【完結】艦隊これくしょん 太平洋の魔女 (しゅーがく)
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第1話 上

 


 

 私は魔女だ。沖ノ島海域というところで目を覚ました私に声を掛けた同胞(艦娘)は、私に日本語で話し掛けてくる。何故か彼女たちが話す言語が日本語だと理解できたが、曳航される私の艤装を見て疑問を零す。

 

「何で潜水艦なのに砲を積んでいるんだ?」

 

 日本人らしい艷やかな長い黒髪に、キリッとした目元。そして露出の多い格好。しかし、彼女をひと目見た時から誰だか分かった。

 

「長門は見たことない?」

 

「ないな。しかし、君の名前をそろそろ教えてもらえると助かるのだが」

 

 名前を聞かれても、何というか答えたくない。どの名前を言えばいいのか私には分からない。

 黙り込んだ私の顔を、長門は覗き込む。プイッと視線を逸したくなるが、そのルビーのような瞳から視線を水平線に向けることはできなかった。

 

「それに艦橋甲部の窪みは何だ? 何か積んでいるのか?」

 

 刹那、強い頭痛が私に襲いかかる。脳内に永遠と響く、十人十色で何度聞かされたか分からない声が。

 

────── We cannot evage that!!(回避できません!!)

 

────── A "WITCH"……!!(魔女め……!!)

 

 ソナーの拾う爆発と船体の軋む音。そして断末魔。深く刻みつけられている、私の記憶。だが同時に思い出すことがある。私には居場所がなかった。居場所をくれる人がいた。そして、そんな私にも守りたいモノができたこと。

 頭痛に苦しむ私の身体を、心配そうに支える長門にお礼を言う。そんな頭痛もすぐに収まり、視線を別のところに移す。

 後部甲板、カタパルトデッキに艦載機用クレーンで揚げられた小さな潜航艇。完全に大破しており、見る影もない姿になっている"それ"は、私にとって半身のような存在。そして、私の名前として一番有名なもの。

 

「これから鎮守府に帰還する。君は沖ノ島海域でのドロップ艦ということになり、所属は拾った我々横須賀鎮守府艦隊司令部となる。艤装清掃・修復・整備後、戦闘可能状態になり次第、提督の指示で戦闘に従事することになるが構わないか?」

 

「……うん」

 

「分かった。提督に君がドロップ艦として仲間入りしたことを伝えよう。それで何だが、やはり名前を教えてくれないか? 君の身なりから察するに、軍艦時代は日本艦ではなかっただろう?」

 

「そう……だね」

 

 まだ、私は日本の海軍の船になっていない。でも、昔の名前を教えるのは好きじゃない。ならば、この名前を教える。

 

「私は……魔女って呼ばれてた」

 

「ま、魔女?」

 

 間抜けな表情になった長門の顔を流し見て、遠ざかる沖ノ島海域を眺める。長門に続く船も全部日本艦だろう。

 私はまた居場所を失ったが、今度も居場所を手に入れることはできるのだろうか。艦橋のデッキの手摺で身体を支えながら、どこまでも続く青い海にそう問いかけた。

 

※※※

 

 沖ノ島海域に出現する深海棲艦漸減のために出撃した長門らから、無事深海棲艦を撃滅したことの報告と、ドロップ艦がいる報告を通信で聞いていた。損傷した艦娘もいるようで、帰還予定時刻までに入渠の準備を進めなければならない。指示を出し入渠場に連絡をする妖精を視界に捉えながら、バインダーの隣に置いていたメモとペンを手に取り、長門の言葉に耳を傾ける。

 長門曰く、ドロップしたのは潜水艦。艤装は特殊な形状をしており、艦橋と一体型になった主砲と、艦橋後部と甲板にある不自然な窪み。そして、一緒に引き上げられた小型潜水艦。長門自身も知らない潜水艦らしく、名前を聞こうにも答えるのを躊躇っているように見えたらしい。しかし、何とか名前を聞き出すことができたらしく、呟くように彼女は『魔女』と言ったらしい。

 

「魔女? 日本艦ではないな」

 

「それは長門も言っている。形状はほとんど典型的な水上船型の艤装。しかし、艦橋と一体型の主砲と不自然な窪みがあると言っていた」

 

「そのような潜水艦があるのか」

 

 日向は俺と一緒に、ドロップ艦について考察をする。現状では情報が少なすぎるということもあり、ある程度調べるにしても絞っていかなければならない。艦種が特定できれば、受け入れの時にも苦労することはないのだ。寮室然り。コミュニケーションも名前が把握できていれば、それなりに取っ掛かりは簡単に掴むことができるのだ。

しかしそれが一切ない。俺は箇条書きをしたメモを眺めながら、地下司令部で頭を捻る。資料室に行けば艦種特定をするのも容易になる。人海戦術を使えば、潜水艦の資料から探すにも時間はそうかからないだろう。

 沖ノ島海域から作戦艦隊が脱した連絡を受け、地下司令部の妖精たちは慌ただしく動き始める。戦域担当妖精たちは、作戦艦隊の動きの記録を清書し始める。作戦艦隊旗艦である長門が提出する報告書と抱き合わせて記録として保存されるものだ。海域での詳細な艦の動きと連動し、報告にある点に印を入れて視覚的に分かりやすくするためのものだ。

通信妖精たちも通信記録を清書する。戦域担当妖精たち程ではないが、これも重要な仕事だ。長門の報告書と一緒には提出しないものの、別で俺に提出されるものだ。結局俺が一緒にしてしまうが、後で見返す時にないよりもあった方がいいものとして用意している。

その他にも直接関わっていなくとも、妖精たちが忙しそうに動き始めた。作戦中は交代以外で動くことのできない妖精たちは、デスクに飲食した残骸を散乱させている。それ以外にも走り書きのメモや、途中で壊れてしまったモノも放置されたりしているのだ。それらを一斉に片付けて、次使う時に気持ちよく使えるように準備しておくのだ。

 妖精たちの動きに呼応するように、俺も動き始める。俺は俺で、自分のデスクに作戦企画紙やら報告書やらメモなんかが散乱している。勿論、コーヒーカップも何個と黒い縁を作ったものが放置されたままだ。時々口にしていたお菓子や、こういう時にしか処分できない賞味期限間近の保存食の残骸なんかも、一応はひとまとめにしているものの片付けなければならない。

カップは地下司令部の給湯室へ一度引き上げて、自分の机の上の整理を始めるのだった。

 地下司令部の整理を終えても、すぐに本部棟に引き揚げる訳ではない。

ちゃんと作戦艦隊が埠頭に接近するまでは、いつ何時何が起きてもいいように待機していなければならないからだ。

 

「順調に帰ってきているのなら、歓迎会の準備でも始めるか? 伊勢が地下司令部に来ると言っていたんだ。連絡を頼めば、夕食には間に合うぞ」

 

 片付けが終わり、静かに作戦艦隊の帰還を待っていると、隣に座る日向がそんなことを言う。言われるまでもなく、今日明日にでも歓迎会を開くつもりではいた。

だから返事は言うまでもなかった。

 

「頼んだ」

 

「分かった。来次第連絡しよう。それとだが、そろそろ帰って来る頃じゃないか?」

 

 時刻は午後四時過ぎ。予定ではもう東京湾に入り、埠頭に近づいてきている頃だ。日向に軽く返事をし、地下司令部の妖精たちに声を掛ける。

 

「ご苦労だった。俺は出迎えに行くから、地下司令部は通常運転に戻ってくれ」

 

 妖精たちの敬礼に答礼で返し、日向を連れて地上に出た。

 埠頭に来ると、既にタグボートが出ており、接岸作業もほどほどに終わりつつあった。縦並びになっている艤装を見上げながら、長門を探すとすぐに見つかる。

 長門は見慣れぬ少女を連れており、その娘がドロップ艦の艦娘であることが分かった。

 

「ただいま帰った。作戦艦隊、全艦帰投。轟沈艦なし」

 

「ご苦労。本作戦の報告書は予定の期日までに提出してくれ」

 

「了解した。そして……」

 

 長門に背中を押され、俺の目の前に少女が押し出される。

 潜水艦の艦娘は水着を制服としている。日本艦の場合は、スクール水着にセーラー服が基本だが、海外艦であればウェットスーツの場合もある。U-511がそれに該当する。

彼女の場合は後者に当たるが、どうもそのウェットスーツがおかしい。節は普通だが、ところどころ先のない途切れたプラグが垂さがっている。

それだけが彼女の異様さを物語っていた訳ではない。

 日本艦であっても日本人離れした顔立ちや容姿をしている者は多い。しかし、海外艦となると完全に日本人から離れたものになっている。しかし彼女はどうだ。黒髪に黒い瞳、肌も色白だが日本人的な色白さで、白人的なものではなかった。ちぐはぐな情報しか入ってこないそして、これが一番の問題だ。

 

「彼女は……"魔女"としか名乗らなかった」

 

 瞳だ。その瞳に輝きはない。瞳孔はまだ明るいのに開いたままで、虚ろな目をしているのだ。その瞳が俺の目を捉えたまま、表情をピクリとも動かさない。

 

「あなたがアドミラール?」

 

「あぁ。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部を預かっている、天色中将だ」

 

「そう。……私は"魔女"」

 

 目を細め、言葉を続ける。

 

「Uボート、UF-4。フリーデリーケ、と呼んで」

 

 不気味に聞こえたその名前が、俺にはどうも偽名に聞こえて仕方なかった。

 

「そうか。じゃあフリーデリーケ、よろしく」

 

「よろしく、アドミラール。頑張るから、私に居場所を頂戴」

 

 そして、発言の端々に何か引っかかりを覚えて仕方がなかった。

 損傷艦を優先的に入渠場に入れることを伝えると、日向は既に歓迎会について伊勢に連絡してくれていた。作戦艦隊の皆とフリーデリーケに歓迎会のことを伝え、俺たちは一同本部棟へと向かうのだった。

そんな集団の後を追うように、フリーデリーケは付いてくる。気になりはしたが、騒ぎ立てる隼鷹を諌めながら彼女に視線を送るのだった。

 



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第1話 下

 あまり多くは語らないフリーデリーケだったが、潜水艦や海外艦とは早々に打ち解けていた。少し観察して分かっていたが、口数の多い艦娘ではない。様子からも分かる通り、外の艦娘とは容姿も雰囲気も違うことや、彼女自身も積極的にコミュニケーションを取る方ではなかったということもあり、仲のいい艦娘がいなければ基本的に一人で行動している。同室であるイムヤ(伊168)ゴーヤ(伊58)は「物静かだけど、結構感が鋭くていい子だよ」とのこと。海外艦も概ね同じような感想を言っていた。しかしユー(U-511)は違った。

 

『ユーとは少し違う……。何か、Uボートだけど、違うかなって』

 

 と言っていた。その理由はすぐに分かった。フリーデリーケ着任から、ドロップした海域に出撃していた長門からの報告書を読み終え、入渠場と工廠からの報告書を読んでいる時のことだ。

 増産する砲弾や艦載機について書かれているものを読み進めていると、突然毛色の違う物が現れた。それはドロップ艦が着任すると、必ず提出される書類だ。艤装がどういうもので、どういう装備が必要になるのかという調査書でもあった。

 その調査書には組み合わせとして聞き慣れない単語が並んでいたのだ。ドロップ報告の時にも聞いているが、やはり艦橋前部は砲塔になっており、20.3cm連装砲が搭載されていること。その連装砲は主に鎮守府で運用されているものとは違い、50口径の203mm連装砲という表記が成されていたという。その上、水中では水密弁で砲口に栓をし、旋回軸等可動部も密閉して水の流入を押さえてあるという。使用する際には、水上にて水密弁と防水装備を解除する必要がある。

その砲塔のすぐ後ろが艦橋になっており、その内部は見慣れない装備が多いものの特段普通の装備であったという。そして艦橋後部と甲板には窪みが意図的に作られており、何かが収められていたと思われるという。また艤装全体の形状から、日本艦でないことが断定された。工廠の妖精曰く「フランスとドイツと日本の部品が入り混じってる」とのこと。艦歴は長く、鹵獲または戦利艦として二国間を移動して使用されたのではないか、というのが調査書の見解だった。そして艦内には船の名前が刻まれたプレートがあり、そこには【スルクフ】と【UF-4】とあった。

 彼女が頑なに名前を語らなかったのは、鹵獲艦または戦利艦であったという理由があるのだろうか、と考える。だが何にせよ、彼女、フリーデリーケが【スルクフ】であり今は【UF-4】であることが分かったため、しなければならないことは一つに絞られた。

 

※※※

 

 早いタイミングで執務を終わらせた俺は、今日の秘書艦である金剛と、道すがら暇そうにしていた赤城を捕まえて資料室に来ていた。

 

「じゃあ金剛、よろしく」

 

「分かったネー」

 

 金剛には既に執務室で伝えてあるので、この場に残っている赤城にだけ説明をする。

 今から調べるのは【スルクフ】と第二次世界大戦中のドイツ国防海軍の戦利艦一覧とその詳細だ。国が保有する資料のコピーと民間から買い集めた書籍の中から、該当項目の記載がある物を片っ端から集めて行き、ラップトップに整理して纏めていく。

 いつしか関連書籍で山が出来上がり、ラップトップは秘書艦用の物と二台体制になっていた。情報整理のために使っていたホワイトボードは真っ黒になり、まだ東から日差しが差し込んでいた筈なのに、いつしか資料室は薄暗く茜色に染まっていた。

やっとのことで情報収集が終わり、書き上げた資料を三人で読み返す。金剛は出した本を戻しに行ったので、その代わりにたまたま資料室に来ていた夕立が見ている。

 

「なるほど……」

 

「情報の整理はしましたけど、ちゃんと分かりましたか?」

 

「分からん」

 

「分からないんですか……」

 

 分からん。その一言に尽きる。【スルクフ】という潜水艦は確かに存在している。俺も記憶の奥底から引っ張りあげて思い出したが、俺の"元いた世界"でも違いない。

しかしどうだ。どれだけ調べても【スルクフ】であって、フリーデリーケは【スルフク】では"ない"。フランス製であり、所々使われているドイツ製と日本製の部品、装備。明らかに日本人がやったと思われる改装。艦橋後部と甲板にある謎の窪み。そして、フリーデリーケの一部であるという一緒に引き揚げられた潜航艇。潜航艇はUボートXXIIB型というところまで特定は完了しているが、こちらも資料にない何かが搭載されている。ブラックボックス化が成されており、中を見たところで何も分からなかったというのが、調査をした妖精の報告だった。

 文字の羅列を目で追いながら、俺は溜息を吐いた。何も分からない。今までにこんなことはなかった。艦娘が何者か分からないことなんて。

本の返却が終わった金剛が戻って来て、俺の肩を軽く叩いた。

 

「何も分からなかったとも言えマスガ、こうとも言えマス。『少し分かった』。UF-4という名前すら分からなかったデスガ、着実に答えには近づいている手応えはありマシタ」

 

 秘書艦用のラップトップを操作しながら、金剛は囁く。

 

「彼女は鹵獲艦か戦利艦。最初期の名前はスルフク。ドイツ国防海軍籍になってからはUF-4に改名。本当ならばカリブ海で沈んでいた筈の船デース。史実でも相違ないデス。ドイツ国防海軍になっている時点で、彼女はどこかおかしいデス。そう。言うなればこれは、"ミッシングリンク"デース。ドイツ国防海軍籍になった記録がないのに、彼女は当時のドイツ国防海軍の命名規則に則った名前を付けられてマース」

 

 ホワイトボードに書かれている文字、【UF-4とは?】を指差しながら、金剛は目を閉じた。

 

「おかしい点はきっと提督の頭の中を駆け回っている筈デース。ならば答えも自ずと出てくると思いマス」

 

 こちらに振り向いてウインクをした金剛は背伸びをしながら喉を鳴らす。

 

「さーて、もう少しで夕ご飯デース!! お昼は食べるのを忘れてマシタ!! お腹ペコペコネー!!」

 

 夕立は俺のラップトップの文書を読みながら、相変わらずキャラでない喋り方で俺に問いかけた。

 

「私も金剛さんと同意見よ。ここの本を読破した訳でもないし、フリーデリーケのことを調べた訳でもない。でも、私に何か分かることがあるかもしれないから、彼女の艤装を調べてもいい?」

 

「……いいが、フリーデリーケの許可を得てくれよ。彼女の艤装なんだから」

 

「分かってるわ。じゃあ、今夜調べるから、明日にでも報告に行くわ」

 

 そう言った夕立は隣の席から立ち上がり、資料室を出ていってしまう。(※注1 夕立について)

 片付けも金剛がしてしまったので、自分のラップトップを持ってうたた寝している赤城を起こし、資料室を出て行くことにした。考えるのなら、執務室の方がいいだろう。

 

※※※

 

 私はここに居てもいいのだろうか。何かしていて手が止まった時、何もせずにボーッとしている時、寝るために割り当てられた寮室のベッドで寝る時、私はふとそんなことを考える。

私はこの鎮守府で四人目の潜水艦の艦娘らしく、同艦種の少なかったというイムヤとゴーヤからはとてもよくしてもらっている。一日では探険し尽くせない程に広い鎮守府の中、制服であるスーツを着て闊歩した。

明るい日差しを浴びながら、私を両側から挟んでいる二人はニコニコしながら語るのだ。

私たちは運がいい。私たちは幸せだ。と。

 その言葉を聞く度に、私は初めてこの"足"で上がった陸で出会った男性の顔を思い出す。カールとは違う東アジア系の顔。見慣れた筈の日本人の青年。この"目"で見て、この"耳"で聞いて、私は疑うこともなく確信した。私はこの鎮守府の艦娘で、深海棲艦を倒さなければならず、目の前に立つ彼は守らなければならないアドミラールだと。でも守らなければならないのは、アドミラールだから? 分からない。居場所を私にくれるから、気に入ってもらうために? それはどうしようもない。

私はあの青年に"何を見ている"?

