく、結婚相手も一つ上の相手を選ぶこともできる。王国からの目をつけてもらえる。分からんでもないのだが今回だけはやめてほしいな。無理?知っていた。

戦争にでもならなければ実力のある魔導師でも立身出世は難しいからなぁ。はぁ、今が戦国時代だったら良かったのに。そうすれば参加する魔導師達も下剋上して大会なんかでなかっただろうに。さらに言うならばカモ君はギネを潰してモカ領当主を襲名していた。

しかし、今は平和な時期。もう少し時間が立てば戦争という危ない状態だが、平和なのだ。カモ君の状況だけは戦乱のように荒れていたが。

こうなった以上、カモ君の持ち味を伸ばすしかない。カモ君の持ち味。それはスタミナと魔力量。幼いころから鍛え上げてきたお蔭でカモ君の体力は中堅の冒険者並のスタミナを有していた。それは魔力も同様だ。どんなことも継続が力になるのだ。

 

「つまり、俺は相手のスタミナか魔力が無くなるまで距離を取って逃げまくって隙を見て相手を倒す」

 

「無茶苦茶味気無い上に地味ね。派手好きな貴族向けの戦い方じゃないわね」

 

ミカエリ自身もその戦い方は好きではない。研究者気質だから気長に待つのは別に苦ではないが、楽しくもない。

魔法=攻撃力のある手段=派手。が成り立つくらい魔法というのは見栄えがいいのだ。

 

「四の五の言っている状況じゃない。結果が全てだ」

 

「王族の受けも悪いと思うわよ。ここ最近、王城で和やかな空気を感じないし」

 

ミカエリは少し変態気質があるが、美人で侯爵令嬢だ。そんな彼女を手に入れたい輩は沢山いる。彼女に警戒されないように王族が開催する安心感を与えるダンスパーティーなどでもどこかピリピリとした空気を感じるのだ。

近い将来、戦争が起きる前兆なのか一部の貴族からは隠しきれないほどのプレッシャーを感じることがあるのだ。まあ、それだけミカエリが美人という事もあって男性たちがお互いをけん制していることも原因でもある。

 

「…王族も鬼じゃない。負けても話を聞いてくれれば分かってくれる」

 

「結果が全てじゃなかったかしら?」

 

カモ君の顔から表情が消えた。その先にいるのは困ったように微笑むミカエリ。

それは死刑を言い渡した裁判長と被告のような光景だった。

 

「…そうやって何人の男を弄んだ?」

 

「貴方は今まで食べたパンの枚数を覚えているの?」

 

実際、ミカエリはあの手この手で男達からの誘いを袖にしたり、弄んだりして今の今まで自由を勝ち取り好き勝手に生きている。

 

「戯れを忘れない悪女め」

 

「悪女でいいわよ。悪女らしく話を進めるから」

 

打ち合わせをしたわけでもなくすらすらと自分とふざけ合えるミカエリは転生者なのではないかと疑ってしまうカモ君。

だがそんな事に構っている暇はない。とにかく三週間後の武闘大会まで行わなければならないのは自身のレベルアップ。出来る事なら魔力も鍛え上げたいところだが、一番欲しいのはやはり一級冒険者並の瞬発力とスタミナだ。

それを得るにはカズラやアイムといった現役冒険者の師事を受ける事だが生憎二人を呼ぶ手段が無い。

カズラはモカ領での一件の後、またどこかのダンジョンへ向かった。魔法学園の臨時講師を務めるアイムも腕が鈍るといけないとこの夏季休暇を利用してダンジョンへと向かった。

彼女等以外に師事できる冒険者をカモ君は知らない。こんな事ならばもっと冒険者達とのコネを広げればよかった後悔するカモ君に救いの手を差し伸べたのがまたしてもミカエリである。

 

「冒険者とは言わないけど頼りになる人物はいるわ」

 

「まさか、学園長?」

 

レベル4以上は確実と思われる魔法学園の長。シバの助力を願えるとは思えないが一縷の希望を持ったカモ君の言葉を否定するミカエリ。

 

「違うわ。学園長はほぼ公人。貴方をドラゴンから助けたのも国の一大事だからこそ。ついでで助けたにすぎないの。私みたいに個人的に力を貸せる人物。と、言っても私の兄達なんだけどね」

 

「・・・兄、達?」

 

「文はもう届いているだろうから、もうすぐ飛んで帰ってくるころかしら」

 

ミカエリが窓を開け放つとカモ君の目に映ったのは生憎の曇り空があったが、その雲の向こう側で空気が微かに震えた気がした。その震えはどんどん大きくなっているのはきっと気のせいじゃない。

地面から立ち上る自然の竜巻とは違った明らかに作為的な小さな竜巻がこちらに向かって飛んできている。それも凄い速度で。

その小さな竜巻に気が付いたのはカモ君だけではない。庭先や正面のゲートの掃除を従者たちが一斉に隠し持っていた小さな弓矢を構え、攻撃を始めた。そして小さな竜巻が別荘の敷地内に入り込んだところで一斉攻撃が始まった。

弓から放たれた無数の矢が一斉に竜巻に吸い込まれるように撃ちこまれたが竜巻は一向に進むスピードを緩めず、ミカエリ達がいる部屋の窓の直前で一気に風が霧散した。

そして竜巻の中から一人の屈強過ぎる益荒男が現れた。窓を開け放ったミカエリの傍に立つように現れた男は高笑いをしながらカモ君を見下ろした。…本当に飛んできやがった。

身長は2メートルオーバー。三十代前半の筋骨隆々なバッドガイ。もしかしたら三メートルはあるのではないかと思わせる威圧感を持つ風体。

ミカエリと同じ金色の髪は角刈り。筋骨隆々の体の上には体の急所を覆うよう着こまれた黒いレザーアーマー。しかし、その筋肉の鎧があるから不要ではと思わざるを得ない。しかもその黒いレザーの所々に威嚇するようにちりばめられた丸い金属球が埋め込まれている。

カモ君ならギリギリ少女漫画出てきてもおかしくない大柄マッチョだが、目の前の男は違う。明らかに世紀末な風貌。しかもボスキャラ、もしくはライバルキャラと思わせる風体にカモ君はクールを気取っていたが、内心では気圧されていた。

そんなカモ君を見て嘲るように男は言葉を発した。

 

「ふん。ミカエリに聞いていたが、貴様が地元の領主を殴りつけた愚か者か。そこらの輩に比べてみればそこそこ鍛えているようだがそこまでだ」

 

カモ君は馬鹿にされても目を逸らさない。いや、逸らせない。そんな事をした瞬間何をされるか分からないから。目の前の男は自分にそこそこ興味があるようだ。そしてその興味の中身は荒事関係だろう。窓から部屋に入って来た状態。腕組みの状態だが、その丸太のように太い腕を解き、殴りつけてくる。もしくは蹴りつけてくるか分からない。

 

「ほう。この俺から目を逸らさぬか。すこしは肝が据わっていると見える」

 

男がこの部屋に入って来た時点でカモ君は既に椅子から立ち上がりいつでも動けるようにしていたが、男の前で徒手空拳の構えを取ろうとはしなかった。この男は少しでもその気を見せれば襲い掛かってくる。そんな凄味がある。

だからカモ君はそれ以上動かなかった。目の前の男には何をしても勝てそうにない。

魔法。絶対に勝てない。ミカエリよりも強い風の魔力をひしひしと感じる。こちらが詠唱をする前に確実にこちらの首が千切れ跳ぶ。

体術。あの体だと筋肉の鎧に全て弾き返されるような気がしてならない。関節技もあの太い体だと極めることも出来そうにない。

剣術ならあるいはと思うが、生憎ここはミカエリの部屋だ。そのような場所に剣を持ち込めるはずもない。今のカモ君は丸腰。コーテから借りたマジックアイテムもこの屋敷の従者に預けている状態だ。

 

「…つまらんな。勝てぬとわかれば目を逸らさぬようにするだけ。どうやら貴様は俺の期待外れのようだ」

 

ここまで言われもカモ君は動けなかった。動けば死ぬ。そのような可能性があるのに迂闊に動く奴は馬鹿である。

 

「貴様が守ろうとした幼子たちも所詮その程度という事か」

 

だが、カモ君はそんな馬鹿だった。それでも馬鹿には馬鹿なりの矜持があった。それ、すなわちブラコンでシスコンな魂である。その矜持を汚された瞬間にカモ君は一歩。また一歩男。に向かって踏み出していた。

 

「ほう、向かってくるか。この俺に近付いてくるのか」

 

「近づかないとお前を殴れないんでな」

 

会話の流れから目の前の男はミカエリの関係者。恐らく兄なのだろう。はっきり言って血筋云々より住んでいる世界が違うと感じられる男にカモ君は感情のまま突き進む。

そこに恐れは無かった。ただの怒り。自分が愛する者を貶された怒りだけで突き進んでいた。

魔力・体力。そして地位。全てが自分より上の男にカモ君は向かっていった。そんな彼を面白がるように巨躯の男は腕を解くと大きく広げてカモ君を迎える。

 

撃ちこんでみろ。

 

そう言わんばかりにカモ君が近づいてくるのを待つ。体を大きく広げた。まるでお前ごときに構える必要ないと言わんばかりに。

そしてカモ君は渾身の力で自身の腕を振り抜いた。その威力は男を窓から叩きだすほどの威力を持っていた。恐らく体重が百五十キロはあるだろうその巨大な体を押し出せたのは見事の一言だが、押し出された男はまるで羽のようにゆっくりと地面へと着地した。その光景にカモ君は呆気にとられていた。が、こちらを嘲笑う男に挑発されたカモ君はここが屋敷の三階(高さ十メートル以上)から飛び降り、男に向かって追撃を行うのであった。

 

 

 

「一応。この屋敷には魔法封じの効果があるんだけどな…」

 

彼等のやりとりをミカエリは黙って見ていた。

カモ君を挑発した男の正体は自分の実兄でありセーテ侯爵当主。この国の国境警邏隊隊長。王族を除けば実質この国一の権力者でもあり、レベル5の魔法。この国で風の王級魔法を操る事が出来る唯一の人間である。

名をカヒー・ヌ・セーテ。

その屈強な体は見た目以上の耐久性と運動性。そこから繰り出される体術は素手で岩をも砕き、魔法無し空を舞う事まで出来るいわば超人だ。その上、人工の魔法封じが仕込まれたこの屋敷内で平然と魔法を使うほど魔力が強い超人でもある。

そんな超人に強力な風魔法が加わればまさに無敵。たった一人で敵国の軍隊を押し留めることが出来るという頭がおかしいくらいに強い人だ。

しかし、その性格は不遜かつ超強気。自分に向かってくる相手に対して見込みがあるのなら必ず攻撃を受け止めるという性格をしている。

現に当主であるにもかかわらず自分の従者達に弓矢を引かせてもお咎めなしにしているのは、事前の連絡をせずにミカエリに近付く輩がいた場合、例え当主であっても攻撃をするように命じているから。その方がお互いに緊張感が持って向き合えるとのことだが頭おかしいと思う。

まあ、ミカエリも普通の貴族令嬢ではないのは重々承知している。その下の兄、ビコー・ヌ・セーテも武人然とした兄である。こちらも国境警邏隊副隊長。兄に99%似てマッチョガイ。貴族らしい格好はマントを羽織っているだけで、魔法のレベルは4の特級の風魔法使い。

長男に接近戦では彼に負けるもの、純粋な魔法の打ち合いなら何とその手数と器用さで、魔法使いとしては格上である長男に打ち勝つことが出来る技巧派魔法使い。しかして、その実態は…。

 

「ミカエリ様。カヒー様に続き、ビコー様もただいま到着しました」

 

丁度、ミカエリの部屋の窓下。庭の手入れをしていたメイドの一人が声をかけてきた。言われなくても肌で感じる風の魔力。それを追って目を向けると、数人の私兵に囲まれ、巨大な黒い馬を四頭に玉座にも似た馬車を引かせている巨漢の男が玄関から入って来た。

カヒーに似た。というかそっくり。鏡に映ったかのような男がいた。彼こそがビコー・ヌ・セーテである。

そんな彼をしり目に殴り合い。というよりもカモ君に攻撃させてそれをいなしているだけのカヒーは余裕綽々で魔法の詠唱。まるでカモ君などいないかのように詠唱を開始する。

レベル1のエアカッター。文字通りカッターナイフくらいのキレ味を持つ風の刃でカモ君の体を徐々に傷つけていく。

あれはカヒーによる指導だ。いわばお前はまだ俺と戦うには早すぎると言う事を暗に伝えているのだ。

カモ君を馬鹿にする言動はカモ君のスペックを知る為にわざとやった。が、他意もある。それはミカエリが初めて自分達に紹介した見た目の年齢の近い異性だからだ。そう、カヒーもまたシスコンだ。自分の愛する妹が連れてきた男を直接試したかったのだろう。

なにせ、名指し。かつ、率先してカモ君をサポートしてほしいという連絡を貰った時のカヒーの心情は、今も血を流し続けながらも格闘戦を挑んでいるカモ君の心拍数よりも荒れたのだ。

そして試したから分かったのだろう。カモ君という人間性が。だからこそカヒーはカモ君の攻撃を受け流すだけで、最低限の攻撃しかやらない。初級の魔法でカモ君をじわじわいたぶるのもカモ君に足りない部分を享受させている。いわば特訓。もしくは指導だ。

カヒーがその気になればカモ君は一秒も持たずに頭と胴体が泣き別れになる。それなのにカモ君が動き回っているのが特訓の証拠だ。

一見すると一方的に攻めているカモ君だが、スタミナがゴリゴリ削れているのだ。左右にサイドステップするように攻撃を当てようと動き続けるカモ君に対してカヒーは不動。一歩も動いていない。カヒーが動く時、それは彼の反撃の時であり、それは特訓の終了の合図でもある。

 

「甘いわぁっ!」

 

「ぐわぁあああああ!!」

 

カモ君が不意に出した跳び蹴りに合わせてカヒーも飛び蹴りを行い、見事に返り討ちにあってしまう。

体のあちこちから血を流しながら倒れ伏すカモ君。これ以上の戦闘は無理だとミカエリは思ったがカモ君はもがきながら何とか立ち上がろうとしている。

カモ君は愛する弟妹を馬鹿にされて何も出来なかったという事だけは認めたくなかった。

そんな彼を面白い玩具を見つけた子供のように笑いながら見下ろしているカヒー。これはまだ続ける気だな。と、察したミカエリは部屋のあちこちに隠している護身用のナイフを持ち出しながら天井を見た。するとそこから一人の人間が音も立てずに這い出てきた。モカ領までついてきてくれた忍者に渡す。

自作のマジックアイテムであるナイフを、ずっと天井で身を隠していた従者はそれを受け取らせて、カヒーを刺し、この特訓を中止させる算段だった。

この自作のナイフには麻痺性の毒を仕込んでいる上にミカエリの組み込んだ魔術で麻痺の効果を上げた性能をしている。これで刺されたら樋熊でも麻痺して身動きできない代物。現にカヒーはナイフを持って近づいてくる忍者に気づいても防御することは無い。カヒーもまたミカエリの仕業だろうと分かっていたのだ。そして自分の妹が作ったナイフがどれほどの物か試されてやろうと言うつもりだ。

ナイフが身長差もあってかカヒーのふとももに突き刺さる。奇しくもそこは以前ミカエリのナイフの効果を試したところと寸分狂わぬ場所だった。

 

「…うぐはっ?!」

 

「ん~、間違えたかな?」

 

刺された数瞬後にカヒーは口から血を吐き出しながら地面に突っ伏し、ビクビクと痙攣しながら動けなくなった。

渡したナイフの効果が麻痺ではなく出血毒。しかも猛毒な効果だったことにミカエリは少し驚き、新たに部屋に常備している回復および解毒ポーションを持って倒れている二人の元へと急ぐのであった。

 




カヒー・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵現当主。双子で長男。体術が超得意。王級の魔法はあくまでも補助的な物。魔法の相殺。もしくは短期的に広範囲を攻撃する時くらいにしか使わない。可能なら敵を一人一人確実に殴殺する武闘派スタイル。外見は世紀末セイントカイザー。シスコン。
彼が魔法を使う様はまさに鬼(ラスボス)に金棒(オリハルコン製)。

ビコー・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵家。双子で次男。体術より魔法や兵たちの指揮が得意。王国では数少ない無詠唱のノーキャストを修得している。魔法の乱打で敵を封殺するスタイルだが、体術も出来る。兄のカヒーには及ばないが体術も相当な物であり、ヒグマや大型モンスターをも素手で屠る程。体術も魔法も出来るオールラウンダー。外見は世紀末セイントカイザー。シスコン。

ミカエリ・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵家。長女。魔法も得意だが、本人はアイテム作りの方が楽しい。
両親を含めた親戚に色目を使われるほどの美女。その為、いろんな気苦労を追うが、そんな事は関係ないぜと言わんばかりの双子の兄達に幼いころから構ってもらい、自由気ままなマッドサイエンティストに進化した。よく兄達を自作アイテムの実験台にしている。


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第一話 あまり土下座を使うな。安く見られるぞ。

血の気の多いじゃれあいからミカエリの一服を盛られた後、カモ君達は屋敷の中にある応接間で顔を合わせていた。ちなみにカモ君達の受けたダメージはミカエリの自作ポーションと自前の回復魔法で回復していた。

そんなカモ君は現在ピンチだ。どれくらいピンチかというと、いつ首を落されてもおかしくないくらいにピンチだ。

 

「カヒー・ヌ・セーテだ。セーテ侯爵家当主と国境警邏隊隊長を務めている!」

 

「ビコー・ヌ・セーテだ。警邏隊副隊長兼魔法教導官をしている!」

 

ふはははは!と、ステレオを思わせる息ぴったりな高笑いをするセーテ兄弟。その二人に向かいあうようにカモ君は用意された椅子から立ち上がり、膝と手の平、おでこを地面に合わせた。

侯爵であり当主。しかも国の安全を守る警邏隊の隊長。そんなに人に挑発されたとはいえ手を上げてしまった事はあまりにも不敬過ぎる事をしでかしたカモ君はリーラン国で通じるはずがないが前世の中で最大級の謝罪の姿勢。土下座をしていた。

 

「先程の無礼をお許しください」

 

今自分に出来る最大級の謝罪にカヒーは顔を上げるように言いつけた。

 

「顔を上げるがよい。その姿勢がどういう物かは知らぬが貴様の謝意。確かに感じ取ったぞ」

 

「うむ。初見の我等でもその心遣い。伝わって来たぞ」

 

「「許しはせんがな!」」

 

まあ、そうなるわな。

格下の貴族が格上の貴族に無礼を働くなど会ってはならない大罪だ。これで武力・知力・財力などのどれかが一つでも勝っていればどうにかなっていたかもしれないが、生憎カモ君は無力に近い。比べる対象が強すぎるのだ。

 

「誠に申し訳ございません。弟妹達ばかりは勘弁してください」

 

カモ君のしでかした罪は一族郎党を巻き込む可能性を秘めた物だ。自分の命一つでクーとルーナを守れるなら安い物だ。

 

「ほう。自身の命より弟妹の事を案じるか。そこまでの覚悟があるか」

 

「ふむ。ミカエリの文通りの男のようだ。血の気は多いがリカバリー能力もそこそこあるようだ。見どころがある」

 

「「だが、それ相応の罰は受けてもらうがな」」

 

もう本当に勘弁してください。最上級の謝罪を見せますから。魔法で熱した鉄板の上で土下座をしますから。

そう言おうとしたカモ君だったが、ミカエリから救いの手が差し伸べられる。

 

「まあまあ、兄上。彼にはそれ相応の罰を受けてもらうのは構いませんが、私からの用件を済ませてからにしてくださいな」

 

執行猶予という救いにも似た物だが。

ミカエリの用件。それはセーテ侯爵家の従者の一人としてカモ君は三週間後の武闘大会。魔法有り。武器有り。自前で持ってきていいマジックアイテムは一つまでというルールもあるが、割と何でもありの大会でカモ君を優勝させたいという要件にカヒー達が出した答えは。

 

「うむ。無知な実父を諌める為の行動をした。そこは評価できる」

 

「確かに。我等も今の地位に就く前まではよく父上とやりあっていたからな」

 

「だが、我等と違うのはその引き際よ。往生際が悪い。いや性根が悪いな。ギネという男は」

 

「貴族として。否、父親として、人として駄目な奴の手から貴様を救うのもやぶさかではない」

 

「よって我等の名前で出場させることに関しては問題無い」

 

「然り。貴様を一時的に我等の従者として認めよう」

 

「「責任は取ってもらうがな!」」

 

お貴族様を殴りつけた罪は重いという事でしょうか。縛り首。張り付け。火あぶりといった死刑以外だったら何でもいいです。あ、鉱山送りもちょっと。衛生面で後々重病を患って死ぬ事なんかざらにある。しかし、

 

「弟妹達に何の咎が行かなければどんな事でも享受いたします」

 

とどのつまり、カモ君はブラコンなシスコンだ。二人に害がある者は排除する。それが自分自身であろう容赦はしない。自分がどれだけの罰を受けようと二人を守れるならどんな罰だって背負える。

 

「ふん。ならば貴様には武闘大会で必ず上位に食い込むことで罪は無かった事にしよう」

 

「出来なかった場合、この罪はお前だけではなく弟妹達にまで行くと思え」

 

その言葉を聞いてカモ君は感謝の念をカヒーとビコーに送った。

自分の特徴を良く知ったからこそ、このような言葉を投げかけてくれたのだ。二人の為なら何でもできる。強くならなければならないという使命感を更に強く持たせるために遭えてこのような言葉を投げかけてくれたのだ。

 

「負けた場合は貴様と弟は一生、傭兵奴隷だ」

 

「妹は娼館行きだ」

 

許されなかった場合の罰が重すぎやしませんかね?自分に発破をかける為の冗談ですよね?

カモ君がそんな疑問を持ちながら対面の二人に視線を投げかけた。

 

「「………」」

 

あの眼はマジだ。ガチだ。本当に、真剣にやるおつもりだ。

・・・怖いわぁ。この世界の貴族、怖いわぁ。

いや、本当に後が無くなったんですけど?!後どころか禍根すら残しかねないんですけど?!ある意味、死ぬよりひどい状況に陥ったんですけど?!

嫌でござる!嫌でござる!拙者、弟妹達に迷惑を掛けたくないでござる!もしそうなったら…

 

はぁああああああああああああああああああ(ため息)、あのクズの所為でこんな目に遭うなんてなぁ。

ふぅうううううううううううううううううう(ため息)、あのカスの所為で私も随分と汚れちゃったなぁ。

あんな奴の弟(妹)に成りたくなかったよ。×2

 

嫌だぁあああああ!!嫌過ぎる!!ねちねち嫌味を言われ続けられるゴミ屑に成り下がりたくなぁあああああいっ!!

 

「お願いします!!それだけはご勘弁を!!」

 

カモ君、魂の咆哮!何度も何度も額を床に打ちつけながら二人に懇願した。だが、

 

「貴様の望みを叶えるために当たり前のことを言っただけだろう」

 

「左様。単に貴様の使命感が増しただけだ。ようは」

 

「「(武闘大会で)勝てばよかろうなのだぁああああっ!」」

 

それが出来れば苦労しないんだよ!こっちのデメリットが増えただけじゃないかぁあああっ!やる気が湧いて来ただろうと言いたいのか!精神論でどうにかできるほど武闘大会は甘くは無いんだよ!この世界はゲームの世界を元にしたかもしれないけどセーブもロードも出来ないんだよ!やり直しがきかねえんだよ!

 

じたばた。どたばた。ごろんごろんとのたうちまわっているカモ君を見たセーテ三兄妹は何がおかしいのか笑顔で声をかけてきた。

 

「大丈夫よ。言ったでしょ。貴方をサポートしてあげるって」

 

「案ずることは無い。貴様をきっちり武闘大会出場の補助はしてやる」

 

「我等は侯爵の人間。褒賞も罰も正しく与える」

 

確かにこの人達を頼らなければ自分に明るい未来は無い。だが、

 

侯爵家に頼らずに迎えた未来の場合。

「クー、ルーナ。さらば!」

「にー様ぁああ!」

「にぃにぃいい!」

カモ君、兄妹離別エンド。

 

侯爵家に頼って武闘大会に負けた未来の場合。

「…二人共、すまない。」

「本当だよっ!くそが!」

「こっちにまで迷惑かけんなっ!このカス!」

カモ君、軽蔑エンド。

 

カヒー侯爵に殴りかかった時点で武闘大会に出ないという事は出来ない。やれば確実にクーとルーナがとばっちりを受ける。

まさか自分の命よりも重いものまで賭けさせられるとは思わなかった。

愛する二人がそんなひどい事を言うはずがないと思っても、自分の軽率(カモ君にとっては重大)な行動で魂すら凌辱される可能性を産むとは思わなかった。

許さないから!ここで何もしないでいたら、俺は一生自分を許さないから!

いつだってそうだ。文字通り、後になって悔やむ。自分はそうやって生きてきた。でもそうやって生きていくことで前に進めている気が…、しないでもない。

 

自分の迂闊な行動が積りに積もって行きついたのが今の状況だ。もう少し慎重に生きていこうとカモ君は心に誓った。

そんな彼の心境を読み取ったのかカヒーとビコーはそれぞれ懐から取り出した羊皮紙の束をカモ君に見せつける。

 

「ここに現在我等が確認したダンジョンの所在が書かれている。ここに行ってダンジョンに挑み、レアアイテムを見つけ、大会に備える事が出来よう」

 

「我等警邏隊の特訓メニュー表がある。これを武闘大会の日まで毎日行えば少しは強くなるだろう」

 

「私の別荘も大会まで好きに使っていいわ。まあ、これからは私の実験に付き合ってくれればいいから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

こうして絶望だけではない。希望に繋がる道筋を教えてくれるのもセーテ兄妹だ。

その希望にカモ君が手を伸ばしたその瞬間。

 

「「甘えるなぁああああああっ!!」」

 

「ぐわああああああっ!?」

 

カヒーの拳とビコーの無詠唱魔法を受けてカモ君は多大なダメージを負いながら吹っ飛んで部屋の壁に叩き付けられた。

ダンジョンの所在を知る。それは冒険者にとっては金のなる木の存在を知る事と同意義だ。非常に価値のある事だ。少し冷静になれば分かる事だが、テンションがあっぱーな状態だったカモ君にそれを理解することは難しい事だった。

 

「何故ただでこの情報を手に入れられると思っているのだ!欲しければこの俺から奪い取る勢いで来い!そんな腑抜けた姿勢では武闘大会で勝てるはずがなかろう!」

 

「我等に頼るのは構わない!しかし、甘えることは許さん!」

 

セーテ侯爵の人間は優しくはあるが甘くは無い。

ただその境界が判断しづらいだけの事だ。

 

「我等のどちらかにに一撃を与えられたらこの情報を教えてやろう」

 

「もしくは我等の一撃に耐えることが出来たら見せてやろう」

 

そう強く言い放つ二人だが、カモ君は壁に背中を預けるようにして項垂れているだけだった。

その様子にミカエリがカモ君の容態を確認する。どうやら気絶しているようだ。

 

「…お兄様方。エミール君に聞こえていないようです」

 

その言葉に居た堪れなくなったのか。カヒーとビコーはそっとカモ君の足元に資料を置いた。

 

「では、俺は警邏隊の仕事があるのでこれで失礼する。しっかり吟味するように言っておくのだぞ。ミカエリ」

 

「俺も教導隊の仕事があるので失礼する。今度会う時は大会を見物する時になるだろう。我等の一撃に耐えた褒美としてこれを授けよう」

 

致死性を秘めた攻撃をしたんかこの兄達は。と、ミカエリはやり過ぎてしまう自分達の血筋を振り返りながらも足早に去っていく兄達を見送った。

その後、彼女の介抱が始まった。その様子は傷ついた戦士を甲斐甲斐しく世話する美女の絵画の様だったが、そんな状況になったのもこの美女とその関係者だから感動しようがない。

そんな介抱の甲斐あって復活したカモ君は、ハチャメチャなセーテ兄妹の行動で疲れ切った心身を癒すためにこの日はミカエリの別荘で一夜を明かし、その翌朝。

カヒーから受け取った近場のダンジョン情報を吟味して、ミカエリから借り受けた空飛ぶベッドと食料を含めた生活用品に持って移動しながら、移動休憩の合間にビコーの魔力の特訓メニューである瞑想をすることにしたカモ君。

王都を出る際に前もって出していたミカエリの従者からの報せで、王都にやって来たコーテはカモ君を支える為にサポーターとして連れて行くことになった。

コーテはモカ領で起こったダンジョンで力になれなかった分、今回は付きっきりでカモ君を支えようと王都を守る城門の前で待っていたのだ。

この先、カモ君は忙しくなる。ダンジョンに挑み、特訓メニューをこなさなければならない。そんな彼に衣食住を世話する人間がいなければ彼の特訓は結果を残すことはできないだろう。

カモ君とコーテ。二人の少年少女を見送った忍者は感慨にふけった。

きっとカモ君は大きく成長してこの王都に帰ってくるだろうと。

 

ダンジョンで素晴らしいアイテムを二人で発見する為に様々な試練を乗り越えていく。

地道なトレーニングでその魔力の操作性を磨く。

そして強くなって帰ってきたカモ君は愛する弟妹達の為。自分を支えてくれた少女に応えるためにこの王都に足を踏み入れるだろうと。

 

それは忍者だけではなく、ミカエリや学園長のシバ。カモ君の現状を知り、どうにかしたいと思った人間達の想いでもあった。

そして武闘大会が始まる二日前にカモ君はコーテを連れて王都にあるミカエリ邸に戻ってきた。

 

「何の成果も、あげられませんでしたぁあああ!」

 

カヒーの紹介してくれたダンジョンに挑むも得たものは攻略した時の報奨金のみ。

ダンジョン攻略をする物のレアなマジックアイテムを目にする機会が無かった。なにせ、レア(希少)だからね。そう、ぽんぽんお目にする機会なんてある筈もない。だからこそのレアなマジックイテム。

あれは主人公のシュージがダンジョン攻略をするから得られやすい物だから。

 

ビコーの渡してくれた特訓メニューも原作知識を持っていたカモ君からしてみたら既知のトレーニング方法だった。既に修得済みのトレーニングだから強くなったという実感が湧かなかった。

 

そしてミカエリに土下座をした。

なにか、武闘大会で使えそうなアイテムを貸してくださいと泣きつくカモ君であった。

 



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第二話 涙が出ちゃう。だって債務者だもの

カモ君とコーテが王都に戻り、ミカエリに土下座した。

その内容は大会で役に立ちそうなアイテムの借り受けである。

コーテが所有するマジックアイテムでもと思ったが、どれも決定力が足りない。首飾りや短剣。指輪など魔法のステータスを上げることが出来るが、それだけでは武闘大会にて好成績を残すことは出来ない。

カモ君の攻撃レベルは予想している大会参加者の平均かそれより下な物だ。魔法ではそのプロフェッショナル達の放つ威力には負ける。身体能力では冒険者に押し負ける。尖ったステータスでないと大会で勝つことが出来ない。

そんな事が出来るのはマジックアイテム。それしかない。出来れば魔法殺しのようなぶっ飛んだアイテムが欲しかった。だが、カモ君はこの三週間ほどの期間。ずっとダンジョンにいたがそんなアイテムを手に入れることは出来ずにいた。

そんな状況で頼れるのはもうマジックアイテムを自作できるミカエリしかいなかったのだ。

空を飛ぶベッドを作り出せる彼女なら大会に通じるようなアイテムを持っているかもしれないと。

カモ君はもう青狸に頼るメガネの小学生の気分でミカエリに泣きついたのだ。隣に婚約者のコーテがいようとなりふり構っていられなかったのだ。

そんなカモ君の祈りが届いたのか、ミカエリは一度自分の研究室に戻りしばらくしてから戻ってくると様々なアイテムをカモ君達の前に並べた。

 

血塗れグローブ。

装備した者の瞬発力が上がる手袋。代償として装備者は錯乱状態になる。自他。もしくはその両方合わせて300mlの血液を吸わさないと装備を外すことが出来ない。

 

オークネックレス。

くすんだ緑色の宝石でできた首飾り型。装備者に多大な膂力を与えるが、全体的な動きが緩慢になる。何故か悪臭漂う汗をかき続けることになる。あと、装備品自体がぬめっとしている。

 

ウールジャケット。

見た目は灰色のジャケット型のマジックアイテム。装備者が魔力を流すと羊毛のように体が軽くなる。ただ、軽すぎて本当にそよ風で飛んで行ってしまうほど軽くなる。軽さの調整は出来ない。

 

マウンテン・アーマー。

ごつごつした岩のような肌触りをした灰色のレザーアーマー。装備者が魔力を流すと装備者の体全体が物凄く重く硬くなる。ただ重すぎて立っていられなくなる。重さ、堅さ調整不可能。

 

成りきり忍者セット。

麻のような東洋の国のスパイのような着物。この国では目立つ着物姿なのに何故か人目につかない。影が薄くなる。ただ意識して注視されるとその効果は無くなる。

 

成りきり王様セット。

大きな灰色ザリガニのような着ぐるみ。

どんな状況でも自信過剰になる。口癖がふぉっふぉっふぉっとなる。

 

「…在庫処分?」

 

コーテさん。そうは思っても言ってはいけません。

確かに見た目はコスプレ衣装にしか見えませんが効果はもの凄いです。デメリット効果も凄いが。

 

カモ君達の前に並べられたミカエリの自信作の幾つものアイテム。どれもピーキーで使いにくい物ばかりだが、複数を持ち合わせたら多大な恩恵をもたらすことが出来る。

ウールジャケットとマウンテン・アーマー。この二つを組み合わせたら高速で動く人間砲弾になる。これが何を意味しているかミカエリも理解しているのだろう。

カモ君の視線に気が付いたミカエリは苦笑しながら答えた。

 

「残念だけど私のこの自作アイテムは強力な効果を持っている反面、一つだけでも発動させれば消費魔力も大きいの。はっきり言って、エミール君でも三十分くらいが限界ね」

 

その上、武闘大会では持ち込めるマジックアイテムは一つまで。

となると、コーテは自分が持っている抗魔のお守りが一番良い物なのではと考えたが、カモ君はそれらも考慮して灰色のコート。ウールジャケットに手を伸ばそうとしてミカエリを注視した。

このコートに決めたがこれを取ろうとした瞬間にカヒーやビコーのように不意打ちされるのではないかと警戒したのだ。現に、いつの間にかミカエリは乗馬で使う鞭を片手にカモ君を見ていた。

しばらく二人は見つめ合い。ミカエリが目を逸らした瞬間にジャケットを手に取るカモ君はその場で羽織って見た。

少し。いや、かなり大きめに作られたそのジャケットは成人男性並みの体型をしたカモ君でも袖が余るくらいに大きいジャケットだった。ミカエリが自分で使うには大きすぎるこれは何の為に作ったんだろうか。いや、このアイテムの数々も何の目的に作ったのか?

 

「私もお兄様達みたいに格闘戦をしてみたかったんだけど才能が無くてね。せめて膂力だけでもと思っていくつか作ってみたの。一応、このアイテム達を作るのに数千の失敗作が出来たんだからね」

 

え?あの濃いお兄様達みたいに?

ふはははは!と、高笑いしながら敵軍を素手で蹂躙していくセーテ侯爵の人達。ここは修羅の国かな?

 

カモ君はうすら寒い想像をしてしまったが、セーテ侯爵への恩義とコーテの前という事もあって外見上はクールに聞き流した。

 

「あ。あと、それのレンタル料取るから。ダンジョン攻略で入手した風のマジックアイテム一個でいいわよ。失くす。損失したら五個ね。現金はお断り」

 

ダンジョン攻略は大なり小なり命の危険がある物。

一般冒険者や魔法使いが壇上攻略でマジックアイテムを見つける可能性は五回に一回あるかないか。

つまり、カモ君は命懸けで五回もダンジョン攻略をしなければならない。

クールに笑って答える。内心は焦りと不安でいっぱいだ。

 

頑張れ俺。負けるな俺。武闘大会さえクリアすればいつもの通りじゃないか。

主人公のシュージとの決闘を繰り返し、負けて、アイテムを献上する。その献上する相手が一人増えただけじゃないか。

・・・泣きたい。でも泣かない。婚約者の前だもの。

 

「…エミール。そういえば私の渡したマジックアイテムは?」

 

喪失しました。地の首飾りは今もつけているが、地の短剣。水のマントはクーとの模擬戦(死闘)で焼失しました。

無言のカモ君だったが、気まずそうな顔をして婚約者のコーテから視線を逸らす。

 

「…エミール利子がつく前に代案を用意してね」

 

現状、モカ家から追われる身になった時点でカモ君は貴族ではなくなっている。それと同時にコーテの婚約も無かった事になっている。

彼女は善意で今まで支えてくれたが、カモ君が武闘大会で恩赦を貰えなかった場合、コーテから借りて消失させたマジックアイテムも弁償しなければならない。

頑張れ、カモ君。負けるな、カモ君。

武闘大会で優勝すれば現状は改善されるが、負ければ私刑・軽蔑・借金の三重苦が待っているぞ。負けられない戦いが待っているぞ。

 

「くっ」

 

今ある現状に呻き声を出したかったカモ君はコーテとミカエリに見られないようにそっぽを向いた。その時ほろりと涙が流れたが幸いな事に二人にはみられることは無かった。

 



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第三話 飛べない豚と雄牛の人

ミカエリからジャケットを受け取り、それを着込んだカモ君は夕暮れ時に差し掛かった王都の商店街をコーテと手を繋ぎながら歩いていた。一応、モカ領。ギネから追われる身となったカモ君なのでジャケットの上から更にフードつきのマントを重ね着して、簡単な変装をして歩いていた。

ミカエリの作ったウールジャケットはマジックアイテム。下手にいじればその効果を失う事になる。微調整しながら寸法を合わせるには時間が足りないので今の状態でジャケットを着こみ、日常生活を行う事で少しでもその動きに慣れることにした。

二日後の武闘大会へのエントリーは既にセーテ侯爵の人間が行っており、選手名はカモ君。皮肉にもゲームでのあだ名がそれになった時、何か運命じみた物を感じた。

そんなカモ君に付き合うコーテも、カモ君の関係者の一人だ。三週間ほどのダンジョン攻略のサポートで自分がカモ君の傍にいるという情報は王都だけではなく、あちこちに出回っている。

人相書きこそないがコーテは目立つ。貴族令嬢で空色の髪と瞳という容姿に小さい身長。

そんな彼女の傍にいるのは大体カモ君なので、彼女を起点にカモ君が捕まる可能性があったが、コーテはカモ君から離れることを拒んだ。

この我儘でカモ君が捕まるかもという危険性は重々承知だ。だが、だからこそ余計に離れたくなかった。

モカ領のダンジョン攻略にはついて行けなかった。だが、ミカエリはついて行けた。彼女は戦力的、その補助的にもカモ君の傍にいられた。あんな美女が、である。

コーテは焦っていた。同性から見てもミカエリという女性は魅力的だった。彼女はセーテ三兄妹の奇行を見ていないから余計にだ。

今は大丈夫そうだが、いつかカモ君がミカエリに靡くのではないかと不安で仕方なかった。

カモ君にその気が無くてもミカエリにはありそうな気がした。ありえない話ではない。カモ君は婿養子とはいえ爵位こそ子爵の長男。階級的には侯爵の元に行けない事もない。その上、エレメンタルマスターという稀有な魔法使いだ。養子にしたい。もしくはその血筋の者を取り込みたいと思うのはこの国の貴族なら誰しもが思う事だ。

 

「なあ、コー…。ハニー。今日はこの店で夕食にしないか?」

 

「そうだね、ダーリン。いいんじゃないかな」

 

少しお洒落な食事を提供してくれそうなレストランを見つけたカモ君は身長差から腕を組むことは出来ないが、手を繋いでいるコーテの手を引いて今晩の夕食をここで済ませようとしていた。

コーテもそれに賛同してカモ君と並んでそのレストランに入る。幸いな事にダンジョン攻略で得た報奨金があるので懐事情は暖かかった。カモ君の債権は減らないが。

入ったレストランはどうやら王都の貴族と冒険者が出入りするレストランらしく、身分を隠して入ってくるお貴族様用に目元を隠すマスクも提供している。これは都合がいいとカモ君とコーテはフード付きのマントを外してマスクを着用する。

そして通された席に座ってメニューの掛かれたお品書きを見て何を注文するか探していると、二人の側を大量の料理を乗せたカートを引いたウエイターやウェイトレスの数人が通り過ぎていき、奥の別室に運ばれていった。

どうやらそこはVIPルームに運ばれていく。大飯ぐらいというか丸い体型をした燕尾服を着た中年男性と、動物の毛皮を腰と脛に巻いた原始人のような恰好をしている身長が三メートルはある冒険者だと思われる大男がその料理を平らげている。

ガチャガチャと乱暴に食器を鳴らしながらクチャクチャと汚い音を立てて食事をしている。VIPルームという音と光景が遮断されていなかったら他の客はこの店を退散していただろう。

しかし、ギネのようにマナーのなっていない客だ。というか、ギネだった。カモ君達同様に目元をマスクで隠していたが、実の息子であるカモ君が見間違うはずもない。

大男には見覚えが無いが、あの風船のように肥大している筋肉と、その傍らに置かれた魔物かそれとも人の血を吸ったのか所々赤黒い巨大な棍棒のような二メートル以上のハンマーを見るからに撲殺を主にしている輩だと簡単に想像がついた。

それに気が付いたカモ君とコーテは早々にこの場を去ろうと席を立つ。

 

「…コーテ。ここは駄目だ。場所を移そう」

 

「そうだね。なんでいるのか分からないけど下手に知られるとまずい」

 

二人はお互いにしか聞こえない程の音量で席を立ったが、それと同時に巨漢の男が不意に振り向いて傍らに置いていたハンマーを持って立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。

三メートルはある身長の為、歩幅も大きく、カモ君とコーテがこの場を立ち去るよりも速くすぐ近くにまで近寄ってきた。

縦長の顔に耳寄りによった目。顎が妙に長く、苔のように生い茂っている頭髪。一見するとミノタウロスという首から上が牛である人型モンスターかと見間違うほどの風体だ。そのモンスターの証である牛角が生えていたら確実にモンスターだと勘違いしそうな男がカモ君を指さして人の言葉を話した。

 

「お、お前。今、コーテって、言ったな?」

 

「いいえ。言っていません」

 

「気のせいです」

 

人らしからぬ人からの質問にノータイムで受け答えしたカモ君とコーテ。

 

「そ、そうか。ならいい」

 

「いえいえ」

 

「失礼しました」

 

ミノタウロスらしき人は再び食事の席に戻ろうとカモ君達に背を向ける。その間にカモ君達はこの店から出ようとしたが、口にまだ食べ物が残っているギネが大声を上げて呼び止めた。

 

「き、貴様!エミール!こんなところに隠れておったか!」

 

「エミール?誰ですかそれ?馴れ馴れしい他人だな」

 

「というか誰ですか貴方?汚らしい。マナーのなっていない人」

 

カモ君同様にギネもこちらに気が付いたようだ。カモ君に殴られた恨みを覚えているのかこちらを睨みつけながら大声を上げたギネだが、その様子にカモ君達はしれっと嘘をつく。

何処から聞いたのかは知らないが、カモ君とコーテがここ最近、共に行動を取っていることを知っているギネは更に声を荒げた。

 

「こ、こんの小娘。コーテといったな!貴様が隣にいる時点でそこのそいつはエミールだろう!」

 

「コーテ?誰の事ですか?」

 

「そうです。私は通りすがりの一般美少女です」

 

いや、そうはならんやろ。

この問答を見ていた周りの客達は迷惑そうにカモ君達を見て思った。しかし、ここは食事をするところだ。しかも貴族の出入りする店だ。このようなマナー違反は見ていられなかったのか、ウエイターとウェイトレスのそれぞれがカモ君達にお静かにするようにお願いする。

五月蠅くしているのはギネだけであり、カモ君達は逃げ出したいこともあるので、他の人の迷惑にもなるという建前を持ってこの店を立ち去ろうとするが、ギネがミノタウロスさんをけしかける。

 

「ゴンメ!奴がエミールだ!今すぐ叩き潰せ!」

 

ここが一般高級料理店だという事も忘れてけしかけるギネ。はっきり言ってこのような蛮行を許すような客は店の害でしかない。

 

「ちっ。やっぱり豚に人の言葉は通じないか」

 

「ちぇ、豚のくせに人の顔は判別できるのか」

 

カモ君達は二人揃って悪態をつきながら駆け出そうとした数瞬後、ゴンメと呼ばれた男のハンマーが二人にめがけて薙ぎ払われようとしていた。

 

「っ、壁よ!」

 

カモ君はそれを見てコーテを抱きよせながら後ろに跳び、更に魔法で作り上げた即興の土壁を形成する。

水気を多く含んだ粘土状2立方メートルはある土壁は豆腐の様に砕け散り、その破片はコーテに覆いかぶさるように庇ったカモ君の腰に命中した。しかもその威力は凄まじくそのまま二人を入って来た店の扉をぶち抜いて表の通りに吹っ飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。

ゴロゴロと勢いよく転がされながらもコーテを離さないカモ君をしり目にゴンメはその巨体から見合わぬほどスピードで追い打ちをかけるが、カモ君の行動の方が一歩早い。

ウールジャケットに魔力を流し込んで自身の体重をほぼゼロにする。その上で身体強化の魔法で恐ろしいまでの跳躍力を発揮する。カモ君の膂力でコーテのような小柄な女子が跳躍しているに等しい状況で近くの家の屋根まで飛び移るまでは良かったが数秒を置いてゴンズがその後を追うようにハンマーを振り回しながら迫って来た。

巨体に似合わず。いや、合っているからか素早くしかも五メートルはありそうな民家の屋根まで跳躍してきたゴンメから素早く逃げるようにカモ君は光の魔法を使って、遠くから見ていた人達でも目が眩むほどの光を放つ。

ゴンメはその光に目が眩みながらもハンマーを振り回しカモ君がいた屋根のあちこちを壊していた。やがて視界が戻る頃にはカモ君達は何処にもおらず、ようやく料理店から出てきたギネが怒鳴るも、その巨大な体から醸し出されるオーラに怖気づいて今度こそ仕留めろと命令した所で王都の警備隊に取り押さえられた。王都の人間からすればいきなり大所を暴れさせて料理店だけでなく、民家まで破壊した犯罪者であるギネは大声を上げながらも警備隊にしょっ引かれることになった。

 

 

 

セーテ伯爵。ミカエリの別荘にまで逃げ帰れたのはカモ君達。

料理店での騒動。じつはすぐ近くでそれらの行動を見守っていた忍者に裏道まで誘導してもらったおかげである。

忍者含めてミカエリもギネがこの王都にきていることは把握していたらしい。どうして知らせてくれなかったのかと尋ねれば、ギネの方から失態してくれることを期待してとの事。

ギネはあの通り、頭に血が上れば何をしてもおかしくないほどの短気だ。現に雇っていた冒険者をけしかけて、暴れさせた結果警備隊にしょっ引かれた。これでギネの王都での発言力はだいぶ弱まる。世論は犯罪者の戯言など聞く耳を持つはずがない。カモ君達に知らせなかったのは知らない方が自然体を装う事が出来る。その上、危なくなれば忍者が持っていた痺れ薬を塗布した針をゴンメに撃ちつけて援護する予定でもあったと知らされた。

 

「撃ちつけたけど効果はありませんでした。威力も高く即効性もある代物でしたが」

 

と結果を話す忍者の言葉にどうやらあのゴンズという冒険者はかなりの手練れの様ね。と、締めるミカエリの頭をはたき倒したいカモ君だが、強く打ちつけた腰の痛みもあって手のスナップをきかせただけのツッコミをするのであった。

腰の痛みはミカエリのポーション、自身とコーテの回復魔法で癒しました。

ミカエリが年頃の男女が出かけて腰を痛めるってなんだかHね。と、カモ君の耳元でぼそっと呟き尚更カモ君にツッコミをさせるのであった。

 



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第四話 潜伏、待ち伏せ、不意打ち。これで戦いの大体の事はどうにかなる。

武闘大会前日。

王都中心部から東寄りに設置された特設ステージ。武闘大会会場にもなる東京ドームにも似た施設の前には多くの人だかりがあった。民間人。魔法使い。冒険者など様々な職種の人達が集まり、先程張り出された広告を誰もが眺めていた。

シュージは武闘大会が行われる特設ステージに繋がる門の前に張り出された広告に目を通す。

彼は実家であるツヤ伯爵領には戻らず、学生寮に残る事にした。理由は二つある。一つは強くなるために学園にある施設。特に図書館に通ってモンスターや魔法の知識。この国の精度と歴史を学んでいた。

もう一つは友人であるカモ君の詳細を知るためだ。夏休み前に彼の姿を見なくなってからしばらくしたらモカ領を追われているという噂を聞いて驚いたのだ。

自分の家の領地がピンチなので駆け付けた。解決した。までなら理解できるが、追われる身になるとは合点が行かない。気になって学年担任に話してみたが、個人的な事なので言えないとの事。

確かに自分は平民であり、カモ君は貴族。そして貴族間での揉め事に自分が首をつっこめるはずもなく、また突っ込めたとして何かできるわけでもない。と、まごついていたところで解決案を出したのはなんと幼馴染のキィだった。

その解決案とは、武闘大会に出て上位入賞し、王族の助けを請う事である。

金銭に目が眩みやすいキィはカモ君と同じ転生者だ。だからこそ焦っていた。

踏み台となるカモ君がいなければ自分達は強くなれない。特にキィは失敗が続いていたので強くなれたという実感が湧かないでいた。そんな時に聞いたカモ君追放の報せ。

カモ君を何度も打ち倒してレベルアップしなければ自分達に未来は無い。さすがに今回ばかりはキィも採算度外視でシュージに協力することにした。

しかし、自分達に出来ることは武闘大会まで準備を整えることぐらいしかなかった。

試合に出るのはもちろんシュージだ。自分達のステータスを見比べて全体的にシュージの方がキィを上回っている。それに彼の得意な火魔法をアップさせることが出来るマジックアイテムもある。

出来る事ならキィも参加したかったが、自分達の財政力では一人参加が精一杯だった。

これもキィがコノ伯爵領でのダンジョンでミスをやらなければと悔やまれる。

夏休み入ってからは学園に在沖している教師に頭を下げて魔法の訓練をつけてもらっているが、座学が主で実践的な事を教えてくれるのは冒険者である臨時教師のアイムくらいだった。

そのアイムから聞いた話だと武闘大会とあって、名のある冒険者や魔法使いが集まるこの大会では予選を勝ち抜く事すら難しいと言われている。キィはというと、そこは主人公パワーでどうにかなるでしょと考えていたがシュージはそうとは考えていなかった。

何せ、凄腕の冒険者のアイムが其処まで言うのだ。決して簡単な物じゃない。それに王族が観戦に来るのだ。低レベルな戦いを見せるわけにもいかない。開催者にもその自覚があるだろう。きっと予選で厳しいふるいにかけられるだろう。そこは苛烈極まりないものになる。

大会に出ることをアイムに話したシュージは大会前日まで特訓に付き合ってもらう事を願い出た。

アイムもまた、シュージやキィがカモ君をそこまで思っての事だ。彼自身もカモ君の事を好意的に思っていたので特訓に付き合った。しかし、今まで特訓に付き合った彼だからこそ分かる。

シュージはよほど運に恵まれなければ予選を突破できない。その予選内容が今日発表された。

参加者が八グループに分かれ、その一グループ全体でのバトルロワイヤル。大会から支給される護身の札を持って戦う。戦闘不能によるダメージを負ったり、致命傷を負うと試合の舞台から強制転移させられる。勝ち残った一名のみが本戦へ進める形になる。

シュージは運に恵まれた。彼の攻撃魔法は強力な広範囲攻撃を行う事が出来る多数対一の戦いに効果的なのだ。

奇しくもシュージが初めて受けた決闘と同じルールになった事もあってシュージの気合がより一層と高まった。

そんなシュージは対照的に民衆に混ざっているなりきり忍者セットという着物姿のカモ君には気が付かないでいた。まあ、ジャミング効果のあるこの服を着ているカモ君に気づけと言うのも無理があるが。

好戦的な心持ちをしているシュージに対してカモ君はというと、

 

バトルロワイヤルの乱戦状態ならこの前逃げたように強い光を出して、物陰に隠れて潜伏。残り一人になったところを不意打ちすれば勝てるだろう。と、なればウールジャケットより今着ているなりきりセットの方がいいか?

 

姿をくらませて、不意打ち、漁夫の利を狙うなどおおよそ主人公とは思えぬ姑息な戦法を思いついたカモ君はそのまま人の目を避けるようにその場を去るのであった。

 



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第五話 勝てない訴えと書いて勝訴

武闘大会当日。

カモ君はミカエリに夜なべをさせて調整し、フード付きになったウールジャケットを身に纏っていた。ゲリラ兵士のようなジャングル仕様の戦闘服の上にジャケットというミスマッチ感を思わせる服装の上に、先日の料理店から拝借したままのマスクをつけているカモ君は武闘大会参加者の中でもたいそう目立った。

大会出場者は参加登録の際に探査魔法で全身をくまなく調べ上げられた。ルールであるマジックアイテムの複数持ち込みが無いかのチェックである。これは試合前に行われるもので、予選から決勝戦まで戦う前に必ず行われるものだ。

そのようなチェックを受けている最中も変な物を見るような目から逃れるように、チェック早々、カモ君は武闘大会会場の端っこの方で目立たないように大人しくしながら、観戦会場のどこからでも見えるようにあちこちに張り出された予選表。本戦表を見比べていた。

試合の舞台となるのは直径三百メートル以上ある陸上競技場とコロッセウムを足したような舞台は舗装されているが、荒野のようなバトルフィールド。そのような会場を上から眺められるように囲むように観客席が設置されており、大会会場の四方には審判席兼、解説席が設けられていた。更に会場の最上部に位置する一角には貴族か王族専用なのか特別に設けられた観覧質のような物もあった。その中にいる数名の男女が選手たちを眺めていた。

カモ君が予選を勝ち抜いて、本戦に出た場合。最初に当たる選手が何とシュージになるかもしれなのだ。その次。準決勝でゴンメという冒険者と当たる可能性がある。

カモ君とコーテを襲った冒険者ゴンメは中級冒険者でかなり脳筋な戦い方をする輩だという情報をミカエリの従者達および忍者から知らされた情報だ。

その剛腕でなぎ倒してきたモンスターの数は天性の才能を持ったカズラや熟練の冒険者であるアイムと並ぶかそれ以上を屠って来たとの事。ただ、頭が野生に近いために協力や連携といった事が出来ない。簡単な罠にも引っかかる為、中級とされているが戦闘力だけを見ると上級冒険者に余裕で仲間入りする。

そんな輩をギネは何処に隠していたのか大金をはたいて、王都で行われる武闘大会に代理出場させた。その狙いはカモ君の指名手配をモカ領から王国全体に広げること。…暇か。

ダンジョンが二か所同時発生した後だと言うのに復興作業もせずに報復を優先して王都に来た。…暇なのか?いや、馬鹿なんだろうな。そんな事をすれば国王から領主としての責任能力無しと判断されるだろうに。

しかも警備隊の事情徴収を多額の保釈金を払ってすぐに出て来たらしい。

ギネにカモ君が武闘大会で恩赦を求めているだろうと察することはできないだろう。だが、あの料理店での後だ。ギネも今頃この会場のどこかでカモ君を探しているだろう。そして見つけ次第ゴンメをけしかけてくる事がありありと予想できてしまう。

ゴンメ程の冒険者を退けるにはカズラやアイムクラスの実力者。出来ればカヒー・ビコー兄弟に取り押さえて欲しいのだが、頼みこめばまた『甘えるなぁあああっ!』とぶっ飛ばされるだろう。しかも、それだけじゃない。

カモ君は大会参加者の中央部に目を移す。そこには魔法使いや冒険者がひしめいていたが、その中でもとりわけ目立つ白い鎧を装着した人物に目を向ける。

兜の部分はフルフェイスなので顔を見ることは出来ない。身長も一般女性並か少し低いくらいなので、男女の区別もつかないが、その腰にさげている剣。

皮の鞘におさめられているが柄。刃の根元に刻まれているドラゴンの顔にも似たその意匠。忘れられるはずがない。

 

シャイニング・サーガを代表する武器の一つ。過激派プリンセスと言われたヒロインの一人が持っている覇王の剣。シルヴァーナ。神秘的な白色を基調とした全長80センチほどの両刃の大剣。刀身に余計な紋様は不要と言わんばかりのまるで鍛造されたばかりの美しさも兼ね備えたマジックアイテム。

装備しているだけで状態異常を回復・無効化して、体力・魔力を徐々に回復させる。全ステータス及び全魔法属性への耐性がアップする。

はっきり言おうチートであると。ぶっ壊れアイテムであると。そしてそれの持ち主。

 

マウラ・ナ・リーラン。

 

王国の北の領地。ナの領地から嫁いできた伯爵令嬢。現在の王妃と王の間に生まれた第三王女。

ゲーム内では永遠の二番手とか、緑のアイツの女体化とか、シルヴァーナの添え物。エロゲーに片足踏み込んでいるとか、虐待姫とか、散々なあだ名で愛されたお姫様である。彼女の詳細はあまり覚えていないが、彼女の戦い方は魔法ゴリラ。

光属性の魔法。身体強化でその剣を振るい、敵を斬り伏せる。ただそれだけなのだが、それが強い。その実力はスピード狂のカズラと渡り合えるほどである。そんな彼女にチート武器シルヴァーナを装備すると永遠に敵を斬り伏せることが出来る人型兵器の出来上がりである。

敵が魔法使いなら、魔法を使う前に近寄られて斬り伏せられる。

敵が冒険者・モンスターなら、シルヴァーナの斬撃で防御ごと本体を斬り伏せられる。

 

勝てるかぁああああっ!!

 

いや、今なら魔法殺しを装備しているだろうカズラの方が勝てる気がしないが、所詮は踏み台な自分。素のステータス的にもたぶん負けているのに所持アイテムでも負けている。

というか、ゲームではマウラが登場してくるのは少なくても主人公が魔法学生二年生。彼女は主人公や自分の後輩として魔法学園のキャラとして登場する。一年早い。今大会に年齢制限はない。実力があればそれこそ幼児から老人。浮浪者から王族まで参加は可能だが、なにもこんな時に参加しなくてもいいじゃないか。

 

シュージ(主人公)。まあ、今のレベルなら勝てるはず。

ゴンメ。純粋な殴り合いでは負ける。魔法での不意打ちやデバフなら勝てるかも?

マウラ接近闘戦。素手対武器になる。もちろんこちらが負ける。魔法。切り捨てられて負ける。魔法やアイテムによるデバフ、搦め手。シルヴァーナの効果で無効化、負ける。

 

勝てるかぁああああっ!!(二回目)

 

マウラに勝つにはもう、実際戦う事ではなく人質とか弱みを握って負けてもらうしかない。だが、そんな彼女の弱みを自分が握れるか?

 

作戦一。人質。王族関係者を誘拐・拉致すれば勿論重罪。極刑を受けること間違いなし。

作戦二。弱みを握る。今知った人物の弱みをどう知れと?

作戦三。土下座でもなんでもして勝負を譲ってもらう。相手は過激派プリンセスと言われるほどの好戦家やぞ?

 

勝てるかぁああああっ!!(三回目)

 

どう足掻いても今の自分のスペックでは勝ち目がない。これが踏み台とヒロインの差か。

こうなっては他のモブ参加者達の誰かが彼女を蹴落としてくれる事を願う。出来ればこの予選で何かしらのアクシデントが起こってくれれば。と、一縷の期待をしていたが第一予選が開始されると好戦的な性格も相まって面白いくらいに相手が斬り伏せられる。

カズラと違ってその動きはカモ君の目でも追える物だが、だからこそ恐怖を感じる。大人と子供を思わせる体格差をものともせず力尽くでねじ伏せた。飛んできた魔法はシルヴァーナを振るうだけで霧散させた。

対戦相手達もそんな白い鎧騎士。姫騎士の素性は知らないが脅威に感じたのだろう。魔法による飽和攻撃。その合間を縫って冒険者達が斬りこんでいくが、シルヴァーナの威力は凄まじい。

彼女の魔法の技術もあるのだろう。光魔法レベル2から修得できる魔法の効果を緩和させるレジストを発動させたのだろう。それにシルヴァーナの加護もあって魔法の雨を突っ切るように飛び出した彼女を止める者はいなかった。

また一人。また一人と、予選会場となった試合の舞台から消えていった。

事前に持たされた護身の札が発動。彼女の放った一撃により、戦闘不能と判断したのか彼女の対戦相手は転送され、数を減らしていき、舞台の上に最後まで残ったのは彼女だった。

 

「勝者、白騎士!圧倒的な力を見せつけて予選突破ぁ!」

 

観客。他の大会出場者たちからの歓声を浴びながら白騎士の名で大会に参加したマウラは何も語らず選手控室に繋がる花道を歩いて去って行った。

何も語らず、無言で対戦相手を斬り伏せていった選手にミステリアスな魅力を感じたのか、同性であることが分からない女性の観客からは黄色い声援が絶えず響いていた。が、カモ君はその様子に疑問を覚えた。

 

はて?マウラって、無口キャラだったか?

好戦的で過激派プリンセスと呼ばれた彼女がここまで大人しいのはどうした事か?

前世の記憶はもうおぼろげになりつつあるカモ君だけが知っている白騎士マウラに疑問に覚えながらもカモ君は残りの予選も注意深く観察することにした。彼等は皆、自分と戦うかもしれないからだ。

 

予選第二試合。なんかモブな魔法使が勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第三試合。なんかモブな冒険者のが勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第四試合。なんかモブな冒険者が勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第五試合。なんかモブな魔法使いが勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第六試合。ゴンメが参加者をミンチのように他の参加者を叩き潰していき、予選突破。護身の札の機能が無ければ大会自体がR指定されてもおかしくなかった。

 

予選第七試合。シュージの圧倒的な魔法の火力に成す術無く他の参加者は焼かれ退場。シュージ、予選突破。

 

予選第八試合。自分の番がやって来た。やったことは魔法による自爆。に見せかけた隠密行動だった。

とは言ってもやったのは光と風と地属性の魔法を時間差で発動させて、強烈な光。フラッシュを焚いた後に砂煙を発生させて試合相手。観客の目からも自分の姿を隠して地面に這いつくばりながら自分の体の上に舞台の色と同じ色の土をかぶせて試合舞台の一部に擬態。

他の選手たちはカモ君が自爆したと判断したのかカモ君の事を探そうともせずに試合を続行。というか探している間に自分達が攻撃されているので探している暇もない。カモ君以外の選手たちが脱落していき、最後の一人になったところでカモ君は地属性レベル1の岩を撃ち出す魔法でその一人の後頭部を強襲。奇襲することに成功。予選を突破することになった。

 

「しょ、勝者。えーと、カモ君?予選突破!」

 

審判の一人が出場ネームでもあるカモ君の勝利を宣言すると観客席からは多くのブーイング響いた。

何せ、マウラ・ゴンメ・シュージの三名の試合は豪快さ、派手さがあったのにカモ君の試合は地味だ。しかも予選とはいえ、これが本日のラストバトルでもあるにも関わらず味気ない戦い方に観客達は不満だった。

その観客席の中で、ブーイングを上げていない人間が二人いた。

一人はカモ君の応援に来ていたコーテ。ブーイングを上げている観客に恨みがましい視線を送っていたが所詮個人と大衆。誰もその事に気が付かずブーイングが止むことは無かった。

もう一人はギネ。こちらはブーイングではなく爆笑していた。

自分の息子なのに怨敵扱いしている彼は、カモ君がブーイング。非難を受けていることに大層気を良くしていた。まるでこの大衆が今の自分に同調してくれているかのようにカモ君を責めていることがとても愉快だった。本当は見つけた時点でゴンメをけしかけたかったが、さすがに王族がいるだろう展覧室を見てけしかけることは諦めたようだ。

そんなブーイングを受けてもカモ君は別に屁とも思っていない。地味だろうが、非難を受けようが勝ちは勝ち。勝者が正義で敗者が悪なのだ。今のままではマウラには負けるので最終的には悪なのでは?とか言ってはいけない。

カモ君がそんな事を考えていると聞き覚えのある声が響いた。

 

「これは一見地味だがとても高等的な戦術が組み込まれた作戦である!」

 

カヒー・ヌ・セーテである。

王族がいるだろう展覧室の真下にある解説席から発せられる声の主は、警邏隊隊長としてだけではなく、その実力・功績から王都に住んでいる住民の殆どに最強の軍人と認知されている彼の言葉にブーイングは一斉に鳴りを潜めた。

 

「あの自爆に見えたあの魔法は敵から身を隠すことを主にしている事は誰もが想像つくだろう。しかし、魔法や武器が行きかう舞台の上で気配をずっと押し殺している間、彼は防御魔法を使う事が出来なかった。魔法使いには魔力を感知することが出来る者が多くいる。つまり彼は身を隠している間無防備だったという事だ。あの魔法が荒れ狂う中で、だ。この大会では隠密行動にたけた冒険者もいるだろう。魔力に敏感な魔法使いもいただろう。だが、そんな人物達がいる中で彼は見事に潜伏しきった。これは大変な技術がいる。魔法使いとして、冒険者としての技術が。それらを駆使して彼は勝利したのだ。彼を侮辱すると言う事はそれらを否定するという悲しい事だ。非難ではなく拍手で彼を送っていただきたい」

 

え、だれ?

長々と説明してくれている綺麗な軍服を着ているカヒーのような人は誰ですか?

 

カモ君は自分を擁護してくれているカヒーに失礼な事を考えていた。

セーテの人間は私的にはハジケるが、公的に働いている時はこうして立派な人格者になる。その事を知っているのは彼等と個人的に仲がいいごく僅かの人間だけだ。

カヒーに続き、ビコーも会場の反対側の解説席から端的に説明した。少ない労力と大胆な胆力でこの予選を勝ち残った強者なのだと。

この兄弟の事を知らない者はギネを除いていなかった。まばらな拍手から始まり、数秒後には大きな歓声と拍手の音に包まれながらカモ君はフィールドから去ることにした。

本当にあの人達はあの兄弟なのかという失礼な疑問を残しながら。

 



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第六話 ぶっつけ本番の大体が危険をはらんでいる

予選を終えた選手達は一同、王族。お姫様のマーサ・ナ・リーランのありがたいお言葉を受けていた。要は正々堂々戦えよ。明日の試合は一対一の勝負。今日と同じフィールドで準準決勝を四戦行う。その次の日に準決勝を二戦。三日後に決勝を執り行うと言う事。優勝者はマーサ王女への謁見が可能になり、彼女の出来る内で望みが叶えられるというもの。

御年十五歳になるマーサ姫の容姿はまるで宝石で出来た人形の様だった。一般女性の身長にスレンダーな体躯。銀を思わせるプラチナヘアー*は肩まで伸びており、その瞳はエメラルドを思わせる翠。その計算されたかのような細身の体から出される声色は女性なら嫉妬、男性なら魅了させてしまうのではないかと思わせる凛とした物だった。もし、彼女が死ねと言えばこの場にいる何人かは本当に死んでしまうのではないかと思わせるほどオーラに溢れていた。

ミカエリという女神じみた美貌を持つ女性を知っていなければカモ君もその声に骨抜きにされていたかもしれない。それほどのオーラを持った姫の言葉を聞いた選手は各々控室に戻っていく。

そんな選手たちの列の最後にカモ君はいたがそこに声をかけてくる人間がいた。シュージだ。マスクで変装しているだけではさすがに感いたシュージはカモ君を心配してこの大会に出場。優勝できれば何か助けになれるかもと思ったらしい。しかしながらそうなる前の準々決勝で二人は戦うことになった。

その事を残念に思いながらもカモ君はこれまでの事をシュージに話した。

モカ領で起こった事。ギネが自分を目の敵にしている事。その刺客がゴンメである事。それを撤回させるためにこの大会に参加して、優勝し、恩赦を受ける。その事をかみ砕いて話すとシュージは自分の身に起こったか事のように怒った。

助けてもらいながら自分の息子に刺客を送るギネに憤りを見せたが、カモ君は諦めたかのように肩をすくませる。

あれがどうにかなるなど今更期待していない。口で説明しても聴かないし。文字通り力尽くで言う事をきかせるしかない。と、カモ君が言うとシュージはそれ以上何か言うのをやめて明日の準々決勝の事を話すことにした。

シュージは自分ではカモ君に勝つことは出来ない。それならカモ君に出来るだけ無傷で勝ち上がってもらい準決勝に備える為にも危険を考えていたがカモ君がそれをきっぱりと止めるように言った。

明日の準々決勝は全力でぶつかって来い。と、

その言葉にシュージは驚いた。間違って自分が勝っても次の準決勝に勝てる気がしない。決勝なんて夢のまた夢だ。それではカモ君をマーサ姫に助けてもらうように願い出ることは不可能だと。そう理解し、勝負を諦めていた。

そんなシュージをカモ君は叱り飛ばす。

確かに勝ち目のない戦いをすべきではない。ダンジョン攻略や傭兵の真似事をしている時は特に、だ。命の危険がある物に挑戦することは良くない。後遺症が残る事も同様だ。

しかし、今回は護身の札というある意味この世界最大の保険がきいている戦いは別だ。

致命傷や即死に至る攻撃もこの札がある限り免れることが出来る。このような機会はそうそうない。相手との力量の差を知るためにも、自分の限界を知るためにも今回の大会は全力で当たれとカモ君は言った。勿論これには裏がある。

前にも記述したが、主人公であるシュージには出来る限り前向きに事に当たって欲しいのだ。この先の未来で起こるだろう戦争では困難の連続だ。それを乗り越える為には前向きな主人公とヒロイン含めた仲間達の行動が鍵になる。ここで諦めるという事は覚えて欲しくは無い。むしろこのような挑戦にはガンガン取り組んでもらいレベルアップしてほしい。それがこの国の為になるのだから。

勿論、そんな事は言えないカモ君はシュージを騙すように説得。明日の試合。正々堂々勝負だと言い残し、選手控室によって、戦闘服から私服に着替えた後人込みに紛れてシュージの前から姿を消すのであった。

 

翌朝。同会場にて準々決勝が行われた。

 

カモ君の前世の記憶からだと朝十時からという早い時間だと言うのに選手たちはすでに準備を整え、試合の時まで体を温めていた。観客達は今か今かと戦いが始まるのを待っていた。

そして始まりのあいさつが終わると同時に観客達の歓声は一気に高まる。それもそのはず、一番人気である白騎士の登場に心を踊っていたからだ。前回の戦いを知っている者。その者から情報を聞いた初見の人間まで白騎士の登場を待ちわびていたからだ。

準々決勝第一試合。白騎士(マウラ)対モブっぽい魔法使い。

魔法使いの方もそれなりに実力はあったのだろう。詠唱の短い火の魔法で白騎士を牽制。仕留めようとしたが、放たれた魔法が弱すぎたのか、放たれた魔法を特に防御することも回避することもなく突撃していった白騎士。

自前の抗魔法レジストが発動させており、更にはシルヴァーナの加護で、自分に放たれた魔法が着弾するも、まるで効かなかった。まるでろうそくの先についた火を吹き消すようにかき消された。

魔法使いが戸惑っている間に白騎士は持っていた剣、シルヴァーナを抜刀。その刃先が対戦していた魔法使いの首筋に皮一枚のところで止められた。

魔法使いは小さな悲鳴を上げた後、降参した。

審判がそれを受諾し、白騎士の勝利が宣言される。観客席からの大歓声を受けながらも依然として無言のまま白騎士は試合舞台のフィールドから歩いて去って行った。

時間にして一分も経たない程に短い時間で決着がついた。しかし、これがヒロインとチート武器の実力だ。未熟なシュージはもちろん、カモ君でも早々出来るものではない。

 

第二試合。モブっぽい男性冒険者同士の戦い。先程の見事な試合劇とは打って変わってこちらは随分と汗臭い試合が続いた。

お互い剣を主体とした戦い方だったが、数合剣の打ち合いが続いたかと思えば同時にお互いの剣の刃が砕け散った。そこからは殴り合い、関節技の掛け合いによる肉弾戦へと変わり、一時間の戦いの末、片方の選手が関節技をかけられたことによりギブアップ宣言をして決着がついた。

その光景は同じ男性からしたら見ごたえのある物だったが、女性からの評価あまり良くなかった。彼女達は華麗な、もしくは美しい戦技を見たかったのだ。

白騎士の試合に比べるささやかな拍手が観客から贈られるだけになった。

 

第三試合。モブっぽい魔法使い対ゴンメ。

こっちの試合はあっさりした物だった。

試合開始後、即座に魔法使いが風の刃を放ちゴンメの首をはねようとしたが、ゴンメはその強靭過ぎる身体能力を持って巨大なハンマーを振るい、風の刃を霧散させた。

その振るわれたハンマーを勢いそのまま体を一回転させると魔法使いに向かって放り投げた。全長二メートルもあるハンマーは先程放たれた風の刃よりも大きな風切音を出しながら魔法使いに直撃。呻き声も上げることも出来ずに魔法使いは戦闘不能まで追い込まれるダメージを負い、転送されていった。

魔法を力でねじ伏せた。そんな試合展開に観客達は歓声に沸いた。

魔法使いは普段から威張り散らしている輩が多い。それを魔法ではなく誰もが持っている筋力。それを鍛え上げたゴンメが叩きのめした光景に歓声を上げずにはいられない庶民たちはゴンメコールを彼が試合会場から離れるまで続けていた。

 

第四試合。カモ君対シュージ。

試合開始前に始まる選手入場の際、シュージには歓声が沸いた。見た目は美少年というかイケメン少年だ。それはそれは同年代の女の子には人気が出るだろう。ショタっ気もあるのでお姉様、マダムの方々からも歓声を浴びるシュージ。

対して、カモ君が入場すると一気に会場が白けた雰囲気を醸し出した。その中でやけに耳障りな肥えた豚みたいな笑い声がしたがそれに気にすることなく、カモ君は入場を果たす。

この対応の差が主人公と踏み台の差か。と、カモ君は半ば諦めに近い心境で受け止めた。

シュージと対峙するのはこれが二回目だ。

彼と共闘することもあった半年にも満たない間に大分お互いの事を知りあえた。まさか、原作では一方的に僻んでいたカモ君がこうやってお互いを気遣える間柄になろうとは思ってもみなかった。それだけお互いを知りあえたからこそシュージも自分の出方を知っているだろう。

魔法の打ち合いになれば火力がシュージに分がある為、カモ君は接近しながら魔法を連打しながら格闘戦に持ち込むだろうと踏んでいるのだろう。それは正しい。シュージとカモ君は何度も模擬戦をしているだからこそお互いの戦い方を熟知している。

ただ、そこに間違いがあるとしたら。

カモ君にミカエリというスポンサーがついていることをシュージが知らなかったという事。

 

試合開始と同時にシュージはカモ君から更に距離を取りながら自身の持つ最高の威力を持つファイヤーストームの詠唱を開始する。

だが、その詠唱が完成する前にカモ君の詠唱が終わる。

 

「エアショット」

 

カモ君のクイックキャストにより、風の玉を撃ち出す初級魔法が繰り出された。だがその魔法では十メートル以上は離れているシュージに届くころには威力は散って、そよ風程度の感触になっているだろう。

 

カモ君はその魔法を自分自身の背中に向かって撃ち出す。

自分を押し出すように放たれた魔法と同時にウールジャケットの効果を発動させた。

更に自分を蹴り飛ばすつもり地面を蹴り抜いた。

 

この三つが組み合わさる事で人間が出せるとは思えないほどのスピードを出したカモ君はそのままシュージに体当たりをする。その初めて見る超スピードにシュージは対応することなくカモ君を受け止める形でぶつかった。

その痛みは無い。ウールジャケットでほぼ重さを失ったカモ君の体当たりはまるで掛け布団を押し付けられたような感触だった。しかし、それで呆けたのがいけなかった。

カモ君のクイックキャスト(笑)はシュージが一つの魔法を完成させる前に、カモ君二つ発動させることが出来る。

呆けていたシュージの顎に左の手の平を当てながらカモ君は魔法を放った。

 

「ロックシュート」

 

カモ君の手の平から撃ちだされた頭一つほどある岩が撃ちだされると同時にシュージの顔も正面ではなく真上を見る事になる。

岩が直撃したのにその程度のダメージで済んだのは、これまでカモ君との模擬戦で魔法を何度も遠距離・中距離・近距離で受けてきた事とアイムとの訓練。とにかく魔法使いである自分は敵との距離を取る事を教えられたお蔭である。

カモ君の魔法が発動する直前で体を後ろに引くことが出来たが、魔法によって打ち出された岩の砲弾は顎をかすめた。その衝撃でアッパーカットを受けたようにシュージの顔が撃ちあがった。それでもまだ戦う意思は残っていたシュージだが、目に映る光景がぐにゃりとねじれた。

岩で撃ちあげられたダメージで脳が揺さぶられ生じたダメージが脳震盪に近い状態になったのだ。膝から崩れ落ちて、詠唱できない状態のシュージはそのねじれた光景を見る事しか出来なかった。

 

「プチファイヤ」

 

ねじれた視界の中のカモ君がこちらに手を向けられる。その手の先が真っ赤な火の玉を生み出したことでシュージは自分の敗北を悟った。

未だにまとまらない思考と視界に酩酊状態だったシュージは胸のあたりに熱さを感じた。

 

ああ、自分の護身の札が燃えているのか。負けたのか。

やっぱり強いな。エミール。

今度戦う時は俺ももっと…。

 

決闘の時や模擬戦。やはりカモ君は自分に手加減していたのだ。

実際の魔法の威力は自分が上だと言っていたが、それは発動させたらの話しだ。そうさせないための手段をカモ君はしっかり持っていた。ただそれを使う機会が無いくらいに彼との力量差に違いがあったのだ。それを悔しく思うが、今回その手段を使わせたという誇らしさを持ってシュージは転送されることになった。

 

カモ君とシュージの戦いは終わった。

またもや地味な展開だった。

カモ君が急加速してシュージに体当たり。顎先に手を当てて岩を撃ち出す魔法を打ちだし、そのダメージで倒れたシュージに火の魔法を持って護身の札を焼いて強制転移させた。

ただそれだけ。駆ける・撃つ・燃やす。時間にして十秒ちょっと。その光景に最初は何が起きたか分からなかった観客達も噛みしめるようにカモ君の行動を思い出す。

風のように駆け抜け、岩を撃ちだし、火を操る魔法使い。そこから出た答えは。

 

「…エレメンタルマスター」

 

「え、ちょ、ちょっと、嘘でしょ。あの魔法使いの中でも珍しい、複数系統の魔法使いの?!」

 

「マジかよ。あんな地味な変な格好をした奴が」

 

観客の声は次第に大きくなるかと思いきやすぐに静まり返る。

 

「でも、使う魔法が地味よね」

 

「少なくても派手じゃないな。まさかレベルの低い魔法使いなのか」

 

「せっかくレアな魔法が見られると思ったのにこれじゃあなぁ」

 

驚愕から落胆に変わる。それでも勝ち残ったことは事実だし、なにより、昨日のようにカヒーにまた説明させるわけにもいかないと思った観客からまばらな拍手が送られた。

しかし、ある程度の実力を持った冒険者や魔法使いからはカモ君は驚異的に見えた。

適材適所。その時に効果的な魔法を使い勝った。低リスク・高リターンを行ったカモ君はまだ実力を見せていない。

相手が知らないと言う事は最大の武器になる。初見の行動には大体の人間が戸惑うのだ。その攻撃がこちらを確実に仕留める可能性を秘めている。そんな事はダンジョン攻略を行ったことがある人間なら誰しもが感じる事だ。

カモ君の試合内容を選手専用の観戦室から見ていた準々決勝戦勝者である白騎士マウラも、モブっぽい冒険者も、頭が野生に帰っているゴンメすらも脅威を感じていた。

カモ君は強敵だと。そんな彼が試合の舞台になった場所を去っていく。その背中から感じる彼の実力はまるで透明度の高い湖の底を見ているようだ。

すぐにそこに手が尽きそうと思って手を出してみると思いのほか深く、こちらが呑みこまれてしまうくらいに深い。そんな脅威を感じさせていたカモ君。

 

やばかった。シュージが真後ろじゃなくて左右どちらかに移動していたら、駆けぬいた勢いそのままで試合会場の壁にぶち当たって無様を晒していた。そこにシュージの魔法が飛んできていたら完全に負けていた。

 

結構なギャンブルに勝ったカモ君。その実力の深さ(十センチ未満)に誰も感じ取ることは無かった。

 



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第七話 ネタは一晩寝かせると美味い

思いのほか準々決勝戦が終わったことにより、お昼過ぎには武闘大会会場からは観客は自宅に帰るなり、遅めの昼食もしくは早めの夕食を取る為に出払っていた。

それは大会選手も観戦に来た王族も同様であったが、そんな選手控室の前に王女マーサがカヒーとビコー。数人の護衛を引き連れて控室までわざわざ出向いていた。その目的は白騎士。正確には覇剣シルヴァーナを持つマウラに会うためだ。

予め、白騎士の名前で出場しているマウラが選手控室に戻ったところに従者の一人に他の選手がいなくなるまで控室で待っているように事付は済んでいた。

マーサが控室に入るとこには備え付けのベンチに腰かけることもせずに、まるで彫刻像のように直立していたマウラがいた。

もはや兜を取れとは言わない。シルヴァーナもそうだが、目の前の人間から感じられる魔力はマーサにとっては何度も感じている妹の物。間違えるはずが無かった。

 

「マウラ。どういうつもりですか。この武闘大会に出場するとは」

 

「…」

 

姉の言葉に妹は応えない。いつもは自分が声をかけると子犬のように声を上げながら寄ってくるマウラが無言を貫いていた。

 

「第三王女でもある貴女なら欲している物なら父上や母上に言えば手に入るでしょう。この大会で得られるものはそこでも手に入る。何故、出場したのですか」

 

「…」

 

目の前の白騎士は何も答えない。マーサのような王女に対してこのような無言を貫くという無礼が許されるのは同じ王族だけだ。他の人間がしようものなら文字通りその場で首が落ちる。それほどまでに王族というのは気高く強い存在なのだ。

マーサの美貌で睨まれた白騎士はそれでも無言を貫く。答えは既に知っているはずだと。

 

「もしや、この間の事をまだ引きずっているのですか」

 

ピクリと白騎士が動いた。それはカヒーやビコーといった圧倒的な強者でなければ気付かないほど小さな動き。マーサの付き人達にさえ気づかない小さな動きだった。

 

「まだ検討段階ですが私の嫁ぎ先がネーナ王国公爵になったのがそんなにいやなのですか」

 

最早質問ではない。決めつけではなく、落胆じみたその言葉にようやく白騎士から声が上がった。

 

「ネーナ王国は我が国リーランに良い印象を持ってないことぐらいお姉様も存じているはずでしょう。リーラン王国の者が嫁げば不逞の輩共の慰み者になるとうわさも絶えません。我が国民が実際そうなった情報もあります」

 

普段の調子なら夏の日差しを思わせる元気な声は今、悲嘆に暮れていた。

これから言う事は拒否されるというのは分かっている。それでも言わずにはいられなかった。自分の愛する姉が敵国に嫁ぐことを何としても阻止したい白騎士の声は震えていた。

 

「敵国とはいえ王族の娘を貰うのですよ、そのような無体を働けるはずがありません。そのような事になれば即国交断絶。下手すれば戦争です。いくら憎い相手でも戦争を吹っ掛けることはしないでしょう」

 

もう何度目になるか分からない問答。頭痛を抑えるように額に手を当てるマーサは白騎士に言い放つ。

 

「それに言ったはずですよ。私はそれでもかまわないと。それでリーラン王国の人間がドラゴンの脅威から守れるのなら私は長年の怨敵とすらも婚約を結んでも構わないと」

 

そう、全ては王国内にカモ君一家を襲ったドラゴンが原因だ。

カヒーやビコーくらいに戦闘力がある兵が沢山いれば何も問題などなかった。しかし、そのような超人が大量にいるはずもない。

学園長を務めるシバ。超人のカヒーとビコー。他にも超人クラスと言われた親衛隊隊長のような人間が沢山いればマーサの縁談も無かった。しかし、圧倒的にリーラン王国には戦力が足りない。それほどまでにリーラン王国は広大だ。守り手が足りないのだ。だからこそ怨恨のある隣国であるネーナ王国と縁談という強い縁を結び、ドラゴンへの脅威に対抗する。

王族として、それは理解している。民の為にその身命を犠牲にする。だからこそ王族は称えられるのだ。それでも、マウラは愛する姉にそんなひどい目にはあって欲しくは無かった。

 

「私は」

 

「この婚姻が正式な物になれば私はすぐにでもネーナへと行くつもりです。わかりますね」

 

「私は」

 

「これは王命でもあります。いくら貴女がこの大会で優勝してもそのような願いなら叶うことは無いでしょう。それほどまでにドラゴンとは驚異的な物なのです」

 

白騎士は王女の手を取ろうと腰においていた手を上げようとしたが、マーサの冷たい視線を感じてその手はそれ以上上がろうとはしなかった。

 

「私がいなくなっても兄達がいます。姉が、妹である貴女がいます。貴女達がこの国を支えるのです。…いいですね。これ以上同じ問答を繰り返すつもりならこの大会は辞退しなさい」

 

そう言ってマーサはカヒー達、護衛の人間を連れて控室を出て行った。

控室に残されたのは白騎士のみ。白騎士はその場でただ堅く己の拳を握る事しか出来なかった。

 

 

 

「と、言う事があった」

 

「なかなかの修羅場だったぞ」

 

カモ君達を匿っているセーテ家別荘に立ち寄ったカヒーとビコーは、別荘内で夕食を取っていたミカエリとそこで世話になっているカモ君。コーテに事の詳細を伝えた。

 

「それって、機密事項じゃ」

 

「うむ。他の人間に漏れれば大変な事になるな」

 

「だが、ばれなければいいのだ」

 

コーテの言葉を否定することなく頷く兄弟にコーテは眩暈を感じた。

この国のトップクラスの秘密事項をこんな夕食の場でぽろっと言うのはおかしい。隣を見ればカモ君も同様に手で目を覆いながら天井を見上げていた。

 

「ここに居る人間はミカエリ本人が厳選した者達だ。口も軽くは無かろう」

 

「うむ。それにもしこの事を漏えいしようものなら我等自ら罰を下せばよい事だ」

 

ようは喋れば殺すという事だ。

本当に夕食時に話していい事柄ではない。

それにコーテは別方面で心配していた。

カモ君の戦闘意識が削れるという事に。

翌日の準決勝では実力的に白騎士。マウラが決勝戦に進むことは間違いない。しかし、そのような事の後に彼女がそのまま大会出場するのは彼女の心情的に考えれば難しい事だろう。優勝しても姉の婚姻を無しにするというのは無理ということが分かったから。彼女がこのまま大会を参加し続けるかどうか分からなくなったからだ。

彼女がこのまま大会出場するとしよう。カモ君が準決勝でゴンメを倒したとしよう。その先に待っているのは事情を知った相手。ただならぬ事情を抱えた白騎士マウラとの決勝戦だ。果たしてカモ君にそのような相手と戦えるかどうか。

コーテはそれが心配だった。相手に同情して負けるなんてことが無ければいい。しかし、同情しない程カモ君が薄情とは思えなかった。

そんなカモ君の心情は。

 

ラッキー!優勝候補が一人消えるかも!

 

と、薄情な事を考えていた。

怨むことなかれ。こちらにも事情という物があるのだ。

マウラ達の事情に比べれば家庭内のいざこざという低レベルな事なのだけれど無視できるものではない。譲れるものではない。

マウラの準決勝の相手は一般冒険者っぽい人だ。実質ゴンメとの戦いが決勝戦のような物だ。彼に勝てれば優勝は自分の物だとカモ君の心は小躍りしていた。

 

勝ったな。風呂入って寝る。

 

その日のカモ君は大変安らかに眠る事にしたのだった。

 

 

 

翌日。

 

「対戦相手の棄権により、白騎士!決勝進出決定!」

 

白騎士マウラは自身の悩みを振り切ったのか、まだ抱えたままなのかは分からないが、未だに闘志だけは変わらずに持ち続けていた。

武闘大会会場の中央で多くの歓声を浴びている白騎士の姿を見たカモ君。

 

・・・うん。知ってた。

 

彼の目は死んだ魚のように淀んでいた。

 



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第八話 セーテ兄弟による魔法講座

武闘大会三日目。

昼過ぎに行われる予定だった準決勝第二試合は第一試合で白騎士マウラの対戦相手が自身の武器を前日の試合で失った事を理由に棄権した為、第二試合が繰り上げられた。

 

「準決勝第二試合。荒ぶる剛腕で相手を叩き潰すパワフルスマッシャー!冒険者のゴンメ選手!」

 

うぉおおおおっ!と野太い男性陣の声援があがる。主に冒険者達を中心とした人達からの声援を受けながらゴンメが入場する。

その筋肉で膨れ上がった体は遠くから見ると丸い岩のようにも見えるが、その実態は筋肉が肥大化したボディビルダーも真っ青な体。

魔法などいらぬ。技などいらぬ。ただ素早く近づいて叩き潰す。そんな事を言ってもいないのに彼の体と彼の持つ武器が無言の圧力を放っていた。

 

「対!その静かで動きで気配を消し、無駄ない一撃で相手を倒してきたエレメンタルマスター!カモ君選手!」

 

カモ君の紹介になるとゴンメを応援していたブーイングが起こる。

この国での魔法使いは冒険者を低く見て舐めきっている。そんな風潮がある為、エレメンタルマスター。魔法使いのカモ君に対しての当たりが酷い。しかも使う魔法がどれもレベル1のしょぼい魔法だから魔法が好きな一般人からも受けが悪くファンが付きにくいのだ。その為、多少の建前を含めた拍手や歓声よりもブーイングの方が勝ってしまう。

以前はカヒーに窘められた観客達だったが、カモ君の地味な戦い方に嫌気がさしていた。魔法を使うならもっと派手な事をしろと。

カモ君だって派手な事をして勝てるならいくらでもするが、生憎自分のレベルではそんな魔法は使えない。だからこそ、体術と魔法を組み合わせて戦っているのだ。文句があるならお前が戦ってみれば?と言いたい。

そんな対照的な二人がお互いを睨み合うように立った。

カモ君は十二歳とは思えぬほど長身だが、ゴンメはそれの倍近く背が高く恰幅も良かった。その為、ゴンメの背中から観戦する人たちからはカモ君の姿が覆われて見えないくらいにゴンメは大きかった。

 

「お前。弱い。その体で殴っても俺に効かない。魔法も効かない」

 

ゴンメの挑発にも似た発言にカモ君は不敵な笑みで返す。

 

知っていますが、何か?

 

内心では殆ど自分に勝機が無い事に絶望しているカモ君。

自身の最大火力である。無数の大岩を相手の頭上に発生させて押し潰すロックレイン。それをまともに受けたとしてもゴンメなら平気な顔で這い出てくるビジョンが見えた。

そんなカモ君に出来ることはゴンメを相手にしての長期戦。彼が疲れ切った隙を見て護身の札を燃やすといった搦め手しかない。

 

「でも、強い。オマエ、頭がいい。だから」

 

ゴンメはカモ君を馬鹿にするような素振りは見えない。その逆に彼を警戒していた。だからこそ。

 

「何かされる前に潰す」

 

カモ君がシュージにしでかしたように短期決戦を宣言したゴンメはハンマーを肩に担ぎ直し、体勢を前かがみにして、いつでも襲い掛かれるようにした。

ゴンメは馬鹿かもしれないが間抜けではない。自身の本能と経験でカモ君を危険人物と判断した彼は最初から全力でカモ君と戦う気のようだ。

 

見下してくれれば付け入るチャンスはあったのになぁ。

 

と、カモ君も長期戦は諦めて、ミカエリから借り入れたコットンジャケットに魔力を通す。

カモ君も最初から全開だ。

 

「試合開始!」

 

審判の掛け声と同時にゴンメはカモ君に襲い掛かり、ハンマーを振り降ろしたが、その時既にカモ君はそこには居なかった。前にも後ろにも左右に移動して交わしたわけではない。三次元的な位置。五メートルはあるだろう上空へと魔法を使って逃げていた。

 

カモ君は最初から全力で逃げることを選んだのだ。

 

「…か、カモ君選手が宙に飛んだぁああああ!?」

 

レベル3の上級の風魔法の使い手でも困難である空中飛行をカモ君はお披露目することになる。

 

「ま、まさかカモ君選手、空を飛べるほどの上級魔法使いだったのかぁあああ!」

 

勿論そんなわけがない。カモ君の風魔法は未だにレベル1。初級魔法しか使えない。

ウールジャケットの効果で体重をゼロにした上で大きくジャンプ。更に軽い物を浮かべることが出来る初級魔法のフロートを自分の体に使って上空へと逃げただけだ。しかし、それをわざわざ言う必要はない。

そしてそんな状態では息を吹きかけるだけで飛んで行ってしまうので、エアジェルという簡単な風の膜を作る魔法に切り替えることでその場を漂うクラゲのようにプカプカと浮いて見せた。浮遊魔法のフロートを解除して、そこからカモ君ならもう一つ魔法を使う準備をする。

魔法使いや弓矢使いのように遠距離を攻撃できる人間でないと攻撃が届かない位置から一方的に攻撃できるというアドバンテージを作り出したカモ君。これが最初からの狙いでウールジャケットを今回の武闘大会に選んだのだ。

ゴンメの武器はハンマーだ。普通に考えると五メートルもの高さに届くハンマーなどない。投げつけるというのももっての外。武器を失くした所をカモ君が火属性の魔法を撃ち続ければ護身の札にいずれ着弾して決着がつく。

ただ、ゴンメは普通ではなかった。身体能力だけを見れば彼もまたカヒー等といった超人の部類に入った。

ゴンメは大きくジャンプした。ただそれだけでカモ君のいる上空五メートルの場所に手が届く。それだけの身体能力を有していた。

 

くそっ!やっぱり、武器は手放さないか。

 

カモ君は内心毒づいた。

ゴンメが短慮にハンマーを投げつけてくれれば、二つの魔法を同時扱えるカモ君は、今の自分にもう一つの風魔法をぶつけ回避に専念することになる。

ゴンメはカモ君に油断はしない。だから武器を手放すなんてこともしなかった。だから自分の身体能力に物を言わせて高く跳躍。自身の体重とハンマーを合わせれば総重量四百キロはあるそれをカモ君のいる高さまで運んだ。

カモ君はそれを予期していた。

自分達を最初に襲った時も同じ高さの民家の屋根に跳躍して襲ってきたのだ。出来ないはずがない。

だが、カモ君がやる事は変わらない。プカプカ浮かんだ自分にエアショット打ちこんでその空域から離脱。数瞬遅れてゴンメのハンマーが其処を通り過ぎて行った。

重力に従って大地に轟音と共に着地したゴンメは再び自分の足に力を込める。また飛び上がってくるつもりだ。

カモ君はその様子を見て、こう思った。

 

これ、詰んでね?

 

 

 

カモ君とゴンメの戦いが始まってから三分もしないうちに観客達からは「お・と・せ!お・と・せ!」というコールが鳴り響く。

空に浮かび上がったものはいいものの逃げてばかりのカモ君に見どころを感じなくなった観客は早く決着をつけて欲しいと願ったのだ。

ゴンメがこのまま短時間で決着をつけてくれれば、白騎士との決勝戦を開始するかもしれないからだ。しかも相手は威張りつくす魔法使いだ。ここで痛い目に遭って欲しいと言う非魔法使い達の声も混ざっていた。

そんな彼等にカモ君の応援に来ていたシュージは文句を言いかけたが、それを両端にいたコーテとキィに止められる。

 

「やめなさい!ここで問題起こしたらあんた、ここに居る奴等にタコ殴りにされるかもしれないわよ」

 

「それにまだ大丈夫。エミールは勝負を捨てていない」

 

ゴンメがジャンプでカモ君に襲い掛かる度に彼はピンポン玉のように空中で跳ねて回避していたが、三分もしないうちに滑らかな飛行をするようになった。心なしか最初は焦った顔を見せていたが余裕を持った不敵な笑みを浮かべていた。それが何を意味しているのかコーテにはわからない。だが、諦めていない事はわかったのでシュージを落ち着かせて席に座らせる。

そんな三人とは観戦している位置が真逆のところで、三人とは逆の心持ち。つまり、お・と・せ!コールをしている一人の豚がいた。

 

「ひはははははっ!いいぞいいぞ!そのまま奴をじわじわと追いかけませ!魔力もスタミナもあの調子ならすぐに底を尽く!そうなったらぶっ潰してしまえゴンメェエエエエエ!」

 

カモ君の実父であるギネである。彼を陥れる為に潰すためにこの武闘大会にゴンメを代理出場させたが、こんなにも早く潰す機会が来たことにギネは歓喜していた。もうすぐあのいけ好かないクソガキを叩き潰す光景が目に入る事をまだかまだかと期待しながらゴンメを声高々に応援していた。

 

「いいぞ!ゴンメ!そんなクソガキなんぞ叩き落してしまえぇええええ!」

 

本来向けるべき相手は息子だと言うのに、これが逆転するほど家族仲がこじれたのはどうしてだろうか。

どれもこれもギネがクーとルーナを大切にしなかったから。それにぶちギレたカモ君がギネをボコボコにしたせいである。しかし、ギネが普通の親の愛情を注いでいればこんな事にもならなかった。

この状況はいわば二人の歯車が完全に噛み違えた所為なのだ。そこを直せなかったのが尾を引いて今に至る。

唾を飛ばし、その肥満な体からは悪臭がする汗を飛び散らせ、たるんだ顔。唇から唾を飛ばしながら応援する姿は見ている方が気持ち悪くなりそうな光景だった。

そんなギネを見ていても仕方ないので近くにいた観客は試合へと視点を移す。カモ君は不敵な笑みを浮かべながらゴンメからの攻撃を回避するだけで未だに不敵な笑みを浮かべていたが、彼の顔から滴る汗と若干息を荒くしている様子からして長く持たないだろうと考えた。だからこそ気付かなかった。

有利に進んでいるはすのゴンメを何故だか息を荒くしながら呼吸をし始めたことに。

 

 

 

「ほう、風向きが変わったな」

 

「え?それはどういうことでしょうカヒー様」

 

解説役のカヒーは自分達の下で戦っているカモ君達を見て風向きが変わったというが、何がどう変わったかは理解出来ずにいた。

 

「これを言うと手助けになってしまうので言わないがな。このままだと面白い事が起きるぞ」

 

「なるほど。カヒー様にはまだカモ君選手に勝ち目があると思われているのですね」

 

審判のコメントにカヒーは頷いた。その上で彼はこうも思っていた。

 

既に勝ち目は出ている。が、正しいのだがな。

 

 

 

ゴンメは短絡的な思考で焦っていた。

此方がカモ君を攻撃しようとジャンプをした瞬間にカモ君は回避行動をとる。その回避行動は大げさな物から小回りが効いた物に変わっていた。

地面にいる場合は前後左右の平面的な方向に回避する。その方向だけなら自分が持っているハンマーを振るうだけで全てを叩く事が出来る。点への攻撃ではなく面への攻撃なので今まではそれでどうにかなって来た。

だからこれまで自分と戦ってきたモンスター・冒険者・魔法使いに攻撃が届いた。しかし、今回は空を飛んでいる相手だ。

平面から立体になった事で自分の線の攻撃は回避されやすくなった。だが、自分は中級冒険者。戦闘力だけなら上級冒険者だ。もうカモ君の回避パターンは読めてきた。後一分も攻撃すれば確実に仕留められると考えていた。

だが、今では体が重い。熱い。息苦しい。

十分ほどカモ君に向かって何度も攻撃している間に自分が気づかないくらい微小に。それでも徐々に体が言う事をきかなくなってきた。

まるで初めてモンスターの毒を受けたような感覚だ。しかし、自分の体は鍛えに鍛えた自慢の物だ。多少の毒など効かない。それなのにこの息苦しさは何だ。

もう一度体に力を込めて跳ぶ。だが、その行動は最初の頃に比べれば大分鈍い物だった。理由は分かっている。この息苦しさが原因だ。まるで水底に沈められて窒息するような圧迫感だ。

ここは陸上で、水など無縁な荒野を模したような試合会場。それなのにこの溺れていく感じは何だ。

ふと視線を感じた。その視線は対戦相手のカモ君。彼も息苦しそうに少し息は荒いが自分ほど苦しそうではない。まだまだ余裕がありそうな表情。まさか、この状況はお前が作り出したのか?

カモ君は応えない。だが、今の自分の身に起こっている異常事態。それを引き起こせるのは目の前のカモ君だとしか考えられなかった。

水の無い陸上で溺れそうになりながらゴンメは大きく息を吸った。

これで決める。決めなければ此方が危ない。

だが、ゴンメの体は跳ぶことが出来なかった。体が重い。熱い。呼吸をしているのに呼吸をしている気がしない。もはや手にしたハンマーすらも持ち上げることが出来なかった。

ゴンメの瞳孔がひっくり返り、口からは泡絵を噴きながら仰向けに倒れた。その手で体に必要な酸素を掴むようにじたばたともがくが彼の体に酸素が入る事はなった。

そしてその息苦しさにもがき苦しむゴンメを見た。カモ君が浮遊魔法を解いて自分のすぐ近くに舞い降りた。

そのカモ君も少し息苦しさを感じさせたが、数秒後にはこちらに向かって小さな火の魔法を放ち、こちらが胸に着けていた護身の札を燃やした。

その行動を妨げることが出来なかった。まるで寝起きの状態のように思考に靄がかかり、体が痺れたように動かないのでされるがままだった。

転送が始まる中でゴンメは思い出したようにカモ君を見た。

 

ああ、やっぱりこいつは強いな。

 

 

 

武闘大会会場はあまりの展開に静まり返っていた。

今まで攻めたてていたゴンメが急に苦しみだし、泡を吹いて倒れ、動けなくなったところでカモ君に護身の札を燃やされて倒された。

まるで、見えない手で首を絞められたかのように苦しみだしたその光景に審判を含めた観客達は呆気にとられていた。

 

「酸欠だ。ゴンメ選手はカモ君選手が作り出した風のドームの中で動き回ったために意識を保てるだけの酸素が吸えなくなって倒れ伏したのだろう」

 

「然り。風のドーム内では空気が循環されない。あれだけの動きをすれば酸素が消費され二酸化炭素が吐き出される。その濃度が徐々に濃くなり呼吸しているにもかかわらずできていない状態になり、動けなくなったのだろう」

 

カヒーとビコーの解説に審判・観客一同目の前で起こったことを説明し出した。

 

「カモ君選手が空中に浮遊した時、発動したのは恐らくフロートという風の魔法かマジックアイテムの力なのだろう。そして、ゴンメ選手の攻撃を躱していた最初の数分は二つ目の魔法を使ってその浮遊していた場所を動かしていた」

 

「浮く事に一つ。移動するに一つ。二つの魔法を同時に使っていた。この重複詠唱。ダブルキャストと呼ばれる技術で空中でも彼は自由に動けていたのであろう」

 

超人たちの解説に審判は観客を代表して質問をした。

 

「では、いつ風のドームを作ったのでしょう。まさかカモ君選手はトリプルキャストが使えるほどの魔法使いだったのですか?」

 

審判と観客達は試合会場となったフィールドで審判が勝利宣言をするまで静かに立って待っていたカモ君を眺めながら説明の続きを傾聴した。

 

「否である。ダブルキャストでも高等な技術。それを越えるトリプルキャストとなればそれに比例するように魔法のレベルもあってしかるべきだ」

 

「しかし、それを使わなかった。いや使えないのだろうな。使えるのならあのように拙い空中浮遊はしないだろう」

 

確かにカモ君は最後の火の魔法を使うまで逃げの一手だった。タコのように逃げる時は一気に逃げるがそれは直線的な物ばかりで逃げるにしては短距離過ぎた。その為、ゴンメは絶えず攻撃し続けることが出来た。

それが自分の首を絞めることになるとは思ってもいなかっただろう。

 

「おそらく隙を見て魔法を切り替えたのだろう。エアジェルという空気の膜を自身の体に纏う魔法に。ただ、それが自身ではなく自分の周囲にまで展開したのだ。少なくてもゴンメ選手のいる範囲まで広げたエアジェルを展開したのだ。エアジェルの中は少ない量ながら簡単な風の方向くらいは操作できるからな」

 

「ちなみにエアジェルは、本来酷暑な場所では涼しい風の膜を。寒冷な場所では暖かな空気の膜を張るくらいの力しかない。カモ君選手の力量ではダブルキャストという技術を使っている以上小さなつむじ風を起こすのが精一杯であろうな」

 

しかし、それだけで十分だ。カモ君はマジックアイテムのウールジャケットでほぼ体重がゼロだった為、つむじ風程度でも十分に回避行動がとれたのだから。

展開した風の膜は恐ろしく薄かった。これは我等兄弟のように風の魔法使い。これだけ遠くから観戦している上、高ランクの魔法使いでなければ気付かない程薄く広げられた風のドームだ。

恐らく、子どもが投げた石ころ一つで破けるほど繊細な膜。風の高レベルの魔法使いでなければ気付かない薄い膜。だが、中でどれだけ暴れてもその膜に影響しないのであればその効果は絶大だ。誰にも気付かれずにドームの中の酸素はどんどん減る。

どんな超人でも呼吸をすることが出来なくなれば苦しむ。戦えなくなる。

あの時、ゴンメが破れかぶれでハンマーを投げていれば、ハンマーは風の膜を突き破り、広範囲のエアジェルは崩壊。新鮮な空気を取り込むことが出来たゴンメは再び軽快な動きでカモ君を追い詰め、勝利していただろう。

だが、そうはならなかった。風の魔法使いでもないゴンメに風の膜を察知することなどできなかった。

冒険者。戦士にとって武器の損失は命の損失。武器を投げつけるという行為は確実に当てきれるという自信と確証があって行うべきことだ。それをあの時に持てるかどうか誰にもわからない事だ。

 

「では、何故。カモ君選手は酸欠にならなかったのでしょうか?同じ風のドームの中にいたのに」

 

「酸素は軽い。カモ君選手は空に飛んでいただろう。そこにはまだ少しの酸素があったのだ」

 

「逆に二酸化炭素は重い。地面にいたゴンメがいた所に大量に漂っていただろうな。ゴンメ選手が倒れた時に風のドームも解除した。だから火の魔法も使えたのだろう」

 

その上、ゴンメは激しく動いていた。それだけ動けば相応の酸素が必要になる。逆にカモ君は魔法を使って軽く移動するだけで良かったのでそこまで激しい呼吸をすることが無かったので酸欠にはならなかった。

 

「カモ君選手の魔法のレベルは低いのかもしれんな」

 

「だが、魔法使い。魔法を使うという点に関しては高レベルな物なのかもしれぬ」

 

つまり、この勝負は純粋な力ではなく、様々な効果を知っていたカモ君の勝利だということだ。と解説した後、審判と観客達はその身を震え上がらせた。

小さな力で大きなものを制する。それはまるで物語に出てくる軍師や賢者のような動きではないか。しかもゴンメのような凶悪な攻撃を仕掛けてくる相手にそれを行う度胸。そして、それを威張り散らすことなく粛々と受け止め、進んでいく姿はまるで英雄の様ではないかと。

 

「~~~っ!準決勝第二試合!勝者はカモ君選手!その頭脳とそれを行う事の出来る魔法の扱い!そして度胸に対して皆さま拍手でお答えください!」

 

審判の勝利宣言後に万雷の拍手と歓声が起こった。

そこに侮蔑や軽蔑な色はほとんど存在しない。

この一人の英雄の見せてくれた知識と技術。度胸の戦いに感動した観客達は、拍手と声援を絶え間なくカモ君に向けて行った。

そんな光景を見て、カモ君はというと。

 

あ、そういう事だったんだ。

 

ゴンメが何故もがき苦しみながら倒れた理由を知らなかったのだ。

あの時使っていたのはエアジェルという魔法を二つ。自身の体とゴンメを含めた広範囲の物。

その意図はカヒーとビコーが説明した通りだが、酸素と二酸化炭素の云々の事は頭になかった。

あの時はひたすらゴンメの攻撃を躱すことに集中していた。それこそ魔力がきれるまで足掻くつもりだった。しかし、足掻き切ったところでこちらの攻撃は届かない。下手に攻撃しても反撃でやられる。つまり、カモ君はゴンメの酸欠の事が無ければ詰みの状態だった。

しかし、そんなことはおくびに正さず、カモ君は静かに微笑みながら試合会場となったフィールドを後にするのであった。



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第九話 つまらない男。面白い男

カモ君が決勝戦進出を決めたことをコーテ達に喜ばれている時、ギネは怒り心頭でゴンメが運ばれた医務室でまだ意識の戻らない彼を怒鳴り散らしていた。

 

「この、このっ、役立たずが!酸欠などという子供だましに騙されおって!」

 

自身もカモ君のしでかしたことに気づかなかったのに文句を言うギネ。しでかしたカモ君ですらも気付けなかったのだ。魔法使いでもないゴンメにそれを言う事は酷である。

それが分からないギネはその太りきった拳で動かないゴンメの体を何度もたたいていた。

 

「困ります子爵様。命に別状はないとはいえ意識の戻らない選手にあまり乱暴をしないでください」

 

ゴンメの手当てをした担当医や看護師たちがギネをゴンメから遠ざける為に羽交い絞めにするが、太っているだけあって重たいその体はブルブル揺らしながらギネは医師たちにも当たり散らす。

 

「黙れ!平民共が!子爵である儂に触れでないわ!こいつは儂が雇った!儂の所有物だ!どう扱おうと儂の勝手だ!」

 

貴族と平民。その隔たりは大きい。魔法使いである貴族が何かと優遇されるこの国で貴族に逆らえばどうなるか分からない。

例え、辺境の領を収める貴族でも平民が貴族に口出しできることはあまりない。

貴族に文句が言えるのは王族かそれ以上の貴族だけ。

だからこそ、この男が出てきた時点でギネの醜聞は打ち切られた。

 

「困るな、子爵。この武闘大会は国が、王族が取り仕切っている。更にマーサ姫がご覧になっている。つまり、大会出場者は皆、姫様の客人という事にもなるのだ」

 

医務室の前にはそのゴンメに引けを取らない体つきをしたこの国の超人の一人。カヒーがいた。

ギネも名前ぐらいは知っていたが、本人の顔を知ったのはこの大会が始まってからになる。

地位・魔法・功績・財力。その全てにおいて自分を凌駕する男の登場にギネはすくみ上った。

 

「医務室で騒がしくしている厄介な輩がいると聞いたので、暇つぶしがてら見に来てみたら豚。いや、酷い雇い主が暴れているな」

 

ギネはこめかみに青筋を立てた。

豚と言われたことをしっかり聞き止めて怒ったからだ。しかし、それを伝えるという真似はしない。そうすれば間違いなく自分の方がやられるから。しかも目の前の男は王族でもないのに王国最強の人間と言われていることから絶対に逆らえないのだ。

 

「な、なに。この冒険者が大口をたたいた割には大した働きをしなかったので愚痴っていただけですよカヒー様」

 

この力だけの馬鹿貴族が、こんなところにまで出しゃばって来るな!

 

そう言えたら良かったがギネは保身に関してはカモ君よりも詳しく徹底していた。その上で失礼にならないように自分の息子。カモ君の事をそれとなく質問した。

 

「それよりカヒー様。私の愚息の事を御存じありませんかな。奴は愚かな事をしでかして、ただいま私個人で追跡しているのですが何か知っておりましたら」

 

「知らんな」

 

お教えくださいますか。と、言葉をつづける前にカヒーはギネの言葉を遮った。

 

「い、いえ、どうやらセーテ侯爵の人間と逃げていたという情報もありまして」

 

「知らんと言っている。特に愚かな事をした貴様の息子は知らん。同時に発生した二つのダンジョンを攻略した貢献した。大した事をした兄妹の事しか知らん」

 

それは知っているという事だろう!そのダンジョン情報を知っているという事はあのクソガキが儂にしたことを把握しているという事だろうが!

 

「お、おかしいですな。情報の食い違いという物でしょうね。正しい情報は」

 

「貴様は何を言っている」

 

カヒーの言葉にギネは疑問を持ったがすぐにその意味を伝えられる。

 

「貴様の情報と私の手にした情報。それのどちらが正しいかは私が決める。ギネ子爵。貴様はそれまでの男か」

 

暗にギネ程度の情報など握りつぶせる。塗り替えると言っている。

お気楽な妹だが、貴族として国にも家にも貢献しているミカエリの情報。

カモ君やミカエリから聞いた通り自分勝手な人間だとこの眼で確認したギネ。

どちらを信じるかはすぐに分かる。

明らかに私情が入っている。しかし、ギネもまた私情でカモ君を罪人に仕立て上げようとしている。お互い様だ。それを理解していないのはギネだけだった。

 

「し、失礼します」

 

ふざけるな!愚鈍な化物が!

そう叫びたい気持ちを必死に抑えながらギネは医務室を走り出すように去って行った。

その様子を見てカヒーは軽く鼻でため息をついた。

 

「あ、ありがとうございますカヒー様。あの方には本当に困っていた者で」

 

「これからは人の寝ている所に豚を入れないようにすればよい。あの手の豚は一度上から殴られない限り理解しないからな」

 

医師たちから感謝を述べられたカヒーもまた医務室から出ていく。その途中で今後の予定を決めておく。

カモ君が優勝してもしなくてもギネの出している陳情は握りつぶすつもりである。

自分も我儘な部類の人間だと思っていたが、ギネがあそこまで腐った性格をしていたとは思わなかった。彼の情報は碌に信用できるものではない。逆にカモ君もそこまで信用は出来ないが、面白い。

特にミカエリの作り出したアイテムを自分から見たら面白おかしく使って悪戦苦闘する様は見ていて飽きない。なにより同好の氏でもある。シスコンという同類である。

弟妹達の為に自分に歯向かう。それは決して褒められることではないが個人的には好ましい。ああやって信念を貫き通す輩がめっきり少なくなってきたからだ。

社交界の場に珍しく出てきても保身や賄賂と言ったものをちらつかせる輩に少しだけにらみを利かせると奴等はすぐに散っていく。

つまらない。そう、つまらないのだ。

自分となぐり合える相手など弟のビコーかこの国の王と王妃の親衛隊隊長くらいだが、彼等とそんな事をしている暇などない。そうして自分達の誰かが任務を果たせない程傷ついては任務どころではない。かといって彼等以外となると自分達に怖気づいてあまり戦えない。そんな中、現れたのがカモ君だ。

礼儀をわきまえており、性格も好青年、少し弟妹達の愛が過ぎるがそこも好感を持てる。出来る事ならミカエリの婿にでもなってくれればと思うが、彼は子爵の者だ。しかもすでに婚約者持ち。

 

どうにかならんかぁ。

 

と、考えていると、廊下の途中にある一角が気になった。それを確かめるためにカヒーはその超人的な身体能力ですぐさま近づき確認したがそこに合ったのはただのゴミ箱とベンチ。

どうやら気のせいだった。わけでもなさそうだ。

微弱な風の流れから誰かがここに居たのは確かだ。だが、それを追うのは難しい。それとなくこの大会の警備をやっている者にそれとなく警備には気を付けてくれと言葉をかけて、カモ君達が待っている別荘へと赴くのであった。

 



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第十話 決勝戦前夜。薄暗い空間。男と女。何も起きないはずもなく。

医務室から飛び出したギネは武闘大会場を出て、すぐさまわき道。人目につかない裏路地にそれた。そこで大声を上げながらそこに置かれたゴミ箱を蹴り飛ばし、当たり散らした。

もしそこに浮浪者や平民などがいれば殴りつけていただろう。相手が反撃できそうな輩なら魔法を使い一方的に暴力を振るっていただろう。

ギネはとにかく性悪だ。そして器が小さい男だ。そんな男が大声を上げながら物に当たる。出来る事なら大会の観戦者に。カモ君に。いや、カヒーに暴力を振るえたらどれだけよかったか。

しかし、それは出来ない。カヒーに忠告されたこともあるが、自己の保身の為。特に王族の前で無様を晒せば今後に支障をきたす。だから、人目のつかない所で怒鳴り散らす。当たり散らす。それでも苛立ちは収まらない。

このままギネが裏路地を抜けてしまえばそこらにいる平民達に無差別の攻撃魔法を放ってしまう。だが、そんな男は不意に後ろから声をかけられた。

 

「助けてあげましょうか?ギネ・ニ・モカ子爵」

 

「誰だ!」

 

ギネが振り返ると、三メートルほど離れた先に白いローブを羽織り、首には青と緑の宝石をはめ込まれた首飾りがかけられており、右手には土色の宝玉をはめ込まれた一メートルほどの長さの赤い杖を持った黒髪の妙齢の女性が立っていた。

 

…白いローブの女。神官か?しかし、あの外見は清貧を謳っている詐欺師どもがあのような豪勢な杖や首飾りをかけているか?

 

もし、目の前の女が神官ならば迂闊に手を出せない。神官職に無体な事を知られれば彼女達のネットワークによりギネ。ひいてはモカ領での回復魔法が使える彼等の仲間を呼ぶことが出来なくなるのだ。

逆に彼女が平民か自分より身分の低い貴族なら手を上げていた。その豪勢な装飾品や杖を力づくで取り上げ、憂さ晴らしに暴力を振るう。

そんな思惑のギネに目の前の女性は演技の入った言葉を連ねる。

 

「悔しいでしょう。己より力のある物に搾取されて。正しい事を否定されて。そんな貴方を私は力を貸しましょう」

 

「…名乗りもしない者に力を借りるほど落ちぶれてはいない」

 

ギネは知らない相手には力を借りないと言うが、正しくは違う。

自分より強い立場の者なら媚びへつらいその力を借りる。

自分より弱い立場なら奪う。

この二つの考えが彼の思考だった。しかしそれを知っているかのように、言葉は続く。

 

「私は王都で教祖の補佐をしている者です。申し訳ありませんが誰の補佐で、自分の名も言えませんがそれなりの地位にいる者ですよ」

 

「…そうか。ならこれでも喰らえ!」

 

名乗りもしない奴は攻撃しても問題は無い。そう言う人間が後で文句を言っても『知りません』の一言で済ませることが出来る。お互いに踏み込まれたくない事情がある相手に酌量する気持ちなんぞギネは持ち合わせてはいなかった。

ギネはカモ君が武闘大会で使っていたロックシュートの詠唱を開始する。普通の平民なら逃げだし、冒険者や魔法使いなら詠唱の妨害をする。

だが、目の前の女は詠唱を目の前でされてもただただにこやかに微笑んでいた。

 

気味の悪い女だ。だが、今の私に近付いた不幸を呪え!

 

「ロックシュート!」

 

ギネの詠唱が完成し、カモ君の放った魔法よりも一回り小さい岩がギネの前に出現。それが女に向かって射出された。だが、女は構えることもなく、手にした杖を前に出すわけでもなく変わらず微笑んでいた。

そして岩が直撃。女の顔はスイカのように割れて真っ赤な血が辺りに飛び散る筈だった。

 

「あらあら。無防備な人に向かってこれほどの魔法を…。よほど悔しい思いをしたのですね」

 

だが、岩は女に当たることは無かった。その岩と女の顔の間に拳一個分の隙間があり、そこから先に岩は進めていなかった。

 

「あら、別に不思議がる事なんかしなくてもよくってよ。これは私のマジックアイテムの力。…自作のね」

 

自作のマジックアイテムを作れるのはこの国ではまだミカエリだけのはず。またこの女が嘘を言っているだけかもしれない。どちらにせよ只者ではない気配を感じさせる女はローブの下から一つのコルク栓のついた小指サイズの小瓶を取り出し、ギネの前に見せつけた。

 

「これはね。正直になる薬が入っているの」

 

そう言いながら女はギネにもたれかかるようにすり寄る。

ギネはその女を不気味に思い後ずさりしようとしたが遅かった。彼が二の足を踏んでいる間にその小瓶の蓋を器用に片手で、目の前で開けられた。小瓶からは蜂蜜色のお香のような物が立ち上りギネの顔を包み込む。

 

「ほら、ね。貴方はどうしたい?」

 

「な、なんだこれは?!そんな物を儂になすりつけるな!」

 

「大丈夫。大丈夫。怖くないわ。これは正直なるお薬。毒なんかは入っていないわ」

 

女はそう言いながらギネの背中に杖を持った手で押さえつけながらその香りをかがせた。押さえつけられている手は女の感触なのにまるで地面深く打ちこまれた杭のように動かない。その不気味さにギネは息を荒くし、余計にその香りを吸った。

汗ばみ、息が荒くなり、視界が狭まる。明らか異常事態なのに女の声はしっかりと聞こえた。

 

「悔しいでしょう。おかしいでしょう。貴方は正しいと思っているのに周りは違うとおっしゃられている」

 

女の声がやけに頭に響く。現実感が湧かない。だが、それだけにカモ君やカヒーに対する怒りが込み上げてきた。

 

そうだ。自分は正しい。それを無理矢理握りつぶされかけている。あってはならない。そうだ。これは正しい事なのだ。例え、王族であろうと。いや、王族の前だからこそ貫かなければならないのだ!

 

「…そうだ。儂は正しい!奴等が、今の状況が間違っているのだ!」

 

カヒーも、依頼を果たせなかったゴンメも悪い。そして何より元凶のエミールが悪い。あいつだけは殺してでも正さなければならない!

しかしどうやって殺せばいい。生意気な事にエミールの戦闘能力は高い。こちらとぶつかればやられる可能性が高い。その上、奴の周りにいる奴等も強い。…あああああああっ!考えれば考えるほど今の不条理に腹が立つ!ああ、むしゃくしゃする!目の前の女を叩きのめせれば、少しは気が晴れるか。

 

「あらそんな怖い目で見られたら私」

 

目の前の女は表情を変えずに、魔力の波すら立てずに呟いた。

 

「潰してしまいそう」

 

その言葉を聞いたとたんにギネの激情は一気に鎮静した。代わるように感じたのは恐怖。

この女は出来てしまう。声を出さずに、音を立てずに、誰にも知られることなく、痕跡すら残さず潰してしまう。消されてしまう。

ギネが小刻みに震えあがるのを見て、女は再び微笑んだ。先程見せた聖職者がよく浮かべるような優しい微笑みではなく嗜虐的な微笑みを見せた。

 

「大丈夫。大丈夫。そのつもりならもう潰しているわよ。ただ、いつそうなってもおかしくないけれどね」

 

女はクスクスと笑う。そして、もう一度最初の言葉を繰り返す。

 

「貴方に力を貸してあげるわ。ただ、私と会ったことを言いふらされるわけにはいかないの。喋ったら」

 

女はギネの目の前で左手の親指と人差し指の先を合わせてみせた。

喋ったら潰す。

ギネに拒否権は無かった。

震えが止まらない。分厚い顔の中では歯を何度もカチカチとかみ合い、股間からは湯気が立ち上っていた。

初めて浴びる殺気。初めて殺されると自覚した感覚にギネの目の前は滲み出る涙で歪んだ。

そんなみじめに震えるギネを見ておかしそうに笑みを浮かび続ける女。

ギネは女が悪魔なんじゃないかと錯覚し始める。

 

「安心して。貴方に力を貸すと言ったでしょう」

 

そして悪魔は甘言を吐くのだ。一度味わえば離れることのない呪いを。

女は再び懐から二本の小指サイズの薬瓶を取り出す。一本はギネの怒りを増幅させた小瓶と似ていた。ただ、もう一本の白い小瓶は目の前の女とは似ても似つかない程の神聖さを感じさせた。

これは光の魔法が込められた小瓶だ。適性の無いはずのギネがそう思わずにはいられない程、清らかで力強く。安らかさも感じさせる小瓶だった。

それをギネの懐に差し込むと女はその身をひるがえし、裏路地の更に奥へと進んでいきながら言葉を残していく。

 

「一つは貴方のやる気を起こさせるもの。もう知っているわよね。もう一つは白い小瓶は貴方に『お友達』を増やす薬よ。魔法に抵抗のない人間に使えばずっと貴方の味方。貴方の剣にも矢にもなる『お友達』になるわよ。使うか使わないかは自由にするといいわ」

 

そう、言い残した女の姿は裏路地の陰に完全に消えてしまう。

そこにまだ人の気配が感じる間にギネは震えながらも声を投げかけた。

 

「これを渡して貴様に何の得があるっ」

 

本当なら怒鳴り散らしたい。だが、未だに恐怖はぬぐえない。女の意図が見えない。こんな都合の良い物を渡して女に何の益があるというのか。

そんなギネの問いに答えることなく、気配は完全に消えてしまった。

誰もいない。自分がここに来た状態だ。しかし、自分が着ている服は汗や涙といった老廃物ぐちょぐちょだ。更に自分の懐には小瓶が二つある。

ギネは腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。

怒りから恐怖。そして安堵。

感情の振れ幅の大きい一時を過ごした後に再び浮かび上がったのは怒りだった。

エミールへの怒り。あいつがいたからこの町に来た。この町に来たからこのような無様を晒した。あいつがいなければこんな事にはならなかった。

言いがかりの、自業自得。しかしそれを理解することも出来なければ、諭す者もいなかった。

 

「…あいつだ。あいつの所為でケチがつき始めたのだ。だが、だが、どうする。本当にこんな小瓶でどうにかなるのか」

 

あの女から感じられた威圧感は本物だ。それに渡された小瓶からもその力を感じることが出来る。

女の意図はわからないが何をして欲しいのかは分かった。しかし、その踏ん切りがつかない。

ここには王女がいる。カヒーといった超人がいる。失敗して露見すればこちらもただでは済まない。ここに来た時に比べ小さくなった怒りという感情では後先を考えてしまう感情が邪魔して行動に移せない。だが、この薬が本物なら。

 

おぼつかない足取りで予約していた宿場に戻ったギネはその晩中悩み続けた。そして日が昇り、太陽が真上に登る時間帯になると、彼は女から貰った小瓶の一つを開けた。

 

「ふ、ふは、ふはは、ふははははははっ!」

 

高笑いをしたギネの足元には女が渡した『やる気を起こさせる薬』の入った小瓶が転がっていた。

 

やってやる。やってやるさ!ああ、間違っているのは儂ではない!儂を殴ったエミールだ!侮辱したカヒーだ!儂を認めない王族だ!

間違っているのは儂ではない!自分を取りまく世界だ!

だから正してやるのだ!儂が、自らの手で!

 

女の恐怖も忘れてギネは武闘大会会場へと歩いていく。

決勝戦はもう間もなく始まる頃だろう。今更観客席に行ってもそこには満員で入れない。しかし、大会関係者。出場者には簡単な造りではあるが個人の特等席が設けられる。そこになら自分は入り込める。

暗い感情を上手に隠しながら会場に入って来たギネは参加者特等席の文字か書かれたフロアへ行き、そこを警備していた者に参加者の関係者だと伝え、確認を取られている間もマグマの如く煮えたぎった感情を抑え込んでいた。

確認が取れたことで通されたギネはその関係者の元へ歩いていく。そこには自分のお友達いた。簡単な命令を果たせなかった凄腕のお友達が。

 



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第十一話 とりあえず相手をぶっ倒してから考えよ

武闘大会決勝戦。正午に行われることになったそれを見る為に多くの観客達が詰め寄っていた。

平民。商人。冒険者。貴族。そして王族。

様々な人種の人達が所狭しに観客席に押し寄せていた。大会出場者の関係者は無料で観戦できるが、それ以外の者は観戦するためにはお金を支払わなければならない。それも安くは無い額だ。それでも満員になるのはやはり王族が観戦すると言う文字通りのロイヤルブランドがついた試合だろう。

バトルフィールドは予選から変わらずの荒野を模したフィールドだが、そこには小石一つ落ちていない。

今回の決勝戦という事もあって念入りに大会スポンサーの企業や組織が丁寧に整地したのだ。この栄えある決勝は誰が見ても恥じることないように入念にチェックをしたフィールドだ。そして今、そこに立つのはここまで勝ちあげって来た強者。

 

白騎士として大会出場してきた謎の戦士。その正体はこの国の第三王女マウラ。

その圧倒的な膂力を見せつけ、冒険者・魔法使いを叩きのめした彼女の剣術と補助魔法は彼女の今まで積み重ねてきた努力の成果と腰に携えた覇王の剣シルヴァーナの効果だろう。

それらが組み合わされることで彼女はここまで上り詰めた。

 

そんな彼女に対するのは薄緑と茶色の斑模様の服の上に、灰色のジャケットをつけ、目元をマスクで隠した一般冒険者然とした格好の魔法使い。この世界の踏み台キャラ、カモ君である。

地味に潜伏して、しょぼい魔法で不意打ち。地味な速攻にしょぼい魔法。地味に見えるが高等な技術を使ったしょぼい魔法で勝ち残って来た。地味すぎて逆に印象をつけてしまった悲しき実績(借金)を背負った戦士(笑)である。

エレメンタルマスターという広く浅い魔法の種類と威力。そして幸運でどうにかここまで勝ち上がった戦士である。

 

そんな二人が対面してお互いに身構える。

審判の開始という言葉を今か今かと待ちわびているかのような構図に観客席からは歓声が絶えない。この歓声はまるで二人の心境を表しているように盛り上がっていた。

 

白騎士は思う。

 

この大会に優勝する。そして、お姉様に。そしてお父様たちにもこの気持ちを伝えるんだ。その為にも絶対に勝つ!

 

姉、マーサは結論を急ぎ過ぎている。ドラゴンの脅威は確かに大きい。被害も馬鹿にはならない。隣国との協力は必要だ。だが、怨敵が渦巻く敵国に姉を送り出したくはない。姉には拒否されたが、あれから一生懸命考えてもう一つの案を絞り出した。

きっと優勝すれば姉はもちろん王や妃である父母。兄達も賛同してくれるだろう。

そんな希望を胸に白騎士は剣を構えた。

 

踏み台は思う。

 

無理ぽ。

でも優勝しないと傭兵奴隷。娼婦堕ち。借金まみれ。軽蔑される未来が待っている。かといってお前、白騎士相手に。この世界のヒロインとチートアイテムに勝てるの?無理だろ。

まず戦闘ステータスが違いすぎる。素のステータスならまだカモ君に分があるかもしれないが、それでもシルヴァーナの効果でステータスに大幅補正されている時点で負けるのに、マウラが補助魔法を展開したらその効果で確実に負けるだろう。

発揮する前に仕留められたらいいだろうって?

いや無理やもん。だってもう唱え終わっているだろうし。魔法は発動させなければ試合前に準備していい。つまり詠唱はしていいことになる。これは冒険者なら剣を鞘から抜く事に等しいものとして扱っている。後は彼女が魔法名を叫ぶだけでいい。身体強化魔法、ブーストと。もしかしたらこちらの攻撃魔法を警戒して魔法威力軽減魔法のレジストかもしれないけど。

 

そんなやりとりを昨晩、ミカエリの別荘でやっていたカモ君は、ギネを諌めたカヒーと先に戻っていたビコーに『諦めんなよ!』×2と熱血な説教を受けた。

ゴンメという格上に勝った事による昂揚感と、その詳細を詳しく説明してくれた二人の言葉だからこそカモ君は説得されかけていた。

 

勝てるかなぁ。俺って勝てるかなぁ。

勝てるじゃなくて勝つんだよ!×2

…分かった。俺頑張って勝ってくる!

は?無理じゃね。×2

 

みたいなやりとりが別荘内で行われていた。

コーテとミカエリが止めていなければまたカモ君はカヒーとビコーに殴りかかっていた。

外見だけはクールを装っているが、内心では昨晩の事を思い出してかなり戦意が削れていた。

そして、今、そこで余計な事に気が付いた。

 

あ、俺、白騎士がマウラ王女って分かっているじゃん。それなのに試合とはいえ彼女に戦いを挑むのって不敬なんじゃないの?しかも彼女が事情持ちってことも知らされているから尚更不敬罪が適用されるんじゃないの?

 

そう思い立ったカモ君はカヒーに視線を向けると、マウラと自分の分析データを評価しているカヒーが視線に気が付いたのかいい笑顔で言った。

 

「両選手には頑張ってもらいたいですね」

 

ヴァカめ!ようやく気が付いたか!

 

と変顔しながら言っているカヒー自身に似た背後霊が見えた気がした。

次にビコーの方を見る。彼もまたいい笑顔でこう言った。

 

「いい試合を期待しています」

 

嵌められたと思ったその時は既に罠は発動しているんだ!

 

と妙なキメ顔をしたビコーの背後霊が見えた。気がしたじゃない。確実に見えた。

 

あ、あいつ等っ。嵌めやがった!俺をどうしようもない状況に陥れやがった!

ていうか初めて見るわ、その満面の笑み!絶対分かって言っている!間違いない!

 

カモ君は改めて構え直しながら、前もって考えていた作戦を開始する。もはや、自分のステータスを引き上げて勝つことは無理。となればやる事は一つ。こっちも白騎士を罠にはめて無理矢理ステータスの差を埋める。そしてスタミナ勝負の泥仕合を仕掛ける。これしか勝つ手段がなかった。

しかし、負けることは許されず、勝つことも許されない。ならばやるべきことは。引き分けに持ち込む事。

とりあえずどうにかしてマウラに勝たなければならない。そして、こちらの勝利宣言と一緒に自分から負けを宣言すれば引き分けだ。

これでどうにかなる!と、思ったがカモ君は目の前で煌めいている剣。持ち主のデバフ効果打ち消すチートアイテム。シルヴァーナの事を忘れていた。

あ、やばい。今詠唱した魔法をキャンセルしても、無効化されても負ける。どうにか別の詠唱を!

 

「決勝戦!試合開始!」

 

審判てめぇえええっ!

 

カモ君は審判を怒鳴りつけたかったが、審判は定刻通りに開始しただけに過ぎない。

こうしてカモ君の方だけ心理状態が乱れっぱなしのまま決勝戦は始まるのであった。

 



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第十二話 泥中の華

武闘大会決勝戦。

その激闘を最後まで勝ち残った二人の強者が今激突する。

 

「レジスト!」

 

審判が試合開始の合図を告げると白騎士マウラは前もって詠唱していた魔法を発動させながらカモ君に向かって剣先を定め、構えながら突進する。

己に向かって放たれた魔法を軽減。威力が低ければ無効化する薄いバリアを発生させる魔法は確実に発動した。

身体強化と魔法抵抗。どちらを取るか迷ったが相手が魔法重視なのは今までの戦いを見て把握した。カモ君の決め手となる物はすべて魔法だった。だったらその魔法を封殺すればいい。

彼との身体の力の差はそう変わらない。しかし、装備品の差でこちらが勝つ。

むこうは素早く動けるだけのアイテムかもしれないが、こちらは覇剣シルヴァーナの加護がある。攻撃・防御・スピード・スタミナ・魔力の全てが底上げされる。それを加味したうえで戦えばこちらに軍配が上がる。

その上、あちらは魔法を除けば攻撃手段は無手。剣を持つこちらが断然有利だ。接近戦も相手はコートでこちらは軽くて頑丈な魔法金属で作られた鎧。このまま接近して切り払えばこちらの勝ち。

距離を詰めれば勝つ。その考えで突撃した彼女目に飛び込んできたのは、こちらに一瞬遅れながらも同様に魔法を発動させながら接近してくるカモ君だった。

 

「スワンプ!」

 

彼の魔法が発動すると同時に、マウラの足元周辺に直径二メートル。深さ十センチほどの泥溜りが形成された。

カモ君が繰り出してきたのは土魔法のレベル2。

本来は大人数。それこそ一部隊で使う魔法で目標周辺部に泥沼を作り出す効果がある。これは主に敵対している部隊や軍隊に対する魔法で、相手の進行速度を送らせるための魔法だ。それを大人数で範囲を狭めれば底なし沼を形成し、沈んだ人間はほぼ脱出不可能と評されるほどの凶悪な魔法だ。

それを一人で、詠唱も中途半端だった事もあってか威力はそこまでだったものの、その泥濘(ぬかるみ)に足を取られたマウラは姿勢を崩した。自身にかけたレジストという魔法の効果もあってか、泥濘は地面にこびりつく乾いた土となる。それは糊付けのようにマウラの動きは一瞬止めた。

その隙を狙ったのかカモ君は、ダブルキャスト。二重詠唱を行い、その足に炎を纏わせた跳び蹴りを放った。狙いは彼女の心臓の位置に当たる鎧の中央部分。

剣という凶器を持った相手に飛び蹴りを放つという凶行に驚いたマウラは再び体が固まる。

シルヴァーナの迎撃では遅い。その前にカモ君の蹴りは自分の護身の札に当たり、燃やされる。

どんなに強い力を持っていても相手より先にこの札を燃やされれば負ける。

その事を直感的に悟ったマウラは身を捻ってカモ君の蹴りをどうにか躱す。その時、火の子が護身の札を少し炙ったが、レジストの効果もあってだろう。退場になる程の熱を浴びていない為か燃やされることは無かった。

泥溜まり突破して、何も等しい土の糊も剥した。もう油断はしないと、カモ君の動きを目で追う。

彼は跳び蹴りの勢いを殺さずに自分の背後一メートル程離れた所からこちらを見ずに走り抜けるように逃げていた。

 

先程の不意打ちが決まらなかったので距離を取ろうという事か。そうはさせない。奇襲もさせないし、それにも驚いたりしない。

 

逃げる彼の背中を斬りつけるように彼を追おうとしたがまた足元に泥濘が発生した。いや、発生し続けている。カモ君は不意打ちが失敗しても泥濘を生み出す魔法を展開し続けていた。そのお蔭でマウラがカモ君に追いつく事が数秒遅れた。

その間にカモ君は振り向くことが出来た。そして再び詠唱しながらこちらに向かってくるカモ君。そこに先程は使わなかったウールジャケットに魔力を通しながら迫ってくるスピードは先程よりも二段階は上回っていた。

マウラの剣は先程の事もあってか正眼を貫いている。このまま突っ込んで来ればカモ君の体はそのまま貫かれ自滅するだろう。そこでカモ君は詠唱していた魔法を発動させながら大きく前にその身を投げ出した。さながら水泳選手が水に飛び込むような姿勢で魔法を発動させる。

風の魔法。レベル1。エアショットを使い自分の体を包み込むように発動。イメージは螺旋を描いて飛んでいくライフル弾。ライフル弾の部分はカモ君の体だ。

カモ君はマウラに向かって回転しながら突進していった。

 

「ぶるぅわぁあっ!」

 

その光景はまるで某格闘ゲームに出てくる超能力ボスの必殺技の様だった、

その奇声と現象に再び面をくらうも正眼の構えを解かなかったマウラ。動けなかったともいうが、そんな彼女の剣の横すり抜けるように通過したカモ君は大きく右の頬をシルヴァーナの刃で切り裂いてしまう。それでもカモ君の両の手はシルヴァーナを持つマウラの両手に触れ、掴んだ。

その時の衝撃はほぼない。軽すぎる状態のカモ君に捕まれてもマウラは痛くもなんともない。だが、掴んだという感触はカモ君にも伝わる。

そこでカモ君は目を回しながらもジャケットの効果を切る為に魔力を流すことは止めた。エアショット・スワンプは彼女に触れることで効果を失うことになる。ウールジャケットに魔力を通す余裕もなくなった。

すがりつくような形だがマウラの手を掴んだカモ君はそのまましがみつく。マウラは剣を振るうには近すぎる。己の腕の中にいるような状態のカモ君を引きはがそうとするがカモ君は離れない。離れれば最後、斬られて終わってしまう。その事が分かっているからカモ君は必死にしがみつく。

その動きでカモ君は子どもに振り回される玩具のように軽々と振り回され、その度に自分が生み出した泥が跳ね、両者は泥にまみれていく。その様はあまりに見苦しい。戦いを知る者が観れば必死な事はわかる。だがそれが知らない者にはただただ無様だった。

せっかく美しかった白騎士が汚される。いままで地味に逃げながら戦ってきた頭だけが回る魔法使いに。決して力強さを見せなかった人間に汚される光景を見たくはない。

 

其処まで意地汚く戦う事をやめろ。潔く負けろ。早く終わってしまえ。見苦しい。

 

そのような感情が噴き出て会場中からブーイングの嵐が巻き起こる。

カモ君の事を応援しているコーテやシュージ達からも彼が汚れ、傷つき、貶され続ける事を良しとしない。負けてもいいからはやく試合が終わって欲しいと願った。

 

もう十分に頑張ったじゃないか。カヒー達との約束事は上位に食い込む事。それはもう果たせた。もう頑張らなくていいんだ。

 

それはカモ君自身も考えていた。しかし、カモ君はよりにもよってマウラと戦っている間にまた一つ余計な。いや、大切な事を思い出した。

この決闘をシュージが。この世界の主人公が見ている。彼が見ている前で諦める事を覚えさせたらこの後の未来で起こってしまう戦争でどうなる。

 

主人公が諦める=戦争に負ける=バッドエンド。

 

そうなればこの国は終わりだ。

そうならないためにカモ君は今まで頑張って来たのだ。ここで自分が諦めるわけにはいかない。

 

泥臭く、汗にまみれ、みじめな傷を負い、周りから侮蔑されようとも、格好悪くても、諦めないそんな戦いを彼に見せなければならない。知らしめなければならない。

 

散々マウラに体を振り回され続けていたが、それにも慣れた頃、カモ君は魔法を完成させた。光属性の魔法。レベル1。身体能力を少し上げるプチブースト。これを全力で出し続ける。それを続ける事二分。

地面に両足がしっかりとついた。回っていた目も正常になって来た。全体的な膂力で負けてもここからは一方的に振り回されない。

マウラはレジストの魔法を未だに使い続けており、カモ君の魔法を中和し無力化している。まるで砂漠に水を撒くとすぐに蒸発して乾いた地面になるように。撒いた傍から乾いていくように無効化している。

だが、それ撒きつづけていればその時だけは濡れているようにカモ君のプチブーストはあまりにも微弱ながらも彼の体を強化し続けていた。

マウラがもう一度乱暴にカモ君を振り払おうとしたタイミングに合わせてカモ君はその勢いに任せて彼女を投げた。

柔道で言う所の一本背負いにも似たその動作は、あまりにも無様。技ありの判定も貰えない残心も何もあったものじゃない動作だが、初めてカモ君の攻撃がマウラに通じた物だった。

だが、マウラは王族としての教育。勿論戦闘技術も叩きこまれている。補助魔法を得意とする光の魔法使いだから余計にだ。

投げられたからと言っても決してシルヴァーナは手放さない。この剣に、国宝として宝物庫に眠っていた剣に選ばれた者として手放すことは許されない。今のような状況で手放した時、下手すればカモ君に拾われて斬り捨てられ、負けるかもしれないから。

マウラは投げられながらもすぐさま立ち上がるように体勢を整える。

三回もカモ君には虚を突かれたが、もう逃がさないと両手で持っていた剣を右手で持つ。そして空いた左手でカモ君の左手を掴み上げた。が、そこまでしか出来なかった。

カモ君は左手首を掴まれたが、瞬時に右手でシルヴァーナの柄を掴む。それはまるでマウラが開けた場所を埋めるように。

 

カモ君とマウラ。筋肉量とマジックアイテムの補助。身体強化魔法と魔法軽減。そして殴り合いの経験の合計がほぼ拮抗した。

 

若干マウラが力で勝っているが、力任せに行けばまた先程のように投げられる。そうなればシルヴァーナを手放してしまい、その加護が無くなり、負けるかもしれない。それは今使っているレジストの魔法をキャンセルしても同じだ。いまから強化の魔法を使おうとすればまたカモ君に投げられてしまう。

外見では力比べをしているように見えるのに、勝敗を握るのはその人が持つ技術だ。

その間にも二人は素早く腕の力加減や足取りを少しずつずらしながら動いていった。

 

 

 

いつの間にかカモ君を罵倒するブーイングが止んでいた。それに気づけたのはカモ君がマウラを投げてから五分ほどの時間が過ぎてから。

みじめに転がされるだけだったカモ君と白騎士の体が薄く白く光っていた。

強化と無効化の魔法を常に放出し続けているのだとカヒーの解説がされたが、シュージを含めた観客の耳には留まる事が無かった。

 

「…綺麗。まるで踊っているみたい」

 

観客の誰かがそう呟いた。

目の前で戦っている二人は薄汚れていた。だが、それさえも装飾品の一つと思わせるほどに二人はお互いの手を、剣を離さずに素早く体を動かしていた。

強引に押し倒そうとしたかと思えば、その体を抱きしめるかのように引きあう二人は本当に踊っている様だった。

カモ君は相変わらず劣勢であるにもかかわらず、日ごろ鍛えたクールな表情を崩さない。少しでも苦しい表情を見せれば、そこから気合負けしてしまう。

白騎士も兜の中で息を荒くするが苦悶の声はあげない。それを感じ取らせない。カモ君にそれを知られたら、リズムを合わせられて投げ飛ばされる。

一進一退に見えた攻防だが、カモ君が不利なのは変わらない。

なにせカモ君は魔力を消費し続けている。マウラは消費してもシルヴァーナから魔力を供給し続けている。

このままでは魔力切れでカモ君が負けることは必定。だが、カモ君に出来ることは現状維持のみ。千日手に見えた必至な状態にカモ君はこれ以上の事は出来ない。マウラの小さなミスを見つけ、そこを攻撃するしかない。

そう思いながら組みつく事五分経過した。カモ君が見逃しているだけかもしれないが、一向にマウラは隙を見せない。

 

当然だ。マウラはシルヴァーナというチートアイテム持ち。彼女が負ける方がおかしいのだ。今、拮抗していることが奇跡のような物。

 

カモ君が今まで頑張れたのは前世の記憶。シャイニング・サーガの攻略方法。

そこから効率的に体力と魔力を鍛えつづけ、魔法学園滞在時にはアイムに教えを請い、毎日欠かさずトレーニングを積んできた努力の賜物。ある意味、王族の英才教育よりも効率的な鍛錬を続けてきたお蔭でここまで戦えた。

 

均衡はもう長くは持たない。

カモ君の魔力も体力ももうすぐ底を尽く。だが、最後までそれを勘ぐられてはいけない。その為にも常に全開でいなければならない。

切り裂いてしまった頬は今も熱された棒を押し付けられたように熱く感じるし、魔力の使い過ぎで脱力感も半端ない。スタミナだってそんなに残っていない。

出来る事なら顔の傷をすぐに魔法で手当てして、風呂に入って、ベッドの上に倒れこみ一日中眠っていたい。

それを悟らせないためにも自分は。

 

「カモ君選手、笑みを浮かべている!これは勝利を確信しているのか!」

 

笑うのだ。

虚勢を張って悟らせるな。相手の苛立ちと動揺を誘え。不利な時こそ笑って乗り越えろ。

 

その時、マウラがカモ君を押し倒さんばかりに体を前面に押し込んできた。

勝機と見たのか、それともカモ君の態度に苛立ったのか。どちらでもいい。これが最後のチャンスだ。

魔法と違ってマジックアイテムは詠唱を必要としない。勿論カモ君のクイックキャスト(笑)も必要ない。念じるように魔力を流せば効果を発揮する。

プチブーストの魔法を終了させると同時にウールジャケットに一秒だけ魔力を込める。

強化の魔法を受け無くなった。

マウラからしたら今まで組みついていた相手がいなくなりバランスが取れなくなる事にも等しい現象に陥る。だが、それで不利になるとは限らない。

マウラはそのままカモ君を押し倒し馬乗りになったらカモ君の首を締め上げようとそのまま倒れこむように押し倒す。

そんな中でもカモ君の左足の裏はしっかりと地面を踏みしめていた。そして、右足はというとマウラの股間の下。鎧の股下を蹴り飛ばしあげていた。

 

「オラァァ!」

 

金蹴りを繰り出しながらの巴投げに近い。柔道なら確実に反則を取られる動作をされたマウラ。

股下を蹴り上げられたダメージはほぼ0。しかし、マウラはまたもや投げ飛ばされてしまう。彼女がこうも投げられてしまう理由彼女の油断もあるが一番の理由は魔法金属で作り上げられた鎧が軽いと言う事だ。

彼女の筋力を考慮して軽く作られたそれは、彼女の体重を合わせても八十キロにも満たない。百キロ以上あればカモ君は投げられずそのまま押しつぶされていた。

カモ君の投げ技で二人して転がって行った先には選手が試合会場の壁だった。

その壁に押し付けられるように叩きつけられたマウラは初めて呻き声を上げながら今まで掴んでいたカモ君の左手首を離してしまう。

 

ここしかない!

 

マウラに組みついている状態。彼女の見せる初めての怯み。自由に使えるようになった左手。

この条件下でやるべきことはただ一つ。彼女の鎧の中央に貼られた護身の札に自由になった左手を押し付けたカモ君。あとはプチファイヤと唱えるだけだ。

この時、観客はもちろん、審判やカヒーといった解説役。それを眺める王族ですらも決着の時かと息を飲んだ。

 

「プチファイ」

 

だが、カモ君が最後の一文字を唱える事は出来なかった。

この瞬間。目と体を真っ赤に充血させた、明らかに正気ではない凄腕の冒険者が。

その圧倒的な体付きとその異常なまでの身体能力をもったゴンメが観客席から飛び出し、その手に持った巨大なハンマーで壁際にいたカモ君とマウラを押し付けるよう叩き潰したのだから。

 



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第十三話 あふれ出るモノ

泥臭く、美しかった試合に突如乱入したゴンメに誰もが唖然とした。普通なら誰もが何が起こったのか分からずに数秒は呆然としていただろう。その間にゴンメは再びハンマーを振るおうとしていた。

 

「「何のつもりだ!貴様ぁあああああっ!!」」

 

一秒。

ゴンメが乱入して突如の事態に陥るまで、たった一秒でそれを理解し、それを収めようと動いたカヒーとビコーの動きは常人では考えられないほどの切り替えの早さだった。

しかし、その一秒が致命的だった。

カモ君とマウラはゴンメの一撃を受け、両者ともに致命傷を受けた。即死ともいえるその一撃は護身の札が無ければ大惨事となっていた。

 

観客席から一瞬でゴンメの傍まで移動したカヒーは彼を殴り飛ばし、カモ君とマウラの状態を確認した。

カモ君は致命傷を受けたと同時に転送が既に始まっており、カヒーが確認した時には既に転送された後だった。

カモ君の下にいたマウラの着込んでいた鎧も砕け散り、中に隠していたマウラの素顔が露わになっていた。姉のマーサと同じ銀色の髪をベリーショートに切りそろえた髪はネコ目のようにつり上がった翠の瞳を隠すように弱々しく垂れ下がっていた。彼女の瞼は閉じてはおらず、開かれたまま。まるで死んでしまったのでは無いかと焦るカヒーだが、彼女も先程のゴンメの一撃を受けて転送されていくのを見てその不安を払しょくする。

転送されるのは生き物とその生き物の装備品だ。持ち主から切り離された装備品や物として扱われる死体までは転送されない。

この二人は転送先で待機している医師の手により適切な処置を受ければ何とかなるだろうと判断した。

 

カヒーと同じく移動したビコーは風の。いや、嵐とも思える風の檻を作り上げてゴンメを空中に縫いとめた。

ゴンメは縫いとめられているのに無理矢理動こうとして暴れる。その結果、両腕両足から血が噴き出しているがお構いなし。更にはゴキリという鈍い音を立て始める始末。まるで

体を壊しながら暴れているようでもあった。このままではゴンメは自分の体を壊し尽くして死んでしまう。

別に死んでも構わないのだが、どうしてこのような暴挙に出たかを取り調べなければならないのも重要だ。どう見ても彼の様子はおかしい。まるで何者かに無理矢理突き動かされているようにも思えた違和感がビコーを躊躇わせた。

そんな激しく暴れるゴンメだったが、カモ君とマウラが転送されるのを見たあと、急に大人しくなった。まるで電池のきれた玩具のように動かなくなったゴンメだが、口元がかすかに動いていた。

 

「…剣、壊す。…マスク、潰す」

 

その言葉を何度もぶつぶつと繰り返すゴンメ。そんな彼を不審に思っていたビコーの後ろから一人の女性が観客席から飛び降りて声をかける。

 

「ビコーお兄様!ゴンメ選手は呪われています!」

 

「『呪い』だと?!洗脳や凶暴化ではなくか!」

 

声をかけてきたのは彼の妹であるミカエリ。彼女は魔法のルーペという魔導具を片メガネのようにかけながらゴンメの様子を見たのだ。

 

『呪い』状態は全ての行動が著しく低下するバッドステータス状態の事だ。

決してゴンメのように暴れさせるような物ではない。

だが、大人しくなっている状態は確かに精神的に弱っている。これも『呪い』の状態に出てくる症状だ。

しかし、そのバッドステータスを作り出すのはレベル3以上の闇の魔法使いかリッチといった死霊系の高レベルモンスターだけだ。しかも『呪い』の状態で自分の体を傷つけるほどの強化をするなど聴いたことが無い。

この武闘大会に入場する人間は予め、ミカエリが持っている魔法のルーペでそのステータスを調べ上げられる。簡単な事しかわからないが、使える魔法と人間かモンスターかぐらいの区別はつく。

その上、王族が観戦に来るのだ。その辺の警備はしっかりしているはずなのに高レベルのゴンメを『呪い』の状態にして襲わせた。この手際の良さ。潜伏能力を鑑みて異常事態だという事はわかった。

そんな事を考えている間もゴンメは廃人のようにぶつぶつと呟いていた。

 

「…エリアサーチ。ターゲット・ハイレベル・ダークタイプ」

 

ビコーはその強大な魔力を持ってこの武闘大会場だけではなくそこから百メートル先の範囲まで対象を探す探索魔法を使う。

対象は高度の闇の魔力を持つ存在。だが、その対象に存在は無かった。少なくてもそのような高レベルモンスターや魔法使いがいない事はわかった。

その頃には突如起こった乱入にざわつく観客席。さすがにこの異常事態に観客達も感づいて来たのだろう。大会に出場した冒険者の中には剣を抜くものまで現れる始末だ。

 

「突然の乱入者に驚きを隠せないのはわかる!場を乱されたことも重々承知だ!よって、この決勝戦は無効試合とさせてもらう!」

 

カヒーの超人的な肺活量からくる大きな声はざわついている観客を一気に鎮めた。

魔法も使っていないのに会場のどこにいても響き渡った声は何処までも力強いものだった。

 

「今この時を持ってこのような事を起こした原因を見つけ出す!真相が解明されるまで皆様にはこの会場を出ることを禁じる!だが安心してほしい!カヒー・ヌ・セーテの名に懸けて、必ずや捕まえてみせよう!」

 

その宣言を聞いてざわつきは収まった。代わりに響いてくるのは怒号だ。

あのように美しかった決闘が邪魔されたことに対する怒りが会場中から響き渡る。しかし、その中に大会会場を出ることを禁じられたことに文句を言う輩はいなかった。

決闘を邪魔されたという事もあるが、あの超人のカヒーに協力できるという昂揚感も手伝い、暴動などは起きなかった。これもカヒーのカリスマが成せる技だろう。

そのように宣言したカヒーにビコーとミカエリが声をかける。

 

「兄貴。そうは言うが反応は無い。ここら周辺にそれらしき輩。少なくてもこんな狂った『呪い』の魔法を使えるやつはいないぜ」

 

「モンスターも同様よ。そもそもこの会場は勿論、王都周辺にはモンスターが寄り付かないように結界を張っているのに。そんな高度なモンスターが王都に入れば間違いなく騒いでいるわよ」

 

二人に言葉に特に慌てる様子も見せないカヒー。彼には何か当てがあるようにも見えた。

 

「慌てることは無い。だが、急がねばならない。まだ犯人はまだ目的の半分を達成していないからな」

 

カヒーは未だにぶつぶつ言葉を繰り返すゴンメを見てそう言った。

その様子からこのような事態を起こした犯人の狙いが掴めたミカエリは慌てだした。

 

「…まさか。エミール君が狙われているのっ!」

 

マスクを潰す。

それはマスクを着けている人間を潰すという事だろう。観客の中には身分を隠す為にマスクを着けている貴族もいるが、彼等を狙う理由がすぐに思いつかない。

この大会出場者でマスクを着けているのはカモ君だけだった。

ゴンメをけしかけてカモ君を退場させることは出来たが、潰せたわけではない。今頃は動けない状態で医師達の手当てを受けているはずだ。

カモ君を狙っているのならこれ以上狙いやすい状況は無い。

ミカエリは慌てて医務室に向かおうとしたが、それをカヒーに止められた。

 

「駄目だミカエリ。今はそう急ぐ状況ではない」

 

「我等が慌てる様子を見られてはこの場は更に混乱するだろう」

 

「今、急がないでいつ急げばいいのですか!」

 

ミカエリはカヒーを振り払ってカモ君の元へ行こうとするがカヒーの超人的な膂力で押さえられた。

彼女にとってカモ君は兄達を除けば初めてできた異性の友人のような存在だった。カモ君の危機にどうしても駆けつけたい衝動を抑えるなどそれ相応の事柄が起きなければ抑えきれない。

 

「いまはゆっくりと動く時だ」

 

「…なるほど。してやられた。確かに犯人は目的の半分を達成している」

 

カヒーは視線をとある場所に向けてミカエリを注意する。その視線の先にあった物を見てビコーは舌打ちをして怒りを必死に抑えていた。

ミカエリも見てしまった。その視線にあった物を。犯人の目的の半分。それは、

 

「…シルヴァーナがっ」

 

この国の国宝。チート武器であるはずの覇王の剣。シルヴァーナの刀身の上半分が砕け散り、破片がその場に晒されていた事だった。

 

「それ以上声を上げるなよ。あれが国宝と知っている者は少ない。だが、その者から国宝を破壊されたことを国民に知られてはそれこそ暴動が起きかねんからな」

 

ビコーはその事に頷き、ノーキャストを用いて小さな砂煙を起こし、その砂をもってシルヴァーナの欠片を覆い隠す。

 

「ミカエリ。あれを直せる人間はお前を置いて、俺は他を知らん。犯人の狙いがエミール少年であったとしても、シルヴァーナは彼よりも重要だ。あれ一つで彼の十人分以上の国力を発揮できる。今は押さえろ」

 

「…しかし、お兄様」

 

ミカエリも重々承知している。カモ君とシルヴァーナ。王国にとってどちらの優先度が高いかは考えなくてもわかる。

 

「兄貴も俺も行くなとは言わん。だが、少なくとも堂々とこの場を退場しろ。決して慌てている様子を見せるな」

 

そうビコーもミカエリを説得した。少なくてもこの兄弟だけはこの場が落ち着くまでは会場から姿を消すわけにはいかない。

王室専用の観戦室にはまだマーサ王女がいる。彼女達も自分達同様にすぐに動けないのだろう。王女の護衛の力も信じている。何かあったらビコーとカヒーもその場に駆け付けることが出来る。

今、自由に動けるのはミカエリだけだ。そんな彼女も今はゆっくりとしか動けない。

 

「マウラ王女が転送される様を見て、護衛の人間の一人が駆けていったが、もしかしたら奴が犯人かもしれん。だから、ミカエリ。ゆっくりと。だが、急いでいけ」

 

国宝の確保。観客達の安全確保。カモ君の安全の確保。

この国の貴族として優先すべき順番は分かっている。しかしミカエリ個人としては違う。

だからこそ、急がずゆっくりと。優しく微笑みながら、自分達を見ている観客を不安にさせないようにミカエリは会場を後にする。

そして観客の目から完全に隠れた所まで行くと駆け出した。

 

「影っ。いるんでしょう!」

 

駆けだすミカエリに並走するように急に現れたのは彼女の従者である忍者。この人物はずっとミカエリの傍にいた。隠密行動で一般観客として彼女のすぐ傍で彼女を見守り続けていた。

 

「貴方だけでもエミール君の元へ」

 

「出来ませぬ。私の使命は貴女様の護衛。それは王族でも、当主でも、貴方自身の命令でも変える事が出来ない事でございます」

 

ミカエリが言う事は予め予測していたのか忍者は眉一つ動かさず冷たく言い放つ。が、彼女の知りたい情報は掴んでいた。

 

「あの乱入後、席を立ったのは二名。一人はコーテ嬢。もう一人はギネ子爵です」

 

「コーテちゃんはいいとして、あの豚が?!」

 

カモ君と事実上婚約破棄の状態のコーテは彼に尽くしている。きっと転送されたカモ君を心配して席を立ったのは分かる。しかし、ギネは違う。

あいつはカモ君に不幸があれば笑い転げるような奴だ。彼を心配して席を立つという事はしないだろう。と考えれば自然と奴の行動が読めてしまう。

 

「奴の懐から鈍い光を放つ物を確認しました」

 

「当たりじゃないの!」

 

嫌な考え程当たる物だ。ミカエリは風の魔法を用いて飛翔する。こうする事で走るよりも何倍も早く医務室に駆け込むことが出来る。

だが、カモ君が転送されてもう三分も時間がかかっている。それはギネが医務室に足を運び何か事を起こすには十分すぎる時間だ。

ギネがこの騒動に関係しているのならカモ君の身に既に何か起こってもおかしくない。

 

ミカエリの目に医務室が見えてきた。

だが、そこから何人ものの医師や看護師たちが悲鳴を上げながらそこから飛び出していた。

嫌な予感は晴れないまま、ミカエリは彼等の合間を縫うようにして医務室の入り口に立った。

そこから見えた光景は白を基調としている医務室。それを際立たされるように床に飛び散った赤黒い液体。血だまりが部屋の中央に出来ていた。

三つ並べられたベッドの一番奥にはマウラ王女が寝かされていたが、その隣に配置された中央のベッド。そこから剥ぎ取られたシーツから辿る血が飛び散っていた。

血だまりの中にはうつぶせに倒れ、大量の出血を見せていたカモ君。その血を泣きながら必死に回復魔法をかけて止めようとしているコーテの姿があった。

 

 

 

ミカエリが医務室に来る一分前。

ギネはようやくこの時が来たかとカモ君が多大なダメージを負って転送されたことを確認した後、すぐに選手が手当てを受ける医務室を目指した。

 

ゴンメはようやく仕事を果たしたと言っていい。全く手間がかかる奴だ。

 

あの女から貰った小瓶を開けるとそこから黒い靄が溢れてきたがそれを奴の体に引っかけると彼は膝を地面につけてギネにこうべを垂れて、こういった。何をすればいいと。

ゴンメはギネがやって来たことには気が付いた。彼が何かよからぬことを考えていることも察した。なにか持っているようだがあの少ない量ではどんな毒でも薬でも自分には効果が無いと慢心していた。だが、実際掛けられたものは魔法の類のものであっさりと意識を手放し、ギネの傀儡となってしまった。

ギネの命令は決まっている。エミールを。あのいけ好かないマスクを着けている奴を叩き潰せと言いつけると、ゴンメは誰からも見られない位置でハンマーを手にいつでも飛び出せるように体勢を整えた。

ゴンメはずっと機会をうかがっていた。カモ君が油断する瞬間を今か今かと。

彼は自分より弱いが頭は回る。彼を狙うのなら確実に仕留められる時を狙う。魔力かスタミナ切れ。最後もしくは決着の一撃を加える瞬間だ。

そして、カモ君はそれを見せた。

常に体を包んでいた白い光も無くなり、体力を削ったような掛け声も上げた。白騎士の胸に手を当てた時、カモ君は肩で息をしていた。狙うのならここだ。

傀儡とかしたゴンメはカモ君が見せた最大の隙を狙って観客席を飛び出し、彼を叩きのめした。

その時のギネの心境はまさしく爽快だった。

先程まで初めは貶されていたが、次第に称賛されていったカモ君がこんなあっけない事で勝利を不意にしたのかと思うと心にしまっていた蟠りが無くなっていくようだった。

だが、これは護身の札というある意味安全が保障されている物だ。今頃、奴はすやすやと寝ていると思うと再びイラつき始めた。

護身の札の事はギネも前もって知っていた。だからカモ君が転送された後、ギネは直接自分の手で奴を仕留めたいと気を大きくしていた。

医務室は選手専用の観客席から意外と近い所に配置されていた為、すぐにたどり着くことが出来た。

医務室に入るとまたもや医師達がギネを追い出そうとした。医師達もまたギネが来たのかと辟易しながら彼を追い出そうとしたが、ギネが魔法を詠唱している事に気が付いた。

 

ストーンエッジ。

 

魔法で作り出した石で出来た長さ20センチはあるサバイバルナイフのような石の刃を作り出したギネを見て医師達は悲鳴を上げた。

本来、それは土の魔法使いが近接戦闘用に作り出す自衛。ダーツのように投げてモンスターを攻撃するための魔法だが、ギネはそれを振り回して医師達をベッドの上で寝かされているカモ君から遠ざけた。

この時のカモ君はゴンメから奇襲でうけたダメージで意識はあるものの体。声すらも満足に出せるものではなかった。護身の札は致命傷や戦闘不能のダメージを肩代わりするが、その衝撃や感覚を失くすものではない。ゴンメに奇襲されたダメージは大なり小なり体に残っていた。

そんな状況を見てギネは加虐的な笑みを浮かべた。

自分が今から行う事をカモ君が理解した事に嗜虐心を高めたのだ。

 

これでお前を突き刺す。

 

息も荒げながら、血走った目でカモ君に近付いてくるギネ。それを見て何とか立ち上がろうとしたカモ君だが、体が言う事をきかない。上体を起こすのがやっとだ。

ギネが石のナイフを持った手を振り上げた。このまま振り降ろせばカモ君の胸をこのナイフが食い込むだった。ギネの腰にタックルしてくる陰の存在が無ければ。

医師や看護達の逃げる悲鳴でカモ君もギネも入り口から飛び出すように現れた陰に気づかなかった。

影の正体はコーテだった。

選手専用の観客席からではなく、一般観客席からこの医務室に来るまでには時間がかかった。その為、ギネよりも遅くにこの場に到着した。このような場面に遭遇してしまった。

普通の人間ならあまりの異常事態に思考が止まり、立ち止まってしまう。だが、コーテは違った。

モカ領で起きたダンジョンの同時発生に何も出来なかった力の無さを悔いて、自分を鍛え上げていた。そして武闘大会が始まる前にアイテム調達として出向いたダンジョン攻略でもカモ君の力になり続けようという強い意思があった。

その意志は今なおコーテを突き動かした。

カモ君が襲われている。それが誰であろうと構わない。例え、自身の親だろうと自分よりも上位の貴族だろうと王族だって体を張って止める。

そんな想いでギネに飛び掛かった。その衝撃でギネは体勢を崩し、自分の腰に飛びついた人間がコーテだと分かるとナイフを持っていない手で引きはがそうとしたが、コーテは魔法よりではあるが体も鍛えていた為、なかなか離れない。それに腹を立てたギネは石のナイフをカモ君ではなくコーテに向かって振り下ろす。

石のナイフが迫ってくるのを見たコーテは思わず目を閉じてしまう。と同時にドカッという音共に自分の体を覆う熱を感じた。

しばらく恐怖で目を開けきれなかったコーテだったが、ギネの不快な高笑いが聞こえた。その後に恐る恐る目を開けるとそこには自分を抱き止めるカモ君の顔が目の前にあった。

 

「ごは」

 

コーテの目の前でカモ君は血の混じった咳をすると、その場に崩れ落ちる。その背中にはギネの持っていた石のナイフが深々と突き刺さっていた。

 

「ふはははっ!馬鹿が!自分から突き刺さりにきやがった!」

 

倒れ伏したカモ君はピクリとも動かない。代わりにその刺された背中の傷から大量の血がまるで噴水のように噴き出した。

 

「エ、ミール」

 

コーテは震えながらカモ君に声をかけるが返事は無い。体も動かない。

それを見たコーテは回復魔法を使う。使い続ける。それでも体から血が噴き出ていた。

あふれ出てくる血をその小さな手で押さえながら、魔法を使いながら必死に抑えようとする。

 

「止まって。止まってぇえええええ」

 

そこにようやくミカエリがやってきた。

その惨状を見てすぐに推測できた。

ギネがカモ君を襲ったのだと。

高笑いするギネに向かってミカエリはクイックキャストを用いた風の刃の魔法を放ち、カモ君の血にまみれた右腕を斬り飛ばす。

ギネはその痛みに悲鳴を上げながらのたうちまわるが、そこにミカエリに随伴していた忍者がトドメの一撃言わんばかりに鳩尾に鋭いエルボーを喰らわせ、意識を奪い取る。

 

「止まれ、止まれ、止まれぇええええ」

 

ミカエリはカモ君の状態を見てどうやら重要な血管を傷つけたと判断した。致命傷だ。すぐに処置をしないと本当に死んでしまう。

幸いな事にここは医務室。機材と薬は十分にそろっていた。

厳重に薬棚にしまってあったハイポーション。回復の効果をもたらすポーションの中では上位に値するポーション全ての蓋を開けてカモ君の体にぶちまける。

すると、先程よりもカモ君の体から噴き出る血は止まったかのように見えた。だが、それはもう吹き出る血が無いのではないかとも考えてしまう。

 

「誰か!誰か近くに医者はいないの!このままでは彼が死んでしまうわ!」

 

ミカエリが声を大にして叫ぶ。

しばらくするとその叫びに引っ張り出されたかのように部屋の奥から数名の医師が出てきた。彼等はギネから逃げ遅れた者達で部屋の奥に隠れていた者達だった。

 

「…は、はい。ここに居ます」

 

「今すぐ彼を治療して!」

 

おっかなびっくりで出てきた彼等はミカエリに促されるままカモ君の状態を見る。

コーテとミカエリのおかげでまだ死んではいない。しかし危篤状態だ。今も少しずつだがカモ君の体から血は零れている。

彼女達が無暗に石のナイフを抜かないで正解だった。抜いたら最後。失血量が増えてカモ君は即死だったからだ。

コーテと医師の回復魔法とポーション。これを用いて何とか繋いでいるカモ君の命だが、あと一人。回復魔法を使える人間が欲しい。

 

「あと一人。レベル1でもいい。回復魔法を使える者がいれば」

 

そんな泣き言を言う意思にミカエリは先程逃げて行った医師達を呼び戻すために医務室を飛び出した。彼女に出来るのはそれくらいの事しか残っていなかった。

医務室にコーテがすすり泣く声が響き渡る。カモ君の損傷がひどい。このままかと思われた時、カモ君の手に刀身が折れた大剣。砕けた秘宝。シルヴァーナを握らせた人物が現れた。

 

「何が起こったのか分かりませんが、これで手は足りるのでしょう」

 

医師達の横に立っていたのは、この騒ぎで目を覚ましたこの国の第三王女マウラ・ナ・リーラン。

そこにいた彼女は王族しく堂々と国宝をカモ君に握らせ、医師に命じた。

 

「私をあそこまで追い込んだ戦士です。ここで失うのは惜しい。必ず助け出しなさい」

 

それは刀身が半分失われているシルヴァーナにも命じていた。そしてそれに呼応するかのようにシルヴァーナも淡く白い光を放ち始めた。

 



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第十四話 俺もなー、TUEEEEしたいなー

コーテや医師。そしてシルヴァーナの加護によってなんとか一命を取り留めたカモ君は最初に転送された医務室とは別の医務室に担ぎ込まれて、そこにあったベッドに縛り付けられるように輸血のパックやなら輸液やら栄養やらの点滴を受けている所で目が覚めた。

 

いやー。決勝戦は強敵でしたね。

 

病衣に着替えさせられている自分の服装にようやく一息つけるかと深いため息を吐くカモ君。

血を流しすぎたのか、体が本当に言う事をきかない。動くこともままならない彼はやる事もないので今回の反省会をすることにした。

 

白騎士マウラと戦う時に使った泥沼を作り出すスワンプ。あれは失敗だった。

あれは本当なら深さ三メートルの泥沼にするつもりだったのだが、焦っていた為、広く浅くの状態で発動してしまった。

マウラのレジストでもそこに嵌れば生き埋めに近い状態に出来るかな。という期待して放った魔法は見事に足止めというカモ君が予想していない成果を残した。

 

その後、護身の札を狙ってのファイヤーキック。あれは外してしまったが、マウラの力量が凄かったので納得した。

 

次の組みつくまでの魔法とマジックアイテムによる超加速。

ライフル弾のように回転しながら突っ込んでいったがあれは狙い通りなら回転をするつもりは無かった。完全に魔法調整のミスである。

下手に回転しても目を回すだけの悪手であり、狙ってサイ○クラッシャーしたわけではない。あの時あげた奇声もじつは悲鳴だったのだ。

まあそのお蔭で剣先を滑るように避けきれた上に、マウラの動揺も誘えて組みつけた。

 

その後は強化魔法を使っての柔道擬きで繰り広げたわけですが、結構いい線いっていたのではなかろうか。

終わりよければすべて良し。セーテ兄妹もこの結果なら文句を言わないだろう。

 

こう考えると自分が考えていた事とは違う効果と結果を残しているけど、とにかく良し。

まあ、その後良くわからんうちに医務室で目が覚めるわけだけどなんなの?

なんかギネが目を血ばらさせて襲い掛かってくるし、それを止めたコーテが刺されそうになったから思わず庇って、また気を失った。

なんか最後の方がずっとあやふやな状態が続いているんですけど…。良かったんだよね?結果だけではなく経過でも評価してほしいです。いや、経過も狙った効果を発揮できませんでしたけど。

…だ、大丈夫だよね。

 

そんな不安を感じていたカモ君に気が付いたのか看護師達があわただしく医師やコーテ達を呼ぶようにと声を上げていた。

しかし、こう何度も何度も気絶するほど追い込まれる自分の弱さが情けなくなる。

転生主人公で俺TUEEEEEE!している人達にあやかって自分もやってみたいんですけど…。

 

俺の弟、TUEEEEEEEEE!

主人公、TUEEEEEEEEE!

カズラ、TUEEEEEEEEE!

セーテ兄妹、TUEEEEEEEEE!

俺、え?あ、うん。強いんじゃないかな?

 

一般人にイキれても、主要人物の軍人や魔法使い達相手に無双した覚えがないぞ。毎回毎回、不意打ちとか潜伏とかでチマチマやっているけど、最後はバタンキュー。毎回毎回やられてベッドの上で目を覚ましている気がする。

その内、王都中の天井を見比べて天井マスターになるのではないだろうか。いや、それはなんか嫌だな。なんか男娼みたい。いや、男娼も立派なお仕事ですよ。でもそう言うのは好きな人とかがいいじゃん。

 

やるべきことはやり通した上に全力を使い尽くしたカモ君は若干現実逃避じみた事を考えていた。が、どれもこれも強すぎる相手に立ち回り続けた所為だ。もうしばらくは戦わなくていいと思ったら馬鹿な事も考えたくもなる。

まあ、カモ君の場合、弟妹の事になると馬鹿になるからいつもの通りとも言える。

しばらくするとカモ君の所に目元を若干赤くして腫らしているコーテが飛び込んできた。その時の衝撃でカモ君と点滴を繋いでいるチューブが揺れる。

コーテはベッドの右側から自分の胸に顔を押し付けるようにしてすすり泣く声がしたのでカモ君は聞こえないふりをしながらコーテの頭を優しく撫でた。

彼女に遅れてやって来たのはミカエリと決勝戦の観戦に来ていたシュージとキィ。

キィはそれほどカモ君に関心が無いのかこちらの顔を見ると軽い鼻息を零して医務室をすぐ出て行った。何でも馬に蹴られたくないからとの事。

 

いや、いちゃついてはいないと思う。だって、自分は未だに重症。声は何とか出せるが通常時の三割ほどの力しか入らない。痛み止めの効果もあってか体の感覚が鈍いのだ。

 

コーテがまだ泣きついている様子を見てシュージも居心地悪そうに出て行った。その際に無事でよかったと言っていたが、無事なのだろうか自分の体は?沢山チューブが繋がっているのに。

そして、シュージ。お前。場の空気を読めるようになったんだな。夏休み前に恋愛劇場に連れだした甲斐がある。

 

コーテとは反対側の方によって来たミカエリから事の詳細を聞いた。

何でもギネがゴンメに何かをして自分にけしかけてきた。そして自分を殺そうとした。と、

うん。言いたいことは沢山あるがこの言葉を送りたいと思う。

 

ヴァカめ!そんな事をして、ただで済むはずがないだろう!

 

なにせ、この武闘大会は王女様が観戦に来ているのだ。そこで問題が起こればそれだけでスキャンダルになる。関係者は叩かれまくるし、関係ない容疑者だって同様だ。

例え自分を殺すことに成功したとしてもその証拠隠滅をギネが出来るはずがない。冷静な思考をしていればいいが、あの時のギネはどう見ても怒り狂っていた。その状況で冷静な証拠隠滅が出来るはずがない。

どっちにしろギネは王族に目をつけられて、処罰される。それが分からない程憎かったというのだろうか。ちなみに自分は憎い。あん畜生は大事な弟妹を傷つけた。それだけで怨敵対象だ。

今後ギネは厳しい処罰が下される。間違いなく貴族の地位ははく奪されるだろうとミカエリは言った。

 

…ちょっとまて。そのあとのモカ領はどうなる?

 

現在当主であるギネが地位のはく奪。処罰されるのは別に構わないが、その子どもであるクーとルーナはどうなる?モークスやルーシー。プッチスといった従者たちはどうなる。路頭に迷うのか?

 

更に自分の立場も危うい。というか、この国自体も危うい。

 

貴族だから魔法学園に居られる。

それをギネが拒否。

それを撤回してもらう為に武闘大会に挑む。

ギネが捕まり、学園どころではない。

学園退学。主人公であるシュージとの接点が無くなる。

彼を強くする機会が無くなる。

弱い主人公では戦争に勝てない。

バッドエンド。

 

それに気が付いた時、カモ君から感情が消えた。その後に浮かんだ感情は怒り。

 

あの豚ぁあああああ!ほんっっっっとうにっ、余計な事しかしないなぁ!せめて、戦争が終わるまでじっとしていられなかったのかあいつはぁああああああ!

 

自分勝手な怒りをここにはいないギネに向けるカモ君。こういう所は親子似ていた。

そんなカモ君を見てミカエリは苦笑しながら説明を続けた。

 

「大丈夫よ。あの豚の代わりに王国から信頼できる人間を派遣して次期当主が世襲するまで面倒を見てくれるわ。だけど、今回の悪評までは流石に庇えない。豚の悪評はモカ領だけではなく国中に知れ渡るわ。貴方は馬鹿な領主の息子だとね」

 

これはいわば見せしめだろう。

モカ領の名前も一新されることもなく引き継がれる。クーとルーナはもちろん領民達も他の領の人間から冷たい目で見られる。それを改める為にも良き人格者と示し続けてそれを払拭する。その為にもこれからも次期当主クーは苦労することになるだろうと言われた。

 

「俺に出来ることは無いでしょうか」

 

無理に決まっている。悪評という物はそう簡単に拭えないから悪評だ。しかも御前試合とも思える場所で息子殺しをしでかそうとしたギネ。それを拭える機会などそうそうあるわけがない。

 

「あるわよ」

 

「そうですよね。あるわけ、あるのかよ」

 

思わず素で答えてしまったカモ君。疲れている所為もあってか取り繕う事も忘れてミカエリを見る。

 

「それはとても困難よ。今回の武闘大会にまた出場して優勝するようなもの。いえ、それ以上ね」

 

「でも俺なら出来ると思っているから教えてくれるんでしょう」

 

試すような口調に挑むように言いきるカモ君。

やれやれとばかりに肩を上げたミカエリは応えた。

 

「上級の光属性のマジックアイテムを最低でも五つ。オリハルコン十五キロ。ミスリル・ダマスカス鋼三キロずつ。そしてエンシェントゴーレムの核の蒐集よ」

 

「…は?」

 

あまりの内容にカモ君は開いた口がふさがらなかった。

ミカエリが言ったアイテムはシャイニング・サーガでもゲーム後半の辺りで主人公達が自分専用のアイテムを精製するために必要なアイテム。

勿論その頃の主人公一行のレベルは相当なもので、踏み台のカモ君などワンクリックで消し飛んでしまうほどの強さを持つ。

そんな彼等が集めるようなアイテムを集めろと。この踏み台が?ははは、ナイスジョーク。

 

「上級の光属性のマジックアイテムを最低でも五つ。オリハルコン十五キロ。ミスリル・ダマスカス鋼三キロずつ。そしてエンシェントゴーレムの核の蒐集よ」

 

そのアイテムは少なくても30階層クラスのダンジョンでしか獲得できない。もしくはこのリーラン王国から南東部に行った場所。暗黒大陸。シャイニング・サーガのラスボスがいる暗黒大陸にあるダンジョン。しかも裏ダンジョンと言われる場所で発掘できるアイテムだ。

 

「上級の光属性のマジックアイテムを最低でも五つ。オリハルコン十五キロ。ミスリル・ダマスカス鋼三キロずつ。そしてエンシェントゴーレムの核の蒐集よ」

 

「いや、三回も言わなくてもいいですから」

 

これは暗に死ねと言っているのか?

 

「何かすごい物でも作るんですか?」

 

「作ると言うよりも直すが正しいわね」

 

「なにを」

 

「これは極秘なんだけどね」

 

ミカエリはカモ君の耳元に顔を寄せて彼にしか聞こえない小さな声で言った。

 

「この国の国宝。覇王の剣、シルヴァーナの修復」

 

…うん。あー、そうかー。

壊れちゃったのかー。シルヴァーナ。

なんでぇ!?なんでチートが壊れるの!?壊れるのは性能だけでいいだろう!

え、もしかして俺、知らない間にあの剣壊しちゃった?!

 

シルヴァーナはゲームクリア。未来で起きる戦争でリーラン王国を勝利に導くアイテムの一つでもある。それが壊れたという事をきいてカモ君は尚更焦った。

事の詳細を説明してもらったカモ君。

どうやらギネが操ったゴンメがシルヴァーナをへし折ったとの事だ。

 

…うん。そうか。

ギネが壊したようなものか。あの豚が。

あんのド畜生がぁああああああああ!!!

 

カモ君がそう叫ばなかったのは自分の胸に泣きついているコーテのおかげ。彼女の前では格好つけようと心掛けている事と彼女の頭を撫で続けている事で緊張を緩和していたお蔭である。

 



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第十五話 自分だけという優越感

武闘大会五日目。明朝。

本来なら昨日で綺麗に終わっていた武闘大会だが、乱入事件が起こり、御破算に。

その台無しにした張本人の審議が、武闘大会会場。本来なら戦士たちが覇を競いあうステージでくだされた。

ステージの上にいる人物はギネ。彼はミカエリに右腕を斬りとばされて拘束されたため、腕は左手を自分のふとももの位置に固定するように縄で締め上げられている。足にも枷が嵌められており、首には魔法封じの奴隷用の首輪が嵌っていた。

そんな彼と向き合うように第二王女のマーサ。隣には護衛の魔法使いとカヒーとミカエリ。

昨日まで、あれほど人がひしめき合った観客席には誰もいない。静かすぎる武闘大会場でギネは裁きを受けていた。

片腕の原因となったミカエリを睨もうとはしたが、その隣にいる彼女の兄達の圧に屈した。

自分が少しでも変な態度を見せればこの二人は自分を殺さない程度にいたぶる。生きていることを後悔させるほどの技量を兼ね備えていた。そして、それを簡単に実行できる。

ギネは悔しさに顔を歪めながら沙汰を待った。

 

「被告、ギネ・ニ・モカ。禁止されている魔法を用いて冒険者のゴンメを操り、武闘大会を混乱に陥れた罪。及び、エミール・ニ・モカへの殺人未遂。そしてそれらに並ぶ市民へ加えた傷害罪。それらを含めて、貴族と地位をはく奪。そして身分を生涯鉱山奴隷へと落す」

 

第二王女マーサが罪状とそれに対する刑罰の内容を語る。

唯一と言ってもいい己のアイデンティティを失い、奴隷に落とされる。

自分が馬鹿にしてきた冒険者や平民。彼等より格下に引き落とされたギネは声を上げて自己弁護を謀ろうとした。

だが、

 

「がっ!」

 

「控えろ下郎が。王女の御前であるぞ」

 

カヒーが殴り倒すようにギネの後頭部を持って無理矢理地面に顔をくっつける。それは以前カモ君が彼の前で行った土下座の状態に強制移行させた。

ギネは押さえつけられた痛みと怒りを吐き出すようにマーサに懇願した。

 

「お、お願いします。マーサ王女。私の言い分もお聞きください」

 

「…いいでしょう。どのような言い分ですか」

 

このように沙汰を下される前にいろいろと調べはついている。

ギネがカモ君に恨みを持っている事。

この武闘大会のみならず王都でも暴れた事。

そして、謎の女にそそのかされて薬を貰った事を。

 

「あの時の私は正気ではなかったのです!すべてはあの女。あの神官じみた黒髪の女に操られていたのです!ゴンメだけではありません。私も操られていたのです!」

 

ギネはあの時女からも貰った薬で気を大きくしていた。その薬で自分は正気ではなかったと釈明をする。これが通れば自分の罪も軽くなる。

度し難いが、貴族ではなくなっても奴隷は免れると踏んでいた。だが、

 

「それですか。貴方の持っていた薬瓶には確かに特殊な『呪い』の効果をもつ小瓶がありました」

 

「そうです!それの所為で」

 

マーサの言葉に飛びついたギネはこれ幸いと畳み掛けようとしたが、そうはさせないとマーサの隣に立っていた護衛の一人と共にミカエリが言葉を遮った。

 

「一つだけですけどね」

 

護衛が持っていたのはギネが持っていた二つの薬瓶。

開封して一日経過した今でも片方の薬瓶は神聖な光を放っていた。が、もう片方はもう用は済んだと言わんばかりにくすんで見えた。

 

「…は?」

 

「あれは特殊な『呪い』でした。対象者を廃人のように傀儡にする。ですが、その反応があった小瓶は一つだけ。もう一つはただの酒精。つまりお酒だったのですよ。つまり、貴方はただ単に酔っぱらっていただけなんですよ、ギネ」

 

そう突き放すように言いきったミカエリの目はとても冷たい物だった。

出荷される前の豚に伝染病を移した害虫を見る目でギネを見ていた。

 

ギネの思考は止まってしまう。

 

あれだけ自分を駆り立てたのが魔法ではなくただのお酒?

 

「…嘘だ。嘘だ!嘘だ!嘘だぁあああ!私は操られていたんだぁあああああああ!!」

 

「ちなみに貴方が息子を襲った直後に私は貴方を魔法のルーペで診ました。ですが、その時に見えたステータスは『高揚』。興奮していただけにすぎませんよ」

 

ミカエリはさらっと嘘を吐く。正しくは今もつけている感情が分かるコンタクトレンズで見たのだ。その時見たのは興奮を示す赤の色。

だが、それを言うつもりは無く、わかりやすく流通量がそこそこある魔法のルーペに置き換えただけだ。

 

「この淫乱が!貴様はその時そんな物はつけていなかった!貴様の言う事など信じられるかぁあああっ!王女!聡明なる王女様!貴方様は分かっておいでですよね!私が正しい事を!私がぶぎぃぃいっ!」

 

醜く同意を求めるが、それをカヒーが中断させるようにより力を込めてギネの顔を地面にこすり付ける。

それでもなお呻きながら助命を請うギネ。

本来ならカモ君が助命を行うはずだった王女への謁見はギネの断罪ショーへと姿を変えていた。

 

「罪を犯した貴方とこの国に貢献しているミカエリ博士。どちらを信頼するかは考えればわかる筈でしょう」

 

王女の声は何処までも冷たい。その宝石のような瞳からは一切の熱を感じなかった。

 

「連れて行きなさい。これ以上視界に入れるのも不快です」

 

「御一考を、御一考をぉおおお!王女ぉおおおおおお!」

 

ギネをこの場に連れてきた執行官とカヒーの手によってその場から離されていくギネは王女に向かって何度も声をかけたがその時既に王女は背を向けて、その場を去っている最中だった。

 

 

 

武闘会場の地下にある、じめじめとした場違いな空間。牢獄の中にギネは放り込まれた。

武闘大会で反則行為や危険行為を犯した者が入れられる特別収容所として作られた牢獄の前には、二人の監視官。そして、ビコーの魔法による拘束で、檻に収監されてもギネは醜く、何度も声を上げていた。

 

「王女に会わせろ!儂は無罪だ!」

 

牢獄の中で何度も叫ぶギネを監視官は無視していたが、そこにやってくる三人の男女がいた。

一人は病衣のカモ君。ようやくダメージが抜けて歩けるようにまでなった彼は改めて、この魔法世界とポーションすげぇと思わされながらもギネにいろいろ伝える為にここにやって来た。

カモ君に連れそうように歩くコーテ。もう、彼が無茶をしないように監視するために連れ添っている。

もう一人はビコー。兄のカヒーに変わって二人をギネから守るための護衛を買って出た。ギネが何かしようものなら自分が止める。まあ、ギネは体のあちこちを固定されている。出来るとしたら怒声を浴びせる事だろう。

 

鉄柵の向こう側にいるカモ君を見てギネは顔をまた歪めた。

 

「なんだエミール。儂を笑いに来たのか」

 

殺そうとして捕まったというのにふてぶてしい態度を見せたギネに怒りを覚えたコーテが何か言おうとしたらそれをカモ君に止められた。

 

「なんだ。よく分かっているじゃないか。そうだよ。笑いに来たんだよ」

 

その言葉にポカンとする一同。だが、そんな事はお構いなしにカモ君はペラペラしゃべり出す。

 

「もう、最っ高な気分さ!あれだけ透かしていたあんたが落ちぶれていく様を見る。笑えるね。今の状態も笑えるけど、さっきの自己弁護も笑えたよ。見たか、あの豚を見る目。いや、豚の糞を見るような目をさ!最高だよ、孤立無援というのはまさにあの事だよな。全然王女に見向きもされないなんて、ぷす~っ。やっぱり豚の言葉は人間には理解されないんだね。あーはっはっはっ!」

 

今まで気取っていた表情。クールぶるという仮面を外して今のカモ君は100%自分を偽らない正直なカモ君だ。

 

「人望の差が明暗を分けちゃったね、鉱山奴隷さん。腕一本ないけど、これから頑張ってねー」

 

今までのカモ君から想像できない言葉遣いにカモ君の事を少しでも知る人間は呆気にとられていた。

だが、それを言われている相手は顔を真っ赤にして反論した。

 

「言いたいだけ言いやがって!貴様など、こんな状態でなければ」

 

「負けるよね。いくら万全の状態でも負けたよね。だからゴンメっていう冒険者をわざわざ雇って襲い掛からせたんだから、それって自分の力の無さを証明していない~」

 

「ぐ、ぎ」

 

「あーあ。反省した態度を見せれば助けてあげようかなと思ったのに」

 

その地獄で見た一縷の光のような言葉にギネは顔を上げて、

 

「ほ、本当か」

 

「嘘だよ、馬~鹿。てめぇは一生山で穴掘りしておけ」

 

カモ君に唾を吐きかけられた。

その事にギネは激高。カモ君が来る前から赤みがあった顔が、さらに増して顔だけではなく全身が真っ赤になっていた。

 

「貴様っ!貴様!貴様ぁあああああ!!今までの恩を忘れたか!儂に育てられた恩を仇で返す糞野郎がぁああああ!」

 

その様子を見てカモ君は更に笑みを深める。

 

「そうだよ。その顔。その態度。この状況を俺はずっと待ちわびていた。あんたが落ちぶれていく様を。ああ、もっと叫んでいいよ。もうすぐ大声も上げられない所に運ばれるんだ。今のうち精々出しておけ」

 

カモ君が愉悦に歪む顔を見てギネは激高した。自分が落ちるのはもう逃れられない事。ならば少しでも目の前のカモ君を道連れにする。それが出来なくても少しでも汚名を着せてやる。

 

「見たな!聴いたな!小娘!こいつはそう言う奴だ!今まで貴様をどう騙してきたかは分からんがこれがコイツの本性だ!」

 

ギネはカモ君からコーテに目標を切り替えた。

少しでもカモ君への信頼度を落そうと目論んだ。

だが、ギネの言葉に眉一つ動かすことなくコーテは応えた。

 

「知っている。私はそんなエミールが好きだから問題無い」

 

「…は?」

 

目の前の小娘は何を言っている?すぐ隣にいる男は実の親に足してこんな暴挙を働いているのだぞ。

 

「こ、こいつは外面が良くても内側では他者を陥れる事しか考えていない!自分の事だけだ!他の人間がどうなろうと関係ない!自分さえよければそれでいい!お前も都合のいい女程度にしか感じていないのだぞ!」

 

ギネは他にも利用するだけ利用したら後はごみのように捨てられる。そんな男に寄り添うのは間違っている。上辺では感謝の言葉を述べても腹のうちでは別の事をたくらんでいると。

まるで自己紹介の様な事をしゃべっていたが、コーテはカモ君から離れなかった。それどころかギネが喋るたびに自分の体をカモ君に更にこすり付けるように寄り添った。

 

「あのね。たとえそうだとしても構わない。貴方と違って彼は魅力的だから」

 

コーテの無表情な顔から嘲笑に変わった。それと同じようにカモ君の顔も笑っていた。

 

「まあ、豚には無い。いや、豚未満の、害虫君には分からないだろうけどね」

 

そのカモ君の言葉がトドメだったのか、ギネはとうとう狂ったように声を上げた。

体は力み過ぎて赤から赤黒くなり、その内浮き出ている血管がはち切れるのではないかと思うくらいに膨張していた。

 

「ああああああああああああああっっっ!!」

 

「んっん~。いい気分だ。実に清々しい気分だ。思わず一曲踊りたくなるくらいに清々しい気分だ」

 

ギネの怒り狂う姿を見てカモ君は実際に踊るように上半身をぐるぐると動かしてダンスするように動いて見せた。

ギネが切り飛ばされた右腕部分をグルグル回しながら、声をかける。

 

「ねぇ、どんな気持ち?今、どんな気持ち?」

 

ギネを煽るカモ君。ギネが何も出来ない事をいい事に煽りに煽る。

カモ君がまだ小さい頃、まだ彼より力も魔力も持たなかった頃からやられたことを返しただけだと笑った。

ギネに理不尽を押し付けられた時、カモ君はずっと我慢していた。

クーやルーナにもそれを押し付けている時からいつかこうしてやろうと。それが叶って、最高にハイって感じだった。

 

「がぁああああああああ!!」

 

「…そこまでだ。面会時間終了。病室に戻るぞ」

 

これまで黙って見守っていたビコーの言葉でカモ君は平静を取り戻す。

このままでは血管が切れるか、怒り狂うのではないかと思われたところでカモ君はやれやれと言った表情でギネに最後の言葉をかけた。

 

「じゃあ、これでサヨナラだ。あんたが俺にしてくれた善行は二つ。たったシンプルなものだ」

 

その時だけはカモ君は馬鹿にするでもなく、嘲笑う事も無く、ただ真剣な表情だった。

 

「あんたは俺を兄にした。コーテに引き合わせてくれた。これだけだ」

 

逆に弟妹達がいなければ、カモ君はとっくの昔にこの国を見捨てていた。

コーテがいなければ、きっと自分はどこかのダンジョンでのたれ死んでいた。

弟妹がいなければここまで頑張らなかった。

コーテがいなければここまで頑張れなかった。

きっと原作通りの道を辿っていただろう。

目の前にいるギネ。そんなぶくぶく肥った自分の父親と同じ醜い姿で、他者を見下し、我が儘に、腐った性根で転生した生涯を終えていた。そんな事が簡単に思い浮かんだ。

 

本当にこれだけだけどな。

 

そう自嘲するカモ君。

だが、彼が変われた要因はそれなのだ。それが自分を変えた。

人が変わったような表情。全く姿形が似ている人間がその場で入れ替わったと言われた方がまだ納得できた。そう思うくらいに今のカモ君の表情は優しかった。

それを見ていたギネは呆気にとられた。

自分の体を焼くような怒りに捕らわれていたギネすらもその感情を置き忘れたかのようにポカンとした顔を見せていた。

そんなギネを置いてカモ君はギネが押し込められている牢獄から離れて行く。

先程まで怒り狂っていた感情がまだ追いつかない。

あのカモ君は本当に自分の息子なのか?あんなに優しい顔を今まで自分は正面から見た事があったか?向けたことがあったか?

