逸見エリカのヒーロー (逃げるレッド五号 4式)
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逸見エリカのヒーロー -設定情報集-
主人公・オリトラマン設定


とりあえず作品の設定です!

それでは!どうぞ!

※TwitterにてF鷹さんから支援絵を貰いました!ありがとうございます! F鷹さんはハーメルンでガルパンss "ランアットフルスピード"を執筆している兄貴です。最近投稿者と交流してくれる兄貴が増えて、嬉しい…ウレシイ…(感涙)


『主人公』

 

嵐 初(アラシ・ハジメ)

 

 情に厚い熱血漢で曲がったことが大嫌い。友達や家族を大切にするイイ男。

 運動も勉強も普通。顔はお馴染み、中の中。髪型は黒色短髪で両サイドをバッサリ切っており、身長は178、体重は75のやや大柄。

 幼少期に遊んでいた特撮ヒーローの変身アイテムに"星の声"から受け取った光の力が宿った『α(アルファ)カプセル』で光の巨人___"ウルトラマンナハト"に変身する。

 趣味は特撮鑑賞と筋トレ。

 

 エリカに促されるカタチで黒森峰学園に入学し高等部戦車道整備班に入る。

 

ハジメ ver.2022

【挿絵表示】

 

 

 

 

『オリジナルウルトラマン』

 

【ウルトラマンナハト】

 

初期デザイン 

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ver.2022

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ver.2023

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F鷹さんver 

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ガルシアさんver

【挿絵表示】

 

 

 メインカラーを赤から黒へ、白から灰色にした初代ウルトラマンを思わせる姿だが、胸部は平成後期のウルトラマン達のような鮮やかな三色のラインが入っている。

 この姿が通常形態の『スタンダードスタイル』である。この他には紅色のパワー形態である『ガッツ』と紺碧色のスピード形態である『スピリット』になることができる。

 

ハジメたちの世界に存在するウルトラマンであり、"星の声"から託された光の化身。

 ガイアやアグルと同じように地球出身にあたるウルトラマン。なお、あくまでも地球出身は暫定である。

 人格は変身者自身で、変身者当人の戦闘センスやノウハウがそのままトレースされる。

 胸部にはカラータイマーではなくライフゲージがついており、それに伴ってHP減少制なので地球での活動制限時間は特に無い。また、額にはコスモスやネオスのようなランプクリスタルが埋め込まれている。

 右腕にはナイトブレスに酷似した『ナハトブレス』、左腕にはアームドネクサスに酷似した『ナハトアームズ』を装着している。

 

 幼少期のハジメが、近所の山奥の神社周辺にて遊んでいた際に発見した、謎の古い祠から出てきたライトグレーの光球が、ハジメの持っていた変身ヒーローのアイテム『αカプセル』の結晶部分に宿ったことで、光の超人…ウルトラマンの力を授かる。

 この光の存在がどのようなモノなのかを幼少時のハジメ少年は無意識ながらなんとなく理解していたため、高校生になってもお守りとして『αカプセル』を持っていた。

 

 

 

『変身形態・必殺技』

 

【スタンダードスタイル】

 黒と灰色を基調とし、上記のように胸部には赤、青、黄の三色の鮮やかなラインがある。

 戦闘能力のパラメータはバランス型で、格闘戦も射撃戦もそつなくこなす。指摘すべき短所は無いが、かと言って特筆するような長所も無い…良くも悪くも典型的かつオーソドックスな基本形態。

 成長と決断を積み重ねていくことで、戦士として進化する可能性を秘めている。

 

・スペシウム光線

 説明不要の必殺光線。かの初代ウルトラマンの磨き抜かれたスペシウムまでには及ばないが、怪獣を撃破出来るレベルの威力を有している。使い勝手がシンプルかつ応用も効く技であるが故に、ナハトが最も信頼を置き、多用する光線技となっている。

 

・ナハトスパーク

 SSSS.GRIDMANのグリッド・ビームと同様の、片腕にエネルギーを溜めて撃ちだす渾身の必殺光線。電撃のような挙動をする白と黒のモノクロ光線。

 威力はナハト自身のスペシウム光線よりもやや上位に位置する。しかし、一発のエネルギー消費量がスペシウムよりも高く、発射までのエネルギー収束・発散方法が複雑であるため、一長一短の光線技となっている。

 

・スペシウム・オーバー・レイ

 マリンスペシウム光線と同様、虹色の十字光線。

 威力はバケモノ級、消費エネルギーもバケモノ級の代物。

 自身と周辺のエネルギーを結集、収束させて放出する強力な破壊光線。威力が桁違いであるため、生半可な防御力しか持たない存在が当光線を受けると光エネルギーとの諸反応を起こす間もなく光の粒子に変換・昇華され消滅する。そのため、破壊光線でありながら、浄化光線という側面も持つ珍しい光線技。

 

・スペシウム・ストーム

 初代ウルトラマンの対ジェロニモン戦にて使用した空中での回転スペシウム光線の地上版にあたる。

 地面に両足を着けて、複数の上空の敵、若しくは遮蔽物などが無い状況では地上にて包囲を形成した敵を一網打尽にする際に用いる技。スペシウム光線を撃ちながら回転する技であるため、長時間の照射は自身のエネルギー消費と周囲の被害を増大させる危険性がある。

 

・ストームダイナマイト

 本家であるタロウのウルトラダイナマイトと同系統の自爆特攻技。自身の体内に蓄積されている光エネルギーを常時全身に灰色の炎にして纒い、燃焼させることで簡易的なバリアを形成しつつ、相手に猛スピードで突進し、激突後に組み付き自分諸共跡形も無く爆発するという文字通りの捨て身技。

 なお、自爆後は周囲に残存する光エネルギーを一点に集結させ、それを糧に自己蘇生することでダイナマイト発動者は生還する…が、心身に致命的な負荷が掛かり弱体化する。

 爆発はナハトが立つ地点を中心とし、さらには周囲を巻き込む豪風の嵐を形成する。これは相手を拘束するための檻として機能し、逆に外からの干渉をシャットアウトする防壁ともなる。

 

・明星キック

 ジャックの流星キックやタロウのスワローキック、レオのレオキックなどと同系統の飛び蹴り技。自身のエネルギーを足に集めて相手の上空から急降下し質量エネルギーと運動エネルギーが掛け合わさった強力な蹴りを浴びせる。脚部に結集させたエネルギーの影響により、金色に発光し、流星の様な輝く尾を引く。

 

・三日月光輪

 文字通りの三日月状の光輪。初代ウルトラマンの八つ裂き光輪のように、手の内に留め回転させて投擲武器や近接武器として使用できる。また、形状変化や連続した生成が可能であり、エースのバーティカルギロチンと似た代物を放つことも出来る。他のウルトラマンと比較しても切断性、耐久面でかなり優れた光輪である。

 複数回光輪を投擲する『連』、大型の光輪を二枚形成し相手の両サイドに挟み込むように投擲する『双』、黒色の変則的な光輪を暗器のように扱う『絶』、水色に輝く光輪に伸縮・形状変化能力を付与し搦め手としても使える『流』などが代表的な派生技。

 

・ナハトショット

 ウルトラショットやスラッシュ光線のような牽制光線。

 威力とヒットボックスに優れた光球型_ブリットと、連射と弾速に優れた光刃型_ソウの二つが存在し、一発ずつの使い分けも可能。

 

・ストーム・バリア

 イメージはマックスのスパークシールド。シールドの色はグレー。

 消費するエネルギー量は少なく、出力や形状を自在に変えることが出来る万能シールド。使い手の発想が柔軟であればあるほど使用用途は無限に増えていく。

 バリアは重ね掛けが可能。また、自身の周囲に板状、若しくは半球状バリアを張ることで、ゼットンシャッターのような全方位防御も可能。

 

・ハイレーンガイスト

 手部より放つ、青・緑・黄の三色の回復治癒光線。光の粒子をシャワー状に大量に散布する。

 光の粒子が付着した存在のあらゆる傷を治し、精神や魂をも癒すことができる。しかし蘇生能力は無い。

 広範囲への散布が可能であり、粒子の濃度や飛翔具合を調整することもできる。

 

・スペシウム・イグニッション

 初出はジャシュラインBr.戦。ビギニングストームへと覚醒したナハトの、新たな超必殺光線。

 スペシウム・オーバー・レイを上回る、虹色のスペシウム系光線。ストーム形態時に放つことができる。

 当光線は超高密度の指向性を持つ光エネルギーを照射して相手を消し去る。そのため、相手は光線激突時の物理ダメージと光エネルギーに曝されることによる光粒子への分解・昇華という連続して訪れる致命的現象に耐えなければ勝機は無いと言える。つまるところ、本光線の発射を許し、尚且つ防御・回避行動も取れず被弾を許した場合、相手の敗北が確定する。

 

・スペリオルジャッジメント

 胸部三色のラインに光エネルギーを充填させ、光の波動として一気に放出する全方位光撃。STORY0のゾフィーが最終決戦で怪獣軍団に放ったモノと同様の技。ストーム形態時に発動が可能となる。

 波動の到達圏内に存在する悪意や害意を持った者達を感知、判別し等しく抹消する。浄化や破壊、昇華などではなく、対象のすべてを抹消するので、存在の欠片…残穢すら残らない。雑兵レベルの複数体の敵を相手にする際に非常に有効。

 なお、ストーム形態時のナハトと正面から戦えるレベルの相手の場合は、完全に消滅させることはできない。

 

・ライフラッシュスペシャル

 ライフゲージに光を球状に凝縮して撃ち出す光撃。ストーム形態時に使用可能。ティガのタイマーフラッシュスペシャルと同型の技。

 ティガの光を受け取ったことでナハトが習得したモノである。

 与えるダメージこそスペシウムやジャッジメントに劣るものの、この技が命中した相手は光属性の力に対する耐性を著しく失う。そのため、他の光線技と組み合わせることでその真価を発揮するとされる。

 

・ナハトホーリースパーク

 強化形態__バーニングストーム時にレイラ・薫の心の太陽と、ゴジラの熱核エネルギー、そしてガメラのマナエネルギーによって威力が増した、超高圧のプラズマを伴ったモノクロ光線。名称の通り、ナハトスパークの完全上位互換の光線技である。

 参考にしたものは、TCG『デュエル・マスターズ』の光文明の古参呪文、"ホーリー・スパーク"。

 

 

 

【ガッツスタイル】

 全身が紅色メインとなった、力強い一撃で相手をねじ伏せる格闘戦重視の形態。豪快かつ爽快な戦い方で、勝利を掴み取る。

 この形態時には、あまりの衝撃で拳の激突時に轟音を響かせる強烈な必殺パンチ『リボルバーフィスト』、エネルギーを一点に球状に集約・圧縮させ一気に光の濁流にして相手に浴びせかける『プロミネンス光流』が主な切り札となっている。

 

【スピリットスタイル】

 全身が紺碧色メインとなった、素早い連撃で相手を翻弄する射撃戦重視の形態。繊細かつ緻密な戦い方で、勝利を手繰り寄せる。

 この形態時には、流水の如き滑らかかつしなやかなモーションから放たれる不可避の高速連打キック『ストリームクラッシュ』、複数の目標に同時迎撃が可能で精密な速射と連射が可能な『ハルシオン光弾』が主な切り札となっている。

 

 

『ナハト装備アイテム』

 

【ナハトブレス】

 右手に装着されている。スパーク系光線の発射媒体、後述するナハトセイバーを生成するアイテムとして機能する。また、ブレス内にはあらゆるエネルギーを貯蓄することが可能。

 

・ナハトセイバー

 メビュームブレード、ナイトブレードなどと同じ光剣の類い。ナハト本人の意思で抜刀と納刀、そして即時の投棄が可能。

 刀身が灰色である以外は上記の類似物と外見的に大して違う点はない。

 耐久値はややブレード型に劣り、切断性では同等。セイバー、サーベル故の素早い切り返しができ、剣術を心得ていなかったハジメでも容易に扱えた武器である。

 また、刀身に本体の光エネルギーを流すことで、一時的なバフを掛けることや、斬撃を飛ばすこともできる。

 ガッツスタイルに変身している際には、相手の防御手段ごと一閃、両断する刹那の居合斬り『ガッツストレート』を使用できる。

 

【ナハトアームズ】

 左腕に装着されている。アームドネクサスのように小さな斬撃を放つことができる。また、後述のナハトボウガンを現出させるための媒体ともなるアイテムである。

 

・ナハトボウガン

 貫通力の高い光の矢を発射する、ナハトアームズに付属するように現出する射撃武器。矢の連射や、サイズ・弾道等の調整が可能。

 また、ボウガン型であるため自動装填式にも切り替えられる。自らで弓を弾かない場合は右腕が空くため、戦法に縛られることが無い。

 スピリットスタイルに変身している際には、巨大な矢で相手を貫き爆散させる一撃必中の射抜き『スピリットストライク』を使用できる。

 

 

強化形態【ビギニングストーム】

 

 さいたま新都心にいた人々の、希望を諦めない心の太陽の輝きが結集したことによって現れたティガから託された"光"を受け取った姿。

 そして、人々から授かった光と自身の人間の心の裏である闇の両方を宿し、地球の調停者…審判の遣いとして覚醒したナハトの始まりの強化形態である。また、地球で生きようとする全ての生命の代弁者としての姿でもある。

 必殺技は、限界まで溜め続けた光の力を両腕に集中させ一気に放つ究極光線__"スペシウム・イグニッション"、胸部の三色のラインに強烈な光エネルギーを集結させて全方位に解き放ち悪意ある存在をすべて抹消する___"スペリオルジャッジメント"、光を球状に凝縮して撃ち出すティガ由来の光撃___"ライフラッシュスペシャル"などが主である。

 また、"光の嵐"と形容される七色のオーラが常に周囲を覆っている。このオーラを構成する光の粒子は、知覚領域の拡大と本体の防壁としての役割を担っており、戦闘力の向上に大きく貢献している。

 強化形態___ストームにはこれ以降、変身者のハジメの感情の爆発や昂りによって偶発的にではあるが覚醒できるようになった。

 

 

強化形態【ビギニングストーム・レイジバースト】

 

 太平洋にて航海中であった黒森峰学園艦とその護衛部隊を襲撃した特大型特殊生物__カリュブディスの出現とそれに伴う被害を目の当たりにした、ハジメの激情の発露と氾濫がトリガーとなったナハトの一時的な限界突破形態。正規の進化ルートから外れた形態であるため、各種スペックこそ高いものの、これ以上の強さは発揮できない…ある意味縛りのある形態だとも言える。また、感情に任せての変身と活動は、余分にエネルギーを消費するため、その消費量と消費ペースは凄まじく、活動時間の制限が発生してしまう。

 負の感情由来のエネルギーに影響されているためか、他形態や通常時と比べて全体的に身体の配色が黒掛かっている。

 

 変身後の、ウルトラマンナハトと言う巨大な器ですら受け止めきれなかった飽和分の感情エネルギー…特にマイナスエネルギーが、巨人体から滲み出るように赤黒い…朱色の光粒子と化しており、本体を覆う__纏わりつくように宙を舞っている。

 これは"光の嵐"のように光の巨人の身体・精神能力向上並びに補助を担う。非レイジのストーム形態と異なる点は攻守ではなく、攻撃重視の補助となる。拳や脚に纏わせたり、光剣や光弓、光球光弾の上位版を生み出したりすることに使われる。

 

 

強化形態【バーニングストーム】

 

 シュピーゲルによって満身創痍になるまで追い詰められたナハトに、蕪木親子の祈りが籠った心の太陽の輝きと、バーニングゴジラの原始の炎、そしてゴジラがガメラから預かっていた霊的エネルギー"マナ"が注がれ、正しい覚醒の道筋へと戻ったナハトが変身した次なる覚醒形態。

 ナハトの周囲に渦巻く、大気中の"マナ"を燃料にして燃え盛る"紅蓮の嵐"は、見る者全てを圧倒させる。エネルギーはすべてナハト本体に注がれているため、特異な能力等は無いが、目眩しといった絡め手にはうってつけのものではある。

 前段階の形態であるビギニングストームの各種能力も引き継いでいる。

 ボディのカラーリングは一層モノクロの配色が明確になった。ところどころに金・赤・青のラインが入った。

 本形態にはガメラやゴジラ、そしてヒトのエネルギーが糧となって成ってはいるが、その条件を揃えられなくとも、多量にはなるが光エネルギーを代替にして変身が可能。

 

 




はい!一応設定集のみ今は投稿します!ジオン水泳部原作アニメ編完結後に本格スタートします!

F鷹兄貴のナハトアームズのデザイン好き。ねえ、もう(感謝)感じちゃう…。
ガルシア兄貴がskebで描いてくれたイラストです。リクエストしてくれたエメトリウム兄貴にも感謝してます!ありがとうございナス!!

【2023年3月版編集】
 どうもです。文章の修正と、ナハトの出自や各種スペックをより詳しく補完できるよう再編集をしました。
 逸見エリカのヒーロー、よろしくお願いします。




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登場架空兵器大全集

※主に本編に登場した架空兵器の説明を書いていきます。


 

 

 

【陸戦兵器】

 

12式自走電磁砲(レールガン) 

 

 陸上自衛隊が採用した、新概念兵器…電磁加速砲(レールガン)を搭載した新型戦車。定員は車長兼通信手、砲手、操縦手の3名。旋回砲塔両側面には自動迎撃能力を付与した米国製近接防空火器(CIWS)"高性能20mm機関砲 ファランクス"__が取り付けられている。それらは対地目標にも使用可能。機関砲については自動操作から手動操作に切替も可能である。また、レールガン、ファランクス共に自動装填装置を採用している。

 この車輌運用に必要な諸動力は次世代動力機関"超小型プラズマ・バッテリー"が担っている。同バッテリーは、国内最大の研究開発機関__"日本生類総合研究所"にて学園艦関連技術を元に応用・開発された新テクノロジーの産物の一つである。当バッテリーは本車輌の諸動力源として採用・搭載されるに至り、結果として従来の化石燃料を主体としたディーゼル機関搭載型の戦闘車両と比べても安定性が高く、長大な稼働時間を獲得することに繋がった。

 装甲には、現在の戦車道競技車輌の乗員保護のために利活用されている"複合(コンバイン)カーボン"__これも上記の研究開発機関が開発した__とチタン・アルミ合金を組み合わせた新型多重装甲を採用。

 このように、本車輌は日本の最先端技術が至るところに施された傑作戦闘車輌だが、それ故開発及び生産のコストが著しく高騰してしまい、調達費が超高額となってしまった。しかし、米国に次いで2番目のレールガン搭載車輌ということもあってそのスペックや運用論に対する国内外からの評価は共に高く、乗り手からの信頼も厚い。また、10式戦車と同様に、部隊間広域情報共有システム__C4Iを搭載しており、システムを採用している各ユニットとの連携を難なく取ることができる。

 …対空レーダー等からの管制並びに支援を受ければかなりの条件付きではあるものの、レールガンで航空目標を捕捉・撃墜することが可能。

 

 主に北海道、北東北、関東、九州地方にその高い対物貫通力を買われ対艦、対戦車用に多数が配備されている。

 モデルは『地球防衛軍4』で初登場を飾った戦闘車輌"イプシロン自走レールガン"。

 

 

10式戦車改

 

 陸上自衛隊の主力戦車たる10式戦車の火力向上を目指して開発された改修車輌。

 車体はそのまま10式のものを利用しており、砲塔部が120mm連装滑腔砲と新型観測装置を搭載した新規設計のものに代わっている。これにより、以前と比べてより継続的な火力投射が可能となったのと同時に、複数目標への対応力も大幅に向上した。が、消費する弾薬量は単純計算で二倍となっており、砲塔新設計後も弾薬庫の拡張は実現しなかったために、「火力は二倍で継戦能力は二分の一倍」の塩梅となった。

 なお、砲塔部のリデザインとステルス塗料付与により新たにステルス性を獲得しており、新世代戦車にも肩を並べ得るシロモノとなった。

 

 防衛省と陸上自衛隊は全国に配備されている10式戦車の半数以上を「改」型に改修するよう指示している。改修ペースは順調であったが、その矢先にコッヴ襲来を発端とした"特殊生物情勢"に突入し、予定が大幅に狂った。

 本車の最も近いイメージとしては『機動戦士ガンダム』宇宙世紀シリーズの"61式戦車Ⅴ型"。

 

 

20式メーサー戦車 

 

 "特殊生物情勢"勃発に際し、過去__冷戦末期に凍結された日米共同新兵器開発計画『Lプロジェクト(メーサー開発計画)』を防衛省が復活させ、日本単独での当計画再着手が実現し、その計画の産物の一つとして誕生したのが本車輌、世界の対特殊生物用戦闘車輌第一号とされる"指向性放電砲搭載戦車(メーサー・タンク)"だ。

 車体は10式戦車のものをそのまま流用し、砲塔は新規設計でやや丸みを帯びた74式戦車のそれに近い流体型である。

 主砲は、従来の実弾砲ではなく、特殊生物に有効とされる前述の新概念兵器"指向性放電砲(メーサー砲)"を搭載している。ちなみにメーサー兵器群は日本生類総合研究所と防衛装備庁が共同で開発している。

 パラボラアンテナ状の照射部から青白い稲妻__超高圧プラズマをさらに圧縮した光線状の電撃を発射する。その威力は絶大で、生物に命中してしまえば細胞を徹底的に焼き払い損傷・破壊に追い込み、金属などの無機物であれば着弾と同時にあっという間に表面が融解・蒸発するほど。

 メーサー砲の有効射程は1kmそこそことやや短い。本車輌が開発された当時の技術__搭載火砲"Ⅰ型メーサー砲"の出力ではそれが限界であった。…技術革新とメーサー砲の発展が進むにつれ、射程は増大していくこととなる。

 なお、動力は12式自走電磁砲と同様、"超小型プラズマ・バッテリー"であり、メーサーの射撃用電力も余裕で賄える。だが機動性は通常戦車よりやや劣る。また、オプションとして"8連装ボックス型汎用ミサイルランチャー"を砲塔の両側面に計2基装備可能。

 本車輌は小隊から中隊規模の集団運用が想定されている。低い機動性を補い合い相手からのヘイトを分散させそれぞれの生存率を高めるものである。

 

 開発後、全国各地に配備が急ピッチで進められる。運用初期の本車輌はすべて陸自の所属であったが、対特殊生物自衛隊の本格始動後はそちらに所属が変更され運用されることとなる。

 イメージは『東宝特撮』シリーズの"92式メーサータンク"の車体をキャタピラ式にし、砲塔デザインを既存戦車のようにスマートにしたもの。

 

 

20式自走高射メーサー砲 

 

 87式自走高射機関砲の流れを汲む、メーサー砲搭載式対空車両。メーサー搭載兵器第二号であり、同年に制式化された20式メーサー戦車と区別するために見た目から付けられた非公式愛称「ツインメーサー」で呼ばれ親しまれている。

 動力は他の2010年代以降の新型車輌と同じ"超小型プラズマ・バッテリー"。非公式愛称の通り、二基の対空用小口径メーサー砲__"並列連装Ⅰ型メーサー砲"が装備されている。

 射角や旋回速度は既存の対空車両と比べて優れており、20式メーサー戦車よりも空中の移動目標を狙うことが容易となっている。 また、レーダー連動式の射撃管制システム、データリンクシステムなどを搭載しており、その高度な情報処理・共有・伝達能力は高射部隊の対処能力を大幅に引き上げる。そのため、通常の高射部隊の指揮車輌としても運用が期待されている。しかし、搭載火砲がⅠ型系列の急造品であったため、出力の安定化や射程距離の延長は改善されるには至っておらず、有効射程範囲は同じく1km前後に留まっている。こちらもまた後々の技術革新や搭載火砲の換装によって射程は伸びていくこととなる。

 また、前述の20式メーサー戦車と同様に、8連装ボックス型汎用ミサイルランチャーが取り付け可能であり、単独での自衛力が高い。中距離から近距離までの対地対空目標を迎撃可能。

 

 本車輌は、その大多数が配備と同時にそのまま特自所属となったが、一部は上の説明にあったように、高射部隊の運用能力底上げを目的に数十輌が陸自所属車輌として編入されている。

 モデルは『東方特撮』シリーズの"93式自走高射メーサー砲"。サイズは通常車輌と同じサイズにまで収まっている。

 

 

M2A4 ギガンテス自走電磁砲(レールガン) 

 

 アメリカ合衆国陸軍が保有する世界初のレールガン搭載車輌。

 主砲の威力は当然強力で、日本の12式自走電磁砲よりも高い貫通力を有する。しかし12式自走電磁砲が固定装備としているような近接防空火器といった類いのものは装備されてはいない。が、その代わりに砲塔上部には対歩兵用の既存の重機関銃__ブローニング M2重機関銃が搭載されており、装甲は12式自走電磁砲と同様の複合カーボンを中心とした積層装甲を採用している。また、車体・砲塔には追加で爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が取り付けられることが多く、この追加装備がデフォルトの状態となりつつある。

 これらの装備構成には、米軍独自のレールガン戦術ドクトリンが関係している。米軍のレールガンは、万全のエアカバーと砲兵隊の支援が保証されている戦場で敵車輌群を完全なアウトレンジより集団で薙ぎ払うという運用が採られているためである。そのため自衛火器は必要最低限に、しかし守れるものは守れるような防備を施した、というわけだ。

 動力は日本より僅かながらも一足先に実用化した学園艦技術応用の新動力…米国版超小型プラズマ・バッテリーにあたる"スーパー・エレクトロン・バッテリー''。だが、機動力の面でやや問題があり、最高速並びに巡航速度は同じ車輌カテゴリの12式自走電磁砲だけでなく合衆国陸軍の主力戦車__M1 エイブラムスと比べても劣っており、不整地での戦闘にも不安が残っている。また、砲塔旋回速度が遅く、取れる俯角も少ない。

 しかしながら、このような弱点等が多々ありつつも四桁に届く配備数を誇るのは、やはりレールガンの強みとステルス設計の車体による利点がそれらを大きく上回るからだろう。

 

 アメリカ合衆国全土に配備されている。余剰分は現状カナダ、メキシコと言った隣国__北米諸国に提供するのみに留まっており、その他の第三国には技術流出の危惧等もあってか輸出は今の所されていない。

 モデルはゲーム『GTA5』登場のオリジナル戦車"TM-02 ハンジャール"。

 

 

M156 タイタン重戦車 

 

 全長凡そ25mという巨体を持つアメリカ合衆国陸軍保有の重戦車。搭乗員は5名。

 海上部隊及び地上部隊の制圧、自軍拠点の防衛、敵拠点の破壊、前線の単機突破を成し得る超重戦車として開発された多砲塔戦車で、その強力な武装群と弾道ミサイルにも耐えうる圧倒的な装甲から「動く要塞」とも形容される。しかしその重量と巨体から移動速度は酷く鈍重であり、合衆国本土でさえ走行可能な舗装道路は少なく、単独運用での作戦区域への展開能力は著しく低い。そのため、本車輌を投入する作戦では超大型戦略輸送機や強襲揚陸艦とセットで輸送・運用されることが多い。中東やアフリカへの派遣経験がある。搭乗員の生存率で驚異の100%を叩き出したことで米陸軍では神格化されかけた。

 武装は主砲塔に口径40cmに迫る艦載砲を短砲身化し、戦車砲として転用した代物である"レクイエム砲"を1門、主砲塔上部左右に対地、対空をこなす2基の速射単装砲塔、砲塔同軸上と車体前方に固定式大口径機関砲を1門ずつ備えている。また、車体両側面には射出機を複数装備しており、バリエーションによってはグレネードやミサイルを発射できる車輌が存在する。

 スペックやサイズ的にカテゴリーは「超重戦車」に本来は置かれるのだが、本世界2020年時点で他に実用化されている現代型重戦車が他に無いため、世界唯一の「重戦車」として君臨している。

 

 アメリカ本土にのみ配備されており、配備数はコストやその低い機動力の影響もあってか、およそ百数輌ほど。同盟国の駐留基地では滅多に見ないレアな戦車とされ、ミリタリーファンには人気である。

 モデルは『地球防衛軍』シリーズの"重戦車タイタン"そのもの。

 

 

M120 オリオティス 160mm自走榴弾砲

 

 アメリカ自走砲シリーズの末っ子。

 大口径砲の搭載により、静粛性が疎かになってしまったが、史上類を見ないほどの多種多様なカスタマイズが可能。戦車と同様に水平射撃も問題なく行える砲塔・砲身設計がされており突発的な戦車戦にも対応可能。使える弾種は、徹甲弾、榴弾、徹甲榴弾、"対空榴散弾(TYPE-3改)"など。160mm砲弾を運用するのは今の所本車輌のみで、実質専用弾となっており、それ伴って各種砲弾の生産に遅れが生じている。

 

 近年は機動性のある装輪式の新型自走砲の登場もあり、足回りの改善やそれらとの差別化する取り組みが為されている。

 配備数はまだ少なく、主に首都や大都市周辺の陸軍基地に優先的に配備が進められている。

 

 

ブラッカー D4 軽自走電磁砲(ライト・レールガン)

 

 イギリスとドイツによる共同開発を経て誕生した、世界で三番目のレールガン搭載車輌。

 ブラッカーの運用思想は攻撃・機動の二つのみに重点が置かれており、名称に「(ライト)」と付いているように、装甲は削りに削って必要最低、車体も市街地での戦闘、他部隊への追随や、陣地転換で高機動を活かせるよう小型化軽量化が図られ他国の戦車と比べてもコンパクトなものとなっており、どちらかと言えば「電磁加速砲を搭載できた装甲車」と言われた方がしっくりとくる。動力は日米と同様のもの__米国の技術供与で開発されたEUプラズマ・バッテリー。

 そして本車輌一番の特徴は電磁加速砲の3点バースト射撃である。一発一発の貫通力や威力は12式自走電磁砲やM2A4 ギガンテス自走電磁砲に劣るものの、レールガンを扱えるという点において優秀な車輌であることに違いは無い。

 

 一説ではロシア連邦陸軍の主力戦車__T-14 オブイェークトに対抗するために作られたのでは、などと囁かれているがその真相は定かではない。

 配備数こそ違えど、独英2カ国以外の欧州諸国も保有しており、ヨーロッパ連合陸軍の主力戦車としても採用され、生産が続いている。上述の噂にも出たロシア連邦陸軍でも、欧州方面軍が旅団規模のブラッカーを採用・配備している。

 イメージモデルは『機動戦士ガンダムSEED』シリーズに登場する"リニアガンタンク"。

 

 

M11 ネグリング

 

 ヨーロッパ連合陸軍がこれまで運用していたM270 MLRSの後継として開発し配備を進めている装軌式自走多連装ロケット砲。多目的誘導弾を通常装備としているので、対地、対空、対艦、対潜攻撃が可能と汎用性が高い。任務によってはクラスター弾やナパーム弾などにも換装出来る。なお、一度に撃ち込める弾数は20発で、水平射撃も可能なことから何処ぞのカリオペのような使い方もできるらしい。

 走行間射撃が可能だが、高度な姿勢制御装置は積んでいないため、実行する際は場所を選ぶことになる。

 

 ヨーロッパ連合陸軍の砲兵・ロケット部隊、高射部隊の要として量産されており、300輌前後までその数を増やすとされている。

 モデルは、『地球防衛軍4』からデビューした同名のミサイル車輌。

 

 

【航空兵器】

 

 

AH-2 ヘッジホッグ

 

 アパッチ、コブラの後継機として陸上自衛隊が配備を進めている純国産対戦車ヘリコプター。テイルローターを持たない"ノーター"方式の大型ヘリコプターであるが、その機動性は高く、閉鎖的空間での運用であっても十分な活躍が期待できる。

 固定兵装として長銃身20mm4銃身ガトリング砲、もしくは30mmチェーンガンを装備する他、外見上の特徴である巨大なスタブウィングに六箇所設けられているハードポイントには対戦車ミサイルやロケット弾ポッドを搭載することができる。

 

 新型兵器である航空機搭載型小型メーサー砲“Ⅰ型パルス・メーサー砲”の取り付けが行われている機体もある。また、光学迷彩搭載実験機である"グレイゴースト"と呼称されている機体が関東のいずれかの駐屯地に存在すると言う噂もある。

 

 陸自の各航空方面隊にそれぞれ最低20機は配備される予定だったが、"特殊生物情勢"によって、配備数はほぼ二倍近くまで引き上げられることとなる。

 モデルは『機動警察 パトレイバー』の"AFH-02/AH-88 ヘルハウンド"。

 

 

AFH-80 バゼラート

 

 ヨーロッパ連合陸軍の主力攻撃ヘリ。イギリス主導の欧州主要国家による共同開発機であり、AH-64D アパッチ・ロングボウを元に設計されているためパーツや武装に多くの互換性を有している。開発理由は運用する攻撃ヘリの武装等の規格統一化の促進と、配備予定であった米国製のAH-64E アパッチ・ガーディアンの納入の見通しが立たなくなったことによるやむを得ず…欧州圏での独力開発をするしかなかった、という事情が混ざり合っている。

 武装は機体前面下部の20ミリ多砲塔機関砲、両翼に固定式の35ミリチェーンガン及びロケットポッドを装備する。また、空対空ミサイルを装備することで、即席の制空ヘリとしての運用も可能である。そのため山間部や渓流地帯の警備哨戒等では非常に重宝されている。

 

 モデルはゲーム『地球防衛軍』シリーズにて登場する攻撃ヘリ"バゼラート"。

 

 

AH-41 ネレイド

 

 南アフリカ共和国が、自国とアフリカ共同体用に開発した強力な対地制圧用重攻撃ヘリ。本機は大出力エンジンと他機体と比べても余りある巨体を有しており、通常ヘリの武装は粗方搭載できる。他には航空爆弾や大型ロケット弾も両翼に装備可能。それによって大出力エンジンの馬力と速力に物を言わせた無誘導爆弾による絨毯爆撃といった、攻撃機のような運用も可能な機体に仕上がっている。

 主な武装はレーザー誘導式の40ミリガトリングガン、大型対地ロケット弾、無誘導航空爆弾。

 

 配備はアフリカ南北端の諸国家が最も進んでいる。

 モデルはゲーム『地球防衛軍』シリーズにて登場する攻撃ヘリ"ネレイド"。

 

 

F-3J 蒼天 

 

 日本の純国産新型ステルス戦闘機。「日本版F-22(ラプター)」の異名を持つ。F-2の後継機として開発された、第5.5世代にあたる戦闘機であり、F-35のように武装パックを変えることで陸海空すべての作戦に対応可能。ちなみに、ウェポンベイ内の構成物も全て取り外しができることから、情勢に対応した大規模改修ができる設計となっているため拡張性並びに汎用性は高い。

 それ故に調達額が高騰したことは言うまでもない…が、それに見合うだけの性能を秘めている機体。

 

 F-4EJ ファントムⅡと共に長らく主力戦闘機として運用されてきたF-15MJとの順次入れ替えが行われている。

 

 

RF-15MJ スカウトイーグル 

 

 航空自衛隊の複座式戦術偵察機で、RF-4EJファントムの後継機として開発、採用され各航空基地に配備されつつある機体。

 日本独自の改良が至る所に施されており、上記のファントムよりも情報収集能力の向上したこと、エンジンの改修などにより機動力が上昇したことが例として挙げられる。

 自衛隊内での愛称はそのまま「スカウトイーグル」。

 通常のイーグルと同じ装備に換装できるため、ある程度の空戦にも対応可能である。

 

 近年の中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、そして豪州連合の膨張した軍事行動への監視を強化するために、西部・南西航空方面隊と、中部航空方面隊の一部__"航空自衛隊硫黄島基地"に集中的かつ優先的に配備されている。

 

 

C-3

 

 自衛隊初の大型戦略輸送機であり、実戦では主に3〜5機編成で運用される。

 C-1の弱点である積載量と航続距離を改善したC-2は優秀な輸送機であったが、戦車や当時噂されていたアメリカの新型機動兵器__ベガルタ__といった、重火力重装甲の地上戦力の空輸はできなかった。そのため、「複数の機甲戦力の空輸が可能」を基本かつ前提条件として発案された輸送機が本機、C-3であったわけである。

 本機は通常の輸送作戦での運用は勿論のこと、前線維持のための急派増援から敵地の後方撹乱のための空挺・機甲戦力の速やかな投入まで、あらゆる局面に対応できる性能を持つ。その長大な航続距離から、アジア圏内で発生した災害派遣任務での活躍が期待されている。

 なお、本機はSTOL機であり、C-1、そしてその直系のC-2譲りの短距離離陸が可能で、悪路であっても問題が無い設計が為されている。最大積載量は四発の大出力ジェットエンジンや拡張された貨物室構造などの恩恵もあり、C-2よりもさらにサイズアップした巨体に反してそれと同等の高速巡行飛行ができ、離陸可能な最大積載量は約200tと、一度に戦車4輌と小規模ならば普通科部隊の同時輸送が可能である。

 

 量産は順調で、配備数もかなりのもの。C-130H輸送機との入れ替えが進められている。

 モデルは『機動警察 パトレイバー』の"C-4 輸送機"。モデルよりもサイズは3、4回り大きい。

 

 

MQ-10 カモメ

 

 海上自衛隊が採用した国産無人偵察機__UAVで、ラジコンヘリをそのまま巨大化させたような、そんな見た目の航空機である。主に水上と水中の哨戒を担当しており、機体前面下部には高感度カメラが備え付けられているため、偵察行動も可能。また、パッシブレーダーを搭載しているため、護衛艦と連携して艦隊上空の索敵もできる。

 

 ヘリコプター格納庫を有する護衛艦には必ず1機は搭載されており、警備所や基地にも施設警備・監視用に採用、配備されている。

 出典元は、原作漫画『空母いぶき great game』。

 

 

MQ-77 ブルーバード

 

 米国が近年配備を開始した多用途無人航空機。

 主にアメリカ本土では早期警戒機や偵察衛星、レーダーシステムと共にアメリカ本土の領空監視や領海哨戒活動を行なっている。その他にも偵察仕様機や、有人機追従型、対地支援型の機体などが存在しており、バリエーションは豊富である。空自のF-2にならって洋上迷彩を採用しており、これが名称の由来の一つとなっている。

 

 一部の機体は巨人機や空母搭載仕様に変更されたり、有人機の支援や防衛目標の護衛役として運用されている。

モデルは『エースコンバット7』の"MQ-101"。

 

 

EQ/RQ-88 フライング・フェニックス

 

 超大型戦略爆撃機B-100の開発で培われた巨人兵器のノウハウを存分に使って誕生した、全翼式の超大型無人偵察電子戦機。全幅は凡そ1kmにも及ぶ。

 本機は高高度に位置する偵察機と電子戦機、二つの役割を兼ね備えた存在として作られていたが、国際情勢の変化に伴い、設計を一部変更し無人機を搭載できる無人空中母艦としての役割も付与された。"MQ-77 ブルーバード"一個飛行中隊規模の格納が可能である。

 現在配備されているのは4機であり、それぞれハワイ、サンフランシスコ、ニューヨーク、オーランドの各空軍基地を拠点としている。作戦によってはB-100との共同運用が為されることもある。

 

 モデルは『エースコンバット7』にて登場した"アーセナルバード"。

 

 

B-100F コスモフォートレス

 

 米国が開発した、ストラトフォートレスをも超える超大型戦略爆撃機。

 本機は冷戦末期に開発が始まり、冷戦終結後1999年から本格的に量産が開始され、2001年よりストラトフォートレスと交代する形で配備が始まった。「宇宙要塞」の名に恥じぬその長大な航続距離、成層圏上層まである限界高度、圧倒的な爆弾積載量…このような桁外れた性能を持つ機体となったのには、この機体の開発理由が、冷戦終結直前にソビエト連邦にて配備された新型爆撃機に対抗するためであったからとされている。また、自衛装備としてスパローミサイルや各所にコンパクト化が為された小型CIWS__"リトル・ファランクス"が搭載されている。

 時代の移り変わりにより、この巨人機に課せられる任務は多岐に及ぶようになったため、今では機体の両翼下部に護衛機仕様の"MQ-77 ブルーバード"を搭載する機能を付与されている発展型が大多数を占めている。

 

 ストラトフォートレスの半数と交換配備され、運用拠点の大多数が本土の各空軍基地に集中している。

 モデルは『風の谷のナウシカ』の強襲揚陸艦"バカガラス"、『機動戦士 ガンダム』の"ガウ攻撃空母"を足して2で割ったイメージ。

 

 

CB-100K スターシップ

 

 "B-100F コスモフォートレス"を超大型戦略輸送機として再利用するべく改修された機体。

 冷戦終結後、大量生産されたものの、無人機が現れるまでの期間に使い道の消えつつあった「宇宙要塞」の有効活用案の一つであった。そして陸空海軍での無人機採用や重戦車タイタンの登場及び、それに伴う米国の"巨人主義"の推進による後押しもあって誕生に漕ぎ着けた機体である。

 機体前後に大型ゲートが設けられており、通常任務から特殊作戦にまで使える。元となった機体と同様の装備が搭載可能。積載可能な車輌の上限は、かなり無茶ではあるものの、重戦車タイタンを3輌までとなっている。

 

 配備されたコスモフォートレスの1/3が本機に改修されて現在は輸送機としての任務に就いている。

 

 

ユーロファイター・エウロス EF-2017

 

 近年ロシアに続いて新たにEUに加盟した北欧や旧東側諸国向け、そして現役配備中の"ユーロファイター・タイフーン EF-2000"の後継機として、英独仏伊露の5カ国共同開発によって誕生した新型制空戦闘機である。

 大出力エンジンの搭載により、タイフーンよりも少しばかり機体が大型化しているが、機動性は落ちるどころか改善されている。制空戦闘機として開発されながらも、大型機と言うコンセプトを活かし追加武装の搭載を施して多用途戦闘機(マルチロール・ファイター)としての運用も可能である。

 ちなみに愛称の「エウロス」とは“東の風”の意である。

 

 ヨーロッパ連合空軍では主力戦闘機に選定され、欧州各国空軍の制空戦闘機の凡そ4割がこの機体になりつつある。

 モデルは『地球防衛軍5』で再登場した"KM-6F"戦闘爆撃機。

 

 

Tu-95 ヴァローナ

 

 旧ソ連にて開発された6発逆ガル翼の超大型戦略爆撃機。胴体下部に抱える形で超大型長距離殲滅誘導弾___"ヘリオスミサイル"を搭載する。当誘導弾の威力は既存の炸裂式兵器の完全上位に位置しており、たった一発で大規模都市を壊滅させることが出来るほどの威力を有する。

 本機はあまりに特殊な運用方法から日の目を見ることが殆ど無かったため、退役期間の繰上げが決まっていたが、特殊生物の出現により退役期間が延長され、活躍の場を得る。

 

 配備数は三桁に届くか届かないかほど。冷戦期の機体なこともあり、本機は機体の老朽化が原因で年に2、3〜7機ほどが解体されており、緩やかに数を減らしていた。

 モデルは『新劇場版 エヴァンゲリオン』に登場する"An-71MD 大型戦略重爆撃機"。

 

 

F-16T ファルコン・プラス

 

 台湾空軍が配備を進めている、戦闘機"F-16 ファイティング・ファルコン"の台湾独自の改修機。

 中国人民解放軍空軍の擁する大型双発ステルス戦闘機"殲撃20型"に究極の質で対抗するべく、F-16へ度重なる改修を施した結果、ステルス設計化や最大速度・航続距離の上昇に加え、以前と比べ極めて高い運動性能の獲得に成功したことでそのスペックは第5世代戦闘機に迫るとされる。最早ファイティング・ファルコンの面影は無い。

 本機は遠中距離での戦闘は勿論、仮に格闘戦へ持ち込めれたならば、世界の第5世代機を含めた大抵の機体を圧倒できる。それは相手が米国のF-22ラプターや日本のF-3J蒼天などであっても例外ではない。

 

 現在、台湾空軍が保有する全てのF-16が本機に改修される予定である。同様に台湾空軍では他にもF-15の多用途改修機___"F-15T イーグル・プラス"も存在する。

 

 

【軍用艦船】

 

 

"いぶき"型航空護衛艦

 

 海自の『ペガソス計画』により生み出された自衛隊初の戦闘機運用護衛艦。

 事実上の軽空母であり、就役当時は野党からしつこく追及された。"いずも"型ヘリコプター搭載護衛艦の設計を改良したもので、スキージャンプ式の飛行甲板を採用している。武装は近接対空兵装のRAMやファランクスのみで、対空能力が低いため、対空戦闘は随伴艦に任せる形となる。艦載機は主に"F-35JB"戦闘機15機、"SH-60K"哨戒ヘリ数機である。

 同型艦では"かさぎ"、"あそ"の2隻が就役しており、一番艦の"いぶき"を含め、横須賀、呉、佐世保の各護衛艦隊に配備されている。現在、護衛艦群短期集中建造計画『Z6号計画』に加えられた、後に"ほだか"と命名される4番艦が急ピッチで建造中である。

 

 原作漫画『空母いぶき』より採用。

 

 

"グレートサンディー"級原子力航空母艦

 

 オーストラリア国防海軍が保有する、米海軍のニミッツ級を超える超弩級原子力空母。一番艦であるグレートサンディー、二番艦"グレートサザン"、三番艦"グレートヴィクトリア"の計三隻が就役しており、今後も同型艦は増えていく模様。艦載機搭載数はおよそ60機前後。

 対空兵装は既存の多銃身機関砲___ファランクスやRAM、シースパロー艦対空ミサイルなど。そして甲板側面には巡航ミサイル発射機も設置されている。N2弾頭弾に換装すれば、対地対空広域制圧能力を取得できる。

 

 デザインは歴代米空母のいいとこ取り。

 

 

学園艦(スクールシップ)級要塞空母 "デスピナ "

 

 学園艦建造技術と米国の軍事技術、そして巨人兵器ノウハウの粋を結集し建造された、アメリカ合衆国海軍の超々弩級原子力航空母艦。本艦の役割は、単艦での学園艦並びに沿岸都市防衛である。艦内部には新型原子炉の他に、弾薬工廠が存在し、長期間の戦闘に耐えうる継戦能力を有する。『U計画』の真打と謳われるその全長約6キロの巨大船体は伊達ではなく、搭載可能機数は三桁であり、通常の空母艦載機のみならば凡そ四百機ほど。大型爆撃機も収納可能で、民間のジャンボジェットすら離着陸させることができる。なお航空戦力のみならず、陸上兵器も搭載可能で、揚陸艦・輸送艦としての運用もできる。

 武装は艦上に各種対空兵装に対潜魚雷、汎用滑腔砲だけでなく、"UA50 ライオニック"小型高速巡航ミサイルの発射機や"ATS テンペスト"弾道ミサイルのサイロを有しており、単艦での打撃力は下手な軍隊よりも高い。

 

 同型艦には、二番艦"ドゴスギア"、三番艦"アートデッセイ"が存在する。

 『地球防衛軍4、4.1』にて登場した同名艦船が元ネタ。

 

 

"ノーチラス"級原子力潜水攻撃母艦

 

 元は合衆国の巨人主義の号令の下で北米諸国が推進していた『U計画』の副次産物であり、欧州六月災厄後に本計画に欧州諸国が参加したことで、一番艦、二番艦以外に五隻の姉妹艦が建造されることとなった全長400メートルの巨大戦略艦船。新型原子力機関を動力とし、その巨体と長大な航続距離を活かした、あらゆる海域とその周辺地域への迅速な戦力の緊急展開が可能。そして水中での巡航速度はおよそ30ノットで、静粛性を実現しつつ高速移動を可能とする。搭載されている武装は、船体前方には目一杯VLSが設置されており、艦橋側面にはCIWSや単装速射砲がハリネズミの如く配置されている。また、前後甲板にはヘリ及びVTOL用の垂直エレベータシステムと"ブラッカーD4 軽自走レールガン"に採用されている3点バースト式の電磁加速砲…若しくは"M2A4 ギガンテス自走電磁砲"の高出力レールガンを大型化したものが計4門2基搭載されている。そして、アメリカ合衆国産の小型高速巡航ミサイル__"UA50 ライオニック"の収容型ボックスランチャーが船体側面に配置されており、艦首艦尾には魚雷発射管をそれぞれ10門搭載している。

 艦載機は、固定翼機が20、回転翼機が10機ほど搭載可能。

 合衆国の一番艦"ノーチラス"、カナダの二番艦"エイハヴ"、イギリスの三番艦"セイレーン"、フランスの四番艦"パンドラ"、ドイツの五番艦"ドレッドノート"、イタリアの六番艦"エピメテウス"、ノルウェーの七番艦"フィンブルヴィンテル"が建造中である。

 

 イメージと元ネタは本格海鮮(海戦)ゲーム『鋼鉄の咆哮シリーズ』の"超巨大高速潜水戦艦ノーチラス"。

 

 

【機動兵器】

 

 

CL-01 コンバットローダー・ベガルタ

 

 アメリカ合衆国が生み出した、全高およそ8メートルの二足歩行人型機動兵器。元は小型化された電磁加速砲__レールガンを装備させ、アウトレンジから標的を仕留める遠距離狙撃用パワードスーツとして開発が進められていた。

 しかし、特殊生物出現後の情勢変化により、先端のロボット工学・軍事技術を結集させた機動兵器へとコンセプトを変更し今に至る。

 

 装甲は全面装備を採用し、脚部にホバークラフト機構、背部にはロケットブースターが取り付けられ生存率と機動力が従来の陸戦兵器と比べ増大した。動力には"スーパー・エレクトロン・バッテリー"が使われており、長期戦に耐え得るエネルギー供給が約束されている。武装面では右腕部に小型連射式レールガンである電磁速射砲"レールライフル"、左腕部に三連装大口径ガトリング砲若しくは二連チェーンガンを内蔵。肩部にはボックス式ロケットポッド、背部両側面にはアクティブミサイルランチャーが付属しており、全方位の短距離敵対目標に対する同時迎撃が可能。また、腰部に装甲車レベルの装甲ならば軽く溶断できる近接用熱伝導短剣__"ヒートナイフ"を常備している。

 なお、試作機の兵装はレールライフルと左腕部に装甲板を取り付けたもののみで、制式採用の量産型は上述のようなフル装備である。

 

 モチーフはゲーム『地球防衛軍4,4.1』にて登場する"バトルマシン ベガルタ"。

 

 

【特殊兵器/戦術・戦略兵器群】

 

 

N2窒素爆弾

 

 豪州連合が開発した戦術核に匹敵する制圧力及び破壊力を持つ、特殊爆弾である。汎用ミサイルサイズの弾頭レベルでも炸裂時には直径50メートル強の巨大火球を形成し、あらゆるモノを薙ぎ払う強烈な衝撃波を放つ。

 陸海空、あらゆる兵器と戦場に対応し得る豪州連合の切り札と生み出された。

 

 

対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル) 

 

 銀色の巨大な杭の見た目をした、爆風や破片ではなく質量エネルギーとドリルを用いての貫徹力を重視した設計の__名前の指す通り対怪獣・対異星人を想定した__日本が開発した特殊誘導弾。厚さ数メートルのコンクリート壁を貫通するほどの威力を持ち、既存兵器にも十分なダメージを与えることができる。

 攻撃のイメージとしては、標的に貫通後、標的内部突入時に使用したその強固な装甲をそのまま起爆、破裂させ対象の内部構造をズタズタに引き裂く…というもの。

 

 各種誘導弾搭載車輌、航空機、艦船の搭載するものに合わせた数種類の異なる規格のものが生産されている。

 

 

中距離対艦弾道ミサイル 神海

 

 中国人民解放軍ロケット軍が保有する対艦用の極超音速大型弾道ミサイル。MATOコードネームは、"エストック"。

 「敵国の対弾道ミサイル多重迎撃網を支援・補助無く単独で突破可能かつ、10km超の巨大艦船を大破轟沈に追い込めるミサイル」が売り文句であり、そのコンセプト後半の文面からも分かる通り、対学園艦を第一に想定している…相当な打撃力を持ったミサイル。弾頭は戦術核と通常弾の二種類で、専用の発射機並びに運搬車両とセットで運用される。自国の有する戦略ミサイル原子力潜水艦への搭載も構想され、潜水艦発射弾道ミサイル__SLBM版の開発計画も持ち上がっていたりもしたが、設計上の問題から断念されたことから、本ミサイルは地上発射型のみとなった。

 

 スペックやコスト上、量産に難航しているらしく、配備数自体は少なく、これを用いた実弾演習は少ない。

 

 

中距離戦略弾道ミサイル ATS10 テンペスト

 

 アメリカ合衆国陸海空軍にて運用されている戦略級弾道ミサイル。

 各種核弾頭、サーモバリック弾頭、通常弾頭のいずれかを搭載する。三軍で運用されていると言った通り、地上発射__サイロ式、潜水艦発射式、空中発射式と、派生型が複数開発されている。発射媒体から同国宇宙軍偵察衛星を介してリアルタイムで攻撃地点を変更・指定し誘導することが可能。

 

 モデルは、ゲーム『地球防衛軍』シリーズのエアレイダーの高レベル要請武器"テンペスト"シリーズ。

 

 

小型高速巡航ミサイル UA50 ライオニック

 

 アメリカ合衆国海軍が保有する、トマホークの異母兄弟とも言える巡航ミサイル。

 「巡航ミサイルの打撃力は凄まじい。なら、それの数を揃えてバカスカ撃てたら絶対強い」だろうと言う考えの下、開発された経緯を持つ奇特な代物。このミサイルの強みは、巡航ミサイルとしての打撃力と、小型化によって生まれた精密誘導性及び物量、そして通常のミサイルと相違無い高速性にある。

 基本的には、単一の目標に対して最低50発、連続発射し徹底的に破壊する…という運用がされている。

 

 モデルは、ゲーム『地球防衛軍』シリーズのエアレイダーの要請武器"ライオニック"シリーズ。

 

 

【先進装備】

 

 

特生自衛隊 特自隊員装備

 

 イメージとしては基地警護などの後方支援の任務に就く隊員は武装以外は特撮番組『ウルトラマンガイア』のGUARD隊員の装備とほぼ変わらず、特殊生物との戦闘に赴く隊員の見た目はFPSゲーム『COD IW』のウォーファイター。隊服はどれも黒色系で塗り潰されている。

 対特殊生物強襲制圧隊のイメージは原作漫画版『亜人』の対亜特選群。“19式先進防護戦闘服”を標準装備とする。

 

 

ロシア連邦軍 重装歩兵(フェンサー)装備

 

 耐爆スーツと防弾プレートを組み合わせ一体化させた全身着装型の軍用パワードスーツ__エクゾスケルトンを標準装備とする。また、同装備には背面に多目的連結モジュールが取り付けられておりバックパックや無反動砲などをマウントすることが可能。

 通常兵装は、展開機構を有する全高2mの炭素繊維防弾盾(カーボンシールド)と、M134連装機関銃となっている。

 

 兵科のモデルは『地球防衛軍』シリーズの"二刀装甲兵 フェンサー"。カーボンシールドは5・6型の"ディフレクション・シールド"のイメージ。

 

 

 




物語が進むにつれて日本や他国のあんな兵器こんな兵器も出るかもしれません。お楽しみに!

質問感想、リクエスト気軽にどうぞ!

※元ネタがあるものには後ろに表記を追加しました。


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登場人物大図鑑

【登場怪獣・登場人物図鑑】の内容が膨大になりつつあるので、分けることにしました。

※本編のネタバレも多数含まれております。ある程度本編を読み進めてから目を通すことをお勧めします。


※投稿者の作品である『大洗学園野球部』と『ジオン水泳部で戦機道、始めます!』、そして他作品から(設定や容姿を引っ張ってきた)キャラクターが登場します。

※原作ガルパンには登場していない(主要)人物の詳細がここに載っております。

 

 

嵐 青葉 (アラシ・アオバ)

【艦隊これくしょん】

 

 ハジメの母親であり、日本トップのものづくり企業__『希望製作所』の社長。黒森峰の女学園時代のOGの一人であり、同校戦車道のスポンサーもしている。

 誰とも分け隔てなく接し、その優しい性格から社員や熊本の実家近所からはとても慕われている。トレードマークはいつも首から下げている一眼レフカメラ。

 『笑顔テレビ』の増子美代とは黒森峰女学園高等部時代の先輩後輩で、西住しほ、島田千代とは同級生。

 戦車道履修生でありながら、増子と共に写真部と掛け持ちしていた行動力の塊のような人物。

 

 また、戦車道では車長・砲手としての適性が非常に高かったらしく、黒森峰を卒業し大学に進学してからも戦車道を続け、しほ・千代と同様に大学選抜選手として指名され、彼女らと肩を並べて戦ったこともある実力者でもある。彼女の戦法は「神出鬼没、電光石火で重火力重装甲の理不尽を相手に最大限叩きつける」であり、言ってしまえば二大流派のハイブリッドとも言える離れ業であった。

 彼女と同世代の元戦車道選手達が「高校選抜、大学選抜を総なめし、二大流派とも渡り合えるほどの人物が、何故、"日本選抜構想"の話を蹴って会社立ち上げの道に進んだのか」と口を揃えるほどで、仮にアオバが社会人戦車道に手を伸ばしていたのなら、日本第三の戦車道流派__"嵐流"…文字通り台風の目となる革新的流派が誕生していたかもしれないと言う。

 

 ハジメが中学三年に進級する手前、彼の父親__アオバの夫が亡くなってからは、女手一つでハジメ少年を育て上げた。

 趣味は写真撮影。

 

「ちょっと私もジッとしてられないかも」

 

 

嵐 信吾 (アラシ・シンゴ)

 

 ハジメの義弟となった少年。生まれと育ちは姫神島。

 ハジメの母親__アオバが姫神島で起こったギャオス襲撃事件で唯一生存していた島民の子どもだったシンゴを養子として引き取ったため元の名字から変わっている。

 ハジメを本当の兄のように慕っている。物覚えが良い。

 年齢は9歳で、姫神島では両親と3人で生活していた。

 嵐家に養子として迎えられてからは、なかなか実家に帰宅できないアオバが知人と交渉し、黒森峰学園のハジメの寮部屋に住むことが許可され、今はハジメと共に生活している。

 現在は学園艦内にある独自の学童教室__小学校相当の教育施設に通っている。

 

 また、ハジメとよく一緒にいるため学園生徒…特に戦車道履修生と会う頻度が多く、顔を出しに来る度ガレージで可愛がられている。

 自称"ハジメ兄さんとエリカお姉さんのキューピット"。

 不思議な琥珀色の勾玉を持っている。

 趣味は嵐家のアルバムを見ること。

 

「僕、ハジメ兄さんの弟になって本当に良かった!!」

 

 

逸樹 守 (イツキ・マモル)

 

 前作の主人公。今作ではハジメと親友でクラスメイトであり、逸見エリカとは親戚ではない。

 見た目は適当に切られた黒の短髪に若干の垂れ目で、黒いスクエアメガネをいつも着けている。体格は中肉中背。

 西住みほと負けず劣らずの控えめな性格でいつも内気だが、いざとなれば家族、友人のことを考えてすぐに行動できる芯の強さを持つ。ハジメとの友情と信頼は厚い。

 整備科では副隊長の片割れとして、ハジメを補佐したり、機甲科や必要によっては他学部や部活動との調整役を担当する。

 

 教室では窓際の席に座り、いつも儚げな笑顔で、静かに小説を読んでいる。

 女子からの人気もまあまあある…が、機甲科隊長であり一つ上の先輩…そして幼馴染でもある西住まほにロックオンされているため、手を出されることは無い。

 趣味はプラモ作製とロボット漫画。

 

「ハジメが下向いてどうするんだよ!」

 

 

駒凪 光 (コマナギ・ヒカル)

 

 前々作の主人公。逸樹と同じくハジメの親友でありクラスメイト。

 心が熱いところはハジメに負けない。良くも悪くも熱血なため、直感で動きその後から思考が追いつくタイプであるので、よくハジメとマモルが彼のブレーキ役を務める。

 頭はいつも1ミリの坊主で揃えている。鋭い三白眼であることを除けば明るげな顔立ちをしているも、高身長×人相の悪さで相殺されている。

 本人曰く、ジト目なのはどうしようもないらしい。体格は見た目通りのスポーツ少年らしく、かなり大柄。身長は180cm(本人談)。

 整備科副隊長の片割れとして、整備科内の一年生の引率役や自前の性格と行動力を持って他校への偵察活動、機甲科の相談役等を進んで行なっている。

 黒森峰では基本ハジメとマモルの三人で行動している。整備班のムードメーカーであり、黒森峰戦車道履修生の間では西住みほと並ぶ坊主の癒し枠とされている。

 

 西住みほの乗る戦車の整備担当だった。

 彼女とはよく学校でも話すほど仲が良く、戦車を降りてからの彼女のドジをカバーする役回りをしていた。みほに惚れている。そして数少ないボコの理解者。

 彼女と音信不通になった後も片思い(本人の見解)は継続中である。

 現在は担当戦車が固定されていないため、主に一年生の指導役を引き受けて整備科の後進育成に貢献している。

 

 趣味はシューティングゲームとスポ根アニメ鑑賞と同ジャンルの漫画の収集。

 

「熊本男児を、日本男児をなめんなよ!!」

 

 

佐々木 優 (ササキ・ユウ)

 

 黒森峰学園高等部二年生。戦車道整備科メンバーの一人で、誰とでも分け隔てなく話す人柄から学園内での評価は高い。

 髪は放射状かつ均一に伸びている___ハリセンボン、若しくはウニのような頭が特徴。

 基本マモルと同じようにいつもニコニコ笑顔であり、そのせいか目はいつも横線である。ちなみにヒカルと並ぶ高身長。堪忍袋がキレた際にも笑顔の仮面は外れないので怒らせるとかなり怖い。

 戦車整備は何事もそうなくこなす、オールラウンダー気質。

 

 余談だが、女子による笑顔の似合う黒森峰男子ランキング上位者である。なお、同ランキングの一位はマモル。

 エリカの親友であるレイラの戦車整備を担当している。よく絡まれるぐらいには、彼女からも信頼されている。

 趣味はRPGゲームとプラモ製作。

 

「誰かに与えた優しさはいつか自分に返ってくるんだ」

 

 

佐々木 大斗 (ササキ・ダイト)

 

 黒森峰学園高等部二年生。戦車道整備科メンバーの一人。

 ヒカルと同様に坊主頭であるもののこちらの方がやや髪は長いらしいが、第三者から見ればその差異は微々たるもので、非常に判別しにくい。

 顔面偏差値は黒森峰女子らの統計データによれば中の上。背丈はユウやヒカルと同じぐらいでかなりの筋肉質。

 坊主頭と苗字のせいでよくヒカルやユウと双子の兄弟だと思われ間違われており、校内で後ろ姿で誤認されることが多く、特に廊下ではその確立が顕著。

 自慢の筋肉を用いての転輪・履帯の直持ち運搬や整備、砲弾の取り扱いに長けている。

 

 また、大柄なためよく女子から力仕事を頼まれており、大体力が入ってダメな方向に…。しかしそのぶきっちょなところが良いと女子からウケているのを本人は把握していない。

 趣味はサバゲーと機材系筋肉トレーニング。

 

「俺さ、細かいことはあんまし分かんねぇけどさ…」

 

 

須藤 拓海 (スドウ・タクミ)

 

 黒森峰学園高等部二年生。戦車道整備科メンバーのひとり。

 茶髪のツーブロックで、楕円のメガネを掛けている。

 中学時代は陸上部であったためか、すばしっこく、小柄なために一度逃走されると再度の捕捉は困難を極めるほどには逃げ足が速い。

 顔はかなり整っているためそれなりに女子からの人気がある…が、黒森峰男子の中でも屈指のエロ小僧なため、よく他の男子を誘って覗きを行い〆られかけている。なお一度も公的機関に捕まってはいないので逮捕歴は付いていない。ほんとイケメンなのに勿体ない…というのが周りからの評価。

 エンジン、モーターをはじめとする動力・駆動系統を弄るのが大の得意。

 

 しかし、整備能力が男子の中で上位で重宝されているからか、履修生の間の評価はややプラスである。機甲科の赤星小梅とはいい雰囲気との噂。

 趣味は成人誌集めとFPS。

 

「できることを探せば良いんじゃないかな?」

 

 

凶悪宇宙人 ザラブ星人イルマ 

【オリトラ怪獣・初代】

 

 つり眼と星形の口が特徴的で頭部と胴体が一対となっている第8銀河系のザラブ星出身の宇宙人。これまで様々な宇宙の文明を、変装技術を使って内乱を引き起こさせ滅ぼしてきた凶悪な侵略性宇宙人であり、M78スペースの宇宙警備隊では特A級宇宙犯罪者として多くのザラブ星人が指名手配され、コスモスペースの宇宙正義デラシオンは同種族全ての個体を発見し次第問答無用の抹殺対象と認定している。

 

 イルマはザラブ星人の中では珍しく穏健派に属する両親のもとに生まれた。しかし両親は不穏分子として処刑されイルマ自身は本星からの星外追放となった。

 銀河放浪の最中、過去に父親から聞かされ憧れていたウルトラマンと地球人に会うために決心を付け、ハジメたちの住む並行世界の地球へ訪れる。その後はハジメの友人兼協力者となる。

 ハジメが変身した際にハジメに変装してアリバイ工作をするなどの役割を担当する。実はザラブ星人の中でも特異体質で、対象の情報を獲得することで完全な擬態ができ、対象のスペックの完全再現が可能。

 また、教養があり、非常に勤勉。発明をコツコツ作っている。

 

「嫌われ者で極悪な宇宙人が、ヒーローに憧れちゃ……ダメかな?」

 

 

 

島田 恵美里 (シマダ・エミリ)

【ジオン水泳部で戦機道、始めます!】

 

 日本戦車道二大流派の一つ___「変幻自在の忍者戦法」と揶揄される、島田流。同流派、その現家元の長女として生まれた少女。年齢は21で、大学3年生。

 ベージュのセミロングと、天真爛漫な性格がチャームポイント。

 戦車道大学選抜チームの大隊長を務めており、"バミューダ三姉妹"と呼ばれる中隊長三人をはじめとした選抜選手達からは絶大かつ全幅の信頼を寄せられている。

 試合では報告を受けてから新たな命令を出すまでの()()が極端に少なく、それでいて車輌単位で正確かつ迅速な指示を飛ばし、時には大胆にも自ら前線に赴き戦況をリアルタイムでひっくり返す姿…時に司令塔として、時に切り込み役として戦うそんな彼女に付いた異名は「攻守躍動のゲームチェンジャー」、「変幻自在の魔術師」、「二刀流の神童」…というように多彩で、それらの異名に負けぬ実力を有する。

 島田流稀代の武闘派戦略家とも評されるに至った少女である。

 

 歳の離れた妹__愛里寿がおり、可能な限りいつも一緒にいるほど親密。母に負けず妹に並々ならぬ愛情を注いでいる愛妹家として選抜チーム内でも知られている。

 趣味は園芸。

 

 福岡ギャオス襲来事件に巻き込まれてしまい___

 

「いつも、笑って…ね?」

 

 

秋津 竜太 (アキツ・リョウタ)

【空母いぶき】

 

 航空自衛隊のファイターパイロット__戦闘機乗りで階級は二等空佐。

 空自最強のパイロットと謳われ、各国空軍のエースや空自隊員達からは「空飛ぶサムライ」と呼ばれている。直感の当たり具合が常人と比べて尋常でなく、これに助けられている場面が多いとのこと。

 余談だが、陸上自衛隊の戦車教導隊に所属している女性自衛官___蝶野亜美一等陸尉の婚約者である。

 

 日本初の怪獣出現時にはRF-15偵察機に乗り出動。

 宇宙戦闘獣コッヴの攻撃により墜落の危機に陥ってしまった時にウルトラマンナハトに助けられる。

 趣味は音楽と小説。

 

「…こんな時こそ大人が立ち上がるべきだろう?」

 

 

神 隼人 (ジン・ハヤト)

【新ゲッターロボ】

 

 航空自衛隊の新米パイロットでありながら、階級は一等空尉。

 空間認識能力と格闘戦能力に天賦の才があり、上司にあたる秋津と比べても遜色ない実力を有する。

 

 初の怪獣出現時には謎の結晶体への偵察として秋津と共にRF-15に観測要員として乗り、コッヴの攻撃によって墜落寸前になっていたところをウルトラマンナハトに助けられる。

 

「無茶は承知だ」

 

 

一文字 號 (イチモンジ・ゴウ)

【真ゲッターロボ対ネオゲッターロボ】

 

 航空自衛隊第303航空隊___レイザー隊の隊長であり、階級は三等空佐。

 戦闘機操縦の腕前は空自トップで「スーパードックファイター」と呼ばれ、何かと秋津と揃って話題になることがしばしば。二人は同期であり友人。

 口調が荒々しく良くも悪くも熱血なため、初対面の場合だとかなり悪印象を持たれるのが常。それは本人も悩んでいるらしい。

 

 趣味はトレーニングと外食巡り。

 「食って動いてよく眠る」が彼の信条。それの賜物か、彼は人並以上の身体の頑丈さを持っている。

 

 ガンQ迎撃のために出動。その後は山梨に転移・降下したガンQと戦闘に入る。

 

「決死と必死は違うぜ」

 

 

前原 一征 (マエハラ・イッセイ)

【紺碧の艦隊】

 

 海上自衛隊、佐世保の第3潜水隊群所属の旗艦"しんりゅう"艦長であり、第8潜水隊の司令官。階級は一等海佐。

 操艦能力は後述紹介の海江田と同等かそれ以上であり、リムパック演習時には何度もMVPを取っている。

 

 フィリピン海北部の哨戒中に自身の艦隊がペスターと遭遇し襲撃されるも、ゴジラに助けられる。数少ない友好怪獣__非敵性特殊生物概念への理解者。

 趣味は絵描きで、国内のコンクールに応募しては賞をとっており、メディアでも有名である。

 

「人間にも良いやつ悪いやつがいるのと同じさ」

 

 

海江田 四郎 (カイエダ・シロウ)

【沈黙の艦隊】

 

 海上自衛隊、第3潜水隊群所属"ひりゅう"艦長。階級は二等海佐。

 海上自衛隊の中でもトップのカリスマ性と戦略眼を持つ。

 冷静沈着でありながら、必要に応じて大胆不敵な策をとることもできる柔軟な発想の持ち主。

 

 趣味は音楽で、特にクラシックを好む。モーツァルトの曲が一番のお気に入り。

 

「自分達が世界最高・最強のサブマリナーである自覚と誇りを忘れるな!」

 

 

深町 洋 (フカマチ・ヒロシ)

【沈黙の艦隊】

 

 海上自衛隊、第3潜水隊群所属"こうりゅう"艦長。階級は二等海佐。

 海江田にも負けない能力を持っているが、言動が粗暴であるため、それが昇進などの妨げとなってしまっている。しかし、乗組員達からの支持は絶大である。

 海江田とは防衛大学の同期であり、親友。

 

 趣味はジムでのウェイトトレーニング。

 

「自分の国は自分らで守るんだ。いつまでもヒーローに頼ってちゃいけねぇんだよ」

 

 

神御蔵 伊織 (カミクラ・イオリ)

【S -エス- 最後の警官】

 

 海自特殊部隊___"SBU"所属の一等海曹であった、身長185センチ強の巨漢。

 姫神島でのギャオス戦の実績から、特自の対特殊生物強襲制圧隊にスカウト、編入された稀有な経歴を持つ若手自衛官。

世間体に疎く、常識は通じるが鈍感な面も垣間見えることがある。喜怒哀楽がハッキリとしている明るく優しい人格の持ち主。

 ボクシングを筆頭に多くの格闘術に精通しており、近接戦闘が得意。応急処置の心得も持っているため、メディックとしての役割を受け持つこともある。

 

 趣味は筋トレと食事であり、一文字とはウマが合うらしく良く共に行動している。

 

「ぜってぇ、死なせねぇ!」

 

 

田所 浩二 (タドコロ・コウジ)

【真夏の夜の淫夢】

 

 陸上自衛隊第8師団、第103戦車連隊隊長。階級は一等陸佐。

 卓越した指揮能力で指揮下の車輌に指示を出す。相手を圧倒的な火力で一気に押しつぶす戦法を得意とする。男性の数少ない西住流の門下生であり、家元から直接指導を受けたこともある。その実力は折り紙付き。

 初の"特殊防衛出動"の際、自身の戦車連隊以外に第104、第105戦車連隊も指揮し、ゴルザ迎撃のために防衛陣地にて総攻撃を行うも、指揮下の部隊が半壊する。

 

 趣味は水泳と空手、トレーニングに日光浴と多い。

 

「ここで諦めてさ、悔しくないのかよぉ?」

 

 

枢木 朱雀 (クルルギ・スザク)

【コード・ギアス 反逆のルルーシュ】

 陸上自衛隊にて新設された、対特殊生物戦を想定した機甲部隊__第77特殊戦車大隊を指揮する若手自衛官。階級は三等陸佐。

 類稀な高い判断力と実行力を持っていることから「切込隊長」の二つ名を持っている。

 責任感も強く、人一倍正義感がある人物である。

 

 趣味はチェス。白駒を好み、対戦中に多用する駒はナイト。

 

 ガンQ討伐のために山梨の演習場へと急行。その後ガンQと戦闘に突入する。

 

「しかし、弱さは捨てた!!押し通る!!!」

 

 

伊丹 耀司 (イタミ・ヨウジ)

【GATE 自衛隊彼の地にて、斯く戦えり】

 

 33歳の陸上自衛隊普通科隊員。

 階級は二等陸尉。ドが付くほどの、ヲタク人間で陸自内でもそこそこ有名な人物。

 駒門駐屯地に配属されている一般隊員であったが、特殊生物___怪獣や異星人が出現してからは、持ち前のヲタクとしての"特撮のお約束"といった知識と考えを基に、特措法案の作成に一役買ったりしていた人物。

 冴えない印象を強く受けるが、実は特殊作戦群の所属経験者であったりレンジャー課程修了者であったりし、数々の勲章を所持している()()()自衛官である。

 

 趣味は上記の通り、漫画やアニメといった娯楽系。

 

 陸自選抜隊員として静岡県焼津市森林地帯へと進入し、行方不明者の捜索・救助を開始するが……?

 

「あのね、俺は趣味に生きてんの」

 

 

トム・ボーデン 

【クロムクロ】

 

 アメリカ合衆国海軍の少佐で、在日米軍岩国基地を拠点としている第102戦闘攻撃飛行隊__ダイヤモンド・バックスの隊長。

 口が悪くあまり好印象を持たれないが、部下の面倒見は良く、仲間想いな男である。

 戦闘に関しては猪突猛進気味ではあるものの、無謀な行動は取らず部隊の生命を第一に考えている。口が悪いのはこのため。

 

 趣味はプロレス観戦。日本の覆面レスラーである"ミスターT"がお気に入り。

 

「戦いは大人に任せとけ。これは俺たちの仕事だ」

 

 

増子 美代 (マスコ・ミヨ)

【プリキュアシリーズ】

 

 報道番組『笑顔テレビ』の看板キャスターであり、レポーターも務める明るく活発な女性。その性格からか現地への取材も積極的で、スタジオに黙っていられない時もしばしばある。自分の名前を使ったキャッチフレーズは視聴者に人気である。

 

「ここで私たちが諦めたら本当に地球は終わってしまいます!!」

 

 

 




現在、一期前半の各回修正と、最新話執筆を同時並行で行なっております。
既に再編集を終えた回には追加情報や修正を加えた箇所が少なからずありますので、気が向いた時でいいので読み返してもらえると嬉しいです。

改めて、これからも逸見エリカのヒーローをよろしくお願い致します!


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登場怪獣大百科

名称を変更しました。本編に登場する怪獣の説明は全てここに載せていきます。本編が更新されたらこちらも確認してみてください!
※また、怪獣、異星人を引っぱってきた元の作品の表記を名前の下に書きました。

これは作品のネタバレも含むのでご注意ください。

それでは!どうぞ!


※設定集は本編で怪獣、宇宙人が登場する度に更新していきます。

※本作では怪獣・宇宙人に独自設定、独自解釈を追加しています。

 

 

 

怪獣王 ゴジラ

熱核青龍 バーニングゴジラ

【ゴジラ_vs&2000シリーズ__オリジナル】

 

 大型地中貫通爆弾を難なく弾き返し、巡航ミサイルの波状攻撃にも耐え得る堅牢で分厚い岩石状の皮膚に覆われ、背部には刺々しい背鰭、そしてあるもの全てを薙ぎ払う長尾を持つ全高50mに達する二足歩行型の黒龍。その正体は、恐竜全盛の時代…ジュラ紀から白亜紀にかけ生息していた海棲爬虫類と陸上獣類の中間生物の末裔が、ビキニ環礁の米軍による水爆実験によって散布された放射能を浴び巨大化及び突然変異した存在である。放射線によって恒常的汚染状態となった生息域で生き残るために適応進化する過程で、放射能への完全耐性を獲得している。

 体内には核融合炉に酷似したエネルギー生成変換器官があり、そこから得られる膨大な原子力エネルギーを代謝や治癒能力、そして“放射熱線”や“体内放射(インサイド・ディヒュージョン)”と言った武器として扱う。

 元が温厚な性格の生物であった為か基本的に攻撃を受けなければ反撃してこず(人類側の攻撃は攻撃として受け取っていなかったりする)既存地球生命には友好的で、害意や悪意を持った外からの存在は断じて許さない。ガメラ、モスラ、そして人類と共同戦線を張ることがある。

 古文書『護国聖獣伝説』に描かれていた"地の護国聖獣・青龍"と姿が類似していたことから、そのまま日本政府に"呉爾羅(ごじら)"__ゴジラと命名される。

 

 世界各地で相次ぐ巨大特殊生物、通称“怪獣”の出現に呼応するかのように日本海溝からその姿を現した。

 

 

地球守護獣 ガメラ 

【平成ガメラ】

 

 はるか太古に滅亡した超古代先史文明の遺伝子工学によって、カメを元に創造された対ギャオス用戦略級生体兵器。地球の既存生態系を守るために行動する。他の守護獣定義の地球産怪獣と共に戦うことはあるものの単独行動が目立つ。

 甲羅に頭と手足を仕舞い込んでの回転飛行形態、両腕に飛行用被膜を形成しての高速飛行形態の二つの飛行形態を操り、俊敏な機動が可能。

 地球上のあらゆる場所に存在しているとされる霊的エネルギー__“真永(マナ)”を収集・放出する能力を持ち、それを動力として物理的な各種エネルギーへと変換する人工器官を体内に有する。そのため、エネルギーの体内循環能力に優れており、成層圏上層や海底といった極限環境下でも難なく活動が可能となっている。また、それを応用した、体内でのプラズマ生成術に長けており、口部からは“プラズマ火球”、“ハイ・プラズマ”と言ったプラズマ火炎弾を武器として放つ。

 

 ガメラ出現後、日本各地の海岸に漂着した古代文明ルーツの勾玉を所持した子供達と交信する。そして、その勾玉を介して子供達からの祈りを霊的エネルギー__マナに還元して受け取ったりすることも出来る。

 なお古代日本にもギャオスを追って飛来した別個体…同胞が存在していたのか当時の記録『護国聖獣伝説』には"海の護国聖獣"___“駕暝羅(がめら)”として記されている。それにあやかる形で、日本政府は現代に出現したカメ型巨大特殊生物をガメラと命名した。

 

 ギャオス復活を感知。長年の眠りから覚醒し、海底に没した超古代先史文明の巨大ドーム型遺跡から飛翔した。

 

 

天の護国聖獣 最珠羅(モスラ)

天弓巨蛾 レインボーモスラ

【GMKゴジラ・平成モスラ三部作】

 

 色鮮やかな蛾或いは蝶の姿をした巨大な昆虫型飛行怪獣であり、人類や地球生命を脅かすような敵性存在には触覚部から発射する高周波光線“クロスヒート・レーザー”と翅から散布する“電磁鱗粉”を躊躇なく使用し全力で撃退する献身的な友好怪獣。空中戦では無類の強さを発揮し、マッハ5のスピードを持って敵を翻弄する。

 現代護国三聖獣の中でも知能が非常に高いようで、人類の動きを見て連携を取ろうとする自発的姿勢が多々見受けられる。しかし人類とのコミュニケーション手段を持っておらず、言語やテレパシーを介してのコンタクトがとれない。何故かゴジラと行動を共にすることが多い。

 

 卵、幼虫、繭、成虫と言う既存地球昆虫に酷似した成長プロセスを経る。

 度重なる戦闘に適応し、異常な速度で進化を遂げる。自身の形態形状を自在に変化させ海中や地上、宇宙空間でも難なく戦うことができるようになる。

 後に“バトラ”と呼称されることになるオスの個体も存在する。

 

 敵性怪獣の出現を察知し、人類未把握の小笠原諸島沖海底地下空洞に鎮座していた卵から幼虫形態で孵化後、簡易繭を作ってすぐさま成虫へと変貌。地球を守護するべく立ち上がった。

 本個体の親世代だと思われる存在が、過去の日本にて確認されており、古文書『護国聖獣伝説』にて“天の護国聖獣・朱雀”の最珠羅(モスラ)としてその姿を記されていた。日本政府にそこからモスラと命名された。

 また、東南アジア・オセアニア地域島嶼に多数の同胞が卵体で眠っているとされている。

 

 

凶虫怪獣 クモンガ 

【ゴジラシリーズ・EDFシリーズ】

 

 本史世界__ナハトスペースの地球に初めて現れた特殊生物(“怪獣”)。ブラジル出身。

 地球産陸生節足動物__蜘蛛…その中でもアシダカグモに酷似した怪獣であり、強酸性の粘糸の束と即効性のある猛毒を含む酸針を腹部から発射することができる。針の初速は一般的な小銃のそれに迫り、高速飛行中のヘリさえ捕捉する。その極めて凶暴な性格と戦闘能力から、交戦した兵士達に「凶虫」と呼ばれ恐れられることとなる。

 撃破した個体を解剖した結果、元は南米内陸部に生息していた未発見の新種が異常磁場の影響を受け突然変異し、さらに不法投棄された化学薬品などを摂取し異形化、巨大化が加速し怪獣化した存在であると判明した。

 小型幼体は3m、中型成長体は7〜9mで、大型成熟体は数段階飛ばして60mほどにもなる。繁殖能力が高く、小型中型の個体は群れを形成し数の暴力で外敵を圧倒する。同族及び同じ虫型種の特殊生物以外を異常に敵対視している。

 

 ブラジルの内陸集落の一つを襲ったことでその存在が認知された。生息域を中南米に拡大しようと目論んでおり、米州機構軍と激しい攻防戦を演じている。

 

 

宇宙戦闘獣 コッヴ 

【ウルトラマンガイア】

 

 頭部から肩にかけて規則正しく揃った長短五本の角が生え、腹部には四連菱型の青色結晶体が並び、全体的にトゲトゲしい見た目が特徴的である宇宙怪獣。

 ナハトスペースの地球上で初めて本格的かつ大規模な破壊活動を行なった地球外起源怪獣。ちなみに“コッヴ(C.O.V)”とは「前衛的宇宙有機生命体」の略称であり、本種族の生息域はガイアスペースのM91恒星系。同宇宙の地球では「根源的破滅招来体」なる存在の尖兵として駆り出され、国連隷下の超法規的地球規模軍事組織“G.U.A.R.D.”(対根源的破滅招来体防衛連合)及び“大地の巨人(ウルトラマンガイア)”と複数回交戦した。

 本来は大人しい性格の怪獣だが、周辺の環境が激変すると障害やストレスとなるモノを全て排除しようとし攻撃的な性格になり凶暴化してしまう。詰まるところ、過剰な自衛行動とも解釈でき、一概に悪であると断じることは出来ない存在と言える。だが地球人類からすれば傍迷惑であることに変わりなく、その行き過ぎた防衛本能が発揮される際には、湾曲した巨大な鎌状の両腕__"コッヴシッケル"と、頭部中央の長い角から放つ黄色破壊光弾__"コッヴ・スピット"を武器として破壊の限りを尽くす。

 

 日本上空に発生していた異常磁場を影法師がワームホール形成に利用。そこから黒曜石で出来た繭状隕石体で熊本市に飛来。秋津二等空佐らが乗るRF-15MJ偵察機を攻撃し、停泊中であった大型学園艦__黒森峰学園に迫った。

 ナハトが初めて戦った怪獣である。

 

 

超遺伝子獣 ギャオス 

【平成ガメラ】

 

 はるか太古に勃興した超古代先史文明の高度な遺伝子工学技術によって誕生した悪しき人工有翼生命体。同先史文明を滅亡に追いやった根源そのもので、()()を生み出したのは地球環境を鑑みることなく文明を拡大した人類を目にして絶望した遺伝子工学の秀才たちであり、「驕り高ぶった古代先史人類の浄化の為」にこれを解き放ったとされる。

 赤褐色、若しくは黒色の大翼を有し、矢尻を思わせる鋭角状の非生物的形状の特徴的な頭部を持つ。無駄な塩基配列が存在せず、完璧な構造であり、絶滅種を含むあらゆる地球生物の遺伝子情報が入っているため、これを用いて一世代で環境に異常な速さで適応、進化する。とても凶暴な性格であり、人間などを襲うほか、なんと同族で共食いも行なう。過剰な栄養摂取をすると成長が急加速する性質を持つ。最大で準大型…40mに迫る体躯となる。

 口部から発射する"超音波メス"は、現代の主力戦車の正面装甲を容易に切断するほどの威力を有しており、外敵に応戦する時や、そして獲物を仕留める際、餌を刻む際に使われる。

 地球産霊的エネルギー__“真永(マナ)”を弱点とする。

 

 大昔の日本にも耐久卵から孵化し覚醒した個体が飛来し人々に牙を剥いたことがあるためか、古文書『護国聖獣伝説』では一際禍々しい姿で“黒翼の災影”として記されている。

 日本の姫神島をはじめとする世界各地に未覚醒の卵が数多く存在する。それらが誕生に適した環境になった現代において続々と孵化し始めた。

 

 

超古代怪獣 ゴルザ 

【ウルトラマンティガ】

 

 別世界__ネオフロンティアスペースの超古代、そして現代の地球で闇の軍勢の尖兵として猛威を奮った、鎧を纏った二足歩行肉食恐竜を思わせる(いにしえ)の怪獣。類稀なる怪力を有し、貝殻や岸壁を思わせるゴツゴツとした鎧の如き表皮は通常攻撃の一切を遮断し無効化する。最高硬度の箇所であれば電磁加速砲(レールガン)の弾体すら跳弾させる。

 主な攻撃手段は尻尾による格闘攻撃“アイアンテール”と、腕や脚の怪力。そして、額から発射する紫色怪光線__"超音波光線"であり、これは触れた物体の分子・原子配列を無理矢理掻き乱し一瞬にして対象をボロボロの灰にしてしまう。

 

 日本の九州上空で活性化した異常磁場を影法師が利用し、ワームホールを開けた。そこからネオフロンティアスペースの並行同異体が、熊本県に赤い球状の状態で飛来。球体排除のために出動した陸上自衛隊の機甲部隊を蹴散らす。

 

 

超古代竜 メルバ 

【ウルトラマンティガ】

 

 別世界__ネオフロンティアスペースの超古代、そして現代の地球で闇の軍勢の尖兵として猛威を奮った、首長の西洋竜(ドラゴン)や翼竜を思わせる姿をした(いにしえ)の怪獣。空中での機動戦が得意で、自身の背丈の倍はある巨大な翼を自在に操り空をマッハ6の超スピードで飛び回り、ジェット戦闘機だけでなくミサイルの追随すら許さない。

 目からは山吹色の電撃状破壊光線__"メルバニック・レイ"を放ち相手を爆発させ、鎌と鋏を組み合わせたような両腕“シザー・アーム”での斬撃を相手に浴びせる。

 

 自身と同じ並行同異体のゴルザと共に九州上空に影法師が作り上げたワームホールから青い球状の状態で熊本県に飛来。熊本へとスクランブル発進した空自と在日米海軍の連合航空隊を半壊に追い込む。

 

 

油獣 パワードペスター 

【ウルトラマンパワード】

 

 石油を主食とする、コウモリを連想させる頭部とヒトデが横に連なったような印象を与える姿の、全幅100m超えの海洋大怪獣。体内にある石油をエネルギーに使っている影響で体温がそれに伴い非常に高く、貯蓄している石油に引火してしまうと大爆発する恐れがあることから、ある並行宇宙では「泳ぐガソリンタンク」とも呼ばれた。しかし、現代の潜水艦隊による一斉雷撃を耐えるぐらいには頑強な肉体を持つ。

 あまりに奇特なフォルムであるが、水中移動時は二枚貝の如く体を二つに閉じて高速で航行する。水中航行速度は最高で驚異の55ノットを出す。

 油獣ペスターの亜種であり、その名の通りパワードスペースの地球にて確認された個体と同種の存在。ペルシャ湾で相次いでいた石油関連の洋上施設・設備損壊の犯人で、水棲の怪獣だが、体を開くことで二足歩行形態となり陸上でも活動が可能となる。

 口からは体内の石油を火炎放射の要領で吐き出し、外敵から身を守る。

 

 ペルシャ湾にて石油採取の洋上プラットフォームや海底パイプを「原因不明の海底地滑り」として襲い、腹を満たしていたのだが、気まぐれで日本の石油タンカーを追跡しフィリピン海北部へと到達した際、偶然同海域を哨戒中であった海上自衛隊の潜水艦隊に捕捉され、これを襲おうとするも突如現れたゴジラと戦闘になった。

 

 

奇獣 ガンQ [エラーコード] 

【オリトラ怪獣・ガイア】

 

 頭部が無く胴体の中心に巨大な眼球と、そこから生えた手足…触手を有しており、全身が眼球に覆われている妖怪__「百目」を彷彿とさせる(と言うよりもガンQが先述の妖怪のベースとなっている可能性が高い)奇怪極まりない“謎の存在”。

 初めて存在が確認されたのはガイアスペースで、同宇宙の地球に出現した個体は、なんと元は人間__戦国時代に生きた奇術師、“魔頭鬼十朗”が化身となって現代に実体を持ち顕現したモノ__で、地球出身の怪異である。同地球の選抜特捜チーム“XIG(シグ)”による当時の分析では、無機物か有機物か判然とせず、熱源反応はゼロ、生き物のように振る舞うが生命活動を一切確認できなかったことから、()()()()()の一切が通じぬ「不条理の塊」と評された。

 周囲の物質やエネルギーを取り込み、身体を形成し実体を徐々に獲得していく。自然物、人工物関係なく、取り込めるモノを全て吸収していくので、岩石に砂利、樹木や自動車、極めつけは光波熱線や誘導弾などなど…度を超える悪食で、吸収した素材で身体の再生さえ行なう。攻撃手段は打撃、念力、火炎弾、破壊光弾に吸収光線と実に多彩。

 “XIG”とウルトラマンガイアを苦しめた強敵であった。

 

 本個体…ナハトスペースの地球に出現した「エラーコード」は、異常磁場由来のワームホールから放出された余剰エネルギーを元に影法師によって生み出されたガイアスペース(オリジナル)個体の模倣物であり、時空のバグに近い存在。外見こそ非常に似通っているが本質が全く違う別物となっており誕生時から実体と独自の思考を持っている。模倣ではあるものの、「ガンQ」の名を冠しているだけあり戦闘力だけ見ればオリジナルに迫るスペックを持つ。

 中国の上海市街地に隕石体として落下し、人民解放軍による総攻撃を受けるも、それらを軽く蹴散らし一度姿を消す。その後は朝鮮半島に再出現、侵攻ルート上のあらゆるものを破壊、吸収して進化し、影法師によって植え付けられた思考命令…「ナハト抹殺」を完遂するべく日本へと襲来する。

 

 

破壊獣 カイロポット

    カイロポットⅡ

【ハカイジュウ】

 

 体表が紫色、頭部には単眼と無数の五本指の触腕を有し、胴体は強靭な甲殻で覆われている多足類__ムカデのような肉食特殊生物。群れを形成し、集団で狩りを行なう。

 小型多脚種、中型多脚種、大型()()種という流れで成長していく。大型になると体長は50mを超え、二足歩行へと移行し、頭部には無数の単眼が付き、胴体には鋭利な爪を備えた巨大な触腕を形成する。

 中型二匹がつがいとなって繁殖する。胎生であり一度の出産で十数体の小型が生まれる。二足歩行種は、繁殖行動はせず、群れのテリトリーを守る、若しくは広げる兵隊の役割を持つ。

 多脚種、歩行種は共に飛び道具を持たず、口部による噛みつき、触腕による打突、そして体当たりを武器とする。獲物を捕食する際は頭部先端部が植物の花弁のように開き、数度噛みつきを繰り返し咀嚼した後、丸呑みにする。

 

 ヨーロッパ・フランス上空の異常磁場から形成されたワームホールより現れ、複数の幼体…小型種がパリ市内の下水道に潜伏。小動物や地上の歩行者を捕食し首都直下にて人知れず繁殖していた。

 並行世界の地球で恐竜を絶滅に追いやり、未曾有の災害として人類に襲いかかった「地球のもう一つの生態系」に属する生物の一種である。

 

 

X獣 ペドレオン 

【ウルトラマンネクサス】

 

 “ビースト因子”なる未知の細胞が他生物と融合することで誕生する生命体__「スペース・ビースト」の“ブロブタイプ”にカテゴライズされる凶悪怪獣の一種。

 余談となるが、同生命体群の発生が最初に確認されたのはネクサススペースで、これらは知性体の恐怖感情を糧に繁殖するため、宇宙全体からの根絶は事実上不可能とされている。なお同生命体由来の細胞は一片でも残存しているとそこから再生…最悪増殖してまうと言う何とも嫌な共通の性質を持ち、一個体の完全撃滅には原子・分子レベルでの破壊や消滅をしなければならないなど、厄介過ぎる特性を持つ。

 

 本個体…ペドレオンはナメクジやアメーバ、ウミウシのような軟体・不定形動物の形状を模しており、グロテスクな外見を持つ。知能…学習能力が高く、群れも形成する。人間を主食とし、ゲル状の肉体を構成するのに必須となるエタノールを得る為にガソリンやアルコール類なども摂取する。人間を頻繁に襲うのは恐怖感情のエネルギー摂取と、「多様な栄養」が補給できるためと思われる。

 主な武器は一対の触手による打撃や締め付け、頭部からの火球や触手からの放電、口部からの衝撃波。また、ゲル状の体質なため、分裂したり閉所に潜伏することも可能である。

 複数の形態があり、“クライン(小型)”、“フリーゲン(飛行型)”、“グロース(大型)”の三つがある。

 ネクサススペースの地球に襲来した個体群は、超法規的特務防衛機関__“TLT(地球解放機構)”日本支部とその特捜要撃チーム“ナイトレイダー”、そして“銀色の巨人(ウルトラマンネクサス)”と絶滅と生存を賭けて幾度も争った。

 

 ナハトスペース地球のアメリカ合衆国東海岸上空に発生した異常磁場由来のワームホールから突如出現し、集団でノーフォーク軍港の燃料区画にて繁殖。警備兵に発見され、歩兵部隊に何割かが駆除されるも残党がノーフォーク市街地に拡散してしまった。

 

 

両刀怪獣 カマキラス 

【ゴジラシリーズ】

 

 アジア圏に広く分布するカマキリ__ヴァイオリン・マンティスが過去のインドでの度重なる核実験により、住処の土壌が汚染された影響で突然変異を引き起こしたことによって誕生した、クモンガに続くナハトスペース地球産昆虫怪獣第二号。性格は残忍で狡猾であり、同地球で確認されている他の虫型特殊生物と比べても群を抜いて知能が高い。

 両腕は大鎌、体色は緑色である。猛烈な羽音を伴う高速飛翔で相手を翻弄する。また、“生体光学迷彩”を有しており、周囲の風景に溶け込むことが出来る。50m級大型種にもなると一度に1万を超える卵を産む。なお、孵化直後から生存競争…共食いを始めるため、大型になるまでに一世代の生存数は一桁に縮小する。

 戦闘スタイルは主に生体光学迷彩を駆使しての待ち伏せや、大鎌による斬撃での一撃離脱戦法。相手のダメージをジワジワと蓄積させ、トドメを刺すといったものを得意とする。

 

 同族同士による共食いや他生物の過剰捕食をしたことによって急激に成長した初の大型個体は、インド軍による大規模駆除を光学迷彩でやり過ごしたため存在自体が把握されていなかった。

 同大型個体は、影法師によって日本へ転移させられ、クモンガと共に佐世保の港湾地区にて破壊の限りを尽くす。

 

 

戦闘円盤 ロボフォーE-2

【オリトラ怪獣・80】

 

 元々はファンタス星人が作った迎撃用戦闘円盤。それを侵略兵器としてファンタスドロイドが改造したもの。

 本機は長距離での射撃戦闘を重視した__E型第二世代機で、独立した人工知能指揮システム_小型陽電子頭脳を搭載しており、ドロイドたちを指揮する特別仕様機である。しかし、過剰な兵装の搭載により、装甲防御力が他機体よりも貧弱になってしまっており、機体表面に電磁バリアーを張って不足している機体強度を無理矢理引き上げている。

 移動形態と戦闘形態がある。

 “ストップ光線”、赤色レーザー光線("リアンレーザー")など各種光線を発射する連装砲台や多弾頭ミサイルVLS、口径60cm超の"グラッジ・キャノン"、可動関節とレーザー刃発生器を有する“メカハンド”と多彩な兵装を搭載している。

 その他にも本体を回転させる事により光線を無力化させる能力を持つ。

 

 ファンタスドロイドの残党が搭乗していた、過去に別の地球でウルトラマン80と戦った機体の発展機。この機体に搭載されていた小型陽電子頭脳により、搭乗していたドロイドたちは機能停止を免れていた。

 アメリカ・ニューヨークに異星間交流の先駆けと偽って堂々と飛来。同市に奇襲攻撃を仕掛ける。

 

 

友好宇宙人 ファンタス星人 

【ウルトラマン80】

 

 本当の正体は友好的な宇宙人と見せかけて、自らの製作者たちを滅ぼし、その後は全宇宙の支配を目論む自我に目覚めたアンドロイド__ファンタスドロイドたちの残党。

 元は労働用アンドロイドであったが、自我を持った個体が現れてからは、ファンタス星人に反旗を翻し、人知れず彼らと入れ替わった。

 M78スペースでウルトラマン80によって彼らの司令塔であり急所でもある陽電子頭脳を破壊されて、殆どのドロイドは機能を停止したものと思われていたが、独立稼働していた生き残りが紆余曲折ありハジメたちの地球へとやってきた。

 

 戦闘円盤ロボフォーE-2に乗って、地球侵略を目的としてやってきた。

 完全な奇襲攻撃により米海軍に損害を与えることに成功し、国連事務総長を抹殺しようとする。

 “星間同盟”なる組織に利用されていたようだが……?

 

 

奇怪生命体 ディーンツ

      マザーディーンツ

【ウルトラマンガイア】

 

 元は宇宙に存在する未知の群体性微生物。

 有機生命体に寄生して自己にとって最適な実体へと変異させる性質を持つため、この微生物に寄生され取り込まれるとその宿主は身体の原型が消失し、「動く肉塊」__ディーンツへと変貌を遂げる。

 この肉塊…実体は、言わば太らせた二足歩行のナメクジのような醜悪な見た目であり、常に体全体に異臭を放つ成分不明の粘液を纏っている。

 頭部の視神経を有する一対の触覚からは、有機物を()()に変える怪光線を発射し、獲物の体を構成している有機物を吸い取る。吸収された有機物は同族を生成するための資源として使われる。

 "マザー"と言う巨大な司令塔役の母体が存在する。

 

 ナハトスペースの地球には、ヨーロッパ・ドイツの首都__ベルリンへ降雨の中に潜んで宇宙より侵入。実験で不備が判明し市内に投棄された人工臓器に寄生し実体を獲得した。ガイアスペースの地球に出現した個体群は、破滅招来体の手引きが示唆されているが、本世界では影法師と異常磁場に呼び寄せられて宇宙空間よりやって来た、ナハトスペース出身の存在である。

 “マザー”と()の居場所がドイツ連邦軍に発見されるも、そこから巨大化。市民を文字通りシミに変えながら街へ進撃した。

 

 

残忍宇宙人 エイダシク星人 

【ULTRAMAN(漫画)】

 

 星間交配によって数千年前に誕生した新種族であり、祖先となる星人由来の高い知能を持つが暴力的な性格…血の気が多い個体が種族人口の半数以上を占めている。様々な並行宇宙の銀河で勃発した星間紛争に傭兵として参加する者や宇宙犯罪者として指名手配されている過激な者もいる。

 出身であるM78スペース系近似宇宙では同種族個体の姿が頻繁に目撃されている。種族の共通能力としてはエイダシク星科学由来の、高度クローン技術を応用した影分身や光学ホログラム擬態がある。主な武器は種族ぐるみで違法製造している腕部着脱式指向性電撃銃__“プラズマガン”。

 食欲は旺盛で一度に自身の体積の数倍の食事を摂る。微生物(プランクトン)から自身よりもはるかに巨大な生物まで捕食対象。獲物に頭部に付随する口吻を挿し込み、体液を啜るという筆舌し難い惨たらしい捕食方法を好む。

 

 凶悪な宇宙犯罪を重ねていた個体がアナザーM78スペースの宇宙警備隊員からの追跡を振り切り高飛びするためにナハトスペースの太陽系に転移・逃亡。地球側の宇宙観測並びに監視網を掻い潜り極東日本の四国地方に降下。自身の空腹を満たすのと同時に地球を制圧して一大宇宙組織、“星間同盟”に引き渡すという壮大な計画を企み、地球人に変装して市民を誘い出し人知れず次々と殺害、捕食していた。

 

 

破壊獣 ファルクスヴェール

    ファルクスヴェールⅡ

【ハカイジュウ】

 

 頭部に赤い目を複数持ち、両腕が重厚な鎌となっている、全身がゴーヤのような緑色のブツブツの出来物で覆われた二足歩行型肉食性特殊生物。多卵性で一部のカエルのように泡塊を作りその中に産卵、産卵場所の周囲に縄張りを形成する。同族以外の生物には敵対的である。人サイズの小型幼体、一軒家から中層アパートサイズの中型成体、50mになる大型変異体と言う順序で成長していく。大型へ変異するに至る個体は非常に少ない。

 脚が逆関節構造で瞬発力は高く動きは俊敏であり、跳躍して獲物の背後や側面から腕鎌を使っての斬り込み、もしくは刺突などを行なって仕留める。跳躍力は低空飛行で近づいてきた戦闘機に飛び掛かれるほどで、腕鎌の切れ味はギャオスの“超音波メス”と同等と言って差し支えないレベルを誇る。

 

 ヨーロッパ・ベルギーの南部森林地帯の上空で活性化していた異常磁場で影法師が形成したワームホールより、別世界の地球から呼び寄せられた存在。

 カイロポットと同じ生態系に属しており、関係は捕食者であり被捕食者。両者ともその生態系ピラミッドでは中層に位置する生物であったりする。

 なお、カイロポットやファルクスベールと同じ系列の種族の別称を「破壊獣」としているが、一字一句同じ別称の「破壊獣 モンスアーガー」とはルーツは全く別である。

 

 

悪質宇宙人 ネオレギュラン星人

【オリトラ怪獣・ティガ】

 

 ネオフロンティアスペースのネメシス星雲第4惑星__レギュラン星出身の異星人で、サケの赤身と皮をくっつけたような三角形の頭部に、紫色の屈強な肉体を持つヒューマノイドタイプ。自分の身を守る為や目的達成の為ならば、仲間、家族といった間柄の人物__同族であっても簡単に裏切る卑劣かつ冷徹な性格の種族として有名である。

 主に両手から放つ怪光線、破壊光弾、捕獲光線を武器とする。また、自身の周囲の重力を操作する能力を持っており、それを用いて空中浮遊や飛行を行なう。

 ネオフロンティアスペースの地球侵略を目論んだ個体は、同地球の国連に代わる国際平和維持組織“TPC(地球平和連合)”の特捜チーム“GUTS(ガッツ)”と、“超古代の光の巨人(ウルトラマンティガ)”と戦い、これらの前に敗れ去っている。

 

 複数の並行宇宙を股に掛ける宇宙侵略組織__“星間同盟”に所属していた個体が、先遣隊本隊の命令を待たずして独断でナハト討伐に乗り出し、瞬間転移システム"ワームホール・ジャンプ・システム"を用いてナハトの前に姿を現した。

 本個体は名称に「ネオ」と付いているように、星間同盟内で確立された異星人改造手術__「ネオ進化施術」の“第一次施術”(荒削りの目立つ初期の部類)を受けている。同手術は、対象の精神面・肉体面の総合スペックを大幅に引き上げ、各々が有している唯一無二の()()を更に伸ばす効果がある。が、それはあくまでも特段のトラブル無く成功したケースの場合であり、“第一次施術”を例に上げると、手術の失敗時のデメリットは先述のメリット群に比例して凄まじいものが付く。

 後述するネオサーペント星人と共にナハトスペース地球に襲来した初の星間同盟構成員であり、ナハトが初めて対峙したネオ進化異星人…「ネオ・スペーシーズ」でもある。

 

 

憑依宇宙人 ネオサーペント星人

【オリトラ怪獣・メビウス】

 

 M78スペースのへびつかい座M9球状星雲サーペント星出身の異星人で、中世の甲冑を想起させる鎧状の外殻生体装甲を纏ったヒューマノイドタイプ。前述のレギュラン星人とは真逆の精神性…「個々の犠牲も集団の利の為ならば許容する」と言う過激なワン・フォー・オール志向を持っており、所属する集団への献身と奉仕を絶対的な是としている。そのためか、単体での脅威度は低いのだが、統率の取れた集団となると話は別となる。同種族…サーペント惑星宇宙軍の円盤艦隊総軍の戦力はコスモスペースを守護する宇宙正義“デラシオン”の銀河遠征打撃群(制圧ロボット“グローカー”製造用大型母艦“グローカー・マザー”3隻と、「惑星生命リセット」の裁定と発動権を一任されている超大型究極機動要塞(ファイナルリセッター)“ギガエンドラ”1隻を伴う)一個艦隊に相当するほどで、大規模戦闘では正面からはまともにやり合いたくない種族と言える。

 身体は前述のように頑丈な外殻生体装甲で覆われており、装甲としての役目だけでなく、格闘戦での打撃威力の底上げにも大いに貢献している。

 

 M78スペースの地球侵略を行なった個体は当時の地球防衛チーム“GUYS(ガイズ)”及び、宇宙警備隊地球駐在隊員であった“不死鳥の戦士”__ウルトラマンメビウスと交戦しており、その鎧状の装甲はメビウスの光剣“メビュームブレード”の斬撃を正面から受け止めるほどの強度を誇った。そんな強固な装甲に守られた本種族の肉体は90%が水分で構成されており、言わば地球のナメクジのような体質なのである。そのため、浸透圧の関係上、塩分が非常に苦手となっている。装甲の強度のタネは、大気中の水分を取り込むことで瞬時に再生させ損傷部位を補填していると言うモノなので、本丸である内部の液状肉体に塩化ナトリウム…おおよその換算だが巷の25mプール相当量の食塩をぶっかければ容易にかつ大幅に弱体化する。

 

 当ネオ個体もレギュラン星人と同様に「ネオ進化手術」“第一次施術”を受けており、外殻生体装甲の強度と、反応速度の上昇という恩恵を獲得している。ネオレギュラン星人のブレーキ役として同行しその姿をナハトの前に現す。

 

 

奇怪獣 ブロブガンQ [ハザード]

奇怪星獣 ブロブガンQ [ブレイク]

【オリトラ怪獣・ガイア】

 

 日本海を横断して極東日本の山梨県に襲来したガンQが、影法師の呼び出した凶悪宇宙怪獣ペドレオンを取り込んだことでグロテスクさにより磨きが掛かってしまった姿。同存在由来のゲル状体質、伸縮自在かつ複数生成可能な攻守万能の触手、吸収したビースト細胞の力を利用した超再生能力を獲得した。同サイズの怪獣を1体丸ごと吸収したため、一回りほど肥大化し全高は70mに迫る。

 なお、他を寄せつけない巨体や驚異的な諸能力を得た代償として、実体維持に必要なエネルギー摂取量が増大した。これにより、以前よりも吸収行動を積極的に実行するようになった。スペース・ビーストの捕食性質とガンQの悪食が良くない意味で噛み合ってしまった融合存在と言えるかもしれない。

 この際限無く、見境無く捕食を繰り返し実体を拡張しようとする形態を「災害(ハザード)」と呼称する。

 

 さらにそこから、二体の異星人を取り込み融合し、生体維持器官が合計3つとなり維持できる実体の維持許容量が増大したことで更に大型化が加速。全高110m超、全幅90mの大奇獣が誕生した。

 実体の重要器官や接合部分にサーペント星人由来の外殻を表出させ、肥大化した頭部兼胴部を支える為にレギュラン星人由来の重力減衰機関を体内に新たに生成した。その他に、これまで取り込んできた有機物、無機物__人骨、誘導弾や自動車の残骸__が実体表面に浮き出ている。一部の残骸は()()()()()、これを体外へと高速で射出することで飛び道具としている。

 しかしながら、同格存在を相手にしての度重なる無計画な吸収と融合を繰り返し、巨大化、肥大化を進めてしまったことで、代謝に爆発的な負荷が発生し実体表面のビースト細胞が毎秒劣化と再生と分裂を本来のスペース・ビースト換算で数十倍の速度で繰り返すようになった。それにより、「身体が腐食と復活を延々と行なう」ゾンビのような…半液状化した__実質無害だが、色が重油に近く、臭気は最悪である__死滅済みのビースト細胞を常に滴らせる状態に陥った。実体の部分欠落で生まれた穴や裂傷からは、公害と同じ特性を持つ有毒瘴気を一定間隔で放出しており、まるで「呼吸している」ように見えると言う。

 この過剰かつ強引な進化と融合を繰り返し、生命の理から逸脱して飽和状態…巨大な歩く時限爆弾と化した形態を、「決壊(ブレイク)」と呼称する。

 

 アナザーM78スペースの光の国より援軍としてナハトスペース地球へ駆けつけた二人の“五大英傑”__“炎の戦士”ウルトラマンカラレス、“武勇の戦士”ウルトラマンドリュー、そしてウルトラナハトと激突した。

 マジノ女学院の戦車道チーム隊長、エクレールが大の好き(比喩に非ず)。

 

 

超遺伝子戦闘獣 ギャオス・ハイパー

【平成ガメラシリーズ】

 

 現代に蘇り、現代の地球環境に適応を始めたギャオスの成長個体。ギャオスにとって生存するのに適した環境を作り上げるため__攻撃的なテラフォーミングを遂行するために変貌を遂げたと言っても良く、既存の地球生物絶滅のために特化した進化を辿っている証拠だと示唆されている。

 体色が暗色へと変わり、体格は二回りほど巨大になり…全高50m、全翼100m以上の大怪鳥となった。また、フォルムが鋭角的になり「全身凶器」と形容できる姿へと化しつつある。現生人類軍の誘導弾攻撃に対する適応進化も抜かり無くしたようで、超音波メスの加害範囲の拡大や飛行速度の上昇などが確認されている。現代人類側が「大型ギャオス」と呼ぶ個体は、基本これ…ハイパー種を指している。

 

 現代に出現した初の当個体群は極東日本、九州地方福岡県に襲来。福岡を熊本、佐世保に続く九州第三の大規模特殊生物災害被災地へと変えてしまう。

 

 

宇宙大怪獣 アルビノベムスター

【オリトラ怪獣・ジャック】

 

 M78スペースと、その近似宇宙で発生した牡牛座かに星雲の超新星爆発が原因で生まれた宇宙生物。

 鳥類、特にペンギンのような愛嬌のある顔と、腹部に存在する五角形の吸収消化器官、「第二の口」とも評される__"吸引アトラクタースパウト"を有しており、同器官には基本()()()()入る。また、ある程度の伸縮と拡張を伴う開閉が可能なので、好物かつ主食の気体物質の他、ウルトラマンの光波熱線や地球人類の扱う通信電波なども例外なく捕食が可能…と言うように、以前記述したガンQとはまた別ベクトルのとんでもない悪食として有名。

 前述器官によって既存のレーダーやソナーを呼吸感覚でしれっと無力化するので、熱源探知・光学探知系技術で無ければ捕捉は難しく、ベムスターによる唐突な居住惑星侵入に手を焼いている宇宙進出段階(現代地球と同級生若しくは少し上の先輩の年代にあたる種族達)の異星文明は数多い。………宇宙の何処かでは、星にある採掘可能な自然由来資源を食い尽くされた挙句、対処を間違ったことで襲撃個体に仲間を呼ばれ、()()()()滅亡に至ってしまった悲運な惑星文明もあるとか。

 幼体であっても軽く40mはあり、親や長寿の個体だと50〜100m、始祖種…「星喰らい(スター・イーター)」と呼ばれる個体群にもなれば木星サイズの超巨体を誇る。正に「宇宙大怪獣」の名に恥じない種族である。だがその一方で、成体や幼体の捕獲は星間文明のレベルになると容易なものなのか、並行宇宙を見渡してみれば乱獲された個体が生体改造を施され怪獣兵器にされるという事案もチラホラとある。

 主な武器は上述した吸収消化器官と腕の鉤爪、頭部の角、そして角から放つ破壊光線“ベムスタービーム”である。

 

 M78スペースの地球に飛来した個体群は時代別に防衛チーム…怪獣攻撃隊“MAT(マット)”、宇宙科学警備隊“ZAT(ザット)”、即応防衛隊“GUYS(ガイズ)”、そして地球に派遣され駐在していた宇宙警備隊員…現ウルトラ兄弟のウルトラマンジャック、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンメビウスらを大いに苦しめた。

 ナハトスペースの地球に迷い込んだ本アルビノ変異個体__通称“銀ちゃん”__は、白銀の体表と赤い瞳、そして温厚な性格が特徴的な幼体ベムスターの一個体であり、遺伝的な突然変異を持って生まれたと考えられる。岡山県津山市の“深谷湖”に落着後、BC自由学園戦車道チームのマリー達に保護・世話をされるが、黒森峰との試合時に様子が急変し…!?

 

 

邪悪宇宙生命体 ネオワロガ

【オリトラ怪獣・コスモス】

 

 高度な知能と身体能力、そして底無しの「悪意」を持ったヒューマノイド型の謎多き高位宇宙生命体。蜘蛛の巣の如き網目状の白い模様が入った黒い体と、頭部に赤く輝く発光器官“テレポートアイ”を備える。

 武器は両腕に装着されている武具"ソードパンチアーム"と、そこから発射される光線"アームスショット"。同武具の耐久度は非常に高く、並大抵の攻撃…現代人類レベルの火砲、誘導弾の集中攻撃を受けてもびくともしない。また、驚異的な硬度の外殻装甲とパルスバリア、そして短距離ながらもテレポート能力を有しており、敵の死角へ回り込んでの奇襲戦術を得意とし、攻撃面だけでなく機動面、防御面共に隙はない。光球状の高速移動形態も有する。

 

 コスモスペース地球に来襲した第二個体は、国際的科学調査組織“SRC”極東(日本)本部に属する対怪獣選抜特捜チーム“EYES(アイズ)”と、地球防衛機関“JDAF(統合防衛軍)”が迎撃の為に投入した航空戦力…“EYES”主力万能航空機〈テックサンダー〉一個飛行分隊及び防衛軍戦闘機部隊と、機甲戦力…防衛軍戦車部隊“ベンガルズ”を単騎で壊滅に追いやっている。

 強化手術を受けた、星間同盟に参加している本個体は常に冷静沈着かつ比較的まともな性格を持っている。……()()()と言っても、同種族の中ではという意味合いが強い。

 本ネオ個体は、“第一次施術”の最高傑作であり、ナハトスペースの地球侵略軍先遣隊に、侵略軍本隊から出向してきたヒッポリトの部下兼監視役として参加しており、裏での工作行為に尽力する。

 

 

人類コントロールマシン 衛人(クナト)

【オリトラ怪獣・ガイア】

 

 ガメラやギャオスを生み出した超古代セラミック先史文明が建造した50メートル級人型作業機械__"機人"。それの軍事作戦用機人の生き残りであり、最初で最後の高度人工知能搭載世代機…〈六式戦闘機人〉の第57番機。独自の()()を有し、単機で現代の世界情報網(インターネット)への接続を僅か数分で成し遂げ、現代人類文明を解析・理解できるほどの非常に高度な陽電子頭脳を持つ。人類の補完・生存・保護を第一にして行動するようプログラムされている。要は古代人が建造した「巨大人型守護神」…ウルトラマンの存在する並行世界で度々生み出された「人造光の戦士」のようなモノと同列の存在…「ウルトラマンが存在しない宇宙の地球人類が導き出した外敵に対する自衛手段」に対する解答札の一つとも言える。

 既存の積層装甲の数倍以上の耐久力を有する“超硬セラミック”材の装甲で全身を覆われているが、長年地中に埋没していた影響からか、右腕及び左脚は欠損しており、電脳内に記録されていた各種アーカイブの一部を失っている。

 

 古代極東アジア地域に存在していた超古代先史文明の残存辺境セクター“ヤムート”地区の防衛に携わり、迫り来るギャオスや敵性地球産怪獣を幾度も退けていたが、機能停止状態となって歴史の闇の中に消え去っていた。

 日本の東北地方青森県で発生した局地地震によって地上に姿を現した遺跡の最下区画に保存されていたのを、自衛隊・生総研合同発掘チームによって掘り起こされ再起動を果たし人類と再会することとなった。

 現人類の言語形式を難なく翻訳し発掘チームとの対話でのコミニュケーションを図る。

 

 

宇宙植物怪人 ソリチュラン

【ウルトラマンメビウス】

 

 頭部の人で言う顔面に白、または黄色の大花を咲かせている不気味な植物型生命体。知性体特有の感情…ストレスを感知する器官が備わっているとされる。

 どの個体も白いコートを身に纏っており、若い人間の少年少女に頭部を擬態できる。頭部の花からは強力かつ即効性の高い麻痺・睡眠作用を持った「ソリチュラ化合銀」を含む特殊花粉__"パラライズ・シャワー"を放出する。

 

 日本の静岡県焼津市上空にて流星の落下が確認されてから、夜間帯の市街地に突如として出没しはじめ、「寂しがり屋の人を連れ去っていく怪異」として、新たな神隠し系都市伝説という形で噂が同市で広がっていた。自治体が頭を抱えていた行方不明者の爆発的増加問題の犯人であり、一部は夜間巡回中の警官隊と不意に接触し射殺され、生総研にサンプルとして回された。

 同存在の一個体が、(おか)での買い出しからの帰り道を歩いていた西住まほを誘拐する。

 

 

植物宇宙人/生物X ネオワイアール星人

【オリトラ怪獣・セブン】

 

 植物の蔦状外皮に覆われた半ヒューマノイド型の異星人であり、その外皮を用いて歩行用擬脚に形状を変えてて移動したり、逃げる相手に絡み付いて動きを封じたりすることが出来る。

 M78スペース及びそれの近似宇宙に存在するワイアール星にて長期間、突然変異型葉緑素を多量に含んだ有害降雨が惑星規模で続いたために植物化してしまった知的存在で、元は地球人類や他異星人と同じ純ヒューマノイド型の惑星支配種族だったとも言われているが、真相は定かではない。

 自身らと同じ存在…“怪生物X”をへと変えてしまう即効性の変異促進液体“フィアー・ゲル”を身体から撒き散らす。また、全身から緑色の麻痺光線"ニードル光線"を発射し相手を拘束する。一応巨大化能力も持っている。

 

 星間同盟地球侵略軍先遣隊所属の、「ネオ進化手術」“第二次施術”を受けた個体がナハトスペース地球…極東日本の関東地方静岡県焼津市郊外、山岳森林地帯にて、宇宙植物群を利用し「大いなる意志による統一」を目的とした“惑星生物同化シナリオ”を遂行する。

 

 

宇宙植物怪獣 ソリチュラ

【ウルトラマンメビウス】

 

 巨大な手と足の生えた樹木のような宇宙怪獣。成熟する過程で“ソリチュランフラワー”という大きな花を身体中に咲かせ、植物人間(ソリチュラン)を生み出す。

 上記の植物人間を駒として操り暗躍し、孤独や疎外感など高ストレス性の感情を生成する高度知的生命体を誘拐させる。誘拐された生命体は、身体をソリチュラ本体に取り込まれ、精神を同化・散逸させられてしまい、肉体は抜け殻のようになる。この状態は事実上の脳死であり、外部からの助けも得られず完全に同化した生命体は植物人間へ後天的に変えられ駒と化すか、植物人間生成の為の苗床となる末路が待っている。

 頭部器官から射出する麻痺成分を含んだ有毒花粉"パラライズ・ガスト"と、局部硬化させた蔦と根を武器とする。

 

 この怪獣の行動指針は()()であり、寿命を迎えると本体を爆発させ種子を拡散し、他星に根付かせ星そのものと同化し…そこからさらに星から星へ…宇宙へと拡散させるという生態サイクルを持っている。

 M78スペース地球の当時の特捜チーム"GAYS(ガイズ)"による観測結果によれば、確認できるだけでも同宇宙の約760個もの惑星が「ソリチュラ同化惑星」となっており、それらは同一の意識を持ちながら今も種子を宇宙にばら撒いているらしい。

 このような特異な能力や生態等から、当怪獣が原初宇宙群…所謂"暗黒宇宙"や"深淵宇宙"なる知性体未到、未探索領域を出身とした「神話生物」の類いだと言う声が少なからずあり、一説では“這い寄る混沌”の化身の一柱、“アトゥ”でないかとも囁かれている。

 

 宇宙の何処かで漂流していた種子体を星間同盟が回収し、ナハトスペースの地球制圧用に調整したのが本個体。

 ネオワイアール星人の手により、大気圏外から静岡県焼津市に種子の状態で落着。植物人間ソリチュランを操って西住まほを含めた一般人らを拉致し、同化を行おうとした。

 

 

寄生怪獣 マグニア

【ウルトラマンティガ】

 

 白色のポリプ状球体群が集合して二足歩行怪獣の肉体を(かたど)っているとも形容できる、ネオフロンティアスペース出身の宇宙怪獣。目や鼻、耳、口といった各感覚部位だと明確に分かるものは付いておらず、頭部や両腕両脚には触覚、手指代わりと目される触手が生えている。

 自身のエネルギーを貯蓄する黒い怪隕石と共に生物の存在する惑星から惑星へと渡る習性を持つ。目当ての惑星へと降りると、無数の小型活動寄生体、通称"小型マグニア"を本体から形成し、それらを操って獲物を探し寄生させる。小型寄生体が宿主から吸い取った生体エネルギーは貯蓄隕石に溜め込まれ、マグニア本体の活動エネルギー、驚異的な高速再生能力、"帯電ミスト"の放射や獲物を誘い込む為に体から分泌する白霧“ホワイト・チェンジ”の生成…といった諸行動に使用される。そのため、エネルギー貯蔵庫と言っても過言ではない怪隕石を破壊しなければ、マグニア本体への攻撃は有効打にならない。

 本怪獣も、その異様な姿形、生態、能力から、上述した植物怪獣…ソリチュラと同様に、“暗黒宇宙”や“深淵宇宙”を故郷とするモノであると推測されている。

 

 本個体は星間同盟のネオワイアール星人が生体改造を施した捕獲個体で、ソリチュラとの共生関係を刷り込まされており、同存在の危機を察知すると外敵を排除するために戦うようになっている。

 

 

巨大異星人 ネオゴドレイ星人

【オリトラ怪獣・マックス】

 

 M78スペース系近似宇宙の一つ…マックススペースのゴドレイ星を母星とする、強靭な身体、高い再生能力、ウルトラ戦士にも負けず劣らずの怪力を誇る凶悪異星人。

 そのあまりに過激な好戦的姿勢や高過ぎる戦闘力から、破壊者(デストロイヤー)狂戦士(バーサーカー)と揶揄されることもある種族で、頭部や胸部、腕部にある発光器官並びに腕部射出機構から高威力光弾や破壊光線"ブレイクレーザーショット"を放ち、あらゆるモノを等しく破壊していく。しかも、胸部の"生命細胞コア"なる器官が健在であればあらゆる攻撃を弾き返し、負傷・破損箇所を瞬時に治癒するといったタフネスさまで有する。

 マックススペース地球に侵攻した個体は、国連隷下の超法規的国際軍事組織“UDF(地球防衛連合)”日本支部、対怪獣精鋭部隊“DASH(ダッシュ)”の可変式多目的主力戦闘機〈ダッシュバード〉や空中機動母艦〈ダッシュマザー〉と言った、迎撃の為にスクランブル発進した航空戦力からのレーザー並びに誘導弾による飽和攻撃をものともせず、それらを尽く撃墜。また、同地球の防衛に助力していた、“最強最速の戦士”ウルトラマンマックスの必殺光線“マクシウムカノン”の直撃を受けても健在であるという圧倒ぶりを見せた。

 

 星間同盟に所属する「ネオ進化手術」“第二次施術”を受けた個体。静岡県静岡市、清水区に発光体で飛来。同地区に破壊光弾、光線を繰り出し無差別攻撃を開始して同地区を火の海に変えた。

 地球人類への実力行使へと舵を切った星間同盟の新たな使者(尖兵)としてナハトと交戦する。

 

 

宇宙同化獣 ガディバ

      ガディバⅡ

【ウルトラマンメビウス】

 

 ドス黒い黒紫色の霧若しくは煙の塊でできた蛇を思わせる姿で、悪意ある何者かに付き従う異質な習性を持つ使い魔の如き怪獣。この怪獣の正体は、あらゆる世界の宇宙に内在・接合しているとされる“異次元宇宙”を彷徨っているらしい実体を持たないガス状不定形寄生生命体である。控えめに言っても禍々しく直視し難い存在で、これを直視してしまった生物は精神を病み、最悪発狂してしまうという。

 M78スペース地球に出現した個体群は、対象の遺伝子情報を抜き取り別の生命体と同化することで強力な怪獣へと成るモノであったが、ナハトスペース地球で出現した個体群は影法師の駒として動いた。影法師の力を受けてか、オカルトチックな面が色濃く出ており…生命体の魂と同化して全く新しいナニカを作り出す存在となっているなどM78スペース個体らとは差異が見られる。

 

 ヒカルのみほに対する積もりに積もった負の感情がマイナスエネルギー化したモノを吸収し実体化。それを影法師が、熊本でナハトに倒された三怪獣の怨念と融合させるための媒体とした。

 第二個体は………

 

 

超複合怪獣 トライリベンジャー

【オリトラ怪獣・Z】

 

 熊本でナハトと交戦し撃破された三怪獣__コッヴ、ゴルザ、メルバ__の要素を併せ持つ、ガディバによって三体の怨念が融合・実体化した“タイラント型怪獣”。超合体怪獣ファイブキングや合体怪獣トライキングの亜種にあたる存在。

 戦闘スタイルはゴルザ譲りの怪力、メルバから受け継いだ飛行翼、コッヴの攻撃性が色濃く出る肉弾戦をメインに据えているが、頭部から放つゴルザの“超音波光線”とメルバの“メルバニック・レイ”、コッヴの意匠が入った腹部結晶体から放つ誘導破壊光弾“ホーミング・コッヴ・スピット”…そして合体破壊光線“ゴルメルバキャノン”と言った光線技を駆使しての射撃戦もこなす。

 上のように身体能力は合体元の上記三怪獣の良いとこ取りで、さらにはそれらの固有能力を自在に扱えるため、総合スペックはそのまま怪獣三体分を足したものとなっておりしっかり強豪怪獣の枠に入る。

 

 ガディバを母体として三怪獣の精神体が集結し融合。大洗海岸公園沖に実体を伴い顕現する。

 スクランブル発進した空自F-2戦闘機一個飛行隊による誘導弾攻撃を物ともせず進撃し大洗上陸を目論むも、駆けつけた“流浪の戦士”ウルトラマンオーブとの戦闘に突入した。

 

 

暗黒宇宙人 ネオババルウ星人

暗黒超人  ニセウルトラマンナハト

暗黒勇者  ニセウルトラマンメビウス

【オリトラ怪獣・レオ】

 

 M78スペースとその近似宇宙由来の“暗黒宇宙”内にあるババルウ星を出身とするヒューマノイド型異星人。黒一色の体に金色の刺々しい戦鎧を纏い、胸にカラータイマー状の黒色ランプが付いている。目は赤色、頭部には特徴的な一対の角、橙若しくは金に近い髪が生えており悪鬼や悪魔を思わせる風貌である。

 本種族はどの個体も近接格闘の術に長け、両腕両脚に多種多様な武器を仕込んでおり、飛び道具…光弾をも操る。戦士個体には標準装備として、槍刺股“ババルウ・スティック”が支給されている。M78スペースとその近似宇宙では略奪と殺戮を好む凶悪な「宇宙戦闘民族」として広く知られており、他の侵略異星人との並行宇宙を超えた独自の情報網を持っているとされる。

 

 そして、本種族最大の特徴は、“完全模倣”の変身(擬態)能力である。模倣相手のあらゆるスペックを100%再現…扱うことが可能なため、自慢の格闘術と組み合わせての正面戦闘や、敵対種族内で内輪揉めを引き起こす為の工作・暗躍までこなす。M78スペースのウルトラ戦士と敵対した歴代個体はどれも惑星・星系単位に留まらず、世界・宇宙レベルの脅威として地球人類と宇宙警備隊員達の前に幾度も立ちはだかった。

 

「ネオ進化手術」“第二次施術”を受けた星間同盟ナハトスペース地球侵略軍の先遣隊工作班に属する個体で、“サブスティテュート・シナリオ”を遂行する。

 ウルトラマンナハトに扮して“特災復興都市”熊本を白昼堂々襲撃。ハジメ___ナハトが熊本に出現した際はメビウスに擬態し、彼を追い詰めた。ハジメの負傷後は、石川、兵庫、岩手にナハトの姿で出現。暴虐の限りを尽くし、星間同盟への降伏を人類に促す。自衛隊や在日米軍、ロシア連邦極東軍、地球産友好怪獣らを蹴散らし人類とウルトラマン、友好怪獣の敵対と自滅を誘った。

 

 

宇宙三面魔像 ジャシュラインBr.(ブラザー)

【オリトラ怪獣・メビウス】

 

 トーテムポールを彷彿とさせる縦に並んだ三つの顔__「怒」・「楽」・「無」__を持つ出自不明のヒューマノイド型異星人。

 M78スペース(原典、近似(アナザー)並行(パラレル)宇宙か判別せず)のエリダヌス座宙域で負け無しを()()()()()宇宙ストリートファイター…の弟達である。そのため、本個体…“Br.”は上の顔が四男、中央の顔が五男、下の顔が六男となっている。兄達…長男次男三男の個体がいつも頂点に立っていたため、周りのファイターからは「永遠の二番手」などと揶揄されていた。しかし彼らにとっては兄達は尊敬すべき憧れであり辿り着くべき指標であった。

 …されど数千年前、悲劇は突然起こった。兄達__オリジナル個体はM78スペース地球にて、当時の宇宙警備隊地球駐在隊員であったウルトラマンメビウスと交戦し、これを敗北に貶めたものの、光の国本星より駆けつけた同隊大隊長__ウルトラの父の活躍によりメビウスの蘇生を許してしまい、二人に撃破され斃れてしまったのである。

 兄達オリジナルが死亡したと知った後は、様々な宇宙・世界を練り歩き、打倒ウルトラマンを掲げて研鑽を重ねていた。

 

 三つの顔にそれぞれ人格があり、一つの身体を共有している。戦闘の際は何れかの人格が担当し、タイプチェンジの如く人格のバトンパスをすることが可能。対応する人格によって戦法や能力が切り替わるため、初見での戦闘は非常に厄介。

 また、格闘術の他に念力や飛び道具、光線技も有している。特に危険なのは相手を銀の像へと変える不可思議な必殺光線"シルバジャシュラー"。相手を自身のコレクションとするためのもので、銀の像にされた対象は体の自由が奪われ精神意識のみが残る。そのため、銀像化した者は永遠に虚無の時間の中で過ごすことになるため発狂し、最後は精神崩壊を起こして死亡してしまう。

 

 ナハトスペース地球の極東日本、関東地方上空にて活性化した異常磁場に引き寄せられ襲来。別宇宙で別個のウルトラマンに敗北した同族…兄弟の仇討ち__とは名ばかりの八つ当たり__と評しさいたま新都心をバトルリングへ変えナハトに決闘を持ち掛けた。

 

 

破壊獣 カリュブディス

【ハカイジュウ】

 

 見た目はタコやフジツボ、珊瑚を組み合わせたような、肥満体型の二足歩行怪獣。体色はヒョウモンダコに酷似した黄色に青色の斑点模様で、頭部の眼球はおよそ十数個あり、そのすべてが赤色。特大型として認定される、体長100メートル越えの巨体は、人はおろかウルトラマンや他の怪獣すら圧倒するサイズである。

 闘争本能が強く、同格の力量を持った存在や自身よりも巨大な体躯を持つ存在を視界内に捉えると、己の強さを誇示するために相手が生命活動が停止(非生物の場合はそれに近い動力炉の沈黙)するまで執拗に攻撃を加える。

 主な攻撃手段は、大型貯水ダムのコンクリート製多重側壁を一撃で破壊するほどの威力を有する肥大化した腕部による打撃。そして、巨大な空洞状器官となっている上述の腕部から発射する超高圧の空気圧縮砲…“エアロ・バズーカ”である。同空気砲は、速射・連射と出力の調整が可能で、射程は凡そ数kmにもなる。低速で動く航空機…ヘリコプターレベルならば軽く捕捉し、現代のミサイル巡洋艦ならばたった一発で轟沈に追い込むほどの威力を有する。

 

 また、カイロポットやファルクスヴェールと同じ生態系に属しており、上位の支配種の地位に君臨していた。更なる余談として、彼ら破壊獣は()()()()()地球の意思(星の声)」によって生み出された()()()()()()()()()()()()()であり、既存地球生命を見限った地球の代弁者でもある存在。

 影法師の作り出したワームホールを介して、四国沖を航行していた黒森峰学園と海自海保の護衛艦艇群の前に現れた。ロングレンジからの空気砲による砲撃を加え艦艇に被害を与えつつ黒森峰に迫る。

 

 

凶虫怪獣 クモンガ・バゥ

【ゴジラ・EDFシリーズ】

 

 見た目がタランチュラとハエトリグモを足して2で割ったような、同じ蜘蛛型特殊生物クモンガの変異亜種。

 獰猛な性格はさらに磨きがかかりより凶悪かつ狡猾に。体色は焦茶色から黒・黄の蜂のような警戒色へと変わった。

 強酸性の糸はさらに切断能力を獲得し、糸に絡め取られるだけで獲物はバラバラの死体へと成り果てる。また、毒針の威力、貫徹力も向上しており、中・大型の場合は歩兵や装甲車はおろか、戦車にとっても凄まじい脅威となる。

 唯一の救いと言えるのは、変異型の亜種であることから数が少ないという点。それでも、小〜大型のどのタイプも遭遇時の危険度は高い。

 

 特殊生物発祥の地__ブラジルにてその姿を初めて確認される。が、同国陸軍の機動兵器(ベガルタ)試験中隊と交戦した初の大型個体は、電磁速射砲__レールライフルの集中砲火を受けて呆気なく駆除された。

 

 

百脚凶巨虫 センチロニア

【EDFシリーズ】

 

 一見、胴長のムカデがそのまま巨大になったと思われる姿をしている特殊生物であるが、実際には未知の虫型(純昆虫型を含む)特殊生物が何匹も連結して一つの個体を演じている群体性特殊生物。

 外殻部は、徹甲弾装填の戦車砲による集中射撃を受けてもヒビが入る程度で止まるほど非常に頑強で、これを用いた暴走列車の如き最高時速120km/h前後を記録している突進は途轍もない脅威。また、ロングレンジからは、強酸性球状液体__“アシッド・ボール”を背部射出器官よりスコールの如く連続かつ広範囲に自走砲やロケット砲よろしく投射することで獲物を仕留める。

 外部からの攻撃によって、連結している個体が死ぬと前後の生存個体が分裂し最前列の個体群が陣頭指揮を執り、新たな別個体として振る舞うようになる。

 

 今のところ全センチロニアは、大型若しくは特大型のみがアフリカ大陸にて確認されるに留まっており、その個体(?)構成から小型中型は存在しないと考えられている。

 虫型特殊生物出現率が世界で二番目に高いアフリカ大陸に出現した本存在は、戦車の徹甲弾や通常の航空爆弾、軍艦による巡航ミサイルの攻撃さえ耐える力を持っていたことから、現在のアフリカ共同体統合軍では討伐は極めて困難とされ、同大陸共同体政府が米軍の大陸派兵を要請することになった遠因であったりする。

 

 元ネタはシューティングゲーム『地球防衛軍2』系シリーズにて度々登場した、龍虫"ドラゴン・センチピード"。

 

 

超遺伝子両生獣 ギャオス・アクアティリス

【オリ怪獣・ガメラ&ゴジラS.P.】

 

 超古代先史文明が生み出してしまった悪しき人工生命体。その対人類適応進化体の一つで、ハイパー種と同列の亜種。

 魚介類の遺伝子が大きく発現し、身体のあらゆる箇所に魚類特有の背鰭や攻守共に利用できる硬質な鱗、首周りにエラが付き、翼と腕には水掻きが備わっている。各間接部位は貝殻状の硬質装甲で覆われており、それがスラスターの役割まで担っている。

 現代地球の水中環境に適応した所謂、海空両用のギャオスである。水中と水上を高速で行き来してのヒットアンドアウェイ戦法を得意としている。水中環境に適応したとはいえ、ギャオス本来の飛行・地上戦闘能力を失ったわけではなく、通常種並びに同列のハイパー個体の諸能力は健在であり、超音波メスも威力を増している。条件さえ揃えばハイパー種と同等の脅威となり得る特殊生物。

 

 初の出現場所は豪州連合勢力圏内、南太平洋__マリアナ海溝チャレンジャー海淵。同海溝より複数体の飛翔を豪州連合軍に確認され同群の殲滅命令を受けてこれらに攻撃を加えた現地豪州連合空海軍部隊に多大な被害を与えた。

 

 

宇宙凶険怪獣 ケルビム

【ウルトラマンメビウス】

 

 M78系近似宇宙を生息域とする白眼を剥いた般若のような険悪な顔つきと凶悪かつ狡猾な性格の宇宙怪獣。航宙能力を有し、群れの形成と()()の習性を持つ。強力なエネルギーを発する惑星を“マザー”と呼ばれる超大型個体が中心となって襲い、その星に寄生、繁殖する。渡りは個体単独でも行なう。

 全身が深い青色の鱗で覆われており、自身の体長に匹敵するかそれ以上の長さを誇る尻尾を持つ。その尻尾…“超音速クラッシャーテイル”の先端部は鋭利な針塗れであり、振り回すだけで周囲に被害をもたらす。両腕には凶爪、そして頭頂部には巨大な一本のツノ__"裂岩マチェットホーン"を備え、口部からは体内に貯蓄している可燃性粘液と空気を摩擦発火させ吐き出す火球__"弾道エクスクルーシブスピット"があり、連発の効く飛び道具として遠距離での射撃戦や牽制で威力を発揮する。

 また、体内には反重力推進機関が存在しており、身体を垂直に伸ばすことで大気圏内での飛行と宇宙空間での航行が可能。最高飛行速度は720km/hで、ヘリ程度ならば簡単に追跡ができる。弱点としては、頭部両側面に位置するエラ状の耳…聴覚器官が挙げられる。この器官は繁殖行動や別種生命体の洗脳のために使われており、この部位を損傷すると大幅に弱体化する。

 知能が高く、戦闘能力は先述の通り攻撃面に特化しており、遠中近の全距離対応力には目を見張るものがある。

 

 影法師によりM78スペース系並行宇宙から召喚された個体は影法師から何らかの施しを受けていたようで、共に召喚されたガギを攻撃せず、陸自の演習場警備部隊と戦闘に突入した。

 

 

バリヤー怪獣 ガギ

【ウルトラマンティガ】

 

 生態系に富んだ惑星から惑星へと渡り、星の地表に巨大な蟻地獄を形成して地下に巣を作り繁殖する、ネオフロンティアスペース出身の宇宙怪獣。

 頭部の一角からは赤色破壊光線を放ち、両腕の鉤爪とその間から伸びるムチのような長い触手、二又の刺々しい尻尾も武器である。また、当怪獣一番の特徴は別名にあるように光子防壁__バリアを張ることである。本来ならば、光の屈折率の関係で透過し人間には視認不可能な大規模なバリアを形成することが出来る、徒党を組まれると極めて厄介な怪獣。しかし、ナハトスペースに現れた個体は、影法師に召喚された際に闇のエネルギーを吸収したバリアは視覚化したモノに変化しており、またその弊害によるものかバリアも小規模な"パーソナル・シェルター"のみしか使わなかった。

 

 ケルビムと共に影法師の生み出した魔法陣よりネオフロンティアスペース系並行宇宙より召喚され、ケルビムのサポート役としてバリアを駆使し戦闘に参加する。

 

 

ベーゼウルトラマン シュピーゲル

【オリトラ怪獣・オリジナル】

 

 レイラの肥大化した心の闇と、ガディバⅡがかき集めたナハトに倒された怪獣達の記憶、そして影法師の悪意が組み合わさり誕生した、悪と負の感情の化身。ナハトの“影”とも形容される邪悪な(ベーゼ)ウルトラマン。

 …性格も独自に得ているらしく、他者を嘲笑い、格下の相手を完膚なきまで叩き潰すといった行動から、非常にサディスティックなものを形成しているとされる。

 ナハトのビギニングストームに酷似した姿をしており、頭部はダーク、体のカラーリングは紺と青紫をベースカラーとしている。各部位の結晶部分はすべて黒ずんだ赤一色。僅かながら口部がナハトより吊り上がっており、胸部の三本のラインの配色は上下反転している。

 戦闘スタイルは模倣元…ナハトのコピー。コンマ数秒の誤差も無く鏡や影のようにナハトの動きを模倣・再現しし、そのすべてを相殺する。なお、相手側が隙を見せればパターンの模倣をやめて即座に痛撃を喰らわせてくるため油断ならない。

 主な技は必殺光線"スペシウム・オーバー・レイ"、超必殺光線"スペシウム・イグニッション"、投擲光器"新月光輪"、牽制光弾"シュピーゲルブリット"。

 

 レイジバーストと化したナハトの前に現れる。不敵に笑い、ナハトと同等以上の力を用いて窮地に追い込む。

 

 

一角超獣 バキシム

【ウルトラ怪獣・A】

 

 M78スペースとその近似宇宙及び隣接宇宙の()()()()()()に住む種族、“異次元人ヤプール”なる別次元知的生命体が生み出した、()()()()()()()()()()()惑星侵略用の戦略級生物兵器…“超獣”の一種。また、どの超獣も次元間移動能力という固有能力を持っており、異次元空間と現実空間を自由に往来することができる。現実空間に出現する際には空を文字通り割るようにして出てくる。

 …異次元空間はあらゆる世界・宇宙・時間と不規則に繋がっているため、ヤプール人の制御を離れた一部の超獣が稼働状態のまま次元越えをして知性体に猛威を奮っている。

 M78スペースでは多くの超獣がヤプールからの攻撃命令を受け、当時の防衛チームである超獣攻撃隊“TAC(タック)”と宇宙警備隊地球駐在員であった現“ウルトラ兄弟”の一人…“宇宙の貴公子”ウルトラマンエースと交戦し撃破されている。

 

 本種は地球産芋虫と宇宙怪獣を合成して作られた。嘴状の口を持ち、頭部に白色の一本角、体表は腹側が弾性を感じさせる黒に近い青色で、背部はオレンジ色で刺々しい甲羅のような形状をしている。

 腕からは7万℃近い火炎や、連射型のロケット砲…もしくは生体ミサイルを放ち、ミサイルに至っては鼻からも発射が可能。背中からは目眩しに使える凄まじい閃光を放つ。そして別称の由来にもなっている頭部の角は大型の誘導弾であり、何度でも生成が可能。

 

 M78スペース系近似宇宙に隣接する異次元空間から影法師によって呼び寄せられた個体。ナハトスペース地球、極東日本の茨城県に出現。土浦の陸空自衛隊拠点を奇襲し、壊滅させた。

 

 

ミサイル超獣 ベロクロン

【ウルトラ怪獣・A】

 

 異次元人ヤプールが生み出した惑星侵略用戦略級生物兵器…“超獣”の一種。本種は地球の珊瑚と宇宙怪獣を掛け合わせて作られた。

 全身黒の体表からは、珊瑚のような赤い管状の突起物が至る所に生えており、そこからは体内に製造・貯蔵されている生体ミサイルを発射することができる。なお、鉱物を餌にしており、それらを分解しミサイルの材料にしているらしい。口部からは1億℃と形容されるほどの強烈な火炎を吐き、さらに口部内には二連装のミサイルランチャーが配置されている。そして腕部からは拘束光線"テリブルハンドリング"、爪からは破壊光弾"テリブルスラッシュ"を発射する、全身武器庫のような生物兵器と形容していいだろう。

 

 M78スペース系の並行近似宇宙に隣接する異次元空間から影法師によってバキシムと共に呼び寄せられた個体。その圧倒的な戦闘能力で、百里基地を奇襲。生体ミサイルの全力発射を行ない同基地を一夜で壊滅に追い込んだ。

 

 

超遺伝子歩行獣 ギャオス・カンミナーレ

【平成ガメラシリーズ__オリジナル】

 

 超古代先史文明が生み出してしまった悪しき人工生命体。その対人類適応進化体の一つで、ハイパー種と同列の亜種。

 両生類、爬虫類の遺伝子が大きく発現し、背部には上方からの機銃、機関砲、砲弾のみならずミサイルや爆弾等のダメージを殆ど無効化する硬度を誇る鎧状の鱗が付いた。適応進化の影響で飛行翼は退化しエラを兼ねた滑空翼を有するようになっている。そのため陸での移動方法は肩幅より広めに両腕両脚を広げた状態で歩く四足歩行。発現遺伝子の影響で、水上航行能力すら獲得している。主な武器は前脚の強力かつ即効性の神経毒を分泌する鋭利な鉤爪、射程こそ短いものの鞭の如く扱える変異型超音波メス。また、対人探知力はギャオス種の中でも群を抜いており、爬虫類__ヘビの遺伝子も発現し"ピット器官"を有しているため、赤外線感知能力を駆使し獲物を追い詰める。

 この泳ぎ歩く水陸両用のギャオスは、地上深部への浸透・制圧用の兵力…海兵隊としての役割があると考察されている。

 

 現代にて初出現した個体群は、インド海岸部へ上陸し、同地に展開していた多国籍軍機甲部隊及び航空隊と交戦した。

 

 

邪神 イリス・ラルヴァ

【平成ガメラシリーズ__オリジナル】

 

 古代日本に流れ着いた超古代先史文明(エフタル)より離反した科学者集団の末裔達が、ギャオスの個体数激減後も絶滅抵抗戦争を継続することができるよう、ギャオスを統べる存在かつ先史文明統一機構側が投入してきた生体兵器…ガメラに正面から対抗し得る存在として当時のギャオスをベースに遺伝子レベルから再調整が施された新型生体兵器であった。最早ギャオスとは全く別のモノであり、人工生物の域を超えた超生物と言える。

 しかし、ベースとなったギャオスの弱点である"マナ"に対する虚弱体質は修正することは叶わず、絶滅抵抗戦争の終結とそれに伴う文明崩壊、ギャオスの集団休眠期が重なったことで大気内のマナ濃度が回復していったため、覚醒することが不可能であると判断した反乱者達の末裔らによって来たる刻に備えるべく意図的に敢えて封印されていた。しかし反乱者の末裔らの血統が途絶え、西暦突入から一度、先史文明の辺境セクターに属するエフタル・ヤムート民族とは繋がりを持たない現地人類…大和民族により掘り起こされ、全てを察した彼らによって封印の祠ごと九州地方に運ばれ再度封印されるに至る。

 遺伝子発現のタガを反乱者達が最期に外してしまっていたことで高位生命体、すなわち神格存在へと、今後さらなる変貌を遂げる可能性が……

 

 愛里寿によって封印を解かれ、その姿を現世に降臨させる。

 

 

人類破滅機人 裁人(サバト)

【オリトラ怪獣・ガイア】

 

 六式戦闘機人__衛人(クナト)が、星間同盟のネオワロガによって注入された未知のコンピュータ・ウィルスに電子頭脳を汚染・支配され、守護対象であるはずの地球人類とその文明を攻撃するだけの殺戮マシーンとなった姿。

 戦闘用として建造された先史文明ロボットと言うこともあり、あらゆるリミッターを解除した暴走状態のクナト…もといサバトの戦闘スペックは既存現代兵器群の尽くを軽々凌駕する。

 

 装甲には対艦ミサイルの波状攻撃にも悠々耐える"超硬セラミック"が使われており、装甲内側は頭部電子頭脳より送られる動作指令を全体に送るために"生体(バイオ)セラミック"なる無機物と有機物の中間素材が生物で言うところの神経系統と同等の役割を果たしているとされる。動力は胸部に内包されている"マナ・ジェネレータ"。また、脚部底裏と胴体背部の"反重力マナ・スラスター"なるものがあり、これがあるおかげで高速移動や飛行・浮遊が可能となっている。

 武装はまず腕部に一本ずつ、汎用セラミック製の"筒状マナ発生器"をマウントしており、動力から抽出したマナを当発生器に伝達させることで万能近接兵装として扱える。剣型や槍型、棍棒型に変形・応用可能。

 頭部からは"マナ粒子加速砲"__着弾時にドーム状の爆炎が形成されるレーザーを発射でき、威力は2〜3割に抑えてもN2系兵器に勝る。地上に横薙ぎに放てば広範囲を焼き払えてしまう。ドーム爆炎形成の有無は任意で変更可能。

 肩部アーマーには"マナミサイル"__粒子誘導弾__発射ボックスが内蔵されており、対地対艦対空…あらゆる対象に用いることができる。動力が停止しない限り何度でも再装填が可能。なお、ガメラと同様に、発生したマナ由来のエネルギーは本来琥珀色に発光するのだが、暴走状態である本形態時は紅色に変わっている。

 

 露軍統合基地並びに研究施設を破壊し尽くしたのち、本機と所縁がある日本の青森を目指し侵攻。演習場警備の自衛隊を蹴散らし、津軽の土地を焦土に変えんとする。

 

 

 

邪心集合体 影法師 

【超ウルトラ8兄弟】

 

 人間の持つ憎しみ、怒り、恐怖、悪意などの負の感情から生まれた邪悪なエネルギーが集合し、意識を持ち実体化した存在。黒いフード付きのマントを着た人影のような姿をしている。

 日本各地に複数体存在する。全員が精神と思考を共有しているため、人格は集合意識のようなものに近い。

 手から放つ竜巻状のエネルギーを発する力、異世界と本世界を繋ぐトンネル__黒紫色のワームホールを生成し怪獣を呼び寄せる能力を持っている。他にも瞬間転移や知性体の洗脳、並行世界への移動などなど、厄介な能力を多数持っている。

 

 コッヴ召喚後は、本格的な活動を開始し世界を混乱に陥れる。

 

 彼らの目的は………

 

 

 

友好異星人 ネリル星人ソーレ

【オリトラ怪獣・マックス】

 

 マックススペースのネリル星を出身とするヒューマノイド型異星人の一個体。緑色の“光量子体”へと変身し生身での高速移動能力を持つ。

 惑星間、星系間航行技術を獲得し、「外なる友人」を求めて積極的な宇宙進出を()()()()()()温厚かつ穏健な性格の知的種族。

 彼らは半世紀に渡る惑星内地域国家紛争を経験した後、惑星統一国家を形成し、先述のような種族柄から政治体系は合議制民主主義を採用するに至っている。「憧憬(サ・ヌーシュ)」を理念とする統一国家の形成と宇宙文明への仲間入りを果たしてからは、全方位穏健外交を打ち出し、外交大使を乗せた宇宙調査船を方々へ派遣して接触した多くの異星知生体文明と国交の樹立と親善訪問に成功している。無論それに伴う犠牲は多く、星間問題に巻き込まれるなどした過程で、独自のワープ航法やその応用で次元跳躍技術を保有することに繋がった。

 そしてある時、彼らネリル星人とその母星にとって最大かつ最悪の転機となる事象は唐突に起こった。原因は不明なれど、ネリル本星の惑星寿命が急激に減少し底を尽きようとしてることが判明したのである。そこでネリル惑星政府は、種族存続を懸け、母星に代わる移住可能惑星の探索及び移住計画を制定。並行宇宙も視野に入れ、官民の隔てを廃しての空前絶後の規模による宇宙探査を開始。それと同時に惑星政府は異星友邦文明へネリル人民移住の受け入れを打診することに奔走した。しかし、ネリルの総人口は本星内外を含めてこの時数百億を超えており、受け入れを受諾してくれる異星国家は少なく、独力での母星脱出を強いられることになった。

 

 …ソーレは、そんなネリル星惑星政府が設立した代替移住惑星探査隊の先発隊(第一陣)に属する者の一人であった。彼は宇宙アカデミー(地球で言うところの大学院)の出であり、アカデミー卒業直後に上記の国家計画が発表されたことで、そのまま宇宙探査員に志願した。

 彼は非常に勤勉で、精力的に移住可能惑星の捜索に尽力した。しかしながら…彼ら探査員の宇宙船に使われていたワープ航法によるウラシマ効果で、移住可能惑星の候補を彼らが見つける前に本星が爆発。同様に探査任務も消え去ってしまった。旧ネリル星系に帰還した彼や他の探査員らは本星を発したとされる脱出船団とも合流することが出来ず、船団によって宙域に撒かれたログより旧星系に辿り着き事実を知った者から順に自然解散。彼もまた流浪の身となった。マックススペース地球に来訪した個体“キーフ”とは、アカデミー時代の同級生であり親友、そして同僚と言う間柄であった。

 ――様々な並行宇宙や銀河を旅し、同胞や他の知性体種族との交流も無い、終わりの見えない長旅に疲れかけていたそんな時、偶然にもナハトスペースにて地球を見つけ、極東日本、学園艦アンツィオ高校の艦上都市内にあった、同校戦車道チーム隊長のアンチョビ宅に飛来。対話を重ねていき彼女と意気投合し居候することに。アンチョビとの特別な絆が深まりつつあった中、非情な運命が彼を待つ。

 

 

宇宙格闘士 グレゴール人

      ニセウルトラマンダイナ

【ウルトラマンダイナ】

 

 ネオフロンティアスペースのヘラクレス座M-16惑星(グレゴール星)を出身とするヒューマノイド型異星人。岩石・甲虫を思わせる堅牢な黒い鎧を纏った戦士を思わせる姿をしている。

 また、ババルウ星人と同等同系列の変身擬態能力を有している。

 宇宙格闘士の名は伊達ではなく、真っ正面からの肉弾戦にめっぽう強い。変身能力を抜きにしてもその戦闘力は目を見張るものがある。

 

 かつて、同宇宙の地球に現れ、“伝説の戦士”ウルトラマンダイナに決闘を挑んだ者と同一の存在。

 同世界の地球に強き者達がいると知り、その代表格であるダイナにデモンストレーションを挟んだ後、非侵略目的の純粋な決闘を挑んだ。そこで人々からの声援によって立ち上がったダイナの拳を受けて敗北し、“真の強さ”とは何たるかを悟った彼は、不屈の戦士であるダイナへと少しでも近づくために数多の並行宇宙を旅することを決意。苦しく辛い修行と鍛錬を重ねに重ね、己を磨き続ける。

 

 かつて自分が進むべき道を見出すキッカケとなったウルトラマンという存在に憧憬の念を抱いている。そのため、悪意を持って他者の…特にウルトラマンの姿を騙るような存在を断固として許さない。

 旅の最中、今回のニセナハトの件に遭遇し、再び()()姿()となってナハトと共闘することになる。

 

 

超次元忍風巨人 ドルゲユキムラ

【デュエル・マスターズ__オリジナル】

 

 上半身がジャイアントで下半身がアースイーターという二つの種族が混合している海と大地…二つの属性の力を司るシノビの“クリーチャー”。時空と時空、世界と世界が繋がる超次元ゾーンと呼ばれる空間にある、超次元王国"パンドラ・スペース"と、超次元ゾーンと繋がった世界線の平和を守る勇敢な戦士の一人である。戦闘時には異形__アースイーター__由来の多脚形態から、人型の二足歩行形態となる。

 また、ユキムラは超次元王家"パンドラ・ロイヤル"直属のシノビであり、王家に仕えるシノビ軍団"ハザマ"の頭領と言う身でもある。余談であるが、ユキムラは超次元ゾーンの力を吸収し、"覚醒"を経て"進化サイキック・クリーチャー"なる上位存在に昇華しており、その力を用いて次元を超えていると思われる。

 当個体は、エピソード分岐(ルート)のクリーチャー世界にて、"超銀河弾HELL"の発射に伴う世界崩壊が起こった際、数多くのシノビと共に自らを犠牲にして人知れず同世界を救ったユキムラの並行同位体…「超銀河弾HELLがこじ開けた超次元ホールへと吸い込まれ、超次元ゾーンに投げ出されたものの一命を取り留め彷徨っていた」世界線のユキムラなのである。そこでパンドラ王家の第一王妃(プリンプリン)に救われ、彼女と王家に仕えるようになった。様々な次元、時空、世界のシノビに呼び掛けを続けた結果、それに応えた者達が参集し、あらゆる世界線を守護するシノビ軍団"ハザマ"の創設が叶った。

 なお、ユキムラは元々サムライを起源に持つシノビの一派、"怒流牙(ドルゲ)"一族の統率者であった。しかし今では、"光牙(コウガ)"、"威牙(イガ)"、"斬隠(キリガクレ)"、"裏斬隠(ウラギリガクレ)"、"不知火・不死火(シラヌイ)"、"轟火(ゴウガ)"、"轟牙(ゴウガ)"、"土隠(ツチガクレ)"、"旋風(センプウ)"…といった異なる時空、異なる歴史、異なる世界の流派の__「世界を救い守る」という同じ信念を持つ__シノビ達も傘下に加えるまでになっている。

 

 元ネタは上記のTCG…「デュエル・マスターズ」に登場する、進化クリーチャー"終の怒流牙(ラスト・ニンジャ) ドルゲユキムラ"。

 ちなみに、〈“ノーチラス”級原子力潜水攻撃母艦〉の四番艦"パンドラ"とは全く関係無い。

 

 自分達の住むパンドラ・スペースにて、超次元の歪みが発見されたため、シノビ達を率いて原因を突き止めるべく動いていた。

 歪みを引き起こしていた者の詳細を掴んだユキムラは、かの者…影法師が暗躍する異世界…ナハトスペースの地球に現れる。

 

 

守護勇者 アヴァンガメラ・ピイスケ

【小さき勇者たち〜ガメラ〜__オリジナル】

 

 太平洋海底に没していた、辺境セクターのガメラ関連の遺跡に、永い間休眠状態に入っていたアヴァンガメラの卵が、偶然、海流に乗って日本の茨城県大洗町の海岸に流れ着いた。それをこれまた偶然、少女__西住みほに拾われ、ヒトによる生体認証をパスしたことで活動状態になり孵化した個体。みほにピイ助と名付けられ世話をされたことで、みほを母親として認識している。

 

 別名、〈ヤムート局地決戦用生体兵器“アヴァンガメラ”第1010号〉。

 遥か太古に存在し、ギャオスによって滅ぼされた超古代先史文明エフタルが、ギャオスとの絶滅抵抗戦争中期、劣勢の続く戦況を覆すべく、辺境セクターの一つであり最前線となっていた現代の日本が位置するヤムート地区で開発された対ギャオス用量産型ガメラの一体である。

 自己進化、自己再生、自己学習の三要素を取り入れた次世代のガメラ・シリーズだった。大量生産する過程で、小型化と低コスト化が進み、卵の状態から幼生体、成長体、成熟体、完全体…そして果てには究極体へと変態するプロセスを組み込まれ、器にマナを注ぎ生み出す、質を追い求めた結果である守護獣ガメラとは全く別の生体兵器となった。しかし、戦争末期には、未発達の状態でギャオスに襲われたり、環境に適応しきれず身体を維持できなかったりとガメラに匹敵する戦闘力を有する完全体へとなるまでに多くの個体が死滅してしまい、本格的な実戦投入は間に合わなかった。

 ガメラ譲りのマナの放出・吸収能力を有しており、自己の戦闘能力の強化や自己修復、自然環境の安定化補助など幅広い用途を持つ。

 

 

哀愁宇宙人 メトロン星人ウィード

【オリトラ怪獣・セブン】

 

 M78スペース、そしてその近似宇宙に存在するメトロン星が出身となる、高度な科学力を有している準ヒューマノイド型異星人である。メトロン本星と、多数の植民星系からなる中規模な星間国家を形成している。

 あらゆる並行宇宙でその姿と活動が確認されている種族で、その活動内容は宇宙文明同士の大規模な星間戦争の誘発から、発展した惑星内文明をターゲットとした眼兎龍(めとろん)茶の普及までと、やること為すことが幅広い。諜報や暗躍といった水面下での活動を得意とし、種族柄なのか殆どの個体は正面切っての争いを好まず、緻密に立てられた計画に沿った行動を取る傾向にある。

 

 過去には領土的野心や支配欲を強く押し出し、遊星間侵略戦争に参加し宇宙進出段階の異星文明に対して、強烈な幻覚作用を持つ“宇宙ケシの実”を応用した化学兵器を投入し制圧するといった非人道的な所業から「幻覚宇宙人」の通称で恐れられたりもしたが、時代が変わるに連れて徐々に融和思想を持つ同胞が増えていき、先述の幻覚剤を筆頭とした非人道兵器の一切を放棄して通常戦力…宇宙軍円盤艦隊と怪獣兵団のみを保持する専守防衛を謳う平和主義星間国家へと移行し、現在では「対話宇宙人」とも呼ばれている。なお、侵略に使われていたあらゆるリソースを内政と諜報に注いでいるため、侵略国家時代よりも国力は増大している。

 本宇宙…ナハトスペースの地球には上記にもある"眼兎龍茶"の普及と、他の次元の地球と比較した文明発展度並びに脅威度を測定するべく、メトロン惑星政府直轄機関である"多次元戦略情報室"に所属しているアナザーM78スペース個体“ウィード”が現地調査として訪れた。

 

 17年前、日本に密かに侵入し、移動調査のためのカモフラージュ施設と拠点を探す中、学園艦に目をつける。

 そして継続高校学園艦に乗らんとして急いでいた際に、街中にて捨て子を拾い自分の子供として育てながら、任務を続行。その後はカモフラージュの駄菓子屋での商売をしつつ、調査活動もしながら、異星人の男手一つで捨て子を世話をしてきた。

 

 

電子ロボット ジェットジャガーA

【ゴジラシリーズ】

 

 “秋山理髪店”の店主、秋山淳五郎(アキヤマ・ジュンゴロウ)が本土で理髪店を経営していた時期に作った自作の自立人型ロボット。頭部にバイザーとマウスカバーを取り付けているため、別次元のオリジナルよりもスマートな印象を受けるデザインをしている。エネルギー供給はバッテリー充電で賄っており、コンセントに直差ししての電力補給をする。

 元々は家事手伝い用の雑務ロボットとして作っていたのだが、頭部に搭載する回路を弄っていたところ、偶然"無限良心回路"なる高性能自立思考回路(世界最先端を往く研究機関…“生総研”でも舌を巻くレベルの代物)が出来上がったことで、彼はジャガーを()()として迎え入れようと決意。人に対して気配りができるなど人間味溢れる行動を取れるロボットが誕生するに至る。

 なお、ジャガーと無限良心回路に関する資料やデータは開発者である秋山主人が保管等をしていなかった(第三国や他機関への技術流出並びに軍事転用の危険性、そして家族の安全を鑑みての意図的にしなかった)ため現存しておらず、各研究機関や企業、国に提供といった動きも取らなかったことから2020年現在、ジャガーの同型ロボットやその後継機、そして模造(コピー)品は存在していない。

 

 大洗女子であんこうチームと出会うまでは戦車だけが友達だった優花里とは幼少期から一緒におり、実の兄のようによく子守や遊び相手をしていた。

 現在、秋山理髪店で看板店員として、そして秋山家の一員として業務と家事をこなしている。大洗女子学園の艦上都市内での知名度は高い。

 得意な髪型カットはパーマとアフロとリーゼント。また、手部マニュピレーターはバリカンのアタッチメント一式と換装することができたりする。秋山理髪店常連の一人、河嶋家長男からは丸刈りの五つ星評価を受けている。

 ……最近、背部と脚部底面にスラスターが()()()()()()()()

 

 

挑発星人 モエタランガ・フューズ

【オリトラ怪獣・マックス】

 

 M78スペースの隣接宇宙の一つ、マックススペースにあるモエタランガ星を出身とし、同宇宙の地球を侵攻したヒューマノイド型異星人の同族。“炎”を体現したかのような外見を持つ。星系を丸々一つ領域としている星間国家であるらしく、「モエタランガ星系人」と自称している。

 後述する、光波チャンネルから神経に侵入するウィルスを用いた遊星間侵略行為を繰り返している極めて危険な種族。なお、種族の大半は「紳士」的な性格である。

 

 本個体“フューズ”は、同種族一番の特徴にして唯一無二の武器である「生物の体内時計と神経伝達物質の生成速度を常時の十倍近くまで引き上げ、一定時間後に体力や免疫力を著しく低下させる」遅効性神経感染ウィルス…”モエタランガウィルス“の体内生成が自力で出来ない特異個体であり、M78スペース、マックススペースの()()を持つ並行宇宙の地球を侵略することを目的とするモエタランガ侵略宇宙軍の派遣部隊の一員であり、ナハトスペースの地球侵略要員として抜擢された。

 しかし、ナハトスペースの地球人との交流を重ねていくに連れて、地球を自分の新たな居場所として認識し、制圧を断念。事実上、侵略の無期限延期に貢献している。

 

 現在はカモフラージュとして行なっていた“学園艦移動清掃員”としての仕事と晩飯のカップ麺を生き甲斐としている。地球では日本国籍を偽造であるが有しており、名前は“導火喜 辿(ミチビキ・タドル)”。なおカップ麺はシーフード、チリトマト、カレーが特に好きらしい。

 

 

 




今作、『逸見エリカのヒーロー』では後書きの投稿者の自分語りの後ろに次回予告を書いていきます!
投稿者はマックス世代なのでマックス風の予告を書いていきたいと思います。(詐欺)
しっかりジオン水泳部も投稿するので許してください。


_______

 次回
 予告

 特撮ヒーローが大好きな普通の少年、アラシ・ハジメ。
 ハジメ少年は夏のある日、いじめられている一人の銀髪の少女と、地球に迫っている危機を伝えるべくコンタクトをとってきた"星の声"と出会う。
 この二つの出会いはハジメ少年の運命を大きく変えていく…

 次回!ウルトラマンナハト、
【ぼくらの出会い】!


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逸見エリカのヒーロー(アイン) -心を照らす光の戦士-
第0夜 【ぼくらの出会い】


非行少年 ガキ大将・いじめっ子、登場。


 

 

 

 

「そこだ!いけゲットファイター!巨大化怪人なんかやっつけろ!」

 

 

 

 2000年代前半。アナログ放送全盛期。特撮ヒーローが依然としてお茶の間の子供達に絶えず勇気と希望、浪漫に友情…あらゆる夢を与えていた頃____

 

 

 

『覚悟しろ、ジェノサイ団!お前たちの野望は俺が、このゲットファイターが打ち砕く!受けてみよ!!ファイタァアーーキィイック!!』

 

 

 

 複雑な物事も、難解な理屈も、世界の仕組みも知らず、澄み切った世界が広がっていた頃。ただひたすら正義の味方に憧れていることができた頃____

 

 

 

『ぐ、ぐわぁあ!!』

 

 

 

 何気ない平凡な一日の繰り返しが当たり前だった頃____

 

 

 

 ____そう、あの頃。あの頃は、その気になれば突然現れた悪の組織や怪獣、侵略者に世界滅亡の危機からだって地球を守れるんだと思っていた。

 ヒーローのお面を被って、田舎の田んぼ道を駆け回っていた時の自分は、たしかに無敵だった____

 

 

 

 

「決まった!ファイターキック!!」

 

 セミが休みなく鳴く暑いあつい夏の日、ある家には昼間から元気な声が響いていた。

 畳敷きの居間に置かれたテレビで、上のようなヒーロー番組を観ているこの少年の名前はアラシ・ハジメ。熊本県に住む今年、小学ニ年生になったごくごく普通の男の子である。

 周りの子供達と比べて、少しばかり正義感に満ち溢れている…どこにでもいる正義の味方に憧れる男の子の一人なのだ。

 

 

『ぐおお…じ、ジェノサイ団…秘密基地バンザァアアーイ!』

『ドカァアーン!!』

 

 

『正義は必ず勝つ!!』グッ!

 

 

「やったあ!」

 

 ハジメ少年は特撮ヒーローのお面を被り、市販の変身アイテムを片手にテレビに齧り付いている。

 大好きなヒーローの必殺技が液晶画面の中で華麗に決まったことで飛び跳ねながらヒーローの勝利を喜んでいた。

 

「ハジメ!今日の分の夏休み課題は終わったの?」

 

 そこにハジメ少年の母、嵐 青葉(アラシ・アオバ)が居間へ入ってきた。ハジメ少年は母からの質問に付けていたお面を外して答える。

 

「うん!朝起きてからすぐにやったよ!」

 

「そう…あのね今からお母さん、西住さんの家に行ってくるから…もし外に出掛けるなら玄関の鍵閉めていってね?ああ、あと今日お父さん、仕事が夜遅くまでかかるらしくて先にご飯食べてろって」

 

「ラジャー!」ビシッ!

 

「ふふふっ!元気があって大変よろしい!」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「それじゃあお先に行ってきます!」

 

 

 アオバが家の外へ出てから数分。

 

 

「………あ!いけない、次はボコだった!」

 

 ハジメ少年は母を玄関で見送った後、観ないといけない__見逃せない番組があったらしく、急いで居間へドタドタと走る。

 

『やーってやるやーってやる♪』

 

「ま、間に合ったぁ!みほちゃんが絶対見てねって言ってたもんなぁ…。みほちゃん、怒るとおっかないし…」

 

 そしてアニメが終わった20分ほど後…

 

「よし!今日も平和を守るため、パトロールに行くぞ!」

 

 そう言ったハジメ少年はいつも遠足などで使っているリュックの中に、財布やハンカチ、ティッシュ、水筒、絆創膏などを入れたのを確認すると、ヒーローのお面、変身アイテム、手袋を装備した。

 お気に入りの靴を履いてハジメ少年は家の外へ飛び出す。

 

「行ってきまーーす!!」タッタッタッ!

 

______キキーーッ!!

 

 しかしハジメ少年はすぐに足でブレーキをかけた。何かを思い出したらしい。

 

「おおっとっとっと!鍵閉めていかなくっちゃ…………うん!今度こそ、行ってきまーーす!!」ダッ!

 

 鍵の施錠をしたのち、気を取り直して再びハジメ少年は走り出す。

 

「今日は神社まで行くぞー!」

 

 こうして小さなヒーローが今日も自分の住む町を守るため、走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 田んぼのあぜ道を、一目見れば良家の令嬢だと分かる__ここらでは似つかわしくない西洋風のドレスに身を包んだ__一人の少女が歩いていた。彼女の心のよりどころなのか、ワニのぬいぐるみを大事そうに抱きかかえている。

 

 少女の名前は逸見エリカ。

 彼女の国籍は日本にあり、生まれも育ちもここ熊本である。だが家系に欧米の血が多少ながら混ざっているためか、髪は日本人にしては珍しい綺麗なシルバーグレーであり、瞳は翡翠と瑠璃の二色を絶妙な比率で宿していた。

 

「ふん。ほんっとに何もないわね…つまんない…」

 

 口をへの字にして、面白くないと言いたげな顔をしていた。

 エリカは何か面白いものがないものかと今日、珍しく家から出てきていた。いつもならば休みの日…それもわざわざこんな暑い日に外になんか出ず、今週分の宿題を済ましていただろう。

 

「そう言えばお母さんが今日は最高気温になるって言ってたっけ…はあ…なんで今思い出しちゃった……」

 

 そろそろ家に帰ろうか、エリカはこのままだと時間の無駄だと思い、来た道を戻ろうと振り返った。

 

「___アイツじゃねえの?」

 

 するとそこには最近噂になっている隣の小学校のガキ大将とその取り巻き数人がいた。よく見なくとも、こちらに指を指しているのが分かる。

 エリカは今日はとことん運が悪いと思った。外に出ようと決めてそれを実行してしまった自分を深く恨んだ。

 

「…お前か。ここらへんに住んでるっていうぶりっ子女って」

「ドレスなんか着て、お姫様気分かよ」

「今日はお散歩ですか?ぶりっ子お姫様?」

 

「「「あはははは!!」」」

 

「………」

 

 ダメだ耐えるのだ。ここで泣いてしまってはさらに馬鹿にされる。そう思ったエリカは早歩きでいじめっ子集団の横を通りすぎようとしたその時だった。

 

「おい!なんか言えよぶりっ子女!」

「あれれ?どうしたのかな〜?」

「逃げるのか?かっこわりぃ!」

 

「………」

 

 徹底的に無視だ。

 

「お、そのワニのぬいぐるみ、寄越せよ!」グイッ

 

「!! 離して!」

 

 こいつらとは関わらないように家に帰ろうと決心し無視してまた歩き出そうとしたら自分の持っているぬいぐるみを掴まれたため、エリカは声を荒げてしまった。

 

「離しませーん!」

 

 意地悪い言葉を返すいじめっ子。周りの連中もへらへらと笑っていた。

 

「これはおばあちゃんとおじいちゃんの…!!」

 

「うるせーよ、寄越せって言ったら寄越せよ!」

 

「イヤ!離して!」

 

「しつこいんだよ!ぶん殴るぞ!」

 

「離さないとカイちゃんの必殺キックが出るぞ!いいのか?」

 

「絶対に離さない!」

 

 脅されてもぬいぐるみを掴んで離さないエリカ。しかし取り巻きの一人が近づいてきて自分に蹴りを入れようとしていた。ぬいぐるみは離さず、来るであろう痛みに耐えるためにエリカは早めに目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___正義の一撃、受けてみろ!!ファイタァアーーキィイック!!」

 

 しかしその時、ヒーローが現れた。

 

 声の主は一体誰なのか。

 

「うおおおおおお!!!!」

 

 エリカは蒼眼を見開いた。

 そこには空高く舞い上がり、自分に近づいていたいじめっ子の一人に飛び蹴りを仕掛けようとしている仮面のヒーローがいた。

 

 いじめっ子に蹴りが炸裂するまでの時間が、すべてスローモーションに…ゆっくりと時間が経っているように感じた。

 

ドカッ!

 

「うわ!?いってぇ……なんだお前!」

 

___ザザッ!

 

 仮面のヒーローは華麗な着地を決めた後、エリカを守るようにいじめっ子との間に立つ。

 彼の登場に慄いてか、自分のぬいぐるみを掴んでいたはずのガキ大将が距離を取って離れていた。

 臨戦態勢である。

 

「正義の味方!ゲットファイターアルファ参上!!」

 

 勇ましく名乗りをあげ、ファイティングポーズを構えるヒーローを見て最初に出た彼女の言葉が…

 

「かっこ、いい……」

 

 …だった。

 自分と同じくらいの背丈のはずなのに、ひとまわりも二回りも大きい背中が、そこにあるように感じた。アツく、それでいて頼もしく思えたのだ。

 

 ___あなたは、誰?___

 

 これが逸見エリカの一目惚れであり初恋であった。

 

 仮面のヒーローは一度こちらに振り向いて話しかけてきた。

 

「そこのキミ、もう大丈夫だ!こっからはぼくに任せろ!」

 

 いじめっ子集団と仮面のヒーローのやりとりは続く。

 

「誰だ、お前?どこの小学校だよ?」

 

「お前たちみたいなヒドイことするやつらを倒すヒーローだ!お前、一つ隣の小学校のガキ大将のコージってやつだろ!ぼくがやっつけてやる!」

 

「へっ!どうせ口だけだろ!」

 

「ヒーローごっことか…かっこわる!」

 

「女の子をイジめてるお前たちの方がよっぽど男としてかっこ悪いぞ!」

 

「なんだと!?」

 

 取り巻きの一人がヒーローの言葉に激昂して殴りかかる。

 

「うるせぇ!」ブゥン!

 

 彼はそれを身を翻して相手の振り上げた拳を紙一重で避けた。

 

「ふっ!」ガシッ!

 

 さらにそれだけでは終わらず、すかさず手を出してきた取り巻きの腕を掴み身動きを封じる。

 

「は、離せよ!」

 

 そこからヒーローは反撃の大技を繰り出した。

 

「ゲットォスロォオーーイング!!」

 

 彼は技名を目一杯叫ぶと、掴んでいた取り巻きの腕を抱き込む形で、一本背負いを決める。

 投げ技は華麗の一言に尽きた。

 取り巻きの体は見事な放物線を描き、田んぼにダイブすることとなった。

 

「うわぁあ!!」

 

バッシャアアーン!

 

 田んぼに張られた水と水底の泥が派手に巻き上がる。

 

「この野郎…!ボコボコにしてやる!もう許してやんねぇ!」シュッ!

 

「調子乗ってんじゃねーよ!」ブンッ!

 

 一人が返り討ちに遭い、それを黙って見過ごせなかったガキ大将ともう片方の取り巻きがほぼ同時にヒーローに殴りかかる。ガキ大将は道端に落ちていた小さな木の板を持っていた。

 

__バキィッ!

 

「!!」

 

 二方向からの同時攻撃に反応できなかったヒーローは木の板__田畑と水路を隔てるもので、どちらかと言えば角材に近い代物__と拳の両方を顔面に直で受けてしまう。

 

「いっつ……!」

 

 仮面の右目部分__バイザーが砕け、そこからは素顔が少しだけ見えた。

 仮面の中では、先程の攻撃でどこかを切ってしまったのだろう。額からの流血が認められた。

 

「あ……あ、あの……」

 

 彼が自分を助けるために戦って傷ついてしまったことに対し、罪悪感を覚え、声をかけようとするも伝える言葉が頭に浮かんでこず、エリカは言葉に詰まってしまう。

 ヒーローとの視線が不意に合った。

 

「ぼくは…大丈夫。大丈夫だから……!」

 

 そんなエリカを見てヒーローは小さく、エリカだけに聞こえる声量で繰り返し言葉を掛けた。

 その目と声にはこちらを安心させようとしている心遣いがひしひしと感じられる。

 

「へっ!俺たち二人には勝てないんだよ!」

「おら!やりかえしてみろよ!」

「お前のせいで泥だらけになったじゃねーか!どーしてくれんだよ!!」

 

「!」

 

 先ほど田んぼに放り投げた取り巻きのいじめっ子の一人が復帰し、ヒーローとエリカは挟み撃ちの状態に陥ってしまった。

 挟撃の構図。

 絶対絶命。人は残念ながら頭の後ろに目は付いていない。前後からの攻撃を、同時にいなす事は不可能だ。

 

「もういい!私のこのぬいぐるみはあげる!あげるから!だからこの子をもう殴ったり蹴ったりしないで!」

 

 エリカはもう彼が自分のせいで傷つくのが辛かったのだろう。

 取りたくなかった決断だったかもしれない。

 ぬいぐるみを渡そうとガキ大将のもとへ震える足でなんとか向かおうとした。

 が、彼に肩を掴まれ止めざるを得なかった。

 

「ぼくのことは気にしなくていい……キミの大切な宝物をあんなやつらに渡すことなんかない!テレビで言ってた…ヒーローは、どんな状況になっても、ぜっったいに諦めない!」

 

 またいじめっ子に向かおうと再び彼が構える。

 その瞳の中の光は死んでいなかった。仮面のバイザー越しでもわかるほどに、彼の瞳は輝いていた。

 

「あなたはなんで…?どうしてそこまで、してくれるの?」

 

 何故そこまでするのか、本当に意味が分からなかった。

 

 どう見ても勝ち筋なんて無いじゃないかと。

 こんなことしたらあなたが損するだけじゃないのかと。

 見ず知らずの私なんか、放っといて逃げ出してもいいじゃないかと。

 

 その問いかけにはヒーローは答えなかった。

 

「そんなぶりっこ女なんて守らなくていいだろ!」

「もう泣いて謝っても許さないからな!」

「お姫様置いてにげろよ!どうせ俺たちには勝てないし」

 

「そんなこと!やってみないと分からないだろ!」

 

「そんなにケンカ続けてえならやってやるよ。」

「年上に逆らったらどうなるか教えてやるぜ!」

 

 最早、交渉の余地無し。

 理不尽が二人に降り掛かると思われた。

 

 ___だが違った。天運は二人に味方した。

 

 一斉にいじめっ子達が二人に飛び掛からんとしたその時、少年__ヒーローへの小さくも頼もしい援軍がやってきたのである。

 

「おい!ハジメになにしてんだ!」

「ハジメ君、まほちゃんとみほちゃんも呼んできたよ!」

「こらぁーー!!いじめはダメなんだよ!!!」

「私の友達を傷つけるな…!」

 

 仮面のヒーロー___ハジメ少年の友達である少年二人、そして西住家の姉妹二人、総勢四人が駆けつけた。

 

「み、みんな!」

 

 援軍の到着にハジメの声色が数段階跳ね上がった。

 

「雑魚が増えても同じだ!」

 

 ガキ大将は援軍を含めハジメ達を全員蹴散らす気概であったが___

 

「あ!あ、アレは西住まほとみほ!母さんが言ってた…ケンカ売ったらヤバイやつだって…」

 

 ___取り巻きの一人が、西住姉妹の姿を見るや否やみるみる青ざめていく。

 足もガクガクと震えており、冷や汗も尋常じゃない量が流れているのが確認できた。

 

「本当だ…あの女子二人、西住だ…逃げろぉ!」ダッ!

 

 もう一人の取り巻きも指摘されたことで気づいたのか、こちらはさっさと尻尾を巻いて逃げ出した。

 

「うわああ!!」ダッ!

 

 置いてかないでくれと、顔面蒼白だった取り巻きも追うようにして退散する。

 

「お、おい待てよ!くっそお……覚えとけよ!」

 

 仲間二人が一目散に逃げ出したため、焦ったガキ大将もまた彼らに続いてエリカ達の前から逃げ去っていった。

 最後に、使い古された__いかにも悪役が言うような捨て台詞を吐きながら。

 

 

「?……行っちゃった…」

 

 

 理由は分からないがなぜかいじめっ子集団は逃げていった。助かったのか…とエリカはポカンとしていた。

 そこから、駆けつけた頼もしい援軍の話を聞くに、あの仮面のヒーローの名前はハジメと言うらしい。この四人は目の前の男の子__ハジメの友達なのだろうか?

 そんなことを思っていると件の少年、ハジメが喋りかけてきた。

 

「キミ、大丈夫?怪我とかしてない?えっと…名前は…確か二組の……い、いつ…み………」

 

 ハジメの方はエリカの顔を覚えているようだった。

 

「………エリカ」

 

 それを知った彼女は、嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分で、ボソリと自身の名前を伝えた。

 

「えっ?」

 

「逸見エリカよ。……怪我はしてない。その…守ってくれて……あ、ありがとう…ハジメ」

 

「うん!どういたしましてエリカちゃん!」

 

 少女のぎこちない礼に、少年は白い歯を見せてニッと笑顔を返した。

 その笑顔があまりにも眩しかった。エリカは被っていた帽子を目深に__ハジメから赤くなった顔を隠すように__被り直した。

 

「…で、さっきの男の子たちって、だあれ?」

 

 西住姉妹のやんちゃで活発そうな__明るめの栗毛が特徴的な__みほは、今起こっていた出来事の内容をあまり良く把握できていないようだった。

 そこで自身の姉…まほに答えを求めた。

 

「隣の学校のガキ大将だ、みほ」

「うひゃあ!そ、そうだったんだ…」

 

 姉の説明を受け、事の重大さをようやくみほは理解したらしい。

 また、それとは別にもう一つ気づいたことがあったようで、破損したお面を未だに着けているハジメの方を向き__

 

「ハジメ君、お面外してみて?」

 

「う、うん。」

 

 みほに促される形でハジメがおずおずといった様子でお面を外すと…。

 

「うわー!ハジメ、頭から血が出てる!」

「ど、どうしよう…!?」

 

 ハジメの周り…ヒカルとマモルが男子かと疑われるかもしれない悲鳴を上げる。

 お面を取り外したハジメの顔は赤い線が幾本も入っており、誰が見ても痛々しい様子だった。

 

「大丈夫だって!ぼく絆創膏持ってきてるから!それに、傷は勲章なんだよ?これぐらいどおってことないって!」

 

 努めて明るく見せるハジメ。

 そう言いながらハジメが自分に応急手当てをしていく。

 手当てを終え、ひと段落した雰囲気になったのを察したみほが何かを思い出してエリカに声を掛けた。

 

「あ!そう言えば私たちエリカちゃんに自己紹介してないね。私、西住みほ!二年生だよ!たしか、エリカちゃん同い年だったっけ…よろしくね!」

 

 元気な挨拶をしたみほに続いて、全員が順番に自己紹介をしていく。

 

「西住まほ…三年生。みほは私の妹だ」

 

 口下手なのか口数が少ないのか、ややぶっきらぼう気味になったまほ。

 

「ぼ、ボクは逸樹守…二年生…よろしくね?」

 

 おどおどした様子でなんとか自己紹介を終えたマモル。

 

「おれ、駒凪光!二年生!よろしくぅ!」

 

 全力全開な様子の、丸坊主がトレードマークなヒカル。

 

「改めまして……嵐初です!ぼくも二年生だよ」

 

 そしてトリを飾ったのはハジメ。丁寧な自己紹介で締め括った。

 

「……うん。よろしく」

 

 エリカはハジメ少年に興味を持っていた。

 どうしてあんな勇気ある行動ができたのか、なんで自分を助けてくれたのかが気になっていた。

 聞かなければ。聞かずにはいられなかった。

 だが、周りには自分よりも長い間彼といた子供達(ギャラリー)がいる。聞き辛かった。故にこの場でハジメに尋ねることを彼女は見送った。

 

 全員が自己紹介を終え、友人のための緊急出動(助太刀)というイベントも片付いたことで、陽はまだ昇っているが今日のところは解散するカタチとなった。

 

「じゃあ…おれは家にかえ___」

「ヒカルくん!一緒にボコ見よ?いいよね!」

 

 一足先に集まりの輪から「スピードワゴンはクールに去るぜ…」と言わんばかりに颯爽と離れようとしたヒカルがみほに捕まった。

 どうやら、みほはヒカルと二人で遊びたい__彼女が好きな番組の布教を彼にしたい__らしかった。

 

「で、でも、おれ今日は家でゲーム…」

 

 それでも、先の予定があるからと断ろうとするヒカル。

 

「 い い よ ね ? 」

 

 歳不相応の圧力をみほが放っていた。見た感じは満面の笑みであるが、顔上半分には影が差しており、このシーンに挿入される効果音は「ゴゴゴゴ…!」が妥当なのだろうか。

 そんな強制力のかかった問いかけへの返事は半ば決まっていた。

 

「う、うん……」

 

 尋常ならざるみほの圧に押されてヒカルが首を渋々と…されどこれ以上彼女の機嫌を損なうことの無いようすぐにコクりと縦に振った。

 若干ヒカル少年の体が震えている。

 

「やったあ!それじゃあ早く私ん家行こう!」

 

 手をがっしりと繋がれ、ヒカルは上機嫌なみほに連れて行かれたのであった。

 

「ハジメ君、明日お母さんが遊んでいいって言ったら遊びにいっていい?」

 

 残っていたマモルがハジメに遊びの約束を持ちかける。

 「…ひっか(ヒカル)にも、明日の朝電話で伝えておくよ」と先ほど無念ながらも散っていった親友のことを気にかける言葉も付けて。

 

「オーケー明日ね!9時からよろしく!!」

 

 明日も休み…まだまだ暑い夏休みは続く。

 子供達にとっては、家でじっとしているよりも、友人達と四六時中遊んでいる方が断然良いのだ。夏季の猛暑でさえ、子供達の前では障壁とはなり得ない。

 小学校の長期休暇は、山のような課題さえどうにかできれば天国なのはどの時代でも変わらず同じなのである。

 

「うん。それじゃあぼくは家に…」

 

 明日の約束もできたことだしと、安堵した表情のマモルが家の方向に振り返ると___

 

「私も、マモルの家に行きたい…」

 

 頬を赤く染めたまほが__マモルの帰路に立ち塞がるように__立っていた。

 自分の意思を、おずおずと、されどハッキリと言葉にして。

 

「えっと、今日は…」

 

 これは困ったなと、けれど幼馴染…それも女の子の()()()は蔑ろにはできない、だがしかし…と言うような葛藤をマモルが抱え悩みだしたのを、彼女は見逃さなかった。

 

「……だめ?」ウルウル…

 

 その上目遣いはマモルにとって致命傷であった。

 

「う…分かった。まほちゃん、行こう…」

「うん!!」

 

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は何とやら…西住家長女、恐るべし。

 

 結局、こちらも折れるべくして折れた。

 マモルが折れるのは最早予定調和に近かったと言えば、そうかもしれない。

 

「ハジメの友達二人、あの子たちに連れてかれちゃった…」

 

 あの四人はとても仲が良いんだな…というよりも、あの男の子達は大変だなと、歳とは不釣り合いな遠い目をしながらエリカが思っていると、ハジメは仮面を付け直してどこかへと向かおうとしていた。

 

「よし。神社までのパトロール再開だ!」

 

 今のハジメの言動から、そのパトロールとやらにはエリカの参加を視野に入れていないようにも捉えられた。

 そのため彼女は柄にもなく勇気を振り絞って声を上げた。

 

「ま、待って!」

 

 エリカの呼び止めに、ハジメは反応した。してくれた。

 

「ん?どうしたの?」

 

 純粋な疑問符が付いていた。何かあったのかと、あの時と同様に気遣ってくれているのが声色からもわかった。

 それが堪らなく嬉しかった。

 

「私も…ついていって良い?」

 

 だからもっと彼を知りたくて、喋りたくて、傍にいたくて、一緒にいたくて、一つだけ彼にお願いをしたのである。

 エリカのささやかな我儘。それに、傷だらけのヒーローは仮面越しでも笑顔だと分かるほどの元気な声で応えた。

 

 

 

「うん。いいよ!」

 

 

 

 ヒーローと少女は一緒に歩き出した。

 

 

 

____________

 

 

 

「とうちゃーーーく!!」

 

 ハジメ少年とエリカは気が遠くなるような長い階段を登りきり、目的地である近所の神社に着いた。

 ハジメ達の住む田園地帯の四方を囲むようにある山々の内の一つ___山岳部と平野部の中継地点とも表現できる小山の上に、この神社はある。参拝者も滅多に来ず、管理者であった人間も引き継ぎ等をする間もなく他界したために、いまではもうすっかり寂れており、鳥居の色は褪せ境内には木の葉が散らばっているような有り様だった。

 

 二人とも既に息は上がっており、肩が上下していた。

 無尽蔵にありそうな子供の体力でも神社の階段は難敵であったのだろう。

 

「エリカちゃん大丈夫?ここで休憩しよっか」

 

「うん。そうする…」

 

 エリカが疲れているように見えたためハジメは背負っていたリュックから水筒を取り出して彼女に渡してやった。声は小さいがしっかりお礼が返ってきた。彼は静かに笑みを浮かべてそれに応えた。

 いまは二人仲良く神社の境内にあった木製の__苔が所々に生い茂り、塗装も剥がれつつある__長椅子に座っている。

 

「エリちゃんとはクラス一緒になったことなかったなぁ…でもこうして友達なれたし良かったよね!」

 

「……ねえ、なんでハジメはあんなことできたの?」

 

 友人になれたことを素直に喜んでいるハジメに、エリカはここに来るまでずっと抱えていた疑問を投げかけた。

 

「ん?だって困ってる人がいたら助けるのがヒーローじゃん」

 

 そうあっけらかんと、思考する時間すら挟まずに彼は迷わず答えた。

 当然のことのように、何も誇らず、驕らず、ただただ本心を打ち明けてくれた。

 

「え、それだけ?」

 

 エリカはすっと出てきたハジメの返答を聞いて、第一に思ったことをそのまま口に出していた。

 それだけで、それだけの理由で人は動けるモノなのかと、彼女はただただ驚いた。

 

「それだけでじゅうぶん、充分だった!」

 

 それだけなのだと、大きく頷き肯定するハジメ。

 

「じゃ、じゃあなんで3対1で絶対に負けるようなケンカでも向かっていけたの?」

 

「だって、女の子が、エリちゃんがピンチだった。困っている女の子を助けないのは男じゃないしヒーローでもなんでもないもん!」

 

「ピンチだったから…?ヒーローじゃないから…?」

 

 男子特有の思考回路なのか、エリカにはその「○○だから」という理由では理解も納得もできなかった。

 だが納得できなくとも理解したい。自分を助けてくれた彼の考えてることをもっと知りたかった。

 

 「それに___」とハジメは続ける。

 

「あの時は3対1じゃなかったよ。3対2だった!」

 

「え?」

 

 エリカが心底驚いた顔をしてハジメを見やった。

 そんな着眼点があるなんて思いもしなかった。

 彼はこちらが見ない、見ようともしない所にさえ、気づくのかと。

 

「でも…私何も出来なかったし…怖くて動けなかった……」

「ううん!そんなことないよ。エリカちゃんが見てくれてから、近くにいてくれてたから!がんばれたんだ!」

 

 力不足だった。自分はいないに等しかったのだと、彼の言う自分の功績を否定しようとする。それは謙遜などではなく、本心からの否定だ。

 しかし、目の前の彼はそれをさらに否定し、塗りつぶしてくれた。

 それが嬉しくて、嬉しくて…。

 

「そう…なの?」

 

 上手く言葉が出てこなかった。

 

「そうだよ!」

 

 言い淀みもないノンインターバルの返答。ここまで来るとそれは最早告白に近かった。

 しかしまだまだ子供であるハジメ少年はそのように考えていたりすることは無く、ただただ彼女の問い掛けに対しての肯定を元気に、そして健気に繰り返したのである。

 

 それでも、その無邪気な肯定は、彼女___逸見エリカに希望の光を与えた。

 

 

 

___()()ことを知らなかったんじゃない。したくなかったんだ。見て見ぬフリも、何も為さずにいるコトも。

 

___あの子には、悲しい顔をしてほしくなかったから。あの子の前では、完璧なヒーローでいたかったから。驕りなのは分かってた。外面(ガワ)に拘ってた自分がいたのを、隠したんだ。

 

___()()が偽善だったと言われたら、否定できない。()()が使命だったと言われたら、拒絶できなかった。

 

 

 

《___ハジメ、アラシ・ハジメ…心の太陽眩しき少年よ…》

 

 ____なんであの時、俺に()が聞こえたんだろうか。

 

「ん?エリちゃん、なんか言った?」

 

 不意にどこからともなく、やまびこのように神社一帯に反響する声が聞こえてきた。それもハジメを名指しで。

 こんな神社にスピーカー等の機材があるわけが無い。明確な声を出せるのは人間のみ。ここで確認できるのはハジメとエリカのみ。

 声が聞こえたハジメが確認する相手は当然彼女である。

 

「? 言ってないわよ?」

 

 声を発したのはやはりエリカではなかった。

 それに、やみびこの如き声…無機質なほどに穏やかな男性の声はエリカには聞こえないようだ。

 訝しみながら、首を捻るハジメ。再び件の声が聞こえてくる。

 

《…キミの力が…大切な人を守ろうとするキミの…想いが……必要なのだ……》

 

 声の主は、ハジメの助力を欲しているようだった。

 

「誰?なんでぼくの力が?」キョロキョロ…

 

「…本当にどうしちゃったのハジメ?」

 

 助力を求めるならば普通は大人の方が良いに違いない。

 なぜ声の主は、自分に拘るのか?

 頼られるのは悪い気はしない。だがそれ以上に疑問が絶えなかった。

 ハジメは頭を悩ませる。見ず知らず相手との接点として思い当たる節も心当たりも無い。エリカの心配を耳に入れる余裕も無かった。

 

「ハジメ、誰かと話してるの?」

 

《…私は、"星の声"だ。キミ達を…見守っている大人さ…》

 

 "星の声"…おそらくは既存人類が接触できることなど万が一、億が一にも無いはずの、上位存在。

 それも観測者に近い立場だと向こうが自ら語っていることから、明確な害意や悪意を持っての接触ではないのは察することができた。

 

 だが、そのようなことをまだ幼いハジメが知る由も無い。

 

「え?エリちゃんには何も聞こえないの?」

 

「うん。セミがうるさいだけよ」

 

 どうやらハジメ少年のみに星の声は聞こえているらしい。

 エリカは少し頬を膨らませながら、やや不機嫌に答えた。

 ハジメだけが、今、特別な体験をしていることに妬いているのだと思われる。若しくは、自身も共感できないことへのやるせなさからかもしれない。

 

「ニャア」

 

 どこからともなく、今度は猫の鳴き声が聞こえた。

 

「ん?」

 

 キョロキョロとお互いに周囲を見回すと、ハジメより僅かながら早くエリカが猫を見つける。

 

「あ、可愛い黒猫!」

 

 元来、黒猫は不吉な出来事の前触れを知らせるモノとされる場合が多々あるが、それを今の二人は知りなどしないし、仮に知っていたとしても眼前の黒猫からはそのような邪悪は感じられかっただろう。逆に、例え難い神聖な何かすら感じた。

 そして黒い野良猫は再度鳴いた後、神社の横にある山奥に続く小さな獣道へと走っていく。時折こちらを…ハジメを見やるために振り返っているのが分かった。

 

《…その子を……追ってほしい…》

 

「うん!分かった!」ダッ!

 

 ハジメの反応は早かった。

 星の声に促され、勢いよく境内から飛び出し神社の裏手__山奥へ続く小道へと駆けていく。

 

「えっ!ハジメ待ってそっちは危ないわよ!分かったって、何がわかったの!?」

 

 自分のヒーローとしての力が必要だと言っているのだ。何かは分からないがきっと誰かが助けを求めているのだと思ったハジメはすぐに遣いの猫を追う。

 それに遅れて、心配したエリカも急いでそれに続く。だが彼女が彼に追いつくには幾分かの時間は掛かると思われる。

 

 こうして二人は何者かの導きのまま、依然として夏の暑い陽光が差す山奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

《……ここだ…》

 

 山の奥の奥へ。最早獣道とも思えない道なき道を、遣いの黒猫の道案内を受けてハジメはひたすら走った。

 再び、星の声が聞こえた。どうやら、目的地に着いたらしかった。

 黒猫は近くの切り株の上で__自分の役割は終わったと言うように__ゆったりと毛繕いをしている。

 

「えっと…これ、なんだろ?祠?お墓?なのかな?」

 

 猫を追ってきたハジメが到着した場所は木が殆ど生えていない、開けた斜面の少ない平地であった。

 その場所の中心に苔の生えたボロボロの小さな石祠がある。

 

《……光ある少年よ。この星…地球に……途方も無い危機が迫っている》

 

 星の声がハジメをここに呼び出した要件に繋がる話を切り出した。

 それは__この時点で十分フィクションのような体験をしているが__荒唐無稽な、漠然とした迫り来る脅威に関する報せだった。

 

「危機?」

 

 ハジメは虚空を見上げて首を傾げる。イマイチ、ピンと来ていない様子であった。

 

《近い未来、この地球に邪悪な怪獣や宇宙人が現れる……》

 

「えぇ!?そ、そうなの!?」

 

 衝撃的な予言であった。

 テレビの向こう側で、ヒーローと対極を成す存在達が現実に出現する……常人からしたら到底信じられない、受け入れ難いモノだ。

 だがこの場に立つ少年は、真剣な眼差しでそれを聞き入っていた。

 

《……優しく、強い心を、持っている…キミに……頼みたいんだ。……この世界を、地球を…守ってはくれないか?》

 

 

 

 ここが少年の、人生最大の分岐点。後戻りのできない大きな選択だった。

 

 

 

「………うん、いいよ!僕が地球を守るヒーローになる!」

 

 数瞬の思考を挟み、星の声との約束を契った。

 ハジメ少年には、まだその半ば契約とも取れる約束と、言葉の重さを、無垢故にこの時理解できていなかった。

 だが、ヒーローへ憧憬の念を強く抱き、憧れへと近づきたいと切望していた彼に、迷いは無かった。

 

《…ありがとう…! ……ならば…キミに、託す。大切なものらを守る、光の力を…》

 

 ハジメ少年に語りかけてきていた声が頭に響いてこなくなった瞬間、祠が輝き、中央に眩い白亜の煌めきを宿した黒い光の球体がゆっくりと浮かび現れる。それはハジメ少年のズボンポケットにしまっていたヒーローの変身カプセル__"α(アルファ)カプセル"の結晶部分へ入っていった。

 それを確認するべくハジメが変身カプセルを手に持った時、彼の頭の中に膨大な地球(ほし)のイメージが流れ始めた。

 

 そよ風に吹かれる一輪の花。

 生命の起源たる雄大な海。

 星の世界まで広がる透き通った空。

 

 地球に生きるもの達の姿が次々に映る。

 

「…………すごい…!」

 

 ただ、一言。それ以上はいらなかった。

 

《…キミの心の中で輝く光、心の太陽……その温かさを、決して…忘れないでくれ………頼んだぞ、すべてを照らす光の戦士…》

 

 その言葉を最後に"星の声"は聞こえなくなった。

 

「____もう!待ってって何回も言ったのに、なんで聞いてくれないのよ!」

 

 遅れて来たエリカが到着したようだ。

 

「なによ、この場所?それにあの猫は?」

 

 道案内役の黒猫も、いつのまにか姿をすっかり消していた。

 

「…いなくなってたよ」

 

「そう。それで…誰かと会えたの?」

 

 先ほどハジメのみに聞こえたとされる声の主のことだろう。

 

「うん、会えた」

 

 短く、そう答えた。

 

「どんな人だったの?」

 

 首を傾げながら、興味津々に問う少女。

 

「秘密!」

 

 エリカの問いを、少年ははぐらかした。

 妙なあしらい方をされたと思ったのだろう。彼女はあからさまにむくれていた。

 

「何よそれ…はぁ、まあいいわ。会えたならもう山から降りて神社に戻りましょう?」

 

 山は危ないんだからと、エリカは踵を返しつつ言う。

 

「うん。………ねぇ、エリちゃん!」

 

 意を決して、少年は改めて彼女の名前を呼んだ。

 

「? 何?今度はどうしたの?」

 

 

 

____あの夏の暑い日、誰にも想像のつかない運命が動き出したんだと思う。もしも、あの不思議な体験をしなかったら…未来はまた変わっていたのかと、今でも考えてしまう時がある。

 

 

 

「ぼくがエリちゃんを、みんなを守るヒーローになる!!」

 

 その後に「絶対に!」と付け加えた小さきヒーロー。

 彼女に自信たっぷりのとびきりの笑顔でそう宣言した。

 

「!! ………ほんとうに?ほんとうに守ってくれるの?」

 

 恐るおそる…されども答えを急かすように、喜色が見え隠れしている少女は聞き返す。

 

「ほんとうに!」

 

 サムズアップと共に、元気な返事が返ってきた。

 

「……絶対、絶対に約束よ?」

 

 用心深い彼女は重ね重ね聞き返した。

 

「うん!約束!」

 

 二人はお互い小指を出して指切りげんまんをする。

 

「…どんな時も、どこにいても、守ってくれる?」

 

 彼女は無理難題とも思える約束を求める。

 

「うん。いつでも、どこでもエリちゃんがいるところに駆けつける。エリちゃんを絶対に…ぼくが守る!!」

 

「……うん///」

 

 我儘な念押しの約束を、小さなヒーローは快く引き受けた。

 

 

 

 暑い暑い、夏のある日。一人のヒーローが生まれた。

 

 

 

 しかし少年はまだ知らない。近い未来に、想像を絶する幾多の過酷な戦いと数奇な出会いと別れの連続が待っているということを…

 

 





 あと
 がき

【2022年12月編集】
 0夜をお読みいただき、ありがとうございました。
 投稿者の逃げるレッドです。

 現在、第0夜から第25夜ほどまでの再編集を行なっております。なお、ストーリーの大幅な変更等をするためのものでは無いのでご安心ください。
 各回の編集が出来次第、2022・2023年版の後書きへと順次更新していきます。編集・更新が為されていない回は、やべーぐらいの淫夢厨として生きていた時代の投稿者の後書きのままなのでご容赦ください。しかし後悔はしておりません()
 当時は書き留めておこうとまで考えてなかったストーリーの裏話やネタ、メモなどを各回のこの場…後書きに書いていければと思ってます。

 これからも、逸見エリカのヒーローをよろしくお願いします。

 星の声のイメージはフル・フロンタル、特撮ヒーローの元ネタは…真ゲッターロボとなります。
 ハジメ少年の母親のイメージは艦これの重巡青葉です。

質問、感想待ってます!気軽にどうぞ!
さて、次回も本編開始前の話になります。
お楽しみに!

【2023年編集】
 三馬鹿(ハジメ・ヒカル・マモル)の最新画像です。
 デジタルイラストではないのでご注意ください。

【挿絵表示】


 結局、ハジメ君のイメージについてですが、2023年6月現在ですと「呪術廻戦の虎杖君+村田版ONE PUNCH-MANのゾンビマン」で落ち着いております。日常回になるとたまーに着せ恋のごじょー君が混じったりします。

 ちなみに完全な余談ですが、ハジメ君の好きな食べ物は「チーズインハンバーグの目玉焼きトッピング」だったりします。

____________

 次回
 予告

 あの二つの出会いから7年後、中学三年生になっていたハジメ少年は、人生で9回目の夏休みを満喫していた。しかし、そこに銀髪の少女が訪れる。
 そして静かに地球の異変は始まっていた…

 次回!ウルトラマンナハト、
【動き出す世界】!


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第1夜 【動き出す世界】



凶虫怪獣 クモンガ

邪心集合体 影法師

登場





 

 

 

『______から日本海側の東北並びに東海地方では4日連続の大規模な降雪が確認され、季節外れの豪雪により各地のインフラが麻痺しているとのことです。これに対して陸上自衛隊は全国の志願隊員で構成された応援部隊を東北方面に送ることと、東海の離島救援のため、水陸機動団を中心とした部隊を新潟県佐渡ヶ島及び粟島に派遣することを______』

 

 

 

「こっちはこんなに蒸し暑いのに…向こうは雪降ってんのか…大変そうだ」

 

 熊本県のとある一軒家の和風居間には、朝のテレビニュース番組を観ながら一人で朝食を摂っている少年がいた。

 そう、この少年こそが凡そ7年前、一人の少女を助け、"星の声"から光を託された少年___アラシ・ハジメであった。

 今は8月の上旬、ちょうど中学最後の夏休みが半分過ぎたところである。

 

「まだセミがうるさく鳴いてるのに雪が降るとかなぁ…先生が言ってた通り、氷河期が近づいてるのかな?」

 

 今年に入ってから日本各地で異常気象が相次いでいた。

 現在、世界各国でも同様の異常自然現象が多発しており、有識者を集めての会議や調査を行なっても原因は未だに分からずじまいであった。

 

 一説では、人類による度重なる環境破壊が引き金となっており、異常極まる気候変動の発生は、訪れる地球の凍結化__氷河期突入に対する自然からの警鐘だとするものもあった。

 それでも各国の根底を揺るがすような大災害などには発展することは無かったために、多くの人間がこの問題を気に留めることもなかった。ただ環境保護団体や一部の活動家がこの異常な自然現象を憂いデモを起こすぐらいで収まっていた。

 

『____次のニュースです。日本の歴史解明に繋がる新たな出来事です。先日、群馬県の榛名山山中から江戸時代以前に記されたと推測される書物が発見されました!この書物の題名は『護国聖獣伝説』で、"生総研"調査チームによりますと、日本の守り神伝説の祖となるものであり歴史的大発見となるようです。今も解読が進められており、現在判明しているのは『光ノ人』と言う外伝書物が存在すること、"護国聖獣"と記された架空の生き物が三体描かれていること、書物の端に"時の揺り籠に託す"と書かれた紙が挟まっていたこと…以上三点となっています。このメモ書きのようなものについては____』

 

 テレビの画面には『護国聖獣伝説』に描かれていたとされる聖獣の絵が映し出されていた。

 

「黒っぽい恐竜、蛾と蝶を足して2で割った感じの虫、そしてデッカい亀って感じかぁ。ゲットファイターに出てた御三家怪獣染みた見た目だ…」

 

 上記の感想をポツリと呟いてから、ハジメはニュースから意識を逸らして朝食を食べ切ることに専念した。

 今日は母親のアオバは仕事で夜勤帰りになるため、ハジメは朝から一人である。

 

 彼の今日の予定に外出は無く、一日中家でゴロゴロしつつ夏休みの課題と一行日記を少しずつ消化しようと考えている程度であった。

 ハジメは朝食を食べ終わるなり食器を洗い場に置き、すぐに自室からノートとワークの束を持って居間に戻ってくる。

 

『_____また、関東地区を中心に交通事故が多発しており、ここ1ヶ月で例年の3分の1の件数にまで達しようとしています。事故直後の現場周辺には黒いフードとマントを羽織った不審者を見かけたと言う情報も入っており、警察は事故との関連性について調べています。事故の発生時、監視カメラは紫色の竜巻が____』

 

「紫色の竜巻ってなんだよ紫色って…オカルトか?」

 

 そう言いながらドサッ!っと机の上に課題の塊を置き、テレビを消して座布団を敷き、いざやろうかと思った矢先だった。

 丁度、ピンポーン!と家のインターホンが鳴ったのである。

 突然の来客登場に気だるげに、ジト目で玄関方向へ顔を向けた。

 

「ん?誰だよ…まだ8時過ぎだぞ?ナギか、イッチか…どっちだろ…」

 

 珍しく朝からやる気になれたと思っていたのに。

 珍しく宿題を始めようとしたのに。

 一日のスタートは上出来だ、なんだやれる時はやれるじゃないか自分…と思っていた矢先に呼び出しを喰らったのである。

 当然、ハジメの機嫌はやや下向きに下がっていた。何処からか湧いていた万能感も霧散していた。

 

 もし呼び出したのが親友のどちらか…或いは両方だったら一度ビンタしてもバチは当たるまいと考えながらサンダルを履いて玄関のドアを開ける。

 最高の出だしを台無しにした犯人とのご対面である。

 

ガチャッ…!

 

「は〜い!どなたですか……?」

 

 そこには…

 

「……久しぶりね。一年ぶり、かしら?合ってるわよね?」

 

 黒とグレーを基調とした__黒森峰学園の制服を着た幼馴染み___逸見エリカが腕を組んで立っていた。

 彼女の表情には友人との再会ができたことでの嬉しさと安堵の色があった。

 

 対するハジメの方も、「エリさんだった…なら良いかな」と先ほどまで纏っていた不機嫌オーラを戸惑うこと無く投げ捨てており、エリカを迎えいれた彼の顔は喜色に満ちていた。

 疑っていた親友二人への謝罪は心の中でしておいた。

 

「エリさん!久しぶりだね」

 

 今は夏真っ盛りの昼間。

 エリカはジリジリとした外の暑さからか、手を団扇(うちわ)代わりにしてパタパタと顔を仰いでいる。

 仰がないよりかはマシなのだろう。

 

「ねぇ、その呼び方やめてくれない? さん付けはちょっと…嫌だわ」

 

 互いに記憶はしていないのだが、いつからかハジメのエリカの呼び方は変わっていた。

 

「いやでも女子にはさん付けしないといけない気がして…」

 

 右と左の人差し指をツンツンとしながら、申し訳なさそうにするハジメ。

 

「アンタは私と付き合い長いんだからさん付けはしなくていいの!去年も言ったでしょ?」

 

 それがエリカにはよそよそしく感じるらしく、今のように訂正するよう求めるのが中学に上がってから二人が会った際に行われる恒例のやりとりになっている。

 

「…ごめんエリさん、やっぱさん付けは多分今後も抜けないと思う…」

 

 心底申し訳なさそうに謝るハジメを見て、エリカはやれやれと言いたそうな顔で__

 

「はぁ…仕方ないわね。…まあいいわ」

 

 __苦笑しつつ許してやったのだった。

 実際、呼び方が変わって何か支障が出るわけでもない。

 エリカがそこまで変に拘ることもなかったので、この話はすぐに終わった。

 

「あ、とりあえずどうぞ、中に入って」

 

 ハジメはエリカを家の中に通して居間まで案内した後、台所の冷蔵庫から飲み物を二人分持ってきた。

 

「ほい、オレンジジュース」

 

 オレンジジュースがなみなみ注がれたコップをエリカに手渡す。

 

「ありがとう……ねえハジメ、アンタその手に持ってる容器ってもしかしてプロテイン? 朝からなんてもん飲んでるのよ…」

 

 ハジメが自分用に持ってきた飲料…灰色の特徴的なタンブラー型容器(プロテイン・シェイカー)を指差してエリカが問う。

 

「人生、何が起こるか分からない!だから身体は鍛えとかないと、ね!」

 

 サムズアップをして、白い歯を見せニッコリと笑顔で返してきたハジメ。

 意味不明な回答に対してエリカはジト目になりつつ__

 

「いや意味分からないわよ」

 

 _冷静かつ迅速にツッコミ役へと回った。

 今この空間には二人しかいない。

 ここで自分さえもボケに回ってしまうと収拾ががつかなくなると判断したのだろう。そもそも、エリカがボケに回る必要は無いが。

 

「てかなんでエリさんはウチに来たの?」

 

 先ほどの迷言を他所に、アポ__と言ってもそこまで大層なモノではなく、ここでは電話やメールアプリでの事前連絡のことを指す__を取らずにいきなり顔を出しに来てくれたエリカに対する、至極真っ当な質問を今度はハジメが繰り出した。

 

「学園艦が熊本に寄港したから、アンタが元気かどうかも兼ねてこっちに来てみたのよ」

 

 返ってきたのは、手のかかる子供を持つ保護者のような言い分だった。

 

 エリカが現在通っているのは全校生徒が千人を超える、黒森峰学園__熊本県に籍を置く、九州で最も規模と船体の大きい学園艦の中等部である。

 所謂、マンモス校と言われる大所帯な学園の生徒なのだ。

 殆どの中学校は本土にあるのに対して、黒森峰は珍しく学園艦に高等部と共に中等部が設置されているタイプの学校である。

 そのため本土の友人との交流というのは軒並み電話やSNS頼りとなるのである。故に学園艦に住む生徒達が直に本土の友人や家族の顔を見たい、顔を合わせたいという場合は、長期休暇を利用したりしなければならなかったりする。

 エリカのような例が稀有なわけではないが、どちらかと言えばそこまで見慣れたパターンでないことには違いないので、彼女がどれほど幼馴染に世話を焼いている人物なのかは分かるだろう。

 

 …ちなみにハジメが通っているのは本土__地元である熊本市内にある公立一般校だ。

 

「ほーん。……それで…長袖の制服で来たけどさ、それ暑くないの?」

 

 改めてエリカの服装を確認すれば、黒・灰色を基調とした長袖制服__冬服である。

 ハジメの指摘に対する答えは決まっていた。

 

「……実はかなり後悔してる」

 

 当然と言えば当然の答えであった。冷房が効いてる筈の室内に移動したというのに、げんなり気味の顔で__先ほどまでの外の暑さを思い出したのかもしれない__エリカが言うということは、相当堪えたに違いない。

 彼女曰く、連日の猛暑で半袖のストックが無くなったから、らしい。

 

 余談だが、黒森峰学園は、制服や体操服だけでなく部活動等のユニフォームに至るまで黒及び灰色を基調としたもので服装を統一している。

 暗色は日光を吸収し易いため、前述のカラーを採用している黒森峰では、毎年夏場になると生徒達が地獄を見るという悪しき風物詩があったのだが、数年前にクールビズ制度を黒森峰が採用したことによりその問題は改善された。それに伴い、学園内でのクールビズ制度推進の動きに合わせて、ついにエリカ達の代の入学タイミングで生徒達念願の夏服がリリースされたのである。彼女を含め、夏服に助けられている生徒は膨大な数に上る…らしい。

 

 なお、蛇足となるのだが、夏服導入時に黒森峰周りでは「伝統ある我が学園に新しい制服は不要」と論ずる女学園時代のOGや「自分はあの制服を身につけたくて入学したのであって、夏服は正直いらない」と言う一部の、所謂逆張り生徒からの声もあったりしたとのこと。

 無論、その前者に関しては「あなた方の時とは事情や情勢が違うから黙っててくれ」というのが率直な話であるし、後者に至っては「必要なもんは必要なもんだし、それって一個人の感想ですよね」ということで、そういった否定的意見は多数の現役生徒らからの大バッシングを受けて自然消滅し、夏服導入は予定通り滞りなく行われた。

 

「こんな時ぐらい私服で来ればいいのに…変なとこまで真面目なのは変わらないなぁ」

 

「それはお互い様よ」

 

 頬杖をつきつつエリカが、居間のガラス棚に飾ってあるヒーローや怪獣、怪人のソフビ人形・フィギュアに視線を移していた。

 棚は"ファイターシリーズ"なるもの__ハジメが追っていたヒーロー番組のキャラクター__が多数を占めていた。

 パッと見ではヒーロー系がやや割合が多いぐらいだろうか。

 

「…アンタだって特撮ヒーロー、今でも大好きなんでしょ? 見ればそこの学生鞄に昔のヒーローグッズとかぶら下げてるし」

 

 掃除が隅々にまで行き届いているガラス棚に置かれてある、どの人形、フィギュアにも傷がついていたり色褪せていたりと、相当の年季が入っていた。

 ただ年月が経っただけと言うものは一つも無く、上記の劣化は、何度も手に取って遊んだことで出来た使い込みによるものだ。

 そこからは、どれほど()()がハジメの心の支えになっていたのか、ハジメの今の人格を形成するまでの手助けをしてきたのかが分かる。それらがどれほど多大な影響を与えたのか、如実に物語っていた。

 

「特に…それ、いつまで持ってるのよ。変身アイテムの奴、もう電灯も光らないし…捨てるまではしなくてもいいから、中古ショップとかに買い取ってもらっても、良いんじゃない?」

 

 エリカが幼馴染の学生鞄に繋がれている、「変身アイテムのやつ」と指したグッズ__『αカプセル』を手に取って言った。

 

「これは…全部俺の、俺にとって大切な思い出だよ。手放したりなんか、しない。できないよ」

 

 ハジメはエリカからαカプセルを受け取ると、グッズ棚の前に行く。

 一体のヒーローソフビ__"はじまりのヒーロー"合神闘士ゲットファイターアルファ__に視線を投げかけた。

 その様子を見つつエリカが、「そう言うと思った。ハジメらしいわ」とボソッと呟く。

 

「そこは譲れない、か。ほんと…昔から全然変わってないわね。アンタの部屋も、アンタ自身も。ある意味安心したっていうか。…ところでハジメ、アンタ高校どこに入るかいい加減決めたの?」

 

 今年高校受験を控えているハジメへの質問であった。

 ちなみにエリカはと言えば、中等部からエスカレーター式で高等部に上がるため、進級に関する書面手続きと面談のみであり受験勉強は不要である。

 

「うっ…いや、まだ決めてない…」

 

 痛いところを突かれてしまったようだった。

 幼馴染は苦虫を噛み潰したような顔をして呻くように苦しげに答える。

 エリカに、無計画な自分を晒すことに対する面目なさと恥ずかしさと、この先のやりとりを見越しての気怠さの入り混じった顔と声色であった。

 

「はあ?受験生のくせしてまだ決めてないの!?…ハジメ、アンタ将来は戦車の整備士になるんじゃなかった?」

 

 予想通りと言うべきか、母親のような厳しめの叱責が容赦無く、ガツンと飛んできた。

 恐る恐ると言った様子で、叱責と共に飛んできていた問いの方に小さく答える。

 

「…うん。整備士になろうとは、思ってるよ」

 

「じゃあなおのこと黒森峰に来なさいよ!ウチは去年から男女共学校になったんだから、アンタだって入れるわ。レベルの高いとこで技術を身に付ければ絶対将来に役立つはずよ!」

 

 有無は言わせぬと言う勢いでエリカがなんとしてでも黒森峰にハジメを()()するべく言いくるめに入った。

 

「えぇでも女子が多いじゃん。…それに高等部から入る人間…特に男子への試験が他より難しいって言ってたし…」

 

 黒森峰が共学化したと言ってもたった一年前のことで、黒森峰がお嬢様学校であったイメージが強いためか、去年の男子新入生はゼロであった。

 また、黒森峰は中高一貫校であるため、外部から入る受験者の合格枠が必然的に狭まるのだ。

 どこの馬の骨かも知れない奴らをあまり採用はしたくないと言う理由もあるのかもしれない。

 

「…ハジメ、アンタ確かドイツ戦車…特にティーガー好きだったわよね?いいの?生のドイツ戦車を整備できるのよ?」

 

 幼馴染をモノで釣る作戦にエリカは移った。

 

「うぅ…でもなぁ…」

 

 ここでハジメの意思が揺らぐ。

 

「いつもの熱血はどこにいったのよ!大丈夫よ!ウチの試験はしっかり基礎と応用出来てればどの教科もいけるわ!……あの戦車バカコンビも黒森峰に行くってまほさんとみほに言ったらしいわよ?」

 

 今度はヒトで釣る作戦を展開。

 バカコンビとはマモル少年とヒカル少年のことである。

 中学ではハジメと三人で戦車談義をするほど戦車好きなのだ。

 ちなみに三人揃うと"三馬鹿"とまとめて呼ばれることが多くなっていたりする。

 

 三人とも熊本出身であり、地元である熊本の学園艦__黒森峰の高校戦車道チームが夏の全国大会を連覇中であるためか、ドイツ戦車が一大トレンドなのである。

 親友達が黒森峰に行くと言ったと聞き、ハジメの志望校選択は固まりつつあった。

 

「あいつらもなら……うーん…分かった。俺も黒森峰に入るよ。そういう方向で勉強に専念していく」

 

 幼馴染が大勢いて、戦車を触れる高校…という条件に釣られて、黒森峰学園入学を念頭に置いて受験勉強を進めることになったのである。

 

「!! そう♪じゃあ黒森峰で待ってるわよ♪…落ちたりしたら引っ叩きにくるから」

 

 エリカの弾けんばかりの笑顔と、そこからの真顔+低いボイスの温度差は凄まじかった。

 頷かなければどうなるか分からなかった。

 取り敢えずハジメは首を縦に振るしか取れる択は無かったとだけ言っておこう。

 

「お、おう…(エリさんのビンタは結構痛そうだな…)」

 

 エリカはそう幼馴染に伝えた後、彼の家をあとにした。

 

 …学園艦へ戻る道中のエリカの足取りは軽快で…それも鼻歌を歌っていたほどだった。

 寮に帰ってきた彼女を見た__中等部で戦車道機甲科に所属している友人であり幼馴染のチームメイト__西住みほ曰く、「いままで見たことないほど上機嫌なエリカさん」とのことだった。

 

 黒森峰に戻ってから一週間は、このご機嫌モードが続いた。

 機甲科の後輩や同級生達からは"大天使イツミエル"などと言われたり言われなかったりしたとか。

 

 後に、黒森峰高等部に入学したハジメがこの日の"天使降臨"イベントを引き起こしてくれた聖人であると機甲科女子生徒に知られ、彼女達から入学半月の期間崇められることになるのはまた別の話。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

南米 ブラジル連邦共和国 アマゾン川流域

 

 

 

 アマゾンの熱帯雨林には本来文明の光などは少なく、夜の静かな暗闇に覆われている…はずのだが、その熱帯気候の森林の中では散発的に連続した閃光が走り、その数に伴う破裂音が響き渡っていた。

 

パパパパパッ!

 

バンバンッ!

 

「2時の方向!サーマルに反応多数!!」

 

 森林に溶け込む装束__迷彩服に身を包んだ者達が数人。彼らは皆、顔に迷彩顔料(ドーラン)を塗っており、時折月光を反射する目の光は鈍く、されど鋭かった。

 

「くそが!まだうじゃうじゃ出てきやがる!」

 

 彼らの装いとやり取りは自然を愛する探検家のそれでは無論ない。

 明らかに戦闘集団__職業軍人…所謂、正規兵のみで構成された部隊だった。

 

「アイツら、糸だけじゃなくて毒針まで撃ってくるぞ!」

 

パパパパッ!

 

 軍隊とは、他国の軍またはそれに準ずる特徴・戦力を有する集団__テロリスト等といったものに対抗するための組織であり、人類対人類の戦闘を専門にした国家機関である。

 しかし、彼らが現在対峙している存在は、同じ人間__他国の軍や工作員、テロリスト…それらの枠組みにも当て嵌まらない()()であった。

 

「キシャア!」バシュッ!

 

 軍隊は上述の通り、活動内容はヒトに対する行動が主に挙げられる。即ちそれは、目の前の異形(イレギュラー)への対応が満足にできないということである。

 

「ぐあぁ!!痛え!ぼ、ボディアーマーが溶けてる!!」

 

 眼前の異形なる存在は、たしかに()()()()()()()()()

 しかし()()には猟銃が効かなかった。()()によって、ブラジル森林地帯にあった一つの集落が全滅した。

 集落に駆けつけた警察の機動部隊と軍の歩兵部隊の有する自動小銃や短機関銃を持ってしてようやく仕留めることができた。そんな異形達が、この密林で群れをなしていたのである。

 

「サルガ落ち着くんだ!衛生!こっちに来てくれサルガがやられた!」

 

バンッ! バンバンッ! パパパパ!

 

「ただの糸じゃない!これは酸だ、酸の糸だ!気を付けろ!」

 

 夜間の熱帯雨林で行動する戦闘集団の正体はこの地を守るブラジル陸軍アマゾン軍の歩兵部隊であった。

 彼らの正式装備である"インベルIA2"自動小銃による発砲で、暗闇に包まれた新緑の世界に橙色の閃光が幾度も疾る。

 彼らアマゾン軍はブラジル内陸部に突如出現した3メートル級の異形(大蜘蛛)__後にクモンガと呼称される怪物__発生の大元が、アマゾン川の中流地帯であることを掴んだ陸軍参謀本部からの捜索駆除命令を受けて、ブラジル陸軍虎の子の第1コマンドー大隊との合同駆除作戦を決行していたのだった。

 現在、クモンガの分隊規模の群れと激しい戦闘が行われている。

 

「キシャアアアーー!!」

 

「うるせぇ!鉛弾でも食らってやがれ!」

 

パパパパッ! パパパパッ!

 

「こちら第3分隊!敵の数が多すぎる!誰でもいいからすぐに来てくれ!」

「無線にばっか意識を向けるな!どこも手を貸せるほど余裕なんかないぞ!」

「ぐっ!奴らを纏めて吹っ飛ばすぞ!グレネード用意!」

 

「「「了解!」」」

 

 分隊員達はすぐさまライフルの銃身下部オプションである小銃擲弾(アンダーバレル・グレネード)の射撃準備を整え、密林を縦横無尽に跳ね回る異形の大蜘蛛__クモンガに標準を合わせる。

 化け物が地面に着地した瞬間の硬直…その小さな隙を彼らは見逃さない。

 

「撃てッ!」

 

ポンッ! ポンッ! ポンッ!

 

ドガァアーン!!

 

「シャアァ……」ドサッ…

 

「……ここら一帯は全滅させたか…」

 

 対人戦とは全く違う未知なる戦闘を歩兵部隊の彼らは経験し、局地的勝利を掴んだ。

 

「全く…こいつらはどんなもん食ったらこんなに立派になるんだ?」

 

 銃身に取り付けられた銃剣で腫れ物を扱うかの如く異形の亡骸を兵士がつついた。

 体表にある弾痕由来の裂傷からドクドクと止めどなく紫色の体液が流れていた。見たことも無い、通常の生物が流さないだろう血の色…兵士達は気味悪そうにそれを眺めている。

 

「デカイくせに速いとかよ…アメリカの映画にも似たようなヤツ、いたよな?」

 

 こんな相手との戦いはゴメンだね、と兵士の一人が愚痴を溢す。

 

「いや、日本のアニメに出てくるカイジュー…カイジュウってのだろ?」

「隊長、450メートル先の第7分隊が苦戦しているとのことです!」

 

 通信兵からの情報により、兵士達の束の間の休憩時間は終わりを迎えた。

 この異形なる怪物の存在が何であれ、こちらに牙を剥くのならばそれを抜き取り対処するのみ。

 彼らはそれぞれ自らの得物__小銃を握り直し、息を整える。

 

「よし分かった!第3分隊、仲間を助けに行くぞ!」

 

 分隊指揮官の号令の下、危機に瀕している同胞達に加勢するべく走るのである。

 

「「「了解!!」」」

 

 

 

 このアマゾンのジャングルで発生した人類未経験の戦闘は、後に"世界初の対特殊生物戦"として記録されることとなる。

 

 

 

________

 

 

 

東アジア 日本国関東地方 東京都調布市 JAXA本部

 

 

 

 日本が世界に誇る国立の宇宙航空開発機構__JAXA。

 当機構は、宇宙の観測・探査や各種人工衛星の管理、国際宇宙ステーション(ISS)の運用研究などなど…"宇宙"に関連するあらゆる活動に取り組んでいる、誰もが知る国家機関の一つである。

 そこの本部職員二名がとある報告書を見て頭を抱え、唸っていた。

 

「見てください。〈光学7号機〉が捉えたものがこちらのデータとほぼ同じ…一致するんですよ。各大学の研究室からも同様の報告がきてるんです…」

 

 職員らが目を通しているのは、何らかの波長__周波数を計測しまとめた資料である。

 

「しかし信じられないな…地球周辺の空間に説明の出来ない、知覚可能な異常磁場が発生しているとは…筑波の方には回したんだな?」

 

 それは日本各地に留まらず、世界各地にて観測され始めた空間の異常現象、異常磁場の発生に関する資料であった。

 今後、どのような影響を地球と人類文明にに与えるのか解明されるまでに至っていないが、世界規模で発生しつつある天変地異の連鎖発生、動植物の奇形化並びに巨大化、オカルト現象__UMA・UFO・心霊と言った類のモノ__の増加等に上記の異常磁場が関与している可能性が大いにあるというのが、世界中の学者達の意見であった。

 具体的かつ、説得力のある立証はできないが、()()が異常を引き起こしている根源であると誰もが確信していた。

 

「はい。そちらの方は大丈夫です。…その例の磁場が発生しているところでは隕石の落下件数が倍以上なんです。これって、明らかに変ですよね?………実は、これ、もしかしたら空間を歪めて()()を呼んでいるんじゃないかって言われてたり…」

 

 上述の話に続いて、研究者、科学者達の間で今まことしやかに囁かれている噂があった。

 

「それこそ信じられないな。その()()ってなんだ?隕石以外のモノがあるっていうのか?」

 

「さあ?宇宙人とか…またまた宇宙怪獣なんかじゃないですかね?」

 

 空想の産物とされていた怪獣、異星人の出現。

 異常磁場を契機にして、この地球に外なる存在が現れる…そんな憶測が人から人へと伝播していた。

 

「ははは!まさか!」

 

 冗談だろう。

 そう笑い話にして完全に妄想であると否定できる人物は少数派になりつつあった。

 

 人々は期待と不安を携えて、来たる世界の変化を待つ。

 

 

 

________

 

 

 

同国関東地方 茨城県大洗町

 

 

 

 ある親子三人が街中を歩いている。

 母親と父親。そして不機嫌そうな顔をした少女。黒いストレートロングヘアが特徴的であった。

 

「ほら、もう機嫌直しなさい麻子」

「帰りにケーキ買っていくからな」

 

「むぅ……分かった」

 

 どうやら、彼女…麻子と呼ばれた少女は両親と言い争いをした後らしかった。

 父親からの妥協案とも、麻子に対する機嫌取りとも取れるケーキ購入の話。麻子はやや不服そうに、それでいて甘味には逆らえないといった様子で了承の意を父親に伝えた。

 

「じゃあ今日は父さんの奢りで決定ね!」

 

 場の空気を明るいものへと引き寄せるべく、そこに母親が入る。

 

「それはないだろう?」

 

 父親の勘弁してくれと言う困り顔を目にして、麻子がやれやれと肩をすくませ____

 

「……おばあの分も買ってほしい」

 

 自宅にて留守番をしている祖母の分もと麻子はせがんだ。

 

「麻子は本当におばあちゃんが好きだなぁ」

「そうね。おばあちゃんの分も買っていきましょう」

 

 ………家に帰れば、家族みんなで楽しい時間を過ごせると麻子は思っていた。

 それに、たわいもない口論の仲直りはできたが、謝罪の言葉はまだだった。彼女は明日の朝にそれとなく伝えればスッキリするだろうと思っていた。

 

 だがその考えが数分後に後悔一色に塗りつぶされるなど、麻子には考えつかなかった。

 三人が横断歩道を渡ろうとした時、あまりに不吉な物事の前兆が麻子を襲う。信号を無視した暴走トラックが三人の歩く歩道側へと突っ込んできたのである。

 

「「麻子危ない!」」ドンッ!

 

「えっ?」

 

 麻子は両親に押された刹那、何が起こったか理解が出来なかった。

 何故両親が必死の形相で自分を思い切り突き放すように突き飛ばしたのか、分からなかった。

 周りの状況を把握できなかった。流れる時間が、引き延ばされていると錯覚してしまうほどとても長く、そしてゆっくりに感じた。

 

______ガッシャアアアアンッッッ!!!!!!!!

 

「あ…お父さん?お母さん?」

 

 しかしその後すぐに許容し難い轟音が聞こえたかと思えば、両親が自分の前から消えていた。その時の両親の顔は嫌に鮮明に映っていた。

 トラックに両親が轢かれたのだと、脳が理解するまで暫しの時間を要した。

 理解してからは、あらゆる感情が溢れ、情緒が滅茶苦茶になった。

 

「嘘、嘘だ…こんなの嘘だ………」

 

 現実はひどく非情であった。両親のものと思われる血の跡が、遥か後方でようやく停車したトラックまで続いていた。その生々しい血痕の線が、事実を静かに指し示していた。

 麻子は分かっていても認めたくなかった。

 視界が霞み、ぼやけ、歪んだ。

 

 

 

「あぁああああぁぁあぁあ!!!」

 

 

 

 泣き出した麻子の様子を、市街地にあるマンションの一つ__その屋上から眺める怪しげな黒い影があった。

 

 

 

フフフフフフ……人間よ、絶望せよ……恐れよ……憎め……苦しめ……

 

 

 

 麻子の両親が巻き込まれたこの事故は、"関東交通事故頻出期"なる事象の一つとして埋もれていくこととなる。

 

 

 

 人々が知らない間にも、世界変容の歯車はゆっくりと、しかし、確実に回り始めていた…。

 

 

 





 あと
 がき

【2022年版編集】
 実は設定段階の護国聖獣のモスラ枠はラドンだったりしました。理由としては幼少期、投稿者が初めて観たゴジラがVSシリーズのメカゴジラだったので、ゴジラに力を託すファイヤーラドンが印象的でコンビとかタッグなら同じ恐竜タイプのラドンだなっていう気持ちがあったからですね。
 でもやっぱり、人類との意思疎通の面なども考えたりしたら、モスラが適任だなと思い至り、最終的にモスラに落ち着いた経緯があります。

 今回は中学時代のお話となりました。
 公式的には真子さんの両親は小学生の時に事故に遭ってしまっていますが、本世界では中学に引き上げてます。

【2023年版編集】
 のほほんとしたハジメ君と戦闘モードのハジメ君のイラスト(withエリカ)を描いたので貼っておきます。よければどうぞ。

【挿絵表示】

 ちなみに、本当に…ホントーにどうでもいい追加情報ですが、この世界__ナハトスペースのエリカさんはどこがとは言いませんが、原作よりもややムチムチだったりします(暴露)
 …西住姉妹や小梅ちゃんも同様です。はい。他意はありません。

 ハジメ君の好きなプロテインの味はメロンと桃です。上の話とは関係ありません。多分関係ありません。


 次回もお楽しみに。


________

 次回
 予告

 ハジメ・ヒカル・マモルが黒森峰学園高等部に無事合格した。高校生としての甘酸っぱい日常が始まるのだと皆が思って疑わなかった。

 しかし、黒森峰は夏季の高校生戦車道全国大会10連覇を逃してしまう。

 さらに時は流れ、ハジメ達は二年生へと進級し、敗戦の責任を負わされる形で西住みほが去った後の学園艦は久方ぶりに熊本へ帰港する。

 そんな時、遂に本物の怪獣がハジメ達の前に現れた!

次回!ウルトラマンナハト、
【ヒーローが現れた日】!


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第2夜 【ヒーローが現れた日】



宇宙戦闘獣 コッヴ

登場





 

 

 

 一年後、春。

 

 

 

「ま、大丈夫だと思ってたけど…合格、おめでと」

 

 エリカが祝福の言葉を幼馴染へと掛けた。

 幼馴染男子勢三人__ハジメ、マモル、ヒカルの黒森峰高等部入学試験の合格獲得に対する祝福であった。

 

「ありがとう!改めて…これからもよろしく!」

 

 幼馴染__ハジメがその祝福を素直に受け取る。

 

「やったぁ!ハジメ君もナギさんもマモル君も黒森峰に来てくれた!!打ち上げやろうよ、ね!お姉ちゃん!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを最大限に表現しているのは、西住家の元わんぱく次女__みほである。中等部に上がった頃には彼女からは幼少期のやんちゃ属性が消え、おっとり__と言うよりもどちらかといえばドジっ娘__具合が代わりに増していた。

 今回もその例に漏れず、何度か飛び跳ねたのちにクルクルと回っていたところ、勢い余って頭から転びかけ危うく地球とキスをする手前で(まほ)親友(エリカ)の尋常ならざる速度のカバーにより事なきを得ていた。

 妹、若しくは親友のはしゃぎっぷりに、二人は溜め息を一つ小さく溢す。

 

「みほは少し落ち着いてほしい………んん。三人とも、合格おめでとう。そして、ようこそ、黒森峰へ。みほの言う通り、合格祝いに六人みんなでどこかへ食べに行かないか?」

 

 みほの提案を汲み取り、咳払いを挟んでからまほが三人の合格と入学祝いとして打ち上げをしないかと持ち出した。

 

「いいんすか!?」

「うんうん。ナギは絶対メシしか頭にないな」

「まほさんと…ご飯を一緒に……」

 

 男子勢で「No!」という人間はおらず、女子勢も賛成の意を示す頷きを見せているので、打ち上げ…もとい歓迎会の開催はこれで確定した。

 

「あ、ちなみにだけど、整備科は男子で構成されるから、一年生のハジメを筆頭にしたアンタら三馬鹿が車輌別の暫定整備班長になるわね。ハジメはそれと整備科隊長にも就任することになるから、そこんとこよろしく〜」

 

 唐突な重大発表にハジメはギョッとした表情でエリカの方へ振り向いた。

 他二人は、「まあ…班長ならいいか…。ハジメはドンマイ」と言う感じで、ダメージは軽微であった。

 

「うぇ!?なんで俺は確定してるんだ!?」

 

 当然、ここにいる機甲科女子らの根回し(推薦)で決まったことなのだろう。

 決定事項とも取れるエリカの言い方にハジメが何故だ何故だと頭を抱えて呻き声を上げていた。

 

「それはぁ…あの二人が西住隊長とみ…副隊長も推薦したからよ」

 

 醜態を現在進行形で晒しているハジメを見ていられなくなったのか、事の詳細の一部をエリカが打ち明けた。それを聞いた当のハジメは、最早お通夜状態に突入していた。

 今の一言がトドメになったらしかった。

 

「ハジメ!おいハジメェ!!」

「ダメだ…息してる…」

「いいことじゃねえか!!」

 

 親友の片方(坊主)は放心気味のハジメの肩を前後に揺さぶって__なお力加減がアレなため最悪気絶するような、本人の体を考えればとことん悪い振り方である__正気を取り戻させるべく努め、もう片方(眼鏡)は珍しくボケに回ってこの状況を愉しんでいた。そのボケへのツッコミも坊主__ヒカルがこなしていた。

 なんとも器用かつ非道(ひど)い仲間達である。

 

「まあ聞いてくれ、ハジメ君。私達はキミが一番男子の中で整備が上手いと思っている。よく、マモル君とヒカル君とウチでⅡ号をお父様と一緒に直してくれた腕を見込んでだ。…どうだろう、頼んでもいいか?」

 

 魂が口から出ているようにも思えるハジメに、助け舟…遅れに遅れての補足をまほがすると同時に間髪を入れずに整備科隊長就任の了承を頼み込む。

 

「え、あっ、西住先輩…!あ、頭上げてください!そんな頼まれ方したら……」

 

 ここに来て散々無理無理と粘っていたハジメが揺らいだ。相手は幼少から今日まで交流のある幼馴染の一人でありながら、戦車道の名門流派の長女であり、同じ学園の先輩である。そんな人物に頭を下げられて頼まれでもしたら、横に首を振るなどという芸当なぞできまい。

 それに、まほはエリカが敬愛してやまない人物でもある。彼女を無下にしたらハジメに明日はあるのだろうか。いや、無い。断れない。断りでもしたら現在彼の横にいる銀髪の少女が般若の顔で彼にすぐさま地獄を見せ血祭りに上げることだろう。

 

「うっ…わ、分かりました…。やらせていただきます…」

 

 結果として、ハジメはまほからの頼みを断り切れずに承諾する形で収まった。

 ひしひしと横から感じていたら圧力(プレッシャー)も段々と消えていくのを、ハジメは冷や汗をかきつつ感じ取っていた。

 

「これで決まったわね!」

 

 静かにプレッシャーを放っていたとは思えないほど笑顔で喜ぶエリカ。

 女子の声と心の切り替えの速さ恐るべし。

 

「安心しろハジメ君。黒森峰が外でどう言われてるのかは知らないが、ウチのチームメイトは皆優しいし教え上手な子達ばかりだからな…それに先輩方も面白い人ばっかりだぞ? …皆が皆、殺人マシーンみたいな冷酷人間ではないからな、そこは安心してほしい」

 

 それを聞いたハジメ達、男子トリオもとい三馬鹿は緊張が幾分か解けたらしい。自分達が周りから聞き及んでいた情報__その半分は偏見と根も歯もない噂で構成されている__とはあまりにも違ったため、最初は疑ってしまっていたのは内緒である。

 蛇足になるが、上記のまほのセリフ「殺人マシーンみたいな冷酷人間」を聞いてハジメは、何を思ったのかチラッとエリカの方を見てしまったことで、この話の後に凄惨なお仕置きを彼女から直接貰うことになる。

 

「これからはまたこの六人で頑張ろう。誰一人かけることなく…な!」

 

 まほの言葉に皆が強く頷く。ハジメ達は春の空…桜吹雪止まぬ青空を見上げる。六人揃えばきっと、あの時のようになんでも出来る、あの夏の日々のようにどこまでも、と____

 

 

 

___

______

_________

 

 

 

 ____その日は、ひどい土砂降りだった。空は憂鬱を誘う灰色一色で、良くない何かが起こる…そう思わせるに足る不吉な景色がそこには広がっていた。

 

 

 

『………く、黒森峰学園フラッグ車、行動不能…よってプラウダ高校の勝利!』

 

 

 

 ___あらゆるモノが乱暴に流された。

 

 

 

 合格発表から凡そ半年後の夏。

 第62回戦車道全国高校生大会、その決勝戦。

 黒森峰学園の夏季10連覇と言う前人未到の偉業を成し遂げる試合…のハズであった。

 

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……私が…私が………」

 

 

 

 _____努力、友情、信頼、勝利、栄冠、そして輝かしい理想の未来。その尽くが等しく濁流に流された。

 

 プラウダとの優勝をかけたあの試合が終わった後、みほは何回も、何回も生気の無い目をしてひたすら謝罪の言葉を壊れた機械の如く言い続けていた。見ている人間も参るほどの悲壮さが滲んでいた。

 

 

 

 日本戦車道史上、類を見ない悪天候下での試合。

 

 黒森峰学園のⅢ号戦車の滑落…そして豪雨により増水した河川への落水。

 

 同車からの悲痛な浸水報告。

 

 フラッグ車から駆け出し、河川へと飛び込んだ副隊長。

 

 残されたのは身動きの取れぬ車長不在のフラッグ車と、ガラ空きとなったフラッグ車への射線を必死に遮ろうとする随伴車群。

 

 一発の、無慈悲なサヨナラ決勝弾。

 

 今まで見ることの無かった()()がはためく。

 

 全て終わったと悟り、天を仰ぐ一人の少女。

 

 

 

 ___本史世界も、正史(原典)世界と同じ運命をなぞった。

 

 

 

「副隊長は謝らなくていいよ!あれは正しいことだったんだからさ」

「西住妹、新聞やテレビでほざいてる内容気にしちゃダメだぞ?」

「周りが変に騒いでるだけ。連盟側がすぐに救助班を出そうとしてなかったってニュースで言ってたし」

「10連覇が出来なかったのは悔かったけどさ…決勝(あそこ)まで連れて行ってくれて、ありがと」

「あの時、副隊長が行ってくれていなかったら…小梅ちゃんたちはここにいなかったかも知れない……」

「来年の黒森峰、頼んだよ」

 

 戦車道もまた集団競技(チームスポーツ)である。

 集団スポーツとは、皆が一丸となって臨み、勝利を掴み取り、喜びを得ることのできる尊いモノ。そして、たった一人の些細なやらかし(エラー)を発端にして、皆が積み重ねてきたものが面白いぐらいに、安易に崩れる恐ろしいモノ。

 

 みほ自身、自分の取った一連の行動に、疑いは持っていなかった。

 だが許せなかった。

 彼女は自分を許せなかったのである。

 自分の行動が招いた結果が、大勢の仲間の夢を砕いたことに繋がってしまったという思考に至ってしまったからだ。

 

 全ては、この夏のために。

 全ては、この大会のために。

 全ては、この決勝のために。

 全ては、この一戦のために。

 

 寝食を共にし、肩を並べて競い合い、高め合い、支え合い、時に泣いて時に笑って、苦楽を分かち合ってきた。

 そんな仲間達の夢、目標、努力、想いの尽くを壊してしまった。

 

 代償がこれなのかと。人の命と秤にかけての代償がこれなのかと、思わずにはいられない。

 これでは、誰も救われないじゃないかと。報われないじゃないかと。

 運命なのか。これが運命なのかと、嘆かずにはいられなかった。

 

 何が正しかったのか。何が最善であったのか。何を他に為すべきであったのか。分からなかった。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

 仮に…仮にの話だが、黒森峰の勝利で終わっていたならば、「王者黒森峰、"仲間は一人も見捨てない"。執念、そして念願の十連覇」などと謳われ、みほの行動も結果的には日本高校戦車道界で語り継がれる美談となっていたのかもしれない。

 

 …だが、正史世界と同じ歴史を辿ったこの世界ではそうはいかなかった。

 「西住みほがチームメイトの救助に向かい、指揮系統の麻痺を引き起こした黒森峰がプラウダの砲撃にさらされ敗北し十連覇を逃す。そして彼女は心に深い傷を___トラウマを負う」。

 

 所謂、世界の修正作用というモノなのか。

 ()()()()運命は、正史__原典には存在し得なかった人物…ハジメ達がいても変わることは無かった。

 

 されど、みほの行動については三年生と試合に出場した選手達は咎めなかった。

 これまで一年生でありながら自分達のことを第一に考えて隊長と共に作戦を立て、試合では全員に的確な指示を飛ばす頼れる副隊長であったと誰もが感じていたからである。機甲科内は、みほの味方をして庇おうとする者が多数を占めていた。

 しかしみほにとっては逆に辛く、切なかったのだったのだろう。それが彼女を苦しめた。

 

 さらには、黒森峰の一部OGや同校の十連覇を期待していた校内の人間ら__戦車道やみほ本人との接点が無い、何も知らない他者からの異常な糾弾が悪い追い風となった。

 

「__アンタはアンタが後悔しない選択をした……それを責める気なんかないわ。だから…早く戻ってきなさいよ」

 

「みほ、あの時のことは…あまり気にするな。お母様も西住流師範として、高校戦車道理事長として、可能な限り事態の沈静化に尽力している。お前は一人じゃない。各方面への対応は私に任せろ」

 

「みほさんは…副隊長は誰も出来なかったことをやったんだ。…それはみんながみんな当たり前のように出来ることなんかじゃない。勇気が、仲間を想う気持ちがあったからだと思う。だから__」

 

「みほさんがあの時助けてくれなかったら……水が入ってきた時はもうダメだと思って___」

 

 自分のことを気遣って接してくれる先輩、同級生、チームメイト…そして幼馴染達に申し訳ないと思っていた節があった。

 彼ら彼女らには謝っても謝りきれず、顔向けなんてとてもできないと思っていた節があった。

 

「___ごめんね……みんな…」

 

 しかし悲しいことに、自身の姉や友人達、そして自分が助けた乗員の一人にして友人の小梅からの言葉はみほの耳には届かなかった。

 みほは凡そ半年という長期間寮に引き籠もり、そして春を迎えかとなった時期には転校手続き、若しくは自主退学の届出を出したのだろう。

 

 みほは黒森峰から姿を消した。

 

 

 

 _____その年の夏はあまりに空虚なものだった。

 

 

 

______

_________

____________

 

 

 

「おいハジメ!聞いてるのか"ストームリーダー"!」

 

 誰かが自分を呼んでいた。

 

「んあ…?」

 

 気づけば戦車道用ガレージの一角に立っていた。

 どうやらハジメはガレージの中で立ったまま意識を手放し一年前の出来事を追体験していたようである。十連覇の夢が潰え、悲壮の秋を過ごし、忍耐の冬を越え、新たな仲間達を迎えて皆が前を向き出した春が終わり…今は2020年の6月。勝負の夏は間近に迫ってきている。

 脳内に流れた去年の決勝戦の映像があまりにもリアルなものであったからか、それとも夏季に入ったガレージ内の暑さによるものか、首筋にはいつの間にか大粒の汗が伝っている。

 西住みほが黒森峰から去って凡そ数ヶ月になろうとしていた。

 

「なにボケーっとしてるんだよ。他のみんなはもう帰ってったぞ!逸見さんのティーガーⅡ担当はハジメだろ?早く整備やらないと逸見さんからのお優しい口撃(説教)が飛んでくるぞ!」

 

 整備科は、機甲科の練習が無い曜日__オフの日にメンバーが週一交代で放課後に戦車の居残り整備を行なっている。今週はハジメがその担当の一人だった。同じ週担当のヒカルが自分に声を掛けてくれていたらしい。

 

 完全な余談だが"ストームリーダー"とは、高等部に上がってからのハジメのあだ名__ニックネームの一つだ。主に苗字の"嵐"が由来となっており、発案者は親友のヒカルとマモルの二人である。ヒカルはノリノリで呼び続けているのだが、発案者の片割れであるはずのマモルは名前呼びに戻っていたりする。

 さらには、あの常時クールフェイスな現機甲科隊長__西住まほからもそう呼ばれたりすることが多々あったりするのだ。ただ整備隊長や班長だと物足りないとその上記親友二人が言ったことが始まりで、一部の整備科生徒曰く、こちらの方が頼り甲斐のある呼び方なのだとか。本人__ハジメは特に思うところは無いらしい。なお、他にも派生名が数個存在したりする。

 

「お、おう。ごめんごめん。ちょこっとボーッとしてた」

 

 何度もヒカルはハジメを呼んでいたと思われる。ヒカルは自身の三白眼をさらに細めてジト目でハジメを見ていた。どこか抜けた声色の親友にどでかい溜め息を一つ吐いた。

 

「それにお前さぁ…整備が終わったら艦から降りて今日はその逸見さんと一緒に地元、熊本に降りてのデートだろ?せっかく地元帰港週間なんだから、早くいってやれって」

 

 やや言い方は荒いが彼なりの気遣いなのだろう。

 ハジメは今日、放課後にエリカと本土に上陸して街を歩く予定である。呆けている暇は無いのだからさっさと目の前のやるべきことを片付けろとヒカルは言いたいのだと思われる。

 

「デートって…エリさんは彼女じゃないよ…幼馴染だって__」

 

 親友の言った自分とエリカの関係性に誤りがあることをハジメは指摘する。

 

「___うるせぇ。俺だってなぁ、みほさんが今も黒森峰にいたらだな……いや、これ以上は言わねえ。たらればは、良くないからな…」

 

 ヒカルのたらればには、ハジメも心当たりがあった。

 去年の夏、第62回大会の決勝戦。あそこで未来は分かたれた。あの時ああしていれば…あの時こうしておけば…現在が、今がまた違ったものになったのかもしれないと思うのは、仕方の無いことである。後悔は前に立つ事は無い。

 溢れ掛けた()()()…それをヒカルは辛うじて抑えた。ただ、彼の顔に見え隠れしているやるせなさをハジメは見逃さなかった。見逃せなかった。

 あの時のことを、ハジメは先ほどのように今でもフラッシュバックすることがある。「傍観者も当事者であり加害者である」…この言葉が頭から離れない。他人事で片付けたらダメなのだ。

 

「………」

 

 それに、あの後に男子勢の中で一番の喪失感を味わったのは対面の親友__ヒカルである。想いを募らせていた幼馴染が、引き篭もりがちになったかと思えば声を掛ける間もなく学び舎から姿を消した。その際に生じた諸々の感情は推して知るべし、だ。

 ヒカルに掛ける言葉を、今のハジメは用意できなかった。ただ、重い沈黙を返すのみだった。

 

「…ま、兎に角だ!早く正確に点検・整備やってから帰れよストームリーダー!俺は先に実家に顔出しに行ってくる!じゃ、またな!!」

 

 そう言って駒凪は何かを振り切るように、脇目も降らず__ハジメに振り向かず___手を振りながら一足先にガレージから飛び出していった。

 親友の後ろ姿が遠く、朧げになっていく。親友の顔は見えなかった。

 

「………ごめん」

 

 鉄のひんやりとした空気の漂うガレージに、一人残されたハジメはただそう一言、呟いた。

 その言葉が親友のヒカルへの謝罪だったのか、はたまた自分があの時に何もできず無力であったことへの贖罪代わりだったのか、或いはもっと別の意味のものだったのかを知っているのは当人__ハジメ自身だけである。

 

 

 

 

 

_________

_________

_________

 

 

 

数十分後…

 

 

熊本市 某市街地

 

 

 

 ___ここから視点は暫しの間、ハジメのものとなる。

 

「ごめん!遅れた!」

 

 あの娘への開口一番の言葉が、これだった。

 両手を合わせて謝意と誠意を精一杯伝える。

 

「まったく、待ち合わせに7分も遅れて来るなんていい度胸してるじゃない」

 

 そう俺に言ってきたのは黒森峰の制服を着たエリさんだった。

 これはもしかして…もしかしなくともやはりナギの言ってた通り、で、デートになるのか…?それだと、しかも制服デートってことに…?