 

「そういえばフリーデリーケ」

 

「何?」

 

「着任早々に任務があるよ。海域攻略にはあまり参加しないし、いつも裏方だけど大切な任務なんだ。提督がフリーデリーケと一緒に行って欲しいって言ってたの」

 

 長い赤髪のポニーテールを揺らしながら、イムヤは私の前に立って誇らし気に言う。

 

「偵察任務! 行き先は北方海域!! 端島鎮守府の艦隊が強い深海棲艦を見つけたみたいなの。その偵察よ。私たちの後を追って強行偵察艦隊も向かうから、私たち偵察艦隊(潜水艦隊)はいつも通りの任務。私たちが行かなくちゃ、作戦艦隊が安心して海域に行けないから危険な任務だけど、提督が私たちを頼ってくれるのよ」

 

「そうでち!! ゴーヤたちに求められるのは精度の高い情報と、無傷で帰還することだけ。これから偵察艦隊の仲間としても、一緒に頑張ろうでち!!」

 

「最初は近海で経験を積んでから行くことになる。レベリングもしっかりと猶予を持って期間を設けてくれたから、一緒に頑張ろ?」

 

 ゴーヤもニコッと笑いながらイムヤと並んで私の前に立った。それは意地悪するとかそういうものじゃない。私の手を引っ張って、明るい場所に連れ出してくれる温かい手に見えた。

 ここに拾われてよかった、なんて考える。仲間の艦娘は皆優しいし、仲良くしてくれる。だけど、皆に居場所を提供しているのはアドミラール。アドミラールにいらない子と思われたら、私はここを追い出されるかもしれない。私の半身(潜航艇)がいない今、役に立てるかは分からない。

 

「頑張る」

 

 だから頑張るしかない。半身が直るまで、私は私だけで頑張る。

 




※注1 夕立について

 本作では、設定を踏襲している本編より、夕立の言動や性格がアニメ版やその他二次創作とは大きく違っております。
 簡単に説明しますと、元々は明朗快活で、口癖が「ぽい」でした。ですが、ある事が原因で性格が急変し、口癖も言わなくなりました。不確定で担保もできないのに「ぽい」は言わない、と言った具合に真面目で勤勉。そして、若干冷徹で成長をしたような雰囲気になりまました。
(参照:「艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話」、「艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話」、「艦隊これくしょん 提督と艦娘たちの話」)

 夕立の他、本文注では性格や言動がアニメ版・その他二次創作とは異なる、独自設定があることをご容赦いただけるようお願いします。


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第2話 上

 

 フリーデリーケについて、少しずつだが時間を掛ければ分かってきた。【スルフク】であることはさておき、【UF-4】については情報整理の直後に分かった。

あくまで予測の域は出ないが、艦橋後部と甲板にある窪みは【UF-4】になった時に作られたものだ。そして、その窪みにはあの潜航艇が入る。艦橋後部から後方に向かって存在しているワイヤとプラグ。そして潜航艇の船底から前方に向かって存在しているワイヤとプラグ。これが意味することは、窪みは一緒に引き揚げられた潜航艇のもので、恐らく船体とくっつけたり離したりして使用していたものと思われる。

最初は潜航艇がトウドアレイソナー(曳航式水中聴音器)の実験機かと思われたが、史実でも開発されていた記録はないので別だと考えられた。潜航艇内部の装備からソナー類であることは間違いないらしいのだが、結局のところどう使われていたものなのかは分からなかったというのが工廠の白衣妖精の三度目の報告で聞いたものだった。

 そしてそのような改造が成されたUボートは存在していない。俺は出撃の度に報告に来るイムヤたちの顔を見ながら、隣に佇むフリーデリーケを視界の片隅に捉えて考えた。

 

「という訳で、問題なくフリーデリーケも経験を積めてきているわ。練度はそろそろ20と言ったところかしら?」

 

「そうか。フリーデリーケも偵察艦隊の一員として、活躍できるようになってきたか」

 

「えぇ。ただ気になることがあるのよね」

 

 イムヤはそう切り出し、昼下がりの執務室で紅茶の香りを楽しみながら話し始める。

 

「私たちが不明艦を発見するまではいいの。いつも通りだから。だけどフリーデリーケが見つけると、少しテンポが遅れるの」

 

「というと?」

 

「ソナー妖精さんが索敵するのがいつものことなんだけれど、どうやらそれ以外にフリーデリーケには部署があるみたいなの」

 

「……なるほど?」

 

 それはトウドアレイソナーの妖精のことだろうか。それに該当する妖精は既に確認している。

 

「まぁ、それだけ。フリーデリーケのソナー妖精さんも結構慣れてきたみたいだから、そろそろ提督に頼まれていた北方海域に行けると思う」

 

「……分かった」

 

 イムヤが言うなら問題ないだろう。それにこれまでの報告と、時々演習に加えて俺自身の目で確認しているから、もう問題ないと判断できた。後は引き際を俺と艦隊を任せているイムヤが見誤らなければ問題ない。

 すぐさま正式な命令書をしたため、イムヤたちに渡す。これがフリーデリーケにとって、初めての偵察任務になるだろう。

 

※※※

 

 この"目"でも見慣れた艦内で、私は妖精さんたちの声に耳を傾ける。私は今、レベリングのための日本近海でも演習海域でもない、本当の戦場に足を踏み入れていた。

現在地は北方海域、アルフォンシーノ列島南方を潜航中。先程すれ違った端島鎮守府のレベリング艦隊から通信が入り、列島東端に強い深海棲艦を発見したというものだった。現在も巡回をしているのか、巡航で適当に航行しているらしい。

接近しつつあるから、イムヤからの通信でこれからは各艦の位置をソナーで把握しながら、敵艦隊の情報収集を行なうこと。

 私の手元にはイムヤとゴーヤに付きっきりで教えてもらった、深海棲艦各艦種・級の音紋の特徴を纏めた表だ。ソナー妖精さんと一緒になって必死に覚えた。イムヤとゴーヤ、味方の艦娘の艤装の音紋はもっと慎重かつ確実に覚えた。聞き間違えたら、最悪誤射に繋がってしまう。そう教えられた。これまでに誤射の経験はないと二人は言っていたが、それは偵察艦隊の任務で、他の艦と一緒に行動することがなかったからだそうだ。これまではそうだったが、これからは分からない。

 

「未確認の音紋を確認」

 

 十数時間と籠もっている司令室に緊張が走る。もう少しで夜明けという時刻。時間間隔は完全に狂っているが、潜水艦にとってそれは当たり前のことだ。眠気覚ましに飲んでいたコーヒーをデスクの邪魔にならないところへ置き、ソナー妖精さんに視線を送る。

 

「……戦闘用意」

 

 艦内の電灯が落とされる。火災の原因になるものを極限まで減らす為だ。照明は赤色非常灯のみ。暗くなった艦内に響くのは、艦の後方から聞こえるエンジン音のみだ。

 ソナー妖精さんの分析を待ちながら、他の妖精さんたちが戦闘配置に付く。足音は聞こえなくなり、心臓の音だけになる。

 もし未確認艦を発見した場合、先頭を航行する艦が優先的に識別を行なうことになっている。しかし、艦種特定には時間がかかる。波と自艦のノイズに紛れた、遠方から聞こえてくるエンジン音や生活音、スクリューの回転音。それらを聞き分け、本当に敵なのかを、肉眼で見ることなく確認する。そうしたならば、浮上して潜望鏡で確認し、再度潜航。攻撃に移るのだ。それが潜水艦の戦い方。私の脳に刻み込まれた、艦娘としての知識だった。

 ソナー妖精さんが先行するゴーヤのエンジンとモータが止まったことを聞かされ、自分の艦にも対応させる。大きい声ではなく、近くにいる操艦をしている妖精さんに聞こえればいい。後は機関室に伝声管で伝えてくれる。

 

「エンジンとモータを停止させて。潮流はどうなってる?」

 

「無音潜航、了解」

 

「追潮です。岩礁が近くにありますが、航路上にはありません」

 

 何度も経験した緊張感が司令室を包み込む。

 偵察艦隊の任務は、作戦艦隊と強行偵察艦隊に先んじて偵察すること。内容は艦種特定、巡回海域の調査、周辺海域の状況調査等ある。命令書に書かれている命令には、なるべく戦闘を控え、緊急時のみ交戦を許可する旨が書かれている。つまり、よっぽどのことがない限り戦闘にはならない。

とは言っても、毎回偵察艦隊は交戦していた。理由は様々だが、一番大きいものとしては、強行偵察艦隊の離脱援護だ。前回浮上した時点で、既に球磨(強行偵察艦隊 旗艦)から、北方海域中央に到着している知らせは受けている。後は時間を合わせて私たちは、強行偵察艦隊の突入する反対側から可能ならば潜望鏡で確認するだけ。決まった時間しか交戦しないので、時間になる前に潜航、攻撃をする。

 無音潜航したまま、未確認艦隊をやり過ごす。水上を通過した未確認艦隊の特定は済んでおり、ソナー妖精さんが深海棲艦であると断定していた。艦種まで特定し、端島鎮守府から報告のあったもので間違いないと判断する。イムヤとゴーヤが進路変更しないということは、同じく未確認艦隊が深海棲艦であると断定したのだろう。

 先頭を航行するゴーヤの舵が動き、潮流から出て深海棲艦の艦隊後方に出るように旋回を始める。私もそれに続いて潮流を出て、移動を始めた。

 

「……そろそろ時間だね。ソナー妖精さん」

 

「はい。強行偵察艦隊が爆雷を落としました。深度10で炸裂。突入開始10分前です」

 

「航海妖精さん」

 

「現在地は強行偵察艦隊を本艦前方11時半の方向に捉え、線分上に深海棲艦を捉えています。距離およそ8000(8km)。複縦陣」

 

 デスクにあるホワイトボードを手に取り、視線を落とす。

 私に搭載されている魚雷は533mm魚雷。元々550mm魚雷を運用していた艤装だが、改装されて533mmに変更されている。しかし搭載する魚雷はドイツ製のものではなく、日本製の九五式魚雷だ。発射管自体は付け替えられただけらしく、問題なく九五式魚雷も使うことができた。

 残魚雷は16本。満載状態だ。甲板後部に格納式の400mm四連装魚雷発射管もあるが、そちらは取り外されることもなく使用可能である。しかし、潜航中には使うことができないものだ。400mm魚雷の残りも満載状態で8本。

ホワイトボードに【正】の二画目まで書き、司令室で命令を下す。

 

「一番二番魚雷装填。調定深度3」

 

 ソナー妖精さんが同時に報告をする。

 

「伊168、58。魚雷装填音。総数6。同時に浮上」

 

 すぐにさま続くように指示を出し、潜望鏡深度まで上がった。

 

「潜望鏡出して。艦隊の位置を確認する」

 

 潜望鏡を覗き込み、シールドに波が当たるのを鬱陶しく思いながら、周囲を確認する。11時と4時方向に潜望鏡を発見し、倍率を上げて遠くに見える深海棲艦を捉えた。

 

「敵艦隊11時半。面舵15」

 

 航海妖精さんが黙って舵輪を回し、15度左へ向ける。捉えているのは駆逐艦ハ級二隻。イムヤとゴーヤから教わっているのだ。離脱援護時には、なるべく対潜装備を持っている相手を狙うように、と。

 そんなこんな潜望鏡で海面を見ていると、既に強行偵察艦隊が偵察活動(威力偵察)を開始しており、両艦隊の砲撃で靄がかかっているように見える。

深海棲艦の艦隊運動も激しくなることはなく、陣形はそのままで増速しながら砲撃をしている様子だった。

 潜望鏡を出したり下げたりしながら、深海棲艦の様子を確認しながら時が来るのを待つ。

そしてその時が来る。

 

「強行偵察艦隊、離脱時間5分前」

 

「急速潜航、舵そのまま。深度60」

 

 同時と言っていいタイミングでソナー妖精さんがイムヤとゴーヤも潜航を開始したと報告する。

 

「一番二番三隻統制雷撃準備……時間合わせ」

 

 艦が水平になり、時計を見ながら指示を出す。既にモータを動かしながら深海棲艦に接近中だ。進路は変わらず。強行偵察艦隊が砲撃のみを行い、魚雷を発射しなかったからだ。

時間5秒前に右手を挙げる。それと同時に水雷妖精さんが発射ボタンに手を掛けた。

 

「3、2、1、発射」

 

 エアーが漏れたような音と共に、金属が擦れる音が艦内に響く。

 

「一番二番魚雷、速射。不具合なし」

 

「一番二番発射管閉じます。排水開始」

 

 ソナー妖精さんと水雷妖精さんの声が重なる。すぐさま私は指示を出した。

 

「ソナー妖精さんは魚雷と深海棲艦に注意して。まだ動かない、進路そのまま」

 

 ソナー妖精さんは静かに頷き、ヘッドホンから聞こえてくる音に集中する。何も言わないということは、イムヤとゴーヤにも動きがないということ。

 

「敵艦から探針音……!!」

 

 司令室に緊張が走る。慌てるな。狼狽えるな。目を閉じ、考える。しかし、"あれ"は見える訳もない。

 

「小さい声で、状況を」

 

 見えなくても、目を閉じると"見える"気がする。ソナー妖精さんの実況を聞きながら、頭の中で整理する。

 アクティブソナーなんてものは、艦娘になった後でも近海で何度も聞かされた。音が船体を振動させるのは怖い。

 探針音を発したのは一隻だけ。発射した魚雷を探知したらしく、慌てて発射元特定のために使ったらしい。しかし、発見に数十秒の時間を使った。それでは間に合わない。それを踏まえて、魚雷を狙って撃ったのだから。

 いち早く気付いたハ級の一隻はどうやらまだ雷跡を発見できていないらしく、舵を切ったり増減速はしていない様だ。ハ級の慌てようから艦隊に潜水艦の存在が伝播したらしく、深海棲艦の陣形が崩れる。

狙ったのは対潜装備を持っているであろう小型艦だ。回避運動先も読んでの統制雷撃。放った計8本の魚雷が、確実に駆逐艦一隻には命中する。

基本的に慌てれば足を止めるよりも、増速して逃げようとするというのが対潜戦闘で取りがちな手段らしい。しかし既に強行偵察艦隊との戦闘で艦隊速力はほぼ全速を出している筈。そこから小型艦が任意に雷撃回避のために増速したところで、艦隊速度とそう大した差は出ない。だから、ソナー妖精さんのセリフは当然であった。

 

「雷撃3、命中。駆逐艦ハ級1爆沈」

 

 慣性航行中で遠ざかりつつある深海棲艦の艦隊で被害を出す。爆沈した駆逐艦がノイズとなり、水中はかなりの騒音になっている筈だ。

イムヤとゴーヤが取っているであろう指示を私も下す。

 

「機関始動、両舷前進強速」

 

「機関始動!!」

 

「両舷前進強速ーー!!」

 

 ソナー妖精さんの方に視線を向けると、分かっていたかのように報告する。

 

「伊168、58も同じく機関始動。進路そのままで離脱します。それと遅れて魚雷1戦艦に命中。轟沈には至っていないようです」

 

 大きく息を吐き、航海妖精に次の指示を出す。

 

「作戦終了。敵艦隊を左手に捉えながら、現海域を離脱。強行偵察艦隊を見つけたら、換気と外の空気吸おう」

 