その疑問が頭にあるうちは呆けていたギネだが、しばらくするとその事を忘れてまた牢獄の中で大声を上げて怒鳴り散らす豚へと成り代わる。

それはちょうどカモ君達が地下牢へと繋がる階段を上りきった時だった。

 

「変わらないな。あの豚は」

 

そう呟くカモ君の横顔はコーテがよく知るクールぶっているいつもの顔だった。

ようやくいつもの彼に戻ったかと胸をなでおろすコーテ。

ギネを挑発した顔。嘲笑う顔。

あれらはすべてカモ君の素顔なのだろう。彼がひたすら隠していたかった顔だ。

きっと彼は愛する弟妹達の前では決してそれを見せたりはしないだろう。

正直それを見ている時は嫌な気分だった。まだ取り繕っている彼の方がコーテにとっては好ましいものだった。

ギネが言っていた。自分はカモ君に利用されているだけだ。と、

そのふしはあると自分もうすうす感じていた。だが、その後に見せたあの優しい表情。

初めて会った時に見せた弱々しい表情を見せた時と同じ。彼の偽りのない表情と共に出たあの言葉。

自分に巡り合えたことが良い事だった。

偽りのない。偽る必要が無い場で言ったその言葉に自分の心は満たされた。

本当に自分が彼に騙されていたとしても、彼の役に立てるならそれで本望だ。そう思うくらいに満たされてしまった。

 

彼に心を奪われてしまった。

 

そう自覚してしまうと隣を歩いているカモ君の顔が直視できなくなった。

これからマーサ王女様がカモ君に褒美を渡すために、今まで世話になっていたミカエリの別荘で話をする予定になっているのだが、コーテはそれどころではなかった。はっきり言って自分がその場に向かっても、この胸の中で渦巻く感情を抑えられるか心配なくらいだ。

だが、そんな彼女に声をかけたカモ君。こちらの心情などお構いなしに彼はコーテに真剣な顔つきで語りかけた。

 

「…コーテ。…背中に回復魔法をかけてくれ」

 

「…あれほど安静にしていろと言われたのに。あんな動きするからだよ」

 

高ぶっていた感情がストンとまるで池に小石が落ちたかのように小さな波紋を残して落ち着きを取り戻した。

ポーションと回復魔法。そしてシルヴァーナの加護で回復したとはいえ、カモ君は命の危険がある重傷を負ったのである。その時の傷はふさがったが、悪ふざけをした時にまた傷が開いたようだ。

ギネが今日で鉱山送りになる事を予め知らされた彼は、これまでの鬱憤を晴らすためにギネをからかいに行くことにした。

その時、医師に止められたがこの時を失えばギネを嘲笑う事が出来なくなる。その事をどうにかぼやかしながら会いに行く許可を貰ったカモ君。出来るだけ無理はしないようにと言われたのに、ギネを馬鹿にするために馬鹿を行った結果、馬鹿みたいな事になる。

ああ、これも弟妹達には見せられない。彼のドジな所だ。

だが、彼のある事になると怒りやすい性格も。ねちねちと意地汚く嘲笑う暴言も。優しい顔に、こういったドジな部分。それらを隠し通そうとする部分も含めて本当のカモ君だ。

自分だけが知っている。仮面の下に隠したがっている好きな人の本性だ。

これくらいがちょうどいい。

出来過ぎたら近寄りがたい。怖がり過ぎるのも、嫌過ぎるのも駄目だ。こうやって抜けているところを見せてくれるのが好ましい。人間らしい。

彼が演じようとしている完璧超人なんかよりずっとずっと心地よいのだ。

 

「今は駄目。マーサ王女と会う時にはかけてあげるけど。今は反省する時間」

 

このように弱音を吐くほどに背中の傷が痛むのだろう。だけど、ここで甘やかしたら彼の為にならない。だから敢えて突き放すように返事をした。

その返事を聞いて、へにゃりと眉を下げるカモ君にコーテはクスリと笑みをこぼした。

 

これでまた一つ。自分だけが知っている彼の素顔が見ることが出来た。

 

そんな優越感を持ちながらカモ君と共に医務室に戻るコーテだった。

 

 

 

ちなみにビコーはいない者として扱っていた。

だって、彼もカモ君の汚い素顔を見ているからね。

 



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第十六話 金は天下を回る物。ただしカモ君。テメーは駄目だ。

カモ君達は武闘大会会場からミカエリに用意してもらったセーテ侯爵家専用の馬車に乗り、ミカエリ邸へと向かう。

馬車に乗る前にカモ君は病衣から王都に住む平民達が着る私服を着込む。ミカエリから借り受けた戦闘服やジャケットは、ギネに背中を刺された時に出た血で赤黒く変色していた為、一度洗濯する意味も込めてミカエリが従者に渡し、彼女の別荘でクリーニングしている。

それでもカモ君が着ている服はモカ領で着ていた服より上質な物である。都会と田舎の差を感じていたカモ君。きっとミカエリ邸で出された食事もお高いのだろう。

そしてこれから話をするというこの国第二王女マーサ王女。彼女のお話に出される紅茶やお菓子の類は最高級になる物だと少しだけ期待していた。

今回の武闘大会はもの凄く頑張った。

準備期間から試合まで、踏み台の自分には壮大過ぎる戦果を残したのだ。なにかご褒美があってもいいはずだ。

例えば、カモ君の健闘を称えてレアアイテムや大会賞金の賞与。魔法学園の授業料免除。

これらはギネが貴族の地位をはく奪されたことで支払えなくなった学費だ。もともとギネがカモ君を犯罪者扱いした時点で退学になっているかもしれないが、それらを貰えるとしたらとてもありがたい。

シュージとの決闘や模擬戦を行い、負けることにより彼を。この世界の主人公を強化できる機会を潰さない為にも必ずもぎ取らなければならない事例だ。

シュージは自分との試合ではあっさり負けたが、予選試合で見たあの魔法の威力は以前見た時よりも少しだけ強くなっているようにも見えた。が、それでも足りない。あれだけの力量ではラスボスどころか四天王の中で最弱と言われたキャラにも負けてしまう。

まあ、今はゲームで言う所の序盤の序盤。ようやく戦い方を学び始めた頃だから急ぎはするが、慌てる時期ではない。

もし自分が魔法学園に通えなくなっても野良の冒険者と活動して、時期を見てはシュージにいちゃもんをつけて決闘を吹っ掛ければいい事だ。

学園という最大の接点を失くしてしまうのが痛いが、彼を鍛えられなくなるという訳ではない。

と、自分に都合のいい話があるのだと信じてやまないカモ君。

ミカエリ邸に到着し、先に話があるからと言われ、コーテと共に応接間に通されたカモ君に突き付けられたものは、クリーニングされ、穴もふさがれたウールジャケットとそれの買い取りという借用書に名前を書く事だった。

初めは何の冗談かと思った。

 

「人が貸した物をあれだけ血塗れにしたのよ。買い取るのが筋という物でしょう」

 

武闘大会の試合中では護身の札が使われる。その為、血塗れにすると言う事は狙っても出来る事ではない。だが、その血の染みはクリーニングした後でもじんわりと灰色のジャケットに残っていた。

ミカエリも試合中にウールジャケットに損傷、汚れたとしても文句を言うつもりは無かった。

だが、試合後はその護身の札が無い。その時に大怪我を負ったカモ君。あれはギネが原因だろうと言いたかったが、そこに自分の責任が無かったとは言えない。

今回の武闘大会に出た理由も自分にあるわけだし、彼女のこの訴えを断る事は非礼に当たる。なにより、その非礼を弟妹達に知らされることになったら・・・。

 

え、にー様。借りた物を汚した上に穴まで開けたんですか?

え、にーに。援助してくれた人の善意を足蹴にしたの?

うわー、ないわー。この恩知らず。

うえー、ないわー。この恥知らず。

この人、自分の兄ではないわー。×2

 

そんな事はあってはならない。

だから買い取る事は仕方がない。だが、その額が酷かった。

 

風属性のマジックアイテム五個。

 

これが今回の買い取り金額。いや、交換アイテムである。

前にも言ったがマジックアイテムは希少で、カモ君も三週間近くダンジョンで粘ったが発見することが無かった代物。それを五個。

はっきり言って一般冒険者がその一生をかけてもそれだけのアイテムを見つけることが出来ない代物と個数だ。

思わず座っている椅子からずり落ちそうになったが懸命にこらえる。隣に座っているコーテがそれとなく支えてくれなかったら本当にずり落ちていただろう。

もちろん、これを自分が準備できるはずがない。かといってコーテに頼るわけにもいかない。そんな事をすれば、弟妹達からないわー。の一言を貰うだろう。

頭がくらくらする。輸血した分の血が抜けた気がするくらいにふらつく。体力と魔力を使い切っている状態もあってか本当にくらくらする。

ミカエリの試作アイテムとはいえ、かなりの性能を見せたウールジャケットを改めて受け取り羽織るカモ君。それはふわりと軽いはずなのにずっしりとカモ君を押しつぶすかのように重く感じた。これが債務者の責務というやつか。

カモ君が陰鬱とした空気になっていた所に応接間の扉の向こう側からミカエリの従者の一人がマーサ王女の到着という報せを持ってきた。

 

いっそのこと王族にこの借用書を押し付けるか。

 

そう考えたカモ君だったが、それよりもシュージとの接点が無くなる事に危機感を覚えた。だが、この借用書も重い。

 

魔法学園の復学と借用書を受け持ってもらえないかなぁ。

 

当初の目的である王族への助命嘆願の事を忘れているカモ君。

彼を犯罪者扱いしている手配書の撤廃はギネが拘束された時点で執行されているのだが、それを知らないので余計に滑稽に見える状況でもあった。

 



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第十七話 愛より熱く、愛より深く

初めて王族を前にしたカモ君とコーテは、煌びやかなドレス姿のマーサ王女が応接間に入る前から片膝をつきこうべを垂れてスタンバイしていた。

その姿を見なくてもわかる。ただならぬオーラ。一庶民に近い感性のカモ君には決して出せないそれを肌で感じていた。

顔を上げることは出来ない。声を上げる事も出来ない。目の前にいるだろうマーサ王女の許可なく身動きすることは不敬である。

貴族間での上下関係は厳しい。カモ君とコーテ。子爵と伯爵だけでも相手の許可が無ければ親しく話すことも出来ない。その上、侯爵であるミカエリも同様だ。彼女がフランクな人柄でなければカモ君は他人行儀に接していた。

そして王族となればもう、人と人の関係じゃない。相手が死ねといえば死ななければならない雰囲気だ。もちろん、そんな事は言われないだろうと思うが、ジャケットの前例がある。どんな事を言われるかたまったものではない。

ちらりと視線を移せば自分達の隣であのファンキーなミカエリすらも同じ姿勢で王女の言葉を待っていた。

やがて、マーサ王女が用意された上座の椅子に着席するとお声がかかった。

 

「面を上げなさい」

 

それは確かに年頃の少女の声だった。静かな声だった。だが、その言葉はあまりにも強力だった。

嫌とは言えない。断れない迫力を感じさせる。

これが王族。これが第二王女。自分達とは文字通り住む世界が違う人間。

顔を上げるとそこには銀髪の妖精がいた。そう言われてもおかしくないくらいの可憐さを持った少女が。王女がいた。

 

「此度の武闘大会。まことに見ごたえのある物であった。力だけでは物事がうまくいかぬ。それを体現した。まことに見事でした」

 

「ありがたきお言葉。身に余るほどの栄誉であります」

 

どうしよう。この人にお金頂戴♪

なんて、口が裂けても言えない。いや逃亡前提で、可能前提でなら言えるかもしれないけど少なくてもこの状況は無理。

彼女の隣には彼女の護衛らしき騎士と魔法使いがいた。更にはその両隣にカヒーとビコーの姿がある。

そんな王女たちの前でおふざけなんかしたら、いや、その仕草をした時点で自分は消し飛ぶだろう。

 

「本来なら優勝した者にのみ私から賞与を渡すのだが、今回のようなイレギュラー。乱入騒ぎで無しになりました。しかし、あれほどの戦いを見せた者に何も無し。では私の沽券に関わります」

 

そこで、一息溜めた王女はカモ君の目を見ながら言った。

 

「そなたが望むことを望むだけ申しなさい。その中から私が吟味して叶えてあげましょう」

 

これはカモ君を試している言葉だった。

自分が上げた戦果を正しく判断しているかどうか。マーサ王女がどれだけの狭量と権力を持っているかを試している。

少ない。小さい申し出をした場合。無欲として見られるか、馬鹿にしているのかと勘繰られてしまう。前者ならともかく後者なら一発アウトだ。カモ君のこれからの未来は闇しかない。

多い。大きすぎる場合。強欲者とののしられ罰を受ける。これも駄目だ。

カモ君は自分の望みをゆっくりと吟味する。何を一番優先させねばならないかを。

そして、決まった。

 

「はい。王女殿下。私に魔法学園の復学とそこで学ぶための資金援助をお願いいたします」

 

「…ほう」

 

カモ君が一番に願う事はクーとルーナの明るい未来だ。

その為に一番必要な事。それはシュージの強化である。彼さえ強くなれば戦争にも勝てる。この未来も明るいものになる。

その為にはやはり魔法学園に通い、彼のレベルを上げるために決闘や模擬戦を何度もやる必要がある。

例え、多額の負債を抱え込もうとそうしない限りはどうにもならないのだ。

そんなカモ君の考えとは裏腹に王女マーサはカモ君がかなりの強欲者だと感じ取っていた。

カモ君は復学したいと言ったが、それは要するに手配書を撤廃し、自身を貴族の地位に戻した上に金を寄こせと言っている事と同義である。シュージやキィのような特別枠の生徒の席を早々に増やすことも出来ない。

元は貴族の者だったとはいえ、手配書を出された時点で彼は平民になっていた。

平民を貴族にしろ。これはかなりの難問だ。

王でも今回の武闘大会の戦果だけでは足りないと言うだろう。だが、足りないのであれば別の戦果を足せばいいだけの事だ。

 

「残念ですが、それは難しいですね」

 

え?駄目なの?

 

マーサの言葉にカモ君は内心驚きながらも長年培ってきたポーカーフェイスで受け流す。彼は自分が申し出た願いの壮大さに気が付いていなかった。

そんなカモ君の心情を察したのかマーサは言葉を続ける。

 

「こちらからの任務を受けてくれたならそれも可能になります。だが、これは難しい事です。それこそ上級魔法使いや冒険者でも達成することが難しい事でしょう」

 

マーサは変わらずカモ君を試す表情のままだった。その真意をカモ君が汲み取れるはずがない。というか余裕が無い。自分の事で一杯一杯なのだ。

 

「それが自分にやれる事ならば、やります」

 

「…そうですか。貴方にやってもらいたいことはとあるアイテムの蒐集。…ミカエリから聞いていると思いますが、希少金属も含まれている。オリハルコンです。それが意味する事は知っていますね?」

 

オリハルコンは超希少金属。カモ君が持っていた火のお守りや水の軍杖の十倍は価値がある物で、滅多に発掘されない希少な鉱物。

シャイニング・サーガというゲームでは30階層以上という高難易度のダンジョンでやっと少量とれるかどうかのレアアイテムだ。

ミカエリの請求したアイテムなど鼻で笑える。それほどまでのアイテムだ。それを取って来いと王女様は言っている。つまり死ぬかもしれないがダンジョンに行って来いと言っているのだ。

 

「ちなみにセーテ侯爵の人間の助力は無い。彼等にはやってもらう仕事が山積みなのです。今回の大会のみだと思いなさい」

 

つまり、今度こそ自分の力のみで達成しろという事だ。

自分のレベル。所有しているアイテム。人脈だけで30階層以上のダンジョンを見つけて挑戦しろという事だ。

でも、やるしかないだろう。そうしない限り明るい未来を手に入れることは出来ない。

 

それにこの依頼を受けろとは言われたが達成しろとは言われていない。

やったけど出来ませんでしたー。といっても相手は文句を言えないだろう。

 

王族の言葉はそれだけ重いのだ。自分の言った言葉はなかなか覆せない。自分やギネのような木っ端貴族ではないのだ。

そう内心ではほくそ笑みながらカモ君は言った。

それに魔法学園の復学ということは最低限度の修学の為にもある程度は学園に居られることになる。その間にシュージを強化することが出来る。

 

「やります」

 

カモ君は最初、無理難題を押し付けられたかと思ったが、これは自分のレベル上げにもなる。レベルが上がった自分と戦うシュージもレベルが上がる。WINWINだ。

 

「…正直、貴方があの学園にそこまで固執する理由が分かりません。貴方は一般生徒。いえ、一般魔法使い以上の実力を有しています。あそこで貴方が得たいものはあるのですか」

 

嘘を言えない。

だが、未来で戦争が起こるなどと言えば頭がおかしい奴か、敵国のスパイか、それとも革命を狙っている賊と思われる。

だからふわっとした言葉で誤魔化そう。

 

「輝かしい未来があります」

 

もしくはリーラン国の滅亡という最悪の未来が。

いや、自分はシュージに何度も倒される運命にあるから輝かしいとも言えんか。

…あれ、おかしいな。嘘を言ったからか胸が切なくなったぞ。

 

マーサの言葉に真っ直ぐに答えたはずのカモ君だったが、思わず天井を見上げてしまう。そうしないと涙が零れそうになるから。

こんなに頑張っているのに自分が報われることは無く、ただただ苦行でしかない現在と待ち受ける未来に辛くなってきた。

ただ一人の理解者も無く、人としての栄華も求めきれない。

クーとルーナの為。そう自分に言い聞かせてここまで走ってきた。だが、その先に待つ未来は負けなければならない運命が待っていた。

ドラゴンに殺されかけた。シータイガーに殺されかけた。ドッペルゲンガーに心を折られた。クーに殺されかけた。ギネに殺されかけた。

それらの事が半年もしないうちに起こったのだ。その上、武闘大会の疲労もあり精神的にはナイーブにもなっていたカモ君の心は限界だった。

これだけの困難を乗り越えたのに更なる苦行をこなせるほどカモ君の心は強くなかった。

 

駄目だ。泣いてしまう。

 

カモ君の心が涙と共に初めて弱音を吐きそうになった。だが、それは零れなかった。

隣にいるコーテがそっとカモ君の手を掴んでいた。まるで弱音を、涙を抑えるように優しく、それでいてしっかりと握っていた。

カモ君が隣にいたコーテに顔を向けると、そこにはこちらに向かって優しく微笑んでいる彼女の微笑みがあった。

 

「マーサ王女殿下。発言をお許し願えますか」

 

「発言を許します」

 

今まで無表情で静かに事を見もっていたコーテの発言にマーサ王女は許可を出した。

 

「その任務。私も参加させてはもらえないでしょうか」

 

「…コーテ?」

 

30階層以上の深層ダンジョンに挑むというのはある意味死刑宣告に近いものだ。

わざわざ付き合う義理は彼女には無いはずだ。婚約者の件もギネが事件を起こしたことで破談になっているだろう。

 

どうして…。ああ、どうして彼女はここまで自分を支えてくれるのか。

…いや、分かっているだろう。コーテは自分に好意を持ってくれている。

だが、その好意を寄せるに値しない男なのに。どうして寄せたのかが分からない。

 

「オリハルコンの入手。深層クラスのダンジョン攻略は文字通り魔境です。彼ほどの実力を持っていなければ生き残れない。いや、持っていても難しい。それは理解していますね」

 

「はい。今の私のレベルではダンジョンに挑む事は無謀だと言う事は百も承知です。ですが、それ以外。彼の身の回りの世話や簡単な回復魔法で支えることは可能です」

 

王女の言葉と視線を真っ直ぐに受け止めて、自分の力量とこれから行う事を簡単に伝えるコーテ。

そんな彼女の手は未だにカモ君の手を握っている。僅かに震えていることも感じ取れた。

王女への意見もあるのだろう。これから繰り広げるダンジョン攻略への恐怖もあるのだろう。

それでもコーテは真っ直ぐ王女を見ていた。

 

「…貴女の事はミカエリから知らされています。コーテ・ノ・ハント。婚約者。いえ、元婚約者の為にそこまで尽くせますか?」

 

「はい。身を粉にして支えます」

 

王女は改めてコーテとカモ君の現状を伝える。

彼女と彼を繋ぐ縁はとっくに切れているのだ。

だが、彼女はそれでもカモ君の力になりたかった。

 

「貴女の家が反対をしても」

 

「その時はハントの名を捨てます」

 

きっとこの場にグンキがいれば激怒するだろう。

当たり前だと。

カモ君ほどの男は手放すなと。

 

「…それは愛故にですか?」

 

「いえ、惚れた弱みです」

 

王女の言葉にコーテは嘘偽りなく答えた。

確かにカモ君には足りない所は多々ある。

戦闘面では達人レベルには敵わず。

私生活では弟妹達の事ばかりに気をかけすぎている。

性格的にもクズな所はある。

完璧であろうとする。虚勢を張る。でもそれを実現させようともがき続ける。弟妹達に誇れる自分であろうとする。

その姿が愛おしい。その献身を自分に向けてくれたらどれだけ幸せになれるか。

ああ、そうだとも私はこの男を心から欲しているのだ。

いずれはクーとルーナからこの男を奪ってやるのだ。

その為にも彼には今回の責務で倒れられては困る。ダンジョンで命を落としてもらっても困る。他の女に取られるなんぞ死んでも嫌だ。

その足掛かりとして彼を支えるのだ。こうやって泣き言を言いそうになった時、支えて、慰めて、自分に依存してもらう。自分無しでは生きていけないようにする。

それは保護欲でもあり、独占欲でもある。

ただ一人の少女の恋心だった。

 

「…わかりました。貴女にも今回の任務に就かせましょう」

 

「ありがとうございます」

 

そのやりとりを聴いていたカモ君はまた涙を零しそうになった。悲壮感から来るものではなく、幸福感からくる涙を。

まだ彼女に自分だけが持つ心情を明かせていない。それなのに共に苦境に挑もうとしている心意気に感動したカモ君。今度は上ではなく、コーテとは反対の方向に顔を逸らした。

今、自分の顔を見られるのは恥ずかしい。きっと嬉し涙を零しているから。

 



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第十八話 リーラン王国の剣

王女マーサはカモ君とコーテにオリハルコンの採掘任務を命じた。とはいってもその内容は王都に届けられた踏破が難しいダンジョンへ出向き、王家の息がかかった者と共に攻略する事。

それを伝えると、マーサは研究者であるミカエリには別に話があると言って、彼女と共に別荘を去って行った。

カモ君がやる事は武闘大会前と変わらない。変わるとすればそれは攻略報酬だろう。

 

オリハルコン。ダマスカス鋼。ミスリルといった魔法金属。および光のマジックアイテムは王家へと献上する事。風のマジックアイテムはミカエリに渡す事。

残りは自分の物にしていいことになっている。が、地と水のマジックアイテムはコーテに渡る事になっている。

事実上、カモ君が手にしていいマジックアイテムは火と闇のマジックアイテムだけ。ちょうどシュージとその仲間だろうキィの属性に当てはまる。

 

何も。何も残らねぇ。

 

普通の転生キャラクターなら、新たな仲間。新たなヒロイン。ダンジョン攻略の暁にはお金がザクザクでウハウハ。色んな物に充実しているはずだろう。

それがカモ君には無い。

おかしいな。さっき涙が止まったはずなのにまた溢れてきそうだ。

そんなカモ君の心境を知ってか知らずか、二週間後には新学期が始まる魔法学園に復学する前にモカ領へ一度戻り、自分の状況を家族に伝えていけと、王女からありがたいお言葉も貰っている。

ミカエリからも空飛ぶベッドを借りる事も許されている。ベッドも改良されており、カモ君一人の魔力でも王都から往復四日で行き来できるようになっていた。

復学には三日ほど余裕を持って行きたい。よってモカ領に滞在できるのはたったの一週間だけだ。しかもまだカモ君の魔力も体力も回復しきっていないから休息の為にも二日は休まなければならない。よって最長でも五日ほどしかモカ領に滞在できない。

短すぎて、遅すぎるカモ君の夏休みが始まろうとしていた。

 

少ない。少なすぎる。

 

お金はまだ多少は残っているとはいえ、コーテへのお礼と物価の高い王都のお土産を購入すると本気でお財布の底が見える。新学期が始まると同時に素寒貧になる未来が見える。

だが、ここがお金の使い所だ。ここでケチれば好感度は駄々下がりだ。これからの学園生活。ダンジョン攻略に支障をきたす。

 

(お金が)少ない。少なすぎる。

出来る事なら今すぐにでもダンジョン攻略の任務を受けたいところだが…。大丈夫だ。このIQ53万の知能を持つ自分ならやりくりできるはずだ。

 

そんな馬鹿な事を考えていることに気づかないカモ君。まだ疲労が抜けていないようだ。

王都にいる間はミカエリ邸で厄介になる事になったカモ君は、準備してもらった部屋に戻り、寝間着に着替え、ベッドにもぐりこむ。その時に添い寝をする為にコーテももぐりこんできた。

他人の家。まだ十二。十三の少年少女。情事を働くわけにもいかない。

彼女は単に自分を心配して寝付くまで傍にいるだけだと言った。死にかけたカモ君がまた瞼を閉じると再び開けるかどうかが不安なのだろう。そこに性的な意図はない。

そう思いながら目を閉じ、カモ君は意識を閉ざしていく。

 

なんか息遣いが荒いと思うのは気のせいか?

 

その疑問を問いかける前に完全に眠ってしまったカモ君。彼が再び瞼を開けたのは翌日の朝日を浴びたことによるものだった。

その時、コーテはカモ君のすぐ傍で同じように眠っていた。

何故か、寝る前はちゃんと来ていたカモ君の寝巻の上着が脱がされていた。

カモ君が「きゃー!コーテさんのエッチィイイ!」と心の中で悲鳴をあげる三秒前の出来事だった。

 

 

 

「マーサ王女。上手く彼を取り込めましたね」

 

カモ君との話を終えた王女は送り迎えに来た馬車の中で共に乗り込んだミカエリから言葉を投げかけられた。

その表情は真剣な物だった。決してカモ君の前では見せることが無かった社交辞令モードのミカエリ。

彼女は若干憤っていた。予め、王女からカモ君をこれからの事に抱きこむように手伝うように言われていた。彼に自作マジックアイテムの取引もその一端。

彼を魔法学園に復学させたのも。全てはこのオリハルコン探索。王国で新たに作られる部隊に彼を加える事だ。

これはミカエリの別荘に行く前に判明した第三王女のマウラの願いだった。

姉、マーサの婚約問題を解決できないのなら、それの原因となったドラゴンを討つための部隊が欲しい。それがマウラ王女の願いだった。

そんな彼女の願いを叶える為に作られる予定の部隊。そこにカモ君を組み込む事が、マーサの本当の狙いだった。

その部隊の目的は深層のダンジョンで極稀に見つかるオリハルコンも目的だが、本当の目的は高ランクのマジックアイテム。ドラゴンスレイヤーの発掘である。

リーラン王国が見つめているのはオリハルコンやドラゴンだけではない。その先、ネーナ王国への抑止のためだ。と、いうがミカエリはネーナ王国を含めた隣国への侵略も考慮しているのではないかと考えている。

 

「ええ、貴女のおかげで何の滞ることなく彼をマウラの部隊に組み込む事が出来ました」

 

ミカエリの皮肉を受け止めた上で流すマーサ。

王族として稀有な魔法使い。エレメンタルマスターのカモ君を抱き込めたこと。そして彼の実力からみてもこちら側に引き留めることが出来たのは大きい。彼と王族の血統が混ざり生まれた魔法使いはほぼ間違いなく強力な魔法使いになるだろう。

マウラと年が近いカモ君を組み込んだのは国王の意向もあるだろう。ミカエリとビコーから聞いた限り、彼は敵には容赦ないが味方にはとにかく甘い。

彼は愛する弟妹達を溺愛し、婚約者であるコーテに対しては心を開き、命懸けで守る。学友であるシュージには武闘大会では全力で戦うように激励を送った。

ギネに対しては悪意たっぷりで接していたが、最後には感謝の言葉を伝えるという最後の最後。人としての良心を捨てきれないその人間性は好ましいものだ。

国のトップを関わるには未熟すぎる精神だが、彼がマウラと結ばれればいいと考えているマーサを含めた王族が何人かいる。なんならミカエリとでもいい。

ミカエリは自由奔放な性格だが、兄達同様リーラン王国に忠誠を誓っている。そんな彼女だが、このような策謀にカモ君を巻き込む事を是としていない。カモ君は彼女にとって初めての異性の友達だ。だからこそこのような事に巻き込みたくなかった。

 

「マーサ王女。私は今でも反対です」

 

「ミカエリ。貴女が彼を大事にする気持ちはわかるわ。生まれた時から兄達以外からは好色の目で見られてきた。彼もそのように扱われることに反対な事も。でもね、その美貌。魔力。知識。技術。そして策謀。今でも彼と一緒に王族に加わって欲しいくらいよ。貴女の兄上たちと共にね」

 

セーテ侯爵家ははっきり言って異端児だ。その実力が特化している。武のカヒー。魔のビコー。知のミカエリ。

彼等三人が王国から離れたとしたらこの国は亡ぶとまで言われている。

 

「リーラン王国は今、衰退の一途をたどっています。隣国の様子も少しずつ変わってきているというのも聞いています。きっと動乱の時は近い。あと三年もすればこうして話すことが出来るとも限らない」

 

そんな彼等に嫌悪感を持たれてでもカモ君を引き入れたことを後悔していないマーサ王女は馬車から見える王都を行きかう人々を眺めていた。

 

「…マーサ王女」

 

「それまでに我々は【担い手】を鍛えなければならないのですよ。王国の未来の光になる【担い手】を」

 

 

 

場所が変わってネーナ王国。国王の私室にギネをたぶらかした女の姿があった。

女はこの部屋の主。この国の王に向かって一礼をしたまま、今回の武闘大会の顛末を話した。

五十代の立派な髭を生やした中肉中背の男性がこの国の王。そしてこの王が目の前の女に命じて今回の武闘大会の混乱を生み出すように命じた張本人だ。

女はギネを通じて、ゴンメを操り、リーラン王国の国宝の一つ。シルヴァーナをへし折った事を報告した。

女の正体はネーナ王国の諜報員。その見た目が派手な割には誰の目にも記憶にもと留まらないのは女の持つマジックアイテムかそれとも技術なのかは目の前の王すらもつかめていない。そんな不気味な女だが、王は重宝した。

女の報告では、大会後の事は確認できていない。あそこにいたセーテ三兄妹の存在が女の活動を狭めた。

シルヴァーナの破壊。リーラン王国の国宝がへし折れたところまで見届けた女はその場を早々に離脱。ビコーの探索魔法が展開される前には会場の外に出て、ネーナ王国に戻ってきた。

続きは他の密偵の報告待ちだが、リーラン王国で目立った動きは見えていない。

 

「報告は以上です」

 

「…うむ。よくやった。お前の目から見て、奴等の【剣】をどう思った」

 

「とても芳醇な魔力の香りを感じました。やはりあれは良いものです。あれがこちらに渡れば確実に状況をひっくり返せるでしょう」

 

その言葉を聞いて王は考えをまとめるように瞼を閉じ、一息入れた後にもう一度訪ねた。

 

「【剣】は見つかった。では、その【担い手】はいたか?」

 

「いえ、候補が何名かいますがこれといった者の目途はまだ」

 

シルヴァーナの持ち主であるマウラの存在はつかめている。シルヴァーナはまるで意志を持つかのように持ち主を選ぶ。だから、リーラン王国であれを唯一使えるのはマウラ一人だ。

マウラの命令が無ければシルヴァーナはその効果を発揮しない。ただの白い大剣になる。

だからこそ国宝であるにもかかわらずそれを彼女は何処にでも持って行ける。振り回せる。

 

シャイニング・サーガではある一定の事をするとシルヴァーナの譲渡が出来る。

だからこそ、マウラはゲームではよく条件を満たしたプレイヤーからシルヴァーナを取り上げられることも多々ある。あれはマウラが持つよりも主人公が装備したほうが強くなれるからだ。

 

「…そうか。引き続き調査を続けよ。【担い手】を見つけ次第、報告をすぐこちらに送れ」

 

「は。了解しました」

 

王の命令にただただ了承の意を示す女は動かない。

王からの報酬の件についての言葉を聞くまで動くつもりは無かった。

 

「【剣】の方はどう扱いましょう?」

 

「こちらに引き込めるのなら引き込め。出来ないのであれば…、お前の好きにしろ」

 

その言葉を聞いて女は醜い笑顔を作った。もはや本当に人なのかどうかも怪しむほど歪んだ笑顔を。

それを見ていた王は特に気にした様子も見せずに手を横に振る。

ここから去れと言う事だろう。

 

「では、失礼いたします」

 

ここに来た時とは明らかにテンションも声色も違う女は陰に溶けるように去って行った。

女が完全にこの場から立ち去った事を感じ取った王は女から報告を思い出しながら、自分の机に並べられた各領地からの報告書に目を通しながら呟いた。

 

「伝説か。陰にあてはめられたこちら側としてはたまったものではないな」

 

王はこの世界であてはめられた自分の役割にため息を零した。

その真意をカモ君が知ったら間違いなくカモ君は何もかもを捨てて、クーとルーナ。コーテを連れて、リーラン王国から脱出を図るだろう。

だが、それを知るのはもう少し先の話しだった。

 




本当は小出ししていくつもりだったけどせっかくのゴールデンウィークなので全出し。
これでまたネタを考えていかないといけないぞ。あーはっはっはっはー!


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カモの原作乖離、あぶり焼き
序章 許される存在(強制)


マーサ王女からオリハルコンの捜索を任命されてから二日目の朝を迎えたカモ君。まだ太陽が顔を出したかどうかの時間帯に目を覚ました彼は、上半身を起こして腕を軽く回す。ようやく体調・魔力ともに万全に回復したことを実感した。

武闘大会では本当に死ぬ。致命傷を受けたにも関わらず、この世界の回復ポーションと魔法の効果は前世での医療技術を優に超えている。

最大レベルの回復魔法は、首が取れ、心臓が潰れようとも、その魂魄を粉微塵にされようとも復活させることが出来る。

 

それって拷問で使われたら最悪だよな。死ぬほど追いつめても復活させることが出来るよね?

神の慈悲のような奇跡を通り越して、悪魔のような所業も出来る回復魔法。出来るだけお世話にならないようにしよう。

 

さて、そこまで考えていたカモ君は現実逃避を止めた。

今の自分は寝間着を着ている。ただし、上の寝巻は剥ぎ取られていた。眠る直前まではしっかりと着こんでいた。はずだった。でも上半身は裸。

原因は分かる。自分のすぐ傍で眠っている少女。

コーテの手にカモ君の上の寝巻が握られていた。

この少女は二日続けて眠っているカモ君の寝巻を剥ぎ取ってはうつぶせにして致命傷になった背中の傷の所在を確かめる。

彼女は武闘大会後、常にカモ君の背中に幻視するのだ。深々と突き刺さった石のナイフを。彼の体から噴き出る大量の赤黒い血を。静かに目を閉じているその表情からは生気が抜けていく浅い呼吸を重ねてしまう。

ひな鳥のようにぴったりとカモ君に付き添い、眠りに就いても不安は拭えなかったのだろう。だからこそ、二日も続けて自分の寝巻を剥ぎ取り確認したかった。そこは理解できる。しかし、確認したらちゃんと寝巻をつけて欲しい。まあ、それに気づかないまま眠り続けている自分も悪いが、この状況を誰かに見られたら絶対に誤解される。

 

そう。目の前で絵筆をとっているミカエリとこの部屋の入り口で待機しているメイドの二人みたいに。

 

「…続けて」

 

何をだ。と言ったら、情事を。と、返されるだろう。というか昨日の朝も言われた。

 

情事。事後。成功E。

 

どれもやってないからな?

コーテがやったかもしれんが、こちらからはやってないからな。

息子の状態確認。よしっ。今日も元気だな。

 

そんなアホな事を考えているカモ君だからこそ息子が静まるのを待ってからベッドから這い出ていき、ここの家主。侯爵令嬢のミカエリの傍に行って彼女の絵筆を取り上げる。

 

「続けるも何もただ寝ていただけですよ」

 

「え、エミール君が受け?アニ×ロリかと思ったらロリ×アニ?」

 

見た目は成人男性なカモ君だが十二歳。コーテは十三歳。もうすぐ十四歳だからどちらかと言えばアネショタなんだよなぁ。じゃなくて。

 

「お世話になっている人の館でそんな事を働くわけがないでしょう」

 

「え、私がオカズにされている?」

 

確かにミカエリは美人だが、中身が残念なのだ。性格面が。

 

「確かに私は美人だけど目の前でその事を言うのはセクハラよ」

 

「美人は認めますけど、他は断固として認めねえ」

 

「ちなみに私がやっている事はパワハラよ」

 

「存じております」

 

「それでも私は一向に構わんっ」

 

「俺が構うんだよ、馬鹿野郎」

 

構えよ。侯爵令嬢。本当にあんたに襲っているかもしれんぞ。しないけど。あの忍者の姿も気配も感じ取れないがきっと見張っているに違いない。なにより、この中身が男子中学生な残念美人に性欲が全然湧かないのだ。

 

えー、本当~?

と言いながら未だ眠っているコーテの様子を見に行ったミカエリ。掛布団をめくり、コーテの体をまさぐる。

同性とはいえ、あそこまでまさぐる事は許される事なのだろうか?

 

「…嘘つき」

 

「ついてけねえ」

 

ミカエリがカモ君の方を見てかうような表情を見せる。

 

やってねえ。やってないよな?どこかのエロコメ主人公みたいに無意識下で事に及んでいないよな。そうだよなマイサン?

 

う~ん。たぶんやってないよ、ダディ。

 

信じるからなマイサン。

自分の股間に意識を向ける。そこには日常的な感触しかない。だからやっていないんだ。

 

そんなこちらの心情を知ってか知らずか、ミカエリはこの部屋の入り口付近で待機していたメイドから新しい絵筆を受け取り、再び絵の作成に取り掛かる。

 

「完成!」

 

「はやっ」

 

もうほとんど完成していたみたいだ。なにやら絵の製作者のサインを記すだけだったようだ。

 

「どう、上手に描けていると思うのだけれど?」

 

「絵はうまい。それは認める。だけど内容は認めねえ」

 

ミカエリは会心の絵が出来たと満足のいく表情を見せながらカモ君にその出来を尋ねてくる。

 

なんだ、この絵は。

ベッドの上で下種な表情をした大の大人が怯えた幼女に向かって迫っているそんな絵画。

え、これ俺?このスリムなギネみたいな男が俺?そして涙目になっている幼女は七歳のルーナよりも幼く見える少女がコーテか?あまりにも酷すぎるのに絵のレベルだけは高い。

まるで神絵師にポルノ絵画を描かせたみたいな絵だ。

 

「一割の真実と九割の妄想で描いたわ」

 

「もう、出演者の性別くらいしか合ってないじゃないか」

 

ほぼフィクションな絵だった。

てか、この才能の塊みたいな才女。たしか王女から仕事を任されていたのではないのか?

そんなカモ君の疑問がのった視線にミカエリはクスリと笑って見せた。

 

「王女さまからの仕事は…。山積みよ」

 

「じゃあ、なんでここに居るんだよ」

 

ミカエリはこの国の宝である大剣。シルヴァーナの修理を頼まれている身だ。

王族からの仕事を放っておいてこんな馬鹿な事をしていていいのだろうか。

 

「だって材料が無いんだもの。オリハルコンも、エンシェントゴーレムの核も、光のマジックアイテムに組み込まれている魔法回路も無いのよ。凄腕のコックだって材料が無ければ美味しい料理を作れないでしょう」

 

まあ、言われてみれば確かに。それらのアイテムの蒐集は王女が自分に課した任務だ。

王国にもそれらの備蓄が少しはあるだろうが、まだ学生の身分のカモ君に蒐集を命じてくるほどのレアアイテムだ。もう底を尽いているのだろう。

それらのアイテムが見つかるのは文字通り死地。ラスボスのいる地域をうろつくか、深層と言われる30階層以上のダンジョンでしか見つからない貴重な物。持っている方がおかしいのだ。

 

「なにより、貴方をいじれる絶好の機会よ。私が逃すわけがないじゃない」

 

「貴女はそう言う人だよ、コンチクショウめ」

 

天賦の才能に、整った容姿。更には魔法の才能まであるミカエリ。そんな彼女の兄達も超人レベルの才能と実力を持つ。

セーテ侯爵家の未来は盤石だ。性格に目を瞑れば。

きっと才能に数値を振っている分、性格にマイナス補正がかかっているんだろう。

いや、それでも大概だ。侯爵家。一個くらい才能を分けてくれてもいいだろう。と思う全属性の魔法使いのカモ君。お前も大概やぞ。と言ってくれる人間は残念ながらいなかった。

侯爵家という相手が上位の人間という事もあるが、ミカエリに何度も助けられたという恩もある。それなのにカモ君がこのようなコミュニケーションをするのは単にミカエリが許してくれたから。カモ君の事をある程度認めたからこそこのようにふざけ合えているのだが。

ミカエリは初めて出来た(ハラスメントが許される)友人に絡むのが楽しいのだ。実はまだやるべき仕事は残っている。

しかし、カモ君をからかうのが楽しすぎる為、早々に仕事を切り上げて、寝る間も惜しんで彼を弄ぶ。先程描いた絵も、下地にしている布地には国宝シルヴァーナの補修図。設計図が描かれている。

エコよね。と思っているミカエリだがこれも立派な国家機密。期間二日間。計六時間かけて書いた絵画は、カモ君の火の魔法によってふざけた絵と国家機密は人知れず灰になった。

ちなみにこの絵画。その筋の人に見せれば大枚はたいて買われた名画であった、

 

「私の大傑作がっ」

 

「その才能をもっと違う事に活かせ」

 

「酷いわ、エミール君!私の、大事な物だったのにっ」

 

「深刻そうに言っているけどただのセクハラ絵画だからな、あれ」

 

カモ君とミカエリがふざけ合っていると、その騒動に目を覚ましたコーテ。彼女が見た物とは。

 

床に膝をついて女の子泣きしているミカエリ。その頬と白い絵の具。足元には赤い絵の具がはねた跡。

そしてカモ君の下半身を覆っている寝巻にはミカエリとふざけている間についた微量の赤と白の絵の具がついていた。

視界の隅には灰になった元絵画があったがすぐに忘れた。

 

現状をなんとなく把握したコーテ。

 

「…エミール。ギルティ」

 

「なんでぇっ」

 

事実を曲解したまま把握したコーテはカモ君の顔に魔法で作り出した水球をぶつけた。

 



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第一話 たつな、じっとしていろ

朝での騒動の後、湯浴みと朝食を終えたカモ君。その様子を見た家主のミカエリは一言。

 

「元気になったみたいね」

 

視線をもっと上にあげんかい。

 

そう突っ込みたいカモ君だったが、コーテがすぐ傍にいるところで地の性格を見せるわけにはいかない。

支援者であり、恩人でもあるミカエリに対して地の性格で接するとコーテ経由で弟妹達に知らされるかもしれない。自分の本当の性格はがさつだから知られたくない。

そう考えるとミカエリは本当の理解者なのではないだろうか。相手の立場を理解してハラスメントしてくる相手を理解者と言っていいのだろうか?

そんな理解者?は魔法のルーペを取りだし、カモ君の状態を改めて詳しく調べ上げた。

体力・魔力共に全快。後遺症の様子もないと太鼓判を貰ったカモ君はミカエリ邸の門付近に準備された空飛ぶベッドにミカエリから渡された王都で有名な焼き菓子店のクッキーの詰め合わせ。そして、カモ君だけに直接渡された謎の粉薬。

 

(年若い男女には必要な物でしょ)

 

コーテに聞こえないに小声ですり寄って来たミカエリにオブラートに包まれたピンク色の粉薬を複数持たされたカモ君は嫌な予感がした。渡されたクッキーは包装されている缶詰から高級な物だとわかったから粉薬をすぐには返せなかった。

 

(それとなくコーテちゃんの飲み物に混ぜてね)

 

カモ君はコーテに気が付かれないように解析魔法をかけてみると詳細は媚薬。

彼はぐっと我慢した。

良い笑顔でグッドサインを出したミカエリの親指をひん曲げたくて仕方ない。

 

「エミール。何を貰ったの」

 

「媚薬」

 

「おいこら」

 

普段のクールな無表情を変えて、少しだけ怒っているような表情で詰め寄って来たコーテをどう誤魔化そうかと思案したカモ君だったが、ミカエリがさらっと持たせたお薬の内容をばらした。

ばらすのならなんで、小声で渡した。

 

「…エミール」

 

コーテが更にカモ君に詰め寄る。何考えているの?と言いたげな視線で。

カモ君も何を考えてんだとミカエリを見る。

ミカエリは言わせんなよ。と言いたげに頬を赤らめてそっぽを向いた。

ミカエリの顔にアイアンクローをかましてこっちを向くようにしたかったカモ君だったが、その前にコーテが渡された媚薬を取り上げた。

 

「使うタイミングは私が決める」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

コーテの言いそうにない言葉に思わず疑問を投げかけたカモ君。そんな彼に納得がいかなかったのか、コーテは取り上げた媚薬のうち一回分を彼に返した。

 

「二回目はエミールが決めていい」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

最近、婚約者が何を考えているか分からない。

自分を想ってくれているのはなんとなくわかるのだが、方向性とパワーがどうにも違う気がする。

空飛ぶベッドに乗せた荷物の確認も終えたカモ君とコーテはミカエリに一応、お礼を言って出立した。

空飛ぶベッドは改良されただけあって、力強さに軽さ。そして前に使った時よりも少ない魔力で飛んでいく。

高スピード故に普通なら吹き付けてくる風をしっかりとカットする結界もうまく作動している。はっきり言ってこれを作り、少ない期間で改良したミカエリは正真正銘の天才であり魔法知識の怪物だった。

それを実感しているカモ君の横ではコーテがそれとなくカモ君を支えている。

彼女には何度も支えてもらった。経済面。精神面。戦闘面。そして生活面すらも。

カモ君にとってコーテは大切な存在になっていた。彼女の頼みなら何でも聞いてあげたいそう思えるほどに心を許していた。

王都を出てから一時間程経過した。その間、無言という訳ではなく今日の天気は良かったとか、体の調子は良かったとか、ミカエリ邸で出された食事は美味しかったとか。そんな雑談もしていた。

 

「ミカエリさんって結構話しやすい人なんだね」

 

「あれを話しやすいと言っていいのか」

 

たしかにカモ君にとって一般貴族令嬢や王族に比べれば話しやすいかもしれないが、それ以上に疲れるのだが。

 

「私達の事も色々手助けしてくれるし」

 

「それは、確かに」

 

モカ領での異常事態対応から始まり、武闘大会。そして今は長期休暇の支援までやってくれた。ミカエリがいなかったら今のカモ君は無かった。だからこそミカエリにちょっかい掛けられても無下にはできない。

彼女の頼みもまたカモ君は断れないだろう。

 

「それに媚薬もくれたし。良い人だね」

 

「未成年に媚薬を盛ろうとするのが良い人と言っていいのか」

 

あの悪戯心が無ければ本当にいい女だ。しかし、悪戯心があるからカモ君の中では『ミカエリ様』じゃなくて『ミカエリ(呼び捨て)』と評しているのだ。

 

「エミール。…喉乾いていない?」

 

「この話の流れで乾いているわけないだろう」

 

ミカエリから渡された媚薬を片手にコーテはコップを取り出した。

もちろんカモ君はそれを拒否。

コーテが嫌なのではなくて、空飛ぶベッドを操作している途中で媚薬なんか飲んだら操作が出来なくなる。

そのうえ、もう王都を出ているからそこに繋がる街道はあるが一歩外れれば自然あふれる野道なのだ。狼やゴブリンといったモンスターや強盗目的の野盗が出ないとも限らない。空飛ぶベッドは高スピードだから追いつけるとも思えないが気を付けるに越したことは無い。

以上の事により媚薬は飲めません。

薬をきめての操縦。駄目、絶対。

カモ君がそう伝えるとコーテは無表情ながらもどこかドヤっている顔で答えた。

 

「大丈夫。用法と容量は守るから」

 

「時間と場所を弁えろって言ってんだよ」

 

「…エミール」

 

コーテが少しむくれた表情を見せた。

つれない返事に機嫌を悪くしたのか。と、カモ君が会話の趣旨を変えようと思案し始めた。

 

「…なんだか。…ムラムラしてきた」

 

「もう飲んだのか?!」

 

風邪でも引いたかのように体全体を赤らめ、浅い呼吸を繰り返すコーテにカモ君は思わずつっこんでしまった。

カモ君は見晴らしのいい、野原のど真ん中に空飛ぶベッドを下ろして、媚薬効果を消すためにコーテに解毒魔法をかけたが効果は無かった。

どうやらこの状態は対象者にマイナス状態を付与するデバフ効果ではなく、プラス要素を付与するバフ効果だったらしい。解毒魔法はデバフを消すものであって効果は無い。

バフを解除する魔法もレベル三以上の光もしくは闇属性の魔法だ。カモ君は習得できていない。

見ていられなくなったのでカモ君は彼女に落ち着きを取り戻すために水と風を掛け合わせた魔法をかけて、リラックス状態になってもらい、媚薬が抜けるまで寝ていてもらう事にした。

それを行ってカモ君は再びベッドを飛ばすことになった。

ベッドの上で悶える婚約者のコーテ。

 

お、出番かな?

 

お前の出番はまだだから。落ち着いてくれマイサン。

 



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第二話 悶える踏み台!おくすりになんか負けない!

カモ君が操縦する空飛ぶベッドはたった半日で王都とモカ領の中間地点に位置する宿町に到着した。

この宿町による前にカモ君は宿町から離れた所に、ミカエリから持たせてもらったブルーシートを空飛ぶベッドにかけてから、魔法で開けた巨大な穴に埋めてから眠っているコーテを背負ってやって来た。

今のカモ君装備は背中に眠っているコーテと貴族の証であるマントに、修理から戻ってきた水の軍杖を二本両手に持って本日利用する宿に入る。

 

「いらっしゃいませ。うちはこの宿町では一番の宿泊所だよ」

 

そうでなくては困る。こちとら金貨五枚。日本円にすると五万円に匹敵するだけの代金を払うのだ。

銀貨一枚。約千円で泊まれる安宿は本当にセキュリティが低く、居心地も最低限度しか揃っていない。そこで泊まれば荷物を置き引きされることは勿論、そのまま攫われる。人買いに売られるなんてこともある。

逆に金貨一枚以上。貴族専用と言ってもいい宿屋ならばそのような事は殆どない。清潔だし、夕食・朝食はつくし、体を拭くためのお湯だって用意してくれる。この世界の文明レベルを考えれば破格と言ってもいい。

空いている部屋が一つしかないという事でコーテとは相部屋になるのだが、今更二人きりになったところでどうということは無い。ただ、媚薬が入るとわからない。

今は落ち着いているが、休憩所。そう言う事も考慮した宿だから同じことがあると落ち着いていられるだろうか。

マイサンを抑えることが出来るか心配なカモ君。ベッドに寝かせているコーテを見ていると抑えていられる自身が無くなってきた。

 

大丈夫だ。俺は出来るやつだ。俺は長男だ。我慢できる。今も。これからも押さえることが出来る。俺はこの荒ぶる感情を抑えることが出来る。俺が欲情に負けることは、無い!

 

カモ君がそんな馬鹿な事を思案しているとコーテが目を覚ました。

カモ君を見て、自分の寝かされているベッドを見る。そして自分の体を確かめるように触れると、自分の体を抱きしめてカモ君から顔を逸らした。

 

「…けだもの」

 

「まだ何もしてねえ」

 

どうして自分の周りにいる女性はこうもハラスメントを働くのだろうか。

そんな事を思わずにはいられないカモ君の言葉にコーテはこちらを試すように問いかけてくる。

 

「まだ。ってことはいずれするつもりだったんだ」

 

「そりゃあ、まあ…」

 

カモ君はブラコンでシスコンだ。だが、今まで尽くしてくれたコーテに何も感じないわけでもない。

恩義を感じるのは当然だが、一番身近な女性がコーテだ。幼女体型とはいえ、彼女の容姿は整っている。致したいという気持ちが無いわけでもない。

エロ猿だと思われたくはないが、ここまでアピールしてくる女の子を無下にするほど馬鹿でもない。

カモ君はコーテとなら人生を一緒に歩いてほしいと考えている。

しかし、世界と運命が立ちはだかる。

カモ君は主人公の障害となり、敗れ去らなければならない。

沢山負けて、主人公の糧になる。そうならなければ愛弟。愛妹のクーやルーナは勿論、このように接してくれるコーテに戦争という牙が突き刺さるリスクが高くなる。

主人公が戦争に勝つ。それが達成されたとしても。いや、達成されたら自分の地位は落ちぶれている。彼女達の傍に立つ事がおこがましい程に惨めなものになる。

彼女達が例えそれを許しても自分が許せない。きっと彼女達の足を引っ張る。きっと彼女達に負目を、負債を敷いてしまう。

自分が好きな相手だからこそそんな事には会って欲しくない。

逆に好きではない知人や親戚。友人が酷い目に遭っても何とも思わないが。

 

「…やっぱり私よりミカエリさんのほうが好みなの?」

 

「コーテのほうがいいに決まっているだろう」

 

どうしてコーテはミカエリをこうも引き出すのだろうか。

確かに外見は美女なミカエリだが、それは彼女が妙齢の女性であるからである。コーテもあと五年もすれば彼女に引けを取らないだろう。…たぶん。

そりゃあ、背はちっこいし、幼児体型に異は唱えられないが、彼女には大きくなれるかもしれないという未来がある。

カモ君自身、原作とは目を見張るほどの変化を見せたのだ。マトリョーシカから戦士の様な体つきになった。彼女にだってそれが起きてもおかしくは無い。

 

「でも」

 

視線を落とし、まだ言葉を続けようとしたコーテ。

カモ君はそんな彼女の傍に近寄って両手で彼女の顔を持ち上げて二人の影が重ねた。

 

「っ」

 

「…こんな事はお前にしかしない」

 

コーテから少し離れながらカモ君は背中を見せた。その耳は少し赤くなっているようにも見えた。

その様子からコーテは少し驚いたが、カモ君の言葉を信じることにした。

 

「…エミール。貴方が何を思って行動しているかはまだ聞かせてくれないの」

 

「輝かしい未来の為だ。俺の。いや、クーとルーナの未来の為だ」

 

ここで二人の名前が出てくると言う事は本当の事なのだろうとコーテは確信した。

だが、肝心な事は教えてくれない。

彼が何に対してここまで自分を鍛えるのか。何に怯えているのかを教えてはくれない。

 

「私は、貴方の傍にいたい。たとえ何があっても、何が相手でも」

 

「…すまない。もっと強ければ。…頼れたのにな」

 

コーテはそれが、自分に向けられたのか、それともカモ君自身に向けられたものなのか。それを理解することは出来なかった。ただ、カモ君が目指す強さはまだまだ遠い場所にある事だけはわかった。

これ以上、彼から聞き出す事は無理だと思ったコーテは会話の趣旨を変えた。

 

「…エミール」

 

「な、なんだ」

 

カモ君の様子が少しおかしい。こちらの言葉に少しばかり過敏になっているようだ。

これは…。効いてきたな。

 

「ムラムラしてきた?」

 

「いつ、盛った?」

 

今度はカモ君が自分の体を抱きしめるような体勢になりながらその場にうずくまる。

コーテは俯いた時に媚薬を自分の唇に塗布していたのだ。

これまでの会話でカモ君が自分を慰めると思ったので準備していたのだが、カモ君からやってきてくれたので手間は省けた。

 

「大丈夫だよ。エミール。女の子は怖くないよ」

 

「今は、こえぇよ」

 

まさか嵌められるとは思わなかったカモ君はコーテから離れようとしたが、今はコーテの動きの方が機敏だ。

 

「やだなぁ。…嵌めるのはエミールだよ」

 

「心の声を、読むな」

 

同じように媚薬の効果があるはずなのにどうして彼女の方が機敏なのだろうか。

 

「女の方が男よりも性欲に耐性があるからだよ」

 

「だから、読むな、と言うに」

 

落ち着いて魔法を唱えようとしたが体が敏感になり過ぎて詠唱が上手くいかない。その間にもコーテはカモ君を押し倒した。

 

「一緒に、気持ちよく、なろ」

 

「お、俺は、負けない。媚薬なんかに、負けたりなんかしない」

 

そう、力無く答えたカモ君にコーテはお構いなしに迫る。そして、再び二人の影が重なった。

 

 

 

「…キュー」

 

「寝技(正統派)を教わっていて助かった」

 

コーテの体温や質感を感じながらの絞め技を行い、彼女の意識を絞め落したカモ君は息を荒くしながらコーテを再びベッドの上に寝かせるのであった。

 




あの状況でダディが打ち勝つだと?!ええい、ダディの理性は化物か!


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第三話 没案では彼女を簀巻きにしていた。

モカ領。そこは農耕で成り立つ領地であり、そこの風景はのどかというか牧歌的な領地。そんなのどかな雰囲気とは正反対に荒れていたのは、次期領主であるクー。

クーは激怒した。

どれもこれも全て領主であり、実父でもあるギネが原因だ。

王都でカモ君を貶めようとしているという報せを受けたから。いや、カモ君がモカ領から追い立てられた時から憤っていたが、王都まで追いかけて害を成そうとした。

ダンジョン攻略後の監視も怠り、自身の怠慢を棚に上げながら、逆ギレを起こし、兄を追いたてたギネに対してクーは怒りしか浮かばなかった。

領主がいない間。二つのダンジョンの同時発生という異常事態解決後の支援に対して何の対策もせずに領地を飛び出したギネの代わりに幼いクーと衛兵長が出張る事になり、書類整理にはメイド長のルーシーと執事のプッチスに手伝わせながら幼い領主に判を押させるという所業に従者達、衛兵長は心苦しそうにしていた。

ギネの妻であるレナはというとカモ君がギネに拳を振るったという報せを受けて倒れこんだ。気分が落ち着いたらカモ君と話そうとしたが、ダンジョン攻略という荒事にはほとんど関与することが出来ない彼女は、ダンジョンが攻略された後に話そうとしたらカモ君を追放&犯罪者として追いかけたギネを見て再び倒れこんだ。

レナは基本的にギネのイエスマンだ。彼が言う事には大体付き従う。息子娘がいたぶられようと黙って事が収まるのを耐えるしかない。そんなレナはふさぎ込み、クーが領地の管理を行うことになっても自室にこもった。

ギネが飛び出して一週間。王都の人間が厳選した人材が送られてくるまでクーが執務に追われていた事も知らなかった彼女は未だに部屋にこもっていた。

そしてつい先日、王都の命令でモカ領に早馬に乗って派遣された人間。それはクー達とも少しだけ縁のある人間だった。

今現在、クーは執務から解放されてその手伝いをしているレベルに落ち着いたが、それでも子供らしい生活は送れていなかった。

 

「クー君。落ち着きたまえ。エミール君とコーテは早ければ今日。遅くても明日にはこの領に戻って来るよ」

 

「…ローアさん。すいません」

 

「心配することは無いさ。その為に私が来たのだから」

 

クーに話しかけてきたのは薄緑色の髪の頭を刈り上げたアスリート然の出で立ちをしていた青年だった。

ハント領の次期領主であり、コーテの異母兄のローア。ハント領の次期領主である彼が何故来ているのかと言えば、いわば練習のようなものだ。

ハント領での執務に就く前にモカ領で経験を積めというものだ。

王都にも初等部卒業するまでに必要な学問を収めた彼は専門的な魔法の学問を収めることは選ばず、領地に戻り、父であるグンキの手伝いをしながら領主になる為に努力していた。

そんなローアの元に王都からの勅令が下る。

グンキから家督を継ぐか次期モカ領領主が成人するまで代理領主を務めるようにとの報せだ。

これは王族がカモ君兄妹に恩を売る為でもあり、カモ君をコーテに。ハント領。リーラン王国に縛り付ける為の借りを作る為でもある。

義理の息子になる予定のカモ君に恩を売るのもやぶさかでもないと考えたグンキはローアを送り出した。ローア自身も義弟になるカモ君の事を快く思っていたので喜んでモカ領にやって来た。

そんな彼がモカ領にやってきて思った事は領内のダンジョン対策があまり進んでいない事へのショックだった。

農耕領地というのんびりした風土だから、ギルドの使用回数は少ないとはいえ、そのギルドが領地内に無い事にめまいを覚えるくらいだ。

何代か前のモカ領領主が冒険者は野蛮で魔法使いの自分達と並ぶにはふさわしくないものだと追い出したらしい。

その上、その代わりに駐屯兵を王都から呼び込むまではいいが、彼等の福利厚生が最低限より少しましという状態だ。文句が出るか出ないかのギリギリのラインまで切り詰めていた状態。

ダンジョンは田舎領地でも年に一、二回発生する危険事態であるにもかかわらず、駐屯兵だけで戦わせていた。しかも強力な解決策でもある魔法使いの自分達は参加しないという堕落ぶり。

カモ君が私欲にまみれていたとはいえ、冒険者ギルドの再設置や駐屯兵の待遇改善が行われていたが、どれも叶わないまでも、駐屯兵への待遇は少しだけよくなった。それでもローアから見ればまだ少なすぎると感じるほど荒れ放題だった。

モカ領領主であるギネが鉱山送りと聞いた時は信じられなかったが、この状態を見れば納得だ。

就任初日にしてローアは王都に冒険者ギルドの再設置を要請した。設置費用・維持費などはモカ領の税金で払われるのだが、ギネがカモ君を追い詰める為にその税金の大半を冒険者のゴンメの契約金に使ったためあまり残っていなかった。

無い袖は振れない。まだ七歳。もうすぐ八歳を迎えるクーに伝えるのは心苦しいが借金という形でモカ領はハント領にギルド支所の設置費用を出してもらった。

この金額はモカ領の税収五年分になる。はっきり言ってスタート地点でマイナスを振り切っているクーだが、これもギネの息子という宿命だと思い了承した。

従者達にもこの事はよく相談したが、今後ダンジョン発生といった緊急事態に対応するためと思えば仕方のない事だった。この日からモカ領の食事からオカズが一品減る事になる。

それから三日もしないうちにカモ君達が重大な知らせを持って戻ってくると言う報せを聴いたクーは喜んだ。

何を知らされるか分からないが尊敬する兄と好印象を持つ未来の義姉がやってくることを素直に喜んだクーは妹のルーナと従者達にも伝えた。彼等は喜び、二人を歓迎する準備を今も行っている最中だ。

ローアもそれを微笑ましく見ていたが重大な知らせとは何なのかと不安を感じていた。

はっきり言ってモカ領は借金苦だ。これ以上貧しくさせては領内から餓死者が出てしまう。リーラン王国では浮浪者やならず者といった職無し・親無しといった事情を除けば滅多な事では餓死者を出さない非常に肥沃な土地であり、国ではあるが、モカ領ではその餓死者が出てもおかしくないほどの財政難でもある。

領民に重税を課すわけにもいかない。そんな事をすれば領民は他領に逃げることになり、税収は減る。財政がさらに苦しくなるスパイラルに陥る。

出来る事ならば義弟と妹が持ってくる情報が良い情報であることを願うローア。そんな彼が見た物とは。

 

 

 

無理矢理寝かしつけられた妹に子守唄を謳いながら空飛ぶベッドに乗ってやって来たカモ君の姿であった。

 

「え?なに?空を飛ぶベッド?軍事機密?侯爵家からの借りもの?何でコーテは寝かしつけられているの?」

 

「(性的に)縛られそうだったんで眠ってもらう事にしました」

 

カモ君から道中の事を知らされたローアは金銭面以外の事でも悩まなければならないのかと頭を抱えるのであった。

 



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第四話 問おう、貴女が私のシスターか

モカ領屋敷にやって来たカモ君は代理領主ローアにモカ領の現状をかいつまんで説明してもらいながら応接間にたどり着くと、そこで待っていたのはクーに連れられてやって来たルーナがいた。

思わず涙腺が緩んだカモ君はそれをぐっとこらえて、自分に飛びついてくる二人を抱きしめた。つい二ヶ月くらいに会ったばかりなのにもう何年も会っていなかったかのようだ。

ルーナは少し軽くなったように感じた。きっとカモ君がギネに追われていることをしってから食事もロクにとれなかったのだろう。カモ君の目から見ると少しだけやつれたような感じがする。

逆にクーは少し重く感じた。きっと自分がモカ領から逃げ出した時から一層鍛錬に精を出して筋肉が増量したのだろう。それが逞しさに思えた。魔法の実力はたぶん自分に勝っているクー。きっと槍を使った物理戦にも強くなったのだろう。

カモ君達兄妹の抱擁を見ている傍で、コーテに向かって腕を開いた状態のローアが構えていたがそっぽを向かれた。寂しい。

カモ君との抱擁を終えたルーナはコーテに抱きついた。王都からの報せでコーテがカモ君の側でずっとサポートしていた事を知っていたルーナはもう本当の姉のように慕っていた。特にルーナはコーテとの文通をする仲だ。嬉しい感情もひとしおだろう。

そんな百合百合しい空間に俺も混ぜて欲しいんだな~。と、いう感情は抑えてカモ君はクーとローアからモカ領の現状を聴いていた。

 

まず悪い情報から。

なんとモカ領は莫大な借金を背負ったという事。内容は冒険者ギルド支所の設立。そして衛兵達の待遇改善でモカ領は莫大な借金をこさえる必要になった事だ。

クーが苦労する未来がありありと予想できたが、これは必要経費だ。それに悪いだけではない。

原作。シャイニング・サーガでは二年後に起こる戦争に真っ先に巻き込まれるモカ領。その時には無かった冒険者ギルドが設置されれば、そこにいる冒険者達の力を借りて少しは抵抗できる。領民を、クーとルーナを逃がす時間が作れる。

文字通り、未来への投資だ。

 

そして良い情報。

ローアさんが領主代行を受け持つこと。こちらの事情を知り、悪くはしそうにない貴族の中で、自分達との相性も悪くない彼が代行を務めてくれることは幸運だった。

そして、クーの風魔法のレベルが3。上級レベルに上がった事だ。

 

「…そうなのか。クー?」

 

「カズラさ、んんっ。ローアさんから色々アドバイスを貰ったら上級の魔法を使えるようになったんだ。まだ補助だけだけど」

 

「まさかたった半日で魔法使いとしての自分を越えていったクー君は才能があるよ。それとも、イメージになった人があまりにも鮮明だったんじゃないかな」

 

「ローアさんっ」

 

顔を赤くしたクーはローアを睨むように言葉を制した。

イメージにしたのは多分冒険者のカズラだろう。彼女が戦地で動く姿は疾風。もしくはそれ以上の素早さだ。クーが持つ風属性の魔法とは相性がいい。

補助という事は、クーはスピードを上げるハイクイックという魔法も覚えたという事だ。

つまり、風の魔法で高速移動しながら攻撃力の高い火の魔法を、もしくは槍を使った戦闘が出来ると言う事。

 

待って。本気でクーに勝ち目が無くなった。

 

魔法戦。

レベルの差で押し負ける。属性相性もレベルが違うとほとんど意味をなさない。よっぽど内容がかみ合わないと勝つことが出来ない。

 

武器を使った戦闘。

風魔法の補助があるクーの動きに追いつける自信が無い。

 

あ、ありのまま把握した事を考え直すぜ。

俺が武闘大会で死にそうな目に遭っている間に、クーは二つの属性を扱える上級魔法使いになっていた。

何を言っているのか自分でも理解しているつもりだが、心が追いついてない。

 

いやー、強すぎ。俺の弟強すぎるワロタ。いや、笑えんわ。草も生えない。

まだ七歳やぞ。それなのに一般魔法使いの上限に至った?

いくら経験値タンクと揶揄された俺との模擬戦を繰り返したとはいえ、こんなに強くなるものか?

しかもカズラという強キャラへの憧れとローアさんから学んだ風魔法の知識だけでレベル3の上級魔法使いになった?

どんだけ潜在能力を秘めているんだクーは!最強やな!

そんなクーとはもう模擬戦なんて出来ないな。瞬殺される。間違いなく。兄の威厳も木っ端微塵になる。

 

「うー、秘密にしてくれって頼んだに。…そうだ、兄様。明日また模擬戦をしましょう。強くなった僕を見て欲しいんだ」

 

出来ないって、言っているだろう!いや、口にはしていないけど。無理です。嫌です。まだ兄の威厳を保っていたい。せめて後、半月。いや、半年でいいから。

 

要求の値上げを心の中で叫びながらもカモ君はクーのお願いを断れない。こんなに良い笑顔でお願いしてくる弟の頼みを断るなんて兄では。いや、カモ君じゃない。

兄の威厳が粉微塵になる事を承知で模擬戦を了承しようとしたカモ君だったが、クーとの間にチョップで割り込んできたコーテ。

 

「クー。今回の帰郷は休息の為でもあるの。だから出来るだけエミールを休ませてあげて。死ぬほど疲れているから」

 

クーとルーナにはまだカモ君が死に掛けた事は教えていない。しかもギネの手によって致命傷を受けたことは誤魔化していたのだ。

カモ君が致命傷を受けたことをコーテから聞かされたクーとルーナは驚愕した。

まさか、カモ君がギネに殺されかけたなんて思いもしなかったから。カモ君なら返り討ちにしていると思っていたから。

 

「…にぃに。脱いで」

 

「え?」

 

「いいから脱いで!」

 

その小さな体からは想像できない力でカモ君に飛びついて、ウールジャケットを剥ぎ取り、その下に着込んでいたシャツを破き始めた。

 

いやぁああああっ!せめて部屋は暗くしてぇええええっ!

 

そんな言葉を喉の奥で押し留めたカモ君だったが、そこに冷静さのリソースを振ったせいでされるがままだった。

そんなルーナの横暴もクーとコーテがカモ君から引きはがすことで収束する。が、無理矢理破かれたシャツの上にコートを羽織っている所を見ると、まるで暴れた酔っ払いの風体にも見える。愛する妹に服を破かれた所為か微妙に顔を赤らめているのでそれっぽく見える。

 

「落ち着いてルーナ。跡は残ったけど今は大丈夫だから」

 

「俺も気になるけどやり過ぎだ」

 

 

 

「跡が、出来たの?!にぃにっ、にぃにっ!」

 

 

 

ルーナがこれ以上暴れないように、コーテという異性の目があるがカモ君は上着を脱いでみせる。

 

その背中は魔法使いではなく冒険者然とした筋肉がついている背中、そのほぼ中央に小さなひし形の痣の様が見えた。

 

そこだけはどんなに回復薬を使っても魔法を使っても消えることは無かった、命を奪ったかもしれない傷の跡。それを目にしたルーナは再びカモ君に張り付くように抱きつくと魔法を詠唱する。

 

そこで発動した魔法は水魔法レベル2のヒール。クーに引き続き、ルーナもまた長男の危機を察知してのレベルアップを果たし、修得した。

 

 

 

えっ、うちの弟妹が天才過ぎるんですけど…。

 

…俺の為にレベルアップしてくれたの。(胸キュン)

 

 

 

この世界に生まれて、十二年。もうすぐ十三年になるカモ君ですらまだ水属性がレベル2なのに。

 

カモ君は原作知識。ゲーム知識という反則をして、ダンジョン攻略や魔法学園での修練でやっとレベル2なのにそれに追いついたルーナに慄いたカモ君。

 

これが愛の力か…。と、とぼけた思考も同時に出来るところからカモ君は並行詠唱という技術を得ることが出来たのかもしれない。

 

戦慄と呆然という感情を顔には出さずに、片膝をついて、ルーナの足が床に届くように屈むと、ルーナの魔力が切れるまで効果のない魔法を受け続けたカモ君は魔力切れで息切れをし始めた妹の手を取り、一度自分から離して、振り向き、改めて正面からルーナを抱きしめた。

 

 

 

「兄ちゃんはもう大丈夫だから。ありがとうな。ルーナ」

 

 

 

正直これ以上回復魔法を受けると食べ過ぎの症状に似た魔力酔いしそう。

 

魔力の総量だけは誰にも負けていないと自負しているが、これ以上よそ様の魔力を受けると吐き出しそう。いや、愛する妹様の魔力ならいくらでも受け止めるけれども。一回魔法使っていいですかね?

 

カモ君が過剰な魔力供給を受けながらも抱きしめたことで泣きだしたルーナは鼻を鳴らしながらもしっかりと抱きついてきた。

 

ルーナの涙と鼻水で自分の胸板がびちゃびちゃだが、その分カモ君の心は潤っていた。

 

 

 

俺、愛されている!!愛する妹から愛されているぅうううううっ!!

 

 

 

見た目はクール!頭脳はお馬鹿!そいつはカモ君!踏み台ブラコンシスコン兄貴っ!

 

そんな馬鹿な事を考えているとは誰も思うまい。

 

 

 

「…エミール。いくら兄妹だからと言っても半裸の男が小さい女の子を抱きしめる光景は誤解されるよ。衛兵さん呼ぶよ」

 

 

 

俺、コーテさんとも同じような事をしましたよね?え、もしかして衛兵さん呼ばれかけていた?もしかして、妬いている?

 

 

 

「男の裸を好きにしていいのはその妻か攻めだけ」

 

 

 

やだなぁ。その厳選。

 

 

 

「その条件を満たしているのは私だけ」

 

 

 

え、コーテさん。生えている?

 

 

 

「だから、ルーナ。もうそろそろ離れる」

 

 

 

「やっ。にぃにの傍にいる。お嫁さんになるもんっ」

 

 

 

お嫁さんになる。

 

 

 

それは男性保護者が言われたいNo1の言葉!信頼されている証!親愛の証!

 

その言葉を聴いた事で普段は鉄壁と言ってもいいカモ君のクールフェイスが少しだけ崩れた。

 

 

 

「ごめんな。兄ちゃんと妹は結婚できないんだ」

 

 

 

少しふやけた表情でルーナに言い聞かせようとするカモ君。滅多に見られないその表情にコーテは頬を膨らませると、カモ君の顎をくいっと持ち上げるとその唇を自身の者に合わせた。

 

 

 

「っ。コーテ姉様」

 

 

 

「こんな事が出来るのも私と用務員の人だけ」

 

 

 

「用務員にはさせねえよ。お前だけだよ」

 

 

 

コーテのボケに思わず素でツッコミを入れてしまったカモ君。クソミソに興味はない。

 

彼はノーマルだ。いや、彼のブラコンでシスコン具合をノーマルというには度が過ぎているようにも見えるが、ノーマルだ。

 

 

 

「にぃにっ。私ともするのっ。ちゅーっ」

 

 

 

「貴族の令嬢がそんなはしたない事しないの」

 

 

 

「コーテ姉様も貴族の令嬢だよね?」

 

 

 

コーテのボケにツッコミを入れるクー。

 

愛する妹と義理の姉が自慢の兄を取り合っている光景を見て何といえばいいか分からなかったが、自分もカズラとこんな風にいちゃつけたらいいなぁ。と、ふと妄想してしまった。

 

それが恥ずかしくて目の前の光景から目を逸らす。

 

 

 

「にぃにとはしたもん。ちゅーしたもんっ。私もしたもんっ。兄妹なら普通だもん」

 

 

 

「「「え?初耳?」」」

 

 

 

カモ君はルーナを溺愛しているが接吻をすることは無い。したとしてもおでこにチューまでだ。クーも同様だ。

 

そして、コーテという妹を持つローアもそのようなことは無かった。可愛がってはいるがそこまでの親愛表現はしたことは無い。

 

兄の経歴を持つ三人からの疑問の声が上がるもルーナはカモ君にしがみつく。

 

それを引きはがそうとコーテが二人の間に割って入ろうとするが、先程よりも強い力でしがみつくルーナを剥がせないでいた。

 

その様子を見てクーとローアの二人は気付かれないようにそーっと離れて行く。

 

 

 

いや、どうにかしてくれ。

 

 

 

そう思うカモ君だったが、ルーナにこうやって甘えてもらう事にメロメロなため、どうにもする事も出来ずにされるがまま。

 

その間にもクーとローアの二人が応接間の扉から出ていこうとしていた時にカモ君と目があった。

 

 

 

上着をひん剥かれてインナーシャツがビリビリに破かれたカモ君。

 

それにしがみつく涙目の美幼女1のルーナ。

 

真顔で兄妹を引きはがそうとするので必然的にカモ君の体に密着することになる。見た目が美幼女2のコーテ。

 

 

 

ん?幼女との情事かな?

 

 

 

ここにミカエリがいればそう言っていただろう風景に何も言えなくなったカモ君は一縷の希望を託して視線で年長者のローアに訴えた。

 

 

 

「やっちゃえ、マイシスター」

 

 

 

まさかの馬鹿発言に敵対する大英雄を目の前にした雑兵の気分になったカモ君。

 

ハント家の後継者に困る事が無いようにこの誤解されそうな状況を助長しようとするローアの言葉を置いて、クーと共に去るぜ。

 

いや、去るな。おいていくな。人生経験値が少ないからこのどう切り抜ければいいのか分からないんだよ。

 

そんなカモ君は騒ぎを聞いて紅茶を持ってきたモークスに着替えてくるように言われるまでその状況を続けるのであった。

 

やはり、男女の縺れを解決するのは年の功なのだ。



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第五話 裸のお付き合い♂

モークスの一声により、破けた服を取り換えるからとここまでの疲れと汚れを取る為に風呂に入ってきてと言われたカモ君は風呂場へと通された。

モカ邸に唯一設置された風呂場は貴族の所有にしては少し狭い。

ワンルームほどの広さに少し深めに作った浴槽があるだけの質素な物だ。はっきり言って、ギネが自分を着飾る時に着ていたスーツとか指輪。マジックアイテムなんかを売り払い、増築したほうがましだっただろう。

そんなギネも鉱山送りになった時に身ぐるみを剥がされ、財産の大半も没収された。僅かに残った財産もローアの政策で売り払い、借金だけが残った。

そう考えると自分がいるこの風呂場も手狭に思えてくるカモ君。用意された石鹸や垢こすり。今座っている椅子の代わりにもなる桶もみすぼらしく見える。

小さくため息を零しながら頭を洗っていると、後ろから気配を感じたと同時に声が駆けられてきた。

 

「エミール君。背中を流してもいいかな?」

 

そこには裸に腰にタオルを巻いたローアが入って来た。

少し狭いが、成人男性並の男が二人くらいは余裕をもって入る事が出来る。というか、ここで断ったらどうするつもりだったのだろう。まあ、断らないけど。

 

「よろしくお願いします」

 

カモ君の後ろに回ってカモ君の背中を洗うローアはその背中の広さに驚いていた。

自分も魔法以外にも剣や槍、弓を使ったりしているので一般人よりは体が鍛えられているが、カモ君の背中はそれ以上に鍛えられていた。

毎日体を鍛える事を止めず、魔力を練り上げることを怠けない。

その雰囲気から自分よりも格上と思わせるカモ君にローアは言葉を投げかけた。

それは彼の妹。コーテへの接し方だった。

これまで彼女に対しては何の不自由も無く愛情を持って接してきたつもりだが、彼女は無表情であることが多く、我が儘も滅多に言う事は無かった。

しかし、先程の悶着。ルーナとカモ君を取り合いに見せた表情を見てローアは自分の不甲斐なさを感じていた。

 

「あんなに我儘を言うのは初めて見た。表情もああまではっきりと変化させた事も」

 

コーテさん。無表情でいろいろやらかすからな。クールな表情で何考えているんだか。

…何だろう。お前が言うなって誰かのゴーストがささやいた気がする。

 

「君みたい人がコーテをあそこまで変えてくれたんだね。一体どんな事をしたんだい?」

 

「なにって」

 

カモ君は魔法学園に入学してからの事を思い出していた。

 

入学早々に決闘騒ぎにコーテを巻き込み、

ドラゴン騒動では彼女を心配させ、

校内アルバイトのダンジョン攻略の時は介抱してもらい、

モカ領ダンジョン発生時にはアイテムをねだり、

武闘大会ではミカエリとの関係を疑われ、ギネの復讐で死に掛けたことを凄く心配された。

 

…コーテには迷惑と心配しかかけていないんじゃないか?

 

いや、確かにカモ君も空いた時間にはコーテと王都でのデートやお茶をしていた。

だが、どう考えてもマイナス要因の方が原因と思われるほど濃い要因に考えられるのだ。

コーテは駄目男に関わると変化する。いや、女でなくても変化するだろう。大抵はそいつから離れて行くか、カモ君の母。レナのように言いなりになる事に甘んじるかだ。

カモ君はギネという反面教師を知っているからそうならないようにと頑張って来たが、実は自分もベクトルが違うだけのダメ人間なのではないかと自己嫌悪をしそうになった。

 

…お、王族からお仕事貰っている。ある程度社会的地位もある程度補償もされているからでぇじょぶだ。これから挽回できる。

そのお仕事も命の危険があるが、成功すればいいだけだから。

 

まるでギャンブル中毒者の言い訳にしか聞こえない自己弁護に気が付かないカモ君だが、そんなアホな事はカモ君のクールフェイスからは分からない。

 

「コーテには世話になりっぱなしですよ。きっとこれからも。好意を持つ相手に当たり前のことをやっただけです」

 

世話になりっぱなし。本当。

当たり前のことをやった。最低限。

 

この二つの事を改めて直視したカモ君は死にたくなってきた。どれだけコーテの手を焼かせればいいのだと。

 

「君は…。本当に強い人間だ。君にならコーテを任せられる」

 

カモ君の内情を知っていたら正気を疑われる言葉を投げかけるローアにカモ君は苦笑で返す。

 

いや、もう本当にすいません。迷惑ばかりかけてしまって。事が済んだら一生をかけて恩返ししますから。

 

ローアがカモ君の背中を洗い終えた後は、お返しにローアの背中をカモ君が洗う事を願い出た。それに快く応じたローアはカモ君に背中を向けて素直に背中を洗われていた。

コーテを想いあう男が二人。そこに言葉は生まれなかったが、確かな意思のやりとりはあった。誤解が半分含まれているが。

そんな二人のやりとりの最中に風呂場に繋がる扉の向こうから何やら言いあう女子の声が聞こえてきた。

 

「にぃにの体は私が洗うのっ」

 

「エミールの背中を流すのは妻の私の役目。彼の泡にまみれていいのは彼の妻か危機的状況を共にした戦友だけ」

 

え?結構な数の人が該当するんですが?

 

カモ君はダンジョン攻略やモカ領の治安維持のための見回りをやって来た。そのため、多くの冒険者や衛兵達とかかわりがある。

 

…彼等となら泡にまみれていいのか。コーテさんは許容範囲が広いなぁ。なんて言うかっ、馬鹿っ。大半が男やぞ!

 

「にぃには私のにぃにだもんっ」

 

「許容範囲の狭い女は嫌われるよ、ルーナ。エミールみたいな人ならいろんな人からもモテモテ。だからこそ余裕をもって接しないと駄目」

 

…誰がこんな風にコーテを変えた?

 

そんなカモ君とローアの問いに、王都にいるどこかの侯爵令嬢がくしゃみをした。

彼女は日本にあるサブカルチャーに似た創作物の本をたくさん所有している。そこから突出した内容の物をコーテに見せたことがある過去を持つ。

 

そのやりとりの声にモークスが加わって来た。

カモ君はお疲れで、領主代理と裸の付き合いをしているのでお下がりくださいと言いながら彼女達を連れて行った。

 

「裸の突き合い?!冗談だったのに…」

 

そんな言葉を零したコーテにモークスは苦言を入れながら、そのような物を読むことはお勧めしませんと注意しながらコーテとルーナを連れて遠ざかって行った。

三人の気配が完全になくなったところでローアはカモ君に言う。

 

「私にはハント領に残した身重の妻が」

 

「俺にあのような趣味はありません」

 

彼の言葉を遮るようにカモ君は喋った。

俺にもそんな趣味は無いよっ!まだね!という心情を込めて。

しかし、その心情から可能性はある事が無自覚なカモ君に本人含めて気が付く者はいなかった。

 



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第六話 三分の一は伝わらない

風呂に入った後は夕食を取り、クーとルーナを寝室まで見送った。その後、すぐにローアとコーテ。従者の三人を含めた大人(十五歳以下二名含む)の話し合いを行った。

それは王族からの限定的な支援を受けられることになった事。その対価が命の危険がある事について聞かされたローアは眉を少しだけ釣り上げながらもカモ君達からの情報を精査していた。

確かに今のモカ領は困窮に瀕している。今すぐに生活に支障をきたすことは無いが、何もしないでいると一年もしないうちにこの領を去る人間が多数出る。治安が悪くなる。耕作放棄地が沢山出てくるなど、問題がありありと思い描かれる。

 

「正直な事を言うと王族からの支援が受けられるのはありがたい。しかし、超レアなマジックアイテムの蒐集。凶悪なモンスター素材の確保。…もどかしいね。代理とはいえ領主の立場からではこれらを拒むことも止める事も出来ない」

 

それだけモカ領にお金が無いのだと理解させられる。

ハント領の援助も考えたが、既にコーテから幾つもの支援を受けているカモからはそんな事は頼めなかった。

 

「しかし、エミール様。モンスターやアイテムに疎い私でも分かります。オリハルコンといった伝説的な金属などダンジョンで見つけると言うのは無謀です。危険度がこれまで以上になります」

 

「そ、そうですよぅ。エミール様。この前のダンジョンでも危なかったのにそれ以上のダンジョンに挑もうなんて無茶ですよぅ」

 

執事のプッチスとメイドのルーシーがカモ君達二人に課された任務に反対の意を示した。

はっきりいって王族に要求されたアイテムの一つでも手に入れれば、財政面だけならモカ領を救える。カモ君もそれは分かっている。しかし、それだけでは駄目なのだ。

この任務で得られるのは資金よりも失ったモカ家の人間の信用が重要だ。

これだけはお金では賄えない。薄く広く財政面が苦しい貴族間でなら賄えるだろうが、近辺の他領。そして王族からの信用は買えない。

逆にこの任務を断れば一気に信用を失う。金輪際、王族からの援助はもらえない。下手すればモカ領の借金の利息を上げるなんてこともあり得る。

 

これって、援助に見せかけた脅迫だったんじゃ…。

 

ギネの所為で信用はどん底。その子どもであるカモ君が補填しなければならない。

 

そもそもギネが仕返しでゴンメという冒険者を雇ったのが間違いだった。本っ当に碌な事しないな。鉱山は鉱山でも活火山の鉱山に行けばいいんじゃないの、あいつ。汗と一緒に油も落ちて良いダイエットになるよ、きっと。

 

「だが、現状では受けなければならない任務だ。受けなければ王族から受ける援助も無くなる。そうすれば君達。モカ領の領民達が路頭に迷うことになる」

 

ローアの言葉にプッチスとルーシーは言葉を詰まらせる。

モカ領で斡旋している仕事の中で一番実入りがいい仕事はこの執事とメイドという従者職だ。

ギネの先代がいた頃からそうだが、命の危険がある衛兵よりもこの従者職の方が報酬は良かった。この従者職は主をサポートする目や手足となり、いざという時は命を張って主の盾になる事もいとわぬ仕事だ。

そう言った緊急事態は戦争やダンジョンの発生の度に起こり得ることなので仕方がない。

領主はその領の頭脳だ。衛兵や従者を使い潰しても領主が無事なら再建の目処も立つ。そんな彼等を一番近くで支える存在だからこそ報酬はいいのだ。

だが、それも領主の余裕があればこそだ。莫大な借金をこさえることになったモカ領で、カモ君が王族の任務を放棄すれば無くなる。従者達は今までの生活が出来なくなる。それどころか故郷を捨てることになるかもしれないのだ。

 

「言っておくがこれは極秘任務でもある。プッチス。ルーシー。モークス。例え、家族であってもこの事を漏らすことは許さん」

 

「…エミール様」

 

長年、カモ君達の事を見守って来たモークスは強い決意を見せる彼の瞳を見て、止めることは無理だと悟った。

だが、カモ君の内心は俺も嫌なんですけどねぇえええええっ!と、悪態をついている。しかし、そんな事を感づかれ、クーとルーナにその心情がばれることを恐れた彼は虚勢を張っていただけだ。

 

「それに悪い事じゃない。この任務を達成した暁には何らかの箔がつく。俺にもコーテにも。これは将来的にも悪くない。むしろありがたいくらいだ」

 

モカ領に支援が送られる。

魔法学園も退学にならずに済む。

そして、将来に有利な経歴が残る。

 

その全てがクーとルーナの為になる。そして、コーテの隣にいても、傍に置いておいてもいいと言う自信になる。

もし、未来で起こるだろう戦争を乗り越え、自分に自信がつき、彼女が許してくれるのなら共にいたい。

 

「それに、ハントの婿入りにはこれ以上ない功績だろ」

 

カモ君はクールに微笑みながらウインクする。

これは自分の虚勢を隠す嘘でもあるが、自身の本音でもある。

 

「…エミール」

 

これまで静観し、カモ君を見つめていたコーテが頬を赤らめながら彼から視線を逸らした。

カモ君が彼女にアプローチするのは彼女の機嫌を損ねない為だ。

モカ領に来るまでは彼女からのアプローチを避けていたので、ここで好感度を稼がないと彼女に見離されるかもしれないという打算もある。

というか、コーテに捨てられたら本気でカモ君は後ろ盾もなくなるし、これからの困難へのやる気も下がるだろう。

ただでさえ、不安だらけのカモ君の未来。その不安に押しつぶされないように踏ん張る要因が弟妹。そして、コーテだ。

彼女がいなくなればきっと押し潰れる。今は潰れなくてもいつか必ず途中で擦り切れてしまう。

 

要は彼女が離れて行かないように好感度を稼いでおこうという魂胆だ。

 

「そうは言うけど、そうする為にも私の協力が必要だよね」

 

「…まあ、そうなんだけどさ」

 

嫌ならこれからの任務は自分一人でやると言おうと思ったが、コーテはそれを感じ取ったのか言葉を重ねる。

 

「別に嫌じゃないよ。置いていこうなんて言ったら怒るから」

 

最近、コーテさんの読心術の冴えが半端ないんですが…。

もしかして、ブラコンシスコンもばれている?馬鹿な事を考えていることもばれている?

あ、あと未来の事も知っているとかも…。

 

「エミール。クールぶった表情で隠しているようだけど、馬鹿な事を考えていることくらいは分かるよ」

 

マジかよ、三分の二は把握されているのか。…俺ってそんなに顔に出ている?

 

そうだとしても。いや、だからこそ本当に自分についてきていいのかとカモ君は疑問に思う。いくら好いているとはいってもここまで尽くしてくれるものだろうか、と。

 

「それが恋ってやつだよ。恋する乙女は強いんだから」

 

「…まいった。本当にまいった」

 

コーテの表情はいつものように無表情に見える。しかし、僅かに眉尻が上がっている。それが彼女の感情が高ぶっている証拠なのだろう。

コーテの事を少し知る人間ならいつもと変わらないと評価するだろう。

彼女の友人であるアネスのような友人達が見たら違和感を覚える程度。

だが、彼女の家族やとても親しい人間が見ればすぐに気付く、その変化は劇的な物だった。

 

ローアとカモ君はその変化に少しだけ驚き、納得した。

つまり、コーテは、どうしようもないくらいにカモ君に惚れているのだ。

 

「…ふぅ。ハント家の未来は安泰かな。私の子どももいる上に、君達がいるのだからね」

 

ローアはカモ君とコーテを見て、納得したかのように頷いた。

この二人が行う任務。迎える未来は困難の道なりだろう。はっきり言って、ただのバカップルがいちゃついているようだが、そうやって精神的な苦痛をそうやって誤魔化せている間、しっかりと気を引き締めていけばどうにもなるだろう。

カモ君は魔法使いや冒険者というよりも生き残る手段に長けた戦士という方がぴったりだろう。引き際という物を理解している。今までは理解していてもそれを享受しなければならなかった。

だが、そうなった時。カモ君かコーテのどちらか。または二人がどうしようもなくなって潰れてしまいそうになった時は自分が、宿り木になって心休まる居場所になろうと思った。

 

「明後日までは、モカ領でじっくり休んでいってくれ。細かい事から大まかな事まで私が全部請け負うよ。二人は英気を存分に養ってくれ」

 

実のところ。ローアは、カモ君にはクーや自分と一緒にモカ領のあちこちに出向いて領民達を安心させるためのあいさつ回りに行ってほしかったが、中止することにした。

それに本来ならこの二人は長期の夏季休暇。夏休みであり、実家へ戻り遊びほうけるのが普通だったのに、ダンジョン探索に武闘大会と、生き急いでいるようなスケジュールをこなしてきたのだ。

少しくらい、ゆっくりしても罰は当たらない。それはこの場にいる全員が考えている事だった。

従者達や代理領主との話を終えたカモ君はローア達にこれからも世話になる事についてお礼とお詫びの言葉を述べると寝室に戻る事にした。

そして寝室に繋がる扉の前でカモ君は口を開いた。

 

「どうしてコーテがついてきているんだ?」

 

「…今が媚薬の使い時だから?」

 

まあ、確かにいちゃつくなら今しかないだろう。でも、なぁ。情緒ってものがなぁ。

 

コーテの方も少し疑問が残るから疑問形で答えたのだろう。だが、これからの事を考えて欲しい。

 

これからいちゃつく。昨晩はお楽しみでしたね。ベイビー告知。

 

そんな身重な状態でオリハルコンの採掘などというハードな任務が出来るだろうか。

答えはNOである。だから、いちゃつくわけにはいかない。

その事を言おうとしたカモ君だが、コーテがクールな表情で言葉を発した。

 

「大丈夫。避妊魔法は修得済み」

 

なんで避妊魔法がレベル1の初級魔法なんでしょうかねっ!(半ギレ)

 

「水と風の魔法が使える貴族令嬢の嗜み」

 

まじかよっ。知らんかった。って、ルーナもっ?!

 

最早カモ君に退路無し。

このままカモ君のはじめてはコーテに捧げられてしまうのか。

そんな事を考えていたカモ君はコーテに導かれるように寝室の扉を開けてベッドへと導かれる。ああ、このまま大人の階段を上ってしまうのか。

 

「………なんでクーとルーナがいるの」

 

しかし、それに待ったをかける存在が既にベッドの中にいた。

星明りしか光源がない寝室では、コーテとカモ君がベッドの近くに行くまでベッドの先住民に気が付くことが出来なかった。

 

「…あ、にー様来たよ。ルーナ」

 

「んぅ、にぃに?」

 

クーは眠るのを我慢して起きて兄が帰ってくるのを待っていた。ルーナは眠気に耐え切れず眠っていたが、その眠りが浅かったのかクーに起こされると目を擦りながら目を開けた。

まだ、七歳。もうすぐ八歳になるのだが、それでも子どもである。ギネやレナのような実の両親より親愛を寄せるカモ君と一緒に寝たいと思うのも仕方のない事なのだ。

 

「…あ。コーテ姉様」

 

「…ねぇね?」

 

クーはカモ君と一緒にいるコーテに気が付き、そこからやってしまったかと焦ってしまい、ルーナはコーテには気が付いたもののカモ君の寝巻の裾を掴んで再び夢の中へと落ちて行った。

 

気まずい空気が流れた。が、それも数瞬。

コーテは諦めたかのように短く息を吐くとベッドの奥の方へと周り、ルーナを寝かしつけるようにベッドにもぐりこんだ。

そして、その無表情な顔でカモ君を手招きした。つまり、四人一緒に寝ようと言う事だ。

本当は二人きりがよかったがクーやルーナの立場を考えれば二人の気持ちもわからない訳でもない。親愛の対象が死に掛けた。その後で眼の前に現れたけれど、すぐにまた死地へと向かう。

だとしたら、少しでも近くにいたいのだ。少しでも同じ時間を過ごしたいのだ。

それが分かるからこそ、コーテは四人。一緒に寝ると言う事にした。

カモ君に用意されたベッドは大人用のベッドだが精々大人二人分の広さしかないが、幸いカモ君以外は子ども体型だ。ベッドに入れない事もない。

ベッドにカモ君、クー、ルーナ、コーテと並ぶように入り、眠りに就く。コーテにとっては妥協案のそれだったが、その空間はカモ君が大事にしている存在が全て彼の手のうちにあるという幸せ空間でもあった。

その幸せを噛みしめながらカモ君の意識も眠りに落ちていく。

 

「…やっぱり、媚薬を」

 

「寝ろ」

 

その寸前でコーテが何かやらかそうとしたのに気が付き、軽く彼女の頭にチョップを入れて今度こそ眠りに落ちるのであった。

 



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第七話 ここ、セーブポイントな。(ロード機能無し)

四人揃って一つのベッドで眠った、翌朝。

目が覚めたカモ君が見た物は粉薬を鼻から吸い込ませようとしていた寝巻から普段着に着替えたコーテだった。

しばらく見つめ合う。二人。

完全に目が覚めたカモ君に対して、コーテがとった次の行動は、クスリの吸引させることの続行だった。

 

「いや、続けるな。続けるな」

 

「挑戦し続ける精神は大切だと思う」

 

「どうしてそれを性欲に向けるのか?」

 

これが分からない。

 

「違う。これは独占欲」

 

「会話しながら薬をぶふおぅっ」

 

「そしてこれは歯磨き粉。媚薬じゃない」

 

歯磨き粉は鼻で使う物ではないんじゃないですかねぇ?!

 

「目、覚めたでしょ。アネスが言った通り、一発で目が覚めた」

 

「ほぼびでぼででばべぶ?」(どうして俺で試す?)

 

確かに目が覚めました。歯磨き粉の強い刺激が鼻の粘膜を刺激して鼻水が止まらない。

 

「私は現状に目が冷めそう」

 

「でぁあ、ばんば」(じゃあ、やんな)

 

覚めるんじゃなくて、冷めんのかよ。

 

「…格好悪いね。今のエミール」

 

誰のせいで鼻水を垂れ流していると思っているんでしょうかねぇ?

 

「クーとルーナが見たら幻滅するかもね」

 

?!!!!!??!?!??!?

 

「そしたら、ここの従者達や領民も離れていくかもね」

 

そこはどうでもいい。

 

「そうなっていってエミール一人ぼっちになっちゃうね。そうなったら…。独り占めできるね」

 

こ、こいつ。俺から好感度を上げるのを止めて、周りから俺への好感度を落しにきやがった。

 

「…冗談だよ。一割は」

 

残りの九割はどうなんでしょうかね。

 

「ほら、これで早く顔を洗わないと本当に二人に嫌われるよ」

 

そう言いながらお湯の入った洗面器が乗ったカートをカモ君の前に持てくるコーテ。

この子まで、ミカエリみたいになってきたどうしてこうなってしまったのか。

 

「エミールはクールに見えてツッコミタイプって、ミカエリさんが言っていたから」

 

原因アイツかよ。クールなコーテを返してくれ。

 

「このノリは結構疲れる」

 

じゃあ、やめたらいいじゃないか。

 

「でも、あわよくばとも思っている」

 

本当に油断ならねぇな。これが貴族令嬢のたしなみってか。

しかも過去形じゃなくて進行形だから性質悪い。

 

「それが終わったらすぐ朝ご飯だから早くしてね」

 

そう言って、コーテは部屋から出て行った。

カモ君は今気が付いたが一緒に寝ていたクーやルーナもいない。どうやら自分が一番のお寝坊さんだったようだ。もう二人がいないと言う事は、クーは朝練。ルーナは身だしなみを整えているのか。

顔を洗って、寝間着から普段着に着替え終えた後に部屋を出ようとしてようやくカモ君は気が付いた。

あの会話での後半部分。自分は鼻水が零れるのを恐れて視線だけでコーテと会話していた。

 

「…コーテの奴、本当に俺の心を読んでないか」

 

あのちっこい婚約者さんに本気で隠し事は出来ないのではないかと慄くカモ君だった。

 

 

 

朝食が用意された部屋に移動したカモ君は着席し、食事をとる。

そこには朝練を終えたクーがはつらつと近況を知らせ、ルーナがマイブームであるリボン作りに嵌っている。

実母のレナは自室に今だにこもっているらしい。カモ君が帰ってきてからまだ一度も部屋から出てこないどころか顔も合わせていない。まあ、ギネを鉱山送りにしたような物だから会いたくないのも分からないでもない。

いつも表面上はクールな表情のカモ君だが、弟妹が笑顔で過ごす朝食に驚きながらも感動していた。

ああ、食事の席がギネからローアに変わっただけでこんなにも雰囲気が違うのかと。

最上座に座っているローアも笑顔でそれを見守り、コーテも心なしか嬉しそうにしてくれている。

従者達も少し涙ぐみながらも待機してくれている。後で彼女達から聞いた話だが、ギネがいなくなってから笑顔で食事をとる事が多くなったそうだ。やっぱり屑がいるとそういった事になるそうだ。

朝食をとった後は散歩がてら何もない牧草地帯にハイキングに行く予定だ。

ああ、楽しみだ。こうもしがらみもなく楽しい事を行えるなんて幸せすぎる。

今まで主人公の事とか、ギネの事とか、将来の事とか、国家の未来だとかで色々悩んでいるが今日ぐらいは何も考えず過ごしてもいいだろう。

そんなカモ君は当たり前の家族の小さな幸せをかみしめていた。食事を終え、談笑をした後、従者達がハイキングに持って行く弁当を用意している間はルーナの部屋へ出向き、自作のリボンをあしらった装飾品。コーテが今まで送ってきてくれた王都のアクセサリーの小物などを見ながら時間を過ごした。

この後に出かける牧草地帯もこのように幸せを感じながら過ごすのだろうとカモ君は思っていた。

 

 

 

しかし、そうはいかないのがカモ君の、踏み台の人生なのだろう。

その牧草地帯付近にある地元料理を振る舞う宿にローブに身を包んだ怪しい二人組の姿が目撃された。

一人は偉く恰幅の良い口うるさい男であり、出された料理に散々文句をつけ、それを注意した店主に腹を立てて、テーブルに拳を叩きつけて破壊し、脅した。

それを見た周囲の人達からはたいそう煙たがれたが、気にした様子もない。そのまま料金も払わず宿を出て行った。

もう一人の方は店主と周りの人間に頭を下げて謝罪し、宿代、食事代、テーブルの弁償代として多めの金貨を渡して、赤い杖を片手に相方を追って出て行った。

 

「もう、問題を起こさないで。目標を達成する前に衛兵に捕まるとか勘弁してほしいのだけれど」

 

「はっ。だったらその衛兵もぶちのめせばいいだろうがっ。あんなチンケな飯を食わせるやつなんて誰も守ろうとしねえよ」

 

声からすると、男女のペアだ。

テーブルを破壊した男に注意するがそれを聞く耳を持たないのが今の相方だ。女の方は諦めたように男の横に並ぶ。

 

(よく言うわ。値段表を見るまでは美味い美味いとか言って癖にそれが安物だとわかったらキレるなんてね。でも、実力的には今回の任務に最適。問題は性格よね)

 

女の方はため息を零すのを堪えた。そんな事をすればまたキレ散らかすのがこの男だからだ。

 

「あのね。いくら私達の方がレベルも装備も上とはいっても相手の方が、数が多いのよ。それにモカ領での前情報はあてにならない。用心にこしたことは無いの」

 

「だから俺様が単独戦闘を行うんだろうが。それにどうせ踏み台キャラなんだろう。そのカモ君とやらは。はっ。名前からして負け組じゃねえか」

 

男は凶悪な笑みを隠そうともせずにげらげらと声を上げて笑う。

隣の女からゲームのカモ君としての情報は貰っている。その上、武闘大会でのカモ君の活躍も聞かされている。

体型が大きく変わったところや戦闘スタイルを聞いた限りだとどうやってもカモ君だけでは絶対にこの男には敵わない。

自分が身に着けているチート武装の防御性能を突き破る性能は持っていないからだ。

 

「カモ君は、ね。その弟はそれ以上の火力を出せるのよ。気を付けるべきよ」

 

だが、カモ君の弟のクーはまだ八歳にも満たないのに火の上級魔法を修得しているらしい。やり方を間違えれば男だって負ける可能性はある。その上、ローアというどこの誰かは分からない風の魔法使いもこの領に来ているのだ。この男については情報がまだ少ない。

 

「はっ。十もなっていないガキに俺様が負けるかよ。よっぽどカモ君は弱いんだなっ」

 

(馬鹿ね。負ける可能性があるのならそれを潰すのが普通。それに年齢は関係ない。使える能力で判断すべきなのにこいつはわかっていない)

 

だけど、男が増長するのも無理はない。それが男の身に着けている武装だ。

 

四天の鎧レプリカ。

 

胸元に赤・青・緑・土色の宝石がはめ込まれた純白の西洋甲冑を思わせるそのフルプレートの鎧は装着した人間に地水火風の加護を与える。リーラン王国の至宝のアイテムを組み上げて作られる鎧。シャイニング・サーガというゲームだと主人公限定のチート装備品。の模造品。

 

ネーナ王国がリーラン王国に対抗すべき手段として作り上げられた物であり、原作では決して作られることが無かった鎧は、レプリカとは名ばかりの性能をしていた。

その鎧はもはや鎧というよりもパワードスーツ。

駆ければ風より早く駆け抜け、殴りかかれば岩をも砕くスピードとパワーが手に入る。軽くて頑強。

そして何より、魔法に対しても地水火風の属性魔法なら自動で装着者を守る障壁を展開する防御機能まである。

例え、クーが火の上級魔法を放ってもこの鎧の防御機能で水属性の魔法障壁が自動展開される。

この鎧を突破するには自動展開された属性の弱点を突くか圧倒的な破壊力のある武器で攻撃する必要がある。かといって上級の魔法にも耐えることが出来るのがこの鎧だ。

男が敵視しているカモ君は未だに中級の魔法を使うのが精一杯だ。クーはまだ子供だからと危険視すらしていない。

出来る事ならもっと慎重な相方が欲しかったが、女が危惧している状況に一番適応しているのがこの男だからだ。こいつならどのような戦況になろうと構わないからだ。

 

「ふん。それより分かっているんだろうな。カモ君とやらを殺せば」

 

「ええ。私を好きにしていいわよ」

 

女は呆れたように微笑む。

男にはカモ君抹殺の任務を達成した暁には莫大な報酬と地位。そして自分を好きなだけ抱いてもいいと言う権利が与えられる。

本来、抱く権利は無かったが女とペアを組んだ際、その容姿を気に入り、王にその権利をねだった。王は何も言わなかったが女は出来たらいいとすぐに了解した。

この男もまたカモ君同様転生者だった。ただ、シャイニング・サーガというゲームは知らず、この剣と魔法の世界で乱暴を働く狼藉者としてのさばっていたが、その実力を買われ、ネーナ王国の魔法部隊の元で好き勝手しながらもその力を磨いた。

同僚への暴行・暴言・恐喝を当たり前のようにやり、上司にすらも噛みつく荒くれ者だ。実力的に負けていても、目の前の女から受け取った鎧の力ですぐに逆襲をして屈服させたのはつい最近の事で調子に乗っていた。

そんな男に目をつけられ、その相方に迷惑をかけられても女にとってはどうでもよかった。

どうせ、自分がこの男から少しでも離れればこの男はすぐに自分を認識しなくなる。

女はそんな機能を身に着けていた。だからこそ、ギネも女の特徴を思い出せなかったのだ。

逆に一定時間、距離を開ければこの男は自分の事を認識しなくなる。だからこそつかず離れずサポートしなければならない。

 

「ははっ。簡単な事だよな。チートな奴からその強みを取り上げればただの雑魚だからな」

 

男が着込んでいる鎧があればカモ君の強みである多彩な魔法の数々。しかし、それらはレベルが低い故にこの鎧に阻まれる。

 

「…そうね。頼んだわよ」

 

だが、この鎧が無ければこの男は馬鹿な乱暴者に成り下がる。

魔法使いとの戦いの経験はある。その訓練もこなしてきた。乱暴者から強兵レベルまでは強くなった。

それでもカモ君と戦うには足りない気がする。武闘大会で見たカモ君の戦う様は男では敵わないと思わせるほどの雰囲気を醸し出していた。

やはり不意打ちが一番だろうが、この男がこちらの言う事を聞いてくれる可能性は薄い。きっと真正面からカモ君と戦うだろう。

圧倒的な力でカモ君をいたぶり、殺そうとするだろう。

それに文句を言うつもりはない。女にはカモ君の抹殺以外の任務もある。男がそうしたいのならそうすればいい。自分の仕事をするだけだ。

 

「…どうやら目標は出かけるらしいわね。進路からして何もない牧草地かしら」

 

女は身に着けていたネックレスを触りながら目標の動向を把握していた。

カモ君が従者や弟妹達。恋人を連れて暢気にお散歩に興じるようだ。そこは開けた場所だが、人気が殆どない場所だ。そこで襲えば衛兵や冒険者などの有力者達が駆けつけてくる事はあっても時間がかかる。

 

「じゃあ、そこを襲うか。それに恋人か…。目の前でそいつを抱いてやるか。カモ君のくせに恋人なんて生意気だからなぁ」

 

「あら、見た目は十歳くらいの女の子よ?あなた、そんな趣味があったの?」

 

「見た目はどうでもいい。力不足で悔しがる面を見られればいいんだよ」

 

(…はぁ、クズね。…まあ、そっちの方が都合がいいのだけれど)

 

女は心中で何度目になるか分からないため息をついた。が、その歩みが遅くなることは無い。

二人は歩いていく。カモ君が訪れるだろう牧草地帯に向かって歩みを進めるのであった。

 



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第八話 チートにだって弱点はある。

ああ、幸せだ。なんて幸せなんだ。

 

愛する弟妹達と、婚約者。信頼できる従者を連れてのお散歩。

弟妹達と手を繋ぎ、何もない牧草地への道のりは夏の日差しが少しきついけど、そこは水と風と闇の魔法で緩和していた。

ああ、こんなにも胸が弾むのはいつ振りだろうか。しかもギネという厄ネタもない分、心残りもない。

後ろからついてくる従者たちの手にはルーナやコーテといった女性陣が総出で作ったお弁当があった。

カモ君が寝ている間に作られたそのお弁当にはカモ君が好きなチーズと鶏肉のサンドウィッチも入っているそうだ。

牧草地帯に行くまでずっと笑顔の弟妹達のおかげか、途中で見かける領民達への挨拶も極上の笑顔を送る事が出来たカモ君。

三つの魔法と、笑顔で返事をする、しあわせ思考のアホな事を考えると言う五つ以上の並列思考をさらりと行っていた。高ランクの魔法使いでも難しい。普段のカモ君でも難しいそれは幸福の昂揚感でカモ君の脳の演算能力が上がったおかげなのかもしれない。

そして、カモ君達は丁度お昼時の牧草地帯についた。

ここに来るまでの魔法学園での出来事やモカ領の状況を話していた彼等は持ってきたシートを広げ、その上にお弁当を広げた。魔法で作り出した水で手を洗い、各々に用意された皿の上に料理を並べようとした。

これから始まるのはカモ君にとって最高の饗宴。大切な人達と大層な御馳走。

それらが並べられる途中で、悲劇は起きた。

 

人の頭ほどの大きさの岩が、カモ君達めがけて幾つも飛び込んできたのであった。

 

 

 

カモ君達が暢気に食事をしようとしている光景を見つけたローブの二人組。正しくは男の方が覚えたての魔法で昼食を広げていたカモ君達を攻撃。

カモ君達が来る前からこの牧草地帯にいた彼等は、少し遅れてきた彼達からだと見えない位置におり、不意打ちをすることに成功した。

だが、女の方はそれが気に入らなかった。

不意打ち自体に文句は無い。むしろ喜ばしい事だ。問題はその不意打ちがわざと外されたことだ。

 

「どういうつもり」

 

「挨拶だよ、挨拶。いきなり殺しちまったらこっちも楽しめねえだろ」

 

女はカモ君の抹殺を目的としているが、男はカモ君をいたぶる事しか考えていなかった。

結果が同じなら経過は楽しむつもりだろう男は、声を荒げながらカモ君達を挑発する。

 

「おいっ、お前達を殺しに来たぜ!かぁもくぅん!精々抵抗してみぶぶぅあっ?!」

 

が、男が言いきる前にカモ君は男に向かって急接近し、その顔面を右ストレートで打ちぬいたのだ。

 

その時のカモ君の心情はというと、

 

「おいっ」の時点で何が起こったのか判断つかずに混乱していた。わかったのはカモ君にとっての御馳走が台無しにされた悲しみ。

「お前達を殺しに来たぜ!」の時点でクーやルーナ。コーテに被害が及ぶという危機感を抱く。

「かぁもくぅん」で、明らかに自分達を狙った犯行だという確信を得た。いくらでも逃げる手段を得ている自分はともかくクーとルーナやコーテ、従者達を狙った犯行に対する怒り。

「精々抵抗」の時点でカモ君はクイックキャスト。風の魔法で自分自身を魔法で声のした方向に撃ちだした。そして、挑発しているだろう輩の顔面に拳を叩きこんだ。

 

拳を打ちこんだ相手が例え自国の王族だろうと、ドラゴンやラスボスだろうと敵意や殺意を持って愛する者に接触してきたのなら、カモ君は拳を迷わず振るえる。

しかも、殴られた衝撃で背中から倒れふした男に馬乗りになると、誰にも聞こえないくらいの小さな声で「殺す」と言い放ち、そのまま無表情な顔つきのままカモ君は殴り続けた。

そこまでやってようやく、クーやルーナ達は自分達が攻撃されたのだと理解したが、どう見ても攻撃しているのはカモ君のほうだ。

カモ君が殴り続けたせいで男が羽織っていたローブが取れ、男の素顔が明らかになる。

油で固めたのかオール―バックの黒い髪に、いかつい造形の顔。二十代前半か十代後半の生意気そうな青年。平常時であればヤンキーか若いマフィアじみた風貌だったのだろうが、今はカモ君に殴られた所為で顔の一部が腫れていた。その腫れた顔でも男の目から戦意は欠片も失われてはいなかった。

 

「く、そがっ、調子に乗るな!」

 

男が身に着けていた鎧の膂力をもってすればカモ君程の体重や押さえつけなどないような物だ。

その力を直で押さえているからこそ実感したカモ君はすぐさま男から離れるが、そうしながらも土魔法で作り出した小さくも尖った石ころを男の目にめがけて撃ち出した。

男が放った敵意は本物。だからこそ、たとえ相手が失明しようともカモ君には全く構わない事だったが、それが裏目に出る。

カモ君と男の間合いは一メートルも開いていない近距離だったが、そこに突如暴雨風の壁が現れると、カモ君はその猛威を受けて弾き飛ばされ、大きく間合いを取る事になった。

その暴風は男とカモ君の間にだけ生まれた、男の装備している鎧が生み出した障壁。カモ君の魔法に反応して土に強い風魔法の障壁を自動展開した物だ。

 

今のカモ君は剣を持っていない。得意とする間合いは魔法による属性攻撃か、格闘戦による超近接戦闘。

相手は自分の事をカモ君と言ったからこそ自分対策で魔法対策は当然しているから遠距離戦は出来ない。

 

そう考えていたのに間合いを取ってしまったカモ君は内心舌打ちをしながらも、クーやコーテ達の事は片時も忘れていなかった。

 

「ルーナ!コーテ!急いでここから逃げろ!ルーシー!プッチス!衛兵を今すぐここに呼び集めろ!冒険者でも構わん!」

 

愛する妹と婚約者にはここからの避難を。従者達には援軍を呼ぶように叫ぶ。

自分の目の前にいる男は自分よりも強い魔力を放っている。それは男が身に着けている鎧から発せられるものなのかはまだカモ君には理解出来ない。だが、それでも自分の弟よりは強くない。

 

「クー!撃て!」

 

カモ君が大きく右に移動すると同時に彼のいた場所に炎の旋風が牧草地をえぐりながら男に直撃した。

 

カモ君が男を殴りつけている間、クーは魔法の詠唱をしていた。

自分達に向けられた敵意を受けたクーは、兄より少し遅れて戦闘態勢に移行した。ピクニックに来ているから護身用の剣や槍は持ってきていていない。だから魔法の詠唱に入っていた。

カモ君がこのまま取り押さえられるならよし。それが出来ない場合は自分が追い打ちすると言う考えに至っていたクーの思惑を読んでいた兄馬鹿はそれに期待して、トドメを弟に任せた。

決定力に長けた魔法を使えるのは自分ではなくクーだと情けないながらも理解していたカモ君。

弟に人殺しの十字架を乗せてしまうのは躊躇いがあったが、殺されるよりはましだと思っての援護要請だった。

 

男に着弾した炎の旋風はそこから天高く伸びる竜巻にとなる。直に男の姿は影も形も無く燃え尽きるだろうと思っていたが、炎の竜巻の中から男の怒鳴り声が出ると同時に炎の竜巻も掻き消えた。

 

「俺様にしょぼい魔法が効くわけないだろうがぁっ!」

 

そこには水球の中で立っている男の姿があった。

その水球は竜巻が消えてしばらくすると役目を終えたかのように、球の形を崩し、消えていった。

その際に着込んでいたローブは取れてしまい、その白いフルプレートに身を包んだ姿をさらす。

 

「…嘘だろ」

 

クーの魔法に耐えたことも驚いていたが、男が身に着けている鎧に驚きを隠せないカモ君。

細部は違うが、あれは四天の鎧。

この世界の主人公が戦争での最終局面でリーラン王国の重鎮達と協力して出来上がるチート武装。

主人公にしか装備できないそれを何故目の前の男が装備しているのか分からなかった。

 

驚きで動きが止まったカモ君に男が仕掛ける。

そこに魔法を使った様子は見られない。それでも男の膂力はカモ君を余裕で超えるものだった。

 

「おらぁっ!」

 

迫ってくる甲冑で包まれた右の拳をカモ君は左腕で受ける。が、いともたやすくそのガードの上からぶっ飛ばされるカモ君。明らかに質量以上の攻撃を受けたカモ君は苦しそうな表情を隠せずに地面を転がされる。

 

(ゲームでは攻撃力の補正は無かったはずだぞ?!)

 

男の技量とは考えづらい。魔法学園にいたアイムの方が格闘センスは上。タイミングもカモ君にわかる程単調。なのに、単純に力と速さが上だった。

防御機構はそのままで移動補正と攻撃補正が加わっているチートにチートが加わっている。

 

「まだ終わってねえぞ!ロックレイン!」

 

男が詠唱無しの魔法名を唱えただけで、カモ君が転がされた頭上に幾つもの岩がどこからともなく召喚された。カモ君は男に対抗してクイックキャストで温存していたプチクイックという魔法を完成させ、自分の素早さを上げると同時に岩の雨をかいくぐりながら男に再度接近する。

 

魔法は駄目。だが先程やった打撃は有効。

相手の方が膂力は上でも技術は伴っていない。度胸はあるが純粋な格闘戦ならこちらに分があると思ったカモ君だったが、男は詠唱した様子もなく睨みつけながらカモ君に火の魔法を放った。

 

「ボム!」

 

またしてもノーキャスト。しかも特定の場所を爆発させる魔法はカモ君のすぐ目の前で発動した。魔力の波動を感じ取ったカモ君は回避することは不可能だとあきらめて両腕を合わせ、上半身を守るようにして体を丸め、その魔法を直で受けたカモ君は両腕に大きな裂傷と火傷を負わされながらクーの近くに吹き飛ばされた。

しかし、それでもカモ君は男から目を離さない。その目付きが気に喰わなかったのか、男は次の魔法を発動させた。

 

「むかつくんだよぉっ!その目はなぁ!ハイクイック!」

 

十数メートルはあった距離を一秒足らずで詰めてきた男の魔法で強化されたスピードに今度こそ追いつけずに、カモ君は男の拳を顔面でまともに受けた。

 

「にー様?!ウインドカッター!」

 

クーもそれを黙って見ていたわけではない。カモ君を殴り飛ばした男の背中に詠唱していた風の刃を放つ魔法を放つ。男はカモ君に完全に意識が向いていたので気が付いていない。直撃したかと思われたその魔法は、四天の鎧の効果で発生した炎で阻まれた。

 

「そんなっ」

 

「ちっ、ガキは引っ込んで」

 

「ウォーターボール!」

 

自分の体を守るように生じた炎でクーの事を思い出したかのように男が視線をカモ君から外した瞬間、カモ君がクイックキャスト用いた水球を撃ち出す魔法を放つ。

男を守るように展開された炎の檻に着弾すると同時に、今度は男の足元から土が盛り上がり炎に代わって土壁が男を水球から守った。

 

それを見てカモ君はようやくこの化物の攻略方法が見つけた気がした。

 

ゲーム通りの自動防御に攻撃ステータスアップ機能。

自分より巧みに使える魔法の術と属性。

つまり、こいつはチート武装した自分だ。

一撃でもまともに攻撃を受ければ、自分の左腕のように使いものにならなくなる。

 

勝つための必勝法。それはいつもの通り、自分の身を張って、クーとタイミングを合わせて攻撃してもらう事。

その確証を得る為にもあともう一度攻撃しなければならない。

 

「クー!風を力いっぱい撃て!」

 

カモ君の声を聴いてクーは再度魔法を唱える。

魔法が通用しなかったにも関わらず、それでも兄の言葉を信じてクーは詠唱する。それに追随するようにカモ君は小声で水魔法の詠唱を開始する。

 

「邪魔すんじゃねぇ、クソ壁がぁ!」

 

自動展開された土の障壁を叩き壊して出てくる男の姿を見て確信する。

 

四天の鎧の機能は追加できても削除することは出来ない。

 

そして障壁を展開している時、そいつ自身はその属性になっている。

ウォーターボールを炎の障壁で阻まれた時、水球からでた湯気が男の顔に触れた事をカモ君は見た。

 

シャイニング・サーガというゲームでも同じことが起こった。

火を防御する時、主人公はどんな属性だろうと水の属性になり、攻撃を防いでいた。しかし、その次の瞬間に土属性の攻撃を受けると大ダメージを負っていた。

それこそ間髪入れずの同時攻撃に近い連続攻撃にこの鎧は弱い。

ゲームでは同時攻撃を受ける時は自動で攻撃力の高い攻撃に対してメタを張る設定になっていた。

だが、魔法使いで同時に別の属性の魔法をぶつけると言うのは難しい。同じ方向から放てばお互いの威力を殺しながらが殆どで、相手に命中するころには一つの魔法は消滅しているか、吸収されているかで、結局一つの魔法しか残らない。

 

という、ゲームの設定を信じて攻撃するしかカモ君には勝機が見いだせなかったのであった。

 



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第九話 必死

カモ君とクーが煌びやかな鎧を着こんだ男と戦っている間、コーテはルーナをプッチス達に預けて、襲ってきた男の隣にいた女に水の軍杖の先を突きつけていた。

女が動けばすぐにでも魔法を撃ちこむつもりだった。

だが、女はカモ君達が戦っている場面を見ているだけで何もしてこなかった。だからという訳ではないが、先手必勝で女を水の魔法で作り上げた直径三メートルの球状の水牢に閉じ込めた。息が出来るように首から上は沈めていないが、詠唱でもしようものならすぐにでも防げるように水牢は大人が五人は閉じ込められそうな物にしている。

 

「あら?貴方は逃げないのね」

 

其処までされて、女はコーテに気が付いた。

女が装備している物はローブの下からでも分かるくらいにどれも派手なのに少しでも目を離したら忘れてしまうような儚さがあった。女の容姿も黒髪というリーラン国では珍しいものなのにまるでメガネのについた靄のようにコーテにはよく見ることが出来ない。

 

「…すぐにアレを止めて」

 

アレとは男の蛮行だろう。しかし、止めるつもりはさらさらない女は無理と唇を動かした瞬間に首から上も水牢の中に沈められた。

止めることが出来ないのなら有無を言わさず黙らせる。魔法使いか戦士かなんてどうでもいい。このように水牢の中に閉じ込めてしまえば魔法を唱える事は出来ない上、戦士のように移動しきる事も出来ない。

女が溺れて気絶したらカモ君達の援護に入るつもりコーテはカモ君の言葉を拒んで、この戦いの場に残る事を選んだ。

現にカモ君とクーの二人掛かりで鎧の男を相手取らなければならなかった。今もコーテがこの場に残っている事に気が付いていない。

その上、再度攻撃に転じようとしているカモ君の左腕上がっていない事に気が付いたコーテは彼に声をかけようとした時、不意に隣から声をかけられた。

 

「酷いわね。理由も聞かずに水に沈めるなんて」

 

その声に驚き、その場から転がりながら距離を取った。

自分の側から声をかけてきたのは水牢に閉じ込めていた女だった。ローブとその下にある体はびしょぬれでさっきまで水牢にいたことを信じさせるには十分な状態だった。

どうやってあの水牢から脱出したかは分からない。だけど、放っておくわけにもいかない。

コーテは再び水牢の詠唱しようとしたがそれよりも早く、女が持っていた赤い杖でそれを弾き飛ばされ、逆にその杖の先を首元に突き付けられた。

 

「黙って、見守りましょうね。出ないとその細い首が千切れちゃうわよ」

 

コーテからは見えないが首元に突き付けられた杖の先についた土色の宝石が魔力を帯びていることはわかる。岩を放出する気か、それとも物理攻撃を高める物かは分からないが、確実に言えることは一つ。言う事を聞かなければ殺される。

 

「…」

 

「ふふ、素直な子は好きよ。ああ、それでも一つ応えて欲しい事があるんだけれど、『シャイニング・サーガ』という言葉に聞き覚えはあって?」

 

女は静かに微笑みながら言葉を投げかける。しかし、その単語に聞き覚えはない。

輝く伝説など小さな子どもに読み聞かせる物語はまだ聞いたことが無かった。

 

「…ない」

 

「そう。残念ね。貴女はまだ彼から何も聞かされていないのね」

 

その言葉に鳥肌が立った。疑問もある。疑惑もある。

しかし、それよりもエミールの婚約者である自分が知らないのに、目の前の女はカモ君としての内情を知りえている気がした。

それに怒りにも似た感情が溢れた。

 

「…彼の、エミールの何を知っているの」

 

「貴女よりは知らない事は多いわ。でも貴方より大事な事は知っている」

 

コーテの反応が面白いのかクスクスと笑う女に、更に苛立ちを覚えたが、再度首筋に押し付けられた杖の感触が思いとどまらせた。

 

「私達はそれを潰しにやって来たの。答えが知りたいのなら、アレと生き残れた後。カモ君に訊くといいわ」

 

「…」

 

コーテは何も言えなかった。だから悔しそうに睨む事しか出来なかった。女の事を。そして今も戦っているカモ君達の事。ちょうどその時だった。彼等の戦いに決着が動いた瞬間でもあった。

 

 

 

クーが風属性の魔法。巨人の剣で斬りつけたかのような威力を持つ魔法を放とうする直前にカモ君はコンマ数秒の辺りで自分が使える水属性の魔法を放った。

 

「アクアランス!」

 

二メートルの矛がある水で出来た両手持ちの槍を魔法で生みだし、相手に投げつけた。まともに当たれば肉をえぐり、骨をも貫くそれは自分達を襲っていた男の胸にめがけて飛んでいく。

男は丁度、鎧の自働防御機能で生み出されていた土くれの障壁を殴り壊したばかりだった。その所為で自分に迫ってくる水の槍に気が付かない。だが、それでも問題無い。

四天の鎧レプリカは水の槍に反応してまた新たに障壁となる土壁を作り出す。この時を持って男の属性は土属性になったはずだ。

水の槍が土壁に接触した瞬間にクーが風の魔法を放つ。

 

「クー、全力で放て!」

 

「ウィンドブレード!」

 

クーはカモ君の言葉に続くように腕を勢いよく右から左に振るった。すると、クーの視界の下半分が見えない剣で斬り離されたように裂断される。男の後ろに生えて牧草地帯も下り坂を形成すように裂かれた。

自動展開された土壁も数瞬遅れて横にずれながら落ちていく。そして、その向こう側に会った男の顔全体に一文字の傷が出来、そこから血が噴き出した。

カモ君の読み通り、攻撃が男に通じたのだ。

 

やったか。

 

そう思ったクーだが、男の表情は苛立ちを抑えきれないように怒り狂い続けていた。

 

「ふざけんじゃねぇぞぉおおっ!!雑魚共がぁああああっ!!」

 

男は叫んだ。何よりうまくいかない今の状況に苛立ちが収まらない。

カモ君達は自分に手も足も出ないままぶちのめして、相手が苦しがる顔を見て嘲笑うつもりだった。

だが、現実はどうだ。

生意気にも顔を何度も殴られ、魔法は防がれ、そして最高の鎧とまで言われた四天の鎧を装備したにもかかわらず、顔に傷を負わされた。

 

「ふざけるな!ふざけるな!くそ野郎がぁああああっ!何が最強の鎧だ!ボケが!ライム!どうなってんだ、ああっ!」

 

男が怒鳴り声を上げたと、同時にカモ君は水属性の初級魔法のアクアショット打ちこみながら男に向かって駆け出す。

男は迎え撃つつもりだったが、またしても自働防御機能が発動し、土壁がせり上がると同時にカモ君を目視することが出来なくなった。

そこへクーの風の魔法が突き刺さる。今度はタイミング少しずれたのか、土壁の障壁が瞬時に炎の壁とクーの魔法をかき消しながら、カモ君の行く手を阻む。

 

「うざってぇんだよぉおおっ!」

 

男がその炎の障壁を散らすように腕を振るい、炎の壁を取り払う。

そしてそのままカモ君に向かって殴りかかる。が、カウンターで合わせるようにカモ君の右ストレートが男の顔面に突き刺さる。男の拳もカモ君の頬の皮一枚を裂くように通過した。

男も強兵と言えど、所詮は暴れん坊。喧嘩殺法よりも日頃から戦闘訓練を真面目に繰り返してきた衛兵に混ざり訓練を行い、魔法学園では実戦稽古を表してアイムとの訓練を日頃からしてきたカモ君の戦闘技術には及ばなかった。

 

「ぶげぇええっ!」

 

カモ君に殴り飛ばされて後退する男だったが、すぐに切り替える。魔法とは目標の近くに味方や自身がいる場合はその魔法に巻き込まれる可能性がある。

魔法使いの弱点は近接戦闘。そこに切り替えた男はカモ君に殴りかかる。

その目論見は正解だった。

カモ君の動かせずにいた左腕。そこにめがけて打ちこまれた拳でゴキリという音が聞こえた。カモ君の表情に苦痛がにじみ出る。

彼の表情は殆ど感情を表さない。それなのに苦痛の表情を作るという事は常人には耐えがたいほどの激痛が襲っている事だ。

 

「おらぁっ!とったぁ!」

 

動きが鈍ったカモ君の右足にローキックを浴びせる男は嗜虐的な笑みを浮かべた。

べきりっ。と鈍い音を立ててその場にうつぶせで崩れ落ちるカモ君の背中を押しつぶすように踏みつける。そこからも何かがへし折れる音が響くと同時に彼は血を吐き出した。

 

「がっ!はぁっ!?」

 

一息の油断。数秒で叩きのめされたカモ君は脳を焼くほどの激痛よりも己の油断を恨んだ。

ここで自分が倒れればクーやコーテに危害が及ぶ。自分を抑え込んでいる男は絶対に牙をむく。

だが立てない。尋常じゃない力で押さえつけられていることから立つ事が出来ない。

鎧の恩恵での殴り合いは圧倒された。

カモ君程の技量ではこの男。鎧の力を制することが出来なかった。

 

「にー様から離れろ!」

 

「はぁっ?嫌ならどかしてみろよぉっ」

 

クーの言葉を聞いて男はカモ君をいたぶるように何度も踏みつける。その度にカモ君からは細かい咳と共に血が吐き出される。

 

男はやっと、自分が望んでいた光景が目に映った、

カモ君を何度も踏みつけて己の優位性を確かめる。

鎧の力もあってか、カモ君を踏みつければ踏みつけるほど彼の口から血が噴き出る。まるでおもちゃで遊ぶ子供のようにそれが面白かった。

最初は鎧の恩恵などありもしないものだと思っていたが、今はどうだ。

たった数発で立場は逆転。先程まで調子に乗っていた奴等が劣勢に追い込まれる。それが愉快でたまらない。

 

そんな嗜虐心に満たされている男。彼の目に、クーの後ろでライムと呼んだ女がコーテを抑え込んでいる場面が写りこんだ。カモ君の婚約者と認識している男は舌なめずりをした。

 

見た目は幼いが手入れの入った髪と瞳。顔の造形。この少女をカモ君の目の前で汚したらどんな反応をするか。楽しみである。

 

「よう、いまからあの女を抱く。有無を言わさず、力尽くで、泣こうが叫ぼうが、凌辱する」

 

動けなくなったカモ君にコーテを見せつけるように足の甲で彼の顎を持ち上げ、コーテのいる方向に向けて、男は言った。

 

「その時、お前がどんな顔をするか楽しみだぜ」

 

下種な笑みを浮かべながら男はカモ君から離れ、コーテのいる方へと歩みを進める。

クーは男に対して火や風の魔法を撃ちこむが、水と土の障壁が展開され、その歩みは止まらない。

格闘も駄目だ。まだ子どものクーの体格でカモ君並の格闘戦は出来ない。そもそも身体能力に差があり過ぎる。

日ごろ鍛えているカモ君だからこそ何とか打ち合えたのだ。まだ成長らしい成長もしていないクーの格闘では止められない。逆に鎧の力の一撃で首の骨を折られるか、胴体を突き破られる一撃を加えられ、殺されかねない。

それを理解したクーには何もすることが出来ない。ただ近づいてくる男の前に立つ事しか出来なかった。

 

「どうした?魔法でも何でも撃って来いよ」

 

男もそれが分かっているから両腕を広げながら悠々と歩いていく。

もう、カモ君達に出来ることは無い。この後は一方的に蹂躙されるだけだ。

そう、思っていた。

 

血を吐き、涙を零し、血の混ざった鼻水をすすり、ぐしゃぐしゃになった汚い顔。

砕かれた左腕を情けなくぶら下げながらも、希望を手放さないと振るわれる右腕。

へし折られた右足引きずりながらも、悪逆にしがみつくように飛び出した左足。

恐らく折れている背骨。痛んでいる内臓から絶え間なく零れる血を吐きながらも、己の歯が欠けることもいとわず鎧の襟首に噛みついた男がそこにいた。

 

「クー!撃て!お前の全力を!」

 

カモ君である。

振るえば折られるその腕で。蹴り出せばひしゃげるその足で。叫べば潰れるその口で。

必死に男の足止めをしていた。

 

「男に抱きつかれる趣味はねぇっ!」

 

背中にへばりつくカモ君を振るい落とそうと男が体を大きく揺らす。それだけでしがみついているカモ君には激痛が走る。意識が飛ぶ激痛が奔る。それでも魔法の詠唱を完成させる。

 

「サンドアーム!」

 

密着している状態でのカモ君は自身の腕に一袋分の砂を纏わせる。防御というには稚拙。攻撃に使うにしては惰弱過ぎる土の魔法だ。だが、それでも男の鎧の自働防御が発動する。

密着しているカモ君を引きちぎらんとする暴風が男を中心に吹き荒れる。

 

「離しやがれ!」

 

「死んでも離さん!」

 

後ろから首の間で押さえつけている砂で覆われた腕を振りほどこうとするが、カモ君はまるで自分の命を燃やして男を押さえつけているようだった。

そして、その言葉に嘘は無い。

自分はここで死ぬ。未来で起きる戦争も。後を残して苦難するだろうクーやコーテを残すことにも心残りがある。

しかし、今、ここでこの男を倒さない限り、自分達に未来は無い。

 

「にー様!離れて!」

 

男とカモ君が悶着している間にクーの魔法の詠唱は完成していた。

クーが天に向かって掲げた手の先には炎の大剣が出現していた。以前、カモ君に向かって放たれた火の魔法。レベル3。上級魔法であり、カモ君達が持ち得る最大威力を持つ炎の大剣。

いくら、チート武装の四天の鎧でも、今は弱点の風属性。攻撃は必ず通る。

カモ君は相手が四天の鎧を纏っている事を知ってからずっとこの状況を狙っていた。

 

「構うな!俺ごと撃て!」

 

「し、死ぬ気か。てめぇっ!」

 

男も今の状況で焦り始めた。女に言われていた事態になっていたからだ。

 

『少ない可能性だけど先に言っておくわ。障壁を展開している間。特に風を纏っている時に火の魔法は受けない事。火は全魔法の中で攻撃力は高い上に、風の障壁はそれを増幅させる』

 

水の障壁なら、弱点の土の魔法の緩衝材くらいにはなる。土の壁は文字通り風の刃の壁になる。火の障壁なら風の攻撃を巻き上げる事が出来る。

だが、風だけは駄目だ。風は火のエサにしかならない。

今の状況で火の魔法。しかも高威力の魔法を受ければただでは済まない。勿論防具を何一つつけていないカモ君もただでは済まない。それこそ死ぬ恐れがある。

それをなんとなく感じ取ったからこそクーに躊躇いが生まれる。カモ君がしがみついている間に撃てないでいた。

 

「今しかないんだ!撃つんだ!クー!」

 

文字通り血を吐きながら叫ぶカモ君を引きはがそうと暴れる男。彼も必死だ。今、自分と心中しようとしている。初めて感じる自分の死の危険を引きはがそうとしていた。

 

「やめろ!撃てばお前も死ぬんだぞ!」

 

カモ君を引きはがそうと男は暴れる。その効果はあり、徐々に自分にしがみつく力が弱まっている。だが、離れない。カモ君は離さなかった。

 

「撃てぇええっ!クゥウウウウッ!!」

 

「あ、ああああっ。フレイム・カリバァアアアアアッ!!」

 

「ち、ちくしょうがぁああああああっ!!」

 

カモ君の必死の思いを受けたクーは躊躇いながらも魔法を放った。

暴風の障壁の奥から迫ってくる炎の大剣は、その障壁に突き刺さると、その刀身の大きさを増して男の身に着けている鎧に突き刺さった。

 



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第十話 漫画のように、ゲームのように

カモ君必死の足止めにより、クーの火の魔法がチート鎧に突き刺さる。

火の魔法の大剣。その切っ先は音を立てながら、男としがみついているカモ君をじりじりと後退させていく。

男の装備している四天の鎧レプリカは物理耐性だけでなく、魔法の効果も軽減させる効果も持つ。だが、その魔法耐性は弱点補正によってほぼ失っていた。今も火の大剣の切っ先が鎧を砕いていない事はそこに起因していた。

 

「お、おおお、おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 

男は背中にしがみついているカモ君を無視して今も自分を貫かんとしている火の大剣の刀身を、両手で掴んだ。

と、同時に鎧の防御機能である風の障壁は水の障壁と切り替わった。その障壁は男の肘の先から厚さ三十センチの水壁を形成した。

全方位からくる魔法に対しては装備者を包み込む水球だったが、今回は一方向からくる魔法に対しての障壁だろう。

火の剣を消火しようとしているのか見た目以上の密度の水の壁が、その壁をグツグツと煮立ちながらも火の剣の輝きを奪っていく。

 

このまま、消火してしまえば勝つ。

 

男がそう思った瞬間に彼等を中心に大爆発が起きた。

 

水蒸気爆発。

 

見た目こそ壁に剣を突き立てた光景だったが、その水の壁は高密度・大容量の水があった。その火の剣は辺り一帯を燃やし尽くすほどの熱量を持っていた。

それらがぶつかった瞬間に、大量の水は蒸発。そこから火の大剣で急激に暖められたそれらは爆発した。

爆心地は砂煙が立ち上り、打ち上げられた熱湯が雨となって辺り一帯に降り注いだ。

その熱い雨で砂埃が収まっていく。その向こう側に誰かが立っている影があった。

 

「にー様!」

 

クーはその影に向かって声をかける。

しかし、影はそれに応えない。応える必要が無いから。

 

「…くそが。クソが、クソがあああああああっ!!死ぬかと思ったぞ。この俺様が死ぬかと思ったぞぉおおおおおっ!!」

 

そこには顔のあちこちを火傷で作った自分達を襲っていた男が立っていた。

男の装備している鎧から大量の熱を吐き出すように湯気が立ち上っていた。そして、その鎧にへばりつくようにもたれかかっているカモ君の姿があった。

カモ君の意識は無い。それどころか自分の盾になっていたような男に比べ明らかに火傷の面積は大きい。男の首に回すように回していた右腕のひじから先が黒焦げだった。

カモ君は四天の鎧を装備していなかった。その為、火の大剣のダメージを男より大きく受けていた。ほぼ無防備で受けていたに近い。だからだろう。その黒焦げの右腕は。

 

ボトリと音を立てて千切れ、地面に落ちた。

 

その音を聞いたのは男だけでなく、少し離れたクー。遠くで見ていたコーテの耳にも届いた。

 

「あ、ああっ。まだへばりついていやがったのか!くそがっ!」

 

男は自分にへばりついていたカモ君の頭を掴んでクーに向かって投げ捨てた。

クーの足元に転がされたカモ君の状態はあまりにも酷い状態だった。

身に着けていた衣服は全て燃え尽き、その下にあった肌は全身赤くただれていた。顔の部分は頭頂部から左耳の下に向けて赤を過ぎて、焼死体のような紫色になっていた。

 

「あ、あああ。あああああああああああああああっっっ!!」

 

クーは息をしているかどうかも分からない自分の兄の状態を見て、地面に膝をつき、崩れ落ちる。

涙はこぼれ落ち、カモ君の顔に落ちる。その涙すらも熱さの所為で、辺りに降り注いでいる熱湯と共に蒸発したかのようにも見えた。

 

「は。ははは。ははははははははははっ!死にやがった!死にやがった!ざまあないなっ!味方の攻撃で死にやがった!踏み台のくせに、舐めた真似をするからだ!はははははっ!」

 

男は大笑いをした。大した実力もないのに歯向かった愚者。圧倒的な力も持たない弱者。そして味方に殺された不幸な人間。

それがコイツだ。カモ君だ。踏み台だ。今まで癪に障る行動をしていた輩だが、今こうして、やられた不幸者。

出来る事なら自分の手で仕留めたかったが、こうやって自分の弟に殺されるという結果も笑える。

あとは、目の前で泣き崩れているクーを殺して、コーテを犯す。

クーの魔法は強力だが、四天の鎧レプリカの障壁で相殺できる。仮に同時に魔法を撃ちこんでも弱点属性を撃ちこんでくることは無い。

 

「はぁ~。笑った。久しぶりにここまで笑わせてもらった。まさか無駄死になんてなぁ。しかも大事な弟様に殺されるなんてなぁっ。はーはっはっはっはっ」

 

その言葉に涙を流しながら顔を上げて、魔法を発動させる際に発生する魔力の波を辺りに撒き散らすクー。

その右手からは赤を通り越して白く光り輝く。膨大な魔力を感じさせる波動だがそれを見ても男は笑みを消さない。

魔法は詠唱しなければ発動しない。ノーキャストという詠唱無しでも放てる技能もあるが、あれは高レベルの魔法使いか、自分のように四天の鎧レプリカの恩恵でレベルを底上げするなどしなければ使えない。

クーはそのどれにも当てはまらない。詠唱を開始した瞬間に一気に駆け寄りその頭を吹き飛ばす。はずだった。

 

クーはまだ詠唱をしていない。それなのに四天の鎧の水の障壁が展開された。先程と同じ光景。だが、クーから感じられるプレッシャーが大きくなった事にようやく気が付いた。それが遅すぎた。

 

「あああああああああああああ!!!!!」

 

クーは叫びと共に右手を前に突き出すとそこから赤ではない白。炎というには実直すぎる光の奔流が放たれた。

そこに含まれた魔力・威力・速さ。全てが先程の火の大剣よりも上だった。

その光は水の障壁をいとも簡単に突き破り男の鎧に突き刺さる。大剣よりも深く、熱く、そこから亀裂が奔り、熱が侵食していく。

 

「な、なぁああああっ?!ふざけんな!怒りでレベルアップなんてそんなマンガみたいなことがあってたまるか!」

 

先程の火の大剣のように掴み取ろうとしたが、白の光の勢いがそれを弾く。

威力が段違いだ。だが、どうしてこんなに威力があるのか。詠唱はいつしたのか。そもそもこんな魔法が急に使えるのか。

男はイラつきと怒りでどうにかなりそうになりながらもクーを睨みつける。そのクーの下に横たわるカモ君に目が留まる。

 

クーの攻撃で戦闘不能になったカモ君の姿があった。

 

「あ、あああっ。あああああああああああああっ!?レベルアップしたっていうのか!踏み台を、カモ野郎を殺してレベルアップしたっていうのかぁああああああっ!!!」

 

主人公ではない。主人公と共に戦うキャラでもない。

結果的に兄を倒しただけだったモブキャラだった。

だが、その踏み台は極上だった。

その恩恵はチート鎧に並ぶほどの効果だった。

 

クーはカモ君を倒したことにより、詠唱無しで魔法を放つノーキャストという技術を。そして、火の特級魔法。レベル4。イフリートキャノンと呼ばれる大軍殲滅を目的とした超魔法を放てるまでにレベルアップした。

 

ガァン!

 

まるでドラム缶が叩き飛ばされたような音を立てて、男はクーの魔法に呑みこまれることなく、打ち上げられた。

あのままなら白い光は地平線の向こうまで伸びていき、消えていった。その光に男は胴体を焼き尽くされて、首と四肢を残して死ぬはずだった。

コーテを押さえつけていたライムと呼ばれる女の助力が無ければ。女が男とクーの魔法を少しずらさなければ男を倒すことが出来た。

男が地面に打ち付けられる近くにいつの間にか移動していたライムの顔色はクーという強大な脅威を前にしても笑顔を崩していなかった。

 

「やっぱり。彼がカモ君であっているみたいね」

 

その隣に打ち付けられた男は咳き込みながら女を睨みつける。

 

「おいっ!援護が遅いぞ!」

 

「私は戦闘員じゃないの。戦うのは貴方の仕事でしょ」

 

コーテはさっきまで自分に杖を押し付けていたライムが一瞬で移動したことに驚いたが、すぐにカモ君の傍に駆け寄る。

遠目に見ても彼の生死はわからない。だが生きているのなら早急に回復魔法をかけないといけない。

クーも先程の魔法を撃って魔力が切れたのか肩で息をしている。今魔法が使えるのは自分だけ。戦えるのも自分だけなのだ。

 

「ふんっ。まあいい。後は俺のターンだ」

 

「…ふーん。その状態で?」

 

男がにやつきながら立ち上がる。と、同時に男が着込んでいた四天の鎧レプリカが音を立てて崩れ落ちていった。

純白の装甲も。宝玉もバラバラになって男の足元に転がり落ちた。

チート鎧は男を守り抜いてその寿命を使い切ったかのように地面に転がった。それを見て男は目を見開く。

自分を守ってくれていた。自分を強化してくれた鎧が崩れ落ちたことに今まで保っていた自信に揺らぎが生じた。

カモ君達の方を見ると、そこには未だに怒りに燃えているクーの瞳。そして、再びその右手に白い光が発生している事に恐怖した。

 

「て、撤退だ!撤退するぞ!」

 

今、再びクーの魔法を受ければ今度こそ死ぬ。

そう確信したからこそ、圧倒的な優位を失った男は及び腰になり、女に逃げだす事に躊躇いは無かった。

 

「はぁ。確かに潮時ね」

 

ライムはため息をつきながらその豪勢な杖を振るうとその周囲が波打った水面のように揺れる。そして、一秒もたたずに風景に溶けて消えていった。

そこに男もライムも最初からいなかったように不自然な静けさが残った。

 

「エミール!」

 

謎は沢山ある。

ライムという認識しにくい女。

襲ってきた男の異常な戦闘能力。

自分達を襲ってきた理由。

シャイニング・サーガという単語。

ばら撒いていった謎は沢山ある。

でも、それらを押しのけてやるべきことはわかっている。

 

「クー!あそこに落ちている私の杖を急いで取ってきて!」

 

コーテは回復魔法をカモ君にかける。

焼け石に水と言わんばかりに、その受けた傷を回復させるその水色の光は弾かれるようにカモ君の体から蒸気を上げていく。

クーに回復魔法は使えない。コーテに言われたとおりにコーテの水の軍杖を拾い、彼女に渡す。

これで回復の効果は底上げできる。それでもカモ君の容態は変わらない。

ピクリとも動かないカモ君の喉と胸。

力無く開いた瞼と光の灯っていない瞳孔。

 

まるで死んでしまったような

 

考えるな。それだけは考えるな。

回復魔法を途切れさせるな。魔力を注ぎ込め。命を削っても彼の命を繋ぎ留めろ。

彼に尋ねたい事。やりたい事。何も出来ていない。

彼は血を吐きながら戦った。文字通り粉骨砕身で戦った。

彼を支えるのは自分の役目だ。癒すことが自分の役目だ。

 

だから、目を覚ませ!死ぬな!死ぬな!死ぬな!

 

遠くから衛兵達の声が聞こえる。ローアと冒険者達の喧騒が聞こえる。

しかし、そのどれもがコーテには騒音にしか聞こえなかった。

 

彼を癒せるものしかいらない。

彼を助ける言葉しかいらない。

彼を助けられない自分の命なんていらない。

 

自分に出せるだけの魔力を放出する。それこそ湯水のように使う。それでも彼は目を覚まさない。

力が足りない。自分の側に駆け寄ったローアが回復ポーションを振りかけ、ルーナも自分に続いて回復魔法をかける。だけど足りない。それが分かる。分かってしまう。

コーテはカモ君から視線を外し、駆け寄ってきた衛兵。冒険者達に目を配るが駄目。誰も回復魔法をかけられそうにない。

涙で視界が揺らいだのか。それとも魔力を放出しすぎたのか視界が揺らぐ。意識が遠のきそうになる。

 

駄目だ。倒れるな。まだ彼が目を覚ましていない。

 

初めて居もしない神に祈った。ありもしない悪魔に願った。

彼を助けてくれと。むこうに連れて行かないでと。

 

そんな想いに誰かが応えることは無かった。

 

だけど、

 

地面に落ちていたチートの欠片がそれに応えるように光っていた。

 



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第十一話 柱にするか海賊にするか、それが問題だ。

目を開くと何度も見ている実家の天井が写りこんだ。

指一本動かせないのに、体中が焼け付くように痛い。喉は砂鉄を塗りこまれたかのようにざらつき、声もかすれていて、まるで老人のように弱々しい声にカモ君は意識を失う前の事を思い出していた。

 

死ぬかと思った。

いや、今回ばかりは本気で駄目かと思った。

 

何せ、ワンパンチでこちらを沈めきれる膂力を持った輩に何度も痛めつけられ、

その魔法の威力では絶対に勝てない弟の全力を、人壁越しに受けたのだ。

物理、魔法共に致死レベルの攻撃を受けて生きているのが奇跡とも言ってもいい。

視界半分は包帯を巻かれているから見えない上に、両腕の感触が無い。右足は大工道具の鑢でゴリゴリ削られているかのように痛む。残っていた左足も体の前面同様にひりひりして痛い。背中もまるで尖った重石を載せられているように時折鋭い痛みを発する。

満身創痍とはまさにこの事。

カモ君は唯一まともに動く右目の視界で見える範囲を捜索したが天井しか見ることが出来ない。

首を動かせば痛むし、連動して背中や全身が痛む。声だってかすれた声しか出ないのだ。

そのかすれた声を漏らしながらも涙目になりながら水魔法の詠唱を行い、時折咳き込みながらも何とか魔法を行使する。

だが、全身を回復させようと魔法をかけるとそれを拒絶するように全身が痛みで悲鳴を上げた。

カモ君も悲鳴を上げた。声というには余りに小さく、ため息に近いその声はカモ君の視界の外で待機していた従者のルーシーに届いた。

 

「え、エミール様っ。お目覚めになられたのですねっ」

 

此方を覗き込むようにエミールの様子をうかがったルーシーに瞼の開閉だけで答えたカモ君。

 

正直ね、ルーシーがこちらの顔を覗き込む際に寝かされているだろうベッドに触れた衝撃で泣き叫ぶほどの痛みが襲ったのだが、その元気も体力もないカモ君はパチパチと瞬きだけで答えた。

 

鎮痛剤が欲しい。もしくは回復魔法かポーションをかけて欲しい。

まあ、こうやって自分が助かっているという事はあの襲ってきた男は撃退して、自分は可能な限りの処置を受けたのだろう。それに一安心したカモ君。

一日の間に回復できる容態は回復魔法のレベルやポーションの性能で上限がある。

レベル2までの回復魔法しか使えない自分とルーナ。レベル1ながらも水の軍杖と回復技能でそれ以上の回復効果をもたらすコーテ。

領主なら必ずと言ってもいい程自室に用意している高級ポーションを使ってここまで回復させてくれたのだろう。

ほぼ死んでいる状態の自分にどれだけの労力が注がれたのか分からないが、かなり大変だったに違いない。

ルーシーが屋敷中に響くほどの大声を上げて医者とクー。ローアといった男性陣を呼び出すために部屋を出て行った。

ルーシーに代わってカモ君の顔を覗き込んだのは目の下に深い隈を作ったコーテとルーナの顔だった。自分が気を失う前より痩せこけたと思うほど二人の顔に生気は感じられなかった。

 

「…エミール」「…にぃに」

 

少し待とうか。

確かに多大な迷惑はかけましたが、今の俺は全身が過敏に反応するほどの重体だ。

だから、その広げた腕は降ろそうか。今抱き付かれようものなら激痛が再び全身を襲い、そのショックでまた気絶する。下手したら死ぬ。

だから、来るなよ。来るなよ。

…いいよ、こいよ。なんて絶対に思っていないからな!振りじゃないからな!

 

「エミール!」「にぃに!」

 

にぎゃあああああああ!!!

 

愛しの女子たちの抱擁(からくる激痛)を受けてカモ君は再び気を失うのであった。

 

 

 

再びカモ君の意識が覚醒したのはそれから六時間後の事だった。

あの後も回復魔法とポーションの投与が続いたおかげで体の痛みはある程度引き、身動きできないベッドの上でとはいえ、会話できるまでには回復した。

彼のベッドには領主代理のローア。コーテとルーナが今も心配そうにこちらを覗き込んできている。

正体不明の男女からの襲撃から丸一週間後の事だった。

ローアの指示の元、モカ領には厳戒態勢が敷かれ、王都にこの事を記した伝書鳩を飛ばした。その中にはセーテ侯爵家。ミカエリ個人にも連絡を入れている。

 

それはコーテの思惑で自分達が知る中で一番力になってくれそうな知人が彼女だったからだ。現に伝書鳩で送られた手紙と共に付属していた小さな薬瓶。その中にあった回復薬でカモ君は意識を取り戻したのだ。

だが、一番の回復効果があったのはその薬ではなく、コーテの回復魔法だ。

 

男が装備していた四天の鎧レプリカ。それに使われた青色の宝玉の欠片。砕け、欠片になったそれはコーテの水属性の魔法性能を上げる増幅器になった。

それは水の軍杖よりも強力なマジックアイテムであった。

 

それだけではない。

 

男を撃退した時に破壊したその鎧の残骸はマジックアイテムの山だった。

砕けた鎧の殆どはミスリルという魔法金属が主体だった。青以外の宝玉の欠片も回収したが、欠片というには粉々の状態でコーテが使った欠片のように効果がある物では無かった。

ただ何かの触媒に使えそうだと思い、回収した。

あの死闘の中にも得られるものがあったのかと感心したカモ君。

腕や足、腰から背中にかけて骨にひびが入り、内臓を痛めたが、このまま回復魔法とポーション漬けの生活を送れば何とか一ヶ月で治るだろう。

 

だが失う物のほうが大きかった。

 

まずカモ君の左顔面。失明こそ免れたが頭頂部から左耳の下にかけて酷い火傷の跡が残った。それは遠目から見ても分かるほど、皮膚の色が焼けただれていた。この火傷はレベル4。下手したら5の王級の回復魔法でないと癒せないのかもしれない。

そして何より、カモ君の右腕。肘の先からは完全に消失し、失われていた。もうどんな回復魔法を受けても戻せる状態ではない。

カモ君のような格闘戦を主においている戦士なら、その損失の大きさがのしかかる。

戦闘能力は極端に低下。魔法使いどころか一般人として生活していくことにも支障が出るだろう。

 

それを理解しているのかね?と、ローアが尋ねるがカモ君は理解している。

自分の右腕が無い事には彼と話し合いをする前から気が付いていた。さすがに気が付いた時には気が動転して、

 

『HEEEEEYYYY!あぁあんまりだぁああああっ!』

 

と、内心では泣き叫んでいた。それだけの体力も気力もないので、見た目は小さく苦笑するだけに留まったが。

むしろあれだけの脅威に対して被害がこれだけなら何とか状況も受け止められる。

だから、

 

「こっちに来いよ。クー」

 

カモ君はずっと部屋に入ろうとせずに部屋の外からこちらを伺っていたクーに声をかける。

クーの顔色も悪かった。コーテ達同様に目の下には深い隈を作り、元気のない顔をしていた。それを吹き飛ばすようにカモ君は出来るだけ陽気な声をかける。

彼に言われてうつむきがちに入って来たクー。きっと右腕を失った原因が自分にあるのだと心の中で責めているのだろう。誰もそんな事は思っていない。あの状況では誰も文句は言えなかった。腕を失ったカモ君自身がそうなのだから。

 

「…本当。強くなったな。クー。…もう兄ちゃんじゃ相手にならないな」

 

「…そんな事、ないです。にー様が、あいつを足止めしてくれたから、勝てたんです」

 

兄の威厳すら捨ててクーを褒める。

自分の攻撃では足止めが精一杯だった。そんな相手を撤退に追い込んだのはクーの鍛錬のおかげだ。それはここに居る全員が知っている。

だけど、誰も自分を責める事が無い事が嫌だった。クーは自分で自分が許せなかったのだ。

怒って欲しかった。怨んでほしかった。だけど、カモ君は責めなかった。

 

「お前がいてくれなかったら俺達はやられていた。お前の魔法が俺達を救ったんだ」

 

「…だけど、だけど、にー様。にー様の腕がっ!」

 

ああ、この愛しい弟は勘違いしているのだろう。それを正すのが、兄の役目だ。

 

「腕一本でお前達を助けきれるなら安いもんだ」

 

この先の未来。クーやコーテ達の未来の安定が約束されるのならカモ君は残った腕も足も失くしたって構わない。

そう思うほどカモ君は彼等を愛している。

 

「う、ううぅ~」

 

涙をぽろぽろ零しながら俯くクーを優しく見守ったカモ君は強がりを言った。

右腕代わりの当てがあるのだと。元気づけようとした。それでも心残りになるのなら。

 

「次、俺がピンチの時は助けてくれよ。それでチャラだ」

 

カモ君の困難はまだ始まったばかり状態だ。

シュージを鍛え、シルヴァーナの修復を手伝い、この先の戦争に備える。

そう始まったばかりなのだ。

まだ準備段階だと言うのにこのまま立ち止まってはいられない。この先の未来の為にカモ君はまだ戦わなければならない。

その事を今はまだ誰にも伝えられないカモ君。そんな彼の回復しきっていない体力が底を尽いたのか強烈な眠気に襲われた。このまま眠ってしまうとまた心配かけてしまうから、この場にいる全員に聞こえるようにしっかりした声で言って眠りに落ちた。

 

「また、明日な」

 

 

 

カモ君が再び眠った事を確認した後、ローア達はこれからの事を話しあった。

カモ君曰く、魔法学園にいる教師に右腕の代わりになりそうなものを用意できそうな人がいるという事。その為にも自分達は魔法学園に戻らなければならない。

容態は安定しているがまだ回復しきっていないカモ君を戻すわけにはいかないので一ヶ月は学園側に休学願いを出さなければならない。

次に魔法学園に通いながらオリハルコンの探索の為の準備も整えなければならない。

と、そこまでローア達の話した事だ。

 

だが、コーテの中にはまだカモ君に聞きたいことが沢山ある。

彼の目指している物は何なのか?何でこうまでして命を投げ出せるのか?

どうして迫りくる危機に逃げ出さず飛び込んでいくのか?

全てはあのライムの言った自分が知らないカモ君の秘密にあるのではないだろうか。

彼からは話してくれるのを待っていたが、もうそんな事も言っていられない。

体調が回復次第、何が何でも聞きだすつもりだ。

もう自分が知らない事で彼が傷つくのを見るのはごめんだから。

 

エミール。貴方には全てを話してもらう。

 

静かに眠っているカモ君を刺激しないように優しく彼の頬を撫でながらコーテは決意するのであった。

 



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断章 代償と対価

カモ君達を襲撃したその日のうちにライムはネーナ王国。王への謁見の間で、王とその重鎮達が集まる報告を行った。

 

カモ君の踏み台の効果。『自分を倒した者のレベルを上げる』という特性を確認したという事。

 

良い報告はここまで。

次に悪い報告をする。

 

カモ君の右腕を焼き切ると言った重体に追い込みはしたものの生死までは確認できていない。

彼の弟。幼少とはいえ、既に特級レベルの火の魔法が扱えるようになった。このまま成長していけば最大レベル5の王級の魔法使いが生まれるかもしれない。

次に四天の鎧レプリカが壊されたこと。これを作るには莫大な資金と資材。そして人脈を使ってきた。それを破壊した事は痛手だ。

その残骸をリーラン王国が利用しないはずがない。鎧の大部分であるミスリルを失う事よりもその主性能である魔法に対して障壁を貼る四つの宝玉のレプリカ。

このレプリカを作る事にも莫大な資産などが投じられたが、このレプリカとなる元来の宝玉が無ければ作れない。そして、宝玉の持ち主はリーラン王国の一公爵家が持っていた。

それが敵国の元にある。つまり、こちらに寝返ったスパイという事だ。それが今回の一件で露見するかもしれない。

特にセーテ侯爵家の人間にばれる可能性が高い。

戦闘力だけでなく、技術力も飛びぬけている。こちらが回収し損ねた残骸から宝玉の一件を見抜く可能性が高い。

それらを周りの重鎮達が非難してくる。

 

リーラン王国からネーナ王国側に寝返らせたこと。宝玉のレプリカを作り上げた事。四天の鎧レプリカを作り上げた功績を上げた時は、小娘が。と、ねちねちと小言を言い、今回のように明らかな失態をすれば声を荒げて、鬼の首を取ったかのように騒ぐ輩達。

長年。何世代も仕えてきた自分達こそがこの国の王を守る剣であり、盾であると。礎だと。

騒ぎ立てる様を冷たい視線で玉座から見下げるネーナ国王。

 

「控えろ。王の御前である」

 

 

王の隣に控えていたネーナ王国の将軍が重鎮達を黙らせる。

 

建国時代からネーナ王国に仕えてきたこの国の将軍であり、公爵家。なにより、この国で王の次に強い戦士であり、魔法使い。

シャイニング・サーガというゲームではラスボスの次に強いと言う設定だった将軍は、目の前で報告をしている女。ライムの助言をこの国全員の兵達に通達。この数年で彼等のレベルは数段上がった。

新兵が小隊長レベルに。小隊長は将軍レベルに。そして、将軍は国を滅ぼすドラゴンレベルへと強化された。

そして、装備品も強化された。もはや、この国の軍隊を止めるのはドラゴンの群れくらいだろう。だが、それでも。

 

この世界の主人公には勝てない。

 

主人公は一人で、この国の軍隊を。将軍を。王を。ドラゴンを淘汰することが出来る可能性を秘めている。だが、その一因を要しているカモ君を叩きのめした。たとえ、生きていてもすぐには主人公を鍛えることはできないだろう。

 

そんな主人公らしき人間が二人いる。

シュージとキィ。この二人のうちの誰かがネーナ王国最大の敵。その対策として王が出した次の策。

 

「王子と姫のリーラン魔法学園の編入は完了しています」

 

先程まで騒いでいた重鎮の一人が誇るように報告をした。

最大の敵。リーラン王国の『担い手』。しかし、味方に引き込めばこれほど心強い存在はない。

最初、王もライムの言う世迷言を信じたわけではない。

しかし、密偵を放ち、彼の国の魔法学園に入学した庶民の事を調べさせて確信した。

 

この世界には主人公という物が存在していると。

 

しかし、この事は王とライムしか知らない事だ。他の重鎮にばれれば反逆や謀反の旗頭にされかねない。彼等には将来、有望な庶民を引き入れると言う青田買いと言っている。

はっきり言って、この国の王子・姫は十人以上いる。その中の一人や二人失ってもこの国には余り痛手ではない。

王子・姫とだけあって、容姿も整っており、教育も進んでいる。

王位継承権も低いが、引き込めたらそれも上位へと押し上げると伝え、やる気も起こしている。

 

リーラン王国の『剣』を折り、『鎧』を奪い、『踏み台』を叩きのめした。

そして『担い手』を引き抜く。

 

打てる手は打つ。

ライムの助言のおかげで、王は二年半後に起こすつもりだった戦争は最短で半年後になった。『担い手』を引き抜けばリーラン王国に勝ち目はない。

 

報告を終えたライムは王に一礼して、謁見の間を出ていく。

彼女にはまだやるべきことがある。

リーラン王国。シャイニング・サーガの主人公専用の強アイテム。常夜の外套。

見た目は黒いトレンチコートだが、これを装備しているだけで闇魔法への耐性が上がり、体力と魔力を常時回復の効果を持つ。

 

シルヴァーナ。四天の鎧。常夜の外套。

 

この三つを装備した主人公は全ての魔法に対して耐性を持つ上に、殆どの状態異常を無効化。全ステータスの上昇補正・回復効果があり、人の形をした上位ドラゴンになる。

その常夜の外套は上手くいけば魔法学園へ編入できた王子・姫が入手できるだろう。

 

「あとは、…まあ、どうでもいいか」

 

ダサい。格好悪いと言って四天の鎧レプリカの上にミスリルで出来たフルフェイスの兜をつけなかったあの男。あれさえつけていれば、カモ君に無駄に抵抗される事も無く、完璧に叩きのめせたのに。

こちらの実験でエレメンタルマスターになったあの馬鹿な男。

国を揺るがすかもしれない失態をした罰として課せられたのはこの国の兵達のサンドバック。

男がレベルアップやエレメンタルマスターになる為に犠牲にしてきたこの国の兵達の怨恨を晴らすには丁度いい罰だろう。

今頃、この軍隊の修練所の奥で、剣で斬られ、魔法で穿たれ、今頃肉のサンドバックになっているだろう。

エレメンタルマスターはカモ君のように高級な経験値タンクかと思いきや、得られる経験値は思ったより少ない。

 

あの時、カモ君を倒してしまったクーが急激なレベルアップした。元の土台がよかったのか、それともカモ君が上質な経験値タンクだったのか。

 

「カモ君もゲームとは全然違う体型だった。ということは彼も転生者?」

 

ライムは原作とは違いすぎるカモ君を思い出していた。

彼の実父は鉱山送り。母親は引きこもりと原作通り落ちぶれている。だが、彼の周りの人間は強キャラばかり。

クーは特級魔法使い。コーテというスポンサー。セーテ侯爵というチート人間の巣窟。

主人公張りに人脈だけはあるカモ君。

もし彼を引き込めたら、この国の未来は盤石だったろう。

 

「生きていたら、あの男の代わりになったのに」

 

もう物言わぬ肉袋になっているだろう男の名前どころか、顔すらも忘れた彼女はため息交じりに自分の研究所に戻って行った。

 



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カモどん、コメ100%
序章 モカ邸。思えば遠くに来たものだ


魔法学園二学期が始まって一ヶ月が過ぎようとしていた頃。

シュージは友人のカモ君が未だに登校しない事に不安を覚えていた。

武闘大会が終わって数日の間、魔法学園で短期のダンジョン攻略のアルバイトをこなしたシュージはその事をカモ君に話したかった。

そのダンジョンは比較的に浅く、初等部一年生である自分やキィでも参加できるダンジョン攻略だったが、そこでシュージは魔法金属ミスリルで出来た短剣を入手した。キィは銅の手鏡といったあまり価値のないアイテムだった。

その短剣は護身用として隠すように腰に装着している。これをカモ君に見せて自分の冒険譚を話そうと思っていた。

だが、それでもカモ君は戻ってこない。何かあったのか?あの武闘大会の傷が悪化したのか?それとも領主であるギネとまた何かあったのか?不安が尽きない。

キィもカモ君が登校してこないに心配していた。彼女の場合、カモ君の持つアイテムと彼がもたらす経験値が手に入らなくなるのではという心配だが。

 

「ねぇ、聞きました?あのカモ領?の戦士崩れの魔法使いが戻って来たらしいわよ」

 

「聞いた。聞いた。何でも今は職員室にいるんでしょ。ダンジョン発生にお家騒動。それで大怪我して休んでいたんでしょ」

 

「回復魔法もポーションもあるのに今まで休んでいたって、どれだけの怪我をしたんだよ」

 

「病気だったんじゃない。なんでも彼。彼の婚約者もそうだけど、あちこちのダンジョンに何度も目撃されているっていうじゃない。怖いわぁ」

 

シュージの思惑に応えるように、昼休みの教室でカモ君の話をしている貴族の男女グループを彼は発見した。

彼等とははっきり言って折り合いは悪い。

平民だから。貴族だからとないがしろにされることが多い。何も彼等だけではない。この魔法学園の半分以上の生徒はそのような態度を取る。

シュージやカモ君の決闘を観戦した者。共にダンジョン攻略のアルバイトに出た生徒達ならそのような態度はとらない。つまりシュージ達の事を良く知らない輩の印象は悪かった。

そんな彼等に詳しく話を尋ねようとしたが、躊躇いが出た。

普段は真っ直ぐな性格をしているシュージだが、ここで大きく出れば彼等からの印象をまた悪くしてしまうのではという予感があったために、足が止まる。が、止めない人間もいた。

 

「ちょっとっ。カモ君。じゃなかった。モカ子爵の事を話していたわよねっ。そうよねっ」

 

幼馴染のキィである。

ついアルバイトと評したダンジョン攻略で懐が温かくなっていた彼女は、昼食にデザートをつけたいがカモ君がいなくなったとなれば、それがこの先出来なくなってしまう焦りがあった。

そして、焦りがある人間に躊躇いは無い。

キィはカモ君の情報を聞き出そうとシュージの横を通り過ぎて貴族グループに詰め寄る。

 

「な、なんだ。平民のくせに馴れ馴れしく話しかけるな」

 

「あ、そう。じゃあ自分の目で確かめに行くわ。行くわよ、シュージ」

 

話すつもりが無いとわかるとすぐにキィは彼等から離れ、シュージの手を引いて教室を出る。行先は職員室だ。

キィは我儘な性格だ。自分に利になる事には積極的に。害になる物なら排他的になる。

あの貴族グループにどう思われようと、所詮モブだし、得もしないのなら関係ない。

だが、その行動はシュージから見れば魅力的に映っていた。

自分がやりたい事に真っ直ぐなキィの背中に動かされたことが沢山あるシュージはキィに連れられて職員室に着くころには表情は緩んでいた。

 

「では、午後から授業に戻ります」

 

「失礼しました」

 

職員室の扉から見知った人が見えた。彼女はカモ君と一緒に休暇延長していたコーテ。そして、彼女の後に続いて職員室から出てきた大柄の人物。キィとシュージが安否を確かめたかった人物。カモ君の姿を見つけた。

彼に声をかけようとした二人だが、カモ君の風体に出かかった声が詰まった。

まず、カモ君の顔。左目を中心に酷い火傷の跡があり、そこから明らかに普通じゃない何かがあったことを思わせる雰囲気があった。

そして彼の体の右側。そこにあったはずの右手は無かった。

いつもは筋肉で厚みを帯びている長袖の制服。それが彼の右肘から先は千切れたかのように揺らめいていた。

 

「…え、エミール。その顔。腕は」

 

あのマイペースなキィですら声をかける事を躊躇うほど、カモ君の風体は変化していた。

あの武闘大会の後、何があったのか聞かずにはいられない。ただ事ではない事が起きたのは間違いない。

 

「…シュージか。どうだ、男前になっただろ?」

 

カモ君はシュージに冗談を言い放ちながらも、その表情からは哀愁の色を隠せないでいた。

彼にとって、これまでの人生最大の騒動が起こったのだから。

 



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第一話 カモ兄貴、瀕死な日々

カモ君が謎の二人組に襲われ、大火傷と複雑骨折という重体になって二週間が経過した頃。

代理領主のローアが王国に救援に応じてやって来た三十名ほどのリーラン王国の兵。そして、コーテの手紙を受けてやって来たミカエリの使いを名乗る人間がカモ君達の前にやって来た。

 

王国兵達はモカ領の警邏を領内の衛兵達と共に行い、次期領主であるクーが正当な領主になるまで護衛を務める。これはローアからの報告の確証を得るために送られた兵でもある。

これは王族の指示であり、既にレベル4。常人の壁を打ち破った。特級魔法使いとなったクーの確保の為である。

彼が何らかの理由で誘拐や死亡したり、他国に亡命したりしない為の監視の役割もある。

 

カモ君の意識が戻って一週間が過ぎようとした頃に彼等はやって来た時、クーは彼等を罵倒した。

 

どうして、ギネがいなくなった時は来てくれなかった。

どうして、ローアが最初に支援を出した時に来てくれなかった。

どうして、もっと早く来てくれなかった。

来てくれれば、いてくれれば。自分の兄はこんな風にならなかった。

 

子どもらしい。筋が通らない。感情に任せて癇癪。それを諌めたのは車椅子に乗せられたカモ君だった。

 

王国はお家騒動に直接乗り込む事は滅多にない。

兵達もすぐに動けない理由がった。

王国からモカ領までは距離があり過ぎる。

自分が強ければこんな事にはならなかった。

何より。襲ってきたあの二人組が一番悪い。

 

そう言って、わかりやすく、出来るだけ優しい声で諌めるカモ君。

そう言われてしまえばクーは押し黙るしかない。

誰よりも損をして、誰よりも信頼する兄から言われてしまっては何も言い返せないから。

 

王国からの兵。彼等への給金は王国から出るのでモカ領を圧迫することは無い。

既にいるモカ領の衛兵との訓練内容や勤務内容の摺合せといった大人の話し合いをローアとの話し合いを始めた兵長達。

そんな彼等の隣でカモ君達子ども勢の所に、一緒にやって来たミカエリの従者が厳重に封をされている箱を差し出していた。

 

「こちら、ミカエリ様からのお見舞い品です」

 

「あ、これはどうも」

 

だが、カモ君はそれを素直には受け取れなかった。

なにせ、変なオーラが零れだしているから。箱の包み紙が上質なのに、所々が焦げたように黒くなっており、まるで蝋燭の蝋を零したかのように穴が開いている。何故か汚いものを目の前にしたような忌避感を感じさせた。

 

「…どうぞ。鼻を摘まむ物ですが」

 

「…其処はつまらないものですがという物じゃないの?」

 

ルーナが差し出された箱から一歩遠ざかりながら言葉を漏らす。

 

「お受け取りください。最新の治療キットですよ。たぶん。メイビー」

 

「不穏」

 

コーテが目を細めながら差し出された箱を睨む。

従者が差し出してきた箱はカボチャサイズの箱だったが、その存在感で見た目以上の威圧感を感じさせるものだった。

 

「ご安心ください。実験ではうまくいきましたから。一回で」

 

「実験って、もっと数を重ねる物じゃないの?」

 

クーの言う事も最もである。

これにはカモ君も文句は無い。二回目はどうなるかどうか分からない物を試すのには勇気がいる。せめて、十回。いや、五回でいいからサンプルをもっと取ってほしい。

 

「実験体となった囚人もこの効果に泣いておりました。ミカエリ様もたまらず泣いてしまいましたけど」

 

「その涙はどんな感情から来た物なんだ?」

 

治療が上手くいって泣いていたらいいけど、あのミカエリだ。ただ泣いて喜ぶわけじゃない。絶対に裏がある。

 

「治療効果は抜群です。それは確かです」

 

治療以外の効果もあるのか?

しかし、ここで受け取らなければミカエリ。セーテ侯爵家の顔に泥を塗る事になる。それは避けなければならないので諦めたカモ君は従者のプッチスにその箱を受け取るように目で合図した。

プッチスは出来るだけ笑顔を崩さないようにお見舞い品を受け取った。それと一緒にその取扱いについて説明を受けた。

 

換気は必ずする事。

食前・食間・食後の一時間前後は使わない事。

替えの着替えを必ず用意する事。

汗がはねた所は水拭き・乾拭きした後、洗剤などを使って二回は洗浄する事。それらに使った雑巾は燃やして捨てる事。

 

え、なにそれ?バイオでハザート的な何か?

それ使ったら怪我は無くなるけど人間辞めます。なんて、俺は嫌だぞ。

 

カモ君は説明を聞いた時に感じていた不安がさらに増した。

箱を開ける事に躊躇いはあるが、今すぐに確認したい。

幸いな事に今、カモ君達がいる所はモカ邸の玄関の正面であり、屋外である。

更に戦闘が出来る人間が大人数いるからこの箱の中身が万が一に災害(ハザード)を起こすものでも対処できる。カモ君が更に指示をだしてプッチスに中身を確かめるように言い渡す。

恐る恐る包み紙を広げると中にあったのは皮に包まれた箱。更にそれを開けるとガラスの箱に詰められた緑色のネックレスが入っていた。

あしらわれた宝石も緑色。それを繋ぐチェーンも緑色といった配色が馬鹿みたいなネックレス。

カモ君はこれを一度、ミカエリの屋敷で見たことがある。

確か、オークネックレス。

装備すると動きが鈍重になる代わりに巨大な膂力を得る。そして、悪臭が漂う汗をかくと言う人工マジックアイテムのネックレスだ。

ガラスの箱で密封されているはずなのにネックレスは何やら透明で粘着質な液体で満たされていた。しかも満たすだけではなく、今にもあふれ出ようとしているのか、箱のあちこちに亀裂が生じていた。

 

「…くっ。もうこんなにも増えているなんて。これはミカエリ様が改良した物です。多大に問題はありますが治療効果はあります」

 

多大に問題があるのか。そうか~。問題がいっぱいかぁ。

うん。デメリットの効果も教えて欲しいなぁ。いや、教えろ。今すぐに!

 

「良薬は臭う物ですっ。それだけの効果が見込めるので我慢して首からおさげくださいっ。では、私はこれで」

 

失礼します。と、ミカエリの従者が最後の一文を言おうとした時にガラスの箱は決壊した。

この改良を加えたオークネックレスはカモ君が最初に見た時の機能の他に身体の治癒機能が向上すると言う効果が出たのだ。

カモ君同様に大怪我をした囚人でその効果を試したところ、全治三ヶ月はかかると言われた怪我が三日で治ったのだ。

と、ここまでならよかったのだが、問題はここから。

何故かこのネックレス。何も吸収していないにもかかわらず鼻が曲がる程のねばっとした液体を常に分泌するようになったのだ。それに毒性はない。むしろ良薬。高級の回復ポーションの効果をもたらす代物だ。

ただ、臭いから物凄く臭いになっただけ。

四肢を拘束された状態で装着させられた実験囚人はあまりの臭さに涙を零し、嘔吐をしながらフゴフゴと悲痛な声を上げながら体を癒したのだ。

その惨状は隣の檻に入れられた他の囚人達にも伝播し、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたのだ。

具体的に言うなら、カモ君達のように。

 

「臭いっ!?」

 

「プッチスっ。しっかりし、くさ!?」

 

「なにこれ!くっさぁあああい!」

 

あまりの悪臭で嘔吐してしまうほどに臭い液体がモカ邸の玄関先にぶちまけられる。

その爆心地にいたプッチスは嘔吐。モークス。ルーシーといったモカ家に仕えてくれている従者達は昼食に食べた物を口から吐き出していた。

 

「くさっ?!う、うぷっ、ううう」

 

「なんだ?!一体どうした?!て、くさぁああああいっ!」

 

プッチスのすぐ近くにいたクーも最初は堪えていたがあまりの臭さにたまらず嘔吐。さらに少し離れた所で異変に気が付いたローアがこちらを見たが、運悪く風下にいたのでその悪臭に涙を流し、悲鳴を上げながらゲロ。

それらを見ていた王国兵やモカ領の衛兵達も、その悪臭と光景により、もらいゲロをしてしまう。

モカ邸の玄関先はゲロまみれとなり、ゲロを吐いていないのは乙女の矜持を何とか持ちこたえさせているルーナとコーテ。同じくクールな兄貴を自称し、持ちこたえようとしているカモ君の三名だけだった。

この元凶となったネックレスを持ってきたミカエリの従者も容赦なくやられた。

悪臭が漂うだけ。されど酸っぱい惨状になったそれは正しく地獄と言える物だった。

 

おい、ミカエリさんよ。もしかしてこの地獄の創造主となったこのネックレスをつけろって事か?

いくら効果があってもこれはつけたくない。

 

オークネックレスというがこんなに悪臭漂う物、オークを含めたゴブリンやゾンビといった不衛生なモンスターだって近寄らないほどの臭さを放つネックレスだ。

ミカエリ曰く、回復機能をつけたら何故か悪臭の効果が強化されたらしい。そしてこの機能を帳消ししようとするとこのネックレスの効果の全てが無くなるとの事。

 

カモ君はあまりの臭さに涙を浮かべた。これから自分がこれを身につけなければならないのかと悲観した。そのストレスにより、せめてルーナやコーテ。クーに見られない方向を向いて静かに嘔吐した。コーテとルーナも同じように誰にも見られないように背を向けて嘔吐した。

その惨状を片付けるのが王国兵達の初仕事になった。酷い仕打ちである。

 

それからは地獄の日々だった。

 

野戦病棟のようにもモカ邸の隅っこに急遽建設された掘っ建て小屋にカモ君はオークネックレスを装備して隔離された。

掘っ建て小屋が作られた日は悲しい事にクーとルーナの誕生日でもあった。

本来なら御馳走を用意した広間で愛する弟妹達の誕生を祝いながら、幸せ空間を作る予定だった。

が、謎の二人組の所為でカモ君は重体。

その療養の一環でオークネックレスという悪臭漂う両方の所為で隔離される。

そんな寂しい想いをしているカモ君の元に甲斐甲斐しくお世話に来たコーテが、カモ君からオークネックレスを外して声をかけてきた。

 

「今日はあの二人の誕生日だけど何か言いたいことはある?」

 

「その前に悪臭対策が完璧すぎるぞ。コーテ。…泣くぞ」

 

全身を布製の宇宙服のような防護服で固めた出で立ちのコーテ。

これでもかなり対応が軟化したほうだ。

なにせ、その悪臭で涙が出るくらいの代物で、なんとか我慢してカモ君に接触しようとしてきたルーナが、

 

「…にぃに。…(匂いがきつすぎて)気持ち悪い」

 

と、表情を曇らせて、言葉を零した時。あまりのショックにカモ君の鼓動は確実に停止した。ついでに思考も停止した。

しかし、身に着けているネックレスの効果なのか強制的に鼓動と思考が再起動する。

停止前に聞いた、気持ち悪いと言う保護者の中で言われたくない言葉ベスト5にランクインする言葉がカモ君の脳内でリフレインする。

体のダメージと同じくらいの致死性を持つ言葉にカモ君は思わず言葉を失った。

何を言われたか、理解したくないのにネックレスで回復していく体が無理矢理理解させていく。

 

お前は気持ち悪いと言われたんだ。愛する者からそう言われたんだ。認めろよ、お前もわかっているんだろう。そんな薬代わりのネックレスがないといけない体になったんだ。卑しい体になったんだ。

 

そう分からされたカモ君は思わず俯き、(匂いを)嫌がっているルーナを視界から外した。

そんなカモ君とルーナを不憫に思った従者。ルーナと一緒にやって来たプッチスに手を引かれながら、小屋から出て行く姿も見送れなかったカモ君は誰もいない時さめざめと泣いた。

 

ちなみにコーテとクーも見舞いとしてやって来たが、思わず顔を歪め、距離を取る程臭かったカモ君。それもあってか、誰もいなくなると声を押し殺すように彼はまた泣いた。

カモ君がいると祝いの席まで臭くなる。そう自分自身で思った彼は自分の事は放っておいて誕生日を祝っていてほしかった。

今頃、愛する弟妹達は財政難のモカ領とはいえ、いつもより豪華な御馳走を食べているに違いない。自分の事は気にかけているとは思うが、ローアがハント領から送られてきた調味料や珍味として食べられるモンスター肉を用意していると言っていた。

 

自分の事は気にせず楽しんで、ふぐぅ。やっぱ、つれぇわ。

 

「言えたじゃないか」

 

あれ?弱音を知らず知らずに零していた?

そんなカモ君の表情を読み取ったのか目の前の防護服。もとい、コーテはカモ君に言葉をかけながら部屋の換気を行った後、ネックレスから零れ出た軟膏で全身がべたべたしているカモ君の体を持ってきたタオルと自身の魔法で作り出した水で丁寧に拭き取っていく。

 

失った右腕と顔の左側の火傷以外にもカモ君の体のあちこちは火傷や切り傷、打撲の跡があった。

あの死闘の代償は、ネックレスの効果で消えつつある。おそらく一週間もしないうちに失った右腕と顔の左側の火傷以外は癒され、消えるだろう。

それらが消えた時、コーテはカモ君に前々から思っていた事を問うつもりである。

 

「…エミール。傷が治ったら聞きたいことが山ほどある」

 

「ここまでしてもらったんだ。俺で出来る事なら何でもするさ」

 

魔法使いとしての価値はあるが、戦士としての将来性を失い、容姿を半分火傷で失い、謎の二人組に襲われると言った安心性も失ったカモ君。

コーテに何かしてあげられるのなら何でも出来る。

今回の事で、王家からの依頼をキャンセル。その恋慕を失い自分から離れ、これまで補佐してもらったことに対しての賠償金を要求されても応えるつもりだ。

 

「分かった。貴方が隠している事全てを教えて」

 

「…分かった」

 

カモ君は自分が転生した事。この世界がゲームに良く酷似している事。そして、近い将来戦争がある事などを全て話す所存だ。

 

「あと、私を抱くか、私に抱かれるかを選んで」

 

「―――っ。コーテさんって、最近いつもそうですよねっ。一体、俺の事を何だと思っているんですかっ」

 

「未来の種馬」

 

「たっ?!」

 

「種馬は冗談」

 

抱くか抱かれるかは本気という事なんですね。

確かに出来る事なら何でもするとは決心しましたけどね。

この世界観でなら自分達のような年頃で致してもおかしくないですけれど、こういう時にそういう事を要求しますかね、普通?どう答えるのが正解だ?緊急脳内会議だ俺。

 

 

 

脳内カモ君1

『ヤッてみせろよ。カモ君』

 

ヤッたら何かが終わるような気がするんですが…。

 

脳内カモ君2

『なんとでもなるはずだっ』

 

ならない気がするから躊躇っているんだが…。

 

脳内カモ君3

『G案(事案)だと?!』

 

そーだよ。

 

脳内会議終了。

 

 

 

・・・終わりかよっ。脳内の発案、これで終わりかよっ!使えないな、俺!

何の為に命を捨てる覚悟で重体になった!何の為に泣いてきたんだ!

自分に問いかけ続けろ!最終回答者は俺なんだからっ!

 

「や」

 

「や?」

 

「優しくしてください」

 

情けなっ!自分情けなっ!『それでもっ!』とか脳内でだけでも叫ばないんかいっ!さっきの脳内会議の意味ってなんですかっ!

でもしゃーないやんっ。そんな事言われてもまだ体のあちこちが悲鳴あげている真っ最中やもんっ!

コーテに押し倒されてもNOとは言えない間柄だし、関係だし、状況だ。

こ、コーテさん。判定はいかに・・・?

 

「…臭くなかったら押し倒していた」

 

臭くてよかった。

防護服を着ることなく、臭くなかったらズキュゥウウウン!とDQNばりに、誅。もといチュウされていた。

こんな気持ちは初めて。

 

「…建前の質問を忘れていた。クーとルーナになんて伝える?」

 

「本音の質問が濃すぎて忘れる所だった」

 

なんかクールな表情で性にアグレッシブな婚約者に気圧され続けているカモ君。

月並みだが、二人には誕生日おめでとうと伝えて欲しいとコーテに伝言を任せた。

その頃にはカモ君の世話も終わり、コーテは何事もなかったかのようにそのまま小屋から出て行った。

 

本当に何も無かったら気楽だったのになぁ。

 

 

 

カモ君の童貞が死ぬまであと三日。

 



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第二話 カモ君100%    中の100%!!(手加減できない)

人間とは慣れる生き物だ。

 

そんな言葉を誰かが言った。その誰かはわからないがカモ君はその言葉に理解を示していた。

ミカエリから貰ったオークネックレスをつけた日は、その臭さで眠る事さえできなかったが、その翌日には鼻が麻痺したのか、臭さを克服したのか眠りに就くことが出来るようになり、二日後には普通に食事をとる事も可能になった。

それに合わせたように体の擦り傷や火傷。骨折や痛めた内臓なども癒されたことにより、その半日後にはネックレスを外し、日常生活を送れるくらいに回復した。

その効能はカモ君でも目を疑うほど。

コーテやルーナからも毎日回復魔法をかけてもらっているが、このネックレスの回復能力は素晴らしい。の一言に限る。デメリットは臭い。に限る。

これを作り出したミカエリだが、前世の世界で生まれていたらクローン療法とか生み出していそうな頭脳だ。

だが、逆にいつまでたっても慣れない事もある。

 

オークネックレスを外せるまでに回復した。よしっ。

ネックレスの悪臭がついた衣服・部屋の解体及び処分。よしっ。

クーとルーナとの抱擁を交わすために体にこびりついた悪臭のする粘液を落し、皮膚が痛くなるまで風呂で体を洗った。悪臭無し。抱擁成功。よしっ。

就寝前に貴族の贅沢。風呂に入る。よしっ。

寝巻を着たコーテとベッドの上で抱きあっている。よしっ。

 

・・・どうして。よしっ。なんですかね?

もしかして風呂に入れたのはこれから致す為だったんでしょうか?

 

「…エミール。離してほしい」

 

離したいところだが、そうすれば寝巻は剥ぎ取られ、確実に致すことになってしまう。

従者や弟妹達もなんとなく察したのか今日ばかりは自分の部屋にやって来ない。これはヤッテ来いと言う事なのだろうか。

 

「その前に話をさせて欲しい」

 

コーテを抱くか抱かれることに少し抵抗はあるが、嫌ではない。

だがその前に自分の抱えている問題を話してからの方がいい。

それによってコーテが愛想を尽かすかもしれないが、問題しかない自分に操を捧げる事もやめるかもしれない。自分から離れるかもしれない。

それでもいい。これから先の未来。リーラン王国は戦火に包まれる。そうならないために自分が犠牲になる。それに巻き込まない為にも彼女には真実を知ってほしい。危険を回避してほしい。

これまでの支援から王家からの依頼の協力もしてもらって今更感があるが、それでもコーテが不幸にならなければそれでいい。

 

「コーテ。実は俺、転生者なんだ」

 

「…転生。生まれる前の記憶を持っていたというの」

 

「そうだ。それには今の俺とは少し違うが大筋合っている世界の記憶もある」

 

カモ君はそこから一つ一つ話した。

自分が転生者である事。この国が戦火に包まれる事。自分は倒されるべきキャラ『踏み台』だという事。その主人公がシュージである事。彼に倒されなければならない事。そうしなければこの国が亡びること。全てを話した。

 

「これが俺の知っている事の全てで、俺がやろうと思っている事の全てだ」

 

こんな馬鹿げた話をコーテは黙って聞いていた。

その証拠にカモ君は魔法使いとしては強かった。賢かった。

戦い方は魔法使いにあるまじき戦法。モンスターやダンジョンの知識。アイテムの効果とその対策方法を熟知していた事。

襲ってきた二人組を撃退できたのもその前世の知識があったからできたものだ。

なにより、クーの異常な強さとシュージの成長性は確かに踏み台であるカモ君がいなければありえない話でもあった。

 

「いくつか質問がある。…エミール。貴方は本当にカモ君。『踏み台』なの」

 

「そうだな。認めたくはないが、そうだ。だからこそシュージには強くなってもらわなければならない」

 

これから起こる戦争で対峙する敵キャラ。主要人物にはいくら頑張ってもカモ君では勝てない。

 

「そこから逃げようとは思わなかったの」

 

「何度だって思った。だけど出来なかった。クーとルーナを。そしてコーテが戦火に巻き込まれて欲しくなかったから」

 

出来る事なら今すぐ逃げたい。だけど、今のカモ君には出来ない理由が。しがらみが出来た。

愛する人を守りたい。その人の周りも守りたい。だから、『踏み台』という運命も受け入れて困難に立ち向かうと決心した。

 

「貴方は私やミカエリさんの事を会う前から知っていた?」

 

「…いや、知らなかった。何せ、俺は『踏み台』。脇役だからな。その人間関係までは把握できなかった」

 

なにより、内面はともかく外面は大きく変わったカモ君にあてつけでギネがコーテとの縁談を持ちかけたのだ。それを自分が知る術はなかったうえに、知ろうともしなかった。

 

クーとルーナで運命に抗おうと決め、その結果コーテと知り合えた。

コーテと知り合えたからシュージへのサポートも充実させることが出来た。そこからの縁でミカエリと友人になれた。

弟妹達の危機を救う為にコーテとミカエリとは深く通じ合えた。

 

これらは、ただの『カモ君』では辿りつけなった未来だと言える。

そう伝えるとコーテは何やら覚悟を決めたかのようにカモ君の瞳を見つめる。

その瞳には、カモ君が知っているただの踏み台『カモ君』ではなく、傷つきながら立ち上がり、挫けても諦めない。怠惰を捨て強欲により良い未来を欲したエミールという少年の姿があった。

 

「…これが最後。…私の事をどう思っている」

 

そこにいるのは一人の少女。

どう答えるか。なんて思案する必要はない。自分が感じるままに答える。

 

「好きだよ。こんな事をクーとルーナ以外に言うとは思えなかったくらいだ」

 

親愛や友愛。といった綺麗な愛情ではない。

自分だけのものにしたい。自分だけを見て欲しい。我儘で倒錯的な愛とは少し違う。独占欲。恋に近い愛情をコーテに向けて持っていた。

戦力的に必要な人だと伝えた。

サポートに必要だと伝えた。

これからの学園生活になくてはならない人だと伝えた。

その全てを隠さずにそのまま伝えた。

 

自分は幼女趣味じゃないのにな。と、これだけは伝えなかったのはカモ君最後の見栄っ張りだろう。

コーテにはこれまで本当に世話になった。そのお礼の一部として嘘偽りなく答えたつもりのカモ君にコーテは満足したかのようにこれまでに見た事のない満面の笑みを浮かべた。

その笑みにカモ君は面を喰らうと同時に頬を赤らめた。

罵倒されると思った。軽蔑されると思った。だが、目の前の少女は笑みを浮かべている。

その笑顔を見れば誰もが見惚れるその満面の笑みの意味。

 

…いいのか?こんな俺で?

 

カモ君は目でそう訴える。

コーテの笑みは崩れない。

そしてそのままの笑顔でこう言った。

 

「じゃあ、服を脱ごうか」

 

「情緒」

 

やっぱり、どこかずれているんだよな。俺達。

わかるよ?そういう流れだっていうのは俺にだって分かるよ?

だけど言い方っていう物あると思うんだ。

 

「エミールの決心はわかった。その心情も、生き方も。だけど私の中で一番重要なのは私の事をどう思っているか」

 

ただ大切な人だと言ったら、愛想を尽かして婚約破棄を申し出た。

守りたいだけの存在という言葉も同様だ。

 

コーテは不安だった。

彼は自分を必要としていないのではないか。ただの庇護の対象ではないのか。彼の足手まといなのではないか。

綺麗な感情だけだったら、その感情のまま自分は彼から離れるつもりだった。だが、実際は違う。

 

庇護ではなく、サポート役として。

論理に反して、感情的に。

彼は自分を欲している。

 

それが嬉しかった。

高潔な騎士よりも野蛮な戦士のように自分を欲してほしい。

お姫様のように崇敬の対象ではなく、相棒としての信頼の対象であった自分。

 

ああ、これほどまでに自分を必要としてくれている。それが嬉しい。

 

「貴方が欲しい。だから抱く」

 

「山があるから登るみたいに言わんでくれ」

 

コーテは言葉が足りない節がある。

いや、恥ずかしいからわざと言わないだけかもしれないが。

まあ、自分みたいに内心アホな事を考えるやつとは丁度いいのかもしれない。

どこか納得がいったカモ君は左手だけで器用に上着を脱いだ。

 

覚悟完了!準備万端!やる気MAX!ヤーってやるぜ!

 

ここまでお膳立てされたのだ。

ここで喰わぬは男の恥。

 

そんなカモ君を見てコーテも服を脱ぎ始めたが、ぴたりと動きが止まった。

カモ君を見て硬直していた。

正しくはカモ君ではない。カモ君の股間部分を見て硬直したのだ。

 

生物には危機的状況に陥ると、子孫を残そうとして反応する現象が起こる。

特にカモ君にはそれが顕著に表れていた。

魔法学園に通う前からクーとの魔法訓練で毎回死ぬような目に遭う。

魔法学園に通うようになってからはシュージと共にダンジョンで死にそうになった。

武闘大会では常に格上との死闘を演じる。

そして半月前に本当に死に掛けた。

そんな事もあってか、カモ君の体の一部にある現象が現れた。

 

それは男性性器というにはあまりにも巨大すぎた。

太く、

大きく、

厚く、

そして膨張率が半端なかった。

それはまさしく肉塊だった。

 

え?これ入れるの?こんなに大きくなるの?

私に?マジで?

いや、無理ですやん。こんなの。拳をねじ込むような物じゃないか?

 

コーテはやる気満々だったが、今更怖気づいた。

カモ君のカモ君がやる気モードになったらこんなにも大きくなるとは思わなかったから。

精々アオダイショウくらいのものかと思っていたら人食いアナコンダだった。それくらいに反応に困った。

しかし、仕掛けたのは自分だ。知識だけなら実家での教養。ミカエリから教えてもらった知識。自分はベテランハンター(初任務)だ!

 

ヤッてやんよ!

 

私が上ぇ!お前が下ぁ!

オネショタの主導権をショタに握らせるな!

 

見かけはオニロリではあるが、コーテさんは気にしない。

そして、いざ、尋常に勝負!

 

 

 

 

 

「…エミール。今の半分くらいにして」

 

「無茶な」

 

カモ君達の長い夜は始まったばかりだ。

 



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第三話 カモ君の残り香(酷)

カモ君の童貞が殺された翌日。

いつもより遅めの起床をしたカモ君とコーテ。

気恥ずかしいのか視線を合わせなかったが、コーテさんの方は恨みのこもった視線を送っていた。

昨晩。コーテは何度も何度も攻撃してようやく仕留めたカモ君だが、こちらの疲労が大きい。一度でもカモ君が攻勢に出ていたらやられていた。時折、反撃には出られたがこちらを気遣って攻勢に出ることは無かった。

 

「…もう週一しかやらない」

 

「週一やるつもりなのか」

 

カモ君からすればあれほどの攻防。一週間どころか一ヶ月に一回でも多いくらいに激しいものだった。カモ君は体力的・体格的にまだ余裕があったが、まだ成長しきっていないように見えるコーテの体ではもちそうにない。

 

「…エミールはやりたくないの?」

 

「これ以上の事をやったらお前が死にそうだからだ。これからもお前といたいからな」

 

何か不服か。と、視線で訴えてくるがカモ君はコーテが心配である。

此方の自制が効かなくなった場合、最悪コーテが腹上死するのではないかと思う。

あの時、媚薬が無くて本当に良かった。

 

「…なら、いい」

 

コーテはカモ君の視線から逃げるように布団の中にもぐりこむ。が、すぐに顔を出した。

 

「…エミールの匂い。凄い臭う」

 

「俺が臭いみたいに言わないで貰えますかねっ」

 

そりゃあ、事後のベッドだもの。その匂いは凄いよ?

でもその言い方だと俺が臭いみたいじゃんっ。辞めてよね。匂いに関しては軽くトラウマになっているんだから。

 

カモ君は少し涙目になりながらも、コーテに用意された服に着替えて、湯浴みに行くように進めると、彼女はそれに従って服を着てヨロヨロと部屋を出て行く。部屋の外で待機していたルーシーに手を引かれて浴室まで連れて行かれた。

それを見送った後。しばらくしてお湯の入った桶とタオルを持ったモークスがやってきて、

 

「ヤッタのですね、エミール様」

 

やったよ。

てか、お前等がそう狙ってセッティングしたんだろう。

カモ君の右腕が無い事で不自由しているのだと思い、カモ君の体をお湯とそれに浸したタオルで彼の背中を綺麗に拭ったモークスは、部屋の換気をするために、閉めていた窓をカーテン事開く。

 

「匂いがこもっていましたからね。換気しないと」

 

「…そうしてくれると助かる」

 

ツッコまないぞ。自分の地の性格を知っているのはコーテだけでいい。

例外的にミカエリという輩もいるが、こっちはカッコいいクールな兄貴を貫いているんだ。ミカエリはベラベラと喋りそうだが、コーテなら自分の秘密をばらすような真似はしないだろう。

モークスが部屋の片づけをしている間にカモ君は器用に着替えると、部屋を彼女に任せていつも食事をとっている広間に向かう。

そこには食後のコーヒーを飲んでいるローアとコーヒーのお替りを注いでいるプッチスがいた。そして、

 

「「ヤッタのか(ですね)、エミール君(様)」」

 

なにそれ、モカ領で流行っているのか?お赤飯的な?

 

ローアはともかく、従者のプッチスまでそれに乗っかって主人をからかうのか?