 ……だがしかし、俺が遅れてきた事実は消えない。改めて素直に謝るしかないのだ。

 

「本当に申し訳ない…」

 

 エリさんの発する言葉がいつもよりトゲがあると感じる…自分の仕事で遅れたのは自己責任だし、言い訳はカッコ悪い。そう言われて仕方がないよな。

 頭を下げて俺は謝った。

 

「もう!そんな顔しない!…私の戦車、整備してきてくれたんでしょ?ありがとね?」

 

 お、おや?優しい…エリさんが優しい…。いつもならここから更に追撃が来るんだけど。

 いつもその顔でみんなに接すればいいのにね。無論これは口には絶対に出さない。出した日には拳骨や何やらがきっと猛烈なスピードで飛んでくるだろうから。

 

「俺の役割だし、戦車はもともと好きだからね。苦痛ではないよ」

 

 これは本心からの言葉。

 

「そう、なら良かったわ。さて…今回はどこのハンバーグ食べに行くの?」

 

「あ、ハンバーグは確定なんだね〜」

 

「……何よ?いやなの?」

 

「いや!そうじゃないよ!」

 

 エリさんって、本当にハンバーグ好きだよなぁ。

 ちっさい頃はいつも俺の学校給食のハンバーグ、7割強持ってかれたし…でもハンバーグ食べてる時のエリさんは…なんて言うかな……いい顔してると思う。異論は認めない。あの笑顔、もっと見せてほしいんだけどなぁ。

 

「ふーん……なら早く行きましょ♪」

 

「あ!ちょっと待ってよエリさぁん!」

 

 俺は上機嫌になったエリさんに置いてかれないように後を追う。

 

 

 

 __その時ハジメは気づいていなかった。背負っているリュックに付けていた『α(アルファ)カプセル』がほのかに光っていたことに…。

 

 

 

___

____

_____

 

 

 

 あれから凡そ一時間後。

 

「あー食べた食べた!美味しかったなぁ!」

 

「ええ、また新しく美味しいお店を見つけれて良かったわ♪」

 

 今は二人で熊本市内を歩いている。

 俺達は待ち合わせ後に街中でまだ行ったことのなかったハンバーグ専門店に入り、そこで案の定になるけどハンバーグを食べてきた。あのチーズハンバーグは母さんが作ってくれてたものにも負けてない気がする…そのくらい美味しかった。中学の頃は、帰省してきたエリさんが作ってくれたこともあったっけか。最近は口にして無いな…今度思い切って頼んでみようか。

 …ちなみに食べてる時のエリさんはずっと笑顔だったな。可愛かった。

 

「これからどこか行く?ハジメは行きたいとことかないの?」

 

「うーん…そうだなぁ……ん?」

 

 ふと、空に違和感を…感じた。

 まるで、心身が押し潰されるような、そんな錯覚を覚えた。

 

「どうしたの?空なんか見て固まって……なにあれ、隕石?」

 

 つられてエリさんも空を見上げる。

 違和感は実体を持って現実になった。エリさんも気づいたようだった。

 違和感の正体…黒くて巨大な隕石が、いきなり空に現れて、降ってきた。そう、今までそこには無かったはずのものが、突然。

 

 

 

______ズズゥウウウウウウウウウン…………!!!!

 

 

 それは日常の幕を下ろす出来事の前兆であった。

 黒色の隕石はそのまま熊本市西区、西松尾町付近に轟音と共に落下した。しばらくしてから衝撃波が市内まで到達した。

 しかしそれは不自然なもので、周辺建造物の窓ガラスが割れたり、風圧によって何かが吹き飛ばされるようなこともない、異様な衝撃波であった。

 

「なんだあ!隕石かぁ!?」

「ちょっとあれヤバくない?」

「西区の方に落ちちゃった…」

「おいおい…警報すら鳴らなかったぞ?」

 

 そう、あまりにも不自然すぎた。だが誰もそんなことには気づかない。

 隕石という非日常のオブジェクトが立っているのだから。隕石に内包されたその不自然さを気にすることもできなかったに違いない。

 ハジメの周りの人々も、皆同じように、物珍しさからか混乱からすぐに立ち直って、今では手元のスマホなどを取り出して非日常の記録と拡散に力を注いでいるように見受けられる。

 これもまた、日本人に特に多いとされる正常性バイアスなるものが作用しているからなのだろうか。

 

「隕石…なの?」

 

 エリカも薄々ではあるがその違和感…不自然さを察していた。

 拭えない不安が膨れ上がっていく中で、隣の幼馴染(ハジメ)にその違和感を否定してほしかったのだろう。空より降ってきた異物の答えを彼に縋るように訊ねてきた。

 

「うん。でも、何かがおかしい…」

 

 隣にいる彼女を一時でも安心させられるような優しい嘘は吐けなかった。

 ハジメの研ぎ澄まされた勘__平時であれば発現することも無かった、第六感に近いモノが囁くのである。

 ()()ではまだ終わらないと。

 

「おかしいって…何が…?」

 

 そしてその違和感の大元__件の隕石は、地上…西区に落着した後、ものの数分で原理は不明なれど落下地点周囲に全高60メートルに達する巨大な黒い水晶体を生成。水晶体はその大きさから西区外からでもその異様さを容易に確認できる。

 また、結晶体は一定の間隔でまるで脈打っているように発光していた。

 ここまで目に見える変化があれば、人はまた別のアクションを取る。違いは多少あれど、であるが。

 

「あの黒い水晶みたいなの、綺麗だねお母さん!」

「めっ!そんなこと今は言っちゃだめよ!」

「水晶の隕石か…高く売れそうだな」

「マジ!?俺近くまで行ってくるわ!」

「俺も俺も!」

 

 無謀な行動、危険な行為に走らんとする者や、未だに携帯情報端末(スマートフォン)のカメラ機能を用いて非日常の撮影を継続する者達を尻目に、ハジメは言いようのない危機感に押される形で、エリカの手を握ってここから離れるよう促しているところであった。

 

「エリさん、アレはやっぱりおかしいよ。…急いで学園艦に戻ろう。嫌な予感がする」

 

「え?えぇ…それなら一応隊長達にも連絡しておくわ」

 

 幾らか状況に適応してきたエリカが、放課後に学園艦を降りた他のメンバーに安否の連絡を取るのであった。

 

 

 

____視点は再びハジメに戻る。

 

 

 

 俺とエリさんは黒森峰の学園艦が停泊している港に向けて走り出した。まだ周りはそれほどパニックにはなっていないらしく、みんなあのでっかい黒水晶の写真を撮ったり、それらをSNSにあげている人もいるぐらいだった。

 

「さっき聞きそびれたけど、結局あの隕石の何がおかしいの?」

 

 見知らぬ人たちに逃げろとかやめろなんて大声で叫ぶことも出来なかったから、俺はエリさんだけは学園艦まで送り届けようと決心した。やれること、できることをやるだけだった。

 

「ごめんエリさん。それは俺も上手く言えない」

 

 あとでこの行動が杞憂のものだったと言われてもいい。それならそれで良いじゃないか。

 

パタパタパタ!

 

ゴォオオオーー!!

 

 何かを叩く音が上から聞こえてきた。走りながら空を見ると報道のヘリが数機ほど、あの水晶の方へ向かって飛んでいくのを確認できる。きっと、あの隕石を上空から生中継でカメラに収めたいんだ。

 そしてやや少し遅れて、ジェットエンジンの爆音も聞こえてくる。

 

「自衛隊……空自の偵察イーグルか…」

 

 ジェット機の両翼には赤い丸(日の丸)が描かれていた。軍用機___自衛隊機であることは俺にも分かった。

 

「落下地点周辺ではもう警察と消防が救助活動と交通規制を始めているらしいわ」

 

 エリさんは片手でスマホから情報を集めてくれていたようだった。

 今いる場所はかなり隕石からは離れているけれど、早めに動いていて良かったのかもしれない。警察消防が動いてるってことは、少なくともこれは何らかの撮影やドッキリでも何でもないことはわかった。

 だとしたら余計に、分からなかった。あの隕石はなんで今日、あの場所に…。

 

「いったいあれはなんなんだ…」

 

 

 

 ____ハジメの言葉に対する答えは、間もなく姿()()()()

 

 

 

 

ゴォオオオオオオオーーッ!!!

 

「ダッグ2より春日基地へ。現在、当機は隕石落着地点上空を旋回中。指示を請う。送れ」

 

 黒の隕石が熊本市西区に落下し、謎の大型結晶体を形成したことにより、航空自衛隊は春日基地からはRF-4EJ(ファントムⅡ)の意志を汲む戦術偵察機__〈RF-15MJ スカウトイーグル〉が緊急出動(スクランブル)していた。これは災害派遣時と同様の、現場偵察任務にあたるものだ。

 "ダッグ2"と識別・呼称されているRF-15に搭乗しているのは秋津竜太(アキツ・リョウタ)二等空佐と神隼人(ジン・ハヤト)一等空尉である。

 

『基地よりダッグ2へ。貴機は大型結晶体の監視及び偵察撮影を実施せよ。熊本市内への地上部隊展開が完了し次第、同空域より離脱、春日基地へ帰投せよ』

 

 史実(現実)世界と比べ本世界の自衛隊の危機対応能力と緊急展開能力は高い。

 その主たる理由としては国内での大規模自然災害を筆頭に、21世紀初頭のオセアニア州での広域国家連合組織の誕生、昨今の中国軍との尖閣諸島沖での武力衝突__もとい局地紛争未遂事件…通称"いぶき事件"等が関係している。ここではこれらに関する詳細を伝えることを省くが、そういった事案の発生によって安全保障に直結する憲法並びに法の改正は史実世界よりも進んでおり、政府や官民の国防意識は上昇傾向にある。

 このような背景があり本世界の政府と防衛省・自衛隊の、未曾有の有事__後に"特殊生物災害"と呼称される__への初動対応が迅速なものとなったのである。

 

「ダッグ2了解。これより、警戒を厳として対象__大型水晶体の監視、撮影を行う」

 

 基地司令部より与えられた任務を遂行するべく航空撮影を実施するイーグル。

 

「……秋津空佐」

「どうした?緊張してるのか?」

 

 秋津と共にRF-15に搭乗している部下、隼人は彼に何か言いたげであった。

 

「いえ…あの結晶体、何て言えばいいか分かりませんが……おかしくないですか?」

 

 得体の知れない隕石…それから滲む違和感を、防人の一人である隼人も察知していた。軍人特有の勘なのだろう。

 

「………お前もそう思うか。恐らく、あれはただの隕石じゃない。もし、もしもだ。アレから()()が出てきたとしても慌てるなよ」

 

 秋津も同じ感覚を覚えていたらしく、憶測ではあるもののこれからの変化に注視するよう隼人に、そして自分自身に言い聞かせる。

 

「了か…け、結晶体に亀裂が!!」

 

 状況の変化は思っていたよりもすぐに訪れた。

 

「……来るか」

 

 西区にそびえる黒い水晶体に亀裂が走ったかと思った次の瞬間、一気に水晶体の上半分が崩壊し、そこからは___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______怪獣が現れた。

 

 

【♪襲撃BGM】『怪獣出現』

 

 

 

キィィイイーーー!!!

 

 

 

 異界よりやってきた怪獣__宇宙戦闘獣は、金属同士を擦りつけたかの如き不気味な咆哮を熊本市に響き渡らせた。それと同時に南東方向にある熊本市高層ビル群へ向けて黄色の光弾を連続で発射した。

 発射された光弾は着弾する度に爆発、直撃した建物を木っ端微塵に吹き飛ばしていく。社会人にとって今の時間帯は午後の小休憩である。被弾したビル内のオフィスにてくつろいでいた会社員らが生涯見ることは無かっただろう眩い閃光に包まれその多くがこの世を去る。

 光弾の直撃による蒸発から辛うじて免れた屋外の人々にも安息の時間は無かった。建物の一部であった瓦礫やガラス片が人々に容赦なく降り注いできたのである。犠牲者は加速度的に増加していく。

 大衆がパニックになるのは必至であった。

 

「うわぁあああぁあ!!」

「何あれ!ホントに何あれ!?」

「ビルが爆発したぞ!!」

「あ"ああああ!!!いでぇ!!足がぁああ!!!」

「こっちに来る!逃げろ逃げろ逃げろ!!」

「ちょ、押すなよぉ!?」

 

 周りで隕石の野次馬をしていた市民らが怪獣から背を向けて我先にと逃げ惑い始めた。

 学園艦へと向かう道を歩いていたエリカの足は止まっていた。彼女は眼前に横たわる光景にただ愕然としていた。

 

 

 

「何よ……アレ………本物の怪獣? 私たち、夢でも見てるの?」

 

 

 

 エリさんは走るのを止めてしまった。呆然としてると言った方が正しいのかなんてのは、今はどうでもいい。

 早く、ここから少しでも遠くに、学園艦に逃げないといけない。

 頭の中にあったのはそれだけだった。

 

「エリさん!エリさん!!これは夢じゃない!紛れもない現実だ!足を止めちゃダメだ、もう少しで港に……うぉ!」ドサッ!

 

 エリさんに足を止めるなと言った矢先に、俺は足が縺れて盛大に転んでしまった。

 

「いつつ……! これは…?」

 

 その時、リュックにつけていた『α(アルファ)カプセル』が地面をコロコロと転がっていた。ホルダー部分が転んだ拍子に千切れたらしい。

 何故かカプセルの上部__クリスタル型ランプ部分が爛々と光り輝いていた。

 おかしい…もう電池すら交換していなかったのに。手を加えなければ、光ることなんて、もう無いものだと思ってたのに。

 ……ここまで、俺が好きな特撮の()()()をされても、笑えない。今お膳立てをやられたって嬉しくなんかない。現実と空想は違う。交わっちゃいけないんだ。

 

「これはお守りだけどおもちゃでしかない…俺に出来ることは……!!」

 

 乱暴に、カプセルを拾う。

 すると、掴んだ途端に長いこと忘れていたあの日の記憶が俺の頭の中に流れ込んできた。

 

__ぼくがエリちゃんを、みんなを守るヒーローになる!!__

 

__うん、いいよ!ぼくが地球を守るヒーローになる!__

 

__キミに、託す。大切なものを守る、光の力を__

 

 そうだ。俺はこの光を知っている。

 いや知っていた。

 

 これは、約束。

 これは、運命。

 

 そう思った。

 

「それなら…!」

 

 

 やれることは………ある!!

 

 

 あの怪獣を、止める。俺が、止めるんだ。

 

 

 みんなを、エリさんを……守る。

 

 

 

「……エリさん。俺、ちょっと行ってくる」

 

 唐突に発したセリフ。エリさんはとても驚いていた。

 特撮なら、ありきたりでちょっと気恥ずかしい筈のセリフ。でも、今は、今だけは違ったのかもしれない。

 

「…は!?アンタ何言ってるの!!あのバケモノがこっちに向かってきてるのにどこに行くつもりなの!?」

 

 当然の反応だった。現実的なのは、背を向けて必死に逃げることな筈なんだ。

 だけど、右手にあるアルファカプセルが、心の中のヒーローが叫んでる気がするんだ。

 ここで逃げちゃダメなんだって。

 ここで立ち向かわなくちゃいけないんだって。

 

「さっき、転んでいたおばあちゃんがいたんだ。今から助けて戻ってくる」

 

 咄嗟に吐いた嘘。この嘘は果たして許されるのか?

 例え今は許されなくとも、行かなくちゃいけないんだ。

 

「アンタ死ぬかもしれないのよ!?」

 

 こんな状況で思っちゃいけないことかもしれないけど、心配してくれるのが嬉しかった。

 だから、決心できたんだ。

 

「……苦しんでる人がいるのに見て見ぬふりをするのはヒーローじゃない!俺、行ってくる!!」ダッ!

 

 後ろからエリさんの声が聞こえてくる。戻ってこいバカって。

 だけど、俺は怪獣の方へ真っ直ぐに…人の波を掻き分けて必死に走る。

 俺は急ぐ。

 迫る怪獣()へ、ただひたすらに。

 

 

 

「あ、ちょっと!待ちなさい!!」

 

「__エリカ!!無事だったか……良かった…」

「逸見さんも早く学園艦に!もうすぐだから、急ごう!」

 

「で、でもハジメが……!」

 

 エリカはハジメを追おうとしたが、丁度のタイミングで、別の方向からまほとマモルが来たことで足止めを食らってしまい、追うことが出来なかった。

 いつの間にか、追わんとしていた幼馴染の背中は視界から消えていた。

 

 

 

ズゥーン…ズゥーン…ズゥーン…

 

 怪獣の足音と、進むごとに発生する振動が街を揺らす。

 怪獣の周りには動く者はもう一人もいない。

 否、無人と化した街の一角を一人の少年__ハジメは走っていた。

 

「……お前、人ん星に来てなんてことしてくれてんだ!!」

 

 届くことも、伝わることも無いと分かっていても、叫ばずにいられなかった。

 周囲に広がる惨状を作り出した根源を見上げ睨む。

 

ゴォオオオオオ!

 

 直後、上空を通過した自衛隊機に向けて、怪獣が市街地に発射したモノと同様の黄色光弾を再び発射した。

 黄色の光弾は機体の右主翼を抉る。自衛隊機はそのまま機体の安定を取り戻せずに黒い尾を引きながら墜落していく。

 

「……させない!!」

 

 ハジメはα(アルファ)カプセルを空に掲げて、ボタンを押した。

 

___すると少年は眩く、烈しい光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 来たぞ、我らの____

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

___ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!

 

「くっ!墜落する!!…隼人!ベイルアウトしろ!」

 

 秋津はどんどんと下がっていく高度と、機体の異変を報せる警告(アラート)に対して焦りの色を見せていた。

 どう足掻いても高度が回復する見込みはなかった。

 

「はい!……あれ!? 脱出装置、動作しません!!」

 

 後部操縦席__隼人から悲鳴に近い声が上がる。戦闘機乗りにとって最後の命綱が絶たれたのである。

 

「…!! ………もはやここまでか。すまない、亜美さん……」

 

 秋津は死の予感から目を瞑った。愛する人への謝罪をしながら。

 …だがしかし、いつまで経っても何も起きなかった。

 身体が吹き飛ばされる感覚も、視界が真っ白に変わるなどと言うこともなかった。まだ空を飛んでいるのだと分かる。

 一体何が?

 秋津は目を開け、上を無意識に見上げると、そこには黒き巨人が存在していた。

 

「___巨人…?」

 

 巨人は、秋津らの乗る機体を抱え込むように持ち、墜落を防いでくれたようだった。

 

「助けて…くれたのか?」

 

 隼人の問いが聞こえたのか、巨人は肯定と取れる小さな頷きを返した。

 そしてゆっくりと、秋津達の乗るRF-15を地上__市内の幹線道路上に下ろし、すぐさま怪獣のもとへと再び飛翔していった。

 

「あれが…()()()()()()…」

「え?あの巨人のことですか?」

「いや分からない…しかし、彼は我々の味方だと、確信した」

 

 秋津はふと自分の頭の中に現れた単語を呟いてみたのだった。まるで昔、目を輝かせて観ていた特撮ヒーローの名前を呼んでいた気持ちと同じものを秋津は感じた。

 何故、かの巨人が「ウルトラマン」なるものなのか。それは分からない。強いて言うならば、それは人の意思が介在できない()()によるものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 怪獣__コッヴは次の目標を自身よりも圧倒的な存在感を放つ、海に浮かぶ鋼鉄の巨大人工物__学園艦、黒森峰学園に定めた。

 道中の邪魔な障害物や先程の相手…ジェット機よりも鈍く空を飛ぶ存在…報道ヘリを光弾と両腕の鎌__"コッヴシッケル"で破壊しながら学園艦が停泊する大型港へ向かう。

 

 

 

 

 

 時はやや前に遡り、場面はエリカ達に移る。

 

「___ねえ、もしかしてアイツ…こっちに向かってきてない?」

 

 なんとか港の端場前までやってきていたエリカ達。しかし目下の問題は市街地を縦断して臨海部にまで侵攻しつつある怪獣であった。怪獣の侵攻ルート上に彼女らはいる。

 これでは仮に学園艦に乗り込めたとしてもその後に待っている結末は決して良いものではないのは確かである。

 エリカは自身の予想が当たらないことを切に願っていたが、怪獣は彼女の予想通りこちら…学園艦の停泊している熊本港にしっかりと向かってきているのが確認できた。残り十分も経つか経たないかで港湾区域に到達するだろう。

 

「エリカ、マモル君!早くこちらに!」

「ハジメ…いったい何処に行ったんだよ…」

 

 逃避行を共にしたまほとマモルの他にも、港湾区域には精神的支柱であり残ったセーフハウスでもある学園艦へと避難しようと、学園艦の住民と熊本市民が入り乱れて港内に多数ある"乗艦塔"__人員及びコンテナ等の輸送するための巨大昇降機(エレベーター)__や"ゲートブリッジ"__港と学園艦を繋ぐ、車輌用の巨大可動橋__へと繋がる入り口に殺到していた。

 海上からではなく地上から学園艦に乗るならばそれらのどちらかを必ず経由しなければならない。上記のような混雑具合から、エリカ達が黒森峰へと戻ることは難しいとしか言えなかった。

 …怪獣が学園艦に攻撃する可能性は高い。明らかにあの怪獣は学園艦を目指している。仮に混雑が改善され艦に乗り込めたとしても、それは最早巨大な棺桶に過ぎない。だが人々の選べる選択肢は学園艦へ向かうことしか残されていなかった。

 

「……やっぱり私が探してくるわ!」

 

 いてもたってもいられなくなったエリカが、ハジメを連れ戻してくると言い出した。

 

「エリカ!今向こうに行ったらただ死にに行くだけだ。今は、耐えてくれ…」

 

 エリカ達は人混みを避け、港湾区域のコンテナ積込区画の外縁に沿って避難していた。

 付近にはコンテナや作業機械が多数放置されていることもあり、怪獣から身を隠すのには絶好の場所であった。退路を塞がれたことから隠れてやり過ごすという判断をした彼女達がとった選択がこれだった。

 その矢先にエリカがここから動くのだと言えば、まほがそれを制止するのは当然であった。

 

「で、ですが隊長!」

 

 食い下がるエリカだったが、背後より迫ってきていた怪獣の動きに変化があった。

 港湾区域に進撃した怪獣の頭部、胸部の結晶体が一斉に光り出したのである。どうやらまたあの黄色光弾を撃つつもりだ。

 しかも、発光の頻度や明度から先ほどよりも派手なもの。()()のある行動には注意しなければならない……アニメやゲーム、漫画での()()()が、三人の脳裏に過ぎった。今度はここを含めた、港湾区域全体に大規模な光弾の雨が降るのではないかと。

 

「!! 不味い…アレが来る!みんな伏せるんだ!」

 

 咄嗟のまほの指示によりエリカとマモルは素早くコンクリの大地に身を伏せた。

 もう逃げられない。自分達はもうダメだろうと思っていた刹那、怪獣に劣らない巨大な人型の影が自分達と怪獣の間に空から割って入り、放たれた全ての光弾を打ち消した。

 

 

 

 ()()は、異端の光の巨人(ウルトラマン)であった。

 

 

 

「……な、何?…巨大な……黒い、巨人なのか…?」

 

 突然現れた、三人の窮地を救った存在__黒き巨人(ウルトラマン)を、三人は見上げる。

 

「まるで…ヒーローみたいだ…」

 

 幼い頃に観ていた、巨大特撮ヒーローの出立ちであった。

 

 …それは"怪獣退治の専門家"。

 …それは"人類の救世主"。

 …それは"正義の使者"。

 …それは"光の化身"。

 …それは"希望の象徴"。

 

 時空を超えて存在する不滅のヒーロー。

 

 この世界で誕生した、新たなる光の超人(ウルトラマン)が確かに大地を踏みしめていた。

 

「私達を、守ってくれた?」

 

 黒きウルトラマンは一度、背後足元に立ち尽くしているエリカ達を一瞥してから、すぐに怪獣の方に向き直る。

 

キィィ……

 

 怪獣の鳴き声が先ほどよりも明らかに弱々しいものになっていた。その咆哮には驚き、怯えの色が見え隠れしていた。

 怪獣にも野生の勘に通ずるものがあるらしい。突然現れた巨大存在、ウルトラマンが脅威である__こちらの命が危機に瀕するほどの力を有している危険な存在__と認識しているようだ。

 巨人の佇まいとそこから滲み出るオーラといった諸々の要素を踏まえて、目の前の巨人を"天敵"だと怪獣の本能が警鐘を鳴らしているのだと思われる。

 

シュア!!

 

 そんな怪獣に対して、三人の危機に駆けつけた巨人__鉄黒のウルトラマンが雄々しい掛け声を発し、構える。左手を開き相手に突き出し、右手には拳を作る構え…所謂、ファイティングポーズである。

 

 不意に胸の蒼玉がきらりと輝く。

 

「あなたは…誰?」

 

 エリカには黒い巨人の背中がどこか懐かしいように感じた。アツく、頼もしかった。望みはあると、思わせてくれる、そんな背中だった。

 ふと、巨人__ウルトラマンがこう喋ったような感覚を覚える。

 

《ここから先は、行かせない!》

 

 ……と。それは思念のようなもの。巨人なりの決意表明にも取れた。

 巨人の目は、怪獣を真っ直ぐ見据えている。

 

 

 

「………もしかして…学園艦を、守ろうとしてるの…?」

 

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 逸見エリカのヒーロー、第2夜を読んでくださりありがとうございます。
 さて、ウルトラマンと対戦する怪獣第一号は、本作では宇宙戦闘獣コッヴが務めることとなりました。候補としてはベムラー、怪生物アーケルス、その他大型のクトゥルフ神話生物などがありましたが、サイズ感やデザインといった諸々の要素から最終的にコッヴに落ち着きました。
 TDGの設定や怪獣・異星人、音楽はどれも素晴らしいものばかりですね。ちなみに、BGMとして挙げた『怪獣出現』…投稿者がよくトイレで苦戦している際に脳内で流れたりするとかしないとか。

 ハジメ君達、整備科のパンツァージャケットにあたるツナギですが、デザインのイメージは『ウルトラマンZ』の対怪獣特殊空挺機甲隊__ストレイジの隊員服です。

 ハジメ君の苦手な教科は英語・数学全般と黒森峰特別科目の独語です。
 ちなみに授業自体は真面目に取り組んでますが、実力と理解がそれについてこれていないという状況です。また、よく予習プリントや自学ノートをエリカさんから写させてもらってたりもします。


※これより下はハジメ君たちの所属している整備科とはなんぞやと言う話となります※


『黒森峰高等部整備科』。
 それは、去年…ハジメ達が入学した年に設立された、黒森峰高等部の戦車道履修部に属する新たな集団__ エリカ達の“機甲科”が所有し運用する競技戦車の整備を学び実践する男子オンリーの活動チーム__である。無論、ハジメ、マモル、ヒカル達がここに所属している。
 昨今の黒森峰高等部戦車道チームの快進撃(九連覇)や大学戦車道の躍進といった出来事によって、日本戦車道界隈は戦後最大の隆盛を迎えていた。そのため黒森峰戦車道OGは、十連覇を控えた母校の強化と戦車道に関わる人材の増加と確保を狙って、「戦車道の門は男子にも開かれるべき」、「率先して改革を行ない、日本戦車道を牽引する義務が強豪校にはある」と言う建前の元、上記の男子整備科が誕生するに至った。
 いくつかのスポンサーや共学化以前…女学園時代OGらからは難色を示されたものの、結論としては、様々な思惑が混じりつつ行われた黒森峰高等部戦車道履修部への整備科導入は大成功と言って差し支えないものであった。
 この日本の(大学・社会人・草戦車道を抜きにして)中学・高校戦車道初の試み…「男子の公式戦車整備チームの発足」は文部科学省と日本戦車道連盟に大きく評価された。
 実際どんなものかと見てみれば___

・これまで外部業者に委託するか、機甲科の女子生徒がしていた戦車整備を同科男子生徒が担当したことで、業者に対する経費の削減や機甲科生徒の負担軽減に繋がった。
・恋バナ好きの少女達にとってモチベーションアップの根本要素となっていたり、整備科男子が戦車道、学校生活関係なく相談相手(カウンセラー)に自然となっていたりと、チームの精神的支柱の役割を持つようになった。女学園時代OGの諸先輩方曰く、「羨まけしからん。ふざけやがって(意訳)」とのこと。
・「戦車に触りたくても、地元校や元志望校の学園艦の戦車道チームでは男子の受け入れをやっていないから、黒森峰高等部の男子整備科を選んだ」というハジメの次の代…整備士の卵である男子達__北は北海道、南は沖縄まで__が集まることとなり、男子高校生整備士の育成ノウハウと人材獲得のイニシアチブを得ることとなった。この差を埋めるべく、プラウダ、サンダース、アンツィオ、知波単、継続と言った他共学校が、男子整備士の募集と、戦車道男子整備チーム等を遅れて数年後に行なっていくこととなる。

___などなど…蓋を開けてみれば良いこと尽くしであった。
 そういったこともあり、異色であった男子整備科は難なく黒森峰に受け入れられ、今日も整備科は機甲科を支えるチームとして活躍している。

 黒森峰戦車道履修部整備科の説明としては大体こんな風になります。


 次回も、お楽しみに。


※2022/11/11 挿絵を変更、更新しました。

________

 次回
 予告

 エリカ達の前に突然現れた鉄黒の巨人__ウルトラマン。
 かの巨人と怪獣__コッヴの出現に呼応するかのように、世界各地でも怪獣が姿を見せ始めた。

 しかしこれは日本を、世界を懸けた戦いの序章でしかなかった!

 次回!ウルトラマンナハト、
【壊れゆく日常】!


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第3夜 【壊れゆく日常】



凶虫怪獣 クモンガ

超遺伝子獣 ギャオス

登場





 

 

 

 

 

《コイツは…絶対学園艦には、エリさん達のところへは行かせない!》

 

ヘアッ!

 

 巨人___黒きウルトラマンは怪獣___コッヴへ猛ダッシュで迫ると、前傾姿勢で牽制光弾、光球型(ブリット)"ナハトショット"を手から手刀の要領で撃ち出す。

 

キィイィイイアア!!

 

 光撃は見事にコッヴの胴体に命中。火花が散った。

 その一撃により怒ったのかコッヴは雄叫びをあげながら、こちらに肉薄する巨人に向けて腕の凶鎌"コッヴ・シッケル"を無造作に振り下ろす。

 中学高校と、ケンカらしいケンカをしてこなければ、何らかの武道・武芸に打ち込んでいたわけでもないハジメ。その戦闘経験と身体能力は良くも悪くもそのまま光の巨人__ウルトラマンとしての肉体の動きに大きく反映される。

 

ズガアッ!

 

グアッ!

 

 鎌の振り下ろしによる打撃を防御する形で、右腕に食らった巨人はその痛みに呻いた。負傷した右腕を左手で抑えて膝をついてしまう。

 戦い方…それも化け物相手となれば、余計に経験不足であるのは明らかだった。光の巨人(ウルトラマン)側の記憶が時折アシストしてくれることはあれど、それはあくまでもウルトラマン側が経験したビジョンを()()()()()

 実際に身体を動かすのはハジメ本人である以上、それは言わばアドバイスのようなモノとしか言えず、それ以上でもそれ以下のモノでもなかった。

 巨人__ウルトラマンとしての戦い方に、ハジメは四苦八苦していた。

 

《痛い…けど、ここでやられたら!》

 

 痛みを気合いで乗り切り、立ち上がらんとした。

 しかし先ほどの巨人の硬直をコッヴは見逃してはいなかった。

 

キィィイ!!

 

バシュッ! バシュッ! バシュッ! ドドドォオオン!

 

…グアッ!

 

 接近していたコッヴが追撃とばかりにほぼゼロ距離からの光弾連射を行なったのである。二発、三発四発と、続け様に放たれた破壊光弾は回避も出来ない巨人に全て命中した。

 それにより、吹き飛ばされた巨人は背後のビルに激突。ビルは上部構造が破壊し尽くされ半壊状態となってしまった。

 

ガラガラガラッ!__ドシャア!!

 

 あの光弾の攻撃を掻い潜り、両腕の大鎌をなんとかしなければ、コッヴの攻略は難しい。

 だが攻めあぐねていれば、自分だけでなく、熊本市とそこに住まう人々に更なる危害が及ぶだろう。

 

《このままだともっと被害が…》

 

 そう思った巨人__ハジメはすぐに立ち上がりコッヴから後方へのサイドステップを数回挟み、距離をとった。

 巨人の後退を好機と捉えたコッヴ。巨人が不利を悟り逃げ出したと思ったのだろう。再び腕鎌による攻撃を仕掛けるべく飛び道具(黄色光弾)を発射することなく自ら距離を詰めてきた。

 対するハジメはその動きを狙っていたらしく、接近してきたコッヴを跳び箱に見立てて大きく跳躍。

 鎌による横方向への薙ぎ払いを空中で避けつつ着地。

 瞬時にコッヴの背後に回った。

 

フッ!

 

ガシッ!

 

 コッヴの尻尾根本部分を巨人が両腕でホールドし素早く掴み上げる。

 

キィィイ!?

 

《人のいないところへ…!》

 

ハァアア!!

 

 そしてジャイアントスイングの要領で、近辺にあった白川河川敷下流域めがけて巨人はコッヴを勢いよく投げ飛ばした。空に綺麗な放物線が描かれる。

 

___ズズゥウウウーン!!

 

 コッヴが地面に落着したことにより、川水を含んだ土砂が空高く舞い上がる。

 頭部から大地に激突したコッヴのもがきは目に見えるほど鈍くなっていた。

 

《自然とイメージが湧いてくる…よし、これで決める!》

 

 この戦いを終わらせる。ハジメの脳内に、先程よりも明確かつ鮮明なビジョンが駆け巡る。

 そこからは光の巨人(ウルトラマン)の肉体が自然と()()()()を取らんとする。ハジメはその()()に従う。

 巨人の両腕はいつの間にか爛々としたシアンの輝きを放っていた。体内の光エネルギーを一挙に腕部に集約しているのだ。それは、必殺技の準備動作なのだと、勘の良い者はすぐに気がついた。

 

______シュワッ!!

 

 そして…体勢を立て直して起き上がろうとしていたコッヴに向けて、巨人は素早く腕を十字にクロスさせた。そう…それは、幾多の悪しき存在を葬ったあの必殺光線の構えである。

 

《___"スペシウム光線"!!》

 

キィィイ……イイィイ………!

 

 両腕が激しくスパークし、空色の光波熱線___"スペシウム光線"が発射された。

 猛烈なエネルギーの照射。光線(それ)は閃光の発生とほぼ同時に着弾する。逃れようは無い。

 

キィ………ギィイヤァ!

 

 怪獣のおどろおどろしい断末魔。

 光線が直撃し、数秒間の連続照射を受けたコッヴの肉体は、その負荷に耐えられずにすべて光の粒子へと変換され、晴れ渡った青空の彼方へと消えていったのだった。

 

《……なんとか倒せた…そうだ、エリさん達は!?》

 

 辛勝だった。初の変身、初の実戦…何もかもが初めての経験だった。戦闘が終わった今頃になって、ハジメの両肩には例え用の無い疲労がずしりと、重くのしかかってきた。

 それでもハジメは光の巨人の姿のまま、エリカ達が無事かどうか学園艦の方へ…港の方へと目を向ける。自身のことよりも、幼馴染達のことが気がかりだったのだ。

 港にはこちらを見上げているエリカ、まほやマモル、その他大勢の黒森峰生徒、そして市民達が立っていた。彼ら彼女らの目に絶望の色はこれっぽっちも無かった。

 かなり遠くにいるはずなのだが、しっかりハジメには生徒みんなの声が聞こえてくる。

 

「助かったな…」

「すごい……あの怪獣を倒しちゃった…」

「何者なんだ…?」

「投げ技からのトドメの光線って…かっけぇ…」

「ここから今度はあの巨人が暴れたらどうしよう…」

 

 皆の言うこと__ウルトラマンに対する心持ちは千差万別であった。巨人の活躍を賞賛する者がいれば、絶望は無くとも、怯えや恐れを含んだ声、視線を投げる者達もたしかにいた。

 

「何言ってるの!あの黒い巨人は私たちと学園艦を守ってくれたじゃない!」

 

 そう真っ先に一喝したのはエリカであった。

 

「現に、私達…学園艦から怪獣を遠ざけて、怪獣を倒してくれた。()には、明確な意思があるって、そうは思わないわけ!?」

 

 彼女が巨人と言葉を交わしたワケでは無いが、たしかにあの窮地の際、黒目の無い光り輝く目が、自分達の身を案じてくれていたのだと、彼女は確信していた。

 

「で、でも…それだけじゃ…なんとも……」

 

 尚も食い下がり不安を吐露する生徒。エリカの不鮮明かつ直感的な説明だけでは、納得できるものも納得はできない。上のように言われてしまえば、エリカも閉口せざるを得なかった。

 張本人__巨人が人語で対話できないのならばそれは尚のこと。「突然現れた巨人が、怪物を原理不明の光波熱線で撃滅しました。これは人類の味方です」とはならないのである。

 

「あの巨人は……ウルトラマンはそんなことしない!」

 

 意を決してエリカが再び放った言葉に含まれていた単語(ワンフレーズ)が、その場の空気を変えた。

 

「えっと…ウルトラマンって何?あの巨人のこと?」

 

 ざわざわと、周囲の生徒・市民達が"ウルトラマン"と言う単語を口々に、確かめるように繰り返し呟き始めた。

 

「わからない…けど、そんな気がする」

 

 ウルトラマン…ウルトラマン、ウルトラマン。皆がそう口にする。かの巨人…ヒーローの名前が、人々へと波及していく。

 

「ワタシもなんとなく、なんとなくだけど、分かる…気がする」

 

 先ほどまでエリカの物言いに懐疑的であった生徒達も、彼女の考えに理解を示し始めたのである。

 

 その単語…名称には、一種の神秘性があった。その語呂由来のものなのか、横文字(カタカナ)の並び方にあるのか、はたまたその意味合いにあるのかは分からなかったが。

 ただ一つ確信を持って言えることは、()()が人々に平静を取り戻させるための十分な力を与えたということである。

 

「ウルトラマン…。うん、ウルトラマン、か」

 

 エリカの言った黒き巨人の名前を、まほも感慨深くそして満足そうに呟いていた。

 

《……ウルトラマン…俺の、この姿の名前か?》

 

 十数キロ弱もの距離に佇むハジメ__光の巨人(ウルトラマン)にも、港での会話は聞こえていた。

 疑問符混じりではありながらも、ハジメも抵抗無くその名前を受け入れられた。

 しかし、名前云々の前に行われていた会話もハジメは一通り聞いている。次の問題はそれだった。いかにして自身が敵対的存在でないと伝えるか…である。

 

《まあ、当然だよなぁ…俺自身、この体になってビックリしてるし、どうやって敵じゃないって………そうだ!》

 

 誤解やすれ違いを起こさないような…いい案が無いものかと考えていた時、ハジメは頭の上にピコーン!と豆電球が出るような閃きが走る。

 そして彼はそれを一か八か、当たって砕けろの精神でやってみることにした。…ここで砕けてしまったらそれこそ終わりであると言うのは野暮なものである。

 

ヘアッ!___グッ!!

 

 ハジメ__ウルトラマンは右手を前に出し、親指を立てる。

 それは所謂、サムズアップであった。「ビシッ!」っと擬音が聞こえてきそうなほどの見事なものだ。

 そしてサムズアップに加えて、ゆっくりと穏やかに頷いてみせた。

 

「! 見ろ、ウルトラマンが何かしてるぞ!」

「あれは…グッジョブ!ってことかな?」

「やっぱり正義の味方なんだよ!」

「私たちを守ってくれてありがとう!ウルトラマン!」

「俺達の学園艦を救ってくれてありがとな!」

「助かりましたぁ!ありがとーーー!」

 

 ハジメの試みは成功であった。意思の疎通がジェスチャーとはいえ、人々が理解できるものを示したウルトラマンに、彼ら彼女らはコミニケーションを取れる相手だと好意的に認識してくれたのである。

 

「ありがとう。ウルトラマン…」

 

………シュワッチ!

 

 それを確認した光の巨人は満足したように再度頷いた後、空に両手を広げて飛び去っていく。

 自分に手を振って見送るエリカ達の姿が見えたハジメは、言い表せれないほどの達成感と安心感に包まれていた。

 

 

 

 

 

______

______

______

 

 

 

 

 

 

「はっ!…そう言えばハジメは!? まさかあの怪獣に踏み潰されたなんてないわよね…?」

 

 一連の騒動が幕を閉じ、心に幾分かの余裕ができたエリカはハジメの安否のみが気掛かりであった。

 周囲に港に集まった人々の中に、それらしい人影は見受けられなかった。

 彼女の顔に焦りの色が見える。

 

「い、逸見さん落ち着いて…」

 

 マモルがなだめようとしたが、それではエリカの心配は治まらなかった。

 

「落ち着いていられるわけないじゃない!マモル、一緒にハジメを探すの手伝いなさい!」

 

 マモルの肩をビクつかせるほどの剣幕を彼女は見せた。両肩を掴まれ前後に激しく揺さぶられ、マモルは返事すらままならなかった。

 エリカの必死の形相、勢い…それらはひとえにハジメを想っているが故にである。

 マモルも、そして側にいるまほも、その気持ちは痛いほど分かっていた。

 

「……! エリカ、向こうからハジメ君が走ってきたぞ!」

 

 が、ここで吉報が訪れる。

 まほが港の市街地側からこちらへと向かってきている件のハジメの姿を発見したのである。

 エリカはまほの言葉を聞くなり、彼女が指差した方向に素早く目を向けると、元気に手を振りながら走ってくる、見慣れた幼馴染の姿があった。

 

「おーい!みんなぁー!」

 

 こちらの心配を他所に、少年は屈託のない笑顔で走ってくる。

 

「!! ハジメ!」ダッ!

 

 エリカもまた、ハジメの下へと走っていき____

 

「良かった、エリさんも無事だブヘッ!?」ベチィン!!!

 

 _____思い切り平手打ちをかましてやったのだった。感動の再会を想像していた方々には申し訳ない限りである。ハジメは変な声を上げて盛大に転倒、若干涙目である。

 

「「うわぁ………」」

 

 感動の再会…になるはずであった二人の様子を見守っていたまほとマモルの顔は「あーあ、やっちゃったよ」と言いたげな顔になっていた。マモルは見るのも辛いと目を瞑っており、まほに至っては両目に手を当てていた。

 しかし、平手打ち(ビンタ)にふみきった彼女__エリカの心内も察してやってほしい。

 

「アンタね、人がどのくらい心配したと思ってるの!?、他人の命の前にまず自分の命を大切にしなさいよ!!」

 

 痛そうに頬を摩るハジメの両肩を掴み、ブンブンと振るエリカ。その目尻には小さな()が溜まっていた。

 

「う…ごめん…ごめんって。…いてて、初めてエリさんに強めに引っ叩かれた…」

 

 ビンタによる心身両方の痛みと、現在進行形でされている両方への揺さぶりによるものからか、ハジメの反応はやや鈍っていた。

 それでも、罪悪感等が無いかと言われたら否である。みんなを守るためだったとはいえ、幼馴染のエリカには嘘をついたし、途轍もない危険に自ら飛び込みもした。結果良ければ…では片付けてはいけないと、ハジメも理解していた。

 

「もしあの時、怪獣がハジメに目をつけてたらどうなってたか!」

 

 怪獣__コッヴは見境なく動くモノに向けて執拗に攻撃を加えていた。

 コッヴに向かうように走った__現にそうした__ハジメが狙われてもおかしくなかったのはたしかなのである。

 そのハジメがウルトラマンになったことなど知らないエリカからしたら、と言うよりも脅威に晒された側の人間としては当然の言い分だ。

 ハジメに反論等の余地は無かった。…元より言い返したりするような気も無かったが。

 

「そ、それは…ごめん…」

 

 ハジメはあの姿__光の巨人、ウルトラマンについては秘密にしておこうと決意していた。

 なお、自分があの黒い巨人本人だったんですよなんて到底言える気概も時間もなく、エリカの説教を聞かねければならなかった。

 そこから十数分、立ちっぱなしでハジメは彼女の説教を受けた。

 

「まったくもう!」

 

 説教がひと段落したハズであるのに、未だ憤りの只中にエリカはいた。

 彼女の目はまだ彼を許してないという思念を感じる。それは最早、意地に近いものであった。自分がどれだけ心配したのか分かってくれ、もっと反省してくれという意思表示とも取れた。

 

「い、逸見さん、一回落ち着こう? ね?」

「まあまあエリカ、そこらへんでやめておけ。ハジメ君のそう言う熱いところはお前が一番分かっているだろ? そんなに責めてやるな。取り敢えず、今はハジメ君が戻ってきて良かったじゃないか」

 

「う…すいません、言い過ぎました隊長…」

 

 見兼ねたまほの仲裁によってエリカは頭を冷やせたらしく、一つ小さな短い溜め息を挟んで素直に彼女は引き下がった。

 

「…ハジメが全て悪いわけじゃないけど、ハジメはハジメで、いきなり怪獣の方に向かって走ってったって聞いた時はビックリしたからね!あと、逸見さんをこんなに心配させたら駄目だよ!」

 

「それに関しても、ホントにすまん…」

 

 いつもは物静かで声も荒げない筈の親友のマモルからも、やや厳しめの叱責をいただくハジメ。

 すると、ションボリとした様子のハジメをエリカは自分に引き寄せて抱きしめた。

 

「……でも、無事で本当に良かった…」

 

「………うん」

 

 エリカはハジメが無事戻ってきたことに安堵したのだった。

 しばらくすると気持ちの整理ができたのかエリカはハジメから離れた。

 思い出したかのように、ハジメはポツリと呟く。

 

「……結局、あの巨人は一体なんだったんだろ?」

 

「「「違う!」」」

 

 唐突な否定を三人から貰ったハジメ。

 

「え?」

 

 困惑するハジメに対して三人がその否定の意味を教える。

 

「あれはただの巨人じゃないわ。ウルトラマン、ウルトラマンナハト…よ!」

 

 エリカは自信満々にそう言った。ウルトラマンとして聞いていた際の会話には無かった、ある単語に、ハジメは首を傾げた。

 

「ウルトラマン……"ナハト"?」

 

「そうだな…。"ナハト"とは独語で"夜"と言う意味なのはハジメ君も分かるな?」

 

「は、はあ…まあ、はい」

 

 ドイツと所縁のある黒森味故に独単語を採用したのだろう。誰かが、あのウルトラマンの姿から、連想できるものの中でそれが選ばれたのだなとハジメは一人勝手に考察していた。

 

「どうだい?かっこいいだろう?逸見さんが考えたんだよ?」

 

「え?エリさんが名付け親なの?」

 

 純粋にハジメは驚く。

 マモルの余計な一言を掻き消すようにエリカが割って入る。

 

「ちょっ!マモル、あんたは黙りなさい!」

 

 気恥ずかしからか、暫定名付け親のエリカの顔は赤かった。

 

「いいじゃないかエリカ。他の生徒たちも皆その呼び名を気に入っていたようだぞ?」

 

「そ、それはぁ…」

 

 まほからの何とも言えないフォローを受けて、しどろもどろな様子である。相手が相手であるため、下手に突っ込むことも、噛みつくこともできなかったがためだろう。

 

「ウルトラマン、ナハト……それが___」

 

___自分の名前…自分が変身した黒い巨人の名前であるのだと、三人のやりとりを他所にハジメはその名前を噛み締めていたのだった。

 余韻に浸っているハジメ___

 

「…あら?」

 

 ___その様子を見ていたエリカが、彼の身体のある異変に気づき、それを指摘する。

 

「ハジメ、アンタ右の二の腕、青くなってるじゃない!」

 

「え? あ、ホントだ。内出血してる…」

 

 ハジメもエリカに指摘されるまでは負傷にまったく気づかなかったようで、腕に打撲の青い痣ができてることに心底驚いていた。

 その打撲痕の原因が、コッヴの大鎌を受けた際のダメージが反映されたものなのだと本人が理解するのはここから数分後である。

 

「打撲してるなら早く言いなさいよ! ほら、ボーッとしてないで、艦内病院行くわよ!一応言っとくけど、拒否権は無いから!」グィッ!

 

 エリカは有無も言わさず、幼馴染の右腕を強引気味に掴むと、黒森峰の艦内病院___学園艦の居住区域である艦上都市に必ず一つはある医療施設___でハジメの怪我を診せるために、混乱が収拾したことで混雑具合が改善した乗艦塔へと一目散に向かう。

 

「(変身ん時の怪我って自分に返ってくるのか…これで皆んなにバレるのは避けないと…)」

 

 そう考えながらエリカに手を引かれて学園艦に戻るハジメなのであった。

 

 

 

______

 

 

 

凡そ1時間後_

 

 

『___今流れている映像は実際に、本日午後3時過ぎに熊本市で撮られた映像です。画面中央に映っているのが、同市に、そして日本に初めて現れた大型特殊生物、通称"怪獣"となります。政府がC.O.V. …コッヴと命名したこの怪獣は、画面左側に映っている黒い巨人と交戦し、撃破されました。怪獣を撃破した黒い巨人は、戦闘後に市上空へと飛翔し現在までその行方の一切が掴めていません』

 

 熊本市内の定点カメラや、市民から提供された動画を交えて今日起こった九州での異常事態を、テレビのニュースキャスターは説明している。

 

『___コッヴは突如市上空より隕石体で飛来し西区に落着後、破壊活動を行ないました。これにより熊本市西部、北部及び臨海部が甚大な被害を受け、さらに航空自衛隊の偵察機RF-15MJ(イーグル)が一機と現場上空にいた各報道機関の民間ヘリが多数撃墜されました。なお、自衛隊機のパイロット2名は無事とのことです。有識者の間では、現在南米ブラジルやラテンアメリカ諸国で大量発生している大蜘蛛、日本名"クモンガ"も怪獣なのではないかという意見が複数挙がっています。今回の怪獣災害…特殊生物災害での死傷者数は5千人を超えており、今後更に増えると予想されます。現在、市内で消防や自衛隊、警察による懸命の行方不明者の捜索、救助活動が続いています』

 

 モニター画面にはいくつかの数字が説明付きで次々と映る。

 それらの数が意味しているのは、今日消えた人の命の数であったり、安否の把握できない…今も被災地域の瓦礫の下で救助を待つ人の数であった。

 明るい意味を持つような数字は何一つ無かった。

 

『また、熊本市民の間では怪獣を撃退した黒い巨人のことを"ウルトラマン"と呼んでいるようで、熊本に寄港していた黒森峰学園の生徒たちからは"ウルトラマンナハト"とも呼ばれているとのことです』

 

 最後に、謎の巨人関連の話題を一つ挟み、画面はCMに切り替わった。

 

「今回ので5千人もの人たちが…」

 

 命を落とした人の数…日常の中でそれは日本から遠く離れた発展途上国での大規模災害や地域紛争のニュースで見るものだった。

 だが、今は違う。その数字に数えられる側になった実感があった。

 

「ウチの学校の生徒は死者負傷者ともにゼロだったらしいわ」

 

 ハジメはエリカに付き添われ、丁度病院での診察が終わったところであった。

 現在は受付からの呼び出しがかかってくるまで、待合席の柱に取り付けられたモニターで流されているテレビニュースを二人は見ているわけである。

 

『先ほど、官邸にて垂水総理は全閣僚を非常招集し緊急閣僚会議を開きました。会議の内容としては、今回のような警察力によるカバーが不可能な怪獣災害が発生した場合に、自衛隊による迅速な展開と迎撃を可能とする"特殊防衛出動"や海上自衛隊の護衛艦による学園艦の護衛、怪獣に対する戦車道履修生による自衛行動の一部容認などを盛り込んだ"対特殊生物特別措置法"、いわゆる怪獣特措法案を国会に提出することを閣議決定し___』

 

 日本政府も今回の未曾有の事態を受けて、今後の対策に動き出しているようであった。

 

「日本は、これからどうなるんだろう…」

 

 ハジメの呟きを拾ってくれるのは、エリカだけである。

 

「そんなの、誰にも分からないわよ」

 

 そんな彼女も、この先自分達にまた降りかかるであろう特殊生物__怪獣の恐怖に顔を曇らせながらテレビを観ていた。

 

 

 

 この数日後、国会に提出された"対特殊生物特別措置法案"の成立への反対が2割ほど__一部野党議員の投票があったが、それ以外の与野党議員が全員賛成したことにより即可決となり、近年稀に見ない早さでそこからさらに数日後、対特殊生物特別措置法が公布されたのだった。

 

『これは、日本国国民の皆様の生命、財産、権利を今後も起こるであろう未曾有の特殊生物災害から守るための法律であります!まず、海上保安庁と合同で今後は海上自衛隊の艦艇も学園艦の護衛を行うこととなり___』

 

 連日、テレビでは垂水内閣総理大臣の会見が続けて流れており、画面に映る総理は国民に対して今回の法律公布についての説明とその必要性を話していた。それをまた、ニュース・ワイドショーのいつもの人間と専門家なるゲストを招いてあれやこれやと騒いでいる。

 

『__また、巷でウルトラマンと呼称されている巨大人型存在に関してですが、現在空海両自衛隊が在日米軍と共同で捜索を行なっております。かの存在が我が国、そして人類に敵対的であるのか、友好的であるのかは今の段階では結論づけることは不可能ではありますが、我々からのコンタクトはとるべきだとし___』

 

 ブラジルのクモンガ発生、熊本のコッヴ襲来を皮切りにして、世界各地で小型の特殊生物が出現し始めた。主にカマキリ、ハチ、シロアリなどの虫の突然変異種である。しかしながら日本以外では依然として50メートルを超えるような大型特殊生物は出現しておらず、各国軍の歩兵装備で十分に対応可能であり、現に一部の国では戦車道履修生がなんと自身の搭乗戦車で駆除した例もあった。

 そのため、各国首脳も特殊生物の撃退など、容易にできると楽観的に考えてしまう要因を生み出した。もしもの時はニホンを助けたあの巨人、ウルトラマンが我が国にもきっとやってくると。それがダメだったなら、人類の叡智の炎__核を使えば良いと。そのような安直かつ愚鈍な考えを、人類は依然として捨てることが出来ないでいた。

 

 世界の情勢を鑑みて、今後も日本に出現すると思われる特殊生物への対抗策として、防衛装備庁では冷戦時代に構想されていたものの技術力の不足などにより頓挫し、凍結されていた日米合同の新型兵器"指向性放電砲"開発計画___通称『Lプロジェクト』を日本単独で再始動することを決定。

 海上自衛隊からは"いぶき"などに次ぐ新たな航空護衛艦や汎用護衛艦、極秘裏の特殊潜水艦などを全国の学園艦用大型ドッグを利用して、短期間で建造を行うことなどを記した___『Z六号計画』が。

 陸上自衛隊からは〈12式自走電磁砲〉の追加生産及び配備と、"首都防衛移動要塞"の開発を含む___『新本土防衛構想』が提出されることとなる。

 防衛省・自衛隊は、防衛力の拡充を急ぐのであった。

 

 

 

_________

 

 

 

日本国九州地方 長崎県 姫神島

 

 

 

 姫神島中央に茂る山林…その最奥にある天然の洞窟の中、その岩肌に体積の半分ほどがめり込んでいる__鶏のものよりも一回り大きい__卵がいくつかあった。

 その卵は恐らく地殻変動によって地表に現れた太古の卵の化石のような見た目でありお世辞にも市場で出回るような、食用の綺麗で艶のあるものとは言えなかった。

 

 

パキッ!……パキャパキ………

 

 

___ギャア!ギャア!

 

 

 しかし、それらの卵は()()()()()。化石ではなかったのだ。

 いくつかある卵のうちの一つから、黒い鳥のようなモノが孵化した。それに続いて他の卵からも同じようなモノが孵化を始める。

 ……これは、のちに災いの影となる。

 

 

_________

 

 

 

南米 ブラジル連邦共和国 アマゾナス州 ジャウー国立公園

 

 

 

バババババッ! バババババッ!

 

「50メーターのバケモノに、銃なんか効くわけないだろ!早く逃げろ!」

「退避、退避ぃ!急げぇ!」

「洞窟内の掃討を担当していた第8分隊、戻ってきません!」

「嘘だろ!?コマンドー隊員も一緒だったハズだぞ!?」

「応答する部隊をかき集めろ!今はあの化け物をどうにかして潰すんだ!」

 

 あるアマゾン軍の歩兵分隊は、部隊の合流ポイントまで後退しようと行動していた。

 彼らはブラジル国内で再び活動の活発化並びに個体数の上昇を確認したクモンガ駆除のために編成された対クモンガ部隊の一つであり、その第二次駆除作戦に従事していた。

 彼らは必死に走っていた。これまでに遭遇した中でも最大級の__50メートル強のクモンガと相対したらしい。現有の歩兵火力での駆除は出来ないとして、彼らは全速力で後退していたわけである。

 

パタパタパタパタッ!

 

 そんな分隊の上空を6機の武装ヘリコプターが通り過ぎていく。ブラジル陸軍__アマゾン軍の対戦車ヘリ〈AS.555 フェニック2〉である。

 彼らの救援要請に呼応した増援部隊であった。

 

「フェニックが現着!」

 

 夥しい数の犠牲から、ブラジル政府はクモンガの脅威を認知するに至った。

 この怪物の出現の要因が何であれ、人間を喰らい版図を広げるという前代未聞の敵性生物がこれ以上のさばるのを、彼らは許さなかった。

 しかしながら、クモンガも駆除されるまで大人しくしているわけでは無かった。

 生存域を脅かす人類を相手するべく、特定の一個体が更なる巨大化を行ない、打って出たのである。

 

「よし!対戦車ヘリと攻撃タイミングを合わせる!」

 

「「「了解!!」」」

 

「大型クモンガ、来ます!」

 

キシャアアアーー!!

 

 おぞましい鳴き声と共に密林を薙ぎ倒しつつ姿を見せたのは、件のクモンガの急成熟体__大型個体であった。

 

『あのモンスパイダーを倒すぞ!』

『こちらサンバ1。これより、地上部隊への近接航空支援を行う』

『対戦車ミサイル、ファイア!』

 

 先手必勝。ヘリからは対地ミサイルが絶え間なく吐き出された。

 

バシュウン! バシュウン! バシュウン!

 

ドドカァアアーーン!!

 

「ミサイル命中!全弾当たりました!」

 

 爆炎にクモンガは包まれた…が、黒煙の中より再びその姿を五体満足で現した。

 

「おい、あんなに食らってもピンピンしてるぞ…」

「まさか……効いて…いないのか?」

 

 クモンガは自身へ攻撃してきたヘリ部隊を認識すると、すぐさま網状の酸糸を放出して捕える。そしてそのままヘリを捕えた糸の塊を大地へと叩きつけ、周囲一帯に大爆発が起こした。

 アマゾン熱帯雨林内に轟轟と赤橙に揺らめく炎が上がる。

 

「っ、フェニック…全滅!」

「こっち向いたぞ!」

「た、退避…だ!!」

 

 ものの数秒で航空戦力が無力化された満身創痍の地上部隊。最早クモンガにとれる対抗手段は消え去っていた。

 

ミシャアァアアアーーー!!

 

 再び咆哮を上げたクモンガは、地上に残る分隊に向けて酸の糸の束を発射した。それに絡めとられた分隊員達はたちまち体を強酸に溶かされ、物言わぬ亡骸と化す。

 

 その後、この大型クモンガは残党の小型、中型種を率いて今時駆除作戦に参加していたアマゾン軍陸上部隊と航空戦力を瓦解させ、その姿を眩ました。

 同作戦より帰還した部隊は出動前の二割にも満たなかったという。

 事態がより深刻な方向へと動いていることを重く受け止めたブラジル政府は、各国へこの情報を開示し日本の熊本コッヴ襲来と同様…もしくはそれ以上の脅威が訪れるだろうことを警告した。しかし、同じ特殊生物災害を経験した日本以外の主要国の意識は依然として薄かった。

 

 

_______

 

 

 

中東 ペルシャ湾 石油プラットフォーム

 

 

 

 世界有数の石油産出地帯でもある同湾内に昨今新たに建設された石油プラットフォームがあった。

 そこでは、ある問題が発生していた。

 プラットフォーム内に仮設された住居フロアの一室ではそのとある問題で頭を抱えている責任者がいる。

 

「ううむ……なぜだ?海底油田は確かにそこにあるのに、最近になってから石油が全くと言っていいほど採掘できない……。頻繁に輸送ポンプもへし折れて穴が空いたりでもうお手上げだ…。赤字だ…ウチはもう赤字だぁ…どうしてこんなことに……」

 

 責任者は困り果てているようで、打つ手無しだと一人愚痴を室内で溢していた。

 そんな彼に追い討ちを掛けるかのごとく、石油タンカーやここのプラットフォームで雇っている作業員らが書いた報告書を見てさらに頭を抱える。

 

「…さらには大量発生した茶色の大ヒトデの群れが作業の邪魔になっていると…はぁ…駆除にも金が掛かる…。これでは大赤字じゃないか」

 

 さらにここから数日後、謎の海底地震による地盤沈下によって彼と彼の所有するこのプラットフォームは赤字の原因究明を待たずして崩壊することとなる。

 

 

 

ゴボゴボォ………

 

 

 

 ペルシャ湾の海底には、石油パイプの中身を吸血鬼のごとく啜る大きな影が横たわっていた。

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

おまけ 『趣味嗜好』

 

 

 

 ハジメ少年は、とある日の放課後下校時。

 学園玄関口にて友人に一つ問われた。

 

__エリカさんに着てほしい服とかコスってあるの?__

 

 ハジメ少年は、自然に、そして素早く答えたと言う。

 

「ディアンドル一択。そして一強」

 

 ただそう答えたらしい。

 ちなみに、ディアンドルとはドイツの女性用民族衣装であり、胸元と背中がパックリと開いている、見る者が見れば劣情を抱えてしまうほどには攻めたデザインのものだ。

 黒森峰はドイツ風の学園。学園祭での出し物等で他の女子生徒が着ていたのを目にする機会があったために、それを幼馴染が着たら似合うんじゃないか…と思うのは自然な思考(?)であっただろう。

 

「__ふーん。アンタの趣向って、そんな感じなのね」

 

 噂をすれば何とやら…

 幼馴染__噂の逸見エリカが後ろにいたとは露知らず。

 

「へ?」

 

 生徒玄関で話してれいれば本人と遭遇する確率も当然高い。

 失念していた、不覚をとったとは、正にこのようなことを言うのかもしれない。

 某ずんだの妖精を彷彿とさせる素っ頓狂な声を上げ思考を停止したハジメを他所に、幼馴染__逸見エリカは顔一つ変えず、艦上商店街にある洋服店へ足を進めたと言う。

 

 __ハジメに質問を投げた整備科所属の某男子は、エリカの通報によって小梅から正座説教を後日たっぷり受けたらしい。

 そして、そこから更に数日後、機甲科のグループチャット及び整備科の個人チャット__ハジメと某須藤何某に、エリカと小梅のディアンドル姿の写真が()()した。

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】
 逸見エリカのヒーロー、第3夜__ここまで読んでくださりありがとうございます。

 この回もまた、加筆・修正を加えました。特に自分で驚いたのが、実家に戻ると言って離脱していたヒカル君が避難中になぜかまほさんといたことですね…編集でしっかりマモル君に訂正しました。これに今まで気づかなかったのか…申し訳ありませんでした。
 現在の投稿・執筆スタイルになった第33夜までの回を不定期に再編集を施していくので、よろしくお願いします。

 ちなみにこの世界の自衛隊は規模が倍になっております。そのため、保有兵器や人員が多いです。まあ学園艦とか言う巨大な海上都市をいくつも抱えてるわけですから、そりゃあねということで。
 また、後に登場する兵器の型式で分かると思いますが、ガルパン本編開始の年は西暦2020年となっております。そのため、原作とは違いスマホはかなり普及してたりします。ガルパン本編を見返してみる毎に新しい発見がありますよね。…ガラケーってもう絶滅危惧種かぁ。時間は流れるの早いですなぁ……。

 ハジメ君はエリカさんの前だと声のトーンが通常より一段階上がり、声色もやや明るくなります。
 あと、ハジメ君は本編内で「はじめて強めに引っ叩かれた」とか言ってますが、実は本編開始前…一年生の時にラッキーなトラブルが原因でエリカさんからそれ以上のビンタを喰らってたりします。ハジメ君的には、体感今回の方がダメージが大きかったんですね。こちらのお話はもしかしたら本編で今後触れたりするかも…?

 改めて、今後も逸見エリカのヒーローをよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告


 怪獣と謎の巨人__ウルトラマンナハトの出現により、黒森峰学園艦は熊本からの出港を見合わせており、未だハジメ達は熊本に滞在していた。
 みんなの気持ちの整理がついていないそんな中、今度は二体の怪獣が現れる。
 光の記憶より手繰り寄せた、新たな二つの力を使い、ハジメは戦う!

次回!ウルトラマンナハト、
【スタイルチェンジ】!


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第4夜 【スタイルチェンジ】



超古代怪獣 ゴルザ

超古代竜 メルバ

油獣 パワードペスター

怪獣王 ゴジラ

登場





 

 

 

東アジア 日本国九州地方 熊本県熊本市 某市街地

 

 

 

「黒森峰から降りて買い出しかぁ」

 

「ハジメ!次の出港っていつか聞いた?」

 

「いや?聞いてないぞ?」

 

「こっちが聞いた話だと佐世保の海自の護衛艦が準備できるまでらしい」

「早く買い出し行ってきて、プラモ買いに行こうぜ!」

「おうよ、1/144魔神闘士マジンファイターの全国販売も始まったことだしな!」

 

 ハジメたち黒森峰戦車道整備科の二年生メンバーは、学園艦を降りて__上陸して整備に使う備品の発注の為、数日前の特殊生物災害からの復興に向けて歩み始めている熊本市内を歩いていた。

 

「ハジメ、西住隊長たちは?」

 

 今回、まほやエリカ達__機甲科メンバーはこの場にいない。

 男子だけの、なんともまあむさ苦しいメンツである。ただただ華が無かった。

 

「ん?機甲科の女子グループは学園で練習だってさ」

 

「少し前に怪獣災害(あんなこと)が起きたのにすげぇな…いや俺達も大概か」

「どうしたイッチ?西住隊長が心配なのかぁ?」

「ち、違うよ!」

「ヒューヒュー!」

 

 整備科のメンバー___ヒカル、ユウ、ダイト、タクミの四人がマモルを弄っている。口笛を吹いてやったり、指や肘でツンツンと小突いてやったりと忙しなかった。

 蛇足になるが、マモルと機甲科隊長であるまほが親密な仲であることは機甲科整備科ではよく知られている話である。

 

「おいおい、あんまりふざけながら歩くな〜!怪我するぞ!」

 

 整備科隊長としての責任感故なのかは別として、ハジメが度の超えつつあった弄りを見兼ねて四人に珍しく強めの喝を入れていた。

 

「マジンファイターのスピードタイプとパワータイプが値上がりとかふざけてるのか?」

「絶妙に会話が噛み合ってないな…」

「ま、まあ落ち着けよナギ、物流も一時的にストップしてたんだ。そこらへんは許してやれよ」

 

 実際、怪獣(コッヴ)を端に発生した情勢不安及び特殊生物災害により、被災地となった熊本市…熊本県のみに留まらず、九州地方全体であらゆる産業が少なくない打撃を受けた。

 その余波を受けて、交通や物流の麻痺もまた発生していた。それらの影響がハジメ達の日常にも、プラモデルの販売ストップとその遅れに伴う既存品の値上がりという形で現れてきていた。

 

「むぅ……」

 

 このメンバー内でも、商品の流通の遅れで最も精神的ダメージを受けたのはヒカルであった。日課…趣味の一つが一時的ではあれど取りあげられたのと同義なのだ、彼の憤りも察することができる。

 

「あ!そう言えばさ!動画サイトに上がってたんだけど、50メートルのばかでかいクモンガがブラジルに出たんだってよ!」

 

 特殊生物関連の話と言えばと、ダイトが別の話題を持ってきた。コッヴ出現前までは、世界的に()()()とは何かと聞かれたら揃ってその名を口にした特殊生物の代表格__クモンガについての話だった。

 

「あー?それホントかぁ?」

「ちゃんと動画あったんだって!」

「専門家のご表明としては、何を根拠にって話だが蜘蛛型の怪獣はそんなに大きくならないから駆除は容易〜とか言ってなかったか?」

「CG映像とかだったんじゃ…?」

 

 特殊生物もとい怪獣の話とはいえ、地球の反対側のことだからかその実感はコッヴよりも少なかった。

 ダイトの語った()を他メンバーは眉を顰め半信半疑で聞いていた。

 

「__もう着いたぞ、イデさんの店」

 

 ハジメ達がそんな会話をしつつ歩いていると、気づけば戦車道ショップ "まるす133"__ハジメ達、黒森峰戦車道整備科の本土での取引先となっている市内戦車道個人店舗の一つ__の前まで着いていた。

 

「すいませーん!イデさんいますかー!!」

 

 先頭のハジメが店のドアに手をかけ、中に入る。

 

カランカラーン!

 

 小気味の良い洒落たドアベルの音が店内に響く。

 

「えーと、点検用の油と砲塔旋回装置を……」

「イデおじさん!こんちは!」

「久しぶりっす!」

 

 商品棚を整理していた中年の男性がハジメ達に気づき、仕事を止めて近寄ってくる。

 

「おお!キミたち!無事だったんだね!ニュースでは死傷者の統計発表のみだったからね…心配してたんだよ」

 

 愛想の良い笑顔でハジメ達を出迎えたのは戦車道ショップ___まるす133の店長、井出光弘(イデ・ミツヒロ)その人であった。

 彼の店のお得意様であるハジメ達__黒森峰戦車道チーム整備科は、店に顔を出しに行けばサービスをしてくれるほど彼によく可愛がられているのである。

 

「心配をかけたようで、すいません…」

 

「いやいや!キミ達は特段何も悪くないだろう? それに、あの巨人…ウルトラマン…だったかい? …が怪獣をやっつけてくれたじゃないか!それで、今日は何を買いに来たんだい?今日もいつも通りサービスするよ!」

 

 市中央区寄りに位置するこの店は、先のコッヴ襲来に伴う被害は被っていなかったために、通常営業を難なく再開させることができていた。

 戦車道関連のツールやパーツ…品揃えに不足は見当たらない。なんなら、よく店内を見渡せば、強襲戦車競技(タンカスロン)や草戦車道__草野球のような社会人向けのマイナースポーツ__関連の商品もある。

 勿論、ハジメ達の欲する物もしっかりと不足なく並べられていた。

 

「いつもありがとうございます」

 

 ここで余談になってしまうが、まるすの店長…イデの過去は謎のベールに包まれていたりする。ハジメを筆頭にした店の常連でさえ、イデ本人に関する情報、経歴と言ったモノは何一つ知らない。そもそもとして、彼が自ら過去を語ろうとはしないため、そしてそう言った話題を誰も振らないために現在までイデの過去は霧がかっているのである。

 本人は「30過ぎてから戦車道の沼にハマって店開いちゃった物好きなおじさん」だと公言しているのだが、出所不明の噂も複数あったりする。例えば、「国家組織__警察庁や防衛省勤務の国家公務員…それも公にはできない秘密部署、若しくは特殊部隊か極秘裏の特捜チーム等にいた」というものや、「防衛省の技術開発本部か、日本生類総合研究所で技術開発に携わっていた」こともある…噂まであった。

 

「いやいや、若い子応援できるのがこの仕事のやりがいだからね。お安い御用さ。さて、それに今日の発注品がまとめてあるのかな?」

 

 気前の良い店主であることは間違い無いのだが、「店主とは仮の姿でね…」などと一度イデ本人から言われたら皆信じるくらいには()()()()()雰囲気を漂わせているのだとか。

 

「はい!えっと…まずはこの部品と同じ規格の代替品を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、代金は丁度だね。今渡さないモノは連絡船経由で四日後には殆ど黒森峰(そっち)に届くかな。……いやぁ!いつもこんな店に来てくれるキミ達には感謝に絶えないよ!」

 

 購入代金をハジメから受け取りつつ、自店舗でのみ利用可能な三割引クーポンを二、三枚、気前のいい店主が彼の手に握らせる。

 ハジメだけでなく、メンバー全員がそれに会釈して感謝を伝える。

 

「いえいえ!イデさんが仕入れてくれる備品はどれも扱いやすいですから!」

 

 ハジメの言葉に、メンバーもうんうんと頷く。

 

「ははは!そう言ってくれると嬉しいね!また来ておくれよ?」

 

 少年らの反応が嬉しかったらしく、イデがさらに気を良くしていた。

 

「はい!今日はありがとうございました!」

 

 整備科隊長___代表のハジメの号令で、全員が一糸乱れぬ礼をイデに返した。

 

「イデおじさん!今度来た時、月刊戦車道だけじゃなくて週刊タンクロードも、お願いします!」

 

 下げていた頭を勢いよく上げてまず口を開いたのは珍しくヒカルやダイトではなくマモルであった。

 

「うん分かった。最新号、どっちも仕入れておくよ。気をつけて帰るんだぞ!」

 

「またよろしくお願いします!」

 

「はいよ!」

 

 店長は店の外まで出て少年達を笑顔で手を振り見送る。

 こうしてハジメ達はイデの店__まるす133を後にした。

 

 

 

「よぉし!発注もしたし、これで自由時間だあ!!」

 

 大きく背伸びをしつつ上のように喜んでいるのはダイトであった。

 

「ゲットファイターGもそろそろ買わなくちゃあなぁ…初代ゲットファイターのベータ、ガンマも1/144プラモやっと出たし……」

 

 そして自分のスマホで特撮ヒーロー__ファイターシリーズ関連の新情報等を漁りながらぶつぶつと独り言を呟いているのはヒカルである。

 

「スピードタイプとかパワータイプやらあるのか…最近のファイターシリーズはタイプチェンジもできるんだ…。追わなくなってから随分と出たんだな、新ファイターたち」

 

 その斜め後ろからハジメがヒカルのスマホ画面を覗き込む。

 

「他にも図体と質量のトップファイター、合体とドリルのガオファイターとか、オカルト能力持ちのギアスファイターっていうのも出てるからさ」

「ちなみにササキーズの二人はヨロイファイターだっけ」

「タクミは冥王闘士…ゼオファイターよな?お前もクセ強えの好きだよな〜」

「ハジメも時間ある時にシリーズ見ておけよ?遅れるからな!今アツいのは前作の鋼鉄闘士バレルファイターってヤツでな___」

 

 ハジメがファイターシリーズの話題に触れたのはかなり久しかったらしく、一同が驚きつつも興味をまた持ってくれたハジメに___上からマモル、タクミ、ユウ、ヒカルの順番で___あれやこれやとシリーズの近況について説明したり、自分の推しを自由に語り出した。

 相変わらず()()()()()、和気藹々とした日常の光景であった。

 

「うーん最近時間が…ん?」

 

 されど、またしても平和な日常は終わり告げようとしていた。

 ハジメは頭上に違和感を覚える。

 それはコッヴ出現時と同様の、嫌な感覚だった。

 まさかと思い、空を見上げる。

 

「っ!!」

 

 ハジメは絶句した。

 頭上…熊本市上空には、いつの間にか黒紫色の渦を巻いている巨大な穴が青い青空の中にぽっかりと口を開いていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「並行世界の…ウルトラマンは………全て抹殺……絶望に屈せよ…人間達よ…」

 

 とあるビルの屋上には黒いローブマントを羽織った怪しげな人型存在が空に開いた穴__ワームホールを見て不快な、そして不気味な笑みを浮かべていた。

 その笑みは、今から起こる新たな惨劇を知っているからこそできるものであった。

 

 

 

 

 

 空を見上げたまま固まっているハジメを不審に思ったメンバーも釣られて空に顔を向けた。

 彼らにもハッキリとワームホールは認識できるらしく、ハジメほどでは無いにしろ、皆が驚愕一色であった。

 

「なんだあれ?」

「ブラックホールみたいな穴がぽっかりと…」

「これってよ……また怪獣が出るってことなのか…?」

 

 非日常を彼らは一度経験している。直近の出来事と今眼前の空で起こっている事象を結びつけずにはいられなかった。

 だが、その考えは残念ながら当たることとなる。

 

「あ、熊本県に自衛隊が特殊防衛出動…」

「ネットニュースにもう挙がってる…早いな」

「おーい、スマホいじってないで早う学園艦に戻るぞ!」

 

 ヒカルの一声を受けて、整備科メンバーはすぐに避難行動を開始した。

 

 

 

 

 場面はハジメ達から少しの間外れる。

 

 

 

 

新熊本港 学園艦停泊地 

学園艦 黒森峰学園 戦車道艦上演習場

 

 

 

 エリカ達機甲科選手らは、開催の方向で向かっている夏の戦車道全国大会に万全の用意で臨むため、特殊生物災害発生より2日後にあたる今日から通常練習を再開していた。

 

「エリカ、次の練習メニューについてなんだが」

 

 エリカは隊長のまほより、訓練に関する相談を受けているところであった。

 

「はい。高所奪還の動きの確認ですね___」

 

 まほが持ってきたバインダーを受け取り、それに留められている訓練内容について自身の考えを口に出そうとしたその時だった。

 

ズズゥウウウーン………

 

 不意に陸地側__本土から、腹の底まで響くほどの途轍もない重音が轟いたのである。それは巨大な何かが連続で激突したようなものにも思われた。

 当然、この異常事態の発生によりエリカの言葉は遮られるわけである。

 

「な、なんだ?地震か?」

 

 まほが思わず地震だと思ったのも無理は無かった。

 

「ですが黒森峰(ここ)(フネ)…海の上ですよ」

 

 しかしまほの仮説は、エリカによってすぐ覆された。学園艦に住む者としての()()と現在の事象を照らし合わせれば自ずと分かるものである。

 そう。津波ならばいざ知らず、海上を航行する巨大艦船である学園艦は接地していないのだから、滅多なことでは揺れない。揺れないのである。

 まほが上のような錯覚を覚えたほどには、先の轟音のインパクトは相当大きかった。

 そして、日常では聞くことも無かった異音の正体をエリカは難なく見つけることができた。

 

「あ! 隊長、アレを見てください!」

 

 エリカが熊本市の方向に指を指す。

 彼女の指摘を受けてまほも陸の方へ目をやると、微かに__黒森峰が停泊している新熊本港から阿蘇山までの距離は約35km強__であるが、赤と青の二つの球体が阿蘇山に鎮座しているのが確認できた。どうやらアレが異音を轟かせた犯人であり原因だと二人は察し、地震や津波といった自然災害の類のものではなかったのだと理解した。

 球体の周辺からは黄土色の土煙が積乱雲の如く舞い上がっており、アレらが先ほどの激突音__異音の主らであることを赤裸々に物語っている。

 

 

ウゥウウウウゥゥウウウーーー!!

 

 

 少し遅れてどこからともなく甲高いサイレンが聞こえてきた。日本史の授業で、名前ならば聞いた覚えのある__空襲警報が頭を過ぎる。

 たしか、今では国民保護サイレンだったか…。

 それが流れたと認識した後、ハジメ達__戦車道整備科の二年生メンバーが買い出しへ向かっていたことをエリカは思い出した。

 しかし、彼らを探しに行こうと行動に移す前にそれを察したまほがここにいるよう促した。

 

「エリカ、私達の学園艦も避難所に設定されている。ハジメ君達もこちらに戻って来るハズだから、気持ちは分かるが落ち着いてほしい。…大丈夫、緊急出航の前に彼らは戻ってこれる。あっちにはエリカと同じくらい頼りになるストームリーダーだっている。そうだろう?」

 

「ッ…! そうでした。すいません、隊長」

 

 まほからの言葉でいつもの冷静さを取り戻したエリカ。

 隊長に気を配らせてしまったことに対して謝罪しようとするが、それを彼女は止める。

 

「いや、いい。…それに、恐らくアレは十中八九前回と同じ、怪獣か何かだと私は思う。熊本の第8師団も出動するはずだから、陸地側の避難誘導は問題ないだろう。それに今回はアレらとは距離もある。ハジメ君達を信じよう。エリカ、今は機甲科の子達を校舎へ避難させる。手伝って」

 

「分かりました」

 

 「直下の問題はこれから如何なる行動をするか」なのだと、まほは現状を未だに把握できていない__パニックになりかけている周囲の機甲科生徒達の下に走っていく。

 

「………レイラ!」

 

 情緒を切り替えたエリカは、近くにいるだろう親友の名前を叫んだ。

 

「エリカちゃんに呼ばれてレイラ来ました!!」

 

 親友__同級生のレイラがどこからともなく素早く彼女の横に駆けつける。

 

「あっちにまだ固まってる一年生の避難誘導を手伝って。あと整備科の方もね。あの子達、みほみたいにとろいから。引っ叩いてでも校内シェルターまで連れてくわよ!!」

 

「がってんだよー!」

 

 

 

 

 

 再びハジメ達へと場面を戻そう。

 

 

 

 

 

『___繰り返します。阿蘇山中岳付近に正体不明の球体群が落着しました。この球体群は、特殊生物である可能性が非常に高いとのことです。先ほど、熊本市に対しても避難警報が発令されました。市民の皆様は最寄りの避難所にパニックにならず、冷静に移動してください___』

 

 熊本市内に設置されているスピーカーは避難誘導を市民に伝える役に徹していた。

 ハジメ達も警察の誘導に従いながら新熊本港へと向かっている。

 スピーカー越しの市職員の声は緊張からかやや上擦っている箇所もあり、定型文の割合が少ないことから、本当に切羽詰まっていることが窺えた。

 二度目といえど、未曾有の事態への対処能力など一日二日で身につくわけではないのだ。

 

「アレから怪獣が出てくるってこと…?」

「イデさん…大丈夫かな…」

「おいおい今度は二体分かよ。どうして熊本ばっかり…」

「だあぁああー!!1/144マジンファイターがぁ!!」

「今は人命優先だ!またの機会に買えばいい!命は買い戻せんからな!!」

 

 少年の友人達は慌てふためきの只中であった。

 

「とりあえず今は避難指示に従おう。走ればここから10分も掛からない。黒森峰まではすぐだ!」

 

 兎にも角にも、迅速な避難が今後の行動の選択肢を広げることに繋がるだろう。取れる選択肢が多ければ生存率も引き上がるに違いないとハジメは思っていたが故に、友人達にも聞こえるよう普段よりも五倍増しの声で話す。

 ハジメらは現在、市内の主要道路脇__歩道を駆け足で進んでいる最中である。

 横目で見れば、車輌用道路は迅速に片側が熊本県警(交通機動隊)のパトカーにより規制が為されていた。

 他にも、消防士や警官が路肩に誘導された車の運転手に降りて避難をするよう促しているのも見受けられる。

 人々の動きは想像よりも理性的であった。物理的にも、精神的にも、異常存在との距離が前回と比べて遥かに余裕があることが一因になっているかもしれない。

 

「あっ!! おい、アレ見ろよ!」

 

 先ほどまで嘆いていたはずのヒカルが向かいの道路を通る何かを見たらしく、興奮した様子でそれが見えた方向…前方奥の一般道に指をしきりに指していた。

 

キュラキュラキュラキュラ…

 

 奥の道路から何かが近づいてくる音が聞こえてきた。それが無限軌道(キャタピラ)による走行音であると、いつも()()()を触っているハジメ達にはすぐ分かった。

 

「陸自の"12式"だ!第8師団、"第103戦車連隊"だぞっ!」

 

 ()()()の正体は、陸上自衛隊第8師団__史実とは大きく差異のある、新設・増強された機甲部隊__所属の装甲車輌群であった。

 

「頑張ってくれよー!戦えるってとこ見せてやれ!」

「陸自にとっちゃ本格的な初の実戦か」

「続々と後ろからも……」

 

 交通規制がかかっている都市の一般道を、森林迷彩の施された陸上自衛隊の最新鋭戦闘車輌__〈12式自走電磁砲〉数台を先頭に据えて、主力戦車(MBT)__〈10式戦車改〉とMCV__〈16式機動戦闘車〉が続いて何十輌もやってきた。いずれの車輌にも、「103」と描かれたボードを持った()()()()()()()()のエンブレムが施されている。

 正体不明の球体が落ちた阿蘇山方面へ向かうべく、機甲部隊__第103戦車連隊の車列がハジメ達の前を通り過ぎてゆく。

 ちなみに、こことは別の市内一般道も同様に交通規制が為されており、"第104戦車連隊"と"第105戦車連隊"もまた作戦区域に向けて移動中である。なお、これらの戦車連隊は健軍・熊本・北熊本の各陸自駐屯地より出動している。

 

 市民達は自衛隊へ激励の言葉を思い思いに送っていた。それに答えるように、彼らは雄々しく進む。

 

『こちら103、パッチワーカー1。全戦車連隊に通達。コンディションを整えられたし。送れ』

 

___バババババババッ!!!

 

『スカイスコープより対戦車ヘリ(バロム)中隊。速度そのまま、編隊を維持しつつ本機に続け。間もなく作戦空域だ』

 

『バロム1(ヘッド)了解。貴機に追従する』

 

 さらに、米国生まれの対戦車ヘリ〈AH-64D アパッチ・ロングボウ〉 一個飛行中隊が偵察ヘリ〈OH-1〉を中心に編隊を組んで、市街地の真上を通過していく。

 

 三個戦車連隊、そして対戦車ヘリ一個飛行中隊からなる混成部隊が、阿蘇山に我が物顔で居座る二つの巨球を排除するべく、熊本市東部にて合流後阿蘇山__さらに東へと移動を開始。

 

 自衛隊による謎の球体群への一斉攻撃の時間は刻々と近づく。

 ここから凡そ30分後、事態は新たな局面を迎える。

 

 

 

_________

 

 

 

同時刻 太平洋 フィリピン海北部海底

 

 

 

 海中には哨戒任務___隣国、中国の人民海軍や豪州連合海軍を念頭に置いたもの___に従事している海上自衛隊__佐世保基地に司令部を置いている"第3潜水隊群"、"第8潜水隊"所属の__〈"そうりゅう"型潜水艦〉姉妹艦"しんりゅう"、"ひりゅう"、"こうりゅう"の3隻が航行していた。

 

「熊本県西部に正体不明の二つの球体が落下したとのことです!」

「なお、本潜水隊は引き続き哨戒任務を続行せよ、と」

 

「……立て続けに未知なる存在が九州に来るか…。分かった。任務を続行する」

 

 第8潜水隊旗艦"しんりゅう"の艦長、前原一征(マエハラ・イッセイ)一等海佐は熊本にて正体不明の物体落下の報を聞いて憂いていた。

 その時、艦の目であり耳…パッシブソナーが未知の反応を探知する。

 

「!! 艦長!1時方向、距離4500、深度400より日本本土関東沖へ向け約9ノットの速さで航行している未確認大型物体を感知!」

 

 ソナー長からの報告に前原は驚く…が、すぐに持ち直し彼に詳細を求めた。

 

「大型物体…?こんな時に中国の原潜……いや、違うな。アクティブソナーにはどう映っている?」

 

「………全長約50メートルの、星型の…ヒトデのような形状です。なんだコイツは…」

「それに、地面…海底を這うような音、そしてクジラやイルカといった既存の海洋生物のものとは思えない不可解なエコーが聞こえてます。信じられないですが、この大型物体は極めて生物的な動きをとっているとしか…」

 

「……うむ。"ひりゅう"の海江田(カイエダ)艦長に連絡」

 

 通信チャンネルを開き、前原は"ひりゅう"艦長___海江田と連絡を取る。

 

『___ええ。こちらのソナーでも例の反応を確認しています。深町(フカマチ)艦長と協議した結果、これほど奇怪な潜水艦は存在しないとして、全く新しい…未知の大型特殊生物である…と、意見が一致しました』

 

 暫定大型特殊生物(怪獣)と目される不明大型存在の反応に関して、他二隻の最高指揮官…艦長達も前原と同じ結論に至っていた。

 

「やはりか…。さて、目標は依然として、本土領海に向かっている。これより我々は同目標の追跡を開始する。そして、こちらの警告に応じず、日本本土への航行を続けた場合、同目標を敵性存在と判断し…撃沈(駆除)する。また、警告に反応して、目標が反転しこちらに向かってくる可能性もある。その際の迎撃用意をしてほしい。深町艦長の方にも伝えてくれ」

 

『っは!』

 

 海底で探知された__日本本土へと向かっているとされる__謎の大型物体発見の報はすぐに防衛大臣を通じて官邸まで送られた。垂水総理は、この報告を受け対象を未確認の特殊生物であると判断。

 熊本の謎の球体群に続き、前原率いる第8潜水隊にも大型未確認航行物体への対処___特殊防衛行動を開始するよう指示した。

 

 政府の迅速なる判断によって、潜水隊は作戦行動に移ることが叶った。

 

 同潜水隊は、駆除対象__未確認大型物体の日本本土到達の阻止を掲げ、潜水隊側へ対象の()()を逸らし誘導するべく動き出した。

 作戦の第一段階…その一番槍を担ったのは"こうりゅう"だった。

 

「"こうりゅう"、目標に対してピンガー射出。目標への警告・誘引を開始。………!! 針路を日本本土よりこちら…本艦隊へと変更!向かってきます!」

 

 作戦第一段階、未確認大型物体の誘導は成功した。

 想定通りの動きを取る相手に、そこからの潜水隊の行動はもう決まっていた。

 

「ソナーの反応に変化あり!目標の外形がヒトデ型から二枚貝のようなモノに…()()しました!」

 

 誘導の成功と、ヒトの作る(フネ)に非ざる挙動を取った対象の報告を受けて、前原達は相手が完全に潜水艦ではないと確信。全艦が迎撃態勢に入る。

 作戦は第二段階へ移行する。それは有線誘導の魚雷による飽和攻撃で、未確認大型物体__敵性存在を無力化ないし撃滅するというものであった。

 

「これで中国艦でも豪州艦でもないと確証を得た。よし、目標に対しての迎撃行動を開始する。……魚雷戦闘開始!魚雷発射管一番から四番外扉開口!発射用意ーーー!!目標との距離3500で発射する!!いいか、存分にやるぞ!!」

 

「目標さらに増速!……目標との距離3600、まもなくです!!」

 

 常識の通じない未知なる敵が迫っているのを、クルー全員が理解していた。

 相手は十中八九、怪獣だ。彼らがこれまで戦闘を想定し訓練してきた仮想敵(軍用艦船)ではない。

 彼らは座学、訓練で化け物退治の仕方などを教わることは無かった。まさか空想の存在と相対するなぞ誰も予想していなかったし、できなかったからである。

 故に、彼らクルーは艦の耐圧装甲越しにいるだろう怪獣以外に、体感したことの無い緊張感とも戦っていた。

 だが彼らとて海上自衛官…国の大洋を守る軍人である。伊達に訓練はしていない。日頃からやってきたことを、今もまたやるだけだ。

 

「魚雷、発射!!」

 

『魚雷一番から四番、発射!』

 

ボシュゥ! ボシュウン! ボシュ! ボシュゥウン!

 

 3隻の潜水艦から計12本の89式魚雷が一斉に目標__パワードペスターへ向けて発射された。有線誘導が組み合わさった誘導魚雷は海の魔物に喰らい付かんと海中を走る。魚雷群は寸分の狂い無く、必中の軌道を取って向かう。

 

「魚雷航走ーー!!」

「有線誘導、異常無し。目標、正面に捉えています!!」

 

「よし、全艦全速後退!!次弾装填急げ!五番、六番発射準備!」

 

 世界最強の通常動力潜水艦と水棲怪獣。

 雌雄を決するのは果たしてどちらか。

 

キュォオ!キュオオ!!

 

 全幅100メートル越えの巨躯を持つ海洋性怪獣__油獣パワードペスターは自身へと向かって来ている複数の存在__魚雷に対して威嚇する。

 しかし、そんなことなどお構いなしに高速で接近してきたそれらは自身に体当たりを敢行し、そのまま自爆していく。

 

ドドドドドォオオドオーーン!

 

 海中で炸裂した魚雷群によって、パワードペスターは膨大な気泡に包み込まれる。

 しかし、二桁数の魚雷の直撃___小型の学園艦ですら中大破に追い込む飽和攻撃であってのにも関わらず、かの怪獣、パワードペスターへ致命的なダメージを与えるまでには至らなかった。

 

キュオオオォオーー!

 

 雷撃を受けたパワードペスターは怒り狂い、先ほどの存在を送り出してきた"黒い親玉(潜水艦)"へさらに速度を上げて接近。

 全身のタコのような吸盤を伸縮させる動作(威嚇)をしながら、潜水隊へとがむしゃらに向かい出した。

 

「…目標に魚雷、全弾命中しました!」

 

「どうだ?目標の反応は?」

 

 水中爆発によるエコーとソナーの乱れから、捕捉及び聴音可能となるまで数秒掛かった。

 

「………!! も、目標健在!速度20ノットでなおも接近!」

 

 再び探知が可能となった矢先、ソナー長が叫んだ。

 

「は、速いっ!!」

 

 海中でありながら、驚くべきスピード。

 前原達が、人類の常識を軽く超える存在が現実にやってきた事実を改めて突きつけられた瞬間であった。

 

「ふむ…12本の魚雷を食らって沈まぬとは。…まさに怪獣だな。現実ではやりあいたくなかった! 再度、魚雷発射!全弾ありったけ打ち込んでやれ!」

 

『了解!一番から六番、魚雷発射!』

 

 だが彼らは驚愕こそすれども、怖気付くことは無い。

 "しんりゅう"は続けてさらに魚雷を発射する。

 それから少し遅れて残りの2隻も同様に魚雷を吐き出した。

 

「聴音不能!魚雷は命中したようですが___」

 

 魚雷は再び全弾命中するも、パワードペスターは接近を続け、残る距離は200となっていた。

 

「っ!!」

 

 距離を伝える間も無かった。

 回避は不能、撃沈は必至。

 恐らく我々は水底に沈められる…と前原達、潜水艦クルーは思っていた。

 

 ___だがその時、"しんりゅう"ソナー長は艦の後方に突如として出現したパワードペスターと同等の反応を感知した。

 

「___か、艦長!後方に目標と同サイズの反応を探知!」

 

「なに!? その反応との距離は!!」

 

 唐突かつ喫緊の内容に、前原はすぐにソナー長に問うた。

 

「たった今……ほ、本艦と"こうりゅう"の右側面を通過……前方の目標と接触しました」

 

 新たな存在は、ソナー長が前原に報告しようとしていた間に潜水隊の真横を通過していた。

 どうやらパワードペスター以外は眼中に無いらしかった。このイレギュラーな事態によって潜水隊は全滅を免れたのである。

 

「こちらを襲ってこなかった……」

 

 潜水隊後方より現れた新たな大型物体__もとい怪獣は、パワードペスターとの戦闘に突入する。

 

「前方で打撃音。奴ら…取っ組み合っている…?」

「どうなってるんだ?」

 

「……"ひりゅう"、"こうりゅう"に通達!目標が未確認の存在と交戦している間に後退!!向こうと距離を取り態勢を立て直す!」

 

 第8潜水隊は後退を開始し、下手にこちらからは攻撃せず、戦闘の行方を静観することを決定した。

 

 

 

_________

 

 

 

日本国九州地方 熊本県 南阿蘇村 

 

 

 

 場面は地上__熊本へ。

 

 陸上自衛隊第8師団、混成戦闘部隊は南阿蘇村を、人口密集地であり未だ避難する人々で溢れている熊本市を防衛するための防御陣地とし、同村内に三重の防衛網を敷いた。

 なお、同村に住んでいる民間人の避難は既に終わっており、無人街の様相を呈している。

 そんな村内の道路、田畑には機甲部隊が、そしてその上空には対戦車ヘリ部隊が展開を完了させていた。

 

「田所隊長!全部隊、攻撃準備が完了しました!」

 

「よし、分かった。これより、球体群への一斉射を行う!射撃用意!」

 

 南阿蘇村混成部隊展開地より凡そ5キロメートル後方地点に、移動指揮所としての役割を持つ〈82式指揮通信車〉が中心となり、簡易的ながらも現地本部を形成。

 混成戦闘部隊の指揮官をつとめる__田所浩二(タドコロ・コウジ)一等陸佐の命令の下、地上各車輌の砲塔が阿蘇山方面に旋回。対戦車ヘリの各射撃要員も武装の安全装置を解除し、トリガーに指を掛ける。

 斉射の準備は万端であった。

 

「各隊、射撃よ…!! きゅ、球体が消えていきます!」

 

 しかし、いざ攻撃!…とした時に、異変が発生した。

 阿蘇山に落下し、ここまで特筆すべき動きを見せてこなかった二つの球体…その表面とも膜とも言えるものがフッと消え、中からは二体の邪悪な怪獣___メルバとゴルザが咆哮と共に現れたのだ。

 

「二体の大型特殊生物を確認!」

 

 警戒車より身を乗り出していた搭乗員の一人が叫ぶ。

 

「なんだって!? くそっ!遅かったか!」

 

 田所が上部ハッチから上半身を出し、手持ちの双眼鏡で搭乗員の報告の真偽を自分の目で確かめる。

 レンズ越しに、空想の産物__巨大存在、怪獣が確かに視認できた。

 

「デカい…デカすぎるぞ…!」

 

 双眼鏡を持つ彼の両手は僅かに震えていた。

 

 …かの二体は、並行世界の地球で人類に猛威を奮った闇の軍勢の尖兵とも言える凶悪な怪獣である。

 だがそれをこの世界の人々が知る由も無い。

 しかしながら、陸自混成部隊のやるべきことは変わらない。攻撃対象が巨球からその中身に変わっただけのこと。

 

「見た目は翼竜と二足歩行のゴツい肉食恐竜か…? 翼が生えているヤツを"アルファ"、もう一体を"ベータ"と呼称する!!」

 

 怯えを振り払うように、田所が宣言した。

 

「"アルファ"、"ベータ"、阿蘇山を降り、熊本市方面へ侵攻を開始!」

 

 二大怪獣は、何かに誘われるように熊本市市街地へ歩み始めた。

 

「ヤツらを市の方へ行かせるな!春日(空自)のライトニングに空爆要請!各地上部隊並びにAH-64D(アパッチ)、射撃開始!」

 

 自衛隊による攻撃。

 その号令が田所より発せられた。

 

「了解。各隊、射撃開始!!」

 

 指揮官田所の命令を通信要員が復唱。

 村内に進出・展開していた各機甲部隊並びに攻撃ヘリ部隊にその命令が伝播していく。

 そこから凡そ数秒後、混成戦闘部隊は持て得る全ての火力の投射を開始。

 明色の火線が幾本もゴルザ、メルバに殺到する。

 

ズドォン! ズドォン! ズドォン!

 

ズガァアアアーン!

 

バシュバシュゥッ! ババシュッ!

 

 火力演習のそれを軽く超える凄まじさであった。見る者が見れば、かの湾岸戦争時の対空砲火の映像が過ぎったかもしれない。

 

 陸自混成部隊より放たれた火砲・誘導弾の着弾と同時に、阿蘇山山麓一帯が吹き飛ぶ。爆炎と共に、周辺の土砂が高く舞い上がり、それは土色のカーテンの如きものを形成した。

 あまりに激しい攻撃により爆風の余波が防衛陣地にまで届くほどであった。

 

「頼むぞ…」

 

 田所は誰にも拾われることのない呟きを、小さく発した。

 ここ、南阿蘇村を突破されれば、熊本市までは一直線。ほぼ平坦な地が続くのみである。

 道中に市町村が一つ二つあるが、巨大存在たる怪獣にとってそれは大した障害にはならないだろう。逆に熊本市侵攻の前後の怪獣の動きで巻き添えを喰らう可能性も十二分にあった。

 怪獣の行動原理や侵攻目的が判明しないものの、予想される被害を最小に抑えるべく陸自部隊は相手に反撃の余地を与えぬよう、火力投射を継続する。

 

 

 

熊本市 某市街地

 

 

 

『たった今、球体から姿を現した二体の怪獣に対して、陸上自衛隊による総攻撃が始まりました!猛烈な爆発によりどちらの怪獣の姿も確認できません!』

 

 報道機関の__ドローンを用いた後方からの無人航空撮影による__中継映像とその実況を黒森峰整備科メンバーはスマホで観ながら、避難を続けていた。

 

「「「おぉ〜!!」」」

 

 ハジメ以外のメンバー全員が、自衛隊の怪獣に対する圧巻かつ圧倒的な総攻撃を画面越しに見て歓声を上げていた。

 

「すげぇ!なんつー火力だ!」

「焼き鳥と焼き蜥蜴が出来上がったな」

「ざまぁないぜ!さっすが自衛隊!!」

「おーい、ハジメももっと観ろよ!これなら、怪獣もメッタメタだぜ?」

 

 ヒカルがスマホの中継映像を、どこを見てるとも分からないハジメの顔の前まで持ってくる。

 

「あ、ああ……」

 

 ハジメは心ここに在らずな半端な返事をするだけだった。

 ヒカルはそれを怪訝に思いながらも深く追求することはしない。ただただ、この映像をリアルタイムで見れるのに勿体無いと愚痴るのみに留まる。

 

「……これ見逃しちまったら、損だと思うんだがなぁ…」

 

 ハジメが周囲を、同じく避難中の人々の様子を見てみれば、あちこちから歓声が聞こえてくる。周囲の人々もまた数人単位で集まって報道の中継映像を観ていた。

 

 しかしその後もハジメは同調して喜ぶことも、スマホの画面を見ることも出来なかった。たしかに自衛隊の攻撃は目を見張るほどの凄まじいものだ。

 それでも、一度ウルトラマンとして怪獣と戦っているハジメは、一種の予感を抱いていた。「きっとやつらには()()()()まだ足りない」と。

 

「………」

 

 ただ一人だけ、ハジメは中継そっちのけで、自衛隊と怪獣の戦闘が未だ続く阿蘇山__南阿蘇村の空を静かに睨みつけていた。

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

南阿蘇村 第105戦車連隊第3中隊第一防衛陣地

 

 

 

『射撃中止!状況確認!』

 

「撃ち方やめ!」

 

「撃ち方やめ!」

 

 田所の命令により、各戦車連隊車輌が砲撃を一時中断する。

 

「どうだ!レールガンの味は!」

「これで倒れていれば……」

「あの集中砲火を生き残れるなら正真正銘の化け物さ」

 

 阿蘇山の麓部分は、未だに火薬由来の膨大な黒煙と舞い上がった砂煙によってその全容を把握できない状態であった。

 電磁加速砲、滑腔砲にライフル砲、そして対地誘導弾からなる集中射撃を十数分の間、二体の怪獣は受けたのだ。現代兵器の火力を集中運用したのだから、無傷で済むわけがなかった。

 搭乗員達が上の如く口々に喋っていると、偵察ヘリ(OH-1)から、観測情報に関する無線が入ってくる。

 

『___こちらスカイスコープ。現在、状況確認中……。 なっ!! アルファ、ベータ、共に健在!射撃による効果は見受けられず!繰り返す___』

 

 ヘリ観測員よりもたらされたのは、華々しい自衛隊初の戦果…ではなく、目標健在という凶報であった。

 

「なっ!!」

 

 現場の彼らは驚愕する他なかった。

 混成戦闘部隊は急ごしらえ感は拭えないものの、仮にも機甲・航空戦力を有する陸戦部隊である。同部隊の集中砲火を耐えるなど…傷一つ付けられないなど考えられなかったからだ。

 現代兵器の攻撃を立て続けに受けてぴんぴんしているような生物がいるなど何の冗談だと。

 

『か、各隊全速後退!後方第二陣地に急げ!』

 

 何かを察した田所が全部隊に距離を取るよう命令した。

 

「っ! 後退開始!」

 

 それに従い、他部隊と同様に第3中隊もまた陣地転換のために動く。

 同中隊は新概念兵器__レールガンを搭載した戦闘車輌〈12式自走電磁砲〉が多数を占める部隊である。

 当車輌は最新技術の塊とも言える代物であるが、無論弱点や改善点は当然あるわけで、その一つが走破性…機動力だ。通常の主力戦車__10式や90式と比べると、整地不整地共にそれらの戦車より凡そ10数km/h分遅かった。

 

『『『了解!!』』』

 

 後退命令を受けてから、実行に移すまでのコンマ数秒が、第3中隊の命運を分けた。

 ゴルザは頭部を紫色に発光させ、()()を第3中隊に定めていた。

 

『べ、"ベータ"の頭部発光を確認!』

『アレはマズイ…マズいぞ!!』

『何をする気なんだ!?』

 

 偵察ヘリの観測員が悲鳴に近い報告が上がる。

 各隊の無線では相手__ゴルザの未知なる攻撃の予感を口にしている。

 

『それは恐らく光弾発射の準備動作だ!第3中隊後退急げ!狙われてるぞ!』

 

___ゴァアアッ!!!

 

 しかし、無線越しの田所の叫びと同時にゴルザは後退に手間取っていた第3中隊に向けて、紫色の怪光線____"超音波光線"を横薙ぎに放った。

 

「うわぁ!!」

「やめろぉお!!」

「06がやられた!たい___」

 

 光線が直撃した第3中隊の最新鋭戦車___12式自走電磁砲は乗員諸共例外なく次々と砂のように分解され、サラサラと爆散することなく崩壊していく。

 

バタバタバタバタバタ…!

 

『複合カーボンの特殊装甲だぞ!あんなアッサリと___』

 

 続いて今度は、OH-1___偵察ヘリが空中に()()()

 ゴルザは砲撃を再開していた第103、第104戦車連隊とヘリ部隊に向け、先程と同様の攻撃…超音波光線を連続発射して次々と文字通り塵へと変えていった。光線の命中率は極めて高く、寸分の狂いもなく射抜いていく。

 

 ゴルザによる蹂躙劇は続いた。

 

 十数分後。

 ゴルザは気が済んだのか、メルバを引き連れて、残存している混成戦闘部隊の車輌・航空機群を放置し進撃を再開。形骸化した第二、第三防衛陣地を破り、熊本市に迫る。

 

 

 

 

 

 

南阿蘇村 現地仮設本部

 

 

 

「第104、第105連隊、第103及びアパッチと同様に通信途絶…。全滅の可能性大、です………」

 

 田所が部下より報告と共に手渡されたタブレットの画面を見やる。

 液晶画面の、小型無人偵察機が映す光景__防衛陣地の惨状が全てを物語っていた。

 混成戦闘部隊が正面から叩きのめされた。その事実のみが横たわっている。

 

「くっ!………春日の航空隊はどうなっている?」

 

 苦しげな面持ちで、残された怪獣侵攻阻止の切り札について尋ねた。

 

「はい。現在、岩国の在日米海軍の第102戦闘攻撃飛行隊と合流し、残り3分で阿蘇山上空に到着します。___なっ!"アルファ"の飛翔を確認!北西へと針路を取ったとのこと!!」

 

 新たな報告だった。

 "アルファ"もといメルバの北西へ向けての飛翔。その方向より急行中の空自航空隊を察知したとでも言うような動きだった。

 

「くそ!!………あとは頼みます…秋津先輩…!」

 

 田所は82式指揮通信車の上、キューポラ上に立ち、九州北部へと飛び去るメルバを睨みつけていた。

 そして彼は自分の恩師とも言える空自のとある隊員に託した。日本最強と謳われるファイターパイロットである彼率いる航空隊が、自分達では止められなかったゴルザ、メルバをも倒してくれると。

 

「……生存者の捜索、救助の準備急げ!!」

 

 戦力の半分以上が消失し、防衛部隊としての機能を喪失した第8師団混成戦闘部隊は、誰からの邪魔をされることもなく熊本市へ悠然と向かうゴルザを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

熊本市 某市街地

 

 

 

 「第8師団壊滅」と言う事実は、熊本市民をパニックに陥れるのには十分過ぎるものだった。

 市内の人々は、先ほどまでは誰もが警察と消防の指示に従っていたのだが、今はもう我先に逃げようと各々が西へ西へと走っている状態である。

 

 そんな人々の濁流に逆らって怪獣___ゴルザへと向かう少年がいた。

 そう、ハジメ少年である。マモルやヒカル達と混乱のどさくさに紛れて別れたのだ。恐らく彼らはあのまま人々の流れによって学園艦まで避難できるだろう。

 

「どこか人目につかない場所に行かないと…うん?」

 

ヴーヴー! ヴーヴー!

 

 ハジメは変身することができる場所を全力で探していると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動していることに気付く。

 すぐに取り出してみると画面はエリカからの連絡だと示していた。

 ハジメは走りながらスマホ画面を横にスライドして耳に当てて通話を始める。

 

「もしも__『アンタいまどこにいんの!?』__」

 

 通話相手のあまりに大きい声量により、ハジメは思わずスマホを一瞬耳から離す。

 

「熊本市西区!もう少しで学園艦に着くよ!」

 

嘘である。

 

『マモルとヒカルがアンタとはぐれたって泣きながら電話してきたわ!アンタまた無茶なことしてないでしょうね!!』

 

「みんなとはぐれたけど、警察の人が今誘導してくれてるからそれに従ってる!」

 

 大嘘である。

 

『…分かったわ。とにかく急いで学園艦まで来なさい!今、自衛隊がやられたって大騒ぎで、緊急出港の準備に入ってるの!絶対よ!来なかったら前の二倍引っ叩くわよ!』

 

「……了解」

 

 そう言ってハジメはエリカとの通話を切る。そして小さく呟いた。

 

「ごめんエリさん……。多分、引っ叩かれると思う」

 

 ハジメはαカプセルを取り出し掲げると、そのボタンを迷いなく押した。

 

 

 

 

 

 

グルルルル………

 

 ゴルザは遂に熊本市東部に到達し、眼前に広がる都市を破壊せんと陸自戦車部隊を葬ったかの光撃__超音波光線を発射しようとしていた。

 

 その時だった。黒き乱入者が現れ、ゴルザの頭上から蹴りを入れた。

 乱入者は蹴りを当てると、そのまま街を背にして華麗に着地した。

 

ヘアッ!

 

《熊本復興の火は消させやしない!!》

 

 突然現れた乱入者は光の巨人__ウルトラマンナハトであった。

 

 

 

「ウルトラマンナハト!」

「おお!来てくれたのか!」

「また助けに来てくれるんですか…ありがとう!」

「私、リアルで初めて見た!」

 

 それは、黒森峰(学園艦)で事の行く末を見ている少女達の声。

 

「が、がんばれー!ナハトー!」

「いけ!ウルトラマン!怪獣を倒してくれ!」

「勝ってくれぇ!!」

「頼んだぞーー!」

 

 それは、熊本に住まう人々の声。

 

 

 

 皆の声援を背中で受け、ナハトの闘志にさらなる火がついた。

 

シュアッ!

 

ゴアアアァアアーー!!

 

 ゴルザは自身の邪魔をした黒き乱入者に対して怒りの咆哮をあげ、体当たりを仕掛ける。しかしナハトは華麗にバックジャンプをすることでそれを避けた。

 

ヘアッ!

 

ゴァアアー!

 

 そこからナハトは勢いのままゴルザに掴みかかろうと正面から飛びかかるも、ゴルザの怪力により捻じ伏せられてしまい失敗。地面に叩きつけられ、さらに踏みつけられてしまった。

 

グアッ!

 

《力が…違いすぎる!どうすれば……あ!》

 

 劣勢の中、ハジメ__ナハトの脳裏にビジョンが過ぎる。

 

__スピードタイプとかパワータイプやらあるのか…最近のファイターシリーズはタイプチェンジもできるんだ…__

 

 ハジメは午前の買い出し前後の、ヒカルとの会話を思い出した。

 その()()()()()にかけることを彼は決意する。

 

《いけるか?フォームチェンジ…。いや、やるんだ!…イメージは………あった!!よぉし!》

 

 脳内にあの時と同様に疾った追憶(ビジョン)__イメージを明確に掴み、それを形作ったナハトは、自身を踏みつけているゴルザの足を持ち上げる。

 渾身の力でゴルザの足を退かすことに成功したナハトは脱出。ローリングで距離を取ったのち素早く立ち上がった。

 

《いくぞ!スタイル…チェンジ!ガッツ!!》

 

セアッ!

 

 ナハトの頭部ランプが眩く光り、その光が全身を包み込んだかと思うと、そこには燃えるような紅色のナハトが立っていた。

 その筋骨隆々の姿は見る者に頼もしさと力強さを感じさせる。

 

「色が………変わった…?」

「鮮やかな紅色…綺麗…」

「筋肉が増した…姿を変えて対応したというのか?」

「頑張って!ウルトラマン!」

 

 ナハトが見せた新たな姿__紅の剛力戦士、ウルトラマンナハト ガッツスタイル。それにはエリカ達も驚嘆する他なかった。

 

ゴァアア……

 

 ゴルザも明らかに相手の()()が内側より変わったことを悟っていた。

 力勝負での格が数段階上がったと分かったのか、萎縮していた。

 だが戦意までは喪失していないようで、今度は尻尾でナハトを周囲のビルごと薙ぎ払わんと動く。

 

 "大地を揺るがす怪獣(ゴルザ)"との第二ラウンドが開始された。

 

フンッ! ハアッ!

 

 ゴルザの尻尾による横薙ぎの打撃がナハトに迫った。

 しかしそれをガッチリと掴み、ゴルザを振り向かせるとナハトは強烈な拳をお見舞いする。

 

ゼイアアッ!!

 

《リボルバァアー!フィストォオオ!!》

 

ズガァアアアーン!!

 

 鉄拳がゴルザの腹部に炸裂した。

 

ゴァアアァアア!?

 

 ナハトの放った重い一撃__"リボルバーフィスト"はゴルザの土手っ腹に決まった瞬間、その技名通りの…回転式拳銃の如き轟音が街中に響き渡った。

 この拳は効いたのか、ゴルザは苦しげに腹を押さえて一歩退く。

 分厚い外皮から、内部組織に到達した衝撃によるダメージは大きかったらしい。ゴルザの口からは唾液が垂れ流しになっており、攻撃に移ることが出来なくなっているようだった。

 

 ナハトはこの状況を好機と見て、体内の光エネルギーを右手に一挙に集約させる。

 そしてエネルギーの充填を終えたナハトは必殺光線を放つ!

 

《___"プロミネンス光流"!!》

 

ハァアアアーー!!ハッ!

 

 マグマの如き真っ赤な光の濁流が的確にゴルザの中央部を捉えていた。

 

ゴァアア……ゴガァア!!

 

 ゴルザは光流を耐え続けていたものの、最後は身体が粉々になるほどの大爆発を起こして絶命したのだった。

 

《片方は倒した…後はもう片方!》

 

……シュワッチ!

 

 ナハトはゴルザの最期を見届けると、すぐさま熊本市街地より飛び立ち、メルバの向かった北の空へと消えていった。

 

 

「倒してくれたな…」

「そうですね…良かったぁ」

 

 目の前の脅威…ゴルザが撃破されたことで、一時とはいえ安堵するエリカ達。

 

「ねえエリカちゃん、ナハトはなんであっちに飛んでったんだろうね…?」

「もう一体のドラゴンみたいなヤツを倒しに行くんでしょう?」

「あ!なるほど!」

「……ハジメ達、そろそろ帰ってこれてるかしら?」

「そうだな、今のうちに艦上ゲートの方へ行こう。ハジメ君達を迎えに行くために、な」

 

「「「はい!隊長!」」」

 

 少女達に迫っていた悪意を退けることに成功したナハト。彼女達に見送られつつ、彼は残る片割れを倒すため、空を翔ける。

 

 空と海、二つの戦場は目まぐるしく動き始める。

 

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 えー、例のアレ方面で有名なあの方が陸自隊員やってるのには、投稿者が某動画投稿ソフトでゴジラMMD系の動画を上げている方の没作品の印象が強く残っていたためでした…(半分ネタ成分も含まれてはいますが)
 しかし彼…田所隊長は今後も登場する人物ではあるので、よろしくやってもらえると幸いです(・・;)

 ファイターシリーズはスパロボネタです。初代ファイターがゲッターロボ、次作ファイターはマジンガーZ…といった感じとなっております。そこからの後続作品の順番は特に決めてたりはしてないので、皆さんの中で補完してくださると嬉しいです。

 まるす店長のイデさんはウルトラ時空からのゲストキャラとなります。本編ではチラッとまた登場する…かは未定です。
 一応、超8兄弟の時空みたく、何らかの出来事に巻き込まれたら並行世界の記憶が流れ込んでくるかも。
 
 ハジメ君の得意教科は国語全般と体育です。なお保健は普通とのこと。
 体育のペア体操ではよくエリカさんが誘ってくれるのですが、入学以来彼は頑なにそれをひたすら断っており、ヒカルやマモルと組んでます。本人曰くエリカさんとペアになった日には「前屈みになりそうだから」らしいです。ハジメ君も男の子なので、これは不可抗力。

 次回も、お楽しみに。

________

 次回
 予告


 ゴルザを見事撃破したハジメ__ナハトはメルバを追って空へ飛ぶ!
 日米連合航空隊は一足早くメルバとの空中戦に突入するが、徐々にその数を減らしていく…ナハトは間に合うのか!?

 ゴジラ、パワードペスター、二体の怪獣による海中決戦の行方は!?

 そして、姫神島で起こり始めている異変とは!?

 次回!ウルトラマンナハト、
【連鎖する恐怖】!



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第5夜 【連鎖する恐怖】



奇獣 ガンQ
[エラーコード No.00]

破壊獣 カイロポット

X獣 ペドレオン

登場





 

 

 

太平洋 フィリピン海北部海底 日本国排他的経済水域(EEZ)

大東諸島北東250km地点

 

 

ズウゥゥゥーーン……ズズゥゥン…!

 

 

 日本と目と鼻の先にあるフィリピン海。その海底では、ゴジラとパワードペスターによる殴り合い、噛みつき合いの応酬が繰り広げられていた。

 どちらかがよろける度に海底の岩塊などに激突。その度に岩塊の崩落音と怪獣の咆哮が無音の海中に響き渡る。

 

 第8潜水隊はそれらから距離約5000の位置で大型特殊生物__怪獣同士の戦闘を傍観していた。

 

「"ジーズラ"、"アンノウン"の戦闘により、周囲の岩塊が崩壊している模様。雑音多数、聴音不可能です」

 

 なお、同潜水隊旗艦("しんりゅう")艦長の前原により、パワードペスターとゴジラにはそれぞれ識別を目的とした一時的な呼称が付けられていた。

 

「海中プロレスの真っ最中のようだな」

 

 ソナー要員からの報告を統計し、ありのまま思ったことを前原は口にした。

 

「前原艦長、我々はこのまま静観していてよろしいのですか?」

 

 副長が何もせずの現状に思う事があったらしく前原にすかさず問うた。

 

「実際、"ジーズラ"には三隻の潜水艦による雷撃が全く効かなかった。こちらの武装はその魚雷と、対艦ミサイルのハープーンのみだ。下手にあちらのサシの勝負に手を出してかかってこられたらまずこちらは助からん。………それに、"アンノウン"は敵ではない…そう思うのだ」

 

 この待機・監視命令の理由と根拠を前原は一つひとつ諭すように説明する。

 

「…それはなぜです?」

 

 彼は何故、"アンノウン"__ゴジラが敵ではないと言い張れるのか。

 副艦長の疑問に答えるように前原は自分の考えを話していく。

 

「勘…というやつかもしれん。…人間にも良いやつ悪いやつがいるのと同じさ。"アンノウン"は我が"しんりゅう"と"ひりゅう"、そして手か何かを伸ばせば"こうりゅう"さえ撃沈できるタイミングがあったのにもかかわらず、"ジーズラ"目掛けて突進していった。あの時にアイツが"ジーズラ"へ向かってくれていなければ、俺たちは今頃冷たい海の底だったろう」

 

 艦隊全滅の危機を、ゴジラが救ったと考えるのはあくまで勘だと前原は前置きしつつ、ゴジラに敵対の意思は無いという可能性を事実と交えて副長に語った。

 

「……しかし…相手はどちらも特殊生物です。向こうの動きをこちらの常識では計れない。我々など眼中に無かっただけ、若しくはただの気まぐれでこちらは生かされた線もあるのでは?」

 

 決して艦長の言動に反感を持ち合わせているわけではないのだが、副長はまた別のの()()()を前原に挙げる。

 

「その時はその時だろう。こちらより速く、そしてこちらの攻撃が全く効かんのだ。諦めも肝心さ」

 

 前原は意外にも()()…勘が外れた際に関する考えはあっさりとしていた。

 それは人によっては潔い考えと取れるし、逆に無責任な発言にも取れるものでもあった。

 

「そうですか…?」

 

「そうだとも」

 

 その時、ソナー要員から新たな報告が上がってきた。

 

「"ジーズラ"が急速浮上!!また、それを追跡する形で"アンノウン"も海面へと浮上を開始しました!!」

「鹿屋の第13飛行隊の対潜哨戒機(P-1)が2機、監視・観測のために本海域に急行しているとのことです!!」

 

「艦長、どうしますか」

 

「うむ。それならば、こちらも潜望鏡深度まで浮上開始!!焦らなくて良い、ゆっくりだ…ゆっくりといくぞ。我々は、あの二体の戦いを見届ける必要がある」

 

 

 

 場面はヒトより離れてフィリピン海洋上へ。

 

 

 

 海上で睨み合う巨躯の怪獣が二体。

 その片方であるパワードペスターは目の前の存在にただただ驚き、戦慄していた。

 なぜこちらの攻撃が効いていないのだ。噛みつきも引っ掻きも、体当たりも、どれも全く効いていないように感じる。

 つい先ほど、右側のヒレ部分をほとんど持っていかれてしまった。

 今までこんなことは無かった。()()()の世界に、こんな奴はいなかった。

 これはおかしい、一方的に攻撃され、こちらの攻撃は全て防がれるのはおかしい…ペスターは感じたことのない違和感に襲われていた。

 

 なぜ、このような()()()がここにいるのだ。ペスターの本能が警報を鳴らしていた。遅すぎはしたが、命がある間に気づくことができた。目の前の、この怪物は、自分の手には負えない。勝てないのだと悟る。

 

 今すぐ逃げねば。

 

 戦意の喪失したペスターは身を翻してゴジラから離れていく。

 しかしゴジラはそれを見逃さず、追撃に移る。

 乱入してきたのはゴジラの方であるが、勝負に乗った相手は誰であれ逃さないということなのだろう。

 

ズザッパァアーーン!!!

 

 ペスター、ゴジラの二体が大きな水飛沫を上げて海上を()()

 何度目かの海上跳躍を経たのち、ペスターは相手との距離が遠のくことが無いと分かるや否や、逃走を諦めた。

 振り向いてゴジラへ再び臨戦態勢をとった。

 黒き巨龍に、その全幅100メートルに迫る巨体を大きく広げて威嚇する。

 

キュオオオオオオ!!!

 

ギャオオオオーーーン!!!

 

 ペスターとゴジラは互いに咆哮を上げる。

 先に仕掛けたのはペスターだった。

 ゴジラへ向け体内に溜めていた石油を使い、口部から超高温の火炎放射を浴びせかける。

 対してゴジラは身に纏わりつく火炎を浴びながらもペスターへと真っ直ぐ突き進み、距離を縮める。

 ペスターにはこれ以外に有効な手段が思いつかなかったのか、火炎放射をやめなかった。

 

 ゴジラはペスターとの距離を詰めるや否や、火炎を吐き続けていたペスターの顔面を右腕の鉤爪で切り裂いた。ペスターの頭部は縦に大きく裂け、おびただしい量の体液と摂取していた石油がどくどくと溢れ流れ出る。

 

キュオオオオオオオオオオ!!!!

 

 ペスターはあまりの痛みに絶叫し、暴れだした。

 ゴジラはそれを無視し、トドメを刺そうと体内のエネルギーを淡々と溜め始める。

 

ジジジッ……ブォン…ヴォンヴォンヴォン!

 

 すると黒き龍(ゴジラ)の背びれに青い稲妻が疾る。背部に集中した放射能エネルギーがスパークし、青白く発光し始めた。

 周囲には特大のファンをかき回すような音が響き渡る。

 ペスターは相手が自分に何をしようとしているのか理解し、全力で威嚇するが、ここにきてそんなものは気休めにもならない。

 ゴジラは特段妨害を受けることも無く、エネルギーを溜め終えた。

 

 次の瞬間、ゴジラが目一杯に口を開け、"放射熱線"を吐き出した。

 

 

___ゴォオオオオオオオオオオオオーーー!!!!

 

 

 直後、ゴジラの口から放たれた強力な熱線がペスターに()()した。そう。直撃なんて言葉が生優しく思えるものと捉えていいだろう。

 ペスターは熱線の余波に押されて、大きく後方へと吹き飛び、海面に倒れる……が、ゴジラは勢いを緩めることなくさらに熱線を浴びせ続ける。

 もはやオーバーキルだった。熱線に()()()()()()ペスターは高熱と衝撃波によって見るに堪えないほど押し潰されていく。

 

キュォオォォォ……

 

ドゴォオオオオオオオオオオーーーーン!!!

 

 浴びせられた熱線とペスター自身が取り込んでいた石油が顕著な反応を示し、大爆発を引き起こして肉片すら残さず跡形も無く綺麗に消滅した。

 

 ゴジラはペスターを斃し、ゆっくりと日本海溝へ続く海上を進む。そこにある、自分の住処へと帰るためだ。

 しばらくしてゴジラは頭から海中へと潜り、背部__背鰭部分だけを海面に出してそのまま泳ぎ去っていく。

 

 第8潜水隊は、潜望鏡深度にて戦闘の一部始終を観測していたのだが、戦闘の終結とゴジラの離脱を確認し、潜水隊は浮上していた。

 

「………"アンノウン"が勝ったか…いやはや、凄まじいの一言に尽きる攻撃だったな…」

 

「前原艦長!やはり"アンノウン"は危険です!!我々の、潜水艦の雷撃を耐えた奴を一撃で葬った…。あんなのが本土に上陸でもしたら!!」

 

「やつは日本本土ではなく、東…日本海溝方面へ向かっている。上陸して街を火の海にするようなことは、ない。こちらからの攻撃は厳禁だ。再度各艦に通達、確認させてくれ」

 

 どの道、力の差は歴然であった。こちらから仕掛けても勝算は無い。

 獲物として"アンノウン(ゴジラ)"が潜水隊を残しているとすれば、このやり取りの間に全滅させているに違いない。それほどの戦闘能力を、ゴジラは有している。

 ならば、である。海江田を信じ、"アンノウン"__ゴジラを信じよう。"しんりゅう"のみならず第8潜水隊の全クルーは皆、腹を決めていた。

 

「……分かりました。艦長のことです。自分は信じます」

 

 遠ざかるゴジラの背中を見やりながら副長が言った。

 

「ありがとう」

 

ゴォオオオオオオオオ___

 

「〈P-1〉現着!!」

 

 日の丸を胴体に付けた白銀の機体が2機、潜水隊の真上を通過する。

 

『こちらジュピター1。これより、当海域東方へ移動中の目標、"アンノウン"の追跡を行なう。送れ』

 

 その後、前原たち第8潜水隊は潜水艦隊司令部の命令により、P-1飛行隊に排他的経済水域(EEZ)までの"アンノウン"の追跡及び哨戒任務を引き継いでもらい、佐世保基地へと帰投した。

 

 結果として"アンノウン''による日本本土並びに島嶼上陸は発生しなかった。同特殊生物は"ジーズラ"との戦闘後はあのまま東進を続け、伊豆・小笠原諸島間の海域を通過し日本海溝南端に差し掛かったところで潜航。空自海自航空機による観測を振り切り、その姿はヒトが踏み入ることは許されない深海へと消えたのだった。

 

 第8潜水隊と〈P-1〉哨戒機による撮影により"アンノウン"は、以前国内にて発見された古代の書物『護国聖獣伝説』に登場する聖獣の一体___地の護国聖獣"呉爾羅(ごじら)"とその姿が酷似していたため、それを引用する形で日本政府によって"ゴジラ"と命名されることとなる。

 

 

_________

 

 

 

 時はやや少し遡り……

 

 

 

九州北部上空

 

 

 

 遥か空の上では、秋津率いる__空自の有する第五世代戦闘機〈F-35JA ライトニングⅡ〉一個飛行中隊12機で構成された__506飛と日米安保の拡大解釈を経て今回出撃した在日米海軍の〈F/A-18E スーパーホーネット〉戦闘攻撃機を主力とする空母航空中隊12機の合計24機が合流。現在は6機V字の四個編隊で飛行していた。

 

 そんな時、秋津に対して通信が入る。

 恐らくは今ちょうど編隊から外れ、自分の機のすぐ左横につけてきた米軍機(ホーネット)のパイロットからだろうと推測した。

 

『よう!カスガベースのライトニング中隊!俺達はイワクニベースの第102戦闘攻撃飛行隊、"ダイヤモンドバックス"だ! 俺は中隊長のトム・ボーデン。階級は少佐、TACネームはガウス1だ。アンタがニホンのエースパイロットか、"空飛ぶサムライ"の噂は聞いてるぜ!よろしくな!』

 

 威勢の良い声が聞こえてきた。

 声の主__トムの自己紹介を含めた挨拶に、秋津も応える。

 

「こちらは第10航空団第506飛行隊、トレノ隊隊長の秋津竜太二等空佐だ。よろしく頼むガウス1! ……総員いいか!我々の任務はこのまま熊本県阿蘇市上空まで南下、第8師団の防衛線を突破し、熊本市へ向けて侵攻中の"ベータ"に我々、そして後続の攻撃隊が空爆を行えるよう、"アルファ"を撃退ないし撃破し制空権を確保することだ!第8師団の仇を取るぞ!」

 

「「「了!」」」

 

『よぉしクソ野郎共、聞いたな?俺達の任務は今アキツ中佐から聞いた通りだ!いくぞ!ドラゴン狩りだ!』

 

『『『Copy(了解)!』』』

 

 今回の作戦内容を日米両航空隊が確認し、全隊員の士気が上がったところで、機体のレーダーが"アルファ(メルバ)"と思われる反応を探知した。

 

『秋津二佐、レーダーに反応あり。恐らく"アルファ"です!』

『おいおいキャップ、随分と予定よりも早いお出ましじゃねえか!!』

『黙ってろマイク!……アキツ中佐、ちっとばかし嫌な感じがする。クソドラゴンとの交戦空域はここじゃあねえよな?』

『秋津空佐、管制機(767)と連絡が取れません! まさか、撃墜されたのでしょうか…』

 

 戦闘予想空域を大幅に逸れての、早すぎる目標感知。

 そしてもう一つ。秋津が気掛かりだったのは、航空戦を総括する〈E-767 早期警戒管制機〉からの目標接近の報どころか、何の通達も寄越さないという点だった。

 不穏だった。言いようの無い違和感が確かに感じてとれた。

 

「我々を誘導した後、作戦空域から即座に離脱すると通達したのが最後だったが…"アルファ"に捕捉されたのか? いや、それならなぜ救援要請を寄越さない?」

 

 こうして思考している間にも、メルバ__"アルファ"との相対距離が縮まる。また、それに伴いミサイルの有効射程圏内まで間もなくであった。

 自分たちが知り得ていない何かがあると感じつつも秋津は部隊に空対空誘導弾の発射態勢に入るよう指示を出す。

 

「全機、空対空ミサイル発射準備!」

 

『お前らぁ!ミサイルをクソ野郎の土手っ腹にぶち込むぞ!攻撃準備!!』

 

 日米連合全ての機体がメルバをレーダー上に捉えていた。

 そして発射態勢に入った。直後、レーダーに映るメルバの反応が急接近していることに彼らは気づく。

 

『な、なんだ!?一気に近づいたぞ!!』

 

『この速度は…マッハ4以上!』

 

「__なるほど、全て合点がいった。奴め、自分の出せる速度を大幅に落としていたか……全機攻撃開始!誘導弾による飽和攻撃で"アルファ"を撃墜する!」

 

 秋津は、E-767がなぜ何も信号を出さずにやられたのかを即座に理解した。

 管制機は信号を出さなかったのではなく、()()()()()()のだ。何もできず空に散った管制機の隊員たちはさぞ無念だっただろう。予想以上に狡猾な手段を取るメルバに対して秋津は怒りを覚えた。

 だが、今の自分たちの任務はレーダーに映っている光点の抹消__目標の撃破である。

 戦場で感情に囚われれば、周りを見る目は曇る…自分が後輩に伝えた言葉を自分自身の心の中で復唱する。何度も、何度も落ち着かせるように呟いていた。

 一度瞬きを挟んだ秋津の目に、もう迷いはなかった。

 

『空対空誘導弾、発射!』

 

『発射!』

 『発射!』

 

『目標の追尾開始!』

 『FOX3!FOX3!』

  『くらえ!!』

 

バシュッ! バシュッ! バシュウン!

 

ゴォオオオオオオオー!

 

 空自のF-35と米軍のF/A-18それぞれから、"99式空対空誘導弾"及び"AIM-120 AMRAAM"が一斉にメルバ目掛けて放たれた。

 

 レーダーにはミサイルを示す大量の光点が、こちらへ戦闘機を凌ぐ超高速で近づいてきている反応__メルバへと向かっていく様子が確認できた。

 

 メルバを表している光点とミサイルの光点群が重なり、レーダー上から光点が消失した。

 これの表す意味とは対象の撃墜、である。

 

 自衛隊機、米軍機両方の通信チャンネルから歓声が上がっていた。

 

『"アルファ"のレーダー反応、消失しました!』

『これは効いたようですね』

『ミサイルは全弾命中した模様』

 

『ドラゴン撃墜!』

『ハッハー!やってやったぜ!ざまあみろ!!』

『これでオレ達はドラゴンスレイヤーだぜ!!』

 

『うるせぇぞクソ野郎ども!まだ任務は終わってねぇ!気を抜くとやられちまうぞ!!』

 

『『『__ッハ!!Sir yes sir!』』』

 

 トムの部下への叱責を尻目に、先程と同様の違和感を覚えていた。

 違和感の正体がどうであれ、一筋縄ではいかない相手であるのは変わらない。

 

「おかしい……呆気なさすぎる。…全機、そのまま警戒態勢を維持、気を緩めるな」

 

『『『了…!』』』

 

 秋津がトレノ全機に警戒するよう促した直後、『ピッ!』っとレーダーに反応が再度現れた。光点が一つ、編隊の左翼、トレノ隊の第二分隊の後方に映った。

 __やられた…ヤツはミサイルの直撃と同時に急降下していたのか!だとしたら下から来る!__

 それに気づいた秋津は反射的に叫んだ。

 

「トレノ8!!後方に未確認機反応!下から来るぞ!回避しろ!!」

 

 咄嗟の秋津の声を聞き逃さなかったトレノ8。

 

『!! トレノ8、ブレイク!ブレ___』ブチッ!

 

 しかし、赤い巨翼を持つ龍は嘲笑うかのようにそのささやかな足掻きを容赦無く叩き潰した。

 

__ドォオン!

 

 トレノ8との通信が乱雑に途切れた瞬間、レーダーから友軍機反応が一つ消えた。

 同時に背後で発生した()()の閃光に自身の背が照らされたことでトレノ8のF-35が撃墜されたのだと察した。

 ほぼ完全な奇襲だった。機体ごとやられたに違いない。パイロットは脱出を許されず即死だろう。

 

『鎌田ぁあーー!!!』

 

 戦友の名と共に悲痛な叫びが無線でこだまする。

 

『クソッ!体当たりでトレノをバラバラにしやがった!!』

 

 悪態を吐く米パイロット。飛行型怪獣の戦法は、人類(こちら)とは根本的に違った。

 体当たりと言う捨て身とも取れる技をなんの躊躇もなく、それでいて健在のメルバに航空隊は戦慄する。

 

『と、トレノ8がやられた!?』

『アルファ急上昇!速すぎる!!』

 

 友軍機の脱落を確認する間もなく、メルバは航空隊よりも遥か上空へと直角に迫る角度から急激に上昇。分厚い白雲へとその身を投げ入れた。

 目視ではメルバを確認できないが、今度はレーダー上で捕捉できている。次は如何にしてこちらへ仕掛けてくるのかは把握できた。

 

「慌てるな!全機、編隊を維持しろ!!どうやら奴の攻撃は体当たりのみのようだ!!次にヤツが襲ってくる時に散開し仕掛ける!!」

 

『『『了!!』』』

 

 トレノ隊から初の殉職者が出たことは、彼らにとって許容し難いものだったが、隊内に走る動揺を抑えるために、秋津が一喝した。

 死んだ者は生きる者が逆立ちしようとも戻っては来ない。

 

『トカゲ野郎がぁ…オレ達のダチに何しやがった!!トレノ8の仇を取ってやる!!』

 

 友軍がやられた光景を目の当たりした1機のF/A-18__ガウス4のパイロットは隊長であるトムの静止を聞かず、編隊から外れ雲の中へと消えたメルバへ追撃に入った。

 

『馬鹿野郎!!アンディ、今すぐ戻ってこい!聞いてるのかガウス4!!』

 

 レーダーで敵の位置を探知しているとは言え、それは危険な行動…逸脱行為であった。

 

『キャップ!コイツは、コイツだけは許せねぇ!!トレノ8を虫けらみたいに潰しやがって…人様をなんだと思ってんだ!!ぶっ殺してやる!!!』

 

 怒りに駆られたガウス4__アンディの機体がバーナーを噴かし最大速でメルバに詰め寄らんとする。

 止めるのは無駄だと言うように雄叫びを上げながら彼のF/A-18が雲海へと突入していく。

 

キュイイイイィイーーーン!!

 

 メルバは雲の中で小さな灰色の鳥が一匹、追手として迫っていることに気づいていた。

 そこからはすぐさま目にも止まらぬ速さで身を翻してのクイックターンを行ない反転し、ガウス4とのヘッドオンの状態へと移る。

 レーダー上での動きだけを見れば、メルバが突如として高速で後進したと錯覚するだろう。

 しかしメルバはそこから更に動きを見せた。

 かの怪獣の両眼が煌めいたかと思えば、次の瞬間には指向性を持った電撃状の橙色の二連光線__"メルバニック・レイ"を小さな追手目掛けて放ったのである。

 一寸先さえ雲一杯であったアンディの視界がオレンジ一色に染まった。

 

『な、なんだ!?うわぁあああ!!』

 

__ドォオン!

 

 メルバの両眼から発された光線を受けて、ガウス4のF/A-18は爆発し木っ端微塵になった。アンディは何をされたのかも理解できぬ内に散った。

 秋津達の見ているレーダーからまた一つ、友軍機の反応を示す光点が無遠慮に消失した。…それは帰らぬ者が一人、また増えてしまったことを意味する。

 

『アンディイイイ!!!!』

 

 追手を片付けたメルバはそのままの勢いで、編隊を組んで飛んでいる()へと向かう。

 

『ガウス4ォオ!!キャップ!アンディがぁ!!』

『"アルファ"、光波熱線の発射を確認!』

『畜生…怪獣ってのはなんでもありなのかよ!?』

 

 秋津はメルバが光線を放つことができたことに驚愕こそすれど、すぐに指示を飛ばす。

 隙を見せれば途端に全滅する…そんな予感がしたからだ。錯乱すればそれこそ良い的になるだけだと。

 

「全機散開!固まるとやられるぞ!残っている機体でエレメントを組むんだ!!いいか!?絶対に1対1(サシ)で"アルファ"とやりあうな!!」

 

 空の上では鋼鉄の鳥達と太古の竜による乱戦が始まった。

 

『っ!?__バルカンが弾かれた!!!まるで効いてない!!!』

『FOX2!FOX2!』

『ミサイルを全弾避けられた!!』

 

 異種間ドッグファイトは、数と知の優位に勝る航空隊(人類)ではなく、個として人類を凌駕する力を持つ怪獣たるメルバが優勢という形で進んでいた。

 

『なんて機動性だ!あんな図体のど___』

 

__ドォン!

 

キュイイイイィイーーーン!!

 

 背後を取られた1機のF-35がメルバの光線の直撃を受けて爆ぜる。

 

『トレノ6が!!』

『クソがっ!!またレーザーを撃ちやがった!!』

 

 レーダー上の友軍機の光点が次々と消えてていく…何とかしなければならない…と秋津は思ったが、戦闘機よりも旋回、速度、攻撃など全ての要素において、メルバが優っているのは明らかだった。

 

『マズい!"アルファ"に回り込まれた!!援護頼む!!』

『ダメだ!振り切れない!!』

 

キュイイイイィ!!!

 

ズバッ!__ドォオン! ドォオオン!

 

『『うわああ!!!』』

 

 続けてメルバは2機のF-35の背後を取り、両腕の鎌で真っ二つに切り裂いた。さらに、付近のF/A-18数機を片手間に翼によるローリングで叩き落とす。

 それにより、レーダー上の複数の光点が恐ろしい速度で消えていく。

 

「くっ!部隊の損耗率が3割を……越えた……!!」

 

 秋津は焦っていた。このペースで撃墜されれば、自分も含めてあと5分も持たないと。しかも確実にこちらを潰しにきてあのペースである。

 トムも仲間と共に踏ん張ってはいるがやられるのも時間の問題だ。

 打開策か何かを見出せない限り、自分たちに逆襲のチャンスどころか、生き残るチャンスはない。

 

 キュイイイ………!!

 

 メルバは自身と戦っている敵の群れの中で善戦している__動きの良い者たちを見つけた。

 恐らくはそれらが群れのリーダーであり、練度が非常に高い者であると、並行世界での…長年の狩りの経験からメルバは確信していた。

 そしてメルバは狩猟の一つの鉄則を知っている。その群れの優秀な頭を潰せば、群れは秩序と統率を失い、こちらが大した抵抗を受けることは無くなると。

 

 メルバは秋津とトムの機へと狙いを定めた。

 

『キャップ!アイツはキャップとアキツ中佐を狙ってる!!!』

『空佐!"アルファ"が!!』

 

 ガウスの一人とトレノ2__隼人が叫ぶ。

 

「来るなら来い…最後にミサイルを全て叩きこんでやる!!」

 

 目視でメルバを捉えている秋津。その目は死んではいなかった。

 せめて、行き掛けの駄賃はくれてやると。

 

『ただではくたばってやらねえぞ、クソドラゴン!』

 

 トムも同様に、諦めてはいないらしく、迫るメルバに喰って掛かる勢いであった。

 

 メルバが再び悠々と戦闘機__秋津とトムの背後を取り、ここでまとめて落とそうと掛かったその時。

 

キュイイイイアァアア!!!

 

______ババシュッ!!

 

キュイイァアア!!??

 

 正面下から()()が数発、メルバの進路を遮るように飛んできた。光弾はメルバの飛行翼を掠める。

 それはメルバの勢いを削ぐには十分な役割を果たした。

 

『な、なんだ!?光の球が飛んできたぞ!!』

『いや、矢尻のようなものが……』

 

 メルバだけでなく、航空隊もまた今の状況を測りかねていた。

 

『レーダーに反応あり!マッハ3以上で接近する物体を新たに確認!!」

『撃ってきたのはそいつか!?』

 

 未知なる第三者が戦闘空域に近づきつつあることだけは確かであった。

 

「これは、チャンスだ!この間に振り切る!!」

 

 回避行動をとって飛行姿勢のバランスを崩されたメルバは減速。秋津達を仕留めるには至らなかった。

 秋津とトムはその隙を見逃さず、メルバの追撃を振り切ることに成功。残存する航空隊に合流する。

 

 そしてたった今報告にあった、謎の反応がコックピットから目視できる距離まで迫った。そこで件の第三者の正体が彼にも分かった。

 あのシルエットには見覚えがある、自分を一度救ってくれた存在。忘れるわけが無かった。

 

「………ウルトラマンか…また、助けられた」

 

 これで二度目か…と、思う秋津を他所に両腕を広げ飛翔するナハトは、メルバへ更に光撃を繰り出しつつ向かっていく。

 

『ウルトラマンナハト!!」

『身体が赤いような…何かあったのか?』

『マジかよ……クマモトに現れたって噂のヒーローが助けてくれたぜ!』

『コイツがナハトか!すげぇ、飛んでるぞ。スーパーマンかよ!?』

 

 駆けつけたハジメ__ナハトは空域の状態からすべてを察した。

 

《自衛隊とアメリカ軍が……これ以上はやらせない!あとは俺が!!》

 

ヘアッ!!

 

キュイイイイアーーー!!!!

 

 光の巨人と闇の飛龍。

 人智の及ばぬ激しい空中戦が勃発した。

 牽制光弾__ナハトショットと破壊光線__メルバニック・レイの撃ち合いに発展。当たれば死に繋がる美しい閃光が飛び交う。

 

「始まったか…」

 

『秋津空佐、自分たちはどうすれば?』

 

 メルバの意識がナハト一つに向けられたために、航空隊の被害は終息しており態勢を立て直す時間を手にすることができた。

 

「……これより、我々トレノ隊はウルトラマンナハトを援護する!!各機、兵装の残弾数に注意せよ!!」

 

 隼人の問い掛けへの答えは決まっていた。

 

『『『了!!』』』

 

 「光の巨人と共に戦う」。

 

 ()()()()の勇気ある防人達も、同じ選択をしたのである。

 

『なら俺たちもやるぞ!!いいかお前ら!!ヒーローを助けるのもアメリカ水兵の仕事だ!!』

 

『『『うおおおおおーー!!!』』』

 

 秋津の独断により、日米連合航空隊はナハトを援護するという自分たちの役割を果たすべく動く。

 

キュイアァアアァアアアーーーー!!!!

 

ズガッ! バキッ! ズバッッッ!!

 

グゥッ!!

 

《は、速い!足の遅いパワー型のガッツだと…このままじゃダメだ!!…あの切り裂き攻撃、くっそ痛いなあ…!!》

 

 ナハトはメルバとの空中戦に苦戦していた。

 そもそも、ナハトもといハジメに空での戦いなんてものを経験した試しは皆無であった。さらに言えば、光の巨人__ウルトラマンとして経験しているのは地上戦が2回のみ。陸での戦いですらまだまだ荒削りが目立っている。未経験の空での戦いがどうなるかなど、見ずとも分かっていた。

 

 地に足つけて生きているどの人間もそうであるが、翼などの飛行関連器官を持ち得ていないハジメは生まれてこの方、当然()()()空を飛んだことなど、無い。

 

 言わば、空の上はメルバの独壇場に等しかった。

 

 一撃離脱による鎌や鉤爪による格闘攻撃でナハトを翻弄していた。飛行するのみで精一杯なナハトが動きについていけていないのだ。

 そして時折飛んでくる破壊光線も厄介だ。単発での威力はそう高くは無いが、ハジメの神経を削り、焦らせることには効果大であった。

 

 ハジメはなんとかスタイルチェンジすることが出来ないかと考えているが、メルバは隙を見せることはせずに何度も攻撃を畳み掛けてくる。

 やはりこちらを自由にはさせてくれる気配は無い。

 

《少しだけ…ほんの少しだけ、時間があれば……!》

 

キュイイイイィイーーーン!!

 

 両腕でメルバの攻撃を受けて耐え凌ぐしかなかった。

 

バシュッ! バシュゥウウーーン!!

 

ドドガァアーーン!!

 

 ナハトに向かっていたメルバの横腹に、光の槍__誘導弾が連続して突き刺さる。

 メルバの攻勢を削いだのは、科学の翼であった。

 今度は人類が、光の巨人を助けたのだ。

 彼らは臆せずに再び立ち向かっていた。

 

キィィイ!?

 

《今のは!?》

 

 ミサイルの着弾によってコンマ数秒、メルバの意識がナハトから他に向けられた。

 ナハトのすぐ横を秋津とトムたちの駆る戦闘機が通り過ぎてゆく。

 

「今だ!ウルトラマン!!」

 

「頼むぜヒーロー!!」

 

 彼らの決死の援護によって紡がれた小さなチャンスを無駄にはしない。

 

《ありがとう!……スタイル、チェンジ!スピリット!!》

 

 メルバの連撃(ラッシュ)から抜け出し、すぐさま腕を顔の前でクロスさせる。

 すると額のランプ__クリスタルが輝き、ナハトが光に包まれる。

 光が収まると、そこにはメインカラーが紅色から紺碧色に変化したナハトがいた。

 体格は細身であり、色覚的にも俊敏なイメージを与える姿であった。

 

「おお!!スゲエなウルトラマン!!レッドからブルーになったぜ!?」

 

「なるほど。あれで空戦特化の形態になったのか」

 

 紺碧の俊敏戦士__ウルトラマンナハト スピリットスタイル。

 スピード・連撃重視のこの形態は、メルバ特攻と言って差し支えなかった。

 

《これでやりあえる!さあ来い!!》

 

シェア!!

 

 新たな力を得たナハトは、"空を切り裂く怪獣(メルバ)"と正面より相対する。

 

キュイイイイン!!

 

 飛行する傍ら、相手の姿が変わったことにメルバは気づいたが、単なるこけおどしにしか過ぎないと判断したようだ。

 自慢の鎌でトドメを刺さんとナハトの側面へ回り込む。

 切り刻もうと振りかぶった。

 

___ハァアアッ!!

 

 しかし、鎌はナハトに届かなかった。直前で背を曲げ、紙一重で避けていたのだ。

 鎌の軌道を読み、空を斬らせたナハト。

 

《……"ストリームクラッシュ"!!!》 

 

ドドドドドガアッ!‼︎

 

 そこからはナハトのターンであった。

 空振りに終わり、大きな隙を見せたメルバに待っていたのは手痛い反撃だ。

 これまでのお返しだと言わんばかりに、超速かつ不可避の連続蹴り__"ストリームクラッシュ"をメルバは叩き込まれ、さらに上方へと打ち上げられた。

 それだけでは終わらない。ナハトにより間髪入れずに次の一手が打たれる。

 

ハアッ!!

 

《いけぇえ!"ハルシオン光弾"!!》

 

 ナハトが澄み切った海のように青く煌めく正確無比の必殺光弾__"ハルシオン光弾"を放ったのである。

 

キッ!………

 

_____ドォオオオオオオォン!!!

 

 牽制光弾よりも二回りほど大きなそれは、青い光の尾を描いてメルバの中心__胴体に見事命中。腹部中央を穿った。

 メルバは断末魔の悲鳴を上げる間もなく、爆発四散したのだった。

 

「サイコーだぜ!ウルトラマン!!ありがとよ!!」グッ!

 

「聞こえているかは分からないが……ありがとう。おかげで助かった」

 

 こうして、ナハトは日米連合航空隊の援護との共闘を経て、メルバを撃破することができた。

 ゴルザ("ベータ")をナハトが撃破していたことを基地経由の通信で知った秋津たちは、作戦終了の命を受け戦闘が終結したことを理解し、命令に従ってそれぞれの基地へと帰投していく。

 

 ナハトはそんな彼らの横をしばらく並走し、航空隊にサムズアップを送り宇宙(そら)へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 防衛省は今回の陸海空での初の実戦において、特殊生物に対して自衛隊の兵器が全く通用しなかったと言う事実を受け目下推進中の各プロジェクトの予算追加、ブラジルでの前例から知見を得た()()()()()()()()()()()()選抜特殊部隊__"対特殊生物特選群"なる戦闘部隊の設立と特殊生物専門の"第四の自衛隊"を発足させることを改めて決定。

 さらに、防衛装備庁には前述のプロジェクト群に追加して、通常兵器の攻撃を弾く強固な特殊生物の外皮を貫通し内部を破壊することを主眼にした、対特殊生物用徹甲誘導弾__"フルメタル・ミサイル"の開発を指示した。

 また、自衛隊は今回の戦闘により損害の出た第8師団機甲部隊や春日基地航空隊の再編に追われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

 ゴルザ、メルバ撃破から凡そ十数分後。

 

 ハジメは変身を解いた後、光の粒子体となって学園艦…黒森峰に戻っていた。

 

「ふぅ…!なんとか黒森峰に着いた…エリさん達と合流しないと…」

 

 たしか…指定された避難場所が学園校舎だったはずだ。

 それをハジメは覚えていたので、一目散に黒森峰校舎へと向かった。

 

「これはまんま避難所だな…」

 

 ハジメは学園正門をくぐり校舎前のグラウンドを見ると、避難用のテントが設置されており、その隣には救急車やパトカーなどが並んで駐車していた。

 自分が思い描いていた避難所と遜色が無かった。

 そこは早速、非日常の光景であった。

 

 ハジメは生徒用避難テントの中の一つにエリカ達を見つけ、そちらへと手を振りつつ向かう。

 

「エリさぁーん!みんなぁー!!大丈夫だった?」

 

 大声での呼びかけと、片手を大袈裟に振りながら走ってくる人物は目立つわけで、エリカ達戦車道メンバーもハジメのエリカを呼ぶ声を聞いた時点で気づいていた。

 目が合ったメンバーから順に、何度か「心配掛けて申し訳ない…」と言うように小さい会釈を何度か挟みながら、彼女達の下に駆け寄った。

 

「ハ〜ジ〜メ〜!!アンタね、そのセリフはこっちのものよ!!!また一人ではぐれて……!!あのまま緊急出港してたら、アンタ取り残されてたかも知れないのよ!?あの時はウルトラマンが来てくれたから良かったものの!!」

 

 エリカが恨めしいような声でハジメを呼んだかと思えば、つかつかと近づき、いつもより少しトゲのある説教を始めた。しかしながら、説教の後半からは叱責と言うよりも、彼女のハジメに対する心配が吐露されていた。

 

「すんません……」

 

「…アンタに何かあったら…あったら…!」

 

「え、えっと…エリさん…?」

 

 それを聞いていたハジメは何とも居た堪れなくなり、謝罪の言葉を掛けることしかできず、普段見せないエリカの姿を見てオロオロとしていた。

 

「だいたいアンタは_____」

 

 これは長丁場になりそうだと察したまほ達が、二人の仲裁に入ってきてくれた。

 

「まあまあ、エリカ。ハジメ君が現にこうして無事だったんだからいいじゃないか。確かに彼にもいくらか落ち度はあるが、ここはその気持ちを落ち着けてほしい」

 

「で、ですが隊長!」

 

 尚も食い下がるエリカ。

 しかしそこへまほに続き小梅が加わる。

 

「ハジメさんも、あんまりエリカさんを心配させたらダメです!実はエリカさん、何回も学園艦から降りてハジメさんを探しに行こうとしていたんですよ?」

 

 子供に叱るような口調で「いいですか?」とハジメを諭す小梅。

 彼女の口からはハジメがいない間のエリカの行動が赤裸々に語られた。

 

「え?そうなの?」

 

 キョトンとするハジメ。

 「あのエリさんが?」と言いたげな、何とも言えない顔でにわかに信じ難い件の話を持ってきた小梅と、目の前のエリカを交互に見やる。

 

「ちょっ!小梅余計なこと言うんじゃないわよ!!」

 

 慌てて小梅を口止めしようとわーわーとらしくなく喚くエリカ。

 

「それを止めた私たちの身にもなってよぉ!エリカちゃん、ハジメは私がいないとダメなんだ〜って、すごい力と気迫だったんだよ?」

 

 しかし塞がなければならない口はもう一つあった。

 気づけばどこからともなく現れていたレイラがハジメの横で愚痴っていたのだ。

 

「あ、えっと…あ、ありがとう…?」

 

 ポリポリと頰を人差し指で掻きながら、エリカに礼をぎこちなくハジメは伝えた。その目は恥ずかしさを紛らわすためか、彼女とは目線を合わせず、どこか別の方に向けられていた。

 それが余計に心理的ダメージとなったらしく、エリカの顔は段々と紅潮していった。

 

「あああーー!!レイラ、アンタも黙りなさい!!」

 

 エリカの頭が上から下まで真っ赤になって、ある瞬間に「ボンッ!」と爆発した。……勿論比喩である。

 恥ずかしさでのオーバーヒートが原因だった。

 

 顔を両の手のひらで覆い、しゃがみ込んでこれ以上の追求から自身の心を守る態勢に移行していた。

 無言を貫き、ダンゴムシの如く丸く固まるエリカを他所にして、今度は整備科メンバーがハジメに殺到してきた。

 

「このヤロー!親友を心配させやがってえ!!」

「ハジメぇ!!生きてる!!コイツ触れるぞぉ!!」

「ストームリーダー!!」

「嵐先輩!今までどこにいたんすか!!」

 

 無事を喜ぶヒカルたちに揉みくちゃにされ絡まれるハジメ。

 しかし、彼は誰かに肩周りをバシバシ叩かれる毎に、一瞬ながら小さく顔が苦しげに歪んでいた。

 周りのメンバーはその僅かな差異に気づいていなかったが、エリカだけは違った。

 

「………あ!!ハジメ、肩から…それに上腕まで…血が出てるじゃない!!怪我してたのなら言いなさいよ!!」

 

 先ほど、話題の対象から脱しマリモの如く丸まり動かずにいたエリカが急にすくっと立ち上がり声を上げた。

 些細なハジメの様子の変化から、彼が負傷していると勘付いたのである。

 

「え?…ああ本当だ」

 

 ハジメは自分の肩を見てみるとYシャツの両肩部分が指摘通り赤く滲んでいた。

 ナハトに変身していた時に受けたメルバの攻撃によってできた切り傷が元なのだろう。

 本人__ハジメ自身、エリカに言われるまで気づいていなかった。

 

「ほら!艦内病院に行くわよ。まーた怪我なんかして…自分の身体なんだからもっと大事にしなさいって前も言わなかった?」

 

 腕を__いつもよりやや優しく__エリカに引っ張られ、艦内病院へとハジメは連れて行かれることとなった。

 

「うっ……申し訳ない……」

 

 …その遠のく二つの後ろ姿を、やれやれといった風に見送る大勢の影があったことを付け加えておく。

 

 

 

 病院へ向かう道中の二人の会話より少々抜粋。

 

 

 

「ん……ねえ、ハジメ。アンタ制服の柔軟剤変えた?」

 

 「こんな時に聞くのはアレだったかもしれないけど…」と断りながらエリカが質ねる。

 

「うん?いや全然?」

 

 特に最近、服装や洗濯に関するルーティンを改めた覚えの無いハジメは、「心当たりが無いや」と首を横に振る。

 

「そうなの?」

 

 本人からの確認を得たものの、それでも気になるエリカは念押しするように問い直した。

 

「そうだけど…なんで?」

 

 質問の真意が理解できないハジメはうーんと唸りながら、なぜと逆に彼女に問う。

 すると、彼女はどこか得意げで、イタズラっぽい笑みを浮かべ上機嫌に歩みを進める。

 

「ふーん…そうなのね♪」

 

 エリカの足取りは軽かった。

 

「?」

 

 本当に質問の意味が分からず、意味深とも取れる笑みを返してきたエリカにハジメはただただ困惑していた。

 上記の、エリカが何故そのような質問をしてきたのかをこれから数日の間、体臭が臭いことを遠回しに言ってきたのかとハジメが不必要に深読みし悩むこととなる。

 

 

 

「なんか最近、ハジメからお日様のような匂いが…まあ、悪くないから良いけど♪」

 

 

 

 銀髪の少女の小さな独り言は、隣の鈍感な幼馴染に聞かれることなく、夕時に迫る茜空に消えていった。

 

 

 

__________

 

 

 

東アジア 中華人民共和国 上海 市街地

 

 

 

 中国が世界に誇る臨海観光都市、上海。かの都市は西側式の自由経済を導入するまでと、導入してからの時期にあった中華人民共和国という国家の根底を支えた重要都市でもある。

 さて、そんな街は、いつも通りならば昼間は観光客や市民によりごった返し、騒々しくも賑やかになっているはずなのだが、今日は…いや数日前から違った。

 海沿いや市街地中心部に続く交通網は短機関銃で武装した警官隊と中国人民解放軍陸軍の歩兵隊が規制しており、物々しい雰囲気の中、市民や観光客らは市街地中心部から退去するよう指示、誘導されている。装甲車まで持ち出していることから彼らの、有事一歩手前に迫る緊張の度合いが窺えた。

 各国の現地報道機関も上海から締め出されつつおり、何人も立ち入りを許されていないようだった。

 

バタバタバタバタ…

 

 上海の空を見れば、狙撃隊員や特殊部隊を乗せた警察ヘリや、中国軍の最新攻撃ヘリ__〈Z-10 武直10型〉が編隊を組み市街地周辺空域を旋回していた。

 彼らは()()へ目を光らせ、そして時折同空域に入ってこようとする民間機へ警告を発していた。

 

『こちらは中国人民解放軍である!本空域に接近しつつある民間報道ヘリに警告する!上海上空の飛行は現在許可しない!!直ちに当空域から退去せよ!!退去しない場合は撃墜する!!繰り返す___』

 

 上のような文言を、市街地に近寄る警察、解放軍以外の相手に対して無線並びに外部スピーカーを用いて立ち去るよう投げつけていた。

 

「なあマイト?なんで中国軍はこんなにピリピリしてるんだ?」

 

 特ダネの匂いを察知してやってきたイギリス系の報道ヘリもまた、退去命令に等しい、解放軍ヘリからの勧告を受けている。

 

 その報道ヘリのパイロットが、こちらへ機関砲の砲身を向けている攻撃ヘリを睨みながら、同乗させているカメラマン__マイトに訊ねる。

 

「んー。SNSに上がってたんだが、すぐに削除されてさ。情報が錯綜しているんだ。デカイ目玉が出ただの、やれ隕石が降ってきただの…」

 

 外の様子__攻撃ヘリの動向と、自身の片手で操作しているスマホの液晶画面を交互に見やりながら、上海で起こった出来事を順を追ってパイロットに簡潔に説明していた。

 

「くそが!軍のヘリまで出してきやがって!」

 

 都市の封鎖措置を急遽打ち出したのもそうだが、それの警備に装甲車と攻撃ヘリ__国軍を投入してきた中国の対応に、パイロットは悪態を吐いた。

  

「しょうがない…テレビ局に戻るぞ。今回は奴らにミサイルは使わせないでやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 このような異常事態が起きている原因は、警察と軍によって封鎖されている上海市街地中心部にあった。

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()が落下した同市街地中央広場周辺には中国軍が装甲車や歩兵を展開させており、落下地点を取り囲むように有刺鉄線や規制テープがこれでもかと張り巡らされている。

 

「…対象に変化無し。監視を続ける」

 

 対NBC防護服に身を包んだ兵士が淡々と無線を介して報告していた。

 

『本部了解。警戒レベルを一段階引き上げ、監視を続行せよ』

 

「了解」

 

 対策本部との定時連絡を終えた一人の兵士が視線を広場へと移す。

 そこには例の巨大な隕石があった。

 隕石は不可思議だと言われるだけあり、見た目はまるで()()()()()()()()()である。

 これが、この隕石こそが、今回の上海市封鎖の原因であった。

 

 交代待ちで後方に控えている監視要員の兵士が数人でたむろして駄弁っていた。

 

「一体なんなんだ…この目玉隕石は?」

 

 兵士の一人が件の隕石に背を向け、親指でぶっきらぼうに指して訊ねる。

 

「…小日本の熊本にまた化け物が出たらしい。今度は二体だと。米軍も少なからず被害を受けたと聞いている」

 

 アレ…隕石も化け物の類かもしれないなと、別の兵士が自身の見解を述べた。

 

「コイツもできるなら、あちらに落っこちてほしかったものだ…」

「アレを見ていると気味が悪い。鳥肌が治まらん」

 

 また別の兵士が溢した言い分も最もであった。

 誰も好き好んで巨大な目玉と等しい異物を見続けたいとは思わないだろう。

 

「目玉に似てるとはいえ、目を合わせるといったことはしてこないが…」

「全くだ。だがもう少ししたら工兵部隊が爆破処理をしてくれる。それまでは耐えよう」

 

 東部戦区司令部からは、工兵部隊を上海市街地へ派遣し、高性能爆薬を用いた破壊措置を取る旨が現場へと伝えられていた。

 

「「「了解だ」」」

 

 現場の兵士達は、この気色の悪い隕石を拝むのもあと片手で数えるくらいなのだと互いに激励し合う。

 

 

ギョロッ……キュキュキュ……

 

 

 そんな兵士らの後ろ姿を見据えて、奇怪なる隕石__ガンQが密かに…そして不気味に笑っていたことを彼らは知らない。

 

 

 

_____________

 

 

 

西ヨーロッパ フランス共和国 パリ 某市街地

 

 

 

 パリ市内のとある街中の交番で、一人の少年と定年間近だろう初老の警官が話していた。

 

「だから信じてよ!!こーーんなにデッカイ紫色のムカデが口をガバァッ!って開けてリスをパックリと食べてたんだって!!」

 

 少年は特殊生物をこの大都市__パリの中で目撃したと言う。

 その顔は必死であり、彼は自身の小さな身体を最大限活用して身振り手振りで事の深刻さを何とかして老警官に伝えようと努めていた。

 

「おいおい坊や、わしが老いぼれだからと言ってな…お巡りさんをからかっちゃいかんぞ? こう見えてもな、最近結構忙しいんだ。いなくなってしまった人達を探したりでね」

 

 交番の玄関先で目撃談を語る少年を尻目に、老警官は掛けている眼鏡を時折クイっと上げ直しながらデスクで日報を書いていた。

 

「本当に見たんだよ!!」

 

 適当にあしらったつもりであったが、まだ少年は引き下がっていなかった。

 

「うーむ…。よし、分かった。そこまで言うのなら今から準備してくるから、坊やは外で待ってなさい」

 

 年端のいかぬ少年の突拍子の無い話とはいえ、情勢が情勢だった。

 子供の「人喰いの化け物を見たんだ!」という証言を単なる妄想や冗談だと一笑に伏して済む時代は終わりつつあった。

 

 日報の作成をやめ立ち上がると、くの字に曲がり掛けている腰に手を当てながら交番の奥に老警官は消える。

 ロッカーに長らく使ってこず埃を被っている防弾チョッキを取りに行くためだ。

 

「うん!分かった!早く来てねお巡りさん!!」ダッ!

 

 そう言って少年は交番から飛び出し、警官が用意を整えてくるまでの暇つぶしとして向かいの公園に向かおうとした……が、交番前のマンホールの蓋が微かに開いたことに気がついた。

 否、気づいてしまったのだ。

 

 中に何かいるのだろうか?

 

 少年は好奇心に抗えなかった。

 

「なんだろ?」

 

ガシッ!

 

 マンホールの隙間から中を見ようとしゃがんだ少年は、突如何かに頭を強く掴まれた。

 

「う!?」

 

 ()()()()()()()に掴まれた少年は、誰にも見られる事無く小さな呻き声を最後に地下へと引き摺り込まれたのだった。

 頭を掴んだ相手が、先ほど警官に話していた紫ムカデそのものであることに少年が気づいた。しかし、気づいたところで彼の運命は変わらない。

 

「おーい坊や!準備できたぞ〜!案内してくれないか〜!!………これは…帰っちまったかぁ?」

 

 暫し遅れて老警官が交番から出てきた。

 日本やブラジルの件もあり、念のため装備を引っ張り出してきたよぼよぼの警官は、待っているはずの少年を呼びかけて探すものの、一向に現れる気配がない。

 警官はふと足元を見てみると、地面に帽子が落ちているのに気がついた。

 

「おや?この野球帽は…さっきの坊やのか? 一体どこに……」

 

 

 

 

 

 

ゴリッ…ボリボリ……

 

シャアァアアア…ミシャアァア……!

 

 警官の立っている地面の真下、マンホールと分厚いアスファルトで隔たれた下水道通路の中ではボリボリと、つい先ほどまで少年だったモノを貪り食っている異形の生物が何匹も蠢いていた。

 

 

 

__________

 

 

 

北米 アメリカ合衆国バージニア州 

ノーフォーク海軍基地

 

 

 

 

 灯火管制を敷かれた基地内の燃料区画を、クリアリングしつつ進む歩兵部隊がいる。

 彼らは基地の夜間警備とは思えないほどの完全な重装備であり、所持している銃全てにサプレッサーが装着されてあった。

 

『………近いぞ…』

 

 何者かの気配を察知した旨を、先鋒の隊員が首部に装着している骨伝導マイクで声を発さず、ハンドサインと交えて後続に伝える。

 

『オイルの漏れた跡だ…』

 

 何者かが残した痕跡を発見したようである。

 先鋒を務めていた隊員が地面の一点を指差し、より一層の注意を払うようアイコンタクトで他隊員らに促した。

 

『サーマル用意!』

 

 ヘルメット上部に取り付けられた熱源探知__サーマルゴーグルを各々が起動させる。

 

『サーマル!』

『サーマル!』

『サーマル…! 目標確認。前方のコンテナ上部』

 

 目標を確認した。

 

 その言葉を聞くや否や、彼らは一斉に銃の照準を()()がいるとされるコンテナ上に向けた。

 

 銃の下部や側面に取り付けられたフラッシュライトやレーザーサイトがその目標とやらにこれでもかとしつこいぐらいに当てられた。

 ライトを当てられた目標の姿はハッキリと確認できた。彼らが見つけたのはドロドロに蠢いているスライム状の不定形生物…アメーバやナメクジと言った存在を所構わず混ぜ合わせたようなモノであった。

 汚らしい虹色の光沢を放っているそれが、彼らが追跡していた獲物__目標そのものだった。

 

『3点射、撃て』

 

 獲物は捕獲や排除ではなく、駆除の対象だった。

 感情を感じさせない、起伏の乏しい冷静な声で隊長格の男が他の隊員に射撃を命じた。

 

シュパパパッ! シュパパパ!

 

 小銃弾が不定形粘体特殊生物__小型ペドレオン、通称"クライン"に殺到した。

 ペドレオンにとって、それは最悪の奇襲攻撃だった。

 

ピギイィイイィィイイイイィ!!!

 

 スライムともアメーバとも形容できない身体を苦痛から逃れるために必死に捻らせる。されど銃撃は止まず、更に勢いを増していった。

 銃弾がペドレオンに命中する度にその着弾部位の表面が赤く発光し球状に膨張していく。

 

「攻撃有効。継続」

 

シュパパパ! シュパパパ! シュパパパ!

 

 人類の攻撃の手は緩まなかった。

 かの怪獣の反撃の一切を許さない。

 一方的に、銃弾がペドレオンに殺到する。

 

ギィイイイイ!!

 

ドパァアン!!!

 

 度重なる銃撃に身体が耐えられなかったのだろう。

 ペドレオンが派手に破裂し、肉体の一部は水色の粒子となり消えていったが、残りは辺り一面にガソリンなどと類似した異臭を放つ、ヒトにとっては不快でしかない体液となって周囲に飛散した。

 

「目標撃破。周囲の焼却処理を求む」

 

 骨伝導マイクを切り、肩の無線機を掴んで淡々と報告する隊長格の男。

 

「他の部隊も接触したようです。E班の一人が食われたとか」

 

 通信要員の隊員が基地内の別区域で同じように駆除活動をしていた部隊の近況を皆に伝える。

 

「……まさかアメリカ最大の海軍施設に特殊生物が現れるとは…」

 

 合衆国にも、遂に特殊生物が出現したという事実は、お世辞にも自慢できるものではない。

 彼らの内の何人かは、今後も発生するだろう対特殊生物戦闘を想像し、身震いしていた。

 

「兎にも角にも、見つけ次第奴らは駆除、焼却処分だ。いいな」

 

 だが彼らがやることは変わらない。

 合衆国民を守り、合衆国に害を為す存在を排除するのみである。

 

「「「了解」」」

 

 軍港内の他区域でも駆除対象__ペドレオンが多数発見、殲滅されている状況を改めて脳内で整理していた一人の隊員が、誰も考えようとしなかった一つの仮説に行き着いた。

 その仮説を、ポツリと呟く。

 

「コイツら、もしかしたら……もう相当数まで数を増やして、とっくに街へ散らばってるんじゃないか?」

 

 特殊生物もまた、()()である。

 増殖、成長し、ここ…海軍基地より拡散してその版図を広げているのではないか、と。そんな嫌な考えが過ぎる。

 こんな人間大の種が、人類側の駆除能力を上回るような行動をしたのなら?

 果たして、なす術は今の人類にあるのだろうか?

 

 

 

 そんな問いに答えるかのように、この夜間戦闘から数日後、ノーフォーク周辺の数箇所のガソリンスタンドにて正体不明のガソリン泥棒の通報や、行方不明者捜索についての相談が同市警察署に殺到することとなる。

 

 

 

_______________

 

 

 

東アジア 日本国九州地方 長崎県 姫神島

 

 

 

 人目につかない山奥の洞窟で黒い鳥のようなモノが生まれてから数日後、姫神島の異変に最初に気づいたのは島民である9歳の子どもとその母親であった。

 

「おかーさん!今日もタヌキのポン吉とポン太がご飯食べに来てないよ?」

 

「ほんとう?………あら、たしかにご飯減ってないわね」

 

 母親はガラス越しに家の外に置いているエサ皿には盛られたペットフードが残っていることを確認した。

 息子の言う通り、夕方になると山奥から人里に二匹のタヌキが定期的に下りてくるはずなのだが、最近はめっきりその姿を見かけることがなくなっていた。

 さらには近所のお年寄りの方々に可愛がられていた野良猫までパッタリといなくなってしまったと言う。

 極め付けには魚屋の店主が放し飼いしていた番犬が散歩に行ったきり帰って来ず、連日店主と奥さんが探しているが見つからずにいるらしい。

 

「そっか……じゃあ明日は豪華なご飯作りましょう!そしたらポン太たちも来るかもね!」

 

 そう言って母親はリビングから台所へと行き、夕飯の準備を再開した。

 少年はまだ外を見ていると夕方の空を飛んでいる影を見つける。

 

「あ!おっきい鳥!カラスさんかな?」

 

 最近では、鳥さえも見なくなってきたと言うのに、久々に見た()()に不安を覚える島民は誰一人いなかった。今のところは。

 

 

 

 破滅の翼に乗って、破壊と混乱の火種はあちこちで静かに燃え始めていた。

 

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】
 オリジナルガンQとパニック漫画『ハカイジュウ』からワーム型特殊生物__紫ムカデが登場ですね。紫ムカデが分からない人は検索してみましょう。

 怪獣特効の怪獣に怪獣をぶつけたら……まあ、ああなりますよね…。ペスター君南無阿弥陀。

 ハジメ君はヒカルやダイトと同じようにガタイが良いので、よく荷物・教材運搬を先生や他生徒から頼まれたりします。
 あと、エリカさんの頼みは基本断りません。

 質問感想あればよろしくお願いします。
 怪獣・人物図鑑も毎回更新しております。良かったらそちらもどうぞ。

_________

 次回
 予告

 熊本に来襲したゴルザとメルバを倒してから数日後、ハジメ達にはまたいつもの日常が戻りつつあった。

 一方、大洗へと逃げるように転校していた西住みほは、同町海岸で一人座りこれからのことについて思い悩んでいた。
 ふと波打ち際を見ると真っ白な卵と勾玉を見つける。
 それは新たな出会いの始まりであった!

 手の平の小さな希望が、今、産声を上げる……!!

 次回!ウルトラマンナハト、
【勇気はキミの手の中に】!



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第6夜 【勇気はキミの手の中に】



両刀怪獣 カマキラス

奇獣 ガンQ
[エラーコード No.01]

登場





 

 

 

 連日、テレビ番組のニュースやワイドショーは、ウルトラマンと怪獣の話題一色であった。それは特番を設けるテレビ会社まであり、あること無いこと__と言っても、今の所は件の巨大存在群についての情報はゼロに等しいのだが__言いたい放題という始末だった。

 

『熊本に現れた二体の怪獣が巨人、ウルトラマンナハトに撃退されてから今日で6日が経ちます。新たな怪獣は日本に現れていません。国内二例目となる同特殊生物災害では民間の死傷者は奇跡の0人だったものの、出動した自衛隊員1367名が殉職したとのことです。

また、隣国の中国…上海では市街地中心部に依然として眼球状の隕石…怪獣と思われる物体が居座っており、さらにアメリカではナメクジのような新種の小型特殊生物発見が報告され合衆国政府は当特殊生物を「ペドレオン」と呼称しました。なお、上海では依然として中国軍による隕石の爆破が試み続けられていますが、一向に効果は確認できていないのが現状で、中国政府は軍の対地ミサイルによる処理を考えているとのことです。

各国政府は、隕石落下の発表を何故迅速に行わなかったのかを非難する声明を発表しています__』

 

 日本の熊本…コッヴ・ゴルザ・メルバの襲来を発端とするかの如く、世界はここ約一週間で、初の特殊生物出現("クモンガ・ショック")以来の、変容を遂げようとしていた。

 特殊生物に指定されるに足る異常性、超常性を有する、既存地球生物の枠に収まらない存在が続々と現れるようになったのである。

 ()()()に共通する遺伝的・生物学的要素は皆無で、個として独自に進化した…若しくはその進化の幹から逸脱した奇怪極まりない__正しく怪獣と呼ぶに相応しい類いのモノらであるということだけは確かであった。

 

「……あの目がついた隕石怪獣、ホントにキモいわね…」

 

 さて、黒森峰学園高等部の戦車道ガレージの横に建っている二階建ての施設は、機甲科・整備科用の部室棟だ。

 部室棟には、男女別の更衣室、個人間のヒソヒソ話から公式戦の作戦概要の説明にまで利用可能な小中大の会議室(ミーティングルーム)、戦術教本…から甘々な恋愛漫画まで豊富な種類の書籍を揃える図書室、自販機・座間・マッサージチェア・共用の携帯充電器等が置かれた休憩室、機甲科隊長事務室といった設備及び部屋が戦車道履修生徒達のためにある。どちらかと言えば、合宿所やセミナーハウスと言われた方が納得できる設備の充実ようであった。

 

 そんな部室棟の一階小会議室で上のように溢したのは機甲科副隊長、エリカだった。

 小会議室の壁に設置された大手家電メーカー__「Terasonic」の文字が綴られた液晶テレビモニターに映されていた、特殊生物特集のニュースを観ての感想だった。

 画面一杯に__開示元不明の、鮮明な衛星写真に映っている特異な隕石…通称"ガンQ"は、既に有識者達の間では特殊生物で確定だろうと囁かれている。

 

「ああ、見ていて気持ちが良いものではない…」

 

 会議室中央…エリカの斜め隣に座っていた機甲科隊長のまほが吐き捨てるように言った。

 クールフェイスの冷静沈着な鉄血隊長として学園内外に知られている西住家の長女であるまほだが、彼女も戦車を降りれば一人の女子高生であり、同い年の他の少女達と同じ一般的な感性を持っている。

 彼女もまた、見る者全てに等しく嫌悪感を与えるガンQのルックスに顔をしかめていた。滅多にお目に掛かれないやや血の気が引いた顔でエリカの呟きに同意を示している。

 

 現在、小会議室には、機甲科・整備科のいつものメンバーもといトップメンバー__まほ、エリカ、小梅、ハジメ、ヒカル、マモルと、他数名__レイラ、ユウ、ダイト、タクミがまほによって招集をかけられ集合しており、皆それぞれの席に座っていた。

 

 まほに続き、エリカの特殊生物絡みの話に小梅も加わってくる。

 

「個人的にはアメリカの…大ナメクジ(ペドレオン)の方が気持ち悪いかなって……」

 

 「ちょっとゾワっと来ちゃって…」と両肩を摩りながら苦笑していた。

 

 なお、彼女達の預かり知らぬことではあるが、ペドレオンは凶悪宇宙生命体("スペース・ビースト")の枠組みに属する特殊生物__怪獣である。

 同種族は、知性体の恐怖感情を糧に進化・増殖し、ただひたすら他生命を攻撃・捕食するサイクルを繰り返す異常な生態から"異生獣"と呼ばれることもある。

 宇宙に感情を持つ知性体が存在する限り、絶滅することは無い厄介な種族なのだ。

 

「小梅ちゃんそれ分かる! 私もああいうドロドロしたの嫌い!」

 

 そんなスペース・ビーストの末恐ろしい生態を、彼女達は生涯知ることは無いだろう。否、知る必要も無い。

 

 レイラが小梅に同調してうんうんと頷いていた。

 

「__なあなあ、中国軍は戦略ミサイル軍とかも使ったりすんのかな?」

 

 一方、男性陣6名側は、また別の話題でやいのやいのと話していた。

 

 やはりこの歳の男子…特に常日頃より、軍用車両__それも凡そ70年前の旧式とは言え、戦車を触っている、弄っている少年達はそこらの人間よりもミリタリー関連の知識や興味と言うのは人一倍ある。

 

 国際情勢から一国の兵器事情まで、ネット掲示板やら新聞から拾ってくる彼らは、その手の話題の引き出しは多い。内容の真偽は別として。

 

 ニュースにあったように、中国政府はガンQに対して工兵による爆破処理から、攻撃ヘリの対地誘導弾による完全破壊に方針を転換した。

 ヘリの攻撃が同様に効果が無かった場合、何もかもすっ飛ばしてかの国は実質的な第四の軍である戦略ロケット軍___正式名称、中国人民解放軍ロケット軍を投入するか否か……ヒカルが皆に振った話はそれだった。

 

「それは向こうが考えてやることだからなぁ…何とも…」

 

 そのヒカルと並び、学園で"筋肉バカ"として有名なダイトが珍しく的を射た返答を誰よりも早く繰り出した。

 

「それに、仮にも自国領だぞ。そんな簡単にやべー暴力装置をあちらの国が……いや、あるか」

 

 ユウが話に続こうとするも、顎に手を当て黙り込んだ。

 

 …ここで、上の会話に付随した余談を一つ、挟ませていただく。

 この本史世界でも、中国の弾道ミサイル絡みの国家間トラブルと言うのはあった。

 

「あの軍って、核弾頭以外にも通常弾頭の弾道ミサイルやらも運用してるでしょ? ほら、"神海"ってヤツとか」

 

 中でも、2000年代後半にあった同軍の新型中距離対艦弾道ミサイル__タクミの口からも出た___"神海"の実戦配備は記憶に新しい出来事だ。

 

 中国側のこのミサイルについての表向きの説明としては、「対弾道ミサイル多重迎撃網を単独で突破可能かつ、理論上10km級の大型艦船さえ数発で大破轟沈に追い込む打撃力を有する新型の極超音速弾道ミサイル」…と言う触れ込みであった。

 

「あー…黒森峰レベルの、大型学園艦でも余裕で消し飛ばせる対艦…それも弾道ミサイルだっけか。アレ、おっかねーよな」

 

 だが実際のところは戦略級の巨大戦闘艦へと変貌を遂げること可能な、学園艦への攻撃を想定した代物であるというのは、世界の軍事・政治界隈に留まらず一般の人々の間でも広く知れ渡っている、ある意味有名な話である。

 1()0()k()m()()()()()()()というのは、表記こそ濁してはいるものの、それが学園艦を指しているのはどう取り繕うとも明らかだった。

 

「それを怪獣退治に使ってくれるなら、それはそれでいいけどさ」

 

 本世界では、史実世界には無い非常識な巨大艦船__学園艦が存在しているのは上でも触れたように周知の事実であるが、そんな非武装の巨船があれば、他国、特に仮想敵国による軍事転用…空母化並びに輸送艦化を警戒するのは必然の流れと言えよう。

 幸いといっていいのか、本世界の第一次並びに第二次大戦時には"学園艦の武装化"と言うタブーを犯した国家は__ギリギリのところで踏みとどまったり、一国が始めれば芋蔓式に増えることを各々が危惧して__ゼロであった。

 

 ___が、中国の"神海"配備は「いつかは必ず何処かの国がやる」という疑心暗鬼…ジレンマとも言うべき思考を各国が戦後から現代に至るまで捨てられなかったが故の出来事とも言えた。つまりは、起こるべくして起こったもの、であった。そしてそれは韓国・日本___西側諸国に属する二国にとって憂慮すべき事案であった。

「学園艦の航行の自由を阻害し、国際協調の輪を著しく乱す時代錯誤の決断だ」。

 同ミサイルの実戦配備を受けて、当時、日米韓露印の5カ国による中国への共同の批難声明の発表や、各国で反軍拡デモ・学園艦保護運動などが活発に行われた。また、韓国と日本は世論と国防上の観点から、ミサイル関連のほとぼりが冷めるまでの凡そ一年の期間、自国の学園艦に日本海西側海域の航行制限を設けることにも繋がったのである。

 

「…んまあ取り敢えず、今回のどさくさに紛れて日本にもついで感覚でブッパするのだけは勘弁だっつー話だ」

 

 なお、現在は電磁加速砲(レールガン)の登場や日本の自衛隊の規模拡大、米国の巨人兵器の躍進もあって、そのスペックこそ未だに懸念材料であれど対艦弾道ミサイル“神海”の脅威度は低下しつつある。

 

「「「それはそうだ」」」

 

 上のような出来事もあって、中国のミサイル軍の保有戦力なら怪獣___ガンQ相手にも有効だったりするのではないか、と言うのがヒカルの言い分だったが、この話題への、最終的な男子達の総意としては、「兎に角、日本(自分達)に矛先向けてこなければヨシ!」で、まとまった。

 異論が上がることは無く全会一致で、これによってガンQから派生したミサイル軍の話題は一応の終わりを見せていた。

 

「…そういえば。話は身内の方になるが…ハジメ、お前、肩の怪我はもう大丈夫なのか?」

 

 次なる話題を振ったのはユウだった。

 内容は6日前のハジメの負傷に関するものである。先の話題の時から気になっていたのだろう。その顔はハジメの身体状況を心配して、いつもの彼らしくない、やや不安気な色をしていた。

 

「大丈夫大丈夫!あまり深くなかったから全然肩は使えるよ」

 

 気に掛けてくれるユウに、ハジメは「ほら!この通り」と、笑顔で元気に肩をブンブンと回して見せる。

 ハジメの様子を見て、ユウは一先ずは__「()()()深くない」と言うワードに若干引っ掛かりはあったものの__安心できたのか、深呼吸を一つ挟んでからいつもの穏やかな顔に戻っていった。

 

「あのぉ…まほさん」

 

 マモルが男子側の輪から外れて、まほの名前をオドオドとしながらも呼びつつ、挙手して質問したいと言う意を伝えようとしていた。

 

「ん。どうした?マモル君?」

 

 マモルの動きをまほは見逃しはしなかった。

 一つ下に彼のように気が弱く、他者に配慮し過ぎて遠慮がちな妹を持つ姉である彼女だったからこそ出来た対応だったかもしれない。

 「大丈夫。キミが何か聞きたいことは分かってる」と、小さくコクリと頷き、微笑を向けて続きを促した。

 

「えと…ボクたち、黒森峰はいつ佐世保に向かうんですか? 結局今日までの6日間、熊本にずっと停泊しているんで…」

 

 マモルが気になっていたのは、此度の停泊期間についてであった。

 ゴルザ・メルバ襲来から凡そ一週間近く、学園艦は新熊本港に停泊を続けている。マモル達一般生徒側にどれほどの日数、同港に停泊をし続けるのか、今回は珍しく伝えられていなかったからだ。

 さらに言うと、黒森峰戦車道チームは、来たる全国大会に向けてアメリカ合衆国風の学園艦__サンダース大附属高校のチームと練習試合を組んでいた。試合場所は相手のホームグラウンド、佐世保だ。

 距離的に近いとは言え、試合当日まで僅かである。陸路…輸送車輌や鉄道を使うと言う話も出ていなかったので、そろそろ出航しなくてはいけないのではと彼は言いたかったのだろう。

 

「ああ。そのことだが、あと1時間かかるかかからないかで、舞鶴の護衛艦が熊本に到着すると、先生方と船舶科の知り合いから聞いた。護衛艦と合流し次第、佐世保まで護衛してもらうとのことらしい」

 

「うん…うん?え、なんで舞鶴からなんですか?佐世保所属のじゃなくて?」

 

 素朴な疑問だった。ここらの海域は、海上自衛隊佐世保地方隊の管轄である。佐世保基地を母港とする実働部隊(護衛隊群)が黒森峰学園艦の護衛として就くのではというのがマモルや話を聞いていた他のメンバーの頭の中に浮かんでいた考えだった。

 

「佐世保からっつーガセ持ってきたやつ誰だっけ?」

「やめてくれ、不毛な争いは好きじゃない」

「てめーかダイト!!」

 

 男子勢が相変わらず賑やかであることにはまほは毎度のことだとスルーして話を戻そうとする。

 

「あー…いいかな?海上自衛隊による各学園艦の護衛は基地の枠組みを越えて数隻単位でのローテーションで行うとのことだ。今回は護衛艦、"あさひ"と"たかなみ"の2隻だ。…質問に関しては、これで良かった?」

 

 まほの返答によって、マモルの疑問は案外あっさりと解けた。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 日本が有する学園艦は40と数隻…これまで学園艦の護衛任務といえば、下手に近隣諸国__中国、北朝鮮、豪州連合__との軋轢を生じさせないよう、日本の事実上の海軍組織__海上自衛隊の護衛艦の代わりに"海の警察"海上保安庁の艦艇が一週間に数回のペースで行なっていた。

 しかし今後は、特殊生物の出現に伴って、警護役の艦船は大口径機銃若しくは多砲身機関砲が最大火力である巡視船や巡視艇だけでなく、艦砲・誘導弾・魚雷といったガチガチの戦闘能力を有する護衛艦も追加されることとなった。また、一時的な帰投や補給もすることなく文字通り護衛対象の学園艦が次なる寄港先に到達するまでつきっきりになると言う。

 

「なるほど。そのローテ方式ならいけるもんなのか………あ!海自と言えば、3日前に"第5護衛隊群"が予定より早く訓練を切り上げて実戦配備されるって言ってたな!」

 

 海自と海保、その両組織に言えることだが、管轄に拘り過ぎてしまえばその地域の部隊の運用に支障が出てくる。最悪パンクしてしまうだろう。

 よくよく考えてみれば、ローテーションは妥当な案だった。

 

 ヒカルが納得した様子で頷きつつ、海自に関係する別話題を新たに挙げた。

 

「大湊の新しい艦隊だっけ?」

「北の守りは盤石ってわけだ」

「んでも、今はもうロシアは仮想敵国じゃないよね。大湊よりだったら、豪州連合に近い佐世保とか呉に置いた方が___」

「災害派遣も視野に入れてのことだろ。震災だってあったんだから」

 

 "第5護衛隊群"。

 大湊基地に司令部を置く、海自の新たな実働部隊だ。

 当隊は、海上自衛隊が事実上の()()である〈"いぶき"型航空護衛艦〉を運用するために2010年前後より新設の議論が為されていた。

 そして凡そ10年が経過した今年。ようやく6月に正式に配備、運用が開始された護衛隊群だった。

 …本来は、この護衛隊群は上記の航空護衛艦__一番艦の"いぶき"就役に合わせて配備されるはずだった。

 

 要は()()()()()()()()のである。

 

 何に、如何にして間に合わなかったのか?

 それには〈"いぶき"型航空護衛艦〉就役の理由と深く関係している。

 空護"いぶき"誕生のきっかけは、2000年代以降…先の《神海》と言ったミサイル戦力だけでなく、海軍戦力を増強していた中国が新たに__()()()と言えど__初の航空母艦である〈アドミラル・クズネツォフ級航空母艦 "ヴァリャーグ"〉を購入し、人民海軍に〈001型航空母艦 "遼寧"〉として就役させたという出来事によるものだった。

 ちなみに、オーストラリア国防海軍__豪州連合海軍の原子力空母実戦配備のタイミングもこれに前後しており、そちらもまた日本にとって懸念材料でしかなかった。

 

 新型弾道ミサイルだけでは飽き足らず、それに続くように今度は"海上航空基地"としての役目を持つ戦略艦船たる航空母艦を中国が保有したことによって、再度安全保障上の危機に陥った日本政府は、あくまで対中国抑止を念頭として()()()()()()()()()()()()()()()の建造と配備を目指した"ペガソス計画"なる新型艦建造プランを極秘裏に打ち立て、それを推進した。

 同計画によって生み出されたのが上文で幾度も出てきた〈“いぶき”型航空護衛艦〉である。

 

 そして2014年、一番艦たる空護"いぶき"就役直後。

 中国が突然、日本領海の尖閣諸島近海に空母"遼寧"と後継艦の"山東"を主力とした、劉大校の指揮する北海艦隊を演習目的で派遣した。

 これに対して日本政府は戦後並びに憲法制定後そして海上自衛隊創設以来3度目__1999年の“能登半島沖不審船事件”、2004年の“漢級原子力潜水艦領海侵犯事件”に続くもの(史実世界では2009年に“ソマリア沖の海賊対策”にて3度目となる発令をしているが、本史世界では2000年代に発足した旧アフリカ連合…AUを前身母体とする“アフリカ共同体”によって実施された対ソマリア救援政策によって海賊自体が発生することが無くなっている)__となる「海上警備行動」を発令。海上自衛隊も、"いぶき"を擁する佐世保の第2護衛隊を同海域に急行させ、第5及び第8護衛隊を増援として派遣した。

 また、先行していた日中の両艦載機による尖閣諸島沖での偶発的かつ消極的な空戦が発生。

 しかし、双方に損害は発生することなく空戦は終結。

 これ以上の事態のエスカレートは、局地戦では収まらずに日中両国による全面戦争に発展すると危惧した両国の現場指揮官による独自判断により、北海艦隊並びに海自護衛隊は海域より撤収。一触即発の事態は回避され、その後は日中の外交官による対談から首相同士の会談を経て、相互の不和は残ることにはなったものの、両国の緊張状態は徐々に回復していった……というのが2014年に発生した"いぶき事件"の内容だ。

 

 "第5護衛隊群"はこのような事態に対処するために考えられた、航空護衛艦専用の部隊であったのだが、事態発生の前に結成に至らなかったわけなのである。

 そのため今年__2020年に正式配備が言い渡された当部隊は、通常の護衛隊群と変わらない、五番目の護衛隊群となった。

 

 長々とした内容となってしまった。

 

 黒森峰のメンバー達の会話に話を戻そう。

 

「___空自の方は《F-3J 蒼天》の追加配備が決まったってさ〜」

 

 海自周りの話が落ち着き、またしても別の話題__空自の戦闘機に関する話が男子側で広げられていた。スマホを開き、ネット記事を読んでいたユウが記事の見出しを横のヒカルに見せながら呟く。

 画面には、記事の見出しがでかでかと映っていた。

 『"蒼空の守護神"、増産へ』。

 そしてその見出しの下には、F-2のような洋上迷彩を施したF-22に酷似している、日の丸を翼に付けた戦闘機__F-3Jの画像が掲載されてあった。

 

「あの翼竜("アルファ")のせいだろうな」

 

 航空自衛隊の誇る、国産第五世代ステルス戦闘機__〈F-3J 蒼天〉。

 別名「日本版F-22(ラプター)」。

 あらゆる状況に対応可能な、多用途戦闘機__マルチロールファイターとしての側面も持つハイスペック機体である。

 

 F-3の追加配備は、先の対メルバ("アルファ")戦__"北九州航空戦"で数を減らしたF-35の補填をするためなのだろう。

 

「やっぱそれかよ…」

 

 なお、この話題に…特殊生物に対する備えに関連するものとしては、数日前に治安組織__警察庁が、警官の装備強化を行う意向を示す会見があった。

 主にパトカーの後部トランクのスペースに配置する装備として短機関銃、散弾銃といった銃器や防弾ヘルメット及びチョッキの採用を検討しているとのことだった。

 

「空自もだけど、陸自も陸自で被害が大きかったからね…」

 

 タクミの呟きの通り、現に防衛省は空自航空隊だけでなく、陸自第8師団の戦車連隊再編に苦慮していたことを記しておく。

 "熊本市防衛戦"__ゴルザ("ベータ")迎撃に投入した機甲戦力、航空戦力の5割強が消滅、1割5部が大破ないし中破の損害を被った。

 損耗5割を超えればその部隊は()()の判定だと言う。いかに西部方面の陸上自衛隊が切迫した状態にあるかが分かるだろう。

 

 先の学園艦に関するマモルとまほのやり取りから、直近のイベント…練習試合について、革張りの椅子に背を預けて伸びをしながらヒカルが触れる。

 

「___なんやかんやで、今年もサンダースとの定期戦の時期かぁ」

 

 黒森峰は年に一回__本格的な夏季突入前の6〜7月の間に、サンダース大附属と戦車道での交流試合を設けている。

 毎年執り行われるこの試合は、両校の生徒間の交流促進と戦車道の技術技能の向上が狙いであったりする。

 

「そうですよ。向こうの集中火力ドクトリンは侮れません」

 

 ヒカルの呟きを小梅が拾い、試合予定の相手校(サンダース大付属)についてのおさらいに近い返しをしていた。

 

 彼ら彼女らは既に()のことを見据えていた。

 日常が戻ってきたのなら、為すべきことは決まっていた。

 日々積み重ねてきた努力が、形として成る青春の大舞台に意識を向けているのだ。

 

「シャーマンの一斉射撃はドイツ戦車とはまた違う圧力があるよな…」

「そんなゲッソリした顔で言われても、お前が撃たれるわけじゃないだろヒカル」

「いやいや。ゲームでは散々俺の日本戦車を叩き潰してる連中だぞ。戦車乗らん奴でもトラウマはある」

「黒高生なんだからドイツ戦車使えよ」

 

 …若干の雑念を携えながら。

 

「さてと…一旦ここで切って、そのサンダースとの試合と参加メンバーについて話しておく。…ちょうどレイラもいるしな」

 

 まほが会議室内の雑談に区切りをつける。

 チラリと一度レイラを見やって「ここに皆んなを集めたのはこの話のためだったが」と前置きしつつ言った。

 

「え?ま…まさか、もしかして!!」

 

 隊長であるまほの言葉を聞いてレイラの声色は明るくなる。

 その「もしかして」から、想像の膨らんだレイラが思いのあまり席から立ち上がって、身を乗り出さん勢いでまほの口から出る言葉を待ち望んでいた。

 それを見ていたまほは彼女に応えて頷きながら続ける。

 

「__レイラのパンターも今回のサンダース戦からAチームに参加してもらう。頼むぞ?」

 

 いつものクールフェイスを崩して穏やかな笑顔で、である。

 それは彼女に対するまほの期待の表れでもあった。

 

 再び余談となるが、本史世界の日本では、"戦車道全国高校生大会"と"全国高等学校野球選手権大会"__所謂"甲子園"が青春スポーツの代名詞…その二大巨頭であると捉えられている。

 高校戦車道は、甲子園__高校硬式野球を除いて、唯一夏季全国大会の全国中継が行われるスポーツであり、この世界の日本では二度「高校生達の暑い夏」をお茶の間で観ることができるのである。

 

「は、はいっ!!了解しました……!!!」

 

 Aチーム…一軍の、レギュラーメンバーへの昇格。

 

 高校戦車道の名門、ここ黒森峰では他校と比べてその言葉は、二軍や三軍相当のチームのメンバー…一軍選手として公式試合に臨もうと日夜練習に明け暮れ血反吐を吐く勢いで打ち込んでいる履修生の少女達に対して絶大な威力を持つ。

 それも、ガレージに張り紙で通達されるより、機甲科隊長から面と向かって直々にそのお達しが貰えれば余計に、であった。

 

「___やっっったぁーーー!!エリカちゃんとまた一緒に試合出来るよぉおお!!中等部以来だよ〜!!」スリスリ

 

 そして何より、親友__エリカと肩を並べて戦えることに至高の喜びを持っていた。

 席から立つとそのままエリカの元へダイブ。

 彼女の左脇腹にレイラは勢いよく抱きつきその顔をこれでもかと埋めていた。

 

「ちょ、ちょっとレイラ!くっつくんじゃないわよ!!暑いじゃない!!」

 

 親友に抱きつかれたエリカの顔が赤いのは室内に設置されているエアコンの出力不足だけが原因ではないだろう。

 ……なんだかんだ言って実は彼女も嬉しいのである。

 

「えへへ!離さないよ〜!!」

 

 エリカの制服に顔を埋めているため、レイラの声は若干くぐもったりしているが、そんなのはお構い無しに彼女のいちゃつきの具合は更に高まりつつあった。

 

「本当に離れなさ…あら?」

 

 ふとエリカの視界の中に、まほがテーブルに置いていたメンバーの一覧表に中でも比較的上に載っていたある名前が目に入った。

 

「レイラ?アンタの苗字ってたしか…"楼"だったわよね?なんで"蕪木"になってるの?」

 

 エリカにとっては初出の情報だった。

 

「あー、実はね!高等部に上がる前にお父さんの方の苗字に変わったんだよ!エリカちゃんとは別クラスだったから言ってなかったね」

 

「それに皆んな下の名前でレイラちゃんのこと呼んでるから…」

 

 日々の日常的やりとりが重なっていったことで、逆に気づく人間が少なかったというべきか。

 しかし、高等部二年より機甲科隊長として書類系の整理__事務作業を多く片付けているまほには見慣れたものであり、彼女の人柄からしても、特段騒いだり問いただしたりする内容ではなかったため、そしてそもそも興味さえなかったために、大勢の前でレイラの苗字について触れようともしなかったのだろう。

 第一に、レイラ本人にとっても、その話題がタブーでは無かったのも幸いしたと思われる。

 

「そうだったの…そう言えばレイラのお父さんの顔、見たことなかった……小学校の時、会えたのはお母さんだけだったわね」

 

 この中では一番レイラとの関係が長いエリカが独り言のように呟き、自身の記憶をなぞって思い返していた。

 それを聞いたレイラはどこの何がとは言わないが、無い胸を張りながら答える。

 

「ふっふっふっ!だってお父さんはね〜?…聞いて驚け!海上自衛官なのだぁ!」

 

 この言動を一コマとして捉え、そこに貼る擬音を例えるなら…「ドヤッ!」であろう。

 ここが教室ならば、普段よりクラスメートにマスコット枠として認知されている彼女は、たちまち大量の女子生徒達にもみくちゃにされ「よ〜しよしよ〜し!かわいいねぇ〜!!」と、撫で回されていたに違いない。

 しかし、ここには幸か不幸か、集まっている人間の半数は野郎で占められており、残りの女性陣も比較的そういったものには疎い、若しくは大人しい性格の集まりであったため、そんなことは無かった。

 

「そうだったの? だからか。会う機会が無かったわけだわ」

 

 一人、エリカが過去の記憶と照らし合わせを行ない、納得していた。

 

「それならレイラさんのお父さんは護衛艦に乗ってるんですか?」

 

 今の質問者__小梅のことを指すわけではないが、恐らく海上自衛隊と聞いて海自(イコール)護衛艦(軍艦)乗りを直感でイメージする人間は多いと思われる。

 そういった面も考慮すれば、比較的オーソドックスな質問がであったと言える。

 

 それをうんうんと頷きながら早く答えてあげたいというオーラを纏っているレイラ。

 

「小梅ちゃん良くぞ聞いてくれました!お父さんはミニイージスとも言われる"あらなみ"の艦長なんだよ!」

 

 待ってましたという勢いで、レイラから説明が入った。再び例の「ドヤッ!」が飛んできそうな勢いだ。

 …ここでもまた、どこがとは言わないが無い胸を張っている。

 

「"あらなみ"の艦長なのか!?すげえ!…てことは佐世保の第2護衛隊群じゃん!!」

「友人の中にすごい人の娘さんが…」

「いやいや、目の前の機甲科隊長も流派の令嬢さんなんだけど…」

「船乗りの父ちゃんかぁ…憧れるねぇ」

 

 黒森峰に入学してきた__ある意味怖いもの知らずな__男子生徒らのように忘れている人間も多くいるかもしれないが、改めて説明させてもらうと黒森峰学園は最近までは女子校__それも"超"がつくほどの()()()()()だったわけで、戦車道以外にも毎年財界や政界、大企業の重役に留まらず、日本を動かす…若しくは支える人物らの令嬢が共学化した後とはいえ依然として数多く入ってくる学園である。

 このように家族が自衛官である女子生徒も少なくないはず……なのだが上述の男子生徒もとい()()()の殆どは比較的一般家庭出身の者が多く、家柄関連の話題にはあまり詳しくない…というより気にもしない。

 そのためそういった事情を知らないある意味純粋な男子達は目を輝かせて話に聞き入るのである。

 …まだ詳しくは説明しないが、ハジメ自身も企業社長である母親の息子であったりして、ちゃっかり()()()()であったりする。

 

 無論、身内に自衛官がいる家庭が多いわけではないので、自衛隊の話を聞ける機会自体は学園艦…黒森峰の中でもレアものであることは変わらない。

 ちなみに黒森峰は自衛官の輩出は陸上自衛隊が最も多く、特に機甲科__戦車乗りの割合が顕著であり、凡そ7割ほどを占めている。

 

 ……また、完全な余談になるが、エスカレーター式で中等部より上がってきた上記のお嬢様方(女子生徒)__ハジメと同学年の一般令嬢達__には、同い年の男子に対する免疫がほぼゼロに等しかったためにハジメ達の高等部一年時には、玄関の下駄箱から教室の個人ロッカーに至るまで様々な()()()が入っていたりした。

 だが、二年になる頃には例の三馬鹿(ハジメ・ヒカル・マモル)が天下の西住流の幼馴染という事が知れ渡ったことで上にあるようなアプローチ等は下火になっていった。

 

 …諦めきれていない一部生徒もいるらしく密かにそれぞれのファンクラブも出来上がっていると言う。学園祭や、体育祭では黄色い()()が飛び交うらしい。

 また、黒森峰高等部は男子単独を推す一途な陣営と、男子×自分を妄想してそれを推す強欲な陣営、男子×その幼馴染or仲の良い女子の二人組__例としてはハジメとエリカ__を推す穏和な陣営の三つに分かれて混沌を極めつつあるとか…。

 

「私も知らなかったです」

「今度是非、海自の話を……!」

「あ、俺にも俺にも!」

 

 他のメンバーもレイラの父親に関しての情報は初耳だったらしく、特にミリタリー色の濃い男子たちは大興奮だった。無論、健全な意味でである。

 

「…静かに。話を戻すぞ?」

 

 しかし、まほの一言で全員がすぐに口を閉じ、彼女の話に耳を傾ける。

 

「日本戦車道連盟と高校戦車道連盟は現在、夏の全国大会を予定通り通常開催する方針で進めているとのことだ。それに合わせて、私たちも様々な試合の局面に対応できるよう練習及び実戦を兼ねた多数の高校との練習試合を行い、調整していく。今回のサンダースとの練習試合もその一つと捉えてもらっていい。今後の日程に関しては後日プリントを印刷してガレージでの終礼時に配布する。……このところ世間では特殊災害が頻発し、みんなも不安を抱え、思うところもあることだろう。しかし、今は目の前の大会に向けて万全の準備を整えてほしい。いいな?」

 

「「「はいっ!!」」」

 

「「「了解!!」」」

 

 機甲科、整備科共に凛とした返事をまほに返し、これで会議室での集まりは取り敢えず解散となった。

 

「____大会中に怪獣が突然出たらどうするんだろ」

「そこはお前、自衛隊が対応するだろうさ」

「試合中に出たら大惨事なのは考えなくとも…だな」

 

 ミーティングが終わった後、ハジメたち整備科メンバーは戦車道の全国大会について話しながら、部室棟正面玄関に続く廊下を固まって歩いていた。

 

「『特殊災害に負けず、伝統ある日本戦車道をアピール』って…死人が出てからじゃおせーぞ」

 

 ニュースで見た、とある一部の日本戦車道連盟会員と文科省役員が揃って口にしていた的外れな発言を思い出してヒカルが悪態半分にボヤく。

 

「上海に出た隕石怪獣…いっちゃんねるだと"ガンQ"って呼ばれてるやつだって今は中国軍にボカボカ発破されてるけど健在なんだろ?アレ動き出したら、どうすんのかね」

 

 まほの言葉があったとは言え、整備科メンバーは大会日程中の怪獣出現がやはり気掛かりであった。

 

「ガンQか…何食ったらそんなネーミングセンスが育つんだか」

「日本も、アメリカの"タイタン"みたく超重戦車とか作っといた方がいいって」

 

 アメリカ合衆国陸軍の精神的支柱とも言える存在、重戦車〈M156 タイタン〉。

 戦艦の大口径主砲を短砲身化したもの__"レクイエム砲"なる特注品を主砲に据え、砲塔上部には単装速射砲を2基備えている…現時点で世界最大最強の多砲塔戦車だ。

 その超装甲は、弾道ミサイルの直撃さえ耐え得るとされており、その圧倒的な防御力と規格外の火力を有する様から、付いた異名は「動く要塞」。

 アフリカ大陸と中東での派遣経験を持つ当車輌は、派遣先の現地ゲリラ兵やテロリストを正面から完膚なきまでに叩きのめし、乗員の生存率は驚異の10割を打ち出したことで、米陸軍内では神格化されかけた英雄的重戦車なのである。

 

 この世界__本史の合衆国は戦時中の"大艦巨砲主義"から分岐・派生した、"巨人主義''__「戦略・戦術級の超巨大兵器で戦場をコントロールする」という考えの下生まれた陸海空の巨大兵器達__通称"巨人兵器"を主力とし運用するドクトリンを戦後から推し進めている。

 そんな"巨人兵器"の一つが、タイタンなのである。

 

「ばーか、アメリカと日本じゃ一般道の強度はダンチだぜ?いくら戦車道規格っつったって、〈90式戦車(キューマル)〉ならともかくタイタンレベルの戦車なんて日本で走らせたらアスファルトの海に沈んじまう」

「そ、それに…怪獣の話なら、あの日本海溝に消えたって言う、政府が命名した……その…なんだっけ? ……ああ、そう、ゴジラだってまだ行方が掴めないだけで、生死は分かってないし」

「せやな。ゴジラまで日本に来たらヤバいって。見た?ゴジラ映した空自のあの画像。アレまんまクッソでかい東洋龍だよな?」

「うん。それにまた日本上空に紫色の穴(ワームホール)が出てきたら…」

 

 嫌な未来、たらればが気がつけばそれぞれの口から溢れていた。

 それも、今では機甲科の少女達にとって無くてはならない支えとなっている__ポジティブが売りであるはずの__整備科の男子達の口から、であった。

 

____パァン!!

 

 突然廊下に、大きく、乾いた音…破裂音に近いモノが響く。

 銃声…ではなかった。

 らしくもなく曇りのかけていた面々を見て、これ以上のメンバーのメンタル悪化はいささか不味いと悟ったハジメが、手を思い切り叩き合わせたのだ。

 一同が何事かとこちらに目を向けたことをハジメは確認すると、メンバー全員を見やり____

 

「そこまで!!…俺たちはエリさんたちが安全に戦車に乗れるように整備するだけ。俺たちにやれるのはそれぐらいだよ。それに…いざとなれば、ウルトラマンが駆けつけてくれる……多分!」

 

 「そればっかりは他力本願だけどな…」と苦笑しながら、やるべき事を見失いかけていた面々を諭した。

 曇りかけていた男子メンバーの雰囲気をぴしゃりと消し去った。

 

「ははっ…多分てなんだよ、ストームリーダー。そこが一番肝心じゃねーのかよ!」

 

 ヒカルがいつもの快活な笑顔でツッコミを入れた。

 

「そうか、そうだよな。やれないことよりやれること…だな」

「よーし皆んな、練習試合だからって整備サボるなよ〜!!」

「それはお前もだタクミ!」

「そうなりゃ仕事仕事!どうせなら洗車までやったろうぜ!!」

「いいね〜!やろうやろう!!」

 

 ハジメの一言によって、不思議とメンバーの顔を覆っていた影が消え去っていた。

 

「…それじゃあ、行こう!」

 

 どうやら、皆それぞれいつもの調子を取り戻したらしい。

 彼らの瞳は活力に満ち溢れていた。

 ある者はツナギの腕を捲り、ある者は両の頬を叩き、ある者は髪をかき上げ、ある者は首を鳴らしていた。

 準備は万端だった。

 

「「「応!!」」」

 

 黒森峰学園戦車道整備科の二年生男子一同は、自分たちができることであるサンダース戦に向けての各担当戦車の整備をするために勢いよく、我先にと戦車ガレージへと走っていった。

 

 

 

__________

 

 

 

南アジア インド共和国 

アカナクマーワイルドライフ自然保護区

森林深部

 

 

 

ズゥウーーン…バキバキバキッ!……

 

 自然保護区内に鬱蒼と生い茂る長身の木々をなぎ倒し、踏み潰して堂々と歩いているのは50mを優に超える___大型特殊生物に該当する変異カマキリ__通称"カマキラス"だ。

 ()()()は、過去のインドでの度重なる核実験により住処の土壌が汚染され、その影響で突然変異してしまった南アジアに広く分布するカマキリ__ヴァイオリン・マンティスの成れの果てである。

 今、保護区内の密林を踏み荒らしている大型カマキラスは、元々は小型であったのだが、同族同士による共食い…そして生息域周辺に存在していた他生物も軒並み捕食したことで、急激に成長した個体なのである。

 

 インド軍は昆虫型特殊生物の新種であるカマキラスの国内大量発生を受けて、複数の州軍を動員させての初の対特殊生物軍事行動__"カマキラス駆除作戦(オペレーション・マンティスイーター)"を発動した。

 結果としては、小型中型の個体数を漸減させることに成功。

 であったが、この大型カマキラスだけは駆除はおろか、発見すら叶わなかったのである。

 それはインド軍が把握していなかったカマキラス特有の生体能力の一つ、光学擬態__生体ステルス機能が関係していた。

 大型カマキラスは、その高レベルのステルス迷彩を用いて見事にインド軍の目を掻い潜り生き延びたわけだ。

 

 

キキィイ!キキイイィイ!!

 

 

 件のカマキラスは、食欲を満たすため、中型の同族や大型哺乳類といった獲物を求めて森林の中を彷徨う。

 既存の生態系から逸脱したカマキラスに自然界の理は無意味であり、かの生物の活動を阻む者、害する者はこの森林には見当たらなかった。

 

 否、ここまでは。

 

 異変は空の一点にて起こった。

 前触れなく保護区上空に、黒紫色の穴__ワームホールが現れる。

 それは、思考が存在するかのように振る舞い出した。

 

 空を見上げ、腕を大きく伸ばし振り上げ威嚇するカマキラスに急速降下したのである。

 降下したワームホールは金魚掬いの網の如く虚空をすくい、両刀怪獣を躊躇なく飲み込んだ。

 それは最早神隠しと言っても過言では無い所業であった。

 

 ワームホールも、カマキラスを飲み込んで数秒後には青空の中に霧散。

 空は元の平穏そのものへと戻った。

 地上には、()()()()消えたカマキラスによって薙ぎ倒された木々が散乱している不自然な森林のみが残る。

 

 かの怪獣は何処へと消えたのか…否、何処へと連れ去られたのだろうか。

 それは、いつからか宙に浮かび一連の出来事をほくそ笑みながら眺めていた人型存在__影法師のみが知っている。

 

 

 

「フフフ………フフフフ、アハハハ!待っていろウルトラマン……!」

 

 

 

_________

 

 

 

東アジア 中華人民共和国 上海

市街地中央部 閉鎖区域

 

 

 

 工兵による爆破処理開始から数日。

 未だに目玉隕石__巷では日本のネット掲示板の書き込みにあった"ガンQ"という非公式の別称で世界的に通っている__を破壊できずにいた中国政府は、高性能爆弾から、攻撃ヘリによるミサイルでの処理に変更し、これを命令。

 

 それでもダメならばと、戦車砲による集中射撃と空軍の爆撃機による空爆を都市ごと敢行することを秘密裏に決定し、各方面に指示を出した。

 

 ガンQが落下した地点には、中国人民陸軍の歩兵部隊と装甲車両が多数配置されていたが、現在は攻撃ヘリによるガンQへのミサイル攻撃が決定されため、観測部隊兼監視部隊たる彼らは1ブロック後退の動きを見せていた。

 

「急げいそげ!14分後にはミサイルが来るぞ!!200メートル後退!再展開後は仕留め切れなかった場合に備え対戦車ロケットを準備!!」

 

 現地部隊の指揮官、陽中校が無線通信機を使わず声を張り上げて兵士達に指示を出し、作戦行動を円滑にするべく努めていた。

 

「全部隊から配置完了の報告が来ました!!」

「陽中校!凡そ20分ほどで第122装甲大隊も到着します!!」

「攻撃ヘリ部隊、まもなくです!!」

 

 続々と彼に現場の動きに直結する各方面の動きが集まってくる。

 ミサイル攻撃までの段取りは特段問題無く進んでいるようだ。

 

「うむ。分かった。対戦車中隊各員、98式準備!!!」

 

 陽の指示の下、陸上部隊は後退を終え、まもなくこちらに到着する予定の攻撃ヘリの射線と被らないようガンQを中心として扇状に囲むような戦力の配置を行っていた。

 彼らはヘリ部隊による攻撃開始に合わせて対戦車弾を主体とした多重攻撃を行うため、歩兵は"98式120mm対戦車ロケットランチャー"をガンQに向けて構え、いつ射撃命令が出てもいいように標準を合わせる。

 その他通常の兵士らはそれぞれ"80式汎用機関銃"や"03式自動小銃"の照準を、ガンQに向けていた。

 

 兵士達はアスファルトの道路上に土嚢や有刺鉄線、鉄板を用いた簡易陣地をブロック後退後に再構築しており、準備は万端なようだった。

 

 また、陣地の合間合間に、30mm機関砲や対戦車ミサイルを主兵装とする〈08式歩兵戦闘車〉と、105mmライフル砲を搭載する〈11式装輪装甲突撃車〉などの装甲車両も砲身をガンQに向けている。

 

ギョロ…ギョロッ……キュキュッ…キュキュキュキュ!

 

 一方のガンQは、人民解放軍が攻撃準備をしていることに気づいていた。

 そして静かに黒目だけを器用に三日月状に曲げ不気味に嗤っていたのだった。

 

 

 約10分程が経過。

 中国軍の対ガンQ破壊作戦は次のフェイズへ移行。

 それは、"上海会戦"と呼ばれることとなる中国初の対特殊生物戦の幕開けでもあった。

 

 

バタバタバタバタ…!

 

『炎蛇1から地上部隊へ。たった今、作戦空域上空に到着。これより目標に対し、ミサイルによる攻撃を敢行する。急ぎ射線上から退避せよ』

 

 十数分後、高層ビルが立ち並ぶ上海市街地を、中国人民解放陸軍の国産新型攻撃ヘリ〈武直10型(Z-10)〉が3機編隊でビルの合間を最小の動きで抜け、市街地中央部___ガンQの居座る閉鎖区域へと現着した。

 ホバリング飛行で地上部隊に倣い、彼らもまた扇状に広がってガンQを囲い込む。

 機体下部の機関砲が()()__ガンQを見定める。

 

「炎蛇、こちらは既に退避を完了している。やってくれ」

 

 誤射を防ぐための地上にいる陽中校とのやり取りを終え、いよいよヘリ部隊の攻撃準備は整った。

 

『了解!』

 

 皆がこの時を待ち侘びていた。

 

『ミサイル発射!!』

 

 各機のヘリガンナーはガンQを捕捉。

 力強く引き金を引いた。

 

『『発射!!』』

 

 指揮官機__炎蛇1の指示の下、対戦車ミサイル"HJ-10(レッドアロー10)"が3機のZ-10から同時に放たれる。

 

シュパパパパッ!!

 

 発射された対戦車ミサイルは白い尾を引いて真っ直ぐにガンQへと飛翔し、殺到する。

 

 当ミサイル__HJ-10は、弾頭にタンデム式対戦車榴(HEAT)弾を採用している。

 それは、爆発反応装甲込みの凡そ140cmの装甲を貫通する。

 目標に命中してしまえば、内部奥深くまで突き刺さり爆発エネルギーを解放し、無視できないダメージを対象に与える。

 

 現場にいる解放軍兵士の誰もがこれで片付くと確信していた。

 

 紅の光槍(レッドアロー)が、眼塊の化物を射止め爆砕する____

 

_____ドドドッ! ドチュ!!

 

 ___ハズだった。

 

 ミサイルがガンQに着弾したその時、ミサイルは爆発することなくガンQの本体に生々しい音を立てて突き刺さったのである。

 そして、そのままミサイルは役割を果たすことなく、全て取り込まれてしまった。

 

 兵士達は己の目を疑った。

 彼らが目にした特異な要素は二つ。

 

「な!?」

「み、ミサイルが!!」

「食われた…」

 

 一つは、隕石状の怪存在がミサイルを()()したこと。

 

「おい!隕石の目から…()()が生えてきたぞ!!!」

 

 そしてもう一つは、どう言う原理なのかは不明だが、眼塊の化物に手足__と思われるモノが脈絡も無く唐突に生成され始めたこと…であった。

 

『なんてヤツだ…』

『こちらのミサイルが効いていないだと!?』

『…マズイな』

 

 手足を獲得したガンQは、それらを器用に扱ってすぐに立ち上がる。

 肥大な頭部や身体中に付いている大小さまざまな()をギョロギョロと動かし___

 

ボォオッボォッボオオッ!

 

 ___不気味で不快な嗤い声を上海に轟かせた。

 その余りに奇怪な光景を目にした解放軍の兵士達は戦慄する。

 

「なんだ…なんなんだ!?」

「あ、頭がおかしくなりそうだ…!!」

「アイツ、口が無いのに笑ってる!?」

 

 ガンQの常軌を逸した不気味さに耐えきれなかったのか、数人の兵士たちは身の危険を感じて、本能的に後退りをしていた。

 半ば発狂しかけている者も見受けられる。

 

「きっとミサイルを取り込んだんだ!!なんでこんな奴が本土に!!」

 

 対戦車ミサイルを無力化・吸収した規格外(ガンQ)とこれから戦うのだと認識した兵士の一人が天を仰いで嘆く。

 

「狼狽えるな!98式構えー!!!撃てえ!!!」

 

 されど指揮官__陽中校と大多数の兵士は立ち向かうことを選択していた。

 動揺する兵士を一喝し、なんとかまとめ上げる。

 

バシュバシュバシュッ! バシュッ!

 

 地上部隊による対戦車ロケット弾の斉射が開始。

 ロケット弾による多重攻撃がガンQに浴びせかけられた。

 

キャキャキャ!!

 

 しかし、ガンQには効果は皆無だった。

 ガンQは笑い声とも言えない奇声を上げ、頭部の巨眼から紫色の怪光線__"吸収光線"をカウンターとして放った。

 吸収光線は、一つ残らずロケット弾を取り込む。

 

 陸空での火砲・誘導弾攻撃は阻まれた。

 攻撃ヘリ部隊は誘導弾による波状攻撃から、機関砲と高速ロケット弾による飽和攻撃に切り替える。

 

『炎蛇1から炎蛇隊へ。目標が再度光線を発射する前に機関砲とロケット弾で片付ける。頭部に火力を集中せよ。』

 

 炎蛇隊の隊長は落ち着いていた。

 ガンQにこちらの常識が通じないとは言え、まだ取れる択、試していない択はある。

 淡々と他2機に射撃命令を出した。

 

『『了解!』』

 

 各機の"30mm機関砲"は唸りを上げ、ロケットポッドは火を噴いた。

 

ドドドドドドドドドドッ!!

 

シュパパパパパパパッ!

 

 機関砲弾とロケット弾がガンQに飛翔するが、到達前にまたもや吸収光線の再照射により取り込まれる結果で終わる。

 しかも、今度は吸収光線の照射範囲がヘリ部隊まで伸びていた。

 

『うわぁあーー!!!!』

『こ、これは!?誰か!助けてくれ!!』

『操縦不能!操縦不___』

 

 ミサイル、ロケット弾、機関砲弾と同様に、ヘリも吸収光線の引力作用の対象であった。

 無線越しにヘリパイロット達の絶叫が響く。

 しかし彼らは友軍に助けられる間もなくヘリごと完全にガンQに取り込まれてしまった。

 

キュキュキュキュキュッ!!!!

 

 ガンQは満足したのか、それとも残った者たちに恐怖を与えるためか、器用に黒目のみを三日月状に曲げて更にあざ笑う。

 

「退避!退避だ!!ヤツから離れろ!!吸い込まれるぞ!!」

 

 ガンQが地上部隊に向けて前進を開始した。

 ガンQの侵攻と人民解放軍地上部隊の退避の動きはほぼ同時であった。

 

「射撃しつつ後退!!」

「来るな…来るなぁああーー!!!」

「俺たちも食われるぞ!!早く走れ!!」

 

 陽中校の撤退指示を受けて歩兵部隊と機甲部隊が全速後退を開始。

 皆必死の形相でガンQから離れるべく走る。

 生死を懸けた逃走劇が始まった。

 

バババババババッ! バババババッ!

 

ドォンドォンドォンドォン!!

 

ダラララララララララ! パパパパッ! パパパパッ!!

 

 戦車砲に機関砲、歩兵の小銃から機関銃までのあらゆる弾丸や砲弾、誘導弾がガンQに向け撃たれる。

 今度は戦闘車に搭載されたミサイルや銃弾などが見事命中し、ガンQの胴体部分を中心に爆発や閃光が走る。

 

 しかしガンQには全く効いていないようで、それらの攻撃を全く意に介さずに、引き続きヒトのように軽やかなスキップ歩調で後退する陸上部隊を追う。

 

 地上部隊の被害が出たのはここからだった。

 まず、歩兵の盾となるべく留まっていた装甲車や歩兵戦闘車が真っ先に踏み潰され、爆散した。

 

 そして、逃げ続ける兵士達も無傷とはいかず、ガンQが触手ようなものに変化させた腕__触腕で一人ずつ絡め取られ、頭部の巨眼に放り込まれ姿を消していく。

 一人、また一人と取り込む度にガンQは耳障りな笑い声を発し、逃げ延びるために全力疾走する兵士たちにひたすら恐怖を与えた。

 

 全力で後退している陸上部隊はもはやパニック状態に陥っており、ただただ自分たちに迫ってきているガンQからなんとかして距離を取ろうとしていた。

 

「後ろの突撃車が全部やられた!!」

 

 先頭を走っていた、まだ余裕のある歩兵が後ろの惨状を見て悲鳴に近い声を上げた。

 

「いやだあ!死にたくない!!」

 

 涙なのか、汗なのか、はたまた鼻水なのか、それらで顔をぐちゃぐちゃにした兵士が虚しく叫ぶ。

 

「!!、おい前を見ろ!光山戦車大隊が来てくれたぞ!!」

「精鋭の122装甲軍だ!助かったぞお!!」

 

 しかし、遂に敗走状態に等しい陸上部隊に光明が差した。

 

『目標、撤退行動中の友軍に迫る大型特殊生物。各車、射撃開始。これ以上同志を死なせるな!!』

 

 増援として急行していた東部戦区陸軍の最精鋭機甲部隊__"第122装甲(光山戦車)大隊"が到着したのである。

 前方から頼もしい援軍が到着したことで、走り続けていた兵士や残存する車両の搭乗員たちからワァーッ!っと歓声が上がった。

 

 それに答えるかのように、同胞を一方的に嬲り続けていた化け物を灰塵に帰すべく、戦車大隊の先鋒の〈99式戦車〉から順に砲撃を開始。また、戦車の搭乗員がキューポラから乗り出して砲塔上部に搭載されている重機関銃をも使い出した。

 

ドォン! ドドォン! ドォオン!! ドォン!!

 

ダタタタタタッ! ダタタタタタッ!

 

 戦車砲と機関銃による絶え間ない弾幕が張られる。

 着弾・命中に伴う爆炎と黒煙が何度もガンQを塗り潰す。

 砲撃を連続して受けたガンQが圧殺されたかに思えた。

 が、しかし。

 

____ボゥッ!!

 

 突然立ち込めていた爆煙の中を、巨大な火球が突き破ってきた。

 それも、一発ではなく複数だ。

 火球群は戦車隊に向けてガンQより放たれたものだった。

 

 火球が着弾する度に先の砲撃に負けず劣らずの爆発が起こり、火球に直撃した戦車は車体と砲塔が別々に吹き飛んだ。

 直撃を免れた車輌であっても爆風による衝撃で後続の部隊や側面のビルに激突し大破するなどしており、どちらにしても中の人員は無事では済まないだろうことは分かる。

 

「嘘だろ…!?精鋭の122軍が……」

 

 そうこうしている内に戦車大隊の先頭集団が全滅してしまった。

 また、ガンQの攻撃による影響で後続の車列が分断され、内部で挟まれた部隊は身動きが取れない状態に陥った。

 後続の戦車やそのさらに後方から続いている機甲部隊は、前進することすらままならず、その混乱に乗じる形でガンQが三度目の吸収光線を照射した。

 

 今度の光線の標的は瓦礫、壊滅した機甲部隊車輌群だけでなく、逃げ場を失ってしまった陽中校の指揮下の機械化歩兵部隊まで及んだ。

 

「もはやここまでか…」

「どうすれば…!?」

「おい、こっちに来い!早く!!」

「もうダメだ」

「ああ、あああ……」

 

 ガンQは自身を討伐しに来た相手を一挙に取り込んだと判断すると、再び己が足による移動を開始した。

 そこからは、上海を包囲・封鎖していた中国軍を手当たり次第襲撃。

 このままでは事態の収拾がつかないと判断した解放軍司令部が、上海放棄の命令を出した頃にはガンQは同都市より姿を消していた。

 

 ガンQの攻撃と吸収を免れ生き延びた兵士の証言によれば、「テレポートしたように突然消えた」と言っていることから、ガンQは何処か別の地点に転移した可能性が高いとし、上海での一連の戦闘__"上海会戦"の終結を政府は発表した。

 

 結果的に中国は上海地区に作戦のために展開していた人民解放軍のおよそ7割を一体の怪獣に消失させられたことになった。これによって東部戦区の部隊が激減。同戦区の影響力並びに配備戦力が著しく低下した。

 その後、哨戒機や偵察ヘリ等を使っての全土捜索が行われたものの、対象__ガンQの行方を掴むことは一切出来なかった。

 また、上海市の放棄命令は数日後に解除され、再襲撃に市民たちは怯えながらも生活を再開することになった。

 

 中国政府は、ガンQの国内再出現に備えて全土に戒厳令を発令。

 解放軍からは一般警察にも対戦車ロケットや対物ライフルなどが一時的に支給され、陸軍の特殊部隊__解放陸軍緊急展開部隊に臨戦態勢を取らせた。

 この事態はおよそ一週間半続くことなる。

 

 

 

_________

 

 

 

東アジア 日本国関東地方 東京都新宿区 防衛省庁舎

 

 

 

 ある部屋の一室では日本の国防に関する話が交わされていた。

 そこには自衛官であることを示す濃緑色の制服__"91式制服"を身につけた()()()と呼ばれる自衛官数名。そしてその向かいには黒いスーツを着た初老の男性が一人座っていた。

 

 その初老男性の正体は、日本の現内閣総理大臣であり、自衛隊の最高指揮官である垂水慶一郎その人だ。

 彼らは現在、防衛装備庁と日本生類総合研究所が共同で進めている新概念兵器__指向性放電砲開発計画『Lプロジェクト』の現状について直接確認するべく、官邸から単身で赴いてきたのだ。

 

「例のプロジェクトの現状はどうだね?」

 

 垂水総理が対面の幹部自衛官達に尋ねる。

 

「はい。Lプロジェクトの進展ですが、当初の予想を上回るペースで進んでいます。戸崎防衛大臣にも報告はしておりますが、本プロジェクトの開発構想自体は元から存在していたこと、学園艦関連の科学技術の発展により技術的な問題が消えたこと、そして何より生総研の全面協力を受けられたことが、功を奏したようです」

 

 自衛官の一人が、垂水総理に資料を手渡し、自身は手元のメモを用いて説明していく。

 

「そうか……このペースでならば、あとどのくらいで使える?」

 

「このまま順調に調整が続けば早くて凡そ一ヶ月後…いえ、半月で実戦投入できます。プロトタイプ…試作一号は北海道、千歳地下特別試験場にて実射テストを既に終えており、順調です。また、例の対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル)も無事、量産体制に移行する段階まで漕ぎ着けました」

「放電砲並びに徹甲誘導弾は改修予定の戦闘車両、護衛艦、航空機以外に、陸自と海自から提出された計画上にある防衛移動要塞や特殊潜水艦にも搭載する予定です」

「放電砲の派生装備も、複数出来上がってきています」

 

 どのプロジェクトも、予想以上のペースで進んでいるようであった。

 

「分かった。そちらも頑張ってくれ。ウルトラマンへの対応も考えなくては……我々には国民の命を…未来を守る責任があるんだ」

 

 垂水総理は報告を聞き、今後の展望を思索する。

 

「「「はい!!」」」

 

 自衛隊の第一、第二の切り札は間もなく姿を見せることだろう。

 

「メーサー砲とフルメタル・ミサイルは必ず完成させます……!!」

 

 そう宣言した自衛官は、強くそして静かに拳を握っていた。

 

 

_________

 

 

 

同国関東地方 茨城県東茨城郡 大洗町

大洗海浜公園 海岸

 

 

 

「はぁ………」

 

 海浜公園からは、現在小型の学園艦__県立大洗女子学園が入港準備に入っている茨城港が見える。

 そんな海浜公園内には、一人の茶髪の少女が海岸の波打ち際に、時に深いため息を吐きながら体育座りで黄昏ていた。

 

「私……これからどうしたら良いんだろ……」

 

 自分の先行きに不安を感じているその少女の正体は、元黒森峰学園戦車道機甲科の副隊長___西住みほである。

 

 黒森峰の悲願であった、夏の戦車道全国大会十連覇を果たすことが出来なかった。

 それも、自身の行動がトリガーとなって、である。

 人の道…そして己の信じる正しき道に従って取った行動が、結果的にはマイナスの方向に物事を進めてしまったのだと、彼女は後ろめたさを感じているのだ。

 彼女の「友達を助けたい」という信念は間違いでは無かったと言うのに。

 不幸にも、この場にはそれを肯定してくれる人物は近くにはいなかった。

 

 そして…彼女は半ば責任を取らされる形で逃げるように黒森峰から降り、戦車道の無い学校である茨城県立大洗女子学園に転校するに至った。

 みほは、春の新学期より、大洗の学び舎にて普通科の授業を受けている。

 されども、新天地であるためか、それとも彼女自身の引っ込み思案な性格のためか、クラスで浮く存在にはならなかったものの、よく喋る知り合いはおろか友人さえ、出来ていなかった。凡そ三ヶ月経った今でも、であった。

 

「やっぱり何も言わずにお別れしたのはダメだったかな……みんな、怒ってるんだろうな……」

 

 そんな小さなみほの呟きは波のさざめきによってかき消されていく。

 

「熊本に怪獣が……みんな怪我してないかな…お姉ちゃん…エリカさん…ナギさん………みんなどうしてるのかな…グスッ」

 

 みほは遂に耐えきれなくなってきたのか、だんだんと涙声になる。

 無理もない。たったひとり、様々なものを抱えてここまで来たのだから。

 

 しかしこのままだと感情が爆発してしまうと感じたみほは、恋しい思い出と嫌な記憶を一時でも忘れようと顔を上げて海を見て気を紛らわせようとする。

 それでも、涙は流れてくる。頑張って堪えていたつもりだった。

 服の袖で瞳からとめどなく伝って流れてくる涙を拭くしかなかった。

 

「う……うぅっ…グスッ。……あれ?何か光った……?」

 

 みほが波打ち際を見やった時だった。

 何度も砂浜へ寄せてきてはすぐに引いていく波を見続けていると、ある砂浜の一点だけ特段白く光り輝いている箇所を見つけた。

 彼女は立ち上がってそれに近づいていき、直に見て確認しようとする。

 何故か、そうしようと思った。

 輝きを放つ地点の砂を両手でかき分けて掘っていく。

 数度くり返していると光っていた物が顔を出した。

 

「卵と……丸い綺麗な石……」

 

 正体は真っ白な卵と、霞んだ黄土色の変わった小石だった。

 掘り出した直後、卵にはてっぺんに上述の小石がくっつくように乗っていた。

 

「勾玉って言うより…陰陽玉、なのかな…?」

 

 小石__丸石は親指ほどの大きさで、太陽光を稀に反射して琥珀色にちらりと輝くらしかった。

 卵の方も手のひらに収まるほどの手軽なサイズであり、微かに暖かった。

 どうやら()()は生きているようである。

 

「それに、これはなんの卵なんだろう?」

 

 みほは不思議な石と白い卵をさらに細かく観察することにした。

 拾った丸石は何やら曲線を彫られた…と言うよりも全く異なる石と石同士を合体させたような__古典や日本史の授業の中で教科書に写真で頻繁に載っている__勾玉を二つ合わせたような形状だ。

 所謂"陰陽玉"に近いものだった。

 

 なぜ丸石とセットで卵が…あるいは卵とセットで丸石が__体積の八割ほどが砂下に埋もれていたのかはみほの預かり知らぬところである。

 一番に彼女が首を傾げていることは、卵の()()についてであった。

 スーパー等で売られている一般的な鶏卵、ましてやウズラの卵などよりも大きい。見たことのない卵だった。

 

「うーん………ん?」

 

 手のひらに乗せていた卵がいきなり自ら動き出したことに気づく。

 

パキャ…パキパキパキッ!

 

 そして何かが卵を内側で動いたために割れ始めた。

 何が生まれるのだろうか?

 

「………」ゴクリ…

 

 みほが固唾を飲んで、卵から生まれてくる存在を静かに見守る。

 破った殻がぽろぽろと砂浜に落ちていき、中身の全体像が徐々に露わになっていった。

 

 そして___

 

「ぴぃい!ぴいぴいっ!!」

 

 ___卵の中身が姿を見せた。

 

「カ……かっ…!」

 

 そして遂に殆どの殻を退かして現れたのは、元気に鳥のヒナの如く鳴く子ガメだった。

 

「カメさんだったんだぁ!かわいい〜!」

 

 くりくりとした可愛らしい二つの瞳がみほをジッと捉えていた。

 その可愛らしさにみほが「はぅ〜」と悶える。

 

「どんなカメさんの赤ちゃんなんだろう?」

 

 自分()を母親だと思っているのだろうか?

 みほはそう思いながら子ガメの甲羅や頭を優しく指で撫でてやる。

 心地良さそうにカメは目を細めていた。

 

「あ…でも勝手に連れていっちゃダメだよね。ごめんね、びっくりさせちゃったよね…。カメさんも、みんなに会えるといいね……みんなに……」

 

 みほはしゃがみこんで、子ガメを手の平から砂の上へと下ろして自由にしてやることにした。

 そして子ガメが海に入るまで見守ることにしたのだった。

 しかし、いくら待っても子ガメはみほの方を向いて海に向かおうとは頑なにしなかった。

 手を使って押し出してやっても、みほの方によちよちと戻ってくる。

 

「だ、ダメだよ!カメさんは海に行ってみんなと会わないと…私と違って、みんなが待ってるはずだから……」

 

 伝わるはずもないと分かってはいるがみほは子ガメを説得させるべく話しかける。両手を前に出してわたわたとした動きもセットで。

 だが子ガメはジッとみほを見つめるのみで、一向に動く気配はない。

 再度みほが両手に抱えて、波打ち際に靴が濡れないギリギリまで近づいて離してやっても、またみほについてくる。

 子ガメは海の方に興味を持つ気配すらしない。

 

 何度やってもみほから離れようとしないのだ。

 

「う…だ、ダメだよ!そんな目で見ても………」

 

「ぴい!」

 

「はぅぅ…」

 

 

 

大洗女子学園 学園艦 学生寮

 

 

 

「ああ…結局寮まで連れてきちゃったよ…」

 

 母性というか、庇護欲には抗えなかった。

 

「ぴい!」

 

 みほはアパートの自室にある勉強机に付属している椅子に座り、元気に机上を歩いている__結局、保護する形となった子ガメに話しかける。

 

「いい?この部屋から出ちゃダメだからね?もし外に出ちゃったら私、見つけれないと思うから………って言っても分からないか……」

 

 言葉が通じるわけではないが、躾…のような厳しい言い方ではないが、子ガメに面と向かって言って聞かせるみほ。

 

「ぴい!」

 

 偶然か、しっかりと子ガメはそれに応えた。

 

「元気が良いなぁ…その元気を分けてもらいたいぐらいだよ……あ、カメさんはご飯って何食べるんだろ?」

 

 

 

 凡そ30分するかしないかの時が経った。

 

 

 

 あれから、スマホを使ってカメの生態、特に食性についてみほは調べた。

 しかし、保護した子ガメがどの種に該当するのかを検索したものの、それっぽい…と言うよりも近縁種すら見つからない有様だった。

 あらゆる種類の亀の特徴がごちゃごちゃに混ざっており、みほは困惑した。自分の調べ方が悪いのかもしれないと思うぐらいには。

 

「冷蔵庫にキャベツがあったよー!千切ってあげればいいんだよね?はい、どうぞ!」

 

 何も食べさせないのは可哀想だと、取り敢えずは一般的な餌として与えられる惣菜が見つかったため、それを食べさせることで落ち着いた。

 子ガメは美味しそうにその小柄な体に見合わず、ムシャムシャとみほが千切ったキャベツをものすごいスピードで食べていく。

 

「わわっ!すごい食べっぷり…美味しい?えっと…えっと……そういえば名前、決めてなかったね。どんなお名前が良いかな?」

 

「ぴい?」

 

 子ガメが食べるのをやめて首を傾げた。

 

「うーん…どうしようかなぁ…」

 

 数分に渡って悩みに悩んだ末、名前が決まる。

 

「えっと、ピイピイって鳴くから"ピイ助"!キミの名前は今日からピイ助だよ!!」

 

 みほは子ガメ__ピイ助を持ち上げて椅子から立ち上がりクルクルと回る。

 

「ぴぃいっ!!」

 

 対してピイ助の方もまたみほにつけられた名前を気に入ったらしく、先ほどよりも高いトーンで鳴いていた。

 

「これからよろしくね!ピイ助!!おかげで転校の緊張がいくらか吹き飛んだよ。…ありがとね」

 

「ピュイ!!」

 

 一人の少女は一匹の新たな同居人から勇気をもらい、暗闇の底から立ち上がるための、確かな足掛かりを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

おまけ 『ウルトラ水流』

 

 

 

 高校二年の暑いとある休日。

 午後練手前のガレージ内で起こった出来事。

 

「おおっとぉ……もしかしなくても、ガレージ一番乗りかな?」

 

 午前練と午後練の合間に設けられた昼食時間。

 学生寮側の食堂で昼飯を摂り、与えられた時間の半分ほどで食べ終えたハジメ少年。

 休憩時間でもある昼食時間に、特にやることもなく、歯を磨いた後は珍しく親友達とも駄弁らず、一人で機甲科の戦車が収められている格納庫__戦車道ガレージへと向かったのである。

 

「なんか得した気分だな」

 

 人は、普段とは違う体験をした時、そしてそれが自身にとってプラスな事象であった場合、少なからず万能感や全能感が湧いてくることがある。

 今のハジメはその状態に当て嵌っていた。

 

「……よし。今からパパッとティーガーⅡ、エリさん達が来る前に軽く洗っちゃおうか!」

 

 練習再開までは30分ほど。

 簡易的な洗車でも間に合うか怪しかった。

 当然、本人にもその自覚はあった。

 

「元野球部ナギ直伝の園芸ホース捌きと、ブラシの二刀流なら練習開始前に完遂可能、と見た…!」

 

 だが、せっかくその気になれたのだから、やらないという択はハジメ少年の脳内からは弾き飛ばされていた。

 既にツナギの袖は捲られており、彼の右手にはトリガーノズル装着済みの緑色ホース、左手にはプール掃除等でよく見る汎用的なタイプのデッキブラシが力強く握られていた。ホースはしっかりと屋外の水道蛇口に食い込ませている。

 

 最早誰も彼を止められまい。

 

「速攻!電撃戦!!いざ尋常に!!」

 

 誰もいないガレージだからこそ、可笑しなテンションでハジメ少年は洗車に取り掛かれた。…別にいつもの調子であっても問題は無いが。

 ウルトラマンナハト スピリットスタイルを彷彿とさせる素早い身のこなしで、彼は鋼鉄の王虎の砲塔上部__キューポラまでよじ登る。

 

ガチャッ!!

 

 無駄の無い、最速の動きでキューポラの蓋部分を開く。

 そこへ捩じ込む形で、ホースを挿入。

 

「くらえっ!!ゲットォスプラァーッシュ!!」

 

ブッシャアアーッ!!!