 何もなければいつも腰を掛けている椅子に身を投げ、デスクに設置されている"機械"を撫でるように手を乗せる。まだ気は抜けないが、ノイズが多すぎてきっと私たちのことを深海棲艦は発見できないだろう。主機のディーゼルエンジンを回しながら、通常運行で危険な海域を離脱する。

 こうして、私の初任務は成功した。誰も失うことなく、冷や汗を流すこともない。しかし、とても重要で危険な任務。艤装に乗り込んで東京湾を出てから見ていない、私の先輩たちの笑顔が脳裏をチラつき、最後にあの人の顔が浮かぶ。

 

「アドミラール……」

 



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第2話 下

 いつものほのぼのとした空気は一触された鎮守府内、私は走り書きをした報告書を片手に何度目か分からない地下司令部に降りていた。

このような状況になったのは四日前のことだ。沖ノ島沖にて発見された深海棲艦の大群。発見した端島鎮守府連合艦隊が攻撃に向かったが潰走。轟沈艦は出なかったものの、戦闘続行不可能状態にまで追い込まれた艦隊は、旗艦である瑞鶴の判断で撤退した。その後出撃したのは、横須賀鎮守府連合艦隊。端島鎮守府の高練度艦なんて霞む程、経験と知識を蓄えた正真正銘の精鋭艦隊が編成された。訓練等で該当の艦娘たちを見たことがあったが、あれは神業の域に入っている程だった。洗練されすぎた戦闘スタイル、まるで同じ身体が操っているかのような連携。アドミラールが推すだけあって、その強さは別格で破格だった。しかしそんな彼女たちでされ、沖ノ島沖の深海棲艦たちに及ぶことはなかった。黒煙を空に昇らせながら、燻った艤装が湾内に入ってきた時には騒然となったものだ。それほどまでに痛めつけられていたのだ。アドミラールの判断で早期撤退を選んだのにも関わらず。

第一波攻撃と称されたこの攻撃に続くかのように、半日後には陣容を入れ替えた連合艦隊が出撃。しかし同じく迎撃されることとなり、手痛い被害も与えることができずに撤退することとなったのだ。第二波攻撃の際には、深海棲艦の大艦隊の総数は40を超えており、第一波攻撃で轟沈させた11隻は何事もなかったかのように補充されていたのだ。それが昨日のこと。

 それまでの間、私を含んだ偵察艦隊は沖ノ島沖への偵察任務で艤装と地下司令部を行き来していた。口で説明できる部分もあるのだが、どうしても目で見たものを口で表現するよりも、図で描いた方が伝わるということもあり、こうして戻ってくる途中で艤装内で報告書を書き上げて、地下司令部に籠もっているアドミラールのところに着くなり持っていき、また出撃するということを繰り返していた。完全に時間間隔と曜日感覚は失われ、フル稼働している工廠の騒音と機関が発する熱と排ガスの臭いの幻を感じるようになってしまっていた。

 

「報告。沖ノ島沖の深海棲艦は現在、総数42。内のほとんどが大型艦。空母機動部隊で、補給艦も来ているのを確認した」

 

「ご苦労。偵察情報の共有はどうしている?」

 

「イムヤが皆に伝えて回ってる。終わり次第、また偵察に行く。そうでしょ?」

 

「そうだな。頼めるか?」

 

「愚問。アドミラールのため」

 

 それだけを言い残し、私は地下司令部を出ようとした。本当ならば恥ずかしいのだ。この戦いが始まってから四日間、お風呂に入ることもできていないのだから。潮風にもずっと浴びっぱなしでもある。

逃げるように地下司令部を出ようとした私をアドミラールは引き止めた。

 

「ちょっと待て」

 

「どうしたの?」

 

「度重なる出撃で練度が上がっただろう? ドック妖精から、フリーデリーケの艤装が改装可能になったと報告を受けた。次の出撃前に改装してから行ってくれ」

 

「……分かった」

 

 それだけかと思ったが、まだあったらしい。

 

「あと一つ。フリーデリーケをドロップした時に一緒に引き揚げた潜航艇の修理も完了したようで、工廠妖精が改装次いでにフリーデリーケの艤装に戻すと言っていた」

 

「直ったんだ」

 

「あぁ」

 

 やっと直った。私の半身(潜航艇)が。十全に私の力が発揮できるのならば、今の状況を打ち破る力になるかもしれない。

 改装を行なうために工廠と入渠場に向かい、妖精さんたちに声を掛けて改装を始めてもらう。提督は一時的に地下司令部を抜け、改装の立ち会いのために工廠にあるドックへと来た。 慌ただしく作業を始める妖精さんたちを眺めながら、クレーンで釣り上げられた半身を眺める。外から見れば、何の変哲もないUボートXXIIB型だ。しかし船体前部には固定されたワイヤを通す頑強なリングとプラグ差込口がある。地面では長いプラグを運びながら、艦橋後部で作業をしているところへと吸い込まれていく。

作業の様子を見ていると、アドミラールは小さく呟いた。

 

「あれは結局なんなんだ?」

 

 足元にきた妖精さんが時間だと伝えに来たので、私はアドミラールに一言だけ残して行く。

 

「あれは私の半身」

 

 改装は終わり、簡単な点検と艤装を身に纏った時に違和感がないかだけチェックを受けると、乾ドックから出るように工廠妖精さんに言われる。

 艤装はそのままドックに残して妖精さんたちに任せると、一足先にドックから出ていたアドミラールが、隅にある椅子に腰掛けて書類とにらめっこをしていた。

 

「アドミラール」

 

「改装は終わったか」

 

 私が声を掛けると、驚くことなく顔を上げて私を観察した。改装すると容姿や服装が変わることがあるらしいのだが、私の場合は後者に当たる。着ている制服の生地が薄くなったり、露出が増えるだけだが。アドミラールは私の姿を見ても動じることはなく、それがどこか悔しかったが報告をすることにした。

 

「ここから、私は本気を出す。改装後の初陣でその力を見せよう。"提督"」

 

「よろしく頼む。……あれ? 今までアドミラールじゃなかったか?」

 

「改装されて名前が変わった。UF-4から伊号第五○七潜水艦になった。前までは私ではなかったけど、今は全てが揃った。だから私は名乗ろう」

 

 提督が首を傾げながら「伊507?」と言っているが関係ない。

 

「私はローレライ。伊507のまたの名は【特殊音響兵装実験艦 ローレライ】。"太平洋の魔女"の名、今度は胸を張って誇れるように頑張る」

 

※※※

 

 目の前で変わらず表情をピクリとも動かすことはなく、そして死んだ目(レイプ目)も改装で直ることのなかったフリーデリーケはそう名乗った。

 艦娘の中には改装後に名前の変わる艦娘が何人もいる。響がヴェールヌイに変わるのと似たようなものだ。そしてフリーデリーケも同じように名乗った。肌色の増えた服装を身に纏い、抑揚のない声で宣言したのだ。

自分の名前は伊507であり、ローレライであると。

 刹那、ずっと彼女の一件で分からなかったことが全て繋がったような気がした。彼女が来た次の日、金剛が史実と彼女の証言に食い違いがあることを"ミッシング・リンク"と言ったのだ。

その関係性が俺の中で結びついた。

 

「……どうしたの? 私、変なこと言った?」

 

「い、いいや」

 

 俺の顔を見て、そんな風に問いかけてくる彼女。自分のことをローレライと呼んだのなら、俺もこれからはそう呼ぶことにする。

 ローレライの今の宣言で俺の中にあったものが全て繋がり、分からなかったもの全てが繋がった。可能性として考えはしたのだ。しかし記憶も曖昧で、確証を得ない限りは保留にしようと思ったのだ。

 ローレライ。その名を聞いたのは、この世界に来る前のこと。物語として小説を読んだことがあり、そして映像化もされたフィクション。この世界の前例がある以上、あり得ない話ではなかったからこそ、保留にしていたのだ。

俺の顔を覗き込むローレライに簡単に返事を返してしまうが、すぐさま気を取り直して言葉を続ける。

 

「改装をしたところで、任務は変わらない。ローレライ」

 

「うん」

 

「これからは音紋だけではなく、艦の"形状"まで覚えなくちゃな」

 

「……提督、どうして」

 

「知らないんじゃなかったのかって? それはローレライが一番分かっているんじゃないのか?」

 

「分かってる。でも……」

 

「自分のことを"魔女"だと繰り返し言っていたことから、想像はできていた。自分の記録がないことも、とうの昔に知っているんだろう?」

 

「うん」

 

 そう。彼女は自分の史実での働きについて、調べようとしたことがあったのだ。他の艦娘と同じような手段を取ったところで、何一つとして分かることはない。当たり前だ。"この世界に存在していない"のだから。

 艦娘たちならば、艤装を見ただけで誰のものなのか分かるという。俺もある程度覚えてはいるが、駆逐艦となると数が多い上に違いがまちまちで艤装を見分けることは難しい。そんな駆逐艦の艤装でさえ見分ける艦娘たちが、ローレライを見ても分からなかった。しかし彼女の名前はローレライであり【伊507】。コマンダン・テストやリシュリューでさえも、彼女を見た時のリアクションは知っている子とよく似た子だったのだ。

 

「俺は"提督"だ。何でもは知っておいてやりたいが、生憎と知らないことが多いのが悩みの種。しかし、ローレライのことは知っていた」

 

「でも、ここに資料はスルフクのものしか……」

 

「あぁ。それでも」

 

「私は……ここにも居場所がないの……? 記録も残ってない、そんな正体不明の艦娘なんて」

 

「だから知ってるって言ってるだろう? ローレライ」

 

 俯くローレライの手を取って、移動を始める。そろそろ時間的にも不味いし、彼女の精神衛生的にも不味い。俺の言葉が聞こえてないようにも見える。ならば強引に聞かせるしかない。

 彼女が居場所にこだわる理由が何となく分かった。"ローレライ"だからというのもあるかもしれない。しかし、恐らく理由は別にある。彼女は艦娘として生を受けたその時から、知識としてなかったのだ。ローレライの艦名も伊507の存在も。それでも、自分を見失わないために調べた。それでも見つかるのは元になったスルクフのことだけ。

彼女自身、元を辿ればスルクフだ。しかし彼女のアイデンティティであるローレライたるモノが失われていれば、自分がスルクフだと認められなかった。だから自己紹介の時には"魔女"や【UF-4】を名乗った。

 ローレライの手を引きながら埠頭まで歩いてくると、第二波攻撃の準備が着々と進められていた。物質見込みのたえにコンテナが並べられ、弾薬箱が弾種毎に山のように積み上げられている。薬嚢は防水用のビニールシートでカバーがされ、中継地になっている高雄への輸送物資も一箇所に固められていた。

妖精たちの間を縫いながら、埠頭にタグボートで接岸されたローレライの艤装の前までやってくる。

 

「俺はお前を知ってると言っただろう?! 名前はもう残っているんだ。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 偵察艦隊所属の伊号第五○七潜水艦。またの名をローレライ!! 初陣は日本近海での実戦訓練。初撃破は駆逐艦イ級。累計撃破数17。そうだろう?」

 

「わ、私は……」

 

「誰が信じるんだよ、自分が"魔女"だと触れ回っていたじゃないか。誰も話半分に聞いていた。那珂の言うところの艦隊のアイドルと同じ。だが、俺は信じた。何故信じたか? 知っていたから」

 

 もう一度ローレライの手を取って、艤装に架けられた桟橋を渡って乗り込む。甲板を歩き、203mm連装砲の横を通り過ぎて、艦橋後部に取り付けられた潜航艇の前に立った。

 

「こいつが特殊音響兵装【PsMB-1 ローレライ・システム】。ローレライの名前の由来だろ? こいつの正式な型番を俺に言ったことはあったか?」

 

「……ない。なんで知ってるの?」

 

「ローレライを知っているからだ。史実に存在した記録がなくても、俺が知っている。だからそんな悲観するな」

 

「……」

 

 潜航艇の前で無理矢理掴んでいた手を離していたが、今度はローレライが俺の手を掴んできた。振り払うことはせず、黙って彼女の顔を見る。

 色々な感情が入り混じっているような表情だ。自分でも消化できていなくて、それでも何か伝えようとしている。そんな表情。たどたどしくも、なんとか言葉を絞り出した。

 

「き、気味悪がったり、いらないとか、か、かいたいとか、しない?」

 

「何を言ってる? もしローレライの言うことを考えていたなら、とうの昔にそうなっていただろ。春過ぎに来て、今はお盆を控えてる。何ヶ月自分がここで過ごしてると思ってるんだ。追い出そうとか解体するのなら、いつでもよかった筈だ。それこそ毎日一回チャンスがあった。なのに俺は数ヶ月もそうしなかった」

 

 蜃気楼が見える水面を背にしたローレライに、俺は静かに応える。彼女は俺の言葉を聞いてない訳じゃないのだろう。聞こえていないのだとばかり思っていたが、そうじゃない。聞こえていて、理解して、それでも確かめたかったのだ。

 

「来たその日に歓迎会をしたな。その後はしばらく顔を少し合わせる程度で、次は秘書艦だ。口下手なローレライが頑張って、いつの間にか手に入れていた居場所を見つけた。その後は遊びに誘われて行ったりすると、ローレライがいたりしたな。どこかの勉強会に連れて行かれた時にも、そこで勉強してたな。それに偵察艦隊としての任務は、出撃できる状態の時は全て出撃してもらった。一度被雷したという報告を受けた時、潜水艦の損傷は致命傷になりやすいからと皆に心配されていたな。そして今、沖ノ島沖に発生している異常事態の情報収集。これが俺たちと鎮守府にとってどれほど大きなことか、分からない訳じゃないだろう? それを任せているローレライが艦名が変わって、特別な兵装を使えるようになったからと言って、今後の扱いが悪くなるなんてことはありはしない。名実ともに"魔女"になったとしても、だから何だと、俺は言う」

 

 途中で何が言いたいのか分からなくなり、頭を掻いて大きく息を吐く。

 

「だから何が言いたいのかというと、心配するな。ローレライは自分で居場所を作った。それをどうこうしようなんて俺は思わない。その居場所に俺がいたりいなかったりするかもしれないが、そこはローレライにとってローレライだけの場所だ。気にするな」

 

 急に恥ずかしくなったので、視線を別の方向に逸らす。203mm連装砲の砲口の向く先を見ながら、言葉を続けた。

 

「だから、次の偵察情報、ローレライが持って帰って来ることを楽しみにしてる」

 

 




艦名:UF-4 → 伊507
艦種:Uボート スルフク → 伊号第507潜水艦
耐久:18
火力:4/12
装甲:4/22
雷装:30/65
回避:55/99
対潜:40/68
速力:低速
索敵:40/92
射程:短
運 :22/63
燃料:15
弾薬:40
装備:①20.3cm連装砲/①UボートXXVIIB改 ②未装備

改造チャート
UF-4 → 伊507(Lv.35)

図鑑説明(UF-4)
フランスか……ドイツ海軍Uボード、UF-4。頭が痛くてクラクラする。
白いお家がなくなって行くところがない。カール・ヤニングス? いい人。
行くところがない私に特別な居場所をくれた。でも、大事なモノ落として来ちゃった。

図鑑説明(伊507)
日本海軍式に改装された、UF-4改め伊507。ローレライって呼ばれてる。
どうして日本名じゃないのかって? じゃあ、魔女って呼べばいいよ。
私は気にしないよ。そう呼ばれても守ることができるのなら。


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第3話 上

 

 疲れた表情を見せていたイムヤとゴーヤと顔を合わせ、気の利いた言葉を交わすことなくそれぞれの艤装に乗り込む。自分の部屋として使っている艦長室には真新しい数日分の着替と日用品を入れたボストンバックが二つ、ベッドの上に放り出されている。私ならこれだけで済んだが、イムヤとゴーヤは他にも物資が積み込まれているらしい。偵察の途中、中継地になっている高雄へ寄港する予定があるのだが、その時に届けなければならない物があるからだ。半分以上が日本皇国政府の物で、残りが香辛料と調味料。高雄基地で艦娘や妖精さんたちに振る舞う食事に使うものだ。そして提督の命令書。高雄にいる日本皇国軍人や妖精さんへの命令が綴られている。私に配分された荷物は、先程改装時に元に戻すことのできた私の半身(PsMB-1)の空きスペースに押し込まれた。

 改装が終わった時、私の脳裏に浮かんだのは提督の顔だった。改装してしまうと、元々の名前になってしまう。もう偽ることもできず、はぐらかすこともできない。そんなものは存在しないんだ、と言われると思っていた。

しかし、提督はそんなことを言わなかった。嫌な表情も、複雑な表情もしなかった。ただ、納得したかのような、腑に落ちてスッキリしたような表情をした。それがどうしてなのか分からなかった。何故、そんな顔ができるのか私には理解できなかった。