いや、まあ、自分は主人じゃないし、今のモカ領はローアさんが最高責任者だから分かるけど。

まあ、そんな感情を顔には出さず、プッチスに食事の用意をお願いした。

予め用意されたパンと温め直されたスープにサラダといった軽めの朝食を食べたカモ君はローアとの話し合いになった。

これからのモカ領の事。クーとルーナの事をローアは快く引き受けてくれた。きっとギネよりも良い方向でモカ領を導いてくれるだろう。そして、

 

「そうか。すぐにモカ領を出るのか」

 

「はい。コーテと話し合ったのですがそれが一番だと思ったので」

 

コーテの身支度が終わり次第、すぐにでもモカ領を出て、セーテ侯爵。ミカエリの協力を仰ぐ。それがカモ君の出した答えだ。

主人公にしか使えない四天の鎧。

それがレプリカだとは知らないが、カモ君はそれが第三者。下手したらネーナ王国に渡っているかもしれないという恐れがある以上、早急に対策を講じなければならない。

時系列的にも作られていないはずのチート鎧をつけた輩に攻撃される。

はっきり言って、異常事態である。

それに対処できる人間。思い当たるのはセーテ侯爵だけ。

人格に問題はあるが、その技能と技術。戦力で彼等よりも頼れる人間を知らないカモ君は、自分が前世の記憶持ちで、この国が近い将来戦火に包まれることも含めて相談し、何とかしてもらおうと考えたのだ。

前世関連は、ミカエリだけに話すつもりだ。この情報が余所に漏れるときっとパニックになる。王族・貴族は平民にすらその不安と恐怖は伝播し、暴動が起こり、下手すれば戦争の前にこの国が滅ぶかもしれない。

目の前で話しているローアにすらそれを伝えきれないが、カモ君が抱えている問題の深刻さが伝わったのか、コーヒーの入ったカップを置き、プッチスにカモ君の荷物の準備をするように伝えた。

カモ君達の荷物は二日分の着替えと非常食。魔力を微妙に回復させるハーブに回復ポーション。四天の鎧レプリカの残骸。

特にレプリカの残骸は希少金属の山であり、マジックアイテムであることからミカエリなら有効利用してくれるだろう。

そう話を終えたカモ君達の元に衛兵達との朝練を終えたクーがやってきた。

 

「…にー様。もう行ってしまうんですか」

 

クーは不安なのだろう。

これまで何度もカモ君が目の前で死にかけている場面を何度も見て来た。

この世界ではよくある事だが、カモ君の場合はその比ではない。

まるで世界から嫌われているかのごとく、災難が彼に降り注いでいる。それに恐怖を感じたクーは思わずカモ君に抱き付いた。

しばらくそうしていると、ルーシーに連れられてやって来たコーテとルーナ。

ルーナはコーテからすぐにでもモカ領を出ることを伝えられたのだろう。カモ君を見つけるなり、抱き付いた。

 

「…行かないで」

 

顔を合わせる度に。いや、合わせていなくても命の危険に晒されている兄に対して精一杯の我が儘を言うルーナ。

分かってはいる。ここに留まっても問題は解決しない事。なにも改善されない事。

それでもどうにかするには王都に向かわないといけないのだ。

カモ君はそんなに強くない。賢くない。それはここに居る誰もが同じ。

カモ君より強いクーもモカ領を離れるわけにはいかない。彼までここから離れてしまえばモカ領の領民達は不安に包まれる。なにより、妹のルーナを残してはいけない。

頼りになったかもしれない実の母親であるレナはまだ引きこもっている。もしかしたらカモ君が死んだとしても部屋から出てこなかったかもしれない。

そんな二人を残してカモ君について行くことが出来ないクー。まだ八歳になったばかりなのに自分よりもしっかりしていると思ったカモ君はクーの頭に左手を置き、ルーナの頭に自身の顎を置いて抱きしめた。

 

「二人が大事だから、王都に向かうんだ。二人とまだ笑いあいたいから今は行くんだ」

 

分かってくれとは言えない。ただ我慢してほしい。

カモ君だって弟妹を置いていくのは本当につらい。だが、そうしないといけない。

いつまでも続くと思っていたい、兄妹の抱擁。

それは一時間後。愛する弟妹達が自発的に離れることで終わりを告げた。

 

 

 

 

「…にー様。いってらっしゃ…。うっぷ」

 

「にぃに…。もうちょっと、離れ、うぇえええっ」

 

モカ領に戻って空飛ぶベッドに乗って、移動している間にモンスターや盗賊に襲われないようにカモ君は再びオークネックレスを装着した。

 

…仕方ないよ?わかるよ?

異常事態が続いているからきっと襲われる可能性があると言っても仕方ないよ。

それに見えない傷やダメージがあるかもしれないからそれを癒す事も出来るこのネックレスは重要だよ。

だけど、さあ。あれだよ。

一時間前まではあんなに離れたくなかったのに、顔を歪めて距離を取る二人を前にしたこっちの心情もわかるだろ?わからんやつはきっと悪魔か人でなしだ。

 

「…こーほー。行くよ、エミール」

 

「前より重武装じゃないですかコーテ」

 

布製の防護服からいつの間にゴムのような革製の防護服を用意したんだよ。

 

その滑らかな防護服に悪態をつくもカモ君はモカ邸に保管していた空飛ぶベッドを起動させる。

それを見送るのはローア。クー。ルーナに従者達といった少ない見送り。

 

「エミール様、がんば、ぅぇ、がんばってくだざい」

 

「ぅプ…。無理しないでくださいね。えみぃう、エミール様」

 

「エミール様。お早く出立。ではなく、お帰りを待っています」

 

プッチス、ルーシーは匂いにやられて息を詰まらせ、モークスは何とか耐えるが本音を隠せずにいた。

 

「コーテ。本当に頼むぞ」

 

風の魔法で薄い空気の層を作り、一人だけ匂いの被害から逃れたローアだが鼻のしわは消せないでいた。

そんな彼等をこれ以上苦しめない為にもカモ君は早急にベッドを操作して彼等を悪臭から脱出させるのだった、

その時、カモ君は誰にも見られないように涙を零したが、その辺り一帯にオークネックレスの悪臭がしばらく漂い、一部の領民達を苦しめる事になるが、それはまだ彼が知る由もなかった。

 



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第四話 かもくん100%

日が沈み、月や星が静かに照らす平原。

王都を囲う塀の南門の外でミカエリは自分の従者達を引き連れて幾つものアイテムを駆使して目の前の物体に風の魔法を叩きつけていた。

直径五メートルの暴風の檻。その風はまるで一つの惑星を思わせる球体を思わせるその風の中に彼女はもう何度目になるか分からない自作アイテムを放り込んだ。

その風の中には、アイテムの他にも、彼女の従者達が放った魔法が幾つも水や炎がくべるように撃ちこまれていく。

 

「くっ、これだけやっても駄目だなんて」

 

「ぐぼぼぼっ。や、やめ」

 

ミカエリは風の檻の向こうから滲み出てくる気配を感じ取った。

この風の檻を解除してはいけない。解除してしまえばその脅威は自分達だけではなく、その後ろにある巨大な塀や門を越えて王都にまで浸食してしまう。

今は夕暮れを過ぎた時間帯。

王都の中の人達は今夕飯を楽しんでいる所だろう。

その殆ど人達は一日の仕事を終え、家族団らんで過ごしている憩いの時間。

そんな当たり前で、大切な空間を目の前の存在は乱そうとしている。

それは見過ごせない。自分はリーラン王国の貴族。そんな人達を守る義務がある。

 

「ミカエリ様っ。要救助者一名の安全が確保できました!」

 

「よろしいっ!このまま続けて!」

 

「がぼっ、ごぼぼっ、どべ、どべで!」

 

風の檻を展開する前。

今対峙している驚異の近くにミカエリの知人もいた。

その知人は目の前の脅威の近くにいたため、先程まで危険な状態にあった。

彼女は身を守る為に着込んでいた防具があったが、その防具はミカエリが発見した時には半壊しつつあり、その持ち主も少し感染していた。

ミカエリはその脅威を目にした瞬間に大声を上げて足を止めさせることに成功。

更には驚異の根源たる物の封印も成功させたが、その被害は既に甚大であり、彼女が予め展開していた風の防護壁が無ければ、彼女はもちろん従者達もやられていただろう。

 

「・・・」

 

助けられた知人。それはコーテだった。彼女はまるで腐った魚の目のような視線でミカエリを見ていた。

彼女は脅威に少しだけ晒されていたが、ミカエリとその従者達の助力もあって脅威から脱した。

一月振りに出会ったコーテに振りかかった脅威は甚大であり、彼女が防護服の下から着込んでいた服もさらされ、二度と着込めない程に浸食され、彼女の体自身も浸食されかけていた。

目の前の脅威から距離を取る事に成功させると、ミカエリは魔法が使えるメイド達に命令をしてコーテを取り囲むと、持ってきたカーテンを彼女に被せ、自分達もその中に入り込み、まず浸食された部分を綺麗に拭い取り、魔法で作り出したお湯と香水を用いて彼女の使えなくなった防護服と服を着替えさせることにした。

メイド達の協力でようやくコーテをミカエリの前に連れてこられるようになった。

彼女の汚染された部分を取り除くのに使った時間は一時間。セーテ侯爵のメイドという高レベルの技能を持ったメイド達ですら除染に一時間かかった。

今、自分の目の前にいる脅威を取り除くには後どれだけかかる?

ミカエリは己の頬を伝う汗をぬぐう。

 

「どれだけ…。どれだけ強力なのっ。でも必ず助けるから!」

 

「だ、だずべ、だずべべ」

 

ここに自分の兄達がいればどうなっていただろう。いや、いなくてよかった。

彼等は自分以上の魔法使いではあるが、それ故に手加減が難しい。

要救助者はもう一人、風の檻の中に脅威と共にあるのだ。兄達では脅威諸共救助者を粉微塵にしてしまう。

ミカエリは、王都の人々を。自分の従者を。コーテを。自分の友人を助けたかった。

しかし、すでに風の檻を展開して一時間以上が経過した。

魔法を使い続けるには魔力はもちろん、体力、集中力が必要になる。

威力・時間に比例してその消費量も増えるのだ。

ミカエリは長時間の魔法展開という疲労から息を切らしてしまい、風の檻を一時解除してしまう。

解除してしまった。

その数秒後。脅威がまだ去っていない事を鼻で感じ取った彼女は再度、風の檻を展開するための詠唱を行い。魔法を発動させる。

 

「私は、諦めないっ!」

 

「もう諦めろよ!このままじゃ洗剤とお湯で溺死しちゃうよ!」

 

ミカエリは目の前の脅威。オークネックレスで臭くなったカモ君を再び風の檻に閉じ込めて、従者達に再び魔法で作り出したお湯と自作の消臭剤や洗剤を投げ込むように指示した。

 

オークネックレスを装備中に魔法を使うと、ネックレスの効果が倍増するとはカモ君も製作者の想定外だった。

 

実験はたったの一回。しかも魔法が使えない囚人で試したのでこのような効果が出るとは思いもしなかったミカエリ。

 

本日、昼ごろ。

彼女宛てにモカ領から飛んできた伝書鳩に本日急いで王都に戻ります。という報せを受けたミカエリ。

カモ君の力量と空飛ぶベッドの性能を考えれば、全力で疾走させれば夕暮れ時に到着すると踏んでいた。

内容からカモ君の傷がまだ癒えていない状態でこっちに来るかもしれない。オークネックレスをつけてやってくるかもしれないと思った彼女は念の為にと洗剤と着替えを自分の従者達に持たせて王都の南門前で彼等を待つことにした。

彼等を目視できる距離で確認した時にミカエリ達に戦慄が走った。

 

臭かったのだ。

物凄く臭い何かが転がってくるような気配というか匂いがやって来たのだ。

 

まるで肥溜めを煮込んで、固めた物が風上から転がってくるような様子に思わずミカエリは風の防御壁を展開。

見えてきたのがカモ君であることを確認するとそこで足を止めるように言い放ち、彼等を風の檻に閉じ込めながら事情を聴いて、彼等をその場で丸洗いすることにした。

 

騒ぎの元になったオークネックレスは準備していた頑丈なガラスケースに入れて、コーテをカモ君から離した。空飛ぶベッドは惜しいが、悪臭をばら撒くものになった以上。燃やして灰にして、カモ君達が持ってきた物。マジックアイテムである水の軍杖二本と荷物として持ってきたウールジャケット。四天の鎧レプリカの残骸が入った箱以外全て焼却処分した。

 

そして、今のような状態になる。

南門にいた門番達にはあれが自分達の知人であり、どうにか対処すると言ってまってもらっている状態だが、もしミカエリが止めていなかったらあまりの臭さで王都の兵隊を呼ぶことになっていたかもしれない。

それだけ、カモ君の臭さは驚異的だった。

 

そして再び始まる風の檻によるカモ君の丸洗い。

カモ君のつけていた衣類はこれまでの丸洗い作業で全て剥ぎ取られた。

そして再び、全裸で再びお湯と洗剤の混ざった暴風に包み込まれる。

それはまるで洗濯機の様にグルングルンとかき回されるカモ君の悲鳴は、完全に匂いが取れる三十分後まで続くのであった。

 

 

 

安心してください。カモ君はこれくらいでは死にませんよ。

 



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第五話 セーテ兄妹はレベル1

ミカエリによって丸洗いされたカモ君は先に除染されたコーテと同様にミカエリが用意させた服を着せてもらったカモ君。

ミカエリによるマジカル丸洗いで王都の外で意識を失う寸前まで洗われた彼に自力で体を洗う体力は無かった。

まるで戦争から逃れてきた市民の様に武闘大会でもお世話になったミカエリ邸に連れてこられたカモ君達。

ミカエリ邸の中にあるミカエリの私室で、ミカエリと彼女の複数の従者の前で襲撃事件の事を話す。

 

「…ライム。う~ん。聞いたことが無いわね」

 

私室の中に用意された豪華なテーブル。これ一つだけで一般人の生涯収入分はありそうな豪勢な物に、同様に一般人なら腰が控えそうな椅子に座っているカモ君達。

カモ君の隣にはコーテが座り、向かいにはミカエリ。そして彼女の両脇にいかにも仕事が出来そうなメイドと執事が控えていた。

 

あの襲撃してきた二人組で分かっている事はカモ君の秘密を知っている事。その方我の一人がライムという女性だと言う事だ。

 

「名前だけしか思い出せないのがねぇ」

 

「すいません。どんなに思い出そうとしても容姿が思い出せないんです」

 

白いローブに。豪奢な首飾り。魔力を帯びた杖。

彼女の身に着けていた装備品は思い出せるのに、その顔。体型。声色を思い出せない。

女の名前だって、あれだけのショッキングな事が無ければすぐにでも忘れてしまいそうだ。

コーテにとってカモ君を傷つけた男は勿論、その相方である女も忘れられないほどの怨敵なのに、思い出せないでいた。

 

「男の方はしっかり覚えてはいるんですが…。正直女の方はあやふやなんです」

 

幻惑を見せる魔法はある。姿形を変化させる魔法もあるにはある。

しかし、まるで脳に直接作用しているかの現象にミカエリは頭を悩ませる。

 

「ずっと東方にある島国に忍者という特殊なジョブを持つ彼等の仕業かしら?」

 

もしくは陰陽師というこちらで言う魔法使いに近い彼等なら出来なくもないか?

確証は無い。

ミカエリ自身の事を、今も監視するように、しかし感づけない程気配を殺して見守っている従者ならあるいは。とも思ったが、その容姿を思い出せないということは無い。

彼。もしくは彼女の雰囲気は独特だ。

体型や表情は着ている物で何とでも隠し通せるが、問題の女はわかりやすい程高級な装備を身に纏っていたにも関わらず、思い出せない。

顔を隠す布もマスクもしていないのに顔が思い出せない。見たのに覚えていないとは。

念のためにカモ君とコーテを、身体や魔力を確認できる魔法のルーペで異常が無いか調べたが異常無し。彼等がひそかに催眠状態であるという事もない。

ミカエリはふぅと一息つくとメイドの一人に紅茶の追加を命じる。

色々と謎が残るがまずはわかる事からはっきりさせていこう。

 

「とりあえず、エミール君の秘密って何かしら?」

 

「それは…。すいません。人払いをお願いします。そうでもしないと喋れないので」

 

メイドがミカエリとカモ君達のカップに注ぎ終えると同時にミカエリは視線でメイドや執事達を部屋から出るように命じる。

従者達も武闘大会以来、カモ君達の事は知っている。

彼等がミカエリに危害を加えるとは思っていないので素直に部屋から出ていく。自分達がいなくても主人であるミカエリなら返り討ちに出来るだろう。

それに主人の護衛の中で一番の実力者である忍者がいる。逆にこの二人でどうにかできない相手だったら自分達ではどうにもならない相手だ。

 

「それで、秘密っていうのは?」

 

「…すいません。あのスパイみたいな人も遠ざけてくれないでしょうか?」

 

そんな忍者の事をカモ君も警戒したのか、更に願い出る。

これは本当に他人には知られたくないのだろう。

ミカエリは少し悩んだが、カモ君達の事を信頼して、部屋のどこかにいる忍者に声をかけるように命令を出す。

 

「そう言う事だから出て行ってもらえるかしら?」

 

「それは出来かねます」

 

そう答えた声はカモ君のすぐ後ろから聞こえてきた事に驚き、思わず振り返るカモ君とコーテ。

そこには以前見た風貌と変わらない忍者が佇んでいた。

 

「そうは言ってもねえ。それだとエミール君が話してくれないのよ」

 

「貴方に危害を加える存在を排除するのが私の役目です」

 

目の前の人物は頑なに自分から離れないだろう。

だが、ミカエリはカモ君の話を聞きたい。ここまでして隠しておきたい彼の秘密とやらに興味がある。

それらの思惑が交差する。

 

「私は彼の秘密が知りたいんだけどなぁ」

 

「それならば無理矢理にでも話させるべきです。力づくでも。権威や薬物で喋らせることも可能です」

 

「それは嫌なの。私は二人の信頼を裏切りたくないの」

 

忍者が恐ろしい事をさらりと言う。

確かにミカエリならそれが可能だ。だが、そんな事はしたくない。それだけカモ君とコーテはミカエリにとって大事な人である。だが、忍者の今までの忠義を無視していいわけでもない。

 

「ごめんなさい。でも、私は知りたいの」

 

「…わかりました。エミール様の秘密を私が知らなければよろしいのですね」

 

そう言った次の瞬間。カモ君の後ろにいたはずの忍者の姿が消え、数瞬遅れてミカエリの傍に立っていた。

その事にミカエリは驚かず、紅茶を飲んでいた。

コーテは少しばかり驚いていた。カモ君は出来るだけノーリアクションを貫いていた、が紅茶を口に含んでいたら絶対にむせていたくらいに驚いていた。

しかし、彼が本当に驚くのはすぐの事だった。

 

「エミール様。秘密とやらは口頭になりますか?」

 

「そうなります」

 

「では」

 

忍者は懐から何やら鉄串のような物を二本取り出すと、それを両手に持ち、ためらうことなく耳の部分に差し込んだ。そして、そこからしばらしてからその串を引き抜く。

その先端には赤黒い液体が付着していたことをカモ君が鑑みるに目の前の忍者は水から鼓膜を破いたのだ。

 

「これで私の耳は聞こえません」

 

コーテとカモ君は目の前で起きたことに思わず息が止まる。

ミカエリはそんな忍者の行動に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼、もしくは彼女には最高級のポーションと回復魔法を施す事を誓った。

 

「…ありがとうございます。お話します。念のために防音の結界を」

 

カモ君は密談などで使われる風の魔法を駆使した直径五メートルほどの風のドームを展開した。この中で話す言葉はよほど大声でない限り、外には聞こえない。

カモ君より上位の魔法が使えるミカエリが展開してくれれば機密性は上がるのだが、それは忍者の信頼を裏切る行為の気がしたのでカモ君が自前で展開した。

 

そして語られるのはコーテに話した事と同様の事。

そこから追加するのは四天の鎧についてだ。

あれはこの国の重鎮達が所有するレアアイテムを総動員して作られる物だとカモ君は語る。

特にその象徴ともいえる宝玉はこの国の公爵家が代々受け継ぐ家宝。それが無いとこの鎧が作られない事を話した。

 

ミカエリはしばらく熟考する。

カモ君の話しは荒唐無稽すぎるが、実例はある。

彼の同世代では異常だと言える魔力や体力。これらは前世の知識。この世界の成り立ちを理解しているから。

そんな彼を圧倒的に凌駕する実力持った彼の弟クー。

改めて入学時の力量と現在を比べてみないと判断できないが、それ以上の成長性・可能性を持つ主人公のシュージ。

 

更には四天の鎧レプリカの残骸である。

カモ君達が持ってきたそれは確かにミスリルといった鎧の大部分を占める希少金属の他に、砕けた宝玉の欠片を、ミカエリは既に実際に手に取り、調べたから分かるがあまりにもそれらの持つ力が強すぎる。

それこそ、オリハルコンが取れる深層レベルのダンジョンで手に入れられるレアアイテムに匹敵する物だ。

 

カモ君の話を疑うのは当然だが、信じきれる可能性もある。

なにより、彼がここまで強さにどん欲なのもわかった気がする。

 

自分では世界は救えない。だが、救世主を育てる事は出来る。いやそれしか出来ない彼はだからこそ必死なのだ。

 

だから自分が取る選択は、彼を信じる事だ。

 

「…分かったわ。とりあえず、私の方で公爵家の事を調べてあげる。勿論貴方の事は秘匿のままでね」

 

そして、カモ君を守る事。

はっきり言って、オリハルコンや国宝シルヴァーナ。四天の鎧。未来という情報よりも貴重な存在。

彼を倒せば大きくレベルアップできるという可哀そうすぎる能力。

その事を国の重鎮達や王族が知れば、彼をサンドバックにするのは目に見えていた。

彼を犠牲にすればこの国の兵達の強化。国力の増強につながる。

 

戦いは数だよ、兄貴。

 

と、数より質を具現化した超人。ミカエリの兄ビコーが、同じく兄のカヒーに言った言葉だ。

ビコーが初めての魔物狩り。増えすぎたゴブリンを掃討する時にビコーはかなり手間取った。

魔法一つで十数体。拳一つで確殺できる。

そんな力を持ったビコーでも百体を越えるゴブリンを相手するには手間がかかった。

統率されたゴブリンならワンパターンだが、相手は群れ。

 

突撃してくる。石を投げる。回り込むといった単純な動作だけではなく、

時間差で逃げる。仲間の死体の陰に隠れる。死んだふりをして奇襲する。といった少し考えられた攻撃までしてくる始末。

一ヵ所に固まることなく、分散して色んな行動をするから掃討には手間取ったとビコーは言っていた。

 

弱小のゴブリンでそうなのだ。それが人間の兵隊に置き換えられたらそれはもうドラゴンを相手するような事だ。

しかもその一体一体がドラゴン以上に強くなる可能性もある。

はっきり言って悪夢だ。

味方である内は良い。しかし、そこから増長する者は必ず出てくる。強盗や盗賊に落ちぶれるだけならまだ対処できるかもしれないが、そんな彼等を指揮する馬鹿な貴族が現れたとしたら、きっとどこぞの国に宣戦布告したりするに違いない。

下手すれば自分こそが王だと名乗り、革命や暴動を起こすことになるだろう。

 

だからこそカモ君の事は秘匿しておかなければならない。彼もまたそんな未来を想像したのだろう。だからこそここまで秘密にしてきたのだ。

だが、事態はそこまで暢気ではいられない。

四天の鎧というカモ君が言うチート武装が襲撃という狼藉を働く輩の手にあった。それだけでカモ君は最悪の事を想定したのだろう。

四天の鎧のデータが隣国。明確な敵対こそしてはいないが、未来では戦争を起こす。国交が険悪なネーナ王国にあるかもしれないと言う事に。

 

以前、マーサ王女と話した時にそれとなく感じ取った危機感。

ネーナ王国。そして自国の不穏な動きを話していた王女の話とカモ君の話からそこから結びついたのは公爵家の誰かが裏切った。

王族の親族でもある彼等が裏切ったということが知られると、他の貴族間で確実に騒動になり、平民にまで知れ渡れば国が割れる。

 

ミカエリにはシルヴァーナの修復という任務が下されていたが、それは材料が集まってからだと考えていた。

しかしそこにカモ君の持ってきたあまりにも大きな情報。そして裏切りの可能性に頭を痛めた。

 

これからはアイテム集めだけではなく、情報集めも必要だ。しかも経験値タンクというカモ君という秘匿情報を抱えた上で。

 

彼等が秘密を開示したのは自分なら何とかしてくれるだろうと言う表れだろう。

頼られて嬉しいが、期待するレベルがでかすぎる。

国の存亡がかかった事柄にミカエリだけで対処するのは無理だ。

少なくても王族か彼等に縁がある人間の協力が必要であり、自分の兄達。ビコーとカヒーの協力も必須であり、魔法学園学園長のシバとも協力しなければならない。

リーラン王国に忠誠は誓っているが、自分にも何か報酬が欲しい。でなければやっていられない。

 

王国からの報酬。駄目だ、報酬という名目で王子殿下を婿にと言ってくるかもしれない。王族に忌避感があるわけではないが、そうなった場合に発生する義務が面倒だ。

公爵家からの報酬。王族と同様の事をされる。それどころか裏切り者がいるかもしれない輩と縁を結べば後ろから刺されるかもしれない。

マーサ王女から報酬。…駄目ではないが、何か裏がありそうだ。実質、研究者・趣味人である自分では何かと丸め込まれるかもしれない。

という理由で、権力者からの報酬は駄目だ。何より、カモ君を悪用する可能性もあるから彼等からの報酬は受け取れない。

 

では、誰から報酬を得るか?報酬をねだる権利が履行できる相手は?

もう、問題の種。カモ君達しかいないのである。

しかし、彼等が出せるものは情報以外にあるか?

 

カモ君。情報。問題の種。…種?

 

カモ君は『踏み台』であると同時にエレメンタルマスターという稀有な存在だ。

エレメンタルマスターとの間に子どもを作った場合、ほぼ100%魔法使いとして生まれてくる。相手が魔法使いであろうと魔法の使えない一般人と結ばれても生まれてくる人間は魔法使いの資質を持っている。

魔法使い同士の婚姻でも、出来る子供の確率は8割程度だが、100%ではない。

魔法使いとして生まれなかった人間はメイドや執事。魔法使いの従者として連れ添うのが一般的だ。

 

超人で名の知れている兄達は戦闘面や政治的な面でもその力を発揮しているが、実は恋愛面ではとても奥手だ。

彼等から発せられる雰囲気で、社交界など胸の開いたドレスを着た女性や、美少女の令嬢たちに迫れるという事が滅多にない。迫られたところでそこに邪念があれば簡単にあしらう事が出来ても、純粋な好意で近寄られるとその時はやり過ごせる。が、後になってドキドキしてその日の夜はなかなか寝付けない程、純粋なのだ。

その事を知っているのは自分達兄妹だけだろう。その為、セーテ侯爵には未だに後継者がいない。

セーテ侯爵の威光や名声が欲しくて、彼等との子どもだと名乗る輩が出てきても、「ふざけるな!俺等は童貞(処女)だ!」で追い返せる。

この国の貴族で、二十歳を超えているのに婚約者がおらず、異性経験もないのはセーテ侯爵ぐらいだろう。

そして問題なのはそれでも暢気に独身と貞操を貫いていても別にいいかと考えている三兄妹である。

 

話を戻す。

ミカエリの望む報酬はズバリ、カモ君の子ども。出来る事なら自分との間に出来た子どもが欲しい。

兄達もカモ君の事は認めているし、自分も彼の事を好ましく思っている。

別に婚姻は結ばなくてもいいから彼の素質を持った子どもが欲しくなるのは研究者の気質だからだろうか。

ミカエリがその結論にたどり着いた時、カモ君は服の中に氷柱を差し込まれたかのような寒気を感じた。

 

「…国存亡の危機だからね。協力してあげる。その代わり、そっちも協力してもらうわよ」

 

「俺に出来る事なら。何でもやります、よ」

 

カモ君は悪寒の正体が知らされることになる。

彼の言葉を聞いたミカエリは深刻そうな顔で言った。

 

「なら、抱かせろ」

 

「―――っ!またかよ!最近の女性陣ではこれが流行っているのか?!俺の事を何だと思っているんだ!」

 

「経験値タンク?」

 

「うぐはっ」

 

カモ君は即座に返された言葉に血を吐きそうになった。

自分で説明したからこそ反論できない上に、協力を求めている以上ミカエリにも何らかの形でお礼をしないといけない。

そして、自分に出来るお礼という物は先程出した情報以外で出来る事は自分の遺伝子を提供する事だ。

はっきり言って、ミカエリには返しきれないほどの恩がある。そんな彼女が求めているのならやぶさかではない。のだが、

 

「いい加減うちにも後継者が欲しかったところなの。貴方との子どもなら何の問題もないわ。きっと面白い。じゃなかった、強力な魔法使いが出来ると思うの」

 

ミカエリとの間に出来た自分の子どもが何故か彼女の実験体。モルモットにされるのではないかと一抹の不安を覚えた。

 

「それは駄目」

 

そんなカモ君の不安はよそに今まで黙っていたコーテが椅子から立ち、カモ君をミカエリから遠ざけるように抱きしめながら言いきった。

何せ、自分は色々頑張ってようやく彼と結ばれたのに、それをあっさりと取られるのは面白くないコーテ。

 

「認知はしないでいいわよ?私は彼との子どもが欲しいだけ。そう、体目当ての関係でいいわっ」

 

何故だろう。絶世の美女とも言ってもいいミカエリに迫られているのに全然嬉しくない。

 

「エミールは私の。私より先に子どもを作るのは許さない」

 

「良いじゃないの、あれが減っても増やす薬を上げるから。ほんのこれだけの子どもを作れればいいから」

 

コーテの主張に対して、ミカエリは開いた右手に三本の指を立てた左手を合わせてみせる。

 

…八人もか。そうか~。子だくさんだなー。

何でだろう、出産とは大変事のはずなのにミカエリならポコポコ産んでいそうなイメージがある。

 

「それに。それ以上に貴方達が出せる物とかあるの」

 

「それはっ…」

 

確かに言われてしまえば無い。

他に自分達が持っている物。差し出せる物は全部セーテ侯爵家には揃っているし、ワンランクどころか最上級の物が揃っている。

そんな人達に出せる者は将来性のあるカモ君との子どもくらいなのだ。

 

「あとは、エミール君の言っていた事象を試しても見たいの。…コーテちゃん。凄く綺麗になったじゃない」

 

王都の外でカミカエリと合流した時は、オークネックレスで雰囲気が死んだ魚の様に暗かったコーテだが、こうやって面と向かって話せるくらいに元気になった彼女を見ればわかる。

 

カモ君をある意味倒したコーテの肌や髪の質が上がったようにミカエリは思った。

幼女体型であった彼女だが、少し背が伸びたようにも見える上、女性的に何かしら成長したかのようにも見えた。

研究者の目から見てもコーテの『魅力』がレベルアップしたかのようにも見えるのだ。

 

だからこそ試してみたい。

自分も彼を倒したら上がるのではないかと。

行為前の自分の髪や肌の質のデータを取り、行為後のデータと見比べたい。

研究者としての血が騒いでいた。

 

その事を彼等に話すと、コーテはだったら自分がもう一回カモ君を倒すと言い出したが、ミカエリはデータが沢山欲しいと言い、ついでに後継者不足も解消できるからと譲ることは無かった。

結局、カモ君の情報が正しいかどうかの判断がついてからミカエリ『そうする』の方向で決まった。

 

ここに爵位の高い貴族が、爵位の低い貴族から財産(種)を巻き上げる構図が描かれた。

 

「じゃあ、話がまとまったところで、今後の方針だけど。あと一週間は学校を休みなさい。その間、うちで鍛えてあげる」

 

ミカエリ邸の従者達は皆が皆、戦闘経験が豊富で下手すればこの国の一般兵よりも強いかもしれない。

魔法も体術もここでなら鍛える事が出来る。

魔法学園では座学がある為、その分実践的な経験は積めない。

それに一週間もあれば、彼等の力になるアイテムを作れる自信がミカエリにあった。

彼女のアイテムに思わず嫌な顔をしたコーテと身構えたカモ君だったが、正確には制作ではなく、強化だと説明。

二人が持っていた水の軍杖を、四天の鎧レプリカに使われていたミスリルで強化する事。

敵に成るかもしれないと言う証拠を使っても大丈夫かと疑問があるが、量が結構あるので一本ぐらいの強化はばれたりしないと言うミカエリ。

そろそろ何かを作らないと腕が鈍るという事も言って、二人を無理矢理納得させたミカエリは二人を休ませるために用意した客室に行くように促した。

気付けば深夜に当たる時間にカモ君とコーテはあくびを噛み殺しながら彼女の言葉に従う事にした。

風の結界を解いて、部屋を出ていく二人の背中に向かって、「クラフトするなら見学させてね」と、言葉を投げかけたミカエリに「しませんよ」と、返すカモ君に、「しないの?」と言うコーテ。

これまでの話し合いで精神的に疲れているカモ君は休ませてくれと言った。その日はコーテとは別々の客室で寝る事にした二人。

そんな二人を見送ったミカエリはため息をつきながら、すっかりぬるくなった紅茶を一口で飲みきった。

そんな行儀の悪い作法に文句を言う従者はおらずミカエリは大きな息を零す。

 

あまりにも責任重大だ。

後半ではおふざけもあったが、そうでもしないと息が詰まる状況にため息の一つくらい許されるだろう。

 

そんな彼女の心労をおもってか、ずっと黙って彼女の傍に立っていた忍者が口を開いた。

 

「お疲れ様です。ミカエリ様」

 

「ありがとう。貴方達がいるからここまで話しがつけられたわ」

 

ミカエリはこう見えても慎重派だ。

ありえないとは思うが、カモ君達が襲い掛かってきても対処できるように実は身構えており、ひそかに装備していた自作のアイテムを常に意識していた。

それらが通用しなくても隣にいる忍者という従者がいるからこそあそこまで腹を割って話せた。忍者がいなければあそこまで話せなかっただろう。

そんな彼等のお話はあまりにも壮大過ぎて、自分には荷が重い。あれが真実なら国が背負う物だ。しかし、それを自分達は良しとしなかった。

 

「…『カモ君』か。エミール君が一番大変よねぇ」

 

なにより、カモ君の今後が大変だ。

それを彼等は望まないし、自分も望まない。

 

「…経験値の塊ですか。彼を手に入れた国は覇を唱える事も出来ますね」

 

「そうなのよ。彼の周りがそれを知ったら彼を巡って戦争が起きても…。耳は聞こえていないのではなかったのかしら」

 

忍者が自分との会話に何不自由なくできている事に違和感を覚えたミカエリは、目の前の最強の従者を睨みつけるように見ると、忍者は耳に刺しただろう鉄串を再度取り出す。そして、針の先軽く押して見せると、先から三センチずれた所から血糊が少量噴き出た。

つまり、あの耳の鼓膜を破って見せたのはフェイクであり、カモ君達の会話は丸聞こえだった。

考えてみればそうだ。魔法使いなんだから一番警戒するのは魔法。それを行使するための詠唱に気を付けていなければミカエリの護衛の意味が無い。

 

「では、私はこれまでの事をカヒー様に報せに行きます」

 

「ちょっ?!」

 

「御免」

 

忍者がミカエリの前から姿を消すと同時にメイドや執事がミカエリを休ませるために部屋に入って来た。

忍者はミカエリの護衛であり、従者でもあるが、主はその当主カヒーだ。

そして、彼の命令なら忍者はミカエリをも害するだろう。だが、逆に彼女を守るように言い渡されている間は何が何でも守り通す。

それが彼女の意向を裏切るとしても。

これまでの話を主のカヒーに伝えるべきだと判断した場合だったとしても。

 

…ごめんなさい、エミール君。全部知られちゃった。

 

それが眠気から来るものか、裏切られたというショックから来るものかは本人でも分からないが目尻に涙を浮かべるミカエリなのであった。

 



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第六話 これなんてエロゲ?

ミカエリ邸で一泊したカモ君達。睡眠時間六時間きっかりに叩き起こされた二人はここで働く従者達と共に訓練を始める。

ここで働く従者は五十人以上。四交代制で奉仕。訓練。休憩を複雑かつランダムでその日程を過ごすことで、外部からの侵入に備えている。

そんな鍛錬の時間に叩き起こされたカモ君は複数の執事やメイドと共に準備運動としてミカエリ邸に設けられた運動場でランニングをすることになった。

燕尾服やメイド服のままでかなりのハイペースで走る彼等において行かれないようにカモ君も走っていた。カモ君も同様に燕尾服を着せられて、走っていた。

片腕を失ってから初めてのランニングにバランスを崩しかけたが、これまでの訓練で鍛えてきたバランス感覚で走り抜く。

ランニングが終わり、次は魔法の詠唱をしながらのストレッチを開始する。

中には魔法が使えない従者もいたが彼等は代わりと言わんばかりに何やらたくさん書かれたメモ帳を片手に見ながらストレッチを行っていた。

カモ君はストレッチしながらも彼等のメモ帳をちらりと覗き見た。

 

エミール君専用昼食

彼が疲れ切って集中力が切れている状態で出す食事。

 

ピンクブレッド(媚薬効果り)。

ラブラビットキャロット(媚薬効果あり)とボーキパンプキン(媚薬効果あり)のサラダ。長さ三十センチ以上の山芋のドレッシング添え(媚薬効果あり)

ピンクパール(食用・媚薬効果あり)の粉を混ぜたピンクヒラメ(媚薬効果あり)のソテー。

プリプリプリン(媚薬こ

 

カモ君が覗けたメモの内容はそこまでだった。

 

媚薬の文字が多すぎて逆に安心。

・・・するわけねぇえだろっ!馬鹿かっ!あんな物をばかりを食べ過ぎたら破裂しちまうよっ!ナニが!

 

カモ君の視線に気が付いた執事がメモ帳を閉じながら、良い笑顔で見なかった事にしてくださいと言って、運動場から従者の寝泊まりする待機室。とは言ってもマンションくらい広さと高さを有した建物に戻っていく。

 

なんだそのウインクは!分かっていますからみたいな理解者目線は!

こちとらクールを装って何も見なかった態度をしているが、ムカつく。

 

決してそんな事を顔には出さずカモ君は傍で同じようにストレッチしていたメイドさんの一人から飲み物を貰い、それを一気に苛立ちと共に飲み干した。

 

なんだ、コーテとようやく分かり合えたことをからかっているのか、それともミカエリのふざけた要求を呑ませるためにわざと見せたのか?!

…あり得る。何せ、ここの従者達は下手な兵士よりも強いし、主人に対しては気が利く。

まだ十五にも満たないこちらを手の平で転がすなんて楽勝だろう。

こっちは割と危機的状態なのになんでこうもお気楽な行動がとれるのか、不思議を通り越して陰茎が苛立つ。じゃなかった、神経が苛立つ。いや、陰茎が…。

 

カモ君は自分の異常事態にようやく気が付き、メイドが再度渡してくる飲み物に鑑定魔法をかけた。

 

意味深スポーツドリンク:媚薬効果あり

 

やられた!

さっそくブッこんできやがった。もう油断の隙も見せられない。

 

カモ君は思わず内またかつ腰を引いた体勢になりながらこの媚薬の打ち消すために徐々に冷静さを取り戻す魔法を使う。

カモ君のレベルでは興奮を一気に解消する魔法は修得していない。子守唄の様にじわじわと効くような魔法しか使えない。そして、そんな物を渡してきたメイドから距離を取るようにじりじりと後ろに下がった。

渡してきたメイドも一般人よりも器量よしの女性だ。

ミカエリは沢山のサンプル(子ども)が欲しいと言っていた。まさか、自分に彼女達を当てつけて作り出そうなんて考えているのではなかろうか。

 

そんなカモ君の不安をよそに残っていたメイド・執事達も待機室へと戻って行った。

その様子に拍子抜けしたカモ君だが、もう油断はしないと気合を入れ直す。

少なくても状態異常が治るまでは、誰も近づけないように周囲に気を配る。すると、そこに良い笑顔でやってくるミカエリと数人のメイド。そして何故かメイド服に着替えさせられているコーテがやって来た。

 

嫌な予感しかしない。もう油断はしねえよ。

 

そう及び腰になって身構えるカモ君。

そんな彼を嘲笑うかのように話しかけてきたのはミカエリだった。

 

「エミール君。…油断大敵よ。ここはもうモカ領じゃないんだから」

 

「助けを求めた側だから何とも言えんが、応じた側がセクハラを仕掛けてくるとか思わないだろう。普通」

 

「エミール君。…私の事を普通の人間だと思っていたの?だとしたら敗因はそこよ」

 

畜生め、何も言い返せねぇ。

ミカエリの世話になるようになってから彼女のセクハラ行動は何度も目にしてきたではないか。確かにお前は普通じゃねぇ!

 

カモ君が何も言い返せなかった事に満足したのか、今度はメイド服のコーテを見せつけるように自身の前に押し出す。その時、コーテには珍しく小さな悲鳴のような声を出した。

 

「コーテちゃん可愛いでしょ。私の新作アイテムを着せてみたけど、やっぱり似合うわぁ」

 

確かにコーテのような美少女に似合うメイド服だ。

コーテの空色の髪と白のカチューシャがまるで空に浮かぶ雲ように似合っている上に、白と黒というロングスカートタイプ。スタンダードなメイド服だが、コーテはこの運動場に来る前から耳まで赤くして俯いていた。

こんな事で恥ずかしがる女の子だっただろうか?こちらを隙あらば押し倒してくる気概を持った少女がこれだけで恥ずかしい思いをするだろうか?

それにさっきから一言もしゃべらない。もしや、こちらの感想待ちか?ここまで近づいてようやく息が荒い事にも気が付いた。

 

「コーテ、似合っているけど。大丈夫か。体調を崩したのか?」

 

まさか、先日のオークネックレスの影響がまだ残っていたかとカモ君は不安に思いながら膝を地面につけて彼女と視線を合わせる。

コーテの顔はずっと赤いままだ。もしや熱病でも患ったかと思い、彼女の手を取る。

 

「ひゃっ」

 

そう小さく悲鳴を上げて一歩後退したコーテを見て、カモ君はますます不安が募る。この状況を見て面白そうにしているミカエリが関係していると思い、彼女に再度声をかけてみた。

 

「コーテに何をしたんですか?」

 

「彼女にも訓練をしてもらおうと思ってね。どんな時も集中力を切らさないように」

 

切らさないように?

 

「常に微振動する下着をつけさせているわ」

 

「人の婚約者になにしてくれてんの?!」

 

良く見ればコーテの体は時々電流が走ったかのようにビクついていた。

微振動に耐えきれずビクついているのだ。

 

「その上、魔力を通すことによって『メイド服を着ているように見える』機能も付けているから。魔力を少しでも切らせば、彼女は微振動している下着だけをつけたままの状態になるわよ」

 

「あんたマジで何を考えているの?!」

 

ミカエリ曰く、常に魔力を流し込むことで魔力総量を増やす瞑想効果。今のような緊急事態でも魔力を練り続ける訓練。そしてそれらを持続するための下着姿を披露するかもしれない危機感を煽る事でコーテの魔力と精神力を鍛えるそうだ。

貴族令嬢は滅多に肌を露出することは無い。熱い時期は川や海で水着姿になる事もあるが、それでも親しい人間の前のみだ。

そしてカモ君は常に思考を切らさないように、危機感を持って物事に当たるように隙あらば、媚薬を盛るように従者達に言いつけているらしい。

この特訓を無事に成功出来れば良し。失敗したとしても二人を『条件を満たさないと出られない部屋』に押し込んでラブをクラフトしてもらおうと言う腹積もりらしい。

 

いやいや、未成年を欲情させる危険がある訓練ってどうなの。

それに任務も控えているからラブはクラフト出来ても子供作れないぞ。避妊魔法使うからな。

 

カモ君はミカエリの容赦のなさに畏怖を感じていた。

確かにこれは効果的だ。自分達の強化とミカエリの趣味が同時に消化できる訓練だろう。

納得はしないけどな!

そのようなやりとりの間にコーテのメイド服が時折透けるように見えたことで、カモ君はコーテを刺激しないように応援した。

 

「が、頑張れコーテッ。せめて女性更衣室に行くまでは耐えてくれ!」

 

「二人きりに慣れる部屋も用意しているけど」

 

お黙り!

 

カモ君は声には出さずともミカエリを軽く睨む。

そんな二人の間に小さな声が上がる。

現在進行形で辱めを受けているコーテである。

 

「だ、大丈夫だから。私もつ、強くなるから」

 

目には涙を溜め、顔は全体的に真っ赤、口元は震えているコーテの表情を見たカモ君。

 

…これってなんかNTRみたいだな。

 

なんて不埒な事を思い浮かべたがすぐに頭を振ってコーテを応援する。

もうすっかりスポーツドリンクの効果を取り除いたカモ君はコーテの手を取って出来るだけ刺激しないように女性更衣室まで連れて行こうと思った。

 

「あっ」

 

その手が触れた瞬間にコーテが何かエロい感じの声を上げた。

その瞬間、落ち着きを取り戻したはずのカモ君のナニかが再びもたげようとした。

 

「ふんっ!」

 

カモ君は器用に自分の右足の踵で自分の股間を蹴り上げた。

激痛が奔るが、ここで自制しなければミカエリの思うつぼだ。

やらせはせんっ!ヤらせはせんぞ!

自分の股間を蹴り上げた激痛で落ち着きを再び取り戻したカモ君。本来な顔が歪んでもおかしくないその痛みをポーカーフェイスで無理矢理隠し通す。

忘れがちだがカモ君はカッコいい兄貴を自称しているのだ。

カッコいい兄貴はこんな策略で欲情したりしないのだ。

時折体を震えさせ、下を向いたままのコーテの手を取り、メイド達に案内され女性更衣室の前まで連れて行くカモ君を見て、ミカエリは思った。

 

別にエミール君が連れて行くことはないわよね。

 

むしろ彼が連れて行く方がまずい気がしたが、訓練の成果は上がるので黙って、しかし、口元はニヤニヤしながら見送ったミカエリであった。

 

 

 

信じられるか、これまだ、朝飯前なんだぜ?

 



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第七話 マスク・ド・カモ

コーテを女性更衣室まで連れて行った後は、カモ君は男性更衣室に出向いて、汗を吸った燕尾服を脱ぎ、シャワーを浴びて、ラフな体操服に着替えた。

着替えたカモ君を待っていた執事達は従者専用の食堂に連れて行かれ、そこで食事をとるようにした。

 

カモ君はこの食事にも何か盛られているのではないかと思い、魔法で調べるとビンゴ。盛られていないパンとサラダ。スープを選び取ってようやく朝食にありついた。

ちなみに盛られた食事は責任もって、これから休日。主に合コンにいく執事とメイドが食べていきました。

 

カモ君が朝食を終える頃にコーテもやって来た。

彼女もいかがわしいメイド服から動きやすい庶民の服に着替えていた。

朝にあった顔の赤みも収まっているが、まだ少し赤い。

どうやら、先程の痴態を引きずっているのだろう。カモ君から離れた所。カモ君からは見えない所に座って黙々と食事をとっていた。

そんな彼女を想って早めに食堂を出る事にしたカモ君。叶う事ならセクハラ抜きでの訓練を課してほしいと願うのだった。

 

「じゃあ、次は水着姿でこの中に入ってね」

 

カモ君達が食事をとっている間に運動場に用意されたのはグツグツと煮えたぎるお湯が入った真っ黒なバスタブだった。そのすぐ近くで何故かジャージ姿のミカエリと従者達がいた。

エロの次はお笑いだった。

 

押すなよ、絶対押すなよ。

 

と、目の前に用意されたバスタブを見たカモ君が内心怯えているとミカエリが風の魔法を使いカモ君を空中に強制連行。そのまま、バスタブの真上に運ぶ。

 

「水の魔法で幕を張って耐えるの。このバスタブはいろいろな魔力を帯びた鉱石で作っているから色んな魔力の波動も感じられるはずよ。魔力の波動を感知しながら魔法も使う。私が笑える訓練よ」

 

もう言い繕う事もしなくなったミカエリにカモ君とコーテは光の灯っていない瞳で彼女を見た。

確かに魔法を撃ちあう戦況に陥れば相手の魔法の波動を感知出来たら対応できるし、自分の魔法使いながらそれが出来たら大分有利に立ち回れるだろう。

ミカエリのおふざけにはちゃんと利があるから文句が言えない。

 

「じゃあ、カウント行くわよ。1、0!」

 

「はやっ、あっづうううああああああああっ!!」

 

ミカエリ。まさかの一秒カウントでボッシュート。カモ君のクイックキャスト(笑)を発動させるまもなく、熱湯の中に落とされた彼はバスタブの中でしばらく暴れてからバスタブが這い出る。それとなくバスタブの横に用意された冷えた水の入った桶を頭からかぶって熱を逃がすのに必死だった。

クールぶっているカモ君だが、このような状況ではそう言ってはいられない。というか、このような拷問にそんな余裕もない。

そんな彼を見て、コーテもカモ君に魔法で作り出した水を浴びせていた。が、ミカエリはそこに容赦なく突っ込んでいく。

 

「ほらほら、今度はコーテちゃんの番よ。はやくしないと熱湯の代わりに激熱ホットローションにするわよ」

 

訓練とは厳しいものだ。鍛錬とは痛みを伴うものだ。泣き言は言っていられないのだ。

それでもコーテが魔法で自分の体に水の膜を展開する猶予を与えたミカエリにも幼女をいたぶらない良心はあったらしい。

放り込まれた熱湯の中はもちろん熱いが、水の膜でカモ君程熱がらずにすんだコーテ。しかし、熱気と湯気のむさくるしさを覚えながら、このバスタブに使用された魔法の鉱石。その波動の種類と数を数えるように言われたコーテにそんな余裕は無かった。

少しでも気を散らせば熱湯で体を焼かれる。しかし、数えきれなければずっとお湯の中らしい。

これまでにない集中力を要する特訓にコーテは十分ほど耐えたが、それ以上はかなわずギブアップしてバスタブから這い出た。

 

「じゃあ、次はエミール君ね。はいどーん」

 

「知っていた」

 

コーテが這い出て数秒もしないうちにバスタブに放り込まれたカモ君。しかし、それを予想していたので今回は余裕をもってお湯の中に放り込まれる。

カモ君はコーテと違って常に集中力を散らしている。よく言えば分割して生活している。ブラコンでシスコンな意識とそれを隠すための思考を常にしている。

水の膜の展開と魔力の波動の探知くらいは余裕をもって出来た。

ミカエリは少し意外そうに。コーテは悔しそうにそれを見守っていた。

 

「意外だわ。すぐにこれが達成されるなんて」

 

ふふん。もっと褒めてもいいんだよ。

 

カモ君は内心、鼻高々だった。

 

「やっぱりすごいわね。四天の鎧の宝玉。その欠片でもこれだけ利用できるんだから」

 

おい、それは重要な物だって昨晩話したよな。

 

カモ君は馬鹿を見るような目でミカエリを見た。

しかし、それを無視してミカエリは執事とメイドにこれからの特訓メニューを伝えて、自分は王族が住まう王宮に向かうといって、その場を離れて行った。

その際の特訓メニューを聞いたが、

 

迫りくる巨大な鉄球を受け止める。

回り続けるベルトコンベアーの上を走り続ける。

有刺鉄線で囲まれたリングで従者達との百人組手。

などなど。

 

ミカエリは自分を虎仮面にでもしたいのだろうか?

まさか、やらないよね?と、カモ君が視線で訴えると、残された従者達は優しい笑顔でこう言った。

 

昼食をとるまでやりませんよ。と、

 

ご飯を食べたらやるんですね。わかります。

 



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第八話 カモで超人を釣る

カモ君が虎になる訓練を受けている頃、ミカエリ数人の従者と共に王宮へと出向き、マーサ王女への謁見を求めた。そこにはカモ君達が持ってきた四天の鎧レプリカの残骸付きで。

残骸はミスリルと、宝玉の欠片をわかりやすい形で分けている。

そこには廊下で何組かの貴族達とも出会い、すれ違い様に声をかけられるがいつものように作り笑い。微笑を浮かべてやり過ごす。

待合室まで案内されたミカエリは、残骸のミスリルと宝玉の欠片を既に案内室にいた王族親衛隊の隊員に渡した。

それらを見て、すぐに話すかどうかを判断してほしい。出来ればすぐにでも話し合いたい。

するとすぐ三十分もしないうちに、親衛隊が戻ってきて、二人の姫と王がお見えになる事を知らせに来た。

ミカエリはそれを聞いて、待合室の椅子から立ち上がり、膝をついて頭を下げ、そのまま王族が来るのを待った。彼女の連れてきた従者達も同じ姿勢で王族が来る事を待つ。

それから数秒後。銀の髪を有した王族が現れる。

マーサ王女とマウラ王女の二名の他に、四十代後半で恰幅の良い、長く緩やかな髪を一つの三つ編みにしてまとめた男がやって来た。

彼こそがこの国の王。サーマ・ナ・リーランである。

彼等三人は王族であり、誰も強力な魔法を使う事が出来る魔法使い。その波動は王宮内という魔法が半ば封印される処置を施されている場所なのに肌でビリビリと感じていた。

自分の兄達程ではないが一般魔法使いと比べようがないほどの魔力。やはり、慣れない物がある。

 

「面をあげよ。ミカエリ・ヌ・セーテ侯爵令嬢」

 

王の威厳のある言葉を聞いてミカエリは顔だけを上げて王の御尊顔を見た。

前に彼の顔を見たのは一年前か。政治に興味はなく、実験ばかりしていた名ばかり侯爵令嬢。

社交界に出ても下種な欲望を抱いた貴族連中や男達。それを僻む女性陣に辟易していたミカエリは公なパーティーの参加は最低限にとどめていた。

そんな彼女が王の顔を見たのは一年ぶり。

優男とまでは言わないが柔和な表情で戦争とは無縁そうな無害な顔つきの王だが、彼の外交能力は高い。

一番近い戦争でも五十年前の事。彼の祖父が指揮を取り、以後、戦争は起こさない。起こさせない執政を取る為、平和主義の王の教育を受けてきたサーマ王。

だが、平和主義である為、平和を維持する為なら、その平和を乱す敵がいれば戦争を犯すこともできる。

彼が執政を取るようになってから、国の防衛のための軍事費は年々増えている。

もしくは、隣国のネーナ王国の異変に何かしら気がついての執政かもしれない。

 

「待たせてしまってごめんなさいね。ミカエリ」

 

王族三人が入室すると一緒に短く刈り上げた赤髪。筋肉質な体。一目見て体育系だと判断できる赤髪。イケメンゴリラが豪華な鎧を着ているように見える男。彼は親衛隊隊長コーホ・ナ・イズマ。

王の護衛を務める彼は、あのカヒーともなぐり合える武力を持っている。

平民の身でありながら、その背中に背負ったミスリルやダマスカス鋼で鍛造されたブロードソードで三代に渡ってサーマに仕えており、ダンジョン踏破。モンスター討伐。武闘大会優勝といった実力を示して、ついに彼の代で王の親衛隊隊長を担うまでの実力を認められた騎士。

 

そして、武闘大会でマーサの護衛を務めた大魔導師の称号を持つ。副隊長のティーダ・ナ・ホートー。

背中を隠すほど伸ばした栗色のロングストレートの髪できりりと吊り上った瞳を強調するような片メガネを装着した。この国では珍しいレベル4。特級の火と土の魔法が使える魔法使いであり、カヒーかビコーの嫁候補と噂される妙齢の女性だ。

彼女を表すのであれば厳しい女教官。文句や鈍い行動を取ればその腰に下げた抗魔の軍杖というあらゆる魔法の威力を激減させ、自分の魔法の威力だけを倍増させる魔法の杖から放たれる魔法で吹き飛ばされるだろう。

 

そんな二人がミカエリの持ってきた鎧の残骸が入った箱を持って入室してきた。

 

王とその親衛隊隊長。副隊長までやって来たのは少し意外だったが、鎧の残骸を見てこれはまずいと判断したのだろう。

一時間もかからないうちに自分に自ら会いに来たのだ。これは少しきつい。

飄々としているミカエリでも少なからずプレッシャーを感じる事はある。その一つが王族との謁見だ。マーサ王女とは顔見知り程度の頻度で顔を合わせるが内容がそれに見合わず重いものばかり。出来る事なら王族とは関わることなく研究に没頭したいのだが、そう言っていられない状況だ。

カモ君から聞いた話から推測すると公爵家の誰かが王国を裏切り、敵国に技術もしくはレア素材を横流しした可能性がある事を、カモ君が喋ったという事は伏せて王族に伝えた。

 

王族の三人や親衛隊隊長と副隊長もまさかと思っていたが、鎧の残骸。宝玉の欠片を見て疑わざるを得なかった。

この宝玉はリーラン建国時に初代国王が持っていたと言われる『王の剣』と呼ばれる杖に付属していた物だとされ、それ一つでその属性の魔法を極限に強化して放てるという代物。

王族には国宝のシルヴァーナと玉座を。そしてその血筋の公爵家には四つの宝玉をそれぞれ与えられ、代々それを受け継いでいる。

剣という名前なのに杖の形をしていたとはおかしな話だが、何かわけがあるのだろう。

しかし、今はそれを話し合う時ではない。

王はしばらく目を瞑り、情報を精査していた。

自分の親族が国を裏切ったとは考えたくはないが、不穏な噂や情報は何処にでもあるもので、一度疑えば本気で怪しく見えてくるものだ。

特に風と水の宝玉を有しているそれぞれの公爵家。彼等の財政は長年悪かったが、ここ最近になって持ち直していると聞く。

これが宝玉をネーナ王国への寝返りの品。その報酬だと考えると合点が行く。

この一族、特に風の公爵家はミカエリと言ったセーテ侯爵が伸び始めてくると同時に落ち目になって行った一族だ。

 

(新たな風が古い風を押し出す。それに逆上した古い風はリーランに厄を噴きつけるようになる。か)

 

勿論この話が、セーテ侯爵が風の公爵家を陥れる策略の可能性もあるが、ほぼそれは無いと判断できる。

なにせ、当代のセーテ侯爵家の人間は皆、政治には興味はない上に。ほぼ趣味人。自分の好きな事しかやりたがらない。

王族や政治と深く関わっても彼等にはまるっきりメリットはない。むしろ自分の時間を潰される厄介事だ。それどころかそんな厄介な事はしたくないがために風の公爵家を立たせる協力を嬉々としてやる。

 

そんな彼等のスペックは超人レベルだと言うから対処に困る。今はリーラン王国に仕えてくれているが、今後はどうなるか分からない。

 

(そんな彼等だからこそ、王族や公爵と婚姻を結んで、当代だけでも確実に仕えてほしいのだけれど…。興味ないのよね。本当に)

 

婚姻を結ぶことで得られる資金。

今ある資産で十分満足している。むしろ人工マジックアイテムやモンスター討伐やダンジョン踏破で得られる報酬で財産を増やしていく一方である。

 

王族や公爵家の人間に成る事で側室と言った重婚も認められる。

そもそも異性にあまり関心を持たない。ある意味お子様脳であるため、魅力を感じない。

 

外交や知性によって得られる栄光や歴史に名を刻むチャンス。

既に公爵家や下手すれば王族よりも名声を上げているセーテ侯爵家。

 

(もういっそ、こいつ等にこの国を任せた方がいいんじゃないかな?)

 

自分が壊してしまった国宝のシルヴァーナの修復を任せている上に、王族の責任を放棄した投げ槍思考に陥っていたマウラまでも、この公爵家裏切り論に疲れた様子で聞いていた。

 

「…わかった。こちらが極秘で全公爵家の裏を探ろう。この宝玉の欠片の色も波動も覚えがある。君の言う危険性が完全に無いともいえないからな」

 

「ありがとうございます」

 

これがただの侯爵家だったら聞く耳を持たなかった。

なにせ、状況証拠にも劣る推論でしかないこの裏切り論は下手すれば国家転覆を狙った陰謀論でしかない。

だが、武闘大会に使われる護身の札。城壁などに組み込まれた魔法障壁を展開する仕組み。ポーションの改良といった新しい技術を産み続けているミカエリの言葉なら信用できる。

そんな英知を宿した彼女が言うのなら確認する必要があった。

宝玉の欠片は寝返った証拠になるのでサーマが預かる事になった。そしてミスリルの方だが、シルヴァーナの代わりの剣。現在考案中のマジックアイテムに使えそうだからミカエリが受け取る事にした。

国宝の大剣。シルヴァーナの代わりになる剣など早々お目にかかれないがミカエリが言うのなら安心できる。

なお、王族の皆さんはオークネックレス等という粗悪品の情報をまだ知らない。

 

「ありがとう。ミカエリさん。これで私も戦えるんですね」

 

「一国の姫が戦地に立つというのも外聞が悪いと思いますが、それを覆せるような物を作り上げてみせますね」

 

マウラは嬉しそうにミカエリにお礼を言った。

シルヴァーナが壊れて以来。刀身が半ば折れたままの剣では格好がつかない。そのため、急ぎで代わりの剣をこのミスリルで作り上げねばならない。

国宝と並ぶようなアイテムをミカエリはそう簡単には作れないが、逆を言えば条件が揃っていれば作れる。

ミスリルは魔力を増幅させる金属だ。大抵はローブや鎧に縫込み、魔法による攻撃を緩和させる機能を持つ。だが、剣や杖に混ぜ込めば魔法の威力を高める効果もある。

オリハルコンはそれの上位存在であるが、今のマウラのレベルに合わせた装備品なら目の前にあるミスリルと自前で持っているマジックアイテムだけで何とかなるだろう。

 

「それはいつごろ出来そうですか?」

 

「早ければ一週間。遅くても一月もあれば」

 

この世界での王族の装備品。マジックアイテムは戦車や戦闘機並の性能が無ければならない。

それを一週間で作り上げると豪語したミカエリはやはり手放したくないと考えたサーマ王。

 

「ところで、話は変わるんだがミカエリ君。うちの息子との縁談は考えてくれないかな」

 

サーマ王には正室一人。側室が三人。

その間に出来た息子が六人。娘が四人と結構な数の王子と姫がいる。

そして彼等は総じて美形であり、強力な魔法使いでもある。

王族としての教養も積んでいる人格にも問題は無いと思っているサーマ王はミカエリを王族に迎え入れる準備は出来ている。

 

「申し訳ございません。私が王族に加わると余計な諍いが生まれかねません。ですので、お断り申し上げます」

 

「ふむ。では、そこにいるコーホはどうかね」

 

「彼には既に愛する奥様がおられます。それにまだ新婚。そんな二人の仲を悪く真似はしたくはありませんわ」

 

ミカエリの心情としては、面倒事を持って来ようとするなボケ!

と言いたいのをぐっとこらえる。それに、

 

「最近、私にも気になる異性(実験台)を出来ましたので」

 

言わずもがな、カモ君の事である。

親と子とまでは言わないが年が離れている二人が結ばれるのは難しい。だが、不可能ではない。

まずは出来るだけ恩を売って、断りづらい状況を作りだし、彼と結ばれ、その子をなした時、ミカエリは趣味の研究に更なる情熱を燃やして取り込むつもりだ。

 

「もしや、襲われたエレメンタルマスターの少年か」

 

「ご想像にお任せします」

 

王はその言葉を聞いて、今度はミカエリを直接狙うのではなく、エレメンタルマスターの報告が上がっているカモ君に狙いを絞った。

彼の情報を前々から聞いている。幼少のころから魔法に通じており、体術もそこらの冒険者にも劣らない。

そして、シルヴァーナの恩恵で強化されたマウラとも互角に立ち回ったという少年。彼には既に婚約者がいると聞くが、関係ない。

 

まずはシルヴァーナの修復の為の任務で、武闘大会で戦った事のあるマウラと接点を持たせる。

次にその修復の功績を認め、爵位を渡す。

その実力と稀有な能力を周りの人間達に知らしめて、四人の姫のうちの誰かと婚約を結ばせる。

 

王族と婚約するとなれば、彼の婚約者も文句はあっても黙る他ないだろう。婚約者殿には悪いが側室となってもらい、そこに追随する形でミカエリと結ばれてもらえば、一石二鳥となる。

となると一番近い年頃のマウラか少し離れているマーサが適任だろう。

武闘大会の時点でカモ君の実力は知れている。

凡人は超えているものの超人ほどではない。しかし、エレメンタルマスターという稀有な能力は一国の姫を当ててでも欲しい人材である。

 

ただ、問題はその人格である。

セーテ侯爵家の様に趣味人だったら手間がかかると考えた。

ただ、彼等の様に恵まれた状況ではない事から付け込む余地はあると判断した。

 

「そうか。今回も諦めておくよ」

 

(次回は諦めない。そう言っているようなものですよお父様)

 

第二王女のマーサはそんな父であり、王であるサーマの考えを見透かしていた。

何せ、あの武闘大会自体が婿・嫁さがしの一環だった。その一環でカモ君がマーサの婿候補となり、彼女が他国に嫁ぐと言う案件は見送りになった。

シルヴァーナが壊れたのは痛すぎる出費だが、カモ君の実力も知れた。なにより、カモ君から芋ずる式でたった八歳であるにもかかわらず、レベル4。特級の火の魔法が使えるクーまでこちらに引き込めるかもしれない。むしろ引き込む。彼はカヒーやビコーを越える超人に成りえる人材だ。

公爵家の裏切りがあったとしてもカモ君を取り込み、セーテ侯爵。クーを取り込めたらおつりが出る。

第三王女のマウラはシルヴァーナの事。そして姉であるマーサの事しか考えきれていない。まさか、自分の将来のお婿さん候補と対決し、任務にあたるなどと思いもしなかった。

まあまだ十一歳だ。仕方ない事なのだろう。それに第三王女とはいっても兄四人。姉二人がいるので彼等が国政に携わる事はあっても、自分が携わる可能性は限りなく少ない。

精々、今みたいに有力者を取り込む為にあてがわれる娘になる事だろう。

 

問題はカモ君が婚約者であるコーテにぞっこんだと言う事。

ミカエリは二人の事が好きなので、どうにかして二人の間に挟まりたいと考えている。

 

が、ガイア!

 

同時刻、ミカエリに言い渡された無茶苦茶な特訓でカモ君が珍しく奇妙な悲鳴を上げた。

本人があずかり知らぬところで様々な縁談が組まれている事に気づけるはずがなかった。

 



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第九話 狩人とオネエ戦士とロリメイド

ミカエリ邸に身を寄せて五日が過ぎようとしていた。

助力を請い、体力・魔力の強化に加え、政治的にも裏で協力してもらっているカモ君がツッコミはするもののミカエリの無茶ぶりに応えるほかなかった。

 

例えば、隙あらば媚薬を混入した飲み物や食べ物を与えてくる彼女のアプローチを躱す。

例えば、エロ本の一文を引用した魔法の詠唱をさせられる特訓を課せられた

例えば、昭和の漫画のような特訓で鉄下駄をはかされ、体の組織を破壊どころか殺しに来ているトレーニングを何とかこなした、

例えばミカエリ特製のマジックアイテムの実験台になり、あわやミカエリ邸の一部を吹き飛ばしかけたりもした。

 

一般市民ならこれらを成し遂げた。もしくは取り組んでいる途中で色々と下手を打って自滅していただろうが、この世界には回復魔法という便利な物がある。

 

理性を引きちぎりかける度に回復魔法。

精神が乱されそうになったら回復魔法。

体が壊れるギリギリを見極めて回復魔法。

爆発物に吹き飛ばされて体の一部を痛めた回復魔法。

 

カモ君自身とコーテが回復魔法を使えなかったら自分は二回も死んでいたかもしれない。

というか、こちとら右腕を失ったばかりだと言うのに無茶な特訓を敷いてくるとはどういうこと。

いや、まあ、自分でも説明した通り、前世の記憶から近い将来この国が戦争に巻き込まれるのは知っていますよ。それに対応するために鍛え抜かないといけないのも理解していますよ。これくらいしないと自分ではあっさり死んでしまうかもしれないんですから。

でもさぁ。きついんだよなぁ。

 

隻腕になった?それと訓練に何か関係あるの?

 

そう言わんばかりのミカエリの課していく特訓はある意味想像の斜め上を行く。

物理的・体力的な事できついのは当たり前。だが、一番厄介なのは意識外からの対応性を鍛える事だ。

ゲームでもそうだが、貴族の行うモンスター討伐。国が行うダンジョン攻略などは、『敵の情報を把握している状態』での戦いが多い。

敵のステータスや属性。特性。種類に数と言った物は予め知らされたまたは想定された物となっている。

だが、戦争ではそんなことは稀だ。不意打ちは勿論、裏切り、根回し、諜報といったただ戦うだけでは収まらないのが戦争だ。

ミカエリが特訓させているのはそんな付随的な、もしくは裏側からくるものに対しての戦いの心構えだろう。

おはようからお休みまで油断することは許さない。油断すれば手痛い一撃や主にエロスな方向で社会的に殺しに来るものまで多種多様な嫌がらせという特訓を受けているカモ君は今日も今日とてそれらを必死にこなしていた。

 

そんなカモ君に朝食時にミカエリからマジックアイテム作成の手伝いをするように言われた。

これはセーテ侯爵家の秘伝とも言っていい技術だ。

なにせ、マジックアイテムはダンジョンからしか手に入らない代物であり、全てが天然もの。ただし、ミカエリが作り出した物は除く。

魔法学園の決闘や武闘大会でも使われる護身の札が彼女の作り出した一番の発明品。それらを用いる事で死ぬ恐れが無い無理な戦いも出来て自国の兵の強化にもつながる。

護身の札が出来てからリーラン王国の軍事力は三割増しになったと言ってもいい。それ以外にも王都を囲う城壁にも結界を張るなど国防面でもその威力を発揮しているミカエリの技術は門外不出と言ってもいい。

手伝わせるという事はカモ君経由でその技術が他国に流れる恐れにもつながるのだ。

それなのに自分に手伝わせるとは一体、何を作ろうとしているのだろうか。

 

「…本気か」

 

「本気も本気よ。魔力量だけならエミール君はお兄様たちの足元に及ぶくらいの量よ。それにエレメンタルマスターだから微調整も出来るでしょ。今までは一人でそれをやって来たけど今の貴方なら私の補助の全てを任せられるわ」

 

つまり、人工マジックアイテムの作成には数種類の属性の魔力が必要になるのか。

…じゃあ、これまでのアイテムはどうやって作って来たんだ?

 

その疑問を投げかけると帰ってきた答えは「企業秘密よ」とウインクで返された。

つまり答える気はないと言う事か。

まあ、これから自分も手伝うんだからそのヒントが見つかるだろう。

 

 

 

そう思っていた頃もありました。

ミカエリ邸。地下にある彼女以外は入れたことが無い工房。

そこに初めて通された人間のカモ君の目の前にいたのはギリースーツ。地球外狩人的生命体の風貌をしたミカエリだった。

首から下の鎧に当たる部分は全身が薄茶色じみたラバースーツの上に胸当てや股間などを覆うカモ君が見知らぬ金属プレートが体の関節部分や急所を守るように着込まれている。

首から上は、玉ねぎの形に近いフルフェイスの兜。口の部分に細かな空気穴が細工されており、視界を確保する目差し部分からは怪しい光が零れていた。更には頭頂部からは触手の様に伸ばされた数本の金属のチューブが繋がれていた。

その格好はアイテム作成というよりも戦闘開始といった装備だった。

 

「…ふざけている?」

 

「極めて正気よ」

 

危ない薬をキめて正気でない事を必死に祈った甲斐があるという物だ。

なんでも格好は自分の膂力を上げる効果と、自分の魔法属性を好きな属性に変化させるという物。

格好こそ奇天烈なそれの効果は間違いなく国宝ものだ。

シャイニング・サーガでも魔法の属性を変えるなどラスボスでも出来なかった仕様に驚いたカモ君。

欠点はもちろんあるようで、一度装着すると装着者の魔力を使い切るまで外せない事。装備後、二日は魔法が使えなくなる事が付随していた。

魔法が使えない魔法使いほど使えない戦力は無いが、今はまだ戦時ではない。とはいえ、何があるか分からない為、ミカエリがアイテムを作る際には最大警戒レベルで従者達がミカエリ邸を警備する。

カモ君が初めて見る魔法使いの工房の中はまるで刀鍛冶の工房を思わせる代物だった。

既に火の入った炉に、澄み切った水の入った瓶。大小様兵器々なハンマーに、ペンチやバールに似た工具。随分と使い込まれた跡がある金床などがそこにはあった。

そして、素材となる希少金属やレアアイテムが整頓されて陳列されている。

 

「はい、これはエミール君の分」

 

どう見てもどう見ても分厚いプレートアーマー一式(フルフェイス型の兜付き)です。

まあ、素敵な作業服(戦闘服)。アイテム制作作業にとっても不釣り合い。

 

カモ君はそれを不思議に思いながらも着込む。

しばらくして、ミカエリの瞳に重装備をした男が一人写りこむ。

 

「創作活動しようとする格好には見えないわね」

 

こんな格好をして戦闘に行かずに生産活動をする間抜けがいるらしいですわよ。

アンタの目の前に居やがりますわよ。ついでに貴女様も同類でしてよ。

 

「工房に戦闘服を着た男女が二人。何も起きない筈もなく」

 

「アイテム作りをするに決まっていますわよ。…これはどういうことでして?」

 

というか、先程からお嬢様語りが止まらなくてよ。

思考回路は私(カモ君)のままなのに表現の仕方がお嬢様口調はどういうことですの?

 

「その鎧は魔力を通しやすいミスリルで出来たバトルドレスよ。見た目に反してとても軽いでしょ。でも見た目通り頑丈でもあるのよ」

 

確かにミスリルは軽くて丈夫がウリですわよ。それとこの現象は結び付かないのではなくて?

 

「最初はとある貴族の人に娘の粗忽さを矯正するアイテムは作れないのかと、…煽られて」

 

頼まれてでは無くて?

 

「やってやんよ。て、売り言葉に買い言葉で作り上げた物がそれなの。これを装備すると思考や所作がお嬢様になるように作ったから大成功よ」

 

それがどうしてプレートメイル一式に?

 

「あいつら泥臭さとか油の匂いとか無縁そうだから嫌がらせ九割五分、構造上の都合の五分でそうせざるを得なかったの」

 

ほぼ嫌がらせじゃありませんか。

デザインの方はどうにかできそうですわよ。それこそ鎧からドレスに変更できそうですわ。

 

確かにカモ君が歩こうとするとどこかお上品にしゃなりしゃなりと静かに足を動かす。

注文通り問題のお嬢様の矯正を成し遂げた鎧だったが、見た目が悪いと鎧を叩き返された。

その時のアイテム制作料・依頼料はぶんどった。ミスリルで出来ている事は隠したのでそのまま取られるということは無かったらしい。

しかし、それを今のカモ君が着込む理由にはならない。

 

「これからこの抗魔の短剣を強化して、マジックアイテムの大剣作りあげるの。その際中、エミール君には光属性の魔力を絶え間なく流し続けて欲しいの。時々、他の属性も同時に使ってもらう。その時、魔力が反発して爆発しても怪我をしないようにそれを着込んでもらったの」

 

ミスリルの鎧を着こむほどの爆発が起こるんですのね。恐ろしいですわ。

 

「ちなみにあの四天の鎧の残骸をインゴットに作り直す時に爆発したんだから。マジックアイテムはそれだけ繊細なの」

 

そう言えば少し前にありましたね。新作の人工マジックアイテムの実験で爆発事件。

大剣のマジックアイテム。何でも魔力を流せばその刀身が炎で包まれる男の子の夢だったはずなのに、爆発してしまった。思えばあの爆発、刀身からじゃなくて足元から爆発したような…。

 

「…ごめんなさいね」

 

「ぶちのめしますわよっ」

 

あの爆発事故で両足の骨にひびが入ったのですわよ!回復魔法で今は平気ですけどっ!

メイドや執事達はよくある事だと言ってあの時は流してはいたけれどあの時、地下にいたのはインゴット制作中のミカエリ様がおられたという事。

というかそんな爆発の恐れがあるのに地下でそのような真似をして生き埋めになったらどうするつもりでしてっ!あと、地上側への迷惑も考えて欲しいですわ!

というか、ここも地下ですわ!表に出やがれですわ!

 

「いや、このギリースーツ、結構頑丈で生き埋めくらいなら三日は持つわよ。その鎧も三時間は持つだろうし」

 

驚愕、目の前のギリースーツ。ミスリルよりも高性能だった件。

 

「じゃあ、時間もないし早速作るわよ。このインゴットに全力で光の魔力を注ぎ込んで」

 

ミカエリはそう言うとミスリルのインゴットを炉に十秒ほどくべるとすぐに取り出して、金床にインゴットを置く。

 

繊細な作業とは?

 

いきなり全力で良いのかと思いながらもミカエリな何か考えのあっての事だろうと思い、カモ君は言われるがまま、魔力を注ぎ込んだ。

 

 

 

「…地震?」

 

例のいやらしいメイド服を着ながらベッドメイクや屋敷の掃除をしていたコーテ。

あの微振動には魔法で作り出した水の障壁を挟むことで無力化することに成功していた彼女は、魔法の維持とメイドのお仕事というマルチタスクの訓練をしていたところで地面がかすかに揺れたことを感じた。

そこに一緒に作業していたメイドがいつもの事ですから気にしないでと言っていたので気にしないでいたが、断続的に揺れを感じた。

 

「今日は一段と激しいですね」

 

「ミカエリ様もお盛んですからね。お気に入りの少年が来てから尚更」

 

コーテはその一連の言葉を聞いてミカエリとカモ君が事に及んでいるのではと感づいた。だが、ここは狂っても伯爵家の家。しかも王都の一等地に当たる地域の建物であるから耐震構造などはしっかりしているはず。なによりミカエリ程の技術者がそこを怠るとは思わない。

事を致してこんな揺れを起こしているとしたらどれだけ激しいのだと思う。そうだった場合、普通の人間なら体がバラバラになっているだろう。

 

…カモ君のカモ君は普通だったか?

 

コーテは即座にNOと言える。

他の人のムスコを見たことが無いが、本や知識とは違った大きさであったのは確かだ。

自分は他の人に比べて小柄だが、それでもあれは別格だと言える。

 

ミカエリならアレに対応できるのではないか?

 

有りえそうである。あのミカエリなら。

ネタとしてアレに対抗できそうな知識と技術。アイテムも持っていそうだ。

 

あの二人が事を致している時の衝撃がこの揺れではないか?

 

カモ君の異様さとミカエリの異常さならあり得る。

 

コーテはいろいろと不安になって来たのでカモ君とミカエリを探しだす事にした。

一緒にいたメイドさんに二人の居場所は何処かと尋ねても教えられないと返されたので自分で探すことにした。

三十分ほどミカエリ邸の中を探して中庭の一角に出ると複数の執事とメイドが武装してそこから地下に繋がる入り口を封鎖していた。コーテが探している間も屋敷中に揺れが発生していた。そして、揺れの震源地が其処だと言う事も肌で感じ取ったコーテはそちらへと向かう。

 

「すいません。ただいまアイテム作成中の為こちらに立ち寄る事は出来ません」

 

「発掘とかじゃなくて?」

 

近寄ってきたコーテを押し留めるように執事の一人が彼女を呼び止めた。

今も断続的に揺れが続いている。まるで鉱石を取り出すために爆薬や魔法を使っている坑道の様に揺れが続いている。

まあ、コーテが知りたいのはカモ君の所在だ。それを立ずれようとした時、ズドン!と、派手な爆発音とこれまでの揺れとは一段と大きい揺れが発生した。

地下へと繋がる入り口からは黙々と粉塵が巻き上がり、時折落石のような現象も起きている。この先にカモ君がいたら大変だと考えた瞬間に地下から聞きなれた声が聞こえた。

 

「少し休憩しましょうか。あとはコーテちゃんの杖を強化するだけだし」

 

「あれをアイテム作成とは認めたくはないですわ」

 

地下から聞こえた声は聞きなれた声。しかし、その姿は異形の戦士の出で立ち。

地球外狩人と重戦士オネエの二人組の姿を見て、唖然としていたコーテを放っておいてミカエリの従者達は二人に駆け寄り状況を確認する。

二人の戦士の装備品はあちこちが凹んでいたり、黒くすす焦げていたがちゃんと二本の足で立っている上にまだ余裕がありそうな声だった。

 

「あら?コーテちゃん。メイド修業はもう終わったの?」

 

その風貌から出てはいけない程ふんわりした口調で声をかけられたコーテは狩人から一歩も引かずにそれを着込んでいるのがミカエリだと判断した。そして、オネエ口調の重戦士はカモ君だと気が付けた。

 

「メイド修業はまだ…。それよりも二人して何していたんですか」

 

そう訊ねられるとミカエリはクネクネトと体を揺らしながら自分のお腹を抱きかかえるように言った。

 

「出来ちゃった」

 

「…エミール?」

 

「アイテム作成でしてよ」

 

地球外狩人がまるで身籠ったかのような仕草をしたのですぐさま冷たい視線をカモ君にぶつけるコーテ。

そうなる事は予想していたカモ君はすぐさま切り返した。ここで言いよどむと誤解が生まれる。

 

「エミール君ってば、やる気になるとあそこまで(魔力)が大きくなるのね。彼の全力のあれ(魔力)があんなにも膨れ上がるなんて…」

 

「確かにエミールのアレは異常」

 

「コーテさん。マジックアイテム制作に使う魔力の事でしてよ」

 

その都度カモ君は訂正をしていく。分かっているだろうけど言わずにはいられない。

 

「あんなにも(魔力)注ぎ込めるなんて思ってもいなかったわ。おかげで何度も溢れちゃった」

 

「わかる。あれはきっと五人分はある」

 

「何度も言いますけどアイテム作成ですわよ」

 

アイテム作成中にカモ君はミスリルのインゴットに魔力を込めたがミカエリの想定していた量より少し多めだったため、何度も魔力が溢れ爆発を起こした。その為に揺れた。

その魔力量は一般魔法使い五人分の魔力に匹敵する。これもカモ君の日々の努力の賜物である。

 

「それなのに彼にはまだ余力があるし、まだまだいけそうなの。こんなに(アイテム作成が)続くのは初めて」

 

「…確かに、エミールはまだまだ余力を残していた。私が未熟じゃなかったら、エミールはもっとやれていた」

 

「コーテさん?分かっておられますわよね?」

 

だんだん話がずれてきているように思えてならないカモ君はコーテにしっかりと話しかけたが、コーテの視線は冷たいまま。

 

「つぎはコーテちゃんの分も作ろうと思うんだけど…。ご一緒しちゃう?」

 

「する」

 

「うふふ。3Pね」

 

「どっちがエミールを使いこなせるか見せつけてやる」

 

「使われる側なのですね、私。まあ、元からそのつもりでしたけど」

 

外見は地球外狩人とオネエ重戦士とメイドのコントのようだ。

従者達もそれが分かっているのか微笑ましそうにそれを見ていた。笑いをこらえているともいうが。

 

「うふふ、それじゃあ、お姉さんとイイ事(アイテム作成)しましょ」

 

「先に生み出すのは私」

 

「しつこいようですけどアイテム作成ですからね?」

 

いまだ粉塵が巻き起こっている地下に進んでいく三人の背を見送った従者達。

本来ならミカエリとカモ君以外通すつもりは無かったが主人が通る事を認めたので見送る事にした。

これからまたアイテム作成の経過で起きる地震に備える彼等が耳にした言葉が。

 

「エミール」

 

「なんでして?」

 

「キモいよ、その喋り方」

 

「やっとそこにツッコんでくれましたわっ」

 

「やあねぇ、(魔力を)ツッコむのはお互いさまじゃない」

 

地球外狩人とオネエ重戦士とロリメイドが絡む風景を想像させるものだった。

 



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第十話 溜息

カモ君がミカエリ邸でお世話になること六日目。

ミカエリは先日作成した、王族マウラへのマジックアイテムを渡すため朝日が昇る前に屋敷から護衛を数人連れて出かけて行った。

 

同時刻、カモ君とコーテも起床して、ミカエリの従者達と共にセクハラまじりの鍛錬に明け暮れていた(明け暮れるだと朝から晩までになるので、励んでいた等の表現の方がよいと思います)。いつもなら就寝するまで行われる鍛錬だが、二人は明日からは魔法学園に復学することになっている。

そのための準備は既に終えているが、これまでの疲れをとるためにも、正午で鍛錬を打ち切り、二人を労うことになっていた。

 

その内容は従者達による打ち上げ。

新人研修の終わりや長期休暇前の労働明け。

主人と共にモンスター殲滅を目標に掲げた遠征。

人工マジックアイテムの実験。

ミカエリの兄。カヒーとビコーの部隊の軍人達との戦闘訓練。

などの一つのイベントを終えた後に行われる打ち上げ。

もちろんすべての従者達が一斉にやるのではない。これもローテーションで行われるが、それでも従者達全員を労えるようにシフトはきちんと組まれていた。

 

ミカエリの従者達は、あの超人兄妹が直接雇ったことだけあり、皆が皆この国の一兵卒以上の実力を持つ。今のコーテはもちろんカモ君でも彼らと敵対することは避けたい。

正午きっかりに鍛錬が終わると急に他人行儀というかこちらに優しく接してくるのだから思わず疑ってしまうカモ君とコーテ。

 

またなにかやらかすのではないかと警戒しながらも、彼らのおもてなしを受け続けることでようやくその労いが本物だと理解した。

 

なにせ、食事と飲み物には媚薬を盛り、着替えにはエロい機能を混ぜ、戦闘訓練では無茶難題を課してくる。

 

・・・いや、まだ警戒は解かんほうがいいな。

 

その労いが理解できても、素直には受け入れられない。

なぜなら目の前の彼らは超人奇人のセーテ侯爵の従者なのだから。

 

正午にもてなされたのは高級食材を取り繕ったバーベキュー。

素材から調味料。果てはその受け皿まで高級な品でそろえられた昼食。

そこから入浴を進められると、全身マッサージといったエステを受けて全身をもみほぐされた。

この間にも、まるで劇場を思い出させるような様々な楽器の音色が流され、身も心もほぐされかけていたカモ君とコーテ。

 

油断するな、これは罠だ。

こちらが油断する瞬間を彼らは狙っているのだ。

 

そう自分に言い聞かせて自制を促していた。

しかし、人間というのは苦痛を堪えるよりも快楽を堪えることのほうが難しい。

エステを受けているコーテは既に夢の世界へと旅立っていた。

カモ君は堪えた。しかし、この気持ちよさはたまらない。

なんで堪えているのかもわからなくなる。彼は懸命に抗った。

しかし、夢の中へ行ってみたいと思わざるを得ない。このまま眠れたらどれだけ幸せになるだろうか。

 

俺は、快楽なんかに負けない。

負けないん、だ。

 

「あ~…」

 

ごめんよ、コーテ。

なんだかとってもねむいんだ。

おなかがいっぱいで、からだはほぐれて、めもみみもしあわせなんだ。

 

 

 

こうしてカモ君はおやつの時間になるまで深い眠りにつきましたとさ。

 

 

 

カモ君が快楽に屈していたころ王族の住まう王城でミカエリは護衛の従者達を連れて、先日の待合室で受取人の姫マウラとこの国の王サーマが来るのを待っていた。

待合室に待たされること一時間。

ようやくマウラとサーマがやってきた。マーサ姫は仕事が立て込んでおり、今回は出席していない。しかし、王と姫の護衛を怠るわけにはいかないので親衛隊隊長とその部下である隊員の数名が部屋にやってきた。

かなり広い待合室ではあるが、「密です」と世界が違えばそういわれても仕方ないほどの威圧感を放つ親衛隊に気が滅入るミカエリ。

決してそんなことは顔には出さず、自身の従者に持ってこさせた木箱を二つ、王族へと献上する。

子供が入れそうな細長い木箱の一つを親衛隊の一人が丁寧に開封していく。その間も彼らは警戒を怠らない。

さんざん身辺チェックもされて、魔法でも確認をしたうえでの開封。確かに自分ならそのチェックを潜り抜けるアイテムは作れるかもしれない。材料はないが…。

かといって、現王家に弓を引くつもりはない。

木箱が開封されるとそこには鈍い光を放つ白の大剣。

国宝のシルヴァーナと瓜二つ大剣がしまわれていた。

その出来に王は息をこぼし、マウラは目を輝かせた。

 

「シルヴァーナ・ニア。どうぞお納めください」

 

本物のシルヴァーナの効果に比べると強度・効果はだいぶ格落ちになるが、それでもダンジョンの中層。深層で出現するアイテムでもお目にかかれない品に出来上がった。

身体能力の向上。自然治癒力を高める効果もあるが欠点はもちろんあった。

 

「こちらの大剣ですが、魔力の回復ではなく消費をしてしまうのです」

 

危険がないことを確認した親衛隊隊員がマウラにそれを手渡すと、若干シルヴァーナよりも重く感じた。

しかし、それよりも自身の力が僅かながら吸い取られる感触がした。

この大剣を握っているだけで身体能力が上がり、治癒力も上昇する。しかし、この大剣は常に装備した者の魔力を吸い上げる。

魔法を唱えずにその効果を発揮できるのなら素晴らしいものだが、本家のシルヴァーナは消費するどころか回復させるという機能を持っている。まさにチート武器ともいえるだろう。

 

「…そうか、やはり其方でも完全な復元はできぬか」

 

「はい。その上、こちらの剣は魔力があれば誰にでも扱えます」

 

マウラだけが使えるといういわば特権。もしくはセキュリティーが施されていないこのシルヴァーナ・ニアは敵に奪われればそのまま使われるという危険性も含んでいた。

 

「…量産は可能か?」

 

「残念ながら。素材も、技術も、人も足りません」

 

これはカモ君みたいな馬鹿みたいにある魔力総量とその柔軟性を併せ持つ魔力がないと作れない。そして、自分の持つ技術・設備も早々に揃えられない。

ミカエリが使いやすいように、ミカエリにしか使えない上に、ミカエリしかわからないような技法で作り出した物。

たとえ、十全に伝えたとしても作れる可能性は極めて低い。

 

そのことを伝えると親衛隊隊長のコーホは残念そうに眼を閉じた。

これが量産。この国の兵達に。せめて部隊長達にでも渡ればそれだけで軍事力は大きくなる。

しかし、これは一品もの。しかも魔力を吸い上げるスピードが意外と速い。

一般の魔法使いや軍人に比べて魔力が強いとされる王族であるマウラでもこの剣を握り続けるのは辛いだろう。

さっきまで嬉しそうにしていた目から少しずつ光が失われているようにも見えた。

 

「魔力の消費を抑えるのがもう一つの箱にございます」

 

開けられなかった木箱を同じように調べながら開封した親衛隊が見たものは、シルヴァーナ・ニアに近い色合いをしたVの字の鞘だった。剣を収めれば二回り大きい剣にも見える。武器として使うのは厳禁。この鞘はある意味大本の剣よりも繊細な造りをしている。

その鞘の縁取りはまるで虹のように見る場所を変えると色が変化する装飾になっていた。

 

「こちらにあらかじめ、火・水・風・土・光・闇と全属性の魔力を込めています。この鞘に納刀している間、魔力は消費しません」

 

ミカエリの言葉を聞いたマウラはすぐさま、親衛隊からその鞘を受け取り、カチンと音を立てながら納刀する。

 

「本当だ。魔力を消費しないっ。でも力も強化されていないような」

 

「封印状態ですからね。もちろん効果もありません」

 

いくらミスリルとはいえ、20キログラムはあるんだけどね、そのセット。

やっぱり鍛えられた王族なのね、彼女も。

 

まだ十一歳。もうすぐ十二歳になるマウラだが、まだ女の子だ。そんな彼女が軽々とシルヴァーナ・ニアを持ち上げている光景にミカエリは感心した。

もちろん、この鞘にも欠点はある。三日に一回は全属性の魔力の充電をしなければならない。

この鞘に必要とされる一つの属性につき、一般魔法使い一人分の全魔力。それが六つ。少なくても六人分の魔力が必要になる。

とはいえ、姫であるマウラの周り。正確には王族を守る魔法使いは精鋭ぞろい。全属性をカバーするなど造作もないだろう。何より、

 

「あのエレメンタルマスターの少年が近くにいればそれも容易いか」

 

「そうなります。ですが、彼と合流するまではそちらのほうで賄ってください」

 

鞘の説明をするとサーマ王はミカエリの考えを掬うように感じ取った。

カモ君の魔力量ならこの鞘の充電も可能となる。

そもそもシルヴァーナの修繕のためにカモ君とマウラは近い将来、同じ部隊に組み込まれる予定だ。そして修繕が終わればシルヴァーナ・ニアもお役御免となる。

カモ君とこの剣はいわば中継ぎとしての役目である、それさえ達成できればそれでいい。

まあ、王族はもちろんミカエリすらもカモ君と何かと縁を作っておきたいと考えているので中継ぎで終わらせるつもりはないが。

 

「ありがとうミカエリさん。この剣使いこなしてみせます」

 

そんな後ろめたいことなど感じもしなければ、考えてもいないマウラの笑顔にミカエリは優しく微笑み返した。

細かい説明や注意点を伝え、そのあと王城の一角に設けられた鍛錬場で、親衛隊とマウラの模擬稽古が行われた。

シルヴァーナ・ニアはマウラからしてみれば少し重くなったシルヴァーナと感じ取った。

稽古でできたかすり傷。その治り具合からも自然治癒能力も半分といった具合だ。

まあ、それでも装備品としては破格の一言。ただシルヴァーナが強力すぎるのだ。

そしてこれまでシルヴァーナの効力を感じ取れたのはマウラと彼女と戦ったことがあるごく一部の人間のみ。

シルヴァーナとニアの違いを読み取るのは至難の業だろう。

 

無事にアイテムの献上を終えたミカエリがその性能を見届けていると、そこに仕事を終えたマーサが合流してきた。

愛する姉が来たことによりシルヴァーナ・ニアをぶんぶんと振り回して喜ぶマウラ。

それを見てマーサはミカエリにお礼を言いながら、サーマ王も交えて昼食とお茶をもてなすことにした。

 

王族からのお誘いとあれば断ることはできない。自分はこの国に仕えている侯爵なのだから。

 

ミカエリを取り込みたい王とその姫はお茶を飲みながらも何かと縁談やそれらしいことを混ぜてくる。ここで一つでも肯定の意思を示せばあれよ、あれよと式を組まれることになるが、そこは自由人ミカエリ。しっかりと感じ取り優雅にスルーを決めた。

 

そして、ようやく王族のお茶会から逃れることができたミカエリは帰りの馬車の中で盛大に息を吐き切った。

 

「あ“あ”あ“あ”あ“あ”っ、つっかれたっ」

 

貴族令嬢として、いや、女性として出してはいけない声に彼女の従者達は聞かなかったことにしてもくもくと馬車をミカエリ邸へと進めるのであった。

 



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第十一話 ERO MEN 足る MONSTER

「無礼講に女子会をします」

 

「…は?」

 

至福のお昼時間を経て、優雅な夕食でもてなされた。さあ、あとは用意された客室のベッドで眠るだけと思っていたコーテは王城から戻ってきたミカエリになかば拉致されるようにメイド達の寝泊まりする寮へ連れてこられた。

 

「コイバナをします。惚気話もしてもらいます」

 

「ミカエリさん。疲れている?」

 

あの外見は知的で、頭脳明晰で容姿端麗。しかし、中身はファンキーなミカエリが食い気味でコーテをメイド達が六名から八名ほどで眠るベッドルームにコーテを引きずり込んだ。

その部屋にはすでに眠ろうかとしていたメイド達もいたが、中には「…またか」と何かを悟った眼をしていたメイドもいた。

 

「うん。とっても」

 

少し幼児退行を起こしているミカエリの様子にメイド達はまた、王族に縁談を持ち込まれたなと察した。

ミカエリは自由人だが、王族を無視できるほど自由ではない。かといって、王族に縛られるほど律儀でもない。そんな中途半端な人間だから、王城には行きたがらない。行って帰ってきたときは相当フラストレーションが溜まり、こうやってメイド寮に突撃しては愚痴をこぼし、メイド達の恋路や悩みを聞いて発散させる。

王族からの縁談とは一般国民にしてみればこれ以上ないほどの贅沢だが、ミカエリは一般ではない。王族から与えられるものよりより良いものを手に入れられる彼女には欲しいものなど今までなかった。

その事をメイドから知らされたコーテはこれまでの恩義に報いるためにもミカエリの無茶ぶりに応えることにした。

コイバナというか、惚気話は自分にとってはカモ君のことしか思い浮かばないがそれでもよければとメイド達と盛り上がっていた。

メイド達のコイバナから、自分とカモ君の出会いを話していたコーテ達だが、ミカエリの話になると事態は一変した。

 

「私はエミール君がいいと思うんだよね」

 

「いくらミカエリさんでもそれは許せない」

 

ミカエリにとって最初のカモ君はその辺を歩く一般人や貴族と大差なかった。

しかし、それが変わったのはカモ君が自分をほとんど欲していないと理解した時だ。

その美貌に目を奪われるわけでもなく、その地位と名声に惹かれるわけでも無い。

かといって恩義を忘れたわけでも礼儀を忘れたわけでもない。

自分との距離感。ボケに対するツッコミといった遊び心もちょうどいい距離感。

他の誰でもない反応。態度に興味をひかれた。

彼の類を見ない凡庸さ。一般人の素質を最大限に生かそうとする努力とその姿勢。

エレメンタルマスター?そんなもの彼の面白さに比べればおまけにもならない。

その上。

 

「だって…。エミール君。エロいじゃない」

 

「…」

 

ミカエリのような絶世の美女。ダイナマイトボディー。エロい体を持つ人からエロいと言わせるカモ君はそんなにエロいのか?

コーテからしたらカモ君だけが異性と認識している。自分の兄や彼の弟のクーは家族としか認識できない。

魔法学園で自分に言い寄ってくる男子生徒はいたが、今でもその顔はうろ覚え。せいぜい、カモ君が重宝しているシュージの顔くらいしか思い出せない。

だからカモ君がエロいといわれても納得がいかないコーテだったが、周りのメイド達は違った。

 

「わかる」

 

「わかる」

 

…わかるのか。

 

コーテは内心戸惑いながらも彼女たちの意見を聞き出す。

 

「だって、まだエミール君十二歳。もうすぐ十三歳なのにあの体つきよ」

 

「いいですよね。十三歳。子供でもなく、大人でもない」

 

「まだ未成熟な果実。それなのに大人な体つきをしている」

 

「成熟した体に、未熟な精神。そのアンバランス。最高」

 

自分の容姿が子供体型で、そこが受けると級友のアネスがいっていたがそういうことなのだろうか?

 

「あの鍛え甲斐のある体つき。まだ筋肉がつきそうな成長段階の体」

 

「あちこちについている消せない傷、危険な香りがする顔に残った火傷」

 

「ちらちら見せる彼の弱点は逆にいいアクセント」

 

食レポかな?

 

「強がっている割には実は弱点豊富」

 

「大人ぶっているけどまだ幼さの残った所作」

 

「悪ぶっているけどうっかり癖が抜けないところも萌えポイント」

 

…エミール。散々な言われようだけど否定できないよ。

 

「何よりあの股間のスティック。いやスタッフ。戦闘態勢に入ればどうなることか」

 

「思わずのどが鳴りました」

 

「私は胸が」

 

「私は下腹部が」

 

風邪の初期症状かな。すっとぼけ続けるのも難しい。

だからか、ぽろっと余計な言葉をこぼしてしまった。

 

「あれはあと変身を二回、残している」

 

エミールのあれは戦闘状態とその先、戦闘状態2がある。

 

「まさか、そんな…」

 

「それじゃあ、スタッフどこじゃないわ。ランスじゃない」

 

「私の戦闘力で包めるかも怪しいわ。コーテちゃん。どこでそれを…」

 

ここは勝者の笑みを。違った。エミールはほとんど動かなかったからあれを勝利とは言えない。

経験者の笑みを浮かべよう。

 

「…ふ」

 

「そんな、コーテちゃん。そんな小さな戦闘能力でどうやって!?」

 

「そもそもコーテちゃんの戦闘力で彼を受け止められたの?!」

 

「コーテちゃん。恐ろしい子」

 

あと私の体つきを見て戦闘力と言わないで欲しい。

この小ささは希少価値だ。あれから少しだけ。本当に少しだけ大きくなった気がするのだから。

私の戦闘力はエミールとの戦いの中で大きくなっているはずだ。

 

「あれを受け止められるなんて。まさに人体の神秘」

 

「きっと骨があるのよ」

 

「魔物かしら。いや、確かにあれはモンスタークラス」

 

それからエミールの発情ポイントをつらつらと挙げていく女性陣。

 

「結論。エミール君はエロい」

 

「わかる」

 

「主張を認める」

 

「異議なし」

 

本人のいないことをいいことに散々エロいと言われているカモ君。

そんなカモ君はというと。

 

 

 

「女性のドキッとした瞬間」

 

「ほどけた靴ひもを目の前で結んでいるしぐさ。頭頂部に隠れて見えそうで見えない胸の谷間が最高」

 

「髪をかき上げるしぐさに見える項にときめかずにはいられない」

 

「前かがみになった時のヒップだろ。メイド服の上からもわかる肉厚さを知らんのか」

 

「…お腹をさすりながら『きてないの』と言われた」

 

「そんなドキッとはいらねえっ」

 

「遊び盛りだぞ、俺たちっ。お前、まさか…」

 

「…」

 

「…まじかー」

 

カモ君も執事たちに挨拶に行ったら猥談に参加するように言われた。

これまでお世話になったこともあり、カモ君も乗り気だったが、猥談中に一組のカップルが結ばれた(自業自得)ことにバカ騒ぎをするのであった。

 



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第十二話 私の視力は53.0です

猥談で盛り上がった翌朝。

カモ君とコーテは用意してもらった朝食を済ませると一度客室へ戻り、魔法学園の制服に着替えてミカエリ邸の門の前に移動した。

そこには二人を学園へ連れていく馬車が用意されており、この屋敷の主人であるミカエリが王城にシルヴァーナ・ニアを収めていたものと同じ木箱を持って待っていた。

それはまるで聖母が我が子を抱きかかえているようにも見えた。何度も言うが外見は本当に美女なのだ。中身はとっても自由人。

そんな彼女は初めに出会った時と同じ白衣を身に着けてやってきた二人を笑顔で迎えた。

 

「はい。最終確認は済んでいるわ。これが貴女の新しい杖」

 

木箱から取り出したのは白金を思わせるほどの白さと高貴さを思わせる杖。

そして渡されて気づく魔力の波動を感じさせる杖の先に装着された青い宝玉はコーテを認識したのか以前よりも澄んだ青の光を宿していた。

まるでそこに自分の心臓があるようにも思わせる力強さにコーテは息をのんだ。

 

「不渇の杖。今のコーテちゃんでもレベル3。上級の魔法が使えるようになるコーテちゃん専用の杖よ」

 

コーテはまだレベル1の初級魔法使い。もうすぐレベル2の中級になるかどうかの瀬戸際で渡されたのは一段飛ばしのレベル3の上級魔法が扱える杖。

ミカエリの発明にしてはものすごくまともだが、デメリットが怖い。

ハイリターン。ハイリスクが基本の彼女の発明品だ。

 

一度に使う魔力が大きくなるがそれに見合った効果は発揮される。デメリットはそれによる意識の喪失。

一気に魔力を使いすぎると意識を失うというデメリットの上に、魔力を全部使い切ると今のコーテでは、三日間魔法が使えなくなるという物。さらに材料として、この不渇の杖はカモ君とコーテ。二人の水の軍杖を消費して作られたものだ。

魔法使いなのに魔法が使えなくなるのは痛手だ。戦闘はもちろん、日常生活に支障をきたす。

これからオリハルコンを求めてのダンジョン攻略にも出向くだろうコーテにとってこのデメリットは痛手になる。だが、

 

「これで私も戦える」

 

コーテは不渇の杖を強く握りしめた。

この杖でエミールの隣に立っていられる。彼と戦えると高揚感に包まれていた。

そんな彼女を思ってか、ミカエリは以前カモ君を丸洗いした風の檻を二人から少し離れた上空に作り出した。

 

「今の貴女ならあの檻を破壊できるはずよ」

 

あの風の檻はレベル3の上級魔法。前までのコーテではあの檻を破壊することはかなわなかった。しかし、今なら。

 

コーテは詠唱を開始する。

隣にいるカモ君と共に戦う意思を、誓いを込めた詠唱はそのまま力の奔流となり、杖の先にある宝玉をより強く輝かせた。

その杖を構えなおし、その矛先を風の檻に向ける。

この動作だけで体が大きく揺さぶられる。しかし、コーテは動じない。足元を揺るがせない。

カモ君に支えてもらうなんてしない。自分は支える側なのだから。

 

そして、詠唱は完成した。

 

「ハイドロプレッシャー!」

 

杖本体とコーテから発していた力は杖の先に一瞬で集まると、次の瞬間物理法則を無視した現象。魔法が発動した。

それは発動させたコーテでも今まで感じ取ったことのない衝撃を発生させながら、不渇の杖の先から一トンはあるだろう濁流を生み出し、その流れは一滴も残さず宙に浮いている風の檻へと食いつくように飛んで行った。

 

濁流と風の檻がぶつかると激しい轟音が鳴り響いた。まるでそこだけが滝下。否、それ以上の轟音を響かせた。だが、圧倒的な物量を思わせる濁流でも風の檻が壊れる様子は見られない。

 

まだ足りない。まだ、あれを壊すにはコーテの力量では足りない。

 

仕方がない。コーテはまだレベル1の初級魔法使いなのだから。

仕方がない。彼女は補助や回復魔法に秀でている。攻撃魔法は不得意だから。

 

(仕方が、ない。なんて無い!)

 

敵は待ってくれない。障害は待ってくれない。運命は待ってくれない。

 

弱音を吐くな!強がれ!声を出せ!力を振り絞れ!

 

エミールは血を吐く思いどころか血を吐きながら走り続けた。きっとこれからもそうだ。

運命を乗り越えるその時まで血を吐きながら走る。

そんな彼の傍にいると誓ったのだろう。ならば自分だって血を吐くつもりですべてを絞り出せ。

 

「あああ、ああああああああああああああああああっっっ!!」

 

生まれて初めて出すほどの大声の叫び。咆哮。

それは今も鳴り響く轟音よりも大きく、もしかしたらあたり一帯に響いているかもしれない音量。

コーテから再び魔力が放出される先ほどよりも大きく、強く、輝いたその力は再び、不渇の先へと集う。

そして、それは一回り大きな濁流となり風の檻に挑む。

 

水龍。

 

その光景を見ていたカモ君には濁流がこう見えた。

西洋のドラゴンではなく、当方の蛇に角が生えたような東洋のドラゴンを彷彿させた。

その水龍は大きく口を開き、風の檻を飲み込んだ。

瞬間、風船が割れたかと思うくらいの音と共に水龍と風の檻は大きくはじけ飛んだ。

あたり一面に大雨が降り続けるが、そこは濡れないようにミカエリが風の結界を張りその場にいた人たちが濡れるのを防いだ。

雨は数十秒降り注いだ。降りやむころにはあたり一面は水浸し、ミカエリ邸はまるで嵐でも受けたかのようにびしょ濡れ状態だった。

だが、その主人と従者達は満足げだった。

なぜなら自分達が手心加えた者が一段と強くなったことを実感できたから。

 

「お見事。コーテちゃん。今の貴女ならドラゴンは無理でもキマイラくらいなら倒せるわよ」

 

「ミカエリさんのおかげです。…ありがとうございます」

 

勇者や英雄が倒すべき怪物の一つであるモンスターを倒せるとミカエリは太鼓判を押した。

そんな彼女の言葉に肩で息をしながらもコーテはお礼を言った。

 

朝日がカモ君とコーテを照らす。

これから待ち受ける困難に立ち向かう二人を祝福するように。

コーテが作り出した虹がかかる。

二人を迎え入れるように。

 

ミカエリと数人の従者に見送られ、二人は魔法学園へと向かう馬車に乗り込む。

きっとこの二人には今までのように、これまで以上の困難が待ち受けているだろう。

 

「コーテちゃん。頑張って」

 

「はい。頑張ります」

 

ミカエリはまるで自分の妹か娘のように優しくコーテを送り出した。

 

「エミール君。…興奮した?」

 

「台無し」

 

「やーねぇ。コーテちゃんの成長に興奮したって聞いたのよ」

 

カモ君には悪戯心も混ぜて送り出す。それはまるで悪友か兄弟のような親しさで。

 

「そっちか。…驚きました。こんなにも成長するなんて」

 

「そうよね。コーテちゃん。前に測った時よりもバストが一センチ大きくなっているの」

 

「やっぱりそっちかよっ。変わらないな、あんたはっ」

 

「私を変えるなんて、天地を創造するより難しいわよ。子どもを作るのは簡単だけど」

 

けらけらと笑うミカエリにカモ君は強く出られないが、言うべきことは言う。

そうしないとミカエリはブレーキをかけないし、それを望んでいる。

こう笑いあう中でも子種をよこせと言ってくるのがミカエリクオリティ。

どこか脱力感を感じさせないと気が済まないのが彼女なのだ。

また、自分はこう入っているがこうやって否定や拒絶するのを面白く思う。もしもカモ君がその気になったらどうなるのか彼女自身もよくわかっていない。

 

「いってらっしゃい」

 

「「いってきます」」

 

感動的なワンシーンなのだが、この直前のやり取りがなぁ。

 

こちらが見えなくなるまで手を振り続ける見返りに見送られ、カモ君たちは魔法学園に出向くのであった。

 

 

 

「…あの、もう館に戻りますよ。ミカエリ様」

 

「相手が見えなくなるまで手を振るのが見送りのマナーよ」

 

十分ほど経過しても手を振り続けるミカエリ。彼女の眼にはいまだにカモ君達を乗せた馬車が映っていたのだった。

 



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第十三話 近づく未来と遠のく希望

ミカエリ邸を馬車で出て一時間ほどで魔法学園に着いた。

ここを飛び出してモカ領に走り出したのはいつだったか。

そんな感傷に浸りながらも久しぶりに着込む貴族のマント。太った鳥の家紋が少しだけやつれたようにも見える。

 

馬車を降りて、魔法学園の門を通る。

ちょうどお昼休憩の時間帯だったのだろう。校門の向こう側では弁当を持った学生たちがベンチに座って昼休憩をとっていた。

そこに現れたのは大柄の男子学生、カモ君。ボロボロの一年生。

顔にある火傷の跡がその風貌にさらなる威圧感を放つこの一年生は半年ほどでここまでの男になったのだ。

 

半年で右腕を失い、顔に火傷を受け、背中に致命傷を受けた。

マジックアイテムの火のお守りはシュージに、水の軍杖はコーテに渡した。そのため、所持0。

所持金、極僅かの金貨。魔法学園の学費。王族持ち。いわば借金。

 

ふふ、おかしいな。死ぬほど頑張っているのに懐具合が寒いどころか身も凍るほど冷たいのですけれど。更には王族直属のチーム(おそらく高レベル)に入隊して高難易度のダンジョンに挑まなければならない。

 

…俺って戦争奴隷でしたっけ?と、なると隣を歩くコーテはご主人様?

…悪くないと思った俺はダメなのかもしれんね。コーテにも沢山の借りがある。それに報いるためにもっと頑張らないと。

…これ以上頑張ったら本当に死ぬんじゃないの、俺?実際何度も死にかけたし。

 

そんなカモ君の考えを感じ取ったのかコーテはカモ君の前に回り込むと両腕を広げてみせた。

 

「んっ」

 

小さな体を大きく広げてカモ君を迎え入れようとしてくれるコーテにカモ君は思わず抱き着いた。

周りの目もあったがそんなことは考えられないほどカモ君は辛かった。

自分はこんなに頑張っているのに暮らしはよくならず、未来は困難に溢れている。

クーのため、ルーナのためにと頑張ってきたこの人生。本当に報われるのかと不安で仕方がなかった。

だけど、今の自分は一人じゃない。コーテがいる。彼女がこうやって支えてくれるのならまだ頑張れる。それにミカエリというスポンサーもついた。

抱き着かれているコーテに何も言わずただ優しくカモ君の頭を優しくなでた。

 

そうされること十秒ほど、カモ君はコーテから離れるともう大丈夫だと言って、再び歩き出す。

行先は職員室。そこへ向かい、長期休暇を終えたことを担任含めた関係者に話し、午後の授業を受けるために、自分達の教室へと歩いていくカモ君とコーテ。

そこへコーテの級友であり、ルームメイトのアネスと、カモ君の級友であり、主人公のシュージがやってきた。

彼らの目に映ったのは新たな決意をした二人の姿。

片方は目に見えてわかるほどの風貌。顔の火傷。右腕の欠損は見られるもその気配は弱くなるどころか強まっている。まさに強者のオーラをまとっていた。数分前にはコーテに泣きついたことは微塵にも思わせない気迫。

もう片方は小柄な体系だが、どこか成長したようにも思える。

幼い顔つきなのにどこか美しさも感じさせた。その所作もより精錬された。何よりもその瞳に宿っている感情。それは慈しみを感じさせる優しい瞳をしていた。

ひと月前の切羽詰まった彼女にはなかった余裕を感じさせていた。

 

「…コーテ。なにかあったの?」

 

カモ君達の変化に対しての質問をアネスが代表になるように問いかけた。

コーテはカモ君を。カモ君はコーテを一秒ほどだけ見つめあって、彼女達のほうに向きなおり、笑みを浮かべながら答えた。

 

「いろいろあったんだ」

 

「ああ、本当に、いろいろあった」

 

その様子を見て理解した。

目の前の二人はいくつもの困難を乗り越えてきたのだと。

このようなアイコンタクトでやり取りできるほどの事をなしてきたのだと。

この二人の間には自分達では計り知れない信頼関係があるのだと感じ取った。

だからこそ察せてしまった。

 

「あんたたち、こうびしたのか?」

 

「…え?」

 

「こいつら交尾したんだ!」

 

「交尾言うな」

 

アネスが叫ばずにはいられないといわんばかりに口を開いた。

アネスはコーテより自分のほうが女性らしいと自負していた。それなのにコーテが先に大人の階段を上ったことにショックを受けて思わず叫んでしまった。

そして、「交尾したんだぁあああっ!」と大声をあげながら走り去っていく彼女を黙らせるためにコーテも走って彼女を止めに行った。

その珍騒動を目の前で見せられたシュージは何と言ったらいいかわからなかった。が、その様子にカモ君が騒がせてしまったなと苦笑した。

 

これから先の事を考えるとこのようなバカ騒ぎもあと何回できるかわからない。

だけどそれを手に入れるため。明るい未来を手に入れるためにカモ君は明日に向かって今日も頑張る。

希望はいつも前にあって、それに向かって走らないと手に入らない。託すことができない。

 

そんな心境のカモ君に世界は微笑んだ。

 

「エミール。こんな時に言うのもなんだが、相談したいことがあるんだ」

 

「金銭的なものじゃなければ相談に乗るぞ」

 

もちろん。カモ君を祝福するためにではない。

 

「実は、俺。ネーナ王国に行ってみたいと思うんだ」

 

未来の敵国家に主人公が寝返りイベントの発生だよと愉悦に満ちた微笑みだった。

 

 



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カモ肉の天丼 敵国の劣等感たれ付き
序章 カモ君にはこう見える


「実は、俺。ネーナ王国に行ってみたいと思うんだ」

 

魔法学園の廊下でカモ君はシュージから衝撃の言葉を聞いた。

突然だが、カモ君が聞きたくない言葉ベスト3を発表する。

 

第一位 「兄さま(にぃに)、嫌い」

第二位 「愛想が尽きました」

第三位 「俺(私)、リーラン王国を滅ぼすわ」

 

一位は愛する弟妹。二位はコーテ。三位は主人公であるシュージ。

これ以外の事なら弟妹達が関係していなければ笑って流せる度量のカモ君である。

そんな彼だが、三位とほぼ同義語である「ネーナ王国へ行きたい」という言葉を聞いて思わず思考にフリーズがかかった。

 

いや、何言ってんの主人公。それはストーリーの序盤で主人公が親友やヒロインを裏切って敵国へ寝返ることを言っていると同じだぞ。

そんなフラグを立てた覚えは…。

 

入学してすぐに決闘騒ぎに巻き込み、結果的に敗退させた。

武闘大会で有無を言わさず、速攻で勝負を決めた。

 

…あったわ。フラグ。

いや、たった二回のフラグで寝返りルートに行くか、普通。

もう少し頑張れよ、主人公っ。ガッツ出せよ。いや、たったこれだけで自分が世話になった国に見切りをつけるほどやわじゃない。

まさかとは思うが、いじめか?

自分がいない間にシュージが平民というだけで貴族であり、同じ学び舎に通う生徒達がシュージに因縁をつけていじめをしていたとか?

だとしたら〆ないと。お前たちがいじめていたのはこの国の未来苑もだということを肉体言語で教えてやらないと。

 

「…誰にいじめられていた?そいつらを〆てやる」

 

「いじめっ?!そんなんじゃないぞっ」

 

シュージは意外そうな顔つきでカモ君の言葉を否定した。

 

「…強がらないでいいぞ。何でも言ってみろ」

 

「お前は俺のかーちゃんか。本当にそんなんじゃないって」

 

シュージも男の子だからね。強がるのはわからんでもない。でもいじめって許されるものじゃない。我慢が耐え切れずに事件に発展することが多いのだ。殺傷事件なんてざらだ。

シュージの場合はその被害が国の存亡という事態にまで拡大するのだ。

 

「んんっ。実は少し前に武闘大会があっただろう。あれで自分の力不足を実感してから帰省しないで学園で自主トレーニングに勉強をしていたんだけど、まだ足りない気がしてさ」

 

シュージは主人公能力。自分と仲間。そして敵のステータスがある程度知ることが出来る。

今のシュージのレベルは21。

魔法学園に入学する前はレベル3という低レベルを考えると凄まじい成長度だ。

学園の教師が40前後であり、ここまで高い数値を見たのは故郷を離れるまで未定はいなかった。今のカモ君もレベル41という成長ぶりを見せている。

自分の倍近く突き放しているカモ君をみてこれではいけないと感じている。

しかし、ステータス。中身までは把握することが出来ていないシュージは知らない。

今の彼の魔法の威力は既にカモ君を超過しており、筋力は同程度。純粋な戦闘力を比べてみるとほぼ同格までレベルアップしていることを知らない。

カモ君が勝っている点はスタミナと魔力の多さ。いわばHPとMPだけである。

三百万の高級車と百万も満たない自動車の性能が同じみたいなことだ。まだ成長の可能性を秘めているシュージの方が優れている。

 

「夏休みも終わって、いろんな先生に掛け合って訓練していてもまだ強くなった気がしなくてさ」

 

これは大きな誤解である。シュージは恐ろしい速さで強くなっている。

だが、彼にはカモ君というある意味強烈な印象を与えた戦士の姿が脳裏にこびりついている。彼に追い付くには、並び立つにはまだ足りないと感じていた。

シュージがこのまま自身を鍛えていけば一年でカモ君を簡単に超えていくだろう。それを実感していないのがシュージだった。

 

「…シュージ。それは違うぞ。お前は強くなっている。俺が考えている以上に」

 

決闘騒ぎでカモ君を倒し、ダンジョン攻略の時にタイマン殺しもろともカモ君を倒した。さらにはシータイガーの討伐に貢献した上に、武闘大会ではベスト8という好成績を残した。

魔法使いとはいえ、ただの平民に出来るだろうか。断じて否である。

平民と貴族という時点で教養。戦い方という経験値が違う。

更には凶悪なモンスターとの相対。一般人なら腰が砕けてその場にへたり込み、動けなくなるのが普通だ。

そして、荒くれ者の多い冒険者や凶悪な魔法を使える魔法使いが参加する大会で好成績を残すことも不可能。

入学当初はそんな一市民と相違ないシュージがここまで強くなった。

ゲームでならチートツールを使ったと思わんばかりの成長ぶりだ。それだけシュージは自身を追い込み、鍛えたのだ。

だがそれでもシュージは足りないと感じている。カモ君には届かないと思っている。

 

シュージの過大評価である。

 

カモ君がそう言おうとしたところでシュージの後ろから、腰まで伸びたピンクの髪を揺らしながら見慣れない女子生徒がやってきた。

 

「シュージ君。もうすぐ次の授業が始まりますよ」

 

コーテやミカエリのような美しい顔つきとは違い、かわいらしいという表現が正しい女子生徒。身長はシュージより二回りほど小さい。思わず抱きかかえたくなるような容姿だった。

光をはじくピンク色の髪は誰が見ても美しいというだろう。アジア人のように黒い瞳。目つきはとろんとどこか眠たそうな雰囲気を醸し出していたが、何よりも声が違った。

演じているのか、抑えているのか。どちらにせよカモ君にはこの声の持ち主が自分よりも行為の教育を受けてきたというのが分かった。

ジジイからショタまで。男ならその意識を溶かしてしまうのではないかというその声にカモ君は意識を緩めるのではなく、警戒心を引き上げた。

 

ここでっ。ここでお前が出てくるのか!?ピンクの悪魔!

 

ゲームでは格闘ゲームからノベルゲーム。アニメでは無垢な少女から醜悪な老婆まで自在に演じることが出来る声優が演じたキャラ。

そして、シャイニング・サーガというゲームでは主人公を誑かし、意図的にリーラン王国を滅ぼすきっかけを作った少女。

 

「あら、もしかして貴方がエミール様ですか。シュージ君からよくお聞きした通り屈強な戦士のような方ですね」

 

カモ君を見てスカートの橋をつまみながら頭を下げた少女に感づかれないようにカモ君は息をのんだ。

 

「ライツ・マ・アンネと申します。この夏からお二人と同じクラスメイトになりました。よろしくお願いしますね」

 

そう微笑みながら喋る彼女は正に天使と言える。この言葉に男ならば思わず頷きたくなるほどの魔性を感じさせる。だが、カモ君にはこう言っているように見えた。

 

お前を殺す。

 



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第一話 ねえ、どんな気分?NTRな気分?

シュージがライツという少女知り合ったのは夏季休暇を終えてすぐの事だった。

隣国。ネーナ王国からやってきた商人から成り上がった貴族と自己紹介してきた転入生は自分のような平民に近しい人間だと感じたが彼女の容姿としぐさを見てその考え方を改めた。

全てが整っていたと言えばいいのだろうか。

彼女の一挙手一投足、すべてが可憐かつ美しく見えた。

すぐに自分とは違う世界に生きる人物だと考えた。

しかし、そのイメージはすぐに打ち崩されることになる。

ホームルームで自己紹介が終えると教師に促される前に彼女はシュージの傍まで駆け寄るとその手を取って言葉を交わした。

 

「あの武闘大会で苛烈な火の魔法を放ったお方ですよね。私、感動しました。ぜひ仲良くしてくれればうれしいです」

 

ライツは少し前に遭った武闘大会の観戦に訪れており、その時に見たシュージの魔法のファンになったのだという。

確かにシュージの扱う魔法はあの大会メンバーの中で一番派手な光景を作り出していた。

カモ君という速攻を決め込んだ相手出なければシュージは準優勝していたのではないかという目測も飛んでいる。

優勝候補はもちろん白騎士。シルヴァーナを装備した姫騎士のマウラ。

だが、そんな彼女より注目を浴びていたのはシュージである。

魔法学園の初等部一年生であり、平民出身の特待生。そんな彼の成り上がりストーリーの序盤を見せられたかのような出来事に心惹かれたのだと。

そんな事をクラスメイトの前で告白されたことにシュージはさすがに焦った。

さっきまで遠くの存在だと感じていた存在が、こちら側に食いつくかの如く迫ってきたのだ。しかも美少女のお嬢様然としたライツから目をそらしながらもどうにかあいさつを交わしたシュージ。

そんな彼を恨みがましくにらみつける男子生徒。武闘大会からシュージに目をつけていた女子生徒はライツを睨む。キィはというと慌てふためいているシュージが面白いのかにやにやと笑いながら見ているだけだった。

それからカモ君が学園に戻ってくるまでシュージについていくように彼と共に学園生活を過ごした。

座学や魔法の実習を難なくこなし、周りにいる同級生の中では確実に上位クラスに入るほどの実力を見せるライツはシュージ以外の男子生徒にも言い寄られたこともあった。

だが、彼女は少しもなびかなかった。彼女が好ましく思うのは強者であると公言している。

そして、言い寄ってくる男子生徒はシュージ以上に魅力を感じないということだ。

その理論ならカモ君の方が彼女の好みに合うのではないかと思ったが、ライツ曰くシュージの方に将来性を感じたのだと言う。

そんな彼女にシュージは苦笑して言った。

自分はカモ君に比べればまだまだだと。

魔法も体力も。知識に経験。その人格の器の大きさに前へ突き進むという気概まで、何もかもが劣っているという。

もし自分を魅力的に見えるというのならそれはカモ君に精一杯追いつこうとしているからだと。

もちろん、このままでいいわけがない。

カモ君はこの魔法学園に来る前からダンジョンに挑み力をつけてきたという。

だから自分も魔法学園で行われるダンジョン攻略のアルバイトがあれば積極的に受けるつもりだと伝えるとライツは悪戯好きの子供のように頬を緩めるとシュージにしか聞こえないように耳元に口を近づけて囁いた。

 

「なら、私と一緒に行きませんか。近々ダンジョンができる予兆が見られるので」

 

理性を溶かしに来ているとしか思えない蠱惑的な声にシュージは思わず顔を赤くしながら距離を取った。

幼馴染のキィにも悪戯を思いついた時は同様の事をされていたので幾ばくかの耐性があった。

これが女性との交友が少ない男だったらその場で腰が砕けていたかもしれない。少なくても同学年や年の近い学生はその場でYESと了解を示していただろう。

ダンジョンは周期的に自然発生するとはいえこの日だと断定することはできない。ある日突然ダンジョンコアが発生して、それを破壊しない限りその場から迷宮が作られていく。

光の魔法で定期的に浄化している王都ではまずないが、浄化が間に合わない田舎地方でよく発生する。そんな閑散としたところでダンジョンが生まれるから、発見しづらいという点もある。

そんなダンジョンが発生するということを予期できるというのか。シュージには信じられなかったが、ライツは小悪魔的な笑みを浮かべながら「内緒ですよ」と、シュージの唇に人差し指押し付けるように触れた。

 

カモ君が魔法学園に戻ってくる三日前の出来事だった。

 

 

 

シュージは一応秘密だと言われたのでダンジョンの予期の事は伏せたが、ネーナ王国の領地内でダンジョンの噂があり、そこに行きたいということを昼休憩の男子トイレで二人きりになったシュージはカモ君にそう伝えた。

カモ君はこれまでの情報をまとめた結論を出した。

 

思いっきりハニートラップじゃねえかぁあっ!

 

あ、あのピンクの悪魔。強くなったシュージの引き抜きに来やがった。

その慧眼にも恐れ入る。しかし、シュージを育てたのはある意味俺だということをわかってやっているのか。だとしたら恐ろしい。あの寝取り悪女。シュージは俺の(国の)ものだぞっ!

 

表面上は冷静さを崩さないカモ君だが内心は大荒れだった。

トイレを済まして食堂へと出向くとそこには既に問題の悪女がいた。

周りにいた男子生徒。中には三年以上先輩の中等部の生徒もいたが、こちらがやってきたことに気が付いたライツは周りの男子生徒に向けていた微笑みを絶やさずシュージのすぐ傍まで駆け寄ってきた。

 

「シュージ君。待っていましたよ。一緒にご飯を食べませんか?」

 

自分たちのアイドルが離れて行ってしまったかのように恨みがましい視線を容赦なくぶつけてくる男子生徒達に若干押され気味だったが、それらはすぐに解消された。

 

「エミール様もご一緒しませんか?」

 

視線が散らばったのはシュージの傍にカモ君(歴戦の戦士風の魔法使い)がいたからである。

貴族はある意味空気を読まなければやっていられない生き物だ。

自分達よりも強者であるものの平民という立場で自分たちに逆らえないだろうと踏んでいるシュージはともかく、自分達より強者であり、立場が上であるはずの自分の親を殴り倒すカモ君にはそのうっとうしい視線をぶつけるわけにはいかなかった。

下手すれば、立場が上だろうと関係ねえ自分も殴り飛ばされるのではないかと恐れているのだ。

 

そんな思惑を知ってか知らずかライツはこちらに近寄ってきた。

これはわかってやっているなとカモ君は思った。

ギネという毒親とのやり取りで培ったディスコミュニケーションは伊達ではない。相手の考えていることも大体わかる。

周りの雑魚に時間を取られずシュージを篭絡するにはカモ君を巻き込んだ方が効率いいと判断したのだろう。

正直に言えばカモ君もいらない。シュージと二人きりになれればもっと都合がいいのだろう。それをおくびに出さないのはさすがとしか言えない。

だが、カモ君もライツの動向を知りたい。どこまで話が進んでいるのか知りたかった。

 

「じゃあ、並ぶか」

 

食堂のおばちゃんたちが作ってくれる三種類ある日替わり定食を受け取るためにカモ君とシュージ。ライツは並んで食事を受け取る順番を待っていた。

そこでカモ君は気が付いた。

金にがめついキィがいない。ここの食堂の日替わり定食(無料)を一日の楽しみにしている節がある彼女の姿を午前の授業を終えてから見ていないのだ。

 

「シュージ。…キィはどこ行ったか分かるか?」

 

カモ君の質問にシュージは苦笑しながら、遠くを見つめる表情で言った。

 

「あいつなら、今頃学園の外で飯食っている」

 

「…珍しいな」

 

ここの食事は無料とはいえ、貴族に出す食事を提供しているのだ。そこらの食事処や酒場より美味しい料理を出すことが出来る。

それなのにわざわざお金のかかる外食に行くなどほぼあり得ない。

 

「上級生のクラスにも転校生がいてさ。そいつがなぜかキィを気に入ってあちこちに食事に誘っているんだ」

 

シュージ曰く、毎日のように高級レストランに出向いているらしい。もちろんここの食事のように大量生産されるものではなく、一つ一つ丁寧に作り上げられた食事を食べているとキィ本人が喋っていたらしい。

…まさか?

と、思っていたカモ君の不安は現実になる。

 

「私の兄が申し訳ありません」

 

そう言ってライツが謝罪をしてきた。

彼女と同じ篭絡工作員。白銀の髪を有した中等部一年の先輩。

 

ライナ・マ・アンナ。

 

緩い雰囲気に所々髪の毛がはねており、手のかかる近所の美形のお兄さんの雰囲気を醸し出し、その雰囲気からダメ男が好きな女性プレイヤーを虜にした男性キャラ。

シャイニング・サーガで男性主人公を選ぶと悪女のライツ。女性主人公を選択するとろくでなしの女たらし、ライナが登場する。

どちらも主人公を誑かして裏切らせるという重要ポジションを担ったキャラが両方出てきたのだ。

カモ君は思わず鼻で大きく息を吐いた。

 

NTRキャラが二人も出てくるんじゃないよっ!

 

声を大にして言えたら少しは気分が晴れただろうカモ君はこの前途の多難の大きさに眩暈すら覚えるのであった。

 



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第二話 一日十二時間労働。残業あり。休憩なし。

主人公の裏切りイベント=リーラン王国滅亡イベント。

そんな状況にも関わらずカモ君は放課後になると一人の教員の元へと出向いた。

アイム・トーボ。

元冒険者の新人男性教員であり、魔法で生み出した二本の鋼鉄の腕で戦う様から『鉄腕』の二つ名を持つ冒険者でもある。

カモ君が彼の前に現れたのはその鉄腕という魔法を教えてもらうためだ。

 

「いや、教えるわけがないだろう」

 

鉄腕はアイムが独力で作り出したオリジナルの魔法だ。

ゲームでもチート性能の主人公でも習得できなかった魔法だ。まあ、性能的にはもっと上のランクの魔法を覚えるから何の問題もなかったが。

しかし、隻腕となってしまったカモ君にとって鉄腕という魔法は最も魅力的なものに見えた。

だが、魔法使いにとってオリジナルの魔法というのは家宝以上に大切な物。冒険者なら自分の使い慣れた武器を相手に明け渡すに等しい。

 

「そこを何とか」

 

魔法使いだが、どちらかと言えば格闘術が主力のカモ君。

それなのに隻腕になってしまったことでその実力は半分以下になったような物。それを埋めるためにもアイムの鉄腕はぜひとも習得したいものだった。

 

「お前も魔法使いなら見て、魔法を盗め」

 

まだアイムとカモ君の付き合いは一ヶ月くらいしかない。

ダンジョン攻略でカモ君に助けられたという恩もあるが、それはその時関わった冒険者・魔法使いがそうである。アイムがカモ君を助けたという事もあるのでトントンだ。

信頼も報酬も期待できない商談に誰が乗るというのだろうか。

しかし、カモ君は焦っていた。

原作ではありえない事例が起きている。しかもそれが将来の主人公。シュージの戦力を下げるような事ばかりが起きている。その上、そのシュージ本人を引き抜こうという事象まで起きている。

もしかしたらあと半年もしないうちに戦争が起きるなんてこともあるかもしれない。それに備えてせめて低下した自分の戦闘能力を戻したい。

未来で戦争があるなんて話しても信じてもらえない。信じてくれたところでネーナ王国につくかもしれない。

冒険者はリスクとリターンには敏感だ。今の状況で戦争が起きればカモ君なら絶対にネーナ王国につく。

最悪の場合、カモ君はコーテを連れてモカ領へと逃げ、さらにクートルーナも連れて他国に逃げることまで考えている。

 

「…それじゃあ、遅い。遅すぎるんです」

 

カモ君の考えを知るはずもないアイムだが、苦しそうに表情を歪めるカモ君を見て、その焦りを感じ取っていた。

 

「そこまで言うなら今度のダンジョン攻略のアルバイトで、ダンジョンボスのドロップアイテムを持ってこい。それで手を打ってやる」

 

魔法学園のダンジョン攻略のアルバイトは国を経由して出される仕事であり、危険性もある上に、初等部のカモ君がダンジョンの最奥まで行くチームに編成されることは難しい。更にダンジョンボスからドロップアイテムが落ちる可能性も少ない。

それこそ、この世界の主人公でもなければ達成することは難しい。

 

「…わかりました。持ってきたら教えてください」

 

だが、難しいだけだ。

隻腕になった状態で、ダンジョン攻略メンバーに選ばれること。

その上でボスアタックが上位メンバーに選ばれること。

ボスを撃破し、ドロップアイテムを手に入れること。

どれもこれも難しい事だ。だけど…。不可能ではない。

 

それこそ偶然。幸運。奇跡の重なりが必要である。まさしく0。000000000001%未満の確率。だが、挑戦することは決して無駄ではない。

ダンジョンに出向き、モンスターを倒し、少しでも自分の糧にする。そして、その糧を主人公であるシュージに還元できればカモ君的には大満足である。

シュージさえ強くなってくれれば戦争に勝てる可能性はあるのだから。

その上でダンジョンボスのドロップアイテムが出なくてもその道中で拾ったアイテムをボスドロップですと言っても目撃者でもない限りわかりはしない。

ボスドロップの内容として、下はレベル1の下級ポーションから上はレベル3の上級マジックアイテム。極稀に特級マジックアイテムが出土することもあるがそれこそ稀だ。一般冒険者なら一生に一度あるか無いかの確率だ。

シュージがタイマン殺しで魔法殺しというアイテムをドロップしたのが悪い例だ。あんなことはゲームであっても滅多にない。

 

ダンジョンで拾ったアイテムを適当にアイムに押し付けたろ。

 

そんな甘い事を考えていたカモ君だったが、そこはアイム。

冒険者の感が動いたのか一つ条件を付ける。

 

「その時が来たら証人として学園長にも来てもらうからな。」

 

学園長のシバは光魔法の使い手。

相手の嘘を見抜く魔法も当然熟知しており、彼の前で契約を反故するようなことがあれば、ダンジョン攻略のアルバイトはもちろん、魔法学園からの追放も考えられる。

それすなわちシュージ強化の機会を奪われることに他ならない。

 

「ええ、約束を反故にするつもりはないですよ」

 

長年鍛えたポーカーフェイスで嘘をつくカモ君。

だが、彼の人生より長く冒険者をやってきたアイムにはそれがどうも胡散臭く見えた。

この世界の貴族の大体は腹黒いものだ。そうでないとほとんど生き残れない。冒険者も同じだ。だからこそこういう契約には敏感になるのだ。

だが、アイムはカモ君を気に入っている。彼に期待している。

魔法使いなのに自分よりの戦闘スタイル。向上心と自分に対する礼儀正しさ。

それらを踏まえてはずれの可能性もあるドロップアイテムで手を打ったのもカモ君のこれまでを鑑みての事である。

カモ君が考えて様々な条件をすべてクリアしたその先にあるものがゴミアイテムだったとしてもカモ君の力になる。もしかしたらカモ君が自分の魔法で成り上がり、そのおこぼれが自分にあるかもしれないという打算もある。

 

「まあ、頑張れよ」

 

アイムはそう言ってカモ君に背を向けて職員寮へと戻っていった。未だ慣れない書類仕事がまだ残っているため、放課後毎日のように行っていたカモ君の格闘訓練はお休み。

カモ君もそれがわかっているので、すぐに学園アルバイトが張り出されている講堂へと足を進めた。

それに足を止め、肩越しに見たアイムはこう思った。

 

頑張れよ。後輩。

 

カモ君が偉大な魔法使いになるかそれとも冒険者になるかはわからない。

だが、きっと彼は大きな事成し遂げると思わせる風格を持っていた。

学園に通う全生徒の中では生徒会長やシュージといった実力者は他にもいる。しかし、カモ君ほど力に飢え、前に突き進む人間はいない。

そんなカモ君がどうなるのか楽しみになっているアイムは口角を上げながら、今度こそ職員室へと足を進めるのであった。

 

 

 

翌朝の職員室前でアイムは再びカモ君と話していた。

 

「今度の週末にダンジョンに行ってきます」

 

早くない?

 

カモ君は翌朝張り出されていたダンジョン攻略のアルバイトの広告に応募し、見事、その参加を勝ち取ったのだ。

しかも、ダンジョン情報としてダンジョンは七階層。隻腕のカモ君単独でも攻略できそうな難易度だった。

アイムは昨日の事を早速後悔した。

失敗や不遇を乗り越えて強くなってほしいのにこんな風に達成されると考えていなかったからだ。

対するカモ君は上機嫌。こんなにも早く機会に巡り合えるなんて思いもしなかったからだ。

約束。忘れないでくださいよ~的な事を言い残し、去っていくカモ君。

 

しかし、週末。

アルバイト先のダンジョン前で、今度はカモ君が後悔する羽目になる。

指定されたダンジョンは七階層ではなく、十階層以上とヒューマンエラーで表記されていなかったのだ。

考えてみれば、七階層などという比較的易しいダンジョンなら国を通して魔法学園で応募などかけない。

だが、カモ君がダンジョン前に立つまで誰もその事に気が付かなかったのだ。引率の教師もそうだ。

しかも魔法学園側で参加するメンバーがカモ君。シュージ。ライツの初等部一年生と引率の先生。計四名のみ。引率の先生は高齢のためダンジョン外で衛生兵として待機するので実質戦力は三名。

コーテはミカエリ邸の騒動で実は体を冷やしていたため、風邪をひいた。しかも長引いているのでルームメイトのアネスも彼女の看病をするために今回のダンジョン攻略に参加できずにいた。

残りのダンジョン攻略メンバーは魔法が使えない冒険者達のみという構成なので必然的に魔法使いであるカモ君達は24時間、フル出撃を強いられる事になった。

しかも地属性の魔法はダンジョン攻略には欠かせないものになるので、カモ君(唯一の地属性の魔法使い)はほぼ休憩時間無しが確定した。

 

あれ?これ、超ブラックなダンジョン攻略になるんじゃねえの?

 

おいしい話に飛びついた自分に、表面上はクールを演じているが、内面的にはすごく後悔し始めるカモ君の姿がそこにはあった。

 



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第三話 こっそり福利厚生(自費)

王都より北よりナの領地。周辺には青々と伸びた青草の平原だけが広がっていた。

そこにポツンと馬車一台が通れる排気口のような入り口をしたダンジョンがあった。

発生した場所があまりにも端すぎるためにリーラン王国の土地とはわかるものだが、近くにあるのは領地管理のために設置された駐屯所と小さな市場のみであった。

ここの領主もダンジョンが発生した報せを受け取ってもなかなか手を付けることが出来なかったほどの田舎で未開発な場所。

ダンジョンではなく原生生物の猛獣や盗賊といった敵対生命体に遭遇することもある。

そこにやってきたのは未熟者と称される魔法使いが四人。一人は引率で教員という立場であるにもかかわらず、高齢という事もあってダンジョンの外での支援しかできないため、たったの三人だけ。

 

火魔法を使えるシュージは攻撃役。

戦闘の補助魔法を使える光の魔法を使えるライツはバッファー。

そして全属性の魔法が使えるカモ君は地形と罠の把握。敵の索敵。回復。休憩中に使う火種の確保と周囲への警戒を行う。

 

おかしくない?

一人だけ業務量がおかしくない?

いや、わかるよ。今回のダンジョン攻略に向かうメンバーが少ないからやることが多いことはわかる。

少なくても三十人から五十人体制で行うダンジョン攻略をたったの十四名で行うから仕方ないよ。というか、これでは攻略というより調査団に近い。

命が係わる人為的な記入ミスという、やってはいけない事によく確認もせずに飛びついた自分も悪いとは思う。

だからといって、魔法でやるべきことの殆どを自分に押し付けるのはどうかと思う。

ゲームみたいにターン制のバトルもなければ、試合のようにお互い準備して用意ドンといかないのはわかる。

奇襲は当たり前。罠はあちこちにある。

攻略に当たる人間関係から因縁なんてものもあるから出来るだけの事はするよ。

だけどこれは急務すぎませんかね。せめて冒険者の中にも索敵魔法を使える人がいてほしかった。だが、編成パーティーが。

 

剣士五人。重戦士一人。弓使い二人。攻撃魔法の使い手が二名。

 

回復魔法役が一人もいない事に驚愕した。

お前ら今までよくやっていけたなっ。いや、回復ポーションがあれば代用は可能だけど、だからってこの編成は酷い。聞けばここにいる冒険者たちはみんなソロか、回復役がいないコンビでやっていたという。

索敵と回復が出来るのがカモ君だけとかどんな編成だと嘆きたくなる。

だけど、できない。一人だけならともかく、まだ成長中のシュージの前でそんなことをすれば今後どんな影響が出るかわかったものじゃない。

しかし、中継ぎもいなければ後続もいない一発勝負なメンバーにカモ君は眩暈を覚えた。

ダンジョンに潜るのはカモ君達魔法使い三名と剣士が三名。重戦士。弓使い一名。冒険者の魔法使いが一人という九名編成になった。

残りの五人はダンジョンの外でダンジョンから出てくるモンスターの討伐になった。

はっきり言おう。無茶な編成だとしか言いようがない。

せめてコーテという回復役がいれば少しはカモ君も楽はできたかもしれない。回復役が一人いるだけで攻略のレベルは大きく変わる。

現にダンジョンが十階層以上というのは把握したが、それだけ難易度も上がってくる。

無理に攻略はせずに、後発組や後から来るだろう魔法科医や冒険者達を待っていた方がいい。

彼らが到着するまでは自分たちはできる限りの調査の域で押さえておくべきというのがこの場にいた全員の思いだ。

 

だが、別に攻略しても構わないのだろう?

 

あ、駄目だ。ちょっと欲が出たけどこれは敗退フラグだ。

カモ君は頭を振って自制した。

十階層以上だ。まだシュージのレベルを考えるとまだ無理はできないし、自分の装備もウールジャケットのみの軽装だ。レザーアーマーを着こむことも考えたのだが、成長期がまだ終わっていないカモ君の体のサイズには合わなくなったためやむなく売却することになったのは先日の事だ。

いざダンジョンに突入すると同時にカモ君は索敵魔法を発動させてダンジョンのワンフロアの把握作業に入る。

早速、ゴブリンと彼らが作ったと思われる落とし穴の反応があった。

これをワンフロア。細道に入るたびに行わなければならない。

いくら魔力総量に自信があるカモ君でもこの調子では七階層のあたりで魔力が底をつく。

戦闘は他の人に任せて索敵だけに魔力を使えば十階層まで行けるのだが、カモ君は回復・攻撃魔法まで使える。そう上手くいくとはカモ君も思っていないが、このような働きだとドロップアイテムの報酬にありつくことはできない。

 

前衛の冒険者を犠牲にしてでも魔力を節約するか?

 

クズな思考である。

だが、それをすることでシュージに万が一にあっても困るので索敵には全力を振るうことにする。

シュージがいなければ犠牲もやむなしと行っていたかもしれないカモ君は冒険者達の行く先を逐一確認していくのであった。

 

 

 

「エミール様はすごいのですね」

 

「ああ、俺が目標にしている奴だからな」

 

シュージの後ろでライツは思ったことをそのまま喋った。

それはシュージが考えている好感が持てるものではなく、自分の敵に回ったらまずいという打算的なものだという事にシュージが気付くことはなかった。

難なく地と風の魔法を同時に扱う。

報告通りカモ君の戦闘能力は原作とやらに比べて大きく強化されている。シュージを取り込むよりも彼を取り込んだ方がいいと思っていたライツはシュージの後ろをつかず離れずの距離で着いていった。

前衛に剣士二人と重戦士。カモ君とシュージとライツ。弓使い・魔法使い・剣士という。前後同時に責められてもいいようにこのような順列でダンジョンを進む自分達だが、三階層まで難なく進めたのはカモ君の索敵能力のおかげである。

罠を回避することで負傷する機会を少なくし、先に敵を見つけることで先制攻撃もこなせた。出番はまだ来ていないが回復魔法も使える。

だが一番驚いていた事はカモ君が貴族らしい傲慢さを持っていないことだ。

リーラン王国の魔法使いの殆どはその魔法を使えるという利権で傲慢になりがちだがカモ君にはそれはない。

諜報部によると魔法学園に来る前から彼の実家の領地では冒険者に協力する形で真摯に接してきたという。

そのため、最低限の信頼を勝ち取ったカモ君と冒険者達の連携は良好だ。

シュージとライツはリーラン王国貴族ではないのでカモ君同様に彼らとの会話で何かしらの問題を起こすという事はなかった。

ライツは篭絡術を教え込まれたネーナ王国の姫であり、工作員でもある。

王位継承権が低い立場だが、ここで主人公のシュージを引き抜くことが出来れば女王になることはかなわなくてもそれなりの立場は約束されている彼女は、商人の娘で、リーラン王国への留学生を偽っている。

そんな彼女から見てもシュージよりもカモ君の方が脅威を感じる。

確かにシュージの魔法は常人のそれを超えている。だが、それは一個人として。

カモ君は集団をまとめるカリスマ的なものを持っている。

幼いころから冒険者や衛兵たちと交流してきたから彼等とのやり取りもスムーズだ。

連携も上手いうえに休み時を心得ている。

彼らに任せられるところは完全に任せて、自分が手を出すかどうかも相談することで魔力の節約も行っている。連携も悪くない。

現状、危険視するならシュージよりもカモ君である。

カモ君のおかげもあってもう五階層までたどり着いた。ここで小休憩をすることをあらかじめ決めていた自分達は周りの安全を確保できたところで談笑をしながら食事をとることになる。

カモ君は談笑しながら食事をとり、モンスターが近づいたら警報音が鳴る結界を展開すると冒険者や自分達に断りを入れてから、ダンジョンの壁に背中を預けて目を閉じて仮眠をとる。こうすることで少しでも魔力を回復させるという事にも手を緩めない。

 

これでは暗殺は無理そうだ。

 

ライツは冒険者に言い寄られつつも、彼らの機嫌を損なわないように談笑をしていた。

その最中、カモ君を暗殺できるならするようにと、父親である国王からの命令を思い出していた。服の下には人、一人を殺すことが出来る毒薬の入った小瓶がある。これを使ってカモ君を暗殺することも考えていた。

だが、最優先はシュージの篭絡だ。今はそれに全力を注ぐ。

シュージはカモ君を心酔しているところがある。今、カモ君に危害を加えればシュージがこちら側につくことはないだろう。今はまだシュージとの信頼関係を作っていく最中だ。

今はまだ急がなくてもいい。

そう考えなおしたライツは甲斐甲斐しくシュージや冒険者の食事や談笑に興じるのであった。

 

休憩を終え、カモ君も目を覚まし、ダンジョン攻略を再開する。

休憩も挟んだことでやる気に満ちたシュージや冒険者達。まさか、隙があれば害するかもしれない敵がいるなんて考えもしていないのだろう。

確かに国と魔法学園を中継して紹介された魔法使いの卵だが、警戒心という物は習っていないらしい。…カモ君を除いて。

彼は仮眠をするとは言ったが、実は自分を観察していたのではないだろうか。

カモ君を暗殺するかと頭によぎったが、その動作を見抜いたのか休憩後からその表情から気のゆるみはなくなっていた。

むしろ休憩前よりも警戒しているのではないかと思わんばかりに引き締まっていた。

これから更に深いダンジョンの深層まで行くことになるので引き締まるのはわかるが、時折自分の方を見てくるその所作。油断はしないという事か。

総じて、今のカモ君の不意を突くことは不可能。暗殺などもってのほかだと判断したライツはダンジョン探索に注力することにした。

そんな評価をされたカモ君はというと。

 

やっべぇ、寝違えた。首痛い。ライツって、自己治癒を高める補助魔法とか使えないかな?

 

思いっきり油断して寝違いというデバフ状態。はっきり言って彼女が見てきたカモ君の中で一番の暗殺ポイントだという事に気づかれることはなかった。

寝違えたことも気が付かれなかったのでカモ君はこっそりと回復魔法を使うのであった。

 



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第四話 自爆

シュージはともにダンジョンを進んでいくカモ君に頼もしさを感じていた。

ダンジョン攻略のアルバイトに参加するには魔法学園の成績上位者でなければならない。

一ヶ月ほどの長期休暇があったとはいえ、復帰してすぐに座学や実践テストで高得点をたたき出したカモ君は自分と共に合格判定をもらい、今回のダンジョン攻略に参加した。

事故で隻腕になった。顔に火傷を負ったにも関わらず、学園はカモ君を優等生だと、強者だと判断したのだ。

現にそうだろう。出なければ武闘大会決勝進出を果たしたりはしない。

ダンジョン攻略も彼のサポートのおかげか十三階層まで足した消費もせずにたどり着いた。

動物系の魔物から人型モンスターまで登場してきたが、カモ君の索敵のおかげでほぼすべての戦闘で先制攻撃が出来た。

この調子なら今回のダンジョン攻略は楽にこなせそうだと思っているシュージだが、カモ君の言葉で気を引き締めることになる。

 

十階層ごとのダンジョンはモンスターが一際強くなる傾向になるといった。

 

ゴブリンやコボルトの中に魔法を使えるメイジやシャーマンの名前を持つモンスターが出てくる上、カモ君の索敵にもかからないモンスターも出てくる。

ここからはダンジョン攻略の経験者。冒険者達の感が重要になってくるとのことだ。

シュージも十階層以上のダンジョンには挑んだことはある。

確かに一回り大きく力も強いモンスター。魔法を使ってくる賢いモンスター。天井や壁、床に擬態しているモンスターもいた。

彼は後衛の魔法使いだったため戦闘になっても前衛の人間が守ってくれたから余裕をもって魔法が使えた。しかし、ここから先はそれも通じなくなる。

以前は人員的にも余裕があったが今回はそれがない。

現にカモ君の索敵した場所には人型のモンスターが数体いた。

モスマンと言われる人と蛾を足したようなモンスター。飛行することが出来、壁や天井に張り付いており、侵入者を不意打ちする習性をもつ。

奴らの鱗粉には毒性があり、たとえ追い払ったとしてもその鱗粉を吸い込み、やられるという事もある。

奴らは弱点でもある火に向かって突っ込んでくるという習性もあるので。シュージの魔法で一掃することが一番であると、モスマンのいるフロア手前で相談して決めたことだ。

余力は残した方がいい。それも帰るときには魔力が半分は残した方がいいというのがカモ君の持論だ。

進むときに出てきたモンスターより強いモンスターが出ることはほぼない。しかし、100%でないわけではない。

ダンジョンコアを破壊すればまた話は変わってくるが、今はまだダンジョンの深奥もわからない調査の段階だ。

ここから先は完全に未踏破の領域。魔力は温存したほうがいいという案は誰もが賛成を示した。

誰だって死にたくない。魔法とは突破力がある手段であるがゆえに使いどころを間違えてはいけないと学園でもカモ君からも言い聞かされているシュージは慎重に魔法を詠唱。込める魔力にも細心の注意を払った。

ただ、焦りはない。自分を守ってくれる冒険者はいる上に、最強だと信じているカモ君が守ってくれている。恐れているのは彼らの期待に応えられなかった場合だけだ。

詠唱を終え、フロア全体を満たす炎を生み出す魔法を唱えたシュージは、それを解き放つ。

薄暗いダンジョンの一フロアを埋め尽くす炎の渦が蹂躙する。

モスマンたちは気勢を上げながら黒焦げになりボトボトと音を立てて床に落ちる。そして、炎から逃れていた他のモスマンもシュージの炎に挑むように無作為に飛び込み、炭化していった。

その間十五秒ほど。シュージの魔力が残り七割のところでシュージは魔法を中断した。

出そうと思えばまだ出せるが余力は残した方がいいという事を気に留めた。

シュージたちが見たものは火災の跡とも言うべき惨状。

フロアのあちこちから熱気が立ち上り、ところどころから灰が零れ落ちていた。カモ君が索敵もかねてそのフロアの灰を風の魔法で奥の通路へと押し込む。

そこでカモ君は違和感を覚えた。目の前のフロアの先。次に進むべき通路の先から強い魔力を感じ取った。

これまでのモンスターとは一際違うその感触。もしや、

 

「…ボスフロアか?」

 

シュージが火を放ったフロアがダンジョンコアのある直前のエリアだとしたらここが最後の休憩地点になる。

二名の剣士が手前のフロアの確認を済ませ、残りのメンバーもフロア内に進んでいく。

そして、フロアの端にある大きなトンネルのような通路の先に人工物のような石で出来た大きな扉があった。

ダンジョンコアのあるフロアにつながる扉は総じてあのように大きな扉になっている。

十三階層の比較的、浅い場所でのボスフロアに冒険者、カモ君達は喜んだ。

第一目標のボスフロアの確認はここで達成できた。問題はボスに挑むかどうかである。

冒険者達には擦り傷といった小さな傷や疲れも見られたがほぼ全快に近い状態だ。

カモ君の魔力残量は半分。シュージはさっきの魔法しか使っていないので七割。ライツは冒険者の攻撃力・防御力を上げる補助魔法を何度も使ってきたので四割といったところだ。

ライツのペース配分にお小言をいうカモ君だが、今の状態でボスフロアまで到着出来た事は幸運だ。

おそらくだが、今の状況が自分たちのベストポジションであり、ベストタイミングだろう。

ここで引き返して再度ダンジョンに突入すれば、またダンジョンは拡張をし、階層も増える。モンスターも再出現するだろう。

そう考えているとダンジョン全体が小さく揺れた。

これはダンジョンコアがより深く地下に潜ろうとしている所作。

仕留めるなら今が絶好のチャンス。だが、焦ってはいけない今扉の向こうに何がいるかの確認をしてからだ。

巨大な石の扉にカモ君が魔法で小さく穴をあけて中の様子をうかがう。と、同時にカモ君は扉から飛びのくように離れて目を抑えた。

慌てて持っていた水筒の中身を顔に浴びるようにぶちまけた後に回復魔法を使う。

どうやらモスマンの鱗粉が石の扉の先に充満しており、それを目に吹き付けてしまったカモ君の眼は赤くなっていた。

すぐに目を洗い、回復魔法をかけていなければ失明していたかもしれない。

どうやらこの石の扉の向こう側はモスマンの巣が形成されているかもしれないというのが分かった。

おそらくこの先にいるのは大量のモスマンと昆虫系統のモンスターがいると判断したシュージたちは再度作戦を立てる。

扉を開放すると同時にシュージに特大の魔法を叩きこむという作戦だ。カモ君が明けた小さな穴からこぼれ出てくるほど鱗粉が充満していることから先ほどの倍以上のモスマンがいることは間違いないだろう。

幸い、カモ君の眼も回復したところだ。おそらくここが最後の戦いになるだろうとライツも補助魔法を全員にかけるつもりだが、シュージには彼等とは別にマジックアンプという使用する魔法を一度だけ強化する補助の魔法を全力でかけることにしてもらう。

これでライツが使える魔法は少しだけステータスアップが見込める補助魔法一回になった。申告通りなら。

ライツの武器は魔力の効率を上げる白のダガーという小さなナイフ。防塵のマントという砂埃程度ならそれ自体が避けていくというマジックアイテム。

目を傷める前にそのアイテムを貸してほしかったなと思わずにはいられないカモ君だったが、敵国の篭絡工作員だと知っていても女性用にカスタマイズされたマントを羽織るのは憚れる。何よりカモ君とライツの体のサイズを考えるとライツのマントは小さすぎる。

 

「準備は良いか?」

 

剣士の二人が石の扉の両端に立って扉に手をかける。

合図とともに開くと同時にシュージの魔法が放たれる。不測の事態に陥ってもカモ君達の前には重戦士が巨大な盾を持って受け止める布陣だ。

カモ君も薄いとはいえ風の防御壁を展開している。扉の向こうからモスマンの鱗粉がこちらに流れてこないように自分達の追い風のような状況を作り出していた。

後詰めの冒険者もいる。いざというときは逃げることも伝えている。

そしてシュージの魔法の詠唱も終わった。

 

「3、2,1.撃て!」

 

開かれた石飛の向こう側を確認することなくシュージのファイヤーストームが再び放たれた。

一瞬モスマンの鱗粉の壁が見えたが、シュージの炎の赤が埋め尽くしたと同時に辺り一帯の空気がボスフロアに吸い込まれる現象が起きた。

 

モスマンの鱗粉がシュージの炎に引火。そこにあった鱗粉の全てに一斉に点火し爆発現象が起きる粉塵爆発が発生した。

 

以上の事が同時に起こったため、カモ君の追い風もほぼ無意味といってもいい大爆発と轟音がカモ君達を襲った。

ここにダンジョンに詳しいコーテがいれば事前に注意していただろう。しかし、この場にいる人間は欲に目がくらんでそれらを見落としていた。

この事態を予測できたのは欲に眩んでいないライツだけだった。彼女はシュージの魔法が放たれると同時に重戦士の後ろに隠れるようにして爆発に備えた。

シュージの魔法に驚いて思わず隠れてしまったと言えば角も立たないだろう。

そのおかげで爆発に押し流されたカモ君達は後方へと一気に飛ばされたなか彼女だけはその場から少し転がされるという事態で済んだ。

扉を開けた剣士の二人はボスフロアへつながる扉が盾になる形で爆発に巻き込まれることなく、ふらつきながらもなんとか立っている。

爆発を真正面から受けた重戦士は五メートルほど後ろに飛ばされ仰向けで倒れている。どうやら気を失っているようだ。

残りの冒険者はまとめて十数メートルまで飛ばされたのか、何とか起き上がろうとしているのは最後方にいた剣士だけで、弓使いと魔法使いの二人は気絶。しかも弓使いの弓はへし折れていたので、意識を回復させたとしても戦闘には参加できないだろう。

シュージはというと冒険者より後ろに飛ばされていたが、受け身をちゃんと取れていたのだろう。こちらも剣士の後ろで立ち上がろうともがいていた。

問題はカモ君だ。彼は重戦士のすぐ後ろ。うつ伏せ状態で倒れていた。

大爆発の影響で砕けたボスフロアへの扉のかけらに当たったのだろうか額から大量の血があふれ出ていたため、彼の頭から肩にかけて血で汚れていた。

 

突入メンバーの戦力が一瞬で半数以下になった。戦えるのは三名の剣士とシュージとライツだけだ。

この状態でまたモスマンなどの素早いモンスターに襲われれば全滅は免れない。

 

…見捨てるか?

 

ライツだけは十全と言わずともこの場から走って逃げることもできる。

シュージの篭絡が任務だが、ここで自分が死んでは意味がない。

それに、ここで重要人物二人を見殺しにした方がネーナ王国の利となるだろう。

ここでカモ君に近寄り、体調を調べるふりをして、持っている毒薬で殺すことだってできる。

 

「―――っ!」

 

だが、やらない。いや、できなかった。

大量の血があふれ出ているはずなのにカモ君の意識は衰えていなかった。

むしろその逆、その戦意は衰えることなく、自分の方を。正面を見ていた。

正確には、自分の更に後ろ。ボスフロアの中に残っている存在に目を向けていた。

 

そこにいたのは巨大な白い宝石と間違わんばかりの白銀の大亀。

ミスリルタートル。

その甲殻は名前通りミスリルで出来ており、鋼の剣や中級魔法などは弾いてしまう防御力を誇る。巨大な亀のモンスター。

高さ3メートル。幅五メートルはあるだろうその巨大な亀をカモ君は睨んでいたのだ。

そして、その眼にはライツは見慣れた感情が表れていた。

それはこの亀を倒して得られるドロップアイテム。魔法金属ミスリル。それの取得。何が何でも手に入れるという欲にまみれた感情。

欲をかいたことで大怪我をしたのに、更に欲張るとか呆れてしまいそうになるが、ライツは考え直した。

カモ君は何かと負債を抱えている。それの帳消しをしないといけないからか。それともその先を見ているからか。

その負債を抱える理由もこの先の未来。戦争に打ち勝つという目的のためならその強欲さもわかる。

少しでも良い装備を。より強い魔法を。より強いレベルを手に入れて、より良い未来を手に入れる。

 

カモ君は転生者である。

 

というのが研究者兼密偵の話だ。

この先の未来の事をあらかじめ知っている節があるとも言っていた。

だが、自分が損するだけの国のために自身の身命を捧げているというのか?

もしそうだとしたらライツには理解できない。

自分が周りに媚を売るのは自分のため。より良い環境を他者に用意してもらうためだ。自分だけでは出来ないからそうしているのだ。その方が楽だからそうしているのだ。

だが、カモ君はそうじゃない。

他者という不確定な物には頼らない。自分で手に入れる。それこそ命を懸けて自分を成長させ、周りを変えていこうという意思を感じた。

欲深だというならそうなのだろう。愚か者だと自覚もしているのだろう。

だが、それでもカモ君は止まらない。

自分が欲しているのはここにはない。今の状態では手に入らない。

強欲に資産を欲し、自身を傷つける力も欲する。

より良い未来のために。

そう思わせるだけの雰囲気を纏って立ち上がるカモ君にライツは震え上がった。

畏怖か、それとも高揚感からか。ライツはその場から動けなかった。

 

 

 

カモ君が転生者であるところ。強欲である事以外は全て間違っているが。

 

 

 

カモ君は自分以外の人間がどうにかしてくれるなら全部任せる。

クーとルーナ。コーテ以外の事なら何でも任せるし、媚だって売る。

この先の戦争で必ず勝利し、安定した未来を手に入れると確約できるならもみ手をしながらその相手を煽てる。靴だって舐める。

それこそシュージが英雄の格まで成長したのなら喜んで太鼓持ちをする気満々だ。

 

よっ、さすが主人公様!あっしでは出来ないことをやって見せっ。そこに痺れる、憧れるぅうううっ!

 

だが、今はまだそんな状況ではないため、踏ん張るしかない。

 

どうして大爆発が起きたのか理解できないまま。

ミスリルタートルをどうやって倒すかもわかないまま。それ以外のモンスターがいるのかもしれないという不安を抱えたまま。

そもそもダンジョンコアは破壊できたのか心配になりながら。

 

何一つ好転していないこの状況でカモ君は前だけを見ていた。

悪化したままのこの状況でもカモ君は立ち上がり、動けないライツをしり目に前へと進み、不敵な笑みを浮かべながらミスリルタートルの前に立った。

 

ミスリルタートルの防御力を貫通できるだけの物理攻撃。カモ君の腕力だけでは無理。

魔法攻撃。まだ中級の魔法しか使えないカモ君の魔法ではびくともしない。

 

 

 

…あれ?詰んだ?

 

カモ君はふらつく思考の中でミスリルタートルに対する有効打を持っていないという現実にようやく気が付くのであった。

 



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第五話 強要

回復の水魔法。それも中級の回復魔法をクイックキャスト(笑)で発動させ、自分と重戦士に施したカモ君は左手を固く握り、ミスリルタートルに向けた。

ミスリルタートルは見た目通り、亀。そのため動作が遅いモンスターだが、亀であるがゆえに防御力能力は他のモンスターの比ではない。

だが、突入パーティーが半壊している今ほどラッキーなモンスターだ。

攻撃方法は嚙みつきと踏みつけに体当たり。その巨体に遭った威力を誇るがその鈍重な巨体に近づかなければ恐れることはない。

だが、厄介なのはそれを打ち消そうとする補助魔法をこの亀が使えることだ。

自重を軽くするライトネス。素早く動かすことが出来るプチクイック。

この二つの魔法が発動されると、走ることを覚えた幼児並みのスピードで敵対する相手に攻撃してくる。

モンスターも人間や亜人のように魔法を発動させるには詠唱が必要になる。

ドラゴンやリッチ・ヴァンパイアといった高度の知性を持つモンスターは無詠唱で魔法を使ってくることもあるが、このミスリルタートルは詠唱を必要とするのだろう。

パクパクと口を動かしているだけ見えるが、魔力が収束していることが魔法の使えるカモ君達は気が付いた。

まだ顔にへばりついている血も乾いていないにも関わらずカモ君は前に飛び出した。目的は亀の口を閉じること。

額から血が溢れていたとは思えないほど俊敏な動きでミスリルタートルに駆け寄るカモ君だったが、距離がありすぎた。

ミスリルタートルの魔法は完成し、ミスリルタートルの体を薄緑色の光が包み込む。

その光景を見たカモ君は、最初亀の口を閉じるために蹴り上げるつもりだったが、真っすぐに突っ込むのをやめて、真横に飛びながら風の針を打ち出すエアニードルの魔法を放つ。

不可視の何かが飛んでくるのを感じ取り、首を体の中に引っ込めて、その背中に背負った甲羅の淵で風の針を受け止める。チンチンとまるで熱した金属の上ではねる水滴のような音を立てて霧散した風の針にカモ君は内心落ち込んだ。

 

俺の最速の魔法だぞ。5メートル近く離れていたとはいえ、対処できる機敏さを持つ亀とか…。どう勝てばええねん。

 

おそらくミスリルタートルの使った魔法はプチクイックという魔法だろう。

状態異常というデバフにかかりにくいミスリルタートルに、モスマンの鱗粉。

何も対処せずにこのボスフロアに突入していたら、鱗粉で動けなくなったところをこの亀が齧りついていただろう。

幸いなことにシュージの魔法でモスマンとその鱗粉を焼き尽くしたことでカモ君はいつものように動ける。

補助魔法を受けたミスリルタートルよりもカモ君の方が素早く動けた。

広い球場のような空間。ドームのボスフロアの中央にミスリルタートル。

最奥には心臓のように不気味に蠢き、点滅している一抱えありそうな赤い宝玉。ダンジョンコアが5メートルほどの高さ浮いていた。が、それは目に見えてその高さは目に見えて低くなっていた。

ダンジョンの深層化。それが目の前で起ころうとしていた。

 

倒せないモンスターと落下していくダンジョンコア。

 

どちらを相手にするかは目に見えていた。

 

「俺がこいつを引き付けるっ。誰かダンジョンコアを破壊してくれっ」

 

このようなチャンスは滅多にない。

ダンジョンコアを守るモンスターはミスリルタートルだけ。

沈下してしまえばまた新たな脅威を生み出すダンジョンコアをここで破壊するにはこの場面しかない。

カモ君は残った魔力を全部使い切るつもりでミスリルタートルに魔法を浴びさせる。

全属性の魔弾をランダム発射するエレメンタル・ダンスを放つがどれもこれもがミスリルタートルの防御を打ち抜けない。

最悪なのはミスリルタートルがそれに気が付き、再び詠唱をし始めたことだ。

言葉らしい言葉を発していないこのモンスターだが、口の開閉と魔力の収束にカモ君は武器を作り出す魔法を紡ぎだす。

 

「クリエイトウェポン・ランス!」

 

カモ君の左手には穂先50センチ。手持ち30センチほどのコンクリートで出来たような灰色の、魔法の石槍が握られていた。

その矛先をミスリルタートルに向かって突き出す。これをもって亀の詠唱を中断できればと思っていたが、数秒遅かった。

ミスリルタートルの魔法が完成した。

ライトネスという体を軽くする魔法を、自分にではなくカモ君にかけたのだ。

石槍という重い物を持って突撃しているカモ君の体を急に軽くするとどうなるか。

それは石槍に重心を持っていかれ、バランスを崩すという事だ。

 

「っ?!」

 

そんなバランスを崩した敵に対して鈍重ながらも強大な力を持ったミスリルタートルがとった行動は噛みつき。その動作は行動範囲こそものすごく狭い。

射程1メートル未満という短さの中に入ってきたカモ君の頭を丸かじりするには十分な距離だった。

石槍の矛先を地面に向けている以上、カモ君に恐れることはない。むしろ自分から飛び込んできた獲物に首を伸ばしてその口を開いた。

その瞬間にバランスを崩したカモ君がとった行動は、石槍を手放し、ウールジャケットに魔力を流し込んで自分をさらに軽くして大きくジャンプすることだった。

ブチっという音を響かせながらもカモ君はミスリルタートルを跳び越すように新体操なら二回転半ひねりというジャンプ技でミスリルタートルの攻撃をかわしたように見えた。

が、実際は違う

無理な体制でのジャンプで亀の口を完全にかわせず、左上腕部の一部を食いちぎられたのだ。部位こそ掌に収まる範囲だったが。隻腕であるカモ君にはとても大きな痛手だ。腕を振るうだけで痛みが走る。眉根を歪めるだけで抑え込んでいるのはカモ君の精神力もあるが、ここで弱みを見せたらただでさえ劣勢な自分たちの攻勢が崩れる。

カモ君はミスリルタートルを飛び越した後、大きくその場から離れることで状況を改めて状況を見比べる。

 

剣士の三人はまだ気絶している重戦士と弓使い。魔法使いをそれぞれ肩に担いでこの場から去ろうとしていた。

彼らはカモ君を見捨ててこの場から逃げることを選択したのだ。

それが悪いことだとは言わない。いや、カモ君的には罵声を飛ばしたい。だが、カモ君の魔法のことごとくをはじいたミスリルタートルに勝ち目はないと見切りをつけた彼らを責めることはできない。

 

今、この場に残っているのはカモ君。シュージ。ライツの三人。魔法学園出身の生徒だけだった。その三人のうち、誰もダンジョンコアの近くには駆け寄れていない状況だ。

シュージが振りむこうとしていたミスリルタートルに、カモ君とは別方向にいた再びファイヤーストームを放つが、足止めくらいにしかなっておらず、その火炎旋風の中をゆっくりと近づいてくるその亀の影は恐怖でしかない。

 

カモ君でもダメ。シュージの魔法も足止めになっていない。ライツは補助魔法がメインで足止めが出来ない。

ここは自分達も引くべきかと考えたが、疲弊した自分達に追いかけてミスリルタートルが迫ってくるかもしれない。

しかもここのボスフロアのモンスターという事はスタミナもあるだろう。

ミスリルタートルの補助魔法が全て使われると子犬並みの速さで動いてくる。疲弊している自分達に追い付くのは容易に想像がつく。

もはやカモ君達が生き残るにはミスリルタートルの撃破。もしくは戦闘不能するしか手段がなかった。

シュージの炎で少しはダメージを負ってほしいと願っていると、ミスリルタートルの影が少しだけ遠のいた。

 

祈りが通じたか?

 

そう考えてしまったカモ君は直後に馬鹿かと自分を内心罵った。

シュージの魔法が途切れると、そこに残っていたのは完全に甲羅にこもったミスリルタートル。しかも、魔法が終わったことを悟ったのか、首だけを出してそれを確認すると、瞬時に手足も甲羅から出すと同時に、子犬が駆け寄ってくるスピードでシュージめがけて走っていった。

 

5メートルの巨体が走ってくる光景は圧巻の一言だろう。

まだ実戦経験の浅いシュージはそれに面喰い、動けないでいた。

 

「足を止めるなっ!馬鹿!」

 

カモ君も残り少ない魔力で自分の素早さを上げるプチクイックを発動させながらシュージの元に駆け寄る。

シュージを起点としてほぼ直角に近づいていくミスリルタートルとカモ君。先にたどり着いたのはカモ君だった。

 

シュージを突き飛ばして亀の進路先にいた人間をシュージから自分に変更させたカモ君に出来たのはその巨体に跳ね飛ばされるだけだった。

 

「エミールっ!」

 

シュージは己のミスでカモ君が負傷したことに悲鳴を上げるように彼の名前を叫んだ。

この状況で彼が無事であるはずがない。

それは確かにそうだ。だが、まだ終わってはいなかった

口からは血の混じった胃液を吐き出しながらカモ君の眼はまだ諦めてなかった。

シュージを突き飛ばすと同時にウールジャケットにも魔力を込めて自分を軽くしていたのが功を制した。

卵のような固形物をバッドで殴れば当然割れるが、枕のような柔らかく軽いものを殴れば一時は凹むかもしれないが、その柔軟性ですぐに元に戻る。

軽くなったカモ君は体当たりの衝撃を大きく逃がした。とはいえ、ノーダメージというわけにもいかない。それどころか即死ダメージの四割を逃がしただけにすぎず、残った体力は二割ほど。骨折はしていないがダメージが大きすぎた。

そのせいでアドレナリンがドバドバ出て、どうにかこの場をやり過ごせという本能で、逃げるという事よりも倒すという殺意に近い感情がカモ君を支配した。

 

どう倒す。こんなに重い亀モンスターを。

重くて速いとか最強だろう。ブレスを吐かないドラゴンかよ。

重い?重いのなら軽くすれば倒せるということか?

ああ、なんだかムカついてきた。二回もポンポン跳ね飛ばしてくれたこの亀が憎い。

こいつも跳ばされる思いをしてもらわなければ割に合わない。

そうだ。今、こいつは魔法で自分を軽くしている。ならもっと軽くすればこいつも投げ飛ばせるんじゃないか?

 

ミスリルタートルは攻撃や鈍化・軟化といった魔法やアイテムによるデバフ効果は弾くが、軽量化、攻撃力アップの魔法は受け付ける。

それはこの亀がカモ君の目の前でやったことだ。なら重ね掛けも効果があるだろう。

 

「…ぐえっ。ら、ライツ!こいつに軽量化の魔法をかけろ!」

 

「は、はい」

 

べちゃり。と、決して格好いいとは言えない姿勢で地面に落ちたカモ君は今まで傍観していたライツに指示を出す。

今までライツは逃げ出す機会をうかがっていた。

カモ君を犠牲にし、シュージを見捨てる算段をつけ、自分に補助魔法をかけて逃げる算段もして、隠し持っていた毒薬以外にも持っていた小瓶に入れたマナポーションを口にしていたところだった。

そんな少しの後ろめたさとカモ君の必死さに思わず指示通りの魔法をミスリルタートルにかけた。

 

亀だけあって、跳ね飛ばしたカモ君に振りむこうとしていた動作のうちにカモ君とライツの二人はライトネスの魔法をかけることに成功した。こころなしかミスリルタートルが浮足立ったようにも見える。

跳ね飛ばされ、地面にたたきつけられたカモ君もその時には既に立ち上がっていた。

ミスリルタートルがカモ君の方に顔を向ける寸前にカモ君はミスリルタートルの横っ腹に駆け寄っていた。

この時点で胃液も血痰も吐き続けていた。体で痛いところがないと言わんばかりに痛みというサイレンを鳴らし続けていた。

だが、止めない。止めてはいけない。

今、こうして動けているのは興奮による鎮痛と高揚感からだ。これは長続きしない。効果も芳しくない。少しでも気を抜けば激痛で動けなくなる事が分かった。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

カモ君は腰を落として大亀の甲羅の淵に手をかけて、思いっきり上へと押し上げ、ひっくり返そうとした。が、駄目。

あまりに巨大なミスリルタートル。いくら軽量化の魔法を重ね掛けしていたとしても早々動かせる質量ではない。その上、先ほどまでシュージの火の魔法を受けていたせいかこの亀は熱した鉄板のように熱かった。現に触れている場所からは湯気のようなものが立ち上っていた。激痛も走る。

手放したい。すぐにでも水の中に手を突っ込みたい。だが、放せばおしまいだ。持ち上がらなくてもおしまい。

進退窮まるとはこのことだ。

 

「ライツッ。エミールに補助の魔法を!」

 

シュージは助けを乞うように叫んだ。

今のカモ君は死にかけだ。

今の自分ではカモ君を助けることはできない。だが、補助魔法が得意だと言っていたライツならどうにかしてくれるのだと願っての叫びだ。

 

「…っ。ごめんなさい。もう、魔力がないの」

 

ライツはここで嘘をつく。魔力は先ほど回復させた。今の自分なら中級の補助魔法が4回は使える。

一度はカモ君の気迫に負けて補助してしまったが。自分がこのまま何もしなければカモ君は確実に自滅する。

それを感じ取ったからこそライツは魔法が使えないと嘘をついた。

 

カモ君の体力も魔力ももう枯渇寸前。使える魔法はあと一回。しかも初級程度の魔法だ。

ライツの援護は期待できない。魔法使いタイプのシュージではこの状況を打破できない。

信じられるのは己の筋肉。ではなく欲望だった、

 

まだ死ねない。死にたくない。

生きて帰って、コーテにこの怪我を治してもらう。その後お叱りを受けて反省して、また学園生活に戻りたい。

クーとルーナに手紙を出してまたにやけたい。ハグしたい。添い寝したい。内心はぁはぁ

(*´Д`)したい。

 

そのためにはこの亀は邪魔だ。

残った魔力と体力をここで使い切れ!

 

「ぷぅうてぃいい、ぶぅううすとぉああああっ!!」(プチブースト)

 

魂の叫びともいえるカモ君の魔法が発動した。

身体能力を少しだけ向上させるプチブーストという魔法。

本来のカモ君が使える光の魔法レベル1のそれは、カモ君の想いに応えて発動した。

 

カモ君の補助魔法。プチブーストによる自身の膂力の強化。

カモ君・ライツ・ミスリルタートルによる三重の魔法で軽くなった大亀の巨体はついに動いた。

 

カモ君の豪快なちゃぶ台返しとも思えるその動作によって。ミスリルタートルは半回転し、その重い甲羅を地面に押し付けることに成功した。

ミスリルタートルにとっては驚天動地の珍事により、手足や首。短い尻尾を甲羅の中にしまうことを忘れてじたばたともがく目羽目になった。

この動作をしていればいずれは元の耐性に戻るだろう。だが、それを見過ごすほどカモ君は冷静じゃなかった。というか、興奮しすぎて狂乱していたに近かった。ランナーズハイに近い状態だった。

 

ミスリルタートルの伸びきった尻尾をつかみそのままダンジョンコアの元へと走ったのだ。

正確には走ったとは言えないほどの低スピード。小走り未満の速度だが、カモ君はミスリルタートルを、体全体を使って引っ張っていく。この間にカモ君の手と肘に激痛が走るが、興奮したカモ君にはいまいち感じ取れなかった。が、こんな無理もあと一分もすればつけを払うことになるだろう。

 

ミスリルタートルとダンジョンコアの距離は10メートルほどしか離れていなかった。ダンジョンコアは既に地面に接している高さであとは沈下するだけの状態だった。

そこに子どもが重い荷物を引きずるように、カモ君が5メートル歩くと、そこから横殴りするようにミスリルタートルを放り投げた。

ハンマー投げと思うほどきれいなものではない。荷物を前かがみに落とした。そんな言葉が似あう動作だが、確かにカモ君は一瞬。高さ15センチ未満とはいえ巨体のミスリルタートルを放り投げた。

 

ズンと、ボスフロアがミスリルタートルの重さで小さく鳴動する。

と同時にパキンという音がミスリルタートルの下。そしてカモ君の腰から響いた。

 

重度のぎっくり腰をここで発症してしまったカモ君はただでさえ脂汗をかいていたところに冷や汗をかくことになった。

全身が痛い。一歩どころかほんの少しだって動きたくない。声だって出したくもない。だが、ダンジョンコアの破壊が出来たかの確認もできない上にミスリルタートルはひっくり返っているだけでほぼ無傷。

普通の亀とは違ってミスリルタートルの下腹には魚のえらのように蛇腹になった被膜が見えていた。まるでそこだけ別の生き物のようにわさわさと蠢いていた。この被膜が動くことでダンジョンのような床が固い床に接していても傷つかなかったのだろう。

その太い足と首をじたばたと動かしてその巨体を揺らして何とか立ち上がろうとしている。その巨体の影の下にいるカモ君は思わず助けを呼んだ。

 

「シュージっ!あとは任せた!(訳:助けて!)」

 

「っ。任せろ!」

 

その言葉を聞いて、ようやくシュージの意識が戦闘状態に戻る。

カモ君に突き飛ばされてからカモ君の無茶な行動に呆気を取られがちだったが、そのカモ君が自分を頼ったという事に気合を入れ直し、詠唱をしながらミスリルタートルに向かっていく。

シュージの目線から見ると、まるでカモ君が俺を踏み台にしてミスリルタートルの腹に向かって魔法を打てと言っているようにも見えた。

 

カモ君は腰の痛みから中腰にならざるを得ないだけなのだが。

激痛に苛まれているカモ君は悪寒を感じた。

 

なんで、助けに来るのに詠唱をしながらこっちに走ってくるの?

ちょっ。待てよっ。まさか俺を踏み台にして大きく飛躍する気か!物理的に?!

今は駄目っ。駄目だから。危険だからっ!やめ…。

 

「いくぞっ!」

 

駄目ぇえええええっ!

 

そんなカモ君の内心を知らずにシュージは跳躍した。

中腰になったカモ君の膝、肩に足を乗せ、文字通り踏み台にしてさらなる飛躍を見せた。そして、カモ君は腰から来る激痛に比喩ではなく文字通り一瞬心臓が止まり、脳があまりの痛みで意識を強制シャットダウンさせた。

カモ君は立ったままその場で気絶した。

そんなカモ君をよそにシュージはミスリルタートルの蛇腹状になった下腹に着地して、そこに手を突っ込み、魔法を解き放った。

 

「ファイヤーストーム!!」

 

外側は分厚い甲羅に守られているミスリルタートルでも、下腹の隙間。内臓につながる部分から流し込まれた炎の濁流には敵わなかった。

自身の中から焼き尽くされる炎は体中に行き渡り、最後にミスリルタートルの口から吐き出されていく。

20秒ほど焼かれたミスリルタートルの手足、首は一度ピンと伸びきったが、シュージの炎が消えると同時にだらんと力なく垂れ、最後にはミスリルタートルの全身はボフンと音を立てて黒灰になり、その場に散っていった。

と、同時にシュージの頭の中で綺麗な鐘の音が鳴り響く。

 

それはレベルアップを知らせる主人公とその仲間にだけ聞こえる現象。

 

シュージのレベルはこの時をもってレベル21から25まで生き物としての力量が上がった。

これはシュージがカモ君との10回模擬戦をしてレベルが1上がることから考えればかなりのレベルアップだ。

 

「…エミールっ。やったぞ!」

 

ミスリルタートルとの戦いでそれだけの経験を踏んだというわけではない。

ミスリルタートルへのラストアタックによる経験。その勢いでミスリルタートルの下にあったダンジョンコアを押しつぶした経験。そして、カモ君の意識を奪ったラストアタックによる経験で大幅なレベルアップを果たしたのだ。

 

「…し、死んでいるっ」

 

死んではいないが、どこか悟りを開いたような表情で立ったまま気絶したカモ君にシュージはその場で慄くのであった。

 



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第六話 施しコイン

…俺は何をしているのだろうか?

 

白い霧があたり一面に発生しており、腕より先の視界が完全に見えなくなるほどの霧の世界でカモ君はどこを目指すわけでもなく進んでいた。

遠いところから誰かが自分を呼んでいる声が聞こえた。聞き覚えのある、しかし、嫌気しか沸いてこない声が進む先から聞こえてきた。

 

こっちだ。こっちだよ。

 

霧の中を進んでいくと人影が見えた。全体に丸い人影が二つ。

その一つはカモ君だった。前世の記憶を持つカモ君ではなく、ゲームのシャイニング・サーガに登場してくるいわば『原作』のカモ君だった。

彼が着ている服は、元は綺麗だっただろう豪勢で上質だったのだろうが、目の前の『原作』が着こんでいる服のあちこちは汚れていたり、穴が開いていたりとボロボロだった。

そのことにカモ君が驚いていると、更に『原作』の後ろにいた人影の正体が見えてきた。

そこにいたのは怨敵かつ毒親のギネだった。『原作』同様にボロボロになった服を着て丸々と太ったその体を揺らしながら、こっちにいやらしい顔をして向かって手招きをしていた。

 

こっちだよ。お前もこっちだよ。

 

ギネがそう言いながらカモ君に言葉を投げかける。

その光景に本来なら殴りかかるか、この場を去るはずの自分の足が止まらず、彼らに向かって歩いていく。

腕を振り上げようとしたが、その瞬間、有刺鉄線がカモ君の肩から腰に掛けて巻き付いた。そのせいもあってか上半身から痛みが走る。特に腰の部分が痛く感じる。

思わず視点を腰に移すとそこにはいつの間に移動したのか『原作』のカモ君が腰に張り付いていた。

 

お前は俺だ。俺はお前だ。だからお前もこっちに来るんだ。

 

『原作』がそうつぶやいた瞬間に、あれほど濃かった霧の世界が晴れる。

そこはどこまでも炎が広がる戦場だった。

兵士も平民も奴隷も王族も。

冒険者から魔法使いまで。

リーラン王国すべての職種と人種の人たちがその場で倒れていた。

それを理解すると同時にカモ君の腰の痛みが強くなっていく。

 

お前はこっち側だ。お前の未来もこっちだ。

 

その声を聴いて再び視線を上げると、ギネがすぐそばにいた。殴りつけたいが腕が動かない上に腰の痛みがどんどんひどくなる。

ギネの顔のすぐそばには『原作』の顔もあった。ならば、今の腰の痛みは誰がやっているのか。

カモ君が視線を下に下げる。そこにはピンクの髪が見えた。整った容姿の少女がそこにいた。

 

そうだ。『原作』の。シャイニング・サーガのカモ君の死がイラストされた光景には確か、敵国リーラン国の篭絡。諜報員であり、隠しキャラであるお前が『原作』を。カモ君を。俺を

 

 

 

「はっ。…がぁっ」

 

「よかった。意識が戻った」

 

ミスリルタートル戦で気絶していたカモ君の意識が腰の痛みによって再び起動する。

中腰のまま気絶していたカモ君だったが、その事態を正しく把握していないシュージがカモ君の腕をつかんで前後に揺らして意識を取り戻させたのである。

カモ君が気絶していた時間は約1分。

その光景は投資に失敗した商人のようにすすけていたとも、性的暴行を受けた婦女子が棒立ちしているようなものだった。普段のカモ君ではまずないだろうその状態にシュージは思わずカモ君の体を揺さぶった。

それによりにぎっくり腰を患っていたカモ君は痛みによって目を覚ましたのである。はっきりいって今のカモ君にとってこれ以上ないくらいの起こし方である。

現にこれ以上ダメージを負わないように無意識でも中腰の状態をキープしたカモ君の姿勢が気絶してからずっと変わらない。まるで石化の魔法を受けたかのように体が硬直している。

シュージはその姿勢を保っているカモ君を不思議がっていたが、これまでのダメージの所為で動けないことを正直に伝えられるとばつの悪そうな顔をしてカモ君から離れる。

ミスリルタートルを倒し、ダンジョンコアを破壊できたと聞いた時は助かったと思ったが、あと半日もしないうちに自分たちがいるダンジョンは土に戻る。今いる場所も地中に埋まるのだ。

 

あれ?動けない俺も埋まらない?

いや、主人公のシュージさんがそんなことはしないと信じていますよ?

見捨てませんよね?俺たちの友情はそんなに薄っぺらい物じゃありませんよね。

 

せめて回復魔法が使えるほど気絶して魔力を回復できていれば良かったのだが、シュージにすぐさま叩き起こされたのでそんなことはなかった。

せめて、回復ポーションかマジックポーションがあれば回復できたのに。

カモ君の財政は火の車。なんてものじゃなく借金だらけ。回復ポーションや希少なマジックポーションを買うお金もないため、所持などしていない。

そもそも一桁階層のダンジョンだと思っていたからコーテからお金を借りてポーションを買うこともしなかった。そんな慢心がこの状況を作り出したのだ。

そんな後悔に苛まれているカモ君にシュージは救いの手を差し伸べた。

 

「エミール。良ければこれを使ってくれ」

 

以前、学園長からもらったマジックポーションをシュージはカモ君に差し出した。

マジックポーションは希少な物だとカモ君は彼に伝えている。使い時を間違えるなとも教えている。

カモ君も最初は戸惑ったが、シュージは今こそ使い時だとカモ君にマジックポーションを渡した。

 

こういうところが主人公なんだよな。

 

問題は、カモ君はシュージの仲間にはなれないという事。

もしカモ君がシュージの仲間になれば彼はカモ君を大事にするだろう。しかし、それはカモ君という莫大な経験値を持ち腐れさせることになる。

だからこれは借りだ。といってカモ君はもらったマジックポーションを飲み干した。

独特の苦さを持ったポーションだが、カモ君の枯渇していた魔力が満ち溢れていく。

はっきり言ってこのマジックポーション。そんじゅそこらのマジックポーションではない。その中でも最上位の効果を持つものだろう。

すかさず、カモ君は回復魔法を使う。

たった一回では間に合わないので三回も中級回復魔法を使うことになったカモ君は腕や腰を動かして体調が回復したことを確認した。

食いちぎられた左腕の一部も回復したところを見て、改めて魔法の凄さと有難さをかみしめているカモ君の元に今まで黙って見守っていたライツが声をかけてきた。

 

「シュージ君、エミール様。力が及ばずに申し訳ございません」

 

ライツは申し訳なさそうに、己の力不足を悔いているように見えたが、実際は違う。

ミスリルタートルに殺されなかった瀕死のカモ君と、そんな彼に回復の術を与えたシュージに内心悔しがっていた。

 

なんであそこから勝てるんだよっ。シュージのやつも何であんなに効果のあるポーションを持っていやがるっ。クソがっ!

 

その可憐な容姿と比較できるほど内心毒づいていた。

だが、舞踏会といった社交辞令で身に着けた笑顔の仮面でそれを完全に隠す。

生まれてからこれまで鍛えてき猫かぶりだ。シュージはもちろん、内情を知っているカモ君ですら少しだけ本当に己の無力に嘆いているのかと思わせるくらいだ。

確かにライツは嘆いていた。

シュージよりも先に自分が持っている毒薬をポーションだと偽って、気絶していたカモ君に飲ませれば殺せていた。死因もモスマンの鱗粉の所為にすればごまかしきれた。

それに気が付いたのはカモ君が完全に回復しきった後。すべてが遅かった。

だが、これから先。カモ君と共にダンジョンに潜る機会はいくらでもある。シュージを篭絡する機会もだ。

今回の失敗を経験にして次に生かそうと、薄暗い事を考えながら表面上ではシュージとカモ君を労わるライツ。

それからダンジョンの最奥という場所から地上へ戻ろうとする三人の前で、ダンジョンコアのあった場所から光がこぼれだした。

その光に気が付いた三人は思わず戦闘態勢に入る。ダンジョンモンスターの出現かと警戒していたが、光は数秒もしないうちに消えた。

その光と共にまるで蜃気楼のようににじみ出てきたのは掌に乗りそうなほどの小さな箱。そして、人の頭ほどの大きさを鈍い白い光をはじく金属の塊だった。

 

ダンジョン攻略報酬とボスドロップが同時に起こるとか。本当にシュージは主人公だな。

 

本来ならダンジョンコアを破壊しても、宝箱が出現することは滅多にない。だが、シャイニング・サーガというゲームでは主人公がダンジョンを攻略するとほぼ確実に出現するのは、主人公補正とやらが味方しているのだろうか。

これが他の魔法使いや冒険者が知ればシュージを誘拐・拉致といった物騒な手を使ってでも手に入れようとする輩は必ず出てくるだろう。

ライツも研究者のライムから聞いていたが、実際目にしてしまえば驚きよりも恐怖が勝った。

 

こんな豪運で異常成長する人間。確かに何が何でも引き込みたい。あいつが言っていたのも頷ける。いや、むしろこいつ一人いるだけで国を興せる可能性を秘めている。

 

異性としてはあまり魅力を感じないが、シュージの特異性に惹かれたライツは、その瞳の奥で爛々と輝く野心を必死に隠していた。

その彼女をよそにカモ君は現れた金属の塊と小さな宝箱に鑑定魔法を行う。

九割はダンジョン攻略報酬だが、残り一割はえげつないトラップだったり、ミミックという宝箱の形をしたモンスターだったりする。

魔力にまだ余裕があるカモ君は慎重になってそれらを調べた。

結果。小さな宝箱には罠はない。金属の塊もカモ君が探しているミスリル。それも10キログラム相当だと判明した。はっきり言って喉から手が出るほど欲しい。

だが、ダンジョンでのドロップアイテムは基本、ラストアタックを決めた人間に所有権がある。つまり、宝箱もミスリルもシュージに所有権があるのだ。

ここで自分も活躍したから分け前をくれと言えばシュージはくれるかもしれない。だが、そんな乞食まがいの事をしたと実家。愛する弟妹たちの耳に入ればどうなるか。

 

『うそでしょ。にぃに、そんな物乞いみたいなことしたの?』

『マジで?にー様がたかりみたいなことをしたって?』

『『縁切るわ。二度とモカ領領地に足を踏み入れないでください』』

 

なんて事になったらたまったもんじゃない。

そうなったらカモ君はその勢いでドラゴンの口の中に突撃していく。

いくら勝利に八割貢献したとはいえ、シュージから貴重なマジックポーションを受けとり回復した。

ダンジョンで即席パーティーを組んでいるとはいえ、マジックポーションはやりすぎだ。貢献度もこれに比べれば安いものかもしれない。

もちろん、あまり役に立つことが出来なかったライツもここでシュージにねだる事はできない。そんな事をすれば彼からの信頼を失い、二度とパーティーを組んでもらえないどころか交流も出来なくなる。

そんな思惑が交差する中、シュージは小さな宝箱をカモ君に進められるがまま開けるとそこには少女の絵が彫られた灰色のコインが一枚入っているだけだった。

 

「なんだこれ?エミール、これが何かわかるか?って、どうしたその顔は、もしかして、これってやばいのか?」

 

「…ああ。やばい。絶対に他の奴らには見せるな。冒険者はもちろん、魔法学園のクラスメイトや教師にもそれを持っていることは知らせるな」

 

カモ君の表情が若干ひきつっている。だが、内心はその20倍は荒れていた。

それは比較的に階層が浅いダンジョンで手に入っていいものではないからだ。

 

施しコイン。それがこのコインの名称だ。

モンスターとの戦闘終了後、そのモンスターのドロップアイテム獲得率を5%引き上げるというマジックアイテムであるコイン。

5%とみれば低いように思えるが、どんなモンスターでも5%の確率でアイテムを落とすと考えればその恩恵は計り知れない。

一般冒険者や魔法使いでも倒したモンスターのドロップアイテムにありつけるのは100回に1回あればいい方だ。

それが20回に1回になればどうなるか?答えは簡単。中堅冒険者でも三年で豪邸を立てられるくらいに儲けを出すことが出来る。

マジックアイテム枠になるからこれは装備品扱いされるが、レベリングや討伐依頼などをこなしている時にこれを持っているだけで、副産物のドロップアイテムの売却だけで目標の金額に到達することもできる。

 

まじでふざけるなよ、主人公!

そのコインはラスボスのいるエリアでもドロップするのは稀。裏ダンジョンでようやく手に入るかもしれないアイテムだ!

…そういえば魔法殺しなんて物もこいつは手に入れていたよな。

こいつ、容姿やレベルだけじゃなくて、幸運までぶっちぎりとかなんなのっ?!

真面目に暗躍を企てている俺の努力をすぐに飛び越えていきやがるっ!