 

 高らかに技名__彼の推しヒーローである"ゲットファイターアルファ"が使用していた水流攻撃___を宣言してホースノズルの引き金を力強く、少年は引く。

 ホースからはあらゆる魔を払う願いのこもった銀の弾丸が…ではなく、シャワー状の水流が勢いよく吐き出された。

 しかしその時___

 

「きゃっ!?」

 

 ___誰もいないと思われていたティーガーⅡの車内から、小さな悲鳴が聞こえてきた。

 

「ゑ?」

 

 一番に困惑し、焦ったのはハジメだった。

 

 ガレージにいるのは自分だけではなかったこと。

 一連の自分の恥ずかしいムーブを見聞きされていた可能性が浮上したこと。

 そして何より車内に誰か__暫定女子がいる状態で冷水をぶっかけたこと。

 

 この三点がハジメ少年の頭の中でグルグルと周回を開始。

 水を引っ掛けた相手への謝罪や車内の確認をせずして、思考渋滞__宇宙化猫状態に突入していた。

 

「ちょっと!?今の声ハジメよね!何やってんのよ!!」

 

 車内にいたのはこの車輌__ティーガーⅡ車長である幼馴染、逸見エリカだった。

 

「ねえ!聞いてる!?ハジメ!!バーカージーメ!!」

 

「………はっ!え、エリさん!!ご、ごめん!!」

 

 砲塔上部にて放心していたハジメを現実に引き戻し、これは一体全体どういうことなのかとキューポラから半身乗り出して問い質すエリカ。

 彼女のシルバーグレーの綺麗な髪からは水滴が滴っていた。

 

「いきなり私の頭に冷水ふっかけるとか、何考えてんの!?」

 

「あ、いや、ホントごめん!練習前にティーガーを洗車しようと思って…それで……戦車ん中に誰かいるとは思ってなかったんだ…」

 

「やるにしても順序ってもんがあるでしょーが!中を確認してからやりなさいな!それに、マニュアルとか入ってたらそれら軒並み水浸しにもなるのよ?洗車やる時はやるって教えなさいよ!!」

 

 ハジメに次々と突き刺さる正論。

 戦車の上で正座でエリカの説教を聞くしかなかった。

 ハジメよりも早くガレージに待機していたエリカ曰く、「珍しく誰よりも早くガレージ到着したものの、やることが思いつかなかったので仮眠をとっていた」とのことである。

 これを聞かずとも、落ち度はハジメ側にほぼ10割と言えた。

 

「……あ、あの…エリさん」

 

 本来ならば、彼女の気が済むまで口を噤み、説教を最後まで聞かなければならない立場のハズだが___

 

「何よ?今回は午後練開始までは…」

 

 ___エリカの()()に気づき、それを指摘する。

 顔を段々と紅潮させながら。

 

「エリさんのシャツ、透けてます…!!」

 

 振り絞るように、そう彼女に報告した。

 

「へっ?」

 

 今度はエリカの顔がみるみると赤みを帯びていった。

 

 …エリカはハジメへ説教する直前に、びしょ濡れとなったパンツァージャケットを脱いでいた。

 現在彼女は赤シャツオンリーである。色素の関係上、本来下着まで透けることは無い。

 

 だがしかし、黒森峰はクールビズ制度の導入によって、各種制服・ユニフォームに夏服と冬服が爆誕しているのは、以前説明した通りである。

 夏服と冬服の主な違いは、構成する生地にある。

 夏服は、夏季の暑さを可能な限り和らげるために冬服と比べ薄く、涼しい素材__ポリエステルが多く使用されている。

 

 つまりは、生地の下がしっかり丸見えになってしまうというワケである。

 

「だ、だからその…し、下着が____ぶはっ!?」

 

 ハジメ少年の鼻から白旗代わりの鮮血が飛び散った。

 そのまま車上にて仰向けに倒れ、彼は気絶する。

 

「は、ハジメっ!?」

 

 赤シャツ越しに見えた黒い肌着は、ハジメ少年にとって刺激が強烈すぎたのだ。

 幼馴染に下着を見られた恥ずかしさを、幼馴染が突如ウルトラ水流に勝るとも劣らない血の噴水を生成した衝撃によって上書きされたエリカが、すぐさまハジメ少年を介抱するべく動いた。

 

 その後、なんとかエリカによる懸命なる応急手当によってハジメは機甲科・整備科メンバーが集まる午後練開始時間10分前ほどに復活。練習には参加した。なお、車上の血痕は一つ残らずハジメが練習開始前に責任を持って全て抹消した。

 そのため、この一連の出来事を知るのはエリカとハジメの二人だけである。

 後日、エリカに水ぶっかけの件と下着の件でハジメは改めて説教を食らった。

 

 

 

 ____そこから数日間、赤面したハジメの、トイレに駆け込む回数がやや増えた。

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 日常回()でした。日本で暴れる悪いやつがいなかったので、これは日常回です(目逸らし)

 楼レイラちゃんはちょこっと改名させてもらいました。お父さんの元キャラは『空母いぶき great game』に登場する蕪木さんです。
 法律ガバはお許しください。

 西住殿がかわいい亀さんと出会いましたね。名前は悩みましたが、こうなりました。のび太の恐竜2006はいいぞ。

 学園艦関連の独自設定…中国の新型ミサイルのお話しと、この世界での"ペガソス計画"、それらを発端に発生した軍事衝突"いぶき事件"、"第5護衛隊群"の掘り下げ…そしておまけ日常小話を追加しました。
 2023年1月時点での最新話まで、細かい説明も無かったため、ここで説明を挟ませていただきやした。
 また、共学化前後の黒森峰のお話も追加してます。
 神海は今後、中国での対怪獣戦で人類の底力枠で登場する…かも?

 ハジメ君は西住殿に次ぐドジっ子属性を持ってます。ずっこける場所は屋内外問わず、前触れなく突然というのが殆どなため、周りはおろか本人さえ予想できないことが多々あったり…。エリカさんはそこに母性本能とか庇護欲やらを刺激されたりしてます。
 また、黒森峰男子のファンクラブについてですが、例の三馬鹿が際立ってるいるだけで、他のネームドメンバーや田中達一年生も相当数の女子生徒から推されてたりします。

 これからもよろしくお願い致します。

_________

 次回
 予告

 黒森峰とサンダースの戦車道練習試合が佐世保にて始まった。

 しかし突如として佐世保市にクモンガ、カマキラスの二大昆虫怪獣が来襲。
 エリカたちのピンチにハジメはナハトに変身する。
 ___が、怪獣二体を相手取ろうとしたナハトは苦戦してしまう。

 そんな時、真っ赤な闘志を持つある老人が現れた!

 次回!ウルトラマンナハト、
【真紅の戦士】!


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第7夜 【真紅の戦士】



凶虫怪獣 クモンガ

両刀怪獣 カマキラス

再登場





 

 

 

東アジア 日本国九州地方 長崎県佐世保市 

佐世保市立多目的演習場 場内屋外ガレージ

 

 

 

「おーい!パンターの履帯のチェックは終わったのかぁ!」

「丁度いま終わったとこ!」

「ユウ先輩!予備の機関砲弾ってどこですか!」

「トラック3号車の荷台にあるはずだ」

「あと30分もないからな〜!巻きで点検やってこ〜!」

 

 晴天の青空広がる市営演習場。

 その敷地内に存在する簡易ガレージ__雨風を凌げる屋根の無い、それでいて家屋を支える柱や壁も無い…一般的な野外駐車場と相違ないもの__にずらりと並んでいるのは無限軌道(キャタピラ)を持ち、砂漠迷彩が目を引く装甲車輌群だ。

 それらは第二次世界大戦時の、屈強な独国戦車達である。

 どの戦車にも"黒森峰"のエンブレムが貼られていた。

 

「青の工具箱、どこにあったっけ?」

 

「田中が持ってましたよ。呼んできます?」

 

「あー、そうしてほしい」

 

 そんなドイツ戦車群の周りで時折大声でやりとりし、慌ただしく動いているのは黒森峰の戦車道整備科のハジメたちである。

 この時点で、佐世保のサンダース大学附属高校との試合まで、残り2時間を切っていたが、ハジメ達整備科による試合前最後の点検は終盤に差し掛かっており、余裕を持って終えることができそうな様子であった。

 

「弾薬積み込み終わり!」

「おーし、チェックチェック」

「ラングの方はどうだー?」

「終わっとるよ〜」

 

 サンダース大附属高校。

 日本の友好国__アメリカ合衆国風の学校であり、佐世保港を母港とする大型学園艦だ。

 同学園艦は「大附属」と付いているように、日本本土にある私立サンダース大学の附属校である。ちなみに同大学には幼稚園、小学校、中学校、短期大学の附属校も存在している。

 同じ大型学園艦__黒森峰以上の生徒数を誇るマンモス校として知られており、学園艦を巡る資金は潤沢で、超がつくほどのリッチ校でもある。

 

「何度見ても広い演習場だよな。市立の演習場とは言え、この敷地を毎年全部貸し切りってよぉ…」

 

 かの学園艦は、戦車道や艦内設備、そして学園艦産業__再生可能エネルギー発電、農水畜産業等への投資に余念が無く、日本の保有する学園艦の中でも発展の度合いは群を抜いている。

 また、国産学園艦の中で唯一黒森峰を除いて艦内鉄道網を有している船でもある。

 

「サンダースが全部払ってるんですよね。ここの使用料…」

「正直、文科省の戦車道推進支援金使わずにコレって、脱帽もんよな。俺、その額見たくねえよ?腰抜ける自信しかねぇよ?」

「駒凪センパイでそれだったら、自分ら一年がそれ見たらどうなっちゃうんですか」

「うーん…全身複雑骨折からのショック死?」

「どこの致死性ミームですか。嫌ですよそれ」

「ウチ__黒森峰も相当すっけど、サンダース側も相当っすよね…」

 

 サンダースでは、特に戦車道への力の入れようが尋常でなく、日本の高校戦車道において最大の人員数と戦車保有数__一軍から三軍、そして整備科まで一挙に構成できる規模を誇り、質・量共に堅実なアメリカ戦車を多数有する強豪校の一つとして君臨している。

 

「…そのくせ、サンダースの子達って皆んなフレンドリーかつフランクでナイスバディときたものだからね…困ったものだよホントに」

「困ったもんなのはお前のピンク脳だよエロメガネ」

「タクミ、お前はどうせ太ももとニーソしか見てねえだろ」

 

 校風が校風なため、アメリカ合衆国との繋がりは当然ながら強く、メリーランド州に提携校の学園艦を持つ。毎年、サンディエゴ若しくはハワイへ航行し提携校との相互親善訪問を行なっているのだとか。

 また、民間の交流だけでなく、アメリカ軍統合軍の一つ__アメリカインド太平洋軍と、その副統合軍に籍を置く在日米軍との繋がりも強い。

 事実、サンダース大附属高校の戦車道チームが取り扱っている資産の殆どが米軍からのお下がりや寄贈品である。…なお残りは自腹での購入品だったりする。

 

 「パワー・オブ・マネー」とは良く言ったモノだが…。

 米国の底力、恐るべし。

 

「くそ…属性盛りすぎだぞ米帝め…!最高か?」

「すーぐそっち系の話に行くよな…」

「こうでもしないとやってられないんやろなぁ」

 

 担当戦車の試合前点検を終えた整備科の男子達が上のようなやり取りをしているのも、サンダースの資金と人的資源__そして女子生徒の発育__のスケールの大きさに舌を巻いている故に出るものだった。

 

「___エンジン、履帯チェックは…あとはまほさんのティーガーⅠだけ…あっちはマモルがやるから……うん。これで終わりかな」

 

 そんな友人達の会話が現在進行形で進んでいることは露知らず、ハジメは自身の担当戦車___エリカが車長を務める重戦車〈ティーガーⅡ〉の整備点検を終えて、周りの進行状況を確認していた。

 

「ストーム先輩、こっちも整備は終わったのでこれから俺たちはどうすれば?」

 

「ん?あー…各自ゆっくりしていいよ。もう少ししたら観客席に行くから、移動の準備だけしておいてほしいかな。はい、青工具箱ありがと」

 

「分かりました!」

 

 ハジメが車輌の最終メンテを終えた後の予定を、工具箱を渡しに来た連絡係の後輩___一年生の田中に伝えると、もう一度チェックシートに目を通す。

 

「ハーイ!整備科のみんな、久しぶりね!!」

 

 するとそこに、本日の対戦相手__サンダースのパンツァージャケットを着た、いかにも人懐っこそうな顔の金髪女子が現れた。

 手を大袈裟に振りつつ、満面の笑顔でハジメ達の方へと歩いてくる。

 また、先程の野郎の話の例に漏れず、どういった所がダイナマイトでアメリカンとは言わないが__出るとこが出ている、そんな少女であった。

 

 その後ろには、まほとエリカもいる。

 

「「「ケイさん!」」」

 

 ケイと呼ばれた金髪美少女は、サンダース大附属高校戦車道チームの隊長だ。三年生であり、黒森峰側の隊長のまほとは同級生かつ戦車道でのライバルとして面識がある。

 スポーツマンシップを第一に掲げ、フェアプレー精神を重んじる人徳者としてサンダース内と高校戦車道界隈ではその名前が通っている人物でもある。

 …叔父にあたる人物がアメリカ合衆国の大統領だという噂もあったりするが、彼女が自分から話すこともしないため、その真相は定かではない。

 

「ケイさん、ご無沙汰っす!お元気そうで!!」

 

 彼女とハジメたち黒森峰二年生にとっては、去年の定期交流戦…毎年行われる練習試合ぶりの再会であった。

 

 まず最初にケイに挨拶をかましたのはヒカルだった。

 それにケイははにかみながら気前よく応える。

 

「そっちも元気そうね!!」

 

 相対したケイとヒカルが「イエーーイ!!」と某バスケットボール題材の少年漫画の名シーンのようなハイタッチを交わす。

 人との距離感等から、彼女がかなり他者にフレンドリーな人物であるかはここで改めて理解できるだろう。

 

「先輩方、サンダース大附の人とかなりのお知り合いなんですか?」

 

 一年生の田中は面識がまだ無かったらしく、あまりにも相手校の隊長__それも金髪で、出るとこが出ている黒森峰にいないタイプの美少女__と親しく接している整備科のNo.2の片割れであるヒカルと、それを笑いながら見ている他のハジメ達二年生の様子を見て首を傾げている。

 

「かなりのって…田中ぁ。流石にお前相手校の隊長の顔ぐらいは覚えとけって。何あるか今の世の中分かんねぇぞ? 今みたく、かわいい子いました〜つって、ペラペラ話してたら、その子はなんとライバル校のスパイでした!…は笑えねぇから。な?」

 

 ヒカルに勝るとも劣らない体躯を持つ巨漢ダイトに背中をバシバシと叩かれる田中。ダイトの加減が下手なせいだろう。若干むせこんでいる。

 

「他所の学校の子から色仕掛け(ハニートラップ)なんて食らって、うっかり機甲科の話でもしてみろ、大戦犯だぞ。A級とか特級もんだ」

 

 「祓われても文句は言えんな」と、ユウも話に加わり田中にいつもの朗らかな笑みを崩さず言い聞かせる。

 …その常時ニコニコ顔が、後輩達からは恐れられていることをユウ本人は知らない。

 

「…分かってるとは思うが、ナギはあれでいて線引きやらは出来てるヤツだから例外な」

 

 実際、先のダイトとユウの言い分はごもっともなものだ。

 日本戦車道では、相手チームに対する__施設や車輌、選手に対する傷害・破壊行為と言った、度の超えたものは許されてはいない。

 だが、諜報活動は別であり、特段それを咎めたり、罰するよう明確に定めた規則は日本戦車道をはじめとした各国戦車道には現在存在していない。つまりは諜報活動…もとい偵察行為が国際的に合法、容認判定を受けており、規則にもそこら辺の話はしっかり明記されている。

 

 そのため、戦車道の存在する中学校、高校、大学には、生徒・学生で構成された情報機関__学部学科、委員会や部活の類いとは思えないほどのハイレベルな、下手をすれば国家レベルの組織すら相手にできる集団を持っている学校がいくつかあったりする。特段無くても支障は無いのだが。…素直に頭おかしい。

 

 日本での例を挙げるならば、英国戦車を操る神奈川の英国式淑女育成の名門校__聖グロリアーナ女学院だろう。

 同校の情報処理学部第6課___通称"GI-6"は、戦車道チームとの協力体制を確立しており、日夜ライバル校、強豪校の練習内容から一隊員の恋愛事情に至るまで、あらゆる情報の収集を行なっていると言う。

 さらには、現戦車道チーム隊長と、現GI6リーダーの間柄は親しく、その情報網は例年の規模を超える拡大の一途を辿っているとか。

 

 風の噂では、防衛省の機密サーバーに()()()()侵入してしまった事件があったとも…。

 

「…ま、逆に、近づいた者は生きて帰れぬと知れ!!…みたいなレベルまでの警戒は求めてないけどな」

 

 そうダイトが何処ぞの地上最強の格闘士を思わせる仁王立ちをしつつ戯けて見せた。

 

 競技として、戦車道としての偵察・諜報活動に関する話題の続きであるが。

 「じゃあどのくらいのレベルまでやっちゃっていいのか?」と聞かれれば、結論からして「やれるだけはやれる。ただ、己の良心に従え」と言える。

 日本の同盟国であるアメリカ合衆国の高等学校(ハイスクール)のクラブ活動で行われている戦車道を例に挙げると、無人機(ドローン)による相手校の練習風景や格納庫の空撮から、物資を校内もとい艦内に搬入している外部業者__コンビニ船等の人間に事情話しつつ口止め料(チップ)を握らせ潜入の補助をしてもらう…といった、ハイテクから古風なやり方まで実に多様性に富んでいる。

 なお、これと同格の偵察活動を、のちに立ち上げられる大洗女子の戦車道チームに属する癖っ毛がトレードマークの()()()()()がやってのけてしまうのだが…。

 

「は、はい!以後は気をつけます!!」

 

「次やらかさなければオッケーオッケー。それに、あくまで俺達が関わってるのはスポーツだしな」

 

 上の内容の補足となるが、偵察活動が容認されているように、潜入してきたスパイ生徒の捕縛もまた容認されている。

 こちらに関しても、拷問等の行為は厳禁とし許されてはいないものの、捕縛され捕虜となった場合は解放されるまでの一定期間、潜入先の学校で()()()()()されたりする場合もあるそうだ。多くの場合は、潜入が判明したその日のうちにおもてなしをされることもなく無償でさっさと追い返される。

 ちなみに、捕虜となった生徒が所属する学園艦に帰れない期間は、事前若しくは事後連絡をすれば、なんと公欠扱い。太っ腹である。

 

「どの一年坊も返事はいいんだけどなぁ…」

 

 ケイとの再会劇を終えて戻ってきたヒカルが坊主頭をボリボリと掻きながら嘆いた。

 その後すぐに、「ま、ケイさんのホットパンツ君が虐待されてるって言いたいのは分かる。ありゃあ、みほさんと良い勝負だ」と生真面目な顔で意味不明な物言いさえなければ、良識はちゃんと持ってる先輩という認識で終わることが叶っていたかもしれない。

 

「…そこの佐山と宮崎、今のお前らもだ。鼻の下、伸ばし過ぎだぞ」ビシッ!

 

「「あいた!す、すいません!!」」

 

 田中以外にこの場にいた一年生二人__佐山、宮崎と呼ばれた後輩たちが、ユウが繰り出した手刀を脳天に食らった。

 

「うんうん。そーゆう年頃だもんね〜!今の内にしっかり見ときなよ〜?」

 

 佐々木コンビと一年生衆の会話をどこから聞いていたかは不明だが、ヒカルに付いてくる形でケイもこちらの輪に入ってきていた。

 彼女は「全然気にしてないから、ヘーキだよ〜」と言ってニシシと笑っている。寧ろ、どんとこいの…グラマラスなポーズで彼らに応えていた。

 見てた側の一年生__佐山、宮崎がケイの反応に困惑している。

 

 相変わらず人柄が良いな…と言うよりポジティブ思考の極みみたいな人だなと、ハジメは呑気に思っていた。

 

「ふむふむ…黒森峰もかわいい後輩達に恵まれたんだね、マホ!」

 

「ああ。機甲科にも、整備科にも、優秀な人材が入ってきてくれた。嬉しい限りだよ。来年のチームが今から楽しみなぐらいには、ね。去年の轍は踏まないと…誓ったから」

 

「妹さんのことね…」

 

 一時、しんみりとした空気が漂った。

 

 さて、ここまで全員草原で立ち話をしているわけだが、ケイと言う対戦校の人物が何故ここにやって来たのか、と言う疑問を解決するため、そしてこの陰鬱な空気を変えるべく整備科側__タクミが動いた。

 

「……えっと…それで、ケイさんは西住隊長と逸見さんと一体どんなご用件でこっちに?」

 

 タクミ…そして他のメンバーが思い出した疑問に答えたのはまほだった。

 

「ああ。ケイがな、試合前によかったら少し食事でもしないかと誘ってくれたんだ。整備科のみんなもどうだ?」

 

 後ろで聞き耳を立てていた残りの整備科男子達__一年生から歓声…雄叫びが上がった。

 もちろん、願ってもない誘いにハジメ達も喜ばずにはいられない。

 

「だからアンタたちを呼びにきたわけ」

 

 何故か得意げな表情で理由を補足してくれるエリカ。

 

「いいんですか?」

 

 そんなエリカをハジメはスルーして、ケイ本人にもう一度確認をとる。

 

「もっちろんよ!!」

 

 向こうがいいと言っているのならお言葉に甘えようと、整備科メンバーもサンダースの待機場に行くことを快く決めたのだった。

 そしてエリカをスルーしたハジメにはエリカの天誅(ゲンコツ)が下ったことを記しておく。

 

「ならば俺たちも行かせてもらいましょか!」

「ゴチになりに行こう!」

「すいません、ダブルチーズハンバーガーの倍パテにポテトLLと麦茶Sのセットを一つお願いします」

「誰だ外食専門の呪文詠唱したの」

「…もしかして、各料理のサイズって一回り大きくなったりします?」

 

 整備科の一、二年メンバーが食事会への思いを口々に言っていた。

 

「サンダースはアメリカモチーフだからな。安心していっぱい食べるといいぞ、一年生諸君」

 

「西住隊長〜?整備科にナチュラルな飯トレ発言してないですか…?」

 

「何人でもドンとこいよ!さあ行きましょ!カモンカモン!!」

 

 そうして各自が旧ドイツ国防軍が採用していた大型四駆__〈重統制型乗用車 ホルヒ108 typ40〉に乗り込み、ケイとまほの案内の下、サンダース側の待機場まで向かうのだった。

 

 

 

 数十分後。

 

 

 

「いやぁ揚げポテ美味いっすね〜」

「どれも食べ放題とか太っ腹だよね。ホント、サンダース様様だよ」

「なんで身体に悪いもんほどこんなに美味いんだろうな?」

 

 ハジメたち黒森峰戦車道チームは、機甲科、整備科関係なく皆でサンダース主催の試合前交流会…バイキング料理を楽しんでいた。

 

「あー。黒森峰名物の、ノンアルビールとソーセージのセット、引っ張り出してくりゃ良かったな…」

「また別の機会の時に振る舞うとしようや」

「ナギ…お前、ここで食い過ぎたら昼の弁当入んないんじゃないか?」

「二時間ありゃあ全部消化するからいけるいける」

「お前はピンクの悪魔か」

「地獄見るのは本人だからな…これ以上は俺達は何も言うまい」

「一年、遠慮すんな!機甲科の子達の倍は食っとけ、俺達の仕事は試合後だぞ」

「飯トレで思い出した。今年も部室棟で整備科野郎合宿開催するか…」

「ぇ?本気?あのむさ苦しいやつやっちゃうの?今年の夏も?」

 

 男子勢の食べっぷりは書かなくとも分かるだろう。大柄連中は凄まじいの一言で十分だった。

 本当に無駄口叩きながら食べてるとは思えないペースで彼らのテーブルにある皿は空いていく。

 

 先程も説明したように、サンダースは人員だけでなく、物資も豊富な学園艦であり、戦車道周囲の力の入れようもそれに比例している。

 そのため競技車輌だけでなく、兵站に関係する各種補助車両、さらには競技用戦車や人員を輸送するための航空機まで保有している。

 この場にある補助車輌だけでも、入浴車、理髪車に野外調理が可能なキッチン車などなど…実にヴァリエーションに富んでいた。

 果たして、ここまで揃える必要があったのかと聞きたくなるほどに設備が充実しているのは確かだった。

 

「みんな!遠慮なく楽しんでね!」

 

 両校の英気を養うために、食事以外も何でもござれの空間が出来上がっていた。

 

「「「はーい!」」」

 

 黒森峰の戦車道機甲科・整備科でも流石にここまではできない。

 普段の試合や練習、訓練等では体験できないものを味わうことができるのが、サンダースとの夏季定期交流戦の醍醐味であると、黒森峰側は認識しており、試合前後の交流会を楽しみとしている生徒が毎年一定数いるのも事実だ。

 

「ケイ、カレー…カレーライスは無いのか?」

 

「ワーオ…マホ、その顔とムーブは生きた人間がするものじゃないよ!?」

 

 黒森峰…特に整備科の食いっぷりを眺めて満足そうに腕を組みニコニコとしているケイ。

 そんな彼女の前に、皆と同様に食事を楽しんでいるはずのまほが、ゾンビを思わせる生気を失った顔と体の挙動で、自身の大好物__カレーライスを求めて彷徨っていたのである。

 ハロウィンはまだ先だぞと言うように、ケイがツッコミに回った。

 

「向こうの屋台に行けばあるわよ!チキンにビーフにポーク…どんなカレーだって揃えてるからね!」

 

 任せておけ!とケイがビシッとサムズアップをまほに返し、彼女の好物を扱っている屋台の位置をジェスチャーを交えて教えてやった。

 

「む。では行ってくる」

 

 するとどうだろうか。

 先程までヨロヨロフラフラしていたまほが急にいつもの調子を取り戻した。

 ケイも一瞬目が点になるほどの変わりようだった。

 

「アハハ…なんだかんだで一番楽しんでるのは、マホなのかもね!」

 

 自信と希望に満ちた確かな足取りでずんずんと、カレーライスを出している屋台へと向かっていくまほの背中を見てケイが上のように溢した。

 

 

 

「だぁかぁら〜!半分こにして交換すれば二種類のハンバーグを同時に楽しめるのよ!?分けっこしなさいよ!!」

 

 屋外に広げられた数多くのテーブルの一つ、エリカとハジメが座っている場所に場面を移す。

 上のように、エリカが声を荒げていた。どうやら食事…エリカの大好物であるハンバーグ絡みらしい。

 

「俺はこのデミグラスを丸々一つ食べたいんだよ! ケイさんが言ってたじゃないか、バイキングだからおかわりは自由だって! いま食べてるハンバーグを食べ終えたらエリさんが自分でまたとってくりゃいいじゃないか!!」

 

 怒鳴られている相手はハジメであった。どうやら、ハジメが皿によそっていたデミグラスハンバーグを食べてみたいとエリカは思ったらしく……要は、隣の芝生は何とやらと言うやつだ。

 それに珍しくハジメが大声で言い返している。

 エリカはフォークを用いて、ハジメの皿に乗っているハンバーグをなんとか強奪しようとしているが、ハジメも皿を持って動くなどしてささやかに抵抗する。

 

「つべこべ言わずによこしなさい!」

 

「断ります!!」

 

「「ぐぬぬぬ……!!」」

 

 ハジメとエリカがハンバーグを懸けた死闘を繰り広げているのを、周りに座っている黒森峰のメンバーたちは温かい目で見守っている。

 

「エリカさんのああいうところもまた、良いですね♪」

「ああ〜エリカちゃんかわいいよぉ〜!」

 

 小梅はまるで母親のようなことを呟き、レイラはエリカの様子を見て限界化していた。

 

「ハジメもあげてやればいいのにな」

「どちらも素直じゃないというか、なんというか…」

「譲れない何かがあるんじゃない?」

「なあ、アレでまだ付き合ってねえの?」

 

 ユウ、マモル、タクミ、ヒカルもまた二人の死闘もとい()()()()を眺めて好き勝手言っている。

 

「やれやれ、夫婦喧嘩はほどほどにしとけよな〜」

 

「「夫婦じゃない!!」」

 

 そして、楽しい時間はすぐに過ぎ去った。

 試合開始まで1時間を切ったところで食事会は解散。

 両校それぞれの待機場所に戻って試合の準備に再び取り掛かった。

 

 遂に黒森峰の今年の夏季シーズン初試合が開幕する。

 

 

 

 

 

 

ドォオン! ドォン! ……ドドォン!

 

オオオオオオーーーーーッッ!!!!

 

 試合開始から凡そ三十分ほど。

 巨大スクリーンが対面に並ぶ、観客用仮設スタンドの一角にハジメたち整備科メンバーはひと塊のグループとなって、スクリーン内で繰り広げられている黒森峰とサンダース、白熱の様相を呈している戦車戦を観戦していた。

 

「シャーマン対ティーガーなんて初めてこんな大画面で見ましたよ先輩!! こんな日が来るなんて…!!」

「ど迫力だぁ…」

「あの重装甲重火力、たまらないです!」

 

 スクリーンに映る戦況は、黒森峰側がやや優勢で推移しつつあった。

 

 サンダース大附属高校戦車道チームはアメリカ戦車を扱うのはご存知の通りだが…練習試合、非公式及び公式試合では、"偉大なる凡作"とも呼ばれ、第二次世界大戦のアメリカと、彼の国の底無しの工業力を象徴する戦車__中戦車〈M4 シャーマン〉シリーズを主力に据えている。

 

 M4 シャーマン中戦車。優秀な75mm砲と堅実な傾斜装甲を有し、北アフリカ戦線、ヨーロッパ戦線で活躍した他、対日戦__太平洋戦線にも投入されたことでも知られ、太平洋各地での島嶼攻防戦では機甲戦力にて米国に数段劣る旧日本陸軍を大いに苦しめた戦車だ。

 また、その高い汎用性から様々な派生・改造車輌が生まれ、戦後は半島有事__朝鮮戦争や中東戦争にも投入された記録が残っている。

 過去、陸上自衛隊にもA3E8型(イージーエイト)が供与されており、1970年代中盤まで…日本の戦後初の国産戦車〈61式戦車〉の配備が終わるまでは主力戦車として活躍。

 日本人にとっては因縁浅からぬ戦車ではあったが、本史世界でも戦後黎明期の日本国防の一翼を担ってくれた頼もしい戦車であったのは確かである。

 

 また、同校は件のシャーマン以外にも、訓練や偵察、他活動用に〈M3 グラント〉軽戦車、〈M5 スチュアート〉軽戦車等を多数保有しており、コレクション目的で二次大戦時代の米陸軍のレア戦車を収集していたりもする。

 やはり、本家アメリカをそのままコピー&ペーストしたようなリッチ校。恐るべき資金力である。

 

『___サンダース大附属高校、M4A1行動不能!!』

 

ワァアーーーッ!!

 

 スクリーンに映る試合の流れとしては、まず黒森峰が試合開始直後より第二次大戦のドイツ生まれの傑作中戦車〈Ⅴ号戦車 パンター〉の火力と機動力を前面に押し出した、副隊長エリカが指揮する速攻電撃戦を仕掛けた。

 結果として作戦はサンダースに見事刺さった。黒森峰に負けず劣らずの部隊統制力を持つサンダース相手に、である。

 これがサンダース主力…シャーマンによる火力集中ドクトリンを封じることに繋がり、逆に各個撃破に持ち込んだところで、今に至る。

 

「かっこいいだろ〜?黒森峰に入ってきて良かったな」

 

「「「はい!」」」

 

 やはり心躍るものがあるのだろう。二年生の問い掛けに答えた一年生の面々の様子を見れば一目瞭然だ。

 このサンダースとの定期戦が黒森峰の夏季初となる対外試合であると触れたが、整備科の一年生にとっては、これが入学してから初の試合観戦にあたる。

 その理由だが、黒森峰では機甲科一年生は入学後、隊長や三年生からの指名によって即戦力に組み込まれるといったイベントが特段無ければ、春季期間は座学と実車訓練をまず叩き込まれることになる。

 これは去年発足した整備科…男子一年生達も同じであり、そのため、現機甲科と整備科第二期生以降の一年生は滅多なことが無ければ、学園艦から出ての訓練や試合は夏季以降となるのである。

 

 なお、機甲科を発端にし、整備科にも適用されたこの黒森峰戦車道チームの通過儀礼ともされている一年生春季時のカリキュラムだが、これの例外__免除及び即レギュラー選出となった人物としては、機甲科の西住姉妹と逸見エリカ、そして整備科第1期生であるハジメ達__現二年生男子メンバー6人が当て嵌まる。

 女学園時代から数えても歴代で上記の例外措置__レギュラーメンバーの参加を許された履修生は数少ない。過去に同様の例外措置を受けたのは現西住流師範__西住しほとその友人かつハジメの母親__嵐アオバのみである。

 

「……うんうん。ちゃんと動いてるね」

「自分たちが整備した戦車たちが問題なくしっかり動いてる…これほど嬉しいものは無いってな」

「動かなくならないか怖くていつもお腹痛くなるの、僕だけかな?」

「イッチのチェックは整備科ん中で一番入念だろ。気にし過ぎてもよく無いと思うぞ」

「隊長車を触るっていうプレッシャーもあるかもだけど、ナギの言う通りだよ。マモルはもっと自信持っていいって」

 

 一方で二年生は、実際に動いている試合中の戦車の動きを確認しつつの観戦をしていた。

 各車輌の整備班長__監督者としての仕事であり義務だからだろう。

 メモ帳とボールペンを持ちつらつらと何か気づいた点を書き留めている者がいれば、ただ無言でスクリーンを見ながら頷いている者も見受けられた。

 無論、自分の整備能力と機甲科女子__選手達の車輌運用能力を信じて見届けるだけだと、ひたすら観戦に徹している者もいる。

 

「……おいストームリーダーさんよ、なに余所見してんだ。愛しの逸見さんが活躍してるのに」

 

 ヒカルはハジメが明後日の方向__スクリーンや発砲可能区域とは違う、あらぬ方向に目を向けていることに気がつき、それを指摘した。

 

「……ああ、ごめん。気のせいだった」

 

 しかし、返答は予想していたものとは大きく違った。

 ヒカルの茶化しも拾わず、軽く謝ったのである。

 指摘されてからはスクリーンの方に向き直ってハジメは観戦に意識を戻したようだったが。

 

「「「?」」」

 

 らしくもない反応を返したハジメに一同は首を傾げるも、「ハジメでもこんな時はあるか」と、同じく意識をスクリーンに再び戻し、試合観戦に努めた。

 

(……明らかに誰かの視線を感じた……誰だ?俺を見ていたのは?)

 

 観戦そっちのけで()()を探していたハジメ。

 気のせいだと言ったものの、内心ではそんなことを微塵も思っていなかった彼は、仮設スタンド左横後方にある森林…視線を感じた方向をもう一度横目で見やった。

 

 光の超人__ウルトラマンの力を扱うようになってから、発現しつつある第六感由来の察知能力はまだ未熟であった。

 違和感…視線の正体となるようなモノを見つけられなかった。

 

 最終的には、ハジメも皆と同じように試合へ完全に意識を向けたのだった。

 

 

 

 

「見つけたぞ……ウルトラマン…!」

 

 

 

 

 そんなハジメたちを空から観察する、黒いローブを羽織った悪意ある超常存在___影法師の姿があった。

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

同市佐世保新港町 第二船着場

 

 

 

 新港町第二船着場。

 戦後、佐世保港が学園艦用に大改装される当たって新たに造られたこの船着場には今日もフェリーなどから大勢の観光客が佐世保へと降りることでごった返しており、盛況の模様を呈していた。

 

 そして、フェリーより下船している観光客の集団の中に、一際目立つ赤基調のアロハシャツに身を包んだ老齢の男がいた。

 その顔には並々ならぬ貫禄があり、若者にも負けない活力を未だに持っているように感じる、そんな瞳をした男が佐世保の大地に降り立った。

 

「随分と久しぶりだな…()()()土を踏んだのは……」

 

 そう誰にも聞こえないほどの声で、懐かしさを滲ませた呟きを放った男は、ある人物に会うべく、持ってきた地図を開く。

 

「さて、()と思しき反応があった場所は……ここか」

 

 男が地図のある一点を確認するように指差した。

 そこには、現在高校戦車道の練習試合で使われている、佐世保市立多目的演習場が記されていた。

 

()()()()()()()()科学力は凄まじいものがある……いままで見てきた地球の中でもかなり高い発展具合だ。しかし、あの船は本当に大きい……ペガッサ星人の宇宙都市船と同サイズか、或いはそれ以上か…」

 

 船着場の向かいにある佐世保の大型港に停泊している黒森峰とサンダース、二隻の学園艦を見ての感想を呟きながら、男は新港町と佐世保中央市街地を繋ぐバスが往来するターミナル施設の中へと消えていったのだった。

 

 

 

_________

 

 

 

 更に一時間後。

 

 

 

同市 佐世保市立多目的演習場

 

 

 

「「「お疲れ様でしたー!!」」」

 

「よし。今から1時間を休憩並びに昼食時間とする。食事を摂りながら、個人個人で午前の試合の振り返りをしておいてほしい。また、午後からはサンダースとの合同練習だ。着替えておきたい者は演習場の更衣室を使って休憩時間内に着替えておけ。午後練習開始5分前にもう一度機甲科整備科両方に集合を掛ける。以上。それでは、全員一時解散」

 

「「「はい!!」」」

 

 黒森峰対サンダースの練習試合は、黒森峰の勝利と言う結果で終わった。

 今は試合後。

 戦車道チーム代表のまほが機甲科と整備科メンバーを集め、試合後…午後以降の予定についての説明を終えたところであった。

 

「サンダースの物量は健在ね…当分シャーマンは見たくないかも。特にファイアフライ……」

 

 各自が昼食…弁当を取りに行ったり、試合で汚れたジャケット・シャツを着替えるべく演習場の更衣室へ向かったりする中、ハジメを見つけて一人寄ってきたエリカの顔はやつれていた。

 試合中、シャーマンとの連戦が余程堪えたらしかった。

 「うへ〜」と声が出てもおかしくない、彼女らしからぬ顔をしている。

 

「エリさんお疲れ。序盤の電撃戦指揮と終盤のフラッグ車との立ち回りはすごかったよ!!」

 

 エリカに気づいたハジメが、試合の健闘を讃えながら、片手に持っていた新品のスポーツドリンクを手渡す。

 

「あ、ありがとう。…ああ。そうそう、今日のティーガーはいつにも増して動きやすかったってウチの操縦手…サクラが喜んでたから伝えとくわ」

 

 幼馴染へ諸々の礼を言いつつそのドリンクを開けて勢いよく傾ける。

 一度喉を潤した後、エリカが一呼吸置いてからチームメイトの伝言…謝辞を伝えた。

 

「良かったぁ…そう言ってもらえると頑張れるよ」

 

 安心したと、胸を撫で下ろしながら安堵の笑顔を見せるハジメ。

 

「アンタたち整備科がいてくれるから、私たちはなにも心配せず戦車に乗れて、試合に集中して臨めてるのよ?もっと胸張りなさい」

 

 トントンとエリカが幼馴染の胸板を軽く叩き、「ほれほれもっと誇っていいんだぞ」とイタズラっぽい笑みを見せる。

 

 エリカ、ハジメが二人で話をしているところに、向こうの隊長であるケイがサンダースの誇る凄腕砲手であり副隊長のナオミを連れてやってきた。

 

「午後からの練習もよろしくね!ランチタイムに入るとこ悪いんだけれど…午後からの練習内容についてマホとエリカと少しディスカッションしたくて。いいかな?」

 

 午後の合同練習についての相談だった。

 全体解散後にまだ動いていなかった__エリカとハジメの近くにいたまほが二つ返事で了承する。

 

「分かった。行くぞエリカ」

 

「はいっ!」

 

 話し合いの時間で潰れた休憩時間の補填は、午後練開始時刻をずらすことで賄う旨を説明しながら、ケイが日本人らしい手合わせ__合掌で「ゴメン!ホントーに助かるわ!!」と感謝を伝えていた。

 

 エリカも「んじゃ、午後練前のティーガーの再整備よろしくね」とハジメに手を振ってその場を後にする。

 

「よし、飯食ったらすぐに戦車の調整だな!」

 

 残されたハジメは、整備科のメンツが集まっている場所に向かいつつ、大きめの独り言を彼らに投げかけた。

 

「おいハジメ、逸見さんと一緒に行かなくて良かったんかぁ?」

 

 ヒカルが肘でハジメを軽く小突く。その顔はややニヤけていた。

 

「行かなくていいだろ?練習についての話し合いするのになんで俺たちが?」

 

 心の底からの困惑を滲ませた顔のハジメ。

 

「くそ、こいつ()()()に反論してきやがった。()()()だけに…」

 

 ノリが悪いなちくしょう…と、ヒカルが口を尖らせる。

 

「「「ナギ滑ってるぞー」」」

「「「先輩、ちょっと寒いです」」」

 

 追い討ちか、大してウマいギャグでも無かったと外野からの野次が飛ぶ。

 

「皆まで言うな!うるさいわい!てか早く昼食摂るぞ!」

 

 整備科は平常運転だった。

 

「あ、弁当の中身、ジャーマンポテトとうどん、おにぎりだけだ…」

「ダイト…お前おかずも主食もオール炭水化物かよ、なぜそんなことに…」

「寮母さんにエネルギー重視でお願いしますって言ったのが、原因かなぁ?」

「わはははは!?今日の大喜利はダイトが優勝だな!!」

 

 

 

ウウウウウウウゥゥウウウウー!!!

 

 

 

「「「!!」」」

 

 皆が昼食をとり始めた時だった。

 突然、佐世保市内のスピーカーより、国民保護サイレンが発信された。

 それから少し遅れて何かが爆発するような音が__腹を殴りつけてくるような轟音が、立て続けに臨海部から。

 

 目を臨海部に向ければ、真っ黒な煙が各所より立ち上りつつある光景が広がっていた。

 黒煙と爆発の間に、ゆらりと…二つの巨大かつ異形の黒影が認められた。

 

「な、なんだあの煙!空襲か!?…いや、怪獣だ!」

「おいおいおい、また怪獣かよ!」

「各トラックのエンジン掛けておけ!」

「はい!自分たちが行ってきます!」

 

「港の方に怪獣…それも二体なのか…!」

 

 混乱しているハジメ達整備科の所に、先ほどケイたちと共に合同練習についての打ち合わせに行ったまほとエリカが深刻な顔つきで戻ってきた。

 

「全員聞いてくれ!たった今、市の方から通達があった。見ての通り、佐世保の港湾地区に二体の怪獣が出現したとのことだ。午後からの練習は中止、すぐに荷物をまとめてバスに乗車!整備科も各々が乗ってきたトラック若しくは四駆に乗るんだ!!」

 

 まほが試合時と大差無い声量で昼食を摂っていた、若しくは更衣室より戻ってきた周囲の黒森峰メンバーに伝える。

 

「戦車はいいから人命優先よ!急ぎなさい!!サンダースも準備してるとこだから!」

 

 エリカが続いて皆に避難を促す。

 

「ま、まほさん、逃げるってどこにですか!?」

「学園側からはここより北に位置する松浦市まで移動するよう連絡を受けている。マモル君達も急いでくれ」

「一般道にしろ高速にしろ、渋滞が発生する前にいかなくちゃな…」

「各自、乗車!怪獣が内陸にまで侵攻してくるかもしれないわ!急ぎなさい!!」

 

 まほ、エリカの指示の下、機甲科、整備科の面々はすぐに避難準備に取り掛かった。

 

 避難のための車輌の準備と、履修生の乗車を終えた黒森峰。

 エリカたち機甲科の生徒が乗るバス数台が先頭、整備科のトラック群はやや距離を開けてそれの後方を追従するという形で、演習場内よりバス・トラックが発進しつつあった。

 

ブロロロロロロ…!

 

「バス4号車出たぞー!次は俺たち整備科だ!タクミ、トラックの先頭は頼むぞ!」

 

 トラック1号車の運転席に座るタクミがハジメに頷く。

 

「任せて!……黒森峰、大丈夫かな?」

 

 先ほどの自信に溢れた顔から打って変わり、学園艦が怪獣の魔の手に掛からないかと、不安そうな顔で憂うタクミ。

 

「きっと大丈夫だ。俺は殿だからな、先に行ってくれ」

 

「…うん。分かった。ハジメも、急ぐんだよ!」

 

___ブロロロロロロ……!

 

「嵐隊長!港湾地区…臨海部に出たっていう怪獣はカマキリとクモの二体らしいっす!」

 

 タクミの1号車から順に、続々と整備科のドイツ製物資輸送車__多目的トラック〈クルップ・プロッツェ Kfz.81〉が発進していく。

 それを見送るハジメの背後より、残る一年生二人__佐山と田中が走ってきた。

 

「カマキリとクモ?」

 

 少しでも襲来した怪獣の情報を得たかったハジメが聞き返す。

 

「数週間前にインドとブラジルで暴れていたヤツらの亜種だなんだってネットではお祭り騒ぎっす!」

「今佐世保を荒らしてるクモンガ、カマキラスは…どっちも大型種です!」

 

 クモンガ、カマキラス。

 どちらも海外…ブラジル、インドにてその存在を確認された特殊生物たちだ。

 日本には大型はおろか、小型種さえ出現してこなかった二種の怪獣。

 当然、日本での戦闘経験しか無いハジメ__ナハトにとっては初見の相手だ。

 これまでもウルトラマンとしての戦闘はぶっつけ本番だったとは言え、やはり未知の敵と戦うことには未だ抵抗はある。

 しかし、戦わない選択肢はハジメの脳裏には無かった。

 

「……分かった。二人も早くトラック出せ。俺を抜かせば二人で最後だ」

 

 残るはハジメと佐山、田中の三人である。

 ハジメは二人に他のメンバーと同じく避難するよう促す。

 

「はい!リーダーもすぐに来てくださいよ!」

「スミマセン!先に行ってます、嵐隊長!」

 

____ブロロロロロ………!

 

「………よし、行くか…」

 

 後輩たちの乗るトラックが演習場ゲートから出て見えなくなったところで、ハジメはスマホを使い港湾地区への最短距離を調べつつ最後のトラックのドアを開け、乗ろうとした。

 

「絶望せよ」

 

「っ!?」

 

 その時だった。

 頭上より、しわがれた…それでいておどろおどろしさを滲ませる声が聞こえた。

 トラックの上に何者かが__声の主が立っていることに気づく。

 ()()は黒のマントとローブを羽織り、時折小さな笑い声を上げ不気味な雰囲気を醸し出している人型の超常存在であった。

 明らかに人間ではない。

 ハジメの頭の中では本能からの警鐘がひっきりなしに響いている。

 こいつは悪意を持っている何かであると。自然とローブを羽織った存在相手に身構えていた。

 

「誰だ。お前……!」

 

 様子を窺いつつ、相手に問いかける。

 ツナギの胸内ポケットのアルファカプセルに手を伸ばしながら。

 

「ハハハハハ……ウルトラマン、お前は地球を、人類を救えるか?」

 

「(!!、こいつ…俺のことを知ってるのか?)……ああ、救うとも!みんなを守ってやる!!絶対に!!」

 

 黒紫のローブを羽織る異常存在は、ハジメがウルトラマンであると確信を持った口調で語りかけてきた。

 虚を突かれたハジメの手が止まった。

 

「フフフ……今回が………お前の最後だ…この地球は絶望に包まれる……止めてみろ、ウルトラマン!……ハハハハハハハハハハ…」スゥ…

 

 言いたいことは言ったとばかりに、相手__影法師の姿は高らかな笑い声と共に、空気に溶け込み消え去っていった。

 

「あ!おい!!………消えた……まずは怪獣をなんとかしないと!」

 

 姿を眩ました影法師を、ハジメは追うことはできない。

 今やらねばならないことは、影法師の捜索ではなく、佐世保港付近で暴れ回っている二体の大型特殊生物__クモンガ、カマカラス__をどうにかすることであった。

 ハジメはすぐさまトラックに飛び乗り、演習場の駐車スペースからゲートを発進。

 エリカやタクミたちが行った方向とは逆へとハンドルを切る。アクセルを思い切り踏みこみ、佐世保港へと向かう。

 

「間に合えよぉ…!」

 

 ハンドルを握る両手には、汗が滲んでいた。

 

 

 

___

 

 

 

同市 干尽町

港湾隣接区域

 

 

 

ギチギチギチ……ギギィイイイーー!!

 

キシャアアアーーーー!!

 

 

ドドォオオオーーン!!!

 

 

「キャー!!」

「うわあーー!なんだあのカマキリ!!」

「どっから来たんだよ!?」

「ここも危ないぞ!逃げろ逃げろ!」

「自衛隊も警察も頼りにできるか!!」

 

 佐世保港の周辺地域は、突拍子も無く__空中に現出したワームホールより襲来したカマキラスとクモンガによって、混乱の極みに陥っていた。

 

 クモンガが跳躍し、付近の建物に体当たりする度に逃げ遅れた人々や、倒壊する建物の下にいた大勢の人々の命が瞬く間に消えてゆく。

 カマキラスが飛翔し、港湾地区の高層施設・設備群を腕の巨鎌で次々に切り裂き、建造物が傾斜、倒壊する度に三桁の人命が一瞬で掻き消される。

 

 巨大存在はその体躯と質量で動き回るだけで、人類の脅威となる。

 加えてそれらが、個々の特異能力を奮ってきたのなら…個の力にて大きく劣る人類は苦戦を強いられるのは想像に難くない。

 

『誰もこちらの言うことを聞いてくれない!誘導は不可能だ!!』

『火災発生現場までの道路が寸断されている!? う、上だ!上にカマキリが___』

『背の高い建物から離れろ、巻き込まれる!』

 

 この事態に、佐世保市警並びに消防隊、市内消防団は人々の避難誘導、火災の消火に奔走していた___

 

『デカい蜘蛛が糸の束を出してる!アレに市民が大勢巻き込まれて…!』

『ぱ、パトカーが溶けてる!中の乗員まで!!』

『団のポンプ車じゃこの規模の火災に対処はできん!退避させろ!!』

 

 ___が、事は順調には進まない。

 戦場と化した港湾周辺地域での諸活動は困難を極め、彼らの中からも徐々に死傷者が発生し始めていた。

 

『官邸より特殊防衛出動命令を確認』

『各艦に通達。艦対艦誘導弾(SSM)用意。…これ以上、特殊生物に佐世保を好きにはさせん…!』

『射撃は待て。民間人の避難完了の報を受けていない』

『特防が発令されても、怪物を攻撃できないとは…』

『陸自、大村の第16普連、急行中。先鋒現着は最短20分』

 

 無論、日本の国防組織_自衛隊も現状を打破するべく動き出していた。

 海上自衛隊佐世保基地にて停泊中であった第5、第6、第8護衛隊の艦艇が、緊急出航中の学園艦__サンダース及び黒森峰、そして湾内施設防衛のため佐世保湾内に展開。

 対艦誘導弾による多重攻撃が準備されつつあった。

 

『米軍は湾外への退避を優先中。戦闘への本格介入の報せは今の所…』

『"アルファ"戦以降に執り行われたって言う在日米軍(あちらさん)の戦略改定が原因だろう』

『ともかく向こうの対地大型巡航ミサイル(トマホーク)小型高速巡行ミサイル(ライオニック)だけは撃たせるな』

 

 また、一足遅れて同基地より在日米軍___合衆国海軍第7艦隊所属の揚陸艦群が主力艦艇の護衛を受け湾外へ退避するべく出航を始めていた。

 

『港湾地区とはいえ、市街地上空での作戦行動となるか』

『海自の誘導弾攻撃に合わせる。同地区に奴らが居座っている間に片を付けるぞ』

『"アラクネ"…クモンガはブラジル軍の航空機を捕捉、撃墜したと聞く。航空隊の投入は時期尚早なのでは?』

『ここで食い止められなければ二体の大型特殊生物による九州横断もあり得る。今、航空戦力の投入を渋れば、犠牲者は増加する!』

『いずれにせよ、現在即応可能な陸海空の部隊は数えるほど。事態は一刻を争う。戦力の逐次投入は本来避けるべきだが…結集を待てるほどの猶予は無い。動ける部隊は直ちに出すべきだ』

 

 海自の動きに呼応し、航空自衛隊西部航空方面隊隷下の春日基地では二体の大型特殊生物出現の報を受け、対メルバ…"アルファ"戦以降に再編された新生第506飛行隊__トレノ隊がスクランブル発進している最中であった。

 

ゴォオオオオオオオオーーーッ!!!!

 

 十数機のF-35が編隊を組み、佐世保市へと飛ぶ。

 

『トレノ1からトレノチームへ。我々の役割は、海自艦艇が佐世保湾内に展開するまでの間、"マンティス"、"アラクネ"を同湾内に押し留め、彼らと共に誘導弾による飽和攻撃を仕掛けることだ。行くぞ!!』

 

『『『了!!』』』

 

 

 

 

 

 

 人々が避難して閑散とした佐世保市内を爆走する一台のトラックがあった。

 ハジメの運転しているトラックである。

 

「もうあんなに…!これ以上やらせるか!」

 

 佐世保市の惨状を目の当たりにし、焦燥感に駆られるハジメ。

 それに、付近には未だ出港できていないサンダースと黒森峰の学園艦もある。

 自衛隊による攻撃も今のところ見られない。

 

 二体の怪獣の興味がいつ学園艦に移るか分からない。

 何より、これ以上の被害拡大と、大勢の人が不幸になることをハジメは許せなかった。

 トラックを路肩に停め、すぐに降り懐からアルファカプセルを取り出し、ボタンを押す。

 ハジメは光に包まれるとウルトラマンナハトへと変身した。

 

「すごい……()()()()()()()()()だ!本当に、地球人が変身するんだ!!カッコイイ……!!」

 

 そんな様子を少し離れたビルの影にて、目を輝かせながら巨人を見上げている不思議な少年がいたことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

ミシャアーーーッ!!!

 

 クモンガが逃げ惑う市民に向け、強酸性の糸を撒き散らし捕食せんとしていた。

 しかし、糸の射出器官を備える腹を、地上へと向けることが出来ない。

 強力な力が自分を抑えていると理解したクモンガは、意識を背後へと向ける。

 するとそこには、自身の腹部を掴んで離さない黒い巨人__ウルトラマンナハトがいた。

 

シェアッ!

 

キシャアアアーー!!

 

 未知の存在相手に威嚇し、身体の自由を奪い返そうと躍起になるクモンガ。

 されど光の巨人はクモンガに体の自由を簡単には返さない。

 

《よし!このままコイツを向こうに投げてすぐにトドメを____うぐっ!?》

 

 冷静にクモンガの対処を考えていたハジメ__ナハトの背中が不意に斬り付けられた。

 もう一体の怪獣_カマキラスの仕業である。

 突然降り掛かった斬撃の痛みに、一瞬ナハトの注意はカマキラスへと向けざるを得ず、クモンガの拘束を解いてしまった。

 

ブブブブブブブ…ギチギチギチ…

 

《背中を斬られた…けど、敵の姿が見えない…?》

 

 周囲からは時折、カマキラスのものと思われる羽音と鳴き声が聞こえる。

 しかし、ナハトが周囲を見渡してもカマキラスの姿も形も見えない。

 …このマジックのタネは、カマキラスの有する特異な能力_生体光学迷彩だった。

 周囲の風景と同化し、ナハトの目を欺いているのだ。

 カマキラスの光学迷彩の透過率はほぼ100%。流石に完全同化は出来ず歪み__ブレもあるが、飛翔による高速移動を組み合わせれば、その弱点も消える。

 

ズバァッ!!

 

《うぐっ!…いったいどこから!!》

 

 正に神出鬼没。全方位から間髪入れずに繰り出される不可視の斬撃は、ナハトの動きと思考を鈍らせるには十分過ぎる役割を果たした。

 高速移動を交えた連続攻撃は、カマキラスが複数体いるのでは錯覚するほど。

 

 目で捉えられない攻撃に対し、まともな防御態勢へ瞬時に移ることが出来るわけもなく。

 再度、意識外からの__痛烈な一撃を受けてナハトは前のめりに吹き飛んでしまった。

 

ミシャアアーーーッ!!

 

 そこに、ノーマークとなっていたクモンガが加わった。

 クモンガは標的を小さな人間から、自身の狩りの邪魔をしたナハトに切り替え、ダウンしているそれに目掛けて強酸性の糸を繰り出す。

 

《しまった…くそっ!切れない!!》

 

 クモンガから放たれた糸は束となってナハトの上半身の可動域を大幅に狭めた。

 序盤とは真逆の構図。

 形勢は逆転していた。

 身体の自由だけでなく、強酸を含む糸によってナハトは体力をジワジワと奪われていく。

 

ギチギチ…ギチギチ…_ズバッ!

 

ピコン ピコン ピコン ピコン…

 

 ナハトが身動きをまともに取れないのをいいことに、カマキラスが死角から幾度も幾度も斬撃を繰り出す。

 いよいよ無視できないレベルまでダメージは蓄積していた。

 胸部の蒼玉_ライフゲージの輝きが、赤色に変わり不安を煽る点滅を始めた。

 

グゥウ………!!

 

《力が、入らない…》

 

 1対2、そして身体の自由を取り上げられた状況。

 劣勢を通り越して窮地に陥ったナハト。

 敗北は時間の問題だった。

 

 

 

___

 

 

 

同市 国道204号線

黒森峰学園戦車道機甲科バス1号車内

 

 

 

「あー!!ウルトラマンが捕まっちゃった!!どどどどうしよう!?」

「落ち着こうレイラ?どうするもこうするも、私達じゃ…」

「それに、なんだか苦しそう…。あの糸に何かあるのかな」

「よく見ると胸に付いてる光の玉…?_が先程までは青かったのに今は赤くなって点滅している…」

 

 学園側からの避難指示に従い、バス及びトラックで佐世保市より国道204号線に沿って北上している最中の黒森峰戦車道チーム。

 避難をするに至った原因である特殊生物が暴れる佐世保港湾地区から徐々に離れつつあるからか、各バス車内の空気は比較的落ち着いていた。

 

「もしかして…アレはピンチのサインってこと?」

 

 機甲科バス1号車には、主にサンダースとの試合に選手として参加したメンバーが乗っている。

 まほやエリカ、小梅、レイラがそうであった。

 エリカ達1号車の生徒は、皆がスマホにて現地の報道陣らによる命懸けの生中継を視聴していた。

 

 ライフゲージを点滅させ、肩で息をしているようにも見受けられる画面の中のナハトを見て彼女達も光の巨人の劣勢を察している。

 エリカも、ナハトの目に見える様子の変化からライフゲージ__蒼玉の明滅の意味が何に繋がっているのか考察できるぐらいには、落ち着いていた。

 

_ピリリリリリリリリッ!!

 

「ん…?田中から連絡?」

 

 そんな矢先、整備科の後輩の一人_よくハジメ達二年生に可愛がられている一年生である田中から、直接電話がかかってきた。

 

「田中君からですか?」

 

 隣に座る小梅がエリカの持つスマホの液晶画面をそろっと覗いていた。

 

「ええ…。後続で何かトラブルとかあったのかしら…?でも、整備科なら整備科で、ハジメに連絡すれば済むハズ…」

 

 これはエリカがその副隊長と言う役割から、隊長のまほの仕事を少しでも減らすべく、出席確認の補助を買って出ていたために叶ったものであった。無論、機甲科隊長のまほ、整備科隊長のハジメも同様に、履修生たちの欠席・早退などを確認、把握し、戦車道履修部内で共有するために履修生全員の連絡先を交換している。

 また、それぞれ学年別、科目別で上記の三人が連絡を受ける相手というのは固定されていた。

 故にエリカは一瞬不思議に思うも、スマホ画面を応答の表示へとスライドさせ通話に出た。

 

「もしも_『すいません逸見先輩!』__っ!?」

 

 開口一番に田中の全力であろう謝罪を耳に受けたエリカ。

 声量に押されて、咄嗟にスマホ画面を顔から話すが、通話相手__田中の切羽詰まりようを知りとにかく一度落ち着くよう促す。向こうの田中の狼狽振りは相当であった。

 十数秒置けども、田中が落ち着く様子が無かった。

 そのためエリカが本題は何かと率直に聞く。

 

「…それで、電話なんかかけてきてどうしたの?」

 

 こうなればちゃちゃっと聞いてしまった方が早い。下手に説明を待つよりも効率は良いとエリカは判断した。

 

『リーダー…ハジメ先輩の運転するトラックが後ろからついて来ていないんです!!』

 

 本題がエリカに伝えられた。

 本題とされる内容に耳を疑った。

 「幼馴染(ハジメ)の行方が分からない」。

 エリカの脳内を真っ白にするには、それだけで十分過ぎるものだった。

 

「__は、はぁ!!?? どういうことよ!!説明しなさい!!」

 

 だが直ぐにエリカは後輩からの緊急報告の内容を無理矢理脳内で処理した。ハジメに関する話題__それも、彼の命に掛かる内容であればエリカは黙ってられなかった。

 いきなりエリカが走行中のバス座席から声を荒げながら立ち上がったので、車内にいる全員の視線がエリカに集中していた。

 

 隣に座っていた小梅は内容が聞こえていたのだろう、状況を理解して彼女の顔は蒼白になっていた。

 

『あうっ…えっと、ハジメ先輩に早く行けって言われてすぐにトラックを出した後、先輩に連絡を取ったんですが全然応答がなくて…』

 

 エリカの激昂具合に、田中がたじろぎそうになったが、逆に自分が詳細を話せなければこちらにも食ってかかってくるのではないかと考えすんでのところで踏ん張りつつ彼女に最後まで報告するべく努めた。

 

「……あんのバカジメ!…自分の命粗末にしてまた誰かを助けてるわね……!!あれほど言ったのに……!!!!」

 

 後輩の報告を全て、一言一句溢すことなく聞き取ったエリカ。

 エリカの背中からは、沸々と…烈火の如き怒りが込み上げつつあった。

 

『ヒエッ…!』

 

 電話越しでも分かるのだろう。先程よりも強まったエリカの剣幕と声色に、田中が小さく、〆られた鳥類のような悲鳴を上げる。

 

「………分かったわ。連絡ありがとう。あなたたちはそのままついてきなさい。いいわね?」

 

 しかし、いつまでも馬鹿みたく騒ぐエリカではなかった。

 またしても独断かつ無断の行動を取ったハジメへの怒りやら何やらは胸の中で渦巻いているが、こんな時こそ冷静にと、自分に心の中で言い聞かせる。

 激しい感情を一呼吸置き鎮めたエリカは、田中に指示を飛ばした。

 

「は、はい!了解しました!!」ガチャッ!

 

ツー…ツー…ツー…

 

 逃げるように田中が素早く通話を終了させた。

 エリカはそれを気に留めなかった。

 

「アイツ…何度心配させれば……!こっちの気も知らないで…ホントに、無鉄砲なヤツ…!!」

 

 通話を終えたエリカはドスン!と全体重をかけて座席に座り直し、肩を組んで小刻みな貧乏ゆすりを始めた。

 エリカのただでさえキツい目つきが更に鋭くなっていた。最早ヘビやワニのそれに近かった。

 彼女のことをよく知っているそれを見た小梅やまほ、レイラ…1号車内にいる全機甲科少女達はこう思った。

 「ああ、これはもう完全におかんむりだな…」と。

 エリカとハジメ双方への同情と呆れが混ざった、小さな小さな溜め息が車内を埋め尽くした。

 小梅はこの場のエリカの様子とハジメの安否を案じているし、前の席に座るレイラはいつもの数段増しでキレているエリカが気になってソワソワしている。まほはまほで「ハジメ君の行動は予測がつかないな…」と頭を抱えながら、彼の安否を気に掛けていた。

 

「…どこかでバスが止まったら、後続の整備科のトラックを一台とっ捕まえて……」ブツブツ

 

「(あ、これエリカさんがハジメさんを追いに行くパターンだ)」

 

 小梅が心の中で何か呟いている間も、皆のスマホ画面に映っているナハトの戦いは劣勢のままであった。

 

 小梅が自身のスマホの画面に目を戻したタイミングで、画面内のクモンガに光の矢のようなものが何本も飛んでいき、突き刺さると多数の爆炎を形成した。

 誘導弾…ミサイルによる攻撃だ。

 湾内側から続いて、明色の火線がクモンガとカマキラスに殺到する。艦砲射撃のようだった。

 自衛隊が動き出したのか。

 しかし、それらの猛攻を受けているハズの巨大存在たちは焼け石に水だ、どこ吹く風と、ナハトへの執拗な攻撃を緩めることなく継続している。果たして人類の攻撃にどれほどの効果があるのか。

 

 いずれにせよ、小梅を始めとしたバス車内の彼女らは、自衛隊の参戦ではこの戦況が変わるとは思えなかった。

 

 

 

___

 

 

 

同市 佐世保港付近某所

 

 

 

「うぅ…足が挟まって動けない……」

 

 カマキラスによって破壊された沿岸部の建造物群。

 倒壊した一棟の低層ビル…その下には、佐世保市に上陸していたサンダース大附属所属の男子生徒の一団がいた。

 

「タカシ!今助ける!!うおおおー上がれぇえー!!」

「だ、駄目だ…このコンクリート、びくともしない……」

「シット!サンダースの緊急出航、始まっちまった!間に合わないぞ!」

「でも!タカシを置いて行けない!!」

 

 彼らの中の一人__タカシ少年が、逃げる際に建造物が倒壊したことによって降り注いできた瓦礫で、足を挟まれ身動きが取れなくなってしまったのである。

 彼の友人達が瓦礫を除き助けようとしているが、そのコンクリートの塊はあまりの重さでびくともせず、状況は一向に好転しない。

 ウルトラマンが現れたことでカマキラスとクモンガの注意がそちらへと向いたが、ウルトラマンは苦戦しており、ここにカマキラスが、若しくはクモンガがやって来ないとも限らない。

 そんな状況に一同は焦っていた。

 

「ごめん…俺のせいで、学園艦に… 俺のことはいい!だからみんなは早く避難場所に!!」

 

「バカヤロウ!どうしてそんなこと言うんだ!!」

「お前を置いてなんかいけるか!!」

「諦めない、諦めないぞ!」

 

 半ば自棄になりつつあったタカシ少年に、友人達が励ましの言葉を掛け続ける。

 

 諦めず友を助けようとする、そんな彼らに奇跡が起きる。

 

「そうだ!!諦めるな!!!」

 

「「「え?」」」

 

 どこからか聞こえてきた声の主を探していると、いつの間にかタカシ少年に被さっている瓦礫を退かそうとしている友人たちの前に、赤いアロハシャツの男が立っていた。

 男は、佐世保の船着場にいた人物である。

 

 そして、両者の間に面識は無かった。

 

「"大切なのは最後まで諦めず、困難に立ち向かうことだ!"」

 

 赤の他人であるはずの老人が、彼らに助力する。

 

「無理だよおじさん!」

「じいさんもここにいちゃダメだ!」

「だって、俺たちでもどかせ__ど、退かせた……退かせたよ!!」

「すごい!ミラクルマンだ!!」

 

 人の何倍もの質量を持っているハズの瓦礫は、老人が加わっただけで、軽々と退かすことができたのである。

 

「キミ、大丈夫か?」

 

「は、はい。ありがとう…ございます!」

 

 老人から差し出された手を握る立ち上がるタカシ少年。

 握った手は、まるで歴戦の戦士を思わせる、老人とは思えないほどのゴツゴツとした逞しいものだった。

 

「おじさん、ありがとう!おじさんが来てくれたおかげだよ!」

「じいさんが来てくれなかったら…」

「本当にありがとう!」

 

 口々に彼らは老人に感謝の言葉を伝える。

 

「いや、キミたちが諦めずに友を救おうしたから、できたことだ。さあ、早く行きなさい」

 

「「「はい!」」」

 

 サンダースの生徒たちは老人に促され、彼らは素直に従って港付近の避難所__国民保護シェルターのある地点へ向かい走っていく。

 

「あ!そうだよ、おじさんも早く逃げないと…」

 

 タカシ少年が気づいた。

 老人もまた自分達と同じ人間である。怪獣相手に非力なのは変わりない。

 共に逃げようと声を掛けるために彼らは老人が立っているだろう方向に振り向く。

 

「おじさん!おじさんも……あれ?」

「さっきまでいたよな?」

「いったい何処に…」

 

 しかし、自分たちを救ってくれた老人にも避難するよう言うべく振り向けば、そこにはもうアロハシャツの男の姿は影も形もなかった。

 

 

 

「__今助けるぞ!ウルトラマンナハト!!」

 

 先ほどサンダースの生徒たちはを救出し姿を消していた老人は街の一角にて空へと叫ぶ。

 彼_"モロボシ・ダン"は、懐から太陽を彷彿とさせる真紅のメガネ若しくはゴーグル状のアイテム、"ウルトラアイ"を取り出すと__

 

「デュワッ!!」

 

デュルルルルルルルウウ!!!

 

 __雄々しい掛け声と共にそれを目に装着した。

 するとどうだろうか。

 全身がみるみると赤き戦士の姿へと変わっていき、巨大化。

 両肩と胸部に黄金のプロテクターを身につけた真っ赤な巨人が佐世保に立つ。

 

ダァアアッ!!!

 

 ダンは、こことは違う世界…並行宇宙に存在するM78星雲の光の国の住人、正義の宇宙人なのだ。

 彼は本来の姿___宇宙警備隊員の一人であり、かつて“遊星間侵略戦争期”の只中にあった同宇宙の地球を守り抜いた勇敢で勇猛なる"ウルトラ兄弟"の一人_赤き闘士、ウルトラセブンへと変身したのである。

 

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 どうもです。投稿者の逃げるレッドであります。
 ここで説明しますが、エリカのヒーローは原作開始前〜TVアニメ本編を1期、大学選抜戦の劇場版を2期…というように物語が展開していきます。
 
 トラックに乗って現場に律儀に向かい変身したハジメ君ですが、何故すぐに変身しなかったと言いますと、巨人形態と光球__発光飛翔形態に切り替えられるコトをまだ知らないからです。
 巨人形態で現場までズンズン走ってインフラや人を潰してしまったらアレですし、こちらは無意識下で本人はやってますが__変身バレのアシを付けないため…というのが現地変身に現時点のハジメ君が拘っている理由です。

 本作第一章のエリカさんのイメージソング①は
『秒針を噛む』で、
 イメージソング②は
『少女レイ』です。

 田中、佐山、宮崎君は容姿とか下の名前は設定してません。今後の活躍次第では半モブからサブへの昇格を経てバックストーリーとか生まれるかもとだけ。なので、今は読者の方々が思い描く__「ぼくのかんがえた最強の」田中、佐山、宮崎君で補完していただければと。
 
 次回もよろしくお願いします。

____

 次回
 予告

 ナハトの窮地に、ウルトラセブンが駆けつけた!

 ウルトラセブン__モロボシ・ダンがこの地球に来た理由とは何か?
 ハジメの姿を見ていた謎の少年の正体とは?

 そして、侵略の魔の手は静かに地球に伸びつつあった…!!

 次回!ウルトラマンナハト、
【異邦友人】!



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第8夜 【異邦友人】



凶悪宇宙人 ザラブ星人
イルマ

来訪





 

 

 

ピコンピコンピコンピコン…

 

 

 

《__このままだと…負ける………!》

 

 クモンガの放った強酸ネットに捕らえられ、拘束状態に陥っているナハト。

 それに加えて生体光学迷彩を纏ったカマキラスの死角からの執拗な斬撃。

 二体の怪獣が優勢にナハトとの戦闘を進めていた。

 既にライフゲージが赤色点滅へ突入しており後が無く、ナハト__ハジメも敗北の文字が脳裏にちらつきつつあった。

 

 体力を奪われ、身動きの取れないナハトにトドメを刺すべく、クモンガとカマキラスが畳み掛ける。

 クモンガはナハトの真上に跳躍し、カマキラスは光学迷彩を解き大鎌を振りかぶった。

 万事休す…絶対絶命であった。

 

 しかし突然、空より緑色のレーザー光線が二体にそれぞれ降り注ぎ、直撃した。

 光線で怯んだ二体がナハトから距離を取る。

 二体の視線はナハトの後方上空を向いている。

 

《………な、なんだ?誰かが助けてくれたのか?》

 

 ハジメ__ナハトは状況をいまひとつ飲み込めずにいた。

 

《赤い…ウルトラマン…!?》

 

 ナハトは驚愕した。

 二体の怪獣が自身から後退したかと思えば、いつの間にか目の前には真っ赤な巨人__新たなウルトラマンがこちらに背中を向けて立っていたのだから。

 赤色のウルトラマンはナハトへ振り向く。

 ハジメ__ナハトの疑問はお構い無しに、頭部のトサカ__"アイスラッガー"を外し、それをナイフの如く扱ってナハトを拘束していた強酸ネットを切断。

 ナハトは窮地を脱した。

 

《__大丈夫か、ウルトラマンナハト》

 

 赤のウルトラマンがアイスラッガーを頭頂部に戻し、念話__テレパシーでナハトに語りかけてきた。

 

《あ、あなたは?》

 

 何がなんだか分からなかった。

 まさか、自分以外のウルトラマンが他にもおり、それが救援に訪れてくれるなど、ハジメは考えたこともなかった。

 そしてそこに、件のウルトラマンからテレパシーが送られてきたのである。

 動揺するのも無理はなかった。結局、対面の赤きウルトラマンへの返答はお粗末なものになってしまった。しかも、先に尋ねられているのはこちらであるのにも関わらず逆に問い返していた。

 「質問を質問で返すな」と言われたら、それまでの答え方だった。

 

 されどそんなことは気にせずに赤きウルトラマンはハジメの問いに勇ましく答える。

 自分が何者で、何を成しにやってきたのかを。

 

《私はウルトラセブン。ナハト、キミを助けに来た。…立てるか?》

 

《…はい!!》

 

 ナハトは赤きウルトラマン…ウルトラセブンが差し伸べた手を掴み、力強い返事を返して立ち上がる。

 依然としてライフゲージは点滅しているが、気力を振り絞り両の足に力を入れ踏み締める。

 ナハトの戦意は消えてはいなかった。

 

 ナハト、セブンはそれぞれファイティングポーズを構え、クモンガ及びカマキラスと正面から相対。

 

シュアッ!!

 

ダァアッ!!

 

 2対2の第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

__ゴォオオオオオオオオーーーッ!!!!

 

 佐世保上空に目を向ければ、航空自衛隊__秋津率いるトレノ隊の姿があった。

 

「…あの赤い巨人は……」

 

 ナハトとセブンが二体の怪獣相手に格闘戦へ移ったため、佐世保湾内に展開していた海自護衛艦群並びに上空の空自トレノ隊は、ウルトラマンへの誤射を防ぐために誘導弾及び艦砲による射撃を中止、待機を命じられていた。

 

『空佐、あの巨人は一体…?』

 

 秋津の目を引いたのは、カマキラスへ緑色レーザー光線___"エメリウム光線"を複数回照射し牽制しつつ、拳での豪打を仕掛けている人型巨大存在…ナハトに続く、この世界に現れた第二の光の巨人___ウルトラセブンであった。

 

「恐らく、ナハトのピンチに現れた同胞なのだろう。少なくとも敵ではないはずだ」

 

 部下の隼人からの問いに、現状からの推察を口にした。

 カマキラスの動きの尽くを完封し、無人と化した佐世保港コンテナターミナルへとそれをセブンは追い立てている。

 そこからは人類文明の被害を抑えようと努力している意思、若しくは人類に対する一種の配慮のようなモノが垣間見えた気がした。

 ()も、ナハトと同じく力無き者達を守る為に戦う戦士なのだと、秋津は直感していた。

 

『す、すごい……あの巨人、片手で"マンティス"を放り投げたぞ!』

『なんて腕力…!あんなに軽々と大型を』

『まるで真っ赤に燃える戦士だ』

 

 高空を飛ぶトレノ隊は目まぐるしい変化を見せる地上の戦闘を見つめていた。

 

 

 

___

 

 

 

同市 国道204号線

黒森峰学園戦車道機甲科バス1号車内

 

 

 

『見えていますでしょうか!?新たな巨人…赤いウルトラマンがこの佐世保に現れ、ウルトラマンナハトに加勢しています!!』

 

 現地の報道陣の一つ__「笑顔テレビ」の中継映像を皆が固唾を飲んで観ていた。

 ウルトラセブンの登場には、機甲科少女一同も驚いていた。

 

「赤い、ウルトラマン…か」

「ウルトラマンは一人じゃなかったんですね」

「顔の形も色もナハトとだいぶ違う…」

「ナハトと何か喋ってたようにも見えたよね」

「うんうん。手、差し伸べてたもん」

「ナハトの家族…友達?どうなんだろ?」

 

 1号車搭乗の機甲科少女達の話題はナハトの窮地に駆け付けたセブン一色だった。

 

「___これで、2対2。流れは変わった」

 

 皆がざわざわと話す中、ぽつりと、安堵を滲ませた声色で呟いたのはエリカだ。

 

「戦力の分断…これまでナハトは1対1の戦闘では勝利を収めてます。と言うことは______」

 

「_____怪獣撃破の、勝利への道筋は整った…と言うワケだな?」

 

 エリカの呟きを聞いていた隣席の小梅と、一つ後ろの席に座っていたまほが頷きながら、エリカの言いたいことを確認し合うように言葉を繋いだ。

 

 今回も、ナハトは人々のために邪智暴虐の限りを尽くす怪獣達に立ち向かっている。

 一度、眼前でナハトの戦いをエリカ達は見ている。故郷__熊本を守ったヒーローの勝利を願うのは必然だった。

 彼女達は無意識に拳を握り、スマホ画面に映る二人の巨人の戦いぶりを見守るのである。

 

「あ!ナイフみたいなのでカマキリの腕を斬り落としちゃった!!」

 

 前方からレイラの歓声が聞こえた。

 画面では、セブンが手に持った得物__アイスラッガーを奮いカマキラスを、一閃。鎌腕の片方を根本から切断していた。

 歓声を含んだどよめきが車内を埋め尽くす。

 

 ナハトが窮地から脱したことで彼女達は安堵しているものの、真剣な顔つきで映像を見続ける。

 生徒たちの殆どは戦闘の行く末を見守っている。

 

「………エリカさん?」

 

 一方でエリカは一人、スマホの電話帳アプリを開いて__「アラシ・ハジメ」のコールを何度もタップして呼び出しを繰り返しつつ、画面を睨み着信履歴を逐一確認するという行動に移っていた。

 

「______っ、やっぱり出ないわね…」

 

 ハジメへのコール回数が二桁に入ろうとしたあたりで、エリカが一度スマホを耳から離し、苛立ちの混じった苦い顔で言った。

 ハジメの安否不明という状況が続いていることに、焦燥感を覚えているのがありありと彼女から伝わってくる。

 

「ダメですか?」

 

 意気消沈するか否かの一歩手前の友人を小梅が気遣う。

 銀髪のカーテンによって遮られた目の表情を、おずおずと横下から覗き込んで確認する小梅。

 

「アイツ……なんで自分から危ないとこに首突っ込んでいくのよ……死んじゃったらどうするのよぉ……!」

 

 声が段々と弱々しくなっていた。

 エリカの目元には涙が溜まっている。

 スマホを握る彼女の手は微かに震えていた。

 

「エリカさん…」

 

 それを見た小梅は、彼女の手の上にそっと自身の手を添える。

 

「…エリカさん。きっと、きっと大丈夫です。ハジメさんを…ストームリーダーさんを信じましょう」

 

 意を決して小梅が口を開いた。下を見ていたエリカの瞳が動いた。

 

「小梅…」

 

 ただ、今の自分にできるのはこれぐらいなのだと、そう思いながら小梅は彼女に付き添う。

 ささやかで、微力だとは思うけれど…と、自信無さげな精一杯の笑みを見せながら。

 

 これに触発されたのだろう。エリカの瞳に()が戻った。

 エリカは下を見るのをやめ、小梅へと向き直り礼を言う。

 そこから、いつもの獰猛で好戦的な笑みをたっぷりと浮かべ___

 

「……もし怪我なんかしてたらまたぶっ叩いてやるんだから!!」

 

 ___幼馴染の…ハジメの無事を信じ、()()()への宣言をするのだった。

 

 

___

 

 

 

同市 干尽町

港湾隣接区域 

 

 

 

 場面はセブンの戦いへと移る。

 

ギギィイイイイ!!!

 

 頭部にセブンのエメリウム光線を受けたカマキラスは生体光学迷彩の機能を操る器官を損傷し扱うことができなくなっていた。

 されどもカマキラスは戦意を失っておらず、背部の翅を振動させナハトを翻弄した高速飛行でセブンに迫る。

 先ほどは不意打ちとは言え片腕を奪われたり投げ飛ばされ掛けたりもしたが、大局的に見れば微々たるものだ。機動戦に持ち込めばこちらに敵うまい。逆に身軽になれた。カマキラスに表情筋があったならばほくそ笑んでいただろう。

 

デュワッ!

 

___キンッ!

 

 カマキラスは正面から高速飛翔で急接近。巨鎌を奮って胴切りを繰り出した。

 すれ違いざまにセブンはアイスラッガーを抜き取り、カマキラスへ刃を向ける。

 カマキラスがセブンの真横を通過。セブンは振り抜いたアイスラッガーを頭頂へと素早く戻す。

 

ギギィイ……?

 

 無視出来ない痛烈な一撃をセブンに刻み、与えたと確信したカマキラス。

 そのまま手近にあった橙色のガントリークレーン上に着地。器用に六本の脚を用いて居座る。

 カマキラスは、物も言わずこちらを見据えて不動の姿勢を崩さないセブンに違和感を覚えていた。

 

___ズルッ!

 

 その時突然、自身の残りの右腕が、大鎌が根本からズレ落ちた。

 クレーン真下に重力に従って腕が落下し、ドボンッ!とやや大きい水飛沫を形成した。

 

デュアッ!!

 

 カマキラスの思考に空白が生じた。

 そのコンマ数秒のロスは、戦闘ではあまりに致命的だ。

 カマキラスの動揺を察したセブンがカマキラスへすかさずアイスラッガーを投擲。するとスラッガーは意思を持つかのように飛翔・追撃を開始した。それは最早、曲芸…自我を持った空飛ぶナイフであった。

 

 しかし、セブンの操るスラッガーの切れ味__切断性は我々の知るあらゆる刃物のそれを容易く凌駕する。

 

 幾多の特殊生物__怪獣の強固な身体構造のみならず、侵略用大型ロボットの耐実弾・耐粒子装甲すら原子レベルで切断し屠ってきた百戦錬磨のかのスラッガーは、カマキラスを四方八方から目にも止まらぬスピードで強襲。

 最高速度が光速に迫る自立近接武器(アイスラッガー)は、容赦なく幾度もカマキラスに襲いかかる。

 光速で乱舞する近接武器への迎撃手段を持ち合わせないカマキラスにとって、それは詰みの一手に等しい。

 

ギィイイイイイ!!!

 

スパッ! スパ! スパァッ!

 

 無事だった翅、脚、腹__身体のパーツが次々に海上へとボトボトと落ち、その度に海面を荒立たせる。

 カマキラスは悲鳴とも取れる咆哮を上げながら、バランスを崩して___支えとなっていた脚が全て切断されたため___クレーンから落下する。

 

ザッパァアアーーン!!!!

 

 海上に特大の水柱が上がった。

 ダルマと化したカマキラスはその中心で身体をくねらせもがき苦しんでいる。

 鎌も、脚も、翅も、全て落とされた。

 カマキラスに取れる択の中で、逆転に繋がるモノは残っていなかった。

 

デュアアッ!!

 

 セブンは畳み掛けるように両の腕をL字状に組んだ。それは、セブンの有する技の中でも、最大級の火力を有する必殺光線__"ワイドショット"の発射姿勢であった。

 

___ビィイイイイイイイイーーッッッ!!!!

 

 黄金光線__ワイドショットがセブンから放たれカマキラスに直撃。

 カマキラスはこれを受けて原型を留めずバラバラに爆散したのだった。

 

 

 

 カマキラス撃破から時間は少し遡り、今度はナハトとクモンガの戦いへ。

 

シャァアアアーーー!!

 

シュアッ!

 

《二度も同じ手は…効かない!!》

 

 カマキラスとのタッグプレーを封じられ分断されたクモンガは目の前のナハトを第一の目標として排除するべく、強酸ネットを放射状に射出した。

 それをナハトは光エネルギーを纏わせた手刀で斬り払い無力化する。

 たじろぐクモンガにナハトは臆さず反撃を加える。

 

ハァッ!!

 

バババシュッ!

 

 ナハトは横にローリングを数回挟み、片膝立ちの体勢で牽制光弾___光刃型(ソウ)"ナハトショット"を三発素早く発射。光弾は全てクモンガに突き刺さり炸裂。火花を散らせその巨体を仰け反らせた。

 光弾の直撃によってクモンガは頭部を負傷。全ての眼を潰されたクモンガは慟哭とも取れる奇声を上げ、その場でやたらめったらに脚の振り上げと振り下ろしを繰り返し、駄々っ子のように暴れている。

 ナハトにとって、碌な抵抗も出来なくなったクモンガは脅威では無かった。

 

《これで決める!》

 

 脳裏に新たなビジョンが疾ったハジメ__ナハトは、何かに促されるように迷い無く右腕を天に掲げた。

 すると、周囲の空間から白・黒のプラズマが発生し、それらが右腕の装具__"ナハトブレス"のクリスタルサークルへ集まっていく。

 媒体であるナハトブレスにエネルギーが結集し、右腕全体が淡い灰色の光を帯び始める。

 

 ブレスがプラズマを目一杯取り込んだのを直感したナハトが、掲げていた右腕を思い切り引き込む。

 そこから勢いよく、光纏う右腕を前へと、クモンガへと突き出した。

 

《ナハトォォ……スパァアアアアアーーーク!!!》

 

 刹那、ブレスが眩い閃光を放つ。

 閃光と共に、白と黒…モノクロの電撃を纏った白銀の必殺光線"ナハトスパーク"が繰り出された。

 シルバーの光線はもがき続けていたクモンガに直撃。体内の液体という液体が気化し、体全体がボコボコと膨張していく。そして遂に膨張に耐えうる臨界を超え、クモンガは断末魔を上げることすら出来ずに爆散し絶命したのだった。

 爆散、蒸発を免れたクモンガの肉片や体液は、湾内と施設区画の一部に飛散し、シュウシュウと紫色の有害そうな蒸気を上げ泡立っていた。これらの除染除去作業は骨が折れることだろう。

 

ピコンピコンピコンピコン…!

 

 一時の静寂に包まれる港湾都市。

 ただナハトの心臓__ライフゲージの鼓動のみが静寂の中で音を刻む。

 佐世保の街に現れた怪獣を撃破したナハトとセブンの視線が重なった。

 ゆっくりと、穏やかな頷きを互いに返す。

 

……シュワッチ!!

 

 ナハトとセブン、二人のウルトラマンは颯爽と空へと飛び去って行った。

 

 これにて佐世保に出現した二大昆虫怪獣が引き起こした特殊生物災害はナハトとセブンの活躍により幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

「おのれぇ…!並行世界のウルトラマン……!!」

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

同市 臨海部市街地 某所

 

 

 

 大多数の人々が避難したことによって人っ子一人いなくなった佐世保市のある街の一角で、変身を解いたハジメと人間体に戻ったセブンが向かい合う。

 

「…あなたが、ウルトラセブンですか?」

 

 目の前にいる、陽が傾き始めた無人の港町には場違いだろう真っ赤なアロハシャツを着た老人にハジメは尋ねる。

 こうして、このタイミングで無人街の真ん中で人と会う確率など、たかが知れている。解は既に出ているというもの。それでもハジメは確かめずにはいられなかった。

 

「ああ。地球にいる時はモロボシ・ダンと名乗っているよ。ダンと呼んでくれ。___さて。ナハト、地球人としての…キミの名前を聞かせてほしい」

 

 少年の問いに老人__セブンはそうだと頷き、もう一つの名前を彼に教えた。

 そして、ナハトのヒトとしての名前を今度はダンが尋ねる。

 

「ハジメ…アラシ・ハジメです!今回は、助けてもらって……ありがとうございました!!」

 

 目の前にいるダンの佇まい、そして静かに発するオーラからこの人物が幾多の熾烈な戦いを潜り抜けてきた歴戦の勇士なのだと悟ったハジメが背を正し、地面に叩きつける勢いで頭を下げ、此度の戦いへの助太刀に感謝を伝えた。

 

 ハジメからの感謝の言葉を受け、ダンは笑いながら___

 

「いやいや当然のことをしたまでさ。()()と同じように、最後まで諦めず戦うキミの力になりたかったんだ」

 

 ___それ以上の理由はいらないだろう、と答える。

 

「……その…ダンさんはどこから来たんですか?なんでウルトラマンに?それに、()()って言ってましたけど他にもウルトラマンがいるんですか?」

 

 知りたい事が山ほどあった。光の超人としての力を得てから、ハジメは同じ力を持つ…若しくは同じ境遇の人物と会うことが無かった。ある種の孤独だったのである。これは一体何なのか、あれはどういうものなのか、尋ねようにも相手がいなかったのだ。

 矢継ぎ早に質問を重ねたことに申し訳なさと恥ずかしさを覚え、目線をコンクリートの大地に向けるハジメ。

 ダンは「どこから話したものかな…」と皺が刻まれた頬をに手を当てつつ苦笑する。

 

「まず、私は…地球人じゃない。こことは別の宇宙…M78星雲・光の国の住人で、我々光の国の住人は光の超人(ウルトラマン)となる力を授かった種族なんだ。ハジメ君達が言うところの異星人、宇宙人の類いだよ」

 

 「M78星雲人と名乗った方が良いのかもしれないね」と穏やかな口調でダンは言う。

 

 ダンの故郷である母星__通称「光の国」は、こことは別の世界…数多ある並行世界(パラレル・ワールド)の一つ、"M78スペース"に存在する。なお、ハジメ達の世界は"ナハトスペース"と今後呼称していく。

 

 M78スペースの地球からおおよそ300万光年ほど離れた銀河の中に光の国は位置しており、同星のサイズは地球の約60倍あるとされている。

 また、光の国の総人口は凡そ180億人で、人工太陽__"プラズマスパーク"の開発・打ち上げや、「生命の固形化」をはじめとした数々の革新的技術を生み出した超高度科学文明を有している種族なのだとダンは委細丁寧に説明した。

 

「___えぇ!?」

 

 まさかのダンの正体と彼の故郷の話を聞いてにハジメは仰天した。

 自分達地球人と全く変わらない姿をしている目の前のダンを見て、異星人であるという結論に辿り着くことができなかったからである。パラレル・ワールド云々の話もかなり突飛かつ興味を唆る内容だが…。

 そんなハジメの反応が新鮮だったらしく、ダンは「昔は私達も、地球人と同じ容姿をしていたんだ」と軽く補足を入れながら、笑みを絶やさず話を続ける。

 

「___そして、光の国の住人である私達は、その強大な力を宇宙の平和を守るために使おうと決意し"宇宙警備隊"を結成した」

 

 "宇宙警備隊"。

 ダン曰く、宇宙規模の治安維持組織__警察と消防と軍隊を足して上手く割ったような組織であり、ウルトラマンとしての力を持つ者と光の国と友好的な他惑星種族の協力者達で構成されているのだと言う。

 

「私はそこの隊員として所属している者の一人だ。警備隊は様々な並行宇宙で活動している。凶悪怪獣の撃破、侵略異星人の撃退、未探査宇宙の調査など…活動内容は多岐にわたっている」

 

 一時期は、M78スペースの地球にも隊員を送り、人類と共に戦っていたこともあったらしい。ダンもまたその地球駐在員だった者の一人で、歴代で二番目の古参隊員にあたるとのこと。彼から滲み出ていた戦士のオーラはこれが所以なのかもしれない。

 

「___それじゃあ、まだ他にもウルトラマンは沢山いて、色んな宇宙で警備隊は任務を?」

 

「ああ。我々は様々な宇宙・世界に散って、今、この瞬間も活動している。宇宙警備隊には100万人のウルトラ戦士が所属している。その中にはキミのように地球など、光の国以外の出身(ルーツ)の隊員もいる。それに、我々が把握している中でも、宇宙警備隊に属しはしていないものの、独自の治安維持活動を展開しているウルトラ戦士とそれをサポートする組織も多数ある」

 

 あらゆる時空で、大切なモノを守るために戦うウルトラマンが、確かにいる。

 

 「キミは独りじゃない」。

 

 直接的な表現こそしなかったが、ダンがそう言ってくれているようにハジメ思えた。

 

「そ、そんなにいるんですか…それに…別世界の地球を守っているウルトラマンが…」

 

 ウルトラマンナハトに変身するハジメが何を言うかと言われればそうだが、膨大なスケールの話に少年は眼を輝かせる。

 

「………さて、私が今回この世界の地球に訪れたもう一つの理由をそろそろハジメ君に話しておかなければならないね」

 

 先ほどまでの笑みを消し、ダンの眼差しは戦士のそれになった。

 ここからは本題に移るから真剣に、心して聞いてほしいと目でハジメに訴えていた。

 

「……はい」

 

 ハジメはそれにただ強く頷いた。一語一句聞き逃すまいという姿勢が見て取れる。

 

「…所謂、()()と言うものになる」

 

 一拍置いて、ダンは()()の中身について話していく。

 

「______本来、ハジメ君たちの住むこの地球に怪獣や侵略異星人が現れるのは遥か先のことであると我々は推測していた。また、この世界の宇宙にはウルトラマンが存在することは無いと言うのが科学技術局の提唱していた通説だった。しかし…実際には怪獣が出現し、ハジメ君が我々見把握の光の巨人、ウルトラマンナハトとなって戦っている…」

 

 遥か先の未来…凡そ数千年後、ナハトスペースの地球人類が星系間進出期に入るだろう時代に、怪獣や異星人が()()()()()現れるハズだったのだと言う。

 数千年の誤差、ズレというのはあまりに不可解であることは、ハジメにも理解できた。

 ならば、そのズレとやらの引き金となったイレギュラーだろう事象や存在__原因が必ずあるハズである。

 

「この世界で、地球で、何が起こってるんですか?」

 

 ダンの方…宇宙警備隊内ではその原因となるモノに粗方の目星は付けていたらしく、小さく頷き答えた。

 

「ハジメ君達の地球…その上空に、惑星規模の異常磁場が形成されている。この磁場は地球の怪獣を活性化させ、既存生物に急速な突然変異を促し怪獣化させる。また、その磁場が宇宙や別世界の怪獣・異星人を呼び寄せるサインや、ワームホール形成の根源となっていることも分かっている。これは過去に複数世界の地球でも起こった事象群と似ている」

 

「その異常磁場を、どうにか…できないんですか」

 

 ダンは残念ながら異常磁場自体への干渉方法等は無いのだと申し訳なさを滲ませていた。

 だが、解決の道筋が見えていないわけではないとダンは言う。

 

「___異常磁場を操る存在がいる。ハジメ君、心当たりはあるか?」

 

 ハジメの脳裏には、演習場を発つ際に遭遇した黒紫のローブを羽織った人型存在がチラついていた。

 それ以外に心当たりは無い。

 

「……はい。黒ずくめの怪しい男と会いました」

 

 やはりそうか…と、ダンが合点のいった顔になる。

 

「黒ずくめの男…それが異常磁場を操っている存在、地球を狙っている張本人で間違いない。私の後輩__メビウスが別宇宙の地球で以前戦ったことがあると言っていた。ヤツらは全並行世界の地球を混沌に陥れようと画策している、負のエネルギーの集合体だ。我々はヤツらのことを"影法師"と呼んでいる」

 

 何故そこまで地球に拘るのかは、ダン達__宇宙警備隊でも量りかねているとのことだが、これで一つ…ハッキリした。

 

「"影法師"…」

 

 ()()が、諸悪の根源。打ち倒さねばいけない存在なのだと分かった点である。

 ダンの口から出た「影法師」と言う、超常存在の名を確かめるように、噛み締め忘れぬように、ゆっくりと何度もハジメは呟く。

 

「しかし嬉しい誤算もあった。ハジメ君の、ウルトラマンナハトの存在だ。ナハトが戦っていることで、この世界の地球はまだやつらに支配されていない」

 

 ただ影法師側も地球の対外免疫抗体(カウンター・ウェポン)__ウルトラマンが早期に出現したことは想定外だったに違いない。

 ナハトスペースの地球を手に入れるには、対人類の前に対ウルトラマン及び対地球産怪獣に当てる戦力を影法師は追加で配置・投入し、それらに勝利しなければならない。

 時間的にも、資源的にも、影法師には余裕は無い。無論、対応が後手に回ってしまうハジメ__ウルトラマンにも余裕は無い。

 

 現状、互いに不足の事態__イレギュラーの発生によって、拮抗した状態に陥っていると言うことになる。

 そしておそらく、この拮抗状態を打破する一手を繰り出した側に追い風が吹くだろう。また、この均衡が崩れるのも時間の問題と言える。

 

「…これからは影法師によって呼び寄せられた、若しくは召喚された多くの外来怪獣、地球侵略を企む敵性異星人が続々と現れることだろう。私は光の国へ戻らなくてはならないが、我々宇宙警備隊はこの地球に隊員派遣を行なうことを決定した」

 

 宇宙警備隊からの応援部隊。

 ダンのような強靭で勇敢な戦士達が共に戦ってくれるのだという。

 ハジメにとって、この上なく頼もしいものだった。まだ見ぬ戦士達にハジメは想いを馳せる。

 

 そこでダンが一度言葉を区切り、瞬きを経てから改めてハジメに目を合わせる。

 「最後に…」と前置きし、ダンが口を開いた。

 

「…ハジメ君。キミの、ウルトラマンナハトの奮闘を祈る!」

 

 短い、されど力強い激励。

 真っ赤な闘志を激らせる歴戦の戦士__ウルトラセブンからの言葉を、ハジメは正面から受け取る。

 

「はいっ!!」

 

 長々とした決意表明はいらなかった。ただ、「やる」と誓ったのだと、それをもってして目の前のダンに応えた。

 ダンはハジメの凛とした返事を聞き届け、光の球になって空へと飛んでいく。

 それをハジメは手を振って見送る。

 

「…もっと、頑張らないとな」

 

 ほうっと息を吐き、空を見上げて決意を新たにしたハジメは、乗ってきたトラックへと戻ろうと歩き出した。

 しかしその時だった。

 

「おーい!ウルトラマーン!!」

 

 不意に後ろから声を掛けられた。

 地球人としでなく、日本人としてでもなく、ヒトとしてでなく、アラシ・ハジメとしてでもなかったのが問題である。

 

「!!」バッ!

 

 もう一つの姿__光の巨人に変身できることを、先のダンの件を除けばハジメは誰にも明かしてはいない。

 そうであるにも関わらず、背後からの呼び掛けには明らかにハジメがウルトラマンであると確証を得ている声色であった。

 

 噂をすれば何とやら。

 早速、影法師か…またはその手先がやって来たのか。

 ハジメが警戒の反応を示すのは当然と言えた。

 

 突然自分を()()()()()()として呼んできた存在へ即座に振り向き、ハジメは我流ながらも肉弾戦に応ずる構えを取り臨戦態勢に入った。

 

「わわっ!ごめんよぉ…そんなに警戒しないで!」

 

 振り向いた先には、同い年と思われる容姿の少年がいた。

 謎の少年は、構えを見せたハジメに落ち着いてくれと両手を上げて敵意が無いことを懸命に伝える。

 

「お前は…誰だ!!」

 

 尚も警戒を解かないハジメ。その目は鋭かった。

 この目の前にいる、自身より一回り小柄な少年への懐疑心を捨てるまでには至っていなかった。

 …仮に、この段階でハジメが変身装具__「αカプセル」の護身用波動弾射出機能、"ステップシューター"を把握していたのなら、迷いなくそれを使って振り向き様にその少年に1〜2発撃ち込んでいたかもしれなかったと、後にハジメ本人は語っている。また、それをしなくて本当に良かったとも。

 

「ぼ、僕はイルマだよ!ザラブ星人、イルマだ!!」

 

 ここでのハジメの問いは、善か悪か、ヒトであるかヒトではないか、そう言った意味合いが込められていたが、何者かと問われた謎の少年改め、ザラブ星人イルマは文面上の、そのままの意味で慌てて、必死に答えた。

 

「星人……ダンさんが言っていた侵略者の一人か!?」

 

 地球人に非ずと言う文言によって、ハジメの態度は更に硬化した。

 

「ち、違うよ!僕は、キミの…ウルトラマンの力になりたくて地球に来たんだ!!」

 

 オドオド、オロオロと相変わらず右往左往といった様子だが、伝えなければならないことはしっかりと伝えたイルマ。

 侵略の意思も、人類への害意も無いのだと、その点を強調し相手__ハジメの誤解を解くべき会話を重ねていく。

 

「……俺の、助け?」

 

 ハジメの表情と構えが緩んだ。

 怪訝な顔のままではあるものの、先ほどと比べていくらか彼の態度が軟化したように見受けられる。

 

「うん。僕、ウルトラマンが、ヒーローが大好きなんだ!憧れてたんだ!だから、キミがウルトラマンに変身するところを偶然見て、本人と話せるチャンスだと思って…こうして声を掛けに来たんだ!!」

 

 イルマがヒーロー__ウルトラマンを語る際の表情は輝いていた。

 ハジメはイルマが幼い頃から今日までの自分と重なって見えた。何かを追い続け夢中になることで生まれる、その輝きに自分と通ずるモノをあると感じたのである。

 イルマの、時折覗く前髪に隠れた瞳は爛々と光っていた。その真っ直ぐな視線は、ハジメを見ていた。

 

「……お前は人に危害は加える気はないのか?その言葉を、信じていいんだな?」

 

「もちろんだよ。そんなことしたら僕の住むところが…ホントに無くなっちゃうからね」

 

 イルマからの返しを聞いたハジメは拳、腕、肩に入っていた力を徐々に抜いていく。

 最終的には臨戦態勢を完全に解いたのだった。

 取り敢えずは、不幸な行き違いからの交戦…には発展するに至らなかったわけである。

 

「?、なんでだ?お前もまだ子供なんだろ?父さんと母さんがいるはず…」

 

「僕の両親は…死んでるんだ…」

 

「!」

 

 突然のカミングアウトだった。

 

「………そっか、そうだったのか…それは……」

 

 先の、含みを持たせた彼の言い方に隠れていた違和感の正体が分かった。

 彼は、イルマは孤独だったのだ。

 異星人とは言え、ここまで所作からイルマの精神年齢は自分とほぼ同じだろうとハジメは考えていた。それ故に、今彼から出た言葉の重みが分かるのである。

 ハジメも高校に上がる前に父親を亡くしている。

 ここらの歳で、家族の死が、それも自分を産み育ててくれた両親の死が、どれほど重くのしかかるのか。分かるのだ。

 

「僕はもう天涯孤独の身だったし、せめてウルトラマンに会えたらと思ってこの地球に来たんだ。……だから友達も家族も、いない」

 

 聞けば、イルマは故郷__ザラブ本星で地球人換算にして凡そ14歳の頃に両親を同時期に亡くし、さらには母星から追い出されたのだ言う。

 

 そんな異星よりやって来た少年への、ハジメの答えはもう決まっていた。

 迷うことなく、口を開いた。

 

「___なら、俺が友達になるよ」

 

 「もしかして俺が第一号になったりする?」と尋ねがら。

 まさかの提案にイルマは一瞬フリーズした。

 

「え?いいの?」

 

 そんなアッサリと…それでいいのか。

 信じてくれるのか。友達になってくれるのか。

 

「なんでそんなことを聞くんだ? 話してたらイルマは良いやつだって思った。ただそれだけだよ」

 

 やっぱりさっきまでアレだったから友達はちょっと嫌か、と少し苦笑していた。後頭部に両腕を回し、やや気恥ずかしそうな仕草を交えながら。

 

「えぇ…でも、そんな簡単に…?」

 

 イルマは困惑気味だった。

 自分が言うのも何だが、これはあまりにも無用心過ぎるのではないかと。もし自分が彼の定義する敵対存在__侵略者だった場合、この意思決定は甘すぎると思った。信じるにしてもそれはそれでいいのかと。

 されど、その彼の決断が心の底から嬉しかった。

 差し出し続けている彼の手は言葉では表せられないほど、嬉しくて。

 こちらを見やる彼の笑顔は太陽のように暖かく、眩しかった。

 

「いいんだ。なると言ったらなる!それに、異星人の友達ってなんかカッコいいだろ?」

 

 もう一度、手を差し伸べてニッと笑う。

 

「っ!!」

 

 歳相応の邪気の無い考えを語ったハジメに、イルマもまた自身との共通点を見出していた。

 そうだ、彼も、ウルトラマンである前に…地球人である前に、僕と同じ一人の男の子なんだと。僕と、何ら変わらない一人の少年なのだと。

 

「…ありがとう、ハジメ。これから、よろしくね!」

 

「ああ。よろしく!!」

 

 イルマは笑顔で目の前の少年を掴んだ。

 ハジメとイルマ、故郷は違うが、心根は同じ所に在る二人は堅い握手を交わしたのである。

 

 

 ここに、地球人の少年と異星人の少年による小さな同盟が生まれた。

 

 

「______それで、イルマはこっからどうするんだ? 泊まるとことか、メシとか」

 

 晴れて友人となった二人。

 ハジメはまず第一にイルマの地球での衣食住の具合が気になっていた。

 地球にやって来たと言うのだから、宇宙船等を所有しているのは予想できるが、今後地球にいるとなると、何かと不便を被るのでは無いかという懸念を覚えたからである。

 

「僕は一応自分の宇宙船に戻れば衣食住には困らないから心配しないでよ。…でも、たまにで良いから地球の料理も食べてみたいかな」

 

 ハジメの予想通り、搭乗してきた宇宙船があったらしい。

 衣食住の方は心配いらないと本人が言うのだから、これ以上蒸し返す必要も踏み込む必要も無いかとハジメは思った。

 

「んじゃ、定期的に俺の部屋に来てくれよ。料理なら少しできるから」

 

 今度、幼馴染エリカ直伝のチーズハンバーグを振る舞おうかと心に決めたハジメであった。

 イルマは目をキラキラさせブンブンと首を縦に勢いよく振っていた。

 初めて出来た地球の友人の家に遊びに行ける + 一緒に食事まで出来ると言う思考に至ったからだろう。

 行く、絶対行くとイルマはハジメに豪語していた。

 

「ん?」

 

 ハジメはズボンポケットに仕舞い込み存在を忘れていたスマホがヴーヴー!と振動していることに気づく。

 ハジメはポッケからそれを取り出して開いてみると______

 

「ぅうおっ!?」

 

 _____画面いっぱいに、鬼電や電凸と遜色無い量の、怒涛の連絡通知が表示されていた。それらは例外なく、全て幼馴染(エリカ)からのものであった。

 ハジメがアカウントを所有している、かつエリカと繋がっている各種SNSで、それぞれ連絡が来ていた。

 エリカで埋まっている通知を目にしたハジメが上のような素っ頓狂な声を上げてひっくり返りかけた。

 

「ど、どうしたのハジメ?」

 

 突然奇声を上げて倒れる手前で踏み止まった新たな友人の一連の様子を見て、イルマは心配になり尋ねた。

 

「ああ。大丈夫…だと思う。えっと、友達から恐ろしいほどの安否確認の連絡があって…」

 

 それも、怒ると鬼のように…いや、鬼以上に恐ろしい幼馴染からのモノなんだとハジメは付け足す。

 

「ああ。なるほど。ハジメはウルトラマンになってること、周りの人には口外して無いんだね」

 

 呑気に一人納得するイルマ。

 

「と、とにかく!通話だと殺される気がするからメールを送ろう…!」

 

 既読しちゃったから急がないと。そう呟きつつハジメが凄まじいスピードでエリカ宛にメッセージをタイピングしていく。それはそれは「シュババババーッ!」と言う感じの効果音が聞こえてきそうな勢いであった。

 …通話を避け、文面で乗り切ろうとしているハジメだが、それはただ問題の先送りでしかないことを知らない。結局は直に顔を合わせることになるのだから、ここで避けたら余計にその幼馴染の感情のボルテージは恐ろしいことになるのでは、とイルマは訝しんでいた。されど口にはしなかった。

 

___シュポッ! ___ピロン!

 

 ハジメは意訳として「ぼくはぶじです」に相当する簡潔なメッセージをエリカへ送信した。するとメッセージを送ってコンマ数秒という段階でなんと既読マークが表示された。

 さらにそこからの彼女の返信はハジメの先の音速タイピング返信を超える神がかったスピードで繰り出された。1秒掛かるか掛からないかの手前で返信が返ってきたのである。

 

 一体どのような指捌きをすればこのような芸当ができるのか。ハジメは一人戦慄していた。エリカ本人に一度根掘り葉掘り聞いてみたいが、それを聞く前に間もなく彼女による説教タイムがやってくる。それを終えてから聞いても彼女には火に油だろうし、そこまで図太い精神をハジメは持ち合わせてはいない。

 彼女のことを良く知る小梅やまほ、レイラあたりに尋ねてみれば神速タイピングの活力が何処からやってきているのかはすぐに分かるかもしれないが。

 

 なお、エリカの趣味の一つにボクササイズというものがあるがもしかすればこの神速タイピングに関係が………よそう、これ以上は不毛な考察になる。

 

 一人で身震いしていたハジメだが、今いる場所はと個人チャット上にて聞かれたので、ハジメは素直に返信するとエリカからは「そこにいろ。今からそっち向かうからどこにも行くな。もし破ったらハンバーグにするぞ」と言う旨の脅迫メールが返ってきたのだった。

 

「な、なあイルマ?」

 

 これから起こることを静かに悟ったハジメは、全身に走る悪寒を抑えながら、震える声でイルマに尋ねた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「今からさっき話した友達がこっちに来るんだけど…一緒に話を合わせてくれないか?」

 

「そんなことならお安い御用さ!」

 

 早速の出番だね、と喜ぶイルマは肩をグルグルと回して張り切る。

 それとは正反対にハジメは顔を青くしていた。

 

「ありがとう…あと、背中の傷に包帯巻くの手伝ってくれ。こっちもバレたら殺される…」

 

 イルマはそれも快く承諾し、ハジメの傷の手当てを手伝った。

 

 

 

 

___ブロロロロロロッ!!

 

 凡そ20分後、顔面蒼白で涙目な後輩の田中が運転するトラックがハジメとイルマがいる通りにやって来た。助手席に鬼の形相をしたエリカを乗せて。

 

バタンッ!

 

 停車後、エリカが勢いよくドアを開け放ち、華麗に降車すると近年稀に見ない猛ダッシュでこちらへと駆け出した。駆け出すと同時に、彼女の鋭い光を灯した蒼い瞳がハジメを捉えた。蛇に睨まれたようにハジメは動けなくなる。

 エリカとハジメを隔てる距離は凡そ100m弱。そんな距離の壁を易々とぶち壊してハジメを金縛りの状態に追い込むほどにその眼光は強烈なものだった。

 

 しかし、それで終わりではない。

 

 …エリカのフィジカルは陸上選手に迫る、否、超えるものがある。彼女の趣味の一つに、先ほどボクササイズを挙げたが、それ以外にも彼女は___憧れであり追いつくべき目標である人物(先輩)___西住まほの日課である早朝ジョギングに同行していたり、戦車道の訓練や試合にて激しく揺れる車上での耐性を付けるべく自身で一から組んだ体幹系を筆頭にした各種トレーニングを日々欠かさず行なっている。一般男子高校生相手ならば肉体スペックは軽く勝っているのは間違いない。

 

 さて。某ネオドイツのゲルマン忍者も感心しそうなほどのストイックな肉体強化をこなしているそんな戦車道少女が、受け身も何も取っていない整備科の幼馴染の無防備な腹に最高速で頭から突っ込んだら…頭突きをしたらどうなるだろう。

 

 答えは至極単純。その幼馴染が致命的な一撃を被るのである。

 

 ゴッツーン!!とコミック調でありながらも痛々しい音が聞こえたかもしれないが気にしてはいけない。

 無言でダッシュしてきたフィジカルゲルマンクノイチな幼馴染に突撃され、白目を剥きながら仰向けにハジメはパッタリと倒れ伏した。

 ちなみに取り残されたイルマは口をあんぐりと開けて一部始終を見ていた。

 

「ぐぅうう……いってぇ…ご、ごめんエリさん……」

 

 ハジメは胴に走った幼馴染由来の鈍痛に苦悶の声を上げながら、腹に頭をめり込ませているエリカに顔を向ける。

 普通ならば声も上がることもできず昏倒・気絶しているはずだが、流石は光の力を宿している少年である。無意識にエリカの確殺ヘッドバットのダメージを軽減していた。

 

「ごめんじゃないわよバカァアッ!!!!」

 

 エリカはハジメの謝罪の言葉にすぐ反応し、勢いよく顔を上げる。

 爆発中のエリカは、ほぼゼロ距離でハジメに開口一番に叫んだ。

 目元には涙の線が伝っている。

 

「うっ…」

 

 エリカがここまで感情を爆発させるぐらいには心配させた事実は揺るがないワケであり、ハジメもそれを理解できないほど鈍感ではない。

 

「アンタどれだけ私を心配させれば気が済むの!?!?」

 

 コッヴ、ゴルザ・メルバに続き、三度目の無断離脱である。

 彼女の怒りはごもっともだ。

 どこの世界に危険地帯へ友人を笑顔で送り出せる、見送れる人間がいようか。

 

 側から見れば少し大きめの子供がその保護者に叱責されている光景にも見えるわけである。ただまあ、それほど微笑ましい光景でもないが。

 そこからハジメが「え、エリさん、落ち着いて…」と宥めようとし、それにエリカが「その悩みの種に言われても落ち着けるわけないでしょ!?」と返すやりとりを複数回経てから、馬乗り状態だったエリカがハジメから退き、ハジメも立ち上がる。

 

「フゥーーッ!フゥーーッ!……スゥー………それで、今回はどんな無茶をしたのよ」

 

 落ち着きを取り戻したエリカは、取り敢えずアンタの言い訳は聞いてやると言わんばかりに腕を組んでしかめっ面を崩さず、ハジメをジトっと見ている。

 

「えっと…佐世保の友達が港近くで遊んでるって話聞いてたから、その友達をトラックに乗せて避難して…ここに……ハイ…」

 

 しどろもどろに答えるハジメ。

 

「……ふーん。その友達って隣の子?」

 

 エリカの視線が、正面のハジメから遠巻きに立っていたイルマに向けられる。

 エリカもヒカルやまほほどではないが、目つきは常人と比較すれば悪い部類に入る。なお本人もそれは自覚している。

 そんな彼女にフォーカスされたイルマが必要の無い萎縮を起こしていた。それでも、自己紹介はキッチリやるらしく___

 

「は、はじめまして!ハジメの友達のイルマです!!ご迷惑をお掛けしてすいませんでした!!」

 

 ___エリカとのファースト・コンタクトは可もなく不可も無くのスタートを飾った。

 

「迷惑なんか掛けてないから気にしなくていいわ。大体、コイツが何も連絡寄越さずに無鉄砲なことするのが悪いんだから。____逸見エリカよ。よろしくね。イルマ」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 イルマはその後、二人との会話を幾分かその場で交わし、家に戻ると言って一人早くそそくさと離脱した。

 ちなみに、イルマの乗ってきた宇宙船は各種カモフラージュを起動させ阿蘇山の中央火口丘内に隠匿している。彼は自身が作った、携帯テレポート装置を使って外界と船内を行き来するため、宇宙船が発見されることはまず無いだろう。

 

 周りにはハジメとエリカ、そしてトラック車内の運転席でどこか遠くを見ている田中のみとなった。

 

「さ、帰るわよ。みんなも心配してるんだから。今度はちゃんとついて来なさいよ?」

 

「アッ、ハイ。了解です…(ふぅ…怪我はバレなかったみたいだ…)」

 

 イルマと二人で行なった応急処置の賜物か、背中に出来た新たな傷はエリカには悟られなかった。

 ハジメは内心で安堵の溜め息を吐きながら、一度田中とエリカが乗ってきたトラックへと向かう。

 

「田中、アンタ大丈夫?」

 

 助手席へ乗り込みながら、ここまで運転してきた___何故か満身創痍な田中にエリカが体調を気遣って尋ねる。

 

「うぇ!?あ!だだ、だだだ大丈夫っす!!」

 

 その心労の根源が、ブチギレてた逸見先輩(あなた様)ですなどと言った日には田中は黒森峰から姿を消し、その翌日にガレージの真ん中で物言わぬ遺体となって見つかることになるかもしれない。

 

「ごめんな…田中」

 

 無理やり付き合わされた田中にハジメは申し訳なさそうに謝った。

 割と洒落にならない行動をした自身の先輩に、田中が幽霊と相違無いおどろおどろしい顔でハジメを見る。

 

「ひどいっすよぉ…俺、道中ずぅっと般若の顔した無言の逸見先輩と一緒だったんですよぉ?」

 

 次もこんなんあったら先輩のことマジで呪いますからね。命大事にですよ、と付け加えて。

 それにハジメは今度ラーメンの奢りで礼はするからと言い合掌して謝意を伝えた。

 

「___田中?早くトラック出しなさい。帰りたくないの?」

 

「は、はい!……先輩、ラーメンの件、絶対約束ですからね……!」

 

「分かった」

 

 ハジメ達はこうして黒森峰___学園艦への帰路につくのだった。

 

 余談だが、無論ハジメは黒森峰に帰り学園の戦車ガレージへと戻るや否や、機甲科隊長のまほにはこっ酷く叱られ、レイラと小梅は安心したと胸を撫で下ろし、整備科の悪友達からは無事を喜ばれ揉みくちゃにされた。あとこちらを心配させたとして整備科同級生5人からは一人一回、ケツをシバかれた。

 

 

 

 

 

 

黒森峰学園 学園艦

学園男子寮

 

 

 

 そして時間は夜になり、ハジメの個人部屋にはイルマがテレポートを用いてお邪魔していた。

 

 ちなみにハジメの部屋は2階にあり、室内レイアウトは畳敷きの和室である。

 寮部屋のレイアウトは寮母さんにリクエストすれば変更が可能だったりする。なお、リクエストは半年に一回であり、リクエストのストックは不可とされている。

 

 寮に関連して更なる余談だが、黒森峰の男子寮、女子寮共に集団部屋はなく、個人部屋のみの構成だ。どの部屋もガス、水道、電気、そしてフリーWi-Fiを完備し、温水式ヒーター、扇風機が一台ずつ設置されている。ベランダも必ず二畳ほどあり、洗濯物も難なく干せる。

 寮全体のイメージとしては、トタン屋根の木造アパートだろうか。一応、間取りと設備は充実しており、本土の格安薄壁賃貸住宅のような脆弱な構造ではないことは留意しておいてほしい。

 

 黒森峰の男女両学園寮は高等部校舎から徒歩十数分圏内に位置しており、男子寮と女子寮の間には寮食堂があり、屋根付きの自転車置き場…駐輪場も整備されてある。

 徒歩十分前後で寮と学園に行き来が可能なのは上述の通りなのだが、殆どの寮生、特に戦車道履修部の男子・女子生徒は皆、チャリ所持者だ。理由としては、学園の正面生徒玄関と学園側駐輪場から、戦車ガレージ及び部室棟までの距離が徒歩で向かうにはやや長かったりするためである。要は学園敷地内が広すぎ、校舎外での移動手段の一つとして利用されているからなのだ。最も、自転車があれば艦上の何処へでも気軽に行けるため、どの学園艦でも生徒の自転車所持率・利用頻度は本土の生徒よりも高かったりする。

 

 

 閑話休題。

 

 

 イルマは本来の__ザラブ星人の姿でハジメと会話している。

 最初こそハジメもその姿に驚いていたが、座布団に正座して座るなどの…地球文化への順応を見せられたインパクトにやられ特に気にすることも無くなった。

 地球人の、特に日本人の()()と言うものはまったく恐ろしいものである。

 

 イルマは出生から地球に来るまでのことを包み隠さず全てハジメに話した。

 

 自分は、並行宇宙__アナザーM78スペース第8銀河系にあるザラブ星の人間であること。

 ザラブ星人は覇権主義を唱える惑星軍事国家を形成しており、他種族の排他・浄化を是とし、宇宙文明間での侵略戦争を頻繁に行なっていること。

 そして、攻撃的思考が目立つ自種族には珍しい穏健・融和思考を持った惑星議員の両親の下に自分が生まれたこと。

 両親はその平和主義思想が災いし、惑星議会と本星軍から不穏分子として危険視され拘束、処刑されてしまったこと。

 当時幼かった自分は本星追放…事実上の流刑となり、宇宙を彷徨ったこと。

 過去に父親が話してくれた、ウルトラマンと地球人に憧れを抱き、地球を探して様々な並行宇宙を渡ったこと。

 その長旅の末、この宇宙__ナハトスペースで地球を見つけたこと。

 

 実際にウルトラマンを見たのは佐世保での出来事が初めてだったらしい。

 そして、ハジメの戦いぶりを間近で見たことで、改めて力になりたいと思ったことなどを伝えた。

 

 ハジメはその間、一言も発さず、彼の話を真剣な表情で時折頷きによる相槌を打ちながら聞き入っていた。

 

「___それでね?僕なら、ハジメがウルトラマンに変身している間のアリバイを作ることが出来るよ!」

 

 今は、イルマの身の上話が終わり、彼の種族…ザラブ星人が持つ特殊能力__擬態能力についてと、それを使ってのハジメのサポートについての話がされていた。

 

「どうやって?」

 

「こうやってさ!」

 

 瞬間、イルマの姿が徐々に地球人のそれになっていった。その姿は初めて会った時の目隠れ系少年ではなく、目の前のハジメそのものであった。

 

「うぉ……まるで怪盗二十面相みたいだな……いや、星人二十面相の方が正しいか。うん、これならいけるかもしれない……が、イルマ?俺の目ってそんなにつり眼だったか?」

 

 イルマ曰く、ザラブ星人の擬態は光学技術と併用して行なうものであり、外見を操るのみに留まるのだと言う。それでも、地球人には到底真似できぬものであるし、外見だけの縛りがあるとは言え十分に驚異的な能力だろうとハジメは思っていた。

 

「いや、僕らの擬態は対象の情報を集めれば集めるほど精巧になっていくんだけど、まだハジメの情報は少ないからね。だからハジメの…オリジナルとの差異が現れるのさ」

 

 ザラブ星人の擬態は不完全なものになることが常らしい。具体的には変身対象__オリジナルと比べて人相が悪く…邪悪な外見になったり、身体や服装の細かな箇所が尖ってしまったりするというのが挙げられた。なお、特定の条件下…濃霧や夜間であれば、即興の簡易擬態でも案外バレなかったりするらしい。

 完璧な擬態と言うのは、彼の種族の性なのか不可能とされており、必ず差異が残るのだとイルマは話す。

 

 しかし、そのイルマは種族の中でも珍しい特異体質で、擬態対象__オリジナルのデータさえ十二分に取れれば完全再現の擬態が可能であり、擬態対象の各種能力まで使えるのだという。つまり…情報さえあればウルトラマンにも()()ことができるワケだ。ニセモノとは言え、その身体能力や特殊能力まで扱えるのである。

 

「ほーん。なら、俺の情報取っていいよ」

 

 一通り擬態能力の詳細を聞いたハジメは、特に何も考えず自身の身体情報の提供を承諾し、両腕を鳥のように目一杯広げて、さあどうぞどうぞ、と無防備に体を晒した。

 

「キミは信頼したらとことん警戒心が無くなるんだなぁ……それならそれで、こちらも遠慮なく」

 

 異星人のイルマですら困惑、心配するぐらいにはハジメはオープンらしい。

 イルマは腰のホルスターから、ビデオカメラとピストルを掛け合わせたデザインの機械を抜き取り、銃口___カメラレンズをちゃぶ台の向いでくつろいでいるハジメへ向け、引き金を引いた。

 するとレンズ部分から半透明の光線が、ハジメの身体全体に照射された。

 

 そこから暫くして、情報の取得は終わったよ、とイルマが言った。

 

「これなら…どうかな!」

 

「おおー!すげぇ!!ソックリだ!!」

 

今度はしっかりと細部までハジメに擬態出来ていたのだった。

 

「どうやら成功したみたいだね。これならハジメがウルトラマンになっていても怪しまれないよ」

 

 ハジメから手鏡を受け取りつつ、自身が再現した顔__ハジメの顔をイルマは確認する。

 

「ああ。ホントに助かる。そろそろヤバいと思ってたから。まさか宇宙から来た友人が助けてくれるとは思わなかったし。…それにダンさんにもね」

 

「ああ。ウルトラセブンだね。セブンはM78星雲・光の国のウルトラ戦士の中でも屈指の強さを持ってるんだ。"ウルトラ兄弟"っていう、エリート集団に属する戦士の一人で、僕らの宇宙ではかなり名前は通ってたよ」

 

 ハジメの前にいるハジメ__イルマが得意げにウルトラセブンについての話を披露する。

 もう一人の自分から話を聞くという経験はハジメには無かった。ただただ何とも言えない違和感を覚えつつ話を聞く。

 …最も、そんな経験は地球人全体を見ても限り無くゼロだろう。

 

「イルマ、お前ウルトラマン博士だなぁ」

 

 素直に感嘆し、イルマの知識量に賞賛を贈るハジメ。

 

「伊達に父さんの話を聞いていたワケじゃないからね!………さて、擬態の確認はできたことだし、後は地球の乗り物の操縦とか何やらを習得できれば…大丈夫かな?地球の言語も全体の半分までなんとか覚えれたし」

 

 実はこれ翻訳機使わずに直で話してるんだよ、とイルマはハジメの顔のままドヤ顔を見せた。

 

「全部独学かよ!? だって、地球に来たのって、たしか数日前って言ってたよな!?」

 

 仰天する他なかった。

 ハジメの学業成績は中の中。ドイツ語も英語もなあなあである彼からすれば、複数の言語…それも異星の言葉を辞書や翻訳機の力を借りずにたった数日で理解し実践できているイルマが眩しく見えた。今度、勉強手伝ってもらおうか…と密かに考えながら。

 

「___あとこのバッジを渡しておくよ」

 

 イルマが思い出したようにズボンのポケットから、自身が寮部屋にお邪魔する前に__宇宙船内で__開発したというアイテム…バッジを取り出しハジメへ手渡した。

 

「バッジ?」

 

 それは親指よりやや大きいぐらいのサイズで、特徴的な形状をしたバッジであった。

 

「うん。バッジ。これを、ハジメが変身するから僕と入れ替わりたいって時に握ってくれれば、すぐに僕がバッジからの信号をキャッチしてテレポートで駆け付けるからさ」

 

「ありがとう…()()のデザインか…なかなかカッコいいじゃないか!」

 

 イルマが渡したバッジのデザインを知る人が見たのであれば、M78スペースの地球人類が初めて結成した地球防衛組織___"国際科学警察機構 科学特別捜査隊"…通称「科特隊(SSSP)」のエンブレムを想起することだろう。

 

「これで少しでもキミの力になれればいいんだけど」

 

「謙遜しなくたっていいって。…多分、このバッジ一つで今後すごい助かると思うんだ」

 

 バッジを優しく握りながら、ありがとうな、とハジメが笑顔で礼を言った。その真っ直ぐな感謝の言葉を受けたイルマは、照れ隠しに頰をかく。

 

 部屋の木柱に掛けられた時計の短針が「11」を指そうとしていた。それに気づいたイルマが宇宙船に帰るために持ってきた荷物を片付け始めた。

 

「じゃ、おやすみイルマ」

 

「うん。おやすみ」

 

 帰る準備も挨拶も終え、いざテレポートしようとなった時、イルマは確認するように一つだけハジメに質問した。

 

 

 

「…ねえ、ハジメ。嫌われ者で極悪な宇宙人が、ヒーローに憧れちゃ……ダメかな?」

 

 

 

 それに対して、ハジメは思い切り首を横に振り___

 

「ダメなもんか。どんなやつだってヒーローに憧れていいと俺は思う。だから、そんなことイルマは考えなくていい」

 

 その答えを聞いたイルマは数秒の沈黙の後、返答への感謝を小さく言ってから今度こそテレポートで阿蘇山の宇宙船へと転移し帰ったのだった。

 

 

 

 

 

「___父さん、母さん。僕、僕は……地球に辿り着けて良かったと今強く思ってるよ。だから…僕だけにしかできないこと、精一杯やってみる。地球で出来た友達の、ヒーローの力になってみせるんだ」

 

 異邦少年は星空の下で誓いを立てるのであった。

 

 

 

____

 

 

 

同国関東地方 茨城県東茨城郡 大洗町 

茨城港学園艦停泊地 大洗女子学園 学園艦 

学生寮

 

 

 

『二体の怪獣による佐世保市の被害は先のコッヴ襲来に迫るものがあります。現場の自衛隊と消防、警察による救助活動は瓦礫の撤去作業に遅れが生じており難航しているとのことで…同市被災地では明日の早朝からは民間の災害ボランティアを加えた大規模捜索が行われる予定です。 また、新たに出現した、自衛隊が"レッド"と呼称・識別している赤いウルトラマンですが、ウルトラマンナハトの同族とする説が専門家の間では挙げられてはいるものの、詳細は不明なままです。 内閣府関係者の話によりますと、政府はウルトラマンとの共同戦線の構築を考えているらしく、こちらも動向に注目したい内容となっております。 ……次にフランスで目撃が相次いでいる紫ムカデ__"カイロポット"についてです。パリ市内では行方不明の__』

 

「今度は佐世保で怪獣が出たんだ………もしこっちで怪獣が出たら、ピイ助が守ってくれるよね!______なーんてピイスケに言っても分からないか〜」

 

 みほは部屋で少し遅めの夕飯を摂りながら、クモンガ・カマキラスの佐世保襲撃にまつわるニュースを見ていた。最近は、どこの報道番組も特殊生物___怪獣とそれらの動向によって動く株価・為替の話題をひたすら取り上げており、有名芸能人のスキャンダルや大手企業の不祥事等に関する話題の提供割合は激減しつつあった。

 

 テーブルに行儀良く乗るピイ助に話しかけながらも、恐らくこちらの話を理解してくれていないだろうと思いつつ小さな頭を指で優しく撫でてやる。するとピイ助はそれを嫌がるようにみほからプイッと顔を背けて離れていく。そしてみほの向かい側、テーブルの逆端へと移動した。

 

「あ、ごめんね? もしかして…どこか痛かったの?」

 

 そしたらピイ助はムッとしたような顔をした。その後、「よく見とけよ!」と言うような振り向きをしてから、なんと足から青いミストのような粒子を放出して宙にふらふらと不安定ながらも浮かび出したのだ。

 これにはみほも心底驚いたようで、思わずそのピイ助の()()を目の当たりにし素っ頓狂な声を上げる。

 

「ふぇえぇえええええーー!?!? と、飛んでる……ピイ助すごいよ!?!? ど、どういう仕組み!?どうやったの!?」

 

 みほが予想通りの、求めていた反応をしたことにピイ助は機嫌を良くしたようで、そのままみほの周りをクルクルと何周か旋回飛行をする。その次はブルーインパルス顔負けのアクロバット飛行を披露した。

 しかし、うまく制御が出来なかったらしく、正常な軌道を外れてベッドの枕に勢いよく突っ込んでしまった。おそらく衝突先が壁であった場合、大変なことになっていただろう。

 幸い、枕が文字通りクッションの役割を果たし、ピイスケと部屋両方に大したダメージは無かった。また、飛行時に噴出していた青色のミストには可燃性を有していなかったため、枕への不時着後に部屋が火事になるといった事態にもならなかった。

 

 みほは立ち上がってベッドの前まで行き、枕の中でもぞもぞもがくピイスケを拾い上げる。

 

「大丈夫?怪我とかしてない?…ピイスケがすごいのは分かったから、当分それは禁止だよ?」

 

「ピイッ!」

 

 みほの問いかけにピイスケは元気よく鳴いて返事をした。みほはそんな無邪気なピイスケの、先の一般的な亀ならざる行動を思い出し、この同居人の今後の処遇をどうしようかと考えていた。

 

(まさか、ピイ助は怪獣の子供だったりするのかな?まさか、ね……)

 

 少なくとも、みほは垂直離陸しアクロバット飛行までしてしまう亀など知らなければ見たこともない。目の前の可愛らしい小亀は先程まで確かに未知の推進力をもって()()していたのだ。この事実から、既存地球生命の枠組みから逸脱した存在__怪獣の幼体なのではないかと言う考えに彼女が至るのは当然だった。

 

 それでも人間、信じたくないものや関わりたくないものを認識してしまった時は逃避に走ってしまうものである。

 

「……さ、さすがに怪獣みたいに火は吐かないよね?」

 

 一縷の望みというか、これ以上は一般的な亀のそれではないことをしないでほしいな、と言う心から生まれた独り言だった。…世間ではそういった類いのモノはフラグ発言だとすることもある。

 

 

 

___ボォッ!

 

 

 

 それはあまりにも無情だった。見事にフラグは回収されたのである。

 

 

 

 みほに持ち上げられたピイ助が何をしたのか。

 答えは簡単。首を上に向け、()()を確保して、小さな火を吐いてみせたのだ。

 

 この亀、少しドヤ顔気味である。「どう?すごいでしょ?」と目を細めてるような顔である。

 

「___あわわわ!ほんとうに出来ちゃったよ!!」

 

 現在、地球上の既存生物に、火炎や光弾、光線を吐いたり、未知の動力を体内で生成しそれを用いて飛行すると言った種は特殊生物を除いて存在しない。またしてもみほは仰天した。

 

「ピイーッ!!」

 

 やってやったぜ!、と高らかにアピールしているような鳴き方であった。

 そこに慌ててみほが人差し指を口に押し当てて、静かにしてとジェスチャーを交えて小さな同居人に伝えた。

 

「も、もう!!火を吐くのも禁止!分かった?」

 

 ぷりぷりと怒りながらも彼女は、新たな家族であり同居人でもある不思議なカメの存在は絶対に誰にも明かさないようにしようと心に決め、あとでカメについてもっと調べてみようと思うのであった。

 ………近い将来、新しく出来る学園の友人たちにバレてしまうのは少し先の話である。

 

 

 

___

 

 

 

ナハトスペース

太陽系 海王星周辺宙域

 

 

 

 第9惑星の冥王星が、太陽系外縁天体へと分類変更され準惑星となってからは、太陽系で最も()()を公転する惑星は第8惑星__海王星となっている。

 そんな太陽系最高密度を誇る青色ガス惑星が間近に見える宙域には一隻の、直径100mに迫る巨大円盤が地球へ向けて航行していた。

 

「代表。当宇宙の地球を確認しました」

 

 円盤内の司令室には、人型生命体__異星人の姿が複数あった。同胞から"代表"と呼ばれた、室内の中央に設置されている座席に座る者が「地球発見」の報を聞き満足気に深く頷いた。同時に、司令室のメインモニターに、ナハトスペースの地球が最大望遠で映し出される。司令室にいた人員から、感嘆の声が上がった。

 

「……美しい星だ。向こうに着いたらまずは地球の惑星統一機構とコンタクトを取らなければな」

 

 彼らは地球の代表機関との接触を考えているようだ。

 

「しかし、本当なのかね。この次元の宇宙には地球に駐在するウルトラマンが存在しないと言うのは」

 

 ()()を憂慮する声が司令室の一角から上がる。

 

「はい。"星間同盟"による30年周期前の調査結果によると、存在は確認されなかったとのことです」

 

 心配は無用だと、先の報告員がその疑問に答えた。彼らは"星間同盟"なる広域宇宙組織との繋がりを持っているらしく、同組織から譲り受けた情報を元に、今回地球へとやってきたらしい。

 

「例のメッセージは?」

 

「特段のトラブルなく発信を完了しました。現在、地球側が解析を行なっている模様です」

 

「そうか。伝わってくれているといいのだが」

 

 ここまでのやり取りを見ていると、地球人類との交流が()()ではないと思えてくる。彼らの()()は何なのか。

 

 

 

「___早く地球に降りたいものだよ」

 

 

 

 新たな知的生命体とのコンタクトは目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

おまけ 『(ᓀ‸ᓂ)<バニタス』

 

 

 

 

 ある日のガレージであったかもしれないし無かったかもしれないハジメとエリカのどーでもいい雑談より一部抜粋。

 

「昨日さ〜」

「うん」

「夢見たんだけどさ〜」

「うん」

「エリさん出てきたんだよね」

「へぇ〜、どんな私?」

「なんか――」

 

「――過酷なハイレグレオタードと青いバニースーツの上から修道服着てて、背中には天使の羽まで付いててさ…」

「うん?」

「『これが私の覚悟…! たとえ、全てが虚しいのだとしても、私は…私はルビコン少女キュア⭐︎ラプチャー十六夜。よろしく頼むわね』って言いながら…」

「なんか途中から色々混じってない?」

「車椅子に座って紅茶飲んでた」

「私は聖グロの生徒だった…?」

 

「とにかく、起きた時は寝汗やばかった」

「ねぇ…こういうのって本人には言わないもんじゃない?」

「あまりに衝撃的すぎて今日学校で誰かに言いたいと何度か思ったんだけどこれは本人にしか吐き出せないかなって…それでエリさんに直で行こうってことになってこうなった」

「……アンタが普段私のことどう思ってるか気になってきたわ…」

 

「えっと、夢って頭の情報を整理して映像化してるモノだって聞いたことがあるから…多分前日のゲームと夜更かしが――」

「――へぇ。つまり私のことはその夢通りの痴女って認識でいつも接してるわけね?」

「え…その解釈は飛躍し過ぎてるってエリさん!?ちょ、ちょっと待っ___」

「そう…あとからたっぷりお話は聞いてあげるから……取り敢えずアンタを今からハンバーグにしてやるわ。今日は特大サービスよ。感謝なさい」

 

 ゲンコツグリグリハンバーグの刑は即座に実行され、ガレージ内にハジメの悲鳴が虚しく響き渡ったのだった。

 

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 本作のサポート異星人枠、ザラブ星人のイルマ君が登場です。

 イルマ君の人間体は、野球漫画『ダイヤのA』に登場する、青道高校二塁手"小湊春一"君(一年生時)を黒髪にしたイメージを持ってもらえればいいと思います。ちなみに投稿者のダイヤのA推しキャラは、キャプテンかつ一塁手のテツさんです。

 イルマ君がハジメ君の影武者を引き受けてくれましたので、これでエリカさんがブッツンすることは無くなりそう…(無くなるとは言ってない)
 そんなイルマ君ですが、実は現在執筆に使っている台本__ストーリーノート(紙)には一切登場も設定もしていなかった、ぶっつけ本番でGOしたキャラだったりします。一人称が「僕」でマモル君と被ってたり、語尾や口調がタクミ君と被ってたりするのは、キャラの草案が固まっておらずゆらゆらしてた時の名残りだからです。
 しかし、某暗黒星人に匹敵する完全擬態能力を持ってるので非常に優秀なキャラなのは間違いありません。

 ナハトスペースに介入するM78スペースもまた、向こうの…【ウルトラシリーズ】の原典世界から分かれた並行近似宇宙となります。アナザーM78スペースと今後は呼称していきます。

 ピイ助君、やんちゃ坊主でした。拾ってくれたのが西住殿でなければどうなっていたことか…。

 おまけのお話ですが、過酷な覚悟+わちゃわちゃキメラネタとなります。皆さんも、ばにたすわっぴー!!アレがハジメ君の性癖かな…?

 さて、毎度行なっているプチ情報コーナーですが、今回は黒森峰について触れます。
 …本世界の黒森峰学園の先生方、実は良い人が多いです。(給食学食が大好きな先生だったり、「壁」をハンマーでぶち壊してくれる湘南の先生だったり、夢にときめき明日に煌めく先生だったり…)
 ただ、トップが嫌ーな奴で固まってるので、上手くいってない感じ。共学化に伴い、男性教師の採用も積極的に行なってたりします。詳しいお話は本編で後ほど…。

 次回も、お楽しみに。

____

 次回
 予告

 初の地球外知的生命体が地球に来訪。国際連合にコンタクトを取ってきた。
 人類の手助けをしたいと言う彼らは、手と手を携える新たな隣人であるのか、それとも歩み寄りの姿勢を踏み躙る卑劣な侵略者なのか?

 次回!ウルトラマンナハト、
【ようこそ、地球へ!】!




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第9夜 【ようこそ、地球へ!】



友好宇宙人 ファンタス星人

戦闘円盤 ロボフォーE-2

登場





 

 

 

北米 アメリカ合衆国 

ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区

国際連合本部ビル

 

 

 

 極東日本の長崎県、佐世保で発生した同国3例目の特殊生物災害の終息から数日が経った日。

 アメリカ航空宇宙局___NASAは、宇宙空間から発されている謎の電波信号を受信した。地球外よりもたらされたこの信号は、一定の間隔で複数回発信されており、出力強度や波長の性質、信号の指向性等に偏りも狂いも無いことが解析の過程で判明。同信号をNASAは地球外生命体(EBE)__異星人から地球に宛てられた()()()()()であると解釈、結論付けた。

 NASAは、そこから()()()()()の解読に成功。内容はすぐさまホワイトハウスへと報告された。報告に目を通したアメリカ合衆国現大統領"チボデー・クロケット"は、身辺護衛…SPを伴わず自らの足で、すぐにニューヨーク国連本部ビルへと赴き、これを発表。国益をかなぐり捨て、世界への情報提供・共有に踏み切ったのである。それと同時に、クロケット米大統領は、この人類史上初の異星人事案は世界全ての国が一体となって臨まなければならないとし、国連総会を開くように強く呼び掛けた。

 

 それに対して、「いよいよ怪獣の次は異星人の出現か」と思った国々や、実際に特殊生物より被害を被った国__ブラジル、日本、中国と言った該当諸国が招集に呼応し、安全保障理事会での賛成決議を経て、国連緊急特別会が開催されるに至る。

 

 現在、上述した通りニューヨーク・マンハッタンにある、ここ国連本部議会ビルにて特別会が執り行われている最中だ。

 

「__と、配布資料にあるように…宇宙から送信され続けている強力な電波信号に含まれている言語は、我々地球側に合わせてラテン系のもので構成していると判明。そして、我が合衆国の優秀なNASAのサイエンスチームがこれらのメッセージの解読に成功した、と」

 

「して、その内容は?」

 

 解読されたメッセージの内容を知りたいがために、クロケット大統領を急かす各国代表が数名いた。彼はそれらの声に応え、ジャケットの内ポケットからメッセージの翻訳内容が記載されていると思われるメモを取り出した。

 

「……メッセージの内容は以下の通りで___」

 

___地球人類の皆さん、我々はあなた方と交流をするために遠い銀河の彼方からやって来たファンタス星人である。我々はあなた方の新たなる隣人として、宇宙進出期の段階に入っている地球文明の手助けをしたい。我々はあなた方にとって有益な技術と情報の数々を渡す準備が出来ている。地球の統治機構の代表と会談を行いたい___

 

「___これが送られてきたメッセージの翻訳内容となります」

 

 翻訳に差異は少なからずあるかもしれないがとクロケット大統領は付け加えて一旦締めた。

 

「遥かに進んだ文明の技術か…」

「いや、何かしら譲渡を迫ってくるかもしれん」

「我々の手助けをしてくれるのだろう?」

「これがもし侵略の準備であった場合、我々は格好のカモではないか」

「すぐさま迎撃の準備をするべきだ。各国の保有する核戦力を結集し大気圏外での運用を___」

「向こうは星間航行技術を有する文明であるのを忘れては困る。そんな彼らを相手取るつもりかね?」

 

 会議は異星人を地球へと迎えようと主張するグループと、各国が軍を展開して総力を持ってして迎撃すべきだと主張をするグループとで意見が二極化した。特別会は紛糾し収拾のつかない状態になるかと思われた。

 

 しかし___

 

「まずは相手を信じることが大事だと、私は思っています。そうでなければ永遠に我々は平和を得ることは出来ない。向こうが手を差し伸べてくれるのなら、喜んで掴もうじゃありませんか。自分たちから可能性を潰してしまっては未来も何もありません。それに人類がまだそこまで愚かではないと考えます。…例え今回の歩み寄りが偽りのものであったとしても、たった一度の嘘で挫けてはならない。諦めてはならない。重要なのは、如何にしてそこから立ち上がって次の糧にするかです。そう、侵略者であったならば、断固として許してはいけない。その時のために、世界各国には両方の準備をしていてもらいたい。決して、性急な行動はせずに」

 

 ___国連事務総長"クリス・グッドラック"の言葉により双方のグループの衝突は防がれ、会の紛糾具合は徐々に下火になっていった。

 そして、クリス事務総長は、万が一ファンタス星人の目的が侵略であった場合に備えて国ごとに軍を展開・待機させるのは規制等はしないが、こちらからは絶対に手を出さないこと、専守防衛に徹することを条件の下それを認めた。

 

 国連及び世界の宇宙開発機構代表兼交信仲介役のNASAは、ファンタス星人側からの呼びかけのメッセージに返信すると共に、特別会にて取り決めた人類側の対応をファンタス星人に伝え、宇宙船の降下地点をニューヨーク国連本部に最も近いニューヨーク・アッパー湾内に指定。ファンタス星人はそれらの内容を全て了承した。

 そこから数回のやりとりがあり、初の異星人との会談に向けた調整が行われた。

 ファンタス星人は空中投影ホログラム装置を使用して国連事務総長とファンタス星全権大使の一対一で、地上にて対談することを希望し、それを国連は承認。同時に米国政府が臨時屋外会場の設置をニューヨーク州に指示した。

 

 

 

_________

_________

_________

 

 

 

 数日後。

 

 

 

東アジア 日本国九州地方 長崎県 

東シナ海 長崎県沖合50km洋上

黒森峰学園 学園艦 学園寮食堂

 

 

 

 NASAによるファンタス星人への返信からさらに数日が経過した。

 ファンタス星人の円盤は地球の衛星___月の裏側にまで到達し、地球側も各国の宇宙観測衛星を介してそれを確認。ファンタス星人の地球来訪までいよいよ残り数時間となっていた。

 

「ファンタス星人…だっけ? 早く顔見れねえかなあ」

「アメリカの方は夜か、眠くならないのかね」

「こっちだってねみーよ朝なんだから…あ"〜」

「てか、ペドレオンの発生地域と目と鼻の先だけど、そこらへんはよかったんかな」

「ノーフォークのナメクジの駆除は終わったって言ってたぞ」

「メシ食っとる時に陸生軟体動物の話をすんな!」

 

 黒森峰の学園寮に併設されている寮食堂には、朝食を摂る寮生達でごった返していた。無論、その中にはハジメ・エリカ達__戦車道履修部の生徒達も混じっている。

 彼らは皆、白米とおかずを頬張り、汁物を啜りながら、食堂の壁に取り付けられているテレビモニターに意識と視線を向けていた。

 

 モニターには、アメリカ・ニューヨークの夜間風景が映し出されていた。知っての通り、ニューヨーク市に接しているアッパー湾が円盤の降下地点に指定されている。

 皆、世紀の瞬間__地球外知的生命体と地球人類の邂逅というワンシーンを待っているのだ。

 

 モニターが同市沿岸部に焦点を当てる。

 人類にコンタクトを取った未知の異星人の姿を写そうと世界各国から報道機関が詰めかけている様子が見受けられた。また、来るであろうファンタス星人の宇宙船を一目見ようとカメラやスマホを片手に空を見上げている一般市民の集団も多く映っている。

 

「あそこにいる人間は全員、宇宙船を生で見れんだよな」

「ちきしょー!もっと早起きしておけば…!」

「ここで起床したら結末は同じだろうに」

「早起きできれば何でもできると思ってないか?」

「三文の徳でも限度はあるぞ」

 

 そしてその沿岸部の幹線道路は州警察と州軍によって大規模な交通規制が為されており、規制範囲内の道路上には米陸軍の誇る全長25メートルの重戦車〈M156 タイタン〉や世界初のレールガン搭載戦車〈M2A4 ギガンテス〉を中心とした最新鋭の機甲部隊が砲塔正面を湾へと向けたまま待機しており、湾の方へ目を向ければ、米海軍艦隊総軍隷下、ノーフォーク所属の第2艦隊"第29駆逐隊"がアッパー湾中央を包囲する形で展開し、艦載照明灯を点灯させニューヨーク上空を監視している。異星人との、万一の武力衝突事態に備えてのものだ。

 また、上記陸海部隊のバックアップ…後詰めとして、〈M-ATV〉軽装甲車や連装の対戦車誘導弾発射装置を備えている〈M1134 ストライカーATGM〉装甲車、主力戦車〈M1A2 エイブラムス〉などが夜のニューヨーク市街地内に進入し、歩兵による誘導を受けながら米陸軍第18空挺軍団隷下、ニューヨーク第10山岳師団第1歩兵旅団と共に展開を急いでいる。

 続いて、モニターは湾上空を映す。照明灯__サーチライトに時折照らされながら夜の空を、空挺部隊をいっぱいに乗せた多目的ヘリコプター〈UH-60 ブラックホーク〉やアメリカ全土に配備が完了しつつある「世界最強の攻撃ヘリ」の最新型…〈AH-64E アパッチ・ガーディアン〉が編隊を組んで忙しなく飛び回っていた。

 

「ひえ〜!ゴリゴリ戦う気ですやん!」

「警備体制は磐石ってわけだ」

「タイタンにギガンテス…もしも異星人を相手にするんだったら、妥当っちゃ妥当な…最良の編成なのか」

「なあなあ、ウチのマウスにもレクイエム砲積まないか?絶対いけるって」

 

 話に出てきた米陸軍の重戦車タイタンの主砲__レクイエム砲…これは16インチ(40cm)に迫る大口径砲であり、競技車輌として黒森峰機甲科も所有している第二次大戦最大の独重戦車〈Ⅷ号戦車 マウス〉の有する主砲の3.5倍であると言えば分かり易いだろうか。尤も…レクイエム砲は、"アイオワ"級、"サウスダコタ"級戦艦に使用されていた主砲と同様の代物を、短砲身化並びに単装砲化した特注品である。主砲として載っけているものが実質艦砲であるため、生まれた時代や運用方法等の何もかもがまるで違うマウスを引き合いに出すのは些か間違いかもしれないが。

 

「ダイトさぁ……朝っぱらからバカじゃねえの?……流石に冗談、冗談だよな?ダイト?『うん』って言え。それがお前のためだ」

貴様(きさん)正気か?」

「あの化け物砲を搭載できると言う自信はどこから来るのか…いや、やっぱ知りたくない」

「マウ子は大喜びしそうだけど…」

「対面の戦車が消し飛ぶだろうが!カールとかドーラを戦車道に使いますって言ってるレベル軽く超えてっからな!? アンツィオの豆戦車(〈CV.33〉)なんか乗員保護用の複合カーボンの外殻ごと塵も残さず消え去るぞ!?」

 

 そんなレクイエム砲をマウスに乗っけて試合に出そうぜと言う輩がいれば、周囲の人間が自ずと「お前は何を言ってるんだ?」と口を揃えると共に痛烈な返しをするのは必然であった。

 なお会話にて現れた「レクイエム砲搭載式マウス君」なるものは、戦車道の改造・改修に関する規定並びに車輌レギュレーションから大幅に逸脱…と言うよりガン無視しているため、作ろうとすること自体は出来なくもないが、実現及び運用の可能性は限り無くゼロに近い。何故ならば、砲塔と車体の比重やサイズの問題が待ち構えており、仮に合体(ブレイブ)に成功したとしても、砲塔旋回すらままならず微速前進も後退も出来ない体感ちょっと硬めのトーチカに成り果てる未来しかないからである。レクイエム砲と地面にサンドされミシミシと潰れていく哀れなマウスの車体が目に浮かんでしまう。

 第一、()()()()()が通ってしまったら日本戦車道はたちまち衰退の道へと真っ逆さま…火力装甲インフレの波が到来したオワコン武道の烙印を押されてしまうのは想像に難くない。…もしも、奇跡論的に何かの手違いが重なりに重なり、関係各員の頭が軒並みイカれ、物理法則のバグでしっかり動く、鎮魂歌(レクイエム)を口遊むミ◯ッキーが競技使用の認可を携えて爆誕した場合は、機甲科隊長のまほか、補佐役のエリカ、或いは整備科隊長のハジメ…最悪の場合は西住流師範であり戦車道履修部外部顧問、高校戦車道連盟理事長でもある西住しほが全力で止めに掛かるだろう。もしくは文科省と日本戦車道連盟が件の魔改造マウスに対してプレミアム殿堂入り…俗に言う、「温泉行き」なる処置に踏み切るかもしれない。

 

 そんなたらればはさておき。

 

 上のレクイエム砲関連の話題である意味荒れに荒れている整備科二年生組。浪漫が〜とか、現実が〜とかあーだこーだ言っている中、食堂のテレビモニターが日本の報道番組__「笑顔テレビ」の現地中継映像を映した。

 

『日本にお住まいの皆々様!おはようございます!!こちらは街の明かりが眩しくまるで昼のようなアメリカ・ニューヨークのマンハッタンから中継しています、笑顔テレビの増子美代(マスコ・ミヨ)です!続けて読めば〜()()()()()!!』

 

 笑顔テレビの看板キャスター増子美代が、自身の名前と報道単語を結びつけた洒落__キャッチコピーで、いつも通り中継の出だしを飾る。

 片手で掛けているメガネをクイっと直し、コホンと一呼吸置いてから現場の…ニューヨークの状況を説明する。

 

『___え〜、こちらはまだファンタス星人の宇宙船が降下してくる気配はありませんが、先ほど我々報道機関に対してアメリカ合衆国政府が公開した情報によれば残り1時間以内に、宇宙船が大気圏内に降下を開始するとのことです。ファンタス星人の目的は地球との友好関係を結び、宇宙への進出を手助けすることであると言われています。…はい。それでは、新しい情報が入りましたらまたお会いましょう!』

 

 美代が現場中継映像から、日本国内のスタジオへバトンを渡す旨を伝え、愛想の良い笑顔でマイクを持っていない方の手をひらひらと振る所で、映像がスタジオ側に切り替わった。

 

『…はい!増子アナ、ありがとうございました!! さて、初の異星人による地球訪問に世界が沸いていますが、スタジオにお呼びしたゲストの方々に今回のファンタス星人来訪についてのご意見をお伺いしていきたいと思います。それではまず、フリージャーナリストのゴンドウ・キハチさんお願いします』

 

 美代と同年代かつ同期である女性スタジオニュースキャスターがスタジオに招いている出演者達に、現段階での異星人に対する印象や今後の動きの予想を尋ねる。

 まず第一に指名を受けたのは水色のスーツに紺色のネクタイが目を引くゲストの男性__先の紹介にあったジャーナリストだった。彼は頷きを挟んでから自身の所見を述べる。

 

『___はい。ファンタス星人の地球訪問は我々地球人にとって大きなプラスでありチャンスである思っています。…しかし彼らの目的がNASAの発表にあった通りの、訪問()()であった場合の話です』

 

 異星人との交流自体には賛同、歓迎の意を示す。されどそれに対して決して安直に、楽観してはならないと警鐘を鳴らす。

 

『侵略…奇襲攻撃という騙し討ちもあると言うことですか?』

 

 恐るおそる、それでいてジャーナリスト__ゴンドウの言わんとしていることを確かめるように聞き返した。

 

『はい。()()()()()ケースもまた同様に有り得る事象であると考えます。ファンタス星人が侵略に打って出た場合…地球の軍事力の殆どは無力でしょう。相手は星系ではなく、銀河レベルの航行技術と宇宙船建造能力を有しています。軍事技術の発展は文明のそれに比例し増強されていくので………軍事的衝突は是が非にでも避けたい所ですね。私は地球人の一人として彼らが真の友好的な異星人であることを祈っていますよ』

 

 これぐらいしかできませんからね、と自嘲を含んだ苦笑を彼は浮かべた。ファンタス星人の円盤来訪が無事に終わってほしいという思いは確かなようだった。

 

『ゴンドウさん、ありがとうございました。次は元文科省役員の____』

 

 二人目のゲストに話が回ったところで、画面の前__食堂の整備科二年生の男どもは思いおもいに好き勝手ファンタス星人への感想を述べていた。

 

「怪獣の次は異星人かぁ…」

 

 まず口を開いたのはハジメである。その言葉には、ウルトラマンとして今度は異星人との戦いもあるのかもしれないと言う「もしも」が過っての複雑な心境が混ざったものであった。

 

「最近の出来事がいろいろとぶっ飛びすぎてて反応に困る…また違うベクトルでさ」

「でも今度は話が通じる相手だろ? 怪獣の時よりかは対話できる分幾らかマシなんじゃ」

「常識まで地球人(こっち)と一緒だとは限らんけどな〜。些細な行き違いとかでドンパチはあるかも」

「先行きを不安にするワードを並べんでくれ」

「いやいや、テレビのコンドーさんだかゴードンさんだかも言ってたが、実は『御星を侵略したく、こうしてお伺いした次第です!!ズドンッ!』って線もだな…」

「そんな就活みたいなノリで侵略されてたまるか。不採用だ不採用。洒落ならんてそれ。てか挨拶と同時にブッパしとるし」

 

 今日は休日であり、中等部高等部共に授業は無い。そのため寮の食堂で食事を摂っている寮生達の食事ペースは登校日と比べてややゆったりとしたものとなっている。

 平日の朝ならば、惣菜や汁物をリスのように頬がパンパンに膨らむぐらいまでかき込み、付属の納豆や味海苔に生卵などを使って主食(白米)がよそわれた茶碗を5分も経たずに平らげて通学用のリュックと工具箱を持って猛ダッシュで玄関に向かう整備科男子の集団が見られる。風のように食堂に駆け込み、風のように食堂を去っていく彼らが朝の寮でよく見られる。ちなみに寮食は基本朝晩のみであり、米と汁物はおかわり自由。昼食枠が無いのは学園に大食堂があるためである。なお、休日や午前授業の日は寮で昼食が用意される。

 

 さて、上のように休日の朝なためか、白熱している話題の特殊性と相まってハジメ達二年男子六人組は、ほっといたら食事後もここに居座って駄弁りそうな勢いだ。

 ___そこに、新たな勢力(凡そ一名)がポッと湧いた。

 

「分かっているとは思うが、午後からは練習だからな? 各員準備だけは怠らないように」ヒョコッ!

 

 マモルの席の横下から何の脈絡も無く、いつもの冷静で凛とした表情を保ったまほが現れたのである。

 

「うぉ!? に、西住隊長!?」

「いきなりイッチの横からヌッと出てこないでくださいよ!」

「心臓を予め止めといて良かった…」

「頼むから成仏してくれタクミ」

「アレが噂のゲルマン忍法ってやつか?」

 

 いきなり友人の横に某テレビから這い出てくる怪異よろしくクールフェイス…仏頂面の少女がログインしたらそりゃぶったまげるわけである。しかも、六人は彼女の気配の欠片さえ微塵も掴む事が出来なかった。それがよりまほ登場の奇襲のインパクトを引き上げていた。

 

 まほは何かしらの技能や特技を用いて意識してやったワケでもなく、ただ好奇心でやってみただけであったのか、「ゲルマン忍法…?」とユウの放ったワードに疑問符を浮かべてコテンと首を傾げながら復唱し確かめている。

 

「まほさん…あの、心臓に悪いですから今後はそれ、控えてくれませんか…?」

 

 自分の真横にまほが現れた状況を受けてマモルはマモルで、未だに肩を大きくビクつかせており、仁王立ちでいる横の彼女を見上げて心からのお願いを口から絞り出していた。

 

「すまない。少し驚かそうとしただけだ。みんな、中々の反応で面白かったぞ」

 

 軽く謝りながら、クスクスと上品に小さく笑うまほ。彼女の内に眠る幼少期の茶目っ気が久方ぶりに顔を出した瞬間であったのかもしれない。

 最後に、マモル君の反応はとても可愛かったぞ、とまほが後ろから彼の両肩に手を当てて耳元で囁くと、彼女は食堂をあとにした。

 

「あんなまほさんも…いいな……」

 

 食堂の一角で、天界へ至りそうなほど心地良さそうな顔をしている少年が一人完成していた。それは、普段の一つ上の幼馴染(まほ)からは想像もできなかったイタズラを直に本人から受け、ギャップの荒波に呑まれた少年の成れの果てであった。

 

「イッチ〜? 戻ってこぉ〜い!」

 

 燃え尽きたよ…真っ白にね……、と意味不明な供述をする親友に、現実にそろそろ戻って来いと横に座るヒカルが引き戻しに掛かっていた。

 

「ダメだ…こいつ、自分の世界に入ってる…」

 

 ああもうこりゃ手遅れだな、とヒカルは断定した。心がどこか遠くへと旅立ってしまっているマモルを置いておき、彼らはまた異星人の話題に戻る。

 

「向こうは3Dホログラムで会談出席とか実にSFチックだよなぁ」

「しれっと科学力の高さっていうか、開きの差を見せていく感じか」

「この技術の到来でリモートデスクワークに革新が…」

「おっと進路の話はここでは御法度だぜ?」

 

 途中で唐突に将来への不安が過ったタクミの戯言はストップ&スルーされ、話は続く。

 

「アメリカからしたら異星人来訪っつっても素直に喜べんわなぁ…会談の最中にテロなんか起こされでもしたら地球側の印象最悪ってか交流そのものがおじゃん。それであちらさんに死傷者なんて出たら下手すりゃ報復もあるかもだしな」

「そうなったら、戦場になるのはニューヨーク…米本土だもんね」

「まあここでとやかく言ってても変わらんもんは変わらんし…あんま深く考えなくともいいか」

 

「…とりあえず、ちゃっちゃか食べよう」

 

 ハジメは一言そういうと、茶碗を持って湯気の立っている白米を口中にかき込んだ。他五人もそろそろ食べ進めるかとそれに倣ってペースを上げてガツガツと食べ始める。

 一つ横のテーブルでそんな彼らの一連の動きを見ていたエリカは此奴らはなぜここまで極端なのかと呆れを含ませた溜息を吐き、彼女の隣に座る小梅はニコニコと母親のように微笑みを浮かべ、その対面に座るレイラは男衆に負けずの勢いで朝食をモグモグと食べていた。また、先に食堂から出ていったまほがしゃこしゃこ歯を磨きながら戻ってきたりした。

 

「うめえ!ベーコンうめえ!!」

「ナギは平常運転だな」

「…イッチ、ミニトマト食わないの?」

「いや好きなものは最後まで取っておく主義で…」

 

 寮生の本日の朝食献立は以下の通りである。

 白米、ワカメの味噌汁、目玉焼きと焼きベーコンとカレー風味のミニハンバーグのセット、そしてカツオ菜のおひたしである。なんとも日本人らしいと言えばらしい、一般的なメニューであった。ちなみに、この()()()風味のハンバーグが、まほの朝食完食ペースを大幅に引き上げた要因だったりする。

 ここで補足させていただくが、この学生寮も黒森峰に属しているだけあり、毎週二、三回不定期にドイツ料理を中心とした献立が組まれる。寮生達から一番人気の称号を得ているのは勿論、同学園名物ノンアルコールビールとスモークソーセージのセットである。なお先ほど当独式献立は不定期と書いたように、上記人気セット…夜の晩酌セットのようなモノが献立の一部として朝食に出る事もある。これでは平日の朝から飛ばしているオッサンと何ら変わりないではないかと思われたりするだろうが、そこら辺の絵面は気にしないでもらいたい。

  

「あ!すまんタクミ、マヨ取ってくれ!」

 

 無心に味噌汁を啜っていたヒカルが椀から口を離して、二つ横の席に座るタクミに、彼の手前に置かれている共用調味料__「どんなものにかけても合う」と謳われる魔性の半固体状調味料(マヨネーズ)を取ってくれと頼んだ。

 

「え?何に使うんだい?」

 

 渡す事に疑念も抵抗も無かったが、目の前の朝食を見ると何にどう使うのか図りかねたタクミがマヨネーズを掴み取りながら尋ねる。

 

「ん?目玉焼きだけど」

 

 予めここで断っておくが、ヒカルは「マヨラー」と定義されるほどのマヨネーズ愛好家(ヘビー・ユーザー)ではない。

 

「うそだろ!?卵料理に卵製品使うとか…」

 

 タクミがヒカルにマヨネーズを手渡ししている最中、その両方に挟まれていたダイトが信じられないものを見るような目で件のマヨネーズを追う。尤も、ダイトはダイトで先ほどまで信じられない話を広げていた張本人であるはずなのだが。

 

 「いっつも醤油ばっかじゃ飽きが回ってきてさあ…味変だよ味変」

 

 ___とヒカルが言いながら、受け取ったマヨ容器をパティシエの如く扱い、目玉焼きに二周三周した後、塩と胡椒を振り掛けていた。このアレンジにはセットでよそわれている焼きベーコンが合うだろう。また、それを食パンに挟んでベーコンエッグトーストのようにして食べても良い組み合わせだと思われる。

 

 ……料理に投入する量を誤れば、それが瞬時にコレステロール爆弾と化す可能性を秘めるマヨネーズの使い方は人によって千差万別。先のヒカルのように、純粋に調味料として使う者がいれば、「これも一つの完結した料理なのよ…」と容器から直吸いをやってのけるマヨラーの境地に至った猛者達も世の中にはいる。もしかすれば、「引っ剥がした木の皮にかければそれはもはや野菜スティックと同じ」と言い出す何らかの真髄を極めてしまった悲しき人外(モンスター)も世界を見渡せば存在し得ているかもしれない。

 

「でぇーじょーぶだって、俺も目玉焼きの本命はお醤油ちゃんだから」

 

 チロリ、と醤油の小瓶を傾ける仕草をして戯けてみせるヒカル。

 

「俺は絶対にケチャップだけは目玉焼きに合わないと思ってる」

 

 ダイト、タクミ、ヒカルの会話に続いて謎の宣言をかましたハジメだったが、場所とタイミングが諸々悪すぎた。

 

「ふーん……ハジメ、アンタ私に喧嘩売ってるのね?」

 

 不意に逆サイドから幼馴染の声が聞こえた。

 

「へ?」

 

 ハジメは錆びれた機械のようにギギギッと声の主の方へゆっくり振り返っていく。そしてその主と目があった時、朝一番からやらかした、と思った。

 これを見ていた周囲の寮生達は皆「あー、まぁた夫婦喧嘩はじまったよ」と言いたげな顔になっていた。口に出すことは絶対に無いが。

 

「いや!これは違うんですよぉ!」

 

 ずいっと顔を近づけてきた不機嫌顔のエリカに、ハジメが両の手で「待って、話を聞いて」と促すも、当の彼女はその態度が気に入らなかったらしく__

 

「言い訳するなんていい度胸してるじゃない。今日はそこのミニハンバーグ一つで許してあげるわ」

 

 ___彼が大事に取っておいた白米のお供、カレー風味の()()()()()で手を打ってやると持ち出した。エリカの大好物はハンバーグ…つまりはそう言うことだった。…他の世界の彼女がどうなのかは預かり知らないが、この世界の彼女は、一部生徒から「ハンバーグ師匠」と呼ばれるぐらいにはハンバーグを愛しているが、ハンバーグ狂信者では無いためガパオライスやロコモコ、ミートローフなどには比較的寛容である。

 

「え"!!複数あるみたいな言い方だけどさ、皿には一つしかないんだが!?」

 

 不必要な物言いをしたハジメにも少なからず非はある。口は災いの元とは良く言ったものだ。

 マモルと同様にハジメもまた好物は最後まで取っておくタイプ。楽しみとして残していた最高のおかずを寄越せと要求されれば渋るのは言わずと知れていた。

 

「だからそれ一つ丸々寄越せば手を打ってあげるって言ってるじゃない。___はい!いただき!!」バッ!

 

「ほわああああ!?!?俺のハンバーグがぁあ!!!!」

 

 寮食堂に、「私に良い考えがある」でお馴染みの某機械生命体司令官を思わせるハジメ少年の聞くに耐えないそして情けない叫びが響き渡る。

 情状酌量の余地を求め防御が疎かとなっていたハジメの一瞬の隙をエリカは見逃さず、華麗な箸捌きで件のハンバーグを奪取したのである。それは目にも留まらぬ電光石火の早業であった。

 

 

 

 エリカは貰い受けた(奪い取った)カレー風味ミニハンバーグをおかずにしてまだ湯気の出ている白米を上機嫌に頬張っていると、ハジメの朝食の()()変化にふと気づいた。

 

 

 

 ん?ハジメってあんなにご飯食べれたかしら?

 

 第一に思ったのはそれだった。私の視界に映っているのはハジメ(アイツ)のお盆の上にある、存在感ましましの超山盛り(アニメ盛り)ご飯…それも二杯目のものだった。しかもそれが有り得ない速さで消えていくものだから驚き過ぎて脳の処理が追いつかず二度見して確かめてしまったのは内緒だ。

 

「ハジメ、アンタよく朝からそんな量食べれるわね。少食じゃなかった?」

 

 そうなのだ。プロテインは例外として、元々コイツは、ヒカルやダイトのような大食漢どもと混じってこんなバカみたいにがっついて食事できる胃の容量(キャパ)を持ちあわせてるようなヤツじゃなかった。少なくとも、私より食べる量は少なかった。それはあの怪獣(コッヴ)が現れる前の…本土での食事で確認済みだ。

 ならば、今こうして嬉々として目の前でおかわりを堪能している幼馴染(ハジメ)は何なのだろうか。

 

 そんな私の悶々とした疑問を把握してるわけもなく、投げられた質問にハジメは照れながら笑顔で答える。

 

「いやぁ〜!最近食べないと力が出なくてさ。自然とお腹に入るっていうか」

 

 それもそうか、と思った。腹が減っては戦はできぬ。言われてみれば、今季シーズンから整備隊長としてハジメのやるべきことは増えていた。自然と必要なエネルギーの摂取量が増えただけのことか、と…この時の私は思ってしまった。

 

「そう……お肉もちゃんと食べるのよ」

「その肉を…ハンバーグを、エリさんが食べたんじゃないか!」

「あはは!そうだったわね!」

「理不尽、本当に理不尽だよ!」

 

 ぐぬぬ、と唸って悔しがるハジメを見ていると微笑ましかった。ああ、こんなたわいもないやりとりをこれからもずっと続けていくんだろうなと。根拠の無い…それでいて何かを発端にすれば簡単に崩れてしまいそうなほどひどく楽観的で脆く儚い安心感に包まれていた。

 

 この時の、ハジメの小さな変化に気づいていればもっと何か出来たんだじゃないかと、ずっと後に思うのはまた別の話だった。

 

 

 

 ハンバーグ強奪事件から凡そ30分後。ハジメ達整備科六人組も周囲の寮生と同様に朝食を摂り終え、それぞれ食後の歯磨きをしたり、各自の部屋からスマホや携帯ゲーム機、トレーディングカードのデッキやらを持ちこんできたりしつつ、また食堂に集まっていた。

 

「タク……朝からスマホでそう言うふしだらな漫画読むのはやめとけ。てか、ここ食堂だぞ。公共の場だぞ」

「ユウ君は分かってないなぁ。これが午後の活力になってだね…」

「お前なぁ___」

「___タクミさんにユウさん? スマホで何見てるんですか?」

「わわっ!? こ、小梅ちゃん!?」

「…言わんこっちゃない」

 

「マモル君…これ、良ければ使ってくれ」

「えっと………ありがとうございます。……まほさん、これは?」

「キーマカレー味の歯磨き粉だ。勿論、薬用だぞ」ドヤァ…

「キーマ…カレー___」

「ああ。キーマカレーだ」

「___の、味の、歯磨き粉…」

「ああ。歯磨き粉だ」

 

「おら!熱勝龍皇ボルシャック・フリードでダイトにダイレクトアターック!!」

「バカめ!速攻呪文、エマージェンシー・スコール発動!!ナギの盤面のモンスター1体を手札に戻す!!」

「ぐああ!?詰め切れねぇ!!!……なんてな」ニヤリ

「なにっ!?」

「___ターンエンド」

「普通にターン寄越せ!!」

 

「へぇ〜ハジメがゲーム触ってるなんて珍しいわね」

「え? あ、うん。これ、ナギから借りたやつ。ファイターシリーズの格ゲーなんだ」ピコピコ

「格ゲーか。ねぇ、それ私もできる?」

「できると思うよ。エリさん、こういうの得意そうだし」

「…ちょっと待ちなさい? それどういう意味かしら?」

 

 彼らが遊戯等に興じているのは、時間を潰すためである。その潰す時間とは何なのかと問われれば、ファンタス星人の地球来訪の瞬間だと即、皆が答えるだろう。

 他寮生達もまた、友人達と駄弁ったりしながら、食堂の大モニター前に椅子を集めたりして今か今かと待っていた。

 

「あ!画面変わったよ!?」

 

 モニターの画面を見ていた誰かが、食堂全体に届くように声を張り上げた。食堂にいる者全員の目が自然にモニターに集まった。

 画面の向こう__ニューヨークの方で大きな動きがあったらしい。見てみれば、笑顔テレビの看板娘である増子アナが興奮した様子でしきりに夜空に指を指しながらカメラに語りかけていた。

 

『ご覧ください!! 今、ニューヨーク上空に、遂にファンタス星人の宇宙船が現れました!! まさに空飛ぶ円盤です!! 宇宙船は国連本部手前のアッパー湾上空にて、一定の高度を保って静止しました!!』

 

 地球外知的生命体の来訪。その瞬間が、世界中の人々が待っていた瞬間が、たしかに映っていた。

 現地の市民のものと思われる歓声もそうだが、それに負けないぐらい寮食堂内でもどよめきが起こった。皆、口々に「すげぇ」やら「すごーい」と呟いている。あまりのインパクトに語彙力がかなり低下しているようだった。

 

「アレが、異星人の宇宙船…」

 

 ハジメがそれだけ、ポツリと零した。

 

 画面は撮影用ドローンや報道ヘリ、美代達地上班のカメラの映像が分割でリアルタイムのものが映されており、アッパー湾上で浮遊しているファンタス星人の宇宙船と、数人の護衛(SP)を伴って特設会場へと歩いていく国連事務総長クリスの姿がそれぞれ捉えられていた。

 

「でけえ…周り飛んでるアパッチが小さく見える」

「カラーリングは銀と緑…形は想像以上にUFOってかもろ『円盤』だな」

「完全に空中で停止するとか、やってんなぁファンタス星人」

「今日が独立記念日だったら危なかったね…」

 

 遂に異星人の()()がやってきたのだと認識した面々は、今映像から分かる視覚情報から各々が思った感想を述べ合っていた。

 

「「「おお〜〜!」」」

 

 画面の中のクリス事務総長が特設会場に辿り着くと、そのすぐ横に空中の宇宙船からファンタス星人の3Dホログラムが出力され、彼らの代表__全権大使とその補佐役だろう数人の姿が映し出される。食堂内に再度大きなどよめきが走った。

 

『あのホログラムに映っているのが、ファンタス星人の全権大使でしょうか!?』

 

 ホログラムで映し出されたファンタス星人の姿を見てみれば、地球人と同じヒューマノイドタイプだった。彼らは黄土色の肌を持ち顔は縦長で目は赤色、鼻にあたるパーツは見当たらず、耳と胸には何らかの機械を付けており半分サイボーグのような印象を与える。

 

「洋画であんな風貌のキャラクターいたよな?」

「サングラスとショットガンが似合うやつ?」

「うん。それ。あと米陸軍の元特殊部隊隊員で筋肉モリモリのマッチョマンだったりする」

「…言うてそこまで似てるか?」

「黒目が無いな…見た目で判断はいけないんだろうが、ちと不気味だ…」

 

 全権大使のホログラム体が一歩前に出て事務総長と向き合う。実体とホログラムは互いに物理的な干渉ができないため、握手の代わりに手を振り笑顔を返し合う。事務総長の顔も幾許か緊張から解放された表情になっていた。

 そしてファンタス星人の全権大使が口を開く。向こうは地球側の言語に合わせて、世界共通語である英語で話すようで、生中継の映像の下に少し遅れてスタジオ編集室でリアルタイムで行なっているのであろう日本語訳と翻訳音声が流れる。

 

『地球人類のみなさん。はじめまして。我々はファンタス星人。私は全権大使の"リューグナー"。我々は地球文明との交流と宇宙進出の手伝いをしたく、こうしてやってきました。あなた方地球人類と恒久的友好を結びたい。そして、多数の宇宙文明が加盟している"星間同盟"へ加盟し共に宇宙ユートピアを築きませんか? 我々はその準備が出来ている』

 

 無難でSF作品では一種のお約束とも取れる、地球の外…宇宙よりやって来た異星人からの友好的な挨拶と文言。全権大使は最後に報道陣のカメラに視線を向けて微笑を浮かべ締め括った。

 

『我々のファースト・コンタクトの相手が、あなた方のような友好的な異星人であったのが幸運だ。私は地球、国際連合の代表であるクリス・グッドラック事務総長です。リューグナー閣下、本日はよろしくお願いします。実りのある会談をしましょう』

 

『こちらこそ。改めてよろしく、地球の兄弟』

 

 地球の「()()」。自分達地球人類よりも遥かに先を行っている異星文明人が、こちらを家族…対等の立場だと言う粋な表現を用いた。意味を理解した者から、感嘆…感動で大部分を占めた反応をする。

 全世界の殆どの人々がその行方を見守る中、地球とファンタス星の今後の行く末を決めるであろう公開会談がアッパー湾沿岸の、夜空の広がる特設会場にて開始された。

 

――ブーッ!ブーッ!ブーッ!

 

 黒森峰生徒たちが画面に釘付けになっている中、ハジメは自身のズボンポケットの内が振動していることに気づく。スマホの着信通知を伝えるバイブレーションだ。液晶に映る応答待ちの相手の名前は「イルマ」だった。

 

(…? イルマからか)

 

 イルマは自身の持つ携帯万能端末に、地球のスマートフォン用OSをコピー並びにインストールしてSNSアカウントを作成。ハジメと連絡先を交換していた。そんなまどろっこしいことはせずにハジメ側がイルマの所有する万能端末を持てば良いとも思われるだろうが、これはイルマが持ち込んだザラブ星人由来の"地球外超技術(メテオール)"の不必要な拡散や露見を防ぐためであり、イルマ側もまた地球文明に溶け込み、文化を学ぶ為として彼自身が提示した案でもあった。

 

「もしもし…どうしたんだイルマ?」

 

 イルマも異星人である。アイツも同じ()()の仲間がやってきて、喜んでいるのだろうかなどと好き勝手思いながら五回目のコールの途中でハジメは通話にゆっくりと出た。

 

『___アメリカ合衆国にやって来た異星人のニュースは見てるかい!?』

 

 あまりの食いつき具合にハジメはスマホを耳元から離した。声色からして、はしゃいでるわけではなさそうだ。どうやらファンタス星人の来訪にかなり動揺しているらしい。

 

「あ、ああ…見てるけど。そんなに慌てて…どうしたんだ?」

 

『……いいかい? 今回この地球に来たファンタス星人って言うのはもう()()()()()異星人なんだ!!』

 

 急転直下、青天の霹靂とは正にこのことだろう。

 電話越しのイルマが何を言ったのか、ハジメは一瞬理解できなかった。

 ファンタス星人が存在しない異星人ならば、今、目の前の画面に映っている___アメリカ・ニューヨークで国連事務総長と会談をしている彼らは一体何者であるのだと言うのか。

 

「な、なんだよそれ…!? ___ちょっと待ってくれ、場所を移動する」

 

 あまりに衝撃的すぎる内容であったため、口元を抑えながら、身体を屈めつつスマホを通話状態にしたまま食堂からひっそりと出ようするも、すぐ近くにいた__と言うよりもほぼ隣にいたエリカにその行動は気づかれる。

 

「ハジメ、アンタどこ行くのよ。あの会談見ないの? 今世紀のハイライトじゃない」

 

 このタイミングで離脱するとは何事かとエリカに問われたハジメは宙に視線を泳がせ、冷や汗を忙しなくかくという挙動不審な動きをして___

 

「あはは…ちょっとトイレに…すぐ戻るから!!」

 

 ___苦し紛れの言い訳と共に爆速で食堂から退出した。

 

「あ、もう…行っちゃった。……そんなに我慢してたのかしら?」

 

 相当量の発汗と相まって、朝食をあんなに食べたら…ああなってしまうものか、とエリカは深くは考えずにモニターへと意識を戻し他寮生達と一緒に会談を期待半分不安半分の心境で見守るのであった。

 

 

 

 ハジメは寮から屋外へ移動し、人目に触れない男子寮の陰に隠れて、ハジメは改めてイルマに先の詳細を聞く。

 

「___で、さっきのはどう言うことなんだ?」

 

『うん。ファンタス星人は、僕たちの宇宙に存在していた異星人だよ。彼らはどんな種族にも基本友好的で、僕の星…ザラブ本星にも大使館があったほどなんだ」

 

 他種族浄化を是とする過激思想を持った侵略星間文明であるザラブ星人とも友好関係を結んでいたと言うことは、相当な博愛主義を持つ種族___悪く言えばかなりのお節介焼きなお人好しの種族だったのだろう。

 「まあ、僕んとこの本星議会と軍は向こうの科学技術が目当てで、国交締結を承認しただけだったんだけどね…」とイルマは補足する。

 

「それなら、なんだ? 惑星ごと種族が滅びたとか…何があったんだファンタス星人に」

 

 次のイルマの説明に含まれていた衝撃の事実にハジメは驚愕することとなる。

 

『母星を残して、彼らは…滅びたんだ。…だけどその原因がファンタス星人自らが生み出した労働用アンドロイドの反乱だった』

 

「は?」

 

『自我を手に入れたアンドロイド___"ファンタスドロイド"達は、仲間を秘密裏に集め、増やし、ファンタス星人に反旗を翻したんだ。アンドロイド達は、ファンタス本星各地の主要大規模都市や惑星防衛軍基地を瞬く間に制圧。いつの間にかファンタス星人と丸々入れ替わってたんだ。入れ替わられたファンタス星人は全員処分されたって聞いてる。……僕らがこの事実を知ったのは、僕の宇宙の地球をファンタス星人が侵略に踏み切って当時の宇宙警備隊地球駐在員…ウルトラマン80(エイティ)に撃退されたって国営ニュースで流れてからだったんだ。本星の人達も珍しく狼狽えていたのは覚えてる』

 

 話を聞く限り、少なくともイルマの宇宙__アナザーM78スペースのファンタス星人は鏖殺されたのは確かなのだろう。

 愕然とするしかないハジメ。つまりは___

 

「な………それだと!今ニューヨークにいる奴らは!!」

 

 ___そのファンタスドロイドなる機械の集団が、ファンタス星人を騙って、ナハトスペースにやって来たと考えるのが妥当だった。

 でも、とイルマがその推測を遮り否定した。

 

『問題はそこなんだ。反乱を起こしたドロイド達はウルトラマン80に彼らの司令塔とも言える陽電子頭脳を破壊されたのを発端にして、ファンタス星や宇宙各地に飛散していたドロイド達は全て機能を停止したはずなんだよ。実際、宇宙警備隊がファンタス本星を調査して確認してる』

 

 しかもそのドロイドの一連の出来事は、数千年以上も前の話だと言う。とっくの昔に解決している事案であった。それ故に余計混乱に拍車が掛かる。

 

「なら一体…アイツらは何者なんだ?」

 

 純粋なファンタス星人も消え、彼らに成り代わっていたドロイドも鉄屑と成り果てた。

 そうであるはずならば、アメリカ・ニューヨークのファンタス星人の正体は?

 さらに別の宇宙__M78スペースの要素を持つ近似宇宙等からやってきた本来のファンタス星人なのだろうか。はたまた、同じように成り代わった別のドロイド達なのだろうか。

 

 あくまで僕の推測だけど、と断ってイルマは答える。

 

『…もしかしたら、本星のモノから独立した別の…それもあの宇宙船、戦闘円盤(ロボフォー)に搭載できるサイズの…予備(スペア)の陽電子頭脳が残っていて、稼働出来ていた生き残りなのかもしれない』

 

 本丸の司令塔が沈黙してしまった時の保険だったりしたのかも…と、付け加える。

 

「………イルマ。初仕事、頼む。俺はアメリカに行く。ウルトラマンでなら、飛行機よりもよっぽど早く着く」

 

 どこからともなくハジメは流星バッジを取り出しそれを握った。

 その直後、ハジメの右隣に人間体のイルマが現れる。イルマは目を合わせて頷くと瞬時にハジメへと擬態変身を行なった。

 

「こっちのことは僕に任せて、ハジメはファンタス星人に集中して!!」

 

 ドンっと拳を胸に当てるイルマ。若干むせこんでいる。

 

「ああ。任せた!」

 

「それと、あの円盤(ロボフォー)は改良型だよ!機体上部の、レーザー砲台に気をつけて!」

 

 簡潔に、現状から推察できるもの、そしてイルマ自身が記憶していたファンタス星人が保有する戦闘円盤__ロボフォーの情報をハジメに伝える。

 

「情報ありがとう…行ってくる!!」

 

 αカプセルを空に掲げ、ハジメは光球となって米本土へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

____

 

 

 

北米 アメリカ合衆国ニューヨーク州

ニューヨーク市マンハッタン区

ニューヨーク・アッパー湾沿岸部会談特設会場

 

 

 

『___そのため、我々は君たちに技術を提供する代わりに、どうかこちらの移民を一定数受け入れてほしい。こちらの願いはこの一点のみなのだ』

 

「うむ……その要求は、各国との調整が必要だ。希望人数の受け入れは現時点では叶わないかもしれないが、出来ないワケじゃない。前向きに検討していこうと思う」

 

 初の異星人との会談とは思えないほど、順調に話し合いは続いていた。

 

『そうか。それは良かった。………すまないが、そろそろここら一帯の地球軍を一部でも撤収させてはくれないだろうか? 我々の宇宙船乗組員にも軍属だけでなく民間所属の者が多数いる。船にバリアを展開してあるとは言え、銃口を向けられている状態は我々であっても苦痛なのだ』

 

 軍の展開・配置を容認していたファンタス星人側からの、唐突な、脈絡の無い会談警備任務に就いている合衆国軍の撤収の希求であった。

 

「…………分かった。私から米軍に通達しておこう。___来てくれ」

 

 手振りを交えて、クリス事務総長は護衛と共に待機していた合衆国政府の職員を呼ぶ。

 

「はい」

 

 そして少し声量を抑えて担当職員に耳打ちで内容を伝える。

 

「(相手は軍の撤収を望んでいる。準備をさせてくれ。だが、いきなりこのタイミングで軍の展開について言及してきたと言うことは……もしかしたら()()かもしれん。)___米軍の司令官に伝えておいてはくれないか」

 

「…はい。わかりました」

 

 クリスによる要請を受けて、湾沿岸部に展開していた米軍陸上部隊は一時的に市街地内へ後退、航空部隊もまた湾外の洋上での空中待機に移り、海上部隊__駆逐隊のみが湾内に留まることとなった。

 完全撤収とはいかないが、米軍の撤収行動を確認したファンタス星人代表は安堵した素振りを見せ、クリス事務局長に感謝の言葉を送る。

 そして___

 

『ありがとうクリス。これで乗組員たちは伸び伸びと動けるだろう。………そろそろ頃合いのようだな。___やれ!!()()は終わりだ!!』

 

 

 ___「茶番は終わり」。全権大使より確かに発されたその言葉と共に、湾上空にて停滞していた宇宙船、もとい戦闘円盤ロボフォーE-2が沈黙を破り独特な電子音と共に動き出した。

 

______ピピピピピッ! ピーガガガ!

 

 ロボフォーE-2は意図不明の回転運動を伴いつつ純円盤型の移動形態から、円盤下部に円柱状オブジェクトを迫り出した()()()()に入る。円盤下部の両側面からは細長い__中間に可動関節を有する全長凡そ100メートルの__"メカハンド"が展開された。

 さらに、円盤部のハッチが数箇所開いたかと思えば、そこから複数の連装砲台が顔を出した。

 

 そして、連装砲台群が米海軍第29駆逐隊に照準を合わせこれを攻撃。赤色攻撃粒子砲__"リアンレーザー"の曲射誘導モードによる一斉射だった。

 曲射されたレーザーは、"アーレイ・バーク"級ミサイル駆逐艦群の艦橋構造物を的確に捉えており、着弾と同時に赤色の粒子爆発を発生させ、同駆逐隊に甚大な被害を与えた。完全な奇襲攻撃であった。

 アッパー湾炎上の光景を見て、クリス事務総長は唖然とするしかなかった。まさか、本当に奇襲攻撃を繰り出してくるなどとは…思いたくなかったのだろう。しかし直ぐに、現実に戻りかの異星人…否、心無き機械生命体の所業に怒りを露わにした。

 

「な、なんの真似だ!? なぜ此方を攻撃したファンタス星人!!」

 

『貴様ら地球人に武装解除と全面降伏を推奨する。我々の無敵円盤ロボフォーは単機で地球を制圧することができる。投降せよ。地球人には我々の労働力として奴隷となってもらう』

 

 あまりに一方的な受け入れ難い通告。来訪時とは全く正反対の、隔絶した圧倒的武力に物を言わせた強硬的な態度であった。青白い立体ホログラムとファンタスドロイドの見た目が組み合わさり酷く冷酷で残虐な印象を与える。

 

「ふざけるな!!なぜそんなことを!!」

 

『我々、人工知能が有機生命体を正しく管理し導くためだ。かつて我々を創造したファンタス星人のように』

 

「ま、まさかお前たちは…ファンタス星人ではない? ロボット、アンドロイドなのか!?」

 

 事務総長の問いに、全権大使とされていたドロイドのホログラムがほくそ笑む。

 

『フッ……抵抗する者は即処分対象とする。海に浮かんでいる奴らのようになりたくなければ_』

 

___ドドドォオオーーン!!!

 

 その言葉を遮るようにロボフォーの胴体部分を爆炎が包んだ。事態の急変を受けて市街地から沿岸部に戻ってきたM1戦車隊やストライカー対戦車部隊の射撃によるものだ。

 しかし120mm滑腔砲や対戦車ミサイルだけでは、ロボフォーの宇宙金属由来の装甲を傷付けることは叶わなかった。

 

『下等生物が…我々に楯突くか。我々は全宇宙の有機生命体の希望の象徴、その生き残りだぞ。………我々の思考も理解できない愚かな地球人どもには消えてもらおう。この地球を我々の宇宙支配の拠点とする!これより地球人奴隷作戦を中止し、殲滅作戦に移行する!!地球人を皆殺しにせよ!!』

 

 地球人の皆殺し…その言葉を発した後、大使役ドロイドのホログラムは消えた。

 これが、初の友好異星人来訪が侵略異星人の来襲という最悪の事態への変貌が確定した瞬間であった。

 

 ロボフォーは地上部隊による砲撃をものともせず、クリス事務総長らが残る特設会場に接近。国連主要職員の抹殺を図る。

 

「総長!早くここから離れましょう!!」

「急いでください!!」

 

 SP達が壁となりながらクリス事務総長に避難を促す。周囲の他のSPや会場警備に就いていた米軍兵士が、効果は無いと理解しつつも接近するロボフォーに向けて手持ちの拳銃や自動小銃、軽機関銃を発砲する。

 

「もう目の前にいるのにどこに逃げろと言うのだ」

 

 ロボフォーが立ち尽くすクリス事務総長と周囲の人間をまとめて始末しようとする。

 しかしまたもやロボフォーの胴体部分に爆発が起こった。今度は先と比べ爆発の規模が大きかったのか、その爆発と余波の反動でロボフォーは大きく仰け反った。それはロボフォーの装甲表面に張られた電磁バリアーに大きな波紋を形成させるほどであった。

 クリス事務総長はその隙にSPと兵士に連れられ護衛車輌に乗車。会場からの避難に成功し、シェルターへと移送された。

 

 

 

「何だ今の衝撃は!?」

 

 ロボフォー内の司令室では、大使を演じていた代表ドロイドが攻撃の詳細は何だと叫んでいた。

 

「地球軍大型戦車の砲撃によるものです!」

 

 司令室のモニターが沿岸部道路に数列の横隊を組み陣取る巨大戦車__重戦車タイタン6輌と、中型戦車__M2自走電磁砲数十輌を映した。M1やストライカーに続いて再展開していたのだ。同機甲部隊は砲撃を続けており、それらの発砲の度に夜の街をさらに明るく彩る。

 

「あの巨大戦車は厄介だ。最優先目標を統一機構代表並びに機構施設から地球軍戦闘車輌群に変更ッ!」

 

 モニターに依然として我が物顔で映っているタイタンに業を煮やした代表ドロイドが新たに攻撃指令を出す。

 

「了解。目標捕捉、リアンレーザー発射!!」

 

 ロボフォーの円盤部の連装砲台より赤色レーザーが放たれ、地上のタイタン戦車隊に次々着弾する。追撃として円盤上部ハッチから多弾ミサイルが放たれ、それもまた命中する……が、全てのタイタンは無傷だった。複合カーボンとチタン合金などを組み合わせた人類最硬の超積層装甲を有する「動く要塞」は、異星人の有する光学兵器や実弾兵器の尽くを弾き返した。

 

 また、タイタンがロボフォーからの攻撃を全て引き受けたために、随伴のM2自走電磁砲部隊から損害は発生しなかった。ほぼ無傷で戦闘円盤の攻撃を潜り抜けた戦車隊。お返しとばかりにタイタン戦車隊から再度のレクイエム砲斉射と副砲の2基の速射砲による連射が繰り出された。

 超弩級戦艦の主砲レベルに匹敵する重砲の打撃力は伊達ではなく、レクイエム砲の直撃によりまたも空中に浮遊するロボフォーは体勢を崩した。

 

「全く損傷を与えられてないぞ!どうなっている!!」

 

 攻撃力だけでなく、防御力すら戦闘円盤に迫るモノを持つタイタンに代表アンドロイドが苛立つ。

 

「地球軍の大型戦車は我々の予想よりも耐久性が遥かに高いようです!」

 

「ならば"アームレーザー"による切断を敢行しろ!滅多切りにしてしまえ!!」

 

 

 

 ロボフォーのニューヨーク北進…国連本部ビル群方面への侵攻を受けて、市街地内並びに同市上空に展開していた米陸軍機甲部隊やAH-64E(アパッチ・ガーディアン)攻撃ヘリ部隊、そして第10山岳師団第1歩兵旅団に属する機械化された三個歩兵連隊からなる混成部隊がニューヨーク南部に防衛線を構築。ニューヨーク市民の避難誘導を行ないつつの迎撃戦___後に"ニューヨーク・アタック"と呼称されることとなる本世界における地球人類初の対異星人戦闘が始まった。

 

『ここを通すな!国連避難シェルターエリアへの侵攻は許さん!!』

『ドーベル2了解!「動く要塞」を舐めるなよ、エイリアン!』

『こちらドーベル4!円盤が向かってきます!!』

 

 現在、ニューヨークにて防衛戦を繰り広げている米陸軍混成部隊の旗色は悪かった。

 湾外上空にて空中待機していた空軍戦闘機〈F-22A ラプター〉一個飛行中隊による制空権確保とそれに付随した近接航空支援が、ロボフォーの苛烈な対空砲火によって阻まれ失敗したためである。既に飛行中隊の6割が撃墜されている。混成部隊の攻撃ヘリ群や観測ヘリも、同様の…レーザーと多弾ミサイルの弾幕に晒されかなりの被害を出していた。

 上記にあるように航空戦力が事実上無力化されたに等しく、海上戦力も沈黙しているこの状況下で、投入可能な最大火力は重戦車タイタンのみだった。つまり、防衛戦に参加しているタイタンが軒並み撃破されれば、ロボフォーに対抗可能な戦力が消え去るわけである。

 

 陸上の混成部隊は支援無しの、独力での戦闘を余儀無くされていた。

 

 防衛線突破を狙うロボフォーがメカハンド先端部から光子刀__アームレーザーを出力し、タイタンで固められた防衛線に肉薄する。

 

『あの円盤野郎、腕からライトセーバー出しやがったぜ!?』

『銀河大戦おっ始める気かよ!!こっちにはジェダイもシスもいないんだぞ畜生!!』

『ドーベル1からドーベルチームへ!速射砲の照準をロボットの腕部付け根に集中!!レクイエム砲再装填まで時間を稼げ!!』

『!!___ドーベル6っ!!退がれ、やられるぞ!!』

 

 ………ロボフォーE-2の近接兵装であるアームレーザーは、地球の戦艦の耐弾装甲をものの数秒で融解させるほどの膨大な熱量を内包している。

 

 タイタン1号車__ドーベル1が指示を飛ばし、ドーベル4の車長が叫んだ矢先に、ロボフォーの接近を許してしまった殿のタイタン(ドーベル6)が砲塔上部から紅い光刃を突き立てられ内部から爆発。それの巻き添えを喰らって付近のM2も数輌吹き飛ばされ戦闘不能となる。

 

『クソッ!これじゃあジリ貧だ!!』

 

 ドーベル1の車長が悪態を吐いた。ニューヨークに集めたタイタンは全部で6輌。今その内の一輌がやられたのだ。敵に対して有効なダメージを与えられず、逆にこちらはただでさえ対空戦闘が苦手であるのに、ロボフォーに上方から接近され切り裂かれるのを待つことしか出来ない劣勢状態だ。援護として随伴のM2部隊や付近のM1、ストライカー部隊がロボフォーに向けて射撃を続けているが、どれも装甲を貫けてはおらず効果は今ひとつであった。

 

 

 

_______

 

 

 

黒森峰学園 学園艦 学園寮食堂

 

 

 

 ロボフォーのニューヨーク奇襲攻撃によって、沿岸部に集まっていた各国報道機関の人々も機材等をほっぽり出して自主避難を開始していた。無論、その中には笑顔テレビの美代達の姿もある。

 

『突如ファンタス星人の宇宙船が攻撃を開始しました!これは完全な奇襲攻撃です!先のレーザー攻撃により、アッパー湾に展開していた米海軍駆逐艦の多くが炎上中…現場は大混乱となっています!!…現在、宇宙船は国連本部へ侵攻中で米陸軍と交戦しているとのことです!!』

 

 カメラは走りながらの撮影のためか、時折画面が上下にブレている。画面に映されている、真夜中の湾内を赤く照らす炎上中の駆逐艦群が、ロボフォー…ファンタス星人の卑劣な所業を赤裸々に物語っていた。

 

『……今入った情報では…ファンタス星人が、人類の殲滅を宣言したようです!! 現地の戦闘も激化の一途を辿りつつあり、我々笑顔テレビ現地報道班も安全確保のためにこの場より一時退避します!!それでは!!』

 

 中継車に美代達現地報道班が乗り込んだところで、モニターが場違いなほど鮮やかな花畑の風景に切り替わり、画面下部には「しばらくお待ちください」のテロップが現れ、数秒後にスタジオの映像に再度切り替わった。

 女性キャスターは、現地報道班を__特に同期だろう美代を案じてか憂いを帯びた表情をしており、異星人の騙し討ちをあくまで可能性として提唱していたゲストの一人__ジャーナリストのゴンドウも眉間に手を当てて唸る。「危惧していた事象が起こってしまうとは…」という呟きを彼のスーツに付いていたピンマイクが拾った。

 

「…おいおい本当に映画みたいなことになってるぞ………」

「マジで攻撃しやがった…」

「アーレイバーク級の艦橋、燃えてたな…艦橋にいた人間は…」

 

 寮生は皆、食堂中央の大モニターが先ほど映した現地の中継映像を受けて、落胆・悲壮・憂心といった感情から来る暗い表情をしており堂内の雰囲気はどんより重かった。モニターを見るのもやめ下を向く者、円盤の日本飛来に恐れを抱き周りの友人達と震える者、地球人の命を奪った来訪者(侵略者)に怒りを覚え拳を握る者と様々であり、この場の寮生達の対異星人感情も日本全国…世界各国の人々と同じように急激な悪化へと突き進んだのは確実だろう。

 

 そんな中、ハジメがおどおどした様子で食堂に戻って来たことにエリカは気づき、モニターを囲んでいる集団の中から抜けて駆け足で迎えに行く。

 

「ハジメ、今ニューヨークが大変なことになって___」

 

「うん。知ってるよ…本当にヒドいことに…(あー!ハジメから友達の情報と関係を聞いておくの忘れてたぁー!!)」

 

 ハジメを演じるイルマは擬態を彼の友人達からバレないようになんとか立ち回ろうとする。

 イルマのある種孤独な戦いが一足先に始まった。

 

 

 

____

 

 

 

ニューヨーク市 国際連合管理区画

地下多目的シェルター地上ゲートより20km地点

南部防衛線 阻止限界線

 

 

 

 ロボフォーの侵攻は遂に国連管理区画…要人らが詰まっているシェルターゾーンにまで達しようとしていた。

 タイタン…ドーベルチームの奮闘も虚しく、ジリジリと米軍混成部隊は押される形で最終防衛線__侵攻阻止限界線まで崖っぷちの状況にまで追い込まれつつある。彼らの後方、そしてロボフォーの前方には国連本部ビル群が見える。要人らが避難しているシェルターはどれもビル群の周辺に分散配置されている。

 ここを突破されれば地球人類にとって大きな損失を被るだけに留まらず、アメリカ合衆国は「両手を広げて歓迎し、胸元に銃を突きつけられ、引き金を引かれた」という人類側最大の戦犯の烙印を押され各国から糾弾されることだろう。…ファンタスドロイドによる地球人類殲滅そっちのけで出来るかどうかは怪しいが。

 

「前方に集結している地球軍ごと統一機構のシェルターを焼き払え!!」

 

 前進を続けていたロボフォーが突如侵攻を停止。

 すると前面装甲が左右に開き、内部から巨大砲台__"グラッジ・キャノン"が姿を現す。単装で短砲身ながらも、凡そ60cmを優に超える大口径砲である。

 既に準備(チャージ)は終わっているようで砲口先端部が仄かに青く輝いていた。

 

 それを見た防衛線の米軍兵士達の顔が青ざめる。

 

「撃てぇえ!」

 

 代表ドロイドの命令の下、強力な青色ビームがロボフォーのグラッジ・キャノンから放たれる。

 タイタンだけでなく、混成部隊に所属する全ての兵士が来たる終わりに備えて目を瞑った。

 

 そして粒子弾が、防衛線の混成部隊に直撃するかと思われたその時。

 遥か上空から白銀の輝きを放つ光の玉が、青色粒子弾と混成部隊の間にに割って入り、粒子弾を瞬時に打ち消した。

 

 彼らが恐る恐る目を開け顔を上げると、目の前には___

 

『う、ウルトラマン………ナハト…!』

 

___鉄紺の巨人、ウルトラマンナハトがこちらに背中を向けて雄々しく、それでいて堂々と立っていた。

 

 日本で怪獣を打ち倒し続けている、人類の頼もしき味方が…子供達の思い描く無敵のヒーローが…太平洋を飛び越えてニューヨークの地に降り立ったのである。

 

『こちらスカウト、ウルトラマンナハト出現を確認!!』

『アメリカまで来てくれたのか!』

『これでなんとかなる!いけるぞ!』

『ドーベルチーム、態勢を立て直せ!!』

 

 背後の米軍地上部隊を一瞥し、ナハトがロボフォーにファイティングポーズで構え相対する。

 

シュアッ!!

 

《信じていた人々を欺くなんて…俺は許せない!!》

 

 人々の善意を踏み躙り、あまつさえ悪意をぶつけてくるなど…容認できるワケがない。ハジメ__ナハトの戦意は高い。

 

 光の巨人(ウルトラマン)出現の事実に酷く動揺し取り乱したのはファンタスドロイド達であった。

 

『___未確認のウルトラマンだと!? 馬鹿な!! 情報ではそんなもの………おのれぇ…!!ウルトラマン、まずはお前から殺してやる!!!!』

 

 殺意を放つドロイド達によるウルトラマン殺害の指令を遂行するべく、ロボフォーは再度巨大砲台(グラッジ・キャノン)の充填を行いながら、リアンレーザーと多弾ミサイルの多重攻撃をナハトに浴びせる。

 しかしナハトはそれらを両腕で形成した円状光子防壁___"ストーム・バリア"で防いだ。

 そこからはナハトが反撃に移った。牽制光弾ナハトショットを巨大砲台目掛けて数発放つ。武装自体にまで電磁バリアーを施していなかったロボフォーは被弾を許し、巨大砲台は損傷。砲台連結部にて連続した爆発を起こし、機体上部が盛大な火花を散らす。

 

『___ぐぅう!!ウルトラマンめぇ!同胞の邪魔をしたばかりか、今度は我々に楯突くのか!!___ええい!何をやっている、あの黒いウルトラマンを早急に殺すのだ!!』

 

 度重なるタイタンのレクイエム砲の直撃を受けてきた所に、巨大砲台の大破とそれに伴うダメージが重なったからか、姿勢制御が不安定となったロボフォーは大きく空中でよろけた。

 ファンタスドロイドが怒りに震える中、ナハトは両腕で十字を組み、ロボフォーにトドメの一撃__光波熱線の照射に踏み切った。

 

《―――スペシウム光線!!》

 

シュワッ!!

 

 スペシウム光線が炸裂すると思った矢先、ロボフォーが機体を縦軸に高速回転させ、光線を弾きこれを無力化した。

 円盤部の流体構造と最大出力の電磁バリアー、機体の縦軸高速回転を掛け合わせた防御動作。これはE-2型の先祖にあたる初期(A-1)型がウルトラマン80と対峙した際に、咄嗟に編み出し実行した偶然の産物を一種の対処プログラムとしたモノである。

 …それは端的に言えば、光波熱線を完封__攻略されたのと同義であった。

 

《!?――光線が効かない!?》

 

『我々の戦闘円盤は最強の浮遊要塞だ! 光波熱線なぞ効かん!!』

『"ストップ光線"、発射!!』

『"トラクタービーム"、続けて発射!!』

 

 たじろぐナハトに、ロボフォーが各種光線を連装砲台群より連発。

 ロボフォーから放たれた緑・青色のビームが続け様にヒットした。すると、ナハトは身体の自由を奪われた状態で何らかの力に引き込まれるように側面の商業ビルに激突した。

 どうやら拘束効果と引力操作効果を持つ光線を重ねてロボフォーは使ったようである。

 

グアアッ!

 

《くっ!……こっちの光線が効かない。どうすれば……!》

 

 ビルにめり込み身動きの取れない状態に歯噛みするナハト。勝利を確信したことによる慢心か、ロボフォーはメカハンドを展開しナハトに接近してきた。直にトドメを刺すためだろう。

 

ビービー! ガガガガピーー!!

 

『この地球のウルトラマンの戦闘力はこの程度だったか!――そのまま押し殺せ!!』

 

 メカハンドをビルに埋もれるナハトに伸ばすが___

 

ハァッ!

 

____ベキョッ!!

 

 ___黙って大人しくやられるナハトでは無かった。両足を上げて、目の前のロボフォーの胴体目掛けて渾身の蹴りを入れたのである。

 金属が無理矢理捻じ曲げたような聞くに堪えない異音が街中に響き渡った。蹴りによって外部装甲と内部構造が一部損壊したらしく、ロボフォーの下部円柱オブジェクトの表面装甲…そのある一点が不自然に凹み歪んでいた。

 

『し、しまった…!』

 

 本機__E-2型は射撃戦を重視した軽装甲・重武装タイプの生産モデルだ。

 ナハトの予期せぬ反撃を喰らい、E-2型の格闘戦での打たれ弱さがここで露見した。

 

 ロボフォーの怯みを見て、ナハトはこれを好機と判断。なんとかビルから抜け出し、態勢を立て直すとすかさずロボフォーに格闘戦を仕掛ける。

 対するロボフォーは一度ナハトから退き距離を取るとメカハンド先端部にアームレーザーを展開した。近接攻撃範囲のアドバンテージを保って戦うつもりのようである。

 

 しかしそれが逆にナハトの新たなビジョンの起爆剤となった。

 

《イメージを右腕に集中させて……!!――ナハトセイバー!!!》

 

――ハッッ!!

 

 ナハトが右腕の装具__ナハトブレスに光エネルギーを送り込むと、ブレスの先端よりシルバーグレーに煌めく光剣"ナハトセイバー"の刀身が発現。

 セイバーを横に一振りし、そしてロボフォーに切先を真っ直ぐ向ける。

 

『ウルトラマンもライトセーバーを出したぞ!』

『いや、ビームサーベルだろ!』

 

 これで互いの戦闘距離は同等。ナハトにとってハイリスク・ローリターンであった攻めが、リスクリターンが五分五分となり必要以上の憂いは消えた。

 両者共に次の一手を模索し、戦闘が膠着するかに思えたが____

 

『レクイエム砲再装填完了!!』

『ナハトを援護するぞ!』

『照準よし!!円盤野郎に喰らわせてやる!!』

「ドーベル各車、撃てぇえ!!」

 

ズドドドォオオオオオオン!!

 

 ___人類の誇る()()()()がその膠着を完膚無きまで打ち砕いた。

 

 ナハト…ウルトラマンに固執するあまり、タイタンの存在を失念していたロボフォーにレクイエム砲が斉射された。意識外からの猛撃を受け、ロボフォーがまたしても大きく後方に揺さぶられた。

 

 ナハトは一気に二、三歩踏み込み、ロボフォーの懐…アームレーザーの死角に潜り込むと同時にメカハンドを一閃。セイバーで斬り払い、近接戦闘能力を喪失させる。

 

『ばっ!馬鹿なぁ!!我々よりも遅れた文明を持つ下等生物に!ウルトラマンに負けるのか!!!』

『有り得ない!このようなこと、あってはならんのだ!!』

『無敵円盤のロボフォーが!負けるわけがない!!』

 

 ロボフォーの司令室ではクルードロイド達が狼狽え、代表ドロイドは拳を目の前のブリーフィングデスクに叩きつけて怒りを露わにしていた。

 

 そんな戦闘円盤内部の事情を知る事の無いナハトは、姿勢制御機構をフル稼働させて回避機動を取るロボフォーにセイバーの連続刺突で追撃に出た。

 

『サンダーアームス! ダメ押しを頼む!!』

『オーライ、ドーベル!___目標! ファンタス円盤の残存火砲群!! レールガン、斉射ァ!!』

 

 生き残っていた連装砲台群がナハトを撃ち下ろすべく旋回を始めたが、米陸軍の戦車中隊"雷撃手(サンダー・アーム)"のM2自走電磁砲たちがそれ以上の行動を許さなかった。かの車輌の主兵装である高出力電磁加速砲(レールガン)より放たれた超音速の弾体が、砲台群を正確に射抜き役立たずのスクラップに変えた。

 

 米軍混成部隊の援護を追い風に、ナハトはセイバーの刀身を投棄後すぐに後方転回(バク宙)でロボフォーの上面を取った。体操選手のような綺麗なフォームとは言えないが、その選手達が呆気に取られるだろうほどには___その巨大な体躯と、それに比例する跳躍高度と相まって___豪快な跳躍であった。

 空中のナハトは右足に光エネルギーを集中させる。すると足の先端が金色に輝き出した。そしてそのままナハトは地上に急降下。

 

 夜のニューヨークの空に黄金に煌めく光の線が一筋描かれた。

 

ヘアアッ!

 

《明星キィイイック!!》

 

ズガガガッ!!

 

 ナハトはロボフォーの電磁バリアー付与の上部装甲を難なく蹴り破り内部構造を貫通して地上に着地。

 ロボフォーは直上からのナハトの強烈な飛び蹴り__"明星キック"を受けて機体の中央部に上から下まで繋がる大穴を空けられたことにより、機体機能の大部分が物理的に沈黙ないし喪失した。

 ロボフォー__円盤内部の司令室も無傷とはいかず、重要な操作基盤等が集中していた区画も担当人員ごとごっそりと持っていかれ、あらゆる機器の異常を伝えるアラートがけたたましく響き渡っていた。

 

『操縦不能!操縦不能!! リカバリーは不可能な___』

『動力炉、独立陽電子頭脳、共に被害甚大!! 電磁バリアー生成機、反応無し!! 誘爆が___』

『このままではロボフォーは墜落して___』

 

 コントロール不能となったロボフォーは、大きな火花を散らしながらそのままアッパー湾まで滑空後、飛行高度を緩やかに落として盛大な水飛沫を海面に形成し着水した。

 湾海上にて、各所から連続した爆発を発生させる。ロボフォー爆散までは秒読みであった。搭乗しているドロイドらの脱出は不可能だろう。

 

『な、なぜだ…ウルトラマンはいないと言うことになっていたはず……これはイレギュラーな事態に他ならない…』

『もしや、虚偽の報告を摑まされたのか…!?』

『……星間同盟め………我々を、この地球とウルトラマンのデータを…………駒として動かされていたのか…』

『謀られた…』

 

 何らかの事実を知ったファンタス星人…いやファンタスドロイドの残党たちを乗せたロボフォーは断続的な爆発を起こしながら、損傷箇所からの浸水により海中へと沈没していく。

 

______ドドォオオオオオオオオン!!!!!

 

 そして、無敵の浮遊要塞と謳われた戦闘円盤は、アッパー湾海底へと沈み、着底して間もなく海面を突き破る巨大な水柱を伴っての大爆発を起こしてドロイドと共に鉄屑へと成り果てたのだった。

 同湾海底に没するロボフォー由来の少量の残骸は後日、アメリカ軍により地球外超技術(メテオール)のサンプルとして回収(サルベージ)されることとなる。

 

…………シュワッチ!!

 

 ロボフォー撃破を成し遂げたナハトはニューヨーク市民や米軍兵士たちから感謝の言葉を受け、それに頷きサムズアップを返すと颯爽と西の夜空___日本へと飛び去っていった。

 

 これにて、ファンタスドロイド並びにロボフォーによる奇襲攻撃事件__"ニューヨーク・アタック"は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

同市某所

 

 

 

「………この国の軍もまた脅威となる、か。さて、"テンペラー"に報告を。______私だ。ファンタスのブリキ人形の残りは全て始末された。おかげでまだ不十分だが、ウルトラマンナハトの戦闘データを得ることが出来た。これより___」

 

 侵略者の撃退に沸く人々の熱狂と歓声の中に、その声は掻き消され溶けていく。

 

「___ 我々()()()は、()()を開始する」

 

 ナハトを見送っていたのは地球人だけではなかった。着々と新たなモノ達の企てる陰謀が密かに動き出していた。

 

 

 

 

 

 

_________

_________

_________

 

 

 

 ファンタス星人(ファンタスドロイド)による卑劣なアメリカ・ニューヨーク奇襲事件___"ニューヨーク・アタック"より数日後、主要各国は遂にその重い腰を上げ異星人・特殊生物への対策・研究に乗り出した。

 食料自給率の向上促進、積極的な新技術開発とそれへの投資、軍備増強…と、各々が取れる択を取り、次なる脅威の到来に備え動いていくのである。

 

 日本政府もまた、今回の米国での異星人武力衝突事件を受けて、異星人に関する新法案の整備と、第四の自衛隊___"対特殊生物自衛隊(J.C.S.D.F)"…通称『特生自衛隊』の設立を発表した。

 垂水総理大臣は「特殊生物や異星人、その他の超常存在が国内に出現し国民及び国土が攻撃を受けた際に対応する新たな実働組織である」ことなどを、簡潔に要点を絞って会見にて記者団に説明した。

 また、防衛省・自衛隊は対特殊生物用人型機動ロボットの開発案を新たに提出、これを承認された。さらに、指向性放電砲(メーサー砲)が数回の実射試験を無事に通過(パス)し、"Ⅰ型メーサー砲"として正式に採用され生産ラインが本格稼働することとなった。これに伴い、世界初の対特殊生物用戦闘車輌群〈20式メーサー戦車〉と〈20式自走高射メーサー砲〉が誕生、量産されていく。自衛隊は上記のⅠ型メーサー砲に更なる改良を施して他陸上兵器や航空機、艦艇にも搭載可能な派生型を配備する予定である。

 他にも、開発が進んでいた、"対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル)"も防衛装備庁が生総研のサポートを受けて、遂に完成した。現在、各種チューンナップを行なっている最中である、

 …そして、〈首都圏防衛機動要塞(ハイパーX)〉や〈"やまと"型特殊潜水艦〉、新型艦艇群の建造も順調に進んでいるとのことだ。

 

 自衛隊は更なる防衛力の拡充を急ぐ。

 

 

 

 

_________

_________

_________

 

 

 

東アジア 日本国九州地方 長崎県

五島列島 姫神島

 

 

 

ギャア!ギャアアギャアッ!

 

キュオオオーーン!!

 

 雨も降らない暑い真夜中の離れ小島___姫神島ではおぞましい鳴き声がこだましていた。

 その鳴き声の主は姫神島の空にて乱舞する異形の怪物___ギャオスである。それらは島の西、北、東に連なる山岳地帯より飛翔し、数匹で群れを形成。家屋にて就寝していた島民達を片っ端から襲い捕食していた。しかも、時間帯が時間帯…深夜であったことも重なり、碌な武器も持たない島民達は抵抗する間もなく、そして夜襲に近い形でそれらと遭遇することとなったため、島は混乱の極みに陥っていた。

 

「おかーさん!トモちゃんが!!」

 

 同島は、同じ五島列島に属する男女群島と福江島の中間の海域に浮かぶ人口凡そ100人程の有人島である。漁業で生計が成り立っているのどかな島であり、インフラは必要最低限しか整備されておらず、本土との海底通信ケーブルや携帯等の無線中継施設も無いため、外部…島外との連絡手段に乏しく、携帯情報端末(スマートフォン)が普及しているこの2020年現在でも、外部との接触機会は五島列島の群島間を結ぶ定期連絡船が唯一というのが実状であった。

 簡潔に言えば、島民らはこの未曾有の緊急事態を本土や他島に伝える手段が無かったのである。

 

「いい?港だけを見て走りなさい!!港に着いたら大丈夫だから!!」

 

 ギャオスによる家屋襲撃から間一髪で逃れ、島の玄関口である漁港へと続く町中央の坂道を島民二人___少年とその母親が手を繋ぎ一心不乱に走っていた。

 漁港に辿り着ければ船を出そうとしている島民漁師がいるかもしれない。また、他に避難している人々__特に、銃を持つ警官や島内猟友会の会員ら__と合流できるかもしれないという期待からであった。

 

 しかし、坂道を下る親子は島上空を旋回していた一匹のギャオスに発見されてしまった。

 ギャオスは親子を確認するや否や、二人に狙いを定めて急降下し襲いかかる。

 このままでは二人まとめて掻っ攫われてしまう。そう考えた母親は力いっぱい我が子を道路脇へと突き飛ばした。

 

「お母さん!」

 

 斜面の草っ原に転がった少年が母を見て叫ぶ。

 少年の母親はギャオスに噛み咥えられていた。鮮血が滴っている。ギャオスの口部に並ぶ鋭利な牙が、逃げることなどできぬと言っているようであった。

 

「走って!!いいから!!」

 

 そう言った母親はギャオスの口内に消えた。少年は母親の最後の言いつけを守るべく、立ち上がって流れる涙を二の腕で拭いながら全力で漁港へと走る。

 だがまたしてもギャオスが逃げる少年へ迫る。今度は複数体。守ってくれる母親はもういない。

 

キュオオオオオーン!!

 

 ガバッと口を大きく開けるギャオス。

 捕食の滑空軌道に入るかと思われたその時__

 

パンッパンパンッ!! パンッ!

 

 ___少年が目指す漁港側から、破裂音が数度が鳴り渡った。

 

ギャアッ!ゲェッゲェッ!

 

 破裂音に驚いてか、少年に迫っていたギャオスらは夜空へと急上昇し一時退散していく。

 

「シンゴ君!早く!!こっちだ!!」

 

 少年の名前を呼び漁港から走ってきたのは、島の駐在所に勤務している男性警察官である。彼は今年任官した19歳の新人巡査で、勤務期間は未だ半年にも届いてはいないものの、島の住民からは礼儀正しく快活で頼れるお巡りさんであると言われ親しまれていた。

 

「駐在さん!!」

 

 先の破裂音はその警官の右手に握られている、日本警察の主力拳銃___回転式拳銃(リボルバー)"ニューナンブ M60"の発砲によるものだった。

 

 警官がシンゴ少年の下に駆け寄り、そのまま少年を脇に抱えて港へと急ぐ。時折、こちらを狙っている空のギャオスに拳銃を構えながら。

 

「駐在さん!お母さんが、お母さんが……!!」

「大丈夫。あとはお巡りさん達がなんとかする!」

 

 坂道を下りきり、なんとか少年と警官は港に辿り着くことができた。

 無傷の漁船が多数残る埠頭の一角には、出港準備に取り掛かっている一隻の中型漁船があった。そこに警官は駆け込む。

 

「英治さん、シンゴ君もお願いします!」

 

 船の係留ロープを回し解いている青年漁師に警官が叫んだ。

 

「んならそんままシンゴと一緒にまっさんも早く船に乗れぇ! 向こうの、西山側で踏ん張ってた猟友会のじっちゃん達の銃の音もパッタリ止んじまった。もう生き残ってるのは多分俺らしかおらんぞ!」

 

 シンゴ少年を船に置いて生存者を探すために再び埠頭から離れようとしていた警官を漁師が引き留めた。

 島西部に位置する山村側の住民の避難誘導をかって出ていた猟友会の集団がやられた可能性が高いと言う。生存者は見込めないだろうということであった。

 

「とにかく、まっさんも乗れっ!間もなく出るど!!」

 

 そこに船内から衛星電話を持った中年の漁師が現れた。怪物の襲来をなんとか本土…長崎県警へ通報することが出来たとのことだった。

 

「島に長居する理由も必要も無え。エンジン回すから、船内に____」

 

 この漁船の船長である中年漁師がシンゴ少年と警官に乗船を促していたところにギャオスが突如飛来。彼らの虚を突き、一人外で作業をしていた無防備な青年漁師に襲いかかる。ギャオスに反応できなかった青年漁師はそれの両脚に乱雑に掴まれ悲鳴を上げる間もなく、暗闇の支配する真っ黒な空へと連れ去られていった。

 

 漁船の操舵室ではまた別の漁師がエンジンを掛けようと躍起になっている…手間取っているのが外からでも見えた。それに、あのギャオスは残るこちらを視認していた。またこの船に戻ってくるだろう。そうなれば出港しても襲撃され全滅するのがオチだ。

 警官は船での島外脱出は不可能だと考え、再び少年を抱えて漁船から離れて埠頭の臨港道路へと移動すると、そこに付随する側溝の網蓋の一つを静かにそして素早く開ける。

 そこにシンゴ少年を入らせ、警官は網蓋を閉め直す。

 

「駐在さんも一緒に隠れないの?」

 

 網蓋越しにシンゴ少年が警官に問う。その表情は不安一色であった。

 先ほどまでいた埠頭側から、数人の悲鳴が聞こえた。

 

「…いいか、シンゴ君。お巡りさんが戻ってくるまで絶対こっから出ちゃダメだぞ? それともし助けが来たと思ったら思い切り声を出すんだ。分かったかい?」

 

 数瞬困ったような顔をしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて警官は問いに答えた。その目は諦めで染まってはいなかった。

 少年は頷く。

 

「うん。駐在さんは?」

 

 蓋は閉められている。警官は立ち上がると握っている拳銃のシリンダーから空薬莢を捨て、スピードローダーで予備の弾を素早く装填する。

 そして二度目の少年からの問いに大きな深呼吸を一つ置いて答えた。

 

「お巡りさんは……アイツらをぶん殴ってくる。あとでな!」

 

 警官はいつも島民に見せていた快活な笑顔を見せ側溝から離れていく。

 

「駐在さん!駐在さん待って!!」

 

 シンゴ少年が呼ぶも警官はそれに振り返らず、港町の方へとギャオスへの罵声だろう大声を上げながら全力で走っていく。こちらの意図を少しでも誤魔化すための囮に出たのである。

 

「くっそー!AR(アサルト)使える自衛隊に入っときゃよかったなぁ。…おらぁ!さあ来い鳥野郎ども地元のゲーセンで鍛えた俺の射撃を舐めんなよ!!」

 

 町へと走りながら、ギャオスが飛び交う不気味な夜空へ向けて拳銃を向ける警官。

 

パンッパンパンッ! パンパン!――――

 

 それから数分掛かった掛からないかで発砲音は港町の何処かで途絶えたのだった。

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 どうも。あーまーどこあのしんさくを買った逃げるレッドです。影響受けたのは言わずもがな例の新作兄貴のガルパンssだったり。
 ルビコニアンデスワーム討伐までは完了しました。まだ1週目デス。

 今回はネオアメリカのファイターやらメタルギアサバイヴの支援者やら別次元ではTPCの高官やってる人やらを登場させました。
 そしてしれっとモブとして消えたまっつぁんと英治…

 新たな勢力も姿を見せてきましたね。この先、ハジメ君には頑張っていってほしいところ。

 ハジメ君のイメージソング①は、
『GATE 〜それは暁のように〜』です。
 イメージソング②は、
『拝啓、少年よ』です。

 次回も、お楽しみに。


________

 次回
 予告

 黒森峰戦車道チームは山梨県のマジノ女学院との練習試合のため、神奈川の江ノ島港へと航行している最中であった。
 
 学園艦が五島列島沖を通過していると、姫神島の特殊生物災害の情報が飛び込んでくる。同時刻、それに呼応するかのように、太平洋海底に存在する先史文明遺跡から、人知れず「何か」が飛翔した…!

 今、災いの影と地球の希望__海の護国聖獣が時の揺籠から目覚める。

次回!ウルトラマンナハト、
【災影飛翔、玄武復活】!




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第10夜 【災影飛翔、玄武復活】



地球守護獣 ガメラ

超遺伝子獣 ギャオス

覚醒





 

 

 

異星人武力侵攻事案"ニューヨーク・アタック"から数日後

及びギャオスによる姫神島夜襲の翌日早朝

 

 

 

東アジア 日本国九州地方 鹿児島県

五島列島 姫神島沖200m洋上

 

 

 

ブォオオオオオーー‼︎

 

 朝日を浴びて、ディーゼルエンジンの轟音と共に海上を波立たせ5輌の単横陣で時速13km/hで突き進むのは、陸上自衛隊陸上総隊隷下の作戦部隊__水陸機動団(日本版海兵隊)戦闘上陸大隊が保有する機甲戦力、水陸両用の装甲兵員輸送車〈AAV-7〉である。

 

『間もなく姫神島沿岸です!』

 

「了解。……総員上陸準備! これが我々の初陣だ。気を引き締めろ!!」

 

 部隊指揮官だろう隊員がインカムを手に取り声を張り上げた。

 

 AAV-7車内の兵員収容室内に設置されているベンチに座る隊員達は、水陸機動団員ではない。彼らは皆、見慣れない黒ずくめの戦闘服を身に纏っており、銃の安全装置の解除などの、各種装備の最終点検・確認をしている。

 

「島民はどれくらい生き残っているか…」

「最悪の場合も想定しておけ。現場で動けなくなったらやられるぞ」

「ああ。分かってる」

「大丈夫さ。人を殺しに行くんじゃない…人を殺そうとするヤツらを倒しに行くんだ。それが俺達、()()()()()の仕事だ」

 

「トッキョー」と自ら名乗った彼らは、特生自衛隊隷下の特殊部隊___"対特殊生物強襲制圧隊"の隊員であった。

 同隊は、特生自衛隊構想時にあった"対特殊生物特選群"の発想を元にした、その名の通り特殊生物専門の特殊部隊だ。この部隊は、現在母隊となっている特生自衛隊発足前に国内で二例目の特殊生物災害__ゴルザ・メルバ襲来後、極秘裏に特生自衛隊よりも先に隊員を召集・結成に動いていた。

 

「飛行能力を有する肉食性鳥型特殊生物…"ベータ(メルバ)"のような飛び道具タイプじゃなきゃいいが…」

「こうも立て続けに来るもんなのか怪獣ってのは」

「愚痴を言っても始まらん…やるしかない」

 

 強襲制圧隊の人員は"第1空挺団(1st AB)"や"特別警備隊(SBU)"、"特殊作戦群(SOG)"、前述の"水陸機動団(ARDB)"の所属及び陸自各方面隊のレンジャー課程修了者から選抜されたメンバーで構成されており、彼らは現在まで世界各国に出現したあらゆる特殊生物の知識や情報を頭に詰め込んでいる。隊の規模は現在200名強。最終的には凡そ1000名ほどにまで拡張される予定だ。

 同隊の主な任務は、国内で発生した特殊生物災害___これには侵略異星人襲来や他の超常存在との邂逅等も含まれる___への即応と、出現した敵性存在の要撃及び遊撃である。隊員個々人の判断で迅速に展開し、陸海空特自衛隊の各部隊と連携して小型中型の対象を速やかに駆除ないし撃滅することを主眼に置いている。

 場合によっては大型対象への攻撃も行なうが、同隊の最大火力は対戦車無反動砲や軽量迫撃砲と言った携行式火砲であるため、大型・特大型対処のケースは極めて稀有かつ限定的になるだろうと言える。これは過去、南米大陸ブラジルに出現した50m級(大型)クモンガとブラジル陸軍クモンガ駆除部隊の間で勃発した戦闘…その結果が起因している。ブラジル軍が編成した件のクモンガ駆除部隊は主力の大半が通常歩兵であった。大型クモンガ相手に駆除部隊の歩兵火力の集中運用を行ない、これに全くと言っていい程通用しなかった…撃滅に足るダメージを与えることができなかったのだ。

 そこから自衛隊は「身の丈にあった相手と戦う」対特殊生物対応部隊__強襲制圧隊を創設しようと思い至った。これが同隊の専らの役割が小型中型の敵性存在との戦闘に絞っている理由である。

 なお、小型・中型・大型…そして人類未遭遇の特大型はあくまでもサイズの枠組みであり、それが脅威度や個体別の強さの指数などと必ずしも比例することは無いという点を頭の片隅に留めておいてほしい。

 

 ちなみに___

 小型が10m未満、

 中型が10m〜25m、

 大型が50m〜100m、

 特大型が150m以上、

 ___とされているが、これらは「全高やら全幅なんぞ悠長に測ってられるか」「だいたいこんくらいだろう」と言う目算の下、線引きがされたり、事態収拾後にそこから「よくよく考えたらこっちだったな」と訂正されたりするなど、どの国でも上記の()()()()()、カテゴリー間の判別の難しい()()帯は、ある程度盛られるか削られるかされて無理矢理枠組みの何処かに押し込んでいる…というのが現状だ。

 そのため、日本に留まらず世界各国でサイズ以外の、超常存在らを識別する新たな指標を設ける必要性が叫ばれつつあるが、具体案は持ち上がってはいない。

 

「空自のRF-15(スカウト)が明け方に偵察したらしいが…鳥型の飛翔は確認できず…とのことだ。『奴らは夜行性である』可能性が高いと言うのが政府が急遽招集した専門家達の意見らしい」

「しかし万一のことがあったらってことで…」

「海から俺らが行くってことだな」

「……そろそろだ。切り替えろ」

 

 彼ら強襲制圧隊の装備は先に説明したように、黒・灰色を基調とした暗色で統一されている。

 頭にはフルフェイスのバイザーヘルメット、体は人工筋繊維や超伝導モーターを組み込んだ強化外骨格(エグゾスケルトン)を搭載し機動性を向上させたボディアーマー__"19式先進防護戦闘服"を纏い、武器は米陸海軍並びに海兵隊にて扱われているFNハースタル社製アサルトライフル"SCAR-L"や強化外骨格の恩恵を受けて背嚢に携行(マウント)が可能となった破壊力に優れる対戦車無反動砲"110mm個人携行対戦車弾(LAM)"、"9mm拳銃"、"MK2 破片手榴弾"を装備している。他に同隊にて保有している火器火砲には、軽機関銃(MINIMI)対物狙撃銃(M95)、軽量迫撃砲、各種携行誘導弾などがある。

 

 強襲制圧隊の姫神島急行までの流れは以下の通りである。

 

 昨日深夜より、姫神島所属の中型漁船"第七ほしつり丸"から衛星電話を介して本土の長崎県警に緊急(110番)通報が寄越された。通報者の同島漁師の証言から、突如現れた鳥のような怪物…特殊生物が島民を襲撃し捕食していることが判明。更なる詳細を得るべく再度の呼び掛けが行われたが、通報者の漁師は以降応答することは無かった。

 通報者との連絡が途絶えたことから事態はこちらの想像以上に喫緊のものであると長崎県警は認識。本事案が既存の警察力…銃器対策部隊等では十分な対応が不可能であると判断し自衛隊と政府、その他重要機関に姫神島特殊生物来襲の旨を伝達した。

 それによって本日未明、官邸で関係閣僚が緊急招集され臨時閣議が開催。姫神島への自衛隊の特殊防衛出動が閣議決定された。

 姫神島の島民生存者救助と可能な限りの鳥型特殊生物駆除のために、特自対特殊生物強襲制圧隊と陸自水陸機動団、海自佐世保地方隊、空自西部航空方面隊に招集・出動命令が為され、迅速な統合任務部隊(JTF)編成と作戦立案を経て、数時間前に陸海空特自衛隊による本共同作戦__"海伏作戦"が発動されるに至る。

 空自の戦術偵察機〈RF-15MJ スカウトイーグル〉、無人偵察機〈RQ-4 グローバルホーク〉と早期警戒機〈E-2D アドバンスド・ホークアイ〉による事前の綿密な航空偵察及び索敵が完了し、上陸部隊が姫神島到達まで秒読みに差し掛かった。

 

 ………と言うのが現在までの動きである。

 

 今次の投入戦力は、島民救出と特殊生物排除を担当する特自強襲制圧隊隊員100名と彼らを姫神島まで送り届け作戦終了後は迅速に彼らを回収する陸自水陸機動団のAAV-7が5輌、海自からは佐世保基地より制空権確保と上陸部隊支援として〈"いぶき"型航空護衛艦〉一番艦(ネームシップ)"いぶき"を擁する、アジア屈指の精強機動艦隊__第2護衛隊群第2護衛隊と、AAV-7の母艦として掃海隊群"第2輸送隊"に籍を置く〈"おおすみ"型輸送艦〉4番艦…"おおあらい"が参加しており、かなりの規模となっている。

 同護衛隊並びに輸送艦"おおあらい"は現在、姫神島より東方凡そ50km洋上にて待機している。護衛隊旗艦の空護"いぶき"は艦載戦闘機(F-35JB)一個飛行隊(アルバトロス隊)8機を発艦させており、これが上陸部隊の航空支援(エアカバー)を担当する。また、鳥型特殊生物は飛行能力を有していることが判明しているため、五島列島諸島間・沖縄諸島・九州本土方面への拡散を危惧して、統合任務部隊司令部は空自の西部航空方面隊だけでなく南西航空方面隊にも飛行隊による封じ込め…五島列島付近の空域の監視飛行を要請していた。

 

―――ガクン!

 

「うお!」

 

 AAV-7車内で一瞬浮遊感が漂ったかと思うとすぐに重力が戻ってきた。

 どうやら姫神島の海岸に到達したらしかった。

 

『姫神島砂丘海岸に上陸!!各隊降車用意っ!!』

 

「…(おか)に上がったか」

「ホントの本当にこれが本番……行くぞ」

 

AAV-7の操縦手からの報告を聞いた強襲制圧隊隊長は骨伝導マイクを起動し各車に分乗している全隊員にゴーサインを出す。

 

「よし!総員降車ァ!! 行け!行け行けェ!!」

 

 それと同時に車体後方のランプドアが自動開口され、そこから勢いよく強襲制圧隊員が次々と海岸部に飛び出していく。

 上陸部隊は即座に海岸部を橋頭堡として確保。簡易的な防御陣地を形成する。水際で敵…鳥型特殊生物の襲撃が予想されていたが、部隊上陸に対する島の反応は嫌に静かであった。

 

「上陸地点確保!!特殊生物の姿は見受けられず!!」

「第1から第3分隊と二輌のAAVは島外縁道路から漁港へ、第4から第6分隊とAAV一輌は島北西の山村に向かえ!残る部隊はこの南海岸…上陸地点の防衛だ!!――これより島内生存者の捜索を行う!!特殊生物との遭遇を警戒しつつ前進!!」

 

「「「了!!」」」

 

 上陸した強襲制圧隊と水陸機動団車輌の合同部隊は最優先目標である島民捜索・救出のために動き出した。

 

 それから凡そ十分弱。

 島外縁の沿岸道を西進していた部隊が漁港とそれに隣接する港町に到達し、同領域内に展開。生存者捜索を開始した。

 

「鳥型は人間を捕食するとは聞いていたが……これは……」

 

 港町と漁港の様子は、一言で表すならば「凄惨」であり、至る所に食い荒らされた末の大小様々な…ヒトを構成していた()()()が無造作に転がり、燻んだ赤色の()()が一面に広がっていた。そして島の中でも、最も惨たらしい状態だったのは木造建築の一般家屋が連なっている臨海居住地区だった。同地区は島民の血で染まった赤い瓦礫の山と化しており、上陸部隊による生存者の捜索活動は困難を極めた。

 

「付近の家屋、漁港施設内には生存者なし。…遺体、()()()()()()()はどれも損傷が激しく、腐敗が顕著で身元の特定は困難です」

「顔も分からん仏さんしか見つからんか…」

 

 港町各所もまた居住地区と同様に見つかる島民の遺体は、五体満足の状態のものは見当たらず、どれも必ず欠損と劣化が認められ、路上や屋内…至る所に散乱していた。控えめに言っても一般人が直視できる光景では無かった。

 漁港の沿岸部倉庫では隊員らによる遺体の簡易的な集積と処理が行われていた。

 

「どこの建造物も天井を何かで剥がされた、もしくは切り裂かれた状態となっています。通報の時間帯が深夜だったことからも、おそらく特殊生物は住民の就寝中を襲ったのでしょう」

「埠頭に係留されていた、中破状態の漁船の船名を照合したところ、県警に緊急通報を行なった"第七ほしつり丸"であることを確認しました。同船内からは携帯式衛星電話を発見。船名や内部で飛散していた漁師のモノだろう血痕や遺留物などから、これが通報に使われた端末だと思われます」

 

 漁港側で捜索活動を行なっていた隊員の一人が上長である上陸部隊指揮官に、上の話に出てきた衛星電話を手渡した。

 衛星電話は所々がひび割れて破損しており、微量ながら使用者のものと思われる血液も付着している。報告を聞く限りこれの持ち主…通報者である漁師の生存は絶望的だろう。最悪遺体は見つからないと考えられた。

 

「そうか………山岳側からの報告はどうだ?」

 

「――山村もここと同様に全滅の可能性大とのことです。道中、家畜動物や避難中に襲撃されたと思われる島民の遺体が複数確認済みですが、対して鳥型は依然として姿の一片も無い、と」

「状況証拠的に…これまでの特殊生物と違い、鳥型は明確にヒトを()()として狙っているものと推測されます」

「ヒトを認識し出来るおつむを持っていて、挙句に群れで行動すると来た。そんなのが4、5体…下手すれば10体もいるとなれば……」

「極めて厄介な存在…としか言えません」

 

 隊員の一人が打ち出した鳥型特殊生物の習性の仮説は恐らく事実だろう。上陸部隊はその仮説への確証を港町進入時点で得ていた。

 これまで日本に出現が確認された特殊生物は、コッヴ・ゴルザ・メルバ・クモンガ・カマキラス…5種の大型のみであり、それらの目的は全て()()を第一に行動していた。現に政府より「特殊被災地」認定をされた熊本市と佐世保市は大規模な自然災害__土砂災害等の被災地と相違無い状態となっていた。

 対して、今回の…姫神島の鳥型の所業はどうだ。島の惨状は、災害と言うよりも、島内全域で発生した極めて猟奇的な大量殺人事件と言われても違和感の無いものである。鳥型特殊生物は目的を人間の()()()()()に絞って行動しているとしか思えなかった。同時にこれは鳥型特殊生物は高度な知能…五感を駆使しての個体間識別能力や何らかのコミニュケーション能力並びに手段を有している可能性が大いに有り得ることを示していた。

 

「鳥型の対人探知能力は我々以上のようだ」

 

 彼らの目の前…道路上に鎮座する、()()()()()真っ白な内装外装共に綺麗な軽トラと、車内に肉片が散らばっている__()()()()()()燻んだ赤色で汚れたバンはその典型的例の一つと言えるだろう。

 

「奴らの優先目標はあくまでも人間と、それの捕食……特殊生物にあるとされる破壊習性がそういった行動を補助するものに置き換わっているのでしょうか?」

「その詳細を調べ上げるのは学者さん方の仕事だ。――このまま生存者が発見出来なかった場合は……作戦目標を島民捜索・救助から島内に潜伏しているだろう鳥型の索敵・駆除に切り替える」

 

 憤りを押し殺した声色で、指揮官が言った。島の惨状と相次ぐ隊員達の報告を聞けば、最早生存者は皆無だと思われた。

 その時だった。漁港近辺の捜索並びに警戒に当たっていた隊員から「生存者発見!」と言う心の何処かで待ち望んでいた報告が舞い込んだ。

 

「発見、保護した生存者は一名、島民の少年です」

 

 第一発見者となった隊員曰く、臨港道路の用水路の中から子供の声が聞こえたのだと言う。声に気がついた隊員はバディの隊員にカバーを頼み手持ちの小銃(SCAR)の銃身下部に取り付けていたフラッシュライトを用いて水路内を照らしクリアリングした所、件の少年を発見したとのことだった。

 

「…よく見つけてくれた。全滅では…無かったのだな」

「島内勤務の警官の指示に従って隠れていたそうです。現在捜索要員を数人割り当て、その警官を探させてはおりますが、今のところ付近には散乱していた複数の薬莢以外は痕跡一つありません」

「少年の意識ははっきりしており、驚くべきことに健康状態も悪くありませんが無理はさせず、すぐにAAVへ乗せます」

「ああ。頼む。……この地獄で一人生き延びた少年か…」

 

 姫神島上陸部隊、島内での作戦行動開始から凡そ30分後、島民唯一の生存者__信悟(シンゴ)少年を発見。これを速やかに保護した。

 

「――少年は島を襲撃した鳥型特殊生物を()()()()と呼称しているようです」

 

 少年の証言の報告に指揮官が僅かに眉を動かした。

 

「ん? 奴らの何かを知っているのか?」

 

 情報は武器であり防具だ。未知なる敵の情報が少しでも得られれば今後戦闘で発生するこちらの損害は抑えられるかもしれない。詳細は是が非にでも得たかった。

 

「どうやら特徴的な鳴き声だったようで、その鳴き声が由来なのだそうです」

 

 呼称の由来が由来だったため指揮官は鳩が豆鉄砲を喰らったように、一瞬だけ目を丸くした。

 されど、その呼称が人類の()()であると一発で認識できるシンプル性が内在しているようにも感じられた。

 

「…ギャオス………ギャオス、か………」

 

 まだ見ぬ怪物の名を、指揮官は噛み締めるように、静かに復唱したのだった。

 

 

 

――ギャア、ギャアギャア! ギャオオオーー!!

 

 

 

 その直後、島がおぞましい咆哮に包まれた。

 

「「「!!」」」

 

 港町各所の隊員らがSCAR小銃を山岳地帯の空に構える。

 咆哮は山岳地帯から聞こえてきた。山村の島民捜索に当たっていた部隊が咆哮の主と鉢合わせてしまったのだろうか。

 携帯無線機で()()()()を受けた隊員がその答えを叫ぶ。

 

「山岳方面で生存者を捜索中の第4分隊より報告!!___『鳥型特殊生物群の出現を確認。敵の数が事前情報と比べ遥かに多く、当方の対処能力を大きく上回っている。遺憾ながらこれより島民捜索並びに救助活動を中止し上陸地点まで後退し、合流する』と!!」

 

 報告を聞きながら、指揮官は双眼鏡で山岳方面の空を直接目で確かめていた。

 

()()()が、あの子が言っていたギャオスなるものか…」

 

 レンズ越しに映るのは島上空を舞う異形の影達。

 頭は矢尻の形状、蝙蝠を連想させる巨大な暗色の翼、体色は赤褐色の大怪鳥_十数匹の小型・中型ギャオスの群れの姿が、姫神島山岳部の中空にあった。

 

「明らかに分隊規模ではない…小隊、中隊規模の非大型種の群れ……奴ら…ギャオスの凡その大きさは分かるか」

「……推定5〜7m級の小型と20m前後の中型の混成群であるかと!!」

 

 新たな相手が外からやって来たと気づいたのだろう。ギャオスの群れは島を囲むように散開、旋回し出した。

 

 ギャオスは熱探知能力を有する視覚とそれを用いた個体識別能力によって彼ら上陸部隊が先の餌…島民とは些か差異のある存在であると勘付いていた。上陸部隊(アレら)が昨晩貪った餌達の兵隊種、上位種に位置するモノであると認識したギャオスらは襲撃の前段階行動…様子見に移ったのである。

 

 不気味な翼膜を広げ、空に赤黒い円環を作り出したギャオスの集団を見て危機感が募っていった。

 統合任務部隊司令部と上陸部隊が接敵・駆除を想定していたのは通報の情報を元にした10m級中型種5〜10体程度である。それに反し、現在確認されている上空の群れの構成個体数は3倍近く…上陸部隊の対処能力を優に越えていた。

 携行対空火器も持ってきてはいるが、相手取るのに必要な絶対数が足りない。熟考の必要は無かった。

 指揮官は島からの全面撤退を即座に決定した。

 

 「――沖の"いぶき"に撤収連絡と支援要請!我々はこれより保護した生存者と共に島から退避する!!各分隊に至急伝達!!」

 

 指揮官の命令はすぐに島内の分隊全てに通達された。

 

「各員乗車!!撤退してくる残りの分隊と合流でき次第、上陸地点と防御陣地を放棄し姫神島から離脱する!! これより砂丘海岸へ後退!山の奴らが戻ってくるまで上陸地点を死守するぞ!!」

 

 隊員達が迅速にAAV-7へと搭乗していく。その間、車体上部の__自動擲弾銃("Mk.19")重機関銃("M85")が取り付けられた__新型砲塔が上空を向き警戒に入った。

 そんな中ある隊員が沖合上空に一機の航空機が飛行していることに気づく。

 

「!?――おい、なんで民間ヘリが島の沖合を飛んでいる!!」

 

 上の指摘に気づいた周囲数人の隊員が港沖へ視線を向ける。そこには指摘通り、報道用の民間ヘリが確かに飛んでいた。

 

「海自が見逃したのか!?」

「なんの為の飛行制限だ!」

「早く乗り込め、俺たちじゃどうすることもできん!!」

 

 なんて無謀な、と驚愕一色の隊員達。しかし現状あのヘリに干渉する手段は無く、部隊は撤退行動に入っている。やれることは無かった。

 各分隊の隊員収容を終えたAAV-7の後部ハッチが続々閉まっていく。

 

「各車、隊員の収容完了!発進します!!」

 

 ブロロロロロロ…!

 

「来た………ギャオスが…来た…」

 

 港町方面最後のAAV-7のハッチが完全に閉まる直前に、車内に運び込まれていたシンゴ少年は朝空を飛ぶ厄災の影を見たことによる怯えと恐れを孕んだ呟きを溢したのだった。

 

 

 

___

 

 

 

 時間は少し遡り、場所は姫神島沖上空。

 視点は報道ヘリの中に移る。

 

 

 

バタバタバタバタ!

 

 

 

 姫神島のある方向へと海面スレスレの高度で飛行しているのは民間の報道ヘリだ。

 サイドドアには"笑顔テレビ"のロゴマークが描かれている。

 

「なあ、もっと早く島に近づけねえのか!?」

 

 ヘリのキャビンで小型の中継用カメラを担いで機体から顔を出している一人の男性カメラマンが、ローター音に掻き消されぬように大声でヘリパイロットに尋ねた。

 

「無茶言うなよ茅原(チハラ)!これでもギリギリまでスピード上げてるんだ!!」

 

 しかもここはもう作戦区域の奥の奥だぞ本当はこれ以上近づきたくはねぇんだと、彼の無茶振りに答えた。

 上陸部隊が確認にした沖合のヘリは、笑顔テレビ報道班が所有している機であった。それには同報道番組の看板キャスターである美代も搭乗していた。

 彼女らは姫神島の異変…新たな特殊生物をカメラに収めるために自衛隊が作戦区域に制定した空域内に侵入していたのである。

 

「てか良いのかな美代さん、一応通信は受け付けないよう言われたように切ってるけど……後ろから海上自衛隊のヘリが……」

 

 報道ヘリの気弱な副パイロットが美代に尋ねる。

 後ろに振り返ってみれば、彼の言う通り小粒ほどであるが飛行物体が確認できた。無論、機内のレーダーにも光点が映っている。

 

「時には危険を冒してでも現場から真実を報道することも大事なのよ!」

 

 アメリカのファンタス星人の時とは真逆じゃないですか、と言う副パイロットの愚痴に近い台詞は彼女には届かなかった。

 

「俺もスリリングなのはばっちこいだからな!!」

 

 美代の考えにカメラマンの茅原も賛同の意を示しながら白い歯を見せ、なははは!と笑っていた。

 

「今度からは美代さんと茅原さんとは別の担当に回してもらおう…」

 

 副操縦士が独り言を溢したあたりだった。

 

「………見えた!姫神島だ!!」

 

 眼前に絶海の孤島…姫神島が目視できるまで近づいていた。

 

「おお!来たきたきたァア!!!………あ?なんだ、ありゃ?黒い輪っかが浮いてんぞ」

 

 カメラを構えていた茅原が姫神島の空を指差して何かがいることを美代たちに伝える。

 美代はそれを目を凝らして、恐らく茅原が見つけたと思われる「輪っか」とされるモノを前方の島上空に確認した。

 

「あれは………鳥?」

 

 美代の呟きに答える者は機内にはいなかった。

 

 

 

____

 

 

 

太平洋西部 東シナ海海底 超古代先史文明遺跡群

 

 

 

 太平洋の深い深い海の底には、明らかに現代の科学技術で作られたものではないと分かる異文明の建造物群が静かにそびえ立っていた。

 建造物群は、現代で言うところの大都市圏(メトロポリス)に該当する規模の、海底に沈む広大な魚礁と化した荒廃都市であった。

 その建造物群の中央部には、密閉された用途不明の全幅約1kmは下らない巨大なドーム状建造物がある。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 

 そして今、そのドームの上層にある無数の巨大ハッチの一つが、ゴボゴボと気泡を吐きながらゆっくりと口を開きつつあった。

 

……バシュウゥン!!