それでも、提督は私のことを拒絶することはなかった。知っていたと言った。私が感じていたモノを、同じように提督も感じ取っていたかのように、言葉はいつも通りぶっきらぼうだったが、それでも必死に伝えようとしてくれているのは分かった。

 

「第四次偵察任務に出撃する。皆、連日連夜苦労をかけるけど頑張ってほしい。それに、さっき改装したことによって、これまでよりかは楽ができるかもしれない」

 

 艦橋から潮風を浴びながら、近くに控える航海妖精と見張り妖精に声を掛ける。伝声管を伝って、艦内の妖精たちにも聞こえるだろう。

 

「だから私は提督に進言した。私は"魔女"。"魔女"は単独行動をしてこそ、その力を発揮する。だから単独行動を許可を得て、第二偵察艦隊として沖ノ島沖へ向かう。第一偵察艦隊はゴーヤとイムヤ。彼女たちも同じく第四次偵察任務に出るけど、別角度からしか確認しない。強行偵察艦隊の離脱援護も私たちは別働隊として参加する。そして、偵察情報は第一・第二の双方を見比べて精度を高めることに用いられる」

 

 少しずつ遠ざかっていく鎮守府に向かって敬礼をして、私は続きを話す。

 

「これまで以上の働きが求められている。それに私は応えなければならない。だからローレライである私は、"太平洋の魔女"に誇りを持ち、見事任務を遂行してみせよう。だから皆、力を貸して」

 

 誰も返事はしない。だが、伝わっていることを信じている私の艤装妖精さんならば。

 手摺から双眼鏡で辺りを見回している航海妖精さんに伝える。

 

「これよりローレライは単独任務を開始する。このまま大島まで洋上航行を行い、それ以降は敵を発見次第潜航し、高雄を目指す」

 

※※※

 

 俺が恥ずかしい気持ちに苛まれていると、正面から変わらず抑揚のないローレライの声がぶつけられる。顔が見られないが、真ん中で分けている前髪のおかげて、大きく見える額を見ながら声に耳を傾けた。

 

「単独行動の許可が欲しい」

 

「……何を言っているんだ?」

 

 思わず口走ってしまったが、少し考えれば分かることだった。ローレライには俺にローレライの特殊性が理解されていると思われたということだ。ならば、自然と出る言葉はそれになる。

 

「私が隊伍を組んで偵察を行なうのには無理がある。攻撃のためならばまだしも。だから、単独で偵察に出させて欲しい」

 

 思わず出そうになった「大丈夫か」という言葉を飲み込み、ローレライの瞳を見る。

相変わらずの死んだ目(レイプ目)をしているが、それでも伝わることはある。今彼女が言ったことは、上申であり意思表現。そして、俺が理解していることを理解した上での言葉だった。

その言葉に、俺は真摯に応えなければならない。だからこそ、俺は短く答えた。

 

「よし」

 

 少しだけ口角を釣り上げたローレライは、そのまま艤装で物資搬入指揮をするようなので、俺はそのまま桟橋を渡ってコンクリートでできた埠頭に立つ。今一度彼女の艤装を見て、魚雷運搬クレーンと使うことのない艦載機クレーンが忙しなく動く様子を少し眺めてから、地下司令部へと戻ることにしたのだ。

道中、酒保で糖分補給するためのお菓子を買うことを忘れずに。

 

※※※

 

 既に第三波攻撃が決行され、作戦艦隊は帰路についてた。結果から言ってしまえば、敵大艦隊の漸減には成功した。規模の膨れ上がりつつある沖ノ島沖の深海棲艦の大艦隊は、第四次偵察から帰ってきたローレライの報告により、構成艦種が空母から補給艦と駆逐艦に変わりつつあるらしい。それは二度の攻撃によって、守備を固めていた戦闘艦を優先攻撃していたことが理由になるとのことだった。艦隊戦に於いて、最も優先される破壊目標は空母だ。このことから結果は見るまでもなく、空母を中心に第三波攻撃までにそのほとんどを撃破。残すところは少数の空母、戦艦と。小型艦、そして輸送艦になった。それでも尚、総数は37隻と多く残っている。第二波攻撃で半数近くまで減らしたものの、第三波までに少数の大型艦と輸送艦が増えただけに過ぎなかったのだ。

 何度目かなんて数える気はないものの、揃っているかだけを見渡して確認を行なう。本来であれば俺のみで行なうことではあるのだが、事態が事態なだけに数名を招集している。時刻的には深夜もいいところなのに、全員が遅刻せずに集合しているということは、皆不規則な生活に慣れてしまったのだろう。斯く言う俺もそれに当てはまっている訳だが。

 端島鎮守府からの緊急入電から四週間が過ぎて、もう少しで五週目に入ろうかという今日此頃。招集を掛けた部屋は会議室ではあるのだが、俺が雑に使用しているため汚くなっている。掃除をする暇もないから仕方がない。それに、この場所しか地下司令部に会議室はないのだ。

 

「あー、こんな時間の招集で悪い。いい加減、沖ノ島沖の件について俺だけでは色々とお手上げになりつつある。だから集めた。互いの面子を見れば、どういう集まりかは何となく分かると思う」

 

 俺が招集した三人は頷く。

 

「ここに一件で使った第一波から第三波攻撃の攻勢計画と報告書、第十三次偵察報告書が置かれており、ホワイトボード全面には沖ノ島沖の地図が固定されている。何度も水性ペンで書き込めるように加工してもらった海図の上に、落書きのような文字と記号が書き込まれてる。これらを見ながら、現在の最新状況と照らし合わせて、第四派攻撃の攻勢計画を立案しよう」

 

 手に取りながらどういうものかだけを伝える。

その言葉にすぐさま反応したのは、第一波から出ずっぱりの上に走り回って休みなしの赤城だった。そんな状態の癖に、いつもと変わらない様子でこの場に望んでいる。

 

「遂に提督の手にも負えなくなりましたか」

 

「負えない訳じゃない。余裕がない」

 

「……本土侵攻の予兆ですか? 世間では既に沖ノ島沖の深海棲艦の大艦隊は報じられていますし、私たち(横須賀鎮守府)が第三波攻撃までして殲滅に至っていないことが知れています」

 

「確認している。そろそろ殲滅もしくは潰走させなければ、非常に面倒なことになる」

 

 第十三次偵察報告書乙を捲りながら、次に発言を始めた鈴谷の言葉に耳を傾ける。彼女は第二波攻撃に参加していたが、それ以外は高雄へ物資を運ぶ船団護衛を行ったり、出撃する作戦艦隊のケアで少し忙しかったりする。それでも毎日睡眠の時間を取れるくらいには余裕があるみたいだ。しかし、この時間でも眠そうではないのは、日頃自分が夜型だと豪語していることと因果関係があるのかもしれない。

 

「余裕がないのは分かるよ。この部屋の様子を見ているとねー。でも提督にしたって、今回の件の対処の手段は他にも持っているんでしょ?」

 

「ある」

 

 随分と見慣れたローレライの字を追いながら、鈴谷の問に答えた。

 今回の件での対処の方法はある。否。正確には"あった"の方が正しい。

 

「だが無理だ」

 

「どうして?」

 

「各方面の哨戒を厳重にし、横須賀と高雄に即応部隊を置いた影響だ」

 

「……資源がインフレを起こして、生活物資の調達数が落ちたことが理由なんだよね?」

 

 元々国内で化石資源の採掘が望めない日本は、海外からの輸入に頼る他なかった。それはこの世界でも俺のいた世界でも同じ。しかし、深海棲艦が蔓延る現状、大規模な輸入は深海棲艦の通商破壊攻撃に遭う可能性が非常に高く、船団護衛をしなければ輸入もままならない。そして、その船団護衛をする余裕がない。そうすると、国内流入資源量は減少し、消費する物資の補給もままならなくなるという訳だ。今までだって輸入量は少なく、かなり無理をしている状態だったのにも関わらず、このような不測の事態に長期間で対処してしまうと、それこそカツカツになってしまうのだ。

 

「もう最低限の哨戒と即応部隊の展開は一回が限度だ。次の第四波攻撃がいよいよ最期になる」

 

 瞑想をしていた金剛が目を開き、腕を組んで考える。

 

「うーん……。確かに鎮守府の備蓄はスッカラカンネー。民間から戦時徴用すればいいかもデスガ、それは……無理な話デショウ」

 

 金剛の言ったことも検討した。しかし、民間から化石資源を徴用してしまうと、かなりの反発が予想される。特に今の沖ノ島沖での戦闘が長引いていることから、反戦派が色めきだしているのだ。資源を無駄遣いする軍隊と横須賀鎮守府を解体しろ、と。

 

「……しかし第四次偵察報告書から以降は、情報が本当に正確かつ分かりやすくなりましたね」

 

「そうだねー。それまではおおよその陣形の図くらいしかなくて、あとは艦種だったりしか分からなかったけど、第四次からは船の向いてる角度からどの程度移動しているかについてまで正確に書いてある」

 

「そして級まで特定していたのに、今では型や武装の状態。果ては艦載機の数まで分かるネー」

 

 全員が偵察報告書乙を見ながら、そんなことを呟く。

 偵察報告書乙は、偵察艦隊から独立し第二偵察艦隊となったローレライが提出している報告書だ。自分の力を活用し、偵察情報をより詳細かつ膨大に集めて来るようになった。その上、撤収時には破壊活動も行っているという。強行偵察艦隊の離脱援護については知っていたが、今では戻ってくる際の燃料消費を押さえるためか、積んだ魚雷から4発だけを残して他は全て使って帰ってくるのだ。その御蔭か、偵察情報で分かる深海棲艦の大艦隊は減少傾向にあることが分かっているのだ。

 

「ローレライが出しているものだ」

 

「ローレライ。……フリーデリーケさんですか」

 

「あぁ。改装してローレライになった」

 

「なるほど? ……彼女もやりますね。この偵察情報の精度は航空偵察以上ですよ」

 

「そうだろうな。……だが、それがあったとしても、俺たちが反抗できるのは一度が限度だ」

 

 赤城は唸りながら、再度報告書に視線を落とす。

 そして、時間だけが刻々と過ぎていった。俺たちに残されている時間は少ないのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながら、大部分は第四波攻撃のことを考えていた。

 



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第3話 下

 

 第十四次偵察が終わったのは赤城、金剛、鈴谷と会議をしてから六時間後だった。腕時計はアナログ・デジタル両方に対応した時計で、今が朝であることを視覚的に教えてくれる。ここのところ、数時間前の記憶も飛ぶようになりつつある程に、俺は満足な睡眠を取っていないのだ。ちゃんと寝たのはいつが最後だったかなんて思い出せない。

 会議中、赤城たちに心配された俺は、仮眠を強制的に取らされたため数時間前の記憶が飛んでいるのは寝不足が原因ではなく、仮眠をしたからだろう。

ボーッとする頭を無理やり起こし、時計を見た時には第十四次偵察から戻ってきた偵察艦隊の皆から報告を受ける時間になっていた。椅子にかけたままになっているシャツを羽織り、その足で地下司令部へと向かう。

 

「ちゃんとよく寝たー?」

 

「寝たが……俺の寝ていた間に大事はなかったか? 代わりに見ててもらっていたみたいだけど」

 

「大丈夫だよ。赤城さんはそろそろ提督が起きてくるだろうから、って朝ご飯取りに行ったよ。というか提督、どんだけ寝てないのさ。三人掛かりで布団に押し込んだと思ったら、数秒もしないうちに寝ちゃってたもん」

 

「どうだろうな。仮眠はしているんだが。それと鈴谷も代わりありがとう。赤城にも後で言っておく」

 

「うん。鈴谷もここでご飯食べるから、それまではここに居させてね」

 

 そういった鈴谷は地下司令部の妖精たちが見渡せるところで、椅子に腰掛けながらあくびをした。

 数時間席を外していたところへ戻って数分が経つと、司令部に誰かが入ってくる。

 

「第十四次偵察任務終了。報告書を持ってきた」

 

「右に同じく」

 

「でち」

 

 偵察艦隊の艦娘たちだ。最初の内は偵察頻度が高かったが、今では偵察に出ている時間が伸びている。理由としては敵艦隊の動向の調査だが、その分だけ彼女たちに負担を掛けてしまっていることは分かっていた。

 服装は見慣れたものではあるのだが、今着ているのは恐らく数日前のものか、帰還中に甲板で自分で洗濯したものだろう。イムヤのセーラー服がシワシワになっているので、確認はしていないがそうだろう。

 

「ご苦労だった。何か早急に伝えなければならないことは?」

 

「深海棲艦の増援部隊が来た」

 

「……頼む」

 

「前回の第三波攻撃で大型艦の漸減には成功しているけど、今回見に行った当初は数に変わりはなかった。だけど途中で増援部隊が現れて、気付いたら少数の大型艦と二個艦隊分の水雷戦隊が合流した」

 

「詳細はこっちに書いてあるな?」

 

「うん。それと補給艦も増援部隊と入れ替わって7隻出て行ったけど、結局7隻合流しているから変わらない。だから今、沖ノ島沖には56隻の深海棲艦がいる」

 

 地下司令部の空気が凍りつく。

 

「数日ぶりに戻ってきたけど、随分とお疲れ様じゃない?」

 

「イムヤ……」

 

「あんまり近寄られると恥ずかしから、遠くからでごめんね、お風呂満足に入れてないから気になるの。……それで、何となく戻ってきて察してるけど」

 

 少し艶の失った赤髪を揺らしたイムヤは、暗い表情をしながら呟く。

 

「もう、満足に戦える程資源は残ってないのね」

 

「……あぁ。この困窮っぷりは末期だ」

 

「笑えない冗談よ、それ……。それで、手は打つんでしょ?」

 

「無論」

 

 イムヤから報告書を受け取り、報告書を捲って簡単に目を通す。

 

「提督」

 

「どうした?」

 

 今度はローレライが声を掛けてきた。

 

「南西諸島に行こうと思う」

 

「……目的は?」

 

「あそこで油を貰ってくる。私は燃料消費が少ないから、収支で言えば黒になる。微々たる量でも、何度も行けば」

 

「駄目だッ!!」

 

「っ……」

 

 俺は思わず大きい声を出してしまった。

 

「済まない。だが許可できない。現状偵察艦隊である三人には負担を強いている。この上、資源採掘に向かわせる訳には行かない。今、作戦艦隊に編成できない駆逐艦たちが交代で南西諸島海域に行っている。目的は分かるだろう?」

 

「うん」

 

「それでも足りていない。だが無理をさせる訳にもいかない」

 

 俺は三人との会議で決めていたことを、ここで言うことにした。ローレライに効率を重視した非人道的なモノを提案させてしまったというのもあるが、彼女の後ろにいるイムヤとゴーヤも苦虫を噛み潰したような表情をしていたことが気にかかったのだ。それほどまでに事態は切迫していて、もう後がない状況。

累計100にも届かない深海棲艦に、俺たちはここまで苦しめられているのだ。そしてこの状況を起こしたのは俺でもある。最初に日和っていなければ、こんなことにはならなかった。全力で叩き潰すつもりで作戦を立てなければ、皆に苦しい思いを強いることはなかった。

 

「提督」

 

 俺にローレライが声を掛ける。

 

「大丈夫」

 

「……ローレライ」

 

「どうにかするんでしょ? 提督は今までだってそうしてきた。皆がそう言ってた。撃たれた時も、鎮守府が焼け野原になった時も、もう助からないってなった時でも。だったら、命令してよ」

 

 ペンだこができた手で、俺の手を握る。

 

「私はまだ短いから分からない。だけど、皆提督を信じて戦っている。提督の言葉を待ってる。きっと最期の攻撃になる。だから、私は覚悟してる」

 

 覚悟と言われた刹那、俺は引っかかりを覚える。覚悟はできていたつもりだったが、いざ口にするのを躊躇っていたのだ。本当であれば、仮眠から冷めた時には命令を下していなければならなかったのに、俺はここまで引っ張ってしまった。第十四次偵察の結果を見た時、もしかしたら深海棲艦たちは異常行動とも言える大艦隊の形成を解いているかもしれない、等という自分勝手な希望を持っていた。しかしそんな現実はある筈もなく、突きつけられたのは無情な増援の二文字だった。

 そしてそんな最悪の事態も想定して、俺の手の内には第四波攻撃の攻勢計画があった。それはあまりに無茶で無謀で、馬鹿な物。結局、そんなものしか提案できなかった。

俺の提案を聞いた赤城たちも、驚きはすれど呆れはしなかった。彼女たちも現状を理解し、俺がどんな命令をするのかも理解した上で支持してくれたからだ。そして自分たちが支持したからと、その攻撃には加わると言って譲ることもなかった。