俺が欲しがりそうなものは全部こいつが持っていくなっ!これでクーやルーナ。コーテまで持ってかれたらさすがに自殺を考えるぞ…。

この時点でシュージの幸運値はカンストしているどころかバグっているんじゃないかと思わんばかりの数値をたたき出すだろうな。

 

カモ君が荒ぶる内心を抑えながらもシュージに施しコインを握らせ、絶対に無くさないように。そして売らないようにきつく言い聞かせる。これはある意味で魔法殺しを上回るアイテムだ。これは誰でも装備できるコインである上に、これといったデメリットもない今のシュージには最上のアイテムだ。

 

それなのに。

 

「なあ、エミール。これを受け取ってくれるか」

 

シュージはそれをカモ君に渡そうとしてくる。

これは主人公が持っているからこそ最大限に生かせるアイテムだ。

あまりにもレアなアイテムだからライツにもこれがなんだかわからないのだろう。わかってしまえばシュージとの縁が切れても欲しがる代物だからだ。

 

「正直欲しいが、それはお前の物だ。ボスモンスターを倒して、ダンジョンコアを破壊したお前の所有物だ。ここでは教えられないが強力なアイテムだ。そう簡単に他人に渡すようなものじゃない」

 

正直に言えばものすごくほしい。

このコインがあればカモ君が王家から受けている依頼もだいぶ楽になるからだ。

だからこそ、シュージにはこれを手放してほしくない。このコインはシュージを間違いなく強くしてくれる一因を担うから。

 

「簡単じゃないさ。エミールのその顔を見れば本当に強力なコインなんだろう。…これまでの借りをやっと返せそうなんだ。ここで一つくらい返させてくれ」

 

シュージにとってカモ君は友人であり、ライバルであり、恩人でもある。

魔法学園で平民だからといじめを受けることがなかったのはカモ君という実力者が不穏な輩を間接的に押さえつけていたから。

魔法学園。貴族が受けるような学問についていけるのもカモ君が何かと教えてくれたから。

幼馴染のキィをよく注意してくれるコーテとカモ君のおかげで、彼女も今のところ好きに学園生活を送っている。

そして、ダンジョン攻略の時もそうだ。

前回の攻略の時でも色々助けてもらった上に、今回は直接命を救ってもらった。

マジックポーションを渡したこともあるが、それでもこれまでの恩と命を救ってもらった事をなかったことに出来るほどシュージは面の皮は厚くない。

そんなシュージの意思を理解したカモ君は少し考えた結果。やはり、施しコインはシュージが持っているべきだと結論付けた。

しかし、シュージの想いも無下にしないためにカモ君は一抱えあるほどのミスリルの塊を抱える。

 

「じゃあ、コインじゃなくてこれをくれ。ちょうどミスリルが欲しかったんだ」

 

一応、このミスリルの塊も高価なものである。金貨200枚はあるだろう魔法金属を加工すれば強力な武器や防具になる。ミスリルを扱える職人が少ないため、その技術料の方が高くつくのだが、ちょうどその職人に当てがあるのだ。依頼をこなしつつ、自分専用のアイテムも作ってもらおう。

王家からの依頼や職人の当ての事は伝えずにミスリルの価値だけを教えて来た道を引き返すように促したカモ君。

ダンジョンにあまり長居するものではない。地下空間という事もあるが、既に出現したモンスターに襲われるかもしれない。そうならないためにもダンジョンからの脱出をした方がいいとカモ君は先頭を歩いてボスフロアを出ていく。

シュージもこれ以上カモ君に言っても受け取ってくれないだろうと理解したのかコインを胸ポケットに収めてカモ君の背中を追うようについていく。

その時、ライツを置いていかないように声をかけてから、彼女の手を取ってボスフロアを出ていった。

魔法学園の一年生がダンジョンボスを倒したという大偉業に誰も気が付かないまま。カモ君の索敵魔法で余計な戦闘をしないまま彼らはダンジョンから脱出を成功させた。

その間、ライツはシュージが手に入れた施しコインの事を何度か尋ねたが、その都度カモ君が邪魔したのでその正体を最後まで知ることはなかった。カモ君とシュージの会話は聞いていたが、どうしても気になるんです。と、己の容姿を最大限に生かして尋ねたが、シュージ。というか、カモ君が邪魔した。

カモ君からライツ。ライツからカモ君への信頼度はダンジョン攻略前よりも悪化することになる。

 



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第七話 無様な賢者

なに。この小娘。王族や将軍でもないのに、すごく圧を感じるんだけど。

 

カモ君達がダンジョンを攻略した翌日。ライツは自分よりも小さい先輩が醸し出している気迫にビビっていた。

魔法学園の中庭で風邪から復帰したコーテは、中庭のど真ん中でカモ君を地べたに正座させていた。正しくはカモ君から進んで正座していた。コーテの瞳から醸し出される圧力に屈したともいう。

そんな二人を止めようとするシュージとアネス。ライツだったが、三人ともコーテの無言の圧力に屈した。今、この中庭の支配者は一番背が小さいコーテと言っても過言ではなかった。

 

「聞き間違いかな。…エミール。もう一回言ってくれる」

 

彼女はカモ君がダンジョンでの戦利品でミスリルの塊を手に入れたという事を聞き出した時は驚きながらもそれを褒めていた。

ミスリルの塊。それが10キロも手に入ったのだ。

それを魔法で半分に割って、半分はミカエリ邸に送って、残りはアイムに渡そうと昼休みに職員室にそれを持っていこうとしたところ。シュージがダンジョンで起こった事を話してしまったことが原因だ。

カモ君はコーテに心配をかけたくないから、ダンジョンで魔力切れ&ダメージで動けなくなかったことは黙っているようにシュージにお願いしたが、施しコインのインパクトが大きかったため、そこがおろそかになった。

そこで男の子心を自制できなかったシュージが先日のダンジョンで起こった事をポロリと喋ってしまったのだ。ダンジョンででかい亀と戦って苦戦した。カモ君が無視できないダメージを負って焦ったと。

カモ君はその時焦って、脇に抱えていたミスリルを落としてしまった。その事態にコーテは何があったか詳細を述べよと尋問官の如く問い詰め、その詳細を知ったコーテの瞳は氷よりも冷たく、あのミスリルタートルよりも重い圧を放っていた。

 

「エミール。自分でも言っていたよね。余裕をもって物事に当たると。ダンジョンみたいな命がかかっている場合は猶更だって」

 

「おっしゃる通りです」

 

カモ君は背筋を伸ばしてコーテの問いに正直に答える。最初こそ誤魔化そうとしたが、コーテの左手がペンを持つ仕草をした瞬間にカモ君は自白した。

コーテはクーやルーナにこの事を手紙で伝えられたくなければ話せと言っているのだ。

自分の失敗を知られる。迷惑をかけたなど知られてしまえば兄の尊厳が大きく損なわれることを恐れた結果である。

そして、事の詳細が語られるにつれてカモ君を見るコーテの圧力が強くなっていく。

最初は立ち話をしていたが、話が進むにつれ圧力が増していき、カモ君の姿勢は低くなっていき、正座の姿勢へと変化した。

 

「…これはお仕置きが必要」

 

「どうか、どうか文だけは。文だけはご勘弁を」

 

そして最終形態の土下座へと移行したカモ君にコーテは相も変わらず冷たい。カモ君の傍にあったミスリルにも霜が付くほど周囲の空気は冷え切っていた。

雰囲気が。ではない。実際に二人の周りは温度が低下していた。コーテの持つ不渇の杖が彼女の意思に反応して周りから熱を奪い、カモ君を取り囲むように水の檻が形成されつつあったからだ。

男の威厳など、兄の威厳と比べれば屁にも思わないカモ君だからこそコーテの出す裁定に恐れていた。

 

「…今度からダンジョンに行くときは私も同行する。私の許可を出したもの以外は行かせない」

 

「えっ。それはちょっと」

 

カモ君とコーテでは体格的にも体力的にもダンジョンに挑める回数は違ってくる。

男と女。巨人と小人。一日の回復量の差。二人の差はかなりあった。カモ君が10回行けるとしてもコーテは4回から5回といった具合だ。

しかも女性には月に一度の生理現象もある。そうなると行ける可能性はもっと低くなる。

コーテに合わせるとカモ君が行ける回数が減る。それは自身の強化。ひいてはシュージの強化に影響が出るのだがコーテはそこも考慮して言った。

 

「毎回思うけど、どうして学園から出るとそんな無様な結果を出せるのかわからない」

 

「コーテ。無様は言いすぎじゃ。はいっ。黙っています」

 

おもわずフォローをしようとしたアネスだったが、コーテのひと睨みで姿勢を正してカモ君の擁護を諦めた。

 

コーテは知っている。カモ君は学園内では優等生な戦士然とした魔法使い。

だが、学園の外に出る。特に弟妹達やシュージが関係するといつもそれらを優先してドジを引き起こしていることを。

自分がいればそのフォローがある程度出来る。というか、今はいろいろと不穏なのにカモ君をほいほいダンジョンに行かせるのは間違いだった。

世の中上手くいくことが少ないのだ。それなのに雑魚ダンジョンだと思ったら思わぬ手違いがあったとかコーテの後悔は計り知れない。

これからは風邪もひかないように自分の事とそれ以上にカモ君の事を管理しないといけない。むしろ監禁もやむなしかとも考えだした。そうすればカモ君は危険な目に遭わなくなるのだから。

 

「こ、コーテ先輩。あれは俺が悪かったんですっ」

 

カモ君を擁護する側にいたシュージもコーテの圧力に屈しかけていた。だが、カモ君は自分を助けるために下手を打ったのだ。ここで自分も屈すればカモ君の頑張りを否定することになる。それだけは嫌だった。

 

「俺が足を止めなければエミールもあんな大怪我を負わずに済んだのに庇ってくれたんです。もうあんなミスはしません。叱るなら俺を叱ってください」

 

「これはエミールの死活問題。貴方は関係…。ないとも言い切れないか」

 

シュージがいなければカモ君も無理な撃破は考えずに撤退していただろう。

それこそ難題に直面した物語の主人公のように正面から挑むことなく、モブキャラ。もしくは雑魚キャラのようにヒィヒィ言いながら賢く逃げ帰ることもできた。

だが、それをシュージが真似することが無いようにカモ君は行動を制限された。

彼が死なないように。彼が闘志を捨てないように。

 

「…はぁ。やっぱり君達には私が必要」

 

物語の下っ端の悪役のように諦めて無様に命を長らえることが賢いやり方だ。

物語の主人公のように諦めずに命がけで戦うことは愚策だった。

冒険者とはそういう生き物だとコーテは実家で教えられていた。そして彼女もそれを肌で感じ、学んでいた。

カモ君もそうだ。彼も幼い頃からダンジョンの危険性を学んでいたはずだ。それなのに主人公という存在が。自分たちの希望を託す存在がいるから賢い選択を取れずにいる。

ならば自分が教えるしかない。

カモ君ではシュージを鍛えることは出来ても、彼から逃げることは出来ない。それが出来るのはシュージの仲間になるキャラでもなく、踏み台キャラでもない自分が泥をかぶる形で、無様な賢者になろう。

 

「ダンジョンに行くときは借金をしてでも回復役を雇う事。最低でも回復ポーションを持っていくこと。これを守れるならお説教はここでおしまい」

 

やっとこの圧力から解放されると思って立ち上がろうとしたカモ君だが、そこにコーテの杖で押さえつけられる。いつの間にコーテは詠唱したのかカモ君の太ももの上に一抱えはある太った鳥の氷像を作り出し、カモ君をその場に押さえつけた。更に彼女はメモ用紙に『私はダンジョンで失敗した魔法使いです』と書き、カモ君にそれを咥えさせた。

 

「この氷が解けるまでそのままの姿勢でメモ帳を咥えていなさい」

 

え?と、カモ君達はコーテに視線を集めたが彼女はどこ吹く風と言わんばかりに言った。

 

「お説教は終わったけどお仕置きがまだある」

 

お前、自分の恋人をこれだけ不安にさせといてお説教だけと思ったら大間違いだぞ。

コーテの圧力は説教の時から少しも欠けることなくカモ君を責めた。

お昼ご飯?もちろん抜きです。

 

カモ君は午後の授業を学園指定の制服ではなくジャージで受けることになった。

 



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第八話 ヒモ生活サイコー BY主人公?

カモ君が中庭で正座させられている間に食堂へとやってきたライツはシュージに付き添う形で彼の隣に座り、食堂で出される定食メニューを食べていた。

この際に『男子にも女子にも人気。材料費がマシマシだから』のおすすめの日替わりメニューを選んでいる。

ネーナ王国の諜報員は別にライツだけではない。ここの食堂の従業員もそのうちの一人だという事だ。そしてこのおすすめメニューにはメッセージが含まれている。

 

男(ライナ)は女子(主人公の可能性があるキィ)に人気という事。

 

ライナは順調にキィを誑かしている。ただ、材料費(篭絡費用)が多くかかっているという事をライツに教えた。

ライツはその定食を受け取った際に、「私もこれは好きなんですけど、このドレッシングは苦手で…」と返した。

 

主人公疑惑のあるシュージには何とか交友は持てるようになった。だけど、周りの人間が厄介という事を伝えた。もちろん、厄介な人間とはカモ君である。

シュージとカモ君の仲はとても良好に見えたライツはそれとなくカモ君について質問してみると帰ってきたのはシュージにとっては好感触の物だった。

原作とは違い、嫉妬もやっかみもない。そこにあったのは尊敬の二文字。

誰よりも勤勉で強さに貪欲。今よりもさらに高みへと至らんとするその姿勢は習うべきものであり、模範とすべきだと力説するシュージに同意するようにその場では頷いていたが、ライツはある焦りを感じていた。

 

カモ君が転生者だという説は濃厚になった。だが、それよりもカモ君のレベルと戦闘スタイルが原作と大きく違っていた。

原作ではカモ君はメタボリックな体型。強者に媚びへつらい、弱者には横暴になることで、学園の嫌われ者という状況だった。

一部の貴族主義。魔法使い主義の生徒や教師からは嫌われているが、一定以上の実力を持つ人間達からも一定の支持を受けているのがここにいるカモ君だ。

エレメンタルマスターは魔法使いとして大成しない。それがこの世界のルールである。それを知っているからこそ魔法以外の戦闘スキルを欲しているのかもしれない。

シュージ曰く、初等部の生徒の中で一番に強いとも言っていた。そのことからもレベルも高等部。それも上位クラスに当たるレベルを持っていると考えてもいい。

 

戦闘スタイルはライツも見ている。

カモ君はある意味理想の戦闘スタイルを築きつつある。

今は中庭で正座している彼だが、鉄腕のアイムにミスリルの塊を渡しに行こうとしたのは彼の『鉄腕』を学ぶためだろう。隻腕のカモ君にこれ以上合っている魔法はない。

 

ただ、魔法の世界を満喫するために強さを求める原作を知らない転生者か?それとも原作を順調に進めるために強くなろうとしている転生者か?

 

どちらにしても主人公のシュージを鍛える一因になるカモ君を放置するわけにはいかない。

これまでを見たところカモ君の財政事情は厳しいようだが、恋人と名乗ったコーテというスポンサーがいるようだ。カモ君からシュージへのマジックアイテムの譲渡は無くても彼女を通しては十分にあり得る。

どうせならカモ君もネーナ王国へ寝返らせることも考えたが、ライツは研究者であるライムの言葉を思い出す。

 

カモ君ほど敵であることが幸運である。カモ君が味方であるほど不幸である。

 

何せ、敵を大幅に強くする可能性があるエレメンタルマスターである。

味方としても魔法に撃たれ弱いという特性はどうしても隠せない。

出来ることは幅広く底が浅いカモ君をこちらに引き込むメリットは少ない。彼を引き込むのはリスクがあるというのはライツも賛成だ。

 

だが、このままカモ君を放置するわけにもいかない。カモ君が現在進行形で主人公のシュージを強くしている事実がある。

やはり、あのボスフロアでカモ君を毒殺する事が出来なかったのが悔やまれる。しかし、あそこでカモ君を殺してしまえばシュージに疑われていた。そうなってしまえば『シュージをネーナ王国に寝返らせる』という最終目的を達成できなくなる。

 

ネーナ王国にはどうしても主人公と思わしき、シュージの力が必要だといわれている。

目的も理由も王とライムしか知らない。

だが、魔王以上に。いや、神以上に強くなると言われているシュージは王でなくても欲しい逸材だ。

だからこそ焦っはいけない。

シュージに怪しまれないように、ライツは表面上にこやかに楽しそうに振舞いながら昼食を彼と過ごす。

彼の信頼と好感を稼ぎ、自分についてきてもらえるように。今はじっくりと彼とこの嘘だらけの憩いの時間を過ごすのだと、内心で言い聞かせた。

 

 

 

後から知ることになったのだが、もう一人の主人公と思われるキィだが、豪遊し過ぎで工作費用が嵩み、ライツとライナの任務活動に少なからずの支障をきたすことなった。

というか、一週間で金貨30枚の豪遊は勘弁してほしい。それだけの金貨はこの国の一般社会人の1.5ヶ月分の収入と言われているのだから。

見えないところでキィは篭絡員達の任務の妨害を行っていたのであった。

 



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第九話 主人公?の素行調査

コーテ経由でカモ君からミスリルを受け取ったアイムは二日後の放課後。体操服に着替えたカモ君を決闘場に呼び出してオリジナルの魔法『鉄腕』を教える為に実戦形式で教えることとなった。

この日は午後から誰も使わないことが分かっていたので、決闘場にいるのは彼ら以外だとコーテだけとなった。

舞台の上でカモ君はレクチャーを受けると数回試しているだけで、ガワだけは『鉄腕』を発動させることが出来た。

 

…なるほど。思っていた通り、パワードスーツかと思っていたけど実は、重機を動かす感じか。…しかし、この留めるという感触は何ともいえない難しさがある。

 

前世の知識があるカモ君だからこそ『鉄腕』のイメージは容易だったが、それを留めることが難しかった。

ファイヤーボールやエアショットという射出する魔法は、思いっきりボールを投げる動作に近いイメージだが、この鉄腕。投げるつもり腕を振りまわし、その上でボールを投げないという器用に不器用な真似をしないといけない。

少しでも気を抜けばカモ君の作り出した土で出来た『鉄腕』は制御を失い、地面へと落ちる。そこからは操作が利かなくなる。

はっきり言って中級魔法のクレイアームという地面から2メートルはある巨大な土の腕を生やして操作する魔法の方が効率いい。しかし、それはその場に留まらなければならない。

『鉄腕』の最大の利点。強固な『鉄腕』という盾を持って動き回れるという事。そしてカモ君の失った腕代わりになる『鉄腕』はぜひとも習得したい。

 

「最初は絶対に慣れない。魔法の制御に集中力をかなり持っていかれるからな」

 

まるでくしゃみをしたいのに、あと少しで出てこないような妙な感覚に苛まれながらもアイムのいう事を聞くカモ君。

 

「あと、俺がお前に『鉄腕』を教えたことは当然秘密だ。誰かに何か言われても、独力で習得したという事にしろ」

 

『鉄腕』はアイムの冒険者になった時に師匠から教わった技法。ある意味一子相伝の魔法だ。これのやり方を広められると彼の一族の利益が減る。あくまでアイムがカモ君を気に入ったから教えるという事を忘れてはならない。

コーテは特別枠だ。彼女は水の魔法使いだから教えられてもできるはずもなく、他の人に伝えることは出来ても理解はされないだろう。

なにより魔法はセンスがものをいう。カモ君が自在に魔法を使えるのも前世の記憶からくる想像力。そして、これまでの努力があっても中身のない『鉄腕』を作り出すだけで精一杯なのだから。

 

「これから俺が時間の取れる時、そして誰も決闘場を使っていない時だけ『鉄腕』を教える。だが、誰かの眼があるところでは『鉄腕』の練習はするな。これが守られない時、俺はもう何も教えないからな」

 

アイムの厳しい言葉にカモ君はただただ頷いた。いわばこれは暖簾分けのようなものだろう。『鉄腕』のありがたさを噛みしめたカモ君の様子にアイムは頷くと自身の『鉄腕』を動かし、構えを取る。

 

「あとは体で覚えな。少しでも気を抜くなよ。そんな真似をすれば大怪我。下手すれば死ぬ」

 

決闘でもないので、護身の札は支給されないカモ君はその身にアイムの『鉄腕』を受けることになる。当然、魔法の『鉄腕』以外を使うつもりはない。全魔力を『鉄腕』に使うつもりだ。

大怪我した時のためのコーテだ。今の彼女なら、不渇の杖で時間はかかるが骨折程度なら数分で癒せる水の上級魔法ハイヒールが使える。

コーテが自らそう申し出てきたのだ。怪我をする恐れがあるのなら自分を連れて行けと。カモ君には過保護くらい気を使わないとまた死にかけることを見越してだ。

だからカモ君は後の事を考えず『鉄腕』の習得に取り組める。

カモ君は未だに枯れた樹木ほどの硬さを持った自身の『鉄腕』を操作する。その動きは鈍く拙い。

だが、最初から土くれの腕を宙に浮かして操作できたことにアイムは内心舌を巻いた。

自分の時は腕の形をとることが精一杯。宙に浮かせることが出来るようになったのは1ヶ月。硬さを調整できるようになったのは半年。伸縮自在と言えるようになったのは3年かかった。

カモ君への嫉妬もあるが、それ以上に期待を込めてアイムはカモ君に『鉄腕』で殴りかかった。

 

「…じゃあ、いくぜっ!」

 

 

 

この日、カモ君はアイムの『鉄腕』に殴られて十数回宙に舞った。

 

 

 

アイム先生、容赦無しっ!

 

男子寮に戻ったカモ君は寮の共用浴場で服を脱ぐとあちこちが土まみれの血まみれ。白地の体操服なのに、白5:土1:血4の割合で染め上げられた体操服はもう使えないだろう。

もう何枚目になるかわからない体操服をゴミ箱に放り込んで浴場へ足を踏み入れる。

中には数人の先輩達が大きな声で談笑していたがカモ君が入ってくるとそれも小さくなる。

見るからに堅気の人間ではない雰囲気を放つカモ君の傷だらけの体におじけづいたのだから。

カモ君は先輩達に内心で謝りながら体を洗い、湯船につかる。

コーテに傷は塞いでもらったが、そこがしみるような痛みを発しても、逆にそれが心地よさを生み出していた。

 

右のあばらが二本。左腕の骨にひびが入っていた。腹部と両足に裂傷が見られたが、自分とコーテの魔法で見事に回復していた。

 

訓練時間は1時間と短いものの、あまりも苛烈と言わざるを得ない。いくら回復手段があるとはいえ、やりすぎじゃないかと自分でも思うカモ君。だが、こんなことをやっても『原作』

の戦争が起きてしまえば彼は戦力外通告を押されるだろう。

カンスト。最大限鍛えられたとしても戦争では一般兵にも劣る存在になる。この場で言う一般兵は最低でも上級魔法。魔法レベル3の魔法使いだ。

今のカモ君はレベル2の水と地の魔法が使えるだけで残るは雑魚魔法という状況。そこに全属性弱点という欠陥魔法使い。

これまで以上にシュージを強化するためには自分の火の魔法のレベルを上げる必要があるのだが、踏ん切りがつかない。

どうしてもカモ君は守りの姿勢になってしまうのだ。

これまで何度も死にかけたせいか、自分の防御を固める『地』。回復を促す『水』の魔法に力がいきがちなのだ。そうしなければ死んでいたから仕方がないとはいえ、どうしても攻撃的な『火』は遠慮してしまう。

そんな臆病なところに小さくため息を零しながらカモ君は湯船の中で呆ける。今の状況は悪くもあり、良くもある。

不穏な状況は続くが、シュージはゲーム的に考えれば強くなっていることは間違いない。

火の魔法を強化するアクセサリーを二つ所有しているうえ施しコインがあれば戦争までの道中は難なく成長できるはずだ。

問題は彼の仲間ともいえるパーティーメンバーだ。

シュージの仲間と言えるのは幼馴染のキィしかいない。本当ならここで別クラスの自称ライバルキャラが、おせっかいな先輩が、研究心溢れる図書委員、彼の仲間になるはずだが彼等の話はシュージからはとんと聞かない。

もう秋を過ぎ、三学期の冬が近づいているのに彼の仲間がいないのはまずい。

いくらシュージが強くても仲間のフォローがないのはまずい。というかシュージの交友関係ってカモ君ぐらいなんじゃないか?コミュ障?いや、結構はきはき喋る部類だからそうではないと思うが…。

一度、調べてみるとしよう。

彼の仲間になるはずの魔法学園の人物たちに会って、シュージの事をどう思っているか問いただして回ることを決めたカモ君は湯船から立ち上がり浴場を後にした。

 

そんなカモ君を見ていたのは彼が来る前から湯船につかっていた先輩達だった。

カモ君は無言で湯船につかってあれこれ考えていただけだが、その様子が自分達よりも大人に見えていた。何より、カモ君のかもくんが自分達より大きかった事にショックを受けていた。

 

男の体格に負け、彼から感じる魔力の強さに負け、そして人科のオスとしても負けた先輩たちはカモ君に尊敬の念を抱くのであった。

 



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第十話 鈍感主人公?のオカン

朝の筋トレとランニングを終えたカモ君はまずは自称ライバルキャラの隣のキャラを探すことにした。

確か名前はライバルだからラインバルトという家名だったはずだ。性格は凄く熱血漢だった男子生徒だったような気がする。

主人公ばかりを気にしていたから他のキャラは強キャラしか覚えていない。

冒険者キャラで強キャラのカズラとアイム。姫キャラのマウラに比べてまだ学園の生徒という事もあってか弱い。二軍キャラ。だが、一番大化けするのも学園生徒キャラだ。晩成型ともいう。

特にライバル君。彼は主人公の次に強いステータスを獲得できるキャラクターだ。

レベル99が最高と言われたシャイニング・サーガではレベル50以上になるとステータス上昇率がバグったのかと思わんばかりに成長する。

まあシャイニング・サーガの攻略にはレベル60もあればクリアできるようになっていたのでそれに気が付かずにクリアしたプレイヤーは多くいた。カモ君の前世もそうだった。

そんな事情もあってか、性格と家名しか覚えていないのでどんな顔だったかは覚えていないカモ君はどうやって彼に近づこうか悩んでいたが、悩んでいてもしょうがないので、直接彼がいるだろうクラスへ出向き近くにいた生徒にラインバルトという生徒に用があると伝えると、すぐに彼を呼び出した。

 

シュージと同じ赤髪の少年だが、こちらの方が色素の濃い髪質をしていた角刈りの少年だった。シュージが火のような明るさを持っているなら、ライバル君はワインのように暗さを持った赤といったところだろうか。

見たところ腕白小僧を彷彿させる雰囲気を持つ少年でカモ君を含めた生徒全員が制服であるにも関わらず彼だけはジャージといった具合に行動力が服装にも出ていた。ただ、カモ君の行動力が服装に現れたら原始人のように野性的な風貌になるだろうが。

ライバル君の名前は、ラーナ・ニ・ラインバルトと言うらしい。

 

ラーナ・ニ・ラインバルト。

らーな・に・らいんばると。

らいばる・に・なーら・んと。

ライバルにならんと。

 

あれ?ライバルにならない?

何でなまっているような名前だとカモ君は疑問と疑惑を持った。

彼は悪く言えば山賊じみた風貌のカモ君にも臆することなく彼と談笑をしてくれた。

そして気が付いたことが一つある。このラーナ君。シュージの事は眼中になく、カモ君をライバルにしている様子で、「今は俺の方が弱いけど、いつかお前を超えてやる」と、意気込んでいた。

いや、シュージの方が将来性あるから。何なら既に自分より強い魔法使いだからと思っていたが、どうやらここでも原作乖離が起きているようだ。もう少し話を聞いていたかったが、午前の授業が始まる予鈴が鳴ったため、カモ君は話を打ち切り、自分のクラスへと戻った。

それから、午後の昼休みにコーテと共に図書委員の元へ出向いた。

 

図書委員長でもあるぐるぐる眼鏡をかけたいかにも文学少女な彼女は中等部一年生。カモ君より3年年上の先輩にあたるのだが、カモ君が近づこうと歩み寄った瞬間に本棚奥へと逃げるように引っ込んでいった。

なんでもカモ君のような体育系な人間が苦手らしく、同じ文学系のコーテを通してシュージの事を何とか尋ねるも全く興味がないようで誰?という反応しか返ってこなかった。

ちなみに名前を聞き忘れたが、あの調子ではきっと教えてくれないと諦めて図書室を後にした。

 

放課後。今日は決闘場も使えない上、アイムも用事があるため『鉄腕』の特訓は無い。日課の筋トレや瞑想は今日はやらずにおせっかいな先輩を探して回る。

確か、おっぱいがでかいから乳の人とプレイヤー達に揶揄われていた武人気質なお嬢様キャラだったが、ここでも名前と顔を思い出せないカモ君はとりあえず学園の運動施設などを中心に彼女を探してみたが、外見だけはそれらしい人は多数いたため誰が乳の人かわからない。

どこかで彼女がおせっかいをする場面が繰り広げられれば少しは判別できるのだが、生憎とそんな事は起こらなかった。

 

 

 

調査した結果。

シュージの仲間キャラはシュージを意識していないことが分かった。

 

これ、あかんやつや。

 

カモ君は寮にある自室に戻ると頭を抱え込みながら現状に苦悩した。

確かにシュージはソロでもラスボスを撃破する可能性を持っている。しかしそれはいわば『やりこみ要素』。廃人プレイとも言われる徹底的に彼を鍛えることに他ならない。

今のシュージがそれに当てはまるかと言えば答えはNOだ。そうするにはカモ君を何度も痛めつけていなければならず、初等部一年の間に少なくてもカモ君を決闘で10回以上は叩きのめさないといけない。

シュージとの決闘はまだ1回しかやっていない現状では決して到達できない強さだ。

模擬戦はしているとはいっても決闘に遠く及ばない経験値しか入らない。今までの模擬戦を多く見ても決闘1回分の経験値しか入っていない。計2回の決闘しかしていないシュージではラスボスに勝つなど不可能だ。

今からでは遅いかもしれないが、シュージにはもっと周りの生徒と交流を取るように促すしかない。

仲間は多い方が何事も有利に進む。そのことをシュージによく言い聞かせて明日からシュージを連れてラーナ君の元へ出向こうと決めたカモ君は、問題を明日の自分に丸投げしてその日は就寝した。

 

 

 

そして、翌日。

放課後にシュージを連れてラーナ君のところに行こうとしたが、それをシュージから断られた。なんでも先約がいるとのこと。

 

うるせぇっ、そんな事より仲間集めだっ!

 

とカモ君が内心荒れていると、シュージの先約が二人の元に現れた。

ピンクの髪を揺らしながらシュージの腕に自信の腕を絡めてきたライツである。

ライツほどの美少女に腕を組まれて嬉しがらない男子は殆どいない。シュージの表情にも少し赤みが出ていた。

 

「お待たせしましたシュージ君。それじゃあ行きましょうか」

 

シュージはライツに王都リーランで生活用品を取り扱っている店を案内してもらう約束をしていたのだ。

これには勿論理由はある。

一つ目は、シュージの好感度稼ぎ。

二つ目は、シュージの仲間になりえる生徒との交流を絶つこと。

三つ目は、豪遊するキィの所為で工作費用が嵩み、本当に生活に支障をきたし始めたので少しでも安い生活雑貨を手に入れるためにシュージに案内してもらうためだ。

 

「ごめんなさい、エミール様。私が先ですので」

(残念だったなぁ、カモ君)

 

保護欲を掻き立てそうな眉尻の下げ方と申し訳なさそうな表情の下ではゲスな感情を隠しながらライツはシュージを連れまわすように教室を出ていこうとしていたが、カモ君もここでは引き下がらない。

 

「そうか、俺もいい店を知っているんだ。一緒に行こうか」

(騙されんぞっ、このピンクの悪魔が)

 

別にライツやシュージに嫌われようがカモ君には痛くも痒くもない。最終的にはシュージがこの国を戦争で勝利させてもらえばいいのだ。

 

「…もう。エミール様。雰囲気で察してください」

(空気読めや、ボケッ)

 

ライツは頬を膨らませて可愛く怒ってみせたが、内心ではカモ君に中指を立てている。

 

「ふふん。商店街のタイムセールから、原価ギリギリの店まで俺は知っているぞ?」

(雰囲気察しても邪魔をするわ〇ッチ。現在進行形で国家の危機だからな)

 

口の端を少しだけ上向きして笑うカモ君だが、内心では親指を下に向けていた。

そんな三人を見ていた他のクラスメイト達から見ればそれはシュージを取り合う男女の修羅場のようにも見えた。

果たして取り合いになっているシュージはどんな答えを出すのかと見守っていると、シュージは少しも困った顔もせずに答えた。

 

「本当か、エミール。それは助かる」

 

少しは男女の機微を学び始めたシュージだが、まだまだ幼い。

カモ君の言葉は嘘ではない。いずれ弟妹達を連れて王都を観光するためにお金は出来るだけ節約したいカモ君は自然と安い店を把握していた。勿論、工作員であるライツも同等の情報は有している。だが、ライツはシュージがまだ幼く、自分への興味がそれほどではないという事を未だに把握しきれずにいたのだ。

 

「もう、エミール様は意地悪ですね」

(本当に邪魔っ。こいつっ)

 

「何の事かわからないな」

(何が何でも邪魔してやる)

 

基本的に門番や寮長に話をつければ、学園の出入りは自由のため、カモ君・ライツ・シュージの三人が揃って学園の外に行こうとしていた所で偶然ライバル君。もといラーナの姿を見つけたカモ君は彼にも声をかけて一緒に買い出しに出向くことになった。

ラーナもライツの事は知っている。物凄い美少女と買い物に行けると舞い上がってついていく気満々で彼らに付き添っていった。

本来ならライツの話術で簡単に追い払えるのだが、カモ君のごり押しにより四人で行動することになったのだ。

 

「荷物持ちは多い方がいいだろう?」

(お邪魔虫の多い方が、俺にとって都合がいいだろう)

 

どや顔で結論を出したライツは口の橋をピクピクと引きつらせそうになったが、気合と意地で隠してみせた。

 

「俺、役に立ちますよっ。任せてください!」

 

「まあ、それは頼もしい」

(なら今すぐ、カモ君を連れてどっかに行ってほしいんですけどっ!)

 

このような状況からカモ君とラーナの同行を断ればシュージに怪しまれると考えたライツはカモ君とラーナを連れて買い物に行くことを許した。

こうして歪な買い物デートは始まった。

 



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第十一話 同じ轍を踏む

とある服装店の一角で、厚手の白いロングコートに白いマフラーを身に纏ったライツはその場で一回回ってみせる。

白いコートに映えるよう彼女の髪が煌めいて極上の笑顔をシュージに向けて作ると彼は少し照れたように顔をそらした。

 

「シュージ君、これなんてどうですか?」

 

「…うん。いいんじゃないか」

 

「ふふっ。ちゃんとこっちを見てから言ってくださいよ」

 

勿論ライツには手に取るようにシュージの感情が分かる。

次は美味しいと評判のクレープ屋台に出向く。寒い中食べるのはホットチョコレートを挟んだものであり、肌寒くなったこともありより美味しく感じさせた。

 

「ライツ。頬にチョコレートが付いているぞ」

 

「そうなんですか。それではシュージ君が拭きとってください」

 

そう言ってライツはシュージを正面にとらえて目を瞑って顔を前面に出す。いわゆるキス顔という物を、寸前で見たシュージは少し慌てた様子で。ライツの柔らかい頬を出来るだけ易しくハンカチで拭ってあげると、ライツは目を開けてこう言った。

 

「少しは悪戯してくれてもよかったんですよ」

 

「…勘弁してくれ。こういうのには慣れていないんだ」

 

そんな甘い空間を作り出した二人はとある宿泊施設まで歩き、一夜を過ごしたのであった。

 

 

 

というのが、ライツの予定だった。

だが、実際はというと。

 

「これなんてどうでしょうか?シュ」

 

「とってもいいと思うよライツさん!」

 

試着室のカーテンを開けて感想を聞こうとしたライツの前にいたのは魔法学園のジャージを着た熱血漢なラーナ君だった。

 

「あ、ありがとうございます。ラーナ様」

 

「いやいや、ラーナと呼び捨てで構いませんよライツさん」

 

お前に聞いているんじゃないんだよっ。

服装店の一角で、ライツはシュージに試着した服の感想を求めたのに帰ってきたのはお邪魔虫その2のラーナ。

ライツが試着室で服を試着している間にラーナにとにかく素早く過剰にライツを褒めまくれとアドバイスした。そうすることで彼女の気を引けるぞとシュージにも聞こえないようにこっそり伝えたのだ。

ライツの言葉を言い切る前にラーナが感想を言ったのでシュージに感想は聞き出せない。そんな真似をすればラーナの機嫌を損ない、今行っている買い物デート(女1:男3)の雰囲気が悪くなる。

ライツは周囲にはシュージに関心があるように見せかけているが、彼以外に冷たいしぐさをすれば、シュージからの印象も悪くなる。それは避けたい。だからラーナの事も無下にできない。

だからこそ目の前のラーナはライツの不機嫌を読み取れなかった。彼もまだ十三になったばかりの少年だ。王宮育ちの令嬢並みに雰囲気を悟れというのは無理がある。

そして目的のシュージはというと。

 

「エミール。これはさすがに駄目なんじゃないのか」

 

「なんでだ。防寒機能はばっちりのロングコートじゃないか」

 

「いや、これ一つで金貨十二枚は高すぎ。それに色合いも何というか派手すぎじゃないか」

 

お邪魔虫その1であるカモ君と共にライツに似合う女性用のコートをいくつか持ってやってきたのだ。

シュージが持っているのは薄茶色の厚手のコートだがどこか田舎臭いコート。よく言えば民族衣装じみたものだが、分厚すぎて猟師じみたコート。

カモ君が持っているコートは成金がホステスに贈るようなゴテゴテした色合いの赤いコート。お値段が金貨十二枚とライツの所持金の殆どを消費させるお値段になっている。

カモ君の狙いはライツに無駄に金を使わせること。そのため、一番高いコートを持ってきて彼女にそれを買わせようととってつけた理由でコートを持ってきたのだ。

しかしデザインが田舎育ちのシュージには派手すぎるように見えたのだ。だが、ライツから言わせればどっちもどっちだ。

 

シュージは天然。カモ君は故意的に。そして、ラーナは暑苦しくライツに接してくる。

お子様二人と腹黒の相手をするライツのプランは悉く崩されていく。

 

「えーと、それじゃあ。シュージ君のコートを着てみますね。エミール様、私は節約するためにお店を見て回っているんですよ。もう少しお安い物をお願いしますね」

(わざとやっていますね)

 

「すまない。もう少し安い物を持ってくる」

(わざとだ)

 

この後によるクレープ屋でもラーナがライツの意図的なドジをフォローするものだから好感度稼ぎは出来ないでいた。だが、ライツには秘策があった。

王都の一角に宿泊施設がある。いわゆるラブホテルだ。

そこにシュージを連れて込めればこちらの勝ちだ。

いくらシュージがお子様でも事に致してしまえばこちらの言う事は聞くだろう。

何せ自分の貞操を捧げるのだ。自分ほどの美少女の言う事を聞くことはただでさえ田舎出身の男子には歓喜するものだ。

お子様をラブホテルに連れ込むのは難しい。だが、理由付けで連れ込むことは可能だ。

例えば雨が降り出して連れ込む。

自分を狙う悪漢から逃れていたら偶然そこにたどり着くなど理由付けで連れ込むことは出来る。

そう思いながら男衆の隙を見計らって空をちらりと見てみる。綺麗な茜色の空が広がっており、雲一つない夕暮れ。雨が降る要素は見当たらない。だが、悪漢役。この日のためにこの王都に潜入しているメンバーは常に彼女の視界にあった。

ライツの合図一つで悪漢役を務めてくれるだろう。しかし、今のメンツが悪かった。

 

予定よりも強くなったシュージ。原作放棄レベルの強さを持ったカモ君。そんなカモ君を目標にしてしまった所為で多少強くなったラーナ。

 

魔法学園初等部一年生のTOP3がここに勢ぞろいしていた。悪漢役のメンバーもそれなりに腕が立つが、下手したらカモ君一人に制圧されるかもしれない。

制圧されたメンバーから、ライツの関係者と知られる。篭絡工作も終えていないのに自分も捕らえられるなどあってはならない。

だが、悪漢メンバーもこの日が過ぎたらネーナ王国へと帰ってしまう。

ライツは篭絡工作に難航しているというメッセージと共に。

ここは一人一人引きはがすしかない。

そう悟ったライツはラーナに頼みごとをした。

自分が世話になっている女子寮にリップクリームを忘れたから取りに行ってほしいとお願いした。彼女の祖国、ネーナ王国にしかない薬草で作られたそれがないといろいろ困るんです。と、思わせぶりに唇付近に指をあててそうねだるとラーナはカモ君が何か言おうとしている事に気が付かずに魔法学園の女子寮のある方向へと走っていった。

今から走って行っても男子が女子寮に入れるはずもなく、また、学園内に入り込めば門限があり、今日は学園から出ることは敵わないだろう。

ラーナを学園に誘導したことでカモ君に警戒されたが、ライツにも退けない時がある。それが今。

ライツは嘘泣きをするように右手で目じりをこするような仕草をした。

悪漢役に自分達に絡むように指示するサインでもあった。

 

「ふふ、いつもは自国の商人や貴族を相手にしているだけあって今日のお買い物は面白い体験が出来ました。ありがとうございます。シュージ君。エミール様」

 

傍から見ればお嬢様が庶民の買い物を楽しみ、それに感動して涙を流しているようにも見えたが、ライツは微塵にも感じてはいなかった。

だが、この時もシュージの好感度を稼ぐための仕草だ。そして、カモ君の意識を悪漢役のメンバーから逸らすためでもある。

 

「どういたしまして。楽しんでもらえたならこっちもうれがっ?!」

 

皮肉を込めてカモ君が返事をしている最中に悪漢メンバーの一人が静かに後方から近づいてカモ君の頭部を持っていた警棒らしき物で殴打したのだ。

王都での犯罪率は田舎に比べて低い部類に入るがないわけでもない。その上、ライツと悪漢メンバーはこの日のために衛兵や人目の付きにくいルートを算出していた。

それが今いるこの場所である。ここでカモ君一人を倒して、悪漢に怯えた振りしてシュージと共に逃げ出した振りをしてラブホテルに連れ込む。

悪漢役のメンバーもライツに不手際があったとしてもそこに連れ込む手段はある。かなりの力技かつ費用が馬鹿にならないので、評価が下がることもあるので使わせないに限る。

シュージが、ライツから倒れたカモ君に視線を移した瞬間にライツは彼に聞こえないように魔法の詠唱をする。

 

「エミールっ?!お前たち何をするんだ!」

 

悪漢メンバーは三人。ライツの作戦のために悪漢A・B・Cと命名された強面の男達がにやにやしながらシュージとライツを揶揄いながら話しかける。

 

「なぁに。魔法学園の生徒様達がこんな遅くまで遊ぶ金があるなら俺たちも混ぜてくれないかと思ったんでな」

 

「そうそう。ああ、男はいいや。そっちのお嬢ちゃんだけ来てくれれば構わないからよ」

 

「まあ、そっちのお嬢ちゃんは初めましてじゃないけどな」

 

この時点でライツは身体能力を上げる魔法。ブーストを自身に使う。と、同時にシュージの手を取ってその場から走ってその場を去る。

異常事態によりライツの膂力がただの少女から生じる力ではない事に気が付かないシュージはその勢いのまま、つい彼女に追随する形でその場を離されることになった。

 

「こっち。急いで!」

 

「ま、待ってくれっ。エミールが」

 

「あいつらの狙いは私なのっ。私がいなくなればあれ以上の事はしないわ!」

 

ライツと悪漢たちは内心うまくいった。と、ほくそ笑んでいた。

主人公のシュージは倒れたカモ君を放っておかないと思っていたが、ライツと共に逃げている彼を追ってきた様子にシュージも納得しかかっていたが、同時に何か引っかかるような気もしていた。

その気がかりもすぐに判明することになる。

シュージ達を追いかけようとした強面の男たちだったが、一番カモ君に近かった悪漢Cが地面に顔から倒れて気絶していたはずのカモ君にブレイクダンスさながら。地面に平行すれすれの蹴りで転ばされたのだ。

悪漢Cがうつ伏せに倒れると同時に、カモ君がその場で飛び上がるような動作で悪漢Cの背中にのしかかる。そして、勢いそのまま左手で悪漢Cの後頭部を鷲掴み。悪漢Cの顔を地面に叩きつけた。それも何度も。悪漢Cのうめき声がなくなるまで数回叩きつけてようやくカモ君は立ち上がった。

カモ君にまだ意識があったことに驚いた悪漢AとB。そしてライツは目の前の光景が信じられなかった。そのため、ライツは足を止めてしまった。悪漢Cがやられている間は何もできずにいた。だが、シュージだけは納得していた。先ほどまでの気がかりも晴れた。

 

カモ君がそう簡単にやられるとは思っていない。だって彼は強いのだから。

 

カモ君は魔法使いだが、どちらかと言えば冒険者よりの体つきだ。

並みの魔法使いなら意識を失う不意打ち。カモ君ならたとえ意識を失ってもすぐに目覚めるか、意識が軽く朦朧とするだけ。

今回は後者だったため、すぐには起き上がれなかっただけなのだ。

 

「…よくもやってくれたな。魔法学園の生徒=この国の貴族ってことを知らない、わけないよな。この国にいるのならな」

 

そう言いながらゆらりと立ち上がるカモ君はまるでゴースト系のモンスターのように不気味な眼光で悪漢AとBをにらみつける。

カモ君としてはただのモブでしかない悪漢に不覚を取ったとしか考えていない

踏み台キャラではあるが、ゲームでは名前すら準備されていない小物に負けたと弟妹達に知られれば失望されるかもしれないという事がカモ君の戦意を押し上げている。

シュージとライツはこの国の貴族ではないが魔法学園の制服を着ているため、貴族と間違われる。

カモ君はウールジャケットを羽織っているので一見すると一般人にも見えるが、その下に着込んでいるのは上質なワイシャツと学園指定のズボンだ。

そんな彼らを魔法学園の人間と知りながら襲えるのは彼らを黙らせることが出来る上位の貴族か、酔っぱらった人間か、恐れを知らない人間。もしくは人攫い。または確執を生むためのどこかの工作員。

頭を殴られた直後なのにそこまで考えが及んだカモ君はこの悪漢たちを捕まえることにした。

 

「誰に指示されたかわからんが、殺されても文句は言うなよ」

 

逆を言えば、殺されなければ誰に指示されたか喋ってもらうという事だ。

そうなれば悪漢達の任務はもちろん、ライツの任務も達成できなくなる。

悪漢AとBは思わず構えを取って、カモ君と対峙する。

速やかにカモ君を倒して、この場を去らなければならない。

カモ君が殴り倒された時は息をのむだけの一般市民がいたが、カモ君が何度も悪漢Cの顔を舗装された地面に叩きつけた終えた時に出来た血だまりに悲鳴が上がった。

衛兵が来る前にカモ君をどうにかしないといけない。

不意を突かれる形で仲間の一人がやられたが、AもBも工作員として訓練を積んできている。だが、衛兵が来る前にカモ君を倒せるかどうかはわからない。

だから悪漢AとBは今出来る最高の手段を取る。

ライツの任務と自分達の離脱の両方を完遂できるアイテムを悪漢Aが取り出した。

それは羽ペンの先に青い宝石の付いたアクセサリーにも似た小物が二つ。

カモ君はそれが何かまでは思い出せずにいたが、何らかのマジックアイテムだろうと察して、それを叩き落とすつもりで蹴りを繰り出した。同時にエアショットという空気の弾丸を打ち出す魔法のクイックキャスト(笑)も行いながら。

だが、カモ君の蹴りは悪漢Aに当たる前に訓練された動きで悪漢Bに受け止められた。その間に悪漢Aはカモ君に背を向けてシュージとライツに先ほど取り出した小物の一つを投げつけようとしていた。

シュージはライツに手を繋がれているためその場を動けずにいた。無理に動けばライツを転ばしてしまい、怪我させてしまうという恐れもあったため、彼はまたもや動けずにいたのだ。

そんなシュージにカモ君はまたかと思いながらも、クイックキャスト(笑)で発動させたエアショットで自分の体を斜め上に打ちあげた。その威力は打ち上げたカモ君の背中を張り飛ばしたかのような威力だった。

その軌道は悪漢AとBをまたいでシュージとライツの元に届くものだった。

カモ君が悪漢達を飛び越していくと同時に悪漢Aはシュージに向かって羽ペンのアイテムを投げつけた。

そのアイテムより、若干カモ君の方がシュージの元に辿り着く。

 

「ぼーっとすんな馬鹿!」

 

「がっ」

 

その言葉と同時にシュージはカモ君にドロップキックされるように弾き飛ばされた。その衝撃でライツが握っていたシュージの手が彼女から離れる。

地面に倒れながらも、自分と入れ替わるようにライツのすぐ隣に地面に落ちたカモ君。そんな彼の近くに投げつけられた羽ペンは突如として輝いた。

その輝きはすぐ近くにいたカモ君とライツを飲み込んだ。

その光は時間にすれば数秒。だが、その光が消えると羽ペンはもちろん。その近くにいたライツとカモ君の姿もなかった。

 

「…エミールッ。ライツッ。どこに行ったんだ?!」

 

シュージは思わず声を上げた。数秒前まで目の前にいた二人が跡形もなく消えてしまっていたのだから。

彼が混乱している最中、またしても同じ光がシュージの目に飛び込んできた。

二度の光で視界を再びふさがれたシュージ。

その光が消えると、自分達に襲い掛かっていた悪漢達の姿がなかった。

そこにあったのは悪漢Cの流した血だまりの跡だけ。

まるで自分以外は幻だったのかと思わされるシュージだったが、目の前の血だまりそうではないと言っているような気がした。

 

「…くそっ。くそ!俺はまた同じ間違いをしちまった!」

 

シュージはカモ君に蹴り飛ばされて、上半身を起こした状態で己の失敗を悔いるのであった。

 

 

 

悪漢Aが投げつけた羽ペンはイカロスの羽と呼ばれるマジックアイテム。

二枚一対になっているこのアイテムは、指定した場所に一枚の羽を置き、もう一枚に魔力を込めれば数秒後には指定した場所に転移されるというマジックアイテムである。

これは王族や貴族がもしもの時に使う緊急脱出アイテムであり、とても高価なマジックアイテムである。

一度使うと消えてなくなってしまう消耗品だが、使い勝手はかなりいい。

このアイテムにより悪漢達は自分達のアジトへ転移して逃げていった。

そしてカモ君とライツはというと。

 

「…こ、ここは」

 

「…………」

 

ピンクローパーが敷き詰められたのかと思わんばかりの、ピンク一色で染め上げられたワンルームほどの広さの室内に転移していた。

その中央には大きなベッドが一つ。その上には枕が二つ配置されおり、すぐ傍には何やら粘度がありそうな甘い香りを発する液体の入ったツボとコップが置かれたテーブルがあった。奥にはポツンとトイレと汗を流すためのバスタブとシャワー。バスローブにタオルまでついていた。

まるでラブホテルのような室内には出入りするための扉が一つあったが、重厚な鉄の扉でまるで室内の人間を何が何でも出さない意思を感じる。

この部屋を見たカモ君に前世のとある記憶がフラッシュバックする。

シャイニング・サーガの同人ゲームに出てきた18歳未満はお断りによく出てきた一室のことを。

 

「セッ、条件を満たさないと出られない部屋だと!?」

 

「…なんで、こんな奴と」

 

カモ君はコーテへの不義理を働く恐れを。

ライツは任務の失敗の恐れを抱えながら、この二人はこの一室で一夜を過ごすことになったのだった。

 



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第十二話 ソロ活動

ピンク色で染め上げられたその一室で、一組の男女が心を一つに重ねていた。

男は大量の汗をかきながらも腰を何度も前後に突き出していた。

対する女も、男同様に息を切らしながらも男の背中に手を置いて、彼を前へと押し出していた。

 

「いい加減ぶっ壊れろやぁああああっ!」

 

「頑張ってエミール様!貴方だけが頼りです」

 

男女がこの一室に来て既に三時間が経過していた。

最初は男女ともにこの一室から脱出したいがために、鉄の扉に手をかけるがびくともしない。大声をあげながら人を呼んだが誰かがくる気配も感じない。魔法で無理やり扉を開けようとしたが、どうやらこの扉耐魔力の性質を持っているのかどうやっても開かない。

男。カモ君は頭を怪我していたので、一度回復魔法を使ってから、扉に対して攻撃魔法や素手での破壊を試しているがどれも効果が無いように見える。

女。ライツはカモ君が扉を破壊しようと魔法使う時に威力が増す魔法を男にいくつか試したが、効果はなかった。だが、自分の攻撃方法はカモ君と比べるとだいぶ劣るため、彼に補助魔法をかけて応援していた。

散々大騒ぎしたため、二人とも汗ばみ、喉も乾いてきたところで妙に粘度のある水に手を伸ばしたが、男が鑑定の魔法を使ったところそれは媚薬であることが判明した。シャワーはもちろん、トイレに流れる水まで媚薬が入っている事にショックを隠せないカモ君だった。すぐに自分の魔法で飲み水を作り出し、ライツと共に飲んだが、一向に体が休まることが無かった。むしろその逆。体は常に高揚感が溢れていた。

 

「あっつ…」

 

散々、鉄の扉を拳で殴っていたり、魔法をぶつけていたが、目の前の扉は一向に壊れそうになかった。

そんな時、体を思いっきり動かしていたせいもあってか、体温が上昇。額からは汗が後からどんどん流れてくる。それを拭うために着込んでいたジャケットの裾で拭き取る。その動作の際にチラリと見せる、汗で体に張り付いたシャツが、彼の鍛え上げられた肉体を強調し、ライツはそれにときめきを覚えた。

 

こいつ、体つきがエロすぎる…。

 

このエロ空間。エロアイテムに囲まれた状況でなければそんなことは微塵にも感じない

だが、ここに置いてあった媚薬入りの飲み水の入ったツボ。そこから気化していく際に媚薬がこの一室に充満し、知らず知らずのうちにカモ君とライツの体を媚薬が徐々に浸食していた。その効果が出て、ライツはカモ君にドキドキしていた。

 

「え、エミール様。体の汗でも流して少し休みましょう。そうすれば他の案が出てくるはずです」

 

ライツはカモ君の方を出来るだけ見ないようにそう提案してベッドに腰掛けた。正直これ以上カモ君のオスの体を見ていると胸のときめきが抑えられそうにない

それを聞いて、カモ君は今まで殴っていた扉からライツの方を向いた。

その目に映っていたのは、ベッドに腰掛けながらもじもじといじらしいしぐさを見せている美少女。ライツの姿があった。

媚薬の効果もあってか、少し汗ばんでいる彼女の肢体は艶やかで男を誘っているのではないかと思わせるものだった。

 

え、なに子の美少女…。

 

元はライツがシュージを連れ込むためのこの部屋。

一度使用を始めてしまえば外から誰かが開けるか。とある条件を満たさなければ開かないこの部屋自体が一種のマジックアイテムである。

カモ君がここを出る為に魔法を使えばこの部屋の扉はその魔力を吸い上げ、頑強さを増す。

カモ君が鑑定魔法を最初から使えばそうならなかった。しかし、いきなりこんなエロ空間に飛ばされ、初見で気が付けというのは難しい。

ライツは自身が準備させた空間だが、もともとすぐに出るつもりもなければ、カモ君と共に来るなんて思ってもいなかった。そのため、このエロ空間の仕組みを詳しく知る必要はないと考えていたので、カモ君同様に焦っていた。

カモ君はここに転送される前まで戦闘中だった。ある意味興奮状態だったのだ。致し方ないといってもいい。

 

「…そうだな。少し汗を流すか」

 

「で、では私はあっちを見ていますのでお早めに」

 

カモ君がシャワーのある方へと歩いていくとそれに合わせて、ライツはベッドの上で三角座りをしながらその反対側を向いた。

カモ君が服を脱ぎ、シャワーには媚薬が仕込まれていることに彼は寸でのところで思い出し、自身の魔法で作り出したお湯で汗を流した。

その際に生じた服を脱ぐ音やお湯の流れる音が、媚薬の効果で通常時より鮮明に聞こえるライツのカモ君への関心が大きくなる。

 

あのジャケットの下にあるカモ君の体はどうなっているのかと。

 

これは気の迷いだ。エロ空間の雰囲気がそうさせている一時的なものだ。

そう理解しているにもかかわらずライツの関心は大きくなるばかり。そして、チラリと見てしまった。

あの美人でエロい体つきをしたミカエリがエロいと言っていたカモ君の体を見てしまった。

引き締まった体は魔法使いというよりも戦士を彷彿させる筋肉。そして若さ所以の艶。まだ成長の余地を思わせんばかり体は少女の性への関心を引き立てるには十分すぎた。

 

ごくり。と、思わずつばを飲み込んでしまった。ライツ。その音が彼に聞こえてしまったのではないかと思い、慌てて顔の向きを正す。

それからしばらくしてカモ君がバスタオルを着込んだ音を聞いて、一応確認を取ってから振り向いた。

 

やばい。カモ君なのに格好よく見える。

 

ライツは再びカモ君とは反対側の壁を向く。

リーラン王国に来る前までは、このような状況に陥った時の訓練も受けていたが実演は今回が初めてだったライツはまるで乙女のような反応を見せてしまう。

何度も言うがこのようなエロ空間でなければこんなことは両者とも思わない。

このエロ空間を作り出すマジックアイテム制作者である、ネーナ王国の技術者にライツは恐れ慄いた。

バスタオルの下に学生ズボンを履いたカモ君が、ライツから少し離れているが、同じベッドに腰掛けた。

ぎしっと音を立てたベッドにライツは思わず背筋を伸ばしたが、それはカモ君も同様だ。二人とも意識しあっている。だが、これが異常事態という事もわかりあっていた。

 

「…さて、これからどうするか」

 

「…誰かがここを探し当ててくることを待つしかない。と、思います」

 

カモ君が切り出した現状の問題にライツは現実的な答えを出した。

仮にも自分達はリーラン王国を支える貴族の子弟。魔法使いの生徒という立場だ。既に夕食を取る時間どころか就寝時間を示しているだろう時間帯でも帰ってこないとなれば捜索隊が組まれてもおかしくはない。

 

だが、問題がある。

それはカモ君が、廃嫡。その上、モカ領はハントの監視下にあるため、実質取り潰し状態。カモ君を探そうと尽力する貴族はあまりにも少ないだろう。彼を助けたところで実入りが少ないとやる気が出ない。それが貴族という権力を持った人間だ。物好きでもなければやってられないだろう。

 

そして、ライツは他国の娘だ。一応商人上がりの貴族だという事もあって、彼女に何かあればリーラン王国の額縁を少し汚してしまうことになる。だが、それでも他国の娘だ。自国の貴族に比べれば彼女を見捨てたほうがいいと判断するだろう。

 

更に今頃、シュージの証言で、リーラン王国国民以外のよそ者による事故だと判断されるだろう。この国での貴族の力は絶大であり、平民ごときが彼らに逆らえばただでは済まない。

リーラン王国に入国する際もこの国の貴族の機嫌を損なわないほうがいいと他国にまで知られているのだ。

それでも魔法学園の生徒=貴族に手を出したという事は何かしらの対策は取られたとしてもそれは現貴族である生徒達のみ。

廃嫡されたカモ君と他国の娘のライツ。平民のシュージが襲われたという事件よりも、現貴族である生徒が襲われなかったことに今頃この国の重鎮たちは胸をなでおろしている。いや、むしろ関心が無いどころか彼らの耳に届くこともないだろう。

 

「…駄目だ。いいアイディアが浮かばない。…一度眠るぞ」

 

「…いいと思います。体力も魔力も使い切ってしまった今の状態では何も好転しませんから」

 

以上の事から自分達の捜索には時間がかかると判断したカモ君とライツは、消費した魔力と体力の回復を考え、一度仮眠を取ることにした。

ダンジョンと違い、今すぐに命の危険があるわけではない。今のように媚薬で興奮状態になってはいるが、休めば冷静さを取り戻せると踏んで二人は仮眠を取ることにした。

同じベッドの上で。

 

いや、なんでそうなる?

 

ここにコーテがいれば怒りながら首をかしげるだろう。

これにも訳がある。

今、ここを脱出できる力を持っているとしたらそれはカモ君の魔法。もしくは拳だ。彼には出来るだけ万全になってもらうためにもベッドの上でしっかり休んでもらうのが一番だ。

そして、カモ君の魔法と拳の威力を上げる補助魔法を使えるライツもしっかり休んだ方がいい。彼女の魔力を回復してもらうにはしっかり寝てもらわなければならないのだ。

そういうわけで二人は背中合わせのように少しだけ魔を開けて休むことにした。

カモ君は慣れているのか、残った魔力を全部使って自身に睡眠魔法をかけ、即座に夢の世界へと旅立った。

ここで問題が一つ起きた。

ライツも魔力を使い切った。そのためカモ君のように即座に睡眠魔法が使えるという状態ではなかった。その上、媚薬で興奮状態だったため寝付けずにいた。

 

自分のすぐ隣に性的に美味しそうな体がある。

 

媚薬で興奮してそう思わされているライツははっきり言って寝付けない。むしろ興奮して目が覚めた状態になっていた。

チラリとカモ君の方を見ると彼はすやすやと小さな寝息を立てて寝ている。自分はこんなにも寝付けないのにこの男は。と、思わざるを得ない。

その苛つきからカモ君を隠し持った薬で毒殺する機会でもあるのではと思ったが、思い直す。このエロ空間がどこにあるかわからないが、カモ君を毒殺した後、もしシュージ達がここにやってこればどう見ても自分がカモ君を殺したことになる。そのため、毒殺は出来ない。そして、こんな体つきをした人間のオスを殺すのは勿体ない。

後半の部分にライツは頭を振って自分を貶した。

 

情けないぞ。ライツ。

お前は仮にも王族の娘。末端とはいえ姫なのだぞ。

この体も教養もすべては自分が正式に姫だと認められるためにこの機会を得たのだぞ。

それなのに『主人公』であるシュージを篭絡できないばかりかカモ君といった味方なら最悪と言ってもいい人物に心を、体を許すのか?

いくら体つきがエロかろうが一時の感情に流されて、生娘という少女の最大の武器を捨てるのか?

 

情けない。浅ましい。そんな自分に反吐が出る。

そう思い直すと少しは興奮した感情も落ち着いてきた。これなら眠ることが出来るだろう。

しかし、カモ君が自分に手を出してこない事が少し気になった。

踏み台キャラな彼に好かれようとはこれっぽっちも思っていないが、彼は自分を女性として見ていないのだろうか。そう考えると媚薬以外のイラつきを覚えた。が、すぐにそれを忘れることにした。

いろいろ考えるのはここを出てからだ。そのためにも今は体を休めなければとライツは再び瞼を閉じ、カモ君同様に夢の世界へと旅

 

立てなかった。

 

腐ってもここはネーナ王国が準備したエロ空間。カモ君のように魔法という力技で眠るか、意味深な激しい運動をすれば疲れて眠れるかもしれないが、ライツはそこまで疲れていなかった。

魔力を使い切って脱力感は感じるが、ここの媚薬効果を覆せるまで疲れは感じない。

 

眠れない。

 

一種の不眠症になったライツは必死に眠ろうとしたが、睡魔は襲ってこず、自身の息遣いだけがやけに熱を帯びてきているようにも感じた。

そして、ふいに喉が渇いた。ここにも一応、飲料可能な液体はある。

 

ツボに入った水(媚薬入り)

シャワーの水(媚薬入り)

水洗トイレの水(媚薬入り)

 

ライツは、何が何でもエロいことをさせようという製作者の意図がここまで憎いと思ったことはない。

これらのどれか一つでも飲んでしまえば、自分は興奮して余計に眠れないだろう。しかし、喉が渇いてきた。そう自覚すると余計に飲みたくなるのだ。

 

飲みたい。だめ、でも飲みたい。

 

ライツは苦悩する。

一時の渇きを潤すためにさらにドツボにはまるか、それとも堪えるか。

どうしてカモ君は眠る前に飲み水を用意してくれなかったのかと糾弾したくなる。

興奮を避けとうとして喉が渇く。しかしそれを潤せばさらに興奮する。そうなってしまえば眠ることが出来ない。魔力も回復しない。せめて、カモ君ではなく『主人公』のシュージなら興奮しても問題が無ければ飲んでいたのに。

 

…興奮しても問題が無ければ飲める?

 

媚薬は意味深な運動をさせるための物。しかし、その運動をすれば効果はなくなり興奮することもなくなる。

カモ君相手に運動は出来ないとはいえ、自分一人でなら別に構わないのではないか。いわゆるソロ活動ならセーフなのではないか。いや、セーフだろう。これなら自分の純潔も失わずに済む上、興奮も発散できる。

そんな考えが浮かんだライツは迷うことなく、ツボに入った媚薬入り水を口にした。

ソロ活動するにはもってこいのオカズな体も目の前にもある。

この時、ライツの瞳を漫画的な表現をすれば瞳孔が♡になっていた。

 

「ふ、ふ、ふぅっ」

 

カモ君が悪いんだ。彼がシュージを蹴り飛ばし、『主人公』の代わりに自分とここに来たのが悪いんだ。

こんなエロ空間であんな男らしい体を見せつけるから私はこんなに苦しんでいるのだ。

カモ君が苦しめているから、それを除去するためにもカモ君の体をオカズにしても文句はないはずだ。

 

その考え方の元。ライツのソロ活動は始まった。

 

 

 

六時間後。

しっかり睡眠をとったカモ君は体力・魔力共に回復したことを確認すると、まずは自分の体に異常がないかを調べた。どうやら媚薬により少し興奮状態にあるようだが、これなら初級の魔法で対処できる。

ライツも自分と同じ状態だろうから、まだ寝ている彼女を起こして同時にそれを快復させて再び脱出を図ろう。そう思い、自分の隣で寝ているライツを起こすことにした。

その時のライツは眠る前よりなぜか着崩しているようにも見えたが、それ以上に肌の艶が増したようにも見えた。だが、それが何から来るものか、カモ君は知る由も、知ろうともしなかった。

 



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第十三話 衛兵は見た

ライツが目を覚ました時にはカモ君は既に体の柔軟を終え、いつでも扉を壊す準備が出来ていた。

エロ空間とはいえ、カモ君の狂人染みた精神は健在であり、ここに転移させられた時に比べてだいぶ落ち着いた状態なのでカモ君の戦意は通常通りである。

が、目覚めたライツも表面上は落ち着いているようだったが、内心は慌てふためいていた。

しかし、自分がカモ君の体をオカズニしていた事への羞恥。そして、今も漂っている媚薬の雰囲気に流されそうになる。ある意味、カモ君に分からされた身として、荒れた心境を隠す事が精一杯ともいえる。

しかも、カモ君はウールジャケットの下にシャツを着こんでいない状態。

ある意味ライツを虜にした体をあえてチラチラとみせるファッションにより彼女の興味がカモ君に向けられる仕様になったのは偶然だ。

カモ君は汗を吸ったシャツを着る事を嫌ったからである。それに、この格好の方が動きやすい。それがライツの精神をゴリゴリ削っているとも知らずに。

 

「とりあえず…。殴るか」

 

脳筋ということなかれ。今のところ一番手ごたえがあったかな?という物が素手で扉を殴る事だったカモ君。

鉄の扉をゴンゴンと全力で数回殴りつけたが返ってきた手ごたえは、響きはするが少しも変形、移動したようにも思えない扉だった。

次にアイムから教わった『鉄腕』もどきの魔法。自身の左腕に魔法で生み出した岩石の小手を装着して思い切り殴りつけるが、駄目。

この後、身だしなみを軽く整えたライツの補助魔法を受けての素手での破壊。『鉄腕』もどき。そして攻撃魔法を試してみたが、扉はびくともしなかった。

ほぼ全快状態の自分の最大火力を受けてもびくともしない扉にようやく違和感を持ったカモ君は鑑定魔法を鉄の扉にかける。

 

特殊合金の封印扉。

拘束、封印、興奮のマジックアイテムを組み合わせて作られた扉。

この扉の前で魔法を使えば使うほどその魔力を吸い上げ、強固になっていく扉。

この扉を開けるには封印を解く行動をとるか、外から開けてもらう。純粋な物理攻撃で壊す。もしくは圧倒的な威力を持った魔法でこじ開けるしかない。

 

「今までの努力は無駄かぁあああいっ!」

 

詳細を知ったカモ君は今までの苦労が無駄だと知り、思わず地面を『鉄腕』もどきの腕で殴りつけると、ぼこっと音を立てて床に穴が開いた。

 

「…」

 

カモ君が床板をはがして、さらにその下にあった地面を掘ってみると思いの外、掘り進むことが出来る。その進行スピードは牛歩より速いスピードであった。

ライツも簡単に地面に穴が開いたことに呆気に取られていた。その間に地面を掘り進むカモ君の姿はやがて見えなくなっていく。

カモ君が地面を掘り進めていく音が10分もしないうちに遠のいていき、20分後にはびくともしなかった扉が開いた。

 

「……」

 

扉の向こう側まで掘り進めたカモ君が扉の下まで掘り進め、その下を通り過ぎるまで穴を掘り、地面へと出ることが出来た。そこは条件を満たさないといけない部屋の外に辺り、地面から出たカモ君の目に映った光景は、リーラン王国の王都の宿泊施設が立ち並ぶ開発途中の土地の一角にあった小さな小屋。遠くには昇りだした太陽の光で照らされた王都のシンボルである王城まで見える位置だった。

みすぼらしい小屋だが、見覚えのある無機質な扉がつけられた扉を開けると、そこには呆然としているライツがいた。

 

「………は」

 

まるで馬鹿にしたようなため息がカモ君から零れたが、そのすぐ後に絶叫ともいえんばかりのツッコミが響き渡った。

 

「「張りぼてかよ、この部屋ぁああああああっ!」」

 

そのツッコミにライツも思わず大声を上げた。

先ほどまで脱出を拒んでいた扉だが、頑丈なのは扉だけ。床や壁は簡単な素材で作り上げられたプレハブ小屋としか言えない強度の建物だと知ったカモ君達は思わず頭を抱えてその場に蹲る。

カモ君が扉を殴らず床や壁の部分を殴りつければ魔法を使わずとも穴をあけることが出来るほどの脆さだった。

エロ空間という異常地帯で、媚薬で興奮状態に陥らせて唯一の出入り口だと思っていた扉がこれだけだと思わせた製作者を褒めるべきか。それとも周りをよく見なかったカモ君達を貶すべきか。

カモ君の知人で一番冷静な判断を下せると思われるコーテならきっと「お馬鹿」と貶すだろう。

良くも悪くもカモ君は戦闘脳だ。知的なやり取り。交渉や策略などは一般貴族と比べると一歩劣ることが多い。

モブ相手なら俺の方が強いし、利権なら力ずくで奪える。ペナルティーなら押し付けられるという慢心もあるからか、こういう少し頭を使った策略には簡単に嵌められてしまうのだ。

扉を除けば簡単な小屋だったことにショックを受けていたカモ君とライツだが、一度深呼吸をしてからこれからの事を考え、行動に移すことにした。

 

ライツは早く魔法学園に戻り、カモ君と一夜を過ごしたという事実を払しょくするための言い訳づくりをしなければならない。なにより、シュージからの好感度を取り戻さなければと画策する。

ここでカモ君を毒殺するという思考はなかった。

媚薬が抜けきっていない頭と、実はプレハブ小屋に閉じ込められていたというショックでそこまで頭が回らなかったライツは、カモ君をその場に残して駆け足で学園へ戻っていった。

 

カモ君は開発途中の一角という事もあって近くで工事が行われている工事現場から金貨一枚を作業員に渡して、そこにあった人力の荷車を借り受け、ずっしりと重い封印扉を何とか外し、荷車に乗せて魔法学園へ戻ることにした。

自分達が特殊な空間に閉じ込められたという証拠としてこれを学園までもっていくことにした。

コーテに余計な心配をされないためにも、浮気したなどと誤解されないためにも証拠品は持って行った方がいいと判断したカモ君はライツよりも遅い足並みで魔法学園へと出向くことになった。

その際、ジャケットを着た半裸の男が王都を練り歩いていると一般市民の通報でやってきた衛兵に身分証明を求められることになる。

見るからに重そうな扉だけを運んでいる人間で、半裸の男。ジャケットを着ているから作業員にも見えない。そして山賊じみた風貌はさぞ怪しく見えただろう。

ただでさえ、疲れている状態のカモ君は問い詰められて最中、泣きたくなるのをクールな表情で隠すので精いっぱいだった。

 

だが、そんな心労を知ってか知らずか。

早朝の門限から外で待っていただろうコーテに詰め寄られて一言。

 

「…浮気?」

 

などと邪推されたカモ君は、覚悟していたとはいえあまりの辛さに、ぐっと真上を見上げて、目に浮かんだ涙がこぼれない様に我慢してから、若干鼻声でコーテに自分が遭遇した悲運について説明をするのであった。

 

コーテもカモ君がそんなことはしないとわかっての事だ。

シュージから襲われたことも教えてもらっていたので、カモ君が望んで行ったことではないと断言できる。

しかし、ライツのような美少女と一晩過ごしたと考えると、どうしても少女として。恋人としての心配も出てくるのだ。それをわかってほしいといいながら詰問されたカモ君はコーテに文句が言えなくなった。

 

それは置いておくとして、この重い扉をどうするか悩んだ。

魔法で膂力をブーストしたカモ君ですら荷車を引いてどうにか持ってこられたものをどうするか悩んだ。

学園の門番に任せるというのも考えたが自分以外にこれを運べるとも思えない。少なくても大人二人分はいるだろうとコーテを話し合った結果。カモ君が責任もって学園の保管庫まで持っていくことになった。

この封印扉、素材にマジックアイテムを使用していることからその辺に放置していれば馬鹿な貴族が目につけて勝手に売り払うという事も考えられた。そのため、保管場所にまでもっていくのがいいだろうとコーテは言い放つ。

 

自分疲れているんですけど?

そう言いたげなカモ君の目線を感じ取ったコーテだが、彼女の眼の下にも薄い隈が見えた。

 

「私を心配させた罰」

 

「仰せのままに。マイプリンセス」

 

今回の一件。カモ君が完璧に悪いとは言わないが、注意を怠った彼にも少しは悪い点もある。

何せ、注意したすぐ後にこんな物騒な騒動に巻き込まれた。そして心配させてしまった罪悪感から今のカモ君はコーテに絶対服従しか取れなかった。

ただ、そんな二人のやり取りをずっと見ていた門番とカモ君が本当に魔法学園の生徒か確認するためについてきた衛兵の目から見ると、ただいちゃついているだけの少女と山賊。ではなく少年に見えるだけだった。

 



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第十四話 イケナイお誘い

カモ君が無事帰ってきた。

その事を知ったのは午前最後の授業になってから。この時間帯になるまで学園長を含めた関係者に説明してようやく授業を受けることが許されたのだ。

カモ君はふらりとやってきて普通に授業を受けていた。あまりにも自然だったのでシュージ以外は誰も気付かなかった。

気が付いたのは昼休憩直前にカモ君とは別で学園関係者に無断外泊の詳細を説明していたライツがようやく教室に戻ることが出来た。

彼女が来たことでシュージのクラスはちょっとした騒ぎになった。

彼女が美少女という事もあるが、暴漢に襲われて行方不明になったと知らされたクラスメイト達は心配もあった。

ライツはその人気から一部の女子には反感を買うこともあったが、持ち前のコミュニケーションと偽装した商人上がりというステータスを使ってネーナ王国の流行りの香水や化粧水を配ることで反感を買っていない女子からの人気もある。

そんな人気者を気遣いながらあわよくばという願望を持つ男子たちを押しのけて、ライツはカモ君とシュージの前まで歩いていき、勢い良く頭を下げた。

 

「先日は私のせいであんなことになってしまい申し訳ございません」

 

「いや、俺は大丈夫だって。被害らしい被害も受けていないし。それよりそっちは大丈夫なのか」

 

「はい。エミール様のおかげで何事もなく帰ってこられました」

 

あんな事とは暴漢に襲われたという事だ。

ライツはこのようにシュージに直接お詫びをすると同時にカモ君とは何もなかったことを彼はもとよりクラスメイト達にも知らせるべく行動した。

対して、カモ君はというと内心苦虫を嚙み潰した気分になった。

 

やられた。こんな場面だとこいつを糾弾することが出来ないじゃねえか。

 

カモ君は今回の事件をネタにシュージに近づかないようにライツを責め立てるつもりだった。しかし、彼女が公衆の面前でこのような行動をとることにより、その謝罪を認めるしかない状況になった。

ここまでさせて彼女を責めるようなことがあればカモ君自身はよくてもコーテの評判が悪くなる。もしかしたら将来この学園にやってくるかもしれないクーの評判で落とすかもしれない。

この二人にまで迷惑はかけられない。だからこそカモ君は謝罪を受け取るしかほかなかったのだ。

 

「…気にするな。俺がもっと強ければあんな事にもならなかっただろう」

 

そういって、カモ君は表面上ではクールに。内心では嫌々、ライツの謝罪を受けた。

だが、そんな彼の隣にいたシュージに変化があったことをカモ君は知らなかった。

 

強ければ。

 

カモ君は意図して使った言葉ではないが、その言葉はシュージの心に強く突き刺さった。

元はと言えば、自分があの時自分が足を止めなければ二人が姿を消すなんてことはなかった。

ライツに促されるまま逃げていれば、あんなことにならなかった。カモ君のように強ければあのアイテムを発動させる前に燃やすこともできた。

前のダンジョンでもカモ君の足を引っ張ってしまったシュージにとって、カモ君が自身を責める事は間違いだという事だ。本当に責められるべきは自分だというのに。

 

そんなシュージの心境の変化はカモ君と違い、すぐに顔に出てしまった。

怒っているような、責め立てているよう、それとも泣きそうなのか。そんな様々な感情が混ざった表情に気が付いたカモ君とライツはシュージに話しかけようとしたが、シュージはトイレに行ってくると言って、その場を走り去った。

こりゃただ事じゃないぞ。と、カモ君もシュージの後を追ったが完全に彼を見失い途方に暮れた。どこで何をミスったかなと思いながらカモ君はシュージを昼休み中探したが午後の授業になるまで彼を見つけ出すことは出来なかった。

対してライツはすぐにシュージを見つけ出すことが出来た。彼女はカモ君と違いいろんな生徒とコミュニケーションを取っている。そのため、シュージが行きそうな場所を把握していた。自分に言い寄ってくる生徒達を後腐れが無いように適当に振り切って運動場の隅にある体育道具が収められている小屋の前までやってきた。そこにシュージはいた。

 

「…俺がもっと強ければ。エミールに心配されないくらい強ければあんなことにはならなかったんだ」

 

シュージがよくここに来るようになったのは武闘大会以降から。

カモ君に憧れて、彼の言うように魔力と体力を鍛えるトレーニングを行ってきたため入学前に比べると大分スタミナ、魔力の総量はアップした。だが、それでも足りないと思い、この道具部屋にやってきては、収め切れていない鉄アレイやバーベルといった筋トレ用具を用いてトレーニングを行い、体力アップを図っていた。

昼休憩や放課後といった時間の空いた時には決まってここにきてトレーニングをするシュージの姿をいろんな生徒が目撃していた。その中には不良と言われる人間もいたが、シュージの魔法の威力を知っている彼らは突っかかるようなことはせず、その場を去っていった。

何より真剣にトレーニングをしているシュージに魔法でも素手の喧嘩でも負けるかもしれないと思っての事だ。

そんな慎ましい努力をしてきたシュージだが、それだけでは足りないと悔しそうに壁を殴った。この場にライツがいる事すら気が付いていないようだった。

 

「ひゃっ」

 

「っ。ら、ライツか。どうしたんだこんなところに来て」

 

ライツは気付いてもらうためにわざと悲鳴を上げた。

それで気が付いたシュージは慌てて取り繕いながらライツに話しかけるが、その顔は不甲斐なさを隠せていなかった。それを見たライツはこれを好機と捉えた。シュージが零した言葉を余すことなく聞き取っていたから。

 

「今より強くなりたいですか?」

 

「…なりたいさ。今よりもっと。あいつの隣に立てるようになりたい」

 

初めは憧れ。次第に友人。そしてライバル心を抱いていた。だが、現状はどうだ?

何度も何度も助けてもらっている。

カモ君にとってシュージはまだ保護対象なのだ。ライバルなんて上等なものではない。仲間なんて短慮すぎる。そう言われている気がした。

カモ君としてはシュージに何かあればこの国が終わるので死守しなければならない。いわば国の軍隊が自国の王族を守るような物。さらに言えばおんぶに抱っこしてもらおうという寄生心たっぷりなものであり、先行投資でもあった。

しかし、カモ君がそんなことを言えるはずもなく、またそう言ったところでシュージは信じてくれないだろう。それほどまでに彼の中でカモ君は崇拝に近い何かになっていた。

苦悩する美青年はとても絵になっていた。それは勇者の覚醒フラグの一つにも見える光景だ。そこに差し伸べるべきものは救いの手でも、補助の手でもない。彼の成長になるための試練だ。

だからライツはシュージに試練を課すことにした。彼の成長を促すために。

 

「シュージ君。以前、言いましたよね。とある場所にダンジョンが出現しそうだと」

 

「前のダンジョンじゃないのか?」

 

「ええ。正確には既にそのダンジョンは出現しています。まだこの国が把握していないだけです。あえてダンジョンの深層を増やすために放置しているものがあるのです。理由はそこに現れるレアアイテムを入手して強くなるために」

 

ダンジョンの放置は国を揺るがす事態でもある。それが国でも把握できていないのにどうして一貴族の。しかも他国の令嬢の彼女が知っているのか不思議に思えた。

だが、深層になればなるほど強力なアイテムが出土する。それがダンジョンである。

それはリスク100に対してリターンが3という程かなり分の悪いものだ。

 

強力なアイテムが出るかもしれない。という期待値に対して、

凶悪なモンスターやトラップは確実に出てくるのだ。下手すればあたり一帯が滅ぶ。そうでなくても定期的にモンスターがダンジョンから出てくる現象、氾濫が発生。周りの被害がものすごいことになる。

だから基本的にはダンジョンは即つぶすに限るのだが、そうはしていないのだという。強力なレアアイテムを手に入れるというためだけにその労力を払っている。いわばダンジョンの『養殖』。

勿論、これは違法であり、他国でそんなことがあったとしても隣接している国にも被害が出るので基本的に他国でもダンジョンの『養殖』している事がばれれば処罰される。

それはリーラン王国の貴族だけでなく平民。奴隷に至るまで周知の事実である。

 

「それって、違法じゃ」

 

「ばれなければいいんですよ。それにダンジョンには交代制で常時攻略済みの状態。ダンジョンコアは確保していつでも破壊可能な状態になっています」

 

だが、そんなリスクを背負って入手する強力なアイテムの中には魔法殺しといった強力すぎるアイテムもある。それを入手することが出来れば一つの軍隊並みの戦闘力を得ることだって可能なのだ。

 

「強くなりたいのでしょう?」

 

シュージに手を伸ばしたライツ。この時の彼女は正しく天使のような悪魔の笑顔だった。

自分がダンジョンの『養殖』を誰かに喋ったらどうするつもりなのか。いや、喋ったとしても問題がないのだろう。

ダンジョンという巨大すぎる物証をこれまで隠していられる手段を持つライツの関係者ならリーラン王国の関係者が嗅ぎつける前にダンジョンコアを即座に破壊してダンジョンを潰すことも出来る。

なにより、力を欲しているシュージは彼女の手を取ることに躊躇することは出来ても、払いのけることは出来なかった。

 

「一緒に、イケナイ事。やっちゃおう」

 



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主人公の感情三色丼。カモの苦労チップス添え
序章 信じて。送り出た彼女


シュージがライツの誘いを受けた日から、彼はカモ君との模擬戦をしなくなった。

3日1回。放課後は模擬戦をしていたのに一週間ほど模擬戦をしていないシュージの様子が変化したのはカモ君が一番感じていた。

しかも、シュージはライツと共に今日から一週間の休暇を出している。目的も何も聞けずに彼は午後の授業を終えるとダンジョン攻略の準備のような荷物を持って、ライツと共に学園を後にしていた。どうやら前もって予定していた事らしい。

 

カモ君もシュージの後を追いたかったが、コーテに止められた。カモ君の現状ではダンジョン攻略はもちろん、後を追う事も禁じられていた。どうしても行きたいのなら回復ポーション二つ(金貨6~7枚相当)を準備出来てからにしろと。

これで亡命されるとは思わずにはいられない。

シュージは一度だけ、カモ君が同伴せずにダンジョン攻略に繰り出している。今回もそうだろうと言われたが、ライツも一緒に学園を出ていったものだからカモ君の不安は爆上がりだ。

 

模擬戦によるシュージのレベリングをしたかったのだが、シュージが遠慮しているようにも見えた。放課後の買い食いや世間話もしたかったが、どうも避けられている気がするカモ君はどうしてこうなったかを考えた。

 

シュージには戦闘技術や魔法知識を惜しみなく分け与えている。奉仕。

シュージがいじめられないように性格の悪い貴族にはガンつけて追っ払っている。保護。

シュージが世間離れしないように買い物にもよく連れまわしている。情報提供。

 

この三つの行動からシュージはどう思うだろうか。少なくても嫌われているとは思わないだろう。むしろ積極的に好感度を上げに来ていると思うだろう。それからさらに親密になろうとしているだろうと考えるだろう。

 

…┌(┌^o^)┐

 

っ!もしかしてこれか?!俺ってばシュージにホモかゲイだと思われている?!

それは避けるわっ!俺だって避けるわ!自分より体が大きくて力強い輩に性的に見られていたら距離を取るわっ!精神的にも物理的にもっ。そんでもってその反動で美少女のライツと一緒に一週間の外出を望んだのかっ!

あ、あかん。どうにかしてシュージを説得しないと。でもどうやって。シュージは俺から距離を取るから話も出来ない。コーテに仲介を頼むか。というか、コーテにしか頼めない。こんなデリケートな思春期にこんな事を頼めるのは彼女くらいだ。

 

それ以上にカモ君の交友関係が狭い。

彼の友人と言えるのはシュージ。他のクラスメイトは顔見知り程度だ。

そして、コーテのルームメイトのアネスくらいしか友人と言える人物がいない。

しかもシュージの方はカモ君をライバル視。アネスはコーテという共通の人物がいないと話し合うという事もなかった。

もしかしてボッチ?と、カモ君は自身の環境を改めて理解した。

 

こういう時に限って原因(誤解)と用事が重なる。

この間、条件を満たさないと出られない部屋の扉をミカエリに郵送した返事が返ってきて一度話し合おうと彼女の別荘。以前世話になった屋敷に呼ばれているので今から向かわなければならない。出来る事なら彼女から回復ポーションをもらってシュージの跡を追おうとも思っている。

シュージの件といい、自身の交友関係といい、いつも以上に忙しくなったカモ君の元に更なる不安が襲い掛かってきた。

 

「あ。エミール。ちょうどよかった。伝えたい事があったから」

 

いつもならシュージとの模擬戦で決闘場に向かっていたカモ君だが、ミカエリに呼ばれているので普段は乗らない学園から出ている馬車乗り場でミカエリが用意してくれた馬車の業者を待っていたら、コーテがトコトコとやってきた。

しかし、彼女の格好がいつもと違う。ミカエリに作ってもらった不渇の杖はいつも通り、その手に持っていたが、それ以外が違っていた。

 

いつもなら貴族のマントを羽織っていた彼女だが、そのマントは外されて、代わりに弓矢が腰に下げられていた。

首には装飾品。緑の宝石に、一本の黒い縦線が刻まれた少しだけ視力強化してくれる『猫の目』というマジックアイテム。

更には空色の宝石がはめられた指輪。水の魔法効果を上げてくれる『水の指輪』。もちろんこれもマジックアイテム。

そして、それらを隠すような大きめの外套を身に着けたコーテはまるで戦場に出向くのかと思わせるその風貌にカモ君は不安を覚えた。

その不安は的中する。

 

「コーテ。その恰好でどこに行こうとしているんだ?」

 

「ん。シュージ君の後を追おうと思って。エミールは来なくていいよ」

 

…………え?

 

カモ君がコーテの言葉にショックを受けて思考が停止する。

シュージが一週間。ライツと共に休暇に出ることをコーテはアネスを通じて二日前に知ることが出来た。

アネスは玉の輿を狙っているだけあって、将来有望な男子の情報集めに尽力している。その情報網にライツが一週間の休暇を取るという話を聞き出した。

初めはライツが実家に顔を出さなければならないことが起きて、一度帰らなければならない。用事を済まして帰ってくるときにお土産を持ってくると、カモ君のクラスメイトの女子と話しているところを彼女に気がある男子が偶然聞いて、それが伝播してアネス。コーテに伝わった。

自主練やシュージの変化に戸惑っていたカモ君の耳には届かないところで、コーテはシュージの近況を把握していた。彼とライツが同時期に休むことも把握済みだった。それから色々と準備して彼らの跡を追うことにした。

 

カモ君は連れて行かない。この間ダンジョン攻略に行って失敗したのだ。反省も込めてもう少し休んでほしいコーテは彼に知らせずにシュージの跡を追うことにしたのだ。

この事はミカエリにも手紙で相談して、ミカエリの従者の二人も護衛としてこっそり同行してもらう手はずになっている。

勿論、カモ君を休ませる意味で、ミカエリもこのことはカモ君に伝えていない。情報漏洩の恐れを出来るだけ避けるため最低限の速達便の特殊な便箋でのやり取りでその内容もある程度交流がない人間でなければ違和感を覚えない内容。

しかし、違和感を覚えたミカエリはコーテに護衛二人出すことを約束させた手紙を出していた。そして、その護衛の二人が操る荷馬車が魔法学園の馬車乗り場にやってきた。

 

「コーテ様ですね。ミカエリ様からの命で貴女様のキッチンからトイレまでのお供をします従者Fです」

 

「付き添う範囲が結構狭いね」

 

老人介護の人かな?

 

「Hです。戦闘から身の回りの世話は任せてください。報酬は生足で私を踏み倒してくれても結構です」

 

「登山用のブーツ(スパイク付き)で踏んでもいい?」

 

脚フェチの人かな?この人?

 

そんなやり取りをしたコーテは執事とメイドの格好をした従者達の操る馬車に乗って、カモ君の目の前で学園の外へと旅立っていった。

しかし、カモ君は目の前で起きたことが信じられず、未だに固まった姿勢のままカモ君を迎えに来た従者Lが来るまで立ちつくしていた。

 

外出するのか。俺以外の男と…。

 

別にコーテにはシュージの好感度を稼ごうなんていう魂胆はない。しかし、転校生であるライツが『主人公』のシュージに付きまとうことを怪しく思い、後を追うことにしたのだ。

ライツの怪しさはカモ君が『条件を満たさないと出られない部屋』の扉を持ってきた日に話してもらった。キィのわがままに付き合うライナという上級生の事も教えてもらったコーテはカモ君との打ち合わせでミカエリを通して探りを入れてもらっている。

その諜報は上々で今日、シュージを連れてライツが出かけるという情報も手に入れていた。

行く場所まではわからないが、おそらくネーナ王国のどこかもしれない。一週間の休暇のうち5日までを遠くから見守り、ライツの目論見の証拠を手に入れ、それ以降学園に戻りそうになかったら偶然を装ってコーテがシュージを連れ戻す手はずになっている。

 

それをカモ君が知るのはミカエリ邸での事だ。

だが、それを知るまでカモ君はコーテに愛想をつかされ、シュージに好意を持ってしまったのでは、と、考えてしまい、外見はクールな態度を取っていたが、内心呆然とするだけだった。

 



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第一話 汚い水族館

カモ君の性癖が破壊されそうになっていた頃、コーテは従者FとHを連れてシュージ達の後を追跡している。

従者Fが馬車の操縦をしている間に、従者Hの変装術というか特殊メイクのお陰もあってか、今のコーテは背の小さいおばあちゃん冒険者の風貌になっていた。彼女を知っている人間が今の彼女を見てもコーテだと思う事もないだろう。彼女の持つ不渇の杖も木の皮をかぶせた使い古した杖にしか見えない。

従者Fはというと、シュージはもちろんライツにも感知されないように時折、操縦する馬車の外装をあっという間に上等な馬車から古ぼけた馬車に変装させることが出来る腕前である。

そんな努力もあってか学園を出て丸二日の時間をかけて辿り着いたのはリーラン王国の公爵家が納める領地だった。公爵領とあってモカ領のような田舎ではない。むしろダンジョン攻略で富んでいるハント領を彷彿させる町までやってきたコーテと従者Hのメイドは、この町にある冒険者ギルドで情報集めをした。

 

メイド。Hの格好も腰に剣を携え、布で出来た服の上に最低限の急所覆う鋼できた鎧を着ていた。いわゆるビキニアーマーに近い、ネタにされがちな格好だが、彼女から出る雰囲気は歴戦の女冒険者を彷彿していた。とても踏んでほしいと言っていた変態には見えなかった。

そして得られた情報はここ最近、脛に傷がある冒険者や乱暴者がこのあたりによく出没するという事だ。

仮にも公爵領だ。治安悪化は他の貴族からするといい笑いの種になるだろう。ただ、ダンジョンがあればそれは別だ。だが、ダンジョンが発生したという話は今のところギルドには来ていない。だとすれば別の儲け話があるのか?

シュージとライツの跡を従者F。冒険者に扮装した執事が追っている。彼からの情報もすり合わせれば何か見えてくるだろう。

だが、冒険者ギルドで一つ情報も得られた。何でも非公式のギルド。いわゆる裏ギルドが最近活発化しているという噂話を聞けた。

裏ギルドは文字通り、裏世界の仕事が舞い込む場所だ。

強盗や諜報はもちろん、獰猛なモンスターの剝製から生み出される猛毒の採集。貴族の要人の誘拐や暗殺まで担うギルドであるいわば裏社会のお仕事斡旋場である。

栄えた地域や領地。町から村まで国家の敵。異世界マフィアでもある。ただそこに関わっていると知られればどんな貴族でも後ろ指をさされる集まり。

そんな所に『主人公』が係わるのはまずいだろうと不安を覚えながらギルドから出てきたコーテの元に戻ってきた従者Fが戻ってきた。

結論から言うと黒。どうやら自分達の『主人公』は犯罪に手を染めかけているそうだ。これは早々に彼と接触して道を正さねばと思っていたコーテ。

そんな三人の元に十数人の荒くれ者たちがやってきた。

そのただならぬ雰囲気に彼女たちを遠巻きに見ていた一般人達はそのばから遠ざかりながらコーテ達を見守った。何か大事があれば衛兵を呼ぼうとしている人も何人かいたが、荒くれ達の数人が睨みつけることでそれを牽制していた。

 

「よう、ここらへんでいろいろ嗅ぎまわっている奴ってのはお前か?」

 

「はは、随分と気合の入っている姉ちゃんじゃねえか。どうせ嗅ぐならベッドで俺の体でも嗅げよ」

 

「そっちの婆さんはそこそこの弓と杖を持っているようだな。老い先短いんだから将来性のある俺らに譲ってくれませんかね」

 

下衆な笑みを浮かべながらこちらに話しかけてきた荒くれ者たちを見て、コーテとHは思わずため息をついた。

 

「ここまでお約束だと逆に本当に何もないように思える」

 

「F。ひっかけてくるならもっと清潔感のある人達にしなさい」

 

このような悪漢が出てくるという事は後ろめたい何かがここにあると言っているようなものだ。だが、ここまでテンプレートな輩だと一周回って何もないんじゃないかと思える。

 

「無茶言わんでくださいよ。これでも厳選してきたんですから。…このあたりに詳しそうな輩をね」

 

Fは悪漢達が後をつけてきているのはわかっていた。彼らのレベルや装備。人数など。返り討ちにあって情報を提供してくれそうな集団にわざと隙と高価そうな装備を見せて、ここまで連れてきた。

 

「万が一負けたとしたら、こんな水虫がある輩に踏まれるなんて私嫌ですよ」

 

「くさい」(確信)

 

「いや、確かにそうですけど。これ以上にいいものもなかったんですってば」

 

荒くれ者らしく数日風呂どころか水浴びすらしそうにない悪漢達を見て思わず距離を取る二人。その二人の抗議に弁明を重ねるF。その光景は喜劇に見えた。

 

「俺たちを舐めてんのかっ!」

 

とても余裕があるその態度を見て簡単に激高した悪漢達は罵声を上げながらコーテ達に襲い掛かってきた。だが、一番近かったFにあと一歩のところで悪漢三人が文字通り、吹き飛んだ。

Fの素早い蹴りが大の男三人を蹴り上げたのだ。その威力は凄まじく速く鋭い。コーテや悪漢単の眼か見てもFの足がぶれたようにしか見えない。一人につき一回。計三回の蹴りをあの一瞬で繰り出したのだ。

蹴り飛ばされた男たちは誰も意識を保ててなかった。顎を素早く蹴り上げられたことで意識を刈り取られた。

それを見た残りの悪漢達は怖気づいたのか、コーテ達から逃げ出そうとしたが、彼らの後ろには高さ3メートル。厚さ5メートル水の壁が展開されていた。

コーテは悪漢達が襲い掛かってきた時に詠唱。Fが蹴り飛ばした時には魔法を完成させて彼らの後ろに捕縛用の水の壁を展開していた。しかも水あめのように粘度があるためうかつにそれに飛び込もうものなら、突破できずに取り込まれる形で身動きが取れなくなるだろう。

それを冒険者として、荒くれ者としての経験から。ただの水の壁でないことを悟った彼らは水の壁がないところを探したがコーテ達を正面にすると、後方と左右はいつの間にか水壁で囲まれていた。もし上空からこの状況を見られたら、アメーバが捕食しようとしている光景に似ているという感想を述べきれただろう。

現にFに蹴り飛ばされた三名に加えて、更に三名ほど水壁に取り込まれ、必死にそこから出ようともがくが粘度の高い水の中では思うように動くどころかもがくこともできなかった。

残った四名の悪漢達は破れかぶれでコーテ達に突撃していくが、Fに蹴り飛ばされて水壁に取り込まれた。運よくFに蹴り飛ばされる前に躓いて滑り込みながら背中を向けるようにコーテとHの前に転がってきた。

 

「ひ。ひぃいいっ」

 

転がってコーテとHの前に倒れこんだ男を除き、襲撃者の全員が水の壁に取り込まれた光景を見た悪漢の最後の一人は腰を抜かして、その場に座り込むが背後からかかと落としの要領でHに仰向けに蹴り倒された。

ちょうどHに顔を踏まれながら彼女を見上げる形になる。この時の彼女は心底汚いものを見たような侮辱の視線で男を見ていた。

 

「心底汚いですね。ですので、端的に尋ねます。この辺りで起きている事件・珍事を喋りなさい」

 

「だ、誰が言うぎゃっ」

 

男が反抗的な態度を取った瞬間、Hは踏みつけていた足を少しだけ上げて、すぐさま踏みつけた。勢いよく鉄板が仕込まれたブーツの踵部分で男の下前歯をへし折って、再び言葉を投げかけた。

 

「知らないのならこれで終わりにしましたが、その様子だと何か知っているようですね。それを言え」

 

Hは心底冷えた声色で男に命令した。それなのに男の心中は前歯を折られた怒りでも、自分達を全滅させた恐怖でなく、気分の高揚だった。

まるで思春期の時に覚えた初恋のような胸の高鳴りだった。

男は魅了されたのだ。Hの冷たい態度に。もっと蔑みの視線をして欲しいと。Mの扉を開いたのであった。

 

「何事ですかっ。って、本当に何事ですか?!」

 

そこにやっとギルドの玄関前で騒がしくしているとの知らせを受けたギルド職員が玄関扉を開けながらやってきた。

職員から見れば目の前で、もがき苦しむ男達という悪趣味な水族館が出来上がっているのだ。驚くのも無理ない。

 

「たとえ、これ以上痛めつけられても、俺は何もしゃべらないからなっ」

 

悪漢の最後の一人が、無駄なあがきのように叫ぶが、それに迫力は無い。むしろ変な熱っぽいものを感じた。

 

「不衛生で下衆な男のツンデレは、とても気持ち悪いですね」

 

踏まれることに喜びを覚えるメイドHのくせに、その視線は侮蔑以外の色を出していなかった。それをみた悪漢の顔は熱っぽかった。

そして、その光景を見たコーテは、この騒ぎを見ている衆人を代表するかのようにもう一度ため息をついた。

 

「…なに、ここ?特殊性癖のたまり場?」

 

「ここは国家公認の冒険者ギルドですっ」

 

ん?国家公認の変態のたまり場?

だとしたらこの国終わっているな。

 

この場に全く関係ないとある冒険者が偶然、この場に通りかかったが、そう聞こえたため、騒ぎが収まってもしばらく、ここの冒険者ギルドの扉を開けることを躊躇うのであった。

というかこんな気持ち悪い水族館もどき。いるか?なんて聞かれても即座にいらないと言えるだろう。国家経営でやっていたら猶更嫌である。

 

その頃のカモ君はミカエリに貞操を奪われそうになりながらも、事情を説明され、暇なら鍛錬代わりに、と、彼女の紹介でビコーの巡回警備隊に紹介され、彼らに合流していた。

 



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第二話 DよりもD

冒険者ギルドの地下フロア。

本来ならここは過去のクエスト履歴や冒険者リストが保管される書庫として、冒険者の遺品などを収めている倉庫として使われていることが主だが、そのほかにも重度の違反者を問い詰める尋問室がある。

そこで、従者Hが悪漢の問い詰めを、ギルドの職員と共に行っていた。

時折、そこから聞こえる鞭で肉を打つ音が時折響いた。

 

「この辺りで、はぁっ。ある、はぁっ。組織が、はぁんっ。ダンジョンを、ふぅんっ。隠している、ぅん」

 

熱っぽい苦悶の声を上げる男の声も聞こえた。

あまりの気持ち悪さで、コーテは今朝食べたご飯を逆流させてしまった。

 

扉越しに尋問室の中の様子をうかがっていたらこれだ。こんなことなら従者Fと共にHの尋問が終わるまで冒険者ギルドの受付エリアで待っていればよかった。

廊下にぶちまけてしまった朝食だった物の成れの果てを嬉々として処理する従者F。

 

「やっと自分の主任務をこなせます」

 

お前の任務は私の警護だろう。

Fが作る食事はどれも美味なものだったが、まさか逆流しやすいように加工したんじゃなかろうな。と疑ってしまう程、慣れた手つきで処分を行うF。本当に介護関係の人かと疑るほど。まさかこいつも自分の欲を満たすだけの変態か?

 

「そんなことはありませんよ」

 

「私は何も言っていない」

 

「こう見えても超二流の執事ですので」

 

執事すごい。というか二流でこれなら一流はどこまでできるのだろうか。というか超二流ってなんだ。二流以上一流未満という事か。

コーテはこれまたFが差し出した水の入ったコップを受け取り、口の中を濯ぎ、吐き出そうとしたがどこに吐き出せばいいか迷った。

一時の気の迷いとはいえ、目の前で膝をつき、目の前で掬い上げるように両手で受け止めようとしているFに向かって吐き出そうとしたが、すぐ視界の端に映ったトイレに駆け込んで口の中の物を吐き捨てた。戻ってきた時、少し残念そうなFは無視した。

セーテ侯爵の関係者は皆変態か。この時から拭いきれない疑惑がコーテの中に根付いた。

 

 

 

「どうやらこの近くに養殖ダンジョンがあるようです」

 

スペックは高いのにどこかが欠落している彼等。しかし、仕事はしっかり果たしたようでHは悪漢達から重要な情報を引き出したようだ。

冒険者ギルドの職員と共にそれを説明されたコーテはまさかとは思ったがシュージの重要度を考えるとそれもあり得ると思い直す。

意図的にダンジョンを深層化させる。難易度を跳ね上げる『養殖』は違法。かなりの重罪であり、関係すれば貴族。王族であろうと厳しく罰せられる。

王族関係者。公爵領でダンジョンの養殖がされていれば公爵家の名声は地に落ちる。関与していたら勿論、知らなかった場合でも監督能力なしとして罰せられる。

 

「最近、ここの公爵家。サダメ・ナ・リーラン家では財政難がつい最近まで続いていたようです。そこから何とか立ち直したと聞いたのですが、まさか養殖ダンジョンが関係しているのでしょうか」

 

Fの言葉にギルド職員は難色を示した。

自分達の雇い主でもあり、更に公爵家という権力者がそんな違法を働いているとは考えたくない。

いくら危険な仕事を斡旋している冒険者ギルドでも養殖ダンジョンはまずい。大半の飯のタネになるダンジョン攻略だが、逆にその危険性をよく知っているのも彼等だ。

 

熟練と呼ばれた冒険者が、翌日には死んでいる。

一流と言われた魔法使いが、誰にも知られることなくモンスターに食われる。

 

ダンジョンの中ではそれが当たり前に起こる。

生きてこその物種。冒険者達が第一に考えるものだ。

それなのにわざわざその危険性が増すダンジョンの養殖。深層化。はっきり言って狂気の沙汰としか思えない。

 

「おそらく裏ギルドが働いているものと思われます。至急、王都へ伝達を行います」

 

Hと共に尋問していた職員は事の次第を伝え終えると、事務室へ赴き詳細を記した手紙を書き終えると特別な封蝋を押し、複数の伝書鳩を飛ばした。

更には冒険者ギルドの職員にも同じ内容の手紙を持たせ、ギルド裏に止めている馬車を出した。本来、緊急事態。地震や地割れといった自然災害で避難や救助を呼ぶための馬車だが、こういった異常事態にも出動する馬車だ。

 

「嘘の情報を流したとか、握らされていたという可能性もあるのでは」

 

「いいや。あれはマジだ。ほぼ間違いない。奴らも養殖ダンジョンに潜っていたと喋っていたからな」

 

ギルド職員の一人が思い浮かんだ疑問を提示するが、ギルドマスターがそれをバッサリ言い切る。

身長が二メートルオーバーの恰幅の良いドワーフ族のギルドマスター。

明らかに堅気ではないオーラを纏う彼も尋問に関わっていたのだ。彼を前に嘘を吐けたら今頃あの悪漢達は有名な詐欺師集団になれただろう。

 

「緊急クエストだ。全冒険者に知らせろ。養殖ダンジョンのありかをつきとめろ。そして、何が何でも潰せ」

 

声は淡々としていたが、その表情は明らかに怒っていた。目は血走っているうえに腕組みをしている腕は明らかに盛り上がり、血管も浮かび上がっている。怒りを無理やり抑え込んでいるのだ。

今まで見たことのないギルドマスターの怒りに職員たちは急いで緊急クエストの紙を刷る。

冒険者ギルド。荒くれ者の集まる場所とはいえ、この土地に愛着があるから彼らはここでギルドの職員として働いている。そんな愛着を踏みにじるような真似をする輩に容赦はしない。それが例え、この領地で一番の権力者だとしてもだ。

 

「サダメ公爵家はどうしますか。彼らが関与しているとしたら彼らと争うことになりますよ」

 

「今はまだ手を出すな。王家にこの事が届けば、支援も来るだろう。それまでは手を出すな。悔しいがな」

 

公爵家は近隣諸国への抑止として王国の兵隊とは別に彼等だけの兵隊も持っている。彼らと戦うには冒険者ギルド側には戦力が無さすぎる。

ギルドマスターの言葉にさらに言葉を投げかける職員もいる。

 

「あの、言いたくないんですけど。ウチにも関係している奴もいるんじゃ」

 

ウチとは冒険者ギルド職員の事を言っているのか。それともここを拠点にしている冒険者の事を言っているの。

おそらく両方だろう。ダンジョンなんて物は、その場にあるだけで騒ぎになるものだ。それが今の今まで知らされていなかったとしたらその隠ぺい工作を働いた者が少なからずいる。

 

「ウチにそんな奴はいねえっ!…と、言いたいところだが、俺より前からここにいる奴らは沢山いるからな」

 

ギルドマスターは顎を擦りながら首筋まで伸ばした髭を弄りながら怒りをごまかしていた。

 

「俺自身も直接王様に会う必要がある。悪いがしばらくここを開ける。その間お前達は冒険者を出来るだけ引き留めて調査に当たれ」

 

ここには副ギルドマスターはいない。ワンマン営業と言えば聞こえは悪いがその分、縦社会特有の伝達の良さが生きる。

ギルドマスターはサダメ公爵領地にある転送装置が置かれた場所に戦闘に覚えのある職員を数人連れて出向くことにした。その際、コーテ達にもギルド職員の一人をつけた。

 

「悪いんだが、嬢ちゃん達も養殖ダンジョン調査に協力してもらう。監視の意味もあるからな」

 

まあ当然だろう。コーテ達が騒ぎを起こしてそこからこのような事が発覚したのだ。

出来る事なら養殖ダンジョンは嘘であってほしい。それなら取り越し苦労という事になる。だが、証人と証言が取れたのでそれも期待できない。

 

悪漢達も養殖ダンジョンに行く際は怪しい集団に目隠しされて半日中馬車に乗って移動したという事から正確な位置は把握していないらしい。だが、近くにあるのは確かだ。

だが、そんな事よりシュージとライツの行き先である。この町に来たのまでは確認しているが、今頃この町を出ているだろう。あんな頭の悪い男たちをけしかけている間に、だ。

カモ君の言う通り、ライツがネーナ王国の篭絡員だとしたらおそらくシュージを養殖ダンジョンに連れて行った理由は彼を強くするためというよりは、養殖ダンジョンに関わったという『共犯』にすることでライツから離れられないようにするためだろう。そうする事でシュージは彼女から離れられなくなる上に、リーラン王国には居づらくなる。

これは急いで彼を見つけないといけない。また、コーテ達が自分達の跡を追っていることに感づいたライツは急いでシュージを共犯にしようとするだろう。

 

「私達も急いで養殖ダンジョンを見つけないといけない」

 

出来る事ならシュージがそこに辿り着く前に自分達がそこに出向き、現場を押さえなければならない。未遂ならまだ刑罰は重くならない。

この国の救世主が前科持ちとか。格好がつかない上に決して王家との連携が上手くいくはずがないと考えたコーテはFとH。そしてギルド職員の一人を連れて隠しダンジョンの捜査に移った。

 

 

 

その頃のカモ君はというとビコーの警備隊と共に王都から少し離れた場所を巡回することが決まった。魔法学園にはミカエリが話を通しているらしく、お給料がもらえると聞いたカモ君も最初は気楽に考えていたが、巡回の途中。突如、遠くの空から一匹のスカイドラゴンが表れていた。

空を優雅に飛行し、風魔法を放つことが出来るドラゴンが襲来してきて、ビコーの警備隊と共に死闘を繰り広げることになっていた。

 

ドラゴン襲来の知らせにより、コーテ達の聞き出した養殖ダンジョンよりもそちらが優先される事をコーテ達は知る由もなかった。

 



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第三話 オール フォ ワン

ライツに誘われて四日が経過した頃。シュージは殆ど一日中つけていた目隠しを取ると夕暮れ時であり、秋も終わりごろという事もあって肌寒い。吐く息が白いこと目隠しを取ったことで初めて気が付けた。そんな肌寒い時間帯だった。

そこはどこか寂れた感じがする村。民家が十軒ほどで、その入り口から村の全貌がうかがえるほど小さな村だった。

目に入る民家はどれも寂れているが、ぽつぽつと明かりが灯っていた所を見るととりあえず人はいるようだ。そしてライツに促されるまま足を運んだのはこの村で一番大きな建物であった。

その玄関前には大きな看板があったが、この村の名前が彫られていただろう文字はカンナやノミで削ったのか判読が出来ないでいた。

中にいたのは明らかに堅気の人間ではないオーラを放つ人だかりだった。

 

カモ君の使っていたレザーアーマーで装備を固め、顔には幾本もの傷のある剣士。

薄汚れたローブ。フード付きのそれを頭からかぶって入るが隠しきれない大きな鼻が見える魔法使い。

全身を分厚いフルプレートで固め、自身よりも長大な槍を持った戦士。

 

他にも多種多様な冒険者がいたが、その誰もがシュージからすればまともな人間はいないようにも思えた。

これまでの経験からいろいろな冒険者や魔法使い出会ってきたが彼等には人として超えてはいけない一線をわきまえている様にも見えた。しかし、目の前の彼らはそれを超えている。自分の欲を満たすため非道も行えると肌で感じ、理解した。

彼らは笑いながらこちらに近づき、その手にした剣や槍。魔法で自分達を簡単に殺しに来ることを。

ライツに言われるがまま自分達もフード付きのローブを羽織っている。これはこの状況にビビっている自分を悟られないためだろう。そんな弱みを見せればシュージのような子どもは絡まれるだろう。

そんな物騒な輩の視線を浴びながらもライツは店の一番奥にあるカウンターに腰掛けて、そこにいたウエイターに注文を付けた。

 

「娼婦のステーキを二人分お願いします」

 

その言葉を聞いたウエイターと冒険者達は揶揄う視線を辞めて、息をのんだ。

 

この店には娼婦のステーキというメニューは無い。

これは合言葉だ。

娼婦は隠れた。ステーキはダンジョンを指す。

この場にいる関係者。そして近くにあるダンジョンの関係者しか知らない裏社会の人間がこの時期にしか使わない暗号。

 

「…サイドメニューは?」

 

「王宮サラダ。ドレッシングは黒唐辛子たっぷり」

 

王宮サラダは王国を指し、サラダを台無しにする黒唐辛子はサラダに対する宣戦布告。もしくは離反を指す。

それを理解しているのか。というウエイターからの視線を軽く受け止めながらもライツは微笑みを崩さない。

 

「…お嬢ちゃんたちみたいな小さい子供にも知られるなんてね。うちの稼業もお終いかね」

 

「いいえ。これからももっと繁盛しますよ。きっと」

 

ウエイターはため息を零しながらもライツに水の入ったコップと一緒に一本の鈴色の鍵を渡した。この店の最上階。三階部分に当たる個室の鍵だ。

だが、ライツはその鍵をすぐに水の入ったコップに入れた。

コップの中でシュワシュワと炭酸飲料のように泡を出すコップの中に入っていた水には毒があり、鍵にも毒が塗布されていた。

これはにわか。もしくは王国の密偵や正規冒険者ギルドへの罠である。それを回避したという事は少なくても目の前でハンカチを使い手についた毒を拭っている少女は本物だという事だ。

ウエイターは慣れた手つきでコップの中にあった水と鍵を流し場に落とす。そして、改めてくすんだ銀の鍵を渡した。

 

「…ごゆっくり」

 

「ええ。明日の朝まで休ませてもらいます」

 

本物の鍵を受け取り、再び荒くれ者。いや、無法者の人込みを進んでいくライツに手を繋いで連れていかれるシュージの様子を見ていた彼等は、汚い笑い声をあげながらも彼らを歓迎した。

 

ようこそ愚か者。この掃きだめの宝物庫へ。

 

 

 

用意された部屋は質素な造りをしていたが、最上階。この寂れた村と比べると明らかに上等な造りをしていた。

そこには部屋の奥に大きなベッドが一つ。部屋の中央には一組のテーブルとソファーが一つずつ配置されていた。

そこに腰掛けたライツは隣にシュージを座るように促す。彼もそれに促されるまま座る。その様子にいたくご満悦のライツは笑顔のままシュージにテーブルに置かれていたメニュー表を渡す。

 

「移動で疲れたでしょう。何か注文しますか?」

 

ライツは上機嫌だった。無法者の視線で疲れ切った表情を見せるシュージのご機嫌まで吸い取ったかのように。

ここまでシュージを連れてこられれば彼はもう自分の手中だ。今更後戻りはできない場面まで来ている。今の彼の様子から自分を置いて戻ろうなんて考えもしていないだろう。

 

「なあ、ライツ。お前は一体何者なんだ?あんなやり取りができるなんて普通じゃないぞ」

 

明らかに離れしているライツはシュージの目から見ても堅気の人間には思えない。今回の養殖ダンジョンの誘いを受けた時から感じていた違和感をどうしても解消したい彼は笑顔の彼女に問いかけた。

 

「質問を質問で返さないで欲しいですね。…まあ、少しなら答えてあげてもいいですよ。じつは私、やんごとなき地位の娘なんです。そして貴方の強さを是非取り込みたいんですよ」

 

シュージの問いに答えながら、彼の頬に手を当て、顔を近づけるライツ。

先ほどまでの笑顔と違い怪しげな笑みを浮かべる彼女には妙な色気が感じられた。そして二人の影が重なる寸前。

 

ガタリ。と、窓枠で音が鳴った。

 

その瞬間、ライツはシュージから弾かれるように離れると窓に向かって隠し持っていたナイフの一本を投げつけながら窓枠まで駆け寄った。

窓枠に刺さったナイフから一秒経つか経たないかの時間で窓を勢いよく開く。

 

ここは裏ギルドの管轄している建物だ。そんな上等な建物で不意に音が鳴ることは滅多にない。しかもあのタイミングでなるという事は誰かがついてきているという事だ。

自分達を狙う不審者は一階フロアにいる無法者達も当てはまるが、この部屋を利用する人間はこの裏ギルドで上位に値する人間だ。そいつに盾突こうなどいくら無法者でも躊躇われる。ここで反感を買えばここでは食っていくことが出来ないからだ。

ここで邪魔してくる人物と言えば、もう一人しか思い浮かばなかった。

 

開け放った窓の左右。上下。そして駄目押しに今まで隠していた自分のもう一つの魔法特性である風の魔法を使い、周囲を探索した。

これは熱探知機のようなものでいくら迷彩効果があるマジックアイテムや魔法でも滅多に隠しきれない体温を感知することが出来るものだ。妙な熱源があればそこを攻撃する手はずであったのだが、…それらしき反応は無い。どうやら本当に、タイミングよく窓枠が鳴った。

 

とは、どうしても考えられない。

 

ライツはカーテンを閉めて、外からこちら側を覗けないようにした上で、彼女と組織的につながっている人物をこの部屋にある備え付けのベルで呼んだ。

そこに現れたのは長身細身の色白な肌を持った笹のような耳を持った若い執事。魔法が得意とされる種族。エルフだった。

一見すると従者然としたこの男性はこの裏ギルドのマスターであり、ネーナ王国にリーラン王国の情報を提供する内通者の一人でもある。

 

「辺りにネズミがいるかもしれないからくまなく掃除してくれないかしら」

 

「畏まりました」

 

恭しく頭を下げたギルドマスター。彼はライツがネーナ王国の姫だという事を知っている。内通者であるから当たり前だ。養殖ダンジョンの情報も彼の伝手で知ったことだ。そしてシュージを篭絡することも伝えている。

そんな彼は落ち着いた様子で階段を下りて行った。おそらく今も酒を飲んでいる無法者達に情報漏洩者探しを命じるつもりなのだろう。

仮にもリーラン王国に仇を、ネーナ王国に従っているギルドの長だ。しっかりと探し出してくれるだろう。最悪、それが出来なくても、これから養殖ダンジョンに関わるという重罪を犯すシュージの凶行までは時間を稼いでくれる。

そう考えながらライツはシュージに振り向く。そこには懐疑的な表情を浮かべるシュージの姿。ここからさらに彼を曇らせるのだと思うと興奮してきた。

力ある者を己の掌の上で踊らせるという支配欲に満たされていくライツ。しかもその相手はドラゴンをも簡単に屠る可能性を持つシュージ。容姿も美少年と言ってもいい。

今のシュージは食虫植物に捕らわれた哀れな獲物のようにも見えてきた。

そんな彼を確実に手に入れるためにも不安要素は可能な限り取り除く。

 

「明日は早いですからもう寝ましょうか」

 

ライツはまるで市街を散歩するようにベッドに移動して、腰掛けると挑戦的な表情をシュージに向けて微笑んだ。

 

「一緒に寝ます?」

 

「い、いや。俺はここでいい」

 

照れからの感情もあったかもしれないが、それよりも危機感を感じたシュージは羽織っていた外套を布団代わりにソファーの上で寝転がった。それではしっかり休めないだろうと思ったが、それならそれで構わないとライツは思った。

疲れていれば万全の時に比べて正確な判断。もっと言えば善悪の判断もつかないだろう。

 

「そうですか。では、おやすみなさい」

 

彼を篭絡させ、凶行に及ばせて、リーラン王国を裏切らせ、ネーナ王国へと迎え入れる。

 

全てはこのために。

 

ライツは自身の邪な感情を隠すように部屋の明かりを消した。

 

 

 

その頃のカモ君は、スカイドラゴンとの戦闘中。正確にはビコーとスカイドラゴンの戦闘の余波。魔法の流れ弾から必死に逃げていた。

ビコーの部隊の人間は手慣れているのかカモ君より素早くその余波から避難していた。

 

いや、言えよっ!危ないから早く逃げろって言えよぉおおっ!

 

カモ君の心の絶叫はその場にいた誰にも届きはしなかった。

 



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第四話 おーる ふぉお あぁん

ライツとシュージの取りの裏で。

更に言うのであれば最上階の屋根裏にいた従者Hはライツが明かりを消したと同時にその場から去ることにした。

今の彼女は闇夜に紛れる為に墨というインクとは違った黒い液体を全身に塗布して姿を隠ぺいしていた。全裸で。

服や鎧を着こんでいないので装備している物が擦れる音も生じない。全裸に近いから周りの環境に敏感である。更には墨の断熱性能もあってかライツの索敵魔法にも引っかからなかった。墨を塗っていた、全裸で。

更にはこの墨はミカエリが自分の警護をしている忍者にも融通している墨。消臭作用も高く、周りの空気といち早く同化する。訓練された犬でも発見は難しい。なぜなら余すことなく塗りたくっているから。せっかくの全裸だから。

 

シュージ達の足取りをいち早く発見したHはFに伝言を頼み、正規ギルド職員の目を盗んで一足先にこの裏ギルドまで辿り着いた。この時点でHはビキニアーマーを外しており、

ライツがかく乱のためにか随分と遠回りしてくれたおかげで逆に彼女たちを追いこすことが出来たHはゴキブリのように息を殺し、音を殺し、気配を殺して裏ギルドの在処を突き止め、一番上等な部屋の天井裏という一番警戒されそうなところにあえて侵入し、そこに来る重要人物の登場を待った。装備品。着ていた服や下着まで魔法で燃やし、唯一持っていた墨の入った紙パックを取り出し、偽装を完了させた。

ギルドマスターか、それなりに腕の立つ冒険者。札付きの極悪人の交わす会話からシュージ達の動向を探れればと思っていたが、来たのはシュージ達本人。

危うくシュージが引き返せない状況に陥りそうだったので、偽装で余った墨の小さな塊を窓ブチに向かってはじいた。

ちなみに彼女のダーツの腕前はミカエリの関係者の中ではビコー。カヒーに次いでの三位だ。その腕前を持って怪しまれない場所に墨を打ち込み、窓を揺らすなどお手のものだ。

 

そこまでやったお陰もあって有力な情報をつかめた彼女だったが、その顔つきは芳しくない。

今頃、コーテ達のいる所にはもしかしたら今の自分のように追っ手が向かっているかもしれないからだ。

 

「この辺りから反応が出ているぞっ!近くにいるっ!探せ!」

 

裏ギルドのある村から少し出た平原。膝上の高さまで生い茂った草が生い茂っただけの、しかも枯草に近いものだから腹ばいになっても隠れきれないHは範囲の網を抜けることは諦め、追っ手を一人ずつ仕留めることにした。

しかし、武器もなく、人を撃退できるほどの威力の魔法を放てばすぐに包囲される。だからこそHは慎重に包囲の輪を最短側からゆっくり円を描くように一人ずつ締め技で意識を奪っていく。

女の細腕と侮るなかれ。こう見えてもHは元凄腕の冒険者。魔法も使えるがメインは接近戦による打撃技を繰り出す女性で、中級モンスターも拳で沈めてきた猛者であった。

そんな彼女をスカウトしたのがセーテ侯爵現当主のカヒーである。

 

カヒーに出会った当時、冒険者だったHは調子に乗っていた。そしてあろうことか巡回任務を行っていたカヒーに喧嘩を売り返り討ちにあった。その時に踏まれる快感に目覚めた。

自分を制したカヒーの手加減はあるが容赦のない一撃でうつ伏せに大地に沈められた彼女。

最初は踏まれた快感を否定しながらも立ち上がろうとしたが、そんな彼女を押さえつけるように置かれたカヒーの足裏。踏みつぶそうしたわけでもない。かといって起き上がれないように押さえつけたわけでもない。ただHが起き上がれないように添えただけ。

カヒーの立場からだと片足立ちしているような状態だったが、その体幹は凄まじく、まるで万力で固定されたようなものだった。魔法を使おうとしたら固定していた足を下ろして、魔法の詠唱を中断せざる得ないギリギリの圧迫をする。

カヒーはHが一応女性という事もあってかなり手加減して、二度とこんな事はするなよと優しく忠告してその場を立ち去った。

敗北感をたっぷり感じたというのに、充実感も湧き上がっていたHは翌日、懲りずにカヒーに挑み、負けて、踏みつけられ、快感に酔いしれた。

一方カヒーはというと自分のような絶対強者に一度ならず二度も挑んできたHを気に入り、自分の屋敷に努めるようにスカウトした。

この時、ガッツがあるな。くらいにしか考えていなかったが、ミカエリに初見で被虐嗜好があることを見破られ、セーテ侯爵家のメイド研修でその嗜好を『強者に踏まれることへの快楽』へと調教された。

 

Hは今回の任務が終われば褒美として当主であるカヒーへの挑戦権を得られる。

Hは冒険者を辞めてメイドになったが、その腕前は衰えていない。むしろ、セーテ侯爵家の従者として日々鍛錬に勤しんでいるためむしろ強くなった。そしてまた踏まれる事になるだろう。そしてアヘる。

 

全てはこのために。

 

変態的思考のHは全裸で使命感に燃えていた。

そんな彼女をカヒーはまだまだ甘いな。と、思うだけでHの特殊性癖までは知らない。

 

アヘるためにもここで失敗するわけにもいかない。カヒーに踏まれるから100点満点の快感である。

他の人間。権力的な強者のミカエリに踏まれても50点。実力・立場的にカヒーに似ているビコーなら90点。総合的な実力では同じくらいか少し下のカモ君なら30点。将来の有望さなら上手のコーテなら10点といった具合である。それ以外は0点。全然気持ちよくなりそうにならない。

 

十人もいた追っ手だが、一人一人。音もなく近づいて、声を上げさせることなく締め落としていくH。

追っても半数になってやっと異常に気が付いた。狩っているつもりが実はかられている立場に切り替わっているのだと。

残った人間はたがいに背中を預けて辺りを警戒する。しかし、その時にはHはその場からサッサと逃げて、追っ手を振り切ったのである。

 

そして夜が終わり、朝がやってくる時間帯にHはコーテ達のところへと戻ってきた。

朝日を背に、恭しく膝を折り、自分が得た情報を伝えた。全裸で。

逃走中に体中に塗りたくっていた墨はすっかり落ちてしまい、恥部だけは墨が落ちていないという状況だった。

情報は有用。その入手難易度も困難を極める物。

そして、そんな彼女は走ってきたのかその表情は赤らめていた。まるで見られていることに興奮を覚えている様にも見えた。実際に少し興奮している。

 

「…へ、変態」(確信)

 

だからHを見たコーテが呟くのも仕方なかった。

 

 

 

その頃のカモ君は、ビコーがスカイドラゴンを撤退させると同時にやってきた武装した国際密輸組織を運悪く発見。スカイドラゴンとカヒーの戦闘から何とか逃れて疲れた体で、そのまま戦闘に入る事になった。

 



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第五話 養殖ダンジョンへようこそ

ライツからの誘惑にも打ち勝ち、どうにか貞操を守り切って夜を明かしたシュージは、朝起こしに来たギルドマスターに連れられて、ライツと共に養殖ダンジョンの入り口まで案内された。

自分達が寝泊まりした町から1キロメートル離れた平原にポツンと建てられた掘っ立て小屋。その入り口には居眠りしているようなおじいさんが小屋の外にあるベンチに座っていた。

一見するとのんきなおじいさんに見えた。だからこそシュージは驚いた。

ギルドマスターを見ると同時に、その穏やかな雰囲気は消え去り、その下から出てきたものは人喰い虎を思わせる殺気。それに触れてシュージは思わず一歩後ずさってしまった。

彼がどんな戦闘スタイルなのかはわからない。だが、今の自分ではきっと抵抗らしい抵抗も出来ずに。何をされたかわからないうちに殺されると思った。

だが、そんな雰囲気でも。一度は後ずさりしてしまった足でも。

 

シュージは一歩前に進み出た。

 

それを見た老人。ギルドマスター。ライツの三人は見込みのある輩だと判断したのか小さく笑みを浮かべた。

そして、老人は懐から一本の鍵を取り出してライツにそれを渡した。

 

「宝はあんたの足元にある。奥でゆっくりしていな」

 

そんな言葉を受け取ったライツは優しく微笑んだ後、掘っ立て小屋に入っていった。それに追随する形でシュージも入っていく。

掘っ立て小屋の広さはワンルームより少し広いくらい空間で、中央には小さな腰掛があるだけのただの部屋に見えたがライツは迷うことなく、その腰掛を部屋の隅まで押しやる。と、同時に重たい何かガコンと音を立ててはまる音がした。

シュージは小屋の入り口に立っているだけだったが、自分とライツの間。ちょうど腰掛があった床板が左右に割れるように隣接していた床板の下に収納されていく。

その床の下にあった物は鋼鉄の扉。『条件を満たさないと出られない部屋』の扉に似た重厚感の溢れる扉がそこに隠されていた。そこに唯一の飾りと言ってもいい鍵穴にライツは老人から受け取った鍵を差し込み、回すとその扉は自動で内側に観音開きが行われる。

その扉の向こう側にあったのはシュージも知っている地下へと伸びるダンジョンの階段だった。しかし、今まで見てきたダンジョンと比べあまりにも綺麗な入り口だった。

入り口だけではない。その奥も要所要所に松明が設置されており、まるで舗装されている状態で、明らかに人の手が加わっているそれを見て、シュージはこのダンジョンが養殖されている物だと理解した。

 

「養殖ダンジョンへ、ようこそ。シュージ君。エスコートしてあげます」

 

シュージの手を取り、ダンジョンに踏み入れる。ライツ。

そして、共にダンジョンの階段を一段下った時、シュージに見られないように彼女は妖しく微笑んだ。決して可憐とは言えない。人を引き付けるような笑顔でもない。

それは罠にかかった獲物を見て喜ぶ猟師のような笑顔だった。

 

勝った!これでシュージはリーラン王国には居られない!私の任務は完遂された!

 

ダンジョンの奥へと進んでいく中でライツは薄暗い感情を隠しきれないでいた。

養殖ダンジョンに関わった以上。シュージはもう犯罪者だ。この国はいられない。そんな彼を自分がネーナ王国へと連れていく。

連れていくことが出来なくてもシュージはもうリーラン王国の英雄として活躍は出来ないだろうと笑みを隠しきれないライツ。

階段を降り切ると、ダンジョンを封じていた鋼鉄の扉も閉じていく。それはまるでシュージの英雄という未来をも閉ざすように音を立てて閉じていった。

 

 

 

その頃のカモ君はというと。

ビコーの指揮の元。武装した国際密輸組織を何とか制圧できた。

はっきり言って48時間休みなしで戦い続けたカモ君の体力も限界だった。

密輸組織と戦っている最中、最寄りの領主に連絡を取って戻ってきたビコーの部下の一人が捕縛した密輸組織の連中を一度そこに輸送することを提案し、受託された。

そこの領主は程ほどに広い領地を所有しており、密輸組織を収監できる地下牢も所有していた。そこに奴らを押し込めば休める。と、思っていました。

 

「すいません。どうやらダンジョンが出たようなのですが一度見てきてはくれないでしょうか?」

 

と、いう領主の一言でビコーの部隊の人間はビコー以外腐った魚のような目になった。

ビコーの警備隊は敵対組織の撃退も任務に入っているが、その他にもモンスターやダンジョンが出来ていないかの見回り。そして、ダンジョン攻略も任務に入っている。何が言いたいかと言うと。

 

お仕事続行です。

 

警備隊全員に配られたリメンバー・サン。というミカエリが発明した三日間眠らず(眠れないで)働ける栄養ドリンクを飲まされたカモ君は逆流しそうになった胃液と共にそれを飲み込み、ダンジョン調査。のちにダンジョン攻略をすることになった。

 



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第六話 憧れに手を伸ばして 前編

もしカモ君にシュージが今体験している事を話したら、怪訝そうな顔をしてこう答えるだろう。

 

舗装されたダンジョン?

ラスボス戦か裏ダンジョンでしか見たことが無い。

え?もうエンディング?

 

そんなすっとぼけた答えが返ってくるだろう。

まだ物語的には3分の1も終えていないのだ。あまりにも早すぎる展開に驚くだろう。

しかし、そんな驚く場所にシュージはいた。

 

舗装されたダンジョン。さすがに内部全てというわけにはいかないが、まるで訓練場のように舗装されており、少なくても段差や小石で転ぶなどと言ったことはなさそうだ。その上、落とし穴や落石といった心配もないため道中の緊張感は薄かった。

五階層まで行くまではゴブリンやコボルトといった雑魚モンスターとも遭遇したが、どこか覇気がなく、生気も感じられない。まるで病床から無理やり起こされたかのように弱弱しかった。

補助魔法が主な光魔法だが、それでも攻撃方法がないわけでもない。光の玉を生み出し、それをぶつけるといったライトスフィアを放つが、それでも全属性の中でも弱い攻撃魔法だ。威力も子どもがバッドで殴りつけた程度の威力しかない。

 

「これだけ浅いとあなたの出番はまだないみたいですね」

 

それでもゴブリンとコボルトはやられていった。はっきり言ってシュージが蹴りつけただけでもやられそうなほど弱い。

 

人に害をなすモンスターであるにも関わらず同情してしまいそうになる。

だが、それは中層と呼ばれる十五階層まで続く。

巨大蝙蝠。スライム。といったやや特殊なモンスターからブラックアリゲーターやフォレストウルフといった肉食のモンスターまでもがライツの放つライトスフィア一発でやられていく。道中で発生した小さな宝箱から回復ポーションを入手したりもした。

 

これは…。確かに禁止されるわけだ。

 

喜ぶライツに対して、シュージは渋い顔をしながらそう思った。

 

弱体化したモンスター倒せば宝箱が出現する。

どういった理屈かわからないが、このように楽をしてアイテムが入手できるなら養殖ダンジョンも悪くない。入手したポーションも金貨3枚ほどの価値がある。それをたった三時間で入手できるのだ。

更にはモンスターの弱体化でよりモンスターの行動パターンが理解できる。これを繰り返していれば対モンスター戦の経験値になるだろう。と、同時に慢心も生みかねない。

 

カモ君はいつも口酸っぱく言っている。絶対なんてものはない。という言葉だ。

モンスターもそうだが、人間も首を切り落とす。心臓を潰す。遺体も残さず燃やし尽くすまでやってようやく安心できる。

死んだふり。人間はもちろんモンスターもやる。

凄腕冒険者が死んだふりをしたゴブリンという最弱モンスターにやられるというのは戒めとして今もなお語り継がれている言葉だ。

冒険者と共にダンジョン攻略をし始めてようやくそれが実感できたシュージだが、この養殖ダンジョンのモンスターとの遭遇はそれを忘れさせるようなものだと感じた。

 

…これはいけない。

いざ、養殖以外のダンジョンで失敗を生み出すものだ。

 

シュージはそう思いながら、中層に入ってからライツと後退してモンスターを討伐していくことにした。が、あまりにも手ごたえがない。

 

火の指輪と火のお守り。

 

シュージの魔法の威力を底上げするアイテムが二つもあるのだ。

ただでさえ『主人公』としての力を持っていると思われるシュージの魔法を補助するものが二つもあれば中層のモンスターといえどシュージの一度の魔法で一掃されるだけだった。

 

自分達に向けられる敵意をライツが魔法で発見、位置の把握。距離が離れている間にそのことをシュージに伝えて攻撃するだけの作業が続いていく。

 

そして、モンスターに魔法を放つ事を五回やると一回は宝箱が出現する。

シュージ達は既にもう三顧のアイテムを入手している。ポーション二本と銀のナイフと王都の表通りでも買える代物だが、それには少なくない費用が掛かる代物だった。

一般冒険者ではまずありえない。高位な魔法使いでも無理。そしてドラゴンやラスボスでも不可能な現象がシュージの前では起こる。

以前、ゲットした施しコインの効果が後押ししているかもしれない。

 

「やりました。また宝箱ですよ。シュージ君」

 

「うん、そうだな」

 

ライツはほくほく顔でシュージに声をかけるがシュージの顔はすぐれない。

仮にも美形の部類に入る異性と一緒にいるのだからもう少し隠してほしいものだが、まだ十二歳。もうすぐ十三歳の平民。戦闘力はあっても小僧であるシュージにはそれは難しい事だった。

 

今更。養殖ダンジョンに関係したことを後悔したのだろうか?

だが、もう手遅れだ。彼は関わってしまった。あとは沈み込むように嵌ってもらおう。

 

そう思ったライツは目の前に現れた宝箱。に、擬態したミミックと言うモンスターであることをその鑑定眼で見抜いていた。だが、あえてそれに近寄りミミックが動いた瞬間に小さな悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。

最初から疑いの目をもって見ていれば嘘くさいことこの上ない動作だが、考え事をしていたシュージにそれが見抜けるはずもなかった。

そして、悲鳴を上げたことで考え事をしていたシュージは意識を切り替えてライツの傍まで駆け寄り、彼女をかばうようにミミックの前に立った。

 

ミミックは、宝箱な形状から無機質な触手染みたチューブを生やし、その先にはメイスや剣。槍といった武器を持って威嚇するように動かしていたが、移動力は無いようでその場からゆっくりとシュージに向かって近づいていく。

攻撃範囲に入っていないうちに仕留める為にシュージは魔法を放ち、ミミックを一瞬で黒い炭の塊にした。

 

「ありがとうございます。シュージ君。…助けてもらってあれですけど、ダンジョン内ではあまり考え事はしないほうがいいですよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

悲鳴を上げて動けないという庇護欲から、注意してくれるという抱擁力を見せて、シュージの気を引くライツ。

そんな魂胆があるとはつゆ知らずにシュージは素直に謝った。

 

「もう。私は攻撃が苦手で、補助が得意なんですよ。シュージ君に何かあったら私もただでは済まないんですから」

 

「そ。そうだよな。本当に済まない」

 

もし、シュージの隣に立っているのがカモ君だったら一度ダンジョンから帰還してリフレッシュさせるか。途中で攻略を諦めさせて魔法学園に戻るなど撤退も考慮したかもしれない。

だが、それではシュージが罪の意識から学園長に自首するかもしれない。だからこそライツは撤退など考えていない。どっぷりと罪に浸かってもらい、この養殖ダンジョンの味に酔いしれてもらわなければならない。

これだけ初心なら一度快楽に溺れてしまえばそのまま落ちて行ってしまうだろう。

そう思ったライツはシュージの腕を取り、自身の体を押し付けるように抱きしめ、出来るだけ体を密着させながらこの先を歩いていくことにした。

 

そして一際広い通路に行きついた。

そこは更に下へと続く階段と、この廊下の奥へとつながる通路が三つ伸びていた。

 

普通ならダンジョンの下へと進むべきだが、その前にシュージにはここが養殖ダンジョンだという事を改めて教える必要があるだろう。

前衛職のいない魔法使い二人だけでも十五階層まで行ける理由をここで明かすのも悪くない。

下へと続く階層はそのまま地価へと通じ、弱体化しているとはいえ討伐の難易度が上がるモンスターが出てくる。ここから先は文字通り火力が強いだけでは困難の地区である。

ここから先に行くなら三つに分かれている通路の内、右の通路へ行くとこのダンジョンに先に入った冒険者(無法者)が作った休憩所。コロニーがある。そこに声をかけて、数人連れていくことになっている。

無法者だからこちらに牙をむいてくるのではと思われがちだが、この養殖ダンジョンを支えているのはライツとここ。公爵家。サダメ・ナ・リーラン家がスポンサーであり、彼女等に危害を加えればこの養殖ダンジョンは利用できない。それ以上に公爵家を敵に回すという危険性を知らないという愚か者でもない彼等。

もちろん、協力を申し込まれても甘い汁を吸っている以上逆らえないだろう。

現にその通路からやってきた無法者の数人が通路の向こう側からやってきて、ライツを見るなり頭を下げて深層につながる階段を下りて行った。

 

「そうですね。一休み入れる前にシュージ君に見せたいものがあります」

 

ライツは、深層に繋がる階段でもなければコロニーに繋がる通路でもない。一番幅の広い通路へと歩みを進める。腕を取られているシュージも連れていく形で進んでいく。

 

その先にあったのはダンジョンの入り口よりも厳重な雰囲気を持った巨大な赤い扉だった。

その両脇を明らかに高ランクな杖を持ったローブの中年女性と不気味な雰囲気を放つ大剣を背負った戦士然とした大男が立っていた。

彼らはライツ達がやってくるなり戦闘態勢にはいたが、相手がライツだとすると剣と杖の先を地面に向けた。

 

「ダンジョンコアの警備。お疲れ様です。彼にこの先を見せたいので、通らせてもらいますね」

 

「彼は…。いえ、貴女様のお連れならば大丈夫でしょう」

 

女性の方は一度止めようとしたが、大事なスポンサー様がわざわざ足を運んでまで連れてきたお客様を無下にするわけにはいかないと思い、扉を開けることを了承する。

そこからシュージには何を言っているかわからない程の小声と詠唱の早い魔法を使い、扉の封印を解くと、その赤い扉に白い筋が数本描かれる。カモ君がそれを見ればまるで旭日旗みたいなと感想を零すだろう。

その扉を地面に大剣を突き刺した大男が全身を使って押し開けていく。

見るからに巨大な力が込められている男の体は一回り大きく膨れ上がったかのように見えたシュージ。カモ君にトレーニングをつけている教師。アイムよりも力が強そうな彼に怖気づきそうになったが、何とか堪える。

 

ゴゴン、と非常に重厚感のある扉の向こうにあった物はとても広大に。それこそ野球ができるほどの広さを持った空間だった。

中央には鈍く灰色に輝く大きな玉。以前見たダンジョンコアの数倍は大きなダンジョンコア。それがこの空間の端から伸びている十数本の鎖で空中に固定されている異様な状態だった。

 

ダンジョンコアの下には数名の魔法使い達がいた。彼等に声をかける為にライツは歩みを進める。それを見た魔法使い達は近づいてくる者がライツだとわかると皆、頭を下げた。

どの魔法使いも上等なローブと杖を持っている。明らかにさっき出会った冒険者とは雰囲気が違う。それこそ公務員を思わせるような律義さがあった。

その雰囲気はまるで魔法学園にいる教師のようだと、シュージが思っていると、彼の後ろでゴゴンと扉が閉じた。

あの扉は魔法的な封印と物理的な抑え込みの二重のプロテクトがかかっており、この扉を正規以外の方法で開けるのは非常に骨だと感じた。

 

「驚きましたか。これがここのダンジョンコアです。以前見てきたコアの何倍も大きいでしょう」

 

カモ君と攻略したダンジョンのコアは手のひらサイズから人の頭ぐらいの物だったが、目の前のダンジョンコアは明らかにサイズが違う。直径は一メートルを超えており、今も不気味に輝いているコアは鎖に縛られているにもかかわらず、まるで心臓のように蠢いている様にも見える。

 

「これが、養殖ダンジョンのコア…、なのか」

 

「ええ、コアをこのように固定するとダンジョンの階層は増えますけど、モンスターは弱体化するんです。それを利用してダンジョンの奥深くまで探索できるのですよ。それこそ50階層まで行けるんじゃないでしょうか。そこで取れるアイテムやドロップアイテムは変わらず手に入れられ」

 

ライツが自慢げに説明している時だった。あまりにも早い詠唱と魔力の波動が彼女の言葉を遮った。

勿論ライツ自身ではない。このフロアでダンジョンコアの固定をしていた魔法使いでもない。

この天を突くような熱風は人の頂点に立つ人間のみにしか生み出すことが出来ない。

 

『主人公』の恩恵を持っているシュージから発生した物だった。

 

こんな状況で彼が魔法を使う理由など一つしかない。

すなわち、ダンジョンコアの破壊である。

 

それに気が付いた魔法使いはシュージを止める為に魔法を使おうとしたが、自国の姫でもあるライツがシュージに抱き留められているためにそれが出来なかった。

ライツもシュージは自分に付き添ってきている。裏切るなんて考えもしなかったからこそ行動が遅れた。

 

シュージの突き出した右手。ライツを抱き留めている左腕と反対側に発生した熱波は辺りに広がりつつもその中央は煌々と赤く輝き、その光は剣の形を取っていた。

それはいつの日かクーがカモ君にはなった火属性レベル3の魔法。

以前のダンジョン。ミスリルタートルの討伐とカモ君の撃破した時、シュージはレベル3。上級魔法を使えるまでにレベルアップしていた。

 

「フレイム・カリバーッ!!」

 

その火の大剣がシュージの意思をくみ取り、シュージの右手の先から勢いよく射出され、不気味に光っているダンジョンコアに突き刺さり、フロアを揺るがすほどの爆音と共に爆散した。

爆心地辺りは大量の黒鉛と土埃が発生し、数メートル先までしか見えないほど視界を奪われた。

そして、黒鉛と土埃が収まると、そこにあったはずのダンジョンコアは粉々に砕かれた状況だった。

 

「ど、どうして、こんな真似を」

 

ライツはあまりの出来事に未だ、シュージに抱きしめられたままだった。彼女の腕力であればシュージを突き放すことが出来るにも関わらずされるがままだ。

シュージは養殖ダンジョンに関わった。もうこちら側だと思っていたのに。それを裏切られた。しかし、躊躇いはあったが裏切る真似はなかった。

自分を裏切るなんて考えはなかったはずだ。

それは様々な教育を受け、境遇にあったからこそわかる。

シュージはライツを裏切らないと確信したからここまで連れて来たのに。

 

「…もう。…君にはこんな事をさせないためだ」

 

まさか、こいつっ!?

 

ライツはふと思い出したかのようにもう一つの可能性を見出した。

これはライツを裏切るという悪意から来るものではない。

 

ライツをこんな裏家業から身を引かせるためにと、善意で。

シュージはその一心で単身、ここまで乗り込んできたのだ。

そんなことをすれば自分がただでは済まない事を理解しているのに。

下手すればシュージはこのダンジョンに関与している人間に殺されるかもしれないのに。

 

ライツが見落としていた物はシュージの善意だけではない。それは彼の憧れ。

自分が守りたい者(弟妹)のために命を懸けることが出来る男ならきっとこうするだろうという盲目的な確信が彼にライツを騙し、ダンジョンコアを破壊することになる。

 

ちなみにその確信は半分外れである。弟妹の事が関与しなければカモ君は無様を余裕で晒すことが出来る。それにどちらかと言えば立ち向かうよりも逃げ隠れを選ぶ。

シュージのような危機的状況では養殖ダンジョンの事を気化された時点で学園長辺りに密告する。このような敵だらけの場面で立ち向かうのは本当に最終手段である。

 

「ふ、ふざけるなっ!お前、どういう状況かわかっているのか!」

 

ライツは言葉遣いを取り繕う余裕すら無く、シュージを突き飛ばしながら叫んだ。更にそこから数歩下がって、彼を睨みつける。

彼女の任務はシュージをネーナ王国へ連れて行くという極秘任務。そう、秘密にしている任務であるが故に彼と自分以外の人間からしてみれば許されざる裏切り行為である。

つまり、シュージはここで殺されてしまっても文句は言えない。ここで彼を庇ってしまえば自分も殺されてしまう恐れがあり、当然任務も果たせない。

シュージを罠にはめたと思ったが、実際は彼との心中を進められただけだった。

現にシュージ。そして、ライツの周りを取り囲む魔法使い達。彼等はライツが自国の姫だとは知っている。しかし、彼をネーナ王国へ連れて行くという任務を知らない。

彼等からの目だと、ライツがシュージに騙されてここまで連れて来させられた。もしくはライツが自分達を裏切ったのではという懐疑的になっていた。

それにせっかく作り出した養殖ダンジョンと言う財産を駄目にしてしまった。この事がネーナ王国へと持ち込まれたらライツの失態となる。

 

『主人公』の勧誘の失敗。

養殖ダンジョンの崩壊。

 

今ある状況でも多大な失敗である。更にそこから未だ魔法学園にいるライナの任務の足も引っ張っている。そもそもシュージをこのダンジョンに連れ込んだ時もかなりスケジュールを詰めてもらっているのだ。

国政に関わる任務の失敗。

このままネーナ王国へと戻った場合。姫と言う立場があるとはいえ、証拠隠滅のために自分は処刑されるのが目に見えていた。

これを覆す方法はもう一つしかない。

 

『主人公』の拉致。これだけが彼女の生命線だった。

 

「あんたには無理やりでもネーナ国に来てもらう」

 

そう言ってライツは懐に隠していた麻痺毒が仕込まれたダガーを取り出し、中腰に構えた。

今まで彼に見せてきたおっとりとした留学生はもういない。いるのは飢えた狼のような目をした少女だった。

 

「いいか。絶対に殺すな。これは王命である。…死ななければ何をしてもいい」

 

ライツの態度と声質から従うべきだと判断した魔法使いは警戒を強めつつも彼女を味方として扱うことにした。そして、シュージを捕縛するための詠唱をする者。ライツのように毒を染み込ませた苦無や投げナイフと言った暗器を取り出す者もいた。

 

「…小僧。かなり痛い目に遭ってもらうぞ」

 

「楽に終わると思うな」

 

今まで感じたことのない悪意に囲まれたシュージ。

養殖ダンジョンから身を引いてもらおうと思っていたライツだが、思っていた以上にこの事に関与していた事に少し驚いた。更に敵になる事に躊躇いがない事にも驚いた。

正に絶体絶命と言うにふさわしい状況。だが、それでもシュージの戦意は少しも欠けていない。何よりも彼の憧れが。憧れに近づきたければこれくらいはねのけて見せろと言っている。

 

「俺の憧れ。エミールならこれくらい涼しい顔でやってのけるさ」

 

シュージはそう言って魔法の詠唱を開始する。

それを見た魔法使いの一人。シュージの死角にいる一人が暗器を投げつけようとした瞬間だった。

 

 

 

いや、あの少年なら無様に泣き叫びながらどうにかするだろうな

 

 

 

耳に入った言葉はとても小さな音量だったが、重く、腹にまで響く重低音を響かせて声が彼らの耳に最強を冠する男の声が届いた。

 

 

 

その頃のカモ君はと言うと。

シュージ達とは違う場所のダンジョンで死にかけていた。

 

「キキィー!」

 

何でまたタイマン殺しと戦わないといけないんだよ!

ビコーさん!早く来てくれー!

 

ダンジョン内でオラウータンの体型をしたモンスターに襲われて、内心絶叫していた。

明らかに浅い階層しかないと思っていたダンジョン攻略だったが、舐められてたまるかとダンジョンが意地を見せたのか、先発隊のビコー達がダンジョンコアを破壊した後。ビコー達の続いた後続組のカモ君達は背後にタイマン殺しを生み出したのだ。

 

鼬の最後っ屁。だが、その最後っ屁は極悪だった。

運悪くカモ君達が襲われた空間は広い空間であり、タイマン殺しが自由自在に動ける場所だったために魔法も当たらず、かといって格闘戦もタイマン殺しの方が上手だった。

ビコーの部隊も人間にしては上位に値するが、タイマン殺しはそれの上をいく。

今のところ誰も戦線離脱はしていないが、このままでは一人ずつ確実に仕留められる。

この状況を打開するにはこちらの最大戦力。ビコーをぶつけるしかない。

ビコーの部隊の連携とカモ君の補助魔法や阻害魔法が無ければとっくにやられていただろう。表情的には硬いままだが、カモ君は内心泣き叫んでいる状況であった。

 



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第七話 憧れに手を伸ばして 中編

「ふんっ!」

 

力強すぎる声が聞こえると同時にシュージ達のいたフロアにあった唯一の扉がダンジョンの天井に向かって斜め45度の角度ではじけ飛び、突き刺さった。

明らかに重量1トンは超えている扉の中央には、まるでゴムを拳で伸ばしたように伸びきった形に変形していた。

 

「ふははははっ。公爵家の探りを入れていたらこのような場面に遭遇するとはなっ!実に愉快である!」

 

二メートルオーバーの筋肉質な巨漢。シュージがフロアに入ってくる前に見た男よりも更に大きい。明らかに武闘派の風貌だが、貴族の証であるマントを羽織った角刈りの大男が扉のあった場所に立っていた。

その大男を見てシュージを囲んでいた魔法使いの一人が驚きの声を上げる。

 

「なっ?!お、お前はリーラン最強の男っ。カヒー・ヌ・セーテ!なぜ、こんなところに?!」

 

カヒーのそばには入り口を守っていた中年女性と不気味な大剣を持っていた男が倒れ伏している。その奥から小さな老女と若い男女の冒険者がやってきた。

が、彼らの姿を確認する前にカヒーの姿が数舜、不意にぶれて消えた。彼等の意識はそこで途切れてしまう。

なぜならば、カヒーの超人的なスピードによりシュージの周りにいた魔法使いの意識外まで移動し、彼らの顎を的確に拳で打ち上げ、意識を刈り取ったから。

 

超スピードで移動。顎を拳で打ち抜く。それを八回繰り返す。

時間にすれば一秒にも満たない。

 

その八人の中にはライツも混ざっていた。地面に倒れ伏す彼女を見てシュージは慌てて駆け寄ろうとしたがその後頭部をがっちりとカヒーの左手だけで押さえられ、持ち上げられる。

 

「あだっ!あだだだだだだだっ!割れるっ!割れてしまううううっつ!」

 

「ふん。状況証拠と現場を押さえることで貴様も同罪にするところだが、どうやらただの夢見る男子というわけか」

 

したり顔でシュージの様子を観察するカヒー。

彼がなぜ、ここにいるのかと言えば公爵家。サダメ・ナ・リーラン家のがさ入れを王家から命じられ、その証拠を押さえ王都へと帰ろうとしているところを、従者Fがコーテと共にシュージ達の足取りを探している間に偶然カヒーを見つけた。

王都リーランと公爵家サダメ・ナ・リーラン家の直線状に養殖ダンジョンがあった事こそがシュージ最大の幸運とも言うべき事態である。

正確に言うのであればカヒーの魔力の波動を感じ取ったFが自身の風の魔法を使いセーテ侯爵家でのみ使われる暗号を発信。それを受信したカヒーは公爵家の余罪も抑えようと思い、彼らと合流。

この時点で従者Fから養殖ダンジョンがあることを知らされたカヒー。そこにHが養殖ダンジョンの在処の情報を持ってやってきたのでやってきた。

カヒーとコーテ達がこのダンジョンにやってきたのは、シュージ達がダンジョンに潜って五分も経過していない。つまり、直後にやってきた。

カヒーもまた自分の部隊を持っており、自分の部下にサダメ・ナ・リーラン家の謀反の証拠と捕縛した公爵家の人間を任せ、コーテと従者FとHを合わせた計四人でここまでやってきたのだ。

その途中で出会った裏のギルマスや無法者。魔法使いも同様の手口で意識を奪い捕縛している。さすが養殖ダンジョン内の無法者まで捕縛している時間はなかったので気絶したままその場に放置している。仮にモンスターに襲われたまず命はないだろうが。

 

「カヒー様。出来れば温情を彼に与えてください」

 

コーテの声を聴いてシュージは驚いて、そこに視線を動かすと、そこにいたのは小さな老婆だったが、それに気が付いた老婆は顔に自分の手を当て、鷲掴みにするとその皺だらけの表情をはがした。

その下に現れたのは自分がよく知る。カモ君の婚約者のコーテそのものだった。

 

コーテもカヒーも初めはシュージが悪の道に歩んだかと思ったがどうやら違ったらしい。だからこそ、コーテは彼の弁護を行った。エミールのように。と言っていた彼の直前の言葉が無ければ弁護はしなかったが。

カモ君に憧れ、彼のように物事を収めたかったのだろうが、詰めが甘い。見通しも甘い。カヒーからしてみれば下の下であるが、それはいつものカモ君も同様である。正し、カモ君は下の上という評価だ。

 

「わかっている。どうやらこいつは正義感と情景だけでここまで来た。それはお前達の情報からもわかる」

 

だが、このような国家ぐるみの犯罪にシュージのような一般人が巻き込まれることは滅多にない。これはミカエリの護衛の忍者から聞いた話に信ぴょう性が出てきた。

 

今、後頭部を鷲掴みにしている少年はこの世界に選ばれた人物。『主人公』の宿命なのかもしれない。

確かに彼の進歩はめまぐるしいものがある。

武闘大会で目は通していたが、あの時よりも魔力も洗練され、身体面も強くなっている。

人間にしては異常すぎるスピードで。

自分のような超人と評される人間に当てはまる。いや、この成長スピードなら自分すらも超えると考えられるシュージの後頭部を鷲掴みから開放する。

これから起こるだろう事態に備えてカヒーは滅多に取らない格闘術の構えと魔法の詠唱をする。

彼ほどの実力者であっても、『養殖ダンジョンのコア破壊』の後に発生する事態には準備が必要なのだ。

 

「死にたくなければ全員、この俺様の傍から離れるな」

 

大きく鳴動するダンジョン。

これまで攻略してきたダンジョンと違い、天井に壁。床の全てが大きく鳴動する。

普通のダンジョンならば小さく揺れることはあってもここまで大きく揺れはしない。今もなお、その鳴動は大きくなっていく。カヒー以外はもう立っていられず、床に手をついて揺れをやり過ごそうと伏せていた。と同時にカヒーの魔法が完成する。

 

「シルフ」

 

たった3文字の魔法。

しかし、その効果は自身が想ったことを叶えてくれる魔法である。

相手を癒したいと思えば水魔法の上級魔法並みの効果を。

殺したいと思えばドラゴンの鱗を貫き心臓を貫いて殺すこともできる。

使用者の魔力が続く限り願いを叶えようと動き続ける魔法。

この世界で最大と言われる風魔法を解き放つとカヒーの周囲から十数に及ぶ小さな竜巻が鳴動するダンジョンを縦横無尽に走ると、コーテやシュージ。従者達の周囲を囲う風の防壁と変化した。

それだけではなく、その辺りで倒れていたライツ達の体を浮かべると、コーテ達とは別の方向にまとめてあげると、風はそのまま彼女達を守る壁になり、逃がさない檻になる。

 

「な、なななにが、起こっているんだ?!」

 

平民のシュージはというより、ダンジョンに多くかかわる冒険者。彼等とよく接する貴族であるコーテにすらも『養殖ダンジョンのコア』が破壊された後に何が起こるかは知らされていない。

 

ダンジョンは即破壊するのが基本であり、放っておくと様々なモンスターが生み出される異世界とも言っていい空間になる。それが大陸の中央に位置する暗黒大陸と呼ばれる場所でもあると言われている。ドラゴンやヴァンパイアと言った上位モンスターもそこから生まれたと言われている。

 

だが、それでも『養殖ダンジョンのコア』が破壊されるどうなるか知らされていない。

知っている人間が極端に少ない。それこそ侯爵家といった上位の貴族や王族にしか知らされていないことだから。

 

「今はまだ喋らないほうがいい。舌を噛むぞ」

 

カヒーのそう忠告する言葉すら聞こえなくなるほど鳴動するダンジョンは、とうとう内部全体を決壊させた。

残ったのはダンジョンと言う地下空間の外枠と、そこにいたモンスターと攻略に来た人間達だけ。

シュージの頭上にあった天井は遥か遠くに。それこそ百メートル以上も高くなっていた。

自分達がいる空間も球場ほどあった広さも十数倍の広さに変化していた。

 

ダンジョン全体が変化したのだ。一階層から三十数階まであった最下層までの全てが一つの階層。一つの空間に押し込まれたのだ。それはダンジョンを攻略していた人間も。そこに闊歩していたモンスターも一緒くたにしてしまったことだ。

 

変化した後のダンジョンの内部にはシュージが見たことのないモンスターがいた。

恐竜を思わせる怪獣。不気味な人の形をした植物。明らかに意思を持った大きな火の塊。他にも大小さまざまなモンスターがうめき声をあげながら自分達の周囲を囲んでいた。

 

これが『養殖ダンジョン』が禁止されている理由だ。

ただのダンジョンでも脅威なのに、極悪なモンスターまでもが最初のフロアに出現するようになる。

その上、ダンジョンから脱出するためにはこれまでの階層の高さを足した壁をよじ登っていくか、風の魔法でダンジョンの出入り口のある天井まで飛ばさなければならない。

極悪なモンスターとの戦闘。脱出困難な迷宮の構造が追加されるから『養殖ダンジョン』は禁止されているのだ。

 

シュージがダンジョンコアを破壊しなければ、カヒーはその場を抑えるだけにして、中にいた人間すべてを摘発した後。一人になった状態でコアを破壊。一つの空間にまとめられたモンスターも掃討して脱出する手はずだったのだが、それがシュージの思い切った行動でおじゃんになった。

 

だが、それでも。

 

「ふん。この程度なら無理に構える必要もなかったか。お前たちはそこでじっとしていろ」

 

この超人を揺るがすことは出来ない。

 

カヒーの放った風の魔法は今もなおダンジョン内にいた人間を探し出しては彼等を囲む壁になっていた。その数七つ。

シュージ達よりも先に深層に向かっていった冒険者達の元までたどり着き、この地獄絵図になった空間から彼等を守る壁になっていた。

その風を生み出したカヒー以外を除いて、このダンジョンにいた人間は全て保護下に入った事になる。

犯罪者を生かしておく道理はないのだが、彼らは国家を揺るがすプロジェクト。『養殖ダンジョン』に関わった人間だ。その関係を聞き出すためにも生かしているに過ぎない。情報を搾れるだけ絞ったらリーラン王に処罰を任せる。死刑になろうが奴隷にその身を落とそうがカヒーには知った事ではない。

 

そんな自由な考えを持ったカヒーを見ていたシュージだったが、カヒーの姿が再び消えたように見えた。しばらくして一番巨大なモンスターである恐竜が声を上げる前に倒れ伏した。

その頭上には左肘から先を赤黒い液体で染め上げたカヒーがいた。

カヒーはこの空間にいた何者にも悟られることなく恐竜の頭上までジャンプしてその頭部に着地。鱗、頭蓋骨をもその拳で貫き、脳を破壊した。

 

はずだった。

先ほどまで彼の動きをとらえることが出来ななかったシュージには今度は少しだけだがカヒーの動きを目で追うことが出来た

 

「…嘘だろ。人間が魔法を使わずにあんなにジャンプできるのか」

 

レベルアップ。

人間としての格が上がったシュージの動体視力が僅かばかりだがカヒーの動作を捉えた。

ダンジョンコアを破壊したことでシュージのレベルが上がったのだ。それほどまでにこの養殖ダンジョンコアが危険だったという事でもある。

その事に驚いたのは、シュージ本人ではない。彼の呟きほどの声を拾ったカヒーの耳である。

 

これで確定した。この少年は間違いなく『主人公』だという事が。

 

碌な訓練をしていない人間に自分の動きを見る事などできない。しかもこんな短期間でこんな異常としか言えない成長を目にしたカヒーはシュージがライツに誑かされなくて本当によかったと内心胸をなでおろしていた。

そして、再びカヒーは超人染みたスピードで移動し、モンスター達の命を奪っていく。

 

植物染みたモンスターは根元から鎌で刈り取られたように引き裂かれた。

火の塊は、ろうそくの火をかき消すようにあっけなく消え去った。

動物型のモンスター達は例外なく頭部と体の中央に風穴を作っていた。

 

恐ろしい事にこれが全て素手で行われた虐殺だという事だ。

コーテ達からの見るとモンスター達が勝手に死んでいるように見えたが、実際はカヒーの圧倒的速度によるものだと本人とシュージにしかわからない。

コーテはもちろん。風の檻に閉じ込められた冒険者の目には何が起こっているのかは理解できない。理解できるのは。これが最強と呼ばれる人物だという事だ。

正直怖すぎる。カヒーという人間が。敵意すら向けたくない。敵対すれば何をされたか理解する前に殺されるだろう。

だが、もしカモ君がこの場にいたのなら、これを前にしてももっと怖いものがあると言うだろう。

それはコーテの隣で同じように戦慄を覚えているシュージだ。

彼ならカヒーほど早く動けなくても、カヒー以上の殲滅力を将来的に有するだろうと。

 

カヒーの殴殺が終わるまで三分。

その間、威嚇していたモンスター達の声はうめき声から悲鳴に切り替わることになる。

その中には無法を働いたら自分達もこうなるのではと思った無法者達の声もあった。

 

 

 

その頃のカモ君はと言うとタイマン殺しに叩きのめされていた所だった。

後発組の連携や協力はあったもののタイマン殺しを倒すことは敵わなかったが、カモ君達が倒れ伏したと同時にビコー達の先発隊が、ダンジョンコアを破壊し、戻ってきた。

そこからはビコーとタイマン殺しの殴り合いが始まり、数発の攻撃を受けたもののビコーが勝利を収めることに成功した。

体のあちこちをボコボコにされたが、タイマン殺しを相手にして死人は出ていないというのは僥倖という物だった。

でも出来る事なら、ビコーにはもっと早く助けに来てほしかったと、先発隊の一人に背負われながら思うカモ君だった。

 



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第八話 憧れに手を伸ばして 後編

養殖ダンジョンの崩壊。

それはシュージの不意打ちによるコアの破壊から始まり、カヒーの虐殺で幕を閉じた。

ダンジョン内にいたモンスターは全てカヒーの手によって掃討された後、生き残った生物。無法者の冒険者達は彼の魔法によって地上へと運ばれた。

圧倒的な戦闘力を見せつけられ、その上魔法の扱いまで一般人の常識を超える技術まで見せられたシュージはショックを受けてただただ呆然と見ているだけしかできなかった。

 

「裏ギルドの徴収を終えました、カヒー隊長」

 

地上に戻るとそこにはカヒーの部隊の数名と正規冒険者ギルドの職員がカヒー達の帰還を待っていた。

そのすぐ傍にはエルフ族のギルマスとダンジョンの門番をしていた老人。二人は今のシュージが勝てないと肌で感じさせた輩だったが、カヒーは一撃を持って戦闘不能に追い込んだ。猿轡を咥えさせられ、手足の拘束をされた彼等に意識はあるが、今の状態でカヒーの部隊の人間に勝てる人間はいなかった。

その落ち込み様はまるで夕暮れ時の風景に同調している様にも見えた。

カヒーは彼らに指示を出して捕縛人をそれぞれの場所にしょっ引いていった。

それからしばらくしてシュージはカヒー・ヌ・セーテ侯爵家専用の馬車にカヒー、コーテと一緒に乗るように言われるがまま乗せられた。

馬車ではカヒーと向き合うようにコーテとシュージ。そして二人を挟むように従者FとHが座らされていた。

 

「…さて、貴様への沙汰だが、恐らく停学程度に収まるだろうな」

 

これまで意識を向けないようにしていた相手。カヒーから出た言葉にシュージは恐怖していた。

カモ君以上の強い魔法と体術を駆使して戦うカヒーに言葉を投げかけられただけでシュージは身が竦む気持ちだった。

 

「養殖ダンジョンへの関与。これだけでも重罪ではあるが、お前はそれを阻止しようと動いた。これで罰を相殺し、かつダンジョンコアの破壊という業績を加味すればそこまで酷い事にはなるまい。」

 

「…は、はい」

 

てっきりこの場で首を差し出せと言われるのではないかと思ったシュージだが、どうやら違うことに焦り、困惑した後、ようやく呑み込めたよう頷くことが出来た。

 

「だが、問題点も多く存在する。なぜ大人にそれを相談しなかったかという事だ。お前の近くにいる人間なら学園長。それが出来なくても相談できる相手はいたはず。エミール少年など、な」

 

カモ君の名前を聞いた瞬間にシュージはびくりと体を震わせた。

そこに触れてほしくないと言わんばかりに震えだした。

 

「何故、相談しなかった」

 

黙秘権など存在しない。喋らなければ力尽くでも喋らせる。

カヒーの鋭い視線。絶対強者からの質問にシュージは震え上がりながらもなんとか答えを絞り出した。

 

「…エミールに。…あいつに少しでも近づきたかった」

 

男として。自分の弱さをひけらかすことには抵抗はあったが、カヒーがいなければシュージはあの養殖ダンジョンで死んでいたのかもしれない。

今でこそ力なく別の馬車に収監されているライツと無法者達だったが、あそこにいた全員がシュージよりも様々な点で上手だ。

だからこそシュージは、弱弱しく答える。

 

「エミールなら、養殖ダンジョンの存在を知れば破壊しようと行動に移すと思って…。だから、俺もあいつみたいに、…活躍したかったんだ」

 

自己掲示・承認欲が出てしまったのだろう。

カモ君のように難題に取り組み、解決したかった。

そう語るシュージだが、それを聞いていたコーテとカヒーは難しい顔をしていた。

 

なぜならカモ君は難題に取り組む姿勢など取りたくて取っているわけではないのだから。

カモ君なら難題が出たら、解決できそうな人間に任せる。

任せる人間がいなければそれを放っておく。

本当に誰にも出来なく、自分にしかできないような状況でなければ解決しようと行動しない。

それこそシュージの強化やダンジョン攻略。モンスターの討伐など自分の将来というか生死に関係していなければとっととその場を逃げ去るだろう。

タイミングと運が悪く、カモ君が戦わざるを得ない場面しか見ていないシュージにとってカモ君は物語に出てくる英雄にも見えたのだろう。

 

「…でも。…俺じゃあ無理だったんだな。…あいつみたいに強くなれない。あいつみたいに才能のない俺じゃ、あいつみたいになれないんだ」

 

そんな自著呻いた言葉を零したシュージ。そんな弱音を聞いたコーテはシュージの方に体を向け、その弱弱しい顔に渾身の右ストレートを叩きこんだ。

その衝撃でシュージは腰掛から落ちながら床に倒れる。

初めはカヒーにでも殴られたかと思ったが違う。自分の隣に座っていたのは自分よりも小さい一つ年上の先輩コーテである。

 

「…貴方。どれだけ、増長しているの。…エミールより弱い?才能がない?…そんな言葉を吐くのは五年早い」

 

弓を引く要領で左半身を引いて、右半身を前に出す右ストレートの姿勢でコーテは冷ややかな視線でシュージを見下ろしていた。

以前、カモ君を叱っている時とは違い、こちらは明らかな侮蔑の感情が混ざっている。

 

「だ、だってそうじゃないですか。俺だって…。俺だって学園に来てからほとんど毎日座学とトレーニングを積んできたのに、あいつには。…エミールの背中すら見えていない。影すら踏めていない。これを天才と言わず何といえばいいんですかっ!」

 

コーテはシュージの努力は知っている。才能も知っている。

きっと『主人公』という才能を抜きにしても頑張っている部類だと誰もが認めているだろう。だが、それでもこの発言は認められない。

 

「エミールは魔法学園に行く前からずっと鍛えている。それこそ七歳の子供の時からずっと。たった半年で彼に追い付こうなんて虫が良すぎる」

 

コーテがシュージを殴り飛ばそうとした時点で従者FとHは止めに入ろうとしたが、それをカヒーに止められた。

恐らく自分が説くよりもコーテの方が効果的と判断し、今も静観している。

 

「それに、貴方。エミールより自分の方が努力しているなんて本当に言えるの。朝日が昇る前からランニングと筋トレで体力づくり。その後学園の授業を受けて、放課後アイム先生と組み手が終わった後、寝付くまで瞑想しているの」

 

尋ねる口調ではなく反対できるなら立証せよと。

まるで裁判官のようにシュージを問い詰める。

シュージは何も言えない。

カモ君ほど早起きをして体力づくりは出来ていない。せいぜいランニングだけで筋トレまで行えば体力を使い切り、学園の授業では居眠りしてしまうかもしれない。

放課後アイムという冒険者の実戦形式の指導を受ければ翌日まで疲れが残るだろう。

幼い頃から鍛えてきた体力が。徹底して鍛えてきた体力が無ければそんなことは不可能なのだ。

シュージが『主人公』。カヒーが『超人』ならば、カモ君は『努力してきた人』。しかも頭には必死にという文字が入る。

何の誇張もない。文字通り血を吐きながら努力をしてきた人間がカモ君だ。しかもその努力がシュージに。『主人公』に倒されるためと言う常人なら絶対に納得のいかない目標のために鍛えてきたのだ。そうする事しか出来ないからだ。

もしコーテがカモ君の立場なら今の状態に納得がいっただろうか。断じて否と言う。

自分なら惚れた人間と一緒に遠くへ逃げようと逃避を願う。だが、カモ君はしなかった。出来なかった。自分が愛する人のために、この生贄的な立場を受け入れた。

 

それなのに。それだというのに。こいつは。『主人公』は。カモ君が天才だという。強いという。博識だという。勇気のある人物だという。誇り高い人間だという。

ふざけるな!こいつはカモ君の必死に取り繕っている嘘を。上辺しか見ていない。ある意味、自分よりも近くにいるはずの存在なのに何もわかっていない。

 

「…それでも。それでもあいつは、エミールはいろんな強敵に立ち向かっていったじゃないか!あれを勇気と言わずなんだというんだ!」

 

「打算。それにあれは勇気とは言わない。無茶っていうの」

 

シュージはコーテの言葉に苛立ちを覚えた。

自分のために。彼女のために必死に戦ったカモ君の姿をシュージは見ている。それをただの打算だというのは間違えていると反論した。

 

ごめん、シュージ。否定できねえや。

 

カモ君がこの場にいたら弁護を放棄するだろう。

自業自得な場面もあるが、カモ君はシュージの糧になるためなら重傷になる事。強力なモンスターと戦う事も受け入れる。文字通り打算的な行動をとる。逆を言えばシュージや弟妹達が関係していなければ、簡単に無様をさらす事が出来る。

それを知っているのは恋人のコーテと支援者のミカエリだけだ。

 

「じゃあ、なんでエミールは凶悪なモンスターを倒せる!強い戦士を倒せる!ダンジョンを踏破できるっていうんだ!」

 

本当のカモ君を知らないシュージに教えることは出来ない。

彼が『主人公』だという事を知ればこれからの未来で起こることに異変が生じるかもしれない。だけど、それでは納得しないだろう。だから、本当に最小限の事を喋るだけだった。

 

「彼が無茶するとき。いつも貴方が後ろにいたでしょう」

 

「何を言って…」

 

「エミールは信じている。『主人公』(シュージ)なら後の事はやってくれる。だから無茶もできる。無理もおし通すことが出来るの」

 

シュージはキィから自分が『主人公』という立場だと教えられている。だが、これまでその実感は湧かなかった。

確かにここに来る前に比べると自分は強くなっている。だが、それもカモ君の作り出した虚像に比べるとたいした事が無いように思えて仕方がなかった。

 

誰よりも先へ、誰よりも前へ。

 

そう思っていた人物だ。その背中を追ってきたからこそそう思えた人だ。

それなのに。コーテのその言葉はまるで自分を信じている。頼っている。文字通りの信頼だ。

そうだ。そうじゃないか。カモ君は自分と出会った時からこう言っていたじゃないか。

 

入学当初は平民ながらも貴族だらけの学園に来た自分に『期待』していると。

それからしばらく交流すると、自分の訓練。魔法の出来に『才能』があると。

そして、半月前にはこう言ったじゃないか。『あとは任せた』と。

 

その全てがお世辞ではなく、本当だとしたら。

 

「…そんな。それじゃあ。あいつは」

 

カモ君はシュージの仲間ではない。

だが、友人だ。恩人だ。そして、

 

自分に期待して、信頼してくれている人物だった。

 

「…俺は、俺はなんて事を」

 

それなのに、自分は養殖ダンジョンなんていう犯罪に加担してしまった。

これはカモ君の今までの信頼を裏切る行為じゃないかと。

それに気が付いた時。

シュージに溢れた感情はカモ君が認めてくれた。頼ってくれたという歓喜だった。

そしてそれを押しつぶす裏切った後悔だった。

 

「…う、あ。あああああああああああああっ!」

 

シュージは俯き、嗚咽を堪えることなく、溢れる涙を堪えることなく、その場にまき散らせた。それをコーテは黙って見守った。

その光景を見ていたカヒーはこう思っていた。

 

コーテもシュージもカモ君の事を美化しすぎているんだよなぁ。

 



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第九話 労基違反

コーテとシュージに美化1000%されているカモ君はというと、

 

…眠れん。

 

血走った眼で見慣れぬ天井を見ていた。

タイマン殺しを倒した後、依頼してきた領主の手配で準備してもらった宿場のベッドに倒れるように潜り込んだカモ君だがミカエリの特性ドリンクのせいで眠れる気配がなかった。

魔法を使って眠れればいいのだが、彼の魔力は既に空。睡眠を挟まないとカモ君の魔力は回復しないのでそれも出来ない。

一応、犯罪者を捕まえ、交流しているとはいえ、脱走の恐れもあるからビコーの部隊四分の一が今も見張っている。

 

「組織の残党がやってきたぞーっ!総員、緊急出撃ーっ!」

 

いや、まあ、確かに寝むれないとは言ったけど、休めないとは言っていない。

ポーションで傷口やひびの入った骨。傷ついた内臓なんかもいやしたけど、こうも連続出撃があると、ね。…わかるだろ?

 

そんなカモ君の心情を誰もくみ取れるわけもなくカモ君も救急箱を持って出撃。魔力尽きたからね。隻腕だからね。出来ることがあるとすればポーションを配る衛生兵もどき。

ただしビコーの部隊の半分はタイマン殺しに半壊させられたので、最前線でかく乱要員も兼ねて動き回る羽目になる。

 

…最前線に出る衛生兵とは?

 

ビコーという超人がいたから短期決戦。一時間にも満たない時間で犯罪組織の残党をとっちめることは出来ました。だが、カモ君の疲労度はこれまでにないほど溜まっていた。

 

ドラゴンとの死闘(から逃げる)。

犯罪組織の殲滅。

ダンジョン攻略。

タイマン殺しと対峙。

犯罪組織の残党狩り。

 

どれか一つでも体力・魔力・集中力の殆どを消費する。カモ君やビコーの部隊の人間も例外ではない。

残党狩りは後処理が大変だった。町のど真ん中で魔法や投げ槍、弓矢が放たれてあちこちがボロボロになっていたので、その修復が夜をまたいで太陽が昇るまで続いた。

領主の管理する衛兵とこの地にいた冒険者達の協力もあってたった半日と言うスピード解決を成したが、代償は大きい。

ビコーに鍛えられている部隊の人間とカモ君は冬の明朝。寒空の下であっても大量の湯気が噴き出ている事が目に見えていた。彼らは汗を拭きだして今にもその場に倒れこみそうだった。というか、その場に倒れて眠りたかったが、ここでミカエリのドリンクが効いてくる。

体の中には疲労は感じている。むしろ疲労の中に自分の体を感じているくらいにつかれていた。だけど、意識を奪うことは出来ない。させてくれない。

脳みそが常に『寝るな』という信号を送っているのか意識も手放せないのだ。

いや、意識を手放せなくてもいい。眠れなくてもいい。だから休ませてくれ。いい加減疲れた。

ビコーと言う強者がいるからいつものダンジョン攻略やモンスター退治よりも緊張はしなかった。だが、疲労感だけは前世から現世の中で一番溜まっていると宣言できるカモ君。

 

休ませて。

 

勿論。カモ君の願いがも叶うことが無い。

 

「これより犯罪組織の連中を王都まで護送する!これだけの数の犯罪者をここに置いておくわけにもいかないからな!何?魔力が尽きたから自分は役に立たない?では回復させてやろう」

 

そういわれてカモ君に渡されたのはマジックポーション(違法)。

なんでも犯罪組織が持っていた物を押収した物らしい。使えば魔力は回復するけどとても苦く、頭痛・吐き気・眩暈・立ち眩み・悪寒などなどバッドステータスもつくらしい。

 

それって違法薬物じゃ…。

え?エレメンタルマスターだから魔法での応用の幅が広いだろうって?

の、飲みませんよ。そんな危ないもの。

むわぁーっ!な、なにをするだーっ!

その硬い棒(マジックポーションの入った試験管)を口に入れる気なんでしょ!

モルモットみたいに!モルモットみたいに!

 

アーーーーッ!

 

 

 

ビコーの部隊が王都リーランにつくまで、カモ君は様々なバッドステータスを抱えながらも見事に護送のために周囲の警戒。護送の檻を引っ張っている大型の馬に回復魔法と補助魔法。昼休憩や小休憩の時に摂る食事の準備をこなした。

デスマーチをこなした社畜のような、集団で暴行を受けた後の被害者のように、そしてゾンビになったかのような光を失った瞳を澱ませながら。

カモ君は任務を達成したのである。

 



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第十話 なんで?!俺関係ないじゃん!

ライツがカヒーの部隊によってリーラン王国の王都リーランに到着したのは飲まず食わずの強行軍を行い一日半かかった。

その時の灰色の雲が太陽の光を完全に隠しており、それはライツの将来を示唆するようにも思えた。

実際、彼女は実の父であり、ネーナ王国国王に見限られていた。

 

「…そうか。ライツは主人公の誘致は失敗したか」

 

国王は彼女から定時連絡がない事。そしてシュージによって破壊された養殖ダンジョンを間接的に見張っていた密偵からの連絡を受けて書類仕事をしていた一時的に手を止めた。

国王の仕事場にしては殺風景な書庫を思わせる部屋で報告を受けた王は再び仕事書類に目を通し、手を動かし始めた。

 

「あら、もう仕事に戻られるのですか?」

 

「お前が言ったのであろう。我々には時間がないと。からめ手が駄目ならば正面から行くしかない」

 

主人公の失敗だけではない。

サダメ・ナ・リーランの寝返りの件もリーラン王国にばれ、取り押さえられたという報告を受けた。

こちらの裏工作が二つも露見した。しかもライツが失敗したため、そこから彼女の兄役で魔法学園に潜り込んでいるライナも引き上げなければならない。

 

「報告を見る限り『主人公』はこのシュージ・コウンで間違いないのだろうな。そして、カモ君はお前と同じ転生した人間であると」

 

「ええ。こちらの世界の行く末。『原作』を知っているかどうかはわかりませんが、少なくても彼もイレギュラーだという事には間違いありません」

 

少なくても『原作』のカモ君なら2回は死んでいるはずだ。

武闘大会と暗殺。暗殺の方はあまりにも派手過ぎたが。それでも実力的に見れば確実に殺せた。

しかし、今もなおカモ君は生きている。

その上、スカイドラゴンの目撃報告を受けているのだ。

これはビコーが追い払ったが、問題はその場にカモ君がいたという事だ。

 

「ふぁんでぃすく?と言ったか正史となる運命の傍に添えられている。しかも『もしも』の歴史か…。何の功績も持たない頃にそれを聞かされていたら狂人の戯言と切り捨てられたものを」

 

これはシャイニング・サーガ外伝。

カモ君すら知らない。もしくは忘れてしまった知識。

 

もしも『原作』のカモ君が主人公達に学園から追い出されなかったら展開される物語。

ただの『踏み台キャラ』の復讐劇。と聞こえはいいが、周りから見ればそれはただの逆ギレ。言いがかり。逆恨み。

 

『原作』・正史のラスボスである『魔王』を倒した後に現れる裏ボス。

カオスドラゴン。最強のモンスターはカモ君と言うトリガーで人類に対して攻撃を仕掛けてくる。この世界全体を恐怖に陥れる物語だ。

 

『原作』のネーナ国王は暗黒大陸にいる『魔王』に操られ、リーラン王国を戦乱に追い込むという外伝。ファンディスクでその詳細を知らされることになる。

その内情を、実績を上げ始めたライムから聞いた時は本気で頭を抱えた国王だ。

彼は王だ。戦争など敵を作り、禍根を残す事柄など起こしたいはずがない。だが、駄目なのだ。

 

戦争と言う大きな戦いを乗り越えた『主人公』でなければ、『魔王』に勝つことは出来ない。それほどまでに『魔王』は強い。

現に今もなおネーナ国王は『魔王』に正気を奪われる呪いを受け続けている。正気を保てているのはライムの作り出したアイテム。

状態異常を弱める。取り除く。無効化する。三つの人工マジックアイテムのお陰だ

だが、それも効果は一ヶ月しか持たない。魔王の呪いでこれらのアイテムが一ヶ月で壊れてしまうのだ。

 

初めは何の冗談かと思っていた王だが、あまりにも薄く微弱で自分だけを狙った呪い。

だが、この国お抱えの魔法使いの集団。宮廷魔導士に細かく調べさせれば本当に呪われていたのだ。

王自身が気付かない程ごくごく弱く浸透していく呪い。だが、確実に自分を蝕んでいる呪いを受けていると認識した時、王はライムを絶対に手放さないと決めた。

 

この世界の真理にも似た知識と未来の情報を持つ彼女の助言は残らず拾い上げ、形は変えようとも必ず採用した。

 

もし、『原作』通り上手くいけば魔王も竜王も主人公が倒してくれる。

だが、その過程にあるのはネーナ王国が敗戦国になる未来だ。そうなってしまえば自国の民を路頭に迷わせることになる。不遇な立場に置いてしまう。そうはさせまいと彼はこれまで様々な策を実行してきた。

 

主人公をこちら側。ネーナ王国に引き込めば、敗戦国と言う『踏み台』はリーラン王国になる。

カモ君というトリガーを今のうちに殺してしまえばカオスドラゴンの脅威はなくなる。主人公の強化はこちらで用意した人工のエレメンタルマスターをあてがえばいい。

 

だが、そのどれもが失敗に終わった。だが、このままにしては置けない。

滅亡や衰退の未来を覆す事は王の仕事なのだ。

 

ネーナ王はこれからどうするかを新たな策を考えながら書類仕事を再開しているところに、新しい情報を持ってきた近衛兵がやってきた。

彼からの報告はライツの兄役を務め、実際には異母兄にあたるライナの帰還と戦争に勝つためのキーアイテム。『常夜の外套』を手に戻ってきたという報告だ。

 

「さすがライナ様ですね。この短期間でエリートしか行けないというリーラン王国が所有している『養殖ダンジョン』。地上にあるダンジョンに辿り着き、踏破してくるとは」

 

本来なら主人公が二年生の最終学期に行くことになる。モンスターがよく出没する大森林。表向きは『混沌の森』と言われている森林地帯。貴族や平民にはただのジャングルとしか思われていない。

その実態は地下にではなく地上に広がっている森林の見掛けをした珍しいダンジョンだ。

これはリーラン王国が秘匿している情報であり、決して他国に渡っていい情報ではない。

一定周期でダンジョンの維持のために森林の伐採やモンスターの討伐。そしてダンジョンコアの現状維持を続けているリーラン王国。彼の国が世界の列強国になれたのもそのダンジョンから得られる恩恵だ。

そこには常夜の外套という黒いローブが隠されており、リーラン王国が認めた一部の人間しか知らないはずの隠し通路の最奥に隠されている。

これを知っているのはリーラン王国でも王族かつごく一握りの人間しか知らない。

例外は『原作』を知るカモ君。そしてライムと彼女から話を聴いたネーナ国王。そして、第七王子のライナと第八王女のライツ。

 

ここで原作知識の共有という利点が動いた。

ライツはシュージを。ライナはキィという『主人公』らしき人物の勧誘と常夜の外套というアイテムの回収を命じられていた。

二人とも目標人物の信頼度を稼ぐ期間がなかった。ライツが焦りすぎた所為で勧誘は失敗したがライムはその人当たりの良い口調でリーラン王国。魔法学園の有力な女子生徒を誑かし、ダンジョンである『混沌の森』を踏破。そして常夜の外套を入手し、先ほど帰国した。

 

「だが。…足りないのだろう?」

 

「ええ、決定的な火力が」

 

リーラン王国の『剣』であるシルヴァーナを折り、『鎧』と『衣』である四天の鎧と常夜の外套を奪った。

主人公のパワーアップアイテムを奪いはしたが、肝心の主人公を奪えていないのだ。

あの人の形をした神をも超える人物を自分達は入手していない。

 

ネーナ王国の国力はライムの助言で本当に強くなった。

今ならリーラン王国と全面戦争をしてもほぼ勝てるだろう。

だが、あそこにはまだ主人公と、上級ドラゴンとサシで喧嘩が出来るチートキャラのセーテ兄弟がいる。

彼等がいる所だけではこちらは負けを見るだろう。下手したら一点突破でこちらの本陣。王が倒されてしまう事だってある。

セーテ兄弟に今まで何もしなかったわけでもない。彼らの気を引こうと国で選りすぐりの美女を、武器を。戦場を用意すること約束しようとしたが、この兄弟は超人と言われるだけの直感で断ってきた。むしろ、こちらに探りを入れてこようとするので諦めるしかなかった。

暗殺なども出来ない。風評被害を出してリーラン王国から引き抜こうともしたが、彼らの妹であるミカエリがそれを情報戦で封殺した。

 

そして、ライツがリーラン王国につかまった事を考えればこちらの内情も知れてしまう。

もうネーナ国王には考える時間がなかった。

 

「…決闘をするしかないか。国と国の代理戦争である『聖戦』を」

 

聖戦は二国間以上で行われる武闘大会である。表向きは。

その裏で行われている物は国家間で結ばれた掛け試合だ。

賭けられるものは莫大な鐘。強力なマジックアイテム。土地。そして『人』。

負けた方はその全てを買った方に奪われる。

それに勝ち、ネーナ王国は手に入れる。この世界の主人公。シュージの身柄を。

 

「リーラン王国はこちらの要求を呑むでしょうか?」

 

「こちらはあくまでも主人公を引き込めればいい。あちら側の掛け金はまだただの平民一人。こちらは多額の金。土地。マジックアイテム。そして姫と王子の数人を見繕えばいいだろう」

 

「『聖戦』要求。…拒否されたらどうするおつもりですか?」

 

言葉遣いだけは丁寧だが、ライムの表情は含みがある。笑みを隠せない表情でネーナ王に質問した。

 

「決まっているだろう。…戦争だよ。それに打ち勝ち、我々は主人公を手に入れる」

 

ライツが捕まった時点で王の意向は決まった。

 

「最高です。我が王」

 

その言葉と意思を受け取ったライムは醜悪な笑みを浮かべる。

ネーナ国王はリーラン国王当てに聖戦の書状を送る手紙を書きだし始めた。断れば戦争だというメッセージを添えて。

 

要求するのは『人』はライツとサダメ・ナ・リーラン公爵。そして、本命のシュージ。

『物』は壊したことを知っているリーラン王国の剣。シルヴァーナ。

後は適当な理由付けで適当な土地と金を要求した。

 

そして、不安要素の一つであるカモ君は自分が知っているところで処分しようと思ったネーナ国王の思い付きで、カモ君の身柄も要求するのであった。

 



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第十一話 ヒーロー活性剤

ライツの捕縛からライナとの関係が浮き彫りになった。しかし、そのライナは既に魔法学園から姿を消していた。その直後、カモ君は栄養ドリンクの効果が切れ、糸の切れた人形のように動かなくなった。

幸い動けなくなったのが自室であった事。その日が休日であった為、大騒ぎすることはなかったが、カモ君からしてみれば意識を取り戻したら休みがなくなっていたことになる。

体は回復しているのに精神が回復しきっていない。せめて休日くらいはコーテと過ごして精神の回復をしたかったのだが、そうもいかなくなった。

カモ君が気を失っている間に、リーラン王国がダンジョンに隠していた強力なアイテムが持ち出されていた事をミカエリ経由で知ったカモ君。

しかもそれが、シルヴァーナや四天の鎧に次ぐチートアイテムである常夜の外套ときたもんだ。

 

あ、この国終わった。

 

カモ君が本格的に国外逃亡を視野に、構想を練っていた所に学園長からお呼びがかかった。

 

「…ネーナ王国との武闘大会ですか?」

 

「武闘大会とは言っても、やっているのはこの学園でも行われている決闘のようなものだがね」

 

そこで賭けられるのは文字通り法外な報酬。物から人まで賭けの対象になる争奪戦。

 

「それには転校生だったライツ嬢。そこに君と特待生。シュージ君の身柄を要求している」

 

知らないうちに賭けの対象になっているカモ君は心の中で憤慨した。

マジふざけんな。

ライツやシュージの貴重性はカモ君も重々承知している。しかし、自分の貴重性が分からない。

いや、エレメンタルマスターと言う貴重な種馬という線も考えられるがそれ目的だとしても嫌だし、他にも裏がありそうな気配がする。

一緒に呼ばれたコーテも普段はクールな表情をしているのに嫌悪感を露わにしていた。

 

「…どうして、エミールまで賭けの対象になっているのですか」

 

コーテの冷たい態度の言葉を受けて学園長のシバは重々しく口を開いた。

 

「才能のある人物を手に入れたい。というのが向こうの言い分じゃ」

 

「それは表向きでしょう。裏は取れなかったのですか?」

 

ある意味国家ぐるみの人身売買だ。それだけの事業の内容を知らされないまま、この国の王が受けるとは思えない。

それは学園長も知っている。だが、カモ君は。この学園の生徒はシュージとキィという特待生を除けば全員貴族。国の決めたことに従う義務があるのだ。

 

恐らくだが、ネーナ王国は隣国であるリーラン王国の領土も要求している。そして最寄りの領地はモカ領であり、そこの長男であるカモ君を押さえれば、領地を奪った後も後腐れなく徴収できるのではないかと踏んだのだろう。

更にカモ君はエレメンタルマスター。魔法学園では優秀な成績を収めている彼との間に設けた子供は有力な魔法使いになるだろうと種馬にする気満々。

付け加えて、次期モカ領領主のクーは既にレベル4の特級魔法使いだ。彼を手に入れることが出来れば、その分リーラン王国は衰えネーナ王国は避ける。

むしろカモ君を隠し蓑にクーを手にいれる算段なのではとも疑ってしまう。

ブラコンのカモ君にとってそれは許されざる事態である。

クーにはのびのびと育ってほしい。ネーナ王国にリーラン王国の人間が連れていかれれば冷遇されるという噂と実態がある。

それはこの国の姫達。マウラとマーサ王女と境遇がよく似ていた。

 

「しかもこの決闘。受けなければ開戦ですか」

 

リーランとネーナは長年緊張状態にある。

だが、戦争になる前にお互いに落としどころを見つけてどうにか過ごしてきた。しかし、今回に限ってこれがない。どこかネーナ王国には焦りが見えるとシバは語る。

 

「だからと言って、納得できません」

 

「心苦しいがしろ。としか言えん。これは王命だ」

 

コーテは次女であり、領主になれる可能性は限りなく低く、貴族と言う特権をあまり使えない。それなのに義務を果たせと言われても納得は出来ない。

それにカモ君は何かと魔法学園に。この国に貢献している。

報酬ありとはいえ何度もダンジョンの攻略に貢献しているのにこの対応はあんまりだ。

その上、自分だけはなくクーまで狙われていると知った以上、これをどうにかしたいのが本音だ。

 

…これは本気で、コーテとクー。ルーナと共に国外逃亡を図るべきか。

 

カモ君がそう考えていると、それを見透かしたのか諦めがちにカモ君に衝撃の事実を告げた。

 

「既にモカ領にはネーナ王国の視察団が向かっているとの情報もある。これから自分達の物になる土地を品定めするためにな」

 

つまり既にモカ領は人質にあるという事だ。

どんなに急いでもモカ領に辿り着くころには視察団が早く到着する。カモ君に出来ることはほぼない。

相手の隙を見て弟妹を連れだすことも考えたが、それで生まれるのは多くの犠牲だろう。

従者達はもちろん。モカ領に住む人達。そして、連れ出せた二人の未来。

自分と違い、純粋な二人はずっと後悔に苦しめられるだろう。

 

モカ領を逃げ出さなければ皆を苦しめなかったのではないかと。

 

クーは立派な領主になるべく、コーテの兄。ローアから多くを学んでいる。

知識だけではなく、魔法や戦闘技術も。

もしかしたら、その小さい体で戦いに挑むかもしれない。

自分の手を振りほどき、領民たちの盾になるべく戦い、そして…。きっと死んでしまう。

 

それだけは。それだけは避けなければならない。

 

領地が。領民が。国が。自分自身すらどうなろうと知った事ではない。

しかし、それだけの犠牲を払ったのだ。クーの。ルーナの未来だけは渡さない。

 

「…外交部の人間は殴り殺しても許されますよね」

 

「殺すのだけは勘弁してくれ。あれのお陰で戦争と言う手段を踏み留めているのだ」

 

カモ君の言葉受けてシバは何度目になるかわからないため息をつく。

 

「幸いなことに相手側はだいぶ譲歩している。こちらの二倍はある領地と人。アイテムを準備している」

 

「それは、それだけこちらに勝つ余力があるという事ではないでしょうか」

 

それな。

超余裕じゃないかネーナ王国。いや、それだけライツが大事なのか?

彼女は公式にされていないが相手国の姫。今はセーテ侯爵の監視の元で囚人生活を送っているが、その生活は平和そのもので、せいぜい自活する一般人レベルという物だ。あとあと文句を言われないレベルの待遇でもあるが。

 

「もしくはエミール君。シュージ君を魅力的に見ているかだ」

 

まあ、考えられるのはそれだよな。

自分で言うのもなんだが、同年代では優秀な部類。魔法使いとしてもそれなりの強さだと自負している。

主人公のシュージはその潜在能力はその数十倍は確実にある。

…もしかして、ネーナ王国ってシュージの潜在能力を知っているんじゃ?