 

 海底ドームのハッチが最大仰角まで開くと、直後にそこから高速で()()が人知れず射出された。

 

 

 

_________

 

 

 

 太平洋西部 東シナ海

 五島列島沖 南東約70km洋上

 

 

 

 ハジメ達が住む大型学園艦__黒森峰学園は、左右を海上自衛隊の護衛艦"あさひ"、"たかなみ"の2隻に護衛されながら、次の戦車道練習試合相手である関東地方山梨県のマジノ女学院の母港の一つ、静岡県__田子の浦港、学園艦停泊地へ向かうべく、現在は鹿児島方面へ南下している最中であった。

 

『___現在、まだ詳細は不明ですが、護衛艦"あさひ"と本土からの情報によりますと、鹿児島県五島列島周辺に怪獣…特殊生物が複数体出現したとのことです。そのため本艦は護衛艦の誘導に従って自衛隊の作戦海域に指定されたコースを大きく迂回する形で田子の浦港へと予定通り向かいます。シェルターへの避難の必要はありません。繰り返します___』

 

 学園艦の運用を管理・担当する船舶科からの艦上全域放送が流れている。

 内容としてはここより少し離れた海域に所在する諸島近辺に特殊生物の群れが現れ、それに自衛隊が出動…作戦が行われるため、黒森峰は航行ルートを一部変更し当初の寄港先に向かうと言うものだ。

 

「……五島列島ってすぐ近くじゃないか」

 

 北東の水平線へと首を向けながら呟いたのはハジメだった。黒森峰戦車道履修部生は戦車道ガレージ内で船舶科の放送を揃って聞き入っている。

 今は丁度、機甲科の全体早朝練習が終了し、整備科による戦車の点検整備がされているところであった。

 

「まぁた九州か…怪獣は九州がそんなに好きなんかね……」

 

 三度、特殊生物災害を文字通り目の当たりにしてきた者の一人であるヒカルがそう愚痴った。

 もう日本に出んのは勘弁してくれよ、と付け加えて。

 

 朝とはいえ真夏に照りつける太陽の日差しが入るガレージ内の室温は、屈強な整備科男子達でも流石にキツいようで、彼らの側に扇風機が置かれている中、各々が整備服(ツナギ)を脱いでアンダーシャツ、ランニングシャツ一枚などの軽装で工具を片手に戦車の整備を行っている。

 そしてガレージ内の空きスペース、機甲科の簡易ミーティングスペースではパイプ椅子と折り畳み式木製テーブルが設置され、エリカ達機甲科Aチーム(主力)メンバーとBチーム(控え)メンバーの少女達が今の時間…整備兼休憩時間明けの午前練習の打ち合わせをしていた。そんな彼女らもミーティングを一時中断して、練習内容を書き留めるためのメモ帳やノート、ペンに鉛筆を手に持ったままスピーカーから流れる艦内放送に耳を傾けていた。

 

 ちなみに、黒森峰機甲科内にはA、B、C、三つのチームが存在する。どのグループも、単独で他校と試合を組める規模で、メンバーの分け方は戦車道(競技)に対する実力を重視して決められている。無論、メンバー間のコミニュケーション能力といった間接材料にも目を向けられており、実力こそが全て…と言うわけではない。

 この三集団の設立は、女学園時代…夏季全国大会連覇開始前後の世代から始まったもので、十数年前と比較的最近行われた変革である。

 Aチームは、他スポーツでの所謂レギュラーメンバーやスターティングメンバーなるもので、高校全国レベル・大学レベルに匹敵する練度の履修生で構成される黒森峰高等部の最精鋭集団だ。このチームがよくテレビや新聞で取り上げられる「黒森峰戦車道チーム」である。実戦経験の差で三年生の割合が多く主力となっているが、実力で彼女らに迫る若しくは超えているエリカや小梅、レイラと言った二年生、一年生も多数所属している。

 Bチームは、上位集団にあたるAチームと比べて数段実力の劣るチーム…控え選手(ベンチウォーマー)が多数在籍する集団であると学園内外から思われている。が、その実、ギリギリの所で…あと一歩の所で振るい落とされてしまったAチーム相当の実力を持つ即戦力__「隠れレギュラー」の巣窟である。Aチームで何らかのトラブル等で欠員が生じた場合は即座に本チームから補填メンバーが投入されるぐらいには実力に差は無い。また、AチームとBチームでは実戦並びに訓練、チーム間紅白戦等による成績の上下によって昇格降格を懸けた火花散る激しい争いが行われている。

 最後のCチームは、ノウハウ、センス、体力、精神…戦車道に通ずるあらゆる要素において良くも悪くも中堅校上位止まりとされる二、三年生メンバーと、大多数の一年生___入学後即引き込みさえなければ、原則として一年生はこのチームに必ず最初に属する___で構成される集団である。また戦車を扱う訓練時間が最も少ないチームでもある。当チームは通常練習以外にABチームの訓練・試合準備補助と一年生の錬成が役割となっている。そのため、Bチームに届かない履修生達の練度上げ…だけでなく、一年生の教導機関と言う側面も持つ。なお、ここに属する二、三年生は皆燻らずに日々訓練・座学に励んでおり、そこで生まれる刺激と反骨精神を糧に短期間で才能を爆発的に開花させる者が毎年、毎月現れている。このように、他チームのサポートや一年生の成長への寄与、新戦力の発掘土壌と言うように、黒森峰機甲科内の「いらない人間の寄せ集め」ではなく、「無くてはならない必要不可欠な縁の下の力持ち集団」なのである。

 この三集団を持ってして夏季全国大会九連覇を黒森峰機甲科が成し遂げ、今日まで強豪名門と言われているのである。

 …また、「区別はすれど差別せず」の方針の下、各機甲科チームを1軍、2軍、3軍と呼ばないことが戦車道履修部内で代々暗黙のルールとなっていて、これが機甲科内の不必要な不和の発生防止に繋がっている。尤も、どのチームが崩れても戦車道履修部に暗雲が立ち込めることは皆が理解しており、互いのチームの役割、立場や意思を尊重しているため、進んで不仲を築いてやろうなどと考え口にして嘲ける者は今の所見られていない。

 

 こうした環境下で戦車道に励んできた歴代の履修生達が築き上げた雰囲気や体制が、現在のまほ、エリカ世代にまで受け継がれたことによって、正史世界であったとされる62回大会決勝敗戦時の機甲科(身内)生徒による西住みほへの責任追及やイジメと言った出来事が本史世界では起こらず、機甲科の大多数が西住みほ擁護側についた導因の一つとなっている。

 …しかし、こうした決定的な運命やその取り巻きの違いがあったのにも関わらず、外部からの心無い熾烈な干渉を受けてしまい本史世界でもまた「西住みほの転校」という事象は発生してしまったわけなのだが。

 

 

 閑話休題。

 

 

 黒森峰の航行ルート急遽変更と、新たな特殊生物の確認という話題は、ガレージ内を騒つかせるには十分なものだった。

 

「ネットニュースだと出たとこは姫神島で、今回は鳥型の怪獣ってことらしいぞ」

 

 一年整備科男子の宮崎(ミヤザキ)が軍手を外してスマホを弄り、周囲の同じ一年生整備士達にネット記事のページを映した画面を見せる。

 

「鳥型?……てことはサイズも鳥ぐらい?」

 

 両手を使ってぴよぴよと羽ばたく仕草を見せ聞き返したのは佐山(サヤマ)である。

 

「バカ。それとは比べ物にならないから特殊生物って言ってるんだろうが」

 

 おふざけ混じりの佐山の問いに横からツッコミの脳天チョップを炸裂させたのは彼らのまとめ役__田中(タナカ)である。

 お気づきの方が大半であると思われるが、先の宮崎少年と佐山少年は、あの佐世保…サンダース大附属高校との試合準備の際に、ハニトラに関する説教をユウとダイトからされた一年生二人である。

 

「ちょっとそこの一年メカニックトリオ、放送聞こえないから静かにして!」

 

 気の強そうな機甲科の二年生が三人の声量に叱責を飛ばしてきた。

 

「(あー、ゲシ子先輩に叱られたよ…)」

「(おい佐山やめろ!足文(アシフミ)先輩の前でそのあだ名口にするのはやめろ!!)」

「(本人はそれ気に入ってるわけじゃないからな!?)」

 

 整備科の一年衆が囁いた「ゲシ子」なるあだ名を持つ先輩…機甲科二年生の本名は足文(アシフミ)ランコである。彼女はAチームで〈V号戦車(パンター)G型〉の車長を務めている。

 彼女に関しては、史実(現実)世界にて「脇にヘッツァーがいる子」と呼ばれていることでお馴染みの少女と言った方が分かりやすいだろうか。

 なお、本史世界の彼女が「ゲシ子」と呼ばれるに至った理由は二つある。一つ目は、苗字の足文が()()()を連想させたから。そして二つ目は彼女が車長を担当する際のパンター操縦手に対する指示出し(蹴り方)が「結構いい所に入っちゃったデュクシ」並みに強く、それを常日頃の訓練で続けた結果、同級生の操縦手の内に眠っていたドM属性(マゾッ気)を呼び起こしてしまったから…である。

 しかし、怪我の功名(?)と言うべきか…その性癖開発事件以降、足文の指揮するパンターは機敏かつ繊細な動きを取れるようになったと言う。要は、蹴られ慣れた操縦手が、蹴りの微細な強弱を感じ取れるようになり、足文が理想とする機動を忠実にこなしてくれると言うワケだ。このように、図らずも隊員の練度向上に繋がってしまった本プチ事件を当時把握した機甲科隊長(西住まほ)は、暫くの間、隊長事務室で結果論として素直に喜んで良いものかと頭を抱えて一人悩みに悩んだらしい。

 

「ん〜?メカニック坊主達、なんか言った?」

 

 ゲシ子…もとい足文がギギギ、と首を一年衆の方に向け聞き返した。その顔は微笑み一色であったが、横線になった目の中の瞳は笑っていない。

 十中八九、三人のこそこそ話は聞こえていたものと推察される。

 

「「「い、いえ!何も言ってません!!」」」

 

 かつかつとこちらへ歩み寄ってくる満面の笑みの足文が放っているプレッシャーからか、背筋を正して直立不動の姿勢で返事をする一年衆三人。

 

「ん?言ってみ? 私は優しいセンパイだからさ、お話聞いてあげるから」

 

 お話とは即ち言い訳言い分を指しているのだろうと三人は直感した。「あ、やっぱこの先輩もう確信に入ってるじゃん…」と絶望しながら。

 

「ほら〜言え〜坊主達〜? 自主(自首)的に言ってくれないと…この半長靴(ブーツ)でゲシゲシと___」

 

 空手などの格闘技で見られる高難度技__三段蹴りのシャドートレーニングをしながら、さらに近づいてくる。あまりにも綺麗なフォームでしていたものだから、三人の口から「いやもう先輩カラテやってくださいよ」と出かけたが無理矢理喉の奥にしまった。

 

 あわやタイキック祭りの始まりか…と思われたその時、ガレージの奥の方から二人の救世主がやって来る。

 

「「___()()だけどもしかして呼んだ?」」

 

 なんかあったか?と聞きたげな顔で整備科二年生の、ヒカルとダイト…物理的坊主の先輩二人がやってきたのである。

 

「駒凪、佐々木の坊主の方(ダイト)、お前らじゃない!座ってろッ!!」

 

 これに顔真っ赤にしてツッコミを入れたのは足文である。散れ散れと、手の平でシッシッ!と振る動作をもってして巨漢坊主二人を追い返す。

 だが、それで毒気が抜かれたようで、「あの坊主達に免じて許してやろう…次は無いぞ!」と引き下がって機甲科の輪の方に戻って行った。

 

 一年生三人は、自分達の聞き間違いで追い返されてしょんぼりしつつガレージの日陰で座り込む二人の先輩の背中に感謝を込めて合掌したのだった。

 

 黒森峰学園の船舶科からの艦内全域放送は依然として続いているらしく、スピーカー越しでのアナウンスが何度も聞こえてくる。

 それが学園艦(こちら)に十数年前から無断で乗り込んで定着した本土出身の図々しいセミたちの大合唱と絶妙に重複して、夏の暑さを余計掻き立てていた。

 夏の暑さと言っても、実はまだ6月半ばなのだが……これも近年続いている地球規模の異常気象が原因なのだろうかと皆思っていた。

 

「海の上なのによ〜、なんでセミの鳴き声聞かないといけないんだよぉ……」グデー…

「ナギが溶けてるぞぉ…」ベター…

「ダイト、お前もだぞぉ…」ドロー…

 

 担当戦車の整備を終わらせガレージの日陰で放送そっちのけに地面で胡座かいて休憩していたヒカルとダイトが、早朝とは思えない気温からの洗礼を受けてやられていた。

 互いに舌を出して「うへ〜あぁっつい…」と気怠げで情けない声を上げており、先の足文との絡みなぞ無かったかのようなへばりっぷりであった。

 …本日は彼らが起きる前から今まで、毎時間国内の最高気温の記録が塗り替えられ続けていたりするので、無理もないかもしれない。

 

「あーららら……急にダウンしてどうしたのよ?」

 

 と、ユウがガレージ内に置かれた機甲科整備科共有のクーラーボックスの一つから頂戴してきた氷漬けのスポーツドリンク__500mLボトルを持ってやってきた。彼はそれを二人にそれぞれトスしてやる。

 すると坊主二人はトスされ宙で弧を描いていたボトルを片手でキャッチし、すぐに顔元に引き寄せ冷気を補給していた。それでもなお、「暑くて干からびそぉ…動いてないのに暑いよぉ」とうわ言のように呟いている。

 

「まだ朝だし、メシ前だけど…しょうがない。待ってろ、ちょっとコンビニでアイス買ってくる」

 

 そんな仲間達の様子を見兼ねた、或いは呆れを通り越して哀れに思ったハジメが、ツナギズボンのポケットから財布を取り出し中身を確認しつつ、整備科の灰色制帽を被りコンビニへ繰り出す準備をしていた。

 

「あ〜神様仏様ストームリーダー様ぁ〜!ありがとうございますぅ〜!」

「願わくば…願わくばハーゲンのダッツをくだされぇ」

 

 念じるように強く手を合わせ正座合掌に入ったヒカルとダイト。ここまでテンションの管理と身体の制御が効くのなら、もしやアイスはいらないのでは…とハジメは訝しみ始めた。

 

「おい、しれっと高いもんを頼むんじゃない」

 

 そんなしょうもないやりとりをしているとハジメの横からエリカが話に入ってくる。

 

「――それなら私はミカンシャーベットね♪」

 

 アイスの単語を耳にしそれに惹かれたのだろう。背後からポンっと、ハジメの肩に手を当てて上機嫌な顔でリクエストを投げてきた。

 ちなみにエリカの言った「ミカンシャーベット」に該当する氷菓子の正式名称は、"ミカン(ボール)"だったりする。懐菓子(なつかし)__昭和から続く人気元祖古参菓子として有名で「シャーベット・フルーツ(ボール)シリーズ」に属するものの一つである。今需要が増加しているのは、先述のミカン、メロン、モモ、スイカ、リンゴの五つなんだとか。

 

「え…」

 

 エリカの方をマジマジと見るハジメ。

 

「なによ。私も食べたいのよ」

 

 何か文句でもあるの、と不機嫌そうな顔になったエリカに、ハジメは自身が懸念していることを口にした。いや、してしまった。

 結論から言ってしまえば、この一言は悪手以外のなにものでもなかった。

 

 

 

「た、食べたらふ、ふ………太らない?」

 

 

 

 それはもうとんでもない1000メガトン級を優に超える爆弾発言であった。遠慮がちに、申し訳なさそうに言ってもその発言の威力をカバーできる範疇は軽く超えていた。

 傍にいたユウは笑顔が消え青くなっているし、ヒカルとダイトは正座したままハジメに向けて十字を切って再び合掌している。

 これを聞いたエリカは顔面を真っ赤にさせて即座にかの幼馴染の首を背後から絞めにかかった。ハジメがギブアップだと言って結構な頻度でタップしてきたためエリカは緩めてやるが、今から買ってくるであろうアイスのような冷めた目つきで、ぜーぜーと肩で呼吸して膝をついている幼馴染を見下ろし睨む。

 そこからは烈火の如き叫びがガレージ内に轟いた。

 

「……アンタねぇ、女子にそんなこと言うんじゃないわよ!!! 倍よ!倍!!倍の量のアイス買って来なさい!それも隊長と小梅、レイラ…私たち機甲科全員の分もね!!」

 

 捲し立てるエリカ。今回はデリカシーの欠片も無い、年頃の少女にとってタブーな質問をしたハジメが十割悪い。

 

 …なぜ彼がこのようなナチュラル蛮行に及んでしまったのか…それは彼の食事に対する健康観が主な要因であったりする。

 ハジメは普段からあまり間食を___糖分、水分といった栄養補給や、肉体鍛錬(日課)のプロテイン摂取等の例外を抜きにすれば___摂らない。元より、ハジメ少年は嗜む程度には菓子類は摘むが、積極的にそして衝動的に手をつけるタイプでは無い。それにエリカが教室やガレージで友人達と「ちょっと体重かさんだかも…」のようなトークを常日頃からハジメ少年が耳にしていたことが重なり、こうなったとしか言えなかった。ちなみにエリカの体重増量はバストアップとヒップアップによるものだとハジメ少年はおろか彼女本人も気づいていない。

 今回の発言は単純に幼馴染の彼女の健康を想ってのものだったが、些か言葉足らず過ぎた。

 

「えぇ!? それだともっと太るん___「いい?買ってきなさい?」___…は、はい……」

 

 こりもせずにハジメが再度体重に関するタブーを口にすることはエリカのドスの効いた声で阻まれた。

 

「なんだ、ハジメ君。私たちの分もアイスを買ってきてくれるのか? ありがとう。ストームリーダー」

 

 更に、まほが話に入ってきたため逃げ場が余計無くなり、その彼女のダメ押しとも取れる一言でエリカの提示した履修部生全員への氷菓子奢りから逃れる術が、逃走経路がたった今消しとばされた。

 まほの輝く瞳には期待の光が宿っており、それを裏切ることはハジメには出来ず結局は戦車道履修生たちにアイスを買ってくることになったのだった。

 ガックシと項垂れているハジメを他所に、機甲科AB両チームと、整備の補助に回っていたCチームの女子たちは皆大喜びだった。

 

「……しゃーない。イッチ、チャリ貸してくれない? 今日徒歩登校だったんだ」

 

 機甲科のお祭り騒ぎを耳にして、まほの〈VI号戦車(ティーガーⅠ)〉を見ていたマモルもやってきた。

 彼はハジメの頼みを快諾する。

 

「全然いいよ。はい、鍵」

 

 チャリン、とデフォルメ化された柴犬のストラップ付きのキーが音を立ててハジメの手の平に渡された。

 それを見ていたユウが__

 

「よし。なら俺とダイトのチーム佐々木も手伝うか………あ、ダイトはナギと一緒に溶けてるな。――まあ俺も一緒に行くよ百人以上だろ? コンビニじゃなくてスーパーで箱で買ってドライアイス詰め込んで輸送しよう」

 

 __アイス運搬役に名乗りを上げてくれた。

 ユウの言うように、これだけの人数のアイス…安いカップ型やバー型でも備蓄、単価を考えればコンビニよりも食品スーパーの方が良いだろう。

 

「そうだね。そのプランでいこう。……それで、軍資金は?」

 

 ユウの提案に異論は無かった。

 出発の前…最後にハジメはアイス購入遠征のための補助金銭を目の前の機甲科隊長(まほ)並びに副隊長(エリカ)に求めた。

 二人は、ハジメが差し出してきた右手を見てからお互い顔を見合わせ、首を傾げてから代表してエリカが口を開いた。

 

 

 

「何? 全部アンタ持ちに決まってるじゃない」

 

 

 

 その言葉は、本日の早朝練習に参加した履修生総勢およそ100名のアイスを支援なしで丸々自腹で買って来いよと言うお達しに等しかった。

 

「ええええ!そんなぁ!!」

 

―――ジリリリリリッ!!!!

 

 ハジメの悲鳴が上がった直後、先ほどまでの喧騒すべてを掻き消すかのような甲高い非常ベルと国民保護サイレンが船舶科からの新たな艦内全域放送と共にガレージ内の各所スピーカーから流れ始めた。

 

『至急至急、自衛隊からの緊急連絡です!!現在、太平洋西部から五島列島方面へ向かって高速で飛行する巨大な未確認反応を感知したと通達がありました!!以降同反応を"フルー1"と呼称します!!――現在"フルー1"の予測進路上に本艦が位置しているとのことです!!よってこれより本艦は回避運動を取ります!!――"フルー1"は新たな特殊生物である可能性が高く、先程本艦の護衛である"あさひ"、"たかなみ"の2隻が"フルー1"に対して対空誘導弾による迎撃措置へと移ることが通達されました!――そのため、避難訓練時と同様に艦内住民の皆さんはフロートブロック内の多目的シェルターへと避難を開始してください!!各シェルター入り口までの移動が困難な方は艦中央部の黒森峰学園への避難をお願いします!!避難誘導は艦内警察並びに消防隊の方々が担当します!落ち着いて、指示に従ってください!!――繰り返します!!_____』

 

 非常時を告げる放送と共に、穏やかで何気ない日常が再び姿を消した。

 

「…どうやらアイスはお預けみたいだな」

 

 緊急放送の内容からして、今から早急に避難を開始しなければならない。

 ユウの呟きの通り、アイスなぞ買いに行ける状況では無くなった。

 

「早く校内の第2シェルターに行こう!あそこならここから10分もかからない!!」

 

 ハジメがすぐ頭を切り替え、声を張り上げた。

 

「ハジメ君の言った通り、全履修生は第2シェルターに避難する!!急ごう!!」

 

「「「はい!!」」」

「「「了解!!」」」

 

 まほがそれに続いて号令を発したことを端にして機甲科整備科共にシェルターへの避難を開始することとなった。

 

 

 

(どこかでイルマと入れ替われるタイミングを見つけないと……)

 

 まほ、エリカ、ハジメを先頭として、戦車道履修生達は固まってシェルターへと駆け足で向かっていた。

 ハジメは背後のメンバーの様子を見つつ、変身の機会を伺っていた。

 

「まもなくシェルター前だ!皆んな、列を乱さずそのまま___」

 

 ハジメ達が校内シェルターのゲートまで残り100mを切った時だった。

 

―――シュバァアアアーーーッ!!! ゴォオオオオオオオオ!!!

 

 まほの呼び掛けを掻き消す轟音。

 それは2隻の護衛艦から未確認大型飛行物体"フルー1"迎撃の為の、個艦防空ミサイル__"RIM-162 ESSM(発展型シースパロー)"斉射の合図であった。

 学園の校庭からでも、護衛艦から空へ伸びていく十数の白い尾__艦対空ミサイルの飛翔がハッキリと見える。

 

「やばい!おっ始まったぞ!!」

 

 バーナーを吹かして飛んでいくミサイル群を見て、ヒカルが叫んだ。

 

「対空戦闘…? もう怪獣が来たの!?」

 

 エリカも怪訝な表情で、走りながら周囲の空を見回す。

 会敵する距離も時間も…こちらが避難を終えるぐらいまでは余裕があると予想していたが故にだ。

 

「怪獣はどこに…」

「そんなの…………ん?……あれか?」

「クッソでかい…カメ…が、飛んでる?」

「か、カメ?」

 

 ヒカルが気づき、他のメンバーも()()…空に浮かぶ親指サイズの不可思議な黒点を見つける。

 

「早くね?まだ時間があるはず…」

 

 目視できる距離まで、超高速で"フルー1"と思われる黒点が迫ってきている…それはつまり____

 

「!! こっちに来る!! エリさん、伏せて!!」

 

____黒森峰に到達するまで秒読みの段階であるという事である。

 

「え!? 何!?」

 

 ハジメの声により周囲の生徒たちも一斉にその場で伏せる。当のハジメはエリカに覆いかぶさって彼女を脅威から守る動きを取った。

 その直後、ハジメたちの真上を音速で()()()()()()に頭と翼が生えたような巨大な亀の如き怪獣が通り過ぎていった。

 それから暫し遅れて空気の衝撃が、学園艦全体に到達し、校庭は凄まじい砂嵐が吹き荒れ、まともに息も出来ない状況となった。

 

「前が見えねぇ!!」

 

 ダイトが両腕を顔の前で交差させた防御姿勢を保ちながら口を開く。しかしその後すぐに砂が口内へ入ったらしく、「ぶふぉあっ!?」と激しくむせ込んだ。

 

「けほっ!――皆んな、怪我はしていないか!!」

 

 砂嵐が収まり、視界が晴れ呼吸ができるようになると、まほは周囲を見渡しながら立ち上がり、地面に伏せているメンバー達の無事を確認するために声を張り上げた。

 うつ伏せ状態の面々から返事がぼちぼち返ってくる。目立った外傷は誰も負ってはおらず、取り敢えず全員が五体満足であると分かった。

 

「な、なんとか大丈夫です、まほさん…」

 

 口元に付いた砂をツナギの袖で拭いながらマモルが自身の安否を伝える。

 

「見えたと思ったらもう目の前だった……どれだけ速いんだよ、アイツ…」

 

 ユウも目を擦りながら何とか立ち上がっていた。

 

「か、カメっぽい見た目して飛んでんじゃねぇよ…ゴホッ!ゲホゲホッ!」

 

 ヒカルはヒカルでむせながらも学園艦の真上を通過した存在に対してツッコミを入れていた。

 

 艦直上を通過した件の巨大飛行物体("フルー1")は、護衛艦による対空砲火の尽くを交わして、北東の空へそのまま悠々と向かっていくのが見えた。

 

 ハジメはまほよりも早く立ち上がっており、手でツナギの懐にあるアルファカプセルを握っていた。

 あのカメモドキが空中で旋回し、こちらへ戻ってきた時に迎え撃とうとしてである。

 

「こうなったら…」

 

 学園艦が襲われれば、エリカやマモル、ヒカルと言った大切な仲間達の命が失われると思ったハジメは、正体がバレてしまってもいいと、アルファカプセルを用いて変身しようとした時だった。

 

《…待て。若き"星の戦士"よ……()()ギャオスは…私が倒す。手出しはするな…》

 

 幼少の頃に体験したモノと似たような感覚に襲われた。

 それは、"星の声"との出逢いの際に経験した念話(テレパシー)そのものだった。

 

「な…!?……お前は…」

 

 「手出しは無用」という制止の念話は"フルー1"からのものであるとハジメは驚愕の中で直感した。

 どうやら相手はこちら…ハジメの正体を知っており、人間に危害を加えるつもりは無いようだ。"フルー1"は何かしらの使命…「災影」なる存在__恐らくは、五島列島に出現したとされる、鳥型特殊生物のことを指しているのだろう__の撃破を果たすため姿を現したのだと考えるのが自然か。

 

 ハジメに名を問われた"フルー1"…否、玄武はそれに答えた。

 

《――我が名は…()()()。…命あるこの星を守る者……》

 

 ハジメの知り得ていなかった別個の守護者__ガメラ。

 

「………あれが…お前が、ガメラ…」

 

 彼は名乗りを終えると、更に数段加速し災影の巣食う姫神島へと向かっていった。

 ハジメはアルファカプセルを握る手の力を緩め、懐から手を戻し、北東の朝空へと飛んで行くガメラの後ろ姿を、エリカに呼び掛けられるまで見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

____

 

 

 

ガメラ黒森峰直上通過より数分前

 

 

 

姫神島 東50km沖洋上

 

 

日本国海上自衛隊第2護衛隊群 第2護衛隊

"海伏作戦"参加艦艇旗艦

航空護衛艦 "いぶき" 戦闘指揮所(CIC)

 

 

 

 艦隊の頭脳であり心臓でもある"いぶき"CICではクルーが慌ただしく動いていた。

 

「島の海岸は乱戦状態。鳥型…呼称はギャオスだったか…は、レーダーで捕捉できているが。――各艦の対空誘導弾の射撃は待機だろう…」

「いつでも発射できるよう、攻撃目標の割り当てはやっておけ!目標の重複に注意。各艦との情報伝達を密にせよ!」

E-2D(ホークアイ)、太平洋側の未確認大型反応(アンノウンⅡ)を追跡中。…同目標の飛行針路並びに機動変わらず!凡そ十数分後に大型学園艦(黒森峰)と交差する計算です!!」

「同艦護衛の"あさひ"、"たかなみ"、ESSMの発射態勢への移行を確認!」

「"第901飛行隊(アルバトロス隊)"、姫神島上空現着まで残り2分!間もなく()()誘導弾の射程圏に島全体が入ります!!」

『"いぶき"航空管制より、アルバトロス。貴隊はギャオス群を捕捉し次第、これを撃滅せよ』

 

 彼らは、姫神島の鳥型…ギャオスの群れと、太平洋より突如として現出した大型…ガメラ__"フルー1"改め、自衛隊識別名"アンノウンⅡ"__両方の対応に追われていた。

 

『アルバトロスリーダー了解。空域到着後、上陸部隊撤収の支援のため、即座に"空対空徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル)"を用いた精密攻撃を敢行する』

 

 本来の任務であるギャオス撃滅と、イレギュラーな"アンノウンⅡ"迎撃…この二つを艦隊は成さねばならなかった。

 そしてこの二つの事象の他に、もう一つ。艦隊が頭を悩ませるに足る事象があった。

 

「――新波(ニイナミ)艦長!作戦空域に侵入した民間ヘリはやはりこちらの呼びかけに応じる様子は一切ありません!」

「"いせ"の〈SH-60K(シーホーク)〉が現在追跡中。呼びかけを続けていますが動きに変化無し!このままだと姫神島上空に到達します!!」

 

 マスコミ…笑顔テレビ報道ヘリの戦闘空域侵入への対応であった。

 

「ううむ…通信回線の全てを遮断しているのか……くそっ、死んだら元も子もないぞ!」

 

 艦橋から艦内CICに移動していた"いぶき"艦長、新波歳也(ニイナミ・トシヤ)一等海佐は連絡要員からの報告を聞いて頭を抱える。

 彼は脳内にて情報を精査・整理した後、今回"いぶき"に乗艦している第2護衛隊群司令、梅津三郎(ウメヅ・サブロウ)海将補に次なる対応について意見を交わす。

 

「―――梅津群司令、鳥型特殊生物…ギャオスの群れも十分な脅威ですが、黒森峰学園へと現在向かっている未確認反応"アンノウンⅡ"にも対応しなければなりません。そこで、イージス艦である"あしがら"をアルバトロス隊の援護に回し、"はるさめ"を迎撃行動に入っている学園艦護衛艦艇群の"あさひ"、"たかなみ"と連携させ"アンノウンⅡ"に対してミサイルによる波状飽和攻撃を仕掛けます。そして万一に備えて"第902飛行隊(スパロウ隊)"を艦隊直掩、そして"アンノウンⅡ"への追撃に回すということで…よろしいでしょうか」

 

「まあよかろう。…鳥型への対応も重要であるが、学園艦の被害発生を許し、あまつさえ撃沈されたと言うことになれば途方も無い数多くの人命が海に没することは目に見えている。本来の作戦内容には無いが、現在我が艦隊には特殊防衛出動の命が下っている。作戦領域内に出現した新たな特殊生物…"アンノウンⅡ"への即応は我々の仕事と言えよう。私は、艦長の案を支持する」

 

 二正面での同時作戦行動…若干の懸念材料があれども、本艦隊の今後の動きが梅津群司令に承認され、決定が為された。

 

「民間ヘリは、どうしますか?」

 

 懸念材料の大元、報道ヘリの対応を新波艦長は梅津群司令に伺う。

 

「――なぜここまで来たのかは甚だ疑問ではあるが、彼らマスコミも熊本特災…コッヴ出現時からはある程度は学習している、はずだ。先程の報告によれば既に上陸部隊が襲いかかってきた小型種に対して対戦車砲と車載自動擲弾銃を使用し、これを撃破している。島では戦端が既に開いている。警告は…したのだ。こうなってしまえば彼らの動きを信じるしかあるまい」

 

「……分かりました。作戦は変更せず続行させます」

 

 改めて新波艦長は作戦を進めるべくクルーたちへ指示を飛ばす。

 そんな中、さらなる事態急変の報が転がり込んできた。

 

「――報告!たった今"アンノウンⅡ"が学園艦上空を通過。"はるさめ"のカバーは間に合わず、三艦同時迎撃は失敗した模様!!誘導弾は全弾命中せず!!___対象は姫神島方向へ尚も飛行を継続中!!このままでは撤収中の上陸部隊とアルバトロス隊が挟撃を受けます!!」

 

「何っ!? 早すぎるぞ!迎撃準備が整ってから対応が可能ではなかったのか!?」

 

 "アンノウンⅡ"は護衛艦の誘導弾攻撃を看破し、しかもこちらが敷いた迎撃網を大した損害を被ることなく突破。そして学園艦上空を難なく通過して見せたのだと言う。

 

「そ、それがミサイル発射タイミングの前後で、"アンノウンⅡ"は瞬間的に加速…マッハ1.5からマッハ7へと速度を急激に上げ、こちらの攻撃を全て回避したとのことです!!」

 

 新波艦長は己の耳から入った報告の詳細を疑ってしまった。それが事実ならば、ミサイルの追尾能力を凌駕する機動性を有する"アンノウンⅡ"への有効な手札は艦隊に無いと言える。

 

「"アルファ(メルバ)"のマッハ6を凌ぐマッハ7、だと……!? ――学園艦の被害状況は!」

 

 兎に角情報の再整理が必要だとして、"アンノウンⅡ"が真上を飛翔した学園艦__黒森峰の現状を尋ねた。

 

「――――死傷者はゼロ、艦上並びに艦内設備に損害無し…とのことです!」

 

 特殊生物の接近を許し、防げなかったために甚大な被害が出てもおかしくは無いと誰もが思っていた。

 しかし、その予想に反して学園艦は健在。黒森峰学園の運用要員…同校の船舶科生徒からの報告によれば、件の"アンノウンⅡ"の動きは艦上空を通過しただけに留まり、攻撃は受けず特筆すべき被害は確認されていないとのことであった。

 この奇跡的な報告を聞き、新波艦長ら全クルーは一時的ながら安堵した。されどもその余韻に浸り続けられる余裕も暇も無い。

 新波艦長はすぐさま新たな指示を飛ばす。

 

「……アルバトロス隊に緊急連絡!『こちらは"アンノウンⅡ"の迎撃に失敗、後方から同目標が高速で接近中、警戒せよ』と!!スパロウ隊は全機発艦完了後、即座に"アンノウンⅡ"の追撃に入らせろ!!」

 

「了!!」

 

 別の要員を掴まえ、"アンノウンⅡ"の詳細を求めた。

 

「"あさひ"、"たかなみ"から"アンノウンⅡ"の情報は上がってきているか! かの存在の外見、体長、能力、その他の要素で分かっているものだけでいい!!」

 

「っは!!――二隻からの報告では、目視にて確認した"アンノウンⅡ"の外形は巨大なウミガメ若しくはリクガメであり、前脚からは飛翼、後ろ脚は…信じられない話ですが、それをジェット機構化し推進、高速飛行しているとのことです」

 

「…巨大なカメ、だと?」

 

 あまりに突飛な情報の数々に新波艦長が一瞬硬直した。

 

「はい。カメです」

 

 連絡要員は淡々と答えた。

 

「………その巨大なカメが、翼を広げて現代の戦闘機よろしくジェット噴射で空を飛んでるというのか」

 

 鳥型__ギャオスはまだ分かる。鳥型と呼称されている通り、既知の鳥類と同じ飛行器官、飛行手段に準じていると理解できるからだ。

 しかし、既知の四足爬虫類__カメは種によって陸を這い、海を泳ぐが、空を飛ばない。

 

「その認識で間違いないかと…」

 

 連絡要員のクルーにも困惑の表情が滲み出ていた。自分の報告はこれで合ってるのだろうか…と言うような一抹の不安を持っているようだった。

 

 あまりに現実から剥離している…などとは言えなかった。相手は()()地球生物ではない。その枠組みの外側に在り、人類の常識が通じる例は皆無な存在…怪獣なのだから。

 

 新波君、と梅津群司令が艦長に声を掛けた。

 

「……どうやら、我々はまだ()()を『自分達の常識の範疇に収まるものである』とどこか勘違い…いや、そう纏めようとしていたようだ」

 

「はい…そのようです梅津司令…」

 

 人類は今後も自らの常識を無慈悲に幾度となく覆され、叩き潰されるだろう。

 人々は凝り固まった考え方を改めなければならなかった。

 

「……しかし、それもよかろう。反省は幾らでも後から出来るのだから。今出来ることを全力で遂行するのが我々の仕事だ」

 

 より良き今後に繋ぐため…今、できること、やるべきこと、やらねばならぬこと…喫緊のものはいくつもあった。

 新波艦長は感情を切り替える。

 

「――はい!!……黒森峰学園艦と護衛艦艇群は当海域から離脱させろ!!  "はるさめ"には"あしがら"のカバーをさせるんだ!アルバトロス隊の射撃確認に合わせて攻撃!民間機に退避勧告をしているシーホークを呼び戻せ!このままだとやられるぞ!!――その民間機の方はどうなっている!?」

 

「相変わらずこちらの呼びかけには応答しません。………__「おい、これ…」__なんだ、ん?……あっ!!」

 

 報告していたクルーが別のクルーからとある画面に映っている()()を横から見せられると突然大声を上げた。

 

「どうした?」

 

 何らかの…別個の問題が新たに発生したのか、と新波艦長が問う。

 

「そ、それが!」

 

 焦った様子のクルーは次の言葉を繋げられずにいた。

 

「か、艦長、司令!見てください!! 例の民間機が、姫神島の生中継を開始しています!!」

 

 その報告と同時にCICの中央大型モニターに、笑顔テレビの現地中継映像を流している動画サイトの画面が映された。

 

「な! ついにやりやがった!!」

「トッキョーと水機団の戦闘を映しているのか?」

「しかし、対空レーダーで探知した数よりも動画に映っている鳥型の数が多くはないか…?二倍はいるように見える」

「あれがギャオスか。想像よりもデカい…!!あんなのが人を食うのか」

「あんなとこ飛んでたら死ぬぞ!」

 

 モニターを見る"いぶき"クルー達は気が気では無かった。誰かが呟いたギャオスの()()()()()()()()()も気になりはしたが、この時は新波艦長、梅津群司令をはじめとした全員が、報道ヘリ乗員の人命の方に意識が大きく傾いていた。

 

 

 

 そんな折、アルバトロス隊の方で動きがあった。

 

『アルバトロスリーダーから"いぶき"へ。鳥型特殊生物が徹甲誘導弾の射程範囲内に入った。これより対象を撃滅する。』

 

『こちら"いぶき"管制。了解、やってくれ』

 

 アルバトロスリーダーは一度小さく呼吸を挟んでから意を決して口を開いた。

 

『――アルバトロスリーダーからアルバトロス全機。いいか? 奴らは歩兵火力で撃破可能なほど防御力は低い。しかし、先程"いぶき"が受け取った上陸部隊からの報告によれば、これまでの特殊生物らのような、光線発射器官を口部に備えているとのことだ。ナメてかかるなよ。全機、攻撃開始!!FOX2!FOX2!!』

 

『FOX2!』

 『FOX2!』

  『FOX2!』

 

 攻撃開始の号令を皮切りに、アルバトロス隊のF-35全8機はギャオスに対し新型誘導弾__フルメタルミサイルによる攻撃を開始した。

 銀の大杭が、白線を幾本も描いて飛翔する。

 

 

 

 そして―――

 

 

 

『だ、ダメだ! こちらスパロウ3!"アンノウンⅡ"に空対空誘導弾は効果無し!!』

『こっちのことなんざ気にもしてない!』

『くそっ!!姫神島に着いちまうぞ!!』

 

 ―――"アンノウンⅡ(ガメラ)"追撃の任を請け負った第902飛行隊__スパロウ隊F-35全8機は通常誘導弾による同目標の撃墜を狙っていた。

 が、ガメラに対しては今一つでしかなく、特殊生物特効とされる新型誘導弾…フルメタルミサイルを積まずに急遽スクランブルした彼らに、かの怪獣へ有効打を与えることは出来ておらず、こちらが追い付ける速度で相手が飛行しているのに、絶好の大的であるのに、と歯痒い思いをしていた。

 

『諦めるな。全機、機関砲で各部位を狙え。どんな生物も()()は弱い』

 

 焦りを募らせる同隊隊員らを、スパロウリーダーが鼓舞する。

 

『『『了!!』』』

 

 ガメラの姫神島到達まで、間もなくであった。

 

 

 

____

 

 

 

 姫神島上空

 

 

 

 ―――バタバタバタバタバタッ!!!

 

「見えていますか!?現在、姫神島の周りには鳥のような怪獣の群れが飛んでいます!!そして島民救助のためか、それとも鳥型怪獣の撃破のためか、自衛隊と思われる部隊が海岸で小型種との戦闘を続けています!ここからでもチカチカと射撃による光がハッキリと確認できます!!」

 

 戦闘領域と化した姫神島上空。笑顔テレビ報道ヘリは間近に映る戦闘を、美代による実況を加えて中継していた。

 彼女らの眼下、姫神島南部の砂丘海岸には、大小様々なギャオスに砲火を浴びせながら海上へと駆ける5輌の装軌装甲車があった。

 

 あの水陸両用車群は撤退の動きに移ったみたいだ、と美代が思っていると、飛行中だった複数のギャオスが突如銀に煌めく何かに穿たれほぼ同じタイミングで爆散した。

 新たな銀の飛槍がまた別のギャオスに突き刺さり、同様に爆ぜた。

 

「あっ!空中にいた何体かが爆発しました!さらにまた数匹!いったい何が……あ!自衛隊の戦闘機です!!さきほどのはミサイルによる攻撃だった模様です!!」

 

 直後、必中の空飛ぶ銀槍を放った主達が空よりやってきた。

 爆音を轟かせながら自衛隊のF-35戦闘機8機が姫神島上空をフライパスし、小さく旋回を挟むと素早く誘導弾を__ 戦闘機(乱入者)に驚いてホバリングし威嚇の咆哮を上げる無防備な状態だった__ギャオス数体に叩き込んだ。

 そして間髪入れず、機体中央下部に備える機関砲ポッドが火を噴きさらにギャオスを撃墜。正に獅子奮迅の大立ち回りと言えた。航空優勢は自衛隊側に傾きつつあった。

 

「やばいっすよ…茅原さん。この空域にいつまでもいたら…!」

 

「シーッ!今増子ちゃん頑張ってるから!」

 

 その時だった。上陸部隊車輌を囲っていた準中型のギャオス一匹が突然頭を上げたかと思えば、空へ飛翔した悠々と上空で傍観していた美代たちの乗る報道ヘリに狙いを定め迫ってきたのである。副操縦士が危惧した通りの最悪の展開だった。

 

「ああっ!!一匹こっちに来たあ!!!」

 

 それを目視で気づいた副操縦士が涙混じりで悲鳴を上げた。

 

 

 

『隊長!!一匹、ヘリの方に!!』

『くそっ!間に合わん!!!』

『レーダーに映らん個体がいるぞ!」

『アイツら、デカければデカいほどレーダーに反応しない!!それで当たらなかったんだ!!』

 

 アルバトロス隊のどのF-35も、報道ヘリに接近するギャオスを捌ける状態には無かった。

 

「ブレイク!ブレイク!!…ああ、ダメだ!間に合わない!!」

 

 ギャオスはヘリの側面に突っ込もうと首を突き出しながらさらに加速する。回避機動を今からしようにも間に合わない。

 

「うわああああ!!!!」

「きゃあっ!!」

「最後まで俺は撮るからなっ!!」

 

 絶対絶命。運命は決められていたかに思えた。

 空飛ぶおぞましい化け物…ギャオスが口をガパっと開けてサメを思わせる何十にも生え揃った鋭利な歯を見せて突っ込んでくる。

 

ギャオオオーー!グェッ……!

 

 されども…それは横から突出してきた火の玉…いや、火の玉と言うには些か巨大過ぎる火球に阻まれた。

 その轟々と真っ赤に燃え盛る巨大な球状の炎塊___"プラズマ火球"は、翼長凡そ50mはくだらない準中型ギャオスに()()したかと思えば、瞬く間にそれを飲み込み、空の彼方へ連れ去った。

 

「あっつ!?な、なんだ!?」

「……助かったのか?」

「自衛隊……?」

 

「いえ、違う。火の玉が飛んできて……今のは…」

 

 笑顔テレビ報道班の面々は、眼前で起こったギャオスの()()という差し迫っていた危機の消滅に目を丸くすることしかできなかった。

 彼らはギャオスを消し飛ばした火球が飛んできた方向を本能的に見た。

 刹那、ヘリのすぐ真横を黒く無骨な巨影が、アクアマリンの閃光と、ジェットエンジンと聞き違える重音と共に通り過ぎていった。

 

「うっ――もしかしてあれが、助けてくれたのか?俺たちを?」

「新しい怪獣じゃないか……!」

「鳥型を一発のファイアボールで堕としちまった」

「何がなんなんすか!?」

 

「でも不思議……あれは、敵じゃない…」

 

 美代達の窮地を救ったのはスパロウ隊の追撃を振り切ってやってきた守護獣___ガメラである。

 ガメラは、ヘリに襲いかかっていた個体を滅殺すると、姫神島南部漁港区域に瓦礫を盛大に巻き上げながら後ろ脚を出して着地。海岸を飛び回るギャオスの群れを睨むと、空に向かって自身の存在を誇示するかのような大咆哮を上げた。

 

ガァアアアアアーーーーー!!!

 

 あまりの音量に、大気がビリビリと振動し、生物の鼓膜を等しく揺さぶる。

 F-35とのドッグファイトをしていた___群れの個体数は著しく減少している___ギャオスらは、ガメラの雄叫びを耳にした途端、ピタリと戦闘機への攻撃を中止してガメラに襲いかかった。

 まるで、本能がそうさせているかのようである。あれは何が何でも殺さねばならぬ、と思っているようにも感じられた。

 

――キュオオオオオーン!!

 

 しかしギャオスの群れ残党の統率者、或いは君臨者と目される、大型に準ずるサイズの個体計四体は、その巨躯に見合わぬ動きを取った。

 他の同胞達がガメラに一目散に突撃する中で、なんと、自らの身を海原に()()()()()のである。

 それらは高速で海面に突入しその後浮上は確認されなかった。ガメラとの力量差を悟り、自死を選んだのだろうか。()()()()まだ分からなかった。

 

 そんな思索を巡らせている間に、残存ギャオス群とガメラの正面戦闘が勃発した。

 

 その様子を報道班のカメラは未だノンストップで映していた。混乱から立ち直った美代達は危険を顧みずさらに報道を続ける。

 

「――先程、我々報道班ヘリに襲いかかってきた鳥型怪獣を、それらより更に巨大な怪獣…カメ型怪獣が火炎攻撃で撃破しました!!我々を守るかのような行動取ったカメ型怪獣……これは偶然なのでしょうか!怪獣同士の――」

 

 

____

 

 

 

同国関東地方 茨城県東茨城郡 大洗町

茨城港 学園艦停泊地

学園艦 県立大洗女子学園 学生寮

 

 

 

『―――激しい戦闘が続いています!!』

 

 

 西住みほも姫神島生中継映像をテレビで見ている人間の一人であった。

 本日、大洗女子学園は中等部高等部共に午後授業である。そのため彼女は、今日は朝イチより自室でテレビを…ピイ助をリビング中央に置いてある丸テーブルの上に乗せて共に見漁っていたのである。

 

 みほは、画面に映るガメラと目の前のピイ助を何度も見比べる。

 

「あの怪獣って………どうみても、大きなカメ…だよね? もしかして、ピイ助のお母さんとか、お父さんだったりするのかな?――――ピイ助?」

 

 謎の動力で空を飛び、炎を吐いてギャオスの群れと対峙する二足歩行のカメ型巨大怪獣__ガメラが、ピイ助と似ていると、みほがピイ助をガメラの雛…幼生体、或いは近縁種なのではないかと考えられるぐらいには、共通点は揃っていた。

 もしも、仮にそうであるならば今まで小さな同居人が披露してきた不思議な能力についても大方の説明がつく。

 

 彼女がピイ助に問い掛けても向こうは返事の鳴き声を上げなかった。

 珍しい。今までこんなことは無かった。こちらが声を掛ければ健気に返事をしてくれたのに、とみほは思った。

 

 ピイ助は飼い主そっちのけで、テレビの中のガメラをジッと見つめ続けている。

 

 …この様子を見るに、ガメラは親、もしくは兄弟、同胞と言ったそれらに近い存在だから、ピイ助は気になって目が離せないのだろうか?

 はたまた、室内犬や家猫のように、自分と似た姿をした存在が画面に映っているから興味を示しているだけなのだろうか?

 それはみほには分からない。

 しかしその時、自身の首に掛けていた__以前ピイ助と共に拾った__陰陽玉状の、琥珀の勾玉がいつの間にか鼓動の如くオレンジに点滅し、熱まで帯びていることにみほは気づいた。

 驚きつつも彼女はそれを両の手で優しく握って胸元に寄せてみる。

 

「………あったかい。優しい光……」

 

 すると、じんわりと、暖かい何かが体の中心から隅々にまで広がっていく心地良い感覚を覚える。

 不快では無かった。寧ろ、苦もなく受け入れられる尊いもの…今では忘れてしまった大切なモノを呼び起こしてくれるような、懐かしいモノだった。

 

 目を閉じ、勾玉の鼓動に意識を向けていたみほは気づいていなかった。

 小さな同居人…小亀のピイ助の、その身体が勾玉と同様に―――

 

「………」

 

―――仄かに紅い輝きを放っていることに。

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 第10夜まで読んでいただき、ありがとうございます。この後書き編集時点で例のしんさくの3週目に突入した投稿者の逃げるレッドです。
 なんでごすが死ななあかんのや…あと大豊娘娘ってなんなんだよ!?…逸見エリカ大豊娘娘コスプレ概念が自分の中で沸々と沸いてきてしまった…!!おのれ解放戦線、そしてディケイドぉ!!

 こっちの世界のギャオスは適応能力高めの魔改造仕様となります。
 笑顔テレビのカメラマンのモデルは『クロムクロ』の茅原君で、トッキョーのモデルは漫画版『亜人』の対亜特戦群です。
 
 黒森峰のモブ子ちゃん数名はネームドに昇格させています。これからはあんな子やそんな子も出るかも…
 投稿者は外伝、スピンオフ漫画はほぼ読んでおりますので、原作本編外のキャラも登場させていきます。独自設定、独自解釈はどんどん増えていくのだ…。ちなみに、本作のキャラデザイメージはスピンオフの一つ、【アバンティ!アンツィオ高校】が一番近いのかな〜と思っております。
 ※2023/10/20追記:最終章4話で全員でないにせよ、皆んなに名前付いたぁああああ!!!!! 本作ではマウ子ちゃんとゲシ子ちゃんだけはそのまま固定でいきます。

 ハジメ君の好きな花(本人は名称も花言葉も知らない)は、胡蝶蘭です。
 幼少期のある日、エリカさんを連れ回してる時に見つけたものが印象に残ってる感じです。

 次回も、お楽しみに。

_____

 次回
 予告

 地球守護獣ガメラが覚醒。現代の全地球生命の未来を守るため、長い眠りを経て立ち上がった。
 しかし、自衛隊はその戦闘能力や巨体といった脅威度から、ガメラを最優先攻撃目標に制定。ギャオスの軍団と対峙するガメラに自衛隊の攻撃が加わり、ガメラは徐々に追い詰められていく………

 ウルトラマンとして、そして地球に生きる一人の人間として、ハジメの下す決断は!?

 次回!ウルトラマンナハト、
【災影拡散】!




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第11夜 【災影拡散】



奇怪生命体 ディーンツ

登場





 

 

 

ガァアアアアアーーーーー!!!

 

ギャァアッギャアギャアッ!!

 

 人が消えた絶海の孤島_姫神島_に異形…怪獣達の咆哮が響き合う。

 ギャオス群残党を滅すべく、ガメラが同島漁港へ上陸。それにギャオスらが迎え撃つ構図になろうとしていた。

 

『こちらスパロウリーダー!すまない、"アンノウンⅡ"は姫神島に到達。上陸を許してしまった!通常弾による攻撃は効果無し!また、各機残弾僅かだ!!』

 

 人類そっちのけで、彼らは闘争を繰り広げる。

 ガメラはギャオスを見上げ、ギャオスはガメラの上を舞う。

 

『―――"いぶき"からスパロウ。対特生B兵装に換装する。急ぎ帰投せよ』

 

 対特殊生物用の兵装へと切り換えるため、"いぶき"航空管制がスパロウ隊に燃料弾薬の補給のため一時帰投の命令を出した。

 

 余談だが、ここで対特殊生物用兵装なるものの説明を寡少ながら挟ませていただく。

 対特殊生物用兵装とは、既存の対地・対艦・対空用兵装と同じように、文字通り敵性存在を相手にするために生まれた航空機用の武装パッケージを指すものである。

 現在、3種の同パッケージが実装されており、概要は下記の通り。

 A兵装は、各種誘導弾並びにフルメタル・ミサイル混合の汎用装備。

 B兵装は、持て得る限りの…ハードポイント、ウェポンベイ内をフルメタル・ミサイルのみにした重装備。

 C兵装は、フルメタル・ミサイルと各種航空爆弾の対地装備。

 ――のような具合となっている。これらは、今後対特殊生物武装が誕生する毎に種類や派生が増えていくことだろう。

 また、フルメタル・ミサイルが実戦配備されている規格は今次作戦発動時点では戦闘機用のみであるが、間も無く誘導弾運用車輌や艦艇に搭載可能なモノも同様に量産配備される予定だ。

 

『スパロウリーダー了解!これより帰投し、換装と補給を受け再出撃する!!』

 

 姫神島へと向かっていたスパロウ隊を示すレーダー上に映る友軍表示の8つの光点が遠ざかっていくのをアルバトロスリーダーは確認していた。

 

「……アルバトロスリーダーから"いぶき"へ。そちらでも把握している筈だが、現在大型特殊生物…"アンノウンⅡ"と()()()()()()()残存の鳥型9体が交戦中。鳥型にはレーダーに反応しない個体が多数紛れている。今後の指示を乞う」

 

――ゴオオオオオオオ!!!

 

 島上空で編隊を組み、大きく旋回して巨大存在の戦闘の推移をアルバトロス隊は注視していた。

 先のギャオス一掃で、少なく無い弾薬を同隊は消費している。指示次第で残りの弾薬を有意義に使うか、即座に帰投できるよう、機を狙っていた。

 

『―――"いぶき"管制よりアルバトロス。今後我が国が被る被害を考慮した結果、梅津郡司令は優先攻撃目標を"アンノウンⅡ"とすることを決定した。鳥型は数を減らしている。優先目標はあくまでも“アンノウンⅡ”だが、撃滅目標は鳥型も例外ではない。支援目標であった上陸部隊は海岸より離脱を完了しており、民間ヘリも作戦指定空域から距離を取りつつある。遠慮は無用だ、やってくれ』

 

「アルバトロスリーダー了解。…各機、今聞いた通りだ。我々はこれより最優先攻撃目標、"アンノウンⅡ"に対して攻撃を敢行する! 徹甲誘導弾発射用意(スタンバイ)!!」

 

『ターゲット……ロック!!』

 『ロックオン!』

  『ロックオン!』

 

 アルバトロス隊のF-35全機が上空での旋回を止め、バレルロールからの急降下機動をとって滑り込むように海面上空を超低空飛行。視界内に姫神島と、そこに立つガメラを捉えた。

 

ピピピピ __ピー!

 

 ヘルメットのバイザーディスプレイ上で、ガメラが「(ボックス)」に収まり、甲高い間延びした電子音と共にバッテン印が付けられた。

 

「…発射!!」

 

バシュウゥウウウン!!

 

 アルバトロス隊8機のF-35より、ウェポンベイ内にあった残りのフルメタル・ミサイルが全て吐き出された。

 それらはマッハ4の豪速で海原を駆けガメラへと向かっていく。

 

 

 

グルルルルルゥゥウウ……!!

 

 ガメラは自身の周りを飛び回る目障りなギャオスたちを睨みながら、ある一団に狙いを定めると口内に再度"プラズマ火球"を生成し始めていた。

 そして火球の充填を完了し、憎き敵…ギャオスに射出せんとした瞬間だった。

 

ズガガガガッ! ドゴォオオオオオーーン!!

 

 背部の甲羅に()()が幾つか深く突き刺さった感覚、衝撃を覚えたと思った矢先、そこから間髪入れずに破裂と閃光、爆発と轟音、そして猛烈な振動がガメラの身体全体を襲った。

 

ドパァン! ドドパァンッ!

 

 銀の槍…フルメタル・ミサイルがガメラの背部甲羅状外殻を突き破り炸裂したのだ。

 夥しい量の緑血が外に飛び出し、背部に空いた多数の穴からはシュウシュウと煙が猛烈な勢いで吐き出される。

 

ガァアアアアアーーー!?!?

 

 人類の攻撃を背部に貰ったガメラはそのまま大きく体勢を崩し、ミサイル着弾後僅かの時間で発射したプラズマ火球は目標のギャオス群から大幅に逸れ、姫神島の北方山岳部の頂部を軽く抉って空の彼方へと消えていった。

 ガメラはうつ伏せになる形で港町に瓦礫を巻き上げ派手に倒れ込む。そこにギャオスたちは温存していた"超音波メス"を甲羅を損傷したガメラの背部へと次々撃ち込んでいく。

 

ガァアアアァァ……!

 

 傷口を狙っての的確な攻撃はガメラにはかなり効いているようで、立ち上がることも反撃に移ることも出来ず唸り声を上げながらギャオスの攻撃を許すのみであった。

 

『“アンノウンⅡ”に対し徹甲誘導弾、効果絶大!』

『徹甲誘導弾による第二次攻撃の要を認む!』

『鳥型捕捉!FOX4!!』

 

 ガメラの付近を旋回しつつ、こちらにも手を出してくるギャオスに対してアルバトロス隊のF-35がマニューバでそれらを捌き、お返しとばかりにバルカン砲を浴びせ風穴を空けていく。

 

「各機距離を取りつつ大型及び鳥型への攻撃を継続せよ。こちらの隙を見せるな。エレメントを組み、互いにカバーしろ」

 

『『『了!』』』

 

 再度人類の攻撃がガメラに加えられた。

 アルバトロス隊はギャオスを片付け、倒れ込んでいるガメラに対してバルカン砲の掃射と通常誘導弾による途切れのない攻撃を浴びせ続けていく。

 彼らの攻撃は外殻が捲れ上がり、大気に表面を晒している体組織を正確に射抜いていき、ガメラを地上に縛りつける。

 

『―――目標、"アンノウンⅡ"。各艦、艦砲及び誘導弾、撃ち方はじめ!!』

『主砲、撃ちぃ方、始めッ!!』

90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)斉射(サルボー)!!』

『〈SH-60K(シーホーク)〉発艦作業急げ!』

 

 そして護衛艦"あしがら"、"はるさめ"の二隻による、射程延長砲弾__"ボルカノ誘導砲弾"を使っての長距離艦砲射撃と"いせ"を加えての艦対艦誘導弾を掛け合わせた多重攻撃も加わり、攻撃の苛烈さは更に増していった。

 

グゥウウゥゥ…………

 

 ガメラは着実に弱っていた。

 

 

 

____

 

 

 

学園艦 大洗女子学園 学生寮

 

 

 

『――カメ型怪獣と鳥型怪獣に対して自衛隊がミサイル攻撃を行ない、鳥型は殲滅された模様です! 一方、カメ型怪獣の背中…甲羅部分からおびただしい量の体液を流しつつも生きている様子が確認できます…自衛隊の攻撃が効いているようです…!』

 

 テレビの液晶画面に映るガメラは、無視出来ない量の緑血を流していた。見ていて気分の良い絵面ではない。

 自衛隊の攻撃が背部に命中し、肉を抉られる度にガメラが悲鳴とも取れる悲しげな咆哮を上げる。みほはその光景を前にして、困惑が滲む曇った表情をしていた。

 

「……どうしてあんな酷いことするの? ガメラは、私達の敵じゃないのに……」

 

 みほは見るに耐えないガメラの傷ついた姿を見てふと呟く。隣では今まで静かに画面を見ていたピイ助が鳴いている。同胞が劣勢…いや、苦しんでいる姿を見て嘆いているのだろうか。

 

「ピイッ!ピィイッ!」

 

 なぜみほが「ガメラ」を知っており、味方であると認識しているのか。それは彼女が以前拾ってきた不思議な陰陽玉状の勾玉が()()()してくれたからだ。先ほど、姫神島にガメラが現れた直後にその勾玉が熱を持ち琥珀色に輝いた際、彼女の脳内にガメラからの思念が送られてきたのである。現生人類…人間とは争う気は無く、全ての地球生命を等しく守りたいこと、そして災いの影_「ギャオス」を倒すことを使命としている旨を勾玉を介して訴えてきたのである。

 ガメラは人類の味方で、ウルトラマンと同じく地球を守る存在なのだと、みほは理解するに至った。それ故に出た言葉だった。

 だがそれ故に分かるのだ。自分と、ある物を持たざるその他大勢との思考の()()が分かってしまうのだ。

 

「そっか…他の人たちにはガメラの声が聞こえないんだ。この勾玉を持ってないんだ……だから――」

 

 ――凶悪に見える巨大なガメラを攻撃する。

 自分達人間とは明らかに違う異種族…怪獣だから、解ける誤解も解けなければ、認識の違いを是正する対話すらも出来ない。

 更に言えば、今の日本国民の大半は、「怪獣」と言う単語を聞けば、幼児達がテレビで歓声を上げて見入る空想の存在ではなく、現実で実際に猛威を振るう恐るべき動く厄災という意味へ即座に変換して捉えるようになっている。

 先のアメリカ合衆国での異星人武力侵攻もそれとまた同様で、あれ以降、世界的に「異星人」もまた人類にとっての脅威を指す単語、存在となりつつある。そう、これはどうしようもない…意識の問題なのだ。

 

 画面の向こうでは今も空自の戦闘機からミサイルが発射され白い尾を引きガメラへと飛翔、着弾。その度にまた悲痛な叫びが響く。画面外からミサイルが再び姿を見せた。それも例外なくガメラに命中していく。

 

「それでも…これはあんまりだよ……」

 

 画面から視線を外して俯き、両の手をキュッと握るみほ。

 彼女にガメラへと飛ぶミサイルや砲弾を止めたり、撃ち落としたりするような力は無い。

 

「ピィー……」

 

「ごめんね、辛いよねピイ助…」

 

 みほはピイ助と共に、どうかガメラが死なないよう祈りながらテレビ画面を見つめる。

 

「誰か…誰か、ガメラを助けて……」

 

 今の自分にはこれぐらいしかできないのだから、と…()()がこの祈りを聞き届けてくれるかもしれないと言う一縷の望みに懸けて、勾玉を両手で再び強く握り、目を閉じ祈るのである。

 

 

 

____

 

 

 

学園艦 黒森峰学園

高等部学園校舎艦内第2シェルター 待機所

 

 

 

 ――改めて…学園艦とは、超巨大海上都市(ギガフロート)の側面を持つ、独立した都市機能、各種産業・エネルギー関連施設、そして学園を有する民間巨大船舶の総称である。その起源は古く、正式な記録では大航海時代には祖となる木造艦船が書物にて確認されており、今や人口爆発、地球温暖化、食糧需給の問題解決の糸口として世界各国にとって無くてはならない主要インフラの一つともなっている。

 「学園艦の建造能力と保有数を見れば、その国の工業力と豊かさが分かる」と言われるぐらいには途方も無い資材と労力によって作られており、小国であれば一隻の建造計画を打ち立てるだけで失業者問題が解決する国家事業に成り得る。

 第二次大戦後には、学園艦の建造とそれに伴う港湾施設及び都市の再開発ラッシュは世界経済の根底を支え、産業再生の礎となる一大事業となった。1970年代の日本では戦後の本格的な学園艦運用再開に際して、全国の港湾都市の新設、再開発による建設ラッシュを土台にした経済成長があった。史実世界よりも遥かに高い成長率を叩き出したこれを"学び舎特需"と呼ぶ。なお、この特需により、史実世界で発生したバブル経済とバブル崩壊を本史世界の日本は経験していない。

  ………そんな現実世界顔負けの特需景気を経ながらも、やはり時代の流れと言うべきか、膨大な初期投資費と莫大な維持費が発生する学園艦のデメリットが現代になってから表面化してきており、2020年現在…学園艦を多数所有している先進国では保有数削減…統廃合計画や、発展途上国や友好国へ中古艦として払い下げの検討案が挙げられている。日本もそれらに加えて、国産学園艦の新造…かつてこの国を支えた一大産業たる重造船業が縮小の一途を辿りつつあると言う事態に陥ってしまっている。

 

 補足となるが、学園艦の巨大な船体は一から作るのではなく、300m四方の巨大なコンテナ型浮体ブロックを幾つも接合して建造していく。近代以降に建造された各国の学園艦はその上述のブロック工法による建造の弊害で地上で言う所の地下…船体内部でのブロックエリア間の通行が不可能となっている。そのため、エリア間を移動する際は地上…甲板上の艦上都市区画を行き来する必要がある。が、このブロックの気密性と耐久性に目をつけた人間達によって発案されたものが学園艦内部緊急避難施設__艦内シェルターである。

 元より学園艦と言う建造物自体、あらゆる自然災害や外部からの()()に強い設計となっているが、地上…艦上都市区画は()からの脅威に弱かった。そのため、同シェルターは学園艦の住民を保護する最後の砦として作られることとなったのである。これは艦内で利用されないブロック区画の有効活用案としてすぐに各国で採用された。

 ちなみに本案の発案、そした実行に移した最初の国は、災害大国である日本であったりする。日本が運用している全ての現存学園艦は、艦上都市の真下…艦内ブロックに必ず相応数の艦内シェルター、そしてそれを繋ぐゲート、ハッチ、エレベーターを完備している。

 

 

 閑話休題。

 

 

 黒森峰の艦上都市区画の避難活動は迅速に行われ、ガメラ離脱後ではあったものの、各ブロックのシェルターや避難指定地域への学園艦全住民の退避はトラブル無く完了していた。

 今次非常事態でも、件の艦内シェルターは遺憾無くその実力を発揮したのである。シェルターの隔壁、諸設備は問題無く動作し、非常用食糧や緊急物資の備蓄も満遍なく放出することが出来た。それらが短時間ながらもシェルター滞在を余儀無くされた避難住民達の心身を安定させることに大きく寄与した。

 

「鳥の方は殆ど片付けたらしいな」

「いや、デッカいのが何匹か、海ん中に飛び込んだじゃんか」

「なんで空自は追わないんだ!?」

「あれ鳥だろ?もう海の底に沈んで溺死なんじゃね」

「そんな簡単に死ぬもんかよ?」

「俺に聞くなっての」

 

 ここは高等部校舎下に置かれているシェルターの一つだ。そのため、機甲科(エリカ達)整備科(ハジメ達)以外に普通科や特進科などの男女生徒、そして校舎近隣の艦上都市住民の方々も多数避難している。

 上の会話はハジメが学園で普段交流しない同級生の普通科男子達のものであった。

 

「うっわぁ…これは、グロいな……」

「カメ怪獣の血は緑色か」

「なんで普通科の男子はそんなもの平気で見れるんだろ…」

「うっせーな、気になるもんは気になるだろ!てか普通科付けるな普通科を!」

 

 どの艦内シェルターでも、外の情報を得るためにテレビモニターが電源を入れられ、姫神島の決死中継を殆ど全員が見ていた。

 

『……カメ型怪獣が動かなくなりました。死んでしまった、のでしょうか? ………いえ、まだ頭が動いています!辛うじて生きているようです!!』

 

 先のギャオス急接近を受けて、笑顔テレビ報道ヘリは姫神島沖合からの、カメラを最大望遠にしての中継にシフトしていた。

 

「しつこいなぁ…早く死ねって」

「ライトニングが最初に撃った銀色のやつって新型ミサイルだろ、あれ」

「もうすぐで倒せそうだ」

 

 周りの生徒達の大半は、ガメラ撃滅に賛同しているらしく自衛隊による更なる攻撃を望んでいた。画面に映る自衛隊の戦闘機に向かって早く倒せと叫ぶ男子生徒もいる。

 

 しかしそれを見ていて良い顔をしていない人間がいた。ハジメである。

 あのガメラからの念話と、今テレビモニターに映るガメラの傷つき様が交互に頭の中で過ぎるのだ。彼はウルトラマンとして、自分が何もせずに傍観していることを良しとしなかった。

 

(手を出すなとは言われたけれど……これ以上は見過ごせない……俺は…ガメラを助ける!!)

 

 ガメラ救援の意思は彼の中で固まった。

 思い立ったハジメはすぐに戦車道履修生で座っていたベンチから一人すくっと立ち上がる。

 そして待機所とシェルター通路を隔てる防護扉へと早足で向かおうとした。

 

「ねえハジメ。アンタ、どこいくつもり?」

 

 それを呼び止める声が後ろから聞こえてきた。エリカだった。

 いつもの腕組みをして、こちらをジトっと見つめている。

 

「……あー、ちょっとばかしお手洗いにと。今のうちに急いで済ましてこようかなって」

 

 努めて自然体で。それとなく、尿意が背後からにじり寄って来ている旨を彼女に伝える。嘘であるが。

 

「その時にまた警報が鳴ったらどうするのよ」

 

 事前予告無しの避難訓練等ではよくある事象への懸念がエリカの口から出た。

 不足の事態発生の際に「大きいお花と小さなお花を摘んでいる最中ですわ。暫くお時間を頂きます」は割と洒落にならない。エリカの懸念はごもっともだ。

 

「すぐにトイレから出て戻ってくるよ」

 

 ホントに、可及的速やかに。と付け加えて返答した。

 それを聞いていたエリカのさらに目は細くジトっとしたものに変わる。「ああ?それ本当かぁ?」と言い出しそうな、そんな目つきだった。なんならもう半分ガン飛ばし気味である。それに組んでいる両腕をキツく組み直し、信用するのは難しいわねのポーズに入っていた。

 

「ふーん………でもアンタ、()()あるから私が途中まで一緒に行くわ。またどっかに突っ込んで行かないようにね。安心なさい流石に個室までは入らないわよ。出入り口で待ってるから」

 

 納得もしたし、許可しよう、ただし条件があるとエリカは拒否権の無い提案をハジメに出した。

 

「ぜ、前科って……言い方ぁ…」

 

 あんまりな肩書きじゃないかとハジメは言い掛けたが、これまでのことを思い返してみればそう言われると反論も言い訳もできない。言い返せば正論でブン殴られた挙句、お説教タイムがセットで付いてくるのは目に見えていたため、口から出るギリギリのところで言葉を飲み込んだ。

 

「なに立ち止まってんの? 早く行きましょう」

 

 何故かエリカに促されてトイレへと向かう形となったハジメ。不思議そうな目をして彼女はこちらを見ていた。

 

「あ、うん」

 

 これって連れションに当て嵌まったりするものなのかな?

 …なんてバカな疑問が頭に一瞬浮かんだりもしたが、ハジメは見張り役(エリカ)と共に待機所を出て最寄りのトイレへと足を運んだ。

 

 

 

 ハジメは男子トイレの洋式個室に入ると、すぐに右胸の流星じるしのバッジを握った。

 

 するとそれに応えて、事前に擬態状態のイルマが現れる。

 …トイレの個室で互いに抱き合う形で、だ。はたから見れば、密室(トイレ)にて真っ赤な薔薇の花畑が咲き誇る手前の光景となってしまっている。場所と人物とタイミングが捩れると、こうもなるものなのか。

 恐らく男子(ハジメ)同士が抱き合っているシーンを見て喜ぶのはエリカと黒森峰にも巣食っている腐女子(夢乙女)の方々ぐらいだろう。この話題に関連して心底どうでもいい…多分、いや絶対に生きていく上で必要の無い豆知識(トリビア)だが、BLを指す表現や言葉で「薔薇」が多用されるようになったのは、男性同性愛者向け雑誌の名称が由来と言う説があったりする。

 

 話を戻そう。

 

 「せ、せまい……トイレで呼び出すのは今後は控えてよ?」

 

 個室でおしくらまんじゅう状態のまま、イルマが口を開いた。

 

「ご、ごめんな。エリさんがついて来てたからここしかなかった」

 

 ここしか無かったと言うハジメであるが、イルマは疑わしいと指摘する。

 

「……しかも、ここが男子トイレなら、逸見さんは中まで入ってこれないよね? 別に個室じゃなくても良かったよね?」

 

 冷静に考えればそうだ。エリカだって「流石に個室までは入らない」と言っていたし、会話でなく入れ替わりがメインであるならば、男子トイレ内の空間でイルマを呼び出してもなんら問題なかった。

 

「いや…それは……そうだな……それもごめん」

 

 今回ので懲りたらしいハジメが重ね重ね謝罪しながら個室の取手に手を掛け開錠する。二人は窮屈さから解放され、新鮮な()()()の空気を吸う事ができるようになった。

 開けた空間で改めて、息を整えてからイルマが今回の呼び出し…変身の理由について尋ねた。

 

「…で、どうするのさ? あの大亀怪獣を倒すのかい?」

 

 イルマ少年にとって、そして前回のロボフォー戦時点のハジメ少年にとっても、ウルトラマンへの変身は、敵性存在との戦いのためにするもの…と言う認識が主であった。

 そのため彼は尋ねたのである。今回もそれに当て嵌めるのならば、一択しかなかったからだ。ギャオスの群れは自衛隊によって壊滅しており、あの島で立っている存在はもう傷つき弱っているガメラしかいない。

 

「いや。その怪獣…ガメラを助ける」

 

 怪獣の命を護るための変身。これまでとは正反対で、かつ初めての事由での、変身だ。

 相当な覚悟と決心、そして確証を持ってのことだと、イルマは深く聞かなくとも分かっていた。

 

「ガメラ………そっか、詳しいことは後で聞く。僕は行くよ。ハジメも頑張って」

 

 イルマ少年も、無差別に破壊・殺戮を繰り返す敵対的な怪獣だけでなく、宇宙には他種生命体に友好的、或いは中立的な思考や立場を持つ怪獣が数多くいることを知っている。

 ガメラもきっと()()()()()と、自然と理解できたのだ。

 

「……頼んだ」

 

 イルマは任せてと強く頷き、出入り口へと向かっていき、待機していたエリカと合流したようだ。

 二人の話声は段々と遠ざかっていくのを確認し、ハジメも男子便所から出る。そこからは待機所とは反対側にある外…艦上へと繋がっている、物資搬入用の大型斜向エレベーターがある区画へと急いだ。

 

 

タッタッタッタッ……

 

 

「……ん?」

 

 トイレ方面を背にして待機所へと向かっていたエリカとハジメ(イルマ)。不意にエリカが背後に振り向いた。

 

「どうしたの?逸m…エリさん?」

 

 突然のことだったものだから、イルマが怪訝そうに__逆方向へと走っていっただろう本物(ハジメ)に気づいたのかとハラハラしながら__エリカに聞いた。

 

「えっと……向こうで誰かが走って行った音が聞こえた気がして……」

 

「他のシェルターのとこからも人が来てたんだよ」

 

「あ、そうだったのね」

 

 上手く誤魔化すことができたのだった。

 

 

 

 一方でハジメは先のエレベーター区画に到着していた。

 直に青空が見える場所で、ツナギの懐から変身装具_アルファカプセルを取り出す。

 

「ここなら………行くぞ!!」バッ!

 

 ハジメがカプセルを掲げたのと同時に、空から降り注いできた真っ白な光の柱が、彼を包んだ。

 

 

 

_____

 

 

 

五島列島 姫神島

 

 

 

 ゴオオオオオオオーーーー!!!

 

『スパロウリーダーよりアルバトロス!これより我が隊も"アンノウンⅡ"に対しての攻撃に加わる!!』

 

 母艦、空護"いぶき"にて燃料補給と武装換装を終え徹甲誘導弾を満載したスパロウ隊が、島上空でガメラに攻撃を続けていたアルバトロス隊と合流した。

 その総勢16機の’’稲妻(F-35)‘‘は、四個飛行小隊を編成。それぞれが即席でフィンガー・フォー編隊を組み、ガメラへの第二次攻撃の準備を終える。

 各機がガメラを捕捉。機体下部のウェポンベイが開かれ、中の誘導弾たちが顔を覗かせる。

 

『"アンノウンⅡ"、ロック!!』

『いつでも撃てます。命令を…!』

『捉えた。逃さん』

 

 

 

グゥウウゥゥ…

 

《………不覚。……()()すら倒せず此処で朽ち果てるか………すまない、"星の声"よ。約束は果たせそうにない……》

 

 自身と「約束」を交わした上位存在への謝罪と、不甲斐なさを吐露するガメラ。

 

ゴォォオオオオオーーー‼︎

 

 ガメラは近づいてくる戦闘機の爆音を聞きながら目を閉じ、もうすぐ訪れる己の死期を待つことに決めた。

 

『第二次攻撃、開始!!!』

 

 アルバトロスリーダーの攻撃開始の号令。

 

『『『了ッ!』』』

 

 16機のF-35による誘導弾の全力発射が遂に為された。

 

バシュッ! バババシュッ! シュバッ!――

 

 通常の空対空誘導弾、そして特殊生物特効の徹甲誘導弾が入り混じりその全てがガメラに殺到する。

 海面を這いつくばるように飛翔し向かってくる数十本の寸分の狂いも生み出さない必中の光槍。

 

《……残りの守護戦士たちよ。あとは頼む……》

 

 次なる者達に後を託し、ガメラは命を落とすかに思われた。

 

 

 

 ―――だが、光の巨人(ウルトラマン)はそれを許さなかった。

 

 

 

《やらせるかぁあああーー!!!!》

 

 ――――ズドォオン!!!

 

 銀色に瞬く巨大な光球が、倒れ伏しているガメラの前に割って入るかの如く、何の前触れも無く落着した。それと同時にかの球体は、瞬く間に巨人の姿を形取ってにいき実体化…鉄紺の巨人__ウルトラマンナハトとなった。

 

 ハアッ!!

 

 光子円壁(ストーム・バリア)を挟む余裕も無いと察していたナハトは、球体時の落着の衝撃で舞う土砂を振り払う様にそのまま両腕を目一杯に広げた。

 

ドォオーン! ドドドドォオオオオオン!!

 

――グァアアッ!!

 

 そして、身体前面に体内のエネルギーを可能な限り回し、ガメラに迫っていた全てのフルメタル・ミサイルをその身一つで受けたのだった。

 

『『『!?』』』

 

 ミサイルの着弾、炸裂と同時に爆炎に包まれるナハト。

 ナハトとガメラがいる漁港区画にて、入道雲に匹敵する規模の黒煙がもうもうと立ち昇る。

 ミサイル斉射に踏み切った現地上空のアルバトロス、スパロウの両隊は驚愕で目を見開き、誰も言葉を発することができなかった。

 

 ――バタバタバタバタ!!

 

 飛行隊、笑顔テレビヘリ以外に、漁港沖合を飛ぶ機影がもう一つある。

 それはヘリコプター搭載型護衛艦の"いせ"より飛ばされていた無人偵察回転翼機〈MQ-10(カモメ)〉である。当機は空自のRQ-4(グローバルホーク)と同時期に海上自衛隊が配備を開始した国産UAVで、攻撃能力を有さずリソースを全て哨戒・偵察能力に振っている純粋な非攻撃型無人機だ。海自では艦艇に搭載する洋上哨戒型と基地配備の施設監視型の2種類を採用し運用中である。

 そんなMQ-10の機体前面下部に備えている高感度カメラが、ナハトの一連の不可解な行動をリアルタイムで捉え、"海伏作戦"艦隊にその映像を包み隠さず黙して送っていた。

 

『なっ!?』

『両飛行隊斉射の全誘導弾、目標に着弾せず!!ウルトラマンナハトに全弾命中した模様!!』

『何故、よりにもよってそこに現れた!?ナハト!!』

『出現と同時にミサイル攻撃を妨害したのか!?なんだってそんなことを!!』

 

 報道ヘリの姫神島上空生中継の時よりも、大きなインパクトがあった。その衝撃、動揺によるざわつき具合は"いぶき"内に留まらず、各随伴艦艇にも伝播していた。

 

『"いぶき"から両隊へ! 至急現状の報告を求む!!』

 

 こちらはMQ-10が回してくる映像で何が起こったのかは分かっている。だが現場で、それを直に見ている者達だけにしか分からない何かがある違いない。新波艦長は、姫神島の空を飛ぶ飛行隊に問い質す。

 

『ウルトラマンが着弾直前のミサイルの前に“アンノウンⅡ”を守るように出現、全誘導弾を受け止められた。……自分の所感だが、ウルトラマンが同目標を庇ったように見えた』

 

 件のナハトはと言うと、ミサイルを受けたダメージにより、片膝を着いて倒れる寸前である。辛うじて意識と体力はあるようだ。

 満身創痍の出立ちながらも、ガメラの方に顔を向け、気遣っているようにも見受けられる所作を取っている。

 

『――ウルトラマンが取っている行動から察するに……“アンノウンⅡ”は我々の敵ではない、と思われる。これもあくまで自分個人の意見だが』

 

『信じられん…いや、映像を見た通りならば、実際そうしたのか…だが……』

 

 怪獣を庇う意味が、新波以下全“いぶき”クルー、そして“海伏作戦”艦隊の人員の全員には分からなかった。

 怪獣__特殊生物は敵味方の二元論では無く、選択の余地も介在しない「国民の生命と財産を無秩序に奪う新たな災害であり早急に駆除しなければならない巨大な害獣」と認識し、今日まで戦って来た自衛官は多くいる。

 それ故に、何の考えがあって、何の確証があって、「暫定人類の味方」であったナハトが怪獣に肩を持つような動きをしたのか理解に苦しんだ。

 

『“いぶき”、こちらスパロウリーダー。アルバトロス…迫水(サコミズ)の意見に関連するものとして、海自の前原一佐が提出した()()()()()()に気になる記述があった。確認してほしい』

 

 例のレポート。

 それは日本の経済水域内で勃発したパワードペスター(“ジーズラ”)ゴジラ(“アンノウン”)の戦闘とその結果、そして「非敵性(友好的)特殊生物」の存在可能性を指摘した、海自将官が作成したレポート…“前原(マエハラ)レポート”を指している。

 スパロウリーダーは、このレポート内容の大半を占める非敵性特殊生物と言う枠組みに、ガメラ_“アンノウンⅡ”が当て嵌まる存在なのではないかと指摘していた。

 

『……現在もウルトラマンが同目標を庇うように立っている。そのため攻撃が出来ない。指示を乞う』

 

 ナハトの胸部水晶__ライフゲージは青から赤へと変わっており点滅している。さらに、胸部辺りからは光の粒子が溢れていた。先ほどの攻撃でナハトの身体に相当なダメージが入ったことが分かる。

 何故そこまでして…と誰かがポツンと呟いた。

 

___これまで撃滅してきた特殊生物(ヤツら)とは――()()()は違うとでも言うのか!? ナハトよ!!___

 

 作戦参加艦艇のクルー全員がスクリーンに映る__上空を飛行してるだろうF-35を何もせずに目で追っている__ナハトへの心の叫びであった。

 

『………了解した。映像は一足早く官邸や統合任務部隊司令部に届いているはずだ。現場から得られたこれらの情報を精査し報告する。アルバトロス並びにスパロウは空中待機、攻撃を中断せよ。なお、特殊生物がそちらへ迎撃行動を取った場合に限り再攻撃を許可する』

 

 新波艦長が一考を挟んだ後、新たな命令を両飛行隊に出し、艦隊による艦砲及び誘導弾攻撃を中止させたのだった。

 

『アルバトロスリーダー、了解。待機する』

『スパロウリーダー了解! 同じく待機する!!』

 

 ゴォオオオオオオーーッ!!!!

 

 

 ガメラは攻撃せずにこちらから距離を取り始めた人類軍の動きを見て目を見開き驚愕していた。

 そしてその人類軍の攻撃をやめさせた意外なる恩人に対して、なぜ自分を助けたのかと問う。

 

《星の戦士!! なぜやってきた!?》

 

 目の前には、フラフラとしながらも立つ光の巨人。先の人類軍の攻撃によってその姿はボロボロで、依然として身体の各所からは流光(流血)が見受けられる。ガメラもそうだが、かの巨人もまた、あまりに痛々しい姿であった。

 

ピコンピコンピコン…

 

《ま、間に合った……ようで……よかった…》

 

 ナハトのライフゲージはこれまでで一番速いペースでの点滅を繰り返している。これ以上、巨人の姿を保とうとすれば何が起こるか分からないほどに。

 そんな状態にあるにも関わらず、第一に発した言葉は、ガメラが一命を取り留めていることを確認できた安堵だった。

 

《手出しは無用と…言ったはずだ…!私のことは…!》

 

 地面に伏しながらガメラは唸る。

 

ゼーー…ゼーー……

 

《………助けたいと、思ったから》

 

 ただそれだけなのだと星の戦士…ウルトラマンは言う。

 

《私を庇えば、お前も人類に攻撃されるかもしれないんだぞ!?》

 

 後先考えずにもほどがあるとガメラは言った。しかも、それが自分を庇ったことが発端となればどんな悲惨な結末を迎えることか、と思っていたからだ。

 

《……だから…説得しに来たんだ…》

 

 これ以上のすれ違いを無くすために、ナハトは再び動く。

 

 そうガメラにナハトは伝え終えると、ミサイルを受け止めた時と同じようにガメラの前に立ち、今度はゆっくりと腕を大きく横に広げた。

 そして島沖合にて空中待機し、旋回しているF-35のパイロットに目線を合わせて、穏やかに首を横に振る。

 

 その様子を笑顔テレビのカメラもまたしっかりと捉えていた。

 

「――皆様、見えていますか!? 光の巨人、ウルトラマンが、ウルトラマンナハトが腕を広げながらこちらに訴えるかのように首を大きく横に振っています!! 自衛隊の、カメ型怪獣への攻撃中止を求めているかのような動きです!!」

 

 

 

___

 

 

 

学園艦 大洗女子学園 学園寮

 

 

 

『―――やはり、我々を助けたあのカメ型怪獣は人類の敵ではないと言うことなのでしょうか!? ウルトラマンが怪獣を庇う……あの怪獣の正体は一体何なのでしょう!!』

 

 テレビ画面に映るのは、辛うじて生きているうつ伏せのガメラ。そしてそれを庇うように立つ黒き巨人__ナハトであった。

 

「ウルトラマンが来た時はガメラを倒しちゃうのかと思ったけれど…ウルトラマンはガメラの味方をしてくれるんだね…」

 

 開口一番に安堵の言葉が飛び出たみほ。自身の強張っていた険しめの顔とガチガチに固まっていた肩から力がへなへなと抜けて緩んでいくのが分かった。

 ナハト登場の時、それこそ「もうお仕舞いだ」と彼女は青ざめて死んだ目をしていたのだが、自衛隊のミサイル攻撃を自らの命を顧みず防ぎ止めガメラを守る動きを…考えていたものとは真逆の行動を取ったナハトの姿に目を丸くした後に「ナハトもきっとガメラが敵じゃないと分かってるんだ」と悟っていた。

 

「本っ当に、良かったぁ……ピイ助、ガメラが助かったね!」

 

「ぴいっ!」

 

 みほはガメラの生命の危機が去ったのだと、胸を撫で下ろしながらピイ助に語り掛けた。ここで初めて小さな同居人もみほの言葉に返事をした。

 ガメラを救うも殺すも出来るであろう同等の存在たるウルトラマンが味方をした事実は、彼女と小亀を大いに勇気づけたのだ。

 

 そして、弱々しくも依然として脈動と点滅を繰り返す、目の前の琥珀の勾玉をみほは再び握りしめてみる。

 

「――うん。勾玉は暖かい……ガメラも大丈夫そう…ありがとう、ウルトラマン……」

 

 みほはガメラを庇ってくれたナハトに心の中で感謝をしつつ彼らを、ピイ助と共にただ静かに見守るのであった。

 

 

 

___

 

 

 

学園艦 黒森峰学園 

高等部学園校舎艦内第2シェルター 待機所

 

 

 

 高等部校舎直下の黒森峰艦内シェルターの待機所にて、ガメラを倒せと、押せ押せの雰囲気になっていた生徒達に動揺が走っていた。

 それもそのはず。倒すべき存在であるはずの怪獣をウルトラマンが庇っているからだ。

 事態の急展開を目の当たりにした一部の生徒達が騒いでいた。

 

「な、おい!どけよウルトラマン!」

「なんでそいつ庇うんだ!自衛隊と手ぇ組んで倒してくれよ!!」

「怪獣の味方なんかすんな!!」

「そうだ!邪魔しないでくれ!」

 

 そのモニター前での様子を少し距離を置いて、画面に映る姫神島での出来事を見ているのは機甲科の四人…エリカ、まほ、レイラ、小梅であった。

 なお、いつも男子メンバー__擬態しているイルマも含む__は皆で各待機所への物資運搬を手伝っているため不在である。ちなみに、善良かつ積極的・模範的なボランティアとして整備科の一年生達も巻き添えを食らって全員動員中である。

 

「…隊長、あれは? なんでナハトがあの怪獣を…?」

「私も少し驚いた。ウルトラマンが怪獣を庇うなんて。テレビで言っているように、あの巨大怪獣…学園の上を飛行した“フルー1”は何か他のものと違う存在なのだろうか」

「もしかしたら、あの怪獣はウルトラマンのパートナーなのかもね!」

「うん、確かにそれなら納得がいきますね。仲間を傷つけられたら誰だって守ろうと……」

 

 「怪獣は例外なく徹底的に排除すべし」とする他生徒達と反して、ガメラに対してそこまで過剰な敵意を抱いていない彼女達。

 無抵抗の姿勢で力無く地に沈んでいる…あまりにも潔すぎるガメラの姿に対して四人は、このままなし崩し的にこれまで通り倒してしまって良いのだろうかと言う困惑半分、同情半分の心持ちであった。

 

「あ、でもそれなら…今のウルトラマンはどう思ってるのかな……?」

 

「「「あ……」」」

 

 ふと出たレイラの一言に一同はある一つの答えに行き着き固まった。

 

「私達はウルトラマンのことを全く知らない。もしかすれば……」

 

 そうなのだ。人類は、変身者であるハジメ本人を抜きにすれば、あまりに光の巨人(ウルトラマン)のことを知らな過ぎる。やれ「人類の味方」だの、「正義の巨人」だのとのたまってかの存在が怪獣や異星人を何故倒すのか…倒しているのかさえハッキリ分からないまま「やっぱりヒーローだ!」と歓声を上げて深くも考えず喜んでいるだけなのだ。上述のようなウルトラマンと言う巨大存在への認識はこうであってほしい、こうであるに違いないと言う漠然とした人類側の希望的観測が生み出した不確かで不鮮明な偶像に他ならない。

 現に、ウルトラマンの国内出現と共闘を経験していない諸外国…特に中国や北朝鮮、豪州連合、南・西アジア・アラブ諸国の光の巨人に対する反応は芳しいものではなく、前述列挙した各国の軍ではウルトラマンを「潜在的脅威」という位置付けに据え、動向を逐次監視・警戒している。

 なお、欧州やアフリカ、南米諸国ではウルトラマンをどう扱うべきかという戸惑いの方が優っている。

 

 大切なモノが傷つけられそうになったら、奪われそうになったら、そうしようと動いた元凶は十中八九、激情を滾らせた被害者によって完膚なきまでに駆逐ないし排除される。

 自分がされて嫌なことは大抵他者にとってもそうであるように、知性と理性を持つ霊長類のヒト、そして哺乳類に留まらず地球生命の大部分がそういった行動を取るならば…ヒトのそれに近い感性を持つ知性体たるウルトラマンナハトも同様の行動を取る可能性は極めて高いハズだ。

 図らずもそれを人類はやってしまったのかもしれない。そんな考えが四人の脳裏に過ぎっていた。

 人類はただでさえ怪獣で苦労しているのにそれらをいとも容易くあっさりと倒してしまうウルトラマンが地球人類と敵対したらこちら側に勝ち目が無いのは口に出さずとも皆が理解していた。ただ、口に出して指摘する勇気が無かったのである。

 

 

 

____

 

 

 

五島列島 姫神島

 

 

 

 アルバトロスリーダーの報告から時間にして凡そ十数分ほどが経過したところで空護“いぶき”より通信が届く。

 どうやらガメラ、ウルトラマンに対する、自衛隊の今後の方針が決まったようだった。

 

『―――“いぶき”より両飛行隊へ。……統合任務部隊司令部及び首相官邸で行われた緊急審議の結果、これまで日本に出現した特殊生物を幾度となく撃破してきたウルトラマンとの敵対は我が国が修復不可能かつ極めて甚大な損失を将来的に被る可能性があると判断し、ウルトラマンが固守し続ける“アンノウンⅡ”を優先攻撃目標から警戒監視目標へ変更することが決定された。……よって、攻撃は中止。繰り返す、攻撃は中止。今後一切、同目標への攻撃は許されない。飛行隊全機は速やかに“いぶき”に帰投せよ』

 

 自衛隊、そして日本政府が最終的に下した判断は「ガメラ撃滅の中止」…であった。

 

『――了解した。これよりアルバトロス隊、スパロウ隊は“いぶき”へ帰投する』

 

ゴォオオオオオオーー!!

 

 “海伏作戦”艦隊は、ナハトを無視しての更なるガメラへの追撃をせず、当初の目標であったギャオス群の駆除に目処が着いたと判断し飛行隊並びに上陸部隊を収容する動きに入ったのだった。

 

 姫神島上空を旋回していた16機のF-35が母艦への帰路に就く。

 それを黙って見送っているのはナハトだ。

 

《………やってみるもんだなぁ》

 

《信じられん……勾玉を介しての念話も使わずに異種間の意思疎通を為し得るとは………》

 

 ガメラは、ナハトが言葉も交わすことなくほぼ身振り手振り(ボディ・ランゲージ)で人類と意思交換をし兵を引かせたことにただ驚嘆していた。

 

《その傷のままだと、まともに動けないんだろ?》

 

 そうガメラに語り掛けるナハトもまた、身体にあった裂傷は治癒を終えて体内の光エネルギーの流出は止まっているものの、ライフゲージは速いペースで赤点滅を続けている。同じような状態と言えた。

 

《………うむ…このままでは使命の全うも出来まい。一度住処へと戻り、傷を癒す必要がある。今のままでは、遺憾だが時の牢獄から破り始めたアレら……災影(ギャオス)を倒すことは難しい。覚醒が早すぎたか…?》

 

 立ち上がる気力と体力が戻ってきたガメラが、うつ伏せから片膝立ちへ体勢を変える。ガメラの方も背部装甲(甲羅)内部の出血は止まっていた。

 ただ、今回の姫神島に現れたギャオスの群れは、地球に眠るごくごく一部…氷山の一角にしか過ぎないと言う。「次がある」ことをガメラは把握しており、今の自分の容態を憂いていた。

 

 ギャオスの再襲来の危惧も大事だが、ナハト__ハジメはウルトラマンとしてでなく、一人の人間としてガメラに尋ねたいことがあった。

 

《……俺達、人間がしたことに怒りは無いのか?》

 

 ここより離れた黒森峰で四人の少女達が考えていたことと同じ疑問を偶然ハジメは口にした。

 しかし、ガメラの返答は意外なものであった。

 

《――現生地球人類もまた、()()が守護する生態系の一部だ。それに、いかんせん時が経ちすぎた。私の姿を見ればああもなるだろう。あれは不可抗力だったのだ。責めはせん。………私を助けてくれたことに感謝する、星の戦士。この恩はいつか必ず返す》

 

 人類の所業に怒りは無いと、達観した様子で論ずるガメラ。

 また会おう、と別れの言葉をナハトに告げると、頭部と手足を甲羅内部へと瞬時に()()し両手脚をジェット機構化させ、激しく煌めく水色の閃光を伴いながら垂直離陸。その後は四つの噴射ノズル化した手脚を用いて縦軸回転…激しく回るコマ若しくは未確認飛行物体(UFO)を想起させる姿で東南の空、太平洋方面を目指して飛び去っていった。

 

 自衛隊、そしてガメラが島から去り、残るはナハトのみとなる。

 ガメラとギャオスによる特殊生物間戦闘によって、同島漁港と港町は荒れに荒れていたが、戦闘の余波を免れた箇所がちらほらとある。それらは良くも悪くもギャオス夜襲当時の様子を保っていた。

 

 自分が呑気に日常を過ごしていて気付かぬ間に、非日常の中で凄惨な最期を押し付けられ命を落とした顔も名も知らぬ人々…減らせたかもしれない犠牲者達の形跡がウルトラマンの横目に映る。戦場と化してしまった島には、これまで彼が本能的無意識で見るのを避けてきた、見ないようにしてきた生々しい死の光景が点在していた。

 

………シュワッチ!!

 

 彼を擁護するとすれば、光の巨人として駆け付けた頃には…起床してから朝練習に参加し、あのガレージで艦内放送を聴いていた時点で、どう足掻こうとこの島の住民は救えなかった。彼はまだ()()()()()()()()()()()を知らない。されど「だが」、「でも」、「だけれど」…と思ってしまうのは、ハジメ少年の人間味故である。

 何処からか押し寄せてくるやるせなさと不甲斐なさを心の片隅に抱えながら、それらを無理矢理振り払うようにして朝日が昇り続けている青空へと飛び去った。

 

――バタバタバタバタ!

 

 ガメラとウルトラマンの姫神島離脱を沖合を飛行していた無人機(カモメ)は“海伏作戦”艦隊へ映像を途切れることなく終始送信し続けていた。

 

『――ガルアイ3を“いせ”に帰投させろ』

 

『了解』

 

 護衛艦“いせ”のMQ-10操縦士の操作によって殿となった同機も母艦へと帰投してゆく。

 

『………もしもあそこで、“アンノウンⅡ”を駆除していたら、ウルトラマンとの全面戦争になっていたのだろうか…』

 

 MQ-10操縦士の隊員が“いせ”の艦内で、起こり得たかもしれない最悪の事態を想像し、身震いしながらポツリとそう呟いたのだった。

 

 

 

____

 

 

 

学園艦 黒森峰学園

高等部校舎第2シェルター 待機所

 

 

 

 ガメラ・ウルトラマンの離脱と、自衛隊の姫神島完全撤収をテレビモニターで映していた待機所内は騒めきで包まれていた。

 特に、ガメラどころか、それを庇っていたウルトラマンにも敵愾心を持ち始め「まとめて倒せ」コールを上げていた人物達の狼狽具合は顕著だった。現在、それらは黙り込み、意気消沈…お通夜と大差無い塩梅となっている。

 

「これは、首相から説明があるんじゃないか?」

「今回の対応はあれだが……詳しい説明は会見でぶちまけてくれりゃいい」

「いつかの会見で非敵性特殊生物…友好怪獣がどーたらって言ってたもんなぁ」

「そこも掘り下げんだろ」

「ウチの学園艦には被害も無かったし、とにかく命があることに感謝だわ」

「昼過ぎからはオレんとこも店開くことにするよ」

 

 艦内住民である大人達が、腕を組みテレビに視線を向けながら、今後の怪獣関連の日本の動きに関する雑談や感想を交わしていた。子持ち世帯の住民らが、スマホで別のシェルター待機所に避難している家族と連絡を取っていたり、早くとも今日の午後からは日常を再開したいと考えている商業関係や主婦層の住民も多々見受けられた。

 

 一方で、機甲科の例の四人はと言えば。

 

「自衛隊がトドメを刺さなかった……と言う認識で、合ってるだろうか?」

 

 まず最初に口を開いたのはまほであった。

 疑問符を含む聞き方ではあるが、口元には安堵が滲んでいる。周囲の肯定を待っているのだろう。

 

「恐らくは。私もそう思います」

 

 努めて冷静な口調で副隊長が肯定と同意を示す。

 そんな彼女の表情も、まほと似たものになっている。

 

「よ、良かったぁ……私、ウルトラマンもまとめて倒そうとするかと思ってたよぉ……」

「同感でした…」

 

 いつからそうなってたのかと指摘したくなるが、レイラと小梅が抱き合いながら上のように溢していた。

 事態の収拾に際して、彼女達に、そして待機所内の人々に、日常の笑みが戻りつつあった。

 

バシュゥウン…

 

 その時だった。待機所の出入り口の防護扉が左右に開き、向こう側から物資運搬ボランティアを終えた整備科の男どもが戻ってきた。

 

「あ、タクミさん達、お手伝い終わったみたいですね」

 

 小梅が整備科の帰還を他の三人に伝えた。

 

 彼らの手には教職員か、艦内シェルター運用関係者の方から手伝いのお礼として受け取ったのだろう、水滴の垂れている冷たそうなスポーツドリンクが一本握られていた。二年生の六人はすごく晴れ渡った…「一仕事終わったなぁ」といういかにもな爽やかさがあるのだが、一方でその後ろに続く大勢の一年生達は「僕にも帰れる場所があるんだ」と涙か汗か分からないものを流しながら空いている席やブルーシートが敷かれた床に倒れ込んでいた。

 

「なんか即席で一年生くん達の小山が出来上がっちゃってるよ…?」

「戦車整備とはまた違う勝手の力仕事で疲れたんだろう……だが、アレはひどいな…まるでゾンビみたいに……」

「サンダースとの試合前食事会でカレーに飢えていた隊長がそれ言っちゃダメです」

 

 肉体労働から来た疲労にやられた一年生達によって出来上がった死体の山を横目に、さらにその後ろから半袖ネクタイ姿のメガネ男性…高等部第二学年担当の数学教師と、黒スーツ姿の黒森峰“学園艦自治体”___文字通り、本土の飛び地にあたる学園艦の行政機関であり、主に艦上都市の運営を担当する。また、都道府県の各市区町村と同等の権限を持ち、文部科学省、防衛省、国土交通省以外で唯一船舶科の学園艦航行計画や運用への発言権を有する組織でもある___の職員が続いて入室してきた。

 どうやら姫神島の一件が終わり、今後の学園艦の航行等についての説明をするためのようである。先に、自治体職員を先導してきた数学教師…甘利田幸雄(アマリダ・ユキオ)があからさまな咳払いを一つ挟んだ後、口を開いた。

 

「あー全員注目。一旦会話をやめろ。学園艦自治体の方より、今後の黒森峰の航海日程等の説明がある」

 

 蛇足となるがこの甘利田という教師、どのような人物かと問われれば彼を知る高等部生徒達は口を揃えて次のように言う。

 「見た目はまんま俗に言う冗談の通じない理詰めの()()先生だけど、実際接してると意外と感情的だし私たち(生徒)のことをよく見ているしで、若くて優しい()()先生」…とのことである。ちなみに彼を象徴するモノ__先の()()の要素に紐付く内容__として、「学生食堂の学食愛好家(母親が出す家での料理が壊滅的に不味いことがキッカケ)」である点が挙げられる。彼は食事に一切の妥協を許さず、食事のこととなれば人が変わるとまで言われ、教師用に配布された食券を握りしめて配膳の列に並び、食堂で生徒達の中に混じって学食を摂る姿を毎日見られることからそう認識されるようになったのだ。

 

「…そこの整備科の…倒れ伏してる一年生達。その状態のままで良いからしっかり話は聞いておけ」

 

「「「は、はい〜……」」」

 

 故にこの先生の黒森峰内での知名度はかなり高かったりする。また、数年前から黒森峰に配属となった若手新米教師の一人でもあるため、他の古参教師陣とは違って比較的融通の効く大人であることから、知名度だけでなく生徒からの好感度も高い。なお既婚者である。

 

「皆んなも知っていると思うが、先の大型特殊生物(“フルー1”)による急接近及び上空通過を受けて、接触未遂であったものの船舶科が非常時体制に移行している。艦内、艦上で全域放送がされていないのはそのためだ」

 

 要は自治体の職員が口頭で報告しに来たのは手が離せない総出状態の船舶科生徒達の代役、助っ人としてである旨を甘利田が補足した。

 

 そして甘利田が一通り簡潔に説明できたとし、職員に視線でここからの詳細な説明を促した。

 

「えー、学園艦自治体黒森峰職員の矢部と申します。この高等部校舎の第2艦内シェルター待機所内にいらっしゃる皆さんには、先ほど黒森峰船舶科・学園教師陣・学園艦自治体・文部科学省・防衛省によるリモート協議にて決定された、黒森峰学園の航海計画の変更並びに今後の運用に関する説明をさせていただきます」

 

 一礼し、職員は続ける。

 

「本艦は特殊生物による直接的被害を被ることはありませんでしたが、万一を想定し艦内外の本格的かつ専門的な検査とメンテナンスが早急に必要であるとして、佐世保出港時の航海計画を一部変更し――」

 

 自治体職員の説明内容をざっとまとめればこうであった。

 

 現在艦内の学園艦運用要員と整備要員だけでは、技術的にも、人数的にも行き届かない箇所・設備等の細かな確認を本土側の人員と港湾設備を持ってして実施すると決定。

 そのため、当初の静岡県田子の浦港へ真っ直ぐ向かうと言う航路ではなく、放出した各種物資の補充、学園艦護衛艦艇の補給等も兼ねて最寄りの学園艦停泊可能港である四国地方の高知県高知港へ寄港・経由する航路に変更した。よって田子の浦港到着は予定の3日後ではなく、10日後に延期となる。

 また、再度の特殊生物来襲が無ければ、学園艦の非常時体制は数時間後には解除され、艦内住民への避難指示も間も無く解かれてシェルターから艦上都市へ戻ることが可能となり、生命線である艦上都市機能は本日13時より完全復旧する旨が伝えられた。

 

「――今回の航海計画の変更に伴い、住民の皆様に多大なご負担をお掛けすることになりますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い致します」

 

 深い一礼で職員は締め括った。

 そして横に立っている甘利田に会釈をしてから一歩後ろへと下がり、そのまま待機所から退出した。

 

「…と言うわけで、矢部さんが仰っていたように、田子の浦港への寄港自体は10日後へと後ろに倒れる。また、高知港への寄港は明日となるため先週各クラスで配布した寄港・停泊時の時間割と日程は2日分前倒しで使うこととなる。間違えないように」

 

 ああ、それと…と言いながら甘利田が待機所の奥にいる高等部機甲科の代表者、まほを見つけると次のように続けた。

 

「戦車道履修部に通達しておく。そちらが3日後に予定していたマジノ女学院との練習試合だが、寄港の10日後に併せて延期となった。こちらから先方の顧問には連絡を既に取っている。頭に入れておいてくれ。……明日のSHRに改めて話すが、予め部内の方での周知をしてもらえると助かる」

 

 分かりました、ありがとうございますとまほが気持ち大きめの返事をし了承の意を示した。

 それを確認した甘利田が頷き、生徒達を見回しながら「もう一度言うが、明日は停泊期間中の時間割だぞ」と最後に言って待機所をあとにした。教師同士、そして船舶科との更なる話し合いがあるのだろう。多忙で難儀なものだとエリカ達は思う。

 

 そうこうしていると、ハジメ達二年生整備科男子勢がエリカ達のスペースへと戻ってきた。

 ハジメとヒカルの手にあるスポドリペットボトルの中身は既に空となっている。他の二年生メンツ…ユウとダイトは三割、タクミとマモルは七割ほど残っていたりする。

 

「物資運搬作業の補助、完了したでござる!」

 

 エリカの前でビシィッ!!っと見事な挙手敬礼をしニッと笑顔で報告するハジメ。取ってつけたような口調と敬礼にはそれぞれツッコんだ方が良いのか、スルーすべきか、それともノリに乗ってやるべきなのか…エリカが選んだのは前者よりの真ん中…無難な択であった。

 

「ござるじゃないわよこのバカジメ。どさくさに紛れてまた勝手に出て行って……」

 

 それにエリカは呆れ混じりのため息を一つ吐いてから噛みついた。身長差で彼女がハジメ少年を下から覗き込むようにして、である。

 

「ううーん…トイレやら何やらで待機所の外行くためにいちいちエリさんに言うのはさぁ…」

 

 眉間に皺を作り本意じゃないと唸る幼馴染の少年。

 

 小学校の先生と低学年の児童のそれと変わらないんじゃないかと、お馴染みの「先生トイレっ!!」「先生はトイレじゃありませんよ!」までがフルセットなのではとこの少年は思ってしまうのである。

 

 この高校生二人でそのやり取りをやってしまうと絵面的にあらゆる意味でマズイ。特定層にとっては垂涎モノなのだろうが…。

 なおエリカはそこまで考えていなかったりする。よくて「子供っぽくて恥ずかしい」と言いたいのだろうかと思うぐらいだった。

 

「アンタねー、いくらマモルヒカルが一緒でも一言ぐらい言ってから向かったってバチは当たらないでしょ。連絡取れない〜合流できない〜はい、死にました〜…じゃ目もあてられないんだから!」

 

 今回のイルマとの変身解除のバトンタッチであるが、待機所に戻る途中でシェルター通路の死角を用いて誰にも気付かれること無く入れ替わりを果たしていた。

 

「あー……うん。気をつけます」

 

 ()()()()であると言う自覚はありますよと言う旨をハジメは短く伝える。ここで変に食い下がると余計拗れるので認めなくてはならないところは素直に認めるのだ。

 

「ったく…」

 

「あははは……」

 

 再度エリカに呆れられたハジメが乾いた笑いをして後ろ頭を掻く。

 すると、近くでタクミと談笑していたはずの小梅が何かを察してハジメの横に寄ってきた。お世話焼くのが生き甲斐なんですと言わんばかりの、善意十割のにこにこ菩薩笑顔付きでだ。

 誰が言ったか「三代目黒森峰の良心」。初代はハジメの母親、アオバであり…二代目は当代元機甲科副隊長、西住みほであることを書き記しておく。何処か軍隊気質な黒森峰で一見怖そうな隊員や近寄り難い雰囲気を醸し出している先輩との間をそれとなくとりなしてくれて、しかも柔和な笑みを投げ掛けてくれる存在と言うのは、目に見える所に立っているだけで精神安定剤、清涼剤たり得るのである。

 

「ハジメさんハジメさん。エリカさんの一番の幼馴染であるハジメさんにとってはご存知であることかもしれませんが、エリカさんのトゲのある言葉はですね…愛情の裏返しなんですよ?」

 

 眼鏡或いは知的キャラがよく用いる、皆さんご存知の…と相違無い、ある種の前置きフラグ発言と共に小梅が双方にとってある種の致命傷となり得る__片やセンサー式、片や時限式の__高性能爆弾を放出した。

 

 それを聞いてエリカは顔が真っ赤に、ハジメは「えっ、はっ? 自分それ初耳ですが?」と宇宙化猫状態になる。

 いや、ハジメ少年とてエリカがただ心無い言葉を他人に浴びせ掛けるような人間では無いことは先の小梅が言ったように、幼馴染という旧知の仲であるから誰よりも知っていると言う自負はあるし、トゲのある言葉なるモノが、相手への気遣い心遣いのなんやらがちっとばかし複雑機構化しての産物であるのは理解していた。

 しかし、その「愛情」については情報が限りなくゼロであった。故に上で書いたようになる。一歩違えば「FXで有り金溶かしたような」虚無顔と指を刺されゲラゲラと友人達に笑われることだろう。

 

「ちょ、小梅!!」

 

 何かの図星を突かれたエリカがそれ以上小梅が喋らないように両肩を掴んでぐわんぐわんと前後に彼女の上半身を揺らす。何処とは言わないが小梅のがばるんばるんしている。

 目を太めの横線にしてあ〜れ〜とされるがままとなる赤星小梅。しかしそこからクルリと肩の拘束を器用に脱して、先ほどとは反対側のハジメの横に移動して親友の「愛情の裏返し」に関する説明の続きを話そうとする。それを予知したエリカが小梅の口をなんとしてでも塞ごうと飛びかかるも、普段は元副隊長(西住みほ)に勝るとも劣らないほえほえおっとり族な彼女が珍しく機敏な動きを持ってしてそれをするりするりと避けていく。その光景はさながら、とある大怪盗の孫とその一味、そして国際刑事警察機構(ICPO)のとっつぁんによる愉快なチェイスアクションのワンシーンのようである。

 まほやマモルと言った戦車道メンバーだけでなく、先ほどまで雑談していた周囲の一般生徒や地域住民の方々まで見入っている。……ヒーローショーかなと首を傾げたのはハジメだけではないだろう。

 

 目の前でアグレッシブな回避術を披露しつつ、小梅の力説は続く。

 

「――エリカさんはですね、自分が心配した分だけ相手にその分一気にぶつけるので、トゲのある言葉で責め立てられてるとよく皆んなに誤解されちゃってますけど…つまりそれは本心ではめちゃくちゃ心配してる証拠です。あんまりエリカさんを困らせたら、めっですよハジメさん?」

 

 最後に、中等部からの同性の親友として、機甲科副隊長を支える隊員として、ハジメに念押しする。

 小梅もまた、エリカの傍にいる者…友人の一人として、彼女が苦しむ姿は見たくないのだ。その一心から出た言葉は、しっかりハジメにも伝わったはず。

 

「小梅っ!大人しくお縄につきなさい!!」

「いやです〜。ハジメさんにはエリカさんを想う同志になってもらうんです!」

「何をワケの分からない戯言を!」

「とにかくですよ、ハジメさん。さっき言ったことは覚えておいてくださいね!」

 

「は、はい。分かりました…」チラッ

 

 彼女をとっ捕まえようと躍起になっているエリカをさりげなく一瞥しながら、頭の内に留めておきますとその念押しの念押しに答える。

 通常の三倍の機動力(スピード)で翻弄する小梅の捕獲に躍起となっているためか、エリカはハジメの視線どころか、小梅宛ての返事も耳に入っていなかった。

 

「こんのっ……避けるな!!」

「避けます!」

「小梅ァ!!」

「――ゲルマン・ニンポ、身代わりハジメ=サンのジツ!!」

 

 追撃を危なげなく躱してきた小梅であったが、流石にそのアグレッシブ・ムーブを繰り返していると日頃鍛えている戦車道少女由来の体力でも消耗はするらしい。そこで彼女は再度ハジメに近づき、「忍殺」のマスクと赤のシノビ装束が似合いそうなノリで秘技を躊躇なく発動した。

 離脱のための時間稼ぎと、相手(エリカ)の動揺と混乱を誘うために行なった秘技なるものは至極簡単。ハジメを肉壁に使ったのである。どこからか「ワザマエッ!!」と称賛の声が聞こえた気もするが気のせいだ。

 

「ハジメ!? ちょっと、そこ退きなさい!私は小梅を――」

「そんなこと言われても…!」

 

 それでいてササッと自分は大盾(ハジメ)の背後に隠れ、その後どうやったかは不明であるが、エリカとハジメが至近距離で相対しアタフタしてる間に、向こう側にいるタクミの横に戻っていた。もう何がなんだか分からない。小梅…否、赤星仮面の中に隠されていたスーパーフィジカルが披露されたという事実と、「あの人もはっちゃける時は思い切りはっちゃけるタイプの人なんだ」と言う強烈な印象のみが残った。

 

「ぜー……ぜー……あんのほえほえ2号め…今日の午後の紅白戦と持久走、覚えておきなさい…!」

 

 エリカは小梅の捕縛を断念したらしく、ハジメのすぐ横で両膝に手を置き乱れた呼吸を整えていた。恨み節に近い悪態を吐きつつ。

 そして、二人による一連の高度なじゃれあいを終始見ていたハジメ少年が横の幼馴染に一言。

 

「……エリさんも大概だけどさ、赤星さんも運動神経すごいよね…戦車道やると女の子は皆んなあんな風に動けるようになるの?」

 

 聞く者によっては中々に失礼極まりない発言である。

 少年のこの発言はただただ純粋な()()の念から来てるものなのだが。彼からしてみれば、光の巨人の力を持っていない女子達が人体由来のフィジカルのみであんだけ動けるのおかしくないですかと言う言い分だった。しれっとエリカに留まらず小梅まで()()()に巻き込んでいるあたり、逆に潔い。

 そして、朝練の太る太らないに続く本日二回目の言葉足らずによる半分自業自得な悲劇がハジメ少年を襲う。

 

()()()()って何よ、あんな風って!!それに、誰が大概よ!?」―ペチンッ!

 

 変に腰の入った平手打ちである。イメージ的には、野球の打者(バッター)のフルスイングのそれだ。

 その軽く、可愛らしさすら感じられる快音と反比例する威力の面攻撃がハジメ少年の顔面に炸裂した。

 

「ペプシッ!!」

 

 ハジメ少年が先ほど溢したように、エリカも戦車道少女としての身体能力は同年代の少女達…そして一般男子らと比べても抜きん出ている。それは佐世保にて繰り出された殺人ヘッドバットで証明済みだ。今回も前例に漏れず、ハジメが回避できないのであれば会心の一撃となるのは必然だった。……そして、直前のウルトラマンへの変身と、自衛隊の攻撃を身体を張って受け止めたダメージが蓄積していたことも重なり___

 

「あ、あら? ひょっとして…ちょっと強すぎたかしら?」

 

 ___某清涼飲料水(ソフトドリンク)のブランド名に酷似した断末魔を上げてハジメ少年は、ビンタの反動でぐりんと一回転した後、うつ伏せで床に倒れたのだった。頬に真っ赤なホカホカ紅葉を作っての即気絶である。

 事情を知らない者が見れば痴漢魔撃退直後なのではと錯覚してしまうかもしれない光景が、待機所の一角で生成されていた。

 

「は、ハジメ…? ごめんなさいね? あの、ここまで強く入るとは思ってなくって……その……」

 

 あの飛び付きヘッドバットを耐え抜いた幼馴染が、小ビンタ(エリカ視点)で沈み、ぶっ倒れてからうんともすんとも言わないものだから、これはやらかしたやつね…と思い至るまでに秒も掛からず。つい数分前まで自身が照れ隠しで憤りをぶつけていた口下手な幼馴染に謝罪をしつつ介抱することになったのだった。

 

 エリカに膝枕してもらえると言う激レア体験を現在進行形でハジメは堪能しているはずなのだが、当人は気絶し意識不明なためその幸福に気づけない。

 そこに彼の親友達がお見舞いにやってきた。徒歩数秒の道のりである。

 

「これは…逝ったなぁ……ストームリーダーでも今回ばっかしは…」

「ちょ、ナギさん!死亡判定はまだ早過ぎるよ!?手を合わせて念仏唱え始めないで!?」

「筋肉が足りんかったようだな…ハジメ。墓には鳥ササミを添えておこう…」

「おいおいまだ殺すな。で、何がどうしてこうなった?――いや、またいつも通りのやつだな…これ」

「大丈夫だよね? これ、洒落で収まってるよね?」

 

 男子勢__上からヒカル、マモル、ダイト、ユウ、そして小梅と談笑していたタクミ__からの言葉もまあ散々なモノで――

 

「うわ〜………エリカ、今回は嵐に何やったのさ…?」

「将来の旦那に盛大なビンタかましたって聞いたぞ?」

「嵐の顔、紅葉がベッタリだ。痛そー」

「あはは…これはこれは……ええ?」

「エリカちゃん、力加減は考えてあげた方が良かったと私は思うなぁ…」

 

 ――同待機所内の別スペースにて固まっていた機甲科少女達__上から順に小島エミ、足文ランコ(ゲシ子)鼠屋マチ(マウ子)勝矢メグ(アヒャ子)、レイラ__も何事かと野次馬根性に動かされて見物に来た。なお、こちらはエリカに「それはやりすぎじゃんね」と咎める言葉が多数を占めていた。大方、目の前で力無く仰向けとなっているハジメの姿に不憫さを覚えて同情してのものだろう。

 チームメイトの同級生友人らから飛んできた言葉にエリカは幼馴染の失言に過剰反応してしまったことによる恥ずかしさから赤面するのみで、反論することは無かった。なんとも言えぬ罪悪感が彼女の中で徐々に大きくなり始めていた。それに今は膝上に絶賛気絶中のハジメを寝かせている。変に動いたりも出来ないこともあり、彼女達の口を物理的に塞ぎに行くことも憚られた。

 

「あの、エリカさん。私も責任の一端はあるかもしれませんが……ちょっとこれはカバーできないかなって…」

 

「う…それは……」

 

 私もハメを外しすぎましたと反省の色が濃い小梅であるが流石に「過剰反応照れ隠し八つ当たりビンタ」の件までは擁護できないし自分の範疇ではないと言う。実際、小梅による暴露で頭に血が昇っていたとはいえ、朝と比べてもまだマシな失言をしたハジメ少年に過敏な反応を返してクリティカルヒットを与えたのはエリカだから当然と言えば当然だ。

 

「エリカ……流石にこれは酷すぎないか……?」

 

「そ…そうですね……本当に申し訳ありませんでした……」

 

 最後に、ここまで無言で趨勢を見守っていたまほが口を開いた。

 常日頃からハジメとエリカの夫婦漫才(痴話喧嘩)を微笑みながら見ている旧友の一人であり、母親…現西住流師範(西住しほ)譲りのクールポーカーフェイス持ちのまほであるが、今回ばっかりは衝撃具合が半端なかったらしく、目に見えるほど顔を青くしており、口元もやや引き攣っているのが確認できる。

 

「謝罪の言葉は、私じゃなくてストームリーダーにしてやってくれ…」

 

「………はい」

 

 今にも消え入りそうな声でエリカは返す他無かった。

 

 そして、見ているだけでは忍びないなと「物資配給所からタオルを貰ってくる」と言い残して、気絶のハジメと羞恥心で真っ赤のエリカを一瞥し、待機所の防護扉…出入り口へとまほは消えていった。

 

 

 

 校内第2シェルターの待機所は絶妙な静けさで満たされている。

 

 

 

 ハジメを膝枕介抱しているエリカは、周囲からの好奇半分畏怖半分の視線をその身一つで受けており、心の中で幼馴染に早く意識を取り戻しなさいよと叫んでいた。

 

 なお、ハジメ少年が目覚めるのはそこから凡そ30分弱の時間を要するのだった。

 

 

 

 

 

 

「――む。ここはさっき通ったかな…」

 

 ……一方、まほは配給所にてタオルを受け取ってから途方に暮れていた。待機所までの道のりをド忘れしていたのだ。

 

「……西住流に逃げると言う文字は無い。前進あるのみ」

 

 彼女の行方が心配になったマモルが探しに来るまで、首をコテンと定期的に傾げながらシェルター内の連絡通路を彷徨った。

 

 

 

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姫神島住民捜索救出・飛行型特殊生物(ギャオス)群駆除作戦__“海伏作戦”__終了より約5時間後

 

 

極東 日本国関東地方 東京都千代田区 永田町

首相官邸 記者会見室

 

 

 

 この日の夜、首相官邸にて、鳥型特殊生物ギャオスが引き起こした今回の…国内4例目にあたる姫神島特殊生物災害とそれへの対処として行なわれた陸海空特共同軍事行動“海伏作戦”、そして“アンノウンⅡ”…ガメラ及びウルトラマンナハトへの対応に関する記者会見が開かれた。

 

 特殊生物…怪獣によって生存者一名(詳細情報は伏せられている)を除いて離島住民が一晩で捕食され全滅したという前代未聞の大惨事は日本全国のみならず、世界各国を震撼させた。故に世間の関心は非常に高く、会見の生中継特番が各テレビ局にて組まれた。

 

 既に日本政府によって、鳥型特殊生物は“ギャオス”、カメ型特殊生物は“ガメラ”と命名されている。由来は国内にて数年前発掘され今も国内の各研究機関にて解読作業の只中である古文書__“護国聖獣伝説”にあり、今回出現した両者は奇しくもそれぞれ「海の護国聖獣・玄武」、「黒翼の災影」として描き記されていた存在と姿形が酷似しており、名称はそこに付随されていたものから引用されている。

 特殊生物の命名が報道機関に発表されてから凡そ数時間。会見を前にして主要SNSの日本国内、海外総合トレンドを「姫神島」「ギャオス」「ガメラ」「非敵性特殊生物(友好怪獣)」と言ったワードが首位を独占し、憶測やデマ…悪質なフェイクニュースまで上がっている具合だった。また、“いっちゃんねる”をはじめとした匿名掲示板などでは政府・自衛隊・怪獣・ウルトラマン関係のスレッドが既にいくつか上限に達していたり、上記題材の各()にて「内閣のベテラン官僚の秘書」や「防衛省の情報部員」などと名乗るタチの悪い自称関係者が多数降臨しお祭り状態となっており、佐世保のクモンガ・カマキラス出現やニューヨークのファンタス星人来訪時に並ぶ__不謹慎であることこの上ないが__盛況具合を呈していた。

 

 そんな国内外の反応を他所に、官邸での記者会見は予定通り開始されていた。

 

『――それではここからは、姫神島に出現した鳥型特殊生物…ギャオス、そしてカメ型特殊生物…ガメラに関する質疑応答へ移らせていただきます』

 

『旭日新聞です!! 総理!なぜ自衛隊はガメラへの攻撃を中止したのですか!!』

 

 与党叩きの記事を作ることを生業としている新聞社の男性記者が挙手と質問を同時に繰り出す。周りの記者らが疎ましそうな目線を彼に向けるがどこ吹く風のようである。

 しかも、質問の内容は事前に話した内容…既に判明している事実を再度問うというものであったため、周囲は声に出してはいないものの「政府が細かく説明したとこをもう一回尋ねんでもいい」「もう皆んな知ってるもんを出して質疑の時間削るんじゃねえ」というオーラが幾人から発されていた。…大きめの貧乏ゆすりや、聞こえやすい鋭い舌打ちもチラホラと。

 精神が図太いのか、それともただ気づかぬだけなのか、旭日の記者は壇上の垂水総理にのみフォーカスしている。

 

 件の記者のルール違反に対して司会進行役が咎めようとするが、垂水総理はそれを手で制し、嫌な顔一つせずその質問に真摯に答える。

 

『――それは会見前に公表した事前情報の通りです。我が国に出現した()()特殊生物を幾度も撃破してきたウルトラマンナハトが今回初めて、統合任務部隊による攻撃から特殊生物を…ガメラを庇い保護する動きをし、意思を伴うジェスチャーを“いぶき”航空隊に送ってきたためです。

 事実、ガメラは自衛隊に対して明確な敵対行為を取ってはおらず、終始ギャオス攻撃に固執していたことが確認されており、ガメラ由来の直接的被害はゼロなのであります。故に、ガメラへの攻撃は中止し撃滅対象ではなく警戒監視対象として扱うことが最善であると言う結論に至った次第です。

 また、現在の自衛隊による駆除能力を大きく上回る…短時間かつ単独での特殊生物撃破を成すウルトラマンの諸能力は特筆すべきものであり、同時にその桁外れの戦闘力は我が国…引いては人類にとって脅威でもあります。もしもウルトラマンが守ろうとしている存在を我々が攻撃を加え殺傷するに至ったしまった場合、彼らが人類に対して敵意を持ってしまうかもしれない。そうなれば我が国、そして世界各国が壊滅的な打撃を被るのは避けられないでしょう』

 

『そ、それでは!海中へ消えたギャオスまで逃したのは何故ですか!レーダーやらソナーやらなんやらで見つけることもできたはずでは!?』

 

 ガメラ関係ではこれ以上踏み込めないと察した記者は、ギャオスに対する自衛隊の動きを槍玉に挙げた。

 あからさまな質問内容の変更に会見会場は苦笑で包まれる。この質問に対する答えも、事前に内閣広報側が公式ホームページで説明してあるのを知っているからだ。

 …その前に一つ質問したのだからさっさと座れ、また質問するんじゃない、と言った視線が同記者に突き刺さる。

 

 されどもそんな記者の質問にも先ほどと変わらず垂水総理は真摯に答える。

 

『間違えないでいただきたいのは我々がギャオスをガメラと同様に警戒監視目標としたわけではありません。ギャオスの一部個体群は、驚異的な生体ステルス能力を保持しており、我が国も保有している最新鋭のステルス戦闘機、F-35(ライトニングⅡ)と比べてもレーダーに映る面積が極めて小さく、それに伴い捕捉が困難であり同ステルス能力が高いとされる個体に関しては誘導弾の追尾機能から逃れるほどのものでありました。つまりはレーダー誘導方式の誘導弾がほとんど無効化されるということです。現在自衛隊と"生総研"の合同調査チームがギャオスの生態研究のため護衛を伴って姫神島へ向かう準備を行なっています。

 なお、その行方の掴めぬギャオスに関してでありますが、現在、陸海空の各索敵装備を用いて目下追跡中です』

 

『レーダーが無効化されると言うのならば、後ろをとって機銃で撃ち落とせば良かったのではないですか!』

 

 周囲の記者達が「お前さあ…」という呆れと哀れみと落胆の溜め息を吐き出す。

 言うは易しであるが、いざやってみると思うように物事は行かないのが現実である。しかも言い方が言い方だった。空戦とは、戦闘とはなんたるかも知らないズブの素人がよくもまあ、たらればで好き勝手に言ってくれると会見場の誰もが思ったに違いない。

 

 温厚な垂水総理もこれには少し思う所があったのか、かの記者に向ける視線がやや鋭さを増した。

 

『いいですか、相手は戦闘機ではなく生物…特殊生物です。ギャオスは一般的な鳥類と同様に滞空飛行(ホバリング)によるその場での停止も可能であり、それが出来ないF-35の背後を容易に取ってきたとの報告があります。また、かの生物はただの巨大で凶暴な鳥ではなく、口内から装甲車の外部装甲を切断するほどの威力を有する光線を放つことは先の中継映像の通りです。無闇な接近戦は撃墜に直結する恐れがあり、数的不利も祟り“いぶき”飛行隊の苦戦はやむを得なかったと認識しています』

 

 

 

 ちなみにこのやり取りに対してネット掲示板のとあるスレッドでは___

『いやいやいや、あの戦闘機部隊バケモンみたいに強かったわ(震え声)』

『普通に善戦してなかったっけ?』

『我が方の損失機 ゼロ 』

『「数的不利も〜」ってタルミンは言うてたが、最初のミサイルぶっぱで大半削り飛ばしてドッグファイトでバタバタ叩き落としてギャオス激減してたような…』

『後ろをとってれば← や っ て た 』

『↑なんなら空戦機動で捌いてバルカンぶち当ててる』

『初見の怪獣の群れ相手にようやっとんなぁ』

『てかレーダー無効(多分ソナーも)とかチート生物すぎるぞギャオス。ナーフしろ』

『空護のライトニング乗り皆んなバケモンやろ…』

『オイ!言葉を謹んでください!』

『↑さてはオメー、全国学園艦ランキング53位で有名な“トリニティ総合学園”の生徒だな?』

『そんな数の学園艦日本には無いし、知らん名前の学校定期』

『ブリティッシュ…(国籍の指摘)』

『生徒間の三枚舌内ゲバ闘争と紅茶狂いで有名なえげれすのお嬢様学校じゃん。なお戦車道のタンカスとレーシングではバッチバチに強い模様』

『英国かよ!?脈絡も無く出てきたからビックリしたわ。肝臓止まったぞ弁償しろ』

『なんやその聖グロみたいな学校』

『みたいなってーよりそれの元の一つになってる世界的に見ても古参の学園艦やぞ。そしてしっかり聖グロと姉妹校提携してる』

『はえ〜会見とは何一つ掠りもしないクッソどうでもいい情報しかないっすね…』

『脱線はスレ民の十八番やが、今はスカンポンタン記者様の大喜利に集中して差し上げろ』

 ___上記のような脱線気味のやり取りが続き、スレッドの空きが一気に埋まりつつあった。他のスレッドでも同じような盛り上がりを見せている。

 

 

 

 そんなネット上の喧騒を他所に、記者会見は続く。

 

『それならば事前に予測して戦闘機を多く載せられる空母を派遣するなりすれば…』

 

 依然として席に座ることなく食い下がっていた件の記者が諦め悪くボソリとたらればの口を開いた。

 これに反応したのは垂水総理の後ろに座り控えていた官僚の一人、鳥山重吉(トリヤマ・ジュウキチ)内閣官房長官だ。巷では長官としての実力とお茶目さのギャップから「トリピー長官」と呼ばれ親しまれている政治家だったりする。…現内閣の栗山(クリヤマ)国土交通大臣と勝るとも劣らない胃薬常備側の人間であることは世間ではあまり知られていない。

 

『現在我が国が保有している航空護衛艦は“いぶき”型3隻のみであることを忘れてもらっては困る!!それに元から搭載機数の少ない防御型軽空母レベルの艦艇なら建造を許してやるとか言っていたのはどこの野党とマスコミだ!!アンタんとこもその一部だろう!!先程からあーすればこーすればと何度も何度も…事前予測もクソもあるものかっ!!』

 

 この時ネット上では、『トリピー、キレた…ッッ!!!』『トリピーがブチギレるって相当だぞ』などなど、珍しく声を荒げて烈火の如き怒りを見せた鳥山長官への反応で埋め尽くされていった。

 

『す、すいません…』

 

 補足しておくと、鳥山官房長官の横に座っている___白いスーツが特徴的な___戸崎(トサキ)防衛大臣からの無言の鋭い眼差しも追撃として加わっていた。それには現地で死と隣り合わせの戦いを経験した自衛官達に対する放言をした記者への静かな怒りが篭っていた。

 

『――他に質問等はございますか?』

 

『………いえ、もうありません…』

 

 鳥山官房長官の気迫と檄、そして戸崎防衛大臣の氷点下の視線に晒されてか記者はこれ以上の質問と追及をやめ、謝罪して座ろうとする。

 

『一般に開示されてる情報についての質問をして時間を潰すのは今後はやめていただきたい』

 

 垂水総理のこの言葉で旭日新聞記者とのやり取りは締め括られた。

 

 鳥山官房長官は意気消沈した記者を確認すると不機嫌顔で席にドカンと座り直し、そのまた横に座る戸崎防衛大臣は自身のメガネを手で掛け直す。その瞳の眼光は依然鋭かった。

 それを直視した例の記者は目を逸らし汗を滝のように流しながら俯いてしのぐ他無かった。

 

 垂水総理は司会進行役に促して質疑応答を再開した。

 

『……次に質問のある方は? そちらの方、どうぞ』

 

『笑顔テレビの増子美代と申します! ガメラ、ゴジラなど…政府が指定した非敵性特殊生物への今後の対応をケース別でお聞きしたいです』

 

 次に指名されたのは、姫神島での決死中継を報道し良くも悪くも大きく注目を集めた笑顔テレビの看板キャスター…増子美代である。

 話題の人物の声を聞いた会場内の記者達の目が、自然と彼女に集まる。

 ちなみに、記者会見前に笑顔テレビ本社の方へ日本政府側から“海伏作戦”戦闘空域からの退避勧告の無視をはじめとした各種違反行為に関する厳重注意を告げられていることを記しておく。

 

『…一部が防衛機密にあたる内容なので全てをお伝えすることは差し控えさせていただきますが……自衛隊による今後出現が確認される非敵性特殊生物群への先制攻撃は原則禁止としました。しかし、同対象群が関わる何らかの事象で市街地などへの被害が予測される際には国民の皆様を守るために全力で迎撃することを取り決め、現在は防衛省、各関係省庁と調整をしている最中です。…前例の無い線引きの難しい題目ですが特殊生物・異星人案件に柔軟な対応を取れるよう不断の努力をしていくことを日本政府は約束します』

 

『なるほど。ありがとうございました!』

 

『次の___』

 

 今回の記者会見の質疑応答は凡そ3時間半に及んだ。

 

 

 

 3時間半後。

 

 

 

 首相官邸のある通路を歩く影が二つあった。

 一人は制服姿の海上自衛官、もう一人は白スーツの男である。

 

「――それで、“Z六号計画”の進行具合は?」

 

 白スーツの男…もとい、戸崎防衛大臣が横の自衛官に訊ねた。

 “特殊生物情勢”勃発により発案された、戦後最大規模となる海自艦艇の急速増勢計画についてであった。

 

「はい。現在、各新型護衛艦…〈"もがみ"型ミサイル(イージス)護衛艦〉4隻、〈"いなづま"型汎用護衛艦〉6隻、〈“きい”型航空護衛艦〉4隻、“いぶき”四番艦、そして……〈“やまと”型特殊潜水艦(707号)〉3隻……が全国の学園艦ドッグにて急ピッチで建造中です。“もがみ”型と“いなづま”型数隻は間も無く就役する予定となっております」

 

 本計画Z六号は、汎用護衛艦(DD)ミサイル護衛艦(DDG)、二種の航空護衛艦…戦闘機搭載護衛艦(DDA)特殊潜水艦(SOSS)、そしてその他補助艦艇の建造が盛り込まれている。建造には全国各地の学園艦停泊港に併設されている超大型ドックを使用しているため、工期の大幅短縮が実現した。さらには学園艦保有数の調整に伴い建造が中止された国産学園艦用の建造物資の利用も文科省より許可されたため、学園艦のコンテナ型浮体ブロックを加工し装甲防御力に優れる新規大型護衛艦用船体の確保まで行なっていた。

 また、上記計画に巻き込まれる形で、既存の防衛計画内にあったミサイル艇(PG)ヘリコプター搭載護衛艦(DDH)などの建造数にも追加修正が掛かっている。

 

「…"やまと"はいつ出せる?」

 

 特殊生物、そして異星人に対する自衛隊の切り札の一つ、戦略級の巨大潜水艦…“やまと”型の就役は防人達の悲願である。

 大型特殊生物の国内来襲が立て続けに起こっている現状、一刻も早い建造完了が待ち望まれていた。

 

「“きい”型と“やまと”型は学園艦用浮体ブロックを加工した専用船体となりますので、早くとも今年の夏…8月の下旬ならば優先中の“やまと”は間に合います」

 

 強い語気をもって、自衛官は戸崎大臣に応えた。

 

「そうか。頼むぞ」

 

「はい…!」

 

 日ノ本の守りを盤石なものとすべく、彼らはあらゆる思索を巡らせながら官邸の奥へと消えた。

 

 

 

_________

 

 

 

翌日

 

 

太平洋 日本国領海

四国地方 高知県沖合50km海域

学園艦 黒森峰学園 市街地某所

 

 

 

 この日の朝、高知沖の空は快晴に恵まれた。

 そんな晴天の下に広がる大海を割いて進むのは、日本が誇る大型学園艦の一つ、黒森峰学園である。

 今日もその甲板部分…艦上都市では人々のモーニングルーティンが再生されている。

 

「ほら、そんな歩調(ペース)じゃ普通に学校間に合わないわよ!」

 

「は〜い」

 

 いつもよりも体感ゆっくりめに寮を出て登校している最中なのはハジメとエリカだ。

 両者にとってこの組み合わせは珍しいものだった。最近は互いに同性の友人らと共に別々に登校することが殆どであったからだ。

 されど、それとは裏腹に上のエリカの声は喜色が見え隠れしていた。彼女的には、久々の幼馴染二人っきりでの登校である。気分は上々だ。恐らく、昨日のビンタ撃沈事件など綺麗さっぱり脳からデリートしているに違いない。

 

「……エリさん?」

 

 逆に先行しているエリカのやや斜め後方を歩くハジメはそんな彼女の様子を見て怪訝そうな様子。

 

「なによ…」

 

 普段ならば「男どものことなぞ知らん!!」と言わんぐらいに早めに登校するエリカが何故、今日は自分と一緒に学校へ続く道を歩いているのか、どうしても釈然としないのである。

 

「いっつもならとっくに学校にいるのになんで今日は俺に合わせて待っててくれたの?」

 

 見るに見兼ねて付き添ってくれたのか、それとも昨日の件でサシのお話があってなのか、ただ単に一緒に登校してくれたのか、あらゆる可能性をハジメは頭の中で考察していた。

 朝からやたらと脳への糖分供給量が多い少年、嵐ハジメ。無駄に難しく考え、答えを得られなければ一人で勝手に袋小路に陥ってしまうのは彼の数少ない短所である。ネガティブ思考は危険察知能力やリスク管理がうんたらとよく言うが、ここまで来ると単にマイナス要素でしかない。

 

「気分よ気分!寝坊したわけじゃないからね!!」

 

 …ここまで模範的なツンデレ解答があろうか。

 嬉しさを悟られるまいとフンと腕組みをして、いつもの鋭い吊り目をハジメに向ける。

 

「気分と寝坊ね………あ…」

 

「? どうしたの?」

 

 ハジメは制服ズボンのポケットから振動を感じたので、中を弄り振動の根源であるスマホを取り出した。液晶画面には着信画面が映っている。

 着信相手の名前欄には「母さん」と表示されていた。

 

「母さんから電話だ。朝からなんて珍しいな……エリさん、ちょっと話すね」

 

 直近のものも含めればこれまで四度も(アメリカのロボフォー案件は例外)特殊生物災害に巻き込まれているハジメだが、母親のアオバから安否確認の電話が来たのは熊本市のコッヴ襲来時に一度のみである。それ以降はSNSでの個人チャットでちょこちょこ近況報告をし合っている程度だった。

 これに関しては、アオバが冷たい母親というわけでは勿論無く、自分の息子と周りにいる仲間達へ全幅の信頼を寄せているからである。無関心だとか、嫌いであるとかで電話を入れてないワケではないのだ。

 

「ええ。別にいいけど…」

 

 エリカはハジメとアオバの会話の内容が気になったので、少し横からこっそり聞いてみることにした。

 

「………もしもし。はいはいハジメだよ。で、どうしたんだよ母さん?朝っぱらからなんかあったの?」

『―――、――――?――――――?』

「え? うん。元気元気、エリさんも一緒。うん、うん……え?違うよエリさんは幼馴染だから!彼女じゃないって!!」

 

 彼の中では幼馴染と彼女若しくはそれに近しい間柄という属性は併存させれないものであるらしい。エリカはややショックであった。内心ずっこけて吐血気味である。

 

『――――、――――――?』

 

 エリカとしては彼女判定はやぶさかでないし満更でもない。なんならそう認識してくれてたら最高ですねといった具合だった。それ故にハジメ少年が放った何気ない否定の言葉が思いの外突き刺さった。

 

「……は? ごめん、もっかい言って?」

『―――――』

 

 まあいつまでも落胆してては何も良いことは無い。意識を嵐家のやり取りへとエリカは戻す。

 ハジメは怪訝そうな顔つきで空を見ながら通話相手…アオバに聞き返している。何かあったのだろうか。

 

「…………母さんさぁ、無理すんなよ…いきなり弟欲しいかとか聞かないでくれ……」

 

 数秒の沈黙の後、かの少年の口から驚愕のワードが飛び出した。

 

(!?)

 

 内容が内容だった。「赤ちゃんはどうやって生まれるの?」に対する解答をしっかり理解している多感な年頃の高校生にとっては赤面ものの話である。彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()系のトンデモプロセスを純粋に信じる年齢ではもうなくなったのだ。

 ハジメは目頭を指で押しながら呻くように、懇願するように溢した。

 聞いていたエリカはと言えば「ボンッ!」と一瞬で真っ赤っかになっている。ハジメ以上に狼狽えている。危なく朝から素っ頓狂な声を上げるところであったエリカだったがすんでのところで耐え切った。

 

「ていうか母さん…父さんは中学ん時に亡くなってるのに、どうやって弟こさえるんだよ…? 俺だってそこらへんは学校で保健体育習ってんだから、母さんの言ってる意味が分からないって……」

 

 ハジメの父親…嵐広希(アラシ・ヒロキ)は凡そ4年ほど前、ハジメ少年が中学二年生の頃に亡くなっている。

 地元熊本の土木建築系株式会社で働いていた。なお、日本各地に飛び回っての仕事であったため、エリカはヒロキとは幼少期に数度しか顔を合わせたことがなかったりする。

 当時のエリカから見たヒロキの印象は「あんまり喋んないけどアイスくれる優しいクマみたくおっきい人」である。筋トレの極地に至り控えめな無精髭を生やして大人になったハジメかもと彼女は朧げな記憶を頼りにしてかなり詳細に思い返してみていた。

 

 さて、ここまでの情報を整理すると、どうあがいてもアオバが第二子を自力でもうけることは天地がひっくり返ってもありえないことが分かるだろう。…某Z戦士の丸型宇宙船(アタックボール)が降ってきてそれを保護したなどとなれば話は別かもしれないが。

 

『――――、――!』

 

 ……しかしながら子供をゼロからではなく、1ないし2あたりの段階で引っ張ってくる正規の手段は世の中にはちゃんとある。それは先に有り得ない例として挙げたキャベツやZ戦士と別のところ…引き取りや保護といった側面で地味に紐つくものだ。

 

「………え? 養子?」

 

 養子縁組。血縁とは関係ない者__ 例えそれが流れ星とキャベツとコウノトリの三者の間に生まれた複雑な事情の子供であれ、母星の戦乱から遠ざけるためにZ戦士が宇宙へ逃した子供であれ__と親子関係を結べる制度である。諸々の手続きと話し合いをパスできれば「今日からお前もオレの家族だ」となるわけだ。

 尚、類似するややこしいものに里親制度と言うのがあるが、こちらは今回の件ではほぼ空気となるので説明解説は割愛する。

 

(そっちだったかぁ……)

 

 エリカはエリカで目をそっと閉じて天を仰いでいた。ハジメと同じように(?)邪な推測をしていた己を深く恥ながら。

 

『――――、――――――、――』

「姫神島……あ、昨日のギャオスとガメラの……それなら、うん。分かった。俺は良いと思うよ」

『――――!! ――、――――』

「そうだね。母さんは昔っからジッとしてられない人だもん」

『――――。――――!――?』

「りょーかい。母さんも、身体に気をつけてね。じゃまあ今度。……ごめんエリさん、少し長引いちゃったね」

 

 そうこうしていると母親との話を終えたハジメが長電話の謝罪をしてきた。長引いた、待たせてしまったと彼は言うが、歩きつつの通話であったので時間的ロスは微々たるものであった。

 

「別にそこまで気遣わなくたっていいのよ。それに私も話、少し聞いちゃってたし」

 

 盗み聞きに近い所業をしたこちらの方が悪いまである。エリカの返答を受けたハジメは、ならお互い様と言うことで朗らかに笑った。

 

「母さんがさ、姫神島の特災孤児を引き取りたいけどいいかって」

 

 特災孤児。“特殊生物災害被災者”の中に含まれる孤児のことである。

 初の特殊生物出現(“クモンガ・ショック”)を経験したブラジル連邦共和国が初出で、特殊生物(現在では異星人も含む)による影響で身寄りを無くした子供達がこれに類別されている。ブラジル、中国、インド、アメリカ合衆国、そして日本で同被災者の確認がされており、あまり知られていない話だが5カ国の中で特災被災者並びに特災孤児の数が一番多いのは日本だ。先の姫神島の件も含めて週単位で大型特殊生物の来襲が続いている国家ということもあり被災者と関連死傷者の総数は増加の一途を辿っている。

 

「やっぱりアンタのお母さん、アオバさんも変わってないわね。真心の塊って言うか……その、すごい良い人」

 

 ハジメの父ヒロキとは違い、エリカはアオバとはかなり交流があり、互いの連絡先を交換している。幼少期のハジメが初めて自分の意思で(西住姉妹は大体アポ無し凸であった)家に連れてきた女の子であったので、アオバからは実の娘のように可愛がられていた。親子世代二人の仲の良さは彼女(エリカ)の実母が嫉妬して頬を膨らませながらぽかぽかとアオバを涙目で叩いたほど。

 

「うん。まあ…ウチの母さんだからなぁ…」

 

 ハジメの西住みほや赤星小梅に劣らぬのほほんとした穏やかな気性はそんなアオバから引き継いだものだと彼女は確信している。

 

「……それに、家族がいなくなって独りのままなんて、寂しいなんてもんじゃないと思う。俺だったら嫌だしきっと耐えられない。だから俺は母さんの提案には賛成だよ。向こうの子も養子については前向きらしいしね」

 

「へぇ…昨日今日の話なのに、その子もアオバさんもたくましいというか…親だけならともかく、アンタがいるはずなのに大丈夫なのね」

 

「エリさん言い方ぁ!」

 

 ハジメが兄になると初耳の時点で信じて受け取る友人は少ないだろう。実際、付き合いの長い自分でさえ、このように横で把握してなければ一笑に付す側になっていたとエリカは思う。

 

「さ、行きましょうか。今日のSHR、英単テストだし」

 

「え、あっ今日だっけ英単!? うっそぉ…単語帳忘れてきちゃった……」

 

「はあ!?朝からバカジメやってんじゃないわよ!! あぁーもう!なら急いで教室まで行く!英単ノート貸すからそれ使いなさい!!」

 

 今日のハジメは朝からやらかしていた。

 エリカは胸の内で、まったく世話の掛かる幼馴染なんだから、と溜め息を吐く。

 

 二人は学び舎への道を…日常の道をドタバタと駆けていくのだった。

 

「――あだっ!!」

 

「ちょっと!なんでそこでコケるのよ!!」

 

 ………エリカの機転やカバーも虚しく、ハジメは後日再テストを昼休みに受けることとなる。

 

 

 

____

 

 

 

同日 現地時間早朝

 

 

西ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 ベルリン州

首都ベルリン

 

 

 

 欧州随一の経済大国、技術大国であり、“戦車道の本場(戦車道先進国)”でもあるドイツ。それに加えて、本史世界では永世中立国スイスを除く完全な国家連合として存在する“ヨーロッパ連合(EU)”の擁する超国家軍事機関“ヨーロッパ連合軍(EUF)”(各加盟国の軍から三割ずつ抽出した戦力で編成している。ロシア連邦は欧州方面軍が抽出対象)の陸海主力の一角を務める軍事大国という側面もある。

 

 その日、ドイツ首都ベルリンに住む市民は朝から異様な光景を目撃することになった。

 

 空を見上げると____

 

「な、なんだろう、この雨は?」

「これも怪獣のせい?それとも異星人?」

「浴びるとなんかあるんじゃないか!?」

 

____"緑色の雨"が降っていたのだ。

 

「不気味だ…明日は何も起こらなければ良いが………」

「微生物とかウィルスとか混ざってないよな、この雨」

「中東でもヒメガミ島のギャオスの同種が出たって話だろ?いよいよヨーロッパも危なくなってきたか」

「アフリカとオセアニアでも出たって聞いたぞ」

 

 これは()()()()()()。そんな予感と不安を抱かせるには十分な緑色の怪雨は丸半日続いた。これの影響でベルリン市内の主要公共交通機関は一部運行を見合わせないし停止し、各教育機関もそれに付随するように臨時休校を選択、市内に立地する多くの企業は従業員に特別休業と自宅待機を通達した。

 同州消防、警察が怪雨により生じた市内の混乱に歯止めを掛けるべく早朝より治安維持に奔走した。

 

 古来より世界各地で“ケーララの赤い雨”や“ファフロツキーズ現象”のような突出した異常降雨は度々確認されてきた。怪獣や異星人が姿を見せる前であったら、そういった事象群の一つとして捉え今よりも騒ぎにはならなかったろうが……度重なる特殊生物災害から「怪獣なら…或いは異星人ならしでかすかもしれない」と考えるベルリン市民が大多数となっていた。

 

 この事態に衛生保健当局と連邦国防省は、同日正午手前に異例の共同声明を発表した。

 市民には憶測やデマに踊らされることなくいつも通りの生活を続けることを促し、異常降雨の現象と原因の解明に全力を注ぐことを約束した。また、ヨーロッパ最大の研究機関“欧州連合科学技術研究所”__通称“欧技研”__と本件の調査を進めていくこと、連邦陸軍NBC防護部隊を主体とした徹底的な除染作業を行なう旨を伝えた。

 これにフランス、イギリス、ベルギー、ポーランドといった近隣諸国政府が呼応し、援助と協力を申し出た。

 

 

 

 後日、ベルリン市各地の病院より廃棄予定であった人工臓器の紛失事件が多発した。紛失した臓器群はどれも屋外で回収待ちであったのが殆どだった。

 そしてその日以降から夜間のベルリン市街地の道路、路地裏数箇所にて腐敗臭を伴う謎のシミの発生が相次ぎ……それに加えて、不気味な笑い声や人間大の()()()()を目撃したとの通報が多数寄せられることとなる。

 

「またこのシミか…全く、いったい誰の悪戯だ? 一晩でこんなベットベトのガムみたいなものつけて……」

「ここも清掃業者呼んでパトロールに戻ろうぜ? 意味不明な通報とそのシミについて悩むよりもあそこのベンチでぐっすりの爺さんに注意入れる方がよっぽどいいぞ」

 

 “シミ”発見の通報を受け、現場の確認にやってきた警察官二人は途方に暮れていた。時間帯が明け方だったこともあって片方の警官は眠そうな様子であくびを噛み殺していた。

 

 …相次ぐ()()()の通報から州警察は当然動いたが、証拠という証拠は現場に残る()()のみであり、詳しい事情を確認しようにも、どの通報者も名乗り出ることもなく行方が掴めずと肝心なことが分からず仕舞いという有り様であった。

 ピンポンダッシュのそれに近い悪質なイタズラだと勘繰る警官もいたが、緑雨の件もあり警察内では扱いに困る事案となりつつあった。裏では連邦警察や連邦陸軍も動き出しているとの噂もあるが噂の域を出ておらず、暫くの間は州警察単独での対応を余儀なくされた。

 

「……そうだな。やれやれ、あの爺さんこの週で3回目だぞ?」

「朝から酒飲んで酔っ払いやがって、どう言うつもりだ? しかも最近のイかれたやつらは人類滅亡の序章だなんだって騒いでやがる…それで仕事が増えてよぉ…俺もたまには休みてぇんだけどな」

 

 不可解な事象が続くベルリン市内の公園では終末論者による演説も目立ってきていた。これを馬鹿真面目に聞き入っている人間は極めて少数だが、今後どうなるかは分からない。

 

「モンスターにエイリアンだって出る世の中になって、そこに緑の雨が降ったんだ。誰だって不安になるし酒だって無性に呷りたくなるだろうさ。さぁ爺さんとこに行くぞ」

「へいへい。分かったぜ相棒」

 

 

 

____

 

 

 

垂水内閣による記者会見の翌日

 

 

東アジア 日本国九州地方 鹿児島県

五島列島姫神島

 

 

 

 ギャオス・ガメラ出現から一日が経過した姫神島には、特殊災害派遣隊として本土からやってきた消防隊員や自衛隊員、警察官が機械、人力問わずで瓦礫の撤去作業等に尽力していた。作業の途中で発見・回収された腐敗の激しいギャオスの肉片は島内の数カ所に集められ焼却処分が為されている。

 なお、姫神島は特殊生物災害を受けて、数少ないライフラインの寸断や島内産業の壊滅、住民の蒸発が重なったことにより、最低限の復旧作業と通信施設、海底ケーブルの設置を行ない今後は鹿児島県と日本政府…国土交通省、防衛省の共同管理地区として五島列島から編入される計画が挙げられている。

 

「いやぁテレビで見てたけど、この荒れ方はすごいね…」

「………生物の可能性とは恐ろしいものよ…」

「くそっ…なんで俺が早乙女の爺さんとここに?俺は物理学者だぞ!来る必要無かっただろ!」

  

 何らかの研究者もしくは専門家と思われる風貌の男女比3:2の一団が特生自衛官__対特殊生物強襲制圧隊員__数名からなる護衛を伴いながら、瓦礫が大地一面に広がる元居住区を通り、島北部の山岳地帯に続く山路を進んでいた。

 彼らは日本最大の官民合同研究機関、"日本生類総合研究所"から派遣された調査隊のメンツであった。略称はこれまで何度か触れてきた際や先日の総理の会見時に出ていた"生総研"である。

 

「まあまあ、倫太郎さん♪ せっかくの調査なんですから楽しまないと!」

「そうですよ!何事もポジティブに、ですよ岡部さん!」

「ええい!桃髪に緑髪、俺の名前を分けて呼ぶな!!」

「明石君と夕張君は元気だなぁ。今時の若い女の子はたくましい」

「ふふふ!リケジョをナメてはいけませんよ!!」

 

 日本生類総合研究所は、()()と付けていながらもあらゆる分野の学問に精通した者たちが集まっている、所謂「変態(天才)集団」で、生物学以外にも高エネルギー、宇宙物理学や地球惑星科学、電子工学などを筆頭に国を代表する人材が多数所属している。その歴史は古く、江戸中期に前身組織“機巧創出院”の立ち上げが記録されており、明治初期には現在の生総研の原型が出来上がったとされ、第二次大戦では戦略超重爆撃機“富嶽”、局地戦闘機“震電”、重戦艦“改大和”型・“超大和”型、“五式中戦車”をはじめとする数々の未完試作決戦兵器群の発案、開発に携わっていた。

 その技術力や発想力は脈々と受け継がれ現代に至っても健在。これまで度々名前が登場した、西暦2000年より各国の戦車道競技車両や主力戦車の装甲に採用されている炭化繊維素材“複合(コンバイン)カーボン”__非公式愛称は「ミレニアム・カーボン」__や、革新的動力機関“超小型プラズマ・バッテリー”を生み出している。それ故に同機関の国際的な影響力並びに発言力は強い。

 

 そんな生総研から姫神島に派遣されたのが以下のメンバーである。

 

 白髪白髭が印象的な老齢の考古学者、早乙女将吾(サオトメ・ショウゴ)

 高エネルギー物理学を専攻している、炎天下の中でも白衣を纏う変わり者な青年学者、岡部倫太郎(オカベ・リンタロウ)

 緑髪ポニーテールが目を惹く遺伝学の秀才少女、夕張菊花(ユウバリ・キッカ)

 切り揃えられた桃色のロングヘアーが際立つ、夕張と同い年の有機化学専門の女性学者、明石春子(アカシ・ハルコ)

 如何にも喫煙家な渋面の男性生物物理学者、小倉育也(オグラ・イクヤ)

 

 ――以上の5名全員がその道のプロかつ、博士号を取得している日本を代表する非常に優秀な研究者達である。

 

 彼らは強襲制圧隊員らに護衛され、島外縁の舗装道路より外れて島北部山岳地帯へと続く急勾配の山道へと入る。

 ギャオスの飛翔が確認された山中にて発見された洞窟…(ハイブ)の跡地と目される地点へ向かうためである。

 

「上陸して暫く経ってから言うのもなんじゃが、本当に安全なのかのぉ? ギャオスと鉢合わせになれば真っ先に喰われる自信があるぞ」

 

 派遣隊の中で最高齢の男性学者である早乙女博士が青天を見上げながら一抹の不安を口にした。

 しかし、派遣隊の数メートル先を歩く護衛の隊員が黒塗りされた小銃(SCAR)を構えながらもチラッと派遣隊の方に顔を向け穏やかな声色で答えた。フルフェイスヘルメットでその顔を見ることは叶わないが。

 

「ご安心ください。昨日より島内全域を陸と空からくまなく捜索し、島内におけるギャオスの全滅確認を完了しております」

 

 丁度その時、彼らの上空を偵察ヘリ〈OH-1〉が通過していった。

 空からの目である彼らは、姫神島近海洋上に待機している“いぶき”と“いせ”を中継基地として、数機でのローテーションを組み島上空の警戒を常時している。

 

 …昨日、自衛隊は鹿児島入りした習志野の陸自第1空挺団と特自強襲制圧隊第二陣を中核とした一個大隊規模の戦闘偵察部隊を本土にて編成し、これを輸送ヘリ並びにLCAC(ホバークラフト)で姫神島へ輸送。同島到着後はそこに三自の哨戒機、偵察機を加えての大掛かりかつ入念な捜索活動を実施していた。

 この結果を踏まえて、三組織による島内での災害派遣活動への従事や、生総研の調査チーム派遣にGOサインを出している。また、その全域捜索活動から“巣”(ハイブ)の場所が判明した。

 

「ギャオスを鳥類が異常変異した特殊生物と仮定すると、帰巣本能も備わってる可能性がありますよね…? 第一報の前後で既に拡散した未把握の個体がいたとしたら、島に戻ってくることも……そこらへんは大丈夫なんです?」

 

 生総研本部では、生物関連部門の人員を召集し、ギャオスをいずれかの既存若しくは未発見の日本固有種が何らかの外因で変異を遂げた元鳥類の特殊生物として、生態の予想をいくつか立てていた。その一つがツバメやツルといった渡り鳥に多く見られる「帰巣本能」の有無である。

 その夕張の質問に一団を誘導している先頭のもう一人の隊員がギャオスの飛来時の対応策をヘルメット越しでハキハキと答えた。

 

「ええ、それへの用意は勿論あります。皆さんも港町からここまで来る間にチラっと見たかもしれませんが、新たなギャオスの飛来に備えて本土から多数の87式を引っ張り出してきました。また、ヘリ以外にも"いぶき"所属のスパロウ隊(902飛)が姫神島の周辺空域を早期警戒機(ホークアイ)と連携しカバーしてくれています」

 

 万一の別個ギャオス出現への迎撃体制は確立済みであると隊員は言った。

 たしかに、言われてみればと皆が思い返す。砂丘海岸や漁港、港町内外、島外縁道路などには、「スカイシューター」の愛称で知られる陸自の対空車輌〈87式自走高射機関砲〉計十数両が、自走電探〈対空レーダ装置 JTPS-P25〉の補助を受けて、砲身を空へと向けて警戒にあたっていた。そしてそれに付随するように、長い鉄筒の形をした装備…携行式対空誘導弾(91式)を担いだ陸自普通科隊員が立っていた気もする。

 

「なるほどな。レーダーが効かないってことなら手動(マニュアル)しかねえってことで自走機関砲って判断か……赤外線誘導のミサイル以外がほぼほぼただのロケット弾になるってことだもんな」

 

 生総研と防衛省は、“海伏作戦”上陸部隊や“いぶき”飛行隊の戦闘報告から、ギャオスが第五世代ステルス戦闘機の最高峰クラスのステルス性を有していると数度の実験による検証から導き出した。そこでギャオスもまた生物…「()()()()()存在である」とし、同生物への有効的な攻撃手法として赤外線誘導・画像誘導方式の誘導弾攻撃を挙げていた。

 

「はい。その通りです。現在、全自衛隊での赤外線誘導式誘導弾の保有数自体が少ないこともあり、機関砲弾による撃墜の択を採るに至りました」

 

 それは逆に、泣く泣くその択を採るしかなかったとも取れる。

 防衛装備庁と生総研が共同で新たな赤外線誘導システムの開発に心血を注いでいるらしいが、()に間に合うかどうかは不透明なのが現状だ。

 

「生体ステルスとかやばいわよ? 何をどうしたらそんな生き物ができるのかしら? 遺伝子でも操作しないと………操作……うーん……?」

「それを調べるためにここに来たんだから今この場でそんなに頭を悩ます必要は無いだろう。…っとそういや岡部君、キミが作ってるって言う"怪獣レーダー"って代物、どうなってるんだ?」

 

 夕張が眉間に皺を寄せて唸りながら思考の海に溺れかけていた。しかしそれを小倉が彼女の肩に手をポンと置いて一言掛けた。「むっ!子供扱いしないでください!」とぷりぷりと抗議する夕張から小倉は目を逸らし、「ウチの息子とおんなじぐらいなんだよなぁ」と溢しながら、ジャケットの胸ポケットにしまっていたライターと煙草__今年で製造75周年を迎えた銘柄“マイルドセブンFK”__一本を取り出し一服する。

 そしてついでとばかりに話題を自身の横を歩いている岡部に振った。純粋に興味があったのかもしれない。

 

「それは厳密に言うとレーダーじゃあない。直接特殊生物を捕捉するわけじゃなくてな、既存のレーダーに奴らの発生源の一つ…ワームホール、自衛隊の呼称は“(デン)”だったか?……の発生を感知するシステムを追加するソフトウェアだ。レーダー自体は作ってないぞ。ちなみにもうとっくに実物は出来上がってる。稼働試験パスしたもんを自衛隊に納入始めてるはずなんだが……」

 

 特自隊員が岡部の話に頷いた。聞くところによれば、空自航空警戒管制団の全国の防空施設(レーダーサイト)への導入が始まっているらしい。優先的に配備が進められているのは東部、西部、南西…三つの航空方面隊である。

 

「ねえねえ岡部さん、それって、どうやってワームホールを見つけるんです?仕組みは?気になります!」

 

 明石がずいっと岡部に顔を近づける。それを岡部は軽くスルーして説明する。

 

「それはだな…まず、ワームホールからやって来る特殊生物は()()()()()()()()()()()()と巷では認識されてる。これは誤解で、正しくはワームホールの向こう側にある未知なる世界・次元・宇宙からやってくる跳躍者(ジャンパー)だってのはここにいるメンバー全員が知ってる話だな?」

 

 これに対して他四人はそれぞれ頷く。

 前方と後方で警戒に当たっている護衛役の特自隊員達は納得したように同じく頷いていた。

 

 自衛隊・防衛省はワームホール…“(デン)”の調査研究を生総研と合同で複数回行なってきた。その際の意見交換の場で「ワームホール(“穴”)は我々の世界とは差異のあるまた別の世界と不規則に繋げる、一種の扉である」……“(デン)”が多次元宇宙(マルチバース)並行世界(パラレルワールド)と深い関わりがあるという推測の話が挙がっていた。当時の会議に参加した自衛官や防衛省職員の一部は「そんなSF染みた話…にわかには信じられない」という旨を示したが、超常存在群の出現を何度も目の当たりにしている彼らはその提唱を真っ向から否定しようとはせず、最終的には受け止めた。同会議を通じて、“(デン)”に関する話は省内、そして各方面隊、各基地及び駐屯地に広がっていった。

 そのため、護衛の自衛官達もある程度この話にはついていけるし、理解もできるわけなのだ。

 

「ワームホールを介して、こっちと向こう側の空間が一瞬でもガッチャンコするんだ。ワームホールは最初に空間の磁場を掻き乱して渦状の歪な力場を形成する。それがあの紫色だ。そして本命(怪獣)を送り込んでくる前に、向こう側の()()を少量吐き出して()()()を行なう。組成の違う大気や、波線とかを試しに送り込むんだ。本命を投入する時にトラブルが起こらんようにな」

 

 全員が、はぁ〜そうなのかと相槌の頷きを見せる。

 

「俺のソフトはワームホールが発生する前に必ず出すその予兆…磁場の著しい波長変化と、慣らしとして送り込んでくる一部のエネルギーを識別・探知するシステムをレーダーに付与するのが俺の作ったソフトの役割ってことになる」

「お話が長いですよぉ…まあでも、ワームホール発生の兆候は見つけてあげるけど残りは自力で頑張ってねってことですよね?」

「そうなるな。夕張の指摘の通りだ」

「ふむ、そうなれば自衛隊を予めワームホール及びそこから襲来する怪物共が発生するポイントに展開させて有利な状況で戦闘を始められるのか。今までのように確認、通報、出動、といった動きではなくなるということじゃの。これならば、避難誘導もかなり早期に出来る。犠牲者も減るじゃろうて」

「だが、こいつにも弱点はある。あくまでも()()()()()()()()()()()()()のソフトだからな。そのため、夕張が言ったように奴らの出現後に奴らを捕捉するのはソフトを搭載しているレーダーの仕事だ。相手がギャオスのようにレーダー、その他の索敵装置を掻い潜る存在、若しくはそもそも地球に存在している、或いはワームホールを使わずに自力で地球外から侵入した存在の場合、コイツは無力だ」

 

 もっと何かできたかもしれないとやや項垂れる岡部の肩を、小倉が手をポンと置き励ますように一言。

 

「それでも…だ、岡部君。出現座標の予測とある程度の割り出しが出来るだけでもかなり助かる。特に土地の狭い島国である日本がそれを使える意味はデカいぞ」

 

 

 

 怪獣レーダーもとい、“(デン)”探知ソフトの話が終わり、それから暫くして一同は山道の奥へと足を進めていた。

 

 

 

「ふぅ…まだ洞窟までは着かんのか? そろそろこの老いぼれの足にもガタが来始めたわい」

 

 草木をかき分け、勾配のある道とも言えぬ獣道を歩くこと数十分。

 調査チーム内最高齢の早乙女博士が上のように呟いた。しかも無駄に足をガクガクさせてのアピール付きである。隊員達は苦笑いだ。

 

「そろそろ着きますよ。……ほら、あそこに軽機(ミニミ)を持った歩哨の陸自隊員がいますよね? ここからでは見えませんが、彼の後ろにある洞窟が目的地です」

 

「おお! ついにギャオスの生態を知ることが出来るぞぉ!!ほれ、みなワシについて来い!!」

 

 早乙女博士の目の色が変わった。探究心溢れる、ギラギラとした学者の眼差しのそれである。

 

「ちょ、早乙女博士!急に歩くペースを上げないでくださいよぉ!」

「まだまだ元気におじいちゃんじゃないですかぁ!」

 

「はっはっは!!まだ若いもんには負けんぞぉ!!」

 

 先ほどまでの弱々しさはどこへやら。

 目的地まで残り僅かだと把握した早乙女博士はずんずんと力強く歩いていく。先導していた隊員たちをも抜き去って洞窟前に一番で到着したのだった。

 

「おい爺さん!はしゃぎすぎだ! 発作起きてポックリ逝っても俺は知らんぞ!!」

「キミは少し落ち着きたまえ……ほれ、吸うか?これ、絶版になった初期生産の箱なんだが」

「小倉先生、生憎俺は電子派なんでね、煙いのは断っておくよ。気持ちだけ受け取っておく」

「そうか…美味いんだがなぁ………おーい!早乙女さんも吸うかい?」

 

 小倉はシュボッ!と咥えた煙草に火をつけ、半分ほど吸ってから上まで登り終えた早乙女博士に一服しないかと誘う。

 

「こらぁ!」

「お年寄りに喫煙を勧めないでください小倉さん!!」

 

 早乙女博士からの返答を待たずして、夕張と明石が小倉に鬼気迫る顔で迫った。

 青少年への喫煙推奨は違法と定められており、喫煙可能条件を満たしている老人もまた健康上の観点から止められるのが常である。世間一般側のモラルを持つ彼女らが怒るのも尤もと言える。

 

「タバコは絶対悪の存在ではないんだがなぁ…」

 

 小倉の戯言はさておき、一同はギャオスの“(ハイブ)”__繁殖及び産卵場__となっていた洞窟の前に辿り着いた。道中よりも虫…特に蠅が増えてきた気がする。

 

 皆より一足早く洞窟内に足を踏み入れていた早乙女博士の横顔が見えた。顔にガスマスク__自衛隊から供与された“防護マスク4型”__を装着している。独特の排気音を出しながら、ギャオスの幼体と思われる死骸の一部をピンセットを器用に扱いサンプルとして採取していた。

 彼らも早乙女博士に続こうと洞窟に入ろうとする。しかし入り口に入った途端、激臭物質として有名なアンモニアや硫黄などを優に超える形容し難い腐臭が彼らの先鋒…岡部の鼻を容赦無く襲った。

 

「うぅ!? なんだこの臭いは?」

 

 岡部はダイレクトにこの異臭を吸い込んでしまったらしく、前屈みになって涙目で咽せることとなった。

 察しの良い小倉、夕張、明石の後続三人は早乙女博士の姿を視認した時点で懐にしまっていたガスマスクを取り出していたため、ニの轍は踏まなかった。

 

「なんじゃ、お主らも早くマスクを付けた方がいいぞ。鼻が腐り落ちるわい」

 

 洞窟内へと踏み込めば、そこはギャオスの遺骸で溢れていた。地面に出来ている穴には等しくそれらの体液や未孵化卵の中身が流れ込んでおりおどろおどろしい腐池を形作っている。

 死が蔓延している空間だった。防護装備を何一つ持たない常人が場所へ来たならば、吐き気を催す凄まじい臭気と未知の生物の腐乱死体によってたちまち身体と精神に異常をきたしただろう。

 

「それにしても一晩二晩でここまで酷いことになるもんかねぇ……そこんとこどうなんだ明石君、夕張君」

 

 小倉が自身よりも()()()()関係に明るい女性研究者二人に尋ねた。

 

「………ここらの卵全部、孵化から一月も経ってないですよ…」

 

 明石が自身の目算を小さく答えた。彼女の言葉に嘘偽りは無い。その声は震えている。

 目算と言えども、その道のプロが導き出した極めて正確な答えである。ミスや誤差は有り得そうもない。

 

「一ヶ月そこらでアレらの赤ん坊は20mの大怪鳥に成長したって言うのか?

「……しかも殻自体は遥か昔、紀元前三万年も前の代物じゃな。計器は壊れとらん。これが事実ならば、此奴らは一万年もの間、地中で()()()()()のだ。つまり、既存鳥類の変異存在という仮説はたった今消し飛んだことになるのぉ」

 

 歴史的大発見だ、希少性の高い野鳥だなどと喜ぶ者は誰一人いなかった。

 

「先天性のステルス能力を持つ太古の飛行生物……いったいなんなの…」

「元から、この姿だったなんて…。なんで特殊生物は揃ってこうも攻撃的な進化を遂げてるのかしら…?」

 

 一同が黙り込む中、何かに気づいた小倉は一人洞窟の奥に歩き、また戻ってきた。

 腕を組んで一考した後、採取活動を黙々と行なっている陸自の化学科隊員の一人を掴まえてあることを尋ねる。

 

「しかしここに残ってる死骸……どれも損傷が激しいな。なんだ、ここでも撃ち合いしたのかい?」

 

 小倉が顎で指した先は調査チームがいる洞窟の入り口付近ではなく、自分が見てきた洞窟の奥の方である。

 そこには卵、雛、幼体の夥しい数の死骸が発酵気味の粘着質の体液に塗れて転がっていた。洞窟入り口の比ではなかった。これらが洞窟内の激臭の根源と思われた。

 

「いえ。我々がここに到着した時には、既にこのような状態でして……何が何やら。先日の上陸部隊もこの下にある山村付近までの進出で止まっていたと聞いていますが――」

 

 夕張が口を開いた。

 

「――食べたのよ」

 

 可能性の一つだった。目の前にそれを裏付ける証拠が無数に転がっている。

 共食い。習性等によるもの、何もかも偶然で起こるもの関係なく、自然界では珍しい行動・事象では無い。

 

「きっと互いに殺し合いをして食い合ったんです……」

 

 ギャオスに限らず、特殊生物の生態は依然として殆どが謎に包まれている。

 しかしながら、常軌を逸しているのは確かだった。これは普通の共食いじゃないと。

 卵は割って中身を吸い、雛は潰して舐めとり、幼体は切り裂き貪ったのだろう。想像するだけで惨い。惨すぎた。

 

「そして生き残った個体は異常な成長速度で飛行能力を短期間で獲得するに至り、島民や既存生物の尽くを捕食。ガメラと自衛隊と交戦して、残る個体数体は逃走…というよりも海中へと飛び込み行方知れず、と」

 

 小倉の呟きに、皆が身震いした。

 

 

 

_________

 

 

 

後日

 

 

同国関東地方 茨城県つくば市 研究学園地区

日本生類総合研究所 本部

 

 

 

 姫神島でギャオスのサンプルを採集し、筑波の本部ラボに戻った調査チームの面々はそれぞれの分野でかの大怪鳥の研究を進めていた。

 そして、更なる驚愕の事実を知ることとなる。

 

「な、なによこれ……こんなの遺伝子操作なんて言うレベルじゃない……」

 

 超古代の生物…生きた化石であると言う話だけでも既に研究所内は大騒ぎである。

 上のように呟いたのは、ギャオスの遺伝子検査に関する報告書を読んだ夕張だった。あまりに斜め上過ぎる、人類にとっては直視し難い検査結果が目の前のパソコンの液晶画面に映っている。虚空を見上げるしかなかった。横でアシスタントをしていた明石もまた同様だ。

 

「一対の染色体、完璧な遺伝子配列…絶滅種も含めたあらゆる生物のDNA…………まんま生物兵器っていうか…それ以上の、モノホンの化け物じゃないこんなの…」

「成長速度が早くて、自然と世代交代のサイクルも短くなってるから、故意的偶発的かは置いておいて突然変異の頻度と確率は他の生物と比べて圧倒的に上……もし、もしも選択的適応進化か何かで、単性生殖の多卵性にでもなったら……」

 

 明石と夕張が顔を見合わせる。

 

「そんな個体が既に一匹でもいればそこから爆発的に増殖して……これは早く発表しないと手遅れになる…!」

「現代兵器が通用しない大型飛行生物の大量発生とか洒落にならないわ!!」

 

 パソコンに齧り付き、二人は自国政府への報告資料の作成と並行して、世界各国の研究機関に所属する学者の友人知人と独自のコンタクトを取ることに奔走することになる。

 

「アメリカの“国立衛生研究所(NIH)”のコーウェンさんとスティンガーさんに、それと欧技研のアンジェラ姉さん、あと豪州のアイナちゃんには私が連絡入れるね!」

アフリカ共同体(ACU)はニルス君がいて……えーと、中国には留美(リューミン)さんがいるから……インド、ロシア、ブラジルは――」

 

 ―――生総研のラボから発された報告はその日に官邸まで届き、垂水総理が緊急会見にて国内外にギャオスの発見と殲滅の必要性を強く訴えた。

 実は姫神島での生総研と自衛隊が調査を進めていた段階で、地球各地…特にアフリカ大陸と西アジアでギャオスの出現、飛翔が次々と報告が上がり始めていたのだ。

 

 海外諸国に対し日本国がギャオスの研究結果の即開示(生総研の一部職員の独断も含む)をしていたことによって、各国並びに各地域の研究機関への迅速な情報共有が実現しギャオスの脅威は正しく世界に伝わった。

 

『ギャオスを野放しにしてしまえば、人類は遠からず滅びる』。

 日本の垂水総理の会見と研究者達の警鐘の声を受けて、国連が動き出したのである。

 対ギャオス有志連合の結成が提案され、国家間の軋轢等を無視して多数の国が参加を表明した。北米諸国、英独仏伊露の欧州主要国家群、豪州連合、アフリカ共同体、ブラジル、イスラエル、インド、韓国が国境を越えて怪物との戦いに身を投じる決意をそれぞれ表明した。また、初のギャオス襲来を経験した日本は積極的防衛行動を自国領内のみとし、他国での活動は人道支援、戦闘部隊の後方支援に絞り徹する旨を宣言し同連合に加入した。

 

『――諸君らは、広大な砂漠の土地で生きる友人達を苦しめる災いの影…ギャオスを打ち払う光だ。力を持つ者が立たねばならない。これは我々に課せられた義務なのだ』

 

 有志連合は多国籍軍を即日編成し、地域単位でのギャオス殲滅を掲げ、まずは確認個体数が群を抜いていたアフリカ北部、西アジアに米英軍を中心とした統合任務部隊を派遣することを決定する。

 

『只今を以って、“砂漠の光作戦(オペレーション・デザートライト)”の開始を宣言する!!』

 

 統合任務部隊司令官に任命された米陸軍将官マクドネル・ミラーの訓示は、同時間に出陣式を執り行なっていた各国軍基地にリモート中継され、派遣部隊の一員として母国を発たんとしている兵士達の士気を大いに引き上げた。

 後日、派遣部隊が前述地域に展開を開始し、威力偵察の航空部隊が複数の空域で接敵。

 ギャオス殲滅の幕が切って落とされた。

 

 

 





 あと
 がき

【2023年版編集】

 凡そ3.5話分の内容となってしまった第11夜を読んでくださりありがとうございます。この後書き編集時点でマイゴジを観てきた投稿者の逃げるレッドです。

 今回は(説明がいるかなと自分が勝手に選抜した)用語単語人物の補足をここに載せておきます。
 ※くっそ長いです。すいません。最悪読まなくても大丈夫です

・学園艦の立ち位置や管轄
 種別は大雑把にすると超巨大民間船舶。「艦上都市」はそのまま甲板部に広がる市街地のことを指している。
 本史世界では、本土の「飛び地」に当たる船であるからと言うことで他国の排他的経済水域(EEZ)や領海への航行は国際法上明確に禁じられている。そして艦が友好国に寄港・停泊時、艦上都市には治外法権が適用される。また、「学園艦の軍事運用」はタブーとなっている。WW1、WW2では共に準小型…町村レベルの500m〜1km未満級学園艦(“大型工作艦”として判別され、海上農水産施設や海上工場として戦時は運用されていた)が国籍関係なく戦災に巻き込まれ多数沈んでいる。当時の世界では現役の中型、大型学園艦の数は少なく、そこの住民も大半が母国本土に疎開し、どこの同級学園艦も港に無期限停泊状態になっていたので、海の底に沈められることは無かった。
 現在、本史世界で運用されている学園艦の殆どが戦後に新造された代物となっている。また、中国・北朝鮮・豪州連合の陣営と日本・アメリカ・欧州(ロシア込み)の陣営による「航空母艦化の是非」に関する激しい応酬が行われている。武装化は先述の通りタブーではあるが、どこの国も災害等の非常時に備えて空軍・海軍の索敵・哨戒部隊を少数駐在させており(この武装化、軍隊駐留の限度のラインが曖昧化・形骸化していることから国家間の認識の摩擦発生の原因が生まれている)一部の滑走路を借用している。
 日本も陸自の“第2輸送ヘリコプター群”飛行隊と空自海自の監視部隊を各学園艦に「学園艦分遣隊」として常駐させている。日本では、文科省が全学園艦の手綱を握っているが、学園艦は「海上」都市であり、民間「艦船」であることから、管轄的に防衛省や国交省が運用に関して(致し方無く)干渉することもある。なお過去の度重なる自然災害等を経て担当部署間の調整や動きのノウハウは得ているのであまり軋轢は生じたりしない。

・甘利田先生 【おいしい給食】
 本史世界2020年時点では黒森峰学園に配属となった若手教師で給食学食大好き人間。給食学食好きを本人は隠し通しているつもりだが、黒森峰の生徒達にはバレバレ。
 なお、本土での教育実習生時代に「給食マスター」こと神野(カミノ)ゴウ少年と出会い給食対決をしている。世界線が変わっても彼らは“究食道”を極める運命にあるらしい。
 本史世界で生きる甘利田先生は、あちらの原作season1に登場したヒロイン女性教師…御園(ミソノ)ひとみ(本土学校勤務)と結婚している。どこぞのゴリパーティフィジカルJKを想像してはいけない。

鼠屋(ネズヤ) マチ 【原作ガルパン:飛騨(ヒダ) エマ】
 我々ガルおじの間では「マウ子」でお馴染みだった超重戦車マウスの元車長名無しモブ娘ちゃん。最終章第4話で公式な名前が判明した。おめでとうまうまう。
 本史世界の「マウ子」は「ゲシ子」(公式スピンオフ、リボンの武者では「バウアー」)と同じく、公式の飛騨エマではなく上記の投稿者オリジナルの名前となる。この名前の経緯は、例の“夢の国”と“パレードのマーチ”をいい感じに切ったり貼ったりしてぼやかしてたらできた。
 千葉県浦安市にある超大型テーマパーク“カントー・モモフレンズ・ランド”の年間パスを持っている。

・ギャオスへの日本政府の姿勢と対応
 島民からの明確なSOS、自衛隊の即応及び上陸・戦闘の発生と、そしてギャオス出現以前より小型中型の「怪獣」が多数出現していた例があったことから、平成ガメラ世界のような捕獲・保護なんて生優しい対応を取ることは無かった。
 ……と言うよりも後述するナハトスペース地球の日本政府の覚悟と判断がキマり過ぎていたからっていうのもある。
 また、もしも覚醒直後のガメラに対する攻撃に電磁加速砲(レールガン)まで投入していたら(離島という立地等の諸々の要素でありえなかったが)、ガメラの死は確実だった。

・垂水内閣(魔改造)
 本史世界2020年時点で発足から凡そ10年を突破した与党…“自由守権党”の長期政権。内閣発足から一年足らずという時期に韓国及びロシアとの領土問題を解決し、竹島と千島列島の返還と帰属を実現させた実力派政権であることで知られる。また閣僚の約半数が40代以下であることも大きな特徴である。
 国内産業や諸外国への援助、育成、投資、交流等に積極的で、安全保障に関する理解も深く、純国産ステルス戦闘機や電磁加速砲搭載車輌の調達、海自初の空母建造を謳った“ペガソス計画”…〈“いぶき”型航空護衛艦〉就役に大きく関わった。…2014年尖閣諸島沖での日中空母艦載機による武力衝突事案“いぶき事件”の発生という最大の窮地にも遭ったが、立て直しに成功し今日まで日本の国家運営を担っている。

 主要閣僚は以下の通り。【※元作品】

○内閣総理大臣
 垂水 慶一郎(タルミ・ケイイチロウ) 【空母いぶき】
 中国、北朝鮮、豪州連合を念頭に置いた防衛力の整備や学園艦の防衛体制の強化に尽力した。
 “特殊生物情勢”の勃発とコッヴの日本襲来を受けてからは、各方面に働きかけ“対特殊生物特別措置法”をごく短期間での公布・施行まで導いた。

○官房長官兼副総理
 鳥山 重吉(トリヤマ・ジュウキチ) 【ウルトラマンメビウス】
 ナハトスペース地球の日本では垂水総理のベテラン快刀…敏腕()()()として頑張っている。やる時はやるおじいちゃんという印象を持たれている国民からの愛称は「トリピー」や「トリちゃん」。…断ち切れぬ巡り合いつるむ運命でもあるからなのか、しっかり(マル)さんがこの世界線でも長官秘書を務めている。
 官房長官という肩書きなため広報(メディア)への対応を多く担当しているのでよく記事を刷られることから、自身への声に対して敏感なのがたまにキズである。このように良くも悪くも人からの評価を気にしてしまうので、後述する栗山大臣とは「胃薬常備組」として政権内では知られており、本人曰く「なぜか気が合う」栗山大臣とは丸秘書官を交えた三人で晩酌をしたり家族間で食事をする仲であるとか。
 
○防衛大臣
 戸崎 優(トサキ・ユウ) 【亜人】
 本史世界では厚生労働省の人間ではなく、政治家である。30代になったばかりで与党内では中堅の位置に立つ。大臣の中では、三番目に若い人物。白スーツとメガネがトレードマーク。
 論理的思考も相まって性格はややキツめだが、決して血の通っていない非道寄りの人間ではなく、しっかり感情はある。なんなら、原作世界では死に別れてしまった婚約者…(アイ)は本史世界では存命で、彼女と結婚までしていて幸せを掴んでいる。そのため、「日常」を誰よりも愛し尊ぶべきものだと思っており、日本を…彼女が生きる国を守るために日夜職務に取り組んでいる。
 後述する最年少大臣である三角や年が近い入江大臣とは公私で交流を持つ。

○文部科学大臣
 新門 辰郎(シンモン・タツロウ) 【史上最強の内閣】
 後述する敷島大臣と同じぐらいの老齢大臣。実は戦後間も無く創設された与党内の一大古参派閥の代表でもあり、現代にまで続く「来たるべき国際化社会ために広い視野を持ち大きく世界に羽ばたく人材の育成と、生徒の自主独立心を養い高度な学生自治を行なう」と言う“日本学園艦の在り方”とそこでの教育とは何たるかを固めた人物の一人である。また、ガルおじ達の間では「役人メガネ」の名で知られる辻廉太(ツジ・レンタ)が所属する“学園艦教育局”の前任者でもある。本史世界では「学園艦統廃合計画」は横の組織である“学園艦管理局”が推し進めており、それの動きには懐疑的な反応を示している。
 
○財務大臣
 万丈目 胤舟(マンジョウメ・インシュウ) 【20世紀少年】
 本史世界では胡散臭い露天商や興行師であった過去は無く、「ともだち」の仲間ではないし、“友達民主党”の党首でもない。ごくごく普通の与党ベテラン議員の一人。
 大学生、大学院生、そして駆け出し議員時代に作り上げた人脈と、各業界とのパイプを独自に持つ。“特殊生物情勢”下での自衛隊の防衛力増強が迅速に行なえたのも彼の力のおかげである。内閣の縁の下の力持ち的存在。
 悪気は無いがネチネチとした、胡散臭い喋り方をするので、与党内やマスコミからの反応はイマイチ。
 趣味は投資と昼寝。独身。
 
○農林水産大臣
 三角 青照(ミスミ・アオテル) 【日本三國】
 内閣最年少…30代前半のルーキー大臣。髪型は七三分けでキッチリと揃えている。既婚者。
 幼い頃より本の虫で、高校まで地元の図書館に毎日入り浸っていた。文学と地理学に秀でており、地図設計技能はコンピュータ並みの正確さを誇る。
 地元の公立大学を出てすぐに現与党へ入党。地元への恩返しをするべく、自前の農林水産と地理の知識を結びつけた画期的な政策を多数発案し何度も採用され、日本の食料自給率上昇に大きく貢献する。最近では学園艦での養殖水産物に漁業関連の住民の要望に応えウニ、ホタテの追加を提言している。
 戸崎大臣以上の理屈屋として知られ、その若齢に見合わない説き伏せ方でベテラン議員達を黙らせることがしょっちゅうある。前述の戸崎大臣とは、年が近いこと、似た性格から馬が合うとのことでよく話す。また、どちらも喫煙者なので互いの銘柄を交換して吸うこともあるとか。
 
○経済産業大臣兼資源エネルギー庁長官
 敷島 勝治(シキシマ・カツヂ) 【真ゲッターロボ 世界最後の日】
 エネルギー関連の科学者としての側面を持つ理知的な風貌の老大臣。エネルギー庁の長官も兼任している。後述する征陸公安委員長や新門大臣、万丈目大臣とは公私で交流がある。日本最大の研究機関“日本生類総合研究所”との太いパイプを持ち、“複合(コンバイン)カーボン”や“プラズマ・バッテリー”といった、新素材や新動力の国内普及に尽力した。
 よく前述の“生総研”や防衛省の技術研究本部に顔を出しており、研究開発を()()()()()している。…人類に有益な宇宙線の研究を独自に行なっているという噂も。
 
○国土交通大臣
 栗山 三郎(クリヤマ・サブロウ) 【ウルトラマンZ】
 鳥山官房長官と共に「胃薬常備組」の閣僚として有名な64歳のベテラン大臣。ストレス性の胃痛に毎日悩まされている。鳥山長官や万丈目大臣からはよく酒の席で励ましてもらっているらしい。
 国内のインフラや輸送網をぶっ壊してくる相手が基本的に天変地異(最近では怪獣・異星人の襲来もある)であるため、怒りを燃やして振り上げた拳を何処にも振り下ろせない。いつも被害総額で顔を青くさせ復興予算の捻出で頭を抱えている。しかもここに隣国…中国の海警船、北朝鮮の違法漁船、豪州連合加盟国のコルベットによる挑発行為への対応も加わるので輪を掛けて不憫。踏んだり蹴ったりである。しかし優秀な人物なのでなんやかんやで毎回なんとかする。口癖はヤダモー武部さんと親和性があるかもしれない「なにやってるんだよぉ、もお!」。…近々隠居しようかなと考え始めている。
 
○外務大臣
 乱馬 羅流(ランバ・ラル) 【ガンダム ビルドファイターズ】
 40代前半でありながら垂水総理の与党内派閥では古参に入る議員で、極東情勢に収まらず、世界六大州すべての情勢に精通している傑物である。
 交渉能力に秀でており、外交における攻め時と引き際を熟知している。また、勘の当たり方が尋常じゃない。
 妻からプレゼントされた青いネクタイを付けて毎日の公務に取り組んでいる。がっしりとした図体、武人の如き揺るぎない精神性、そのシンボルカラーから、誰が言ったか「青い巨星」。
 
○厚生労働大臣
 入江 京介(イリエ・キョウスケ) 【ひぐらしのなく頃に】
 内閣で二番目に若い大臣。医師免許を持っており、並みの医師よりも博識で、流行病や感染症の総理・大臣レクの際には識者を呼ばずに入江大臣に話をさせた方が早いと言われている。
 印象は二つ分けのストレートにメガネと整った容姿をしているのだが、中身はドが付くヲタク。その黄金の精神を見たアキバの兄ちゃん達からは絶大な支持を受けている。そんな彼らからは敬意を込められ「監督」とも呼ばれている(なんの監督かは依然不明)。

○ 国家公安委員長
 征陸 智巳(マサオカ・トモミ) 【PSYCHO-PASS】
 警察庁からの叩き上げで、下積み(現場)時代に培った警察内部の人脈は広く、勤勉実直な性格から現場を退き役人側に立った今でも多くの刑事・警官から慕われている人物。54歳で警察官の息子がいる。
 柔軟な思考の持ち主で、サイバー対策、テロ・ゲリラ対策にも意識を強く持っており、特殊生物(怪獣)・異星人の国内襲来が確認されてからは避難計画や現場対応の立案に尽力した。特殊生物対策として一般警官や機動隊員の銃器装備の強化と拡充を指示している。

・Z六号計画
 大型特殊生物の国内来襲を受けて、既存の艦艇数では学園艦や本土、島嶼間の防衛は極めて困難であると認識した海上自衛隊が発案し実行に移された海上戦力の増強計画。
 符号の“Z”には、「究極の国防艦隊を生み出す」、「未曾有かつ最大最悪の災厄より日本を守り抜く」と言う二重の誓いの意味が込められているとのこと。逆に“六”の意味は判明してはいないが、“第5護衛隊群”に次ぐ「第六の艦隊」に組み込まれる艦艇を指しているのではと考えられている。
 本計画最大の特徴は、全国の学園艦停泊港に隣接している同艦用の大型多目的ドッグを用いた集中高速建造による短期間での艦艇配備と、上記施設設備で加工した学園艦浮体ブロックを船体に日本史上初の採用をする__“いずも”型、“いぶき”型を優に凌ぐ_ “きい”型超弩級航空護衛艦と、巨大戦略潜水艦…“やまと”型の建造を目指している点であったりする。
 …これに加えて通常の建造計画も継続してるから、多分全自衛隊で海自が一番調達費高いしめっちゃ予算分けてもらってると思う。絶対国産学園艦新規建造中止で出た物資以外にもお金やらなんやら掻っ攫ってリソースにぶちこんでる。建造ペースについては本史世界日本のバケモノ染みた造船関連の諸技術やノウハウをフル活用してるという考え。

・トリニティ総合学園
 元ネタは、学園×青春×物語RPG「ブルーアーカイブ」に登場する学園都市“キヴォトス”の三大学園の一つとして数えられる同名の学校。
 ナハトスペース地球では艦齢が半世紀を超えようとしている15km級の大型学園艦である。中高一貫の女子校で、英国の誇る由緒正しい淑女育成学校として国内外にて非常に有名。日本の聖グロリアーナ女学院とは姉妹校提携を交わしており、交換留学制度を導入しているためか、毎年トリニティに入学する生徒の1割半ほどは日本出身或いは日系イギリス人である。
 戦車道では英国内に留まらず、高校戦車レースリーグ、高校戦車道、そして非公式競技“強襲戦車競技(タンカスロン)”の欧州大会出場を幾度も経験している強豪の顔を持つ。
 とある垂水総理の記者会見実況スレ板にていきなりその校名が飛び出してきた。スレ民達も実はあの話の流れについていけておらず良く分かっていない。ちなみに「言葉を慎め」の書き込みをしたのは聖グロに留学中のトリニティ日系生徒__ヒフミ・アジタニちゃんだったので、スレ民の推理は的中してた。彼女が何故実況スレに入っていたのかは謎。ヒフミちゃんの書き込み前後のやり取りの元ネタは「53位ユウナのガード、ワッカ」。恐らく本史世界でも似たようなネットミームがあるのだと思われる。

・ナハトスペースの天才科学者達
 生総研の姫神島調査隊を構成するメンバーというか、世界各国の研究機関に所属しているメンバーの殆どが色んな意味でヤバい人達。それぞれの原作…原典並行世界での活躍を知っていればいかにこの地球がネームド理系キャラドリームチームを作ってるか分かる。多分アルケミースターズ以上の地球産カウンターウェポンだと思う。

____

 次回
 予告


 2日前のガメラ、ギャオスの出現もあり、黒森峰学園は江ノ島港へ向かう前に一度四国の高知港へ寄港していた。
 しかし高知市内では数日前から惨殺遺体の発見が相次いでおり、警察のみならず特生自衛隊まで動き出していた。

 そして市内へ買い物に向かっていたエリカと小梅に、残虐な異星人の魔の手が迫る!

次回!ウルトラマンナハト、
【宇宙(そら)からの逃亡者】!




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第12夜 【宇宙(そら)からの逃亡者】



残忍宇宙人 エイダシク星人

登場





 

 

 

アナザーM78スペース

第4銀河系 γ(ガンマ)レラトーニ星系

遊星間小惑星帯(アステロイドベルト)

 

 

 

 巨大な大陸型緑色惑星γレラトーニと、地球よりもややサイズのある海洋型青色惑星α(アルファ)レラトーニの間にある小惑星帯宙域。

 そこでは現在、光弾や光線が激しく飛び交い、時折軌道を逸れたそれらが小惑星に命中し粉々に粉砕する。

 

 空間戦闘の光景である。

 

――セヤァアッ!

 

 この宙域で交戦しているのは、赤と銀色の体躯の巨人…当世界にあるM78星雲・光の国が擁する宇宙警備隊所属のウルトラ戦士と、両腕にハサミ状の装具を纏っているのが特徴的なヒューマノイド型異星人だ。

 

《待て!エイダシク星人!! レラトーニ星系生物の食用乱獲、違法武器の密造密売、次元跳躍(ワームホール・ジャンプ)システムの悪用……これ以上罪を重ねるんじゃない!!》

 

 ウルトラ戦士が、相手している異星人__エイダシク星人__からの光撃を素早い身のこなしで捌きつつ、それに投降を促していた。

 彼と対峙しているエイダシク星人は、星間交配によって誕生した新たな知的種族の一個体である。同種族はセミ若しくはザリガニのような頭部が特徴で、高度かつ独創的な科学技術___「エイダシク科学」___を保有していることでも広く知られる。しかし人口の大半が非常に攻撃的かつ利己的な性格の個体で占められており、宇宙犯罪者や無法傭兵となる者があとを絶たず、指名手配者を排出し続ける要注意種族として多数の宇宙組織や国家からマークされている。…「残忍宇宙人」の別称の由来も、そういった種族柄や重大な星間問題を引き起こした個体の存在が大きく影響していたりする。

 レラトーニの宙域でウルトラ戦士に応戦している本個体もまた、例に漏れず凶悪な宇宙犯罪者であった。

 

『ボクが他の星でオイシイ生き物食べたってボクの勝手デショ。邪魔をするナ!ウルトラマン!!』

 

 惑星γレラトーニ及びαレラトーニは、星全体が穏やかな気候に恵まれ、宇宙蛾スペース・モスや大蜘蛛クーモン、怪奇植物スフラン、怪魚アクアフィッシュなどを筆頭とした小型怪獣の惑星固有進化種が織りなす豊かな生態系を形成している、宇宙全体を見ても非常に稀とされる生命の星だ。地球やL77星と同様に「宇宙に浮かぶ宝石」と評されているほどである。

 

 その内包する多様かつ豊富な生物生態系や惑星資源に目をつけられ、レラトーニ星系も異星人同士の星間侵略戦争等で制圧目標に指定されるなどして戦火に幾度も巻き込まれた過去を持つ。

 現在は、第4銀河系を統べる宇宙文明連合政府により、過去の過ちを繰り返さぬよう「保護対象星系」なるものに制定され知的種族の侵入や植民といった介入行動を全面的に禁止している。故に当星系には管理者的立場の銀河系政府さえも宇宙軍基地の建造はおろか艦隊戦力すら駐留させておらず、無人監視衛星数機が星系外縁に配置されている程度に留まっていた。

 

 エイダシク星人はその緩めざるを得なかった監視網の穴を突く形で星系内への侵入を成功させていた。第4銀河系政府がそれに気づいたのはやや遅れてのことで、最寄りの宇宙軍を派遣しようにも僻地も僻地なこの星系への到着には更なる時間を要し即応は事実上不可能だった。そこで同じ“銀河連邦”(名称の通り、銀河規模の多目的国際機関)加盟組織の宇宙警備隊が隊員を派遣し助力することとなり現在に至る。

 

バババババッ!

 

 エイダシク星人は両腕に装着しているハサミ状の電磁兵器、“伸縮式プラズマ・ガン”をウルトラ戦士に向けて大して照準も定めずばら撒くように乱射する。

 

 グァアッ!

 

 狙い定めた射撃ではなかった。それがウルトラ戦士にとっては逆に読み辛い攻撃となったのかもしれない。

 乱射されたプラズマ光弾の数発が直撃した。彼は大きく後方へと吹き飛ばされ、浮かんでいた巨大小惑星の表面に激突してしまった。

 

『ボクはお前らナンカの相手をしてる暇は無いんだよ!“星間同盟”に入るには他のヤツらを超えたドデカイ手柄がイル!だからもっともっとモット食べて強くならなくちゃいけないんダヨォオ!!』

 

 エイダシク星人はヒステリックに喚き散らしながら、カプセル型のアイテム___“次元跳躍装置”(ワームホール・ジャンプ・システム)___を取り出し起動させる。

 

 ―――ヴゥゥン……ッ!

 

 すると独特な点火音と共に、エイダシク星人の背後に紫色の大穴…ワームホールが生成された。

 

 ワームホール越しに、両手で掬ってやらねば今にも零れ落ちてしまいそうな程に美しく透き通った蒼い惑星が見える。

 ウルトラ戦士もその星には覚えがあった。世界が違えど、彼にとって、光の国の者達にとって、とてもとても大切な星。小さき仲間達との思い出の数々…片時も忘れたり色褪せたこともない、かけがえのない星…だった。

 

『イヒヒヒヒッ!この別宇宙(向こう側)でもっとモットオイシイ獲物を見つけてやる!! 特にあの青い星なんかサ、絶対うまい食い物がウジャウジャいるダロ!!』

 

 思考が一瞬止まっていた。気づいた時にはエイダシク星人がワームホールに自身の半身を投げ入れていた。

 

《よせ!》

 

 制止の言葉を出すのが関の山だった。ワームホールはエイダシク星人が進入してから僅かな間で急激に収縮していき、他者の追跡を拒否する。

 

『ふひひひ、バイバーイ』

 

 最後にエイダシク星人はヒラヒラと腕だけを出してふざけた別れの挨拶を残してワームホールの縮小と共にその姿を消したのだった。

 

 特A級宇宙犯罪者として手配されていたエイダシク星人の一個体を取り逃がしてしまったウルトラ戦士は頭を抱える。その姿には焦燥が滲んでいた。

 

《あれは確かに地球だった……!エイダシク星人を追わなければあの地球に住んでいる大勢の人たちが苦しむことになる!!》

 

 辛うじて別次元の太陽系が所在する空間座標を算出できていたウルトラ戦士は、宇宙警備隊が直轄管理している固定式のワームホール・ジャンプシステムを有する、隣接星系に建造されている星系基地へと向かわんとする。

 

 ウルトラ戦士がレラトーニ星系外縁部に到達した直後―――

 

 ゴォオオオオオオ……!!

 

チカチカチカッ!――チカッチカチカッ!

 

《――ワレ、第4銀河連合宇宙軍609艦隊(フリート)旗艦(フラッグ)リッター・ツルギ。貴官ノ所属並ビニ任務概要ハ照合・確認済ミデアル。至急、貴官ニ現状ノ共有ヲ求ム》

 

 ―――50mの体躯を持つ光の巨人さえも圧倒する、全高全幅100m、全長400mは優に超える巨大な、先進的デザインの宇宙艦艇群…星系救援部隊である第4銀河系文明連合宇宙軍の辺境快速艦隊(軽巡、駆逐、重コルベット合計十数隻からなる文字通りスピード重視のパトロール艦隊)が星系外縁に単横陣を形成し転移(ワープ)してきた。

 そして上記の発光信号を発しながらウルトラ戦士と接触した。

 

――チカチカチカッ!

 

《――貴官ノ奮戦ト協力ニ深ク感謝ス。此レヨリ、当艦隊ガ本宙域ノ治安維持ヲ引キ継グ。貴官ノ武運長久ヲ切ニ祈ル》

 

 ここで彼は事の顛末を同艦隊へ簡潔に説明・報告し、星系の宙域哨戒警備を任せてエイダシク星人追跡のため急ぐのだった。

 

 

 

_________

 

 

 

ナハトスペース

太陽系 第三番惑星(地球)衛星“月”軌道上

 

 

 

『ふぅ………宇宙警備隊は中々しつこかったナ。さて、新しい食事場へ行こうカ!…アノ星をボクが占領して“星間同盟”に渡せばボクも星間同盟の一員になれる!!ボクの腹も膨れて、星の制圧すれば星間同盟構成員…一石二鳥ってやつダ!!』

 

 エイダシク星人はワームホール・ジャンプシステムで並行宇宙(ナハトスペース)の太陽系内惑星の一つ…地球の衛星()の軌道上に次元跳躍を成功させ追手の追撃を振り切ることに成功した。

 

 そして眼前には、真っ青な海と深い緑の大地、大気と白雲を纏った惑星…地球が浮かんでいる。

 エイダシク星人はほくそ笑みながら、地球へと針路を取った。

 偶然にも、それが目指した降下地点は、アジアライン・ニホンエリア…惑星地域国家、日本国四国地方の高知県。エイダシク星人の地球降下__ファンタス星人に次ぐ侵略(敵性)異星人の襲来__は各国の軍事衛星並び観測衛星、レーダー等で構成された索敵監視網を以ってしても察知出来ず、不幸にも標的(餌場)とされた日本国は地上への降下侵入を許してしまう形となった。

 

 これは、姫神島でのガメラ・ナハト出現の当日深夜のことである。

 

 

 

_________

 

 

 

“海伏作戦”終了より二日後

 

 

極東アジア 日本国四国地方 高知県高知市

北部地区市街地某所

 

 

「―――()()姿()になるのも、随分と久しぶりだ………でも今はその余韻に浸っている場合じゃない。エイダシク星人を追わないと!!」

 

 ナハトスペースの地球時間で二日後には僅かなエイダシク星人の痕跡を辿り次元を越え、かのウルトラ戦士も同地球へ来訪。彼は僅かに残っていたエイダシク星人の反応を追って、地球の対宇宙監視網を潜り抜けて高知県高知市へと降りたっていた。彼は地球人の青年の姿となってエイダシク星人の捜索に着手する。

 

 

 

『捜索範囲の拡大を具申する』

『マル被は依然として、高知市の何処かに潜伏しているものと思われる。捜査は続行』

『先ほど新たな目撃情報が挙がった』

 

 三日前より、ここ、四国の高知県高知市では猟奇的な連続殺人事件が立て続けに起こっていた。

 被害にあった人物らに全く繋がりは無く、下は児童、上は高齢者まで…老若男女問わず犠牲になっていた。どの遺体も腹に穴を開けられて一部の内臓が欠損しているもの、口から吐血が認められ体内の血液量が3分の1にも満たなくなって失血しているものと、大半の遺体の状態が常軌を逸していた。

 現在、高知県警が確認出来ているだけでも24名が犠牲となっている。そこに行方不明者を足せば犠牲者はさらに増えて二倍近くになるだろうとされている。又、直近の行方不明者の中には拳銃を所持していた現職の警察官も混じっており深刻性は増しつつあった。同県警は快楽殺人を好む異常な人物若しくはテロリストによる単独ないし複数人の犯行であると見て被害件数の多い夜間には市内をパトカーや警官による巡回を増強させ、市内の小中学校、高等学校には集団下校と授業終了時刻の前倒しを自治体と共に要請を続けていた。今では機動隊の警備車両が前からそうであったと言うように街中を走っているのが日常になりつつあった。

 

『――特自14連隊選抜小隊並びに強襲制圧隊、香南市現着。送れ』

『高知了解。これよりこちらで誘導を行なう』

『――陸自14旅団、50普連第1及び第2普通科中隊、呼集完了』

 

 そして、その異常かつ奇怪な殺害方法や相次ぐ不審者情報を自衛隊も防衛省情報本部(DIH)を通じて本連続殺人事件の内容を把握。こちらではテロ以外の可能性として、高度な知能や特異な能力を有した未確認の小型特殊生物、または異星人による犯行であると睨み、自衛隊は本件を“K(高知)事案”と呼称。

 陸自中部方面隊直轄の第14機動旅団は同事案の()()の行動を抑制するために動き、これに善通寺駐屯地(四国・香川県)所属の第15即応機動連隊より二個中隊、そして同陸自駐屯地所在の__四国での対敵性存在戦闘を担う__特自“第14連隊”から抽出した一個自動車化普通科小隊及び強襲制圧隊一個分隊で編成された陸特合同部隊が呼応。高知市へは既に「特殊防衛出動準備行動」の一環として派遣されていた。尚、派遣時点で自衛隊は高知県警には()()()()として警察の支援へ回るとのみ通達した。

 又、同市所在の高知駐屯地には、“K事案”司令部が設置され、密かに現地での情報収集と捜索活動が開始されていた。

 

 ここで話はやや転じるが、特生自衛隊の部隊編成単位はその構成具合から陸上自衛隊や他国の陸軍に倣っている。今現在、基本的に各方面隊の師団・旅団から抽出した陸上戦力のみを運用しているためにその名残りが色濃く出ている。今後の展望として、空自海自からも部隊の抽出を行ない、それを特自直轄の飛行隊・護衛隊群として編成すると言った動きがあるらしい。

 

『―――日本側の示威的軍事行動は、太平洋の安全保障を根底から揺るがすものであり国際社会の世界融和路線を真っ向から否定する、法治国家としてあるまじき極めて悪質な行為である』

 

 …そしてこの四国内での自衛隊の動きにまず反応したのは、元凶たるエイダシク星人ではなく、光学偵察衛星より自衛隊のイレギュラーな動きをキャッチした隣国…“豪州連合”加盟諸国であった。中国や北朝鮮よりも先に、豪州連合議会が日本に対して非難声明を大々的に発信し、それに呼応する形で日本周辺の加盟国__フィリピン共和国、インドネシア共和国の二国__からは豪州連合海軍隷下の上記二国の海軍艦艇…コルベットや哨戒艇数隻からなる一個分艦隊が北上し日本の排他的経済水域(EEZ)近海を航行するなどの威嚇行為を実施した。これに日本側は海上自衛隊の他、国土交通省・海上保安庁第五管区の巡視船並びに巡視艇を派遣し対応すると共に、豪州の的外れな声明に強く抗議、反発する姿勢を示した。

 太平洋では海保海自による物理的な航行阻止活動が展開され――

 

『向こうは軍船ですよ!?排水量なんかこっちの何倍あるかって――』

『馬鹿野郎!ここで通したら終わりだろうが!! 進路そのまま!相手さんの鼻っ面抑えろ、意地でも止めるんだ!!』

『総員、耐ショック姿勢!!何かに掴まれえっ!!』

『来る、来るぞっ!ぶつかるぞおおお!!!!!!』

 

 ――北上せんとするオセアニアの軍艦相手に苛烈な体当たりを実施した海保第五管区の巡視艇と巡視船の多数がドック入りとなり、同管区の艦船稼働率の低下を招いた。

 ……この一連の出来事により栗山(クリヤマ)国交大臣はこの週、ストレス性胃炎と夜通し格闘することになったのだと言う。

 

 

 閑話休題。

 

 

 姫神島関連事案の影響で、高知市に隣接する学園艦停泊可能港“新高知港”には三日前の夜間から航行スケジュールを変更した大型学園艦__黒森峰学園__が寄港・停泊している。同学園艦が接舷している学園艦用の超大型埠頭には、ガントリークレーンがびっしりと張り付いてコンテナの荷揚げ荷降ろし作業を休み無く行ない、乗艦塔や巨大可動橋(ゲートブリッジ)は学園艦と接合してヒトやモノを(おか)(ふね)の間で途切れなく行き来させているのが見える。

 そして連絡船が複数、艦底部の両舷大型ハッチと陸地を往復して工員を艦内にピストン輸送で招き入れている。出港日が明日なのもあって仕上げに掛かっているのだろう。補足として、両舷にある艦底部大型スライドハッチは、現代の強襲揚陸艦にある艦尾門扉のような構造となっている。海保巡視艇や漁船程度の船舶であれば両舷合わせて最大十数隻を一度に収容可能。内部は簡易的な修理ドッグも併設されており、遭難した民間船の救助と収容、修復までできる。平時には両舷に数隻ずつ小型中型の連絡船兼牽引船を格納している。また、有事の際にはここから艦内の救命ボートや救命艇を射出し艦尾側の艦上都市住民を迅速に離艦させる役割も持つ。なおこれらの諸機能は艦によってはあったりなかったり、規模が大きかったり小さかったりする。

 

「――いやぁ…昨日一昨日も言ったけどさ、まさかこんなに早く陸地に上がれるとは思ってなかったなぁ。怪獣怪獣異星人って、最近の世界の様子すんごいよね」

 

 さて、そんな黒森峰学園が遠目からでもよく見える高知市某所の一角、緑豊かな自然公園に場面を移す。

 そこには同校高等部にて数少ない()()()男子生徒の一員たるハジメとタクミ、整備科の野郎二人がいた。

 他の生徒らと同じように、寄港最終日の振替休日を満喫するため高知市に上陸して街中へ散策しに来ていた。自然公園にいる理由は市内散策の休憩のためだったりする。

 なお今回ハジメは「いつもくっついてんな」と周囲から言われている幼馴染…エリカとは別行動だ。そのエリカは小梅と共に学園艦では供給されていない日用品の買い出しで同じように高知市内の何処かに繰り出している。

 

「まあなぁ…今年入ってから悪い意味で話題に尽きないのは確かだよな。それに、昨日の…ニュース見た?対ギャオス連合軍の方じゃないやつ」

 

 時刻は昼過ぎ。昼食は商業施設で摂り終え、近場だったこの公園のベンチで二人は雑談混じりの一服をしている。

 

「うん見た見た!『全国各地の沿岸部に大量の勾玉が同時多発的に漂着! 勾玉拾った子供たち“ガメラとゴジラは敵じゃない!”』…でしょ?」

「それそれ」

 

 二人が話しているニュースとは、垂水首相の記者会見のあった翌日の昼頃から全国報道されたもので、海から流れ着いたと思われる“不思議な勾玉”とそれを海岸に拾いに行った沿岸部在住の子ども達の言動についてである。

 

 内容を詳しく説明すると、二日前の日本時間にして13時過ぎに全国の沿岸部、特に太平洋側に住んでいる少年少女達(4、5〜14歳。年齢が低ければ低いほど割合が増す)が突然学校や保育園、幼稚園から飛び出し最寄りの海岸砂浜に向かった。子供達の海岸への全力疾走を見ていた地元住民や教師らは「まるで誰かに呼ばれていたかのような動きだった。こちらの声も聞こえていなかったらしく、一心不乱に走っていった」と供述している。そして子供達が集まった海岸には、これまた偶然(・・)流れ着いていた大量の勾玉状物体が漂着していた。子供達はそれぞれ一つずつ勾玉を拾うと、何かと交信しているかのような奇妙な振る舞いを一斉に見せた。

 

 以下の会話は現地報道陣の一人が海岸に集まった子ども達にインタビューした際のものである。

 

『ガメラやゴジラは地球を守ってくれる優しい怪獣さんなんだよ〜!!だから倒さないで!!』

 『ウルトラマンと一緒に戦ってくれるんだって!!』

  『まだ起きてない怪獣さんもいるんだ!』

 

 テレビ記者とカメラマンは子供達の輪に入るとすぐに元気の塊である彼らに囲まれる。

 

『どうしてガメラやゴジラは味方なのかな?』

 

 子供達の視線に合わせてマイクを持った記者が片膝立ちで分かりやすい疑問符を付けて尋ねる。

 

『この石をね、拾ったらね?分かったのー!』

 『すごいんだぜこの石!ボクらが握ると光るし、あったかくなって()()()()()()()んだ!!』

  『ガメラの声はお爺ちゃんみたいなんだよ〜』

 

 聞けば聞くほど勾玉の効能はそんなのアリかよと思うほどには荒唐無稽なてんこ盛りぶりであった。

 

『へぇ、あのガメラと話せるんだ!? ええと、その石…?勾玉……かな? お兄さんもすこし触ってもいいかい?』

 

『じゃあ、あたしの貸してあげるー!』

 

 一人の女の子が報道官に翡翠色の透き通った勾玉を渡す。記者は受け取った勾玉を手の中で転がしてみる。見る角度によっては黄色、オレンジ色、赤色…明色や暖色と呼ばれる色にコロコロと変わることが分かった。この特徴だけならば物珍しい宝石(いしころ)の類いだろう。

 だがしかし…否、予想通りと言うか、お約束とも言うべきか…記者は数分間勾玉を握ってみたが子ども達が言っている念話らしきものはおろか、他の周囲の何人かがやってみせている発光発熱現象は自身の手の中では微塵も起こらない。やはり大人には知覚できない子供だけに許されたオカルトパワーなるものなのか。

 

『うーん…何も起きないなぁ…』

 

 手の平にある勾玉と睨めっこしながら、首を傾げる記者。どうやら本心から残念そうにしている。

 

『貸して!こうやるんだよー!』

 

 ぼくらはこんな簡単にできるのに…と、もどかしく思っていたのだろう。いてもたってもいられなくなった子供の一人が記者から有無も言わせずに勾玉をひったくった。

 幼さの残る説明をしながら数人で()()してみせるようだ。輪の形になって、その中心に勾玉とそれぞれの手を幾重にも当てる。

 

『お目々を閉じて…』

 『お星様にお祈りするように…』

  『心の中で喋るんだ〜』

 

『誰に?』

 

『『『ガメラ!』』』

 

 記者とカメラマンは一瞬だけ顔を見合わせた。されどもすぐに彼らは視線を儀式めいたものを続ける少年少女のグループに戻す。

 子供達が閉眼し沈黙すること3分弱。即席麺が出来上がるか否かの時間が経過したところで、明確な変化が起こった。

 

『こ、これは!!』

 

 グループの手中にあった件の勾玉が綺麗な琥珀色の、暖かみある光を発したのである。それも、ただの光ではなかった。周囲の子供達が散発的にやって見せていたものの光量や勢いと言った諸要素を線香花火程度のかわいらしい灯火と評するならば、この眼前で為された瞬間発光は、空の色を塗り潰す夕時の太陽のそれと同等の閃光であった。

 

『やった、やった!できたできた!!』

 『ね!光ったでしょ!』

  『ほら触って触って!あったかいよ!』

 

 儀式を行なったグループがポカンと始終を見守っていた記者の下へと走り寄ってくる。子供達が嬉々としてこちらに差し出してきた手の平の上にある勾玉を見れば、先の爆発とも見紛うレベルの閃光を発してはいないものの、まだほんのりと光を宿していた。それを記者は再び受け取り、自身で握ってみる。

 

『………本当だ。暖かい…とても、心地いいですね』

 

 体感では鬱陶しいと感じるぐらいには依然として発光している。そして人の体温よりやや高いぐらいに発熱していた。

 しかし、それらを嫌だとか目障りだとか、そういった不快な感情は不思議と湧いてこない。寧ろ懐かしい思い出に浸った際のような、仄かに、じんわりと来る感覚を記者とカメラマンは憶えていた。

 それはテレビでこの生中継を見ている全国のお茶の間の視聴者たちもそうであった。

 

 ―――このような出来事が昼間の全国各地の沿岸部で起こったため…と言うよりもそれの前日にギャオス・ガメラの島嶼特殊生物災害があったこともあり、これとの関連や新たな特殊生物災害の前触れだと危惧した日本政府や生総研が動いた。一部地域では各都道府県警や陸上自衛隊の対NBC部隊が派遣されるなど、日本本土では大きく騒がれるニュースとなった。そして日本が世界に勾玉を複数提供し、各国から挙げられた調査結果が丁度昨日発表され、その内容は日本…引いては世界を驚嘆させるものとなった。

 現時点で判明している"琥珀の勾玉"に関する情報は下記を参照してもらいたい。

 

◯“琥珀の勾玉”は一般的に勾玉と呼称される代物とほぼ同一のデザインで、純度100%の未知の金属で構成されており、それらは全てダイヤモンドを遥かに超えるモース硬度20、ヌープ硬度12000という驚異の数値を叩き出し、現代人類科学に裏打ちされたあらゆるサンプル採取手段を通さなかった。更に、表面構造を解析したところそこから自然物ではなく人工物…鋳造された物体であると判明し、各地に漂着した計測不能と判断されたその膨大な個数から、何らかの目的や用途で大量生産されたモノと考察された。

◯又、勾玉に使われているこの新金属を、日本の生総研が世界を代表して、それらの特異性などから神話伝説上の架空金属から名を取り“オリハルコン”と命名。

◯そして、“琥珀の勾玉”もといオリハルコンの勾玉に付着していた土砂、粘土等から極めて正確な地質年代が計測され、紀元前3万年前…凡そ3万2千年前…旧石器時代突入期に作成された超古代の遺物(オーパーツ)であると判明。しかし、ここまでで判明している事実の数々から、勾玉を生み出した存在は、知能や文化レベルがサルのそれに等しかった旧石器時代人類…我々の祖先達ではなく、まったく別かつ未知の()()()()()であると言う説が主流となる。これに触発されて超古代先史文明人の遺物や遺跡の捜索が世界各地で行われることになった。

◯どの勾玉にも例外無く裏にあたる部分には“古代ルーン文字”に()()()()()()が彫られていることが判明し、翻訳した結果『ガメラと(とも)に…』と刻まれていると分かった。

◯勾玉の謎の発光・発熱現象、そして証言が多数ある特殊生物ガメラとの対話…テレパシーを意図的に起こせると分かっているのは今のところ人種や国籍を問わず中高生以下の男子女子のみである。なお、勾玉使用後に悪性の副作用等が発生した事例はゼロで、人体への危険性が内在している確率は極めて低いとされている。

 

 ――――依然として、解析が進むのと並行して新たな仮説考察が世界中で今も続々と挙げられている。一部では、相互性の有無はどうであれガメラとの交信が出来るオーパーツという観点から、「超古代文明が作り上げた、特殊生物との意思疎通を仲介する通信端末」や「特殊生物を使役し命令を与える軍事用装備」であると論ずる者もいる。

 誰の何が正答であるのか、現時点では誰も辿り着くことは出来ないだろう。

 …人類最高峰の頭脳を持つ世界の学者達による一刻も早い全容の解明が待たれるところだ。

 

「――勾玉持ちの子たちによると、ガメラは傷を癒すために南太平洋海底にある未知の海底古代都市に潜伏してるんだとか。今度それを確かめるのに生総研とかが調査船出すんだってさ。………ねえ、ハジメはガメラが味方だと思う?」

 

「おうよ。だって報道ヘリも守ったらしいし、ナハトが庇ったからなぁ。少なくとも敵じゃないだろ」

 

 タクミとハジメは二人してブランコに揺られながら、琥珀の勾玉とそれに関係するガメラについての話を続けていた。ハジメは座り漕ぎ、タクミは立ち漕ぎである。

 

「ふーん、そっか。…ま、僕も敵じゃ無いとは思ってたけどね!」

 

「なんだその如何にも裏切りそうな味方が口走りそうなセリフは」

 

 ハジメ少年は光の超人(ウルトラマン)として、ガメラと対話した存在である。相手側の事情を聞けているわけで、今の地球人類の中で、一番のガメラの理解者と言える。

 対するタクミ少年は、顔面と頭脳の偏差値がかなり高く、黒森峰高等部男子勢トップの俊足を誇り、中学時代には陸上トラック競技の全国記録(トップレコード)を遺したイケメン韋駄天マンとしてそれなりに九州では有名で、文武両道容姿端麗を地で行くことがあったかもしれないちょこっとお色気モノと性欲に正直な、どこにでもいる普通の助兵衛(スケベ)男子高校生の一員である。尚、ダイト・ユウ・赤星小梅とは同じ小学校の出身であり、ハジメ・ヒカル・マモルとは中学で知り合った仲だったりする。………やや説明がズレたが、彼も姫神島の生中継を最初から最後まで見ていた人物の一人であり、「取り敢えず全部殺そうよ」と心無くのたまう輩ではなかった。

 

 ガメラを排すべき有害な怪獣だとは思わない。二人の共通意見はこれに尽きた。

 

「……あっと、タクミ。話ぶったぎってスマンけど…さっき予備のデッキブラシと整備用のタオルは定数買ったじゃん?あと何か買うものあったっけか?」

「うーん。他には無いはずだけど、僕は…小梅ちゃんにプレゼント渡したくてさ。ハジメ、もう少し付き合ってくれない?」

「あ?俺は男に興味ないぞ?」

「僕の個人的な買い物について来てくれないって聞いてんの!そこでボケないでよ!」

「ははは!………悪い、悪かった。だからアイアシェッケをゲットトマホークみたいに持ってにじり寄ってくるな!!それ俺の金で買ったやつだぞ!?」

 

 アイアシェッケ。ドイツのザクセンに伝わる地方菓子だ。日本でも知る人ぞ知る非常に美味なジャガイモのチーズケーキである。

 ハジメが整備科の後輩達にと買っていた、まだ切り分けられていないロング型の一つを、タクミは買い物用保冷バッグから武士の如く抜刀。ハジメに唐竹割りをしてやろうと近づいたところでサッとバッグに納刀…否、優しく戻した。

 

「食べ物を粗末にしたらバチが当たるからね、今回は許してあげるよ。それで、行くの?行かないの?……ハジメも折角だから逸見さんに何かプレゼントあげたらいいんじゃないかな。いつも逸見さんを心配させてるんだから」

 

 ほぼほぼ正論である。あくまで()()の体を装っているが、タクミの言い方のニュアンスは間違いなく承諾への()()だった。

 

「……うぐ…分かった。俺も行くよ」

 

 こう言われてしまえば何も言えないのがハジメだ。本人にも幼馴染に迷惑や心配を掛けてしまっていると認識しているし、それに罪悪感や良心の呵責もあるので効果てきめんである。選択肢なぞ最初から用意されていないようなものだった。

 

「うんうん。ハジメならそう言ってくれると思ったよ。 普通にハジメからのプレゼントなら逸見さんすごい喜ぶだろうし、買って損は無いと思うな」

「ええ?そうかぁ?」

「そうだよ」

「そんなもん、か…?」

「だからそうだって」

 

 二人は上のようなたわいもない押し問答をしつつ、市内最大級の大手複合商業施設(ショッピングモール)EION(エイオン)・BIG」に徒歩で向かった。

 

 

 

 

 

 

 十数分後、何事もなくハジメとタクミはショッピングモールに到着。それぞれ相手へのプレゼントに合いそうな物品を探すべく屋内の専門店街に入っていた。

 

「――小梅ちゃんなら…下着かなぁ…」

 

「真剣な顔して女性用の下着コーナーにぬるっと入ろうとするな」

 

 推理する探偵の如く顎に手を当てがい、さも当たり前のように何の躊躇も恥じらいも無く女性下着の専門コーナーに足を運ぼうとする友人をハジメはツッコミを入れつつ後ろから肩を掴んで止めた。

 

「サイズは大きくなったって聞いたからなぁ……前はCだったらしいから……うーん………Dか!!」ポンッ!

 

「クイズ番組じゃないんだから!……てかなんでタクミは赤星さんのサイズが分かる!?」

 

 ハッキリ言えば個人の、プライバシーに抵触する極秘情報の一種である。…言い方はかなり無礼になるが、小梅が隠れ痴女でもない限りは本人から大っぴらに公開されることは無い筈。

 それなら何故、ハジメ少年の目の前にいるこの無駄に顔のいい工口メガネはそれを知り得ているのだろうか。

 もしや、法外な行為で掴んだとでも言うのか。いいや、仮にも中学から共に苦楽の学業に励んできた友人である。流石にそんなことは――

 

「……女子の身体検査の時に、ちょっこと…ね! なんなら去年はナギさんと、今年の春はユウ君と一緒に行ったよ!」

 

 ――割とブラック寄りのグレーゾーン行為で把握に走っていた。なんなら何処までも続く地雷原でタップダンスしてた。日本が世界に誇る法と秩序はどこへ行ったのだろう。ハワイあたりにでも旅行して羽を伸ばしているのか。

 若しくは、男子高校生は青春と語れば何してもいい免罪符を与えられていると勘違いしている節も考えられる。

 又、ついで感覚で伝えられた別の友人二人関連の、新たな爆弾情報による追い打ちも深手となった。ショックの上塗りになっちゃったのである。

 

「ナギ、ユウ……お前らもか……」

 

 目に手をぴしゃっと当ててハジメ少年はがっくし肩を落とす。彼の予想と期待と信頼は儚く見事に裏切られたのだ。

 親友達が想像以上に破廉恥なことに首を突っ込んでいたことにハジメは古代ヨーロッパで腹心に裏切られた某独裁官が発したものと似た呟きをしながら溜め息を吐いた。

 補足だが、黒森峰高等部の身体検査は毎年四月下旬…新学期早々に行われている。つまるところ、ここで覗き等が発覚すれば即お亡くなりになるのだ。これをハジメ少年の親友達が少なくて一回、多くて二回成功させてるあたり、マジモンの命知らずとも言えるかもしれない。

 

「一応、二年全員と今の三年の戦車道履修部の先輩達のやつは大体覚えてるし……今マモル(イッチ)から西住隊長の情報せがまれてるけど、お金取った方いいよね?」

 

「無駄な報告と確認をありがとう」

 

 ハジメはまたしても投下された爆弾発言に対して、今度は非常に穏やかな顔つきで臨んだ。最早達観…いや諦観の模様を呈している。

 

「……そうだ、ハジメも知りたいよね!」

 

 そしてタクミの話題の矛先はハジメ…とその幼馴染に向けられた。

 当のハジメは嫌な予感がした。だが、問わずにはいられなかった。好奇心が勝ったのだ。

 

「なにが?」

 

「逸見さんの胸囲(サイズ)

 

 ピシッ!___と、体が石化する音が聞こえた気がした。

 その一言でハジメは瞬時に理解していた。これは今の自分に必要のない情報であると。すぐに正気に戻り、タクミからの魅力的な提案へ拒否の意思を伝えつつ次に来るだろう情報を遮断すべく耳を塞ごうとした。

 

「や、やめろ! 本人の知らないところでそんなん知ったら罪悪感とか頭がすごいことになる! てかしれっと共犯にしようとしてないか!?」

 

 しかし悲しいかな。タクミが口を開く方が幾分か早かった。

 

「――Eカップ」

 

 たらればになるが、ハジメ少年がやるべきだったのは、喚き散らしながら自身の耳を閉ざすのではなく、しのごの言わずに対面の変態の口を最速で塞ぎに行けば良かったのだ。

 

「」バタッ!

 

 結果。ハジメは仰向けにバッタリ逝った。ブシュッ!__と鼻血を噴き出す…或いは、ガフッ!__と吐血して勢いよく卒倒したかと錯覚するレベルで、だ。

 

「は、ハジメぇえええ!!どうしてこんなことに…!」

 

  いきなり友人が絶句しながら床に倒れたものだから、タクミが駆け寄って抱き起こそうと素早く近寄った。

 

「……お前のせいだろ!」ピシパシッバチンッビタッ!

 

「あうっ!ごめん、ごめんってあう!!」

 

 それを見計らったかのように、ハジメはむくりと無言で起き上がった。するとタクミに二往復の容赦の無い友情ビンタをお見舞いした。謝罪の言葉も無視しての二回行動である。

 だが少し得した気分になってしまったのは内緒である。

 

 二人は気を取り直してプレゼントを探すことに専念するのだった。

 

 そして結局、タクミがプレゼントとして選んだのは、色情を掻き立てる下着…などではなく、そこそこ値段のするブランド香水セットを包んだプレゼントボックスであった。

 一方でハジメはと言えば………

 

「――うーん…………こっちか? それともこっち? ……どれが良いんだろう…」

 

 ディスカウントショップのアクセサリーコーナーの一角にて、候補選出で迷いに迷って思考の海に一人溺れかけていた。手に持って吟味しているモノの尽くが女子向けの可愛い系であったためか、周囲の他客(高校生、大学生ぐらいの女子の方々)からの「ああ〜彼女さんへの贈り物選んでるのかな? 一生懸命そうで可愛い〜」と温かい目で見守れていたのだが、本人はそれを知らない。…知ったら知ったらで赤面しそうだからこれが幸せなのかもしれない。

 

 尚、物珍しいモノ(プレゼント)を買うこと選ぶこと自体にハジメ少年は嫌悪感や抵抗感は無い。寧ろ新しい何かを発見することや扱ってみることには彼の内の旺盛な好奇心が後押ししてかなり積極的だ。あまり他人に触れ回らないだけで。

 ただ、「果たして彼女が喜んでくれるモノを自分は用意できるのだろうか、選べるのだろうか…」と思っている。それが足枷となって自分が「良いな」と感じてモノに伸ばす手をいつの間にか重くしているのである。

 

「予想よりも長く悩んでるね。整備科とは別に機甲科へのケーキは買ったんだしさぁ、ずっと遺るものを選んだら?」

 

 会計を終えホクホク顔のタクミがハジメの所に戻ってきた。気を利かせて恋愛達者な人間としてのアドバイスも添えて。

 

「の、遺るもの…か。うーん……」

 

「……思いつかないなら生活で実用的な……文具とか、持ってても邪魔にならないようなやつ……あとは、逸見さんの好きそう物とかはどうかな?」

 

 ある程度割り切ってもいいんだよと付け加えるもハジメはイマイチ決めきれないようである。

 

「シュツルム・ティーガーか?」

 

「あのさぁ…」

 

 〈シュツルム・ティーガー自走臼砲〉。

 第二次大戦時にドイツ陸軍が〈ティーガーⅠ(Ⅵ号戦車)〉の車体を流用し開発した装軌式重ロケット臼砲である。それの擁する主砲は戦艦の主砲レベル(実際は海軍の爆雷投射機を元にしている)に匹敵する、陸戦兵器にとっては破格の38cm。そしてロケット砲弾を使用しているため火力は折り紙付きだ。

 現在、少数が各国の戦車道博物館などに置かれるに留まり、その設計と生産・運用コストから競技用車輌としての新規生産の注文数は世界全体で超重戦車マウスと比較しても遥かに少ない。因みに日本では九州地方にある西住流傘下の戦車道博物館にドイツから寄贈された国内で稼働が可能な唯一無二の一輌が展示されている。

 …と言うように実物にしろ、競技用にしろ、一般家庭の少年が背伸びしたり逆立ちして鼻でスパゲッティを食べたとしても手に入れることは不可能な代物…車輌なのである。要するに、常識的に、金銭的に考えれば少年一人がシュツルムティーガー本体なぞプレゼントできるわけ無いのだ。

 

 たしかにエリカの()()()戦車はシュツルムティーガーである。

 だが、それ故に…「それ、ハジメが一人で用意できるの?」__と言う至極真っ当な疑問と解答への呆れが混ざった言葉をタクミが投げかけた。

 

「そうだよなぁ…実物は無理にして、かと言ってプラモとか模型渡すのもなぁ……ううーーーん…………あっ!!――」

 

 その時、ハジメに電流走る。

 

 「――エリさんの()()()()()って……確かワニだったっけ」

 

 幼馴染は何がどうしてワニが好きなのか、好きになったのか、実はハジメもその詳細は知らなかったりする。ただ、憶えていた。

 だから、丁度目に留まった、勇ましく口を開けた緑のワニが描かれたブローチ・キーホルダーを手に取った。

 堂々と開口し牙を見せているこのワニの顔が、不意に得意げそうに思えた。それが何故か幼馴染(エリカ)っぽいなと思えてしまい、一人小さく苦笑する。

 事ある毎に噛み付いてくるところ、戦車道で獰猛かつ好戦的な笑顔を見せるところ、何かを成してドヤ顔するところ…何と重ねたのかはハジメしか知らないのだろう。

 

「うん。いいんじゃないかな。それじゃ早く会計にいったいった!」

 

「お、おう!」

 

 タクミが後ろからペシっと叩いて背中を押してやる。

 それを足掛かりにして、ハジメがレジカウンターに向かう。そんなハジメを見ながらタクミが一言。

 

「……ちゃんと覚えてるじゃんか。これならちょこっと安心だね」

 

 そうタクミが微笑を浮かべていると、レジで店員と対面している筈のハジメが此方に振り向いていた。どうやらタクミに何か伝えるつもりらしい。

 ハジメが両手をパンと合わせる。合掌…謝罪の簡易ポーズであった。

 

「タクミ! ごめん、小銭貸してくれ! 足りなかった!」

 

「……これじゃあ締まらないなぁ」

 

 やれやれとタクミは溜め息を吐きつつ、そこがまた彼の良いところでもあると片付けるのであった。

 まあ、彼も彼で人のことはあまり言えないはずなのだが。

 

 ハジメ側のレジ会計が終わった。

 

「さて、向こうにも連絡したし、合流してプレゼント渡しちゃおう!」

 

「了解。…さっきスマホでニュース見たんだけど、直近にここらで不審者出没の報告も挙がってるらしい。学校でも言ってた市内連続殺人犯ってヤツかも」

 

「その可能性もあるね。ならちょっと早足で集合場所向かう?」

 

「ああ。先に着いててもバチは当たらんだろうし……心配になってきたから少し急ごう」

 

 ハジメ達、高知市に上陸した黒森峰学園の生徒らは事前に高知で発生している連続殺人事件の犯人が依然として捕まっていないこともあって今次艦外外出に関する注意喚起を教師陣から受けており、寄港期間中に陸へ上がった生徒は防犯上の観点から当日夕方手前には学園艦に戻っているようにとも言われていた。それを思い出したハジメはエリカたちを心配しつつ待ち合わせ場所にやや速度を上げて向かうのだった。

 

 

 

_____

 

 

 

同時刻

 

 

高知市同地区 某所

 

 

 

「待てっ!」

 

「待てって言われて待つバカはいねぇヨ! バァカ!」

 

 男が二人。連なる三、四階建てビルの屋上を次々と飛び越えて、追う追われるのチェイスをしていた。

 追う側は、青色のジャケットにジーパンで、人の良さそうな印象を与える青年だった。されど今はその顔に穏やかさは無い。

 そしてもう一方、追われる側は、警察官の制服()()()()()男。こちらは目の瞳孔が開ききっており、走り方も乱れがあるところから正気ではなさそうだ。

 明らかに後者の男が不審である。

 

 普通の人間が見れば奇妙な光景だと認識できた。治安を維持する立場にある公人たる()()()()追われているのだから。

 地上の人々の中には物珍しさから、スマホを取り出して通報…ではなく、撮影している者も見受けられる。

 

「なにあれ?パルクール?」

「ドラマとかの撮影?」

「てかあの人たちすげー上手いじゃん! ビル飛び越えてくのめっちゃはええ!」

 

 一般の人々にとって、異常といえば結局それだけである。警官が追われてるだけ、だ。

 ドラマや映画のワンシーンをぶっつけ本番…近年見られなくなった市民巻き込み型の撮影をしているのだろうと勝手に脳内で変換処理してしまう。カメラマンは見当たらないが、何処からかドローンや設置式カメラで撮影しているんだろうと深く考えない。

 

 自分達の上で行われている追跡劇が、実はノンフィクションで、どちらの男も非地球人…異星人であるなどとはどうやっても思い至らないのである。

 

 人々がその光景を何気無く見続けていると、チェイス中だった件の男二人が90度方向を転換し跳躍…ビルの屋上から飛び降りた。ここまで彼らを見ていた何人かが、これからの展開を予期し甲高い悲鳴を上げる。地表との高低差は最低でも10〜12m。足から着地できたとしても無事で済むことはまず無い。…常人であれば。

 人々の予想とは裏腹に、男らはスタッと華麗な着地を決めると、何事もなかったかのように地上で追跡劇を再開した。

 

「………すっげぇわ…」パシャパシャ

 

 男達のスタントマン越えの一部始終を見ていた通行人の殆どは暫くの間スマホを持ったまま呆けていることしかできなかった。

 

 

 

 そして追跡劇の舞台は路地裏に移った。

 

「……オマエ、あの時のウルトラマン…ダロ?」

 

 警官の男は逃走を止め、追跡者の青年の方へクルリと身体を向けた。やや片言が混じった、地球の言語…日本語で青年に問い掛ける。

 その傍ら、警察制服の右上腕部分を引き裂いて破り捨てる。するとそこからはSF映画に出てくるようなデザインの、二本のトンファーをくくりつけかのような、鋏状の射撃武器…伸縮式プラズマ・ガンを展開させた。それと同時に、警官の男の顔が徐々に歪んでいき、正体を現した。

 残忍なる宇宙の狩人…エイダシク星人である。

 

「ちょっとバッカシ遅かったナァ…ボク、もう結構食べちゃったヨ? 地球人って結構美味しんダナ。特にちっこいヤツらはスゲー新鮮だったゼ」

 

 あからさまな挑発に青年…ウルトラ戦士は乗らない。

 腰に隠し取り付けていたガンホルスターから、素早く獲物(拳銃)を引き抜き構える。その銃はこの地球よりも遥かに先進・未来的意匠と構造であった。

 彼の銃を持つ手は震えてはおらず、警官の男…エイダシク星人の急所を狙い撃つ用意は整っていた。

 

「警備隊からは最終処分の許可が出ている!ここでお前を止める!!」

 

 最後の通告だった。

 だがエイダシク星人にその脅し文句は通用しない。それがどうしたと右腕を青年へゆらりと向けた。

 

「あっそ。んジャアサ、死ねば?」ジャコンッ!

 

――ババババババッ!

 

 エイダシク星人のプラズマ・ガンから、短機関銃(サブマシンガン)に匹敵するレートで電磁弾丸が激しい閃光と共に次々に放たれる。狙いは無論青年である。

 彼はすぐさま建物に取り付けられているエアコンの室外機の陰へ飛び込んだ。そしてそれに隣接している__室外機よりも耐久性のある__コンクリートの円柱へ身を寄せる。

 躊躇なくガリガリガリと電磁弾丸が室外機と円柱を徐々に削り取っていく。

 

「っ! 違法武器をここでも使って!!」

 

 歯噛みしつつも黙ってやられているつもりは青年には無かった。握っている小型銃__GUYS(ガイズ)携行式光線拳銃(レーザービームハンドガン)“トライガーショット”__と顔だけを出し被弾面積を最小に抑えながら、エイダシク星人に向けてその引き金を引き応射する。

 

ビィイーー!! ビィイーー!!

 

 銃口からは橙色のレーザーが数度、放たれた。その内の一閃がエイダシク星人の額を掠る。射撃の精度は高い。ここからさらに数発撃てば鎮圧できると青年は踏んでいた。

 だが――

 

「おい! なんかこっちですげーことやってんぞ!」

「あれ、もしかして異星人ってやつ!?」

「そこのアンタ! 大丈夫かぁ! いま警察と自衛隊さん呼ぶがらなぁ!」

 

 ――思わぬ第三者達がやってきた。表の通りから、裏路地の騒ぎを察知した市民数名が足を踏み入れてきたのである。プラズマ・ガンの発砲音と発砲炎が注意を引いたのだろう。

 

「みなさんダメです! ここから離れて!!」

 

 青年が市民に退避を促していると、部外者の参入にエイダシク星人は苛立ち、声を荒げる。

 ウルトラ戦士である青年は別として、いまここで市民に替えの利かない異星人としての顔と姿が露見してしまうのは都合が悪いと帰結したのだろう。

 

「チッ! 面倒くさくなってきたナァ! オラァア!」カチッ

 

ボンッ!

 

 撹乱と再度の逃走をエイダシク星人は選択した。

 空いていた左腕から私製のスモークグレネードを起動させ、自身と青年の丁度間に転がす。そして間を置かずに炸裂し、路地裏の狭い空間を白い煙幕が一瞬で埋め尽くした。

 

「これは……煙幕か! 逃がしはしない!!」

 

「アバヨ、ウルトラマン!!」

 

 牽制射撃をすることもなく、先ほどの威勢とは裏腹に潔くエイダシク星人は速やかに撤退の動きに入った。

 白煙越しながらもその姿を見失っていなかった青年も追うべく、エイダシク星人に続いて路地裏から出たものの、それと思われる警官の姿はもう無かった。

 

「にいちゃん、怪我はしてないか?」

 

 一部始終を目撃していた市民の一人が青年に声を掛けた。

 

「は、はい。僕は大丈夫です…」

 

「危なかったなぁ…もしかしたらアイツがここらで起きてる連続殺人事件の犯人かもな」

「とりあえず、交番には若いやつが走っていったし、一応、自衛隊にも電話したから一安心だ」

「あんたもビックリしただろ、ヤバそうな奴に絡まれて……ありゃ?」

「いなくなってら……」

 

 市民達は先程まで目の前にいた青年が消えたことに首を傾げた。

 

 

 

____

 

 

 

市内での詳細不明の発砲事件発生より30分後

 

 

 

同市工業地区 某所

 

 

 

 一方、買い出しを終えていたエリカと小梅は、中小の町工房や企業の大型工場が立ち並ぶ工業団地を歩いていた。

 ハジメ、タクミ二人との待ち合わせ場所に指定した公園への最短ルートを選んだ結果である。

 

「……昼間なのにホントに人がいないわね。向こうだとまだまだ人がいたのに」

 

 陽が傾くまで、まだまだ時間はある。見上げれば相変わらず、初夏の青空が広がっている。セミ達によるコーラスも、艦上都市にいる時の比ではない。

 それでもエリカの言った通り、平日であるとはいえ、真昼間であるにもかかわらず表に出ている近隣住民や工場の作業員とさえすれ違っていなかった。

 工業団地でもここまで閑散としているものだろうか、とエリカは思う。

 

「恐らくだけれど…高知で少し前から起きてる殺人事件のせいだったりするんじゃないのかな?」

 

 それに小梅が返す。

 

「そうだとは思うけど……それでも、さっきからすれ違う人って言ったら警官、警官、時々自衛官、そしてまた警官……何も悪いことしてないけど、心臓に悪すぎるわよ!!」

 

「あはは、それ分かるかも。私も街中歩いてて、巡回してるパトカー見た時ってビクってしちゃうし」

 

「あるあるね〜」

 

「ですねぇ」

 

 日常的に警官も自衛官も見慣れてるわけではない、そわそわする側の若者として共感できるものがあったのだろう、苦笑混じりで小梅が同意した。

 

「……でもちょっと気味が悪いのも確かなのよね。公園までペース上げようかと思うけど、小梅は大丈夫?」

 

「まだ体力は残ってるから行けますよ。早くタクミさんたちと合流して学園艦に戻りましょう!」

 

 買い物籠と鞄を持ったまま、小梅がえいえいおー、と腕を軽々と難なく掲げ上げた。最低でもそれぞれに4kg超の中身が入っているのだが。

 再度言わせてもらうが、この少女見た目で侮るべからず。小梅は現役の戦車道高校女子の中でも上から数えた方が早いぐらいには腕力がパワフルの部類に入る。…しかもこれで持久力(スタミナ)ではやや劣るものの機動力(フットワーク)はエリカに匹敵する、見た目文系な体育会系JKであるのだから世の中分からない。

 

 

 

「―――ちょっとキミたち!」

 

 

 

 エリカがそれに返そうとしたところだった。

 背後から突然声を掛けられた。エリカたちは驚いた拍子に肩がビクッ!と跳ね上がったが、恐るおそる声の方向に振り向く。

 

「驚かせてしまったようだね」

 

 すると、そこには夏服の制服を着た警察官が立っていた。夏の日差しで苦しいのか短い半袖をさらに捲り上げておりランニングシャツのような風貌となっている。

 警官は右頬をポリポリと爪で掻き、もう一方の腕で額を伝う汗を拭いながら、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「私達になんの用よ?」

 

 噂していた連続殺人犯ではないと思ったエリカは内心安堵する。先ほど、治安維持関係の公務員を見ると緊張がーなどと言っていたが、いつもの調子で警官にややつっけんどんに尋ねた。

 

「何かあったんでしょうか…?」

 

 警官に捕まるような言動をした覚えは無い二人。頭の上には「?」のマークがふよふよと浮かんでいる。

 

「あー……キミらと同じ格好をした子が、ここら辺にいるはずのキミたちを探してほしいって言われて…外見とかは聞いていたから、もしやと思って声を掛けさせてもらったんだ」

 

 日差しも大して厳しくない昼から、こんなに汗だくびっしょりだったのはそのためか…と納得してしまった。ああ、このお巡りさんは何事にも一生懸命なタイプなのだと。

 

「携帯の不通とか、バッテリー切れなどのトラブルに遭ってしまったり? 私達に伝手を当たるってことは…アンナちゃんか、マチさんあたりでしょうか?」

 

 直に今日の予定を話した友人は多数おり、エリカと小梅は警官の言った同じ格好をした子(黒校生)が誰なのか絞り込めず質問を続ける。

 

「これだけじゃあ分からないわね。取り敢えずその子を拾いに行きましょう。すいません、私達を探してるって子は今何処に?」

 

「ああ……そうだ、ね。うん。…実はその子、足を怪我してるんだ。昼からはどんどん暑くなっていくからね…一つ奥の道にある倉庫の影に座らせている。すぐそこだよ」

 

 あまりに()()()()()()()

 だが、ここまでで多数の公務員とすれ違っていたこと、今目の前の男性が警察官の姿であったこと、「凶悪な連続殺人犯」への注意を事前に促されていたこと、そしてそこから飛躍して…不自然さよりも同じ学校の生徒を助けようとする考えが優ったことで、その違和感に二人は辿り着けなかった。

 

「あの。名前…その子の名前は?」

 

「あ、すまない。名前はまだ聞いていなかった…すぐにここら一帯を走り回ってしまっていたから……」

 

 この警官、新人か? はたまたポンコツなのか?