 机の上に置いていた、第四波攻撃攻勢計画の企画紙を手に取った。

今まで持ってきたどんなものよりも"重い"企画紙を、俺は開いて読み上げる。

 

「第四波攻撃。これまでの攻撃と偵察報告、鎮守府と国内の戦時物資の状況を鑑みて、ここに……本異常事態対応の最終作戦とする」

 

 もう、端島鎮守府にも余力はなく、率先して南西諸島で資源採掘を行っていたが、最低限の近海守備に出せる分だけの資源しかもう余裕はなくなってしまったのだ。

第三波攻撃で消費した資源は、本来であれば支隊として就く予定だった端島鎮守府が戦闘力増強のために自分らは下がって俺たちに託したもので成り立った。

 

「沖ノ島沖に展開する深海棲艦を撃滅するため、連合艦隊を編成し、これに対応」

 

 既に全館放送のスイッチを入れており、これまで話している内容は鎮守府の誰もが聞いている。

 

「全ての船団護衛を打ち切り、余剰物資を全てこの一戦に賭ける」

 

 気持ちも入ってしまい、声に力が入る。

 

「連合艦隊の編成はこれまでの空母機動部隊と護衛艦隊だったが、今回は全て大型艦で編成する。主力は空母機動部隊。旗艦 赤城以下加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴。前衛は水上打撃部隊。旗艦長門以下陸奥、扶桑、山城、金剛、榛名」

 

 静まり返る地下司令部で、俺は覚悟を決めた。

 

「支援遠征艦隊。旗艦比叡以下霧島、飛鷹、隼鷹、祥鳳、瑞鳳。沖ノ島海域へ遠征。戦闘海域外からの連合艦隊の直接支援戦闘を行うこと。この時、支援遠征艦隊は自身で弾着観測機を出撃させること」

 

 遠征として出撃させる支援遠征艦隊は、直接沖ノ島沖へ乗り込むことはなく、連合艦隊の支援を行うためだけに遠征に出すものだ。

そしてあと一つ、出撃できる艦隊がある。

 

「しかし連合艦隊並びに支援遠征艦隊が本命ではない。潜水艦のみで編成された艦隊を"作戦艦隊"とし、沖ノ島沖での戦闘の最中、敵艦隊中枢へ侵入し、敵基幹艦隊の撃滅を行う。敵の統率が崩れ次第、連合艦隊並びに支援遠征艦隊二艦隊は、沖ノ島沖深海棲艦群へ全力攻撃を敢行。この時、轟沈する恐れのある損傷を受けていたとしても、進軍すること」

 

 悔しい。

 

「これは命令だ。第四波攻撃をもってして、この危機を打開する。編成からあぶれたものの志願者は受け付けない。残留艦娘たちは横須賀鎮守府の近海守備並びに桟橋砲台、対空砲台の任を命ずる。出撃の叶わない者は各部署の長の下に就き、我々の帰還を待て」

 

 悔しい。それが俺の心を占める今の気持ちだ。

 

「俺は作戦艦隊に同行し、直接艦隊の指揮を執る。同乗艦は伊507 ローレライ。彼女の持つ特殊音響兵装による水中立体映像(ソナースコープ)から、敵艦の脅威度を直接順位付けし、攻撃指示を行う。反対はまかりならん」

 

「わ、私だけでも!!」

 

 ローレライがそれでも止めようとするが、俺は振り払う。

 

「死に逝く気は毛頭ない。成功率を上げるために往くんだ」

 

 この宣言から数時間後。出撃準備を整えた第四波攻撃は発動し、予定されていた艦隊の全てが出撃する。それはもう夏も終わる頃、早朝ことだった。

 



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第4話 上

 

 自分の寮室よりも見慣れた景色。管とバルブ、時々足元を往来する妖精さんを労いながら、甲板で難しい顔をしているであろう人のことを想う。

 沖ノ島での深海棲艦の異常行動を対処し始めてから、提督はきっと休んでいない。食事と生理現象の時でさえ、頭の中ではずっと海のことを考えているに違いない。

 

「赤城より定時報告」

 

 何度開いたか分からない偵察報告書と、出撃前に渡された第一波から三波攻撃の結果報告書。穴が空くほど目を通し、前後が入れ分かる程読み込んだ。膝の上でシワだらけになった冊子から視線を外し、通信妖精から受話器を受け取った。

 

『全艦順調に作戦行動中。周辺海域ならびに進路上、敵艦影あらず。……提督の様子はどうでしょうか?』

 

「定時報告了解。提督なら甲板にいる」

 

『甲板ですか? 艦内にはいないんですか?』

 

「いない。水上航行時は半分くらい甲板にいる」

 

 乗艦が決まった時、相談して決めていたことだった。操艦命令は基本的に私しかできないので、基本的に持ち場を離れることはない。離れる時はお手洗いに行く時や仮眠の時くらい。その前後でやりたいことをしている。

しかし、今回は提督が私の代わりをすることができる。安全海域を航行している時は、基本的に水上航行しかしない。今までならできなかったことを、提督と交代でできるようになったのだ。

 

「今は多分見張りをしながら海水ろ過器を動かして、真水を艦内に入れてる。あと洗濯とかやってると思う。多分」

 

『洗濯? 潜水艦の艤装に洗濯機ってありましたっけ?』

 

「本格的なものはない。簡易洗濯機を使ってる。民生品は持ち込んでも、作戦行動に支障はないからって、任務に就く前に支給されている」

 

 沖ノ島でドロップされてから、鎮守府で艤装に持ち込まれたものだ。潜水艦の艦娘には海水ろ過器や簡易洗濯機が支給され、申請次第で提督が色々買ってくれるのだ。私はまだ支給品しかないが、イムヤやゴーヤは他にも色々持っているらしい。

 

『そういえばそうでしたね。……提督の様子は?』

 

「いつも通り。気は張ってると思うけど、変な様子はない」

 

 変な様子はないが、就寝場所を決める時には少し言い合いになったくらいだ。艦長室で一緒に寝ればいいというのに、頑なにそれを拒んできた。結局魚雷発射管室で寝ることが決まり、荷物は艦長室を間借りさせてくれと言ってきた。拒む理由もないので、空きスペースを伝えたらボストンバックが置かれていた。

 

『もう数時間で沖ノ島に接近します。提督にも伝えてください』

 

「了解」

 

 受話器を通信妖精に返し、再び冊子に視線を落とす。

 出撃前に説明された、私たち"作戦艦隊"の任務。説明を聞かされ、作戦企画紙を見ても理解できなかった。

提督は何を考えて、このような作戦を立案したのだろうか。気がつけば撫でている"機械"について考えながら、私はこれから始まるであろう作戦について考える。

 

※※※

 

 私の半身(PsMB-1)は特殊なソナーだ。使われている技術自体も謎が多く、私も把握し切れていない。しかし分かることは、そのソナーは私の半身であること。

 PsMB-1。提督は私の半身のことを皆に説明する際、トウドアレイソナーと言った。トウドアレイソナーではあるのだが、詳細は別に表現したのだ。

アクティブソナーだが水中を【可視化】する、私にしか使用することのできないオーパーツである、と。

使用する時は、PsMB-1とシステムを内蔵したUボートXXVIIBを船体から曳航する。そうすることで、司令室に設置された専用のレーダースコープを使用することで、水上の状況を見ることができる。これによって、クジラを誤認することがなくなり、深海棲艦や味方の識別も容易になったのだ。

 このPsMB-1を使用することで、私は高精度の水雷戦闘技術や危機察知能力を得ていた。これまでの偵察任務に於いて、離脱時に全ての魚雷を深海棲艦に命中させており、離脱も爆雷攻撃を受けることなく速やかに行なうことができているのだ。

 実績だけ見ていれば、優れた装備であるPsMB-1。しかしこれが、私の"魔女"と呼ばれる所以でもある。

このようなオーパーツを搭載しているのは、史実では存在していない。しかし、私の記憶には刻まれていた。私の中では、ローレライである艦は1隻しかいないのだ。そして、艦娘としても私だけ。

いくら練度が高い潜水艦でも、私ほどの精度での水雷戦闘は実現不可能なのだ。

だから、水中から周辺を見ることのできる目を持つ私は、その常軌を逸した能力から"魔女"と恐れられた。どこからともなく現れ、回避不可な雷撃をして消える。だから畏怖された。敵からも味方からも。

 

「作戦艦隊は戦闘海域に突入次第、敵中枢の基幹艦隊を叩く。作戦通りにことを運べ」

 

 提督は受話器を取りながら、戦闘海域突入直前に作戦参加艦隊に檄を飛ばしている。

 何度も確認したことだし、全員に配られている作戦企画紙は何度も読み込んだ筈だ。言われずとも、頭の中には刻み込まれている。しかしそれでも、確認の意味を含めて今一度言う必要があるらしい。

 

「だが連合艦隊ならびに支援遠征艦隊は、全力攻撃を行なうこと。己が力、存分に見せてくれ。作戦艦隊の仕事を奪うつもりで戦え。我武者羅に全力で」

 

 通信は艦内にも伝声管を通して放送されている。妖精たちも持ち場に付きながら、全員静かに耳を傾けていた。

妖精を含めると作戦参加人数40万人強は、心を一つにしていた。

 

「何度目かは分からない分水嶺。いつものように全員で乗り越えて見せよう」

 

 ドクンと心臓が大きく脈を打つ。

 

「皆の武運長久を祈る。また鎮守府で逢おう」

 

 提督は通信妖精に受話器を返し、帽子を被り直す。

 

「第四波攻撃開始」

 

 静かに宣言された号令を聞き、私は全艦に指示を出す。

 

「全艦戦闘配置。見張り妖精は対空・対水上警戒を厳となせ」

 

※※※

 

 海上の砲雷撃戦が水中に絶え間なく衝撃を与え、ソナー妖精も敵味方識別ができないと愚痴を零す。

作戦艦隊は作戦企画紙通り、陽動にかかった深海棲艦群の脇を通って中枢基幹艦隊の捜索を始めていた。全艦が潜航中で通信を行なうことができず、直前に見つけることのできた対潜装備の深海棲艦の数を知らせることしかできなかった。

 水中衝撃波が船体を軋ませ、圧に耐えかねたバルブが開きかけることが数度。直接攻撃を受けていないことが幸いし、特に浸水することなく砲弾飛び交う戦場の真下を移動することができていた。

 偶発的に発生した大規模戦闘に参加することになったが、今まで主任務だった偵察よりも数段上の緊張感が艦内を包み込んでいた。

まだ経験の浅い"私"と妖精さんたちは、自分たちが作戦の要を握っていることを自覚していた。それは、私の隣に並び立つ提督という存在。

 ギシギシと船体の外郭が撓む音を鳴らし、その度に圧に耐えられるかと冷や汗を浮かべる。モータの駆動と、戦闘開始前まで稼働していたディーゼルエンジンが熱を発し続けていることもあり、艦内は蒸し風呂状態になっていた。

何もしていなくとも汗は浮かび、目に入りそうになる雫を拭いながらソナースコープを覗き込む。

 浮かび上がるモノクロの立体映像を、何度も覚えた深海棲艦と艦娘の艤装の形状と照らし合わせながら、慎重に進路を選んでいく。

もし失敗してしまうと、アクティブソナーを連発されて爆雷攻撃を受けてしまう。外苑艦隊の対潜装備艦に遭遇してしまえば最期だ。脆い潜水艦への飽和爆雷攻撃は、敵の感がよければ一発で撃沈させられてしまう。

 

「頭上を重巡が通過」

 

 対潜装備のない重巡リ級が頭上を砲撃しながら通過してしく。近くには友軍の砲弾が着弾し、水中で炸裂している音を拾っているようだ。顔を顰めて音量を落としながら、ソナー妖精は撓む音に負けない程度の声で報告する。

 妙に鼓動や呼吸音が響くように聞こえ、息遣いに気が削がれながらも集中してソナースコープを覗き込み続ける。一瞬でも指示が遅れ、間違ったものを言ってしまえば、私たちは帰ることができない。

 

「162度の方向に爆雷着水音」

 

 自分のソナースコープの向きを変え、投影される立体映像を見る。

上から下へゆらゆらと落ちていく無数の小さい点。その行き先には、何度も見てきた艦影。

 

「ゴーヤ……」

 

 炸裂した爆雷はノイズとなってゴーヤの艦影を消し去り、何も見えなくなる。衝撃波が遅れて私の艤装にも届き、艦全体を揺らす。相対距離はそこそこ離れており、おおよそのお互いの位置は把握している。

 恐らくゴーヤは対潜装備艦の外苑艦隊に捕まったのだろう。頭上を通る影がいくつも見えるということは、爆雷の集中投下を受けている筈だ。

 

「ゴーヤは潜航して息を潜める筈だ」

 

「分かってる……」

 

 提督は冷めた目で私を見つめて言い放つ。

 

「モータ始動。外苑部から中枢に向かう。ゴーヤはこのまま囮になってもらう」

 

「っ!!」

 

 見捨てるのか、口から言葉が出そうになるが飲み込む。提督の冷めた目、抑揚のない声で、ゴーヤを見捨てろ言った。だが、それが本心でないことは分かる。汲み取れるからこそ、私は自分の拳を握り込んで指示を出す。

 

「モータ始動。前進微速、進路そのまま」

 

「了解」

 

 妖精さんは素直に命令を受け取り、操艦を行なう。彼女たちも分かっているのだ。ゴーヤの援護に行きたくとも、行ってしまえば基幹艦隊に辿り着く確率が落ちることを。

幸いにして"私"はまだ、深海棲艦たちに発見されていない。作戦遂行には基幹艦隊を補足するまで、作戦艦隊の誰かが攻撃可能であればいい。

 移ろう立体映像に目を凝らしながら、水柱と波紋の間の僅かな隙間も見逃さずに観察し続ける。

 

「一番二番魚雷装填。調定深度……くぅぅぅ?!」

 

 頭が割れるような痛みに襲われる。長時間のPsMB-1とローレライ・システムの使用は、艤装を司る私に直接ダメージを伝える。仕様なのかは分からないが、これまでも何度も経験してきたことだ。

 

「ぐッ?! ……調定深度3」

 

 ソナースコープには中枢艦隊ではないが、護衛の戦艦ル級3隻を捉えていた。ノイズ的に砲撃を受けているようだが、命中弾をいくつか食らって致命的な被害には至っていない様子。艦隊から離脱しながら、外苑艦隊に合流するのだろう。その後の動きは容易に予測できる。連合艦隊の注意を引き付ける動きを見せる筈だ。それは阻止しなければならない。目標は作戦艦隊の攻撃目標も、連合艦隊の陽動目標も同じ。敵基幹艦隊だ。

 

「三番四番……魚雷装填……。調定深度……5」

 

 本命は三番四番。一番二番は囮として使い、回避運動をするであろう先に、三番四番の魚雷を撃つ。

これで残本が6本。出撃前にも全発射管に魚雷は装填されており、調定も同じように設定していた。既に8本を使っており、残りは基幹艦隊に使用する分しか残っていない。混乱している敵には、もっと混乱してもらうために囮を使わせてもらう。戦闘態勢でない敵艦ならば囮は必要ないが、海上は砲弾の雨が降り注ぐ修羅場だ。足元にも注意を向けてもらう。

 

「一番二番撃て」

 

 エアの抜けるような音と共に、金属の擦れる音が艦内に響く。スコープに海中を走行する魚雷を2本捉える。3メートルを走っていれば、目のいい見張りがいればある程度接近すれば発見される。そこから取るであろう方向に艦首が向くと同時に、遅れて指示を出した。

 

「三番四番発射」

 

 スコープから目を離すことはない。断続的に襲ってくる頭痛に耐えながら、手元を見ずに使用した魚雷の数をメモする。

 ソナー妖精が少し遅れて報告した。近くで発射管注水音が聞こえた。ゴーヤは対潜装備艦を引きつけながら、少し離れたところを潜航している。となると、近くにいるのはイムヤだろう。

イムヤは魚雷を発射したらしく、スコープ外から遠くへ走り去る魚雷が見えた。目標は私が撃った相手ではない様子で、もっと近い敵艦を狙ったようだ。

 すぐさま視野を広げて索敵を再開する。頭上を何度か深海棲艦が通過している。もう基幹艦隊に到達してもいい頃だ。頭痛と戦いながら、私は前回の偵察で掴んだ情報を思い出しながら、該当する艦影を探す。

この時、私は余裕がなかった。だからこそ、見落とした。

 船体を震わせる、特徴的な音。リズムを取って、外郭を震わせるのはアクティブソナーだ。

 