ライツも執拗に勧誘していたみたいだし…。

シュージがネーナ王国に持っていかれれば確実にこの国は終わる。

あ、あかん。本気で頭が痛くなってきた。もう挽回できないところまで来ているかもしれない状況。将棋やチェスで言えば王将。キング以外の部下を失った状態で戦えと言われているような物なのに。しかも相手にはキーアイテムの常夜の外套に、四天の鎧のデータも持っているかもしれない全駒状態だ。

え、なに。このクソゲー。この状況をひっくり返せるだけのビジョンが浮かばないんだけど。

しかも追い打ちで、この決闘に負ければ、その王将であるシュージまでもっていこうとするなんてゲーム以前の問題。文字通り戦場にすら立てない状態になる。

 

カモ君は思わずため息をついてしまった。

ここまで追いつめられるくらいまでうちの国防力はないのかとため息しか出てこない。

それに同感するようにコーテも諦めがちに話を進めた。

 

「納得できないのは多々ありますが、決闘方式とその選手は決まっているのですか?」

 

「決闘方法は武闘大会会場を用いた一対一の勝ち抜き戦になる。そして選手は互いの魔法学園の生徒達とのことだ」

 

「っ!ふざけているんですかリーラン王国は!たかが子どもに人身や領民の未来がかかった決闘に出ろと言うんですか!」

 

思わずカモ君は叫んでしまった。

決闘と言ってもそれに参加するのは大人だと踏んでいた。そして大人で頼りになるのはセーテ兄弟だ。あのチート兄妹ならどんな人物もねじ伏せるビジョンしか浮かばなかった。

だからこそカモ君は完全には絶望していなかった。

シュージが成長しきるまではあの兄弟がこの国を。自分達を守ってくれるものだと思っていた。

 

しかし、それを見越してか、ネーナ王国は、現在国政に関与している大人ではなく、その国の将来を担うだろう子ども達の決闘で国力を見比べようという物だ。

それに、万が一その決闘でその対戦者が死んでしまっていいように重鎮ではなく何の権威にない子供である生徒なら被害も少ない。

 

「エミール君。これも王命じゃ」

 

「~~~っ!」

 

ふざけている。本当にふざけている国だ。

守るべき民である自分達に責任を押し付けて、更には未来まで差し出している。

こんな国とっとと見捨てて逃げてしまえばよかった。

 

そんな負の感情に包まれているカモ君をコーテはどう声をかければいいかわからなかった。だからといって彼女も納得できるはずもない。

今にも殴りつけそうな表情のカモ君と、嫌悪感を出しているコーテに謝罪するシバ。

彼もカモ君同様にこのような王命を出した王族に文句をつけた。

子どもにこれだけの大役が務まるわけがない。だが、今の王族にそれだけの余裕はない。

万が一でもセーテ兄弟を失えば間違いなくこの国は淘汰される。決闘を無事に終えても即戦争を起こされる。

そうならないためにも彼等を決闘に出すのは躊躇った。更に言うのであれば、ネーナ王国の兵力は急激に増している。彼等の軍事演習を見てきたリーランの軍人は正面からは戦いたくないと正直に答えた。

大人対大人ではセーテ兄弟以外では勝ち目が薄いのだ。

まだ成長しきっていない子ども対子どものほうに勝ち目があると踏んだのだ。

 

勝ち目があり、被害も少なく、失っても被害が少ない子どもに。この重役を任せたのだ。

 

「無論、こちらからは最大戦力である生徒を選ぶ。高等部から二名。中等部から一名。そして初等部からは二名。つまり、君達自身だよ。エミール君。そしてシュージ君もね」

 

瞬間最大火力を出せるのはシュージだが、その多様性と器用さならカモ君が選抜されるのはわかっていた。

だが、残りの選手には見当がつかなかった。いや、つけられなかったと言うべきだ。

彼等。あるいは彼女達はカモ君達に比べてこれと言った戦力が無かった。

恐らくシャイニング・サーガに出てきた仲間になるキャラクターだろうが、シュージと同じパーティーを組んだことが無い人間では力にはなれないだろう。彼らが強くなるためにはシュージと深く関わらなければならないからだ。

そして今から鍛えるにはあまりも時間が無さすぎる。

 

「決闘は二ヶ月後。ちょうど年末の時期になるじゃろうな」

 

「…でも。それでもやるしかないんですね」

 

コーテの言葉に重々しく頷くシバ。もはやこの二人には学園長として接することはもう無理なのかもしれないと思いながらもそうする事しかできなかった。

 

「儂からも。リーラン王国からも最大限助力することを約束しよう。勿論他の参加者の選抜も最大限の力を注ごう」

 

納得がいかない。絶対に納得がいかないが、それを受け入れるしかない。そして、カモ君が日常を手に入れるためにはこの決闘に勝たなければならないのだ。

悔しそうにしているカモ君は苛立ちを鎮めることが出来ないまま、学園長室を後にした。

隣にコーテがいるのはわかっている。しかし、それでも武闘大会に。代理戦争に参加し、勝たなければならない。

しかも、だ。

この武闘大会に護身の札は使用されない。ある意味でリーラン王国の最先端技術を相手国に知られないためだ。

命の危険がある。勝ち目も薄い。しかも見返りは少なく、得る物は少ない。

 

どうしろっていうんだ。この劣悪な環境で。

はっきり言って最悪だ。原作知識など活かす手段も限られている。大まかなストーリーとキャラ。モンスターとのバトルの知識も役立つかはわからない。その上、命の危険と身の危険の両方を背負う。

こんなもの同年代の王族ですら背負えない。

 

誇りもない。義務もない。

逃げてしまえ。今からコーテの手を取って王都を飛び出し、モカ領に赴き、クーとルーナを連れて他国へ逃げよう。

 

そんな後ろ向きな思考に陥ったカモ君にコーテは黙ってついていく。

彼がこれから行うことに付き従うつもりだ。

彼女もうんざりしていた。なぜ、彼がこんなにひどい目に遭わねばならないのか。

だから逃げようというのなら共に逃げる。

 

 

 

そのつもりだった。

 

 

 

カモ君が再び口を開けようとしたところに男子寮の寮長から声がかかった。

なにやら自分に手紙が届いている。と。

送り主は彼が見間違うはずがない、愛する弟妹達からの便りだった。

 

兄様へ。

どんどん寒くなる季節ですが、お体の方は大丈夫でしょうか。

兄様はいろいろと無茶をする御方ですので、もしかしたら今も無茶をしているのかもしれません。たまには休んでも誰も文句は言いません。

だって、僕の兄様ですから。

相手が自分よりも強くてもきっと様々な策を弄してきっと乗り越えると思います。

コーテ姉さまも隣にいるので絶対に乗り越えられると信じています。

そんな兄様の弟として僕もローアさんの元で努力します。

今度、モカ領に帰られる時は前よりも栄えたモカ領になっているはずです。

また皆でピクニックに行きましょう。

 

にぃにへ。

きっとこの手紙を読んでいる時はにぃにはまたボロボロになっているかもしれません。

それを思うと胸を締め付けられます。

出来る事ならもう無理はしてほしくはありませんが、きっとにぃには危険が待ち受けても前へと進むと思います。

だって、にぃには誰よりも優しいから。

そんなにぃにだからこそクーも私も好きなんだと思います。

にぃにはこれまで私達にいろいろ尽くしてくれました。だけど、私たちのために無茶をしているのならもうやめてもいいと思います。逃げてもいいと思います。

大好きなにぃに。

好きに生きてください。自由に過ごしてください。これが私の最後のお願いになっても構いません。どうか貴方の行く末に星の祝福がありますように。

 

 

 

送られてきた手紙は二枚の手紙。そして、モカ領ではよく見られるタンポポの花を押し花にした栞が同封されていた。

カモ君がその場で手紙を読み終えるとそのしおりを手に取り小さく微笑んだ。

それを隣で見ていたコーテは諦めたようにため息をつく。

 

「コーテ。俺、もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

 

「…逃げてもいいんだよ」

 

カモ君の言葉に、もう苛立ちはない。恐怖も。躊躇いも無い。

先ほどまで渦巻いていた感情は綺麗さっぱり吹き飛び、新たに浮かび上がってきた感情は歓喜。闘志。そして決闘で勝った時に笑顔で迎えてくれるだろう弟妹達への期待。

簡単な男だ。

たった二枚の紙きれでここまで活力にあふれるのだ。

だが、この活力がカモ君の魅力だ。

仕方ないから自分もそれに付き合おう。だって、そんな彼を好きになってしまったのだから。

コーテへの見返りはほぼないと言ってもいいだろう。しかし、彼を支えると決めたのだからそうするまでだ。それに今日は言う特別な日だ。これくらいの報酬は彼にあってもいい。

 

「エミール。誕生日おめでとう。私も付き合うよ」

 

タンポポの栞の裏側に、コーテと同様の言葉が、愛する弟妹達の文字で描かれていた。

 



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カモ出汁の策謀スープ。ジャングル風味
序章 不注意にも筋肉な踏み台の恋人の髪に触れてしまった


リーラン王国にしては珍しい人の手が入っていない地帯がある。

そこは多種多様なモンスターが表れる森林地帯。混沌の森と呼ばれている場所。

シャイニング・サーガというゲームでは主人公が最後に訪れる教養の場所。

ここまで来た主人公ならエンディングも固定されている。

主人公の相棒となるキャラが二人一組のパーティーを(強制に)組んで攻略する。

それが魔法学園の人間なのか、それとも冒険者と組むのかは主人公のフラグ管理によって決まる。

そんな場所にカモ君と十数人の魔法学園関係者がいた。

 

そして、主人公と思われるシュージの攻略パーティーはと言うと、

 

シュージ・コウン。初等部一年生。男主人公。イケショタ。

カモ君。初等部一年生。踏み台男キャラ。筋肉。

ネイン・ナ・ボーチャン。中等部二年生。巨乳で金髪ドリルなTHE・お嬢様。

ウェイン・ニ・イーチャ。高等部二年生。いかにも人生楽しんでいる大学生染みた男子学生。

ギリ・ノ・モラ。高等部三年生。物静かで、大事そうに魔導書を持った根暗な文系を思わせる眼鏡をかけた男子学生。

 

・・・あれ?これって乳の人の逆ハーレムパーティー?

 

カモ君はもう一度メンバー確認をする。

魔法学園から三台の馬車で三日かけて辿り着いた混沌の森。その近くに昔から設置されていたセーフティーゾーン。モンスター除けの結界が張られたキャンプ場に自分達はいた。

そこに向かう前。

正確には出立前に魔法学園で用意してくれた馬車に乗り込んだのはここまで誘導してくれた引率の先生が三名に、身の回りの世話をしてくれる日雇いのメイドが五名。馬車の業者が六名。そしてカモ君を含めたシュージのパーティー五名といった大人数。

そのメイドの内の二名はカモ君とシュージ。それぞれ気心の知れた女学生であるキィとコーテ。二人はメイド服を身に纏っていた。

混沌の森にいる間は、生徒一人につきメイド一人がつく。

当然、カモ君にはコーテ。シュージにはキィが付いた。他の先輩達も同様だが、カモ君達のように既知の間柄ではない。

 

そのためか、乳の人ことネインは混沌の森に到着次第、メイドに紅茶を入れるように命令していた。

ウェインはずっと自分のお付きになるメイドをナンパしていた。

ギリ先輩は神経質そうな顔に声で予備のマントの皺取りアイロンを要求していた。

 

なに?この横暴貴族を絵に描いたようなメンツは?

 

確かにメイド達は自分達のサポートをするためにいるのだが、だからと言って自分達の雇っている従者ではない。

と、いうかだよ。なんだよ、先輩たちの名前。

 

それぞれ並べ替えるとボインなねーちゃんに、ウェーイ兄ちゃんに、裏切り者って…。

名を体で示しすぎだ。というかギリ先輩。あんた、裏切るんか…。

いや、そうとは限らんだろうけど、ギリ先輩は警戒するようにコーテとシュージに伝えておかないと。キィ?あいつはいいよ。だって、敵国のスパイに常夜の外套がこの森にあると仄めかしたという大罪がある。あいつがどうなろうと知ったこっちゃねえ。

 

そう、ここには『常夜の外套』というキーアイテムがあった。

ライツの兄を名乗っていたライナがキィと複数の女子学生と共にこの混沌の森で起こった厄介ごとを解決するアルバイト。

本来なら主人公が受ける必須イベントをライナが受けて、彼女達の目を盗んで、この森に隠されていた『常夜の外套』をゲットして、すぐに姿をくらませたのだ。

本来なら複雑に木々が生い茂ったジャングル染みたダンジョンだが、貢がれ、煽てられたキィが原作知識を生かしてスイスイとこの森の奥地へと進み、トラップや奥へと行かせないギミックや謎かけを解いて行き、『常夜の外套』がある直前のフロアまで行ってしまったのだ。

 

どうしてそんな事をしてしまったのか?

答えは明白。キィが金目の物目がくらんだ。

なにせライナは高レベルな魔法と剣術を扱うことが出来ており、道中に出てくる強力なモンスターを討伐して出てきたドロップアイテムや混沌の森でしか手に入らない換金アイテムである『芳醇な木の実』をキィや女子学生達に渡していった。

それによって、キィを含めた女子学生たちの信頼とご機嫌を勝ち取り、『常夜の外套』まで道案内をやらせてアルバイトをこなしていたように見せかけて、それを奪取した。

 

はっきりいってキィは大戦犯である。殆ど弁護のしようがない。

弁護が出来るとすれば、そんなキーアイテムなら国が宝物庫とかに保管していろよ文句をつけるだけだ。

だが、『常夜の外套』を手に入れるためには強力なモンスターを倒し、難解な謎を解き、天然のダンジョンを攻略しなければならない。力と知識を持った人間にしか手に入れることが出来ない手はずだった。

そして、キィには力と知識があった。ただ、注意力が極端に無いだけだ。この後どうなるかと考えていないのだろう。

 

出来る事なら、『常夜の外套』をここに保管と言う名の放置を決めた王族と持っていかれたキィをしばき倒したい。

 

主人公という強キャラはいるが、その強化アイテムであるシルヴァーナは折れ、四天の鎧のデータは流出、常夜の外套は奪われた。

これって、敵国のネーナ王国にも自分同様に原作知識を持った転生者がいるんじゃないかと思う。だとしたらまずい。ゲームに比べて功績は少ないが、その成長性から確実にシュージがこの世界の主人公だと敵国は気が付いている。

 

「…どうしたもんかなぁ」

 

思わず零れてしまった弱音を慌てて手を当てて抑える。

幸いなことに誰も気が付いていないようだ。

シュージはキィにドロップアイテムの皮算用を、ネインはメイドの入れた紅茶に文句をつけ、ギリはぶつぶつ何かを言いながら魔導書をめくっていた。

そしてウェインはコーテにも声をかけているところだった。コーテは無表情ながらもウェインから距離を取っていた。彼からして見ればコーテは学生ではなくただのメイドだと思っているのだろう。

 

止めなきゃ。

 

とりあえず、彼女の許可なく、その髪に触れた右手を粉砕するつもりで握って止めようと行動に出るカモ君であった。

 



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第一話 嘘じゃありませんっ、現実です!

シュージが養殖ダンジョンから帰ってきて待っていたのは停学処分ではなく、反省文を百枚書かされるだけで終わったことは学園。いや、リーラン王国の思惑が透けて見えていた。

 

停学している暇があったら鍛えて、学期末にあるネーナ王国と共同で行う決闘に勝てと。

この決闘は今まで使っていた安全装置。護身の札が使われていない。本当に死ぬ恐れがある。殺す恐れがある試合に出ろというものだ。

 

シュージも最初は拒否感を覚え、辞退しようとしたが、決闘に勝った時の報酬が養殖ダンジョン関与をなかったことにするというものだったため、引き受けてしまった。

彼は地元の領主から援助を受けて魔法学園に来た。それなのに養殖ダンジョンと言う犯罪の温床に関わってしまったことは、領主を裏切ると同じことだ。

犯罪をもみ消してもらうなど後ろめたい事もあったが、決闘に勝てればなかったことに出来る。

しかも、それだけではない。勝てば、報酬も目玉が飛び出るのはないかと思わんばかりの額が記載されていた。マジックアイテムも複数手に入るといったもの。

だが、負ければ報酬は無しになるという。まさに0か100だ。

更にシュージは知らない事だが、彼の身柄がネーナ王国に引き渡されることが決まっている。ついでにカモ君も。

 

だから、シュージは勝たなければならい。

負けた時の損害もそうだが、それ以上にここで停学を受ければカモ君と肩を並べることが出来なくなると考え、今回の決闘を受けることにした。

命の危険があるとは言ってもきちんと審判もいる。危なくなったらギブアップ出来ると知らされているからシュージの気分はそんなに重くはなかった。

 

反省文をかき上げるのに丸二日かかったが、その翌日には強化合宿として決闘に出るメンバーで混沌の森へ行くことになったシュージ。

見知ったいつものメンバーに中等部。高等部の先輩達と一緒の馬車に乗ることになった。

 

決闘に出場するメンバーで唯一の女学生。いかにもお嬢様なネインと陰湿そうな雰囲気を醸し出すギリはカモ君とシュージを見るなり、なんでこんな奴らといかなければならいと声に出していた。

最初はその態度にイラっと来たが、シュージには主人公としての能力で意識すると相手のレベルを見ることが出来る。

ネインはレベル18。ギリは20と表示されていたため、呆気にとられたのだ。

 

…こんなに、低いのか?

 

今のシュージのレベルは37。彼らの倍近くのレベルだったのだ。

考えてみればシュージは、一般魔法使いの上限と言われている上級魔法も使える。

そのシュージが普通なわけがない。そして、それもまた普通ではない。

普通の人間はモンスターを何百と屠ろうと、そのレベルが上がるわけではない。地道な鍛錬でしか己の力量を高めることは出来ない。

知識と技術。そして環境が整ってこそ人のレベルは上がる。それでもレベル20もあれば十分恵まれていると言えるだろう。

シュージのレベルが彼らの倍以上あるのは『主人公』としての力。そしてカモ君という『踏み台』の恩恵が大きい。

 

キィが言っていた。自分達は特別な存在だと。

 

こうやって見るとそれを実感できる。

まるでズルをしている気分になるが、その気分もすぐになくなった。

 

レベル50:MAX

 

それがカモ君のレベル表示だった。

数字ではなく上限一杯を示すMAXと言う文字。

馬車の中でこれから共に行く混沌の森について説明を受けている自分達だが、カモ君だけが特筆して真面目に聞いていた。

 

誰よりも知識と経験に貪欲で、礼儀正しい。

誰よりも前に出て傷を負いながらも活路を見出す。

そんなカモ君こそが主人公なのではないか。

 

そう思わずにはいられない。だが、へこたれてもいられない。

そんな暇があるのなら前を向け、一歩踏み出せ。

もう突き放されることはない。後は自分が追いつくだけだ。

 

そんな決意に溢れているシュージを不思議に思ったカモ君が声をかけてくれた。

それに甘えそうになるが、己を鼓舞するため彼には必ず自分も追いつくと力強く言い返したシュージは、これから向かう混沌の森に目を向けるのであった。

 

 

 

「必ず、俺も最強になる。だから待っていてくれ」

 

まるで戦地に向かう恋人のようなセリフを言ったシュージに対して、カモ君は「…そうか」とクールに対応したが、内心は全然違っていた。

 

そっかー、俺ってば最強なのか。

今、俺ってば、最強なのかー。

今、レベルMAXなのかー。

ステータスがカンストしたのかー。

…もう、これ以上強くなれないのかー。

え、待って。マジで?

確かに魔法のランクを上げられそうな手ごたえはあるけど、それって俺がもう限界だから?野良の犯罪者やタイマン殺しにボコボコにされている弱さなのにもうこれ以上成長できないの?

え、やだ。俺のステータス低すぎ。

学期末の決闘に勝てる見込み殆どないじゃん。

今のは嘘だと言ってよ、シュージィイ!

 

 

 

ちなみにシュージ達、シャイニング・サーガの主要メンバーのレベルは99でMAXになる。

そして、カモ君と同じレベル50になったら、カモ君に比べてそのステータス内容が3倍近くになっていたりする。

衝撃の事実にカモ君が内心のたうち回っている事を、シュージが知る由もなかった。

 



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第二話 少年よ、ゴリラになれ

ウェインの右腕が変色するまで握りしめたことでコーテへのナンパを辞めさせたカモ君。

今回のダンジョンアタックには大会出場者の強化が狙われている。

 

いるんだけどなぁ・・・。

 

シュージから己の限界を告げられたカモ君は、完全にサポートに回ることにした。

シュージはもちろんだが、先輩達のサポートも行う。

特にネインはシュージの次に大事な人物だ。彼女はシャイニング・サーガではヒロインの一人だった。

魔法とその腰に下げたサーベル。魔法と剣技の両方で敵を圧倒する。万能キャラと、聞こえはいいが、実は器用貧乏である。しかもレベルを上げても主人公の数段格落ちした物であり、プレイヤーからは乳に経験値が吸われていると言われる始末。

はっきり言って、ライバル君こと、ラインハルト君の方を選手にした方が将来性はある。だが、彼には実績がない。そのため、ネインや他のモブキャラが選抜されたのだろう。

更に、ネインはシュージ。主人公の仲間として行動し始めてから成長し始める。これは仲間になる魔法学園キャラ共通のルールだ。

 

ネインのステータスは現状低い。そして、混沌の森はゲーム中盤か終盤の入り口に当たるダンジョン。

 

つまりは、

 

「…嫌ですわっ。もうこんなところに居たくはありませんわ!」

 

「明らかにさー、学生のレベルを超えているダンジョンだよねぇ。ここ」

 

「まったく理知的ではない。ここは軍隊や王族が突入を担う場所ではないのかね」

 

混沌の森のほんの入り口。

そこに入って五分もしないうちに彼等は撤退を余儀なくされた。

最初に現れたフォレスト・エイプという緑色の大猿三体相手に意気揚々と殴りかかったが、このサル達のレベルは推定35。今のシュージと同じくらいの力量を持つ猿を相手に、ネイン達が敵うはずもなかった。

 

ネインの持っていたサーベルはへし折られ、戦意喪失。

ウェインとギリの魔法も詠唱途中に攻撃されて強制中断。しかもギリは魔導書を奪われ、びりびりに破られた。撤退した後に気が付いたが骨にひびが入っていたため、今は治療中だ。

 

まともに戦えたのはシュージとカモ君だけ。

付き添いの先生方は先輩達の命が危ない時だけ手を出す予定だったのだが、はっきり言ってカモ君とシュージの邪魔にならないように戦闘不能状態の先輩達を担いで、早々に撤退して、キャンプ場へと戻ってきた。

カモ君もシュージもあまり己を過信していないので、フォレスト・エイプを倒した後は彼等の後を追うように撤退した。

そして、ご覧の様である。

 

うっそだろ、おい。俺の未来。ひいてはこの国の未来を担っているんかい。

弱すぎだろお前らっ!

俺もさっきはいっぱいいっぱいだったけれども!

 

フォレスト・エイプは群れで襲い掛かってくるモンスターである。あと一匹でも多ければカモ君も彼ら同様に撤退を余儀なくされていた。それでも彼は思わず片手で顔を覆った。

しかし、弱音を吐いている場合ではない。

決闘まで後一ヶ月半しかないのだ。どうにかして彼等を強化しないといけない。

ここで自分がこれ以上強くなれないという事も重なってカモ君の戦意まで落ちてきているのだ。

 

「…コーテ。すまない。バフをくれ」

 

「もう?早くない?」

 

混沌の森から帰ってきたカモ君達のお世話をしていたコーテに声をかけたカモ君はコーテから一枚の栞を受け取る。

モカ領から送られてきた、愛する弟妹が作ってくれたタンポポが挟まれた栞だ。

最初はダンジョンで落とすといけないからコーテに預けていたものだが、今の状況を見ると少しでも戦意を上げたい。

この栞を持っているだけでカモ君のテンションは上がってくる。逆に無くしてしまえば一気にがた落ちするが。

 

「先輩達。落ち着いたらまた行きますよ」

 

そうカモ君がネイン達に声をかけるが、彼女達から返ってきた言葉は案の定否定的な物ばかりだった。

 

「貴方ねっ、これが見えないのっ!私のサーベルはもう使い物にならないのよっ!」

 

「いやぁ、さすがに僕らの手に負えるダンジョンではないよ。ここは」

 

「武器である剣が折れ、魔導書を失った。現状をよく見たまえ」

 

現状を見ていないのはお前らだろうがっ!

この後、領地や財宝。人材まで掛けた決闘が待っているというのにそんな生ぬるい事言っている場合か!

カモ君は魔法で作り出した石のサーベルをネインに渡し、ウェインやギリには魔力が残っている間魔法が使えるだろうと尻を蹴ってダンジョンに向かうように指示する。

先輩とか爵位と関係ねえ。ここで踏ん張らないと全部無駄になるのだから。

 

カモ君ほどの戦士然とした筋肉に圧倒されてネイン達は渋々、準備をする。

皆、わかっているのだ。この場で一番強いのはカモ君であることを。しかし、カモ君はこれ以上強くはなれない。強くなるとしたらドーピングぐらいだろう。

 

「…シュージ。それはどっから持ってきた?」

 

先輩達を押し出してすぐにシュージがカモ君に人の前腕くらい長くて太いバナナを三本も持ってやってきたのだ。

 

タフナルバナナ。

食べるとキャラの物理耐久力が1上がるというドーピングアイテムだ。

 

「いや、あのサル達を倒したらこの果物が落ちていて…。あと二本も落ちていたからみんなで食べようと思って持ってきたんだけど。余計な世話だったか?」

 

そんなわけないでしょっ。馬鹿っ!

神様!仏様!主人公様!!

確かに猿系のモンスターは倒すと果物系統のドロップアイテムが出てくることがある。

しかし、そのほとんどが換金アイテムで、ステータスアップを図るタフナルバナナは極低確率でしかドロップしない。

 

これも主人公力と施しのコインの効果か。

とにかくこれで少しは勝算が見えてきた。これを食べれば自分のステータスも上がる上にシュージの底上げも出来る。

効果を説明した上でシュージが一本。カモ君が一本食べることになった。

理由は明白。それだけでお腹いっぱいなったから。

考えてみなくてもわかる。人の腕一本分の果実を腹に入れればどうなるか?文字通り腹いっぱいである。しばらくの間、バナナは食べたくないと思うのが普通だ。

 

しかし。

 

混沌の森に突入。遭遇する大体のモンスターがフォレスト・エイプ。

そして、奴らを倒してドロップするアイテムが。

 

タフナルバナナ。

 

途中で見かけたアイテムが入っていそうな枝で組まれた箱を開けるとそこにあったアイテム。

 

タフナルバナナ。

 

小休憩に腰掛けた倒木の影に落ちていた果物。

 

タフナルバナナ。

 

教師がこの超レアアイテムを見かけたら必ず入手しろと言って見せてくれた果実。

 

タフナルバナナ。

 

そこに襲い掛かってきたフォレスト・エイプのボス。六メートルはある猿型のモンスター、ギガント・エイプを何とか倒し、ドロップしたアイテム。

 

タフナルバナナ一房。

 

果物と無縁そうな相手に巻き付いて全身の骨を砕いて丸のみにする大蛇型のモンスター。ジェネラル・スネーク。を、倒して出てきたアイテムも何故か。

 

タフナルバナナ。

 

それから何かとイベントが起こるたびにバナナが出現する。

 

あ“あ”あ“あ”あ“あ”―っ!!

 

貴重なステータスアップアイテムであるからタフナルバナナを叩きつけたりはしないが、誰も見ていないことを確認して、内心絶叫しながら食べ終えたバナナの皮を遠くの空に向けて大暴投するカモ君だった。

 




マナアップル(食べると魔法攻撃力アップ)とかもドロップしろやぁあああああーっ!


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第三話 嫌がる乙女に太くて長いものを

ああ、確かステータスアップアイテムって、一つのイベントで一人一回しか使えないとかあったな。

フォレスト・エイプを倒す度に出てくる大きなバナナ。これ一つで一日の食事を賄えるだけの量だった。

いや、これから決闘がある日まで無心で毎日食べれば見違えるほど打たれ強いキャラになるだろう。それだけのタフナルバナナが手に入った。これで勝機は見えてきた。

 

魔法学園生徒と名ばかりの筋肉でムッキムキのチームの姿も見えた。

 

「ぜっっっっったいに、いやですわ!!」

 

そんなムキムキになることを嫌がるのは思春期の女子にとっては当たり前の反応だった。

一般女性より少し背が低いネインが用意された椅子に座りながら地団駄を踏むと、全身が揺れているのかと思わんばかりに彼女の胸部装甲が揺れる。

カモ君を除く男性陣。シュージやウェインと言った学生から引率に来た教員。業者までもが彼女の波打つ体に目を取られがちだが、カモ君だけは冷えた目で見ていた。

 

理由はいくつもある。

一つ目はミカエリという女体としては理想的な体つきをしている輩と長く接してきたため、耐性が付きまくっている。

二つ目はコーテという幼女体型な恋人が出来たため、巨乳にあまり魅力を感じなくなったから。

三つ目。これが一番多くを占めている。彼女には強くなってもらわなければ困るのでどれだけ嫌がろうとその口にバナナをねじ込むことを諦めないカモ君。

 

「先輩も貴族だろ。国のため、民のため、その身を捧げろ」

 

そう言いながらカモ君はコーテとシュージに目配りをしながら、左手と口を使って荒々しくタフナルバナナを剝いていく。自分が食べるためではない。

この腕のように太くて長いものをネインの口にねじ込むためだ。

 

「覚悟」

 

カモ君がバナナを剝き終えると同時にコーテがネインの背後に回り、羽交い絞めにした。遅れてシュージが両手を使ってネインの口を無理矢理こじ開けた。

 

「ネイン先輩。失礼します」

 

「へ、へーひんのふんふぁいふぇー」

 

平民の分際でー。と、言っているのだろうか?

だが、今は非常事態だ。カモ君にとってはこんな状況では身分の差など関係ない。

シュージとしては貴族様に触れるなど恐れ多いと思っていたが、カモ君の放つ雰囲気からそちらを優先した。彼にとってカモ君はだいぶ優先順位が高いらしい。

 

「あむぅうううううっ」

 

ネインも一応、ヒロインと評されたキャラクターだけあって、容姿はかなり整っている。

ややつり目で勝気そうな赤い瞳からは涙がこぼれだした。

コーテやミカエリ。カズラが綺麗系なら、彼女はキィやルーナといった可愛い系の美少女だ。

そんな彼女が無理矢理バナナを食べさせられている絵面は扇情的に見えるだろうが、カモ君は容赦なくバナナを食べさせ続けた。

そんな攻防が十分くらい続いた。

量が量なので全部食べさせるには時間がかかったが、まるまる一本食べさせた。

その途中途中で、もう入らない。とか、お腹が破裂しちゃう。とか弱音を吐き続けるネインにかける慈悲はカモ君にはなかった。

一人の少女が食べきるには大きすぎるタフナルバナナを食べさせられたネインは口とお腹に手を当て、涙を目に浮かべながらカモ君を睨みつけ、叫んだ。

 

「伯爵令嬢の私にこんな事をしてただで済むと思っているのっ!」

 

「決闘で負ければ領土と国民が持っていかれるかもしれないんだから文句を言わない」

 

カモ君のもっともな言葉に怒りのぶつけ先を見失いそうになったネインだが、矛先をシュージに変えて同様に叫んだ。

 

「お婿が取れなくなったら責任を取ってもらいますからね!」

 

「えっ」

 

シュージが躊躇っているとそこにカモ君が追い打ちをかけた。

 

「安心しろ、こいつはやるときはやるやつだ」

 

「えっ?!」

 

カモ君的にはシュージは救国の英雄になるからそれでチャラだと思っているのだが、カモ君以外から見るとシュージが婿になることを許したようにも聞こえる。

カモ君的には、シュージが決闘に勝てば、彼と一緒に戦ったネインも一躍有名になり婿など選び放題だという意味で言っただけに過ぎない。

 

「お、おいっ、エミール。そんなことを急に言われてもだな」

 

「なんだ、(決闘に)自信がないのか?」

 

「そ、それは、いきなり言われたら誰だってそうだろう」

 

「そんなに急か?前もって学園長から言われていただろう」

 

確かにシュージも学園長から言われている。

今度の決闘はただでは済まない。掛けている物が学生の分を超えて、他人の将来もかかっている物であり、準備期間に何かあるかもしれないから今から覚悟しておけてとも言われてきたが、まさか自分が婿になるかもしれないというのは何度考えても想像できなかった。

ライツという前例もあるが、あれは悪意から来るものであって、今回のような味方から来るなど思ってもいなかった。

一応、シャイニング・サーガにはハーレムエンドという複数のヒロインと物語の最後に過ごしていくとテロップが付いたこともある。

それは主人公がリーラン王国を救った実績があるから。今回の決闘も勝てば似たような状況になるから想像できないのはシュージの自己評価が低いからかもしれない。

 

「胸を張れ。ここにいる時点でお前は認められているんだよ。当然俺もな」

 

カモ君も認められている。ではなく、カモ君がシュージを認めてくれている。

そう受け取ってしまったシュージは胸が熱くなるのを感じた。

自分が理想としている人物から認められたのだと感激し、涙が出そうになったがぐっとこらえる。

 

「そう、だなっ。任せてくださいっ。ネイン先輩っ。俺は絶対にやりますよ!」

 

覚悟をきめたようなシュージの表情と言葉にドキッと胸を高鳴らしたネイン。

勢いで言ってしまったが、まさか本気にされるとは彼女も思ってはいなかった。しかもシュージはイケショタだ。今は可愛げの残る男の子だが、将来は美形が約束されているような顔つきだ。正直、ネインの好みでもある。

 

「べ、べつに、そこまで気を負わなくてもいいのよ」

 

ネインは横暴な態度を取るが、心を許した相手には親身になれる女性だ。むしろそっちが素である。だが、そんな甘い性格では他の貴族の食い物にされるだろう。その処世術として最初はきつい印象を与えていただけに過ぎない。

その上、彼女は抜群のプロポーションを持つ女性でもある。ある意味では、あの自由兄妹の一人。ミカエリに似た人生を歩んできている。だが、ネインにはミカエリほどの技術も力もなかったため、悪意に包まれがちな日常だった。

 

しかし、目の前にいるシュージは違った。

自分の体をいやらしい目で見ることはなかった。自分の立場を利用しようとしていなかった。

それはカモ君も一緒なのだが、シュージの方がネイン好みの少年だった。

 

そんな事を加味して、ネインはシュージを許すことにした。

 

「今は状況が状況ですからね。…仕方ありませんわ。この度の不敬はなかったことにします」

 

「ありがとうございます。ネイン先輩」

 

ネインの対応にシュージは心から感謝した。

カモ君やコーテを含めた知人やクラスメイト達はそうでもないのだが、別のクラス、別の学年になるとやはり身分の差は如実に表れて、横暴な態度を取る輩を多く見てきているシュージにとって、ネインのように自分の意見に耳を傾けてくれる貴族様はありがたい存在なのだ。

そんな背景もあってシュージはまぶしい笑顔でネインにお礼を言った。

 

「い、いえ、いいのです。確かに貴族の務めを果たすのも淑女の務めですものっ」

 

ショタスキーな人間が見たらころりと騙されそうな笑顔を直視できなかったのかネインは顔を赤らめながらも明後日の方を向いて早口でまくし立てた。

 

もしも、ここがいかがわしいお店で、シュージが店員。ネインがお客だったら確実に時間延長の持ち帰りコースを注文していただろう。

さすが主人公といった具合だ。

 

「まあ、これからも貴方達の言葉に耳を傾けるのもいいでしょうっ。何かあればその都度報告しなさい」

 

特にシュージ。

 

と、言わなかったのは彼女にも少しは自制心というものがあったからだろう。

逆にこの場で自制心を持っていないのはカモ君である。

 

「じゃあ、これからウェイン先輩とギリ先輩にも食べさせるんで手伝ってください」

 

そんなカモ君の言葉に驚いたのはネインだけではなかった。

ネインがタフナルバナナの効果に文句を言っている間に、ウェインとギリはメイド達が用意した食事を食べ終えていた。後はデザートか食後のお茶を飲むだけだった。

それなのにカモ君が彼等にも食べさせると言い出したのだ。

 

「ちょ、ちょーっと遅かったかな。俺らは飯を食い終わった後だから。もう、そのバナナは食べられないかなぁー」

 

「僕はもともと小食なんだ。そんなバナナは食べきれない。たとえ空腹だったとしても半分も食べられないぞ」

 

ウェインはやんわりと、ギリははっきりと食べることを拒否した。

それを見たカモ君は左腕を回しながら、首を鳴らしながら近づいていく。

 

「大丈夫ですよ。今すぐお腹は空っぽになりますから」

 

シュッ。シュッ。とシャドーボクシングをするかのように拳を突き出しているカモ君の行動を見て、顔を青くし始めたウェインとギリ。

 

「ま、待ってくれっ!貴族の義務だとは重々承知だが、それはちょっと乱暴すぎると思うんだよなぁっ!」

 

「僕らは君とは違って魔法使いなんだっ!耐久を上げても意味なんてない!」

 

そう言って、後ずさりした二人だが、いつの間にかコーテの魔法で作り出した魔法。水で出来たロープで二人の足をからめとっていた。このロープは魔法で作り出した水だけあって、粘度も高くもがけばもがくほど絡まり、身動きが取れなくなる。まるで納豆のようだ。

カモ君と先輩二人の言動を見てコーテが次なる一手を繰り出していたのだ。それがネイン同様に目標の拘束であった。

身動き取れない二人の先輩に近づきながらもカモ君は出来るだけ優しい笑顔で告げた。

 

「俺もこういうことは初めて何ですけど、精一杯奉仕しますね」

 

「「ヒエッ」」

 

何せ、タフナルバナナなんて超レアアイテムがこんなにポンポン手に入るとは、カモ君すら思わなかった。

それが大量に手に入ったのもシュージのお陰といってもいい。つまり、ウェインとギリのお腹にカモ君の太い物(鳩尾パンチ)がお見舞いされるのもシュージのお陰というものである。

その後、口をゆすがせてすぐに、太くて長い物(タフナルバナナ)を突っ込まれるのもシュージのお陰という事である。

 




キィ「こんなにレアアイテムがあるんだから一個くらいもらっても、…ばれへんか」

コーテ「そんな事を言う貴女のご飯はこれ(ひのきの棒)」

タフナルバナナの横領をしようとしたところをばれてコーテにお仕置きされるキィがいたとかいなかったとか。


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第四話 危ない二人

混沌の森での強化合宿二日目。

カモ君達はまたもや撤退を余儀なくされた。

その理由は先輩達のレベルの低さにある。

 

とにかく打たれ弱い。

フォレスト・エイプといったこの森の一般モンスターの一撃だけではなく、この森最弱と評されるレッサー・コカトリスという二メートル近い大きさを持つ鶏のモンスターに小突かれるだけで戦闘不能になる。

彼等を情けないと言ってはいけない。この世界の一般成人男性がこの森のモンスターの攻撃を受ければ戦闘不能どころか後遺症が残るダメージを負ったり、即死もあり得るのだ。

前もってカモ君やコーテ。教師達が付与していた強化魔法が、先輩達も無ければそうなっていてもおかしくないのだ。

 

シュージは主人公ゆえのステータスの高さからか、どうにか混沌の森からの入り口から一キロメートル中心に向かって進むことが出来る。

カモ君のステータスは低いが、レベルMAX。これまでの経験が活かされ、どうにか涼しい顔でシュージと共に進めている。しかし、内心は肩で息をするくらいバテバテだ。

 

それでも先輩達は弱いとしか言いようがない。

フォレスト・エイプのキックで腕を骨折。

レッサー・コカトリスに突っつかれ、大出血。

巨大なイノシシ(3メートルクラス)に体当たりされて筋肉断裂。

 

以上が先輩達の戦果だ。

何度も挑戦していく間に要領もつかめるだろうという脳筋な訓練だったが、とうとう音を上げたのがウェーイ兄ちゃんのウェインだ。

 

「やってられっかーっ!強すぎるんだよっ!この森!こんな事をして強くなれるかよ!」

 

まあ、確かにモンスターを倒して強くなるというレベルアップ現象なんて主人公のシュージ関係者しか理解できないもんな。

ウェインの言いたいことはわかる。たとえモンスターを数十体屠れたとしても主人公に関与していない人間はそう強くなれない。

せいぜい、モンスターの動きに合わせての戦術を組み、効率的に倒せる方法を見出す。それが普通だ。

 

「そもそもだね。僕らが戦うのは人だ。モンスターじゃない。こんなことするくらいなら軍隊の人間に模擬戦をしてもらった方が何倍も効率がいい」

 

ウェインに続いてギリまでも文句を言いだす。

確かに魔法使いを育てる学校の生徒だ。彼等の武器は魔法。そしてそれの殆どが遠距離攻撃であり、相手の射程外からの攻撃を主にしている。

彼等の言い分もわかる。だが、カモ君はそれだけでは足りないと断じる。

 

「いくら生徒同士の決闘とはいえ、国の代表が出てくるんですよ。ここのモンスターも完封できないようでは勝てるはずがありません」

 

何より、この強化合宿の狙いは。不意の事態に対応する能力を鍛えるものだ。

自分が想定していない事が起きても魔法の詠唱を行えるように。

そもそもその事態から脱するためにもすぐさま行動できる瞬発力を身に着ける為にこの森に来たのだ。

これは今行っている決闘のための心構えだけじゃない。

貴族の務めであるダンジョン攻略。そしてモンスター討伐での突発事故や未知との遭遇でも活かせるものだとカモ君は解いたのだが、ウェインとギリは納得しなかった。

 

「そりゃあ建前ってやつだろ。貴族がダンジョンで前線に出るなんて事は滅多にないんだ。稀に前線に出る貴族は三男以下のやつか、貧乏貴族。殆どは冒険者の奴らだろうが」

 

「生憎と僕はモラ家の長男でね。前線に出るなんてことはないのさ。そもそも今回賭けられた領地と人。そのどちらも僕にはどうなろうと関係ない」

 

関係ない。その一言をギリが発した時点でこの場に漂っていた空気が変わった。

まるでダンジョンボスを前にしたかのような緊迫感にコーテとシュージ。そして一人の教師はその身を強張らせた。

この緊迫を察せられたのはダンジョンに深く関与したことがある者。その命が危機に瀕したことがある者だけだった。

その他にはわからないだろう圧倒的な殺気が漂っていた。

 

賭けられた領地と人に関わっているカモ君は、無言でギリに近づき、彼の首を左手一つで掴んで持ち上げた。

当然、ギリは痛みと苦しみでそれ以上の言葉発することが出来なくなった。

そこまでされてようやくギリは自分が虎の尾を踏んだことに気が付く。だが、言葉は発することが出来ない程、左手一つで締め上げられていた。

 

「が、がっ」

 

「…そうだな。俺も関係なければ先輩と同意見だ。だがな、関係あるんだよ。特に俺にはな」

 

カモ君の表情は無表情。何の感情も見られない表情だった。

だが、その目が。声が。

怒りという感情を発露していた。

 

ネイン達にも聞かされていたはずだ。

今回の決闘で賭けられた領地と民。そしてアイテムの数々を。

そして彼女達にとって、取られても何も感じないものがあった事を。

 

カモ君の身柄とモカ領とそこに住む民。

 

そこにシュージの身柄とシルヴァーナという国宝も含まれるのだが、先輩達はカモ君とその関係者がどうなろうと他の領の事。民の事だと無意識に切って捨てていたのだ。

自分にとって何の関係もないのだから。

 

「ああ、駄目だな。あんたは駄目だよギリ先輩。あんたはあらゆる面で駄目だ。決闘に対する姿勢もその後に対する想像力も。なにより戦力としてもダメダメだ」

 

その目には怒り以外の感情も漏れだした。そこには打算というよりも悪だくみを思いついた子供のような純粋な悪意。

 

「そうだな。あんたが死ねば他の人間がエントリーできるな」

 

そうすれば主人公の次に強くなるライバル君ことラインハルト君がエントリーされるだろう。そうだそれがいい。

貴族の長男を殺したら大罪になるかもしれないが幸いなことにここはダンジョンの入り口だ。モンスターの仕業だと言えばみなが納得するだろう。

根性を入れ直すためだと嘘をつき、このまま締め上げて殺した後、森に入り、現れたモンスターの前に動かなくなったギリを放り投げれば、モンスターがそれを食べて勝手に証拠隠滅してくれるだろう。

 

そこまで考えたカモ君。

その手には顔を真っ青にして泡を吹き始めたギリの姿があった。

もはや声を上げることももがくことも出来ずにいた彼の首をへし折らんと力を更に籠めようとしたところで彼の背中に軽い衝撃がかかった。

次に感じたのは人の温もりとカモ君が三番目に安心する声だった。

 

「駄目だよ。エミール。それ以上は駄目」

 

コーテがカモ君の背中から飛びつき、その首に己の細腕を回して、出来るだけ優しく声をかける。

 

「ここでそれをやったらそれこそ終わり。決闘どころじゃない。出場取り消し。リーラン王国は確実な負けになる。…クーとルーナが本当に手の届かないところに言っちゃうんだよ」

 

自分の恋人であるコーテに。そして愛する弟妹の事を言われてようやくカモ君の理性が戻る。

そうまでしてやっとギリの首からカモ君の手が離れた。

既に意識はないがギリの体は呼吸を何とかしようと、泡を飛ばしながらもその旨を上下させていた。だが、文字通り爪痕は深い。

掴まれた首筋には穴が開いたのではないかと思わんばかりの痣とそこから流れ落ちる血があった。

ギリの蛮行を覆いつくさんばかりの凶行にネイン達はもちろんシュージすらも怖気づく者だったから。

カモ君は弟妹の事が係わるとカモ君は死ぬ覚悟も殺す覚悟も決まるやべー奴である。

今でこそカモ君はギリを開放したが、ここで何か一つでも間違えれば二の舞になるのは確実だった。

 

「…すまなかった」

 

「それはギリ先輩に言って」

 

カモ君が正気に戻った事を確認したコーテは彼から離れ、今も泡を吹いているギリに回復魔法を施す。

カモ君につけられた傷がコーテの魔法で塞ぐ頃、ギリの意識が戻った。

ギリはカモ君に文句を言いたかったが、あの殺気を浴びてとてもじゃないが言える立場でもない。その上、自分を助けてくれたコーテに魔法学園の関係者たちの前でこういわれたのだ。

 

「次があったら私が殺す」

 

コーテもやると決めたらやる女だ。

カモ君の。自分達の障害になるのなら躊躇いも無く排除する。

 

後に、夕食に出されたタフナルバナナのポタージュスープ。

出来立てで熱々のはずなのに、氷水のように冷たく感じた人間は間違いなくカモ君に屈服したという表れなのだろう。

 



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第五話 OHANASIしようか

混沌の森での強化合宿、三日目。

カモ君の手腕(物理)もあり、かつてないほどやる気に溢れたシュージ達。だったが、

 

「…もう、無理」

 

そう言って、カモ君とシュージに何とかついてきたウェインが白目をむいてその場に倒れこんだ。

混沌の森に入って五百メートル。時間にして二時間のモンスターとの戦闘だったが、体力と魔力の両方を使い切ったウェインはあまりの疲労から倒れ伏した。

ギリは30分。ネインは1時間20分。そして、今、ウェインが倒れ伏した。

まだダンジョンで言えば、上層。これから奥に進むほどモンスターも強くなっていくが、ドロップするアイテムも強力になる。のだが、いつまでもこのままでは強くなることもアイテムを入手することも出来ない。

教師の援護も考えたが、それでは生徒達の成長を阻害してしまうのではないかと極力手を出さないでいたのだが、これでは成長は出来ずにただただ疲弊するだけだと考えるようになっていた。

 

「…仕方ない。シュージ君。エミール君。君達だけで先に進むことにするか」

 

そう発言したのは魔法学園の教師の一人だった。

その表情にはありありと先輩達の力不足を痛感している物だった。

 

混沌の森は直径5キロ以上のジャングルだ。

一応、人が通るような道は均されているが、少しでも道を外れれば遭難もするかもしれないうっそうとした森林地帯に生徒だけを行かせようとするのは間違っている事だが、強くなるためにはこうするしかない。

ネイン達。先輩一人に教師一人がつきっきりでダンジョンに挑ませる。これまでも誰かが脱落する度に教師が一人ついていったため、撤退はすぐにできた。

だっが、教師の数は三人。先輩達の撤退で教師もいなくなるのだ。

 

「…それしかないですね」

 

「それなら、私もついていく。足手まといにはならない」

 

コーテは常に携帯していた不渇の杖を握りしめてカモ君達の会話に参加した。

彼女は今もメイド服なのでとても場違いに見えたが、こんなこともあろうかと動きやすいジャージ数着を準備している。

カモ君やシュージとしても見知った中。特に回復魔法の使い手がいるのは助かる。その上、水魔法の攻撃も出来る上に、連携も取りやすいから助かる。

 

「だったらっ、だったら私も行きますっ。行きまーすっ!」

 

同じくコーテと同じメイド服を着ているキィも参加に名乗り出る。

彼女はメイド服といった支給された着替えしか持っておらず、自分もダンジョンアタックに参加する事にはならないだろうと思っていたため、何の準備もしていない。

メイド服故にジャングルでの活動には不向きな服装はさぞ足手まといになるだろう。

カモ君やコーテはそれ以上にキィがトラブルメーカーだと知っている。その上、連携も崩されがちだから困る。

 

「貴女はここで先輩達のお世話をしていないさい」

 

「何言っているのよ。私はここに来たことがあるのよ。しかも最深部まで行って無事に戻ってきたんだからっ」

 

それは、ライナの実力もあるが、一番はそのライナが魔物除けの聖水の効果を絶えることなく使い続けたおかげだろう。

でなければライナがキィを含めた実力不足の女生徒たちを引き連れて常夜の外套を手に入れることも出来なかったのだから。

そんなことも知らないキィは胸を張って威張る。

彼女はそれを自分の実力だと勘違いしている。

 

「「………」」

 

「それが本当なら心強いのだがね。…生憎と装備一つから準備できていない君は参加させられないな」

 

そもそもこの混沌の森に来たのは、出場選手の強化が狙いだ。そこを勘違いしては困る。

それもわかっているからカモ君とコーテは視線だけで余計なことはすんなと念を押しているのだが、察することが出来ないのがキィである。

 

「…それに。私の方が先輩達よりも強いわ。レベルが違うものっ」

 

そう高らかに宣言したのは理由がある。

キィもシュージ同様に相手のレベルを見ることが着る。そして、彼女のレベルはレベル26。

確かにネインといった先輩達のレベルは上回る。だが、

 

「…君には実績がない。力は強いようだがそれを活かせる能力がないのだよ」

 

「なによっ、力こそ正義でしょ!国の一大事なんだから一番強いやつを出すのが当たり前でしょ!」

 

キィのいう事一理あるどころか大正解だ。

本来ならセーテ兄弟という最強のカードを切って決闘を行えばいいのに、負けを恐れて被害の少ない子どもに押し付けた事はカモ君も大いに賛同したい。

だが、そう上手くいなかないのが常である。

 

「君の場合、力を発揮する前にやられてしまうだろうな。その上、想定も拙い。そんな君をこの森に連れて行ってみろ。すぐにモンスターの餌になるぞ」

 

何より魔法を使うには詠唱という一工程を要する。

カモ君でさえ、ニ、三秒の詠唱が必要になるのにシュージやキィが魔法を使うには五秒以上の詠唱が必要になるのだ。

森という前後左右からモンスターが現れる恐れがあるダンジョンに飛び込むのはあまりに無謀。

カモ君の魔法というレーダーを使えばある程度は対処できても、とっさに動けるのは実戦慣れしているカモ君。そしてめきめきと力をつけているシュージくらいだろう。

そんな二人だからこそ、この二人だけで混沌の森の奥へ行っても大丈夫だと踏んだのだ。

 

「大丈夫よ。どんなモンスターも私の魔法を三発当てれば死んじゃうわよ」

 

キィの魔法は確かに強力だ。もしかしたらシュージに次いで二番目の火力を出せるかもしれない。

だが、発生するまでが長い。魔法を当てるまでに時間を稼がなければならないのだ。

それをキィは理解しているのだろうか?

していないとシュージでも言い切れる。だから、諦めてもらおうと説得に出ようとしたシュージだったが、意外な人間からキィに助け船が出る。

 

「こちらの指示に絶対従ってもらう。魔法を使うのはこちらの指示があってから。番犬のようについてくるなら来てもいい」

 

「…コーテ?」「…先輩?」

 

厄介だと思っているのはコーテも同じはず。それなのにキィを連れていくことに賛同する理由が分からない。

わけではない。

 

この混沌の森は多種多様のモンスターが出てくる。

今はフォレスト・エイプやジェネラル・スネークなどジャングルの生態に関与したモンスターが出てくるが、この奥にはフォトンバグという魔法とを使ってくる虫に、植物なのに火を履いてくる巨大食動植物。稀にドラゴンに近い生物のワイバーンや、何でいるかわからない、体が獅子。尾は蛇。蹄は山羊。頭がワニといったちぐはぐな肉食獣のキメラまで出てくる。

そんな時、頼りになるのはカモ君の魔法ではなく、シュージの魔法の火力だけだが、そこにキィが加われば攻撃手段は得られる。

カモ君やコーテの魔法の火力ではこの森の奥地にいるモンスターに太刀打ちできない恐れがあるのだ。

 

「…確かに攻撃力のある魔法使いは欲しい」

 

そう考えたカモ君は言葉を零すが、珍しく渋い顔をして躊躇っている。

だが、それを好機と見たキィが畳みかける。

 

「大丈夫っ。ちゃんという事をきくわ」

 

「なるほど。…で、何が目的かを述べよ」

 

早速コーテがキィに命令した。

 

「勿論お金!じゃなくて、純粋にシュージのサポートを」

 

「嘘をつくなら連れて行かない」

 

「う、嘘じゃないわよっ。この森には換金アイテムがたくさんあるけど、それ以上にっ。あの黒いマントよりシュージを強くするアイテムがあるんだからっ!」

 

黒いマントとは常夜の外套の事だろう。

だが、それの存在をキィが知っているのはおかしい。

なぜならば常夜の外套というアイテムをみずみず持っていかれたという国の痴態をわざわざ平民であるキィに教えることはしない。

ライナはスパイの容疑を受けて、取り調べる前に姿をくらませた。

これが公式発表の知らせだ。

だが、キィもなぜスパイ容疑がかけられたか心当たりがあるからそう言ったのだ。

カモ君とコーテは常夜の外套が奪われたことをセーテ侯爵から知らされている。ならばキィはどこでそれを知ったのか。

 

問い詰めなければならない。

 

キィの小さな肩にカモ君とコーテの手が重くのしかかった。

 

「もうちょっと詳しくお話をしようか。キャンプ場に建てられたログハウスで。じっくりと」

 

二人の放つ圧にさすがのキィも、「私何かしちゃいました?」と転生キャラみたいセリフを零しながらカモ君とコーテに引きずられていくのであった。

 



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第六話 異常事態製作者

そもそも何故、魔法学園は国の一大事なのに冒険者という最高の肉盾要員を準備しなかったのか?

それはネーナ王国の妨害工作員を送られることを恐れたため。参加選手の暗殺や寝返りを企てられては決闘以前の問題になる。

だから信頼できる選手と教員だけで編成したチームをこの森に行かせたのだが、

 

「…キィ。貴方はシャイニング・サーガという単語に覚えはある?」

 

「な、なんで、それをっ。まさかロリ先輩も転生者?!がぼぼぼっ」

 

ログハウスの一室。更にカモ君に防音効果の結界を張り、周囲に情報が漏れないようにした状態でさっそくコーテが切り出したところ、キィはあっさりと吐いたのだ。

失礼な言葉遣いだったため、テーブルを挟んで椅子に座っていたキィだが、コーテの魔法で作った水球に顔を鎮められて藻掻く羽目になった彼女を見て、カモ君はため息をついた。

 

大丈夫かなぁ、こいつ。まさか、こいつのせいで原作乖離が起こったんじゃないだろうかと頭を悩ませるカモ君。

 

そこからキィが落ち着いた後、二人はお互いの事を話した。

キィはシュージとの出会いからステータスの閲覧が行えることまで。原作の事をしっかり押さえているかの確認をした。

カモ君は自身が踏み台であるという自覚を持ってからこれからどうするかの占めしあわせをした。

その話し合いの結果。

 

「「馬鹿じゃないの、お前!」」

 

二人の転生者の意見は一致した。

 

「普通、踏み台を受け入れたならシュージにわざと負けるくらいするでしょ。その方が何かとお得なのにあんた何勝っているのっ!」

 

「お前っ、攻略動画見ていながら敵国のスパイにキーアイテムを渡すとか頭おかしいんじゃないかっ!」

 

ちなみにカモ君は決闘の時、しっかりとシュージに負けている。

武闘大会の時は勝たざるを得なかったが、負ける時はちゃんと負けているのだ。

 

「はっ、キーアイテムってただの消耗品でしょっ!あんなダサいマントよりこの森のギガント・エイプが落とす大賢者の杖の方が攻撃力も上がるし、他のステータスも上がるのよっ」

 

「お前、イベントをちゃんと読破していないだろう!あれがないとネーナ王国の大規模な波状攻撃に主人公一行がやられるんだぞ!」

 

そして、キィとカモ君の知識の差が大きかった。

 

キィは日常イベントや戦場イベントなどは所見でもスキップ。彼女にとっていらない場面は見ない。重要な選択肢イベントや押しイベント以外は適当に流し読みする、効率廚。

 

カモ君もキィと似た効率廚だが、初見のイベントや軍略パートなどはしっかり読み込む派であり、男心くすぐられる軍略パートや三大武器といった浪漫あふれるイベントや武器は必ず押さえるやりこみ派。

逆に日常パートや恋愛パートはキィよりも重要視していなかったため、シャイニング・サーガで主人公の仲間になるキャラは忘れがちだった。

 

その差が如実に表れた。

 

「は?たかがバッドステータスを軽減するだけの装備品でしょ?」

 

「お前、本当にイベントを見ていないのな!最初の攻撃は混乱のバッドステータスを広域照射する展開だぞ!そこで主人公が持っている常夜の外套が主人公をそれから守って味方を正気に戻す。そうしないと戦争最初のパートで詰むぞ!」

 

そう、カモ君の言う展開は酷いものだ。

敵の催眠電波ともいえる攻撃により、主人公を含めた味方陣営は大混乱。

主人公以外のキャラクターたちはお互いを敵兵。もしくは、モンスターだと思い込み同士討ちを始める。

そうならないために主人公が催眠電波の飛び交う敵陣に単身で飛び込み、催眠電波を発生させている兵器を破壊するというイベントがある。

その他にもバッドステータスを付与してくるイベントは沢山あるが、中でも一番危ないのがこれだろう。

何せ、時間が経てば経つほど味方が同士討ちしていく。その後持ち直しても、味方を傷つけてしまったという罪悪感から立ち直ることも難しい。

 

「そ、そんなの他のアイテムで防げばいいじゃないっ」

 

「状態異常無効のアイテムの入手がどれだけ難しいかわからんのか!」

 

カモ君に事の重大さを説かれたキィはすぐに代案を出すが、それは限りなく不可能なのだ。

この世界のバッドステータスはゲームにありがちな、毒・麻痺・睡眠・石化・流血・沈黙等がある。他に混乱・恐慌・憤怒といった精神状態にも異常をきたすものがある。

そのどれもが戦闘時には命取りになるのだが、それらを一挙に解決してくれるのが常夜の外套だ。

そこにシルヴァーナと四天の鎧を装備することでバッドステータスを無効にする主人公というキャラが出来上がる。

これこそが安全牌であり、確実な装備であるにもかかわらずキィはそれを理解していない。

そもそも状態異常の一つをカバーするにも貴重なマジックアイテムが必要であり、入手困難である。

 

敵の攻撃など当たらなければどうという事はない。

 

それを攻略動画で見て実践すればいいというが、それに馬鹿かと怒鳴るカモ君!

 

「お前なっ!戦闘中に自分が想定内の動きが出来ると思っていんのか!ここはゲームじゃない!現実なんだぞ!気が緩む疲労感!体が強張る恐怖!いつどこから敵が襲ってくるかわからない緊張感!これだけでもどれだけの徒労がかかるかわからないのか!」

 

そう、キィとカモ君の差はこの世界がゲームに近い世界。だが、ここは現実だという緊張感の有無。

ある意味でこの世界の貴族と似ている。

戦闘もダンジョン攻略もしたことが無い魔法使いが粋がっている事に近い事をキィは行い続けていたのだ。

 

「そ、そんなことわかっているわよ。死ぬ恐れがあるってことでしょっ。その辺は大丈夫よ。だって、私は『主人公の仲間』なんだから」

 

そう、シャイニング・サーガは主人公やその仲間が戦闘不能に陥っても回復することが出来る。どんなに強力な魔法を受けようと、ドラゴンの灼熱の業火を浴びても体と魂が損傷しようと復活できる。だが、

 

「お前、それを試したことがあんのか?」

 

「それは…」

 

試したことなどない。

キィは我儘な性格だからこそ自分にメリットがない行動はしない。

『本当に死ぬかもしれない』という攻撃を彼女はその身で体験したことが無いのだ。それに、いくら『主人公の仲間』とはいえ、死ぬことはある。

選択肢を間違えればその仲間キャラは特殊イベントで死ぬことをキィは知っていた。だから、自分というイレギュラーな仲間の場合、これは死ぬ特殊イベントなのではないかと思ってしまうのだ。

 

「…じゃあ、私にどうしろっていうのよっ!」

 

「…お前に出来ることは俺と同じシュージのサポートだけだ。いや、何もしないほうがいいかもしれん。お前の行動でどれだけこの国が危険に陥っているのかわからんのか」

 

むしろ、敵国のスパイ。ライナも実は隠しキャラとして仲間になるからキィも油断していたと言うが、彼女がやった行為は売国だ。事が王やこの国の重役に知られれば死刑もあり得る。というか、それしか考えられない。

 

「まさかと思うが四天の鎧のデータの流出もお前がしたんじゃないだろうな?」

 

「で、出来るわけないでしょっ。私は平民なのよっ。貴族にコネなんてあるわけないじゃないっ」

 

キィはもうこの後に起こりえるイベント。国の滅亡という最大最悪のイベントが脳裏に浮かんでからは震えが止まらない。

彼女にもリーラン王国には愛着はある。もちろん今世の家族にだって愛着はある。

それが駄目になるかもしれないと注意されるまで気が付かなかった。いや、どうにかなるだろうと楽観視。都合の悪い事は見ないようにしていた。

 

「…あー、もうっ。本当にどうしてくれようかお前の処遇」

 

カモ君は決して弟妹達の前では見せない素の性格でキィを見ていた。

その感情は侮蔑。

リーラン王国滅亡の原因の一つを間違いなく起こした馬鹿な転生者を。ある意味自分の同郷の輩をどう取り扱えばいいかわからなかった。

 

「わ、私どうなっちゃうの?」

 

もうキィに強気になることは出来なかった。

シュージ。主人公という後ろ盾があったからこその態度だった。

だが、前世の知識。原作知識があっても常夜の外套を奪われた罪は拭えない。

 

「俺が王族なら確実に死刑だ」

 

「ひっ」

 

ギロリと睨みながら死刑宣告を告げるカモ君に怯えるキィ。

しかし、彼女を弁護できる利点が一つだけある。

 

「だが、シュージに。主人公に『原作』を伝えて魔法学園に連れてきたこと。正確には俺の前にまで連れてきたことは評価できる。…それ以外はマイナスだがな」

 

長い溜息を吐いたカモ君は目頭をもみながら現状を整理する。

 

キィも自分と同じ転生者だった。

キィがシュージに原作知識を伝えているため、今後の展開の説明が容易である。

キィのせいで常夜の外套は失われたが、彼から自分への信頼は得られたこと。

そのおかげでカモ君はシュージに対人戦の特訓。最高の経験値という踏み台である自分と理由をつけて何度も行うことが出来る。そうする事でシュージの大幅強化が狙える。

 

「とにかく、シュージもここに連れてこい」

 

「わ、わかったわ」

 

正直、カモ君はまだ文句が言い足りない。

キィのせいで主人公のピンチ。それに続き、リーラン王国のピンチ。最終的にはモカ領(クーとルーナ)のピンチと連鎖するのだ。

弾かれるように椅子から立ち上がり、シュージの元へ走り出していったキィ。

それを見送った後にも重く長い溜息をついて、コーテの方を向いた。

 

「コーテ。悪いんだけどキィについて行ってくれないか。俺がついていくとまた怒鳴りそうだ」

 

「…わかった」

 

転生者同士の話し合いにずっと静観を決め込んでいたコーテはカモ君の要請を受理した。

はっきり言って今まで見たことが無いカモ君だったが、おそらく今まで自分が見てきた中であれが一番自然体なカモ君なのだろう。

 

クーやコーテの前ではクールを装い、自分の前ではその強がりに綻びを見せるが、それでも100%ではない。

ミカエリの前では感謝や信頼もあるからか、ややため口になりそうな口調を無理に丁寧にしている感じがある。恋人になった今の自分でも少し遠慮が見られる。

ギリのように弟妹やモカ領を侮辱されると激昂してしまうが、あれもカモ君の本来持つ一面だろう。

 

だが、一番遠慮がなかったのは今回のキィとの対話。

同郷という事。ミスばかりを起こす彼女を尊敬や感謝することも無ければ遠慮することもない。一番遠慮のないやり取りに若干の嫉妬を覚えたコーテ。

出来れば、自分もあんなやり取りを。と、思ったが、すぐに思い直した。

あれは遠慮がないが、信頼も信用もない。

そんな関係にはなりたくないと思ったコーテは、ログハウスを出て見た光景にさらに頭を悩ませた。

 

 

 

「こいつらの命が惜しかったらお前と、あのエレメンタルマッスルの二人だけでこの森の最奥まで来いっ!」

 

「それが聞き入れられないのならこの二人を殺す。先生方、貴方達が来ても同様です」

 

「ウェイン先輩っ!ギリ先輩!なんでこんな事をっ!?」

 

先ほどまで疲労で倒れていたはずのウェインがネインの首元にナイフを押し当てながら。ギリは魔法で作り出しただろう風の鞭で口元と手足を縛り上げたキィを連れて、混沌の森へと走っていく光景だった。

それを見てシュージは叫ぶことしかできずにその場から動くことが出来なかった。

教師たちもネインとキィが人質に取られたことでシュージ同様に身動きできなかった。

 

…うん。これは先輩達がネーナ王国に寝返って、シュージの身柄を強制連行するため。そして、エミールをこの混沌の森で暗殺するつもりだな。

 

直前まで聞いていた今後の展開。リーラン王国が最も困るイベントが起こっていると判断したコーテはその場で頭を抱えてため息をつくのであった。

 



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第七話 ヒロイン(失笑)を救うべく、我々はダンジョンの奥地へと赴いた

ウェインとギリは今回の強化合宿の前日。

見覚えのない女子学生から声をかけられた。同じ魔法学園の制服を着ているからここの生徒だと判断した二人はそれぞれ別の時間。別の場所。人気のない校舎裏や誰もいない空き教室で彼女に呼び止められた。

既に公表されている国家間の決闘に参加する自分達に興味があった彼女は自分と話したいとそれは嬉しそうに声をかけてきた。

女好きのウェインは喜んで彼女と話をしたが、プライドが高すぎて傲慢なギリは彼女の誘いを最初は断ったが、彼女が持ってきた話は決闘で戦う相手選手の情報だという事。

正直、なぜ彼女が知っているのかは眉唾物だったが、彼女の情報が本物なら有用だと考え、話を聴くことにした。

 

今思えば不思議である。

決闘前という緊張感があるはずなのに身元不明の彼女についていくことが。

どうして自分達はこうも人気のない場所にいるのか。

そして、整った容姿だが顔や声。肌や髪の色さえも今では思い出せない彼女の話をなぜ聞こうと思ったのか。

 

そして、彼女の持ってきた情報。

それは対戦相手が最低でもレベル3の上級魔法の使い手であること。

中にはレベル4の特級魔法の使い手であること。

対戦相手達は皆、上物のマジックアイテムを持っているという事。

 

なにより。これは代理戦争といっても過言ではない危険な戦いであることを知らされた。

 

戦争は勝った方が正義だ。

勝てば何をやっても許されてしまう。

こうして自分と話している間にも相手側に狙われているかもしれませんよ。と、不安を煽ってきた。

現に話しかけられた彼女が、自分のすぐ後ろに視線を向けると、そこには短剣のような光る物体を懐に持っていた作業員がいた。

それを目にしたとき、ウェインとギリの背筋に怖気が走った。

彼等は今回の決闘に参加するだけあって、それなりにダンジョン攻略や決闘の経験がある。

しかし、ダンジョン攻略は雇った冒険者や従者達の後ろ。決闘は厳守とされたルールの元で、ある程度の安全が保障されていたからに過ぎない。

ここで声を上げて魔法学園の教師や衛兵を呼ぶべきか。いや、この距離では声を上げたとしてもそれは自分の断末魔だろう。

 

そうやって震えてしまった二人に優しく声をかける女子生徒。

 

大丈夫。今は、襲ってはきません。

 

なら、後になって襲われるのかと身構えた二人に女子生徒は言葉を続けた。

 

ネーナ王国に寝返りませんか?

 

何もかも思い出せないのに、そう言った彼女の口端が嫌に上向きだったのは今でも覚えている。

対戦相手はレベル4の特級魔法使い。装備も万全。自分達は魔法学園ではエリートだが、やっとレベル3が見えてきたかの中級魔法使い。

装備は国から渡されるだろうローブ。これも一級品だとは思うが、彼女の様子からだと相手選手と比べるのが可哀そうになるほど強力なのだろう。

 

更には自分達のチーム。

高等部の自分達は良いとしても。中等部の女子。そして最年少の初等部一年生が二人も選出されている。

いくら何でも脆弱すぎるチームメイトだ。

いくら初等部の二人。一人は特待生。一人はエレメンタルマスターとはいえ、若すぎる選出にウェインもギリもこれでは勝てないと前々から考えていた。

そんな状態なのに命の危険がある決闘に出ろというのは無茶がある。その上、決闘に出るまでにも命の危険があると言われては、戦闘意欲が地に落ちるというものだ。

そのような考えの二人に女子生徒はアイテムを渡した。

 

ウェインにはラビットリングという腕輪型のマジックアイテム。装備すれば脚力に上昇補正がかかる代物を。

ギリには粉塵の書。持っているだけで風の魔法の精度が上がるアイテムを。

 

学生の身で、このようなマジックアイテムを得るどころか目にすることすら稀である。

それなのに、ポンと渡してきた女子生徒の表情は余裕のあるものだった。

 

話を聴いてくれたお礼です。でも、貴方達の対戦相手にそんなものでは全く歯が立たないでしょうけれど。

 

ウェインとギリは感じていた悪寒がさらに強まった。

マジックアイテムを渡してこの余裕。もう、疑うことはなかった。

今回の決闘。相手選手には、ネーナ王国には絶対に勝てないのだと。

 

それからは女子生徒の話すことを聞き逃さないように集中した。

 

もし、裏切るのなら今度の強化合宿で、特待生の子も寝返らせたいので、彼だけを特定の場所まで連れてくるように言われた。出来る事ならカモ君も連れてくるように言われた。

寝返った報酬も破格の物だ。

国を、家を裏切り、後ろ指で刺されようともおつりが出る報酬。

ネーナ王国で新しい貴族としての地位。名声を得ることが出来る。

では、この話を断ったらどうなるかと尋ねたら、返ってきた言葉に耳を疑った。

 

別に?何もしませんよ。

 

今回の寝返りの話を誰かに喋ったりしても特に彼女からは何もしないとそっけなく返されたのだ。そう言った彼女は別れを告げて、他の生徒がいる廊下へと歩いていき、人混みに混ざるように、その場を後にした。

これはつまり、自分達が何をしようと彼女は事を進められるという事。それだけに自信。余裕があるのだという事だ。

ウェインとギリは彼女を恐れた。

 

そして、強化合宿本番。

確かにカモ君とシュージは自分達よりも強い生徒なのだろうと認めざるを得ない。

しかし、あの女子生徒の言動から、彼等の戦闘力でもどうしようもないのだと告げられている気がした。

あの用意周到な彼女がこの二人の戦闘能力を把握していないとは思えない。

 

なにより、カモ君の態度が気に食わない。

確かに貴族の役目として領地と国民を守るのは義務なのだろう。

だが、それにかこつけて自分達にまで拷問をしてまで強くなろうとすることが気に食わない。

年下であり、爵位も持っていない状態のカモ君が主導権を持っていることが気に食わない。

小柄だが、美少女といってもいいメイドといい仲を思わせるのが気に食わない。

 

なにより、今回の強化合宿メンバーの中で一番貴族らしかった。貴族として正しい姿勢で合宿に取り組んでいた。

自分はこんなにもネーナ王国に怯えているのにカモ君は。彼の周囲だけは屈せず立ち向かう意思を持っていた。

 

ギリは自分が知らないうちに情けなく思えた。悔しく思った。惨めだった。

 

だから、お前も惨めになれ。

自分だけでは不公平だ。

その意志を貫けるカモ君を貶める為に彼の大事な友人を人質に取り、彼をここで仕留める。

 

そう決意した瞬間にメイドの一人に声をかけられた。

見ればそのメイドは自分に話しかけてきた女子生徒の一人だった。

何故、彼女に今の今まで気が付かなかったのか。まるで彼女は毎日目にする赤の他人のように興味を引くことが無かった。

こんなにも美しい風貌をしているのに…。

 

決意なされたのですね。

 

彼女の事は疑わしいが、彼女の言葉には逆らう気はなかった。

ギリが頷いた事を確認したメイドは新たなアイテムを彼に授けた。

 

ドッグ・チェーン。

本来は猟師が猟犬に装着させ、獲物を見つけた時それを猟師に伝え、猟師の位置を猟犬に伝えるマジックアイテム。一種の通信機の役割を果たすアイテムをギリは受け取った。

 

では適当な理由をつけて私の後ろを追いかけてください。モンスターは私がどうにかします。三十分は襲ってきませんから。

 

そう言って彼女はウェインにも声をかけて、混沌の森へとするりと入っていった。

それをとがめる人物はいなかった。

普通、メイドが一人。モンスターが跋扈する森に入る場面を見れば止めに入る。

監視役の教師はもちろん。それが同業者なら猶更止める。

だが、そうはならなかった。

まるで、誰も森に入りはしていないかのように。だが、確かに彼女は自分達の前で混沌の森へと入っていった。

 

色々不気味な点はあるが、あえてそれに乗ってやる。

どうやらウェインも乗り気のようで親指でネインを指す。どうやら彼女を人質にと言ったところだろう。

残念ながらウェイン並みの筋力はギリにはない。がっつり魔法使いタイプなので魔法の補助なしでは人一人運べない。となれば自分は、人質は取らないほうがいいか?いや、人質は多い方がいい。だが、良くても子どもを抱えるくらいが精いっぱいだ。

そこに目に入ったのはメイドの一人のキィだった。

出来ればもっと小さいコーテの方が良かったが、彼女くらいならギリでも抱えて走ることが出来る。

あれだけ疲れていたはずの体力も今ではだいぶ回復した。今なら、怪しかった彼女の後を追いかけることも出来る。

ギリは魔法を使いキィを捕縛すると同時にウェインもネインの首にナイフを突きつけているところだった。

 

もう後には引けない。

やりきるしかない。

 

そんな高揚感からか自分の体ではないように感じられるほどの膂力が体からあふれる。

あの女が何かしたのか?だが、今のギリには好都合だった。

 

ウェインがネインを肩に担いで。ギリが魔法で作り出したロープでキィを捉えたまま混沌の森に入っていく。

ドッグ・チェーンの効果であの女が通っていった道が分かる。

自分達が通ったあぜ道ではなくい。かといって、獣道でもない。

 

いつからそこにあったのか、まるで隠されていたかのように舗装された道が女の通った後に続いていた。

自分達が知らない。おそらく教師サイドも知らされていないだろうその道は一直線に混沌の森の奥地へと続いていた。

そんな不思議な道を走り切った先には断崖を思わせる一際大きな樹木が生えており、その周囲は掃除でもしたのかと思わんばかりに背の短い草原が広がっていた。空から見たらまるでドーナッツのようにぽっかりと開いているように見える場所だ。

モンスターが出現しなければ、観光スポットにでもなっていたかもしれないその空間に自分達に寝返りを打診してきたメイドはいた。

ギリよりも数分早く到着したウェインはネインの服を破いている最中だった。どうやら彼女に乱暴を働くつもりらしい。

メイドはそれを止める様子もなくギリを怪しく笑って迎える。

 

ご苦労様です。後は人質を利用して特待生を連れ去り、エレメンタルマスターの少年を殺すだけですね。

 

そう言った彼女は巨木を背に微笑んだ。

この瞬間を収めることが出来ればさぞ有名な絵画になっただろう。

しかし、今、こうしてみてもメイドの顔を捉えることが出来ない。

前髪で見えないわけでも仮面をつけているわけでもない。何も邪魔していないはずなのに彼女の顔を。声を。風貌を捉えることは出来なかった。だが、この時はなぜか、それを不思議とは思えなくなっていた。

 

…貴方もあちらみたいに楽しんでみたらどうですか。

もう、この国にはいられないでしょうから。

 

恐らくウェインも同じことを言われたのだろう。

だから、容姿が整ったネインに乱暴をしているのだ。

どうせ事が成功したらリーラン王国には居ないだろうし、失敗してもおそらく処断されるのは間違いない。ならば少しでも楽しまねば損というものだ。だが、自分が捕まえてきた人質は魅力的ではない。

 

はずだった。

 

ちらりと自分が連れてきたキィに目を向ける。が、あまり欲情することが出来ない少女体型。ロリコンなら喜びそうな体つきはギリの趣味ではない。

ネインやミカエリのように出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる体型が好みであるにも関わらず、キィの姿を見て、これはこれで。と、思うようになった。

 

そんなギリの視線を受けてキィはじたばたと捕まえられた時以上にもがいたが、拘束を解くことは敵わない。出来るのならとっくの昔に逃げ出していたはずだ。

 

彼女のメイド服。エプロンになっている部分を無理やり引きはがし、ボタンを一つずつ外していく。

すぐ傍ではネインが大声で悲鳴を上げながら抵抗しているが、下着ごとズボンを脱いだウェインに完全に抑え込まれている。あと一分もしないうちにネインの操が無残に散らされるだろうと思った瞬間。

ギリの真横を太くて長いものが物凄いスピードで通過していった。

そして、そのスピードのまま、その先端がウェインの尻に。正確には尻の穴に深々と突き刺さった。

 

「あ“―――――っ!」

 

野郎の汚い声が鳴り響いた。

と同時にギリの顔に鋭く重い衝撃が走る。

 

「ぷげぇえええええっ!?」

 

衝撃のまま吹き飛ばされたギリは、そのまま数メートル地面を転がる。

その時に見たものはカモ君が思いっきり拳を振りぬいた体制だった。

 

「ひゃ、ひゃんで。おみゃえがひょひょに」

 

殴られた頬ではっきりと喋れないギリ放って、カモ君はネインの上に覆いかぶさっていたウェインの横っ腹を蹴り飛ばしていた。

カモ君だけではない。

ギリ達がとってきた道を通って来たのか後から付き添いの教師が一人。そして、シュージとコーテがやって来た。

まるで自分達の後からすぐに追いかけて来たかのように。

 

「みゃ、みゃしゃか、おみゃえたち。追いきゃけてきたのきゃっ。あの後しゅぐにっ!」

 

そう、あの犯行声明の後、一分もしないうちにカモ君を先頭に彼等はやって来たのだ。

人質の命がないと忠告したのに、それを無視して。

 

これには最初、シュージを含めた教師の何人かがすぐに追いかけるのは危険だと考えていたが、コーテから事情を聞かされたカモ君がすぐに追いかけるように行動したのだ。

 

理由はもちろんある。

まず、誘拐犯であるギリ達は現状二人だけの犯行。しかも人質という足手まといを連れた状態ならすぐにでも取り返せる。対処できると判断。

次に、彼等に時間を与えれば罠の設置や他の犯行メンバーとの合流が考えられる。そうなると救出はより困難になるという事。

 

その事を告げながらカモ君は戦える人間は自分に続けと指示を出して森に突入して言った。

幸いなことにカモ君の視力と聴力は常人の1.3倍。他人の魔力探知は5倍。これらは全て愛する弟妹のために常日頃からケアと鍛錬をしているおかげである。

そのおかげでギリの背中がちらりと見えた後を追っていくと舗装された明らかに怪しい道を発見した。そこからギリやキィの魔力を察知し、後に続いていった。

もちろんカモ君も一人で何でもできるわけではない。後からやって来た教師とシュージとコーテの気配を感じたからこそ、追走を続けた。

そして、人質に気を取られた瞬間の不意を突こうとカモ君は息をひそめていたのだ。

だが、ネインが本格的に危なくなったところで彼等は合流。魔法を使うには遅すぎる。カモ君は何かを投げつけて気をそらそうと、大きな道具袋を持った教師に手を向けて言った。

 

「何か投げる物をっ」

 

「バナナがあるよっ」

 

何でバナナ?とは思ってはいけない。

シュージのお陰でタフナルバナナは沢山入手できたのだ。それこそ教師の袋に入れられるほど大量に。

そして、カモ君の投擲は予想以上の成果を上げた。まずは体のどこかにでもあたって気をそらせればいいと考えていたが、タフナルバナナは投げやりのようにまっすぐに飛んでいき、そのやや弧を描いたバナナはピンポイントでウェインのデリケートゾーンに突入した。

 

あとは御覧の通りとなる。

ギリは殴り飛ばされた衝撃でキィを拘束していた魔法が解除された。

ウェインはカモ君に力いっぱい蹴り飛ばされたせいで呼吸がまともに出来ていない。何より尻に入った異物感もあってか、「お“っお”っ」とえづく始末。

 

誘拐作戦は見事に失敗。

あまりの不始末にギリが絶望した顔でカモ君を見上げる。

その風格はどこまでも正しく雄々しい。貴族男子なら誰もが一度は憧れる『英雄』だった。

 

「なんで、だ。何で、そこまでっ、そうしていられるっ!どうして、そこまでっ、正しくいられるっ!」

 

ギリの怨嗟はもはやカモ君だけではない。彼を取り巻く環境や世界を呪わんばかりの怒りだった。

 

自分はこんなにも無様なのに。カモ君は正しく強い。

 

ギリ自身、努力してこなかったわけではない。むしろその逆、努力してきたから。実力があるからこそ決闘する選手に選ばれたのだ。

だが、ギリとカモ君の立場はまるで違う。それが悔しくて、悲しくて、怒り狂わんばかりだった。

その差を知りたかった。答えを知りたかった。

しかし、返ってきた言葉はあまりにも短いもので単純なものだった。

 

「そりゃ、あんたが悪い事をしているからだろ」

 

ギリが、あの女に脅されても、屈することが無ければ、こんな事にはならなかった。

ギリは、対戦相手が強いからと言って戦う事を諦めなければ、こうはならなかった。

ギリが、リーラン王国の貴族の誇りを持っていれば、きっと彼もカモ君の隣に立っていたはずなのだ。

 

「…あ」

 

それは簡単な事。

走っている先が同じならばいっしょに並ぶことが出来たのに。自分がやっている事は逆方向に走っているようなもの。

だから、こんなにも差がつくのは当たり前。立場も違うのは当たり前なのだ。

その事に気が付いたギリは全身から力が抜けたようにその場に伏した。もう彼が抵抗することはないだろう。

 

 

 

ちなみにカモ君がギリの立場だったら、クーとルーナとコーテの安全という条件付きなら同じ行動をとっていた事をギリが知る由もなかった。

 



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第八話 ランクアップが無ければ即死だった

ギリ達がカモ君に押さえつけられている場面を、文字通り人知れずに見ていた人物がいる。

それはギリ達を唆した女子学生、メイドに扮した女性であり、カモ君とコーテをモカ領で襲った二人組の片棒を担いでいたライムだった。

彼女はカモ君達から少し離れたところに居るだけで、本来なら彼女にもカモ君が殴りかかるような状況であるにもかかわらず誰も彼女に関与しようとはしなかった。出来なかった。

見れば彼女の格好は神官を思わせるローブと派手な杖を持っている場違いな格好をしているにもかかわらず誰もそれに感知できていない。

 

認知をごまかす魔道具を三つも装備したライムを捉えることはこの場にいる誰も出来ない。

彼女の風貌を確認することも。その恰好も。声も。魔力ですらも認知できていない。

違和感を覚えることも無い。

彼女の事を既に知っているうえで、意識していなければ誰も彼女を捉えることは出来ないだろう。

その上、ギリ達はもう既に誰に唆されたかもわからないだろう。

今の彼女は炉端の石以下にまで存在感がない。

 

そんな彼女はギリ達を見捨てることを決めると懐から一本の試験管を取り出した。

封をしているコルクを抜き取り、カモ君達に向かってそれを投げた。

その中身は饗宴の雫という、モンスターを呼び込む効果がある液体だ。

ある意味魔除けのお香とは逆の効果を持つそれは、どこか辛さを感じる匂いがカモ君達の周囲に立ち込める。

その匂いを敏感に察したのは、「ロリ先ぱーいっ」涙目のキィに縋りつかれていたコーテだった。

同じ女性であるキィとシュージと先生に介抱されているネインは先ほどまで襲われていたため、この匂いには気づけなかったが、彼女は違う。

ハント領ではよくダンジョンが出現し、モンスターを間引きするためにこの狂乱の雫は使われており、彼女もこの匂いを嗅いだことがある代物だ。勿論、危険物として。

 

「っ。エミール、早くここを離れよう。誰かが饗宴の雫をばらまいた」

 

「嘘だろ、おい」

 

カモ君はコーテの述べた言葉を正確にくみ取った。

こんな低ステータスとはいえレベルMAXの自分でも手を焼く混沌の森でモンスターを呼び出すアイテムが使われたとなれば文字通り死活問題だ。

しかも今いる場所はあまりにも整然とされているまるで、ボスと戦う事を想定されたような空間だ。

 

「おいっ、シュージ。あと先生、先輩達っ!ここから早く移動しないとっ!嫌な予感が」

 

カモ君が撤退を指示しようとした瞬間、その場を揺るがす巨大な咆哮が響いた。

その場にいた誰もが体を強張らせ、周囲を見渡す。

自分達では敵わないと自覚させられる圧倒的な強者の気配をその身で感じた。

それはカモ君達がやって来た道とは別の方向。それこそジャングルの木々を薙ぎ倒しながらやってくる足音。確実に自分達を攻撃目標にした巨大な何かがやって来た。

もはや撤退も出来ないと判断したカモ君は今まで隠してきた魔法と上げることを躊躇っていた魔法のランクアップを発動させた。

魔法のランクアップを意識したことで、カモ君の土属性がレベルアップを果たし、その精度と威力が底上げされる。

そして、冒険者のアイムから伝授された魔法。『鉄腕』を発動させ、咆哮と木々をなぎ倒してくる気配の最善に立って、全力防御の姿勢を取った。

カモ君を見ていた人間からすると、彼の体の前に浮遊する一対の巨大な鋼鉄の手甲が浮かび上がったように見えるだろう。

それを交差させ、防御態勢を取ったカモ君。

その数秒後には物凄い衝撃音と共に彼は後方へとぶっ飛んだ。

高さだけなら3メートルはあろうかと思う身長を持ち、その両腕は異常に太い、赤い毛皮に覆われた大猿がそこにいた。

 

「…嘘だろ。何で、エンシェント・ゴリラが出てくるんだよ」

 

ぶっ飛ばされたカモ君は、その勢いのまま背後にあった木に背中を打ち付けながらも、何とか意識を保ち、自分をぶっ飛ばした正体を見て怖気が走った。

猿型のモンスターの中で、最強の地位を持つエンシェント・ゴリラ。猿型なのにゴリラの名前がつくほどえぐい攻撃力のある拳を振るうモンスター。

本来なら、国の軍隊の小隊から大隊で討伐すべきモンスターがカモ君達の前に現れた。

 

ブレスも魔法を使わないドラゴンと揶揄されるモンスター。

それがエンシェント・ゴリラである。

現にカモ君が作り出した『鉄腕』は殴られた瞬間にもれなく全壊。跡形もなく粉々になっていた。

 

そんな全滅を思わせるモンスターを呼び寄せてしまったライムはというと。

 

…あ、ちょっとミスったかもしれない。

 

拉致目的のシュージまで死んでしまうかもしれないモンスターを呼び寄せてしまった失敗を後悔していた。

 



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第九話 タゲ管理人は辛いよ

シャイニング・サーガというゲームにおいて、実は敵キャラにも隠しステータスというものがあり、それが同族の絆というものがある。

モンスターが群れで襲い掛かり、同族の者がやられるとそれを怒りのエネルギーに変えてステータスの上昇につながる。

 

このエンシェント・ゴリラも同族のフォレスト・エイプ達が倒されたことに怒りを覚えているのか、攻撃力とスピードが普通のモンスターとは文字通り桁違いだった。

何せ、一番タフ。かつ一番防御に自信がある魔法で防御姿勢を取っていたカモ君を殴り飛ばしたからだ。

そのせいで、カモ君の体力はだいぶ削られた。あと一回でも同じことがあれば確実に気絶。もしくは絶命だ。

その上、ダメージも大きく体全体が悲鳴を上げるかのように震えて動かない。

このままではいけないと回復魔法の詠唱に入る。幸いなことにエンシェント・ゴリラは既にカモ君から興味を外している。が、その目標はカモ君が命を懸けても守らなければならない。コーテ。そして、シュージ達(が救ってくれる未来)だ。

長いからエンゴリと略そう。

エンゴリは寄りにもよって一番小さいコーテに狙いを定めた。エンゴリの一番近い場所にいて、キィにしがみつかれているコーテが狙いやすい獲物なのだろう。

カモ君の体はまだぶっ飛ばされた衝撃で痺れてうまく動かない。だが、このままでは確実にコーテとキィが襲われ、死んでしまうだろう。

今、この場にいる人間の中で一番の耐久力を持つカモ君がこれなのだ。彼より脆い彼女達がエンゴリに殴られれば落とした豆腐のようにぐちゃぐちゃになってしまう。

 

動け。動けっ。動けぇええええええ!!

 

カモ君は最後の魔法ランクアップを実行する。

上げるのは光属性。これでカモ君は中級の補助魔法が使える。そして、これ以上は強くなることは出来ない。

 

「ブーストォオオオオオッ!」

 

身体能力を一段階上げる魔法を使い、未だに痺れている体を無理やり動かしてエンゴリに特攻を仕掛ける。

エンゴリの剛腕が繰り出されるよりも早く横っ腹に飛びついたカモ君は鉄腕を発動させエンゴリの股間を攻撃する。

見た限りだと股間に立派なふぐりを有しているエンゴリはおそらく雄個体なのだろう。

カモ君にそこを殴られたエンゴリは小さく悲鳴を上げながらその場から数メートル飛びのいた。

その時にカモ君もふるい落とされてしまったが、その頃には体の痺れもなくなり両足でまともに動けるようになった。

 

コーテは未だにキィにしがみつかれているからまだ行動に出ることは出来ない。ネインも今は教師の後ろに庇われるような体制。

女性陣にまともな援護は期待できそうにない。

シュージは戦闘態勢を取り、魔法の詠唱を開始しているが、エンゴリの動きにまだついていけていないのだろう。カモ君が飛びつくまで彼もまた身動きできなかった。

ウェインは未だに痙攣しながら気絶中。ギリも目の前のエンゴリの動きにキョロキョロと視線を動かしている。おそらく援護として魔法を放っても回避されるのが落ちだろう。

今の自分達には圧倒的にスピードが足りない。さらに言えば攻撃力も足りない。

カモ君がエンゴリに当てられそう。かつダメージを与えることが出来そうな攻撃は近距離戦による鉄腕。それでも子供が大人の股間を蹴った程度のダメージしか与えられない。致命傷には程遠い。

この中で一番殺傷能力が出せるのはシュージ。次いでカモ君である。

教師の実力は未知数だが今はネインを庇っているため、参戦できずにいる。

勝ち筋があるとすれば、それは。

キィがマイナス補正の出る魔法をエンゴリに当て続けて、カモ君がシュージの魔法の威力を増大させ、シュージがエンゴリを倒すという。コンビネーションが必要だ。

そのためにも、今いる足手まとい達にはご退場を願うしかない。彼等がそこにいるだけでシュージの大火力の魔法が使えない。

 

「先生っ!コーテッ!先輩達を連れて一度撤退を!そしてすぐに援護に来てくれっ!」

 

序盤から戦力外だった先輩方ではエンゴリには到底敵わない。

先生の戦闘能力は未知数だが、生徒一人担いでこの場を離れることは出来るだろう。だが三人もの足手まといがいるとなるとそうもいかない。となれば絶対的に必要ではないコーテを付き添わせた方がいい。

出来る事ならこの場に残って援護をして欲しい。

今の彼女なら指定した範囲に回復効果を持たせるエリアヒールが使える。ただ敵味方関係なく回復させてしまうが。だが、それでもいるといないでは大違いだ。

だからいて欲しい。のだが、このままではじり貧になるのは目に見えている。だからこそ不安要素を消すために彼女には一度撤退してもらわなければならない。

 

「~~~っ!!エミール、絶対に死なないで!ほらっ、すぐに逃げる!」

 

そう言ってコーテはカモ君がぶっ飛ばされていた時に詠唱していた魔法。体力と怪我をある程度癒してくれるヒールをカモ君に飛ばした後、キィを引っぺがして、近くに座り込んでいたギリの背中を蹴り上げて逃げるように促す。

彼女もわかっているのだ。自分では決定打を与えられるモンスターではないことを。だが、先輩達を逃がした後はすぐに戻ろうと決めて、ネインの手を取り、立ち上がらせる。

ネインの服はところどころ破られており、乳房や臀部が丸見えになっていたが、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。全力で走って逃げるように促す。

先生の方もカモ君の意図をくみ取って、持っていた道具袋を投げ捨てて、気絶しているウェインを担ぎ上げると一目散に逃げだした。

 

「すぐに戻る!絶対に無茶はするな!」

 

先生の後を追いかけるようにネインとギリが続き、コーテが殿となって駆け出す。その際にカモ君の方をチラリと見たが、その時すでにカモ君の鉄腕といつの間にか彼に近づいていたエンゴリは取っ組み合っており、膠着状態だった。

これなら時間稼ぎは大丈夫か。と、一抹の期待を込めてコーテは先生の後を追いかけていった。

その場に残された人間はカモ君とシュージ。そして置いて行かれたようなキィの三名。

主人公と転生者というこの世界では濃ゆすぎるメンツだ。

 

「ちょ、私を置いていくの?!」

 

「お前は、デバフ、しろっ!」

 

コーテに見捨てられたのかとショックを受けていたキィ。

カモ君の意図をくみ取れなかった彼女は半ば混乱状態だった。そのため、カモ君は簡単に説明した。

エンゴリの握力はすさまじく取っ組み合っているが、ビキビキビシビシと金属が砕けていく音が聞こえていた。

カモ君は魔法の鉄腕と光魔法のブーストで膂力が三倍近くまで上がっているが、それでもエンゴリがその上をいく。それもそのはず、エンゴリはカモ君の倍近くの体格の上、ステータスが混沌の森ではかなりの上位に食い込む。おそらく十秒もしないうちに鉄腕は砕ける。

 

「エミールッ!今援護する!ファイヤーボ」

 

「っ!?駄目だシュージ!今はそれじゃない!」

 

カモ君はシュージの使おうとした魔法を止めるように声を上げた。と、同時にカモ君の鉄腕が握りつぶされる。そしてそのまま殴りかかるエンゴリだったが、カモ君もその場に留まっていたわけではない。

すぐさまバックステップで紙一重で攻撃をかわす。本当なら余裕を持って回避したかったが魔法のブーストをして今の動きがやっとだった。

そこからエンゴリの連続パンチを全力回避しながら、再び鉄腕を発動。再び取っ組み合いを開始する。

忘れがちだが、カモ君はダブルキャスト。二つの魔法を同時に使える。余裕があれば三つ同時に発動が可能だ。だが、鉄腕とブースト。そこにもう一つ追加したいところだが、そうなる前に鉄腕が砕かれるため、トリプル・キャストは出来ずにいた。

今のエンゴリはカモ君をターゲットに定めている。だからこそカモ君は取っ組み合いという時間稼ぎが出来ている。

ここでシュージがその力の一端を見せればエンゴリはカモ君よりシュージを脅威と見て彼に攻撃を集中させる。そうなればカモ君はシュージの援護は出来ない。それほどまでにエンゴリは素早い。

シュージが今、倒れてしまえばあとに残るのは全滅だ。だからこそシュージには必殺の域まで高めた魔法。一回の攻撃で仕留めてもらわなければならない。

そのために、カモ君はエンゴリの足を止めて、キィが闇属性の魔法でひたすら弱らせて、シュージの最大火力で仕留める。

これしか勝機を見出せなかった。

 

「一発だ!一発で仕留めろ!でなきゃ、俺たちは全員死ぬ!」

 

シュージはカモ君の気配からただ事ではないと今、使おうとしていた魔法を止めて、別の詠唱に入る。

それは少し前、養殖ダンジョンのコアを粉砕した炎の大剣を生み出す魔法。フレイム・カリバー。しかし、それは自分が罪を犯した時に使った魔法であり、シュージの汚点でもあった。

だが、それを振り払うように頭を振って詠唱を開始する。いつでも発動させられるように魔力を高める事だけは今からやっていた方がいい。

 

「キィ!間違っても俺にはデバフを当てんなよっ!そうなったら即死だからな!」

 

「スロウダウン!えっ?何か言った?」

 

キィの放った黒く点滅を繰り返す光がエンゴリ。と、近くにいたカモ君を包み込んだ。

彼女が放った魔法は、その光に包まれた対象の素早さをガクンと落とす。まるでその対象者は水中にいるかのように鈍化する。

数値的に言えば相手の素早さを30減らす。といった具合だが、今のカモ君とエンゴリにそれが当たることは本格的にまずい。

 

エンゴリ:素早さ:キィの魔法で70から40へダウン。

カモ君:素早さ:60からブーストの効果が切れたため、50へダウン。さらにキィの魔法で50から20へダウン。

 

ここにきてエンゴリとの素早さの差が二倍になった。

しかもよりにもよって、鉄腕が砕かれ、ブーストの魔法の効果が切れてしまった。

 

あほかぁああっ!!やるなって言ったらやるんだよなこいつぅっ!!

 

思考だけはいつもの通りだが、体の動きがガクンと落ちたカモ君は叫びたくなる感情を抑えて三度鉄腕を発動させるために詠唱を開始する。

カモ君のクイックキャスト(笑)も今の状況では普通の詠唱となる。それなのにエンゴリは素早さが倍ある。

勿論カモ君の魔法は間に合わないでエンゴリの拳が直撃する。

カモ君もただで当たったわけではない。常に回避行動をとっていたため、その拳が直撃する方向に合わせてジャンプしたようなものだ。威力は大分抑えられたが、それでもトラックに跳ね飛ばされるから軽自動車に跳ね飛ばされるに威力が落ちたに過ぎない。

カモ君の右半身全体を襲い掛かる衝撃に嫌な音が体の中から聞こえた。おそらくあばら骨が折れたのだろう。息をするだけでも激痛が走るが意識はまだしっかりと残っている。

そこまでして、やっと鉄腕が発動した。だが、その鋼鉄の腕も最初に見た鉄腕より一回り小さい。

実は朝の合宿訓練で体力と魔力が削られ、エンゴリとの戦闘で負った怪我の痛みで集中力も削がれた。

恐らく、あと一合。一回の攻防でも行えば自分はやられる。それでもカモ君は諦めていない。

なぜならば、ここには主人公が。未来の英雄がいるのだから。

 

「アーマーブレイク!」

 

カモ君がやられている間、キィも黙っていたわけではない。

今度は防御耐性を落とす効果がある濃紺の魔法をエンゴリに当てることに成功した。今度はカモ君には当たっていない。

エンゴリもキィが先ほどから何かやっていることに気づいてはいる。だが、実質ダメージがないから放っておいた。そして、カモ君の作り出した鉄腕に組み付き、再度握りつぶそうとした。

シュージも何かをうかがっている。野生の感が彼から危険を告げているが、一番の脅威は目の前で鉄腕を振り回すカモ君だと経験が言っている。

長年、この森で戦い猿型のモンスターの長として君臨し、その座を狙う若輩を退けてきたのはその身体能力ではなく、経験・知識から来るもの。

少し考えればわかる。今でこそからの動きは鈍いが、経験上これはすぐ治るものだ。しかもカモ君を除いた二人は自分の動きついていけていない。カモ君を倒せばあとは素早い動きで翻弄し、殴殺するだけだ。

 

だが、経験はそれが裏目に出た。

 

今まで動きのなかったシュージにから圧倒的な魔力を感じた。

自分を殺せるだけの魔力を。

見ればシュージの掲げた両手の先には煌々と輝く炎が大剣の形となっていた。

そして、その切っ先が自分に向けられて核心に至る。

あれだけは受けてはいけない。逃げろ。

だが、その瞬間に緩んだ手から抜け出した右の鉄腕が今度は自分の足を握りしめた。

 

「逃がさん」

 

エンゴリに人間の言葉は理解できない。だが、意図はわかった。

こいつはこの時のために自分の相手をしていたのだと。

 

放せ!

 

そう猿の悲鳴のように吠えながらカモ君を叩き潰さんと両手を組んで彼の頭上から叩きつけるが、その間に残っていた鉄腕が間に入ったことで、カモ君を叩き潰すことは敵わなかった。だが、それでも鉄腕は全体的に亀裂が走り、鉄腕ごと地面に叩きつけられたような衝撃がカモ君を襲った。うつ伏せに倒されながらも頭を守るように左腕を掲げると、それに連動して鉄腕もカモ君の上に覆いかぶさる形になった。

 

そこでエンゴリは詰んでいた。

 

エンゴリは最初からキィを狙っていれば良かったのだ。そうすれば自分の動きを妨げる人間はおらず、ただただ殴殺できていた。

エンゴリは最初からシュージを狙えばよかったのだ。そうすれば自分に致命傷を与えることが出来る人間はおらず、耐久戦に持ち込み勝てた。

エンゴリが叩き潰すのはカモ君を守る左の鉄腕ではなく右の鉄腕だった。そうすれば左の鉄腕のように瓦解寸前であれば容易に拘束から逃れることが出来た。

エンゴリが相手にすべきはカモ君ではなかった。彼等のリーダーがカモ君だと認識し、リーダーを潰せばそのチームは瓦解する。そんな知識があったがため、エンゴリは己を殺す炎の大剣にその身を貫かれることになる。

 

「フレイム・カリバァアアアッ!!」

 

エンゴリの横っ腹にシュージの放った炎の大剣が深々と突き刺さり大爆発を巻き起こした。

近くにいたカモ君を巻き込んで。

 




ほんぎゃあああああああああああああああっ!!!

カモ君の絶叫は爆発によって掻き消えた。


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第十話 ゴリラの心得

お見事。

 

シュージ達がエンゴリと戦闘に入る前からライムは認識疎外を行い、文字通り蚊帳の外で彼等の戦いを見守っていた。

シュージに何かありそうだったら援護に入るつもりだったが、それは取り越し苦労となった。だが、それ以上の収穫はあった。

それはシュージが既に物語の中盤辺りまで成長している事。上級魔法を使うことが出来るのはシャイニング・サーガでは中盤になってからなのだが、エンゴリを屠るまでの実力とは思わなかったのだ。

時期的にはゲームで言うならまだ中級の魔法が精一杯。エンゴリを倒すなど到底不可能だと思っていた。だが、現実はどうだ。エンゴリを一撃で倒すまで強くなっているではないか。

 

そして、カモ君。

彼等が戦っている時に魔法のルーペを改造してより情報が閲覧できる魔法のルーペ改でカモ君の現状を図ってみるとレベル50という、主人公の半分のレベル上限だが、MAX状態というこれ以上ないほどに仕上がった『踏み台』にライムの口角は吊り上がった。

今の彼を取り込んで、サンドバックにしたらどれだけネーナ王国の国力が上がるだろうか。

 

はっきり言ってシュージよりもカモ君の方がライムにとって興味をそそられる対象だった。

しかし、それは駄目だ。

なにせカモ君は『踏み台』。自分を倒した相手を大幅強化してしまうという、味方にしてはいけない人物なのだ。

何より、今の自分ではシュージは勿論、弱っているカモ君。キィにすら勝てるか怪しい。

あくまでも研究職にステータスを全振りしているライムでは勝てそうにない。

戦わない。ではなく、戦えない自分はこの場では撤退するしかない。

前もって準備していたイカロスの羽を発動させ、転移していくライムが最後に見た光景は、ネイン達を無事キャンプ場まで届けた後、すぐさま駆けつけてきたコーテに説教されながら回復魔法を受けているカモ君達だった。

 

 

 

エンゴリが爆散した時近くにいたカモ君は幸運だった。

倒れ伏したことで爆風の被害を最小限にし、鉄腕で自分の体を覆っていたことでそれが盾となり爆発を大分やり過ごせた。その爆発音で鼓膜が破れて一時的に意識と聴覚を失っていたが。

そう、大分。全部ではない。

爆発の威力は殺せたが、その時に鉄腕もばらばらになってカモ君の体の背中を中心にあちこちに突き刺さった。

例えるなら彫刻刀でグサグサ突き刺されたといった具合だろうか。

浅く切り付けられた。その程度の傷で済んでよかったが出血が派手だった。その上、鉄腕の破片が体のあちこちに食い込んだのか嫌な熱を感じる。はっきり言ってこのまま放っておいたら破傷風や感染症でぽっくり死んでしまうレベルである。

おびただしく血が噴き出ているカモ君を心配したシュージが駆け寄る。幸いなことにコーテがその時に来てくれたおかげで、鉄腕の破片の除去から傷を塞ぐ回復魔法をかけてくれたおかげでカモ君もなんとか立ち上がれるまで回復した。鼓膜も治してもらった。

まだ折れたままあばら骨の治療をしてもらっている最中にコーテにしこたま叱られた。

 

また無茶をした。と、

聞けば何度も死にかけた場面があった。

 

キィの阻害魔法を受けてからのエンゴリの攻撃。および、足止めの際に受けたダメージ。

そして、シュージの上級魔法を直撃とはいわなくても間近で受けたことにしこたま怒られたのだ。

 

キィのやらかし。エンゴリの脅威。そしてシュージの魔法の殺傷能力。

そのどれもが致死レベルなのだ。十分に注意してほしいとこれでもかと説教を食らったカモ君は自分でも理解していたので平謝りをするだけだった。

その光景にキィが意地悪そうににやけたが、そもそも彼女がカモ君を巻き込まないように阻害魔法を放っていればカモ君は大怪我を負わなかったかもしれないのだ。

当然、彼女にも説教を開始しようとしたが、ここはモンスターが跋扈する混沌の森だ。

カモ君の治療を最低限終わらせたらすぐさま撤退すべきである。

拾った命を捨てるわけにはいかない。

カモ君の援護に来たのはコーテの他に今度は教師が二人来てくれたので撤退にも余裕がある。だからこそ、コーテはカモ君のあばら骨の治療まで行っている。

そして、撤収という時になってシュージがまた何かを拾っていた。

どうやらエンゴリを討伐した時にまたしてもドロップアイテムが出現したらしい。

 

こいつは本当にラッキーマンだな。羨むも過ぎれば呆れてしまう。

そんな彼が持ってきたのは透き通るような緑の宝石で作られた天秤を模したネックレスだった。

鑑定魔法をかけてわかったのだが、これもこれでぶっ飛んだアイテムだった。

 

・・・おいっ。

 

カモ君は呆れてしまうと言ったが、一周してまた羨むようになってしまった。

シュージが手に入れたアイテムは『ゴリラの心得』。

森林の奥地に住むゴリラは賢いが、その剛腕はその森の中では比類なきもの。

それを示すようなアイテムが『ゴリラの心得』である。

 

魔法攻撃力と物理攻撃力のステータスが入れ替わるマジックアイテムをシュージは手に入れたのだ。

 

魔法攻撃力が馬鹿みたいにあるシュージにこれほど向いたアイテムがあるだろうか。

魔法力が切れたら、このアイテムを装備して肉弾戦を行えばいい。

敵から見たらふざけるなと怒鳴りたくなる状況になるだろう。

だが、これは今の自分達にとっては幸運といってもいい。

 

ウェインとギリは裏切ったが、それを覆すほどのアイテムを入手した。…覆しただろうか?5対5の決闘。そのうちの二人が裏切り者になったから3対5になった。

え、これ大丈夫?自分達よりも弱いと言っても相手の出方を知るための捨て石ぐらいには出来たのに。それすらなくなったわけだから。

しかも裏切り者が出たという事により全体の指揮が下がったというわけであり、思った以上にこちらの戦力が削られたのではないか?

 

表面上はクールにしているカモ君が色々悩んでいる事を知らないシュージはまたもやカモ君にそれを譲ってこようとしてきた。

気持ちはうれしいのだが、自分にはあまり意味がないアイテムだろうとシュージには決闘の時には施しコインと入れ替えて戦えばいいと伝える。

施しコインはキィに聞かれれば目の色を変えてねだるだろうからそれとなくぼかして伝えたカモ君。

彼のステータスはほぼ均一になっている。

魔法攻撃力と物理攻撃力を入れ替えてもあまり変化はないだろう。特出しているのは生命力と魔力総量くらいだろう。文字通りのタンクだ。敵の攻撃を受けて注意を引き付ける護衛という意味と魔力の貯蔵庫というべき意味の二重タンクだ。

はっきり言って使い道がそれくらいだ。キィが闇属性のレベル3。上級魔法を使えるようになった時に使えるマナスティールという対象の魔力を奪う魔法で消費した魔力を補充させるくらいしか方法が浮かばない。

 

話を決闘に戻す。

ギリとウェインは裏切った為、当然参加はさせられない。ネインは戦力不足。

そして、カモ君自身は負けると相手を大幅に強くしてしまうので選出敵は最後。大将を務めるだろう。

今のままではシュージ一人で5人全員倒せと言っているような状況だ。

 

え、無理じゃね。

 

いくらシュージが強いと言っても一人で五人抜きなんて、体力も魔力も持たない。

何よりこの5対5の決闘は護身の札が使われない。技術漏洩を防ぐためだともいわれている。つまり、下手したらシュージが死ぬかもしれないという危険もあるのだ。そんな状況で彼に無理はさせられない。

 

…これ、詰んだんじゃね。

もうまともに戦えるのは自分だけなのでは!?

 

しかも、大将だから負ければモカ領も詰む。

ならば自分は先鋒や副将を務めるか?

それもダメだ。自分が負けた時、レベルMAXの『踏み台』を倒した相手はものすごく強くなる。そして自分を倒せるほどの実力者に『踏み台』の効果を与えたらいくら主人公のシュージでも分が悪くなる。敗北。下手すれば死ぬ。

 

終わったぁああああああっ!!

戦う前から勝敗が決まってしまったぁあああああっ!!

 

自分の行く末を想像してしまったカモ君は絶望に浸かっていたが、それでもクールな表情は崩さずに混沌の森付近に設置された安全地帯。セーフポイントであるキャンプ場に戻っていく最中でシュージがゴリラの心得の効果を試そうとカモ君に施しコインを預け、ゴリラの心得を首に掛けた。

 

その瞬間、シュージのステータスが入れ替わる。

 

その強大な魔力が筋肉へと変換される事でシュージに著しいでは済まされない変化を見せた。

まずは身長が一気に伸びてカモ君と同じ目線になるまで成長。それに合わせて、首や肩幅、足といった全体的にマッスルな肉体へ成長した。

幼さを残した表情はなくなり、そこには精悍な戦士。それも百人隊長では収まらない。将軍。いや、歴史に名を遺す武将を思わせる逞しい美丈夫が経っていた。

急激な体の変化にシュージも驚いていた。

それもそうだろう。混沌の森に来てからずっと着込んでいたジャージの袖やすその部分ははじけ飛んでみるも無残になったが、その下にあった屈強な肉体はある意味芸術的な何かを思わせるものだった。

体術や剣術といった接近戦をしているカモ君だからこそわかる。いや、それに縁がないキィや教師でもわかる。

 

目の前のシュージは自分とは違う。と、

 

「な、なんか、すごい事になっている?!」

 

あのイケショタボイスは変化していた。

そして、声だけでも歴戦の戦士だと思わせるイケメンボイスを発するシュージ。いや、シュージさんというべき存在になった彼を見て、カモ君は握りこぶしを作りながら隣にいたコーテにだけ聞こえるように呟いた。

 

「勝ったぞコーテ。今回の決闘、俺達の勝利だ」

 



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第十一話 戻るまでが冒険です

ゴリラの心得の効果で変化したシュージさんは、再びカモ君から施しコインを受け取ると元のイケショタなシュージになっていた。

マジックアイテムの効果があるのは三つまで。それを体現してくれたシュージには決してゴリラの心得を手放さないように伝えた。

彼のステータスは特化型なのだろう。魔法攻撃力に特化していたが故にあのような姿かたちになったのだ。

まだ試していないからわからないが恐らくあのエンゴリまでとは言わないが、素手でカモ君の鉄腕を破壊できるかもしれない変化にカモ君は心躍っていた。

混沌の森から脱した後は、すぐさま合宿を中断。既に拘束していたウェインとギリを連れて王都へと戻ることにしたカモ君達の雰囲気は暗くはなかった。

初めは絶望しかなかったが、シュージが新たな希望を見せてくれたおかげで暗くはなかった。乱暴未遂とはいえひどい目に遭ったネインはというと、シュージがシュージさんになった時に服が破れ、元に戻った時の格好がやや扇情的だったためか、頬を赤くしながらも、戻ってきた彼の姿を見て心配するまでは心は快復していた。

今のシュージは上級魔法使い5人分の魔法力を有し、ゴリラの心得で一級冒険者5人分の膂力を持ったスーパー戦士。さすが主人公といった具合だ。

裏切り者の乗っている馬車には教師二人とメイドが二人。そして馬車を操る業者が相乗りし、監視している状態の馬車を先頭に、メイドと持ってきた荷物と手に入れたタフナルバナナを乗せた馬車。カモ君・コーテ・シュージ・キィ・ネインといった生徒達に教師を乗せた馬車が続いていた。

裏切り者の発覚という、今にも雨が降りそうな曇天が彼等の行く末を示しているようだが、その向こうには太陽があるように、カモ君の心にも希望の灯が宿っていた。

 

決して不可能ではない。

自分達は勝つことが出来るのだと、カモ君達は談笑をしながら2日半を過ごし、あと半日で王都に着く。

 

 

 

はずだった。

 

 

 

突如、馬車を引いている馬たちが怯え始め、その場に立ちすくんだ。

操縦していた業者はどうした急に?と、不思議がっていると小さな揺れを感じた。馬車は止まっているはずなのに。

その揺れは徐々に大きくなっていく。そのことに馬たちは酷く怯え暴れ始める。今にも固定されている馬車から逃げ出そう大きく嘶き暴れ始める。

その揺れにはカモ君達も感づいていた。何かとても大きなものが近づいてくる。というよりもまるで自分達は底が見えないほど深い大穴に投げ飛ばされたような、そんな嫌な浮遊感にも似た気配だった。

思わず、カモ君は索敵魔法を使いながら馬車の外に飛び出した。

自分達の乗っている馬車にはモンスター除けの魔除けのお香が常に焚かれている。上級モンスターであるドラゴンですら寄り付かないはずだ。だからこそ自分達は安心して談笑していたのに。

そんな考えの中、カモ君の探索魔法がヒットした。

いつからそこにいたのか、その巨大な反応はどんどん地下からせりあがってくる。

もう、馬車を走りださせても遅い。それほどまでに巨大な物はとうとうカモ君達の目の前にせりあがってきた。

 

それはまるでスペースファンタージに出てくる宇宙戦艦を思わせる白より銀に近い鱗を持ち、煌びやかな巨大な四つの足と太い胴体。それに首から先がないが、代わりに紅玉を思わせる一つの巨大な瞳。翼を持たない巨大なドラゴン。スフィアドラゴンと呼ばれるドラゴンの中でも最上位クラスのモンスターが地上にせりあがってきた。

 

「う、そ。だろ?」

 

乾いた笑いを抑えきれないカモ君。

見ればわかる。その場にいれば嫌でも理解してしまう。自分達を確実に簡単に殺してしまうことが出来る絶対強者であるスフィアドラゴンが自分達を目標にしてしまった事を。

クーやルーナ。グンキ達を襲った黒いドラゴンの数倍の大きさとプレッシャー。

砦を思わせるほど巨大なスフィアドラゴン。その意識が自分達に向けられただけでカモ君達の戦意は簡単にへし折られた。

この場にいる誰も死を受け入れた。誰もが生を諦めた。

だが、それでもあがこうとした人間がいた。

 

「…ぐ、ぎ、ぎ」

 

涙を零しながらも真っすぐにスフィアドラゴンから目を逸らさず、

胃液混じりの涎を零しながらも歯を食いしばり、

今にも倒れそうになるくらい足が震えながらも、何とか二本の足で立ち上がっている人物がいた。

 

自分が死ぬのは仕方ない。生き延びることも出来ない。

何故、どうして、物語の終盤どころかラスボスステージにすら出てこない。やりこみ要素である極悪モンスターが出現する場所。いわゆる裏ダンジョンでフロアボスをやっているモンスターが現れたのだ。

自分はもちろん今のシュージでも簡単に消し飛んでしまう。

だが、それを受け入れてしまえばどうなる?

自分の恋人であるコーテを死なせたくはない。クーとコーテの未来を作ってくれるシュージも死なせない。

 

「に、げ、ろ」

 

スフィアドラゴンのプレッシャーは常人では呼吸すらままならない程。彼等が過ぎ去るまで人に出来ることはただ過ぎ去ることを祈ることだけだ。

それをカモ君は弟妹への。コーテへの愛情を持って抗う。

 

無様で不格好で醜い。

 

それでも、スフィアドラゴンの脅威からコーテとシュージを逃がそうと声を出す。だが、それもプレッシャーで言葉がおぼつかない。

一挙手一投足が命がけだ。王族と話すよりもプレッシャーがかかり、凶悪なモンスターと戦うよりもストレスがかかる。

 

「にげ、ろ」

 

それでもカモ君は言葉をひねり出す。

未来を繋ぐため。自分の今を。命を差し出してでも彼等を逃がそうと声を出す。

 

「はや、くっ。逃げろぉおおおおおおおおおっ!!」

 

カモ君の叫びで業者と馬たちは正気を取り戻した。

そして、弾かれるように馬車を反転させ全速力でその場を逃げ出した。

その際、馬車の荷台からコーテがカモ君に向かって手を伸ばしたのが見えた。彼女もまた涙を流し、顔を歪めていた。

彼女もスフィアドラゴンのプレッシャーに屈していたのだ。だが、それでもカモ君同様にこの場から何とか脱出しようと魔法を使おうとしたが、呼吸すらおぼつかない状態。

そんな後悔に染まっていた彼女が出来たのはカモ君に手を伸ばす事だけだった。

 

馬車が遠のいていく。もうすでにカモ君の目にも映らない程遠くに逃げ去っていた。だが、スフィアドラゴンのプレッシャーは寸分も変わらない。

 

…ただ、現れただけか?

 

カモ君が一縷の望みをかけてひねり出した考えは、スフィアドラゴンの紅玉とも思える瞳がキラリと光をはじくと同時に砕け散った。

 



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第十二話 長い。三行で。

今回の話をまとめた内容はあとがきで


スフィアドラゴンの意識がカモ君に向けられた瞬間、カモ君は意識を失った。

それほどまでにこのドラゴンのプレッシャーは強かった。

 

………。

 

スフィアドラゴンは何も言わない。喋る口がないから。

それでもこのドラゴンに意思がないわけではない。

意識を向けただけで意識を失ったカモ君を見て、弱いと思った。醜いと思った。

だが、これほどまでの力量差がありながら自分の仲間を逃がしたカモ君を同じくらいに強いと思った。美しいと思った。

 

スフィアドラゴンの目的はカモ君。もっと正確に語るなら自分達のボスと同じ全属性の魔法が扱える存在をボスの元に連れていくことだ。

 

………。

 

ヴン。とまるで一昔前のテレビの画面が表示されたような音が、スフィアドラゴンの紅玉。瞳がもう一度輝く。

するとスフィアドラゴンを中心に巨大な魔法陣が展開される。勿論、その魔法人の上にはカモ君がいた。

魔法陣の光が夜空に浮かぶ月のように淡く力強い光を放った。その数秒後には光と共にスフィアドラゴンもカモ君もその場にはいなかった。

魔法陣の跡も無ければスフィアドラゴンが地中からせりあがった痕跡すらない。

ただ王都に続く馬車道しかなかった。

もし、カモ君が意識を保っていたらスフィアドラゴンが展開した魔法陣が転移の魔法陣だと理解しただろう。

 

スフィアドラゴンの転移先は人の身では到底踏み入れることが出来ない海を跨いだ先にある孤島。

 

そこはいくつもの火山が今もなお噴煙を上げて空から飛来する鳥を拒み、その大地からは強力な毒性を持つ湧水が沸いて、生命力の弱い小動物や植物を根絶やしにした。

その湧水は溢れ出し、常に周囲の海域をも汚染していた。

陸海空。その全てが軟弱な命が降り立つことを拒んだ絶海。

そんな文字通りの地獄を表している大地に降り立つことが出来るのは人知を超えた存在だけ。要は最終決戦を乗り越えるだけの力量を持った人間。シャイニング・サーガの主人公とそのパーティーメンバー。

そして、絶対強者である最上位のドラゴン達だけがこの孤島へ踏み入れることが出来る。

 

そんな島の端に転移したスフィアドラゴンは、この島の主にして、自分達のボスであるエルダー・カオスドラゴン連絡を取ろうとしたところで、一緒に転移させた足元にいたカモ君に異常があることに気が付いた。

 

意識を失ってはいるが、その肌には命を有している温かさを有していた。

だが、この島の空気は猛毒だ。それに触れた瞬間、カモ君の顔は鬱血したかのように紫色に染まっていく。

この島の空気が急速にカモ君の命を奪いに来たのだ。

 

………。

 

スフィアドラゴンはカモ君に魔法を使った。

それは自身に常にかかっている身体の強靭さを跳ね上げる魔法だ。

普通の人間なら、その魔力ではじけ飛んでしまうが、幸いなことにカモ君の身体も魔力もそれに耐えられるだけの強さがあった。

もし、カモ君が『原作』同様のだらしない体と魔力だったら粉々にはじけていただろう。

それでもカモ君の体には強すぎる物だった。

取り込んでしまった毒もなくなったわけではない。ただ効果が止まっただけ。強靭になる魔法も今のままかけ続けていては体が持たないだろう。

だからといって、何の連絡も入れず慌てて自分達のボスのところに連れて行くわけではない。そんな事をすれば敵襲と思われ、そのボスの手によって消し飛ばされてしまうだろう。

 

………。

 

スフィアドラゴンはボスにテレパシーに似た魔力をこの島の中央に送る。

ボスは常にこの島の中央。さらに言えば、そこにあるダンジョンの最奥にいる。

引きこもっているわけではない。自分がそこから出てしまえば大小さまざまな異変が世界のあちこちで発生する。それを良しとしないからこそボスはそこから出ようとしない。

 

テレパシーの返答はすぐに帰ってきた。そして、ダンジョンのすぐそば。ボスのテリトリーへの行き来を許可してもらえたことでスフィアドラゴンは再び魔法を使い、転移した。

 

火山に囲まれたダンジョンの入り口の付近には既に二頭のドラゴンがいた。

 

ワニの体に蝙蝠の羽を足したような、西洋龍。いかにもファンタジー世界代表のドラゴン。火を操るスカーレットと呼ばれる赤いドラゴン。

細い枌の体に四本の腕を持ち、大きな翼を持ち、高速で飛翔し、魔法を放つドラゴン。

スカイと名乗る緑色のドラゴン。

 

この二頭は共に巨大。十メートルは優に超える大きさを持つドラゴンであり、人が住む地域に攻撃を仕掛ければ後に残るのは無残な荒野になり果てる。

のだが、スカイと名乗るドラゴン。実はカモ君を見かけるのは二度目になる。

カモ君がビコーの部隊にいた時に彼等を襲ったのが、このスカイと呼ばれるドラゴンだ。

スカイはどのドラゴンよりも早くカモ君を探し出し、彼をこの島に連れてこようと画策していたドラゴンであり、カモ君を発見次第連れて行こうとリーラン王国の遥か上空。人の身では感知しようがない高度からカモ君を見つけた。

その時、近くにも複数。少なくても数十人の気配を感じたが、街中ではないことを理由に吸収。カモ君以外は死んでも構わないと思っていたのだが、そこに一緒にいたのは超人のビコーだった。

スカイが高度を下げて、カモ君達を視界にとらえた瞬間、ビコーもスカイを感知した。

そして始まるのは空中大決戦。

己のテリトリーともいえる上空で自分と同等の魔法を放ち、人の身ではありえない膂力をもって撃退されてしまった。

あのまま戦っていたら死んでいたのはスカイだったかもしれない。

 

それ以来、スカイは筋肉質の人間を見る事に抵抗を覚えたのだ。

カモ君の体つきもビコーほどではないが筋肉質だ。思わず顔をしかめてしまう。

 

『どうしたスカイ。しかめっ面しやがって。まあ、このノロマなアースに目的の人間を先に連れて来られたからわからんでもないがなっ』

 

渋い顔をするスカイをドラゴンの言葉で揶揄うスカーレット。

スカイはこの世界で二番目に素早い存在だと主張している。だからこそ何かをやり遂げるのは自分だと周囲のドラゴンに息巻いていたが、ある意味自分とはアースと呼ばれているスフィアドラゴンに出し抜かれるなど思ってもいなかった。

 

『…仕方あるまい。人間は地面に足を下ろさねば生きていけない軟弱な生き物。アースのテリトリーだ。それよりスカーレット。何もしていないお前にそれを言われたくはない』

 

『それこそ仕方ねぇだろ。俺じゃあどうやっても人間は殺しちまう。それこそ超人と呼ばれる人間じゃないと触れることも触れさせることも出来ねえ』

 

スカーレットはスカイの嫌味を笑い飛ばす。と、同時にスカイの神経を逆なでするような言葉を発するが意図したものではない。これは天然で言っただけにすぎない。

なにより、スカーレットがその気ならこの島といえど二頭がぶつかった瞬間、大地は鳴動して割れる。火山は更に噴火する。周囲の海面から常に熱湯のような湯気が立ち上る。そして、空では常に竜巻が吹き荒れ、雷があちこちに落ちる大惨事になること間違いない。

 

………。

 

そんな二頭のじゃれあいを見ているのか。それとも無視しているのかわからない無機質なアースがピクリと体を動かすと、それを察知した二頭も押し黙った。

三頭のドラゴンの視線はダンジョンの入り口を見ていた。

その奥からやって来たのは暗闇の中でもわかるほど白い鱗を有し、黒い瞳を持ったスカーレットと同じ体格のドラゴン。しかし、その大きさは半分にも満たないドラゴンと評すには小さすぎる白いドラゴンだった。

だが、そのドラゴンが姿を現すと同時に三頭のドラゴンはその腹を地面に押し付けるように父子、口があるドラゴンはがっちりと閉じて顎を地面につける。

アースは瞳と思われる紅玉の上に魔法で作り出した岩を瞼代わりして閉じた。

 

『ほうっ。目的の人間を連れてきたのはアース。お前か』

 

この小さい白いドラゴンこそドラゴン達のボス。エルダー・カオスドラゴン。

シャイニング・サーガというゲームではラスボスよりも強い設定がある裏ダンジョンのボスだ。その強さはこの世界では最強とも思える力を有している。

そんな存在がアースの足元に寝かされているカモ君を見て呟く。

 

『弱すぎるな。魂の器も。膂力も。魔力も。まるで神にそうあれと作られたかのようだ』

 

神。という言葉に三頭のドラゴンはピクリと反応を示した。

ドラゴンの怨敵である魔王。それを作り出したのが神だ。

神が造った世界の初めは混沌としていた。飢えも乾きもない世界。

様々な生き物。それこそ植物から動物。人間からモンスターが溢れんばかりに満ち溢れていた。

溢れすぎてしまった。

いずれはこの世界は生き物であふれかえり、収まり切れなくなって、破滅する。

そうならないように作り出したのが死という概念と魔王という存在。

世界の均衡を保つために死という終わりが生まれた。それによって飢えが、渇きが蔓延した。

世界中の生き物達は。特に上位存在。他の多くの生き物を食する人間とそんな人間を食らうモンスター。その頂点にいたドラゴン達の絶対数は決められてしまった。

その事で今まで起こることが無かった同族との争い。食べる以外での戦いが勃発して更にその数を減らした。

弱者からの搾取。だまし取る詐称。貧困の格差。広がる疫病。そして、意図的に生き物たちを無意味な死へと導く魔王という存在。

ドラゴンは圧倒的強者だからそれらに文句は言わない。言う必要がない。なぜならば自分達の優位は変わらないのだから。だが許せないものが二つある。

それが自分達より強い魔王という存在。そして、自分達を含め、作り出したとされる神。

もし、その存在を目の前にしたらドラゴン達は一頭残らず襲い掛かるだろう。

 

『何より、器の中身よ。こんな芳醇な香り。初めに嗅いだのは…。ああ、約2000年前か。それからちょくちょく嗅いできたな』

 

約2000年前。

それはリーラン王国が建国された時期と重なるものだった。

考え直すとその時からリーラン王国は何かと幸運に恵まれていた。

何度も起こる紛争。内乱の中でも、王族の血筋が途絶えることなく、国の名前すら変えることなく、存続した国はこの世界では一つしか見たことが無い。

そして、その危機の度にリーラン王国にはエレメンタルマスターという、カオスドラゴンと同じ魔力を持った人間が生まれていた。

 

カモ君の膂力。魔力。そして、魂の器。いわば上限レベルはボスから見てみれば貧弱そのものだが、その器に載せられたものはあまりにも不釣り合いな極上のご馳走だった。

ここでカモ君を丸ごと食せば自分はもっと高みに行ける。

自分の混沌の力は更に高めることが出来るだろう。

だが、自分は老いすぎた。あと百年もしないうちに老衰で死に絶えるだろう。そんな時に自分の跡を継ぐ娘が生まれたのは十三年前。カモ君と同時期に産まれた。

何の前触れもなく、これまで様々なドラゴンと幾度と交わってきたが数千年子を宿すことが無かった自分が、何の前触れもなく急に子をなしたのだ。

その子。娘にも自分と同じ混沌の力を有している。だが、まだ成長したドラゴンには劣る力しかない娘を守るには強い存在に娘を任せることだ。そして賢くなければならない。

 

だからこそ興味の出た人間。つまりカモ君を手際よく連れてきた強く賢いドラゴンに娘を任せようと思った。その人間も強ければ共存できたかもしれないと考えた。

しかし、カモ君は弱い。自分と自分の娘以外の唯一のカオスドラゴンはこの人間の意志の強さに惹かれたと言っていたが、これでは自分達を高めるだけの餌にしかならない。

 

そのはずなのに。目の前の人間には興味を惹かれる。

自分達の同種からは逃げてはいけないと思わされる意思を見せた。

スカイからは自分の戦闘に巻き込まれないように逃げ回っているという無様をさらした。

そして、アースからの報せで、この人間に自分以外のものを守る愛を示した。

 

ボスは静かにカモ君の額を己の爪先でそっと触れた。

そうする事でカモ君の過去を知ることが出来る。

 

『…なんという傲慢。なんという強欲者だ』

 

己のために他者を利用することに躊躇いが殆ど無い決断力。

己のために他のモンスター。果ては自分達ドラゴンすら犠牲にしてもいいという野蛮な考え。

そして、己のために己自信を投げ捨てることが出来る愚か者。

 

人間の悪い癖を強めたかのような人間がカモ君だ。そして、その全てがクーとルーナ。そしてコーテに向けられていた。自分自身はその次。しかも、その間にはまるで超えることを禁忌とするほどに戒めていた。

 

その中にはカモ君が転生者であり、『踏み台』という存在も含まれていたが、この灰汁の強い人間性に忌避感と好感を得た。

 

己の貧弱さを知っている。強欲さを知っている。その望みが高根の花だという事も知っている。それを隠し通し、成し遂げようとする意志の強さ。

ゴブリンよりも浅ましくドラゴンよりも強欲。

己の身に余るほどの望みと知って邁進する存在。高めようとする存在。

だが、それは無理だ。だから託すしかない。己の全てを投げ捨てて他者に頼るという自己犠牲の精神。

 

『…なるほど興味深い』

 

弱いから考える。群れる。そうして技術というものが生まれ、継承され、それらはまた独自に進化する。

だから人間はこの世界で最も繁栄した生物になれたのだ。その礎になった人間ほど、カモ君のように高望みをして、邁進し続ける人間だと思っている。

そんな人間を自分達の陣営に組み込めば自分達は更なる発展をするのではないか。特にカモ君はこの世界の仕組みを理解しているかもしれない貴重な存在だ。

 

『…たしか。この人間を連れてきたドラゴンに我が娘と次期頭領の座を渡すと言っていたな。…どうだ、アースよ。ドラゴンではない。精霊に属するにも関わらず、周りからドラゴンだと認定されてしまった大聖霊よ。お前は我々の上に立ちたいか?』

 

………。

 

アースはその重い瞼を開けない。代わりに体をわずかに左右に揺らした。いわば否定。辞退している。

自分は流れ者。その強大さから周りの者から畏怖され続け、拒絶され、それによって戦い、勝利し、肥大化した大聖霊の成れの果て。

そんな自分を迎え入れてくれた目の前のカオスドラゴン。すべての生き物の頂点に立つ存在と居場所を欲することなどありえなかった。

 

無欲ではない。アースは逃げの一手を取ったに過ぎない。

 

自分がボスになれば必ず争いは起こる。スカーレットやスカイ。この場にはいない最上位種のドラゴン達と争い犠牲が出てしまう。

 

ドラゴンではないものがドラゴンのボスになれると思うな!と、

 

そうなれば自分もただでは済まない。

何より、そんな事になればボスの娘も悲しんでしまう。

 

アースがやったことは問題の引き延ばし。

叶うのであれば目の前のエルダーにずっと率いてもらいたい。

もしくはその娘がエルダーの跡を継いで導いて欲しいと想ってしまった。

 

『…そうか。それがお前の考えか』

 

エルダーの。自分達のボスがその考えをくみ取った。

アースの瞼となっていた岩が持ち上げられその奥にあった瞳がボスを捉えた。

ボスの手にかかれば、対象を見ただけで何を考えているかなど手に取るように理解されてしまう。

 

………っ。

 

『まったくお前は、私を除けば最古参であるにも関わらず、その図体に似て、動こうとしないのだな』

 

怒った様子は見られない。あきれた様子も見られない。

ただ寂しそうな声色でボスはアースを見つめていた。

 

『さて、困ったな。私が出せる最高の報酬を辞退されてしまっては…。どうこたえるべきか悩むな』

 

ボスの言葉にアースはこの場で消されても仕方ないと項垂れていた。

そもそもカモ君を補足できたのは千年以上も前。

自分の巨体で通過した場所にはケーブルのような見えない魔力ラインが敷かれる。それは数千年の時を得て、地中深くに埋もれてしまうのが殆どだ。

アース以外にそれを認知することは出来ないそのケーブル。それを張った場所に自分は瞬時に転移することが出来る。そのケーブルも千年もすれば消えてしまう。そのケーブルを張り直そうとアースが転移していると、別のケーブル上でボスと同種の魔力を感じた。

気になって転移してみればそこにカモ君がいた。彼は必死に仲間を逃がしたが、そんな事をしなくてもカモ君さえ連れて行けるのならアースはその仲間たち手出しなどしようとも考えなかった。

 

いわば偶然。アースはカモ君を捉え、連れて来たに過ぎない。

そもそもドラゴンと精霊。生殖器を持たない自分がボスの娘を貰ってもどうもしてやれない。

そんないろんな理由でアースは辞退したのだ。

 

『じゃあ、ボス。俺がボスの後を』

 

『おぬしは少し黙っておれ』

 

スカーレットがあわよくばと手柄を横取りしようとしたが、それを即座に諫められた。

 

ボスは考えた。

強いだけの一辺倒ではいずれドラゴン達は知恵ある存在に淘汰される未来をカモ君から知った。自分達をも滅ぼせる『主人公』を知った。

未熟なうちに潰すべきか?いや、『主人公』には魔王を倒してもらわなければならない。自分達の攻撃では魔王は倒せないのだから。

だが、魔王を倒した後に待つのは『主人公』による自分達への蹂躙だ。

 

力ではどうにもならない状況に。人ならどう対処する?

 

ボスはもう一度カモ君の顔に爪先で触れた。

 

『…なるほど。それも面白いな』

 

カモ君の記憶の中で人間にだけある不思議な関係性を見出した。

情という不確かながらもカモ君のように力強くさせる何かで『主人公』を取り込むことにした。

婚姻関係とは一種の契約的なものだと。

たとえ、関係が悪い一族同士でも婚姻を結び、子を成せば和解し、共存し、繫栄できる。

 

ボスが下した決定はこうだ。

 

 

 

『主人公』に自分の娘と婚姻を結ばせ、人間からドラゴン側についてもらう。

 

 

 

その決定にドラゴン達は大いに反対したが、結局は自分より強いボスにねじ伏せられて決定が覆されることはなかった。

 

そしての『主人公』との仲を取り持ってもらうためにカモ君にその中継をしてもらうと、強制的に決定されたのであった。

 




やったねシュージ。
カモ君を通じて、
ヒロインが増えるよ。


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第十三話 言葉よりも溢れた物

カモ君を残して逃げ帰ったシュージ達は失意の底にいた。

カモ君がスフィアドラゴンの気を引いている間に王都まで逃げ切った後、カモ君を見捨ててしまったという罪悪感よりも、生き延びることが出来たという安堵。そしてスフィアドラゴンから逃げ切った事により、これまでにないほどの緊張感から解放刺された彼等は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちて動けなくなった。

すぐさま調査達と救助隊を出してもらいたかったコーテだけは崩れ落ちるまではいかなかったが、震える足のまま王都の警備をしていた兵士と学園にいるシバへ緊急連絡を送った。

それから遅れて、ミカエリにも連絡を入れた。

正直言って、並み居る兵士ではスフィアドラゴンの前に立つことすら難しい。スフィアドラゴンと対峙し、カモ君を救い出すことが出来るのはカヒーとビコーだけだと思い立ったから。

未だに恐怖で震える体を必死に押さえつけて連絡が来るのを王都の入り口にある兵舎の待合室で待つ。それから一時間後やって来たのは学園長のシバ。少し遅れてミカエリが駆け込んできた。

 

「コーテ君っ!無事か!」

 

「コーテちゃんっ!首のないドラゴンが出たってどういうこと?!」

 

やって来た二人に詳細を語ったコーテ。

とはいっても彼女もそんなに多くの事を知っているわけではない。

砦のように大きい生物はドラゴンしか当てはまらないからそう伝えただけで正確にはドラゴンではないかもしれない。だが、あのプレッシャーを放てる生物などドラゴン以外に考えられなかった。

そう伝え終わったコーテは、とうとうその場に崩れ落ちた。

あのプレッシャーから解放されたこともあるが、それよりも確実に異常事態という場面でカモ君を置き去りにしてしまった事に後悔が襲ってきたのだ。

涙が、嗚咽が止まらない。

自分は確かに強くなれた。

目の前のミカエリに作ってもらった不渇の杖でやっとカモ君の傍に並べたと思っていた。

だが、そんなカモ君すらも圧倒的な実力差で屠れる存在が現れた。

その場で動けたのはカモ君だけだった。

隣に並べたと思っていた彼だけしか動けなかったのだ。

それが悔しくて、空しくて、悲しかった。

そう、彼はずっと自分とは格上の存在と、未来と戦っていた。

彼に並ぶことは出来ても彼と共に戦えるかは別である。

 

後に分かるスフィアドラゴンが何かの気まぐれで見逃してくれたら、と、祈る事しかできない。だが、そうだとしたら今頃カモ君を見たという知らせが来てくれてもいい。

だが、そんな報せは丸一日経ってもやっては来なかった。

 

 

 

例え崩れ落ちても意識だけは保っていたコーテは兵舎の一室でカモ君の報せを待ち続けていた。

そんな彼女に休むように伝えたミカエリ。

ドラゴンの。それもおそらく上位種と思われる存在からのプレッシャーに当てられただけでもショックで死ぬかもしれないのに、それを受けて一日中、眠ることなく意識を保って待つ。

それだけカモ君が心配なのだろう。だが、コーテの体力も限界を迎え、とうとう意識を手放しそうになったその時に感じた巨大なプレッシャー。

このプレッシャーは間違いない。あのスフィアドラゴンのものだ。

 

彼を返せ。エミールを私に返せ。

 

恐怖を怒りで抑えて、コーテは兵舎の外に飛び出した。

兵舎の前にもドラゴンの出現を受け、交代を行いながら外を警備していた兵士たちがいたが、彼等もまたプレッシャーに押しつぶされて、殆どの兵士がその場に蹲っていた。

そして、その兵士たちの前にいたのは一人の少女だった。

白よりも白。銀よりも光をはじく銀。

そんな高級感ではなく、神秘的な甲冑のようなドレスを着た長く美しい髪を持った少女がいた。

その黒い瞳はまるで洞窟のように光を吸い込んでいる様にも見える。だが、そのこめかみから伸びた角のように伸びた虹のように見る位置から色を変えるそれが彼女を人間ではないと示している様だった。

 

「か、はぁっ」

 

見た目はただの美しい少女。どこか人間離れした美しさを持つ少女だ。

恐らく15前後の少女にしか見えない。そのはずなのに、スフィアドラゴンのプレッシャーを彼女から感じる。

コーテはその場に倒れそうになりながらも、不渇の杖を支えに何とか立ってみせた。

正直、しっかりと睡眠も食事もとっていないため体力が全然回復していない。

意識を保つのが精一杯。少しでも気を緩めれば沼に沈むように意識を失い、眠ってしまうだろう。

そんな状態で白い少女を睨みつける。おそらく彼女はあのスフィアドラゴンの関係者だ。

だったらカモ君の事を知っているはずだ。それを問い詰めねばと、言葉を発しようとした瞬間。

白い少女からのプレッシャーが増大した。

もはや王都の門越しにも伝わるだろうその巨大なプレッシャーは容易くコーテをその場に抑え込んだ。

 

「…っ、……っ!」

 

言葉どころか身体そのものを上から押しつぶしてくる、意識すら閉じそうなプレッシャーにコーテは抗った。

もはやうつ伏せに倒れた自分に出来ることは白い少女を睨みつける事だけだった。

 

何もわからないままで終わるのか。何も果たせないまま終わるのか。

 

「ちょちょちょ、ちょーっと待って!アースさん!そのプレッシャー抑えて、人間はか弱い生き物だから!貧弱だから!」

 

そんな悔しさの中で意識を手放しかけた時に聞こえてきたのは、愛しの人の声だった。

白い少女の後ろ。コーテから見て白い少女の後ろにいたカモ君が必死になって白い少女に向かって何度も頭を下げながら声をかけていた。

 

何が何だかわからない。だが、確かなのはカモ君が自分の目の前にいるという事だけはわかった。

その次にカモ君はすぐさまコーテの近くまで駆け寄り彼女を背にして、その場で膝をつき白い少女に許しを請う。

 

「お願いします。そのプレッシャーを止めてください。周りの兵士はどうでもいいですが彼女は俺の大事な人なんですっ。どうか、それをお納めください」

 

普段の取り繕っているカモ君ではない。

余裕がない時出てくる素のカモ君の口調で白い少女に何度も頭を下げていると、少しだけプレッシャーが薄まった。

 

「…やめてあげて」

 

やけに透明感のある声がコーテの耳に入ってきた。

恐らく白い少女の声なのだろう。彼女の声が聞こえた瞬間に、自分達に向けて放たれていたプレッシャーがなくなったのだ。

それを感じ取ったカモ君は、もう一度頭を下げると振り向いてコーテを抱き上げた。

 

「遅れて本当にすまなかった」

 

短い言葉と共に彼に抱きしめあげられたコーテはプレッシャーから解放されたこともあるが、こうしてカモ君と触れ合えることに歓喜して涙を流した。

彼の胸に自分の顔を押し付け、声をあげて泣いた。

 

「あ、あああ、あああああああっ」

 

出来る事なら彼の名前を呼びたかった。だが、それよりも先に感情があふれ出る。

彼は生きて帰ってきたのだ。肌で感じる彼のぬくもりと鼓動。それが夢ではないと証明しているようでコーテは幼子のように声を上げて泣き、疲れて眠ってしまうまで、カモ君の胸の中で泣き続けた。

 



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第十四話 史上最高の爆弾姫、来訪!

「我が校への編入を希望。…ですか」

 

「そうなる」

 

カモ君を連れてきたスフィアドラゴンの雰囲気を放っていた白い少女。

彼女の目的はこのリーラン魔法学園への入学らしい。

魔法学園。学園長室まで足を運んだ白い少女とカモ君。その道中で国王の親衛隊副隊長のティーダが駆けつけてきたが、どうすることも出来なかった。それだけのプレッシャーがあり、屈するほかない。

このプレッシャーにあらがえる人間はリーラン王国には三人しかいない。

カヒー。ビコーといった超人兄弟。そして、この異常事態で王のそばから離れられない親衛隊隊長のコーホ。

それ以外の人間が出来ることはただこの白い少女が歩いていく様を見ているだけであった。

そんな彼女が辿り着いた先がカモ君の案内でやって来た魔法学園の学長室。

そして突きつけた要求が魔法学園の編入だった。

 

分からない。

上位存在の思考が分からない。

 

城門前での地獄を作り出した白い少女は上の空。というわけではないが、何かを考えているわけでもなく、淡々とまるでメモを読み上げている様だった。

 

「これが吞めないならこの国を吹き飛ばす。そうです」

 

「やめてください。お願いします」

 

まるで冗談を言っているようだが、カモ君はそれを冗談とは思えないでいた。

なにせ、この白い少女はカオスドラゴン。

裏ダンジョンのラストフロアに佇むボスキャラの娘である。その目的が魔法学園で文献を広めながら、この世界の『主人公』のシュージを婿にするという目的がある。

 

 

 

どうして、裏ボスが目の前にいる?!

 

スフィアドラゴンの一睨みから意識が回復したカモ君が目にしたのは、魔法で人の形に変化した裏ボスのエルダー・カオスドラゴンだった。

その佇まいはただそこに立っているだけなのに平伏してしまいそうになるほど濃厚で重圧なプレッシャー。

更には今もなお、裏ダンジョンがある島。そこからあふれ出る毒で体を蝕まれたカモ君には呼吸するのが精いっぱいだった。

 

『その毒を回復せよ』

 

脳に直接響いてくるような声。

間違いなく目の前の裏ボスが発したのだと理解したカモ君は解毒の魔法を使い、解毒を行うが、魔法を使い終えると再び毒を取り込み苦しむことになった。

 

その様子を見たエルダー・ドラゴン。

エルダーは自分の顎を少しだけ上げるしぐさをするとカモ君の体中から様々な光があふれ出てきた。

 

光魔法。レベル5。王級魔法のゴッドブレスという身体能力を最大値まで引き上げる魔法であり、それは魔法への抵抗力から毒や麻痺といった状態異常への耐性を引き上げる最強の補助魔法だった。

 

その魔法の恩恵を受けて、ようやくカモ君は目の前のエルダーとまともに会話できるようになっていた。

どうやら、エルダーの周りにいるドラゴン達からのプレッシャーにも耐性が付いたようだ。

 

『それで毒にかかることはあるまい。では話をしようか。エミール・ニ・モカ。いや、カモ君』

 

再び響いてくる声にカモ君は片膝をつき、頭を下げた。

目覚め直後。そしてプレッシャーと毒に蝕まれていたので取り繕う余裕がなかったが、それからも回復したことで取り繕う姿勢が出来るようになったカモ君。

むしろそうしなければエルダーはともかく、周りの巨大なドラゴン達に殺されると感じたカモ君はこの世界では最敬礼の姿勢でエルダーの話に耳を傾けることになった。

もはや、エルダーが自分の事をカモ君と知っていることに疑問は持たなかった。

 

『貴様の記憶を見させてもらった。

転生者。踏み台。主人公。原作。

色々と興味深いものが見ることが出来たが、貴様がラスボスと評している『魔王』にも詳しいとは思わなかった』

 

目の前の存在は裏ボスと呼ばれるほどの強者であり、回復魔法以外の全ての魔法が使えるという設定の最上位モンスターだ。記憶が覗けても不思議ではない。

だが、これによってシュージといった『主人公』への対策が練られてしまう。

ストーリー上攻略する必要がない裏ダンジョンだが、それでも自身を脅かす存在がいると知れば主人公のシュージもろともリーラン王国を吹き飛ばそうとしてもおかしくはない。

それだけの力を有しているのが、目の前のエルダーだ。

目の前の存在に対して対応を間違えるわけにはいかない。聞き逃すわけには行けない。

カモ君はただただ必死に間違えないように己を律した。

 

間違えられない。間違えきれない。

 

既に『主人公』のシュージの事が知られてしまった。どうにかして、彼等の矛先を彼に向けないように説得せねばならない。そうしなければ…。

 

『弟妹と恋人に害が及ぶ。か』

 

そうエルダーが呟くと、カモ君は頭を下げたまま、唇を強くかんだ。

そうだ、記憶を読まれる魔法が使えるなら、考えていることもわかるテレパスのような魔法が使えてもおかしくない。

不埒なことを考えれば即座に殺されてしまう状況にカモ君はひたすらに心を落ち着かせようと無心になろうとした。

 

『案ずるな。今はまだ貴様らに牙を向けようなど考えてはおらぬ』

 

カモ君からしてみればそれは妄想した甘言のようにも思えたが、今はその言葉に縋るしかない。

 

『我にも守りたい未来というものがある。それが脅かされないうちはむやみに暴れようとは思わぬよ。だが、脅かされれば別だがな』

 

目の前の上位存在の目的が分からない。何が狙いで自分に話しかけているのか。

 

『まわりくどい事はやめよう。単刀直入言う。貴様には『主人公』と我が娘の仲を取り持ってほしい』

 

「………は?」

 

命を差し出せとか。その体を食わせろと言われると思いきや、エルダーが望むことは『主人公』との縁談だった。

 

エルダーの思惑はこうだ。

人間という弱い種族にはときとして『主人公』のようなドラゴンや魔王を滅ぼすことが出来る存在が生まれることを。そんな存在と戦えばどちらもただでは済まない。

だからこそ争うのではなく仲良くしたい。だが、それは人間とではない。

魔王すらも単独で滅ぼすことが出来る『主人公』と仲良くなりたいのだ。

人間とはしつこく、しぶとく、狡賢い。どんな手段でこちらを害してくるかわからない存在だ。だからこそ、『主人公』を自陣に迎え入れ、自分達の陣営を強化する。

 

「…人間を、恨んではいないのですか?」

 

カモ君の記憶を見たならわかるはずだ。

人間は自分たち以外の種族を排除する傾向がある。

ドラゴンといった上位存在ならなおの事排除したがるだろう。現に何度かドラゴンを討伐した歴史もあるのだ。

カモ君は顔を上げて、エルダーの意向を感じ取ろうとした。

 

『言ったであろう。我らに脅かされなければどうしようとも思わない。それに初戦は弱肉強食。殺されたのは弱かったからだ。我らも戯れに人を食う故にな。だが、それでは、我の至宝を守り切れぬ。だからこそ『主人公』を手に入れたいのだ』

 

確かにシュージなら。

ラスボスすらも倒せるまでに成長した『主人公』なら。弱肉強食の頂点に立てる『主人公』ならどんな未来でも優位に立てる。

そんな存在と深い関係になれればその栄華は存命している限り続く。

 

『理解できたようだな。言っておくが『主人公』だけに目を向けているのではないぞ。それに準ずる『超人』も敵に回したくはない』

 

あのチート兄妹。

セーテ兄妹の総力を結集すれば『主人公』に並ぶかもしれない。

 

『だから、貴様には仲を取り持ってほしい。我らを知り、『主人公』を知り、魔王を知り、原作とやらを知る貴様ならうまく取り持ってくれるだろうと、な』

 

そう言ったエルダーの後ろから肌着に近い一枚の服を着た格好の少女だ。

白い髪に黒い瞳を持った美しい少女。だが、そこからあふれ出る雰囲気から人間ではないと判断できる。何より見る角度を変えるだけで七色に変化するこめかみから伸びた角から感じ取れる様々な魔力の波動。

 

『私の娘だ。名を琥珀(コハク)という』

 

裏ボスに娘がいたなど聞いたことも無いが、カモ君はそれをただ了承するしかなかった。

 

『コハクと『主人公』の仲を取り持ってほしい。無論、娘に何か危害が及ぶようならすぐにでもリーラン王国を吹き飛ばすがな』

 

すまないシュージ。

俺はお前の未来を売り飛ばしてでも目の前のコハクとの縁談を組まなければならないようだ。そうしないとリーラン王国に未来はない。

 

『万が一もある。護衛にはアースを。お前たちがスフィアドラゴンと呼んでいた奴をつける。そちらも上手く取り持て』

 

そう言うと、エルダーの後ろに控えていたスフィアドラゴンの姿が急速に縮んでいきながらコハクの服の上に装着されていく。

最終的にはコハクの体には鈍く光る豪華ではないが神秘的なローブへと変化した。

 

オリハルコンドレス。

 

それはシャイニング・サーガ。

裏ダンジョンでゲットできる。ゲーム上、最大の恩恵をもたらす女性限定の装備品へと変化した。

しかも、このドレスにはスフィアドラゴン。アースの意思がある。

コハクに危険があればアースが勝手に魔法を使い対象を押しつぶすだろう。

 

『出来る事なら、恋愛結婚だったか?娘には青春?も味わってほしい。頼んだぞ』

 

そう言われたカモ君はこの世界最大とも言ってもいい危険人物のかじ取りを任され、オリハルコンドレスに変化したアースの手によってリーラン王国付近に転送されることになった。

 

 

 

カモ君が転生者。『踏み台』。『主人公』の事はぼかしながらも、白い少女。コハクの要求が通らなければリーラン魔法学園だけでなく王国が滅ぶことを説明した。

冗談だと思いたかったが、琥珀の装着しているオリハルコンドレスから放たれた魔力が嘘ではないと表現していた。

それを聞かされた学園長のシバとティーダ。後からこの場にやって来たミカエリはコハクの目の前だから頭を抱えるなどといった失礼な態度は見せなかったが、こう叫びたかった。

 

訳が分からないよ!!

 

安心してください。説明しているカモ君も同意見ですから。

そんな事を知ってか知らずか、当のコハク嬢はというと、

 

お腹空いたな。

 

と、のんびりと人間が作る料理というものに想いを馳せていた。

 



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先立つ不安のカモのミートパイ。プリセンス仕立て
序章 お前の分岐ルートねぇから(無断売却済み)


カモ君が裏ダンジョンのボスの手から戻ってくるまで落ち込んでいたのはコーテだけではない。

『主人公』でもあるシュージもまた気落ちしていた。

 

スフィアドラゴンというある意味、ラスボスより強い存在から逃げ切ったとはいえ、友人であり、目標だったカモ君をその場に残して逃げてしまった。

友人を見捨ててしまったという罪悪感がシュージを苦しめていた。

シュージは己の力の無さを嘆いていた。

魔法学園に来てから一年も経過していないのに、学園ではトップレベルとも言っていいほど強くなったシュージ。無論、ステータス的には『踏み台』のカモ君をも超えている。

だが、それでも自分は弱いと告げられたような状況に、シュージは魔法学園に戻ってきてからも落ち込んだままだった。

シュージの幼馴染であり、カモ君と同じ転生者のキィも落ち込んでいた。

彼女はシャイニング・サーガのストーリー重視でこれまで過ごしてきたが、カモ君から突き付けられた見通しの甘さ。何より自分達よりも圧倒的に強い存在からのプレッシャー。

心の底からの恐怖。そして、スフィアドラゴンのような敵がこれから襲ってくるのかと考えただけ体が震え、どうしても次の一歩が踏めなくなっていた。

 

このままではまずい。

 

それはシュージとキィの共通の考えだった。

シュージはキィから自分がこの世界の『主人公』だと知らされている。

最初こそ信じられなかったが、自分の異常なまでの成長に嫌でも気づかされ、『主人公』なのだと考え始めた。

同時に『踏み台』のカモ君もまた異常な存在だと思い知らされる。彼と模擬戦を重ねていくだけで強くなっている実感がわいていた。

 

『主人公』と『踏み台』

 

この二つの特性がシュージを強くしている。最強にしてくれる。

だが、足りなかった。魔法学園トップクラスという実力では本当の脅威を目の前にして何もできなかったのだ。

それをどうにかできたのはカモ君だけ。

『踏み台』という不遇の立場であるにもかかわらず、シュージが最強と考える人物だけがスフィアドラゴンを前にしても行動できたのだ。

だが、そのカモ君はまだ帰ってこない。あの脅威から戻ってきていないのだ。

聞けばカモ君は何度も死に瀕する状態を乗り越えてきたのだ。

ドラゴンの襲来からダンジョン攻略。

何度も乗り越えてきたカモ君はまた乗り越えるだろう。

そんな甘い考えも思い浮かばない。

それほどまでにスフィアドラゴンのプレッシャーは強かった。思い出すだけで体が震えて動けなくなる。

 

シュージは、本当に自分は『主人公』なのかと考え直してしまう。本当に最強になれるのかと卑屈に笑ってしまう。

そんな自問の答えはあっさりと出てきた。

 

無理だ。

たとえ素質があっても、心構えが成っていない。

いかなる困難にも立ち向かえるのが『主人公』だ。いかなる強敵にも立ち向かえるのが『最強』だ。

自分はそのどれも持っていない。

その二つを持っている人間をシュージは一人しか知らない。

 

「…エミール。…本当はお前が『主人公』なんじゃないのか」

 

スフィアドラゴンからの逃亡の疲れを癒すという名目で、魔法学園で受ける授業を休み、自分に割り当てられた男子寮の部屋で一人、自問していた。

そんなシュージの独り言にまるで応えるかのように先日感じたばかりのプレッシャーが彼を襲った。

そのプレッシャーに学園どころかリーラン王国にいた鳩をはじめとした家畜。動物たちが騒ぎ出した。

王都のあちこちからは感覚の鋭い幼い子ども達が一斉に鳴き始めたのか、鳴き声が離れた魔法学園にまで聞こえてくる。

大人達の殆どはその身を竦ませるか、腰を抜かす。まるでいきなり目の前に猛獣が現れたかのような恐怖を感じた。

 

スフィアドラゴンがまた出た。

 

シュージがそう考えるには十分すぎる気配。そして、震える自身の足を叩いてどうにか動かせるまで十数分かかったシュージはこれまで自分が入手したマジックアイテムを身に着けて男子寮を飛び出した。

 

逃げるためではない。戦うために彼は駆け出した。

 

あの最強だと信じるカモ君ですら声を出すのが精一杯だった。

それなのに自分に出来ることなどないように思えた。

だが、何かをしなければならないと思った。少しでも時間を稼ごうと思った。

そうする事でこの気配から一人でも逃げてくれればいいと思った。

 

きっと、あの時のカモ君も同じ気持ちだったのだろう。

ブラックドラゴンが現れたというだけで魔法学園中がパニック寸前になりかけたあの時と。

 

そう、シュージが思い返している間にスフィアドラゴンの気配は大分薄くなった。

過ぎ去ってくれたのかと安堵の息がこぼれるが、警戒心を完全には解いていない。

あのただならぬ気配で被害出ないわけではないのだから。

 

被災地になった場所できっと自分の力が役に立つはずだ。

戦うことが無くても被害に遭った人を助け起こすこと。瓦礫に埋もれている人を助け出すことなど何かきっとできるはずだ。

 

シュージは思いながら身に着けたマジックアイテムを見る。

 

火の指輪。これを手にしたときは魔法学園での学園生活を夢見た。

火のお守り。これを手にした時から、憧れを。目標となる人が決まった。

施しコイン。友人からの期待と信頼を得ていたのだと知った時はうれしかった。

ゴリラの心得。これはきっとその証なのだ。

 

ここで何かをなさなければカモ君へ何も報いることが出来ない。

それが嫌でいざ、魔法学園から飛び出す寸前。

シュージはこの状況では意外な人物を目にする。

 

「…シュージ?」

 

「…エミール?」

 

もう帰っては来ないだろうと友人。二度と追い付くことが出来ないと思っていた目標の人が。ひょっこりとその場に現れたかのように魔法学園に向かって歩いていた。

気がつけば、彼の隣。正確には彼にしがみつくように彼の腰にしがみついているコーテ。その後ろからついてくる白い少女。シュージと同じくらい身長に背中まで伸ばした髪は真っすぐで光を弾いていた。まるで聖域が人の形をしたかのような神秘さを思わせる少女にシュージは見覚えが無かった。少女の後ろには疲れ切った顔で数人の兵士が連れ添っているように見える。

だが、そのような事は些細な事だった。

大事な友人が帰ってきた。それがうれしい。

 

「…シュージ?貴方が?」

 

白い少女がそう呟いた瞬間、再びスフィアドラゴンのプレッシャーが彼女を中心に広がった。彼女が放っているのではない。彼女の身に着けている神秘的なドレスが放っているのだと理解させられた。

ただの装備品が意志を持つなど頭がおかしくなったのではないかと馬鹿にされそうだが、そうとしか思えないプレッシャーが少女。彼女のドレスから放たれていた。

まるで持ち主の怨敵を見つけた呪いの装備のような気配をそこから感じた。

そして始まるのは周辺地域。魔法学園中から広がる悲鳴。

 

っ。っ!

 

何かしらの意思を向けられたと確信できるほどプレッシャーにシュージはその場に膝をつきそうになるが何とか堪える。

予め、スフィアドラゴン。このプレッシャーに向き合うのだと覚悟していたからか今度は屈することはなかった。もし、その覚悟が無ければ少女の後ろで蹲っている兵士たちのようになっていた。

そんな状況でも動けたのはやはりカモ君だけだった。

彼は少女に向かって膝をつき、頭を下げて懇願した。

 

「アースさんっ!どうか抑えてくださいっ!お願いします!」

 

カモ君にしがみついていたコーテもこのプレッシャーに何度も当てられて疲れ切ったのかカモ君の腕の中で意識を失っていた。

そして、カモ君の言葉を聞きいれたのか巨大なプレッシャーは大分収まった。それでもシュージからしてみればまるでダンジョンボスのような強い気配を放ち続けている少女の装備品にシュージは震えていた。

それから五秒もしないうちにシュージの後ろからまるで最初からいたかのように学園長のシバが現れた。おそらく転移の魔法を使ったのだろう。そして、即座にシュージの前に幾何学的な文様を何重にも重ねた魔法の壁を作り出した。

それはちょうどカモ君とシュージを分け隔てるような位置で展開された。

シバは何も言わない。いや、言えなかった。今、彼が展開している魔法陣は即座に展開できる障壁では一番強固なものだが、時間稼ぎにしかならないと自覚している。

 

「…抑えて。…ごめんね?」

 

白い少女。コハクがそう呟くとこの場を支配していたプレッシャーが霧散する。

そして、小さく頭を横に揺らして謝った。

コハクはリーラン王国に来る前からカモ君から色々と教わっていた。

人と人のコミュニケーションや魔法学園での生活。貴族官とのやり取りを習っていたが、当然この世界最強種族を称するドラゴンがそれに倣えという事は納得がいかない事ばかりだった。だが、多少なら我慢しよう。と納得したはずだ。

そうまでしても手に入れたい存在。この世界の『主人公』たるシュージを引き入れたい思惑があるからコハクはやって来た。

それでもコハクには過保護なのか、彼女の装着しているオリハルコンドレスに変化したスフィアドラゴンのアースはカモ君を除く人間に敵意を向ける。

今のコハクはカオスドラゴンの中では最弱とも言っていい時期だ。未だ親元を離れるには早すぎる雛や子猫のような存在。下手をすれば一部の人間に殺される可能性がある。

一部と言ってもシュージや彼の仲間になる人物達になるのだが。それでも今の時期。ゲームの物語の前半部に過ぎない時点では勝つのは難しい。

 

「…ありがとうございます。アースさん。学園長、お話があります。どうかこの少女。コハクと俺の話を聴いてくれませんか。どうか、お願いします。この国の存亡がかかっています」

 

カモ君の懇願にシバは難色を示したが、どうやらただならぬ気配もあってか話を聴くことにした。

ここで断ってもおそらくシバ自身、握手だと考えたのだろう。ならば相手のご機嫌取りもかねて話し合いの席を用意することにした。もし、断ってしまえば今も展開している魔法の障壁は簡単に粉々に砕かれ、自分の後ろにある魔法学園ごと吹き飛ばされるビジョンが浮かんだ。

現に、学園長の後ろにある学園のあちこちから悲鳴やパニックになっている悲鳴が上がっていた。アースからのプレッシャーに耐え切れなかったのだろう。恐怖で混乱している物が多数出た。その数は生徒の八割。教師も六割と多数の犠牲が出ている。

 

「わかった。話を聴こう。今すぐで構わないかね」

 

「よろしくお願いします」

 

「ではついてきたまえ」

 

そう言ってシバは障壁を解除。コハク達に背を向けて学園内に歩みを進める。

この行動時点でシバはいつ殺されるかわからない緊張感でバクバクと心臓を鳴らしていた。

シバについていく形でカモ君とコハクが歩いていく。その際、シュージもついていこうとしたが足が震えてその場に立ちすくんでいた。そんな彼の傍を通り過ぎる際にカモ君はシュージに言葉を投げかけた。

 

「すまんな。シュージ。今も、そしてこれからもお前に頼ることになる」

 

その言葉を聞いたシュージは何の事だと思ったが、その時のカモ君の表情がとても申し訳なさそうな複雑な表情を見せていた。

カモ君の弱気な言葉と表情。それはシュージが初めて見る態度だった。

 

この場で動けなくなった情けなさ。カモ君が戻ってきてくれた嬉しさ。彼から投げかけられた言葉に対する誇らしさ。そして、困惑。

 

様々な感情が溢れている。処理しきれない状況に文字通りシュージは取り残されるのであった。

 

 

 

と、まあ、大げさに事が起きているのだが、その目的が、シュージとコハクを恋人同士にするためだなんて魔法学園側が知る由もなかった。

 



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第一話 マッチング学園

リーラン魔法学園は婚活会場やないで。

 

カオスドラゴンの娘。コハクの目的を知らされた理由が今年度から実施された特待生との縁を結ぶため。

そのために未だにパニックが続く学園の惨状を肌で感じているシバは文句を言いたかったが、言えば最後。オリハルコンドレスに変化したスフィアドラゴンが学園を更地にするだろう。だから言えなかった。

 

頭が痛い。同時に胃も痛い。

 

国家存亡の危機を知らないうちに背負わされたシバは何とか体裁を崩さず、かつ、失礼が無いようにコハクをもてなした。

 

現在、学園長室にいる人間はシバとコハク。そして、ここへ来る途中で女性教員に気絶したコーテを預け、詳細を話してきたカモ君の三名である。

出来る事なら教頭も呼びつけ、いや、リーラン王国の王族の誰かを呼び出して話を進めたかったが、今はそんな状況ではない。

学園だけではない。王都全体がスフィアドラゴンのプレッシャーを感じて小さなパニックを起こしているのだ。まるでテロが行われたかのように騒々しい。

そのため、教頭は魔法学園の沈着化のために奔走し、王族はというと緊急事態に備えて軍備や治安部隊を編成しているだろう。今、動けるのは余程の実力と軍事力を持つ武闘派貴族だけだろう。

 

「? この国の貴族の婚姻はこの学園で結ぶと聴いた」

 

「ナチュラルに思考を読まないでくれないかのう」

 

「ま、まあ。貴族同士が恋愛する場所にはうってつけなところですから」

 

コハクの言葉に引きつりながらも笑顔で接するシバ。

確かに婚約者がまだ決まっていない貴族の多数がこの魔法学園に来て結ばれるという話はよく聴くが、それは三割ほどで、残りは親の交友関係や隣接する領での婚約が主だ。

うかつなことを考えるものではないと慄いたシバ。

それに連鎖するようにカモ君も冷や汗を流しながら補足する。

 

シャイニング・サーガの主人公はこの魔法学園で様々な交友を深める。

同性と信頼関係を深め、相棒として世界に名を馳せる。

異性と恋愛感情を高め、伴侶としてエンディングを迎える。複数人いればハーレムも可能だ。

そんな可能性がある場所だとカモ君から教えられたコハクとアースはカモ君が嘘をついたのかと彼を見ると、カモ君は必死に弁明する。

前もってコハクがアースにプレッシャーを抑えていてと言わなかったら、再び、魔法学園はスフィアドラゴンの気配でパニックが再発するだろう。

 

「出来れば恋愛重視の学園生活を送りたい?」

 

疑問形な発言をするコハク。彼女のこれまでの人生観。いやドラゴン生観で恋愛というのは未知の感情だからだ。

何せ、彼女の周りにあったのは普通の人間が立ち寄ればすぐさま死んでしまうような危険地帯。危険生物が跋扈している。

そんな場所で大切に育てられたといえ、あまりにもコミュニケーションが取れなかった、ある意味、箱入り娘(裏ダンジョン発)だからか自分の与えられた任務の重大さを知らなかった。

 

「と、なるとこちらで新たな特待生として迎え入れるしかありませんな。失礼ながらこちらで出身地を偽造してもよろしいですかな?」

 

「戸籍は大事ですから。勿論悪いようにはしません」

 

カオスドラゴンが暴れずに済むならシバは何でもするつもりだ。一度暴れれば村が滅び、領は消し飛び、国が廃れる。それがドラゴンであり、その頂点のカオスドラゴンがたった一人の人間を要求するだけで暴れないのであれば大金星である。

だが、世の中には必ず馬鹿な生き物が現れる。

自分よりも強大な存在を御せると勘違いして、ちょっかいを出して滅びる。しかも関係のない者達も巻き込んで。

そうならないためにもコハクは重大人物であるという偽装情報を作り出さなければならない。そして、彼女からカモ君も手伝うことになっている事を教えられたシバはカモ君をチラリと見てこう言った。

 

「帰ってきてくれてうれしいよ。エミール君。それもこんなビッグプロジェクトを持ってきてくれるなんて、驚いて寿命が三十年縮んだよ」

 

「それって、人間だと即死なんじゃ?」

 

「あ、あはは。申し訳ございません。なにせ、自分も必死だったもんで」

 

年の功というべきか。

シバは読心術を使うことが出来るコハクに気取られないようにカモ君に悪態をついた。そして、今の様子を見てコハクはあまり交渉に向かない性格だという事も把握した。

まあ、ドラゴンは基本強奪。交渉など余程高位のドラゴンでなければ成り立たない。

それからしばらくして、ようやくと言うべきか。

この国の有力貴族筆頭かつ自由人なセーテ侯爵の使いと共にミカエリがやって来た。

常に彼女をガードしている忍者の姿はそこにはないように見えた。だが、いくら彼女。もしくは彼の腕が立つとはいっても目の前のコハク。正確にはアースには歯が立たないだろう。ならば不興を買わないようにと初めから姿を隠し、ミカエリを矢面に立たせることで好印象を持たせようという魂胆で、ミカエリだけがやって来たかのようにみせた。

 

そこで知らされたのはシュージとの縁組みの協力を要請するもの。

 

「…エミール君。君が戻ってきてくれたのはうれしいけど。どうしていつもトラブルを持ってくるの?」

 

「真面目に生きているつもりなんですけどねぇ…」

 

ジト目のミカエリへの返答にカモ君自身も不思議がっていた。

 

そこからは色々な意味で制作活動が得意なミカエリも含めて、コハクの戸籍を急遽作ることになった。

 

彼女は海を跨いだ先にある島(裏ダンジョン)に存在するやんごとなきとある部族(ドラゴン)のお姫様(ボスの娘)というふわっとした骨組みに色々と肉付けされた戸籍を手に入れることになった。

話が終わると、シバとミカエリはそれぞれで王族への面会へと伺い、カオスドラゴンの思惑を知らせに向かった。

 

 

 

そして、翌日。

コハクは打ち合わせ通り、自分がカオスドラゴンであることは隠してカモ君。シュージのクラスへの転入生として、カモ君達の教室で自己紹介を行っていた。

 

「カオスドラゴ「んんっ!」。…海の向こうで姫をやっていたコハクです。よろしくお願いします」

 

本当の自己紹介をしそうになったところをカモ君が咳払いをして何とか中断させることが出来たが、もう九割がた言ってしまったのでカモ君のクラスメイト達の殆どは、あの左右のこめかみから生えた虹色に輝く角を生やし、魔法学園の制服の上から羽織るように着込んだドレス(半端ない魔力を感じさせる)姿の少女を見て、ただの人間じゃないと把握するのであった。

 



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第二話 超常存在からのラブコメ

コハクの自己紹介が終わり、彼女の席を指定しようとした教師だったが、それより先にコハクが動いた。

周囲の視線など気にした様子もなく、むしろ知覚すらしていないのだろう。貴族が殆どの雰囲気など気にしていない。

コハクのその容姿・雰囲気から様々な思惑がある。

姫と言っていたから彼女の地位を利用しようと考える輩。その美貌から下世話な欲望を持つ輩もいれば、人間ではありえない角の生えた容姿と彼女の着こんでいるドレスから来る雰囲気に畏怖を感じている輩もいる。

だが、そのどれも彼女には届かない。向けられたとも思っていない。彼女にとってこの場にいる人間すべてが地を這う虫。落ちている小石。それくらいにしか感じられない。

だから、前もってカモ君と話し合っていたことを実行する。

 

恋愛テクニックその1。

恋愛対象と仲良くなりたかったらまず笑顔で接する事。

 

コハクとしてはシュージに向かってにこりと笑ったつもりだが、彼女はドラゴン。その口の形は細長い三日月を横にした形になった。そのため、その笑顔は嗜虐的なもので猟奇殺人鬼のような笑顔だった。

しかも、その時に抑え込んでいた魔力がこぼれたのか威圧感がマシマシだった。

 

「「「ひぐぅっ?!」」」

 

子核の笑顔の斜線射線上にいたシュージを含めた数人がその威圧感にやられて小さな悲鳴を上げながら身を竦ませた。中には気絶する者まで現れた。

 

「? エミール。皆が変なんだけど」

 

コハクは表情そのままでカモ君の方に振り返った。

その笑顔の射線上に入っていしまった生徒達はその凶悪な笑顔を見て怖気づく。

いくら美少女とはいえ、命の危機を感じるほどの威圧感を感じればビビる。内情を知っていたため、冷静を装っているカモ君ですらもちょっぴりビビっていた。

 

(リハーサルって大事だよなぁ)

 

まさか、コハクの笑顔がここまで威圧感がある物とは思わなかった。

超常存在の笑顔がここまで怖いとは思わなかった。絵面では嗜虐的な笑顔のコハクはそれでも絵になっている。だが、そこに感情が乗るだけで雰囲気がガラッと変わる。

二次元(壁画)から三次元(目の前に殺人鬼)レベルで変わる。

 

さすがカオスドラゴン。ぱねぇわ。

 

「ありがとう」

 

思考をサラッと読まないでほしいです、お姫様。

 

「癖だから難しい」

 

コハクは今まで思念。テレパシーで過ごしていたため、自分に向けられる思考を拾うことなど息をするように簡単だ。

今はカモ君にのみテレパシーを拾うようにしている。いつでも彼と連絡できるように。

カモ君以外の人間にすると、テレパスしているコハクの存在感が強すぎて、並の人間なら倒れる。もしくはショックが強すぎて精神崩壊か脳破壊(物理)されるかもしれない。

 

そんな危険性があるテレパスを受信していたんだよな俺。よく無事だったな…。

 

「破壊しても組み直すから」

 

それは正しく改造人間なんよ。ある意味死ぞ。

 

「貴方は三つ(兄バカと外面と下っ端精神)はあるから一個くらい壊れても大丈夫なんじゃない?」

 

どれも俺の大事なファクター何で勘弁してください。

 

それよりも目と目で通じ合っているかのようにカモ君に言葉を投げかけるコハクだが、それを止めて、シュージの隣の席にいた女子学生を押しのけてそこに座る。

 

「どいてくれる?」

 

彼等が使っている席は西欧文化にあるような長テーブルに長椅子といった具合の席のため、寄せれば座れないことも無いが、強引だ。しかし、それに逆らうことは出来ない。

よその国の者だとか、姫とか関係なく、生物レベルで格が違う。

コハクがそこを通れば人垣がモーセの海割りのように避けていく。そうでなくても彼女の膂力はアイム以上であり、力尽くで押しのけられてしまう。

シュージの傍にいた一般生徒はコハクに押しのけられ、彼女のいた場所にコハクが座る二人の距離感ゼロセンチメートル。既にお互いの太ももがくっついているほどの横並び。

 

恋愛テクニックその2。

恋愛とは、出来るだけ対象と密着すべし。

 

それに倣っただけなのだが、コハク以外からするとそれはライオンに寄りかかられているウサギの構図にしか見えない。現にシュージは冷や汗と細かい息切れのような症状で顔色が真っ青だ。

そんなシュージの反応が気に食わないのかアースの気配がこぼれだし、周囲に更なる威圧がかかる。既にこの教室はライオンが放り込まれたウサギ小屋状態。

誰か一人でもパニックに陥れば連鎖的に全員のパニックが起こるだろう。

その爆心地ともいえる場所であるシュージもなんとか正気を保ってくらいだ。

 

頑張ってシュージ。負けないで主人公っ。屈してもいいけど発狂はしないで!

 

これがTRPGであったのならシュージはこの短い時間で三回はSUNチェックをしているだろう。成功判定でクリティカルを出していることも付け加えてだ。

カモ君の祈りと主人公としてのスペックのお陰か。どうにか正気を保っているシュージに追い打ちがかかる。

 

「私、コハク。よろしくね」

 

「…は、はい。よろしくお願いします。オレハシュージデス」

 

端から見れば美少女が鼻先にまで顔を近づけての挨拶。

実は捕食者を超えた超常存在からの挨拶。

そんな瞳に写るシュージは憐れ以外の感情は出てこないほど怯えていた。

 

コハクの行動を止める生徒はいない。教師すらも彼女のすることは全部黙認しなさいと学園長から言われているため何も言えない。というか、そんな命令が出されていなくても、教師は何もできなかっただろうが。

 

そんな戦慄中の教室で授業が始まる。

自己紹介という名のプレッシャーゲーム。しかも続行しながらの授業だから生徒達にこの時の授業内容など頭に入らなかっただろう。それは教師も同じである。何を教えたか覚えていない。これまでの教師経験で体を動かしていたにすぎないのだから。

そんな中でもコハクは授業を物珍しそうに見ながら魔法使った。

 

レベル4の光魔法。セーフエリア。

 

任意の範囲に透明なドームを作り上げ、そのドームの内外の行き来を遮断する結界魔法。

ゲームで言うのなら、防御魔法に属する魔法はシュージとコハクの周りに展開して『二人だけの空間』を作り出した。

シュージという生贄が出来上がり、コハクからの威圧が薄れたクラスメイト達は少しだけ冷静さを取り戻した。

 

恋愛テクニックその3。

恋愛対象とは出来るだけ二人きりになりましょう。

 

ミカエリやカモ君。シバから聞いた恋愛術を試しただけなのだが、どうしてこうも違った効果が表れるのか。カオスドラゴンって、本当に怖い。

 

授業時間を終えてコハクとまた話し合いをしようと、授業を終えたカモ君が彼女の方を振り向くとそこには青い顔してこちらに向かって手を伸ばすシュージの姿があった。

隣にいたコハクはシュージの教科書とノートを見て、先ほどまで受けていた授業の内容を復習していた。シュージの変化に気づいていない。

そのギャップにカモ君は数秒遅れて現状を理解した。

 

「………あっ」

 

セーフエリアは密閉されたシェルターのようなものである。つまり、外界との空気の交換も行われない。

セーフエリア内の酸素は普通に減って、今や無酸素状態に近い。

カオスドラゴンの耐久だからかコハクは何ともないがシュージは明らかにやばい。

 

人とドラゴンの格差。

それを思い知りながらもカモ君は全力でコハクの作り出したドームに攻撃をした。

 



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第三話 恋と故意

カモ君達の教室に向かう二人の女子生徒がいた。

一人はコーテ。

カモ君が帰ってきた後に気絶した彼女はこれまでの疲れもあってか、丸一日眠りについた後に慌ててカモ君を探して、男子寮に訪ねた。

自分が見たのが夢ではなかった。そして、彼がいつもの通り授業を受けていることを知ったコーテは女子寮に戻り身だしなみを整えてからカモ君の顔を見ようと彼の教室へと向かっていた。

もう一人はネイン。

スフィアドラゴンの気配を二度も体験してしまった彼女は口では見回りを表して休み時間を利用してシュージのいる教室によろうとしていた。

自分でも気づかない程の小さな好意の対象であるシュージの安全の確認と、彼の傍で得られる心の安寧のため彼女達は来た方向は違うが、ほぼ同時にカモ君達の教室の前までやって来た。

 

「…あ、確か。…ボーチャン先輩」

 

「貴方は…。たしかモカ君の」

 

そこで二人は挨拶をする。

 

「コーテ・ノ・ハントです。ボーチャン先輩」

 

「ネインでいいわ。私もコーテさんと呼んでよろしいかしら」

 

「ええ、よろこんで」

 

挨拶も最低限に。二人とも本当にしたいのは気になる男子の安否。

しかし、貴族の子女として礼儀を欠くわけにもいかない。

お互い焦りを笑顔の下に隠して、そうやって目の前の教室の扉を開けるか思案していると。

 

ドゴンッ!

 

と、カモ君達の教室の扉を揺らす振動と共に何か大きなものがぶつかったような音が響いてきた。

それも数秒後には何度も何度も鳴り響いた。

まるでこの扉の向こうで花火が上がっているかと思わせるほどの音が連続してくる。

この異常事態。

普通の人間なら怖気づくが、コーテもネインも恋する乙女だ。むしろ口実が出来たと両者共に扉に手をかけて、開け放つ。

と、同時にキィが表情を強張らせて青い顔で飛び出していった。

本来、平民であるキィが貴族であるネインやコーテに何の挨拶もなければ、礼儀もなかった。しかし、そのただならぬ雰囲気に圧倒されたコーテ達は彼女をとがめなかった。いや、出来なかった。

なぜならば、教室のほぼ中央では一人の命の危機に奮闘する場面を見かけたらである。

 

扉の向こう側にあったのは大騒ぎをしている生徒達とそれを何とか収めようとする教師。

その中心でカモ君の攻撃で異常に気が付いたコハクのセーフエリアを解除してもらい出してもらったが、意識を失い、青い顔をして仰向けで寝かされたシュージに、心肺蘇生を行っているカモ君の姿があった。

 

「誰かはやくっ、保健の先生をっ!上級の回復魔法を使える人を呼んできて!」

 

「あんた先生だろっ!何とかしろよ!」

 

「こんなのいやよっ!どうして昨日からおかしなことばかり起こっているの?!」

 

「1っ!2っ!3っ!1っ!2っ!3っ!戻ってこい!シュージ!」

 

「…人間ってこんなにか弱いんだね」

 

どうしてカモ君の周りには平穏が訪れないのだろうか。

コーテは頭を抱えながらカモ君達に近づきながらこう言った。

 

「…状況はわからないけれど。…チャンスですよ、ネイン先輩」

 

人命救助という名目で、人工呼吸という合法的な接吻が出来るだけでなく、貴族の娘にそこまでやらせてしまったら責任を取らせるしかなくなる。

ネインがカモ君の手伝いを行えば彼女は二度おいしい想いが出来るのだ。

そして、コーテは少しでもカモ君に近寄る女性を排除したいのでネインの好意の矢印をシュージにだけ向けさせ、太くさせようとしていた。

 

「な、何のことか知らないけれど。ええ、民を守るのも貴族の務めですものね」

 

そして、まんまと乗せられたネイン。

彼女は正義感や貴族の義務というものを持ち合わせていたが、ある意味箱入り娘なのでまんまとコーテの策に乗ってしまった。

シュージの傍までやって来たネインは体を少し震わせ、顔も赤くさせながら緊張していた。

そのためだろうか、その場で躓いて思わず倒れこんでしまう。だが、彼女はもうすぐ行われる国家間で行われる決闘に参加するだけの実力は持っている。その身体能力で片膝をつく形で踏みとどまった。

その踏みとどまった場所が悪かった。

 

「ぐきゅっ」

 

彼女の全体重が乗ったと言ってもいい片足の踏ん張ったところはシュージの喉元だった。

そこから数秒。何が起こったのか誰も理解できなかった。

てっきりネインも心肺蘇生を手伝ってくれるのかと思っていたのだが、まさかシュージにとどめを刺す行動に出るとは。

 

「何やってんだっ!あんたぁっ!」

 

カモ君に怒鳴られてようやく状況を理解できたネインは涙目になりながら足をどけた。

見ればシュージの顔は青から紫に変色していた。心なしか体温も冷たくなってきている様にも見えた。

それからカモ君はシュージの気道の確保のため回復魔法を使い、シュージの喉のダメージを快復させ、人工呼吸を行う。

男同士だからとか言っている場合ではなかった。

シュージにこんなところで死んでもらわれてはカモ君のこれまでの努力が水泡に帰す。そのうえ、カオスドラゴンの機嫌も損なうかもしれない。そうなればカモ君がリーラン王国から逃げ出すことも敵わない。

 

「戻ってこい!戻ってこい!シュージぃいっ!」

 

その光景にネインは涙目になりながらコーテの方を向いた。

こんなつもりじゃなかったと顔に出ているネインにコーテは鼻息一つこぼす。

何やってんだ、この人は。と、

シュージの様態が悪くなるたびに騒ぎは大きくなる。

ここにいる生徒達は大体がお嬢様お坊ちゃま。

この世界の貴族はダンジョン攻略を行うのが主だが、こういった人の生き死にはもっと離れた場所で起こるもの。そんな異常事態に彼等の喧騒は更に上がる。が、それを良しとしなかったのが騒ぎの原因を作ったコハクである。

彼女は騒がしい事と静かな事。選ぶとしたら静かな事を選ぶ性格なため、現状をよく思っていなかった。

コハクは静かに詠唱を開始したが、それも僅か3秒。カモ君のクイックキャスト(笑)ではなく本物のクイックキャストを行い、魔法を行使。シュージに光魔法レベル4のギフトと呼ばれる魔法をかけた。

それは身体能力が著しく増幅されるもので、その幅は使用者の魔力に比例する。

カオスドラゴンの補助魔法を受けたシュージである。きっとこれで回復すると、カモ君は思ったが様子がおかしい。回復しない。むしろ悪化している。

 

シャイニング・サーガというゲームでは魔法のギフトを受けたキャラのステータスは大きく向上した。

物理攻撃力。防御力。魔力や最大生命力の最大値も大きく伸びる。が、HPの残量は増えない。

コップの水を樽に移し替えたように回復はしない。

むしろ最大生命力を増やしたせいで、比率が低くなってしまったのだ。比率が低くなる生命維持も難しくなってしまうのだ。

 

そのことに同時に気が付いたのはゲーム知識を持つカモ君とドラゴン系のモンスターは自然治癒力があるが、回復魔法が使えないという枷があることに気が付いたコハク。

 

窒息 → 悪化(瀕死) → 悪化(致命傷手前)

 

と、言う状況を作ってしまった事に気が付いたコハクはカモ君をこつんと自分の頭を小突いてこう言った。

 

「ごめんちゃい」

 

「ゆ“る”z、ゆ“る”ず」

 

カモ君の記憶を覗いた時に可憐な子はこうすれば大抵の事は許されると曲解した行動だろうが、この状況は大抵には含まれない。

本心では決して許せる行動ではないが、相手はカオスドラゴン。しかも善意で動いてくれたのだ。ここで怒鳴ったら彼女の着込んでいるオリハルコンドレス(スフィアドラゴン)に学園事消し飛ばされる。

こうしている間にもシュージの命の火が消えようとしている。

しかもコハクのギフトの効果で防御力が上がって心臓マッサージも人工呼吸も地面を相手しているのかの如く跳ね返り、効果が出ない。

さすがにやばいと思ったのか、途中からコーテも人命救助として回復魔法を使うがシュージの様態が回復しているようには見えない。

そこで汚名返上とばかりにコハクがシュージの顔を持って顔を近づける。

コハクはカモ君が行っていた人工呼吸をしようというのだ。それに待ったをかけようとしたが遅かった。

確かにドラゴンの力で強化されたシュージの体を刺激できるのはドラゴンの力だろう。しかし、彼女は何かと手加減が苦手である。

今でこそ人間並みに呼吸はしているが、意識して呼吸を行えばドラゴン基準で呼吸を行うことも出来る。それは大の大人数人を軽く吹き飛ばせるものだ。まさにドラゴンブレス。

 

「ぷぅ」

 

「シュージィイイイイイ!!」

 

人間の胸ってあんなに大きく膨らむんだと、間近で見てしまったネインはしばらくの間丸いものを見ると震えるトラウマを抱えてしまった。

 



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第四話 ジンシンバイバイ

「あの子に悪気があったわけではないんだよ。彼女はシュージと仲良くなりたかっただけなんだ」

 

「…嘘でしょ。どう見ても殺しにかかっていたじゃないっ!」

 

体の内部から破裂寸前まで膨らまされたシュージのダメージを癒すために、カモ君とコーテによる回復魔法で何とか命をつなぎとめて、キィが連れてきた保険医。この学校で一番の治癒魔法使い。妙齢の女教授が回復ポーションを持ってやって来た。

そこから彼女の指示に従いながらなんとかシュージを快復させることが出来た。

女教授曰く、あと少しでも遅かった。シュージの体が貧弱だった場合、助からなかったとのこと。

助かったとはシュージは保健室まで運ばれ、経過観察の状態。目覚めるのは明日以降になるだろうと。

その事態にさすがのキィも答えたのか今も意識の戻らないシュージについていき、保健室で昼休みを過ごしている。

一方で、カモ君はコハクを連れて中庭の一角に一緒に来たコーテとネイン事情を説明した。

 

コハクがカオスドラゴンであること。シュージを婿にしようとしている事。そして、彼女の機嫌を損なえば王都が吹き飛ぶ。

 

そのことにネインが大声を上げようとしたが、カモ君が彼女の口を左手で押さえる。

 

「すいません。一応、これ国家機密になると思うんで、静かに」

 

「…なんで、シュージ君を婿にしたがるのかしら?」

 

声を荒げることなく、だが声色は冷めきったネインはカモ君をじろりと睨みつける。

シュージがこの世界の主人公。いわば世界の中心だとは言えない。その情報が洩れれば様々な勢力から狙われてしまう。だからネインを騙すしかない。

ネインを口八丁で騙そうとカモ君が口を開いた時だった。

 

「実は」

 

「それは私も知りたい」

 

「あーっ!わーっ!だぁーっ!何でもないっ。何でもないぞ!」

 

打合せしっかりしたやろ、お姫様ぁっ!

 

カモ君はコハクの発言をかき消すために声を上げる。だが、少し離れている人間ならまだしも、すぐ近くにいるネインの耳には入ってしまっただろう。

ネインの目に疑惑の色上塗りされていく。

 

「貴女。シュージ君に興味があるんじゃないの」

 

「・・・。あ、うん。そういう設定だった」

 

「コハク様、ちょっとあっちでお話ししましょうねぇえええっ!」

 

カモ君は天然な性格で素直に答えるコハクに許可を得ないまま横抱き。お姫様抱っこで抱えると、人気の無い校舎裏まで走っていく。

そして人気のないところまで連れていけたことを前後左右見渡して、彼女をその場に下ろすと土下座し、懇願した。

 

「シュージの事は武闘大会で活躍した平民というフレーズで知っているという事だったじゃないですか、コハク様っ」

 

本当は絶叫したいほどに強く言い聞かせたかったカモ君だが、そうすれば内緒話の意味もないうえにスフィアドラゴンの怒りも買う。そうしないためにも可能な限り声の大きさは小さく、しかし不興を買わないだけの感情をこめてコハクに注意した。

と、同時にカモ君の体が重くなったかのような殺気がぶつけられてカモ君は顔を上げることが出来なかった。

 

っ。っ。

 

「そうだったね。ごめんねカモ君。他の人には内緒だったね。だから、アース。そんなに怒らないで。あれは私が悪かったんだから」

 

カモ君の態度と対応にアースはご立腹のようだった。

そもそもコハクが興味を惹かれていることを光栄に思うべきだし、わざわざカモ君達人間に合わせる必要はない。その事でカモ君に威圧をかけたのだが、それは人間レベルのカモ君にとっては殺気と勘違いするほど強烈なものだった。

 

「…ご理解ありがとうございます」

 

正直、何度も死線をくぐってきたカモ君でもアースの威圧は脅威そのもの。今はカモ君だけという範囲が絞られたものだが、それが少しでもそれると魔法学園はまたパニックに陥ってしまう。

そうならないためにもコハクのフォローとサポートをカモ君が担わなければならないのだが、時期が悪かった。

あと三週間もすればネーナ王国との決闘が行われる日になる。それに向けての強化トレーニングを明日から控えている。それから二週間とちょっと心身を引き締めるためにシバ校長がスペシャルな人を呼び寄せてくれるそうだ。

 

コハクのサポートもこなす。ネーナ王国との決闘にも備える。

両方やらないといけないのが踏み台の辛いところだ。

覚悟はいいか?俺は想定も出来なかった。

誰が想定できるかよっ!こんな無茶苦茶すぎる設定なんてっ!

むしろ原作より酷くなってんだよ!

 

キィが原作を無茶苦茶にしたかと思ったら、ネーナ王国からの刺客でシュージの人脈が狭まり、モカ領には厄介事が多発する。

頭が痛くなってきたカモ君だが、まだ倒れるわけにはいかない。ここで屈してしまえば愛する弟妹達に被害が及ぶ。だからカモ君はまだ立ち上がれる。

 

コハクと再度話し合いをした後、ネインとコーテの元へ戻ってきた。

二人とも急に席を離れたことに更なる疑惑を感じていたが、ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響く。

本当はコハクとカモ君をもっと問い詰めたいが、時間がない。

今は退くが、放課後また話してもらうとコーテとネインに念を押されたカモ君は空元気で苦笑しながら了承した。

 

午後の授業は目標のシュージがいないのでおとなしく真面目に授業を受けていたコハクにほっと胸をなでおろしたカモ君。

どうやらコハクの興味はシュージよりも外の世界が大きいようだ。授業が終わっても興味深そうに教科書をめくっていた。

そんな彼女に声をかけて放課後再びコーテとネインに中庭で合流した。

しかし、昼休みとは違って三名ほど追加されていた。

一人はコーテのルームメイトのアネス。彼女はスフィアドラゴン騒動で帰ってこなかったコーテを心配していたが午後からの授業に顔を出した彼女を気遣ってついてきた。その心配は見事に的中した。

もう一人はミカエリ邸でよくお世話になったメイドH。手には鎖で出来た長いチェーンを持っていた。

最後の一人は、そのチェーンの先にある首輪を装着した桃色の髪が印象的な少女。カモ君達と明確な敵として認知されているはずのメイド服のライツだった。

そんな異様な格好なのにライツは以前と変わらぬ面の皮が厚い、人好きしそうな笑顔を見せていた。

 

・・・え、こわっ。セーテ侯爵の新手の公開処刑?

 

カモ君がメイドHに慄いているとメイドHは彼に手紙を渡すと一緒に彼の手首に白い腕輪を装着させた。その腕輪からライツへつながるチェーンもつながっている

 

「ミカエリ様からの援助の品です」

 

メイドHの話によると、ライツから搾れるだけの情報は絞ったからあとはカモ君の好きなように扱えと。

この白い腕輪とライツの首輪は彼女の作り出した人工マジックアイテム。『搾取の腕輪』という白い腕輪をつけている人間から黒い首輪をつけている人間への絶対命令権を発動させるもの。なおかつ二人の魔力を共有できるという代物。

ゲームで言うならこの時点でカモ君のMPがライツの分だけ上昇したことになる。

予め、ライツを説得。もとい調教した後なので即座に自死はしないだろうとのこと。

そこまで説明を受けると二人を繋いでいた鎖が輝きながら砕け霧散して消えてしまう。これにてこのアイテムはセーテ侯爵家の誰かの許可がないと外せない。

まさに奴隷専用のアイテムと言ってもいい。

ただでさえ、カモ君の周りでは様々なことが混沌としているのに女性関係までややこしくしないで欲しい。現にコーテが無表情ながらも『私、不機嫌です』という雰囲気を放っているのだ。

 

では、この手紙は何なのか?と、カモ君は口と左を使って器用に手紙を開くとそこには借用書とでかでかと書かれており、そこには利子としてマジックアイテムの納付数が一個増えたことが記されていた。更には三年以内に支払えなければカモ君の身柄が完全にミカエリ個人のものになるという誓約書だった。

そういえば、カモ君が今も羽織っているジャケットはミカエリお手製の物で借金して装備している物だった。

確かにマジックアイテムという貴重なものを借金して得たのだ。当然、利子は発生する。マジックアイテム一つで命が助かるのだ。それを考えれば安い物だ。

ただし、カモ君の財政は火の車。借金を返せる余裕もなければ将来性も見えてこない。

 

コハクのサポートに、モカ領の将来性。更に女性関係だけではなく、借金関係でも頭を悩ませなければならんのか。

というか、ライツと自分の身柄が第三者の手によってやり取りされているんよ。

 

(ざまぁみろ。お前もこれから不幸になるんだよ、ご主人様)

 

本気で頭痛がしてきたカモ君の様子にライツは仄暗い感情を向けていると、そこに学園長のシバまでやってきて、こう言ってのけた。

 

「エミール君。おや、ちょうどネイン君もいたか。君たちの強化スケジュールがようやく決まった。君達にはこれからリーラン王国第三軍事訓練所で現役兵士と隊長による指導合宿を受けてもらうよ。そこにはなんとマウラ王女も加わる予定だ」

 

ただでさえの四重苦に、王女との謁見も追加された。

基本的に権利の頂点と言ってもいい王族に対して大抵の貴族は委縮してしまう。

現にカモ君だってコハクという最強のお姫様と接するのには気を使いすぎて命を削っている気がする。

そして、ライツも王位継承権はほぼなくなったとはいえ姫。

つまり、カモ君はこれから三人のお姫様に気を遣わなければならなくなる。

 

わーい。俺ってばお姫様にモテモテ。じゃねえよ、馬鹿!心労で死ぬわ!

 

冗談じゃなく、その場でふらついてしまったカモ君。せめて、コーテとこれからの事を相談したいので、シバに合宿の日程を聞き出した。

 

「ちなみに合宿はいつからですか?」

 

「今からじゃ」

 

WHEN?(いつだって?)

 

「はっきり言ってきな臭い事がここ最近起こり続けているからな。校門近くに馬車を待たせている。貴重品を持ったらすぐにでも訓練所へ向かってほしい」

 

あ、うん。わかるよ。

本当にここ最近ドタバタしているから。不穏な事続きだから部外者や危険人物が潜り込まないように即座に行動するのは悪くはないと思うが、今すぐですか、学園長。

 

「シュージ君も後で向かわせる。…あの二人の代理も決まり次第そちらに送ることになっている。今度は間違えないようにする」

 

あの二人とはウェインとギリの事だろう。しかし、あの二人もこの学園ではかなりの実力者。代わりになる生徒が早々見つかるかはわからない。

しかし、そんな事よりもカモ君はこれまでの事とこれからの事を少し整理しただけでカモ君は足元がふらついた。が、何とか。文字通り踏みとどまって了承した。

この合宿にはシバとカモ君が信用できる関係者だけを連れていくことになっている。勿論シュージが関係しているため、コハクもついていくことになった。

最低限の荷物を馬車に載せたカモ君達は馬車に乗る。

馬車の中にはカモ君とコハク。そして護衛の兵士が二人乗っていた。この仕訳にしたのもシバ校長の思惑だろう。おそらくだがコハクに出来るだけ人としての範疇をカモ君から教割ってほしいという願いからだろう。

ネインとコーテも別の馬車に乗っているが、この二人からしてみれば気になる男の子に言い寄るコハクが気になって仕方がないのだろうが、我慢してほしい。

 

様々な気苦労を背負ったカモ君に対してコハクが激励の言葉を送った。

 

「頑張ろうね?」

 

「これ以上頑張ったら俺死んじゃう」

 

現状の酷さにカモ君は取り繕う事を忘れて、この慈悲の無い状況に素で力なく笑い返すのであった。

 




人身売買と人心BYEBYEをかけてみた。


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第五話 ドラゴン基準

リーラン王国のシンボルがすぐ近くに見える位置にある軍事施設。

主に王国兵たちのランニングや魔法訓練場となっている平野。

ここでカモ君達は一週間戦闘訓練を行い、一週間休んで決闘に出向くというのが今のスケジュールとなっている。

そこにカモ君達を乗せた馬車が到着すると出迎えてくれたのは七人の兵士とそれをまとめ上げているだろう隊長らしき人物が彼等を歓迎してくれた。

 

「キヤラ・ノ・ハイケだ。この部隊の隊長をしている。そして、同時に君達を鍛え上げる教官も務めている」

 

失礼ながら、カモ君からしたらパッとしない一般モブ兵に髭と頬の切り傷が付いただけのような男性がカモ君達を王城近くの訓練場で出迎えてくれた。が、彼がここの責任者らしい。

彼からは主人公の仲間になる強キャラの雰囲気はない。正直、彼の指導でも自分は強くなれるか怪しいところだ。

 

だって、

キヤラ・ノ・ハイケ

キャラ、の、はいけー

はいけーのきゃら。

背景のキャラ。

 

なんだぜ。期待もへったくれもない。

ただ、その兵士としての経験は豊富だと思う。三十代後半の男兵士。おそらく対人戦闘の心構えや教訓を教えてくれるのだろうけど。

 

それならアイム先生で間に合っているんだよなぁ。

 

同じ三十代の男性で、仲間キャラ。冒険者として第一線で戦ってきた彼のほうが学ぶことは多そうだ。なんなら今からでも交代してくれたらうれしい。

魔法の鉄腕の練習にもなるし、既知の仲なのでやり取りもスムーズにいくと思う。

 

「私もそう思う。この人よ「確かに厳しそうだよな。よく見ると体のあちこちに傷があってただものじゃなさそうだもんな」…うん」

 

頼むからこちらの考えをジャックして会話するのはお控え願えないでしょうか、お姫様。

こちらが頼む側だからあまり失礼な事を言えないのよ。

 

「はは、確かにあちこちに傷はあるが、この傷は国民を守った証。兵士の勲章なのですよ」

 

コハクが失礼なことを言おうとしたので何とかセーブして、キヤラ隊長からの好感度を下げるのを防いだ。

 

「ご主人様の傷が多い気がしますね」

 

「俺はまだまだ弱いからね。これから強くなればいいさ。どんなに厳しい特訓でも受けきってみせるさ」(レベル:MAX)

 

ライツが皮肉めいた事を言ってくる。

 

…やだ、俺のステータス低すぎ。

というか、レベルMAXでこの低スペック。

最低でもレベル4。特級の魔法が使えるようになりたかった。

でもなぁ。今までの事を考えると器用貧乏なレベルの上げ方じゃないと死んでいたからなぁ。

 

「回復と補助は任せて」

 

うん。コーテには期待している。というか、彼女がいる前提での訓練に挑む予定だから、多少の無茶は出来る。これは厚い絆があってこそだ。…だよね?