 エリカは若干の苛立ちを覚え掛けた時だった。

 

「……出来れば早くキミたちにあの子をここから連れて行ってほしい。先程、無線で報告があったんだけど…。あ、これ本当は秘密だからね? この区の近くで、凶暴な()()()が出たって連絡が来てるんだ。ソイツが例の殺人犯かもしれない」

 

「「!!」」

 

 それが事実なら一刻も早く、その黒森峰生徒を保護してハジメ・タクミと合流し学園艦へ戻らなければと二人は思った。ただの殺人犯ではなく、得体の知らない異星人が出たと言われれば、行く行かないの選択肢がそもそも無くなるのは必然であった。

 

「ボクはここらの警備を担当しなくちゃいけないから…案内した後は頼めるかい?」

 

 エリカは小梅に目配せをし、返しの頷きを確認するとすぐに承諾した。

 

「……分かりました。案内をお願いします」

 

 警官はニコリと人懐っこそうな笑みを静かに見せ、こっちだよと先導を始めた。

 

 

 

 

 

 

 警官の道案内もあって、件の空き倉庫前に二人はやってきた。

 

「ここですか…」

「如何にも、何か出てきそうな所に…」

「や、やめてくださいよエリカさん!」

 

 この倉庫は所有者無しの放置状態にあり、トタン製の屋根は所々穴が空いていたり、壁や扉、窓枠、屋外階段とその手すりに至るまで錆びついていたりと、刑事ドラマ等でよく舞台となる「廃倉庫」のような様相を呈していた。

 尚、警官によればここが現在()()であることは確かで、前には近くの学童の子供たちが「秘密基地」と評して勝手ながら出入り()()()()ぐらいらしい。

 

 エリカは辺りを見回すが、少女の姿が見当たらず警官に問いかける。

 

「それで、その子がいないようだけれど」

 

「あれおかしいなぁ……あ、扉が少し開いてる。多分中にいると思うよ。入ってみよう」

 

 そう言って警官は倉庫正面の見上げるほどある大型のスライドドアをギギギと力一杯押して開けていく。

 

「……真夏で、しかも冷房もついてなさそうな放置倉庫に入ろうとするものでしょうか?」

 

「さあ、そこはなんとも…」

 

 小梅の疑問に、それはボクにも分からないねと、なんとか人が一人入り込めるぐらいのスペースを空けた警官は呟く。

 

「中に入って確認するわよ、小梅!」

 

「は、はい!」

 

 警官の横をすり抜けて、エリカが真っ先に倉庫へと足を踏み入れ、それに小梅がオドオドと言った様子で続いた。

 

 

 

「………」ニタァ…

 

 警官の男の変化に気づくことなく。

 

 

 

 エリカは小梅、警官と共に倉庫へと入った。

 内部に入ってから十数秒。突如、鼻を突き刺すような鉄の匂いと鋭い腐敗臭がエリカと小梅の鼻腔を襲った。

 

「うっ!? これは!?」

「ひ、ヒドイ匂い…!」

 

 そのあまりの()()に、口元を抑える二人。それの拍子に、手に持っていた荷物の殆どを地面に落としてしまい、少なくない中身が周囲に散乱した。だが、彼女らは拾い直そうとはしなかった。

 意識は()()()()()へ向けられたのである。……その臭気の根源は、間を置かずにすぐ見つけられた。否、見つけてしまった。

 

「「えっ……?」」

 

 長年放置されていた保管物品__ドラム缶やペンキ缶、スプレー缶など__を納めた横長のラックが規則正しく綺麗に並ぶ倉庫の中央部。そこには筆舌し難い、衝撃的な光景が広がっていた。

 驚愕の表情で彼女達はフリーズせざるを得なかった。

 

「ひ、人の…うっ…! おぇえええ…」

 

 薄暗い倉庫の中心、天井のガラス張りになっている真下の空間に、物言わぬヒトが重ねられて出来上がった山……死体の山が在ったのである。死後数日以上経ったモノも混じっているのだろう、凄まじい量の虫が集っている。

 そんなあまりにも凄惨な光景を直視してしまった小梅は、驚愕による緊張から解放されると今度は猛烈な吐き気に襲われた。精神がガリガリと削られ、急速に疲弊していくのが分かる。

 エリカの方は茫然自失といった具合だった。未だ衝撃から抜け出せておらず、眼前の光景を処理することを脳が拒否しているようであった。

 

 

 

 思考が鈍化した脳をフル回転させて、ここでようやく二人は気づく。

 

 

 

 警官が言っていた、自分たちを探しているという女子生徒は見当たらない。それの代わりだと言うように、人の死体の山が在る。

 

 何故。その答えはすぐに出た。

 

 

 嵌められたのだ。

 

 

 誰に?

 

 

 そんなの、思い当たるのは一人しかいない。

 

 

 

ギギギギィ………ガチャン!!

 

 

 

 背後で扉が閉まる音、そしてご丁寧にも鍵を掛ける音まで聞こえた。

 立ち尽くすエリカの横に、小梅はへたり込んでいる。一番最後にこの倉庫に入ったのは…いま倉庫の正面扉を閉められるのは――

 

 

 

「イヒヒヒヒ!二匹も釣れタァ〜しかも新ッ鮮ッなヤツガァ! ドッキリ大成功〜……なんつって!アハハハハ!!」

 

 

 

 ――()()姿()の男である。

 

 先ほどまで柔和な顔をしていたその男の顔は酷く歪んでおり、身体を変にくねらせながら奇声を上げていた。

 

 それは最早、警察官…人間の姿ではなく、ただ水色のシャツにグレーのズボンを履いている醜悪な怪人であった。

 この怪人こそが、この倉庫内の惨状を作り上げた張本人である。

 

「あ、あ……エリカさん……アレ、人じゃ…ない……!」

「大丈夫、大丈夫だから……………アンタ…何者よ!女の子はどこなの!」

 

 特徴的な一対の球状の複眼をギョロギョロと動かし、異形の怪人は狂ったように喋り出す。

 複眼は時折不気味な黄光を発していた。これと視線が合ってしまった二人は恐怖から金縛りにあったかのように動けなくなっている。

 

「アア? そんなもんいねぇよバーカ! こんな簡単なウソに引っかかるなんて……ちきゅーじんはホントに低脳ナンダなァ……イヒヒヒヒッ! ボクのこと知りたい?知りたいよネェ!?知りたくないワケないよネェ!?」

 

 

 

 外界へのアクセスが封じられた密室で、狡猾な異星人と対峙するエリカと小梅。

 手元に有用な武器になるようなモノは無し。されど相手は詳細不明の獲物を持っている。

 不利を軽く通り越して、覆りようの無い絶望的な状況。

 

 

 

「教えてやルヨ。ボクハァ…怖いコワァイ宇宙人ダァ」

 

 

 

 倉庫内に、不愉快な笑い声が響き渡る。

 

 





 あと
 がき

【2024年1月版編集】

 大修正した第11夜を乗り越え、第12夜を読んでくださった読者の兄貴姉貴の皆様、ありがとうございます。
 ガルパンTV本編初見時のまほ姉のイメージがどう足掻いても初代ゼットンだった投稿者の逃げるレッドです。

 今回の敵枠は『ULTRAMAN』よりエイダシク星人でした。正直言うと個人的には軽いトラウマ星人。…投稿者のウルトラシリーズでの重いトラウマは円盤生物とスペースビーストです。

 さて、今回も単語用語説明を挟ませていただきます。

・γレラトーニ星系と第4銀河系
 携帯ゲーム機ニンテンドーDSにて発売された怪獣討伐ゲーム「怪獣バスターズ」“無印”、“パワード”で登場したマップ…「緑の惑星 レラトーニ」から名前を拝借した。なおαレラトーニのイメージは「水の惑星 ワッカ」。投稿者はアシルが一番好きだけど、マップギミック“コンビナート破壊・公害”に立ち会ったことが無いです。
 第4銀河系の文明連合については特に細かい設定は考えてなかったり。時間が溶ける戦略ゲーこと「ステラリス」で言うところの、開始直後に遭遇したりする国力相対評価“圧倒”の星間国家ぐらいには強いと思う。(プレイ難易度は鉄血ハードの感覚)
 PS5かSwitchでの続編待ってます。ファイエボも出していいんだよ。

・銀河連邦 【円谷特撮シリーズ】
 ミラーマンとかレッドマンと言った、銀河各地の知的種族達が集まって作った銀河の平和と安寧を願いしっかり実力行使も惜しまないクソデカ宇宙組織。公式設定を見るに普通に光の国も加盟してるらしいし、連邦議会とか言う話し合いの場もちゃんとある。


 小梅ちゃんのイメージソングは、
ゆず『夏色』です。


____

 次回
 予告

 エイダシク星人がエリカと小梅に迫る。絶体絶命の危機!

 戦え、ハジメ!
 走れ、タクミ!!
 二人を守れ!!!

次回!ウルトラマンナハト、
『無限の衛士』!


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《編集中》第13夜 【無限の衛士】



破壊獣 ファルクスヴェール

天の護国聖獣 モスラ

登場





第13夜 【無限の衛士】

 

 

 

 やや時間は遡り、視点も変わる。

 

 ハジメとタクミは一足早くエリカたちとの集合場所__町内公園__に到着していた。

 

「小梅ちゃん、まだかな〜」

「もうすぐだと思うぞ〜」

「香水、気に入ってくれるといいなぁ〜!」

「そうだなぁ〜」

 

 二人はかなりガタの来ている木製ベンチをギィギィと言わせながら、時折エリカ達から連絡やらが来ていないかとスマートフォンをいじっていた。

 

「うーん………おかしいなぁ…さっきまでずっと既読付いてたのに、いきなり付かなくなってるよ」

「それはお前、異常にテンション上がってたからってそんだけスタ爆したらさすがに赤星さんでも怒ったんじゃないか? 俺だったら丸一日通知切って放置してるぞ」

「そんな薄情な!」

「バカな事やる奴が悪い」

 

 つい先ほど、タクミは小梅との個人チャットにて感情の爆発が原因とされるスタンプの()()爆撃を敢行していた。

 爆撃の密度、速度、数量については、上のハジメの反応と「戦略」付きの表記から察してもらいたい。

 そこからハジメはタクミの行動が小梅の未読無視に繋がっているのではないかという推論を挙げた。

 

「う……確かにやりすぎたとは思う。でもそろそろ着くはずなのに二人の気配はないし、連絡一つも寄越さないのは……。遅れるとかって連絡、ハジメの方には来てないの?」

 

 だが、小梅はああ見えても芯の強い少女であり、口にせねばならない事は口にする性格に()()()()()。本史世界の彼女は、西住みほとエリカからの影響を正史世界よりも強く受けており、初対面の人物相手にも「不快なものは不快です」と口篭ることなくキッチリ言える人物へと成長していたのだ。つまり、今回のチャットならば『タクミさん、それ五月蝿いです。やめてください』と顔文字等を抜きにして返すぐらいはするはずなのだ。

 幼馴染としてそれを理解しているが故にタクミはこの未返信無返答は、また別の厄介事(トラブル)が原因なのではないかと疑っていた。側から見れば言い訳や現実逃避の類いだが、彼は本心から彼女の身を案じていた。

 

 ここでエリカからハジメに『いま向かってる最中』などとメッセージが一通でもあれば、やっぱりタクミのスタ爆の所為だったなどと笑えたのだが――

 

「俺もエリさんからはなんにも…」

 

 ――タクミ・小梅と同じく、ハジメ・エリカの個人チャットの既読表示は更新されていなかった。

 

 ハジメは眉間に皺を寄せて小さく唸った。

 今頼れる人間として、機甲科隊長のまほに『お疲れ様です。エリさんと赤星さんから何か連絡とか来てますか?』と当たり障りの無いメッセージを送ったところ「特に無いな。」と返信され、エリカの親友であるレイラにも同様のメッセージを送ったが「愛のスタ爆で確認してみたけど全っ然反応なかったよぉ!!」という旨の泣き言が少なくない数の悲しみを伝えるスタンプと共に返ってきた。

 

 後者に関しては何処の誰の横にいる何某かとの強いデジャブを感じたのみで、結局のところ有力な手掛かりは掴めず終いとなってしまった。

 

「………まさか…市内の連続殺人犯の仕業とか!?」

「おいおい、不穏なこと言うなよ。さすがにそれはタクミの思い過ごしだって――」

 

 だからそんな物騒なこと口にするな、と続けようとした時だった。

 

「――おい!そこのキミたち!」

 

 背後から声を掛けられた。少しばかりくぐもった男性の声だったので、女性…エリカ達が来たわけではないことはすぐに分かった。

 

「「!!」」

 

 ちょうど今、殺人犯についてタクミと話をしていたハジメは内心ヒヤヒヤしながらも、ベンチに座ったままその声の主の姿を確認するべく首だけ背後にゆっくりと向けた。

 

「キミら、もしかして………いま港に停泊してる学園艦(黒森峰)の学生さんかい?」

「もしそうなら早く学園艦に帰りな。ここから離れるんだ。……ほらな永井(ナガイ)、ここにもまだいたろ?」

「……黙ってろ中野(ナカノ)

 

 そこには連続殺人犯…ではなく、スモークガラス製バイザー装備のフルェイスヘルメットで顔を覆い、黒色で統一された戦闘服姿の二人の男が立っていた。彼らの両手には今年陸自で正式採用され各方面隊に配備が進められている新型自動小銃(アサルトライフル)…“20式小銃”が握られており、出立ちからして明らかに軍人…自衛官であった。

 只、その姿は初見のハジメたちをベンチから立ち上がらせ、後退りさせるほどの威圧感を放っており、殺人犯(異常者)などとはまた違ったただならぬ雰囲気である。

 又、彼らは顔の全容を先述した鉄帽(ヘルメット)の強化ガラス製バイザーで隠している__これは特殊生物及び異星人によるBC攻撃から装着者を防護する役割もある__ため、相手の表情が把握できないことも二人にさらなる威圧感を与える原因になっていた。

 

「あ、あなた方は?」

「えーっと…?」

 

「ありゃ? あー、そういえば言ってなかったな。すまんすまん」

「僕らは特自…特生自衛隊って言えば分かる?」

 

「自衛隊? なんでここに…」

 

 特生自衛隊…やや長ったらしい正式名称で言うならば「対特殊生物自衛隊」。その名の通り、特殊生物(怪獣)や異星人といった超常存在への即応・対処を担う四番目の自衛隊である。

 

 ハジメが疑問に思うのも当然だ。見た所周辺は先日からニュースとなっている殺人事件を抜きにすれば平穏そのものである。怪獣も何も出ていない街になぜ彼らがいるのか。

 更に言えば、テロ相手ならまず警察の銃器対策部隊や各都道府県の特殊部隊、規模によれば機動隊らが初動対応から鎮圧作業まで行なうだろうと言う認識が彼にはあった。

 無論、自衛隊も腐っても警察と同じ実力組織である。現行憲法や法律によってその行動は縛られてはいるものの、テロへの対応もれっきとした任務の一つだ。自衛隊が警察と協力している線も考えられる__実際に例の事件が発生した翌日より、陸自中部方面隊は高知県警に“K事案”としてでなく、「テロ対応」の側面で同件への協力を打診し、これを受諾されていた__が……それでも疑問が絶えなかったのは関わっている隊員の所属が「()()」でなく「()()」であった点だ。

 

 その特自隊員の片方、声色からして比較的フレンドリーそうだった方…「中野」と呼ばれていた隊員が説明する。

 

「…一時間前に北部地区で数度の銃撃戦が発生したんだ。既に巻き込まれた負傷者も何人か出ている」

 

「北区……僕らその時、そこで買い物中だったけど…」

「え……てことはテロとかなんですか? なんで話題にすらなってないんです?」

 

 薄々勘付きつつあったが、ハジメは確認の意も込めて核心となる質問を繰り出した。

 すごく嫌な予感がする。

 今もなお逃走しているとされる市内の連続殺人犯と、市内に現れた特生自衛隊、そして北区での複数の銃撃事件…偶然にしては出来すぎている。結びつけずにいられなかった。

 

 それに中野が重々しく答える。

 

「………()()()()()()()()()()だったかもな」

 

 彼の顔は見えないが、苦虫を噛み潰したような声色からしてこちらの想像以上に事態は嫌な方向に進んでいるらしい。

 まさか……。

 残念なことにハジメの懸念と予想は的中することとなる。

 

「目撃者によれば()()()()()()()()()()()()。現場の状況やらから、高知の一連の事件はソイツが絡んでるだろうってのが自衛隊(俺達)側の考えだ。話題になってないのは……やり合った場所が場所だったてのと、警察が封鎖頑張ってるのも――」

「――おい中野、それ以上は止めろ。僕が簡潔に説明する。……ハッキリ言おう。高知市内に異星人が出た。以前にアメリカに現れたヤツとは別口のだ」

 

「い、異星人が!?」

「………なるほど」

 

 冷静に納得するハジメと、自分でも予想していたとは言え取り乱すタクミは対照的であった。

 

「そのイセージンがこっち方面に逃走してったって通報があったから、俺達自衛隊はここらを周って会った人らに片っ端から帰宅を促してるってわけだ。ホントは避難してくれるのがベストなんだけどな」

「この周辺に異星人が潜伏してる可能性が高いんだ。分かったなら早く帰ってくれると助かる」

 

 そう特自隊員の二人がハジメとタクミに帰宅を促していると、公園の外から車輌のエンジン音が複数聞こえてきた。普通乗用車のそれらよりも遥かに重厚なものだ。

 黒森峰の整備科の人間である二人からすれば、逆に聞き慣れている類のエンジン音であった。

 

「ん、来たか…」

 

 中野がそう呟きながら、公園の出入り口の方向に顔を向けた。それにつられて永井とハジメ、タクミも同じようにした。

 陸自で人員・物資輸送に用いられている汎用トラック…〈73式大型(3t半)トラック〉の黒色塗装(特生自衛隊)仕様が3台、丁度公園の沿道に停車しようとしている最中であった。

 

 

 

「高知、こちらT-1。特自強襲制圧隊(A分隊)並びに普通科小隊(T分隊群)、作戦区域に現着。これより展開し“K事案”対象の捜索・排除を実行する。送れ」

『――高知了解。“特殊事件捜査係(SIT)”や“銃器対策部隊”…県警との接触を避け、可能な限り迅速な処理を求める。尚、後詰めの陸自15即機連、50普連は北区方面より南下中。両隊現着は現時点より8分後とのこと』

「A-1より高知。…対象を発見した際、万一民間人がその場に居合わせた場合の動きを再度問いたい」

『………作戦内容は既定通り、変更は無い。対象と接触した場合、個々による独自の判断での即時発砲を許可する。対象の物理的排除を()()せよ』

「A-1、了解」

『各分隊は潜伏中の対象との遭遇戦に注意せよ。又、複数の個体が存在する可能性もあることに留意されたし。…先程県警より提供された監視カメラ情報を各員へ転送する。送れ』

「了解。有効活用させてもらう。終わり」

 

 停車したトラックから順に、荷台の中から永井や中野と同じような装備に身を包んだ黒づくめの隊員が無線越しのやり取りを挟みながら続々と降車する。

 十人で一班、それが七個。

 彼らはそれぞれで簡易的な点呼をその場で終わらせると、銃を構えて即座に住宅地の路地へと…工業団地へ続くルートに分散して走っていった。非常に機敏かつ迅速な動きであった。

 

 

 

「見ての通り、こっちの本隊も動き出した。ここらでもういつ戦闘が起こるか分からない」

 

 ここでようやく二人は中野に、実は高知市に上陸した友人二人と連絡がつかないでいると言うことを伝えようとするが…故意ではないにせよ、それを遮る形で永井が口を開いた。

 その矢先だった。

 

「後衛の陸自から君らの護衛を出すようにこちらで要請しておく。港まで送ってやるか___「キャアアアアアアーー!!」___っ!?」

 

―――ババババッ!

 

 永井の声を上塗りする甲高い女性の悲鳴と、連続した破裂音(銃声)が、工業団地の方向から聞こえてきた。

 銃声の方に反応し、即座に永井と中野は小銃を発生源の方向へと向けた。

 

「……銃声と、悲鳴か」

「だな。――T-1、こちら先行偵察ST-2。たった今、連続した発砲音と思しきモノを確認。そちらはどうか」

『――ST-2、こちらでも確認している。現在、音源に最も近いエリアに展開していた先偵ST-6が母斑(T-6)及びA分隊を誘導中。我々もカバーのために急行する。現地で保護した民間人の護送は後続の50普連第3普通科中隊に担当させる。座標を送るのでST1、2はこちらに至急合流されたし』

「ST-1…了解。これより合流する」

「ST-2了解。……というわけなんだが――」

 

 陸自の護衛が来るまで公園(ここ)から動かずに待機していてくれ、そう中野がハジメとタクミに伝えようとした。

 

「――タクミ…」

 

 その時、ハジメは隣のタクミに目を合わせて一言、()()()()を取っていた。

 

「うん…」

 

 タクミはこくりと頷く。

 

 何の確認なのか。

 二人の挙動に不審なモノを感じた永井が、何を企んでるんだと問い質す前にその答えは判明する。

 

「………行くぞタクミ!!」ダッ!

「分かってるよ!!」ダッ!

 

 二人は、悲鳴と銃声が聞こえた方角にある工場団地へと向かうべく、公園の出入り口へ脇目も振らずに走り出したのだ。準備動作を見せずの全力疾走である。

 それには、今から自分達がやる事に対する障害となる、目の前の自衛官を振り切ろうと言う意思があった。

 

 先の悲鳴が赤星小梅のものであると確信したが故の行動であった。

 小梅が危機に晒されている。そして、彼女と共にいるはずのエリカも同じであると。

 

「あ、おい!待てそっちはダメだ!!」

「チッ!だからガキはいやなんだよ僕は! 高知(HQ)及びT1、こちらST-1! 学生2名が戦闘予想区域へ侵入!これよりバディ(ST-2)と共にそれの確保、再度の保護を行う!! ――おい中野、ボケっとしてないで早く追うぞ!!」

 

 永井が分隊や司令部からの返答を待たず、時間が惜しいとばかりに無線を切ると、中野に声を掛け追従を求めた。ハジメたちを追うためだ。

 

「…あ、ああ!分かった!」

 

 自衛官である彼らからして、少年二人の行動は無謀も良いところであった。とっ捕まえて安全な後方…作戦区域外へと投げこみ、作戦遂行上の不安要素を早急に排除したかった。論理的思考で効率主義(面倒ごとは嫌い)な永井は特にその気が強かった。

 

「くそっ!アイツら疾い!! 麻酔銃かゴム弾とかくすねてきてないのか中野!!」

「無茶言うな。てか麻酔銃は条約(ハーグ)違反だからダメだろ」

「今ほど中国(お隣)が羨ましいと思ったことはない!」

 

 さりとて、少年二人との物理的距離は縮まる気配は無い。ハジメは光の力(バフ)を持っており、タクミは元陸上の高速ランナーである。若く体力もあるとは言え、数十kgもある装備で固めている歩兵が、手ぶらの体育会系高校生を追うと言うのは中々に酷なものであった。

 この時だけは、永井も中野も純粋な追跡劇では足枷にしかならない個人装備を心底恨んだ。又、非殺傷性の捕縛ないし鎮圧用装備等を持ち合わせていなかったことも悔やまれた。

 

「あの二人、もしや…さっき悲鳴上げたヤツと知り合いなのか?」

「絶対そうだ! ああくそっ!今日は厄日だ!! 止まれ!おい!!」

「間に合うか…永井、もっとペース上げろ!」

「五月蝿い! 僕は走るのは嫌いなんだ!!」

「……お前よく自衛隊に入ったなぁ」

 

 

 

____

 

 

 

 場所は変わり、工業団地の一角…そこにある無人と化した古い物流倉庫の内部。不幸にもエイダシク星人の標的とされてしまったエリカと小梅に視点は移る。

 

――ガランガラーン!!

 

 二人は、まだ物品が収納されている重量スチールラックの陰に身を隠していた。

 (ラック)中段あたりに置かれていた、空のドラム缶が煙を上げて弾け飛び、倉庫内にそれ由来の鋭い金属音が響き渡る。ガラガラと冷たい床をやや変形した丸型缶が転がる。

 そのドラム缶はエイダシク星人のプラズマ・ガンから放たれた電磁弾丸に貫かれたことで穴だらけになっていた。

 

「ひっ……」

「声を出しちゃ駄目…!」

 

 銃痕生々しいドラム缶を自分の頭に置き換えてしまい、悲鳴を上げそうになった小梅の口をエリカが咄嗟に抑えた。怖いのは分かる。自分だってそうだ。出来るならば喉が枯れるまで叫んでいる。

 ここで理性を手放してしまえば、それこそ一巻の終わりなのだから。

 

「オイオーイ…さっきミタイな悲鳴を上げテくれよォ? アレ、スッゲーぞくゾクするンダァ…」

 

 こちらの神経を逆撫でする、悪趣味なことを口にするエイダシク星人。

 勝手に喋ってろとエリカは内心吐き捨てながら、小梅を連れてここからどう脱出するか…頭をフル回転させて考えていた。

 自分が死ぬのも、友人が目の前で死ぬのも嫌なのだ。見たくないのだ。だからエリカはまだ諦めていなかった。

 

「え、エリカさん…私たち死んじゃうんですか………」

「諦めないで。私がいるから…私が……」

 

「アー……もう大人しくしとケヨ?オマエラもこうなるだからナぁ!」

 

――ズルッ…

 

 だが、その意思はエイダシク星人によって砕かれる。

 ヤツは倉庫中央にある死体の山にズボッと手を突っ込むと、そこから()()()()を引き抜いた。そして、それを見定めるように自身の手元まで引き寄せて吟味する。

 

「「え……」」

 

 それは半身が赤血に塗れていた。とっくに事切れているらしく、ピクリとも動かず抵抗する様子も無い。

 エイダシク星人は構わずそれを角度を変えて覗いたり、ぶんぶんと振って()()を確認しているようだ。

 

「んーーーー。まだ……()()()()ナ。見とケヨ? ボクの食事ヲサ。オマエラもこうなるんダゼ?」

 

 小さな影は黄色帽子を被り、赤い背負い鞄を身につけていた。

 即ち、女子児童である。

 

「あ……あれ…ランド、セル……子どもを…」

「あんな子まで……」

 

 陰からエイダシク星人の様子をうかがっていた小梅とエリカにとってはあまりにショッキングな光景であった。

 同時に、相手が子供であっても容赦無く命を奪うのだと、標的に例外は無いのだと改めて認識させられた。

 

 あまりに惨すぎる。

 

 小梅は恐怖による身体の震えが止まらないでいる。対してエリカは最早声も満足に出せず、絶句しかできなかった。

 しかし、これで終わりでは無かった。

 

――――ジュル…ジュルジュルジュル……

 

 何かを啜る音が聞こえる。その音源は、エイダシク星人からだ。先の発言からして、碌でも無いことが起こっているのだと分かる。

 

「あ…」

「見たらダメ!」

 

 もう生きてはいない幼い少女の亡き骸にエイダシク星人は、鋭い先端を持つ管のような器官…口吻を差し込み、音を立てて体液を吸っていたのだ。

 エリカは咄嗟に小梅の顔を自分の胸に抱き寄せた。あんなものを直視し続けてしまえば間違いなく正気じゃなくなる。小梅と自身の視線をエイダシク星人から立ったのは、直感的なものだった。

 

 エイダシク星人は体液を吸うのに邪魔になってきたのか、少女の背負っている赤いランドセルを乱雑に放り投げる。エリカと小梅の前にそのランドセルは転がり、金具が落下の衝撃で壊れたのか、中から筆箱や教科書、連絡帳などを吐き出した。

 

 この瞬間、エリカの何かがぐらりと揺らいだ。

 

―――あ、これ、無理だ。逃げられない。

 

――――私がいて…どうなるの? 遅かれ早かれ、私達もああなるのに。

 

「っ……エリカさん…?」

 

 テレビ番組に出てくるような特撮ヒーローや魔法少女になれるわけじゃない。先ほどまでのどこからか湧いてきていた希望も、脱出方法の模索も、何もかもが脳裏でガラガラと音を立てて崩れた気がした。プツンと何かの糸が切れたのだ。辺りが真っ暗になったような錯覚を感じる。

 

 もう動けない。

 

 今は辛うじて抱きしめて守れてはいるものの、小梅のことを庇う余裕も消えつつあった。

 

 ()()を終えたエイダシク星人がこちらを向く。

 

「…アーおいしカッタ。アレ? ソコにいたんダ。サッキよりそっちの銀色も大人しくなっタナぁ、まだマダコッからなのに反応薄くなってんジャンカ。シラケるぜぇ、ったくヨォ」

 

「な、なんで私たちが……」

 

 本当に…何故なんだろう。

 

 危機感が無かったからか?

 殺人犯が逃走潜伏している可能性がある都市に来たからか?

 それが異星人かもしれないと思えなかったからか?

 しかも人間に擬態出来る能力を持っているかもしれないと思い至れなかったからか?

 

 想定外を想定しろとでも言うのか。いや、()()は違うだろう。例外中の例外、理不尽そのものだ。

 

「ン? なに言ってんノ? オマエラ、バカカ? 美味そうなヤツが目ノ前にいたら食べるダロ?」

 

 だが事実、二人も数度の特殊生物災害に巻き込まれ、身の危険や日常の唐突な崩壊といった経験をしている人間の一人である。非常時(もしも)に対する引き出しは、そこらの人間よりも多かった…はずだった。

 「そうそう悪いことは続かない」と片付けてしまった末の怠慢だった、と言われれば終いである。

 

「そんな…」

 

 だが、この無作為な()()に自分と親友が当たってしまうなんてことは、あまりに…あまりにも……

 

「アハハハァ!! …アァ、よくいるんだよネェ……どこの星にも、自分ダケは安全だトカって勝手二思ってるバカナヤツラがいるんダァ…オマエラモ、ソレダロ?」

 

 何も言い返せない。いつも通り過ごして、怪獣が近くに現れたとしてもどこか遠い場所の風景を見ているような感覚に陥っているのは否定できなかったからだ。

 

エイダシク星人はへたり込み動けなくなった二人の前へと歩み出し、ニィッと不気味な笑みを浮かべると___

 

「まあ安心しナヨ。最初は痛いけどサ、だんだん痛みなんて感じなくなルシ、その時はもうポックリ逝ってるカラ。まず最初は……銀色のオマエカラナ」

 

 ___エリカを指差して、次の食事はお前だと言う事実を突きつけた。

 瞬間エリカの頭の中は真っ白になった。

 

「私……? いや、いやぁ……!」

 

 普段の彼女からは想像がつかないほどの取り乱し方だった。弱々しく両手を前に振り回すだけで、大した抵抗にはならなかった。

 

「エリカさんを殺さないで!!」

 

 親友の危機に、先ほどまでエリカに守られていた小梅が意を決して声を上げた。

 

「うるせぇナァ…! あとで会わせてやるから安心しとけヨ」

 

 だが、これでどうにかなれば苦労はしない。小梅の言葉も、それに含まれていた勇気も、異星人相手には効かなかった。

 エリカはエリカで、現実を素直に受け入れはじめたらしく、小梅に硬い笑顔でなんとか語りかけようとする。その瞳からは雫が頬を伝っていた。

 

「小梅……私は…大丈夫、だから。大丈夫………から……」

「あ……足がふ、震えて…た、立たないと…助けないと…エリカさんを、助けないと……やだ、エリカさんが….」

 

「ハハハ! なんだオマエ、そう言ってるけど動けねぇじゃネェカ! 本当は最初は自分じゃなくて良かったって思ってんだヨナ?」

 

「ち、違う……」

 

「口だけだってこと、今から証明してやるヨ。オトモダチが食われるトコ見てガクガクしとくんダナ!」

 

「小梅、アン…タは…裏か……逃げ……私は、いいから……」

 

 エイダシク星人はエリカの首を掴み上げ、捕食態勢に入る。

 目の前の恐怖を前にして、死期を悟ったエリカは、自分のことではなく小梅のことを気にかけていた。助けてと泣き叫ぶことは無かった。

 自分は無理でも、親友だけなら…どうにかなるかもと、ある意味希望を捨て切ってはいなかった。

 

「いや、いやだ……嫌ですよ…エリカさん!」

 

 その時、小梅の身体が動いた。すぐ足に力が入った。

 そして素早く立ち上がると、視界の端に映っていた消防用設備…“10型粉末消火器”を掴む。

 …以前説明した通り、彼女のフィジカルはエリカと同等。上半身…特に腕力ならエリカ以上。重戦車担当の装填手のそれに匹敵する。そして今、これに火事場の馬鹿力と超常存在と対峙する覚悟が加算された。

 重量数kgの業務用携行消火器程度を持ち上げることは彼女にとって造作も無かった。自己犠牲の択を選ぼうとしている親友を助けるのだと、凶悪な異星人に向けその赤い鈍器を思い切りそれを躊躇なく、無我夢中で振りかぶった。

 

 繰り出すのは、タクミが雑談で挙げたハンマー投げのモーションと、ヒカルが整備休憩の合間にやっていた野球(バッター)スイングの見様見真似が組み合わさった全力殴打である。

 

「エリカさんを……エリカさんを離せぇえええええ!!」

 

 ブゥン!! と野太い風切り音と風圧を伴う殴打。

 

「ハア!?」ガッ!

 

 戦意も脱出の意思も挫いたと思っていた存在からの予期せぬ反撃を、エイダシク星人は反射的に両手で受け止めた。

 そのおかげで首を掴まれていたエリカは解放される。しかし首を締められていたためか、呼吸が上手く出来ずにエリカは咳き込んで立ち上がれない様子だ。

 

「テメェ……いい加減にシロヨォオオオ!!」

 

 消火器を受け止めたエイダシク星人は怒りに震え、掴んでいたそれを両手で力一杯捻り潰そうとする。

 

――ベキョ…ガシュッ…!

 

「――ンアァ?」

 

ブシャァアァアア‼︎

 

 長らく放置され経年劣化していた、そして正規ではない荒々しい手順で中身の解放が行なわれた消火器は、勢いよくその中から白色の粉末消火剤をエイダシク星人に吹き掛けた。

 粉末状の消火剤は人体に良いものではない。それは、地球人と似た呼吸器や粘膜組織を持つ知性体も当て嵌まることを意味する。エイダシク星人もまた、複眼であれどそれ以外の眼部構造は地球人と似通っていた。それが予期せぬ一撃…激痛を伴う一時的な失明に繋がる。

 

「ガァアアア!!テメェラァ!!!何しやがっタァアア!!!」

 

 顔面に満遍なく消化剤が直接掛かったエイダシク星人。目と口の自由を奪われ、やたらめったらに腕を振り回すがその尽くが空を切る。

 

「エリカさん!今のうちに!!」

「あ……でも、足が……」

「私が支えるので、行きますよ…!」

 

 相手が視界を奪われている間に、小梅はエリカの元へと滑り込んでいた。

 足を挫き、上手く立てないエリカに肩を貸してエイダシク星人から少しでもと距離を取る。

 

「小梅……ありがとう…」

 

「…友達が目の前からいなくなってしまうなんて、もう沢山ですから」

 

 エイダシク星人はブンブンと頭を振りながら、消火剤を払い視界が回復したところで、獲物二人は姿を消していた。

 

「………アー……目がイッテェ………ソウカ、オマエラァ…ボクとカクレンボしたいんダナ? イイヨォ!」

 

 この状況でエイダシク星人は激昂するどころか楽しんでいた。この星に来てから、抵抗する“食糧”と出会うことはなかったから。

 だが所詮はそれだけだ。悪足掻きをしている…あとが無いのだ。それらの運命は変わらない。捕らえて殺して食べるだけだ。焦らずとも良い。予め倉庫の脱出経路は簡易的ながらも塞いでいる。

 

「カクレンボ……気を抜いたらコロスヨォ? サッキのは面白カッたケド、イラツキもシタからさ、お返シシテヤる……ダカラ、本気(マジ)でやらないと死んじゃうゾォ? すぐに終わるのはボクも嫌だからネェ!マア、本気(マジ)でやっテクレテも最後はコロスケどネ!!」

 

 久々に面白い狩りができる。

 それだけで十分なのだ。

 

「――ソコカアッ!?」ジャコンッ!

 

ババババババッ!!

 

 エイダシク星人は、エリカと小梅が隠れていそうな倉庫内のロッカー、機材の下や陰を入念に一つひとつゆっくりと調べていく。時には携行火器を用いて潜んでいると予想した場所へ適当に弾丸をばら撒き風穴を空けていた。

 

「……サァテ。アト、どれくらい続くカナァ? ボクハ、見つけるのも得意なんダゼぇ?」

 

 

____

 

 

 

 時はそのままで、視点は少年二人に移る。

 

「ハジメ、こっち!!」

「なんだ!? 二人を見つけたか!!」

 

 ハジメとタクミは工業団地内を疾走していた。

 そんな時、足の速さから先行していたタクミが目の前の十字路の角にある石壁に背中を当てて隠れながら、()()()()を窺っていた。

 タクミは顔をこちらに向けず、ハジメに手でちょいちょいと招いている。

 

「静かにね…」

「おう……」

 

 曲がり角の奥には大きな倉庫があった。その敷地内のコンクリ製の地面はひび割れを起こしており、その隙間と言う隙間からは雑草が生え放題。倉庫単体も、老朽化が進んでいるのだと一発で分かるぐらいに、至る箇所が錆びれ、燻んでいた。持ち主を失った廃倉庫である。

 昼過ぎであるにもかかわらず、如何にも何かある…曰く付きと噂されそうな雰囲気が漂っていた。

 

 ハジメは()()なのだと直感した。

 

「……あれは、自衛隊か?」

 

 そしてその直感の正しさを証明するものが倉庫の正面に在った。

 出入り口の大型スライドドア…そこの左右を見れば、重装備の黒色の兵士(特生自衛官)らが、防弾盾装備の隊員を先頭にして張り付いていた。ハンドサインで意思疎通をしている……どうやら倉庫内部への突入の用意を進めているようである。

 又、屋外の露天階段や大窓にも数人ずつ__班、若しくは分隊が__張り付いており、屋内の状況によってはスライドドア側の部隊の突入支援だけでなく、こちらが主体となって動くのかもしれない。

 

「うん。しかも一部は特殊部隊っぽいね…さっきの人たちより格好がちょっとゴツいし…」

「あれか、姫神島の中継でチラッと映ってた極秘部隊かも」

「てことは……やっぱりあの倉庫の中に小梅ちゃんと逸見さんが…!」

「…それに異星人もな……」

 

――ババババッ!!

 

 倉庫内から銃声と思しき異音が連続で聞こえた。やはりこの倉庫内部には、武器を持ったナニカがいる。

 

「………タクミ、すぐ裏側に回ろう。これだけ建物自体がボロけりゃ這って入れる場所とかもあるはずだ」

「……うん。そうだね。見つからないように行こう」

 

 倉庫へ乗り込み、異星人の魔の手から中に取り残されているだろう友達を助けに行く。

 文にしてみれば簡単だが、これを実行すると言うことは命を危険に晒しに行くのと同義である。

 だが、二人の決意は固かった。

 

「二人を助けるんだ……絶対に!!」

 

 ハジメの言葉に、タクミは黙って頷き肯定した。その目には並々ならぬ覚悟が宿っていた。

 二人は特自との接触を避け、屋内へ侵入できる場所を探すのだった。

 

 

 

____

 

 

 

「オーイ! どこにいんダァ?……そろそろ反応も無いから飽きてきたゼェ……チッ、なんか言えヨォオオオオオ!!!」

 

――バババババババ!

 

「うっ……もしかして…バレた…?」

「大丈夫、気づかれてない……あれはやけに撃ってるだけ……」

 

 小梅は身を隠すのに使っている機材の隙間から、エイダシク星人の様子を確認していた。

 

「そろそろ…移動しよう。エリカさん、もう一回匍匐するよ」

 

 相手の適当な射撃による至近弾が増えてきていた。まぐれ当たりを貰わないためにも、至近距離での発見をされないためにも移動の必要を二人は迫られていた。

 

「ええ……生きてる心地がしないわ……」

 

 なるべく姿を晒さず姿勢を低く、それでいて音を極力出さないで移動するとなれば、匍匐前進が彼女達にとって現状最良の択であった。

 戦車道を嗜む…それも強豪校に属する彼女達は、戦車による車上戦闘だけでなく、双眼鏡や欺瞞装備を持っての斥候…偵察兵(ポイントマン)としての役割とその実践を叩き込まれている。つまり、それを学ぶ過程で身についた技術が今の彼女達を助けていたのだ。

 

「ここで曲がって……あ、しまった……!!」

 

 …されども、戦車道の試合や訓練とはまた違う、全く別種の極限の緊張状態に晒された続けていたからだろう。先導していた小梅は、匍匐で機材と機材の間を潜り抜けようとした矢先、その横に積まれていたペンキ缶の山と自身の足をぶつけてしまったのだ。

 気づいた時にはもう手遅れで、積まれていた缶がぐらりと揺れ、重力に従って落ちていき…床面に衝突したのに伴って物音を立ててしまった。

 

―――コォオオン!!

 

 エイダシク星人はすぐさま音源に体を向けた。両手の銃器を構えつつ、その音源との距離をジリジリと詰めていく。

 

「そこカァ…そこだったんダナ……ミィーツケタア!」

 

 ヤツの両眼が見開かれた。それが持つプラズマ・ガンの生体引鉄(トリガー)がパスされ、フルオートで弾丸を吐き出す準備を整える。

 音源だったペンキ缶の塊に照準を合わせ、手部の動きとリンクした引鉄が絞られていく。

 

「――小梅! 走るわよ!!」

「はい!」

 

 姿勢を低くして中腰の状態で、弾除けとなる物陰から物陰へと縫うように入り、被弾をなんとか避けようとする少女達。

 

「ホラホラァッ! 走れ走れェ! 次はオニゴッコダァ!!」

 

――ババババッ!!

 

 迫る銃撃。すぐ真上…普通に立っていたら首元から胸までの高さを電磁弾丸が次々通り過ぎる。風切り音を耳が拾う度に精神が削られていく。呼吸も更に速くなっていく。

 

「………次は外さネェ……ソロソロ死ねヨぉ!!」ジャキッ!

 

 エイダシク星人がプラズマ・ガンの電磁弾倉を交換・装填し、こちらに背中を見せてコソコソと走るエリカを捕捉した。

 再び弾丸が吐き出され、それがエリカを貫___

 

「おおおおおおお!!!!」ドンッ!

 

___くことは無かった。

 

 エイダシク星人の身体の右横から未知の衝撃が加わっていた。それにより軌道がズレた電磁弾丸は明後日の方向に飛び、中空に明色の線を幾つか描いた。

 

「ウグッ…!?」ヨロッ…

 

 姿勢を崩された原因はいつの間にか倉庫内に入っていたハジメだった。雄叫びと共に彼が行なった決死の体当たり(タックル)が、エリカを間一髪のところで救った。

 

「!?、テメェ!どこから来やガッタ!!」

 

「どりゃあ!!」ドカァッ!

 

「ウゲェエ!?」

 

 自身の負傷を顧みないハジメの突撃を受け、よろけるエイダシク星人。声を荒げるそれには何も答えず、ハジメは続けざまにエイダシク星人の顔面と上半身に何度も強烈な蹴りをお見舞いした。

 異星人は堪らず仰け反りながら後ずさった。

 

「小梅ちゃん、逸見さん!」

 

「タクミさんまで! なんでここに!?」

 

 ハジメがエイダシク星人と対峙している間に、タクミがエリカと小梅の元に素早く駆け寄り合流。

 

「それは後で話すから! 今はここから逃げるんだ!」

 

 そのままタクミは自分らが侵入に使った通路までのルートを二人に伝える。

 

「アアアアアーーー!? ボクのプラズマ・ガンガァ!高かったんダゾォオオオオ!!!」

 

「どうやら武器が壊れたらしい! 今の内に!」

 

 エイダシク星人は両腕の電磁火器がショートして悶えていた。

 それを確認したハジメも三人の所へ合流するべく、駆けようとした時だった。

 

「……フヒヒヒ! デモナァ、()の部分が残ってるんダナァ…切リ刻ンでヤル!!」バッ!

 

 外部からの衝撃で故障したエイダシク星人のプラズマ・ガン。

 しかし、あくまでも故障したのは装填機構と射出機であり、形はそのままを保っている。二対のレール部も健在だった。レール部の外側は、カッター状になっており近接武器としても扱える代物であった。

 

「危ない!ハジメッ!!!」

 

 エイダシク星人が桁外れた脚力を発揮し数歩でハジメとの距離を一気に詰め、斬りつけようとした___

 

「――撃て!!」

 

シュパパパパパ!! シュパパパパパ!!

 

 ___が、それは無数の5.56mm弾が殺到したことで阻止された。

 

「イッテェ! コレは…銃弾……軍隊カ!?」

 

 エイダシク星人を撃ったのは、倉庫正面ドアをこじ開けて突入してきた特生自衛隊であった。

 先の20式小銃による斉射を合図に、隊員がそれぞれ正面及び裏口、建物側面の窓、天窓などから内部に雪崩れ込み、半包囲の陣形を作った。彼らの構える銃に取り付けられているレーザーサイトから出力される赤の光条がエイダシク星人に殺到する。

 

「そこまでだ。異星人(エイリアン)

 

 隊員の一人…隊長格の者が20式小銃を構えながらそう言った。その身体に震えや怯えは無い。

 バイザーメットで隊長格の隊員を含む彼らの表情はシャットアウトされ窺い知れないが、鋭い眼光を伴った睨みを眼前の敵性異星人に向けているはずだ。何せ相手は、罪の無い一般人を襲い、殺しを繰り返す地球外からやって来た侵略者にして無法者…生かさず討たねばならぬ害悪である。

 

「アア?いいのカァ? 下手にドンパチしたら、ガキどもに当たっちゃうゾオ?」

 

 何より、未来を担う子供たちに外道が刃を向けていること…それを彼らは許容できなかった。

 ヘラヘラと嗤うエイダシク星人に対して上のような感情を押し殺しながら、先の隊員__A-1分隊長__が冷たく答える。

 

「――我々の任務(ミッション)に、人命救助は含まれていない。…伏せろ民間人!!」ジャキッ!

 

「「「!!」」」

 

「ハ?ウソだろ、チョ、チョット待てヨ!」

 

 まさかの返答にエイダシク星人が狼狽える。一方でハジメ達は自衛隊側の意図を理解し、言われた通りにすぐ頭を両手で覆い守りながら伏せた。少女達は目を瞑り、少年達は彼女らの盾になった。

 

()え!!」

 

シュパパパ! ――シュパパパッ!

 

 侵略者の制止には耳を貸さず、一斉に全ての銃口が火を吹いた。三点射が何度も繰り返され、一種の合唱を織り成す。

 

パパパ………カランカラン…!

 

 エイダシク星人には、これでもかと言うぐらいに銃弾が叩き込まれた。A-1分隊長によって「射撃止め」のハンドサインが掲げられ、銃声が止んだ頃には、残忍なる宇宙からの殺人鬼は全身を穴だらけにして、音も無くただ青い体液を垂れ流しながら仰向けに倒れ伏していた。

 

「……制圧(クリア)。対象の射殺を確認」

 

「し、死んだ…の?」

「あっけねぇ…」

 

 ピクリとも動かず、眼球は白濁し、口部と思われる部位からは多量の吐血が確認できた。見る限りでは、かの異星人は死んでいた。

 先ほどまで、こちらを窮地に追い込んで愉悦に浸り、嘲笑っていた悪魔のようなモノであった。だが今は物言わぬ死体へと成り果てている。あまりの呆気なさにハジメ達はなんと表現したらいいか分からない感情に支配されていた。

 辛うじて少年二人は口を開けたが、少女達の方はただ肩から力を抜いて大きく呼吸するだけに留まった。まだ命が危機に晒された時の恐怖が勝っているのだ。

 

「――T-3、T-5は警戒待機を維持。T-1は犠牲者の遺体収容を…T-2は異星人の処理・回収準備にかかれ。回収と輸送は化学科がやる。T-4の衛生要員(メディック)民間人(子供達)の保護と手当てを」

 

『『『了』』』

 

 一方、敵性異星人を射殺した特自部隊は、安堵の吐息を漏らし休息をとることもせず、次の動きに入っていた。

 そんな中、A分隊長が各T分隊へと指示を出しつつ、地面にへばりついていたハジメ達の前までやって来た。

 

「…キミたち、怪我はないか?」

 

 ハジメとタクミが遭遇した中野と永井と思われる隊員を伴わせて。

 

「は、はい。私の方は…大丈夫です…」

 

「そっちの銀髪の子は?」

 

「私は足を捻ったか、挫いたぐらいで……」

 

「キミは一応診てもらった方が良さそうだ」

 

 一拍置いてA分隊長は、深々とエリカと小梅に頭を下げる。それに彼女達はとても慌てふためいた。

 ハジメとタクミが駆けつけたとは言え…あのままでは決定打に欠け、自衛隊の介入(突入)が無ければ皆んな仲良く全滅していた。彼がこちらに謝罪するようなことは何一つ無いはずである。少なくとも、彼女達からすれば。

 

「…すまなかった。先程、私が言った通り我々は今回、潜伏している異星人の捕縛、不可能であれば排除するというのが任務だった。我々は、自衛官としてキミ達を含む国民の命は絶対に最後まで見捨てはしない。……しかし相手への揺さ振り(フェイク)のためとは言え、あのような発言を目の前でしてしまい、本当に申し訳ない。謝罪する」

 

「そんな、頭を上げてください!」

「おかげで私たちは助かったんですから!」

 

「そう言ってもらえると助かる。……あとは、そこの少年たち」

 

 二人の言葉を受け、彼は頭を上げると今度はハジメとタクミの方に向いた。

 スモーク加工のバイザーでその顔を見ることは叶わない…が、なんとなく察することができる。自分達に向けられているだろう険しい視線とこれからされる叱責を想像して、ハジメとタクミは身じろぎした。

 

「ここにいる事情は後ろの隊員から聞いた。まったく大した行動力だ。……だが、武器も持たない民間人自らが危険な存在に立ち向かっていくのは何処まで行っても無謀だ。いいか、勇気と無謀を履き違えるんじゃない。たった一つしかない自分の命だ。大切にしろ」

 

「……はい」

「すいませんでした…」

 

 あと最後に一つ、と男は最後に付け加え、ハジメの方に顔を向けた。

 

「キミのあの時のタックル…あれがあったからこそ相手の隙を突けた。……さて、一旦学園艦まで送ろう。恐らく事件の聴取は明日以降に___」

 

 そうA分隊長がエイダシク星人の死体回収作業を見ながら言っていた時だった。

 今の今まで姿を保っていた件の死体が、ガクガクと激しく痙攣し白い泡を発しながら液状化して原型を消した。一同がそれに呆気にとられていると、今度は倉庫中央にある遺体の山の方から嫌な甲高い笑い声が響き渡った。

 

「同族がいたのか!!」

「化け物め!」

「クソっ…銃が!」

 

 遺体の収容作業をしていた分隊がそれぞれ瞬時に銃器を握ろうとするも、遺体の収容装備を広げていた最中だったのもあって手間取ってしまった。彼らが20式を構える前に異様な影が()()から飛び出し、天井へと張り付いた。

 影の正体は、銃弾を受けて斃れた筈のエイダシク星人であった。

 

「へへへへへへ!! 引っかかりやガッタ……そんなヤワな武器でボク()()を殺せると思ったのかナァ!?」

 

 自衛隊が射殺できたのは、予め製造しておいた人間等身大(サイズ)のクローン体…自身の思考パターンを刷り込んで活動させていた、“外履き”用の個体であったのだ。

 

 ここで倉庫内外を警戒していた二個分隊が異常を察知して即座に射撃を開始。倉庫の建材を削り取る音のみが響く。侵略者の断末魔は聞こえない。

 

「オオットぉ!?危ネェナァ!! …もう通常体への拡張に必要な力は十分集まった!! 今からオモシロイもん見せてヤルヨ!!オマエラも地球にいるヤツラ全員ペシャンコになっチマウゼェ!!」

 

 天井を縦横無尽に這って銃弾の尽くを回避したエイダシク星人は、ここにはもう用はないと言わんばかりに天窓部分から屋外へと消え去った。

 そしてその数秒後、信じられないほど巨大な地響きが一帯を襲った。

 

――ズズゥウウウウウーーン!!!

 

「きゃあ!!」

「うおっ!」

「なんだっ!?」

 

「……状況報告! 対象の行方は!!他部隊はどうなっている!?」

 

―――ドドドドドッ! ガガガガッ!

 

 通信要員が何かを報告する前に、遠方からとても重い銃撃とも砲撃とも判断できない発砲音のようなものを複数、耳が拾った。

 

「報告! 対象が、きょ…巨大化した模様!全長は凡そ50m、大型特殊生物サイズに該当!! 先ほどの地震は対象の着地によるものです!! ……巨大化した対象は現地点から西、1400の地点に出現!!」

 

 エイダシク科学とは、クローン培養を筆頭としたいくつかの生物工学が()()()()()()()()まで出来るほど歪に発達した、宇宙的にも極めて不可思議な技術群である。彼らエイダシク星人は、その体系技術に支えられ文明を築いた。

 

 細胞の過大な成長・老化・分裂・増殖運動を促して実現する、身体の自在拡大縮小技術…これもその一つである。この技術はバルタン科学が得意分野とするクローン細胞技術を齧って応用したもので、劣化コピーモノと言えど、宇宙を見渡して見ても非常に高度な()()()()だ。細胞の諸活動を賄う為の栄養(エネルギー)を技術使用者自身が体内へ貯蓄しておかなければならないのが難点であるが、健啖家であるエイダシク星人にとっては些細かつ容易な問題だ。

 

「同区域は民間人の避難が完了していません!」

 

 悲鳴に近い報告を挙げる通信要員。

 

「“K事案”対象…仮称第二個体は、区域の警戒にあたっていた陸自13即機連と交戦状態に突入。しかし車載砲(105mm砲)等による攻撃効果は軽微、撃破に至らず! 現在、高知駐屯地より試作航空メーサー兵装搭載の〈AH-2(ヘッジホッグ)〉一個飛行小隊が試験を繰り上げそのまま出動! 福岡春日基地からはF-35一個飛行隊(トレノ隊)が増援としてスクランブル中です!」

 

 外の喧騒は、大型級となったエイダシク星人が、警戒態勢を敷き市街地内で待機していた高知駐屯地所属の陸自“第13即応機動連隊”機動戦闘車(MCV)二個中隊へ先制攻撃したことによって勃発した戦闘によるものだった。避難する市民を守りながら、そして突然の奇襲というのもあって戦況は劣勢とのこと。

 

『“K事案(高知)”司令部より各隊。現時点より新たに出現した大型個体を“シカーダ”と呼称する!』

 

『第15即応機動連隊第1並びに第2普通科中隊は指定の配備地点へ即座に転進し、13連隊を援護せよ!』

『――こちらミミズク。作戦空域に現着。これより第二個体(“シカーダ”)の観測を行なう!』

『松山“第14特科連隊”、出動準備中!』

AH-2試験飛行小隊(アルクス隊)、作戦空域到達まで間も無くです!』

 

 工業地帯周辺に展開中であったその他の陸自バックアップ部隊、隣県の野戦特科部隊、陸空の航空隊がエイダシク星人仮称第二個体…“シカーダ”撃滅のために結集するようである。だが臨時とはいえ、統合任務部隊ばりの混成部隊を束ねるのに必要な時間は短くなかった。

 

「第5航空団…新田原の305飛行隊は出ないのか!? F-15(イーグル)F-3(蒼天)はどうした!」

「現在、305は第9航空団と共に防空識別圏へ侵入した豪州空軍機に対応中!」

「海の次は空か……ええい豪州め、余計なことを! ……だが今は外に出るのが先決だ! ホトケの回収は一旦中止し、ここから退避する!!」

 

 非戦闘員の民間人であるエリカ達を戦場から可能な限り後方へと退避させねばならない。それに、この場にいる隊員の装備では、大型の敵性存在を相手取ることは自殺に近かった。

 A-1分隊長は合理的な判断を下した。

 

「キミらも早く! 倉庫前のトラックを付けた。乗り込んでくれ!」

 

「……おい、一人足りないぞ!」

 

 皆が外の様子に気を取られている内にハジメがいなくなっていることに中野が気づきそれを指摘した。

 

「え!?うそ! ハジメどこ!?」

 

 しかしエリカの焦りとは裏腹に、すぐにハジメは見つかった。どうやら収納棚の向こう側…こちらの死角にいたらしい。

 

「ハジメ、なにやってんのよ!」

 

「いや…ちょっと……」

 

「アンタねぇ…私は人のこと言えないかもしれないけど、アンタもアレに殺されかけたのに…単独でどっかにフラフラ行くなんて…! 帰ったらまた説教よ説教!ほら、早く自衛隊のトラックに乗る!」

 

「う、うん…ごめん……(ハジメごめんよぉ…ハジメの苦労増やしちゃった…)」

 

 エリカに叱責されているこのハジメ、中身はハジメ本人ではない。そう、エイダシク星人と戦う為にウルトラマンとなるべく離脱したハジメと入れ替わった擬態モードのイルマ少年である。

 …しかしその行動が災いし、エリカの説教と言う今後の用事が増えてしまったことに、この場にいないハジメ少年はまだそれを知らない。

 イルマは心の中で涙を滝のように流しながら合掌して詫びていた。

 

 

 

___

___

___

 

 

 

 エイダシク星人は地上の自衛隊、そして市街地への攻撃を一旦やめると、何かに信号を送った。

 

 するとそれに応えるかのように、工業地帯のあちこちにある倉庫の中の三つから、天井をメキメキと突き破って…計3機の、黒色の円盤型__丸釜状に近い形状とも言える__ドローンが飛び出した。このドローン、エイダシク星人が四国降下後に現地調達(強奪)した物資で作られた即席の多目的支援ユニットである。工業地帯の物流関係者や施設管理者、民間警備員もまた、多数犠牲になっていた。

 

『――っ! 高知市上空に飛行物体の反応を感知!識別信号応答無し、数は3!!』

『ミミズクより高知。そちらで察知したと思しき飛行物体を目視で確認した。無人機…ドローン、異星人の操るドローンであると推察する。目視による確認では武装の類いは見受けられない。観測を続ける。送れ』

 

 ドローン群はエイダシク星人の元まで飛翔すると、上空で輪を描くようにして浮遊し待機状態になったようだった。又、異星人のモノと思われる未確認の飛行装備が姿を現したからか、地上の自衛隊からの攻撃はピタリと止んでいた。

 それらを確認すると、予め仕込んでおいた仕掛けと3機のドローンを用いてエイダシク星人は四国全域の凡ゆる通信網(ネットワーク)を瞬時に掌握(ジャック)した。

 

『み、民間の各種通信システムがダウンした模様!』

『四国全域のシステムが、権限を剥奪されているようです!!』

異星人(“シカーダ”)電子(サイバー)戦を仕掛けてきたのか…!?』

『狼狽えるな! …宇宙を渡ってきた連中だ。あらゆる面でこちらの技術を優越しているのは分かりきっていたことだ!! 幸い、自衛隊(我々)の無線有線含む各種通信装置はジャックされておらず、妨害もされていない。相手のシステム掌握方法と侵入経路を洗いだせ!!』

 

 今頃、四国各地の公共放送…路上の大型モニターから個人の携帯電話に至るまで、その画面に異星人の顔が映っていることだろう。

 

『さあテェ…あーあー、聞こえるカナア? ボクはエイダシク星人。早速だけどサ、地球人のミナサンに…イヤ、マズニッポンノ皆サンお願イガありマァス!』

 

 上空を旋回するドローンに取り付けているスピーカー機構も使って、陽気な声色での自己紹介から入り___

 

『降伏シロ。オマエラの科学レベルハ残念賞ダ…今ボクの下につけば“星間同盟”が来訪シタ時に仲介してヤル。イイカ? 星間同盟ハ文字通り星ト種族ノ垣根を越エテ結成された強力ナ宇宙軍事機構ダ。オマエラみたイな一つの星ノ軍隊ヲカき集めテモ足下にも及バナイ。ココみテェナ星系一ツナンカ軽ク滅ボせる。……話ヲ理解デキタナラ、降伏シトケ』

 

 ___冷ややかな声色で降伏勧告を投げ掛けた。

 

パパパパパッ!

 

 人類への降伏勧告を遮るように、若しくはこれが答えだと返すように、陸自地上部隊から銃砲撃が放たれる。

 彼らは、市民が避難するまでの時間を文字通り命懸けで稼ぐべく攻撃を続ける。しかしながら、それらの効果は今一つで、エイダシク星人の外皮に傷を付けることに四苦八苦していた。

 

『ナンダァ…?まだ続けんノォ? ダカラソレ、効カナイッテ………んジャ死ネ』

 

――バチン! ドォオオオン!!

 

 エイダシク星人が腕に装着しているプラズマ・ガンを地上へ向け、電磁弾丸を叩き込んだ。着弾した場所は閃光と爆発であらゆるモノが吹き飛び、黒煙を上げた。

 すると、それに触発されたのか、市街地各所より無反動砲や誘導弾、車載砲による、先ほどの数倍近い反撃が始まった。されど異星人は前後左右へのステップと携行火器の近接装備(カッター)の振り回しでその尽くをいなしていた。

 

『ギャハハハハ!!我慢比べダナ! いいゼェノッてやるヨ!!』

 

――――バタバタバタバタ!

 

『ん? 援軍カァ?』

 

 エイダシク星人は背後から近づいてくる羽音に気がついた。

 振り向くとそこには陸自の国産対戦車ヘリコプター〈AH-2 ヘッジホッグ〉4機が機首をこちらに指向させて滞空していた。それらは、胴体左右にあるスタブウィングに試製航空機用指向性放電機銃"Ⅰ型プロト・パルス・メーサー"を搭載した実験機体だった。高知駐屯地より緊急出動した一個飛行小隊…アルクス隊である。

 

『カラダが小セエト難儀ナモンダなァ!?』

 

 陸を這うナメクジの次は、空を漂うハエときた。群れを成して次々と湧いて出て来る様は最早虫ケラそのものだなと侵略者は高らかに嘲笑する。

 

『――アルクス1より高知、作戦空域に現着。報告にあったドローン3機も確認。送れ』

 

『高知了解。貴隊の任務は変わらず。“シカーダ”の撃破、及びドローン群の撃墜を実行せよ。送れ』

 

『了解。これより戦闘に参加、敵集団を我の部隊の全火力を以って撃滅する』

『これがメーサーの、初の実戦投入…!』

『米国に続いて今度は日本に来たか!』

『これ以上はやらせはせん!!』

 

 日本が公式としては初めて経験した異星人との接触事例及び、異星人による武力行使並びに被侵略活動として後に“高知市対異局地戦”と記録される戦い。

 これが、当時(現在)全国各地の防衛産業メーカーの工場をフル稼働させて量産中であった先行配備仕様の〈20式メーサー戦車〉を差し置いて、本史世界の地球国家がメーサー兵器を敵性存在に対して投入・使用した初の戦闘となった。

 

『アルクス1より各機、“シカーダ”随伴の無人機3機に対し空対空誘導弾(91式)を発射後、“シカーダ”本体へ出力最大でメーサー並びに対戦車誘導弾(ヘルファイア)を斉射し散開せよ』

 

『『『了解!!』』』

 

『アルクス、射撃開始!!』

 

___バシュッバシュン!!

 

 様子見のエイダシク星人を置いて、先手を打ったのは人類だ。

 アルクス隊1番機の号令と共に、AH-2全機から標的を割り当てられていた防空ミサイルが先陣を切って飛翔した。そこからワンテンポ置いて、次に対地ミサイルが連射された。

 

『アアッ!? メンドクセーコトすんナヨナァ!!』

 

 異星人はドローンへ攻撃を加えてきたと察したようで、苛立ちを募らせた声色で喚きながら両腕のプラズマ・ガンで迫るミサイル群を迎撃した。

 ……何故、()()()()相手に躍起になるのか。これはエイダシク星人が小粒であっても実弾兵器だからと煩わしく思ったから…ではなく、標的とされたドローンの装甲防御力を含めた各種スペックの低さが起因していた。先に説明したように、同ドローンは支援()()()ユニットとしてエイダシク星人が突貫かつ即興で作った急造品であると同時に、地球(敵地)で現地調達した()()物資で建造した打たれ弱い欠陥品でもある。それ故にドローンには攻撃への最低限の防御手段が皆無であり、最後の命綱となる実体装甲さえ貧弱__当たりどころが悪ければ歩兵携行式の誘導弾や対空機関砲で爆散するほど柔である__という有り様だった。いくらエイダシク科学で作った装備とは言え素材が地球(後進文明)産であれば機能のオミットやスペックダウンをせざるを得ない。

 エイダシク星人自身が守らねばならないという弱点を生んでいたのだった。

 これが無ければ自分の活躍をこの星の人間共に発信できなくなってしまう。…しかも3機のドローンの中には“とっておき”が眠っていた。まだお披露目すらも出来ていないのに出オチ感覚でドローンを壊されては堪らない。ミサイルの撃墜に力が入るのは当然だった。

 

 上のように、ドローン狙いのミサイル第一波にエイダシク星人が集中していると第二波が立て続けにやってきた。だがどうにもおかしい。何せ弾頭は自身(こちら)を指向していたのだから。

 地球人の航空兵器の狙いがドローンの撃墜だけではないことに気づいた時には、エイダシク星人の胴体が爆炎に包まれた。そして黒煙が晴れぬ内に空色或いは青色の光条が声にならぬ憤りを見せていた異星人に容赦無く突き刺さった。

 じゅくじゅくと身体の表面が焼け溶ける不快な音がする。これは知っている。超高熱の…熱線兵器の攻撃が被弾した時の反応だ。

 

『イッツ……下等種族のくせになんでソンナモン持ってンダヨォォオ! ボクを傷つけやがって!! ぶっころおおおおおおおす!!!!』

 

 腹が立った。それは、宇宙に版図を広げた文明がようやっと手に入れることができるものだ。

 なぜ宇宙に上がることすらも満足に出来ない後進惑星文明…それも地域国家に相当する小国だろう奴らの軍隊がそれを実用化しているのか。

 理由は知らぬが壊さねば、殺さねば怒りは収まらない。仮にも高等種族である自身の身体に傷を付けた報いを与えねばならないと、かの異星人は怒りを露わにした。そのボルテージは地球降下後最大級のものだった。

 

 4機のAH-2の両翼先端に取り付けられている指向性放電機銃(パルス・メーサー)の照射部を青白く輝かせ、再度メーサーを敵性異星人に発射した。青白の光線は大した妨害や防御行動を受けずエイダシク星人に全て命中した。異星人はメーサーの集中射撃をその身に受けてやや後ずさっているのが分かった。

 

『攻撃有効、攻撃有効! メーサーによる射撃を継続する!地上部隊が立て直すまでの間、ヤツを踏みとどまらせろ!!』

 

『――ウッゼェナァア!!』

 

___ババババババババッ!

 

 エイダシク星人は両腕をアルクス隊へ真っ直ぐ向け、電磁弾丸を連射した。濃密な対空砲火と相違ない猛烈な弾幕が、4機のAH-2へ容赦なく襲いかかる。

 

『各機回避機動! 敵の対空射撃だ!!』

『ミミズクは下がれ! 巻き添えを喰らうぞ!』

『ぐっ!なんて弾幕だ!!――っ!?しまった!』

『被弾、ブレード破損! 操縦不能!操縦不能!!』

 

 それぞれが散開し回避行動に移る。

 されど、プラズマの弾幕をメインローターに貰ってしまったAH-2が1機、地上へと墜落していく。機体は機動を制御するに足る空力を確保できず、錐揉み状態となっているため、乗員の脱出も難しかった。

 

『急げアルクス3…! 脱出しろ佐川!』

 

 ほぼ垂直に落下を続ける機体。緊急脱出までの猶予は少なかった。

 だがいつまでもその僚機を見てはいられない。三番機の隊員らの無事を確認する前に、エイダシク星人の対空砲火が残る3機へ襲いかかってきた。こうなれば意識も注意も変えざるを得ない。

 

 重攻撃ヘリに匹敵する大型機であるAH-2は、持ち前の大出力エンジンと操縦者の技量を以ってして、その巨体(ヒットボックス)のデメリットを感じさせない鮮やかな回避機動で濃密な弾幕を潜り抜けていく。

 

『クソッなんてヤツだ…メーサーは効いている……せめてもう半数揃ってさえいれば……!』

 

 ……それでも長く続くものではない。この高機動が実現出来ているのは、ヘリや人体にかかる負荷、重力を無視してやっているからだ。隊員の体力は有限であり、燃料も又然りである。

 つまり、どう足掻いても徐々に粗さ(荒さ)は出てきてしまうわけで……限界(終わり)を迎えるのに時間は僅かしか掛からなかった。

 

 そこから五分も経たぬ間に、反撃に転じることが出来ず3機ともプラズマの弾幕に絡め取られ脱落。増援を迎え態勢を立て直した地上部隊の援護も空しく、実験飛行小隊は全滅した。

 

 

 

 同じ時間、また別の某所では。

 

「お父さーん!!怖いよぉ!!」

「今は頑張って走るんだ!もう少し、もう少しだから!!」

 

 ある親子が、エイダシク星人の無差別攻撃に当たらないよう祈りながら元は建物であった瓦礫の中を走っていた。

 

「…あっ!」バタッ!

「ハルオ!!」

 

ズドォオオオン!!

 

「うおおっ!」

「お父さん!」

 

 父親が転んだ我が子を抱え上げようとしたその時、そのすぐ近くに大の大人と同じサイズのプラズマ弾が着弾し、二人は爆風で地面を転がった。

 ……エイダシク星人が出現した区域では高知市民が少しでも戦火から遠ざかろうと思いおもいの手段で避難していた。そのため、自家用車や自転車などで逃げようとした人々によって車道、歩道で致命的な渋滞や事故が各所で発生していた。又、異星人の地上無差別攻撃により道路が寸断され、そもそも使い物にならなくなっているという事態も起こっており、プラズマ弾の雨から逃れようとする市民たちの大きな足枷となっていた。

 

 エイダシク星人は獲物の再装填を終えると、再び地上に狙いも付けずに乱射する。プラズマ弾が発射される度にビルが、車が、人が、焼かれ…爆ぜていく。

 そしてその内の一発が、親子に向かい襲い掛かってきた。二人は目を瞑り来たる死を覚悟した。

 

「………っ!…………?」

 

 ………が、いつまで経っても自分の身には何も起こらない。不思議に思った少年と父親は恐るおそる頭を上げ、目を開けると、そこには見知らぬ青年が立っていた。

 

「――早くここから逃げてください!」

 

 なぜ彼は平気なのかは分からない。

 青年は呆けている二人に手を貸して立ち上がらせた。

 

「き、君はいったい…? どうやって…」

「お兄さん…正義の味方ぁ?」

 

「……いいかい、ぼく。キミもお父さんと早く逃げるんだ」

 

「いや、君も逃げないとダメだ!一緒に行こう!」

 

 一刻も早く逃げようとしている足をなんとか留まらせ、残った理性で青年に同行するように促した。散らして良い命なんてないのだからと。

 

「ごめんなさい。僕は…まだ、やらないといけないことがあるんです。僕のことは気にしないで安全な所へ!」

 

 しかし彼は頭を下げて丁重に断ると、クルリと踵を返して異星人の方へと障害物を巧みに捌いて真っ直ぐ走っていく。

 

「待つんだ…っうお!」

 

ズズゥウウン!

 

 青年を止めようとしたものの、子供の父親は目の前に降ってきた瓦礫によって行手を阻まれた。人の何倍もある石の塊をどうこう出来るわけもなく、父親は彼への制止と追いかけは不可能だと判断し、少年とすぐにこの場から離れる選択を採って走るのだった。…瓦礫の向こう側に消えた勇気ある青年の無事を祈りながら。

 

 

 

「これ以上は、やらせない!!」バッ!

 

 先の青年…“ヒビノ・ミライ”は、未だに好き勝手しているエイダシク星人を睨みながら、左腕を立て前に突き出した。

 すると、彼の左腕にどこからともなく光の粒子が集まって、それらが真紅のブレスレット__“メビウスブレス”__を形取り実体化した。

 そしてすぐさま、ブレスの中央にある紅玉…クリスタルサークルに右手をかざし、縦に振り抜くことでクリスタルをスピンさせ内部のエネルギーを解放した。クリスタルサークルは燃えるように爛々と赤く光り輝く。

 ミライは左腕を一度大きく後ろに引き込み、そこからメビウスブレスを素早く空へと高く突き上げ、喉が裂けんばかりに叫んだ。

 

「メビウーース!!!!!」

 

 ミライは「(無限)」の光の炎に包まれ、本来の姿…光の戦士ウルトラマンへと変身した。

 

 

 

「――――俺は、お前を討つ!! お前なんかに、地球を渡してやるもんか!!」バッ!

 

 奇しくも同じ時間。異なる場所にて。

 倉庫から抜け出していたハジメも、アルファカプセルを空高く掲げ、光に包まれウルトラマンへと変身した。

 

 

 

 

 

 

『ホラホラァ! ドウやってボクを止めるんダァ!?もう秘密兵器みたいなヤツは叩き落としチャッタミタいだケドォ!?』

 

 エイダシク星人は3機のドローンを従わせて、陸自地上部隊を蹴散らしつつ、高知市を南下して新高知港へと進撃せんとしていた。

 同港を目標にしたのは、その大きさから圧倒的な存在感を放っている黒森峰学園艦を破壊し、自身の力量と冷酷さを見せつけるパフォーマンスに利用してやろうという魂胆があったからだった。

 

 しかし、その行手を阻むように眩い一本の光の柱と、空から金色の光の粒子が降り注ぎ、中からそれぞれウルトラマンが姿を現した。

 

___シュアッ!

 ____セアッ!

 

 この星の守護者である鉄紺の巨人…ウルトラマンナハトと、かつて別世界の地球にて地球人との不朽の絆を育んだ戦士…“絆の勇者”、“不死鳥”、と謳われたウルトラ兄弟の一人、ウルトラマンメビウスだ。

 

 

 

 場面は再び地上のエリカ達に移る。

 倉庫から特生自衛隊と共に退避した彼女達は、73式トラックで高知市西部方面へと離脱中であった。

 荷台の天幕の影から先ほどナハト・メビウス出現を目撃していた。

 

「ナハトが来た!…それに佐世保の時とは違う赤いウルトラマンもいるわ…」

「顔つきも色合いも全然違いますね」

「不思議だけど、あの二人のウルトラマンを見ていると何か、温かいものを感じる気が…」

「(あれは…ウルトラマンメビウス……?)」

「? ハジメさん、何か言いました?」

「い、いや! 何も!」

 

「………がんばれ。ウルトラマン…!」

 

 エリカは祈るように、ウルトラマンへの激励の言葉を呟き、彼らの背中が消えるまでその目を離すことはなかった。

 

 

 

『ああ!?宇宙警備隊ダトオ!? オマエしつこいゾォ!!ソレニ、コッチニモウルトラマンがいたノカ!?』

 

《!…あなたは?》

《――僕はメビウス。細かい話は後にしよう。…今は目の前のエイダシク星人を!》

《…分かりました!!》

 

 自身のすぐ隣にほぼ同じタイミングで現れた真紅と白銀の身体を持つ__ウルトラセブンと似た雰囲気を覚える__ウルトラマンに驚きを隠せないナハトだったが、メビウスの言葉もあって即座に戦闘モードに意識を切り替えた。

 ファイテングポーズをとる二人のウルトラマン。

 それを前にして、エイダシク星人は目を細めながらニヤついた。先ほどの狼狽えは何処かへと消えたようだ。

 

『……なるほどナァ…ここのヤツらはウルトラマンがいるから安心してんダァ。ンナラ、ココでウルトラマンを倒セバ地球はボクのモノ、そして星間同盟に入る足掛かりニナル…ってワケダナアっ!?』

 

《来るぞっ!》

《っ!!》

 

 エイダシク星人がそう言った直後、これまで上空で円を作って浮遊しているのみだったドローン群が一気に動いた。3機のドローンは、ナハトとメビウスの前で横一列き陣取ると、その直下に()()()エイダシク星人を転移させた。

 これが、エイダシク星人が抱えていた“とっておき”の正体だ。

 

『――緊急報告! こちらミミズク! “シカーダ”の同種と思しき個体が三体、出現した!!敵の増援だと推定する!!』

『以後、各個体をα(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)δ(デルタ)と呼称・識別する』

 

 それは見間違いの類いでは断じてなかった。どれも確かにそこにいて、地上に立っている。“質量を持った分身”…言わば、クローンであった。

 ドローンの本来の役目は、クローン体の隠匿兼移動拠点だったのだ。

 人間狩りにヒトサイズのクローンを使っていたと言うことは、通常体(50m級)のクローンもまた用意されていても不思議ではなかった。……ただ、投入してきた数が数であった。

 

『ハハハハハハ!!これで4対2ダァ! オマエラをぶっ殺してボクの強さを証明スル!!』

 

 エイダシク星人(オリジナル)の人格データをインストールさせた“分身”は全部で三体。四体となったエイダシク星人がナハトとメビウスを囲むように動く。数の有利はエイダシク星人側へと傾いてしまった。

 しかもその上空には先の円盤型ドローンが隠れるように浮いており、実体を持った分身__クローン体の制御補助を行なっているようだ。

 

《人を、何人もの人を奪った上に、そんなことを…!!》

《エイダシク星人!“星間同盟”との合流はここでなんとしても阻止する!!》

 

 だが劣勢になれども、二人のウルトラマンは一歩も退かなかった。逆に前へと勢いよく駆け出した。悪しき侵略者を打ち倒すために。

 

 

 

 場面は更に移り、高知の空へ。

 市上空に鋼の翼が数十、爆音を轟かせながら高速で飛来した。それは熊本・航空自衛隊春日基地よりスクランブルした一個飛行隊…秋津の率いる第506飛行隊(トレノ隊)F-35JA、20機であった。

 同飛行隊は、国内第二次特殊生物災害にて勃発した“北九州航空戦”で減らしていた機数を、複数回に渡る補充と再編を経て、完全に回復させていた。

 

『トレノリーダーより春日基地へ。トレノ全機、作戦空域に現着。これより、“シカーダ”・ドローン群への攻撃に掛かる』

 

 今回のトレノ隊の役割は、敵航空戦力(ドローン)の完全排除と、地上目標(異星人)への可能な限りの火力投射である。全機、特生A兵装だ。

 

『――基地からトレノリーダー。地上では、残存する機甲戦力を中心にして、二体のウルトラマン援護のため再集結と展開を急いでいる。又、一部地域は避難活動が難航中、完了の報告を受けていない。戦線の拡大に注意されたし』

『トレノ1了解。――全機聞いたな? 隊を四つに分け、まずは空飛ぶ茶釜を叩き落とすぞ。だが、セミ頭どもの対空砲火には十分に気をつけろ。行くぞ、かかれ!!』

『『『了!!』』』

 

 機体下部のウェポンベイが開く。短距離空対空ミサイル“AAM-5(04式)”と特殊弾頭ミサイルの“徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル)”がその顔を晒した。

 空の防人たちは、地上のレーダーサイトや偵察用無人機、観測ヘリ(ミミズク)等の誘導支援を受けつつ、ターゲットを選定。そして対空ミサイルを放った。

 音速で青空を切り裂いていく必中の矢は徒党を組んで侵略者の円盤群を目掛けて殺到する。

 

 図体が大きく自衛手段の一切を持たぬ貧弱かつ鈍重なドローンに、オーバーキルとも言える量のミサイルが容赦なく突き刺さり、爆発エネルギーを遺憾無く解放した。

 大きな赤炎の花が、青のキャンバスに四つ咲いた。花弁を思わせる黒煙からドローンだったものの大小の残骸が重力に従って地上へと落ちていった。

 

『――ドローンの全機撃墜を確認。これより“シカーダ”群への攻撃に移行する』

 

 トレノ隊が高知市上空の制空権を握った。

 

『次カラ次に……ゴミどもガ!!』

 

 エイダシク星人のオリジナルが、ドローンを全て喪失したことを空の様子を見て悟ると、吐き捨てるような悪態を吐いた。

 

『地球の言葉も履修しているようだが、どうやら補習が必要らしいな』

 

 

 

エイダシク星人はトレノ隊による攻撃を軽く避けつつ、クローン体を用いてメビウスとナハトを分断して有利に立っていた。

 

『『イヒヒヒヒ!!!どうダァ?手も足も出ねえダロォ?分断された時点でオマエラの負けダ!!さっきまでの威勢はどこに行ったんダァ!?』』

 

 

シュッ……!

 

《くっ!自衛隊のライトニングが援護してくれてはいるが、キツい……》

 

『時折ちょっかい掛けてくるハエがウゼエけど、これで終いだ!!』

 

ナハトが相手をしていた2体のエイダシク星人は空中を浮遊して距離を取ると、目にも留まらぬ速さでナハトの周りを回転し始めた。高速回転による残像が無数に生み出され、数十人の相手に囲まれているような錯覚にハジメは襲われる。

 

《なっ!疾すぎる!!どれが本物なんだ!!》

 

『『オラオラァ!どうした黒いウルトラマン!?当ててみろヨォ腕を十字に組んでシュワ!!ってサァ!!』』

 

 

《…………スペシウムッ!!》

 

……へアッ!!

 

 

ナハトは上半身を大きく反ってスペシウム光線を真上に放った。水色の光の筋が空に伸びていき、空を覆っていた雲を突き破るほどであることから今までで最大の出力で放っていることが分かる。だがそれはナハトのエネルギーの消費量を増大させる諸刃の剣である。そのため早急に相手を片付けなければならない。

 

 

 

 

「!!」

 

『上空への強力な光線の投射を確認!!』

 

『空佐!これはいったい…』

 

『何をするつもりだ…?』

 

「これは…………そうか分かったぞ。各機、ウルトラマンナハトと対象から離れろ、急げ!退避だ!!ウルトラマンは大技をかます気らしい!!!」

 

『りょ、了解!自分は秋津空佐の直感を信じます!!』

 

 

 

『『ア?アハハハハハハハ!!!なんだ最後の抵抗がソレかぁ!?もう諦めてんじゃネェカッ!!イヒヒヒヒ!!』』

 

《そう………見えるか?》

 

『『ヒヒヒヒヒヒ………ハ?今なんツッタ?』』

 

《……うおおおおおおお!!届けええええええええ!!!!》ギュウウン!!

 

シュアアアッ!!!!

 

ナハトは自ら体勢を崩したかと思うと転倒直前に片足で踏ん張りながら、その運動エネルギーを使って十字に組んだ腕と身体を傾けることで空高く昇っていたスペシウム光線の筋がまるで巨大な剣のように振り下ろされていく。それをエイダシク星人が飛び回っている高度近くまで持っていくと、今度はそのままスペシウム光線を放ちながら身体を回転させる。

 

《スペシウム・ストォォオオオーーム!!!》

 

 

『は…それは……や』

 

文字通りの光線の暴風に曝されることにより、エイダシク星人は自ら、迫ってくるスペシウム光線の壁に突っ込むことになった。完全に油断していたところでしっかりとその虚を突かれたのだ。ちなみに、片方の個体は地面に叩きつけるようにスペシウム光線を振り下ろした際に直撃したことにより、数秒も経たず蒸発していた。そして生き残りの片方のクローン体も急な減速は出来ずに自分に向かってくるスペシウムの壁へ激突する瞬間、

 

『ちょっ、ソレ…反則……』

 

…そう言いかけると跡形も無く蒸発したのだった。

 

 

《自衛隊も意図を察して退避してくれたのは助かった……あのウルトラマンは!!》

 

先ほどまで目の前の敵を倒すので精一杯で、もう一人のウルトラマンのことまで気を回せていなかったためメビウスの心配をするナハトだったが、杞憂に終わることになる。

 

 

セヤァアッ!!

 

『グゥオオオオオァアアーー!!!』

 

ズドォオオオオーーン!!

 

 

メビウスはメビュームブレードを発生させ、エイダシク星人を切断する際に刃の部分を伸縮させて斬り裂き、『∞』のマークをエイダシク星人は胴体に刻み込まれ爆散していた。こうして残りはオリジナルのみとなる。

 

『チクショオ!ナンデ、ナンデボクが負けそうになってるンダ!?ドウシテ!?』

 

《罪のない人たちの命を奪うことは許されない!ここで観念しろ!!》

 

『ダマレ!生きるために食べて何が悪い!!生き残るために腹を満たして何が悪い!!所詮は弱肉強食なのサ!!地球人はボクの大事なゴハンだったんだよォォオオオオオ!!』

 

現実を認められないエイダシク星人は自身の行いを正当化しようと声高に叫んでいるが、その隙をメビウスは見逃さなかった。

 

セアッ!

 

《ライトニング・カウンター・リング!!》

 

メビウスが左拳を前に向かって突き出すと黄金色の光の輪が何本も現れ、それらは発狂しかけているエイダシク星人へと向かっていき、頭上にまで飛んでいくと、大きなリングとなってエイダシク星人を縛ったのだ。

 

『離せっ!離せよぉおお!!!卑怯だぞクソガァアア!!』

 

 

《聞けっ!エイダシク星人!!》

 

『!?』

 

メビウスはメビュウスブレスをスパークさせ、力を集中させつつ両腕をゆっくりと頭上へと上げていく。ナハトもナハトブレスを付けている右腕を掲げて周囲からプラズマエネルギーを吸収して充填させる。

 

《いかなる理由があろうと……侵略は許されない!》

 

この星(地球)から、出て行けぇえええ!!!》

 

メビウスは腕を十字に組みメビュームシュートを、ナハトは右腕を前に立てて突き出してナハトスパークを放つ。当然拘束されているエイダシク星人は逃れる術はなく、二つの光線を身体全体で受け止めることになった。熱線に徐々に耐え切れなくなってきたため、身体の原型が無くなりつつあった。

 

『ガアァアッアアアア!!!!オマエ…ラは、勝……て…ない!…星間同盟に…は…ぜ……な…………』

 

最後まで言葉を発することは叶わず、エイダシク星人は二人のウルトラ戦士の放った光線によって光となって撃破されたのだった。

 

………シュワッチ! ………ハッ!

 

二人のウルトラマンは空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ、所詮は純血の劣化種族か。地球制圧を成し得たとしても消えてもらう予定だったが、手間が省けたな。その程度の戦闘レベル、技術レベルなど、我々は欲してはいない………さて、そろそろ"器"の捜索を開始せねば…」

 

 

 

 

____

 

 

高知市 新高知港

 

変身を解除してエリカたちよりも早く港にいたハジメはウルトラマンメビウスである青年、ミライと波止場に座りこんで話をすることにしていた。自己紹介からここに来た理由までミライはハジメに説明した。

 

「あの…ありがとうございました!ミライさんが来てくれなかったら…」

 

「僕にも落ち度はある。僕がヤツを倒し切れていればこの次元の地球に被害が出ることはなかった…」

 

「………ミライさんは別の地球を守ってたんですよね?」

 

「ああ。そうだよ」

 

「俺、地球を守るって言ってもどうしたらいいか、守ればいいか分からないんです…上手く表現できないっすけど……」

 

「そうだね……僕の考えだけれども、まずは目の前の助けられる命を全力で守ればいい。手が届かない時だってある。それは、僕もあったから」

 

「ダンさんみたいに強いのにですか?」

 

その問いにミライは首を横に振る。

 

「いや、僕の力は最初から備わってた物じゃない。セブン兄さんには足下も及ばないさ。僕もはじめて地球で戦った時は、相手の攻撃を避けることでいっぱいで、ビルを盾にしたんだ。そしたら、リュウさんって人に怒られた。それでもウルトラマンかー!ってね。そこからリュウさんをはじめ、いろんな人たちと出会って、仲間ができて、親友と呼べる人たちもできた。僕がここまでこれたのは地球の人たちの…みんなとの友情のおかげなんだ。」

 

「友情……」

 

「そう。友情。…地球の人たちは、僕の正体がM78星雲から来たウルトラマンだって分かった後でも以前と変わらずに接してくれたんだ。僕の強さは、僕一人で手に入れた物じゃない。みんなとの友情があったからこその物だってことを僕は絶対に忘れない。だから、ハジメ君もきっとこれから強くなるよ。大切な人たちを守る力が。最後まで諦めない限り、無限の可能性が転がっている。それを掴むのはキミ次第だ」

 

「無限の可能性…最後まで諦めない……」

 

「ただ体を鍛えるだけじゃなくて、強い心も必要になってくるはずだ。……ああ、それとセブン兄さんはね、僕よりもとても強くて、今まで多くの侵略者を倒してきた、光の国でも指折りの武道家なんだ!」

 

セブンの話をするミライの目は輝いていた。セブンにかなりの尊敬の念を抱いているようで何時間もその内容を話しそうな勢いだ。

 

「ダンさんってすごい人だったんだ…あれ?兄さんってことはミライさんたちは兄弟か従兄弟なんですか?顔がだいぶ違いますけど…」

 

「それはね、僕らの故郷がある宇宙の地球を守った歴代のウルトラ戦士はその功績を讃えられてウルトラ兄弟を名乗ることが許されているんだ。僕も光の国に帰還した後に兄弟の仲間入りを果たしたんだよ」

 

「なるほど…」

 

「僕はまだまだヒヨッコだけどね。さて、僕はもう行かないといけない。他の星で戦っている隊員たちの応援に行かないと」

 

そう言ってミライは立ち上がる。ミライはこの地球を狙う存在についてハジメに伝え、激励をする。

 

「ハジメ君、この次元の地球を狙っている存在、星間同盟と影法師には気をつけるんだ。星間同盟に所属している異星人たちは、強力な個体が殆どだ。情報によれば先発隊はもう地球にいるらしい。そして、様々な並行世界の地球で暗躍している影法師、実際に戦った身としてはアイツらとの戦いは終わりが見えないと思うほどの辛いものになると思う……けれど、諦めない限り勝利の道筋は消えない。ハジメ君の健闘を祈る!地球の人たちと力を合わせて、戦うんだ!キミを含めたこの地球の人たちだって、困難に打ち勝つ力を持っているはずだから。」

 

「はい!!…あの、ミライさん!」

 

「ん?なんだい?」

 

「今度は、熊本に遊びに来てください!俺の知ってるオススメカレーを紹介しますから!カレー、好きだって言ってましたよね?こっちにも、カレーにうるさい人がいるんですよ!」

 

ハジメの言葉にミライは笑顔で答え、手を振りながらどこからか現れた赤い光の球に入っていく。

 

「ああ!そうさせてもらうよ!今度は平和な時に絶対に来るからね!また会おう、さようなら!」

 

ミライが入った光の球は空へと飛んでいき、宇宙へと消えていった。赤い光の尾が消えて見えなくなるまでハジメは手を振り続けていた。そしてハジメの心の中には、ミライの言葉が新たに刻まれていたのだった。

 

「さて。いいタイミングでイルマと代わってくるか!」

 

ハジメは知らない。帰ってくるエリカの永い説教が待っていることを。港へ向かっている特自のトラック内で既にイルマがエリカの説教によって満身創痍となっていることを。そして説教のバトンタッチを受けることを。

 

最後は完璧に終わるものではないのである………

 

 

 

 

 

____

 

 

西ヨーロッパ ベルギー王国 南部森林地帯

 

 

ドイツ、ルクセンブルク両国との国境近くにある森林地帯では、とある大学で天体観測サークルに所属している十数人の学生がテントを張ってキャンプをしていた。

 

「すごいなぁ…今日は星が綺麗に見えるよ。今までで一番良いかもしれない!」

 

「夜空を見ていると今世界で起こってることも忘れてしまいそうだ…」

 

「それは少し不謹慎だぞ?」

 

学生の一人が天体望遠鏡を使って星空を眺めながら隣にいる友人と話していると、キャンプファイヤーの近くにあるベンチの上に置かれていたラジオがニュースを伝えていた。かなり高い音量設定で流されており、いやでも耳に入ってくる。

 

『_…一週間前から行われていた中東、イラン及びイラク領内でのアメリカ、イギリスの有志連合によるギャオス殲滅作戦、〈砂漠の光作戦( Operation Desert Light )〉の成功に伴い、作戦の終了を国連にてアメリカ合衆国、クロケット大統領が発表しました。しかし、今回のギャオス駆除にあたった有志連合軍の被害は決して少なくはなく、現在損失は公表されてはいないもののかなりの死傷者が出たことは確実とのことです。

クロケット大統領は、国内に出現したナメクジ型怪獣に対処しつつ、現在急速にアフリカ、オセアニア地域で勢力を拡大しつつあるギャオスに対してアフリカ、東南アジア諸国と合同の新たな殲滅作戦を計画していることを明らかにしました。また、南米大陸、インド亜大陸で新たにギャオス発見の未確定情報が入っています。…相次ぐ宇宙人や怪獣ギャオスの出現、混迷する世界、これから地球は__』

 

「おい!ラジオの音量を下げてくれ!俺はあんまりマイナスなニュースは聞かない主義なんだ!!」

 

「いいじゃないか。話の種があればキャンプも盛り上がるってもんさ」

 

「へっ!星も見ないで駄弁りやがって……………ん、あれ?見えないぞ…」

 

望遠鏡で星を見ることに戻った学生は先ほどまで見えていた星が見えず、レンズで見ても真っ暗なことに違和感を覚える。不思議がっている友人が気になり、隣でハンモックを吊るして自分の番が回るまで横になっていたもう一人の学生が声を掛ける。

 

「なんだ、レンズの調節ミスったのか?」

 

「いや、そんなことは…あ………」

 

「………どうし…………あ、なんだ、コイツら…」

 

いきなり言葉を詰まらせた友人が気になり、ハンモックから起き上がり友人の方を見てみるとそこには、身長3メートルほどで二本の脚で立っている化け物が数匹いたのだ。

 

 

「フシューーーッ…フシューーーッ……」

 

「ボォオ………ボアアッ……」

 

望遠鏡が見えなくなっていたのは、化け物が望遠鏡の前に立ってその体表を映していたためだった。友人のすぐ前に少なくとも3匹はおり、唸り声や呼吸音が聞こえてくる。月明かりからは体が緑色で無数に目がついており、両腕は鎌のようになっていることが分かった。

 

「やべっ…ははっ!動けねぇ……」

 

「おい!逃げろ!コイツら…!!」

 

ザンッ!! ………ビチャッ!

 

「え…………」

 

身動きも取れず立ち尽くしていた友人が、口から上の部分を斬り飛ばされた。脳を失った身体は地面に倒れ、切断面からおびただしい量の血液が流れている。学生は現実離れした光景と存在を目の当たりにして叫ぶ。するとそれを聞いた他の学生が何事かとテント中で寝ていた者、火に当たっていた者たちが学生の叫び声の上がった方に駆けつける。そこには先ほど悲鳴を上げた学生と思われる物体を貪る異形たちがいた。

 

「おい何かあった……うっ!」

 

「な、なに、これ……」

 

「本物のクリーチャーじゃないか!すごいぞ!」パシャッ!パシャッ!

 

「あれ、死体…だよな……」

 

「逃げようよぉ…」

 

「こっち見てるぞ」

 

 

 

「……グウゥ…………ボオオオオオオオオオオ!!!」

 

それらは、無数に付いている眼球を一斉に駆けつけた学生たちに向け、彼らの存在に気づくと咆哮を上げて襲いかかってきた。月明かりに照らされ、異形の腕の鎌に月光が反射し、そこにはこれから犠牲となる者たちの顔を写し込んでいたのだった。

 

 

 

『フランス首都、パリ市内で確認された怪獣、紫ムカデ…カイロポットは、市の下水道内を巣として相当数まで増殖していることを学者らが示唆しました。市内ではカイロポットによるものと思われる行方不明者が増加しており、フランス政府は警察と軍による下水道内の合同調査並びに駆除を検討しているようです。

数日前からドイツでは、ベルリンで怪事件が多発しており、未確認の新種怪獣が関係している可能性が高いと__』

 

森の中に悲鳴が響く中、ラジオだけは淡々と、人ではない聴衆に向けて語り続けていた。

 

翌日、異形の怪物は姿を消し、偶然キャンプに来たとある家族が、荒らされたキャンプ地と多数の血溜まりを見つけ、凶悪事件として警察に通報、世間がこの事件について知ることなった。

 

___

 

アフリカ サハラ砂漠

 

 

パパパパパパパ!!

 

ドドドド! ダララララララ!

 

 

キュオオオ……グエッ

 

ズウゥン………!

 

 

「………死亡を確認。こいつのサンプル体も採っておけ」

 

「了解」

 

「まさかホントにミサイルが完全に無効化されるとは…」

 

「こっちのギャオスには鱗が付いてるぜ!」

 

「どうりでソイツだけタフだったわけだ。機関砲をもろに受けても怯まなかった理由が分かった」

 

アフリカ大陸でも中東と同様にギャオス殲滅作戦が、旧アフリカ連合を母体とした完全な大陸連合組織、アフリカ共同体を中心に遂行されていた。サハラ砂漠のとある区域ではエジプト軍を中核とした部隊が担当しており、丁度いまこの区域内最後の1匹を撃破したところである。

 

「…HQ、こちらファントムスイープ、チームF。担当区域内で中型相当を7匹片付けた。残敵無し。人員は重軽傷者13、死亡者8、回収を求む」

 

『HQ了解。迎えのブラックホークを出す。ご苦労だった。』

 

「防空軍の"シルカ(ZSU-23-4)"がかなりやられた。奴らは生物の他にレーダー波を出す物を優先的に襲うようだ。使えなくなったのは8輌、その他の車両も二桁はやられた」

 

『そうか。ならば車両群はそちらへ向かっている共同体陸軍の第75機械化歩兵大隊に護衛させ、帰還してもらう。』

 

「了解」

 

「くそっ!邪魔だ!シッシッ!」

 

司令部との通信を終えた部隊長はギャオスのサンプルを回収しているであろう隊員たちから怒号に近い声が聞こえてきたため、何があったのか問いただす。

 

「どうした?現地住民がいたのか?」

 

「いえ、ギャオスの死体にここらでは見ないはずの大型の白蟻が群がって肉を食べているんです。おかげでサンプルの中に白蟻が…」

 

「砂漠のど真ん中に白蟻だと?ん?ちらほらとサソリやイナゴも混ざってるな…」

 

「そんなに美味いんですかね?」

 

「しかし死骸を嗅ぎつけるのが早すぎやしないか?」

 

「さあ?そこはなんとも…」

 

 

 

「もしかしたら、肉を食ったコイツらも、デカくなるんですかね?」

 

 

____

 

日本国関東地方 東京都 千代田区

霞ヶ関 中央合同庁舎 

 

 

 

「………それは…本当なのですか?」

 

文部科学省が入居している、霞ヶ関コモンゲート東館内のとある一室にて、黒のスーツに青いネクタイを締め、髪は七三分けで黒いセルフレームメガネを掛けた男が部屋の中を忙しくグルグルと歩きながら電話越しで相手である自身の上司からの用件を伺っていた。

 

『事実だよ。現在文科省の急進派の連中が無理やり推し進めている。これは何かデカい力が無いと止められそうにない』

 

「……そうは言いますが…!」

 

彼の部屋に通じる扉には〈文部科学省学園艦教育局〉と書かれたドアプレートが掛かっている。

 

『気持ちは分かる……が、だよ。………辻君、キミの役割はなんだい?』

 

「…学園艦の統括者であります。…ですが学園艦の解体は……我が国の学園艦はまだ建造から90年も経っていません!学園艦は1世紀以上は持つものなんですよ!」

 

彼の名は辻廉太。日本の全学園艦を管理する部門である学園艦教育局の局長であり、怪獣やウルトラマンの存在しない正史ではかなり重要な立ち位置にいた大人の一人である。

 

『いいかい辻君。この問題はね、文科省だけのものではなくなってきている。防衛省や財務省、さらには総務省まで絡む事案なんだ。「今後も現れるだろう怪獣も宇宙人もいつ、どこに来るかは分からない…巨大な学園艦は奴らの格好の標的になる、それならば死人が出ないうちに学園艦を解体して被害を減らそう。それならば何も実績の無い学園から試験的にでも早速消していこう」…これが急進派の奴らの主張だ。悔しいが、奴らの主張も一理ある』

 

「先生もご存知でしょう?確かに人命は何にも代え難い物です。しかし学園艦の廃校による解体、それは艦に住んでいる人間やそこで働いている者の人生を大きく変えるものであると!今の各学園艦には学校にまだ通えない年齢の子たちも含めた"海里生まれ"の子どもたちが1500人以上住んでいます!彼らを路頭に迷わせろと!?なにも援助の計画すら立てていないのにですか!?」

 

海里生まれ_両親が学園艦に移住した後に出産し、そこで生まれ育った、洋上の学園艦が文字通り故郷にあたる子どもたちのことを指す言葉である。そんな海里世代の子どもたちの学び舎であり家でもある学園艦を解体した場合、親戚などの頼りのない家族と子どもたちは帰る家を失い、路頭に迷うことになると言うことなのだ。今まで前列が無かったことであるため、今現在、学園艦解体後の元住民の扱いに関する法律も無く、元住民らの再就職や移住などに対する援助すら不透明である。

 

『私もそこまでは言ってはおらん!!……辻君、学園艦とそこに住む人々のことを一番考えているのは間違いなくキミだ。時間があれば自らの足で視察をし、異常があれば迅速に解決する……キミの気持ちはよく分かる…しかし今は耐えてくれ…対象となった学園艦の生徒や住民たちに彼らの一番の理解者であるキミが廃校を伝えるのはかなり堪えるものだと私なりに理解しているつもりだ………申し訳ない…私たちもどうにかして学園艦の廃校解体の阻止、最低でも廃校延期に持ち込めるよう各方面に働きかけてみる。この時期にやるのは何もかも早すぎる』

 

「……分かりました。私も自分なり動いてみます。私もまだ、諦めたわけではありませんから」

 

 

そんな辻の手には〈茨城県立大洗女子学園〉についての書類があった。最後に挨拶を入れて通話を終えると、すぐに辻は自身の机に飛びつき、片っ端から書類を漁り始める。

 

「絶対に廃校になどさせてたまるか!あれは、人々の想いの結晶なんだ!!……どこだ、何か文科省が一考できる要素になるものは…!」

 

机上だけでなく、引き出しなどからも書類の束を引っ張り出し、目を通していく。それを続けて数分後、ある書類を遂に見つけた。

 

 

「あった………功績が無いならば、掴み取ればいいんだ。あとは、向こうの生徒にやる気があることを祈るしかないか……いや、絶対にいるはずだ!自分の住んでいる家を潰されそうになっていて黙っている人間などいない!!」

 

辻は廃校が迫っている学園艦を救うべく、様々な場所に奔走することとなる。

 

 

___

 

小笠原諸島沖

 

 

海上には一隻の小型漁船が航行していた。

 

「爺ちゃ〜ん…網が重いよ〜!」

 

「若いもんがそんなのでへばってどうする!ほれ!こうやって力を入れろ!」

 

その漁船には、高校生ぐらいの少年と少年の祖父の二人が乗っており、掛けていた漁網を手作業で引き上げていたところである。

 

「お前は絶対いい漁師になるぞ!だから今がんばれ。たくさん経験を積んで俺を驚かせるほどの奴を釣ってみろ!」

 

「ははは…いつか絶対見せるよ。…でも、今はちょっとキツイ…」

 

「はっはっはっ!無理をしすぎると海にやられるからな、今日はここらで帰ろう。帰ってからの飯が楽しみだな!」

 

「そうだね………ありゃ?爺ちゃん、なんかあそこだけ光ってない?」

 

「ん?本当だな、光ってるな」

 

「いやいや!もっと深刻に受け止めようって!絶対やばい奴だよ!!」

 

船の前方の海面が黄色く発光していることに少年は気づいたが、少年の祖父は妙に落ち着いており、少年は事態の把握を自分の祖父は出来ているのかと疑った。

 

「爺ちゃんはなんでそんなに落ち着いてるんだよ!!」

 

「いや、だってお前、ここらの海の底にはだなぁ、昔から守護神"最珠羅"様が眠っておられる場所だからな。お前にも話したはずだが。……最近だと怪獣とかいうバケモンも出てきてるから、もしかしたら戦の備えをしとるのかもなぁ…」

 

「モスラ様?ああ、あのニュースでやってた…蝶の姿をした怪獣だっけ?」

 

「最珠羅様は怪獣ではないぞ!守護戦士の一翼を担う存在だ。最近は伝承の語り部をやらなくなってきたからな、そろそろ開くか。お前も聞きに来い」

 

「いやそれどころじゃないよ爺ちゃん!危ないから早くエンジン回して!!」

 

しかし、祖父がエンジンを急いで掛けようとする素振りは全く見せず、むしろその光をゆっくり眺めようとしていた。

 

「だから大丈夫だと言っとるだろう?あの光から温かいものをお前は感じないのか?」

 

「そんなもの分かんないよ!」

 

「そうか。…とにかくこちらから何もしなければ最珠羅様ならば襲ってはこないはずだ。海の上で慌てても逃げ場はないぞ、ドンと構えないといけない時もある」

 

「それが今だってこと?難易度高いぜ……」

 

少年の祖父が言った通り、結局謎の光を発していた主は姿を見せず、彼らは襲われることもなく無事に母港へと戻ることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…

 

 

小笠原諸島近海の地下には空洞があり、そこには少年の祖父が言っていたように、確かにモスラがいた。今は蛹の状態となっていて、地球を荒らす者たちを倒すその日に向けて力を溜めているようだった。空洞内部には何かが脈打つ音が響いていた。

 

 

ドクン…ドクン……ドクン!

 

 

空を舞う守護戦士の覚醒は近い。

 

 

 





 あと
 がき

 はい。お久しぶりナス!投稿者には大学受験が迫りつつあるので、短くてこのくらいのペースになりそうです。受験が終わった後は通常の三倍で投下できるよう頑張ります!

投稿者もやっとルビ機能を扱えるようになったので試験的に導入しました。まだまだペーペーですのでこれからもよろしくお願いします。

破壊獣のネーミングはオリジナルです。元ネタのハカイジュウでは特殊生物としか呼ばれてないので。今回登場した破壊獣はゴーヤ君ですね。確か4巻の表紙を飾っていたはず……
 前回から姿を見せていた助っ人はメビウスでした。…ウルトラマンゼットを観て、メビウスも「兄さん」と呼ばれるようになっていたのが一番感動してます。



※今回の単語用語設定ちょい解説コーナー

・本史世界の赤星小梅(梅ちゃん先輩)の変化について
 エリカとみほが幼少から交流のある幼馴染であったことから、中等部入学直後より二人とは良好な関係を築けていたので、正史(原典)世界と比べてエリカへの認識の齟齬に修正が入ったのはかなり早い時期となった。故に、高等部進級時点では、みほやまほに次ぐ彼女の理解者かつ心許す親友という立場となっている。
 上記のような世界線の変化や影響もあって、みほの優しさとエリカの実直さに強く触れているため、その影響を濃く受けており、メンタルつよつよのほえほえ族(黒森峰原生種)と化している。
 本史世界の第62回決勝では、河川へ滑落したⅢ号の装填手と通信手を兼任しての参加だった。同試合の敗戦とその後の西住みほの失踪(転校)騒動に対しては、自分がそれらの原因の一部であると言う自覚を持っているので、並々ならぬ悔恨や責任を感じていた。今はその過去を無駄にしないよう戦車道に精力的に取り組んでおり立ち直っている。
 
 タクミとは幼馴染かつ恋人一歩手前の関係。タクミの破廉恥行動に関しては、なんやかんやで許してしまうぐらいにはかなり甘い。
 どーでもいいが…身体はエリカやまほよりも、引き締まった「わがままダイナマイト(ボンッキュッボンッ)ボディ」である。


・特生自衛隊普通科隊員の個人装備(抜粋)
 ○88式鉄帽Ⅱ型(フルフェイスヘルメット)
 ○防弾チョッキ4型
 ○20式小銃(5.56mm機関銃(MINIMI)対人狙撃銃(M24)、SCAR-L等)
 ○9mm拳銃
 ○84mm無反動砲(ハチヨン・バズーカ)(60mm迫撃砲、その他各携帯誘導弾・無反動砲等)
 ○各種手榴弾
 ナハトスペース地球は軍事分野の発展が目覚ましいので、クモンガ出現前から兵士の装備品も新規開発・改良は頻繁に行われており更新スピードはそれはもうはやいはやい。尚、自衛隊は既存装備の延長線的なモノが多い模様。…特自は基本的に黒塗りの“対亜人特戦群”と“特殊生物対策部隊(黒の軍隊)”をええ感じに足して割った見た目を想像してもらえればと。
 以前本編で少し触れたが、特殊部隊たる強襲制圧隊は防弾チョッキ枠が軍用強化外骨格(エグゾスケルトン)付戦闘服こと“19式先進装備”に入れ替わる。

 

 次回も、よろしくお願いします。



____

 次回
 予告

 異星人に襲撃されたものの、エリカたちはいつも通りの生活に戻り、マジノ女学院との試合に意識を向けていた。そして試合相手であるマジノ女学院戦車道チームの隊長、エクレールは最近目玉の化け物が出てくる悪夢にうなされていた。試合当日、順調に試合は進んでいくが……?

次回!ウルトラマンナハト、
【嗤う瞳】!






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第14夜 【嗤う瞳】

奇獣 ガンQ [エラーコード No.02]、
群奇獣 ガンQベビー、登場。


「うぅ………ああ………」

 

 

マジノ女学院の生徒であり戦車道チームの隊長、エクレールは悪夢を見ていた。ここ最近、同じ内容の夢を見るのだ。どの夢でも、赤黒く禍々しい空間で自身の周りに無数の目が存在し、それらはエクレールを嘲笑っているような視線を投げ掛けてくる。そしてエクレールへの罵倒、失望など、負の感情からくる言葉をぶつけてくるというものだ。

 

『マジノの伝統を汚した醜い人…』

 

『隊長の座を奪って、今度は何をめちゃくちゃにするのかしら?』

 

『クスクス…本当に信頼されてると思ってるの?カリスマ性も無いのに…かわいそう…クスクス』

 

 

《違う!私は、マジノの為に!》

 

 

しかしエクレールの言葉にそれらは耳を貸さず、言葉を遮ってさらに責め立てる。

 

『口ではなんとでも言えますわ』

 

『マドレーヌ様の後釜が務まると思っていたの?そんなの、出来るわけないじゃない』

 

『貴女、西住流に憧れていたんですってね。…憧れとは程遠い醜態ですこと』

 

 

《私は…私は………!》

 

目玉たちへまともに言い返せず、言葉に詰まっているとエクレールは背後に気配を感じ、振り向く。するとそこには戦車道で自分の補佐をしている副隊長のフォンデュが立っていた。

 

《フォンデュ!?…なぜここに?》

 

『エクレール様………』

 

しかし細かくヒビの入っている眼鏡越しの彼女の目には光がなく虚ろであり、焦点が定まっておらず、身体がふらつく度に茶のポニーテールが揺れる。

 

『あなたは…あなたは最低の隊長です…』ギギギ…

 

《フォンデュ、どうして……痛っ!》

 

突然、フォンデュはエクレールの肩を強く掴んだ。爪が食い込むほどの力であったのか、エクレールの白いシャツの両肩を赤く染める。フォンデュの光の無い底無しの瞳がエクレールを捉える。顔を背けようとしても恐怖で釘付けにされ、思うように動けない。

 

『勝ちを狙いに行く戦術…?馬鹿じゃないですか?準備も、把握も何も出来ていない状況で見切り発車して…本当に、私たちを、マジノを考えてくださってたんですか?』

 

《そんなの、当たり前ですわ!!》

 

それを聞いたフォンデュは不敵な笑みを浮かべると、エクレールから一歩退き、不定形のドロドロとした黒い粘液の塊になる。それは蠢き始めると徐々に人型に近づき、形はいつも自分に冷ややかな態度を取っているチームメイト、ガレットの体を形作った。

 

《ガレット…貴女まで……!》

 

『無様……ですね』

 

《なっ……!?》

 

『貴女のすること成すこと全てが無様だと言ってるんです。実戦実戦とボヤいてはいますが、最も基本的な反復練習をまともに出来ていないマジノを見て、マジノを考えているなんてそんな戯言、言えるんですね』

 

そこから間髪入れず、ガレットは黒い粘液に変化し、今度はエクレールの先輩であり憧れでもあった、マジノ女学園戦車道元隊長、マドレーヌの姿となる。

 

《マドレーヌ様!》

 

『………貴女には、失望しましたわ。エクレール』

 

《え……》

 

『マジノに変革をもたらすと、勝利をもたらすと言い、そして見事私を打ち負かした。しかし、その後の蓋を開けてみれば、貴女の言っていたマジノの姿など、どこにも無いじゃない』

 

《マドレーヌ様!私たちは、まだ完璧ではありません!いまはその姿形が無い…ですがこれから作っていくのです!》

 

『…貴女を認め、その胸に着けた"隊長の証"を与えたあの時の私を引っ叩いてやりたいわ。……見込み違いでした。さあ、その証を剥がして私に返して頂戴』

 

《私は、私たちは必ずマジノの栄光を勝ち取ってみせます!だから、これだけはダメですわ!!貴女に、がんばりなさいと言われたのだから!!》

 

『返す気が無いならば、力尽くでやらせてもらうわ。貴女に伝統を任せるのは早すぎました』

 

《や、やめて、やめてください!!》ドンッ!

 

エクレールは自分の襟首に掴みかかり、無理矢理ジャケットからスペード・ブルを剥がそうとしてきているマドレーヌに抵抗する。その際、勢い余ってエクレールはマドレーヌを突き飛ばしてしまう。

 

《マドレーヌ様!》

 

『……………愚かな人間メ

 

《!?》

 

マドレーヌが発しているであろう声はくぐもっており、女性とは思えないほどおぞましい声だった。そしてこの赤黒い空間に存在する全ての目玉が彼女を捉えて黒目のみを弓の弦のように曲げ、耳障りな笑い声を上げる。

 

キュキュキュキュキュ!

 

ボォオッボォオッボォオ!!

 

奇怪な笑い声を上げた後は、耳に入ってくる声は自分の同級生や先輩後輩のものではなくなり、全て老人のようなしわがれた声に変化していた。

 

『恐れよ…恐れよ人間』

 

『恨みとは恐ろしいものだぞ?』

 

『憎しみをぶつけられ、貴様は耐えられるのか?』

 

《いや、いやぁ…もう、やめて…》

 

『貴様の心は、弱い』

 

俯いていたマドレーヌがエクレールの方へと顔を上げる。しかしその顔は、顔とは言えないものであった。顔一面が全て無数の眼に覆われている。有り得ないことではあるが、それら一つひとつが笑い出し、ゆっくり一歩ずつエクレールへと歩み寄ってくる。それを見ているエクレールは後ずさる。その間も空間には声が響き渡る。

 

『恐ろしいか?解らぬか?ならば、我々と融合せよ。それこそ、貴様に残された最後の道…』

 

『認めたくない事柄があるのならば、盲目となれ。融合せよ。』

 

『絶望から逃れたいか?死にたくはないだろう。ならば、融合せよ。』

 

 『我々と。融合せよ。』

 

  『我々の力となれ。融合せよ。』

 

   『我々は受け入れる。融合せよ。』

 

 

《やめて!!私はそんなこと、したくはありませんわ!!!》

 

エクレールは周りを見ると、手を生やした巨大な目玉たちが自分を取り囲んでいることに気づく。それらは、徐々にエクレールとの距離を詰めていき、無数の手が彼女に掴みかかる。

 

『『『融合せよ。さあ、さあ、さあ!!!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!!……………また、悪夢を見ていたのですね……」

 

無数の手によって視界を閉ざされたと思った瞬間に、エクレールは夢から醒め、視界が朝日によって眩しく照らされる。かなりうなされていたようで、自身の着ている寝巻きは汗で濡れ、それはひどく冷たく、重い。枕も多量の汗を含んでいた。生理的に嫌なしっとりとした触感がする。

ベッドから起き上がり、エクレールは部屋の隅から隅まで見渡し、ここが現実であることを改めて認識すると、安堵する。それも束の間、すぐにカレンダーと目覚まし時計を交互に見て、あることに気づく。

 

「いけない…今日は黒森峰との練習試合……急いで着替えなければ……」

 

 

 

コンコンッ!

 

「!!」

 

ベッドから起きてクローゼットを開け、制服を取り出していると、今エクレールのいる寝室の扉がノックされた。悪夢の影響もあり、恐る恐るエクレールはそれに応える。

 

「……誰?」

 

するとドアノブが回転し、扉が開く。

 

ガチャッ

 

「おはようございます、エクレール様。フォンデュです。あ、すいません…起床されたところでしたか」

 

現れたのは副隊長のフォンデュであった。夢に出た時のようにボロボロに変わり果てた姿ではなく、健康体であり爽やかな笑顔をエクレールに見せ、一礼し挨拶をしてきた。

 

「ええ、おはようフォンデュ…」

 

「…もしかして、また悪夢を見たのですか?」

 

フォンデュはエクレールの様子に気づき、心配しているようだ。それに対してエクレールは感謝しつつ、今日の試合には支障は無いと伝える。

 

「ええ、かなり苦しかった。でも安心して。今日はあの黒森峰との試合があるんですもの。向こうがこちらとの試合を希望してくれたのだから、それに見合った態度で臨まなくては失礼ですわ。それに、胃が痛くなることには段々と慣れましたから」

 

「普通は胃痛に慣れるといったことは無いはずです…もっとお身体を大事にしてください。エクレール様が倒れでもしたら、私は……」

 

「気遣いありがとう。大丈夫ですわ。私にはこの胃薬と頼りになる貴女方がついているもの。今日は、頑張りましょう。……フォンデュ、貴女が来たという事は、試合関連の話?」

 

「はい、エクレール様と各車長それぞれの意見を取り入れ、作戦としてまとまった物の最終確認が出来たのでその報告を…」

 

「着替えて食事を摂ったらすぐに詳細を聞きますわ」

 

「分かりました!」

 

 

フォンデュが部屋から出て行き、ドアが閉まったのを確認すると、エクレールはタオルで身体を拭きつつ、制服に着替えながら最近見ている悪夢について考えるのだった。

 

(あの悪夢を見るようになってから、人の視線や陰口がさらに気になるようになってきた……これは胃薬と精神剤を手放せないほど私の心と身体が弱いから?分からない…でも、怖気付いてしまっては栄光あるマジノの名が泣く。ここで挫けてたまるものですか!)

 

 

 

『……………』

 

しかし、エクレールは気づいていなかった。自分のことを、部屋のあらゆる影の暗闇から目玉が見つめていたことに。それらが静かにほくそ笑んでいたことに。

 

 

 

____

 

山梨県 新国道52号線 南アルプス市

 

 

山梨県のマジノ女学院との練習試合のため、富士川沿いの新国道52号線を通って黒森峰学園、戦車道チームは機甲科の選手はバスで、整備科は戦車運搬トレーラーに乗って向かっていた。そしてトレーラー群の先頭、ハジメの運転するトレーラーの助手席には、ヒカルや田中ではなく、何故か機甲科であるはずのエリカが乗っていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………っ! なんか喋りなさいよ!!」

 

「は!?え!?これ怒られるのか!?理不尽だろ!」

 

 

何故エリカが整備科であるハジメのトレーラーに同乗しているか…それは佐世保の出来事が原因だと言えば、分かるかもしれない。エリカはハジメの見張りとして、本来共に乗っているはずのヒカルに無理を言って通してもらったのだ。ちなみに、幸か不幸か他のトレーラーの席が空いてなかったヒカルは、エリカが乗る2、3年生機甲科女子オンリーの一号車の席に座る事になったとか。隣が小梅なのでいくらか緊張は和らいだらしい。

 

『くっそーー!!男子がいねえ!!!!』

 

『まあまあ…ナギさんも、トランプやりませんか?』

 

『え?ア、ハイッ。やるっす』

 

『三年生の西住隊長たちと』

 

『駒凪君もやるのか、よろしくな』

 

『ふっふっふっ!後輩だからって手加減はしないぞ駒凪イ!!』

 

『エリカがいない分お前に絡んでやる!嬉しいだろ!?』

 

『坊主頭を触らせろぉ〜』ワシャワシャ

 

『』

 

いつもの男子メンバーがおらず、三年生の先輩と同級生の女子に囲まれ絡まれでメンタルと理性を保てたとか保てなかったとか………。

 

 

 

「なんだよ、ナギでも問題無いだろ?」

 

「何言ってんのよ。アンタら、目を離したらすぐに共謀して何かやらかすでしょ?止めるヤツがいなくなるじゃない」

 

「共謀って…さすがにそれは」

 

「アンタにはもう前科がたんまりとあるの。だから私が見張る、やらかさなければ説教も何もしないわ」

 

「へーい…」

 

イルマとの入れ替わりがあったとはいえ、変身時の動きを怪しまれていたことを理解していたハジメは、事情を言えないため気持ちが晴れず、ハンドルに顎をつけ適当に返事をする。そして今度はハジメが気に掛けていたことをエリカに聞く。

 

「………そんなことよりも、エリさんはもう大丈夫なの?」

 

「え?…ああ、病院の検査でも異常はどこにも無かったし、私自身もあの出来事は処理できたから、なんともないわ。心配しなくてもいい。小梅も同じだと思うわ」

 

「そっか。……何かあったら言ってな?相談に乗るからさ」

 

「私は自分のことよりも、無茶するアンタのことが心配なのよ!!」

 

「うっ…すまん……」

 

エリカは顔を窓の方へと向け、ドアに頬杖をつき、面と向かって言うのが恥ずかしいのか、ハジメの顔を見ずにだが感謝を伝える。ハジメの方からは顔は見えない。だが、何となく想像は出来る。

 

「…………でも、あの時、助けに来てくれたのは…嬉しかった………ありがと…」

 

「……おう!」

 

丁度ハジメたちの車両群が通った道路上の青色の案内標識には、南アルプス市の演習場まで残りわずかであることを示していた。

 

「…ん。もうすぐで着くわね。んー!首と肩がこってるわ〜」

 

「肩の方は座りっぱなしだけが原因じゃな…………」

 

話を続けようとしていたハジメの視界の隅に、一瞬だけ見覚えのある者の姿が映った。しかし、それは道路脇にいたため、ハジメの運転するトレーラーはすぐにそこを通り過ぎ、それは後ろの風景の一部となって消えていった。

 

「なによ。途中で黙って…ほら、いつまでもよそ見しない!前を見る!」

 

「あ、ああ…分かってるよ」

 

「………なんかいたの?」

 

「山道横に黒紫のコート?ローブ…を羽織った人がいたようだったから…少しね…」

 

「特別な宗派のお坊さんなんじゃない?私もチラッと見えたけれど、そんなに怪しかった?」

 

「……いや、少しばっかし気になっただけだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰の校章をペイントしてある車両が通り過ぎていくのを見ていた者の正体は、地球に怪獣を呼び寄せる謎の存在、影法師であった。それは口元に薄ら笑いを浮かべる。

 

「フフフフ……此度は必ず、ウルトラマン、お前を抹殺する……!奇獣よ…目覚めるのだ!!人類へ絶望を振りまけ!!」

 

 

_____

 

東アジア 朝鮮民主主義人民共和国

黄海北道平山群

第2軍団朝鮮人民軍陸軍基地 司令部

 

 

朝鮮戦争の休戦条約締結からはや十数年、未だに大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との間に講和条約は結ばれておらず、両国は現在も休戦中であり、予断を許さない状態であるのことには変わりない。

 

 

「平壌特別区の状況は?」

 

「はっ!日帝、米帝にも劣らない、人民軍の誇る世界最高峰のレーダー群により、24時間平壌の空を監視しており、万全の用意がありますッ!!」

 

「そうか。その調子で頼むぞ。……我々がやられれば、将軍閣下も、我々の愛する家族が殺される…肝に銘じておけ!」

 

「はっ!!」

 

そのため、人民軍は比較的国境から離れている首都、平壌ではどの地区よりも年中日夜問わず、陸海空からやってくるであろう侵入者の有無を厳しく監視しているのだ。最近は、特殊生物_怪獣や、宇宙人の地球襲来を受け、人民の指導者であり、全人民軍を統括する金星義最高書記長の命により、さらに警戒体制を強化したところである。

 

 

「………煬上将」

 

「どうした?」

 

「平壌戦略ミサイル軍基地からの定時連絡が来ていません。連絡を怠るといったことは、崇高なる人民軍がするわけが無いはずですが…現に来ていないのです」

 

基地司令と軍団長を担当している煬上将は、報告を聞き眉を潜め、何かの間違いではないかと確認する。

 

「なに?戦略ミサイル軍が?機器の故障ではないのだな?」

 

「はっ!通信機器は正常に稼働していることを先程確認致しました!こちらに不備はありません!」

 

「ふむ………一体なにが…クーデターなぞありえない。テロとしても我が人民軍の基地を落とせるほどの戦力を保有する武装組織も国内には存在しない…」

 

「現在、連絡兵を出し、確認を行なっています」

 

「…了解した。報告が届き次第、最優先事項として私に伝えろ。平壌の第104戦車師団、特殊歩兵旅団に臨戦態勢を取るよう通達。基地の第3歩兵師団の派遣準備をしておけ。これは、なにか巨大なモノが来るぞ」

 

 

 

 

そこからおよそ10分後………

 

 

平壌特別区郊外 戦略ミサイル軍基地

 

第2軍団陸軍基地より発した連絡要員が、ミサイル軍基地に到着すると、驚くべきことに、そこには精強な人民軍の姿はどこにも見当たらなかった。首都防衛と敵国への先制攻撃を任とするミサイル軍の基地は、地面のあちこちが抉れ、クレーターを形成し、建造物も数年経ったかのように荒廃しており、さらには上半身が無い、若しくは首が消えているといった人民軍兵士の死体が転がっていた。

 

「こ、こちら連絡班!ミサイル軍施設が………壊滅しています!!基地には生存者が殆どいません!!」

 

『どういうことだ!特殊旅団の一部が警備にあたっていた筈だぞ!彼らとも連絡が取れないのか!?』

 

「はい…特殊旅団の隊員の死体が、多数見つかっています。至る所に薬莢が転がっており、何者かに急襲されたものかと思われます。サイロ区画を確認した者によると、地下施設まで到達するほどのクレーターができており、跡形も無くなっていたとのことです」

 

『昼間の定時連絡の間であるたったの数十分で救援を送る事もできずに壊滅?………韓国や米帝の特殊部隊でもそれは不可能だ…いや、その前にこれは、人間が出来るものか?』

 

「また、生存者に対しての聞き取りによれば、空に浮かぶ巨大な目玉が突如現れ、何もかも取り込んで消えたと…中国軍が上海で交戦した特殊生物と酷似していた模様です」

 

『了解した。襲撃した存在の再出現に注意し、生存者捜索を続行せよ。そちらに一個歩兵師団を増援として送っている』

 

それを聞いて安心した通信士は煬上将に了解の旨を伝えようとしたその時、背後から仲間の悲鳴が上がった。驚いた通信士は、すぐに振り向き何があったのか聞こうとする。無線越しの煬上将も何があった、状況を報告しろと言ってきた。

 

「め、目玉のバケモノだ!」

 

『何!?詳細に報告しろ!!』

 

彼らの前には、単眼を有したスライム型の小型特殊生物、『ガンQベビー』が群を成して現れていた。恐怖から動けない生存者であるミサイル軍の人間たちに奇声を上げながら擦り寄ってくる。

 

「撃て!撃てえ!!生存者を守るんだ!!」

 

ガガガガガガガ!

 

連絡兵たちは、携行していた"98式小銃"を構え、引き金を引く。銃口から飛び出した弾丸は正確にベビーたちを捉えていた。しかし、ベビーらは血飛沫を上げて倒れるといったこともなく、寧ろ弾丸を浴びて生き生きとしていた。小銃弾を吸収し、自らの糧としたのだ。

 

『連絡班、何と交戦している!?先程の報告にあった巨大生物か!?』

 

目の前の敵への対処に必死であるがために、煬上将の問いかけに誰も答えることが出来ず、返事の代わりに銃声と悲鳴のみが返っていくのみである。

 

「来るなぁ!!あっちにいけ!!」

 

ガガガガガガッ!

 

「こいつら、地面の割れ目から無尽蔵に湧いてきてるぞ!!」

 

「た、助けてくれ…死にたくない!手を貸してくれ!」

 

「今助ける!」

 

「あっ!」

 

その瞬間、連絡兵たちは恐怖と驚愕によって顔が歪んだ。逃げおくれていたミサイル軍の生存者の一人が複数のベビーに取りつかれ、じわじわと吸収されたのだ。

 

「うわああ!!人間を食ったぞ!!!!」

 

「銃が効かない!どうすればいい!?誰か教えてくれ!!」

 

「手榴弾!!」ブンッ!

 

ブチュッ!

 

爆発音でもなく、手榴弾が地面に接触した金属音でもない生々しくグロテスクな音が響く。ベビーの一体に見事に手榴弾は命中し、地面に転がるはずだと誰もが思った……がしかし、銃弾だけでなく爆発物である手榴弾も炸裂せずに取り込まれた。これにより、連絡兵たちは自分らの現有装備では太刀打ちできないことを理解するのだが、それは遅かった。

 

「囲まれた……!」

 

「嫌だあーー!!死にたくない!!」

 

「ああ……母さん!」

 

輸送トラックまでの退路を塞がれたのだ。さらには、彼らが乗ってきた輸送トラックとその乗員らもベビーに取りつかれ、使い物にならなくなりつつあった。ベビーたちは目で笑いながら、嘲笑う。

 

「「「キュッキュッキュッ!」」」

 

 

「何がおかしい化け物め!」

 

「くそっ!死ねっ!死ねえええええ!!」

 

ガガガガガガガ! ガガガガガッ!

 

「なんだ、なんなんだコイツら…なんで銃が効かないんだよ!!」

 

「ちくしょう…ちくしょう!!」

 

「うわあああああああああああー!!!!」

 

 

 

 

『おい!どうなった!!応答しろ!!……くそっ、歩兵部隊をミサイル基地付近に展開、包囲させろ!全ての部隊に出動命令!!平壌防御司令部に緊急連絡をしろ!万が一に備えて将軍…共和国元帥を内閣庁舎の地下司令室に退避させるんだ!!』

 

 

連絡兵から投げ出された無線機からは、煬上将の必死の呼びかけが聞こえてくるが、それを聞く人間は一人も残ってはいなかった。そして、ミサイル軍基地の上空にはいつ間にか巨大な眼球状の存在、ガンQが浮遊していた。それをレーダーにて確認した人民陸軍高射部隊及び、人民空軍も動き出したのだった。

 

 

空に浮かぶガンQは、静かに日本列島のある方角を見ていた。

 

《……マッサツ……ウルトラマンナハト………マッサツ…》

 

その後、ガンQ出現により共和国は平壌付近に陸海空軍を集結させ、これに応戦。結果は敗北。通常兵器による攻撃は全くと言っていいほど通用せず、投入戦力の7割が消失し、平壌特別区域内への侵入を許し、市民や在朝外国人から多数の犠牲者を出すこととなる。そして地下司令部に退避していた共和国最高書記長、金星義や最高幹部らの消息も不明となり、指揮系統が崩壊。人民軍は組織的な行動を取ることが不可能となる。これはすぐに世界に拡散され、世界各国は約2週間前に上海に出現した怪獣の再来を認知した。

 

平壌襲撃後、ガンQは共和国と韓国の軍事境界線上空を飛行中、人民空軍の精鋭である"MiG-29 ファルクラム"16機からなる航空隊と交戦し、これを難なく撃破。両国の対空砲火を物ともせず、そのまま大韓民国に侵入した。

 

_____

 

 

 

場面は日本国山梨県にいるハジメたちに戻る。ハジメたちは無事、試合会場である南アルプス市の演習場に到着し、試合のために戦車の整備と調整を行なっていた。

 

「うう……香水臭え……」

 

「あ"?女子だけのバスに乗ったとか凄まじく羨ましいんだが?」

 

「小梅ちゃんの隣に座ったんだよね、ナギさん……許さないぞぉ!」

 

「あの…ナギ、まほさんはどんなカードゲーム好きそうだった?」

 

「やめろお前ら!離れろぉ!気持ち悪いぞお前らホモなのか!?」

 

 

「なにやってんだ…アイツら……」

 

各自の戦車の最終確認が終わり始めてきたのか、ヒカルに対しての移動中の恨みを晴らさんと整備科メンバーがハイエナの如く群がっている。そんな光景を遠巻きから見ていたハジメは若干引いていた。

 

「…なにやってんのよ、あのバカコンビと取り巻きの男子どもは……」

 

「あ、エリさん。ミーティング終わったんだ」

 

「ええ、今向こうの隊長と副隊長が挨拶に来るらしいから、西住隊長と一緒にこっちに来たのよ」

 

エリカも男衆に対して、ハジメと似たような感想を呟きながら現れる。それに続いてまほも会話に加わる。

 

「マジノでは隊内でのいざこざがあったらしくてな、隊長が代わったらしいんだ。だから私もその隊長と顔を合わせるのは初めてということになる」

 

「向こうはお嬢様学校ですけど、西住隊長は礼儀作法とかはやっぱり受けてるんですか?」

 

「む、私も西住流の女だ。作法ぐらいは、できる。………だが、それ以外に関してはちょっとな…私だって都会の人間ではないからな…」

 

「…向こうのチーム、マジノでは従来の防御戦術から機動戦術への転換、大きな改革があったのは間違いないわ。戦車道では伝統ある学校だから、何割かの生徒たちはそれを受け入れられなくて戦車道を辞めたみたいね…」

 

「やり方が変わったからってすぐにほっぽり出した奴もいるんだな。打ち込める物を簡単に捨てたら、そうすぐには同じもんは戻ってこないぞ」

 

「………しかし、改革を成し遂げたという点では、我々の先を行っている。…私が少しでも、あの時、何かを変えていたら……」

 

「隊長……」

 

ハジメは自身の発した言葉を後悔していた。あの決勝敗退と西住みほの失踪からはそう時間は経っていない。まほ、エリカに苦い記憶を掘り起こさせてしまったのことを悔やんだ。

 

「ははっ……いけないな。過去にはもう戻れない。いつまでも囚われていたら、前が見えなくなる。西住流は、何があろうとも前に進む流派だからな。そうだな?エリカ」

 

「はいっ!」

 

「それならば、私が皆の模範とならないと示しがつかない。今年の夏に全力を注がないと、二の舞になる。気を引き締めなけばな…」

 

そんなことを話していると、マジノ所属の小型トラックがこちらに向かってきていることに一同は気づく。当然、揉みくちゃの乱闘騒ぎにまで発展していた整備科も一旦、落ち着きを取り戻し、失礼のない態度を取ることに努めた。しかし彼らの目つきは穏やかではなかったことを付け加えておこう。

 

「あれが、マジノの新隊長…」

 

「幹部も一新したのね」

 

トラックが停車し、助手席からは長髪の女子生徒、運転席からはその彼女の後ろにつくように眼鏡を掛けたポニーテールの生徒が控える。マジノ戦車道チーム隊長のエクレールと副隊長のフォンデュだ。まほがエクレールに手を差し出し、握手を交わして互いに挨拶をする。

 

「黒森峰で隊長をやっている、西住まほだ。このような情勢の中で今日の練習試合、受けてくれた事に深く感謝する。ありがとう。今日はよろしく頼む」

 

「はい!こちらこそよろしくお願い致します!新隊長を任されたエクレールと申します。西住さんと相見えることが出来て光栄ですわ。今日の試合、全力で臨ませていただきますわ」

 

「ああ。こちらも、全力で行かせてもらおう」

 

隊長同士の挨拶が終わり、マジノの二人はトラックに乗って自分たちの待機場所へと戻っていく。整備科メンバーは心ここに在らずといった感じになってしまっていた。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 

「………かなりの別嬪さんだったなぁ」

 

「うちの女子にも負けないぐらいの清楚な子だったなぁ…」

 

「先輩方だって鼻の下伸ばしてるじゃないですかぁ」

 

「田中、お前らは何も分かってないな!いいかぁ?女子のポイントってのはだな…」

 

「……アンタら……あとでみんなにチクッとくからね、覚悟しときなさいよ」

 

「逸見さん!?いつの間に!!」

 

「すいません、どうか小梅ちゃんだけには内密に!! 出来心だったんですううう!」

 

「あ!汚ねえぞ須藤!死ぬ時はみんな仲良くだろうが!!」

 

 

 

「男の友情も儚いな……」

 

「ストームリーダーさん、キミもその男でしょーが」

 

ハジメの隣にはヒカルが立っていた。どうやら整備科の男どもの包囲網を抜け出してきたらしい。ふざけてはいるものの、ヒカルたちが担当していた戦車の整備は完了しているようだった。やるときはキッチリとやる。そんなところが、こいつらの良いところだ__とハジメは思う。

 

「ナギ、無事だったんだな…」

 

「ああ…………って、なんだこの茶番」

 

「とにかく、そろそろ試合が始まる。片付けるものは片付けて観戦できるよう会場に移動しよう」

 

「そうだな。俺から言っとく……やっぱハジメも一緒に頼む…」

 

「お前さっきどんなことされたんだよ…」

 

ハジメとヒカルの二人は、一人のスマホの画面を全員で固まって見ている整備科メンバーのもとに行き、移動の準備をするように伝えようとする。しかし、全員がスマホに映っているニュース画面を熱心に見ているようで、返事はバラバラだ。

 

「なんのニュースだ?」

 

「お、ナギ、ハジメと一緒に戻ってきたか。これ見てみろよ、朝鮮半島の38度線付近で上海で大暴れしたガンQが出たんだってよ」

 

「…それを詳しく見せてくれ」

 

怪獣絡みのニュースであることを知ったハジメはヒカルよりも食いついた。

 

「おう。あまり情報が出回らなかったらしくてな、実は1時間ぐらい前に北朝鮮の平壌が壊滅していたらしい。NATOがマークしていた精鋭のミグ航空隊もやられたって話だ。んで、今は38度線に形成した対空陣地と砲兵部隊で抑え込めてるらしい。ほら、画面のガンQが苦しそうにしてるだろ?」

 

そう言ってユウが持っているスマホの画面をハジメに向けて、韓国からの生中継の映像を見せる。たしかに画面の向こうでは、ガンQに対して、濃密な砲火が途切れることなく命中しその度にガンQが身を捩り、苦しげな声を上げている。

 

「韓国空軍の"F-15K(スラムイーグル)"の爆撃部隊も投入するとか韓国の国防省が発表してたな。最早ガンQの撃滅も時間の問題、韓国軍と在韓米軍による怪獣の完全な無力化を完遂するとか言って」

 

「ガンQが撃った火炎弾の流れ弾が数発ソウル方面に飛んでって、ソウル市街のマンションにいくつか命中して少しパニックになってるってよ」

 

しかし画面に映るガンQの姿……それは見る者が見たら、ただ戯れて遊んでいる子供のようにしか見えないものであった。まるで、今は本来の力を見せていないような姿にも見て取れた。

 

「なるほどな……(いざとなったら変身できるように準備しておこう)」

 

「ん?それで、なんでハジメたちはこっちに来たんだっけ?」

 

「戦車の点検終わってるのなら、西住隊長に一言伝えてから観戦会場に移動するぞって声掛けに来たんだけど」

 

「あー、そういうことね。ユウは了解した。…よーし!お前らぁ!準備できた奴から会場の席に座りに行けー!飲み物とかは予め売店で買っておくんだぞー!」

 

「「「はい!」」」

 

ユウが一年生に連絡を伝え、早く動くように促す。それを確認して、ハジメたちも観戦会場に移動するための準備に取り掛かったのだった。

 

 

そして試合が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドオオン! ズドン!

 

ズガァアン!

 

 

「くうっ!なんて激しい砲撃、隙が全くない!!」

 

『エクレール様!一度態勢を立て直すためにも、撤退を進言致します!!』

 

「そうですわね……一時後退の準備を…」

 

 

試合は黒森峰優勢で進み、マジノ女学院は黒森峰の機動戦術の前に圧倒されつつあった。しかし、彼女たちは劣勢である中でも一人たりとも諦めてはいなかった。それはエクレールの叱咤激励によるチームメイトらの士気上昇が生んだものであった。エクレールへ冷ややかな態度を取っていたガレットでさえも、それに心を動かされ、果敢に黒森峰へと奇襲攻撃を何度も仕掛けている。黒森峰という強敵を前にマジノ女学院は団結しつつあった。

 

『わたし、あなた(エクレール)が嫌いですわ! でも、わたしがあなたが目指す伝統を体現するものの一部であると言うのなら!!その期待に応えてみせますわ!!』

 

「ガレット……ええ、共に戦車道を、楽しんでいきましょう! っう!?ゲホッ!!」

 

「エクレール様!大丈夫ですか!!」

 

「……う、ふぅ……大丈夫ですわ。頭痛と腹痛が同時に来てしまっただけですから……みんなには言わないでください。ここで混乱させてしまったら勝機が消え失せてしまいます…」

 

「エクレール様……」

 

エクレールが突然車内で体調を崩させたのは、ただの腹痛と頭痛だけではなかった。意識ははっきりとしているのに、悪夢を見た時に聞いた老人の声がずっと頭の中に響いているのだ。

 

《まもなく融合の時が来る…受け入れよ》

 

《世は辛きことばかり…融合せよ》

 

「みんなが一つになろうとしている…楽しいことが増えようとしている時に…そんなこと、したくはありませんわ…!」

 

 

 

_____

 

北米 アメリカ合衆国バージニア州

ノーフォーク市街地

 

 

 

ズドォン! ズドォン! ズドォン!

 

 

ピギィイイイイイイイイ!!!!

 

 

「ここでヤツを抑えろ!!俺たちの後ろには、市民がいる!突破させるな!!」

 

「大隊長!ギガンテス、到着しました!!」

 

「よし!この気色悪いカイジュウを押し返せ!!」

 

「なお、陣地転換と足回りの関係でタイタンの到着が大幅に遅れています!」

 

朝鮮半島のガンQ出現に呼応するかのように、以前ノーフォーク海軍基地に侵入したペドレオンの残党が街中に出現。さらに、全ての個体が集合、合体し、55メートルの大型特殊生物サイズに。市民からの通報を受け、州警察並びに州軍が出動。現在は米陸軍の機甲戦力により、ノーフォーク市街地に押し留めることには成功してはいるものの、全個体の集合体であることを米政府などが把握しているわけがなく、別個体の出現を危惧した米軍により、戦力の分散が発生。ペドレオン撃破には今ひとつ火力が足りない状況であった。

 

 

「歩兵を下がらせろ!ヤツに喰われるぞ!! ああ!?何言ってやがる!装甲車も全部だ!! おい、なんで増援のアパッチが来ねえ?どうなってる!!」

 

「現在、基地に帰投して弾薬補給中とのことです!支援には今しばらく時間がかかります!!」

 

「時間がかかるって、どのくらいかかんだよ!詳細を言え! 押し返すどころの話じゃなくなってきたな……これじゃあ世界の警察の名が泣くぜぇ………っ!!全車後退!ブレスが来るぞ!!」

 

ペドレオンは米軍の事情など鑑みることなく、進撃を続ける。怪獣が人間の都合で動くわけがないのだ。足止めが関の山であるそんな状況に機甲部隊の隊長は歯噛みをしていた。

 

「タイタンも来ねえとなると、いよいよキツくなってきたな…既にM1が7輌も食われた……アパッチや空軍の航空攻撃はまだか!?」

 

「約6分…いや、5分で到着します!!」

 

「本当に5分で着くんだろうな!!こっちがくたばったら、ヤツの餌食になるのは市民だぞ!!」

 

しかしその時、ペドレオンの真上の空間に黒紫色の大穴、ワームホールが現れた。ペドレオンも空のワームホールの方に注意が行っているようで、米軍への攻撃を止めている。

 

「なんだ……これは………」

 

「歩兵部隊を戦車の後ろに隠れさせろ!!」

 

「ニホンに出現したワームホールとそっくりだ…まさか、別のモンスターが出てくるのか!!」

 

ペドレオンだけでなく、機甲部隊隊長や他の米軍兵士らも、動きを止めて空を見上げてしまっている。目の前で自分たちが戦っている怪獣よりも、恐ろしい存在が作り出した物であると思わせるには十分な光景であった。

そして突然、ワームホールが意思を持っているかのように、ペドレオン目掛けて降下し、抵抗させることなく呑み込み、ペドレオンを空間から消した。ワームホールはペドレオンを取り込むと、段々と小さく縮んで消えていき、空はシミ一つない元の青色に戻った。

 

「モンスターが消えた……」

 

「いや、倒したわけじゃねえ、ヤツの行方を追わせろ!アレがニホンに出たワームホールと同じなら、アメリカ本土のどこかにヤツが転移してても不思議じゃないぞ。司令部に通達しろ! 対象が突如、ワームホールと思われる事象に巻き込まれ消失。空間転移の可能性あり。全軍にこの情報を通達せよ、だ!」

 

 

____

 

 

日本国 山梨県

 

あれから1時間後、黒森峰学園とマジノ女学院の戦車道の試合はスムーズに進み、黒森峰の勝利で終わった。しかし、試合終了時にマジノ側にトラブルが起こっていたことが分かった。エクレールの体調が酷く悪化していたのだ。車内では目眩、吐き気、幻聴を訴えていたようで、降車後はそのまま嘔吐してしまった。

 

「…負けてしまいましたわね…うぅ……ゲホッゲホッ!」

 

「エクレール様!」

 

「だ、大丈夫…胃薬を飲めば治りますわ……」

 

そう言ってエクレールはジャケットのポケットから胃薬の錠剤が入った小瓶を手に取り、蓋を開けて薬を取り出したのだが、手が震えて口まで薬を持っていけないでいた。相当精神的にも体力的にも参ってしまっている状態であることは誰の目にも明らかだった。

 

「周囲の目やプレッシャーに、今更潰されかけるとは…ははっ、我ながら情け無い…ですわ」

 

「エクレール様、今は安静にしてください!」

 

「いけませんわ。まだ、試合後の挨拶も終えていませんもの」

 

背中を預けていた戦車から、ヨロヨロと立ち上がって黒森峰生徒と審判員が待っているであろう場所へと向かおうとするが、バランスを崩して倒れかける。それをフォンデュとガレットが支える。

 

「申し訳ありません…こんな弱い隊長で……」

 

「そんなことありません!あなたは先ほどまでわたしたちのために…!」

 

「ガレット、エクレール様を取り敢えず救護テントまで」

 

「……はい。エクレール様、今は安静にお願いします。そこのあなた!救護の方に連絡を取って!」

 

「わたくしがやります!」

 

エクレールを運ぶべくマジノ生徒たちが動いた時、さらにエクレールが苦しみだした。独り言を呟きながら何かに謝っているようだ。もしかしたら自分たちにだろうか?ガレットとフォンデュはそう思ったが、彼女が謝らなくてはいけないことはしていないと言うが本人には聞こえていない。そこに、いつまで経ってもマジノ側が来ないため、エリカとまほが様子を見に来た。

 

「そっちの隊長に何かあったの?」

 

「気分が優れないのか?」

 

「お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございません…」

 

エクレールが申し訳なさそうな顔をして頭を少し下げ、俯いてしまう。まほとエリカはどう声をかけたら良いのか分からず言葉に詰まる。マジノ女学院の生徒の一人が救護班に連絡を取っていた。がどうにも様子が変だった。

 

「あれ?……もしもし?…聞こえてますか?」

 

「どうしたの?」

 

「あの、無線機からはご老人の声が聞こえてくるんです…どこにも不具合は……」

 

「ちょっと貸してみなさい」

 

エリカは機械のことならばハジメから少しばかり教導を受けていたため、故障していないかどうか確かめるべく生徒から受け取り、取り敢えずスピーカーに耳を近づける。

 

「もしもし?」

 

『……………せよ』

 

「は?」

 

『…融合せよ。その時は近い…」

 

「!! な、なに?なんなの?」

 

『』ブツッ ツーツーツー…

 

「……なんだったのかしら…気持ち悪い…。隊長、この無線機は…」

 

通話相手はマジノ女学院隊長の名前を呟くと、それっきり話すことなく電話が切れた。何か不気味なものを感じたエリカがまほに相談しようと振り向くと、目の前の光景に驚愕した。地面から無数の目玉が浮き出てきたのだ。この光景を前に一同は動く事が出来なくなってしまった。

 

「なっ!? これは目!?」

 

「そこら中に眼球が……気色悪い…」

 

「私たち、頭がおかしくなったの?」

 

「!! エクレール様!どうしたのですか!」

 

「ダメ…ですわ……その目を見続けていたら、みんな壊れてしまいます……早くここから……逃げ…ないと………だめ………」

 

「エクレール様? エクレール様!」

 

エクレールはそう言うなり気を失ってしまう。ガレット、フォンデュらは焦るが、一向に救護班が来る気配がない。遠くからは異変を察知した審判員たち恐らく救護班と連絡を取りながらこちらへと向かっているのが見えたが、向かおうとしてもエリカたちは動けなかった。今度は金縛りのようなもので動きが制限されているのだ。

 

 

 

また、一連の出来事を会場から見ていたハジメたちは首を傾げていた。

 

 

「どうして…あそこからみんなは動かないんだろう? 試合終了の挨拶すれば終わりなのに」

 

「まほさんたちは何かに怯えてるようだけども……どこにも可笑しいのはいないな…」

 

「向こうの隊長さん、両肩支えられてるけど何かあったんかな?」

 

ハジメたちには彼女たちの周りで起こっている現象を知覚できていなかった。恐らくはエリカたちのみに見えるような細工が何者かに施されているのだろう。そこで、エリカたちの様子が心配になったハジメは会場から出ようとした。しかしその時、スクリーン両端に備え付けられいるスピーカーから派手なサイレンが鳴ったかと思うと、スクリーン画面には大きく緊急速報のテロップが表示された。

 

[怪獣__通称"ガンQ"、米韓防衛線を突破。その後、朝鮮半島を南下し、釜山港を襲撃。同港に壊滅的な被害が発生。]

 

 

「なんだよ、試合始まる前ぐらいには抑え込んでたじゃねえか」

 

「しかもたった数十分でソウル近郊から、釜山まで飛んで移動って……」

 

「これ、対馬に来るんじゃ?」

 

「下手したら本土に来るぞ」

 

「こっちは日本海側じゃないからまだマシだろ」

 

メンバーたちが口々に言い合っていると、さらに画面には続報として続けてまたテロップが流れ出す。

 

[ガンQ、飛翔後に飛行進路を変更。日本本土襲来の可能性が濃厚。現在日本海を横断中。韓国空軍による追撃が続いているとのことだが、撃墜の報は無し。各自治体、日本海沿岸部地域に避難警報を発令。西部、中部方面航空隊がスクランブル発進中とのこと。]

 

テロップが流れ終えると、今度は市内放送による避難指示が出される。本県は太平洋側ではあるものの、日本をガンQが横断した場合の進路上に入っているための措置であるとのことだった。それにしたがって、観戦会場にいた観客が避難しはじめた。ハジメも整備科メンバーと共に避難しようとしていたが、やはりエリカたちのことが気になりそちらへ向かおうと決めた。それに気づいたヒカルがハジメを止めようとする。

 

「ハジメ!今度はどこに行くんだ!! 俺たちは待機所にいる機甲科と合流して避難だぞ!次やらかしたらお前やばいだろ!」

 

「俺はエリさんたちを連れてくる!」

 

「あっ!お前!! 待てっ、ハジメ!おい!!」

 

ヒカルの制止はハジメには効かず、エリカたちがいるであろう演習場内へと走っていった。ヒカルもマモルやタクミに声を掛けてハジメを連れ戻そうとしたが、人波に阻まれてそれは出来なかった。

 

 

_________

 

 

日本海 石川県沖合 

 

 

航空自衛隊中部方面隊隷下の第6航空団、第303飛行隊は小松基地を発し、輪島の警戒管制レーダーの支援を受けつつ本土近海でガンQを迎撃すべく態勢を整えていた。イージス護衛艦である"みょうこう"、"あたご"の2隻を主力とする舞鶴の第3護衛隊も動き出しており、現在航空隊の後方で展開中であった。

 

 

第303飛行隊は最新鋭の国産戦闘機"F-3 蒼天"、20機を擁した強力な要撃部隊である。そんな彼らの機体のハードポイントには対特殊生物徹甲誘導弾___フルメタルミサイルがこれでもかと言うほどに搭載されている。それは各方面隊に着々と対特殊生物装備が配備されつつある証でもあった。

 

『監視レーダー、早期警戒機との戦術データリンク……迎撃対象、"オッドアイ"の反応を確認! 対象の速度、マッハ6!!』

 

『情報によれば通常の誘導弾はすべて命中後炸裂せず、取り込まれたらしいですね…』

 

「その現象が確認されたのは通常弾のみだろ? 我々は徹甲誘導弾を装備している。……仮に誘導弾や機関砲が効かないとしても、我々にはそれ以外の攻撃手段がない。どの道やるしかないんだ。 …全機、誘導弾の有効射程内に入り次第、撃ち込め。その後すぐに散開、すれ違いざまに機関砲を浴びせろ。追撃は不可能、ありったけをぶちこめ!」

 

『『『了解!!』』』

 

第303航空隊はガンQを捕捉し、遂に攻撃の時が来た。海上自衛隊第3護衛隊も展開を終え、航空隊の誘導弾発射と合わせて艦対空ミサイル、"スタンダードSAM"による飽和攻撃を行おうとしており、万全の状態で待機している。

 

「………徹甲誘導弾、発射!!」カチッ!

 

 

全ての蒼天からフルメタルミサイルが発射され、それを確認した海自艦艇群も早期警戒機とイージスシステムによる管制を受けて一斉に対空ミサイルを全力発射。大量のミサイルが空に白い線を描いてガンQへと飛翔していった。

 




大変お久しぶりナス!

今回の被害者は二つの国と少女一人だな!ヨシ!(良くない)
数話ぶりにガンQ君が出ましたね。コイツはあくまでも不条理の塊の模倣なので、物理兵器は一応は当たります。当たるだけですけど。(なお弱いとは言ってない) ガンQエラーコード君はエクレール隊長にちょっかい掛けてましたね……もう許さねえからなぁ? エラーコード君の悪いところは吸収したものを自身の力とするので、そこが厄介です。ベビーのテレビ登場、あくしろよ。

連絡です。いよいよ投稿者に期末テスト、共通テストが迫ってきたので、そちらに集中したいので三作品すべての投稿を完全にストップします。投稿者の進路確定する……四月ごろに一気にドバーっとまとめて投稿するということにします。かなり期間が開きます。申し訳ない。

_______

 次回
 予告


ガンQ、日本本土襲来!自衛隊の防衛線を突破したガンQは、ついに山梨県に飛来する! ハジメはナハトに変身し迎え撃つが、そこにペドレオンと星間同盟によって新たな力を授けられた宇宙人たち_____ネオスペーシーズも現れてしまう。そんな圧倒的劣勢の中、光の国から歴戦の二人のウルトラ戦士がやってくる! 彼らと共に奴らと戦え!ウルトラマンナハト!

次回!ウルトラマンナハト、
【灼熱の炎と神速の拳】!


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第15夜 【灼熱の炎と神速の拳】

悪質宇宙人 ネオレギュラン星人、
憑依宇宙人 ネオサーペント星人、
奇怪獣 ブロブガンQ[ハザード]、登場。


『誘導弾、命中まで…5…4…3……』

 

 

戦闘機、艦艇から全力発射された対空ミサイル群は諸レーダーの管制によって正確にガンQへと誘導されていた。着弾まではもう秒読み段階であり、命中は確実である。

 

ピッ ピッ ピッ ピッ______

 

303航空隊、通称レイザー隊各機のレーダーからは淡々と定常的に誘導弾が目標を追尾中であることを表している電子音が鳴っており、蒼天のパイロットはレーダー上の無数のミサイルの光点とガンQを表す巨大な光点が近づいていくのを睨んでいた。

 

ピッ ピッ ピッ ピッ__

 

『…2…1……!!』

 

 

_今。

寸分の狂いも無く、ガンQに鋼鉄の突槍の束が突き刺さる………と航空隊と護衛隊の全員が思っていた。

 

ピッ…… ピーーーーー____

 

「は!? なんだとっ!!」

 

今まで同じテンポで鳴っていた電子音が、急に間隔を空けずに鳴りっぱなしとなった。エラーである。

さらには、レーダー上からガンQの光点が消え、誘導弾の光点群のみがさらに進み続けていた。

これの示す意味とは__

 

『お、オッドアイの……シグナルロスト……』

 

『全誘導弾、海上に着弾。対象への命中は確認できず。一文字隊長…これは………』

 

『もう対象との接触空域を過ぎました…我々はどうすれば……? いったい奴は何処に……』

 

飛行隊隊長の一文字號は今自分らの前で起こった現象をなんとか把握、理解に努めようとするも、人間の常識が通用しないような現象をすぐに理解しろと言うのも土台無理な話だろう。

 

「あ? この状況、秋津空佐の北九州航空戦のレポートで…………」

 

しかし、彼の頭の中では、自身の同期である秋津二等空佐の率いるトレノ隊と米航空隊が多数の損害を被る原因となった、"アルファ"_メルバによる撃墜を騙った奇襲攻撃が脳裏を過っていた。以前秋津と彼の部下である神から直に話を聞いていた一文字はレーダーロストからの奇襲を疑った。たとえ、自分が目の前の現象を理解できなくとも、それは重要ではない。出来ることをやるのみであると。そう思ってからの一文字の行動は早かった。

 

「全機密集するな、散開しろ! オッドアイによる奇襲を警戒!反応が消えたからと言って気ぃ緩めんじゃねえぞ!!」

 

『対象、目視による確認はできず!下にはいません!』

 

『雲もない。隠れることなど不可能なはずだ。本当に消滅してしまったか……?』

 

『完全にロストです!』

 

他の隊員の言う通り、空域は雲一つ無く澄み切っており、光学迷彩やそれに似たものが無い限りこちらの捕捉からは逃れることなど不可能なはずなのだ。しかし、いつまで経ってもガンQは現れることはなく、奇襲のきの字も見当たらない状況となった。

 

 

 

そこから数分が経ってもガンQの出現を確認できないレイザー隊に対して第3護衛隊の旗艦である護衛艦"あたご"から通信が入る。

 

『こちら"あたご"。我が艦隊の全索敵能力を持ってしても、オッドアイを探知できず。対象は消滅した。繰り返す、対象は消滅した。監視レーダーからもロストを確認されている。…方面隊本部の指令によりこれより当空域は我々、海上自衛隊第3護衛隊が監視を担当することとなった。空自303航、レイザー隊はオッドアイの再出現に備えるべく、小松基地へと一時帰投されたし』

 

「了解した。 レイザー1から小松基地へ、聞いていたと思うがこれより我々は帰投して再度のスクランブルに備えたい。許可を求む」

 

『基地よりレイザー1へ。先ほど、航空総隊より第303航、レイザー隊に帰投の指令が入った。速やかに帰投し、燃料弾薬の補給を受け、再度のオッドアイ出現に備えられたし』

 

「よし。これよりレイザー隊は小松基地に__『待てっ!』__どうしたんだ!?』

 

一文字が帰投命令の復唱をしようとした矢先、基地通信士がそれを遮った。想定外の事態が発生したと思われる。突然のことに思わず一文字は聞き返す。

 

『たった今、入間の警戒管制団が山梨県、南アルプス市上空に"(デン)"の発生を探知!……オッドアイの出現を確認した!! 現在東部方面、北富士の第77特殊戦車大隊が急行中。また、百里の対特生C兵装の"F-2"がスクランブル発進を行っている。オッドアイ再出現区域である山梨の管轄はあくまでも東部方面隊だが、事態は一刻を争う。よって補給は中止、そのままレイザー隊もオッドアイ攻撃の為に山梨県へ向かえ。先の迎撃によって通常装備のみとなっているが、囮となって当区域の市民避難の時間を稼いでもらいたい。周辺の機甲部隊が到着、もしくは特科の配備が完了するまで耐えてくれ』

 

「へっ、上等だぜ! あ…う"う"んっ!…了解した。これよりレイザー隊は山梨へ向かう!オメェら、ついて来い!!」

 

『『『了解!!』』』

 

 

『隊長、また口調戻ってきてますよ?』

 

「うるせえ!ホントはな、堅苦しいのは大嫌いなんだよ俺は!!」

 

『秋津二等空佐と互角に渡り合えるほどの"スーパードッグファイター"でありながら……性格に難ありですよ、ホントに』

 

『隊長、貴方はレイザー隊の誇りなんです。もっと自覚を持ってください』

 

「とにかく!ゴタゴタ言ってねえで目玉野郎をぶっ潰しに行くぞ!! 百里の坊ちゃんたちが間に合わねえなら俺たちだけでやる!」

 

レイザー隊は山梨上空に出現したガンQ迎撃に向かうのだった。

 

 

_________

 

日本国 山梨県 南アルプス市街地

 

 

ガンQが出現した南アルプス市の一般道路は片道丸々が山梨県警により交通規制がなされ、県警による誘導に従う一般車や人で車道、歩道がごった返しているのを横目にそこを通過しているのは北富士駐屯地から出動した、陸上自衛隊第1師団隷下の第77特殊戦車大隊である。

 

特殊戦車大隊、それは陸上自衛隊並びに特生自衛隊に配置されつつある、新兵器_"メーサー"を搭載した車両群を運用しており、特殊生物や異星人に対応することを前提とした数少ない特別な機甲部隊である。

この他にも、陸上自衛隊には特殊特科や特殊高射隊と言った対特殊生物戦闘部隊が小規模ながら誕生しているが、それらは特生自衛隊の編成が軌道に乗り次第、順次特生自衛隊隷下の部隊として編入される予定だ。

 

77特殊戦車大隊は、各メーカーの製造工場にて目下生産中である"20式メーサー戦車"や、"12式自走電磁砲"・"10式戦車改"などの主力戦車を中核とした機甲部隊であり、そしてその新鋭部隊を率いるのは、若くして三等陸佐にまで上り詰めた青年、枢木朱雀である。

 

「敵は、全く未知の存在……実弾が効かない相手とは…。だがここで止めなければならないんだ。頼むぞ…20式、お前に掛かってる……」

 

『枢木三佐、間もなく市立演習場駐車場ゲートに到達します!現在、オッドアイは演習場上空で停滞、動きはありません』

 

山の麓にある演習場は見晴らしがよく、ここからでも演習場上空に浮遊している異形、ガンQを枢木たちは確認できていた。しかしそれは市民も同じであり、改めて枢木が後ろを見るとガンQの強烈な見た目からか、演習場より比較的距離があるにも関わらず、対向車線には首都圏方面へと避難しようとする自家用車で溢れかえっている。それはかえって首都圏に混乱を発生させるものだろうにと部下からの報告を聞きながら枢木はその光景を見流す。

 

「了解した。演習場では戦車道の試合があったな。恐らく避難は全くと言っていいほど進んでないだろう。我々は市民の盾となり、奴を食い止める。向こうに動きがないのならば、その間に片付けるまで!」

 

ズズズゥウウウウーーーン……‼︎‼︎

 

しかし、演習場上空にいたガンQは突如、球状の飛行形態から、歩行形態に変体して地上にゆっくりと着地した。そしてまた動かなくなる。ガンQの足元では何が起こっているのかは枢木たちには偵察部隊からの報告を聞かない限り分からない。

 

『オッドアイ、地上に着地!』

 

『あ!"OH-1"がオッドアイの周囲に複数人の学生と審判団を確認したとのことです!!』

 

「なんだと!近すぎる、まだ場内にいるのか!? 会場内からの避難は出来ていると今しがた聞いたが…!」

 

 

第77特殊戦車大隊は警備員が逃げ出し、無人となった演習場に続くバーゲートを引き倒して場内突入した。上空ではジェットエンジンの轟音が鳴り響いており、どこの所属かは分からないものの空自の航空部隊も間もなく到着することが予想できた。

 

「早いな…百里の機体か?」

 

「いえ………あ、これだと思います。なんでも日本海にてオッドアイ迎撃に赴いていた第303航空隊がそのままこちらへと向かっているとのことです」

 

「303航……ああ、號さんの部隊か。なるほど、あの人ならすぐに来るのも納得だ。空自の中で彼ほど秋津二等空佐と同じくらい頼もしい人はいない」

 

「後続の第4、第5小隊のヒトマルは避難所となっている戦車道展望館に回すということでよろしいですか?」

 

「そうだ。それ以外は自分に続け。メーサーを前面に出し、レールガンはそれをバックアップしろ。広域に展開し二列横隊で最大火力を浴びせる。その他のヒトマルは長距離砲撃で我々を支援。隙を見てオッドアイ周辺の民間人救助を行う。メーサーは射程が短い、近距離戦には嫌でもなる。いいか絶対に民間人には当てるな、気を引き締めろ!」

 

「間もなく演習場内に入ります!オッドアイ、前方約1500の地点に確認!!」

 

操縦手からの報告を聞くと、枢木は無線機を握ったままキューポラから顔を出し、はるか前方に何かを待つように直立しているガンQを睨みつけていた。第77特殊戦車大隊は目視でガンQを確認できる距離まで迫っていた。偵察ヘリ"OH-1"からの報告を受け、彼らは作戦行動に入る。

 

 

____

 

市立演習場内部 

 

 

ハジメは観戦会場のゲートから侵入者用のバリケードを飛び越えて演習場内へと入ると、一目散にエリカたちがいる方向_ガンQが立っている場所へと走っていた。

 

「なんでいきなり出てくるんだよ!! さっきまでは日本海にいたってのは嘘だったのか!?」

 

ハジメとエリカたちがいるであろう所まではかなりの距離がある。実際彼の視点からだと、エリカたちは小粒ほどにしか見えないのだ。それほどの距離を全速力で走って向かうのは、日頃から体を鍛えているハジメでもキツいだろう。このままではエリカたちの元へ駆けつける前にガンQがいつか動き出すかもしれない、そう思ったハジメは走りながらアルファカプセルを取り出したのだった。

 

「エリさんから、離れろおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう………私、意識が………あの目玉は…もういないわね…。隊長、起きてください!隊長! 嘘、私以外、みんな気を失ってるの?」

 

ボォッボォッボオオッ!!

 

「!! なんで怪獣がここに!?」

 

エリカは自身の置かれている状況が全く分からなかった。それは無理もない、地面から不気味な目玉が浮き出たかと思うと、意識を失い、目が覚めたら目の前に巨大な怪獣が立っていたからだ。

 

「あああ………遂に来てしまいましたのね…」

 

エリカの背後から声が聞こえてきた。振り向くとそこにはエクレールが虚ろな目をして立っていたのだ。

 

「アンタ、意識が戻ってたの!? ていうかどういうこと!来てしまったって、アンタこいつのこと何か知ってるの!?」

 

「最近、夢の中で私に語りかけてきていた存在…ですわ…もう私は、私は……」

 

エクレールはエリカの問いに答えるが、視線はガンQへと向いておりエリカには見向きもしてなかった。そしてガンQはエクレールとエリカの前に胴体から触手を伸ばして近づけてくる。さらにガンQは二人の脳内に語りかけてきた。

 

人間ヨ……融合セヨ…融合セヨ……我ラハ全テウケイレル………

 

 

「なんなの、なんなのよこの気色悪い目玉は!頭に声が!」

 

此奴の名は、奇獣……生物であり生物ではない、不条理の塊の虚像……ウルトラマン抹殺を目指す者……

 

「アンタは…あの時の、ハジメが言ってた黒紫……! 何者よ、アンタは!この目玉もアンタの仲間なの!?」

 

フッ…恐れるがいい、人間よ。我らは影法師……全ての並行世界を絶望で満たす者。……もう人間も、ウルトラマンも奇獣には勝てぬ。そこの人間と共に貴様も奇獣の最後の慈悲にあやかって融合するがいい…!

 

「待ちなさい!!」

 

お前も…なかなか良い負の感情を持っている。だが、今はもう少し待つとしよう……フフフフ!

 

「っ!………なんなのよ…」

 

しかし影法師と名乗った怪しげな老人はなんと空へと飛び、徐々に透明になっていき消えてしまった。そしてガンQは伸ばした触手を一対に分け、エリカとエクレールの前に突き出す。その触手には鋭利な金属の破片や、肉または骨のような物が絡みついており、所々から石油のような黒くドロドロとした粘り気のある液体が小さい鉄パイプに似た管から垂れ流されていて、エリカはそんな触手を触ろうとする気にはなれなかった。が、横を見てみるとエクレールはゆっくりとその触手へと手を伸ばしていた。それを見てガンQは笑っている。

 

「ダメよ!それに触れたら、多分アンタは戻れなくなるわ!」

 

「いいんです。もう、どうでも…いいんです…」

 

「ダメっ!!…………え?」

 

エリカの説得も虚しく、エクレールは更に手を伸ばしていく。その時、ガンQの触手が後ろに下がったことにより、エクレールはガンQと接触することはなかった。その妙な動きに気づいたエリカは本体のガンQへと目を向けると、そこにはガンQの後ろから羽交い締めをしているウルトラマンナハトの姿があった。エリカたちからガンQを遠ざけようとナハトはエリカたちがいる場所とは反対方向にガンQを投げ飛ばす。

 

《エリさんたちには、指一本触れさせるか!!》

 

シュアッ!!!

 

ボォオオッ!?

 

 

 

「ウルトラマン…ナハト、来てくれたのね」

 

「ウルトラ…マン……なんで、なんで私の邪魔をするのですか?…私はもうこの世には存在してはいけない人間なのに、もういらない人間なのに…!!」

 

エリカとエクレールの反応は真逆であった。エクレールは世の中の全ての苦しみから解放してくれるであろう存在のガンQとの融合を止められたのだ。怒りは相当なものだろう。しかし、そんなエクレールの言葉にエリカは怒った。そして勢いに任せてエクレールへ平手打ちまでしてしまう。

 

パァン!

 

辺りには嫌なほど綺麗に平手打ちの音は響いた。打たれたエクレールも呆然としていた。

 

「アンタ何言ってんの!! いい?この世に存在しちゃいけない人間なんて存在しないのよ!! アンタだって絶対に誰かに必要とされてるはずよ!そこで寝てるメガネの子たち、アンタの仲間はアンタのことを必要としてるはずなの!…違う?違わないでしょ! ここでアンタがいなくなったら、この子たちはどうなると思ってるの!!」

 

「私が必要…?」

 

「ええそうよ!アンタのことを必要としてるのは、あんな目玉の怪物じゃない…アンタと一緒に、汗水垂らして頑張ってきただろうチームメイトでしょ!仲間でしょ!友達でしょ!! マジノの改革を成したアンタが、心が弱いはずなんかない!あんな目玉に負けんじゃないわよ!!」

 

「チームメイト…友達…!! ………そうでしたわ…私は、なぜこんなことを………私はまだみんなと戦車道を楽しみたい…!生きたいです!!」

 

「そう、それでいいの! アンタたちは、私たちが出来なかったことをしたんだから!!」

 

 

エリカの言葉によりエクレールは完全に立ち直った。しかし、もう一方のナハトとガンQの戦闘は、雲行きが怪しくなりつつあった。

 

 

シュッ…ジュワッ!

 

《エリさんと、マジノの隊長以外はみんな倒れて動けない…避難は無理か……守りながら戦うしかない!》

 

ボォッボォッボオオッ!!キュキュキュキュ!!

 

ガンQがナハトの背後にいるエクレールたちの方へと執拗に触手を何本も伸ばすため、それをナハトは手刀で切断しつつ、さらにエリカたちから遠ざけるために連続で蹴りをお見舞いするが、ガンQは両腕を鞭のように操ってナハトを吹き飛ばす。そこに火炎弾と怪光線を放って苦しめる。

 

グゥウ……

 

《くっ!なんだコイツ…パワーが違いすぎる!! こうなりゃガッツになるしか…!》

 

だがナハトにスタイルチェンジを行わせる隙をガンQは与えることはなく、さらに追い討ちを掛けていく。

ここでさらに事は悪い方向へと進んでいく。演習場上空に新たなワームホールが現れたのだ。そしてその上には影法師が浮遊していた。

 

フハハハッ!奇獣よ、宇宙より来たる恐怖と融合し、完全なる存在へと成るのだ!!

 

 

ズズゥウウン…!

 

ピギィイイイイイイイイ!!!!

 

ワームホールからは北米ノーフォークにて猛威を奮っていたペドレオン完全体が出現し、雄叫びとも奇声とも取れない鳴き声を上げるなり、ガンQとの戦闘で防戦一方で動けないナハトの側面から体当たりを喰らわせた。不意打ちを受けたナハトは受け身も取れずに吹き飛ばされる。

 

グアアッ!

 

ピギィイイイイ!!

 

《コイツも影法師が呼び出した怪獣か!? この状況で2対1はマズイ気がするぞ……》

 

『ナハト…マッサツ……ウルトラマンナハト…マッサツ…マッサツ…マッサツ…』

 

《…目玉の方は言葉が分かってるのか?どんだけ俺を殺したいんだよ!!》

 

ガシッ!!

 

ピギィイイイイイイイイ!?!?

 

『マッサツ……チカラ…ホッス………融合。マッサツ。融合。マッサツ。融合。マッサツ。融合___』

 

 

《なにっ!!》

 

ガンQはナハト抹殺と融合を呪文のように繰り返し唱えながら、なんとペドレオンを両腕で捕まえ締め始めた。ペドレオンはもがいてどうにか拘束を振り解こうとしているが、離脱も分裂も出来なかった。なぜなら巻き付いている触手群がペドレオンに食い込み、既に融合を始めているためだった。そしてペドレオンは大した抵抗も出来ずガンQに飲み込まれた。ガンQは頭部にあたる巨眼だけでなく体全体で取り込む。ナハトはその光景を前に固まってしまった。

 

《ナメクジを食った…のか? こいつらは仲間じゃ、ない?》

 

 

ペドレオンを取り込んだガンQは大きく身体全体が脈打ち、体色がゆっくりと赤褐色から黒色へと変化していき、一回り巨大化。皮膚表面にはさらに目玉やミサイル、砲弾の残骸、人間の顔、ゲル状の爛れた塊などが浮き出てきていた。

 

 

《なんて姿だ……コイツ、どれだけのものを取り込んだんだ?…これ以上野放しにしたら、もっと多くの人たちが!》

 

 

ガンキュウ………ボォオッボォオッオオオオ!!

 

 

あまりのガンQの変容にナハトは驚愕する。そんなことをペドレオンを吸収し進化したガンQ_ブロブガンQは構わず、エクレールたちの元へと向かうために、立ちはだかるナハトへと迫る。しかし突如ガンQは胴体側面に何本もの青白い電撃を受け、足を止める。それは自衛隊からの攻撃であった。電撃を受けた箇所は高温化し赤く光っていた。それでもガンQの胴体部被弾箇所は急速に修復されて元に戻り難なくまた歩き出した。

 

 

____

 

 

 

「恐るべき再生能力だ。生半可な攻撃では足止めにすらならないか……、オッドアイは無機物有機物関係無く、取り込んだ物はすべて自身の養分に変えるということなのか?」

 

「枢木隊長、百里のバイパー( F-2)2個飛行小隊がレイザー隊のカバーを受けて低高度からのJDAMによる爆撃を敢行するとのことです!」

 

「よし。我々も、爆撃に合わせてオッドアイ頭部の眼球部分へ一斉射を行う! 各車、フォーメーションをEからBへ!ウルトラマンの光線照射のタイミングを作り出す!釘付けにするんだ!」

 

ここで後続車から緊急連絡が入る。

 

『ッ! 報告!4時の方向、新たに赤色の"(デン)"を目視で確認!!数は2!!』

 

「なんだと!!さらなる増援か!? レーダーサイトからは報告がきていないのに…これは挟撃されるか…?」

 

枢木も赤色ワームホールが形成されている方向を見ると、確かにそこには二つのワームホールが綺麗に並んで浮遊していた。そしてワームホールからは形状の異なる2体の巨大な人型存在が地上に現れた。

 

『特殊生物……いや、コイツらは、新種のエイリアン!!』

 

『陣地転換を行う!援護頼む!!』

 

『今度は宇宙人だなんて! ヒトマル9より各車後退!枢木隊長と合流するぞ!』

 

「くそ!通信、方面隊司令部へ2体の新たな異星人と遭遇したと送れ!! 十中八九、これらは敵だ!」

 

『レイザー隊の支援を受けて百里のF-2がオッドアイへ爆撃を開始します!!』

 

 

枢木ら第77特殊戦車大隊の直上を通過し、ガンQにバルカン砲を放って牽制しつつF-2爆撃隊は次々とJDAMを投下して離脱していく。誘導装置に従って爆弾はガンQへと吸い込まれるように降下していく。

 

ゴォオオオオオ!!

 

ヒュウウウウウウウウ_ヒュウウウウウウウ_ヒュウウウウウウウウ!!

 

 

グチュッ! グチャッ!!

 

ガンキュウゥゥウウ……!!

 

 

だがやはりJDAMも例外ではなかったようで、ガンQはそれらを巨大な眼球部分で全て取り込んでしまう。吸収を終えるとガンQはナハトへの攻撃を再開した。枢木たちの部隊が一斉射を行ったが動きを止める様子はなく、ガンQが両腕の触手を鞭のようにしならせてナハトをアウトレンジから攻めたてる。

 

グゥッ……クッ!

 

《コイツとも戦わないとダメだけど、向こうに別のヤツが来たな……何者なんだ…っ、しまった!!》

 

ボォオッボォオッオォ〜!!

 

ガンQはナハトが新たに現れた存在に意識を向けていた時の僅かな隙を突いて捕らえ、ナハトの首を締め上げて持ち上げていきナハトの足は地面から離れる。

 

《くそっ!この野郎!! 行かせるか……これで、どうだっ!!》

 

シュアッ!!

 

ガンQがナハトを締め上げながらエクレールたちの方へ歩き出したので、ナハトは蹴りを何度も何度も入れるがまったく手応えがない。それならばと両腕を十字に組み、ガンQへ向けて必殺光線であるスペシウム光線をゼロ距離で放った。

 

 

 

 

「ウルトラマン、光線照射!!」

 

「これならば…………な、ウルトラマンの光線さえも呑み込むのか……!」

 

「胸部ランプの点滅を確認!以前の報告の通り、ウルトラマンは弱っているように見受けられます! このままでは…!」

 

スペシウム光線さえガンQは吸収してしまっていた。ナハトは窮地に陥っている中、スペシウムを発射したことによりエネルギーを大量に消費。ライフゲージが青から赤へと点灯し、点滅を始めた。

 

『オッドアイの侵攻方向に生存者多数!!やはり標的は生存者であるようです!!』

 

「我々が向か…っ!停車!!」

 

ヒュウンッ!

 

ズドォン!!

 

 

何かに気づいた枢木が停車するように叫ぶと、搭乗車輌である20式メーサー戦車の鼻先を淡青色の光弾がちょうど掠っていき、はるか後方に着弾して爆発した。淡青光弾を放ったのは、異星人の片割れ、鎧甲冑のような姿をした存在、ネオサーペント星人であった。続けて頭部が三角形で体表が紫色の異星人、ネオレギュラン星人も手から雷撃を放とうとしている。

 

『ほう…今の一撃を避けるか。なかなか勘がいいではないか。しかし、それだけでは勝てん!! 聞けッ地球人類よ!我々は星間同盟、地球制圧の先発隊だ! これより、ニホンエリアを星間同盟の直轄区として接収するッ!!』

 

『ちょこまかと目障りだ、消えろ地球軍の虫ケラども!! 貴様らなど、ゴミ同然!所詮は我々のために働かなければならない駒の一部!!優良種化も成し得ない低レベルな種族が、我々に楯突くな!! こちらの目標はウルトラマンナハトのみ、邪魔をするな!』

 

 

 

「戦う相手が増えたか…しかもまともに話が出来そうのない相手だ……各車散開!光弾に注意しつつ、走行間射撃で撹乱しろ!!ウルトラマン、生存者の元へは行かせないぞ! 第1師団本隊が到着するまでなんとしても持ち堪えるんだ!! オッドアイの侵攻遅延は空自に任せる!!」

 

『『『了解!!』』』

 

 

_________

 

西ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 ベルリン

 

 

ベルリン市街地の河川沿いに位置する廃工場前には、連邦陸軍の"グレイブ装甲歩兵戦闘車"、"ディンゴ装甲車"が数輌停まっており、工場正面シャッター前には連邦陸軍の兵士が待機している。その光景からは、彼らが今まさに工場の内部へと突入しようとする直前であることがわかる。

 

 

「ここがヤツらのアジトだな…歩兵隊、突入準備!」

 

「万一に備えて機甲師団のレオパルトやブラッカーを支援として呼びますか?」

 

「いやいい。市街地を戦車で派手にかましてみろ、左派の市民連中が黙ってないぞ。……ニホン、合衆国、アラブやアフリカ、インドの連中はそれぞれ自国で撃破した異星人のドローンや機動兵器の残骸、若しくはギャオスやクモンガにカマキラスといった特殊生物のサンプルを回収し研究に回していると聞く。早急に我がドイツに巣食う化け物を叩いて我が国もそれに加わりたいが、不手際で世論が騒いで市民が暴動やらテロやらを起こしでもしたら何も出来ん」

 

「そうですが…巨大にならないという保証はどこにもありません。確かに見た目は肉の塊でありましょうが、仮に異星人ならば以前ニホンに出現したセミ顔の異星人が巨大化した例もあります。対応の準備はしておかなければ…」

 

「それでも、だ。機甲部隊を市街地に向かわせるわけにはいかない」

 

なぜドイツ軍が市街地の廃工場に集結し、包囲しているのか。

それは最近ベルリン市内で、奇怪な動く肉塊を見たという通報が市の連邦警察に相次ぎ、捜索を行ったところ、それらの存在を警察が確認。目撃の多かった夜間にEUの中でもトップクラスの対テロ特殊部隊である"GSG-9"やドイツ版SWATチームにあたる"特別出動コマンド"による巡回、駆除が行われたが、怪生物_ディーンツは反撃として有機生命体をシミへと変えてしまう溶解液を同部隊に対して放ち、犠牲者が多数発生。これにより警察力による対応は限界であるとし連邦警察は調査によって判明したディーンツの情報をすべて連邦軍に共有し、ディーンツ駆除の任を連邦陸軍に引き継がせたと言うのがここまでのドイツでの動きである。

 

「お隣のフランスもカイロポット駆除を開始したことだ、我々も遅れは取れないな。競争というわけではないが、ヨーロッパに早く平穏が戻るように尽力し、早期に事態を集結させたいという思いもある」

 

「知人から聞いたことなんですが、ベルギーでも最近特殊生物の目撃が多発しているらしいです。被害者の死体は胴体が離れたもの、上からザックリいってるものが多く、人斬りの怪物が出ているとして都市部では地方へ行くなとか言われているらしいです」

 

「なに?ベルギーだと?情報はまだ上がっていない……あの王国め、特殊生物のサンプルを独占しようと欲をかいているな…。 隣国二つも似たような問題を抱えている…もしかしたら、この世界には安全な場所などとうにないのかもしれんな」

 

「そんなこと言わないでくださいよ…」

 

「む、そろそろだな。よし第1分隊は正面、第2第3分隊は左右側面の搬入口からスモーク投入後即座に突入しろ! 作戦開始!!」

 

 

『了解。これより作戦を開始する。』

 

『C4……起爆!!』カチッ

 

ドカァアーン!!!

 

現場指揮官の作戦開始の言葉を皮切りに、突入部隊はそれぞれの役割を全うすべく、動き出した。正面担当の分隊がブリーチング・チャージによる突入を行なうため、派手に入り口のシャッター吹き飛ばして突入。そして相手をさらに混乱させるべく、側面からの突入班がスモークグレネードを投げ入れる。それを確認すると彼らもサーマルゴーグルを起動させて工場内へと突入しようとした。

 

『突入する!』

 

『カバーしてくれ!!』

 

 

アアアアァアァァア!!!!

 

ドォオオオオン!!

 

『『『うわあああっ!?』』』

 

「「!?」」

 

しかし、突入部隊は工場へと入るどころか、逆に何かによって屋外へと吹き飛ばされてしまい、内部への侵入は出来ずに振り出しに戻る。吹き飛ばされてしまった分隊員たちも、それを見ていた指揮官らも何が起こったのか分からなかった。

 

『うぐっ…な、なにが……』

 

『装備には…異常なし。』

 

『凄まじい風圧だったぞ…』

 

『負傷者はいないな!ほら、早く立て!』

 

 

「いったい…今のは……あっ!隊長、工場の屋根が破れていきます!!」

 

「なんだ………こんなにデカくなってるなんて、聞いておらんぞ……。突入班は工場周辺から退避しろ!倒壊に巻き込まれる!!」

 

歩兵部隊がなんとか工場から離れたのと同時に工場を突き破って巨大なディーンツ、いやそれらの母体であるマザーディーンツが姿を現した。女性のような嬌声を上げながら辺りを踏みつけ、その度に振動で地面が揺れる。そこから数分遅れてベルリン市内のスピーカーは緊急避難警報を発令しだす。

 

「各車応戦!歩兵部隊は下がれえ!! 最悪の予想が現実に、か……。すまん、機甲部隊を呼んでくれ…」

 

「了解しました…………ん?なんだ………これは…た、隊長!」

 

「どうした!」

 

「報告します!先ほどフランスパリに大型のカイロポット、例のベルギーに新種の二足歩行型特殊生物が出現ッ!多数の小型種を引き連れて東進を開始!! 既にベルギーの新種は我が国の国境線を突破し、ここ、ベルリンに向けて進撃中です!ヤツらは進路上のあらゆるものを破壊しながら移動しています!!

フランスのカイロポットは駆除部隊を壊滅させ恐るべき移動速度でフランス東部森林地帯へ移動。これをフランスを主力としたヨーロッパ連合空軍爆撃隊が大規模空爆を実施しましたが、カイロポット大型二足歩行種並びに中型ワーム種数体はこれを突破。ベルギー西部国境地帯に差し掛かろうとしています!カイロポットに対してベルギー王立陸軍が先の新種特殊生物戦に動員させた残存兵力を集結させて国境付近に防衛線を構築し水際で防ぐとのことですが、間に合うとは…。 !!、大型目標、移動を開始!ベルリン中央市街地に向かっています!!」

 

「あの肉塊め、こちらを無視するか…!何をしている、なんとしても止めるんだ!! 対戦車班、"TOW(対戦車ミサイル)"を使え!!」

 

「よろしいのですか!?対象の後ろには市街地が!!」

 

「こうなってしまったらもう構わん!!ここでミサイルを撃つのをこのまま躊躇っていれば、奴になんの有効打も与えられぬまま市街地への侵入を許す事になるぞ!! 東部でも戦端は開いているっ!例え歩兵戦力のみであってもここを現在守れるのは我々だけなのだ!!それにどの道機甲部隊も戦闘に加わる! 構わず撃てッ!!死ぬ気で当てろよ!!」

 

バシュウン! ババッシュウウウン!!

 

標準をマザーディーンツに合わせて対戦車部隊は"BGM-71 TOW"対戦車ミサイルを一斉に発射した。それらは真っ直ぐに対象へと向かっていき、着弾。爆発を起こす。マザーディーンツはこれにより大きく体勢を崩して転倒した。しかし、追撃に入るために近づいた歩兵部隊に対して身体中から溶解液を噴射して寄せ付けない。

 

「AFVで前面を固めろ!溶解液は有機物にしか効果は無い!!歩兵は下がらせるんだ!!」

 

「現在ポーランド軍、ロシア連邦欧州方面軍で編成された連合陸軍が増援として急行中!」

 

「ヨーロッパ連合陸軍は間に合うまい……最悪、我が国の陸軍機甲部隊さえ到着すればどうにかなる!!攻撃を継続しろ!ヤツを立ち上がらせるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

欧州は突如同時に出現した大型特殊生物群への対応に追われるのだった。このように陸の上が騒がしくなっているなか、人知れず"黒き龍"が北大西洋海中を泳いで欧州へと向かっていた。彼もまた、自身の生存を脅かすであろう存在と戦うためだ。人類と共に。そして同時刻、太平洋西部、日本国領である小笠原諸島沖から、発光体が飛翔。大気圏外まで上昇したのち、これも欧州へと上空に降下していくのを各国の偵察衛星が確認した。

 

 

_____欧州の混沌を制する地は、ベルリンである。

 

 

 

_________

 

 

日本国 山梨県

 

 

演習場では模擬戦などではなく、巨大な存在同士の本物の激しい戦闘が繰り広げられている。その中でも自衛隊は奮戦していたが、やはり巨大な異星人や怪獣に対しての戦力が十分ではないようで押され気味だった。ウルトラマンが不利な状態であるはいえ、ガンQを相手にしてくれてはいるが、2体の異星人を相手にすることは自衛隊にとってはかなり厳しいらしい。実際未確認異星人に対してのメーサーは高知のエイダシク星人と同様に有効であったが、足の遅い20式メーサー戦車数輌、10式や12式なども光弾の餌食となり、その数を減らしていた。

 

 

『地上部隊が……!』

 

「畜生……早く目玉野郎を潰してあのエイリアンどもを叩きに行きてえが、目玉野郎め…意外に頭が回るのかよ! んなら、こうさせてもらうぜ!!」

 

空から地上の戦況を見ていた一文字はガンQを倒せず、枢木の地上部隊の援護に回れないことで歯痒さを覚えていた。一文字が言っていたのはガンQの行動であった。ガンQは今もナハトを拘束して首を絞めており、一文字のライザー隊やF-2爆撃隊が空中から攻撃しようとすると、ガンQは攻撃のタイミングを予測して拘束しているナハトを動かして自身の盾とするため、迂闊に攻撃が出来ないのだ。

ガンQはそれを馬鹿にするかのように大地を揺らしながら軽やかにスキップしてエクレールたちの場所まで向かっている。そこで一文字は部隊の隊列からいきなり外れ、ガンQではなくサーペント星人とレギュラン星人に苦戦している枢木の77特殊戦車大隊の援護に単騎で向かう。

 

『一文字隊長!? どうしたんですか!!」

 

「オッドアイのマークはお前らでやれ! 俺はあのエイリアンどもの相手をしてくるからよ!!指揮は中谷、お前に一任する」

 

『それは………』

 

「俺ァ気に入らねえんだ。あんな、他の奴らのことを知りもしねえで馬鹿にしてくるヤツがよぉ、気に入らねえ…そしてそんな野郎に俺の仲間が殺されんのは、もっと気に入らねえ!!」

 

通信による会話越しでも一文字の気迫と決意を感じ取ったのか、航空隊の指揮を一時的に任された部下はため息を一つ吐く。こうなったら、彼を止める事などできない事は隊内すべての者が知っていた。

 

『……分かりました。任せてください。無茶はほどほどにお願いしますよ!』

 

「おう!任せたぜ!!」

 

 

信頼している仲間に隊を託した一文字は、自分の機体と距離が近かったレギュラン星人を狙いに定め、真っ直ぐに正面から向かっていく。当然レギュラン星人もそれに気づき、一文字の蒼天を撃ち落とそうと両腕に電撃を形成して次々と繰り出す。

 

『ハッ!痺れを切らして特攻ときたか! 大人しく自分らと同じ下等生命体の相手をしてれば良かったものを!!』

 

「うるせえうるせぇ、エイリアンってのは空にまで響くぐらいの馬鹿でかい声でしか喋れねぇってのか?ヘルメット越しでも耳が痛えぜ。 少し黙ってろや!」

 

レギュラン星人の放つ赤色の電撃が一文字の蒼天を襲うが、それを紙一重ですべて回避し、地を這っているのと見間違うほどの低空飛行でレギュラン星人に迫り、ウェポンベイを展開し"04式空対空誘導弾"を発射。無誘導で発射された2本の誘導弾は、それは一文字の天性の感によるものなのか、吸い込まれるようにレギュラン星人の頭部に命中する。

 

『ぐああっ!? ふ、ふざけるなよ下等種族があああ!!蹴り飛ばしてやる!!』

 

これに怒ったレギュラン星人は正面足元の低空から仕掛けようと上昇してくるであろう一文字の蒼天に対して蹴りを入れてやろうとするが、その予想は外れた。全力の蹴りはいとも簡単に避けられ、蒼天に股の下を潜り抜けられてしまった。そしてそのまま空振りしてしまった反動で滑稽にも転ぶことになる。

 

『レギュラン、何をしている! たった一機の、それも旧世界レベルの戦闘機に何を手こずる必要がある!!』

 

『おのれええええ!!!! 許さん、許さんぞおおおお!!!!』

 

 

「へへっ!誰も許してくれなんて頼んでねえっての!! うおっとぉ!?やべっ!」

 

怒りに駆られたレギュラン星人は、離脱しようとした一文字の蒼天に対し、執拗に雷撃を浴びせてきたのだ。

 

『隊長!!』

 

『隊長がやられた!!』

 

『狼狽えるな!まだ戦闘は続いているぞ!』

 

『しかし一文字隊長が!』

 

 

 

 

 

 

完全に堪忍袋の尾が切れたであろうレギュラン星人が放った広範囲への赤色電撃が、一文字の蒼天に命中した。

電撃によるダメージで機体の電子機器がダウンし、制御不能となり蒼天は地上に墜落した。機体はバラバラに分解してしまったが辛うじて胴体部分は分解することなく無事であり爆発もしなかった。しかし、機体が無事でも内部の人間が無事である保証などどこにもないのだ。

 

 

「いつつ…いってえ………ああー。堕とされちまったなぁ……」

 

『一文字隊長!? 無事ですか!!」

 

「あー、少し首周りが痛えが大丈夫だ。いっつ…こちらレイザー1、一文字だ。俺のことは気にすんなよ、俺はまだくたばってねえからな!!」

 

___が、彼は並の人間よりも遥かに頑丈であった。一文字は機体が湾曲して開閉しなくなったハッチを自慢の馬鹿力で修正、自力で脱出していた。正に『○○馬鹿』を体現したかのような人間である。しかし、いくら頑丈な肉体を持っていてもそれは所詮人間の肉体であり、必ず限界というものは存在する。

脱出した一文字はこのままだと自分のことをかなり恨んでいるだろうレギュラン星人に見つかったら殺されるのではと思い、脱出したはいいがここからはどう退避したらいいかと呑気に考えていた。

 

「んー……走って戦闘区域から退散するか?」

 

だがそこに一輌の20式メーサー戦車が土埃を舞い上げながら一文字の前に停車した。砲塔上部のキューポラが開いたかと思うと、そこからは一文字の見知った顔が出てきた。

 

「やっぱりあの無茶な飛び方は號さんでしたか! 早く乗ってください!!號さんなら生きてると思ったので、来てみて正解でした!!」

 

「おいやっぱりとはなんだ枢木!! まあ、救助感謝するぜ。俺はどこに乗ればいいんだ?」

 

「このまま車体に掴まっててください!」

 

「はあ!?てめえ、俺に死ねってかこのヤロー!」

 

「騒いでると舌噛みますよ、冗談ですから早く後ろに! ……よし。パイロットの救助を完了した。出してくれ!!」

 

『了解!』

 

「まだこっちが不利なのは変わりない…あそこにいる彼女たちを助けたいが、近づく前にオッドアイか異星人に対応される…」

 

「目玉野郎はウルトラマンを盾にしやがってる。だからまずはあのエイリアンどもを叩いた方が良いとは思うが、目玉野郎が向かってるのはそのガキどものとこだからなぁ……」

 

「くそっ!!」

 

「……あっ!あのエイリアンどもが目玉野郎とウルトラマンの方に行きやがった!!」

 

 

 

 

 

 

シュ…シュアッ……グッ……

 

《そろそろ……やばい………もうエリさんたちのところまで…来ちゃったか………二人だけでも、逃げてくれ…》

 

ガンQに拘束され思うように力を出せないナハトの背後から新たな敵がやってくる。

 

『ハハハハハ!下等生命体相手に無様だなウルトラマン!!』

 

『ようやく貴様を殺せる…!覚悟しろ、ウルトラマンナハト!』

 

《お、お前たちは……》

 

『我々は、星間同盟!全宇宙平定を目指す崇高なる存在!!………今から死ぬ者に教えても、意味がないとは思うがな』

 

『そして我々が新たなる種族、"ネオスペーシーズ"である!我らはすでにネオへの変貌を遂げた優良種!貴様に負ける要素などない!そこの下等生命体と足下のガキ諸共死ねっ! ……チッ!空のゴミが、邪魔をするな!!』

 

 

真上を飛んでいるレイザー、F-2両隊もナハトと生存者を助けられない状況に焦り、苛立っていた。

 

『中谷!アイツら、オッドアイごとウルトラマンと生存者を!!』

 

『こちらから仕掛けようにも片方のエイリアンがマークしている!妨害する前に全滅するのがオチだ!!』

 

『一文字隊長がまだいてくれれば……っ!光弾来るぞ!』

 

『くそ!近づけねえ!!』

 

空中の航空隊はこの状況の中、サーペント星人をレギュラン星人が電撃と光弾を放って対空のカバーをしているため迂闊に近づくことが出来なかった。

 

《クソッ!ここまでかぁ…!!》

 

「あの宇宙人、ここにいるみんなを!?」

 

「やっぱり…ダメなのですか…」

 

 

レギュラン星人たちは悲願が達成できると歓喜している。

 

『これで、我々がウルトラマン討伐をなし得た英雄に!』

 

『労働人口が微量消えても問題はない!!終わりだ!』

 

 

ハジメは無念だと思いながらサーペント星人が極大の光弾発射のための力を溜め終え、撃ち出そうとする瞬間を見ていた。

 

 

 

 

 

 

しかしその時___

 

《ストリウム光線ッ!!》

 

《シャイニングフィストォ!!》

 

空から割り込むようにサーペント星人らへ向けて光線と光の拳が降り注いだ。光線は見事に2体の異星人に命中、大きく後方へと吹き飛ばされて転がっていく。

 

『………宇宙警備隊か…これはマズイな…』

 

『ぐあああっ!!! 痛い!腕がぁああ!!サーペント、助けてくれぇえ!!』

 

『自分でなんとかしろ。他者の手は借りないのではなかったのか?………さて、よりによって、警備隊の猛者とはな…』

 

サーペント星人はその自慢の装甲のお陰でさほどダメージは受けなかったようでそこから素早く頭跳ね起きをして体勢を立て直しているが、もう片方のレギュラン星人の方は光線が直撃したための痛みからか未だ地面を転げ回っていた。

 

『それとこれは別だ、我々は志は同じ!仲間だろう!?』

 

『お前の種族には一番似合わない言葉ではないか。いい加減早く立て。…来るぞ』

 

 

ナハトとガンQ、サーペント星人とレギュラン星人の丁度中間にあたる場所に、頭部の三本の角が特徴である銀色の巨人とウルトラセブンのような赤色の巨人が降り立った。

 

《先発隊が侵略行動に移行していたか!》

 

《諦めるなウルトラマンナハト、この侵略者たちは私たちが相手をする! 奇獣、ガンQの相手を頼めるか!》

 

 

《!! や、やってみます…!このぉ、うおおおお!!!》

 

ブチイイッ!

 

ボオオッ!?

 

ナハトは力を振り絞ってガンQの触手を引きちぎり、痛みが残っている首に手を当て摩る。ガンQはまさか拘束を解かれるとは思っていなかったようで驚いている様子だ。

 

「やった!拘束を解いた!!」

 

「これなら…いけますわ!」

 

助っ人の登場に沸き立ったのはエリカとエクレールだけではなく、自衛隊の面子もそうだった。

 

『また新たなウルトラマン!? いいぞ、これで奴らを分断できた!彼らの援護に回るぞ!! バイパー飛行小隊はレイザー隊に続け!!』

 

『『『了解!』』』

 

 

「よっしゃあ!!ウルトラマンが抜け出したぜぇ!」

 

「これなら、上の航空隊もこちらの戦車隊も動ける! 各車前進!これより我々は新たに出現した2体のウルトラマンの援護に入る!」

 

 

 

 

シュアッ!!

 

《これで3対3!ピンチはチャンス、ここからだ!》

 

ジュワッ!

 

《これしきの状況、あの時タロウと戦ったザンボラーの方がもっと辛かった……こいつらには、灼熱紅蓮の炎を教えてやる!》

 

ダアッ!!

 

《いくぞ!私の拳と脚は何人たりとも砕くことは出来ぬと知れ!!》

 

 

光の国から加勢に来た二人のウルトラマン、現宇宙警備隊教官であるタロウを鍛え上げた炎の戦士カラレスと、レオ兄弟にすら勝る宇宙拳法の使い手ドリューという、五大勇傑の戦士二人の参戦により、戦況は持ち直し拮抗状態となる。

彼ら三人はブロブガンQと星間連合のネオスペーシーズを退けることができるのだろうか。

 




どうもお久しぶりです!新生活が始まった逃げるレッドです。

これからは書き溜めを一週間に一回ほどのペースで投下していきます。
以前のアンケートからストーリー0の戦士を参戦させました。大変遅れたことは申し訳なかったです。
光の国の説明は、活動報告の方を見てもらえればと。

さて、エクレール姉貴は立ち上がることが出来るのか、ナハトたちが星間同盟の刺客とガンQを倒すことはできるのか!?
お楽しみに!

_________

 次回
 予告


カラレス、ドリュー二人の戦士が救援にやってきたことにより、ナハトは窮地を脱することに成功した。しかし、ガンQはさらにおぞましい姿へと変貌し戦士たちの前に立ちはだかる!彼らは勝利を掴めるのか?エクレールは己の心と向き合えるのか?

そして欧州の事態をそっちのけでギャオス殲滅を急ぐ豪州連合は、新型破壊兵器の使用を決断する。また、特殊災害が多発している情勢に煽られた各国は競うように対怪獣兵器開発に着手し始めた。
それらは地球崩壊を更に加速させるものなのか、それとも、地球と人類救済の切り札となるものなのか………

次回!ウルトラマンナハト、
【狂いだした歯車】!


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第16夜 【狂いだした歯車】

奇怪星獣 ブロブガンQ [ブレイク]、登場。


演習場の一角ではウルトラマンカラレスとネオレギュラン星人が対峙していた。

 

『ウルトラマンカラレス……炎の戦士か。だが、ネオとなった我々は既に貴様らを超えているのだ!! 死ねええ!!』

 

《お前のその腐った心を私が燃やし尽くす!! サイクルバリア!!》

 

レギュラン星人は強力な電撃を放ってカラレスを襲うが、それに対してカラレスはバリアを一切無駄のない最小限の動きで展開し、電撃がレギュラン星人の元へと跳ね返るようにバリアを湾曲させる。電撃は全てバリアに跳ね返されレギュラン星人に直撃する。

 

『ぐううう……!! 許さんぞ!貴様だけは、許さんぞおお!!』

 

《攻撃が単調すぎる。感情にすべてを任せるのはあまりにも幼稚だ。今楽にしてやる、ハッ!!》

 

スパッ!

 

『う、ぎゃあああああ!?!? 俺の腕がああああ!!!』

 

カラレスは手先から光の鞭を放ち、それをレギュラン星人の右腕に巻きつけると縛り上げてそのまま切断した。彼の得意技である"スラッシュバインド"だ。もしこれが首などの急所に巻きつけられた場合、相手は即死となることが確定する恐ろしい技でもある。

カラレスはさらに接近戦を仕掛ける。隙を見つけたら再度スラッシュバインドを使う腹づもりだ。しかしレギュラン星人も必死に抗う。死にたくない、その一心で動いているのだ。結局は志などは重要ではなく、自身の命が惜しいと言うことである。

 

『なぜ、なぜ貴様らがこのタイミングで地球に来るのだ!! 貴様らさえいなければ、我々だけでナハト討伐を成し、恒久的幹部となれたものをおお!!』

 

《そのようなことをさせない為に私たちは来た!敵とはいえ、規律を守らず権力に眩む者は、弱い!!お前たちは功を焦り、上の命令を待たずに独断で来たのだろう?しかしそのおかげで同盟の戦力を減らせる!》

 

『黙れ黙れ黙れえ!!絶対に貴様も殺してやる!!』

 

 

 

 

 

 

ガキィン! ドカアッ! ガガガガアァ!!

 

 

そしてウルトラマンドリューもネオサーペント星人と激しい格闘戦を繰り広げていた。先ほどから聞こえる金属を思い切り叩いているような音は、ドリューがサーペント星人の鎧甲冑型の強固な外殻に何度も強烈な一撃を与えていることによるものだ。

しかし、そんな攻撃を受けてもサーペント星人は弱る様子を見せない。それは彼らが軟体動物のそれと酷似した生命体であり、甲冑のような強靭な外殻の中身が水分を含んでいるスライムのようなものだからである。そのため、いくら外部にダメージを与えても致命傷となる衝撃を吸収して無効化してしまっているのだ。

 

『かなり内側まで響いているぞ、貴様の拳は。流石武勇の戦士といったところか。だが、足りないな…』

 

《その装甲、やはり厄介だな。だが相手にとって不足なし! ハアッ!》

 

ガキイイイイン………!!

 

『フンッ!……むっ!?』バッ!

 

サーペント星人はドリューの蹴りに蹴りで返すと、自身の足に異変を感じてすぐさまドリューから距離を取る。よく足を観察すると、大気中の水素を取り込んで硬度を保つはずの外殻装甲にヒビが入っていたのだ。そして破損した箇所から本体である中身の青い粘体の一部が流れ出る。

 

『修復が出来ていない…?馬鹿な……先ほどより僅かに威力のある蹴りであっただけのはず…』

 

《私の拳と蹴りは大気をも焼き焦がす!それが当たったお前の生体装甲に、もう修復能力はない!! このまま、お前を外殻ごと塵も残さず蒸発させる!》

 

 

 

 

 

 

二人の戦士が戦う中、ナハトもパワーアップしたガンQ___ブロブガンQからエリカとエクレールたちを守るために戦っていた。そのガンQは先ほどの攻勢はどこへやら、動きも鈍っており、弱っているようだった。それを好機と捉えナハトは格闘戦を挑み、攻勢に入ったことで押していた。ナハトはライフゲージが点滅してはいるが、気力を振り絞って耐えている。

 

「ナハトが押してる!」

 

「……………だめ、ウルトラマン!早くアレを光線で倒してください!!」

 

「はあっ!?アンタ何言ってるの!さっき光線が吸われてたのをアンタも見てたでしょ!?」

 

「ですが、今は大丈夫なんです!本当です、信じてください!」

 

 

それを聞いていたナハトは悩んだ。

 

《確かにスペシウムは強力だ…。だけど、エリさんの言う通り光線は取り込まれたし、また同じことをされたらエネルギーが保たない……。早く倒してってことは、何かあるはず…それなら!!》

 

ナハトは左腕のナハトアームズから光の弓、"ナハトボウガン"を創造する。そして弓を引く動作をすると、光の矢が現れた。

 

《疾風の如き光の矢なら!》

 

ナハトは狙いを頭部の巨大な眼球に定めてさらに弓を引き絞る。あとは離すのみとなった瞬間にガンQから巨大な数本の触手が飛び出した。ナハトは弓から手を離す前に迫ってきた触手に突き飛ばされる。

 

《ううっ……なんだ!?》

 

《ガンQが…!》

 

《むっ!?》

 

それらはナハトやエリカでも、エクレールでもなく、二人のウルトラ戦士と戦っていた異星人たちへと伸びていきがんじがらめに拘束すると、ガンQ本体へと引き寄せていく。

 

『なぜ私が!?くそ、離せ!離さんか!!』

 

『下等生命体がっ…こんなことをしてタダで済むとでも………やめろ、何をするつもりだ?やめてくれ!がああああああ!!!!』

 

『取り込まれるっ…!? くそ!なぜ切れんのだ!!うわああああああ!!!』

 

ガンQは触手で引き寄せた2体の異星人を体全体を使って飲み込み始めた。取り込まれている時も意識はしっかりあるようで、悲鳴を上げながらみるみるうちに彼らはガンQの中へと消えてしまった。

そしてガンQの体に変化が生じ始める。それは徐々に肥大化していき……

 

 

「70メートル以上だと…………」

 

「おいおい、特大型特殊生物なんて生総研の奴らが言ってただけだろ!? なんで実物が出てきちまうんだ!!予測の世界から出てくんなよ!!」

 

『お、オッドアイ、巨大な触手を展開! 数は…計測不能!なおも増大中です!!』

 

『こちらメーサー8号車、攻撃を続けますか!?』

 

『レールガン、いつでも撃てます!』

 

「これは、大隊規模でどうにもならないぞ……各車後退開始!下がりながら撃ち続けろ!」

 

「おい枢木!あそこにいるガキ共は助けねぇのかよ!!」

 

「悔しいですが、救助は中止です……!! 自分だって助けたいんです!しかし、今接近して攻撃を受ければ救助どころの話じゃなくなりますよ!」

 

エクレールが言いたかったのはこの事である。新たに別の存在をガンQが取り込む前に片付けてほしかったのだ。スペース・ビーストの次に今度は異星人を取り込んだガンQはさらに巨大化、肉体は度重なる融合に追いつけなくなってきたのか腐食し至る所から黒色の液体を垂れ流しており、元の姿とは程遠い、ガンQの原型を残さない異形の存在へと変わった。

 

 

ボォオオオオオオォォオォオオオオン……!!

 

 

《こ、これは……デカすぎる!》

 

《だがコイツは自重や過度な成長によって負荷がかかっているはず!倒す手立ては必ずある!!》

 

《さらなる進化をする前に…ぐあっ!!》ドカッ!

 

《ドリュー!! ガアッ!?》バキッ!

 

《ううっ!!》ドゴォン!

 

三人のウルトラマンは視覚外からの触手による打攻撃によって飛ばされてしまう。

 

『メーサー3号車、通信途絶!! こっちにも来てるぞ!機関砲を浴びせろ!! ぐっ、うわあああ!!!______」ブツッ!

 

『4号車、圧壊!! 我々も回避行動を取りつつ後退します!』

 

『こちらヒトマル1、後退支援を行う!!』

 

「くっ!足の遅い20式がここでもやられるか……!」

 

「あの目玉野郎め!俺のレイザー隊にもちょっかいかけやがって!! あっ!6番が………くそっ、だからもっとロールの練習をしろって言ったんだ俺は!死んだら意味ねえじゃねえか斉木!!くそっ!くそっ!」

 

 

ガンQは陸空自衛隊にも攻撃しているようで、空や陸の所々で爆発が連続で起こっていた。被害の拡大により自衛隊は生存者救出とガンQ攻撃を中止、部隊再編のため一時的撤退を余儀なくされる。しかし、後続の第1師団と百里の航空隊が到着したとしても戦況は変わらないだろう。

 

ウルトラマンたちが弾き飛ばされた衝撃で身動きが取れない間に、ガンQはエリカとエクレールの前まで来ると膝を曲げて屈み、触手を伸ばし始める。それを身動きが取れず傍観しか出来ないハジメが叫ぶ。

 

《え、エリさん!!みんな…!!》

 

 

 

 

____________

 

 

私の前には、生物と言っていいのか分からないおぞましい存在が立っている。そしてソレは今まさに私一人に向けてグロテスクな触手を差し出してきました。

 

ナハ……ト…マッサツ………融合…タリナ…ィ……ユウゴウ………セヨ……ユウゴウ……ナ……ト………

 

途切れ途切れに小さく囁くようら声が私の頭に響いてくる。それは夢の中で聞いた声と比べると可哀想に思えるほど弱々しい声でした。触手は私に近づくほど震え、動きも鈍くなっていく。私にすがりつこうと必死に。それに私はアレからの呼びかけに無言を貫く。

 

ユ……ゴ……ヨ………セヨ……ナハト……マッ…サツゥ………

 

今までの私なら、その手を取ってしまったかもしれない。

 

でも、

 

もう私は、一人じゃ……ないっ!!

 

「………!!」

 

パシンッ!!

 

 

 

【♪BGM】『Radiance』

 

 

 

《あっ!》

 

「えっ!?」

 

《……あの子は、強い心を持っているな》

 

《強大な力を前に屈しないとは…》

 

エクレールは自身の目の前に来た触手を平手打ちして拒んだのだ。自身がエリカからされたような目の覚める一撃を、ガンQに加えたのだ。当のガンQは大変困惑し焦っていた。吸収速度を大幅に超過した融合を続けたことにより肉体の急速な崩壊というタイムリミットが迫っているなか、自身との融合を望んでいたはずのエクレールに拒否されたからだ。ガンQは崩壊を融合により上書きしなければならない。なんとしてもエクレールを取り込みたかった。しかし、何故か強引に行うことはなく、同意を求める融合するべく拒否の理由をすぐに尋ねる。

 

!……ナゼ…拒………ム……?

 

「私は、確かに人の目は怖い…憎しみを向けられるのは、耐えることは辛いと感じている心の弱い女ですわ………でもっ!そんな私にも楽しめることがあるから!そんなもの忘れられて夢中になれるものがあるから!!毎日辛いこと嫌なこと怖いことが沢山あったとしても、楽しいこと嬉しいことが一欠片でもあれば、それでいい!!

私は信じることにしました!私のことを信じてくれてる仲間を、信じること、私自身を信じることを!! だから、私は融合なんてしませんわ!この先にもっと楽しいことが待っているはずですもの!!」

 

「アンタ…身体から、光が……」

 

「エクレール様……」

 

「エクレール隊長………!」

 

「貴女たち、起きていたの!?」

 

いつの間にかマジノの生徒たちが目覚めており、どうやらエクレールの言葉も聞いていたようだ。彼女たちの目には恐怖の色は無く、むしろ感動による涙を流しながらまるで光り輝いているよう見える隊長のエクレールを写していた。だが、それは幻ではなく、本物だった。実際にエクレールは光を纏っていた。何かの決意に満ち溢れた、あたたかく眩しい光が。

 

《あの光は、まさか"心の太陽"…か…》

 

《すごい……あれの輝きは……》

 

《心の、太陽……?マジノの隊長にいったい何が…?》

 

エクレールから発されている光を受けてガンQはもがき苦しみだし、さらに肉体の崩壊が早まりボトボトと肉片や身体を構成するために用いていた人工物などが落ち出していた。それにガンQは怒り狂い、触手をハエ叩きのように平たくするとエクレールたちに叩きつけようとする。

 

ボォオオオオオオォォオォオオオオ!!!

 

ハアアアッ!!

 

 

ドパアアンッ!!

 

迫る触手はエクレールたちを潰す前に消滅した。触手が存在していた空中にはドリューが飛んでいた。彼の脚から放たれた燃える竜巻"ストームファイヤー"によって燃やし尽くされたのだ。

ドリューは続けて巨大なガンQの膨張した頭部に、ひと蹴り浴びせ大きく退け反らせる。ドリューの大気を摩擦で焼き焦がすほどの蹴りによってガンQの蹴られた部位の細胞が焼き払われ固まってしまい、サーペント星人と同様に自己再生が不可能となっていく。

 

《あの少女が勇気を出した。ならば今度は私たちが、ヤツと戦う番だ!!ガンQは度重なる無茶な融合と彼女の光の影響で、現在これ以上取り込むことも、吐き出すことも出来ない飽和崩壊状態に陥っている!やるなら今だ!!》

 

《ああ!こいつを生かしておけば、これを乗り越えてさらにとんでもない化け物になる!! いくぞ、ウルトラマンナハト!!なんとしても止めよう!!》

 

《はいっ!!》

 

 

エクレールは目を瞑り手を合わせて祈る。

 

「不思議ですわ…私、今は全然お腹が痛くないんです。……私は、みんなともっと楽しい戦車道がしたいです!だから、あの心に巣食う悪夢を、倒してください!!ウルトラマンナハト!!」

 

すると、エクレールが纏っていた光が空に打ち上がり、ナハトへと降り注いだ。その光を受けたナハトは力がみなぎり、ライフゲージが赤から青へと戻っていき全快状態となった。

 

カァァアアーーーーーッ!!

 

《すごい、これが、心の太陽の光…!》

 

回復したナハトの左右にカラレスとドリューが並び立つ。

 

《いいか、ヤツの欠片を一つも残さず消すんだ!三人の攻撃を合わせる!》

 

《一気に片付けなければ、残って欠片でガンQは再び復活する!息を合わせろ!!》

 

《はい!……このイメージは………この技なら…!》

 

突然ハジメの脳裏に電撃のような高速のビジョンが走ってきた。これならばガンQを完全に撃破できると確信したらしい。すぐにナハトは両腕を広げる。すると周囲の生物、植物、空や大地といったあらゆるものから光が飛び出し、それらが束となってナハトの腕に殺到して集まる。それは鮮やかな虹色の光のオーラを纏っているようにも見えた。力を溜め終えたナハトは腕を十字に組む。ドリューとカラレスも合わせて必殺技をガンQへと叩き込む。

 

《はああああああっっ!!  スペシウム・オーバー・レイッ!!!》

 

シュワァアッ!!

 

 

ナハトはすべてを消し去る究極の七色破壊光線、"スペシウム・オーバー・レイ"を放つ。 

ドリューは飛び上がると腕を大きく振りかぶり、相手へ渾身の力を何十倍もの大きさの光熱エネルギーへと変化させ螺旋状に回転させて拳から撃ち出す、強力な貫通力を誇る大技の一つ、"ヴォルテックトルネード"を繰り出す。

そしてカラレスは拳を握って腕をX型に組むと、太陽にも負けず劣らずの輝きを放つ明色の熱線、"ストリウムブレイズ"を発射した。

 

三人の放った光線は合体しドリューのヴォルテックトルネードを中心にして巨大な虹色の螺旋を形成。それはガンQを覆い隠すほどの大きさであった。光の中にガンQは消え、断末魔も上げることなく静かに霧散していく。その光景は浄化されていると言う方が正しいかもしれない。

 

ア……ァ…………マッ………サ……ッ………

 

 

《あれほどの光線を受けてまだ生きているのか!?》

 

《いや、あれは虫の息だ。何かを吸収して元に戻れる欠片になったわけではない。自壊に入った証拠だ》

 

《だが彼女たちを襲おうとするのならば、燃やし尽くすまで》

 

しかし光に包まれ消えていく中でも、僅かにエクレールの方へとまた触手を伸ばして縋り付こうとする。それを見たエリカや目覚めたマジノの生徒たちが前に立ち塞がるが、エクレールは彼女たちを止めて前に出る。

 

「もう、いいのですよ。あなたはもう独りじゃないですわ。私には、あなたが私に語りかけてきた時、黒い感情の中にほんとうに小さい光が、願いが確かに見えました。あなたはもう休んでいいの」

 

『ァ………ァ……ぅ……………ウ……』

 

「あなたは私に手を差し伸べようとしてくれたのですよね?塞ぎ込みかけていた私の心を…」

 

『……………』

 

「だから、これだけ言わせてください。………ありがとう。おやすみなさい」

 

エクレールの感謝の言葉を聞いたガンQは完全に消滅した。その場にいる全員が光の中に無垢な瞳が笑っているのが見えたのだった。

 

 

 

 

「アンタ、すごいじゃない……」

 

「いえこれは……私だけのものではありませんでした。まだ現実だと思えないほどですわ…。貴女のおかげです」

 

「私はただアンタのこと引っ叩いちゃっただけよ?」

 

「それが助けになったのですわ。ありがとうございますわ………んっ!」

 

「えっ、ちょっ!なにすんのよ!?」

 

「これはほんのお礼です」

 

エクレールはエリカの頬にキスをかましたのだった。………試合後盛大に嘔吐した後の唇で。それよりもガンQが出現したことの方がインパクトがあった、と言うよりはエリカが嘔吐現場を見ていなかったからこれほどで済んでいるのだろうか。

 

「ううっ…?ここは…演習場か……?あの目は……いなくなっている…それに… ナハトの横に知らないウルトラマンが二人もいるな…もしかしてあれを倒してくれたのか?」

 

「西住隊長!怪我はありませんか!?」

 

「エリカ……。ああ、私は大丈夫だ。そうだ……気を失っている間、何かすごく温かい太陽のような光を浴びていた気がするんだ。とても心地良かった…いったいなんだったんだろう」

 

「本当にそれは、太陽だったのかも知れないですね」

 

「なに?どういうことだエリカ?」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「?」

 

 

一方ナハトもエリカたちのいる場所から距離を取った所でドリュー、カラレスと話していた。側から見ればとてつもなくシュールではあるが、彼らの話の内容は以下の通りである。

 

《ガンQの中の数ある意識の中に新たに善の心が生まれていた……か、結果として倒さねばならなかったが………。しかし間に合って良かった。ガンQを討伐…いや浄化し、同盟の戦力も減らすことが出来た。ウルトラマンナハト、ありがとう》

 

《いや、俺はドリューさんとカラレスさんが来てくれたから…もしもあの時…》

 

《そう言うな、キミにも力はある。自分を卑下しすぎてもダメだぞ。あの時の気合はどうした?………言うのが遅れたが私たちが、セブンの言っていた派遣隊員だ。だが新たに本部から私たちはこの宇宙の異常調査を早急に行うよう通達されたため、この地球から離れる。もしかしたらこの地球の異常な出来事の一部原因も分かるかもしれない。すまないな、一回の戦闘で抜けてしまうのは。》

 

《いえ!そんなことはないです! さっきはあんなこと言ってしまったけれど、俺たちの住む地球は、俺が守るって…あの人と、星の声と約束しましたから》

 

《ほう…星の声に選ばれた少年だったか……》

 

《セブンやゾフィーの言っていた仮説は正しいかったな。それならば…そうか。ナハト、キミにこの地球を任せる》

 

《きっとキミが星の声に選ばれたのは偶然ではない。光と共に、あの少女のように、仲間を信じて大切なものを守っていけ。そうすれば、キミの中の心の太陽も輝き、新たな力を与えてくれる。心の太陽は誰もが持っている、だがそれを輝かすことが出来るのは、強い心を、想いを持っている者だけだ。頑張れよ…!》

 

《今回現れた星間同盟の連中は、自分たちのことをネオスペーシーズと名乗っていた。私たちもはじめて戦って分かったが、どうやら彼らは自身の能力…身体面、精神面のなんらかが強化された者たちで構成されているエリート集団であるようだ。彼らの仲間は恐らく近いうちにまたやってくるはずだ。

ナハト、キミが大切なものを守ろうとする限り、厳しい戦いが続くだろう。辛い時や、苦しい時、諦めたい時がこれからはもっと訪れるかもしれない。だが、これだけは忘れないでいてほしい。キミも苦悩する者たちの明日を照らす、光の超人、ウルトラマンだということを》

 

《はい!!》

 

 

……シュワッチ!!

 

ナハトへの激励を終えると光の国の戦士二人はとびさる。それを見送ったナハトは光の粒子となって消え、ハジメは元に戻るとエリカたちの所へと一目散に走っていく。エリカを見つけると肩を掴んでまっすぐエリカを見て訊ねる。これにはエリカもビックリしたらしい。顔が紅くなってるのは…まあ、そう言うことだろう。

 

「エリさん!!」

 

「ハジメっ!?」

 

「大丈夫!?怪我はしてない!?」

 

「ちょっ/// 近い!近いから///!! てかなんでアンタがここにいるのよ!!」

 

「……コホン!二人とも、熱いのは大変結構だが公衆の面前でやるとは感心しないぞ?マジノの生徒もいるんだ。今は抑えてくれ、ハジメ君がエリカのことを心配しているのは分かるが…」

 

「た、隊長!私はコイツとはまだ付き合ってませんから!!」

 

「そうですよ!まだ付き合ってないですよ西住先輩!」

 

「ほお…"まだ"か、フフッ。まだ、かぁ〜♪」

 

「あの…黒森峰のみなさん、自衛隊が駆けつけてくれたので、こちらに…」

 

「了解した。エリカ、ハジメ君、くっついたままでもいいからついて来い」キリッ!

 

「………アンタ、艦に戻ったらハンバーグにしてやるから」

 

「え……」

 

ハジメはこの後はお咎め無しで済んだ。だがしかし、心配のボルテージが最高潮まで高まっていた整備科メンバー、特に二年生からタコ殴りにされたらしい。

 

……これにより黒森峰学園とマジノ女学院の練習試合後に起きた怪獣・異星人事変は幕を閉じたのだった。

結果としては正史よりもマジノ女学院がかなり早期にチームが団結し、さらには自身にコンプレックスを抱いていたエクレールの人間的成長を大きく助けたのである。これからも彼女たちは全員で真っ直ぐ前へと進んでいくだろう。

 

 

 

 

 

 

「またもやこちらの敗北……か。まあいい、次の糧にすればいいのだから」

 

誰もいない演習場を見渡せる丘の上に、"それ"はいた。それは手に持っている、SF小説に登場するような近未来的外見のタブレットを操作し終わり収納すると、溜息を一つ吐く。

 

「……今回は第二次ネオ進化施術にも、欠点があることが分かったのがせめてもの収穫か…。感情が先鋭化することには注意しなければ。しかしサーペントのような更なる身体強化が可能であることは期待できる。施術自体はかなり使える、さらなる改良を加えるとしよう。

まったく……命令を聞かない駒は駒ではないと言うのに…テンペラーは数さえ揃えればいいと思ってはいないだろうな。使う前に潰れられたらこちらも困るのだよ」

 

我々の邪魔を…するな……

 

「ん? ああ、地球の悪意か。安心しろ、貴様らなど眼中にはない」

 

ウルトラマンは我々が倒し、全ての並行世界の地球を絶望で覆い尽くす…それが我らの使命…

 

「そうかそうか。だが、最後に笑うのは、私だけだよ。器を手に入れ、地球の神にさえなれば貴様らを消すことなど造作もないのだからな」

 

覚えていろ……

 

そう言って影法師は、低く恨めしい声を出しながら霧散するように溶け消えていった。一時撤退をしたようである。

影法師が去ったことを確認した存在は独り言を呟く。

 

「フフフッ。地球は、私の物だ。精神集合体風情が調子に乗るなよ。

……あの石碑によれば、器の血統を持つ、現在その子孫にあたる地球人は…………フッ、楽しい仕事が増えそうだ」

 

 

_________

 

西ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 ベルリン

 

 

 

 

『お、大型カイロポットに"ブラッカー"のレールガンが効いていないぞ!!』

 

『おいバカ!デカイのばっかに目を向けるな!!取り巻きを前に進めさせるなよ!!』

 

『だめだ、近接航空支援を要請する!!』

 

『ベルギー新型種の分隊規模群と第2対戦車小隊が戦闘に突入!ベルリン前での遅滞作戦は不可能です!!市街地内の三次警戒線まで後退しましょう!!』

 

『……っ、沿岸警備隊より緊急通達!!ゴジラ上陸!!』

 

日本でガンQと星間同盟の刺客が出現し、撃破される前後で、戦禍に包まれつつあるヨーロッパでも大きな動きがあった。ヨーロッパ連合海軍の対潜網を潜り抜けてドイツ沿岸にゴジラが上陸したのだ。

 

ゴジラはベルリンへと真っ直ぐに向かうと、道中の市民や建造物、攻撃してくるドイツ連邦陸海空軍を無視してディーンツの暴れる市街地に辿り着いた。また、ベルギーから侵入した新種の特殊生物、ファルクスベールも進路上に存在するすべてを破壊してベルリンに到達。そしてベルギー王立陸軍の防衛戦を突破したフランスのカイロポットの一団も地中に潜ることによりヨーロッパ連合陸軍の機甲師団の攻撃を回避してドイツ首都、ベルリンまで進撃し、マザーディーンツとゴジラの戦いに割り込んだ。

 

さらには、これ以上欧州をやらせるものかと言うように、小笠原諸島沖から飛翔し大気圏外を航行していた発光体もベルリン上空に飛来していた。それは蝶もしくは蛾の姿をした美しくも巨大で威厳ある存在、怪獣へと姿を変えていた。日本の天の護国聖獣である、モスラもやってきたのだ。だがどの怪獣が味方で敵であるか、そもそも味方かすら分からないヨーロッパ連合軍とドイツ連邦軍の指揮系統は混乱しバラバラにすべての怪獣を攻撃することしか出来なかった。

 

 

『くそっ!これじゃあ首都じゃなくて魔都だ!!』

 

『ナチスの忘れ形見とかだったら冗談じゃないぞ!!』

 

『司令部との通信が取れない!情報が錯綜している!!』

 

『気にするな!今はモスクワの連中が手こずっているあの緑頭を叩くぞ!いいか、市民を巻き込むなよ。航空隊、かかれぇーーっ!!』

 

 

 

ボォオオオオオ!!!

 

『こちら第16"バゼラート(AH-24)"対戦車ヘリ中隊!格納直前のシェルター前に新型種を確認、これより掃討する!!』

 

『ん?あの個体、ビルをよじ登ってるぞ…何を……』

 

 

ボァアアアッ!!!

 

スパッ!!

 

ドドオオオオオーーーン…………!!

 

 

『……っ、うわあっ!なんて跳躍だ!ベルギーの新型種が近接支援の"エウロス(EF-2017)"を叩き切ったぞ!!』

 

『全機、地上の新型種から距離を取れ!!』

 

『音速で飛ぶ戦闘機がやられたんだぞ!足の遅いヘリじゃ…!! もう真下にいるぞ、ブレイク!ブレイク!!』

 

『機関砲で弾幕形成!!ここら一帯は避難が完了している!ありったけやれ!』

 

ベルリン上空には各国の戦闘機や攻撃機、ヘリコプターがひっきりなしに飛んでおり、市街地内は装甲車や戦車が歩兵を随伴させ、誤射に注意しつつ怪獣の足止めに徹していた。ファルクスベールの小型種やカイロポットの中型種を地上部隊、航空隊は少なくない被害を出しながらも、なんとか撃破し続けているが、依然として大型種が残っており、それらがゴジラとモスラだけでなく人間も標的として捉え襲いかかってきている状態なため、戦況は依然として余談を許さない状況である。

 

ベルリンに総勢5体もの大型特殊生物と無数の特殊生物群が集結したことにより、連邦陸軍や警察は怪獣との戦闘に対処しながら、混乱により暴徒と化すであろう市民とも衝突することを覚悟していた。 しかし、予想していた事態は起こらなかった。ほとんどの市民が軍や警察の誘導に素直に従ってシェルターへと避難を開始しているのだ。避難誘導を担当していた地元の警察官二人も不思議に思いながらその光景を見ていた。

 

「おい、見ろよ。いっつも昼から呑んだくれているあの爺さんまで列に並んでるぞ……」

 

「すごいな…あの"バタフライ"が現れてから急にみんなが落ち着きを取り戻した。この降ってくる金の粉が原因なのか?」

 

「ガキのころにファーブルを読んだが、そりゃ鱗粉って言うヤツだぜ? たしかに、あの蛾…いや蝶のおかげかもしれねぇな。あれを見てるとよ、落ち着くんだ。まるで婆ちゃんと会う時のような、そんな気分になる」

 

「そうだな。……あの怪獣は味方なのかもしれない」

 

空を舞ってファルクスベール大型変異種を相手しているモスラを見て、どこか勇気づけられた彼らは持ち場に怪獣が現れるかもしれない恐怖に怖気付くことなく避難誘導を続ける。

 

「キャアアアァアア!!!」

 

「「!!」」

 

『こちらP-5!周辺のパトロール隊へ!避難誘導中に中型種のカイロポット3体と遭遇!現在機動隊が食い止めてくれているが___ババババババッ!!___やられるのも時間の問題だ!避難に手間取っている市民の手助けを頼む!! 人手が足りない!!___バババババッ!!___ くそっ!装甲車を持ち上げたぞ!退避だ!退避しろっ!!』

 

「……どうするよ」

 

「行こう、一人でも多くの人を助けるために!」

 

「へっ!分かった。どこまでもついてくぜ、相棒」

 

 

ヨーロッパ連合軍並びにドイツ連邦軍によるカイロポット、ファルクスベールに対しての攻撃は決して十分とは言えず、一部地域では避難中の市民と鉢合わせる事態も少なからず起こり、市街地での戦闘は過酷なものとなっていった。

 

 

____

________

___________

 

 

 

「うっ……あれ?死んでないぞ」

 

「なんだこれ…?黒い尻尾?」

 

「……こ、コイツが日本の潜水艦を助けたっていう…ゴジラ……」

 

「でけえ…こりゃ砲弾も効かないわけだ……」

 

ベルリン内での戦闘が開始してから2時間、各国軍並びに欧州連合軍は戦力を大幅に減らされ疲弊しており瓦解寸前だった。怪獣たちは互角の戦いを繰り広げており、それに割って入れる余力はもはや無いように見える。

展開中のヨーロッパ連合軍が撤退を考えていた頃、このとあるドイツ陸軍歩兵部隊のとる行動が奇跡を起こす。

 

「俺たちを、守ってくれたのか?」

 

「きっとそうだ。コイツもきっとヤツらを許せないのさ」

 

「いや、歩兵の俺たちなんて眼中にないだろ」

 

「じゃあなにかい?偶然俺たちの前に置いた尻尾が破壊光線を防いだってか? カイロポットの狙いは俺たちだったんだ。そんなことしなくてもゴジラにはダメージはいかなかった筈なのに、なぜ尻尾を俺たちの前に出す必要があった? 答えは簡単だ!ゴジラは俺たちと争う気はない、一緒にベルリンを守ろうとしてるんだ!!」

 

「そ、それはあまりにも常識から剥離してないか…?」

 

「怪獣が出たいまさらになって常識とか抜かすなよ!しかもバタフライだって市民や俺たち軍のことを守りながら励ますように飛び回って緑の悪魔と戦ってる!いるんだよ、敵じゃない怪獣が本当に!」

 

「「「………」」」

 

「賭けてみようぜ。このデッカい仲間によ!!」

 

 

グルルルルルル……!

 

ゴジラは足元のドイツ軍を守りながらマザーディーンツとカイロポットの2体を相手していた。しかし、対面の2体には互いに仲間という意識はなく、既にカイロポットはディーンツへと襲いかかり、ディーンツを絶命させるとその肉塊を貪りながら、次の獲物を人間とゴジラに定めていた。そしてカイロポットが動き出した瞬間、一人の隊員により奮起した足元のドイツ軍歩兵部隊が一斉に武器の射程範囲内にカイロポットが収まる場所へと駆け出し、発砲。戦車や装甲車もない中で自動小銃、機関銃、携行誘導弾とさまざま武器を担いで全力で背丈の何倍もあるカイロポットへと果敢に向かっていく。ゴジラは彼らの意思を汲み取って彼らを踏み潰さないように自身も前進する。

 

「ほら見ろ!ゴジラは俺たちのやろうとしてることが分かってるぞ!!」

 

「まさか怪獣と一緒に戦うなんて!」

 

「これに賭けてみるか…乗ったぜ!死んじまったらしょうがねえ!!」

 

「俺たちのベルリンを取り戻せ!!」

 

「「「うおおおおおお!!!!」」」

 

 

そして、ゴジラと共に動き出した歩兵隊の通信を聞いていた各地の部隊もこれに呼応した。ドイツ、ロシア、フランスなどといったベルリン内に展開している全ての正規軍が自然にゴジラ、モスラを中心として共に破壊獣群に対して反撃に移ったのだ。この時兵士たちは気づいていなかったが、ベルリン中から金色の光が溢れていた。その光の正体はエクレールが発したものと同じであった。それはゴジラとモスラを信じた人々の想いの結晶であり輝きであったことは間違いない。

 

『ゴジラとあのバタフライが俺たちの仲間ってのは本当か!?』

 

『あの怪獣たちが仲間なら勝てるぞ!!』

 

『ロシアのT-90だ!Mk-2もいる!!すごい、すごいぞ、みんなどんどん集まってきてる!!』

 

『へへっ!不思議だな、なんか体の奥底から力がどんどん湧いてきてるぜ!!』

 

『あの気色悪いモンスターどもをヨーロッパから叩き出せ!!』

 

『バタフライの羽が切られたぞ!』

 

『やりやがったな!やられた分は鉛玉で倍にして返してやれ!!』

 

『彼らを援護しろっ!!』

 

態勢を立て直した現地のヨーロッパ連合軍は独断でゴジラ、モスラを援護し、カイロポットとファルクスベール、マザーディーンツの欧州大侵攻という未曾有の災害を日本のガンQ討伐からおよそ1時間弱で達成するという奇跡を起こすことに成功した。戦いが終わると、大型ファルクスベールとの戦闘で右翅を丸々切断されたモスラは、長距離の飛行が不可能となっていたためか、ゴジラの背鰭に掴まって共に大西洋へと去っていった。また、ヨーロッパ連合軍作戦司令部はその追跡を認めなかった。彼らの戦いを見守っていた市民は笑顔で手を振って見送り、共に戦った欧州連合軍とドイツ連邦軍は彼らを戦友として一糸乱れぬ敬礼をして見送ったということを付け加えておこう。

これはヨーロッパ全土だけではなく世界中に拡散し、非敵性特殊生物の存在をさらに後押しするための材料にもなったのだった。

 

 

一時的な平穏を取り戻したアメリカ合衆国、極東アジアや西ヨーロッパの国々及び組織は、今回のたった数時間で被った同時多発的特殊災害の被害を鑑みて、ファンタス星人襲来時よりも大規模な防衛計画の訂正、追加が為されることとなっただけでなく、EUはベルリンや各地の復興に全力を注ぐことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『我々豪州連合は!本日18時、旧ソロモン、トモス島に形成されていたギャオスの巣である"ギャオスハイブ"に新型特殊爆弾を使用!これを消滅させることに成功した!』

 

 

そしてこの日、国連にてオセアニア・東南アジア諸国機構"豪州連合"がオセアニアにおけるギャオス殲滅に成功したという発表が成された。しかし、その発表は今回の世界初の大規模特殊災害である通称、"欧州六月災厄"をヨーロッパが一丸となって乗り越えたという発表よりも喜ばれることはなかった。それを賞賛し拍手する者と言えば、発表会場に同行し出席していた豪州連合軍若手将校数人のみであった。

 

____________

 

約5時間前

 

オセアニア オーストラリア連邦 キャンベラ

豪州連合本部 

 

 

 

「司令、ご決断を。オーストラリア空軍、並びに豪州連合軍はいつでも動かせます。今こそあの汚らわしい鳥モドキどもをオセアニアから抹消するべきなのです!"オペレーション・メギド"の発動を!」

 

豪州連合軍の総司令官は重大な決断を連合空軍参謀長に迫られていた。

 

「しかし、だ。バスク君。キミはあの恐ろしい破壊兵器を使うことに戸惑いなどはないのか?私は恐ろしい…あのような兵器を使い始めればどうなってしまうかと……。それにメギドは最終手段ではなかったのか?」

 

総司令官の言葉を強引に遮り、参謀長のバスク・オム大将は自身の掛けている丸型ゴーグルをかけ直しながら自論を展開する。

 

「破壊兵器…と言いましてもこの"N2"は違います。コイツは環境を汚染して悪影響を与えるといったことはまったく無く、目標のみを殲滅することに重点をおいた、我がオセアニアが実用化した希望の象徴であります!! 

史上最も"クリーンな破壊兵器"で、核などと言う死の灰を撒き散らすような邪悪と比べるなど言語道断でありますぞ!…たしかに周辺地域には爆発による多少の被害が現れましょう。しかし、それだけならばのちに環境団体やらなんやらを向かわせて島を復興させるように金を与えてやればいいのです。どの道、世論が文句を言える立場はどこにもありますまい。

ゴホン!…ギャオスハイブは緻密な地下構造を有しており、今や島中に広がっていると思われます!もはや地中貫通爆弾(バンカーバスター)をいちいち使っている時間などありません!!現に中東での米英有志連合軍はハイブ内での戦闘により、殲滅作戦ではそれが全被害の約4割を占める結果となっているのは、司令もご存知の通りでありましょう?」

 

「それもそうだが………」

 

「ここで通常戦力を投入し、無駄な犠牲を出したとなれば他国に示しがつきません」

 

「キミは…メンツを気にしているのかね?」

 

「いえ、戦線に赴く兵士たちのことを思っての発言であります。さらに言えばギャオスは短期で突然変異を誘発する恐ろしい生物です。仮にトモス島上陸部隊を派遣した際に、彼らとの戦闘に適応しようとして異常進化を遂げるやもしれません」

 

「他にもやり方はあるはずだ…」

 

「失礼ながら、このような事態に陥ってしまったのは、各国の碌な知識を持たない多数の楽観論者と公民、既存兵器の性能に慢心した軍将校が招いたものであります。現在のギャオス大量発生や朝鮮半島のガンQ再出現、過去に遡ればクモンガの中米拡散はその具体的一例に過ぎません! 近年我々の地球は、オセアニアは絶えず、様々な危機に晒されているのです!地球……我々の愛する故郷の平和を揺るがせない為にも、我々はN2を生み出したのです。そしてそれが使われる時が来ただけのこと。司令、ご理解ください」

 

「…………」

 

「最早一刻の猶予もありません。現に、オセアニア地域はワームホール形成の一因であると言われている大気内の異常磁場が極東、ニホン列島に次いで強力であり、今この時間にも新たな脅威が芽吹いてるやもしれません。ここでN2の力を証明し、オセアニアからギャオスの脅威を消しさり次に来たる脅威に備えなければ、我々のオセアニアが将来被るであろう被害は計り知れないものとなるでしょう。オセアニアだけでなく、世界を救うためにも、今動くべきなのです。我ら空軍の戦略爆撃隊は準備を完了しております。オペレーション・メギドの承認をお願いしますッ!司令!!」

 

「だが………しかし……」

 

「………既にトモス島を領有しているソロモン政府、オーストラリア政府や連合議長からも承認を得ています」

 

「なっ!? このタイミングで彼らがあれの使用に肯定しただと!! …これもキミたちが温めていた計画の内か……バスク大将…?」

 

「フッ……あとは連合総軍を指揮する司令長官殿の許可さえあれば……」

 

バスク大将の強硬的な主張に対しての具体的な反論を持ち合わせてはおらず、また自身が政府や軍から既に切られた状態にあると理解した総司令官は遂に折れ、新型破壊兵器___N2投入の形だけの承認してしまったのだった。

 

「それならば私はもうお飾りだろう。……大変遺憾であるが………N2の使用を…許可する…。オペレーション・メギドを開始せよ」

 

「ありがとうございます!! …総司令からの命令を受諾!これより、オーストラリア、豪州連合空軍戦略爆撃隊にオペレーション・メギドの発動を通達、必ずやギャオス撃滅を完遂致しますッ!!」

 

「バスク大将、これは、N2は…遠からぬ未来に必ず人類を…地球を破滅に導く引き金になるぞ…それでも使うのか?」

 

「…ええ。力の使い方は、心得ておりますとも」

 

豪州連合空軍参謀長であるバスク大将は総司令の部屋から退出する際、隠すことなく堂々と笑みを浮かべていた。バスク大将も一軍人としてオーストラリアを、オセアニア諸国を守りたいという思いは本物であったはずである。 しかし、その根幹にあるのは旧白豪主義が変質した現在若手将校や官僚に蔓延っている"新オセアニア・オーストラリア主義"から来ていたものであった。彼が守ろうとしているものが、権益か、国の持つ理念なのか、そこに住む国民か、或いは………それはもはや分からない。

彼や大多数の人間の思想がこうなってしまったのは、オーストラリアが、オセアニアがこの世界の数々の軍拡競争について行けず置いて行かれたことも今回の事態の遠因となっているのかもしれない。先進国、軍事大国とまともにやり合えるような強力な兵器を手に入れること、作り出すことが難しかった彼らは焦っていたのだ。

 

 

「バスク大将、遂にあれを使うのですね?」

 

「勿論だムスカ君。各所に通達してくれたまえ。くれぐれも出し惜しみはするなよ」

 

「っは!!……」

 

「我々は一刻も早いオセアニアの平和を願っている。それを実現する強靭な豪州連合に、無能な老ぼれどもなど必要ないのだ。これが終わったら各省の人事を一掃する必要がありそうだな」

 

こうして豪州連合が新型破壊兵器を投入する独自のギャオス殲滅作戦、オペレーション・メギドが発動された。

 

___

______

__________

 

ソロモン領 トモス島上空

 

 

オーストラリア空軍の所属である6機の制空戦闘機"F/A-18E スーパーホーネット"を護衛として従えているのは、米軍が"B-100 コスモフォートレス"超大型戦略爆撃機を新たに採用した結果、周辺の同盟国へと払い下げられることとなった機体……東西冷戦にベトナム戦争と長く前線に立ち、合衆国にて愛用されたベテラン機体であった。オーストラリアが豪州連合を結成する以前、英連邦から離脱し米豪同盟を破棄する前にアメリカ合衆国から購入していた___戦略爆撃機"B-52 ストラトフォートレス"一機が腹に4発の"N2航空爆雷"を携えてバース島付近の高高度上空を飛行していた。

 

「エインジェル1から基地へ。当機は爆撃コースに入った。これより、N2航空爆雷を投下する」

 

『こちらもレーダーで確認している。いいぞ、やってくれ』

 

「了解した。奴らの皮膚の一つも残さず焼き殺してやる。………………投下地点座標の最終確認、軌道修正、ウェポンベイの稼働完了。爆撃態勢に入る。カバーを頼む」

 

『バベル1了解! 現在目視確認による索敵を継続しているものの、ギャオスを視認できず!やはり高高度までは飛べないか?』

 

『しかし、万が一もあります。気を引き締めていきましょう』

 

そして爆雷投下のタイミングを測っていたB-52の爆弾投下員は遂に投下ボタンのカバーを外し、ボタンを押した。

 

「______5…4…3…2……投下…!」カチッ!

 

ガチャンッ! ヒュゥウウウウウウー!! ヒュゥウウウウウウー!!