「対潜装備艦に補足されました!!」

 

「くッ?!」

 

 指示に一歩出遅れるが、私の詰まった声に被せて低い声が指示を出した。

 

「急速潜航!! 両舷前進一杯!!」

 

「急速潜航、深度120」

 

『両舷前進一杯!!』

 

 伝声管から機関妖精の声が伝わる。

 

「ローレライは目となれ。俺が指示を出す」

 

「……はい」

 

 肩が触れ合う距離。提督は垂れ落ちる汗を拭うことなく、海図を睨みつける。リアルタイムで現在地を割り出せるローレライシステムによって、海図には数分置きに場所を示す駒を進めていた。同時に敵艦隊の位置も同じ様に駒を置いている。

 視線の先には立体映像。上に視線を向けると、ふわふわと落ちてくる爆雷が目に入った。

 

「爆雷着水」

 

「対ショック姿勢!! 何かに掴まれ!!」

 

 提督と私は机に、妖精さんたちはそれぞれの持場のものを掴む。直後、艦が大きく上下左右に振られる。同時に船体が大きな音を立てて軋み、隙間から浸水が始まる。

 

「修理は同時進行だ!! モータ停止、慣性航行に移る。」

 

 アクティブソナーを使われたら、再び位置を知られてしまう。頭上を通過した深海棲艦は3隻。全て駆逐艦だった。捨て置き、中枢艦隊を目指すか、やり過ごすか。どちらを選ぶにしてもリスクがある。

 ソナースコープであちこちを見渡しながら、残っている深海棲艦の動きを監視し続ける。この間にも、提督は動きを考えてくれる筈。私ならばやり過ごす。今は水上戦闘が激しく、パッシブソナーを使っても水上艦載のものは表層のノイズで水中の音を拾いづらくなっているだろう。また、轟沈した艦が大きな音を立てるので、ノイズに私は隠れることができる。その分、ソナー妖精さんは全く仕事ができない。だが、私には半身があった。

 目視で轟沈艦が沈んでいくのを確認している。ボコボコになった水面はノイズだらけでも、動いている艦影を捉え続けている。一方で相手が私を見失ったことには気付いている。見当外れなところへ移動しているのは確認していた。

 

「……近くに轟沈艦がいるな。メインタンクブロー、深度80。アップトリム7」

 

「メインタンクブロー、深度80」

 

「アップトリム7」

 

 艦が浮かび上がる。海底山脈の頂は離れていき、海面が近づいてくる。損傷艦から脱落した装備が真横を沈んでいき、捉える情報量が徐々に多くなっていく。

 PsMB-1にはソナーに近ければ近いほど、捉える情報量が増える特徴がある。近くを泳ぐ魚影でさえ捉えることがあるのだ。そしてその情報量が増えるだけ、断続的に私を襲う頭痛が強く長くなる。それは注視している時も同じで、遠くのものを見る時も同じ様に頭痛に襲われるのだ。

 

「……っ」

 

 何度口の中を噛んだか分からない。頭痛で意識が飛びそうになるのを、口の中を傷つけて耐える。血の味しかしないが、気にする必要はない。

 

「……見えた」

 

 ノイズの向こう側に大型の艦影が見える。全速に近い速度を出しているが、大型艦4隻の影は見間違いではない。

 

「11時方向、距離20000。中枢艦隊確認」

 

「……ローレライ」

 

 中枢艦隊発見の知らせは、ピリピリとした艦内が少し和らいだ気がした。だが、小さく低い声で、その気が引き締められる。

 

「敵残存数は分かるか?」

 

 周囲を見渡し、水上に残っている艦を捜索する。広範囲に敵艦隊が広がっており、総数数十隻となると、見落としも多くなる。突入した場所から、轟沈艦を数えたところで全体を把握することは難しい。また、敵艦隊が戦闘の混乱で序列を乱し、少数で纏まった艦が各個に連携を取りながら連合艦隊の方へと向かっている。最初は小さく固まっていたものの、大きく広がってしまっている。故に、敵艦全てを把握することはできないのだ。

把握できているだけでも報告するべく、手元で計測していた轟沈を確認している隻数を言う。

 

「43隻」

 

「まだ残ってるな」

 

 前回の偵察で56隻の深海棲艦を確認し、内訳も分かっている状態だ。その中で轟沈を確認したものを引いても43隻残っている。海上には戦闘不能になったものもいると見て問題ないだろうが、それでも私たちよりも遥かに数は多い。

 この状況を提督は切り抜けるために、基幹艦隊の早期撃滅を狙ったのだ。

 今はまだ開戦からそれほど時間が経っていない。連合艦隊がどのような状況にあるかは分からないが、早くに目標を発見できたのなら、速やかに攻撃に移るべきではないのだろうか。

口には出さないが、きっと妖精さんたちも同じ気持ちな筈。逸る気持ちは提督も同じだと思いたい。それでも、提督は待ったをかけたのだ。転舵し、基幹艦隊に攻撃を仕掛けるのを止めさせたのだ。

 

「ローレライ」

 

「……うん」

 

「中枢艦隊を捉え続けてくれ。見失うな」

 

「了解」

 

 それだけを言うと、提督は誰も予想だにしなかった号令を出した。

 

「回頭、右70度」

 

「か、回頭ですか?!」

 

「あぁ。回頭、右70度。復唱し、速やかに舵を切れ」

 

「り、了解。回頭、右70度ようそろ」

 

「速度そのまま。敵艦隊から距離を取る。轟沈艦のそばを航行したい。ローレライは詳細な指示を出せ」

 

 私は黙って従うことを選んだ。

 



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第4話 下

 敵の懐まで侵入していた私は、指揮と操艦を託していた提督の号令によって離脱することとなった。乱雑に打たれる探針音をソナー妖精さんは感知していたようで、戦闘に入った直後に対潜装備艦に追われたゴーヤがまだ生存している可能性があることを知らせてくれる。私のことは探知されていなかったことを鑑みても、イムヤが発見されていない限りはその可能性が高いと見て間違いなかった。

 司令室にはおかしな空気が流れる。各妖精さんたちが一番変な空気を出しており、その原因が飄々と海図を睨む提督。彼に対する不審感みたいなものを感じているのだろう。敵を目前にし、自分で立てた作戦目標から退く。何を目的に回頭したのかも言わない。ただ、命令を下しただけ。いつもならば、こんな強引な手を使うことはなかった。それは陸だったから? 実際に乗艦したことは何度かあったと聞いたことがある。しかし、話を聞く限りでは、今日の提督とは違う。陸と同じだったと聞いている。ならば、何故提督はここで退くことを選んだのだろうか。

 外苑艦隊の残存が頭上を通り過ぎ、艦内の気温・湿度計の針が両方とも左に振れてから久しい。

額に浮かぶ汗を拭うこともせず、ずっと静かにソナースコープを覗いて周囲の状況を見続けている。長いことスコープを覗いているからか、目も痛くなってきていた。伝ってきた汗が目に入り、立体映像を凝視していることと相まって痛む。

 

「……周辺に友軍なし」

 

 スコープには何も映らず、戦闘海域から時々伝わる砲弾の着水音を捉えるくらいだ。後は大きな魚やサメが映る程度。

 提督は何も言わない。静かに隣で海図を見ているだけ。何か考えがあっての行動であることは分かるが、目的が分からない。

 

「戦闘海域の様子は?」

 

 調子の変わらない提督の声に、私は素直に答えた。

 

「拮抗しているみたい」

 

 それだけを答えると、スゥっと息を吸う音に続いて提督が続けた。

 

「詳細を頼む。情報量が多くて頭に負担が掛かっているのは分かっている」

 

 確かにPsMB-1を酷使すると頭が痛くなるが、そのことを提督に言ったことがあっただろうか。否。そんな態度をこの場でした記憶がない。確かに戦闘海域に入ってから、頭が割れそうな頭痛に襲われているが、ふらつくこともなかった筈だ。

 

「すまない。それがローレライ(魔女)の力を使った時になることは知っている。だが耐えてくれ」

 

 提督が不意に私の頭に手を置いて撫で始める。急に触られて驚きはするが、大きく硬い手は温かく優しく感じた。硬いのに柔らかい、そんな風に思ったのだ。

 提督の手が私の頭から離れると、さっきよりも力強い声で言った。

 

「詳細を頼む。覚えている範囲でいい。これまでに遭遇した艦も含めて、状況を把握できているだけ伝えて欲しい」

 

 私は必死になってソナースコープを見た。頭がカチ割れそうなほど痛いが、その度に私は痛みを振り切って情報を集めた。

 連合艦隊との戦闘開始から幾時が過ぎ、敵艦隊は徐々に数を減らしていた。しかしそれは外苑艦隊ばかりで、基幹艦隊はほとんど手つかずの状態で残っていた。

連合艦隊の任務は敵艦隊との全力戦闘。指示のほとんどは旗艦の赤城が出しているので、私にはどのような状況になっているのかは皆目検討もつかない。

そのため、提督は情報が欲しかったのだろう。砲撃戦の中の敵艦隊に奇襲を仕掛けるこの作戦には、味方がどこに攻撃しているのかも重要な情報になる。見誤れば流れ弾が直撃する可能性もあるからだ。

 

「……分かった」

 

 できる限りの情報を提督に伝えた。外苑艦隊から離脱している対潜装備艦は小集団から離れて対潜戦闘中であり、ゴーヤが生存していることが確実となった。未だに爆雷の炸裂音が聞こえるということは、海中で息を潜めているということだろう。

その他、輸送艦と小型艦で構成された外苑艦隊は、連合艦隊と支援攻撃によって三分の一が轟沈している。離脱中に何隻か轟沈したようだった。海底に向かっていくノイズの数が増えたことと、ノイズの地位から推察した結果だ。

基幹艦隊護衛の艦隊は、先程攻撃した艦が該当する。私を追って艦隊から離脱してた後に迷走していたので、そろそろ合流する頃だと思われる。

基幹艦隊は健在。恐らく空母や戦艦で構成されているが、数にしても連合艦隊の比ではない。

 それらの情報を詳細に手に入れ、基幹艦隊が序列を返ることなく移動を続けていることを確認した提督は、艦に指示を出す。

 

「90度反転。深度そのまま。再度艦隊の足元を通過し、基幹艦隊に奇襲を仕掛ける」

 

「90度反転ようそろ」

 

「深度そのまま」

 

 妖精さんたちは命令を復唱し、艦首を敵艦隊へと再度向けた。

 

「魚雷の残本は?」

 

「6本」

 

 提督は唸った。何か都合が悪いのだろう。

 何かを躊躇しかけ、それを飲み込んだ提督が私に問いかける。

 

「203mm連装砲は使えるか?」

 

「使える」

 

「……弾種は?」

 

「通常弾、徹甲弾……それと三式弾」

 

 通常弾と徹甲弾は、もともと艦に搭載されていたものだ。それを横須賀鎮守府の工廠でリバースエンジニアリングし、図面を引いて生産されたもの。そして三式弾は、いわゆる焼夷弾だ。私に搭載されている203mm連装砲用に開発されたもので、工廠妖精が『高価な砲弾ですよ』と言っていたのを覚えている。

 

「搭載弾数は聞くまでもないか。よし、方針を伝える」

 

 提督は汗を拭いながら、これからの方針を説明し始めた。

 現在艦に残されている攻撃兵装は魚雷6本と、今は気密閉鎖されている203mm連装砲。砲弾は各種搭載できるだけある。砲身が歪んで使えなくなるまで撃ち続られる。艦尾の400mm四連装魚雷発射管は使用不可だ。取り外されていて、今は即席の増槽になっている。装填されているのが短魚雷ということもあり、あったとしても使い所が少ないということもあった。それこそ、203mm連装砲と同じくらいに。

 これからローレライは敵基幹艦隊に奇襲攻撃を仕掛ける。攻撃を開始するのは、接近することで得られる艦隊の情報に左右される。しかし攻撃することに変わらず、結局搭載魚雷は全て撃ち尽くしてしまうつもりだ。

 魚雷一斉射で基幹艦隊を撃滅することはできるのか。そんな考えが脳裏をチラつく。連合艦隊が全力攻撃をしているとはいえ、50隻を超える大艦隊を相手に、基幹艦隊と戦えているのだろうか。もし無傷だったのなら、たった6本の魚雷でどうにかなるのだろうか。外苑艦隊はどうにかなっているが、基幹艦隊はほとんど無傷な状態なのだ。

 提督は203mm連装砲を使うつもりなのだろう。それは、私に確認してきている時点で、察するなという方が難しい。分かっている筈なのに、私に確認したのは妖精さんたちのためだ。これから浮上して砲撃戦をする可能性がある、ということ。そして、その覚悟をすること。きっと提督には覚悟ができているのだろう。

 

「よりにもよって大博打だ。ギャンブルはやらないつもりだったんだがな」

 

 そんな軽口を叩くものの、司令室の妖精さんは誰1人としてリアクションする者はいない。

 

「……ローレライは基幹艦隊を捉え続けているな? 優先度は分かっているだろうが、一番は空母だ」

 

「うん」

 

 捉えている。ほとんど無傷な基幹艦隊の空母だ。3隻いるが、内1隻は2隻よりも大きい。

 

「だけど、1隻だけ大きいのがいる」

 

「形は?」

 

 形を聞かれるが、覚えた中に該当する深海棲艦はいない。

 

「その巨大な空母を仕留めることだけを考えてくれ。水上の様子までは分からないだろうが、周辺のノイズはどうなっている?」

 

 巨大な空母を狙う意図が分からないが、次に出た指示の返答を返した。

 

「当該空母の周辺に攻撃が集中しているみたい」

 

「やはりか……」

 

 提督にしか分からないことがあるのだろうか。分からないなりに考えつつも、基幹艦隊の様子は引いて見たり注意して見たりを繰り返す。そうしていると、あることに気付いた。

例の空母以外にも、集中攻撃を受けている深海棲艦がいるのだ。戦艦であることは間違いないのだが、こちらも空母と同じように巨大だ。長門型や扶桑型なんて目じゃない大きさだ。見たことはないが、大和型と同レベルの大きさなのだろうか。

 

「あと、戦艦にもいる。巨大な艦。そして、集中攻撃も」

 

 ずっとソナースコープを覗いているから確かめようがないが、きっと提督は苦虫を噛み潰したかのような表情をしているに違いない。

 これまでのことを思い返していると、提督が戦闘に付いてくると言い出したのは、これが理由なのかもしれない。

 

「攻撃目標は大型空母と大型戦艦だ。攻撃優先度は大型戦艦」

 

 手元のホワイトボードに走り書きをする。大型空母が第一目標だと思ったのだが、どうやら戦艦の方が優先度が高いらしい。

 

「連合艦隊との戦闘で敵航空戦力は大きく削れている筈だ。艦載機のない空母なんて、ただのデカイまな板に過ぎない。だが、手数の多い戦艦は砲が壊れない限り攻撃を続けることができる。長期戦はこちらに分が悪い。これまで残っているのも十分に脅威だが、ここらで退場してもらう」

 

 司令室の空気を察知してか、提督は説明口調で目標選定の基準を口にした。それなりに大きな声であったということもあり、近くの区画で待機している妖精たちにも聞こえていた筈だ。

 

「恐らく敵艦隊旗艦は大型空母だ。しかし脅威度の高い大型戦艦を優先し、4門魚雷斉射だ」

 

 相対位置の割り出しを行い、私は報告した。

 

「目標、敵大型空母。距離6750、19ノット。進路、右42度」

 

 フラフラと動くことはなく、大きく舵を切った後ということもあってか、方向転換はしないようだ。増速することも減速することもない筈。

そしてこの距離ならば1本は当てられる。

 

「全発射管魚雷装填。調定深度5」

 

 ある程度深ければ、目標以外のものに接触しそうになっても問題ない。艦底を潜ってくれる筈だ。

ホワイトボードに魚雷残数を2に修正する。

 

「念の為に魚雷を装填後は、水雷妖精さんたちは艦橋へすぐに行けるように準備しておいて」

 

 もしかしたら、203mm連装砲を使うことになるかもしれない。水雷長妖精さんは、何も聞かずに指示を伝声管から出した。

 続けて、私は指示を出す。

 

「ソナー妖精さんは周囲の警戒。ノイズが多いと思うけど、ちゃんと聞き分けて欲しい」

 

「分かってます。攻守両方をやるわけじゃないんですから、守りを専任させていただきますよ」

 

 ハンカチはもう濡れ雑巾のようになっており、汗を汗で拭ったような感覚になりながらも、基幹艦隊と大型戦艦を注視する。

 

「面舵24度」

 

「面舵24度ようそろ」

 

 航海長妖精さんが私の指示で舵を回す。そして、その時が来るのを待った。

 