よく失敗をしている気がするけど、愛想が尽きたりしていないよね?

俺達、友達以上恋人以上だよね?

 

「それって夫婦っていうんじゃ」

 

「そうなったら私はネイン先輩とも婚姻を結んでいることになる」

 

コハクとコーテの会話にはなにか棘を感じてしまう。主にコーテだけだが。コーテは全方位に棘を出しているように感じられて雰囲気を悪くしているような気がする。

確かに、ネイン先輩は以前のダンジョン探索の時に少しばかり怪我をしていたのでコーテが癒していた記憶がある。

でも、あれぇ?コーテさん。ここは肯定すべきではなかろうか?一応、俺達元が付くとはいえ婚約者であったのだから。

…あ、そっかぁ。俺ってば一応貴族の地位を取り上げられたような状態だった。

やべぇよ。信頼と癒しの存在。将来への希望でもあるコーテとの将来も確約されていないんだった。

そんな状態なのに見ず知らず女の子(裏ボスの娘)と仲良くやっている。かつ、何の説明もないのに彼女を優先していたら好感度は下がるというものだろう。

まずい。どうにかしてコーテのご機嫌を取らないと。

 

キヤラがこれから行う訓練内容を説明してくれているがカモ君は別の事を考えており、ただ相槌を打っているだけだった。

訓練も大切だが、コーテも大事なのだ。

それを感じ取ったのかコハクがコーテに向かってこう言った。

 

「私とカモ君の信頼関係は普通じゃないよ」

 

コハクさーん!?言い方ぁ!言葉が足りないんよ!それだと誤解されちゃうから!

 

カモ君が内心絶叫した後どうにか言いくるめようとしたが、それより先にコハクが動いた。

彼女はカオスドラゴンである。人間のカモ君よりも高い頭脳と解析の力を持つ。

カモ君の内心絶叫をくみ取り、こう言った。

 

「私たちは人には言えない間柄。だからカモ君は私が(サポートとして)使う。シュージをゲットするために」

 

コハクさん。人はそれをキープ君というんよ。ある意味間違っちゃいないけど言い方ぁ!。俺のフォローをしてくれているつもりらしいけど、その言い方だとあなたビッ〇発言なんよ。

 

「…あら、それはいささか卑しい考えではありませんかコハクさん。貴方も淑女ならその考えは改めたほうがよろしいかと」

 

コハクがシュージの名前を出すと今度はネインがコハクに突っかかる。と、同時に彼女の装備品であり保護者であるアースからプレッシャーが放たれる。

以前にあった時に比べてだいぶ控えめだが、それでもこの場にいる全員が目の前に猛獣がいるかのような感覚に陥る。

 

ヒエッ。あまり、コハクを。というか、アースさんを刺激しないでくれよ。

毎回毎回この緊迫感を味わいたくはないんだって。絶対体に悪いから。過剰摂取はいけないんだから。

 

カモ君の不安通り。カモ君を含め、キヤラ含めた王国兵士達。カモ君をここまで運んできてくれた業者たちはすくみ上り、馬車を引く馬なんかは怯えて今にも駆けだしそうなくらいに暴れていた。というか、業者の操縦を聞かず、そのまま馬車を引いてその場から走って逃げて行った。

 

「それは早計というもの。早すぎる力技というのは愛想尽かれること。きちんと相手の弱みを握らないとそれは効果を発揮しない」

 

「経済的にも相手の主導権を押さえないと貴族の娘としてやっていけないですから」

 

え、それって本当?そうだとしたら貴族の娘怖すぎなんだけど…。

と、同時にすごいなこの二人。アースのプレッシャーを見事に弾いて、ないな。

ネインはまるで長距離マラソンを走った後のように、コーテは座禅で痺れたかのように足をプルプルさせている。それでもすごいけどね。コハクに意見できるのが。

 

「………あ、これ。威嚇されているのかな?私、そういうの初めてだから新鮮かも」

 

「威嚇はしていない」

 

「注意しているだけです」

 

今になってコハクがカオスドラゴンなのだと思い出したのだろう。

コーテとネインは青い顔をしながら、しかし、しっかりと彼女が目を逸らさずに答えた。

 

「そっか。じゃあ、気を付けるね」

 

「まあ、分かってくれたならいい」

 

「私も強く言いすぎましたわ」

 

ある意味箱入り娘なコハクだからこの場は水に流せた。しかし、コハクが純粋では無かったらこの二人は消し飛んでいたかもしれない。そうなる前にカモ君は土下座もするし、靴だって舐めてコハクを止めに入るだろう。

というか、エミールの事をカモ君と呼んでいるのにそれを受け入れている状況にカモ君は物申したい。

確かにコーテには原作の事や自分の事は知らせているから伝わっているとしても、ネインやキヤラには伝わらないだろう。もしかして、エミール・ニ・カモと誤認しているのではないだろうか。

 

「…と、思ったけど、面倒だから全部私のものにする」

 

やだ、男らしい発言。

俺の心が女の子になっちゃう。

 

「…このドラゴン脳っ。全然わかっていない」

 

「一度はっきりとお話ししいないといけませんわね」

 

ドラゴンの群れの長はオスならハーレム。メスでも逆ハーレムを作ることが出来る。

一説ではボスが決まると残りのドラゴンはボスに合わせて性転換が行われるという。

 

あれ、だとしたらコーテやネイン先輩もオスになっちゃうのか…。

 

「変わるのはカモ君達だよ?変えることは結構簡単」

 

やだ、本当に女の子になっちゃうんか。本当にやだなぁ。

というか、コハクさん美少女に見えてオスだったんか。

 

「私は両方あるから」

 

「…エミール。…いつ、弱みを握られたの」

 

…命と今後の将来を握られているんだよなぁ。

コーテには惚れた弱みを。ミカエリにはマジックアイテムと言った経済面を。

わーい♪俺、いろんな女の子ににぎにぎされているぅ~♪迫られている~♪

て、コーテ以外はぜんぜん嬉しくないわっ!

もうっ、本当に何なの俺の人生。試練を与える戦神だってもうちょっと手心加えてくれるはずだよなっ!主に報酬面!

 

「成功した暁には私たちが守ってあげるよ。多分」

 

「あら、仕える相手を間違ったかもしれませんね」

(ただ者じゃないわね、この娘。威圧感が半端ない。もしかしてお父様より強いんじゃないの?)

 

俺の三歩後ろにいるライツの言うとおりである。

でかすぎる報酬でした。

ドラゴンに守ってもらえるという報酬があるなら一族が五十年おきに末娘を生贄に差し出すくらいの報酬になる。

あ、いや、俺の場合、ルーナになるから俺が生贄になるわ。

…あれ、今の状況、わりと妥当なのか?

 

「悪くない取引だと思う」(カオスドラゴン陣営が)

 

「人間はそんなに弱くはありませんわ。死力を尽くせば困難を乗り越えることが出来る生き物ですの」

 

いや、弱いよ。

現状、少なくても俺より弱い人じゃ、この先の戦争でステータス的に生き残れないからな。

ドラゴンに守ってもらえるのならぜひ守ってほしい。

 

「ちょっと(五十年ほど)借りるだけも駄目?」

 

「思春期の若者はちょっと(三日ほど)でも駄目」

 

ドラゴンの『ちょっと』と人間の『ちょっと』には大分差があると思うんだよなぁ。

 

と、カモ君達がわちゃわちゃし始めたのでキヤラが軽く咳払いをして、場の主導権を握り直した。

 

「ではこれからエミール君とネイン君を鍛える。二人はすぐに向こうの兵舎へ行き、ジャージに着替えたらこの運動場を三周。その後は我々と実践式の訓練を行う。では、始め!」

 

しばらくの間、コハク(アース)からのプレッシャーに押されて黙っていたキヤラだったが、国王伝手でカモ君達の訓練をするように賜わったのだ。

 

「では、お嬢さん達は向こうで手伝う準備をしてきてくれ」

 

ただならぬ気配を発するコハクをしり目に厳しめな視線で、兵舎を指さし、カモ君達を送り出すと残されたコーテ達に笑顔を向けて、休憩所へ赴き、カモ君達のサポートをするための準備をするように言い聞かせた。

 

「まあ、仕方ないよね。貴方達(ドラゴンと比べると)弱いし。鍛えないとこの先大変だから」

 

びしりっ。

と、場の雰囲気が固まった気がした。

カモ君が言ってはならぬと押さえていた言葉なのに、彼がいなくなるとすぐにポロっと喋ってしまうコハク。

カモ君がここにいれば「せっかくフォローしていたのにっ!」と嘆くだろう。

 

「は、ははは。お嬢さんも口がお達者で荒らされるな。しかしながら我らも精鋭部隊。多少なりには自信はありますよ。あの二人を訓練前とはくらべものにはならない程鍛え上げて見せますよ」

 

コハク。白い少女の機嫌を絶対に損なうなとの通達でキヤラは怒鳴り散らしたい衝動を必死に抑えた。上からは彼女は王族と接する以上に礼儀正しく、従順に接しろと言われている。

こめかみから白い角が生えているから何かしらの獣人か亜人かと思っていたが、先ほど発せられたプレッシャーはただ者ではない。部隊長どころか将軍。もしくはそれ以上の存在だ。

キヤラはこめかみを震わせながらも少女達に笑顔で接していた。

この時点でカモ君達に八つ当たりすることを決め、その内容を1.5倍はきつくしてやろうと考えていた。

 

「…強くなりたいなら、カモ君と特訓していた方が成れるんじゃないかな?」(踏み台効果を期待して)

 

「は、はは。な、なぁに我々との訓練で決して損はさせませんよ」

 

「すいません。休憩所に行ってきます」

 

声を震わせて何とか体裁を保とうとするキヤラをしり目に淡々と喋るコハクの手をコーテが取り、ライツも引き連れて休憩所へと向かっていく。

コーテはカモ君が疲れているのはこのコハクの天然なところなのではないかと考え、これ以上話を続けると場の雰囲気が悪くなると思い、急いでこの場を離れることにした。

 

ちなみにこの時点でカモ君達への訓練の厳しさは2.3倍に引き上げられることになった。

 

「駄目だよ。あんな風に言っちゃ。あの人にも立場というものがあるんだから」

 

「大変だね、下の立場って」(絶対上位からの物言い)

 

「まあ、貴女からすればそうかもしれませんわね。ところで貴女様の事をお教え願えませんでしょうか?」

 

「私?カオ」

 

「とある筋では顔が広いお姫様。…貴女が知る必要はない」

 

エミールはカオスドラゴンだというのは秘匿しておくべきだって言っていた。ここでうかつに流布されても騒ぎを大きくするだけ。

特に敵国のスパイでもあったライツにこの情報を渡すとどうなるかわからない。ミカエリさんは何を考えて彼女をよこしたんだろうか。

 

コーテがコハクのフォローを行う。

このドラゴン。純粋すぎる。

お菓子なんか持って近づいたらほいほいついていくんじゃないだろうか。まあ、ドラゴンだからどうしようもないんだが。

私がしっかりしないと。いろいろとやばい。最終的には国が滅ぶ。そう思うとカモ君が常に抱えている心労はこういう物なのかと理解したくないものを分からされた気がしたコーテ。

 

「…貴女とカモ君って似ているね。結構面白いかも」

 

コーテの思考を読み取ったのかコハクは少し嬉しそうに微笑んだ。

その微笑みはなんというかずるかった。どことなく守ってあげたくなるような、見ていると嬉しくなるような幼児の雰囲気を持った微笑みだった。

コハクからすればカモ君が自分に対する接し方や考えは奇抜でしかなかった。表面上と内面では全くという程違っているのに方向性は同じ。しかも喋り方が自分の周りにはいなかった芸人気質なので興味をひかれまくっていた。

対してコーテはカモ君が関係していなければ冷静に接してくるのに、彼が係わるとそこに様々な熱がこもる。裏ダンジョンがある島では自分が何かを欲したら周りのドラゴン達が用意してくれる。だが、コーテはそれが駄目だと理由をつけて注意してくれる。

それが面白くてつい悪戯心が沸いてしまう。

正直、『主人公』よりもこの二人が欲しくなるコハク。お兄ちゃんとお姉ちゃんが欲しい一人っ子のような心境だった。

だからついこの二人困らせたくなった。ついでに本音も零した。

 

「でも、強くなれるかは微妙じゃない?あの人弱いし」(ドラゴン視点)

 

「それは…。貴女からしてみれば皆弱いけれども。言っちゃ駄目。聞こえたらどうするの」

 

キヤラとはだいぶ離れたけれど集中すればこちらの声が聞こえないわけでもない。

そして、ばっちり聞こえていた。

 

「本当なのに。私、どこも間違っていないのに」

 

「まあ、確かにご主人様達が特訓するよりも、ご主人様と特訓したほうが(踏み台効果)効率は良いですからね」

 

「真実だからって、正しいからってそれがいい方向には向かわないこともあるの」

 

少女達の戯れはカモ君達が訓練場に出てくるまで続いた。

それまで、少女たちの話声はキヤラの耳に届き、彼の神経を逆なでする事になっており、そこから課せられた訓練は当初の3.2倍。

それこそ遅刻や規則を守らなかった兵士に課せられる体罰染みた苛烈な訓練だった。

 

 

 

一番割を食らったのはコハクの第一関係者であるカモ君。ではなく、一緒に訓練することになったネインだった。

 



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第六話 ドラゴン的には小さい

初日から飛ばすなぁ。

 

カモ君は肩で息をしながらも暢気な事を考えながら小休憩を兼ねた瞑想を行っていた。

 

準備体操とは名ばかりの怒声が飛び交うストレッチ&剣や槍を持った素振り100回。

全力疾走で運動場ランニング10周。

三十回連続模擬戦。

 

これらを行った後にコーテ達が用意してくれたスポーツドリンクを飲み干し、五分間の瞑想を行う。

キヤラの訓練内容はマジカル(魔法)な強さよりもフィジカル(身体)的に強くしようという物だった。

確かに、今から魔力を上げようと言っても百体近くのモンスターを討伐しないといけない。しかもシュージの『主人公』の恩恵がないのでそれ以上の労力を必須とする。

それをするぐらいならまだ若い体のカモ君達はスタミナをつけたほうが決闘に有利に働くはずだ。それに対人戦はモンスターと戦うだけではつかない度胸もつく。

しかし、それでも過剰すぎる気がする。

いや、日ごろ身体を重点的に鍛えているカモ君的には合っているかもしれないが、ネインには厳しすぎた

女性という事もあってかランニングの時点で息が上がり、組手の時はしばらくして倒れ伏した。そのまま休まされているが、今も復活できていない。

 

「休憩終了!次、腕立て伏せ・腹筋・背筋・スクワット1000回!」

 

「はいっ」

 

たった10分の休憩時間の後にこれだけのトレーニングを課すとか拷問かな?と、思ってしまうがまだ見ぬ相手との決闘にはこれくらいしないといけないだろう。

むしろ、四天の鎧を作り出すことが出来る技術力。シュージのことに目を付けた諜報力。そして、モカ領に侵入してきた刺客の腕前を見る限り、これでも足りない気がする。

しかし、これ以上を望むとネインが壊れてしまう。

もうこれ以上レベルが上がらない自分とまだ将来性のあるネイン。どちらを優先すべきかは明白だ。

 

カモ君が出来ることはこれ以上筋力と魔力を衰えさせない事。そして、自分の体を今まで以上に使えるようにすること。

ゲームで言うなら格闘ゲームで、そのキャラ(自分)をうまく使いこなす事だけだ。

 

厳しい筋トレを課されたカモ君だが、それを黙々とこなす。

その姿を見てキヤラの部下達は感心する。

魔法学園の出身なのにここまで体を鍛え上げ、スタミナも対人戦闘もこなしている。何よりキヤラの拷問に近いメニューをこなしているカモ君に好評価を抱いていた。

逆にキヤラは面白くなかった。

自分を低評価したコハクはもちろんだが、まだ十五にも満たない少年と同列にされたのが気に食わない。尻の穴が小さい男だった。

 

「次っ、実践組手だ!」

 

「はいっ」

 

筋トレが終わった後は再びキヤラの部隊の人間と組手を行うカモ君。

既に全身からは汗が噴き出ており、更には肩で息をしている。明らかに疲弊しきっているのにその目には先を見据えているように見えた。

カモ君からすれば、命の危険がないトレーニングなど生ぬるいとまでは言わないが、これまでの苦境を考えるとどうしても見劣りしてしまう。

カモ君は自分の事を低スペックだと考えているが、今のリーラン国の一般兵士と同等かそれ以上の実力を有している。

戦争時には兵士たちも急ピッチで鍛え上げられカモ君よりもステータスが上の兵士もちらほら出てくるだろう。

しかし、カモ君のこれまでの経験がそれらを上回るのだ。しかも、この男は弟妹の事が係わるとステータスに上方補整がかかる。それら全てを加味すると将軍補佐レベルまでになるだろう。

つまり、現時点でのカモ君はキヤラを上回っているという事だ。それを理解しているからキヤラはカモ君の組み手の相手はしない。もし、それで負けてしまえば己の小さなプライドにひびが入るからだ。やるとしてもカモ君がもっと疲弊してからだ。そうすれば勝てると考えていた。

 

小さいね。

 

そんな言葉が不意にキヤラの頭に響いた。

自分の近くで組み手をしている部下はこっちを見ていない。勿論カモ君も見ていない。

少し離れたところでネインの介抱をしているコーテ達がいる。

未だに回復しないネイン。彼女の名誉のために言うが、彼女は魔法にも力入れている人間で、接近戦5:魔法5の器用貧乏なキャラなのだ。かといって、カモ君達の通っている魔法学園ではそのどちらも上位にある生徒だ。断じて劣等生というわけではない。

そんな彼女達の会話が聞こえる距離ではなく、また、カモ君達の訓練の声で聞こえる状況でもない。しかし、一瞬だけ。キヤラとコハクの視線が合った。

コハクの目に炉端の石を見ているかゴミを見ているような視線を見逃さなかった。

それにキヤラは内心激怒した。

出来る事ならその冷静な顔を殴りつけたい。そう思った瞬間、自分の体が巨大な岩にすりつぶされる光景がよぎった。

と、同時に全身から噴き出る冷や汗。そしてまるで巨大で長大な氷の槍に体を刺し貫かれ続けているような気配をコハクから感じた。

彼女はもうこちらを見ていない。彼女の興味は仰向けで倒れているネインの大きすぎる胸をつんつんと突くことになっている。

それなのにキヤラは自分が今、『あえて生かされている』という状況にようやく気が付いた。

コハクがその気になれば自分など簡単に死ぬ。遺体も残るかわからない程に消し飛ぶと今になってようやく気が付いたのだ。

なぜ、自分がまだ生きているのかはわからないが、キヤラはもう二度とコハクを邪険に思う事は無くなった。

 

「…う。…ちょう。隊長、どうかなされましたか?」

 

「あ、ああ。どうかしたかね」

 

「いえ、組手を一通り終えましたが、次はどうなされますか?」

 

「う、うむ。もう暗くなってきているから室内での訓練に移るとしよう。そこにあるトレーニング器具を用いた修練をしよう」

 

いつ頃から自分に語り掛けてきたのだろうか、部隊の副官が自分に話しかけていることに気が付いたキヤラは枯れ切った声を出さないようになんとか指示を出す。

もう、自分を貫いていた気配は感じない。だが、それでも自分の中にある小さなプライドがふつふつと燃えている。

これまで以上にカモ君とネイン。そして、これから来るだろう魔法学園の生徒に八つ当たりで厳しい訓練を課すことにした。

 

小さいなぁ。

 

その姿をチラリと見たコハクは小さなため息を零した。

 




コハクの心情。
カモ君はもっと追い込まないと鍛えられないよ。

カモ君の現状。
生存が確約されている分、気は楽だけど、スタミナがもうないんですが…。

ネインの状況。
運動過多で過呼吸寸前。


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第七話 人間っていいなぁ

実践組手も終え、就寝時間ギリギリまでの訓練の後に風呂と食事を摂ったカモ君は兵舎に用意された部屋のベッドに腰掛けてようやく一息入れたところだった。

過密すぎるスケジュールだと思うが、カモ君が想う事はまだ足りない。と言ったところだ。

何せ、自分はもうレベルがMAX。伸びしろはほぼ無いと言ってもいい。

だから残った強化内容は経験と技術の習得だろう。

つまりは戦闘技術の強化。それを考えると今の環境は最適ともいえる。

徒手空拳から始まり、剣、槍、弓。こん棒、鞭。更には大鎌や針と言ったマイナーな武器を得意とした兵士たちと組手が出来るのはカモ君的にはありだった。現にそれらの武器を持った相手と戦うとなったら多少なりには対応できる自身はついた。だが、それでも足りないと思う。

 

四天の鎧。

 

あれがどうしても頭にちらついて悩ませる。

あのチート鎧を刺客が持っていたのだ。今回の決闘でそれが出ないとも限らない。

あれは国宝級のアイテムが最低でも四つ必要となる上に、おそらくだがミカエリクラスの技術があって作られるものだと。そして、その技術=決闘相手のレベルだと考えるとどうあってもカモ君では勝てそうにない。

光魔法のブーストに鉄腕を発動させてもどうにか衝撃を与えられるかどうか。圧倒的に攻撃力が足りない。

どうにかそれを手に入れない限りカモ君に勝ち目はない。

 

決闘のルールにも問題がある。

場所は指定されていないが、両国が閲覧する『決闘』のためおそらくは見晴らしのいい開けた場所で行われるだろう。

そして、そこはおそらくモカ領であり、その建設にはミカエリも関係しているのだろう。彼女程の技術があればおそらく三日もすれば立派な舞台が造られるはずだ。

何故なら、カオスドラゴンの娘という奇天烈な場面に顔を突っ込まない。という選択肢を彼女が取るはずがない。

一応、こちらからも連絡を取ろうと手紙は送っているが返事は来ていない。まあ、まだミカエリとは三日も間をおいていない。

この際、どんなデメリットを持っていたとしても有効だとなるマジックアイテムを作成してほしい。

 

…オークネックレスの粘液を相手の顔にぶつけるくらいしか思い浮かばないが。

 

と、そこまで考えたが疲れから来る睡魔に瞼を重く感じたカモ君は就寝しようとベッドに横になろうとしたところでノックをしながら扉を開けて入ってくる者がいた。

そういえば鍵を閉め忘れていたな。と、カモ君も度重なる窮地から脱していたからか気の緩みがあった。

 

「エミール。少し話があるんだけれど」

 

「コーテか。まあ、あるよな」

 

カモ君は既に用意された寝間着に着替えていたが、コーテは動きやすい魔法学園のジャージを着ていた。その表情はいつもの無表情だが、少しだけ瞼が下がっているようだった。

 

「今までなあなあでついてきたけど、一度きちんと話し合いをしよう」

 

「…そうだな。でないと、お前も納得しないだろうな」

 

まあ、自分も未だに納得していない状況だが。

 

カモ君はベッドに座ったまま自分の隣をポンポンと叩いてそこにコーテを座らせた。

端から見ればここから事案が発生するのではと思われるだろうが、現状、そんな甘い話が出来るものではない。

そこで彼から語られたのはスフィアドラゴンに攫われた後、裏ボスのカオス・エルダードラゴンとの遭遇。そして、取引の事だった。

どうして、敵国の将軍や国王をすっ飛ばしてラスボスのその先である裏ボスに出会ったかと尋ねられれば、入学式からしばらくして襲来したブラックドラゴンが原因だと聞かされたコーテは思わずため息をついた。

確かにあれは今でもよく覚えている出来事だ。そして、カモ君がクーの救出のために無茶をしないはずがない。まさか、そこで興味を持たれるとかあまりにも仕方がない事だった。

 

「エミール。貴方、この世界の創造主に呪われているんじゃないの?」

 

「『原作』ではその創造主に当たるメンバーから蛇蝎のように嫌われていたからなぁ」

 

カモ君の言葉に少しだけムッとしたコーテだが、カモ君の次の言葉を聞いて文句を言うことをやめた。

 

「だけど、これはゲームじゃない。似たような世界。現実だ。たとえそうだとしても足掻ききってやるさ」

 

ゲームではいくつかの選択肢で未来が決まってしまう。だが、それはシャイニング・サーガというゲームでの中の主人公にだけ適用される。

だが、カモ君は違う。ゲームに出てくるキャラクターだが、そこには明らかに違う魂の籠った一人の人間なのだ。いくらでも取れる選択肢はある。

今からコーテを連れてどこかへ逃げることも出来る。そのままモカ領へ向かいクーとルーナを連れて関係のない第三国へ逃げることだってできる。

それを行わないのはただこの国に愛着がわいたから。

 

友人となった『主人公』のシュージの事も助けたい。

これまで世話になったミカエリを始めたセーテ侯爵の恩義に報いたい。

何より、隣にいるコーテとの思い出が詰まった魔法学園を守りたいという想いもある。

 

それらを全て叶えたい。

 

ああ。なんだ。自分はただの強欲者だったのだ。

弟妹達を守りたい。

友人たちを救いたい。

恩人たちに報いたい。

恋人との思い出の場所を失いたくない。

その全ては逃げ出しては何一つ守れない。

 

なら、戦うしかないだろう。勝つしかないだろう。

まだ時間はある。もしかしたら決闘自体がなくなるかもしれない。モカ領が危機から脱するかもしれない。

ミカエリをはじめとした頼りになる大人達を自分は知っている。自分よりも強い者も知恵ある者も知っている。頼る事が出来る。何より、無限の可能性を持った『主人公』のシュージがいる。

これくらいの希望を持って前に進むことはやってもいいだろう。

しょせんこの身は子供なのだ。『踏み台』なのだ。周囲に期待して何が悪い。ならば少しくらいは頼っても文句はないだろう。

 

「なあ、コーテ。これからも頼ってもいいか」

 

弱ステータスに、身分も立場もない。金も無ければ、財産もない。

本当に駄目駄目な自分だがまだ頼らせてほしいと目の前の恋人に告白する。

コーテもわかっている。もうすぐ行われる決闘はおそらくこれまで以上の強敵が現れてくる可能性は十分ある。

 

「勿論。出来ることは少ないけれど」

 

そう言って両腕を広げてカモ君を迎え入れる体制をとる。

それに何の抵抗もなく体を預けるカモ君。

彼の大きな体はかすかに振るえていた。

彼だって怖いのだ。これから起ころうとしている事態に。現状でもてんてこ舞いな状況。

あと何度死闘を繰り返せばいい?どうすればこの流れを変えられる?

 

それが分からないまま逃げ出さず、前へ。

恐怖を抱えながら前へ。

前に行くしかカモ君の望んだ未来は手に入らない。

 

どれくらい彼を抱きしめただろうか。数十秒か数分か。

彼の震えが収まるまでコーテは抱きしめ続けていた。

そうして、ようやく震えも収まり会話を再開させようとした時だった。

 

…交尾するのか?

 

そんな鈴の鳴ったような少女の声がカモ君とコーテの頭に響いた。

二人は慌てて離れて辺りを見渡すがその声の主は見当たらず、しばらく探してようやく声の出所を見つけた。

それはカモ君に当てられた部屋(三階)の窓の外。まるで蛾のように窓に張り付いているコハクがこっちをじっと見ていた。

 

え?なにこのドラゴン?覗きなん?

 

カモ君はとりあえず窓を開けて彼女を部屋の中へと招き入れて、彼女がどうしてここに来たのかを問う。

 

「宿題の人間観察」

 

あるのか。ドラゴンにも宿題という概念が。

 

「…コハク様。今までのご無礼申し訳ございません。」

 

コーテはカモ君から聞かされた内情を整理し、とりあえずコハクに謝罪することにした。

こういった不備は早めに対処したほうが後々いい方向に向かうのだ、

 

「ん。私は許すよ」

 

だが、こいつ(アース)はどうかな!?

 

なんて事にはならいようでほっと胸をなでおろしたカモ君。

もし、なったらなったでコーテの代わりに自分が罰を受ける気でいたから安心感は猶更だった。

 

「…で、交尾はしないの?」

 

「しません。あれは誰かに見られながらやる物ではありませんから」

 

「ちぇー」

 

コハクは残念そうに唇を尖らせたあと、小さなあくびをした。

その様子を見てコーテはコハクの手を引いて自分達に当てられた大部屋へ向かうことにした。

 

「明日も早いですからね。お部屋へ戻りましょうか」

 

「…わかった。…カモ君も戸締りと周囲への警戒を怠らないでね」

 

コハクに言われてようやく気が付いた。

ここは魔法学園のように魔法でのセキュリティーが施されていない施設だ。

どこで誰かがコハクのように自分達がいる部屋をのぞき見しているかもしれないのに前世や『原作』の話をしてしまった事を恥じた。

 

「ご忠告、痛み入ります」

 

コーテ達が出ていった後にカモ君は改めて結界の効果がある魔法を展開するといきなりその結界に反応があった。しかも三つも。

反応があった窓の外を見るとそこには、この兵舎の利用者(一般兵士)らしき人間が二人。そしてメイド姿のライツが倒れ伏していた。

後でわかることになるが、この兵士はネーナ王国のスパイと協力者であり、見回りの兵士に気づかれることなく、ここまで潜入出来たが、カモ君の事を観察に来たコハクによって無力化された。彼らの目的はカモ君の内情を調べ上げながらライツに接触したという事が分かった。

 

「…本当に気を引き締めてかかろう」

 

カモ君は頬を叩き気合を入れ直すととりあえず、倒れている人のところまで行き、見回りの兵士に気絶した兵士を回収するように願い出る事となった。

 




コハク「のぞき見しようと思ったら先着がいたでゴザル。しかも何やらカモ君に対して不穏な事を考えているようだからとりあえず声をかけるか」

コハクしたら肩ポンのつもりだったが、罪ありきの兵士&ライツからすれば、強烈な精神攻撃の如くの気配で気絶した。
コハクは人間からしたら気配を完全に殺すことも出来る。
いきなり後ろから大音量の破裂音がすれば誰でもびっくりするもの。ただ、びっくりが過ぎてスパイとライツは気絶した。


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第八話 これまでもこれからも困難が尽きることはないらしい

強化訓練二日目の朝。

カモ君とネインが走り込みをされている時に負傷から復帰したシュージと付き添いのキィ。そして、決闘に参加する新たなメンバーが訓練場に現れた。

 

「シィ・ナ・パット!高等部一年で風紀委員長っ、属性は風っ、上級まで使える!シィ先輩と呼んでくれ!」

 

緑色の髪を角刈りで決めた細マッチョな爽やかにカモ君達に挨拶をする爽やかな青年。

 

「…イタ・ナ・メーダ。中等部一年。属性は光です。中級までしか使えません。生徒会書記を務めています。…なんで、私が決闘なんて物騒なものに参加するんですか。…恨みますよ会長」

 

そして、灰色の長い髪を結ったりした一つの三つ編みでまとめ、グルグル眼鏡をかけた文系女子が小声で恨み言をぼそぼそ言いながらカモ君達と言葉を交わした。

イタはともかく、シィは爽やかなスポーツマンを彷彿させてくれるほどの好感を持たせてくれるが、シャイニング・サーガというゲームを知っているカモ君は内心シィよりもイタ少女の参加を喜んでいた。

 

主人公の仲間来た!しかもバッファー!これで勝ち目が見えてきた!

 

イタはシャイニング・サーガではヒロインの一人にカウントされる少女であり、眼鏡を取ると美少女というコテコテな設定の少女。

戦闘力は素の状態では子供にも力負け、スタミナもないというもやしキャラだが彼女の真価はその豊富な補助魔法とその振れ幅である。

カモ君が使うブーストはあくまでそれを使った本人しか効果を発揮しないが彼女はそれを他人に付与できる技術を持つ。

カモ君が30強化できるなら彼女なら70強化できる。

その上、彼女は策を練る軍師タイプ。カモ君やシュージのような戦士をどのように配置するかが上手いはずだ。

 

「はいっ。よろしくお願いしますシィ先輩っ。イタ先輩っ」

 

カモ君はシィと固い握手を交わしながら、イタにも握手を求めようとしたが彼女はそれをシュージの後ろに隠れて拒否した。

 

「…筋肉は趣味じゃない」

 

その仕草を見てカモ君は以前図書館で会った文系女子を思い出した。

コーテの紹介で名前を教えてもらおうと思ったが、あの時はカモ君を怖がって出てこなかったうえに、今ほど身ぎれいにしていない状態だったから彼女の事を思い出せずにいた。

 

証明写真を撮る前に社会人が身綺麗にするような物か。

まあ、そうだよな。この後姫殿下も来られるんだから失礼のないように整えるのが貴族だ。

 

「イタ。筋肉は噛みつかないぞ。怖くない怖くなーい」

 

「怖い人は大体そういうことを言う」

 

カモ君やシィに比べてまだシュージの方が華奢な方だからか、声をかけてくるシィから逃げるようにシュージの後ろから前に出ようとしないイタ。それに苦笑するシュージ。

 

お前、もう好感度稼いでいるのかシュージ。

 

そんなシュージはコハクを視界にとらえると若干震えて、顔色を青くする。

息をするように女性との縁を広げる『主人公』にカモ君は感心した。

これは卒業するまでにはハーレムを築き、子供もこさえているんではないだろうか。

しかし、忘れてはいけない。この中で一番マッスルなカモ君だが、ゴリラの心得というアイテムを装備したシュージが一番マッスルになるという事を。

 

カモ君 マッスル ビルダータイプ

シィ 細マッチョ フィジークタイプ

シュージ ゴリラの心得 ゴリラ

 

魔法学園…。とは?

 

いや、まあ、決闘だからね。それなりに体も鍛えていないといけないから。これが普通だから。

…普通だよな?シャイニング・サーガの仲間キャラの七割は魔法タイプでこんなに厚みのあるキャラじゃない。

ネインもある意味厚みがあるから、細身のイタはその分厚い肉に囲まれるわけで…。

 

「…うう。今からでも選手交代してくださいよぅ。会長ぅ」

 

すでに気分が悪そうに顔を青くするイタ。そして助けを求めている生徒会長は王族の血筋にもつながる公爵家の人間だったはず。

だが、そんな重要人物を命の危険がある決闘に出場させるわけにもいかない。だからこそ身分が低いだろうシィとイタを選出したのだろう。そしてこの二人がシバ校長の出せるギリギリの戦力なのだろう。

まあ、その生徒会長もフラグを立て、回収すれば仲間になってくれるんだろうが、まだ魔法学園生活を一年も過ごしていないシュージに出来るはずがない。

 

え?まだ一年も経っていないの?もう五年近く戦いに身を投じた気分なんですがそれは?

 

「俺たちの戦いはこれからだ」

 

カモ君が哀愁を漂わせているとカモ君達の後ろからそんな事を言いながらやって来たコハクと彼女を連れてきたコーテがやって来た。

ライツはいない。昨晩の侵入者と同じように取り調べを受けているところらしい。おそらくカモ君達の強化訓練が終わるまでは出てこられないだろう。

 

やだなぁ、デンジャラスな日々が続くなんて。

というか、もはや思考ジャックが当たり前になっていますね。コハク姫。もう、ドヤ顔しないの。可愛い。

そしてコーテさん。俺とコハクが目と目で通じ合っているように見えているようだけど、誤解だから。コラ(お叱り)顔しないの。可愛い。

 

擦り切れすぎた日々を思い出したカモ君にとって目の前の少女達の外見は癒しでしかなかった。ただし片方は取り扱いを間違えると即死するので注意されたし。

比較的に華奢かつ小柄で知人でもあるコーテを見つけたイタはコーテ達の傍に駆け寄ってほっと胸をなでおろした。

彼女的には自分と同じタイプというる方が落ち着くんだろうが、落ち着いて聞いて欲しい。いや、聞かないほうがいい。

おそらくこの王都内で一番の物理攻撃力を持っているのはあなたの傍にいる白い少女であることを。

そこにキヤラとその部下達もやってきて、一度その場の雰囲気を感じ取ってから口を開いた。

 

「む、これで決闘参加者全員が揃ったか。補欠メンバーも来ているようだな。では向こうの宿舎で運動着に着替えた後、準備運動を行い、実践的模擬戦を行ってもらうっ。駆け足ぃっ」

 

「はいっ」

 

「は、はいっ」

 

「わ、わかりました」

 

「ひぃ、筋肉が増えた」

 

シィは活発に、シュージとキィは気後れしながらもすぐさまキヤラの指さした兵舎に向かって走り出した。それに比べてイタはというと、キヤラの風貌と声に怯えてしまい一番近くにいた小柄なメンバーの中では一番大きいコハクの後ろに回ってしまう。

 

おい馬鹿やめろ。そのドラゴン娘を防波堤に使うなっ。きっと世界一高性能な防波堤だからっ。人類が到達してはいけないやつだから。使用料金もべらぼうに高いから。

見ろよ、キヤラの奴、コハクの気配を直で感じて震え上がっているじゃないか。

 

「と、とにかく。決闘をするにしても何をするにしても体力は必要になる。君も出来るだけ急いで、しかし、慌てず準備するように」

 

「は、はいぃぃぃ」

 

イタもここに来るときには覚悟をきめてきた身だ。恐る恐るといった具合でコハクの後ろから出てくると、シュージ達が向かっていった宿舎へと走っていった。その途中で転んでしまったが、まあ、彼女のステータスを考えれば仕方のない事だ。

彼女はパーティの最奥で味方にバフを配り指示を出す司令塔が一番向いているのだから。

 

カモ君。カモ君。

 

そんな優しい目でイタを見送ったカモ君だったがそこにコハクの念が飛ばされる。コハクにとって思考の送受信などお手の物なのだ。当然内心毒づくことも裏を突くなど今のカモ君には出来ないのだから。

コハクからのテレパシーを受信したカモ君は何だろうと視線を移すとコハクは表情一つ変えずにこう伝えた。

 

彼女、ネーナ王国と繋がっている疑いがあるよ。

 

…嘘やん。

 

 

 

ちなみにキィが補欠メンバー。



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第九話 戦闘経験が足りません!

ゼェゼェ。ハァハァ。

 

リーラン王国第三軍事訓練場で息を荒くしている少年少女達。彼等は慣れない肉体づくりのトレーニングを受けることでまだ日も高いうちから体力の殆どを使い果たし、息を荒くしていた。

魔法を主にしている魔法学園の生徒のため、こういった体力を使う行動が苦手なのだろう。

そんな中でも比較的に体力が残っている人物がいる。カモ君である。

彼は魔法的には強くなれないと知っていたからこそ幼い頃から体力面でカバーしようと鍛えてきた事が活かされた。より効率的な体の動かし方を知っているとも言ってよい。

時期が真冬という寒いのは当たり前だが、カモ君達は皆体を動かし続けたので体温は上がり、汗をかくほど動いていた。これが夏なら熱中症になるのではと思うくらいに汗をかいていた。そんな中でも震えるほど寒がっていた人間がいた。イタである。ダジャレではない。

体力がない彼女は始まって30分もしないうちに倒れ伏して早々にリタイアした。その後宿舎に戻り汗をシャワーで流し終え、厚着をした後、見学という形でカモ君達を見守っていた。

彼女の傍にはカモ君達の補助をするために同行したコーテが、メイド服を着てホットティーを差し出して補助している。だが、その主な奉仕はリーラン魔法学園の学生服にドレスを羽織っているコハクへの物であり、イタへの奉仕はおまけのようなものだ。

 

いや、もう少し頑張れ。

 

確かにイタは軍師タイプだが、それでも最低限のスタミナは保持してほしい。

決闘もそうだが、ダンジョン攻略。果ては喧嘩や普段のコミュケーションでも人は苦手なことに直面すると知らないうちに体力を削る生き物なのだ。そこに緊張、恐怖や慢心といった精神的な弱みを抱えているのが人間だ。

実力を100%発揮するなどそれこそ熟練の冒険者や兵士。魔法使いにしかできない。

経験0でそれらが出来るとしたらそいつは狂人かサイボーグだ。普通の人間じゃない。

だからこそカモ君は何度もダンジョンに挑み、ボコボコにされるとわかっているアイムとの訓練をこなしてきた。

 

例え、戦闘力が100あっても発揮できるのが3割の30しか出せないこともある。

そいつが相手なら戦闘力が60でも40発揮できるカモ君が勝つことが出来る。

 

発揮できる力を1でも引き上げるのがこの訓練の内容であるのだが、イタは早々にギブアップした。

向き不向きはあるだろうが、本当にもう少し頑張ってほしい。今の状況では彼女が決闘した際には戦闘力が例え100あっても10も発揮できずに一分でやられてしまうだろう。

かといって、ここでも無理をして体を壊されても困る。

決闘まで二週間もないのだ。訓練は残り三日。その後、一週間の休憩を取り決闘に挑むスケジュール。

今の状態では決闘時にはイタをアンカー。大将に据えて補助魔法を先鋒から副将に使ってもらうしかない。もし、彼等がやられてしまった場合、彼女は決闘を棄権する事しかできないだろう。

 

そんな先行きが不安な戦術が容易に思い浮かぶカモ君は再度ため息をつく。

事実上戦力は一人減った四人で、ネーナ王国の五人選手を相手することになる。

相手が並みの相手ならシュージだけ。後詰めにカモ君で事足りるだろうが、そう上手くいっていないのがカモ君の人生だ。

 

自分達と同年代で最高レベル。モカ領を襲ってきた刺客レベルがぶつけられると考えれば、主人公補正で強くなっているシュージが強力な魔法とゴリラの心得をうまく使って、二人までは仕留められるだろう。だとしてもそこからの疲労から三人目で敗退。

おそらくまだシュージの仲間と認識されていないネインではおそらく歯が立たない。シィも今までの訓練で動きを見たところネインと大差ないと見ている。おそらく二人掛かりで対戦相手の三人目を倒せるかどうか。

そして、カモ君。ネインとシィが弱らせた選手を倒すことは出来るかもしれない。四人目までは倒せるかは微妙だ。運よく勝てても最後の五人目相手に疲弊した自分が勝てるか怪しい。

しかもこれらはイタに補助魔法を使ってもらったうえでの希望論だ。そんな彼女はネーナ王国とつながっているかもしれないというのが現状だ。

補欠のキィも戦力考えたが、彼女も今ではイタ同様に体力を使い切って、カモ君達のトレーニングの邪魔にならないように訓練場の隅でイタと一緒に見学していた。

キィはまだやる気なのかジャージから着替えないで体力がある程度回復するのを待っているようにこちらをうかがっていたからまだイタよりもやる気はあるのだろうが、彼女も。というか彼女の闇属性の魔法は強力だが詠唱が少し長い。その間に距離を詰められて殴られ場終わりだ。彼女も耐久力そんなにない。イタより少しマシくらいだろう。つまりは戦力にはならない。

 

デバフ。阻害魔法に期待したが、あれは意外と有効範囲が狭い。発揮するには決闘の舞台に立たなければならないだろう。

バフ。補助魔法は対象に使えば時間経過で効果が消えていくが、それでも一度効果を発揮すればその魔力を消したりしない限りすぐには消えない。

 

無い知恵を絞り、戦い方。戦う順番を色々考えてはみるがどれも上手くいかない。そもそも最大戦力のシュージが負けても敗北濃厚なのに、『踏み台』の自分が負ければ勝った相手を大幅に強くしてしまうのだ。その時点で敗北確定である。

 

そんな事を考えながらも筋トレのスケジュールをこなしているカモ君達にキヤラが急に声を大にして筋トレを止めるように指示した。

 

「訓練中止!マウラ王女のお見えである!全員、頭を垂れよ!」

 

その指示にこの場にいたコハク以外の人間は片膝をつき、頭を垂れた。

カモ君とコーテはもちろんだが、ネインやシィといった貴族にとって王族は絶対の存在だ。無礼を働けば打ち首も免れない。それは更に下の立場にいるシュージ達も同様だ。リーラン王国の国民なら決して同じ立場で話せる立場ではない。

いきなりフレンドリーに話せるどっかのチート主人公や俺TUEEEな主人公がおかしいのだ。

それほどまでに身分というのは、いや、王族は特別だ。人間としてのレベルが違う。カモ君のレベル上限が50なら王族は80まで上がる。しかも同レベルタイでもステータスが倍近く向こう側が大きい。

『主人公』に関与しない人間の中では最強種と言ってもいいだろう。

セーテ侯爵?あれは変異種だ。人間の形をした何かだ。単身でドラゴンに立ち向かえる人間なんて人間じゃねぇ。

 

カモ君がマウラに勝てたのは奇跡。対抗できたのはまぐれ。同じ戦場に立てたのが間違い。

 

頭を垂れて、視線が下を向いているのにすぐ傍にマウラが。王族という最強種がいることを感じ取れるそれに緊張しない人間など滅多にいない。

 

「面を上げよ」

 

顔を上げるとそこにいたのは五人の護衛に警護された銀の髪と翠の瞳を生まれ持った少女だった。

着込んでいる赤のドレスが彼女の髪と瞳を強調するかのように鮮やかな赤。ところどころに宝石をあしらったドレスは一般人の平民どころかカモ君のような下っ端貴族でも円がなさそうな高級感を放っていた。が、一番迫力があるのは彼女の腰につけている覇王の剣。シルヴァーナ。

正確には壊れたシルヴァーナが完全に修復されたように見えるだけの紛い物(ニア)。

魔力回復機能を失い、逆に抜刀しているだけで魔力を消費していくというプラス効果がマイナスに変化したかのような一見したら劣悪品のように聞こえるが、それ以外の効果。

 

身体能力が向上。耐魔法防御能力向上。体力の自然回復。そして武器そのものの攻撃力。マウラの腕があれば中級魔法ならいとも簡単にぶった切ってノーダメージ。

 

はっきり言ってぶっ壊れ装備と言われてもおかしくない。

三大チート武装。将来のシュージが装備するかもしれない強力な武器。

ただでさえ強い王族に強力な武器。鬼に金棒とはこのことだ。

 

…よく勝てたな、俺。

 

あの時は事前情報があったからこそ何とか勝てたが、二度目はない。

相手もこちらの手札を知っているだろうから対策は取られるだろう。しかもこちらは隻腕だ。鉄腕という魔法を手に入れたカモ君だが、鉄腕ごと自身をぶった切られる未来しか思い浮かばない。

 

「此度の訓練、一部を除いて実に素晴らしいものです。見ているこちらも身が引き締まる思いです」

 

そう口を動かすマウラは少女ではなく、正しく人の上に立つ者。その下にいる人間がそれを否定することも、反対することも、拒否する事すらも許されないと思わせる言霊だった。

 

これで、自分より一つ下とか…。人間としての格の違いを思い知らされる。

 

カモ君は一筋の冷や汗をかいた。

武闘大会では非常事態。倒すべき相手ともあってどうにか相対できたが、今は補助してもらっている立場だから文字通り頭が上がらない。

 

実力も、立場も違いすぎる。…これが王族か。

 

そんな風に冷静に考えていられるのもカモ君がこれまで遭遇してきた経験。その最たるもの、後ろにいる存在がそうさせてくれる。

 

「でも、まだ足りないと思っているよね」

 

最強の人間種の王族。この世界最強の存在になれる主人公。

そんな存在に対抗できる最強の怪物。ドラゴンの頂点。カオスドラゴン。その姫、コハク。

コハクの物言いにマウラの護衛達に表情が強張った。

マウラに意見するなど無礼も甚だしい。だが、それが許される。それがカオスドラゴンだ。

マウラも護衛達もコハクの事は知らされているのだろう。だからこそコハクの意見を受け入れ、会話を続けた。

 

「…ええ。貴女の言う通りです。認めるのは悔しいですが、ネーナ王国の実力は著しいまでに成長している。その度合いを見る限り、今の貴方達では勝てない。それが、私の見解です」

 

だよなぁ。やっぱ、そう思うよなぁ。

 

シルヴァーナと同じチート武装。四天の鎧。その残骸を回収することなく撤退したと思われる国。それがネーナ王国だ。

武装技術だけならおそらくリーラン王国以上だ。それに比例するように兵力も練り上げられているだろう。

そんな相手が決闘に出てくるかもしれない。

決闘はあくまで学生という少年少女が出動するものだが、それに四天の鎧が持ち込まれることは十分に考えられる。

踏み台キャラでもある自分でも想定できることを王族が相続できないはずがない。

 

「今の貴方方に必要なのは自分よりも強い者との戦闘経験。それを、私が担うことになりました」

 

決闘に負ければモカ領がネーナ王国に奪われることになる。それを防ぐために、私は来たとマウラは言葉を続けた。

自国の領土の防衛。それも王族の仕事である。と、

 

そっかぁ。自分より強い者との戦闘経験かぁ。

…魔法学園に入学してからずっと経験してきたような気がするんですが。自分、まだ足りませんかね?

 



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第十話 愛する人達(約3名)

ぶっちゃけマウラが出場してくれればなぁ。

飛び級とかして入学。シィかネイン。もしくはキィと入れ替える形で彼女に参加してもらえれば大分勝率が上がるんだけどなぁ。

 

カモ君はそんな事を考えながらネインを鉄腕で押しつぶす形で組み伏せていた。

マウラの言った強者との戦い。その強者にカモ君も含まれていた。いやぁ、自分はどう頑張っても強者(笑)でしょ。

マウラの登場からすぐさま行われた模擬戦。マウラと一対一。決闘方式で戦うという物だったが、いやぁ、彼女強い強い。強すぎて笑いがこぼれる。

王族というスペックとシルヴァーナの恩恵が混ざることで最強に見える。

本当にそのシルヴァーナ壊れている?前よりパワーアップしている様にも見えるんですが気のせいですかね?

 

シィを開始一秒。一気に近づいて首筋に剣先を触れさせる。

ネインをたった一合。左下から右上の切り上げで彼女の持っていたサーベルを弾き飛ばす。

先輩達がやられたのを見て、素の身体能力では勝てないと悟ったシュージはゴリラの心得を装備して挑んだが、五秒で叩き伏せられた。

その上、この三人にはイタの補助魔法で能力をブーストしているにもかかわらずにだ。

 

シィは魔法学園という環境なので、接近戦の経験が少ない。というか魔法使いはその性質上接近されればほぼ詰みなので仕方ない。とはいえ、魔法の詠唱もまともにできないで終わった。

ネインも武芸をたしなむものだ。常人の数倍の握力を保有しているのに己の命ともいえる武器を弾き飛ばされた。

シュージは魔法が主で剣術や体術と言ったものは苦手としているものの、ゴリラの心得で身体能力は上がっているはずなのに五秒でやられた。

模擬戦開始時は両者の距離は十数メートル以上あったにもかかわらずだ。

 

「皆さんはあまりにも剣士。接近戦を得意としている人間との戦闘経験が少ないようですね。確かに魔法は強力ですが発動させなければ意味がない。近すぎたら自爆する恐れがある。その事を今一度、その頭に刻んでおいてください」

 

風紀委員。魔法学園の荒事に関与する役職に就くシィは改めて戦士のステータスの恐ろしさを考えさせられた。

サーベルやレイピア。武芸を嗜んでいるネインは改めて剣術の冴えを。格上との技術の稚拙さに己を恥じた。

シュージはカモ君と何度も模擬戦やトレーニングを行ってきたのに、それらを活かせなかった事を悔しがった。なにより、ゴリラの心得というアイテムに頼りすぎていた。慣れない体を使い切れていないなどとマウラから言い渡されたりもした。

イタは自分じゃ絶対に無理と諦めた。王族に立ち向かうのもそうだが、戦闘スタイルがまるで違う彼女ではどうやってもマウラに勝てる未来が浮かばなかった。

 

「今までのものは剣術と魔法の併用で実現させたもの。剣術だけでは勝てる。あるいは魔法だけでなら勝てる相手でも、それらを合わせれば最悪の戦力になりえます。魔法だけで挑むならば常に距離を取るように。そのための体力づくり。基本が大切なのです」

 

それを具体的に表しているのがカモ君である。

魔法と体術。時には剣術も使うが、カモ君の強みはマウラが言った戦力の総合力にある。

 

魔法と体術が合わさると最強に見える。

 

と厨二っぽくみえるが、そうでもしないとシュージを指導できない上に、下手すればこの場にいる誰よりも弱くなるかもしれないのがカモ君だ。

マウラに叩き伏せられた三人はまだまだ経験が、基礎が足りないと言われ、マウラが相手していない間はカモ君と模擬戦をさせられていたが、カモ君が鉄腕を発動させると駄目だった。

鉄腕は宙に浮かぶ強固で巨大な二本の腕であり、武器でもあり、盾にもなる。

マウラよりも時間がかかったが、鉄腕を発動からのその身体能力を活かして接近。鉄腕で相手を組み伏せる。

カモ君の鉄腕は地属性が上級レベル。レベル3から作り出されたものであるため、そこらの武器や魔法ではなかなか歯が立たない。

相性がいいシィの風魔法でもカモ君の鉄腕に大きな切り傷をつけるだけに終わった。

 

「口で言ってもわかりにくいところもあるでしょう。ですので、見本を見せましょう」

 

そう言って、マウラはカモ君の方を見た。

 

「大会の時のリベンジをさせてもらえますか、カモさん」

 

そう言ってカモ君が武闘大会で使っていた偽名をあえて使って彼との模擬戦を申し込むマウラ。

王族からの申し出を断れるはずもない。その上、彼女との模擬戦は見学しているシュージ達にもいい勉強になるだろう。

そう考ええたカモ君は腹をくくって頭を下げた。彼女が大会で使っていた偽名を使ってそれを了承した。

 

「お手柔らかにお願いします。白騎士様」

 

マジでな!俺も五秒でやられるかもしれないから!そうなったらシュージ達に示しがつかないし!

『踏み台』、逝きま、じゃなかった、行きまーす!

 

強者のやり取りのようにも見えるが、まさかカモ君の内心がここまでビビっているなどコハク以外誰も知る由もなかった。

あまりの彼のギャップに幾分表情を柔らかくして微笑んでいるだけのコハクだが、結構笑うのを我慢してのものだった。

 

 

 

それはまさしく銀と光が入り混じる美しいと思わせるような戦いだった。

カモ君とマウラはお互いに補助魔法を発動させているからか互いの体からは白い光の粉が吹き荒れていた。

 

模擬戦から開始一秒。

模擬戦の開始と同時にマウラは剣を上段に構えながら前へ直進しながら魔法を詠唱。

カモ君は大きく左へとステップしながら魔法を詠唱していた。

 

開始三秒。

カモ君が己の進行方向にいなかったがまだ軌道修正は容易い距離だったが、マウラが接敵するときには既にクイックキャスト(笑)で発動させた鉄腕が両者の間に生まれようとしていた。

 

開始四秒。

鉄腕は発動すると同時にマウラの上段切りが放たれたあとであり、鉄腕の右腕は効果を発現する前に霧散した。しかし、もう左腕は無事に顕現できた。それが出来たのもカモ君が常にマウラから距離を取ろうと未だに足を動かし続けていたお陰だ。

 

開始五秒。

鉄腕の左腕でマウラを殴りつけようとしたカモ君の攻撃をマウラはシルヴァーナの腹で受け止める。

鉄腕はその質量から人より大きな鉄球をぶつけられた威力があるにも関わらずマウラは少し後ろへ押しやられる形になったが、マウラは自分から後ろへと飛び威力を殺すと同時に距離を取った。

 

開始七秒。

お互いに少しの距離を取らされる形になった再度カモ君へと切りかかるマウラに対して、カモ君も鉄腕を振るうためにマウラに向かって殴りかかる。

お互いに魔法の詠唱をしながら。

 

開始九秒。

マウラは己の身体能力を上げる魔法。ブーストを使い更なる威力を持ってカモ君の突き出してきた鉄腕を斬り捨てた。

シルヴァーナとマウラの魔力を受けたからか鉄腕はすぐにも霧散させたが、そこでカモ君のクイックキャストも完遂。鉄腕が再び出現し、それをもってマウラを殴りつけようとするが、マウラはそれを斬り捨てる。もしくは受け流して後ろへ飛ぶといった形で距離を取る。

 

カモ君が鉄腕を顕現。その片方をマウラが斬り捨てる。その間にカモ君が残った片方で攻撃。マウラがそれを対処する。

 

それの繰り返しの応酬が繰り広げられていた。

お互いに位置取りやタイミングをずらして相手の不意を突こうとしたがお互いの戦闘経験が同等なのか、攻撃の手法は変わらず。まるでそこで踊っているかのような模擬戦は両者の魔法の光で文字通り輝いていた。

 

…ずるいなぁ。

 

その場にいた誰も固唾を飲んでいるように見えたが、二人の少女だけは違った想いで見ていた。

一人はコーテ。

カモ君とは戦闘スタイルが違うがゆえに彼とはどうしても距離を取って戦うしかない彼女は彼と真正面からそしてあれだけ接近して戦えているマウラが羨ましかった。

二人の戦いは本当に踊っているかのように、楽しそうに互いに笑顔で斬りあい、殴り合いをしている。

自分ではカモ君を笑顔で戦わせることが出来ないだろうと思うと彼と同じ戦闘スタイルであるマウラが羨ましくて仕方ないのだ。

 

実際、マウラは実力の近い者と戦えるのが嬉しくて笑顔になっているが、カモ君はあまりの余裕のなさからくる笑顔だという事をコーテは知らなかった。

 

ずるいなぁ…。

 

もう一人はカモ君や周りの人間の思考が読めるコハク。

彼女はカモ君の表面上の態度と内心のあまりのギャップに笑うのを必死に堪えていた。

ここで自分が大笑いをすれば、抑えていた笑いの感情が一気に漏れ出す。その感情の波が周囲の人間に伝わり騒然とするだろう。

アースの放っていたプレッシャーほどではないが、それでも王城が近いこの訓練場でそんな事をすれば王国の兵士どころか平民たちまでパニックになる。それはやっては駄目だとカモ君に言われたので抑えていたのだが、それもいつまで持つか。

 

「さすがですね!私もペースを上げます!」

 

「では、私もお答えしましょう」(初めっから全力だけどねええええっ!!)

 

マウラは更に口角を上げ、魔法の放出量を上げて、出力を引き上げた。

それに対して、カモ君もクールに見える笑みと言葉で返したが、もう彼はいっぱいいっぱいである。彼の魔法の出力は常に全力全開である。

 

これだ。カモ君のやせ我慢がいけない。

頑張っているのに現実に追い付けない。全力を尽くしているが、思い通りの展開にならない。

それに苦悩し、認めたくない。だからこそ、みっともなく諦めきれないのにそれをおくびに出さない。

だが、それがコハクには。カオスドラゴンには感じ取れてしまう。それがおかしくて、面白くてたまらない。

しかもだ。カモ君はここぞという時は全力以上の力を発揮してくれる。その期待感からコハクはカモ君から目が離せないのだ。

 

「これが、私の、全力、です!」

 

「なら、ば、私も、全っ、力っ、で、お、答えっ、ま、しょう!」(うおおおおっ!この先にクーとルーナの輝かしい未来があるんだ!愛する皆!おらに力を分けてくれ!!)

 

人からすれば見ごたえのあるぶつかり合いも、コハクからすれば児戯。だが、カモ君の必死さがまるで字幕のように透けて見えてしまい、それが面白くて仕方ない。

出来る事なら思うが儘笑い転がりたいが、そうすればこの模擬戦に水を差すことになる。そうなればこの面白い事態も終わってしまう。

まるでゲームをする子供のように楽しく、しかして慎重に見ているカオスドラゴンであった。

 

この模擬戦の結果はお互いの魔力が同時に尽きたことにより、シルヴァーナを持っていたマウラが疲弊の色を残しながらもカモ君の首筋にその刃を触れる寸前。寸止めにより、マウラの勝利となった。

時間にして20分以上の戦いだったが、シュージ達にとっては見ごたえがあり、学べる戦いであった。

 




模擬戦後のコメント。

マウラ「もうちょっとテンションが高かったら寸止めできなかった」

カモ君 Σ( ̄□ ̄|||)


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第十一話 そこのお前。カモ君を倒した時に得られる経験値は四天王一人分だぞ

カモ君とマウラの模擬戦後は筋トレや瞑想と言ったクールダウンのような特訓をこなしたシュージ達はそこで一日の修練を終えた。

カモ君とマウラの戦いに己の力量の無さを感じた彼等は、夕食とシャワーを済ませ、設けられた部屋へ戻ると、その疲労からすぐにすぐにベッドに倒れこんでいたのだが、各々そうはしなかった。

 

あの二人は、強すぎる。

 

同年代。しかも一番年下であるはずのカモ君が王族のマウラに対してあそこまで戦えていたにもかかわらず、今回の決闘に一番焦りを感じていた。

自分の領地が掛かっているからだと思うが、あれは違う。明確に自分と戦う相手を。自分達の予想以上の敵を想定していた。

はっきり言ってそんな存在に自分達が勝てるかどうかわからない。

 

訓練後、シィは爽やかにカモ君達と別れていたがカモ君との力量差に悔しさのあまり握っていた拳から血がしたたり落ちるほど力を込めて悔しがっていた。

 

ネインはカモ君の力量を知っていたと思っていたが、自分の浅慮さを恥じた。彼ほど強い同世代を見たことも無いが、それは決して才能だけで培ったものではない。あれほどの斬撃の応酬。

今まで努力をしてきた。しかし、カモ君のように『必死』に努力したことがあるだろうか?

そう考えると、今までの自分を叱り飛ばしたくなった。

 

イタは、自分ではこんな戦いは無理と判断し、きっぱりと実戦は諦めて彼等の補助に全力を注ごうと魔法の訓練だけを行った。

 

あの模擬戦の力・素早さ・技の冴え。そのどれもがカモ君よりマウラが上だった。しかし、それに食い下がっていたカモ君の様子を見て、考えを再度改める。

カモ君は知っている。血を吐くほどの激痛を。涙を流すほどの屈辱も。

それにどれだけの時間を費やしただろう。どれだけの代償を払ってきただろう。

隻腕。顔に残っている火傷の後。どれもが一般人の話ではない。鉄火場を経験した事がある貴族。いや、戦争を経験した貴族以上の難関辛苦を超えてきた人間だ。

そんな彼と同列扱いで決闘に参加して本当にいいのだろうかと悩んでいた。

 

それは『主人公』であるシュージにも言えたことだ。

彼は確かに強くなれた。カモ君のお陰で。自分にだけ備わっている『主人公』の力で強くなったという自覚はある。

だが、その強さを十全に使えた事があっただろうか。

カモ君は言った。お前は俺よりも強くなっていると。

確かに瞬間火力は彼をも上回るだろう。だが、その力を発揮できるだろうか。彼を相手にして。戦えるだろうか?彼の戦う敵に通用するだろうか?

今のままでは無理だと断言できる

その理由がカモ君とマウラの戦いだ。あれに比べるといかに自分の力を出し切れていないかが分かる。

あれはまさしく己の実力を十全に扱った勝負だと言ってもいい。

 

魔力量だけならマウラをも上回るカモ君だが、その魔法の効果はマウラに劣る物だった。

二つ以上の魔法を同時に使用するカモ君の消費魔力はマウラの倍以上だ。それではいくら魔力量があっても底をついてしまう。

次に身体能力。これは両者とも同じ力量に見えた。力ではカモ君が上回るだろうが、マウラはそれを剣術やそこからくる体さばきで対抗した。そのため、一進一退が続いた。

次に戦闘の経験値。ゲームで言う経験値ではなく、どれだけ多くの戦いを経験したかの実績。経験。これに関しては恐らくカモ君の方が多くこなしてきたのだろう。そうでなければあの切れ味の鋭いシルヴァーナを持つマウラに立ち向かえない。

いくら強力な防具・武器を持っていてもたった一度の攻撃で霧散すれば、普通は怖気づく。だが、カモ君は笑みを浮かべながらマウラに挑んでいった。

恐らくカモ君が負けたのは装備の性能の差だろう。

夕食時に彼から聞かされた搾取の腕輪の効能で、カモ君の魔力総量は水増しされていると。しかし、彼には攻撃力を上げる装備・マジックアイテムは無い。シルヴァーナの威力はそれを無に帰すほどである。カモ君が同等の装備を持っていたら彼が勝っていたのではないかと思う。

 

シュージはベッドの上で自分が持っているマジックアイテムを広げて、考え直す。

施しコインは決闘では使えないアイテムだから除外する。

火の指輪。火のお守りは正に自分に加工されたかのような装備品だ。これをカモ君に渡せば解決するかと思ったが、彼の火の魔法のレベルは1。そこからいくら水増ししても自分よりは効果が薄い。

ゴリラの心得をカモ君に譲るのはどうか?それも駄目だ。彼曰く自分のステータスはおそらく広く薄いものであり、身体による攻撃力と魔法による攻撃力はそんなに変わらないだろうと言っていた。それなら振れ幅の大きいシュージが持っていた方が、より効果があるとも。

 

友人から薫陶を受け、恩も受け、何度も助けられた。

そんな彼のピンチを救えない。手助けすることも出来ない自分はなんて情けないのだろう。

 

だが、シュージはそこで終わらなかった。諦めなかった。

一度自分のマジックアイテムを片付けると、ベッドに入りながら眠りで意識を失うまで瞑想した。

彼を直接手助けすることは敵わない。だが、間接的になら。少しでも決闘の勝率を上げる為に魔力の総量を引き上げる瞑想をしながら就寝した。

それは十万という膨大な数に1を加えるというかすかな成果だが、それだけでも勝率は上がる。

何故ならキィ曰く、自分は世界を救う最強の『主人公』なのだと。カモ君もそれを知ってか知らずか、期待してくれている。

ならば答えてやる。幼馴染に。友人にここまで期待してくれているのに応えきれなかったら『主人公』以前に一人の友人として終わりだ。

 

訓練で体は疲弊。カモ君達の模擬戦で精神は自信消失。

それでもシュージの闘志は消えてはいなかった。

体を早めに休めて、翌日の訓練に備える為にシュージは瞼を閉じた。

 

 

 

「彼は。彼等は勝てると思いますか?」

 

コーテ達同様に用意された別の大部屋で、マウラは自分の護衛達。その中で最も強い女性、ティーダ・ナ・ホートーに質問を投げかけた。他の護衛達は部屋の外と中を見張っている。

王族を除けばリーラン王国の中では5本の指に入る程強いと称される彼女は片眼鏡。モノクルを指先で上げ直し、カモ君達の評価を思ったままに述べた。

 

「難しいでしょう。エミール少年以外の生徒達は圧倒的に戦闘経験が足りません。あれでは彼だけで決闘を行えと言っているようなものです」

 

手厳しい。だが、それは現実だ。その証拠にカモ君以外の生徒はマウラに十秒も持たなかった。イタは明らかに実践向きではない性格と体力。キィは好戦的だが魔法が発動するまでに時間がかかる。

今回の決闘を魔法だけの大会ならばまだ勝ち目はあった。しかし、決闘は別だ。これまでの経験と技術がものを言う。その両方を兼ね備えているのはカモ君だけだとティーダは評した。

それにマウラも異存はない。いや、いっそあってくれたらどれだけよかったか。ティーダは更にダメ出しをする。

 

「更に相手が一対一の勝ち抜き方式。そして、舞台となる戦場は何の遮蔽物もない舗装された平地というのが駄目押しです」

 

せめて集団戦ならカモ君が相手の注目を集め、耐えている間にシュージの圧倒的な火力で薙ぎ払うことも出来た。キィの妨害魔法も活かしきれただろうが、場所と方法でかなり不利だ。

 

「うちの外交官は何をしていたのか…」

 

マウラがため息をついた。

彼女もわかっている。これでも相手からかなり譲歩してもらっている。それが決闘という形になっただけ。そうでなければ国同士の全面戦争になっていたかもしれないのだ。

しかもこちらが負けたとしても失うものは、敗戦したと思えば大分安上がりで済む。

貴族の地位を廃嫡された少年と平民の少年。そして、モカ領。王国という視点から入ればそんなに広い領地でもない。

だが、失われる人材が大きすぎる。

マウラとまともに殴り合いが出来るカモ君。あの戦闘能力を差し引いても彼との間に出来る子どもはほぼ魔法使いだ。これは未来の戦力になる。

次に平民のシュージ。これはカヒーから報告だが、十二。いや十三かもしれないが、そんな年齢で上級魔法が使えるという逸材。

そして、モカ領を奪われるという事はそこに関与する人材も引き抜かれる可能性がある。

つまりはまだ八歳という幼子であるにもかかわらず、レベル4。特級の魔法使いであるクー。この国に三人しかいない超人をも超える可能性を持つ彼がネーナ王国にとられる可能性があるのだ。

 

この三人がネーナ王国に持っていかれるだけでもまずいのに、将来的にこの三人がリーラン王国の敵になったら絶望しかない。王宮に通う貴族の一部には今回は負けても安く済んでよかったとほざく輩がいたが、それは奪われる彼等の可能性が見えていないことだ。

 

「相手側の選手の情報は?」

 

リーラン王国もお粗末ではない。

相手国のネーナ王国の情報を集めている諜報員はいる。

せめて、彼・彼女等が持ってきてくれる情報に期待したいところだが現実はどうだ。

 

「選出されたあちら側の生徒ですが、皆が皆。ダンジョン攻略を何度もこなした実績あり。対人戦闘も軍事学校だけあって豊富。その上、彼等の装備品はミスリルを使用していると思われる防具や武器も持っていたそうです。更に選手候補に挙がっている生徒の殆どが上級の魔法を使えるとの報告も上がっています」

 

生徒の質も。装備の質もあちらが上となっている。更には魔法ランクも上。

なるほどこれは難しい。というか無理に近い。

相手選手が油断しない限りこちらに勝ち目はないだろう。

 

生徒=将来の国力。

いつからネーナ王国の国力はここまで引き上げられたのだろう。そんな兆候が見られたのは三年ほど前からだという。

ネーナ王国ではそれまでに比べ、ダンジョンがよく発生するようになった。

剣術や騎兵と言った物理戦から、魔法の訓練をよくするようになってきた。

今ではメジャーになった冒険者の引き抜き。まるで大成することを知っているようなことから、廃嫡や領地没収された各国の貴族を取りこむなど様々だ。

 

先見の目どころではない。まるで未来を見透かしているようなそれは恐怖を覚えた。

現に彼等の手によって、常夜の外套を奪われたこともある。

 

「どうやら、こちらの選手達にも、直接・間接問わず接触している恐れもあります」

 

つい先日の報告にそんなものもあった事を思い出したマウラは再びため息をついた。

何も考えず、モンスターに突撃して、シルヴァーナを振り回して暴れたい。

マウラはもともとそんな性格だったが、ここ近年のリーラン王国の異変の対処で忙しい家族の姿を見て、考え方を改めるようになった。

だが、基本は突撃思考のマウラにこれ以上難しい事を考えるのはやめた。

 

「はっきり言って。このまま私が彼等を鍛えた場合。こちらが勝てる可能性は」

 

「10%。それも最高の成果を出せたらの話ですが」

 

ティーダも諦めたように即答した。

だが、それで終わらせたくない。

マウラにとってカモ君はちょうどいい対戦(遊び)相手。彼を持っていかれるのは国の損害になる。だが、マウラ個人でもカモ君を手放したくない。そのためにも。

 

「一番伸びしろのある生徒を鍛える」

 

「それがよろしいかと」

 

出来る事ならあのコハクという底知れぬ少女にも決闘に参加してほしい。そうすれば勝利は確実だろう。だが、彼女の機嫌を損なう事はご法度と父親。国王からも言われている。

せめてシルヴァーナを持つ自分が参加できればよかったが、王族を死ぬ可能性がある決闘に参加させるなどあってはいけないとも言われている。

 

「あの平民。シュージ・コウンを姫様が徹底的に鍛える」

 

武闘大会から成長速度で勢いがあるのはシュージだ。

逆に伸びしろが無いのはカモ君だ。まるでそこが自分の限界だと言わんばかりに強くなっていない。努力も功績も積み重ねてきているはずなのにまるで呪われているかのような…。

 

ティーダがそう考えていると、マウラの小さな口から年相応のあくびが出た。

明日も早い。訓練もあるが、その美貌を保つためにも就寝時間はある程度取ってもらわなければならない。

その考えの元、ティーダは他の護衛と共にベッドで横になる戦闘姫にシーツをかぶせるのであった。

 

 

 

別室ではカモ君もマウラと同じような事を考えていた。

だが、結論は少し違っていた。

 

シュージを集中的に鍛えんといけない。俺が。

 

他の誰かと模擬戦させている暇なんてねぇっ!

少しでもシュージと戦い、負けて、彼のレベルアップを促さないといけない。

カモ君が打てる手段はこれくらいしかなかった。先輩達やキィのレベリングも考えたが、時間がない。と、カモ君は焦っていた。

 

俺を殴った方が効率いいんだから!

誰にも文句は言わせねぇ!文句があるやつはぶっ飛ばしてやる!

というわけで、今日はもう寝る!おやすみ!

 

そして翌朝。

マウラがシュージを鍛える発言をしたので、カモ君は額に手を当てて俯いた。

 

「ぶっ飛ばすんだよね?やらないの?」

 

なぜか昨晩のカモ君の決心を知っているコハクからヤラナイカ?と、尋ねられたが彼はNOと言える魂の持ち主だった。

 

やらないよ!ていうか、出来ないよ!

 

王族に手を上げたらその場で処される。本末転倒どころか少しも前に進まず終わってしまう。余計な決定をしてくれたとカモ君は泣きそうになるのを堪えてマウラにボコボコにされるだろうシュージに向かって手を振った。

 

頑張れよ!主人公!

空いた時間で俺とバトルだ!

 

「うーん。せっこいなぁ」

 



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第十二話 すごく、すごいです

無知とは罪だ。だが、知ること自体が禁忌というのもわかる。

 

リーラン王国の軍隊と、そして姫であるマウラの特別指導というおそらくリーラン王国では最高の環境を与えられたシュージ達は一回り成長できた気がする。

マウラが来てから六日間。シュージはマウラに鍛えられたからこそそれを実感していた。

特に対人戦闘の経験は得難いものだった。

その達人染みた動きは見ているだけでも鍛えられる。それが肌で感じられ、それを死動作してもらったシュージ。今の彼なら中堅の大剣使いや素早く動く魔法使いが相手ならすぐにはやられないだろう。

いや、環境は良かったんだよ。ただ、相手が良くなかった。

別にマウラが悪いというわけではない。だが、強くなるという一点を見るなら相手はカモ君の方が良かった。そちらの方が効率いいのだ。

だが、そんな事を言えば、まともに受け取ってもらえずに変人扱い。まともに受け取ってもらえれば決闘後はサンドバックに就任する羽目になる。

 

シュージはキリリ。と、少し凛々しくなった。シィやネインと言った先輩達とキィも雰囲気が変わった気がする。イタは少し疲れた顔をしていたが、魔法の精度が少し上がった気がする。

 

だが、カモ君が欲しているのは確か強さだ。雰囲気や外見など二の次、三の次。

というか。マウラ姫、シュージを拘束しすぎ。

休憩時間は最低限。シュージと言葉を交わす暇もなく六日間を過ごしてしまった。

シュージには自分がまだ、転生者であり、『踏み台』であることを話せていない。

キィ経由でそのことが伝わっているらしいが、カモ君がシュージと模擬戦を行わなければ意味がないのだ。

 

決闘に必要なものは何か?それは圧倒的なステータスだ。

どんなに技術を磨いても、心を律せても、力が無ければ意味がない。

スポンジで岩を砕けるはずがない。

逆にどんなに稚拙でも一発でもあたれば勝てる力があるのならそれを鍛えたほうがいい。

百発。千発と打ち込まれてもノーダメージなら勝てなくても負けることはない。

どのような凶悪な攻撃も全て回避できれば問題ない。

そのどれも自分達は手に入れていない。

 

これから決闘が行われる五日後。決闘の舞台となるのは、リーラン王国に隣接するネーナ王国の領土の端に設置されたコロッセウム。リーラン王国の武闘大会で使用された舞台に似た造りになっているらしい。

 

その舞台、何か細工されていませんかね?マウラの口からは建設にはリーラン王国の建築士も携わっていると言っていたが…。買収されていそうだ。舞台の一部に罠を仕掛けていた理、観客席から毒の吹き矢とか飛んできそう。

 

地の利。人の利がネーナ王国にある。天の利?

こちらの戦力は天候にはあまり左右されない。シュージの火の魔法も台風レベルの悪天候でもない限り威力は変わらないだろう。それくらいになれば相手側もデメリットになるだろう。

 

だが、決闘とはそんなものだ。

盤外戦術なんか当たり前。試合の前にバフを受けるのはOK。魔法の詠唱。事前準備もOK。ドーピングもOK。デバフ魔法はNG。マジックアイテムガン積みはOK。試合中やその前後にポーションや決闘参加者。補欠からでもの回復魔法で回復。補助魔法を受ける事もOK。

だが、今回の決闘で死亡しても文句は言えない。自己責任。

決闘している者が気絶。もしくはリタイア宣言すればその試合は負け。チームメイトがもう戦闘続行は不可能と思った時、チームリーダー。大体は最後の選手。大将がタオルを舞台に投げることで負けを認め、試合を終わらせることも出来る。

 

と、様々ルールがある。それに反すれば反則負けも言い渡されることもある。

だが、ばれなければ問題ない。買収など生ぬるい。暗殺だってありうる。正々堂々なんて物はない。これはある意味戦争だから。勝てばよかろうなのだ。

 

「私が結界張ってあげようか?」

 

「…え?本気か?」

 

訓練を終え、魔法学園へ戻る馬車の中でいろいろと考えていたカモ君にコハクが声をかけてきた。

カオスドラゴンの結界とか、誰も突破できないと思う。出来る存在はラスボスくらいだ。

嬉しすぎる発言だが、どうしてそうしてくれるのかと尋ねれば、コハクはカモ君が気に入ったからである。そんな存在を下手な策略で失うのは惜しいと考えた。

もう少し好感度が高ければシィやネイン達を押しのけて決闘に参加すると言い出すところだった。まあ、そうなれば勝ちが確定する。

カオスドラゴン(オリハルコンドレス装備)に勝つとか無理ゲー過ぎる。相手が可哀そうになる。勝てるのはきっとカンストレベルまで鍛え上げられたシュージとその仲間達だろう。

 

「安心して。百年は誰も手が出させないすごいものを展開するから」

 

「それは封印っていうんだよ」

 

強固すぎる魔法を止めるように注意するコーテ。そんな事になれば不戦敗になる上に、餓死。もしくはシュージのように窒息するかもしれない。

程よく強固で出し入れできる結界をお願いしたい。

 

馬車の中にいたのはカモ君とコーテとコハク。そして、ようやく釈放されたライツの四人が客室に載せた馬車の中で、話についていけないライツは混乱していた。

 

(え、なに、この白いガキは。カモ野郎も妙な信頼を寄せているし、変な角も生えているし。まさか歴史上でも滅多に出てこないハイエルフ?それとも精霊の化身か?)

 

「あんな細い精霊じゃないよ。私は」

 

コハクの意識がライツに向くと、向けられた彼女は思わず姿勢を正した。正確には全身に力を張って身構えたに近い。

 

絶対に勝てない。逆らえない。意見も出来ない。

 

そんな存在が自分を見ている。ライツは常に張り付けていた笑顔の表情を強張らせた。更には周囲の空気が冷たく、重く感じられるほどの緊張感を植え付けられていた。

 

「おおい。どうしたんだっ。落ち着けっ」

 

客室の外。馬車を引いていた馬の悲鳴が上がり、暴れ出しそうな馬をどうにか制御する魔法学園教師の声が聞こえる。馬からすれば自分の後ろにいきなり飢えた獅子が現れたように感じたのだろう。

コハクはそれを察してすぐに意識の波を抑えた。そうする事で沈んでいた雰囲気と圧迫感が消えた。だが、ライツは圧迫されていた時は思わず呼吸が止まり、解放された瞬間、体が酸素を求めて何度も深く呼吸を繰り返すことになった。

馬車がしばらく揺れるが、どうにか落ち着かせた後。それからしばらくしてカモ君が口を開く。

 

「あまり失礼なことを考えるなよライツ。彼女は察しがいいんだ。次は消されても文句は言えない」

 

「な、なんなんだよ。あんたは…」

 

カモ君の忠告を聞きながらもライツはコハクの正体を知りたがった。だが、知ったところでライツにはどうしようもない。それが、

 

「私はカオ「が、とっても強い力をもつ某国のお姫様」、…です」

 

一応、コハクの事は秘密にするように言われていたのでコーテがコハクの言葉を遮ってフォローを行う。これが失礼に当たるかどうかのギリギリのラインだが、どうやらセーフらしい。

コハクは仕方ないなと眉尻を少し落としながら、馬車の窓の外の風景を眺めることにした。

 

彼女はワイルドカード。もしくはジョーカーになりうる存在だ。

ドラゴンの気まぐれでリーラン王国は生かされているが、いつ吹き飛ばされてもおかしくはない。それはネーナ王国も同じである。

そんな存在が若干でもカモ君側についているとしたらどんな手段を取るかわからないのだ。それこそ後先考えないような無茶で甚大な被害を生み出す作戦を出すかもしれない。

そして、そんな彼女を味方に出来たと勇んで戦争を行うバカがリーラン王国からも出てくるかもしれない。

そんな輩を感知すればコハクが我慢しても、彼女のドレスに変化したスフィアドラゴンが許さない。そこにあった街並みごと馬鹿を吹き飛ばすことがあり得るからカモ君達はコハクを決闘の参加者には勧誘できないのだ。

 

そんな時、何かを思い出したかのようにコハクがまた口を開く。

 

「すごい補助魔法もかけてあげようか?体が爆発したみたいに強くなれるやつ」

 

「それって、実際爆発しませんか?」

 

こうして、カモ君達の強化訓練は幕を閉じた。

 



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暴れカモの妨害スープ煮込み
序章 YOU ARE MY HERO


しんしんと雪が降り積もり、足首が埋もれるほどの真冬。

カモ君達は魔法学園での終業式を終え、冬期休暇へと突入する。二週間ほどの休暇なのでここに通っている生徒の半分は帰省し、もう半分は寮でのんびり過ごす。

だが、カモ君を含めた数人は違う。

軍事施設での強化訓練を受けたその日の夕方。

彼等は休むことなく、学園の闘技場を借り切って鍛錬に精を出していた。

そして、またカモ君がトラックに跳ね飛ばされたような勢いで転がっていた。

 

「修練はこれで終わりだ。体を休めて五日後の決闘に備えてゆっくり休め」

 

スキンヘッドの男。アイムはそう言って自分が吹っ飛ばした生徒に歩み寄り手を差し伸べた。

吹っ飛ばされたカモ君は口から少量の血の混じった唾を着込んでいる運動着の袖で拭ってもう一度彼に挑もうとしたが、アイムに止められた。

 

「焦るのはわかる。だが、これ以上やっても無駄だ。お前は早朝の筋トレからランニング。昼から同級生と上級生との模擬戦。そして、俺との手合わせ。はっきり言ってオーバーワーク気味だ。体を壊しても知らんぞ」

 

アイムにもカモ君が追い詰められているのはわかる。

モカ領と自身の身柄を担保にした決闘が行われる。それに対して必死に力をつけたいのはわかる。だが、ここまでだ。

これ以上やればカモ君の体に負担になるだけだ。もしかしたら、風邪をひいたり、決闘には間に合わない程の怪我を負うかもしれない。

そうなればただでさえ勝ち目が薄い決闘に挑まなくてはならない。

 

だが、足りない。自分には何もかも足りないと実感している。

 

体力・魔力はもちろん。体術や装備品。そして低レベル上限からくる低ステータス。

戦闘能力の総合が一番高いのがカモ君だとしても、一番伸びしろがないのもカモ君だ。

だから必死に『エミール・ニ・モカ』を上手に扱えるように訓練をしているのだ。

同じ決闘に出場する生徒。戦いの中で成長できる『主人公』のシュージ。その『仲間キャラ』であるネインやイタ。ついでにキィなら、今からでも少しは強くなれるだろうが、そんな彼等も訓練を行っていたが、カモ君同様校医の先生にドクターストップを受け、修練を終えている。闘技場の控室でシャワーを浴びて着替えた後、カモ君とアイムの戦闘訓練を見守っていた。

闘技場にいるのは元冒険者のアイムだけではない。それぞれの魔法属性に合わせた教師もまた決闘に向かうカモ君達の修練に付き合ってくれていた。

今もなお、カモ君がこうして残っているのも焦りから来る彼の我儘。だが、それもここまで。

回復魔法の恩恵やシバ校長やミカエリからの支援物資である回復ポーションを加味してギリギリの修練はここまでだ。

 

「…今までありがとうございます」

 

「…ふん。縁起でもない事を言うな。お前にはまだまだ教えたりない事が山ほどある」

 

これまでの模擬戦と修練の熱でカモ君の全身からは汗。体操服のあちこちには裂傷や火傷した時出来た穴もあった。そして体操服の上からも見てわかるほど汗の蒸気を発していた。

 

「勿論です。自分もまだ多くの事を学びたいですから」

 

「それならいいが。修練以外でやり残したこともあればしっかりするように」

 

最後の晩餐的な?

 

と、カモ君は考えたが、場の雰囲気を読んで押し黙る。

それは、これまで自分の修練に付き合ってくれた教員への侮辱ともなることだからだ。

 

「自信を持て。お前はこの学園の生徒の中でも十分強い」

 

「ありがとうございます」

 

カモ君はアイムの激励をクールに微笑みながら受け取った。

だが、本心だと体力・魔力を共に使い切り、大口を開けて呼吸したい。体のあちこちに出来た裂傷や火傷。打ち身に小さな骨折といった負傷から来る痛みで泣き叫びたい。

そうしないのは彼の精神力もあるが、そんな弱気なところを見せたくない恋人がずっと自分を見守ってくれているからだ。

だからカモ君は強がる。足掻く。

アイムや教員達に背を向けてカモ君も闘技場の控室へと向かって歩いていく。そんな彼に寄り添うようにコーテも駆け寄り、共に歩いて行った。

寒さからか、それとも疲労や痛みからだろうか。

かすかに振るえる体でしっかりと歩いていくカモ君を見てアイムは小さくため息をついた。

 

「…まったく。いろんな意味で貴族ってのは面倒な生き物だな」

 

 

 

アイムと同様の意見を持った人間とドラゴンがいた。

一人はこの世界の『主人公』シュージ。

幼馴染のキィから自分が特別な存在だと知らされた少年である。

カモ君の修練に付き合いたかったが、魔力よりも先に体力切れを起こし、修練を終えた後もすぐに着替えてカモ君の修練の場面を、闘技場の観客席からキィや先輩のネイン。差し入れを持ってきてくれたアネスにカモ君の奴隷になったライツと共に眺めていた。

シュージがカモ君の修練を見た感想は、これこそが『主人公』なのではないかという疑惑と情景の念だった。

誰もが言った。魔法攻撃力は今や決闘に参加する誰よりも高い。体力・魔法力・スタミナの総量の伸びもシュージが一番あると。カモ君も言っていた上に、自分でもそう感じていた。総合戦闘力はカモ君を凌駕しているだろうと。

だが、シュージ自身だけは。そう思えなかった。

確かに自分は強くなった。なんならカモ君に勝てるビジョンも浮かぶ。

だが、それでもカモ君の粘り強さに勝てる気がしない。勝てるビジョンも容易に覆されると。

勝負に勝てたとしても、きっと。いや、間違いないなく最後まで立っているのはカモ君の気がして仕方がない。

 

執念。

 

これがカモ君の強さの源だろう。

それが気高いものなのか、どろどろとした欲望から来るものかはまだ分からない。

だが、きっとカモ君はその使い方を間違えないだろう。

 

みっともなく、情けなく、無様に、最後まで足掻く人間を不快と思う人間からしたらカモ君の性質は受け入れられない。結末が分かっているなら受け入れるべきだと。

 

そうしない。認めたくない。と、成してきた人物こそが『主人公』なのではないかと。

 

キィからカモ君が自身を『踏み台』というのも自覚しており、自分が『主人公』だという事も知られている。

シュージはそれに納得していない。だが、カモ君は納得している。

それが唯一、彼の気に入らないところだった。

恐らくカモ君もシャワーを浴びた後は体育館や講堂で行われている終業式兼年末パーティーに参加するだろう。そこで少しでも英気を養ってほしい。だが、その終わりに彼と話そうと決意する。

今の状況に。『踏み台』という立場に納得しているのかと彼に問い詰めたいと思っている。

もし彼が自分の事を捨て鉢だと考えていたら、それを止める。諦めているのなら鼓舞させる。

何故なら自分は彼の友なのだから。そして、彼はシュージにとっての憧れのヒーローなのだから。

 

 

 

そして、シュージのすぐ隣にいたカオスドラゴンの少女。コハク。

彼女はシュージとは違い、そこまで深くは考えてはいなかった。

カモ君の修練も、頑張るなぁ。くらいに留めていた。

結構飽きやすい性格の彼女が最後までカモ君の修練を見守っていたのは訳がある。

その訳がまた発生したので軽く視線を闘技場の隅に寄せる。

そこは闘技場の隅にある白い柱の一つで、雪が降っていることもあってか完全に風景の一部だった。実際目を凝らしても言われるまで気が付かない。言われても気が付かない存在があった。

そこに向かってコハクはちょっとだけ意識を込めると、柱の一部に黒い線が奔る。それは人型を象り、その場に倒れ伏した。

コハクの意図的に上げた雰囲気の圧に意識に持っていかれたのだ。

その正体はネーナ王国から密偵であり、任務内容は決闘参加者の情報収集。可能ならば暗殺を行う事。

 

これで三回目だ。

 

と、小さく呆れながらコハクはため息をついた。

彼女からしてみれば自身に向けられた悪意など水鏡に波立つ波紋のように感知できる。彼女でなくても彼女の着込んでいるドレスへ変化しているスフィアドラゴンが感知し、排除できる。

コハクとスフィアドラゴンが異常に感知能力が高いだけで、ネーナ王国の密偵達は決して弱いわけではない。むしろ強い方であり、戦闘になってもリーラン王国の軍隊部隊長くらいの実力がある。カモ君や未熟なシュージが相手でも倒せるだろう。

リーラン王国もそれを警戒している。が、それをすり抜けてここまでやって来た密偵を褒めるべきだ。だが、そんな彼等もリーラン王国。もしくはセーテ侯爵の暗部の人間に人知れず連れていかれた場面まで見たコハクは、カモ君がシャワーを浴びて着替えて出てきたところにシュージ達が出迎えに行ったのでついていった。

別にコハクはカモ君達に味方しているという程彼等に好意は持っていない。別にカモ君達がここで暗殺されても構わないのだが、それではあまりにも面白くない。

コハクはカモ君を『面白い親戚のお兄さん』くらいまでは思っているが、そこで死んでしまうのは仕方ない。と割り切っている。

が、ここで彼が死んでしまえばおそらくきっと決闘で繰り広げられる死闘からくる面白い思考と足掻きを見ることが出来ない。それは面白くない。

 

だから、暗殺という悪意を感知した者だけの意識を刈り取ってその場に転がしている。

軍事訓練所。魔法学園の空き教室。そして闘技場。

どれもこれも人気のないところで暗殺を担っていた輩だけをとっちめているが、情報だけを集める密偵は見逃している。おそらくだが自分の事も知らされているだろう。まあ、だとしても自分には関係ない。むしろ、カモ君が苦境に立つかもしれないという可能性も考えてあえて見逃している。

この後に行われる年末パーティーにも密偵はまぎれている。もしくは買収された輩も出てくるだろうが、実害がない限りは見逃すつもりだ。

だが、それとなくカモ君には知らせよう。その時の対応と心境はきっと楽しめるものだから。

それを夢想したコハクの頬を緩めてカモ君の背中を見つめていた。

 

 

 

そんな彼らの思惑を背負っているカモ君は隣を歩いているコーテに今日までのサポートに礼を言いながら、彼女に年末パーティーのプレゼントを渡した。

 

白い小さな花を思わせる髪留め。

 

シルヴァーナ・ニアの作成時にミカエリから渡されたお給金で買った物で空色の彼女の髪に合うだろうと購入したアクセサリー。

カモ君の美的センスはあまりない。しかも、これを買いに行く時間は殆ど無かったのだが、修練の合間を縫って、魔法学園の近くにある宝石商店に足を運び、店員のアドバイスを聴きながらどうにかコーテに似合うアクセサリーを選んだ。

カモ君の財政はかなり悪い。しかし、今の今までサポートしてくれたコーテに何かしらのお礼はしたかった。

贈り物のシーズン真っ只中という事もあって、指輪やネックレスなどは既に売り切れだったが、どうにか彼女に似合いそうな髪留めを購入した。

今回のプレゼントも結構な額になったが、貴族から貴族への贈り物としては妥当な物。

少量の銀鉱石が使われたアクセサリーをコーテはその場で身に着けた、

カモ君は後で気が付いたが、貴族の子女達がこういった目に見えるアクセサリーをパーティーで身に着けるのは、『私はアクセサリーをくれた人と親しい仲です』と、暗喩しているものだ。

コーテは背が小さい。しかし、見目麗しい少女だ。彼女に話しかけてくる男子生徒は今でもちらほら出ている。しかし、これを身に着ければそんな輩も引っ込むだろう。

それでも声をかけてくる輩はコーテの変化に気が付かない鈍感な人間か、俺の方があんな奴より満足させられるぜ。という剛毅な輩だろう。

 

「これが無かったら愛想が尽きていたかも」

 

これはカモ君からのそんな輩への牽制。いわば自分のへの独占欲だ。

そうでなくても自分への愛情を形にしてくれるカモ君への好感度を維持したコーテはそんな冗談を言った。

 

「それは。本当によかった」

 

カモ君からしてもコーテへの愛情表現をしたかったのもあるが、コーテが自分から離れてしまってはきっと立ち直れない。肉体的にも。精神的にも。

それだけカモ君は彼女に依存しているとも言ってもよい。そんな彼女が離れないというのならこのプレゼントを贈った事も間違っていなかったと安心したカモ君。

 

だが、ちょっと考えてみた。コーテさんからカモ君への奉仕を。

 

マジックアイテムの貸付。

ダンジョン攻略・修練の回復役を担う。

学生生活でのサポート。

他にも、彼女の兄がモカ領を預かって運営している。等々。

公私共にコーテに支えられているのだ。そんな彼女が離れたらそりゃ立ち直れないよね。

 

俺はいつだってそうだ。いつだってやった後に気が付く。どうしてこうも綱渡りしているんだと自分に怒鳴りたくなる。

 

「でも、出来れば私の誕生日にも送ってほしかった」

 

彼女の誕生日は夏。ちょうどカモ君がギネに因縁をつけられていた頃だ。

その時の状況を考えるとそんな事をしている暇はなかったので仕方ないのだが、その時点で見捨てられなくて本当によかったと思っているカモ君。

気付かないうちにカモ君は地雷を踏んでいた。運よく爆発しなかった。外的要因が悪すぎたおかげで助かったのだ。

 

「う。ら、来年はちゃんと渡すから」

 

コーテは伯爵家。カモ君は子爵家。しかも、廃嫡されたような物なので平民かそれよりちょっと上という状況。立場的にも二人は不釣り合い。それなのに誕生日プレゼントを忘れていたとは愛想どころか絶縁を言い渡されても仕方ない。

コーテの度量の大きさに感謝しかないカモ君は頭を下げて謝った。

ただ、カモ君が来年もこの魔法学園に居られる保証はどこにもない。それどころか存命の保証もない状況に何故かなっているのだ。

そんな不安もありながらもカモ君はコーテに謝罪した。

 

「期待している。だから、それを裏切った時は…。クーとルーナに告げ口しちゃうから」

 

そんな事になれば、カモ君の兄としての威厳は木っ端みじんになる。

 

想定開始。

クー&ルーナ『にー様・にぃに。クズヒモ野郎だったんですね。最低です。死んでください』

想定終了。

 

そんな事になればカモ君は本当に死ぬ。自殺する。

 

「天地神明。この世に生きる全ての命とこれまでの命に誓って貴方様に供物を捧げます」

 

「いや、コーテは邪神じゃないから」

 

うるせぇ!俺にとっては兄の威厳を脅かす存在は邪神なんだよっ!それ以上の存在なんだよ!

 

アネスが呆れたようにツッコミを入れるが、カモ君には一事が万事。何事も愛する弟妹に繋がるのだから油断も慢心も出来ないカモ君。コーテの一言で少し緩んでいた警戒心を引き締め直した。

これから年末パーティーに行くが、それが終われば翌朝には決闘場が設立されているだろう地区まで移動する。その移動時間で、修練により疲れた体と魔力を癒すつもりだ。

やれることは全部やったつもりだ。決闘場の建設に携わったというミカエリからも何かしらの援助を頼みたかったが、これ以上こちらに関与すると彼女にも迷惑が掛かる。

他者の魔力を接収できる『搾取の腕輪』はおそらく彼女から受け取れる最後の支援なのだろう。そう思うと幾ばくか勇気づけられた。

だが、今回の決闘。負ければクーとルーナ。ひいてはモカ領の命運もかかっている。負けられない戦いがこうも連続するのはいくらカモ君でもきつい。というか普通ならつぶれている。そうならないのはミカエリのような技術者の支援やコーテのような恋人。愛する弟妹達の存在があってこそ。

 

「エミール。年末パーティーなんだが、話したいことがあるんだ。時間が空いたらちょっと話さないか?」

 

「いいぞ。ただ、ダンスの時間の後でいいか。それまではコーテといたいんだ」

 

数人の美少女を連れた赤毛の少年。シュージ。

これだけ美少女に囲まれながらも爛れた噂もなく、かといって授業やダンジョン攻略というアルバイトに精を出す好青年。

なにより多くの危機的状況を打破し、それに驕らない。

レベル的に大きく成長していく『主人公』。彼がいるのならどんな障害も乗り越えてくれると思える少年がいるのならまだカモ君は戦える。

決闘相手はまだ何も見えない強敵だろうが、シィやネインが少しでも削ってくれればどんな状況も打破できる可能性を持つ『主人公』なら倒せると信じている。

だからカモ君はまだ頑張れる。目の前にいる『世界の英雄』がいる限りは、彼はまだやせ我慢を出来るのだ。

 

「それで構わない。その後。すぐでいいか?」

 

「いや、きっと時間がかかるぞ。俺じゃなくてお前が」

 

「? どういうことだ?」

 

年末のパーティーでは気の合う男女や、仲がいい男女。許嫁が決まっている貴族がそれぞれ踊るが、それ以外にも自分が気になる相手にアプローチするためにダンスの相手をお願いすることも兼ねている。

そして、この国ではそれを拒むことは基本的にタブーとなっている。相手に気になる特定の相手や許嫁がいるときはダンスを願い出ることは出来ない。が、フリーであるシュージの周りには現状でも数人の美少女がいる。きっとカモ君の数倍はダンスからは逃げられないだろう。

キィにネイン。コハクに望み薄だがイタ。大穴にライツ。他にもシュージの事を狙っている貴族子女はちらほらいるとコーテから聞いている。見た目が可愛らしいと格好いいが両立するだけではなく、急成長している魔法使いだから将来有望。今のうちに唾をつけておこうと考える令嬢は数多いのだ。

 

「まあ、すぐにわかるさ」

 

「わ、わかった」

 

しかし、シュージも成長したものだ。レベル的にもあるが精神的にも成長した。だからこそコーテとの時間が過ぎるまで待ってくれているのだから。これが半年前なら気にせず話しかけて来ただろう。

 

そう思うと、なんだがカモ君は嬉しくなった気がする。

例えるならもう一人弟が出来て、その子が成長したことを実感できるような変な兄心。

ただ、シュージの年齢を考えればそれも異常なまでの成長だ。前世で言えばまだ中学生になったばかりか、それ未満の年齢なのにここまで考えられるまでに成長したのは彼が『主人公』。いや、この世界の英雄だから。なのかもしれない。

 



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第一話 起訴

魔法学園では講堂と体育館。部室や男子寮。女子寮で行われているが、一際豪勢かつ広々とした空間で行われるダンスパーティーが開かれるのは体育館となる。

普段は様々な運動部が汗水流す場所だが今日という日だけはそんな暑苦しい空間とは別世界のような風貌になる。

カモ君達が修練を行っている間にはもう開催されていたパーティーは佳境に入っているとも言ってよい。

女子は煌びやかなドレス。男子はタキシードと言った格好を平民であるキィやシュージも貸衣装として着ることが出来る。

 

「着なれないな。これ」

 

「まあまあそう言いなさんなシュージ君。似合っているよ」

 

魔法学園に来なければ着ることも無かっただろう上質な白のタキシードを着たシュージは息苦しそうに首元を弄る。それを見たアネスはポンポンと彼の背中を軽くたたきながら褒めるアネス。

今回のパーティーは合コンも兼ねている。玉の輿を狙っているアネスは今からでもフリーの有力貴族の男子に声をかけたいが、一応コーテやカモ君達が来るまでは彼等の登場を待っていたらシュージが最初にやって来たので相手をしている。彼女のドレスも彼女の褐色な肌が生えるように白という単調なものだが、決して質素と言わない、むしろ彼女のメリハリのある女体を華麗に強調する綺麗なドレスだった。

そんな二人と同じタイミング出てきたキィはライトイエローのドレスを着こんでいたが、表情は暗い。

自分のせいで原作ではリーラン王国は勝利できていたのに、それがなくなってしまったかもしれないとカモ君から教えられた時から、彼女の表情はすぐれない。

軍事訓練場での特訓でも彼女なりに真面目に取り組んでいたが、その重たすぎる責任からか、目の前で繰り広げられているパーティーも彼女の視線からすると最後の晩餐にも思えた。

そんな幼馴染の変化に気が付かないシュージではない。

彼女を慰めたり、元気づけたりもしたが、いつもの元気な彼女の目に力が入るわけでもなく、ただただ「ごめんね」と謝るだけだった。

せめて、このパーティーだけでも元気になってほしかったシュージだが、どんな言葉をかければいいかわからなかったのだ。

 

カモ君が多くの悩みを抱えているように、シュージもまた悩みを抱えていたのだ。

 

「ありがとうございます。アネス先輩もお綺麗ですね」

 

「わかっているじゃん後輩。このこのぉ。もう何人の女の子に手を出したの?お姉さんに言ってみ」

 

とにかく出来ることからやろう。カモ君がやって来たように自分も出来ることから。

まずはお世話になっている先輩の機嫌を損なわないように言葉を返した。

シュージの言葉に気分をよくしたのか、アネスはシュージの脇腹辺りをつつきながら彼の腕を取り、自身の柔らかな体に押し付ける。そうすると、シュージは顔を赤らめながら身をよじったが、アネスは面白がって放してくれない。

 

「ちょ、アネス先輩っ」

 

「ほほう。この程度照れるという事はまだそこまでの経験はしていないと見た。シュージ君、かっこかわいいし、お姉さんがデートしてあげようか?」

 

「自分とは一つしか変わらないじゃないですかっ」

 

と、シュージの照れ隠しの言葉に揶揄っていたアネスの表情から熱が消えた。

 

「シュージ君。十代女子ならともかく二十代以降の女性にそれを言ってはいけないよ。それは何よりも恐ろしい呪いの言葉だからね」

 

「あ、はい」

 

その冷淡な表情と音程にシュージは決してこの言葉を使うまいと心に誓った。

そんなじゃれつきをしている間にやって来たのはネインとコハクだった。

ネインはライトグリーンのドレスを身に纏っていた。彼女の場合、体のある一部分が同年代に比べて発達していたので、特注のドレスを身に纏っていた。男なら誰しもそこに視線を吸い寄せられるその部分は彼女が歩くたびにそれが揺れる。

アネスもある方だがネインはそれ以上だ。その上、十七歳というこの世界では結婚適齢期という事もあって魅力的な女性と見えるだろう。

ネインもそういった目で見られているのに離れているようだが、シュージの腕を取っているアネスの姿を見て、ムッと表情を一時的にしかめたが、すぐに令嬢としての笑顔を作りながらもシュージの方へと歩み寄っていった。

 

「シュージ君。同じ決闘に出るよしみで私と踊ってくださるかしら?」

 

「え、あの、俺、踊れませんよ?」

 

「…あ、そーいう。お邪魔しましたー」

 

シュージ達が体育館にやって来た時点でダンスは始まっており、数組の男女が踊っている。

アネスも出来れば有力貴族の男子に粉をかけたいがコーテ達がやってくるのを一応待っていた。

彼女の狙いは金持ちイケメンの男子。シュージもイケメンには違いないだろうが、金持ちには当てはまらないだろうと考え、揶揄うだけにしていたのだが、妙な圧を放ってくるネインを見て即座にシュージから狙いを外した。それはキィも同じだったが、いまはそんな気分ではないので会場の隅っこでちびちびとワインを飲んでいた。

伯爵令嬢ネインの狙いがシュージならば、これ以上彼を揶揄う事は愚策。伯爵と男爵という地位の格差がある相手の不評は買わないのが一番だ。これはアネスに限った話ではなくほとんどの貴族では当たり前の話だ。

 

…私も行った方がいいのかな?

 

艶のある漆黒のドレスにオリハルコンの輝きを施したドレスを身に纏ったコハクはパーティーの入り口付近にあった椅子に腰かけてぼんやり考え事をしていた。

自分の親でもあるエルダー・カオスドラゴンに言われてシュージを取り込んで来いと言われたが、彼に進んで接しようとは考えてはいなかった。

ネインが絡んでいるようだし、その後でもいいかとのんびり考えながらパーティーを眺めていた。

ドラゴンの彼女からして見たら目の前の光景はただ豪華な養殖場にしか見えない。しかも彼女はその場にいる者の思考が読める。

絢爛豪華なパーティーの下にあるどろどろとした感情が丸見えな分、食事も進まず、かといってそれに参加するのも億劫だった。そのため、隅っこにいたキィの隣に設置されていた長椅子に腰掛けてのんびりしていた。

そんな所にアネスがパーティーに出されていたワインとぶどうジュースの入ったグラスを持ってやって来た。

 

「お姫様はジュースとワイン。どっちがいい?」

 

「…ジュース」

 

カモ君の記憶曰く、飲酒とは体内に毒を取り入れてバッドコンディションを楽しむものだというが、毒なら魔法学園に来る前からたらふく浴びてきた。なので、毒の入っていないジュースの方が彼女の興味を引いた。

アネスから受け取ったそれは甘みがあり、喉越し爽やかなものだ。ここに来る前の裏ダンジョンがある孤島にはない繊細な味だった。

 

「美味しい」

 

「それはよかった。まだ飲みたかったらあそこにいるメイドさんか執事さんに頼むといいよ」

 

アネスはコハクが同年代という事はコーテから知らされていたが、彼女の持つ雰囲気がそれ以下としか感じられないのだ。だからなのか世話を焼いてしまう。

しかも彼女は世間知らず。誰よりも強い彼女だが、誰よりも世情に疎い事を直感的に悟って話しかける。

アネスの言葉を受けてコハクは一番近くにいたメイドに話しかける。

まるで初めてのお使いを見守っているような気分だ。

 

「ぶどうジュースください」

 

「畏まりました」

 

「樽でください」

 

「た、樽?!は、はい。畏まりましたーっ」

 

お菓子感覚で大量発注するんじゃありません。メイドさん困っているじゃないか。

 

そう思ってアネスがコハクのところへ出向こうとしたところで、彼女の待ち人がやって来た。

 

「おまたせ」

 

「ああ、コーテ。やっと来た。まったく誰よりも着替えやすそうな体型なのに一番遅いってどういうこと」

 

「私じゃなくてエミールに時間がかかった。私のせいじゃない」

 

水色のドレスを身に纏ったコーテはアネスの軽口に付き合いながらもやって来た。

コーテの手を取りながらやって来たカモ君は黒のタキシード。一見すると執事にも見える格好だが、実はその通り。執事がつける燕尾服を少し改良したものだ。

何せ、カモ君は大柄で隻腕なのでそれに合った服が用意されるべきだったのだが、ここのところの騒動で特注する時間もなかった。

高価なタキシードに手を加えるには時間がかかるが、執事服なら仕立てやすいということで、恐れ多いながらもこれを準備したメイド達は、既存の燕尾服をカモ君様に改良してくれた。

平民にしては高価だが、貴族用にしては安っぽい服。まるで傭兵が初めての社交界に出てきたというようなミスマッチ。

だが、そんな服がカモ君にはぴったりと合っていた。

 

「何というか、エミール君。…似合っているね」

 

「アネス先輩。…ありがとうございます」

 

カモ君自身もよくわかっているのだ。

なにせ、自分は廃嫡されたような身分だが、ミカエリや学園長。そして王族の恩情でこの場に何とかいる。それが無ければシュージやキィといった平民の特待生よりも下の立場。

出来るだけ目立たず、コーテとの時間を過ごして、翌朝の出発までに体をしっかり休めて決闘に挑みたいと考えていた。

そんな考えとは裏腹にカモ君達に近づいてくる男子グループがいた。と、同時にコーテは珍しく眉尻を上げて、「げっ」と、誰にも聞こえないほど小さな声で拒否感を見せた。

貴公子と言っても名前負けしないような爽やかな青年。おそらく十五歳前後のイケメンともイケショタともいえる男子生徒と、その取り巻きの二人の少年がカモ君に向かって手袋を投げつけてきた。

ちなみに手袋を投げつけるという所作は相手に決闘を挑むという所作である。

 

「エミール・ニ・モカ。君に決闘を申し込む!」

 

時間と場所を弁えなYO!

数日後に決闘が控えているんだ。しかも訓練後だぞ。魔力と体力が回復しきっていないっての…。

 

カモ君的にはそう返したかった。

普段の彼なら喜んで受けていたが、数日後の決闘は消して負けられないものであるので大事を取って休みたい時期だった。が、運命はそれを許してはくれなかった。

 



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第二話 事実陳列罪に対する自己弁護(逆ギレ)

「…名前と理由をお聞かせ願えますでしょうか?先輩方?」

 

こちとら貴族の地位を奪われた身だから立場は明らかに向こうが上。断れば相手に恥をかかせることになり、その報復にモカ領に何らかの迷惑が降りかかるかもしれないからカモ君に拒否権はなかった。

相手の立場と決闘の理由をまず知れば、どうにかうやむやに出来るのではないかと考えたカモ君だが、相手はカモ君から少し視線を外すと、すぐ傍にいたコーテに優しく微笑みかけた。

まるで、『自分はわかっていますから』と、言わんばかりの優しい笑顔。カモ君はそれが気に入らないので、さりげなく間に割って入るように少しだけ前に出た。

相手はそれが気に食わないのか、眉尻を上げて、少し声を荒げた。

 

「僕の名はルスト・ナ・メシン!そこのコーテ・ノ・ハント嬢を君から解放するために決闘を挑むのさ!」

 

「え、余計なお世話」

 

ルストの発言に食い気味で返したコーテ。そんなあからさまな拒否感を見せる彼女には優しく微笑みながら、その整えられた長い前髪をかき上げながらルストは受け流した。

 

「エミール君。君は彼女の好意を悪用している。その事をつかんでいるのだよ!」

 

「なにを根拠に」

 

カモ君もコーテと同じように冷静に返事をしようとした瞬間だった。

 

「一つ!君は彼女に決闘、ダンジョン攻略に支援してもらっているようだね!貴族として、男として情けないとは思わないのかい!」

 

ルストの容赦ない真実の言葉がカモ君に突き刺さる。と、同時にカモ君が押し黙る。

 

「別に私は守ってもらうだけのお嬢様じゃない」

 

「一つ!マジックアイテムを彼女から受け取っておきながら何も返せていない!」

 

コーテもカモ君同様に押し黙る。

確かにカモ君は自分からマジックアイテムを借りた。そして、それを壊してしまい、返せず仕舞い。一応、水の軍杖を不渇の杖に強化したからプラスマイナス0と、考えたかったが、ルストのいう事も嘘ではないので押し黙ってしまった。

 

いや、それだけの脅威を退けただけでも立派だと思うけど…。

 

と、アネスが考えた。が、

 

「一つ!危機管理がなっていない!毎回毎回致命傷を負っている!そんな事で彼女を守れるのかね?!」

 

あ~、ごめん。エミール君。弁護できねえ。

 

アネスの考えも封殺された。

確かにカモ君はコーテに被害が及ばぬように前に出続けてきたが、彼女を守るためとはいえ、毎回ボロボロになっている。むしろカモ君が進んで危機的状況に飛び込んでいる場面もあったのだ。それが例え、嫌々であったとしても。

むしろ、コーテがいないと死んでいたと思われる場面が何度もあった。守るというよりも守られているという悲しき実績がアネスに弁護を諦めさせた。

 

「一つ!貴族の立場を失い、複数の人達からの支援でどうにかこの場にいる!そんな恩情が続くと思っているのか!彼女の将来を支えられるのか!」

 

そして、甲斐性を指摘される。

カモ君は確かに現状が危なすぎる。将来性も無い。そんな男が婚約者を持つなど不相応。

そんな事はカモ君自身がよくわかっていた。

 

「一つ!複数の女性と関係を持っている疑惑もある!いい身分だな!子爵をはく奪された人間は!」

 

コーテという婚約者だけではなく、ミカエリという理系美女。現在進行形でパーティー会場の給仕しているライツという姫でメイドな奴隷な元スパイを所有している。

はっきり言って女好きの屑野郎と言われてもおかしくない。

カモ君は、それを自覚している分、それを第三者である人間から言われたカモ君は思わず押し黙ってしまった。

もし、クーとルーナの婚約者がいたとして、自分のような人間がいたとしたら。内情を知っていても引き離そうとする。いや、知ってしまったら猶更引き離そうとするだろう。

自分ならそう考える。そう、行動する。

 

高らかに。まるで宣言をするように声を上げているルストのせいで、いつの間にかダンスパーティーの音楽は止まっており、会場にいた生徒達の視線はカモ君達に集まっていた。

その様子にまるで鬼の首を取ったかのように気分を良くしたのか、ルストは締めの言葉を放つ。

 

「そんなダメ男からハント嬢の目を覚まさせるためにも僕は決闘を申し込むのさ!」

 

まるで劇の主人公のように言い放ったルストは様になっていた。

彼の容姿からか頬を赤らめ、黄色い声を上げる女子生徒達もいた。

カモ君の罪状らしき物を聴いた男子生徒や女子生徒はカモ君を軽蔑するような視線を投げかけていた。彼との接点がない生徒程それは顕著だった。

 

だが、それとは反対に怒りの感情を露わにする人もいた。

 

それは『主人公』とその仲間達。

シュージはカモ君を馬鹿にされたことに怒りをあらわにして、ルストに食って掛かろうとしたがそれをネインに止められた。

だが、そのネインも苛立ちという感情を隠せずルストを睨んでいた。

ネインは知っている。カモ君の強さと誇り高さ。それに対する必死さも。知っているからこその怒りとルストの態度が気に食わなかった。だが、ルストは自分と同じ伯爵家の人間だと把握している。それに盾突けばシュージはもちろん、アネスやコーテにも被害が出るかもしれない。だから、止めた。

普段はカモ君を馬鹿にしたりするキィも不快感を露わにしたが、すぐにそれも暗い表情になる。これもまた自分が原因ではないのかと。

 

逆にルストに同調する存在もいた。

一人は給仕に混ざって自身もメイドとして給仕をしていたライツ。

カモ君が落ちぶれていけば自分を手放すこともあるかもしれない。そうすれば晴れて自由の身。とまではいかないが、ある程度は自由になれるだろう。運が良ければその通りになるかもしれない。逃げられるかもしれないと。

 

そして、もう一つは。

 

わかっているんだよ!精一杯やってんだよ!それでこうなってしまったんだよ!これ以上どうしろってんだ!ちくしょおおおおおおおっ!!

 

外見はクールに振舞っているが、内心では事実の陳列に発狂しながら、まるで自爆でも決め込んだ特人工生命体のように荒れているカモ君の心情を肴にぶどうジュースを樽で飲んでいたコハクである。

ちっぽけな存在がその意味を見出すために必死に足掻いている姿はとても興味深い。

今も飲んでいるジュースの味がワンランク上がった気がするほどコハクは上機嫌だった。

 

カモ君は自分に向けられている負の感情を跳ねのけながら(心身疲労度:中)、ルストの手袋を拾い上げてその決闘の申し入れを受けた。

 

「いいでしょう。その決闘を受けます。その代わり、俺が勝ったら今後口出し無用という事でお願いします」

 

「では、僕が勝ったら君はコーテ嬢に一切関わるな!彼女にこれまでの非礼を詫びたうえでだ!」

 

毎回毎回詫びているんだよな、これが。

よく、愛想が尽かれないよな俺。

 

カモ君の内心を、自分に酔っているルストに読み取れるはずがなかった。

 

「では、これからすぐに決闘を行う!幸いなことに決闘場は空いているはずだからね!」

 

年末パーティー最後のイベントだと周りの生徒達の声で会場は盛り上がった。

 

まあ、そうなるわな。

 

カモ君達はもうすぐ国家間の決闘を行う。それは生死が関わるものだから、下手したらカモ君が死んでしまえばルストとの決闘が出来ない。後顧の憂いなくカモ君を叩きのめすには今しかない。

タイミング的にはカモ君が疲弊したところを狙うという好機を逃さないところとか、いかにも貴族らしいというか、嫌らしい所を突いてくるもんだ。と、思いながらもルストを含めたカモ君達はパーティー会場を出る。

先ほどまでいた闘技場にUターンしている気分だが、これも必要経費だと思い、決闘手続きを受け、それぞれに割り振られた待機室へと向かう。

そこで自身の装備品を確かめながらカモ君は十分にストレッチを行う。

カモ君の装備品は長袖ジャージの上にウールジャケットと搾取の腕輪といった簡素な見た目。

細かい怪我や火傷は待機室までついてきてくれたコーテに治してもらったが、それでも疲弊した体力と魔力は少ししか回復していない。が、相手は伯爵家の先輩だが、実力的にはこちらが上だろう。

なにせ、シバ校長が五日後の決闘に推薦していた生徒の中にルストの名前はなかった。おそらくは強くても中の上。もしくは上の下あたりだろうと辺りをつけているカモ君。

学生最強と言われている公爵家の生徒会長なら勝てる可能性は皆無だが、それ以外ならカモ君にも勝機はあると。

伊達に何度もダンジョン等で死にかけた自分ではない。アイムに何度も鍛えられた上に王族のマウラ。現役軍人との訓練を積んだ自分が負けるはずがないと。

 

そして、決闘の準備が出来たと闘技場関係者から連絡をもらい、カモ君は闘技場である舞台へと向かう。

 

カモ君の反対側からの入り口からやって来たルストは大きなマントで自分の体を隠すように出場すると、闘技場の観客席から真冬で雪も降っているというのにほぼ満員で歓声が上がっている。

主に女生徒からはルストが登場すると更なる歓声が上がる。ルストはアイドル的な立場なのだろう。

だが、人気が実力に反映されるのは部隊長や王族と言った人を率いる人間だけだ。個人の実力左右されることはほぼない。

カモ君とルストは舞台に上がりながら言葉を交わす。

 

「よく逃げずに僕との決闘を受けてくれたね。そこだけは評価しよう」

 

「…あそこまでされたら拒否できませんから」

 

お前、分かっていてやっただろうがっ。

 

と、毒づきたいがカモ君はクールに笑って返す、

立場的にも雰囲気的にも断れなかったが、実力は自分が上なのだ。こいつを打ち負かせた時、『ざまあ』と、愉快な気分になれるだろう。

 

「そこまでわかっていながら女性の好意を無下するとは理解できないね」

 

「これでも応えられるだけは応えているんですがね」

 

「そこさ。君は彼女達にあまりにもふさわしくない。だからこそ僕がそれを正そうというのだ!」

 

「御託はいい。叩き潰す」

 

その綺麗な顔に拳を叩きこんでやるよ。

そう意気込みながらカモ君は左手を握り直しながら構える。

カモ君の実力を知らないまでも国の代表に選ばれていることを知らないわけではないだろう。その時点で強者だとわかっているというのにルストは笑みを崩さない

 

「君は確かに強い。しかし、僕には僕を支えてくれる仲間がいる!その力を今、見せてあげよう!」

 

そう言って、ルストは自信を包んでいたマントを派手に脱ぎさると同時にカモ君とは違う構えを取ってみせた。

そのマントの下にあった。ルストが装備していたアイテムが露見する。

 

シルフブレスレット。翡翠色の宝玉が埋め込まれた腕輪。地属性の魔法ダメージを軽減し、風属性の魔法攻撃力を少し上げる。

シルフブーツ。黄緑色の少し可愛らしい靴。移動速度の上昇と飛行能力を装着者に与える。

護身の札。致命的なダメージを肩代わりする。発動した際、舞台から強制退場させる。

 

・・・こ、こいつっ!メタ装備をしてきやがった!?

 

格闘術が主なカモ君に対しての飛行能力は否応が無く、中~遠距離戦を強いられる。

そして、カモ君の主力ともいえる魔法は地属性の魔法であり、それにより様々な属性の中でダメージを最も負う魔法が風魔法。

カモ君の攻撃を軽減し、防御を貫くための装備と言わんばかりの品ぞろえにカモ君は思わず、ちょっと待った。と声に出そうとした。が、それが叶う事はもちろんない。

 

「審判、決闘開始の宣言を!」

 

「決闘!開始ぃいいいいい!!」

 

待てって言ってんだろうがぁあああああ!!(言っていない)

 

 

 

内心困惑しているカモ君とルストの決闘を、観客席から見守っているシュージやコーテ達がカモ君の勝利を願っている中、コハクだけは今まで見たことが無いくらいの良い笑顔でぶどうジュースを飲んでいた。

 



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第三話 三次元はクソ。二次元最高。*戦術の話です。

年末パーティーにカモ君に決闘を挑んだルスト。

彼は自分が大好きな人間だった。

伯爵家の三男坊に生まれながらも風属性の才能に溢れ、学才や体つき・容姿にも恵まれていた。大きな病気や障害もない健やかな人物だった。

貴族の地位はあるが、それは長男が担っていき、次男はその予備。自分は更に良いと言ったところから責任感もない悠々自適な暮らしをしていた。

彼は挫折という物を知らなかった。障害となる壁を目にすることはなかった。

全てが上手くいっていた。

 

一年前までは。

 

初等部から中等部へ進級することも決まり、年末パーティーでは後輩から先輩にまで好感を持たれていた。伯爵という地位だけではなく容姿も整っていた彼が愛想笑いするだけでもれなく頬を赤らめる女子生徒が数人目に映った。自分の視界に入る女性は皆赤らめるものだと思っていた。

一年前のパーティー会場となった体育館。そこでコーテに出会った。

彼女とは知り合ったのはそこが初めてだった。

ある程度、ダンスを踊り終えて休憩を入れようとしていた所に彼女とぶつかって、彼女を転倒させてしまった。

とても小さい女子だったからこそ当時のルストの視界には入らなかった。また、ダンスを十数人と踊って疲れていたため集中力を欠いていたため、彼女に気が付かなかった。

淑女を転ばせてしまった事を気にかけ、転んでしまったコーテの手を取りながら詫びの言葉を伝えるとコーテはそれを了承した。無表情で。

ルストが始めて見る女性の無反応という反応に興味を惹かれたのだ。

それからルストはコーテの気を惹こうとした。

年末パーティーでは彼女がどこも痛めていないことを確認した後、ダンスに誘った。が、断られた。コーテからしたら転ばされた相手と踊るとかないでしょ。といった具合だが、並の女子生徒なら魅了してしまう程ルストの容姿は整っていた。が、コーテは若干筋肉フェチに目覚めていた。ルストのように細身のイケメンよりがっしりしたマッチョ面の方が好みだった。

年明けにルストは自分の領地の名産であるフルーツや工芸品をコーテに贈ろうとしたが、失礼にならない程度に断った。送られたものが名産フルーツだけならよかったが、宝石が施された高価な物までついてきたので断った。というか、受け取ったら何を要求されるか怖かったコーテは決して受け取ろうとしなかった。

年末。デェトに誘おうとしたが、そこでコーテは婚約者がいることをルストに伝えた。カモ君から受け取った水の軍仗を見せつけながら。

話によるとそれは自らダンジョンへ挑み、その戦利品を彼女に贈ったというではないか。

マジックアイテムは希少で高価な物であり、水の軍仗一つでルストのお小遣いの一年分以上の価値がある。

そこでルストはまだ見ぬカモ君からコーテへ向けられている愛情と甲斐性を見せつけられた気分になった。自分ではカモ君に敵わないと思ってしまった。それからコーテに付きまとうのは止めていた。

だが、実際カモ君が魔法学園に来てからその認識は変わった。

 

最初はど派手な決闘を繰り広げるが、詰めを誤り脱落し、コーテにその尻拭いをさせた。

ドラゴンを撃退したというが重傷を負い、コーテだけではなく学園長やミカエリ女史にも骨を折ってもらった。

次に聞いた話ではダンジョンに挑み攻略するも豪遊して、その報酬だけでは足りなくコーテから金を借りたという噂。

マジックアイテムを借り受けるも壊してしまう。何度も命の危険があるダンジョンに付き添わせる。

武闘大会でも家族問題に巻き込み、留学生を手籠めにし、強化訓練では行方をくらまし、コーテの心遣いを無下にし続けた。

何度もコーテが悲しむ姿を何度も見てきたからこそ悪評も噂も本当だと思い、今朝出会った謎の人物からの証言によりルストの疑惑は義憤へと変化した。

ルストは自分も好きだが、コーテのように尽くしてくれる女性も好きだ。彼女を救うことで自分の評価も上がり、コーテからの好感も稼げる。ついでに奴隷へと落ちたライツの身柄も今回の決闘の戦利品と言って見受けすることも出来る。一石三鳥だと、思いあがった。

ルストはコーテを都合の良いように使うカモ君を狡賢い奴だと考え、決して逃げられぬ場面で決闘を申し込んだ。それは見事にはまりカモ君は決闘を受けた。

謎の人物からカモ君の戦闘スタイルも聞かされており、対策としていくつものマジックアイテムをもらい受けた。その人物の狙いが何なのかはわからないが、ありがたく使わせてもらおう。

 

出会った時から謎の人物を疑う事をルストはしなかった。出来なかった。それなのに違和感がなかった。

後になって不思議に思う事だが、ルストはその違和感を異質だと思えていなかったのだ。

 

とにかく、カモ君を決闘の舞台に引き上げることは出来た。

あとはコーテの目の前でカモ君を倒し、彼女の目を覚ませるだけだ。

空中に浮遊し、カモ君の手の届かないところから魔法を打ち込めば勝てる算段だ。

勝敗は既に出ている。そう考えていた。

 

現にカモ君は決闘の開始を告げる審判の声を聴いた直後こちらに向かって突撃してきた。このままお得意の格闘戦をしようという算段だろう。だが、接近するまでの距離がある。

ルストはシルフブーツに魔力を注げば体は高さ3メートルほどの高さに浮かび上がった。ついでに迎撃用の初級魔法の詠唱も済ませた。

カモ君も何かしらの魔法の詠唱を一気に詰め寄るが、完成する頃にはルストは空中にいた。

魔法で身体強化したジャンプしたところで迎撃用の魔法を撃ち込めば吹き飛ぶのはカモ君の方だ。ジャンプをしているから回避は出来ない上に踏ん張りも出来ないまま吹き飛ぶ。

カモ君はルストに触れることなく吹き飛ばされる。彼に空を駆ける手段はない。そのまま場外まで吹き飛ばせば勝ちだ。

 

確かにそうだ。現状、カモ君に飛行能力はない。空中戦スキルはない。

だが、無ければ作ればいいだけ。飛べなくても相手を殴れるフィールドにすれば問題ない。

 

「クレイウォール!ダブル!」

 

カモ君のクイックキャスト(笑)とダブルキャストで使った魔法は、本来なら粘土の壁を自分の目の前に作り出すもの。それを一メートル間隔で作り出した。

作り出した壁は二枚。カモ君の手前にある壁は高さ一メートル。幅二メートル。厚さ50センチの粘土の壁。そこから一メートル開けて高さ二メートル。幅五メートルの粘土の壁を作り出す。

その壁の上辺を跳ねるように駆け上がっていく。遠くの観客席から見れば徐々に大きくなっていくドミノを思わせる土の壁の上を忍者のように駆けていくカモ君姿を見た。

物理的に下に見ていたカモ君がすぐそこまで迫っている事に焦ったルストだが、彼はカモ君が向かってくると同時に、後ろへ移動しながらシルフブーツで上昇していたこともあってか二人の距離はニメートル。高さは一メートルほどルストが上の位置で離れていた。

 

「エアハンマー!」

 

ルストの正面に圧縮された風。遠くからも見てわかるほど白く見える風の大槌が打ち出された。

これだけ距離が離れていればルストにも魔法を放つ余裕はある。

カモ君ほど実戦慣れして生徒は稀であるが、ルストはその中に入る人間だった。

こちらに向かって身を投げ出している状態のカモ君を魔法の風で出来たハンマーで殴り飛ばすことは出来る。現にカモ君はそれに直撃した。

だが、一番近くで見ていたルストすらも気付いていなかった。

カモ君が粘度の壁の上を飛び跳ねている間にも三つ目の魔法の詠唱をしていたことに。

カモ君はルストの魔法を食らいながらも、その直後に詠唱を完遂し、実行した。

 

「ぐっ!ヘヴィアームッ!」

 

それは以前、シータイガーというモンスターを押さえつけた土で出来た巨大な魔法の腕。

あの時よりも魔法レベルが上がった事で、その腕はより巨大に迅速に決闘の舞台の上に発生した。その位置は決闘開始時にルストがいた場所。

現在のルストとカモ君の延長線上。カモ君のすぐ背後にその巨大な土の腕が急成長した樹木のように出現した。

その結果。ルストの魔法を食らい、後方へ弾き飛ばされるはずのカモ君は土の腕の手首に叩きつけられる形となった。

それは、正面から巨大なバッドで殴り飛ばされた衝撃と、柔道で言う所の受け身無しで勢いよく背負い投げを受けたかのように背中を激しく打った衝撃という二重の攻撃に襲われた。

が、『後方に吹き飛ばされる』ことなく、その空間にもう一度跳躍する足場(壁)が出来たという事だ。

 

「お、あああああっ!!」

 

ルストの風魔法の勢いは既に散っていた。

カモ君はそれを確かめることもせずに背後に出来た土壁蹴り、ルストに向かって跳び出した。その拳はルストの顔面に届くことはなかった。

ルストをはじめ、その光景を見ていた殆どがルストの勝ちを予想した。

カモ君の急接近には驚いたが、二度は通じない。上昇し続けているルストにカモ君の拳が届くはずはない。と、

そのままカモ君は重力に引かれて落ちていく。だが、その跳躍でついた慣性により、ルストの右足首をつかむことが出来た。

 

「っ!おらぁあああっ!!」

 

右足首をつかまれたルストは、掴まれた握力からくる痛みで表情を少しばかり苦くしたが、その数秒でカモ君は左手一本で体を持ち上げ、その勢いのまま両足をルストの背中から胸に絡めると同時に締め上げた。ついでに彼の足をそのまま後ろに引き上げる。

逆エビ固めと呼ばれる関節技をカモ君はルストに仕掛けたのだ。

空中に浮いている状態だが、カモ君は足でしっかりとルストの体を固定している事によりその技は成立していた。

 

「がぁあああああっ?!」

 

ルストが悲鳴を上げると同時に、上空に浮いていた二人は落下していく。彼の意識が関節技から来る痛みにより分散。シルフブーツに回していた魔力が乱れ、効果を失い落下していく。

それは普通に落下するスピードよりは遅いものの、それでも階段を転がり落ちるほどの速さで落下した。

 

関節技の体制上ルストは膝から、カモ君はほぼ顔から落下する形になった。その時、ベキリ。と骨が砕ける音がした。

 

一般成人男性ならその痛みで思わず蹲ってしまう落下ダメージがカモ君の首から上に走っていた。だが、それに支配されることなく理性を持ってカモ君はルストを締め上げ続けた。

カモ君はルストの体を合致し締め上げていた。落下してから上げた顔は血だらけだった。鼻からは大量の鼻血が。口からは落下した時にへし折れたのか、欠けた前歯が見えた。その顔はどんなに取り繕っても綺麗とは言えず、十人に九人は醜いと評価するものだ。

 

落下ダメージを受けたのはルストも同様だが、カモ君の顔面が先に落ちたことで幾分かダメージは和らいだが、それでも関節技の痛みは少しも緩まない。それどころかカモ君の足が未だに締め付けてくるのでうまく空気を吸えずに呼吸もままならない。こちらはまだ整った顔の魅力が十二分に発揮しているからかその姿もまた美しいと評価するものだ。

 

外観でまるで対照的な二人だが、どちらが有利なのかわかっていた。

やがて、締め付けられていたルストの上半身からボキッ。という音が鳴ると同時にルストは口から少量の血を吐き出すと同時に護身の札が発動し、舞台上から強制転移させられた。

どうやらカモ君の締め付けで肋骨を折られ、肺に突き刺さったのだろう。護身の札が無ければ明らかな致命傷を受けたルストの敗北が決まった瞬間だった。

 



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第四話 勝者への祝福。プラス効果があるとは言っていない。

ルストがいなくなったことを確認したカモ君は血が未だに噴き出ている口元を抑えながら、残された魔力を使って、回復魔法を使いながら審判に目を配る。

 

「しょ、勝者っ。エミール・ニ・モカ!」

 

そこまでしてようやく審判も決着がついたことに気が付き、カモ君の勝利を宣言する。だが、それに対する観客の反応は冷たいものだった。

勝者であるカモ君の血だらけで無様な姿。魔法使いらしからぬ泥臭い格闘戦。地味な勝利方法。

何から何まで強者であるはずの魔法使い。高貴な貴族からかけ離れているカモ君の姿を批判する声で溢れかえった。

 

「魔法使いの恥さらし!」「似非貴族!」「そこまでして勝ちたいか卑怯者!」「野蛮人!」

 

決闘の勝者に向ける歓声ではなく、様々なブーイングがカモ君に降り注がれる。

魔法使いの決闘はもっと華やかで華麗。それでいて爽快感のあるものだと。観客席にいた生徒達。罵声だけではなくゴミまで投げつけてくる輩も出てきたが、カモ君はそれを冷めた目で見ていた。

 

カモ君からすれば決闘。護身の札があるとはいえ、要は殺し合いだ。その状況なのに綺麗に勝とうなど毛頭ない。そんな事では未来で起こるだろう戦争で生き残れない。

その上、今回の決闘ではコーテの身柄が掛かっていた。それは、何が何でも死守しなければならない。彼女がいないと過酷な未来を乗り越えられない。だから文字通り、なりふり構わずカモ君は手段を選ばなかった。

魔法使いらしくなくてもいい。貴族らしくなくてもいい。ただ勝利を渇望した。

さらに言えば、カモ君はやろうと思えばシュージに代わりに出てもらおうとも、今回の決闘の不誠実さを盾にルストを脅す。何かにつけて決闘を回避することも出来た。

ただ、それをすれば人間関係で間違いなく五日後の決闘に支障をきたす。だから決闘を受けた。

貴族の義理は果たしたのだから文句を言われる筋合いはない。

今もなお文句を言ってくる輩は決闘やダンジョン攻略。盗賊退治と言った荒事を経験したことが無い温室育ちのお貴族様だ。

 

カモ君がそんな事を考えていると、突如大きな音が鳴って非難の声は一度収まる。

その音源を見れば、いつの間にかカモ君の傍に立っていた白のドレスを着た十七歳前後の女性がロングストレートの銀の髪を揺らしていた。が、その整った顔はどこか、この国の姫であるマウラやマーサを思わせる銀髪美女なお姉さまがそこにいた。

 

「諸君っ!私は悲しいっ!彼は正々堂々戦って勝利した!君達のいう魔法を数種類、数回使ってだ!確かに決めては関節技といったものだがそこに至るまでの手段!すなわち相手の視線を遮る壁!および足場の作成を瞬時に判断してクイックキャストという高等技術を使ってだ!彼に侮蔑の言葉を投げかける前に自身に説いたまえ!『自分に同じことが出来ただろうか?』と!」

 

銀の髪を持つ女性は、同年代に比べると背は高いが、少し悲しくなる程度の小さな胸を張りながら言葉を続けた。

 

「無論!私は出来るぞ!生徒会長だからな!だが私は君達のように侮蔑などはしない!そこに至るまでの難関辛苦を知っているからだ!あの体術も、落下した時に受けただろう痛みも私は知っている!締め上げる筋力はそう簡単に手に入れることは出来ない!筋トレは凄く地味で辛いのだ!あの時の落下はきっと凄く痛いのだ!あえて言うぞ!彼に文句を言う君達は何一つ彼に勝る戦闘技術を持っていない!」

 

そう力強くカモ君を擁護する女性。リーラン魔法学園生徒会長である。

 

サリエ・ナ・リーラン。

 

グラマラスなネインとは対照的にスレンダーな長身美女を思わせる彼女はこの国の王族の血を引く公爵家の娘であり魔法学園最強の生徒。いずれはシュージ。『主人公』達の仲間になるはずの女性だった。

仲間になる時期は大分後半になるが、その実力は魔法使いとしては主人公。主人公のライバル。次いで彼女になる。

仲間になる前から彼女の実力は折り紙付き。レベル99が最大のゲームなのに参加するレベル60。ステータスも相応に強い。なにより、彼女は水・風の二種類の魔法を使える魔法使いであり、育成次第ではどれもが最強のレベル5。王級魔法が使える魔王のような魔法使いになる。

彼女が本気で魔法を放てばカモ君がいる舞台上どころか観客席すらも氷河期になったかのような氷塊に埋もれてしまうだろう。

 

「更に彼を頂点とみなして、ルストを向かって作り出した壁は高さもそうだが、横にも徐々に広くなっていた。これは防波堤の意味もあるが、ルストの視界を遮るためでもある!相手の視界を遮った時に出来た驚きからルストが動けなかった場合、発動が遅いヘヴィアームによって彼は拘束され締め技で意識を落とされていただろう!だが、ルストは驚きつつも開始地点から動くという事をした結果、反撃の一手を咥えることが出来た!惜しむべきは正面から魔法を撃ち込んでいた事だ!もしあの攻撃が横殴りの物だったらエミール君は場外まで吹き飛ばされていたかもしれない!だが、運は彼に味方した!これは魔力や体術だけではない!知略と運!これらも含まれた戦術だった!」

 

…え?この人もコハクみたいに心読めるの?…こわ。近寄らんとこ。

 

そんな強者の彼女の言葉だから誰も文句が出せない。カモ君もまた自分がとっさに思い付いた戦術を見抜かれて押し黙っていた。というかその観察眼に引いていた。

地位・実力共に認める、現時点で最強の魔法学園の生徒会長に生徒はおろか教員すらも押し黙るしかない。

 

「故に彼に投げかける言葉は侮蔑ではなく賛辞である!だから私は彼に賛辞の言葉を贈ろう!おめでとう!君は立派な勝者だ!」

 

そう言いながらサリエはカモ君に向かって笑顔を見せながら拍手をする。

すると、静かになっていた闘技場のあちこちから小さな拍手が鳴り始めながら大きくなっていく。そして十秒後には大きな拍手となり歓声が上がった。

外観からして見たらカモ君の凄さに遅れて気が付いた観客が歓声を上げたと見えるが、実際はサリエに言われて仕方なく盛り上がっていることをカモ君と、同じ観客席から見ていたコハクにはわかっていたため冷めた気持ちで見ていた。

勿論カモ君はそんな事を気取られないように、ようやく血が止まった口元を拭って手を振って応えた。出来る事ならまだ抑えていたいのだが、公爵の娘であるサリエの好意を無下にすると後々怖いので未だ痛む顔面を堪えて手を振る。

それを見越したのか、サリエは短く詠唱をする。彼女の右手には青の光。左手には水色の光が集まっていた。

サリエはその手でカモ君の顔を包み込む。二人の身長の差はカモ君が少しだけ大きかったためか問題なく触れることが出来た。

 

「ハイヒール。そして、リジェネレート」

 

コーテが不渇の杖を使ってようやく使える水魔法レベル3の回復魔法を難なく使い、自己回復能力を高める魔法を同時にカモ君に使ったサリエは、笑顔を消して、眉尻を下げながら頭を下げて彼に詫びた。

 

「すまなかったね。君は。いや、君達にはまだ越えなければならない決闘があった。だから休まなければならい時期にもかかわらず、このような決闘をやらせてしまった。私がその場にいれば止められたのだが。…ルストは私の友人でね。私の耳に入った時にはもう受諾されていた。そうなれば私でも止められない」

 

それは先ほどまで力強く発言していた女性ではなく、友人の凶行を止められなかった事への謝罪だった。

サリエとルストが友人というのは事実である。二人とも自己肯定感は高く、自信家という事もあって馬が合った。事情を知らなければルストではなくサリエがカモ君に制裁の目的で決闘を挑んでいたかもしれない。

だが、生徒会長という役職からの権力。公爵家という自負。力ある者としての責任感から、カモ君の事情を夏季休暇前から調べていた彼女はカモ君に絡むことは控えるようにしていた。

 

「いえ。ルスト先輩が気にかけるのは仕方ないですよ。実績が実績ですからね。それに生徒会長には怪我も治してもらいましたからそれでチャラにしましょう」

 

本心では、これは貸しだからね(ニチャア)。と、ほくそ笑んでいるカモ君。

その本音と建て前をサリエが気付かないわけでもない。

 

「すまない。恩に着るよ」

 

サリエはカモ君の了承(下心あり)に感謝を述べながらも彼の顔から手を離さない。

もうしっかりと回復したカモ君はそれを不思議がっていた。それどころかサリエは顔を近づけてくる。

闘技場の光を弾く綺麗な前髪がかかるかかからないかのところで綺麗に切りそろえている王族の血縁者にふさわしい整った顔。

力強い意思が宿った青い瞳。大人の優美さ。子供の可憐さを両立した切れ目。

彫刻家が何度も作り直して出来上がったかのような綺麗な鼻筋。

瞳の青に合わせたかのような口紅の下からでもわかる艶やか唇。

それがこのタイミングで近づいてくる。と、察したカモ君はそれを遮るように。遠くから見ればサリエの口元を抑えるかのように左手を動かした。

 

「おや?勝者へのキッスではご不満かい?」

 

「こう見えても婚約者がいますので」

 

カモ君から見て、ちょうどサリエの後ろにはコーテがいた。

彼女はカモ君を控室から送り出してすぐに決闘関係者専用の観客席へと移動した。そこは一般の観客席より舞台を眺められる場所のためすぐにわかる。シュージやコハク達もそこでカモ君を応援していた。

コーテの表情は無表情だが、その付き合いの長さから少し硬いようにも思える。決闘中はそこまで気を回せないが、決着がついた今ならその余裕がある。

コーテはカモ君の顔にサリエの手が添えられた時から違った意味で表情を硬くしていた。

ここでされるがままだったら彼女を裏切る形になる。それは。それだけは駄目だとカモ君でもわかった。

そんなカモ君の意図も読めたサリエはカモ君の顔から手を放しながら肩をすくめた。

 

「そうか。それは残念。…と言うとでも思ったか!馬鹿め!」

 

「なっ?!」

 

サリエはそこから素早くステップを踏むかのようにカモ君の右側に移動する。そして、そのままの動きでカモ君の右頬にキスをした。

 

「私はやると決めたらやる女なのさ!そこに相手の都合など考えない!」

 

「…最低だよ、あんた」

 

カモ君が若干ジト目になりながらもサリエを睨む。だが、まったく気にしていない様子でからからと笑いながら続けた。

 

「やると決めるまでは少し悩んだぞ。しかし、私はこう見えても公爵家の娘だ。そんな私からの施しを断る方が失礼に当たるのではないかな?」

 

その発言にカモ君は少し押し黙る。

確かに自国の姫(の血縁者)と言ってもよい彼女の好意をないがしろにしてはこの国の貴族として後々障害になるかもしれない。

 

「それに私はな、楽しいのが好きなんだ!こうした方があとあと面白い事になるだろうと思ったからしたまでだ!」

 

そう言って笑う彼女の後ろから物凄い殺気と魔力の波動をカモ君は感知した。

それはコーテのいた観客席とは別口に設けられた特別観客席。

そこにいたサリエと同じ銀の髪。青い瞳を持った男子生徒。生徒会副会長がカモ君を睨みつけていた。

 

角刈りにされた頭だが、決して優雅さを失わせるようなものではない雰囲気。力押し(物理)のカモ君を少し補足した均整の取れた体つき。そして、野性味あふれる顔からはこちらを今にも射抜かんばかりの殺気。そこからあふれ出ている魔力。

 

トーマ・ナ・リーラン。

 

サリエの二つ下の弟で、重度のシスコン。

それはあまりにも強烈だったのをカモ君も覚えている。

なんせ、『主人公』の仲間キャラではないが、サリエとのエンディングを迎えるためにはまず彼の好感度を稼がなければならないほど。

なにせ、どんな状況に陥ってもサリエの後ろにいて彼女をサポートする。と、評価できればいいが、サリエ狙いのプレイヤーからはお邪魔キャラがしゃしゃり出たと辟易するほどとにかく邪魔してくる。

 

どっかの誰かに似ているって?知らんな。

 

そんなトーマの反応を楽しんでいる。いや、チラリと横目にした時にコーテの表情が少し険しくなったことを確認して猶更笑みを深めるサリエ。

 

「あいつも空気が読めないわけではないが、休み明けに君を見かけたら間違いなく決闘を申し込んでくるだろうな」

 

なに笑っているんだこの生徒会長。厄介事を一つの動作で二つも増やしやがって。

 

「君には期待しているんだよ。悪い意味と悪い意味で」

 

悪い意味100%じゃないか。

 

トーマの殺気で気付くのが遅れたが、観客席にいた男子生徒からの殺気。というか怒気の籠った悲鳴が上がり、再びカモ君へブーイングが始まった。

サリエはその容姿と性格。地位からも男子生徒からの人気がある。

そんな彼女がカモ君にキスをしたのだ。そしてカモ君にはコーテと言う婚約者がいることもほぼ周知の事実。それを考えただけでも男子生徒の怒りを買うのは当然の結果である。

 

「はっはっはっ!ではこれにて今夜の決闘は終幕とする!諸君、残り少ない時間だが最後までパーティーを楽しんでいってくれたまえ!」

 

そう言ってサリエは舞台から控室へ繋がる通路の奥へスキップしながらその場を去っていった。

残されたカモ君は男子生徒からの怒気とブーイングから逃げるようにサリエとは別の通路。自分の控室に繋がる通路へと逃げた。が、その少し奥にはいつの間に移動したのか少し頬を膨らませたコーテがいた。

 

肉体的にも。精神的にも。将来的にも大変なのに。そこから更に疲弊しろと申すか。

 

カモ君が内心そう嘆きながらも、コーテのご機嫌を取り直すのに一時間かかった。

その様子を見ながらコハクは実に美味しそうにジュースを飲んでいた。

 



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第五話 主人公と踏み台の間に友情は成立するか?

ルストとの決闘を終え、軽くシャワーを浴び、着替えた後はコーテの機嫌取りをしている間に気がつけばパーティー終了間近。

公爵家も参加するパーティーなので出されているご馳走やワイン。ジュースは伯爵以下の貴族たちでも滅多に食べられない代物だったが、カモ君がそれを口に入れたのはほんの二三口といった少量の物。上質なワインも実は下戸であるカモ君も一口しか飲んでいない。ジュースを頼もうとしたが、その殆どをコハクが飲み干したので残っていたのは平日でも飲めるような果実水な物だけだった。

実は結構期待していたのにあまり食べられなかったカモ君は内心落ち込んでいたが、この後大事なイベントが控えている。

ダンスの時間も終わり後はその余韻を楽しむか部屋に戻って休むか、恋人としっぽり過ごすか、生徒達はそれぞれの行動に入る。

カモ君は決闘で欠けていた歯をサリエに治してもらったため歯並び、および体に蓄積されていたダメージは快復しているが、この後の事を考えると気疲れもする。

 

「…すまん。またせたな。シュージ」

 

「遅いぞ。エミール」

 

体育館の裏。普段からも人目に付きにくいその場所に呼び出されたカモ君は主人公と対峙する。

 

「忘れたかと思った」

 

「悪かったって。これでもコーテに無理言って抜けて来たんだ。そこんとこ容赦してくれ」

 

セリフと声色から揶揄っているというのはわかったが、その眼だけは笑っていない。

シュージのすぐ後ろにはキィもいた。

二人の方頭と肩には少し雪が掛かっていた。頬も赤くしているのでこの寒空の中で待たせてしまったと申し訳なさもあるが、キィの表情からすると最終確認を取ったのだろう。

 

この世界と自分達の在り方に。

 

「時間もないから一気に話すぞ。エミール。お前は本当に『カモ君』なのか」

 

シュージの言葉には様々な感情が混ざっていることにカモ君は気が付いている。

嘘であってほしい。だが、嘘は言ってほしくはない。

そんな視線と言葉にカモ君は長い溜息を吐いた後に、その質問に真っすぐ答えた。

 

「そうだ」

 

ここで長いセリフを履けば誤魔化しと聞こえるだろう。そんな事はシュージが望んでいないこともわかる。だから、カモ君は短く正直に答えた。

その答えにシュージは少しだけ泣きそうな顔をして言葉を続ける。

 

「お前はそれでいいのか?」

 

「いいわけないだろう。主人公(お前)に殴られるだけの嫌な奴。たかられ役なんぞ、真っ平御免だ。出来る事なら何もかも見捨てて逃げ出したい。でも、な。そんな立場だからこそ守りたい人達に出会えた」

 

カモ君の力の抜けた笑みを始めて見たシュージは少したじろいだ。

こんなに弱気なカモ君を見たのは初めてだからだ。

シュージにとってカモ君はまさしく強者。もしくは、先達者といった人の上に立つか前に出るような人物像を描いていたのに、今の彼はまるで不可能を目の前にして、諦めたかのような弱者のようにも見えたからだ。

カモ君は何となくそれを察していた。シュージもそうだが、コーテもミカエリも。クーやルーナ。自分の知人達は過大評価している。

カモ君だって楽な道があればそっちに行きたい。必死に汗水、血や涙を流さず儲けたい。

面倒事の矢面に立たず、無責任に堕落した生活を送りたい。

それが出来る立場ではないし、能力もない。だが、欲望だけは人一倍。いや五倍はある。

 

「守りたい人達。少し違うか。守ってほしい人達がいなければ俺は今頃、こんなところにはいないよ。どっかよその国で冒険者をしていたさ」

 

肩をすくめながら正直に話すカモ君。

もしかしたら生まれて初めて、心の底から本当の自分をさらけ出しているかもしれない。

虚勢。意地。やせ我慢。

その全てを取っ払った今の自分は主人公にどんな目で見られているのだろうか。

 

「…お前が、守ればいいじゃないかよ。そんな弱音。らしく、ないぞ」

 

シュージの声が震えている。きっと信じたくないのだろう。

自分の立場も。そして、カモ君の立場も。

だが、そうさせてくれないのがこの世界だ。運命だ。

 

「…俺は、弱いぞ。だからお前に守ってほしいんだ。この国とその人達を」

 

「…何言ってんだよ。何言ってんだよ!お前は強いだろう!俺なんかよりよっぽど『主人公』じゃないか!」

 

自分の友人が。憧れの人が弱音を吐いている姿を見たくないのかシュージは声を荒げる。それをカモ君は優しく受け止めた。

 

「シュージ。お前、本当にそう思っているのか?」

 

「当たり前だろ!お前の方が俺よりよっぽど努力しているじゃないか!死ぬ思いまでして強くなっているじゃないか!」

 

「なあ。シュージ。…お前、本当に俺の方が強いと思っているのか?少し考えてみろ。お前と俺の魔法。ぶつかり合った場合、勝つのはどっちだ?」

 

「それ、は…」

 

シュージは想像してしまったのだろう。自分の魔法でカモ君が吹き飛ぶ場面を。

それは魔法学園に来た時は決して想いつかないはずのイメージだ。

だが、彼と共に戦い、成長してきたシュージだからわかる。

 

今の自分ならカモ君に勝ててしまうという事に。

 

「その成長性こそが『主人公』。その効果こそが踏み台キャラ。『カモ君』なんだよ」

 

本来ならカモ君ほど死ぬ気で鍛えている人間に勝てる輩など一般貴族。モブキャラではありえない。

だが、『踏み台』。相手を強くするという特性によって普通とは違う成長性を見せる。

そして、『主人公』はその効果を倍増させることが出来る。

カモ君のように長期間努力。いや死力を尽くしてきた人間に、たった一年にも満たない期間の労力で追いつく事自体がおかしいのだ。

片方が『踏み台』で、もう片方が『主人公』でなければありえない。

もう殆ど成長性がないというレベルMAXのカモ君。まだまだ成長の余地を残したシュージ。この時点でカモ君の方が敗戦濃厚。そこまで考えればもう答えは出たようなもの。

 

「じゃあ、本当に…。お前は『カモ君』で、俺が『主人公』なのかよ」

 

「そうだ。お前もキィから知らされているんだろ」

 

カモ君の言葉にキィは顔を俯かせた。寒さで赤くしていた表情には申し訳なさからか青に染まっていた。

シュージのセリフだけ聞くと厨二を思わせるセリフだが、カモ君からして見たら腑に落ちる物だった。

シュージは震えながら言葉を続ける。立場を確認したのに状況がまるで逆だ。

信じたくない『主人公』と受け入れている『踏み台』の構図がそこにあった。

 

「なんで、お前は受け入れているんだよ。嫌なんだろ。逃げちまえばいいじゃないか。誰も文句は言わねえよ。そんな嫌な立ち位置から逃げても仕方ない。俺だったら逃げ出している」

 

「いや、お前は逃げないよ」

 

「なんで、そんな事が言えるんだよ」

 

「だって、お前。…泣いているじゃないか。俺の事を考えて」

 

シュージは泣いていた。カモ君と話しだしてからすぐに。本人は気が付かないうちにその瞳から涙を流していた。それに気が付き、少しだけ驚いたシュージを見て、カモ君は続ける。

 

「ある意味、立場が真逆の奴を想って泣ける奴が助けられる人達をおいて逃げられるわけないんだよ。だから、俺は『踏み台』を受け入れている。いや、甘んじている」

 

なにせ自力では決して攻略できないのが、シャイニング・サーガの敵キャラとイベントだ。

今まで必死に努力してこの状態だ。片腕を失い、借金を背負い、命を狙われ続けている。

もう少し頭がいい奴ならこの状況は違ったかもしれない。だが、自分はそこまで賢くなかった。愛する弟妹達を。愛する人達を。そして、シュージのような友人を守れるのなら、その礎になるのもやぶさかではない。

 

「俺には出来ない。だけど、お前なら出来るんだよ。だからこそお前に賭けている。自分勝手ですまないな」

 

「俺は、そんな奴じゃない。…俺はお前が、エミールが『主人公』なんだと思っていた」

 

だが、カモ君の言葉を聞いて。そして、彼と過ごしてきた変化を考え直すとそうとしか思えなくなっていた。

 

「冗談じゃない。俺が『主人公』だったらコーテに会えなかった。クーとルーナの兄になれなかった。確かに何度も嫌になった。だけど、それ以上にあいつらに会えてよかった。『踏み台』だから。『カモ君』だからあいつらに会えた」

 

「じゃあ、その三人を連れて逃げればよかっただろ!今のお前なら出来るじゃないか!」

 

いや~、借金まみれの甲斐性なしにそれが出来るか、微妙だな~。

 

と、言葉を吐き出しそうになったカモ君だが、なんとか言葉のオブラートに包むことが出来た。

 

「その後が続くビジョンが浮かばなかったんだ。俺は意地っ張りだからな。少なくてもその三人の前では格好の良い兄貴でいたいんだ。そんなことをするより、お前に賭けたほうがよっぽど楽だとおもった。だから、今もこうしてここにいるんだ」

 

改めて、自分勝手だと自己嫌悪する。

勝手に期待している。それも人一人の人生だけではない。国の未来を貴族でもないし平民のシュージに託すなんてありえない。それは王族や貴族の仕事。それを担える覚悟があるからこその立場だというのに、それを放棄して『主人公』だから託すのだ。

一時期は『主人公』を羨んだが、今になってみるととんだ貧乏くじだとしか思えない。カモ君がシュージの立場だったらそれこそ愛する弟妹達とコーテを連れて逃げ出す。

失敗すれば多くの人達が苦しむという重責をたった十三の少年に託すとか本当に情けない。

だが、そうするしかない。『主人公』に縋らないといけない程に敵は強いのだから。

 

「勝手すぎる。そんな期待をしないでくれよ。俺はそんなに強くないんだ」

 

「そうだな。最低だ。だから出来ることを全力で取り組む。これまでも。これからも」

 

「それが…。俺を強くするって事なのか」

 

「そうだ。お前を強くするために俺は色々と手を回した。そのために今まで努力してきた」

 

シュージの益になるためにカモ君は色々と尽くした。害になる物は出来るだけ排除してきた。それはきっともうしばらくは続くだろう。

シュージの瞳から涙はもう流れていなかった。代わりにあったのは疑惑と怒りにも似た不安。

 

「お前がいつも力を貸してくれたのも俺が『主人公』だからか」

 

「そうだ。それに縋るしか今までの俺には出来なかった」

 

カモ君が後ろ向きな事を喋ると、シュージの顔が再び歪んだ。

これまでの交友は全てシュージと言う人間ではなく、『主人公』という存在に向けられていたものだったのかと悔しさと悲しさに苛まれたから。

 

「お前がっ、俺の友達になってくれたのは『主人公』だったからなのかっ!」

 

これまでの流れだとカモ君は短く肯定するだろう。それはシュージが今まで感じてきた友情を否定するものだとわかっていても問わずにはいられないものだった。

だが。帰ってきたのは少し意外そうな声色の物だった。

 

「少し違うな。近づいた理由は確かに『主人公』だからだが、友人になったのはお前が気に入ったからだよ」

 

「…え?」

 

「言っただろう。お前に期待しているって。『主人公』だからと言って全面的に信じるほど俺は楽観的ではないぞ」

 

カモ君はこの魔法学園に来てからの事を思い出すようにシュージに語った。

それはシュージの性格やこれまでの行動や実績から信じられる人間だと判断したから希望を託す。その上で、彼との交流を重ね、サポートをしてきた。

別に『主人公』の友人にならなくてもサポートすることは可能だ。原作のカモ君同様に腐れ切った性格で彼と接し、彼の敵愾心を煽り、何度も何度も決闘を繰り返せばいい事だ。むしろそうしたほうがシュージは強くなる機会が増える。

そうしなかったのは経済面の問題もあるが、何よりもシュージと敵対するより友人として接したほうがカモ君的には嬉しかったから。

そこに効率性を求めなかったわけではない。しかし、友人として、彼へ戦術を。モンスターの脅威を。アイテムの効果と使い方を教えていくことにカモ君は一切悪感情を抱かなかった。

まるでもう一人の弟が出来たかのように自分の知識と技術を受け取ってくれるシュージの姿が嬉しかった。

それだけではない。友人としてテストや模擬戦で競うのは楽しかった。放課後、遊びに行くこともワクワクしていた。

 

どれもこれもシュージが好ましい少年だったからだ。だからカモ君は彼の友人という立場を選んだ。『主人公』を重要視するなら友人よりも嫌な奴。それこそ敵キャラとしてふるまっていた。

 

「…なんだよ。それ。勝手、すぎるだろ。期待して、託して、楽だからって、嬉しかったって。お前、なんでそんなに、中途半端なんだよ」

 

「そうだな。勝手だな。殴ってくれてもいいぞ。好きなだけ殴れ」

 

悪態をつくシュージの目からまた涙が溢れ出した。

それは悲しさからじゃない。自分の友達は『主人公』だけを見て判断したのではない。それを除いた『シュージ』という人間性を見て友人になってくれたのだと理解したから。

 

「…出来るかよ。お前、貴族様だろ」

 

「廃嫡されているけどな」

 

ギネとの一件でカモ君の貴族としての立場はほぼなくなっていることをシュージも知っていたからか少し吹き出してしまった。

 

「お前なら成り上がれるだろ」

 

「お前の方が将来性あるけどな」

 

なにせ、『仲間キャラ』で貴族のネインだけではなく、敵国の姫でスパイをやっているメイドのライツ。まだ交流は少ないだろうが、何気なくシュージに頼っているイタ。そして、彼を気にかけていたこの国の王女マウラ。最後に裏ボスの娘のコハク。

少なくても今のカモ君よりは将来性の溢れる少女達の気を惹いているのがシュージだ。今にも追い抜かされる。いや、既に追い抜かれているのではと思う。特にコハクとの縁組みが確定すればそれこそこの世界の頂点になれるだろう。

 

「じゃあ、殴っておく。友人として。勝手に重い責任を託した落とし前として」

 

「おう。こい」

 

シュージは左腕を回しながらカモ君に近づいていく。そして、その手がカモ君に届く距離につくと同時に拳をカモ君の顔面。鼻っ面のど真ん中に叩きこんだ。

今のシュージのレベルは上がりに上がって43という素の腕力でもイノシシを絞め殺すほど力を持っている。そのような力で殴られたのだから体を鍛えているカモ君もさすがに数歩後ずさり。鼻からも出血する程だが、決して倒れるという事はなく。真っすぐに立っていた。

 

「これでチャラだ。これ以上殴るとキィも殴らないといけなくなる」

 

「それは大変だ。あいつじゃ死ぬぞ」

 

キィもカモ君同様に『主人公』のシュージに近づいたと、彼女自身から聞かされている。

『主人公』の力目当てで近づいたことも白状している時点でキィも同罪なのだが、そうされない事情が二人の間にあったが、それは野暮な事だろうとカモ君は鼻を押さえながら笑った。

 

「世界を救うなんて。子供の頃から憧れていたけど実際そうなっても実感わかないな」

 

「その前にモカ領を助けてくれよ。俺とお前の身柄もかかっているんだぞ」

 

「…そうだな。そうだった」

 

そう言ってシュージも笑って答えた。

それからしばらくして渡井あった後は明日に備えて寮で就寝しなければならない。これ以上、寒空の下にたら風邪をひいてしまう。

 

「それじゃあ。寮の風呂に入って寝るぞ。シュージ。お前には期待しているんだからな」

 

「お前も頑張れよ。エミール」

 

そう言って友人の少年達はキィを女子寮に送っていき、その足で男子寮の風呂に共に浸かり、それぞれの部屋へと戻っていった。

お互いに抱えていたわだかまりのような物も取れ、実に健やかに眠ることが出来たのだった。

彼等が男子寮に辿り着くまでそれを見守っていたコハクは、これが男の友情という物なのかと不思議そうに眺めた後、女子寮で自分の事を待っているだろうコーテの元へと歩いて行った。事前に彼女にはシュージの様子を見に行くと伝えている。キィが戻った時に自分がいなければ彼女に心配させてしまう。それは避けたかった。

その時のコハクの表情は若干冷めた物であった。やはり、彼女的にはカモ君が四苦八苦している様を見ている方が面白い。シリアスよりもコメディの方が好みだから。

 

あ、そういえば。サリエとかいうセートカイチョー。

あの人もネーナ王国とつながっている可能性があると言えばカモ君は慌てるかもしれない。

 

「楽しみだな」

 

きっとそれを知ればカモ君は頭を抱えるだろう。もしかしたら本当にリーラン王国から逃げ出すかもしれない。そうなったら絶対面白い。

難関を踏破する英雄の物語を楽しみにする。もしくは漫画の次の展開を楽しみにする子供のようにコハクは頬を緩めながら、はやく次の朝日が昇る事を願った。

 



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第六話 リーラン王国の危機管理能力を疑う

大体五時間ほどだろうか。

年末パーティーの後に睡眠はとったが、未だに体力と魔力が全快したとは思えない程疲れが残っていた。ぶっちゃけまだ寝ていたい。

しかし、日々のルーティンと言うべきか、そんな疲労状態でも目を覚ましたカモ君は軽くストレッチをした後、風呂に入り、朝食を食べた。

朝食と言っても食堂のおばちゃんたちお手製の乾パンとインスタントスープだ。勿論、毒がないかの鑑定の魔法は使っている。なんでそんな事をするかって?コハクを連れてきてから一度あった。毒物混入事件が。

カモ君達が軍やマウラとの強化訓練をしている際に、差し入れとして持ってこられた食事に毒が仕込まれていた。この国の姫も口にするものだから監査が入ったのだが、その差し入れに毒が入っていたことを訓練終了時にマウラから聞かされたカモ君。

正直、この国の防衛力の無さに絶望しかけた。しかも、まだ犯人は特定されていないという捜査力の無さにも落胆した。が、それだけ加害者側の隠密性が高いという事か。十中八九ネーナ王国関係者だろう。今から戦う相手の力量が知れるという物だ。悪い意味で。

 

いくら『主人公』がこちら側についているとはこれだけの差を見せつけられると勝てるどころか試合になるのかも怪しいところだ。

 

カモ君は毎日行っている筋トレやランニング。瞑想と言った訓練は行わずに改めて自分の装備を見直した。

 

ウールジャケットに搾取の腕輪。そして、自室を出ると同時に渡されたシルフブレスレットとブーツ。

ルストとの決闘に勝った戦利品として、彼自身から手渡された物だ。というか、カモ君のすぐ隣にいる。

カモ君に叩きのめされたルストは、なんと自分が負けたと理解して、男子寮の大風呂に共に入り、何かと彼に質問した。そして、風呂から上がる頃にはカモ君崇拝者になった。

カモ君の体に出来た傷。決して浅くないその傷とカモ君がコーテをどのように思っているかを朝風呂で聞かされたルストはカモ君に平謝りをした。

カモ君もコーテを大事に想っていた。そのために行動していた。そのことに嘘がないと行動と体の傷で示された時、ルストは自分の勘違いを恥じて彼を尊敬することになった。

ルストはネインと同じ中等部二年の先輩で伯爵家の三男坊。年上の先輩であり、爵位も上である彼から謝罪を聴けただけで十分ですと言ったが、それにすらルストは感動した。

侮辱されたことを許しただけではない。この後に控えている国家間の決闘にも支障が出るかもしれないのに自分と戦ってくれたこと。もうしないと宣言した、コーテにちょっかいをかけていた事も表面上は許してくれたカモ君の器に男として惚れた。

兄貴と呼んでもいいですか?と、言われたがそれだけは勘弁してくださいと丁寧に断った。自分の事を兄と呼んでいいのはクーとルーナだけだ。

カモ君にとってそれは殆ど許してはいけないものだった。というか、年上の人から兄貴とは呼ばれたくない。

それよりもルストに訪ねたいことがある。それは決闘を申し込むきっかけになった人物。カモ君の最近までの情報を悪いように伝えた人物の詳細だ。

ルストとて貴族だ。あの時、決闘を仕掛けるにはあまりにも間が悪すぎた。ある意味、国家の威信をかけて戦う人物の負担になるような真似をするだろうか。

普通の貴族ならばしない。そんな事をすれば、国代表の選手の足を引っ張った。という不名誉を被る。それを三男とはいえ伯爵の子息がするはずもない。

なにより、カモ君は魔法学園の生徒の中では上位に実力者でもある。だからこそ決闘の選手に選ばれたのだ。いくらその人物からメタ装備を受け取っているとはいえ決闘を吹っ掛けるなど余程の自信と確証がないと出来ない。

 

「すまない。その人物の事はまるで夢みたいに思い出せないんだ」

 

カモ君の情報を得た。強力なマジックアイテムももらった。

顔を隠していたわけでもない。声に特徴がなかったわけではない。

 

だけど、その人物の特徴が思い出せない。

 

酩酊状態のように、起き抜けの思考のように。

その人を思い出せない。それどころか人だったのかも怪しい。エルフやドワーフ。ホビット。といった人に近い種族。ゴブリンやコボルト。ワーウルフといった人型のモンスターに近い人相だったかもしれない。ゾンビやゴーストのような生気のないモンスターや幻を見せてくるアルラウネやハーピーといったモンスターかもしれない。

 

そんな記憶に残らない人。もしくは人もどきのはずなのに、その存在を信じてしまったのだという。

そんな人物をカモ君は一人しか知らない。

モカ領に現れた謎の二人組の片割れ。確か、ライムとか言った女?だ。

今でもカモ君の記憶からそのわずかな情報が抜けそうになる。コーテが印象深く覚え、メモに残していなければカモ君どころかコーテすらも忘れてしまう程の存在だ。

 

あまりに希薄すぎる存在感。その辺りに落ちている石ころのように意識しないと認知できず、少しでもそれがなくなると忘れてしまうような存在。

はっきり言って脅威以外の何でもない。

何をされたか。その痕跡すらもなくなり、された事に対しても忘れてしまう。スパイや暗殺に使われていたら確実にアウトな力を持つ輩がまたしても自分の近くに来ていたのだと思うとぞっとする。そうされないのはコハクのお陰だ。

 

コハクから。暗殺からは守ってあげるけどそれ以外は自力でどうにかしてね。と、マウラとの特訓時に言われたことだ。

 

初めはどうしてそんな事を言うのかと疑問に思っていたが、今になってようやく理解できた。でも出来れば暗殺以外からも守ってほしいなとも思う。

彼女が睨みを利かせている間、実害は出ないと考えていいだろう。まあ、ルストに情報を流しているところから、実害が無いだけで。情報は相手側に流れていると考えた方が妥当だ。

恐らくはこちらの装備品の事もばれているだろう。

コーテも銀行に預けていたマジックアイテムを全て持ち出してついてきてくれると言っていたが、その種類すらも抑えられている可能性が高い。

 

シィとネインにそのマジックアイテムを貸し出すことも考えている。カモ君のレベルや扱える魔法の情報も抑えられているかもしれないが、一番痛いのはシュージの戦力を見られているかもしれないという事だ。

なにせ、シュージには火の魔法の威力を引き上げるアイテムだけではなく、魔法攻撃力と物理攻撃力を入れ替える『ゴリラの心得』というピーキーなアイテムを持っている事を知られたら相手は万全の体制でカモ君達を迎え撃つことが可能だ。

はっきり言って今回の決闘は敗戦濃厚としか考えられない。

自分を知り、相手を知れば、なんとやら。

メタ装備程、対戦相手にしたくないものだ。

そんな後ろ向きに事を考えながらも、カモ君は男子寮を出るとそこには一台の大きな馬車が停まっていた。既に参加選手のシィとシュージがその馬車の前でカモ君を待っていた。

 

「すいません。遅れましたか?」

 

「いやっ、集合五分前だ!十分間に合っている!」

 

「エミールが最後なんて珍しいな」

 

シィははつらつと。シュージは少し茶化すようにカモ君に言葉を投げかけた。

彼の後ろにルストがいる事に最初こそ驚いていたが、事情を説明するとすぐに彼とも打ち解けた。ルストもだが、ここにいる男子生徒は皆、脳筋と言ってもいいほど単純だったのですぐに納得したのだ。

それから三人で忘れ物や準備のし忘れがない事を確認するとそのまま馬車に乗り込んだ。

 

「ご武運をお祈りしますっ!」

 

ルストはそんな三人に頭を下げて送り出した。

もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。自分達がこれから行うであろう決闘には護身の札と言う命の保証を刷るアイテムが使われない。ルールありの殺し合いだから。

勿論、三人とも死ぬつもりはない。ルストの見送る姿に手を振りながら男子寮を出立するカモ君達だった。

 

「ところで、見慣れぬ女子生徒から餞別の饅頭をもらったのだが」

 

シィが自分の荷物から上等な紙箱に入った饅頭を取り出してカモ君達に渡そうとしてきたが、カモ君が鑑定魔法をかけたところ毒物混入が確認されたため、カモ君がそれを空高く投げ捨て、シュージが消し炭にするという光景が、リーラン王都の一角で描かれたとかなんとか。

 



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第七話 メタんていコハク。暴力で全てを解決する。

カモ君達を乗せた馬車とは別の馬車。決闘に参加する女生徒達も馬車に載せていた。カモ君達は決闘に参加する三名だけだが、女生徒は決闘参加者に補欠の三名にプラスして、補助員と言う役名でコーテと選手の世話係の一人としてメイドのライツ。特別観覧車の枠でコハクの六名が乗り込んでいた。

彼女達の馬車の後ろにはライツと同様に決闘参加者の世話をするために国から選出されたメイド達と物資が積まれた馬車が続いている。

コーテ達の馬車は王都から出る前に一度、マジックアイテムの貸し借りや売買なども行っている特殊な銀行へと赴いた。そこに預けているマジックアイテムを引き出すためだ。

これらの銀行は王国の重要な防衛拠点や貿易の多い所に設立されている。

例えば、王都に火のお守りを預ける。それを担保にセーテ領の銀行から別の火のお守りを借り受けることが出来る。それを紛失した場合は罰金と王都にあるマジックアイテムを徴収する手はずになっている。

イタやネインも貴族子女だ。この銀行を通じて実家からマジックアイテムが借り受けることが出来るという連絡を受けている。それを今日、受け取る手はずになっていた。のだが、

 

「生憎、私達の方には連絡が届いていないようでして。申し訳ありませんが」

 

「貴方、それを本気で言っているの!虚偽であればボーチャン伯爵への宣戦布告。いえ、この国への宣戦布告と取られてもおかしくないのよ!」

 

「そうは言われましても。無いものは無いとしか…」

 

銀行と貴族官のやり取りがあったという蜜蝋が押された書類をネインに突きつけられても銀行員は冷や汗を流しながら受け答えをする。

ネーナ王国にこちらの情報を出来るだけ渡さないようにギリギリまで伏せていた銀行のやり取りだが、ここにきてこのような不始末が生じるとか頭が痛くなってきたコーテだった。

 

こういう時に一番頼りになるミカエリとはここ最近、連絡が取れていない。あの人に頼めばピーキーなマジックアイテムを有料で貸し出してくれるはずなのに…。

 

しかもコーテが預けていたマジックアイテムの預け入れの記録も無いと言い出す始末。

さすがにこれにはコーテも黙っていなかった。

シュージが初めて受けた数組のコンビが入り混じるバトルロワイヤルで手に入れたマジックアイテムを数点。この銀行に預けていた。その証拠書類も突きつけるが、対応した銀行員の男性は否定するばかり。

 

「このリンバ・ナ・クンマ。この国と銀行員生命に誓って嘘は言いません!」

 

そう力強く言う銀行員にコーテ達は押し黙りそうになる。

銀行員は名ばかりではない。屈強なエリート貴族でもある。そうでないと強力なマジックアイテムの貸し借りを出来ない。強盗などが来ても撃退できるだけの実力が無ければそうそうにマジックアイテムの銀行員は出来ないのだ。

そして、貴族が国を後ろ盾に宣言するという事は絶対の自信があってこそできる。これで誤りがあればもう、その国の貴族を名乗ることは出来ないどころか、国外追放。奴隷落ちもあり得る。

そんな誓いを言われてはコーテ達も押し黙りそうになったところで、ずっと黙ってみていたコハクがトコトコと銀行員の傍まで歩み寄った。

 

「まあ、この国に微塵も関係なければ意味がないんだけど、ね」

 

「ぎぃやああアアアア!!」

 

「このガキ!オーナーになんてことを!って、誰だお前は!?」

 

コハクは軽くジャンプして、その小さな手がリンバと名乗る銀行員の顔に触れる。と、次の瞬間、勢いよく下方向に触れた手を振るう。その細く柔らかな指とは真逆の太く鋭い鉤爪で引き裂かれたかのようにリンバの顔が抉れた。

その爪痕は深く、額については骨まで届くほど肉が抉られていた。が、それに伴いリンバの顔の表皮一枚が破れ、その下から見覚えのない顔が出てきた。

その顔に他の銀行員は見覚えがない。顔を引き裂かれて血だらけになった表情からでも別人だと判断できる。何しろ顔がめくれると一緒にカツラらしきものも取れ、その下にあった地毛が自分達の知っているオーナーとは別の色だと判断できたからだ。

 

「あのさ。邪魔したいのはわかるけど。その汚い(心の)声を聞かされるとさすがに私も気分が悪くなる」

 

リンバに変装していた目の前の人物はコーテ達とのやり取りで、コーテ達を何も知らない小娘だと侮辱していた。二度、三度くらいなら構わないが、この男。考えが悪いだけではなく内容も下衆な物で、ネインやコーテ。事もあろうかコハクまで辱めてやろうとか考えていた。

 

ここでコハクが男の顔をそぎ落としていなければ、彼女のドレスになっているスフィアドラゴンが彼の後ろにあった銀行ごと魔法。もしくは実体化して物理的にすりつぶしていた。

ある意味、コハクの慈悲で生かされている状態の男は顔を押さえながら、その場から逃げ出そうとしたが、物凄いスピード(本人敵はステップ程度)で先回りしたコハクに正面からローキックを受けることになる。右から左にかけての水面蹴りで、その威力は男の左足を押しつぶし、右足の骨も砕いていた。

 

「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“っっっ!!?」

 

「うるさい。あと、汚い」

 

うつ伏せに倒れた事にも気が付けない程の痛みに悲鳴を上げる男の背中にコハクはその細く小さい足で踏みつけた。

ドゴンっ。と、小さなクレーターが出来ると同時にボギッと鈍い音が響いたと同時に男は血の泡を吹きながら気絶した。

明らかに致命傷。すぐに応急処置をしないとコハクに潰された男は死んでしまうだろう。

 

「…手当しないの?この後、尋問?とかするだろうから生かしておいたんだけど。それともこのまま潰す?」

 

「す、するっ。手当をするからこれ以上手を出さないでくれ!」

 

小さな少女が引き起こした惨劇に誰もが呆気に取られていたが、何が起こったかはわかる。

銀行のオーナーに変装していたこの男がコーテ達を妨害していた。それをコハクが力ずくで暴いた。男の身柄を調べ上げるかどうか?という場面なのだろう。

オーナー以外の銀行員達だけでなく、銀行警備の人達も慌てて男の身柄を確保しようと動いた。だが、見るからに死にかけの男にまずは回復魔法をかけて延命処置をしなければならない。各々に隠し持っていたマジックアイテムやポーションで男の手当てを行っていく中、一人の女性銀行員の左手をコハクが掴み、その場に留めた。

 

「あ、あのっ。な、なにをっ」

 

その女性はコハクに怯えている。当然だ。この惨劇を一瞬で作り出したコハクに怯えないはずがない。だが、女性が怯えているのは別の理由があった。

 

「それ、バジリスクの血だよね。透明色は初めて見るけどそんなものを振りかけたらこの辺にいる人達。貴女含めて皆、死んじゃうよ?」

 

そう、銀行に潜り込んでいたのは二人いた。

一人はオーナーに変装していた男は、一ヶ月前にネーナ王国の工作員。

キャリアを積み正当に銀行職員に就職し、一年前にネーナ王国に寝返ったリーラン王国の裏切り者。

工作員の任務を補助し、失敗した時は排除するように命令されていた女性だったのだが、それすらも心の声を読み取るコハクに見破られていた。

そんな事を知るはずもない女性だったが、コハクの手を振りほどけない。まるで地面に手を埋めたかのように動かすことが出来ない。蛇に睨まれたカエル。いや、標本にされる台の上に寝かされているような気分だった。

そんな恐怖から女性はポーションとして偽っていた毒薬の入った試験管を落としてしまったが、それを一呼吸。軽く吸い込む動作でコハクはそれを口の中に吸いつけると試験管丸ごとかみ砕いて飲み込んだ。

カオスドラゴンはバッドステータスにかかることはない。勿論、毒は効かない上に試験管を砕いてできたガラス片で口内を傷つけるという事もない。

その光景を見た女性工作員は更なる恐怖でその場に座り込んでしまう。周りにいた人達もコハクの発言に驚いていたが、圧倒的強者のコハクが絶対であると思い込んでしまった。

 

「ほら、この人も捕まえて拷問とかするんじゃないの?」

 

コハク言われてようやく状況を飲み込めた警備員達は女性の身柄を拘束する事でようやく彼女は手を離した。

それから解放された女性は息を大きく吸い込む。何度も何度も過呼吸寸前になるまで呼吸を繰り返した。自分が生きている。存在していることを確かめるように。

誰も彼もがコハクを畏怖の目で見ていた。

当然である。人間の視線からすると彼女は神か魔王と見間違えるものだったからだ。

こうなることはわかっていたからコハクは何とも思わなかったが、ただ一人。彼女の背中をポンポンと叩きながら褒めてくる。

 

「ありがとう。不審者をとっちめてくれて」

 

それはコハクより背の小さいコーテである。

彼女もコハクの作り出した惨劇に若干引いている。というか怖いと感じている。

だが、その行動は自分達を想っての行動だ。それに見た目こそ凄惨だが、内容は国家間での行事の妨害をした不審者兼悪党をしばき上げただけだ。しかも、それはカモ君達の生存にも関与するものだから弁護しようとも思わない。むしろよくやったと思うくらいだ。

そんな両極端な想いを抱えながらもコーテはコハクを労った。

 

「…コーテ。…気持ち悪い」

 

「ごめんね。でも、貴女を恐れていると同時に感謝もしているの」

 

しかし、その行動は腹に一物を。下心を隠しながら接してくる貴族や商人のような下衆さを感じたコハクはコーテを嫌がった。読心術が使えることを知っているコーテもそれをわかっているからこそ感謝を伝えた。

この感謝の言葉を伝えねば、恐怖と感謝という二つの感情を持ったままコハクと接する事になる。それは彼女も不快に思うだろうし、コーテ自身あまり好きではない。だから、この場ですっきりさせるために怯えながらも感謝を伝えた。

はっきり言って打算である。このままやり過ごすよりもここで清算させた方がすっきりするという自分勝手な考えだ。それをコハクが読み取ると複雑な表情を見せた。

まるで嫌いな食べ物が出された子供のような渋い顔をしていたコハク。

ここで了承をしないとなると暴れることでしかこの鬱屈感を晴らせない。かといって暴れれば全てがご破算。カモ君の喜劇を見ることが出来ない。だから、これで満足するしかないのだ。

 

ああ、これが妥協かぁ。すっきりしないなぁ。

 

コハクは納得いかないと眉間にしわを寄せるが、渋々と馬車に戻っていった。それを見送りながら、コーテは再度、残った銀行員にマジックアイテムの引き出しを要求した。だが、ネインやイタを含めた彼女達の預けていたマジックアイテムは全て持ち出された後だったため、引き出すことが出来ない。代わりのアイテムを要求したいところ、数点のマジックアイテムを渡されたが、どのアイテムも脆弱であり、当初予定していたアイテムの格落ちの物しかなかった。

 

指輪。お守り。杖とローブといった魔法属性の強化を少し上げるだけの物。

ナイフに小手。胸当てと言った希少金属を用いた防具も数点。しかも魔法使いである自分達には向かない装備品しかなかった。

 

特にネインはシルフブレードという素早さと風魔法の威力を引き上げる武器を、工作員達の手によって持ち逃げされたことが痛手となっていた。

コーテも余っていたアイテムをシィやシュージ。状況に応じてカモ君に貸し出すつもりだったのだが、それすらも持ち逃げされていた。

その事にただでさえか細い希望の火が消えかけていたが、そこに混沌の輝きが差し込む。

 

「武器が無いの?じゃあ、私の鱗をあげる」

 

馬車に乗っていたコハクがまるで腕に生えた産毛を引き抜くような動作を見せた。

引き抜いただろう手には澱んだ光が灯っており、それだけで威圧感を放っていたが、それをコーテ達の足元に軽く投げつけた。

 

さくりと。

 

まるで果物に包丁を差し込んだような音を立てて、その場に突き刺さったそれは大きな魚の鱗を思わせる物。人に化けていたドラゴンの一部が元に戻った物だった。

 

カオスドラゴンの鱗

まだ幼体。未成熟。そして軽量ではあるが、最強のドラゴンの鱗。

高い柔軟性と硬度から生半可な武器では歯が立たない。また、その鋭さからミスリル以下の防具。魔法障壁では防げない程の威力を持っている。

 

これを武器代わりに使えと言っているのだろう。

コハクからこれだけの支援を受けられただけでも感涙物であったが、問題が一つある。

 

「気持ちは嬉しいんだけど…。私達の誰もこれを装備できない。というか、持てない」

 

ドラゴンの素材はどれも一級品。そしてその長たるカオスドラゴンの鱗なら、その威力も推して知るべし。鑑定魔法の使えないコーテでもその威力は肌で感じ取った。だからこそ、その鱗に近づけないでいた。素手で触れれば即座に切り裂かれるだろう。

ミスリルや魔法障壁を切り裂くことも出来る鱗である。そんな威力を持った鱗を果たして誰が持ち上げるというのか。というか、取り扱える術もない。

 

っ!っ!

 

スフィアドラゴンが、姫様の恩情にケチをつける気か!と文句を言っている気配を感じて身を竦めたコーテだったが、コーテの言う事実は変わらない。

締まらないなー。と、思いながらコハクは馬車を降りて、その鱗に歯を立てて、ゴリゴリと音を立てながら削っていく。

人間でいう所の爪を噛む仕草だが、決して人体から出て言い音ではない。

そして出来上がった物が。

 

カオスドラゴンの小盾。

荒く削られた混沌龍の鱗。薄く丸く力技で作られた顔を隠すほどの大きさの盾。とって着けたミスリル(スフィアドラゴンの表皮)の持ち手が使い手を選ぶ。

上級以下の魔法を弾き、生半可な剣や槍などは弾いてしまう。

 

いくらでも装備しても効果が重複する。マジックアイテムの装備効果は三つまでという弱点を無視した。普通の防具が出来上がった。

はっきり言って、これ一つだけで伝説の金属オリハルコン1キロよりも価値がある。というか、四天の鎧に迫る強度を持つこの小盾。

 

「一個だけね」

 

そう言ってコハクは馬車に乗り直すと、その眼を閉じてうたた寝をし始めた。

これ以上、人の心を読む気にはなれなかったのだ。はっきり言って気分が悪い。

だが、コーテとネインからは感謝の気配を感じたため、それに気をよくしたコハクはそれからしばらくはおとなしくなった。

ちなみにここにカモ君がいたら、『どうして裏ダンジョンでやっと手に入るアイテムがここにあんねん?!』と取り繕うことなく声を上げていただろう。

 



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第八話 打開はしても悪化は嫌だ。

リーラン国国王。サーマはカモ君達が王都を出立したという連絡と同時に敵工作員がマジックアイテムも管理する銀行まで侵入していることを王の執務室で知らされて、片手で額を押さえた。

 

「どうやら相手国の妨害があったようです。それを白い少女が解決したとの連絡がありました」

 

「…そうか。いや、あのカオスドラゴンの機嫌を損なわなかっただけでも御の字と言ったところか。下がっていいぞ」

 

サーマは情報を持ってきた兵士に退出を命じた。兵士が執務室から出たことを確認した後、深いため息をついた。

工作員の報せはここ毎日のように知らされていたが、まさか国の防衛力の一端を担う銀行にまで伸びているのは想定外だった。

あそこはある意味、治外法権ともいえるがそれゆえに様々な力と思惑が集う場所である。そんな場所を王が注目しないわけではなかった。ここ最近のきな臭い事件でいつも以上に警戒はしていた。それなのにこの体たらく。

王として。いや、この国を支える一人の人間として、この事態を恥じた。

負けても奪われるのはモカ領と数人の人間だけという国家間の決闘。いや、代理戦争を行う少年少女の手助けを担うはずなのに自分達が出来たのは彼等に修練の場所と機会を与えただけ。

いくら王族の手ほどきがあるとはいえ、この短期間で多くの力を蓄えることなど、普通は出来ない。

本来ならミカエリという最高の技術者を始め、多くの技術者の知識。軍人の経験から作られた軍人。それも親衛隊にも使用される防護服や武器を彼等に渡す手はずだったが、それがネーナ王国との協定で出来なかった。

もし、国が決闘する者を手助けするというのであれば、こちらも相応の援助をすると。彼等は希少金属ミスリルで出来た装飾品を見せつけながら言いのけた。

たかが文官にまで武器に転用すると強力な物に変貌するミスリルを行き渡らせている。決闘する者にはそれ以上の物が渡されているはずだと。決闘の交渉に応じた文官から聞かされた。

いったいどこからそんな資源を見つけ出したのかとサーマは再び、ため息をついた。

もともとリーランとネーナの国領はほぼほぼ拮抗していた。

いや、すぐ隣に立つコーホ。そして、カヒーとビコーという超人に恵まれている分、リーランの方が上と言ってもいい。はずだった。

だが、ネーナ王国は個人の力よりも集団としての力をここ数年で急速につけ始めた。

いくら超人の三人でも広い国土を持つリーラン王国を守り切ることは不可能だ。彼等も人の子。休憩や油断をすることは必ずある。そこを狙われでもしたらリーラン王国は崩れる。

あの自由気ままなセーテ侯爵も不測の事態に備えてカヒーとビコーは重要拠点の防衛を命じている。

技術者のミカエリも今回の決闘の舞台を製作するため、ネーナ王国の領地にあるコロッセウム。闘技場を改良した所。なのがだ、実は最寄りの他の領地がモカ領でもある。

彼女は決闘者であるカモ君達を優遇する人物だが、公私もしっかり分ける。分ける、かな?