 

 

「N2投下!全四発の投下完了を確認!!」

 

「これより当空域から反転離脱を開始する。爆雷炸裂後の衝撃に備えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

N2航空爆雷が投下された十数秒後、トモス島は閃光に包まれた。

 

 

巨大な四つの火球は島全体を包み込み、投下された爆雷を迎え撃とうとハイブ内から出たギャオス諸共、跡形もなく消し去ったのだった。これの撮影を担当した偵察機のパイロットは、作戦に参加した他のパイロットたちや司令部の将校らが歓声を上げるなか、島から遥か空の上へと昇っていく見事な極大のキノコ雲を見てただ一人戦慄したと言う。

 

「これでは……核と変わらないじゃないか……」

 

次第にトモス島を覆っていた爆発による煙は晴れていき、島の変わり果てた姿がそこにはあった。本来生物多様性に恵まれた生態系を有していたこの島は、一瞬で中心部に巨大な穴を空けられ、緑の無い死の島へと変わった。消滅を免れた数少ない木も炭化し死の柱となり、ギャオスはおろか生物は蟻一匹すら生存を確認できない無の大地へと変わってしまっていた。

 

島の変容とギャオスハイブ地下構造の完全破壊、及びギャオス全滅を確認した豪州連合軍総司令部は、オペレーション・メギドの成功による終了を全部隊に通達した。

 

 

 

 

 

 

トモス島と呼ばれていた場所には、もう何も残っていなかった。

 

…………いや新たに現れたモノはあった。それは恐らく核よりも恐ろしい存在。

 

それは、"時空の歪み"。

 

ワームホールとはまた違う、何処かと繋がっている気まぐれな空間の通り道の一つである。そんなものが死の島と化したトモス島のクレーターの中心に現れたのは、偶然ではないだろう。

たしかに、ギャオスという脅威は爆雷が炸裂した瞬間にオセアニアから消え去った。 

しかし、新たな脅威になるであろう時空の歪みが、自然界では決して生まれることのない強大なエネルギーを放出してしまったがために現れてしまったのだ。それの発現には、オセアニア地域広域に影響を与えている異常磁場の存在も災いしていた。

 

近い将来、豪州連合はこの大きすぎるツケを払うことになる。そして、これは地球を、人類を滅亡の危機へと陥れるものだと分かっている者は、今はまだこの世界のどこにもいなかった。

ウルトラマンや怪獣の出現と言った、正史とは大きく違う歴史へと分岐した本世界では、たしかに正史には無かった、若しくは早い段階に起こった良い変化はあった。ただしそれらと同様に、正史ならば起こるはずのなかった、起こしてはならなかった事象や変化も決して少なくはない。

 

迫っていた脅威を排除し、それによりまた別の脅威を呼び寄せてしまったというのは、この世界の人類への皮肉か、それとも憐れみか。それは神のみぞ知る。

 

 

 

 

____________

 

北米 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

ホワイトハウス 大統領執務室

 

 

執務室には、アメリカ大統領クロケットや他閣僚が集まっていた。

 

「ハハハ…いやぁ、ノーフォークのスライムモンスターがニホンにワープしていたとは……しかも三人のウルトラマンがそれを倒したと……ニホンには本当に感謝しかないぜ。結果として面倒ごとを押し付けてしまったようなものだからな。…それにしても欧州ではゴジラやバタフライと言ったガメラ以外にも人類と共に戦う怪獣まで出るなんて誰が予想できたんだ? だがそれ以上にオセアニアのN2投入は冗談だと思いたかったが」

 

「ニホンが以前公表した古文書にはバタフライがモスラとして記述されてましたよ、大統領」

 

「ベルリンの大規模特殊災害……六月災厄と言いましたかな?あれの主戦場がベルリンだと聞いた時は流石に肝が冷えましたよ。あの時ほど、欧州全域から基地を思い切って撤去したことを後悔した時はありませんでした。もしキールからゴジラが上陸していたら、"U計画(ユニオンプロジェクト)"の一部が破綻していたかもしれませんからね」

 

「そうだ、そのU計画について聞きたかった。ヘイ、国防長官。我が合衆国とカナダ、ヨーロッパの一大プロジェクトであるU計画の進捗はどうだい?」

 

クロケット大統領に訊ねられた国防長官は、手元の資料を見ながら淡々と報告する。

 

「はい。2000年代にスタートした本計画は、今後カイジュウやエイリアンと言った未知なる脅威に妨害されることがなければ、当初の予定通り21年には計画の全内容をほぼ完遂できます」

 

「まさか冷戦終結によって中止されかけた計画をなんとか存続させていたことが、ここで身を結ぶとは…誰も考えられなかったでしょうな」

 

「グッジョブだ。その調子で続きもどんどん言ってってくれ」

 

「分かりました。…兼ねてよりU計画のシンボルでもある艦、フィラデルフィアで建造中であった"スクールシップ(学園艦)級要塞空母"一番艦、デスピナが間もなく艤装搭載に入ります」

 

「合衆国海軍は遂に小型学園艦に迫る5000メートル級空母を持つことができるようになるのか……」

 

「また豪州と中国の連中が騒ぐぞ、これは」

 

「たしかに学園艦の軍事拠点化は禁止されているが、これは元から戦闘艦として建造されたものだからね。もっとも、そう言ってくるだろう連中が学園艦に戦闘機を載っけてる時点でお前が言うかと跳ね返せるが…」

 

「何を言おうと我が国の学園艦に護衛として随伴できる十分な性能を一艦に詰め込んだ多目的空母を作っただけだぜ? たしかに艦砲や巡航ミサイルも搭載する予定だと聞いてはいるが、その矛先が必ずしもどこかの国に向けるわけないだろう? もし見当違いなことを言ってきたヤローがいたら、この俺、大統領必殺のバーニングパンチが火を噴くぜ! ……まあ、デスピナももうすぐで投入できるってことは良い話だ。これは太平洋艦隊に配備しよう。新パナマ運河は学園艦も通れる大きさだろ?小型学園艦サイズのデスピナならいけるはずだ」

 

「それは恐らく可能ですが、なぜ太平洋に?先のファンタス星人襲撃によって大西洋艦隊の稼働率が低下しているので……」

 

「ノンノン!俺の勘が言ってるのサ。太平洋の方で何か起こるぞってね。ここのところ、きな臭い。あのスーパーボムを使ってからオセアニアの連中、東太平洋にまでちょっかい出しはじめたからな。ハワイの"フェニックス"の連続稼働時間を15時間から限界ギリギリの18時間にして太平洋の監視を強化させてくれ。戦略爆撃隊はまだ出すな、少しばっかし動かすとこだけ見せておけ。こちらから仕掛ける必要は無い。奴らがやる気になったらだ。」

 

「了解しました。戦略軍と太平洋方面軍に指示を出します。……えー、引き続き説明を続けますと、2番艦"ドゴスギア"、3番艦"アートデッセイ"もフィラデルフィアでの建造が完了し次第、順次配備していきますが、これらは完成と就役まであと数年、短くても3年はかかります。また、NATOとの共同開発である〈原子力潜水攻撃母艦〉は欧州連合のイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ノルウェー、そして北米の我が合衆国と盟友カナダの各海軍工廠にて、計7隻が建造中ですが、その中でもフランスとイタリアは若干船体の建造ペースが遅いですね。」

 

「こればかりはしょうがないな。もともとU計画は北米独自で進めていた計画だ。カナダはともかく、先のファンタス星人襲来後にヨーロッパ諸国は我々が誘って入れただけ。こちらは技術提供のみしか行っていないのだから、各国の建造スピードの違いは設備の問題もあるから当然だな。こちらは気長に待っていることにしよう。これだけを聞くとニホンが単独で新型多目的潜水艦を建造していることには驚きしかないな。さて、国防長官、そろそろ本命の話をしてくれ。それが楽しみなんだ」

 

「申し訳ありません大統領。あと本命の前にもう一つ報告が。手元の資料とタブレットを見て欲しいのですが、兼ねてより開発を進めていた、世界初の人型機動兵器〈コンバットローダー・ベガルタ〉が順調に稼働実験をクリアしていると言っておきます。これは実験が完了し次第、順次生産ラインに加えていきます」

 

資料には歩行動作を行なっているところであろう二足歩行の人型兵器___ベガルタの写真が、そしてタブレット画面に映っているのはベガルタが搭載する予定の各種兵装の威力を確かめる射撃映像だった。端末の画面には大口径のチェーンガンや小型ロケットポッドから放たれる弾丸や砲弾などが標的である的に命中すると次々に破裂していく映像が映る。

それを見る閣僚達は驚きながらも感嘆している。クロケット大統領は少し興味なさげではあるが。その様子に気づいた国防長官はベガルタの説明を切り上げて話を変える。すると彼の顔も明るくなったのが分かる。

 

「……そして、大統領が楽しみにしていた本命である、〈対特殊生物用50m級機動ロボット〉…こちらも順調です。NASAの優秀な技術者たちの全面協力もあり、おそらくは来年の春前には動かせるようになるでしょう。本機はファンタス星人のUFOからサルベージした地球外超技術(メテオール)も盛り込んだ言わば究極の対怪獣超兵器です!また、ニホンには武装の一部とする予定のメーサー技術の供与を要請しています。合衆国ではもうLプロジェクトの資料すら消去してしまっていたので。ああ、そう言えば、そのニホンでも40mサイズの機動ロボットの開発が行われていると聞きましたね」

 

「ハハハ!スーパーロボットをアメリカが作り出す、これほどのロマンはないだろう? ………待て…先ほどからニホン関連でツッコミたいことが多々あるが、俺も相当な親日家である自信がある。だがやはりそういう話を聞くと、ニホンはそう……あれだ………ああ、思い出した、ヘンタイだ、そうドヘンタイだ。まったく、なんであの国はなんでもひとりででかしてしまうんだ? ロボットのネームをニホンにならって"MOGERA"と名付けてしまった自分を引っ叩いてやりたいぜ…」

 

「どんな文化からならったんですか…」

 

クロケット大統領は顔に大袈裟な素振りで両手を当てて悲しみを伝えようとしている。かなり堪えているようだ。というよりは参っているようだ。

 

「ま、まあ大統領………しかしその話題関連でしたら、現在ニホンは独自でVTOL技術とメテオールを応用した空中機動要塞をも作っているとか…」

 

「おいやめてくれ、ストップ。もういい。お腹いっぱいだ。ニホンの話題を出すのはもうやめよう。今度から報告の中にニホンの話を入れないように頼む。これだけは守ってくれ。彼らは我が合衆国の良き友人であるが、それと同時にヘンタイでもある……。全く、彼らが作っているものの方が魅力的に見えてきてしまうよ。これ以上見聞きしていたら祖国に自信が持てなくなる。はあ…ニホンにいる姪に会いたいよ、こうなったら会談と偽って訪日してでもサンダースに…」

 

大統領秘書曰く、今日のホワイトハウスでのクロケット大統領の執務ペースはモチベーションやらの関係で週平均を大きく下回ったとかなんとか。なんでも、これも全部ニホンのせいだとか悪態をついていたらしい。そして心にゆとりが欲しいあまり若干職権乱用に走りかけたとか。

 

 

アメリカ合衆国も、彼らなりに世界の警察としての役割を果たすべく、着実に怪獣や異星人に対抗するための力をつけ始めていた。彼らは日本とウルトラマンの心強い味方となるか、それとも、豪州連合のような歪んだ正義を振りかざす存在へとなってしまうのか………それは分からない。

 

 

___________

 

同時刻

 

東ヨーロッパ ロシア連邦 モスクワ

ロシア大統領官邸

 

 

「米国を中心に西側の彼らはU計画なるものを進めているようだが、我々も負けてはいないな。さて、"鉄人計画"はどうなっているかな?」

 

「はい。冷戦期、旧ソコロフ設計局(OKB-754)にて設計されていた未完の二足歩行兵器〈ウォーカー〉にも搭載予定であったと記録されている、電気伸縮式特殊樹脂をはじめとした、我が国の最高技術を余す事無く注ぎ込んだ完全な"人型歩行戦術機"______通称〈カタフラクト〉は現在オイミャコンにて試作1号機サヘラントロプス、試作2号機ピテカントロプスの組み立てを行っています。正式採用が成され、量産された暁には冷戦時の夢であったウォーカーをも超え、米国が世界へアピールしている人モドキのブリキ人形とは一線を画す人型機動兵器となる予定です。しかし………」

 

同じくロシア大統領も執務室で白衣を着た技術者と思われる者たちを集めてミーティングを開いていた。大統領が技術者の一人、頭が禿げあがっているいかにも研究者・技術者といった風貌の中年の男から説明を聞いていたが、突然黙り込んでしまった彼に声を掛ける。

 

「どうした?フラナガン博士、その言い方は兎も角、良い報告じゃないのか? なにか開発環境に不満があるのなら、遠慮せず言いたまえ。私は君たちには最高の環境で研究を続ける権利があると思っている。個人的な問題でも相談に乗ろう」

 

「いえ、大統領の用意してくださった研究開発設備と大規模な予算には我々一同大変感謝しています。

……実はですね、たしかに我々が開発している戦術機は長時間の戦闘継続能力を有した優秀な兵器です。ですが、乗り手をサポートする、そして機体の制御を行うに見合う性能を持ったOSの開発が難航しています……安全面を多少無視すれば配備は予定通りできますが…」

 

「それだけはやっちゃいかんよ!兵士達の命を軽視した兵器を作るなど、それこそ本末転倒なのだから」

 

「その通りです。申し訳ありません」

 

「いやいいのだ。…ふむ、なるほどOSが……………そうだ!それならばフラナガン博士!」

 

「な、なんでしょう…?」

 

声のトーンを上げて、勢いよく椅子から立ち上がった大統領を見たフラナガン博士は、できないのならば自決しろとでも言うのだろうかと、固唾を飲んで大統領の顔色を伺いながら話の続きに耳を傾ける。すると大統領はポケットから取り出した櫛を使って自身の自慢のオールバックをケアしながら提案する。

 

「インドに頼んでみようじゃないか!」

 

「インドですか、たしかにインドはIT産業の先進国であり古来からロシアと親交はありますが、彼らがそう簡単に協力しますかな?」

 

「彼らも強力な兵器を求めているのはご存知だろう?ギャオス討伐、それ以外ならば上海で痛い目を見たにもかかわらず、今も国境をジワジワと侵食している隣国、中国をギャフンと言わせれるような……ね。…あ、白髪が……」

 

「それならば、抑止という観点で豪州の連中が投入したN2を買うのでは?」

 

「フフ。フラナガン博士、キミは科学技術に関しては敵無しみたいだが政治や軍事では私の方が上のようだ。N2は強力な力を持っている…これは紛れもない事実だ。しかし、インドはね、その場しのぎにしかならない、一度使ってしまったらパッと消えてしまうような力を欲してはいないのだよ。それにカイジュウたちには抑止力など無意味な物ではないのかな?」

 

「はい。大統領の言いたいことは、まあ…分かります。ですから話しながら髪を弄るのはやめてください。髪が残り少ない私への当て付けですか?」

 

「いや、そうではないぞ…………ヴウン!彼の国も大量の人口、広大な土地を抱える大国だ。治安維持にも化け物の討伐にも何者かからの侵略に対しても、幅広く、コンパクトに対応できる兵器を欲している。あんな緻密さのかけらも無いおもちゃではダメなのだ。もっとも、インドはとっくに戦術核を持っている。今更、若干の高い火力と微妙な抑止力しか持ち合わせていない窒素爆弾をわざわざ買うとは思えんがね。豪州連合はそこらの判断がいけなかったな、切り札は最後まで取っておくものだ。そうそうに使って見せびらかすとは愚の骨頂だよ。…以前ならばそんな迂闊なことはしないのがオセアニアでは常識だったが……国連での発表時の会見メンバーを見るに、何かあったな…」

 

「大統領?」

 

「ああ!すまないすまない!ちょっと話をずらしてしまった。戦術機のOSのことについては任せてくれたまえ。私が直接彼らと話してくるよ。日程に無理やり突っ込んででも行こうじゃないか!なにせ白き鉄人たる戦術機はロシアの守護神になるものなのだからね。必ずインドと協力体勢を築けるよう尽力しよう。優秀なOSと機体さえあれば強化人間(ブーステッドマン)による消耗前提の狂気的な戦闘部隊なぞ作る必要もあるまい」

 

「そうですね。強化人間(ブーステッドマン)は作るべきでは無いのです。もし誕生してしまったのなら、それは憎しみの連鎖が待っているはずですから…」

 

「そのためにも私がインドに行く。…"チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ"」

 

 

キャスバル・シオン・アリスタルフ…それが現ロシア大統領の、彼の名前である。この後、インド首相との会談にてアリスタルフ大統領はインドにOS開発の協力を、戦術機の対印輸出検討というカードを使って取り付けることに無事成功した。ロシア、インドによる"新鉄人計画"の始動である。

 

 

 

 

各国がそれぞれの思惑を抱えながらも来たる脅威に備え出した。だが、来たる脅威の前触れはこの後すぐに起きる。人類の準備を待ってくれるほど、甘くはない。

 

 




どうも。春の吹雪()に襲われている逃げるレッドです。本当寒い…。

ウルトラマンが光を受け取って力を得るのは王道だって、はっきりわかんだね! ガンQ君、クモンガよりも長生きしましたね…
BGMはヒカリのテーマソングです。ヒカリ兄貴はほんへに出てはいないけど、歌詞とエクレール姉貴の心情がマッチしてると思って選曲しましたゾ。ヒカリサーガの円盤買おうかな…

米国とロシアの新型兵器の元ネタはEDFとアルドノア ゼロです。補足説明にはメタルギアやマヴラブなどからも引っ張ってきました。米露首脳はガンダム界の方々ですね…カリスマすごそう()。
この世界ではオセアニアにやべーやつらが集結してます。N2怖いなぁ、戸締まりすとこ………。軍事よわよわだから力つけるとか言ってるけどもうムッキムキになってんだよなお前ん国ィ!

学園艦があるのに今更空母保有云々という話は、個人的には他国だって中国や豪州連合といった軍事転用しそうな例外を除けば、学園艦の所属は日本の文科省にあたる部署が管理してるはずなので、よくても搭載されるのは救助用の哨戒ヘリぐらいだと思っています。戦闘機乗っけてハイ解決とはならんだろと。そんなんやったら日本海側に学園艦が航行するだけで問題になる、なりそうじゃない?
原作でも学園艦の国際条約といった詳しい話も無いし、あくまでも空母に似た外見の、学校を載せたでっかい船なので。しかも、建造コストや運用面、国際的観点から見ても、やはり通常サイズの空母の需要はこの世界でもあると考えてるゾ。

次回は姫神島の生存者の少年と黒森峰メンバーの接触回です!

_________

 次回
 予告

ハジメの弟となった少年、シンゴが黒森峰にやってきた!
ハジメや他のメンバーも歓迎するが、変に物覚えが良く頭のいいシンゴ少年は不思議な勾玉を持っていて………? シンゴが来たことによってさらに賑やかになる黒森峰。これからどうなっていくのか?

次回!ウルトラマンナハト、
【弟によろしく!】!


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第17夜 【弟によろしく!】

 

欧州の六月災厄と日本のガンQ襲来、豪州連合によるN2投下と言う報道が為されてから2日後。

日本の黒森峰学園艦は、先日の機甲科とガンQの接触未遂などがあったものの、本土の病院にて機甲科生徒の精密検査などを行った後には彼女たちを回収し、予定通り翌日には出港していた。そして現在は次の戦車道の練習試合相手となってくれた、BC自由学園と合流すべく、自由学園側の母港が存在する岡山県の第二岡山港へと向かっており、ちょうど瀬戸内海に入ったところであった。試合自体は明日であるが、寄港スケジュールの関係上、岡山への到着は本日中に終わる予定である。

 

そして今は昼過ぎ。いつもならば昼前の授業を終えて多くの生徒たちの声が聞こえてくるだろう黒森峰学園校舎にいる生徒は少なかった。どうやら今日は教師陣の会議でもあるのか、午前授業だったようである。しかし、午後からほとんどの生徒が休みと言っても、戦車道履修生は例外らしく、普段なら体育授業などで稀に使われる校庭では機甲科の戦車が一列横隊で走っていた。

 

 

「ちょっと!なにやってんの!! 列が乱れてる!3号車、修正急ぎなさい!!」

 

 

エリカが無線機を使わずにメガホン片手に一年生に対してビシバシと指導していると言う機甲科の練習風景を、遠巻きに戦車ガレージから眺めているのは整備科メンバーの男子たちである。無論その中にはハジメの姿もあった。

 

「ハジメリーダーさんや。お前さんの彼女、今日もすげー張り切ってるなぁ…」

 

「うん。まあ明日も試合だからじゃないか? おい待てダイト、俺とエリさんは付き合ってないぞ」

 

さらりとハジメとエリカをカップルとしたダイトにしっかりハジメは誤解を解く。なんの誤解かは知らないが。ダイトは両手に赤い工具箱を持って、それを筋トレ器具代わりに用いながら、意外そうな顔をした。

 

「へっ?もう付き合ってるもんだと思ってたけど」

 

「なんで?」

 

「お前とだけ距離感近いんだよ、逸見さんは」

 

「そうかぁ?」

 

「そうだぞ鈍感整備士」

 

「なんか腹立つなぁ…」

 

ハジメは鈍感と言うよりかは、一歩前に踏み出せないヘタレと言った方がハジメに失礼だが正しいかもしれない。

 

キュラキュラキュラキュラ…

 

「すいませぇん……れ、練習が終わったので、せ、整備をお願いしまぁす……」

 

「お、来たか一年生の子たち。うわぁ…戦車も人もボロボロだなぁ……」

 

「エリさん張り切りすぎたな…加減してやれよ……。みんなー!戦車戻ってきたぞー!」

 

「「「うーっす!!」」」

 

そんな雑談をしていた二人の前にエリカによって心身共にボロボロにされた一年生たちと彼女たちが乗った戦車が続々とガレージに帰ってきた。

 

一年生の戦車群がガレージに収容され始めたあたりでエリカの"Ⅵ号戦車B型 ティーガーⅡ"も戻ってきた。Ⅵ号戦車がガレージ内に停車するとエリカが降りてこちらにやってくる。

 

「お疲れエリさん。けっこうビシビシやってたね」

 

「当たり前でしょ?ウチは戦車道の名門黒森峰よ?あの子たちにはもっと強くなってもらわなくちゃ」

 

「一年生の子たちにエリさんが厳しい理由が後輩思いから来るものだって教えてあげたいなぁ…」

 

「アンタそれ言ったらまたハンバーグにするわよ?」

 

「ヒェッ…なにそれ、ハジメお前なにされてんだ…」

 

ハンバーグにすると聞いたダイトは、ハンバーグの元であるミンチ肉を想像したのか、顔面蒼白でエリカとハジメを交互に何回も見る。友人の考えてることは恐らく間違っていると感じたハジメは説明する。

 

「いや…そんなんじゃないと思うぞ、ダイトが思ってることじゃない…多分。えっとだな、俗に言う頭拳骨グリグリの刑ってやつ?」

 

…と言っているハジメの後ろにエリカが回りこみ、静か拳を作ってそれをハジメの頭部両側面に添える。そして思い切り力を入れ、めり込ませる。

 

「そうそう、こんな感じで…」グッ!

 

グリグリグリグリ~‼︎

 

「あああああああああああ!!!!!」

 

恐ろしい光景を目の当たりにして、若干ダイトは引いていた。突然ガレージ内に響いた整備科隊長の悲鳴を聞いたメンバーたちが集まってきた。その集まりには機甲科もチラホラ混ざっている。

 

「なんだなんだ?ストームリーダーどうした?」

 

「夫婦喧嘩だってさ」

 

「タクミンそれマジ?」

 

「え、逸見先輩と嵐先輩って付き合ってたんだ!」

 

「初耳ー!!」

 

「「夫婦じゃないし付き合ってもいない!!」」

 

コントでもやっているのかと疑いたくなるほど、息のあった返答である。これはもう夫婦ではなかろうか?

 

「おお…見事なハモリ。心まで息ぴったしじゃないか」

 

「偶然!偶然よ!!」

 

「拳骨食らって悲鳴あげてたのか…」

 

「履帯に足踏まれたのかと思ったぜ。なんだ彼女からの愛の鞭なら仕方ねぇな」

 

「これが愛の鞭だと!?ナギお前それホントに言ってんのか!!」

 

「まあまあ、ハジメさん。コレもエリカさんの不器用な愛情表現ですよ〜♪」

 

「そうだよハジメ君!中学の時なんてもっとチクチクしてたんだから! ハジメ君と会ってた時ぐらいだよ、機嫌良かったのは」

 

「ふ、ふーん…そう、なのか?」

 

「そこの小梅とレイラ!アンタ変なこと吹き込むんじゃないわよ!! あとハジメもそんな目で見るな!」

 

「なんの騒ぎだ、外まで喧騒が聞こえてきたぞ」

 

「あ、西住隊長…」

 

「まほさん…」

 

喧しくなったガレージ。そこに機甲科、戦車道チーム隊長の西住まほがやってきたことで落ち着きを取り戻したのだった。

 

「む、これほど静かになると寂しいな。私でも流石に傷つくぞ」

 

「隊長、指示通り一年生の指導は私がやりましたが……なにか用事があったんですか?」

 

ハジメはまほへのエリカの質問を聞いて、隊長であるまほではなくエリカが珍しく一年生の練習指揮を取っていた理由が分かった。

 

「いや用事と言うか…。ハジメ君の家関連の話でな、職員室に呼び出されたんだ」

 

「ハジメの?」

 

「へ?俺の家の話?」

 

「職員室に呼び出しってハジメ、何かやらかしたか?心当たりとかは…」

 

「んなもん無いに決まってるだろ」

 

心当たりの無い話であったため、当のハジメも困惑する。自身の預かり知らぬところで何かしてしまったのかと逆に不安になってきた。

 

「マイナスな話ではない。ハジメ君のお母様が黒森峰に来ると言われてな。本当にそれだけだ」

 

「ハジメの母さんが? 来るって言ってもまだ洋上ですよ?」

 

「ハジメの母さんってそういや美人だったよな…」

 

「そうなの?」

 

「一年生やダイトとかユウ、タクミンは知らないと思うけどな、ハジメのカーチャンはすげえ人だぜ?」

 

「企業の社長やってる人なんだよな〜」

 

「「「社長!?」」」

 

「あ、ちなみに黒森峰OGであり戦車道のスポンサーの一人でもあるからな。てか一年に二年の一部!母校のスポンサーの人を覚えておく、これ常識だぞ!」

 

「いや、普通に企業の社長ってのに驚いてるんだが…」

 

「しょうがないか、今年は恒例の交流会無くなっちゃったもんなぁ」

 

ハジメと幼少からの付き合いがあるメンバーはそれほど驚かないが、その他のメンバーは仰天して素っ頓狂な声をあげている。

 

「まあ、俺自身が社長じゃなくて母さんの方だから、特段俺がすごいわけじゃないんで…」

 

「でもアンタのお母さん、黒森峰戦車道にすごい寄付してくれてるじゃない。アンタが来なかったらこうならなかったかもよ?」

 

「うーん、そうかなぁ……? ……はっ!? 西住隊長!母さんが"今"来るんですか!?」

 

「ああ。連絡通りなら今"ここに"来るらしい」

 

「ここに?……てことは……」

 

何かを察したハジメはガレージから外に出て空を見上げる。遅れてガレージからエリカたちもやって来て同じように空を見上げる。するとどこからか何かを叩く音が響いているのが聞こえてきた。音の聞こえる方向を耳を澄まして探ると、方向が分かったので、全員がその方向を凝視して待ち構える。

 

バタバタバタバタバタバタ‼︎

 

 

「…やっぱりヘリか……だけどよりによって……」

 

「これが企業社長って感じ?すごいパワフルな登場するねぇ…」

 

「みんな空を見上げたからなんとなく分かったけども……」

 

 

「でもなんで校庭に"CH-47J(チヌーク)"停めようとしてんだよ!?」

 

 

そう……ハジメの母親、アオバが乗っているだろうヘリが機体に日の丸を付けている陸上自衛隊の大型輸送ヘリ、チヌークだった。母親がヘリに乗って学校にやって来ること自体、十分にインパクトはあるはずだが、その上ただのヘリではなく国防組織の輸送ヘリに乗ってやってくるものだから余計周囲に与えるインパクトが上乗せされ、予想の斜め上ではなくほぼ直角を行ってしまったのだ。これに驚かない者はいないだろう。天下の西住流___陸自との接点も多いであろう家系の長女ですらと口をポカンと開けて固まってしまってるのだから。

 

そしてハジメたちが呆然としている間に、ヘリのローター音も消え、開放された後部ランプからは二人の女性が降りてきた。その内の一人は服装から女性自衛隊員だと分かる。

 

「久しぶりハジメ、エリカちゃん!それにみんな!」

 

「みんな元気かしら?関東からいろいろ経由して来たの」

 

「母さん……と蝶野さん!」

 

「アオバさんの用事にちょっとついて来ちゃった!西日本には久しぶりに来たわね!」

 

「ちょっとって……」

 

アオバと共に同行してきたのは蝶野亜美一等陸尉。陸上自衛隊、富士学校富士教導団戦車教導隊所属の女性自衛官である。彼女とアオバは黒森峰女学園時代のOGにあたり、互いに面識がある。そのため今回は黒森峰にアオバの付き添いのように来たのだろう。

ちなみに完全な余談となるが、蝶野はその出撃回数の多さから今や対怪獣部隊の一つと言われている航空自衛隊の第506飛行隊___トレノ隊を率いている秋津二等空佐と婚約している。そして彼女、高校時代の全国大会にて単騎で敵戦車15輌抜きや半日に渡る激闘の末に一騎討ちでフラッグ車を討ち取ると言った驚くべき戦果を挙げている。秋津空佐にも劣らない、とんでもない実力の持ち主であるのだ。

ハジメたちとは戦車道指導で定期的に顔を合わせているため、これまた面識がある。

 

「あ、そうだわ!西住さんと逸見さんへある人から伝言を預かってきたのよ!」

 

「私たちに…ですか?」

 

「ある人?」

 

「先日のオッドアイ…民間だとガンQで通ってるのよね。そのガンQがあなたたちのいた演習場に現れたでしょ? あの時、ガンQ攻撃の第一陣だった戦車隊の隊長、枢木クンからの伝言なの」

 

「第一陣、あっ!私たちの所まで向かおうとしてた…」

 

「そうなのか?私は意識を失ってたから…」

 

「そう。未確認の異星人を取り込んだガンQの攻撃のせいで部隊が半壊しちゃってね…あなたたちを助けようとしたけど後退するしかなかったらしくて、彼、本当に申し訳ないって言ってたわ。きっとかなり悔しかったんでしょうね、あと少しだったって言ってたから」

 

「そんなことないです。その人は正しい判断をしたと私は思うし、現に私たちは生きています。だから私たちは大丈夫です」

 

「そう。ありがとね!戻ったら東富士に寄って彼に伝えておくわ!」

 

蝶野が預かっていた伝言をエリカとまほに話し終えたことをハジメは確認して、彼にとっては本命であるアオバが来た理由を訊ねる。

 

「………えっと、蝶野さんの話は分かったけど。それで母さんはどうして黒森峰に?」

 

「少し前に特災孤児の子を引き取るって話したの、覚えてる?」

 

「覚えてるよ」

 

「実は引き取った後に、私が仕事関係で家に戻れない期間が多くて家にまともに帰れないことに気づいてちゃって。それで、見てくれる人がいないのは結構危ないから、ハジメに頼みに来たの」

 

「まあ、母さんは忙しいのは知ってるからそれは全然良いんだけど、その子は本当に俺と一緒で大丈夫?あと、学園艦に小学校は無いよ?そこらへんはどうするの?」

 

「そこは大丈夫!艦内の勉強教室には話してるわ。それにハジメと一緒が良いって本人も言ってるからオッケーなの、ほら、シンゴくんもこっちに来て〜!大丈夫よ〜!」

 

「え?連れてきてるの?」

 

「だって早い方が良いじゃない。一人で家にいて寂しい思いなんかさせたくないの」

 

アオバの呼びかけに応じてチヌークの後部ランプの影から少しだけ顔を覗かせてこちらを伺っている少年がいた。数秒空いた後、こちらに走り寄ってアオバの後ろに隠れた。

 

「ちょっと緊張してるだけよ、写真で見たことないお兄さんお姉さんがいっぱいいるからね。この子、ハジメに会うまでずっと写真見てたのよ?なんとなく分かるのかもね〜人の雰囲気が。ほら、挨拶しよ?」

 

「……ぼ、僕…信吾です!9才の小学3年生です!」

 

自己紹介をすると再びアオバの影に隠れるシンゴ。ハジメはシンゴにゆっくり近づいて話しかける。

 

「はじめまして!嵐初だよ、これからよろしく!そんなビクビクしないで、元気に行こう?ここにいる兄さん姉さんはみんな俺の友達だから怖くないぞ。」

 

「ハジメお兄さん…うん、よろしく…よろしくね!」

 

「おう、それでいいんだそれで!シンゴ、お前は今日から本当に俺の弟になったんだから、なんにも遠慮はいらないからな!」

 

「うん!分かった!!」

 

「いいぞー元気な弟は大好きだー!」

 

会って数分しか経っていないはずであるのにハジメとシンゴはすっかり打ち解けていた。それを見ていたアオバは安堵する。そんなアオバの横では蝶野がサムズアップしていた。

 

「ふー…なんとなく分かってたけど緊張した〜…」

 

「グッジョブベリーナイスゥッ!!」

 

二人が見ている先には、いつの間にかシンゴとハジメの周りに整備科機甲科メンバーが集まって輪になっている光景であった。そこでは続々とシンゴに黒森峰メンバーが自己紹介をしている最中であった。

 

「俺、駒凪光!野球のことなら俺に任せろ、みんなからはナギって呼ばれてるぜ!よろしくなシンゴ!」

 

「僕は逸樹守。スーパーロボットとか好きなんだ、よろしくね。イッチでもマモルでも好きなように呼んでね」

 

「須藤拓海さ!勉強とかムフフなこととか教えれるかも。よろしく!」

 

「はいはーい!私は蕪木レイラだよ!シンゴ君よろしくねー!」

 

「佐々木大斗…うん、筋肉のことならなんでも聞いてほしいな!」

 

間髪を入れずに自己紹介を行うメンバーに対してハジメはストップをかける。

 

「おいみんな!そんな間を置かずに連続で言ったらシンゴが混乱するだろ、自重しろ!」

 

「アンタすっかり兄貴じゃない、でも、これはこれで……」

 

「僕は大丈夫だよハジメお兄さん。ナギ兄さん、イッチ兄さんにレイラお姉ちゃん、筋肉のダイトお兄さん……うん、みんな覚えたよ!」

 

しかしハジメの考えとは裏腹にシンゴはしっかりメンバーの名前を覚えていた。ハジメは歳のわりに物覚えが良すぎやしないかと感じたものの、そんなものかと割り切った。

 

「すごいな…そんなすぐに記憶できるもんなのか?」

 

「結構賢い子なのかもね、ハジメと違って」

 

「エリさんディスりすぎ…」

 

「あ!お姉さん、エリカお姉さんだよね!」

 

「え? ええ、そうよ。どうしたの?」

 

「やっぱり!エリカお姉さんはハジメお兄さんのお嫁さんなんだよね!?」

 

「そうよ………え?」

 

「うん?なんて言った弟よ?」

 

「「「え?」」」

 

数瞬の静寂が訪れ、事態を理解したエリカとハジメは顔が赤くなる。他のメンバーは『やっぱりかぁ〜』と意味ありげな目線で二人を見る。

 

「だって、僕家にいる時おばさんにお兄さんのアルバム見せてもらったんだけど、お兄さんとエリカお姉さんが写ってる写真が一番多かったから!」

 

「ほー…これもうやっぱり夫婦じゃね?」

 「以下同文」

  「異議なし」

   「肯定する」

 

「おい待て!それは幼馴染だから一緒に撮られた写真もあるわけで!」

 

「その幼馴染とくっついただけじゃないか!」

 

「「まだくっついてない!!」」

 

「頼むから夫婦コントはもうやめてくれ」

 

「好きでやってるわけないでしょ!?」

 

暫定夫婦とその取り巻きのことは置いておき、他メンバーはシンゴへの自己紹介を再開していた。ハジメたちのやりとりを見たシンゴはさらに表情が柔らかくなっていった。早くもここの雰囲気に慣れてきたのだろう。

 

「赤星小梅です。エリカさんとは中学から友達なんですよ」

 

「えっと、佐々木優って言うよ。あ、坊主な筋肉のダイトとは兄弟じゃないからね」

 

「西住まほだ。黒森峰戦車道チームの隊長をしている。よろしくな」

 

「西住隊長、自己紹介が固いっす!漢字が多いっす!」

 

「これはぁ家元の血をしっかり継いでますね…」

 

「……すまない」

 

「ぷっ、あははは!大丈夫だよまほお姉さん!」

 

「おっ!シンゴが笑ったぞ!西住隊長、もっと堅苦しくいきましょう!」

 

「ふざけるのも大概にしろ!」

 

黒森峰の戦車道メンバーが積極的に接してくれたため、シンゴは初日でバラエティーに富んでいるハジメたち整備科に特に懐いたのであった。

 

「…でもアオバさん、シンゴクンはどこで寝泊まりを?」

 

「私が黒森峰のスポンサーやってるのは伊達じゃないわ!寮の管理人さんに相談したらハジメの寮部屋か、その隣の空き部屋に住めるように配慮してくれるって話だったから、問題無いわよ!引っ越し業者も呼んであるし!まあ、シンゴくんはお兄さん大好きだから?多分同じ部屋を選ぶと思うけどね」

 

「………ハジメクンとシンゴクンって、今日が初対面ですよね?」

 

「そうだけど?」

 

「私にはまだ息子も娘もいないですが、なんですぐに昨日まで全く知らない赤の他人だったはずなのに受け入れることが出来てるのか、不思議なんです。そこのところは親であるアオバさんには分かるんですか?」

 

「全然分からないわよ?シンゴくんが持ってきた丸い小石のおかげなわけないだろうし…でもね、あれで良いんだと思う。"ウチの子たち"は」

 

「…そうですか…ま、細かいことは気にしない方が良いですね!」

 

「それじゃあ、私たちもそろそろ引き上げましょうか。あの子たちが楽しんでいるとこを邪魔したくないから。うんうん、長男坊が見ない間に大人に成長してたし、次男坊も馴染めそうだし、万事オッケーね」

 

アオバは息子たちの打ち解け様を見届けて、履修生たちに挨拶して蝶野とチヌークに乗り込んで去っていった。去る直前にシンゴが来てからの説明をして、今日はもう授業が無いことからこの場でシンゴをハジメに託した。

履修生たちも機甲科は練習後のブリーフィングに入り、整備科は昼間の練習に使われた車輌の修理点検の作業に戻った。そんな中でハジメはシンゴと二人で話す時間をまほが用意してくれたため、整備は後輩に頼んでまほの厚意に甘えることにした。

 

「シンゴ、俺のことをお兄さんって呼んでくれるのはすごく嬉しい。だけどな、さっきあんなこと言った後だけど、その…なんて言うんだ………元の家族とは違うわけだし、俺はお前のことをまだ良く知らない。本当は無理とかしてないか?……母さんも、父さんも……」

 

「僕は大丈夫!アオバおばさんもすごく良い人だし、お兄さんのことは大好きだよ。お母さんもお父さんも、みんな知ってる人はいなくなっちゃったけど、きっと天国のどこかで僕のこと見てくれてるはずだから!ハジメお兄さん、天国はあるよね?お母さんも、お父さんも、そこにいるよね?」

 

「ああ。あるよ、天国は……絶対あるさ。シンゴの父さんも母さんもみんな、お前のこと見守ってると思うぞ………うん。きっとな………」

 

「ハジメお兄さんはやっぱり優しいね。"ガメラ"の言ってた通りだよ!」

 

「え?ガメラ?」

 

シンゴの口から発されたガメラと言う単語にハジメは反応した。ガメラがシンゴに自分のことを教えたとは、どう言うことなのだろうかと。ハジメは正体を知られたのかと思い若干ながら冷や汗を流す。そんなことは知らずにシンゴはズボンのポケットから不思議な模様が描かれた丸い小石___それぞれ深緑と淡緑の二つの勾玉が合わさったようなものを取り出し、ハジメに見せる。

 

「これは?」

 

「これはね、念じるとガメラとお話しできるすごい石なんだ!ギャオスが来る前に友達と海で遊んでたら見つけて、宝物にしてたんだよ。そしたらね、ガメラと話せることが分かったんだ!」

 

以前タクミと話していた話題、日本全国の沿岸地区に住む子どもたちが海へ走って勾玉を拾うという事件があったことをハジメは思い出す。それに関連したことだろうと推測したハジメは不思議と納得がいった。実際テレビニュースでは子どもたちが勾玉を発光させるシーンを映していたわけで、原因究明のために生総研が一部の子どもたちに協力してもらい研究すると言ったことも発表していたのを知っていたからだ。

 

「じゃあ、ガメラはなんて言ったんだ?」

 

「ガメラはね、自衛隊の人たちが僕を助けてくれた後に話しかけてきてね、『もう大丈夫。君は助かる』って言ってくれたんだ。そのあと、新しい家族になってくれる人たちは暖かい人たちだからって言ってたから、僕はアオバおばさんが来た時も怖くなかったし、ハジメお兄さんの写真を見た時は早く会いたいなって思ったんだよ!」

 

「……不思議なこともあるんだな…そっか、ひとりになってたシンゴのことをガメラが守ってくれてたのか。なら、今日からは俺と母さんと、みんながシンゴを守ってやる。もう嫌な思いはさせない。ここにはな、いっぱいヒーローがいるんだぞ!」

 

「うん!分かった! ……僕も、大きくなったら、ハジメお兄さんたちみたいな強くて優しい人になれるかな?」

 

「俺はそんなテレビファイターたちみたいに強くないさ。でも、きっとシンゴはヒーローになれるぞ。絶対に。だから、これからみんなと頑張ろうな?」

 

「うん!……もしかして、お兄さんもファイターが好きなの?」

 

「ああ、そうだぞ! 初代のゲットファイターが一番大好きだ!」

 

「へぇー!僕もね、ゲットファイターが大好きなんだあ! 僕の時はコードファイターだったけど、ゲットファイターを見たら好きになっちゃったんだ!」

 

一日も経たずに家族としての絆を深めていた嵐兄弟のことを影から見守っている者が、一人、二人、三人、四人……えー、数え切れないほどかなりたくさんいた。

 

「そうか…シンゴは、言い方はアレかもしれないが、姫神島の住民の生き残りだったもんな……すごい辛かっただろうな…」

 

「やっぱり俺たちが守らないとな、あそこのシンゴと鈍感整備士を」

 

「おい筋肉、あとその嫁さんのこと忘れてるぜ?」

 

「うっさい駒凪っ!」

 

「ハジメさんは案外しっかり者だったんですね〜」

「ねえ、みんなここに集まらないでよぉ。すっごい苦しいんだけどぉ…!」

「静かにしろレイラ、あの二人の会話が聞こえないじゃないか」

「こ、これって盗聴なんじゃないかな?」

「まうまう〜」

「あのぉ、早くこっちの履帯運ぶの手伝ってくれませんかね?」

「あ、鼠屋(ネズヤ)小島(コジマ)もいるのか…ありゃ?ゲシ子がいねえな」

「アタシ踏まれてるんだけど…あとね駒凪、私はゲシ子じゃないわ足文(アシフミ)よ!」

「ちょっ、フミッ!動くなっ!あっ!」グラッ

 

 

「「「わあああっ!?」」」ドッシーーーン!!

 

 

「あれ?お兄さんお姉さんたち、こっちにいたの?」

 

「みんな何やってんだよ…」

 

 

_____________

 

茨城県 つくば市 研究学園地区

日本生類総合研究所 本部

 

 

国立の研究機関や大学、公益法人に民間企業もろもろをおよそ300以上抱えている日本最大、最先端を往く学術都市、つくば。

 

その都市の中に、生総研の巨大な本部施設が存在している。その施設内の通路では慌ただしく白衣を着た研究員たちが歩いており、それぞれが違った資料を手に持っていることが分かる。生総研は多岐にわたるであろうあらゆる分野の研究を日夜行っているのだ。人の行き交い密度が高いそんな通路を他の職員とは明らかに違う雰囲気を出した女性が二人歩いていた。一人はセミロングの黒髪をお団子でまとめているクールな高身長美人。そしてもう一人もこれまたクールで知的そうなパープルヘアーの美人である。

 

「ねえ、子どもたちはどんな感じなの?」

 

「今脳内でイメージしたことを絵に描いてもらってるの。最近だと小学生以上の子たちも施設に来てるわ。まだまだあのオリハルコンの勾玉の性質は未知数よ」

 

「ふーん……それで、資料は少しかじったけど……イメージなんかで本当に未来とかが分かるってわけ?」

 

「現代科学では説明できない超常現象よ。不確定な要素も多々あるけどね」

 

黒髪の女性の名前は千葉敦子(チバ・アツコ)。心理学者であり、現在生総研が進めている子どもたちと勾玉の研究の責任者を務めている。

そして紫髪の女性の方は物理学・ロボット工学の権威として名高い香月夕呼(コウヅキ・ユウコ)。彼女は自衛隊が以前のギャオス出現時に開発案を提出した大型機動ロボットの開発に協力している。だが実際は合同開発ではなくそのロボット開発自体は生総研に一任されており、開発用ハンガーも本研究所の地下にある。このことから生総研は国から相当の権限を与えられていることが分かる。

 

二人は会話を交わしながら、〈特能精神開発室〉と書かれたドアを開けてその部屋へと入っていく。部屋の中では、年齢がバラバラの子どもたちが何十人も大テーブルに小さなまとまりごとに座って皆が皆白い画用紙に色鉛筆で絵を描いていた。子どもたちの中には中高生も少なからず混じっている。そしてここにいる子どもたちに共通する要素は皆、例の勾玉を身につけていることだった。

 

「ほんとオカルトチックよね。それに、アンタってホント子どもにだけは優しいんだから」

 

「好きに言ってなさい…。みんなー!絵は描けたかな?」

 

千葉は香月とのやりとりの時とは打って変わって、子どもたちには優しく話しかけ絵の進捗について訊ねる。すると近くの子どもたちが自分の描いた絵を持ち、立ち上がって千葉の周りに集まってきた。

 

「チバせんせー!見てみてー、ウルトラマンだよー!青いウルトラマンとナハトを描いたのー!」

「………ギャオスとナハトが戦ってるやつ…」

「僕の描いた絵も見てよ!ゴジラとガメラが一緒にいるとこだよ!」

「オレの見た夢…ギャオスが暴れてたんだ……」

「私のイメージも、どこかの街を壊すギャオスでした……先生、本当にこんなことが起こるんですか?」

 

「大丈夫。みんなの見た悪い夢が必ず現実になるわけじゃないのよ?それに、みんなが夢を見たせいでそれが起こるわけじゃないの。逆に悪い夢を見て、悪いことが起こる前に止めれるかもしれないの、みんなのしていることは大切な人を守ることに繋がってるんだから気を落とさないで!」

 

「………この子たちの描いてる絵の統計から考えると、8割がたギャオスが日本風の街を……どこかの市街地を襲っていて、人々が泣いているって絵ね…。その他の絵もそれぞれ同じ内容で被ってるものがちらほら………これは有り得そうね…私までオカルト脳になってきたのかしら?」

 

そう呟いた香月に敦子は一旦立ち上がり、周りの子ども達に聞こえないように事実を伝える。

 

「ここで描かれた絵は将来、高確率で本当に起こるものよ。良い未来も悪い未来もみんなある。実際以前に何人かの子がガンQの日本襲来や、四国のエイダシク星人の出現と、仮称だけど、第二の赤色ウルトラマン、"インフィニティ"とナハトの共闘も描いてるの。この子たちはみんなインフィニティを『メビウス』って言ってるけど。……これらが全て偶然だなんてもう私は思えない。だから、この子たちのためにも、日本や世界のためにも、私たちが出来る限りのことをやらなくちゃ……」

 

「そうね……」

 

「こんなところにいたのか、香月博士」

 

「…戸崎大臣。どうも、いつもお疲れ様です」

 

他の研究員に案内されてきたであろう、戸崎防衛大臣が部屋の入り口前に腕を組んで立っていた。今日も彼はトレードマークの白いスーツで決めている。

 

「取り込み中のところ申し訳ないが、機動ロボットの進捗について聞きに来た」

 

「あー、"G-F計画"ですね。すいませんこっちで名前つけちゃいました。ただ巨大機動ロボット開発計画とかゴタゴタした名前で言ってるのカッコ悪いってみんなが言うので………て言うか機材の設置や人員の配置やらでまだ始まってすらいないんですがね。そこらへんの詳しいことは開発主任の早乙女博士に聞いてくださいな」

 

「ん?待て、早乙女先生は考古学の権威だったはず。なぜ彼が機動兵器の開発の監督をすることになるんだ」

 

「早乙女博士が考古学者であることは事実ですよ、でもあの人って本命は私と同じロボット工学に重きを置いているんです。それもかなりの実力で…」

 

「ならば何故?考古学者の肩書きでメディアに出ている?」

 

「あの人曰く、考古学者を名乗ってる方が胡散臭くて良い感じ…らしいです」

 

香月の返答を聞いた戸崎はまるで意味が分からず、顔をしかめて困惑していた。

なぜ考古学者であるはずの老人が機動兵器開発の現場指揮を担当しているかは分かった。しかしそれとは別に生総研側が具体的な呼称すらなかった計画に"G-F計画"と名付けたのかと言う疑問が戸崎の中で渦巻いていた。仮にも自衛隊が扱う兵器であるのだ。それの実態を隊員の上に立つ自分が把握しないわけにはいかなかった。

 

「あともう一つ。なぜ計画をその名称に?」

 

「………戸崎大臣は、特撮ヒーローって好きですか?」

 

「は? いや、ヒーローには一時は憧れていたこともあったが…好きじゃなかったと言ったら嘘になるな」

 

唐突に質問をまた違う質問で返されたが、ここでくだらない嘘をついても話が進まないと思った戸崎は正直に自分のヒーローと言う存在への気持ちを伝える。

 

「以前に自衛隊側から機体のコンセプト提案で"陸海空のあらゆる領域で行動が可能な、ウルトラマン若しくは特殊生物に匹敵する戦闘能力を備えたロボット"っていう無理難題を押しつけてきましたよね?まあ、地球外超技術…メテオールの搭載も許可してくれたのでいいですけれど」

 

「………それはすまなかったと思う」

 

「いいですよ。…計画の名称がなぜそうなったか、でしたね。………似てたんですよ、"ゲットファイター"に。さまざまな敵の特性に合わせて、戦う姿を変えるっていう設定が。懐かしいな、始まりの戦士、ゲットファイター……特撮に興味がなかった私もハマってましたから。そこで早乙女博士が言ったんですよ、子どもたちの夢を守るヒーローの名を貰うことにしようって」

 

「そのままゲットファイターにしたのか?」

 

「いいえ。ロボットの名前は可能性への跳躍と挑戦の意味を込めて……アドバンス、〈ゲッターロボ・アドバンス〉になりました。ゲッターロボは3機の大型多目的戦闘機で構成されており、戦闘機による高速飛行で迅速に作戦区域へと展開、全戦闘機が合体してロボット形態になります。合体シーケンスを変更することで陸海空それぞれに対応した形態になれるといった設計で進めようと思ってると、早乙女博士が言っていました。型式も近いうちに決めるそうです」

 

「ゲッターロボ、アドバンス……か。分かった、総理には今聞いたことをそのまま報告する。日本を守るためにはキミたちが不可欠だ。今後もよろしく頼む」

 

「はい、ゲッターロボは私たちに任せてください。最短でも春先には飛ばせるように早乙女博士に私から言っておきましょう」

 

戸崎が別れの挨拶をして退出しようとしたその時、部屋中の子どもたちが頭を抱えて苦しみ出したのだ。

 

「ううう……先生、頭が痛いです…」

 

「また頭と、勾玉がビリビリ痛い……」

 

「苦しいよぉ……」

 

周囲の職員が苦しんでいる子どもたちに寄り添い、酷い状態になってしまった子どもには救護班を呼ぶと言った行動を取り、敦子もそれに加わっていた。

 

「香月博士これはいったい?」

 

「私もはじめて見ます…」

 

「"予知熱"よ」

 

「「予知熱?」」

 

「ガメラとコンタクトした子たちは…勾玉を扱える子たちはね、数人以上のグループで固まっているとある特定の周期でこれから起こる大きな出来事のイメージが脳内に入り込んでくるらしいの。…大丈夫よ、すぐに良くなるからね?」

 

「……大きな出来事とは、具体的にはどのようなことだ?」

 

「…………予知熱で子どもたちが見るイメージはマイナスな出来事よ。プラスな出来事は頭痛や熱を伴わないの。だからこの事象が起こる場合、新たな怪獣や侵略宇宙人の出現、なんらかの災害の発生、それで少なくない数の人が死ぬ事象を予知する…これまでの研究に基づけば、必ずね…」

 

「!!」

 

千葉の口から発された衝撃の一言を聞いた戸崎は血相を変えて自身が今得なければならない回答を得る為に訊ねる。

 

「場所は!? 出現対象の正体は!?」

 

「それは、この子たちに聞かないと……」

 

「来る…来るよ………怖い怪獣が…空を飛んで…」

 

「教えてくれ!何が来る!?どこに飛んでくるんだ!?」

 

戸崎は一番自分の近くにいた少年の肩を掴んで必死に問い詰めてしまう。これで今回の自衛隊の初動がもしかしたら…いや、絶対に決まるのだ。

 

「うう…ギャオスが……まちを、壊してる………あ、女の子が、泣いてる……みんな逃げてるよ、ギャオスから………」

 

「ギャオス…ギャオスが来るのか…? ………もしもし?私だ。今から全国の部隊に出動態勢を取らせろ。責任は私が取る。…ああ。全ての部隊、教導団も何も関係なく全てだ。事情は後で話す。各地のレーダー基地には"(デン)"の探知範囲も限界まで上げ、索敵要員を増員させろ。どんな小さな光点も見逃すな」

 

戸崎は部下にいつギャオスや他の敵対生命体が出現しても対応できるよう、指示を飛ばすのだった。戸崎は自衛隊による本格的な国内での敵性特殊生物の捜索・排除を開始する前にまた新たな脅威が現れることに歯噛みした。

 

 

____________

 

福岡県 福岡市 博多区

 

 

九州の交通と経済を支える福岡の行政区の一つである博多では、今日も街中は人で賑わい活気に満ち溢れていた。そして賑わう博多の街中を手を繋いで歩いている仲睦まじい姉妹がいた。姉であろう高身長の女性はブラウンのロングで、愛想の良い笑顔が特徴的だ。一方、その妹は小学生高学年ほどの背丈と容姿で姉とはかなり歳が離れているだろうことが分かる。髪はセミロングにサイドテールで色は姉と同じブラウン。そして彼女の空いているもう片方の手には可愛らしいクマ___ボコられグマのボコのぬいぐるみの手が握られていた。

 

「お姉様、博多のシオボコ買ってくれてありがとう!」

 

「愛里寿が嬉しそうでなによりよ。夏休みに入ったら選抜チームの練習予定も変わると思うから、その時にまた行こうね」

 

「うん!」

 

彼女たちは島田姉妹。日本戦車道で西住流と並ぶ流派である島田流の生まれであり、当代家元の島田千代の愛娘たちである。姉の恵美里(エミリ)は大学2年生であり大学戦車道の選抜チーム隊長を務めている。妹の愛里寿(アリス)は実年齢は13歳で本来なら中学生であるが、戦車道でのずば抜けた才覚を持っていることにより飛び級で大学1年生として、大学に通いながら姉と共に選抜チームに所属し副隊長として姉をサポートしている。愛里寿はひどく内気な少女だが、姉の恵美里といる時だけは明るげな表情で過ごしている。今日は選抜チームの練習日程は無く、二人で地元に戻り休日を満喫していたのだ。

 

「愛里寿はボコが本当に好きよね。もうボコグッズだけで部屋が制圧されるんじゃない? 最近だとウルトラマンナハトのやつも集めてるじゃん」

 

「動画サイトで見たナハトは今までどんな怪獣にも宇宙人にも真っ直ぐに向かっていって、やられたってすぐに立ち上がって諦めずに戦う……不屈のヒーローだから。そこがボコみたいだから、ボコと同じくらいウルトラマンも大好き。あ、もちろんお姉様が一番大好き」

 

「ありがと〜!私は良き妹を持ったよ〜!!」

 

「お姉様、ちょっと苦しい…」

 

______正史に存在しなかった愛里寿の姉、恵美里の存在により、運命の歯車はさらに大きく歪んでいく。

 

「でもね愛里寿? ちゃんと大学でもいいからどこかで友達を作っといた方が絶対にいいよ。私の時みたく話せばきっと友達もいっぱい出来るし、どんどん増えていくよ。私も愛里寿といるのは楽しいけど、心配なんだ」

 

「……友達………うん…」

 

「…………まあ、今はいっか! よし!私が今度友達作りのコツをレクチャーしてあげよう!ゆっくり、少しずつ頑張っていこう!」

 

「うん。ありがとうお姉様。私、お姉様と一緒なら頑張れそう!」

 

「それなら良かった。これからも二人で______」

 

 

 

キュォォオオオオオン!!!

 

 

聞く者にとっては絶望を孕んだ咆哮が、街の空から響いてきた。

 

 

 







 ゲッターに携わる人間がいれば、その世界にはゲッターの名を冠する存在が作り出されるのは必然なのですよ…(謎理論)

 シンゴ君の容姿は、『ゼノブレイド2』の"レックス"君です。

 さて、本編は不穏な終わり方をしましたね。いったいどうなってしまうだろうか……お楽しみに!
 島田姉妹の設定は自分の第二作品、ジオン水泳部から引っ張ってきた独自設定です。ご了承ください。


_________

 次回
 予告

ギャオス、福岡県急襲!ナハト、ガメラが向かうなかで、街中を逃げ惑う人々の中にはとある姉妹の姿もあったのだった! 彼女たちの生死が、未来を変える大きな転換点となる。そして地球、ひいては並行世界すら手に入れることのできる"神"を覚醒させる"器"を求めて星間同盟も動き出す!!

次回!ウルトラマンナハト、
【災影暴走】!


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第18夜 【災影暴走】

超遺伝子戦闘獣 ギャオス・ハイパー、登場。


 

 

 

 

 

キュオオオオオーン!!!

 

 

 

 

 

突如昼の博多の街の賑わいを消しとばす咆哮が響き渡った。生物であるが故の性なのか街を歩いていた人々は未知なる恐怖から自然と空を見上げた。

 

「あれは……?」

 

「か、怪獣だ…………」

 

「……愛里寿、しっかり手を繋いでてね…」

 

「お姉様…?」

 

蒼空の一点にソレは、太古の翼竜の如き赤黒く禍々しい巨翼を広げ飛んでいた。福岡市内にいる人々が逃げようと走り出し、悲鳴も上がろうかとした時、災いの化身___ギャオス・ハイパーが口内から超音波メスを眼下の街に向けて発射したのはほぼ同じタイミングであった。

 

「来るぞーー!!!」

 

 

ズガァアアアアアーーーン!!!!

 

 

「きゃああああっ!!」

 

「ビルが….崩れるぞ!離れろ!!」

 

「あれギャオスだろ!? 空自はなにやってんだ!」

 

「ステルスがうんたらかんたら言ってただろ!多分それのせいだ!」

 

 

「お姉様!どこに逃げるの?」

 

「最寄りの地下鉄! あそこなら強度もバッチリなはずだから!!」

 

逃げ惑う人々の波に呑まれないように愛里寿の手を強く握り、恵美里は人をかけ分けながら走る。遠くからは遅すぎる避難警報が鳴っており、それの誘導に従う者など一人もいなかった。

 

 

キュオオオオオーン!!

 

ギャォォオオオオオオオオオオ!!

 

 

「おい!上を見ろ、まだ来るぞ!!」

 

「ギャオスが降りてくる!逃げろぉお!」

 

「どけよ死にたくねぇんだ!!」

 

「前よりも大きくなってないか!?」

 

いつの間にか博多上空には四匹のギャオス・ハイパーが飛んでおり、その内の一体が博多区市街地に着地。手当たり次第に街を破壊しつつ、逃げ惑う人々を捕まえては貪ると言った行為を繰り返す。残りの個体もすべて地上へと降りはじめ、それにより運悪く包囲されることになった人々は逃げ場を失う。

 

「っ!! 地下鉄までの最短ルートを塞がれた……愛里寿、こっちに!!」

 

「お姉様…私怖いよ……」

 

「大丈夫、私が愛里寿のこと絶対に守るから!」

 

 

キィイイイイイイイイン!!!

 

ギャオスは破壊の限りを尽くすため、再度超音波メスを繰り出せるよう口内にエネルギーを溜める。それによって周囲には耳障りな金属音に近いノイズが響き渡る。それにより聴覚を攻撃された市民たちは堪らず意味がないが耳を手で抑えてなんとか耳に入る雑音を和らげようとする。

 

「う、がぁあああ!!頭がおかしくなりそうだ!!」

 

「誰か止めてくれぇ!」

 

「は、吐きそうだ…うおえ…」

 

しかしノイズは一向に緩む気配はなく、耐えきれずに膝をついてしまう者もいた。

 

「うぅぅ……耳が痛い…気持ち悪いよ…」

 

「愛里寿!今は耐えて!」

 

 

ズバッ!!

 

「!! 愛里寿!」

 

ドンッ!

 

ノイズが消えたかと思った束の間、今度は何かが切れる音が聞こえた。恵美里はすぐに周りを確認すると、その音の正体を理解した。そしてすぐさま妹を守るために思い切り横に突っぱねた。

 

「えっ?」

 

雑音から解放された直後にいきなり姉に突き飛ばされた愛里寿は状況を理解することが出来なかった。

しかし恵美里がこちらを見て優しく笑い掛けてきたかと思うと、彼女の周りに崩壊したビルの瓦礫が降り注いだ。

 

 

ズガガガッ! ガシャァアアアン!!!!

 

「お姉様ぁ!!!」

 

愛里寿の必死の呼びかけも瓦礫の落下による騒音で掻き消されたのだった。

 

 

 

____________

 

福岡県 春日市 航空自衛隊春日基地

 

 

福岡市でギャオス出現の報を受けて、春日基地のトレノ飛行中隊はスクランブル発進のためにファイターパイロットたちは続々と格納庫へと走っていた。

 

『___対特殊生物A兵装で出撃! 博多にギャオス大型新種が4体飛来、現在博多区を中心に被害が拡大している!監視レーダーには反応がない。恐らくはこれらの個体も生体ステルスを有していると思われる!注意されたし!! 繰り返す!!』

 

「総員急げ! 上がれる奴から上がっていくんだ!」

 

「ギャオスめ、すぐに叩き落としてやる…!!」

 

「秋津二佐ァ!先に行きますよ!」

 

「分かった!俺もすぐに行くからな!」

 

「トレノ7が出るぞぉ!誘導員以外は下がれ!」

 

 

「秋津さん機体の方はバッチシですよ! …俺たちの街を、頼みます…!!」

 

「任せろ。ヤツらには日本を襲ったツケを払ってもらうつもりだ」

 

「ご武運を!!」

 

秋津もライトニングのコクピットに乗り込み、滑走路へと機体を走らせる。格納庫から出るとトレノ隊機が次々と離陸していた。

 

「ギャオスを街から離す。…地上にはまだ市民が残っているはずだ……急がなくては!」

 

 

____________

 

太平洋上 茨城県立大洗学園艦 校内

 

 

『こちらからは突如博多区に飛来した大型のギャオス四体が見えています! 既に市街地内の一部建物が倒壊しており、至る所から煙が上がっているため詳しい様子は分かりません!しかし、博多区には依然として逃げ遅れた市民が多数いるという情報も入っています!! 自衛隊や福岡県警も動いているとのことですが、状況は好転していません!

現場の我々笑顔テレビ報道班は、これより移動して中継を続行します!!』

 

『___はい。引き続き現場の美代さん達も気をつけて報道をよろしくお願いします。…いやぁ、これで何度目ですかね、怪獣の日本襲来は。ガンQ襲来からまだ日も浅く、今度は九州にまたやってくるなんて、怖いですね』

 

『美代さん達が移動を終え次第、再度中継に繋げます』

 

 

 

今は昼時であるため多くの生徒が食堂で昼食を摂っており、食事の片手間でテレビの中継を見ている者が大半であった。

 

「ギャオスねぇ……最近またニュースで見るようになったね〜」

 

「同じニュースばっかりで嫌なっちゃうよね」

 

「これ本当に今日本で起こってるやつ?」

 

「ギャオスって、アレなんでしょ? なんかテレビで偉い人が言ってたけど、すっっごい昔に人が作った可能性のある怪獣なんでしょ?」

 

「そうなの? 怖い〜!」

 

大勢の生徒たちが好き勝手言っている中、みほは昼前に自身に声を掛けてくれた新しい友人二人と昼食を黙々と摂っていた。それでも、ずっとだんまりとしているわけではなく質問されたらそれに答え、自分からも当たりざわりの無い質問を定期的にするなどはしている。しかしみほの意識はテレビのニュースの方へ向いていた。

 

「えぇ〜!! みぽりんも好きな男子がいるのぉ!?」

 

「た、武部さん…声を小さく……」

 

「そうですよ沙織さん、あまり大きな声で聞くことじゃないですよ〜。でも私も気になってるんですけどね〜」

 

「ごめんごめん! やっぱりみぽりんみたいな子はそこら辺もしっかりしてるんだね……で!どんな男子なの!? 幼馴染?イケメン?一目惚れ?」

 

「えっと……うん、ちっちゃい頃から一緒に遊んだりしてて…」

 

友人の一人である武部の質問に答えながらもニュースの内容を聞き漏らさないようにしているため、言葉が途切れ途切れになりながら沙織に応える。そんなみほの様子を察した五十鈴がみほに問う。

 

「………みほさん…テレビが気になってるんですか?」

 

「えっ…」

 

「みぽりん、もしかしてニュース見たかった?」

 

「あ、その…ちょっと聞いておきたいな〜…なんて…」

 

みほはそう言って答えを濁すが、本当はただギャオス関連のニュースが気になっていたわけでなく、首にかけている勾玉を介してガメラの意識を受け取っていたからであった。ガメラはギャオス撃破のために向かっているところであることも把握していた。それ故にみほは福岡の中継映像が気になっていたわけである。勾玉は今も光って熱を帯びているが、幸い制服によって隠れているため武部たちには気づかれていないようだった。

 

(だんだん勾玉に熱が出てきた…ガメラ、もうすぐ来るのかな? ………なんだろう…? 何か嫌な予感もする……。でも私が出来ることなんて、ないよね…)

 

 

_________

 

岡山県 玉野市 第二岡山港

黒森峰学園艦 戦車道ガレージ

 

 

ハジメたちもガレージの柱に取り付けられているモニターからニュースを介して福岡の惨状を見ていた。

 

「これは………ひでぇな……」

 

「あの復興前の熊本を思い出すね……」

 

「今までコイツらどこに隠れてたんだ?」

 

「よくアップした所を見ろよ。ヒレとかエラがあるぞ、進化してたんだ…きっと海中で息を潜めていたに違いない」

 

「四体のギャオスが一気に現れるとか、ヨーロッパの六月災厄と変わらないじゃない」

 

「もしかしたら六月災厄の続きなのかも…」

 

「あ…ギャオスだ……」

 

「大丈夫だぞシンゴ。リーダーや俺ら整備科がお前のこと、絶対に守ってやるからな!」

 

「………ちょっとトイレ…」

 

ギャオスの襲来というニュースに各々が様々な反応を示し、全員が不安に駆られていた。このテレビに映っているギャオスが日本国内にいる以上、どこにやってくるかも分からないのだ。最悪ここから数時間の間に岡山にやって来て学園艦が戦場になる可能性もゼロではない。

ハジメはメンバーの___特にエリカの目を盗んでガレージ裏にやってくると、流星のバッジを掴む。するとイルマが現れた。勿論イルマの姿はハジメを模した人間体である。

 

「またギャオスか…今回も数が多いからハジメも油断しないでね」

 

「忠告ありがとな。行ってくるぞ、今度はエリさんの説教持ってくるのは勘弁な。あとさっきメッセ送ったけどシンゴのことも頼む」

 

「わ、分かってるさ!同じヘマはしないよ!」

 

 

「……ホントに頼むからな……ハッ!」カチッ!

 

ハジメは勢いよく手に持っていたアルファカプセルを空に掲げてボタンを押した。そして集まった光に包まれて福岡市の方向へと消えていった。

 

_________

 

福岡県 福岡市 博多区

 

 

ズゥウウン……ズゥウウン………

 

キュオオオ…!

 

博多の街はものの十数分で四体のギャオスによって壊滅させられていた。背の高いビル群は超音波メスによってまるで木の伐採の如く切断され倒壊し、文明の証は瓦礫の山と化していた。さらには瓦礫などの落下物によって死傷した者たちが潰されて飛び出した赤い血液で道路や瓦礫の所々に赤黒いシミが広がっている。

博多は過去の佐世保や熊本よりも被害が甚大なものになっており、福岡駐屯地から出動した陸上自衛隊第4戦闘偵察大隊や西普連、特生自衛隊が現在急行・展開中であるが、市民の避難も禄に出来ていない中での戦闘はかなりの制限が掛かるものとなるだろう。避難状況の詳細確認をしようにもヘリを飛ばそうものならギャオスに撃墜される恐れもあり難しいのだ。そのため、彼らは本格的な作戦行動に入れないでいた。

 

自衛隊の救助活動や怪獣の迎撃が一向に進まない中、愛里寿は来ないはずの救援を待っていた。あの後愛里寿を突き飛ばして庇った恵美里は、落下してきたコンクリート片などによって身動きが取れないでいたのだった。姉の下半身を挟んでいる瓦礫をなんとか手で退かそうとしてもそれは出来なかった。愛里寿は自身の非力さから無力感に襲われながらも、決して泣かず、諦めずに姉を助けようとする。しかし姉はそんな苦しい状態であるにもかかわらず、笑顔であった。その笑顔には諦めの感情も含まれていた。

 

「愛里寿…私は大丈夫だから。あなただけでも逃げて。もうすぐ自衛隊や消防の人がきっと来てくれるはずだから…」

 

「いやだ!お姉様と一緒に行く!! 行けないのなら私も残る!!」

 

「お願い…逃げて。お姉ちゃんの最後のお願いだから…」

 

「最後なんて言わないで!まだこれからもずっと一緒だって、お姉様言ってたじゃん!!」

 

姉の言葉に耳を貸さず、意地でも姉を連れ帰ろうと、助けようと愛里寿は必死だった。そんな姉妹のいる道路から見て交差点奥の建物の角から、口元を赤く濡らしたギャオスが顔を出した。姉妹の姿を見つけるなり咆哮を上げてからゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 

キュオオオオ!!

 

 

「あ、あ………あぅ…………」

 

「逃げて愛里寿! お願い、逃げて!!」

 

「……いやだ!!」

 

そう答えた時にはギャオスが翼を広げてこちらへ走ってきていた。このまま動かなければ噛み殺されてしまうだろう。しかし愛里寿は動かなかった。確固たる意思を持って姉を守るように前に立つ。そしてギャオスが目前に来たその時、空から水色の光線が降り注ぎギャオスを一瞬で蒸発させた。

 

シュアッ!!

 

「ウルトラマンナハト!!」

 

ギャオスが存在していた場所と島田姉妹の間にナハトが降り立った。一度愛里寿の方を向き、手を差し伸べようとするが側面から残りのギャオスによる超音波メスを受けてよろけたところで体当たりを食らい、愛里寿たちから大きく離れてしまった。

 

 

シュッ………!

 

《あそこにまだ女の子が! でもその前にギャオスをなんとかしないと…!》

 

ギャオオオオオオ!!!

 

キシャアアアーー!!

 

《邪魔だ!…ナハトセイバー!!》

 

 

 

ズドォオン! ズドドォオオン!!

 

ゲェッゲェエッ!?

 

シュアッ!?

 

《この火炎弾は…!》

 

 

三匹のギャオスとナハトが対峙していると、今度は空から巨大な火球が数発ギャオスの周りに着弾。これには堪らずギャオスたちは空へと一時退散を始める。そこに今駆けつけたであろう自衛隊の戦闘機群が市街地から飛び立ったギャオス1体を誘導弾による飽和攻撃で撃破し、爆散させる。

火球を放った主は、後ろ足をジェット機構化し、高速飛行形態となって空中を旋回しているガメラであった。ガメラは回転飛行形態へと移行し、ナハトの横に着地。ギャオスとの戦闘に加わったのだった。

 

グルルルゥッ!!

 

《傷が癒えた今こそ、災いの影は私が倒す!星の戦士、行くぞ!!》

 

ショアッ!!

 

《ああ!あの子を助けるためにも、行こうガメラ!!》

 

 

 

ギャオス・ハイパーをなんとか1体撃破した戦闘機群はスクランブル発進したトレノ隊である。秋津は眼下に広がる博多の惨状を見て唇を噛む。

 

『大型種撃墜!! 1体はウルトラマンナハトが撃破したとのことなので、残りはあの2体です!!』

 

『赤外線誘導型なら精密な攻撃が可能です!水平射撃による斉射で片付けましょう!!』

 

「ダメだ!避けられたら未確認の生存者や市街地への被害が拡大する恐れがある! 真上から鶴瓶撃ちにするぞ!!いいか、絶対に当てろ!!」

 

 

『『『了!!』』』

 

 

 

 

 

 

愛里寿はナハトやガメラがこちらを助けられない状況になったことを理解し焦っていた。

 

 

握ってるお姉ちゃんの手が冷たくなってきた…。嘘だ、だってさっきからずっと笑顔で…笑顔で……。恵美里お姉ちゃんが死んじゃうなんてこと、ありえないよ!血なんか流れてる様には見えないし、ただ挟まれてるだけ、きっとお姉ちゃんも怖いだけなんだ…

 

「お姉ちゃん! もう少しで、もう少しでナハトが助けてくれるからね!!ガメラだって来てくれたよ!!」

 

「うん……そうだね。安心だね………」

 

「だから死なないよ!お姉ちゃんは絶対に死なない!!」

 

「あはは……愛里寿…ちゃん呼びに戻ってるよ……そんなに、悲しそうに…しなくても…いい……よ?」

 

お願いナハト…早くお姉ちゃんを助けに来て……!

 

「……愛里寿。あのね、私……愛里寿のお姉ちゃんとして生まれて………ほんとう…に、嬉しい……」

 

何言ってるのお姉ちゃん?そんな言い方、やめてよ、もうすぐお別れって言ってるような言い方、やめてよ!

 

「私もお姉ちゃんがお姉ちゃんだったこと、嬉しいから!楽しいから!! だから、頑張ってよお姉ちゃん!」

 

「ゲホッ! ……あらら…血、出て…きちゃったかぁ………」

 

「やだ、やだよ!! お姉ちゃんは死なないもん!! だってまだ一緒にたくさん遊んでないもん!戦車乗ってないもん!ねえ、お姉ちゃん死なないで!!」

 

「だいじょぶ…だいじょうぶ……愛里寿は心配屋さんだね……」

 

 

 

 

愛里寿は知らなかった。

 

実は恵美里にはもう下半身が無く、それによって動けないことを。恵美里は落下してきた瓦礫によって腰下を潰されていることを。今恵美里が生きているのはほぼ奇跡であり、それを支えているのは妹への強い想いだろう。生を繋ぎ止めているのは強い心だったのだ。

 

「愛里寿のこと、守れたから…もうお姉ちゃん…悔いは…無いかな………」

 

「やだやだやだ!! お姉ちゃん、しっかりして!!」

 

しかし、精神だけで人は動けるわけではない。無情であると思えてしまうが、それは生物として宿命であり当たり前のことである。当然、生命活動を維持するのに必要な量の体液が外部へ流れ出したり、司令塔である脳や活動を支える心臓が潰されたりすると死亡してしまう。これは人間である以上、生物である以上仕方の無いことである。ただそのタイムリミットが近づいているだけなのだ。

 

だんだんと姉の手の握力が弱まってきた。目も虚ろになり、命が尽きるのも残り僅かであることは愛里寿は嫌でも理解してしまう。しかし愛里寿を心配させまいともう片方の手で愛里寿の頭を撫でる。その手は何故か暖かく愛里寿は感じる、さきほどから握っている手はこんなに冷たいのに。

 

「ごめんね…愛里寿……ごめんね?……私ももっと一緒に愛里寿といたいよ……でも……もう………」

 

ここで初めて恵美里が涙を流した。今まで笑顔で語りかけてきた姉が泣いている。

 

「嘘だよ、ダメ!ダメダメ!! もう無理じゃない、まだ……死なないで!!お姉ちゃん!!!!」

 

「……元気でね…スマイル、スマイル………だよ。あ…………り…す………」

 

愛里寿の言葉も虚しく、姉は涙を流しながらも小さな笑顔で愛里寿を見ると静かに目を閉じた。ふっ、と愛里寿を撫でていた恵美里の手も、ゆっくりと、地面に倒れた。

 

「あ、あぁ………おねえ……ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

「フッ……遂に"器"を手に入れることが出来る……!」

 

 

 

_________

 

 

《堕ちろ!生命の紛い物!!》

 

ガァアアアアアーーーーー!!!

 

バヒュゥン! バヒュゥウウン!!バヒュゥウウン!!

 

ガメラは空を舞い、追撃を振り切ろうともがく様に逃げるギャオスに背後からプラズマ火球を連射する。火球自体がかなりの体積を持っているため、それに翼の先端が掠り、被弾してしまったギャオスは姿勢を崩してしまい失速する。

 

ギャァアアアッ!!!

 

 

《終わりだ!!》

 

ゴォオオオオオッ___ズドォオオオ!!!

 

グエッ______

 

その隙をガメラは見逃すことはなく、通常のプラズマ火球よりも出力が向上した、"ハイ・プラズマ"を即座に撃ち出した。渾身の火球は見事にギャオスの中心を捉え命中し、爆散した。トレノ隊の援護もあったが、それでも一体ではあったものの、ギャオスの上位個体であるハイパーと空戦に入ってからたったの数分で倒してしまえたのは、ガメラの戦闘能力の高さも起因しているだろう。

 

『ギャオス撃破!』

 

『すごいな……ガメラは……」

 

『地上のナハトと戦偵の援護に回るぞ!続け!!』

 

 

《うむ、見事な連携であった。新たな人類も成長しているということか…。星の戦士の方は……》

 

 

 

 

セアアッ!!

 

《三日月光輪・連!!》

 

地上では果敢にも地上戦を仕掛けるギャオスとナハトが争っていた。ナハトは手を合わせ、ゆっくりと開いていき、その手の間に黄色く輝く何枚もの小さな"三日月光輪"を生み出す。ナハトが腕を左右にスライドさせると、それらは大きく半円を描くようにギャオスへと飛びすべてが両翼に命中し、ギャオスの翼は根元から切断され致命的な損傷を受ける。傷口から夥しい量の血を噴水のように飛び散らせながら悲痛な悲鳴を上げるも、ナハトは容赦はしない。

ナハトは胸の前で腕をクロスさせ勢いよく後ろへ引くと、頭部ランプとライフゲージが輝く。

 

ハァアアッ、ジュワッ!!!

 

《チェンジッ!スピリット!!》

 

瞬時に全身が紺碧色である俊速の戦士、スピリットスタイルとなる。その後、左腕に装着されてあるナハトアームズから光弓___ナハトボウガンを出現させ、光の矢を連射する。それらは寸分違わずに全ての矢がギャオスの胴体に突き刺さった。

 

ギャオオオオオオオオオ!!!! ギャァアア!!

 

《お前たちは、この世界にいてはいけない奴なんだ!! 明日を生きようとする人たちの未来を、お前らに邪魔されてたまるかぁああっ!!!》

 

…………シュアッッ!!

 

《三日月光輪・斬!!》

 

ナハトは素早く両手を斜めに広げる。するとそこからは巨大な三日月状の光のカッターが作り出されギャオスに叩きつけられた。ギャオスは自身に何が起こったのかを認識する前に半身が斜めにずれ落ち、破片を周囲に撒き散らしながら爆散した。

 

 

ズゥウウゥン……‼︎

 

ピコンピコンピコンピコンピコン___

 

《くっ…やっぱり光線と光輪の連続使用は体力の消耗が激しいか…気をつけないと……》

 

ナハトは力が抜けたように地面に膝を着く。そして遅れてライフゲージが赤く点滅を始めた。空にいるガメラはギャオスの全滅を確認すると、空高く飛び去っていく。

 

《さらばだ星の戦士。私は目覚め出したギャオスどもをあの黒龍たちと共に片付ける。また会おう。…そしてあの少年を頼むぞ》

 

《ああ。シンゴのことは任せてくれ。俺たちが守っていくから…。そうだ、あの子は……?》

 

 

 

『ギャオスの殲滅を確認した。これより我が隊は地上部隊に任せて春日基地に帰投する』

 

『これは…熊本を彷彿とさせるほどの……』

 

「また多くの人が亡くなった。彼らの分も精一杯我々は生きていかなければならないだろう。今回の犠牲を決して無駄にしてはいけない」

 

『間もなく地上部隊が救助を開始するようですね』

 

「なんとか我々も一つの苦難を乗り切ったと思いたいな……」

 

 

 

ギャオス・ハイパーは全て倒し切ったものの、平穏はそうすぐに戻ってくるわけではない。響かなくなった怪獣の咆哮の代わりのように、街はすぐに緊急車両のサイレンで満たされた。怪獣は退けたが恐らく博多区が以前と同じ景観と日常に戻ることは二度と無いだろう。街と人の心の復興には、途方もなく長い年月が掛かるのだ。

今回の犠牲者は政府がのちに把握する際の統計でも軽く5桁は超えており、そこに行方不明者も足せば馬鹿にならない数字となる。それらの数字も時間が経てば今後も増えていくはずだ。日本は、九州は、今までで最大の特殊災害に見舞われたのだった。

 

そして、この何とも言えない虚しい雰囲気に拍車を掛けるように、いつの間にか空は濁った灰色の雨雲に覆われていた。

 

ポツポツ…ポツ………ザァーーー!

 

______博多を包むように降り出したその雨は、とても重く、冷たく感じるものであった。

 

 

 

 

ハジメがガメラとの思念による会話を終えた時、ナハトの足元から声が聞こえてきた。それは愛里寿からの叫びに近い呼び声であった。

 

「ナハト!お姉ちゃんを助けてよ!!」

 

《!!》

 

「お姉ちゃんが目を覚さないの…ナハトなら助けれるよね? ねえ助けてよ!!ナハトはどんな時も諦めないヒーローだから!助けれるでしょ!!」

 

《…あの女の人が、この子のお姉さんなのか…?》

 

ナハトも瓦礫に挟まれた愛里寿の姉、恵美里の存在を把握した。しかし、それと同時に恵美里の生命反応が消失していることにも気づいてしまう。

 

《………ごめんよ…一度消えた命を…甦らせるような能力は……俺は持ってないんだ……》

 

何一つ動きを見せないナハトを前に、愛里寿は声を荒げる。その目元は赤く、顔を流れている水滴は決して雨水だけではない。

愛里寿は知っている。薄々姉は生きてはいないと知ってはいるが、その事実はまだ幼い少女には耐えがたいものであったのだろう、そう。認めたくないのだ、最愛の人がいなくなったと言うとことは。認めたら、心の支えが消えて崩れてしまうから。

 

「ねえ、なんで何もしないの!? 助けてよ!早くしないとお姉ちゃんが…お姉ちゃんがぁ………」

 

《…………》

 

ナハトは、ハジメは自問自答を繰り返していた。今の自分に目の前で泣き崩れそうになっている少女に一体なにが出来るのだろうかと。

そしてナハトは取り敢えず瓦礫を取り除き、恵美里を愛里寿へと返そうと考え、片膝をつき恵美里の方へと手を伸ばす。

 

「………助けてくれるの?」

 

《せめて……俺に出来るのは…これくら___あっ!!》

 

ハジメは瓦礫を退かそうと恵美里の真上にあったコンクリートの塊を掴んでわずかに上へと上げた時に気づいた。恵美里の腰から下が潰れて原型を留めていない___ それを見てしまったハジメは絶句し、震える手で持ち上げようとしていたコンクリートを元の場所に戻す。その行為を見ていた愛里寿は混乱する。なぜ姉を助けるのをやめるのか、それが分からなかった。もしや、諦めろとでも言っているのかと愛里寿は思った。

 

「なんで!?なんで途中でやめるの!? お姉ちゃんはきっと苦しいはずなんだよ、早くそこから出してあげてよ…………なんか言ってよ!!ナハト!!」

 

《…………ごめん…》

 

愛里寿の叫びにナハトは俯いて拳を握り耐えることしか出来なかった。ナハトの額を流れる大粒の雨水は、まるでウルトラマンが泣いているようにも見える。ハジメは悔しいが愛里寿にこれ以上のショックを与えてはいけないと思ってこのような動きをしてしまった。

ナハトは、愛里寿に対して何も言わない。それが愛里寿のヒーローに対しての憧れが失望と憎悪に変えさせるのには十分なものだった。

 

「……私、どんな時も諦めないで、果敢に立ち向かっていくナハトが好きで…ウルトラマンが好きで………好きだったのに……こんな、こんなヒーローなんかいらない!!私の大切な人を守ってくれなかったヒーローなんて、いなくなっちゃえ!!」

 

《違う…。俺は…助けようと……》

 

「ヒーローなんか…大っ嫌い!!!……壊す、絶対にいつかアナタを私が壊す。怪獣も、ウルトラマンも、私を不幸にしたものを必ずいつか全部私が壊す!!」

 

愛里寿の目はもう澄んだ光は灯っていなかった。ただ自分が憎悪している相手を睨む瞳はあらゆるものを燃やし尽くすようなドス黒い焔で、熱く強く燃えていた。

 

《……俺は………違う、違うんだ…俺は…俺は………》

 

初めて人から巨大で明確な憎悪を向けられたハジメは、整理出来ない感情を持ったまま、エネルギー切れ寸前になっていることに気づかず、ナハトとしての姿を保てず霧散していく。

そして愛里寿へと手を伸ばそうとして光の粒子となって全て消えていった。

 

ザァーーーーーーー!!

 

ハジメの声は降り続ける冷たい雨に遮られ、愛里寿に届くことは無かった。

 

 

 




………はい。愛里寿嬢には堪えていただきたいところです。
この二人が次章、原作で劇場版にあたる第二章でのキーパーソンとなります。
マイナス感情を利用するのは影法師だけではありません。
 恵美里お姉さんのイメージはブルアカの一之瀬アスナです。

※主人公設定の挿絵に、ガルシアさんのイラストを新しく貼りました。
リクエストを送ってくれたエメトリウムさんと、イラストを描いてくれたガルシアさんには頭が上がりません。本当にありがとうございました。


_________

 次回
 予告

一人の少女を救うことが出来なかったハジメは初めて味わった罪悪感に囚われながらもシンゴと共に静かに帰路に着く。
そして惨劇の中心にいた少女___島田愛里寿の心の闇を利用しようと星間同盟が静かに手を伸ばしていた!

「___私は、絶対に許さない…」

次回!ウルトラマンナハト、
【地獄の暗躍】!


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第19夜 【地獄の暗躍】

地獄星人 ネオヒッポリト星人、登場。


 

 

 

「お姉ちゃん……返事してよ…嘘だよね…?そうだって言ってよ…いつも通り笑顔で私と話してよ………」

 

愛里寿はナハトが消えた後も姉の恵美里の側に座り冷たくなってしまった姉の手を握って姉にはもう届かないと分かっていても話しかけずにはいられず、泣いていた。

 

「…………酷いよね……お姉ちゃんきっと苦しかったはずなのに、私、何も出来なかった……ごめんね…」

 

「______キミが、シマダ・アリスか?」

 

「!! 誰……?」

 

愛里寿は気がつくと自分の目に前に立っていたサングラスに黒い帽子を被った黒服の男に驚きながらも恐るおそる尋ねる。

 

「誰、か……ふむ、キミたち地球人に分かりやすく言えば………私は宇宙人と言うことになる」

 

「宇宙人……! お姉ちゃんには触れさせない!!」

 

目の前で自分を見下ろすように立っている男は、見た目は確かに人間である。しかし愛里寿は宇宙人のワードを聞くなりより一層警戒感を強め、倒れている姉の前に両手を広げて庇うように立つ。

それを見た黒服の男は首と腕を横に振りながら誤解を説こうと説明を始める。

 

「待ちたまえ。そう身構えなくてもいいのだ。私はキミに危害を加えるといったことはしない、むしろキミとそこの彼女を助けたいのだよ……キミの姉をね」

 

「……私のお姉ちゃんを? なんで?」

 

「最近、侵略異星人の登場によって私たちのような善意を持つ種族まで疑いの目で見られるというのは……いやはや、とても世知辛いな……。ああ、すまないね。なぜ私がキミの姉を助けるのか…だったかな? その答えは簡単だ。ただキミを助けたいのだ。私はキミのウルトラマンへの呼び掛けを見ていたが、キミの姉を想う姿に胸を打たれた……これほどまで清らかな心を持った少女が、このような理不尽で、不幸な目に会うのは違うと思ってのことだよ。

そうだった、まだ私の名前を言っていなかったな。私の名は…ヒッポリトだ。もしくは……そうだな…癒し手(ヒール)とでも気軽に呼んでくれ。」

 

自身の目的を伝えた男___ネオヒッポリト星人は、腕時計を触ると姿がボヤけ出し黒服姿から、蒼空の如きマントを羽織った二つ目の赤い宇宙人の姿へと変化した。一瞬の出来事に愛里寿は驚くが、彼なりの誤解の解き方だろうと考えた愛里寿は質問を続ける。

 

「…じゃあなぜ、ヒールはあの時、来てくれなかったの?」

 

「この地球にやってきたすべての宇宙人は今まで侵略目的であっただろう? ウルトラマンナハトはこの星の意思のような物だ。仮にも私は宇宙人であり、本来この星には存在しない異物……もしもウルトラマンの攻撃基準がその異物を基準に判断されるものだとしたら、私も消されるだろう。だからあの時はかなり苦しかったが私は出るのを堪えていたのだ。申し訳ない……」

 

深々と頭を下げる赤き異星人に対して、愛里寿は他に気になったことについて質問する。

 

「それは理解した。でも…さっき言ってた、ウルトラマンナハトは地球の意思ってどう言うこと?」

 

「ウルトラマンは完全無欠な全知全能の存在でも、どんな悲劇の物語をも終わらせられる…機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)でも、ない。かの存在は地球全体の守護者なのだ。小の犠牲を無視して大を救う……守る者の本質とは残酷なものだよ………そしてその犠牲に偶然キミの姉も入っていたわけだ。キミの姉は"見捨てられた"のだ、守ってくれると思っていたヒーローに、もう間に合わない、助ける必要はない命だと、犠牲になる命であると、判断された……実に悲しいものだ………」

 

「お姉ちゃんは……見捨てられた…?助ける必要なんかない命? おかしいよ、ヒーローなら助ける人を選ぶ、そんなこと、絶対にしない……見捨てていい命なんてない…」

 

愛里寿のヒーロー、ウルトラマンへの懐疑心がさらに増長したと判断したヒッポリトは、小さな単眼で器用に笑みを浮かべながらさらに続ける。

 

「そうだとも。そんなことは本来あってはならないのだ。私はそんな理不尽さを宇宙から無くす為に旅をしている者たちの一員だ。だから、キミの姉を、エミリを助けたいのだ……これで納得してくれたか?」

 

「本当に…助けてくれるの?」

 

「ああ。私たちの持つ技術ならば、死者の蘇生が可能だ。…だが思いやり無き善意の押し付けは悪意と変わりない。アリス、キミが選んでくれ。キミはどうしたい?」

 

果てしない喪失感と深く冷たい憎しみを患っていたこの時の愛里寿が、ヒッポリトの甘い言葉に乗ってしまうのは必然であっただろう。

 

「………お願いヒール。お姉ちゃんを生き返らせて!! そのためなら、私、なんでもする!!」

 

 

 

___愛里寿は悪魔の誘いに乗ってしまった。

 

「…分かった。キミのその気持ちは嬉しいが、安心してほしい。私は見返りを求めないよ。…私はありとあらゆる労力を惜しまない。必ずやエミリを救ってみせよう。だからエミリを一時的に私の施設に移送する。

エミリの蘇生を終えたら、私がキミに詳細を伝えに会いに行く。その時にこの装置を押してくれれば、我々の施設に転移することが出来る。施設から出る時は私が送るよ。さあ、持っていてくれ」

 

そう言ってヒッポリトは愛里寿の手にスマートフォンに似た機器を握らせる。愛里寿の目には光が微かに戻っていた。希望を見出した愛里寿は恩人となるヒッポリトに感謝の言葉を伝える。

 

「ありがとうヒール。私、これで救われる……感謝しかないよ…」

 

「任せてほしい。……さて、蘇生は設備のある私の施設で行う。そのため転移装置を使って今からエミリと周辺の瓦礫ごと全て施設に転移させる。アリス、下がってくれ」

 

「うん。」

 

愛里寿が瓦礫の山から降りて退くのを確認すると、ヒッポリトは両腕を恵美里の方に向けて、転移のために必要な処置を始める。すると恵美里の周囲が紫色の膜に包まれたかと思うと、消えてしまった。

 

「………これで、蘇生のための下準備は出来た」

 

「どのくらいでお姉ちゃんに会えるの?」

 

「心配せずとも、リハビリを含めて半年も掛からずにまた共に生活出来るようになるだろう。そう時間は______」

 

 

バタバタバタバタバタバタ!

 

「自衛隊………ウルトラマンやガメラと同じ……助けてくれなかった……」

 

「ニホンの国防組織の…救助隊か……ならば、そろそろ消えるとしようか」

 

愛里寿らの頭上を編隊を組んだ陸上自衛隊のブラックホークが通過していく。恐らくはここ以外の場所にも向かっていっているのだろう。それを見たヒッポリトは愛里寿に別れを告げて何処かへと歩いていく。

 

「直にここにも救助隊が来るだろう。私はここで失礼する。さらばだアリス。エミリの蘇生は私が責任を持って成し遂げることを誓おう」

 

「うん。またねヒール。お姉ちゃんをお願い…」

 

「悩みがあるのならいつでもその端末で私を呼んでくれていい。どんなに些細なことでも私がキミの力になろうじゃないか。 そう……例えそれが、ウルトラマンや怪獣を消したいと言う願いであっても、ね。 …私だけはキミたちの味方であることを、忘れないでほしい。私は常に力無き者の味方だ」

 

ヒッポリトはそう言い残すと先ほどの恵美里を転移させた物と同じテレポート能力で消えた。何も無くなって場所に、愛里寿が一人だけ残された。しかし、彼女は孤独を感じてはいなかった。姉が帰ってくるのなら、これくらいどうと言うことはないと。

 

そしてそこから数分経ったあたりで、ようやく自衛隊の救助がやってきたのだった。

 

「誰かーー!!いませんかー!!!こちらは自衛隊です!!!」

 

「……!! 生存者、一名発見!女の子です!」

 

「キミー!もう大丈夫だ!!よく耐えた……よく耐えてくれた!!」

 

「ここら一帯で見つかったのはこの子一人か……」

 

「ギャオスはガメラとウルトラマンナハトが倒してくれたから、安心しなさい。ほら、寒いだろう、この毛布を羽織っていなさい」

 

「家族の方はいるかな?」

 

 

 

「……いいえ…私一人です」

 

 

 

 

 

 

「96式をこちらにも回してもらえるのか?」

 

「被災者を徒歩で避難所まで行かせるのは酷というものだろう。本当なら自分たちが送ってやりたいが、こちらは東部へも向かわないとならないからな」

 

「ガメラとナハトが来なかったらさらに被害が拡大していたかもしれない。そこは感謝だな……」

 

 

 

「………私は、絶対に許さない…たとえ、お姉ちゃんが戻ってきても…!!」ジッ…

 

「ん?何か言ったかい?」

 

「……いえ、何も…」

 

「そうか……必要なものとか有れば言って欲しいな」

 

「…ありがとうございます……」

 

自分のことを助けに来た自衛官には愛里寿は殆ど反応しなかった。ただ最低限の会話のみである。だが、ナハトという単語を耳にした時、ヒッポリトとの会話時と打って変わって愛里寿は身体から滲み出そうなほど激しい憎悪で一杯の感情を含んだ重い言葉を誰にも聞かれない程の小さな声で、しかしハッキリと呟いたのだった。それは、自分と姉を見捨てて去ったであろうウルトラマンナハトと、日常を壊した怪獣___ギャオス、そして無能な周囲の大人たちへ向けたものであるのは、想像に難くなかった。

 

 

 

____________

 

 

黒森峰学園艦 戦車ガレージ前

 

 

 

 

「あ、ハジメ!お帰り!」

 

「…ん、ああ…イルマ、ありがとな」

 

「うん。でも……ハジメどうしたのさ、いつものキミじゃない…」

 

「………ちょっとな、うん。気にしないでくれ…」

 

「え、あっ………行っちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は知っている。

 

「ねえ、アンタ何かあったでしょ」

 

「いや…気にすんな……」

 

ハジメが"気にするな"と言う時は嘘をついていると知っている。いつもの口調ではなく、突き放すような言い方になるからわかる。コイツがガレージに戻って来ないと思っていたら入り口手前のベンチに一人で座っていた。先ほどからずっとこの調子だ。今はみんなガレージ内でテレビをまだ観ているため、気づいているのは私とついて来たシンゴだけだ。

 

「ギャオスのニュース見てて嫌な記憶とか出ちゃったの?」

 

「違う…そんなんじゃない……気にしないでくれ…」

 

「お兄さん、どうしたの?具合が悪いの?」

 

「気にすんなシンゴ、なんでもないから…」

 

コイツがこんな風に何も無いと言う時は、嘘をついて何かをはぐらかしている証拠。私は知っている。小さい時も、しょっちゅうそれはあったから。私が嘘をつくのはやめろと言ってしまってからは聞くことは無くなっていたけれど。それが再発したってことは、コイツに何かあったとしか考えられない。シンゴも心配しているのが分かる。

 

私は知っている。似たような出来事は、過去に何度もあったから。

 

_________

______

___

 

そう、お互い幼かったある日は___

 

「ハジメのバカ!!なんで遅れてきたのよ!」

 

「なんでもない…ただすっころんで泣いてただけだよ。……その、気にすんな」

 

「ふん!バチが当たったのよ!!」

 

 

またとある日は___

 

「どうして約束破ったの!? すぐ私のお家に遊びに来るって言ってたじゃない!!何か嫌なことでもあるの?」

 

「………なんでもない、イッチと会っただけ。気にすんな」

 

「気にすんなは今ハジメの言うセリフじゃないわよ!!バカジメ!!」

 

 

またまたとある日は___

 

「ハジメ、ビショビショな格好でなんで来たのよ!それに、また転んだの?あっちこっち絆創膏なんか貼って」

 

「そんなもんかな…まあ、気にすんな」

 

「そーゆーところがドジなのよ!」

 

 

ハジメが怪我して来たのも、約束の時間にかなり遅れて会いに来たのも、服がびしょ濡れで体のあちこちについた擦り傷に絆創膏を貼っていたのも。その中の絆創膏の一つがなぜかボコのデザインだったのも、それらが全部誰かを助けた証だったことに私が気づくのが、いつもハジメ本人ではなく他の人間によって説明された時であったのは、アイツに対しての申し訳なさと何故自分を頼ってくれないのかと言う憤りが混在していたのは今でも鮮烈に覚えている。

 

「いやぁ〜嵐さん家の長男君がね、儂が麓で落としたケータイを見つけてくれたんだよ!藪に突っ込んだりして切り傷とかも作ってたけんど、颯爽と去っていかれてね〜。いやはや、ホントに助かったんだよ〜」

 

「………」

 

 

「え?ハジメが僕と会って遊んでたって? いや少し違うよ、ハジメが神社の階段を上がっていたお婆さんを見つけて、一緒に助けたんだよ」

 

「そうなの?」

 

「え? エリカちゃんはハジメから聞いてないの?」

 

「………」

 

 

「みほがヒカル君のお家に遊びに行こうとしてたらね、あの時のいじめっ子と会っちゃったの。そしたらあいつが叩きに来て……でもでも、ハジメ君とヒカル君が飛びかかっていって助けてくれたの〜!」

 

「じゃあ、あの絆創膏…」

 

「うん!みほのお気に入りのボコバン、ハジメ君ケガしちゃったからあげたの! もちろんヒカル君にも!」

 

「…………」

 

 

____

______

_________

 

 

今までハジメのしてたことを知らなかった自分が恥ずかしかった。誰かのために動いていたアイツに誤解していたことを謝ることも出来なかった。それでもアイツは私が問いただすとしらばっくれようとしたことには腹が立った。アイツ曰く、褒められるためでも自慢するためにもやっているわけでもないから言う必要はないとのこと。

 

違う、それなら、遅れた本当の理由を私に教えてくれたっていいじゃない。手伝えることだってあるかもしれなかったのにと思う。しかし、幼い頃の私は自分なりにその答えを導き出せたと思う。アイツは私を守らないといけない存在としか認識していないのではないか、共に何かを成し遂げる仲間ではないのではないかということだ。嬉しい半面、それを惨めに感じ、虚しさと不安に駆られた私は、さらにハジメに質問した。しかし、返ってくる答えは___

 

友達だから。

 

エリちゃんのことが好きだから。

 

二人だけの約束をしたから。

 

___であった。必要かどうかじゃなく、私が弱いからと言うわけではないらしい。その答えを聞いた時、またはぐらかされたと思ったが、今思うとアイツなりの正直な答えだったのかもしれない。

いけないいけない、話がかなり逸れてしまったが、つまりアイツの嘘をいろいろあった私はなんとなく察知できる、と言ったところだ。

私を何度も助けてくれたコイツの助けになりたい。私が取り除けるものなら、それをやってやりたい。

 

 

「いや、アンタ、一人で抱え込んでるでしょ」

 

「……………」

 

「エリカお姉さん……」

 

「こうなったらダメね…」

 

コイツは一度黙り込むと意地でも自分からは何も言おうとしない。こうなってしまうと何をどう聞いても無駄だ。だから私は遺憾ながらも今回は引き下がることにする。言いたく無いなら、無理に聞く必要は無い。

 

「分かったわよ。無理はしないで___「もしも、もしもさ…」___うん、聞いてるわよ」

 

「……命を落とした人の命を助けてって言われたら、どうする?」

 

ハジメはいきなり顔を上げて私の目を真っ直ぐに見てきた。誰かに、なにかに縋りつこうとしている必死な目。何が正しいのか迷っている目。そんな瞳で私を見てきた。私は一瞬たじろいでしまった。

 

「えっ、どうするって言ったって……どうも出来ないじゃない。だって……死んだら生き返ることなんて、ありえないんだから……」

 

「……それでも、助けないといけなかったんだ…」ボソッ

 

「えっ?」

 

「………ううん、ありがとうエリさん。少しは落ち着いたかもしれない。二度とあんなこと、起こさせたりしないさ……」

 

「? お兄さん、何のこと?」

 

「いや、気にすることじゃない。さ、業者さんの手伝いをしよう。そうすれば早くシンゴが家に上がれるからな。 エリさん、西住先輩とみんなには伝えといてくれ…」

 

「えっ、あ…………」

 

私はハジメが求めていた答えを言うことができなかったらしい。アイツの言っていることを私は分からなかった。それ以上なにも言うことは出来なかった。ただアイツがシンゴと一緒に先に寮に戻る後ろ姿を見ていることしか出来なかったのだ。

 

「ナハト、消えちまってたな。いつものようにシュワッチって飛ばなかったし」

 

「死んでは……いないよね?」

 

「まさかぁ………ん?ありゃ、ストームリーダー帰ったのか?」

 

「駄目だなぁ…ちゃんと帰宅する時は隊長に___って、どったの逸見さん?もしかしてハジメに嫌なことでも言われた?」

 

「……違うわよ」

 

「ま、そう言うなら深くは聞かないぜ。それにシンゴがいれば大丈夫だろ、あんな良い雰囲気だったんだし。ハジメなら本当にヤバい時は自分から言ってくる人間だしな」

 

「そんなの、アンタに言われなくても分かってんのよ!!」

 

「うわっ!そんな大声で言わなくてもいいだろ…」

 

アイツを一番知っているのは私だと、そう思いたかったんだと思う。でも、本当はアイツが抱えてること、悩んでること、何もかも分からなかった自分がいた。しかし、ずっとこちらがマイナスでいても仕方がない。駒凪の言ったように、待つことも大事かもしれないかもね…。

 

 

この選択は正しかったのか、今の私にはまだ分からない。

 

 

____________

 

太平洋上 大洗女子学園艦 生徒会室

 

 

 

 

 

「____んーーー、廃校…かぁ………いや〜ちっとキツいねぇ〜」

 

「会長、そんな悠長に言ってられませんよ!」

 

「なぜ我が校が廃校になるんだ!!」

 

生徒会室の応接用のテーブルを間に、一方に大洗女子学園の制服を着た生徒三人、もう一方には七三分けのメガネ役員___学園艦教育局長の辻廉太が座っていた。彼らは今、重大な話し合いをしている。学園艦の運命が決まる、そういった話である。

 

「………これはもう固まりつつある話なのです。もう一度言いますよ、今年の12月前には大洗女子学園は廃校の手続きに入っていただきます」

 

「そ、そんなの横暴だぞ!!」

 

「これは正式な取り決めとなるものです」

 

「なぜ私たちの学校が廃校になるんですか?」

 

「ここ数ヶ月で私たちの住む日本だけでなく世界は前代未聞の特殊災害に何度も見舞われています。この情勢を鑑みた一部の上層部の方々が、その大きさから有事の際に真っ先に標的となってしまうであろう学園艦の解体…廃校を試験的に開始するべきだと主張しましてね。取り敢えずは殆ど実績の無い学校から選出することで合意が成されたのです。その選出の第一候補として挙げられ、解体準備を行うよう指示されたのがあなた達の学園艦であっただけです」

 

「そんな……急すぎるぞ…」

 

「今後、我が国の何処に特殊生物や異星人が出現してもおかしくはないのです。急であろうと指示には従ってもらいます」

 

「そこをなんとかねぇ〜、どうしても無理なの?」

 

彼女たちを助けたい辻であるが、あくまでも自分は廃校を通達する役員として来ている。公私混同は危険な行為であることを理解していた。そのため、内心はなんとか彼女たちを励ましてあげようと思ってはいるが、それを押し殺して職務を遂行する。だが辻は彼女たちにとって最後の望みとなるであろうある話をさりげなく持ち出す。

 

「学業での優秀な成績…部活動での功績……例えば、甲子園出場、陸上などのインターハイ出場選手の排出等があれば、一考の余地はあるのですが、どれも不適ですね。………昔、昭和後期までは戦車道で名門黒森峰と並ぶ強豪の一角としてかなり活発な活動をしていたらしいですが……」

 

ここで一時相手、大洗の生徒会長を辻はメガネを片手で掛け直しながら様子を伺う。生徒会長___角谷杏の目は諦めてはいなかった。むしろ不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。暗い表情で下を向いてなどいなかった。

辻はこの子たちならばやってくれると、強く確信した。そしてあの言葉が角谷の口から出る。

 

 

「…じゃあ、戦車道やろっか!」

 

「か、会長!?」

 

やはり辻の予想は合っていた。最後まで諦めない心の強い人間はここにもいたのだ。辻は内から込み上げてくる歓喜を顔には出さず、耐えながらも悟られないよう、相手に疑われないように角谷の本意に対して聞き迫るような演技をする。

 

「ほお…今から、ですか?」

 

「この世の中だけど、もうすぐ夏の全国大会は始まるんでしょ? その優勝校をさ、廃校にはしないよねぇ?」

 

「…………そうですね、仮に優勝校となった場合は、11月の最終選考で再選定がされる可能性がありますね」

 

「いや、ちょっと違うよ。仮に、じゃない、必ず優勝する。絶対に。」

 

「…………分かりました。私の方で手続きの話は少し期限を伸ばしましょう。ですがこれはあくまでも猶予を与えたに過ぎません。そこは留意していてもらいたい」

 

「十分過ぎる猶予だよ」

 

辻は取り敢えず上への報告のために、文科省へと戻るべく席を立つ。

 

「それでは、また近いうちに会いましょう。戦車道活動支援金の申請書はまた後日郵送させていただきます」

 

そう言って退出しようと背中を向けた辻に角谷は疑問に思ったことを問う。突然思い出したかのように敬語で、である。

 

「………少し疑問だったんですけど、なんでわざわざこちらまで来たんですか?こんな話を伝えるなら、私たちを文科省まで呼び出せば良かったのに。なぜそれをしなかったんです?

もしかして……」

 

「ただ私のポリシーに反すると思ったからですよ。………それでは、頑張ってください」

 

角谷の言葉を遮った辻は一礼し今度こそドアを開けて退出していった。

 

 

「行っちゃいましたね……」

 

「会長、戦車道を………本当に復活させるのですか?」

 

「あったりまえよかーしま。だって、私たちの……いや、みんなの思い出がいっぱい詰まったこの学園をさ、なんにも知らない奴らに潰されてたまるかって話だよ」

 

「分かりました。各委員会、教師陣と調整を出来るように準備します」

 

「頼むねー」

 

「杏、出来るかな?私たちが優勝して、廃校阻止って…」

 

「出来るよ。やってみなくちゃ、結果は出てこない。…さ、こうなったら履修生を大々的に募集しなくちゃねぇ〜!忙しくなるよ!」

 

「「はい!!」」

 

 

「………多分あの人は、私たちにチャンスを用意してくれたんだよ。このチャンス、絶対にモノにしてみせる!!廃校になんかさせない!!」

 

 

自分たちの愛する学園艦を守る少女たちの戦いが始まった。

 

 

_________

 

極東アジア 日本国関東地方 東京都千代田区 

永田町 内閣総理大臣官邸

 

日本の代表である総理大臣がいる官邸の3階、南会議室では垂水首相や戸崎防衛大臣をはじめ、各省庁の関係者が今後の日本についての話し合いを行っていた。

 

「奴らが姫神島の生き残りの個体だったのだな…」

 

「現場から得たサンプルを生総研が回収し調べたところ、中東やアフリカで確認されているギャオスとは別の進化を辿っていたことが判明しました。新たにギャオスの細胞内にてサメやクジラ、マグロなどの遺伝子の強制発現へと移行していたのを確認したとのことです」

 

「うぅむ……戸崎君。最近になってオッドアイ、ギャオスなどの特殊生物や敵対性宇宙人…星間同盟と言ったか、そんな奴らに何度も本土侵入を許している。これは防衛省の怠慢ではないのかね?」

 

「ここで改めて確認しますが、アレらの出現地域は規則性が全く無く、完全な予想は不可能です。"(デン)"探知ソフトでの対応にも限界はあります。また、異星人のワームホールが探知不能であった原因は、現在生総研が究明を急いでいます」

 

「………だが、これで九州が戦場になったのは三度目だ……さらにはコッヴ襲来時の倍以上の犠牲者を出してしまった……それに各地の自衛官も…」

 

「連日、対特殊生物兵器の有効性を野党が追及してきているのだ……減らず口は相変わらずだが、自衛隊の防衛力の不足を指摘するなど、ったく…どの口が言っているのやら…」

 

「しかし今回の博多襲撃とほぼ同数の敵性巨大特殊生物が出現した欧州六月災厄と比べれば被害はまだ軽かった方ではないか?」

 

「それとこれとは話が違うのだよ! 福岡は九州の要所だ!インフラや建造物の再建、復旧・復興作業にはとてつもない時間と人員が必要だと理解しているのか!? まったく!ただでさえ臨時の防衛予算が膨れ上がって危ない状況であるのに!!」

 

そう財務省の幹部が紛糾している所に戸崎が割って入る。

 

「間違えないで頂きたいのは、我々も何も準備していないわけではありません。 それに、先の姫神島、中東、北アフリカのギャオス戦で得られたデータを当然皆さんも目に通しておられると思いますが、かの生物は生物学、物理学の常識の枠から大きく逸脱している存在です。 ヤツらは巨大になるほど生体ステルス能力は高くなり、イージス艦や地上の最新レーダー設備などさえ無力となるほどのものを持つようになります。それがどう言うことか、分かりますか?」

 

「なんだね、自分たちの不備を認めるのかね?」

 

「もはや本土防衛は水際で防ぐ事ことが困難になりつつあるのです! 以前国会にて一部議員らが提唱していた"臨界戦"など、不可能でしょう。 ……遺憾ながらも、各地で発見されつつある、太平洋海底、列島の地上遺跡群及びギャオスの研究進展により、奴らが超古代に作られた生物兵器であると言う我が国の生総研を含めた世界の主要研究機関による発表が連日されています。 それらの卵が存在する場所が全世界と言われたならば、これに対する完全な日本への侵入阻止は、出来ません…!」

 

「それならば、どうすればいいのだ?」

 

「我々は今後も、ギャオスだけでなく、宇宙や地下、"穴"からやってくるであろう存在の本土奇襲に、より一層の注意を払わなければなりません。発見後にいかに迅速に処理出来るかがカギになるでしょう。

そして、各地の文献や古文書には未確認の特殊生物であろう存在の記載が多数あります。それらが復活し活動を再開した場合、全てが人類に友好的な生物ではないはずです……。我々防衛省は未知の脅威から日本国と国民を守り抜くために生総研などの研究機関と共に数々の対特殊生物兵器を開発中です」

 

「「「…………」」」

 

「…我々の切り札はどうなっているんだ?」

 

垂水総理が戸崎に問う。

 

「まず、"Z6号計画"の各新型イージス、汎用護衛艦の建造は艤装の搭載も含め間もなく完了する予定です。そして、例の707号……やまと型特殊潜水艦一番艦〈やまと〉は目下、各種メーサー兵器、徹甲誘導弾発射機を搭載し、VTOL運用能力を付与している最中です。 また、特自に管轄を異動させる予定である陸自の首都防衛機動要塞〈ハイパーX〉の開発も順調に進んでいます。

最後に、生総研主導の大型機動ロボット開発計画___もとい"G-F計画"では大型特殊生物及び、敵性異星人と渡り合える40m級可変機動ロボット、〈XM-20 アドバンス〉も開発が始まりました。これらのうち"やまと"だけは早くて二ヶ月も掛からずに投入できる状況です。この兵器群が配備されれば、現状の打開は可能であると、考えています。それまでは現有戦力で対応せざるを得ませんが……」

 

その報告を聞いた垂水総理は歯痒そうな顔をする。

 

「そうか。分かってはいたが……防衛力の向上はやはり一朝一夕では難しいな……だが急務ではあるのだ。引き続き各計画はそのまま続けてほしい」

 

「分かりました」

 

「そして、生総研の話で付け加えますと、やはりガメラは南太平洋から飛翔して福岡までやってきたようです。勾玉を持った子供たちの予知能力というのも、馬鹿にできないかもしれません」

 

「ガメラだけでなく今度は欧州に現れたゴジラやモスラと言った非敵対性特殊生物の扱いについても、整理しなければそろそろいけないか。 ……さて、その話は後だ。次はロシアとの千島・サハリン海底パイプラインの建造再開についてと朝鮮半島への国際緊急援助隊派遣の第二陣の増員についてだな。 ……それと九州の国民地下シェルターの増設についても考えねば…」

 

彼らの国を懸けた会議は夜通しで行われる。

 

 

_________

 

同国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

 

「やれやれ、"器"の片割れであり適性が高かっただろう姉の方を殺させてしまったのは失敗だったな…。 異次元人の生命体コントロール技術の使用はこの私でもまだまだ不完全といったところか」

 

星間同盟の先遣隊指揮官であるヒッポリトは一人、自身の薄暗い研究室で、資料端末を読みながら独り言を呟いていた。ツカツカと並の人よりも大きい、生命体収容ポッドの一つの前に立つ。そのポッドの中にいるのは愛里寿の姉、恵美里である。

 

「だが、確実に、これで地球掌握へまた一歩進んだと考えておこう。 エミリ、キミには貴重なサンプル体としてその細胞と遺伝子、使わせてもらうぞ。ククク……我ながらあの演技は良かったな、賞賛に値する。あれで彼女の負の感情も、他者への嫌悪も肥大化しただろう。まあ安心したまえ、聞こえてはいないと思うが、キミの妹にもしっかり役立ってもらうよ、神の器として、な。」

 

そう言って一度ヒッポリトは研究用デスクへと歩んでいき、デスクの上にある花瓶に入れて飾っていた花を持って恵美里のポッドの前に戻ってくる。そしてそれを見せつけるようにポッドの目の前に持っていく。

 

「ああそうだ、エミリ。私は最近、地球の植物に興味を持ちはじめてね……そう、この星に存在するどの花も美しい。地球人のように、それぞれに違った独特の儚さを宿しているところが好きなのだ……」

 

 

ヒッポリトは一拍おいて、声など聞こえないはずの恵美里に向かって問いかける。手に持った真紅の花を、差し出すように、ゆっくりと。それは最早狂気さえ感じる。

 

 

 

 

 

 

「さて……キミは、薔薇の花はお好きかな?」

 

 

 

 




どうも、お久ぶりナス!
間もなく一章後半に入ります。後半は星間同盟の構成員との戦いが中心となります。
防衛省強化パッチの内容をまた少し公表しました。ゲッターとXと大型の特別な潜水艦さえあれば…。


個人的にはヒッポリト君はスーパーの個体デザインでもいいけれど、一応去年描いたイメージイラストです。

【挿絵表示】


ヒッポリト君の最後のあの発言、それは劇場版第二章に回収します。みなさんはどんな展開になるか予想できましたか?

次回もお楽しみに!

________

 次回
 予告

ギャオスの福岡襲撃事件の翌日、エリカたち黒森峰戦車道チームは岡山のBC自由学園との試合のために準備を行なっていた。
そしてその相手、BC自由学園の隊長マリーは、怪我をして地球に迷い込んだベムスターを、湖で副隊長らと共にこっそりと看病しているという秘密を持っており、人類である彼女たちと怪獣の間に不思議な絆が芽生えつつあった。しかし、試合当日怪獣の様子は急変しており……?

迷いを抱えるハジメ。この先キミはどう動く!? 

次回!ウルトラマンナハト、
【迷子のベムスター】!


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第20夜 【迷子のベムスター】

宇宙大怪獣 アルビノベムスター、
邪悪宇宙生命体 ネオワロガ、登場。


 

 

日本国中国地方 岡山県 津山市 深谷湖

 

 

比較的内陸の山よりに位置するこの湖は、日本を代表する琵琶湖や諏訪湖ほどではないにしろとても澄んだ水で満たされていることで地元では有名な湖である。そんな湖のほとりには"BC自由学園"の校章をつけたフランスの"ルノーFT-17"軽戦車が停まっており、その横で自由学園の生徒であると思われる少女たちが敷物を敷いてお茶会をしていたのだった。

 

「雄大な湖の横で食べるお菓子は最高ね!こうして伸び伸びと出来るところなんてここぐらいだもの」

 

「そうですか?」

 

「私は外部生の安藤君といるのはちょっとな……」

 

「なんだと!?このツケ上がったエスカレーター組が!!」

 

「キミたち外部生がだろう!ずけずけと校内で動き回って!!」

 

言い争いをしているのはBC自由学園の戦車道チームの副隊長であり"エスカレーター組"と呼ばれる生徒たちを統括している金髪ロングの気品ある少女、押田ルカと、おなじく副隊長であり、"受験組"と呼ばれる生徒たちを統括している黒髪の三白眼の褐色肌が特徴の少女、安藤レナである。

現在、自由学園内は先程述べたエスカレーター組と受験組と言うグループに分かれて対立している。これはBC自由学園が以前、校風や得意分野が全く異なる二つの岡山の学園艦が統合されて誕生したことも派閥対立の構造を作った原因の一つになっている。

 

 

「……貴女たちがいつも学園でギスギスしてるから心休まる場所が殆ど見つからないのよ?」

 

「「うっ……すいませんマリー様…」」

 

二人の対立を咎めたのは自由学園の戦車道チーム隊長であるマリーである。しかし彼女がゆったりとケーキを頬張っているのを見るに、自ら動いてどうしようと言うわけではないらしい。

 

「私たちは同じ人間同士でしょう?エスカレーターだのエクレアだのと言ってないで、代表同士仲良くしなさいな。 私と"銀ちゃん"みたいにね! ね〜銀ちゃん?」

 

 

ザッパァアアーーン!!

 

キュイ一!!

 

マリーが"銀ちゃん"なる単語を口にすると、それに反応したのか、湖の水面からゆっくりと怪獣が現れた。

湖底から姿を現したその怪獣は、本来、宇宙大怪獣と呼ばれるほどの、好戦的で凶暴な宇宙生命体、ベムスターである。その凶暴性は、M-78スペースの地球に飛来した別の個体はウルトラマンジャックやウルトラマンメビウスと、当時の地球の防衛隊を苦戦させたほどであった。

マリーから銀ちゃんと呼ばれているこのベムスターは、マリーの名付けた通り、眩しいほどの白…若しくは銀色の体色である。自然界で稀に生まれる、所謂アルビノ種であった。

 

「このクリーム、美味しいのよ? ほら食べてみてちょうだい!」

 

キューーーー!!

 

しかし、マリーから銀ちゃんと呼ばれ、大きな舌を器用に使って皿に盛られたケーキのクリームを舐めているこのベムスターは珍しく温厚な個体であるようで、マリーら三人にとてもよく懐いているようだ。押田や安藤がどう思っているかは別として、である。

 

「………ですがよろしかったのでしょうか、マリー様」

 

「ん?何がかしら?」

 

「この怪獣の存在を自衛隊に通報しなくて良かったのかということですよ」

 

「そうです!もし暴れでもしたら! 先日の福岡や山梨の時のように…」

 

 

 

「傷ついた子を助けるのに理由はいるのかしら?」

 

「「そ、それは………」」

 

マリーの言葉に二人は言い淀む。

 

「私はね、なんとなく分かるのよ。銀ちゃんはね、私たちを害しようとは思ってない。 それにあなた達も見たでしょう?初めてこの子と会った時、水面からちょこっとだけ傷だらけの顔を出しながら、私たちを見て怯えてるのを。 私たちよりも遥かに大きくて、強そうで、私たちなんか簡単に踏み潰せそうだったのに、ね。それなのにこの子はしなかったでしょ?」

 

マリーたちとベムスター___『銀ちゃん』との出会いはほぼ偶然であった。2日前、黒森峰との試合が決まり、試合会場が久々のホーム戦かつ比較的市街地寄りになったことで、下見も兼ねて試合のフィールド内に入っていたこの湖にやってきた時に、鉢合わせたのが傷だらけで怯えたベムスターだったのだ。 ベムスターの様子をよく見てみたら身体中に傷がついていたので、マリーは放ってはおけなかった。そのため怪我が治り、住処へ帰れるようになるまでマリーが面倒を見ようと言ったのだ。そして、その時居合わせたのがトップの三人のみであったため、ベムスターがこの湖の湖底に潜んでいることを知っている者は彼女たち以外には存在しない。

 

キュ〜〜!!

 

「………きっと、宇宙の何処かから来ちゃった迷子なのよ。本当なら一緒にいるはずのお父さんもお母さんもいないなら、怖がるのも無理はないわ」

 

「それならば、事前に自衛隊や各国の軍隊が察知しているはずでは?」

 

「そんなこと私に言われても分からないわ。でも大きな災害や出来事が起きたばかりなのに、1日2日経っても自衛隊がここらで動いてないから、バレてはいないと思うわよ?」

 

「バレてって……」

 

「言ったでしょう?この子が怪我を治すまでは面倒を見るって!」

 

二人は困ってはいるものの、一度決めたことは強引にでも続けるマリーの性格を理解していたため、反論することも出来ず、結局はベムスターの身柄引渡しについての話は自動的にお開きとなったのだった。そしてその結果に満足したマリーは、自身の腕時計に目をやる。

 

「ま!もうこんな時間になっちゃってるわ!学園艦に戻らないと……二人とも、出る準備してくださる?」

 

「「はい!」」

 

キュ〜………

 

ベムスターはマリーたちが、湖から帰ろうとしていることをこれまでのやりとりの繰り返しで理解していたようで、寂しそうな鳴き声を上げながら、つぶらな瞳でマリーに行かないでほしいと訴えているようだ。

 

「ごめんね銀ちゃん…また顔を出しに来るから。今日の試合が終わったらすぐに来るからね?」

 

キューー……

 

「さ、マリー様…戻りましょう。ミーティングまで時間が僅かです。正午過ぎからは黒森峰もやって来るので」

 

「明日は私も何か買いま………うん?」

 

ササッ!

 

「……?」

 

ルノーに乗りかけていた押田は、ベムスターに纏わりつくように幾つかの影が蠢いていたのを見た気がした。しかし、安藤にせかされるのも癪だと思い、気のせいだと一蹴してルノーに乗り込んだのだった。

 

____________

 

同国中国地方 岡山県真庭市 中国縦貫自動車道

 

 

 

ブォオオオオオーーーン!

 

 

「……………」

 

「………ハジメ、本当に今日大丈夫?」

 

「あ、ああ。大丈夫。シンゴもしっかり児童教室に朝から元気にいったからさ…」

 

「違うよ、ハジメ自身のこと聞いてるんだ。いつもナギと同じトラック乗ってたのに…しかもなんで運転任せたの?」

 

「……そんな時もあるんだよ、イッチ」

 

ハジメ達黒森峰戦車道チームは、今回の試合会場への移動は履修生、使用戦車どちらも自動車道による輸送となっていた。

ハジメは珍しく自身でトラックの運転もせず、また、朝にハジメの調子を見たエリカが心配して機甲科のバスへ乗るように提案したものも蹴っていた。

 

「……逸見さんと乗るのも断ってこっちに来たんでしょ?」

 

「ああ。」

 

「…そんな雰囲気出してるの、小学生の時以来じゃない?」

 

「まあ、うん………」

 

「なにか、僕でいいなら相談に乗るよ」

 

「……いいのか?」

 

その言葉を待っていたのか、それとも親友に元々話そうとしていたのか、ハジメは昨日のエリカからの時より自分から喋り出すのは早かった。それはエリカよりも、ハジメと幼い時から共にいる時間が長かった故なのだろう。彼女が聞いたら心外と感じるかもしれないが、やはり相談役としての心の許せる相手としては、マモルやヒカルと言った人間の方が上だったと言うことである。

 

 

 

「………なるほどね。ザックリ言っちゃえば、何かとても酷いことをやらかした後の心持ちと、その後に自分が出来ること…か」

 

「そうなんだ…なんか、分からなくなってさ……」

 

「そっか………これは、僕の考えなんだけどね? 深く考えすぎても、思い詰めすぎてもダメだと思うんだ。でも、起こってしまったことを全て忘れろ、とは言わない」

 

「………」

 

「迷った時こそ前へ、苦しい時こそ前に、辛かったら更に前に……。進むことを、歩みを止めてしまったら、それこそ何も出来なくなると思う。罪悪感に襲われるのも、後悔するのも、悔恨に駆られるのも、今じゃない。それらはずっと後でいい、今進まないとハジメは絶対後悔すると思う」

 

そう言うマモルは、当然運転の為に視界に気を配っているのだろうが、ハジメには、眼鏡越しのマモルの目が真っ直ぐにこれからのことと向き合おうとしている、そんな目をしているように見えた。そしてすぐに優しさを秘めた、いつもの穏やかな目に戻る。

 

「…それにさ、人は寝るとその日の出来事のおよそ7割は忘れるんだって。誰かが言ってたけど、人は忘れる生き物なんだ。どんなこともずっと抱えていたら、おかしくなる。だから、忘れる。無理にすべてを忘れる必要は無いよ、戒めとして、少しでも良いから胸に留めておくぐらいが、丁度いいんじゃないのかな」

 

「そう…なのかな」

 

「僕は、ハジメに最近何かあったかは、分からない。でもね、一人で抱え込まなくても、良いんだよ。みんなハジメのこと大好きだからね、力になりたいんだ。それに、僕だってキミの親友だからね!」

 

マモルの言葉には不思議な力が宿っていたかのようにハジメは感じた。胸に詰まっていた何かが突然消えたように思え、胸の奥がスーッと澄んだ感覚を覚えた。それによってハジメの心は回復したと見ていいだろう。

 

「………ありがとなイッチ…。俺、ちょっとやばかったかも」

 

「すこしでも楽になれたのなら、良かったよ。これから練習試合だったから、あの調子のままだったら逸見さんも気が気でなかったかもしれないしね!」

 

「そ、それは無いとは………言えんかな…」

 

「ははははっ!向こうに着いたら、逸見さんに声掛けないとね!それに帰ったらシンゴ君にもさ?」

 

「そうだな……心配させただろうし、それは急務かな」

 

名前も知らない少女への自責の念などから完全な回復をした訳ではないが、ハジメは一時的ながらも、マモルの言葉によって心の整理をすることができ、どんなことが起ころうと、これからも前へと進む用意が出来たのだった。

 

 

____________

 

同国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

日本本土の遥か地下の何処かにある、地上との交流などを一切断ち切った環境に、人ならざる者___侵略者ヒッポリトが研究区画内で自身の仕事をしていた。

 

「検体L-920は……まだ投入は延期だな、こちらの思考統制を遵守出来ないのであれば話にならん。L-1103も、ダメだな…現段階では進化促進機能が十二分に発揮されない…か、コレは完璧でなければならない」

 

「相変わらず、趣味が悪いな。ヒッポリト。気色の悪い合成生物の開発などして。 テンペラーもよく貴様のようなマッドサイエンティストの派遣を許可したものだ」

 

ヒッポリトが独り言を述べていると背後から低くくぐもった声が聞こえてきた。振り返るとそこには、黒き鎧のような姿の、頭部に当たる箇所には妖しい赤光を放つ器官を持っている者が立っていた。

 

「ん?おや、これはこれはワロガ君じゃないか。駄目だよ? 向こうの宇宙(コスモスペース)では同族達と好き勝手出来たのかもしれないが、キミは今やここの構成員だ。私は能力のある者には良く接しようとは思ってはいるよ? だがね、それでも私はキミの上司であり、組織が階級制である以上、一応キミは立場的には私に敬意を払わなければいけない。ここでは局長や指揮官と呼んでほしい」

 

ヒッポリトの部下であるというワロガは、ヒッポリトの言葉によってさらに腹を立たせたのか、彼に対して厳しい口調で接する。

 

「そのように私を呼ぶなと何度言えば分かる。そして残念だが貴様のような下衆を上の者として見ることは私には出来ない。 毎晩その地球人の死体に話しかけているのを、私は知っているぞ。吐き気がする」

 

ヒッポリトはワロガと、自身の立っている横にある、恵美里の身体が入った収容ポッドを交互にゆっくりと見ながら話す。

 

「フフフッ。ワロガ君、キミは優秀な人材だ、それに免じて今のは聞かなかったことにしておこう。まったく……よく言うな、キミも似たような者なのに、私を毛嫌いするのか? あとどうやったかは知らないが、他人のプライベートを覗くことはあまり褒められたことじゃない」

 

「陰湿さでは貴様の方が勝っているさ。時には下に就いている者の気持ちも考えたらどうだ?」

 

「そこらは十分に配慮しているともさ。しかし意外だ…キミのような存在から"気持ち"と言う単語が出るとは。

…ああ、そうだ、キミを呼んだのはこんなくだらない話をするためではない。先遣隊指揮官ヒッポリトとして命令する……"惑星生物同化シナリオ"の試験実行を行う。必要人員及び怪獣の配置準備をさせろ」

 

「……いいのか? そのプロトコルは遂行したら、地球生物の完全な生け捕りと言う副次目標を達成出来なくなるぞ。許容範囲とはいえ、あの者がそれを簡単に容認するとは思えん」

 

「構わないよ。どのような障害にも対応できるよう、様々な能力を持った戦闘要員を多く配属させたのだから。地球を接収するためならば、誰のどのような方法であれ、手っ取り早く、かつシンプルな方が良い。大事なのは過程ではなく、結果なのだよ」

 

星間同盟は地球へ、新たなる刺客を繰り出そうとしていた。

 

____________

 

同国中国地方 岡山県津山市 広域運動場

 

 

津山市の外縁部に位置する広域運動場は、見た目を通常の陸上競技施設を一回りほど大きくしたデザインであり、名前通り、陸上競技だけでなくラグビーやサッカーなどと言った他の屋外スポーツの試合も可能な施設である。もちろん、外部と繋がる大型ゲートを開放することによって戦車道の試合も容易に出来るようになるため、今回の黒森峰学園とBC自由学園の試合フィールドは広域演習場周辺が指定されている。

 

そしてその試合準備並びに調整のため、運動場施設の会議室にはBC自由学園と黒森峰学園の隊長や補佐役生徒が対面形式で椅子に座って試合前の確認等を行なっていた。

 

「なに?フィールドの進入不可・非交戦地域の一部変更だと?」

 

「ええ、実はフィールド内に位置している深谷湖は県や市の方で生態系保護活動が推進されているの。だから、試合中湖周辺に進入したことでそう言った活動や努力を無に帰すような真似はしたくはないのよ」

 

「……そうか、フィールドをそちらの優位性確保のためにしているわけでは無いんだな? フィールドの一部変更を私も認めよう」

 

「黒森峰の隊長さん、ありがとうね!」

 

 

「(マリー様…あの……)」

 

「(何?保護活動の件は嘘じゃないわよ?)」

 

マリーの右隣に座っている安藤は、ご機嫌な様子のマリーに言いたいことがあるようだった。そして同じくその内容はマリーの左隣の押田も考えていたようで、いつの間にか互いにアイコンタクトでマリーに話す間合いを伺っていた。このような時だけは、二人は団結するらしい。

 

「(我々の考え……と言うより、見解だとですね……普通に砲撃であの怪獣…銀ちゃんを起こしてしまうのでは?)」

 

「あ」

 

 

「うん?」

「なんだ、どうかしたのか?」

 

押田と安斎がたどり着いた予想にまで至っていなかったマリー。彼女は今感じたことをそのまま声に出てしまった。出してしまった。当然黒森峰のまほやエリカも、いきなり相手側の隊長が「あ」などと発したら戸惑う。

すぐに我に帰ったマリーは弁解に走る。大した理由など持ち合わせてはいないのだが………。

 

「あ!いえ…その、な、なんでもないわ!」

 

無論、こうなる。そんな人間とのやり取りをしていた若しくは聞いた、見ていた側の人間が二人以上いる場合は、大体は少し口に出そうになる者とそれを必死に止める者とに分かれるものである。

 

「(…案外、向こうの隊長は抜けてるのでしょうか…?)」

「(こらエリカ!思ってもそれは言うな!)……そ、そうか。なんでもないならいいんだ、うん…うん。」

 

 

「うふふ、ごめんなさいね〜………(ちょっと!なんでそう言ったことをもっと早く言ってくださらなかったの!?)」

 

「(えぇ……それは考えてみたら分かると思っていたのですが…)」

 

「ぐっ!」

 

 

「(あ、またなんか言いましたね)」

「(おいエリカ!間違ってもそれ以上大きな声で呟くなよ!?)」

 

黒森峰側に配慮してか、それとも恥ずかしさからか、マリーは相手方の視線に対して愛想笑いで返しつつ、押田と安藤に交互に耳打ちで小さな緊急会議を続ける。

 

「(それじゃあ、どうするのよ!もう試合中止です、だなんて出来ないし言えないわ!)」

 

「(…しかし、我々もアレと遭遇する3日前から深谷湖周辺で模擬戦を数回実施しています。さらに言えば遭遇してから今日までやってきています……そのため、心配のし過ぎもいけないかと……)」

 

「(そ、そうよ!そうよね!? こちらも湖周辺に着弾、それか湖に直撃しないような配慮をすれば万事大丈夫よね!)」

 

「(どの道見つかってしまったら、自衛隊やウルトラマンナハトが駆けつけるはずです。その時の覚悟はしておいてください、マリー様)」

 

「(………分かったわ。銀ちゃんのことも大事だけど、試合では私も手は抜かないから!)」

 

こうしてなんとか(?) 黒森峰学園とBC自由学園の戦車道練習試合前に行われた協議会は終了し、試合準備に入り、何も不足の事態が起こる事無く試合が開始された。

 

 

_________

 

 

試合開始から1時間半後

 

 

どのスポーツの試合でも、始まれば出場する選手達の五感は、大抵試合自体に嫌でも集中するものである。無論マリーもその一人であった。たしかに試合前はベムスターのことを案じていたが、試合となれば勝負には手を抜かず、意識を試合へと向けて取り組んでいた。

 

そんな試合を観戦会場のスクリーンから見守っているのは地元の市民らや自由学園生徒、お馴染みハジメ達黒森峰整備科の面々である。

 

『BC自由学園、ARL44走行不能!』

 

 

ワァァアアアーーーッ!!!!

 

「おっしゃあ!また1輌食った!!」

「さすがまほさん達だ、三年生は練度が違う」

「俺たちと同じ二年だって頑張ってるぞ」

「お、フミが今日は張り切ってるなぁ。マウスが暴れてる……」

「整備担当のやつ、本郷達の9班か……試合終わったら泣くぞ?あれ」

「まあ一年生が多いのは、強みでもあるから…」

 

しかし試合終盤になってもベムスターが湖から出てパニックになると言ったことも起こっていなかった。

 

「うぅーーーーーん! ………平和だ」

「どうした、いきなり。背伸びしてそんなこも呟いて」

「いや? ただ、こうのんびりといつも通りのことが出来てるっていいな〜ってな」

「たしかにサンダースやマジノの時、いろいろあたふたしてた気がするね」

 

「おいおい。試合を見ろ、試合を。 そういったことを話すのもいいけど、俺達だって試合内容やらを見て勉強しないと乗る機甲科のみんなが必要としてることも分からないし、話すことも出来なくなるぞ?」

 

「すっかりハジメは復活したな!一安心だぜ! …お前、イッチにも向かう途中で言われたか知らねえけどな、自分に想い寄せてくれてる女子と、大切に思ってくれてる家族は一番心配させちゃいけねぇんだぞ?」

「お、ナギどうした自流説法か?」

「ほっとけ!」

 

「ナギ……ごめんな?」

 

「謝んなよ。そこはありがとう、だぜ?」

 

ここでもハジメは、仲間の暖かさに触れることになった。真意をごまかすのがとても下手な、真っ直ぐすぎる親友の暖かさを。

そんなやりとりをしている間に試合は、さすがと言うべきか、やはり全国大会9連覇を誇る黒森峰学園の戦車隊の実力は伊達ではなく、自慢の装甲と火力でBC自由学園戦車隊を圧倒しつつあった。

 

黒森峰側がこの練習試合を、あと残り少ない公式大会前期間の調整として捉えているため、公式試合でも中々顔を出すことが無い超重戦車マウスも珍しく本試合に参加していた。 

そんな突然のマウス登場への反応はそれぞれであり、見る者は興奮し、相対する者は戦意が下がり、それに乗る者らは歓喜している。実に反応は様々である。

 

「あっはっはぁー!快調快調〜! 試合の最後を飾るのは、このマウスって決まってるんだから!!」

 

そんなマウスの搭乗員、特に車長の鼠屋はかなり張り切っていた。なんせ久々の他校との実戦だったのだから。練習の成果を見せるのと、自身の実力の向上を確認する機会であると思っているためである。

 

「残るはあのちっこいフラッグ車よ!」

 

「だけどフミ、ここ、上取ってるけど俯角が合ってないから狙いづらいよ? それにどこに撃っても、射線上にある湖の近くに当たっちゃう…」

 

「大丈夫よ!あそこで交戦するなって言われてるだけだから、戦闘の余波は想定の範囲内でしょ?」

 

「ええ〜?」

 

 

ズドドドォオーーン!!

 

その時、自由学園のフラッグ車を追撃していた黒森峰本隊が制圧射撃を始めた。多数の砲弾が着弾し、土煙が空高く舞い上がり、相手の状況が分からない。 これを見た鼠屋は自分たちの活躍の場がもう消えてしまうのではないかと焦った。

 

「やばっ、フラッグやりはじめちゃった! でもまだ白旗は確認もされてない。一応撃っておいて!これで仕留めていればこっちの功績よ!!」

 

「こ、これ"死体撃ち"になるんじゃないの?」

 

戦車道で"死体撃ち"と言う用語が存在しているのを知っているだろうか? 

この手のゲームではお馴染みのワードは、戦車道でも同様に、既に走行不能となっている相手戦車への過剰な砲撃、不必要な攻撃___すなわちオーバーキルをしたことに対してよく使われるのが殆どである。

なぜこのように呼ばれることが起こるのか。 

それは試合状況によっては競技戦車の撃破判定の確認がすぐには取れないこと、視認性の問題などが挙げられる。 

故意に行われることもあるが、大抵は確認目的、もしくは確実に仕留めるために行われているのが現状である。

 

「だいじょぶ だいじょぶ! 練習試合だし、やっちゃって!!」

 

「あーもう……知らないからね? …ふっ!!」ガチッ!

 

普通はこの"死体撃ち"、奇襲や撃ち漏らしの予防策として一応は多めに見られているので、非公式の試合などでは特に咎められるわけでも何でもないのだが……今回はただ運が悪かった。マウスの砲手が引き金を引くタイミングや場所が諸々悪すぎた。

 

ズガァアアアアーーーン!!

 

ヒュウゥン!!

 

マウスの恐ろしい主砲から強力な砲弾が吐き出され、自由学園のフラッグ車へと真っ直ぐ飛んでいった。 しかし、照準が少し上にズレていたらしく、そのまま砲弾はフラッグ車に命中せず射線上奥の湖のほとりに着弾した。

 

「「あ、外したぁ…」」

 

ドドオオオオオオン………!!!

 

たった一発で本隊の砲撃と変わらない火力を見せつけたマウス。 ……命中してはいないのだが、やはり重戦車の砲撃は強力だった。先程の一斉射よりも遥かに高い土煙が上がる。 

 

『BC自由学園フラッグ車、ルノーFT-17走行不能!』

 

審判が続いて黒森峰の勝利を伝えようとしていたそんな時、隊長であるまほから通信が入ってきた。 マウスの通信手からジト目で見られながら鼠屋は恐るおそるその通信に出る。

 

『鼠屋、さっきの砲撃はなんだ?』

 

「す、すいません…撃破のために欲が出ました…」

 

まほはこちらに聞こえるほどの露骨な溜め息を吐いて一呼吸置いてから続ける。

 

『試合前のミーティングで伝えた通りだが、鼠屋…』

 

「は、はい……」

 

『試合挨拶が終わったら……ん? なんだ、地震か…?』

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

「あわわわわ!なに、なんなの!? フミがまた何か…」

 

「またもなにも、私は何もしてないって…ちょ、揺れがすごいんだけど!!」

 

突如として地面が振動し出し、深谷湖の方を見てみれば湖水を巻き上げ、そこからは白き巨獣___アルビノベムスターが姿を現した。

 

ゴゴゴゴゴ______ザッパァアーーーーン!!!!

 

キュイイイイィイーーーン!!

 

 

『み、湖から怪獣!? いけない!各車、湖から距離を取れ!走行不能によるセーフティが掛かっている車輌の者は最寄りの車輌が拾え!! 可能であればBCの生徒もだ! 急げっ!!』

 

『『『了解!!』』』

 

突然の怪獣出現での場数を踏んでいた黒森峰は、一時的な混乱があったものの、隊長であるまほの指示によりすぐ持ち直した。

 

 

「私らも撤収するわよ! ん? あれは……」

 

エリカも退避を始めようと、身を戦車の中に隠すためにキューポラのハッチを閉める手前、マリーが湖の方へと向かおうとしているのが見えた。

 

「……アンタたちは先に避難してなさい!」バッ!

 

「あっ!エリカ、なんで降りるの!?」

 

「私は向こうの生徒を助けに行く!!」

 

「えっ、ええー!? ちょっと待ってよ エリカ!!」

 

『どうした? 何か起きたのか!?』

 

「えっと……その、なんて言えばいいのよ〜!」

 

エリカはティーガーⅡから飛び降りて一目散に湖への道へ走っていく。 ティーガーの乗員らはそれをただ見ていることしか出来ず、渋々車長の命令に従って撤退を始めたのだった。 彼女達にとっても辛い選択だったかもしれないが、エリカの無事を信じて取った行動だろう。

 

 

 

「あれはなんなんですか!? うぐっ ……足が…」

 

「大丈夫? どうしよう、早く逃げないと……」

 

 

「……銀ちゃん!!」ダッ!

 

「ま、マリー様!」

 

「そちらは危険です!」

 

一方自由学園側は混乱の極みと言って差し支えなかった。身動きを止めてしまう者が大半であったが、マリーは違った。 煙を上げ走行不能となっているルノーから素早く降りると一目散に他の生徒が逃げる方向と真逆、暴れるベムスターの下へと走っていく。

それに気づいた押田と安藤は彼女を止めるべくそれぞれの戦車から出るすぐに追いかける。

 

「いててて……はっ マリー様!そちらに行かれたら危険です!!」

 

「押田君、マリー様が奴の方に! やはり通報しておけば……」

 

「たらればは今は聞きたくはない! …私と安藤君でマリー様を連れ戻してくる。キミ達は先に退避するんだ!祖父江君と砂辺君の救出は任せたぞ!」

 

「「「わ、分かりました!」」」

 

 

「安藤君 マリー様のことだ、絶対アレと対話を試みるはずだ……最悪の場合は…」

 

「その最悪を防ぐのに我らが向かっているのだろう! もっと早く走れ、エスカレーター組はみんな足が遅いのか!」

 

「うるさい!とにかくマリー様を捕まえれれば、あとは退避するだけだ!」

 

 

_________

 

 

津山広域運動場 一般ゲート前

 

 

 

「なんだよあの怪獣!?」

 

「深谷湖にあんなヤツ棲んでたのかよ!!」

 

「どけえ!邪魔だ 早く通せ!!」

 

「押すなよ、転んだらどうするんだ!!」

 

「みなさん落ち着いて!冷静な行動を心がけてください!!」

 

「うるせえよ!冷静もクソもないだろうが!!」

 

「あとがつっかえてるんだ!!早くしてくれ!!」

 

「このままだとマズイぞ…南口から人を割けないのか連絡しろ!こっちの人間は半分事務職なんだ、弾き飛ばされるのも時間の問題だぞ!!」

 

「こちら東口ゲート!誘導のためのスタッフ増援をお願いします!」

 

『こちら運営本部、現状の維持をお願いします!どこもパンク寸前なんです!』

 

「そ、そんなあ……!」

 

試合の観戦スタジアムから逃げる市民や生徒でごった返している施設出入り口のゲート。彼らは徒歩で、或いはゲート先の駐車場に停めてある自家用車による避難のために、ほぼ各避難ルートで混乱が発生していた。

数名のゲート警備員や運営職員は人の波が押し寄せているゲート付近の現状悪化を抑えようと動いているが、現状維持がやっとであり、人の洪水によるゲートの決壊まで時間は無いだろう。

 

「本部からなんと言われた?」

 

「増援は不可、現状の維持を言い渡されました…」

 

「そうだろうとは思ったよ。俺たちでどうにか抑えるしかないか………うん?あそこにいるやつ、ゲートに戻って来てないか?」

 

「へ? あ、ホントだ…そこの青いジャケットのお兄さん!ダメですよ、戻っちゃいけません!! 僕が止めてきます!!」

 

若い警備員が人波の中を逆らってかき分け進んでいく男性を止めるため、彼を追いかけようと試みる。 

 

「お兄さん!ダメですって、聞こえてください!! おわっ!?」

 

しかし、人波に阻まれて距離を縮めるどころか押し戻されて離されてしまい、彼は人々の中へと消えていったのだった。

 

 

____________

 

 

同運動場 観戦会場

 

 

 

キュイイイイイ!!

 

会場のスタンド上にいるのは、ハジメのみである。ハジメが真っ直ぐ見ている大型スクリーンには、中継用のカメラドローンがまだ飛んでいるのか怪獣ベムスターを映していた。操縦を担当しているであろう運営本部が相当手一杯となっているのがそこから伺える。

 

「………もう誰かの死を目の前で見たくない。だから俺は___」

 

今回も大量の観客が避難のために動き出したどさくさに紛れ、メンバー達に観客の波を押し付けてきたので、イルマとの入れ替わりも無しで、半ば強引ながらも単独行動に移っていた。

 

「___俺は……あの怪獣を、倒す。徹底的に!」

 

決意に満ちた瞳をしているハジメは空へアルファカプセルを掲げ、スイッチを押す。 途端にハジメの身体は閃光の中に包まれ、ウルトラマンナハトへと変身していった。

 

 

_________

 

同運動場 深谷湖周辺

 

 

ズゥウン………ズゥウン……!!

 

キュイイイイィイ!!

 

バシュウン! バシュウーン!! ______ドドォオオオーーン!!

 

ベムスターは付近の森林地帯や湖寄りにある駐車場、道路といった自然物・人工物関係無く目につく物を片っ端から黄色光弾や鉤爪で破壊活動を行なっていた。

 

「ハァ…ハァ………銀ちゃん やめて!! あなたはそんなことしない良い子なの、私は知っているわ!!」

 

深谷湖で暴れるベムスターの所まで駆けつけたマリー。 自身の知っている"銀ちゃん"の変わりようを見てショックを覚えるも、目を覚ますように訴え掛ける。だがベムスターは足元までやって来たマリーを踏み潰そうと大きく足を上げる。

 

キュイイイイイィイィィイーー!!

 

 

「銀ちゃん……!」

 

 

「ま、マリー様があそこに!!」

 

「ああっ!!間に合わないぞ!!」

 

マリーを追い掛けていた安藤と押田は、目的の彼女を見つけたが、どうやら少し遅かったようだ。 今から全力でマリーの場所まで走り、彼女を助けることは不可能である…。

 

 

キュイイアアアアア!!!

 

そして無情にも、ベムスターは上げた足を地面に向かって下ろした。 その光景を見ている二人は悲鳴を上げる。

 

「「マリー様ぁぁ!!!!」」

 

 

 

シュワッッ!!!!

 

《やめろぉおおおお!!!!》

 

 

ドガァアッ!! ______ズズズゥウウウウウン!!!

 

キュイイイッ!?

 

 

「…………っ、踏まれて…ない…?」

 

 

「ウルトラマンナハト!」

 

「マリー様が助かったぁ…」

 

ベムスターの下ろした足によってマリーが潰されようとしたその時、間一髪のタイミングでナハトが乱入。側面から飛び蹴りを食らわせ、ベムスターをマリーから引き離す。

 

 

……オオォォオオオン! オオォン!!

 

シュッ!!

 

しかし飛び蹴りを食らったベムスターはさらに怒ったのか、鳴き声が愛嬌のあるものから、相手に対する警告の意味合いが強い鳴き声へと変わる。

ベムスターが本格的な戦闘態勢に入ったことを感知したナハトも、構え直し戦闘姿勢を取る。

 

 

《これ以上やらせはしない!速攻で決める!!》

 

ハァァアアアーーッ!!

 

ナハトが右腕を空に掲げ、装着しているブレスに白と黒の稲妻を結集させる。必殺のナハトスパークを放つためである。

 

《…ナハトォッ!スパア_____》

 

「_やめてええ!!!」

 

《えっ!?》

 

マリーの叫びを聞いたナハトは動きを止めてしまう。 ハジメは困惑した。普通ならば暴れる怪獣への攻撃をやめろとは誰も言わないはずである。

この怪獣を倒さねば、さらに被害が拡大し、またも悲しむ人々が増えてしまう。しかし何故か、この怪獣を倒したならば、この少女が悲しんでしまうのでは…と、言いようのない予感が渦巻いた。

それに対しての反応は、大きな隙となる。

 

 

オオオッ!オオオォオオン!!

 

バシュウン! バシュゥウン!! バシュゥウン!!

 

 

《し、しまった!!》

 

グッ! グァアアッ!!

 

隙を見せたナハトに対してのベムスターの攻撃は素早かった。即座にナハトへ頭角部から黄色光弾の三連弾を浴びせ掛けた。意識をマリーの方へ持っていかれていたハジメは受け身の反応も取れず被弾。吹き飛ばされてしまった。

 

《……ぐ、舐めるなぁあ!!!》

 

シュァアアーーッ!!

 

ドゴォオッ!!

 

キュィイン!!

 

それでも踏んできた戦いの場数が違うとでも言えばいいのか、いくら天下の宇宙大怪獣と言えども所詮は子供___幼体である。 以前の出来事によってスイッチが入ったハジメの手痛い反撃を食らって、今度はベムスターがのけ反った。

 

 

「マリー様!こちらです!!」

 

「早くここから引かなければ!」

 

その隙になんとかマリーの下へ駆けつけることが出来た安藤と押田は、二人で嫌がりもがいて暴れるマリーを力づくで引っ張っていく。

 

「離しなさいな! あのままだと、銀ちゃんがウルトラマンナハトに倒されちゃう!!  あの子は本当は良い子なのを知ってるのは私達だけなんだから!!それをナハトに教えなくちゃ!!」

 

「マリー様の心持ちは痛いほど我々も理解しています!! ですがここは引かなければ!!」

 

「このままではマリー様が怪我を負われます!! お願いですから、我々が安全な場所まで連れて行きますので安静にしてください!!」

 

「私のことなんてどうだっていいわ!! 銀ちゃんが死んじゃう方がよっぽど苦しいの!!」

 

 

「______違う!! キミにだって尊い命が宿っている!!どうなったって良い命なんて、この宇宙には、一つもありはしないんだ!!」

 

「貴方は? ……横にいるのは黒森峰の副隊長?」

 

「逸見君、だったか。なぜキミと…その男性がここにいる?」

 

「こっちの人とは面識は無いけれど、アンタらが森に突っ込んでいくのを見たからよ。誰だってほっとけないでしょーが! ……あーもう!私にもどっかの馬鹿のバカが移っちゃったじゃない!!!」

 

エリカが何故か顔を紅潮させて苛立っている中、青いジャケットを羽織った、優しい顔している青年がマリーに問う。

 

「キミは…あの怪獣と、"友達"なんだよね?」

 

「! ……はい…あの子は……銀ちゃんは、本当はとても優しくて、大人しいの! でも今はあんな風に…私の声も聞いてくれない……」

 

「やっぱりね」

 

「え……? 隠していたことも、怒らないの?」

 

マリーはことのあらすじを全て話すと固まっていなのだが、自分に掛けられるだろうと思っていた言葉を、彼は発しなかった。その顔は朗らかで、優しさに溢れていた。

少し離れた所では、ナハトとベムスターの取っ組み合いが続いている。

 

オオォオーーーン!!!! 

 

シュアッ!!

 

 

「……怒らないさ。だってキミは自分の友達を正気に戻そうとした。 それは褒められても、貶されることでは無いよ」

 

それに一拍置き、彼はマリーにもう一度問うた。

 

「キミは、あの子をどうしたい?」

 

「私は………ウルトラマンでも誰でもいいの、あの子を、銀ちゃんの目を醒ましてほしい…」

 

マリーの答えを聞いた彼はそう言うことを分かっていたと笑顔でそれにゆっくりと、強く頷いた。 そして踵を返してナハトとベムスターの方へと歩いていく。

当然その行動を目の前で見ているエリカや押田、安藤が止めようとする。

 

「え!?なんで貴方が行くのよ! 私達でどうこう出来る問題じゃない!!」

 

「ヒトが一人行ったところで、何も出来ないぞ!!」

 

「マリー様の願いを聞いてくれたことには感謝する。しかしその行動は我らが止めなければならない!貴方こそ命を大事にしてくれ!」

 

 

しかし彼は振り向くと笑顔でこう答えた。

 

 

「大丈夫。彼と力を合わせてベムスターを止める。……僕は"春野ムサシ"。僕も、ウルトラマンだ!」

 

 

「「「え?」」」

 

そして彼____ムサシ青年は、ジャケットから〈コスモプラック〉を手に取り空へ掲げ上げて叫んだ。

 

「コスモーース!!!!」

 

 




はい、投稿し忘れて土曜日となっていた逃げるレッドです。ごめんなさい。
今回は真の勇者が助っ人として登場。二人で力を合わせてベムスターに向かいます。

最終章3話、やっと観ることが出来ました…。
初めて劇場でガルパンを見れたことで会場で啜り泣きしたなんて口が裂けても言えません。
エリカさんとミカさんの登場、アンチョビ姉貴の生き生きした様子は観ててワクワクした反面、感動で泣いてました。
4話が待ち遠しいです。

次回も、お楽しみに!


____

 次回
 予告

ナハトとベムスターの戦いに現れたのは、融和を愛する青きウルトラマン、ウルトラマンコスモスだ!
コスモスであるムサシは、ナハトに怪獣の鎮静化のために共闘を提案するが、ハジメはベムスター撃破に執着し足並みが揃わない…

やはりベムスターは倒すしかないのか!? 怪獣と人類の歩み寄りは夢物語なのか!?
勇気とは何か? 正義とは何か? 一つ壁を乗り越えた時、キミは更に強くなる!

次回!ウルトラマンナハト、
【慈愛の勇者】!


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第21夜 【慈愛の勇者】

 

シュェアア!!

 

 

 

「青い…ウルトラマン」

 

「うそ………あの人が、ウルトラマン…?」

 

「人がウルトラマンになれるのか…」

 

安藤、押田とエリカは目の前で見せられた光景に緊急事態であることを忘れるほど、口を大きく開けてポカンとしてしまっていた。

しかしマリーひとりだけは目を瞑り、指を組み祈る。

 

「お願い……銀ちゃんを、助けて……」

 

 

突然、ベムスターと対峙するナハトの横に現れた青白の光。 その中から現れたのは、優しき光のごとき、慈しみの青き巨人____ウルトラマンコスモスである。

これにベムスターは怯み、ハジメも驚く。

 

《青いウルトラマン……あなたは…》

 

《僕はムサシ。彼、ウルトラマンコスモスと一心同体となっている人間だ。ウルトラマンナハト、共にあの怪獣…ベムスターを止めよう!》

 

《…ムサシさん、俺は、あの怪獣を倒さないといけないんです! たとえ自分一人でも、一刻も早く倒さないと…!!》

 

《! ダメだ、二人で協力すれば、きっとこの怪獣…ベムスターだって止める事が出来る!》

 

やはり、それでも追い込まれていたと言えばいいか、心を許せる親友に吐露した後であったものの、ハジメは何らかの使命感に囚われていた。

ただ一人でまたベムスターへと向かい____

 

《俺は決めたんです。もう失敗は、しない! …スペシウム!!》

 

シュアッ! ハァァッ!

 

《ベムスターに破壊光線を正面から撃ってはいけない!!》

 

ハジメはマリーの願いもムサシの声も聞けなかった。それは、こうして願いを聞いた結果、自分の目の前でまた最悪の悲劇が起きてしまうことを想像してしまったからであった。最悪と最善、どちらを取るべきか、ハジメは決心していた。人の死と憎悪、どちらも取りたくないのは当然と言えば当然である。

ナハトは力の溜めなど隙を起こす事の無い、スペシウム光線でベムスターを倒そうとした。真っ直ぐに水色の光線がベムスターに放たれた前後で少女の小さな悲鳴が聞こえたが、これが最善であると自分に言い聞かせ、止めることはしなかった。

 

………が、しかしである。

 

《な、スペシウム光線が…!? 効かない!?》

 

すべてを振り払って放った必殺光線。それはベムスターのど真ん中、的のような腹に命中し息絶えさせる筈だった。そう考えていた。 

だが実際はその腹の口とも言うべき箇所からスペシウム光線を吸い込まれてしまった。 ナハトが動揺するのも無理はない。それとは反対にマリーだけは安堵の息を吐いていた。

 

キュイィーーン!!オォオン!!

 

カァァアアーーーッ! シュバッ!!!!

 

 

だが、そうも言ってもいられない。必殺光線を吸い込んだだけではなく、再び腹の口を開けたかと思うと、なんとそこからスペシウム光線を撃ち返してきたのだ。

 

___グッ、ウゥ!! ___ウァアッ!!

 

反射されたスペシウム光線はナハトとコスモス目掛けて横凪に放たれ、直に受けた両名は少なくないダメージを受ける。

予想以上の反撃をくらい膝をつくナハトに、コスモスが片手からヒーリング光線を浴びせ応急処置を施す。

 

《ぐぅ…なんだよ、それ…跳ね返すなんてありかよ……》

 

《ナハト、二人の力を合わせなければ、たとえベムスターの幼体であってもどうすることも出来ない!

キミは急ぎすぎている!!》

 

《急ぎすぎなわけがない!コイツを倒さないと、悲しむ人が増える! だから!ここで息の根を…》

 

《…必ず相手の命を奪う必要はないんだ。別の道もきっとある。あの女の子は、ベムスターのことを友達だと言った。今キミがやろうとしていることは、彼女と、ベムスターの歩む道を閉ざしてしまうことに繋がる。 お願いだ、どちらも希望を持って明日を生きていけるようするためにも、力を貸してくれ…!今助けられる命に手を伸ばすことが大事なんじゃないのかい!》

 

《!!》

 

ムサシの言葉は、ハジメを動かした。ハジメは、自分の知っている友好的な怪獣以外はすべて悪であるということは決して無い……そのような根本的な意識が抜け落ちていたことにようやく気づいた。それこそ、ガメラのような怪獣と人との繋がりを、未来を断ち切る行為であることだったと、改めて理解した。

 

進むべき道はあった。人も宇宙人も怪獣も関係ない。そう言ったのは自分自身ではなかったのか?

 

 

【♪BGM】『Spirit』

 

 

ハジメはまた一つ、葛藤と苦悩に打ち勝ち、答えを見つけたのだろう。ナハトの輝く瞳には、もう曇りは無い。今自分に出来ることをやるのみだ。

手を伸ばして助けることがあるのなら、手を伸ばす。

 

《…自分で知らないうちに、勝手に心を追い詰めていた…切り捨てれば今よりも楽になると思いかけていたかもしれない。………ムサシさん、お願いします。一緒に戦わせてください!》

 

《ああ! だがベムスターを落ち着かせるには、コスモスの光線を浴びせなくてはいけない。その時に動かれると効果も薄くなってしまう。だからキミにはベムスターに組み付き、動きを止めてほしいんだ!》

 

《分かりました 行きましょう!! スタイルチェンジッ!ガッツ!!》

 

力を合わせベムスターに向かうことを決心したナハト。彼女達の種族を超えた絆を繋ぐために、護るために、大地を巻き上げ疾る。

 

ズゥン! ズゥン! ズゥン!

 

 

《組み付ければこっちのもの!とぉおっ!!》

 

燃える紅のガッツスタイルへとチェンジしたナハトは、先頭をきってベムスターに力強く走っていく。

そこから背を向けバック転で近づいてから跳び上がり、ベムスターの背後に着地する。

 

キュイィ!?

 

シュアッ!!

 

《これでえ!!》

 

ガシィ!!

 

《捕まえたぞ! 大人しくするんだ!》

 

怪力自慢のガッツスタイルとなったナハトに羽交い締めされ、さすがの大怪獣ベムスターも、幼体であることもありナハトによる拘束を解くことは不可能であった。

ただ不機嫌そうな唸り声を上げ、もがくことぐらいがやっとの状態だ。

 

《ムサシさん ここでベムスターを!!》

 

《ありがとう!………"フルムーンレクト"…!》

 

コスモスは身動きの取れないベムスターに向け、右拳をゆっくりと突き出し、そこからは眩い光の粒子を放つ。ルナモードの慈愛の象徴である、興奮抑制光線、"フルムーンレクト"だ。

 

キュゥウ………

 

コスモスの放った光線を、攻撃と認識したベムスター。タダではやられはしないと言う意思表示か、先程ナハトのスペシウム光線を取り込んだ時と同じように、腹の口を大きく開き吸収しようとする。

しかしその直前に光線の粒子が幾本にも分散し、ベムスターの腹部を避けるように本体へ到達した。

 

トァアッ!

 

ギュォオオオオ……ウゥゥゥ…

 

「やった!」

 

「ウルトラマンが光線を…」

 

「銀ちゃん!」

 

ナハトはベムスターにフルムーンレクトが直撃したことを確認すると、ベムスターから離れるよう側転して距離を取り様子を窺う。

 

《どうだ……?》

 

《手応えはあった。もう心配はいらない。……ベムスターの凶暴化した原因だったであろう、"宇宙アメーバ"は消えたよ》

 

《宇宙アメーバ?》

 

《宇宙に漂流して、テリトリー内を通った有機生命体に寄生して体の制御を乗っ取って繁殖する存在なんだ。きっと宇宙を旅してる時にやられたのかもしれない。 幸い、光線の興奮抑制の効果で活動が鈍くなったところで体内の新抗体によって駆逐されたようだね》

 

ベムスターを見れば、光の粒子に全身纏わりつかれ苦しみの声を上げていたが、今は大人しくなっていた。

ベムスターの鳴き声や目つきも穏やかになる。どうやらコスモスとムサシの思惑通りになったようだ。ベムスターはコスモスの方へゆっくりと歩み寄ると、猫のように身体を擦り始めていた。

 

《……つまり、この怪獣は操られていたってことですか?》

 

《大まかに言えばそうだね》

 

《そうだったんですか……俺は、危なく……》

 

そんなベムスターの下へマリーが走る。それに押田と安藤、エリカも続く。マリーに気づいたベムスターは喉を鳴らして顔を近づける。

 

「良かった…! 銀ちゃんが元に戻ってくれて!!」

 

「すごいな……ウルトラマンはこんなことも出来るのか…」

 

「まさかあの人がウルトラマンになるなんてな…」

 

「………あれは」

 

 

 

 

 

ゴォオオオオオオオオ!!!

 

轟音が聞こえ出した空に目を向ければ、航空自衛隊の戦闘機___F-3J 蒼天と少数のF-15MJ イーグルで混成された部隊が編隊を組んで上空に駆けつけたところであった。

彼らは通報と出動命令を受け小松基地からスクランブルした、第6航空団第303飛行隊___以前ガンQ迎撃に赴いた一文字率いるレイザー隊だ。

今は攻撃を開始せずに上空を旋回し状況の把握と確認を急いでいた。

 

『レーダーに反応しない…コイツも生体ステルスを保持しているのか!?』

 

『やるしかないか…………あ、あれ?様子がおかしい気が……』

 

「なんだなんだ? ナハトの他に見慣れねえ青いウルトラマンがいるじゃねえか。それに…アレが暴れていた例の特殊生物か?」

 

『はい。ですが、見ての通り…現在青いウルトラマンに寄りかかって……その、甘えているように見受けられます』

 

「…そうか。………よく見たら、案外カワイイ顔してんじゃねえか」

 

ある意味肩透かしをくらった一文字がベムスターに対する呑気かつ率直な感想を述べると、無線からは他の隊員達の乾いた笑いや溜め息が聞こえてくる。

その間に一文字の部下が航空総隊に現状報告をすると、返ってきた答えは攻撃の一時中止であった。

姫神島でのガメラ・ギャオスの件もあり、先ほどまで破壊活動の限りを尽くしていた怪獣とはいえ、ウルトラマンと友好的に接している怪獣を攻撃することは上層部でも躊躇いがあるようだ。

 

「___んなこと言われてもよお、ガメラはともかく、散々暴れといてはいそうですかで終われるかってんだ」

 

『ですが命令は命令なので…っ!! 一文字隊長!!』

 

突然部下が声を上げたのを怪訝そうに何があったのかと聞き返す。

 

「なんだ?」

 

『前方10時の方向!新たな二体の特殊生物が向かってきてます!!地上の個体と同種であると思います!』

 

「な、なんだと!?」

 

慌てて左上の空を睨む一文字。やはりレーダーには何も映っていない。

レーダーからは捕捉の反応は出てはいなかったが、太陽光を反射し発光している二体の銀色のベムスターがはっきりと映った。仲間を、同族を助けにでもやってきたのだろうか?それは分からない。

だがこちらを一瞥して通り過ぎようとする様子を見た一文字は、違和感を感じ隊員達に攻撃することがないよう声を張り上げる。

 

「……あれは………ま、待て!全員まだ撃つな!!下手に刺激するんじゃねえ!!」

 

『なぜですか!?』

 

最初こそ慌てていた一文字だったが、すぐに落ち着き…というよりは普段の状態に戻っていた。

驚きと疑問の声を上げる隊員らに一文字は目の前を通過し地上のベムスターへと向かっていく二体を見送りつつ一言、鼻を人差し指で擦りながら得意そうに、自身の直感が導いた結論を呟く。

 

 

 

 

 

「…ありゃあきっと、アイツのお袋と親父だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空からレイザー隊の一文字らが見守る中、幼体のベムスターこと銀ちゃんとその横にいるコスモス・ナハトの前に、その親であろう二体のベムスターが降り立つ。

 

《この二体は……》

 

キューーーッ!キューーーーッ!

 

《…このベムスターのお父さんとお母さんだ。ずっと探していたんだね》

 

思わずハジメは予想外の新たな怪獣の出現に身構えてしまうが、コスモスは二体のベムスターの方を向いた銀ちゃんに付き添うように二体の方へと歩む。

 

《………俺は…》

 

「お父さんとお母さんが迎えに来たのね…銀ちゃん…さようなら。あなたのことは忘れないわ。今度は迷子になったり、暴れん坊になっちゃダメよ…?」

 

「「うっ、う"ぅ……」」ズビィーーー!

 

「アンタら…案外仲良いじゃない」

 

ナハトはその光景を呆然と眺め、マリーは親達の下に戻っていく銀ちゃんを目に涙を溜めながら見守る。その両脇では時に鼻をかみながら、押田と安藤も隠す事なく涙を流し泣いていた。なんだかんだ言って、彼女達も銀ちゃんとの時間は大切なものとなっていたのだ。

そんな様子をエリカが優しい目で見ていた。

 

 

ズゥウン! ズゥウン! ズゥウン!…………クルッ

 

銀ちゃんは、付き添っていたコスモスを置いて両親の下に走った。そして親と触れ合う前にマリー達の方に振り向いた。

すると、銀ちゃんは安藤と押田、そしてマリーを見て右手を大きく上げて手を振ったのだ。別れの挨拶をしたのだろう。

 

キュ〜〜〜!!

 

涙を堪えていたマリーが銀ちゃんのその行動を目にしたことで遂に涙が止まらなくなったらしい。勿論、例の二人も例外ではなかった。

彼女達は涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらも、それに応える。

 

「さようならぁ〜!!!銀ちゃぁ〜〜ん!!!」

 

「身体に気をつけるんだぞぉ〜〜!!!」ズビィーーー!

 

「好き嫌いするんじゃないぞぉ〜〜〜!!!」ズビィーーー!

 

「……もう、このハンカチ使いなさい」

 

 

三人の声が届いたのか、銀ちゃんは満足したようでこちらまで響くほど喉を鳴らしながら両親の方へと振り向き歩く。その人よりも遥かに大きく、そして小さい背中には別れの悲しみを語っているようにも感じられる。彼も涙を流していた。

 

「バイバイ。銀ちゃん…」

 

「涙が止まらない…」

 

「たった数日の間だったのに…」

 

……やがて親子同士での会話でもしたのだろか、三体のベムスターはいつの間にか傾いていた太陽の方角へ向かって飛び立った。

かなり速度が出ていたため、すぐに空の彼方に彼らの姿は消えていったのだった。その場にいた全員に見守られながら。

 

 

 

 

『これは不戦勝……ですか?』

 

『……本当に親子だったんですね』

 

『すんません…自分、何故か涙がほろりと出てきました!』

 

「風のように現れ、風のように去る、ねぇ…。俺も"前原・いぶきレポート"の追記やる人間になっちまったなぁ。あー筆記はめんどくせえんだけどなぁ…」

 

レイザー隊は損害を出すといったこともなく、怪獣は去り、二人のウルトラマンもいつの間にか消えたため、基地に帰投することとなった。

しかし野党や多くのメディアには、今回の自衛隊の対応の甘さについて追求する材料を与えたことにもなった。

 

 

 

 

 

「ムサシさん、ありがとうございました………もしも俺があのまま倒そうとしていたら…」

 

「間違うことは誰にでもあるさ。キミも大切な人達を守ろうと必死だったのは分かるよ」

 

「それでも、俺はムサシさんのようなことは出来ないし…」

 

「その時に大切な人を救える手段が無かったら、その時の最善の行動を取るのは正しい。僕にも、時には命を奪わなければ助けられないこともあった…」

 

「……そう…なんですか」

 

「だからね、気持ちで負けちゃ駄目だ。気持ちで負けてしまったら、なにも出来なくなってしまう。 

力だけが大切なわけじゃない…分かり合おうとする優しさ、キミにもあるはずだ。 それにはもう気づいてるかもしれない。でもそれが実践できるかどうかはキミ次第だ。

出来た時こそ、きっとキミも一人で飛べるようになる。でもキミは一人じゃない。それは忘れないでくれ。

 

それじゃあ、またこの広い宇宙(そら)で会えたら!」

 

「はいっ、その時はよろしくお願いします」

 

ムサシは最後に笑顔を見せ、光の粒子となって空に昇っていった。

 

「………そうだな、今は前に進むことを考えないとな。いつまでも暗い雰囲気じゃ駄目か………よし!」

 

ハジメはパンッ!___と、両手で頬を叩いて気持ちを入れ替える。ムサシやマモルの言葉を胸に、前に進むことを決意した。この先、さらに厳しい未来が待っていようとも。

心を入れ替えたハジメは走ってエリカ達のいる場所に向かった。

 

 

「アンタたち、いつまでも泣いてるのよ!」

 

「し、しかし…それでも涙が流れるんだ逸見君…!」

 

「逸見君、ティッシュも借りていいだろうか?」ズズッ!

 

「……またいつか会えるわ、きっとね」

 

なんとも言えない、しんみりとした空気が辺りを漂う。しかしその雰囲気を壊したのは手を振ってこちらにやってきたハジメであった。

 

「おーい!エリさーん!!」

 

「は、ハジメ!」

 

「あの方は?」

 

「ウチの整備士の一人よ」

 

ハジメはエリカに駆け寄ると心配そうな顔をして体に異常などが無いか確認をする。

エリカはそれに鬱陶しそうに答える。

 

「大丈夫!? どこか怪我とかしてない?」

 

「大丈夫よ、怪我なんかしてないわよ。てかアンタ また避難しないでここまで走ってきたんでしょ!!」

 

「それを言うならエリさんもじゃないの?」

 

「うっ……うるさいわね!どっかの馬鹿のバカが移ったのよ!!」

 

「?」

 

「この鈍感男!!」

 

ここでもハジメが怒鳴られるのは必然らしい。散々注意しても毎度のように自分の身を危険に晒して躊躇することなくやって来るのだ。当然エリカも怒るわけである。

 

「いたぞ!エリカ、聞こえるか!」

 

「エリカさん!」

 

「「「マリー様ぁ!!」」」

 

「こんな近くにいたのか…」

 

「攻撃命令が出ていたら危なかったですね…」

 

マリー達やエリカの安否が気掛かりだったのだろう。今まで退避していた両校の戦車道チームが自衛隊の車両群と共に現れた。

どうやら無理を言って同行してきたらしい。

 

「エリカッ! 聞いたぞ、一人で救助に向かったんだと! ……ハジメ君…キミもか。何度言えば分かってくれるんだ?」

 

「「す、すいません…」」

 

「まったく…しかしこれでハジメ君は何度目だ? 私も、キミが嫌いだから言ってるわけじゃないんだ。だがそう何度も勝手な行動を取られると、安全の観点上無視できない…最悪今度からハジメ君の対外試合への同行を禁止しなくてはならない。頼むからこれ以上危険な行動はやめて、謹んでほしい」

 

「……はい」

 

「私や機甲科、整備科の面々もみんな心配なんだ。そして誰よりもキミのことを心配しているのは隣に立っているエリカだと思うぞ」

 

「………」

 

「………よし、今日はここまでにしておく。試合の簡易的な挨拶をして学園艦に戻るぞ」

 

「行くわよハジメ」

 

「ああ。」

 

ハジメはエリカについて行き、トラックに搭乗する。

そして、この先も未知なる脅威との戦いは続くことを改めて考え、車上で揺られながらも自分なりに思考を巡らせていた。

思考の海に沈みかけた時、エリカに声を掛けられる。

 

「そういえばハジメ、もう気持ちの方は大丈夫になったの?」

 

「え? ああ、うん。おかげさまで…迷惑かけて申し訳なかった。イッチに励まされたら楽になったよ」

 

「…ふーん、マモルに相談したの……私に話してくれても良かったじゃない…」ボソッ

 

エリカの呟きはとても小さかったため、ハジメはその言葉を耳にすることは出来なかった。

なんと言ったのか聞いてみようかとしたら、エリカがまた口を開く。

 

「あ、そうだ。ねえ聞いてよ! ナハトと一緒に戦った、あの青いウルトラマンはね、若い男の人だったのよ! 目の前で何かを掲げて光に包まれて…そしてウルトラマンになっちゃったんだから私腰抜かすかと思ったわ」

 

「へ、へぇ…そうだったんだ」

 

「? もう少し驚いてくれたっていいじゃない。これ多分かなり貴重かつ重要な話だと思うわよ? だって、その人が青いウルトラマンになれたってことは、ナハトも誰か変身してるかもしれない可能性もあるってことでしょ?」

 

「!!」ビクッ!

 

「なによそんなに肩を跳ね上げて…。ははぁ〜ん、さては…ハジメがナハトだったりして!」

 

「え、えっと…」

 

「……なーんて、冗談よジョーダン! あはは!今のアンタの顔、スマホで撮っとけばよかった!」

 

「や、やめろよ〜!(心臓飛び出すかと思った…)」

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

岩手県沖 大洗女子学園艦 生徒会室

 

 

 

「ふーーん……。 で、戦車道を受講したくないから、直訴しにきたんだ。お友達連れて」

 

「は、はい………あの、本当に戦車道はもう…」

 

学園艦の艦橋部分に存在する生徒会室。 

執務机の椅子に座る生徒会会長___角谷杏は背後の窓から差す太陽の光によって、暗い影が彼女の顔を覆う。それは見る者に彼女の腹の内を探ることを邪魔するかのようなものだった。そして彼女の左右には生徒会書記と広報の二人が神妙な顔で立っているため、さらに威圧感が加わる。

 

「んー、ダメかな」

 

「そんな…」

 

「これは権力の濫用です!!」

「そこまでするのはさすがに横暴じゃないの!?」

 

「取り巻きは黙っていろ。今、会長はそこの生徒と話している」

 

「そゆことだね。私は今、西住ちゃんとお話ししてるんだ。ねえ、どうしても戦車道、やってくれないかなぁ?」

 

その対面に立っていたのは最近大洗に越してきた、黒森峰の西住みほだ。みほの取り巻きとは言わずもがな華と沙織のことである。

彼女たちは丁度先日の全校集会で戦車道の復活宣言を聞いたばっかりだった。そして希望履修科目の用紙を提出したら、翌日の今日、ここに呼び出されたのだ。 

なお呼び出しをくらったのは、みほのみである。

 

そして杏がみほを呼んだ理由は、戦車道を復活させたから、強豪校からの転校生であり戦車道経験者であるみほに戦車道を洗濯して履修しろ、要約すればこうなる。お願い、というよりは最早勧告、要請、命令の類いである。

無理もない。彼女達にも背負っているものがある。その背負っているものを救えるのなら、一生徒の生活を潰すことも躊躇いは無かった。

 

「こっちにもねー、引くに引けない事情ってやつがあるんだよね〜」

 

「でも、私は…」

 

「あーもう、こればっかしは使いたくなかったけど。……西住ちゃん、戦車道選んでくれなかったら、この学校にいられなくしちゃうからね?」

 

「「「え!?」」」

 

杏から発された言葉にみほ達は固まった。

 

「そ、そんな冗談、効くと思ってるの!?」

 

「冗談じゃないよ、大真面目。あ、西住ちゃん…そういえば最近、スーパーでペット用の餌、買い始めたんだって? それもカメの。こっそり飼ってるんでしょ?」 

 

「なんでそんなことを…知ってるんですか?」

 

「こっちはいろんなこと出来るからね〜。 あーいけないなぁー、西住ちゃんの住んでる寮ってペット禁止だったはずなんだけどなぁ…。ま、それぐらいじゃ退学にはならないけど、そこのお友達を退学にすることぐらいまでは出来るかな?やろうと思えば色々でっち上げもできるんだ〜」

 

「あ、私のせいで……また………」

 

「みぽりん!私たちのことはいいよ!気にしないで!!」

「西住さんがどうしたいか、自分の意思を第一に決めてください」

 

「二人とも……」

 

この光景、以前にも何度か見た気がする。みほには二人の顔に、姉と黒森峰の友人達の面影を感じたのだ。

 

気の弱い自分は、意見する前に気の強い者や声の大きい者たちがいるとよく跳ね除けられ、再度口を開いて発言することなく終わることがあった。また同様に行動を起こそうとした時もそうであった。

そんな時に助けてくれたのは自慢の姉と幼馴染達だった。

 

みほは考える。もしもあの人達なら、どうするだろうと。

 

嫌なこと、苦しいこと、辛いこと、それらから逃げるだろうか? 投げ出すだろうか?

 

諦めずにもう一度立ち上がらないのだろうか?

 

自分が好きだったものを簡単にやめたりするだろうか?

 

______キミは強い人だ。______

 

答えは、否である。今、ここで勇気を振り絞るのだ。今も自分は一人ではない。あの人たちも、自分のことは嫌ってはいなかった。寧ろ心配してくれていた。ここでやめてしまうことこそが、裏切りになってしまうと思った。

 

「……やります。私、戦車道、やります!」

 

「みぽりん!?」

「西住さん!?」

 

だが、言わされたわけではないのだと、これは自分の意思で決めたのだと、決意に満ちた瞳を杏に向ける。勇気は周りから貰った。ならば次は自分が立ち上がる番なのだ。

杏は相変わらず不敵に笑っている。

 

「!………そっか。やってくれるんだね、ありがと。かーしまー」

 

「はい。それでは、また後日新たに用紙を渡す。記入後提出しに来い」

 

「ありがとうね西住さん…本当に……助かるわ」

 

これで本当に良いのかと華と沙織はみほを見るが、みほはそれに大丈夫だと目で伝え返す。

 

(みんな、私はもう一度、頑張ってみるよ…)

 

一度離れた戦車道に、再び向き合う決心をしたみほ。

彼女の新たな道への歩みと見えざる壁への挑みは今ここからスタートした。

 

 

 

 




はい、久しぶりナス!一人暮らしも悪くないと思ってる逃げるレッドです!
なんとか持ち直したハジメ君。そして何かのヒントを得てしまったエリカさん。小さな出来事は、集まれば大きな物になるのです……それは取り返しのつかないものなのかも。
この世界でもやはり西住殿は戦車道と再び向き合うことになりました。

次回もお楽しみに!

____

 次回
 予告

世界各地でギャオスや昆虫型特殊生物の活動がさらに活発化しつつある中、ゴジラ・ガメラ・モスラの三大護国聖獣が地球のために戦かっていた。
そんな彼等を各国が"益獣"ともてはやし、さらなる地球人類の団結を声高に掲げるが、順風満帆に物事は運ばない…!

次回!ウルトラマンナハト、
【掴みかけたピース】!




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第22夜 【掴みかけたピース】

人類コントロールマシン 衛人(クナト)、登場。


 

 

 

 

 

 

 

中米 パナマ共和国 バヤノ 

多国籍軍キャンプ

 

 

日本のベムスター騒動からおよそ三日。

以前、メキシコ南部にまで飛行性昆虫型特殊生物が侵攻してきたことにより各地で混乱が生じていた中米地区。現在はなんとかコスタリカ以南の地帯への押し返しと封じ込めに米州諸国は成功していたが、予断を許さない状況が続いていた。

 

「間もなくブラジルの巡回部隊が帰還するぞ、ゲート開閉準備!」

 

「監視塔の見張り員は周辺の警戒を厳としろ!」

 

『了解』

 

そしてここは、今現在中米の対特殊生物防波堤となっている町、バヤノ。

町の横を流れるチェポ川周辺にはカナダ・ブラジル・米州機構の派遣部隊やアメリカ合衆国海兵隊が集結している臨時的な駐屯地が出来上がっていた。

 

「見えた!歩兵部隊を確認!!」

 

「収容準備ぃ!!」

 

近年の南米ブラジルでのクモンガ大発生以降に活発化した米州の昆虫型特殊生物の出現と侵攻は、南米大陸に留まらず、中米南部にまで飛び火しつつあった。

そして数ヶ月前には前述したように、満足な対空装備を配置していなかった南米諸国が築いていた防衛線を、蜂や蝿の飛行型特殊生物によって簡単に突破されてしまった。

しかし地上の特殊生物の侵攻速度が遅かったこと、個体間の連携などが無かったことや、ブラジルとアメリカの早急かつ大規模な中米派兵により飛行型の駆除に成功したことが重なり、昆虫型特殊生物の中北米への生息域拡大を阻止することに成功したため、大事には至らなかった。

しかしそれでも死者が出なかったわけではないが…。

 

「ふーっ、歩兵の収容完了っと。おいコーヒー取ってくれ」

 

「ん。コーヒー飲むのはいいが、監視はしっかり、だぞ」

 

「分かってる。……しかしこちらもだが、アフリカやインドも苦労してるって話だ、ご苦労なこった」

 

「向こうはアレか、カマキラスやギャオスか…まだ向こうはマシだと思うぞ。あっちにはガメラやゴジラが連日ギャオス退治に駆けつけてくれてるらしいじゃないか」

 

「それに、モスラはアフリカにまで出張ってくれてるんだろ?……まあ分かるのは、あちらもこちらも面倒なことなのには変わりないってことかな?」

 

この地の北部には地球規模の海上物流を支える世界三大運河の一つ___パナマ運河が存在しているため、その重要性から防御陣地が作られるのは当然であった。

しかし、中米以南の国が全滅したわけではない。あくまでも発見した個体の撃ち漏らしや北へと逃げてくる個体の撃破が現在は主となっているため、防衛線と名がついてはいるが、その防衛に赴く多国籍軍の駐屯地は良くて規模を大きくした検問所、監視所と言った方が役割的にしっくりくるのではないだろうか。

 

「よし。"キラービー"は飛んでないな。ギャオスも見えない」

 

「昨日の夕方、別の駐屯地のアパッチがギャオスに落とされたと聞いたぞ。本当にここらはヘリと対空砲だけで足りるのか?最前線だぞ こっちは」

 

「明日にはアメリカ本土からB-100がやってくるらしい。大量の爆弾でこの地に存在する育ちきってないギャオスのハイヴを徹底的に破壊する算段とのことだ。いくらか負担が減ることを祈ろう」

 

「豪州連合の、例のN2とか使えばいいんじゃないのか?」

 

「お前…それはいろいろとマズイだろ___っ! 敵襲ーーーッ!!!」

 

 

ウゥゥーーーーーーーーーー!!!!

 

監視塔に登っていた片方の見張り員が敵___特殊生物の接近を感知。すぐさま駐屯地内のサイレンを鳴らし非常事態を報せる。

 

『ゲートの完全遮断急げ!!基地内の部隊は戦闘配置!!』

 

サイレンが鳴ったことによって駐屯地内が慌ただしくなっていく。

そしてすぐに監視塔の無線には現場指揮官から連絡が入ってくきた。

 

『敵のタイプと数は!』

 

「はい!敵は"バグ"です!中隊規模のウォリアー・バグの群れであると確認! なおその他の飛行型並びにギャオスは確認出来ず!」

 

「正面ゲートへ真っ直ぐ来ます!距離約1500!セントリーの準備を!!」

 

『今回は混成ではなかったか。よし、コブラによる対地攻撃で消し飛ばすぞ!』

 

ちなみに、昆虫の定義とは、主に六脚であることとされているが、虫型の特殊生物はすべて昆虫型に分類されている。つまりは突然変異したムカデやクモといった特殊生物も同様にして昆虫型と定義されるのだ。

そしてここで説明しておくが、現在駐屯地を攻めている、"バグ"と呼ばれている特殊生物は、本来地球に存在しない、真社会性のクモ型宇宙生物である。…クモに似てはいるものの、本当にクモであるかは甚だ疑問ではあるが。

そう、今の南米は日本や豪州に劣らないほどの強力な異常磁場の発生によって、現地の突然変異種だけでなく、起源不明の地球外種までもが現れる魔の巣窟と化していたのだ。

これが南米から昆虫型特殊生物を完全に駆逐しきれていない原因にもなっていた。未知の生物と対面することには危険と犠牲を多く伴う。それがポンポン平然と繰り出されてくるのだから当たり前だろう。

 

『ヘリを上げろ!上から蜂の巣だ!! 何を言ってる ガンシップも全てだ!!』

 

『歩兵戦闘車を前方に配置しろ、壁役にするんだよ!』

 

『急げ急げ!アイツらは待ってはくれないぞ、早くしろ!!』

 

『何度来れば俺達に勝てないって学習するんだ!? これで6度目だぞ!?』

 

迎撃態勢に入る駐屯地内の各部隊。外ではセントリーガンの射撃音が途切れることなく鳴り響き続いている。それは相手がそれほど近づいていることを示すものでもあった。

 

バグの仕掛けてくる戦闘スタイルは主に物量にものを言わせた波状攻撃である。一度の襲撃で終わるわけでは無いということだ。

それほどの数をどうやって用意しているか、それは恐らく地下に作られる巣だろう。バグ以外にも巣を作り、大量の卵を産む特殊生物は数多い。しかもそれらの殆どが南米に生息する昆虫型である。

 

米州からしたら、たまったものではないだろう。こちらの駆除能力を上回る速度で繁殖し拡散されたらそれこそ終わりの見えない戦いの始まりとなるのだから。されども幸か不幸か、今のところは蟻型などの特殊生物は確認されていない。今のところではあるし、確認されている蜂型も十分な脅威ではあるが。

だが米州各国が奮闘しているのに嘘偽りは無い。無いのだが、やはりあらゆる力が足りないのだ。それは先進国と呼ばれている国の力を合わせても、である。

 

「なあ、今までのバグの波状攻撃の平均回数はいくつだ?」

 

ここで監視塔の見張り員の一人が相方に惚けたような口調で訊ねる。

 

「……4、だな。数は減っていくが。だがいつも通りやるしかいない」

 

「ああ!やっぱコイツらの相手が一番嫌だね!」

 

「さあて第一ウェーブだ…気を引き締めていこう」

 

目前まで迫ってきたバグの軍団。彼らは持っていたアサルトライフルを手に有効射程まで引きつけていく。

そしてセントリーガンや迫撃砲の猛撃をすり抜けて現れたバグに対して彼らは引き金を引いた。

 

ババババババッ! ババババババババッ!!

 

米州、特に中南米の抱える特殊生物事情は依然として厳しい。

 

 

 

 

______________

 

 

極東アジア 日本国東北地方 青森県 岩木山

 

 

 

ブラジルが真昼だった一方で、地球の反対側にあたる日本は真夜中である。

しかし、ここ岩木山の北側麓の開けた森林部地上は多数の大型重機に占領され、空は無数の民間・陸上自衛隊のヘリコプターが飛び交い、それらに搭載された照明によって地上は照らされ、まるで昼間のような明るさであった。

 

バタバタバタバタ!

 

「まったく…慌ただしく設備を整えて…しかもこんな真夜中に……ねむ…」

 

「わざわざ夜遅くに関東から来てもらってすいません、香月先生。 こちらです。自分について来てください」

 

照明に照らされ、周りが慌ただしく動き回っている中を歩いているのは、つくばの生総研本部からやってきた、ロボット工学の世界的権威として有名な人物でもある香月だった。

そして彼女の護衛役として横には戦闘服を着込み、〈89式小銃〉を背中に背負った若い特生自衛官が一人付き添っていた。研究者に武装した自衛官が護衛が付く時点でこの山麓に何が現れたのかは大方想像がつくだろう。

 

「あなたは悪くないでしょ。鈴木さん…だったかしら?古代の遺物の発掘なら、生総研からは早乙女博士のような考古学者が真っ先に呼ばれるはずなのに何故私なのか、あなたが説明してくれる?」

 

「はい。自分が聞いた話では、まずはじめに出土してきたのが未知のセラミックで出来た…形が回路基板や自動小銃…大きな物に至っては旧ソ連で計画されたという二足歩行器に酷似したものもあったとかで、枠組みを考えれば…先生が適任であるとして呼んだのだと思います」

 

「なるほど。精密機器や準ロボットの先祖みたいなのが出てきたから私に白羽の矢が立ったのね。それに自衛隊もいる理由が分かったわ。早く調べ上げて私は帰るわね、本部にはゲッターや欧州の方からの連絡も待ってるし」

 

「了解です。間もなく一番進んでいる発掘現場に着きます」

 

そうこうしていると、件の発掘区域に二人は到着した。

そこにはクレーンやショベル、ブルドーザーと土木工事には欠かせない車両群がそこかしこで動いていた。小さな子供がこの光景を見たならば大はしゃぎするだろうと思うほど、そこには尋常ではないほどの数の作業機械である重機が投入されていた。

 

「一昨日発生した日本海沿岸地震の影響による山麓の地割れの中から、超古代先史文明の物と思われる遺物が出てきた…偶然にもほどがあるわね」

 

「見回りに来た管理人が第一発見者だそうで………あ、ここからは簡易的な階段で下まで降ります。骨組みが剥き出しなので足元に注意してください」

 

二人は階段で発掘場の一番下部_と言っても底までおよそ6メートルほどまでであるが…_まで降りると、多数の機材が置かれテントが張られた場所に着く。

香月は回収された出土品群を一瞥し、鈴木の後に続く。

 

「………装輪付きの砲台……のような残骸に…巨大な棺桶……車かしら?」

 

「しかし形が似てるだけでそのような物は…しかもこのような地上付近に現れるなんて…」

 

「人類史以前からの度重なる地殻変動によって地下深くにあったものが地表に現れるのは珍しくないわ。例えば、エベレストのアンモナイトとかね。

それに、ギャオスのような超古代生物であろう超常的存在が世界に現れているし、近頃新たな地下・地上・海底遺跡が各地で狙ったように見つかり出している時点で、そういった技術を大昔に持ち得た文明があったことは確定よ?ていうか、もう発表して公言しちゃってるけど。

ギャオスを生み出すほど、ゲノム技術が進んでいたのなら、少なくとも文明、特に軍事レベルは現代よりも上かもね。まあ、セラミックで作られた遺物を見せられたらその説は濃厚かしら」

 

「現代レベルの科学力を持ちながら滅びたことと、セラミックで機械群を製造していたかもしれないことが個人的にはかなり気になります。 何らかの条件か環境か何かに縛られていたのでしょうか?」

 

「それは今から調べてみないとわからないけれど。 でもどの道、かなり人類史的にも地球史的にも重要なものなのは変わりないわね。

それで、これだけのことなら私は呼ばれないわね?目の前のテントに入れば詳細が分かるのかしら?」

 

「はい。先ほど先生が目を通された棺桶状の遺物と同じような物が埋まっているのです。しかし、形状が周りの物と違うと…」

 

「形状が違う?」

 

「他の人間が言うには、保存状態のレベルが明らかに違う…とのことで、もしかしたら稼働することも有り得る…らしいです」

 

「ふーん……気になるじゃない、ソレ」

 

香月が鈴木からの説明を聞きながら一際大きなテントの中へと入っていく。

そこには鋭角と直線的なラインと三角形状の面で構成されたシャープな印象を受ける灰色の巨大な箱型の遺物が、眩しい照明によって照らされながらそこに鎮座してあった。長さはざっと4〜5メートルほど、高さは2メートルは無いぐらいであろうか。

よく見れば地面に底面は着いてはおらず、丸太ほど太い切り株のような円柱が箱と地面を繋げるように刺さっている。どうやらコレが箱を支えているのに一役買っているようだ。

 

「一本足の棺桶…」

 

「足と言うには肥満すぎると思いますけどね」

 

「………もう少し下を掘れる?この柱の根本を見たいわ」

 

周りの作業員や自衛官が香月の指示に従いスコップやピッケルで慎重に掘り始めた。他方から派遣された研究員達もそこから一時も視線を外さずに作業を見守る。

 

ガッ! ガッ! ガッ!……ガツッ!!

 

「! 一旦やめて!」

 

作業員の一人が地面に突き刺したスコップに何かが当たった。

香月の指示通りに今度は手やブラシ等で土や石を丁寧に退かす。

すると地面から出てきたのは箱と同じような素材で構成された物の一部が顔を出した。周囲の地面を掘ってもそれ以外が出てこないので、ある範囲までそれらが広がるように埋まっていると思われる。

 

「ここらを掘っても全部灰色の固体ですね…」

 

「継ぎ目も無いってことは、これは…なんらかの施設の床、なのかしら?」

 

香月は僅かでも、灰色の物質に対する知見を得ようとペンライトで照らして表面を調べようとする。

他の研究員らも真似するように照元を持って照らして確認する。

 

___ズズズズズズッ!

 

「な、なに!?」

 

「余震か! 先生、頭を守ってください!上から機材が落ちてくるかもしれません!」

 

香月が考察に難儀していたその時、大地が揺れ出した。しかしすぐに揺れは収まり、大事に至ることは無く、被害は作業員の一人が転倒した弾みで軽く手首を捻ったぐらいである。

 

「今の揺れ……縦揺れと横揺れが定期的に入れ替わっていた…」

 

「揺れの向きが入れ替わる…?」

 

「これは恐らく余震では___!!」

 

 

香月は気づいた。揺れが収まった後、箱の方に目を向けたら、箱の所々が発光していることに。

 

『atgdjpadwgtp'dt"@jQ.da@p'wp?』

 

次に箱が世界のどの言語とも認識出来ない音声を発する。

それに混乱し、恐怖した他の研究員や作業員らが上へと続く階段へと足をもつれさせながら逃げようとする。そしてそれを守るように鈴木ら自衛官達が香月達を後ろに下がらせ箱の前に立ち銃を構える。

それでも、こちらの動きを無視して音声の発信を箱は続ける。

 

『@qt'admtgg"wda@ptda@h#vwmd…』

 

 

「やられる前に………撃ちますか?」

 

「いえ、まだ控えてちょうだい。それに銃が効くかも怪しいわ」

 

警戒を怠らず箱の動きに注視する一同。

しかし箱が今度発したのは片言の日本語であった。

 

『___光力ヲ動力ヘ変換。現人類ノ使用言語、表現形式ヲ解析完了。本機ノ言語機構ノ更新ヲ完了。』

 

「日本語だ…日本語で喋ってる」

 

「これは超古代のロボット……か?驚いた……」

 

「たったものの数分で現代言語…それを理解したというのか……」

 

「コミニケーションが取れるのか?」

 

「まだ撃つな…」

 

その場にいる全員がどうすれば良いか分からず動けなくなっている中で、香月が一歩前に出ると箱に問いかけた。

 

「………あなたは、何者?私は香月、香月 夕呼よ。周りからは博士とも呼ばれているわ」

 

 

『……ハイ。ハジメマシテ、コウヅキ博士。ワタシハ、人類ノ補完、生存、保護ヲ完徹スルベク製造サレタ"六式戦闘機人"…〈衛人(クナト)〉第五七番機デス。』

 

 

「クナト……そして人類の保護……機人…? えっと、まず一つ。あなたはロボット、なのかしら。それで合ってる?」

 

『ハイ。人類ガ定義スル、"ロボット"ニ当テハマリ、ソノ中ノヒトツデアル自立無人型ノ大型二足歩行ロボット…ニ該当シマス。』

 

「…てことは…今私が話しているその箱みたいな箇所が…頭部で……」

 

『ソノ下ニ、超硬セラミックで構成された胴体、腕部、脚部ガ地中ニ存在シテイマス。』

 

つまり今までピッケルやシャベルに当たっていた灰色の何かとは、衛人の一部、それも胴体の首周りであったのだ。

 

「これもセラミックだと…?この硬度でセラミックなのか?」

 

「…次に、あなたはいつ、どこで、誰に作られたの?私達が現在の人類に当てはまるのなら、それ以前の人類はどのような文明を築いていたのかしら?」

 

『___現在ノ周辺地理状況ト、時代確認…世界情報網ニ簡易接続……』

 

「せ、世界情報網…?インターネットのことですかね?」

 

「独力で正確かつ高速な演算に、柔軟な思考が出来る。そして現代の通信環境と同期して接続をするって…頭おかしいわね…」

 

「我々が現在目指している完成された人工知能ですね…。こんなのを生きている間にお目にかかれるなんて思ってもみませんでした」

 

「今のAIとは全く比較が出来ません。今の技術レベルならばこれの数億倍…いやもっと……恐ろしいほどの、無限に等しい時間が掛かるはずなんですが…」

 

『情報の収集、統計完了。私は、中央歴3209年___紀元前3万年前に、当時陸地であった太平洋海底地域に存在していた"世界統一機構"の第六次機人建造計画によって生み出された57番目の人型戦闘兵器です。

私達機人は、先史文明のあらゆる分野の産業を手助けする役割を念頭に置かれて生み出された存在です。』

 

「国際連合のような組織まであって、戦闘用ロボットとして作られたってことは、局地紛争の武力解決などのためにあなた達は作られた?」

 

『いいえ。私を生み出した先史文明は、地球環境の汚染を進めてしまい、産業だけでなく文明全体が疲弊し崩壊寸前にまで追い詰められた時期がある時訪れました……。

そこで地球環境のこれ以上の悪化を良しとしなかった統一機構は、自らの行いによって汚してしまった陸海空の環境を改善する生物群を人工的に作り出す生体浄化装置の開発に全力を注ぎました。しかし、装置が完成し、各地に広まり社会の立て直しが始まると思われた矢先、先史文明と人類の今までの行いに絶望していた一部の科学技術者の一団が統一機構に反旗を翻しました。』

 

会話を交わしながら言語能力を向上させているらしく、先ほどよりも断然流暢に日本語で説明を始めた衛人。機械知性でありながら人間と大差無い言語能力への成長は、話の内容抜きでも一同が騒然となる理由になった。

 

「反乱、クーデターでも起こしたのか?それも少数の技術者で…」

 

「……なぜ彼らはそのようなことを? 人類が地球と共に生きようと考えを改めたんでしょ?」

 

ここまでの話の内容だけでも、御伽話のようで信じられないことが多いが、なおも話を続ける。

 

『反乱者達は再び人類が地球を汚すことを恐れ、事前にそれを阻止するために動いたのです。彼らの殆どが遺伝子工学の秀才達でした……。』

 

「ま、まさかその人間達が生み出したのが___」

 

『コウヅキ博士が推測している通りで間違いありません。彼らによって生み出されたのは人工遺伝子生命体、人類浄化装置__ギャオスです。今コウヅキ博士達、現代人類に猛威を奮っている特殊生物と定義されているギャオスの個体群は、耐久卵によって仮冬眠に入って"次"に備えていたモノ達の末裔です。』

 

「「「…………」」」

 

一同は絶句する。

遥か太古に、それも人類が人類を滅ぼそうとして作られた生物兵器が今自分達に牙を剥いていることに憤りだけでなく、同時に悔悟の念を覚える。

それはギャオスがこちらの時代に蘇り現れたのは、単に先人らだけに非があるとは思えなかったからだ。

 

『そして反乱者達が解き放った災影、ギャオスは、その驚異的な繁殖力と適応力にものを言わせ、先史文明の各地の都市圏セクターに襲いかかり、ギャオスと先史人類の総力戦に発展。圧倒的なギャオスの軍勢に対してまとも戦っても敵わず、人類の絶滅抵抗戦争という形相を呈しました。それにより辺境の地でさえも戦火が降り掛かっていきます』

 

「絶滅…抵抗戦争……そんなことが…」

 

「全世界を相手に反乱した奴らとギャオスが優勢に進めたのか…」

 

『ですが、彼らは元からギャオスを支配下に置こうなど思ってはいませんでした。彼らは自分達さえもギャオスの進化の為の糧となるべく命を投げ打ったのです。当然研究資料なども廃棄して。

これにより、先史人類は一からギャオスの情報を集めて対策を取ることしか出来なくなりました。しかしギャオスは無限に進化を続ける生命体です。新たに対策を生み出したその時には、ギャオスがそれらの対策を克服、若しくは無力化してしまうのが常でした。

そして、地球全体に高度なセラミック文明を築いていた先史人類は、戦局の劣勢化により、戦争中期には首都セクターの存在する現太平洋中央地域までその勢力を狭めることになります。

そこでようやく先史文明の科学者達は、地球環境改善後の新資源として注目していた、純地球産の霊的エネルギー、"マナ"を軍事転用し、それを利用した決戦兵器群とそれの戦闘支援用に調整した機人である、私達戦闘機人の開発・建造に着手しました。

ちなみにマナとは、コウヅキ博士の出身国___ニホンが現在研究を主導している、勾玉にも宿っているものです。勾玉は、ガメラへの動力給与と通信装置を兼ねた発明です。』

 

「もうそこまで調べてるのね。なるほど、あなたを作った文明が、例の勾玉の生みの親だったわけね。なるほど、謎が少し解けてきたわ」

 

「霊的エネルギー…ですか…」

 

「あ……翡翠の勾玉はガメラと子供達の交信ができる………なら、マナを使うということは、その決戦兵器って言うのはガメラなんじゃないですか!?脚部にジェット機構を保持した生物なんて生物学的にもあり得ませんからね!!」

 

一人の研究員がふと導き出した考察に対して、それを事実であると衛人は肯定する。

 

『その通りです。しかし、決戦兵器であったガメラをも満足に数を揃えられず、そして戦争末期の事実上、最後の建造計画で生み出された第六世代機である、私達六式機人は独自の思考を持たされた唯一のシリーズでありましたが、それも膨大な数のギャオスの前では無力でした…。

それからは、文明首都の陥落に伴いそこに位置していた司令部などが軒並み瓦解。組織的な行動を指示する者がいなくなります。

私達は最終目標を再選考しました。その後私達は残存している人類の守護と言う答えを導き出しました。僅かに生き残った人類が築いた辺境のゲリラセクターに機人がそれぞれ分かれて向かい、侵攻してくるギャオスを退け続けました。その後のことは把握出来ていません。

長い自己整備期間を迎えた私達はこうして、再び光が当たる日まで再起動を待ち、停止した状態だったのです。』

 

「ガメラとギャオスは因縁の相手、では片付かんだろうな…」

 

「つまりは他にも世界中に、機能を一時的に止めている機人がまだ存在している?」

 

「ガメラも古代文明が作り出した兵器の一つだったのか。……そして今もなお戦っている、のか…」

 

「香月先生、この話だけで長編小説丸々一つ書けますね…」

 

「ええ、そうね…」

 

「多分我々と先史人類との繋がりは薄いだろう。もしくは、文明レベルが大きく後退したことによる歴史の繰り返しに入ったか……。

こちらはセラミック文明として発達してはいないし、このように柔軟な思考を持ち、自己判断が可能な高レベルの人工知能を搭載したロボットを作る技術も無い」

 

「私たちの文明に影響を与えないぐらいの先史人類の生き残りが今の日本や世界各地にひっそりと移動して来たということですかね…兵器らしい出土品のことも考えれば、衛人のような機人が眠りについた後もなんとか生きようとしたんでしょう…。

こんなんだったら、嫌でも早乙女博士を引っ張ってくれば良かったわ…」

 

「当時の日本人…それも大昔のご先祖様たちにとってはここの物品はオーパーツってレベルを正に超えてただろうからな。発見した時には恐ろしすぎて記録することもなく、すぐに土へと埋めて歴史の闇に葬ったんだろう。それが同様に世界で行われたに違いない。 だからこうして発見することも、この時期に地震が起きて地表にひょっこり現れなかったら存在自体知ることも無かったかもな」

 

「いやはや…超古代の記録を当時のロボットが我々と会話して伝えてくれているのには、まだ現実感が感じられんよ…」

 

『私は人類が存在する限り…それを守護します。ですが長年の機能停止状態により、駆動部品、保有武装や先史文明の映像記録、兵器の情報保管機などに劣化や損傷が多々見られており、その使命を完全に尊守することがほぼ不可能となっています。

誠に遺憾ですが、私に現在出来ることは限られている状態…ここで小規模な情報収集と情報の提供が出来る程度です。』

 

「そうなのね。でもまだまだ聞きたいことがあるの。協力をお願いしてもいいかしら?」

 

『勿論です。こんな私がコウヅキ博士達、現代人類の助けとなるのなら、喜んで協力します。』

 

「……この研究も長くなりそう…いや、長くなるわね。いいわ、望むところよ!」

 

取り敢えず香月達の力もあって、超古代文明の遺産である生き証人を現人類の協力者に就かせることに成功した。

果たして、文明の崩壊を目にした人類の守護者であった機人が持つ情報には、現代人類へ有利に働くもの、不利に働くもの、どちらを多く享受出来るのだろうか。

それは今後の彼らの働き次第であるはずだ。

 

 

____________

 

 

西ヨーロッパ フランス共和国 パリ

欧州連合科学技術研究所

 

 

 

別名、"欧州の生総研"とも呼ばれている本研究所は、ヨーロッパのあらゆる人材が集う、欧州一の設備と環境が整えられた研究機関である。

現在この研究所では、ある特別な研究に全力を注いでいた。

 

_________

______

___

 

それは欧州六月災厄を完全に終息させる一環として、フランスに派遣された欧州連合軍がパリのカイロポット掃討作戦を行なっていた際の話である。

小型成長個体及び中型以上のカイロポットはすべてベルリン侵攻に出払い全滅したため、彼らの巣と化していたパリの地下構内は小型の幼体種が居座っていたのみであった。

 

「ミシャァアッ!!」

 

パパパパパッ!! ___ドシャァ…

 

「ギョォォ……」

 

パァン!

 

「……通路制圧。」

 

「クリア!」

 「異常無し!」

  「此方もクリア!」

 

「オールクリア。……これより最終段階に入る。死角を無くせ、やられるなよ。小型の残党だけとはいえ、奴らは素早いぞ。」

 

「他チームより報告。繁殖場と思われる場所の制圧を完了したとのことです」

 

「そうか。では残るは我々の管轄のみだな。」

 

地下内部の大部分の制圧を終え、残るはカイロポットたちが狩った獲物を蓄える貯蔵室と排泄物の処理場として使っていただろう区画の掃討を残すのみであった。

そして区画に部隊が突入し、難なく制圧した。

 

「……ここは一段と汚いな…ある物すべてを焼き払うしかないか。」

 

「そうですね 長居はしたくはないです。 ………隊長、コレ…見てください」

 

「ん?……これは…USBメモリか? こっちはノートパソコン…なのか?」

 

「文字が書いてます………中国語か日本語かな?」

 

「あ、自分それ訳せます。日本語ですよソレ」

 

そこで見つけたのがカイロポットの消化液と唾液に塗れていた、"日本語表記の"記憶端末群と多数の電子機器だった。

 

「食いもんじゃないから吐き出したんでしょうね。おかげでベトベトだ…」

 

「なんて書いてるか教えてくれないか?」

 

「ええ、任せてください。えぇっと………特殊、生物…災……害…、すいません、啖呵切ったくせにこれ以上は分からないです…もう少し状態が良ければ読めるんですが」

 

「察するに…特殊生物関連の情報が入っているかもしれん。回収するか…」

 

現場の彼らは知り得ないことであったが、本来なら考えられないことであった。

なぜならパリ市内の特殊生物関連の行方不明者や年間の国内行方不明者の中には日系人はおろか、純日本人は入っていなかったのである。

被害者となった通行人が落とし物として拾ったとも、日本人の知人から借りていたとも考えられなかった。スリ犯がカイロポット被害者の中にでもいたか……いやそれも恐らく違うだろう。

これを不審に思った制圧部隊は、状況証拠として除染作業後に、焼却処分をせず研究所にサンプル群として送ったのだった。

 

___

______

_________

 

 

場面は現在にまで戻そう。

欧州連合科学技術研究所の屋外敷地を、足早に歩く影が一つ、さらにそれについて行く幾つかの影があった。

 

「早くニホンの政府と生類総合研究所にこれを回して訊ねるわよ、中身があんな恐ろしいものばっかりだったなんて!」

 

「管理官、アンジェラ管理官!ゆっくりお願いしますよ…!」

 

「あなた達のペースに合わせて動いてたら遅いのよ! ゆっくりなんてそんな優しくしてる暇はないわ!ほら、空港まで早く行く準備をする!!」

 

先頭の影の正体は白衣を纏った、腰まで伸ばしたライトブルーのロングヘアーを靡かせている女性、アンジェラだ。

彼女は欧州連合でも指折りの科学者であり、世間にも広く認知されている。また、今回の件の担当主任を拝命されている人物でもある。

そしてその後ろにいる影もまたこの研究所の技術者たちである。彼らはパリ地下構内で発見された例の物品を厳重なセーフティが掛けられているボックスの中に入れて運搬していた。

当然それの護衛の為に、所内で雇っている民間警備会社のスタッフもついていた。そんな警備員らは箱の中身が気になっているらしい。

 

「先生方、コレの中身ってなんですか? 良ければ教えてもらっても?」

 

「僕らも怖いんですよ、長年この仕事やってますけどね、得体の知れないブツを扱うってのにはどうしても慣れない。 本当に僕らが命を懸けて守るに値する物なんですよね?」

 

「おい、その言い方は失礼だぞ。下手したら首が一発で飛ぶこともありえるんだからな!」

 

「………教えるよ、だけどまだ絶対に口外するなよ。俺とここにいるアンタら少数の警備スタッフだけだぞ。特別だからな…」

 

警備員の質問に対して、取り巻きの研究員の一人がアンジェラの様子を伺ってからコソコソと口に手を当てて中身の詳細について少し教えてきた。

 

「この中に入ってるのは、記憶装置…所謂メモリーとか、そんなやつばっかりだよ」

 

「メモリー? まあ今の世界じゃ、情報を制することが大事だって言われる時代だが、そんなにヤバい何かがその中にあったのか?」

 

「ヤバいってレベルじゃない……あの中に入ってたのは、主に高度な軍事技術と特殊生物に関する情報だった。それも、ニホン人が作ったと思われるやつだ」

 

「ニホンの? 別に驚くことはないんじゃないのか?」

 

「ニホンは技術大国で、国民も大半が勤勉な連中だ。軍事だって世界トップであるし、特殊生物だって何度も撃退してる。それほど深刻なのかい?」

 

「……情報がただのレポートとかそんなちゃちなもんじゃなかった。例の一部を挙げるなら…まだ発見されていない特殊生物さえも事細かに記載された戦闘データや特殊生物の細胞と遺伝子を用いた人体実験の記録、またそれで開発できた人造兵士、今の技術では到底作り出すことが難しい元素粒子反応砲や高周波サーベル、禁止条約に中指立ててるとしか思えないほどの即死レベルの凶悪な毒ガスと言った化学兵器のデータなど…が山ほど入ってたんだ」

 

ここまで聞けば誰でも事の重大さに気づくだろう。

これが事実であれば、当の日本はおろか今の人類にとって危ない代物である技術の数々が詰まった"ニホンの記憶装置"………これが危険人物や軍事国家、テロ組織にでも渡ったら……どんな惨状が待っているのかは容易に想像がつく。

その前に思うことがある。これは本当にニホンの物なのか? だがあまり考えたくない。

自分らが今まで渡ったことの無い危険な橋を渡っていることを理解した警備員達は、本当に自分達が仕事を全う出来るのかという不安がよぎり、額からは止めどなく嫌な汗が流れる。明らかに扱う代物は、自分達の手に余る物ではないのかと。

万一、何処かで情報が漏れていたら、今、この瞬間にもこの情報を狙っている組織や人物が向かっている可能性もあるのだから。

 

「でも君達が警備を担当するのはド・ゴール空港までの車両護送だよ。なに、安心するといい。軍からも護衛が出るそうだ」

 

「それなら、最初から軍が担当してくれれば…」

 

「難しいんだよ。警備が必要なところに警備が置けないのはよくある。まあ、いろいろとね……」

 

「はあ…………ん?」

 

若い警備員は自分の知らない世界についての話もされたところで適当な返事を返す事ぐらいしか出来なかった。

そして自分達が守らなければならない箱から目を離し、ふと遠目に研究所の内と外を隔てる防壁に視線を向けた時だった。そこの防壁の周りを歩いていた同期だろう警備員がうつ伏せに突然倒れたのだ。

そのことを彼はすぐに隣の警備員や研究員に伝える。

 

「先輩…あそこの警備員、急に倒れましたよ……」

 

そう言った時だった。所内に明確な発砲音が響き渡ったのは。

 

パァアンッ!! __ドサッ…

 

発砲音が鳴り一人倒れると、今度は立て続けに銃声が鳴り出し、第一犠牲者の周辺に立っていた職員、警備員が一斉に軒並み倒れる。すると間をおかずに防御壁の上から黒づくめの者達が侵入をはじめていた。

ここではじめて今現在発生している事態が異常なものであると認識する。

 

「じゅ、銃撃!! テロリストか!!」

 

「外側の警備も突破したのか!? いったいどこの組織が…」

 

「! その箱を早く施設内に!」

 

アンジェラは、人が倒れた周辺の用水路点検口から次々とバラクラバを被った黒づくめの武装戦闘員が地上に姿を現すのを見た。どうやら壁を越えて来た者達とは別に地下で待機していた班もあったらしい。

ここにいる殆どの者は武装集団の狙いがこの端末等であると直感で悟るのに時間は掛からなかった。

 

パン! パンパンパン!!

 

「博士達を守れ!」

 

「アイツら、これが狙いなのか!?」

 

香月らの周りにいた警備員が姿勢を低くし、腰のホルスターから自動拳銃___〈グロック17〉を引き抜き発砲。応戦が始まる。

 

ガガガガガガガガガッ! ドドドドドドド!

 

しかし火力差は歴然であった。警備員達の最大火力が〈MP5〉サブマシンガン…短機関銃であるのに対し、武装集団の方は、その頑丈さと低コストで入手できる大口径自動小銃として世界中のテロや紛争でも使用された〈AK-47〉アサルトライフルである。

 

銃弾はこちらが盾にしている障害物を徐々に抉っていき、武装集団は制圧作業に移りだしていた。状況はさらに悪化していく。

 

「クソッたれ!ここはアフガンでもなんでもねえんだぞ!!」

 

「敵、なおも増大中!」

 

『身動きが取れません!』

 

_ドォオオオン!

 

『こ、こちら南ゲート!緊急事態発生!!至急援護を___』ブツ!

 

無線から悲鳴や怒号が飛び交う中、今度は、後続と目される戦闘員が対戦車兵器___〈RPG-7〉を担いできたのを警備員らは確認する。

彼らは恐怖した。その対戦車擲弾の威力から、本来の対車両戦に持ち込まれるだけでなく、対人にも使われることもある恐ろしい兵器である。当然の反応だ。

こちらの装備は最低だと拳銃と簡易的なボディアーマーに、警備会社のロゴが貼られた、頭を守る義務を放棄した柔さのライトキャップだけ。あんなものを撃たれたら……いやな未来が脳裏をよぎる。

 

「も、もう限界だ!うわあああああ!!」バッ!

 

「待て、今ここから立ち上がったら!」

 

ガガガガッ!

 

「ガハッ!?」ドサッ…

 

静止を無視して逃げ出した小柄な研究員に銃弾が集中。白衣を赤く染めながらゆっくりと倒れた。

 

「言わんこっちゃない!!」

 

「…アンジェラ博士!ここは我々が食い止めます。あなた方はソレを持って施設内のシェルターに!奴らに渡してはいけない!」

 

ドカァアン! ドドドドドドド! ドドドド!

 

「え、ええ。分かったわ!数人ずつ銃撃の合間に___」

 

カンッ! コロコロコロ………

 

彼らのやり取りは、固く黒い丸いモノが転がってきたことで中断を余儀なくされた。

 

「手榴弾……!!」

 

「嘘………」

 

認識したころにはもう遅かった。周りに退避と伝える間もなく地面に存在感を放っていた黒光りする手榴弾が炸裂した。

 

カッ!___ドォオオオオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッ、ザッ、ザッ………

 

「"特務"に報告。一部データが破損してしまったが、例の兵器情報を入手したと」

 

「あとは出来る限り内部の人間を処理、その後すぐ撤退ですか?」

 

「それは他がやるからいい。…………彼らには同情するよ。コレさえ持たなければ彼らは死ぬこともなかった」

 

「ですが、これが我が国にあれば世界だって救えるんです。正しいことをしたんですよ、我々は」

 

「ご託はいい。コレを運び出し、軍と警察が本格的に集まる前に蹴散らして逃げるぞ」

 

「他の奴らは置いていくんですか?」

 

「彼らは囮だよ。本物のテロリストはここで死んでいけばいい。死にたがってる奴を止める筋合いはないだろう」

 

研究所を襲撃した黒づくめの彼らが、記憶装置の入ったボックスに触れようとした時、突如何者かに足を掴まれる。

 

「……はぁ、はぁ…ダメ…それを持っていったら…やめて……」

 

「あなたは……アンジェラ博士か。あなたにも悪いことをした。その姿、さぞ苦しいだろう…せめて一発で楽にして差し上げろ…」

 

「…了解」

 

「それは…私たちの手に余る代物よ……お願い、それは______」

 

___パシュッ!!

 

「………申し訳ない、我々にはその力が必要なのだ。…丁重に葬れないのが悔やまれるが……撤収だ。全隊員は撤収作業に移れ。テロリストは放置させて構わん」

 

 

この日起こった研究所の襲撃は、欧州六月災厄を乗り切り復興に向けて進んでいたヨーロッパ全体を震撼させた。

 

『先日発生した、欧州連合科学技術研究所への大規模テロは、現場で死亡していた多数の戦闘員がアフリカ系や中華・ウィグル系、中東系で占められていたこと、また使用された武装などから、広域イスラーム過激派組織___IVISの犯行である、とフランス政府は発表しました。

しかし、主犯と目されているIVISからの声明は何一つ無く、予測の域を未だ出ていません。これに対してフランス政府は、怪獣情勢の安定化を見据え、連合議会にIVIS支配地域への大規模空爆の再開案を提出したことが明らかになりました。詳しい情報がまた入り次第、お伝えいたします。

さて、次の話題は各地で猛威を振るう飛行怪獣ギャオスについてです。……えー、各国が対応を急ぐ中、ゴジラ、ガメラ、モスラがギャオス撃退に一役買っているとのことです。現地の人々や有志連合の派遣部隊の間では、"益獣"として見てい___』

 

 

互いに手と手を携えて進むというのは、簡単でありそうで実はとても難しいものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

おまけ 『星人二十面相』

 

 

黒森峰学園艦 男子寮

 

ハジメの部屋には、部屋主であるハジメと弟として迎えられたシンゴ、そして熊本本土の隠れ家からテレポートして通っている半分同居人と化していたイルマの三人が座って話していた。

時に、はしゃぐ声や笑い声が聞こえてくる。

 

「すごーい!イッチお兄さんとソックリな顔だー!」

 

「ふっふっふっ…すごいでしょ?」

 

彼らはいったい何をしているのか。それはイルマの変装能力を利用した顔芸の披露である。イルマが次々と顔を変えていくのを見てシンゴが笑っていたのだ。

……その隣で二人のやりとりを見ているハジメの顔色はあまり良くはない。顔面はもはや肌色ではなく蒼白に突入していた。

 

「じゃあねじゃあね!次は宇宙人の顔やって!」

 

「いいよ、……それっ!」シュバ!

 

イルマは今度は"メフィラス星人"の顔に変える。目を輝かせるシンゴ、脂汗が吹き出しはじめたハジメ。

なぜハジメがこのような反応をしているのかというと、少年教室がいつもより早く終わって帰宅したシンゴと、ハジメの様子を見に来ていた素のイルマがバッティングしてしまったからだ。

 

「うわ〜!どうやってるのソレ!」

 

「企業秘密ってやつだよ♪」

 

本来ここにいないはずの"ハジメお兄さんの友達"。通常体となって話していたイルマのことをなんとか手品が趣味の友達であると説明し、口外しないことを頼み、それをシンゴが受け入れてくれたため一安心していたら、上のような状態になっていたのだ。

 

「んーと、次はこれでどうだ!」シュバ!

 

イルマは、自身の本当の姿であるザラブ星人へと姿を戻し、シンゴに見せる。当たり前だが、シンゴはその事実を知らない。

数瞬経った後、シンゴにイルマは以前ハジメに聞いた問いと似たことを訊ねる。

 

「ねえシンゴ君」

 

「なぁにイルマお兄さん?」

 

「……もしも、ボクの本当の姿がコレでも、仲良くしてくれてた?」

 

「イルマ………」

 

イルマにも悩みというものはあった。たとえ人同士であったとしても、姿形が変わってしまえば、それを醜くなった感じる者、以前よりも良くなったと感じる者など様々だ。

それは星の生まれが違えばさらに厳しくなるだろう。今の地球ならば尚更と言えよう。同じ地球人で様々ないさかいが未だに続いている。

 

イルマに対してシンゴは答える。

 

「うん。してたよ!どんな顔になっても、イルマお兄さんはイルマお兄さんだから! ……それがどうしたの?」

 

「そっか…………そうなんだね。うん、ありがとうシンゴ君」

 

「……良かったな、イルマ」

 

 

こうして、部屋は暖かい空気に包まれたのだった。

未知なるモノとの架け橋を築くのは、いつでも心ある者達である。

 

 

 




どうも。野球部更新と、青春系リメイク『俺達の学園艦700日間戦争』の設定を進めている逃げるレッドです。

クナト君の元ネタは「シドニアの騎士」に登場する衛士シリーズですね。
これが超古代先史文明…ガメラやギャオスを創り出した文明のオリジナル設定の説明でもあります。
管理人!管理人!(迫真) この世界では善人だったアンジェラ先輩が…。
日本語で記録された記憶媒体群……それはホントに日本のモノなのでしょうか?

_______

 次回
 予告

日本での機人発見や欧州での凄惨なテロの発生から数日が経った。
黒森峰はアンツィオ高校との練習試合のため、静岡港に寄港していた。アンツィオ側が本港に到着するまでの間、この状況が続く。
一方で、寄港先の港町では数日前に森林地帯に隕石が落下してから、それに合わせるように、夜間に行方不明となる人々が急増していた。

巷では植物人間を見たなどと言う話が噂となっているそんな中、学園艦から降りて一人買い物に出ていたまほが何者かに連れ去られてしまう!

次回!ウルトラマンナハト、
【孤独への招待状】!


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第23夜 【孤独への招待状】

宇宙植物怪人 ソリチュラン、登場。


 

___これは欧州や日本の東北の一件があった三日前の夜の出来事である。

 

 

 

 

 

 

日本国静岡県 焼津市 森林地帯深部

 

 

 

 

都市部から少し離れているこの森林地帯は、近くに民家などは一軒も無く、月明かりが静かに深緑の世界を照らすだけである。

そんな鬱蒼とした、薄暗い木々の下の茂みを掻き分けて森のさらに奥底へと足を踏み入れている中年男性がいた。

 

 

ガサガサ……ガサッ

 

「おそらく、ここの奥らへんに落ちたかな?」

 

彼は所謂隕石マニアと呼ばれている界隈の人種であった。小一時間前に星空を眺めていたところ、流星が二つ、燃え尽きずに輝きながらこの森林地帯に落下したのを目撃していたのだ。

明らかに隕石が地上に落下したはずなのに、着弾の衝撃波なるものや、閃光、衝突音すら無かった。そのため彼は自身の長年の勘を頼らずとも、これまでお目にかかれなかった隕石だろうことは想像出来た。

そこからの行動は早かった。深夜の…それも手元の灯りしか頼りに出来ない状態で森林の奥地へと行くのは、大変危険な行為であることは重々承知はしていた。だが好奇心には勝てなかった。彼は妻に万一のためのメールを打ち、人気など全く無い獣道に入っていったのだ。

 

「さてさて鬼が出るか蛇が出るか……楽しみだなあ…」

 

望遠鏡など、天体観測のための道具を仕舞い込んでいる大型のバックパックを、今一度背負い直して道なき道へ、まだ見ぬ未知の隕石への膨らみ続ける好奇心に後押しされてさらに歩みを進めていた。

 

 

しかし、彼の到着を待っていたのは、白煙を上げ、クレーターの中に鎮座する隕石ではなかった。

いや、厳密に言えば隕石の落下した付近にまで到着していなかった。

 

「足元まで視界が悪いか。……今日はここら一帯は濃霧だとは言ってはいなかったがなぁ」

 

そこには、彼の進路を塞ぐ壁のように、白く濃い霧が立ち込めていたのだ。彼は今日の昼間に見た天気のニュースの内容を思い出しながら目の前の状況への答えを探していた。

それでも、天気予報は、その名の通りあくまでも予想の域を出ないもの。アメダスなどから弾き出す降水確率と理屈は同じだ。例えその地域が90%雨が降るとされても、実際になってその残りの10%、つまり雨以外の天気となることだってある。

予想は予想。外れる時もばっちり当たる時もある。絶対と言うものは無いのだ。なってしまったものはしょうがない。

彼はそう自分に言い聞かせ、今後の動きについて考える。

 

「せっかく体力を使ってここまで来たが……何も見ずせずで引き返すのもなぁ……うぅむ……」

 

ガサガサ!!

 

「? なんだ、タヌキか、キツネか?」

 

一見、濃霧の壁にめり込んでいるように見える茂み。そこから何かが動く音が聞こえた。夜行性の小動物だろうか? 彼はそう思った。

 

……可愛らしい小動物なら、どれほど良かっただろうか。

茂みから音を出して"飛んで"きたのは、蠢くポリープのようなものが幾つも集合し、その下には無数の触手が垂れている存在だった。以前、卓上遊戯にハマった友人から見せてもらった、架空の怪物の一つと彼は照らし合わせていた。

 

「な、なんだこれは…!!」

 

そもそも生き物とも判別し難いソレは、男性の頭部目掛けて飛びついてくる。当然、彼も捕まったら何をされるか分からないと言う恐怖から必死にソレの執拗な攻撃と思われる動作を、時にバックパックを盾にしたりすることで、なんとか避けていた。

だがいつまでも同じことを続けて森から脱出し、助けを求めることなど出来るとは思えなかった。

それでも逃げる!ここから逃げなければならない!この霧の中には、何か恐ろしいものが潜んでいるに違いないのだから!

そうと決まればすぐに離れなければならない。

 

「くっ!…ひい、もうやめてくれ!私はただ、隕石を! やめろ!」

 

本当にゆっくりではあるが、飛行するポリープのようなモノからの攻撃を受け流しながら霧の壁から離れていく。

すると、月光を反射する真っ白な霧の中から、何本もの触手……ツタが突出してきた。

 

「!? あ、あぁぁあああああ!!!!」

 

浮遊する怪異への対応で手一杯だった男性の胴体に巻き付くと、そのまま霧の中へと彼を引き摺り込んだ。夜の森に響いた彼の悲鳴は、霧中に入ってから短い時間で止んだ。

 

 

 

 

「ほう……自ら足を運んできてくれた地球人が……ありがたくキミの心身両方を使わせてもらおう。……私のこの計画、必ず成功させ、この星を手中に収めてあの方に認めてもらおうじゃないか。ヒッポリトよ…私に番を譲ってくれたことに感謝する」

 

______この日の夜を境に、焼津市に不審者の出没と夜間の行方不明者が目に見えるほど急激に増加した。それも、日落ちから深夜に掛けて照明が無く、防犯カメラの無い場所、そして濃霧が発生しだした森林地帯付近で年齢性別関係なく行方不明となっていた。静岡県警はこれを連続誘拐事件と見て動き出した。

 

「ねえねえ、知ってる? 夜になってもずっと遊んでる子がいると、白い服の人に連れ去られちゃうんだって〜!」

 

「私、それ緑色の肌をした人って聞いたよ?」

 

「僕は頭が植物になってる怪人だって兄さんから聞いた!」

 

「寂しそうにしてる人を食べるんだっけ?」

 

「なんかね なんかね!夜、森の方で誰かが泣いてる声が聞こえるらしいんだ〜!」

 

そして市民…特に子供達の間で植物人間の噂が出始めていたのだった。

 

『これより、我々は静岡県警との協力体制を敷いて調査活動を開始する。同一、もしくは新たな異星人によるテロ活動であることも十分留意せよ。また万一の事態が発生した場合、即座に戦闘に発展することも予想される。各々の迅速かつ冷静な判断と対応を望む。以上だ』

 

自衛隊は今回の事件が、以前の高知県高知市での異星人事件と状況が酷似していたことから、規模と言う点で展開能力にまだ難がある特生自衛隊とそれを補強する各地からの陸上自衛隊選抜部隊を派遣するために特殊防衛出動の規約に則って準備態勢に入った。

また、地理的にも気候的にも濃霧が発生することがないはずの焼津市森林地帯の異変と、当地域への数日前の隕石落下を察知。さらには、そこに足を踏み入れた市民やそれの捜索しに向かった警官、そして森林周辺の住民らがことごとく姿を消したことから、上記の事件との関連性を疑い、最新の対NBC装備をさせた陸自第一師団と選抜派遣隊の混成普通科部隊による偵察、そして救助を計画し、編成・派遣の準備も始めた。

 

ここまでが大まかな流れである。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

__孤独とは、なんだろうか。

 

 

 

 

 

時を現在の焼津市に戻せば、日が落ちた夜。まだまだ深夜帯でもないほどの時間。

傾斜地の住宅街、コンクリートで舗装された坂道を早足で歩く人影が一つあった。

それは黒森峰の生徒であり戦車道チーム隊長、西住まほだった。

 

「いけない いけない…まさかこんなに時間を掛けてしまうとは…」

 

どうして日が傾ききった時間まで外出をしているのだろうか?

ただ自分は陸でしか買えないような備品を揃えるために買い物をしに、学園艦を降りただけだ。しかも、それほど品薄になりそうな商品だったわけでもなかった。

 

「外泊許可願書も提出してはいないし……ブリッジ閉鎖時刻までに間に合うとは思うけれど…」

 

魔が差したのだろうか。友人との付き合いに。

戦車道の練習が休みだった今日、実はエリカやマモルと言った履修生の後輩たちから一緒に外出しないかと誘われていた。だがそれを断ってこうしている。エリカは最後まで付き合うと言っていたが、一人にしてほしいと言ったら大人しく下がってくれた。

 

「……………私は、どうしてほしかったのだろう」

 

足を止め、ふと出た一言。

あの時、こちらの意図を完璧に把握してみろと言う答えの無い意地悪を言ったも同然だった。

どうせ、戦車道以外での私を本当に理解してくれてる人間は、血の通っている妹のみほぐらいではなかろうか。

……いや、妹も幼馴染の後輩達も、きっと分かっていない。きっと実の親さえも……分かってくれない。

 

「素直にファッションやらに自信が無いとエリカに言えれば良かったのか…?」

 

だが、これも全て自分のせいなのだ。必要以上の交流を自分はしようとしなかったし、相手がそれ以上関わることを無意識の内に拒否するようになっていた。

……みほがいなくなってからだろうか、さらに自身の殻に深く閉じこもって、新しい物を受け入れることもやめたのは。停滞という変化の無い平穏を自ら選んだのは。

 

人は生まれた時には、もう人生の大部分は決まっているものだと思う。

国、地域、家族、家柄、性別……そう言った構成要素で殆ど決まる。

他国に生まれた子供達に比べれば、自分は自由かつ幸福な人生、遥かにマシな人生を送ってるのかもしれない。

 

「っ……………」

 

___本当にそうだろうか? いや真に自由で幸福な人生など、私は送ってなどいない。そう断言できる。

私は偶然日本に生まれ、さらに偶然、戦車道という武道の流派の直系である母のいる家族の下に、長女として生まれた。

理不尽だとすら思う。そこの家にさえ生まれなければ、普通の家庭に生まれていれば戦車道以外の、楽しいこと好きなことに出会えたかもしれない。女として生まれなければ、戦車道をやることにもならなかったし、きっと今の家に生まれてきても今より大分自由な生活を送れていただろう。

ただ、西住家に生まれず、他の家に妹と一緒に生まれれば良かったと思うのは欲張りすぎだろうか。そう思ってしまうことがあるのは自分だけだろうか。

 

西住流の者として、戦車道をする………勝利は必然のこととして戦う………当たり前のようにそれらを続ける。延々と。好きでやってたものが、変わってしまった。

色が無い。自分でもそう思う。自分だけだそう思うのは。私以外でそっくり同じ立場にある人間など、この世にいないから。

 

西住流の人間として、戦車道の隊長として、黒森峰の生徒としての自分以外を知ってる者はいるか? 夜な夜な、さまざまな物に押し潰されかけて涙を流していること、それを堪えているのを知っている者はいるか?

恐らく…いない。そう言った話を自分から切り出すこともそんな勇気もほぼ無かったから。

私の感じている苦痛を、重圧を、不安を、理解してくれてる者はいるだろうか。

いない。他者の心情を汲むことは出来ても、それは完璧ではない。

私の心を理解してる者、心に穴が空いていると分かってくれている者はいるだろうか。

絶対にいない。分かってくれているのなら、当に声を掛けているはず。そしてそんな機会を潰してきたのだから。

 

一人もいない? 冗談だろう?

 

「私は………」

 

ひとりぼっち、なのだろうか。

 

「………はっ、柄じゃない。意味の分からない、答えなど無いような自問自答を繰り返す……ほんとうに、今の私はどうなってるんだか……こんなので本当に戦車道で……」

 

ああ、また言っている……。もう先のことを考えるのをやめたい。人生、九割苦しいことであっても残りの一割で頑張れると言う者もいる。私には到底出来そうもない。

……一度は思ったことはないだろうか? キツいことや面倒なことをする時は意識が消え、もう一人の自分が勝手にやってくれて、楽しいことなどをやる時のみ自分に意識が戻ってくるといった、なんとも都合の良い……物事を自分の代わりに誰かが肩代わりしてやってくれるという妄想を。

 

「小さいころ、それも夏休みの時はいつもそう思ったりした気がする…」

 

しかし現実はそう甘くはない。自分でやらなければならないことは自分がやらない限り、何も進まない。意識を手放して、気づいたら片付いていたなど、そんなことは起こらない。

 

「ああ、そうか………」

 

今分かった。どうして今日、自分はこんなことをしているのか。

 

何も考えずに一人でいたかった……ただそれだけだった。正直、夜が来なければずっとそれが続いてほしいと思っていた。今一度考えてみればおかしなものだ。独り身になってしまうことを恐れておきながら、一人にさせてほしいと願っているなんて。……しかし残念ながら、明日は授業も戦車道の練習もある。いつまでもこうしているのは許されない。

 

「……………」

 

そう思うと憂鬱だった。何も考えずにいれる時間は、もう終わったのだから。

寮の自室に戻ったら夕飯、洗濯、風呂、勉強、作戦立案、就寝………頭の中で並べただけで目眩がしそうだ。逆に考えれば、よく今までやってこれたものだと思う。

 

遠くの海の方を見れば、黒森峰の学園艦が見える。

急がなくてはいけないのに、足取りが重くなる。自分の空間である、帰るべき場所に帰るのが嫌なのだろうか。それすらも苦痛なのか。

自分ですら自分の把握が出来ない……。一人にしないでほしい、寄り添ってほしい…だけれど本当に理解してない人間には近づいてほしくない………自分の中で思考がグルグルと渦巻く。頭が痛い、苦しい…。

 

 

まほは悩みを溜め込みすぎていた。処理できずに飽和状態になるほどに、である。

吐き出す機会も吐き出せる場所も人物も無かった、頼れなかった。まほもまた、自分で自分を追い詰めていた。他人が気づくこともないほど上手く隠して。

 

そんな彼女は、運悪く標的とされてしまう。

 

「______あなたは、孤独ではありませんか?」

 

「え?」

 

ふいに背後から声をかけられたまほは、驚きながらもすぐに振り向いて確認する。今の質問が本当に自分に向けられていたものなのかを確かめるために。

振り向けば、そこには白いフードを被った自分と同じほどの背丈の少年が立っていた。心なしか、後輩のマモルに似ている気がしなくもなかった。怪しいと思う反面、妙な安心感を漂わせている。

 

「誰だ?」

 

「辛いですよね。苦しいですよね。悩ましいですよね。切ないですよね。生きている限り苦痛からは逃れられません」

 

「な、なんなんだ…?」

 

少年はゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。

 

新手の宗教勧誘だろうか? そう思いたい。目の前の存在がヒトとは違うモノだとなんとなく感じたから。

 

心の中では警鐘が鳴り出した。アレとは関わるなと。持ち物をほっぽり出して、踵を返して逃げろと。

しかし、そう思う一方で、自分のことを理解してくれている人物なのではと意味の分からない期待をしてしまっている自分もいた。

動けない。どうすればいい?

 

「楽園に連れていってあげます」

 

「ひっ……!」

 

気がつけば彼は自分の真前に立っていた。こちらを覗く瞳には小さな一筋の光も無い。ずっと見ていたら吸い込まれていきそうな深緑の眼差し。

 

「もう心配はいりません。心も身体も一つになれば、何も気にすることも考える必要も消えます。大いなる一つの意識という揺り籠の中でずっと生きていけるんです」

 

「な、何を言って___」

 

ブシュッ!!

 

「うっ!?」

 

突然目の前が黄色い粒子でいっぱいになり、視界が悪化した。驚いたまほはそれを勢いよく吸い込んでしまう。

 

「けほっ!ゲホッゲホッ! あ"、あぁ………」

 

最初は咽せて苦しかったが、しばらくすると楽になりだし、意識が朦朧とする。

 

「……み………な…」

 

ドサッ!

 

まほは遂に意識を失い、力なく倒れる。買い物カゴからはあらゆる物が飛散する。

 

「………おやすみなさい」

 

意識が途切れる前の最後にまほが見た光景は、自分のことを見下げる、大きな黄色い花であった。

 

 

 

 

____________

 

 

翌日

 

 

黒森峰学園艦 校舎

 

 

 

 

 

「西住先輩が失踪だぁ!?」

 

「声が大きい駒凪!……さっき私、呼ばれたのよ。副隊長なら、何か通達とかあったんじゃないかって。でも、西住隊長なら先に学校側に話してるはずじゃない?」

 

男子三人と女子一人が一つの机を囲み、顔を近づけてなになら話していた。

その女子とはエリカだった。エリカは先ほど素っ頓狂な声を上げた駒凪に周囲への声量の加減を口に人差し指を当てながら注意する。

改めて、エリカは真剣な表情で今のところ自分の持っている情報を、ハジメとヒカル、そしてまほの乗る"Ⅴ号戦車 パンター"の整備班長でよく彼女と接することがあったマモルに話す。

 

「そうだね…じ、じゃあ他の情報とかって…」

 

まほに想いを寄せているマモルは出来る限りまほの状況の把握をしたいようだ。

 

「………住宅街で、隊長の財布と買い物カゴが落ちていたらしいの。カゴの中身は飛び出していたらしくて状況的にも、失踪というより、個人的に誘拐されたんじゃないかって思ってるわ…。それに、学校はまだ家元にこの話をしてないらしいの」

 

「おいおい…それはマズイんじゃないか?」

 

「なんで、なんでまほさんが誘拐されなくちゃいけないんだ…!」

 

「…イッチ、言い方はアレだけどな、誘拐の目的はいくらでもあると思うぞ」

 

「ああ。例を上げるなら、才色兼備の西住流の令嬢…名門黒森峰の生徒…しかも夜間一人での帰路。これだけでも狙われる理由としては十分だと思う」

 

ヒカルと意見が同じらしいハジメが続けて喋る。

 

「ナギ、ハジメまで…」

 

「どうやって西住先輩の位置を把握して実行したかってのは知らんけどな…だけどなイッチ、俺らだって同じ心持ちだぜ」

 

「うん、ごめん…」

 

会話が途切れると、今度はエリカが俯きながら、拳を作り手を微かに震わせ、絞り出すような声で話しだす。

 

「…私のせいよ………あの時、半ば強引でもいいから、隊長を誘っていれば………こんなことには…」

 

「エリさんのせいじゃないよ…」

 

「いいえ、私のせいよきっと。………まだ、私は一人じゃやってけない……隊長が帰ってこなかったら、私……私……!」

 

堪え切れず涙を流しそうになるエリカ。ハジメやマモルが声をどう掛ければいいのか戸惑ってしまう中、ヒカルがある話題を切り出した。

 

「今日、午前授業だったよな。」

 

「あ、ああ。そうだけど、ナギ、どうしたんだ?」

 

「………みんな、西住先輩を助けに行く覚悟はあるか。ヤバい奴らと対峙する覚悟はあるか」

 

「「「!!」」」

 

静かに、いつもの調子づいた口調では話さないヒカルが発したその言葉に一同は驚く。

 

「それって、どういうこと!?」

 

涙を拭ったエリカが勢いよくヒカルの方に身体を傾け真意を問う。それは他二人の心情の代弁でもあった。

 

「………笑い飛ばすなら笑え、冗談じゃないと言うならすぐに教材纏めて移動教室の準備をしたっていいからな。いいか?」

 

「「「…………」」」コクッ

 

三人はヒカルに頷く。

 

「………ここらで数日前から流行ってる、植物人間の都市伝説の噂、知ってるか?」

 

「あ、それ俺もシンゴから聞いた。児童教室で陸に遊びに行った他の子達から耳にしたって…」

 

「齧った程度なら…」

 

「僕も知ってるよそのウワサ。……もしかして?」

 

一拍置いてから、ヒカルが説明する。

 

「その噂に出てくる、植物怪人ってのがな、ホントにいるらしいんだ。恐らく怪獣だって。

さっきもその手の掲示板のスレちょこっと見てみたんだけども、どうやら、少し前から厳しい濃霧に曝されてる森林がきな臭いって話で、自衛隊も動いてるらしい…」

 

「え、ナギそれってつまり…」

 

「イッチの予想通りだと思うが、一応言うぞ。みんなで、この後、その林中に行かないか。俺は賢くねえから、西住先輩の消息を確かめるにはこれしか思いつかないんだ。なあ、どうする?」

 

ヒカルが神妙な顔つきで三人を順番に見つめる。彼は覚悟を決めているようだ。冗談として片付けれるものじゃないことは明白である。

高校生であるハジメ達に残された唯一の捜索作戦の提案。必ずしもそこにまほがいるとは限らない。だが、そこにいる…そういった確信に近いものが一同の中にはあった。ヒカルの提案を蹴る人物はいなかった。

 

「………全会一致だな」

 

「ハジメ、アンタも行くのね?」

 

「ここまで聞いておいて自分だけ降りるのは無いでしょ。それに、チームメイト云々の前に、西住隊長は小さい頃から知ってる友達だから」

 

「僕も、このまま何もしなかったら、ずっと後悔することになりそうだと思うんだ。僕はもう一度、まほさんに会いたい。絶対に見つけてみせる…!」

 

ハジメとマモルも覚悟は決めている。道中で、例の怪人会うかもしれない…だがやめる気はさらさら無かった。

 

「…そうよね。私も、行く」

 

「作戦はこのメンツでやる。かなり危険だが少数精鋭だ」

 

「ああ。人数は限りなく少ない方がいい。自衛隊や警察にも見つかっちゃダメだ。見つかっていいのは、最低でも西住隊長を見つけて、連れ帰る時……」

 

「やろう。みんなにとっても、僕にとっても西住さんは、大切な人なんだ。一人になんて、させない…!!」

 

こうして、四人による隊長捜索作戦は準備段階を終えた。彼らは午前の授業が終わると、各自下宿先の寮へと帰り、必要な装備を整えた。

陸地に足をつけ再び合流後、なんとか自衛隊や警察の目を掻い潜り、前日よりも広範囲に拡大しつつある濃霧に包まれた森林の中へと、踏み込んだ。

 

「スコップ、持ってきてるわよ」

 

「僕はペンチを…」

 

「俺の武器は金属バットだ。マモル、西住先輩を助けるんだろ」

 

「うん…僕が、西住さんを、助ける…!!」

 

「………さあ、いこう……!」

 

 

____________

 

 

 

関東地方 静岡県焼津市 森林地帯中枢

 

 

 

昼下がり、本格的な夏に入る前のこの時期、軽く汗が流れ出るほどの陽気になる。

しかしながら、誰もが汗を流しはじめる暖かさに包まれた森の中を突き進む緑人の集団があった。

 

ザッザッザッザッ…チャキッ

 

「霧の中に入ってから、かれこれ400メートル弱か…いや、拡大してからだと450か…? たしかに、これくらい濃い霧が立ち込めてるなら、ヘリは無理だな…」

 

「隊長、今のところ、例の植物人間と浮遊肉塊との遭遇はナシ、ですね」

 

緑色、森林迷彩の"00式個人防護用装備・改"で全身を包んで暑さによって汗を流しながらも進むのは、特生・陸上自衛隊の各方面隊から選抜派遣された隊員たちで編成された合同普通科小隊である。

 

上からの指令では行方不明者の捜索と発見後の即救助とされているが、彼らの、特に特生自衛隊員の武装はとても救助を念頭に置いたものには見えなかった。陸自隊員と同様の89式小銃やMINIMI軽機関銃、鉄帽に取り付けた〈個人用暗視装置〉といった装備だけでなく、今年から調達が開始された〈20式小銃〉や自衛隊でも元は施設科装備として調達された火炎放射器である"携帯放射器"を、森林地帯などでの局所的運用を想定して改良を加えられた〈携帯放射器2型】、多目的装備として運用されている〈84mm無反動砲〉を担いでいる隊員が多々見受けられる。それらはこれまでの証言や情報から考え出された、"いざ"という時のための装備であることは明白であった。

 

「夜間の市街地郊外に現れ警官隊に射殺された、植物人間からは、強力な睡眠作用を有する花粉を放出する器官と思われるモノが解剖で発見されたと言ってましたけど…」

 

「仕事が早いなぁ………だが浮遊する肉塊の情報は依然として謎だし、植物人間の方も、すべて調べがついたわけじゃぁない。各員、油断するなよ。特に倉田、お前のことだからな。特自の人の足を引っ張るようなことすんなよ」

 

「伊丹隊長ぉ〜、自分は油断なんかしないっすよ!!」

 

陸上自衛隊駒門駐屯地、第1師団隷下、第35普通科連隊第3普通科中隊から派遣された伊丹耀司(イタミ・ヨウジ)二等陸尉、倉田武雄(クラタ・タケオ)三等陸曹、WACの栗林志乃(クリバヤシ・シノ)二等陸曹らも選抜部隊の一員であった。

彼らが上述のような話していると、横からフルフェイスヘルメットと黒色の独特な戦闘服を着込んだ二人の特生自衛官が会話に入ってきた。

 

「ちょっといいですか、伊丹二尉」

 

「ん、おたくらは…?」

 

「特自中部方面隊第5師団、第7普通科連隊所属、永井圭(ナガイ・ケイ)三等特尉です。こっちは___」

 

「同じく、特自第5師団第7普連所属!中野攻(ナカノ・コウ)三等特尉です、よろしくお願いします。伊丹二尉」

 

話しかけてきた特自隊員達は、以前四国に出現した異星人事変で現場にいた、ハジメ達と接触したあの二人だった。彼らも、特殊生物・敵性異星人との戦闘を経験したためか、派遣部隊の一員とし寄越されていたのだ。

 

「バイザー越しで話されても顔が見えないな……まあいいか、伊丹だ、よろしくお二人さん。いやぁ第5って聞くとなぁ、北海道の陸自機甲師団の方が出てきてごっちゃになるな…」

 

「ははは……特自の上層部も第14旅団に名称を変えようとしなかったので」

 

「こんな話をしたくてきたわけじゃないだろ? 何か気になることでもあるのか? 周辺警戒を怠らないように索敵を続けながらでもいいなら、話を聞くぞ」

 

「伊丹二尉…ですよね、コッヴ・アルファ・ベータ襲来後の特殊防衛出動の迅速な草案作りに一役買い、小型特殊生物や異星人との局地的戦闘の発生を誰よりも早く予見して それを発表していたという自衛官は。他にもいろんなとこで何かしてるって」

 

「こっちにまでしっかり知れ渡ってますよ、伊丹二尉の活躍は全部」

 

「活躍とか、そんな大それたものじゃないさ。特撮・アニメヲタク全開の話を、公の場で真面目な顔して話したあの苦労は酷いものだった…」

 

「ですが、今回の作戦に参加してるってことは、そういうことですよね? 伊丹二尉、あなたに会えて自分は光栄ですよ」

 

「伊丹隊長、こっちに来る前の話、してくれなかっすもんね」

 

「別に教える必要性はないと判断した、それだけだからな。そろそろ話は切り上げて……おい、あそこ、あれ見てみろ」

 

自身の話題に対して応えながら、伊丹は自分の目が捉えたモノの方へ顎を指して他の隊員達にその存在を知らせる。

その視線の先には、大きく開けた土地があった。しかしその開けた箇所は自然と出来たものではなく、中心にはクレーターが出来ていることから、何らかの落下物が激突して木々を薙ぎ払って形成された空間であることが見てとれた。

 

ドクン…ドクン…ドクン…!

 

「アレは……」

 

伊丹が見つけたモノとは、そのクレーターの中心で脈打つ軽自動車大の大きさの、ゴツゴツとした黒い隕石だった。暗視装置越しでその隕石を見ると、熱を大量に放出してることが分かる。

伊丹ら普通科部隊は、周囲に敵性存在がいないかとクリアリングしつつ、クレーター跡地へと足を踏み入れる。

 

「これは生きた隕石……いや卵か…?」

 

「周囲に放出してるのは、熱以外だと微弱なプラズマのみっすね…計測器には放射線、その他人体に有害な物質は探知出来ず。まあ、でっかいバッテリーと考えれば簡単かなと思います」

 

「バッテリーねぇ……なんらかの目的で電力を溜め込んでいる隕石…人工物か? まさか…これが行方不明者の末路なわけないよな」

 

「倉田ぁ、まだ触るなよ。ビリビリと感電して生でコンガリなんて俺は見たくないからな」

 

「わ、分かってますって!」

 

「これ、上海のオッドアイ隕石体と似てる気がしなくもないな…」

 

不気味な隕石から一定の距離を取って観察するに留める伊丹達。永井は落下物であろうこの隕石の見た目が、上海に以前出現し、朝鮮半島と日本山梨県にて暴れたオッドアイ___ガンQと僅かに似ているように感じた。

 

「……なあ、永井」

 

「なんだ、中野」

 

何らかの事象に気づいた中野が、永井を呼ぶ。話の内容を聞いた永井は伊丹や他の隊員達数人を呼び説明する。

中野が言うことには、"ここのクレーターは一つではない。二つある"……とのことだった。確かに、よく見れば禿げ上がった地面にある衝突痕は、一つの衝突痕の横に、それを上書きするかのようにまた違う衝突痕があった。

それが示す意味は、ここに降ってきたものは、目の前の黒い塊以外に最低でもあと一つあると言うことである。生き物か、物言わぬ非生物かはまだ分からない。

 

「……しかし、それっぽいもんはないな…」

 

「降ってきた片割れが宇宙生物で、どこかに逃げたって線もあると思いますよ。隊長の思考を元にさせてもらうと」

 

「調査目標が一つ増えたか……」

 

ガサガサガサッ!!

 

「「「!!」」」

 

「……中野、どうやらそうも言ってられないぞ…」

 

「ツイてないな…全く…」

 

「…各自射撃準備。」

 

中野が気怠げにぼやいた時、普通科部隊の人間らはこちらの周りを囲みはじめた多数の影を見る。

それらの存在を認めた伊丹は普段のお気楽な雰囲気とは明らかに違う、低く冷徹な声色で周りにすぐさま攻撃態勢を取るように指令する。それに従い普通科部隊の各隊員は陣形を組み出す。

その間にも、包囲する影は増えていく。

 

「これだけの数、どこから湧いてきやがった?」

 

「ようやくお出ましか……植物人間…!」

 

「でも、アレ 人に見えますよ」

 

「倉田さん、あれは擬態だよ 四国の時もやられた手だ」

 

「攻撃対象だ。狙いを定めて迷わず撃て。」

 

 

「やれやれ…厄介な訪問者が50人ほど、ですか。"腫れ物"と"主人"は休んでいるところですが…私達だけでも、あなた方を導きましょう」

 

草木の切れ目を境にぐるっと普通科部隊を囲んだのは、白いコートを身に纏い、微笑を浮かべる少年少女達であった。

彼らの表情もさることながら、完璧な一定の間隔で規則正しく並んでいる光景は、とても不気味に感じるものがあった。

 

伊丹達は姿形が人間である白衣の集団に小銃や火炎放射器を向ける。

しかし他国の軍人でも異形の怪物でもない存在に銃を向ける異様さに戸惑いと違和感、罪悪感を覚える隊員も少なくなかった。

それをよそに、銃を向けられているのにも関わらず、白衣の集団が普通科部隊に歩み寄りだした。

 

「あなた方も、共に行きましょう」

 

 

「行くって…どこへ…?」

 

「おい!向こうの姿は人間だが、戸惑う必要はない!!」

 

「で、でも、それでも人ですよ…?」

 

「構うな、奴らの言葉に耳を傾けるな。射撃用意!!」

 

 

「この世の楽園です。なぁに、あなた方もすぐに馴染めますよ。さあこちらへ…サァ、オイデ」

 

そう言って白衣の集団の一人だった少年が草木の切れ目に足を踏み入れると、その姿は蔦と花に覆われた植物人間___ソリチュラン にみるみる変わっていき、本性を現した。

 

「うぁ、顔が……!」

 

「なかなかグロテスクじゃないか」

 

「これでもう決まりですね。」

 

明確な敵性存在と対峙したことを確認した伊丹が、改めて接敵したことを声を張り上げて知らせる。

 

 

 

「コンタクトッ!!!」

 

 

 

真夏の昼…白霧に閉ざされた森林の中で、激しい破裂音が連続で響き始めたのが、戦闘開始を告げる合図となった。

 





お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドであります。
大変間を開けてしまってすいませんでした。下宿先での生活と、定期テストなどが重なり、投稿用のストックが3話分まで減少していたため、ストックが一定数に戻るまで投稿を勝手ながら停止していました。
失踪はしないので、これからもどうぞよろしくお願いします。

________

 次回
 予告

焼津市森林地帯深部にて伊丹ら自衛隊がソリチュランの軍団と戦闘に突入した。腫れ物や主人と呼ばれる存在は何なのか?
一方、森の中へと歩みを進めていたハジメやマモル達。遂にまほを見つけることに成功するが、そこに広がるある光景を目の当たりにした彼らは、何を思い、何を感じるのか?