「全管魚雷発射用意。1番から4番発射管開け」

 

 何度も聞いた魚雷発射管の開閉音。そして、徐々に予測軸線上へと近づいてくる大型戦艦。砲撃をしているのか、時より海面が凹むが、舵を切ることはない。増減速もなし。

 

「1番から4番発射」

 

 最もいいタイミングで、私は発射指示を出した。

 



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第5話 上

 ソナースコープには4本の魚雷が遠ざかっていくのが見える。しかし、いつまでも雷跡を追うことはせず、続けざまに指示を出した。1番2番魚雷発射管には、最後の魚雷が装填されている。設定自体は直前に発射したものと同じで、狙うのも同一目標だ。

 準備が完了次第発射される残りの魚雷も、4本の魚雷を追って遠ざかっていくのが見える。そして目標物である大型戦艦へ、4本の魚雷がそろそろ着雷するところまで来ていた。

 私はこの時、油断していた。大型戦艦に注視するあまり、私の周辺への索敵をおろそかにしていたのだ。ソナー妖精さんがヘッドホンを取らないまま、ダイヤルを調整しつつ叫ぶ。

 

「敵探針音接近ッ!!」

 

 艦内が一瞬で静まり返り、私は急いで周辺の捜索を始めるものの、既に時は遅かった。

 右舷側から接近する駆逐艦を数隻確認したのだ。艦底には独特な膨らみを持っており、後部甲板には私にとっての天敵が備え付けられていた。対潜装備艦だ。

軽巡1と駆逐艦2で乱雑に見えつつも、追い込むような形で軌跡を取る艦隊は、頭上でそれを発射する。

対潜爆雷よりも小型なそれは、海面に広く散布されて海中へ沈み始める。

 

「無数の発射音と着水音!!」

 

 詰まっていた喉が通ったのか、息を飲む。

 提督はすぐさま航海長妖精に指示を飛ばした。もう敵艦に補足はされているのだ。離脱を最優先に考えるべき。

 

「敵対潜装備の艦が接近中。軽巡、駆逐、駆逐の順」

 

「機関始動! 最大戦速!! 急げ!!」

 

 ソナースコープに無数の海中落下物が艦を取り囲む。刹那、今までで一番激しい頭痛と共に立体映像は完全にノイズに包まれる。

同時に艦体も四方八方、上下から揺さぶられる。捕まっていても振り払われる程に激しく揺れ、浸水や漏電が始まった。

 

「機関室浸水!」

 

「第二電池室で火災発生!」

 

 伝声管から次々と損傷報告が入る。機関室では機関長妖精さんが既に消火作業指示を出しており、第二電気室へ増員を送っている。浸水自体も亀裂箇所を埋めて応急処置をするだけでいい。講習も訓練も積んでいる。皆、効率的に作業を進めてくれる筈だ。

 第二電気室の火災の臭いが司令室にまですぐに到達し、ディーゼルの排気と混じって名状しがたい臭いに進化していた。口元を押さえて、後で慣れることを祈りながらも、目の前の状況対処を優先する。

 

「第二波来るぞ!」

 

 提督の声で机を掴んでいた手に力が入る。

 頭上では通過した駆逐艦の後続が来ており、同じく後部甲板に"対潜迫撃砲"が搭載されていた。それも、未だに乱れるソナースコープから何とか見ることのできた情報で、以降は吐き気を誘発する程の頭痛に耐えていた。

 

「くぅぅぅぅ?!?!」

 

「ローレライ!?」

 

 提督は私の様子に気付いてか、ソナースコープから身体を引き剥がして、身体を抱きかかえる。大きく熱い身体を感じながらも、自分の足で立てない程の痛みに耐えながら、何とか引き離されたソナースコープに近付こうと藻掻く。だが、提督はそれを許さなかった。

 

「駄目だ!! これ以上は負担になりすぎる!! 見なくても、状況は把握できているんだ!!」

 

 第二射があったとソナー妖精さんからの報告はないが、水雷長妖精さんが時計から目を離してこちらを見た。

 

「第一射の触雷時間です」

 

 提督の手を振り払い、ソナースコープを覗き込む。遠くに見える大型戦艦の右舷側に大きなノイズが2つ出ていた。そして、艦影の後方に通り過ぎる魚雷が2本見える。

大型戦艦は健在で、傾斜した艦を左舷側の急速注水隔壁に注水して姿勢制御を行ったようだ。触雷した部分の装甲板は吹き飛び、奥の船殻にもヒビが入っている。僅かながらにも浸水は始まっているだろう。

命中した部分から予測するに、弾薬室か燃料タンクの近くであることは間違いない。他の戦艦級ならば、重油漏れをしている筈だからだ。

 大型戦艦の様子を見終えると、すぐさま頭上へと立体映像を戻して確認する。対潜迫撃砲で小型爆雷を撒き終わった駆逐艦は離脱しており、後続の駆逐艦が投下位置に近づきつつあった。ノイズが徐々に消えていく中で、艦底に特徴的な膨らみを持っていない艦であることと、対潜装備艦の後をピッタリと追う様子は伝えていないものの、提督は第二射があることを見抜いていた。

 

「衝撃に備えろ」

 

 チラチラと深度計と水平器を確認しているが、次は修正された設定で投下してくる筈だ。もしその深度設定が当たってしまえば、船殻は圧力に耐えきれずに崩壊してしまうかもしれない。逃げるにも余裕がない。手詰まりに思えた。

 進路上に小型爆雷が投下されるのを確認し、ソナー妖精さんも着水音を聞いたようだ。

提督は進路変更を指示し、取舵で避けるように指示を出す。そして思いもよらぬ命令が下された。

 

「進路そのまま、角材を持て!!」

 

 極度の緊張感で気が触れたか、そんなことを言わずとも雰囲気が伝えてくる。しかし、命令には逆らうことなく、手空きの妖精さんたちは、補修用の角材を持った。提督は隣の第一電池室からモンキーレンチを持って来て言った。

 

「艦の内殻を叩け!!」

 

 そう言い、パイプの通っていない壁の向こうはバラストタンクになっている部分を叩き始める。カンカンと甲高い音を発しながら、もう一度言った。

 

「叩け!!!!」

 

 戸惑いながらも、妖精たちは叩いても安全な部分を叩き始める。艦内で叩く音が反響する。

 

「航海長!! 機関停止、モータも止めろ!! メインタンクインジェクション!! 深度100、ダウントリム3だ!!」

 

「り、了解!」

 

 轟音を挙げていた主機が停止し、それに続くようにモータも止まる。もう艦内には内殻を叩く音しか聞こえない。

どれくらいか経つと、提督は指示を出す。

 

「叩くのを止めろ!!」

 

 ピタッと音はなくなり、静寂が訪れる。こだまのように音が何度も聞こえ、その度に小さくなっていき、最後は皆の息遣いだけになった。

 数十秒か数分か経つと、私はソナースコープを覗き始める。

立体映像には、変わらず図上を航行する深海棲艦たち。しかし、状況はどうだ。第二射が来ると思われていた、小型爆雷も来なかったのだ。だが、軸線上に捉えたままになっていた大型戦艦は、右舷側57度方向に移動してしまっていた。攻撃するには回頭し、もう一度距離等を図り直さなければならない。

 

「ローレライ。対潜攻撃は?」

 

「私たちを見失っているみたい。爆雷投下も取り止めた」

 

 次いでに言うと、さっきまでの提督の突飛な命令で少しだけ休むことができた。しかしそれでも、痛みは残っている。そんな余裕が、提督の命令の意味を考える猶予ができたのだ。

 あれは恐らく撹乱だ。大きな音を立てて、あえて敵に自分の位置を知らせる。機関もモータも動いていた状態から、急に静かにすることによって、艦はソナーから消えたのだろう。パッシブソナーではもう捕捉できていない筈だ。そして今、アクティブソナーの探針音も聞こえない。またすぐに探針音が聴こえてくる筈だが、それまでの間に移動してしまえばいいのだ。もし再補足されたとしても、先程とは深度も変わっている。同じ調整をされた爆雷攻撃は、もうまともに食らうことはない。

 

「よし。面舵80度。ローレライ、目標の方角は右舷側60度辺りか?」

 

「うん。今59度」

 

 そう言うと、提督は水雷長妖精さんにあることを聞く。

 

「1番2番発射管の状態はどうなっている? 先程の爆雷攻撃で不調になっていないか?」

 

 伝声管を使って、魚雷室の水雷妖精さんたちに連絡を取るが、非常に不味い自体になっていた。

 

「2番発射管使用不可。どうやら加圧されて変形し、発射口が開かないみたいです」

 

「魚雷を抜き取って他の発射管で使うことはできないか?」

 

「2番発射管に装填されていた魚雷も弾頭が変形してしまって、もう使い物になりません」

 

 提督はすぐに指示を変えた。

 

「2番発射管は閉鎖。他の発射管から、弾頭が変形した魚雷の投棄は可能か?」

 

「駄目です。抜くことができないようです」

 

「じゃあ信管が作動しないようにし、放置する。1番発射管は使えるな?」

 

「はい。魚雷も使用可能です」

 

「よし。ローレライ、雷撃準備だ。目標、大型戦艦。当てるのは、前回の攻撃で被弾させた部分がいい。都合よくいけるか?」

 

 ソナースコープの立体映像には、左手から右手に向かって移動する大型戦艦が映っている。ということは、こちらに向いているのは右舷側だ。

 

「いける」

 

「よし。発射指示は任せる」

 

「うん」

 

 大型戦艦は徐々に軸線へと近づき、あと少しのところまで来た。

 

「1番発射管、発射用意」

 

 用意の号令を出し、目標に注視する。舵を切ることはなく、連合艦隊との砲撃戦で向きを変えることができないのか、近くで砲弾が水柱を挙げている。今がチャンスだ。

 

「1番発射」

 

 最後の魚雷を発射した。引いて見ると、魚雷が敵艦目掛けて走り去って行くのが見える。調定深度まで浮上していくと、5mの水面を全速を出していく。

 視線はすぐさま周辺へと移し、索敵を始める。時々魚雷と大型戦艦を確認しながら、敵の数を数え始めた。

小型艦で構成された外苑艦隊もその数を減らしており、連合艦隊との戦闘でかなりの数が轟沈しているようだ。水上では未だに砲雷撃戦が続いているが、連合艦隊の砲撃が薄くなってきている様子。満載していた砲弾をかなり使ったようで、今は弾着観測射撃にでも切り替えているのだろうか。

連合艦隊の被害状況も、イムヤやゴーヤの安否も確認できない。完全に敵中で孤立しているが、これは百も承知だった。それが、提督が立てた作戦であり、これまで提督が選んできた選択肢だったのだ。

 小型艦19、基幹艦隊は健在。それが現状。駆逐艦や軽巡等は大部分を削ることができたが、艦隊中央の配置になっていた艦は健在で、水雷戦闘に参加していない索敵を担当する艦は外苑から中央へと配置を変えていた。

 戦闘が続けられる中で再編成が行われた深海棲艦の大艦隊は、意図せずして対潜装備を持つ艦の割合が増加してしまっていたのだ。

 

「提督。現状報告」

 

「……あぁ」

 

 音を立てずに潜航する私のことを、深海棲艦は発見できていない。魚雷発射を探知されなかったことが理由としてあるのだろうが、艦の腹に抱えているものは飾りなのだろうか。これだけ密度があれば、普通ならば簡単に補足されてしまうだろう。

 

「敵深海棲艦の残存25。轟沈したほとんどは小型艦や輸送艦。現在、砲撃戦をしながら序列再編成を行っている。内訳は変わらず、駆逐艦や軽巡が多い。だけど、索敵を行っていたであろう艦が多く残っていることと、水中聴音器や探針器を持つ対潜装備艦は含有割合が多くなった」

 

「作戦艦隊への警戒度が高くなっているのか。イムヤとゴーヤは捕捉できているか?」

 

 ソナースコープを覗いて、索敵範囲の水中を捜索する。しかし、轟沈艦がノイズは発しており、見えないところが多い。

私は提督の質問に首を横に振って答える。

 

「分かった」

 

 短く答えた提督は、何かを考え始めた。今は触雷を待つばかりで、それ以降は提督の裁量次第だ。

 数十秒程経つと、大型戦艦の右舷に大きなノイズが発生する。数秒遅れてソナー妖精さんも音を捉えたようで、ヘッドホンを外さずに触雷の報告をする。

 私はノイズが晴れるのを待ちながら、基幹艦隊の様子を伺っていた。

基幹艦隊は大型空母、大型戦艦の他に空母や戦艦等で固められた、今作戦の第一目標だ。内訳は何度も行った偵察によって明らかになっていることだが、第四波攻撃が始まって以来、全体の様子を確認することができていたとしても、基幹艦隊に焦点を当てていない。大型空母、大型戦艦に意識を持っていかれるばかりだったのだ。

今の状況になる前、敵には空母3と戦艦3が確認されていた。その内の1ずつが特別に船体の大きい艦であった。雷撃目標は大型戦艦。空母に関しては艦載機を失えば、ただの的になるからと放置していた。戦艦はその後の攻撃目標に据えられていた。

 大型戦艦を仕留めることはできなかった。正確に言えば、足を止めることには成功したのだ。浸水による傾斜が始まり、真っ直ぐ航行することも困難な状況。艦隊序列からも落伍しており、友軍からこれ見よがしに集中砲火を食らっているようだ。これの援護に、比較的損傷の少ない戦艦が序列から出て応戦している、というのが今の状況だった。

この状況は提督も把握している。攻撃目標は戦闘力を失っており、戦力の分断に成功しているのだ。希望の兆しが見えたような気がした。

 

「攻撃目標切り替え。大型戦艦は大破したとし、これより敵旗艦への攻撃に移る」

 

 全身の毛が逆立ったように感じた。提督の言葉にいち早く意見したのは、他でもない水雷長妖精さんだった。

 

「提督!! 現在、本艦に残されている魚雷は、潰れた2番発射管の魚雷のみ!! 斯様な状況で、どう攻撃しろと仰るのですか?!」

 

 掴みかからん勢いで、提督の前に躍り出た水雷長妖精さん。妖精さんの大きさならば、私たち艦娘や提督の身体の大きさは怖い筈だ。それでも、妖精さんは提督の視界に出て、臆することなく提督に言葉をぶつける。

提督は水雷長妖精さんに視線の高さを合わせ、いつもの調子の声で言ったのだ。

 

「この艦の連装砲は飾りか? それとも花火筒とでも言うのか?」

 

「ローレライの203mm連装砲は対艦攻撃用です!! 決して飾り等ではありません!!」

 

「なら攻撃するぞ。俺たちにはまだ手が残されている」

 

 スッと姿勢を元に戻した提督は、艦内に響く大きな声で言った。

 

「作戦艦隊に潜水艦を起用したのは、最後の一踏ん張りのためだ!!」

 

 刹那、船体を震わす音。アクティブソナーだ。しかし、提督は操艦指示を出すことなく、言葉を続ける。

 

「艦隊戦に於いて潜水艦は主役にならない。何故か? 空母のように航空戦力を搭載できたとしても、それは制空や攻撃には非力だからだ。戦艦のように巨大な主砲は積めない。巡洋艦や駆逐艦のような、軽快な機動性や汎用性はない。潜水艦は隠密性と浸透攻撃を主に置いた艦船だ」

 

 結露と主機やモータの冷却熱で、真夏の陸よりも数倍ジメッとしている上に臭う艦内は静まり返った。

 

「負けられない。だから足掻いた。これまでに経験のない状況に、俺は皆の長として勝たなければならない。誰一人失うことなく、生き延びねばならないんだ」

 

 ソナースコープから顔を離し、提督の方を見る。

提督は帽子を深く被り、目元を見えないようにしている。帯刀も拳銃もないベルトに指を掛け、汗で濡れた首筋を拭いながら言うのだ。

 

「第四波攻撃は、最も勝率の高い作戦を用意した。だが、作戦の中核を担う作戦艦隊の生還率が絶望的なものだった。……状況判断や機を見た攻撃をしなければならない、非常に繊細なポジション。俺の指示に戸惑っただろう。何故今、そこでそうするのか理解を超える命令に怒りを覚えたかもしれない。それでも付いてきた。何故? ローレライが意見しなかったから? 自分たちには俺に意見したところで、代案を用意できないから? 様々あるだろうが、皆は従った。それでいい」

 

 頭が割れそうな程の痛みを感じつつも、ふらつく身体を支えながら聞いた。

 

「今を取り零したら、何もかもを失うんだ。資源も今までの努力も、仲間も、家族も、帰る場所も」

 

 見なくとも分かる。私を取り巻く状況はよくないことを。

 