とにかく、彼等が不利になるような真似はしないだろう。だが、その舞台を制作するのはリーラン王国だけではない。ネーナ王国からも技術者が出ている。

 

舞台は既に完成済みだが、その所々にだまし討ちの吹き矢を撃ち込めるような小部屋。舞台を照らすためと言う名目で、日の光を反射して決闘者の視界を潰す大きな鏡。あえて、観客席から手が出せそうな位置に選手の控室を設置するなど、妨害工作がすでに出ているという。それらの全てはミカエリの手腕で全て取り外されて公平な舞台を作っているが、今もそのような妨害設備をネーナ王国が我が作り続けているという情報が届いてくる。

 

選手達から武器と防具を取り上げ、戦う環境すらも劣悪。

 

サーマはもし自分が決闘参加者なら例え立場が下であったとしても文句を上層部に叩きつけるだろう。

そんな命を懸ける場面なのにこれと言った支援どこか、防衛すらもままならない今のリーラン王国を嘆いた。

まるで戦争をしているかのような状況に頭を悩ませた。というか、モカ領出身のカモ君からすれば戦争そのものなのだが。

彼等が決闘に勝つ可能性はほぼ無い。だが、無いわけでもない。

 

それはカモ君のような様々知識と経験を持った人物ととんでもない可能性を秘めた生徒。あのセーテ侯爵が贔屓するほどの生徒だ。マウラから聞いた話だと彼が一番強い。おそらく我が国の一般兵士たちと戦えばギリギリ彼が勝つという事も知らされている。

そして、平民のシュージ。彼の成長率は嫌でも注目するそうだ。その伸びは一年もしないうちに超人に迫る勢いだという。魔法の才能のある人物を貴族ではないが国力として取り込むという事業がこうして芽を出したのだ。

 

この二人が今回の決闘の結末を分ける。

はっきり言って残りの三人の選手には二人のサポートに徹してほしい。

 

そして、考えたくはないが、最強のジョーカー。

カオスドラゴンのコハク。彼女をどうにか焚きつけてネーナ王国を壊滅させる。

だが、それを少しでも間違えればこちらが滅ぼされる。

人と言う生き物は自分の利益よりも不利益を重く考える。そのため、彼女をどうにか遠ざけたいという意見はあった。何より、彼女の意思一つで文字通り国が揺れたのだ。だが、ドラゴンは強力かつ凶悪だ。彼女の機嫌を損なう可能性がある案は全て破棄した。それがこの国のためだからだ。

魔法学園学園長のシバはこのような重いかじ取りを任されてその日から胃薬を飲み続けている。本来ならば王族か、上級貴族が取りなす事柄なのだが、その貴族も今では信用ならない。

 

なにせ、四大公爵の一人。自分の従弟にもあたるサダメ・ナ・リーランの裏切りの発覚。

国宝でもある宝珠をネーナ王国に渡していたことが発覚。しかも、それをもとに作られたという四天の鎧という強力アイテムを作り出す技術をネーナ国は有している。

王が完全に信頼できる人間など本当の意味での身内。自分の息子、娘達くらいだ。

神がいるなら縋りたいくらいだ。いや、人の長たる者、そう簡単に諦めてはいけないのだが。カモ君達が決闘に負ければこの不安定な状況は更に悪化する。それを考えると祈りたくなるのも仕方がないというもの。

 

その最たるものがセーテ侯爵の離反だ。

彼等はカモ君を贔屓している。そんな彼が敵国の手に落ちたら、まずただでは済まない。ネーナ王国はある意味で彼に注目している。だからこそ、彼を処分。決闘の勢いで彼を殺してしまうかもしれない。

そうなればセーテ侯爵はリーラン王国に愛想が尽きて離れてしまうかもしれない。

今の状況で彼等がいなくなれば間違いなく国がつぶれる。

現状、リーラン王国貴族は楽観視している者が多くいるが、それは超人の保護下にあるからだ。それを理解していない。王自らも最大限カモ君達を援助すべきだと口に出したが、事あるごとにそれを拒否する貴族グループがいる。

本来なら王の決定を覆すなど出来ないのだが、彼等のやり口は実に意地汚く、経済面や食料面。交易など、カモ君がいなくなっても何の問題もないと場の雰囲気を整え、他の意見を押さえつける。

審議する人間の三分の一以上の議決を持って援助は打ち切られた。マウラがカモ君達を特訓させたのも彼女の自由意志と言う事で通っていたが、あれは純粋にマウラの意思が無ければ通らなかった。

そして、審議していた三分の一の貴族グループ。考えたくはないが、彼等はネーナ王国に寝返っていると考えてもいいだろう。

今はカヒーとビコーに交代でその貴族メンバーの探りを入れるように命じている。

さすがにこの二人が同時にいなくなれば相手側も警戒せざるを得ない。そのため、あの二人の内、一人が今まで以上に活躍している間にもう一人がガサを入れてしょっ引くという仕事になっている。

既に四家の貴族の証拠を掴み、郎党もろとも取り潰しを行っているが、まだ容疑のかかった貴族はいる。

自由人のセーテ侯爵がまだそれを楽しんでいるのが救いだ。勧善懲悪は人の上に立つことを考えている人間ほど好まれる事柄だから。

 

現状を再度確認して目頭をもむサーマ。

カモ君の次に今回の決闘を深刻に考えているだろう王は、未だに見たことが無い神に現状の打開を願うのであった。

 



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第九話 想い(私情)を重ねて

カモ君達が王都を出て、ネーナ王国の領土へと向かう最初の夜。

彼等はモカ領の手前にある旅館の大部屋で、決闘参加者である彼等は何度も繰り返した作戦会議を行っていた。

 

今回の決闘。一番手、二番手はシィとネインを選出。

相手側の様子を見て入れ替えるがそれに両者異論はない。先輩である以上、見栄を張りたいがそれ以上に二人はカモ君とシュージに期待していた。

二人共、後輩に出番は渡さないと強気な発言をしていたが、何となく察している。ネーナ王国の決闘参加者が強者であることを。

二人は試金石。悪い言い方ならば捨て石だ。だが、それをあえて言わないで後輩達を勇気づけていた。

 

先輩達が相手を削り、三番手であるシュージにバトンを渡す。

もし、先輩達が連続で敗退しても、ここで勢いを取り戻し、逆転。そのまま勝利をもぎ取る

それだけの火力がシュージにはある。実質、彼がエースだ。

 

そして副将であり、後詰め。もしくは最後の砦にカモ君。

シュージでも倒しきれなかった相手をカモ君がとどめを刺す。

何より、参加者の中では彼が一番戦いに精通している。が、それ以上に黙って入るが、カモ君自身は自分の『踏み台』効果を危惧した。

もし自分が先発されたとして、負けた場合、相手を強化してしまう恐れがあった。それだけは避けたいので、副将を願い出た。それをシュージや補欠のキィはもちろん、先輩達も賛成してくれた。

 

そして、対象のイタ。彼女は名ばかりの対象を務めてもらうが、彼女の出番=こちらの敗退という事になるだろう。彼女には他の参加者の補助に尽力してもらう。

 

作戦初期の段階で決まっていた選出に文句はないが、不安はある。

馬車での移動中は常に瞑想を行い少しでも魔力の精度高めていたが、負けるのではと言う不安は取れない。

コハクから盾をもらえたと聴いた時、カモ君は大いに喜んだ。カオスドラゴンの防具はゲームの中では最高の一品と評価されていた。のだが、それを扱える人間がいるかと言われれば難しいとしか言えない。

 

魔法使いタイプのシュージがこの盾を十全に使えるかは難しい。と言った具合だ。

彼は魔法使い。基本的に遠距離戦を主に訓練をしてきた。縦の使い方を学んでいる時間はなかったので彼は除外。

 

シィも風紀委員としての役職柄、多少は荒事。とはいっても喧嘩に対応する程度しか盾を使うことに精通していない。彼も除外だ。

 

カモ君なら盾を扱えるだろうと思ったが、彼は現在隻腕。盾を持ってしまえば時間稼ぎは出来るだろうが、打撃、関節技が使えない。そのため、彼も除外。

 

ネインはサーベルといった近接戦も使える。片手も開いているので今回の盾を持つことも可能かつ明確な戦力アップも見込める。だが、今の彼女はカモ君以上に器用貧乏だ。

今回の盾を持っていたとしてもカモ君レベルの相手が相手だと勝つのが難しいかもしれない。だが、彼女以上に今回の盾を活かせる人間もいない。

 

エースはシュージだが、勝負の行方を握るのはネインだろう。

そんな期待を背負わされた彼女は髪をかき上げながらも力強く言い切った。

 

「安心なさい。実家から送られたアイテムはなくとも、この小盾さえればどんな攻撃も捌ききってみせますわ。貴方達はそれを後ろで見ているだけでいいのです」

 

伯爵家令嬢。

決闘参加者の中で一番位の高い彼女は不安を思わせない素振りで微笑んだ。

本当は彼女も怖いのだ。

今回の決闘では本当に死ぬかもしれない。ただの町娘ならすくみあがって動けなくなるだろう。

だが、その恐怖以上に彼女を突き動かす物が貴族としての誇り。そして、シュージに向けるほんのわずかな恋心。

決闘に負ければシュージに会えなくなる。それを恐れた。

きっと貴族の使命感だけでは彼女は動けなかっただろう。それを動かしたのは思春期特有の恋という感情エネルギー。それが今のネインを突き動かしていた。

 

例え、何となくでも。それが叶わぬ物だと無自覚に理解していても。

 

恋する乙女はそれだけで前を歩くことが出来るのだ。

大部屋での作戦会議を終えた彼等は男子と女子で分けられた部屋へと戻り、就寝する事にした。

季節は真冬。ちょっとした事で風邪をひいてしまい、体調を崩す。そうならないためにも早めの睡眠は必要だ。

お互いの部屋に行く途中。引率の教師や護衛騎士に連れられたシィとは別に、最後尾にいたシュージにカモ君は振り向きながらこう言った。

 

「多分、俺は間違える。その時は止めてくれ」

 

相手はカモ君の素性を調べつくしている。そう考えると必ずそこを突いてくる。

すなわち、ブラコン・シスコンという本人が隠しがっている本性を狙った策が用意されている。リーランの王都にまで工作員が忍び込めているネーナ王国がモカ領にその手を伸ばせないわけがない。

決闘が行われる土地に一番近いリーラン王国の土地がモカ領。ネーナ王国はカモ君を確実に潰すためにその土地を、人達を狙う。

人質や脅迫は当たり前のように繰り出される。今でこそセーテ領から来た代理当主のローアさん冒険者ギルドを立ててくれた。

明日を迎える確証がない冒険者は基本的に気性が荒い。そこから少し治安が悪くなるが、それ以上に目立った悪行。すなわち、ネーナ王国の人間の進行をある程度抑え込めている。だが、それでも確実にネーナ王国関係者は潜り込んでいると考えた方がいい。

そんな輩が何をやらかすかはっきり言って不安しかないが、ローアさんの手腕に頼るしかない。彼は冒険者に理解のある貴族だ。冒険者達との連携で何とかしてくれると、カモ君は祈るしかない。

 

 

 

そんな不安の中。カモ君が脅されたら、きっと、彼は、足を止め、

屈して(●んで)しまう

 

 

 

そうなってしまわないように鍛錬を積んできた。だが、自分の相手は。いや、世界は常にカモ君の想像の上を行く。

名もなきモブに無双できてもイベントキャラとなると途端に不利になるのがカモ君。

だから、彼には勢いが必要なのだ。

死亡フラグをへし折り、相手のスペックを踏み越えるだけの確証が。

 

地道な鍛錬から技術。原作からの知識。愛する弟妹、恋人への想い。知人からの支援。

 

これだけあっても、きっと足りない。

世界がカモ君を押しつぶしにかかるだろう。だから、そんな世界にも歯向かえる存在からの援助が必要なのだ。

 

「俺は、きっと、躊躇ってしまう。その時は背中を押してくれ」

 

世界の『主人公』からの応援が欲しいのだ。

世界から祝福された『主人公』から激励を受ければ、少しはカモ君にも世界は振り向いてくれるかもしれない。

 

そして、『友人』のシュージなら容易く、自分の過ちを止めてくれる。正してくれる。

これから行われる決闘に。困難に逃げようとも、止めようとも言わず。立ち向かうと決めて共に戦ってくれる友人がいるのなら、自分でも少しは強くなれると信じているから。

 

「らしくないな。エミール。お前は今でも俺の前を走っているのに。でも、まあ、そうだな。追いつきそうになったら背中を押すだけじゃない、叩き出してやるよ」

 

シュージにとって、カモ君は今でも目標だ。いずれは追いつき、追い越すつもりで彼も『主人公』の力抜きでも努力している。

一発の魔法の威力ならばシュージはカモ君を凌駕したと自覚しているが、それ以外は全てカモ君が上だと考えている。

 

「大丈夫だって。お前は強いさ」

 

主人公から。それ以上に、今の状態でも十分強い友人からそう言われてしまっては嫌でも自信がついてしまう。

 

「…そうか。俺は強いのか」

 

質問のような、独り言のようなカモ君の呟きにシュージは笑って返した。

自分達が初めてぶつかり合った後。カモ君の強さに憧れて、カモ君のようになれるかと尋ねて、カモ君はこう返した。

 

「当たり前だろ」

 

あの時とは逆。

不安になっている友人を鼓舞する友人として。

シュージはカモ君の胸を軽く叩いて、今度こそ自分達に割り振られた部屋まで向かうのであった。

 



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第十話 兄が来た

男の友情という物を確かめたカモ君達は明後日には決闘と言う日数で、モカ領へとたどり着いた。

ネーナ王国に隣接していることもあるが、カモ君の地元という事もあり、そこによるという事だった。

だが、滞在する時間はあまりない。

日中かけて馬車で移動し、日が落ちる時間帯にようやくモカ領に入れた。その上、そこに設けられた宿泊地で食事と睡眠をとるだけの時間しか取れない。その上、早朝のうちに宿を出て移動しなければならない。

モカ領は今、とある理由から繁忙期から儲けをなくしたように忙しい。その理由を知ればカモ君は決闘などほっぽり出してモカ領にある問題解決に尽力を尽くすだろう。それが分かっているから、学園長のシバは勿論。モカ領代理領主のローア。そして、次期領主のクーも兄には黙っていた。ルーナもコーテへの手紙にその事は書かないでいた。

よってカモ君は愛する弟妹に会う時間は無い。言葉を交わすことも無い。

 

そのはずだった。

 

「エミール様はおられますか!」

 

モカ領の宿泊所へ辿り着いたカモ君はクーとルーナに少しの時間でも会えるのではと期待していたのだが、そんな事はなく、気落ちしていた。そこをコーテが慰めている時だった。

シュージを含めた決闘関係者全員が宿泊所に設けられた食堂で夕食を取っていると、そこに繋がる扉を大きく音を立てて入ってきたメイド。ルーシーだった。

彼女は肩で息をするほど疲弊していた上に来ているメイド服の所々が破れていた上に、その内の数か所には血がにじんでいた。

その上、疲弊した表情。状態からただ事ではないと感じ取ったカモ君は、食堂に飛び込んできたルーシーに駆け寄る。

食堂に駆け込んで、数秒でカモ君の姿を確認したルーシーは、その場に崩れ落ち、くしゃりと表情を歪めて、涙を流しながら、彼に助けを乞う。

 

「ルーシー。何があった」

 

崩れ落ちたルーシーと視線を合わせる為にカモ君は膝をついて、回復魔法を使おうとしたところをルーシー自身がそれを断った。

 

 

「エミール様。申し訳ございません。貴方だけには教えるなとローア様とクー様から命じられていましたが、もう。貴方様しかいないのですっ」

 

ルーシーは息も絶え絶えながら、カモ君の肩を掴み、モカ領に起きている問題を話した。

それはネーナ王国の役人と軍人達によるモカ領の下見。

 

もうすぐ自分達の物になる土地を味見していこう。

 

そんな下心から来ただろう横暴がモカ領で横行していた。

農民たちへの暴言・暴力から柵の破壊や宿や食事処での乱暴狼藉。領内に少ない観光名所での乱痴気騒ぎが行われていた。

その事にローアも黙っていることなどなく、衛兵や冒険者を雇って彼等の鎮圧にあたっていたが、その中で一際戦闘力の高い一グループがいた。

彼等の蛮行を止める為に衛兵や冒険者達が諫めようとしたが、奴らは並外れた魔法や膂力を持って彼等を叩きのめし、蛮行を続けようとしていた。だが、そこに巡回中の特級魔法を使うことが出来るクーがいた。

さすがにクーが鎮圧のために放った魔法に彼等は恐れおののき一時は退散した。だが、それ以降はクーがいないところへわざわざ向かい、蛮行を行う始末。モカ領は殆どが農耕地のため広くはあるが、人の目に届かない場所は多くある。

収穫が終わった真冬とはいえ、特に宿屋や食堂。観光地などで大声をあげての蛮行を起こす奴らをクーが毎日のように出向いては鎮圧していたが、まだ八歳になったばかりの少年。いや、幼子だ。無理がたたって風邪をひいてしまう。

今は屋敷で寝かされて休んでいる。が、それをどこで聞きつけたのかネーナ王国の連中は寄りにもよって屋敷付近で乱痴気騒ぎを起こし、その周辺に住む住民たちに迷惑をかけていた。

ローアも衛兵と冒険者を引き連れて鎮圧に向かったが、レベルが違った。

カモ君的にはシュージ以上に強力な魔法を放つクーだからこそ奴らを鎮圧できた。だが、それ未満のローア達では抑えられなかった。

暴力が飛び交う現場では、怒号と魔法が飛び交い、周囲への被害が拡大していった。

そんな中、騒ぎに目を覚ましたクーが鎮圧するために赴こうとしたが、風邪の症状は酷く、ベッドから数歩歩いただけでその場に倒れた。

始めは屋敷でモークスとルーシー自身。そして、ルーナの看病を行い、プッチスが三人の護衛を行っていた。だが、屋敷まで届いていた怒号にルーナは震えだし、泣きながらカモ君の名前を呟いた。

その瞬間、ルーシーは今、モカ領にカモ君がいる。彼に助けてもらうという希望に縋った。

彼女にもこの事態はカモ君に伝えないように命じられている。だが、もう、彼女にはカモ君に助けを乞うしか現状を打破できないと判断した。

 

「エミール様を呼んできます!あの方ならば鎮圧できるはずです!」

 

クーは風邪で動けない。

ルーナは性格的にも戦闘能力的にも戦力外。

何よりもこの二人は守るべき存在だ。今、屋敷の外に出すわけにはいかない。

モークスはクーの看病。

プッチスはクーとルーナの最終防衛線。

今、自由に動けるのはルーシーだけだった。

 

早馬で駆け抜ければカモ君達が寝泊まりする宿屋に三時間で辿り着くことが出来る。

それを、寝かされたクーは息も絶え絶えながら止めるが、ルーシーはそれを振り切って、屋敷を飛び出した。カモ君ならばこの事態も治めてくれる。そして、彼ならばたとえどんな事情があろうとも助けてくれると。

それは止めに入ったクーも同感だった。だからこそ余計な疲弊を兄にはしてほしくなかった。カモ君にはモカ領を賭けた決闘が待っているのだ。ここで何らかの支障が産まれてしまえば本末転倒だ。

 

だが、それもきっと、カモ君はその場に飛び込んでいくだろう。

彼にとって弟妹達は何よりも大切な存在だから。

 

モカ邸に止めている早馬は二頭。そのうちの一頭を使ってルーシーは馬を使って駆け抜けた。それを目ざとく見つけたネーナ王国の人間は彼女に向かって遊び半分で魔法を放つ。

人一人殺せる威力を持った魔法を何とか交わしながらその場を脱したが、完全に回避できたというわけではない。細かい切り傷や火傷を負いながらもルーシーは何とかカモ君の元へとやって来られた。

 

「ルーシー。よく知らせてくれた。後は任せろ」

 

事情を知ったカモ君が取る行動は一つ。

どんなデメリットや枷を課せられようとこの男は迷うことなく行動する。

 

「ま、まさか…、今から出向く気なのかエミール!無茶だ!今の時間帯は完全に日が落ちているっ!こんな暗がりではどこに馬を走らせているわからなくなるぞ!」

 

シィが食堂から出ようとするカモ君の背中に向かって声をかける。

そう、今は完全に火が落ちている。その上、曇り空という事もあって、月や星の光も届いていない。暗闇。モカ領は田舎だ。夜道を照らす街灯もない。それはここ出身のカモ君がよく知っている。明かりもなしで馬を走らせることがどれだけ危険か、カモ君自身が理解している。

 

「大丈夫ですよ。俺は光魔法も使えます」

 

こういった場合、多様性のある魔法使いであることを嬉しく思ったことはない。

カモ君の歩みは少しも阻まれることなく進んでいく。

 

「む、無理ですよぅ。いくら魔法力に自信があるとはいっても三時間も使い続ければそこをついちゃいます」

 

イタもシィに同調するようにカモ君を止めようとしたが、それがカモ君を止めに入る理由にはならない。しかも、彼は搾取の腕輪でライツの魔法力の分だけ増量されている。屋敷に着くまでは持つだろう。だが、到着した時にはイタの言う通り、魔力が底をつくかもしれない。だが、それもまたカモ君が足を止める理由にはならない。

 

今回の決闘で引率としてついてきた教師や護衛として雇った冒険者や魔法使いからも止めに入ったが、カモ君は一切気にも留めない。

 

「エミール。ばっちり締め上げてこい」

 

「朝までには戻ってくるのよ」

 

そんな彼を見て、シュージは止めに入るのではなく背中を押すようにカモ君を送り出す。

止めても無駄だし、一緒に行っても足手まといになると察したコーテは敢えて時間制限をかけてカモ君を見送った。

彼の無茶とそれを成してきた功績を知っているからこその応援の言葉は口角を少しだけ上げて背を向けながら手を挙げ、振り返りもせずに食堂を出て、宿の店主にこの宿で飼っている馬を借りて、飛び出していった。

 

その後ろ姿こそ、『主人公』を思わせる雰囲気を纏っていた。

ただし、その物語の内容は強烈な怒気から来る残虐なものになるだろう。

 

 

 

モカ邸屋敷前では魔法と怒号が飛び交っていた。

その中心にはローアと衛兵達が四方を取り囲まれる形でネーナ王国の人間に攻撃を受けていた。

ネーナ王国の人間はたったの十数名。

ローア達は最初、冒険者達も含めて彼等の三倍の人数で当たっていたが、ネーナ王国の人間の悪い態度に等倍の実力を持っていた。

膂力は冒険者の二倍。魔力はローアより少し上。何より、彼等の身に着けている武器や防具。それらの全てがマジックアイテム。

ステータスの差。マジックアイテムの恩恵を受けた彼等の蛮行を止めることが出来るのは圧倒的な力を持った存在。クーの魔法ぐらいの戦力を持った抑止力が必要だった。それがないローア達は防戦で精いっぱい。不利を悟った冒険者達がいなくなってからは更に状況は悪化した。

こんな蛮行が知れれば間違いなく国際問題になる。だが、ネーナ王国の人間はそれを理解していないのか。それとも、もうすぐ自分達の領土になると確信しているからか好き勝手に暴れ、とうとうモカ邸の前まで乱暴を働こうとしている。

ローアがいくら止めるように言っても、奴等は嘲笑いながら乱痴気騒ぎを行う。むしろ、それを肴に更に大騒ぎする始末。

そして、今もさっきは感じないものの、こちらを害そうとする敵意や魔法が飛び交っていた。どうやらマジックポーションを酒の代わりに飲んでいるのか奴等からの魔法がやむ気配がない。

ネズミをいたぶる猫のように、じわじわと追い詰められていくローア達。

撤退に次ぐ撤退でとうとうモカ邸前まで追いつめられた。ローアの風魔法で県政や防御をするが、屋敷の所々に投石や弓による射撃。魔法による焦げ跡や割られた窓などある。このままではモカ邸に火をつけられてもおかしくない。

 

「貴様等!いい加減にしろ!これ以上の蛮行は本気でシャレにならないぞ!」

 

「じゃあ~、止めてみればいいんじゃないですかぁあっ。出来ればの話だけどぉお~」

 

「「「ぎゃははははっ」」」

 

ローアの言葉を聞いてもネーナ王国の人間はその蛮行を止めない。

必至になっているローアを馬鹿にして笑う奴等。そこには若い女性もいたが誰一人漏れることなく醜悪に笑っていた。

 

下衆。

 

その二文字こそがローア達が相手をしている輩を正しく表していた。

だが、頼りにしていた冒険者達はローア達を見限って逃げ出した。三倍近くあった人数に怯むどころか笑いながら倒していく奴らを冒険者達は悪魔かドラゴンといったモンスターの類に見えたかもしれない。

ローアはリーラン国王からモカ領の自治を任されている。義弟のカモ君からも彼の弟妹達を任された責任感もある。だが、とうとう彼の必死な防衛の目をかいくぐってモカ邸の玄関付近に魔法が着弾。発火した。早く消化しなければモカ邸が大火事になってしまう。

しかし、ここで消火作業に入れば一気にこちらが押しつぶされる状態だ。まさに八方ふさがり。むしろ屋敷に火をつけられたことにより、確実に最悪の事態に近づいていく。

 

ここまでか。

 

そう、ローアが諦めかけた時だった。

屋敷に着火した火を覆いつくすほどの水の砲弾が着弾。その辺り一帯に水しぶきと同時に商家の時に発生した煙が上がる。

その様子にローアは驚き、ネーナ王国の人間は文字通り冷や水を掛けられたように文句が飛び交う。そして、水の砲弾が飛んできた方向。彼等は後ろを振り向くとそこにいたのは。

 

ネーナ王国の人間の一人。の、後ろから首元に嚙みつき、その顎の力一つで大の男の一人を持ち上げている、全身血だらけ一人の男が立っていた。

 

 

 

「「「ヴぁ、吸血鬼(ヴァンパイア)ァアアアア!!?」」」

 

 

 

モンスターの中で結構危険度が高いモンスター。と、間違えられるほどの凶悪な目つきをしているカモ君が立っていた。

 



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第十一話 カモ君は***を装備した。

カモ君はルーシーの知らせを受けて激怒した。

乱暴狼藉を働くネーナ王国の人間にこれ以上好き勝手させまいと、激情に駆られながらも奴らにどう対処すべきかを考えた。馬での移動をしながらこれからの事を考える。

 

問1 いくら叱ってもいう事を聞かない大人がいます。どうしますか?

答え SUN値全損もしくは、耐久値全損からくる笑いしかできないように痛めつける。

 

カモ君の思考は相手を完全に屈服させるための圧政者。もしくは、侵略者的思考だった。

別にそれで殺しても構わんのだろう。相手は間違いなく自分の敵。いや、モカ領を害している時点でリーラン王国の敵。ひいては愛する弟妹。クーとルーナの敵だ。慈悲は無い。

 

問2 相手は複数います。誰か一人でも締め上げると残りは逃げ出します。どうしますか?

答え 相手側に気づかれない様に一人ずつ。着実に仕留める。

 

カモ君の気分は義憤と復讐に燃える暗殺者(アサシン)。

そんな事を考えながらカモ君はついにモカ邸目前までやって来た。

魔法を使おうと思ったが、それでは魔力の波動で感知されてしまうかもしれない。

急ぐ心を必死に抑えながら。今もなお、モカ邸に被害が出ている者の決定的な被害は出ていない間、カモ君はネーナ王国の人間を視界(視力左0.3 右2.0)にとらえた瞬間馬から静かに降りてネーナ王国の人間達の後ろに回り込んだ。

 

問3 相手はローア達に気を取られています。手順はどうしますか?

答え 気配を殺して相手の背後に回り、左手で口を押さえてうめき声を上げないように塞ぎます。その後、致命傷かつ声を上げさせないために相手の喉元を食い千切る。

 

やり口が狼やライオンと言った肉食の猛獣になっているカモ君。

ローア達を追い詰めて、完全に上位に立ったと油断しているネーナ王国の一人一人を素早く仕留めに入っていた。油断していたこと。そして、大声での大笑いでネーナ王国の人間が気付くことはない。気付いたとしてもその時点で喉元を食い千切られているのだ。声も上げられない上に食いちぎられたショックで身動きも出来ずにその場に崩れ落ちる。

その時、カモ君は音を立てないように静かに彼等を地面に転がした。

 

問4 とうとう愛する弟妹達が過ごす愛の巣に火が放たれました。どうしますか?

答え ぶっ殺す!

 

そう考えた瞬間にカモ君は今までの隠密性を投げ捨てて、火の魔法を放った輩の首筋に牙をたてた。目標が奴らの中心辺りに居ようと関係ない。

愛の巣を燃やそうとした輩の排除は他の何よりも優先する。

というか、考えるより体動いていた。

カモ君がぶっ殺すと考えた瞬間には既にカモ君は行動を終えていた。

これまで食い千切ってきた輩はこれで七人目。モカ領にやって来たネーナ王国の人間の三分の一近くを仕留めていた。

いくら強大なステータスと装備を持っていようとそれを活かす前に仕留められては意味がない。その上、相手は大騒ぎするために鎧やローブは着崩していた上に酒を飲み、大声で笑うには邪魔な兜やマスク。フードを外して騒いでいた。その生身の部分を不意に攻撃されれば普通の人間である以上どうしようもない。

そして、七人もの人間の喉を食い千切ったカモ君は返り血で血まみれだった。これは生き血をすする吸血鬼や人間を食らうグールやワーウルフと言った人型モンスターに間違えられても仕方がない。なにせ、助けられたローアやカモ君の事を見知っている衛兵達すら彼を見て慄いたほどだ。

そんな状態を見逃すと惜しいと考えたカモ君はすぐ近くにいたネーナ王国の人間。カモクンリアリティショックを受けて呆然と口を開けていた女性の口に容赦なく拳を叩きこんだ。と、同時に彼女の前歯とその近くにあった歯はへし折れ、喉の奥へと押し込まれる形になった。

平民。モブ以上メインキャラ未満に整った女性の顔。十人が見て五人は綺麗だと評価していた下顔面は完全にぐちゃぐちゃになった。最早、彼女の事を綺麗だという人間は出てこないだろうと言わんばかりの被害を出した。

 

「がばあああああっ!」

 

見苦しい苦悶と声を上げながら女性が仰向けに倒れ伏した瞬間、その喉元を、首の骨を折らんばかりに踏みつけた。その痛みで女性は気を失った。ただ、いろんなところから液体が噴出し、びくびくと痙攣している。

 

ネーナ王国の連中は慌てた様子を見せた。

彼等が今まで強気でいられたのは強いステータスと強い装備品からの慢心。なにより、自分達を注意してくる輩はまず声をかけてくる。やめなさい。と。

しかし、目の前のカモ君は違う。第一モーションが攻撃。しかも必殺かそれに近い一撃を繰り出してくる。いわば飢えた獣。もしくはアサシンだ。

ローア達は貴族とモカ領の自治を担っている以上、まずは声をかけて、相手の内情を知り、取り調べる。

確実に相手側の不手際があろうとまずは声を掛けなければならない。そうでなければネーナ王国の人間。彼の国の使者を討ってしまう。そうなればリーラン王国との国交に亀裂が入る。そして、戦争に陥るという雰囲気になる。それをリーラン王国の連中も理解した上で乱暴に動いていた。

 

自分達に逆らえばさらにひどい目に遭うぞ。

 

それを暗に伝えていた。

ローアはモカ領を任された身。そこに住まう民達を守るために強く出ることが出来なかった。現行犯であったとしてもリーラン王国の使者を強引に抑えることが、立場的にも実力的にも出来なかった。

 

だが、カモ君は違う。

廃嫡された身。いざとなればローアはカモ君をきり捨てることが出来、それによってモカ領の非を清算することが出来る。

『踏み台』キャラ。低ステータスとはいえ、レベルはMAX。実力的にはリーラン王国の軍の部隊長とほぼ拮抗していた。

 

その血まみれの風貌と容赦の無さ。魔法使いらしからぬ野生染みた眼力。

カモ君を見たリーラン王国の使者達はたじろいでいたが、身の危険を感じてフードやぶら下げていた兜を装着し直し、目の前のモンスター染みたカモ君に剣で斬りかかる。手甲で殴りかかるといった近接戦を仕掛けるが、彼等が兜などを装着している間にカモ君はローア達のすぐ傍にまで飛び下がりながら回避した。

人で出来る最大限のバックステップを見せられたリーラン王国の使者。およびローア達はようやく、この血まみれの人間がカモ君だという事に気が付いた。

 

「き、君は。まさか、エミール君?!な、なぜ、ここに!?」

 

「ルーシーが、教えた。だから、来た」

 

まるで人の言葉を覚えたばかりの野生児のようにカモ君はローアに説明した。

ローアはカモ君と何度も言葉を交わした。そして、妹のコーテからカモ君の事を知らされていた。代理領主として、クーとルーナからも常に理性的な人物だと伝えられていた。

そのため、ここまで凶悪染みた感性を持っていたなど想像してもいなかった。

 

常に余裕を持ってクールであれ。

 

多くの魔法を使い、多岐にわたる知識を持ち、ダンジョン攻略に当たるときの沈着さ。

冷静沈着。

それがカモ君に対するローアの評価だった。

驚きもある。畏怖もある。だが、それだけに力強い援軍だと思った。

逆にネーナ王国の人間達は自分達を害した人間がカモ君だと気づいた瞬間。驚きから安堵。そして、嗜虐心に駆り立てられた。

 

「おいおい、まじかよっ。運がいいな、俺らはっ」

 

「ここでボーナスの方からやってくるなんてなぁっ」

 

ゲラゲラと笑い声をあげてカモ君達を馬鹿にするネーナ王国の使者達。

彼等の蛮行には裏があった。

モカ領で好き勝手に暴れる事でこなせる任務はいくつかある。

 

モカ領を害して、決闘に出向くカモ君の心境を乱して、実力を少しでも削ぐこと。

騒ぎに乗じて、クーとルーナを誘拐。カモ君への人質とする。

モカ領を害して、カモ君をモカ領に留まらせ、決闘に向かわせない事。

そして、カモ君の殺害。

ただし、そこに『主人公』がいれば即座に引き上げるという物でもある。

 

モカ領で乱暴狼藉。乱痴気騒ぎをしていたのもカモ君の心境を苦しませ、足を止めさせ、あわよくば始末する。

彼等はモカ領で騒ぐだけでも多額の報酬が約束されている。実に楽で愉快な仕事だ。

ただ、問題が二つ。

 

一つはそこを守っていたローアではなく、クーの力があまりにも強すぎた事。クーのせいでなかなか任務が進まなかった。今は子ども故に風邪をひいて今はおとなしいが、元気だった場合、自分達の数人は殺されていたかもしれない。

二つ目は突然の乱入者により、自分達の三分の一が戦闘不能に追い込まれたことだ。

 

だが、そんな問題もカモ君をここで仕留めれば帳尻が合う。むしろ、カモ君を仕留めた時の報酬が大きすぎてプラスになる。

文字通り、鴨がネギをしょってやって来たのだ。

ネーナ王国の使者達は既に完全装備の上、いつでも戦闘に入れる。こうなってしまえば、カモ君の攻撃は自分達には通用しない。

彼の実力はリーラン王国に潜り込んだ工作員から知らされている。それらを加味しても負ける気がしなかった。不意を突かれなければ自分達は負けないのだ。

 

「よくも、私達の仲間をやってくれたな。代償はその命を持って償ってもらうぞ」

 

「おいおい、この獲物は俺がもらうぜ」

 

ネーナ王国の使者達に仲間意識はほぼ無い。あるのは我欲。少しでも美味しい汁を吸う輩だ。むしろ、足の引っ張り合いをしているとも言える。

奴等の目は完全にカモ君達を下に見ている。まるで森の中で商人を見つけた盗賊のように下衆な感情を隠す素振りも無いものだった。

 

「獲物?エミール様が獲物とはどういうことだ!」

 

「今から死ぬ奴に関係はないだろぉ~。ぎゃはははっ」

 

モカ邸に着いた火が消えた事で、多少は理性が戻ってきたカモ君の目に知性が戻ってきた。と、同時にカモ君から発されていた気配も弱まる。

それを見て、カモ君が日和ったと感じた使者達は更に暴言を吐く。

 

「っと、そうだ。任務ついでにここにいる女でも遊ばせてもらうぜっ」

 

その言葉にカモ君の眉尻がピクリと動いた。

モカ邸にいる女性は主に三名。

ルーシーが屋敷から飛び出したことは、彼女を攻撃したからいないと判断できるだろう。

モークスはもうおばあちゃんだ。彼等の言う遊び相手にはほぼならないだろう。

消去法で行くとルーナという幼女だけになる。

いや、そうはならない。奴らはルーシーとモークスを見間違えただけかもしれない。そうでなければならない。そうだった場合、カモ君は。

 

「お前、ロリコンかよっ。まあ、あの髪は擦れば気持ちいいだろうがよ~。まあ、いいや、俺の愛れもしてもらうか」

 

「じゃあ、俺はあの生意気な魔法を使うガキにするぜ。顔は良いからよぉっ」

 

「ショタかっ。お前もいい趣味しているぜ。穴があれば何でもいいのかよっ」

 

「「「ぎゃはははははっ!」」」

 

かすかに振るえているカモ君を見て使者達は大声でバカ騒ぎをする。

目の前のカモ君は恐怖で打ち震えているのだと。だが、カモ君をよく知る衛兵は違う。

これはあれだ。カモ君はとてつもなく怒っているのだと。

あれは、モカ邸でカモ君がクーとルーナと遊んでいる時にモンスターや盗賊の報せを持ってきた時に見せる武者震いのような物。しかも、先ほど彼等が感じていた気配。カモ君をモンスターだと勘違いしていた物に似ている。いや、それ以上か。

 

カモ君は愛する弟妹のためなら。地位も名誉も捨てる。命だって放り捨てる。だが、今はそれ以上の怒りだ。クーとルーナを凌辱すると宣言した輩相手に慈悲はもちろん無い。ある意味、命以上に大事な『愛する弟妹達からの評価』が下がってでもこいつらは殺すべきだと。

 

「死ねぇえええええっ!」

 

カモ君はまだ十分に休めていない体に鞭打って飛び出す。

ローア達との連携もモカ邸の防衛も考え無しに使者達に突っ込んでいった。

 

「馬鹿がっ、お前が死ねぇっ!!」

 

カモ君に最も近い、ミスリルで出来た全身を覆う西洋を思わせる鎧を着こんだ男がカモ君に向かって、同じくミスリルで出来た手甲で殴りつける。彼はいわば対カモ君装備を渡された人間だ。

カモ君以上の格闘術を持つ彼は魔法が苦手で打ち合いになればカモ君には負ける。だが、それも全身を覆うミスリルが弾いてくれる。

ミスリルはそこらの金属に比べ、頑丈で、防具ならば魔法もある程度弾き、軽い。

格闘術を主にする彼でもほとんど阻害しない程の軽くて丈夫な鎧を着こんだ人物ならカモ君を圧倒することも出来る。

現に目の前まで迫ったカモ君に余裕でカウンターの左ストレートを突き出す。

カモ君は補助魔法を使ったのだろう。彼の体がにわかに光り少しだけ突っ込んでくるスピードが上がったが、カウンターは余裕で間に合う。

 

ぐしゃりと。カモ君の鼻っ面を文字通りへし折る左ストレートが突き刺さる。

それににやりと使者たちは唇を曲げ、大笑いをしようとした。だが、それは。

 

 

 

ヅガマエダ

 

 

 

カモ君も同じだった。

カモ君は確かに突っ込んでいったが、腕はまだ振りかぶってもいなかった。彼はもとより、相手のカウンター狙いだ。

何もカウンターのカウンターを狙ったわけではない。相手を殴ってもこちらの拳が砕けるだけ。

目の前の男はもちろん、その後ろにいるローブのようなものを着込んだ輩を殴ってもおそらく効果は無いだろう。それだけの自信を相手から感じ取っていた。

だったら猶更、一番重装甲。ミスリルの輝きを放つ男のどこを殴ってもダメージを負うのは殴った側である。

使者の伸びきった左腕をから絡めとるようにカモ君は殴られた顔を中心に勢いよく回転。その際に相手の左手首を自身の左手で掴み背負い投げを行う。

投げられそうになった使者は油断したと思ったが、こちらはまだ複数の味方。しかもカモ君側の攻撃は効果がない。投げた後に関節技でもされようともその瞬間、自分の仲間がカモ君を襲う。手柄を奪われるのは癪だが、投げられた男は余裕だった。

 

だが、その仲間を自分が。自分の体が使者の男が襲った。

 

「「ぶげぇっ!?」」

 

正確に言うのであれば、カモ君は男を投げた後も手を放さず、更に回転して更に使者の男を投げるようにぶん回し、すぐ後ろにいた別の使者に男の体をぶつけた。

いくらマジックアイテムとはいえ、ミスリルほどの硬さをぶつけられたらさすがに痛みを伴う。投げられた男も振り回されっている状態で受け身も取れないまま、物理的に振り回されていた。

その痛みで怯んだ相手をミスリルの鎧で殴りつける。それは正に。

 

カモ君はミスリル鎧(こん棒代わり)を装備した。である。

 

鎧を着こんだ大人を振り回せる膂力は普段のカモ君でも出来ない。

それが出来た要因は三つ。

 

カモ君のブラコン・シスコン魂に火をつけて脳のリミッターが解除された事で火事場のクソ力が発動したこと。

カモ君が使った補助魔法で筋力を補助したこと。

そして、最後にミスリル鎧が軽かったこと。

 

使者がカモ君を挑発しなければ、火事場力も発動しなかった。怒りを超えて、殺意を感じさせたため、補助魔法を使うという事もなかった。

そして、ミスリル鎧じゃなく、それこそ鋼や鉄と言った物理的に重い金属が使われた鎧ならいくらカモ君でもぶんぶん振りませなかった。

 

そんなミスリル鎧を振り回すカモ君に呆気を取られ、殴られていたネーナ王国の使者たちだが、カモ君の進撃をこれ以上させないとカモ君を攻撃しようとしたが、それをローアが率いる衛兵達に阻まれる。

 

「こいつらを押さえつけろ!何があってもエミール君の邪魔をさせるな!」

 

「「「おおーっ!!」」」

 

自分達の攻撃を受けても平気な顔をしていた使者達が初めてダメージを負った顔を見せた。

ここでカモ君がやられれば全てが蹂躙されてしまう。だが、カモ君にこのまま攻めてもらえれば勝てるかもしれない。

カモ君が、ミスリル鎧の男で殴っている人間を除いた使者達をローア達が全力で押さえつける。攻撃は通用しなくても妨害なら彼等にも出来る。

それを使者側もわかっていた。だからこそ、今、一番暴れているカモ君を仕留めようと使者達はしかける。

 

「「「どけぇえええっ!!」」」

 

「「「行かせるかぁあああっ!!」」」

 

カモ君対使者の一人。

ローア&衛兵対使者達。

 

戦況は二つに分断された。そして戦況は少しずつカモ君達に傾きつつある。

ネーナ王国の使者達は殴られ慣れていない。常に自分達が上位であり、それが脅かされるものではないと考えていたからこそ、こうやって、少しでも不利になれると弱腰になる。

そうやっている間にカモ君が使者の一人を殴り倒した。

ミスリルで殴られればさすがに少しのダメージはあったのだろう。大した外傷は見られないが、痛みから来る失神か。それとも打ち所が悪かったのかとにかく一人倒したカモ君は、手にしたミスリル鎧の男を振り回しながら使者達に襲い掛かる。

ローア達は日ごろの訓練の成果でカモ君に向けて使者を一人突き離すという連携を見せた。

その一人。また一人とカモ君は使者達を叩きのめしていった。

 




カモ君の思考と表情のシンクロ率400%突破!
止めて、カモ君!それ以上暴走したらクーとルーナに嫌われてしまう!
理性はまだ残っている!まだ人に戻れるんだから!
やりたい事と成すべき事が重なった時、殺意が目覚める!

次回 カモ君処す!


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第十二話 ネギを巻く。挿すことも検討中。

カモ君による殴殺劇はとうとうクライマックスに近づいていた。

 

「ひ、ひぃっ」

 

意識を保った使者は偶然か必然か。

ルーナを凌辱すると発言した使者だけになった。

カモ君にずっとぶん回された男の意識は最初の一人を殴り倒した時点で失い、左腕の関節全ては外れ、蛇のように伸びきっていた。兜の中は吐瀉物で匂っていたが、それ以上に周囲に漂う血の匂いで鼻は詰まっていた。が、それ以上にカモ君が怖かった。

瞳孔は開き切り、全身血だらけで、全身で呼吸している姿は正にモンスターと言ってもいい風貌だ。何より一向に変わらない殺気。

大なり小なり出血して倒れ伏している味方を見て、最後の使者は逃げたい。生きたいという本能から、カモ君の凶行をどうにか止められないかと脳を最大限活用して、言葉を振り絞る。

 

「わ、私達は使者だぞっ!その使者を害したとなればお前たちもただでは済まないぞっ!わかっているのか!」

 

「ふざけんなっ!それに胡坐をかいて好き勝手やっていたのはお前達だろう!自業自得だ!クー様やローア様、エミール様がいなければもっとひどい惨状になっていたんだぞ!」

 

衛兵の一人が最後の使者に向かって怒号を飛ばす!戦闘不能になった使者達の拘束を終えた別の衛兵たちもそうだそうだと叱責を飛ばすが、使者は開き直って言葉を続ける。

 

「それがどうした!我々の方が偉いんだ!貴様らのような下っ端が意見するんじゃない!」

 

「お前、馬鹿だな。今、偉いとか下っ端とか関係ないだろうに」

 

怒りと返り血で顔どころか全身真っ赤なカモ君にそれが通用すると思っているのかと、ローアは使者の発言に呆れた。

偉い奴が場を制するのは政治や経済でのみだ。このような戦いの場で強い者が場を制する。

使者の言葉を借りるのなら、偉い奴が強いのではない。強い奴が偉いのだ。

そんな強い奴。カモ君は使者の言葉に耳を傾けず、あるいは傾けてなお、仕留めようとミスリル鎧を叩きつけた。

 

「えぐぅっ!?き、貴様、これが本国に知られればただではすまんぞ!貴様も!貴様の守ろうとしたものもだ!」

 

使者は前情報でカモ君が弟妹達を大事にしていることは知っている。そんな二人を害すると言ったからカモ君はお怒りになっている。ならば、それを鎮めることが出来るのも弟妹関係だろう。

その考えは当たったのか、カモ君が再度、使者に叩きつけを行うことはなかった。それを好機と見た使者は言葉を続ける。

 

「こ、ここまでにしようじゃないかっ。ここで見逃してくれれば我々もこの地を去る!この事も報告もしない!もう手出しもしない!どうだ!これで手打ちにしてくれないか!」

 

勿論、嘘である。

この使者は今を無事乗り越えれば何かしらの報復かその手伝いを行う。

無駄にプライドが高い使者はひとまずこの場を乗り越えようとした。だが、

 

「オマエガソレヲマモルホショウガナイ」

 

地の底から響いてきたかのようなかろうじて人の声を発しているカモ君を見て、使者だけではなく、ローアや使者達もすくみあがった。

戦闘の決着がつくまでは誰もが興奮状態だったためカモ君に怯えることはなかった。だが、戦闘を終えた今、冷静さを取り戻した今だからわかる。

カモ君の現状に。怒気に。殺気にこの場にいた全員が呑まれていた。

 

「ひゅっ」

 

カモ君の言葉を聞いて使者は腰が抜けその場にへたり込んだ。

 

「オマエガルーナヲケガソウトシタコトモワスレナイ。ソレニ」

 

ガパッ。と開かれたカモ君の口からは異常なまでの蒸気が出ていた。まるで給湯器のような湯気に。理性がほぼ宿っていない瞳で使者を捉える。が、次の瞬間、不意にカモ君に理性が持った。

 

「お前達をここで消せば何も問題はない」

 

カモ君はブラコンでシスコンだ。どんなに狂暴化しても心の片隅にクーとルーナの事が常にある。二人の障害になるのなら自身すらも排除する冷静さは残るのだ。

 

乱暴狼藉を働いた使者を見逃すのも、看過する事も弟妹達の害になる。

ならば、元から使者などいなかった。もしくはどこかへと消えてしまったといえばどうにかなる。ローアも衛兵たちもきっとこの事に賛同するだろう。仮にばれてもカモ君を突き出して、ローア達は無関係を装えばいい。

 

カモ君がそう伝えると使者は体中のから体液を噴出した。

目の前のカモ君は自分を殺すために、今だけ理性を取り戻した。

自分達を止める為に人を捨て、自分達を消すために人を取り戻した。

まるで機械にオン・オフの使い分けをする奴の聖域を汚したことに今更後悔した使者は恐怖から気絶した。

気絶と言う簡単な方法で現実逃避した使者をカモ君が許すはずもない。こいつらには恐怖と痛みを刻みつけて消さなければならない。それはローアも衛兵達も同じ気持ちだった。

場の雰囲気を制したカモ君が気絶した使者に向かってミスリル鎧を叩きつけて、起こそうとした時だった。

 

「にぃにっ。駄目っ」

 

べちゃりと。全身に浴びた返り血でカモ君自身が不快だと感じている体に縋りつく小さな感触。

 

間違えるはずがない。間違えて、たまるか。自分はそれを守るために非道を行っているのだから。

 

「だめだ。こいつらはここで仕留める。だから、離れろ。…ルーナ」

 

ピンクの寝間着は当然血まみれに。綺麗な銀髪も、白い肌も赤黒く、臭く、汚い物で汚れてほしくない。

カモ君は振り向かずに自分の足に抱き着いてきたルーナに離れるように言う。

自分は血まみれで外見的に。人の感情を捨てて使者達を殺そうとした内面的に。汚れきっている。

今の自分を見てほしくなかった。触れてほしくなかった。

だが、そんな余裕も先ほどまでなかった。

 

「駄目だもん。だって、にぃに。それ以上やったら、遠くに行っちゃうもん。そんなのやだもん」

 

ルーナにとって、自分達を害していた使者達がどうなろうと知った事ではない。むしろ、自分達を怖がらせた奴が死んだ方がせいぜいする。だが、使者を殺すのが、カモ君だった場合は駄目だ。

自分を大事にしてくれる。愛してくれる人がその罪をかぶってしまえばきっと。もしかしたら永遠に会えなくなるかもしれない。触れ合えなくなるかもしれない。

それは嫌だ。兄であるカモ君やクーでも嫌だ。だから、止めた。汚れることも嫌だが、こんな殺伐とした場に出るのも嫌だ。だが、窓からカモ君の戦いの終盤まで覗いていたからこそわかる。

自分の兄が何もかも投げ捨てて戦っていた。このまま戦えば体に怪我を負わなくても、きっと心に何かしらの問題が起こる。それを幼いながらも感じ取ったルーナはプッチスやモークスの静止の声を振り切り、屋敷を飛び出した。

 

「もう、大丈夫だから。全部、終わったから」

 

「………」

 

敵味方の識別能力以外の殆どを戦闘に振り切っていたカモ君の瞳に知性が徐々に戻ってくる。決して弟妹達の前では見せない狂気に毒された表情に優しさが戻ってきた。

震えているルーナがカモ君にしがみついて一分ほどして、ようやく。いつもの通りの兄の声で語りかけた。

 

「…ルーナ」

 

そう言って、カモ君はようやくミスリル鎧の手首を離した。ずっと握りしめていたから痺れて震えるその手の平を、残っていた残りかすともいえる魔力でお湯を作り出して軽く洗う。

血まみれの自分に抱き着いた時点でルーナも汚れてしまっている。カモ君が撫でればさらに汚れてしまうのではと思ってお湯で洗いはしたが、完全には落とせていない。

撫でることをためらっていたが、それを察してかルーナはその手を取り自分の頭に乗せた。

 

「…にぃには汚くないよ」

 

まだ、この場に残った異様な熱気と雰囲気。そして、目の前に広がる惨状で震えているのが分かる。それでもルーナは強がってカモ君の手を受け入れた。

 

「…そうか」

 

そう言って苦笑したカモ君の表情はいつもクーとルーナの前で見せていた穏やかな物だった。そして、カモ君もその場にへたり込んでしまう。

いつもなら強がってルーナの前では決して見せない弱った姿だったが、この時点でカモ君の魔力も体力も。それを支える精神力も残っていなかった。

そんなカモ君を見てようやくローアは、カモ君がぶん回していた鎧の男と気絶した使者の捕縛に動いた。それほどまでにカモ君の雰囲気は異様だった。

カモ君も意識を保っている事もギリギリと言った具合だ。だが、ここで気絶するわけにもいかない。使者達を捕縛し、その上でコーテ達のいる宿屋まで戻り、ネーナ王国との決闘を行わなければならない。休んでいる暇などないのだ。

ローア達が捕縛を見届けた後、座り込んでいたカモ君は立ち上がりローアに頭を下げた。

 

「すいません。ローアさん。俺をコーテ達のいる宿まで運んでくれませんか」

 

「…くっ。エミール君。君と言う奴は…。わかった用意しよう」

 

カモ君の図体は成人男性以上。今の状態では乗馬も上手くいかない。だから、馬車で自分を送ってほしいと願い出た。

ローアもわかっているカモ君に時間がない事も状況的に追い詰められていることも。だからこそ、ローア自身も心身を奮い立ちながら衛兵二人に声をかけてカモ君をモカ邸にある唯一の馬車に乗せた。幸い、屋敷の外れに設置していた事で馬車と馬自体は無事だった。

血で汚れた体を洗うことも出来ずにカモ君は馬車に乗り込む。それを涙ながらに見守るルーナ。

何度も仕方ない事を乗り越えてきたからこそ、ルーナは涙を零しながらでもカモ君を見送ることが出来た。

 

「…ローアさん。皆。後をお願いします」

 

「ああ、君も頑張ってくれ」

 

「エミール様っ!ありがとう、ございましたぁっ!」

 

本来なら自分達だけで解決しなければならないのに、カモ君に迷惑をかけてしまった。そして、一番消耗したのも彼だ。ならば、自分達が泣き言など言えるはずもない。

任されたからにはそれに答えねばならない。

ローアと衛兵達は、めったに見られない疲れ切ったカモ君を心配させないように力強く送り出した。

 

「…じゃあ、行ってくるよ。ルーナ」

 

「にぃに。絶対、帰ってきてね」

 

兄妹が交わした言葉も時間も少ない。だが、そこには確かな想いがあった。

そして、馬車が動き出した。

あと三時間で日が昇るだろう時間帯。本来なら就寝している時間帯。その上での激戦と消耗でカモ君は今にも意識を手放しそうになっていたが、ルーナの姿が見えなくなるまで手を振る。そして、見えなくなり、ようやく一息つこうとしたところで気が付いた。

自分と同じ馬車の中で自分を護衛してくれる衛兵。そして、その隣に山積みになったローブや鎧。杖に剣といった様々なアイテムの山に。

 

「…これは?」

 

「使者とかいう馬鹿達からはぎ取った物です。本当ならしかるべき場所に持っていくのが筋ですが、エミール様達が使った方が有意義でしょう」

 

衛兵はそう言って、少し悪い顔でエミールに詳細を語った。

本当ならローアを通じてリーラン王国に寄与すべきだ。そこから犯罪の証拠を立件しなければならないのだが、ローアも衛兵達もあえてそうせずにカモ君の力になろうとした結果だった。

 

「お前たちも悪よのぅ」

 

「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 

そう言って笑いあった後、カモ君は今度こそ疲れ切ったのか、その衛兵に向かって少し休む。宿に着いたら起こしてくれと言い残し、そのまま座席に座ったまま眠りについた。

 

「必ず。必ずや貴方をお守りします。エミール様」

 

そうして、カモ君がコーテ達のいる宿に辿り着いたころには太陽が地平線の向こう側から登り始めていた。

宿につき、起こされたエミールは自分の足で宿の玄関をくぐるが、血まみれであることは変わらない。宿の店主に無理を言ってお湯の張った桶を用意してもらっているところにコーテ達がやって来た。

血まみれの彼を見た時、彼女達の悲鳴も上がったが、殆どが返り血で怪我らしい怪我と言えば鼻の骨を折ったぐらいだ。と伝えるとコーテの回復魔法で治療を受け、外傷だけは完全に癒したカモ君は、店主の持ってきたお湯で全身にこびりついた血を洗い流し、用意してきた着替え。ジャージを着こんだ。

その頃には宿の朝食も出来上がっており、それを頂いたらカモ君達はすぐにでも出立しなければならない。

朝食を取りながらモカ邸であったことをかいつまんで話す。

それを聞いたシュージを始め、他のメンバーは驚きつつも、カモ君が持ってきたアイテムの山を見て、それが本当なのだと実感した。

凶行の事は話さなかったが、また無理をしたことを知られればいらぬ心配をされるだけだと思っていたカモ君だったが、コーテにはそれとなくばれて移動する馬車の中で小さい声で叱られた。だが、それも数分だけ。彼女にはわかっていた。カモ君がまだ疲れていることを。

移動中の馬車の中。コーテの隣に座っていたカモ君が移動し始めてすぐに眠り始めた事を確認したコーテは優しい笑顔を見せながら彼に毛布を掛けた。

 

 

 

カモ君がモカ領を出る数分前にクーは屋敷で目を覚ました。

 

「…はっ。いっつぅ」

 

まだ、風の影響が残っているのか、痛む頭を押さえてクーはベッドから上半身を起こした。が、それをすぐ傍で待機していたモークスに抑えられた。

 

「クー様。もう大丈夫です。もう、終わりました」

 

「…モークス。終わったとはどういうことだ」

 

頭痛と倦怠感を堪えながらもクーがモークスに尋ねると彼女は一部を省いて詳細を語った。

カモ君が助けに来てくれたことで、使者達を鎮圧することが出来た事。

あれだけの惨劇があったものの彼等が持っていた回復薬が上等だったため、死人は出なかった。重傷者は数人出たが、その回復薬で回復し、今は休んでいるが、しばらくすればまた落ち着いたモカ領が戻ってくると。

カモ君が狂暴化した事は敢えて省いた。カモ君もそれは伝えてほしくないだろうとモークスとローアの考えの元、衛兵達にもその事は黙っているように伝えている。

 

「…にー様が。来てくれた、のか。…はは、情けないなぁ」

 

「ああ、まったくだ。だが、それは君じゃない。私の責任だ」

 

本来なら自分達だけで解決すべき事。それを兄に尻拭いさせたことをクーは情けなく思っていた。だが、それは見当違いだ。なぜならば、今の責任者はローアであり、それを守るのは衛兵達だ。中には王都から直々に派遣された衛兵もいたのだが、そんな彼等でも抑えられないくらいの蛮行を使者達は働いた。今は奴隷用の手錠と首輪でその力を封じ込め、牢にぶち込んでいる。

 

「クー君。君も。そして、エミール君もまだ子どもなんだよ。いくら魔力が強かろうと筋肉が凄かろうと。君達はまだ子どもだ。それを守るのが大人である私達なんだ。…実際は出来ていないがね」

 

少し悔しそうな表情を見せたローア。自分達だけではネーナ王国の使者は対処できなかった。

クーがいなければモカ領はもっとひどい状況だった。

カモ君が来てくれなければ死んでいたかもしれない。

子どもに頼り切っていると思い知ったローアや衛兵たちは悔しく思い、今もなお、奮起している。事が収まり次第鍛錬をし直そうと心に誓っていた。

 

「…クー君。君に。いや、君達に誓おう。私達、大人は強くなる。君達が大人になるその時まで、君達を守ろう」

 

クーの前には強くなろうとしている立派な『大人』がいた。

まるで、カモ君のような決意を秘めた『男』の姿があった。

クーの大人に対するイメージはあの毒親のギネだ。モークスやプッチスは大人と言うより身内のイメージが強い。

だから、内心、大人には期待していなかった。だが、目の前にいるローアからは頼れる大人を感じた。もしかしたら、知らないうちに見下していたかもしれない。

そう思ったからこそ、クーはローアに返事をした。

 

「僕が。いや、俺が大人になるまで。どうかよろしくお願いします」

 

「ああ。任せてくれ」

 

クーの言葉に強く頷いたローアはクーの部屋から出ていく。

それを見送ったクーもまた強く決心した。

 

にー様。僕ももっと強くなります。にー様に頼らなくてもいいくらいに。にー様が心配しないような強い男になります。だから、にー様も頑張って下さい。

 

 

 

そんな、想いを馳せられているカモ君。

万全を期すために、馬車の中で休み馬車の中ではほとんど寝ていた彼は疲弊した体を癒すためにひたすら休んでいた。

国境を越え、ネーナ王国の一角に辿り着いた時には夕暮れ時。

リーラン王国の用意してくれた滞在先の宿屋で、カモ君は使者達が押収したアイテムをシュージ達に分配して、万全を期して対処しようとお互いを鼓舞した。

そして、翌朝。

ネーナ王国に設置された巨大なコロシアム会場。

リーラン王国の武闘大会よりも広い立地に、より多くの観客を迎えることが出来る会場。そして、充実された選手控室。その部屋の中で。

 

「へっくしゅっ」

 

「お前、万全でいこうって言った傍から…」

 

カモ君は風邪を引いていた。コーテの看病の一環でねぎを首に巻いているが、明らかにコンディションが悪い。

 

(血で)びしょ濡れで寒空の下にいたら、そりゃ、風邪もひきますよね。

…やっべぇ。どうしよう。

 



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旗だらけのカモの煮っころがし
序章 これは勝ちましたわ


ネーナ王国の最西端に当たる領地の一角。

そこはリーラン王国の領地に接する事から防衛線を兼ねた城塞都市だった。

だが、ここ数年のうちに自国の戦力。特に魔法関連の力が上昇したことにより、防衛地点とは名ばかりのリーラン王国の攻略拠点となりつつあった。

武器の質は魔法の力の上昇から来る、より効率的なダンジョン攻略の成果から上がった。

特にマジックアイテムだけではなく、魔法金属も出土する深層と呼ばれるダンジョンから入手する事で一般的な武器や防具といった兵器の質は上がった。それを扱うネーナ王国の兵士たちの力量も上がった。最早、ネーナ王国は世界一の軍事国家だと宣う役人が出るほどである。

そんな人達の意志が具現化するように設けられた施設が出来た。

それが決闘場。コロッセウム。

そこで行われる第一試合はリーラン王国と自国。ネーナ王国から選出された選手同士の殺し合い。リーラン王国のモカ領を賭けた決闘だ。

選手は魔法を学ぶ学生と言う幼さを隠しきれない子供と言ってもいい生徒だ。

だが、そんな事は関係ないと盛り上がるネーナ王国の国民達。

決闘前に互いの選手となった子供達が決闘会場。直径百メートルの円状の舞台の上に上がって来た時は更に盛り上がった。

簡単なルール説明を受ける両者だったが、明らかにリーラン王国側からやって来た選手は気おされているように見えた。それもそうだろう。彼等にとっては完全にアウェーでの戦いだ。

この施設を作り上げたミカエリ・ヌ・セーテと彼女の護衛数名。そして、リーラン王国やって来た役人数名だけが、リーラン王国側を応援する側だ。残りは全てネーナ王国の人間だ。99%ネーナ王国と言ってもいい。

そんな中でも毅然に立ち振る舞うリーラン王国側の選手達。それを気に食わないとヤジを飛ばす観客達だが、そこには加虐心を隠そうともしない下衆な表情だった。

見るからにわかる。

ネーナ王国は整然とされ、統一された白一色の鎧。もしくはローブを羽織っていた。用いる武器は剣や杖と言った多種に行き渡っていたが、そのどれもが上級アイテム以上の物。更には控室にはその倍の種類のアイテムが用意されており、どのような相手が来ても対応できる。その上、回復アイテムも充実している。

前述もしたが、ここ最近のネーナ王国の力は増している。今回出場する選手達もその恩恵がある。力量・装備品・物資。その全てにおいてネーナ王国はリーラン王国の上を言っていると誰もが信じていた。

リーラン王国の選手達の装備も悪くはないだろうが明らかに格落ちだろう。

その上、統一性のないアイテムを装備したリーラン王国の選手の表情から見ても力量は幼いと素人目にはそう映った。

特にリーラン王国のリーダーを務める少年。…少年?は遠目に見ても顔色が悪い。この試合会場の圧に参っているのか終始しかめっ面をしていた。

ルール説明から出場選手の紹介をした後に各陣営に戻っていった選手達。

自国側には完成を。相手国には罵声を。

あまりにもわかりやすい特色を見せた決闘場。

そして、準備を終えた選手達が試合会場に現れた時にネーナ王国側の人達は確信した。

間違いなく副将である少年には勝てると確信した。

なぜならばその少年は準備してきたにも関わらず試合説明の時よりも明らかに疲弊していた。より正確にいうのであれば、全身で息をして、血行は良くなったようだが体の節々に血で汚したような跡が見られた。まるで、控室で激闘を繰り広げたかのような疲労を見せていたのだから。

 



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第一話 間者

リーラン・ネーナ王国合同開催による決闘。

表向きは両国の交友を深めるための催し。だが、その内容はルール有りの殺し合い。土地やアイテムの賭け試合。そして、互いの力を見定めるもの。

本来ならリーラン王国側が有利な試合内容。

 

護身の札と言う安全装置があるリーラン王国特有のアイテムがあるからこそ決闘の回数はリーラン側が圧倒的に多い。だが、国家機密でもあるアイテムを敵対国になりつつあるネーナ王国側に貸し出すことが出来ないため、文字通りの命のやり取りをする羽目になった。

命の危険がないから全力を出せた。自分も相手も死なないという庇護下にいたリーラン王国側は怯えや躊躇いは少なからず出てくる。

 

次にネーナ王国の方針転換から来る国力の増強。

まるで神の恩恵を受けたかのようにめきめきと力をつけてきたネーナ王国の人達の能力は平均的に見ればリーラン王国を超えている。

 

そして、決闘会場がネーナ王国の領地開催。

場の雰囲気と言うのは選手には大きく影響する。応援されれば勢いづき、非難されれば衰える。

そして、お国柄なのかネーナ王国に人間は調子に乗りやすい人間が多い。

 

そんな状況で決闘に挑むカモ君達。

シィとネインの二人はカモ君ほどではないがモンスター退治や盗賊退治と言う荒事に多少慣れていた。実戦慣れしている先輩二人は普段なら頼りになる先輩なのだが、レベルがカンストしてしまっているカモ君からしたらそうではない。

決闘前の選手紹介の時。風邪で朦朧としていたが、相手の装備品や魔力の波動から強者である事は理解できた。なにより、ネーナ王国の選手達の余裕のある表情から自分達が格上だと自信を持っていた。

カモ君だけではない。それは先輩であるシィやネインも感じ取っていた。直接参加しないキィやイタでもこちらが不利だとわからされてしまった。

だが、幸いなことにこちらには天下無敵。に、なる予定の主人公であるシュージがいる。

彼の魔法ならネーナ王国選手に通用するとカモ君は信じていた。

 

決闘のルールは一対一の勝ち抜き戦。五人目を倒した時点で決闘は終わる。

最初の一人が負け、次の選手を決めるまでは十分の猶予が与えられるが、それを超過した場合、その選手の負けとなる。勝った選手は十分休めるが、それを超過すると不戦敗判定を受ける。

相手が降参する。気絶するなどといった戦闘不能。勿論、これには死亡も起用される。そうなれば決闘終了。その際、倒した相手の装備品を好きなだけはぎ取ることが出来る。

そして、次の試合が始まるまでの五分間は勝った側の選手にも所属チームからの回復。ポーションや魔法でのケアが許される。

その間に選手を癒して次の試合に挑めという事だ。選手は開始直前に決めて決闘を始める。

 

ルール説明はそれぐらいだが、これは暗に補助あり。妨害あり。と、言っているような物だろう。

現にリーラン王国控室に入るなり、天井の一部をずっと眺めているコハク。それを不思議がっていたコーテもそこに視線を移し、しばらく注視していると何やら気配を感じた彼女は水の魔法を放つ。

何もなかったはずの空間。そこに人型の透明な何かが映し出された。と、すぐにその透明な何かは弾き飛ぶようにカモ君達を避けるように控室から逃げ出していった。誰もがそれを追おうとしたが、その瞬間にカモ君が風邪でぶっ倒れたからそれどころではなかった。

 

「あれって、スパイ?!」

 

「だろうな。他にも何かあったらまずい。試合前だが、この控室を家探しするぞ。あと、呼び出せる関係者を呼ばないと」

 

跳び出していった透明な何かを見て、ネインはこちらの情報を抜き取りに来たスパイだと考え、その言葉にシィは控室のすぐ傍で待機していた男性警備員に声をかけたが、その人は知らぬ、存ぜぬ。と返すばかり。

この警備員もネーナ王国の人間だ。自国の不利になることはしない。逆にリーラン王国の不利になるような真似は嬉々としてやるだろう。

そして、シィとネインの風魔法で探査した結果。ロッカーや扉の淵に毒針。長椅子には痺れ薬。用意された水にも毒が検出された。

 

「これはどういう事だ!ここまであからさまな妨害を恥だとは思わんのか!」

 

「それは貴方達が持ち込んだ毒じゃないですか?私は知りませんねぇ」

 

シィは激怒して警備員を怒鳴りつけていたが、警備員はへらへらと笑ってごまかしていた。

そこにミカエリとその護衛数人がやってきて、現状を把握。

ミカエリは一種の外交という事もあってか、礼服で着飾っていたが、その魅力は欠片も失うものではなかった。彼女を見ていた誰もが見とれている中、彼女もまた今までここを警備していた警備員に同じ質問を投げかけた。白と黒の入り混じった秤が付いた天秤を取り出しながら。

その手のひらに収まるほど小さな天秤が白く淡く光っている。

冒険者ギルドに属する監査員がよく使う裁定の魔法に似ているそれを見た瞬間に警備員は息が詰まった。

 

「もう一度お聞きします。貴方は何も知らないんですね?」

 

異性を引き付けるような声色と表情だが、その眼付だけは厳しいミカエリの言葉に警備員はしどろもどろになる

 

「わ、私はスパイなど知らないっ!」

 

天秤には反応は無い。嘘は言ってはいない。だが、

 

「何か裏があるのは知っていますね?」

 

「す、スパイが何なのかは知らないっ!」

 

「何か裏があるのですね?返事YESかNO以外ならその首を掻っ切りますよ」

 

ミカエリの細い指先が警備員にそっと触れた。優しいタッチだが、魔法に縁がある人間ならそこに人の頭一つ消し飛ばすだけの力がこもっていることが分かる。荒事に縁があった人間ならそれが嘘ではないこともわかるだろう。

 

「…の、NO。です」

 

ぼえぇええ。

 

浅く息を繰り返す警備員がそう答えると天秤からまるでほら貝を鳴らしたような低い音が鳴った。嘘をついている。という事だ。

…と、いうか音が妙に生々しい。金属でできていそうなそれからなんでほら貝?

 

「あらあら、これはこれは、国際問題かもしれないわね。コーテちゃん。エミール君。少し時間を稼いでくるからその間少しでも体を休めていなさい」

 

「…はぁはぁ。…歯臭い問題?」

 

「ブレスケアは貴族必須スキルでしょ、エミール」

 

ミカエリの表情と態度が鋭いものになる。明らかな妨害とそれをあえて見過ごした落ち度がネーナ王国側にあるのだと確信したミカエリは、カモ君達に向かってこの部屋の探査を一緒についてきたリーラン王国側の人間任せて、当人は警備員の胸倉を軽々と持ち上げながらその場を後にした。おそらく、ここの責任者。ネーナ王国側に直談判を行いに行ったのだろう。が、カモ君は意識がもうろうとしていて碌に返事も出来ないようだった。

 

ある意味で今回の決闘の大将。最後の砦となるカモ君がこんな状態で本当に大丈夫なのだろうか?やっぱりここはネーナ王国に寝返るべきか。と、一向するイタ。

これなら自分が何かしらの妨害をする必要もないな。と、愚考しながらもコーテと共に表面上は看護するライツだった。

 



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第二話 毒は過ぎても毒は毒。

決闘場の控室。そこは出場者が主に装備の変更をするための更衣室のような一般人の目には届かない空間だったが、そこでカモ君はガンガンと頭を殴られるような頭痛を少しでも和らげようと控室の長椅子の上で横になっていた。

 

「…エミール。大丈夫そう?」

 

カモ君のすぐ傍で腰を下ろし、彼に膝枕していたコーテが彼に話しかける。

カモ君はこの決闘場に来る前に大暴れたした事により体力と魔力を大きく消費した。そこに真冬と言う環境で体を冷やし、風邪をひいてしまった。

先ほどの選手紹介や決闘のルール説明を受ける時には、相手に舐められないために無理を押して舞台上に上がったが、控室に着くなり崩れ落ちてしまう程弱っていた。もし、これが決闘選手でなければすぐにでもベッドに寝かせるのが正しい処置である。

魔法には病気を癒す魔法もあるが、扱いが難しい。ランクは上級。レベル3と今のコーテでも何とか不渇の杖の力を借りて使えなくもないが、扱いが難しく、熟練の医者か魔法使いでもないと癒せない。

リーラン王国から送られてきた支援物資。傷を癒すポーション。毒や麻痺を取り除く解毒ポーションに魔力を幾ばくか回復させるマジックポーションはある。風邪薬もあったのだが、とある理由でここにはない。というか、その時のための補欠要員。キィである。

だが、そんな彼女はカモ君と目が合うなり、視線を逸らし俯いた。

 

「………」

 

カモ君はさすがに彼女を自分の代わりにするのは諦めた。

同じ転生者のよしみ。と言うわけではない。コンディションが悪い自分の方がキィよりも強い。それに、ここ最近のキィは気落ちしている。闇属性でレベル2。もうすぐレベル3の上級魔法が使えるかもとシュージは言うが、いくら強属性を持つ彼女のコンディションは自分よりも悪いかもしれない。

自身とコーテの回復魔法。体を少し起こして支援物資の一つとして贈られたスポーツドリンクを飲み干し、カモ君は激しくせき込みながら横になる。だが、それもすぐ出来なくなる。

もうすぐ第一試合が始まる。それまでに舞台となる会場に顔を出さねばならない。このまま横になって自分の番が来るまで休めればいいが、それだとこちらが弱っていると言っているようなものだ。そうなると相手を勢いづかせる。

そうはさせない。体に鞭を打ってでも行かねばならない。だが、それまでは少しでも休んで体を快復させないといけない。

それでもカモ君の体は拒否するように激しい咳を出させる。はっきり言って先ほどまで舞台に上がれたのも、そこでせき込まなかったのもカモ君のやせ我慢があってこそだ。本当ならシュージ達の前でも平然とすることで彼等に心配させることなく決闘に挑んでほしかったのだが、そこまでの余力がないほどにカモ君の体は弱っていた。

 

「エミール、本当に大丈夫か?これは何本に見える?」

 

「生姜」

 

「これは駄目かもしれんな」

 

勝ったな。これは。

 

そう言って、シュージは右手の人差し指と中指を揃えて立てて見せる。既にカモ君の視界はぶれ始めていたため、それが自分の欲している物に見えるほどやっべぇ感じになっていた。

ライツはそんなカモ君を間近で見ながら握りこぶしを作った。

 

「せめて、風邪薬があればよかったのに」

 

「…あった。んだよな」

 

ネインがそう呟くと『あった』と答えたのがシィだった。

そう、過去形なのだ。風邪薬を一回だけ飲んでいたカモ君。それを見ていたコハクが興味を持ってしまった。

カオスドラゴンは状態異常・弱体化の影響を受けない。勿論、病気もしないわけで風邪薬など無用の長物であった。

だからなのか、薬という物に興味を持って自分も飲んでみようと思った。

 

一口目、苦い。それだけ。二口目、粉っぽい。三口目、好きな触感じゃない。四口目、どこか良い点があるかもしれない。五口目、探求心の赴くまま服用する。………。

十五口目、やっぱり美味しくない。と、結論づいた時点で風邪薬は底をついた。

 

もともと強力な薬であった為、カモ君もあと一回か二回ほど服用すれば風邪も治せたかもしれない。

 

全ての責任はコハクにある。だが彼女は謝らない!カオスドラゴンだもの。

 

カモ君のように風邪をひいているわけではないが、頭が痛くなる事案をシュージ達は抱えてしまった。だが、その矛先を犯人に向けるわけにもいかない。向けた瞬間に消し飛ぶのはこちら側なのだから。

そんな雰囲気を普段は察することないコハク。だが、カオスドラゴンである彼女は人間よりも賢い頭脳の持ち主でもある。

 

このまま、カモ君が戦うようなことになればカモ君は意識朦朧とした状態で戦う。そして、負けてしまうだろう。それは酔っ払いが眼前の池に落ちるくらい当たり前の事。それではつまらない。色々と試行錯誤を死、奮起し、藻掻くカモ君こそ真価であると彼女は考えている。

だが、彼女はカオスドラゴン。そうそうに頭を下げて謝罪はしない。というか、出来ない。そんな事をすればオリハルコンドレスに変化したアースが無礼者と怒り、カモ君達を押しつぶすか可能性があるからだ。

だから、こちらからの施しとして、カモ君を癒してあげようと。

しかし、カオスドラゴンは治癒の魔法を使えない。だが、ドラゴンの体液は強力な秘薬の材料になるのだ。

 

「仕方ないから。私の体液をあげる」

 

風邪で苦しんでいるカモ君に歩み寄るコハクはカモ君の傍にまで歩み寄りながらそう言う。

そう言ってカモ君の顔に顔を近づけながら。

 

ガリッ!

 

と、音を立てながら勢いよく自分の舌の一部を嚙み切った。

その男らしさにカモ君は胸キュンした。風邪のせいかもしれない。

 

ぺっ。

 

コハクは彼女のつばの混ざった血を噴き出し、カモ君の口に入れた。

何も知らない人間がこれを見たら、コハクがカモ君に唾を吐きつけたようにしか見えない侮辱的な行動に、カモ君はぞくぞくした。これは風邪の症状であってほしい。

 

そんなドラゴンの出血サービスをもらったカモ君は次の瞬間、張り裂けるような悲鳴を上げた。

 

「ウボァアアアアアアアアッッッ!!?」

 

思いもよらないドラゴンの血を飲んでしまったカモ君の体に異変が起こる。

端的に言うと体のあちこちが膨張、血管が浮き出るどころか、ところどころから噴水のように血が噴き出る。目は血走り、ドラゴンの血を摂取した口からは泡を吹き、ビクンビクンと体を跳ね上げながらのたうち回る。

その異常事態にカモ君は勿論。周りにいたシュージ達も驚いて何もできずにいた。というか、急展開すぎて身動きできなかった。

 

薬も過ぎれば毒になるというが、カオスドラゴンの血を用いた。しかも薬に加工していなかったこともあってかただの毒でしかなかったかもしれない。

 

その事に気が付いたコハクは。

 

「やっちゃったZE♪」

 

と、普段は笑わないヒロインが笑ったかのような可憐な笑顔を見せて誤魔化そうとした。が、そんな彼女に構ってられないとコーテは回復魔法を。シュージ達は傷を癒すポーションと解毒ポーションをカモ君に浴びせた。

それから五分もしないうちに症状は治まったが、コーテは魔力切れを起こし、リーラン王国支給されたポーションの殆どを使い果たしてしまった。その甲斐もあってかカモ君は何とか命をつなぎ留め、なんと風邪からも回復した。が、カモ君の体力は大幅に削れてしまった。もし、彼の体力バーを確認できたのならば九割は削られ、赤く点滅している事だろう。間違いなく重症以上瀕死未満だ。コヒューコヒューと息もか細い。

 

毒(風邪)を持って毒(コハクの血)を制すると言うが、勝ったのはカモ君の生命力だった。これまでの地道な努力ではぐくんだ肉体が実を結んだ。

その光景を怯えながら見ていたイタは何とか場の雰囲気をよくしようと明るく振舞った。

 

「た、たしか、この事を災い転じて福となす。って言うんですよね」

 

災いしかないんだよなぁ。

 

コハクがいなければ絶対にそう発言するカモ君であった。

 



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第三話 マナーを守って楽しく決闘

満身創痍を隠すように息を整え、試合会場へと戻ってきたカモ君達。

時間ギリギリまで使い、体を休めていたカモ君達は闘技場。決闘場となる闘技場の真ん中に現れた。

彼等の登場と共に闘技場中からブーイングが鳴り響く。まあ、ここは敵地だから仕方ないと諦めてカモ君達は入場した。

試合が始まる五分前だというのに、その場の雰囲気は盛り上がりきっていた。中にはごみを投げつけたりする輩もいた。しかも、それが『コハク』を含めたカモ君達に投げ出した瞬間、ブーイングはぴたりとやんだ。

 

我が姫に無礼を働くか、猿ども。

 

コハクのオリハルコンドレスに変化しているアースが、怒りと言う感情を露わにする。

スフィア・ドラゴンのプレッシャーがその場を支配した。

気配を闘技場全体に向けている。全方位に向けているはずなのに。

まるで氷塊の中に無理矢理埋められたかのような気配を受けた観客は一時の静寂を強制された。そして、それは十秒後、大きな声で破られた。悲鳴によって。

 

殺される!死にたくない!許してください!

俺は悪くない!こいつが悪いんです!私の縁者を生贄に捧げます!

 

まさしく阿鼻叫喚。

体中のあちこちからいろんな液体を噴出しながら、押し合いへし合いで観客達は逃げ出した。

だが、それも仕方名の無い事。争いを知らず。されど力の差を知っている人間の前に絶対強者すら生ぬるい。何をするかわからない絶対存在の不満が自分に向けられたら誰しもがパニックになるだろう。

ネーナ王国の一般兵。それでも一般人の数倍は強いはずの彼らすらも警護の任を放り投げて逃げ出そうとしている。

それだけスフィア・ドラゴンは強い。というか、ラスボスより強い。裏ダンジョンのモンスターだから当然ではある。

意識して自身の気配を消していたというのに、悪意を自分よりも大事にしているコハクに向けたのだ。少なくても普通には暮らせない程の罰を与えなければならない。

しかし、それをコハクに止められた。彼女からしてみれば言葉の通じない羽虫が耳元で喚いているだけであり、払うだけで勝手に消えてくれるならそれで済ませる。

コハクの恩情をくみ取り、アースは、ちょっとだけの罰を与えた。

 

ブーイングを行い、闘技場から逃げ出したほぼ全観客は闘技場から逃げ出した直後、その場で転んだ。どういったわけか、彼等は全員、両足の指先の全てが何かに押しつぶされたかのようになっていた。何が起きたかはアースしか知らない。

 

そんなプレッシャーは一応味方陣営のカモ君達も押しつぶそうとしていた。が、コーテに声を掛けられたコハク。そして、コハクからアースへの言葉で何とか収まった。

 

「何度も思うが、これには、全然慣れないな」

 

「や、やっぱり嫌です。おうちに帰りたい!引きこもりたい!」

 

「いや、引きこもった所ごと押しつぶされるから、慣れも隠れるのも無意味だと思いますわよ」

 

「ほ、本当に何者なんですか…。この人」

 

恐怖に耐えるシィ。耐え切れなかったイタの言葉に、何とか恐怖を飲み込めたネインが発言する。改めて超常の存在感に怯えるライツ。

はっきり言って一つの行動で村一つ。下手すれば領一つ押しつぶされるのではと、自分達の同行者に戦慄を覚えた先輩達をしり目にシュージとキィは幾ばくか平気な顔をしていた。

この二人。いずれ自分はこれすらも超えられる可能性を持っているのだ。今は屈しても将来的には勝てる可能性を持っているために、割と平気だった。カモ君も割と平気な顔をしていた。

 

表面上は!!

 

瞼を閉じ、凛としてその場に直立しているカモ君はまるで彫刻のように力強かったが、その裏では愛する弟妹達との思い出を反芻するだけ。というか走馬灯を見ていた。そして、数秒の走馬灯の後になってようやく事態を飲み込めた。

 

あかん。死ぬぅ。

 

ように見えて若干混乱していた。が、アースが暴れればそれは現実になるので混乱ではないともいえる。

そんなカモ君の視線の先にはネーナ王国の選手たちも見えたが、目に見えて慌てていた。

逃げ出さなかったところはほめたたえるべきだが、その選手たち全員が武器を構えていた。しかし、全員が全身を覆うフードを被っていたので表情は見られなかったが、大分慌てている。二人ほど手にした武器を落とし、一人は腰を抜かしたのかその場にへたり込む。残りの二人は武器を構えるだけでいたが、その後ろでは補欠要員と補助やサポート要員は涙を流しながら、武器を構えた二人に縋りついていた。

 

 

 

それを特別観戦席で見ていたミカエリは意味ありげに微笑んで呟いた。

 

「(コハクちゃんが参加していれば)勝ったわね。この決闘、我々の勝利よ」

 

カモ君達の敗北フラグその1が立った。

 



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第四話 瞬殺。それは開始一秒未満の決着の輝き

第一試合が始まる前の動乱と言ってもいい騒ぎ中にカモ君は改めて、決闘する舞台を見る。

闘技場のど真ん中に設置された決闘舞台はコンクリートに似た石材を用いた円状の舞台。

高さ五十センチ。直径は百メートルほどの広くもなく狭くもない舞台。この舞台から落ちても敗北とされるので、立地状態も確認せねば負ける要因となる。

一応、互いの選手が確認の魔法を使って確認したがこれと言った細工は見られない。一応ミカエリという天才な変人が造ったものだから疑り深くなっていたが、公平性は失っていないようだ。

 

場の雰囲気を一時は塗り替えたが、コハク。正確にはスフィア・ドラゴンが参加しないと知るや否やあちら側の選手達は目に見えて活気を取り戻した。だが、殆どの観客がいなくなった闘技場のため、アウェー感は無くなったカモ君達にまだ勢いはある。

この勢いのまま勝つためにも先鋒は比較的に実戦慣れしていて、年長者でもあるシィになった。

彼の役目は相手勢力の把握。そして、戦況の流れを作る事。これは大役であり大事な役目だ。

そのプレッシャーをこの場の誰もが知っている。深刻な雰囲気になりそうだったが、それをシィが壊す。

 

「任された。だけど、まぁ。…全員倒しても構わないだろう」

 

あかん!シィ先輩!それは負けフラグや!

 

カモ君とキィは転生者と言う立場からそそのセリフに不安を覚えた。だが、そうではない者達にとっては心強い物だった。この温度差を知ってしまったコハクは少し身震いした。笑いを堪える為に。

 

「生き死にかかっている。何より後輩の将来を守るのも先輩の務めだ」

 

「し、シィ先輩。…ありがとうございます」

 

失礼な事を考えてしまったカモ君は頭を下げて、心の中で詫びて、体で感謝を表した。

それを見たシィは苦笑してカモ君達に背を向けて決闘が行われる舞台へと上がっていく。その最中に懐から取り出したロケット。その中には一人の女性との写し絵があった。

 

「俺。この決闘が終わったら婚約するんだ。負けられないのは俺も同じだ」

 

ちょ、先輩?!それもフラグ!

 

思わず呼び止めようとしたカモ君とキィだったが無情にも第一試合が始まった。

と、それから一拍の魔を開けてシィは相手選手の持つレイピアに体の前面を切り裂かれた。その一撃を持って意識を失い敗北した。

 

ほらねぇえええっ!!

 

第一試合はリーラン王国の敗北で幕を閉じた。

ほぼ一瞬とはいえ、シィは悲鳴を上げることも出来ずに敗れはしたが、彼の魔法が中途半端に発動したのか、それともただの偶然か一陣の風が吹き付けた。

シィと対戦すると時ですら外さなかったローブが少しはだけて、対戦相手の顔が露わになった。

 

整った顔はまるで看板役者を張れるほど整い、濃い青の髪を持つ女性。

何よりその髪をまとめている最強のアイテムを見てカモ君とシュージは唖然とした。

 

自分達と共に戦った事がある最速の冒険者。

魔法殺しと言う最強のフィジカルブーストをするマジックアイテムを持つ人間。

スピードだけなら間違いなく超人のカヒーやビコーと並び立つことが出来る女傑。

 

「勝者!カズラ・カータ!」

 

選手紹介の時、カモ君ははっきり覚えておらず、シュージ達はカモ君に気を配っていたため、気づけなかった。

フィジカルでは絶対に勝てない。同姓同名であってほしかった人物が自分達の対戦相手だ。

 

…あれ?もしかして勝てない?

 

フィジカルでは当然あちらが上。かといってあのスピードでは魔法を使う前に切り伏せられる。まさにカモ君達の天敵の登場にカモ君の不安は増大した。

 



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第五話 自爆ぶっぱ初見は度肝を抜かれる

カズラのレイピアの攻撃を受け、仰向けに倒れたシィは派手に出血しているように見えるが切り口は浅く、ポーションをかければすぐに閉じる浅い一撃を受けた。

気を失っているのは、おそらく顎を軽く殴られる形で衝撃を受けて気絶したカモ君はシィを舞台から降ろしながらそう考え、シュージ達の元までたどり着くとシィの怪我の手当てをコーテに任せる。彼には悪いが、支給されたポーションやコーテの残り少ない魔力を使った回復は出来ない。この先の決闘でどれだけ消費するかわからないからだ。

と、同時に感づく。カズラに対抗できる人間がろくにいない。

 

シュージ。ネイン。キィ。イタ。

このメンバーはノーキャストと言う即時発動魔法は使えない。そのため、魔法を使う前に仕留められる。

シュージの持つアイテム。ゴリラの心得でステータスの入れ替えも考えたが、駄目。体術では当たり前のようにカズラが上だ。しかも、魔法殺しでフィジカル面のブーストが効いているカズラには勝てない。

というか、あれだけ素早いカズラに攻撃が当たるかもわからない。

彼女を捉えるには範囲攻撃による面制圧。それが出来るのが魔法なのだが。詠唱が出来なければ無理。

カズラの一撃に耐える。そして、広範囲の魔法攻撃を行う。

この条件を満たさないと勝てない。

そして、それをギリギリで満たせるのがカモ君。それ以外では無駄に負け越してしまう。

 

クイックキャスト(笑)のスキルを持つカモ君ですら魔法が発動する前に一撃をもらうだろう。が、ぎりぎり。本当にギリギリだが一発は耐えきれる。かも、しれない。

 

…こうなったら情に訴えるか?

 

駄目だ。番外戦術を思い浮かんだが、相手もプロの冒険者。昨日味方だった冒険者仲間が敵になって斬りあうなんてざらだ。というか、カズラと話をしたいと伝えるにはネーナ国側の待機所まで赴かなければならない。あからさまなスパイ行動などさすがに許されない。

順番を繰り上げて、自分が出張るしかない。

 

「すいません。ネイン先輩。次は俺が出ます」

 

そう考え熟考したカモ君は、剣を握りしめているネインの肩に手を置いて彼女を押しとどめながら部隊会場へと向かう。

 

「い、いいえ。エミール君。次は私のはずでしょう。私が」

 

「あいつに敵うのはおそらく俺だけです。だから俺に任せてください」

 

カモ君はネインを押しとどめる為に敢えて事実を述べた。が、全てではない。

恐らく、ネインは戦えない。

先の戦い。本当に一瞬で決着した光景を見て、彼女もわかってしまったのだ。自分の剣では勝てない。魔法も当てらない。と、

何より彼女の足は震えて一歩も動けなかった。カズラの戦闘力にビビった。だけではなく、自分の死を幻視したのだ。

シィは薄皮一枚だが、派手な出血を見せた。あれは運が良かっただけ。じゃあ、運が悪ければ?考えたくもない。

気丈に振舞っているが、ネインは戦意喪失。いるだけの選手になった。

 

「カズラさん。どうして…」

 

「…なんで、敵側にあいつがいるのよ」

 

シュージは以前、共闘していたカズラがなぜネーナ側にいるのかわからずショックを受けており、キィは仲間キャラであるカズラがどうして敵対しているのかわからなかった。

だが、カモ君はここにきてやっと思い至った。

カズラは傭兵として、ネーナ王国の学生になることを『依頼』された。

魔法が使えない彼女でも魔法学園で学ぶことは出来る。

その依頼先である学校ではカズラのような相手にどうすれば魔法が有効なのかを。彼女には魔法の構造や詠唱を知るという名目で依頼されたのだ。

それはちょうどアイムのような案件だ。

冒険者は魔法使いを。魔法使いは冒険者を知ることが出来る。

自分に金があったらカズラをそう雇っていた。

気付くのが遅かった。気付いても実行できるだけの力がなかった。すべてが遅かった。

そのつけがこうなった。

カモ君は大きく後悔したが、現実は変わらない。

 

「イタ先輩。俺にもバフをお願いします。耐久が上がりそうなやつをお願いします」

 

「や、やりますけどぉ。エミール君、勝つ見込みはあるんですか…」

 

シィにも敏捷や耐久が上がる魔法は使っていた。だが、それをしてなお、シィはろくに反応できずにやられた。カモ君はシィ以上に丈夫そうだがカズラの一撃を耐えられるかわからない。

そんな不安の中でカモ君に補助魔法をかけるイタ。その不安はコハクを除いたメンバーにも伝わっていた。

 

「エミール。そんな補助魔法で大丈夫?」

 

「一番いいものを頼む」

 

コーテの言葉にカモ君はイタが使える補助魔法で一番効果がありそうなバフをもらう。

ライフアップと言う体に力が漲るという効果の魔法で、ゲームでは体力値を一時的に増幅させる光魔法。

イタはそんな魔法をカモ君に使用する。カモ君は左手を何度も握り直して調子を確認すると、待機所であるその場に寝かされているシィに感謝の念を送りながらカモ君は舞台に上がる。

相手側の休憩時間はもうすぐ終わる。下手すれば時間切れになるかもしれない事もあって、カモ君は次の決闘開始時間の一分前には舞台に立った。そこにはカズラも既に立っていた。

 

「やあ。久しぶりだね。見ない間に随分と風変わりしたじゃないか」

 

「まあ、いろいろあったんですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、いろいろあったなぁ」

 

好青年のように爽やかに話しかけるカズラだが、カモ君がこれまでの苦難を思い返してあまりにも感慨深い様子を見て追及するのを止めた。

 

「君達には恩義は感じているが。それはそれ。これでも名の通った冒険者でね。手は抜けないんだ」

 

カモ君が想定した通り。カズラはネーナ王国に期間限定。それも今回の決闘が終わるまでの契約でネーナ魔法軍学校の生徒になっており、今回の決闘に参加している。

カズラは相手がカモ君達だから命までは取らないが、手を抜くことも無い。それ相応の報酬も受け取っている。が、カモ君達にも恩義を感じている。だからこそ手加減してシィを気絶だけに留めた。

 

「それは、まいったなぁ。…ごほっ。決闘前に失礼」

 

カモ君はわざとらしくせき込み、それを左手で押さえた。

それを見たネーナ側の控え選手たちは嫌な笑顔を作る。やはり、カモ君は弱っているのだと。

リーラン王国の控室に潜んでいた密偵の持ってきた情報は正しかったのだ。

 

「…風邪かい。それじゃあ、最短最速終わらせないとね」

 

カズラはその仕草に何かを感じ取ったのか気遣う様子を見せる。が、それと同時に自前のレイピアを構える。

カモ君が何度もせき込む姿を審判も見ているが、無情にも試合開始のカウントダウンを始める。この審判もまたネーナ王国側の人間だ。カモ君が苦しむ姿を見て、舞台の端からいやらしい笑みを浮かべている。

 

「では二回戦。エミール・ニ・モカ選手対カズラ・カータ選手。試合開始まであと三!」

 

無情にもカウントダウンが始まるが、カモ君は咳がひどいのか構える事すらできないように見えたシュージ達は焦っていた。

 

「そんな!まだ風邪が残っていたのか!?」

 

「やばいわよ!カモ君!」

 

依然カモ君は咳をしているのか体を時折震わせている。

 

「二!」

 

「嘘でしょ?!エミール君!」

 

「やっぱり私が出ていれば…」

 

イタはカモ君の様子に不安が募り、ネインは震える自分の足を強く叩いて動かそうとしていた。

 

「一!」

 

「…エミール。また無茶をして」

 

体を震わせているカモ君を見て心配するコーテ。だが、その心配の内容は違う。

彼を送り出す寸前まで見ていた。これまでの付き合いの長さからわかる。

風邪の心配ではない。別の何かを心配している。

 

「決闘開始!」

 

と、審判が声を上げると同時にカズラは、五メートル以上は離れていたカモ君との距離をゼロにしていた。

まるでシィと同じ場面を繰り返しているような光景だ。既に彼女のレイピアはカモ君の右太ももから左肩にかけて振りぬかれていた。コーテ達から見る限り、カモ君の体も斬りつけられて血が噴き出していた。が、その光景が間髪入れず、いくつもの灰色に刃に切り替わった。

カモ君を中心に直径五メートル。その範囲内に巨大な岩でできた十数本もの剣が勢いよく隆起していた。

 

アースグレイブ。

 

見た通り、魔法によって地面を岩の剣にして対象を下から突き上げるという魔法をカモ君は自分を中心にして使用した。

これだけの広範囲魔法には詠唱が少なくても五秒はかかる。だから、カモ君は咳をしている演技を見せていた。その中で詠唱をとぎれとぎれに行い。残り一文字のところで止めていた。

そして、審判の開始の合図と同時にその一文字を放った。

可能であるのならばカズラに斬りつけられる前に使いたかった自爆技。だが、カモ君の一文字を発する時間よりも彼女の方が早かった。が、これまでの鍛錬で鍛えた肉体とイタの魔法のお陰で魔法を発動させることが出来た。その効力の範囲にカズラを巻き込めた。

 

地面から突き出した岩でできた幾つもの剣の刃先はなまくら以下とはいえ剣の形をしている。なんの対策もなく、下手にこれを食らえばむごたらしく貫かれ、死んでいただろう。

だが、その場にいた二人は違う。

カモ君はそれを受ける前提で前もって身構えていたこと。イタに補助魔法をかけてもらっていたことにより体にいくつもの切り傷をつけながらも宙に突き飛ばされた。

もう一人は持ち前の身体能力と魔法殺しの効果で増強された身体能力の超反応。岩の剣をレイピアで受け止めたおかげでノーダメージ。だが、その勢いは殺せずカモ君同様に宙へと突き飛ばされた。その次の瞬間二人は目が合った。

普通の人間が宙に打ち飛ばされた場合、ほとんど何もできない。

だが、カモ君は魔法使いだ。宙に打ち飛ばされた時間は一秒前後。だが、それだけあれば初級魔法は使える。

 

「ウインド!」

 

カモ君全力の風魔法。一般の魔法使いが使えば飛んできた矢を逸らすのが精いっぱいだが、カモ君は腐ってもレベルMAX。人一人くらい短い距離だが、吹き飛ばすことは出来る。

それが出来たのはカズラが魔法殺しをつけていた事。

これは魔法の恩恵を捨てる代わりに身体能力を上げる。だからこそ、その分魔法の被害も受ける。

カモ君が全力かつ放出し続けた魔法の風は、カズラを木の葉のように宙を流していき、舞台の外まで飛ばした。

その間にもカモ君は重力によって地面に。岩の剣が乱立している地面に落ちて、腰のあたりを強く打ち付けたが、カズラが舞台の外に押し出されるまで魔法を放ち続けた。そして、カズラが舞台の外まで押し出されたことを確認すると同時に魔法を止めた。

足の踏み場もない。手がかりもない。重力に逆らうことが出来ないカズラは、そのまま舞台の外に姿勢を整えて着地した。

 

「まいったな。こうくるとは、ね」

 

カズラは少し困ったような声を上げるが、その表情はどこかすっきりしたようなものだった。

 

「…審判。あれは場外だよな?」

 

仰向けて倒れているカモ君が困った顔を舞台の外に立っているカズラを見た後に審判に声をかけた。

 

「…え、あ、ああ。だ、第二試合、勝者。…エミール・二・モカ」

 

どこか呆けた声で審判は告げた。

 

どこかすっきりしたような表情で、両足でしっかりと立っている敗者。

打ち付けた箇所がまずかったのか苦しそうに仰向けで倒れている勝者。

 

両者の表情と結果はあまりにも正反対なものだった。

 



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第六話 貧弱の殴り魔法使い

倒れ伏している勝者であるカモ君を傷一つついていない敗者のカズラが、その手を取り健闘を称えながら彼をシュージ達のところへと運んだ後に自分のチームの場所に戻った。

そこで待っていたのはチームメイトからの侮蔑の言葉だった。

 

「き、貴様っ!あれだけの報酬を渡してやったのにこの醜態はなんだ!」

 

「いやぁ、これでも全力だったんだよ。それで負けてしまったんだ」

 

カズラは両肩をわざとらしく上げながらもお手上げと言わんばかりの態度を表した。

そう、カズラは一応全力だった。全力でカモ君を無力化しようとした。

カモ君達に恩義がある彼女は現雇い主から全力で戦う事を命じられていた。だが、倒し方までは注文されていない。

彼女が殺す気でカモ君を害そうとするのなら、下から上へと切り上げる動作ではなく、心臓。もしくは脳天。喉元への刺突。そうすればカモ君も反撃は出来ずに死んでいた。

カモ君を殺せば特別報酬も約束されていたが、そこまで金に執着していないカズラは気が進まなかった。だが、依頼は依頼。きっちりとこなすのが彼女のスタイルだった。

 

「…奴等に手加減したのか?」

 

「いいや。全力だったさ。僕は全力で剣を振るっていたさ」

 

ここが戦場であれば。場外負けと言うルールが無ければカズラはカモ君に負けることはなかった。カモ君に吹き飛ばされようともノーダメージ。綺麗に着地も出来る上に、すぐさま距離を詰めて再度切り裂くことも出来た。カモ君もあの状態では成す術なくやられていた。

 

「ちっ。まあ、いい。あっちは運よく勝てたんだ。あちら側の種も割れた。もうこっちの負けは無い」

 

舌打ちをし、ローブを脱ぎ捨てながら舞台に上がっていくネーナ王国の次鋒を務める男性選手が上がる。

一応、魔法を学んでいる生徒であるため、経歴に嘘はないが、修学期間満了を目の前にしているエリートでありながら近接戦闘を得意とする二十歳。成人済みかつ絶頂期ともいえる年ごろ。

そんな彼だからこそカズラの剣戟の凄さは理解していた。この場にいる人間で彼女の剣を受けてまともに立ち上がることが出来る人間はいない。特に俊敏性は信用している。

剣戟において。自分が得意な長剣すらも軽々と弾き飛ばすカズラを倒したカモ君だが、見るからに弱っているように見えた。

自分の魔法で腰を強打したことが尾を引いているのか、そこを押さえながら舞台に上がってくる彼は見ていて痛々しい。が、カズラを除いてネーナ王国の人間は嗜虐的に笑っていた。

 

「ふん。だが、まぐれだ。どうせ、あのカモ野郎はすぐに真っ二つになるだろうよ」

 

「よーう。セカマ。運がよかったなぁ。もう、相手はボロボロだぜぇ」

 

セカマと言う選手の装備はミスリルやダマスカスと言った希少金属を使ったライトアーマーに額隠しに似た兜を装備した魔法剣士。補助魔法で魔法に対する防御力を底上げすることも出来る。というか、既にそれを使っているためにカモ君の魔法は彼には殆ど届かない。

実力は一般冒険者の二倍近くの膂力と剣術を収めている。万全のカモ君とも多少泥仕合になるが競り勝てる。カズラのように場外まで魔法で吹き飛ばされることはない。

 

「決闘開始!」

 

そして、決闘が開始された。

カモ君は疲弊&疲労状態。こちらは万全状態。

ネーナ王国のチームメイトは誰もが勝ちを確信していた。

 

ゲラゲラと下品に笑うチームメイトをカズラも笑顔で見ていた。だが、それはカモ君達に対してではない。チームメイトであるネーナ王国の選手に対してだった。

 

ドゴンッ!

 

まるで砦の門を破壊する破城槌がぶつかったような音が響く。数舜後には、ガシャンガシャンと音を立てながら、舞台の上から場外へ落ちていきながら、セカマが彼のチームメイトの足元にまで勢いよく転がって来たのだ。

 

「…しょ。勝者。エミール・二・モカ」

 

「「「「「は、はぁあああああああ?!!?どういうことだよ!セカマ!」」」」」

 

負けることはない。そう思っていた決闘で秒殺された。

秒殺する事はあってもされることはない。そう思っていた。だが、結果は見事に逆。

舞台の上を見れば拳を振りぬいた姿勢のままのカモ君がいた。

首元にチートアイテム。カズラのアイテムだった『魔法殺し』をネクタイのように巻いているカモ君がいた。

カズラに紛いなりにも打ち勝ったので彼女の装備していた物を受け取っていたカモ君の姿を見た。

 

「「「「「ふ、ふざけるなぁあああああっ!!」」」」」

 

ネーナ王国側は大声で叫んだが、ルール上は間違っていない。文句をつけるのは間違っているよ。と、カズラは目の前で醜く慌てているチームメイトを見て微笑んでいた。

 

そして、拳を振りぬいたままのカモ君はと言うと。

 

いってぇええええええっ!!指折れた!指の骨折れたぁ!!

でも、これなら。この決闘、勝ったな!ガハハ!コーテに早く治してもらおう!

 

チートアイテムの反動で結局はダメージを受けてしまったため、拳を振りぬいた体制を解けずにいた。

外見ではクールに振舞うが、内心は良い意味でも悪い意味でも泣きわめいていた。

 



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第七話 原作情報が一番大事

回復のために戻ってきたカモ君をチームメイト達は笑顔で迎えてくれた。

 

「やったな、エミールッ!これでこっちが勝ち越しだっ」

 

「まああ、な。このアイテムが無かったらやられていたのはこちらだったかもな」

 

カズラを何とか打倒し、なんと魔法殺しと言うチートアイテムを手に入れたカモ君は勝利を収めた後、コーテに反動のダメージを癒している中で浮かれ切っていた。

 

正直、まともに戦えるのは自分とシュージのみなので選手の数は負け越している。その上、カモ君が相手チームに倒されれば、その相手を大幅強化してしまう。今のシュージすらも凌駕してしまうかもしれない。そのため、実際は背水の陣だ。

だが、魔法殺しの力を実際に感じとったカモ君は勝利を確信していた。

相手チームのあの慌てよう。おそらくカズラ以上のスピードが出せる選手はいない。そして、希望的観測だが、魔法殺しを装備した自分に対応できる者もいない。

見るがいい。あの慌てる様を。たった十分で身体強化されたカモ君(魔法使い)を相手にしなければならない。

魔法が使えなくなるとはいっても、それ以上に強くなることが出来る魔法殺しを装備したカモ君は強いのだ。例えるのなら格闘漫画に出てくるネームドキャラとモブキャラほどだ。

ゴリラの心得を装備したシュージが相手でもわずかに上回るほどである。格闘術といった技術の差でわずかに上回っている状況だが。

 

…え、主人公のステータス怖っ。チートアイテムに届くとかどういう伸びだ。

 

「この調子なら勝てますねっ」

 

「まったく…。そういう手段があるなら初めから言いなさい」

 

「…いや、あの素早い選手に勝てたから今があるんだろう。…俺の出た甲斐があったな」

 

「本当ですよ。シィ先輩が相手のタイプを教えてくれなかったら負けていたのは俺でした」

 

先輩達からの勝算の声を受けた。が、応急処置を受け、意識を取り戻したシィがいなければ対戦相手がカズラだという事もわからなかった。まさに明暗を分けたと言ってもいい。

今までは同情や侮蔑の言葉しか投げかけられなかったが、久しぶりに自分を称賛する言葉を聞いてカモ君は浮かれに浮かれまくっていた。

これまで頑張っていた徳が戻って来たかのようだ。

 

「でも、油断はしないでね。相手だって馬鹿じゃない。対策だってしてくるんだろうから」

 

コーテはカモ君の左手にポーションを浸した包帯を巻きつけ、回復魔法を使う。こうする事で一分以内に骨折程度なら癒すことが出来る。まさにファンタジー世界万歳である。

 

「でも、良かったの。相手の装備品を剝ぎ取らなくて」

 

「…相手の装備品は大きすぎた。マジックアイテムも持っている様子がなかったからそうする必要はなかっただけさ」

 

キィの言葉にカモ君はクールに返した。が、本音は、指の骨が折れて相手の装備をはぎ取れなかった。そんな事をする時間があれば指の骨を治したかった。

 

敵の事を知っていればそれに合わせて戦う。それが基本だよなぁ?卑怯とは言上手いなぁ?

 

そんな下衆な事を考えていたカモ君は相手チームの方を見る。するとゆっくりと。というか、ズシンズシンと決闘の舞台全体を揺るがすような重量感のあるゆっくりと舞台に上がっている次の対戦相手を見た。あの様子なら一度戻って装備を入れ直すことも出来ないだろう。

 

まあ、どんな相手でも魔法殺しを装備した俺には敵わんけどなっ。

 

と、考えながらもカモ君は相手の様子を見た。

 

まるで人の形に削られたダイヤモンドの塊。ダイヤモンドアーマー。

自分のスピードを九割カットする代わりに物理ダメージを九割カットする鎧のマジックアイテム。とても重い。

 

まるで丸テーブルのような刃先を持った白い大きな斧。ダイヤモンドアックス。

自身のスピードを九割カット。物理ダメージ九割カットのマジックアイテム。とても重い。

 

そして宝玉が埋め込まれた半透明の金属籠手。反鏡の籠手。

構えを取りつつ、装備した武器が有効射程であるのなら、100%反撃が即座に発動する。カウンター専用のマジックアイテム。

 

敵の事を知っていればそれに合わせて戦う。それが基本だよなぁ?卑怯とは言上手いなぁ?

 

そう言われている気がしたカモ君は指元に締めていた魔法殺しをほどき、それをシュージに渡しながら舞台に上がっていった。

内心、メタ装備してくるんじゃねえよっ。と、毒づきながら嫌だ嫌だと泣きわめきながら。

それが僅かに表情に現れてしまった。それを目ざとく発見したライツ。そしてカモ君の内情を見ていたコハクは小さく笑った。

 

カモ君のくせに調子に乗るからだ。ざまぁ。と、

 




コハクにとって、カモ君は困難に直面しての彼だと思っている。


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第八話 絶望の中に希望はある。つまり、絶望はまだ残っているわけでして。

リーラン・ネーナ合同の決闘。第四試合が開始されて十分が過ぎた。

試合は膠着状態だった。が、舞台のあちこちは氷結してあちこちが白くなっており、カモ君は疲弊の色が見え始めていた。

 

「ロックシュート!」

 

「ふんっ!そんな魔法は効かないと何故理解しない!」

 

試合直後から遠距離攻撃。得意の地属性の魔法を何度か放っているがどれもこれもが、その白い戦斧に叩き落とされる。まるで鏡のように直撃間近になった瞬間に叩き落とされるような風景が十分も経過した。

カモ君の相手は見た通りに鈍い。だが、たった一つのマジックアイテムがそれをかき消していた。

反鏡の小手。これがある限り、対戦相手に接敵する魔法の全てが叩き落とされるようになっていた。

ゲームのシステム上。防御している状態のキャラクターに攻撃が当たれば即座に反撃するという物だが、どうやらそれを改良したのか、当たる前から反撃。もしくは先制できるという極悪アイテムにカモ君は苦虫を噛むように顔をしかめた。

魔法殺しで身体能力をブーストしていたとしても、そのスピードはどうにもならない。きっと、殴りかかれば腕を切り落とされていた。

 

「エレメンタルダンス!」

 

「そんなひょろい攻撃なんぞ効くかぁ!」

 

自動で様々な属性の魔法弾が発射される魔法を放つが、そのどれもが斧に叩き落とされる。どうやら、あちらも自動で迎撃するようだ。

 

「アースグレイブ!」

 

「効かん!」

 

カズラ戦で行った自爆攻撃ではなく離れたところから魔法を使い、相手の足元。そして前後左右からいくつもの岩の剣が突き出る魔法にも対応。まるでごみを履き集めるかのように軽々と戦斧が振られると全ての岩の剣が叩きおられる。

 

「ウインド!」

 

その様子を見たカモ君はダメもとで突風を吹き付ける魔法を放つ。はっきり言って攻撃とは言えない魔法。だが、それにも反応して戦斧が振られる。まるでそよ風に吹かれたな影響しか与えられない。

これでカズラのように少しでも後退してくれればよかったが、ダイヤモンド製マジックアイテムを装備した相手はびくともしない。せいぜい、砂を吹き付けるのが精いっぱいだった。

まるで巨大な砦。しかも即時反撃有りの極悪の砦だ。その上、砲台付き。相手は上級魔法すら使える強者だった。

 

「今度はこちらから行くぞ!アイスランス!」

 

「こんちくしょうが!」

 

刃先が50センチ。柄になる部分にも鋭い刃で作られた魔法できた氷の槍が三本。相手選手の頭上に作り出されると、次の瞬間にはカモ君に向かって打ち出されていた。

その速度、時速百キロは超えている。イタからの補助魔法と自身の強化魔法の二重の強化が無ければ当たっていた。着弾した所を見ればコンクリートに近い硬さの舞台に大穴を開ける。直撃すれば死を覚悟する威力を相手はポンポン使ってくる。

攻撃はおろか防御すらまともに機能しない相手にカモ君の口調は思わず汚くなる。

 

「アイスフロア!」

 

「こっの、バーンフロア!」

 

近距離攻撃を封じ込められたカモ君は魔法攻撃しかできなかった。だが、相手はそれすらも承知していた。動きこそ鈍いが、その反撃能力と魔法攻撃は即死物。

回避に専念すれば勝ち筋も生まれると思いきや、相手は地面を凍らせていく氷の面積を広げる。その氷に触れればカモ君の足も凍り付くと思わせる冷たさを放っていた。

自分に迫る氷の床に対して地面を温める。せいぜい鉄板を熱する程度の熱を生み出す魔法をぶつける。

ジュウジュウと、湯気が立ち込めるが、氷の浸食の方が強い。が、浸食するスピードが落ちる。その間にカモ君はその進路方向から横っ飛びに回避する。

舞台を侵食する氷。試合開始から何度も繰り広げられており、どんどんカモ君を追い詰めていく。

 

「そうだエミール!落ち着いて回避するんだ!」

 

「エミール!頑張って!」

 

攻撃と防御。迎撃に回避すらも封じ込められつつあるカモ君を見て、シュージやコーテ達は悲壮感に苛まれ、ネーナ王国側は嘲笑っていた。

 

「はははっ。さざまぁないなっ。そうだよっ。お前みたいな非力な奴はそうやって逃げる事しかできないんだよ!」

 

「そして、そのまま潰されちまいな!」

 

最初こそ、焦っていた対戦チームだがカモ君が逃げ回る姿を見て、その醜悪さを再び露見し始めていた。

本来ならカズラだけでも五人抜きする予定だった。彼女が負けても二番手だけでも勝てる。それだけの力を彼等は持っていた。

カズラが魔法殺しをカモ君に渡しているとは思っていなかった彼等だが、国の重鎮から万が一のことを想定。それに関する装備品やアイテムを支給されている。彼等の後ろにある山積みのアイテムがそれを物語っていた。

その上、『主人公』。強大な力を持ったシュージの事は知らなくてもそれ対策のアイテムも渡されている。今、カモ君と戦っているモーブという男もそうだった。

モーブは元冒険者だった。しかし、水属性と言う攻撃的ではない魔法を使う所から馬鹿にされていたが、そこにネーナ王国の魔法学園からスカウトが来た。

そこで行われていたのは魔法使いの戦い方でも、冒険者の戦い方でもない。その両方の良い所を取り入れ、悪い所を取り除いた。合理的かつ効率的な戦い方。

個人対個人。集団戦。ダンジョンの攻略法など聞いたことも無い事が多かったが、その分強くなれた。そして、増長した。

冒険者と言う荒くれ者が増長すれば醜悪になるが、それは魔法学園にいる傲慢な魔法使いにも当てはまる。が、それに相応の強さをモーブは持っていた。

 

見るがいい。一時は自分達を圧倒していたカモ君が追い詰められているではないか。その光景に嗜虐心が湧き上がる。充足感で満たされる。

凍り付いていく舞台でカモ君の行動範囲は徐々に狭まる。舞台を凍らせている表面に触れれば足場を崩すどころか戦闘用ブーツすらも十数秒で凍り付く温度。それが舞台の半分以上に展開されている。

カモ君の動きを押さえればこちらの勝ちだ。あちら側の攻撃もそよ風程度にしか感じない。だが、油断はしない。まだ、あちらの最強攻撃が使われていない。

 

「アイスランス!」

 

「っ、鉄腕!」

 

モーブの魔法とカモ君の魔法の発動はほぼ同時だった。

カモ君の魔法が作り出した、宙に浮かぶ巨大な鉄の一対の籠手。それを十字にするように重ねてモーブのアイスランスを受け止めながらもこちらへ突撃するカモ君。

冒険者アイム特有の魔法を伝授されている情報はモーブにも知らされている。

 

まるで凍り付いた巨人のジャブとストレートの二連撃。その質量。その速度。

普通の人間はもちろん、上級軍人や冒険者。魔法使いでは対応できない。だが、モーブの装備している強力な鎧と武器。何より反鏡の籠手というカウンター。と言うよりも応戦に能力が全振りされているアイテムがある限り。モーブが殴り負けする事は無い。

 

まるで警報を鳴らす鐘のように連続した金属音があたりに鳴り響く。

見ればカモ君の作り出した鉄腕が宙に打ちあげられていた。その上、頑強さを形にしたような鉄腕は見事にへしゃげて潰された防具。だが、そこで終わる彼ではない。

 

「ウォーター!」

 

カモ君が拳を振りぬいた体制から繰り出されるのは水を生み出す魔法。それを連続的に発動させた。

その勢いは子供くらいなら押し流せそうな威力だったが、重武装のモーブにはただ水を噴きつける程度の威力でしかない。だが、それでも反鏡の籠手は効果を発動させ、その水流を一振りで真っ二つに切り裂く。

モーブを遠目から見るとそれは川の流れを二つに割る巨岩にも見えた。

 

「今更、そんな初級魔法が俺に通じるかぁっ!どんな小細工を考えているか知らんが、もう諦めろ!!」

 

モーブの魔法で凍結した舞台。

その上でカモ君が行動できる範囲はあと数歩進めばモーブと殴り合える範囲しかなかった。

モーブがあと一歩踏み込めば、斧の攻撃範囲に入る。

 

「これで駄目だったら諦めるさ!」

 

体力。魔力。精神力。そして戦況的に最後の行動になるだろう魔法を放つ。

アースグレイブ。鉄腕。そして、カモ君が出来る最後の最大攻撃魔法。

 

「デブリスフロウ!!」

 

それはカモ君の足元から大量の土砂が噴き出る魔法。

小型敵ユニットにはダメージと行動遅延。大型敵ユニットには行動遅延を及ぼす魔法であり、デバフを兼ね備え、相手を押し流すノックバック魔法。

ダメージは鉄腕やアースグレイブにかなり劣る。団体戦では味方を巻き込む。攻撃目標を見失うといった結構使いづらい魔法。

だが、押し出すという効果ならばカモ君の使える魔法では最高の効果を及ぼす物。

 

モーブは確かにカモ君の連続攻撃は捌いた。

だが、水流のように半後続的に放出し続ける攻撃は一時しのぎの反応しかできない。

どんなに凄腕の剣士でもこんこんと流れる川の流れを真っ二つにするなど源泉を押しつぶさない限り不可能だ。

 

「ぐおぉおおお?!」

 

まさか、また場外を狙う気か?!

 

モーブは初めて攻撃らしい攻撃を受けた。

だが、彼が装備している鎧はカモ君の魔法のダメージを通さない。せいぜい体の前面を強く押される感触。はっきり言ってノーダメージ。その上、反鏡の籠手の効果でその土砂をかき分けるように常に斧を振り回し続けているモーブ。進めはしないが、その場にとどまるぐらいは出来そうだ。

木造の家の壁くらいなら壊せそうな勢いの土砂だが、モーブにはノーダメージだ。少し踏ん張れば耐えられるものだ。そして、これだけの大量の土砂を生み出す魔法を使い続けていれば、これまでの戦闘もあって、と魔力を共有しているカモ君でも一分もしないうちに魔力が底をつく。

 

残念だった!これでは俺を押し出せは「ホール!」…なぁ?!

 

モーブはこれでも上級冒険者や軍人と比べても見劣りしない戦士である。

そんな彼が足元に違和感を覚えた!踏みしめていた大地が急になくなった。

カモ君が使った魔法はホール。掘削用。地面に穴をあけるという簡単な魔法。それを薄く浅く。ただし広い。そして、モーブからその背後。舞台の端に当たる位置まで斜になる穴。五度にも満たない穴を。斜面を作り出した。モーブからしてみれば薄紙一枚を足元から引っこ抜かれた程度。だが、それだけで彼は体制を崩した。

 

絶え間なく生み出される土砂の勢い。

それを切り裂こうとして自動で動き続ける反鏡の籠手と振り回される斧。

それによって彼は自信の重心を取れずにいた。

 

するずると。まるで背後から巨大な蛇に巻き付かれて引き寄せられるかのようにモーブの体は少しずつ。背中を反るように。体制を崩していく。

モーブはもちろん、どうにか体制を整えようとした。しかし、重量感のある斧を振り回し続けているから踏ん張りが出来ない。その上、自分の足の裏と舞台の間には細かい土砂が流れ込んでいることもあってバランスが取れない。

魔法を唱えようにも腕を振り回し続けているため、上手く詠唱も出来ない。

 

徐々に、徐々に。しかし、確実にモーブは後退していく。

カモ君との距離がその分離れていく。

それから十秒もしないうちに、その距離が五メートル離れると同時に完全にモーブの体制が仰向けになった。反鏡の籠手は今なお反応して腕を振り回しているが、仰向けになり完全に土砂に流されるモーブは端から見ると溺れている人にしか見えない。

 

「嘘だろ!モーブ?!」

 

「あいつはカモだったんじゃないのか?!」

 

それを見たネーナ側の選手陣営は焦りを隠さずに悲鳴を上げ、リーラン陣営は歓喜の声を上げた。

 

「そのまま押し流せエミール!」

 

「勝った!第四試合、完!」

 

誰だ、今、フラグを建てやがった奴は!?

 

自分を応援してくれているんだろうが、誰かが放ったフラグ発言にカモ君はツッコミを止めて、魔法の維持に全力を尽くした。まだ、相手選手を完全に押し出せていない。

だが、それも杞憂で終わる。見れば相手選手は既に場外へと放り出された光景を見たから。

 

安心して、しまった。

気を緩めてしまった。

 

完全に相手選手を押し出した瞬間。相手は最後の悪あがきなのか。それとも偶然すっぽ抜けたのか。

モーブは反鏡の籠手が発動する僅かな合間にダイヤモンドアックスを手放していた。カモ君に向かって投げつける形で。

 

文字通り空気を切り裂いて襲い掛かってくる。今なお放出される土砂すらかき分けながら迫りくる巨大な斧にカモ君の反応は遅れた。思わず、半歩退く。が、わずかに足りなかった。

 

モーブが場外に投げ出されると、同時だった。

斧の刃先がカモ君の足元に突き刺さる。

と、同時に対戦中のカモ君からひと時も視線を逸らさなかったコーテは大声をあげた。普段の彼女からは決して出ないような悲鳴のような絶叫を。

 

「審判!判定を早く!」

 



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第九話 痛めつけてあげますよ。あの踏み台のようにな

「え、あ、ええっと」

 

「審判!!」

 

コーテの隣にいたシュージやキィはその様子に驚いた。

確かに、カモ君に斧が迫った。しかし、それは目前まで。斧はカモ君の足元に突き刺さって…。そこまでしてやっと気が付いた。

斧は確かに足元に突き刺さっていた。しかし、その刃先はカモ君の左手の親指を切り飛ばし、左足の半分に食い込んだ状態で突き刺さっていた。

コーテが叫んですぐに、カモ君は負傷した所から大量の血を噴出していた。そして、思わず顔を苦悶に染めるも悲鳴を必死に抑えていた。

ここで苦しんだ姿おみせれば、ネーナ王国の息がかかった審判が何を言い出すかわからない。いらぬ時間稼ぎをされないためにも勝利を宣言させなければならない。

だが、あまりの痛みをこらえるのが精一杯なカモ君では審判に声を掛けられなかった。それだけの苦痛だった。

 

「だ、第四試合。勝者、エミール・ニ・モカ!」

 

その宣言と共にコーテは土砂と氷で覆われた決闘の舞台へと駆け出した。

審判の宣言なしに選手以外の人間が立ち入るとその選手側の反則負けになってしまうから。

そうなればカモ君の必死の抗戦も無駄になってしまう。それはわかっているが、それでも一秒でも早く彼の傍に行きたかったコーテは左手に不渇の杖。右手に持てるだけの回復ポーションを持ってカモ君に駆け寄る。

 

「ウォーター!」

 

コーテはカモ君に駆け寄るとすぐに、魔法の水球を彼にぶつけて、ポーションの中身を彼にぶちまけた。

本来なら念入りに消毒や遺物の除去を優先しなければならない。特にカモ君が生み出した土砂が体内に残ってしまうと余計な病気になることもある。だが、そんな事よりも早く出血を止めねばならないと判断したコーテは水で簡単にカモ君の体を洗い流しポーションを使った回復処置を行う。次に行うのは回復魔法で出血の酷い左足に癒すことだ。

 

「ハイヒール!」

 

自分が使える最大効果のある回復魔法を使うと、徐々に出血は治まりつつある。が、斧の刃先からカモ君の足を引き抜かなければならない。それは激痛を伴う。それこそ気絶しかねない痛みが伴う。

どうすべきかと悩んでいるとカモ君からか細い声で、コーテに話しかけられる。

 

「コー、テ。すまないけど、そこに落ちている俺の指を拾ってくれないか?」

 

コーテとカモ君から少し離れたところにカモ君の親指が落ちていた。それをコーテは魔法を使いながら杖を持っていない右手で拾い上げたところでシュージ達もポーションを持ってやって来た。

コーテが飛び出してからようやくカモ君の状態を把握した彼等は観戦に徹したコハクと魔力切れでフラフラのライツ。ダメージを受けてまだまともに動けないシィを残してやって来たのだ。

カモ君の切り落とされた親指を見ていたシュージ達は背筋をぞっとさせながらも、コーテの指示のもと、その指を浄水で洗い、その切断面を出来るだけ丁寧に合わせ、ポーションの染み込ませた包帯で固定した。その上からカモ君自身で回復魔法をかける。

それから準備が整ったと判断したカモ君は自力で、力づくで、斧から突き刺さった足を引き抜いた。

 

「ぎぃあああああああっ!!」

 

こういった場合はあまり引き抜かず、病院と言った医療施設まで斧ごと搬送し、適切な処置を行うのがベスト。しかし、状況がそうさせてくれない。

刃先は骨の半分近くまで食い込んでいた。それを無理やり引き抜いた痛みは想像を絶する。さすがのカモ君も悲鳴を上げてしまう。それもそのはず、斧を引き抜いた光景はまるで魚の開きのように開いてしまったからだ。

そこからポーションをかけるだけでも悲鳴が出る。顔のあちこちから汁が噴き出た。

ここにクーとルーナがいてもカモ君この痛みの前では悲鳴と無様をさらしてしまう。それだけの痛みだった。

だが、ポーションと回復魔法のお陰で痛々しい傷口はまだ消えないが、応急処置は終えた。

そこに審判から無慈悲に声を掛けられた。

 

「ほら、次の試合が始まるから選手以外は元の場所に戻りなさい」

 

勝利宣言は渋っていたくせに休憩時間には文句をつけてくる審判にシュージ達は頭に血が上った。

 

「なっ!この傷を見てよくそんな事が言えますね!」

 

「後一分ですので、お早く」

 

ネインが怒鳴り声をあげて審判を責めるが、どこ吹く風と言った具合に流された。

今現在、シュージに支えられて立っているのがやっとのカモ君だったが、まだ戦闘意欲は持っていた。

 

「コーテ。シュージ。ありがとう。だけど、もう戻ってくれ。出ないと失格になっちまう」

 

「何言っているのエミール!…もう、これ以上は戦えないでしょ!」

 

「エミール。コーテ先輩の言う通りだ。もう、お前は戦えない。戦っちゃいけないんだ」

 

カモ君の状態をよく知っているコーテは彼の言葉を遮った。

何度も死にかけている場面を見てきたからわかる。

カモ君は本当に疲労困憊なのだ。

魔法の連打で魔力もない。大怪我の処置で体力もない。精神力といえば聞こえがいいが殆ど根性で立っているようなものだ。

未だ息を荒くし、玉のような汗も噴き出ている。そして、苦痛で歪める表情から見てわかる。今もなお、激痛に襲われていて、今すぐにでも休ませなければならない事。

いつもの維持で自信と気力に溢れているカモ君を見てきたシュージにも事の重大さはわかっていた。

 

「行ってくれ。…コーテ。シュージ。じゃないと俺はお前達を敵として扱わないといけない。ここで止まっちゃいけないんだよ」

 

カモ君はまるで、助けを求める声色でコーテ達を突き放そうとした。

その言葉を聞いてシュージはカモ君の意図をくみ取った。

ああ、なんという精神の持ち主なんだという事を。

 

「…そういう事なんだな、エミール」

 

「そういう事さ、シュージ」

 

短く言葉を交わしたシュージは、カモ君に肩を貸した状態で彼の腹部に渾身の左ブローを放った。

肩を貸してもらっている状態かつ疲労しきっていた状態もありそれを防ぐ手段をカモ君はもっていない。いや、持っていたとしてもそれを防ぐつもりもなかった。

その一種の凶行にコーテは驚きの表情を見せ、息を詰まらせた。そして、すぐさまシュージを責めようとしたが、カモ君の零した言葉を聞いて思いとどまった。

 

「…すまん。後は任せた」

 

「任せてくれ」

 

意識を完全に失い、シュージは覆いかぶさるような形で気絶したカモ君を抱え直した。

そして、気絶したカモ君をネインに任せて、審判の方を向き、言った。

 

「リーラン王国選手。エミール・ニ・モカは見ての通り、疲弊して動けなくなった。今度は俺が出る」

 

その瞳からは強い意思を。そして、その体からは強力な魔力の波動を嫌でも感じた審判はたじろぎながらもそれを了承した。そうしなければ、なぜか自分の存在を焼失するような気がした。

 

「よ、よろしい。では、他のメンバーは下がりなさい」

 

時間にして、八分四十八秒。

休憩時間ギリギリだったが、選手の選出が決まった事で、敗北ではなく交代と言う形でコーテやネインに連れられてカモ君は舞台を降りて行った。

残ったのは赤髪の少年シュージ。

 

そのやり取りを見ていたのは審判だけではない。ネーナ側選手も同じだ。彼等にはそのやり取りの真意に気が付いていた。

あれはカモ君に敗北と言う黒星をつけさせないためではない。『踏み台』の効果を狙ったのだ。あのようにシュージがカモ君を気絶させればその恩恵にあやかれる。

そこまで先読みできた彼等は対シュージ用の準備をする。

 

ネーナ王国、副将を務めるのは中肉中背の十八歳の男性。トッポ・イーデ。

どこも印象にも残らないような男だが、その表情は嗜虐心から来る笑みで不気味だった。

 

水精霊の鎧。

深海の小盾。

炎帝のサークレット。

 

ネーナ魔法学園高等部主席を担う彼の装備は全て火属性の魔法に対して耐性や無効化する物ばかり。その上、彼はシュージに有利な水属性の魔法使い。その上、剣術や体術を収めている。有利な点しか見られない。

唯一の不満があるのなら、『主人公』であるシュージを殺してはならないという命令だが、別に痛めつけてはいけないとは言われていない。

散々、こちらが振り回されたが、次は自分の番だ。と、意気込んだトッポはシュージに宣言した。

 

「三分だ。三分は耐えて見せろよ。あのカモ野郎みたいにいたぶってやるぜ」

 

出来る事なら惨たらしく殺したい。だが、それは禁じられているのでそれに準じるくらいの暴行を加えてやる。と、シュージに宣言したトッポ。

だが、それをシュージは一蹴して煽り返した。

 

「面白い事を言いますね。まさか、自分が三分も経っていられると思っているんですか?」

 

まさにかがみ合わせのような対応だったが、それにトッポは顔を真っ赤にして激高した。

上からの命令なんてもう知るか!ぶち殺してやる!

 

「早く開始しろ!審判!」

 

なりふり構わず、魔力を噴出しながら周囲を威圧するトッポは審判に怒鳴りつけた。

 

「だ、第五試合!シュージ・コウン選手対トッポ・イーデ選手!決闘まで、三、ニ、一、か」

 

「おら!死んだぁあ!!」

 

開始の言葉を待たずにトッポは跳び出してシュージに斬りかかった。

鍛えている事だけあって、なかなかの瞬発力。審判の開始という言葉が発しきるまでに、トッポの剣先はシュージの脳天付近にあり、数舜後にはシュージの頭はかち割られ赤黒い血が噴き出ると思われた。

 

ドォン!

 

が、シュージの体か噴き出た物は赤黒い血ではなく宝石を思わせる赤く輝く炎だった。

その余波でトッポは数歩後ろに吹き飛ばされる。

 

火属性の上級魔法か?!しかもノーキャストでだと?!

だが、まだ、こちらの方が有利。しかも、戦法が自爆とは、カモ野郎と同じか!そう何度もやられるか!碌な装備もつけずに出てきたのがお前の敗因だ!

 

トッポの読みはほぼ当たっている。だが、魔法の内容は間違っている。

彼の使った魔法はイグニッション。レベル四。特級補助魔法。魔力を炎の鎧として纏い、その間、身体・魔法の能力をレベルに応じて引き上げる物。

その攻撃ですらない余波でトッポは数歩後ろに吹き飛ばされた。

 

そして、トッポが再び足を踏み出そうとした瞬間にはシュージの姿があった。まるで瞬間移動してきたかのようなスピード。それに驚く前にトッポの顔面は正面から殴りぬかれていた。

最初の一撃の痛みを認知する前に二発目、三発目の拳を叩き込まれていった。

技術などない素人の振るう拳。だが、それに対応できない程のスピードとパワーを持って殴る。

大人と子供ほどの体格差であるにもかかわらず、相手は市から打ち上げるアッパーやとびかかるように軽くジャンプして殴りつけているというのに、そのスピードは速く、重い物だった。

悲鳴を上げる暇もない。が、トッポも訓練を受けてきた身だ。

歯を食いしばることで攻撃に耐え、相手側のスタミナが切れることを待った。

決闘前にトッポもカモ君同様に補助魔法を受けて望んでいる。

確かに痛いが気を失う、戦意を焼失するほど負傷ではない。ここまでの威力の魔法とペースならばすぐにばてる。そうなればこちらの勝ちだと考えていた。だが、殴るペースがまた上がった。威力もそうだ。

 

「イグニッション」

 

シュージから噴き出ている黄金の炎の勢いが増す。

まるで主人の想いに答える炎の精霊のように燃え上がる。

トッポは何度も殴られては敵わないと目を閉じ、亀のように体を丸めながら腕はクロスアームで覆った。だが、その隙間を縫うようにシュージの拳が突き刺さる。

 

「イグニッション」

 

シュージの炎が一段と勢いを増す。

疲れ知らずの太陽のように煌々と輝く。

トッポからは思わず止めろと声をあげたかったが、なぜか声を上げた瞬間その口の中に拳がねじ込まれる光景が思い浮かんだため、声も上がられずに防御に徹した。

 

「イグニッション」

 

炎の勢いは止まらない。応じて、シュージの繰り出す拳の威力が増す。

前の試合でほぼ凍り付いていたはずの舞台。氷におおわれていたはずの舞台だったが、全ての氷は蒸発し、今では鉄板のように熱い。が、トッポの顔面はそれよりも厚い熱と痛みを発していた。が、その拳の連打が終わった。と、同時に今度は浮遊感に襲われた。

トッポが目を開けると、目の前に映ったのはまるで万歳をした直後のシュージを上から見ている光景だった。

審判・観客側からだと何が起こったかはすぐにわかった。

トッポが目を閉じ、防御に徹した瞬間。シュージは彼の背後に回り込み、その胴体を掴み真上へと投げ飛ばした。その飛距離は五メートル以上。今もなお、上昇し続けていた。

彼女達がまともに見られたのはそこまでだった。突如、上空に小さな太陽が産まれたから。

 

「エクスプロォオオジョンっ!!」

 

上昇し続けるトッポを中心に直径十メートル以上の太陽が出現した。

轟轟と燃え上がる事十秒。一気にそれは爆縮し、大爆発を起こした。

無詠唱と本物のクイックキャストによる補助を四回受けた上級魔法。それも『主人公』ともてはやされているシュージが放てばそれはレベル5。王級魔法に匹敵するほどの威力を持っていた。

その大爆発。その爆心地となった空中には十数秒経過しても黒煙がなくなることはなかった。そして、その黒煙から一塊のトッポが落ちてきた。

まともに受け身を取ることも出来ずに落ちてきた彼の状態は悲惨なものだった。

落ちた衝撃で自慢の鎧は砕け、炭化した盾とサークレットはボロボロと音を立てて焼失した。

トッポ自身は何とか意識はあるが、火傷を全身に負って、上半身を震わせながらもシュージから距離を取ろうとして藻掻いていた。

 

「ひ、ひぃいいいいいっ」

 

その姿はいっそ憐れになるくらいのもの。

全身を襲う痛みも。恥も外聞もなく、シュージに背を向けて舞台の上から這いずって逃げていく。

まるで、自分のすぐそばをドラゴンが通り過ぎたような厳格でも見た一般人のようだった。

 

「…審判。判定を」

 

「へ、あ、ああ。だ、第五試合。…勝者、シュージ・コウン」

 

審判も唖然としていた。明らかに尋常じゃない熱量に選手を除けば一番近くで感じていた彼だが、今でもその熱は緩むことはない。その事に驚きつつも、熱量。光量。そして、大爆発。そのどれもが管理しきれない。

何よりもそれだけの大魔法を放ったシュージから放たれている魔力の波動が一行に衰えない。それに恐怖を通り越して唖然としていた。

 



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第十話 ファンタジー医療は偉大

歓声は上がらなかった。

あまりにも一方的すぎる。あまりにも強すぎる。

まるでドラゴンのような。いや、それ以上の何かが人の形をとっている様にも見えた。

敵味方問わずそう思わせたシュージの攻勢を見ていたネーナ王国。大将を務め、最後の選手だった男。ケル・ズゥは畏怖の目でシュージを見ていた。

 

黄金の炎が未だに収まらないシュージ。その眼はしっかりと自分達を捉えており、語っていた。

 

次はお前だ。

 

と、

その眼にとらえられた瞬間、ケルは声を上げた。

 

「こ、降参だ!俺は降参するぞ!」

 

「な、ケル!お前、何言ってやがる!怖気づいたか!」

 

モーブが降参の声を上げたケルを掴み上げようとしたが、暴れているケルはそれを振り払いながらモーブを。そして、補欠要員の人間や補助魔法を使っていたチームメイトに向かって叫んだ!

 

「怖気づくに決まっているだろう!あんな、あんなスピードと威力にどう対処するんだ!俺には無理だ!勝てぬ!やるというのならばお前らがやれ!俺は逃げる!こんなところに居られるか!」

 

その言葉を聞いて、誰もケルを咎めることを躊躇した。

確かに今のシュージに選手など残っていない。

唯一敵うのは圧倒的なスピードを持っていたカズラくらいだ。彼女ならばシュージの行動よりも早く攻撃や回避が出来るだろう。しかし、彼女は既に出場済み。しかも敗退済みだ。よって誰もシュージを止めることが出来ない。

だが、それでも任務をこなす。というか、自分達が負けたという汚点を被りたくないモーブ達はケルの尻を蹴り飛ばす。

 

「いいから行け!そして勝ってこい!あれだけの魔法を使ったんだ。あれ以上魔法は使えねえよ!」

 

そうは言うが、その時点ですでにシュージはコーテから最後の回復アイテム。シバ校長特性のマジックポーションを飲んでいた。その瞬間、シュージの魔力の波動が一段と強く感じ取ってしまったケル達。

 

「い、嫌だ!回復しているじゃないか!もう、どんなアイテムがあろうが、魔法があろうが、あいつに勝てるはずがない!あいつは伝説の英雄か王族なんだ!」

 

「いいから行け!お前しか残っていないんだ!」

 

「嫌だ!俺は逃げる!」

 

そう言い争っていたモーブ達。だが、シュージに気圧されてケルはその場から走り去っていった。それを追いかけるモーブ達。彼等もまた、この場に残りたくはなかった。一刻も早くシュージから逃げたかったから。

 

「待ちやがれ。お前が出るだよ!おら、早くしろ!」

 

「わ、私はあくまでも補助ですからっ」

 

「わ、私は間に合わせの補欠だからっ」

 

そして、気がつけば、そこに残っていたのは気絶したセカマと臨時選手のカズラだけだった。

マジックポーションを服用し、舞台の上で腕を組んでしばらく立っていたシュージだったが、不意に審判に話しかけた。

 

「審判。時間は?」

 

「…ひょ?」

 

「時間はどうしたのかと聞いているんだ。審判。もう十分は経過しただろう」

 

気がつけば、ほぼ無人の決闘の舞台。その静かさは決闘を特別席で観戦していたネーナ王国の重鎮達の心境を表しているようにも思えた。

その静けさに。試合開始前の熱気とはまさに正反対の差に審判はおろか彼等も呆気に取られていた。

時間は既に十分を過ぎている。ネーナ王国側の選手に戦える人間はいない。というか、選手が気絶している者か敗退してやれやれと肩をすくめる、雇われ冒険者しかいなかった。

リーラン側はと言う二名やられたが、まだシュージを含め三名残っている。もはやどちらが勝者かわかり切っていた。

 

「…しゅ、シュージ・コウン選手。ふ、不戦勝。勝者、リーラン王国チーム」

 

ネーナ側の息がかかっていた審判も呆気にとられながらも事態を呆然としながらも受け止めた。出来れば認めたくない。夢であってほしいと思った。だが、これは現実だ。ならばせめて、審判らしく勝者を示すのが最低限残された審判の良心だった。

 

その宣言から数秒後。

 

「…やっ、た。シュージ君が、やった。やったっ。やりましたぁあああああっ!」

 

イタは目の前の光景を見て、まるでおとぎ話のようだと思いながらもそれを噛みしめて、

 

「…やりやがった。さすが、俺の後輩だ」

 

はっきり言って捨て石の役割しか果たせなかったが、確かに勝因の一つを担えたシィはそんな自分を誇らしげに。それ以上に誇らしい後輩達に向けて親指を立てた。

 

「………っ」

 

シュージを真っすぐに見つめているネインは涙を流す。

自分は何もできなかった。情けない。と、事故非難をしていたがそれ以上に、勝利を収めたシュージをそしてカモ君を労うためにも舞台の上に立つシュージに向かって拍手をした。

そのして、拍手は伝播し、特別観戦室にいたミカエリとその従者からもされていた。

 

「…うそ、でしょ。あんなに強いなんて、さすがに想定外よ」

 

ライツはシュージの圧倒的な魔法。そして、ブーストされた身体能力に恐れおののいていた。正直言うのであればもっと早くにリーラン王国に潜入。そして、シュージに接触していればあの力を自分の物に出来たかもしれないと、悔しがっていた。

 

「…そうか。シュージは、勝ったのか」

 

「エミールっ。目が覚めたのっ」

 

「あれだけ大きな音がすれば、嫌でも目が覚めるさ」

 

待機所で寝かされていたカモ君はシュージの魔法によって生じた爆音で目が覚めた。というか、その時に発生した地響きが重体の体を刺激してその痛みで起きたのだが。

少ない。けれども確かな勝算の拍手を浴びながらシュージこちらに向かって歩いてきた。そして、キィの近くまで来るとおもむろに左手を上げた。

キィはその意図に気づいていないが何となく左手を上げると、シュージがハイタッチをした。

 

「やってやったぜ。キィ。お前の幼馴染は凄いだろ」

 

「う、うん。…うんっ。勝った。勝ったんだよね、私達っ」

 

キィがやったことは渡された備品の出し入れくらいだが、シュージにとっては幼馴染である彼女が傍にいるだけで気力が溢れてくる。

いつも振り回すくらい元気なトラブルメーカーだが、それでもシュージにとっては一番自分を肯定してくれる人物だ。

自分のやらかしに気が付いてからは気分が目に見えて落ち込んでいたが、今回の事で少しは元気になったようで、シュージも嬉しそうにしていた。

 

次に、ネインのところに出向き、ハイタッチをする。

ネインには貴族の善性を教えてもらった。

自分では敵わないとわかっていても貴族として、人の上に立つ者としての教示を見せてもらえた。カモ君以外にも好感を持てる貴族をシュージはあまり知らない。

いざ自分の出番となった時には怖気づいたが、その手は恐怖を押さえようと強く握った拳。少し血がにじんでおり、貴婦人と言うには少し硬いその手にシュージは誇らしさと美しさを感じていた。

 

「ありがとうございます。ネイン先輩。貴女がいたから俺は戦えた」

 

「わ、私は、何も。…何も成せなかった臆病者です。貴方にそう言ってもらう立場では」

 

「そんな事は言わないでください。一緒にこの場にいてくれた。それだけで俺達は大分支えられました。それだけで戦えたんです」

 

誰かのために戦う。それがどれだけ難しいかを知った。

初めは頼りなかった人物と思っていたが、今は同じ戦場にいる。その可能性を見せてもらっただけでもシュージには何物にも代え難い出来事だった。

 

「そんな。そんな事を言われてしまっては…。…もう、諦められなくなってしまいます」

 

後半部分の発言はとても小さな呟きだったためシュージの耳に届くことはなかった。だが、ネインの表情が朱に染まり、どこか恍惚としたものになっていた。

 

「ネイン先輩?何か言いましたか?」

 

「いいえ。何も。ただ、帰国した時は覚悟しなさい。貴方達は英雄として扱われるでしょうから、様々なところから歓待を受けるでしょう。今のうちに心構えをしていなさい」

 

そこにはネインの実家であるボーチャン伯爵での歓待も含まれているだろう。その時を今から楽しみにするネインの表情も明るいものになっていた。

 

そして、最後にシュージが最も尊敬するライバルの前に来る。

カモ君もシュージを迎える為に疲弊した体に鞭を打つかの如く気合で立ち上がった。

 

「エミール。勝ったぜ」

 

「よくやってくれたシュージ。さすが我が友」

 

そして、お互いに左手を上げて、笑顔でハイタッチをする。

と、同時にカモ君の表情が曇った。

見ればカモ君の包帯を巻いている親指部分が変な方向に曲がってぶら下がっていた。

 

「シュージ。…指が、もげた」

 

「わ、悪いっ。ついノリでっ」

 

いや、仕方ないよ。男の子だからね?

その場のノリとか格好つけとか仕方ないよ。エミール自身、人生の八割は格好つけだったから。

でも、包帯を巻いているんだから極力そこには刺激を与えないのが常識じゃないか?

 

「何やってるんだか…」

 

男の子ってバカだなぁ。

青ざめて冷や汗を流し続けるカモ君と慌てているシュージの光景を見て、再び回復魔法を使いながら彼の手当を行うコーテだった。

 




指の切断程度ならば迅速な処置。ポーションと回復魔法でくっつけることが出来ます。


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第十一話 その微笑みの下にあるもの

リーラン王国対ネーナ王国の共同決闘はリーラン王国側の勝利で幕を閉じた。

 

「いやいや、倒した相手側の装備の使用はやはり駄目でしょう。というわけで無効という事で」

 

「それこそ駄目に決まっているでしょう。そもそもそちらにだってはぎ取る機会があったのにはぎ取らなかっただけでしょうに」

 

まあ、こちらの装備品が相手側の装備品に比べるとしょぼかった。取らないでも勝てる自信があったんだろう。

 

「だが、そちらの選手は見るからにボロボロじゃありませんか。両者を見比べてどちらが勝者かなど言われなくてもわかりますよ」

 

「ええ。こちらの選手は五人とも現存。そちらは逃走して残り二名しかいませんね」

 

いや、確かにダメージの比率はこちらの方が大きい。主にカモ君が酷い。

シィは見た目こそひどいがそれほど思いダメージは負っていない。イタは魔力を多大に消費したがまだ自立できる。

シュージは魔力を消費しただけでほぼ無傷。ネインは戦ってすらもいない。ほぼ万全状態。

 

相手側もカズラはほぼノーダメージだし。セカマと呼ばれた選手も気絶しただけで目立ったダメージはない。

 

もし両者が戦えばワンチャン負けるかもしれない。

魔法殺しが無くてもカズラは相当素早い。接近戦に秀でたカモ君(肉盾)を欠いた状態で戦えば負けるのはリーラン王国側になる。

 

「しかしですね、これがルール無用の試合だった場合、明らかにこちら側が勝利を収めているんですよ。子供と言わず、強力なマジックアイテムを多数つけた我が軍事力ならば負けは無いでしょう」

 

「あら?圧倒的な力を持つ私の兄の一人に押し返された軍事力がなんですって?」

 

後になってわかるが、ネーナ王国側がカヒーとビコーが一人ずつになるのを見計らったように軍事演習をしようと申し出たことがあった。

カヒー一人。もしくはビコー一人対大軍とも言ってもいいほど部隊のぶつかり合いで、この二人は完勝したらしい。

こわっ。カヒーさんとビコーさんこわっ。

たった一人で軍隊を追い返すとかどれだけ?主人公やラスボスより強いんじゃねえの?

 

「でも、こちらはそちらにも情報を渡したわけでして、これが戦場ならば」

 

「しつこいですね。それに戦場と言うのであればこちらもそれ相応の場所でやります。それにどんな地形、情報秘匿があろうとシュージ君の魔法を使われれば終わりでしょうに」

 

本当にそれな。

 

決闘が終わり、勝者宣言からしばらくするとミカエリとネーナ王国の使者が何やら問答をしながらカモ君達のところまでやって来たのだが、その内容がひどい。

この決闘は無効だとか。リーラン側の判定負けだとか。非人道的なので反則負けだとか。様々な言い訳を使ってなかった事にしようとしてくるのだが、ミカエリはそれをすっぱりと切り捨てて、勝利した側。つまりリーラン王国に渡されるアイテムや領土。人的資産をもらい受ける話し合いになっている。

 

はっきり言って、今回の決闘だけでもスパイを使っての諜報。

モカ領での悪事による足止め。

ライツを使っての寝返り。

更にはリーラン王国側の上級貴族にまで手を出しているネーナ王国のほうが不正を多く行っている。

 

カモ君は目の前で口うるさくしゃべる使者が煩わしくなっていた。

もし体が万全ならば殴って黙らせようとしていた。が、ミカエリが気持ちのいいくらいに正論パンチをする。その度に苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら真っ赤になる使者殿。

 

「黙っていればっ、このあばずれが!力づくで黙らせることが出来るのだぞ!いいから此方のいう事をきけば、…うぐぅ」

 

「あら、力づくが何でしょうか?」

 

忘れかけていたが、ミカエリはレベル4。風の特級魔法使いだ。彼女が魔力を開放するだけでもその気配は周りの人間にプレッシャーがかかる。とくに目の前の使者のように日ごろから動いていないのが丸わかりな肥満体ではなおさらだろう。

シュージが巨大な火ならばミカエリは針山のような気配を感じさせる。というか、シュージも目の前のやり取りにムカついてきたのか、掌に小さな火柱を生み出し、それを見せつける。

使者は自分の要望を飲まないので耐え切れなくなったのか大声をあげてこちらを黙らせにかかったのだが、見事に返り討ち。

 

「わ、私を脅すのか!国際問題になるぞ!」

 

「どの口で言っているんだか」

 

ブーメラン発言という物をご存じでない?

まあ、投げた瞬間に自分に刺さっている自覚もない。こちらに接敵する前に突き刺さっている状況を見るに一種の自白のようにも見える。

そんな事を考えていると使者の後ろから威厳のある壮年の男性が現れた。どうやら使者の上司か、それ以上の人物が蛮行を止めに入った。

 

「やめんか。これ以上は見ておられん」

 

「し、しかしですね。これでは私の沽券にかかわります」

 

「そんなものはどうでもいい。国の品格まで疑われる。お前は黙って帰るがいい」

 

注意された使者は赤くしていた顔を青くしたが、どうでもいいと言われたことにまた顔を赤くしたが、上司らしき人がにらみを利かせると、顔を赤くしたまますごすごと下がっていった。

 

「すまなかったね。もう少し早く止めるべきだった」

 

「よく言いますね。こちらが折れる可能性が無いと判断するまで黙って見ていたくせに」

 

上司の苦笑しながらの謝罪にミカエリのカウンター発言が入った。

…そうなんだよな。止めるならば最初の発言で止めるべきだったのに、ずっと使者に喋らせたところを見るとこいつもこいつで要求呑むかも。とか、想っていたんだろうし。

現に、目の前の上司さんは顔を赤くはしないが、口元がひくついていた。図星を突かれたのか、それとも歩み寄ってきた手をはたき落とされたとでも思っているのかは知らんが雰囲気は先ほどの使者に腹黒さを混ぜた感じだ。今もなお、その笑顔の下から感じる下心。それが本当に気持ち悪い。

 

「…こほん。では、勝者への賞品。今回こちらで使ったマジックアイテムや装備品は後日そちらに届けよう」

 

「ええ。この場でそちらの物を受け取りましょう。土地。金。その他マジックアイテムは後日送り届けてくださいな」

 

このクソアマァアアアアっ!

 

とか、想っているんだろうな、目の前の上司。

 

ここでもらえる物は全部持っていく。ごまかしがきかないようにしっかりと抑えていくと発言したミカエリに従うしかない。

後になって、今回の決闘に使われたアイテムの劣化品を渡されるかもしれない。渡すことが確定したのならそれを少しでも減らそうとしたんだろうが、ミカエリにはそれが透けて見えたのだろう。

小馬鹿にする表情のミカエリに頼もしさを覚える一方で、彼女に多大な借りがあるカモ君。請求される側だった自分の未来の姿を上司に重ねてしまった。少し涙が出そうになった。

 

「人材の方も。と、言いたいところですが、あまり期待できそうにないですね。彼女以外」

 

そう言って、ミカエリが視線を向けたのはカズラたった、

まさか自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったカズラは困った様子で頬をかいた。

 

「え、ええ。彼女は冒険者にしておくには惜しい人材でしてね。ぜひ、正式に我が軍に属してほしいくらいですよ」

 

「人材の方は彼女と。…そうですね、そちらが長期で雇っている腕利きの冒険者数名で手を打ちますか」

 

今回の決闘だが、リーラン王国は領地と人材(シュージとカモ君)が賭けられており、ネーナ王国もマジックアイテムの他に領地と人材が賭けられていた。

ネーナ王国は欠片も負けるとは思っていなかったので、何を差し出すかは相手側に任せていたのだ。だが、その驕りがこうして返ってきたのだ。

差し出す人材は三人ほど。ここでネーナ王国貴族の令嬢や子息をもらい受けることも可能なのだ。が、ミカエリにとってそれは魅力的には見えなかったのだろう。

確かにネーナ王国の強力な人材は欲しい。だが、それ以上に腹に一物どころか十物以上ありそうな危険人物を取り込むより金を払えばある程度まで従う冒険者の方がいいと考えた。

 

「では『蒼閃』のカズラと、そちらで雇っている『傀儡』のドーマ。『天眼』のコウジの契約をそのままこちらに渡してもらいましょうか」

 

「それは、さすがに…。本人たちの意向もあります。冒険者は何より仁義よりも自由を優先します。彼等の了承が無ければ何とも」

 

「では、そちらの姫か王子を見繕ってくれますか?人質としてか役立ちません。というか、機能するのも怪しいですがそちらで手を打ちます」

 

強力な冒険者いなくなるのはとても痛い。特にミカエリの上げた三名はネーナ王国が抱えているTOP3と言ってもいい冒険者だ。それがいなくなるだけでなくリーラン王国側に行くのは痛手すぎる。

だが、これが通らなければ姫や王子を寄越せという。ネーナ王国にも十以上の姫や王子はいる。その下にはいくつもの派閥。貴族のグループがある。差し出した場合、そのグループから敵視さられるのはもちろん、売国行為とみられ貴族だけではなく平民からもさげすまれた視線に囲まれるだろう。かといって上記の冒険者を手放すことは国力の低下に繋がる。

 

「そ、それは。私の判断ではどうにも」

 

「あ~、僕は同じ条件ならリーラン王国に言ってもいいよ。勿論、違約金とかは無しの方向で」

 

「で、では。『蒼閃』のカズラはそちらにお譲りします。残りの二人は持ち帰らせてもらえますか」

 

「仕方ないです。早めにお願いしますよ」

 

戦力を取るか安寧を取るか。

最もリスクの低いのはここでカズラを差し出すことだ。

上司はネーナ王国から、最悪負けても、罰は与えるが打ち首にはしないと言付けを受けている。そして、今のやり取りでカズラはこちらを裏切る可能性が高いと判断したので彼女を引き渡すことにした。

そもそもカズラの強みはその素早さと魔法殺しでブーストされた戦闘力だ。魔法殺しを手放した以上、彼女の優先度は落ちると考えていた。のだが、

 

「では、カズラさんは正式に俺たちの味方になるってことでいいですか?」

 

「まあ、そうなるかな?雇い主はネーナからリーランに移ったから正確には違うかもしれないけど。敵になることは無いよ」

 

「じゃあ、これはお返しします。俺達からの契約金という事で」

 

目の前でカモ君から魔法殺しを受け渡されるカズラを見て、上司は声を荒げることを必死に堪えた。

 

シュージは魔法を主にして戦う、典型的な魔法使い。

カモ君は魔法ありきの格闘術。両方あっての魔法戦士。

 

この二人に魔法殺しは持ち味を殺すことになるのではっきり言って魔法殺しは必要ない。

そんな不必要なものでカズラを正式に雇い入れることが出来るのなら安い物である。

 

「エミール君、ナイスタイミング」

 

敵が唯一と言ってもいい利点を目の前で潰したカモ君に親指立てるミカエリ。

上司からしたらこの上ないくらいに居たくない場面である。

 

「で、ではこちらにも準備する者がありますでこれにて失礼します」

 

「あ、ちょろまかしが無いようにうちの者もつけていきますからまだ失礼は出来ませんよ」

 

ミカエリと共にやって来たリーラン王国側の使者の一人が足早に去っていく上司の後をついていった。

場の雰囲気の悪さ。というか、ミカエリの纏う雰囲気がここで切り替わる。

 

「皆。お疲れ様。苦戦するとは思っていたけど勝ってくれて本当に嬉しいわ」

 

絶世の美女と言ってもいいミカエリの笑顔で勝利を祝福されたシュージ達は顔を赤らめながらも笑顔でそれに応えた。

その中には死線から解放されたことにより精神的にも緩んでいたカモ君も含まれていた。が、すぐさまコーテに左足を触る程度の強さで小突かれた(重症のため激痛を伴う)のですぐに引き締めることになったが。

 

カモ君はその直後、医療施設に運び込まれ、丸一日適切な処置を受けることなった。シュージ達もそれに付き添い、リーラン王国へ戻る日は一日遅れたが、共に戦ったカモ君を置いていくなど考えてもいなかったため誰もが嫌な顔を一つもせずに帰路に就くことになった。

帰りの道中ではネーナ王国側の使用したマジックアイテムの山分けやリーラン王から賜る褒美に心躍っていた所を、共に別の馬車で帰路に就くミカエリ呼び出されて、こう言われた。

 

「これで、王族からのミッション。五分の一は消化したわね」

 

そう。多大な褒美が約束されているこの決闘も、カモ君が抱えている借金というか任務の五分の一にしか満たないのである。

 

ハッピーな気持ちで帰らせてくれよぉ…。

 

カモ君はその憂鬱な現状を悟られないように笑顔でシュージ達のところへ戻っていった。

こうして、本当に今回の決闘は幕を下ろしたのである。

 



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第十二話 カモを守る剣と風。

カモ君達を乗せている馬車に追随するセーテ侯爵専用の馬車。

その中は豪勢ともいえるが、それ以上に高性能な設備が整っていた。

防御面も優れていた内部でメイドと二人でくつろぐミカエリだったが、メイドから不意に声を掛けられた。

 

「カズラ様からの伝令です。『ハイエナをもう一匹潰してきた』と」

 

「また?懲りないわね。風の魔法使いが警戒しているのにわらわらと蠅のように酔ってくるのね」

 

ミカエリはカモ君を揶揄う形で彼等と共にリーラン王国に戻っているが、その実彼等の護衛も務めていた。それは雇い主が変わった瞬間にミカエリからカモ君達を護衛せよと命じられたカズラも同様である。

まさか、いきなり仕事を割り振られると思わなかったが、まさか雇われて二日でカモ君を害そうとやって来た謎の刺客をボコボコにしてリーダーと数名を捕縛。別の馬車に閉じ込めて残りをその辺に放り投げている事十回以上。

真冬でモンスターが出現しにくいとはいっても動けなくなるまでボコボコにされた彼等がどうなろうと知った事ではないが、こうも襲撃が続くと嫌になってくる。

幸い、カズラはカモ君達に恩義があるから進んでやってくれているがこうも続くと彼女以外の護衛の人間が疲れ果ててしまう。だが、もうすぐリーラン王国の領地に入る。そこに入れば少しは収まるだろう。

 

「でも…。帰ってからも問題はあるのよね?」

 

「そうなりますね。エミール様の方は落ち着くかもしれませんが、シュージ様は今回の一件で騒動の渦中に入るでしょう」

 

平民でありながら火属性のレベル4.特級魔法を使うことが出来る少年。

己の兄と同じ『超人』に並ぶかそれ以上の才能。そして、今は秘匿にしている『主人公』という立場。どんな立場の人間でも彼を欲するのは確実だ。

囲い込むのはたやすいと思っている輩は多い。が、それを解決する一手がある。それは彼を王族の血族に。リーラン王国の姫か公爵家の娘の伴侶にすればいい。

が、ネーナ王国の工作もありその血筋の者もゴタゴタが続いている。というか、今でもセーテ侯爵に付きまとっている問題をシュージに捌けるか?無理である。

貴族は自分達も含めて強欲だ。自分の利を取るためにあらゆる手段を用いるだろう。

シュージが。というか、そうなればカモ君も動くだろう。それはあまりに面白くない。

 

「あーもう。面倒くさい」

 

「では見捨てますか?」

 

「わかっているでしょ。私がこんな時どうするかなんて」

 

そう、ミカエリは面倒くさいと面白くない。その両方を天秤にかけた場合どうするか。目の前の従者もわかっている。

その知力と実力。権力を持って天秤ごと遠くへぶん投げる。

こちらを拘束してくる輩と目論見をぶち壊す。それはとても面白いと考える女だ。

 

セーテ侯爵は、あらゆる面で自由奔放。文句があるやつは力(謀略・知恵も含む)で黙らせる。今でこそ困っている表情だがその口角は上がっていた。

だが、それはそれとして。これだけ自分達が尽くしているんだ。少しくらい彼等で。特にカモ君で遊ぶのは当然の権利だろう。

 

「あ、新しい反応。カズラに伝えて頂戴。東南東の方から五つの反応。魔法使いが一人いるから気を付けるように」

 

「承知しました」

 

そう言うとメイドの姿が一瞬にして掻き消える。このメイドは常に自分を護衛する忍者である。数秒後には元の場所に現れるのだが、その初動などがすぐ近くで見ているミカエリには捉えられずにいた。が、いつもの事なので、次の休憩でカモ君の現状の一部を記した借用書を彼に見せて楽しんで来ようと考えるミカエリであった。

 



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鴨の苦汁なお吸い物
序章 労災は休暇に入りますか?


まだ寒さを残す初春。

リーラン魔法学園では初等部二年生になったカモ君達は先輩方。および新一年生から尊敬の眼差しを受けながら新学期を迎えた。

それもそのはず。カモ君達は明らかに格上を相手。条件も最悪という決闘を勝ち抜いた猛者なのだから。

 

「シィ、聞いたぜ。相手に一泡吹かせたんだってな。さすが風紀員のエース!」

 

「いや、頼りになる後輩がいなければ負けていたさ」

 

「自らを犠牲にして突破口を開いたと聞いています。それなのにそんなご謙遜。…格好いいですシィさん」

 

シィは生徒会役員。および中等部以上の生徒。それこそ男女から好意の態度で接してきた。

シィはカズラに瞬殺はされたが、そこからの対処をカモ君に伝えたような形であるのは間違いない。

訓練の時から力不足は感じていたが、カモ君達から見ても彼がいなければ負けていたので素直にシィを褒めたたえていた。

それを申し訳なさそうにした時期もあったが、ミカエリからも称賛を受けたシィは素直に受け取った。

リーラン王国に帰ってきてからは今まで以上に鍛錬に打ち込む光景を見た一般生徒達からは更に尊敬される対象になった。

 

「ネインさん。聞きましてよ。何でも貴女が私達のエースを支えていたというのは」

 

「そんな。私はただ補助に従事していただけです。そこまで褒められるものでは」

 

「いいえ。ほぼ敵地。もしくは戦場と言ってもいい場所へ赴くだけではなく後輩達をサポート。それが出来る人間はそうはいません。貴女の行動は素晴らしい。褒めたたえられるべきものなのです」

 

温室育ちと言ってもいい魔法学園の生徒。貴族の子女達。

ネインのように命のやり取りがある決闘に赴くことが出来る人間。そうはいない。

護身の札と言う安全装置なしで戦える人間は本当に少ないだろう。

それなのに出向いたネインを褒めるのは主に女生徒達。彼女から見ればネインは戦いの女神にも見えた。

 

「イタちゃんもお疲れ様。補助魔法の使いっぱなしは大変だったでしょう」

 

「本当に大変だったんですよ会長っ!護身の札は無いし、観客はほぼ敵だし、相手は明らかに格上で、装備もゴツイ物ばかりだったんですから!」

 

生徒会長であるサリエに優しく頭を撫でられるイタは叫びながら当時のプレッシャーを語った。もう二度とあんな場所には行きたくないと涙目で訴えるイタを今度は優しく抱き留めながら慰めるサリエ。

サリエ自身もイタの代わりに決闘に赴きたかったが、公爵家令嬢と言う立場がどうしても邪魔をする。彼女に害があればそれはリーラン王国の損失になる。

それに、彼女は公爵令嬢と言う立場からわかっていた。公爵家すらも出撃するほどの有事が起こる可能性を秘めていた事を。

カモ君達が負ければ、その勢いのままネーナ王国がリーラン王国に戦争を仕掛けていた可能性。それに備えて彼女は強力な魔法使いとして王都の重要拠点に腰を下ろして備えていた。

幸いなことにカモ君達が勝利したことにより即座に戦争と言う状況は回避できた。

カモ君達の勝利で若干及び腰になったネーナ御王国が仕掛けてくるのは遠ざかったとも言っていい。

だが、どれもこれも一番人だかりができている頼れる後輩のお陰だろう。

 

「シュージ。いや、シュージ君と言ったな。どうだろう、君さえよければ言い値でウチに来ないかい。僕の義弟になる気はないかい?」

 

「シュージ君。平民にしては凄い魔法を使うそうじゃない。気に入ったわ。貴女、私の婚約者になりなさい。とろけるまで可愛がってあげるわ」

 

「何を言うかと思えば。シュージ君。貴方、貴族になる気はないかしら?というかわたくしの家の婿にならない?」

 

「シュージさんっ。さ、サインください」

 

「せ、先輩。あ、握手してください」

 

「え、あ、その。すいません、先輩方。まだ誰かの物になったり将来のことはまだ決めていないんです。サインは出来ませんけど、握手なら…」

 

圧倒的な力で相手をねじ伏せ、最後は戦わずに降参させるという戦果を出したシュージ。

彼の周りには、彼を取り込もうとした先輩達だけではなく、今年、新入生として入学してきたピカピカの一年生。シュージにとって初めての後輩達も今、話題の彼に夢中だった。

その殆どがシュージを取り込もうと躍起になっている。が、中には純真な尊敬も含まれている。かつ、シュージにそれが読み取れるわけもなく、彼はただ、あたふたしながらも対処していた。

というか、マイペースなキィに助けてほしかったのだが、キィは少し離れたところで生徒会長のサリエとなにやら話をしていたので助けは求められなかった。

そして、こういった人の集まる場面に慣れているだろうカモ君はと言うと。

 

「エミール・ニ・モカ!新学期早々に悪いと思うが」

 

「悪いと思うならやめてください」

 

「決闘を申し込む!」

 

「お断りします」

 

「聞いた通り、足に大怪我をしているようだ!だが、それが決闘を挑まない理由にはならない!」

 

「医者に止められています」

 

というか十分挑まない理由になるだろ。悪魔か。

 

「決闘とは誇り高い争いである事は理解している!だが、しょせんは争い事だ、相手が万全の時を待ってくれるなど本来ありえない!よって決闘を申し込む!」

 

「後ろ向きに検討します」

 

「日時が決まり次第、また声をかける!それまで首を洗って待っているがいい!」

 

「そのようなことが無いように願います」

 

足にまだギブス。手には包帯を巻いたカモ君にサリエの弟のトーマに一方的に決闘を申し込まれていた。

声を大にすることで注目を集め、多くの証人を集めるトーマの決闘を断り続けるカモ君。

あらゆる意味でネーナ王国との決闘に打撃を加えた彼の怪我はまだ完全にはふさがってはいない。魔法やポーションに頼りきると体の成長に悪影響が出るかもしれないから、必要な処置を受けた後は安静にして療養するように医者から言われている彼は死んだ魚の目をしてトーマに受け答えをしていた。

 

トーマがここまでカモ君に決闘を挑む事には理由がある。

戦績で言えばネーナ王国の選手を三人撃破したカモ君。決して魔法の威力だけでは推し量れないその戦法。何より戦いへ挑む気質をサリエとトーマの父。

四大公爵家当主。サウ・ナ・リーラン。と、その婦人、チヨがサリエの婚約者に候補にどうだという話を偶然にも耳にしてしまったから。

 

トーマはシスコンだ。

自分の敬愛する姉。その婚約者が文句のつけようのない男性なら百歩譲って祝福する。

しかし、その対象が完勝を収めたシュージではなくカモ君であるという事に納得がいかなかった。

カモ君の好評と悪評はほぼ一緒だ。

魔法使いらしからぬ戦い方。常に辛勝か脱落で終える。

女性関係も婚約者のコーテと奴隷のライツ。そして、超有力貴族のミカエリと関係を結んでいるというだらしない噂。

なにより見かけるたびにボロボロになっている落ち目の人物に姉を任せるなど享受できなかった。

それなのに両親どころか、肝心なサリエでさえもカモ君を好意的に受け取る。

弟だからわかる。姉は身持ちが固いのにあんな公衆の面前で頬にとはいえキスをすることなどなかった。

自分がカモ君を完膚なきまでに叩きのめして眼を覚ませてやるのだと意気込みながら彼はその場を後にした。



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第一話 声高々に虚言

「…災難だったね。エミール」

 

「まったくだ。少しは休ませてほしい。モカ領じゃなく、王都で療養したのも傷が深かったからなのに。なんで、その王都で退院直後に決闘なんかしないといけないんだか」

 

カモ君のすぐ右側にいたコーテが声をかける。彼がいつバランスを崩しても支えられるように傍にいた。そして、始業式直後にカモ君に決闘を挑んでくるトーマを冷めた目で見ていた。見るからに怪我人の様子のカモ君を理解してなお決闘を挑んでくる神経が分からなかった。…いや、分かってしまった。彼はカモ君と同類(シスコン)だと。

 

「それで…。決闘はお受けするんですか?ご主人様?」

 

含みを利かせた質問を彼の正面に回って投げかけてくるのはカモ君の奴隷になったライツ。

彼女としてはカモ君で酷い目に遭ってこの状況なので彼にも痛い目に遭ってほしかった。

まあ、実際は痛い目には遭っているのだが。それでも立場的に。…今のカモ君はなんちゃって貴族。これ以上下げるなら自分と同じ奴隷だろう。それなら割に、合う。のか?

いや、一応、姫と言う立場から奴隷に落とされたのだから相応かそれ未満だと思うのだが、彼が目の前で酷い目に遭っている場面を何度も見ている。それらを合わせると割に合っているのではないかと考えを改め直すライツ。

 

「受けるわけがないだろう。あと、最低でも半年はゆっくりしたい」

 

そんなライツへの答えは決まっていた。NOである。

そもそもトーマとまともにぶつかれば十中八九負けるのはカモ君だ。

いくら、多彩な魔法とレベルMAXという状況でも、素質が違う。

王家の血を引くトーマのステータスは見ないでもわかるほど魔力の波動が濃く強い物だった。おそらく風の魔法使い。それもレベル3以上の魔法使い。

全属性が弱点。かつ、風が弱点の地属性を主にしているカモ君では勝てる気がしない。

手持ちのマジックアイテムもそれに対応できない。

カモ君に対してこれでもかとメタなトーマに勝てる気がしないカモ君が受ける通りは無かった。

だから決闘は断る。一応、決闘は両者の合意の下で行われる。カモ君が拒否し続ければ起こりえない事。

だが、それを面白くないと思う存在がいた。

 

「でも、相手はこーしゃく?とかいう貴族の副ボスなんでしょ。断れるの?」

 

「うっ」

 

カオスドラゴンのコハク。

彼女の好きなものはカモ君が常に限界に挑戦し続ける光景。

そのためなら彼を追いこむ事に躊躇いは無い。

カモ君の背後から声をかける。が、それはまるでカモ君の背中を修羅へと押し出す悪魔にも見えた。

 

「それにうちは実は児童向けの商売もしているの。勝てば素敵なおもちゃとか本が手に入るかもよ」

 

「…むう」

 

そして、面白い事が大好き生徒会長のサリエはカモ君の左側から話しかける。

カモ君の事情も察しているうえに、自分の良心が離したこと。カモ君が婚約者候補に上がり、それを弟のトーマがよく思っていない事をほぼすべて承知している。

だからこそ、面白い。同じ趣味(シスコン)の二人がぶつかれば面白い事になると。

 

気付けばカモ君の周りを美少女が取り囲んでいた。しかし、彼の身を案ずるのは残念ながら一人。コーテだけだった。

 

「エミール。無理しないほうがいいよ」

 

カモ君を心配するコーテ。

この雰囲気はまずい。このままではきっとろくでもない事になるのは察知した。

 

「ここしばらくベッドの上だったんでしょう、ご主人様。だったら体を動かさないと毒ですよ」

 

カモ君を貶めようとするライツ。

このままいけばカモ君は痛い目に遭うぞと確信に似た直感がしたのだ。

 

「決闘を受ければ、オリハルコンを少し融通するから」

 

面白いカモ君を見たいがために餌をぶら下げるコハク。

それって、私の体を削って渡せという事ですね、姫様。

コハクのドレスに擬態したスフィア・ドラゴン。カモ君の境遇に少し同情する。

 

「勝てば私との縁が出来るよ。それに、うちで出版している本やおもちゃは子ども受けがよくてね。持っていけば大人気間違いなしだよ」

 

あ。

 

コーテの嫌な予感は的中した。

 

「怪我が治り次第、決闘を受け「ストップ」、むぅ…」

 

子どもに大人気=クーとルーナの好感度アップ=決闘?やってやろうじゃねぇかよ!この野郎!と、宣言しかけたカモ君だったが、それをコーテに引き留められた。

いい加減。彼は休むという事を覚えてほしいと言わんばかりに。

もう何度死にかければ気が済むのかわからない。入院中もろくに動かせない体だったので瞑想ばかりしていたが、毎日見舞いに来たコーテ自身が言うのもなんだが、この男はブラシスコンに全振りが過ぎる。

 

「サリエ先輩悪戯が過ぎます。エミールも簡単な挑発に乗らない。まだ傷が残っているんだから決闘とか受けない」

 

コーテは呆れながらカモ君を連れてその場を後にする。この後は新入生を歓迎するための生徒会役員による模擬決闘が行われる。勿論、カモ君達が参加者ではない。最近。特にコハクが王都に来た時から感じる不穏な雰囲気。その緊張状態を少しでも解消するためのデモンストレーションが行われる。

それにカモ君を使おうと思っているのだろうけどそうはさせない。というか、国事を子爵の出の子息。それも廃嫡された彼を使うな。

 

「えー。絶対面白いと思うんだけどなぁ。盛り上がると思うよ、彼が参加してくれるのなら」

 

そう言いながらサリエはカモ君を見つめるがそれを塞ぐようにコーテが割って入る。が、身長差の所為でサリエの視界には彼女の頭頂部くらいしか映っていないかもしれないが。

 

「それならシュージ君にしてください。戦績は彼の方が上ですし、何より強いですよ」

 

「えー、と。彼はあれじゃん。わかるでしょ」

 

この世界の主人公だから?

それとも実は陰でこっそり狙っているとか?

それとも自国の姫様に目をつけられているとか?

それともイケメンは趣味じゃないとか?

どれだよ、わからん。

 

「お願い、エミール君。決闘を受けて!最近の生徒達は魔法だけが魔法使いの戦いだと思っているのっ!意識改革が必要なのよぉーっ!」

 

「いや、間違っていないでしょう会長。確かに身体能力高ければ高いほどいいけれど。魔法一辺倒でも十分に役立ちますよ」

 

「公爵令嬢がはしたない。それは私だけがやっていい」

 

イタがサリエを説得しようとしたが、彼女はそれを気にせず、カモ君の腕を取って抱きしめるように彼に縋ってきた。コーテはそれを引きはがそうとしてサリエの細い腰を掴んで日かはがそうとする。

そこでコーテは気が付いた。サリエもまた鍛えられた体つき。細いながらもしっかりと鍛えられた体つきをしていると。

 

カモ君やアイムのように魔法以外にも戦闘手段。特に近接戦闘が出来ればいいが、そういう人物と魔法一辺倒の人間が魔法を打ち合えばなぜか魔法一辺倒の人間が打ち勝つ。魔法さえ発動してしまえば勝つという現象が多発する。

カモ君からすればステータスを器用貧乏に振り分けるより一辺倒。魔法だけに振り切った人物の方が魔法の威力が高くなる。という判断だ。

例外は主人公と王族と超人。

 

あいつらだけおかしいんだよ。器用貧乏じゃなくて万能と言ってもいいスペックと成果を作り出せる人の形をしたバケモンだよ、本当。

特にあの超人三兄妹(セーテ侯爵)。

武力と知力の両方を持っていて、財力に名声。更には容姿まで完璧とか。

俺、知らなかったよ。前世知識でもお前ら知らなかったよ。なんだよあのバグキャラ。ドラゴンより強いんじゃねえの?強かったわ。

 

「戦い方次第では魔法一辺倒でも。というか、そっちの方でも強いんだからいいじゃないですか」

 

「それじゃあ駄目なの。この間あったでしょ。謎のプレッシャー事件!あれでまともに動けた生徒は貴方達と私!あとは弟だけなのよ!」

 

ああ、あったなコハク来襲事件。

あの時は王都中がパニックになってまともに動けたのは相当な実力者だけだった。

いや、仕方ないと思うよ?裏ダンジョンエリアボスと最奥にいるボスの娘が来たんだからパニックになっても仕方ない。

老若男女。常識人からサイコパス。命を持った生物ならあのプレッシャーにはパニックになるのも仕方がない。

そんな存在がなぜか今、期待に満ちた表情でこっちを見ている娘っ子なんだから本当に人生どうなるかわからない。

ところでお姫様?そんなに期待しても俺は決闘なんかしませんよ?

 

「マジカルだけじゃ駄目なの!フィジカルから来るメンタルも必要なのよ!貴方が決闘で活躍すればここにいる生徒達も体を鍛えるはずなの!」

 

「それはエミールに言う事じゃない。というか、教師陣営にそう呼びかければいいんじゃないですか。公爵令嬢様」

 

まるで大きなカブを引き抜こうとしている動作でサリエを引きはがそうとするコーテは可愛いなぁ。と現実逃避をしているカモ君。

いつの間にか、彼等の周りには大勢の新入生だけではなく在校生。教師までもが集まり、珍道中を見守っていた。

 

「シバ校長はともかく、他の教師陣営は全然話を聴かないの!ネーナ王国との決闘でエミール君が活躍したという知らせは聴いたのに結局は魔法の力で圧倒的勝利を収めたシュージ君ばかり気にかけていたの!というかそれの所為で余計に魔法だけに打ち込むようになっちゃたのよ!」

 

「え、嘘でしょ。あれだけエミールが活躍したのに目に止めないとか。節穴で飾りなのか、教師陣営の目は」

 

少し離れた所で見守っていたシュージはカモ君ではなく自分に注目が言っていることに驚いていた。

だが、それも仕方がない。

カモ君の勝利の殆どが原作知識とそこから考え出した小細工。そして、泥臭い試合内容で辛勝。

対して、シュージは圧倒的な火力を見せつけて完全勝利を収めるという『魔法使いらしい勝利』とも言える。その上、魔法で身体の力をブーストすればカモ君すらも凌駕するパワーとスピードが出る。しかも、それがノーキャスト。開始一秒で決着する。

魔法が重視されても仕方がない決闘だった。

 

「誰もがシュージ君みたいに大成できるわけがないのよ!それなのにボンクラ教師共は魔法だけを鍛えましょうとか言っているんだから!ある程度の有酸素運動の後の方が勉学もつくって言うのに!」

 

「そうなの?私、すぐに何でも出来ちゃうからよくわからない」

 

超常存在(カオスドラゴン)の視点で物を言わんでください。

私達は稚拙で矮小な人間なんです。まあ、その中でほんの一掴みどころか一つまみの人間は出来るんでしょうけど。

 

「危機に直面して正しい判断が取れなかった前例があるのにまだ、メンタルとフィジカルを軽視するとかありえないでしょ!だから決闘を受けて!」

 

コハクショックがあったからわからんでもないけど。あんなSAN値直葬な事件早々に起こることはない。それこそ未来で起こるだろう戦争が勃発してもあそこまでの衝撃はそうそうない。

だからこそ、カモ君はサリエに向かって微笑んで言った。

 

「嫌です。俺だって本当に疲れているんですから無理です」

 

「若いんだから何度でもできるはずでしょ!私も手伝ってあげるから!」

 

「命張っているんですよ。そう、何度も出来ません」

 

「そんな小さい事言わないで!おっきい方が男は格好いいわよ!私も奉仕するから!」

 

「受け入れる女が小さかったら大変ですよ」

 

まるで実体験のように言いおるコーテ。

 

「女の大変を作るのも男なんだからいいでしょ!私(のお願い)を受け入れて!首を縦に振るだけでいいの!」

 

「やめましょう、会長。本当にエミール君頑張ったんだからわがまま言わないでください」

 

どうしてこんな事をするのかわからないが、暴走し始めるサリエを何とか抑えようと説得に入るイタ。

 

「そこのメイドちゃんみたいに(決闘を)雑に扱ってもいいから!」

 

「…そうよね。私だってこれでも奉仕しているんだから今更、厄介事の百や二百。受け持っていいんじゃないのご主人様」

 

何となくだがサリエの考えている事とやろうとしていることが分かったライツ。

騒げば嫌でも周囲の目を集めることでカモ君を追い詰められる。

 

「エミール君くらいの男の子って(決闘を)やりたい盛りなんでしょ!私(のお願い)ならいいでしょ!」

 

「…確かに」

 

サリエの含みを持たせた発言に頷くコハク。

人の心理という物を透かして見ることが出来るコハク。彼女自身がその目で見られることもあるからサリエのいう事も一理あると頷く。その度にスフィア・ドラゴンの威圧が発揮され、気絶で済んだ生徒が多数出てきているが。

 

「エミール君と関係を持てば、きっと私もここの生徒も強くなるから!」

 

「それはそう」

 

カモ君が踏み台キャラという事を知っているキィ。そして、その光景を何度も見てきたから理解できる。カモ君に関すれば誰もが強くなる効果が確かにあると。

 

「お願いだから!私(の意見)を捨てないで!(決闘を)受け入れて!」

 

「…あ。これが修羅場ってやつか」

 

「おい、後輩。これ以上関わるとこっちにも飛び火するからもう少し離れていろ」

 

遠目に見てようやく事態を理解したシュージ。そして、彼をこの場から離れさせようとするシィ。

 

「道具なしじゃないとまともに立てないんですよ。今すぐ治りでもしない限り無理ですよ」

 

「…ハイクイック(小声)。それなら元気になるお薬あげるね!プチアイス(小声)」

 

小声で高速詠唱し、対象の敏捷(スピード)を上げる効果の魔法を自身に使ったサリエは懐から金色の液体が入った小瓶を取り出し、その瓶口を開け、中身をカモ君の口に注ぎ込んだ。

突然の少し粘り気を持つ液体が口の中に入り、気管に入ったので思わず咳き込みながら吐き出そうとしたカモ君。しかし、その口元は薄氷で覆われており吐き出せなかった。

高速詠唱(クイックキャスト)だけではなく二重詠唱(ダブルキャスト)を使ってまでこの液体を飲ませたかったのかサリエはカモ君の口元も魔法の氷で塞いだ。その甲斐もあって彼女が呑ませた薬はすぐに効果が出た。

 

「…んむう?!」

 

カモ君は包帯を巻いた左手を握ったり開いたりしてみる。そこに違和感はなかった。無いのがおかしかった。気がつけば、ギブスをつけている足も熱い。が、忌避感は無い。

まさかと思いつつもその足だけで立ってみたり、そのままジャンプしてみても痛みは無い。

左手の指は切断。左足は半分以上、斧が食い込む大怪我を負ったのに痛みがないのはおかしなことだった。

 

「公爵家とっておきのお薬。効いたでしょ?」

 

おいまさか。一国に二十本もないエリクサーを飲ませたのか?!

 

ゲームでは体力と魔力。状態異常を完全回復させる霊薬であり国宝と並ぶとされる効果で貴重な薬。王族一人につき一本しか持てないとか言われている霊薬。

 

「これだけ元気になれば…。出来る、よね」

 

悪戯に成功したような子どものような笑みを浮かべるサリエに驚きの表情を見せたカモ君。

確かに体調は完全回復した。元気になった。だからこそ口元を塞いでいる薄氷を手で払い落しながら言った。

 

「嫌だ」

 

「そんな!酷いわ!あれだけの事をさせておいて袖にするなんて!」

 

カモ君が言い切る前にサリエが覆いかぶさるように言葉を遮った。

人聞きが悪い事を言わんで欲しい。辻ヒール。ならぬ、辻エリクサーされて嬉しくないはずがない。だからと言って決闘を受けるはずがない。

例えるなら、病院で美人の手当てをした不細工な医者が診察代を無料にするから俺と結婚しろと言っているようなものだ。絵面は逆だが。

 

わーわーぎゃーぎゃーずったんばったん。

 

もう少しで砂煙が起こりそうな勢いで騒いでいるカモ君達から一際あたりに、決闘参加を拒否しているはずのカモ君の声が響いた。

 

「わかった。わかりましたっ。受けますから離れてください」

 



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第二話 君は駄目な奴だなぁ。ほんと、だめ。

「…え?」

 

カモ君達が騒いでいると。サリエの口からカモ君の声でそう宣言した。

勿論、カモ君はもちろんコーテ達も驚いていた。声の出所はサリエ。しかし、少し離れたところから見ているシュージ達からだとまるでカモ君が宣言したかのように見えた。

呆気に取られているカモ君達をよそにサリエの口からカモ君の声で日にちが告げられた。

 

「「ちょうど、次の週末に決闘場が空いているからお受けしますよ。サリエ先輩」ありがとう。エミール君。お礼は期待してね」

 

それはサリエの一人芝居のようにも見えた。だが、少し離れた場所から見るとそれはカモ君が承諾したようにしか見えない光景だった。

 

「エミール君。ドタキャンとかしたら公爵家はもちろん君の家にも泥を塗ることになるから出来るだけ控えるようにね」

 

サリエはまるで捨て台詞のように告げるとその場を離れていった。

 

「ああっ。入学して早々に魔法学園目玉の決闘を見ることが出来るなんてラッキーだな!」

 

「しかも生徒会長の肝いりだなんて楽しみだわ!」

 

「今のうちに席を取っておかないと!」

 

「放課後にトトカルチョやるぞ!生徒会副会長対たたき上げ貴族の一騎打ちだ!」

 

その光景の後に沸き上がった歓声にカモ君はようやく自分がはめられたことに気が付いた。

 

「…やられた。ハウリングか」

 

風の補助魔法には身体強化も少なからず含まれる。遠くに声がよく響くようにする魔法。ハウリングボイス。上級者になればモンスターから人間まで一時的な行動をキャンセル。スタン効果を出すことが出来る魔法。それの出力を弄れば他人の声を出すことも出来る。それには緻密な練度と制御が必要になる。

彼女もまた公爵。魔法で成り立っていると言ってもいいこの国の公爵の娘だ。自分の声を真似るなど楽勝なのだろう。

自分の声と言う嘘の証言と周囲の証人達。

公爵家令嬢と貴族未満の自分とでは心証が彼女に傾くこと間違いなし。余計な反対意見は不利になるだけだし、最悪モカ領にまで迷惑をかける。

今のモカ領はガタガタだ。何かあればすぐにでも崩れる状況なのに自分の粗相があれば簡単に崩れる。そうなれば必然的にクーやルーナ達の印象も悪くなるわけであり、最悪の場合を考えるとなると。

 

 

 

『死んでも決闘を受けろや!クソ兄貴!』

『どうせ失くすのはお前の尊厳だけだろが!』

 

 

 

俺の愛する弟妹はそんな事は言わない。

 

でも、それの欠片ほどの悪印象も受けたくないのでカモ君はもう決闘を受けるしかなかった。そうならないために何度も丁寧に断って来たというのにサリエの策略の所為でこんな事になってしまった。

というか決闘になれば賭ける品が必要である。カモ君がかけられるものと言えば、外付け魔法力の効果がある搾取の腕輪(敵国の姫付き)。と、身を軽くするウールジャケット。この二点である。

 

え、嘘でしょ?高ステータスであろう生徒会副会長様相手にこんなピーキーな装備で挑めと?

火力が。火力が足りなさすぎる。鉄腕が当たればワンチャンありそうだが、当てられる気がしねえ。というか自分との相性が悪すぎる。

 

しかもゲームでは副会長のトーマは遠距離攻撃が得意だったはず。こちらの防御を荒々しい風の刃でゴリゴリ削るタイプだった。しかも近づけばその分距離を取られる。ヒットアンドウェイな戦術が一つの動作で出来る。

 

い、いや。まだつけ入る隙はあるはずだ。なにせこちとら低スペックの『踏み台キャラ』だ。ゲームでもあちら側がカモ君に目をかけたり、気にする描写は一切なかった。相手が油断していれば必ず隙は生まれる。…はずだ。

 

「エミール。どうするの?」

 

「…やるしかない、さ。これだから貴族様は嫌いなんだ」

 

因縁吹っ掛けられるのは主人公だったはずだろう。なんで俺なんだよ!?

フィジカルでゴリ押す魔法使いだから?仕方ないだろう!これ以上マジカルが上がらないんだから!フィジカル鍛えるしかないんだよ!

 

しかも主人公や主要キャラクターに比べれば微々たるもの。今のシュージにでさえ、もしかしたら魔法無しでも負ける可能性大だ。十回に八回は負けると思っているカモ君。

色眼鏡付きでこちらを高く評価してくれるのは嬉しいがそれに見合うだけの結果は生み出せていない。

 

「これ、使う?」

 

「いや、負ける可能性が高いからそれは使えない。それまで失ったらさすがに今後生き残れる気がしない」

 

ただでさえコーテのサポートがあってギリギリなのに、彼女の杖まで失えば生きていける自信がない。というか、コーテの実家にもこれは自分と彼女の絆のようなものだと手紙を書いた覚えもあり、これを失う=彼女との絆も失う。彼女の父、グンキにボコられる。弟妹に嫌われる=兄の威厳の死。

 

「…勝てる見込みはあるの?」

 

ここまで不安材料があると告げられたコーテは素直に不安を口にした。

これまで多くの逆境を乗り越えてきたカモ君は不敵に笑った、

 

 

 

ミカえもおおおんっ!決闘受けることになっちゃったよぉおおお!なんか道具(マジックアイテム)出してぇええええ!

 

その日の放課後。

上記の内心をオブラート加工させ、なんとか兄のメンツを崩さない程度に抑えながら、王都にあるミカエリの別荘に駆け込むカモ君だった。



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第三話 陰キャと陽キャ

「私から出せるアイテムはオークネックレスくらいしかないわよ」

 

カモ君を招き入れた執事とメイドとは顔見知りだったため、すんなりと通してくれたが、王城から戻ってきたミカエリから出た言葉でカモ君は撃沈した。

 

「というか、週末とかあと三日もないのよ?いくら私でもそう簡単に薬はともかくマジックアイテムは作れないわ」

 

薬ならいけるのか。ドーピングアイテムでワンチャンあるか?

 

「視力を失う代わりに触覚が敏感になる薬と理性が蒸発して本能丸出しになる薬と腹上死確定の媚薬ならすぐに出せるけど…」

 

なんで怪しい薬しか出せないんですかね?なんかどれもこれもエロの匂いがプンプンするのだが。

 

「効果は永続」

 

嫌だよそんな薬。使っても後がなくなるじゃん。

 

「それに公爵との決闘でしょ。それで変な因縁はつけられたくはないの。貴族って面倒くさいから」

 

わかる。貴族ってクソだよな。

相談相手も貴族だという事を忘れたわけではないが、それでも貴族が一度こじれると本当に面倒だ。

これが、侯爵以下。下手したら王家の血が入っていない中でも最上位に位置する伯爵でもミカエリなら何とかしてくれそうだが、公爵は。王族の血は駄目だ。

建国者の血を引く人間は、人間扱いされない。というか出来ない。スペックが違いすぎる。

容姿や知識。体躯に魔力が一般人では考えられない程上回っている。だからこそ、その下にいる人達は逆らえない。…逆らえないはず、なんだけどなぁ。

 

「…本当に手出しは出来ないわよ?」

 

「何故、そこで目を逸らす」

 

それは何かできると言っているようなものだぞ。

 

しかし、これ以上ミカエリにそれを頼むのも無理だと判断したカモ君は突然の来訪を謝罪し、その場を後にした。

入院で鈍った感を取り戻すために、シュージかアイムに模擬戦を称してトレーニングに付き合ってもらおうと考えなおし、ミカエリ邸を後にするのであった。

 

 

 

カモ君がミカエリ邸から完全に離れた頃。

ミカエリがくつろいでいる部屋に執事に連れられて新たな。いや、カモ君が来る前からこの別荘にいた客が入ってきた。

 

「彼って、あんなにも砕けた感じなのね。新たな発見をしたよ」

 

「本性はもっと我儘なんだと思いますよ。…サリエ様」

 

カモ君が来る十数分前にサリエもまたミカエリの元にやって来た。

要件は無理を言って決闘をさせてしまうカモ君の情報収集。

 

「もっと楽にしてくださってよろしいですよ。ここには私の従者しかいませんから」

 

「なら。…ごほん。度重ねてお礼と謝罪を。…私の。いえ、この国の面倒を押し付けてしまって本当に申し訳ございません。ミカエリ様」

 

人の好い笑顔は鳴りを潜めて。いや、笑顔の仮面を外したというべきか。

ミカエリの目の前にいるのは情緒が落ち着きすぎた少女の姿。

 

「この国の魔法使いの意識改革。肉体と精神の見直し計画に彼はどうしても必要なのです」

 

「まあ、私もその考えには同意です。皆が皆、急に彼のようにはなれませんから」

 

「カオスドラゴンの来訪。そして、ネーナ王国との決闘で思い知ったはずなのに。誰もがそれを認めない。目を逸らす。我々はあまりにも不測の事態と窮地に場慣れしていない」

 

「だからこそ。トーマ君とエミール君をぶつける。それによって魔法使いの卵。生徒達から意識を変え、あわよくば教師陣。そして、王都に属している魔法使い達の考え方を変える。…貴女も大変ね。常に笑顔を作っているのは」

 

「はい。ミカエリ様のように力と実績があればよかったのですが。そのように上手くいかないのです」

 

カモ君が、『クールな優等生』を演じているようにサリエもまた『陽気で人好きする生徒会長』を演じている。

 

常に余裕を兼ねているが、その裏では血のにじむ努力を決して見せない。

本当は一人でいるのが好きなのに人脈の拡大と維持のために『笑顔』の仮面を常に張り付けている。

弱音を吐きたいが、公爵令嬢足る者としてそれも許されず、本人も自覚している責任感。

実の弟にすら隠し通している陰キャな性格。

それをさらけ出せるのはミカエリだけ。

目の前の才女。地位以外、自分の全てを凌駕する同性の彼女の前でだけ。

きっかけはセーテ侯爵家でのお茶会にて。まさかのホスト側の彼女がゲストに笑顔で拒否した。目の前で中指を立てる一歩手前に迫る雰囲気で追い返した。

その原因はセーテ侯爵との繋がりを利用して私腹を肥やそうとする輩ばかりだった。

戦バカ。研究バカなら簡単に引き込めると思い込み、失礼すぎる言動を行ったため、それを見抜かれ、論破され、叩き返された。

そんな道中で好意的に取られたサリエだったが、追い返される際に小さなため息を零したところをミカエリに見られた。

 

繋がりを求めたお茶会で追い返されたのに、サリエはどこか安心した表情を少しだけみせた。失敗したことを喜んでいたように見えた場面でミカエリに興味を持たれたのだ。

そして、彼女にと話しているといつの間にか素の自分をさらけ出していた。

公爵家令嬢の仮面を取った自分がそこにいた。その解放感は何とも言えぬものだった。

素性を隠しあっている者同士、シンパシーを感じたサリエはそれ以来ミカエリに頼り始め、ミカエリもまたそれに喜んで応えてきた。

 

だからこそ、公爵家当主を通さず、魔法学園の生徒会長のサリエに下された王からの命令。

それが、魔法一辺倒に頼る魔法使いの意識改革。

二度にわたるドラゴンの襲来を乗り終えてなお、楽観視する輩の常識を叩き直さなければならない。その白羽の矢が立ったのが、彼女であり、カモ君だ。

上級魔法を使うだけでなく、冒険者仕込みの格闘術。そして、ガッツ。を、魔法学園の生徒に持たせることが出来たのなら自国の防衛力に繋がる。

そのためにサリエはあえて道化を演じ、カモ君をはめた。だが、問題がある。

それは、

 

「…トーマを相手にエミール君は勝てる。いえ、どれくらいもつでしょうか?」

 

「普通なら十秒もないでしょうね」

 

そう、トーマとカモ君の力量差。

レベルという数値だけを見れば同レベルだろうが、スペックが違いすぎるだろう。

何度も死線を乗り越えてきたカモ君ほどではないが、トーマも公爵家として訓練を積んできている。いや、高レベルの魔法使い。そして、将軍レベルの近接戦闘の訓練を受けている。

その上、トーマはカモ君を敵視している。サリエを言う最愛の姉を誑かせていると思われる輩に手加減も慢心もしないだろう。

更には魔法使いの相性。風(トーマ)は地(カモ君)に強い。

カモ君の魔法は悉くトーマの魔法に吹き飛ばされる。近づくことも出来ない。だからこそカモ君はこちらに助けを求めてきた。

トーマが強力な風の魔法使いと言うのは周知の事実。だからこそ誰もがカモ君が勝つことは無いと考えている。

それにミカエリはシルヴァーナの修復に忙しい。

実はカモ君が前回の決闘でぶん取ってきたマジックアイテム。それとシュージとカヒーが攻略した養殖ダンジョンで出土したマジックアイテム。そして、リーラン王国のへそくり。宝物庫に収められていたオリハルコンを合わせれば、シルヴァーナ修復が可能となった。

現在はマジックアイテムの心臓と血管ともいえる回路を摘出している最中であり、ミカエリはこの後すぐにでも作業に入らなればならない。

カモ君とサリエの手前、余裕を持って接してきた。が、カモ君の援助よりも、公爵家令嬢の嘆願。その上の王家の命令をこなさなければならない。だから援助も出来ない。

 

だが、そんな状況でもカモ君なら。なんか、こう、するんじゃない?くらいの期待は持っているミカエリ。

カモ君は確かに一般魔法使いよりは強いが、トーマには勝てないと考えているサリエ。

 

二人の令嬢の考えは、二日後。見事に当たった。

 

 

 

「勝者!トーマ・ナ・リーラン!」

 

決闘が始まって一分もかからなかった。

無傷のトーマと、全身をズタズタに切り裂かれあちこちから出血し、決闘の舞台から弾き飛ばされ、コロシアムの壁に叩きつけられたカモ君の姿があった。

 



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第四話 勝負を始める前から終わっていた。

何の対策も立てられずに迎えてしまった決闘の日。

カモ君はとても気分が落ち込んでいた。

 

いや、勝てるか。と、

 

これまでの戦闘感覚を取り戻すためにアイムとシュージに無理を言って模擬戦に付き合ってもらったが、カモ君が出来たのはどれだけ相手の攻撃をしのぐか。という耐久戦を主とした訓練を思い出した。

 

『エミール?!大丈夫か?!』

 

『しまった。最近、力加減が出来なかったからっ。すまん!』

 

シュージはもとより、普段からアイムもカモ君と多くの模擬戦をしており、その内容はカモ君を打倒している。つまり、二人の強化に繋がる。

主人公であるシュージは日々強くなっているのはもちろん、彼の仲間キャラでもあるアイムもその恩恵を受けているのだろう。

模擬戦はシュージには三十秒。アイムには一分しか対応できなかった。

シュージの魔法は一撃でも当たればリタイヤ。詠唱いらず。発動すればカモ君の負けは決まっていた。カモ君が遅れて発動させた防御もあっさりぶち抜いて護身の札と一緒にカモ君の体を焼き加減レアにした。

アイムとの格闘戦では片腕という事もあるが、魔法の『鉄腕』の練度も年季も彼の方が上。数合打ち合うだけでカモ君は吹っ飛ばされて話にならなかった。

そして、カモ君と模擬戦をした二人はこう思ってしまった。

 

エミール(カモ君)って、こんなに弱かったのか?と。

 

それはカモ君自身も考えていた。

いよいよ誤魔化しがきかなくなってきた。これは本当に幕引きか?

 

今まではシュージ達の前に立って戦ってきたと思っていたが、いつの間にか追い越され、今は何とか陰にしがみつけるかどうかという状況。

リーラン王国勝利と言うハッピーエンドを見るまでは頑張るつもりだったんだが、今では足手まとい。いや、自分が負ければ相手の強化に繋がるのだから、せめて迷惑にならないように姿を消すべきか?

…いや、まだ駄目だ。

まだ頑張らねばならない。不安要素はあちこちに散らばっており、甲斐性も出来ていない。

自分では力になれないかもしれないが、原作知識と言う知恵は出せるのだ。意見を出すためにも成果は出さねばならない。

 

 

 

決闘が行われる日はちょうど休みであり、新入生達は始めて見る決闘。

在校生は国家間の決闘で勝利を収めたカモ君と公爵家のトーマの実力を見定めるため。そして、王都で抽選に選ばれた一般人の観客達。

そんな彼・彼女等が今か今かと登場人物が出てくるところを待っていた。

 

その歓声は控室で運動着の上にウールジャケットを着こんだカモ君が軽いストレッチをしている最中にも聞こえていた。

起床して男子寮の前でカモ君を待ち、控室までついてきているコーテも不安そうにこちらをうかがっていた。

 

心配するなって。最悪があっても死にはしないから。

それに痛い目に遭うのは、悲しい事に慣れている。せめて、一矢は報いるさ。

いや、作戦はそれしかないんだけどね。

 

学園内に建設された決闘場。

魔法使いの卵たちが己の力を確かめ、高めあう場。

シュージにとってはもはや力試しだけの場になった場所だが、カモ君にとっては処刑場に等しい。

更に体を軽くするウールジャケットを着こんでいれば風の魔法の影響もろに受けるだろうとは思うが、今のカモ君にはそれを取り上げると、運動着だけしかない。

いや、搾取の腕輪もあるだろうが、一見するとただのアクセサリーにしか見えないだろう。それでは公爵家を侮辱したとみられる。ただの着飾りのためにウールジャケットを羽織っている。

明らかに戦力不足だ。対面することもおこがましい。

一応、マジックアイテム以外にも武器の持ち込みもありだが、剣や槍。槌。おおよそ武器と言える物を持ち込めば動きを阻害され、余計に接近戦が出来ずにやられるだろう。

カモ君の手札。それを見た時コーテは本当にそんな物で対抗できるのかと尋ねてきたが、正直、それさえも悪あがきにしか過ぎない。

相手を戸惑わせれば上々。けん制になれば大金星。使い方によれば致命傷を与えられる。

掌に収まるほどの小さな武器にカモ君は賭けていた。

鉄製のメリケンサック。これでトーマを殴りつける。

ダメージ覚悟で鉄腕を盾にしながら前進からの接近戦。それがカモ君の作戦。

恐らく鉄の塊である鉄腕すらも吹き飛ばす。もしくは削りきるだろうトーマの魔法攻撃をどれだけいなせば接近戦に持ち込めるか未知数。その上、自分の体質上魔法ダメージは二倍とふざけたハンデ付き。

本当は耐魔法の機能がある鎧で。それこそモカ領で蛮行を働いていた輩とか、ネーナ王国との決闘での対戦した輩みたいに重厚な鎧でがちがちで装備を固めたかったが、その戦利品は自分の負債清算でリーラン王国に持っていかれたため叶わない事だった。

 

カモ君は自分の立場を思い返しては何かを諦めたように控室を出た。しかし、完全に諦めたわけではない。自分にはトーマに勝っている点が一つだけある。

カモ君がトーマに勝っている事はただ一つ。戦い、主に逆境状態での経験。

今のカモ君ならよほどのことが無い限り臨機応変に戦えるだろう。

 

 

 

左手に風精霊の杖。風属性の魔法の威力を大きく上昇させる。

右手首に大魔導士の腕輪。装備者は『無詠唱』状態になり、どんな魔法も即発動できる。

体を覆い隠すミスリルローブ。軽くて頑丈。魔法耐性も少しある。非マジックアイテム。

胸元に護身の札。決闘場の範囲でのみ、致命傷を肩代わりさせ、負傷した装備者を転移させる。

 

決闘の舞台に上がった相手はかなりレアな装備品を身に着けていた。

そんな大層かつ物騒な装備を身に着けたトーマを見て、カモ君はわずかな希望を捨てそうになっていた。

 

よほどの事が起きていた。

 



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第五話 手放した勝算

トーマ・ナ・リーラン。彼は今ほど集中力が高まった事は無い。

敬愛する姉に近寄る羽虫を払いのける為に彼は今日。この決闘場に上がった。

姉の傍に立つ人間は高貴で強く賢く美しい。誠実で寛容で甲斐性のある存在でなければならない。

自分の対戦相手であるエミール・ニ・モカ。

初等部二年生としては。いや、全校生徒の中では上位に値するだろう魔法使い。そして、戦士だろう。だが、彼は浪費家の疑いがある。その証拠に彼は日を跨ぐごとにやつれ、みすぼらしくなっている。そんな疫病神を姉に近づけてなるものか。

トーマポイント マイナス5点。

 

男性としては羨ましくなるほどの逞しい体つきから力強さを感じる。その体中にある傷がそれを増幅させている。だが、それをひけらかすことなく、特待生である平民にも横柄に接さず、友好的。寛容的だと言っていいだろう。

トーマポイント プラス10点。

 

彼の周りには多くの見目麗しい女性が何人もいるが、婚約者を最優先して生活している。周りの女性を優先するより自己鍛錬に励むのは好ましい。例外的に白い少女を時折接待している様子も見られるが、あの少女の機嫌を損ねることは国益に影響する。だからその点はこちらも情状酌量とする。

トーマポイント プラス10点。

 

その上、彼の薫陶を受け、平民であるにもかかわらず魔法使いとして強さを高めている。いや、あれは強くなっているというよりは進化に近い勢いで成長している。その腕前があれば将来はこの魔法学園で教師として働けるだろう。だが、貴族の地位を一度奪われた経歴もある。将来性の有無。それらの危険性。それを考えるとプラスマイナスで0点だ。

 

百点満点中、たったの15点しかない。そんな相手は姉には絶対ふさわしくない。

 

三問しかなく、配転も上限で10点しかないので満点でも100点が取れるはずもない。その上、マイナスまであるトーマの診断に15点も出すことが出来たカモ君を大分評価しているトーマ。

というか、そんなトーマガ認める相手など、それこそ世界を救った大英雄位出ないと認めないだろう。

 

一対一の決闘。魔法使い同士の戦いを想定された場ではあるが、公爵家=高ランクの魔法使いの人間。対トーマが認めた戦士のカモ君。

二人の魔法がぶつかりあえばどうなるか。シュージを含めたカモ君の友人達の誰も予想がつかなかった。が、観客席にいるサリエとコーテだけは有識者から予想を聞かされた二人は違った。

 

エミール。無茶はしないで。

 

コーテはカモ君が勝率の無い決闘だと告げた時から不安を押し殺しながら彼の背中を見守っている。何度も見てきた彼の背中。

ダンジョンに模擬戦。大会に決闘。

様々な戦いの場に挑んできたカモ君の背中が少しだけ頼りなく見えた。それは初めての事だった。それは彼の意欲にも関係している。

負けてもいい決闘であり、命の危険もない戦いだからこそ気負いはしない。だが、その分、カモ君の勢いは減る。彼はこれまで様々な勢いを持って激闘と強敵を制してきた。それがなくなれば勝つことは難しい。だが、それでも。と、願い、想ってしまう。

カモ君ならば。と、きっとどうにかしてくれると。

その少しだけ小さくなったように感じた背中に彼女は願った。

 

エミール君。頑張ってね。本当に。

 

今回の決闘。裏では王命を受けた自分が糸を引いている。

魔法使いの魔法重視の意識改革。

それを王命として下された自分は道化を演じてでも遂行しなければならない。その起爆剤としてカモ君ほどの適役は無い。だが、彼の相手が悪すぎる。

 

公爵家として、強者の魔法使いだからわかる。魔法レベルはトーマが上。

凄腕冒険者の家庭教師を持っていたからわかる。格闘戦ではカモ君が若干上。接近する事が出来ればだが。

そして、姉だからわかる。あの本気の装備ではカモ君は近づく事すらもままならないと。

 

だが、カモ君は何度も似たような逆境を超えてきた。その粘り強さを見せてほしい。弟を悪く思っていない。むしろ、懐いているトーマは可愛く思っている。だが、それでも今回ばかりは手を抜いて負けてほしい。

それをそれとなく伝えてきたが、王命は秘密とされているため、意図を伝えることは出来ない。それが、トーマから見れば、好意を持っている相手を持ちあげたい。と、感じられた。

それは間違っているとトーマはサリエの目を覚まさせるために本気で叩き潰すと意気揚々と今日を迎えてしまった。

珍しく、自分の行動が裏目に出たサリエ。ほぼほぼ完璧生徒会長を演じてきた彼女には珍しいミスだが、カモ君からしてみれば、『お前、何、弟にバフかけているの?!』と言う状況。

本当に申し訳ない。と、心の中でカモ君に合掌もしているサリエ。

 

そして、決闘開始のゴングが鳴った。

カモ君とトーマは余程の実力者として扱われているため、審判も舞台の外からよく響くゴンを鳴らすと同時に今まであたりに響いていた歓声も最高潮。と、同時にカモ君は一直線にトーマに向かって駆け出す。逆にトーマはバックステップしながら魔法を放つ。

 

「ストームエッジ!」

 

ノーキャスト。無詠唱から繰り出された風の魔法。レベル3。上級魔法であり、一般の魔法使いならば最高レベルの威力を持った竜巻。その範囲はまるで地を這う大蛇のように。それでいて猛スピードでカモ君に襲い掛かる。

その威力はコンクリート並みに硬い舞台を粗削りする。まともに受ければ人体など簡単に引き裂き、骨を砕く。

それをかわそうとしたが、竜巻の先。大蛇で言うなら頭どころか鼻先を掠めてしまったカモ君。竜巻が少し進路を逸らすだけで彼は簡単に竜巻に飲み込まれた。と、同時にカモ君の魔法をも発動する。

 

「鉄、腕!」

 

予め詠唱していたこともあっただろうが、それでもトーマから少し遅れて発動したカモ君の魔法。

アイムから教えを乞い、彼が使える攻防一体最強魔法。

自身の眼前に浮遊する一対の巨大な籠手。それを交差させ、その肘先に当たる部分を地面に突き刺し、風をしのぐ壁にする。そのおかげでカモ君は致命傷だけは避けた。カモ君自身も鉄腕の突起部分を掴みその場で踏ん張る。が、その抵抗はすぐに解けてしまった。

その時点でカモ君は竜巻に飲み込まれたも当然。前方からの風は何とか凌げてもそれ以外。左右。上方と後方から来る。猛烈な風。それも吹き付ける威力が一流の冒険者や武道家に近い威力を持った風の刃に全身を斬りつけられる。

その上、カモ君の鉄腕は十秒もしないうちに風食。まるで火をつけられ燃え尽きていく紙切れのように削られ、跡形もなく吹き飛んだため、真正面からその暴風。風の刃を受けたカモ君の体は後方に吹き飛ばされ、決闘の舞台の外。結界が張られた観客席の壁に強く叩きつけられ、気絶。地面に倒れ伏した。

この時点でカモ君の場外負け。トーマの勝ちが確定した。

 

たった十数秒。たった一発の魔法。一合にも満たない交差。

 

完全無欠の勝者とズタボロの敗者の姿がそこにある。

あまりの光景に誰もが声を失い、沈黙が流れた。

誰もが内心。いや、最初から分かっていた。魔法使いとして、貴族。地位の高さが強さに比例している。

下の者が上の者に勝てるはずがないのだ。弱肉強食。生まれながらそれは決まっていた。

事が始まる前からそんな事はわかっていた。

トーマは己の完全勝利に口角を上げていた。

 

ガギィイイイインンンッ!!