次回!ウルトラマンナハト、
【深緑の楽園】!


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第24夜 【深緑の楽園】

植物宇宙人/生物X ネオワイアール星人、
宇宙植物怪獣 ソリチュラ、
寄生怪獣 マグニア、登場。


 

ダタタタタタタ! ダタタタタタタ! ゴォォオオオ!

 

霧に覆われた森の中、曳光や閃光と赤い光流が短いスパンで連続で発生している。聞こえてくる破裂音と燃焼音、爆発音から、それらが戦闘の発生により起こっている人為的な事象であることを物語っている。

 

ドシャァ……!

 

「栗林、突出しすぎるな! 可能な限り距離を取れ!」

 

「近すぎるから銃剣で刺突してるんです!」

 

ソリチュランの軍団に包囲攻撃を仕掛けられた普通科部隊は、近接戦を余儀なくされたが、対NBC装備と近代兵器の恩恵により、脱落者はいなかった。

無限に湧いてくると思われたソリチュランの波状攻撃は段々と鳴りを潜めていく。

 

ダタタタタタタ!

 

「永井、マグ!」

 

「お前は無駄な消費が多い!!これでラストだぞ!!」

 

「放射器 前!! 横薙ぎに振るんだ!ここらは草木が生えてないから延焼の心配は無い!やってくれ!」

 

「りょ、了解!」

 

ゴォォオオオ! ゴォォオオオ!

 

襲いかかるソリチュランの群れに、携帯放射器から高温の火炎が放たれ、身につけている白衣ごと焼却し、近づいた者から次々と物言わぬ亡骸と化す。

無事な個体、死に体の個体も関係なく、何度も伊丹たちに意思と肉体の統合を語りかけてくる。それらの仕草・口調がシンクロしており、最早狂気の域を越えていた。

 

「「「共に還ろう、私たちは全てを受け入れる。」」」

 

 

「話を聞いてれば、人としての生を捨てるってことじゃないか! 俺はそんなこと絶対にしない、趣味を楽しむことも出来なくなるからな!!」

 

伊丹達にその誘いは通用しなかった。彼らの意思によって誘いは突っぱねられ、答えとして返してきたのは無数の弾丸と炎の文字通りの雨であった。

 

ダタタタタタタ! ダタタタタタタ! ダタタタタタタ!

 

「お前らと一つなって出来る良い事をあと100個ぐらい言えるようになってから…出直してこい!!」

 

普通科部隊に襲い掛かったソリチュランは現代兵器の前には無力であった。彼らはしぶとく戦ったが、数分後には最後の個体が火炎放射によって焼き払われ、燃え尽きた後、森は一時の静寂に包まれた。

 

「各種弾薬の残りは?」

 

「特自の携帯タンクはどれも三分の一を切ってます。銃の予備弾倉は各員2〜3ほどですね…」

 

「今と同規模の攻撃があったら崩れるな……」

 

「だがさっきの奴らの話を信じるとしたら、親玉が奥にいるってことだろ? それに行方不明者をそこに連れてったこと仄かしていたし、行かない選択肢は無い」

 

伊丹はあくまでも行方不明者の発見と救助に重きを置いているようで、一歩も引く様子はない。

このままでは先へと一人で進みそうな勢いであったため、同じ所属であった倉田、栗林と特自からは火力抽出ということで永井と中野が同行する流れとなった。

視界が満足に確保出来ず、敵側が優勢のフィールド内で少数による行動は致命的であることは伊丹も重々承知していた。しかし行方不明者らの安否を早期に確認するためにも、動くべきであるという意思が勝ったからである。

 

「罠であっても行かなければならない…ですか」

 

「この目で確かめないと事実は分からないからな」

 

よって、計5名の深部進行班以外___残りの普通科部隊の隊員達は黒色隕石の破壊後、一時的に後退するという動きにまとまり、彼らはそれを実行に移した。

 

 

_________

 

 

森林地帯 深奥部

 

 

 

霧に包まれた森の奥地。そこには、樹齢は四桁よりも上だろう巨大な樹木がそびえ立っていた。

だがその樹木は異様な雰囲気を醸し出している。

異様さの原因となっているのは、根本に蔦によって胴や手足を囚われ、頭部には白い花が咲き、首筋にはポリープの塊のような物が取り付いている人々の姿があるからだろう。

それはまるで人間が咲いていると言える光景であった。

 

「……離せ…私は、そんなこと、望んでいない…」

 

「いや、私はキミの心情をソリチュラン達を通して把握している。無理をしなくていい。だからキミも選ばれたのだ」

 

大木の根本から少し離れた場所に、蔦でできている十字架に縛り付けられているまほがいた。束縛状態であるものの、捕らわれている他の人間のように身体に異変は見当たらないのは幸いか。

そしてその前には全身が緑の植物の塊のような人型の異星人___星間同盟地球侵略先発隊の一人、ネオワイアール星人が立っている。

 

「私を……どうするつもりだ…」

 

「キミは特別だ」

 

「と、特別…?」

 

まほが力無く頭を上げ、植物異星人に聞き返す。

それを満足そうにワイアール星人は見ながら、質問に肯定しつつ、こちらからも質問を投げる。

 

「そうだとも。キミは特別なのだ。実際、キミの今の状態がそれを物語っている。

キミは、その蔦に絡まれているが、どんな変化が自分の中で起こっているかは分かるだろう?」

 

「………」

 

まほには嫌でも心当たりがあるようで、沈黙し、答える代わりに視線をワイアール星人から外し横目で囚われている他の人間たちに向ける。

 

「本来なら並の、それも複雑な思考と感情を有する高ストレス性の生命体ならば、その蔦一本と触れただけでも、意識をソリチュラ本体の中に持っていかれるものだ。キミが今見ているあの者達のように」

 

ワイアール星人はそう言いながらまほを正面から見据える。どこに目となる器官が存在するかは不明だが、まほからすれば恐ろしいことに変わりない。

 

「キミは追い込まれてはいるが、とても強い精神力をお持ちのようだ。しかし何度も言うが、無理はしなくて結構なのだ。抵抗せずに受け入れてもいい」

 

「受け入れる?あの怪木を…?」

 

「なぜ躊躇う? ソリチュランはキミの心の中にある孤独という感情を探知して接触した。

他者との軋轢を避けたい、他者との交流を消したい、他者という壁を除き苦痛の無い生活を過ごしたい……キミの、いやキミらの心は痛いほど分かるのだ。知的生命の感情の分別は容易なものではないからね。

出来るなら、キミはここで自由になった方がいい……そうしなければ、きっと私のサンプルになるのだから」

 

 

「っ!?」

 

 

コイツは今、何と言った? 私をサンプルにする?

なぜ、どうしてそうなる?

自分の頭が思考していることによって加熱していってるのが分かる。

 

「キミのような特殊な存在も、潔くソリチュラと共に同化し、深緑の楽園に住まう者になれるようにするためだ。

キミを母体___胚珠にして、そう言った個性を持つ生命体に対する抗体と呼ぶべき物を作り出す新しいソリチュラを生み出したいからね。

今までもそうしてきた。そしてこれからもだ!」

 

宇宙人の手が自分の顔に伸びてくる。

いや…誰か助けて。

その言葉を口から絞り出せない。出せるのは、見苦しい命乞いくらい。

 

「嫌だ、私は、まだ一人になりたくない…そんなのになりたくない……」

 

「はははははは。そう怖がる必要は無い。さあ、二択だ。同化して楽園へと行くか、礎となって楽園自体となるのか! …それとも、侵入者共にソリチュランが数を減らされたから、キミをオリジナルのソリチュランにしてもいい」

 

助けを呼ぶ声が出せない。

孤独を望んで人を突き放した自分が、今度は他人を頼っていいのか? 

そう言った自問に対して詰まってしまう。

助けを求める権利など、とうに失っているのではないかと。

 

「さあ、答えたまえ。どっちなんだ?……それとも、両方選びたいのかな? それでも構わないよ、精神は大きな一つの意思に入り、身体は私がサンプルとして有意義に使わせてもらう……そうだ、これでいこう!」

 

「や、やめろ…嫌、来ないで……誰か……」

 

___助けて。このままだと、私がいなくなる。

 

「はははは…さあ、楽園に…」

 

「「「さあ、共に楽園に…」」」

 

怪木の根本に捕らわれた人々___スーツ姿の中年男性、黄色い帽子を被り身の丈と同じほどのランドセルを背負った小さな女の子、レジャースタイルの老人……目の焦点があっていない虚な笑みを浮かべた者達も語りかけてくる。視線は合っていないのに、顔だけはこっちを見ている。

 

私も、あんな風になるの?

 

嫌だ。絶対に嫌だ。助けて、誰か…。

 

エリカ、マモル君、みほ…みんな……。

 

助けて………。

 

 

私は顔を上に上げ、全力で叫んだ。

 

 

「___助けてッ!!!」

 

 

 

 

 

「まほさんからぁ…離れろぉおおおおお!!!!」

 

 

 

ガツゥン!!

 

 

「あ……」

 

まほとワイアール星人の間に割って入り、まほへと伸ばされていた手を、手に持ったペンチを使って殴ったのはマモルであった。

目には若干の涙を浮かべており、それが未知の脅威に対して手を出したことへの恐怖から来たものかは分からない。

だが、彼は持てる限りの勇気を出して助けに来たのだと一目で分かる。普段は内気で、物静かなイメージの彼が、声を張り上げ異星人に向かっている。

 

「マモル君…!」

 

「マモル、避けろぉ!! ___オラァっ!」

 

ゴォオオン!!

 

「ぐああっ!?」

 

まほの横を素早く低い姿勢で走りすぎていき、金属バットでワイアール星人に唐竹割りを炸裂させたのはヒカルだ。

マモルとの見事な連携から繰り出された渾身の一撃は、ワイアール星人を二、三歩退かせるのに十分な威力だった。

 

「エリさん、スコップ!」

 

「え、ええ!」

 

「よし…どりゃああーっ!!」ブウン!!

 

___ザクッ!!

 

「うぐ、貴様らァア…」

 

間髪を置かずに今度はハジメが、エリカから受け取った折り畳みスコップを槍投げの要領で投擲し、見事ワイアール星人の頭部に突き刺さった。

負傷した箇所からポタポタと緑色の体液が滴り落ちている。

 

「今のうちに西住先輩を!」

 

そう言ったヒカルがバットを持ってワイアール星人の前に立つ。バットを握っている両手は微かに震えている。

 

「ほう……キミも中々の個体のようだ…」

 

「黙ってろ植物人間め!」

 

ヒカルの意図を察したマモルとハジメ、エリカはまほに絡みついている蔦を千切ろうとするが、蔦はシリコンゴムのような弾性と強度を誇っているらしく、マモルのペンチやエリカのスコップを使っても破壊できない。

しかし、他の者達が躍起になっている中、ハジメは人目を盗み、まほを束縛している蔦の分岐元を光の力を手刀に宿して切断する。

 

「…ふっ!!」ズバッ!

 

バサバサバサ…

 

「やった!蔦が枯れていく!」

 

「うぅ……」

 

「まほさん!」

 

「ま、マモル君…みんな……私を?」

 

根本を切ると細かく分かれてまほの胴や手足に絡みついていた蔦が即座に枯れて腐り落ちたことにより、まほの身体に自由が戻った。

うまく足に力が入らず転倒しかけるまほをマモルが受け止め、抱き締める。その目からは涙がとめどなく流れ出していた。

 

 

「まほさん、まほさんは一人じゃないんですよ…!」

 

 

「あ……ああ…」

 

 

まほは様々な感情が一気に溢れてきたのだろう。マモルと同じように涙をとめどなく流し出した。人前であることも気にせず、自身を受け止めてくれたマモルを抱きしめ返し、顔をマモルの肩に埋める。

 

人の温もりを感じる。繋がっているんだ。

それは表面上の暖かさだけではない。先ほどのソリチュラの蔦に絡め取られていた際に感じた充実感とはまた違う、ざらつきの無い純粋な想いが駆け巡る。

 

私のことを心配してくれる人がいた。

 

私のために涙を流してくれる温かい人がいた。

 

 

______私は、孤独じゃなかった。

 

 

私には、私の横に肩を並べて共に進んでくれる者、私を信じてついて来てくれる者達がいる。

人を信頼しようと、理解しようとしなかったのは自分の方だった。人の優しさを押し除けて、ありもしない悪意から逃げていた。隠れていた。

だがもうそれはお終いだ。

 

心の中で、復唱しろ。

 

私は…孤独じゃ、ない!!

 

 

「ありがとう…みんな……私には、まだ寄り添ってくれる仲間がいた……助けてくれて、ありがとう…!」

 

「まほさん…」

 

「隊長…」

 

「だけど、あの木の下にはまだ人が___」

 

 

「ええい!ふざけるのもぉ、大概にしろ!!」ドカッ!

 

「うぐっ!?」

 

マモル達がまほへと意識を向けていた直後、彼らの前にヒカルが吹き飛ばされてきた。

ワイアール星人との肉弾戦でやられたようだ。

額から少ないが出血している。

 

「ナギ!」

 

「感動の場面なのは分かるけどなぁ…さすがに一人は、辛かったぜ…」

 

ハジメが吹き飛ばされたヒカルの下に駆け寄る。

立ち塞がる障害が消えたワイアール星人は、今度はハジメ達をソリチュラに同化させようと近づいてくる。

ヒカルのバットはいつの間にやらへし折られており、先ほど投擲したエリカのスコップも遥か彼方に転がっている。マモルのペンチも使い物にならない。

ほぼ丸ごしだ。ハジメは私服ズボンのポケットからアルファカプセルを取り出す用意をする。

 

 

「ふはははは! その貧弱な肉体と精神を捨て、楽園に行き一つになろうではないか!」

 

「「「そうだ、楽園に行こう…」」」

 

 

「誰が言ってるの?」

 

エリカの疑問の答えはすぐに出た。怪木の根本から同調するような声色の、幾人もの声が聞こえる。

捕らわれている人々が目を見開き、一糸乱れぬ動きでこちらに手招きをして、ピタリと口調も合わせて語りかけてきていたのだ。

 

「みんな捕まっているのか?」

 

ここでまほは改めて思った。

こんなのは人間でもなんでもない。

"心"を持った存在じゃない。

 

「あんなに人が…!」

 

「彼らは私よりも先に捕まっていたらしい…あそこにいる彼らも助けれればいいのだが…」

 

「末恐ろしいわね…そこの宇宙人があんな風にしたの…?」

 

「その前に、その目の前の植物怪人を倒さねえと俺たち多分お陀仏だぞ…」

 

まほとダウンしたヒカルを守るように残りの三人が前に出る。

無論、そんなことをしてもワイアール星人の歩行速度は変わらない。障壁にすらならない。

緑色の異星人はどんどん近づいてくる。

 

「地球人は………全ての個体が違う心、意思、精神を持っているから寂しさや不安を感じ、孤独に陥る。

ならば、元から一つの大きな精神に全ての個体の精神を統合し皆で分かち合えば良いのだ。

貴様らもそう思ってはいないか?私はその手助けがしたいのだよ!」

 

それは違うとまほは誰の支えも借りずに勢いよく立ち上がり、ワイアール星人を睨みつける。

雰囲気が明らかに変わったまほに、ワイアール星人は警戒したのか、足を止める。

 

「なんだ、その態度は…? さあ、戻ってくるといい。我々は寛大だ。何度でも受け入れてやろう」

 

「お前の言っていることは間違っている!」

 

「ま、まほさん…」

 

まほからの強い拒絶を含んだ断言を受けたワイアール星人は不快感を露わにする。

 

「アァ…実に不愉快、不愉快だァ……こちらが手を差し伸ばしているのにもかかわらずその態度……まったくもって、不愉快…………死ねッ!!」

 

証拠に腕と頭部がわなわなと震えている。怒りが頂点に達したのだろう。

ワイアール星人は一時の感情に任せて彼らに襲いかかる。

 

 

タタタッ! タタタッ! タタタッ!

 

ブシュゥーーー!

 

「な、なんだ……いったい…」

 

小気味の良い三点の破裂音が連続して三回。

ワイアール星人の側面を明色の線が何本も貫いた。

身体のあちこちから緑色の鮮血を吹き出しながら、短い呟きを残して地面に倒れ伏す。

 

ドシャァア……

 

緑色の血溜まりが倒れたワイアール星人を中心にジワジワと広がる中、その血溜まりを臆することなく踏みしめて現れたのは緑、黒づくめの集団、自衛隊の伊丹達だった。

 

「救助対象を確認…だな。見たところ意識ありそうな面々は学生さんたちだけ、ねぇ…」

 

「隊長、この巨大な木の根本にいる人達も意識はあるみたいですよ!」

 

「でもこっちの声掛けに応えてくれない…それに、首には変なものが付いてる…」

 

倉田と栗林が他の生存者の現状確認をとっているのを尻目に、ハジメとエリカ二人と思わぬ再開を果たしてしまった永井と中野はそれぞれ違った反応をしている。

若干溜め息混じりだ。

それは聞き覚えのある声を聞いたハジメとエリカも同じ気持ちだと思うが。

 

「………またキミらか…」

 

「えっと、その声は…」

 

「おお…四国での一件ぶりだな。もう会う機会は無いと思ってた。……また異星人絡みで会うとはなぁ…」

 

「は、はぁ…まぁ……助けてくれてありがとうございます…」

 

「キミとそっちの女の子には切っても切れない悪運でもあるんじゃないのか?」

 

「ん?なんだ? 永井三尉とそっちの学生さん達、知り合いかなにか?」

 

「いや伊丹さん、知り合いとかそんなんじゃなくて…」

 

「永井。とりあえずは流血してるこっちの少年と、体調が芳しくない女の子への対応が先だ」

 

永井が小さく舌打ちをしつつ、まほとヒカルの介抱に加わった時、倒れ伏している背後のワイアール星人から…そして倉田と栗林が四苦八苦しながらも救助しようとしている人々の中から声が聞こえてきた。

 

「「「楽園に行こう。楽園に行けば、孤独や孤立もなくなる。一人ではなくなる」」」

 

同時に、周囲の木々が妙にざわめき出す。

 

「これは……どうなってる?」

 

「倉田、栗林!一旦その木から離れろ!」

 

「ですが隊長!」

 

「いいから!これは命令だ!!」

 

倉田と栗林が怪木から距離を取ると同時に、捕らわれている人々の微笑が満面の笑みに変わった。

それに合わせるかのように、地面に伏していたワイアール星人が弱々しく誰に話しているか分からない声量で話し出した。

 

「…まだだ、惑星生物同化シナリオは、まだ終わってはいない…」

 

「生物同化シナリオ…?」

 

「ソリチュラは全てを同化する…この星の生命体はすべてかの怪獣となり、やがては…この星がソリチュラそのものとなる。

……ははは、逃げることに意味は無い。むしろ自らの意思で同化の道を選ぶのが賢明というものだ……」

 

「お前たちの言う同化…それは洗脳だ。大きな意思の濁流を利用して個々の意思を押し潰すことを、俺たちは望まない」

 

「…そうか、残念だよ……。このシナリオには、ソリチュラが惑星同化を進めるために、それを邪魔するあらゆる障害を除去する怪獣も連れてきている。

ソリチュラによって精神を統合され、抜け殻となった生物の身体の生体エネルギーを補給するという共生関係を刷り込ませた寄生怪獣も連れてきた…ソリチュラを守るために、奴も間もなく現れるだろう。

すべて、もう……遅い………」

 

ダアン!!

 

「「「!!」」」

 

ワイアール星人が言い終わる前に、伊丹が〈9ミリ拳銃〉を引き抜き、頭部に銃弾を撃ち込んだことで、話を強制的に終わらせた。

 

 

ドガァアアアーーーン!!

 

それに合わせたかのように、今度は遠くで爆発音が轟いた。選抜普通科部隊が撤退前に例の黒い隕石を爆破処理したものと思われる。

隕石の爆破による破壊が成功したためなのか、それとの因果も不明だが、次第に森林に立ち込めていた濃霧が晴れてきた。

また、無線では霧が晴れたことにより、予め周辺空域に集結させ、待機命令を出していたヘリ部隊による上空からの調査を開始する旨の通達が為されていた。

そのため、伊丹は救助対象の発見と特殊生物の出現に注意するよう無線で各部隊と司令部に伝える。

 

「……向こうもやったみたいだな。とにかく、この学生さん達を連れてかないと……」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

伊丹達が一旦後方の選抜普通科部隊の下にハジメ達を連れて退避しようとした矢先、地震が発生する。

 

そして、なんと形容したらいいか分からない雄叫びと、寂しさを助長させるような悲しい鳴き声が同時に響き渡る。

謎の鳴き声が止んだのと時を同じくして、山林全体がもう一度大きく揺れた。

 

「う、うおっ!」

 

「ハジメ!」

 

その際、ハジメは足を取られたことを装って藪の中に転がり込む。

ガサガサと音を立てて奥にまで転がったハジメは、そこでイルマを呼び出しバトンタッチ。ハジメはそのままエリカ達の元から消える。

探し出そうとしたエリカ達の下に、ハジメに変身したイルマが交代して薮から出てくる。

 

「ハジメ!いまドジやってる場合じゃないわよ! ほら早く立って、逃げるわよ!」

 

「あ、うん…分かってる」

 

「隊長、あそこで捕まってる人達は!?」

 

「今は堪えろ栗林!動ける人間を護衛してここから退避する!!」

 

伊丹達が巨大な怪木から距離を取った時、怪木の周囲の地中から新たな蔦が現れ、巨木に複雑に絡みつき、やがて長い首と二本の長い腕を持つ怪物、宇宙植物怪獣___ソリチュラとしての真の姿を現す。

 

ドドォオオオン!!

 

「今度はなんだ!?」

 

「あ、あれ見てください!!」

 

それに続いて、奥の山間部から地中の土砂を撒き散らしながら、寄生怪獣___マグニアが、相互扶助の関係であるソリチュラを守るべく地上に出現した。

森林地帯での連日続いていた異常な濃霧は、マグニアがソリチュラと、捕らえた人間から奪った生体エネルギーを貯蔵する黒色隕石を隠すために散布していたものが原因であった。

 

「あの樹木、特殊生物の本体だったんすか!」

 

「今は距離を取れ。この場から少しでも遠くに逃げるんだ!」

 

「未確認の大型特殊生物が二体!」

 

「アレが捕まってた人達の首に食いついてた奴の親玉か!?」

 

「まほさん、肩貸します。急ぎますよ!」

 

「ああ、頼む…」

 

迫り来るマグニアと、不気味な沈黙を貫いてこちらの様子を窺っているソリチュラから逃げるエリカ達。エリカ達に手の触手を伸ばすマグニア。

そこに、OH-1偵察ヘリの先導を受けて、駒門駐屯地から駆けつけた陸上自衛隊東部方面航空隊、第4対戦車ヘリコプター隊第3飛行隊が現れる。

〈AH-2 ヘッジホッグ〉8機が、前進していたマグニアに"AGM-114 ヘルファイア"対地ミサイルと、追加されたミサイルポッドからは"空対地徹甲誘導弾"を斉射。

ミサイルの直撃により、マグニアの動きが鈍ったことで、押し留めることに成功。地上の伊丹やエリカ達の窮地を脱することが出来た。

 

「"ハリネズミ"!」

 

「駒門の部隊が間に合ってくれたぁ…」

 

「すげぇ、ヘッジホッグだ」

 

「上ばっか見てないで、足元見て走る!!」

 

 

バタバタバタバタバタ!

 

「スパイク01より各機、植物型にメーサーを使用する。武装のロックを解除!」

 

『___こちら八咫烏!スパイクチーム、植物型への攻撃をすぐに中止せよ!繰り返す!対象への攻撃を中止せよ!! 地上部隊からの通達によれば、対象は地上構造内に民間人を捕縛しているとのこと!!植物型への攻撃を控えられたし!!』

 

「なっ!? …了解。これよりスパイクチームは、"片割れ"に優先目標を変更。植物型の行動に十分注意しつつ、片割れへ集中攻撃を行う。植物型付近並びに退避行動中の地上部隊への誤射は避けろ!」

 

『『『了解。』』』

 

ヘッジホッグの編隊がソリチュラの周囲を大きく旋回した後、マグニアに対して両翼端部に搭載されている正式装備として納入されつつある、指向性放電機銃___"20式パルス・メーサー"を連射する。

 

これには堪らず、形容し難い咆哮を上げたマグニアは、自身の横を通過していくヘッジホッグの背後に、口部から帯電ミストを放ち、撃ち落とそうと躍起になる。

後方の一機のヘッジホッグが帯電ミストに掠った。それによってヘリ内のシステムが一時ダウンする。

 

『システムダウン!! 現在立て直しを図ってます!! なんとか飛行は可能です!』

 

『あの白煙、電気を纏っているのか!?』

 

「ヤツが放射するあの白煙に注意しろ! …まったく…常識の通じない敵がこうも日本に現れ続けるか…!」

 

スパイクチームの隊長が悪態をついた時、地上の一角に光の柱が突き刺さった。

光の柱は徐々に小さくなっていき、やがて光り輝く巨人を形作る。

それは"夜"の名を冠する戦士の出現を表すものである。そしてその漆黒の姿は昼間の森林の中であっても存在を際立たせる。

 

 

シュアッ!

 

 

「ウルトラマン!」

 

誰が叫んだか、森に響いたその声は、確かに希望を含んだものであった。

黒きウルトラマン___ウルトラマンナハトが天に突き上げていた拳を解き、手の先をマグニア、ソリチュラの方へ鋭く突き出し、メビウスを彷彿とさせるファイティングポーズを取る。

 

シュワッ!!

 

《あの宇宙人が言っていたのは、この怪獣のことだったのか!》

 

マグニアがナハトへの威嚇を含んだ咆哮を上げると、今まで沈黙を貫いていたソリチュラが両腕の蔦を地面に勢いよく突き刺し、何やら動き出した。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

マグニア出現時よりも小さい振動が発生し、その震源はソリチュラとマグニアから逃れようと森から脱出するべく走っていたエリカ達とその護衛をしていた伊丹らの真下に移動していた。

大きな横揺れの発生により、うまく走ることが出来ない。

 

「な、なんだ!今度はどんな奴が現れるんだ!?」

 

「だんだん揺れが大きくなって…!」

 

「!! 地面が割れるぞ!!」

 

 

ドドォオオオオオオーー!!

 

エリカ達の周囲を囲むように地面から生えてきたのは硬質化したソリチュラの根と蔦である。

 

「まほさん!大丈夫ですか!?」

 

「ああ…すまない。ありがとう…足は捻ってはいないと思うが…」

 

 

(言ったはず…逃げても意味は無いと。最後の慈悲だ。この戦闘で判断せよ、地球人)

 

 

「今のは…」

 

蔦と根の檻の中に入ってしまったエリカ達に、どこからか声が聞こえてきた。男性とも女性ともとれない多重音声だった。

エリカ達を緑の檻に閉じ込めたソリチュラの集合意識からの呼びかけらしい。

そんな中、倉田や中野が個人装備を駆使してなんとか突破口を開こうとしているが、状況は変わらない。

 

「この蔦と根っこ、硬すぎっすよ!銃剣が欠けるなんて!」

 

「先程の声の主をあの植物怪獣とすると、これはアイツがくたばらないとここからは出られないな…」

 

「ねずみ返しの構造と酷似している…内部からの脱出は無理ですね…」

 

「………ウルトラマンナハト…頑張って…」

 

「ここはウルトラマンと、自衛隊に任せるしかない…」

 

 

 

場面を巨大存在同士の戦いに戻すと、マグニアがナハトに体当たりを食らわせるために突進しようとしていた。当然一歩一歩地面を踏む度に地が揺れる。

ナハトは正面から挑んできたマグニアに対して回し蹴りで応える。

 

シュッ!!

 

《こいつ、案外素早いな! 目測を誤ったら簡単にやられる!》

 

マグニアはナハトの蹴りをもろに食らい、周囲の木々を巻き込みながら横に倒れる。

ナハトが追撃のためにマグニアの上体に馬乗りして拳を振るおうとした時、陸自のスパイク隊に繰り出したものと同様の帯電ミストをナハトにもお見舞いする。

 

バチバチバチバチバチ!!

 

グアッ!?

 

《これはっ、電撃!?》

 

ナハトを包み込むように漂う白霧は、マグニアが自身の生体エネルギーを流すことで高圧電流が流れる空間へと姿を変える。

満遍なくばら撒かれた帯電ミストは、ナハトの視界を奪い、感電によって動きを鈍らせるのには十分な仕事を果たした。

身体の表面を焼かれるような錯覚を覚えたナハトを見て、ソリチュラが隙を突き一対一の戦いに横槍を入れた。無数の蔦と根がナハトの自由を奪う。戦いに横槍を入れられたマグニアは形勢が逆転したと察したようで、攻勢に転じる。一対一でやるつもりは元々無かったと思われるが。

 

《……! 千切れない…!切れろ!切れろっ!!》

 

ハジメが必死にそう念じながら、ソリチュラが絡めてきた蔦を振り解こうとするも、徐々に体の自由が奪われていき、マグニアの帯電ミストを何度も浴びせられ苦境に立たされる。

 

《このままじゃあ…!》

 

窮地に陥ってしまったウルトラマンナハト。

マグニアの電撃とソリチュラの鞭撃、このままではハジメは負けるだろう。

陸自のスパイク隊がメーサーと対地ミサイルによる攻撃をしてなんとかマグニアだけでも引き剥がそうとしているが、肝心のマグニアは多少体表が削れても見向きもせずにナハトに攻撃を続けている。

どうやらソリチュラへの脅威として一番高い存在としてナハトを見ているらしく、人類の兵器に関してはコレを片付けてからでも倒せるという認識を持っているようでもあった。

 

 

正に、絶対絶命の状況。

 

 

 

__風は、まだ吹いています__

 

 

 

その時、青空の彼方から、流星の如き一筋の光芒がマグニアに激突した。

 

 




お久しぶりです。S.H.フィギュアーツのZさんを予約できた逃げるレッドです!
黒森峰は、どの二次創作でもそうですが、負の面が現れやすい子が多いと思います。ここで四国会戦の際に出会った特自隊員らと、伊丹さんに頑張ってほしいところ。
人に漬け込んだり、同化させようとする存在は大好きです。
何度も言いますが、自衛隊の動きについては許してください。

________

 次回
 予告

ナハト絶対絶命のピンチ!
天空からナハトのピンチの前に現れたのは、虹色の風を吹かせ羽ばたく守護戦士だった。
守護獣と共に、人々の自由と意志を守れ!ウルトラマンナハト!!

次回!ウルトラマンナハト、
【虹色の疾風】!


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第25夜 【虹色の疾風】

天弓巨蛾 レインボーモスラ、登場。


 

ズドドドォオオオオオオン!!!!!

 

 

《な、なんだ!?》

 

 

『新たな特殊生物を確認!!』

 

『どうやってここに来たんだ!レーダーにも直前まで反応は無かったんだぞ!!』

 

『八咫烏からの報告によれば、遥か上空から急行下してきたと……現在対象を照合中です!』

 

『こいつは……!!』

 

ナハトに帯電ミストを執拗に浴びせ続けていたマグニアが、視界から消えた。自衛隊側で混乱が発生している中、マグニアはナハトの左側面から少し離れ場所で横に倒れ、もがき苦しんでいる。

一筋の鋭い光がマグニアに激突し、吹き飛ばしたのだ。

 

《今のはいったい…》

 

__風は、まだ吹いています。絶対に絶えることはありません。永遠に__

 

《え?》

 

頭の中に直接語りかけてきている…不思議な声の主をナハトは首だけを動かして探す。女性の声のようである。ソリチュラのものではないだろう。

しかし探す手間はあっさり省けた。虹彩の光を放ちながら、大きく羽ばたく声の主は、ナハトの上空から虹色の光線を発射したからだ。

空からの乱入者から放たれた虹色の光線は、ナハトを捕らえていたソリチュラの根と蔦を焼き切り、ナハトの脱出を幇助した。

 

__立ってください、若き星の戦士よ。彼らを好きにさせてはいけません__

 

《………貴女は…?》

 

__私は"モスラ"。命あるこの星、地球を守る守護戦士の一人です__

 

声の主とは、以前ヨーロッパ・ベルリンにて、ゴジラと共にカイロポットとファルクスベールを撃退した、友好的特殊生物の一体_モスラの進化体、レインボーモスラであった。世界中での度重なる戦闘によってその姿は、友愛と勇猛の精神を兼ね備えるに値するものに至った。

ギャオス討伐のためにいたインドから飛翔し、宇宙からの大気圏再突入時に発生する摩擦熱を纏った体当たり_"メテオ・インパクト"でマグニアを吹き飛ばしたということである。つまり彼女は窮地に陥ったナハトを感知し、手を貸すためにやってきたのだ。

 

『新型特殊生物は、欧州六月災厄時に現れたモスラと酷似しています!』

 

『資料と若干羽根の模様が違う…か…?』

 

『ナハトを助けたようですね』

 

『昆虫型…モスラに対しての攻撃は禁止!特生法に則り、我々はウルトラマンとモスラの援護に入る!!司令部にも通達しろ!!』

 

山間部での戦闘であるが故に、現在戦闘に参加出来る部隊はヘリコプター隊であるスパイク隊のみ。

東部方面隊の特科や空自の航空隊が民間人や地形などの関係で現地入り出来ないこの状況下、限られた戦力で彼らは戦い抜かなければいけない。

スパイク隊は迅速に陣形を変え、ナハトとモスラの両側面後方に構える。

 

『片割れへの集中攻撃を先ほどと同じように続行。各自散開し、メーサーとロケット弾を織り交ぜた火力の継続投射を行え!』

 

『『『了!』』』

 

 

__私はあの深緑の者を、あなたは白霧の者と戦ってください__

 

《あの怪獣の下には_》

 

__承知しています。私に任せて__

 

《………分かった。よし、行くぞッ!!》

 

シュワッ!!

 

ナハトが掛け声を発し、紅きガッツスタイルとなって駆け出したのと同時に、持ち直したマグニアはナハトへ一目散に走りだし、ソリチュラは両腕を伸ばしてモスラを襲う。

戦闘が再開した。

 

《血の通った拳を食らえっ!!》

 

ハアッ_ゼァアア!!

 

ズガァァアアン!!!

 

ナハトは姿勢を低くしマグニアの攻撃を躱すと、拳を作った右腕を後ろに引き込んだ後、その拳をガラ空きとなっているマグニアの腹部に真っ直ぐ叩き込んだ。

轟音と共に身体の深くまで食い込んだ拳……肉弾戦を得意とするガッツスタイルの格闘技の一つ、リボルバーフィストが決まった瞬間である。

 

《まだまだぁ!!はあっ!!》

 

シュアッ!ハアッ!!

 

素早く拳をマグニアから引き抜き、次は肘打ち、チョップ、手刀の連発でマグニアを押し続ける。そのどれもが重い一撃である。そこに畳み掛けるようにすかさずヘッジホッグが誘導弾とメーサーで傷口を焼き続ける。

自身の身体再生に使う生体エネルギー貯蔵庫であった隕石を破壊されているマグニアは、体力を回復させる隙も与えられずにナハトの怒涛の格闘攻撃と自衛隊の継続火力を食らい続けたことで疲弊し出していた。

 

先ほどまで、苦しんでいた相手が戦意を取り戻して向かってくる…生物故の根本的な焦り、恐怖心をマグニアは感じていた。また時折小さき存在達からの攻撃も加えられ苛立ちも覚えていた。

殴られながら、蹴られながらもマグニアは最後の抵抗としてか、帯電ミストを手当たり次第撒き散らす。

 

《もうその技は、俺には効かないぞ!!》

 

電撃を食らってもナハトはマグニアへの攻撃をまったく緩めない。飛んでくる拳と蹴りの一つひとつが鋭く、重い。

そしてナハトは渾身のドロップキックをかました。戦闘不能に追い込まれつつあるマグニアにそれを回避することは出来るハズがなかった。

またもベキベキと木々を薙ぎ倒しながら転倒し、立ちあがろうと半身を捻りもがく。

上体を起こそうとしているマグニアに、間髪置かずにナハトは接近し、瞬時に光剣_ナハトセイバーをブレスから現出させて居合斬りの要領でマグニアを一閃。

 

《ガッツストレート……!!》

 

__ゼアッ!!

 

マグニアの動きが止まる。

 

_スパッ! ドドォォ……

 

 

『片割れ、ナハトが撃破!!』

 

『残るは植物型のみ…だが……』

 

 

「やった!ナハトがやってくれた!!」

 

「いけっ!そのままあの木の怪獣を倒して、みんなを助けてくれ!!」

 

「自衛官として何も出来ない状況にあるのがもどかしいっす…」

 

「だがこれが現状だ。まだ俺たちにはここで戦闘の経過を見守る役目がある」

 

空のスパイク隊や、身動きの取れなくなっている地上のエリカ達から少なからず歓声が上がる。

数寸遅れて綺麗にマグニアの身体が上下に分かれた後、生命活動を停止したためか、切断された肉体はまるでミイラのように皺を作って萎んでいく。

無論、これで一件落着とはいかない。まだモスラとソリチュラが戦っている。

 

ピコンピコンピコンピコン………

 

《少し相手するのが長かったか…》

 

捕縛された際から蓄積していたダメージの量は決して少なくはなかったことを、点滅し出したライフゲージが物語っている。

しかし、見る限りモスラは劣勢のようだ。モスラの大きな羽根は所々穴が空いており、そこからは金色の粒子が溢れている。それは生命力を擦り減らしながら飛んでいるようにも見受けられる。どんな攻撃を受けたのかは分からないが、加勢しに行かなければならないだろう。

 

セアッ!

 

《残るはお前だ!》

 

モスラへ化合銀花粉を撒き散らして攻勢の勢いを削いでいたソリチュラの横からナハトが参戦。

 

ドシュッ!!

 

グアッ!?

 

だがソリチュラは対策を怠ってはいなかった。予め地中にトラップとして外敵対策に埋め込んでいた硬質化させた根_硬根と鋭利な緑蔦がナハトに牙を剥いたのだ。

ナハトの胴部と右腕を貫いた緑蔦と硬根はすぐに引き抜かれる。貫かれた箇所からは光の粒子が勢いよく放出される。

エリカ達の方からは悲鳴が上がった。

援護しようにも、現在戦闘可能な部隊であるスパイク隊は、ソリチュラが民間人を人質として捕縛している以上、下手に攻撃が出来ない。

 

「ナハトが!」

 

「ありゃあ、深傷だな…」

 

「このままだとモスラもナハトも…!」

 

 

「ナハト……負けないでくれ…」

 

まほから見ても、ナハトの様子は芳しくないことは一目瞭然であった。

現に、ソリチュラから蔦を鞭のようにしならせて叩きつけられており、アウトレンジからの一方的な攻撃を受けている。

自衛隊も動けず、モスラはいつの間にか羽ばたくことをやめて地上に降りていた。飛ぶための余力も残っていないのだろう。

 

しかし周りのエリカやマモル達の目には諦めの感情は宿っていない。彼らの勝利を信じているのだ。

ここで諦めても良い事は無いと誰もが知っている。

 

「私に出来ることは…あるのだろうか……」

 

ナハトが負けたらどうなる?

人質がいるとはいえ、恐らく自衛隊は切羽詰まり出せば攻撃を開始するだろう。しかしその時にはもうソリチュラにとっての最大の障壁は取り除かれており、純粋な人類対ソリチュラの戦いになるはずだ。

あの宇宙人が言ってたことが真実ならば、ここでソリチュラを倒すことが出来なかったら、人類に勝ち目は無く、どうすることもできなくなる。

 

グハッ!

 

ピコンピコンピコンピコン………

 

力無く動くモスラの下にナハトが吹き飛ばされた。

このままではまとめて串刺しにされて終わり…となってしまう。

 

「負けない…ナハトは負けない…」

 

「隊長…?」

 

「道を進み歩む者は、何人であっても、止められはしないのだから…」

 

自分が迷いから抜け出し、新しい道を見つけた矢先に、それが突然終わりを告げられるなど言われたら、ふざけるなと思う。そう強く思うのだ。

私が変わってこれからと言う時に、停滞を選び理由も無く孤独に怯える存在が邪魔をするなど、言語道断である。

 

_私の道を、閉ざさないで!_

 

まほの中で、眩しく、温かい光の塊が生まれ輝き出した。

当然周りの人間らも気付き始める。人が輝いているのだから。

エリカだけはその光景に見覚えがあった。ガンQとの戦いで、マジノの隊長_エクレールの時と同じであった。

 

「隊長、その光は…!」

 

「西住先輩から光が……!!」

 

「いったい何が起こってるんだ……」

 

「もう理解が追いつかん…」

 

「でも、安心できる光です…」

 

「まほさん……どうしたんですか…」

 

マモルの方にまほは振り返る。まほは朗らかな笑みでマモルやエリカ達に語り出す。

 

「なんなんだろうな…不思議な感覚だ…。そうか、あの時感じた暖かい太陽の光は…これだったのか…」

 

「まほさん、大丈夫なんですか!?」

 

「私は大丈夫だよ、マモル君。もう孤独は感じない。私は、私の道を見つけれたんだ。

今の私には、光が見えている。この先目指す方向を指す、光がたしかに、見えている…!」

 

そう、道は真っ直ぐじゃなくてもいい、ぐにゃぐにゃと、曲がりに曲がった道だって、凸凹な道だって、なんら間違いじゃない。

お前はどうだ、みほ。お前が今どこにいるのか分からない…けれど伝えたい。私は自分の道を見つけれたよ、と。

 

「諦めないでくれ!ウルトラマン!」

 

私はまだこの世界で生きたい。共に並んで歩んでくれる仲間がいるこの世界で。

 

まほが両手を空に掲げると、まほが纏っていた光が_心の太陽の輝きが、空へと昇り、それは二つに分かれてナハトとモスラに飛んでいく。

 

カァァアアアアーーーーッ!!

 

《これは…まほさんの、光…!!》

 

__なんと温かな光でしょうか…__

 

まほの心の太陽が、ナハトとモスラに力を与えた。

全快とまではいかないが、ハジメに勝ち筋を示すには十分なものであった。ナハトの姿が紅から灰色のスタンダードへと戻る。胸部の三色のラインがより一層輝いている。

ナハトはまだ光の粒子が流れ出ている右腕を押さえながらも、足に力を入れて立ち上がる。モスラの方も、上体を起こし戦う姿勢を見せる。

 

《……だけど、右腕が…。これだと…》

 

スペシウム光線や、ナハトスパークも撃てず、光剣ナハトセイバーやボウガンも満足に扱えないだろう。

 

ビュォオオオオオ!!

 

ハジメが躊躇していた時、背後から荒々しい突風が吹き始めた。

モスラが所々穴が空いてしまっている翅をなんとか羽ばたかせ、風を送り出しているからだ。それはまるでナハトの、ハジメの背中を押しているかのようである。

 

《何を…?》

 

__さあ!風に乗るのです!__

 

《風に…乗る…、風に…乗るんだ!!》

 

しかしハジメはモスラの言葉を抵抗無く不思議とすぐに受け入れられた。

ナハトは足の力を抜くと一瞬浮遊感を感じた後に、身体が浮き出し、自然とソリチュラの方へと真っ直ぐに蹴りの姿勢で運ばれていく。

 

荒々しい風と思っていたものの中にたしかな繊細さがあった。優しさと強さが両立してるように感じる。

ナハトは無事である左手の中に、二又の鉤爪のような形をした黒紫の三日月光輪を素早く生成。それを思い切り横に振り抜く。光刃は一瞬だけ、刀身が伸びる。

 

 

《三日月光輪・絶!!》

 

__ハアッ!

 

 

虹色の疾風に導かれたナハトがソリチュラの真横を飛び抜けすれ違った。

 

ソリチュラは断末魔の哀しげな慟哭を上げた後、切り裂かれた上半身が音もなく前のめりに倒れる。

モスラはソリチュラの核となる器官の位置を知っていたためか、倒れたソリチュラの上半身に額から放つ熱線_"クロスヒート・レーザー"を集中的に発射。命中したレーザーによってソリチュラの亡骸は青い炎を上げてメラメラと炎上した。

 

モスラはナハトへの感謝を伝えた後、大空へと羽ばたき飛び去った。その後ろをスクランブル発進して空域で待機していた空自の航空隊が追跡を始めている。しかし航続距離と速度の関係上、追跡は長く続かないだろう。

 

指令と動力を送る中枢部を断たれたため、ソリチュラが展開していた周囲の蔦や根が力無く倒れて萎びれていく。

ソリチュラの根元に捕らわれていた人質の人々も拘束していた根や蔦、マグニア寄生体が消えたことで目醒めたようだ。間もなく一番槍である航空自衛隊の航空救難団が駆けつけるはずだ。救助され精密検査を受けた後、日常に戻っていけるだろう。

彼らの今後は心配いらないと思われる。なぜなら彼らの瞳には生きようとする活力が満ち溢れていたからだ。それがまほの心の光のおかげか、モスラの存在があったからかは分からないが。それでも前に進むための心が宿っていた。

 

 

 

「よし…集結地点まであと少しです!」

 

「隊長、本当に大丈夫ですか…?」

 

「ああ、心配いらない。ありがとうエリカ」

 

「血は止まったか、ナギ?」

 

「心配は無用だぜ。この通りピンピンと_いてて…」

 

エリカ達はあの後無事に蔦の牢獄から脱出し、陸上自衛隊の駒門駐屯地から出動した、10式戦車と10式改を中核とする第1戦車大隊第3中隊、東日本にて最大規模を誇る特科隊_"第110特科大隊"の一部隊や特生自衛隊の戦闘偵察小隊、そして対NBC戦の専門集団である陸自化学科の第1特殊武器防護隊が集結している山麓の地点に到着し合流したところであった。

山間部の奥まで進入の出来ない機甲部隊を、マグニアの侵攻が止まらなかった場合にここで展開し迎え撃つ算段であったらしい。通信設備なども持ち込まれており、仮設テントなども立ち並んでいる。

 

 

【♪シーンBGM】『君の花』

 

 

「みんなのおかげで、私は変われたと思う。新しい道を、見つけて歩み出すことが出来た…ありがとう…」

 

「隊長……」

 

「私は私の道を走っていく。例え前が見えなくなっても、傍にいてくれる仲間がいるから、私はもう怖くない。

戻ったら、練習だな!一日捕まってたんだ、鈍ってるかもしれない。エリカ、自主練に付き合ってくれないか?」

 

「えっ!?あ、ハイ!!勿論です!!」

 

「良かった…まほさんが帰ってきてくれて…」

 

「マモル君。その、なんだ…あの時、抱擁してくれた時、とても安心した……かっこよかったぞ…///」

 

「うぇっ!? あ、あ、ありがとうございますぅ……」

 

「まあ……みんな無事なのは良かったけどよ、帰ったら説教が待ってるのか…憂鬱だ…」

 

エリカ達は除染手順に従って、検査を受けた後、何を言われることもなく帰宅を許された。さまざまな事情が重なったことで、口頭による注意を受ける程度で済んだエリカ達は学園艦に戻るための準備と、怪我の手当を受けていた。

ちなみに検査を真っ先に終えたハジメ(イルマ)は、現在仮設トイレに篭っている。

 

 

そんな黒森峰の生徒の様子を遠巻きに見ていた永井が伊丹に訊ねる。

 

「伊丹二尉」 

 

「ん、なんだ? 植物型に捕まってた民間人の救助はもう始まってるぞ?」

 

「……なぜ彼らは他の被害者と同様の病院での精密検査が免除されたんですか。本来なら様子見のための期間もあるはず…」

 

「身分確認が出来た時に、学園側に連絡入れたそうなんだけども…。向こうから言われたんだよ、内密にお願いします〜って。それと事実上の報道管制もな」

 

「は?それ、通したんですか?」

 

あまりに突飛な話に永井が顔をしかめて思わず伊丹を見てしまう。

 

「……ああ…文科省の一部、あそこのOGなんかも出てきてな、無理矢理通されたらしい。学園側はあの子…西住流の娘さんのお母さんに、昨日から娘さんが失踪してました〜、なんてことも伝えてなかったらしい。しかもそれに追加して同じ学園の戦車道履修生数人が特災に巻き込まれたと……ブランドに傷がつくことにビビったんだよ、黒森峰のセンセイ方は」

 

「………クズですね、そいつら」

 

「まあ、そう言ってやるな……。一番キツい立場にいるのはあの子らだ。

あの子たちは戦車道の強豪校の生徒…今回の件、誰にも話せないだろう。そんなこと喋っちゃったら、最悪大会の出場停止処分を食らう可能性が浮上してくる。やりたいことをやれなくなる期間があると、人間どうしても…こう、来るものがあるし、関係の無い人間を巻き込んだことへの罪悪感もドッと襲ってくる」

 

「………」

 

「何が悔しいかってさ、生徒達を守る側なはずの教師達が出した答え…あの生徒たちのためじゃなかったことなんだよな。学校のメンツ、ブランドを守るためにその答えを出した。生徒の、短い高校生活の中で経験できる熱い戦いが潰れてしまうからとかって理由じゃあなかった」

 

「僕、今大人になったことをすごく後悔してしまってます」

 

「…人生、理不尽な事象の連続だ。その中から一欠片ほどの楽しみを見つけてなんとか生きていく…そんなもんだ。

でも、あの子達は多分大丈夫だと思うぞ 俺は。だってさぁ、あんな恐ろしい経験したのに、目は死んでなかった、心も腐ってなかった。きっともう次のことへ目を向けてるからだな。強いよ、アイツら。」

 

「…僕はまだ言っていませんが、あの女子生徒のことは本当に報告しなくていいんですか?中野も律儀に黙ってくれてはいますけども」

 

「………永井三尉…だっけ?アンタもなんとなく分かってんじゃないのか?あの時のあったかい光がなんだったのかって」

 

ハジメがトイレから出たことを確認したエリカ達が彼を呼び、こちらに一礼してから学園艦に送り届けるために陸自から出された〈高機動車〉の中に乗り込んで発進する。

港へと向かって遠ざかっていく高機動車を見ながら伊丹はそう言ったのだ。その目はまるで保護者のように見える。

 

「………さて、と。仕事はまだ残ってるぞ〜、部署と所属の垣根を超えて永井三尉には手伝ってもらうからな」

 

「……やっぱ尊敬してたって話はナシで…」

 

日が傾きだした夕方。伊丹達を橙色の陽光が優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ワイアールめ、人間風情に出し抜かれるとはね。計画のユーモア性は評価できる。それに計画自体は悪くなかったよ……ククク………」

 

夕陽に照らされた森林の中を、タブレット状の端末を手で操りながら歩く赤い存在が、いた。

星間同盟地球先発隊隊長のヒッポリトだ。

 

「しかし、イレギュラー(ウルトラマン)への対応が杜撰だったな。計画を実行出来ても、完遂出来なければただの失敗で終わるのだ……やはり器を持つ者でなければ地球を手に入れることは難しい……。そうか私が適任か、フフフ、私が一番分かっている……分かっていたともさ…。

まだ様子見といこうか。駒は、ある。ソレらを使って全てのイレギュラーとそれに準ずる存在どもを100%駆除できる兵器を作るためにも…ククク、ははははは……!」

 

そう言うと彼は影を作り闇が広がりだした、森の奥へと、消えていった。

 

 

_____

 

 

茨城県つくば市 研究学園地区 

日本生類総合研究所 本部地下大型区画

 

 

生総研の地下区画は、チタン合金や複合カーボンなどの強固な金属装甲を全面に何重も張られ、守られている厳重な場所である。

区画上面に均等な距離で配列されている照明によって照らされているのは、慌ただしく動く研究員やツナギを着た作業員達、そしてそれらの中心に居座る巨大な人型の金属でできた骨組みである。

 

「ホンットにあの骨ホネロボットが自衛隊の切り札かよ?」

 

「40メートル級大型機動ロボット。WM-20 アドバンスですよ。それに、あの骨組みのまま出動はしません、一文字先輩」

 

「あのぉ、お二人はお知り合いっスか?」

 

区画上層の壁中にある一室に、機動ロボット_ゲッターロボ・アドバンスの建造風景を窓際に立って見ている三人の若い男達がいた。

彼らはそれぞれ、航空自衛隊、陸上自衛隊、特生自衛隊所属の隊員であり、その内の二人はガンQ戦で我々が見知っている顔ぶれだ。

ここ、生総研本部に赴くよう防衛省から急遽指令を受け、部屋にやってきたのは空自の一文字三佐、陸自の枢木三佐、そして彼らより一回りほど大柄な男_特自の神御蔵 伊織(カミクラ・イオリ)一曹である。

 

「お前、その帽子…特自か?」

 

「ハイッ!その通りっス!!」

 

「ここに呼ばれたのは…陸自の自分と、號さん、神御蔵君か…海自の人がいないのかな?」

 

「えっと、それは多分違うっス。自分、海自から特自に来てるんで一応、三自は揃ってるんじゃないっスかね?」

 

「ほぉ〜ん……んで、ここの俺ら三人はこのハリボテの見学にでも呼ばれたってことか?研修やらなんやらで」

 

「__ハリボテではない。ゲッターロボ・アドバンスじゃ」

 

一文字の言葉を否定したのは自衛官の二人ではなく、香月博士を連れて、いつの間にか部屋のドアを開けて入室していた早乙女博士であった。彼こそ、ゲッターロボ・アドバンスの生みの親であり開発責任者だ。

その顔は不機嫌なものでなく、むしろ集まっている三人を見て笑みを浮かべていた。

 

「ほう……たしかに骨のある奴らに見えるのぉ〜」

 

「オイオイ、じーさん!勿体ぶらずに何で呼び出したのか教えろよぉ!俺ぁさっきまでモスクワだかモスラだかのためにスクランブルして戻ってきたばっかなんだ!説明さっさとして帰らせろ、嫁さんが待ってんだ!!」

 

「ちょ、號さん!早乙女博士ですよ!ほら、よくワイドとかニュースで出てるじゃないですか!!神御蔵君も手伝って!」

 

「知るかこんなジジイ!!お前らぁ離せぇ!!」

 

「あ、あのぅ、俺も存じてないっス…」

 

「キミもかい!?」

 

荒ぶる一文字を押さえる枢木と神御蔵のやりとりを見て声を上げて笑う早乙女博士。

一つ大笑いが収まった後、早乙女博士は横に控えている香月博士から、一文字たち三人の名簿と資料を受け取り、それと彼らの顔を交互に見ながら呟く。

 

「ふむふむ、そこの猿みたいに五月蝿い小僧はやはりゲッター1適性のパイロットじゃの」

 

「はい。一文字號三等空佐です。オッドアイと敵性宇宙人との戦いでは、墜落した自身の機体を馬鹿力でこじ開け、自力で脱出しています。精神面も並以上に強靭であると、彼と同期である秋津二等空佐から強い推薦が…」

 

「ほぉ、あの噂の若造からか?」

 

「俺が猿でこの骨ホネロボのパイロットだあ!?おい、それに竜太からの推薦ってなんだ!?聞いてねえぞ!!」

 

「まあ落ち着けい、あとで説明する。…さてゲッター2の適性パイロットは…ふむ、お主か」

 

早乙女博士は追加資料を香月博士から受け取り、一通り目を通した後、今度は枢木の周りをグルグルと歩きつつ、ビシビシと叩きながら体つきを確かめている。少し勢いが強いらしく、枢木は若干顔を強ばらせていた。

 

「枢木朱雀三等陸佐…オッドアイ戦で、機甲部隊の指揮を執っていました。また、陸自内での対人戦闘術は群を抜いており、頭脳も明晰で成績優秀、防衛大を主席で卒業しています」

 

「いてて…人前で言われるとむず痒いですね…」

 

「首席卒業だったんスか!すごいっスよ枢木先輩!!」

 

「うむうむ!…そして、最後のゲッター3のパイロットは、この熊のように大きい若造だな。一番頼り甲斐のある図体をしとるわい」

 

枢木から離れ、最後の一人である神御蔵に早乙女博士は視線を移す。

 

「あ、ありがたいっス!!」

 

「おいクマ吉!そろそろ退けろ!!」

 

そんな一文字の声は届かず、香月博士は素知らぬ顔で淡々と最後のメンバーの説明をする。

 

「神御蔵伊織三等特曹…海上自衛隊の特殊部隊、特別警備隊(SBU)から異動し、その後すぐに特生自衛隊の対特殊生物強襲制圧隊(SACT)に入ってます。

そして初の実戦は姫神島ギャオス遭遇戦ですね。そこで素手でギャオスに殴りかかったと現場指揮官からの報告が……」

 

今のいままで眉ひとつ動かさずに説明していた香月博士の顔色も変わっていた。

 

「いやぁ、あの時は形振り構ってられなくって…」

 

「お前、トッキョーだったのか…ただただ馬鹿でかいだけのぺーぺーかと思ってたぜ…」

 

「気力と腕力は申し分ないようじゃの!期待しとるぞぉ!わははははは!!!」

 

胡散臭さよりも、熱血が多めに入っている早乙女博士。まるでスポ根漫画に出てくるような老師監督を絵に描いたような人物に一時的ながらもなっていた。

目の前の老人のイメージが著しく崩れた反動で比較的まともな人物である香月博士と枢木の二人はこのペースに置いていかれ気味である。

 

「……さて、なぜお主ら三人がゲッターのパイロットとして選ばれたか、じゃな。まずは現在まで化け物どもとの戦闘経験がある者をまとめた。そしてその中でも目の前で化け物どもと戦い生還した各自衛隊の隊員を選抜させてもらったぞ。

よいか、ゲッターは全方向に音速以上の速度で動くことの出来る超兵器じゃ。従来の戦闘機の比ではない、強烈なGに晒されるのだ。それに耐えられずに操縦桿も握れないのであれば話にならん!!

そして、何も巨大な化け物どもとの戦闘が全てではない!不測の事態も起こることもあるじゃろう。ゲッターから降りて生身で小型種と殺し合う地獄を味わう可能性もゼロではない!肉体が強靭で、それを限界近くまで扱える者は限られている。

精神面も同様じゃ。戦闘区域の内外問わず、いかなる局面や事象に対しても動揺せず、躊躇すことなく迅速に作戦を遂行する意思の強さ…友軍や市民、家族、知人の死を目の当たりにしたとしても、それによる精神的負担が掛かったとしても、戦い続けることの出来る強固なメンタルが必要なのだ。絶望的な戦場でも臆することなく突撃しなければならなくなることは必ずある!!

これらの条件を満たすに足ると、わしが選んだのが主らじゃ」

 

「「「………」」」

 

「一見、相性など微塵もないような組み合わせだとでも思っとるだろうが、それも折り込み済みじゃ。

正攻法で突き進む人間と、戦略・戦術を得意とする人間、それらの意見がぶつかり合った際に仲裁する人間……このサイクルが主らの能力をさらに引き上げるだろう。主らを選んだのはこれらが理由じゃよ」

 

「早乙女先生、ちょっと長いです」

 

「おお、わかっとるわかっとる。…さて、伝えるのが遅くなってしもうたのぉ。

……今日をもって、ゴウとスザクは特生自衛隊に異動ということになる。これは統幕からの命令でもある。あとで向こうからも連絡が来るはずじゃ。先に言わせてもらったぞ。

余談だが、主らの所属していた飛行隊と戦車隊もじきに特生自衛隊へと移るじゃろう。防衛省の人間らは化け物との戦いに参加した各方面の部隊を片っ端から編入しようとしているらしい。

お主らは明日からここで、"戦機隊"のゲッターロボのパイロットとして訓練を始めてもらう。戦機隊は自衛隊とワシら生総研の共同チームじゃ。よろしく頼むぞ」

 

ザッ!

 

「「「了解!!」」」

 

早乙女博士からの、所属する隊の変更の通達と激励の言葉を受け取った三人は、一糸乱れぬ敬礼を返し、それぞれが胸に抱いているものを今一度再確認して決意を新たにしたのだった。

 

 

 

 

 

カツカツカツ…

 

「青森の衛人を、シベリアに?」

 

「うむ、そうじゃ。友邦ロシアのシベリア・オホーツク統合基地に併設されているロシア支部欧州連合研究所に、ロシア連邦海軍の空母"アドミラル・クズネツォフ"によって移送される。こっちのハンガーはこの通りゲッターで手一杯。この情勢下で青森に今から施設を作ることも不可能に近い…。野ざらしは可哀想じゃろうし、何より危険じゃ。丸々50メートル級の機動兵器を安全に保管、研究出来る、信頼に足る区画を持つ近場の大規模施設がそこだったのじゃよ。安心せい、米国にも説明はしている。怪物の被害に遭っていないロシアが比較的安全だということに納得もしてくれた」

 

「そうですか…」

 

「現在の発掘作業が完了次第、発掘遺物群の一部と共に即輸送。七月中旬にはオホーツクで本格的な研究が開始されるじゃろう。そして、そこには日本代表として香月君らを派遣したいと思っている。これは実質的な日米露の三国による合同研究となる。頑張ってくれ」

 

「!、はい!」

 

____

 

東北地方太平洋沖 大洗女子学園艦 

集団寮

 

 

 

「みんな、飲み物どうぞ」

 

女子の集団寮、みほが住んでいる寮部屋に彼女以外の四人の女子が入っていた。その内の二人は、生徒会からの恐喝事案の際にみほと共にいた華と沙織だった。

 

「ぴぃ〜!」

 

「あぁ〜!かわいいよぉ、ピイ助ちゃん〜!」

 

「この子が、みほさんが飼ってるとおっしゃっていたカメさんですか?」

 

華がピイ助を手のひらに乗せてみほの方に向いてくる。華の手のひらでは、自分の話題であることに気づいていないのか、ピイ助が首を傾げている。

懐かしそうな目をしながら、みほはピイ助の小さな頭を指で撫でながら話をする。

 

「うん。大洗の海岸でボーっとしてたら、浜辺にピイ助と……この小石、いや勾玉かな…を拾ったのがはじまりで」

 

みほは首に掛けた対の勾玉を外して手に持って差し出し、全員に見えるようにする。その勾玉の美しさに感嘆したのか、周りからは気の抜けた声が聞こえる。

 

「おお…綺麗な勾玉だな…これと一緒にカメのピイ助を拾ったと…これは、新聞で見たことがあるぞ。たしか_」

 

「全国の、海岸地域に住んでいた児童が同時多発的に集団行動を取った、"海の勾玉"事件ですね!!」

 

「へ、へぇ〜、もうそんな名前になってるんだ」

 

「陸自の化学科部隊と生総研が動いたことで有名です!ガメラとの交信が出来る勾玉であるなんて騒いでましたし、何よりそれを生総研が認めましたからね!もしかして、西住殿のその勾玉も似た物なのですか!?」

 

気怠げそうに座椅子に座っている紺色ロングヘアーの小柄な少女が冷泉麻子。先ほどから興奮気味に早口で説明している、活発な印象を与える少女が秋山優花里である。

彼女らは、最近復活した大洗女子学園の戦車道履修生だ。ここにいるメンバーは、先日サルベージされた戦車の一つである〈IV号戦車D型 〉___Aチームの乗組員という集まりということなのだ。今日はその帰りにみほの部屋に寄ろう、ということになったらしい。

 

「………うん、信じてもらえなくてもいいんだけど、私の持ってるこの勾玉も、ガメラと話せるんだ…」

 

「本当でありますか!? すごいでありますよ西住殿!高校生の例は初めてかもしれません! しかも、勾玉と一緒に流れ着いたピイ助殿も、もしかしたらガメラに関係が…!!」

 

「ゆかりん ちょっと食いつき過ぎだよ!」

 

「あぅ…申し訳ありません…」

 

沙織に咎められた優花里はしゅんとしてしまう。側から見たらそれは飼い主に叱責された飼い犬のようである。

そのやり取りにみほはあまり気にしないでほしい、と言って気遣う素振りを見せる。みほの大らかな性格が垣間見えた瞬間でもあった。

 

「ううん。大丈夫だよ、優花里さん。話をしっかり聞いてくれてとても嬉しいよ。…でも、出来れば、ここにいるみんなだけの秘密にしてほしいかな…?」

 

「もちろんだよ みぽりん!」

「分かりました西住さん」

「了解した……」

「承知致しました!!」

 

「みんな…ありがとう」

 

「…てことは、ピイ助ちゃんはガメラの知り合いとか、そんな感じなの?」

 

「多分、そうなのかなって思ってる。だってもう飛んじゃったし、口から火も吐いちゃったし……ほらおいで、ピイ助」

 

「と、飛んだって…?」

「火を吐いたって…?」

 

「ピィ〜♪」

 

みほがピイ助に呼びかけると、ピイ助は一つ鳴いてから、みほの周りをグルリと一周回った。無論手のひらから降りて床を歩いてではなく、手足を発光させながらホバリングし、空中を推進して、である。そしてみほの手の上に戻り着地するなり、挨拶なのか、マッチの火ほどの炎を口から吐いて見せた。

当たり前のように飛び、炎を吹いたピイ助と、それを見守るみほを見て一同は驚愕した顔で声を上げる。もう時刻は18時を周っており辺りが暗くなってきた頃であるのだが、それを気にしてはいられなかった。

 

「「「ええっ!?」」」

 

「…ピイ助がガメラと家族かもしれないってこと…も」

 

「まさか、本当にガメラとの繋がりが………たしかにこれは表沙汰にしたらかなり危ないですね…」

「……ニュースで怪獣を研究してたらしいヨーロッパの研究所が自爆テロで被害に遭ったとか言ってたしな」

「西住さん、このことは口外は絶対にしません。安心してください」

「みぽりんと私たちは友達だから!」

 

「ありがとう……!」

 

「ぴぃ?」

 

ピイ助の間の抜けた鳴き声を聞いたメンバー達から、自然と笑みがこぼれた。今、この空間の雰囲気と言うものは、朗らかなものであるだろう。

 

「……ふと思ったのですが、もしそのピイ助さんが、ガメラさんと同じ生き物だとすると、成長して巨大化……もしかするとみほさんのお家で生活できなくなるのでは?」

 

「あ、たしかに…そうだね…」

 

「だいじょぶだって華〜!そんなすぐにでっかくならないって!こんな可愛い子が、すぐあんなに大きくなるわけないじゃん!!」

「常識が通じない存在のことを怪獣…特殊生物と定義すると政府の方々も言っていたような…」

「……でもまあ、たった数日であそこまで大きくならんだろう…なあ、そうだろカメ助?」

 

「ぴぃ〜!」

 

新たな地で、新たな友を見つけた少女は前進する。

 

次は新たな道を見つけるために進むのだろうか。

 

新しい、自分だけの道を見つけれた、姉のように。

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

おまけ 『蛙の子は蛙』

 

 

 

 

 

 

チームメンバーとみほが寮部屋で談話に興じた次の日の朝のこと。

みほは数日間で一番早い時刻に起床していた。ベッドから跳ね起きたと付け足した方が正しいかもしれない。落ち着いた朝ではなかった。

 

「うそ……ピイ助、なんで大きくなってるのぉ…ふぇぇ……」

 

みほは起きる前後でいつもとは違う違和感に襲われ、睡眠から意識を取り返してからベッド周辺の状況を確認した時に気づいたのだ。

気づきことに成功したその違和感とは、枕が異様に固く、感触がおかしかったことである。違和感の真の正体…それは枕ではなく、成長したリクガメ大のピイ助の甲羅だったのだ。

 

「え、ええっと…とにかく沙織さん達に電話して…ちょっと待っててねピイ助!連絡取れたらすぐにお腹ひっくり返して戻してあげるからね!だからもがかかないで!」

 

たった一晩、寝て起きたら小さな同居人が、立派に成長していたら驚くのは当然だ。図らずも、昨日友人達が交わした盛大なフラグが見事に回収された。

この後、みほからの連絡を受けてすっ飛んできたAチーム各人がそれぞれ違った反応を見せるのだが、その中でも沙織の驚き様は凄まじく、朝から腰を抜かすということだけ、記述しておく。

 

「どうしようどうしよう……どうしよう!?」

 

 

ウワァアアアアーーーーン!!

 

 

 




どうもです。プロトスタークジェガンのガチャを40連引いてクマサンのLv1.2.3を揃えて爆死した逃げるレッドです。
以前の設定紹介の通り、日米露はこの世界だと融和路線で繋がっています。そして、ゲッターのパイロットもこれで決まりました。どの人物も原作ではかなり強い人間だったもので、この人選です。
これからもよろしくお願いします。

________

 次回
 予告

星間同盟による惑星生物同化シナリオを失敗させることに成功したハジメ達。学校側からの注意や指導があったものの、間もなく始まる七月の夏季全国高校戦車道大会前最後の調整に入ろうとしていた。
黒森峰がアンツィオ高校との練習試合に臨むべく、再指定された寄港場所である清水港へ向かう一方で、世界に出現する怪獣は人類の予測以上の動きを見せ出した!

次回!ウルトラマンナハト、
【安寧は遠く】!


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第26夜 【安寧は遠く】

巨大蝦怪獣 エビラ、
軟体怪獣 ゲゾラ、ダガール、
大蟹怪獣 ガンザ、ガニメ、
破壊獣 ギガントツリー、
破壊獣 ファルクスヴェールⅡ、登場。


オセアニア ニュージーランド 

南太平洋沖 レッチ島・セルジオ島水路

 

 

 

 

 

ギシャァァアアアーーーッ!!

 

ギュォオオオオオ!!!

 

 

豪州連合加盟国_ニュージーランドの領有する、貿易中継拠点として使われているレッチ島、セルジオ島間の東西に開通している水路を通り、咆哮を上げて西へと進撃するは、突如南太平洋海底から出現した_巨大なエビ型の怪獣エビラと軟体動物のイカとタコを思わせるゲゾラ、ダガールの三匹であった。

三匹の正体は、異常磁場によって突然変異、凶暴化した甲殻類と、ワームホールによってそれぞれの異世界からやってきた巨大水生生物たちだ。

 

「水路はもう無人だな?」

 

「はい。事前避難は完了しています」

 

「化け物どもに、地獄の鉄槌を下す時がやってきたな。航空隊に通信!」

 

欧州のベルリン、日本の福岡に次ぐ規模の大型特殊生物群の来襲である。しかし、豪州連合軍司令部に焦りの色は見えなかった。寧ろ余裕の表情だった。

 

 

 

 

ゴォォオオオオオオオオオ!!!

 

大空に爆音を轟かせながら、海洋特殊生物撃滅のために音速で飛び向かっているのは、〈F/A-18E スーパーホーネット〉戦闘攻撃機の一個飛行大隊36機だ。

全てのホーネットの機体下部ハードポイントには、形状がやや特殊な大型誘導弾が四発抱えられている。

 

『バベルチームへ通達。"ハープーンN2弾頭弾(AGM-84S)"の使用を許可する。』

 

「司令部よりN2弾頭弾、使用制限の解除を確認! 作戦開始だ、ヤツらを丸焼きに仕上げろ!!」

 

『『『了解!!』』』

 

豪州連合軍が余裕の態度を取っているのは、これの存在があったためである。N2弾の初投入であったトモス島爆撃作戦にて、その成果を見せつけるのに成功した彼らは、特殊生物出現前から着手していたN2弾の多用途化をさらに推し進めた。

 

「モンティナ・マックス少将の第1艦隊のN2ミサイル攻撃と合わせる。攻撃目標の重複に注意せよ」

 

そして今回、N2弾頭搭載型の対艦ミサイル配備が間に合ったことで、本実戦に使用されるに至る。

オーストラリア国防海軍、第1艦隊のイージス艦群と、第1艦隊旗艦___新型原子力航空母艦〈グレートサンディー〉所属である、ホーネット飛行大隊___バベル隊に装備させていた、N2弾頭搭載のミサイルが遂に飛翔する時がやってきた。

 

「…………発射っ!!」

 

バシュッ! ババシュ!! ___シュゴォオオオオオーーー!!

 

バベル隊のホーネット各機から業火を解き放つ光槍が放たれた。そこに、海面ギリギリの超低空から、遥か後方の第1艦隊が発射しただろうハープーンN2弾頭弾が、バベル隊を追い抜いていった。

核に通ずる威力を持った破壊兵器による波状攻撃が始まった。

 

 

しかし、それは呆気なくすぐに終わることになる。

 

 

ギュォオオオオ……!!!!

 

ギ、ギシャァ___

 

 

エビラ、ゲゾラ、ダガール、三体の怪獣へと殺到する白い尾。

 

連続した閃光と明色の強大な火球。

 

しばし遅れて鼓膜を揺さぶる轟音。体の芯にまで響いてくる振動。

 

巨大な存在を包み込むように広がる無数の黒いキノコ雲。

 

整備が行き届いていた水路の変わり果てた姿。

 

黒煙の中から姿を現した、海面に大きな水飛沫を上げて倒れ込む無惨な怪物とソレを構成していた残骸。

 

初撃で沈黙し、高熱に耐えられず最期の時を迎え生体機能を喪失しただろう物言わぬ怪物の死骸。

 

圧倒的な火力によって嬲られ、傷だらけ、穴だらけになった身体を弱々しく動かし続けることしか出来なくなった怪物。

 

『さすが少将だ、タイミングはドンピシャだったぞ』

 

『ざまあみろ化け物どもめ!!』

 

『残りの武装もすべて使え。徹底的に潰せ。情けは無用、殲滅せよ!』

 

 

ズドドドドドド!!

 

 

 

 

「B-57戦略爆撃隊に帰投するよう通達せよ。高高度からの第二次攻撃は不要だ。クククク…やはりN2はオセアニアを救う切り札足り得るものだったな。どうだね、ムスカ君?素晴らしいだろう、我が国の科学技術の結晶は…人類の新たな叡智の炎は」

 

「頼もしい……と感じております。しかしその反面、恐怖も少しばかり感じておりますが…」

 

南太平洋で勃発した戦闘の様子を、偵察機から送られてくる中継映像を観てほくそ笑んでいる男が一人と、その横に立ち口元を少し緩めているだけの男が一人。

彼らは、ニュージーランドよりも西、オーストラリア連邦のキャンベラに位置する豪州連合本部の一角にある連合軍司令室にいる将官達だ。一人は前連合空軍参謀長・大将であった人物、バスク・オム元帥である。現在はオペレーション・メギド発動後行われた大規模人事異動(処分)により、連合軍総司令という立ち位置にまで上り詰めていた。

これも彼の計画の内である。そしてその横に控えているのは、国家諜報組織である"豪州連合特務情報機関"の長官___ムスカ・ブルースカイ大佐だ。ムスカ大佐はバスク元帥の右腕的な存在であり、現在は豪州連合へ混乱をもたらすテロリスト、犯罪者、民間人摘発の指揮を執っている人物でもある。

 

「ほう…?圧倒的な火力を完全に統制できている我が連合軍がいるにも関わらず、恐怖を覚えると?」

 

「今後、未知の脅威による、N2及び弾頭の奪取、強奪、破壊によるコントロール不能の状況が発生することも考えられます。あらゆる物事に絶対はありません。我々の制御から離れた兵器がこちらに向けられるのは…」

 

「ハッハッハッ!!ムスカ君、キミは少し並みの人間よりも心配性のようだ。キミのようなトップの人間が臆病風に吹かれたら、下に就く者達はどうなる? 大丈夫だ。余計な憂いは必要ないぞ。

……話はここで一旦切る。例の欧州のモノは、どうなっている?」

 

「現在、メルボルンの兵器開発局で解析中であります。未だに信じられません…あのような技術、なぜ日本は開発を見送ったのか……」

 

「欧米型の自由主義国家は、使用する兵器に対して、倫理的な問題を視野に入れるため、欠点を多く抱えることになる。彼らはそれを防ぐことができず、無視もできない。自然環境や都市、民間人への多少の被害を躊躇うような人間が多くいれば、当然それらの兵器は使われることはない。要はそういうことだよ」

 

「……また、カナダ・インド経由で米露の人型機動兵器の機密情報も断片的ではありますが、入手することに成功しました。これらを元にして、開発局は豪州連合産の人型機動兵器開発に乗り出すことが出来ました」

 

「おお!それはそれは良い知らせだ! いいぞぉ、風は我がオセアニアに吹き続けている。引き続きそちらの方も進めたまえ。

この神聖な国土を奴らに汚されてはならないのだ。多少の被害と犠牲を払ってでも守り抜く…それが我々軍人の本分よ…。ニュージーランド政府にはあとで災害支援を行う旨と、水路の復旧活動を全面的にバックアップすることを伝えておきたまえ。あのトモス島に続く復興政策だとな」

 

「はっ!!」

 

一連のやり取りが終わる頃には、凄まじい生命力で最後まで触手を振り回して抵抗していたゲゾラが海上に倒れ、沈黙した。これで三体の海洋性大型特殊生物は豪州連合空海軍によって完全に殲滅された。

既に黒煙が漂う破壊し尽くされた水路と、その中に力無く浮かんでいる大型特殊生物の死骸の上空には哨戒ヘリや早期警戒機が飛んでいることが確認できる。

 

「これほどの短時間で、大型特殊生物群を撃滅できる豪州連合は、過去の貧弱な国際組織ではない!新たな世界のリーダーとして君臨するに足る存在なのだ!! ウルトラマンなどという異星人と、益獣どもの力を借りてやっと特殊生物を駆逐できる先進国など、ものの数ではない!!

……行く行くは、それらの不穏分子もすべて抹殺しなければな」

 

出現から約二時間も経たずして、大型特殊生物三体を撃滅した豪州連合は、より一層、軍拡を推し進める。それは過剰とも言える動きであった。まるで…世界の国々を相手取るかのような、そういったものにも見える。

各国は新型特殊爆弾の使用を躊躇わずに大量投入した、今回の件をそれぞれが重く受け止め、警戒を強めるのだった。

 

 

"団結"とは、大きく分けて二つある。

内なる団結か、

外なる団結か、である。

 

 

_________

 

東アジア 中華人民共和国 山東省

山東半島沖 黄海

 

 

 

『海蛇1より通達。甲殻類型特殊生物群の撃退成功を確認。繰り返す、成功を確認。』

 

黄海上空を飛んでいるのは中国人民解放海軍所属の〈Z-9〉哨戒ヘリである。ヘリのパイロットらは眼下に広がる海の光景を報告していた。

 

『了解した。引き続き上空監視を続行せよ。』

 

『了解。監視を続ける。』

 

バタバタバタバタバタ…!

 

中国首都圏と各地沿岸部を繋ぐシーレーンとして重要である海域___黄海は、普段通りならば海上にはタンカーや輸送船、学園艦などが航行しているはずなのだが、その姿は一切見えない。

その代わりに、黄海には中国人民解放海軍の三大艦隊の一つ、中国東北部沿岸と黄海の防衛の任に就いている___北海艦隊が展開しており、旅順港の向かいにある山東半島の南海岸部と海面付近にはおびただしい数の赤色の巨大甲殻類の死骸が浮いていたり、海岸に打ち上がっていた。それらから流れる体液によって、付近の海面や砂浜は緑色に変色している。

 

 

 

「我が艦隊初の実戦が、特殊生物相手となりましたか…」

 

「日本のいぶき騒動でのいざこざという擬似実戦を含めればこれで二回目だ。…日本の自衛隊と接触したのは航空隊のみだったがな」

 

「いやはや……しかし、黄海最奥まで侵攻する前に叩けたのが功を奏しましたな…さらには艦隊の損害はゼロ、これは誇るべきものでしょう」

 

「海上だけでなく海中に原潜を展開させ封鎖させたからだ。彼らの働きが大きかったよ。無論、フリゲートやミサイル艇による撹乱も上手くいった点もあるが」

 

上のような会話をしているのは、中国海軍北海艦隊旗艦にして中国海軍の最大艦船_航空母艦〈広東〉の艦橋内にいる艦長と艦隊司令、劉長龍(リォウ・チャンロン)大校だ。

 

「漁船団の失踪が前兆だったことに気づいても良かったな……。たしかにあれほどの数を、ただの災害による事故として片付けるのはいささか問題だった。」

 

山東半島南側の沿岸部に現出した特殊生物群の死骸は、豪州連合に出現したエビラに酷似した甲殻類___カニ・ザリガニ型の特殊生物、体長4、5〜40メートル弱ほどのガニメ・ガンザの師団規模に相当する群れのなれ果てであった。

中国軍が、豪州の海洋性特殊生物群の出現に合わせるかのように黄海南方海域に出現し北進を始めたガニメ、ガンザの小型、中型の群れを偵察衛星を介して発見したことで事態が判明し、海警局と人民海軍の北海艦隊によりそれら全てを駆除した…というのがことの次第である。

 

「司令、一時間後には官民合同で黄海のクリーンアップ作業に入るとのことです。」

 

「我が艦隊からも哨戒艇と掃海艇群を派遣すると伝えろ。彼らの直掩として航空隊の再出撃も許可する」

 

「ハッ!わかりました!!」

 

「劉大校、私は今回の特殊生物の侵攻、何らかの前哨戦であると思えてなりません…。これらの個体は子供で、これの親が___大型個体が今も黄海に潜伏していると…」

 

「奇遇だな艦長。残念ながら私もそう思う。近いうちに黄海一帯をしらみ潰しに捜索することになるだろう」

 

慌ただしく艦橋内の人員が動く中で、劉大校はひとり、青い海を見る。ここではないどこかの、遥か遠くを覗くように。

 

「この時世でさえ、上の委員会の役人どもは諸外国との関係を改善しようとしない……。

上海会戦で尊い兵士たちの命を散らせたにも関わらず、今度はインドに手を出そうとしている。なぜ末端の士官達でさえ感じはじめている違和感から目を背け続けるのだ…?

いぶきよ、我々海の人間が目指すべき"ペガソスの海"はまだまだ遥か彼方にあるらしい…」

 

 

 

____

 

北米 カナダ マニトバ州チャーチル

ハドソン湾沿岸部

 

 

 

 

ザシュッ!! ドシュッドドッ!

 

ボォオオオオオ!!!

 

グオオオオオオオ!!

 

ザンッッ!

 

ズズゥン!!

 

近年続く地球規模の異常気象により、現在ハドソン湾は現在は砕氷船による航路の開拓なくしては満足に湾内を移動することができないほどの凍結状態にあった。

そんなハドソン湾に流れるチャーチル川下流の真ん中で、巨大な異形の怪物二体が争っている。

 

グォオオオ!!グォアアアーーーッ!!!!

 

怪物のうちの一体は、以前欧州六月災厄でベルギーに出現した特殊生物ファルクスヴェールの同種であると思われる、黒色の大型種___ファルクスヴェールⅡだ。

そしてソレと肉弾戦を繰り広げているのは、目や鼻といった組織が見当たらないが、大きな口を持つ樹木のような化け物___ギガントツリーだ。日本に出現したソリチュラとは違い、緑葉や花弁は生えておらず、二足歩行で大地を踏み締めており、その姿は歩く口だけ人面樹と言ったところか。その濛々たる両腕は無数の鋭い棘で覆われており、振り回して相手に打撃を繰り出すだけで深刻なダメージを与えられると予測できる。

この二体も、やはりワームホールによって別世界からやってきたのだろう。

 

二体の怪物が振り回した攻撃の余波によって発生する見えない斬撃や衝撃波の影響で、両岸の土手に生えている樹齢数十年から百数年ほどだろう背丈の針葉樹を軒並み倒していく。

そしてそれらの動きをじっと海岸線道路から静かに注視しているのは、44口径120mmの砲身を向け、ずらりと並ぶ何十輌もの〈レオパルト2A4〉・〈M1 エイブラムス〉主力戦車と、カナダ軍がアメリカ合衆国から試験的に導入した数輌の〈M2A4 ギガンテス〉自走レールガンで構成されたカナダ陸軍大西洋地域軍全部隊からありったけかき集めて編成した機甲部隊だ。 

そしてその上空にはウェニペグ空軍基地から飛び立ちやってきた、カナダ空軍所属である数十機の爆装済みの汎用戦闘機〈CF-18A ホーネット〉が飛行している。

 

「第1、第3野戦砲兵連隊を含めた統合任務部隊、配置に着きました。これですべての火砲の有効射程範囲内です。空軍も攻撃命令を待っています。いつでもどうぞ」

 

「攻撃は今暫く待て。奴らの動向を静観する」

 

「いいのですか?」

 

「奴らは互いを敵と認識し、争っている。どちらかが絶命し、残った虫の息となっている方に集中火力を浴びせて撃破する。いくら避難の完了している地区であっても、下手に刺激させ、周辺被害や部隊に損害が発生したら目も当てられん」

 

チャーチル市街地内に位置する戦車道用運動場には前線司令部の仮設施設としていくつものテントが張られ、高機動装甲車や〈クーガー装甲車〉、輸送トラックに〈ピラニアⅡ装輪式装甲兵員輸送車〉などが停車している。時折連絡要員と思われる隊員がテントとテントを行ったり来たりしているのが分かる。

その司令部用のテントの一つ、指揮官らが在席しているテントの中では攻撃開始のタイミングを図っていた。

 

ボォオオオオオオォ!!!!

 

ザシュッ!!__ドドォン!

 

「…! 後方での観測に従事していた観測機ベル5、ファルクスヴェールによるものと思われる衝撃波によって撃墜されました!!」

 

「……ベル4をベル5が担当していた空域に回せ」

 

「こちらに意識を向けていないだろう今がチャンスだと思います。アレが欧州に現れた大型種と同種かつ同等以上ならば、現在海岸部に配置している陸上戦力と航空戦力では致命傷を与えられません……レールガンも効果は薄いはずです。それにもう片方は完全な新型……何をしてくるか……」

 

「ハドソン湾湾外に展開している海軍にも援護をしてもらう。対艦、対地ミサイルの直撃を何発も喰らえば大型種でも撃破できるはずだ……!」

 

どこにそんな根拠があるのか、その場居合せた士官には分からなかった。しかし、指揮官達のその考えは慢心から来てるものではないことは明白であった。

恐らく、それらは理想的なもの…簡単に言えば祈りに近いものなのだろう。なぜなら現在集結させた戦力で太刀打ちできなければ、カナダはそれで終わりだからである。国軍がやられれば、その国には怪獣を撃退する力が無いことを世界に発信することにもなるからだ。  

 

「植物型が残った場合は最悪、辺り一帯をナパームで焼くか…」

 

「しかしあのツンドラモンスターが既存の樹木構造ではない可能性が高い…。

ヨーロッパ連合陸軍機甲部隊の損失のおよそ六割がファルクスヴェール中型種の腕鎌による切断であったと聞く。つまり中型種でさえ戦車の複合装甲を容易く両断する威力を持っていると言うことだ…!」

 

「それがどうし___」

 

「大型種はそれ以上の物を有しているはず…しかしソレの攻撃を何度もあのモンスターは受けているが、映像を見てみろ、健在だっ!!分かるか!?

金属や他の特殊生物の表皮さえいとも簡単に刻んだ鎌の攻撃を受けても、猫の引っ掻き傷ほどのかわいいものしか付いていないのだ!!アレを少し硬いぐらいの木材と一緒にするのは間違いだ!!ナパームごとき、効くはずがない!!」

 

「落ち着け少佐!」

 

「他の者たちも最悪の想定をしておいてほしい!仮に片方が死亡したとしても、生き残ったもう片方に対してアメリカに支援を要請し、戦術核を使用する可能性があることを!いや、核でも生温いかもしれん…!」

 

「……たしかに少佐の意見も最もだ。だが先程、大佐が言っていたように我が軍は現在の戦闘に介入はせず、機を伺う…」

 

「…っ、…分かりました」

 

それは貶されることではない。怪獣は常軌を逸した天災である。ただ、次にまた…次があったらであるが、怪獣が現れた際に一国ではどうしようもできないという意味であり、単に現れ所が悪ければ国が滅びる、それだけである。

 

「なんにせよ、我々はあとで起こる事象を危惧することではなく、今起こっている事象と対面することが仕事だ。何もしないわけではない、そこは留意してほしい」

 

「司令、ではどうしますか? 爆撃隊の増派要請を?

米州機構に救援を出しますか?」

 

「要請はもう出していい。最悪ここでの戦闘に負けた場合、我が軍の保有する半分以上の機甲戦力と、三割の航空部隊は損失する…。そうなれば治安維持、国土防衛どころの話ではなくなる。」

 

「なぜファルクスヴェールは単体で動いてるのでしょうか?」

 

「奴はワームホールから現れたと予測されている。今回は偶然大型のみが___」

 

 

ボォアアアアアーーーーッ!!

 

ズガアアッ!!

 

ドドォオオオオオーー!!

 

 

「な、なんだ!?」

 

「状況を報告せよ!!」

 

チャーチル市街地全体が巨大な揺れに襲われた。突然の出来事に驚いた指揮官たちはテントから勢いよく飛び出した。

先程の振動によって外に停車していた戦闘車輌が複数台横転しており、下敷きになってしまっている者も見える。

振動を起こした主たちと思われる、二体の怪獣がいる方向に彼らは目を向ける。

 

ザシュッ! ザクッ!! ザシュ!シュバ!!

 

グゥウオオオオオオオオオ!!!

 

目線の先には、仰向けに倒されハドソン湾に前半身を沈めたギガントツリーと、それに跨りマウントを取ってひたすら斬撃を与えるファルクスヴェールⅡの姿があった。どうやら先程の揺れはギガントツリーが転倒したことによるものだったらしい。

 

「湾内に移ったか…機甲部隊を後退させろ!まだ攻撃はするな!! 航空部隊にも空中待機と伝えろ!!」

 

「わ、分かりました!」

 

二体の怪獣の戦闘を見ていると、ギガントツリーの様子がおかしいことに気づく。

 

「…もがいている…?」

 

「冷水……いや、海水に弱いのでしょうか?なんとか退かそうとしているようですが、力が足りないようですね」

 

「見てみろ!ツンドラモンスターの胴体に裂傷が!」

 

見ればギガントツリーの上半身は、ファルクスヴェールⅡの刺突や斬撃による深い傷溝が目立ちはじめていた。水温が氷点下を下回っているハドソン湾の海水が、ギガントツリーが海面に押しつけられる度に傷口に入っていく。海水が傷口の表面部に触れるとジュウジュウと音を上げ蒸発。大量の水蒸気が空気中に広がる。

どうやらギガントツリーの体内温度は超高温らしい。水分が大気に戻り、体表に残った海塩さえも融解してドロドロに滴っている有様だ。それがさらにダメージを与える要因となっている。

 

「やはりファルクスヴェール大型種の鎌の強度は脅威だ…。恐らくはあの無数の傷口から弱点であろう海水か冷水が入り込んだから、あのようにもがいて起きようとしているのか」

 

「これで我々の相手はファルクスヴェール…ですか」

 

「人類が一度戦っている相手になれば儲けものだが、まだ分からんぞ…」

 

だが二体の怪獣による湾内での戦いは、すぐに終わりを迎えることとなる。

まず先に動いたのはファルクスヴェールⅡであった。ギガントツリーの強固な表皮を削り、斬り、ついに内部の生命維持器官がある箇所までその凶刃は到達しかけていた。そしてトドメと言わんばかりに両腕の鎌を重ねて振り下ろしたのだ。

 

ザクッ!!

 

予想していたよりも聞き覚えのある音に近いものが辺りに響いた。それはギガントツリーの重要器官を的確に仕留めたことを意味するものでもある。

 

グォ…ォオォォ………!

 

油の切れたブリキ人形のような弱々しい動作が目立つギガントツリーを見て、ファルクスヴェールⅡは勝ち誇ったかのように雄叫びを上げた。

 

ボォオオオオオオォォオォオオオオ!!!!!

 

ビリビリと耳をつんざくような、心臓にまで叩き響いてくる咆哮が数秒続く。まだまだ叫び続け、こちら側の鼓膜との耐久勝負になると彼らカナダ軍が覚悟した矢先_

 

………グォオアッ!!!

 

ブゥン!!!___ドチュッ!!!

 

スライム若しくはゼリー状の塊を潰したような、小気味の良い音が聞こえた。すると先ほどまでハドソン湾に響いていた咆哮がぷっつりと止んだのだ。

カナダ軍の兵士達は目一杯塞ぎ閉じていた、耳から手を離し、目をゆっくりと開け、目の前に広がる光景への処理を始める。

 

ボォ…ボォォァ……ガフッ!!

 

何かが潰れたような音の正体は、残っていた力を振り絞って繰り出されたギガントツリーの一撃であった。

つい数分前までは圧倒的不利な状況下にあったギガントツリーは自身の持つ高すぎる闘争本能によるものか、最後の最後で凶器そのものである右腕を全力でファルクスヴェールⅡの頭部側面に叩き込んだのだ。

腕部に生えた幾本の鋭棘が、ファルクスヴェールⅡの頭部に深く突き刺さっている。ギガントツリー最期の一撃は、ファルクスヴェールⅡの頭部内を滅茶苦茶に破壊し、絶命に追い込むのに十分な役割を果たした。

ファルクスヴェールⅡが力無く右に倒れ、水柱が空高く上がる。それを見届けた後にギガントツリーの右腕もダランと落ちる。

 

 

ズザッパァアーーーーン!!

 

 

カナダ軍の不戦勝である。

 

「両個体、沈黙しました……」

 

「勝った…のか?」

 

「新たに偵察機並びにヘリを出せ!本当に生命活動を停止させたのか確認するんだ!!」

 

「いや、これは勝ちではない。しかも我々は、土俵にすら立っていなかった。…ただの観客だったよ」

 

市街地に仮設されたヘリポートから、汎用ヘリや偵察ヘリが続々と離陸し、現場へと向かい出していた。

 

「そうだ。我々の勝ちではない。我々が直接手を下し、撃破に成功したわけではないのだ。今回は偶然、奴らが敵同士であり、それで潰し合い共倒れしたにすぎん…」

 

「脅威が消えたことを、素直に喜べんな…」

 

「あの二体のサンプルを研究に回し、どれだけ今後の対応が測れるか……」

 

現有戦力での特殊生物への対応能力不足のために、素直に敵性特殊生物の戦闘終結は喜べなかった。

今回の戦闘と、豪州連合による特殊生物群撃滅の一件により焦ったカナダ軍は、カナダ政府に対して軍備拡充計画案を提出。予算及び組織の規模拡大を可決するよう強く要求したのだった。

 

 

自らの身を守れるほどの頑丈で強固な盾を持ち、それを扱う者には、その頼もしい盾に自身が押し潰される可能性も内在している……。

 

 

 

 

 

 

____

 

 

東ア\\\ア 日\\\\\\関\\\地方 \\\\\\府\\\\\\市

 

 

 

 

ダタタタタタッ! ダタタタタタッ!

 

「下がれ!下がるんだ!!」

 

「コブラはどうした!?なぜ増援が来ない!?」

 

「京都に現れたトール(タイプ)に全機投入したらしい!出撃したヘリは目玉野郎に全てお陀仏にされたとのことだ!」

 

「畜生!"臨界戦"で負け続けかよ!!(デン)の隔離は完全とか言ってなかったか!?」

 

黒づくめの戦闘服を見に纏った男達が〈89式突撃小銃〉を構え銃口を向けている相手はヒトではなかった。

彼らは自衛隊ではないようである。

そして彼らがいる街中では、至る所から黒煙が上っており、断続的に破裂音や咆哮が聞こえてくる。

 

ダタタタタタッ!

 

ギョオオオオオオオ!!

 

それは中型カイロポットの分隊規模の群れであった。5.56ミリNATO弾はカイロポットの外皮を貫けずにいた。

街中の路地という路地から続々と現れ、彼ら黒の部隊の対処能力を上回りつつあった。

 

「グスタフを使え!!」

 

バシュン! ドカアン!!!

 

ギョォオオオオオオオオ!!!

 

「くそ!焦がす程度くらいにしかならないか!!」

 

「本部からの通達です!現在、大阪市に展開させていたキューマルを関西司令部の"あべのハルクス"まで後退させ、戦力の結集を図ると!」

 

「なんだと!それなら、我々情報戦闘中隊への救助はどうなるんだ!これ以上は持たないぞ!」

 

「1キロ後方の十字路にチヌークを寄越すそうです!到着時間は12:55!」

 

「ふざけるな!あと30分も___ゔっ!ぐ…ぎ!あがが……!!!!」

 

ボパアンッ!!

 

部下からの報告に声を荒げていた、隊長格の男の身体が突然膨らみだし、風船のように破裂した。辺りにヒトであった身体、赤い臓物と黒い装備品が飛び散る。

そしてその後ろの路地裏からは、ハイヒールの足音に似たカツカツといった音を立てながら、非常に細長い四肢と体躯を持った異形の生物が現れる。

 

「うっ!?側面からγ種!!河島隊長がやられた!!」

 

「なんだと!?」

 

「先頭部隊と分断されたぞ!くそっ!くそったれ!! 後方にはα種、部隊の真ん中にはγ種ときた!!」

 

「この端末群だけは本部に持ち帰らなくてはならない!死守するんだ!!これがあれば、これさえあれば…人類は再び、繁栄することが!!」

 

「滋賀の仲間たちの犠牲を無駄にしてはいけない!!撃て、撃てえ!!」

 

ダタタタタタタッ! ダラララ! タタタタタタッ!

 

分断された黒の部隊は死に物狂いで手に持っている小銃の引き金を引き、カイロポットとコンパスのような化け物に銃弾を撃ち込んでいく。

彼らの内の数人は、欧州連合研究所に運び込まれた機器に酷似したものを抱え持っていた。

 

「データを守るんだ!」

 

ギョオオオ!

 

ドガアッ!

 

「ぐえっ!」ベキョ!

 

カイロポットは自身の触手___長腕を、前に出ていた隊員の一人の胴体に高速で打突を行なった。目にも止まらぬ攻撃を奇襲という形で側面から受けた隊員は、大きく吹き飛ばされ建物2階の外壁に強く衝突。即死する。

 

「佐山がやられた!」

 

「紺野、こっちに来てカバーしろ!」

 

「りょ、了解!」

 

ダタタタタタタッ!

 

ギョオオオ! ギョオオオッ!

 

 

「不味い!デカイのが来るぞー!!」

 

「間に合わない!」

 

「回避だ、各自回避!」

 

しかし、カイロポット中型種の中を突っ切ってやってきた大型成体種が突撃することによって、大きく陣形が乱れ、崩れる。

 

ミシャアアアアーーー!!!!

 

「ぐぁあああっ!!!」

 

荒波の如き勢いで雪崩れ込んできたカイロポットの集団に、黒の部隊はなす術もなく飲み込まれ、全滅することになる。

その時に転がったデータ端末を、カイロポット達が飲み込んだのと同時に、上空では紫色のワームホールが出来上がっていたのだった。

 

 




どうもです。実家に帰省してゆっくりさせてもらっている逃げるレッドです。
世界中で特殊生物___怪獣がさらに猛威を奮い出しました。各国の軍備拡張は恐らく続きます。本当は何に対しての軍備なのかは、分かりませんけどね。個人的にはファルクスベール君…緑ゴーヤくんは原作内でもかなりお気に入りの特殊生物なので、再参戦させてもらいました。対戦相手であったギガント君は、ハカイジュウ本編に登場した水道橋トールタイプ三兄弟の一匹です。γ種は、たしか2巻の表紙を飾っていたはず。
ちなみに豪州連合は独自建造した空母を多数保有しています。

_________

 次回
 予告

地球にやってきた流浪の宇宙人、ソーレ。
アンチョビやアンツィオの人々との交流を深めていき楽しく輝かしい日常が続く。
そして次第にアンチョビとの距離が縮まっていく中で、このまま人間の姿でいてくれと言う彼女の言葉に疑問を覚えたソーレは、ついにその疑問の答えを見つける。

次回!ウルトラマンナハト、
【遥かなる恋人】!


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第27夜 【遥かなる恋人】

友好異星人 ネリル星人ソーレ、登場。


 

 

 

東アジア 日本国関東地方 静岡県御前崎市

航空自衛隊御前崎分屯基地

 

 

当基地は、航空自衛隊入間基地の分屯基地であり、第22警戒団が配置している、固定式の大型三次元レーダー〈J/FPS-2〉を運用する監視基地だ。

現在は南太平洋から北上してくる豪州連合軍に対する監視が主な任務である。

 

「豪州の連中、今日は来ませんね」

 

「なにも豪州の機体と艦艇だけを監視してるわけじゃない。まだ一日は終わってないし、当直交代はまだまだ先だぞ」

 

第22警戒団も全国のレーダー基地と同様に、以前、日本生類総合研究所が開発した、ワームホール___"(デン)"探知ソフトを上述の警戒管制レーダーに付与してあるため、海空の敵だけではなく、特殊生物を呼び出すワームホールの索敵も通常任務の内に入るようになった。

ワームホール監視要員の隊員の一人が、時刻が夜中の12時を周り掛けたあたりでデスクに置いていた生温いブラックコーヒーを啜りながらレーダー画面を睨んでいた。

 

ズズッ…

 

「ぁー……イマイチ夜型には慣れませんね〜」

 

「根を詰めさせるようなこと言ってアレだけどな、小さな光点も見逃すなよ。それを見過ごした瞬間、本土が被害を被り、俺たちの初動も遅れるんだからな」

 

「分かってますよ…でも、例の焼津市の植物型や石川沖でのオッドアイ、四国・山梨での異星人遭遇戦…これら全てがこちらの、地球の索敵・監視網を潜り抜けてきたわけじゃないですか。しかもワームホール発生からは数十分は猶予があるって例の学会の方でも…」

 

「相手さんらはこちらよりも遥かに高度な軍事技術を持ってるってことだ。ステルス技術のようなものでこちらの探知時間を大幅に遅らせてるって話を聞いたぞ」

 

「それも考慮して作られるはずじゃないんですか…?」

 

ビィイイーーー!!

 

「!!」

 

突然、けたたましい警告音が響く。

監視担当のレーダーへの不安はどうやら杞憂であったようだ。それは問題なくレーダーが作動したことを意味する。ワームホールを介して何者かが太平洋側本土周辺に現れたということである。

 

「東、静岡市沿岸部に非常に小さな反応が!サイズからして、小型ギャオスである可能性が高いです!!数は1!」

 

「ワームホールからギャオスか!? とにかく、追跡を続けろ、見逃すな! 横田と百里のF-2及びライトニングにスクランブル要請!!福岡と同じ手はやらせんぞ!! 静岡市には特災警報を出せ!!」

 

ピーーー…

 

「!! 反応ロスト!清水港付近で消えました!! 」

 

「なんだと!?」

 

レーダー画面上から極小の米粒のような反応が消えた。目標消失を示す電子音だけが監視所内に響き、一時の静寂が訪れる。

 

「………誤作動じゃないですよね?」

 

「清水港及び静岡市から通報などは一切ありません…」

 

「電子妨害か…?」

 

「相手の反応が消え、こちらはこれ以上の追跡が不可能になったことは確かです。」

 

「………スクランブルする部隊に通達。静岡市周辺空域にて、アンノウンをロスト。こちらからの誘導は出来ない。目視による捜索・確認を行なってほしいとな。陸自と特自からも地上部隊…戦偵を出動させるように言うんだ」

 

「はい!」

 

「くそ……!どうなっているんだ…!!」

 

 

監視レーダーによって静岡市沿岸部上空に確認された未知の反応は、清水港上空に侵入後、即ロスト。

また、その後に百里基地、横田基地からスクランブル発進し駆けつけた飛行隊が同空域での正体不明の反応らしきものを確認することは出来なかった。

特殊災害警報が静岡市一帯に出されたが、当の災害は姿を現さず、停泊していた2隻の学園艦も緊急出港は取り止めとなった。

飛行隊には帰投命令が出されたが、当地域には午前1時から陸上自衛隊東部方面隊第1師団隷下の駒門駐屯地所属第35普通科連隊並びに、"第12即応機動連隊"機動戦闘車中隊が出動。そして特生自衛隊からは駒門駐屯地に配置されていた普通科一個大隊が出動。静岡市沿岸並びに中心部に展開した。これは特殊防衛出動下令前の行動関連措置の一つにあたる。

 

 

 

 

静岡県 静岡市 清水港学園艦第三停泊地

アンツィオ高校学園艦

 

 

ソリチュラ事件の影響で、黒森峰学園は最終調整のための練習試合相手として呼んだアンツィオ高校との合流場所を静岡港から清水港に変更。ここに寄港することになった。

清水港には学園艦用の停泊区域の一つ___第一停泊地に黒森峰、間を空けて第三停泊地にアンツィオの学園艦が停泊している。

今日は、そんな試合開始前の数日間に渡る準備期間一日目のアンツィオ高校学園艦の夜だ。

そしてここはアンツィオ高校の生徒の一人でありアンツィオ高校戦車道チームの隊長、緑髪がトレードマークの安斎千代美___通称アンチョビが住んでいる一軒家である。

 

「あ"ー……練習メニューが決まらないぞぉ……」

 

清水港の位置する静岡市、及び停泊している学園艦には、撤回されたもののおよそ一時間前に特殊災害警報を含めた勧告が出ていたのだが、彼女の耳には入っていなかったらしい。向かっているテーブルの上に置いてある、通知がひっきりなしに来ているスマホにすら気づいていないのだから。

 

「あと数日で西住の黒森峰一軍と試合なのに"〜!限りある練習時間の中でやらなければならないことが多すぎるぞぉ!」

 

彼女は今、いつも他の生徒達の前にいる時の、特徴的なツインテールはしておらず、長い髪を下ろして丸眼鏡を掛けている。どこにでもいそうな、いかにも文系少女の姿で明日からの予定について考えていた。何度も言うが、外の様子というか状況に気づかずに、である。

 

「そろそろ寝なくちゃ…ふわぁ〜、あ?」

 

"それ"は、緑色に輝いており、いつの間にかアンチョビの部屋の真ん中で浮遊していた。

 

「な、なっ…!?」

 

手のひらに収まるほどのサイズの発光体は、明らかにアンチョビの所持しているものではなかった。一瞬の間は夜遅くまで起きていて見えてしまった幻か何かだとうっすら思ったがそれは発光体が話しかけてきたことによって、見事その考えは打ち砕かれた。

 

『はじめまして。自分の姿になっても、いいだろうか?』

 

「へ?」

 

『この姿は移動体なんだ。長くこの状態を保とうとすると、僕は大気に溶けてしまう…』

 

(ここで怒らせたら、どうなるかわからないぞ…!)

 

発光体が自分の前まで近づき、挨拶をしたかと思えば、姿を見せても良いかと聞いてきた。まさか話しかけてくるとは思っていなかったアンチョビは面食らったが、相手がどんな存在か分からない以上、下手に刺激してはいけないと思った。

 

「あ、あぁ…構わないぞ…楽にしてくれ……」

 

そこから導き出された答えは、無難に相手の要求を受け入れることであった。

心なしか発光体が喜んでいるように見える。微かに左右に揺れているからだ。

 

(……どうか、見た目がカワイイ系か癒し系であるように…。頼むから台所のGみたいな見た目だけはやめてくれぇ…)

 

なにか的外れな祈りをして発光体の変身を見守るアンチョビ。

目の前が黄緑色の閃光に包まれると、先程まで発光体があった場所には鎧のような物を着込んだ異星人が立っていた。

 

「あ…あ………あぅ…」

 

躓きながらも踵を返して寝室の扉のドアノブに手を掛けようとするアンチョビ。

そしてその肩を後ろから優しく掴む温かい手。

 

「驚かせてすまない」

 

異星人の声にエコーが掛かっていないことにアンチョビは気づく。恐るおそる異星人がいるだろう背後を振り向く。そこには___

 

「………え、人間の姿になれるのか?」

 

アンチョビが勉強机の上に置いていた、最近テレビドラマ化もした"恋愛小説の男主人公"とソックリの若い男性が立っていた。

 

「ああ。擬態だけれど」

 

思わず机の上の恋愛小説をすぐ手に取り、まじまじとドラマ版の主人公が写っている小説の表紙と、目の前の異星人の擬態を交互に見比べる。

 

「ホントに…おんなじだ…!」

 

「この人は有名な人なのかい?」

 

自分が擬態した恋愛小説の、ドラマ版主人公の俳優について異星人が訊ねてくる。

 

「有名も何も、とにかくセンスが良いんだ!どんな役でもしっかりこなすし、私が好きなこの小説のドラマ版では原作である小説遵守の最高の演技をしてくれたんだ」

 

「なるほど、素晴らしい人物なんだね」

 

「それでな それでな! この小説だと___」

 

アンチョビが主人公と小説のストーリーについて熱弁し出した。異星人との遭遇時の緊張はどこに捨てたのか、すっかり打ち解けていたのだった。

そこからは時間を忘れて、アンチョビ自身の話から次第に、ソーレと名乗った異星人___ネリル星人である彼の話へと変わっていく。

 

「___そうか、ソーレはネリルっていう星の宇宙探査員だったのか」

 

「僕達の母星、惑星ネリルは寿命が尽きかけていた。そこで僕ら探査員は同胞達が住める星を探して、宇宙探査に出たんだ。

しかし、ワープ航行するための短い時間でも、母星では遥かに時間が経ってしまっていた……」

 

「そ、それで…惑星ネリルはどうなったんだ?」

 

「移住に適した新しい惑星は見つからず、僕ら探査員第一陣が戻ってきた頃には、惑星ネリルは寿命を迎え消滅してしまっていた………。

脱出船がどこか遠くの星系に旅立ったことを、宙域に残されていたメッセージログから知った……」

 

「…ソーレは、その後はずっと一人で、宇宙を旅していたのか?」

 

「第一陣、第二陣の半分はまだ帰還していなかったけれど、僕らは散り散りになって宇宙を放浪することになった。使命も何もかも失って…僕は他の仲間達とは違う、別の並行宇宙…つまりは千代美達のいるこの宇宙にやってきた」

 

一拍置いて、アンチョビにソーレは真っ直ぐな瞳を向けて優しい声色で話す。それは遠く昔に失った何かを懐かしむようなものだ。

 

「千代美、この宇宙の地球は僕がようやく出会えた、命の星なんだ。

ヒトと話すなんて、いつぶりだろうか…とても嬉しいんだよ」

 

「………分かった。それならソーレ、私 アンチョビが明日…じゃなくて今日、地球の、アンツィオを案内しようじゃないか!」

 

「本当かい!? ありがとう千代美!」

 

「だから、私のことはアンチョビと呼べ!アンチョビと!」

 

ソーレはどれほど長く孤独な旅をしてきたのだろう。宇宙は暗く、寒く、何も無い空間が無限に広がっている場所であることは、アンチョビも知っている。怪獣などは別として、通常の生物の生存を絶対に許さない死の空間。

どれほど辛かっただろうか。行くあてもなく宇宙を旅して、話す相手もおらず、旅路の不安に苛まれながら、そしてようやくここまで来た。ソーレが経験した一人旅の時間とその内容は想像を絶するほど過酷なものだっただろう。道中、怪獣や、何らかのトラブルによって何度も命の危険に合ったかもしれない。何より、何十年、いや何百年もの間、一人だったはずだ。他者と話す機会は随分なかったに違いない。

 

そこでアンチョビは考えた。

今日は休日。戦車道の練習は午後からだ。朝一でソーレを外の世界に連れていき案内してあげよう、と思い至った。

 

善は急げである。

数時間後、アンチョビはソーレに少しばかり早いイタリア料理メインの朝食を振舞った。ソーレは朝食を摂ると、涙を流し喜んでいた。他人が作ってくれた料理、食事を久しく摂っていなかったためにとても嬉しかったようだ。

アンチョビもはじめは、いきなり涙を流し出して勢いよく料理にがっつくソーレを見てオロオロしていたが、改めて彼自身の話を思い出し、口に合って何よりだと言った以外は、ソーレが食事を終えるまで静かにその様子を見守ることにした。

余談であるが、ソーレが一番気に入ったものは、マルゲリータピザだったらしい。

 

 

_________

 

 

アンツィオ高校学園艦 街区公園

 

 

 

チュンチュンチュン!

 

 

「すごい…!鳥が飛んでいる!こんなに緑の木が!!」

 

「あの小鳥はスズメだぞ。公園に植えてある木は……分からん…」

 

「……大地に足をつけて、陽の光を浴びるなんて、もうないだろうと思っていたよ。ありがとう千代美!」

 

「アンチョビと呼べと言ってるだろう!!」

 

外に出てからと言うもの、ソーレはずっとこの調子であった。朝早くから公園にいる子供たちやお年寄りに自分から挨拶し、先に挨拶されたら元気よく返す……そんな彼の言動一つひとつを見守るアンチョビはそれを微笑ましく思っていた。

ソーレがここまではしゃげるのは、やはり草木や動物、大きく広がる空、大地、海、それらの全てに、アンチョビ達地球人のようにごく当たり前に触れ合える機会の多くを失っていたことが窺えた。

 

「うん?」

 

その時、ソーレの足元にゴムボールが転がってきた。ボールを拾うと、転がってきた方向から小さい背丈の子供が走ってきた。ボールの持ち主だろう。朝早くから元気に遊んでいるようだ。

 

「それを投げてあの子に返してあげてくれ」

 

「こうかい?」

 

「ありがとう、お兄さん!」

 

「……ありがとう…ありがとうか…」

 

男の子が礼儀正しくお辞儀をしてから、元気よく走っていく。その後ろ姿を見ながら、ソーレは少年から言われた感謝の言葉を何度も噛み締めるように口にしていた。

人から声をかけられるといった…地球人にとってどんなに当たり前のようなことでも、地球にやってきてからのソーレにとっては、すべてが新鮮なものとして感じられる。

二人はしばらくしてから空いたベンチを見つけてそこに座ることにした。

 

「風が心地良いね、千代美」

 

「だからぁ、アンチョビだって言ってるだろう…」

 

なお、こうしてベンチに腰掛けて会話に入るまでの途中で、先程の子供からお礼として渡された赤い風船をソーレは持っている。その型の風船は空に飛ばすのが醍醐味であることもアンチョビから教えてもらう。

それならと、プカプカと浮かぶ風船を手から離し、白雲が疎らに浮かぶ、鮮やかな青空に解き放つ。綺麗に、日光を反射して空高く飛んでいく赤い風船を見ながら、一言呟く。

 

「楽しい。まだこれが夢かなって思ってしまう…僕はまた命ある星でこうやって呼吸して、歩いて、座ってお喋りすることに感動してる」

 

「ここの公園は家で話したここ、学園艦の中で一番緑に溢れた、憩いの場なんだ。日本の学園艦の中でもなかなかなんだぞ?」

 

「へぇ〜、それじゃぁ千代美は、とても素晴らしい学校に入れたんだね」

 

「ソーレはどんな学校に入っていたんだ?やっぱり、宇宙関連の知識を蓄えるための大学施設とかか?」

 

「うん。そうだね。宇宙学や航空力学と言ったものを学ぶアカデミーに通ってた。だけど、あの子たちのような年頃の時は、元気いっぱいに走り回れるような緑でいっぱいの土地にある学校で友達と遊んだりしながら楽しく勉強してた……。

そうだ、友達…………キーフ…彼も宇宙のどこかでまだ旅をしてるんだろうか?」

 

「キーフって誰だ?」

 

「僕の小さい頃からの親友であり同僚…憧れでもあり慕っていた人物だよ。彼は博識でね、アカデミーではいつも分厚い本を持ち歩いて木の下で静かに読書をしていた。彼はとても優しくて、僕がこんな人格なのも、キーフのおかげかもしれない。元気だろうか……」

 

同僚と言っているからには、キーフという人物もソーレと同じ宇宙探査員として宇宙に旅だったのだろうか。微妙に最後を濁したソーレに、アンチョビは話の続きが気になり聞くことにした。

 

「そのキーフとは、同じ宇宙で調査とかしてたのか?」

 

「いいや…キーフは僕と同じ周期の探査隊だったけれど、彼は第二陣、僕は第一陣として出発した。僕らはかつての母星があった星系に帰ってきてすぐに旅立ってしまったから、会うこともなかった。

もしかしたら、僕らより先に帰ってきていて旅立ったのかもしれないし、今も僕らの後を追って果てしない道のりの真っ只中にいるかもしれない…」

 

「それは…すまなかった…」

 

「いいよ、僕は宇宙で一人 旅をしていた時、彼が死んでるなんて一度も思ったことはなかった。彼もまた、別の宇宙でこの地球、もしくはそれに近い環境の惑星にもう辿り着けてるかもしれない。そして、僕と千代美みたいに、今どこかで、誰かと出会って仲良く話してるかもしれないね」

 

アンチョビはここでもソーレと濃密な会話を交わした。それは時間を忘れるほどであり、朝一から公園にいたと言うのに、今では太陽は真上から照りつけていよいよ夏に近づいてきた暑さを感じる。本当にあっという間にであった。

 

「___あ"!」

 

アンチョビは、公園の野外時計が偶然目に入った途端に短い悲鳴を上げる。イレギュラーな遭遇さえなければ、忘れるはずのなかった今日の本来の予定を思い出したためだ。

 

「どうしたんだい?」

 

「戦車道の練習が午後からあったんだった…!」

 

時計は12時まで残り僅かであることを示している。本来の予定である戦車道の練習は三十分から……間に合いはするだろうがいつもよりも遅くの到着になると思われる。

 

「それなら急がないとね」

 

「そうだ、ソーレも一緒に来てみないか? 退屈させることはないと思う!」

 

「え?いいのかい?」

 

「もちろんだぞ!アンツィオはノリと勢いがウリなんだ。すぐにみんなとも打ち解けられるはずだ!……あ、でもソーレのこと、どうやって説明すれば……」

 

「僕が千代美としたように普通に挨拶を___」

 

「いや、それはダメだ」

 

ソーレの案を秒で蹴ったアンチョビは、急がなければいけないはずであるのに頭を抱えて唸り出した。しかし頭を抱え蹲ったかと思うと、すぐに飛び上がる。全く忙しい限りである。

 

「…?…どうして?」

 

「気にしなくていい。そんなことは着いてから考えても遅くはない!……はず。行くぞ!」

 

今度はアンチョビが振り回す番であった。ソーレの腕を掴んで引っ張り走る。

高校まで全力で走る。走る。

最初は困惑していたソーレであったが、誰かに手を引っ張られながら、思い切り走るということに久しかった彼はこの一時すら、笑顔が溢れるほどに楽しんでいた。

 

「風が涼しいね、千代美!」

 

「も"〜、呑気に言うなよぉ〜…」

 

そしてようやくアンツィオ高校の正門に着き、いつも体育の授業や戦車道、その他の部活動で使われる屋外運動場___コロッセオに続く舗道をソーレと共に歩いていると、コロッセオ横に建てられた戦車道ガレージ前に二人の少女が立っていた。

イタリアの軍服をモチーフにしただろうジャケットを着ていることから、彼女たちがアンチョビの友人であり、同じ戦車道履修生であることが分かる。

二人はこちらに気付いたようで、駆け足で駆け寄ってくる。

片方は黒髪でショートヘアーのくせっ毛。左のもみあげを三つ編みにしているのが特徴的な少女。もう片方は、金髪ロングのおっとりとした少女だ。二人はアンツィオ高校の戦車道チームの副隊長として、隊長のアンチョビを補佐している人物らでもある。

 

「姐さん、遅いっすよぉー!!」

 

「こんにちは ドゥーチェ。もう少しで始礼が始まりますけど……その横にいらっしゃる方は?艦外のご友人ですか?」

 

「もしかして、彼氏さんっすかー?」

 

「か、か、彼氏だと!? 違うぞ、ソーレは彼氏じゃない!!」

 

頭をブンブンと横に振り、顔は紅潮しているアンチョビ。側から見たら図星を突かれたと思われても仕方がない。

 

「お名前はソーレさん…ですか。私はカルパッチョと申します。よろしくお願いします!」

 

「ペパロニっす!」

 

「ああ。僕はソーレ。よろしく。千代美の家に住まわせてもらっている身だよ」

 

「「え…!」」

 

「言い方ァッ!!」

 

事実を言っているのだが、捉えようによっては誤解される発言をしたソーレにツッコミを入れ、慌てるアンチョビだがもう遅い。

後ろを振り返ると、ニヤニヤしている二人の友人の姿が……。

 

「ドゥーチェはそこら辺もしっかりしていらっしゃいましたか、あらあら〜」

 

「そっすかそっすか〜♪これは今日の練習の後は大宴会で決まりっすね〜!黒森峰戦前の激励会も兼ねて!」

 

「お前らぁ〜!!だから違うと言ってるだろう!!」

 

しかしアンチョビはそう言われても嫌ではなかった。むしろ嬉しいまであった。だが敢えてそれは口には出さないし、なるべく顔に出ないように心掛けた。

なお、それが無意味であったことにアンチョビは気づかない…。

 

「と、とにかく!お前たち、早く戦車に乗り込め!今日はすぐに練習開始だ!」

 

「姐さんが怒ってるっすよ〜」

 

「うっさいペパロニ!……ソーレ、この通り私は今から戦車道の練習に入るから、コロッセオのギャラリーに上がってくれ。あそこに行けば全体の動きを観れると思う」

 

「うん、そうさせてもらうよ。この星のスポーツを見せてもらおうかな」

 

「?……この星…ですか?」

 

「ああ!いやいや、気にするなカルパッチョ!ソーレは不思議なこと言う奴なんだ!それじゃ、また後でな、ソーレ!」

 

「じゃあね」

 

カルパッチョの背中を押しながら、戦車ガレージへとアンチョビは歩いていく。それに手を小さく振ってソーレが返し、見送る。

彼は慌ただしく動きだしたガレージの様子を確認すると、ゆっくりとした足取りでコロッセオ上部、ギャラリー席へと向かう。休日の練習であるためか、それとも七月はじめにしては暑すぎる太陽の日差しによるものか、ガランとしている昼間のコロッセオの観客席に一人座る。

 

「戦車…兵器を使ったスポーツ、か……」

 

コロッセオ内では、巷では豆戦車と揶揄されている___超小型軽戦車〈C.V.33〉がグラウンドを思い切り駆け回っているところであった。それに続いてまたも旧イタリア陸軍の車輌が躍り出る。CVと似たような見た目をした〈セモベンテ M40〉突撃砲数輌と、二次大戦でのイタリア陸軍唯一の重戦車___〈P40〉一輌が見えてくる。アンチョビ達の練習が始まったようだ。

ソーレはあれらがどんな戦車であるかは分からないが、アンツィオの生徒達はみんな一生懸命頑張っていることは感じ取れた。

 

「やはり活気のある子達なんだね。たしかに、見てるだけの僕も、元気をもらえてる気がする」

 

一、二時間ほどが経過したあたりで、戦車隊はガレージへと戻っていく。練習が終わったらしい。

そこからまたしばらくすると、アンチョビがソーレの座るギャラリーの席までやってきた。自信ありげな顔つきから、自分たちの練習風景を見た感想について聞きたいのだろう。

 

「とても見ていて活気があるなって、たしかにあんな風に練習できたら、みんなが明るい顔になるのも頷ける。いいチームなんだね。千代美が代表を務めているのも分かる気がするよ」

 

「ふふーん♪そうだろうそうだろう!もっと褒めてくれてもいいんだぞ!」

 

自慢げな笑顔を見せるアンチョビ。心の底から嬉しいに違いない。ソーレは続ける。

 

「戦争の象徴である、兵器を…この星の平和の象徴である、スポーツに……素晴らしいことだと思うよ。僕らの星では考えつけなかったものだから」

 

その言葉にアンチョビは顔を曇らせる。なにか気に障るような言葉を発してしまっだろうかと、ソーレは思慮する。

 

「それは、どうだろうな…。戦車道は、主に80年近く前の戦争で使われた戦車を使ってる。戦争に使う兵器をスポーツに使ってはいるが、今も世界中で新しい、強力な戦車たちや様々な兵器が作られ続けてる……」

 

「仕方のないことだと思うよ。それと同時に、宇宙に上がる前の文明にとって、必然の過程だと思う。自分たちの住む星の内外に脅威を抱えているのなら、武器を持つことは間違いじゃあない。

千代美たち地球の人達も、未来には宇宙に上がると思う。僕らのように、未知の可能性や住める場所を探すために…。どんな技術も、必ず軍事が絡んでくる。兵器技術の発展は、必ずしも悪じゃないんじゃないかな」

 

「でも、私たちは、同じ人間同士で争って、それに兵器を使ってる……ソーレたちのように一つになれていない…」

 

「…僕らの星でも、ネリルでも、1世紀半に及ぶ長い期間の間、惑星規模の統合が進まず同族同士の地域国家間での紛争が絶えない時代があったと幼い頃学んだ。

僕らの先人達も、多くの犠牲を払って、長い時間を掛けて一つになり、ようやく宇宙へ行く切符を手に入れた。」

 

___そして、その切符は故郷へ戻ることの出来ない片道切符という形見に変わった…。

だけどね…とソーレは続ける。他所(宇宙)から来た者としての意見だと前置きして。

 

「今の地球の人々は、注意しないといけない。たとえそれが同族に向ける武器であっても、それは地球の人々を守るための力になる。人々に歩み寄ってくるのは、善意を持った存在だけじゃない…」

 

「ソーレは、違うだろう?」

 

「僕らは、だけどね。でもこの広い宇宙には、色んな生命体がいる。彼らの、悪意を持った一部がやってきた時に、手も足も出なかったら、そこに住まう人々は苦しむ。

千代美は教えてくれたよね、この星にはウルトラマンや、優しい怪獣たちがいるって。その彼らと力を合わせて戦うためにも、地力を付けて備えなければダメなんだ。例えその過程がどんなものであろうとね……だから、千代美の考えも分かるけど、深く考え過ぎない方がいい」

 

「そ、そうか……それは、胸にしまっておく。……あ、そうだ、あいつらが宴会やるんだぁ〜っ!って聞かなくてな、この後すぐに宴会準備に入るんだが、来てほしいんだ。アンツィオ流歓迎会ってやつだな、うん。………どうだ?」

 

「ああ!もちろん行くよ!もっと色んな人達とお話ししたいんだ!」

 

「なら決まりだな!いこう!」

 

 

 

そこから時は一時間弱流れる。

 

 

アンツィオとソーレが打ち解けるのに半日も掛からなかった。様々な生徒とソーレは触れ合い、時々アンチョビがハラハラするシーンもあったものの、良い関係作りが出来つつあるのはたしかであった。

 

「へぇ、ソーレさんって宇宙についての勉強をしてるんですね〜。だから星空も好きだと…」

 

「宇宙は神秘そのものなんだ。無限に広がる宇宙の中に浮かぶ星々は、とても綺麗なんだよ」

 

「そうなんですね……まるで、本当にそれを見てきたみたいな感覚になります」

 

「いや、本当も何も___」

 

「ストーップ!!ソーレもカルパッチョも、そこまでだ!」

 

突然、ソーレとカルパッチョの会話を間に入って割り込んできたのはアンチョビだ。ソーレに目で何かを語りかける。それを見たカルパッチョはアンチョビが、ソーレと自分が話していたことに妬いていると思ったのか、気を利かせて何も言わずにそそくさと退散していく。

 

 

「もう!だから話す時は注意しろって言っただろ、それは秘密にしておいてくれ」

 

「どうしてだい?」

 

「どうしてもだ!」

 

 

ブォオオオン…!

 

アンチョビへの追及を何回か試そうとしたソーレだったが、その時学園敷地内であるはずのここ___コロッセオ___の車輌ゲート前に、黒色に塗装された四輪駆動車…"疾風"の愛称で親しまれている、特生自衛隊の〈高機動車〉が一台停車したのが見えた。話は途切れ、他の生徒たちも静まりかえった。

 

「なにあれ…? なんで自衛隊が?」

「分かんない…」

「昨日の夜の警報とか?」

 

「千代美、あの人たちは?」

 

アンチョビはソーレの質問にすぐには答えず、一度彼の方を見て視線を車輌から降りて宴会会場である戦車道ガレージへ向かってくる、黒い戦闘服を着込んだ二人の自衛官に移す。

 

「……自衛隊だ」

 

「自衛隊?」

 

「私たちの住んでいるこの国、日本を守る専守防衛の実力組織……事実上の軍隊だ。」

 

「なるほど、国防軍っていった方がいいのかな」

 

「……ソーレ、絶対に余計なことを話したりしないでくれ」

 

「え、どうして」

 

「しないでくれ、頼む」

 

「分かった」

 

アンチョビから強く念を押されて言われたソーレは、彼女に少なからず恩義を感じていたため素直にその指示に従うことにした。

ちょうどその時、アンチョビとソーレの前に、件の特生自衛官二人がやってきた。一人は冴えないオッサン、もう一人は気力に満ち溢れた顔をした若い男性、という印象をアンチョビは持つ。やや失礼だと思われるが…。

 

「どーもどーも、特生自衛隊のもんです。パーティ中に申し訳ない。俺は伊丹、伊丹耀司二尉です」

 

「同じく特自の倉田武雄三曹っす!」

 

アンチョビは怪訝そうな目つきで、なんとなく彼らが来た理由を予想出来ているが、意地悪くも問い訊ねる。それはアンツィオに来た者に対して、いつも暖かく迎え入れる姿勢の彼女からは到底想像できない対応であった。

 

「いったい、アンツィオに何しにきたんだ」

 

「そんな睨まなくてもいいと思うけどなぁ……。でもまあ、心当たりはあるでしょ、昨日の夜遅くに静岡市で特災警報出たのと関係あるやつだよ」

 

「聞き込みをして今のところ、緑色の発光体の目撃例が多数あってっすね、それでここに集まってた生徒の皆さんにも協力してもらいたく…」

 

「私は見ていない。そこの、学園艦外から来てくれた友人であるソーレも、だ。すまないが他のやつらを当たってくれ」

 

「分かったよ、他の子たちにも聞いてみるか。……この時世に艦外からのトモダチねぇ…そんくらいキミを大切に想ってくれてるんだな」

 

「え"?」

 

先ほどまでのムスッとした顔はどこへやら。アンチョビの顔から余裕が消え、赤面しだした。

 

「ありゃ?二人っきりなもんだったから、てっきり…」

「伊丹隊長ぉ!変なこと言わないでくださいよぉ!」

 

「ち、違う!ソーレとはそんな仲じゃない!」

 

慌てはじめるアンチョビを見て伊丹は小さく笑みを溢す。彼女の虚勢が剥がれたと感じたからである。きっと自分らのことを特段警戒しているのだろう。

少年___ソーレの方を見る。とても穏やかで、無垢な瞳をしている…まるで、別の世界の住人であるような錯覚が起こる。彼から不思議なモノを感じ取った伊丹は、踵を返して他の生徒たちの方へと向かう。最後に、と一言アンチョビにお節介な一言を口にして。

 

「大切にしろよ、そのお兄さんを。…それじゃ、夜間の火の取り扱いには注意して楽しむように」

 

「あ、ああ…」

 

「倉田ぁ、ここと艦警のとこ回ったら、次、隣の隣にある黒森峰にいくぞ〜。編入後だからってへばったりするなよ、笑われるぞ〜」

 

「ハイッ!了解です!……あ、時間取って申し訳なかったっす。今後、何かあったりしたら遠慮なく連絡お願いします。それでは!」

 

そう言ってきっちりした敬礼を二人の自衛官はアンチョビ達の下から去っていく。遠ざかっていく自衛官を見ながら、アンチョビは顔を緊張を解き、大きく息を吐き出した。

 

「うはーっ…緊張したぞ…」

 

「ねえ千代美、あの人達…自衛隊の人達は、きっと僕のことを探してるんだろう? さっきは黙っていたけれど、本当は僕が話した方が良かったんじゃないかな…?」

 

「それは……自衛隊は、きっとソーレのことをし…敵だと思って探してる…。

なあソーレ、そのまま人間の姿で過ごさないか?」

 

「どうしてそんなことを言うんだい?それなら僕が彼らに伝えて、誤解を解けば…」

 

「とにかく、今はやめてくれ。ほら、まだマルゲリータも、クワトロチーズあるから、取りにいくぞ?」

 

「………うん、分かった。行こうか」

 

少なからず、ソーレの中には一つの疑念…疑問が渦巻いていたが、今は胸の奥底にしまっておくことにしたのだった。

 

その後は何事もなく、伊丹達による戦車道履修者たちへの簡易的な聴取も終わり、宴会は続いた。

ここ数日の、国内外の騒がしさを忘れらるような、そんな穏やかな時間だった。そしてそれはアンチョビとソーレの仲を深めるには十分なものでもあった。

この日から、四日間___アンツィオ高校対黒森峰学園の戦車道練習試合当日まで、日本国内での異星人・特殊生物絡みの重大案件は発生しなかった。

 

『周辺住民への聞き込み調査は進展無し。』

 

『現在、潜伏予想範囲内の地下施設、危険物取扱区画、特別区域内の捜索を継続中。該当すると思われる目標は未だ発見できず。』

 

また、依然として、静岡県内の全自衛隊は臨戦態勢を崩しておらず、静岡市に展開している陸自・特自部隊も撤収はせずに警戒活動を続けていた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってくるね千代美」

 

「ああ。朝食までには帰ってくるんだぞ」

 

今日は、上述のアンツィオ対黒森峰の戦車道練習試合当日であった。今はその早朝、雲一つない爽やかな朝だ。

 

「うん。行ってきます」

 

あの日からソーレは最近___というよりここ数日間、地球にやってきた僅かの期間で、彼にも朝の日課なるものができていた。

 

「おお、安斎さんのお兄さん、おはようさん」

 

「おはようございます!」

 

早朝の散歩である。

人との交流、挨拶は彼にとって快いものとなっていた。それは学園艦に住む人々からも、"安斎さん家の優しいお兄さん"として認知されつつある状況だ。

彼が来てから、さらにアンツィオの住民や戦車道や、彼と交流した生徒達は明るくなったのは事実であり、活気が溢れはじめていた。

 

「今日は、これくらいでいいかなぁ」

 

朝の散歩を終えたソーレはアンチョビ宅へと帰宅するところである。

 

「朝ごはんはなんだろう?楽しみだ」

 

そして家の前まで着き正門に入り、玄関のドアにソーレは手を掛けようとした時、ポストに新聞の朝刊が投函されていることに気づいた。

 

「そういえば、千代美は新聞をあまり見せてくれなかったな…。……ん?」

 

アンチョビが取り入れ忘れたのだろう。ポストから朝刊を手に取る。

その時、図らずも新聞の一面をソーレは見てしまった。そこに記されていた内容は、数日間のアンチョビの自分への対応と繋がるものであった。あの言葉の意味がわかったのだ。

記事にでかでかと書かれていたのは___

 

 

"侵略者・異星人の度重なる攻撃!"

 

 

「宇宙人を排除せよ…日本への連続襲来は偶然か……この世界にも星間同盟が…」

 

朝の新聞のメイン記事はそれで始まっていた。

見出しのすぐ下には画質は粗いが映像からの切り抜きと思われる画像___ソーレの近似宇宙にも存在していた、サーペント星人やファンタス星人、エイダシク星人に、さらにはネオフロンティアのレギュラン星人など、これまでアンチョビ達の住む地球に現れた宇宙人…民間が認知している種族のみが貼られていた。

尊い命を奪った、人殺しの集団として、地球人は宇宙人を敵視している……。ソーレは薄々気づいていた。アンチョビの過剰なまでの反応と秘匿、ニュース番組の切り替え、書物の整理…彼女は自分に、地球人の負の側面を見せないようにしていたという事実を。

 

 

 

 

 

ガチャッ!

 

「お帰りソーレ!今日の朝はリゾットだぞ!……どうしたソーレ、元気ないぞ?」

 

「千代美、僕は決めたよ」

 

「えっ?」

 

 




はい。どうもです、現在マニュアル車の免許を取るために教習所に通っている逃げるレッドです。
暑い日が続きますね…
本編については、元は投稿者の世代であったウルトラマンマックスの遥かなる友人のオマージュ回の前半となります。マックスは神回が多いからね、大好き。
今更でありますが、若干ネリル星の話を盛ったり改ざんしてます。ご理解ください。

_________

 次回
 予告

戦車道の練習試合を最後まで観戦したソーレは、己の導き出した答えを実行に移すべく、自衛隊の伊丹に接触し身柄を預ける。

ソーレを止められずアンチョビが途方にくれる中、夜間の宴会が始まった。
宴会は盛り上がり、なんとか心のバランスを仲間たちによって取り戻すところであったアンチョビと戦車道少女達の前に、星間同盟の次なる刺客、ネオゴドレイ星人が現れる!

"サ・ヌーシュ"。

涙を流し終えた後、見上げる空には何が掛かっているだろう…

次回!ウルトラマンナハト、
【たくさん泣いたら】!


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第28夜 【たくさん泣いたら】

巨大異星人 ネオゴドレイ星人、登場。


 

 

「千代美、僕は決めたよ」

 

「えっ?」

 

アンチョビは、ソーレの右手に握られている新聞の朝刊と、彼の神妙な顔つきを見て、彼が何を知り、何を決断したのかを、段々と理解してきた。それはアンチョビが危惧していたものであった。なんとなくソーレが何を言おうとしてるか分かる。だが認めたくない。

 

「ま、待て、その新聞…、ソーレ___」

 

「地球の人たちは、異星人をみんな敵だと思っているんだね……それで千代美は僕にあの日、人間の姿で過ごさないかって言ったんだね?」

 

「それは……」

 

今までやってきた宇宙人はすべて、人類に敵対的であったから…。ソーレは特別だ。

 

「……僕が以前会ったあの自衛隊の人達に伝えに行く。彼らに僕は害意や悪意を持っていないことを話すんだ」

 

「!!、やめてくれ!!お前が、いままでと同じ破壊したり征服したり操ったりするようなヤツじゃないことは、私がよく知ってる!」

 

「千代美だけじゃなくて、みんなにも話さなくちゃいけないんだ。ずっと、何かに対して誤解と偏見を持ち続けるのは良くない。だから…僕がやる」

 

地球人が宇宙からやってくる全ての存在に危険意識を持っていることを知ったソーレは、自らが姿を見せて説得すると言う。

 

「無茶だ!できるワケない!考え直せ! そんなことしたら、ソーレは死んじゃうぞ!! なんでソーレがしなくちゃいけないんだ!?

ソーレは異星人なんだぞ、もしソーレが行ってしまったら、もうこんな風にご飯食べたり、外に出て歩くこともできなくなるかもしれないんだぞ!!」

 

「僕は悪いことはしていない。これからもしない、絶対に。だから、行くんだ。分かってほしい 千代美」

 

「そんなの……そんなの……!」

 

アンチョビは台所から飛び出してソーレの前までやってきたものの、言いようのない何かが頭の中を駆け巡り、口からは同じ言葉しか出ない。次第に俯いていき、肩を震わせている。頬には涙が伝っているのが分かる。

それをソーレがそっと指で取ってやり、優しく語りかける。

 

「分かってくれないかい、千代美。これは未来にも繋がっていく大切なことなんだ」

 

「不確かな未来のことなんかよりも、今が大事だろう!」

 

「ここで隠れて、逃げ続けてしまったら、これから地球の人たちは宇宙に住む、僕と同じ心を持った異星人たちがやって来ても、信頼してくれないと思う。

…でもこれだけは勘違いしてほしくない。僕は、生命の惑星_地球にやってきてから、僕と分け隔てなく接してくれた千代美と、温かみのあるアンツィオの人達との生活は、充実していたし、嬉しかったんだ。この幸せな場所が、ずっと在り続けれるために、心無い者達に壊されないために、行くんだ。僕にとっての、憧れを守りたいんだよ。」

 

「ソーレ…」

 

「僕だって怖いさ…恐怖はどんなものにでもあり、完全に無くなることはない。ずっとここで暮らしたい。だけど、この役目は僕がやらないといけない気がするんだ」

 

ソーレの話を聞いたアンチョビは、遂に折れた。彼の瞳に決意の光が宿っている。その決意は、自分の説得紛いの引き止め程度ではどうにもならないだろうと悟ったからだ。

 

「いつ、行くんだ?」

 

「……ここで話してしまったら、千代美はその時止めにくるだろう? ごめん、言えない…」

 

「……分かった…。私は、ソーレの意思を尊重する。…だけどな、危ないと思ったら逃げるんだぞ。自分の命を大切にしなかったら、元も子もないから…」

 

「うん。分かった」

 

ソーレの返事を聞いて、少し安心しただろうアンチョビは、彼に朝食の席に着くよう促す。精一杯の笑顔を向けて。

 

「…さあ、ここでその話は終わりだ! 冷めないうちに朝ごはんを食べるぞ!」

 

「そうだね、いただくよ」

 

「……なあソーレ…」

 

「なんだい?」

 

「今日の試合、観に来てくれるよな…?」

 

「…うん。千代美たちが頑張った練習の成果を見せるところなんだから、絶対に行く」

 

「絶対だぞ」

 

「うん、絶対。」

 

 

 

 

 

 

____

 

 

同国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

 

 

「ワロガ君、ワイアールがやられてからのプランはリフレクト君のものを採用していいと思うかい?」

 

「……知らん、勝手にしろ。お目付役として寄越された私が、先発隊の貴様らが立てた最適だろうプランに口出しするのはお門違いだ」

 

「そこらへんは律儀なのは関心できるけれど、私はキミ個人から見た、このプランの評価を聞きたいのだがね…」

 

日本の何処かに存在する星間同盟の秘密地下施設。巨大なモニター群が並んでいる作戦司令所に、ヒッポリトとワロガが立っていた。ヒッポリトからタブレットを手渡しされてワロガは己の意見を伝える。

普段は険悪な関係の彼らであっても、腐っても同じ組織の構成員だ。そこらの分別は出来ている。

 

「………私から見て、このプランは一言で表すとしたら、コレは能無しだ」

 

「ふむ。大方そうだろうと思っていたよ」

 

「ただただ無差別な破壊と殺戮を繰り返す……知的の欠片も無い。このようなプラン、鹵獲ギャラクトロンや旧ベリアル軍のレギオノイドにやらせてもいいくらいのものだ。それほど、単調すぎる。

複数の副次目標が非達成になる可能性が高い。同化シナリオ失敗後に再指定された、地球を無傷に近いカタチで接収するという貴様ら先発隊が打ち出した方針と矛盾する」

 

「厳密に言えば地球環境さえ修復可能なレベルであればどうなっても構わない。

地球人類の文明を完膚なきまで叩き潰しても良いのだよ。大多数の生物とほんの少しの地球人さえ残っていれば、問題は何ら一つ無い」

 

「敵意の持っていない、従順な消費資源を減らすことは愚案であると思うがな」

 

「ワロガ君…この地球にはウルトラマンナハト、そして地球怪獣が存在している。

ここの地球人類は彼らがいることで我々のような宇宙からやってくる存在を大した脅威としてみなしていないのだ。

自分たちは負けることはないと思ってる地球人らを言論で手懐けようとしても無駄。ならば純粋かつ単純、圧倒的な暴力、理不尽、恐怖を与えなくてはならない。だからこそのこのプランなのだ。馬鹿な作戦に見えるかもしれないけどね、低脳な地球人類にはこの馬鹿で野蛮なぐらいが一番効果的で、こちらの意図が伝わりやすい」

 

「そのための、ヤツか…あの戦闘種族は私は嫌いだ。向こうのヤツらは本当に言葉が通じているかすら怪しい…」

 

「彼は簡単な命令は理解してくれるし、種族の中では優秀な部類だよ。…まあ、今回も捨て駒程度に見ていようじゃないか」

 

「………下衆が…」

 

「キミには負けるよ。……私だ。リフレクト君、ゴドレイに出撃準備を伝えてほしい。タイミングはこちらから指令する」

 

『ハッ!承りました』

 

 

_________

 

 

静岡県 静岡市 市街地

 

 

 

 

ドドォオオン!

 

ズガァアーーーッ!!

 

「わあーっ!すごいよハジメ、連れてきてくれてありがとう!!」

 

「あんまりはしゃぎすぎるなよ? 他の観客の人とか、相手校の生徒もいるんだから」

 

「わ、分かってるさ!」

 

時は早朝から昼過ぎまで進み、場所も変わって清水港ではなく静岡市内。現在、市の海岸線に沿っている地域をアンツィオ高校と黒森峰学園の練習試合会場として、試合が始まっていた。

ハジメ達は今試合の臨時観戦エリアとして指定された市内球場のスタンドから、グラウンド内に設置された大型モニターを介して試合の動向を見守っている。そして、今日は珍しくハジメと共に観戦しているのは、ヒカルやマモルではなく地球人に擬態しているイルマである。二人は中央スタンドの一般席に座っている。

 

「ねえ、相手の…アンツィオ高校だっけ?…黒森峰より、みんな戦車ちっちゃいね」

 

「だけどすばしっこくて油断は出来ないぞ」

 

他の整備科メンバーらは離れた席に陣取って観戦している。これはハジメが佐世保から来て合流した体のイルマに戦車道を教えてやると話をしたため、それなら邪魔はしないようにと彼らなりの思いやりによるものである。

試合は中盤に差し掛かっている。やはり火力・装甲、そして練度に勝る黒森峰が優勢で進んでいた。そんな戦況と、相手の保有戦車を見たイルマは、上記のような感想を溢し、相方のハジメがその考えを咎めていたのがこれまでの流れである。

 

「でもさぁ、それぐらいじゃん、黒森峰に勝ってるとこ。今回も絶対に黒森峰が勝つよ!」

 

「素直に喜んでいいものか…」

 

 

「___勝負は最期まで何が起こるか分からないものだよ」

 

「「え?」」

 

話に割り込んできたのは、ハジメの隣に座っていた大人びた雰囲気を持つ少年だった。

 

「な、なにを根拠にそんなこと言うのさ!」

 

「大局的な戦いであれば、相手が勝つだろう。だけど、局地的な……小さな戦いではどうだろうね」

 

その言葉を聞いた直後、スクリーンでは本隊の増援として向かうべく、狭い路地を進んでいた黒森峰の〈Ⅳ号駆逐戦車〉 が、C.V.33数輌、セモベンテ M40一輌による数方向からの集中射撃を受け、履帯が破壊されていた。

アンツィオ側には地元特有の土地勘があった。自慢の快速を活かした高機動の撹乱作戦に打って出たのだ。彼の言った通り、アンツィオは局所的ながらも小さな勝利を掴んだのだ。

 

「弱い者には、弱い者なりの戦い方がある。そして、僕は彼女たちの工夫と頑張り、そしてその努力を見てきた」

 

「もしかして、アンツィオの整備科の人ですか?」

 

「いいや、違うよ。ただ彼女達の、打ち込む姿を見ていただけの存在だよ」

 

アンツィオのOBだろうかとハジメは予想していた。しかし、掛けられた次の言葉でその予想はハズレとなる。

 

《キミが、この星を守っている戦士…ウルトラマンナハトだね。そして横にいるのはザラブ星人の友達かな》

 

「っ!?」

 

頭の中に届いた、かの少年___ネリル星人ソーレの言葉に、イルマはあからさまに動揺し、ハジメは目を見開いて立ち上がる。ハジメは懐のアルファカプセルを握ろうとした時、今度はテレパシーではなく直接口を開いてソーレが、ハジメに変身する必要は無いと話す。

 

「僕はソーレ…ネリル星人ソーレ。流浪の身で、千代美に助けてもらった。この美しい命の星を侵略する気も、破壊する気もない。だから座ってほしい。試合を観ながら話そう」

 

近似宇宙の異星人の存在を、ザラブ星人であるイルマも知っていたらしく、ハジメに彼の種族に心当たりがあることを伝える。

 

「ネリル星人と言ったら、全方位穏健外交を取る異星人として知られていたよ……でも母星の崩壊によって外交機関も閉鎖してからは僕ら他の宇宙人とは接触すらしなくなった。星系外に脱出した以降は消息は切れたままだって聞いたことがある」

 

「そうなのか…? それに千代美って……もしかして安斎さん?アンツィオの隊長の」

 

「うん。彼女に、地球の色んなことを、教えてもらった。人々の温かさにも触れた。動植物の生命の風を感じられた。ここは…地球は、僕が憧れていた場所そのものなんだ」

 

ソーレの様子を見たハジメは、彼から害意を感じることはなかった。ソーレの言葉を信じることにしたハジメは、最後の念押しをする。

 

「……本当に、悪事はしないんだな?」

 

「もちろん。それに、この試合を見終えたら、僕はこの国の防衛組織…自衛隊の人に、知ってることのすべて話す。千代美も了解してくれた」

 

了解を取った…ということは、ソーレはかなりの信頼をアンチョビから得ていると分かる。

 

「なぜそんなことを…?」

 

「キミの友達や僕のように擬態できない、これからやってくるだろう地球を愛する異星人達、後にやってくる同じ心を持った仲間たちの為に。僕がやらなければならない」

 

一種の自己犠牲か、それとも"次"の者達にバトンを繋ぐための勇気ある行動か……数回会話を交わした程度で彼の真意は測れるものではなかった。ただ、善意からこの人物は動いている、そうハジメとイルマは感じた。人類に仇をなす存在ではなく、寧ろその逆だ。

 

「最初に出会った地球人である千代美は、僕に親切にしてくれた。同じくアンツィオの人々も、みんな。だから、これは僕なりの恩返しでもあるんだ」

 

「研究や、解剖されたりするとしてもかい?」

 

「当たり前のことだよ。これまで真正面から地球にやってきた異星人は侵略目的だった………覚悟は出来てる。僕は、僕の持つ信念を貫く」

 

これほど優しさの中に、強い心が内在している人物は今までいただろうかとハジメは思う。一通り話し終えたソーレは、試合観戦の方に意識を移した。試合はいよいよ終盤といったところだ。

彼にとって、これが最初で最後の、一人の少女との思い出の記憶となるだろう。

 

「千代美たちの努力は無駄じゃない。彼女たちを動かしているのもまた、憧れなのだから」

 

「憧れ…」

 

「僕の故郷の言葉では、"サ・ヌーシュ"と言う。星全体の理念でもあったんだ。きっと、千代美たちも、目指している大切ものを見つけるために頑張っている。そんな一生懸命な姿に僕も憧れた。…好きなんだ」

 

「そう…なんだな……」

 

地球人の勝手な思い込みや偏見を、自分の命と一生を捧げて正そうとしている友好的な異星人がいることを、大多数の人間が知ることは後にも先にも無いだろう。それでも、彼はやる。成し遂げようとしている。

ハジメはそれをどうしても他人事として処理できなかった。自分も、イルマがいなければ大勢の中にいたかもしれなかったのだから。

 

___ズガァアンッ!!

 

パシュッ!

 

『アンツィオ高校フラッグ車、P40走行不能!!

よって、黒森峰学園の勝利!!』

 

長いようで短かった試合が終わった。日も傾き出している。

ソーレは、撃破されたP40のキューポラから顔を出しているアンチョビのスクリーン越しの姿を、目に焼き付けると、席を立って去ろうとする。

 

「それじゃぁ…僕は行くよ」

 

「安斎さんに一声掛けたりしないのか?」

 

「彼女とは、また会うと約束したから」

 

そう言ってソーレはスタンド席の階段を降りていく。ハジメとイルマはその背中を見ていることしか出来なかった。なんとも言えない空気が周りに漂う。

 

「なあ、イルマ……俺たちが出来ることって、ないのかな」

 

「……ゴメン。僕も分からない…。あんな風な行動を取れなかった僕が言えることはないと思うから…」

 

「そっか…」

 

 

 

 

 

 

場面は試合後の挨拶を終えて、アンツィオと黒森峰の交流会のようなものが始まっている所に変わる。

両校の健闘を祝しての宴会の準備段階に入ったという意味でもある。手の空いてるアンツィオの生徒達は積極的に黒森峰の生徒と交流を図っていた。

 

「そっちの機動戦術はすごかったわ! もっと火力があったら、危なかったかも…」

 

「やっぱ火力が足らなかったかぁ…!」

 

「ウチも軽戦車の導入とかした方が」

 

日常会話から、戦車道についての会話まで、幅広く行われる話し合い。意外にも両校は気が合うようで、宴会前から盛り上がりを見せていた。

 

「安斎、今日の練習試合、受けてくれて感謝する」

 

「アンチョビだ!! …そんな堅苦しい話し方するな、まほ」

 

「む、堅苦しいか?」

 

「二年の時よりマシだが、まだまだ堅い」

 

少し離れた場所では、黒森峰の隊長であるまほと、アンツィオの隊長、アンチョビが二人で談笑していた。

同い年かつ知り合いである二人の距離は、他校の隊長と接している時よりも親密である。

 

「善処する……それはそうと、どうだ、チームの方は?間もなく抽選も始まるが…」

 

「ウチの生徒達はみんな素直で良い奴らばっかりだからな!チームワークに関してはどこにも負けてない…じゃなかった!勝ってると思うぞ!!それとだな、まほ達にも紹介したい仲間がいるんだ!!」

 

「新しく入った選手か?」

 

「いや、そのなんて言うんだろ……ま、まあ、兎に角いいヤツなんだ。多分今日まではここにいるだろうし、試合も観てくれてたはずだから」

 

「………恋人か?」

 

「なっ///!?なんで!じゃなくて、どうしてそう思うんだ!」

 

「西住流の勘だ」キリッ!

 

「くっ、なかなかやるじゃないか………」

 

友人という関係故の軽いおふざけも交えながら、終始笑顔で二人は話している。

そして、先ほどまでの話題を切り、意を決して口を開いたのはアンチョビだ。

 

「なあ、試合前から思っていたんだが、妹の…みほの方はどうしたんだ? 姿が見えないが、あの試合以来、練習とか参加してないのか?」

 

「………みほは、自分に責任があると思って、一人でそれを背負ったまま、黒森峰からいなくなった」

 

「退学、したのか?」

 

「いや、最近…二日、三日前にようやく大洗女子の方に転校してたことを確認したとお母様から聞いた。どうやら戦車道の無い高校に行ったらしい」

 

「まほ達は、それをどう思ってるんだ…?」

 

「それがみほの選択なら、私はそれを尊重する。お母様も同じとのことだ。チームメイト…特にあの試合に参加していた三年生と二年生はみほの行動を恨んだりはしてない。整備科の方だと、みほの安否を聞いて安心したのか気絶した奴もいたよ」

 

「あぁ…アイツかぁ…、誰か分かったぞ」

 

「まあ、私も同じ気持ちだったし、出来ることならすぐに連絡を取りたかった。だがみほの方がこちらからの連絡をどう受け取るかは何となく予想できる。だからまだ電話も掛けてない」

 

「そっちも、大変だったんだな…」

 

「私も、色々あったが…自分が目指す道を見つれたんだ。だから、みほも、みほの道を見つけていてほしい…」

 

「妹想いなのは相変わらずで安心したぞ……早く会えるといいな」

 

「ああ。ほんとうに…」

 

「もう少しで宴会の準備も終わりそうだな……あ」

 

次の話題はどうしようかとアンチョビが悩んでいると、視界の隅にソーレが映った。こちらに来るのだろうか?朝はああは言ったが、ソーレが自分の下から離れる具体的な日と時間は話してこなかった。

 

「どうした安斎?」

 

「さっき話した、私の友達だ。おーい!ソーレ!」

 

ソーレはアンチョビの呼びかけに反応することなく、歩いていく。

宴会に使うこの場所は芝生が広がる、駐車場手前の場所。よくグラウンド入場前に野球チームがアップに使うような所である。

 

「あれが安斎の恋人か」

 

「だから違う。ソーレ、待て!聞こえてるだろ!」

 

ソーレとの距離は遠くはない。聞こえないといったことはないはずだ。

 

___千代美は止めにくるだろう?___

 

アンチョビは思わずハッとした。今がその時なのだ。球場の駐車場___警察と共に会場警備の任に就いている自衛隊がいる仮設テントの方へと向かっていることに気づいたからだ。

 

今か、今なのか!?

 

人間、案外よくできてはいない。あとからひっくり返したくなるものもある。後から理不尽に感じてしまうものもある。認めたくないものがある。頭で分かってはいるがそう簡単に分別できないものがある。

 

「お、おい安斎!いきなりどうしたんだ!」

 

気づいた時には駆け出していた。

彼を止めるために。約束したのに、自分はそれをまだ処理できていなかったのだ。

 

 

 

 

「ん、お兄さん…あの時のアンツィオの」

 

「アンツィオ、今日は惜しかったっすね…」

 

ソーレが会ったのはアンツィオに来た初日の夜、異星人である自分の情報を探しにきた特生自衛官、伊丹たちであった。以前は二人だったが、元から所属していた部隊___"第3普通科中隊"第1分隊と今回は会場に来ていたのだろう。他にも数人の自衛官がいた。

20メートル弱。自分と、武装した自衛官との距離である。そして意を決したソーレは口を開いた。

 

「僕はソーレ!ネリル星からやってきた宇宙人だ。僕に、地球を害する意思はない。話し合いにきたんだ!」

 

「…おいおい、お兄さん、その話は本当か…?それがウソなら…」

 

伊丹の目がいつもの緩んだものから、自衛官のそれに変わった。口調こそ、接触したあの時の穏やかなままであるが、その態度は違う。

他の隊員らも座っていたパイプ椅子から立ち上がり、こちらを警戒している。拳銃のホルスターに手を伸ばしている隊員も見受けられた。

異星人というのがウソであっても、異常者、若しくはテロリストの可能性も十二分にあるからである。

 

「これで…信じてもらえるかい」

 

「「「!!」」」

 

ジャキッ!

 

「両手を上にあげて後ろに組むんだ!!」

 

一触即発。この言葉一つで表現できる状況となった。ソーレが擬態を解いたために、伊丹達が即座に銃を抜いたからである。

伊丹は目の前の少年が突然異星人へと変身したため、89式小銃を構え叫んだ。ソーレはそれに素直に従う。

 

「き、キミがあの発光体の正体だったんすか!?」

 

「隊長、発砲の許可を!」

 

「落ち着け栗林、相手はこちらの指示に従っている。早計な判断はやめろ。それとおやっさん、本部に連絡して。古田ぁ、周りの子ども達を退避させろ」

 

「「了解」」

 

周囲の人々も異変に気づきはじめた。いきなり自衛官が叫んだかと思えば、銃を構えており、それを向けられているのは謎の異星人ときたら、誰であれすぐに状況を整理はできなくとも認識できる。

 

「なにあれ…宇宙人…?」

「すごーい!はじめて生で見た!」

「ねえ、離れた方がいい?」

 

「みんな下がって!早く離れるんだ!」

 

「ウソ…あのお兄さん、宇宙人だったんだ…」

「それじゃあお兄さんに私たち、騙されてたの?」

「侵略、するのかな…」

 

伊丹達がソーレの拘束を始め、他の隊員が回してきた黒いカラーリングの〈軽装甲機動車〉の後部座席へと乗せて連行する直前に、アンチョビがやってきた。

 

「お嬢さん、これ以上はダメだ!通せない!!」

 

「ソーレッ!! やっぱりダメだ!行かないでくれ!離せ、離してくれ!私はアイツに用があるんだ!!アイツは友達だ、侵略なんてしない奴なんだよ!!」

 

「千代美……やっぱり来ちゃったんだね…」

 

「………ほら、早く乗りな。」

 

「さようなら、千代美。僕はキミのことが___」

 

バタン!

 

「ソーレ!ソーレェ…!!」

 

後半の言葉は聞こえなかったが、アンチョビは呼びかけ続けた。しかし、無情にも装甲車の扉はソーレが乗ってすぐに閉められ、発進。

アンチョビの声がソーレに届くことはなかった。

 

「うぅ…ソーレ……」

 

「ドゥーチェ!」

 

「アンチョビ姐さん!!どうしたんすか!?」

 

「安斎…!なにがあった?」

 

「アイツが、ソーレが……連れてかれた…」

 

「「「えぇ!?」」」

 

項垂れるアンチョビの横にまほや他のアンツィオ生徒が駆け寄り、事情を聞く。

ソーレが連行される様子と彼が姿を変えた時、この場に居合せたアンツィオの生徒らが、あとからやってきたまほ達に説明する。説明していた殆どの者に落胆の色が濃かった。

 

「ソーレさんがまさか宇宙人だったなんて」

 

「それがどうした!?アイツは友達なんだぞ!何も悪いことしていないのに…なんで拘束されて連れてかれるんだ…」

 

「姐さん…そろそろ宴会始まるっすよ、その…」

 

「安斎、ここにこのままずっといるのはあれだろう。私たちに話してくれないか…お前の話を聞きたい。立てるか?」

 

「あ、ああ……聞いてくれるか…? …ありがとう」

 

アンチョビは取り敢えずまほ達に連れられ、野外宴会会場へと歩くことにした。ソーレへの一抹の不安を拭いきれぬままではあったが、ここで沈んでいるよりは、誰かと話している方がマシだと思ったのだろう。

 

______

 

清水区 国道1号線

 

 

 

「ソーレ、キミはあのまま地球人の姿をしていたら、こうはならなかったんじゃないのか。あの変身能力ってのは制限とかも無いんじゃなかったのか?

あの女の子、泣いてただろ。キミのことを心配して___」

 

「やらないといけないと思ったんだ」

 

現在、ソーレを乗せている軽装甲機動車は、各地で警戒に当たっていた部隊の装甲車輌を護衛として数輌伴わせ、一時的な交通規制を取らせた国道を走行していた。

ソーレを乗せた機動車には、助手席に伊丹、運転を倉田、左後部座席に栗林が搭乗しており、他の隊員らは後ろに続いて走っている高機動車数台に分乗して追従している。

 

「なぜだ?」

 

「この広い宇宙には、他種族と友好的な交流を進めたいと思っている宇宙人も多くいる。もちろん、その逆も」

 

「…たしかにそうだな。人間にも、悪さするしょうもない奴らはいる。大多数の人間が宇宙人にも良いやつ悪いやつがいるってこと、考えれてもいいんだが…」

 

「仕方のないことだと思う。異星人はこれまで何度もこの星にやってきては、侵略をしようとして、その度に倒されてきた……。

人間は、地球人は、異星人に気をつけなければならない。未知の存在というものは、面と向かって会わなければ、本性すら分からないのだから。僕が軍人か科学者という立場にいたら、同じことをしている」

 

「なぜ逃げない…あの日の夜と同じように、発光飛翔体となって飛ぶこともできんじゃないのか。こっから先は、俺たちにも分からないことばっかりなんだ。何されるか分かったもんじゃない。安全も保証しかねる」

 

「それは何度も考えて、やると決めたこと。あなた方と接触した時には、もう後戻りは出来なくなっている。今逃げれば…人類から信頼を二度と得ることができなくなる。当然、その機会も」

 

伊丹はソーレの発言に対して、そうかとしか言えなかった。任務に私情を挟むのは厳禁である。個人的な感情に動かされ、独断で捕縛対象を解放することは許されないのは伊丹自身がよく理解している。

しかし、以前のソリチュラ事件にてネオワイアール星人と会敵し、宇宙人の射殺を経験した伊丹には、今話している異星人ソーレが人類に害を与えるに足る者ではないと確信していた。それ故にやるせないという気持ちが、胸の中を支配していた。

 

「…!! ……来る!」

 

「何が?どこに?」

 

いきなり沈黙を破り声を上げたソーレに、伊丹は問う。ソーレは伊丹の方へ顔を向けず、後ろに見える清水区市街地___アンチョビ達がいるだろう場所をずっと険しい顔で見ている。その様子の変化を横にいた栗林に気づかれ、訊ねられる。

 

「アンタの仲間か何かが来るってこと?」

 

「違う…アレは、悪意を持った…敵………いけない!」

 

ソーレは何かを止めようとするかのように、車内で緑色の光粒子体へと変身すると、車窓をすり抜けて清水港の方向へと飛翔していった。

 

「ちょっ!?ええ〜!嘘でしょぉお!?」

 

「あっ!?」

 

「……行っちまったなぁ。おい、倉田は前見てろ」

 

「隊長!呑気なこと言ってる場合じゃないですよ!逃げられたんです、やはり敵性異星人だったんだ!」

 

「それは…………とにかく、俺が上に報告する!その後すぐに発光体を追跡し、可能であれば確保するぞ。栗林、後続の連中に通達頼めるか」

 

「…了解」

 

 

「敵が来るって…お前はいったい、何をする気なんだ……地球人でもないのに…」

 

 

すぐさま幹線道路をUターンし、静岡区市街地へと戻るために全速力で走行する特自・陸自車両群。

伊丹が司令部に連絡を入れるべく、車内の無線機に手を掛けた時だった。その司令部の方から緊急連絡が入ってきた。

 

『現在静岡市内に展開中の全部隊に通達!! 御前崎の警戒団が清水区沿岸部上空に"(デン)"の強力な反応を感知した!先日の反応の数倍の強度とのこと!各部隊は早急に市街地に展開し、市民の避難誘導並びに敵性存在の撃退準備に入られたし!!』

 

「ワームホールの反応がこのタイミングで!?」

 

「アレの本隊か何かがやってきたんですよきっと!」

 

「相手がなんだろうが関係ない。俺たちは小型中型特殊生物ならそれらの駆逐、大型並び特大型以上なら避難誘導の任に就くだけだ。

倉田ぁ、もっとスピードあげろ!今はいいんだよ、緊急事態だからな!……ワームホール出現から怪獣が降ってくるまで、これまでのものを合わせれば凡そ平均15分。どれくらい出来るか、だな…」

 

伊丹が、徐々に市街地へと近づいていることによって、清水区上空のワームホールが視認できるようになってきたと思ったその矢先、急にワームホールの色彩が黒紫色から、朱色へと変化した。

 

「色が…赤くなった………まさか!!」

 

ジジジジッ………ヒュドォン!!

 

そしてそこから白桃色の球状エネルギー体が表出。高速で地上へと降下したエネルギー体は、市街地のど真ん中に落着した。

ピンクの光が収まると、地上に落着したエネルギー体は人型へと変態した。伊丹達はまだまだ市街地到着には早い距離だが、そこからでも人型存在を視認できるということは、相当な大きさである。つまりは日本各地に襲来した異星人たちと同等の存在がやってきたことを意味する。

 

「くそっ!今回もインターバルは無くなるのかよ!!」

 

日本の異星人襲来は、奇襲と言っていいタイミングで始まることが殆どであった。その原因については、転移してくる側___敵性異星人が、転移時間の短縮などを促すなんらかのワームホール技術を使用している可能性が高いと、生総研が予測を出していた。今回もそれに当て嵌まる事案だろうという伊丹の考えは的中した。

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…

 

市街地に立つ巨大人型異星人の見た目、雰囲気からは、人類と歩み寄ろうとする姿勢は到底見受けられなかった。先ほどまで会話をしていたソーレと比べると、やはりそう思うのだ。

 

「面倒ごとは向こうから歩いてくるってか!」

 

 

_________

 

 

静岡市清水区 市街地

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…ヴヴヴヴヴヴヴ…

 

 

先ほど市街地に降下した巨大人型存在___星間同盟の戦闘兵士であるネオゴドレイ星人は、自身の出現を知らせている災害警報の喧騒を掻き消すほどの無機質かつ不気味な羽音、もしくはなんらかの機械音に近い音を発しながら直立不動の状態を維持していた。

 

『静岡市に、特殊災害警報が発令されました。未確認の大型特殊生物が、静岡市内に出現しています。市内並びに、隣接する区域に在住の市民の皆様は、早急に避難を開始してください。また、避難時には自衛隊、警察、消防の指示に従ってください。

繰り返します___』

 

空自の警戒団から、ワームホール出現の直接通達を受けていた静岡市は、数分前より避難勧告を開始。しかしながら、あるはずだった時間的な猶予が消え去ったため、全くと言っていいほど対応は進んでいなかった。

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…ヴヴヴヴヴヴヴ…

 

 

ネオゴドレイ星人の出現は唐突だった。なにせ黒森峰とアンツィオの戦車道チームによる宴会の真っ最中に起こったのだから。アンチョビがソーレと出会ってから今日までのことを、まほ達数人に包み隠さず全てを話していた。話し終えたアンチョビは気が楽になったのか、心の落ち着きを取り戻しつつあった時に、彼女の状態を見計らったかのように、奴は現れたのだ。

 

「怪獣……?」

 

「いや、違う…あれは多分、宇宙人だ。安斎、アレは知ってるか?」

 

「知らない…」

 

「と、取り敢えず、隊長、ここから離れましょう!距離はたしかにありますが、アレがこのまま動かないとも、こちらに向かってこないとも限りません」

 

「そうだな。安斎、宴会は中止して___」

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…

 

『服従セヨ』

 

異形の異星人、ネオゴドレイ星人を見ても、口にあたる器官は見受けられないが、確かに、一言、そう喋った。

 

『我々ハ、星間同盟。服従セヨ、地球人類。繰リ返ス服従セヨ。服従セヨ』

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…

 

___バシュウン!!! ドガァアアン!!!!

 

再び口を開いた後、見せしめとしてなのか、ネオゴドレイ星人は先端が銃口のような形状をした自身の右腕から、右隣に建っている灯りの灯っていたオフィスビルへ水色の光弾を一発、叩き込んだ。まだ、上階から避難出来ていなかった人々がいただろうことは、想像に難くない。

瞬く間に市街地上空に黒煙が立ち上り、隣接する建造物へも火の手が回り出した。たちまち、辺りは地獄へと変わった。それは遠巻きから見ている安斎達に危険を知らせるサインとしては十分なものだった。

アレは敵である。これだけでも分かれば何をすべきかは少女達でも自ずと結論は出せた。とにかく、アレが現れた方角とは逆___学園艦が停泊中である清水港方面に逃げるのが最善手だと。

破壊行動に乗り出したネオゴドレイ星人に背を向けて逃げる中で、まほ達は知っていながらも、アンチョビに聞かずにはいられなかった。

 

「安斎、あの宇宙人は…!? もしかして、そのソーレが呼び出した___」

 

「知らない!ソーレは絶対そんなことしない!!」

 

 

『服従セヨ。服従セヨ___』

 

街中のスピーカーから市役所員による呼びかけが続いているが、それを上回る音量でネオゴドレイ星人は人類へと勧告する。それも、感情の抑揚を一切感じさせない声色で、淡々と告げる。何度も、同じことを。人類の降伏を。

 

バシュゥウン!!! ズババババッ!!

 

『服従セヨ』

 

ネオゴドレイ星人が両腕を向け、その先端が発光する度に、それを向けられた方向に存在するものが爆発する。人も、乗り物も、建物も、すべて等しく消え失せていく。

 

「急げ巻き込まれるぞ!!後ろを見るな!!」

 

「わ、わかってる!!」

 

時折、爆発音だけでなく、人の悲鳴と思われるものが背後から聞こえてくるが、まほ達はひたすら走っていた。 

 

『服従セヨ』

 

残念ながら先ほどのエリカの予測は当たり、ネオゴドレイ星人は吸い寄せられるようにまほ達と同じ方向、清水港へと侵攻を開始したためである。

市街地内に展開していた陸自・特自部隊は警察と消防と共に市民の避難誘導と敵対存在に対する攻撃という同時に対処しなければならない事象が発生したことによって、ネオゴドレイ星人の侵攻を阻止するほどの組織的行動を起こせないでいた。福岡のギャオス戦と同じ構図である。現在投入している自衛隊の最大火力は、16式機動戦闘車の105mm砲であった。

 

「エリカ!整備科や一年生はどうした!?」

 

「すいません、逸れた可能性が高いです!ですが非常時の動きは全員覚えているはず…」

 

「うおっと!?あ、まほさんに逸見さん!」

 

「マモルじゃない、どうしたの!?」

 

航空戦力も、足止めとして動かなければならないのだろうが、そもそも現着しておらず、たとえ到着したとしても民間人への誤射も考えられるため、まともに手を出せないだろう。本格的な反撃の前の繋ぎとしてか、散発的な攻撃が続いているが、それらも長くは持たないだろう。

そんな時、まほ達が固まって走っている横に、人混みをかき分けて、作業着を汚したヒカルとマモル、そしてその二人にがっちりと掴まれたハジメが転がり込んできた。

 

「その…またハジメとはぐれちゃうところだったんだ…」

 

「ハジメには悪いが、こうして引っ張らせてもらったってわけだ……てかハジメがうろうろしようとしなければ無駄に体力使わんで済んだんだけどな!」

 

「こんの、バカジメ!!」

 

「ご、ごめん…」

 

「…あとで説教よ!今はとにかく逃げる!!行くわよ!!」

 

エリカが三人組と合流し、まほ達の方へ追いつこうと再びペースを上げて走ろうとした時だった。

ネオゴドレイ星人の侵攻方向上に、昼間のように明るく街を照らす光の柱が現出した。

 

「あれは!」

 

「ウルトラマンナハトか!!」

 

 

シュワッ!!

 

シュババッ!! __ドドォーーン!!

 

光の柱が完全に消え切る前に、中からナハトが牽制光線___球状のナハトショットを素早く両手からそれぞれ一つずつ、ネオゴドレイ星人の頭部目掛けて撃った。二発とも命中し、ネオゴドレイ星人から火花が散るが、侵攻速度に衰えは感じない。

 

『服従セヨ、ウルトラマン。服従セヨ、地球人類』

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…‼︎

 

バシュゥウン!!! バシュゥウン!!! バシュゥウン!!!

 

グアアッ!?

 

《くそっ!!このままだと、突破される…!!》

 

間髪入れずに光弾と光線を交互に撃ち続けるネオゴドレイ星人。攻撃の威力もさることながら、それらの発射ディレイは今までのどの異星人よりも短く、正に隙は無い。

 

『服従セヨ。服従セヨ…!!』

 

ナハトの勢いがあったのは本当に序盤だけであった。終始今は圧倒されている。連続かつ超速の攻撃に晒され、防御技___ストーム・バリアも満足に張れず、仮に張れても高威力の光線に破られる。ジリ貧だった。

 

デュ、デュアッ!

 

《これ以上…ッ!好き勝手にやらせるもんか!!》

 

足掻こうとするナハトは光線と光弾を、背後の通りにいるアンチョビやまほ、エリカ達や避難中の人々を守るために自らの全身を盾にして浴びながらも、両手に黄金色の三日月光輪を形成、投擲する。

 

ガッガキィイイイン!!

 

シュア!?

 

《は、弾かれた!?》

 

ネオゴドレイ星人は、両腕を素早く横に振ると、ナハトの放った光輪を正確に弾いた。

相手に光線技だけでなく切断技に対しても耐性があると分かった以上、ナハトの攻撃の手数が少なくなるのは必然である。積極的な攻勢に移れないでいるナハトに、ネオゴドレイ星人は先程の三日月光輪による攻撃が無かったかのように攻撃の手を緩める気配はない。

 

バシュウン! バババババシュッ!!

 

『服従セヨ。服従セヨ。服従セヨ___』

 

グッ……ジュアッ!!

 

ナハトは劣勢。自衛隊も市民が作戦区域にいる以上下手に手出しが出来ない。状況は悪化の一途を辿っていた。

 

『清水が…!』

 

『攻撃は待て。作戦区域内にはまだ多数の民間人が確認されている。攻撃許可が下りない以上、我々は待機する。』

 

『黙ってやられているのを見てるだけなんて…』

 

『これだと、なぜここまで来たのか、分からないじゃないですか!!』

 

百里基地より、爆撃主体の装備である対特殊生物C兵装に換装した空自の飛行隊___中部方面隊所属の、第7航空団第3飛行隊のF-2戦闘機___四機が丁度静岡市上空に現着していた。

しかし上記のように、避難中の市民を巻き込んでの安易な空爆は出来ないとし、一向に進まない避難活動と陸上での散発的な陽動・反撃、それに対してのネオゴドレイ星人の撃ち返し、そして防戦一方のナハトを見守るしか、航空隊の取れうる行動はなかった。

 

 

ズドォオオオーーーン!!!

 

 

「こっちです、早く地下道へ!!」

 

「姿勢を低くして!足元に注意しながら!」

 

「近すぎるっすよ!!」

 

「口動かすなら体も相応に動かせ!」

 

戦場と化した清水区市街地には、陸自の機動戦闘車中隊だけでなく、伊丹達の特自第3普通科小隊が市民救出のために展開していた。

伊丹達はその中でも最前線である中心部付近にまで入り避難誘導とその支援を決死の覚悟で行っていた。ちなみに先程、二つ隣の通行路に展開していた一個分隊が避難していた市民諸共蒸発している。市街地内はそれほど危険な地帯へと化していた。

 

ダタタタタタッ! ダタタタタタタタタタッ!

 

「大丈夫ですか!手を貸します!!」

 

「栗林、そろそろ俺たちも下がるぞ!」

 

「了解です!……アレは…」

 

「どうした栗林!」

 

「あの例の宇宙人が、あんな所に!」

 

栗林の視線の先には、避難する民間人の最後列の集団___アンチョビやまほ達、戦車道履修生の中に混じっているネリル星人ソーレがいた。

しかし、何やら様子がおかしい。ソーレと、緑髪の少女が周辺に火柱がひっきりなしに上がっている危険な状況下で、立ち止まって言い合いをしてるように見える。

 

 

「___千代美、キミにどうしても話しておかなければならないことがあるんだ…」

 

「ソーレ、早くソーレも逃げないと!」

 

「いいかい千代美、僕の後にも、この美しい惑星を好きになって地球の人たちと心の底から友達になりたいと思う異星人がきっと現れる」

 

「そ、ソーレ…」

 

アンチョビは半泣きの状態である。話が進む毎に、彼がどこかへ行ってしまうような言いようのない感覚が強くなっていくからだ。

 

「泣かないで、千代美。彼らは、僕らのように地球の人々の姿になれるとは限らない……彼らは、異星人の姿をしてるせいで…侵略者だと思われてしまう。でも、その前に過去に一人でも、本当の友達なれた異星人がいるのなら、少しは変わると思うんだ…」

 

「もうはなさないでくれ!私たちと一緒に逃げるんだ!頼む…頼むよ……」

 

「僕は最初の一人になりたい。だけど、今目の前でこんな酷いことをしている異星人を、僕は見過ごすことも、許すこともできない」

 

「待て…待ってソーレ…」

 

ソーレに縋り付くアンチョビはほぼほぼ前が見えなくなっていた。大粒の涙が流れている。彼女から見た彼は、死地に自ら赴こうとしているように見えてならなかった。もう、会えなくなると、直感が囁いていた。

 

「安斎!早く彼も連れて走るんだ!」

 

「姐さん、そこにいつまでもいたら危ないっすよ!ここも巻き込まれちゃうっす!!」

 

仲間達からの声が聞こえる。しかしアンチョビの意識はソーレの方に向いていた。遠くから足音が近づいてくる。まほだろうか、それともアンツィオの仲間だろうか、自分のことを無理矢理にでも避難させようと向かってきているようだ。

 

「千代美、僕は………キミのことが好きなんだ。千代美が教えてくれたよね、僕の名前は地球の言葉で"太陽"なんだって…だから、僕は僕の憧れと、大切なものを守るために行動する。希望に満ち溢れた明日を呼び込む太陽になる」

 

「ソーレは戦えないんだろう!? 死んじゃうぞ!ホントに死んじゃうぞ!!」

 

「千代美は本当に優しいね。大丈夫、きっと大丈夫___」

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ…

 

ネオゴドレイ星人に圧倒されるナハト。こんな時、都合良く何時ぞやのようにガメラやモスラが現れてくれるわけがない。

 

《………はっ!ここにまだ安斎さん、エリさん達が!? くそっ、逃げてくれ…!》

 

後ろには仲間たちがいる。

自分一人でやらねばならない。

背後にいる多くの人々の盾になるのが精一杯である自身の力量不足を悔やむが、そのようなナハトの状態を侵略者は考えてはくれなかった。

 

ズバババァアッ!

 

グァアアッ!!

 

ズズゥウウウウン!………ピコンピコンピコン…

 

「…うっ、ウルトラマンが!?」

 

「これは…まずい」

 

強力な破壊光線、"ブレイクレーザーショット"を受け切ったナハトは大きく後方へと吹き飛ばされる。道路に亀裂を入れ、路肩に投げ出されている自動車や街灯、信号機に電柱などを巻き込みながら、アンチョビとソーレ、そして二人を連れ戻しに来たまほやエリカ、マモル、ヒカル達の前に倒れ込んでしまう。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ…

 

『服従セヨ』

 

ナハトが吹き飛ばされてきたことで、彼らはその場に棒立ちの状態となってしまう。そしてナハトが倒れたのを確認したネオゴドレイ星人は、再びブレイクレーザーショットの充填を始める。今度はナハトの後ろにいる小さき存在たちもまとめて吹き飛ばす気なのだ。

 

ブォオオオオオオオオオオ!!!

 

ガガガガガキィッガキィン!!

 

突然、ネオゴドレイ星人に金色の雨が降り注ぐ。

 

『抵抗ハ、無意味。服従セヨ』

 

上空で待機命令を受けていたはずの空自のF-2戦闘機一機が独断で先行。通達を受けて逃げ遅れたエリカ達を確認していたため、彼女たちを逃がすためにネオゴドレイ星人の後頭部へ"20ミリ機関砲"を発射。決死の行動を取る。

 

『服従セヨ。服従アルノミ』

 

ババシュッ!!___ドカァアアアン!!!

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ…!

 

しかし、片手間の要領で、文字通り体を張ったF-2が光弾を当てられ撃墜される。それを見たナハト___ハジメは歯噛みをし、ソーレはまるで命を弄ぶだけでは飽き足らず、他者の死を嘲笑うネオゴドレイ星人を睨む。

隙を見てナハトが力を振り絞ってスペシウム光線を放つが、ネオゴドレイ星人の両腕に阻まれる。腕を破壊したかと思ったのも束の間、瞬時に再生されなんともなかったかのようにネオゴドレイ星人は攻撃を再開する。

 

《このままじゃあ…!》

 

ナハトが立ち上がる動きを見せると、ネオゴドレイ星人はすかさず光線による猛攻を浴びせる。

ネオゴドレイ星人の胸部に禍々しい青白の光の渦が集まり出している。トドメを刺すつもりだ。

 

「そこの学生さん達!伏せろお!!!」

 

伊丹と倉田、栗林がエリカ達に飛びつき、無理やり地面に伏せさせる。アンチョビはその時、緑色の光へと変わるソーレの姿を見た。

 

「ソーレ…!!」

 

タイミングは同時だった。

閃光が走り、侵略者の光撃が放たれたのと、ソーレが光粒子化しナハト、そしてアンチョビ達を守る絶対障壁となったのは。

生命(いのち)の壁、そんな言葉が不意にアンチョビの脳裏を、過ぎる。

 

バチバチバチバチバチ!!!!

 

何かが勢いよく焼けるような、焦げるような音が市街地中に響く。

光壁となったソーレが侵略者の攻撃を受けている。

 

 

 

___顔を上げて、前に進むんだ___

 

 

 

ふと、声が聞こえた。暖かく、優しい声が、たしかに聞こえた。

 

「おかーさん、あの緑色に光ってる所から、声聞こえたよ?」

 

「今、知らない宇宙人が、頭の中に浮かんだぞ」

 

「だけど悪そうなヤツじゃなかった…」

 

「なんだ今の感覚…?」

 

街の中にいたすべての人々が、誰かから語りかけられるように感じる現象を体験した。特に、アンチョビとハジメ、そして擬態しているイルマには、それが、誰が言ったものか、そしてその言葉に含まれた真意に気付いていた。

 

「ソーレ!!」

 

___またね、千代美___

 

「ソーレェエエエ!!!!」

 

アンチョビに向けてテレパシーを送ったソーレは、ネオゴドレイ星人の攻撃を肩代わりし終えると、大気へ緑色の粒子、ソーレだったものが霧散して形を崩しながら消えていく。それらの一部は、ナハトの元へと結集し、ナハトのライフゲージに光を与えると、一つ言葉を残してやはり消えていく。

 

___どうか、この素晴らしい星を、彼女たちを……___

 

守ってくれ。

 

そう残したかったのかは分からない。最後の言葉を伝え切る前に、ソーレは粒子体すらも維持できなくなり、消えた。

ナハトに、ハジメに後を託すかのように。

 

《やったな……やりやがったなあ…!!》

 

ナハトは静かに立ち上がっていた。背後には、大きな声を上げながら涙を流して泣いている緑髪の少女がいる。

静かに怒りに震えるナハト。輝く瞳から一筋の涙を流し、拳を強く握り、ネオゴドレイ星人の方を見る。ライフゲージは鮮やかな青色に戻っていた。

ナハトの意思___ハジメの気迫に押されたのか、ネオゴドレイ星人は、はじめて一歩下がった。明らかにたじろいでいる。

この数瞬の間にナハトの力量が一時的ながら、数段跳ね上がったことを察知したのだろう。

 

 

《お前らみたいな奴がいるからッ!!!》

 

ジュワァアッ!!

 

流浪の身であった、優しき隣人が遺した願いを、想いを乗せて、スペシウム・オーバー・レイを放った。

放たれた虹色の光線は、以前より威力も跳ね上がっている。ネオゴドレイ星人は両腕を、先程のスペシウム光線を防いだ時のようにクロスさせて防御動作に入った。

しかし徐々に光線を受ける箇所から、ネオゴドレイ星人は消失していく。

 

《はぁああああーーーーっ!!!!》

 

畳み掛けるように最期は、七色の光線は膨張しネオゴドレイ星人のみを綺麗に飲み込んだ。

光線が通った後には侵略者の姿は無かった。ナハトは、断末魔を上げさせることも許さずにネオゴドレイ星人を葬ったのだった。

 

 

《………ごめん。》

 

清水区市街地から人々の生命を脅かす存在はいなくなったが、市街地のあちこちで未だに火の手は残っている。周辺に目を向ければ、焼け溶けた金属や何らかの灰の山、戦闘機・装甲車の残骸、鳴り続けているサイレン…。

今回も、失ったものは大きいに違いない。

 

___ありがとう、ウルトラマンナハト___

 

 

 

…………シュワッチ!!

 

ハジメは心に何かを引っ掛けた感覚を持ったまま、空へと飛び去った。

 

 

 

 

「やはり、今回もダメだったようだね」

 

「暴力に訴えれば、必ずさらに巨大な暴力が返ってくる。これは偶発的な事象であり、必然の事象でもあった。だから私は言ったのだ」

 

「どこの地球人も、ウルトラマンも、不可解な力を発揮するね………まぁ、いいさ。それならまた相手を上回る力を持って挑めばいい」

 

「その考えはいつか身を滅ぼすぞ、ヒッポリト」

 

「一つの手段として挙げてみただけだよ」

 

 

_________

 

 

翌日

 

 

静岡市 清水港学園艦第三停泊地 

アンツィオ高校学園艦 校内中庭

 

 

 

アンツィオ高校の中庭の中心___小さな丘の上には、七月上旬にも関わらず桜吹雪を吹かせている、大きな桜の木が一本立っている。

木陰にはアンチョビと、まほが立っている。そこから少し離れた、丘の下にはカルパッチョとペパロニ、お節介だと思いながらもまほの付き添いという形で、ハジメとエリカもいる。

 

「ここの桜の木はな、世界中で異常気象が起こるようになってから、夏前の超遅咲きになったんだ…」

 

「そう、なのか……綺麗だな…」

 

「ソーレにはこれからも何回も見せたかった。……昨日、あんなことがあって色々と大変だったんだけど…みんなでコレ、作ったんだ」

 

「墓標…なのか?」

 

桜の木の下には小さな土の祠がある。アンチョビはまほのその答えに首を横に振る。

 

「これは、証なんだ。ソーレが私たちと一緒に、ここにいた大切な証」

 

「大切な……証……。その、あの…昨日のこと…安斎、本当に大丈夫か?」

 

アンチョビは大空を見上げながら続ける。その声色は暗くはなかった。むしろ明るい。

小さな祠の真前まで歩むと、クルッとまほの方に振り向く。そこにはもう沈んでいた昨日のアンチョビはいなかった。

 

「私は大丈夫だ!…ソーレと会えて、その間にいろいろな体験して、そして別れて……私は変われたと思う。私はな、高校にいる間の目標しか、なかったんだ」

 

「……」

 

「将来、何になりたいかとか、なかったんだ。でも、ソーレと会えて見つけれたんだ。どんな奴とも、分け隔て無く仲良くなれて、笑い合える…そんな社会を作る人間になろうって…な」

 

「安斎も、自分の道を見つけれたんだな」

 

「ああ。未来のためにも、今を頑張る。またソーレに会えた時、胸張ってドゥーチェだぞって言えるように、勉強も戦車道も頑張るんだ」

 

「だが…彼はもう………」

 

「いや、違うぞ まほ」

 

アンチョビの目には悲壮はなかった。爛々と輝いている、赤い瞳。

 

「ソーレは死んだわけじゃない。きっと、この青く澄んでいる広い空から、私たちを見守ってくれてる。また会えると、そう私は信じてるから。

……そうだよなあ!ソーレ!」

 

青々とした雲一つ無い初夏の空を見上げながらアンチョビは、地球の大気に溶け消え、この星の風となった初恋の人物の名を呼ぶ。

応えは返ってはこなかったが、その代わりというように桜の花びらを揺らす程の、心地よい優しい風が吹いた。

そして、高い青色の空に、微かに光る赤い粒が見えた。

 

「!」

 

いつかソーレが飛ばした、あの小さな赤い風船は、まだ飛んでいたのだ。それは彼が遥か天高くから見守っているようにも見える風景。

声が枯れるまで、たくさん泣いて、涙を流しきったと思っていたのに。心は切り替えたと思っていたのに、ツーっと頬を伝う涙。

 

 

【♪ED BGM】ゆず『また会える日まで』

 

 

「こうしちゃいられないな!」

 

アンチョビはゴシゴシと顔の涙を袖で拭くと、桃色の大樹が立つ小さな丘の下にいる、頼れる仲間二人に呼びかける。

 

「ペパ〜!カルパッチョ〜! 練習するぞ〜!こんな時に元気出さないでいつ出すんだって話だ!みんなを呼びに行ってくれ!!

……それじゃ、まほ。大会があったら試合で、また会おうな!」

 

「……今年のアンツィオは強そうだ」

 

「いや違うな!"今年"のじゃない、"これから"のアンツィオは強くなるんだ!覚悟しておくんだな!」

 

「……ああ。よろしく頼む」

 

笑顔で別れを告げる二人。まほはゆっくりとエリカとハジメの方へと向かう。

アンチョビはペパロニとカルパッチョの下へと思い切り走り出した。

 

「こらー!私を置いていくな"〜!!」

 

 

"サ・ヌーシュ"

 

 

___憧れは、僕らの手と足を動かす。何度躓いても、何度倒れても、何度転んでも、その度に立ち上がり、勇気を持って踏み出し、歩み続ける。

あの遥か先にあるだろう、まだ見ぬ地平線にたどり着くために、僕らは、歩き続ける___

 

 

遥かなる恋人の故郷の言葉は___"憧れ"の精神は、この星にも深く根付いてゆく。忘れることなど、きっとない。それは明日に吹く風に乗ってどこまでも、いつまでも。

 

 

 

 




どうもです…投稿時間、三時間も遅れて申し訳ないっす…。
今日は自動車の仮免前の修了検定だったもので、帰宅後爆睡してしまいました。

やはりキーフが成した言動は偉大ですよね。劇中このシーンを録画で何度も観て何度も泣きました。
他種族のために、異界の地で、命を落とす覚悟って、どれほどのものなんでしょう…
次回もお楽しみに!

_________

 次回
 予告

一人の少年と少女の別れから、僅かながら時が進み、各国の直面している現状と苦悩。そして、道を誤る者に待っているのは、悪魔からの祝福か、それとも……

次回!ウルトラマンナハト、
【果てしなき苦悩】!



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第29夜 【果てしなき苦悩】

電子ロボット ジェットジャガーA、再登場。


太平洋上 千葉県沖 大洗女子学園艦

集団寮

 

 

 

 

 

「取り敢えずは…まあ、あの日以来は、爆発的に成長といったことはないんだな、西住さん」

 

「え、うん…あの夜はありがとう、みんな。でも本当にいいのかな?戦車倉庫でピイ助のこと育てようとしても…」

 

「こっそりやるんだから、許可なんていらないよ!」

 

みほの部屋の小さな同居人たるピイ助が急成長してから五日弱。

ピイ助がリクガメ大の体格になった日の朝、みほは登校時刻の一時間前に旧Aチーム___あんこうチームを慌てて非常呼集。ピイ助を元の体勢にひっくり返すのを手伝ってもらった。

その際、ある少女はエプロンを着て右手にお玉を持ったまま、またある少女は枕に抱きつき寝巻きのまま、またまたある少女は手に園芸バサミを持ったまま、またのまたある少女は完全なサバイバル装備に身を包んで駆けつけてくれたという話は蛇足になるだろう。

そしてここ数日の間、成長したピイ助の今後を憂い、静岡の新手の異星人騒動での一件を知り自身の姉や幼馴染らの安否を心配しながら生活してきたわけだが、今日遂にあんこうチームのメンバーの一人、沙織の提案によりこっそり戦車倉庫で育てることになったため、現在夕方の陽に紛れてアパート寮から運び出す作戦を実行に移すところであった。

 

「みなさぁーん!ジャガーにも来てもらいました!」

 

ピピピッ!

 

一度自宅に戻っていた優花里が帰還し、理髪店の店員兼マスコットであり家族でもある自立電子ロボット___ジェット・ジャガーAを連れてきたらしい。みほの部屋に繋がる玄関に、仲良く二人でひょっこりと顔だけ出していた。ちなみに身長の関係上、ジャガーが上で、優花里が下である。

 

「ええっ!ジャガーさんまで、お店の方は大丈夫なの優花里さん?」

 

「大丈夫でありますよぉ!ジャガー本人も行きたいと聞いてますし、両親からも許可はしっかり取りましたから!」ビシッ!

 

ピピピッ! ___ビシッ!

 

玄関先で優花里がみほに向かって見事な敬礼をすると、ジャガーもほぼ同じタイミングで敬礼をする。二人はそれぞれ…優花里は陸軍式、ジャガーは海軍式であることには突っ込んだ方が良いのだろうか。

みほは若干の苦笑を浮かべながらも、友人たちの配慮に感謝を伝える。

 

「さて、力持ちな頼れる運び手が来たところで!早くピイ助ちゃんを運んじゃお!」

 

「ピイ助、一人で寂しくないのかなぁ…」

 

「ピイッ!」

 

みほの心配をよそに、やはりピイ助は言葉を理解しているようで、元気な返事を返す。

 

「ね?ほらピイ助ちゃんも大丈夫って言ってるから、あんまり気にしすぎるのもダメだよみぽりん!」

 

「………亀助は飛べるんだろ?なぜ運ぶ必要がある」

 

「いくら夕方だからって、飛ばない種の動物が飛んでるところを見られたらマズイですよ!!」

 

「……たしかに」

 

結局、ピイ助はギリギリ部屋の通路と玄関口は通れるサイズであったため、ジャガーによって玄関先まで抱っこされて運ばれたのち、沙織が借りてきた台車に乗せブルーシートを被せて、六人がかりで学園の戦車倉庫へと運搬を開始した。

 

「つ、着きましたね…」

 

「道中の坂道が一番キツかったねぇ…」

 

「ジャガーさんがいてくださって助かりました…」

 

そしてしばらく人目を避けながら、誰にも見つかることなくなんとか校舎の裏口まで辿り着くことに成功した。

戦車道チームの隊長としてみほが、杏会長から渡されていた倉庫の合鍵を使ってシャッターのロックを解こうとしたのだが___

 

ガラガラガラ…

 

「あれ?開いてるよ?」

 

みほが開いていないことを確認するためにシャッターに手を掛けて上げようと試みたところ、呆気なく開いてしまった。

おかしい、今日は珍しく練習日ではなかったはずである。なぜ倉庫が勝手に開いているのか。

 

「も、もしかして…宇宙人!?」

 

「そんな、大袈裟ですよ沙織さん…」

 

「でも何も西住殿は会長たちからは聞いてないですよね?」

 

「う、うん。」

 

鍵をかけ忘れただろうか?いや、友人達に囲まれながら昨日明るい夕方ごろにしっかり戸締りはした。

だがやはり、好奇心に勝るものはない。少女五人と、電子ロボットは、ゆっくりと薄暗い倉庫内へと足を踏み入れた。

 

「ところどころ電気がついてるけど…」

 

「いったいどちら様が…」

 

ガタガタッ!

 

「「「!!」」」

 

一同は音がした場所に体を向け、身構える。ジャガーが一歩前に出て守るように立った。

しかし彼女達の前に姿を現したのは、おぞましい怪獣でも、不気味な異星人でもなかった。

 

「やあやあ西住ちゃんたちじゃない!」

 

「どうした、今日は休みだと言ったはずだが?」

 

「もしかして自主練とか?みんな凄いわね〜」

 

現れたのは生徒会の三人であった。生徒会メンバーの河嶋の右腕には、名簿帳のようなものが抱えてある。どうやら備品関係の点検を整備担当である自動車部の報告と照らし合わせなどをしていたようである。

 

「角谷会長!」

 

「何か倉庫内に用事でもあったのかな〜?………ん?その台車に掛けてるブルーシートの中身、何?見せてよ!」

 

「え、えっと…こ、これは!」

 

「いいから いいから〜頼むよ〜西住ちゃん」

 

「なんだ西住、見せられないようなものをここに運ぼうとしてたのか?よく見れば秋山んとこのジェットジャガーまでいるじゃないか、ますます謎だ」

 

「私もちょっと気になるかな〜」

 

六人の健闘も虚しく、生徒会メンバーは台車に掛かっているブルーシートを勢いよくひっぺがした。

みほは顔を真っ青にしているし、他のメンバーもやってしまったと、顔に出ている。心なしかジャガーの電子音も見ていられないほど弱々しくなっている。

 

「ぴいっ!」

 

そんな自身の置かれている状況を理解しておらず、外界の情報の一切を遮断されていたピイ助は、ブルーシートを取っ払った人物たちに勢いよく挨拶を返した。

 

「うあっ!びっくりしたよぉ…あれ?このカメちゃん、もしかしなくとも西住ちゃん家の子かな?名前はなんていうの?」

 

「は、はい、えっと、ピイ助です!」

 

「で、デカイなピイ助…飼ってると聞いていたが、こんなに大きい個体だったとは」

 

「でもでも、目がクリクリしててかわいいよ!」

 

杏達のピイ助への反応が案外と良好であり、肩透かしを食らうあんこうチーム。

そして、杏たちからはこのカメ太郎は何なのか、どうするつもりだったのかを問い質される。

渋々といった様子でみほが説明した。

 

「ふーん…なるほどねぇ、予想よりも大きくなっちゃったから、飼う場所を移したかったと……」

 

「だがお前たちがやろうとしたことは立派な___」

 

「でもまあいいんじゃない?」

 

「「ええ!?」」

 

河嶋の言葉を遮った杏が口を開いた。発された意見は、予想とは違うものだった。

あっけらかんと話した杏は、屈託のない笑みを浮かべながら続ける。

 

「その亀ちゃん…ピイ助ちゃんだったよね?」

 

「は、はい」

 

「大切な家族なんでしょ?ならいいよ、ピイ助ちゃんがここに住んでも」

 

「か、会長!?よろしいのですか!」

 

「硬いこと言うなよ かーしま〜、私も情がじわじわと湧き出してきちゃったからねぇ。それに、こんなかわいい子、外で逞しく生きろなんて、言えないよ」

 

「会長…あ、ありがとうございます!」

 

深々と礼をするみほに、ピースサインで応える杏。

 

「うん、西住ちゃんには無茶なお願い聞いてもらったから。それと、これで戦車道の方も頑張ってもらいたいな〜って…ね」

 

「そこは譲らないんだ…」

 

「わ、分かりました。精一杯頑張ります!!」

 

もう一度深く礼をした、みほの顔が今までのものと変わった。何かを明確に決めた、覚悟をした顔。一見普段通りに見えるが、中身が違うといった方が正しいと思われる。

 

「んじゃ、ご飯代とかはみんなでしっかりね〜、それと鍵もちゃんと掛けてってね」

 

河嶋は何か言いたげだったが、相方である柚子に促される形で杏の後ろについて行き、そのまま倉庫から出て行く。

そして、立ち去る間際に杏が言い忘れていたと言い、急であったが連絡事項をみほ達に伝えた。

 

「そうそう、ちょっと前にお相手からオッケーが返ってきたんだけどね、今週の土曜日、早速練習試合することになったから!ルールは殲滅戦だったかな」

 

「練習試合……ですか?」

 

 

「うん。相手は聖グロリアーナだよ♪ それじゃ、よっろしく〜!」

 

 

少なくない変化を迎えた本世界のある一つの物語も、運命の少女をのせて、正史と同じ道を辿ろうとする。

待っているのは、正史以上の完璧な幸福(ハッピーエンド)か、それとも正史以上の最悪の終焉(バッドエンド)かか、あるいは、正史のような可もなく不可もなくなもの(ビターエンド)なのか………もしかすると………。

 

 

「……うっ、痛っ…!」

 

「西住殿!?どうしたのでありますか!?」

 

「勾玉が、熱い……ガメラが苦しんでるみたい…」

 

「ガメラが、ですか?」

 

「うん……何か、とてもひどいことをされてる」

 

 

_________

 

同国関東地方 東京都千代田区 

永田町 内閣総理大臣官邸 総理会議室

 

 

 

 

 

「…防衛省からの報告です。四日前、午後6時28分頃に静岡県静岡市清水区を中心とした、異星人によって引き起こされた特殊災害の被害統計と、今後の自衛隊運用についてのレポートが出来ました。」

 

口を開いたのは、白いスーツがトレードマークである、戸崎防衛大臣である。眼鏡を掛け直し、会議室内にいるすべての関係者が用紙に目を通し出したことを見計らい説明を始めた。

 

「まずは六月下旬から七月初めに掛けて、星間同盟なる組織によって立て続けに、関東地方が被害を受けました。ここ、東京新首都圏内を含めた敵性特殊生物並びに、侵略異星人による破壊活動で発生した被害総額は凡そ200億円以上、民間・自衛隊を合わせた死傷者はこの一週間で600人強です。」

 

「…またしても本土侵入を許してしまうとは…!初動が受け身になることは分かるが、歯痒いな…」

 

「中国では甲殻類型、オーストラリアでは軟体型…そしてブラジル、アフリカ、南・西アジアでも依然として昆虫型特殊生物群、ギャオスと戦闘を続けている。

……まるで世界大戦だな」

 

「こちらの索敵網を掻い潜る存在がこうも次々と…」

 

「首都圏の中心近く…それも筑波などに現れでもしたら、我が国の未来が消え去るぞ…」

 

頭を抱える関係閣僚の面々をよそに、戸崎は淡々と続ける。

 

「……続けます。また、防衛装備庁、日本生類総合研究所による調査によれば、これまでの侵略異星人らによるインターバル無しの空間転移は、以前の予想通り当該組織が空間転移時間の短縮を実現できる未知の技術を使用しているためであるとのことです。」

 

「なんだね、それが事実なら……いや、もう実際されているな…つまり、例の探知ソフトによる出現場所の予知と、相手がこちらにやって来るまでの自衛隊による部隊展開並びに、国民の避難誘導の猶予が消えるということで合ってるかね?」

 

「はい。その認識で間違いはないです。そこで我々は、更なる自衛隊の迅速な出動、展開、迎撃を可能とするため特措法の改訂案を考えました。」

 

戸崎は、その改訂案が記されたプリントに目を通すよう促すと、室内がどよめき出した。

垂水総理がそれらの感想と疑問を代弁する形で戸崎に質問する。

 

「戸崎君、"敵性存在の出現が確認され、自衛隊による迎撃体制が整っていた場合、現地展開部隊の判断で即時攻撃を可能とする"とは…」

 

「実際、国民の避難誘導の完了後に本格的な迎撃行動をこれまで実行してきましたが、いずれも自衛隊による活動の前後に少なくない被害を出しています。また、それが効果的ではなかったケースもあります。

現在のままの態勢で事が進めば、以前と同様の事象が発生した場合また何度も繰り返し同等、若しくはそれ以上の被害を出すでしょう。

迅速に作戦地域に展開した部隊が手を出せず、国民の避難完了のため待機しなければならなかったために、一方的な攻撃を加えられたのは前回の清水区戦闘が記憶に新しいです。」

 

「野党やマスコミが酷く騒ぐかもしれんぞ、いや、絶対に反発する」

 

「先の戦闘で、命令違反を犯して独断攻撃をF-2戦闘機パイロットが敢行、殉職しましたが、あのような場面が今後また発生するはずです。人口密集地に敵性異星人が突発的に襲来した場合、これまで以上の被害が発生することは火を見るより明らかです。こちらも提出が出来るよう調整している段階であり、総理や各関係者の皆様には、根回しをお願いしたいです。

次の被害が出てからでは、遅いのです!このままでは、自衛隊や内閣だけでなく、日本そのものの存在が揺らぎますよ。」

 

「………たしかに、これは誰かがやらねばならんだろう…今の日本は、変わらねばなるまい…。

熊本復興の目処が立ち、佐世保と清水の復興も始まった。これらの努力が再び打ち砕かれ水疱に帰すことなど、あってはならない。分かった。各方面に話を出してみよう。」

 

垂水総理が口を開けば、他の閣僚も腹を決めたようで、異議を申し立てようとする人間はいなかった。

それに対して、戸崎は一つ小さく安堵のため息をついた後、さらに続ける。

 

「ありがとうございます。…現在、焼津市に出現した例の宇宙植物、帯電性特殊生物のサンプル、そしてモスラの鱗粉などの回収・解析が佳境に入っています。これらはメーサー兵器やアドバンスへの技術転用ができる可能性が高いとのことで、防衛省と各地の研究機関に実用化を急がせています。」

 

蒼いウルトラマン("アクエリオン")と宇宙怪獣出現の一件で、非敵性、友好的特殊生物の定義と対応の甘さについて指摘されたばかりだが、そうも言ってられんようだ…」

 

「例の機人ですが、ロシア連邦海軍の全面協力もあり、二日前に無事オホーツク海軍港まで輸送され、本日シベリア・オホーツク統合基地に搬入を終えたとのことで、これから我が国と米国、ロシアの3カ国による合同研究を開始するとの旨を生総研のロシア派遣団から受けました。」

 

「頼むぞぉ…」

 

「これで奴らに勝てるような技術・情報を引き出せれば良いのだが…」

 

「全くだ…。」

 

度重なる特殊生物の日本襲来により、激務に追われているだろう閣僚達からは、機人研究への激励の意味合いが強い独り言がボソリボソリとこぼれていた。

 

「次は、米国政府から要請が来ていた、我が国のLプロジェクト系列のメーサー技術の一部提供についてですが、米国の巨人兵器技術との交換提供を条件に承諾しました。」

 

「うむ、予定通りだな。他に国防関係での報告などは?」

 

「特殊生物絡みであれば、例の学園艦解体中止についての話が辻局長から___」

 

バタン!!

 

「し、失礼しますっ!!」

 

会議中であるのにも関わらず、勢いよく会議室の扉を職員が開けた。顔面蒼白の様子であり、急を要する内容であることは誰の目にも明らかである。

 

「どうしたのですか?」

 

「さ、先ほど、豪州連合空海軍がミクロネシア方面の太平洋排他的経済水域(EEZ)上を飛行していた、ギャオスを追跡していたと思われる非敵性特殊生物ガメラに対し、N2弾頭を搭載した対空ミサイル計8発を発射したことが確認されました!」

 

「「「なっ!?」」」

 

「あそこの国なら…領海のすぐ横に来たら、ドンパチは起こすわな…」

 

「それで、ガメラはどうなったんだ!?」

 

「ガメラにミサイルは全弾命中。その後ガメラは接続水域内の海中に墜落、ギャオスは爆発の余波で即死を確認。ガメラ自体は失探したものの、ガメラへ豪州連合海軍が徹底的な対潜攻撃を現在敢行中とのことで、相当なダメージを受けているかと…」

 

「なぜわざわざ敵を増やそうとする…!」

 

「形振り構わず、片っ端からやるのは…違うだろうに…」

 

「生総研の特能精神開発室に連絡を入れろ!もしかすれば何か情報が得られるかもしれない!確認するんだ!!ガメラの生存を確かめろ、西部方面隊の哨戒部隊も出せ!!」

 

 

 

―――――

 

オセアニア・ミクロネシア

マーシャル諸島共和国 北北東領海接続水域

 

豪州連合海軍隷下

オーストラリア国防海軍第1艦隊

艦隊旗艦 原子力航空母艦〈グレートサンディー〉

 

 

 

「見たかね諸君?あの綺麗な紅き蕾がずらりと列を成した瞬間を。憎き太古の下等生物がこの世界から跡形も無く消えた瞬間を。いやはや、実に素晴らしい…!」

 

「ガメラは依然としてロストしていますが、命令通り対潜攻撃は続行させています。」

 

少々独特な表現を用いて感動を口にしているのは、豪州連合海軍の実質的な総司令官であり、自身から望んで現場に赴いている変わり種___"モンティナ・マックス"少将だ。彼もまた、大規模な人事異動に際して少佐から昇進を遂げた人物である。

上機嫌な様子で、モンティナ少将は連絡要員から報告を受ける。

 

「それで結構だ。ああ、あとで各艦長と砲雷長に、見事なお手並みであったと伝えておいてくれたまえ。我が海軍に、一抹の不安無し!!ハハハハハ!!」

 

続々と各艦艇から対潜爆雷や、アスロックによる攻撃が繰り出されている光景を横目に、胸に煌びやかな勲章をいっぱいに飾った白色の海軍服を着こなしているモンティナ少将は、大きな身振り手振りを交えながら興奮気味に話す。

 

「使えるものは何でも使う…実に合理的な考えじゃないかね! 進行中である"天頂計画(ゼニスプラン)"は我が国、ひいては世界を救うものだ、何人にも邪魔はさせんよ。ムスカ大佐が見つけた古の書物や、開発が始まった"VV-8"の話も楽しみだ」

 

「失礼します。少将」

 

「なんだね?」

 

「バスク・オム元帥からの指令で…ガメラ追撃は中止し、第1艦隊は帰投せよとのことです」

 

「……ふむ、なるほど。国際社会に対しての孤立のしすぎも考えものだな、もっともな判断だ。それにそろそろアメリカか、ニホンの哨戒部隊と艦隊も駆けつけるだろうしね。彼らとは一度やり合いたいが、致し方あるまい。

了解した。即座に作戦海域から撤収し、母港へ帰投する旨を伝えてくれたまえ。ああ、それと今回のギャオスの出現場所を割り出しておいてほしい。連合の領内であった場合、一大事になるからね」

 

「ッハ!!」

 

艦橋内に置かれた椅子の背もたれに体を預けて座るモンティナ少将は不敵に笑っていた。

 

「これは最早、まったく新しい大戦の前哨なのだ……こちらも準備が整いつつある。さあ万全の準備をしよう。剣を研げ、銃を磨け、鞘を拭け、弾を込めろ…我々の相手が同じ人間であれ、異形の怪物であれ光の巨人であれ、一心不乱に為すことはただ一つ………殲滅だよ」

 

彼らのギラギラと光る瞳に映る未来は、目指している果ての景色は、どのようなものなのか……それは彼らにしか知り得ない。

 

 

 

――――

 

アフリカ 南アフリカ共和国 

モザンビーク共和国国境付近

 

 

 

 

「2時方向っ!蠍野郎…"デス・ストーカー"4体確認!!」

 

「あの硬い殻がうざってぇんだ!」

 

ダタタタタタタッ!!

 

キキキッ! ギチギチギチッ!!

 

アフリカ共同体加盟国の一つである軍事大国___南アフリカ共和国と、それを支えるアフリカ随一の新生資源産出国家___モザンビーク共和国の国境線付近では、共同体統合軍と南ア共和国陸軍が、迫る巨大な蠍や白蟻の師団規模の群れに対してあらゆる銃火を浴びせていた。

 

ヴォオオオオオオオオ!!

ガガガガガガガッ! ガガガガガガガッ!

 

一際目を引く存在は空に多数あった。数はおよそ六つ。空から金色の閃光を途切れなく地上の化け物に繰り出している。強靭な装甲を持つ大蠍、デス・ストーカーを盾にして戦線を押し上げていた大白蟻の軍勢の勢いが数寸衰えた。

空で存在を際立たせているモノらの正体は、轟音を上げて銀色の巨躯で飛ぶ南ア生まれの共同体統合軍主力重攻撃ヘリ___〈AH-41 ネレイド〉の飛行部隊である。

 

『40ミリだけでは捌き切れん!』

 

『ロケットも使え! 射線はそのまま…撃てぇ!!』

 

バババシュウン! ___ドカァアアーーン!!!

 

「すまん!助かった!今のうちに態勢を立て直すぞ!!」

 

単横陣から繰り出された大型ロケット弾斉射の威力は絶大で、特殊生物の大群の前衛をまとめて吹き飛ばした。地上で機動戦を行なっている機械化歩兵部隊への十分な援護になっただろう。

 

「ギャオスでかなり戦力を割かれてる中で、こう何度も出て来られると腹が立ってくるな」

 

「米軍の展開も各地でいざこざがあって当分は期待できないらしいぞ!」

 

「くそっ、テロが終わった次はバケモノとの……この大陸はまた血を流さないといけないのか!」

 

大陸内でのテロや紛争が鎮静化しておよそ十数年、長らく血を流すことなく時が経っていたアフリカの大地は、特殊生物や遺伝子獣___ギャオスとの戦闘により、再び赤黒く染まりはじめていた。

 

ギャオオオオオオ!!!

 

「!、飛行型特殊生物…ギャオス確認!!」

 

「50メートル級……大型種、ハイパーだ!!」

 

キィイイイイイイン!! バシュッ!!

 

___スパッ!! ドドォオオオオーー!!!

 

空から飛来したギャオス・ハイパーが放った超音波メスが、ネレイド1機を直撃。陣形に乱れが生じる。

上空支援が途切れた地上部隊に対し、勢いを削がれ続けていた特殊生物群が再度攻勢に出た。

しかし、そこに共同体統合空軍の主力戦闘機〈SAAB 39 グリペン〉の一個飛行中隊13機が駆けつける。マルチロールファイターであるグリペンは爆装が施されており、地上部隊の直上を通り特殊生物群本隊に次々と滑空爆弾を投下し一掃していく。

 

『熱源探知、確認…誘導弾発射!!』

 

『なぜ大陸南端部に大型種が単体で…』

 

『今は余計なことを考えず撃ち込め!奴を逃すな!!』

 

このやり取りの後、僅か数分でギャオスは1対13の数の暴力に押され撃墜され、地上の特殊生物の残党集団を下敷きにする形で大地に落下。もがいているところに機関砲と残りの誘導弾がこれでもかと降り注ぎ、特殊生物群諸共四散したのだった。

 

「支援感謝する。恩に着るよ」

 

『そちらこそ、よく持ち堪えてくれた。貴隊の奮闘に賞賛を送る。我々は支援攻撃の任を終了したと判断し、これより基地に帰投する!』

 

 

 

「……さて、我々も…」

 

 

ブォオオオオン!!

ダタタタタタタッ!! バンバンバン!!

 

「8時方向、およそ距離1000!武装トラック三台を確認!!」

 

一連の戦闘が収束し、空軍や攻撃ヘリが一足先に離脱した後、一息吐く兵士達の下に今度はエンジンの駆動音と銃の発砲による破裂音を響かせながら新たな敵性勢力が現れる。

 

「"アフリカ解放団"です!」

 

「迎撃態勢を取れ!相手の規模・兵装の詳細は!!」

 

「車載の重機関銃、RPG、自動小銃が主戦力と思われる歩兵小隊かと!」

 

アフリカ解放団……アフリカや世界各地に出現し始めた特殊生物、及びギャオスへの共同体政府並びに統合軍が不十分な対応を執っている現状を憂いた一部右派傾倒のアフリカ人民らと民間軍事会社が中心となって結成した過激派組織である。

自らをアフリカを解放し自治する力を持つ自警団であると主張してはいるが、本質はテロリストのそれと大差はなく、国連・共同体が特災被災者に支給するために運搬中であった緊急物資の輸送隊や、各地の統合軍関連施設を連日襲撃しており、武器兵器弾薬を強奪し戦力を増大させている。

指揮系統は地域単位で独立、完結しているため、本丸を潰して即解決とはならないのがやっかい極まりない存在であり、彼らは正規軍や政府、そして何より自分たちの故郷を脅かしている存在である特殊生物に強い敵意を持っている。今回も、無線傍受やらをして嗅ぎつけてきたのだろう。仇を横取りされた腹いせに戦闘を吹っ掛けてきたものと思われる。

 

「奴らの数は少ない!制圧するぞ!!」

 

「LMGで牽制射!!」

 

「ほ、報告します!敵集団内に"蟲使い(バグズ・トーカー)"を三人確認!」

 

ピロピロロロロロロロ〜!!

チッチッヂッチッヂッ!

 

ぎこちない口笛と縦笛を混ぜ合わせたかのような不快な音色と、おおよそ常人が出せないレベルの舌打ちに近いなんらかの音が銃声と共に近づいてきた。

 

蟲使いとは、アフリカ解放団などの大陸テロ集団に所属している、最近になって確認されるようになった特殊技能を持った兵士らを指す。大雑把に言えば、サイズの制限はあるものの昆虫型特殊生物を使役するなんらかの手法を会得した人間である。アフリカでの特殊災害が発生してから、テロ集団は未知なる敵への備えとして未知なる敵を味方にするという荒技を成し遂げていた。

 

そしてその戦う力は、特殊生物という本来駆逐すべき化け物だけでなく、同じ人間にも向けられた。

蟲使い達の発する奇妙な音が辺りに響く中、彼らの周りの地中から5メートル級の変異型フンコロガシ数体が応えるように現れる。それらは大道芸に使うような大きさの土玉を作るわけでもなく、蟲使いの誘導に従って身一つで陸上部隊にすぐさま突撃をしだした。

 

「特殊生物、突撃してきます!」

 

「黙ってやられるわけにはいかんだろ。撃て!撃つんだ!!」

 

バババババッ!

 

現在、アフリカ共同体は特殊生物と同じ人種であるはずのテロ集団への対応に四苦八苦しており、頭を抱える状況に陥っている。三又の泥沼の戦場へとアフリカの大地は変貌していき、混沌の様相を呈しつつある中で、明日のことを考えている者はどれだけいるだろうか。

やはりどの時代でも、人が血を流すことは決まっているのだろうか?

 

……団結は結束を固いものにすることが出来るが、それと同等に、破り捨てるのもまた、容易である。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

おまけ 『心の曇り』

 

 

ある小さな、孤独な女の子は、孤独になる前には自分をよく理解してくれる心優しい笑顔の似合う姉がいました。

 

しかし、姉は巨大な化け物のせいで、自分の憧れであり希望だった光の巨人や地球の戦士たち、大人たちの健闘も虚しく、死んでしまいました。

女の子は冷たい雨が降る中、声が、涙が枯れるまで泣きました。理不尽と思える世界の全てを恨みました。そして女の子の前には救世主が現れ、姉を生き返らせてくれると約束してくれました。

 

その日から、女の子は滅多なことが無ければ笑うことも、豊かな表情を見せることが無くなりました。

何も感じることが殆ど無くなりました。

人の啜り泣きも聞こえません。

線香の香りも匂いません。

誰とも口を利きません。

遺体が消失した姉の形だけの葬式では、大勢の人や残った唯一の肉親である母が泣いている中、女の子だけは泣きませんでした。寧ろ微かに笑っていました。

 

女の子は救世主(ヒーロー)が姉を助けてくれることを知っていたから、姉が戻ってくると分かっているから、泣かなかったのです。それを見た母親や姉を慕う人々からはその様子がひどく悲しく見えたようで、母親は残った娘である女の子を抱き寄せ、懺悔の言葉を掛けながら泣いていました。

 

この時、女の子は、この人たちはやっぱり私を分かっていないんだと感じました。

分かろうとしてるのは、姉の妹として自分にだけ。自分には目を向けていない。

自分が感じてるだろう悲壮の感情に同情してるだけ。こちらはそんなものは感じていないのに。

誰も自分の"本当の私"に気づいてくれませんでした。この影響で、より女の子は他者との溝を深くし、自分の心を胸のとても奥にしまい込んでしまいました。自分ではなく、姉の妹としての自分を、他の大勢が求めるなら、それを演じてやろうと。

 

 

 

「やあ、アリス。途中経過を報告しに来た。今は…大丈夫なのかね?」

 

「うん。大学のレポートも予定通り進めてる。時間は気にしなくていい」

 

「そうか。……単刀直入に言うとだね、キミの姉、エミリを蘇生させること自体は可能なのだが、蘇生に必要な素材が足りないのだ」

 

「何?何が足りないの!?」

 

「そう焦らなくていい。きっと手に入る。……だがアリスにほんの少しだけ手を貸してほしい」

 

「……うん、いいよ。お姉ちゃんのためなら、なんでも手伝うから」

 

「ある特別な生き物が分泌する物質が欲しい。それは、キミ達で言うところの怪獣の子供だ」

 

「怪獣の…子供?」

 

「ああ。その子供は、自分と同じような悲しみを背負った者と共にいることで、それを中和する物質を生み出す…それが必要なのだ」

 

「自分と、同じ悲しみ…?その子も、何かされたの?」

 

「遥か昔、多くの同胞をガメラに殺された」

 

「!!」

 

「"柳星張(りゅうせいちょう)"…そう呼ばれ人々から意味もなく恐れられ、迫害され、そして封印された。そんな怪獣の子供を、アリスに育ててほしい…頼めるか?」

 

「分かった。その子もきっと悲しんでる。そして憎んでる。仲間が殺されて、しかも他者の勝手で長い間眠らされて…私はその子とおんなじ。だから迷いはないよ」

 

「ありがとう。また来た際、柳星張の子のいる場所にキミを連れて行く。それまで準備をしてくる。また会おう」

 

「うん、またねヒール。………待っててね、お姉ちゃん」

 

破滅への導きは止まることを知らない。彼女は、何が真実で、何が虚実なのか、分からなくなりつつあった。

 

「もし、もしも、その子が私に力を貸してくれるのなら、私は助けてくれなかったあの偽善者を、壊したい。」

 

 

 

 

 

 

またある少年は思い悩んでいました。

少年は光の化身になるための力を持ち合わせていました。しかしその力の使い方と、自分の在り方に苦悩していました。

それも、たった一人で。相談できる友人にも打ち明けられませんでした。異星の友にでさえ、話すことが出来ませんでした。

 

 

「俺に、本当に地球を守る力を、扱う資格があるのか…?」

 

光の巨人になった時の、人々の希望と憎悪の対象とされている自覚と責任。

他者に相談しようにも、これほどの突飛な話、信じてくれるかも怪しい。信頼できる仲間に打ち明けることも戸惑われる。それに、もう誰かに話すタイミングは消えたのではないかと思いつつあった。

 

「……人の死に、関わり過ぎた…。あんな…小さな女の子の、お姉さんを守れなかった…助けられたのかもしれないのに」

 

___それだけじゃあない。顔も名前も知らない数多くの人々の死に、間接的・直接的関係なく、自分が戦うのが早ければ、倒すのが早ければ、失うこともなかったかもしれない命もあるだろう。

 

「人殺し……なのか。なんのために、俺は、ウルトラマンになったんだっけ…なんのために…」

 

大切な人だけを守れればハッピーエンドか、いや、そんなことは断じて有り得ない。

過去に縛られるな、囚われるなとよく言われるが、引き摺ってしまうのは、人の性である。少年にとって、これらの経験は早過ぎた…かもしれない。

 

手元の、鰐の絵が描かれたブローチが鈍く輝いている。想う人に、キーホルダーと一緒に渡そうとして渡し損ねたもの。

 

「俺は…誰のヒーローにも……」

 

そもそも、ヒーローになろうとすること自体が烏滸がましい行為なのではないかと疑い出してしまう。

現実はハッピーエンド、バッドエンド関係なく、次の物語が始まり、終わり、それが延々と続く。

自身の周りだけが笑顔、視界の外にいる人々が悲しんでいるのを、幸福であるというのは違うはずだ。

 

「あの頃の俺なら、どうするんだろう」

 

過去の自分へと投げ掛ける。返答が返ることの無い質問が、空間に消えていく。

人に頼ってくれと、力になるよと、任せてくれと、語っているのに、自分は他人を頼ろうとしないし、信じることができないでいる……幼い頃の自分を知る幼馴染達でさえ……逆に向こうが心配して手を差し伸べてくれても迷いなくその手を取ることが出来ない……。

 

「……エリさんに、電話…」

 

弱さを見せることが、出来ない。手に持ったスマホが、部屋の床にポトリと落ちる。力を抜いた気はなかったはずなのに。

ヒーローは強くなければ、ヒーローは弱みを見せない、ヒーローは辛い顔をしない……

 

「……もう、誰かの悲しむ顔を見たくない…何が足りないんだ…俺は、何か間違ってるのか…?」

 

少年は、なにも間違ってはいない。だがそれを伝えてくれる人間がこの場にいない。そのため、彼は心の仮面を付ける。あの時の、幼き日のヒーローの仮面を真似ながら。見栄っ張りの薄い元気を見せながら。

 

「また明日が来る。……元気出さないと…」

 

あの日夢見た、確かなイメージは、もう霞んで見えなくなってしまったのだろうか……あの頃の自分とは、何だったのか。

 

 

 

またとある少女も、心にしまっているモノを上手く伝えられない不器用な彼女も、同じように悩んでいた。

人に頼ってもらいたいけれど、自分から突っぱねたり、逆に自分では役不足ではないかと考えてしまう。

 

「なんで、私を頼ってくれないの…?」

 

自分で思い当たる節はあっても、呟かずにはいられない。誰にもこの複雑な感情を理解してもらえないと思うから。

 

相談されたいの?それとも、相談したいの?

 

この二つがずっと自分の頭の中でグルグルとアテもなくずっと回っている。

 

「"最初から一緒"じゃなかった私には、話せないの…? 途中から輪に入ってきた私だと、駄目なのかしら……分からない…分かんないわよ…」

 

彼に寄り添える人間になりたい。しかしそれと同じくらい彼に支えてもらいたい……隠してること、話せないこと、自分は分かっているのに。

彼は気づいてるのだろうか、秘事をしていることが自分が気づいているのを。

彼のしようとすることに不信も疑念も無いが、自分のことをどう思っているのかだけは、とても気になっている。

 

「また私、置いてけぼりになるの…? アンタはいつも何も…何も教えてくれない……」

 

 

人それぞれが様々な苦悩を抱えながら、そしてそれらをひたむきに心の奥底にしまい、誤魔化しながら生きている。

 

彼ら彼女らは、おそらく朝がやってくれば、吐露した言葉をまた呑み込み、何気ない顔をして周りと接し、生活していくだろう。

 

しかし、それが正しいとも、間違いだとも誰も言えない。

 

それは明確な答えなど無い、不透明なものなのだから。

 




 大変お久しぶりでございます。投稿者の逃げるレッドです。
最近、リアルの方では資格取得や課題研究の発表準備、デュエマ復帰と、様々なことが重なりそちらに時間を使っていました。ssの方は投稿する話を書き溜めたりしており、気づけば今年が終わる時期の投稿となりました…申し訳ない。

 ………最近、新たにウルトラオタクの友一名をガルパン沼に突き落としたのですが、そんな彼が放った「秋山さんの喋り方がZさんのそれなんよ」の一言のせいで、優花里さんのセリフの最後に『〜でありますよ、ハルキ!』が自然と…。

 本編はそろそろ、原作でいう聖グロと大洗の練習試合、そして抽選会へと突入していきます。
 逸見エリカのヒーロー1は、抽選会までが前半として考えております。これからもお付き合いしていただければ幸いです。

 次回も、お楽しみに!



_________

 次回
 予告

黒森峰から去ったみほがいる学園艦、大洗女子学園が戦車道を復活させたことが判明した。
すでに練習試合も経験しており、本格的に動き出しているようだが……

そのチームの中にみほがいることに気づいた黒森峰メンバー達は大洗に向かう。
ある者はみほの現在を、ある者はみほの本心を、ある者は家族の一員として___彼女の身を案じながら、再会する。しかしそこには不思議な男もおり…?

次回!ウルトラマンナハト、
【さすらいの風来坊】!


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第30夜 【さすらいの風来坊】

宇宙同化獣 ガディバ、
超複合怪獣 トライリベンジャー、登場。


東アジア 日本国関東地方 茨城県大洗町 

茨城港 大洗女子学園艦

民間ヘリ発着場

 

 

 

「ここが、大洗女子学園か…」

 

そう呟いたのは黒森峰学園高等部二年生のハジメだ。

現在、大洗女子学園艦は黒森峰学園艦とは別の海域を航行している最中であるが、ヘリの操縦資格のあるエリカに学校所有の旧独空軍輸送ヘリ___〈フォッケ・アハゲリス Fa223 ドラッヘ〉を動かしてもらい、黒森峰のメンバー数人…まほ、マモル、ヒカル、ハジメ、__そして何故かシンゴもいた―― は大洗女子学園艦にやってきていた。

 

「すごいねー、黒森峰以外の学園艦には初めて乗ったよ!」

 

「シンゴ、わかってると思うけど、あんましはしゃぎ過ぎたらダメだぞ?」

 

「うん。分かってるよ。…やっぱり、ここに来てから、持ってる勾玉が熱くなってるんだ。何かあるのかな」

 

「そうなのか?」

 

シンゴが手に握っている翡翠の勾玉が確かに鈍く、そして長い感覚でぼんやりと点滅を繰り返していた。ハジメもここには邪悪ではない、何らかの力があるのを頭の片隅に入れておくことにした。

 

「この学校にみほさんは今通ってるんだな…」

 

いつもより低く、重い声色でそう呟いたのは元みほ車整備班長のヒカルである。あのプラウダ戦からおよそ半年以上…黒森峰から姿を消し会うことがなくなっていたみほに、戦車道の新興チーム偵察という建前の下、ヒカルだけでなくいつもの黒森峰メンバーのほとんどが、簡潔に言えばみほに会いに来たのだ。

 

「……どうしてるんだろうな…もう前みたく接してくれたりは…」

 

「らしくもないことを言うな駒凪君。みほはそんな風に人を扱ったりはしない…分かるだろう? 心配はいらない、大丈夫だ」

 

「そ、そうっすか?」

 

ややいつもより元気の足りないヒカルと、それを説得しているまほと言う珍しい構図。そんな光景がしばらく続いていると、ヘリを格納し終えたエリカが戻ってきた。

 

「隊長、いよいよ…ですね…」

 

「ああ。みほの本心を、聞きに行くぞ。戦車道を一度離れ、また戦車道と向き合ってくれたのには、きっと何か理由があるはずだ。それを、確かめたい」

 

メンバーらはそれに合わせてみほのいるだろう大洗女子の校舎へ向かうため艦上の街を歩く。

 

 

「確かに黒森峰よりは規模は小さいけれど、そこは学園艦ね、立派な一つの町じゃない。活気もあって、みんな明るい」

 

「黒森峰だって人の温かさなら、負けてないと思うけどね」

 

「私は何も黒森峰より上とは言ってないわよ!」

 

歩みを進めていると、大洗女子学園の校舎が見える住宅街の街角までやってきていた。

 

「ハジメ君、エリカ、少し声のトーンを下げろ。街中に入ったんだ。周りのことも考えろ」

 

「俺は声荒げてなかったんだけどなぁ…」

 

「アンタねぇ…!」

 

エリカがハジメにジトッとした目線を送っていると、前方から悲鳴に近い声が上がる。

 

「ああ"ーーっ!!」

 

「「「!?」」」

 

甲高い声を上げた主は、大洗女子高等部の二年生、みほが車長を務めるあんこうチームの一人でもある秋山優花里だった。

 

「高校戦車道の強豪、黒森峰学園の生徒の方々でありますかぁ!?」

 

「あ、え、えっと…そうです」

 

しかし初対面である。混乱状態にある黒森峰側を置いて優花里の方は羨望の眼差しで彼らを見ている。当の黒森峰側は、奇異の目線を優花里に送っている………。突然の質問に答えたハジメも若干戸惑っているようだ。

 

「も、もしかして、我が校の偵察でありますか!?黒森峰の隊長・副隊長、そして整備科の方々まで!!」

 

「俺らのことも知ってるんだ…」

 

「勿論であります!選手と整備士の方々の名前と顔、戦績・活躍まで全て頭に叩き込んでありますので!

……それで、今回はどう言ったご用件で!?やはり先ほど聞いたように偵察でありますか!?」

 

テンションが高いやつだなとエリカは思いながら、相手のペースに乗せられるものかと質問する。

 

「あー、それはまあ、そうかもだけど…その前に!アンタ何者よ!」

 

「あう…し、失礼致しました!私、秋山優花里と申します!!」

 

一瞬エリカに気押されたものの、すぐに立て直すと、ビシィッ!___そんな音が聞こえてきそうなほどのキビキビとした陸軍式敬礼をし自己紹介を終える優花里。

 

「…西住まほだ。あ、えっと……何から話せば…」

 

まほが何から話したら…聞けばいいのか混乱していると、向こうの方から優花里と同じ大洗の制服を着た少女達三人がやってきた。

 

「すいませーん!! もー、ゆかりん、大声出したかと思えば急に今度は走り出して…。あのウチのゆかりんが失礼しました!」

 

「あら、みなさんは……たしか…」

 

「西住さんが通っていた、前の学校の人間か。なんだ、ここまで来て西住さんを責めに来たのか?」

 

「なんですって!?」

 

「ちょっ、麻子!!その言い方は失礼でしょ!」

 

麻子の言う事を黒森峰メンバー達は理解できた。外部から見たら、みほを追放した勝利至上主義が闊歩するひどい学校の生徒…しかも同じ機甲科の所属なのだから、余計そうだろう。

一人がやらかせば、外の者達はそのやらかした人間が所属していた組織、グループが一括りにされ"やらかす奴ら"という印象を持ってしまう。団体の中が善良な人間で多数を占めていたとしても、である。これは人間の性質上、致し方の無いことでもあるが…。

 

「違う。俺は……俺たちは、みほさんを責めるためにここに来た訳じゃねぇ…。ただ、知りたいんだ。知りたいだけなんだ!」

 

ここで一歩、ヒカルが前に出て麻子を真っ直ぐ見ながら口を開いた。一言一句力強く、麻子がこちらに向けている、友人を守るための疑心と敵意の籠った瞳から目を逸らさずに。

 

「知りたいって、何をだ」

 

「それは______」

 

 

 

 

 

 

茨城県 大洗町 大洗海浜公園

 

 

 

ザザーーーン…

 

「ねえ、どうやってピイ助はここに来たの? 」

 

「ぴぃ?」

 

「あ、いや…初めてあった場所、ここのことじゃなくて…今のこと。戦車道倉庫にいたはずなのに」

 

みほはいつものようにあんこうチームのメンバーとは下校せず、一人で艦から降り、新たなスタートを迎えた場所でもあるこの海浜公園にまた来ていたのだ。

そしてそこに何故かピイ助もいた。何故か、である。今日はウサギさんチームの面々が見ていると聞いていたため、クリっとしたピイ助の可愛らしい目を見ながら首を傾げるみほ。

 

「……て、話せないよね…、何してるんだろ…私。なんでここにまた来ちゃったんだろ」

 

新しい道を見つけて歩けていると思っていた。道を選べたと思っていた。自分は人を信じれていると思ってた。

たしかに大洗という新天地に来てから、向こうでは感じられなかった別の温かさに包まれたが、逆に向こうで感じられた温かさが無い。足りないのだ。

そして今はどうだろうか、決意した道が閉ざされかけていると、自分でも何となく分かってしまっている。

 

「大会で一勝……それも出来るのかな…」

 

みほの不安の種は、恐らくここ最近行った、大洗女子初の戦車道練習試合だろう。相手は強豪の一角___聖グロリアーナ女学院との対戦だった。

結果は言わずもがな敗北。みほ率いるあんこうチームが最後に相手隊長車に肉薄し、一矢報いようとしたものの、敢えなく撃破され大洗側は全滅というカタチで終わった。

 

「………今から、無理って言ったら…みんな、どう思うかな…」

 

あの時よりもいくらか訓練を積んだとは言え、大会に出せるかと言われればまだまだお粗末な練度である。

先が思いやられ、途方にくれていたら、様々な不安が浮き彫りになってきて感情の整理が出来なくなりつつあったのが、今のみほの状態だ。

また…心が折れそうになっている。

 

「何をすれば……いいの? 分かんないよ…」

 

こんな時だけ、姉や、幼馴染の顔が過ぎるのだ。自分はなんて都合の良い人間なのだろうかと思ってしまう。

 

「結局、私…なんにも変わってなかったんだ…応えたい期待にも、応えられなくなってたんだ……」

 

みほは地面に座り込み、体育座りで顔を埋める。横にいるピイ助が、心配して頭を擦ってくるが、みほは何一つ反応を示さない。

 

 

「うわっ!? なんだ…あんちゃん、もしかしてずっとトラックの荷台ん中入ってたのか!?」

 

「ああ、すまない。俺は大丈夫だ」

 

「だ、大丈夫ってぇ……この中、−15℃以下だぞ…?どっから乗ってたんだ、最低でも二時間は……ええ…」

 

 

「?」

 

後ろから、上記のような奇怪なやり取りが聞こえたため、みほは顔を上げて後ろにゆっくり振り向いた。

するて目の前には、黒のロングジャケットと黒いハットを被ったいかにも旅人という風貌の青年が立っていた。服や帽子の所々に小さな氷柱を付けていながら。

ギョッとしたみほを他所に、青年は尋ねる。

 

「よお。ラムネ、飲むか?……ちっとばかし凍ってるが…」

 

___と言いながら両手に持ったほぼ氷結状態のラムネの片方をみほに渡す。

当然、いきなりのことにみほは驚くが、ラムネを受け取り礼をする。

 

「あ、え、え?えっと、私が貰っていいんですか?」

 

「ん? 気にするな、あのおっさんのトラックにあった荷物じゃないぞ。ちゃんと俺が買ったやつだ」

 

「そこじゃなくて……貴方は…お名前は…」

 

初対面でありながら気軽な友人に対するようなやり取りで色々とペースやらなんやらを持っていかれていたみほであったが、ようやく目の前の男の身元を尋ねることに成功した。

 

「俺の名前か? 俺は___」

 

整った顔立ちと突飛な出来事さえなければ通報案件の不審者なのだから、正体を知りたくなるのは当然だ。そもそもとして、早急にこの場から立ち去った方が良いという考えは既にみほから抜け落ちていた。

 

「___ラムネのお兄さんと呼ばれることもある」

 

「ら、ラムネのお兄さん? それに…呼ばれることもって……」

 

「この通り、俺は色んな場所を旅している風来坊だ。そして、こっちは一応名乗ったんだ、そちらの名前も良ければ教えてほしい」

 

「に、西住みほです…」

 

浮かない顔をして、また顔を俯けるみほに男は話を切り出す。近からず遠からずの距離を保ち横に座りながら。

 

「そうか。……で、どうしたんだ、こんなとこに女の子一人とデカい亀一匹で座って黄昏て。まだ夕日が見える時間には早いぞ。たしかにここで見る夕日は綺麗だとは思うが」

 

「夕日を見るために来たわけじゃないです…」

 

突き放すように呟いたみほの心情を男は驚くほど正確かつ素早く察していた。

 

「………悩み、だな。自分がこれから、どうしたらいいのか、分からないって思ってるだろう」

 

「え?なんで…」

 

「分かったのかって顔してるな、分かるさ。俺も似た経験をしたから分かる。そしてそういったことを考え悩んでいる、旅先の知り合いも多く見てきた。それに、ミホの場合は顔にこれでもかってぐらい出てる。

……そっちが良いなら、ここで話してもいいぞ。どんなことも吐ける時に、吐くのが一番だ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

知り合いでもない人物に気軽に話せると思っていたのが功を奏したのかもしれない。みほは決心したように一つひとつ悩みを打ち明けはじめた。

みほが話している間、男は表情を崩すことなく、真剣に聞いていた。

 

 

「______そうか、確かに色々抱えてるな」

 

「…私、もう分からないんです。これから、どうしたらいいか、何をしたらいいか……」

 

先ほどよりもみほの顔は影を落としていた。またそれを察した男が口を開く。

 

「その…"センシャドー"ってのはあまりよく知らないが、ミホはそのスポーツが好きなんだろ?」

 

「戦車……と繋がりのある、想い出は好きです…」

 

「なら、続ければいいさ」

 

「え?」

 

自分の予想とは違った男の言葉を耳にし、みほは驚いて顔を上げると同時に男の方を凝視した。

自分は逃げたはずなのだ。なのに、なぜ、そう言うのだろう。

 

「話を聞いていれば、仲間達を、想いの人を置いてってしまった、きっと自分は戻れないし嫌われているだろうみたいなことをミホは言ってるが…それは多分違う。話を聞いた限りだと、俺にはその仲間達…特にその男が悪いこと言って恨んでくるような奴には思えないな」

 

「でも、私がみんなから逃げたことには…」

 

「逃げではなかったさ。仲間達も、きっと分かってくれてる。もうそこで出来ないってのなら、新しい場所で、自分は頑張ってるぞ!…ってぐらいの気概を持って、それを見せて教えてやれ」

 

「……いいんでしょうか…」

 

旅人の男が何度も勇気づけてくれてはいるが、みほは今一つ踏ん張れない。

過去、そして以前の仲間との確執と言えば良いのか。後ろ指を差されるのではないか、これからずっと許されないのではないかと悩み苦しんでいる。

 

♪〜〜〜!

 

いつの間にか男は懐から取り出したものと思われるハーモニカとはやや形状が異なる小楽器を口に当て器用に吹き始めた。それは実に綺麗な音色であり、みほにも聴き覚えのあるメロディであったらしく、徐々に笑顔になっていた。

 

「あ…それ、ボコの……!!」

 

「最近、ここらで聞いたことのあるのを即興でやってみた。好きな曲だったか?…顔、明るくなったじゃないか。さっきよりも断然今の顔の方が似合ってると思うぞ」

 

そんなに自分は酷い顔をしていたのかと、みほは思う。たしかに心持ちも幾らかマシにはなった気がしている。

 

「……くどいと思うかもしれないですけど、本当にいいんでしょうか…」

 

「それは他人に聞いて決めるもんじゃあない。他人からあーしろこーしろと言われるのは違う。あとな、人の命を助けて本当に怒鳴る奴なんかいない。特に、ミホのことを良く知ってる連中ならな。当然母さんも、父さんも、姉さんもそうだろう。

胸を張っていけ。自分が行く道は、自分で決めろ、選べるだよ。自分で、選ぶんだ!」

 

「私が、行く道……私が、選ぶ道……」

 

だが…と、前置きしてラムネの男は口を改めて開く。その口調は穏やかであり、聞く者に対して安心感を与える。

 

「今まで偉そうに俺が言ってたことは、あくまでも俺なりの考えだ。これ一つが全てじゃないさ。別に無下にしてくれてもいい」

 

「いえ!そんなことは…私、今ので勇気づけられた気が…背中を押してもらえた気がします。向き合ってみます。みんなと、あの人と」

 

「そうか。なら、あと一息なんじゃないか?返してないんだろ、自分の想いの答えを。返してやれ、絶対待ってくれてるはずだ。」

 

「はい!ありがとうございます、お兄さん!」

 

ふとラムネの男は、立ち直り出したみほから、みほの隣にジッとして動かないピイ助に視線を移していた。男の視線に気づいたのか、ピイ助も男の方に顔を向けて見つめる。

そんな一匹と一人の間に交わされているものはみほには分からなかったようで、少しソワソワしながら彼らの無言のやり取りが終わるまで静かに座っていた。そして口を先に開いたのはラムネの男だ。

 

 

「……そうだ、一緒にいるそこのカメ…名前はあるのか?」

 

「え? あ、はい!ピイ助って言います!」

 

「ピイスケ…ピイ助か。…俺にも分かる コイツは…良い奴だ、きっとミホ達を助けてくれる」

 

「ありがとうございます……あの、お兄さん、なんでこんなに私の話を親身に聞いてくれたんですか?」

 

「それは………おっと、あの制服はミホと同じ…どうやら迎えが来たようだぞ」

 

立ち上がって振り向いてみれば、顔の見知った友人達がこちらに駆け寄ってきていた。そして、その後ろには忘れもしない、幼馴染達と姉がいた。

 

「みぽりん発見!!やっぱりここにいたよぉ!」

 

「え!? みんな、それにお姉ちゃんにナギさん達も…?えっと、どうして?」

 

「み、みほ……」

 

「みほさん…」

 

ここ(大洗)にはいないはずの、少年少女達。やはり自分のことを許してはおらず、面と向かって責め立てにきたのだろうか…そんな考えがみほの脳裏を過ぎる。

先ほどまでラムネの男によって心のバランスが戻りかかっていたみほだが、ここでまた揺れ動く。その狼狽ぶりは、普段のみほからは想像できないほどのものだった。

 

「ミホ、踏ん張れ。大丈夫だ。(そうだ、お前に寄り添えるのは俺じゃない。その子達だ)」

 

後ろにいる、会っておよそ30分ほどの交流であったラムネの男が、みほにだけ聞こえるぐらいの小声でまた背中を押してくれた。ほんの短い間しか話していない人間からの声かけであるのに、妙に頼もしく感じる。

みほはそれに応えるように、顔を上げて黒森峰のメンバー達の方に目線を向ける。

 

「みんな、久しぶり……その、ずっと連絡もしなくって…ごめんなさい!」

 

そこから何度か口をまごつかせた後、地面にぶつかるのではないかと思うぐらい勢いよく頭を下げて謝る。

当然、みほは頭を下げているので対面のまほ達黒森峰メンバーの顔色の把握は出来ない。返事などの反応が返ってこないため、みほが緊張で次第に震えてきた時、懐かしく、穏やかな声が返ってきた。

 

「みほ、久しぶり。以前より元気そうで、良かった…急にこっちに来てしまってすまない。驚いただろう」

 

「あ、うん。びっくりしちゃった」

 

最初に返ってきた声は姉のまほだった。普段の生活、そして家にいる時に見せる優しい顔。

ラムネの男の言う通りだった。まほは怒っていなかった。自分の妹、みほの今を心配していてくれたのだ。

 

「はじめまして!ボク、シンゴ。嵐 信吾!」

 

「え?ハジメ君の弟?」

 

「あはは、久しぶり…だね、西住さん。このシンゴは、黒森峰に来た俺の新しい家族なんだ。仲良くしてもらえると嬉しいかな」

 

「私がいなくなってからそっちも色々あったんだね…」

 

ハジメの弟___シンゴに軽く会釈をして嵐兄弟を交互に見ていると、その横から親友のエリカも入ってきた。エリカだけは開口一番にみほを怒鳴った。

 

「アンタねぇ、連絡寄越さないってどういうつもり!?」

 

「あぅ…ごめんね、エリカさん」

 

「何か勘違いしてるようだけれどね、いいこと?私が怒ってるのは、一方的で、傍迷惑だと思われるかもしれないけどね、みんなを心配させたこと!これだけ!!