「どれほど確率が低かろうが、生還率が絶望的だろうが、やらなければならない。そして、確率を引き揚げるためにも、生還率を絶望的からもしかしたらというところまで戻すためにも、俺は皆と往くことを決めた。だから今があり、この時がある。魚雷は失った。残る攻撃方法は主砲のみ。水上の状況は分からない。作戦艦隊も散り散りになった。それでも、状況を覆せるだけの力が残っていると信じている。信じて疑わない」

 

 朦朧とする視界の中、揺れ動く提督は帽子を取って被り直す。髪を掻き上げ、帽子で寝かせて額を拭いた。

 

「ローレライ、状況を教えてくれ」

 

 ソナースコープに取り付き、立体映像を見る。近くに基幹艦隊旗艦が来ており、残存基幹艦隊もいる。今が好機なのだ。

 

「今が好機」

 

 艦内が震える程の声で、提督は叫んだ。

 

「バラストタンクブロー!! 浮上し、砲撃戦を行う!! 203mm砲通常弾装填

!! 状況を見て、適宜弾種を交換する!!」

 

 排水弁が開き、艦内の空気をバラストタンクに取り込み、海水を吐き出す。それと同時にモータを動かしながら、海面を目指した。

艦首を空に向けて突如として現れた潜水艦に、基幹艦隊は戸惑いを隠せていない。妖精さんたちはすぐさま気密を解いた連装砲を動かし始める。艦橋には私と、私の身体を支える提督が出てきていた。ハッチも開いており、中に空気を取り込んでいる。

 

「目標、基幹艦隊旗艦、大型空母!! 攻撃始め!!」

 

 空気を震わす砲撃は、間抜けにも左舷を晒していた大型空母の土手っ腹に突き刺さる。直接照準で狙い、外すことのない距離だ。通常弾は装甲板を吹き飛ばし、船体からせり出た対空銃座や高角砲を吹き飛ばした。続け様に砲門をアイランドへと向け、砲撃。船体よりも薄くはあるが、それでもある装甲板が崩れ、近くの煙突は吹き飛び、マストはぐちゃぐちゃになる。狙えるところならば、どこでも狙い、艦内格納庫の弾薬庫を誘爆させると、砲撃目標を切り替えた。

その頃には砲撃の集中砲火を食らっており、喫水の深く露出部の少ない私の艤装にはなかなか当たらないものの、それでもダメージは与えられていた。それでも、砲撃を止めることはしない。目標を切り替え、残っていた戦艦へと指向。砲撃は艦橋と射撃指揮所があるところへと向けられた。2度の砲撃で両方に命中させ、生きている高角砲へ適当に攻撃すると、今度は空母へと砲を向ける。

 

『第二電気室浸水! 隔壁閉鎖します!』

 

『無線使用不可!!』

 

『第一電気室で漏電!! 手漉きは救助に行け!!』

 

 そんな報告が伝声管から聴こえてくるが、目の前の状況に意識を奪われていた。

 海上航行しながらの砲撃戦。やぶれかぶれの攻撃かに思えるが、それでもこれが最善の手であると提督は言った。

 潜水艦単独での艦隊中央への強襲攻撃。自殺行為としか言いようがない作戦ではあるのだが、決行する以外に道はなかった。決行できるだけの"ナニカ"が提督にはあったのだ。

 

『連合艦隊旗艦 赤城より入電! 連合艦隊は健在。弾薬をほとんど失っているものの、一転攻勢に出るとのこと』

 

 通信妖精さんが伝声管を使って、提督と私に通信内容を伝える。

 

『支援遠征艦隊旗艦 比叡より入電! 支援遠征艦隊は戦闘海域外から距離を保ったまま、戦域への弾着観測射撃中。観測機が基幹艦隊序列内に友軍の潜水艦を確認したため、問い合わせが来たようです。返事は本艦であると返しました』

 

 砲弾の上げる水しぶきを浴びながら、痛む頭の熱を海水が奪っていく。ソナースコープを覗いていなくとも、立体映像がノイズだらけになっているのは自明だった。ワイヤーで繋げられて、海中に漂っているUボートXXVIIB改が音を拾って出力しているのだ。

 

『連合艦隊、突撃を開始。次々と深海棲艦が沈められていきます』

 

 ギュッと私を抱える手に力が入り、伝声管に声が響く。

 

「離脱できるか?」

 

『潜水は可能です。ですが、50までしか潜れません』

 

「結構。メインタンクインジェクション。急速潜航だ」

 

『了解』

 

 ふらつく私を支えた提督は、小さく呟いた。

 

「帰ろう……」

 

 この後、ソナースコープには25の大きなノイズが映った。

 



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第5話 下

 基幹艦隊に集中砲火を受けた際、どうやら艤装は大破してしまった。砲雷撃戦に巻き込まれるために水中に退避したが、戦闘終了後、電池室の火災が尾を引いたらしく、戦闘海域から離れてすぐに浮上した。そこを狙ってか通りかかった支援遠征艦隊が、曳航して帰ってくれることになったのだ。

 数日間も艦内で生活していたということもあり、曳航する瑞鳳の好意で艤装を移ることになった。損傷度合いも激しく、私の状態も悪かったためだ。

瑞鳳の艤装は支援遠征艦隊であったために無傷ではあったのだが、甲板には機銃を食らって燻っている艦載機が並べられていた。修理可能なものは残してあり、直らないものは部品取りを済ませると海水がかけられた。

 帰路の殆どはアイランド近くの甲板で過ごし、空を見上げた。

海の中にいる限り、ほとんど見ることのない空。それは青く遠くまで見渡せることができ、遠くには海鳥が海面を泳ぐ魚をついばんでいた。

 

「ここにいたか」

 

「……提督」

 

 瑞鳳に渡されたのか、厚焼き玉子と箸を持った提督が来た。

厚焼き玉子は、曰く瑞鳳の得意料理らしい。厚焼き玉子と言っても奥が深く、一般的なだしまき玉子の他にも、甘め、ネギ、生姜、のり、うなぎの蒲焼き等々、味付けや巻くものの種類は多い。それぞれに適したものの研究を欠かせないため、瑞鳳は厚焼き玉子だけが作れるらしい。他の料理にも挑戦しているらしいが、厚焼き玉子程に高レベルなものは作れないという。

 提督は箸を1膳私に渡し、自分用のものを口に咥えながら私の隣に腰を下ろした。

甲板には厚焼き玉子が2つ乗せられた皿が置かれ、アイランドを背もたれにしながら海を眺める。

 

「もう体調はよくなったか?」

 

「うん」

 

 私の体調を気遣ってか、瑞鳳の艤装に移る前から、戦闘終了後は定期的に様子を見聞きしに来るのだ。昨日、沖縄と端島に立ち寄って、今日横須賀に到着する。昨日までは頭痛が残っており、かなり痛みに悩まされたが、安静にしていたからか回復していったのだ。

 【PsMB-1】は使用する際の副作用のようなものに頭痛を伴う。報告はしていなかったが、提督は始めから察していたかのような様子を見せていた。

理由を聞いたところで、恐らく「知っているから」と答えるだろう。何故知っているのかは、私には分からない。

聞いたら教えてくれるのだろうか? そんなことを考えながら、箸を握り直した。

 自分の手前にある厚焼き玉子を箸で切り、一口頬張って水平線を眺める。

美味しい。瑞鳳に移ってから、美味しいものを食べられているような気がする。私の艤装では、調理器具があまり揃っていない上に設備自体も整っていない。となると、作れるものも限られてくる。保存できる食材が少ないということもある。本来であれば、帰りはレーション等になっていたところなのだ。それを、こうして温かいものを食べられるなんて思いもしなかった。

 

「数時間後には着くな」

 

 食べ進めながら、提督は私の顔を見ずに独りごちる。どういう心境で言ったかは分からない。しかし、張り詰めていたあの時とは声色が違う。

沖ノ島での一件が起きる前、私を出迎えてくれた提督と一緒なのだ。

 

「ねぇ……」

 

「何だ?」

 

 私も厚焼き玉子を食べ進めながら、提督に問いかけた。

 

「どうして私のことを知っているの?」

 

 提督の箸先は止まる。

 

「提督、言ってた。記録がなくても、私のことを知ってるって。他の皆にはあって、私にはなかった筈なのに」

 

 箸を皿に置いた提督は、水平線に遠い目を向けた。

 

「スルクフ。本来ならばカリブ海に沈んだ筈の潜水艦。それがローレライの大元になった船だ」

 

 そうだ。私は沈んだ記録がある。しかし、艤装にはその"1度"ではない、"2度目"の記録があった。

 

「そしてドイツ国防海軍に引き揚げられた。UF-4として改装を施され、特殊音響兵装(PsMB-1)が搭載される。ここからは記録にないことだな」

 

「うん」

 

「……ドイツ国防海軍にはUF-4を保有していたという記録もなければ、PsMB-1を開発したという事実もなく、大日本帝国海軍に接収されたという歴史もなく、第二次世界大戦・太平洋戦争後期は大日本帝国海軍として戦い、そして沖ノ島沖の海溝に沈んだという話もない」

 

 残りの厚焼き玉子を食べ終わった提督は、アイランドに背中を預けながら続きを話す。

 

「だが、ローレライは存在する。何度も名前を変えて海を渡り歩いたことは、ローレライという存在が証明している。そしてそれ以外にもある。俺が知っていたことは」

 

 私も厚焼き玉子を食べ終えて箸を置くと、提督は皿と箸を脇に寄せた。近くで暇をしていたであろう妖精さんが現れ、皿と箸を片付けると言ってどこかへ行ってしまうのを見送り、甲板でバラされる彗星を眺めた。

 

「俺のことをどれほど知っているかは分からない。だが、横須賀鎮守府の一員となったのならば嫌でも耳に入っているだろう」

 

「そう、だね」

 

「あぁ。ならば皆まで言うことはないな。……ローレライは俺が元の世界で知っていた。元の世界には存在していた記録があるのか? いいや違う。それはここと変わらない。大元になったスルクフはいるが、それ以降はない。ならば、何故? 答えは簡単だ。それ以外の形では存在していたからだ」

 

 日差しを遮るように空に手をかざし、ポツリと呟くように、提督は言った。

 

「終戦のローレライ」

 

と。

 

※※※

 

 4回の攻撃と14回の偵察という、これまでにない大規模な戦闘は国内でも話題となった。深海棲艦の異常行動と現象。そして、消費された資源や資金は、国内消費の1年分以上だったとか。戦闘が終わった今、国内資源量の回復に横須賀鎮守府は全力を尽くしていた。

 幸いなことに、作戦参加艦に轟沈した者はいなかった。だが大なり小なり損傷は受けているもので、入渠場に入らない艤装はないという程だった。

 どれ程離れていたか分からない日常を感じる。壊れた艤装の修理も終わり、報告書を書き上げたのも数日前のこと。お盆も通り過ぎた8月の下旬は、まだまだ暑さは続いていた。しかしながら、ジメッとした暑さを感じさせない心地よい風を一身に浴びながら、3本の糸を海に吊るす。

 

「坊主でちー」

 

「坊主ね」

 

「坊主……」

 

 3人揃うことは珍しくもない。公私共に仲がいいと私は思っているトリオで、今日は海釣りをしていた。最初はイムヤがやっていたことなのだが、気付けばゴーヤも参加するようになり、私は2人に誘われて始めた。今では趣味になりつつあるものだが、こうして任務もなければ仕事もない日には、皆で揃って埠頭に並んで釣り竿を振っている。

海水を入れたバケツには何も入っていないが、釣りをはじめて3時間が経とうとしていた。

 

「それにしても、この前の戦闘は生きた心地がしなかったでち」

 

 溜息を吐きながら、ゴーヤは話し始めた。

 同じ艦種で艦隊とはいえ、損傷度合いの違いや報告書執筆等々で合うことがなかった私たち。戦闘序盤までは序列を組んでいたものの、戦闘中にそれぞれが孤立したのだ。

ゴーヤは最初に捕捉され、爆雷の集中投下を受けた。遠ざかっていくゴーヤに引き寄せられた対潜装備艦たちに攻撃することなく、提督の一存で囮にしたのだ。

あの後、何とか対潜装備艦から逃げ切ったゴーヤは戦線復帰。私たちのいたところからだいぶ離れてしまったことと、ローレライ・システムが搭載されている訳でもないので、単独で作戦を続行したのだ。それはイムヤも同じことだった。

イムヤは同一目標群を狙った後、逃げる際に別れてしまったのだ。そこからはゴーヤと同じく、作戦続行。しかし、戦闘終盤の提督が艦内を叩いた音を聞いたり、水上で砲撃しているのは潜望鏡で見て確認していたという。

結局のところ、作戦艦隊に編成された私たち全員が、搭載されていた魚雷を全て使い切ったらしい。それでも作戦企画紙的には問題ない動きだったらしく、最上に近い戦果を挙げることができた、と提督からは褒められたのだ。

 褒められたとはいえ、帰還する際には皆、かなり損傷を負ってしまっていた。私の艤装は瑞鳳に曳航されたが、ゴーヤもイムヤも別の艦娘に曳航してもらったらしい。そして、3人の中で一番激しい壊れ方をしていたのはゴーヤだった。

艦橋は浸水で封鎖。機関室は何とか動く程度。電気室は使用不可になり、潜望鏡は吹き飛んだという。魚雷発射管も半分は使えなくなっており、発射できなくなった魚雷の処理もできないかった、爆弾を抱えた状態での戦闘を強いられたのだとか。

 

「敵中に浮上して攻撃し始めたローレライは、どんなことを考えたんだろう?」

 

 手首のスナップを効かせてルアーを泳がせながら、イムヤがそんなことを呟く。

 私のあの時の気持ち。あの時、私は頭が痛かった。起動したままになっていたローレライ・システムは、夾叉する砲弾の音を拾っていた。強制的に切断することもできたのだが、浮上した後では遅かったのだ。それに砲撃の精度は、システムを簡易的な射撃指揮装置としても使うことができた。

藻掻き苦しむまでいかないまでも、ハンカチを猿轡代わりに噛み締めて我慢したのだ。頭痛と引き換えに射撃精度を挙げることが、あの時選んだ最善の選択。

きっとそのことが、私の心の中にあったに違いない。

 

「分からない」

 

 分からない。私の想いはどうであったのか。

 答えを聞いたイムヤは、同時に引き始めた竿を力一杯身体に引き寄せる。力みながらリールを回し、海の中の魚と格闘を始めた。それ程強い力で引っ張られている訳ではないようで、緩急をつけて一気に竿を振り上げると、そこそこ大きなカワハギが釣れた。

 

「そっか。……でも、帰ってきてからのローレライは何か、前とは違うように感じるな」

 

「どういう意味?」

 

「いい意味よ。何というか、余裕ができたような……そんな感じ」

 

 それだけを言うと、イムヤは針からカワハギを外してバケツに放り込んだ。

 

「よっしゃー!! ゴーヤもカワハギー!!」

 

 ピクリとも動かない私の竿を持ちながら、イムヤの作業を見ていると、今度はゴーヤの竿にも掛かったらしい。釣れたのはカワハギだった。

 

「あ、ローレライ。竿引いてる」

 

「え?」

 

 ルアーと針の様子を見ていたイムヤに言われて確認すると、私の竿がしなり始めていた。まだ始めて日が浅いが、それでも何匹と釣り上げてきた。なんとなく感覚は掴めている。それを頼りに糸を巻きながら、獲物を逃すまいと抵抗を続けて釣り上げた。

 

「カワハギ」

 

 私の釣ったのもカワハギだった。なんとなく感触で想像していた通りだった。少しもたつきながら針を外してバケツに放り込むと、ゴーヤが笑顔で言ったのだ。

 

「今日はカワハギが多いのかな? 肝醤油で食べるでち!!」

 

「いいわね!」

 

 ゴーヤにつられるように、イムヤも笑う。そして私も答えた。

 

「いいね。楽しみ」

 

 




作者のしゅーがくです。

本作は当話を最終回として終了させていただきます。10日間ありがとうございました。

あらすじにも記載させていただきましたが、本作は作者が執筆しているシリーズの設定等を踏襲して書かれています。初めてご覧になった方々には、何のことだかさっぱり分からない内容も多かったと思いますがご容赦ください。
感想欄にて感想として書かれていたことにも、説明する形で記述しましたので、そちらをご覧になっていただければ幸いです。
また、ご不明な点などございましたら、感想またはDMにてお答えします。

本作から私の作品に興味を持って頂いたは、是非とも本編となったものを読んでいただけると嬉しいです。

作者もまた、こうしてまた小説を投稿していこうと思いますので、その時もよろしくお願いします。

では皆さん。また会える日まで。


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