 

だが、事が終わるまでは決まってはいなかった。

誰もが言葉を失っていた。だからこそ、それは一際目についた。

審判がトーマの勝利を宣言しようとした次の瞬間、金属同士をぶつけた甲高い音が鳴り響いた。

音が鳴り響き、そこから腕輪をつけている場所から奔る衝撃にトーマが思わず視線を移すと、そこには地面にめり込んでいる小さな金属片。それはカモ君が装備していたメリケンサック。その欠片が舞台に突き刺さっていた。

トーマの魔法を受けて思わず手放してしまったメリケンサックは、はるか上空へと弾き飛ばされたが、決闘の舞台はドーム状になっている。そこにぶつかり砕け散ったメリケンサックのかけらが跳ね返って、時間差でトーマの装備している大魔導士の腕輪にぶつかりつつも勢いを殺さず舞台へと突き刺さった。

もし、これが、自分の急所に突き刺さってしまっていたらと思うとトーマは悪寒が奔った。

再び、カモ君に視線を移すとそこには何かをやりきった表情をしたまま気絶している表情が見えた。

 

これは運良くカモ君の攻撃が通ったのではない。自分が運よく攻撃がかすめたのだと。

 

そこからトーマは悟った。エミールは最後の最後。それこそ、自分の意識を無くしても勝利を諦めない。計算された逆転の一手を放ったのだと。あの暴風の猛攻の中でも自分に一矢を剝いる動作なのだと。

 

勿論、勘違いである。

カモ君はトーマに吹き飛ばされた時に、『あ、これ、最近習った(強要された)ことがあるやつだ』と、一時期、ビコーの部隊にいた時にシバかれた走馬灯を思い出し、これは何をやっても無駄だとこみ上げた諦めの境地からの笑みだったのだが、トーマを含めた実力者にそれを勘違いされただけである。

 

だが、カモ君の周りには風の魔法に精通している人物が多くいる。その所為でトーマは大きな勘違いをした。

そんなトーマの勘違いを、状況を把握した少数の実力者にも伝播していた。その中にはサリエもいた。

負けは確定。逆転の目もない。しかし、あの最後の最後で引き分けに繋がる一手を打ったのだと勘違いしたサリエは子どものように興奮した。

その表情はトーマにはまるで。憧れの人物を前にする、恋する少女にも見えた。

 

勝利への確信。それからの悪寒。そして、サリエの表情からの衝撃。それを否定したくて、トーマは思わず声を上げてしまった。

 

「俺の完全勝利だ!所詮、お前など、この程度だったという事だ!」

 

己の不覚。カモ君の勝利への執念(勘違い)。そして、カモ君に向けられた姉の視線(勘違い)に嫉妬した。

だからこそ、カモ君の残した結果におもわずケチをつけてしまった。それが誰かの怒りを買うことになるとも知らずに。

 



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第六話 利率5%

カモ君が意識を取り戻すとそこは見慣れた天井だった。

視界の端には心配の表情を見せるコーテと生きていたかと少しがっかりしていたライツの姿が。

ああ、また。心配させてしまったなと後悔はすれどもどうすることも出来なかった自分を自己嫌悪に陥りながらも、もう、第三の寝床になりつつある保健室のベッドから体を起こす。これまでの激闘からの気絶。そこからの復帰。カモ君の仕草は慣れたものである。…慣れたくはなかったが。

致命傷は肩代わりしてくれるが、それ以外のダメージは体に残してしまう護身の札。

意識を無くす前に受けた風の刃や、吹き飛ばされ叩きつけられたダメージを自覚し始めたカモ君の声はかすれがちになっていたが、コーテの目の前という事もあって、寝起きと言う意識があやふやな状態でも強がった。

 

「もう。すごいダメージだったんだよ。私も回復魔法の使い過ぎで魔力が底をつくかと思った」

 

「ポーションも使えばよろしかったのでは?」

 

「…エミールだけは有料になったからあまり使いたくはないの」

 

全身に大きな裂傷。背中は骨にひびが入るほどのダメージを受けてもリタイヤ扱いされない護身の札の判定を疑う。それともカモ君のHPゲージが多いのか。その判断が出来るのは開発者のミカエリだけだろう。

そんなズタボロなカモ君を癒したのがコーテの回復魔法。そのおかげでカモ君は約一時間程度、目を覚まさずうなされ続けていた。彼女がいなければ三日は寝込んでいただろう。

保健室に常備されているポーションも使えばカモ君ももう少し早く意識を取り戻せたのだが、彼はアイムとシュージとの模擬戦で傷つくことが多く、その都度保健室のポーションを無料で使っていた。しかし、その頻度があまりに多いために保険医からはこれ以上怪我をしないようにと言う注意も込めて有料になってしまった。

 

「でも、まあ。大した怪我じゃなくてよかったよ」

 

ここ最近の自分の戦闘終了時の状態と比べれば、今回の負傷は軽いものだ。

一般人から見れば十分、重症ではあるが。

あと、上級回復魔法を四回も使ってやっと意識が戻ってきたカモ君をジト目でみるコーテ。

 

「…エミール。もしかして、傷ついている俺、格好いいとか思っていない?」

 

「思うわけがないだろ。俺だけならそもそも決闘を受けずにトンずらしている。コーテ。お前やクー。ルーナが悲しむような真似をするわけないだろう」

 

「……」

 

え、あれ?コーテさん、無反応ですか?

もしかして、もうすでに俺への愛想は尽きて、どうでもいいとか思っている?心配してくれていると考えていたのは俺だけですか?

ライツの方を見ると少し意地悪な表情を見せながらも、カモ君を揶揄ってきた。

 

「あらー。ご主人様は言い訳と口説き文句がお上手ですね」

 

「…最初に私の名前が出てきたから今日のところは勘弁してあげる」

 

そこまで言われて、ようやくカモ君も合点がいく。と同時に驚きつつあった。

まさか、自分が。シスコンブラコンをこじらせている自分が。

クーとルーナよりも先にコーテの方を先に心配していたのだから。

それをごまかすためにコーテに罰の内容を確認する。

 

「ちなみに、明日は?」

 

「説教3時間」

 

小分けにしてくれないかな。十回くらいに。

まあ、こんなやり取りしてはいるが、カモ君は改めて現状を再確認した。

 

「俺は、負けたんだよな」

 

「そうだね。もうボロ負けどころか完敗。…だったんだけどね」

 

だよなぁ。て、なんですかコーテさん。その含みを持たせた言い方は?

 



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第七話 美化1000%

カモ君が目覚める一時間前。

 

カモ君の負けが確定。コロシアムの治療室に転送されたと同時にカモ君を批判したトーマ。

それを見て、頭に血が上ったシュージが観客席から飛び出した。

本当なら観客席と決闘の舞台を隔てる結界を自分の魔法で壊してすぐさまトーマに喧嘩を売るつもりだったのだが、自分のすぐ近くにいる他の生徒達も巻き込んでしまうのでやめた。が、その胸に宿った義憤の想いは轟轟と燃え盛っていた。

その勢いのまま、観客席から選手専用の待機室に繋がる廊下。選手待機室から決闘の舞台へ飛び出したシュージ。

その途中で何人かの警備員や監督を務めていた教師や先輩達に止められそうになったが、その時点ですでにシュージは自身に身体の強化魔法イグニッションを使用していたために彼を止められる人間がそこにはいなかった。

トーマがカモ君を侮辱し終え、審判がトーマの健闘を称え終わったころ。シュージは黄金の炎を身に纏いながら決闘の舞台の中央に降り立ち、宣言した。

 

「俺と決闘をしろ!トーマ・ナ・リーラン!!俺の友を侮辱した事を後悔させてやる!!」

 

その光景を見た半分の人間が歓声を。もう半分は悲鳴じみた声を喉で詰まらせた。

トーマは公爵家の人間であり、王族を除けば最上位。いや、リーラン王国の今後と方針次第では彼がこの国の王になることもあり得る。文字通り住む世界が違う存在だ。

彼と相対する事すらおこがましい。姉のサリエと同様に魔法学園の最高権力を持つ人間である。

だからこそ、カモ君は嫌々で、何とか決闘をしないように丁寧な言葉で拒否し続けた。それは一概にトーマがそういう存在だからだ。彼の機嫌一つでモカ領にすら悪影響が出かねない。結局は決闘をすることになったが。

この魔法学園。いや、この国では本来、トーマの前に立つことが出来る人間はそういない。

そんなトーマに意見する事。あまつさえ、決闘を申し込む事すら不敬に当たる。

公爵家と言う地位。魔法使いとしての技量。

その二つを持った相手にシュージは決闘を宣言した。

 

シュージは激怒した。この傍若無人な目の前の存在を許すことが出来なかった。

シュージには貴族の上下関係などわからぬ。けれどもカモ君の努力と成果をしる友人である。血と汗を何度も口にしているカモ君以上に努力している人を彼は知らなかった。彼が報われなければ他の人間が報われることは決してないと、この時は人一倍に義憤に燃えている。

 

そんなシュージに対してトーマは冷静になっていた。

姉の目を覚まさせる。そのためにもカモ君に圧倒的力量を見せつけた。

それを果たせたからこそ冷静になれた。

本来、トーマはカモ君。シュージを含めたネーナ王国との決闘に参加した生徒達をもてなさなければならない立場だった。上に立つ者として歓待で迎えなければならないのに、このような迷惑をかけてしまう。それは公爵家に泥を塗る行為だった。

シスコンであるトーマだが、それさえなければ好感を持てる。良識も持ち合わせる人物。

今になってそれを理解させられた。カモ君に決闘を叩きつけた後も、両親からそれとなく止めるように言われてきたが、目的を果たしてやっと響いてきたトーマは申し訳なさでいっぱいだった。

だからこそ、シュージの蛮行を水に流す。それで罪滅ぼしになるとは思わなかった。が、仮にも公爵家。彼の発した言葉は重い。だからこそ撤回も難しい。

シュージの怒りは正しい。しかし、自分の言動の撤回も出来ない。

そこまで考えたトーマはシュージの宣言に応えた。

 

「いいだろう。特待生。君の挑戦を受けよう」

 

トーマがそう宣言すると一気に歓声の声量が上がった。

当然だろう。ついさっき。それも一分にも満たない決闘。しかも、一撃でカモ君がやられてしまったから、盛り上がりのない。圧倒的な蹂躙を見せつけられただけでは観客席にいる生徒達は納得いかない。

だが、今。舞台の上に立っている選手は違う。

黄金の炎を身に纏い、明らかな強者の予感をさせる挑戦者。しかも、国家間の決闘で圧倒的な実力で勝利してきたという経歴もある。これならば多くの見せ場があるだろうと大いに盛り上がっていた。

トーマの発言に審判は本当にいいのか確認を取る。決闘の連戦は本来タブーだ。出なければ徒党を組まれて数の暴力で負けることは必至。だからこそ、決闘は申し込まれた側に決定権がある。

申し込まれた側であるトーマが了承したことにより、両社は舞台の上で開始地点へと誘導された。

シュージは、補助魔法を解除して身に纏う炎を消した。が、その瞳の中で燃える怒りは消えていない。逆にトーマは後悔の念が瞳の中にあったが、公爵家としてそんな弱みは見せられないと堂々とした面持ちでシュージを正面にとらえた。

 

「では、決闘特別第二試合!レディー、ゴー!」

 

審判から護身の札をシュージが受け取り、所定の位置まで移動した後。決闘開始の合図が鳴らされる。同時にシュージはカモ君同様にトーマに向かって突撃した。

先ほどの焼き増し。トーマにとっては同じ作業を繰り返すだけだと思っていた。

確かにシュージも一般生徒に比べたらレベルが高い方に分類される。こちらに向かってくるスピードもカモ君と同じかそれ以上の勢いがある。だが、その手が自分に届くことは無い距離だ。自分の魔法が発動するには十分な距離もある。

仮に自分とシュージの魔法が同時に発動したとしても打ち勝つのは自分だ。

確かに火の魔法は風邪の魔法を食らう性質がある。しかし、勢い。推進力が風よりも弱ければその威力のまま押し返される。

トーマは自分の魔法に自信がある。姉には一歩及ばないがそれでもシュージの魔法くらいなら押し返せると判断した。最悪、その威力を逸らす事も可能だ。

トーマとシュージの距離が狭まる。残り五メートルの距離でシュージの魔法が少しだけ先に発動した。

 

「イグニッション!」

 

自身の身体能力に強化をかける魔法。それを選択したシュージを見て、トーマは彼を失望した。

ここで身体能力のバフはあまりに意味がない。いくら身体を強化しようともシュージの体重ではトーマの魔法を突き破れない。その握った拳が届く前にトーマの魔法を受けてしまう。その魔法でたとえダメージを負わなくてもシュージはカモ君同様に後方へ勢いよく吹き飛ばされ、場外負けとなる。

 

「ストームエッ」

 

それが、この場にいるほとんどの人間達の予想。

だが、経過と結果は違っていた。

 

バキンと何かが割れる音がトーマの右手首から聞こえた。

右手首に装備していた大魔導士の腕輪が二つに割れ落ちた音だった。

カモ君のメリケンサックの強襲を受けた時点で、腕輪はもうすでに限界だったのだ。時間差でそれが壊れてしまった。それが今になって生じた。

ノーキャストの効果が得られるそのマジックアイテムが壊れた今、トーマの魔法は発動しない。

歓声が沸き起こる中、腕輪が壊れた事に気が付いたのはトーマを含めてほんの数人だけ。

その小さな変化と大きく変わった経過で事態は急変する。

トーマも公爵家の人間として訓練を受けている。このような異常事態でも対応できるように戦闘訓練を受けてきている。その身のこなしから、至近距離から魔法を打たれても交わせる実力がある。

トーマは近づいてくるシュージから距離を取ろうともう一度足に力を込めて引き下がろうとした。いつもの自分ならそんなことは出来ないだろう。だが、カモ君を打ち負かした後から妙な万能感に溢れていた。それが、更なる回避行動を取らせることが出来た。

 

「イグニッション!」

 

だが、シュージが使った魔法は身体強化魔法。最初の魔法効果が切れる前にもう一度の重ね掛け。その効果はトーマの身体能力を上回る。そして、その振り上げた拳は彼に届くものだった。

 

ゴッ。と、鈍い音をその場に残してトーマは殴り飛ばされた。回避行動も威力を逸らせるためにわざと後方に身を逸らした。それでも威力は完全には殺せない。それどころか大きく弾き飛ばされたトーマは何度も地面の上を転がされ、気がつけば自分がカモ君を叩きつけた壁付近に転がされていた。…場外負けである。

頬が少し傷む程度のダメージ。ただ、弾き飛ばされたという状況。これはカモ君が受けた決闘。そして、トーマがシュージに対しての予想。

それが、自分に入れ替わったような状況だった。

 

「な、あ、あ?」

 

状況は理解した。だが、納得は出来なかった。

何を間違えた。何をどうすれば自分が舞台の上から弾き飛ばされる?

多くの歓声がいつの間にか止んでいた。それはトーマの心境を映しているようで。

どうして自分はここにて、シュージが舞台の上にいる?

そんな葛藤にも似た疑問を抱えているトーマの視界に入ってくる一筋の光。

それはカモ君の装備していたメリケンサック。そして、シュージの纏う黄金の炎。

それが答えを物語っていた。

 

「そう、か。俺は、君に。いや、君達に負けたのか」

 

カモ君がつけた小さな一撃を、シュージが繋いだ。

大魔導士の腕輪の小さな異変。されど大きな変化に気が付いたシュージが狡賢く見つけ、勝負を仕掛けた。だからこそ、シュージは接近戦。かつ、身体強化の魔法を使って勝負に出たのだ。

攻撃性の魔法ならその威力と範囲によって自爆する可能性がある。そうすればシュージが身に着けている護身の札も燃えてしまい負けてしまうだろう。

しかし、バフをかける魔法は違う。シュージの魔法は見た目こそ派手だが、あれはあくまでそう見えるだけで熱量は無い。ただ、自身のうちに強烈な力を有しているサイン。

だが、そこまで思いついたとしてもそれを実行できるかは別だ。むしろ、腕輪が壊れたタイミングが都合よく怒るはずがない。それが起きなければ。あと三秒も遅ければ自分達の立ち位置は逆だった。だが、それを確信していたかのように。シュージは力強く舞台の上に立っていた。

 

「…君はわかっていたのか。腕輪が壊れる事が」

 

「わかるわけない。だけど、エミールがただ負けるはずがない。あいつはいつだって大きな事を成してきた。それが分かっていたから俺はつき進めたんだ」

 

そもそもシュージは腕輪の異変に気が付いていなかった。だけど、カモ君が成してきた事をコーテの次に見てきたと自負している。

カモ君がただで負けるはずがない。カモ君なら何かを残している。それが何かはわからない。だが、それはきっと後から続く者達に何かを残すものだと信じていた。

カモ君を馬鹿にされた怒りもあるが、それ以上に彼への圧倒的な信頼。それがシュージを突き動かしていた。人はそれを友情ともいう。

 

「は、はは。…俺にも君達みたいな友人がいれば違ったかもな」

 

結局、トーマはカモ君に勝てたが、カモ君に負けたのだ。

その差は目の前の友情を持った人間の差かもしれない。

自分にもカモ君とシュージの関係ような友人がいれば、このような無様な決闘をしなかったかもしれない。挑戦を叩きつけていたかもしれない。だが、しばらくしてもその様子はない。圧倒的強者である公爵家が庇護すべき平民に負けたことにショックを受けて声が出ないだけかもしれない。だが、それでも理解できることがある。

 

「俺の負けだ。完敗だ」

 

自分は二人の友情に負けたのだと。

 

 

 

「みたいなことが起きたんだよ」

 

「………計算通り」

 

「嘘つけ」

 

コーテから決闘の内容を知らされたカモ君は冷静な笑みを浮かべながら虚勢を張ったが、即座に看破された。




ギギギ、これ、ただの知ったかぶりじゃ


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第八話 チューニからコウニヘ

静まり返っていた決闘場。

シュージとトーマの決闘の解説をトーマ自身から聞かされた観衆はカモ君との友情と計算高さ。何よりそれを信じて突き進んだシュージの勇敢さに歓声を上げた。

その歓声の中でシュージにはトーマが使っていた杖が渡された。トーマに残されていたアイテムはそれだけだったのだから仕方ないが、今のシュージには効果がない代物だ。

正直、売り払ってキィとどこか美味しいものを食べに行こうかと考えていたシュージはそんな事を考えながら、幼馴染とコハクを連れてカモ君が寝かされている保健室に出向いた。

ベッドに寝かされているカモ君。彼は既に傷は塞いだが、流れた血液までは戻らない。そのため、コーテの看病とライツの食事介護を受けていた。

何も知らない人間がそれを見れば美少女を侍らしているクソ野郎だが、体力ゲージはようやく半分回復したばかり。

それをわかっているからこそシュージはカモ君に決闘内容を話しかけてきた。

 

「お前のお陰で勝てたぜ、エミール」

 

「…ふ、当然だ。俺を誰だと思っている」

 

「「「………」」」

 

笑顔のシュージに対して、カモ君は冷静を演じてみせたが、その隣ではジト目で何かを訴えてくる女性陣。その視線に勿論気が付いているが、そこはスルーで過ごした。

 

ええやないか。たまには格好つけさせてくれてもええやないかっ。

ワイからこれを取ったらもう残るのはサンドバック能力しかないんや。

だから堪忍やー、コーテはん!格好つけさせてぇえええっ!

 

「やっぱり、カモ君は面白いわ」

 

心の中で必死に言い訳を並べているカモ君の様子をニッコニコで眺めているコハク。

上位存在にとって、下位存在が必死に足掻く姿は余程愉快に見えるのだろうか。

コーテもカモ君の考えもわからないでもない。が、何となく心情は察せる。キィも前世の記憶から、あれがカモ君の全力である事は薄々気が付いている。

今のシュージは友情フィルターでカモ君を過大評価しがちである。その間はシュージのやる気も維持されているので文句は言えない。

だが、カモ君の限界はここまで。主要キャラの攻撃一発で沈む弱キャラなのだ。文字通り手も足も出なかった。そんなレベルが限界だ。

今までは騙し騙しでシュージを引っ張ってきたが、もはや足手まといにならないのが精一杯。後詰めでシュージに知識と技術。そして経験値を与える(わざと負ける)くらいしかない。情けないと思うがこれ以上出しゃばって悪影響を出すわけにはいかない。

表舞台には出ずに、それこそ背景キャラ。それこそ一般人A並みの登場シーンで終わろう。もしくは教科書か攻略本的なサポートに徹しよう。

 

カモ君は沿そう考えながら、シュージと談笑をしながら終始過ごした。

そう、考えていた時期はものすごく短かった。

 

 

 

「エミール・ニ・モカ。並びにシュージ・コウン。キィ・ガメスの三名を名誉一代男爵の爵位を与える」

 

…は?どういうこと?

 

決闘から一週間後。突如、リーラン王城に呼ばれたカモ君達はリーラン王より爵位を渡されることになった。

 



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第九話 貴族たちの思惑

カモ君達の決闘を最後まで見届けていたサリエは、自分お部屋に戻るまで終始笑顔を絶やさなかった。

が、自室に戻り、誰もいないことを確認すると同時に力任せに部屋の壁を殴った。

 

「…余計な事をしてくれたね。シュージ君」

 

王家から自分へ。そして、自分からカモ君へ依頼したメンタルとフィジカル面の重要性を知らしめると言う任務。

それらは見事に、失敗した。いや、失敗という物では片づけられない。失態。戦犯とも言ってもよい。大げさでもなんでもない戦争犯罪者だ。

 

カモ君対トーマの決闘は仕方ないとはいえ、予想は出来ていた。

カモ君はトーマに対して最善手を打ってきたと言ってもいい。強力な魔法を受けるとわかっていても敢えて飛び込むというメンタル。数秒とはいえ、その強力な魔法を回避してみせたフィジカル。数秒だが魔法に耐えて見せた根性。最後の一手に見せた執念。

効果は薄いだろうが、カモ君は魔法以外の強さをこの魔法学園に見せつけたとも言っていい。

 

しかし、その直後。

シュージがトーマに決闘を挑み、打ち負かしてしまったのは最悪だった。

確かにカモ君の助力もあっただろうが、あの試合内容。あれは。あの時だけはよろしくなかった。

 

勝利の決定打になった。シュージの強力な補助魔法。

 

その所為でカモ君が成した事柄を全て塗りつぶしてしまった。

フィジカルやメンタルの重要性よりも。やはり強力な魔法が一番なのだという印象を付けてしまった。この決闘は魔法重視を加速させるだけの事柄になった。

 

そして、平民(シュージ)が公爵家(トーマ)に打ち勝ってしまったという事柄。

 

その理由も魔法という事もそうだが、その結果がリーラン王国を揺るがす一因にもなる。

本来、平民は貴族に守られるもの。逆は無い。だからこそ貴族は偉く、平民は下に見られがち。それは外国諸国も大体同じ考えで成り立っている。それなのに平民(シュージ)が勝ってしまった。それは、国内外に貴族の力が平民以下になっていると報告しているようなもの。

 

国内にこれが盛大に広がれば、シュージと同じ立場の平民達が彼を旗頭に増長し、反乱を起こすかもしれない。貴族ならばシュージを取り込むことに躍起なるならまだしも、先の反乱を恐れて彼の暗殺をするかもしれない。

国外であれば、リーラン王国の求心力。貴族が弱まっていると判断され、不平等な交渉を持ちかけられるどころか侵略戦争も起こりえる。

 

まだ、カモ君が勝っていたならばいい。モカ子爵家からの追放。元がつくとはいえ貴族は貴族。カオスドラゴンの一件から幼い頃からのダンジョン攻略。ネーナ王国との決闘と、彼は多くの功績を残してきている。

だが、シュージはどんなに過大に評価しても凄腕冒険者。もしくは最低爵位の純男爵程度の功績しか挙げていない。

以上の事からこう考えるものは多く出るだろう。

 

力さえあればリーラン王国では成りあがれると。いや、取り潰せると。

 

そんな戦国時代はあってはならない。

現在のリーラン王国の貴族は内心はどうあれ、平穏を望んでいる者が多い。

そこで戦乱に変われば貴族はもちろん、その下にいる多くの民達も巻き込まれ、大きな犠牲が出る。

それを危惧してか、シバ校長もシュージの事を褒めつつも今回の決闘はカモ君の残した手柄が大きいと過大に評価した。が、現在彼もまた悩んでいるだろう。

遅かれ早かれ、シュージが造ってしまった問題に誰もが気付いてしまうだろう。そうならないためにも、何か手を打たなければならない。

様々な考えを巡らせながら、ある手段を想いついたサリエはまず、シバ校長にそれを伝えた。更にはセーテ侯爵とシュージがダンジョン攻略したというコノ伯爵領領主に魔法を使った速達便を送った。

その内容は最大限、シュージ達を褒めたたえる事。その褒美として彼等に爵位を与えるように国へ報告する事。

平民からの貴族への成り上がりは滅多にない。そのインパクトにより今回の決闘事件をもみ消そうという魂胆である。

更にはそうする事で、シュージは平民ではなく貴族であるから、同じ貴族に勝てたという印象操作も行える。

恐らく彼等に与えられる爵位は男爵が関の山である。男爵と公爵でもかなりの差があるが、平民と貴族に比べればまだこちらの方がいい。

サリエの案はシバ校長やリーラン国王。ミカエリにもおおむね理解できるものであり、いろいろ手を回し、品を変えて採用した。いや、採用するしかなかった。

シュージだけに爵位を与えれば怪しまれるために、カモ君とキィを含めた非貴族の人間にも爵位を与え、コーテ、ネインやシィ。イタの貴族組には名誉勲章を授与するという大々的な叙勲式を挙げることになる。

 



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第十話 テンション↑↑↓↓

「俺が、叙勲されるとか…。考えたことが無かった」

 

「まあ、貰えるもんはもらっておけ。俺もこれで肩の荷が一つ降りた」

 

「男爵だけなんてけち臭いですね。ネーナ王国くらいならご主人様達の功績を考えれば子爵の地位くらい出してくれますよ」

 

王城の内部に用意された待機室で胸に勲章をつけたシュージは深く息を吐き出しながらその期待という重圧に苦しんでいた。

逆にカモ君は元貴族と言う立場から『元』が取れたことを喜んでいた。これで、心おきなく魔法学園に籍を置けることに喜んでいる。

カモ君達が叙勲した報せを聞いて、素直に祝福の言葉を投げずに、さりげなくネーナ王国になびく言葉を投げてくるライツは慣れた手つきで、用意されたテーブルでくつろぐカモ君たちの紅茶をカップに注ぎ始める。

 

「か。じゃなくて、エミール様はそれでいいかもしれないけど一庶民には期待が重すぎるような。私、補欠要員なんだけどな」

 

「キィも一応選手枠。一平民に国の行く末を握らせていた後悔からくるお詫びだと思ってもらっておけばいい。それを言ったら私はただのサポーターなのに名誉勲章をもらった」

 

シュージ同様に勲章を授かったキィも若干震えていた。

一年前の自分なら堂々と自信過剰に受け取っていただろう。しかし、カモ君から自分の犯した所業を知らされてからは反省して、消極的な言動になっていた。自分が行ったことは正に国が傾くほどの所業。それを知っているのは今のところカモ君だけ。

反省をしてから彼女なりに頭をひねり、行動してきたがまだ明確な改善点は見られない。そんな自分が叙勲するのはおこがましいと感じていた。

彼女のやらかしは多々あるが、シュージ同様に国の危機を救ったという美点の身を大きく出され、叙勲されることになった。それを喜べるほど今のキィは面が厚くない。

そんな心情を察してかコーテが珍しく、キィのフォローを行う。彼女はカモ君。シュージに次いでキィの行動を評価している。

今までなあなあで済ませていた彼女だが、混沌の森以降、慣れない筋トレから魔力を上げる瞑想に力を入れており、その時、大量入手したタフナルバナナを腐る前にカモ君達と共に食べきった。

同じ女であり、一時、体型が少しふくよかになってしまったキィだが、カモ君を見習って体力づくりもしていたため、標準体型に戻った事も評価の一因だ。

 

「それを言ったら、私も貴方同様。本当に何もしていませんわよ」

 

「まったくだ。俺なんかは秒殺されたのに勲章だぞ。まあ、危険手当の意味もあるかもしれないが。それでも死地に赴いたんだ。俺達は評価されて良い。それだけの事を成したんだ」

 

「私も…。ずっと後ろで補助魔法を使っているだけのサポーターでしたし。シュージ君とエミール君の頑張りに比べたらおこぼれもいい所です」

 

ネイン。シィ。イタの決闘選手達も叙勲を受けたが、それでも後輩の二人に比べると見劣りする。まともに働いた覚えがないと言わざるを得ないのに叙勲を受けた。その事に違和感を覚えたが、あの時はリーラン王国の一部。モカ領を賭けた決闘だった。それに打ち勝った自分達は国の英雄として扱われた。

恐らくだが、シュージ。キィ。カモ君を他国に取られる前に貴族にして囲い込もうという算段だろうというのが、この場にいる貴族組の考察だった。

 

突如、王城に招かれることが決まってからシュージは叙勲式を終えるまで常に緊張していた。カモ君で慣れていたと思っていたが、貴族のトップである王直々に勲章と地位を授けられた後もどこか現実感がわかなかった。

呼ばれた理由がネーナ王国との決闘に勝利したことを褒めたたえる事であり、その他にもいくつかの危険性を持ったダンジョンを攻略したことを称された。

決闘はともかく、ダンジョン攻略では自分は罪を犯しているので叙勲されるのはおかしいとも思っていたが、王城へ行く途中で迎えに寄越されたのはその事実を知っているはずのセーテ侯爵当主のカヒーだった。

カヒー曰く、そのシュージの罪。養殖ダンジョンに関わることは罪である。だが、その罪を犯した罪人よりもリーラン王国(モカ領)を救った英雄として祭り上げたほうが見栄えがいい。それを心苦しく思うのなら叙勲された事を。胸を張って英雄になることを目指せ。

その良心の呵責。虚飾の栄光を本物にする事。それがシュージに課された罰だとカヒーはシュージだけを呼び出した時に伝えた。

共に叙勲されたキィ。そして、カモ君がいなければシュージは押しつぶされていただろう。

 

逆にカモ君は、ようやく成り上がりターンきたぁあああっ!と内心では舞い上がっていた。

が、すぐにその盛り上がりもスンと静かになる。

 

未だに借金はあるし、王家からの依頼もあるし、そもそもモカ領の信用を取り戻せていない。

シュージを強化するためのアイテムも集めきれていない。それどころか、トーマに奪われるはずの数少ないアイテムも、シュージが即座に勝ち直して、取り返してもらっている借り物のような状態。と、自分の状況が少しだけ好転したが、その他がダメダメ過ぎたため喜ぶに喜べない。

 

と、いうか入学前より貧相になっていないか自分?

 

その上、シュージの仲間集めは未だキィとネインだけしかいない。

イタはシュージに苦手意識があるのか仲間呼びは難しい。

カズラも一応雇われ冒険者として身内判定だが、仲間かと言われれば素直に首を縦に触れない。

ライバルキャラのラーナ君も新年度を迎えてからまだ一度も遭遇していない。

隠しキャラであるライツの好感度もシュージの仲間と言うには稼げているとも思えない。現に、叙勲式の間、この待機室に控えていた彼女。笑顔で接してくるがカモ君はもちろん、シュージにもどこか壁を感じる。

 

もしかしなくてもこれはかなりやばいのでは?

でも、ようやく魔法学園に気兼ねなく通えるぜ!ひゃっほー!

…自分がいて何かできる事ってある?

サンドバックと知識の授与が出来らぁっ!

……キィにもそれは出来るのでは?やっぱ俺っていらない?

いや、今が幸せならOKです!

…じゃあ、OKじゃあないな俺。今、幸せと言える状況でもないからな。

 

「わあ。急に冷静になるな。面白い」

 

「それは私も同感です。白い少女よ。実に酒が進む光景である」

 

表面上では冷静に笑顔を演じているが、一喜一憂というか遊園地の落下アトラクション並みに乱高下するカモ君のテンションを見て、コハクは待機室にあったお茶菓子をポリポリ食べていた。彼女の一番のお気に入りのカモ君が行く場所に彼女有り。厄介なおっかけオタクになりつつあるカオスドラゴン。

カモ君達が、王城へ向かうと知ると彼女も当然ついていくとなり、彼等が入城する際には近衛兵や警備兵達はこれまでにないほど緊張感に包まれた。

そんな彼女は、カモ君が現状把握しているところを眺めながら実に美味しそうにお菓子を食べていた。

そんな彼女を叙勲式の間、退屈ささせないように相手を任されたのが、リーラン王国最強と名高いカヒー。本来なら彼もカモ君達の叙勲を見守る立場だが、万が一。カオスドラゴンの挙動に対応(抑え込む)事ができるのが今現在、彼しか見当たらなかった。

今、セーテ侯爵家は多忙を極めている。カモ君推しのミカエリもある作業で王城へは出向けない。ビコーも特殊任務中。カヒーも本来なら別の場所で任務に当たっているが王城にカオスドラゴンを呼び込むという事態になり急遽呼び出されたに過ぎなかった。カヒーが王城にいなければ大々的な叙勲式は行われず、カモ君達は郵送で届けられた勲章を魔法学園で受け取っていただろう。

 

「さすが、お母様が警戒するだけの事はある。油断はできない。でも、貴方とは趣味が合いそう」

 

『………』

 

「光栄です」

 

普段は暴虐武人を素とするカヒーだが、コハク(カオスドラゴン)と彼女の着込んでいるドレス(スフィア・ドラゴン)を相手にした場合、ここら一帯は更地になるのは確定。そうなることは自分も望まないので失礼にならないように言葉と態度を選び対応する。

ここが何もない。誰もいない平地だった場合、両者のどちらかが喧嘩を吹っ掛けていた。そして始まるのは大決戦。少なくても大地は抉れ、海は裂かれ、空は鳴動する。隣国までその騒動は届くことになる。

だが、共通の趣味。カモ君観察があるため、少しの緊張感を保ちながらも平和な時は流れていた。

だが、忘れてはいけない。この両者。いや、三者がその気になればその平和も一気に崩れ落ちるのだと。そして、それぞれの目的がある事を。

 

カヒーはこの場でカオスドラゴンと追随する脅威を押さえこむ事。

コハクはカモ君を観察。本来の目的はシュージとの縁組みだが、もうだいぶ忘れかけている事を。

スフィア・ドラゴンはコハクが望む事が憚れない事を。

 

そんな場の雰囲気をかき消すように待機室の部屋へ繋がる扉が派手な音を立てながら開け放たれた。

 

「皆、叙勲おめでとう!私も生徒会長として鼻が高いよ!」

 

扉の向こう側にいたのはカモ君達同様、魔法学園の制服を着た満面の笑顔のサリエ。

本来なら煌びやかなドレスで出席するのだが、平民のシュージとキィに合わせてカモ君達同様学園制服出席。

彼女もまた今回の叙勲式に参加していた。叙勲前には顔合わせ程度に城の中で言葉を交わした。なにやら、考え事をする仕草も見受けられたが、どうやらそれが解決したようだ。

どうやら、カモ君達の叙勲の後に王族と何やら話し込んでおり、その結果が出たようだ。それが彼女の偽りとはいえ笑顔を作るものになる。

 

「そして、シュージ君。君は私の婚約者候補に選ばれました!」

 

「「「「「…は?」」」」」

 

それはシュージの犯してしまった。彼が気付けていない失態を隠すための叙勲増動。

その上澄み。平民の下克上を隠すために。サリエが打てる最大の一手。

公爵令嬢との婚姻。

候補とはいえ、公爵家。王族の血が入った人間。姫と扱っても間違っていない人間と関われる平民は歴史上三人もいない。

それに選ばれたシュージは勿論、貴族関連の人間はあまりの発言に思考が止まった。

 

誰と誰が候補とはいえ婚約?

いやいや、ありえないでしょ?

君らそんなに交流あったっけ?

 

誰もが、その発言に異を唱えようとしたが、その誰よりも一番早く反応したのは、スフィア・ドラゴンだった。

 

 

 

『………』

 

 

 

無言の重圧。言ってしまえばそれだけなのだが、その重圧はまるで深海にいるように冷たく重く、全身を締め付けられるものであり、まともに呼吸すらままならないもの。

まさしくそれは、コハクがリーラン王国に現れた時と同じプレッシャーを放っていた。

王城全体が揺れ、窓ガラスにはいくつもの亀裂が入った。王城にいる人間は一握りの人間を除き、全員がパニックを起こすか、呼吸困難に陥った。

 

 

 

どういうことだ。小娘。

 

 

 

スフィア・ドラゴンは知っている。シュージと婚約を結ぶかもしれないという少女。サリエも、コハクの目的はシュージだという事を知っている。

それなのに、愚かにも目の前の小娘は横からかっ攫うという事か。と。

その重圧は文字通り身を潰される思いだった。

二度目とはいえ、今度はもろにその意を見たシィとイタ。ライツはその場で気絶し、倒れ伏した。

ネインは何とか歯を食いしばって耐えるものの、四つん這いの状態で何とか耐えているような物。

キィはシュージの背中に張り付いて呼吸を乱しながら震え上がっていた。

シュージもまた強大な存在を思い出したかのように体を震わせながらも椅子から立ち上がり、コハクに。スフィア・ドラゴンに向き合った。

カモ君は無意識にスフィア・ドラゴンの重圧が発揮される前に椅子から立ち上がり、コーテの前に立ち、彼女を守るように立ち上がるが、その震えまでは抑えきれていなかった。

呼吸こそ乱れていないが、コーテも体を震わせながらカモ君の服の裾を掴んだ。

 

スフィア・ドラゴンに対して、落ち着いて対応できたのはカヒーだけ。だが、スフィア・ドラゴンがこれ以上の攻撃の意識が傾いた時、すぐ動けるように魔力だけは体内で練り上げている。

この現況を作り出したサリエもまた、震え上がっていたが、ネインのように倒れ伏すよりも早く口を動かした。

 

「ま、まあ、落ち着いてくださいよ。これはいわゆる政略ってやつですよ。いわば見せかけです。見せかけ。周りにこうでも言わないとシュージ君達を認めない輩も出てきますから。私の目にもとまるような人間なら叙勲も当たり前。ということです」

 

サリエの言葉を聞いて、カモ君達はなるほどと納得したが、スフィア・ドラゴンは納得していない様子だ。以前と重圧があたりを包み込んでいる。

彼。もしくは彼女からすれば、自分達のボスの意向に盾突いたも当然である。それの確認のためにもサリエにはもっと喋ってもらわねばならない。

 

「大丈夫です。私からシュージ君を取ろうなんて思っていませんから」

 

サリエは震えながらもはっきりと言い切った。

シュージには悪いが、これはリーラン王国のために仕方なく決定されたものだ。

それを読み取ったコハクは小さく息を吐き出すとスフィア・ドラゴンに制止するように命じた。

 

「…嘘じゃない。だから抑えて」

 

『…』

 

コハクの言葉でようやくスフィア・ドラゴンの重圧が霧散した。

カモ君達は未だに震えあがる体に叩いてどうにか抑え込もうとしていた。呼吸困難に陥っていたキィとコーテもようやく落ち着いて息が出来るようになった。サリエもそうだ。張り付いた笑顔に未だに流れ落ちる汗の玉を取り出したハンカチで拭き取りながら、倒れ伏しているシィとイタを備え付けのソファに寝かしつけながら礼を言う。

 

「理解していただき、感謝いたします」

 

「貴女も大変だね。自分達のボスの命令とはいえこんな事をしでかすなんて」

 

この城にいる国王の傍にはカヒーと同等の戦闘能力を持つと言われているコーホがいる。何かあれば彼が国王を守るだろう。そうと踏んで、あえてサリエはコハクに挑発するような言葉を使った。

カオスドラゴンの逆鱗を見定める為に。なにかあれば自分の命で償うために。

その気高さまで読み取ったコハクは、サリエのような希少な人物。更に言うのであればカモ君のように強がっている人間には好感が持てる。だからこそ、彼女を許した。

 

「でも、二度はあたしも抑えられるかはわからない」

 

「あはは。肝に銘じます。じゃあ、また学園でね」

 

カオスドラゴンの器と逆鱗を今回の事で知れたサリエは、最後にカモ君達が立ち直ったことを確認すると、そそくさと待機室を後にする。

その足早に駆け出した足取りはカモ君達に見えない廊下の角へ入ると同時に崩れ落ちた。

彼女もまた命の危機を感じ、今になってその恐怖で崩れ落ちたのだ。

王命と公爵の維持でどうにか平静を演じてきたが、誰も見られていないことを理解した瞬間瓦解した。

顔はくしゃくしゃになり、嗚咽も漏らす。二度とこんな事はやりたくないと後悔する事一分弱。気合を入れ直して立ち上がり、公爵の娘としての任務を一通り完了した彼女は廊下の端々で気絶して倒れ伏しているメイドや執事と言った従者。貴族たちをしり目に王が待つ部屋へと赴いた。

 



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第十一話 ラスボスの産声

リーラン王国。王の特別な執務室で様々な書類を仕分けしながら、その主の主。この国の長であるサーマは深く息を吐き出して、現状を整理していた。

 

「…サリエ。辛い任務。よくぞ完遂した。このような命令を下した私を不出来な王をどうか許してくれ」

 

カオスドラゴンの狭量を推し量り。その目的を再確認。そして、現状、彼女が何を一番求めているかを自分の姪に当たるサリエは見事に探り出してきてくれた。

カオスドラゴンは、特待生のシュージを求めているという知らせだが、それ以上にカモ君にご執心のようだと。そのお付きは任務を忘れることなくシュージを求めているが、コハク自体はカモ君と触れ合っている方がご機嫌だ。

カモ君とシュージが自国にある限り、カオスドラゴンは牙を立てないだろう。あの二人をこの国の帰属に招き入れたのも、カオスドラゴンの脅威を逸らせるため。それを重鎮の貴族に達にも話を通して叙勲を許可した。中には反対意見を持つ輩もいたが、彼等にカオスドラゴンを相手に出来るのか?と、語り掛ければ押し黙るしかない。

以前から話してきたが、カモ君とシュージの将来性を考えれば、貴族に引き込むのも遅すぎるほどだ。あの二人はきっと大成する。それはこの国を発展させる礎になる。

とはいえだ。

 

カモ君は少し目を離すと大怪我を負う。だが、それ以上に成果を上げる。彼のお陰でいくつものダンジョン問題が解決し、国庫も多少潤った。何より、彼と同じ道を歩く者を大きく成長させている。実弟しかり級友しかり。彼を慕う者は皆、大きく成長している。

将来、将軍や軍師は無理でも教官としてなら、彼は大きく貢献してくれるに違いない。

 

その薫陶を受け、目まぐるしいまでの成長を見せるシュージ。

去年から平民でも才能があるのなら魔法学園に通わせるという法案が通って本当によかった。明らかに一般魔法使いよりも強力な魔法と技術に現役の魔法兵団も唸らせるほど、彼ならば将軍。いや、姫の一人をあてがってでもこちらに引き込んでおきたい。

 

問題はこの二人がカオスドラゴンのお気に入りという事だ。

むやみやたらに勧誘すれば初の襲来。そして、サリエとの婚約発表での威圧事件が起こる。

いや、この二つはまだ運がよかった。少しでも間違えればこの城まるごと吹き飛んでいた。

護衛に超人のコーホをつけてはいるが、彼一人では心持たないため、特殊任務中のカヒーを呼び出して正解だった。二人の超人の保護下になければ探りすらできなかった。

 

「だが、これである程度方針は決まった」

 

リーラン国王、サーマはサリエが持ってきた結果報告を受け、それを吟味して一つの決断を下そうとしていた。

それは一国の長としての義務。貴族としての義務。民の頂点に立つ者として大きな決断を下そうとしていた。

彼の机に山のように積まれている書類。本来は見通しがいいように年に十枚未満の書類しかなかった。だが、ここ数年で徐々に増えてごらんの様になっている。この部屋の扉を開けたとしても、サーマの顔は山のように積まれた書類で見えなかっただろう

それは主にネーナ王国に隣接する自国領からの苦情。中にはこの国の中心の王都から来るものだ。モカ領ほどではなかったが、ネーナ王国の人間が起こす蛮行が目立ってきている。

本来なら、その領主が解決すべき問題だが、彼等は力をつけて調子づき蛮行が過ぎるようになる。中には殺人や人身売買まで未遂から事件まで既に起こっている。

密偵の報せだけではなく、あちらでは既にこちらをいつでも攻め滅ぼせると豪語しながら軍事訓練を行っている。その言葉通り、国境沿いの領地付近は物騒になっており、治安も悪くなっている。

何度も大使を送っては交渉し続けてきたが、戦力が大きくなって調子づいている彼等は耳を貸すどころか、領地と人民を売り渡せばおとなしくしてやると脅迫までしてきた。

これ以上放置していれば、さらに大きな被害も出る上に、本当にネーナ王国にリーラン王国を攻め込まれるだろう。

 

これ以上被害が出る前に。

禍根が産まれる前に。

第二、第三のネーナ王国にも付け込まれないためにも。

 

「ネーナ王国には滅んでもらう」

 

防衛の準備は常にしてきたが、これから先。それだけでは駄目だ。

相手を滅ぼす。その気概で軍備に舵を切ったサーマ。

王として。人として。それは正しかったかもしれない。

だが、『シャイニング・サーガ』を知っている者からしてみれば、間違いだった。

いくら両国の間に溝や禍根があろう。決してこちらから宣戦布告をしてはいけない。

なぜならば、『シャイニング・サーガ』というゲームが造られた国では専守防衛を国是としていたから。どんな理由があろうとも戦争を起こすと決意した存在は『悪』と定義づけられており、主人公たちが打ち倒すシャイニング・サーガの『ラスボス』へと至ってしまうストーリーなのだから。

 



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第十二話 平和の終わり

深夜。リーラン国王城の正面玄関から一台の馬車が出てきた。

シルヴァーナの修復が完了したミカエリは極秘の任務を完了させ、馬車に乗って王城へやって来た。生涯の中で最大の任務とも言ってもいい作業を成し遂げたミカエリはマウラに直接受け渡しを行い、シルヴァーナ・ニアを回収した。

結局、マウラとカモ君はまともに会合することなくそれらの役目を終えたミカエリは王城から自宅へと。シルヴァーナ・ニアを自身の別荘へと運んでいる最中にそれは起こった。

自身の。そして、最高の護衛忍者の警戒網をかいくぐって毒が塗布された矢が放たれた。その数は百以上ある。これだけの量と殺意に気が付かず、放たれるまで対応できなかったミカエリを乗せた馬車はあっという間に矢の雨にさらされる。

本来ならばこの襲撃でミカエリやその馬車を操縦していた従者達も射抜かれることになっていた。だが、襲われたのはこの国一番の発明家が自ら改造した馬車だ。

見た目は一般馬車に見えるお忍び馬車。

だが、軽くて丈夫。矢が突き刺さることはあっても貫通して中にいる彼女を傷つけることは出来なかった。

外にいた従者も放たれた矢から生じた音に反応し、即座に警戒。襲い掛かる輩身を守るために隠し持っていた武器や防具で身を守った。だが、数の暴力は恐ろしく多い。致命傷を避けるように身を守ったがそれ以外の場所にはいくつもの矢が突き刺さっていた。

それから一秒未満で馬車を覆う暴風の檻が展開された。彼等の主。ミカエリが皆を守るために魔法の結界を即時展開した。

 

「被害状況確認!」

 

「業者とメイドが矢を受けた!現在、ポーションと魔法で手当て中!」

 

「敵は!」

 

「…目視、できません!」

 

ミカエリの従者は従者達の界隈では最強と言ってもいい訓練を受けてきた。そのため、毒矢を受けても即座に意識を失ったりはせず、即座に対処し、誰一人として死んではいない。だが、毒矢を受けたものは解毒の魔法やポーションを使用しても苦しんでいた。

それらが無ければ、馬車を引いていた馬のように泡を吹きながら死んでいただろう。

 

「毒が、消えない?!」

 

「嘘だろ?!解毒魔法とミカエリ様特性のポーションだぞ!?」

 

「…ぐぅ。お嬢、様。王城へと、おもど、りを」

 

治療は現在も続いている。しかし、従者達は相も変わらず苦しんでいた。

その藻掻きは次第に緩慢となり、彼等は意識を失い馬車の影に落ちていった。

馬車の外にいた従者は四名。中に二名居たが、その半分が戦闘不能になった。馬車から一名のメイドが飛び出し、馬車から滑り落ちた同僚の手当てを行う。

放たれた矢には返しがあり、一度突き刺さると手術をしない限り体外に摘出できない。それを一瞬で見極めたメイドは隠しナイフで同僚の傷口を抉り、矢を抉り出した。

普段はちゃらんぽらんな主に似て能天気な彼等だが、友人以上の情はある。彼等には悪いと少しだけ思ったが、荒療治には抵抗なく作業が出来たメイドの練度が高いと誰もが理解した。

襲撃者にもそれが理解できた。暴風の檻の向こうにいるのは確実にターゲットのミカエリがいるのだと。通常ならその暴風を見て撤退がするのが当たり前だが、襲撃者にはそれをどうにかする手段はあった。

それは深夜ではわからない。一握り程の漆黒の石。それが暴風の檻に向かって放り投げられた。それが普通の石なら、どんな強度。どんな技術を用いても吹き飛ばされるだけだった。が、王都の中心で襲撃する輩が投げる石。それが普通なわけがなかった。

 

轟轟。と。

 

その石が暴風に触れるや否や、その暴風がその石に吸い込まれていった。かなりの勢いを持っていたはずなのに。その石を中心に渦を巻くように暴風が吸い込まれ、掻き消えた。

 

「アンチ・マジックアイテム?!ミカエリ様の魔法を?!」

 

魔法を無効化する手段はいくつもある。それは同じ魔法であったり、道具であったりするが、その精度はまちまちである。ミカエリほどの魔法を無効化するには一般的どころか、軍事目的造られた道具か、魔法兵団長クラスの魔法でなければ不可能。

それなのに、それ相応の効果を持つアイテム。それの近くにある限り、魔法は無効されてしまう。そんな黒い石が襲撃者の手にあった事を驚愕するメイド。

暴風が消えたことで、馬車には十数人の黒づくめの人間が襲い掛かっていた。

暗器である投げナイフを投擲しながら押しかかってくる攻撃をかわすためにも馬車から飛び出したメイドは、大きく跳躍。馬車の高さを軽々と飛び越える身体能力を見せながらナイフを躱す。だが、その場に残した同僚達の体に複数突き刺さる光景に怒りを覚えながら馬車の上に着地。いや、弾かれるように馬車の天井を蹴りぬき、襲撃者達に向かってこちらも隠しナイフを投げ放つ。

 

「お嬢様!どうにかお逃げください!」

 

襲撃者に肉弾戦を挑むメイドは襲撃者の一人の顔面を勢いよく蹴りぬいた。

ゴキンと嫌な音を立てながらあらぬ方向に首が曲がった襲撃者。そのうちの一人がやられたことに周囲にいた他の襲撃者だが、数ではこちらが上。

装備と自分達の練度は自分達が用意できる最高のもの。反撃される前に仕留めるつもりだった。それは失敗したが、相手は今、一人で対応しているメイド一人だけ。護衛対象のミカエリの魔法は封じた。この任務が失敗する可能性はゼロだ。

馬車を挟んで、メイドの反対側にいた襲撃者のリーダーはそう判断し、襲撃の続行を決めた時だった。彼の視界に不規則な切れ目が入った。

 

 な

に  おこ

 がっ

  た?

 

彼の思考と視界が不意に分断された。と、同時にリーダー含め、周辺にいた仲間達も物言わぬ肉片に細断されていた。その血しぶきがあたりに散らばる。アンチ・マジックの効果を持った石。それがいつの間にか砕け散っていた

どんなアイテムにも強度はある。ミカエリの魔法を無効化した。だが、し続けることは出来なかった。

彼女は襲撃された時から絶え間なく強力な魔法を使い続けた。従者達への補助魔法。守るための結界魔法。そして、襲撃者たちへの攻撃魔法を。

同時に三つの強力な魔法を放ち続けた結果、アンチ・マジックの許容量を突破。事態の打開に出ることに成功した。

そして、襲撃者も残り三名になった所でミカエリの風の鞭による捕縛の魔法が襲撃者達を抑え込んだ。

そんな場面になると馬車の中にいたミカエリが、共認可に残っていたメイド共に外に出てきた後、倒れ伏している従者達に回復促進の魔法を施す。未だに痙攣をして危険な状態だが、今から王城へ戻り、そこで処置を施せばまだ間に合うだろう。だが、その前にやるべきことがある。

捕縛している襲撃者の下顎部分を魔法でえぐり取った。次に従者と同様に回復促進の魔法をかけた。自害を防ぐためである。

 

「私と従者達に手を出した自分を恨む事ね。死ぬことを望んでも生かしてあげる。せいぜい、何もかも忘れるくらいになるまで搾り取ってあげる」

 

手引きした輩の情報。そして、その命を。

 

主語を除いたセリフを吐くミカエリの表情はカモ君達にも向ける優しい笑顔。だが、その眼には底なし沼のように何を考えているかわからない闇を抱えていた。

 

ミカエリは自身の従者と襲撃者をまとめて移送した後、襲撃者の主が自国関係者だと知る。

それだけではない。自分以外にも有力貴族への襲撃がこの日、あちこちの領地で起こっていることを。後にカモ君も知ることになる。

 

リーラン王国の全貴族の四分の一がネーナ王国に寝返った事を。



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鴨が鍋に入ってやって来た。
序章 先制攻撃と専守防衛は両立します


それは突如、起こった。

 

就寝している深夜。国民の殆どが寝静まっている。大抵の人が知覚できない状態であるにも関わらず、あまりにも『何も感じない』という違和感にカモ君は異常を感じ目を覚ました。

 

指の皮一枚擦りむいた。自分が寝泊まりしている部屋の近くをトイレに起きた生徒が通過した。机に置いた小物。いや、プリントが一枚落ちた。そう言った物よりも気迫でありながらも『何でもない』という雰囲気に目を覚ました。

 

恐らく野生動物か、歴戦の猛者。シバ校長クラスの凄腕の魔法使いが気が付くだろう、そんな違和感を窓の外から感じた。窓を開け放ち、そこから顔を出して辺りを見渡し、違和感の先を見定めると、そこには視界の殆どを覆う程の巨大。翡翠色に輝く彗星があった。それはまるで地上から生まれ、モカ領のある方角へ射出された光景だった。

 

一目見てわかった。あれはレベル5。王級魔法。この世界で最強の部類に入るだろう魔法。その詳細はわからないが、あの彗星に強大な魔力が込められているのはわかった。視界を覆いつくす巨大な魔法に関わらず、音が漏れていない。光も深夜と言う時間帯だからこそ翡翠色だとわかるほどの光量。そして、その衝撃波がまったくない。強大でありながら隠密性が優れたその魔法にカモ君が気が付けたのは本当に偶然だ。

 

まるで夢のような光景にカモ君自身、理解が及ばなかったが、その巨大な魔法の行き先がモカ領。愛する弟妹達がいる方角へ向かっていった事に数秒遅れて気が付いた彼は慌てて寝間着を脱ぎ捨て、壁に掛けていた魔法学園制服に着替えると男子寮を飛び出した。

 

あの魔法の着弾地点がモカ領だった場合、被害は甚大どころではない。あの魔法はまさに彗星。巨大な隕石衝突すれば跡形もなくモカ領まるごと消し飛ぶ。もはや、カモ君が何をしようとも間に合わない。無いも出来ない。それでも向かわずにはいられなかった。

 

「お待ちください。エミール様」

 

「あれはモカ領に向かって放たれたものではございません」

 

男子寮を飛び出し、門をくぐろうとしたところで見覚えのある執事とメイドがいた。二人はミカエリの別荘にいた彼女の従者だった。知人という事もあってかカモ君は思わず足を止めて声をかけてきた二人に向きなおる。

 

「どういうことだ、あれは確かにモカ領に向かって行ったものだ。あれだけ巨大な魔法は見たことが無い。王級だ。被害や効果まではわからんが」

 

「あれはモカ領には被害は及びません」

 

カモ君の言葉を遮って執事が言葉を重ねてくる。

 

いつもはおちゃらけた様子を見せてくるミカエリの従者なのにそれが一切見られない。今はそれとは逆。まるで自動人形のように無表情で無機質な語り口にカモ君は苛立つ。

 

「あれが何か、知っているのか?」

 

「今は何も語れません」

 

今は。か、つまり、後々になってからわかるという事だろう。しかし、カモ君は超がつくほどのブラコンでシスコンだ。万に一つ。二人に危害があるかもしれないのであれば追及、解決せねばならない。

 

「何もするなという事か。この俺に。この異常事態で」

 

「我が身命。そして、ミカエリ様の名に懸けてモカ領には被害は出ないと進言します」

 

自分の命もそうだが、自分の主の名まで持ちだした二人の言葉は重い。基本、有力貴族の従者は主のためならば命は投げ出すものと考えている輩は少なからずいる。そして、主の名を持ち出すには主人の許可がなければ言付けできない。親友。恋人と言う程親しくても、立てない程前後不明瞭になったとしても、主の名を虚言で持ち出せばその従者は死罪どころか一族郎党皆殺しまであり得る。それほどまでに重い言葉を持ち出されたカモ君は押し黙りそうになる。だが、この男が何もしないという理由にはならない。

 

「ならば、俺は俺の意志でモカ領へ向かう。お前たちの忠告も聞いた上で、だ」

 

「…残念です。エミール様」

 

カモ君が再び走り出そうとした瞬間、執事の指先が光ったように見えた。カモ君が知覚できたのはそこまでだった。次の瞬間、カモ君はその場に倒れ伏した。

 

「が。な、なに、が」

 

「ミカエリ様特性の睡眠薬を塗布した針です。ビコーの大主様。カヒー様を参考に使われたものです。どうか、今と先ほどの事は夢だと思ってお眠りください」

 

従者の言葉がカモ君の耳を通過するときには既に彼は深い眠りについていた。いくら鍛えているとはいえ、人の枠を超えた超人を参考にした睡眠薬に彼が抗えるはずがなく、静かに寝息を立てているカモ君を抱えようとした執事の表情に驚きの色が出た。

 

寝息を立てているカモ君の口元が赤黒くなっている。少しでも睡眠薬にあらがうためにカモ君は自分の舌を噛み切って、睡魔に抗おうとした。結果は薬に負けるとものだが、その姿勢は自分達の主であるミカエリ。その兄であり、セーテ侯爵家当主のカヒーとその補佐であり次男であるビコーを彷彿させるものだった。

 

抱え上げたカモ君の口を濯ぎ、ポーションを注ぎ込むことで傷を消すことは出来た。強力な睡眠薬で丸一日分の記憶を失うかもしれないが、もしかしたらカモ君ならば忘れずにいられるかもしれない。

 

「ご安心ください。エミール様。この国の大人はそこまで情けなくはないのですよ」

 

執事がカモ君を男子寮まで運んでいる最中、待機していたメイドに話しかけてくる白い少女の姿があった。カオスドラゴンのコハクである。その目つきはいつもの無表情とは違ってどこか苛立ちを隠しているようなそんな不機嫌な顔つきだった。

 

「よくもやってくれたね。これから面白くなるところだったのに」

 

「ご無礼を。しかし、これ以上子どもに重荷を背負わせたくないのが大人の。いえ、我らの主のご意向ですので」

 

コハクはカモ君が苦境に立たされ、立ち向かっていく場面を眺めるのが趣味のカオスドラゴンである。彼女の機嫌を損なえば文字通り国が滅ぶ。だからこそ、彼女の機嫌は常に取っておかなければいかない。

 

今回の彗星事件も本来ならば誰一人として知られることが無いように深夜帯に。そして、超人が二人掛かりで放つ魔法。一般市民はもちろん、国王とその側近だけにしか知らされていない極秘作戦。これに運よく、または、運悪く気が付けた人間は夜回り警備をしている人間くらいだろう。だが、カモ君はその一般人の枠に収められておりながらそれ以上の事を成している。

 

今回の彗星事件を見て、モカ領へ向かおうとした場合、何が何でも魔法学園に押し戻せと言明を受けた従者は今、ここにいる。

 

おそらく彗星の中身を理解しているだろうコハク。彼女に意見する事は命を懸けることに等しい。次の瞬間、メイドの命は。体は消し炭になっているかもしれない。それでもメイドは毅然としてコハクに返答した。

 

「人間の中には変態とかいう奇抜な行動をとる個体がいると聞くけど、ここ最近はよく見かける。本当は変態がデフォルトなんじゃないの、人類?」

 

「主を含め、我々を変態と言うのであれば結構希少なのですよ」

 

忠義と言う自分の命以上に大切な存在のために身命を賭す変態は嫌いではない。しかし、自分の趣味であるカモ君の活躍劇を観る事が出来ないのは癪でもあった。

 

「ドラゴンより強欲で意地汚いのが人間じゃないの?」

 

「それを含めて人間なのです」

 

少しだけ威圧してみたが目の前のメイドは冷や汗を流すもきっぱりと言いのけた。

 

怖いだろう。恐ろしいだろう。惨めに命乞いをしたいだろう。逃げ出したいだろう。そんな心理はカオスドラゴンのコハクには手に取るように理解できる。だからこそ、その根底にある忠義の心境もわかる。力あるモノが力ないモノを従わせる服従とは違うそれをコハクは面白くもつまらないという二面性を見た気がした。

 

「まあ、いいや。カモ君ならこれからも面白い事に巻き込まれそうだから、それまで取っておく」

 

そういって、女子寮へと戻っていくコハクを頭を下げて見送ったメイド。それから数分後、カモ君を男子寮に送り届けた執事の姿が見えるまで気丈に振舞っていたが、彼が傍にやって来ると緊張感から解放されたのか腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。カオスドラゴンの重圧を受けてこれだけの被害と言うのは奇跡に近い。

 

執事に連れられて彼女がミカエリ邸に辿り着くと、彼女はすぐさま半年の休暇申請を出した。今回の言付けだけでも十分すぎる報酬が約束されているが、それだけでは足りない程の体験をしたメイドの意思を尊重してミカエリは彼女にリゾート地への休暇をプレゼントする事になった。

 

 

そして、あの翡翠色の彗星がこれからのカモ君の将来を決定づける物になる。

 

ちなみにカモ君は睡眠薬が効きすぎて一週間寝込むことになる。



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第一話 リーラン王国金貨の高騰

あれは、なんだろうか。パーッと光っていてまるで豆電球のようなガス灯のような。でも人工物ではないような。彗星。いや、彗星はもっと明るいはずだし。大きなものではない。

しかし、息苦しいし、暑い。まるで棺桶に押し込まれて蒸し焼きされているような。あつ。あっつ。あっつい。あっつぅうううういっ!

いや、マジで息苦しいし、熱いわ!暑いじゃなくて熱い!それなのに体はまるで動かん!スタンビーの麻痺毒とシュージの魔法を食らったみたいに身動き取れないでいて熱い!気がつけば目の前で大きく光っていた謎の光が強く輝きだすと息苦しさと熱さもまして、このままではマジで蒸し焼きで死ぬ?!や、やめ、やめろーっ!こっちくんな!輝くな!

 

 

「俺の傍に近寄るなぁあああ!」

 

あまりの寝苦しさに飛び起きたカモ君は一週間ぶりに目を覚ました。そこはいつも寝起きしているベッドではなく、なぜか使われなくなった巨大な寸胴だった。スープや食材を煮込むための食器の中に何故かカモ君。寸胴の中は煮立つ寸前の高温のお湯で満たされており、カモ君はパンツ一丁の状態だった。

 

「エミールっ。目を覚ましたんだな!」

 

寸胴から飛び出したカモ君の視界にはジャージを着こんだシュージが寸胴に向かって火の魔法を使っている状況だった。

 

この惨状の犯人はお前かシュージ!

 

「エミール。目が覚めてくれて本当によかった。回復魔法の混ざった水で洗っていた事は間違いじゃなかった」

 

寸胴から飛び出したカモ君に駆け寄り、涙を零すジャージ姿のコーテ。しかし、カモ君の目にはしっかり映っていた。彼女が使っている不渇の杖が寸胴の鍋に入っていることを。

 

まさかの共犯がコーテだったなんて。

 

恐らくだが、コーテの魔法で作り出した水を寸胴に入れてシュージがそれを温めていた。というか過熱していたのだろう。だからと言って、何でスープを作るような拷問をするのだろうか。

 

「ちぃっ、目が覚めましたかご主人様。一週間も寝ていたのですよ。もう半世紀くらい寝ていてもよかったのに。あひぃんっ」

 

追い炊き用なのか、数本の薪を手にしていたライツ。

 

ちょっと、目の前の奴隷姫メイドに立場をわからせる必要があるようですね。おら、搾取の腕輪でお前の魔力、貰うぞ!んでもって、ヒール。あー、癒されるぅう。

 

「本当に効果あったんだ、『死人でも口を割る拷問』」

 

拷問の時点で適切な処置とは言わんのだよ。そんな部屋の隅っこにいないでこっち来いキィ。最近周りに流されるくらいに臆病になっていたけど、こういう時くらいは強気で出てもいいんだよ。誰だよ。こんな拷問をしようとか言ったやつは。

 

「効果があってよかった。書庫の奥にあった古ぼけた書物だったから自信は無かったんだけど。効果がなかったら暴行罪だった」

 

図書委員のイタ。お前かっ。お前がこの拷問を立案したのは!そのすぐ傍に置いてある目覚める被虐の扉の方法とか物騒な本には付箋張ってあるし。もしかして、もう試した?!

 

「どうやら、この塩は使わなくて済みそうですわね」

 

ネイン先輩。それは追い打ち。もしくはとどめと言うんですよ。だからその岩塩をしまってください。俺からとれるのは出汁じゃなくて経験値くらいです。

 

「シバ校長。こっちです!俺だけじゃあ、後輩達を止められなくて」「儂の生徒に手を出すのは許さん!じゃが、同じ生徒なら許す!」

 

許すな!拷問と知っていてなおそれを執行した輩を許すな!善意とはいえ許すな!校長なんだから生徒の蛮行を止めろ!あと、シィ先輩ちっす、ちっす。まともなのはあんただけか。

 

それからコーテの介抱を受けながらカモ君は自分が一週間もぶっ通しで眠っていた事を知る。普段の筋トレ時間になってもやってこないカモ君を案じてコーテがやって来たシュージに起こしてくるように申し出て、それを了承。カモ君の部屋に寮長の許可をもらって部屋に入ると安らかに寝息を立てているカモ君を発見した。しかし、いくら声をかけても体をゆすっても起きないカモ君を最初はひどく疲れているだけだと思ってそのまま寝かせていたコーテ達だったが、放課後になっても起きてこないカモ君に異常を感じた彼女達は彼の容態を調べた。保険医によれば確かに疲労は残っているがそこまでの事ではない。と、診断されたのに一向に目を覚まさないカモ君。

頬を軽くはたく、寝顔に水をかけるなどしたが起きる兆しがない。それどころか、耳元で「クーとルーナがお見舞いに来ているよ」と、囁いても目を覚ます気配を示すだけで起きるという事は無かった。さすがにこの状況を重く診たコーテは色々と試していった。最初のに三日は、耳元で大声や大きな音を立てるなどをしたが駄目。五日目あたりから心苦しいが彼にダメージを与える手段に出るが目を覚まさない。そして、七日目に当たる今日になると拷問にまで手をかけるようになった。

さすがにこの頃にはカモ君に投与された睡眠薬も抜け始めてきたのだが、カモ君で無く他の一般人がこの薬を盛られた場合は一ヶ月寝ていたか下手したら死んでいた。あと三日も寝ていたらミカエリが「こりゃいかん」と言いながら解毒剤を持ってきていただろう。そうしなかったのは彼に寝ていてもらった方が都合がよかったから。その方が安全だと踏んでいたからだ。

 

「俺、そんなに寝ていたのか」

 

そりゃ、拷問をしてでも起こそうとするわ。怖いのは起きていないだけで他は健康状態だったという事だ。また下の世話もコーテにしてもらったと聞かされた時はカモ君は死にたくなった。そんなに疲れていたのか俺?

 

あの翡翠色の彗星をすっかり忘れ切っているカモ君を今もなお甲斐甲斐しく世話するコーテに何度もお礼を言いながらカモ君は今いる部屋。男子寮の大広間の外から何やら騒がしい気配を感じた。

 

もしや、またコハクがなにかやらかして騒がせたかと思った。それなら仕方ない。相手はカオスドラゴン様だからな。逆らえない。

 

カモ君がそんな事を考えていたら、大広間の扉が開け放たれる。そこには唐揚げや魚フライ。焼きそばに焼き飯。焼き魚とフランクフルトが大量に入った紙袋を抱えたコハク。その背中には前世の野球球場などで見られるビールサーバーの樽バージョンを背負っていた。小さな体で120%お祭りを満喫しているような姿に呆気を取られる。

 

「失礼な。私は週三の頻度でしか騒ぎを起こさない」

 

月三にできませんか。さすがにその頻度で起こされたらこの国が滅んじゃう。

 

しかし、そんなカモ君の内情を知りつつもコハクは小さく鼻を鳴らしながら近くのテーブルに着席するともりもりごくごくとその小さな体に食べ物を収めていった。

 

その食べ物はちゃんとお金を出して買ったんだよね?巻き上げとかしてませんか?文句はないけど出したら死ぬから、されるがままなんだがね。

 

「一割はお祭りの戦利品」

 

残りの九割は何なんだ?あと、ドラゴンの戦利品とか物騒な事しか思いつかねえ。

 

「ちゃんとコーテからもらったお金で買った」

 

支払う時に力加減を間違って、店主の目の前で渡そうとした銀貨を真っ二つにした。その所為で無料で大盛のサービスを受けたことは言わなかったコハク。そのあと、ちゃんと真っ二つにしていない銀貨でお金を払ったが店主は青ざめた顔をしていた。

 

しかし、ここでカモ君は不思議に思った。コハクの話からすると大分大きな祭りが現在開催されているようだが、その祭りに心当たりがない。いずれ来るだろうクーとルーナの王都観光。それがいつ来てもいいようにイベントは大体把握しているカモ君。収穫祭や新年祭。他にも王国記念日といった年内行事から今日は無いはずだった。

 

「と、ところでエミール君も目を覚ましたことですし、私たちもお祭りに行きませんか」

 

「いいですよ。俺も王都のお祭りを楽しみにしていたんですよ。初めの一年はダンジョンとか決闘で行けなかった興味あります。キィとエミールも一緒に行こうぜ」

 

シュージ。お前ってやつは・・・。恋愛に関して色々と教えたはずなのだが、まだネイン先輩から自分に向けられる好意に気が付かないの見て。お前以外は呆れた目でお前を見ているぞ。

 

「でも、まあ。これだけ大きな祭りなら参加しないと損だからな。エミールも元気そうなら祭りに出たほうがいいぞ。なにせ、戦勝祝いの祭りだからな」

 

シィ先輩がそれとなくフォローを入れるが戦勝祭か。もしかして、この間の国家間の決闘か。それを祝してのお祭りなら少しずれてもおかしくはない。かな?それなら叙勲されたその日で行われるはずだろう。だが、ライツの表情が大きく曇ったように見えたがこれはいったい。

 

カモ君がそう疑問に思っている事を察したシバ校長がエミールに声をかけた。

 

「ネーナ王国との戦争に勝った祝祭じゃよ。まだ正式に勝利したとは公言されてはいないが,君が寝ている間に始まった戦争が起こり、ほぼこちら側の勝利で幕を閉じようとしている。お祭りを存分に楽しんでくるといい」

 

そう言って決して少なくない額の金貨と銀貨をカモ君達に渡す光景は孫にお小遣いを渡す好々爺のようで。

 

「ネーナ王国との戦争勝利記念ですか。それは大きなお祭りに。・・・は?戦争?ネーナ王国との戦争?!」

 

何もかもが初耳なカモ君はさすがに取り繕うことは出来ずに驚いていた。ネーナ王国との戦争は原作ではあと一年以上も先の事だった。それが起こってしまった。原作でも戦力差はリーラン王国が劣っていたが、そこは『主人公』であるシュージとその仲間たちの活躍で勝利するというもの。しかし、この様子だとシュージは今回の戦争に参加していないように見える。はっきり言って主人公の力無しで戦争に勝利するなんて考えたことが無い。ドラゴンの群れでも乱入してきたとか大地震からの地盤沈下。火山噴火から来る大災害レベルの被害が無いと勝てないと思っていた。

 

「カヒー様とビコー様が攻め入ってあっという間に決着がついたとかいう噂が流れているよ。こっちの被害はカヒー様の背中に剣をぶっ刺されたくらいだって」

 

あったわ。異常事態。え、あの人の形をしたドラゴンを超えた人に攻め入られた?背中に剣を刺せただけでもネーナ王国って、大金星じゃないか?まあ、勝てるとは思わないが。ていうか、無理だろ。裏ダンジョンのフロアボスをたった一人で撃退したお人とその兄貴だぜ。勝てるわけがない。俺なら敵対した瞬間、降伏して命乞いをするわ。

 

「そうだった。あの人達がいたわ」

 

あまりにもファンキーな雰囲気のセーテ侯爵だから忘れていた。あの戦闘能力は主人公達がラスボスを倒して、裏ダンジョンで鍛え上げたステータスでないとまともに戦えない事に。

 

「戦争中ではある。しかし、こちらの勝利はもはや揺るがぬものになっている。油断はしないが、あちらも圧倒的な戦力差を思い知っているだろう。その上、あちらの土地は謎の汚染が広まって、産業が軒並み壊滅している。もはや奮起するどころか国の維持も難しいじゃろう」

 

ネーナ王国。踏んだり蹴ったりだな。いや、この場合は藪をつついて蛇が出るか?出てきた蛇が猛毒ドラゴンのバジリスクレベルだったろうけど。

 

『だからと言ってこちらは容赦しないけどねっ!』

 

と言うのが生徒会長であるサリエからのお言葉だ。今現在、彼女は魔法学園と王城の往復を繰り返している。ネーナ王国との戦争でざわついている生徒達の混乱を抑えるためのメッセンジャーとして大忙し。今頃、生徒会長室で生徒の親御さん。つまり、この国の貴族の関係者へ送る書簡整理を行っている。シバ校長よりも公爵家令嬢の方が立場は上のため、仕事量は多い。

 

この一週間ほぼ休みなしで働いている彼女のテンションはいつも以上に高かった。というのがサリエの証言だった。なんで、負けた国の元お姫様にそれを教えるのかな。いやがらせか?

 

「まあ、仕方ありませんわ。この戦争でこの国の裏切り者。売国奴達の嫡子、令嬢達の取り調べもありましたから」

 

リーラン王国の裏切り者はかなりの数がいた。この学園に通う生徒の五分の一が家族の命令とはいえ、それとなく実家に現状を報告。そして、その内容から学園の戦力を計算し、情報を横流ししていた。その中には原作のライバル君。主人公のライバル兼相棒になるラーナ君のご実家もあった。裏切り者の殆どが魔法の能力が高い、将来性の高い者達だった。彼等を味方に引き入れたからこそ、ネーナ王国は調子に乗っていたんだろう。モカ領の横暴を忘れたわけではないので同情はしないけど。むしろ、ざまあみろって感じだ。

 

「私達の実家にもネーナ王国の諜報員や裏取引を持ち掛けてきたらしくて、疑惑の目が向けられていて、大人達は大変らしいです。生徒は一応子どもだから今は遊んでいろってことで騒いでいるのかもしれません」

 

確かに祭りの喧騒は男子寮の大広間にまで届いている。ちらほらと浮かれ気味の男子学生の姿が見えるほどだ。・・・拷問されていた俺を放っておいて遊びに行くなんて、俺、嫌われ過ぎじゃない。

 

「アネスの実家にもその疑いがあったらしくて。取り調べを受けた後はアネスも夜通しでお祭り騒ぎではっちゃけて・・・。朝帰りしていたのを見かけた時はどう声を掛ければいいかわからなかった」

 

アネス先輩。ストレスからはっちゃけるのは仕方ないけど、ほどほどにな。一応、貴族令嬢なんだから。慎みをもって・・・。と、俺達が行ってもあまり説得力はないか。

 

「ほらほら。難しい話は夕食の時にでもしていけ。後輩たちは祭りを楽しんで来い。先輩命令だ」

 

シィ先輩は男子寮とその付近で起こる乱痴気騒ぎの監視と言う仕事を学園から任されている。

 

だからこそ、俺が拷問での起床を促されている場面を発見できたんだろう。本当にありがとうございます。

 

自分が寝ている間に今生の宿願が叶った。まだ実感は湧かないが、ネーナ王国が戦争で負けたからにはこれから先は自分の好きに生きていいのだと考えるだけで笑みがこぼれるカモ君。これからの未来は明るいぞ。と、コーテの手を取り大広間から自室へと向かった。そこで一度着替えて祭りに繰り出そうとした時、机の上にあった一枚の紙が視界に映りかかった。

借用書。私、エミール・ニ・モカはミカエリ・ヌ・セーテに複数のマジックアイテムの使用料、および弁済として

 

そこまで映った所で同じく、机の上にあった教科書を紙の上に置いた。

 

未来は明るいが、同時に重しもある。だが、未来の輝きは現実すらも埋め尽くすものだと自身に言い聞かせながら着替えたカモ君は自室を出るのであった。



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第二話 超人三人に勝てと言うは無理ゲー

リーラン王国。王への謁見が認められている広間に呼び出されているのはこの国の貴族たち。主に国境沿いを任された貴族たちだが、彼等はネーナ王国へこちらの情報を流してきたという疑いがある者たちである。

 

 

「トリオ・ネ・トコ伯爵。有罪。領地の没収と五年間給金の三割を減らす事とする」

 

「お、お待ちください!陛下!私はただ家族を人質に取られてしまったが故!それに流した情報は魔法学園に通っている息子からの生活内容だけです!国に弓を引いたわけでは!」

 

王の傍にはビコーと修道服と鉄仮面をつけた四十代の女性。そして、この国最大の冒険者ギルドマスターがいた。

 

ビコーは検察官のようにとある書類を立派な口ひげを生やした初老の男性であるトリオ伯爵突きつけた。そこにはトリオ伯爵がネーナ王国から受け取った様々な裏金やアイテム。人材などが記載された書類。

 

「それだけで様々な融資を受けてきたようだなトリオ伯爵。ネーナ王国の女の抱き心地は余程良かったのだろうな」

 

「な、何を言っているかわかりません!そのような疑いを掛けられるほど私は」

 

「嘘ですね。証拠だけでなく、貴方は虚言を吐かれました。自国の王に嘘をつくとは処罰は更に大きくなることをお望みですか」

 

王の傍に立っていた鉄仮面の女性は冒険者ギルドと国王であるサーマ王が信頼できる嘘を見分けるための審問官。虚偽を見定める魔法が使えるため、このような審議を図る場所では重宝される人材だ。女性の身を守るため、公平性を失わないためにも彼女の身元は。王とギルドマスターくらいしか知らない。

 

「ぐ、ぐぬぬ。委細、承知しました。このようなことが無いように以後気を付けます」

 

「うむ。おぬしの今後に期待しているぞ」

 

顔を赤くして、肩を震わせ、苦虫を噛み潰したかのような表情で広間を退出していくトリオ伯爵。彼を見送る他の貴族たちの半数以上は裏切り者を見下すような視線で彼を見送っていたが、その内の二割の人数は青ざめていた。王が売国奴をこの程度で許したと下に見ていたからではない。彼等の目の前、玉座へと続く決して高くはない高さのある階段。その一段目にあ樽部分は赤黒い血だまりに染まっていた。

今日だけで三人の売国行為をした貴族が目の前で首を切り落とされた。罪状はリーラン王国への不法侵入と防衛能力・軍事情報の漏洩。自国の人間の人身売買に違法麻薬および養殖ダンジョンの助長行為。それへの返礼としての賄賂の受け取り。そして、敵対、侵略行為をしているネーナ王国への宣戦布告に反対した事。それが三つ以上判明した貴族を王は容赦なく首を跳ねた。

甘い王様。日和見主義と言われていたこの王の処断に後ろ暗さを持っていた貴族たちは震え上がった。王の裁決を下す前に己の罪を自白すれば命だけは保証するという宣言を舐めた態度で受け取った最初の被害者を見て、貴族達の間では罪の告白をしてくる貴族達で溢れていた。

突如、ネーナ王国へ宣戦布告したと同時に国内の不穏分子を王は摘み取り続けた。まさか自分の代で王城を血で汚すなどしたくはなかった。

だが、そうも言ってはられない事態だった。ネーナ王国はやりすぎた。モカ領でもそうだが、人身売買に近い決闘。スパイ行為で自国の姫を利用した工作員。養殖ダンジョン。国境に面している他の領地への侵攻と買収。更には年に一度の武闘大会での乱入騒ぎ。なにより、自国の民達を傷つけ、尊厳を破壊しようとしていたネーナ王国。なにより、それに加担していた売国奴達を王は許さなかった。

トリオ伯爵はまだ運がよかった。罪状があと一つでも判明していれば首が飛んでいた。ビコーに任せていた特殊任務は疑いのある領主たちの証拠集めである。モンスター討伐と言う任務の下にあったのはこの秘匿任務である。彼にそれを任せたのはその能力が高いこと。なにより、彼の家ほど利権に興味がない人間はいなかったことだ。

何かが欲しければ自分で手に入れる。作ることが出来るセーテ侯爵はリーラン王国で最も信用できる一族である。というか、彼等に反旗を翻された場合、その時点で戦争に負けていたのはネーナ王国ではなくリーラン王国だっただろう。ドラゴンみたいなやつだと思っていたが、実はドラゴン以上の存在だった。

彼等自身ドラゴンと戦ったことをあまり吹聴せずに歯ごたえのあるモンスターを倒したくらいしか言わない。その部下も死ぬかと思いましたが、まあ、うちのボスがいるから死にはしないだろうと話すくらいだ。というか、戦争が始まってから実はカオスドラゴン並みの力を持つスカイドラゴンと戦いましたとかいうんじゃないよ。ただでさえ、王都に滞在しているカオスドラゴンの幼体であるコハクとスフィア・ドラゴンで胃が痛いのに。スカイドラゴンにも喧嘩売るとか、お前。この時の王は下手したらネーナ王国だけではなく復讐に来るかもしれないスカイドラゴンも相手しないといけないのではと胃と頭が痛くなった。

まだ不安要素は沢山あるがまずは証拠が取れた裏切り者への断罪なのだが、かなりいた。具体的言えば善貴族の三割近くにネーナ王国の息がかかっていた。これ以上時間を掛ければ確実に滅ぶと判断した王は諸悪の根源であるネーナ王国を討つことを決めた。

 

本日に至るまで処断した貴族は十を下らない。そして、その中には自身の親衛隊隊長コーホもいた。

 

 

「残念だよ。コーホ。お前ほどの奴が裏切るとはな」

 

「まったくだな、カヒー。お前の心臓ではなく首を狙えばよかった」

 

王城の地下にある最も厳重な牢獄。そこには多くの裏切り者の疑いがある貴族と、親衛隊隊長が手かせ足かせをはめられた状態で幽閉されており、牢屋越しに話しかけてくるのはカヒー。その瞳は悲しみの色を隠せずにいた。

 

リーラン王が宣戦布告を前日。謁見の間。そこには有力貴族とコーホ。そしてセーテ三兄妹がいた。王はセーテ三兄妹がこの日、この場に集まった事を運命だと思っていた。王から下された命令。それは、深夜帯にネーナ王国へ向けて王級の魔法を打ち出し、討つというもの。

 

風の魔法だけではなく白兵戦。そしてアイテム作成にも優れたセーテ侯爵が戯れに作ったオークネックレスと言うアイテムからほぼ無限に出てくる悪臭漂う粘液とカヒー、ビコー、コーホの三人の超人をネーナ王国王都の上空に送り出す内容。

 

作戦第一段階でオークネックレスの粘液の散布で相手が混乱させる。第二段階で王城を制圧。第三段階で相手国の王の身柄を押さえる。これが、カモ君が見た翡翠色の彗星の内容である。

 

 

作戦内容をあらかじめ聞いていたミカエリは粘液を培養して希釈し、散布してもネーナ王国全土を覆う程の細工を仕掛けた粘液を詰め込んだ樽を王都に運び続けており、作戦決行時には十分な量を持ち込むことが出来た。その準備段階でコーホの表情が曇ってしまった事を誰も不思議がることはなかった。

カヒー達ですら、ネーナ王国への強襲をよく思わなかったのかと思っていた。実際、カヒー達もよく思わなかった。この作戦は成功しても失敗しても大きな禍根を残すことになるだろう。その大部分を自分達が担うのだ。だからこそカヒーはこの作戦の成否に関わらず、自分達はこれ以降は好き勝手にする。納税はするし、国の危機には協力するが、それ以外は自由にしてくれることを条件に出した。こうする事により、自分達への婚姻や王命を断ることが出来るという権力が欲しかった。

王は下手すればネーナ王国やドラゴンの脅威だけではなく、セーテ侯爵からの脅威にも備えなければならないと悩ませたが、セーテ侯爵。正確にはカヒーの代になってからは彼等の言動はファンキーなものだが、忠節は尽くすし、強力なアイテムやモンスター討伐。そして、今回のような秘匿任務もこなしてくれる心強い臣下でもある。だからこそ王はそれを認めた。

 

それがコーホには耐えられなかった。

 

彼は超人ではあるが平民のである。その強靭な肉体と戦闘能力をもってしても彼は王の命令を断ることは出来なかった。自分は三代以上もリーラン王国につくしてやっと親衛隊隊長と言う役職まで上り詰めた。だが、それでも、コーホは王に逆らうことは出来なかった。

王に不満を持っているわけではない。今の役職に不満は無い。むしろ、良き王、良い環境だと思っていた。しかし、それに全く興味がないという自分によく似た能力を持ったカヒーが現れた。

カヒーとて、王には礼節を尽くす。だが、己の自由意志が関する事が起きればそれらを否定。もしくは折衷案を出す。時には王以上の案を繰り出してはそれを可決させる。それが羨ましかった。妬ましかった。

なぜお前はそこまで自由なのか。どうして俺はここまで縛られているのか。どうしてお前はそんなにも、俺のような奴にも笑いかけるのか。

カヒーはコーホを友だと言った。それはコーホ自身もそう思っていた事だし、嬉しく思っていた。だが、その深層心理は違っていた。

力も、権威も、カヒーとの関係性も文句はない。だが、カヒーの少年染みた天真爛漫さと政治の手腕が自分にはない。

そんな鬱屈としていた感情をコーホはカヒーに会った時から持っていた。だからこそ、コーホは最初は断っていたネーナ王国の甘言を断り続けていた。

リーラン王国の超人。それは国の盾であり、剣であり、城。そんな彼等を篭絡させてしまえばネーナ王国の勝利は確定していた。

何度目になるかわからない篭絡員の一人にこう言われた。「現状に不満は無いのか」と。それに反応してしまった。言葉を発した篭絡員は言葉を間違えれば殺されると思って、必死にコーホを口説き落とした。

彼に下された支持はリーラン王国の王か重鎮を殺せと言うもの。どのような組織も頭を潰せば瓦解するものだという事は知っていた。だが、コーホは祖父の時代から続いた忠誠と地位を捨てきれなかった。あの時の篭絡員は逃がしたが、その言葉の楔はずっと心に刺さっていた。コーホが殺そうと思えばいつでもサーマ王を殺せた。王を殺した後にネーナ王国まで逃げ切れる自信もあった。しかし、どうしてもその一歩が踏み出せないでいた。が、とある一件で踏み越えてしまった。

 

それは王が自分ではなくセーテ侯爵家を。カヒーに国の未来を担う役目を任せた事だった。

 

どうして自分だけに任せてくれないのか。いや、理解はしている。リーラン王国からネーナ王国と言う超長距離の魔法を放つことが出来るのは超人であるセーテ侯爵、その三兄妹の力が合わせて叶うものだという事を。

自分もネーナ王国国王の身柄を押さえる任務を担っている。だが、三代続けて王に仕えてきた自分よりもカヒーの方を信頼をしている雰囲気を出していたサーマ王。そして、カヒーに憎悪した。

あと数分もしないうちに作戦が決行されるという時に、コーホは背負っていた大剣を背を向けていたカヒーに突き刺した。カヒーも突如の凶行に反応できなかったの。それでも彼はコーホと同じ超人であり場の空気を読む事に秀でた王級風魔法の使い手。

剣先が幾ばくか突き刺さった瞬間、自身の体をえぐりながらその身を半回転。コーホが体を貫く前に剣の軌道から脱した。その勢いのままコーホの顔を蹴り飛ばした。この時、コーホが正気であったのであればどうとでも対処できていた。しかし、嫉妬から来る憎悪で動きと思考が単調化したコーホはそのまま蹴り飛ばされ、続いて異常を察したビコーによって取り押さえられ、ドラゴンクラスの力も封じる強力なマジックアイテムの枷をはめられ、牢屋にぶち込まれた。

 

「その直後に王からの任務を俺を除いた二人だけで達成するとは。やはり、王は慧眼だったようだ。俺のような裏切り者よりもカヒー。お前に任せるのも納得のいくものだ」

 

コーホは牢屋の前にやって来たカヒーからその後の事を説明されると、次長染みた笑みを浮かべ彼を見つめ直した。

 

「やはり、貴族は。魔法使いは違うな。同じ超人と呼ばれておきながらこの様なんだからな」

 

身体能力はほぼ同格であるにもかかわらず魔法も政治の手腕もカヒーの方が上。これが血筋。魔法使いと平民の差なのだと。

 

「不意を打ってもお前に勝てなかった俺は、なんという間抜けだ。力量差も見抜けない新兵染みたガキだったという事か。・・・消えてくれ。俺の前から消えてくれカヒー。俺にとってお前は眩しすぎる」

 

コーホは俯いてカヒーの退場を願う。この男は言動こそファンキーだが、こういった場合の雰囲気は合わせてくれる。公私をきっちり分ける男だから、王からも信頼されている。自分と違って信頼されている。

 

言いたいことは言った。その直後、黙っていたカヒーが口を開いた。

 

「そうだな。お前は子供じみていた。あまりにも遅い反抗期だ。だがな、それは俺も同じなのだ。俺は常日頃からの反抗期。たまたま全力で喧嘩が出来る双子の弟がいて、知恵者の妹がいたからこそそれが出来た。お前は、ただ、我儘を言うのが遅かったのだ」

 

そう語るカヒーの表情に見えるのは同情。憐れみだった。立場が入れ替わっていたとしたら自分もきっと同じ道をたどっていただろう。だが、だからこそ彼に言葉を投げ続ける。

 

「もう少し早く出会っていればお前をこんなところには入れなかっただろう。お前に言葉をかけていれば。今も後悔している。どうして俺は、友の心の声に気が付けなかったのだろうとな」

 

カヒーの言葉は、実力者としての重みがあった。その言葉に嘘偽りがない事をコーホも気が付いていた。このように言葉を投げかける友人を突き放すようにコーホはカヒーを睨みつけた。その表情は覇気がなく、親に怒られているのに反抗している子供のようなものだった。

 

「俺はお前を惨殺しようとしたんだぞ」

 

「・・・俺は、お前になら殺されても仕方ない。いや、構わなかった」

 

「っ!ならば、何故あの時死んでくれなかった!どうして殺さなかった!」

 

「俺とて人だ。死にたくはない。だが、お前ほどの男が不意を打ってでも殺そうとした。どのような理由が、背景があるかなどわからなかった。だが、それだけにお前には大事な事だったのだろう。お前が裏切るはずがない。お前に殺されるのも悪くない。そんな二つの思惑があったから反応が遅れた」

 

衝動的に凶行に走ったからこそカヒーも反応が遅れた。だが、逆に冷静にさっきを隠し通そうとしても、それは同じ超人のカヒーとビコー。知識に関しての超人、ミカエリに見抜かれていただろう。その三人をもってしても気付かなかったほどの凶行をどうせれば止められるだろうか。逆に教えて欲しい。

 

殺されても構わない。そして、信頼していたという言葉にコーホは悔しさと虚しさ。そして、ほんの少しの友情を感じた。だが、それを否定するように声を荒くする。

 

「違う!俺はお前が考えるような人間ではない!ただ、欲にまみれ嫉妬に狂ったただの愚か者だ!お前の友にはなれない!」

 

「言っただろう。遅すぎる反抗期だと。お前と本気の喧嘩は危険すぎると王と周囲から言われていた。だが、していれば変わっていた。お前はその心の毒を少しでも吐き出させていれば良かったのだ」

 

全力で喧嘩が出来る相手がカヒーにはすぐ傍にいた。お互いの文句を言い、感情に任せた拳を振りぬける弟がいたから、カヒーはストレスをためずにやって来れた。しかし、コーホは違う。平民と言う立場で強者である魔法使いとの接点も少なく、三代続く王族への奉仕もあって、荒事の冒険者とは正反対の立場であり、超人と言う事もあって周りの人間からは距離を取らざるを得なかった。

だから、自分の胸の内を理解することが出来なかった。吐き出すことが出来なかった。理解しあうことが出来なかった。

そう理解してしまったコーホは嗚咽を零した。

 

どうして自分は魔法使いではなかったのか。どうして自分は国に使える立場の人間だったのか。どうして、自分の傍に同じ立場の人間が、カヒーのような友がいなかったのかと。どうして、あと少しだけでも早くカヒーと出会わなかったのかと。

 

その場に蹲って泣き崩れているコーホと見守るカヒーに近づいてくる二人の軍人。面会時間の終了を告げる知らせを聞いたカヒーは懐から小さなコルクで栓をされた瓶を取り出し、彼の前に置いた。

 

「王からの慈悲だ。これまでの貢献から絞首刑ではなく毒酒による安楽死の沙汰が下った。さらばだ。我が友。次に会うことがあればお互い自由の身で会いたいものだ」

 

そう言って、カヒーはその場を去って行った。その背中を見送ることなくむせび泣いていたコーホはしばらくして顔を上げると、疲れ切った表情で目の前の瓶の栓を取り、一気に中身を飲み干す。強烈な苦みとほんの少しの甘い香りが口内に広がるのを感じたコーホの意識は徐々に遠のき、そのまま倒れ伏した。その体からは徐々に熱が消えていった。

 

王の忠臣が裏切ったというのはこれからのリーラン国家には汚点にしかならない。そして、コーホの名誉を守るために殉死した。親衛隊隊長のコーホは今回のネーナ王国国王の身柄を押さえる為に戦場で散った。それが、歴史書に記載された彼の最後の記録である。

 

 

「王よ。本当によろしかったのですか」

 

「これは決定事項だ。王ゆえに前言撤回は出来ぬ」

 

戦時処理を行っている王の部屋。サーマ王に使える大臣の一人が、王と共に書類整理をしながらコーホの処断について不服があるかのように意見を出したが、王はそれを享受するように促した。

 

「親衛隊隊長コーホは敵地で殉死した。それがカヒーの願い出た褒美の一つだ」

 

「いくら未遂で済んだとしても王のすぐそばでの凶行です。カヒー殿が王の傍にいたから彼を斬りつけた。それはコーホ自身の言葉です。やはり、ギロチン台送りにして見せしめが一番かと」

 

「ならぬ。逆に尋ねるが大臣。お前はセーテ侯爵。あの超人兄妹の不満を買いたいか」

 

ドラゴンどころか、この世界の創造主にも勝るのではと言われている兄妹を敵に回す。彼等の力を知っているがゆえにそう理解できる大臣は顔を青くして首を振る。

 

「であろう。なに、いざとなれば私の首一つで超人をこの国に留まらせることが出来る。安い物だ。『コーホを見逃せ』。それがセーテ侯爵の願いなのだからな」

 

今頃、睡眠薬から目を覚ましているだろうコーホは僻地調査の名目で暗黒大陸行きの馬車で目を覚ましているだろう。彼の奥方にこれからの生活に何不自由ない資金と道具。そして、第二の生。新たな名を授かって、馬車の中できっとお叱りを受けているに違いない。

 

「危険因子を遠くに飛ばしながら、僻地調査の情報も入手でき、セーテ侯爵はこれからもリーラン王国にいてくれる。一石三鳥ではないか」

 

「ですが、王よ。コーホ殿が復讐に来るやもしれませぬ」

 

「それはないな。カヒーは言っておった。これから月一であいつのいる場所に言って喧嘩してくるとな。それだけ喧嘩をすればあいつの敵愾心もなくなるだろうよ」

 

「私は文官なのでその感性はわかりせぬな。これだから脳筋な軍人は困る」

 

「そなたも男なら変わるであろう。なんなら私と喧嘩してみるか?」

 

「嫌ですよ、手をあげたら即座に首を飛ばすのでしょう」

 

「当然だ」

 

サーマ王はそう言いながら嫌らしい笑みを浮かべる。文官はそれを見て、やはりまじめに働くのが一番だと、書類整理を再開するのであった。



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第三話 事実は小説よりもつまらない

ネーナ王国にとって史上稀に見る失態。

 

後に、翡翠の夜事件と称される一晩で情勢は一気に傾いた。

 

「・・・ふざけるな」

 

リーラン王国から飛来してくる大出力で高密度な魔法を感知したのは着弾する十分前。対往査することは出来た。魔法大国と敵対するのだ。当然、耐魔法の設備やアイテム。術がネーナ王国には揃っていた。しかし、それをあざ笑うかのように翡翠の流星。オークネックレスの粘液に包まれたカヒーとビコーの強襲はネーナ王国の防壁をやすやすと突破していった。

初めて、その流星を目にした衛兵はまるで宝石の山が空から降ってきたよ思った。なにせ、異常と思えるのはその光景だけ。しかし、その流星はその巨体に似合わず穏やかな光量。そして、ほぼ無音。何より魔力の感知も微々たるものだった。それはまるでステルス機能の付いた弾道ミサイル。しかも道中では光輪が広がるように翡翠の粒子が噴き出し、辺り一帯に広がった。その神秘性に反してその粒子はものすごい悪臭を放ってあたりにいたすべての生物に異常をきたした。

ひたすら臭く、流星が通った後にあった土地の住民はあまりの匂いに飛び起きた。家畜たちも悲鳴を上げて辺り一帯が酷いありさまになった。その悪臭は三日間こびりついて家畜だけではなく穀物といった植物にも被害を及ぼしていた。異常成長と衰弱の入れ混じった植物を口にするなど恐ろしくてできなかった。家畜に食べさせようとしても悪臭がこびりついたものを食べようとはしなかったため、現在、ネーナ王国の第一産業は危機に陥っていた。

 

「ふさける、な」

 

リーラン王国から王都に続く土地でその異常が巻き起こった。その着弾地点である王都もめちゃくちゃだった。悪臭漂う王都。見張りの衛兵はもちろん、市民達にまで被害だ出た夜。誰もが混乱に陥り、冷静さを失っていた。

ネーナ王国防衛大臣は事件発生から三十分以内にこれが何らかの薬品だという事を知り、解毒魔法を使ってあたりの悪臭を振り払おうとしたが、効果は無かった。あくまでもこの悪臭は薬。いわばプラス効果のあるバフ魔法だ。プラスにプラスを足してもゼロにはならない。むしろ、その結果悪臭がさらに強くなり、意識が遠のく者が出てくる始末になった。

そんな混乱状況ならば超人二人も動きやすくなる。カヒーはコーホに切り付けられた大怪我と言っていい負傷もこのオークネックレスの粘液で癒したため、弟のビコーに負けず劣らずの索敵が可能だった。魔力が高い施設には容赦なく岩をも砕く雷を大量に落とし、魔力が高い人間には三日間ほど動けなくなる麻痺効果がある魔法を撃ち込み。明らかな実力者には容赦なくオークネックレスの粘液の入った革袋を投げつけ、身分の高い役人は風で拘束。終いにはこの国の王すらも捕らえた二人は、即座に反転。王都の設備と役人にダメージを与え、王とその重鎮を攫われた。即座に取り戻そうにも今いる人材は中途半端な権限、実力しか持たない人間。その上、強烈なダメージを負っているために反撃に出ることも敵わなかった。

 

「ふざけるなっ」

 

ネーナ王国はもはや四肢をもがれただけではなく頭までもがれた上に、内臓まで痛めつけられた死体同然の状態だった。それがたった一晩。立った二人の所業によって起こってしまった悲劇。

戦術も戦略も、外交も内政も、軍事力、防衛力も無視して滅茶苦茶にされた。それも経った二人に。この世界の『主人公』ではない。裏ダンジョンのボスでもない。ぽっと出の名前も知らなかったモブキャラに、十数年続けてきた暗躍も諜報も裏工作が全て壊されてしまった。

わざわざ『原作』知識を用いて、このふざけ切った国とそれに従っている民に使いたくもないお世辞と独占したかった技術を提供したにも関わらず、この国は、民は何もできなかった。

原作知識を用いて、『主人公』の仲間達をネーナ王国に引き入れた。キーアイテムも抑えた。主人公がこちら側に寝返る手段も、こちらに来なくても強化イベントになるものは大抵潰した。特に、カモ君はその舞台装置になりえるが故に徹底的に策を弄したが、この国はこたえなかった。唯一の理解者と思える王だけは協力者として扱ってきたが、こうもあっさりを立ち去れた。重鎮も、役人も攫われ、軍人や主人公の仲間達は雷に倒れた。まるで自分のやって来たことは全て無駄なのだと言わんばかりに破壊された。

 

「ふざけるな!」

 

唯一、無傷とも思われる自分はというと、この国に残された役人と軍人に問い詰められている。こんな事をしていないでさっさと準備を揃えてリーラン王国を攻めてこい!

 

「お前が言ったんだろう!このまま続ければリーラン王国を支配できると!だが、今はどうだ!見て見ろ!めちゃくちゃに破壊された王都を!傷つけられた人たちを!」

 

「そうよ!好き勝手に出来るから今は我慢しろとか言っていたくせに!こんな状態で逆に宣戦布告されちゃ、私達、確実に負けるわよ!」

 

バカなお前達にもわかるだろう。この最悪な事態で宣戦布告をしてきたという事。これはリーラン王国が仕組んだことだという事を。宣戦布告?上等じゃないか、常日頃から自分達を過大評価していたんだろう。それをみせしめる時だろうが!

 

「で、出来る事なら今すぐにでもやってやる。しかし、上官がいないのでは出来ることも出来ない」

 

「そうだ。別に王がいなくても俺達は戦える。勝つことが出来るっ。しかし、体裁と言うものは必要なのだっ」

 

お前ら、上官の命令を常日頃から悪態ついているだろう。俺ならもっとうまくやれる。自分がふさわしい地位はもっと上にあると。今がその時だぞ、お前たちの上官がいないという事はお前たちがその地位に立ったという事だ。

 

「馬鹿を言うなっ!こんな疲弊した状況で戦いになど行けるか!俺に死ねと言っているのか!」

 

「そうだっ!いくら優れている我々でも装備も準備も不十分な状況で戦えるわけがない!」

 

情けない奴らが!覚えているぞ!お前たちは私の技術がなくても余裕で相手を屠れると!リーラン王なんぞ片手間で滅ぼせると!どんな輩が出ても勝てると!その臭い息を吐き出す口が常日頃から豪語していた実力とやら見せつけてこい!

 

「だ、黙れ!私は常日頃から手を出すべきではないと思っていたのだ!リーラン王国に手を出すべきではないと!ただ、周りがそう言っていたから仕方なく」

 

「上の命令は絶対なのよ!部下は嫌でも従うしかないじゃない!」

 

ならば、この場にいる人間の中で一番上の役職にいる私が命令する!今すぐ、倉庫にしまっているマジックアイテムを装備して、リーラン王国を攻め滅ぼしてこい!上の命令になら従うのだろう!お前たちは!

 

「誰が魔女の言う事なんぞに従うものか!お前が来たからリーラン王国が攻めて来たんだろうが!」

 

「お前があちら側に情報を流したに違いない!お前が上ならお前の首を取ってリーラン王国に和解をしてもらう!」

 

・・・ああ。こいつら、もう駄目だ。もう、お前らの好きにしろ。私もそうする。お前らはそうやって滅びろ、クソ虫共が。

 

「魔女を吊るせ!魔女を・・・。魔女って誰だ?」

 

ネーナ王国の王城に建設された会議場で誰も彼もがここにいただろう誰かを責めていた。だが、ふと、その誰かを不意に忘れてしまった。

まるで急にぽっかり空いた穴が何もないように埋められたような、思考の空白。自分達は一体だれを責めていた。いや、誰によってここに集められた?

王か自分の上官か?いや、違う。彼等は何者かによって連れ去られた。風と雷を従える何かによって。その情報はどこから来た?魔法大臣か?防衛大臣か?彼等もいないのだ。誰が判別したかもわからない。会議場にいた誰もが、『理解できていない』事を理解した。

誰かに呼び集められて、これからを対策しようと話し合っていた。しかし、誰が言いだした。いや、そんな事より、ネーナ王国の被害を誰がどうやって立て直す。どうやって宣戦布告してきたリーラン王国を倒せる。だれが、自分これからを保証するのだ。

その事に気が付いた人間はお前が上司に立って責任を取れだの、お前が部下だからリーラン王国と戦って来いだのと内輪もめを始めた。そして、その内。誰かの悲鳴が上がった。

悲鳴の先を見れば細身の中級役人が一つ上の役職に当たる上司の腹に短剣を突き立てていた。それを見た瞬間、辺りに悲鳴と怒号。血しぶきが舞い上がった。

お前が悪い!俺は悪くない!

そのような罵声の中で会議室は責任と狂気のなすりあいが始まった。

翡翠色の彗星が確認されてから五日後。この戦争で皮肉にも一番血しぶきで汚れたのはこの会議場だった。



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第四話 手のひらドリル

リーラン王国とネーナ国が戦争処理の会議や作業で忙しくしている中、二つの陣営の忠臣ともいえるモカ領も無事とはいいがたい状態だった。

 

それは移民。それもネーナ王国からの難民だ。だが、それを老若男女問わず断って追い返していたため、国境沿いに派遣されたリーラン王国の兵は冷酷な表情と声で助けに縋る手をはたき落としていた。

 

「お願いします!家畜や穀物が衰弱して、食べる物がないのです!どうかこの国入れてください!」

 

「お願いだ!金ならいくらでも払う!この国に入れてくれ!ネーナ王国はもう無理だ!水も臭くて飲めない!救助も来ない!腐ったパンなんか食ったら食中毒で死んじまう!」

 

「お腹にはやっとできた子どもが。お願いです!私達を助けてください!」

 

あの手、この手で同情を誘い入国しようとしてくるネーナ王国の住民たち。平民から貴族。中には冒険者もいたが、彼等がここ一年、ネーナ王国と何かしらの接点があると判断された時、問答無用で彼等をたたき出していた。

 

「お前たちはリーラン王国に。このモカ領に何をしてきたかを考えろ」

 

この言葉と共に。

そして、この言葉を告げられ、心当たりがある者は顔をしかめる。が、しばらくすると心当たりのない者と共に叫び声をあげる。

 

「我々は関係ない!国が勝手にやって来たことだ!」

 

「悪かったのは国で、私達は関係ない!だから助けてよ!」

 

助けてくれないとわかれば逆ギレを起こし、騒ぎ立てる難民の一人がリーラン王国の兵の一人の制止を振り切って、無理矢理入国しようとした。が、その瞬間、右足が膝下から分離した。

何をされたかわからないまま、そのまま前のめりに倒れる難民。しかし、動かなくなった右足の感覚と勢いよく噴き出る血液。そして、激痛により悲鳴を上げた。

その悲鳴を聞いた者。惨劇を見た難民たちは悲鳴を上げた。モカ領に背を向けてその場から地理尻に逃げ出した難民を見て鼻を鳴らすリーラン兵。この光景も五回目になれば慣れたものだ。未だに足元で悲鳴を上げている難民の足を拾って無理矢理切断目に押し付けながら支給されたポーションを塗布した。妙に粘り気を持ち、悪臭漂うそのポーションの効果で足は繋がったが、感覚がいつもと違った難民だったが、その不自由になった足を引きずって彼もこの場から逃げていった。

 

「やはり、気持ちのいいものではないな。人を斬りつけるというものは」

 

「モンスター相手なら何ともないんですがね」

 

「いや、あいつらはモンスターだろ。少なくてもリーラン王国の立場の人間から見たら」

 

なにせ、彼等の面の皮は厚い。国民の八割は普通にリーラン王国の人間。いや、自分以外は人間ではないと思っている節がある。そのため、いくら国が発展しようともネーナ王国への観光をしようと人間はいない。そのくせ、自分達が困れば支援を求めてすり寄って来る。そして、それを断れば騒ぎ立てる。それを宥めて何とか帰ってもらう。それが戦争前のやり方。だが、今は戦争中だ。それも争い相手国の人間に救いの手を差し出すなど馬鹿がすることだ。スパイや不意打ちがあるかもしれない上に、受け入れたところで受け入れ先で何かしらの事件を起こす。何より、あの国民性が抜けていない以上、受け入れるなどあってはならない。

 

「しかし、あの子を。次期党首のクー君でしたか。あの子がこの場にいなくて本当によかった。ここにいる誰よりも強い魔法使いだろうと、こんな血なまぐさい現場を見せたくはない」

 

「大人は子どものために汚れ仕事をするから大人なんだよ。大した人とはよく言ったものだ」

 

宣戦布告が行われたその日のうちにクーはモカ領の兵とリーラン王国から派遣された兵士を引き連れて国境沿いに向かおうとしたところを領主代表のローアと三日後にやって来た王が自ら嗜めた書状を持った上級軍人。今の部隊長に引き留められ、彼等に国境沿いでの任務を任せ、送り出した。

宣戦布告初日はモカ領に隣接していたネーナ王国の兵隊が攻め入ってきた。戦争だから何をしてもいい。普段から敵視しているリーラン王国での騒動ならば自国から攻められることは無いと踏んだのだろう。

しかし、そこにいたのはカモ君に感化され自己鍛錬を積み続けてきた兵達。王都から派遣されたのは上位層を占める軍人。彼等の連携により、装備の質こそ劣るが練度が違った彼等が侵略者を打ち倒し、その装備をはぎ取り、次回。その次の侵攻をも打ち負かした。だが、戦争突入四日目になると侵略者と共に難民がやって来た。

侵略者を目の前で打倒した彼等に臆したのか難民たちは最初こそ控えめに救助を求めてきたが、どうあっても入国できないとなると暴動を起こし、粛清される。それが、五回も起こる

そんな場面をクーに魅せずに済んでよかった。こんな薄汚い場面は大人である自分達が処理すべき問題であると、ここの舞台をまとめている隊長はため息を零し、騒動前に受け取った伝令をこの場にいる全兵隊に伝える。

 

「全員、傾聴!リーラン王から知らせがあった!ネーナ王国国王との調停が終わった!このせ戦争は我々の勝利だ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

「だが、我々の仕事はまだ残っている!ネーナ王国にはきっちりとこれまでのつけを支払ってもらうまでこの場を守り通すことだ!それが終わってこそ、本当の勝利と言うものだ!諸君の努力に期待している!」

 

「「「はっ!了解であります!」」」

 

部下やモカ領を守ってきた兵の藩王を見る限り、大丈夫だろうと満足した部隊長は満足げに頷くと指令室へと足を進めていった。その道中、胸元に収めていたペンダントのロケットを開く。そこには去年産まれたばかりの娘と珊瑚の妻の肖像画が納められていた。戦争だから命を落とす危険性を十分に理解していた彼だが、また会えるだろう心に余裕を持ち始めていた。が、その余裕は油断でもあった。いや、油断していなくても彼には知覚できなかっただろう。

明らかにこの場には不相応の高価な宝石をちりばめた白衣装。同じく様々な宝石を埋め込んだ杖を装備した妙齢の女性が彼の前を通り過ぎていった。だが、隊長にはそれを知覚できなかった。彼の周りにいた兵達も。それどころか警戒心の強い軍馬や伝書鳩。下手すれば女性に踏まれてしまった植物すら知覚できない。

カモ君を抹殺する意思を持った彼女を誰も止めることが。誰も気付くことが出来なかった。



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第五話 人ではない何かのために

リーラン王であるサーマはネーナ国国王を私室に呼びつけた。

 

勿論自分にはカヒーと言う今では国内最強と言っても過言ではない超人を連れている。

 

サーマはネーナ王国の事は憎んでいるが、ネーナ王国国王個人をそこまでは恨んではいなかった。顔見知り程度の関係と言ってもいいが、彼はネーナ王国の国民性に反して真面目であった。国益を最優先していた。だからこそ、戦争になればお互いにただでは済まない事を理解しているはずの彼を問いたださねばならなかった。何が彼をここまでさせたのかを。

 

「戦争を吹っ掛けてきた私が言うのもなんだが、おぬしの国はやりすぎた何がおぬしを。おぬしの国を増長させたのだ」

 

目の前に跪くネーナ国王。王同士の会談という事もあってか、風呂を準備し、身綺麗な格好ではあるが、その眼には一国の王としての覇気がまだ残っていた。しかし、それ以上に疲れと言うもの見て取れた。

 

「ふん。王として自国の発展以外に何を持って行動するというのだ。私は今も昔もそれに没頭していたにすぎんよ」

 

「そうだ。お前が王冠を被ってからそれは一貫していた。だからこそ、だ。発展の邪魔にしかならない戦争をしたことが腑に落ちん。勝っても負けても被害は出るのはわかっていただろう。我が国が魔法で発展したというのは周知の事実。そして、我が国が抱えている超人の存在を知らなかったはずがない」

 

いくら国力が増強されたとはいえ、リーラン王国にはそれ以上の力を持つ人物がいることを忘れるほど愚かな奴でもない。それなのに、どうして国交が荒れるような。敵対行動ばかりを起こす輩を仕向けたのかが分からない。

 

「お前はこれまでのネーナ王国とは違う。どこよりも清廉で頑強な国を作ると。戴冠の時に宣言したのではないか」

 

目のまえの王が戴冠するとき、サーマ王はまだ王子の立場であった。だからこそ、その宣言を聴いた時、自分もそんな王になると鼓舞されていた。なのに、目の前の王が成したことはなんだ。国力が確かに強くなった。だが、それに比例して彼の国の国民は傲慢になった。その力を持って諸外国で乱暴狼藉を働き、敵を作り続けた。その所業は決して清廉とは言えないものだ。

 

「しょせん、王も人の子よ。どうにもならなかった。そう、ならなかったんだよ。国力を豊かにすれば余裕が産まれ、その余裕を持って成長できると思った。だが、出来たのは驕り、憚り、怠慢。人の汚れた部分しか出てこなかった。まるで、それしか持っていないような人間。それが、我が国の民。私のような他人のために働く人間など一つまみしかいなかった」

 

初めはそれだけの人間だけで、この国を導いていこうとした。しかし、それではあまりにもマンパワーが、人手が足りなかった。多少、強欲であっても国の発展に貢献できるのであれば重役を任せた。いや、そういった人間にこそ国を任せるべきなのだ。

清濁を併せ持つ人間でしか、海千山千、魑魅魍魎が跋扈する外交、内政は務まらない。清廉が過ぎる故に最大リターンを逃す事はあってはならない。だが、そのりらーんに似合わない程、ネーナ王国の民の心は荒んでいた。醜悪な性根の人間が運びっていた。時代が、先祖が。果ては神がそう作り出したかのように荒んでいた。

あの国では自分のような人間の方が希少。いや、突然変異のようなものだ。王の座につけたのも運も味方していた。なにより、自分に協力してくれた、【転生者】と名乗るライムもそうだった。

彼女の身分もネーナ王国の出身。子爵令嬢として生まれてきた彼女の人生は波乱に満ちていた。何せ、生まれが貧乏貴族。四男三女の末娘。その上、妾の娘であるため、彼女の立場は最下位。酷い扱いを受けて生きてきた。

そんな彼女の性格もねじ曲がっていた。自分を馬鹿にしていた人達追い落として、その絶望した顔を見るのが趣味と言うものになっていた。しかし、最後の良心と言うべきか、彼女の事を普通の娘。もしくは妹のように愛情を持ってかわいがった今は亡き、妻。第三王妃に忠誠を誓っていた。

彼女は王妃になる前からライムと面識があり、二人で冒険者のような事もしていた。そのため、年の離れた姉妹だと初見だったネーナ王が勘違いするほどだった。

王との婚姻が決まった時も彼女は皮肉交じりだったが祝福の声もかけた。そして、王妃の護衛をするために、彼女は自分の経歴を捨て、ライムという名を王妃から授かり、転生者の知識と技術を王と王妃に授けた。そこからネーナ王国はさらなる発展をしていくと思われた時だった。

第三王妃は死んだ。ライムが授けてくれた知識と技術により、誰よりもネーナ王国に繁栄をもたらせた王妃という事実に嫉妬した、第一第二王妃の派閥の手先によって。よりにもよってライムが授けたモンスター知識の中にあった一番ひどい毒と呪いのバッドステータスを相手に与えるテュポーンの毒という人工毒によって三日三晩、熱病のように苦しんで死んだ。

ネーナ王とライムがいない。どんなに急いで戻ったとしても間に合わない時期を狙った事件だった。当然、ネーナ王とライムは激怒した。典型的な下衆の考えを持った第一第二王妃の処刑を執り行い、派閥の連中を根絶やしにしようとした。妥協して選んだ女性を第一第二の王妃にするのではなかったと後悔しながら。そして、その手が王妃や派閥の人間の子どもにまで及びそうになった時、第三王妃の遺言をしたためた書物が出てきた。

 

『どうか、子ども達が健やかに暮らせる国を作ってほしい』

 

熱病にうなされながらその遺言状を持ってきたのはただでさえ少ない『まともな』味方。ネーナ王を幼少期から支えてきた老役員だった。彼もまた第三王妃を大事に想っていた。そのため、この遺言状を第三王妃から受け取った時はネーナ王とライムと同じように激高して粛清に動こうとしたが、それを彼女自身に止められた。

 

全てはこの国の未来のため。

 

自分の死が逃れないと悟りながらも気丈に振舞った彼女を見て、老役員はそれを受託した。だが、第一第二王妃の所業は許せなかった。だからこそ、二人が処断されたころを見計らってこの遺言状を差し出してきた。

ネーナ王はせめて彼女の思いだけは引き継ごうと、この腐り切った国と民衆の中でも必死に足掻き続けた。世継ぎの事も考えて新しい王妃も娶った。しかし、愛情を持ってではなく機械的に子供を造る事しかできなくなっていた。第三王妃がいたからこそ、彼は清廉な王を、国を目指していたが、その恩恵を与える先を失って以来、覇気を失いながら国の発展に勤しんだ。そんな王の気配を察した腹黒な役員たちは自分達の権力を肥大化させていき、部下やその下にいる平民達が暴走した。

ライムは姉を失ったが、彼女の意志を引き継ごうとした。だが、どうして自分の親しい人を殺した連中と仲良くできようか。こいつらにとってふさわしいのは破滅だ。

ライムの性格、王妃の願いが複雑に混ざり合った彼女が取る行動が、原作知識を利用して最大リターンのためにリスク承知で様々なアイテムを制作し、策を模索する事だった。

 

だからこそ、ネーナ王国の衰退は第三王妃の死から決まっていたようなものだった。

 

自分の唯一の仲間と言える老役員も去年、息を引き取った。それから加速度的にネーナ王とライムは最大効率を狙った国家の増強を推し進めた。それが、リーラン王国との戦争になろうとも、知った事ではなかった。

実際、狙いは悪くなかった。『主人公』のシュージさえ陣営に加えることが出来れば超人相手にも勝てるという算段も付いていた。だが、その算段も甘かった。超人はその上をいく。ライムの原作知識にはなかった超人の危険性よりも主人公の可能性を見ていた。確かにシュージを鍛えぬけば超人に勝てるかもしれない。あくまで、かも、だが。

超人の力を思い知った今だからこそわかる。力量の他にも仲間と装備。訓練に連携。環境もそろえてやっと戦いの土俵に立てるという事を。

ネーナ王国が危険視するのは、主人公でも踏み台でもない。超人。リーラン王国がずっと公表しなかった、させてくれなかった超人だったのだ。しかも、その隣にはカオスドラゴンがいるというクソゲー満載の攻略難易度。

危険性は常に説いていたが、ネーナ王国の重鎮や国民には伝わらず、破滅ルートに向かって行った奴らを止める力も気力もなかった。

 

「・・・疲れた。そうだ、疲れたんだ。どんなに頑張っても私の目指した未来をあいつ以外は

 

見ようともしなかった。それでもと、筆を取り、杖を振るい、国を豊かにしても誰も共感しない。そんな国を。民を。いや、人の形をしたナニカを導くなどただの人が出来るわけがなかったのだ」

 

せめて、超人のような規格外の何かがあれば変わっていたかもしれない。その力を、強くなるためには莫大なリソースが必要だ。四天の鎧や常夜の外套といった神が造りだしたかのようなアイテム。いや、いっそ神がかかった何かを手に入れることが出来れば、第三王妃を守れるだけの力をつけていればこんな事にはならなかった。

 

「そう。強ければ何も失わなかった。・・・ああ、今になって気付くとはな。我々が最も先に手に入れるべき存在は『カモ君』だったのか」

 

ライムの研究により強化された軍事力。しかし、それ以上に増長した人心を自制させるためには王がそれ以上の力を示す事だった。しかし、ネーナ王はもう疲れ切っていた。愛するものを失っただけではなく、気心の知れた仲間も失い、際限なく暴れ回る民や臣下を見て、理解した。これは自分が望んだ国ではない。愛した人が夢見ていた物ではない。そして、それを叶えることは出来ないと心のどこかで諦めてしまった。

だからだろう。ネーナ王は大きなリスクがあると知りつつも、己の政策に躊躇いはなかった。臣下たちにも期待しなかった。自国が滅んでも仕方ないと諦めてしまったのだ。

リーラン王はそれを聞いて激怒した。王たる者。人々を導いていく者としてどうして諦めてしまったのかと。だが、それは失ったことがある者でしかわからない。愛する妻と仲間を失いすぎた王は次代につなぐことも出来ないくらいに心が擦り切れていた。唯一、子供が健やかに育つ国を作ってと言う遺言に縋りつくように国事を進めてきた。もし、彼がそれすらも投げ捨てて。いや、彼以外のネーナ王国の人間がネーナ王国を収めてしまっていたら、より荒廃し、他国に戦争を吹っ掛け続け、もっと早く滅ぼされていただろう。

リーラン王国はいつでも他国を潰せる力を持っていた。しかし、ネーナ王国の民。そして、リーラン王国の売国を行っていた一部の貴族達はそれを決して使うことはない馬鹿な人間だと考えていた。しかし、彼等が思う程、リーラン王国はおろかではない。その他国を潰せる力をその身で思い知ることになる。

 

「愛する者から託された夢すらも投げ捨てる。それほどひどい状態だったとしてもお前は王として最後までやり遂げるべきなのだ。王が率いての国。導いてこその民。繋いでこその夢なのだ。だからこそ、お前を王として処断しなければならない」

 

「そうでなければならない。俺の国も、お前の国も。誰かが責任を取らねば示しがつかない。いずれは暴走するだろう。特に俺の国のような奴らはな。・・・ネーナ王国の民を同じ人だと思うな。だが、余力があれば、お前達に俺達を憐れむような余裕があるのであれば、子ども達たちを導いてくれ。まだ、思想が凝り固まっていないあいつらにはまだ可能性がある」

 

「・・・善処しよう」

 

 

リーラン王の言葉を聞いてどこか晴れ晴れとした表情を浮かべたネーナ王はそれっきり言葉を発する事はなかった。後日、戦争を引き起こした大罪人として処刑される前夜、ネーナ王は愛する第三王妃とライムの三人で過ごしていた人生で一番輝いていた時の夢を見た。

互いの夢に邁進するのだと。そのために力をつけるのだと。だが、それが叶わなかった事を夢の中で気付き、落胆した彼を夢の中の彼女は彼を抱きしめ、笑顔で許した。それは言葉ではなく、その雰囲気高の者だったが、ネーナ王にはそれが許しのようにも感じられた。そして、彼はそのまま息を引き取った。安楽死と共にその人の一番幸せだった時期の夢を見せる魔法薬で安楽死したネーナ王の遺体は、その翌日。魔法で操られ処刑台に移動。そのまま執行された。

リーラン王は二度とこのような事が起きないように内政と外交。そして、情報収集に取り込むことを国是にする。これを持って終戦を迎えることとなった。



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第六話 見失ったもの

宣戦布告から十日後。リーラン王国祝勝祭は滞ることなく三日ほど続いた。だが、それにカモ君は違和感を覚えた。何かが足りない。何かが間違っている。まるで、失ったはずの右腕があるような。大事なマジックアイテムを失ったような喪失感。自分には何かが足りない。

 

彼は大人も子ども行きかう昼間の王都をコーテと二人でお祭り巡りをしていた。

 

自分の恋人であるコーテはいる。友人のシュージもいる。自分のデッドエンドとなるはずの『原作』も乗り越えた。はずだ。だが、それでもこの胸の中にある喪失感は何だろうか。

 

「エミール。また考え事?」

 

「いや、その。・・・すまない。そうなんだ。何かが欠けているような気がして気が気じゃないんだ」

 

自分と共に困難に立ち向かったコーテにはお見通し。カモ君ですら気付かない彼の事を理解していると言ってもいい。だが、そんな彼女をもってしてもその違和感の正体はわからなかった。

 

「エミールは頑張りすぎていた。それが報われた。念願を成就した。達成感以上に燃え尽き症候群を感じちゃ駄目。今は私と一緒にお祭りをめぐるべき」

 

そうかもしれない。確かに自分は『原作』では死亡するというバッドエンディングを変える為にこれまで努力してきた。それが叶ったのだ。

主人公であるシュージではない。地震の力でもない。超人と言う頼りになる大人、カヒーやビコーの手によって急に降ってわいたこのエンディングに。いや、これから始まる人生に文句はない。はずだ。

だが、足りない。まだ、バッドエンディングにせかされていた時の方が充足感があった。おかしなことだ。窮地を乗り越えたはずなのに。それを異常だと自分は感じている。宣戦布告の時ですらもその充足感。いや、切迫感があったはずだ。だが、それが無い。無い事がおかしい。まるで夢を見ているような気分をずっと感じている。

もちろん、現状は夢ではない。痛みも感触もある。ただ、心の。いや、自分の本質を見失っているような気分をカモ君は抱えていた。

そんな彼の手を引いてコーテは祭りの屋台をめぐる。ここ最近まであった緊張感の原因であるネーナ王国を打倒したのは夢ではないのだと彼に示すためにお祭りデートを繰り出していた。それを不快に思うはずがない。カモ君だってコーテは大切な存在だから。愛する人。何があっても助けるべき人。何があっても傍にいたい人。そのはずだ。間違いない。しかし、ここでもまた違和感を覚えた。

 

「・・・?」

 

コーテは愛する人だ。守るべき人だ。だが、それは、本当に彼女なのか?

 

カモ君は間違いなくそうだと言える。だが、それは彼女だけに言えることなのか?本当は彼女以外の誰かがいたのでは?と、そこまで考えた自分を内心で罵った。

そこに疑問があるわけないだろう。彼女がいたからこそ自分はここまで頑張って来れたのだ。何も間違ってはいない。間違いなどないのだ。

だが、正解でもなかった。それには大事な存在が足りなかった。

自分は何のために頑張っていたのかを忘れていた。

それに気が付いたのはお祭りデートの最中の事だった。後からやって来たシュージ達と合流した時にそれを見てしまった。

 

 

火のお守り。

 

 

火属性の魔法を強化し、また火の魔法によるダメージを軽減するマジックアイテム。その神秘的な効果を持つ宝玉と、それには見合わない稚拙で豪華な装飾品(ワッペン)。

シュージにはいつ何が起こるかわからないから身近なマジックアイテムはいつも装備するように言ってきたそれを見て、カモ君はやっと気が付くことが来た。

あれは自分がシュージに贈った物。そして、それは自分が愛する妹から受け取った物だったという事。ようやく、気が付いた。自分が何を忘れていたのかを。今の自分を形作った存在を。

 

「エミール、どうした?凄い汗だぞ」

 

「エミール君、息も上がっていますわよ。何かあったの?」

 

なんで、忘れていた。どうして、失っていた。今の自分があるのは愛する妹ルーナを守るためだった。弟のクーの未来を少しでも明るくするためだった。それを自分は忘れていたのだ。

あまりのショックで呼吸が浅く、荒くなっているのが分かる。だが、そんな事より大事な存在を忘れていた事にショックを受けていた。あまりの変化にコーテとシュージを含んだ友人達が心配になって声をかけてきた。だが、そんな彼等の声はカモ君の耳には届いていなかった。

 

「か、カモ君。じゃ、なかった。エミール。すごい顔をしているわよ」

 

「モカくん、気分が悪かったらあそこのベンチで休んだ方がいいですよ」

 

「お、おい。俺は祭りを楽しんで来いと言ったのにどうしてそんな顔になっているんだよ。まるで死にかけている人間みたいな顔をして。今のお前、相当やばいぞ」

 

シュージと共に祭りに繰り出していたキィにイタ。シィもカモ君の変わりように驚きよりも心配が勝った。どんな時も。たとえ格上が相手でも誰にも心配をかけないようにクールに振舞っていたカモ君の憔悴っぷりに声をかける。だが、当然の反応だ。カモ君にとって自分の命よりも大切な存在を。コーテと同じくらい大切な弟妹を忘れるなんて自分でも嫌でもわかるほどの異常事態だ。自己を失っても二人の事だけは忘れることが無かったのに。どうして、ここ数日、二人の事を忘れていた?

二人の事を忘れるほどうれしい事が起こったからか?自分のバッドエンディングを乗り越えたことに浮かれすぎていたから?それもあったからかもしれない。しかし、カモ君の根幹はルーナとクーだ。決して譲れない核となる存在だ。まるで、隠されていたかのように。もう消えてしまったかのように、どうして自分は過ごしていた?

そこから絡まっていた糸がほどけるように、自分達が抱えている脅威の一つを思い出した。

存在をぼかす敵対者の事を。自分の事を『踏み台キャラ』だと知っている存在を。そして、一度、自分を殺しかけた敵を。思い出した。

 

「エミール。おい、どこに行くんだ?!」

 

「「「「エミール(君)?!」」」」

 

己の過ちを理解した瞬間、カモ君は声をかけてくるシュージ達に背を向けて走り出した。

王都の入り口の一つである南門。モカ領へと続く道がある場所。最寄りの馬車。いや、早馬がいるだろう駐屯場へとかけていった。

こんな異常事態はただ事ではない。そして、嫌な予感を拭えない。周りの楽しそうな音楽も祭りを楽しんでいる人達の雰囲気も。今のカモ君にはただの障害物にしか見えなかった。身体強化の魔法も使い、全力で走り抜ける。幸いな事に自分達が巡っていた場所は南門からそれほどんは慣れていない場所だった。だが、それに感謝する暇も惜しいと感じたカモ君は駐屯場の兵士が止める事を無視して、馬小屋へと駆けつけた。そこには三頭の馬がいた。祭りの巡回。警備もあってか警備は厳重であり、馬の確認をしたところでカモ君は押さえつけられた。

 

「頼む!馬を貸してくれ!金ならいくらでも出す!」

 

カモ君の焦燥感に気圧される兵士だったが、カモ君がこのように馬を持ち出そうとしている場面を見るのは二度目だ。いくら貴族の爵位を得ているとはいえ、彼のいう事を叶えることは出来ない。彼等にもメンツもある上に、これを許せば貴族の横暴が見逃されることになる。しかも、周りは祭りで浮かれている。王都の中心から離れている南門では少なからず一般人の目がある。周りの人達は何事かと注目している場面でカモ君を自由にさせるわけにはいかなかった。

 

「お願いだ!行かせてくれ!」

 

「なりませぬ!いくら貴族様。ネーナ王国との決闘に勝った貴方様とは言え国の財産でもある馬を貸し出すことなど出来ませぬ!」

 

「なら、軍馬じゃなくてもいい!商人の馬でも、平民の馬でもいい!今出せる馬を俺に貸してくれ!」

 

カモ君の必死さに思わず拘束の手が緩む。その隙を見てカモ君は鉄腕を発動させた。この魔法の腕を持って自分を押しとどめる兵士たちを殴り飛ばして、軍馬を強奪しようとした瞬間、カモ君の頭上を影が覆った。

 

「エミール!」

 

思わず振り向くとそこには一頭の若馬に跨ったコーテの姿があった。おそらくその馬の鞍は商業の馬なのか、凝った飾りのついた鞍をつけていた馬だった。だが、そんな事はどうでもよかった。コーテがこちらに向かって手を伸ばしている。

少し前までつけていた貴族の証明であるマント。ハントの家紋である弓と矢が重なった絵が施されたマントが見当たらなかった。

貴族の証明でありながら白紙小切手の代わりになるマントを彼女はカモ君が駆けだした後、すぐ傍を通っていた商人の馬車を引いていた若馬を金貨三百枚で買い取ると言いながらマントを投げ渡した。その場にいたシュージやネインに後を任せてその馬をその場で買い取ったコーテはカモ君の跡を追うために馬に跨り、走り出した。

彼女にはわかっていた。カモ君の身の回りに何かが起きたことを。これまでの彼の言動から、またきっと危険な場面に飛び込むつもりなのだと。

一年前は見送る事しかできなかった。半年前は彼の後ろに追いつく事しかできなかった。一ヶ月前は隣に立つことが出来た。そして、今、自分はやっと彼の手を引くことができる。

彼がどこに向かうのか、何をしようとしているのか、まだ理解は出来ていない。だけど、きっとそれは彼にとっては命を懸けるに十分な事柄なのだろう。それならば、自分もついていくだけだ。理由も事情も後で尋ねればいい。彼が向かう先に自分も行きたい。それだけで十分だった。

 

「乗って!」

 

コーテがこうもはっきりと声を大きく発するなど普段の彼女を知っている人ならば、別人だと勘違いするかもしれない。現にカモ君ですら珍しい場面だと一瞬考えたが、それ以上に自分が成したい事に思考が移る。そして、コーテの手を取り彼女を後ろから抱きしめるように乗馬すると馬を走らせた。

 

「コーテ。ありがとう」

 

自分が使えるだけの強化魔法を馬に使いその場を駆け抜ける。目指す場所はもちろん、モカ領。愛する弟妹がいる場所に、愛する人と共にカモ君達は駆け抜けていく。数分もしないうちに王都の南門が見えなくなるほどの距離を駆け抜けていくと同時にカモ君はコーテにお礼を言う。この異常事態、おそらく自分の手には負えないものだろう。同時に誰かの助力無しで解決できるものではないとも。現にカモ君だけでは今でも馬に乗る事すらできずに立ち往生していただろう。きっと、命の危険もある事件だろう。

ついてきてくれるか。とか、コーテだけでもここから王都へ戻ってくれ。とは、言えなかった。カモ君はしょせん『踏み台キャラ』。レベルマックスとはいっても低ステータス。ネームドキャラにはどうしても劣ってしまう。それでも向かわなければならない。一人ではきっと成し遂げることなど出来ない。現実的な弱音を吐き出すことも出来ないカモ君はコーテにお礼を言う事しかできなかった。

だが、それを黙って見届けたコーテは微笑みで返した。お前の考えていることはお見通しだ。まったく世話が焼けると。

 

「あとで全部聞かせてもらう。その全部が終わったら私と王都で結婚。リーラン王国最大の教会で、誰が誰のものかを皆に見せつける」

 

そんな男前ともとれるような言葉にカモ君は了承した。カモ君にとってすでに彼女の存在は無視できない程。いや、出来るはずがないほど大きくなっていた。それほどまでにご執心なのだ。自分は。

クーとルーナが幸せになってくれるのならば、すごく嫌だが、自分の事を斬り捨ててもらっても構わなかった。

だが、コーテは違う。いつの間にか、彼女が幸せになれなくても自分の傍にいて欲しいとわがままを言いたくなるほどまでに彼女の存在は大きくなっていた。

 

「俺はお前のものだよ。コーテ」

 

その小さな声は猛スピードで駆け抜けている馬上では聞こえるか怪しい声量だったが、コーテの耳は赤く染まっていた。



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第七話 忘れたくないもの

終戦が様々な方法で知らされた後日の昼。

 

モカ領内、モカ邸。その主の部屋で代理領主ローアは溜まっている書類の処理を行っていた。隣国から来る避難民の受け入れの是非。身元と行き先。その言動の見極めを行っていた。まとまな避難民。自分達が世話になっているので部を弁えている人物なら、以上の条件を持って受け入れているが、避難民の八割以上が性格や言動に難有りと出たために追い返す指示を出しながら、残った一割強の人間を様子見として領内の衛兵の監視下で保護をしているのだが、その殆どが自分達は避難民だ。憐れな人間だ。だから優遇しろと、ふざけた理由で暴れまわる。そのため、隣国、ネーナ王国の人間を叩き出す。および叩き返す。そうでもしないとモカ領の治安が荒れる一方だからだ。

 

「ローア様。お疲れ様です。休憩のコーヒーをどうぞ」

 

「ありがとうルーシー」

 

書類作業で凝ってしまった体を椅子に座ったまま伸ばしているローアを気遣ってメイド長のルーシーが彼の机に入れたてのコーヒーを用意した。

 

モカ領は農耕で成り立っているだけあって農作物はそこそこ豊かだ。モカ領よりも良質な農作物やコーヒー豆が取れる領もあるが、そこそこの従者経験で培っているルーシー。唯一のとりえと自負している料理の腕前にかかれば一級品のコーヒー豆に負けない上品なコーヒーを入れることが出来る。だからこそ、彼女らしからぬミスが目立ってしまった。

 

「ルーシー。私のコーヒーに砂糖は使わないよ」

 

「申し訳ございません。すぐに下げます」

 

ローアはコーヒーにミルクは入れるが砂糖は入れない。それをルーシーが知らないはずがない。それなのに彼の執務机の上に砂糖の入ったポットを置いてしまった。まるで、自分の主は今まで砂糖を使っていたかのように。

いや、違う。自分の主は砂糖を今まで使っていた。子どもに砂糖なしのコーヒーは苦すぎる。だからこそコーヒーを入れる度に砂糖は用意してきた。という習慣があった。

砂糖は自分の主のため。そう、ローアはあくまでも代理の領主。では、彼は誰の代理だ。カモ君か?いや、違う。彼はギネの手によって廃嫡が決まった。彼の代わりに次期領主が立てられた。その人物とはいったい誰なのか?

まるで思考の一部を切り取られてしまったような、無理矢理そこだけを漂白されたような不気味な違和感を覚えたルーシー。従者たる者、主の顔と名前くらいは憶えているはずだ。いくら若輩者の自分でもそんなことはありえないはずなのに。

メイド長のルーシーもなぜかここ最近、洗い物では出ないはずの子どもの服やベッドシーツを洗濯している。誰も使うはずがないと思われるものを洗っている。自分達にはあまり関係ないだろう子ども部屋の掃除。カモ君の使っていた部屋の残り物を綺麗にするならともかく、見覚えのある見慣れた誰のものでもない物がこの屋敷には溢れていた。

ギネが子ども好きだった?いや、あの出世欲に駆られた豚hあ自分のテリトリーに誰かが入ってくることはなかった。その妻、レナが身ごもっている?それもない、一向に自室から出てこない引きこもりな彼女はローアが代理を務めるとあいさつに来た時すら、外に出ようとしてこなかった。そんな彼女が身ごもるはずがない。

同僚のプッチスですら子供が好きなお菓子を用意している。本来ならばローアが好みそうなスコーンをつくる小麦粉程度なのに、彼は少し派手目のお菓子を買っていた。明らかに子どもに贈るために買ってきたものだ。

だが、そんな違和感は時間が経てば経つほど薄れていった。まるで切り取った部分を無理やりつなぎとめた。もしくは既存の何かで埋めたような、不快ではない強引さ。

それを代理領主のローアも感じていた。しかし、それを口にする事無く執務に勤しんでいた。そんな夢心地を相談している暇があるならペンを動かして業務片付けるべきだと。それが間違いだと思い知るのは、執務作業を終える夕暮れ時だった。

 

「ローアさん!クーとルーナはどこにいますか!」

 

三日三晩。ほぼ不眠不休で馬を乗り換えながら王都からモカ領まで全力疾走してきたカモ君が執務室になだれ込んできたからだ。

 

「クーと、ルーナ・・・?クーとルーナ。・・・クーとルーナ!」

 

そこまでしてやっとローアは思い出した。そう、彼はまだ幼いクーの代わりに領主を務めている。そして、クーのような子どもに大人の責任を負わせないように。重圧をかけないために頑張ると、彼に、そして自分に誓っていたではないか。それなのに、クーとルーナの事を忘れていた。それを思い出すと同時に彼は魔法を使ってモカ邸内部を操作する。使っていない小部屋から、屋敷の端にある物置まで魔法を使えば手に取るように把握できる。それをもってしてもクーとルーナの所在を掴めない。反応がない。

 

「くそ!どうして、忘れていた!あの二人のために私は、大人として前に出ると決めたはずなのに!いない!この屋敷にどうしていないんだ!私はっ、私は・・・。誰を忘れていた?」

 

ローアは今更ながら悪寒が奔る。十秒も満たないうちに誰に対して後悔していたのかを忘れてしまったからだ。今残っているのは大人としての無力感と無理矢理何かを抜き取られた虚脱感だけ。まるで霞のような後悔に驚いていたのだ。目の前にいるカモ君すら舌打ちをしながらも自分の左手の掌を時折見て頭を懸命に振っている。まるで自分の魂を鷲掴みする死神の手から逃れるように。彼も感じているのだ。今にも失われそうな何かの存在を必死につなぎとめている。そのために彼の掌には人の名前らしき文字が刻まれていた。それは何度も魔法で切りつけた所為か、今でもその手のひらからは血か零れ落ちている。

 

「ローアさん。マジックポーションをください!理由は後で伝えます!」

 

「っ。わ、分かった。だが、これがこの館にある最後のポーションだ!…エミール君、君の怪我の手当をしていきなさい」

 

ローアの思考には既にカモ君が何をしに来たかすらも忘れていた。しかし、彼の必死な言動に気圧されて、執務室に置いていた唯一のマジックポーションの入った小瓶を彼に手渡した瞬間、カモ君を気遣って傷を癒すポーションも渡そうとしたが、カモ君はそれを拒んだ。この傷を、忘れてはいけない名前を刻んだ傷を癒してしまえば本当に忘れ去ってしまうかもしれない。それを恐れたカモ君は傷の治療を拒んで呆気に取られているローアを残して執務室を飛び出していった。

 

 

これだけは。この傷(名前)だけは例え、治らなくても残さなければならない。

 

 

その一心で、カモ君はマジックポーションを飲み干すと同時に空になった小瓶を投げ捨てた。愛する弟妹の前では決してやらない無作法な所作を取りながら、モカ邸の玄関前で馬に跨ったまま待機していたコーテの手を取り、馬を走らせた。

コーテすらもどうして自分がモカ邸に来ているのかが分からなかった。カモ君にせかされて一緒に来たまでは良い者の目的自体を忘れていた。だが、カモ君が何かを求めている。それだけで彼女がここにいる理由は十分だった。

カモ君は風魔法を展開する。しょせんレベル1。初級魔法でしかない索敵の魔法を最大限伸ばせるだけ薄く広く伸ばした。何も反応はなかった。だからこそ、その何もなかったが顕著な方向へと馬を走らせた。

そこはモカ領のどこにでもある休憩所があるはずの場所。にもかかわらず、生き物の気配がなかった。いつもならばそこを利用する領民や衛兵がいる場所だが、すでに日が落ちかけているから人の気配がなくてもおかしくはない。だが、その部分だけ、なんの反応がなかった。水面に広がる波紋のように魔力の波が立ち、過ぎ去っていくはずなのにそこだけ切り取られたかのように何もなかった。前後にカモ君が放った索敵魔法の波があるのにそこだけはまるで何もなかったように波立っていなかった。そこに何かあるとカモ君達は向かった。

その考えは当たっていた。

何の変哲もない休憩所。そこにはクーとルーナがいた。ただし、その身柄はライムと言う女性に捕縛されている。カモ君の索敵魔法は彼女にも感知されていた。だが、彼女はこの場から動こうとはしなかった。来るならば来るがいい。だが、それは諦めたからきたものだけではない。ライムからカモ君に対する挑戦。いや、八つ当たりをするためにも彼にはこの場に来てもらわなければならないからだ。



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第八話     

本来ならばモカ領の馬車が停まる休憩所。そこには最低限の生活が出来るだけの設備が整っている小さな小屋があるだけ。

いつもと同じ風景。何も変わったところが無いと思わせる雰囲気。たとえ、そこに次期領主であるクー。その妹であるルーナが縄で拘束されていたとしてもこの場を通る領民たちは気にも留めなかった。明らかな異常事態を正しく理解できない。それはその隣のベンチに腰かけているライムの持つ三つのマジックアイテムの効果だ。

 

惑わしの衣・改。ライムが着こんでいる純白のローブ。

『原作』のシャイニング・サーガでは敵ユニットとの遭遇や索敵から少しだけ遠ざけるという効果があるが、それをライムの改造によって威力を増大。並のモンスターはもちろん、ネームドキャラの高ステータスでも認知するには手間と時間。そして、力を要する。

 

オーロラロッド・改。

全属性の魔法の使用が可能となる。使える魔法の威力は装備者のレベルに比較される。と言うものだが、ライムはその伸びしろを全て隠ぺい・ジャミング効果のみに絞り込み、彼女がそこに魔力を流し込むだけで対象になった者の認識をずらす。果ては無くしてしまうことが可能になる。

 

この二つのマジックアイテムを同時使用する事でライムは自分hえの認識を捻じ曲げ続けてきた。彼女をよっぽど意識しなければ彼女の事などすぐに忘れ去ってしまう上に、少しでも魔力を込めれば人だけではなく、生き物の頂点であるドラゴン。そして、超人の認識からも逃げることが出来る。最強の隠ぺい装備と言ってもいい。

そんなアイテムを持っている彼女はこちらに近づいてくるカモ君とコーテを視界の端にとらえた。日が落ち始め、辺り一帯には夕方を知らせる赤みを帯びた空に染まりかかっていた。

そんな暗くなってきた風景に溶けることなく馬を走らせ、こちらへ一直線に迫って来るカモ君の表情は疲れと倦怠感が感じられていたが、それだけでは癖ない程に怒りで顔を歪ませた表情だった。

自分の不手際。力不足。ライムの隣で転がされているクーとルーナを無体に扱った事への怒り。なにより、命よりも大切だった弟妹達を忘れてしまった自分への怒りから来るものだった。

そんなカモ君はライムを発見した事よりも、クーとルーナの状態を見て、更に怒りの表情を深める。

ライムの手により、意識を刈り取られ、魔法の薬により昏睡状態に陥って五日ほど経過していた。適切な処置を施さなければあと三日もしないうちに二人の命は失われる。そのため、二人の表情はやつれていた。

 

「クーッ!ルーナッ!」

 

カモ君は叫びながら二人に大声で呼びかけたが、二人が応えることはなかった。シスコンでブラコンであるカモ君でさえも、少しでも意識を緩めれば二人の事を忘れてしまいそうになる。

 

大したものだ。

 

ライムはカモ君に対して素直にそう感じた。

今置かれている状況は新婚カップルでさえもお互いの事を認識できなくなるレベルのものだ。正しく命を懸けている。いや、投げ出すレベルでなければ認識できなくなるものなのに。

そして、目の前のカモ君は『原作』のカモ君を大きく逸脱していることも再認識する。

本来は毛嫌いする対象にここまで認識・意識することなど出来るはずがない。自分の半身。それこそ、自身が人間であるという認識以上に弟妹達を想っているのだ。と、

現にコーテはカモ君の指示で馬を走らせているが、そんな彼女にはライムが。そして、クーとルーナが認識できていない。だが、カモ君の必死な覚悟だけで彼についてきているだけだ。

そして、カモ君とライムが接近。そして、カモ君は馬上から飛びあがる。そして、その勢いのまま、ライムに向かって左拳で殴りかかった。

ライムは、今の自分達は夢以上に意識しづらいものだ。それなのに真っすぐこちらに向かってくるカモ君ならばこのままやられても構わないと思った。

 

 

勿論、自身が殴られるわけではない。認識のずれを利用して自分がいる場所とルーナがいる場所を入れ替えている。このままカモ君が殴りつければルーナの華奢な首はあっさりと折れて、絶命してしまう。その時、認識を元に戻した時、カモ君はおそらく絶望するだろう。

自分のように、不甲斐なさに絶望するだろう。この世界の事を知っていながらも大切な者を守れなかったように。己の立場に。そして、中途半端に力をつけた末路が辿る不幸に。

 

カモ君の突き出した拳がルーナに当たる直前。いや、確かにルーナの顔に接触した。普通ならばカモ君の拳はそのまま突き抜けるはずだった。だが、その拳は接触した瞬間。まるで磁石のように弾かれた。違う。カモ君の意識よりも先に体が、ルーナの鼻先に触れた瞬間、身を引いたのだ。

 

カモ君の深層心理さえも、今のルーナは彼女に危害を加えたライムと認識していた。しかし、体だけは違った。ルーナは傷つける存在ではない。守り、愛でる存在。危害を加えらたとしても、たとえ命の危険を加えられたとしても手をあげてはいけないのだと。

信者の禁忌のように。催眠を受け入れた状態だとしても。カモ君の体はそれをいけない事だと反応した。当の本人ですらもどうして拳を惹いたのかわからない。

意識せずに呼吸できるように、カモ君の体はルーナを傷つけることを拒んだ。

馬上から思わず飛び出してしまったカモ君は不格好な体制で地面に打ちつけられながらもどうにか、立ち上がる。

カモ君ですら驚いているのだ。目の前の存在は。自分の、大切な二人に害をなしたと判断できるのにそれを躊躇ったことに。

落馬だけでも痛いのに、勢いよく叩きつけられたせいで左腕を痛めた。いや、骨折したのだろう。見る見るうちにカモ君の肘から手首に掛けて腫れ上がっていく。脂汗がだくだくと流れ、思わず苦悶の声を上げそうになる。だが、それを堪えた。愛する弟妹の。何より、馬から降りてこちらに向かってくるコーテをこれ以上自分に近づけてはいけないと直感と体が判断した。

 

「コーテ!来るな!」

 

カモ君が叫ぶと同時だった。彼の右わき腹が陥没した。

ライムがカモ君の意識を逸らしながら杖の先端で刺突した。だが、それを認識できたのはライムだけ。カモ君からすれば何もない所から見えない杖でど突かれたにしか思えなかった。常人ならばその肉を貫通し、内情にまで届く刺突だが、カモ君がこれまで鍛えてきた体のお陰でその程度で済んだに過ぎない。

 

「が、あっ!?」

 

次にカモ君の身に起こった衝撃は口内への刺突。ライムは本当ならば目玉を狙ったものだったが、カモ君は不可思議現象と骨折の痛みに苦しめながらも体を揺らしていたこともあって狙いをずらすことも出来た。だが、ライムも元冒険者。その経験もあってか、カモ君の頬を左頬を貫いていた。その激痛から逃れるようにカモ君は顔を振るってその場からから後ずさる。そこまで追いつめられているにもかかわらずカモ君はどうすればいいかわからなかった。

カモ君からすれば不可視の一撃。なにより、今、どこに、誰から、どのように、どうして攻撃されているかもわからなかった。ただわかることは一つ。

 

愛する人達をこの場から遠ざける。

 

その想いだけでカモ君はこの場に立っていた。

 

「エミール!」

 

コーテがカモ君の制止を振り切ってこちらに走って来る。だけど、そうじゃない。今、彼女にして欲しい事は自分の援護ではないのだ。

 

「コーテ!そこにいる二人を連れて逃げてくれ!」

 

自身の危機。愛する弟妹の危機。そして、恋人の危機。その三つを同時に処理する事が今のカモ君には出来ない。今ですら、横たわっている二人。クーとライムがいた場所に転がされているルーナの名前が出てこない程にカモ君の意識は分散されている。どうにかして思考リソースを稼がない限り、この状況は打破できない。

 

「でも!」

 

コーテの視線からしてもどうしてカモ君が傷つけられているかわからない。目には見えないゴーストのようなモンスターに襲われているのか、不可視の魔法で傷つけられているようにしか見えなかった。

 

「はやくしてくれ!俺が、逃げられない!」

 

カモ君の無茶には何度も付き合ってきたからわかる。彼の状況がこの上なく悪い事に。そして、自分がこの場にいるだけで。近くにいる小さな子ども達をここから引き離さなければ事態が好転しないことに。

カモ君ですら明確に思い出せない二人の幼子。それをルーナが理解することは出来ない。彼女にとっても目の前の幼子はただの一般市民。自分の命を。大事な人の命と引き換えなら簡単に見捨てられる存在だが、カモ君にとってはそうではない。

コーテには何もかもが分からない。だからこそ、愛する人の言葉を信じるしかない。一番近くにいたルーナを担ぎ、この場から離れようとする。そこでライムがカモ君からコーテ達に狙いを定めた。

大事な人質であり、彼等をこの場いしばりつけるもの。それを手放すはずもなく、今度はコーテに襲い掛かろうとした。が、その瞬間、カモ君の視界がぶれた。意識がもうろうとしているのか、それとも今見ている光景は夢なのではと思わずにいられないものだったが、その空間に不快感を覚えた。まるで、今まで自分達をないがしろにしてきた。傷つけてきたギネがその場にいるかのような感覚を覚えたカモ君はそこに思わず回し蹴りをする。

それは、コーテ達の方向に振り向いたライムの左肩を捉えていた。カモ君からすれば見えない柱を蹴りつけたような妙な感覚だが、ライムにとっては不意打ちに近い。

カモ君へのジャミングに集中していればカモ君もその違和感を覚えなかっただろう。しかし、カモ君からコーテ達に意識裂いたことでジャミング効果がほんの少し薄れた。それはカモ君がシュージに渡した火のお守りを見た瞬間と酷似していた。そのため、カモ君はクーとルーナを思い出した。違和感を覚えることが出来た。

ライムは長年、実践から遠のき研究者として働いていた彼女はその場から弾き飛ばされるように地面を転がった。その衝撃でライムはオーロラロッドを思わず手放してしまったため、ジャミング効果が半減した。弾き飛ばされた先でその姿をカモ君達に認識された。と、同時にカモ君達は何故、自分達がここに来たのか、誰を助けに来たのかをしっかりと認識した。

コーテは倒れている幼子が、自分の義弟義妹ということに。そして、カモ君は愛する存在だという事。そして、見慣れぬ純白のローブを纏った女性が自分達に危害を加える存在たという事に。そこまで理解できたカモ君に出来ることはただ一つ。目の前の障害に向かって特攻あるのみ。

モカ領にどりつくまでの全力。文字通り、心身を使い潰す勢いで体力と魔力。精神力を使い潰してきた。だが、カモ君はこの場で命すらも使い潰すつもりで突貫した。

目のまえの女性が、自分達に危害を加えた。何より、愛する存在に手をかけた。それだけで、カモ君にとっては怨敵認定だ。

 

「くっ!舐めるな!」

 

ライムは魔法を使おうとも思ったが、思った以上にカモ君が素早い。腕を骨折しているように思えない踏み込み。魔法での迎撃は不可能と判断した彼女は惑わしの衣に魔力を注ぎ込んだ。すると、ライムの姿がその場から掻き消える。その身に着けたローブの効果でカモ君達の認識から外れたに過ぎない。ライムはこの場にいる。という認識は外せない。オーロラロッドを手放してしまった彼女のジャミング能力は格段に落ちていた。

自分の目には映らなくなっただけだと判断したカモ君は、クイックスペル(笑)を行い、自身に残された最後の魔力を解き放つ。

 

「デブリスフロウ!」

 

いつぞやの自爆攻撃。カモ君を中心にまるで泉から湧き出る水のようにあたり一面に土砂が噴き出す。ライムを蹴り飛ばしたことにより、コーテ達から幾ばくか離れていたカモ君とライムだけが、魔法によって生まれた土石流に飲み込まれる。足首の高さ程度の浅い土石流。だが、その流れの中で、カモ君は小さな中州を見つけた。そこに自分の怨敵がいる。土石流の源泉。対負の目に近い位置にいたカモ君は、その土の川から足を引き抜きながら、その中洲へと走り出しドロップキックに近いカニばさみを仕掛ける。

カモ君は『踏み台キャラ』という低スペックな性能だが、身体能力だけはいつも鍛えていたため、ネームドキャラには劣るが常人以上のスペックを有している。たいして、ライムは不意に訪れた不測の事態に戸惑っていたために対応が遅れた。そのため、がっちりとカモ君のカニばさみにロックされた。カモ君からすれば見えない何かにしがみついているにすぎないが、そこに自分達の敵がいるとは理解できた。カニばさみの状態から上半身を思いっきり折り曲げるようにカモ君は見えない何かに頭突きを繰り出す。そこはライムの頭頂部があった。

ライムが身に纏っているローブには防御能力はある。しかし、その性能をジャマー効果のみに絞っているため、若干痺れる程度のダメージを受けた。だが、その痺れで、ローブに流す魔力が途切れる。それは、より明確にカモ君に自分を認識させることに繋がった。そこまで理解できればカモ君がやることは決まっていた。叩き潰す。いま、この場で!

 

「がああああああっ!!」

 

「あああああああっ!」

 

何度も何度も自分の額をライムの頭に叩きつける。少なからず防御能力のあるライムのローブに額をうち続けることは、大木に頭を打ち付ける衝撃に近い。しかし、その衝撃は確実にライムにダメージを与えていた。ついにはライムはその場に倒れこむ。カモ君もつられて地面に倒れるが、折れている左腕を無理やり使ってライムよりも先に立ち上がると、その場で蹲っているライムの背中を何度も何度も踏みつける。文明や魔法と言った技術の見えない泥仕合。

コーテの目から見てもカモ君の動向は女性にDVが働いているように見えるが、ダメージと焦燥感はカモ君の方が大きい。いま、勢いを失えば激痛に苛まれているとはいえ、極度の疲労から意識を失う事は硬くない。そして、ライムを捉えている状況は今しかない。ここを逃せば、やられるのはこっちだ。百回やったら百回負ける。そう断言できるほどの技術差がある。ここでカモ君は意識を失っているとはいえ、愛する弟妹の前で人を殺す決意をしていた。

怨敵認定していた実父。ギネは完全に凌駕していたからこそ、痛めつけることはあっても殺さなかった。・・・実際は殺す気で殴った事はあったが。しかし、今はそれ以上だ。明らかに自分より格上の相手を仕留めるのは今しかない。激痛に苛まれながらもカモ君は何度も何度もライムを踏み抜いた。

 

仰向けに倒れているライムの顔を。喉を。胸を。胴体を。

 

美しいと言ってもいい彼女の肢体を何度も踏み抜いた。ライムもどうにか殺されないように顔と喉を覆うように腕を交差させてカモ君の踏みつけを防御するが、その隙間を縫ってカモ君の踏みつけを受ける。その度にライムから悲鳴も上がるが、しばらく経過するとライムの腕はいつの間に下がっていた。彼女の悲鳴も上がってはいなかった。美しかっただろう顔も完全に潰れていた。いつしか、ライムは動かなくなっていた。それでも踏みつけを止めようとしないカモ君の背中に小さな衝撃が起こった。

 

「・・・エミール。もう、いい。もう、終わったから」

 

愛する人。恋人の声でなければカモ君は意識を失うまで。下手したらカモ君自身が死ぬまでライムを踏み続けていただろう。小さな痙攣を引き起こしているライムを視認したカモ君はようやく、己の足を止めた。明らかな戦闘不能。ここから病院で処置をしなければ死ぬであろうダメージを負ったライム。最早、助かったとしてもまともな生活は出来ないだろう。

貴族として生まれたからには、国のため、民のため。汚れ仕事は覚悟していた。だが、こうやって人の命を害したことを理解したカモ君はその場でふらつき、倒れそうになったがコーテに支えられた。

 

「モカ邸に帰ろう。そこで思いっきり休もう。魔法学園に戻らくなてもいい。・・・頑張りすぎだよ。エミール。もう休んで」

 

コーテの労わる言葉でカモ君の戦闘意欲は完全に失われた。もはや、立っているのがやっとのカモ君はコーテの痛々しい、精一杯の、強がった微笑みを見て、ライムから足を退ける。もはや、ピクリとも動かなくなったライムから離れることにした。

そこから静かにクーとルーナが寝かされている小屋の近くまで歩いて行く。カモ君は既に泥まみれの汗まみれ。疲労困憊がこれほど似合う男はそうはいない。そんなカモ君はフラフラになりながらも地面に寝かされているクーとルーナを見下ろした。少しやせたように見える二人だが、しっかり息はしており、胸も上下している。それを見て安堵したカモ君はようやく緊張を解いた。

ライムを踏み続けている間に辺りは暗くなっていたが、雲一つない月明かりで辺りを見渡せる上に、遠くからモカ領の衛兵が馬に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。それを理解した瞬間、カモ君の体から完全に力が抜けた。その場に崩れ落ちなかったのは、モカ領の衛兵に弱った所を見せないため。そうする事で明らかに重傷な自分よりもクーとルーナの治療を優先するためだ。二人の治療が終わるまではカモ君は死んでも倒れる気はなかった。それを正しく理解したコーテは本気で呆れた。兄バカもここまで極まれば国宝ものだ。

しかし、コーテも魔力切れで魔法は使えない。腰に括り付けていた不渇の杖をカモ君の折れた左腕に添えて添え木にする応急処置を行う。それに感謝しながらカモ君は激痛に耐えていた。その激痛のお陰で気付けた。殆ど死んでいるはずのライムの手がこちらに向けられていることに。

 

 

瀕死のライムはこの世界の理不尽を恨みつくしていた。

愛する仲間を失い、守るべき約束も果たせない。

約束すべき対象は魑魅魍魎と言ってもいいくらいに欲にまみれていた。

大切な仲間。いわば善人と呼ばれる存在は内ゲバで死んでいった。

唯一の理解者である親友の夫。ネーナ王も捕らわれた。

 

築いていく国とその繁栄は、よりにもよってその国の民度で叶えることは出来ないと理解してしまった。これが世界の修正力なのか。『原作』なのか?

 

ふざけるな!そんなことがあってたまるか!そんなものに私の大事なものは!私の全ては奪われてきたのか!奪われなければならないのか!ならばなぜ、どんなエンディングでも不幸で終わる『踏み台』のカモ君は無事なんだ!ふざける!ふざけるな!!ふざけるな!!!

 

私だけが不幸で終わってたまるか!お前も!私の大事なものを奪ったやつらも不幸になれ!そうでないと、そうでないと、私は何のためにこの世界に生まれてきた!

 

だが、理解してしまう。自分には一動作するだけの力しか。命しか残されていないことに。自分を苦しめた存在全てに復讐することは敵わない。だから、せめて。

自分の計画のことごとくを破綻させたカモ君を。自分と同じ転生者だけでも道ずれにする。お互い、もはやまともに動くことは敵わない。しかし、ライムにカモ君を消す余力は。手段は残っていた。

 

ライムの装備していた最後のマジックアイテム。

 

『 』

 

名前のつけようのない、無色の指輪に魔力を、自分の命を注ぎ込む。その効力はものを消し飛ばす。自分すらも消えたいという願いを叶えるには十分な効果をもたらす抹消アイテム。自分の余力ではせいぜい半径二十メートルだろう。もしかしたら少し離れているカモ君を巻き込めないかもしれない。だが、もうどうでもいい。成功しても、失敗してもいい。もう、全てが、どうでもよかった。

 

 

カモ君はそれを理解できなかった。だが、知覚は出来た。

目のまえで『知覚できない』が迫って来る。まるで世界そのものが、消えていくその光景に恐怖した。音もなく、光もなく、空気も震えていない。魔力も感じない。まさしく『なにもない』がこちらに向かってくる。その先の光景も音も何もかもが『ない』。だが、生物として、この世界に生きている存在として理解した。あれに触れてしまっては自分が消えてしまう。この疲弊しきった体をまともに動かすことは出来ない。クーとルーナをこの場から引き離すことが出来ない。なにより、自分を失っても、失いたくない恋人を。コーテを逃がすことも出来ない。彼女もこの迫って来る『何もない』に気が付いていない。

 

「コーテ!ごめん!」

 

カモ君に出来たのはコーテを包み込むように彼女を庇うように抱きしめる事だけだった。

 

迫って来る『なにもない』を背に。折れた左腕で彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

「クー様!ルーナ様!ご無事ですか!」

 

「・・・どうしたお前達。そんなに慌てて。もしや、また狼藉者が現れたのか!というか、何故、俺はこんな何もない所にいるんだ?」

 

クーは五日ぶりに目を覚ました。どういったわけか、自分の所在が分からなくなって五日経過していた。モカ領では自分とルーナの捜索活動が続いていた。が、何の変哲もない小屋の前で寝かされていた自分達を衛兵達が見つけ出し、解毒ポーションと回復ポーションを用いて直してくれた。隣で今も寝ているが同様の処置を施されていたルーナを見て慌てるクーだったが、五日間の間の記憶がない。それどころか、なにやらぽっかりと穴が開いたようにある記憶wお知覚できなかった。忘れてしまったのではない。だが、喪失感があった。それが何かはわからない。そこに別の衛兵を引き連れたローアが駆けつけてきた。

 

「クー君っ!ルーナ君っ!見つかってよかった!怪我はないかい!心配したんだよ!」

 

ローアの顔には焦ってはいるが自分達の無事を確認したお陰でほっとした表情が浮かんでいた。それを見てクーは感謝するとともにローアに詫びた。

 

「ご心配をかけてしまい、本当に申し訳ありません。ローア兄さ、ま?」

 

クーは自身の発した言葉に違和感を覚えた。自分が兄と呼ぶのは、自分達を援助してくれるローアで 間違いない はずだ。

 

ギネの不祥事によりお取り潰しになるはずだったモカ領の再興を彼が担ってくれている。グンキの計らいでやってきてくれた。モカ領で度々に出現していたダンジョンも幼いながらも攻略していった自分を好印象に思ってくれた彼等が救いの手を差し伸べてくれた。その恩義もあって彼を兄と呼ぶ。

 

強く優しく目標にすべき男性。そんな人は今まで一人しかいない。その、はずだ。

 

 

「クー様。何があったかは存じませんが、ご無事で何よりです」

 

衛兵たちはクーが目を覚ましたことにより、皆が皆、安堵の表情を浮かべていた。なぜならばクーがいた場所のすぐ傍にはまるでペンキを塗りたくったような跡があった。まるで場違いなそれからは異様な雰囲気を帯びていた。これに触れてはいけない。幼いながら、鞭でありながらそれを触れてはならないと感じた。

クーは本当にギリギリの位置に寝かされていた。少しでも寝返りを打てば目の前の白に触れていただろう。

それからしばらくして魔法研究員によるとその白く塗りたくられたもの。植物や建設物がどうなっていたのか『わからない』というものだった。似たような植物だと。理解できるものは図鑑にも記されている。よく栞に使われる花と非常に酷似している。ほぼ99%その花だと判別できるのにそれをその種類だと断言できなかった。いや、無意識にこれは知らないものだと考えが誘導されてしまう。白く染まった建設物もモカ領で設置した馬車の停留所。近くの領民が利用する休憩所に酷似していた。しかし、その建物を誰も利用したことが無いと公言する。それどころかいつからそれがあったのかもわからない。

半径二十メートル。綺麗に塗りたくられたそれを誰もが理解できないもの。知らないものになっていた。

 

そして、これを境に『カモ君』という存在はこの世界から忘れ去られた。



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最終話 鴨が鍋に入ってやって来た

十年前。リーラン王国とネーナ王国との戦争が起こった。

 

彗星戦争。

 

それは二週間にも満たない戦争であった。勝者はリーラン王国。勝利の鍵になったのはリーラン王国が誇る三人の超人。カヒー、ビコー、コーホ。

この三人は人の枠を超えた身体能力と魔法を扱うことが出来る者たちであり、彼等がいたからこそ二週間で戦争は終結したと語り継がれている。残念なことに超人の一人であるコーホはこの戦争で命を落とした。だが、超人の威光は隣国だけではなく遠い異国の地にまで届いた。それからしばらくして、もう一人の超人が世に進出した。

 

シュージ・コウン。

 

彗星戦争が起こる少し前にネーナ王国との国家間の決闘を制した幼い英雄。彼は魔法学園に入学してから目覚ましい成長を遂げ、二年にも満たないうちにレベル4。特級魔法を扱えていた。それを評価されて、一代限りの名誉貴族の地位を授けられる。

そして、その時からすでに超人と評されていたセーテ侯爵とも知己であった。だが、両者は決して出会いの事を語ろうとはしなかった。噂では、セーテ侯爵の隠し子かと思われていたが、カヒーとビコーは素性戦争を終えてから妻を迎え入れており、愛妻家でもある。その噂はすぐさま鎮火した。

 

そして、彗星戦争から十年後の現在。シュージはレベル5。王級魔法まで習得。常人では決して考えられない程の成長スピードを遂げた彼を超人と称し、彼にナの称号。一代限りではない、伯爵の地位を超人の称号と共にそれを授けた。

そんな彼も幼馴染と席を入れた後、同様に魔法学園で知り合ったネインを第二夫人と迎え入れ、王都で貴族として生活していた。

戦争が終わって十年。当事者たちお傷がようやく癒えようとした時期にネーナ王国の連中が再び戦争を吹っ掛けてきた。

彗星戦争後。ネーナ王国の領土の三分の一をリーラン王国が接収。賠償金も年間国家予算の三十年分を支払う事。それを分割で払わせていたのはリーラン王の慈悲。さすがにそれだけをいきなり取られてしまってはネーナ王国の民達に多大な被害が及ぶと分割にさせていたのだが、ネーナ王国は世襲されていく財産を見て、逆上。表面上では従っているふりをして、いつか復讐してやると牙を研ぎ続けていたのだ。

超人の庇護があるリーラン王国に喧嘩を早々、売れるはずがない。と誰もが考えていたが、どうやらネーナ王国にも超人が誕生したという報せが出た。その超人が率いる軍隊がモカ領に進出しようとしている報告を受けたシュージは急いでモカ領へと赴いた。

そこには自分と同じ知らせを受けた他の貴族が率いる軍隊。そして、モカ領領主となったばかりの美丈夫と称しても過言ではない青年クーがいた。

 

「クー子爵。シュージ・ナ・コウン伯爵。ただいま到着しました」

 

「シュージ伯爵。今回の援軍。まことに感謝する」

 

モカ領の最先端で群を配備していたクーはシュージを向かい入れた。シュージの胸にはいくつもの勲章が飾られており、それは今まで彼が築き上げてきた功績を示すものであったのだが、その勲章の中で場違いな勲章。いや、ワッペンが飾られていた。

それに気が付いたクーはそれに既視感を覚えた。自分の半身ともいえるルーナ。彼女の細工物の面影をそこに見た。今のルーナは月の令嬢と称されるほどの美女に成長した。高度な治癒魔法も使えるが、有能な魔法使いの血筋を取り込もうとする者。または純粋に彼女自身を手に入れたい者が様々な手段を用いて婚姻を結ぼうとしてくるが、ルーナはその全てを断っている。自分の兄より強い人でなければ婚姻は結びませんと。

彼女の兄。クーよりも強い人間と言えばもはや超人しかいないのではないか。そう揶揄されてもおかしくないくらいにクーもまた強かった。なんなら、今回の騒動が終わるころには彼もまた超人と称されてもおかしくないのではないかと言われるくらいに強い。火と風。圧倒的な火力と機動力を魅せるクーの手にかかれば、彼一人でも今回の騒動は治まるのではないかと言われるくらいだ。

それでも、相手側に超人がいるという報告がある以上、こちらも油断はできない。クーはネーナ王国が攻め入ってくると知らせを受けてすぐに王都に連絡を入れ、周囲の領にも支援を要請。そして、冒険者達。傭兵目的の彼等をかき集めて、モカ領の端を陣取っていた。

負けるつもりはない。いや、負けてはならない。領主として。貴族として。民を。国を守らねばならぬのだと。シュージとのあいさつを終えたクーはこの地に集まってきたすべての兵、冒険者達を鼓舞した。

 

「我々は必ず勝つ!愚かにもリーラン王の慈悲を悪行だと罵る輩を討ち滅ぼさなければならない!奴らの侵略に我らは決して負けてはならない!我々は奴らに敗北と言う名の正義を叩きつける!そのために皆の力、私に預けてくれ!」

 

威風堂々とした雰囲気を身に纏い、彼等を指揮する人間としてクーは宣言した。その姿に子尾するかのようにリーラン王国の兵、冒険者達は雄たけびを上げるように声を張り上げた。大地が鳴り響く様子を見てクーは満足した。これならばこの戦は勝てると。その時、視界の端に冒険者然とした一人の人間が目に入った。

茶髪の男。隻腕だが、鍛え上げられた肉体。だがそれよりも気になったのは自分に向けられた優しすぎる微笑み。まるで、成長した我が子を慈しむような微笑みを剝ける冒険者の姿は、数秒もしないうちに集まった兵、冒険者の歓声に紛れ込むようにクーの視界から消えた。

実の母からもあのような微笑みを向けられたことはない。それなのに、肉親以上の愛情を向けられたような気がしたクーは気になって、今回の騒動を終えた後、彼の事を調べた。隻腕であるというわかりやすい彼の事はすぐに調べがついた。

冒険者登録された彼の名は、エミール・カモニ。コハクと言う世界各国を旅する白い女性の付き人をやっており、コーテという青い髪をした美女の同僚と共に世界中を旅してまわる三人組だという事。

ルーナも今回の騒動で現場に出ていたが、その時、ガラの悪い冒険者に絡まれたところでコーテと言う女性に助けられた。その時、クーが感じたような笑顔で接してくれたという。あんなに邪気の無い、親愛の籠った笑顔を向けられたことのないルーナは戸惑っていた上に、彼女の事を思わず姉様と呼んでしまった。もう十七。もうそろそろ結婚する年齢に近いというのに子供じみた対応に恥ずかしがってしまったが、それでもコーテと名乗る女性は変わらない優しさを持った微笑みで返してくれたのだ。

隻腕の冒険者。そして、白と青の美女。これだけ印象深い三人組を忘れるはずがない。しかし、いくら思い返しても彼等に覚えはなかった。そのはずなのに。どうしてか、心強い味方が付いたと安心してしまった。超人のシュージが来たよりも大きな安心感をクーは抱いていた。

 

「お~い、おいおい。やっぱり俺のことを忘れていたよ。でも、あいつがあそこまで強く育ったので、オーケーです」

 

「だったら、その情けない涙を拭きなさい。まあ、私は久しぶりに姉様って呼ばれたけどね」

 

「追い打ちをかけるなよ~」

 

「カモ君の不幸で今日もお酒美味しい」

 

モカ領。戦線に設置された休憩所で隻腕の男。エミールが涙を流しながジョッキに入った大量の水を飲み干していた。本来なら中身は酒で、チーズやチキンをつまみにやけ酒をしたいところだったが、今だけはまずい。いつ戦火が切られてもおかしくない状況なのに悪酔いで戦闘に参加できないという格好悪い様を弟妹達に知られたくはない。

それを慰めるかと思っていた青い髪の美女、コーテはルーナの顔を見に行った時に、偶然助けに入った。その時、十年ぶりに彼女から姉様と呼ばれたことを喜んでいた。

そして、むせび泣いているカモ君をおつまみに白い髪の美女、コハクは大量のワインを煽っていた。

例え、クーとルーナ。いやこの国全体から忘れられたとしてもきっと心には、名残が残っていたんだろう。条件反射の部類であの二人に覚えてもらった。それだけでも二人には望外の喜びだった。・・・いや、エミール。カモ君からすれば、クーも超人の世界に足を突っ込んだんだから思い出してくれるかなと期待していた。

 

 

あの時、ライムが放った最後の一撃。それは、ヒトの認識から完全に離れるという忘却の魔法。その対象は全ての人の記憶から忘れられるというもの。誰も自分の事を覚えていない。自分の功績や経過を誰もが忘れてしまい、成したことは他の人が成したこととして改ざんされる代物だった。だが、この状況でも大分緩和されたものだった。それはカモ君とコーテが密かな恩恵を受けていたからその程度済んだ。それが無ければカモ君事態、自分が何者かを忘れるどころか、人語も発せない。呼吸のやり方すらも忘れてしまう植物人間どころか何もかもが分からないまま死んでいた。

二人を助けた恩恵。それはコハク。カオスドラゴンの呪い。『竜の玩具』というバフスキル。本来ならば、高等魔術師や将軍。賢者や僧侶。見習い冒険者と言う『原作』で言う所の称号。カモ君はネーナ王国との国際決闘の時にコハクの血を口にした。その時にこのバフスキルを受けていた。効果はコハクの許可なく彼女の元を去ることを許さず、常に彼女の監視下にあるというもの。例え、カモ君とコーテが拒んだとしてもカオスドラゴンの認識から外れることはかなわない。

そのため、ライムの攻撃を受けた二人は本来ならば呼吸する事も出来ずに死ぬはずだった。しかしながら、そんな二人は当然、コハクの事も忘れている。それを感じ取ったコハクが二人の元に転移した。カオスドラゴンの手にかかれば星の裏側どころか中心にだって転移することが出来る。

 

忘却の魔法を受けた二人をこのまま失うのはあまりにも惜しい。カモ君は最高の玩具だし、コーテは色々と自分をフォローしてくれる。と考えたコハクは二人にありったけのバフ魔法をかけて、今度はミカエリの傍に転移した。カオスドラゴンは回復魔法は使えない。彼女のドレスと護衛しているスフィア・ドラゴンは使えるが、この状態の二人にそれを使えばどうなるかわからなかった。そのため、比較的、信用できるミカエリの元へ転移した。

 

自室で戦後処理の手伝いをさせられていたミカエリは突如現れたコハクと忘却しているはずの二人の来訪に驚いていたが、彼女は魔法こそは人の枠組みに収まっていたが、知識や技術だけは人の枠を飛び越えた超人に類する。そのため、人々から忘れられるという忘却の対象になったカモ君とコーテの事を覚えていた。そして、善人である。目の前で呼吸困難に陥っている二人に適切な処置を行い、二人に掛けられた忘却を解呪する作業に追われた。ミカエリ本人ですら、よほど集中しないと二人の事を忘れてしまいそうになったからだ。そんな二人が、人らしい生活を送れるようになるのに一年かかった。そこから更に四年かけて魔法やポーションを使った治療や解呪を行って二人はようやく自身の事を思い出した。

 

本当ならばカモ君はその時点でクーとルーナの元へ駆けつけたかったが、未だに忘却の効果は続いている。これを解除するにはミカエリの手腕をもってしても不可能である。そのため、カモ君とコーテは世界中を旅して解除の方法を模索する事にした。

この時点二人は死人どころか、常人の記憶にさえ残っていない幽霊のような存在。そんな状態でクーとルーナにあっても不気味がられる。下手したら不審者扱いするかもしれない。そうなればカモ君は二度目の心神喪失をするかもしれない。だからこそ、自分よりもこういった状況に詳しいミカエリとコハクに頼み込んで様々な国や地方に赴き、その手段を探した。

ミカエリからは文献や知識。そして、金策を頼み込んだ。その見返りにカモ君には自分との子供を作ることを約束させた。今ではミカエリは二児の未婚の母と言うお前は何を言っているんだという状況だ。当然だ。カモ君を認識することが出来るのはまだ超人とカオスドラゴンと言ったこの世界の頂点に立つ存在くらいだ。ミカエリの相手を他の誰が認識できようか。

コハクはというと、カモ君が新たな窮地に飛び込むと知ってからは彼の旅についていくと決めた。シュージとの縁談と、裏ボスの天敵になる『原作』のラスボス。魔王となる存在だったリーラン王への対処だったが、ミカエリを通してカヒーとビコーに丸投げした。

 

裏ボスであるカオスドラゴンであっても、『原作』のラスボスだけには敵わない。それはこの世界全体からバックアップしてもらっているかのように、カオスドラゴンの身に対してバフがかかるのだが、超人は関与しない。その超人に頼めばラスボスがいくら暴れようともカヒーとビコーの手によって抑えることが出来るだろう。本当にあいつら、なんなんだろうな?ラスボスにも裏ボスにも対応できるとか。本当にバグみたいな輩だ。

 

以上の事もあってコハクは自由に行動している。裏ボスである自分の親には『主人公』より『踏み台』の方が面白いからそっちを優先すると知らせた際、スフィア・ドラゴンを含めた幹部たちは大いに騒いだが、いずれ頂点に立つだろうコハクの決定を覆すことは出来ない。そのうえ、現トップであるカオスドラゴンも『好きにしろ』と許可を出す。

あまり感情の発露を魅せなかった娘の我儘くらい別に構わないと考えたからだ。カモ君も人間だ。百年もしなうちに寿命で死ぬだろうし、その時に再度問題があれば取り組めばいいという判断だった。

カモ君の旅にコーテはもちろんついていくことを決めた。彼が無茶をするのはもはや恒例行事になっている。そのフォローやケアを行うのは自分の運命だと受け入れていた。そして、その無茶を間近で見たいコハクもついていくことになった。だが、はたから見れば我儘なコハクにカモ君達が付き従うようにも見えた。

 

 

 

 

モカ領戦線。

 

後に呼ばれるそれは歴史にその名を刻む対戦となった。

当時、超人と称されるシュージも参加していた。しかし、彼はクーとは別動隊の軍を指揮していたため、その戦場へ駆けつけることは出来なかった。

モカ領領主が率いる軍隊が相手の策にはまってしまい、クーと他の兵士、冒険者と分断されることになった。

強者対強者。いや、超人対超人の戦いになったそれに一般兵士が敵うはずない。否応が無く一対一の状況に陥ったクーが相対するのはネーナ王国の遺産。四天の鎧と、リーラン王国から奪った常夜の外套を身に纏った超人だった。しかも全属性の魔法、そのどれもがレベル4。特級魔法が使えるという文字通りの超人が相手だった。

クーも超人。その上、レベル5。王級魔法が使える超人ではある。しかし、相手の装備しているマジックアイテムがそれを覆す。常にクーの不利な体面を作り出し、追い詰めていく。その猛攻は激しく、戦場となった平野はところどころに巨大なクレータや燃え広がる盆地へと変化していた。そして、ついにクーがその場に膝をついた。膨大と言われている体力と魔力も底をついてしまったためだ。本来ならポーションを用いて、回復を図るところだが、そんな暇はなかった。だが、相手は自動回復の効果があるマジックアイテムを装備している。自力では同党でも装備品が明暗を分けた。

 

「俺を相手によく頑張った!だが、その無意味な抵抗もここまでだ!」

 

「くっ」

 

クーと相対していた男は強かった。超人という事だけあって才能もあり、装備も超一級品。だが、元来の性格なのかその下非な性格を隠すことなく醜い笑みを浮かべながら魔法を繰り出す。幾つもの氷塊を空中に作り出す。その数二十以上。その穂先はどれもが鋭く遠目から見てもわかるほどの冷気と濃密な魔力が込められていた。これを撃ち込まれればクーと言えどただでは、いや、確実に命を押しつぶされるだろう。

 

「リーラン王国は俺達の国から色々な物を奪っていった。だから、今度は俺達の番だよなぁ」

 

勝利を確信した男はゲラゲラと笑いながらクーを見下す。クーに何かできることがあれば既にやっていた。しかし、それが無いという事は万策尽きたという事。もはや、自分の勝利は揺るがない。だからこそ、クーを嘲り笑う。

 

「お前の妹の事は知っているぜぇ?月の令嬢とか言われるくらいに美人らしいな。お前を片付けた後は俺の玩具だ。その後は俺の兵士にも回してやる。運が良ければ生き残れるかもな」

 

ゲラゲラとこの後の事を話す男に怒りを抑えながら冷静に対処していた。そして、こちらがこれ以上動けないと思っている隙だらけの男に向かってクーは手に持っていた。槍を男に向かって全力で投擲した。

ノーモーションからの投擲。槍の重量を無視するかのようなものすごいスピードで男に向かって放たれたが、男は超人だ。その程度の事はお見通しと言わんばかりに軽く身をひねって、その軌道から逃れて見せた。これにより、本当にクーは何もできることが無くなった。もはや、一歩も動けないくらいに疲弊しきった自分では男を睨みつけるくらいしかできなかった。

 

どうしようもない状況。どうする?どうすれば打開できる?この下衆な男をどうすれば退かせることが出来る?

助けを乞う?駄目だ、この男は笑いながら自分の兵士たちを屠ってきた快楽主義者だ。こちらの願いなど踏みつけるだろう。

格闘戦を挑む?駄目だ。一歩も動けない状況の自分では相手に近づく事すら困難。しかも周囲にはいくつもの魔法の氷塊少しでも近づこうとすれば即座に打ち出され、こちらが粉々になる?

 

後ろにいる兵士や冒険者の援護に期待する?それも出来ない。超人同士の戦いから裂ける為にかなり離れた距離に彼等はいる。今から駆けつけたとしても到底間に合わない。

考えうる限り、事態は好転しない。だが、ここでなすがままにやられてしまえば自軍の士気が下がる。そうなればシュージの戦場にまで影響が及ぶ。そう、シュージがまだいる。例え、自分がここで倒れたとしても彼がいるならばリーラン軍は。モカ領は救われる。そのためにもクーは声を張り上げた。

 

「ふざけるな!リーラン王国は!俺達はお前たちのような外道には負けない!たとえ、俺がここで死んでも俺の後ろにいるやつがお前達を倒す!」

 

それを聞いた男は深い溜息をついた。クーの方向をさほど気にも留めない様子だった。

 

「そうじゃないんだよなぁ。そういう熱血展開じゃなくて、無様に命乞いする展開を俺は望んでいるんだが。もういいや。お前、死んでいいよ」

 

男はまるで蠅を追い払うように手を振ると空中に展開されていたいくつもの氷塊が全てクーに向かって撃ちだされる。その体積に見合わず放たれた弓矢のように飛来してくる光景をクーを含めた誰もがクーの安否を諦めていた。

 

 

ただし、彼を心底愛するブラコンを除いて。だが。

 

 

「アースグレイブ!」

 

幾つもの岩で出来た幾つもの岩の大剣がクーを中心に地中から突き出した。まるでクーを避けるように、クーを守るよう乱立した岩の大剣は彼を守るように乱立する。しかし、魔法のレベルは相手の方が上。数発は耐えていた岩の剣で出来た防壁が砕かれる。だが、その数秒。カモ君がクーの元まで辿り着く時間を稼いだ。

 

 

「鉄腕!」

 

 

すでに引退済みの冒険者のアイムしか使えないと言われていた独自の魔法を繰り出したカモ君。彼もこの十年間何もしなかったわけではない。魔力の総量や威力はこれ以上上がらなかった彼だが、その操作技術だけは度重なる訓練と多くの旅で磨かれ、向上していた。

迫りくる氷塊を宙に浮かぶ魔法の籠手で弾き、逸らし、うち砕いていく。そうして、全ての氷塊を処理したカモ君の後ろ姿を見たクー。

その後ろ姿をクーは覚えてはいない。しかし、知っている。いつも自分達を守ってくれた。いつだって自分達を愛してくれた。そんな大切な存在。忘れているはずなのにクーは自然と言葉を零していた。

 

「・・・にー様?」

 

そんな小さな独り言のような呟きを拾ったか。それとも、聞こえなかったとしても決死の啖呵をきったクーを嬉しく思ったのか、カモ君は振り返ることなく声をかけた。

 

「強くなったな、クー。後は任せろ」

 

明らかに自分よりも魔力が弱く、隻腕と言うハンデがある。目立った装備品もない。どう考えてもモカ領に攻めてきた。自分と戦っていた超人に敵わないというのはわかっているのに。彼の背中に。彼の言葉にクーは安堵した。

そして、カモ君の跡からやって来たコーテがクーに回復魔法をかけながら、クーの手を引いて彼を後方自軍の方へと後退させる。

 

「ま、待ってください。俺も戦えます!」

 

「戦いたいなら、その疲れた体を回復させて。今の貴方じゃ力不足。足を引っ張るだけ」

 

コーテの言葉を聞いて、おもわず下唇を噛んでしまうクー。だが、そんな彼を元気づけるようにコーテは言葉を続けた。

 

「大丈夫。貴方のお兄さんは貴方より弱いかもしれないけど、今のお兄さんは誰にも負けないから」

 

コーテだってわかっている。成長し、強くなったクーでも敵わない相手にカモ君が敵うはずがない。幼い頃のクーにすら負けていた彼なのだ。どんなに鍛えようともその差は普通は覆らない。

 

しかし、カモ君はブラコンでシスコンだ。

 

愛するクーをここまで痛めつけられ、愛するルーナを凌辱宣言した輩に対して精神的なバフがついている。例えるのであればネズミが虎に向かって牙を立てる勇気を持つ。怒りを覚え、拳を叩きつける。それだけの勢いがカモ君にはあった。

 

そんな様子を敵国の超人は笑って見逃した。彼からしてみれば獲物が逃げたようにも見えるが、彼には自動回復機能があるアイテムを装備している以上、自分が負けることはない。それどころか明らかに相手国の実力者が現れた。新たな獲物出現に口角を上げていた。その上、ルーナに匹敵するほどの美女。コーテがカモ君の関係者だと察した時は更なる獲物だと見定めた。

目の前のカモ君は魔法の扱いが確かに上手い。しかし、その質と量を肌で感じ取った男は彼を見下した。明らかに格下だからだ。男からしてみれば獲物の方からこちらに向かってやって来た。その事で男は高笑いをするのだ。

 

「だっはっはっはっ!獲物の方からこっちにやって来るなんてな!これは正しく鴨がネギをしょってやって来たってやつだ!しかも鍋付きでな!」

 

男は挑発するようにカモ君を罵ったが、カモ君はそれを笑って受け入れた。

格上との戦いなんていつもの事だと。だからこそカモ君は拳を男に突きつけて笑った。

 

「じゃあ、お前はそんな俺に負ける虫野郎ってことだな」

 

そうカモ君が煽り返すと男は瞬時に怒りをあらわにした。

 

「粋ってんじゃねえぞ。カモ野郎!」

 

男は再び、魔法でいくつもの氷塊を生み出すと即座にカモ君に向かって撃ちだした。全方位からではなく一方向からの集中砲火。カモ君の魔法を見る限り、分散した全方位攻撃よりも集中砲火でその貧弱な彼の魔法を打ち砕くつもりだった。

辺りが見えなくなるまで魔法で氷塊を生み出し射出し続ける。冷気と衝撃により立ち込めた煙幕に向かって放たれ続ける氷塊。その轟音の中でまるで金属がぶつかるような重く響く音が絶え間なく響いていた。そして、その音は男に向かってくる。

男がその異変に気付いた瞬間、煙幕の中からカモ君が飛び出してきた。体のあちこちに凍傷をつけながら、装備している上質な皮鎧の所々が凍り付いていた。展開していた鉄腕はここにたどり着くまでに氷塊を受け止め続けた衝撃で霧散した。それでもカモ君はほぼ万全状態だったことに男が驚いている表情にカモ君の左拳が突き刺さり、男はもんどりを打ちながらも、大きくその場を後退して、カモ君から距離を取った。

 

男の実力は超人。それこそ一方的な戦いしか、してこなかった。誰も自分には逆らえず、太鼓持ちをするかご機嫌取りをするしかなかった。だからこそ自分には向かう輩を叩きのめす快感はたまらなかった。なのに、目の前のカモ君は違った。格下のくせに。ザコのくせに。歯向かった。自分の顔を殴りつけた。

 

ほぼノーダメージと言ってもいい。かすり傷程度のもので、装備しているマジックアイテムのお陰で完全回復したといってもいい。だからと言って、カモ君の所業を許せるほど男の懐は深くはなった。

 

「ふざけんなよ!カモ野郎!俺様に手をあげてただで済むと思うんじゃねえよ!!」

 

男は自分の魔力を全開放する。クーと戦った時と同じように臨戦態勢を取ると、彼の周囲にはあ大人一人押しつぶせそうな氷塊。巨大な火の弾。岩の塊。雷の大剣。白と黒に明滅する不定形の塊。

 

エレメンタルダンス。

 

全属性の魔法を一斉に撃ち放つ。レアマジック。

カモ君の鉄腕を見て、彼を地属性の魔法使いだと考えた男だが、念には念を入れて、全属性の魔法を叩きつけるつもりだ。氷塊を打ち出す魔法は水魔法であり相性不利だと思っていたのだが、之ならばカモ君は対処できないと、怒声とは裏腹に冷静に判断したのであろう。

超人の男は、カモ君がさすがに自分がエレメンタルマスターだとは思わないだろう。目の前の圧倒的な魔力と属性を見せつければカモ君も怯える。ないし、動揺するだろうと思っていた。しかし、カモ君の反応はまるで逆だった。

それはまるで、拙い子どもを見て諭すような自惚れにも似た嘲笑だった。

 

「御託はいい。さっさとかかってこい」

 

そう言って、カモ君は鉄腕を展開。その魔法の籠手を使って男を挑発した。

それを見た男は再度怒りを爆発させながらカモ君に魔法を放った。

 

「死に腐れ!カモ野郎!」

 

幾つもの魔法がカモ君を襲うが、カモ君は表情を変えずにそれを弾き、受け止め、逸らし、回避する。その余裕な表情が崩れることはなかった。それが癪に障った男はエレメンタルダンスを放ち続ける。

カモ君の魔法。鉄腕の射程はおそらく短い。こうやって遠距離から量で押しつぶし続ければいずれ殺せる。と、男の判断は正しかった。しかし、残念ながら間違っているところがある。

カモ君は冷静な表情をしているとおもっていが、実際のとこをはあまりの実力差。勿論自分が格下である事は理解している。その現実に表情が引きつっていたに過ぎない。

 

 

あかーん!相手の方が質も量もレベルも上じゃねえかー!

クーとルーナから意識を逸らすために挑発したけど、俺の魔力もう半分切ったよ!?このままじゃ、あと五分も持たねえー!シュージ、早く!早くこっちに来てプリーズ!

でも待てよ。シュージこいつを相手にしたらこいつ消し炭だよな?そうなったらクーを馬鹿にしたこと、ルーナに手を出そうとしたこいつを痛めつけることが出来なくなるよな?

よくよく考えてみると理不尽を押し付けてきたのはこいつだよな?こいつを後悔させないで殺すとかねーよな。それにこいつ、コーテにまで手に掛けるとか言っていたよな!

こちとら新婚やぞ!それを汚そうとか許せるわけねーよな!オデ、お前を、ブチコロガス!

格上のご同輩(エレメンタルマスター)なんて怖くねぇ!野郎オブクラッシャー!

 

と、表情からは決して読み取れない半狂乱と化しているカモ君の内心は、遠くから滅茶苦茶いい笑顔で眺めているコハクにしかわからなかっただろう。

 



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