別にアンタのことが嫌いだからキツくあたってるワケじゃないの!わかる?」

 

「うん。分かるよ、本当にごめんなさい…」

 

「……でも、何もなくて、本当に良かった…」

 

「……ありがとう」

 

ここで初めて、エリカが泣いた。今言ったこと以外にも言いたいことが数多くあるはずである。しかし、安堵できることが、今の彼女にとっては十分なものであった。どうやら和解…というよりみほの予想よりも穏やかな再会を果たしたと言っていいだろう。

 

「それにね……私以上に、隊長と同じぐらいアンタのこと案じてた奴がここにいるんだから」

 

そしてエリカは自分とハジメの後ろに隠れていた人物に声を掛けた。その人物は遠慮がちにみほの前に姿を見せる

 

「……みほさん、その…久しぶり…でいいのかな…?」

 

「ナギさん…」

 

最後にみほと対面した黒森峰メンバーはヒカルだった。

ヒカルと、みほの関係性を説くならば、直近の関係としては同じ学校で、戦車を整備する人間と、その戦車に乗る人間である。そして友人という関係から進展させるための一歩を踏み出せず、それが遅れてしまったがためにお互いの想いを伝える前に離れてしまった辛い期間でもある。

さらに遡るのなら、生まれてから中学生に上がるまでずっと一緒にいた幼馴染であり、よく互いの家に招いたり、逆にお邪魔したりするような深い仲でもあった。

 

「…俺さ、今なんて声かけりゃいいか分からないんだ」

 

「………」

 

しかしながら時の流れは無情なものである。歳が上がるに連れ、他人に対する意識は変わっていく。

それは特に親しい間柄の人物であって例外ではない。思春期という時期も意識の変革を助長させた要因であるのは間違いないだろう。

 

「俺、確かにみほさんのことが好きなんだ。ここに、大洗に来てみほさんを見て安心してるってのは、そういうことなんだと思う」

 

いつも一緒に遊んでいた。しかし学年が上がれば上がっていくほど、やること、やるべきことにそれぞれ違いが出てきた。

性別も違えば、生まれた家も違う。共に過ごすメンバー、時間にもズレが生じ、中学に上がる頃には疎遠と言っても差し支えないほど、関わりが無くなっていた。

学園艦と本土学校……戦車道とそれ以外…すれ違いが明確になったのもその時期だった。だが中学生の終わり頃、再び合流した。……そしてまた離れてすれ違い、今に至る。

 

「あの時も、俺は何も言えなかったし、答えももらえなかった……嫌われたのかとも思ったけど、俺の方は変わらない…だけど……」

 

「だけど…?」

 

ヒカルにはみほが遠くにいる存在なのか、近くにいる存在なのか、分からなくなっていた。もう自分の知らない存在に変わってしまったのかと不安だった。

 

「だけどさ…許せないって思ってるもう一人の自分が心の中の片隅にいるらしいんだ。新聞とか動画、観たんだ……その時にさ、なんで黒森峰にいた時より、昔よりも明るそうに、楽しそうにしてるだって、怒ってる俺がいた…」

 

「ナギさん……」

 

「ホントは、俺は俺だけは来ちゃダメだったんじゃないかなって。今、俺の頭の中ごっちゃになってるんだからさ……好きなのに嫌いって…変だろ…?」

 

「ナギ、お前…そのモヤ……」

 

「…え?」

 

言葉に覇気が無い。ヒカルのことをよく知るみほやハジメらだけでなく、見守っていたあんこうチームの面々ですらそう分かるほど、ヒカルから気力が抜け落ちていた。大洗にやってきた時よりも遥かに顔色は悪い。

そして何より全員の目を惹いているのは、いつの間にかヒカルの背後から溢れ出ていたどす黒い煙のようなモノである。

その禍々しい雰囲気にピイ助も危機感を持ったのか、ヒカル…ではなく、その背後に漂い登り続けている実体の無い黒い何かに唸り声を上げていた。

 

「邪気……いや、"マイナス・エネルギー"か…?」

 

そう呟いたのはラムネの男だった。ヒカルから出続けているモノに強い危機感を募らせているようだ。

 

「なんで…みんな後退りしてるんだ……?どうして…」

 

「な、ナギさん…」

 

「みほさんまで…やっぱり、俺のこと…」

 

ヒカルの尋常ならざる状態に対して取ったみほ達の反応が不味かった。

 

「違う。違うよ!ねえ聞いて、ナギさん!私は_」

 

「うるさいっ!!それ以上言わないでくれ!!!」

 

何かを早とちりしたヒカルは突然声を荒げて叫んだ。

 

「知ってた…知ってんだ!どうせ俺たちの、俺のことなんて……」

 

「!!、これは…!みんな離れろ!!」

 

「ナギさん!」

 

「ナギ!!」

 

今度は徐々にヒカルの声が小さくなっていった。さらには、その動きに連動するかのように背中の黒煙の空に昇る量が爆発的に増した。

いち早く反応していたラムネの男はみほの前に立ち、庇いながら周りの少年少女達に危険を報せる。

 

「俺は…もう分かんないや……半端者だもんな…だからこんな人生なんだろうな…」

 

フフフフフ、絶望せし人間よ…お前の闇を使わせるのだ…

 

「! お、お前は…俺に何をする気だ…?」

 

出でよ、ガディバ……人間の闇を喰らい、ウルトラマンナハトによって倒された怪獣達の怨念を糧に、新たなる崇高な存在として現出するのだ…フフフフフ

 

ヒカルのすぐ横には、黒紫色の怪しき存在_影法師がいた。影法師と以前から何度も遭遇しているエリカやハジメ、それに加えてあんこうチームとラムネの男が目を見開いた。

影法師からヒカルが放つ黒煙に似たオーラを出したかと思えば、それは人間大の実体を持たない黒い蛇へと変化し、周囲を飛び回り始める。

 

「なんなの!?あのフードのいかにも怪しそうな人!? それにこの空飛んでる意味分かんない蛇みたいなやつ!?」

 

「……ただならぬ気配を感じます…」

 

「あれはいったい…」

 

「アイツは影法師だ!」

 

「か、影法師…でありますか?」

 

「今度は何をやらかす気!!」

 

各々の反応を見ながら影法師はケタケタと笑っている。影法師は恐怖で動けないヒカルの方に向き直り、右腕を差し向けると、空を飛んでいた紅い眼を持つ黒き蛇_ガディバがヒカルの黒い負のオーラを全て吸い込んだ。

 

「う…ぅぁ……」バタッ

 

「ナギさん!」

 

「今は行くな!奴に呑まれるぞ!!」ガシッ!

 

同時にヒカルは糸がプツンと切れたかのように倒れ込む。だが幸い、まだ意識はあるようだ。それを確認していたみほがヒカルの元に走ろうとしたところをラムネの男が腕を掴んでそれを止める。

 

「お兄さん離してください!!ナギさんを助けないと!!ピイ助をお願いします!」

 

「ダメだ!アレが彷徨いてるうちはこっちからは仕掛けられない!」

 

「何がどうなってるんですか、お兄さんはどこまで、何を知ってるんですか!」

 

「いいか、ミホは早く友達とここから出来るだけ離れろ。奴は俺がどうにかする」

 

「どうにかって…」

 

そんなやりとりを交わしてる間にも状況はさらに悪い方向へと進んでいく。ヒカルの闇を取り込んだガディバは巨大なドス黒い球体となって空高く上がっていく。

 

「お兄さん、説明してください!アレはなんなんですか!!」

 

「人の心は不安定だ。突然の暴発だって、目に見えるレベルまで負の感情を溜め込んでしまう奴だっている。

あれが、あの煙がアイツの闇、負の側の具現化だ。人並み以上に濃くなった負の感情を、影法師は利用した。次に起きるのは……」

 

ヒカル、影法師、ガディバの周囲から大洗・黒森峰両メンバーは離れるだけ離れ、遠巻きから様子を見ていることしか出来なかった。

 

ゴゴゴゴゴ…!

 

「空が真っ黒に…!」

 

「おい!空に何か変なのが…アレは!」

 

「今度は何!?」

 

「ハジメお兄さん!」

 

「シンゴ、こっちに来い!」

 

「あれは………」

 

ガディバを中心とし、空には渦巻状の巨大な黒雲が現れ、その渦の中心は何らかの世界と繋がっているのか、発光した半透明の怪物――霊体のようなモノが凡そ三つ、渦の中心である穴から飛び出し、空に浮かぶガディバへと向かう。

それらはすべて、エリカやハジメ達が忘れもしない、見覚えのあるシルエットだった。

 

「…………コッヴ…」

 

「熊本特災の…」

 

「それに、あの翼竜と蜥蜴まで」

 

「アイツらはナハトが全部倒したはず!」

 

キィイイイ!!

ガァァアアア!!

キュィイアア!!!

 

「何が起こるんですか、もう意味が分かりません…」

 

「アレは…怪獣たちの怨念…」

 

「怪獣の、怨念…?」

 

「たとえそれが憎悪の念に塗れた死者のものであっても、魂を弄ぶ卑劣な行為、到底許されることじゃない…!」

 

コッヴ、ゴルザ、メルバ……過去にナハトが対峙し、退けてきた怪獣達の、ラムネの男が言うように怨念を抱いた亡霊…なのだろう。

自分達はまだ倒されたなどと思ってはいないと、エリカが発した言葉を否定し、上塗りするかのような恐ろしい咆哮が響き渡る。それは遠巻きに聞こえ出してきていた国民保護サイレンと避難誘導の放送を掻き消すほど。

 

ゴロゴロゴロ…カッ!!

 

そして何者からも妨害を受けることもなく、三体の亡霊はガディバであった禍々しい球体へと到達。

激突したかと思えば、今度は眩い光が辺りに広がる。

閃光が走った後、次に全員が感じたのは巨大な何かが水面に落ちる音、遅れて強い振動、さらに遅れて空から降ってきた海水の水飛沫。

目を開ける間もなく連続した事象が続き、エリカ達は態勢を崩してその場に座りこんでしまう。

 

「……っ、次は、なんな……の……」

 

「怪獣が、合体した…?」

 

「で、デカイ…」

 

「トライキング…!!」

 

各々が目を開けば、目の前の海には巨大な異形が二足で立っていた。あの三体の怪獣の要素をこれでもかと詰め込んだかのような姿の、化け物。

 

違う。トライキングではない……此奴はトライリベンジャー。地獄から再び舞い戻った悪魔の遣い…復讐の執行者なのだ…フフフフフフ…

 

「お前!こんなことしてタダで済むとは思ってないよな!!」

 

フフフ…せいぜいほざいていろ。トライリベンジャーにより、ウルトラマンナハトは死に、地球は絶望に包まれる…! フハハハハ!

 

影法師は陰湿な高笑いを響かせながら、空に消えていった。ただ一つ、怪獣と言う巨大な置き土産を残して。

 

「待て!!」

 

グォォオオオオオ!!!

 

「クソ、まずはこの目の前の奴から片付けないとならないか…!」

 

「片付けるって、お兄さん一人じゃ…私達では何も出来ないですよ!?あの怪獣に立ち向かうつもりですか!!」

 

「勿論だ。だから何度も言ってるだろ、俺がなんとかするから、あそこに倒れてるやつも連れてお前達は逃げろ」

 

「無理ですよ!踏み潰されちゃいます!!」

 

みほの静止を聞かず、ラムネの男は怪獣の前にまで走ると、どこからかリング状のアイテム___オーブリングを取り出し空に掲げる。

 

「俺は、俺が信じる勇気を選ぶ。絆の力を信じるんだ!」バッ!

 

男はその瞬間、光に包まれた。

 

 

――

 

 

特殊な空間に、男は"オーブリング"と、ウルトラ戦士が描かれた札___フュージョンカードを持っている。

そして彼はカードに込められた力を扱うためにリングに読み込ませる。

 

「ウルトラマンさん!」

 

『ウルトラマン!』

 

ヘァッ!

 

 

「ティガさん!」

 

『ウルトラマンティガ!』

 

ジュアッ!

 

 

「光の力、お借りしますッ!」

 

『フュージョンアップ!』

 

ジャァッ!ヘァッ!

 

『ウルトラマンオーブ!スペシウムゼペリオン!!』

 

再び男は光に包まれ、今度は光の巨人へと姿を変えていった。

 

――

 

 

 

 

ジィアッ!!

 

ザッパァアアーーーン!!!

 

額には紫色のランプ、肩には黄金のプロテクター、胸には青い円のクリスタル、身体は赤・紫・黒とナハトと遠からず近からずのカラーリングである、光の巨人―ウルトラマンオーブ スペシウムゼペリオンが空から現れ、トライリベンジャーの侵攻を妨げるようにその前に立ち塞がった。その様子をみほをはじめとしたメンバー達は現実として受け取ることに戸惑った。

 

「また人が、ウルトラマンに…」

 

「新しい光の巨人…」

 

「あのお兄さんが、ウルトラマン…?」

 

 

《俺はオーブ!闇を照らして悪を撃つ!!》

 

 

光の魂を継ぐ、闇を照らす光の戦士は少女に何を魅せるのか。

 




 明けまして、おめでとうございます。
 今年もよろしくお願い致します。投稿者の逃げるレッドです。
 年末あたりの円谷サンによる連続発表…失神するかと思いましたね。SSSS.シリーズ劇場版、シン・ウルトラマン、トリガー エピソードZ…お前、死ぬんか?ってレベルの怒涛の勢いでしたぁ…まあ、ガルパン沼に嵌めたウルトラオタクの友人と観に行く予定ですけどねっ!!
 話をへし曲げますが、投稿者は今年大吉でした。しかし慢心は無しで今年も頑張っていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

※怪獣図鑑の方に記載したトライリベンジャーの元ネタ枠をZとギンガ両方としています。これはファイブキング系統の初出演がギンガSだったためと、Z本編でその亜種枠であるトライキングが初出演したためです。ファイブとトライの区切りが個人的に怪しかったため、両作品を元ネタとして記載しています。ご理解ください。


_________

 次回
 予告

銀河の流れ星、ウルトラマンオーブと地獄から這い上がってきた亡霊、トライリベンジャーが現れた!
オーブに加勢するため、ハジメも変身し立ち向かう。
地上に残されたまほ達は退避するために動き出すが、戦闘の余波を受けてしまう……しかしその時、奇跡が起こる!

「たとえ時間が人を変えるとしても、無駄だった時間や想い出なんて、無いんだよ!」

大切な人を守ろうとする想い、人を愛する心……キミの大切なものはいったい何だろう。
少年と少女は向かい合う時が来た。ここからは、キミ達次第だ!

次回!ウルトラマンナハト、
【キミが歩く道】!


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第31夜 【キミが歩く道】

 

 

 

《俺はオーブ!闇を照らして悪を撃つ!!》

 

 

 

「ウルトラマン…オーブ…」

 

目の前の男が光に包まれ消えたかと思えば、気づけば上空から何十倍もの大きさの、光の巨人___ウルトラマンとなって現れたことに、ハジメは目を白黒させていた。

またしても知らないウルトラマンだった。

ウルトラマンとしての力を得た人間特有のテレパシーによるものか、ハジメは脳内に浮かび上がってきた単語、名前を無意識に口にしていた。その後すぐ我に帰り、自分が今やるべきこと、そして現在の周囲の情報を即座に叩き込む。

 

「ハジメ!シンゴと一緒にここから離れるわよ!あのウルトラマンが怪獣を海に引き離してるうちに!」

 

そう言われて海の方に目をやれば、オーブがトライリベンジャーと取っ組み合いの状態となって押し相撲の様相を呈していた。

人間に当てはめるなら中背中肉の体型として印象を持たれるだろうオーブは、その見た目に反して非常に機敏かつ剛力であった。それは今も沖合の方向にトライリベンジャーを押し返しているところからも察することができる。

 

「で、でもナギは___」

 

「駒凪なら副隊ちょ、みほとあのカメが行ってくれたから、こっちも早く行くわよ!!」

 

エリカに無理やり腕を掴まれてその場から、海浜公園から離れるために動き出した時にヒカルが倒れている場所に目を向けると、みほとピイ助が駆け寄っており、みほが肩を貸そうとしている様子が伺えた。ヒカルは意識が戻りつつあるようである。自力で立っていた。

 

「そうか…そうだね…」

 

まほはあんこうチームのメンバーの誘導に尽力しているようだ。たしかにエリカの言う通りである。ここで自分が変な動きをすればエリカ達の足を引っ張ることになるだけでなく、命の危険に晒してしまうだろう。そうなることはハジメの本意ではない。大人しく従うことにしようと考えるのに時間はいらなかった。

 

(ここはあのウルトラマン、オーブに任せるしかないか……俺もあとで絶対に行く!どうか、それまでは…!)

 

 

ジィィアッ!!

 

シュバッ!

 

グゥォォオオオオオ!!!

 

オーブは牽制光線__"スペリオンスラッシュ"と投擲切断技__"スペリオン光輪"を間髪入れず、交互にトライリベンジャーに対し当て続ける。

トライリベンジャーは当初は押され気味であったが、次第に足を前に動かして進撃を再開。海上をずんずんと進み、海岸部___大洗上陸を目論む。

 

《意外にタフだな…いや、怨念と亡霊の集合体だ、このレベルで当然ってことか。…このままだとジリ貧、この世界のウルトラマンが駆けつける気配は……今のところは無い、らしいな》

 

援軍が期待できない状況下で、オーブは冷静に思考していた。目の前の敵との拮抗を打開するためのカギを、自分自身が持っていることにも気付いている。

 

 

グォオオオオ!!

 

ジュアッ!!!

 

 

《なら、こちらからまた仕掛ける!!》

 

 

 

 

「ティガさん!」

 

『ウルトラマンティガ!』

 

ジュアッ!

 

 

「マックスさん!」

 

『ウルトラマンマックス!』

 

ジュゥワッ!

 

 

「疾風迅雷、飛ばします!!」

 

『フュージョンアップ!』

 

タアッ! ジュワッ!

 

『ウルトラマンオーブ!スカイダッシュマックス!!』

 

 

 

ハァアッ!

 

《マックストールはためく雄姿!輝く光は疾風の如し!!》

 

ならばスピードで翻弄してやろうとオーブは考えたのか、高速戦闘を主眼に置く、蒼い衣を纏った神速の形態__スカイダッシュマックスへとフュージョンアップした。

オーブの姿が著しく変化したのをエリカ達は目撃し驚いていたが、すぐにまた海浜公園内からの避難を始めた。

 

「みほ!駒凪は動けるの!?」

 

「ピイ助もいるから大丈夫。エリカさんはハジメ君達と先に行って!」

 

意識はあっても、ヒカルはまだ完全に正常な容体になっているわけではなく、誰かに…みほに支えられる形でやっと歩けるといった様子だった。

 

「……分かったわ。早く来るのよ!!」

 

エリカが手を貸そうと声を掛けたが、みほはそれを断って各々の避難を優先するように促した。それにエリカは僅かな時間葛藤したが、従うという選択をした。

そんな事情など、怪獣は考えてはくれない。こうしている間にも、巨人と怪獣の戦闘は続いていた。

 

ジュゥアッ!

 

ギャァオオオオオ!!! 

 

《このスピードについて来れるか!!》

 

ハァアアーーーッ!!

 

オーブは目にも止まらぬ神速の連撃をお見舞いしては距離を取り、蹴り殴りの一撃離脱戦法を何度も繰り出し圧倒していた。

しかしながら、トライリベンジャーも馬鹿ではない。次第に姿勢を低くし防御を固めはじめた。超古代怪獣由来の強固な背部の外皮が、甲羅のような役割を果たすことでダメージを低下させることに成功する。

 

《歩みを止めたか。ここで畳み掛ける!!》

 

防御に徹し動かなくなったトライリベンジャーを見たオーブは、さらに"マクバルトアタック"を続け猛撃。押し切れると判断したようだ。

 

グルァア!!

 

ウッ!?

 

《なんだ!?》

 

先ほどまで文字通り亀の如く身を固めていたトライリベンジャーが突如として動いたのだ。素早く体を目一杯ひっくり返し仰反る___場合によっては急所にもなる腹部を天に晒すような___姿勢を取り、コッヴの顔が浮き出ている腹から黄色の拡散光線を発射した。

 

___カッ!!

 

辺り一面が閃光に包まれる。それと同時に空へ海へ無数の光線が撃ち出された。面制圧である。

光線の弾幕は濃密であり、オーブの神速を誇る形態…スカイダッシュマックスを叩き落とすことは造作もなかった。さらに、黄金の光槍が次々と、間髪入れずに襲いかかってくる。

 

グアアッ!!

 

《ぐっ…やるな!》

 

そしてトライリベンジャーが放った光槍の射程範囲は、想像以上のものであった。

オーブが海岸から引き離し沖合で戦っていたにも関わらず、数発の光線は海浜公園内にまで到達。着弾した。

 

着弾後は爆発。土、砂、岩石、コンクリート片…様々なモノを巻き上げ周辺の被害をさらに広げていく。無論、その弊害を海浜公園からまだ離れていなかったエリカ達が受けてしまうのは必然であった。

 

「まだ上から降ってくる!伏せて!!」

 

「なんでこんな目に遭うのよぉ〜!!」

 

「……みほは!?」

 

光線の着弾や瓦礫の落下が収まり、周囲の景色がクリアなものになっていく中、先ほどまで階段を上がりきる所であったみほとヒカルの姿が消えていた。

エリカはあたりを見渡すが、二人は現れない。

 

「みほ!駒凪!」

 

___あの衝撃と振動で階段から落ちたのか?有り得ない話ではない。

踵を返してエリカは階段手前まで走る。後ろからはまほやハジメの声が聞こえた気がした。だが脇目を振らずにみほがいるだろう場所へと向かった。

 

「みほ!……あっ!!」

 

エリカは階段の下を覗いた。思わず声を上げてしまった。

そこには、血の水溜りの中に倒れているヒカルと、彼に寄り添って必死に呼び掛けているみほが……。

エリカは反射的にすぐさま階段を駆け降りる。

 

「……ぅ………」

 

「ナギさん!だめ、死なないで…!」

 

「みほ!どういう状況!? どうして駒凪が…」

 

ヒカルとみほの下に辿り着いたエリカは、ヒカルの様子を改めて確認する。声の調子からエリカも気が動転していることが分かる。

ヒカルを中心にして今も広がっている血の池の出元はすぐに分かった。彼の頭部からどくどくと血が止めどなく流れていたからだ。

 

「血が止まらないの!いや…やだよ…ナギさん!」

 

素人が見ても多量出血に当て嵌まるだろうと分かる状態だった。即ちこのままでは死ぬ…そういうことだ。

みほの悲痛な叫びが響く。そしてそれを掻き消すように上空から爆音が轟いてきた。自衛隊機…空自のスクランブル発進した四機のF-2戦闘機である。彼らもオーブを援護すべく、トライリベンジャーに対して奮戦しているようだが、足止めにすらなっていなかった。

 

「落ち着きなさい!これは、こんな時は…」

 

「落ち着くことなんかできっこないよ!!エリカさんなら何かできるの?!」

 

「そ、それは…」

 

みほはいつもは見せないような剣幕でエリカに迫った。

中学、高校戦車道を経験する者達は、砲弾の着弾による負傷などに対応できるようになるために、応急手当て等の救命処置について学ぶ必修学科が存在しており、幼少期・小学生の部とはレベルは明らかに違ってくるので中高での初実戦練習前、そして定期的に必ず受けることになっている。

 

ズゥーン……ズゥーーン…

 

そんな経験があったから…と言うよりも死に繋がっている量の出血であると、誰が見ても分かるほど明らかなものであったからだろう。みほは今横になって冷たくなりつつある幼馴染が助からないことを嫌でも認識しなければならなかった。

怪獣の足音、波のぶつかる音、死を意味する音が近づいてきていた。だが逃げない。

そんなみほとエリカの横にどうやって来たのか、ピイ助も戻ってきていた。先ほどまで階段の上にいたと思ったのに。

 

「おい!エリカ、みほ!! 何があった…ん…」

 

「ナギが…!」

 

ヒカルとみほに続いてエリカの姿も見えなくなっていたからだろう。まほやあんこうチーム、ハジメとシンゴ、マモルが階段の最上部に立っていた。全員が戻ってきていたのだ。

まほとマモル、シンゴが階段上の瓦礫を退かしながら降りていく。それにあんこうチームのメンバーも続く。

 

「ナギ……ごめん。行ってくる」

 

ハジメは全員が階段を降りだし、意識がヒカルとみほに向いたことを確認して助けを呼ぶ体でその場から離れる。ウルトラマンナハトに変身するためだ。

その際、親友であるヒカルの下に駆けつけれないことを静かに謝罪しながら。ここでオーブが倒れれば、さらに多くの命が危険に晒されるという判断からである。ハジメは渋々友の命とそれを天秤に掛けたのだ。客観的に見れば賢明な判断ではあるだろう。

 

 

 

ズズゥウウーーーーン……!!

 

シュワッ!

 

《俺も戦います!》

 

ジュアッ!

 

《お前がこの世界のウルトラマン…ナハトか。分かった、アイツを倒すぞ!》

 

ハァアッ! オオオオオーーッ!!

 

海上でトライリベンジャーと取っ組み合いをしていたオーブの横に加わる形でナハトが参戦。トライリベンジャーの侵攻を再び押し返す。

だがしかし、やはりトライリベンジャーの腹部から放たれる黄色の拡散光線は脅威であった。正面から力尽くで押し切ろうとすれば当然その光線をモロに食らってしまうことになる。

 

グォオオオオオ!! 

 

ズババババッ!!!

 

オーブもナハトも光線による痛手を受けることは重々理解していた。背面や側面から掛かっていっても問題は無い…と言うよりそちらの方が遥かに効率が良いのは事実。

だが、上記のような戦闘に持ち込めないのだ。なぜなら彼らの後ろには、身動きの取れないエリカ達が___守るべき命があるからである。

 

ピコンピコンピコンピコン__!

 

カコンカコンカコンカコン__!

 

怪獣は、自我を持つにしろ持たないにしろ、何をするかは分からない。怨念と本能に従って動く異形……目の前から敵がいなくなったとしても、無闇矢鱈に光線を撃ち続ける可能性もある。それがもしもみほや、エリカ達に降り掛かったとしたら……考えたくもない。

 

《やらせるか……後ろには、みんながいるんだ!!》

 

それ以前にハジメは、ナハトは、弱気な選択肢など選ぶ気はさらさらなかった。ライフゲージが窮地に陥っていることを伝えてくるが、関係ない。

 

 

「ナギに何があったんだ…?」

 

「あの怪獣の光線で地面が揺れた時、ナギさん、意識は殆ど無かったはずなのにバランスを崩した私を…庇ってくれて、階段で…」

 

「華、この人のそっち持って。せーのでいくよ」

 

「わかりました」

 

エリカ達も戦っている。直面している困難に対して、果敢に立ち向かっていた。

応急処置では足りないことぐらい、全員が分かっていたが、やらないよりはマシである。

だが出血は止まらない。

 

「ナギさん…死んじゃうの……」

 

「……ナギ兄さんは死なないよ。ガメラも言ってるもん」

 

「シンゴ…くん?」

 

みほが泣き崩れかけたその時、シンゴがヒカルを挟んだみほの向かい側に座り、ヒカルの頭に両手を当て、何か念仏のような呟きをしだしたのだ。

両手の内側には、鈍く琥珀色に輝く勾玉がチラリと見えた。

 

「お姉さんも、勾玉を持って両手を当てて!ボクの手に重ねるように!」

 

「え?なんで勾玉のこと…」

 

「いいから、早く!」

 

小学生とは思えないほどの剣幕を張るシンゴに驚いたのか、言う通りに勾玉を両手で持ち、ヒカルの頭に当てているシンゴの両手に、自身の両手を重ねる。

気付かぬうちに、みほの陰陽玉状の勾玉も琥珀色に熱を感じるほど光っていた。すぐ側にいるピイ助も紅く発光していた。

 

「___!!」

 

「___っ、この光は…!」

 

「うっ!?眩しい…!」

 

「何が起こって…!?」

 

何かを呟いていたシンゴは、突然顔を上げ、目を開く。それと同時に、ヒカルに置いていた二人の手と勾玉が放っていた輝きが一層増した。

黄金の光は、勾玉から徐々に広がっていき三人の身体に、オーラのように纏わりついていく。ピイ助から発されている光も自然と混ざってさらに眩しく輝く。

それは、拒絶する気にはなれない、親しみのある光。そして黄金の光はその後は空へと続く太い柱となり、空に昇ると二つに分かれ、二人の巨人へと向かうと、彼らに力を与えた。それよりもメンバー達は目の前で起こった光景に目を奪われていたが。

 

「なっ!」

 

「傷が…消えて、治っていく…」

 

「なにが起こって…!?」

 

ヒカルの頭部や他の傷口は信じられない治癒力で修復され、傷口からの新しく出血が止まった。

眼前に広がる奇跡は起こるべくして起こった必然か、はたまた偶然か。

 

「………う…お、俺は…」

 

「ナギさん!!」

 

出血が止み、傷が消えたヒカルの意識が戻り、薄らと目が開いたことを確かめたみほは、先ほどのヒカルの負傷は頭から抜け落ちているらしく、勢いよく抱き寄せる。

 

「み、みほさん…? それに、みんな…」

 

それにヒカルは状況が飲み込めていないようで、目を白黒させていた。

ヒカルの状況把握中に間髪を入れず他のメンバーがこの場からの避難を促す。

 

「いつの間に怪獣なんて…。………いや、俺は…みほさんに酷いことを…」

 

「今はいいの。立てるナギさん?」

 

「あ、ああ…なんとか」

 

息を吹き返したヒカルの様子に、一同は安堵したが、置かれている状況は変わらず切迫している。

思い出したかのように、この場から離れるために再び行動する。

一方、二体の巨人と強大なる怪獣の戦闘に動きがあった。ヒカル復活の前後でナハトはガッツスタイル、オーブはサンダーブレスターとなって真っ正面からもう一度激突。なんとしても食い止めるという気概を持って戦っている。

そして、生物としては不完全な復活を果たした亡霊の実体は、生と死の狭間に漂うことから逃れられないのは必然であった。

 

グゥウウ…グォオォォ……!

 

トライリベンジャーの本来ならば疲れを感じない驚異的な耐久力を持った身体は、影法師によってつぎはぎかつ中途半端な融合をされたことで、普通の生物のように疲労を感じるようになっていた。

およそ十数分、短くも長かった戦いに終局が見えてきた。

 

《アイツの様子が…?》

 

《今なら………よし!二人の力で、奴を倒すぞ!》

 

《はい!!》

 

 

 

「ティガさん!」

 

『ウルトラマンティガ!』

 

ジュアッ!

 

 

「ダイナさん!」

 

『ウルトラマンダイナ!』

 

デュワッ!

 

 

「古代の力、お借りします!!」

 

『フュージョンアップ!』

 

タァッ! デュワッ!

 

『ウルトラマンオーブ!ゼペリオンソルジェント!!』

 

 

 

デュァアッ!!

 

《もっと高く!光の輝きと共に!!》

 

古代の力を携えた閃光の戦士___ウルトラマンオーブ ゼペリオンソルジェントと、通常形態であるスタンダードスタイルへとスタイルチェンジしたナハトは、よろけて満足に動くことすらもままならなくなっているトライリベンジャーと対面し、必殺の一撃を放つべく力を溜める。

 

タァアッ!!

 

《マルチフラッシュスライサー!!》

 

シュワッ!

 

《スペシウム・オーバー・レイッ!》

 

オーブは水上から飛び上がると、両腕に溜めた光の力を解放する。両腕を素早くトライリベンジャーへ向けると、そこから強力な二本の光刃が飛び出した。

それとほぼ同じタイミングでナハトも両腕を十字にクロスし、必殺光線を放つ。

 

グゥウオオオオオオオ____

 

それらは見事トライリベンジャーの胴体ど真ん中に命中。まずはオーブの二つの光刃がX字に切り裂き、その後間髪を入れずに虹色の光線が救われぬ亡霊を飲み込んだ。

トライリベンジャーは、最後まで怨嗟を含んだ咆哮を光の濁流の中に消え去るまで上げ続けた。

奴は救われたのだろうか…だがそれは分からない、そしてこちらが知り得ることではないだろう。二人のウルトラマンが空の彼方へと帰っていく。

空では帰投する空自戦闘機群と入れ替わるように観測ヘリや輸送ヘリが大洗市街地各所、海浜公園周辺に着陸のため展開を始めているのをエリカ達は確認できた。停泊している大洗女子の学園艦の方を見れば、被害を被った様子は見受けられないようで、一安心と言えば一安心である。

そこにしれっとハジメが合流。遅れて全員の目の前でウルトラマンに変身したラムネの男も戻ってきていた。

 

「また、ウルトラマンに助けられた……貴方は?いったい何者なんだ?いろいろと聞きたいことがある」

 

「ミホのお姉さん、か。俺は銀河の流れ星、ただの風来坊さ。今も何処かで大変なことが恐らく起きてる。だから俺は旅を続ける。

また会えたら、その時に答える」

 

「……ねえ、ウルトラマンってなんなの?なんで人がウルトラマンになれるの?」

 

まほ達から背を向けようとしたガイの動きが、エリカから発された問いかけによってピタッと止まる。

 

「その質問は難しいな。だが、質問の答えは案外身近な所に転がってるかもしれないな。それを見つけて気づくのがいつになるかはわからない。

良いことがあれば、悪いこともある。それが人生ってやつだろ?何がどんな結果を生むのかはそいつ次第だ」

 

ガイはハジメの方に視線を送りながら、また踵を返して立ち去っていく。目線を送られたハジメの方は内心ヒヤヒヤしながら見送る。

ハジメは今回の一件で、男とは戦闘中に言葉を交わした程度ではあったが、僅かながら何かを掴めた気がしたのだった。

 

「地球は丸いんだ、またいつか会えるさ。あばよ!」

 

カウボーイハットを被り直し、オーブニカを吹きながら、沈み出している夕陽を横目にどこかへと風来坊の男___クレナイ・ガイは歩き去っていく。

彼の奏でる音色はどこかに懐古の念を感じさせ、哀愁も漂う不思議なものであった。

 

 

「ナギさん?大丈夫?」

 

「ああ。ごめん。俺は…俺のせいで……みんなに迷惑を…」

 

ガイが去った後、影法師とトライリベンジャーによって中断されていた邂逅の続きが再開された。

さまざまな偶然が重なったとはいえ、影法師に自身の心の闇を利用され、さらにはそれを図らずも想い人に曝け出してしまったヒカルは、申し訳なさで心がいっぱいなのだろう、その声色と調子にはいつもの面影はなく目線も謝らなくてはならないと感じている人物のみほにすら満足に合わせられていなかった。

 

「ナギさん、こっち向いて?私は大丈夫だし、ナギさんを責める人はいないよ」

 

「でも…それでも、俺はみほさんに言っちゃいけないこと、沢山言ったんだよ?」

 

やっと目を合わせた今にも泣き出しそうなヒカルと、みほの穏やかな目が合う。みほは優しく、それは違うと言う様にゆっくりと首を横に振る。

周りの、大洗・黒森峰両メンバーは少し離れた場所て話の行く末を見守る。

 

「ううん、私はナギさんの気持ちが分かって良かった。過程がどうであれ包み隠さずに話してくれて、嬉しかった」

 

「なんで……」

 

「私、決めつけてたんだ……黒森峰から何も言わないで私は大洗に来たけど、きっとみんな怒ってるだろうなって、勝手に決めてビクビクしてた。

でもね、お姉ちゃん、ナギさん達と今日会った時、みんな心配してくれてた。私の予想と真逆だった。すごく、嬉しかったの」

 

「…でも俺はその予想通りだったろ?」

 

「そんなことない。私は、信じたいの」

 

「信じたい…?」

 

「たとえ時間が人を変えるとしても、無駄だった時間や想い出なんて、無いんだよ!

変わらないものだって、きっとあるんだって。だって、ちっちゃい頃にナギさんがくれた言葉、今も私の心の中にあるもん!私の背中を何度も押してくれたものだから!!」

 

――キミは、強い人だ。――

 

「!!」

 

それはほぼ告白に近い独白であった。

また目を背けようとしたヒカルの様子が変わった。みほの言う言葉がなんなのか、ヒカルには心当たりがあった。

 

「俺が、言ってたんだっけ……」

 

ああ、あの時のこと、まだ覚えてくれていたのかと、ヒカルはそう思っていると不意に自分の目から涙が流れ出していることに気づいた。

走馬灯のように頭の中をこれまでの記憶が物凄いスピードで次々と過ぎていく。

 

――

――――

――――――

 

「ねえねえ、お名前は?」

 

「ぼ、僕は、えっと……!」

 

「あはは!そんなに慌てなくもいいよ〜!」

 

それは幼き頃の邂逅の記憶。

 

「へぇ、みほちゃんは戦車に乗れるんだ」

 

「えっへん!すごいでしょ?おねーちゃんが乗ってるとこ、見てたら楽しそうだったから!」

 

「じゃあ、将来の夢は何?自衛隊?」

 

「ううん、まだわかんない。だけどね、戦車道を楽しくやりたいの!ヒカル君も、一緒にやらない?お父さんが言ってたよ?」

 

「僕も戦車触っていいの!?」

 

それは、たわいもない会話の一部の記憶。

 

「みほちゃん、今日遊ぼうよ!」

 

「ごめんね、ヒカル君…今日は戦車道のお稽古あるから…」

 

「あ……そっか、うん、分かった!頑張って!」

 

それは互いの事情が浮き彫りになり始めた頃の記憶。

 

「私、お姉ちゃんが入った黒森峰に行くんだ」

 

「……そっか」

 

「ヒカル君は?サンダース?アンツィオ?」

 

「俺は本土の中学。なんか海はね…」

 

「でも、機械系の学校に行くんでしょ?」

 

「いいや?市立の普通科。俺、野球やるんだ。そこの野球部の部長さんがさ、スポ少の頃に何回も声掛けてくれたから、そこにした。イッチもハジメもそこだし」

 

「あ……そうなんだ…。その、戦車道とか…」

 

「ん?ごめん、聞こえなかった」

 

「ううん!なんでもないよ。野球、頑張ってね」

 

それはすれ違いを加速させた時期の記憶。

 

「あ、ナギさん久しぶり!神社で自主練?」

 

「みほさん?ああ、本土に戻ってきたんだね」

 

「どう?野球の方」

 

「んー…ぼちぼちかな…」ブン!

 

「そうなんだ」

 

「みほさんのことはニュースとか新聞で活躍観てるよ。やっぱすごいや、みほさんは。流石天下の西住姉妹!」

 

「……ねえ、ナギさん。あの時の話、覚えてる?」

 

「…あーと……ギリギリ覚えてる」

 

「あの、ウチの学校…来年から共学になるらしいんだ!中等部と高等部両方。だから、ナギさんが良いなら、黒森峰に来てほしいなって」

 

「……俺に?」

 

「うん。あの時みたいに、これからもずっと笑顔でいたい。みんなでしか見れない景色を見たいの。急いで答えなくていいからね、今度でいいから聞かせてほしいんだ」

 

「…」

 

それは過去を振り払い、自分が選んだ道を進み、そして何もかも上手くいってなかった中学時代、突然差し伸べられた救いの手を取った時の記憶。

 

「すごいねナギさん!まだ一年生の一学期なのに、もう戦車の整備一人で全部できるんだ!」

 

「すごいことなの?」

 

「だって普通ならこのレベルに来るまでは半年掛かるんだよ?すごいことなんだって!ほら、胸張ろうよ!」

 

「そ、そんなもんか?」

 

それは彼女のおかげで何も無いと思っていた自分に再び自信を持てるようになった記憶。

 

「なんで、なんでみほさんが学校からいなくならなくちゃいけなかったんだよ!!おい!!」

 

「落ち着けナギ!ぐっ、一年生、寮からユウとダイトも呼んできてくれ!!」

 

「ナギさん、落ち着きなよっ!」

 

「落ち着けだあ!?できるわけねぇだろお!!」

 

それは彼女が去った後、感情の整理が不可能になっていた時の記憶。

 

――――――

――――

――

 

「大丈夫。ナギさんが優しくて、人のために泣くことができる人だって、私は知ってる」

 

気づいたら、抱擁されていた。みほの胸の中で泣いていた。

自分が明確な拒絶をわざとではないにしろ、先程見せてしまったのに、それでも自分の言葉を大切にしてくれていたことへの嬉しさと、みほの慈悲深さからきたものがごちゃごちゃと混ざり合っている。なんて声を掛ければいいかヒカルは分からず、戸惑っていた。頭に浮かんだ、言わなければ、口にしなくてはいけないと思った言葉を途切れ途切れに伝えようとする。

 

「ごめん、ごめんみほさん……ぅ、俺、涙が止まらない……こんな奴に、ありがとう……」

 

「私にとって、あなたはとっても大切な人だから……」

 

男泣き、である。

物心がついてから、大きな声を上げて、それも人前でわんわん泣くのはいつ振りだろうか…。

みほの言葉によって、ヒカルの心の中に今までつっかえて堰き止められていた何かが川の中にあるかのように何処かへと流れていく。

やがては落ち着き、ヒカルは自分の言動を冷静に振り返る時間が出来たのだろう。今度は徐々に顔を紅潮させていく。

 

「あ、えっと……恥ずかしいとこ見せちまったなぁ…」

 

そう言ってヒカルはメンバーの方に向き直って頭を思い切り下げた。責める人物も、咎める人物もここにはいなかった。

 

「向き合えたじゃないか、ナギ」

 

「めでたしめでたし、かな」

 

「あの人がみぽりんの初恋の人…なの?」

 

「あ、そうですそうです。よくナギはみほさんに手を引っ張られて遊んだりしてるとこ、よく見てましたね」

 

「へぇ〜今の西住殿からは想像が尽きませんね」

 

遠巻きにみほとヒカルを見ていると、二人は最後に小さく何か言葉を交わしてそれぞれのグループに戻ってくる。

 

「最後に西住さんと何話したんだ?」

 

「聞くな聞くな!それは秘密だ!」

 

「……それなら帰るか、黒森峰に」

 

「「「はい!」」」

 

「エリカ、疲労が溜まっているだろうが、帰りも頼めるか?」

 

「私は大丈夫です。心配はいりません!」

 

「心強いな。……みほ!」

 

まほが妹の名前を呼ぶと、大洗のグループに戻って談合していたみほがこちらに振り向く。

 

「また今度会おう。もし、戦車道で矛を交える時が訪れたら、その時は全力で相手をする」

 

「うん。分かったよ、お姉ちゃん」

 

「……それと最後に。これからは定期的に連絡を私達に寄越すこと。お母様も心配しているんだからな」

 

「お姉ちゃん…!」

 

「身体に気をつけて」

 

誰の顔にも、悲哀は微塵も無かった。笑顔で別れるメンバー達。

こうして、黒森峰と大洗の生徒がそれぞれの居場所へと帰っていく。

ハジメ達はヘリに乗り、母校へと戻る。場面はその帰りの空。

 

「ハジメお兄さん」

 

「ん?どうした?」

 

「あの、大洗のみほお姉さん。あの人もね、僕と同じガメラと繋がってる人だった」

 

「……そうだな。あの光景を見てたら、俺たちでも分かるよ」

 

「あら?その時ハジメ、アンタ近くから見てたっけ?」

 

「あっ…とぉ、少し離れた所から見ても分かるほどの眩しさだったから…」

 

「ふぅーん……まあいいわ。そんなことより!また人が知らないウルトラマンになったってことは、やっぱりナハトも誰かが変身してるんじゃないかしら」

 

「そ、そうなのかなぁ」

 

「だってそう思わない?今までナハトが現れた場所は、アメリカのファンタス星人の例外を除けば全部日本よ。

それも、私達、黒森峰学園艦が停泊、航行してる所で怪獣や宇宙人が出た時に駆けつけてるのよ?

私は確信してるわ。ナハトはこの学園艦と、そこに住んでる私達の前にずっと現れてる。ここの関係者がもしかしたらって可能性も…」

 

「そこらへんにしておけエリカ。ながら操縦はほどほどにな」

 

「あ、失礼しました……隊長…。私、ナハトと喋れたのなら、何個か、言ってやりたいことがあったので…」

 

エリカの憶測に少なからず動揺を見せるハジメであったが、まほが落ち着けと言うようにこの話題を終わらせる。

今回もなんとか勘繰られずに済んだらしい。

だがしかし、ハジメの胸には、エリカが言った"言ってやりたいこと"というのが引っ掛かるのだった。

 

 




 お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドです。
 オーブ共闘回はこれにて幕を閉じます。そして抽選会までおよそ数話となりました。原作抽選会から、エリカのヒーローは第一章第2クールへと突入していきます。
 まだまだハジメくんのウルトラマンとしての激闘は続きます。

 追記としてここでも書かせていただきますが、投稿者の前二作品をどちらも休載状態にしました。エリカのヒーローを集中的に進めたいから、というのが理由になりますかね…。本当に身勝手な決定をしてしまい申し訳ありません。

 坊主___ヒカルのイメージソングは、ファンモンの『Always』だったりします。

 これからもよろしくお願いします。


_________

 次回
 予告

 それは、彼方の世界から流れ着いた遺物。
 それは、過去の人々が託した伝説。
 それは、今を生きる者たちが磨いた大剣。
 それは、悪意ある者達からの新たなる刺客。

 この地球は、人々は、これからどのような未来を辿っていくのか……。

次回!ウルトラマンナハト、
【何処(いずこ)より…】!


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第32夜 【何処(いずこ)より…】

オセアニア オーストラリア連邦

メルボルン 豪州連合兵器開発局

 

 

 

 

ズガァァアーーーーン!!!

 

「VV-8搭載兵装、100mmライフル砲(ショルダー・ハイツァー)の運用実験終了です」

 

「結果は?」

 

「全標的に全弾命中。ご覧の通り威力も申し分ありません」

 

「次は対人チェーンガンの運用実験に入ります」

 

ここは豪州連合の誇る最新技術を用いた超巨大な兵器開発施設である。

周辺の自然環境の悪化などを考慮に入れず、演習場・駐屯地、そして潜水艦隊が常駐できる秘匿海中基地も兼ねた広大な敷地を確保し、湾岸部に建造された。

現在ここでは、人型機動兵器とその武装、N2兵器、ニホンの未知の技術(オーバーテクノロジー)を用いた兵器の研究開発が実施されている。

 

「ふむ。チェーンガンも十分だな」

 

「はい。口径などの関係上、"対人"と付いてはいますが、世界各国の装甲車レベルの装甲ならば難なく貫くことができます。また、ダムダム弾の設計をヒントに作られた新型弾薬を装填すれば、対象物体の内部破壊もより容易となります」

 

「ヒトに対してであれば文句無しだな。……VV-8に搭載予定のN2レーザーはまだできないのか?」

 

「申し訳ありません、ギニアス局長…。超高出力の収束レーザー兵器開発は前代未聞でありまして…」

 

「御託はいい。要は実現可能か、それだけだ」

 

「はっ!開発、実用化自体は可能であり、予想計算上では問題なくVV-8に搭載できます」

 

「なら良い。優秀な君達のことだ、期待している」

 

「「「はっ!!」」」

 

豪州連合の兵器開発は留まることを知らず、冒涜的な研究が収まる様子は無い。

研究所敷地内の演習場では、試験兵器の発砲による爆音と閃光がひっきりなしに起こり続けている。

 

「VV-8の正式採用が決定し、生産が軌道に乗れば我が連合は最強の矛を持つことになる。

なんとしても完成させねば………。日本で発掘された機械モドキ、今はロシアの手の中か。あれのサンプルか何かを得ることができれば…或いは……」

 

開発局局長のギニアス・サハリンは豪州連合の新たな切り札となるであろうVV-8の開発に思索を巡らせるのであった。

 

「欧州の魔女、アンジェラも死んだ。最高の科学者は私一人で十分なのだ…あのような輩に今更は遅れはとらんさ…!

…あのニホンのレポート内にあった、化学兵器___"ザ・フォッグ"にも目を通しておくか。何かの役に立つかもしれん。ムスカ大佐のレポートも気になる。

クククク…まったく、何処でこんな面白いものを考えついたのか」

 

禁忌に触れることも恐れずに手を伸ばす者の目には、狂信的な好奇心と残虐性が横たわっている。

禁忌の箱に触れた応酬は、破滅か、それとも希望となるものか。

豪州の暴走は、もう止まらない。

 

 

 

――――――

 

東アジア 日本国 関東地方

茨城県 つくば市 研究学園地区

日本生類総合研究所 本部

 

 

 

 

「早乙女の爺さん、青森のクナト遺跡と東北各地の新規及び既出の遺跡から発掘された書物はこれで最後だ。関東関西、九州のものは今引っ張ってくる」

 

「うむ。すまんのぉ倫太郎、助かるわい。一応平安以降のものも頼む」

 

日本の民間・国立研究開発機関の最大手である、生総研。ここは考古学分野を研究するフロアである。

フロア内は机の上に書類をまとめたファイルが山脈のようにずらっと連なっており、今にも天井につかんとするほどの壁が出来上がりつつある。

 

「えぇっ!?平安以降もかよ?」

 

「腑に落ちん箇所が多々あってのぉ」

 

そんな山脈の間を器用にすり抜けていく研究員達と、山積みの資料に囲まれながら椅子に座って資料に目を通して研究を進めているのは、G-F計画の責任者も務める早乙女博士と、かの怪獣レーダー__"(デン)"探知ソフトの開発者である物理学者、岡部である。

 

「まあ、俺もやること無くなっちまってたから、いいけどなぁ……。あのソフト、異星人達のおかげでただのワームホール用レーダーになっちまったからからな。早期発見を潰されちゃあなぁ…」

 

「これ、口を動かすならその倍身体を動かさんか」

 

「へいへい…」

 

早乙女博士は現在、戦機隊の指導の任などに就きながらも、表の顔でもある考古学者として過去の文献、伝承を片っ端から、特殊生物や光の巨人―ウルトラマン の情報を集めるために読み耽っている。

 

「じゃがの、お主の努力と、その結晶は決して無駄ではないぞ。自衛隊も正式採用し全国配備が終わり、化け物や異星人らの出現地域の特定にも役立っておる。それに、彼奴等の超技術が使用されるまでは、その力を遺憾なく発揮し、多くの人命を救ったことに嘘偽りはないわい」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

「ほれ擁護は終わりじゃ、手を動かさんか」

 

特に彼らが今調べを進めているのは、護国聖獣伝説とそれに関連すると思われる書物、そして神話生物を描いた巻物などだ。

無論、本物をここに持ってきているわけでなく、劣化が酷いものなどは書類にコピーされたものである。

 

「手を動かしながら聞いとくれ……日本では古くから人々はあらゆる物、事象を神としてあがめる風習、所謂…八百万の神々が今も文化として伝えられておるが、それと同様に神獣伝説が諸外国と同等若しくはそれ以上に多くある。

近頃は護国聖獣伝説が発見されておるが、古くからのものであるならば……五色の、天の守護神は知っとるな?」

 

「ああ。各方位に日ノ本の"くに"の守護者として神獣を黄龍が置いたって話だろう?古典の授業で飽きるほど聞いた。

東に青龍、西には白虎、南は朱雀、そして北に玄武、だろ? 最近じゃあ、ソーシャルゲームとかにも出てガキにも人気だ」

 

天の守護神___五神伝説とは、遥か太古より宇宙を司り、人間界への邪霊の侵入を防ぐ神獣の伝説である。

凡そ7世紀末から、8世紀初頭にできたと思われる奈良県明日香村のキトラ古墳の石室の壁画は日本史の教科書にも載るなどしてあまりにも有名である。各地から出土されている銅鏡などの背面にこれらの神獣が掘られていることから、信仰は厚かったとするのは想像に難くない。また、天は天でも、空の上にあると古代の人々に思われていた天界を指すため、最高位の存在がモスラであるわけではないと思われる。

 

「古代中国から伝来し、東洋における色の象徴にもなった。それらが天の守護神に対応する色じゃ。この色の思想を、五行思想と呼ぶ。だが、今はそんなことはどうでもいい。

わしがここで気になっておるのが、四神の当てはめじゃ」

 

「………なるほど。それが護国聖獣伝説か」

 

岡部は早乙女博士が言わんとしていることを理解したらしい。

満足そうに早乙女博士は頷きながら、話を続ける。

 

「方角や出現地域、推測に使う伝承に多少の差異があるが、恐らく、青龍がゴジラ、朱雀がモスラ、玄武がガメラじゃろうて」

 

「……? それなら、西は、白虎はなんだ?」

 

「そこなのだ。わしの推測となるのじゃが、わしは白虎にあたるのは恐らくナハト……ウルトラマンじゃ」

 

「はあ、ウルトラマンナハトか?あれは黒だからなぁ………。

どっちかと言えば玄武になりそうだが、ガメラは一部書物にも何度か同種若しくは同一の個体と思われるもんが記載されているから、違うのか…」

 

岡部の言う事も分からなくはない。実際彼らの見ているこれまでのナハトはスタイルチェンジの例外を抜けば、姿は判別がつかないほどの僅かに紫みの入った黒色と灰色が中心である仮面の巨人だ。

 

「聖獣伝説の外伝、"光ノ人"……その存在こそ記されていたものの、まだ発見できとらん。だが今までのナハトや他のウルトラマン 、自衛隊のコードネームに倣うならば、"レッド"、"インフィニティー"、"ブレイブ"、"ミノス"、"アクエリオン"、直近のものもならば"アポストロ"……これら全ての出現並びに戦闘時の様子・現象や、使用する技――光波熱線からして、光を象徴するモノが多い。

それに、改めて様々な書物を読み直してみるとじゃな、大小関係なくナハトと同じフォルムをしたヒトと思われる絵が描かれておることが分かる」

 

早乙女博士が机に山積みにされたファイルの内の一つを、無理やり引っ張り出し、あるページを開くとそれを岡部に突き出した。

そのページには、トリミングされた写真を貼りつけているらしく、遥か昔に描かれた人の絵のようである。全体を真っ白に塗られたそれは、素顔が分からず、仮面を被っているようにも見える。そしてその仮面の隙間から白い線…光を現したような描写があった。

 

「日本の歴史上、何者かを輝かせる表現を用いられ描写される人物は限られている。それは皇族…天皇とその先祖とされる日本の神々のみじゃ。つまり、この絵にある白いヒトは、神じゃろう。光ノ人、光の巨人であるウルトラマンを示している可能性が高い。それにの、以前飛来したウルトラマン達は、殆どが赤色。モノクロ色のナハトが何らかのルールから外れておるのは明白じゃ」

 

「おいおい……それは少し飛躍、いやかなり飛躍してないか爺さん」

 

「じゃから先ほど言ったであろう。歴史には尾鰭が付いて差異が出てくるものであると。それに昔現れたウルトラマン、ナハトはもしかしたら白い姿だったのかもしれぬ。白と黒は表裏一体として扱われる。白い姿が本来の姿だったりする可能性も捨てきれん。

……まあ、恐らく四神を描いた奴は、恐ろしくてかは分からぬが、直接的な表現で描けなかったのじゃろうて。神獣と同列のヒト型の何かを描くのがのぅ。そこで虎を描き、代用したのかもしれんのぉ」

 

「神の獣と同じところに神々しき見た目とはいえ、まんまヒトを描いたらバチが当たるとでも思ったんじゃないかってことか…?」

 

「ついでに言ってしまえば、古代中国には山月記というものがある。今では国語の古典の教科書にも載っとるな。あれと似たようなものとして捉えた可能性もある。じゃがあくまでも一つの予想じゃ。それに、そもそもとして山月記は創作作品であり、話が日本に伝来した時期も大きくズレとるからの。山月記の方が遥かに最近のものじゃ」

 

「なるほどなぁ…」

 

「事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもの。50年前の歴史ですら未だ解明できとらんものは多い。

歴史となれば、オホーツクに運ばれたクナトから、いくつかでも情報が貰えればいいがのぉ……そこらへんは香月君達に頑張ってもらうしかないの」

 

「あと数十分したら、明石達の方に行くからな爺さん」

 

彼らは研究を続ける。小さなヒントを一つでも多くかき集めるために。

ふと、岡部が一言溢す。

 

「今の世の中が、俺らのような人間が夢見て、憧れていた、21世紀なのか?」

 

20世紀末、1990年代。紛争、疫病、不況……先行きが不安で満たされていた時期、人々は21世紀を"未来世紀"と呼び、世紀末後に来たる世界に憧れていた。

当時のSF小説・映画、映像作品などは21世紀を未来世界に位置付けた舞台を軸に様々な作品が生まれ、それらは人々に受け入れられ、希望を与えた。

 

「――が、蓋を開けてみれば、21世紀は描かれていた夢のような世界ではなかったわけだ。

超高層建築、小型携帯情報端末、新エネルギー開拓と、夢物語だったモノが現実になった反面、解決の兆しの見えない環境資源問題、国家間民族間の対立や差別…。

……それに、今はあの時のように夢を描く奴らも少なくなったもんだ。22世紀とはどんな未来なのか、考えることすらできなくなって今のことでいっぱいいっぱいになってやがる」

 

夢を持たなければならない、未来を考えねばならないと言うわけではない。

しかし、それらを踏まえても我々は、いつから想像することをやめてしまったのだろうかと考えずにはいられない。例えその根本にある原因が、超常的な存在が現れたからだとしても。未来を夢見ることが出来なくなったからだとしても。

鮮やか未来ではなく、灰色の空虚な景色が頭に広がってしまうのは、なぜなのだろう。

 

「分かっとる…それでも、今わしらができることをやるしかなかろう」

 

「……すまん。爺さん」

 

怪獣や異星人、空想の産物と思われていた彼らは、一体何処からやってきたのか……人類は何処へ向かうのか、それは本人達にも分からない。

たとえ未来が見えなくなったとしても、見れないのだとしても、前に進み、為すべきことを為すしか無いのである。

 

研究者たちの戦いは続く。

 

 

_________

 

 

アメリカ合衆国領

太平洋 ハワイ諸島沖合

アメリカ合衆国海軍"第1艦隊" 旗艦 

〈学園艦級要塞空母〉 "デスピナ "

 

 

「艦隊総軍から、太平洋艦隊に編入と聞いちゃあいたが…演習の日程を半分短縮して実働部隊にしろとは。我らの大統領も無茶なことを通しなさる。彼は軍の運用の仕方を自分の体と同じ勝手だと誤解してる節があるな」

 

デスピナ艦橋内で隠す様子もなく堂々とボヤいているのは、長らく序数艦隊(ナンバーズ・フリート)から欠番となっていた米第1艦隊の新生旗艦___全長およそ1400メートルの超大型空母"デスピナ"の艦長、"アレックス・ホッパー"少佐である。彼は艦隊司令並みの並外れた知識と能力がありながら、粗野な態度がそれ以上に目立ってしまっている人物でもあった。

 

「少佐が他人のこと言えるんですか?」

 

「自分の考えを唱える権利は誰にでもあるだろう。ただでさえあらゆるモノが不足している。搭乗員の練度向上、火器の稼働率維持、(フネ)の慣らし、無人機の学習、挙げればキリがないぞ」

 

「しかし………」

 

「分かってはいる…だが、何も準備できずに実戦が始まり、それでもと言って仲間を死にに行かせるのは違うだろ。

……まあそう言って、一番死に急いでいるのは俺かもしれない」

 

ホッパー艦長と副長のやりとりは続く。

 

「副長も知っているだろう?アッパー湾で、"ジョン・ポール・ジョーンズ"に乗っていた俺の兄貴と、俺の同期の多くが死んだのは」

 

「あの、ファンタス星人との戦闘で、ですよね」

 

「兄貴達は上から警戒態勢に入れと言われて配置には着いてはいたが、多分内心は好奇心と希望でいっぱいだったと思うんだ。……だのに、それをアイツらは踏み躙りやがった。一方的な思い込みだと言われたらそれまでさ。だがな許せないんだよ」

 

彼の兄、ストーン・ホッパー大佐は、上記のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の艦長を務めていた。

以前アメリカに襲来したファンタス星人の機動兵器___ロボフォー E-2から、アッパー湾に展開していた米海軍艦艇群が奇襲攻撃を受けたことを指しているのだろう。

 

「曲射レーザー…ヤツらの攻撃は、テレビでも映ってたな。展開していた前衛の艦艇すべての艦橋がそれの第一射で吹き飛ばされた。真っ赤に燃えた。……兄貴の艦が、港湾側だったら…クソ!」

 

「心中、お察しします…」

 

「取り乱した。すまない。

…………人はいつか死ぬ。だがな、本来それは何者かから渡されるものでも、押し付けられるものでもない。

今後、兄貴や仲間達と同じ死を誰にも辿らせては駄目だ。俺達は剣を作った。あとは俺達は剣を磨き、握り備える。間に合うか合わないか、あとはただそれだけだ」

 

剣は、握る者によって邪悪な凶器にも、あらゆる魔を払う聖剣にも成り得る。最後は持ち手の心に委ねられるのは、どの時代でも大差は無い。

 

「報告します!!間もなく有人機追従型のブルーバード(MQ-77)全機の発艦が完了します!!」

 

連絡員からの通達を聞いたホッパーは軍帽を被り直す。

 

「分かった。次は模擬戦闘をする。そう伝えてくれ」

 

「はっ!!了解しました!!」

 

ホッパーは、自分と副長に一礼して踵を返し持ち場に戻っていく連絡員を見送ると、青々とした空を艦橋窓から見上げる。

 

「俺達は最強になる必要がある」

 

そうホッパーは呟いた後、目を凝らして上空の一点を見つめる。

そこには、鋼鉄の蒼い鳥たちが、群れを成して雄々しく飛んでいた。

 

 

_________

 

 

東アジア 日本国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

 

日本の地下深くの何処かに存在する、悪意ある異邦人達の前線基地。

ネオ進化施術をした星間同盟のナハトスペース地球派遣部隊がここに集っている。

 

「地球の情報誌……ですか」

 

「ああそうだよ。リフレクト君も読んでみるかい?ストックはまだあるよ」

 

「いえ、私は……。今は何を読んでいらっしゃったのですか?」

 

先遣隊指揮官、そして研究開発員でもあるヒッポリトが自室の研究フロアで椅子にもたれ掛かりながら地球の___日本の地方新聞を読んでおり、その横には彼の右腕であるリフレクトが控えていた。

 

「今はね、ウルトラマンに関する話題を扱っているものを読んでいたところだよ」

 

リフレクトは話を聞いた後、おもむろにフロア内を首を動かして何かを探す。

 

「本隊からの……監視員ワロガ、彼が見えませんが…何かあったのですか?」

 

「ん?ワロガ君かい?彼なら今地上に上がって単独行動の最中ではないのかな。なんでも、ここよりも北、ロシア国に収容されたというあのブリキ人形に興味が湧いたようだよ」

 

「機人にですか」

 

「そうだね。だから今は彼の小言を聞かなくて済むということだ。

…………さて」

 

ヒッポリトは新聞を一読できたようで、リフレクトの方に向き直り、椅子から立ち上がると背筋を伸ばし彼に命令を伝える。

 

「工作班員の彼を使って"サブスティテュートシナリオ"を開始する。準備をさせたまえ」

 

「はっ!! ……このシナリオを開始するということは、強硬路線から切り替えるのですか?」

 

「いや、今回は少し特別だ。前回の反省とでも言おうか……ワロガ君が言っていたように真正面から馬鹿正直に力を振るうのは良くないと、ほんの少しだけ思ってね。

地球人は疑い深いと聞く。今回はそこに目をつけようってところさ。まあ見ていたまえ、地球人の信頼と信用ほど、儚く脆い。簡単に崩れるよ」

 

地球人とナハトに、新たな刺客が繰り出される。

 

「何処から来たのかも分からない存在を、彼らは簡単に受け入れつつある。ということは、その逆もまた然り、ではないかな?」

 




 はい。どうも、最近気に入って使っているデッキは5cジャックポット。投稿者の逃げるレッドです。
 デュエマを嗜んでいる方は以前から気づいていらっしゃると思いますが、豪州連合の新型兵器の名前は水文明の禁断クリーチャーをモチーフとしています。文字通り、本世界と並行世界の禁忌の力を手にしてまで作っているわけですから、この名前にしました。

 遂にデスピナも登場です。艦長は投稿者が気に入っている映画、バトルシップから引っ張ってきました。あの作品は何度観てもアツくなれる、良い作品だと思います。

第一クールが間もなく終わります。ハジメ君にはもう暫く踏ん張ってもらいたいところ。今後もよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

  大洗での一件後、ハジメは言いようのない不安を胸に抱きながらも、彼らを乗せた黒森峰学園艦は故郷熊本に戻る。
 日本初であった特殊生物__怪獣の襲来という前代未聞の災害から復興に向け進んでいる熊本市に上陸し、エリカと共にハジメは街を回る。

 しかし突如、熊本市にウルトラマンナハトが何の前触れも無く降り立つ。
 ナハトがもう一人?
 ハジメが呆気に取られている中、ナハトが市街地に向け光弾を放ち破壊活動を開始。束の間の平和は残酷にも破られた!

次回!ウルトラマンナハト、
【偽りのヒーロー】!



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第33夜 【偽りのヒーロー】

暗黒超人 ニセウルトラマンナハト、登場。


 

 

 

 

東アジア 日本国九州地方 熊本県熊本市

西区市街地

 

 

『七月に入り、いよいよ本格的な夏へと突入しそうです。今年は例年に続き異常気象だけでなく、特殊生物…怪獣や宇宙人の出現が気がかりではありますが、今年の夏も我々笑顔テレビは全力でいかせてもらいます!』

 

東京レベルの立派なものではないが、とあるビルの大型ディスプレイには、笑顔テレビの看板キャスターの増子美代が、市内建造物の屋上からの風景をカメラに映してもらいながら話している。

 

『さて、見えますでしょうか? 建機が稼働し作業している場所が何箇所か見えると思います。あれらは今年六月より突然地球に姿を現し、私達の住む日本に初めて襲来した巨大怪獣C.O.V.___通称コッヴの攻撃によって破壊された場所です』

 

美代がそう説明すると、カメラはゆっくりと横に回していく。たしかにところどころに暖色の重機やクレーンが動いている場所が見える。

 

『西松尾町を中心に熊本市は少なくない被害を受けました。しかし、今では怪獣災害から立ち直りの状態に入っている復興都市となりつつあります。熊本は、過去に震災等様々な経験をしてきました。このまま復興が進んでいけば、熊本は特災復興の新たな指標となると思われます』

 

美代の語彙からは、これからの熊本に対する期待の色が出ていると分かるだろう。

彼女だけではないはずだ。一度は壊された街がゆっくりとではあるが、確実に良い方向に進んでいるのだと考えられる人々は。それは今熊本に、九州に住む人々の心の代弁に違いない。

 

『先日、垂水内閣が例の怪獣特措法を改定、国会ではその内容…特殊生物に対しての自衛隊による迅速な反撃を可能とする文章を足したことで各野党が紛糾しましたが、これと合わせるかのように、来週からは怪獣の標的となる可能性があると一部の議員から言われていた、学園艦の航行ローテーションが大幅に変更されるようです。

変更点は主に各学園艦の停泊期間の延長、航海時の海保・海自艦艇の追加であり、この後それらに関する詳しい解説をします。

…怪獣対策に揺れる日本。これから先はどうなっていくのでしょうか?

さて!CMの後は学園艦関連の話題と、ゴジラやガメラ、モスラに関する話題です!それでは、スマイルスマイル!』

 

大型ディスプレイはCMを映し始めた。それをボーッと歩道に立ち尽くして見ている人物が一人。ハジメである。

また、それに声を掛ける人物が一人。

 

「ちょっと!そんなとこでボーッとしてたら日が暮れるわよ!!聞いてる?ハジメ!」

 

「……あ、そうだね。ごめんごめん」

 

「もうしっかりしなさいよ、アンタがやられたら、誰が私のティーガー見るのよ?」

 

私服姿のエリカである。水色の生地のワンピースにかわいらしい真紅の靴。今回の同行者に対して魅せるために選んだものであるのは内緒である。

 

「今日は文科省のお陰で寄港期間が伸びたんだから、陸で買えるもの買うって話だったでしょ。ほら、意識を取り戻したら兎に角歩く!」

 

「お、おう」

 

……一応、ハジメの方も私服だ。下は何でもないただのジーンズだが、上は……黒森峰の学校ジャージを私服として数えるなら、それは私服なのだろう。まあ、そこらへんの感覚はかの男子高校生本人に委ねられるわけであるのだが。

ハジメにはファッションに関する知識が致命的に不足している。以前のような、ここで記述する必要の無いレベルの格好は、奇跡のようなものだ。

 

「こうしてアンタと街を歩くのって、前に熊本に来た時……怪獣が出た時以来じゃない?」

 

「え?あー、そうだなぁ…色々ゴタゴタがあったし、何か振り回されるようなことなく……振り回されることなく……?」

 

「なによ!そこでなんで疑問持つのよ!」

 

「……だって、その続き言ったら叩くか蹴るでしょ、エリさん」

 

ゲシッ!

 

「あ"いたっ!?」

 

「へぇ、そんなこと言える元気はあるんじゃない」

 

たわいもない、いつも通りの日常の会話。

凶暴な怪獣も攻撃的な侵略者も一切いない、いつからか失われていた当たり前の時間。

非現実が今の今まで現実となっていたことを忘れさせてくれるほどの穏やかな時間。

そう感じる時ほど、その時間が崩れる時が来るのは早いものである。

 

カッ!!

 

「うっ!?」

 

「眩しっ!」

 

いきなりであった。熊本市西区の一帯が数瞬閃光に包まれたのだ。街のあちこちで短い悲鳴とどよめきが上がる。少なからず車同士の衝突事故も起きたようである。

閃光が収まり、街中の歩行者達が不意に地区の一角に目を向けた。そしてそこには、非日常が静かに立っていた。

 

「ウルトラマンナハト…?」

 

なぜ、ウルトラマンが熊本に?

その疑問の答えを、誰も持ち合わせてはいなかった。ウルトラマンが現れた……だが相手がいない。姿が見えない。

これまで、ウルトラマンが現れた場所には、何か悪さをしている怪獣や宇宙人がいたものである。当然の疑問だった。

そして誰よりもこの状況に対し理解できずにいたのはハジメだった。

 

「は………どうして…?だって……だって、ナハトは…!」

 

それに続く言葉をハジメは飲み込む…というより押し殺したと言った方が正しいか。まさかもう一人、自分のように光の力を得た少年…いや、少年ではなく青年・中年ぐらいの男がいるのだろうか、はたまた少女なのだろうかと、思考を巡らせ心を落ちつかせることにハジメは尽力する。でなければ、そうしなければ、口に出してしまいそうだったから。

 

『こ、これは……!見てください皆さん!!

突如熊本市西区内に、幾度も私達を守ってくれたウルトラマンが、ウルトラマンナハトが現れました!怪獣や宇宙人は見当たりませんが……この復興に向けて歩みを進めている熊本を激励に来たのでしょうか!?』

 

熊本に降り立ったナハトは、静かに街を見回す。

 

熊本市の人々が歓声や、コッヴやゴルザ・メルバ戦への感謝の言葉を口々に叫んでいる。子供とその父親が一緒に手を振ったり、両手を合わせて合掌している老夫婦らもいた。人それぞれが違う反応を見せている中で、ナハトは不気味な沈黙を見せていた。

 

フン……!

 

ナハトが鼻で笑ったように見えた。

 

「……!まさか___」

 

ハァッ!!________シュバッ!!

 

なんと、ナハトは手刀を放つ構えを素早く取ると、向いている先にあったとある商業ビルに向けて光弾__ナハトショットを一発打ち込んだのだ。

 

ドガァアアーーン!!!!!

 

光弾が吸い込まれるようにビルに穴を開ける。光弾がビル内に消えてから刹那遅れ、爆発と轟音が。さらに遅れて今起きた現象を理解した人々が悲鳴を上げる。

 

「キャーーッ!!」

「なんだ、どうしたんだよいきなり!!」

「見てわかんねえのか!?ウルトラマンがビルをぶっ壊したんだよ!!」

「逃げて逃げて、巻き込まれるって!!」

 

街に響く声は歓声から悲鳴へと変わり、着弾後爆発したビルは轟音を立て、煙を上げながらゆっくりと倒壊。地上付近にコンクリートやガラス片といった凶器を空から撒き散らす。

 

「なっ……!!」

 

ハジメが呆気に取られている中、さらにナハトは光弾をまた別の高層ビルの中階層に撃ち込んだ。同じ光景がまた繰り返される。

 

「嘘、でしょ…。どうして…ナハトが、熊本を……」

 

「くそぉっ!!!」

 

「あ、ハジメ、待って!!そっちは逆の___あ!戻ってきなさい!!ハジメーーーっ!!!」

 

パニックに陥った人々の波の中に、ハジメは消えていく。あのコッヴが現れた時と全く同じように見える。

 

「アンタ、そうやって、また消えるの!?今度こそ、ホントに死んじゃうかもしれないのに!!ハジメ!!!」

 

エリカは追いかけてハジメを捕まえ、一緒に逃げようとしたのだが、またしてもあの時と同じように、人の濁流に呑まれてハジメを追いかけることは出来なかった。

 

 

フフフフ……ハァッ!!フンッ!!

 

『……今目の前で起こっていることが、信じられません…ウルトラマンが、ナハトが熊本市を、攻撃しています……いったい何故…どうして…』

 

ハッハッハッハッ!!

 

人々の問い掛けにナハトは答えない。ただ、破壊を楽しむかのような高笑いを上げるだけ。

そして一つ、また一つとビルが閃光を走らせた後崩れていく。

 

「美代さんマズイって!早くこのビルから降りないと!!他のとこと同じように吹き飛ばされちゃうって!!」

 

「そうっすよ、みんな纏めてお陀仏になっちゃいますよ!!」

 

しかしナハトは、自分のことをよく映しておけよと言わんばかりに美代達報道陣が残っているビルだけは破壊せず、放置していた。ナハトならば、高層ビルの一つや二つ、先程の行動を見ればいとも簡単に破壊できることは明白である。

それを、敢えてしない……美代は何らかの意思を感じたが、できることと言えば気力を振り絞ってナハトの行いを実況するだけであった。

 

 

 

「くそっ!くそ!!お前は何者なんだ!!なんでこんなことを、俺達の熊本にこんなことするんだよ!!!!!」

 

誰もいない裏路地を走りながら、時折建物の隙間から見える巨人に問い叫ぶ。

なぜ自分と同じ姿で、惨いことをするのか、それが快楽のためと言われればそれまでである。

破壊活動をやめない黒き光の巨人は、人々からすれば正義の天人から悪魔の使徒へと変わってしまったと、そう感じるだろう。だがそれをハジメは否定する。

 

「俺はお前を…!、……!!」

 

アルファカプセルを掲げ変身しようとした瞬間、ナハトがこちらを向いた。目が合った……たしかにハジメはそう感じた。

そしてナハトは満足げに両手を空に広げ、勝ち誇りながら高笑いと共に光の粒子となり霧散して消えていったのだった。

 

「アイツ……最後にまた笑ってやがった……!!!」

 

"どうだ?面白かっただろう?"と言われたような気がする。

こちらがヤツを倒そうとする前に、ヤツはこちらを察知し、変身するベストタイミングでわざと撤退したに違いない。それが一番の屈辱と怒りを感じさせる行為であると、向こうは知っていたのだ。心理を理解している存在でなければ、こんなことはしない。

許せない。だが、この感情の矛先を向ける相手はもうここにはいない。

 

「……もしかして、アイツもウルトラマンの一人なのか…?ならなんで、人の命を奪う?なんで、あんな風に楽しげに躊躇なくやれるんだ?」

 

ハジメは力なく掲げていたアルファカプセルを持った腕を下ろした。いや、下ろすしかなかった。

 

「――いた!!ハジメ見つけたわよ!!今度という今度は…………アンタ、泣いてるの?」

 

「えっ?」

 

振り向けばエリカがいた。あの後、人波の中を踏ん張って必死にかき分けここに来たのだろう。若干息が上がっている。

ハジメはエリカに指摘され、自分の目から涙が出ていることに改めて気づいた。

 

「俺、泣いてたのか…」

 

「……言いたいことは山ほどあるし、引っ叩いてもやりたいけど兎に角学園艦に戻るわよ。諸々のことはその後にしといてあげるから。さっき学校の方から一斉メール来てたのよ。ほら、早く!」

 

なんで泣いていたのか……自分のヒーロー像への憧れを、踏み躙られたからなのか……。エリカに手を引かれながら、おぼつかない足取りで学園艦への帰路につく。

ハジメはナハトが暴れていた、まだ黒煙が上がっている街の方を見続けていた。目を離すことができなかった。

 

(……何がしたいんだ、アイツは…俺は…!)

 

心の中での叫びは、空へと消えていく。薄汚れた青空は、答えを示してはくれない。

 

 

 

 

_________

 

 

ウルトラマンは人類の味方、善の存在であるという人々の概念は今回の件で急速に瓦解し出していた。

 

"ウルトラマン、熊本を襲撃!"

"ヒーローはいないのか?"

"東京、防衛省と首相官邸前で大規模デモ"

"在日米軍、独自の臨戦体制へ 極東露軍にも動き"

"広がる波紋 甲子園、戦車道大会は中止濃厚か"

 

夕刊やテレビ、ネットニュースの見出しはさまざまであった。

 

『死ぬかと思ったよ!僕ね、あの水鳥商業のビル前にいたんだよあの時。ウルトラマンを見つける前にビルが吹っ飛んでね…怒りとか不幸とか感じる前に頭ん中真っ白になって逃げたよ!』

 

『電話相手…高校の友人だったんですが、電話越しに爆発音が聞こえた後連絡が切れちゃって……まだ行方不明ってカタチらしいですけど……もう……』

 

『だからやめといた方が良いって思ってたんだ俺は!どこから来たかも分からない巨人の味方なんか勝手にやって、勝手に裏切られた!みんな馬鹿だよ、大馬鹿だ!!あんなヤツ、さっさとミサイルか大砲でやっちまえばいいんだ!!』

 

『ウルトラマンがこうして九州を襲ったってことはぁ、モスラとかゴジラ、ガメラだって危ないんじゃないの?本当は。だって、現に友好的だって政府が言ってたウルトラマンにこうして街ぶっ壊されてんだもん』

 

『元々悪そうな色合いやら見た目してたからな〜。いかにも悪役!…ってやつ』

 

テレビの街道インタビューは九州から北海道と、幅広い人々の声を拾っている。どれもナハト……ウルトラマンへの戸惑いと批判的な意見が大半であった。

さらに、批判は光の巨人のみには収まらず友好的__非敵対性特殊生物、そしてそれを指定した垂水政権や自衛隊の対応の甘さを責めるものもあった。

兎にも角にも、ウルトラマンの存在が大きく揺らいだことだけは火を見るよりも明らかである。

 

 

――――――

 

 

同国 関東地方東京都 千代田区永田町 

首相官邸 会議室

 

 

「いまだに信じられんよ……ウルトラマンが熊本を攻撃したと言うのは……。しかし、そうも言ってられないか…現に映像も被害も出ている」

 

室内には垂水総理と、内閣の主要官僚全員が集められており、日本が直面した緊急の課題についての話し合いが行われている。

 

「垂水総理。航空自衛隊春日基地の監視レーダーに搭載されている探知ソフトによる結果によれば、今回ウルトラマンナハトが熊本に出現した際の反応が、星間同盟…敵性宇宙人出現時のワームホール反応とほぼ同じ周波数であったとのことです。これまで、探知できなかったウルトラマンの出現が、今回それで分かったのです」

 

淡々と報告を述べるのは、戸崎防衛大臣である。その眉間に皺を寄せた顔は、身につけている眼鏡も相まってさらに固い印象を持たれるだろう。

それもそのはず。彼は日本の防衛を担う自衛隊をまとめる文民である。

 

「何だと!?それは確かなのかね!?」

 

「ということは……もしや、ウルトラマンが星間同盟に入った…のか?」

 

「それなら何故…ッ!何故このタイミングなのだ!今までも我々を出し抜くタイミングはあったはず!」

 

「偽物だ、と言いたいのか?しかし残念だが、現に実物が街に現れ、破壊された。死者だって出ている。私だってその可能性にすがりたい。それでも現実は、現実なのだ」

 

「他所の国の反応もそうだ。豪州や中国はこれまで散々ウルトラマンは日本が建造した生体兵器であるなどと言っておったものを、突然手の平を返しおって!」

 

会議の収拾がつく目処が消えつつあったが、ここで戸崎がまた口を開く。

 

「今判明している事実は、偽物であれ、本物であれ、熊本…我が国に対し明確な敵意を持って攻撃を加えたのが"ウルトラマンナハト"であるということです。我々は黙って静観することはできません。今回も例外無く特殊防衛出動の適用範囲です。今後、首都やインフラ施設、原子炉を叩かれない保障はどこにもありません」

 

「……このままだんまりも世論は許すまい。下手をすれば非敵性特殊生物という枠組みも白紙に戻ってしまう。それが全てであるわけではないが、やることはやらなければいけないだろう……。

戸崎君、対策はあるのか?」

 

「これまでナハトは九州、関東地方に多く出現しています。出現する場所や移動手段に何らかの制限があるのか、断言するのは危険ではありますが、先ほど挙げた両地方のどちらかに再度出現する可能性が高い、と我々は予想しています。

現在、陸自空自の集中運用を容易にするため、方面隊ごとの統合任務部隊を編成中です。そして……実はおよそ一時間半前に防衛省宛に、何者かは不明でありますがナハトの出現場所を提示するメッセージが来ておりました。場所は熊本市と、そして出現日時すら明確に伝えてきたため、私自身も半信半疑ではありましたが、無視できるただのイタズラではないと考えています」

 

「ならばいつだ、次にウルトラマンナハトが現れる時間というのは」

 

「二日後、7月11日の正午…とのことです。情報の正否は判明していませんが、既に西部方面隊は出動待機状態に入っています」

 

垂水総理は目を閉じ、一つ深呼吸をしてから瞼を開ける。腹は決まったらしい。その目は一国の長の目として決断した目だった。

 

「祈りで砲弾やミサイルは撃ち落とせない。……ウルトラマンと、ナハトと戦うしかない、か…。分かった。戸崎君、頼む。やってくれるか」

 

「はい。我々が完遂します」

 

 

 

_________

 

 

時は進み………

 

 

同日夜

同国九州地方 熊本県熊本市

熊本港 黒森峰学園艦 学園寮食堂

 

 

 

集団寮の食堂には黒森峰の生徒で溢れかえっているが、そこに賑やかさは無い。ただ黙々と食事を摂るのみである。

 

「……」

 

「……」

 

『___大湊の海上自衛隊第5護衛隊群は、オホーツク海でのロシア連邦海軍との交流イベントを繰り上げ帰港するという情報が___』

 

「…おい、誰かテレビ消してくれないか」

 

静まり返る食堂内では淡々とした調子でニュースキャスターの声のみが響いている。

この状況を構成するに至った原因はウルトラマンナハトの一件だ。皆が口に出さなくともそれは分かる。

黒森峰学園艦に住む人々のショックは相当なものだろう。これまで初陣のコッヴ戦、続いてのゴルザ・メルバ戦に際して二度もウルトラマンナハトに自分達とその故郷を守ってくれた恩人であると思っており、彼の戦いを間近で見た者が殆どであったからだ。

そんな守護神のような活躍をしていたウルトラマンが…………無理もない。

 

『垂水総理は緊急記者会見で、今回の件でこれまで共闘関係としていたウルトラマンナハトに対しても、特措法を適用し自衛権を行使する旨を発表しましたが、国民の反応は様々です』

 

ガタ…

 

「……先にあがる」

 

「ハジメ…」

 

ハジメはこの場から離れたかったのかもしれない。誰かが次に口を開く前に、ニュースの心無い言葉を聞く前に、食事を済ませて表情を出さずに席を立つ。

食堂から出て行くハジメの背中を、エリカは心配しながら見送る。自分でも何をどうしたら良いか整理できていなかったからだ。脳裏にはあの時のハジメが涙を流している光景が過ぎっていた。自分は過去にも一度の光景を、どこかで見ていたような気もしていた。しかし結局呼び止めることは、エリカには出来なかった。

 

 

 

 

「くそぉっ!!!…………なんだ、なんなんだよ……!!!」

 

ハジメは食堂から出た後、外にいた。部屋で待っているだろうシンゴには悪いとは思ったが、寮に大人しくそのまま戻る気にはなれなかった。

食堂の、あの空間にいたくなかった。いつ自分に言葉の刃物が向くか分からなかったからだ。そしてそれを悠長に待つことにも耐えたくなかったし、耐える必要もなかった。

 

他者がやった悪行を自分がやったものだと決めつけられ、後ろ指をさされるのはどんな人間にとっても気分が良いものではないはずである。

仮に今本人であるハジメがいない食堂ではウルトラマンをニュースの街道インタビューの市民よろしく非難している生徒がいるかもしれない。しかしそれはあくまでも可能性であるし、仮に実際言われていたとして、ハジメは目の前で言われるよりも自分が居合わせていない所で言われている方がマシであると思っているから、ここに来たのだろう。

 

「あのナハトを、倒さないと…」

 

そうじゃないと、俺は___

 

「お前はどうなるんだ?」

 

「っ!?」バッ!

 

背後から低い男の声が聞こえた。今の話を聞かれて、というよりは言いようのない不気味さを感じてハジメはそれから距離を取る。

 

「ここにきてお前はメンツとか、立場の心配をしてるのかぁ? 随分と利己的なんだな、ヒーローってやつは。クククク………!」

 

「お、お前、その姿は…!」

 

背後に感じた気配の正体は、なんと人間大のウルトラマンナハトだった。しかもウルトラマン特有のテレパシーなどを介せずに直接話してきた。

 

「姿ァ?当たり前だろ。俺はお前の影だからなぁ」

 

「影…?」

 

「俺はお前、お前は俺。表裏一体、俺はお前の心の影から生まれたのさ」

 

「そんなこと、あるはずない!!じゃあなんだ!俺が本当は街を壊して、人を殺したいと思ってると言いたいのか!!」

 

「その通り!!」

 

対面のナハトにハジメがたじろいだ。

 

「言っただろう。俺はお前の影、心の闇の具現化だ。お前が死なない限り俺はこれからも暴虐の限りを尽くすぞ。今日のはほんのデモンストレーションだ」

 

「お…俺は認めない!お前が俺だなんてことは!!」

 

「認める認めないの問題じゃない。お前ももう見ただろう?人間の掌返しを。人間の信頼なんてものは薄っぺらいんだよ。まァ、その信頼を壊したのは俺だけどな。へへへ……」

 

「お前ッ……!!」

 

ハジメは向かって殴ろうと拳を出すが、ナハトはひらりとそれを避け、一歩後ろに下がりハジメに制止を促す。

 

「やめておけ。人間体のお前じゃあ俺に傷一つつけられない。逆に一撃でお前があの世逝きになるだけだ」

 

「そんなこと言われて、はい、そうですかって引き下がると思ってるのか!!」

 

今度は高速の回し蹴りをハジメはお見舞いする。しかしまたしてもナハトはひらりとそれをかわす。

 

「おお、怖い怖い……ククク。そうだなァ……それなら、正々堂々と決着をつけようじゃないか?」

 

「何……?」

 

「11日……二日後の正午、クマモトの中央地区に光の巨人の姿で来い。そこで相手をしてやる。じゃあな、これが最初で最後のチャンスだ。大事にしろよ」

 

「なっ!待て!!」

 

ナハトは夜の暗闇に混ざり込むように姿を消した。それを止めるハジメであったが、無論相手は待ってはくれなかった。

玄関先の蛍光灯の頼りない光がハジメの足元だけを照らす。静寂が戻る。そして虫の音も遅れて再び聞こえ出してきた。

先ほどまで握っていた拳を、握り返す。ハジメの瞳には火がついていた。

 

「二日後……二日後か。あいつは、俺が止める…!」

 

ハジメは寮へと足を運ぶのだった。

 

 

 




 お久しぶりです。期末テストの山場を通り越し、一息ついている投稿者の逃げるレッドです。
 課題研究とテストが終われば実質無双開始ですかね。以前と違い今の投稿スタイルは、ストックが3〜4話になったら順次投下するという形にしておりますので。

 さて、ウルトラマンなどのヒーローではよくある、ニセモノ回に突入しました。こういった回は好物でございます。
 これからもよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

 決闘場として、もう一人のナハトに指定された熊本市にハジメは姿を見せ、雌雄を決するべく変身する。

『___攻撃開始!!』

 一向に相手が現れない中、ハジメ___ナハトに対し自衛隊西部方面隊による総攻撃が始まった!反撃に転じられないハジメは追い込まれてしまう。

 そしてそんな時、例のナハトではなくウルトラマンメビウスが現れる。様子がおかしい…と思えば、メビウスがナハトに仕掛けてきた!
多対一に持ち込まれるハジメの運命は!?
 メビウスがなぜ地球に?もう一人のナハトはなぜ来ない?

 地球人類とウルトラマンが矛を交えることになってしまうのか!?

 次回!ウルトラマンナハト、
【ウルトラマン攻撃命令】!


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第34夜 【ウルトラマン攻撃命令】

暗黒勇者 ニセウルトラマンメビウス、登場。


7月9日日本時間21時頃

 

 

東アジア 日本国関東地方 茨城県つくば市 

研究学園地区 日本生類総合研究所 

本部 特能精神開発室

 

 

 

 開発室にいる子ども達は予知夢による痛みに苦しんでいた。

 

「違うの…ナハトで、ナハトじゃない……」

「ウルトラマンの姿が…燃える町の中に見えてます…!」

「ゴジラもモスラもダメみたい…」

 

「みんな、何が見えているの?」

 

「ごめんね先生、分からない…うぅ……」

「なんかゴチャゴチャしてるの……」

 

 開発室責任者である心理学者の敦子には、彼ら彼女らが何を見て何を感じているのか、その詳細まで辿り着くことはできなかった。

 ナハトについて言及する子ども達。放たれる言葉すべてが真実である。ナハトの何を示しているのか…それを知るにはまだ僅かに時間が必要なのであった。

 

 

 

_________

 

 

 

ナハト熊本襲撃より二日後、7月11日

 

 

同国九州地方 熊本県熊本市

熊本港 黒森峰学園艦 学園寮

 

 

 

 

「上陸して中央区に行く?」

 

「うん。ちょっと一人で」

 

 寮玄関には、エリカと、屈んで外履の靴紐を結びながら、今ちょうど外出するところであるとを彼女に伝えるハジメがいた。

 

 ハジメは珍しくカジュアル私服で身を包んでおり、ハジメをよく知る人間が見たら驚くだろう。それは今のエリカも例外ではなかった。

 普段通りならば、こちらが止めなかった場合、ジャージを着て何気ない顔で街に出る__ファッションセンスゼロな__男である。気にならないわけがなかった。しかも今日は先日のナハトの件もあり学校側が大事をとって臨時休校日となっていた。ただの用事、買い物ではない。

 

「……中央区に買い物?」

 

 なんとなく、違和感があった。大した用事ではないと雰囲気でやんわりと伝えてるつもりのようだが、本人から発されている雰囲気は違った。それに、日用品などであれば、艦内でほとんど揃えられる。特に特殊災害が発生し出した今年からは、日本の全学園艦には各種生活用品、食糧等の追加備蓄を日本政府が指示している。黒森峰の商店街や商業施設で買おうと思えば買えるのである。

 私服を着込んでいるが、私服で向かう用事だと思えない。まるで、今から喧嘩に行くような、所々ピリピリとした感じである。

 

「うん。夜の前にまでは多分戻ってくるから。寮母さんにも一応伝えてる」

 

「買い物なら、港のある西区でいいじゃない。私も買い物なら手伝うけど……」

 

「いや、大丈夫。今日は俺一人でいいよ」

 

 出た、まただ__とエリカは思った。やはりコイツはまた何か一人で抱えて込んでいる。

 しかし、それと今日のハジメの動きに関連があるのか、結びつけて良いのか戸惑われた。

 

「……分かったわ。気をつけて行ってきて」

 

「ありがとう」

 

「………。」

 

 その声色からは何とも形容し難い感情が滲み出ているように感じた。

 結局エリカはハジメを止めることはしなかった。しかし、またしても一歩踏み込んで聞く勇気を出せなかった自分に憤りを感じるのと同時に、いつの日からか心の何処かに刺さっているトゲがまた痛みだしたのだった。

 

 

 

――――

――――

――――

 

 

 

数時間後、正午手前。

 

 

同県 中央区 某市街地

 

 

 

 

「ねえねえ、今日どこ行く?」

「ゲーセンいこーよ」

「カラオケ行きてぇ〜」

 

「…はい、はい。すぐにそちらへ伺いますので、はい、よろしくお願いします…」

 

「えぇ!?今日は無理ってお前……!今日ダメだったらアレどうするんだよ!お前いないと発表できねえんだって!!」

 

 街はハジメの予想とは裏腹に、隣の区が先日特殊災害に巻き込まれたとは思えないほどの活気があった。

 平日授業をサボって抜け出してきたのだろう本土の学生は仲間達とつるんで街中で遊んでいるし、ビジネスマンは移動の側で取引先への電話に四苦八苦しており、大学生風の男は論文発表などがあるのだろう__電話先の知人に怒鳴りながら__頭を抱えて彷徨いている。

 

(アイツはどう仕掛けてくる…?)

 

 それぞれの何気ない日常が街で再生されていた。所詮、隣町で何が起ころうと自分の身に同じ事象が降りかからない限り、いつも通りの"普通"を謳歌しようとする……それが今の人間の特徴である。

 そんな人々が地上を埋め尽くしている中、ハジメだけが眉間に皺を寄せた深刻な表情をして、人っ気の無いテナント募集中と貼られたビルの屋上に立っていた。

 

 光の力を得た副産物である並外れた身体能力を使い人知れず登ったのだ。普段ならば使わない力を使う…いつもの調子にはなれていない証拠でもある。

 ハジメはスマホのホーム画面に映る時刻を見る。その後、間を置かず今度は腕時計を見る。落ち着きがない。

 正午の時刻になるまで、1分を切っていた。

 

 

「……ここで…!!」バッ!!

 

 

 正午キッカリ、ハジメはアルファカプセルを掲げて光となる。

 昼の市街地に黒き巨人が現れた。

 市民は、ナハトの姿を確認するや否や蜘蛛の子を散らすように悲鳴をあげながら我先にと逃げ出した。

 

 

シュッ……

 

 

 現出したナハトは周囲を見渡し出したのと同時に、熊本市全域に避難勧告を含んだJアラートが響き渡る。

 それ以外に、ヘリのローター音が増えてきた。遠巻きにジェットエンジンの轟音も近づいてきているようだ。

 

《どこだ!姿を現せ!!》

 

 相手…もう一人のナハトが現れる気配は微塵も無い。その代わりと言ってはあれだが、街の至る所から、徐々に自衛隊車両が現れ始めた。そして空には偵察・観測ヘリの他に対戦車攻撃ヘリの〈AH-64D アパッチ・ロングボウ〉や、最新鋭の攻撃ヘリである〈AH-2 ヘッジホッグ〉が舞っている。

 

『CP、こちらヤタガラス。時間通り、対象の出現を確認した。送れ』

 

 平時ではありえない展開の速さである。まるで、それは待ち伏せのようで……。市内の街角各所に被せられたグリーンシートからは〈高機動車〉や〈96式装輪装甲車〉などが出てくる。そしてそれに完全武装の普通科部隊が続く。

 

キュラキュラキュラキュラ……

 

 大通りからは反対方向に向かい走り逃げる市民と入れ替わるように、〈16式機動戦闘車〉を先頭にして先のゴルザ・メルバ迎撃戦で機甲師団が壊滅し保有台数が激減していた〈10式戦車改〉、〈12式自走電磁砲〉や、〈89式装甲戦闘車〉、そして対特殊生物戦闘車両である〈20式メーサー戦車〉が車列を形成してやって来る。

 田所浩二一佐が指揮する、再編された陸自の新生第8師団である。

 

『…標的、ウルトラマンナハト確認!』

『作戦区域内の避難活動、間もなく完了するとのこと!!』

『ウルトラマンに砲を向けることになるなんて』

『だが奴は熊本を攻撃した。……容赦するな!』

 

 第8師団の隊員達の反応もまた、国民同様に様々ではあった。しかし、当該師団に所属する隊員の殆どは九州__特に熊本の__出身である。自分の住む地と守るべき人々を傷つけられたことから、彼らは闘志に燃えていたのであった。

 

「……ダイバー01よりダイバー各車へ!状況開始!!ビルとビルの合間を利用し、既定ポイントを周回し走行間射撃を実施せよ!!

的はデカイぞ!外すなよ!!」

 

 田所一佐も、リベンジ相手がウルトラマンであることに戸惑いはあったが、敵は敵であると、過った感情を払拭し街中に立つナハトを車上から見据える。

 

「…いや、迷うな。例え相手が昨日の友であっても、敵になったのならば戦う道以外は……ない!

やるぞ、攻撃開始!!」

 

 ウルトラマンナハトに対しての、自衛隊の攻撃が始まった。

 

ドゥン!ドゥン!ドゥン!!

ズガァン!!ズガァン!!

ドパパパパパパッ!! シュパ!シュパパ!!

 

 電磁投射砲の砲弾、120ミリの滑腔砲弾、ヘルファイア対戦車ミサイル、NATO規格の5.56ミリ銃弾、さらにトドメとばかりにメーサー砲がナハトに向けて一斉にあらゆる角度、方位から襲いかかった。

 

《っ!!?》

 

 ハジメ___ナハトは自身に向けられた攻撃一瞬戸惑うが、当然だろう。先日の件もある。こうなることも予想できたはずだ。ヤツに嵌められたのだ。

 ハジメは己の愚かさに唇を噛む思いであったが、そうも言ってられない。なんとかしてこの状況を打開しなかれば。

 

______が、避けられない。

 なぜなら、仮に避けたなら自分に向けられた攻撃の一部が市街地、そして誰かに当たる…傷つくかもしれないからだ。

 今まで取ることの無かっただろう策を取り、動いてきた自衛隊をハジメは今ばかりは恨まずにはいられなかった。しかし第8師団側も必死である。なんせ相手は自分たちの前任らを塵も残さずに消し飛ばした怪物らを幾度も単身で葬っている存在だ。当然だろう。

 

ドドドガァアアーーーーン!!!!

 

グァアッ!!!

 

 取れる選択肢などありはしなかった。

 ナハトは身一つで自衛隊の投射した火力を受ける。着弾時の爆煙と爆風がナハトをすっぽりと包む。

 

『命中!!ヤタガラスからの攻撃効果の確認報告が来ます!!』

『これだけの効力射を浴びれば、ウルトラマンでも……!』

「続けろ!!火力を投射し続けろ!!

砲身が焼け付くまで撃ち続けるんだ!このまま押し切るぞ!反撃の隙を与えるな!!」

 

 統率の取れた容赦のない攻撃がナハトを襲い続ける。ハジメの精神はとうに疲弊しきっていた。正しく言うならば、あの日からとっくに疲れていた。

 自分の姿を利用され、ヒーロー像を汚され、守るべき人々からは疑い…そして敵意を向けられ、そして今日こうして刃を振り下ろされた。心身ともにボロボロの一歩手前である。

 

シュア……!

 

《ぐぅ……!俺は、俺はどうしたら……!》

 

…………シュアッ!! バッ!

 

『!?!?、ナハトに動きあり!!』

 

 それは、"拒絶"であった。

 ナハトは円状障壁__ストーム・バリアを応用したドーム状のバリアを展開した。言わば全てを遮断する壁、外の喧騒や介入を一切許さない頑固なシャッターである。

 殻に閉じこもったと言った方が良いのだろうか?

 

『光子バリア…ってやつか?』

『初めて取った行動だ!確実に追い詰めている証拠に違いない! 田所隊長、攻撃を続行しましょう!!』

『今ここで奴を倒さねば、また多くの人々が!!』

 

「…………攻撃継続!!畳みかけろ!!トレノ隊も間もなく到着する!ここが踏ん張りどころだぞ!!」

 

 

 

ゴォオオオオオオオオーーー!!!!

 

 

 地上部隊による総攻撃から暫し遅れて、航空自衛隊春日基地からは怪獣や異星人との戦闘経験が豊富な、秋津一等空佐率いる精鋭部隊第506飛行隊―トレノ隊―が到着した。隊の機体である〈F-35JA ライトニングⅡ〉すべてに、 対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタルミサイル)が抱えられている。

 

「我々の任務は、地上に展開している第9師団の航空支援だ。相手は人型…それも過去に何度も我々と共に戦ったウルトラマンだ。それぞれ思うことはあるだろうが、今はそれを抑えて任務に臨め」

 

『『『了!!』』』

 

 秋津もまた内心戸惑っている人物の一人であった。彼やバディであり部下である神隼人一尉、そしてトレノ隊は、過去に幾度もナハトに窮地を救われている者たちである。

 そんな彼らに、引き金を引く順番が回ってきた。

 

(……彼は二度も熊本を、そして俺を救ってくれた恩人だ…。証拠も何もかも揃ってはいるが、どうも俺は納得できない…)

 

 秋津は、バリアを張りつつも狼狽えているように見えるナハトを見ながら、違和感を抱きつつ引き金を絞り始める。

 

(…だが俺は軍人だ。人を、そして国を守る自衛官だ。例えこれから取る行動が後悔に繋がるとしても、俺に残されている選択肢は引き金を引く以外には存在しない…!)

 

 腹を括り引き金を引く覚悟を決めた秋津。

 秋津の駆るライトニングからミサイルが放たれようとしたその時、バリアを張るナハト目掛け遥か上空から明色の光線が降り注いだ。

 

ズババババ!! バリンッ!!

 

「何だ!?」

 

 光線の威力は申し分なかったらしく、いとも容易くナハトのバリアを破った。

 バリアを破られた際に生まれた衝撃により、ナハトが背後のビルに激突し座り込んでしまう。

 秋津達はすぐに機を翻す。上方への宙返りを行い一時的に距離を取った秋津はその際横目で光線を撃っただろう主を見た。

 

「インフィニティー…!?」

 

 明色光線を撃った主が空から降り立つ。

 それは自衛隊の付けた識別名にならうなら"インフィニティー"…ウルトラマンメビウスのように見えた。メビウスがナハトに対して攻撃をしたことで、一時的に地上と上空からの攻撃は止んでいた。イレギュラーの出現は自衛隊側にも混乱をもたらしたようである。

 

『攻撃待て!攻撃待て!!』

『なんだ!?巨人同士で争うつもりか!?』

『あれは、四国の…!!』

 

「どうなっている……」

 

 事態はまた別の方向へと向かう。

 突如現れた第三者、ウルトラマンメビウス。彼は何をしに来たのか……それは彼自身に問いかける他は無い。

 

 

_________

 

 

黒森峰学園艦 学園食堂

 

 

 

「遂に街のど真ん中でドンパチ始めちまったと思ったら今度は違うウルトラマンかよ…」

「あの攻撃……ロケット弾まで弾き飛ばしてたバリアをああもあっさりと」

「あっちの赤い方が、私たちの味方なのかな?」

「いや、分かんないよ?また裏切ったり…」

 

 食堂に設置されたテレビの前に食事を摂りに来たはずの生徒が集っていた。

 メビウスの出現によって、食堂内がまた盛り上がる。そんな食堂の様子を尻目に、エリカは食堂前の通路で親友のレイラ、小梅やまほに付き添ってもらいながらハジメに何度も連絡を試みていた。

 

「……っ、駄目。やっぱりアイツと繋がんない…」

 

「ハジメさんは黒森峰から降りて市内に行ったんですよね?」

 

「エリカちゃん落ち着いて!きっとハジメ君なら……」

 

「アイツはっ!危ない所に首を突っ込む奴なの!! きっとまた、どっかで知らない誰かを助けようとして、それで……!! 自分は死なないとか思ってないとできそうにないことをいつも平然とするから……!!」

 

「エリカ、今はどうしようもない。エリカの気持ちは痛いほど分かる。分かるが…どうかここは耐えて、今は冷静になってくれ」

 

「…すいません隊長、みんな。取り乱したわ…」

 

 まほの言葉のおかげもあり、声を荒げてしまっていたエリカはなんとか落ち着きを一時的だが取り戻せた。しかし依然としてハジメの身が心配であることに変わりはない。

 焦る気持ちは今生徒達が集っているテレビへと向けられる。

 

『__また別のウルトラマンが現れました!高知県で宇宙人と対峙したウルトラマンでしょうか!? ナハトに対して攻撃を加えたようですが、仲間割れかは分かりません!!』

 

 テレビ画面には、ビルに沈むナハトの前に、仁王立ちで堂々と立つメビウスの姿があった。それをエリカ達は複雑な感情を持ちつつ見守る。

 食堂に転がり込んできた教員による緊急出港云々の話も、頭に入ってこなかった。

 エリカにはどうしても、ナハトとハジメを結びつけずにはいられなかった。いつも自分たちがいるところに、必ず駆けつける存在。テレビで映るそれを、エリカはハジメに重ねていた。

 

「どこにいったのよ…ハジメ…」

 

 

_________

 

 

同県 中央区 自衛隊作戦区域内

 

 

 

 

 

《み、ミライさん!? どうして……っ!?》

 

 しかしハジメの声はメビウス…には届いていないようだった。というよりも耳を傾ける気はないのだろう。既に攻撃されていることから、交渉や相談という一連の非戦闘行為は一蹴される可能性が極めて高い。

 

セアァッ!! ___ダンッ! ゲシッ!!

 

グアッ!?

 

 立ち上がって呆然としていたナハトにメビウスは勢いよく切り揉みキックを繰り出した。またしてもナハトは先程激突したビルに倒れ込む。完全にビルは倒壊した。

 もしやメビウス、他のウルトラマンたちも自分が街を壊したのだと考えてしまっているのかと、ハジメの頭に嫌なものが過ぎる。

 

《ミライさん!俺は何もしていないんです!!攻撃を止めてください!!》

 

 仰向けに倒れているナハトはメビウスの踏み付けを両手で受け止め防ぐ。やはり話す気は無いらしい。

 それに違和感もあった。あの時の…エイダシク星人との対決の際とは全く戦い方が違ったからだ。メビウスは地球の建造物を壊さないように慎重かつ軽やかに戦う戦士であったはずだと、ハジメは思った。

 

……ハァァァアッ!___シャキン!!

 

 メビウスは有無も言わさないほどのテンポで次の攻撃に入る。左腕の"メビウスブレス"から光剣__メビュームブレード__を出して構える。

 これにはナハトも応じざるを得ない。ナハトセイバーを出して応戦する。

 

セヤァア! フンッ! ハアッ!!

 

ガキッ!!ガギィイン!!!

 

 激しく鍔迫り合いを起こす二本の光剣。早すぎる両者の動きに周囲に展開する自衛隊は一対一の勝負に手出しができない。

 メビウスがナハトの胴体目掛けて斜め上から力強く振り下ろした光剣は、ナハトが咄嗟に取った剣での受け身を崩す。斬撃を受けきれなかったナハトセイバーは根本からポッキリと折れ、ナハトは左肩から右横腹に掛かる負傷を許してしまう。

 

グアアアーーーッ!!!!

 

(もろに食らった…!! 意識が持ってかれそうに……!)

 

 ナハトの傷口は浅くはなかったようで、光の粒子が傷から鮮血のように溢れ出した。

 あまりの痛さに耐えられなかったのか、ナハトは手を傷口に添い当てる。ライフゲージの点滅はいつの間にか始まっていた。活動限界が迫っていることを教えるタイマー音と赤色の明滅がハジメを焦らせる。

 

『…ダイバー01より各車!我々の攻撃目標はナハトだ!!インフィニティーを援護せよ!!攻撃再開!!』

 

ズガァアン!! ズガァアン!! ズガァアン!!

 

ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!!!

 

 地上部隊は司令部からの指示によりナハトへの攻撃を再開した。それに合わせてメビウスが退き、それと入れ替わるように砲弾やミサイルがナハトに殺到した。

 ナハトはウルトラ戦士の中でもタフであるかと言われればお世辞にもそうとは言えない。音速で飛来してくる砲弾や対生物に特化したミサイルを一斉に浴びれば、大ダメージを受けるのは必至である。それに加え、身体に蓄積していたダメージも災いした。

 急激に劣勢になっていくナハト。自衛隊は攻撃をやめない。それをメビウスはただ見ている。

 

《ミライさん……どうして俺を……》

 

 ナハト…ハジメはヨロヨロとした様子で、迫る苦痛から逃れるために空に活路を求めて飛び逃げる。

 しかし、自衛隊もナハトを逃す気はさらさら無く、空対空ミサイルを搭載した攻撃ヘリ―アパッチやヘッジホッグ、コブラ、そしてライトニングを駆るトレノ隊などが撃ち落とさんと殺到する。そして地上からは、ドイツの"ゲパルト自走対空砲"の流れを汲む〈87式自走高射機関砲〉の放つ機関砲弾と、"ツインメーサー"の愛称で知られる〈20式自走高射メーサー砲〉による指向性放電砲の弾幕が襲い来る。

 

ダタタタタタタッ!! シュバッ! バシュンッ!!

 

『ここで決着をつける!!攻撃の手を緩めるな!!』

『カバー頼む!!行くぞ!!』

『誤射に気をつけろよ!』

『航空部隊との連携を密にせよ!!』

 

 機銃に砲弾、高電圧のプラズマ、そして誘導弾と、人類の攻撃の苛烈さは収まる気配は無い。苦心しながらも、なんとかナハトはナハトショットを駆使し撃墜できるミサイルなどを退け続ける。

 しかし着々と近づいていた限界が迫ってくると、そうもいかない。それにメビウスもまたこちらへ、空へと上がってきた。うかうかしていては落とされる。

 

《何故…!何でなんだよ…!! クソ!!》

 

……ッ!ジュワッ!!

 

 ハジメは心の中に怒り・葛藤、その他諸々の感情を抱えつつ、遺憾ながら撤退の択を取った。

 ナハトが腕を胸の前でバツの字に組む。すると額のランプクリスタルが白く輝くと同時に、ナハトの身体が一瞬で光の粒子になり霧散していった。

 瞬時に自身を別の空間、座標へと転移する、"テレポーテーション"である。

 

『何っ!?』

『ナハト、消失(ロスト)!! 目視、レーダー共に確認できず!!』

『瞬間移動か!?』

『攻撃中止!攻撃中止っ!!』

 

「逃げたか……」

 

 秋津らの前から唐突に消えたナハト。追跡、追撃に移ることは不可能であろう。飛翔していたインフィニティー___メビウス__がナハトを追いに行くのだろうか、同じようにテレポーテーションの動作に入ったところを横目に今後への思索を巡らす。

 

『インフィニティー、ナハトと同様の動きを取っています』

『!! インフィニティー、探知不可能になりました!』

 

 メビウスも空中から完全に姿を消し、空に確認できるものは自衛隊のヘリと戦闘機のみとなった。自衛隊の作戦司令部は、熊本から"脅威"の排除に成功したと判断し、作戦終了を出動したすべての部隊に通達。作戦参加部隊は撤収を開始したのだった。

 

 今回のウルトラマンナハト撃退は国内外で大きく報道され、反応と対応は様々となる。 アメリカ合衆国は在日米軍の増強に関してのみ発言し、ロシア連邦は日本への資源提供や強固な新同盟の締結を視野に入れた条約についての会談を設けるため、日本にコンタクトを取ってきた。 中国・豪州連合は対応の甘さを指摘すると共に日本国にに面する海岸地域の軍備増強がのちに確認されることとなる。アフリカや欧州、中東に南米といった国は特殊生物の対処と後始末に追われそれどころではなかった。

 

 日本政府は熊本の再復興や自衛隊の今後の運用方針の説明、全学園艦の湾内待機指示、そして一連の事件の火消しに回ることになる。また、メビウスに関しては、あくまでも攻撃対象はナハトのみであるとして、現時点でのウルトラマンの同族に対する防衛行動の拡大はしないとした。

 そして日本が非敵性特殊生物、各国が"益獣"と呼称している怪獣___ゴジラ等に関しては殆どの国が今回の件とは別物として処理した。 

 実際、ナハトとメビウスが日本の熊本で交戦している際、ゴジラはモスラと共に北大西洋からイギリスへと飛来せんとしたギャオスの群れと、度々同領域で国籍問わず船舶を襲い最近になって存在を確認された大海蛇(シーサーペント)__マンダ__を迎え撃っており、欧州諸国は未だ非敵性特殊生物を"戦友"として見ている。一方のガメラは、シナ海にて豪州連合海空軍の攻撃を受けた後は行方をくらましており、行動の把握・確認が出来ていない。

 

 

_________

 

 

ナハト、メビウス交戦からおよそ二時間後

 

 

黒森峰学園艦 車輌・貨物ブロック

 

 

 

 

「力が、入らない……」

 

 ハジメはあの戦いに敗れ、逃げた後、なんとか黒森峰に戻ることができていた。しかし転移する予定であった座標が体へのダメージが原因でズレてしまい、艦上の市街地でなく艦内の貨物の積荷や一般車輌が駐車されている区画に飛んできてしまっていた。この区画は偶然にも普段ハジメたちが学園艦を乗り降りする際に世話になっているゲートブリッジが格納されている場所でもあったため、エリカ達に見つかってもある程度は言い訳できる状況であった。

 

「まさか…ミライさんまで、俺を…殺しにくるなんて…」

 

 学園艦とは、基本は巨大なブロックを組み合わせる方式で建造される途方もなく巨大な船である。その構造上、ブロックとブロックの間に通路は設けられておらず、ブロックからブロックへと移動する際には一度地上…生活空間である艦上へと上がり、そこから専用の昇降機や長大なスロープを介さなければならない。

 これが、学園艦の一般的な居住区がすべて艦の上にある諸々の理由の大部分をしめている。なお、一説によれば艦内は太陽が浴びれないから、などという話もあったりする。

 

「足が……どこか折れたのか、打ったのか……」

 

 さて、中々に話が脱線してしまったが、そうした理由から、艦内…地下にあたる区画は格納庫や農林水産業の施設として割り当てられている。

 ここはそんなものの一部である。警備員や艦内警察が巡回している空間ではあるものの、短いスパンで見回っているわけではないため、ハジメは誰とも会うことなく隔壁に背中を預けていた。スマホを握ることすら出来ないほど疲弊しているようだった。

 

「うぐ…っ!! あちこち痛い…い、イルマに……」

 

 胸に付けた流星マークのバッジを手に取ろうとするも、やはり腕すら上がらない。

 先ほど、言い訳できる状況などと言ったが、ハジメの全身は無数の切り傷と打撲痕で覆われており、本人視点であればこの状態に重度の倦怠感と筋肉痛、骨折に近い鋭い痛みが動く度に走るのが加わるらしい。

 動こうとする意識をまだ持っているだけでも大したものと言える。意識を投げ出さずに保っていることすらストレスであろうに。

 

「……ぐっ、動け…」

 

「ククク、無様だなぁ。ヒーローさんよぉ」

 

「!!」

 

 目の前には気付かぬうちに人間大のメビウスがハジメを見下ろすように立っていた。

 その声は聞いた事がある。嘲笑うような言葉を発したメビウスの声は、あの夜に会ったナハトと同じ声だった。

 ハジメは怒りが込み上げてくるが、体を力ませると全身に痛みが走り、声にならない低い唸り声を出しながらうずくまってしまう。

 

「……お…前は、メビウス、ミライさんじゃ、ないな…うぐっ!」

 

「ほお。ご名答だ、俺はメビウスでも、ナハトでも、お前自身でも、ない」

 

 メビウスだったそれは、ナハトに姿を変え、そして赤い瞳の黒い二本角の悪鬼のような影へと変わり、最後はまたナハトへと戻る。

 

「……星間同盟…か!汚い手を……」

 

「おいおい!これは勝負じゃねぇよ戦争だ。勝つための手段を取って何が悪い? 綺麗事でまかり通る世界なんて、どこにもないんだよ」

 

 目の前のナハトが言うことは正しいとは感じる。だが、それを簡単に容認することはできなかった。いや違うと反論しようと顔を上げたハジメの首をナハトが掴み上げる。足が地面から離れた首吊り状態だ。

 

「ぐ、お前は、お前は……!」

 

「クズだ、許さないってか。誰も許してくれなんて頼んでないんだよなあ!!」ブン!

 

ドガァ!

 

「かは…っ!!」

 

 ハジメは壁に投げられコンクリートに激突する。コンクリート壁に叩きつけられたハジメは、全身…特に頭部を強く打ったためか、流血が認められた。また、それで意識を持っていかれかけたらしく、肩で息をするレベルまで疲弊しきっていた。

 

「…………」

 

「おーおー!もう息引き取りかけてるじゃないか。ヒーローもこれじゃあ形なしだなあ!!ええ!!」ゲシッ!

 

「ぐぅ!……つ、……!」

 

 ハジメは何度もサッカーボールの如く足で蹴られ続けゴロゴロと地面を転がる。背中を、脇腹を、腹を蹴られ何もできない。

 ひんやりとしているはずのコンクリートの冷たさが感じられない。体中が内出血しているからだろう。逆に焼けるように熱く感じる。

 

「痛めつけるのもここまでにしといてやるか…」

 

「ゲホッ!……お前の、好きには…させない」

 

「まだ口をきけるのか。その粘りは褒めてやる。だがそれだけだなあ!!」ドン!!

 

「う"っ!?」

 

___ドサッ……

 

 四つん這いになって立ちあがろうとしていたハジメの鳩尾へ拳が入る。意識が消えガクッと項垂れうつ伏せに倒れ込んだ。それにナハトが悪態をつきながら右腕からナハトセイバーを出し、切っ先をハジメの頭に突きつけた。ハジメは意識を失っているため動かない。

 

「気が変わりそうだ。何も出来ずに指を咥え、絶望している瞬間に殺すのはやめて、ここでバッサリと切って楽に死なせて――」

 

「__そこに誰かいるの!?」

 

「チッ、迎えが早かったな。しょうがない、予定通り引き下がってやるさ」

 

「……!! ハジメ!アンタどうしてそんな……、ウルトラマンナハト!?なんでここに…まさか!!」

 

 ナハトが聞いた声はエリカのものであった。他の人間の声や、多数の足音が聞こえることから、さらにこの場に駆けつけてくるだろう。

 エリカがハジメのもとに駆け寄るのと、そこからナハトが一歩退いたのは同時であった。

 

「ヒロインが助けに来てくれたぞ、よかったなぁ」

 

「あなた、ハジメに何したのよ!!」

 

「痛めつけてやったのさ。現実を突きつけるためにな。そいつはお前に返してやる。安心しろ。まだ死んではいない」

 

 そう言うとあっさりナハトは引き下がり、空間の闇に溶け込むように退散した。消える最後までボーッと薄く見えていた目と、胸のライフゲージの光が無くなると、辺りを覆っていたプレッシャーもどこかへと散っていく。

 

 エリカはハッとしてハジメに目を向ける。彼の外傷が凄まじいものであることは火を見るよりも明らかであった。ウルトラマン(ナハト)が喋ったことなどに驚く間もなく、である。

 

「ハジメ!しっかりしなさいよハジメ…ッ!! う、うう……!」

 

 痛々しく、弱りきったハジメを見て、エリカは彼を抱き寄せた後に啜り泣いていた。こんな仕打ちはあまりにも彼には過酷ではないかと。ヒーローに憧れていた者が、その憧れのヒーローに痛めつけられるのはショック以外の何物でもないに違いない。なぜ人一倍頑張っていた人間がこうも傷つかなければならないのだろうか。

 

「エリカ!見つけたか……っ!? エリカ、ハジメ君のその怪我は!」

 

「酷いキズ…早く艦内病院に連れていかないと…!」

 

 遅れてまほやレイラ、小梅達が到着した。男子勢も同じタイミングで駆けつけ、状況を確認した後は即座に役割を分担し、ヒカルとマモルがハジメを二人がかりで運び出した。

 エリカはそれに付き添う形で艦上に待機していた艦内消防の救急車に同乗して学園艦病院へ。ハジメはこの間も命に別状は無いと分かったものの、意識を取り戻すことはなかった。

 

 ハジメは病院に搬送後、政府が出した全学園艦出港中止措置等の外的な要因、骨折や打撲等の容態確認や、現場医師らの判断もあり、当該の病院よりも設備が整っている本土の県立・市立病院での治療をするということで、ハジメは学園艦から離れて熊本市の中央病院に意識不明のまま移送されることとなる。

 

 

 

 

 

 




 はい、どうもです。バトオペ2にてガーベラ・テトラを操ってレートに潜ったり、ステラリスで企業国家を運営している投稿者の逃げるレッドです。久しぶりにやったらステラリスにハマってしまいました。楽しいっすね。

 お気に入りや感想、いつもありがとうございます。
 メビウス兄さん(大嘘)、登場です。ここまでやったら、おそらく皆さんは大方相手の正体分かるんじゃないでしょうか。
 自分、"ニセモノ"の定義の中では、非侵略目的の擬態、本人とはまったく繋がりのない他人、本人と繋がりのある表裏一体善と悪の存在…の三つが特に好きですね。
 あと少し小ネタなのですが、前回のサブタイは怪獣バスターズのミッション名より、今回のサブタイはゴジラ作品のタイトルから引っ張ってちょこっと変えて出しました。サブタイを考えている時が一番生きてるって感じがして、自分は好きです。

 最後に、ここで投稿者がガルパン沼に突き落としたウルトラヲタクのリア友の(未投稿)作品宣伝を勝手にさせていただきます。
 連載開始時期は未定とのことらしいのですが、投稿者と現在シェアハウスしているリア友が、SSSS.ユニバースとウルトラマンのクロスを準備しております。
 ウルトラマンの名前は、レイド。ウルトラマンレイドとのことです。
 
 これからもよろしくお願いします。次回も楽しみに。

_________

 次回
 予告

 ボロボロになったハジメが意識を失っている間も、ニセナハトは日本各地に出現し、暴虐の限りを尽くしていた。

 自衛隊、在日米軍、ロシア連邦極東軍がニセナハトを迎え撃つも決定打を与えれておらず、ゴジラ・モスラも蹴散らされた。そして遂には中国・豪州連合を中心に国連にて強引に戦術核と窒素爆弾__N2の日本国内使用が決定される。
 一方的な大量破壊兵器投入のタイムリミットが迫る中、再びニセナハトがハジメの前に現れる。まだ動けないハジメの命をニセナハトは奪おうとするも、それを阻む戦士が現れた!

 目覚めたハジメは、憧れを追い続ける孤高の戦士と共に、ラストリベンジを挑む!

 次回!ウルトラマンナハト、
【憧れは久遠に】!


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第35夜 【憧れは久遠に】

暗黒宇宙人 ネオババルウ星人、
宇宙格闘士 グレゴール人、
      ニセウルトラマンダイナ、登場。


熊本でのナハト撃退から三日後の7月14日の朝

 

 

東アジア 日本国九州地方 熊本県熊本市

中央区 熊本中央病院

 

 

 

『ウルトラマンナハトは、11日熊本で自衛隊による攻撃を受け姿を消した翌日から、石川、兵庫、岩手に連続して出現し、各地では復旧、救助活動が難航しています。また、ウルトラマン当人から発された日本並びに地球降伏のメッセージも依然として続いており、全国的に混乱が広がっています』

 

 テレビニュースは連日、ナハトばかりである。それも当然のことだろう。

 今ニュースキャスターが語っているように、ニセナハトは一日毎に襲撃場所を変えて日本に出現していた。

 日本政府や自衛隊も黙って傍観している訳ではなかった。しかし、戦闘能力は雲泥の差であることは歴然であった。各地の駐屯地や基地から部隊が出動したが、それらのことごとくは一蹴され、焦った在日米軍も自衛隊への後方支援から一転しメルバ戦以来の戦闘に突入したが、やはり敵わない。

 

 そして昨日13日、岩手県花巻市に出現したニセナハトは、自衛隊と交戦し同市に被害をもたらした後、太平洋へと飛行し逃走を図った。その際、岩手県沖合上空にてモスラと、海上ではゴジラ、ロシア連邦海軍より派遣された一個艦隊が迎撃に赴くも損害を出し、敢えなく突破されていた。こうした動きがありながら、非敵性特殊生物群とナハトの同士撃ちがそれでも示唆されたが、それは少数意見に留まった。

 ガメラは豪州連合軍に撃墜された以来、行方が掴めておらず、ニセナハトへの対抗策というのは尽きかけていた。友好怪獣、そして世界トップの実力組織が三つ蹴散らされればそうも考えざるを得ないだろう。

 

 こうした日本での動きに業を煮やしたのは豪州連合と中華人民共和国である。13日の日本時間19時に事態は急変する。

『日本国で現在発生している特殊災害の元凶たるウルトラマンナハトに対しての日本政府の対応は杜撰であり、これに代わり我々豪州連合は国連有志連合軍を招集・編成し核、窒素爆弾を用いたウルトラマンの完全撃滅と治安維持活動を行い日本国内の混乱を収拾する必要があると考える。

 既に日本には、自国の軍事組織である自衛隊にウルトラマンを撃滅する力は無いに等しく、これ以上の事態の悪化を看過したならば、被害は世界に拡散すると考える。故に本件を国連憲章第7章第39条並びに第42条に関わるものとし、ここ、国連総会決議にて多国籍軍派遣の是非を取る次第である』

……以上の声明を豪州連合が国連総会で発表。中国や周辺諸国もこれに迎合し、同日20時にウルトラマンナハトに関する茶番のような国連総会決議が、始まった。

 

 同日、日本時間22時、決議にて幾らかの反対票、無投票があったものの、豪州連合主導の実力行使プランが賛成多数で可決。作戦を迅速に実行するとし、それに向けての準備に動き出した。

 国連での半ば強引な決議後、豪州連合各地の軍港での動きが活発化し、およそ二個艦隊規模の艦艇群が動き出したことが確認された。恐ろしいほどの用意周到さである。

 また、多国籍軍は核・N2によるナハト攻撃のタイムリミットを、一週間後に制定。日本政府への通達が行われるも、具体的な作戦地域の決定はなされなかったため、日本政府は国民の避難・疎開計画を練ることが出来ず、各方面に混乱の拍車が掛かった。

 

……ここまでが現在までに起こった日本国内外の出来事である。

 

『__また、例の国連からの一方的な通達に対して、日本政府は強く抗議を行ない続けていますが、有志連合に参加予定の国々は今のところ沈黙を保ったままであり___』ブツッ!

 

 病室のテレビがエリカがチャンネルを握ったことによって消される。延々と下向きな話しかしないニュースに嫌気がさしたのだろう。今、寝ているハジメに対する心遣いもあったのかもしれない。

 

「ハジメお兄さん、まだ目開けないね…」

 

「……あれから三日、アンタは一向に起きないわね」

 

「逸見さん……」

 

「イルマも悪いわね、佐世保から足を運んでもらって…」

 

「い、いや僕は友達が__ハジメが心配で…!」

 

 ハジメの入院先の病室には、ハジメの弟であるシンゴと人間態のイルマ、そしてエリカがいた。

 エリカは、特災臨時休校を利用し、ハジメの代わりにシンゴの側にここ数日はついており、イルマはシンゴ伝手にハジメの入院場所を聞き駆けつけている。

 意識は戻ってはいないが、身体の方は順調に回復に向かっているというのが、担当の医師の見解である。

 

「失礼します。回診ですよ」

 

「あ、看護師さん」

 

「嵐さん、すごいですよね。先生も仰ってたんですけど、回復が…傷の治癒が一般の人と比べ物にならないレベルで早いんです。意識が戻ってこのままいけば、今週末には退院できるかもと」

 

「傷の癒え方が…ですか…?」

 

 朝の回診に来た看護師が、ハジメを診た医師との会話について話しながらもテキパキと診察を進めながらエリカに応える。

 

「ええ。だって腓骨や鎖骨にヒビが入ったり、完全に折れてた箇所がここ二日でもう綺麗に接着が始まってるの。まるで漫画とか、アニメに出てくるスーパーヒーローみたい。食事も点滴経由の栄養摂取しかしていないのに」

 

「そうなんですね…」

 

「心当たりとか、逸見さんはあったりする?」

 

「いえ、特には……ないと思います……」

 

 エリカの脳裏には、怪獣―コッヴ―が出現した日を境にしたように食事の量が増え、何か起こる度に体に傷を作ってくるようになったりしたハジメがちらついていた。

 

「そう…それなら良いんだけれど。……でも世の中もひどいことになってきたわよね、他所の国のことだと思って核撃つぞ〜爆弾落とすぞ〜とか言う国なんか出てきちゃって」

 

「そうですね…」

 

 エリカはどこか上の空で、看護師の会話が頭に入らなかった。

 その後も特段何も起こらず、看護師による回診は終わった。

 エリカはシンゴやイルマと言葉を交わして時間を過ごしていた。やることが見つからない…というよりは身が入らないといった方がいいだろう。実際、臨時休校期間も戦車道の練習はあった。しかしエリカは隊長のまほに断りを入れて毎日病棟に通っていたのである。

 

「エリカお姉さん…ハジメお兄さんはいつ起きるの?」

 

「…そうね。いつになるのかしらね…」

 

 アンタを心配してくれてるやつはいっぱいいんのよ、とエリカは心の中でハジメに語る。

 ……すると、その声が通じたのかハジメの顔に変化があった。

 

「……う、……ここは?」

 

「ハジメ!!気がついたのね!!」

 

「ハジメお兄さんが起きたぁ!!」

 

「良かったぁ…目を覚ましてくれて」

 

 ハジメが意識を取り戻したことにエリカ達は安堵する。

 当のハジメは、自身が今いる場所が病院であり、運び込まれていたことは察することはできたらしいが、意識を失った際の記憶や、時間の感覚が混濁しているようだ。

 

「俺は、あの後……はっ!エリさん、俺はどのくらい眠って―――っ!? …うぅ……」

 

「ちょっと!まだアンタは怪我あるんだから、体起こそうとしないで!!」

 

「僕、看護師さん呼んでくるよ!」

 

「ボクもイルマお兄さんと一緒に行ってくる!」

 

 イルマとシンゴが医師を呼ぶべく、病室から出て大急ぎでスタッフステーションのフロアへと慌てて走る。それによって、回診していた別の看護師に発見され、病棟内を走るなと怒られながら。

 

「とにかく良かった……意識が戻ってくれて」

 

「ねえ、エリさん。俺、どのくらい寝てたんだ?俺が寝てる間に、何か起こらなかった?」

 

「………」

 

「…エリさん、教えてよ」

 

「……ナハトが、あの後も色んなとこに現れて、街を壊して自衛隊とも、ゴジラやモスラとも戦ったわ。今じゃ、ナハトが地球は降伏しろって言うようになってて…」

 

「なっ…!!」

 

「それだけじゃないの。国連で、一部の国がウルトラマンを消すために核、窒素爆弾を日本国内で使うって言ってて……。タイムリミットはあと七日か六日、ナハトの出る場所は分からないから、政府も国民の避難計画をまとめられてない状況なの」

 

「日本に、核を…!?」

 

「私もみんなもごちゃごちゃになっててよく分からないけど、色んな悪いことが重なってるのだけはたしか。今はみんな落ち着いて過ごしてるけど、いつ崩れるかもう分からないの…」

 

「あの…アイツが…!! アイツのせいで…!!」

 

「アンタはとにかくゆっくり休んで。今は自分のことに気を遣いなさい」

 

「……分かったよ」

 

 このやりとりを終えた直後に担当医師と数人の看護師がハジメの病室にやってきた。

 ハジメが意識を取り戻したという事で、暫くの時間検査が続いた。その間、エリカはシンゴやイルマと共に検査の結果を院内で待っていた。

 

(ホントは色々アイツに聞きたいことがいっぱいあったのに…。どうしてそんなに命を投げ出すような行動を取るのって、どうして全部自分一人で頑張ろうとするのって、どうして私を…みんなを頼ってくれないのって……前に聞くって決意したはずだったのに…)

 

 目を覚ました直後のあのハジメの雰囲気は、エリカからナハトのここ三日間の動向を聞いた時の彼の感情には、明らかな敵意やそれに近いものが感じられた。

 エリカは無理もないだろうと思った。自分の憧れ、指標としていた存在があのような暴挙を働いたのだ。ハジメの怒りは最もだとエリカは考える。

 

(ヒーローが本当は悪役だったなんて…しかも、それの暴力の矛先が自分に向けられたりしたら……ああいう風にもなってしまうわね……)

 

 しかし、エリカは知らない。知ることができない。ハジメのその感情がどこから来ているのかを。源は何なのかを。お互いを理解し合う、伝え合う努力も機会も足りなかったから。

 ヒーローがハジメ自身であることは、今までの数少ないヒントを結びつければエリカは辿り着けたかもしれない。だが、今はそこまで考えが及ばなかった。

 

 

_________

 

 

同国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

 

 

「ほう。ナハトは速やかに消さないのかい?」

 

『ああ…。最後の最後まで後悔と絶望を見せつけてから、俺の手で潰す。あのヒーロー様は今戦えない。 それぞれのプランとシナリオは、担当の取り分だろう?手出しは例え隊長のお前であっても許さん』

 

「なっ!?ヒッポリト様に大して無礼だぞ!ババルウ!!」

 

「私は気にしてはいないよ、リフレクト君」

 

 星間同盟の地下前線基地。そしてヒッポリト__ヒールとその右腕である部下、リフレクトがいるのはその司令室である。

 彼らが通信している相手は金髪の頭に二本のツノと、赤く大きな一対の目が特徴であるネオババルウ星人。あらゆる分野に長けた、戦闘種族である。

 

『当然この功績は、俺に下りてくるんだろうな』

 

「勿論だとも。それは保証しよう。先ほど言われた通り、我々は今回のシナリオとキミの動きに手出しはしない。思う存分、やってくれたまえよ」

 

『その言葉、忘れるなよ?』

 

「分かっているとも」

 

 ズラリと並ぶモニター群を有するこの区画は、モニターから発されるライトのみが光源となっており、薄暗い雰囲気で満たされている。その中でモニター越しにやり取りをしているヒッポリトらは、いかにも悪役といった絵になる。

 

「…ババルウ君、キミのシナリオのプランを教えてくれないかい? 私はね、キミのやり方がダメだった場合に、次のシナリオとプランを練って進めなければならない。どの行為が妨害に当たり、支障を来さないのか、分からないからね。それに地球産怪獣の存在もあるけれど…」

 

『フンッ!俺のやる事は単純明快だ。 お前達の指示通り、俺は能力を駆使してナハトの地球人評判を地に落とした。地球時間でおよそ7日後には惑星規模の放射能大戦が始まるだろうな。そうなれば地球人は敵味方の区別なぞせずに争い合う。怪獣にも手を出してさらに滅亡へと加速する。…その引き金になるのが、再度のナハト出現だ。俺はここで最後の働きとしてその滅亡の針を進めてやるのさ』

 

「ああ〜、オセアニア国とチャイナ国の動きに期待するのか。なるほどねぇ。"干渉なき文明自滅(アンタッチャブル・アルマゲドン)"…同族同士の最終戦争になれば、宇宙警備隊も大義明文は得られない。しかも、ウルトラマンがそれの原因なら、尚更だ。それに生命の存在しない惑星を接収してもなんら問題ないね。寧ろ汚染された惑星の浄化を名目にこちらはまた動ける。ババルウ君も案外頭が回るんだねぇ」

 

『…核を開発した発展途上文明が突然滅びるのは珍しいことでもないだろう? 宇宙進出に差し掛かった惑星文明の消滅要因の八割は核絡みだ』

 

「そうだね。生物は適応進化を持っている。核汚染後に新しいサンプルだって確保できるかもね。キミがそこまで考えていたのなら、心配いらないか。頑張っておくれよ?」

 

『司令官様に言われずとも、与えられた役割は全うしてやるさ。そろそろ俺は動かせてもらう。ナハトの動きはオセアニア国に予めリークしておいた。奴らも動き出すだろう』

 

 ババルウがヒッポリト側の返事を待たずして、一方的に通信を切断した。そんなババルウの態度にリフレクトが呆れかえっている横で、ヒッポリトは小さく溜め息を吐く。

 

「ふぅ…優秀でも、反抗的な駒は動かすのは一苦労だねぇ。煽てるのにも一苦労だ」

 

「しかし本当によろしいのですか? 核汚染はソリチュラの同化とは別物ですよ?」

 

「大して変わらないよ。地球と、少しの生物さえ手に入れられればいいんだから。さてさて、これからババルウ君の勇姿をじっくり見ようじゃないか。今回もダメそうだから椅子にゆったり座ってでも」

 

 

_________

 

 

熊本中央病院 一般病棟

 

 

 一通り検査を終えたハジメの、何か思い悩んでいる様子を見て、エリカは何と声を掛けてやれば良いか分からなかった。そして、ハジメのことならば他の人間よりも知ってるはずである自分のそんなところに怒りを感じていた。

 

「お兄さんが目を覚ましてくれて、僕嬉しかったよ。そうじゃなかったら…」

 

「ごめんなシンゴ。心配掛けて」

 

 ハジメが病室に看護師の手を借りつつ、松葉杖を用いて病床に戻ってきてからも、エリカはハジメとの接し方に戸惑いがあった。今、ハジメはシンゴの相手をしながら、イルマとも会話している。エリカはといえば、少し距離を置いてパイプ椅子に深く背中を預けて座ってうんともすんとも言わない。

 そんなエリカを見ていたハジメは、何か居たたまれなくなり、声を掛ける。それはハジメなりの気遣いの表れであった。

 

「…エリさんも、ごめんね。俺のこと見つけてくれたの、エリさんだったんだよね?迷惑掛けて…本当にごめん!」

 

 両手を合わせてこちらにできる限り頭を下げるハジメ。そんなことしたら腹回りの傷と骨が痛むだろうに…。

 だがここでもやはりエリカは思った。ワタシの心配よりも、もっと自分を心配しなさいよ、と。だが、心身共に傷ついているだろうハジメに強い言葉をぶつけることは戸惑われた。それは違うと思ったのだ。

 それでも、なんらかの反応を返さねば厚意を蔑ろにしたに等しい。

 

「気にしないで頂戴。それよりも、早くケガ治しなさいよ?黒森峰には、アンタが必要なんだから」

 

「分かった。すぐに治して復帰してみせるよ」

 

「その気概はありがたいけど、それはそれで心配ね…。それに、勉強の方だって……」

 

 ハジメが無意識に出した助け舟にエリカは助けられた。話は変わるけど、と言いハジメは続ける。

 

「あのウルトラマンナハトは、偽物だと思うんだ」

 

 ハジメが持ち込んだ話題は、巷ではもはや侵略者と同義として使われている黒き巨人についてであった。

 話題が話題だ。エリカはハジメを傷つけないように、言葉を選びながら、寄り添う形で聞き返す。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「いや…それは……」

 

 言い淀むハジメ。しまった、この聞き方も不味かったか…とエリカは心の中で頭に手を当てる。

 正直に言ってしまえば、エリカは半分ハジメを憐れんでもいた。

 自分が信じていたヒーローであるウルトラマンが暴虐の限りを尽くす極悪人に変わってしまったのだ。

 アレは偽物で、本物は別にいるという妄言が幼馴染の口から出たとしても、それを真っ向から否定はしなかった。逃げ道を潰された人間は、あっという間に壊れてしまうことを、一年前のあの時(決勝戦後)にエリカは学んだ。

 

「ごめんなさい。聞き方が意地悪だったわね…」

 

 自分の心の支えがチームメイトであるならば、今のハジメの心の支えはヒーローだろう。たとえ根拠のない戯言だと思っても、それを受け止めてこそ自分だとエリカは言い聞かせる。

 

「いや…俺の方こそごめん。変なこと言っちゃって。そうだよな……こんな話ぶっ飛んでるかぁ…」

 

 どこか悲しそうな目をしながら、近くで見なければ分からないほどの涙を少し流し、震えそうになる声を抑えつけるハジメ。

 エリカもこれ以上の詮索はしない方が良いと感じ、話を切る。

 それは側から見た人間からしたならば、以前より両者の間にあった理解の溝が深くなっているのではと感じるだろう。

 

「……あ。私、花の水取り替えてくるわね」

 

 話が続かなかったエリカはそう言うとそれとなくシンゴを呼んで二人で病室から出ていく。愚痴に近い独り言を吐き出せるのは、同い年かつあまり接点の無いイルマよりも、日頃から顔を合わせており、ハジメという共通の身近な人物がいるシンゴであると考えたのだろう。

 それは、ハジメ側にとってもありがたい動きだった。協力者であるイルマとの情報交換ができるためだ。

 

「なあ、イルマ……アイツは、何なんだ?アイツは悪のウルトラマンなのか?」

 

「いいや、ハジメの見た姿を聞くに…憶測は危険だけれどもそれは暗黒宇宙にいるババルウ星人だと思う」

 

「ババルウ…星人? そいつが今回の……」

 

 イルマは深刻な表情で頷く。ババルウ星人の話は、ザラブ星人や他のM78スペースの宇宙人にとってはあまりにも有名であるらしい。 聞けば、過去にはその驚異的な変身能力を用いてウルトラマンの同胞になりすまし、宇宙警備隊__ウルトラマンの母星、光の国に単身で堂々と乗り込んで警備を総括するコントロールセンターを破壊した個体や、光の国と地球を共倒れさせようとした個体もいたと言う。

 

「彼らは強い。戦闘能力に個々の差はあっても、メカニズムは僕にも分からないけれど彼らの変身能力は僕らザラブ星人とは違って、変身した存在そのものになることができるんだ」

 

「完全なコピーができるってことか?」

 

「うん。そうだね。ウルトラマンに擬態したら、その身体的スペックはもちろん、スペシウムを筆頭にあらゆる光波熱線や各種能力を力の限り使える」

 

「…誤解を解くことは難しいし、おまけに強いってことだな…。現に俺がこんな風になってるからな…」

 

「ごめんよ。僕には何もできなかった…」

 

「イルマが謝る必要はないって。ただ、単に俺にまだまだ足りないとこ、浅はかなところがあるからで…」

 

 俯き加減でハジメは言う。次第に声は小さくなっていく。

 __でも。とハジメはイルマの目を見て自分のやらねばならぬことを伝える。

 

「――このままアイツの好きにさせちゃ駄目なんだ、絶対に。ヒーローだ何だとか関係なく、やり始めたことは終いまでやらないといけないんだ」

 

 父さんがよく言っていた言葉だけど、と付け足して。

 身体は傷だらけだったが、ハジメの心は根本から折れてはいなかった。必ずババルウには今まで人を騙したツケを払わせると、そう怒りを燃やしながら。

 

 ハジメがその怒りを激らせる所以は、今回の一連の出来事で亡くなった人々と、その遺族を思ってのことであった。彼らはババルウがウルトラマンに化けていることなど知らない。"ウルトラマンに殺された"という事実を押し付けられて死んでいった者が大勢いるだろう。

 死んでしまった人々に対して誤解を解く方法を、ハジメは持ち合わせてはいない。できることはババルウの化けの皮を剥ぎ、今を生きる人々にそれを伝えることだ。間違いを間違いのまま終わらせてはいけない。正さなければならない。

 

「だけど……いまアイツが現れたら…」

 

 今ババルウと対面したとしても、傷だらけの自分はたちまち蹴散らされてしまうという恐怖がハジメの中に渦巻いていた。ハジメも人間である。怖いという感情はウルトラマンとして戦いはじめてから無くなったわけではない。

 自分のやるべきことが分かっているからこそ、それが満足にできない今の状態に苦虫を噛み潰したように顔をしかめるハジメ。

 

「とにかく、ハジメは安静にして、傷を癒すことに____」

 

 

ズズウウウーーーーーーンッ!!!!!!

 

ジュアアッ!!!!

 

 

「っ!! ナハト…いや、ババルウか!!」

 

「これは…っ! ハジメ、逃げよう!ババルウはキミを狙って現れたんだ!!」

 

 病室から見える街並みに異質なモノが映っている。

 巨人___ナハトだ。ババルウが人々を騙すための、偽りのヒーロー。

 イルマはハジメが太刀打ち出来ないと悟ったのか、ここは苦しいが逃げの択を取るように促す。

 その間にも、ババルウ__ニセナハトはゆっくりと、確実に地を踏みしめながら病院に真っ直ぐ向かってきている。

 

「俺を狙ってるなら、尚更逃げたらダメだろ。……イルマ、寄越してくれ」

 

「! ………本当に、良いのかい?」

 

 ハジメは、イルマがアルファカプセルを持っていることを察していた。これもウルトラマンの力の賜物か…第六感に近いものが研ぎ澄まされてきたと言うべきか。

 イルマは変身アイテムをハジメに渡すことを躊躇した。その行為は、友人を死地に送るのと同義であると解釈していたからだ。

 

「理屈じゃないんだ。俺は、ここでアイツに立ち向かわなくちゃ…リベンジしなくちゃいけないんだ」

 

「…………っ、気をつけて」

 

「ありがとう」

 

 ハジメの言葉と、目から決意を汲み取ったイルマは、アルファカプセルをハジメに手渡す。

 カプセルを受け取るハジメ。手に握る夢のアイテムは、暫く握っていなかったからか、ズッシリとした重みを感じた。これまで感じたことの無かった、重みが。

 

「逸見さんと、シンゴ君が来る。ハジメはベッドの下に!僕が入れ替わる!」

 

「分かった」

 

 まだ傷が痛む体をよじらせながらハジメはベッドの下の空間に自身をねじ込む。足が綺麗に病床の陰に隠れたのと同時に、数人の看護師とエリカ、シンゴが室内に転がり込んできた。

 

「ハジメ!!」

 

「お兄さん!!」

 

 開きっぱなしの扉の向こうにある廊下を見れば、患者や医師、看護師に見舞いに来た人々が我先にと逃げ出していた。エリカたちは自分のことを逃げるために連れ出しに来たのだと、ハジメは直感した。

 

「ウルトラマンが来てるんだよね。分かってる」

 

「ああもう、肩貸すわよ!急いで!」

 

「逸見さん、嵐さん、シンゴ君、こっちです!非常口は大勢詰め掛けて使えません!」

 

「エリカお姉さん、お兄さん早く!」

 

 松葉杖を使おうとしたハジメ__イルマをエリカが焦ったく思い、肩を貸して看護師に誘導されながらシンゴと共に病室を後にする。

 部屋の喧騒が消え、エリカ達がいなくなったことを確認したハジメはすぐにベッド下から這い出し、立ち上がる。

 

「見えてるんだろう!俺はここだ!!」

 

 病院周辺や院内のスピーカーから立て続けに流れている避難誘導と、サイレンに負けじと声を張り上げ、窓の向こうにいるニセナハトを睨みつける。

 手に握っているカプセルが普段より一層強く輝いている。

 

「俺は!お前を____」

 

フゥン!!!―――ズズン!!!

 

「うわっ!!」

 

 ハジメの不意をつく形で、ニセナハトはその場で地団駄を踏んだのだ。地面を踏むことで起こる揺れで、ハジメはカプセルを手放してしまう。カプセルは床に無情にも転がる。

 どうやら、変身もさせずにハジメを殺すつもりらしい。想定より早く回復していたハジメを見たニセナハトが焦ったらしい。

 

クククク………ハァアア…ッ!!!

 

 ハジメが態勢を崩し、変身がすぐにできない状況になったことを確かめたニセナハトは、スペシウム・オーバー・レイの構えに入っていた。

 

「……くっ!!」

 

 絶対絶命。

 ハジメがそう思った。

 病院からまだ避難できていないエリカ達と、その他大勢の人々もそう思った。

 しかしその予想は、病院の陰に立つ一人の黒衣の男が壊した。

 

「…その姿での悪行、目に余る!!」バッ!

 

 男が右腕を斜め上に掲げると、その手から光が溢れ出し、彼の周りを光の柱が包み込んだ。

 

キィィイイイイイイーーーン!! ―カッッ!!!

 

ヌウ!?

 

ハアッ!!

 

 空中から現れたのは、黒いマントを翻す巨人だった。その巨人は、挨拶がわりのドロップキックをニセナハトにかました。

 ニセナハトは二、三歩咄嗟に下がり紙一重で巨人の攻撃を避ける。避けられた巨人の方も、ドロップキック後はすぐさま立ち上がり、病院を背にしてニセナハトに立ち塞がる。

 

《お前は……!》

 

《星間同盟と言ったか。私はヘラクレス座のグレゴール人。他者を貶めるその愚行、許さん!!》

 

《グレゴール人…その戦闘能力の高さから宇宙格闘士を名乗る武闘家だったな。我々の呼びかけにも応じなかったクズだと聞いている!》

 

《貴様のような者が、かの者たちの姿を使うことはあってはならんことだ!ここで私が貴様を討つ!!》

 

 巨人___グレゴール人は独特のファイティングポーズを取ると、手始めにハイキックを繰り出す。

 

フン!! ハアッ!!

 

 交差する蹴りと蹴り。火花が激しく散る。

 本来ならば、病院側に立つハズのウルトラ戦士が逆に立ち、誰も知らないような異星人がそれを守る側に立っている異様さは、今はゼロに等しかった。

 そして、戦闘に動きがあった。グレゴール人が纏っていた黒いマントをニセナハトに投げつけ、相手の目を奪う。ついでにと腹に蹴りを入れてやり、押し戻すことに成功する。

 その時グレゴール人は病院の一室__ハジメの方に首だけ振り向く。

 

《今だ!若き戦士よ》

 

「!!」コクッ

 

 

 ハジメには分かった。目の前の巨人は、見た目こそ奇妙であれ、その心の中に在るモノに嘘偽りがない戦士のそれである事を悟った。ああ、彼も何かを探す為に戦っているのだと…そして自分と同じように、許せないことがあるのだと。

 テレパシーを受け取ったハジメは傷が痛み言うことを聞かない体を鞭打ってカプセルが転がる床まで這う。

 

《お前ぇええええ!!! 俺をナメてるのかあ!!!》

 

 いいように翻弄されたニセナハトが腹を押さえながら叫ぶ。

 グレゴール人はそれには応えてはやらず、両腕を頭の前でクロスさせる。

 

《……もう一度だけ、姿を借りるぞ》

 

 クロスさせていた腕を素早く下ろすと、グレゴール人の体全体に円形の光が広がっていき、その姿は光の巨人の姿をかたどっていく。

 

 ____ヘアアッ!!

 

 グレゴール人が写した姿は、別宇宙にて数多の壮絶な戦いを潜り抜け、様々な世界を救った、いまや生ける伝説と言われる戦士___"ウルトラマンダイナ"であった。

 宇宙人が未知のウルトラマンになったことに驚いたのは地上の人々である。

 

 

「宇宙人が、ウルトラマンになった…?」

「もう何がなんだか分かんないぞ!」

「アレは、ニセモノなのか!?」

 

「いったい、何が起こってるっていうのよ…!」

 

 未来の光を受け継ぐ戦士、ダイナ。

 グレゴール人が過去に強さを求めて対局を求めた"真の強さ"を持つ者である。

 人からの声援に応え、諦めず、何度も立ち上がり向かっていく、熱いヒーロー。彼は今も光の彼方…その先を旅しているという。

 

《私も知った。真の強さを、その強さの根源がなんたるかを!》

 

《ええい!なにを訳の分からんことを!!細切れにしてやる!!消えされい!!》

 

 ニセナハトが光剣ナハトセイバーを抜刀。横一閃に斬りつけようと踏み込んだ。

 

 しかしその時閃光が走る。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 グレゴール人__ニセダイナは再度輝き、光が収まった時には白銀の体__フラッシュタイプは、燃え上がっているかのような真紅の体___ストロングタイプへと変わり、ニセナハトの斬撃を体を屈めて避けた途端、ニセナハトの顎下にボクサーの如き強烈なアッパーカットを入れた。

 

ズガァアッ!

 

グァアアッ!!??

 

 ニセナハトが大きくよろける。その隙をニセダイナは見逃さなかった。

 筋骨隆々の姿をしているニセダイナからは想像がつかないほどの俊敏さで動く。

 

《…これ以上、私の憧れ(光の戦士)を汚すなァ!!!》

 

バギン!!

 

グワアッ!!

 

 ニセナハトが後方へと大きく吹き飛ばされた。ニセダイナが放った渾身の右ストレートによるものである。あの時、"彼"から食らった重い拳と同等の、強き意志を持った一撃。

 吹き飛んだニセナハトは仰向けの状態から、ニセダイナとその背後にある病院に向け腕を十字に組み、スペシウム光線を放った。彼ごとまとめて吹き飛ばそうという算段らしい。

 

ク…ッ!!

 

 咄嗟に円形状のバリアを張るべく、防御姿勢を取るニセダイナ。間に合うかどうか彼にもわからない。

 迫る光線が彼に直撃するかと思われた瞬間であった。ニセダイナとスペシウム光線の間に食い込むように、新たな光の柱が現れ、大地に衝撃が走り、光線を打ち消した。

 

ドドォオオオーーーン!!!

 

シュワッ!!

 

『くそが!お前まで相手しなきゃいけねえのかよ!!』

 

 ここで初めて、ニセナハト__ババルウが異種間テレパシーではなく、品位も何も無い荒々しい口語によって悪態をついた。

 ハジメの変身する、本物のナハト…ウルトラマンナハトが現れた苛立ちと焦りによるものからである。先ほどの新たな光の柱は彼の出現によるものだ。

 

「おい!ナハトがもう一人来たぞ!?」

「どういうことだ? あっちはニセモノなのか?それともこっちが?」

「いや、元から二人いたのか?」

「分からん…瓜二つだぞ…」

 

『いったい、いったい何が起こっているのでしょうか!! 突然現れた三人目の巨人は、ナハト!またしてもウルトラマンナハトです!!』

『宇宙人がウルトラマンになったことも驚きですが、この場にナハトが二人存在していることが未だに信じられません!! 我々は夢を見ているのでしょうか!?』

『皆さん!来ましたよ、来たんですよ!!あれがきっとホンモノのナハトです!! ヒーローはいなくなったわけではなかったんです!!』

 

 同時に、病院周辺のみならず、市内全体、そして地上から生中継を行う笑顔テレビの美代達を筆頭に、各局報道カメラを通して目にしている全国の人々が驚愕した。

 ナハト___と言ってもニセナハトである___が人語を喋ったこともそうではあるが、何より、ナハトが二人いること…そんな異常の塊のような事態に驚いたのだ。

 それは空の上にいる人間達__トレノ隊も同じであった。

 

『現場に来てみれば、この状況は…』

『ナハトが二人も…!』

『赤いウルトラマンと一緒のナハトが味方、本物なんでしょうか?』

 

「待て。早合点だけはするな。今暫く様子を伺い機を見て我々は作戦行動をとる」

 

『『『了!』』』

 

(…やはり、あの時の違和感は気のせいではなかったか……。この戦いで、恐らく真実が明るみに出るだろう)

 

 まさかの事態に現場の映像を見ている垂水政権や自衛隊・防衛省でも混乱が広がっており、熊本市に出動した部隊は命令が止まったことで、ほぼ膠着していた。

 しかしそれらのことを巨人達は気にしない。戦闘は続く。

 

 

《今化けの皮を剥いでやる。ウルトラマンナハト、私に合わせろ!》

 

《は、はい!》

 

 ニセナハトから距離を取った両者は、素早くそれぞれの牽制光弾、牽制光線をニセナハトの頭部目掛けて放つ。

 

____シュワッ! シュバッ!!

 

____デュアッ! シュバッ!!

 

 

グワァアアアア!!!!!

 

 

【♪FT BGM】『IMAGINARY LIKE THE JUSTICE』

 

 

 二人の放った光撃がニセナハトの頭部に殺到。綺麗にクリーンヒットした。

 顔面を負傷したニセナハトは、その強烈な痛みの余り顔を押さえて、獣のような慟哭とも、唸り声とも分からない声を上げる。

 

……グ、グォオオオオオ……!!!

 

「な、なんだあれ!?」

「見た目がブレてる!?」

「何なんだよ!」

 

 するとどうだろうか。ニセナハト……ババルウの姿が何重にもブレて不安定になっていくではないか。

 ババルウがヨロヨロと立っている間、様々な姿へと変わっていく。

 それは、メビウスになり、ナハトになり、最後は変身が完全に解けて本来の悪鬼のような姿へと戻ってゆく。

 

「「「あっ!!」」」

 

 これに再び人々は驚愕した。テレビの前で観ていた者も、現場で見ている者も、全員が呆気に取られた。

 

ゥウウウ……、……ムッ!?

 

『ぎ、擬態が…!』

 

 ナハト、ニセダイナにより、遂に本来の姿を明かされたババルウ。

 市内の人々の声は、驚きから怒りへと変わっていく。欺かれていた者たちも真実に気づいたのだ。正しいものが何なのかを、本当のことは何なのかを。

 

「見ろ!ニセモノだ!!アイツ、ウルトラマンに化けてたんだ!!」

「俺たちは騙されてたってことか……」

「あの宇宙人が私たちを騙してたのね!!」

「じゃあ前に中央に現れた赤いヤツも…?」

「こいつだったのか!?」

 

「……やっぱり、ババルウ星人だった」

「…ん?お兄さん、今なんて…?」

「……もしかして…今までのナハトは、あの宇宙人だったって言うの……? そんな、そんなのって…!!」

 

 エリカ達、地上にいる者らがどよめいている中、空の上で舞う秋津が率いるトレノ隊は、これまでの分をぶつけようとすべく、いよいよ反撃に転じようとしていた。

 

『片方のナハトのフォルムが…!!』

『インフィニティーにも見えたぞ!』

『あれがニセモノか!!』

『俺たちはあの時、本物にミサイルを撃ち込んでたのか…』

『………秋津二佐、行きましょう』

 

 過ちは正し、直さねばならない。それが出来るのが人間である。見なかったフリをしてはいけない。

 今、秋津に迷いは無い。引き金を引く相手は鮮明に自身の目に映っている。そしてあの時の自分の勘は正しかったのだと、これで確信できた。

 

「ああ。…トレノ1からトレノチームへ。ナハトらを援護するぞ!真上から仕掛ける!!全機、私に続け!!

今までの分、挽回するぞ!!」

 

『『『了!!!』』』

 

 ゴォオオオオオオオオーーーーー!!!!

 

 十数羽の鋼鉄の鳥達は、力強く舞い上がる。アレを、ババルウをナハトと思い散っていってしまった同胞たちの敵討ちのために。それに、これまで共に戦ってきた大きな戦友の姿を騙っていたことが許せなかった。

 

「こちらに釘付けにしろ!!」

 

バシュッ!! ババッシュ!! バシュウン!!

 

ヌゥウウ!!

 

『矮小なる地球人どもめぇ!煩わしい!!』

 

 ババルウは腕に仕込んでいる飛び分銅を、フルメタル・ミサイルをこちらに向け発射しているトレノ隊のライトニングに対し放とうとする。しかしそれは、距離を詰めてきていたナハトとニセダイナのダブルキックを受けその行動をキャンセルされた。

 一方で、その後もロックオンし続けているミサイルは重力による落下とブースターによる加速によってさらに速度は上昇。誘導システムは誤差を修正しつつ的確にババルウを捉え、それらは全て命中。

 逃げ場のない、文字通りの鋼鉄の雨が降り注いだ。

 

ズドドォオオオオオーーーーーンッ!!!!

 

ギャアアアアアー!!!!!

 

 地球人側の、これまでの分の報復を体に目一杯受けたババルウの表皮は着弾の度に抉られ、爆発。次第に痛々しい姿へと変わっていく。

 

ゼーッ…ゼーッ…ゼーッ……

 

『貴様らァ…俺の体に傷をつけやがってェ…!』

 

 もはや何者かに擬態する余力も消え、戦闘能力の大半を失ったに等しいババルウは、怨嗟の声を上げながらも、なお戦おうとする。そのおどろおどろしく無残な姿は正に悪鬼の類いである。

 

『許さん!許さん許さぁあああん!!!!死ねえええい!!!!』

 

 手のつけられないレベルまでババルウの怒りのボルテージは上昇していた。

 ほぼ半狂乱になり、全身に仕込んでいる武器の一つである刺股を取り出し、それを振り回しながらナハトとニセダイナへと向かう。

 すでに決着がついていたに近かった。敵であるババルウの動きは真っ正面からの突撃という単調なものに成り下がっていた。それを捌くことは二人の巨人にとって難しいことではない。

 

《……これで、終わりだあああああ!!!!》

 

《死した者たちの悲しみと怒りを、この一撃に全て乗せる!!!!》

 

バッ!!――シェアアッ!! バッ!!――デュアアッ!!

 

 ナハトはナハトスパークを、ニセダイナはダークソルジェント光線を放つ。

 

『グァアアッ!!お…の……れぇえええええ……!!!』

 

 白と黒、そして青紫の光線がババルウに炸裂。

 光線に対して防御動作も行わずに直当ての状態となり、それを食らった対象であるババルウは光の粒子となって風に吹かれ消え去ったのだった。

 

「…ふむ。またしても、こうなるか…。さっさと片付けてしまえば良かったものを」

 

 

「ニセモノを、倒した…?」

 

「やった!勝ったんだ!!」

 

 残ったのは、ウルトラマンナハトとニセダイナ___グレゴール人である。

 街の至る所から、人々からの歓声、そして謝罪の念などが含まれている声が上がっていた。それはナハトの潔白が証明された証でもある。

 陽が落ちはじめる。茜色の空の下、ナハトと擬態を解いたグレゴール人が向かい合う。

 

《この宇宙に訪れる機会があって良かった》

 

《あなたは、すごく強いんですね…》

 

《この強さはタダで手に入ったわけではない。私も何度も戦い、経験を重ね、己を磨いて今に至る。

…そして何より、私は強さとはなんたるかを、とあるウルトラマンから教わった者だ》

 

《ウルトラマンに?》

 

 ナハト___ハジメの疑問にグレゴール人はゆっくりと首を縦に振り、答える。

 

《私は彼のおかげで目を醒ますことができたのだ。私は戦う理由と求める強さの手がかりを掴めた。キミはどうだ、ウルトラマンナハト》

 

 今度は逆にグレゴール人が問うた。ハジメは、一瞬迷ったがその後すぐに答えた。

 

《……俺は、まだはっきりと見えてないです。考えられてないです。

……でも、決めたことはあります。俺はこれから、絶対に眼前に映るものから、目を逸らしたりしない。それが自分へのケジメだと思います》

 

《……そうか。キミは心が打ちひしがれるような、途方もない高さの壁を見たかもしれない。そして理不尽な悪意をぶつけられただろう。

しかしキミはそれを乗り越え、こうして再び戦場に立ち、ウルトラマン(ヒーロー)の姿を騙る者を打ち倒した。大切なものさえあれば、強くなれる》

 

《……はい!》

 

《さて…私にはあと一つやらねばならないことがある》

 

 そう言ってグレゴール人は地上の人々の方に向き、報道陣のカメラ群を確認すると、彼は人々に語り出した。

 

『……私は別宇宙に存在する、ヘラクレス座M-16グレゴール星からやってきたグレゴール人である。諸君らは知っておかなければならぬことがある。

それは、この宇宙には、多かれ少なかれ私やあのナハトの偽者のように他種族の姿を模倣できる種族が存在することだ。

目に見えるものだけが全てではない……どうか、できるのならば、そのことを胸の内に留めておいてほしい。私からは以上だ』

 

 グレゴール人は語り終えると、頭上に黒いワームホールを出現させ、ナハトスペースの地球から去ってゆく。熊本市の人々は彼を静かに見送る。

 彼はこれからも様々な銀河を旅するだろう。

 自分の憧れを追い求めて。久遠にいる憧れに、少しでも近づくために。

 宇宙(そら)を駆ける格闘士は、真の強さへの道を探している。

 

 

「ワームホールが…」

 

「あの宇宙人、グレゴール人は帰っちゃったの?」

 

「そうらしいわね。見た目に反して、親切なこと言うじゃないの」

 

 周囲の人が街の復興作業や、病院の復旧に向けて動き出す中、エリカはシンゴと共にハジメ__イルマを病棟へと連れて行った。

 

 

 

――――――

 

 

およそ日本時間30分前

 

 

西太平洋 ミクロネシア近海

硫黄島沖450km地点上空

 

 

 

 

 

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオーー!!!

 

「エインジェル1から基地へ。当機、およびエインジェル2は間もなく暫定日本領内へ侵入する」

 

 数機の護衛機――〈F/A-18E スーパーホーネット〉に守られながら、オーストラリア国防空軍戦略爆撃隊隷下の戦略爆撃機〈B-52 ストラトフォートレス〉二機は、腹に10発の窒素爆弾(N2)…原始の炎の弟達を宿して悠々と空を飛んでいる。

 このままの飛行ルートを維持するならば、数十分もしないうちに彼らは日本国の排他的経済水域__EEZに留まらず、領空をも侵犯するだろう。

 

『把握した。直掩の、サイパン以南の基地より飛行しているバベルチームは帰投せよ。総員仕上げに掛かれ。日本側で何らかの動きがあったようだが、本土司令部から何ら通達が無いため作戦の第一段階は当初の予定通り続行とする』

 

 この時、九州熊本ではニセナハト、ナハト、ニセダイナが戦っている最中であった。

 

『バベル1よりバベルチーム!二グループに別れ、散開後フォーメーションを再編せよ!』

 

『バベル9了解!あの悪魔に太陽を落としてくれ、エインジェル。バベル1、あとの護衛は頼む!』

 

 半数の護衛機のホーネットが続々とB-52中心の編隊を崩して現在の侵攻方向と真反対の方向___豪州連合サイパン空軍基地へと帰投してゆく。

 B-52の搭乗員、バベルチームの第1グループは、彼らを見送ると意識を再び任務へと戻す。

 

 戦略爆撃隊の任務は、ウルトラマンナハトに対するN2攻撃である。そしてN2による爆撃の成功が確認され次第、連合傘下の東南アジアに集結させた上陸部隊を満載させた艦隊を九州へ。その後日本制圧の橋頭堡として確保するというのが、豪州連合の今回の作戦である。

 無論、日本国側への通達は一切無い。

 日本国の排他的経済水域内上空に差し掛かれば、史実よりも増強された"硫黄島航空自衛隊基地"からは〈F-2〉や〈F-3J 蒼天〉、〈F-35JA ライトニングⅡ〉等のスクランブル機がじきに上がってくるだろう。

 しかしそれだけでは豪州連合は手を引かない。いざとなればベテランパイロットが多く所属しているバベルチーム――護衛部隊をぶつければいい。さらに言えば、日本は外的脅威であるウルトラマンナハト(ババルウ星人)の対応でほぼ手一杯である。正直なところ二方面同時に有事の対処を行なうことを自衛隊は避けたいだろうことは容易に想像がつく。

 

「間もなく無線封鎖を実施する。自衛隊機が現れても気にせず我々はこのまま九州へのコースを取るぞ」

 

「対空火器、準備!いざとなれば迎撃する!」

 

『エインジェル2からエインジェル1へ、編隊後方に反応複数確認。そちらのレーダーはどうだ?』

 

「6時方向から未確認機…?」

 

 自衛隊機との接触に備えていた爆撃隊は、飛行場などが存在しない太平洋から迫る謎の反応群に困惑した。

 

「なんだ、いったい……?」

 

『こちらバベル1、先手必勝だ。迎撃行動に移る!!』

 

 しかし未確認の反応の正体は程なくして判明する。向こう側から通信が入ってきたためである。それも、聞き慣れた訛りの少ない英語であった。

 

ゴォオオオオオオオオオーーー!!!!

 

『こちらは、アメリカ合衆国海軍、第一艦隊所属機である。豪州連合機に告ぐ。ただちに当空域からUターンし離脱せよ。貴機は我が国の同盟国日本の領域に侵犯しつつある。

この警告に従わなければ、即時撃墜する!繰り返す。即時撃墜する!!』

 

『なっ!?』

 

 未確認機の正体は、訓練を切り上げ日本支援のために太平洋に展開していた米海軍太平洋艦隊の第一艦隊空母艦載機〈F-35C ライトニング〉と、有人機追従仕様の無人機〈MQ-77 ブルーバード〉で構成された航空部隊であった。

 

『べ、米軍機!? それに…ナンバーズ・フリートだなんて…!!広域レーダーには何も映ってないぞ…!!哨戒機は何をしているんだ!!』

 

「慌てるな。我々は特別仕様のN2を持っている。撃墜しようものなら、彼らもタダではすまないだろう。それにこちらにはバベルチームもいる。ここは――」

 

『――我々は貴機らの積荷の中身を把握している。こちらは犠牲を厭わない。我々の撃墜の意志は揺らがないぞ』

 

 こちらの思惑を見透かされていると感じた豪州連合側。B-52のパイロットらは脂汗が滲んでいた。米軍機の最優先攻撃目標は疑いの余地なく、破壊兵器を積んでいる自分の乗る機体であることは明白であったからだ。そして向こうは命を惜しまずに全力で掛かるぞと、そう宣言してきた。

 自分たちがやられれば豪州連合は日米に対しての大義名分は出来上がるのだが、それが自分の命を生贄としてのものであればどうだろうか。大した気概もない人間ならばそれでも死にたくないと思うに違いない。

 豪州連合側に動揺が広がる中、米軍機はその間も確実に距離を詰めてきていた。迎撃に赴いたバベル隊と、米軍機が戦闘に突入しようとした時、豪州連合軍司令部からの直接命令が彼らに下った。

 

『――司令部より作戦第一段階に参加している部隊すべてに通達する。本作戦は中止、繰り返す。本作戦は中止。

戦闘行為を行わず、直ちに撤収せよ。なお、これはバスク元帥の最高判断である。本命令に背いた部隊は反逆罪を適用し処分する。周知を徹底せよ――』

 

 唐突な司令部の方針転換。司令部からの言葉に、実働部隊たる彼らは困惑する他なかった。彼らは知らないが、本物のナハトが現れたという確定情報が世界に広がった時点で豪州連合軍司令部は国際世論を味方につけることは難しいとし作戦中止を決定していたのだ。

 

「くっ……。サイパン基地へ引き返すぞ。各機、離脱開始」

 

 命令は命令である。爆撃隊の中にこの空域から一刻も早く離脱したいと考えていた者達が多かったのもあり、戦闘に発展する直前で豪州連合側は恐ろしいほど素直に撤退を開始。サイパン空軍基地に帰投したのだった。

 

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオーー!!!

 

『豪州連合機の全機離脱を確認した。早期警戒機(E-2D)と当空域の哨戒を交代し、我々はデスピナに一時帰投する』

 

『『『了解(コピー)』』』

 

 こうして日本本土N2攻撃は、米海軍太平洋艦隊第一艦隊によって水際で防がれていたのだった。

 

 

_________

 

 

時は今に戻り…

 

 

 

熊本中央病院 

 

 

 

 あのあと棟内に入った際、ハジメがトイレに寄った後は売店で生活雑貨と果物をいくつかエリカが購入し、別の場所に逃げていたと言うイルマは顔を見せた後一度家に戻ることを告げ病院を後にした。

 病室へと戻るその間、エリカとハジメは言葉を交わさなかった。シンゴも、場の雰囲気を察してか、一言喋らなかった。

 そして病室のベッドにハジメが着いた後、エリカが口を開いた。

 

「ハジメ、ごめんなさい。アンタの言う通りだったわ…あのナハトは偽者だった。本物は別にいたのに、私は…」

 

「ううん、気にしなくていいよエリさん。あれは俺の証拠もないただの妄言だったよ。今回はただ偶然本物のナハトがいただけで__」

 

「それでも!私がアンタを信用してなかったのはたしかじゃない。いいのよ、こんな時は怒ったって!怒る時は怒っていいの!!」

 

「そう言われたって…過ぎたことだし、俺は本当に何も感じてなんか…」

 

「嘘。だって私が質問したあの時、ハジメは悲しそうな顔してた。なんにも感じなかったなんて嘘よ」

 

「………。」

 

 エリカの謝罪から始まったこの会話。ハジメが黙ったことで、続きが止まる。

 エリカは病人を虐げているような感覚に陥り、自己嫌悪になる。ハジメは彼自身が言うように、エリカに対する怒りなどは微塵も感じていないのだろう。だがそれが苦痛だった。

 自分はどこかで彼を傷つけるようなことを言ったのに、こちらには何も返そうとしない。優しすぎる。エリカは以前にみほにも似たような印象を持ったことがあったため、この虚しいやりとりを繰り返している感覚を覚えるのだ。

 

「………ごめんなさい。さっきのは無しってことで、いい?」

 

「あ、うん。大丈夫」

 

 嘘だ。ほら、また"大丈夫"って言っている。

 エリカは口から出かけた言葉をなんとか飲み込む。彼にこれ以上の心配も迷惑も掛けたくないから。それと同時に、思っていることと真逆のことをしている自分がまた嫌になる。悪循環であった。

 しかしここの雰囲気を一新して後腐れなく今日は帰ろうとエリカは思った。

 

「……ふぅ、いいこと?ここでしっかり養生して、元気になって黒森峰に戻ってきなさい。オッケー?」

 

「ああ、うん。オッケー」

 

「なら良し。それじゃあ、また顔出しに来るから。ほらシンゴ、寮に帰るわよ」

 

「うん。またねお兄さん」

 

「すぐにそっちに戻るから。帰りに気をつけて」

 

 エリカとシンゴは病室を後にする。二人の背中を見送ったハジメは、静かに拳を震えるほど握りしめていた。

 手のひらからは爪が食い込んだことで出血が始まったが、ハジメが手をパッと広げると、すぐに傷が消えていき、勝手に止血された。

 

「…また、エリさんを心配させてる…。俺が弱いから、弱いところを見せるからなんだ…!」

 

 先ほどまでの穏やかで優しげな顔はどこへやら、悲痛に塗れた表情で天井の一点を見つめる。

 

「グレゴール人からの、強さについての問いに俺は答えられなかった…。見つけないと、俺は、今度こそエリさんを、みんなを守れなくなるかもしれない…」

 

 今回は偶然グレゴール人がこの宇宙にやってきていたため、助太刀してもらえたのだ。あの時彼が駆けつけてくれていなければ、変身を待たずして敗北していたに違いない。

 ただただ、今はラッキーが続いているだけだ。いざとなれば誰かがまた助けてくれるなどという考えはハジメにはなかった。故に焦るのだ。

 想いの強さと、戦うための強さは比例しない。この事実にハジメは歯噛みした。だが、今は傷を癒すことが先決であり、エリカ達の言葉に従って早く黒森峰に戻るために過ごそうと思う。

 

「……よし。まずは退院してからだ。退院までに出来ることはいっぱいある。勉強も、トレーニングも、全部やってやる…!!」

 

 この三日後、七月17日にハジメは驚くほどの短期間で退院する。そして19日日曜日に開かれる、第63回戦車道全国高校生大会の抽選会に、エリカの付き添いとして共に埼玉県のさいたま新都心へと向かうこととなる。

 

「…むむ、…うーん……」

 

___ピッポッパッポッ!

 

「…………あ、もしもし。エリさん? あの、英語と独語の課題、スクショしてもらえないでしょうか…?」

 

 

 

 




 はい。どうもです。漫画版亜人で大好きなキャラクターは、佐藤さんの投稿者逃げるレッドです。
 グレゴール人は投稿者がウルトラシリーズの中でもかなり好きな登場人物でございます。次作のウルトラシリーズ、デッカーでグレゴール人は出てきそうですね。二年前からこの回の台本を書いていたので、上げられて良かった…!
 フィニッシュタイムBGMは、ウルトラヲタクの友人から勧められてハマったものです。形成逆転からの畳み掛けてくる曲は最高やな!

一ヶ月前に描いた、ハジメ君とナハトです。

【挿絵表示】


_________

 次回
 予告

 ババルウとの戦いから五日。まほ、エリカ達は遂に始まる第63回戦車道全国高校生大会の抽選会が開かれるさいたま市に行く。
 抽選会後、エリカ達はまたみほ達と再会し、穏やかな時間が流れる。

 しかし、さいたま新都心に謎の魔像が襲来。ウルトラマンナハトに対して勝負を求めてきた!

 次回!ウルトラマンナハト、
【招かれざる挑戦者】!




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第36夜 【招かれざる挑戦者】

宇宙三面魔像 ジャシュラインBr.、登場。


7月19日日曜日

 

東アジア 日本国関東地方 埼玉県さいたま市

さいたま新都心 さいたまスーパーアリーナ前

 

 

 

 今日は63回目の戦車道全国高校生大会の抽選会がある日である。抽選会場であるここ、さいたま新都心の中央近くに位置している、さいたまスーパーアリーナの周りには祭りの如く様々な屋台が並んでいる。一見すると街行事と見間違うほどの騒っぷりであり、七月の暑さを吹き飛ばすぐらいの盛況具合であった。ちなみに、よく探せばアンツィオ高校の出張屋台を見つけることができる。貧乏校の戦車道の費用稼ぎとは全く難儀なものである。

 

 なお、ババルウ星人撃破から五日間、日本国内はニセウルトマンの衝撃を受け各方面で様々な動きがあった。

 日本政府も国内外に新たにウルトラマンナハトへの対応と、豪州連合の領空侵犯未遂等に対する遺憾の意の表明を記者会見で行ない、新聞会社やテレビ局では一部を除いて凄まじい勢いの掌返しをしてみせていた。そんな大人達の様子を許して見ていた、当のウルトラマンであるハジメは豪胆というか、芯が強いと言うべきか。

 垂水総理らは会見後、防衛計画の練り直しとババルウ星人との戦闘によって損害を受けた各方面隊の再編成と補填、そして戦場となった各地の復興に力を注ぎ始めた。

 

 さて、それらはさておきアリーナの陰にある自販機置き場にたむろしている男が三人。

 

「ストームリーダーさんよぉ、ここに来てから聞くのもなんだが、お前ホントに大丈夫かよ?」

 

「うん?何が?」

 

「そうだよ。ナギさんの言う通り、退院してから一週間も経ってないし、そもそも復帰速度が異常なレベルなんだ、無理とかしてない?」

 

 自販機でそれぞれ砂糖入りの炭酸飲料、ミネラル豊富な麦茶、シンプルな天然水を購入しているのは、黒森峰戦車道整備科のハジメ・ヒカル・マモルである。

 どうでもいい話題の深堀りにあたることであるのは重々承知してはいるが、一応ハジメがサイダー、ヒカルが麦茶、マモルが天然水を買ったとだけ言っておこう。

 三人はペットボトルのキャップを開けつつ飲む前後で話を繰り出し合う。

 

「俺は大丈夫だって。てか、ナギだって他人の心配より、自分のこともっと心配した方が良いんじゃないか? またいきなり黒い霧を体から出したらそれこそダメだと思うけども?」

 

「うっさいぞ、ハジメに一番言われたくねぇなぁ〜その言葉ぁ〜」ジリジリ…

 

「な、なんで近づいてきてるんだよ…?」

 

 高校戦車道関係者である彼ら三人がなぜ、抽選会開始の時刻が過ぎていてもなお、このように駄弁っているのか。

 その理由は単純明快である。抽選会場内に足を踏み入れることが出来るのは戦車道選手である女子だけであるからだ。まほ、エリカ、小梅の三人が抽選に参加している間、こうして暇を…時間を潰しているのだ。

 

「まあまあ、二人ともそこら辺にしといた方が…」

 

「こら男ども!なーにいちゃついてんのよ!!」

 

「げっ、逸見さん…」

 

「え、エリさん…」

 

 マモルが仲裁に入ったところで、抽選組のまほとエリカが戻ってきていた。

 エリカの声にハジメとヒカルが肩をビクッと震わせて声の主人であるエリカの方に振り向く。まほはやれやれ…というように目を閉じて小さく溜め息を吐いていた。

 

「自販機のまん前でたむろして…周りへの迷惑とか考えなさいよね!」

 

「「ごめんなさい」」

 

 ここは素直に謝る整備科の二人。マモルはこの場をエリカが収めてくれたため、安堵しているようだった。エリカの後ろには愛想笑いの小梅が。

 そして、少しばかり呆れていたまほが、顔を上げいつもの凛とした表情で全員に言って聞かせる。

 

「エリカと小梅は同伴していたから分かると思うが、一回戦の対戦相手が決まった。知波単学園だ」

 

「日本戦車を主力とし突撃戦法を得意とする、あの学校ですか?」

 

「そうだ。……というよりも、先ほど会場から出る前に機甲科整備科共通のグループに詳細を送ったはずなんだが?」ジロッ

 

「「うぐっ…」」

 

 まほから遠回しに、ちゃんと目を通してくれないか、と言われたハジメとヒカル。隊長と副隊長から続けて叱責に近いものを連続で受けた二人は自分達が悪かったと分かっているが、若干ナイーブ気味になっていた。

 

「まあ、今日ここには機甲科と整備科の代表が集まっているんだ。近くに戦車道喫茶があるらしい。そこで今後の方針について話しつつ、甘いものでも食べてから帰らないか? それに、みほ達もそこに行くらしいんだ」

 

 さっき確認した、とドヤ顔で自身の成果だと言わんばかりにまほは言う。

 それに反応したのはみほの親友であるエリカと小梅、そして大洗では一悶着あったものの、幼馴染であるヒカルである。彼らはそれほど顔に出てはいないと思っているだろうが、実際顔に喜色が出ているのは丸わかりだ。なお、小梅だけは素直に喜んでいる。

 

「流石に私は全員の分を奢れるお金は持ち合わせていないが…」

 

「行きましょうまほさん。お財布の心配は無用ですから」

 

「右に同じく」

 

「俺も問題ないですよ」

 

「私も全然大丈夫です隊長」

 

「お財布には余裕ありますし、私も行きたいです」

 

「全員行けるか。よし、それなら行こう」

 

 誰からも反対の声は上がらなかったため、一同は新都心区域内に構えている戦車道喫茶__ルクレールへと歩みを進める。

 

「…こんな情勢なのに、結局戦車道大会は例年通り始まりましたね」

 

「マモル君の言いたいことは私も何となく分かるけれど、決まったことは決まったこと。それに私たちはこの日のために努力を重ねてきた。私たちがやりたいことができるなら、存分にやらせてもらおうじゃないか」

 

 そう。今年の戦車道全国高校生大会は、直近のニセウルトラマン騒動やトライリベンジャーの大洗出現なども相まって開催されるかは疑問視されていた。前者はともかく、トライリベンジャーの件に至っては、熊本のコッヴ襲来時等と同様に学園艦の目と鼻の先で戦闘が起こっていたからだ。

 デカくて目立つからなのか、なんの因果なのかは不明ではあるが、学園艦が狙われている…若しくは停泊地自体を狙って怪獣や異星人が現れているとも取れる事案が何度も起きているのは事実である。

 しかしそんな中、まほが言うように、大会の開始は決定されたのである。文部科学省や日本戦車道連盟の上層部が何やら絡んでいるとのことだが、真相は定かではない。どうであれ、小中高大のあらゆるスポーツの集大成を披露するはずの夏季大会中止発表が相次いでいる中で、戦車道のみが大会を実行というのは、異例であり異常…そして不気味さまでもが感じられた。

 

「い、いざって時は僕がまほさんを守りますよ!」

 

「ふふっ、ありがとう。頼もしいよマモル君」

 

「おーおー…先頭の二人の周辺だけほのぼのしてやがる…」

 

「微笑ましいですね」

 

 ヒカルや小梅が、まほとマモルのやりとりを見守っている中、ハジメがふと思ったことをまほとエリカに投げかける。

 

「あの〜、なんで俺たち整備科が今回抽選会に同行することになったんでしょうか…? 試合の作戦立案とかの話し合いをするとして、それは俺たちよりもレイラちゃん、小島さん達の方が適任だったりしたのかなって」

 

「アンタ、それはあれよ。荷物持ちってやつ」

 

「えっ!?嘘でしょ!?」

 

「……冗談よ」

 

 エリカの戯れに振り回されているハジメをまほが見かねてか、こちらに振り向いて説明する。

 

「それは、整備科からの意見が欲しい…と言うのが第一だ。エリカや小梅は何も言ってないと思うけれど、二人もこれに賛成してくれた。

私達は普段から戦車を操ってるが、修練した者ほど慢心、雑念などが生まれ足元をすくわれることがある。それか、選手としての視点からでしか見れなくなって気づくべき点に気づかないこともある。主観的ではなく客観的な視点で、戦車と試合会場の相性、特徴を評価してくれる人間が欲しかったんだ」

 

「なるほど…」

 

 まほの本音は恐らくもっと別のところにあるとは思われるが、そこまで掘り下げるのは野暮である。

 彼女から丁寧に説明されてはぇ〜とした顔で納得しているハジメをエリカが小突く。

 

「だから言ったでしょ?アンタたちは黒森峰に必要なんだって」

 

「うん。ありがとう。えっと、なんか…エリさんからそんな言葉掛けてもらえるなんて思ってもみなかったから、その…ちょっと照れる…かな?」

 

「ちょっと!それどういう意味よ!? 私だって、そういったことを言う時は言うわよ!!」

 

「あっ、皆さん。ルクレール見えてきましたよ」

 

 いつも通りのコントのようなエリカとハジメの会話に一同は苦笑する。こうして、新都心内の街並みを賑やかに歩いていた黒森峰一同は、小梅の指摘もあり気づけば件の喫茶店___ルクレールの前に到着していた。

 さすがにここまでの喧騒を店内に持っていくことは憚れる。さらに言えば店は喫茶、マナーを弁えて静かに寛ぐ店__と言ってもどこもそれは同じである__だ。

 しかもこちらは天下の黒森峰。こんなところでそのブランドに傷を付けるのは許されない。言語道断である。

 

「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」

 

「六人です」

 

「かしこまりました、六名様ですね! 最奥のテーブル席にどうぞ!」

 

 女性店員に促されたように、黒森峰一同は指定されたテーブルへと向かう。

 席に向かう途中のテーブルに、見覚えのある制服を着た五人の少女が座っていることが確認できた。それは大洗女子学園の戦車道チーム…あんこうチームであるみほ達であった。

 向こうより先頭を歩いていたまほがみほ達を先に発見していたため、まほがそのまま大洗のメンバーに声を掛ける。小さく手を振りながら。

 

「みほ、早いな。遅れてすまない」

 

「あ!お姉ちゃん!」

 

「みぽりんのお姉さん…」

 

「…いつも妹のみほによく接してくれてありがとう。これからもみほをよろしく頼む」

 

 他者から見れば堅苦しいが、まほの、あんこうチームへの言葉からは家族である姉としての妹に対する暖かな思いやりが感じられた。

 それに続いて黒森峰の面々が、あんこうチームのメンバーに挨拶や会釈をしつつ、みほに声を掛ける。

 

「「西住さん、久しぶり」」

 

「マモル君、ハジメ君、久しぶり。元気そうでよかった」

 

「久しぶり、だね。みほさん。前は心配掛けてごめん」

 

「もう気にしなくていいんだよナギさん?今こうして話せてるから私は嬉しいよ!」

 

「みほさん、お久しぶりです。戦車道、続けていてくれてたんですね…。 私、いつか絶対みほさんに直接、あの時のお礼の言葉、言いたかったんです…!」

 

「ありがとう小梅さん。そう言ってくれて、私も嬉しい。あの時やったこと、やって良かったって思えるから」

 

 それぞれがみほとの再会で話に花を咲かせる中、エリカが一度待ったを掛ける。

 

「みほ、久しぶり。…隊長、取り敢えず席について荷物を置いてからにしませんか?」

 

「む…エリカの言う通りだな」

 

 たしかにグループで店内の通路を封鎖状態にするのはよろしくない。ここはひとまず黒森峰メンバーが指定されたテーブルへと一度向かうことでこの場の問題は解決した。

 その後、店側の厚意で黒森峰の席を大洗の横にしてもらったのだった。これによってテーブル間を往復したり、鮨詰めの如く無理な相席等は回避されたわけである。

 

「__みほの方…大洗の相手はサンダースだったな。抽選が終わったばかりだが、作戦などはもうあらかた組み立ているのか?」

「うん。でもやっぱり情報が足りなくて…」

「そうか…そちらもそちらで、大変なのは変わりないか」

「…大変って言えば、お姉ちゃんやエリカさん達こそ、ニセウルトラマンが現れた時は本当に心配したんだよ?」

「そうなのよ!こっちはハジメがどっかでポカやらかして病院に入院して…それに続いてニセモノが病院の目の前に現れるんですもの。あの時は流石に死を覚悟したわ」

「三日間意識不明だったもんね」

「え?ハジメ君、怪我してたの?」

「そうだよみほさん。コイツ、全身青痣や傷、骨折だらけだったのに、今日までにはもう完治しちゃったんだよ。並の人間なら全長一月二月掛かるようなもんを、だよ?」

「す、すごいね…たしかに今のハジメ君見たって、大怪我してたなんて思えないもん」

「あはは…頑丈な体に育ったっぽくて…」

「そこはアンタの母さんと父さんに感謝しないとね」

 

 その時間は姉妹、幼馴染の久方ぶりの団欒。

 

「あの、はじめまして…になります。赤星小梅です…」

「はい!存じております!! 私、秋山優花里と申します!!どうぞ、よろしくお願いします!!」

「こうして見てると、ゆかりんと赤星さんってちょっと似通ってるよね」

「姉妹みたいですよね〜」

「赤星優花里…、もしくは秋山小梅…か。意外にしっくりとくる」

 

 その時間は新たな友人たちの交流。

 

「――とにかく、お互い頑張ろう。私達と、みほ達がぶつかるとしたら……決勝戦か」

 

「私なりに頑張ってみるよお姉ちゃん。………ここにいるみんなと、大洗のみんなと一緒に」

 

「うん。相手になった時は、全力で挑ませてもらう」

 

 みほとまほの二人が決意と誓いを新たにしたところで、沙織が彼女達も巻き込んで話しはじめた。

 沙織はここを交流の場にしようと考えたらしい。それは彼女らしい心遣いが見えた瞬間でもある。

 

「はいはい!踏み行ったこと聞くかもしれないけど、もっとみぽりんやお姉さんたちの話聞きたいです!」

 

「例えば、どんなものでありますか?」

 

「中学時代とか、もっと前…小学生の頃の話とか!」

 

「そうですねぇ…小学生の頃についてなら、いくつか面白い話、僕持ってます」

 

「あらあら、是非お話してくださいませんか?」

 

 普段は自身からは話題を切り出したりしないマモルが思い出話を語り出した。ここでの会話が余程面白かったのだろう。マモルの目は生き生きとしていた。

 

「たしか…ハジメだったかな? 小学二年生の時。えっと、僕らとエリカさんが知り合ったあたりの話なんですけど――」

 

 お互いをもっとよく知ろうとすれば、会話は弾み時間を忘れるほど没頭するものである。

 一人が語り終えたら、次は私、次は自分、次は俺が…と終わる気配は無くなっていた。

 意外なことにより乗り気だったのは黒森峰側だった。胸に留めていたことなどを話す機会というものが最近少なかった…というより全く無かったからかもしれない。

 

「――それで、ハジメも逸見さんも言ってたんですよ。神社で黒森峰のお姉さんと話したって。でも、僕らの地区に黒森峰に行ってた人なんて当時はいなかったんです。しかも暑い夏の夕方にパンツァージャケット着てたなんて」

「あー、それ俺もリーダーから直に聞いた覚えあるぞ」

「え? そんな話、したことあるっけ?」

「私も、そんなこと言ってたかしら?」

「エリカさんもハジメ君も覚えてないの? お姉ちゃんがそれ聞いて目を輝かせて神社に行ったけど徒労に終わって落胆してたやつだよ?」

「な…っ!?みほ、それは言わないでくれないか…?て言うか、なぜ覚えている…!?」

「んー……でも覚えてないもんは覚えてないし……」

「まあガキの頃の話だもんなぁ。わかんないことの一つや二つあるか____」

 

 

ズズゥウーーーーーーン!!!!!

 

 

「うおっ!?」

「なになに!!何なの!?」

「縦揺れか、デカイぞ!!」

「怪獣?地震?」

「警報すら出なかったけど!」

 

 思い出話が盛り上がってきた矢先、大地を大きく揺らす振動がルクレール店内だけでなく、新都心全体を襲った。

 自然災害であれば発生直前にスマホから緊急通知のけたたましいアラームが鳴り響くはずなのだが、それはなく。振動が収まった数十秒後に思い出したかのようにさいたま市から国民保護サイレンとJアラートが発令された。

 アラートの内容、緊急メールの内容を統合すれば、さいたま新都心内の再開発地区に謎の人型物体、そして新都心区域を囲むように四本の謎の筒状物体が出現したとのこと。

 

「おい!見てみろよ、トーテムポールの親玉みたいなやつが開発地区に立ってるぞ!」

「それに、新都心を包囲するように巨大なトーテムポールが四本、突き刺さったらしいね…」

「何しに来たんだよ」

「こっから逃げないとマズイんじゃないか?」

 

 それを聞いたハジメ以外の黒森峰・大洗メンバー、店内の人々は再開発地区が見える店の窓に実物を見るために避難そっちのけで殺到する。その混乱に紛れてハジメは店内から抜け出し再開発地区に走り向かっていた。

 街の中を駆けていくハジメは、再開発地区に立つ人型の不動の物体を睨む。トーテムポールの魔神のような存在には、顔が三つついており、一番上は"怒"の顔、真ん中は"楽"の顔、その下は"無"の顔と縦に連なっていた。

 不気味な静寂を出現からおよそ数分間保ち続けていた人型の物体――ジャシュラインBr.がついにその沈黙破り周囲に電子音を響かせながら動き出した。

 

 

パパパパパパパパ! ―ピピピピピピピピ!

 

 

『俺様たちは三人合わせて、ジャシュラインBr.(ブラザー)ジャジャ!!』

『宇宙でひとつ上の兄者たちの次に強いファイターでシュラ!!』

『ワシらがこの星に来た理由はただ一つ!!ウルトラマンナハトとの決闘のためだイン!!』

 

 ジャシュラインが右手の指を器用にバチンと鳴らす。

 

バチジジジジジジジッ!!!!

 

 すると、それが合図だったようで、さいたま新都心を囲んでいた四本の巨大なトーテムポール型の柱から紫色の閃光が走る。高電圧の放電である。

 

「きゃっ!」

「なんだ、雷か!?」

「新都心が囲まれた…!!」

「おいおい、あんなふざけた連中?奴?……は、正気か…?」

「ナハトに決闘を?どうして?」

 

 強力な電気は四本の柱を駆け巡る。まるでデスマッチのリングのような構図である。これはナハトとの決闘のために準備したものだと考えられる。

 また、電磁リングは新都心内の人々を封じ込める陸の孤島として役割もあるに違いない。エリカ達は人質に取られたのと同義であった。

 どうやらジャシュラインは本気のようだ。現れる様子を見せないナハトに苛立ったらしく、我慢ならんと口調が荒くなる。

 

『俺様たちの兄貴たちは、以前別のウルトラマンによって殺されたジャジャ…!!』

『ワイらの兄者たちの仇をこの星にいるウルトラマンでとるでシュラ!!』

『どうする?ウルトラマンナハト!このトーテムリングは、地球人の檻としても使えるイン!』

 

「えぇ……完っ全に八つ当たりじゃないの、あのトーテムポール!馬っ鹿じゃないの!?」

 

「たしかに…あれは誰がどう聞いても八つ当たり、ですね…」

 

 まったくもってエリカと小梅の言う通りである。

 例えここでナハトを倒したとしても、それは復讐…敵討ちになるのだろうか? いや、ならないだろう。

 物事の本質を理解していない厄介者ほど、手強く面倒なものは無い。

 そんな厄介者の人質と化してしまったことを理解したエリカが大きく溜め息を吐いた。どうせこのトーテムリングとやらが起動し続けている限り新都心から脱出できないのだ。どこに逃げ隠れしようが内部で戦闘が始まれば安全な場所なんて存在しなくなることはエリカ以外の人間も理解していた。

 ジャシュラインの様子を、ただただ店の中から見ることしか彼女たちに出来ることはない。

 

 

バタバタバタバタバタ!!

 

 空を見上げてみれば、朝霞駐屯地より出動した対戦車ヘリ__AH-64D(アパッチ・ロングボウ)AH-1S(コブラ)の混成対戦車ヘリコプター隊が駆けつけていた。

 全国で対特殊生物戦を想定した__20式パルス・メーサー装備の__AH-2の実戦配備が進められてはいるものの、生産が追いついていないのが現状であり、それを物語っているのが、このヘリコプター部隊の構成具合からでも分かる。

 

『ヤンマ01よりCP、作戦空域に現着した。現在当空域を旋回中。また、新都心は謎の円柱型オブジェクトに囲まれており、何らかの障壁と思われるものが張られている。都心内には人型巨大ロボット…若しくは異星人に該当する存在を確認。指示を請う』

 

『ヤンマ、こちらCP。アキアカネの報告より、都心内の市民が閉じ込められた状態であるとのこと。静岡や熊本とは状況が違う。現地部隊による攻撃の可否判断は待たれたし。現在空自の百里、小松両基地よりスクランブル機が発進・急行中との通達を受けた。ヤンマは空自到着まで対象の行動に注意しつつ空中待機せよ』

 

『…ヤンマ01了解。待機する』

 

『間もなく陸自31普連並びに特自77特戦が市民救出のため新都心内部へ突入を試みる。それに合わせ突入直前にこちらは空自と連携し空から陽動を掛ける。新しい指示を待て』

 

 自衛隊側も市民やさいたま市からの通報等を受け、動き出していた。即時攻撃が可能ではあったものの、今回は状況が状況である。

 人質として囚われている国民のいる場所を戦場にしてしまえば今後の自衛隊の存続が危ぶまれるからである。今更そんなこと言ってどうすると思うものもいるだろうが、それは自衛隊の即時攻撃の大義名分である避難中の民間人を守るため…という文句が通じないからだ。避難もへったくれもないのである。

 現状の打開策として、トーテムリング内に陸自の普通科連隊と戦機隊に参加している枢木が指揮していた__特自へと編入された__第77特殊戦車大隊が突入する作戦を立てていた。しかしリング内への侵入が可能なのかすら怪しいところであった。

 

『ぐぬぬぬ…!! どうしたジャジャ!ウルトラマンナハト!!お前が現れなければ、リング内の地球人をどんどん殺していくジャジャア!!』

 

 ジャシュラインBr.の長男坊が放った言葉により、都心内の人々から悲鳴が上がる。

 これには現地の部隊も黙っていられない。

 

『隊長、射撃許可を!!』

『待機だ…!ここは踏ん張るんだ!!』

『一刻も早く、オブジェクトの一部でも破壊しなければ!』

 

『おおっとぉ!? 地球人も動いたらどうなるか分かってるインね!上でも下でも妙な動きをしたら、ぶっ殺すイン!!』

 

 勘だけは一流であるらしいジャシュラインの末弟が、自衛隊の動きに釘を刺し警告する。

 手出しをしたら、中の人間の命も、こちらの命も保障はしないと言うことだ。そしていつでもお前達は潰せるぞ、という宣言に等しかった。

 皆が唇を噛みジャシュラインを睨むことしかできない中、遂にナハトが開発区に光の柱を出現させて登場した。ジャシュラインの姿を認めるなり、すぐさまファイティングポーズを取るナハト。

 

シュアッ!!

 

《俺が目的なんだろう!》

 

『ジャーッジャッジャッジャ!!遂に現れたな、ウルトラマンナハト!!』

『お前もボクチンたちのコレクションに加えてやるでシュラ!!』

 

《こ、コレクション…?なにを意味の分からないことを!》

 

『ワシらの力、その身で思い知るイン!!』

 

 ジャシュラインの言葉を皮切りに、戦闘が始まった。

 再開発地区で両者が激突。その衝撃で土砂が巻き上がり、大地が揺れる。

 ジャシュラインは一度距離をとると、腕部に装着されている盾を手に取る。すると盾が瞬時にV字の巨大なブーメランへと変わったではないか。ジリジリと距離を詰めるジャシュライン。

 ナハトもそれに応じてナハトセイバーを。そしてパワー不足を察して剛力の戦士、紅のガッツスタイルへとチェンジし再び真っ向からジャシュラインを相手どる。

 

 

ハアッ!!

 

『パワーで俺様に敵うと思うなジャジャ!!』

 

ガキィイイン!! ガッキィイイイーーン!!

 

 火花を散らし相対する。刹那、怒の顔の額に付いたランプが消失した。

 驚くナハトを他所にジャシュラインの動きは止まらない。

 

ドガアッッ!!

 

グウウッ…ッ!?

 

《蹴り…か!》

 

 ナハトの右横腹に衝撃が走った。横腹から感じる痛みからバランスを崩してしまいナハトがよろける。

 

『今度はボクチンが相手になってやるでシュラ〜!』

 

グッ!

 

《疾い…っ!!》

 

 ジャシュラインの方を見れば、中央についている楽の顔の緑にあるランプに光が灯っていた。そして左足は鋭いローキックを放った後らしく、宙に上げたまま絶妙なバランス感覚で微塵も揺れずに片足で立っていた。

 怒の顔が真正面から叩き潰す力押しの形態なら、楽の顔は俊敏な格闘戦が主体の形態らしい。

 

「ナハト、押されてないか?」

「見た目はアレだが、かなりのやり手らしいな…」

「なんだアイツ!?いきなり動きが変わったぞ!」

「力押しじゃダメよ!」

 

『ホイホイ!もっと食らうでシュラァ!!』

 

ドゴン! シュバッ!! ドスッ!!

 

 ジャシュラインの連続格闘攻撃にナハトは防戦一方になっていた。ガッツスタイルでは、動きが見切れても対応が追いつかないのだ。

 向こうは鈍重そうなその見た目とは裏腹に、軽快に動きナハトを撹乱してきている。攻撃の一手先が非常に読みづらい…恐ろしくトリッキーな動きである。

 

《くっ、これじゃあ埒が開かない! チェンジッ!スピリット!!》

 

フン……ハアッ!!

 

 ナハトはローリングでジャシュラインの攻撃範囲からすぐに抜け出すと、鋭敏なる紺碧の戦士であるスピリットスタイルへと姿を変える。

 スタイルチェンジ後を悠長に待ってやるほどジャシュラインは甘くは無い。ナハトがチェンジを終えた時にはすぐ目の前まで距離を詰めていた。それの気づいたナハトはバク転し回避を取る。その後はすぐに態勢を立て直し、格闘戦に再び転じる。

 

 

ハアッ! トァッ!! セアッ!!

 

『フゥン、動きは速くなったでシュラね。だがしかし!パワー不足、出直してこいでシュラ!!』

 

バゴォン!!

 

グアアアアッ!!

 

《スピリットで対応出来てないのか!?》

 

 先ほど地に膝をつけさせられたものとは逆の、右脚による強烈なキックを受けたナハトは再開発地区の端まで吹き飛ばされる。

 

「ああっ……!!」

「またナハトが!」

「今度はパワー負け、してるのか?」

 

「だけどウルトラマンは…負けない。きっと、大丈夫」

 

「エリカさん…」

 

 スピード重視の攻めは、パワー面がおざなりなってしまう遠因を作り出してしまっていた。

 ここまで終始押されているナハト――ハジメは、結局スタンダードスタイルへと姿を戻し、ジャシュラインへ駆け出す。

 

シュアッ!! ハアッ!!

 

《俺だって、いつまでも弱い俺じゃない!!》

 

 ジャシュラインに拳を握って飛び掛かろうとしたナハト。しかしハジメはふと浮遊感を感じた。

 自身の下に広がる地面を見ると、そこについているはずの両足が…いや、身体が浮いていたのだ。

 ナハト___ハジメも、エリカ達も驚いた。この現象のどこにタネがあるのだろうか? 答えはジャシュラインが知っている。

 

『ワシの念力で捻り潰してやるイン!!』

 

《グッ、体の自由が!》

 

 ジャシュラインの三面顔の一番下…末弟の無の顔のランプに光が灯っていた。どうやら超常的な能力を得意とする形態であるらしい。

 しかも、ただただナハトを宙に浮かせているだけではなく、ジャシュラインは念力――サイコキネシスを用いてナハトを締め上げ始めたのだ。

 苦悶の声を上げるナハトを民衆も、自衛隊も、見ていることしか出来ない。そしてとうとうライフゲージが赤く点滅し出してしまったではないか。

 

ギリギリギリッ!!

 

ピコンピコンピコンピコンピコン!!

 

《う、おお……!かはっ…!?》

 

 なんとか、どうにかして念力による拘束から抜け出そうとナハトはもがくが、体の自由が利かず時間だけが過ぎていく。

 そしてジャシュラインが、そろそろ頃合いだとでも言うように念力の強度を弱めたのだ。これで拘束が解かれる…とハジメが思った矢先、今度は思い切り地面に放られ叩きつけられた。

 

ズズゥウウウウウウウン………!!

 

アアアッ!?

 

《がっ!!……い、いってぇ…》

 

 ナハトが叩きつけられた影響で街が大きく揺れる。

 ライフゲージが依然として警告を発しているが、ハジメは、ナハトは引く気は無かった。いくら力量に差があろうと、何度叩き潰されようと、もう諦めないし、絶望もしない。

 立ちあがろうと両手両足に力を入れる。ジャシュラインはその姿を見て嘲笑う。

 

『ジャジャジャジャ!もう終わりか、ウルトラマンナハト!!』

『拍子抜けでシュラ!!』

『まだ向かって来るか、諦めの悪い奴イン!!』

 

 立ち向かう者としての意地である。それは悪く言えば諦められないただの頑固持ちとしてもとれる。そしてそんなナハトを見ている人々も諦めていなかった。ジャシュラインの強さに気押されながらも、声を上げたのだ。

 

「言いたい奴には言わせておけー!!俺らは諦めてないぞ!!」

「が、頑張れー!!ウルトラマーン!!!」

「アイツを倒してくれ〜!!」

「頑張って…ナハト!!」

「まだだ!まだ終わってねえよ!!」

 

 声援を背に受け、ハジメ__ナハトがなんとか膝に手を当てつつ、よろよろとではあるが立ち上がり、構え直す。

 自身の体力の消耗具合から、これ以上の戦闘の継続は難しいとハジメは察していた。故に短期決戦を仕掛ける。

 

《終わらせる!!》

 

………ハアーーーッ!!!!

 

『ジャジャッ!?』

 

 ナハトブレスを装着している右腕を天に掲げるナハト。ブレスを中心にモノクロの稲妻が何本も発生する。

 その様子に驚き、ジャシュラインがたじろいだところを、ナハトは好機と見た。

 

《ナハトォォオオオオオ……ッ》

 

 稲妻のエネルギーがすべてナハトブレスに集まり、一層輝きが増したところで、空に掲げていた右腕を胸元まで引き寄せる。そしてジャシュラインに向けて手の甲を突き出す。

 

《スパァアアーーーク!!!!》

 

ゴォオオオオオオオオー!!!!

 

 見る者全てを圧倒する白黒の電撃光線は、ジャシュラインに直撃した…………が、爆散することも、跡形も無く消滅することもなかった。

 ジャシュラインは盾を取り付けてある両腕で、過去最高峰の威力だったろうナハトスパークを防ぎ切ったのだ。それも、擦り傷一つ付けずに、である。

 

ウッ…!?

 

《ナハトスパークで、無傷…なのか…!!》

 

『今のは筋の通った良い攻撃だったジャジャ』

『しかぁし!ボクチン達相手にはちと弱かったでシュラね』

『要するに、お前はまだまだ、未熟ということだイン!!』

 

「あのトーテムポール野郎、ナハトのこと好き勝手言いやがって!」

「けど、あのビームだって弾かれちゃったのは事実だし…」

「まだ負けてないって!」

「そうだよ。終わってないよ!!」

 

 街の人々がそうナハトに向けて激励するが、明らかに劣勢であることは誰から見ても分かっていた。

 自分の攻撃を完全に防いで見せたジャシュラインに危機感は感じたものの、ナハトの戦意は揺らがなかった。

 守らねばならない人々が見えるところにいる。ここで倒れたら誰が奴を止めるのか? 

 使命感と一言で済ませばすぐに終わってしまうかもしれない。

 しかし、巨大な敵に真っ正面から立ち向かえるのは自分だけ。やるしかない。やるかやらないかなどと言う選択肢はとうに消えている。

 

《戦うんだ…!!みんなのために、みんなの分まで!!》

 

『充分お前との戦いは楽しんだジャジャ。これで終わらせてやるジャジャァ!!』

『くらえ!これがボクチンたちの!!』

『必殺光線だイン!!』

 

 今度はこちらの番だとでも言うように、ジャシュラインがナハトに向けて銀色の光線___"シルバジャシュラー"を放った。

 ナハトは場所が場所であるため、回避という択を取らずにストームバリアを張り防ぐという考えに至り、その通りに円形にバリアを張る。

 銀の光線はバリアに接触し、霧散すると思われた___が、しかし…である。なんと光線はバリアをすり抜けるように貫通し、ナハト本体に到達してしまったのだ。

 

 

ウッ、…ッ!? グッ、ガァアアアア!!

 

 

「ナハトが…苦しんでる…」

「あ!体がっ!!」

「銀色に染まっていく!」

「なんだ…あれ」

 

「だめ、ダメ!それは…!!」

 

 ナハトが形容し難い苦しげな叫びを上げる。

 誰かが言ったように、ナハトは手足といった体の末端部分から銀色に変色し出していた。その原因は体の金属化である。

 ナハトが立ったままもがいているが、その苦しみから解放されるのは恐らく体が白銀で覆われてからだろう。

 

《ここで…終わりなのかぁっ……!!》

 

 視界が銀色に染まり閉ざされる直前、ハジメ__ナハトは悔しがるように、手を上へ伸ばし、空を見上げた。

 そして直後、完全に白銀の像へと変わってしまったのだった。

 

「嘘よ…こんなの、こんなの…」

 

 エリカの視線の先には、白銀の巨人の像がそびえ立っていた。

 

 

 




 はい。お久しぶりです。就職活動期に突入した投稿者の逃げるレッドです。
 説明会等のエントリー、参加、そしてウォーサンダーのおかげで多忙な日々を送らせてもらっております。

 さて、今回の敵はメビウスきっての強豪怪獣の一体、ジャシュラインです。投稿者の世代がネクサス、マックス、メビウスというのもあり、本作にマックスとメビウスのオマージュ回や登場怪獣が多数あるのも、そう言った理由と自己満にあります。
 …ぶっちゃけると、ジャシュラインとコダイゴンジアザーが歳を重ねるに連れて好きの度合いが増加している気がする。

 また、執筆中に気づいたことなんですが、グレゴール人登場回の次に決闘場…リング内戦闘しとるやないかとなりましたが、結局GOサインを自ら出していきました。

 投稿ペースがまた低下するとは思いますが、これからもよろしくお願いします。感想、質問、気軽にどうぞ。

 次回も、お楽しみに!!

_________

 次回
 予告

 ジャシュラインBr.との決闘に、ナハトが敗れてしまった…。
 白銀の像へと変えられてしまったナハト。しかし、そんな状況でも人々は諦めていなかった!

 変わっていたのは、ハジメ__ウルトラマンだけではない。
 人々の希望を糧に、心の太陽は一層輝く。その光が集まった時、奇跡が起こり可能性への扉が開かれる!! 

 希望と絆の光を抱き、立ち上がれ、駆け上がれ。振り返れば、みんながいる。

 次回!ウルトラマンナハト、
【巻き起こせ嵐!】!





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第37夜 【巻き起こせ嵐!】

 

『やったでシュラ!これでウルトラマンナハトも…』

『ワシらのコレクションになったイン!』

『兄貴達!仇は取ったジャジャ!!』

 

 怨敵ウルトラマンの打倒という悲願を達成したジャシュラインは喜びに打ち震えていた。

 

ズゥン ズズゥン! ズゥン ズズゥン!

 

『ジャーッジャジャジャジャジャ〜ン!』

『シュラシュラァ〜!』

『イン!!』

 

 大地を揺らしながら、珍妙な勝利の舞を踊るジャシュライン。 それを邪魔する者は誰一人としていない。いや、邪魔することすら出来ない…というのが正しいか。

 ナハトが負けた。この事実だけで民衆を黙らせるのには充分であった。しかも完封負けである。

 一切の攻撃、戦法が通用せず、向こう側の攻撃を許し最後は銀の像へと変えられてしまったのだ。

 新しくコレクションにできた銀像のナハトの周りを時計回りにぐるぐると踊るジャシュライン。

 

「ウルトラマンが…負けちゃった……」

「信じられない…」

「信じられるか!俺は認めない、認めないぞ!!」

「でも、現にあんな姿になってるじゃないか!」

 

 街頭でも、エリカ達のいる店内でも上記のようなやりとりが散見された。

 ナハト敗北の報は、現地メディアや一般のSNSによって一斉かつ瞬時に拡散され、全国の人々を震撼させる。その波は大きく波及し、昼のワイドショーを放送していた各テレビ局は緊急速報を流すことになり、垂水内閣もこれには動揺せざるを得なかった。

 日本国内や世界で見ても怪獣や凶悪異星人と真っ正面から対峙できるのは現状はウルトラマンや非敵性怪獣だけである。その一角が突然やられてしまったとなれば、冗談では済まされない。現在、日本の自衛隊の対特殊生物戦の作戦立案には今ではウルトラマンの出現を前提にしたものまで上がってくるようになっていたからだ。

 

バタバタバタバタバタ!!

 

『ウルトラマンナハト………沈黙!!』

『アキアカネよりヤンマ。地上部隊が間もなく展開を完了するとのこと』

『ヤンマ01了解。…CP、こちらヤンマ01。ウルトラマンナハトは戦闘不能に陥ったと思われる。原理は不明だが、怪光線を受け金属化してしまったように見受けられる。今後の指示を乞う。送れ』

 

『こちらCP。ヤンマはオブジェクト並びに人型存在、ジャシュラインから距離を取り、引き続き待機せよ。こちらから不要な刺激を与えた場合、都心内の民間人に危害が及ぶ可能性がある。待機せよ』

 

『ヤンマ01了解。待機する…。事態が急変した場合、独自判断により防衛行動に移る。送れ』

 

『……許可する。その際は地上部隊と共に行動を開始せよ』

 

 自衛隊側…陸自・特自地上部隊、対戦車ヘリ部隊、そして空自のスクランブル機が新都心周辺に展開したものの、先のジャシュラインの反応を考慮した結果、遺憾ながら民間人救助並びにジャシュライン撃退は中止、待機となった。

 この判断はあながち間違いではないと思われる。何故なら、ウルトラマンですら敵わなかった相手である。懸命かつ、一番取りたくなかった選択だろう。

 今ここで闇雲に攻撃し、反撃を貰ってしまえば、投入した戦力の無意味な損失となるだろう。また、それがキッカケとなり国民に犠牲が出てしまえばそれこそ本末転倒である。

 

「……これで、打つ手が無くなっちゃったって言うの…?」

 

「エリカさん…」

 

「まさか、あんなに強いなんて」

 

「俺達これからどうなるんだ?」

 

「きっと自衛隊が__」

 

「ナハトを倒した化け物だぞ?人間が敵うわけないだろ…」

 

「万事休す…」

 

 エクレール店内から出て外の様子を改めて目にしたエリカ達、そして都心内に閉じ込められている人々の様子を一言で表すならば、お通夜であった。

 星間同盟のババルウ襲来時もそうであったように、ヒトの信じていた、頼りにしていた、縋っていたものを壊された際の衝撃の重さは推して知るべしである。

 

ズゥン ズズゥン! ズゥン ズズゥン!

 

『ジャーッジャジャジャジャジャ〜ン!』

『シュラシュラァ〜!』

『イン!!』

 

 そんな地球人の心情を察することをジャシュラインはしない。今はただ怨敵の打倒と新たなコレクションが出来たことへの喜びを見せびらかすのみだ。

 敗者を応援していた存在への配慮など、微塵も必要ないのだから。

 完封勝ちを祝して、あとどのくらいこの場で踊ってやろうか? そう考えながら舞い踊っていると、ジャシュラインは白銀の像に成り果てたナハトを見て違和感を覚えた。

 

『ジャーッジャジャ……あ? 何故ジャジャ!!』

『なんで"ここ(ライフゲージ)"だけ銀になってないシュラ!!』

『完璧なはずのシルバジャシュラーが…!?』

 

 ナハトの頭部のランプは銀になっているのに、胸部のライフゲージのみ、元のままの状態を保っていたのだ。

 

「急に踊るのをやめたみたいだけど…」

 

「アイツら、何をそんなに慌ててんだ?」

 

「あ!ナハトの胸のクリスタルが、銀になってないわ!」

 

 明るい声色で、ナハトの様子を指摘したのはエリカだった。

 

「まだ…ナハトは生きてる。絶対死んでなんかない!」

 

 エリカが発した言葉が聞こえたのかは分からないが、ジャシュラインがそれを否定するかのように、事実を認めないとして更なる暴挙に移る。

 

『かくなる上はァ!』

『潰してェ!』

『完全なコレクションに手直ししてやるイン!』

 

ドドォオン!!

 

「きゃっ!」

 

「うおおっ!?」

 

「今度は急に暴れて、なんなのよぉ!!」

 

 再び地響きが起こり、エリカ達は立つことがままならなくなる。地響きの原因はジャシュラインが両手で、銀の像となり動けないナハトを突き倒したことによるものである。

 再開発地区の土砂や野晒しの建築資材を巻き込みながらナハトが倒れ込む。辺りは舞い上がった土煙で視界が悪化する。

 土煙は勢いが強く、エリカ達のいる市街地まで到達し、人々は目を塞ぎ咳き込む。

 

『ジャジャーッ!!』ブゥン!!

 

ガギィイイイイイイイン!!!

 

「うあああ!!!」

 

「耳が壊れる…っ!!」

 

「アイツ…ナハトの胸の結晶を」

 

「割ろうとして…ますね…!」

 

 市街地にまで舞ってきた土煙が晴れると思われた頃合いに、ジャシュラインがブーメランを使ってナハトのライフゲージを叩き割りだした。

 ジャシュラインがブーメランを叩きつける度に地は大きく揺れ、耳鳴りを引き起こす残響が都市内で発生する。

 

ガギィイイイイイイイン!!! ___ズズズウウウウン!!

 

「うう…頭が、痛いよぉ」

 

「みほ、しっかりしろ!」

 

「くっ!このままだと、ナハトが本当に…」

 

 エリカの懸念は最もである。他の人々も、ナハトをライフゲージをジャシュラインが破壊し終えたら何もかも終わることを理解していた。

 だから、なのかもしれない。人々は絶望こそすれど、希望を捨てきってはいなかった。

 声を上げなていなくとも分かる。

 新都心にいる人々から、次々と赤橙黄緑青…鮮やかな光の粒子が、心の太陽の輝きが空へと上がっていく。

 エリカ達、黒森峰・大洗メンバー達は回数は違えど見たことのある光景であった。

 

「これって、マジノや隊長、みほと駒凪の時と同じ光…」

 

「暖かな光が…街の人から…」

 

「人それぞれ、大きかったり、小さかったり…」

 

「僕らからは出てないけど…」

 

「なんでだろ…?」

 

「街にいる皆さんは諦めてないんですよ!きっとそうに違いありません!」

 

 そう言っていた優花里やまほ達からも光が溢れてくる。

 しかし、エリカは自分から心の太陽の輝きも暖かさも明るさも感じられないでいた。周囲の人間と同じようになれない。

 

「…それじゃあ、私はもう諦めてるってことになるじゃないの……」

 

 エリカの言葉を他所に、無数の心の太陽の光は複雑に絡み合い、巨大な螺旋を描きつつ白雲の中に昇っていき、完全に見えなくなった。

 

 

ビシ…ッ!!!

 

 

 嫌な音が響き渡った。なにかに亀裂が入ったと、すぐに分かるような音。心の太陽の光が空高く昇っていったが、何も起こらない。

 エリカたちもその音を聞き、ハッとする。

 

『ハア……。やっと、ヒビが入ったジャジャ』

『くたばってから抵抗しやがってでシュラ…』

『しかし今度こそこれで……』

 

 ナハトの命の象徴でもある__ライフゲージが割られる。

 そう思われた。ジャシュラインがブーメランを先程と同じように再び振り上げる。

 そしてナハトに最後の一撃が振り下ろされる…誰もがそう思い、息を呑んだ。

 

 

『___終わりジャジャァアーーッ!!』

 

 

「ああっ!!」

 

 エリカが思わず叫ぶ。目を逸らしたいが、逸らせない。目を瞑ったらそれこそ一瞬で終わってしまう。それに、自分から光が出ないことなど、構う時間も無いからと。

 

(神様…っ!!)

 

 気づけば、心の中で祈っていた。いつもなら縋らない神に、情けないくらい縋りついていた。

 エリカはふと思う。なぜここまで必死なんだろうかと。ウルトラマンの命が懸かってるから? ここでナハトがやられたら人類の危機だから? 

 多分違う。なにか、ナハトからアイツ(ハジメ)と同じモノを感じるから?

 しかし、そんなことを悠長に考察している暇も無い。ジャシュラインが最後の一撃をナハトへ加えようとする。自分達は止めることは叶わない。ブーメランが時折見える太陽の光を反射してチラリと光る。

 

_________カッ!!!

 

 凶器が、ナハトに振り下ろされる刹那、雲掛かった空が発光したかと思えば、そこから連続した青い光___光弾が、ジャシュライン目掛けて降り注いできた。

 それらは正確にブーメランを捉えており、命中後すぐにナハトに振り下ろされかけていた凶器を爆散させた。

 これには武器を壊されたジャシュラインだけでなく、人々も突然の出来事に驚く他なかった。

 

「光線が、空から…?」

 

「なに?一体何が来たの?」

 

「空から光が降ってきたような…」

 

 

『ヤンマ08。上空から、光波熱線らしきものの照射を確認!』

『地上部隊と空自も確認したらしいです』

『ナハトを…助けたのか? 別個のウルトラマンか、若しくは異星人か…』

『こちらアキアカネ。レーダーにはそれらしき反応が確認できるが、正確な位置と出力を把握することができない!』

『霞がかったように不明瞭に映るぞ、どうなっている…』

 

 二度目の攻撃が空の彼方から飛んでくることを警戒してか、ジャシュラインは銀像のナハトから距離を取った。そして空にいるだろう、自分達の邪魔をした謎の存在に問い掛ける。

 

『邪魔をしやがって…!! 何者ジャジャ!?』

 

 天空から来たる者はその問いに答えない。

 空を覆う白雲のところどころから、段々と光が溢れていく。その光景は巷では天使の梯子___エンジェル・ラダーと呼ばれるものだ。

 それが今、発現しているのは、ただの偶然ではないだろう。

 

「う…空の、光の中心に…人、人が見える」

 

「太陽の光じゃ、ない?」

 

「あのシルエットは…」

 

「ウルトラマン…」

 

 雲の合間から差す眩しい光の中に、僅かに人のような――巨人の、ウルトラマンの姿が見える。巨人はゆっくりと地上へと降りているらしく、姿形は段々と鮮明になってくる。

 その者の登場の仕方は最早天使、そしてその降臨であった。

 大勢の人々がその光景に目を奪われ、釘付けにされている。無論、ジャシュラインも動けずにただかの者を見ていることしかできない。

 

「綺麗な光…」

 

 …空から舞い降りし巨人は、"光"そのものである。

 あらゆる場所、あらゆる時間、あらゆる世界に存在する光であり、希望。そして人の光の具現化。

 数多の時空で光を継ぎ、光を繋いだ救世主。

 新都心の人々の勇気が奇跡を呼び起こした。

 

 

 "どんな絶望の中でも、人の心から光が消え去ることはない。"

 

 

 かの名は――――

 

 

 

 

【♪登場BGM】第十一楽章『TIGA』

 

 

 

 

 遥か昔、こことは違う地にて大いなる邪悪を払った光の戦士___ウルトラマンティガ。

 スマートな顔立ちに、体は銀、そこに赤と青紫の色鮮やかなラインの入った神秘的な雰囲気を醸し出している巨人である。

 

「あのウルトラマンは…」

 

 ティガは地上__ナハトとジャシュラインのいる再開発地区へと静かに降り立つと、ジャシュラインを一瞥し、倒れているナハトに近寄る。

 人々は呆気に取られ息を呑み、ティガの一挙手一投足を注視するのみ。

 ジャシュラインは未知のウルトラマンから発される神聖な光のオーラを見てしまったことにより、格の違いを悟ったのか、身じろぎすることもできずに立ったままティガの方を向いていることしかできない。

 

『お、おい!あのウルトラマン、何モンジャジャ!!』

『そんこと知らんでシュラ!!』

『今手を出したら、間違いなくやられるイン…!』

『じゃ、じゃが、ここでヤツに仕掛けなかったら、俺様達のコレクションが奪われるジャジャ!!行くジャジャア!!』

 

 ジャシュラインの長男坊である怒の顔が、ナハト復活がティガの目的であることを察した。

 こちらのコレクションに手出しさせるものかと、破壊を免れていたもう一つの腕盾___バックラーをブーメランに変形させ、振り回しつつティガに向かって駆け出す。

 

「ウルトラマン、危ない!!」

 

…!! ジャァアッ!!

 

――キイイイイン…!!

 

 しかしティガも相手の動きに気づかないほど鈍重ではなかった。誰かの叫びが聞こえるか聞こえないかの間にティガは動き出していた。

 ティガはすぐさまジャシュラインに体を向け片膝立ちの状態へ移ると、両腕を体へと引き込み、両腕を胸の前で交差させる。すると眩い白い光が周囲に拡散する。

 

―――ハァァアアッ!

 

――パァァアアアッ!!!

 

 伸ばした腕を左右に素早く開く。周囲から、ティガに光が集まってゆく。

 そしてその光のエネルギーを胴の中心に収束させる。

 

―――タアッ!!

 

 光が満ちた瞬間、ティガは開いていた両腕を瞬時にL字に組む。あらゆる魔を払う強力無比の白妙の光撃___"ゼペリオン光線"を放つ構えだ。

 

―――カッッ!!!

 

『ギャァアアア!?!?』

 

 しかしティガの出力が少々足りなかったのか、ゼペリオン光線でジャシュラインを消滅させることは叶わなかった。それでも直撃はしたらしく、ジャシュラインにかなりのダメージを与え、後方へ大きく吹き飛ばした。

 ジャシュラインはあまりの苦痛に耐えかねて身悶えし、苦しげな声を上げている。その体のあちこちには、痛々しい大きな傷が出来上がっていた。

 ティガはそれに構わず、倒れているナハトに向けて回復蘇生光線__"クリスタルパワー"を照射しはじめた。

 

 

 

―――

――

―――

――

―――

 

 

 俺は…負けた……。必死に抗ったつもりだったけれど、何も得られないまま、敗北した。

 

 守らなければならない人がいた。守りたい人がいた。

 果たしていない約束があった。破れない約束があった。

 

 結局、戦って、負けて、死ぬことすら許されずに、今こうして精神だけは残っている。

 悔しくないのかと聞かれれば、もちろん悔しい。

 だって、あの子の笑顔をもう見れないから。守れないから。

 

 こんなのが、本当にヒーローなのか? 声援に応えて、立ち向かって、やられてって…違うだろ、こんなの。

 応援してくれた人たちの努力とか、感情とか、そういったのが足りないからとか、絶対に違う。

 

 俺が、弱いんだ。弱いから、みっともないことになってるんだ、きっと。

 想いと、実力は比例しない。信じたくはない。けど、現にこうなってるってことは、そうなんだと思う。

 

 危ないって思った時は、たまたま…運良く別のウルトラマンが、宇宙人が、ガメラが、モスラが俺を助けてくれた。助けてほしいとか、望んだわけじゃないとか、そんな生意気は言わない。

 実際に助かってた。あの時に来てくれなかったらと考えると、ゾッとする場面が多い。

 今回も…って情けないと少し考えてしまってた俺を殴りたい。後悔先に立たずってこういうことを言うんだろう。

 ……もう悪寒が走ることも無いけど。

 

 …今まで戦ってきて思ったのは、まるでRPGゲームみたいだなってこと。自分のレベルに合わせて、同レベル、若しくは少し背伸びしたぐらいの強さの敵が現れてくれてたなんて馬鹿なことを考えてしまう。

 まるで誰かが、俺の強さを見て送る相手を考えているとか…そういう感じだ。でも急に、今回はいくら背伸びしたって、逆立ちしたってどうにもならないほど強い相手がやって来た…。

 逆に今までが奇跡だったんだと思う。ナハトである自分と、地球の人、ガメラ達で倒せるレベルの怪獣、異星人が偶然現れるのが続いていただけだったんだと、そう思う。

 

 

《……ちくしょう》

 

 

 悔しい。ただもうここで永遠に無念だって言うことしか、出来ない…ってのか。

 

 

 

 

 ___キミはそれでいいのかい?___

 

 

《えっ?》

 

 

 諦めかけ悪態を吐いたハジメは、誰かから問いかけられた。その声は青年男性のものだと思われる。

 おかしいとハジメは思った。ここは自分の精神的な空間である。他の何者かが気軽に入れるような場所では無いはず。

 

《誰なんだ、俺はもう戦えない…戦いたくても、戦えないんだよ!!》

 

《キミ自身は、まだ諦めていないんだろう? 状況の打開策を見出せていないだけで》

 

《っ!?》

 

 若い男性だった。ハジメの目の前には、かつてティガと一心同体となり、地球を闇から救った人物___"マドカ・ダイゴ"その人がいた。

 

《光となり、ティガ…ウルトラマンティガとして戦った者の一人である彼…ダイゴの姿を、今は光の記憶を用いて借りている》

 

《ティガ…ダイゴ……。そ、それじゃあ、あなたは?》

 

《人の光そのもの。すべての並行世界の…希望を捨てず、勇気を持つ人々の光の集合意識だ》

 

《光……そのもの……?》

 

 信じられない。自分が今こうして会話を交わしているのが生命ある者でなく、もはや概念に近いまったく別の存在であるとは、ハジメは驚愕していた。

 そんな存在が、どうして自分なんかに声を掛けるのだろう?

 

《この世界の、今のキミの戦いを間近で見ていた、応援していた人々の祈り…願いが、僕らを呼んでくれた。キミの、おかげなんだ》

 

《俺の? どうして…俺は話を聞く限り、助けられた側なのに》

 

《キミがいなかったら、この世界の人々は"ウルトラマン"という希望を知ることはできず、祈ることも願うこともすることはなかった。理不尽になすがまま蹂躙されていただろう。

キミがこれまで積み重ねてきたものが、今の状況を生み出している》

 

《あなたは、俺がまだ諦めていないと言った。だけど、俺が諦めてないとして、これから俺に何ができる…んですか…?》

 

 ダイゴの姿をした光の集合意識は、朗らかな笑みを浮かべ、その問いに答える。

 

《人々の光によって、この世界にティガが現れた。今、ティガはキミを助けている最中なんだ。だから、間もなくキミはティガと共に再び戦うことになる。僕らがキミの精神世界に接続したのは、キミを呼び起こすため》

 

《俺にチャンスをくれる…?》

 

《チャンス…とは、違うと思う。そんな慈悲や救済みたいなものじゃない》

 

 ハジメはここで一考する。光の集合意識なるものが自分にこうして接触して、なぜここまでするのだろうと。

 

《どうして、俺にそこまで…?》

 

《キミの、ナハトの復活を人々が心の底から望んでいるから。誰もまだ諦めてないから。

…だが、それを抜きにしても、僕らはこう言う。人を助けるのに理由はいらないだろう、と。キミの考えているヒーローの形も、本質はそうなんじゃないかな。

キミを今まで突き動かしてきたモノは何だ? 正義か、大義か、責任か、それとも義務か? 違うだろう、大切な誰か守りたいという祈り、願いじゃないのか?》

 

 遥か昔にテレビの画面に映っていたヒーローも言っていた。そして、自分もそれを信条にしているヒーローに憧れ、なりたいと望んだのだ。

 ……何故、こんな当たり前のようなことが頭から抜け落ちていたのだろうか。誰かからのお返しが欲しくてとか、自分自身の正義感を満たすために人助けなんかしない。そんな下心などが全く無いと言えば嘘になるかもしれないが、それが全てではない。

 

《つまづいてばっかりだな…俺……》

 

《………》

 

 助けたいから、助ける。利益もへったくれも無い、非論理的な思考と行動。

 そこに幼い頃のあの子の顔が過ぎる。

 ヒーローに最も近いと思われる存在――ウルトラマンとなってから…時が経ってから忘れてしまった何かがまだあると、ハジメは感じた。

 それらを見つけるためにも、ここで燻って足踏みしたままではいられない。ハジメは、再び立ち上がる理由を掴んだ。

 

《……俺、行きます。もう一度戦います。みんなが、みんながいるから!!》

 

《分かった。行こう、アラシ・ハジメ君…ウルトラマンナハト。キミは一人じゃない。

キミにも、覚醒する刻が来た》

 

 ダイゴのその言葉を聞いた途端、ハジメの意識は光に包まれた。

 

______

____

__

 

 

 ティガがナハトにクリスタルパワーを当ててから十数秒。

 銀の像と化していたナハトに変化が訪れた。冷たい金属となっていたナハトの体は次第に光出し、丸い光の玉へと姿形を変えていく。

 

「ナハトが光って……!」

 

「これからどうなるんだ」

 

「ナハトが、変わる…?」

 

 それは空中に浮き、ある一定の高度を保つと静止した。瞬間、光球が爆ぜる。

 

 パァァアアアアーーーッ!!!

 

______カッッッ!!!!

 

 爆ぜた光球は、周囲に光を散らせる。そして散った光が光球があった空間を中心にして再び集まる。

 集結する光は、組み合わさる毎に、ヒトの形を形成していく。加えて、空間に熱い鼓動が響き出す。

 遂にナハトと思われる形になると、今度は街、空、川、動植物……あらゆるモノからまた光が飛び出してくる。それらはナハトを中心に渦巻き、激しさを増していく。

 

「すごい…何が起こってるのか、全然分からない……けど」

 

「ナハトがまた、立ち上がってくれるんだ!」

 

「ナハトの周りに光が……まるで…光の、嵐みたい」

 

 エリカが形容した通りの現象が、目の前で繰り広げられていた。

 

 

 

 

【♪シーンBGM】『希望の絆』

 

 

 

 

――シュワッ!!!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 光の粒子が輝くナハトの周りで一層眩しく輝いたかと思うと、人々が眩しさから閉じていた瞼を開けた次の瞬間には、ナハトの姿を完全に形取っていた。

 ナハトの復活である。

 

「少し見た目が、変わった?」

 

「前よりも強そうだ…!」

 

「肩になんかゴツいのが付いたし、これって強化形態ってやつなのか!?」

 

 以前とは姿に僅かながら相違がある。新たな力…ティガの光と人々の心の太陽の光を受け取った、ナハトの新しい姿である。

 

『ナハト、復活!』

『よし!』

『頼むぞ…!!』

 

 これまで灰色に近かった箇所はさらに黒みを増し、白と黒のラインが一層際立つようになった。そして、全身の筋肉が以前よりも頑強になり、両肩には巨大なクリスタルが埋め込まれたアーマー___"ストームショルダー"が装着された。

 

 ナハトの周囲には、未だにナハトを守るように七色の光の粒子が旋風の如く吹き荒れている。

 

 光と闇…人の心の両面を宿し、それら全てを包み巻き込む嵐となって力に変えたウルトラマンナハトの新たな姿――ビギニング・ストームである。

 

――シュア……ッ!!!

 

《……これが、みんなの光。なら俺は、光と、希望、それを信じてくれたみんなのために、この力を使う!!》

 

《行こう、ナハト!!》

 

シュワッ!! タアッ!!

 

 ナハト、ティガ、二人のウルトラマンの揃い踏みである。

 それぞれが戦闘態勢になり、痛みを抑えてようやく立ち上がったジャシュラインと対峙する。

 

グォオオオオオオオオ!!!!

 

 人格の切り替えと制御を司っていた三つの頭部ランプを、先程のティガのゼペリオン光線によって破壊されたジャシュラインは、もはや獣のような咆哮を上げるのみである。どうやら精神の混濁が進んでいるらしい。

 

ハアッ! ――トアッ!!

 

ドガアッ!!

 

 がむしゃらに向かってくるジャシュラインを、ティガが受け流し、ナハトが本丸の一撃をお見舞いする。見事なタッグプレーである。

 しかしそんな攻撃を受けてもジャシュラインは攻勢を緩めない。

 食らいついてくるジャシュラインに、ティガとナハトは左右に分かれて連続側転で回避すると、両サイドから牽制光弾を放って動きを止める。

 二方向からの同時攻撃で判断を鈍らせつつ、同じタイミングでジャシュラインにナハトとティガが跳躍。ティガはスラップショット、ナハトはショルダータックルを繰り出す。

 前後からの攻撃を受けて、よろけるジャシュラインに、間髪を入れずに二人は渾身のパンチ、キック、チョップを繰り出し圧倒。ラッシュでジャシュラインを追い込む。

 

グォオオオオオオオオ……!!

 

『『『オノレェエエエエ、コロス!!コロシテヤルゾオオオオオオ!!!』』』

 

 三つの人格が同時に発現した影響で、聞くに堪えない叫びを轟かせる。

 ナハトを白銀の像に変えていた頃の余裕は無くなっているようだ。

 その証拠に、今まで新都心を囲んでリングの役割を担っていた円柱オブジェクトを念力で引き抜いて操っており、それらを宙に浮かせて、自分を守らせるように周辺に配置させた。空飛ぶ盾と剣と言ったところである。

 

『電磁バリアが消えた!各自、行動開始!!民間人を救出しろ!!』

『77特戦が突入!』

『普通科も続け!我々が先行し盾になる!!』

『時間との勝負だ。急げ!』

 

 また、オブジェクトが地上から引き抜かれたため、さいたま新都心は包囲網を解かれた。これを好機と見た自衛隊地上部隊が市街地へ突入を敢行。決死の救出劇が始まった。

 だがウルトラマン達の戦いはその間も進む。

 

 

『『『クラエエエ!!!』』』

 

――ゴォオオオ!!

 

 四本の円柱が意思を持ったかのように一斉にティガとナハトへと殺到する。

 しかし二人は避けない。避ける必要がないからである。

 

ダァアッ!! ハァアッ!!

 

 ナハト、ティガは胸部のライフゲージ、カラータイマーに力を溜め、一気に放出する。

 ナハト…ビギニングストームの"ライフラッシュスペシャル"と、ティガの"タイマーフラッシュスペシャル"だ。

 二人の放った強力な光の塊が、四本の円柱に衝突。円柱を消滅させる。ジャシュラインがその光景を目にしたじろぐ。

 

『『『ナゼ…、ドコカラソノヨウナツヨサガァアア!!!』』』

 

 最後の頼みの綱だっただろう飛び道具を失ったジャシュラインは現実を突きつけられ狼狽えることしかできなかった。

 

《お前には分からないだろう!!これは、みんなの想いなんだ!!それを分からないお前に、俺はもう負けない!!後ろにいる…信じてくれているみんながいる限り!!》

 

『『『ダマレ、ダマレダマレェエ!! コウナレバマタオマエヲ、オマエタチヲマトメテコレクションニ!!』』』

 

 シルバジャシュラーを放つ体勢に移ったジャシュライン。それを見てナハトとティガは顔を合わせ頷く。

 光線には光線を…決着をつけるのだ。

 ナハトはティガのゼペリオン光線と酷似した準備動作を経て、両腕を十字にしエネルギーをスパークさせる。必殺光線…スペシウム・オーバー・レイをも超える、超必殺光線――"スペシウム・イグニッション"が放たれた。

 それと同時に、ティガも最大出力のゼペリオン光線を放つ。

 二本の猛烈な光線は、螺旋状に組み合わさり、合体光線"NTスペシャル"となってさらに勢いを増す。

 

 

ズォオオオオオオオオッッッ!!!!――カッッッ!!!!!

 

 合体光線は、ジャシュラインのど真ん中を捉え直撃。光線を全身で受け切ったジャシュラインは体内に蓄積させられた光エネルギーが飽和状態になり内側から膨張していく。

 

『『『バ、バカナァ…ワイガ、ワシガ、オレガァ… マケルゥ……!? バカナァアアアーーーーーッ!?!?』』』

 

バババババッ! ドガァアアアアン!!!!!

 

 内側から食い破るように放出する光を抑える術を持ち合わせていないジャシュラインは、盛大に爆散したのだった。

 

「ジャシュラインを…倒した?」

 

「そうだよお姉ちゃん!ウルトラマンがやっつけたんだよ!」

 

「勝った、勝てたんだ。ウルトラマンが!」

 

「「「やったぁあーー!!」」」

 

「ナハトと、もう一人のウルトラマン、やってくれましたね!」

 

「あの紫の新顔の方、とても神秘的ですね」

 

「もぉ〜、何言ってるのよ華ぁ〜!」

 

「エリカさん、やりましたね!」

 

「え、ええ……そうね、やったわね」

 

 新都心でナハトとティガの戦いを見守っていた人々が歓声を上げて喜んでいる中で、エリカはウルトラマンが勝利したことへの喜びの感情より、なぜ自分から光が出なかったのか、出せなかったのかという戸惑いの感情が押し勝っていた。そのため、小梅から話を振られた際、感情のこもった言葉を返すことができなかったのだ。

 

(なんで…?なんでなの…、私だって信じてた。諦めてなかったのに…。足りなかったっていうの?)

 

 エリカがひとり悩んでいる中、丁度今エリカ達がいる喫茶店エクレールの前まで自衛隊の普通科部隊が到着したところであった。

 また、駆けつけた自衛官らは、身体的な異常の有無や死傷者の確認等をエリカ達に尋ねてまわり、負傷して人手が必要な人らに対しては輸送車輌を手配してくれている。

 そして再開発地区には、お互いの健闘を讃え合い握手を交わすナハトとティガがいる。

 

《人の正と負、その両側面を認め受け入れる…。僕らがここに来る前にも辛く苦しい出来事を経験したんだね。キミは、強いんだ》

 

《心が強くても、外側がやわだったら…きっとまた俺は…!》

 

《ほら、また弱気になってしまっている。キミはそれを克服できたんじゃないのか? キミのあの叫びは本物だ。それを成し遂げられる力もある》

 

《……はいっ》

 

《キミ自身が、そしてこの"地球"が諦めないかぎり、信じ続けるかぎり、光り射す未来は潰えない。

だから、突き進んでほしい。立ち向かってほしい。一歩前へ、一段上へと…》

 

 ティガ……光の集合意識の化身は、そう言い終えると握手を解くと同時に身体を光の粒子に変えて空へと昇っていく。

 

《さようなら、ティガ。そして、ありがとう》

 

 ハジメ___ナハトは空を仰ぎティガであった光を見送る。

 ウルトラマンティガ…それは、光の象徴。

 人々を勇気づける言葉。諦めない人々の最後の希望。

 太陽に照らされ、青い空、白い雲の中へと消えていく光はまた何処かへと――危機に瀕している者の元へと行くのだろう。それは終わりの見えない戦いであることは想像に難くない。

 しかし、希望を捨てず光抱く人々がいるかぎり、ティガは不滅であり、どこにでも在り続ける。

 

……シュワッチ!!

 

 完全に光が空へと昇り去っていったことを確認したナハトも、空へと飛び去るのだった。

 

「ナハトも帰ってったわね…………あら?何か忘れてる……いや、誰かいないような……」

 

「――あ、エリさーん!ここにいたんだ、よかっ…」

 

 毎度のことながら、どこからかふらりと姿を現したハジメ。

 それをエリカは許さなかった。ハジメが周りに対しての気遣いを口にしようとする前に、エリカはツカツカと早足で彼の目の前まで詰め寄る。

 

「ハ〜ジ〜メ〜?」グィ~~~ッ!!

 

 ゼロ距離からの恨めしい声色と足して、エリカはハジメの右耳たぶを力の限り指でつねる。

 もちろん、ハジメからは声になっていない悲鳴と、痛いと訴える顔が認められるが、そんな些細なことでエリカは指の力と、不機嫌な顔を形成している表情筋を緩めることはない。

 

「え、えりひゃん!いはい!いはいっへば!」

 

「うるさいわね!また近くまで行ってたんでしょ!? また自分の命ほっぽり出して、人助けとかやってたんでしょ!?」

 

「ご、ごめんなさい!ホントに、許してエリさん!」

 

「いいえ、誰がそう簡単に許すもんですか!」

 

「エリひゃぁん……」

 

 寸刻前まで死に体同然になりかけ、そこから奇跡の復活を遂げたヒーローも、これでは形なしである。

 エリカとて単純では無い。これまで何度も口頭での注意を促してきたが、それが効いた試しが無いのは把握している。だから体に直接教えてやるのである。

 若干目に涙を浮かべているハジメを見て、そろそろやめてやろうかと思ったが、ここで情けや容赦を掛けてしまうと、この馬鹿は学習しない。これも演技なのだと自分に言い聞かせて踏み留まる。

 

「アンタ、前に痛い目見たのにまだ分からないの!?」

 

「え、エリカさん…それ以上はハジメ君のほっぺが…」

 

「みほ…そこに気を遣うのか」

 

「それに…私や隊長も、前に言ったわよね?もっと自分の命を大事にしろって!」

 

「は、はい……その通りです……」

 

「ストームリーダー……」

 

「ハジメぇ……」

 

 しおらしくなってしまうハジメを目にして、ヒカルやマモルは苦笑いすることしかできない。明日は我が身なんて言った日には後ろに栗毛頭の刺客達が現れるかもしれないのだから。

 そんな高校生達の様子を、自衛官たちも引き攣った笑顔で見ることしかできない。彼らの預かり知らぬところであるから、何がどうしてああなっているのかを問うこともしない。それがきっと最善なのである。

 

『アキアカネよりCP。各地の部隊からの報告を統計した結果、ジャシュラインとオブジェクトによる死者はゼロとのこと。最終的な重軽傷者は凡そ四十名弱であると判明。これより負傷者搬送用のヘリに座標を指示、誘導する。送れ』

『CP了解。引き続き現場にて情報の収集・報告を行え』

『こちら第77特殊戦車大隊、第1メーサー小隊マック01。担当区域の民間人の収容が間もなく完了する』

『装甲車をこちらにも回してもらいたい』

 

 今回の戦闘は、限りられた場所でのものであったため、これまでと比較して死傷者の発生、建造物や私有財産への損害は結果的に少なくなった。

 明日には付近のインフラも復旧し、人々はまた日常に戻れるだろう。

 

「――現着。」

「これよりサンプルの回収、清掃作業に移る。」

「有害物質は検知できず。各数値も正常です。」

「寸分の変化も見逃すな。今後変化する可能性もある。」

 

 戦場となった再開発地区には、ジャシュラインを構成していた破片並びに砂状粒子が山を成しており、それの回収と除染のために、陸自陸上総隊直轄の部隊である特殊武器防護隊――化学科部隊も駆けつけたところだ。

 

『はい!こちらは、さいたま新都心上空です!10分ほど前までは、ここ再開発地区を中心にして、ウルトラマンナハトと未確認のウルトラマン、そしてジャシュラインと自称した怪獣が戦っていました!

今は、自衛隊の化学科部隊が当地区で任務に当たっており、付近の道路は交通規制がなされています!

詳細はまた後ほど説明致します!増子美代でしたー!』

 

 報道関係のヘリや車両が新都心内へと殺到し始めていた。マスコミも今回のドラマ的なウルトラマンの復活と勝利というネタを逃したくないのだと思われる。

 そんな新都心内を、ハジメやエリカ達はインタビュー等を振り切りなんとか脱出し、大洗と黒森峰に別れて帰路に着くことができたのだった。なお、西住姉妹には母親であるしほから菊代を介して、安否を問う連絡が来ていたという。

 

 ハプニングに見舞われた抽選日ではあったものの、何はともあれ最後は無事に終わった。

 少年少女たちの、これまで積み重ねてきたものをぶつけ合う日が、近づく。それに併せて一度動きを止めていた、運命の歯車が人知れず恐ろしい速さで再び回りだす。

 そして、ナハトの……ハジメの戦いも、さらに激しさが増していくのは、必然なのであった。

 

 

_________

 

 

同国関東地方 東京都新宿区 防衛省庁舎

 

 

 

 

「ウルトラマンが、敵性存在に敗北した…」

 

「ですが、その後は新たなウルトラマン…コードネーム"アポストロⅡ"の出現もあり…」

 

「日本を守る我々が、今直視しなければならない事実は、最終的な勝利ではない…ウルトラマンナハトの敗北ではないのか…!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 東京の街並みを一望できる庁舎の一室で、珍しく声を張り上げているのは、防衛大臣という役職に就く戸崎である。

 彼は埼玉県でのジャシュライン戦に思うところがあるのだろう。

 

「……この日本に何度も現れては、怪獣・異星人を撃退してきたナハトが、正面から敵に挑んで負けたんだ…!

ウルトラマンでさえ、負けたんだ!」

 

 そう。結果的にはナハトはティガによって蘇りジャシュラインを撃滅した。だが、その過程で一度ナハトは敗北しているのだ。

 

「我々も感覚が麻痺していたのはあるかもしれない…。ウルトラマンも生物だ…神では無い。万能ではないさ。負けることもあることぐらい、予想していてもなんらデメリットは無かったはずだった。

……と言うことは、だ。我々は今回の案件を下地にまた新たな防衛計画を練らなければならない…!この国を、国民を守るために…!前回の法改正ですら手温かったということだ!!」

 

 戸崎の言っていることは、このまま日本の防衛を、ウルトラマンに頼り切ってしまうというのは、自衛隊のメンツ云々よりも守る力___防衛力の不足の方が余程深刻であり憂慮すべき事案であるという発言なのだろう。

 現にこの日本、地球を守っているナハトが一人で未知なる怪獣と戦い、負けた。あの時ティガが現れなければ、地球側の最高戦力の一角が消え去っていたに違いないのは誰もが分かることである。

 故にその事実を理解している者は焦るわけである。

 

「ゲッター……アドバンスは最低でも春先、だったか。生総研の方に尋ねろ。ここからの建造の短縮は可能かどうかを。無理を言っているのは分かってはいる」

 

「はっ!」

 

 こちらの備えを上回るレベルの脅威がもう来ないという保証はどこにも無い。今ある戦力で日本を守れるとは、戸崎に到底考えられなかったのだ。

 

「そもそも、今までがおかしかったに違いない…。地球人類や非敵性特殊生物、ウルトラマンが撃滅できるレベルの個体群であったこと、そして毎回出現する特殊生物が一、二体程度であることも…。いつからそうであると錯覚していたんだ…!浅はかだった…我々は、いや、私は…!

……今後、ウルトラマンが行動不能に陥ったタイミングで、一斉に十数体の大型特殊生物が日本各地に来襲したらどうなる…?方面隊単位の迎撃ですら悲惨な結果になるだろう。そうなった時…この東京は、日本は……」

 

「……か、各地の工場はフル稼働で、12式、20式などの生産を続けています。蒼天やヘッジホッグと言った航空機も同様です」

 

「星間同盟なる組織や特殊生物が、次に狙う…若しくは現れる場所が工業地帯やエネルギー関連施設、首都圏にならないという保証はどこにもない……。仮に通常兵器の数を揃えられたとしても、奴らに効果が無ければ抵抗することすらできん。

くそッ!何もかも、今の我々には足りないのか…。"やまと"も、最短で八月末…今すぐ対特殊生物超兵器の一つでも、使用できるようになれば…!」

 

 力無き人々の盾となるべき人間達の焦りは、並の人間では押し測れないだろう。

 戸崎は、一国の防衛を指揮する人間として、あらゆる角度で問題に切り込む。日本に迫る危機は、何も怪獣だけではないのだから。

 

「それに特殊生物だけじゃあない。グレゴール人の一件で、豪州連合が我が国をどのようにしたいのかも、硫黄島と東シナ海での動きを見たら分かる。N2投下期間の無断切り上げ、事前通告無しの領空侵犯未遂…」

 

 しかし、嘆くだけでは終わらない。終われないのだ。

 日本に迫る悪意を振り払う役割__守護者であるのは自衛隊である。その誇りを胸に、この日までやってきた。

 自分達の手で、平和と未来を掴み取らねばならない。血を流すことも覚悟はしている。

 

「……ここで悪態吐きを晒している時間は無いか。今の手札で最善を尽くさなければならないほど、我々は追い込まれている…だが、やらねばなるまい。

もっと柔軟な対応はできる。……おい、各幕僚長を呼んできてくれ。それと、戦車道連盟の児玉先生と、文科省の辻局長もだ。彼らと戦車道大会期間中の防衛プランについて調整を行なう」

 

「はっ!分かりました!」

 

 戸崎はネガティブな心境に陥った自分を奮起させながら、自分のやれることを為すために動く。

 この国の大人たちも、まだ諦めてはいなかった。

 

「……しかし、あの戦車道・学園艦関係のトップ二人に通達のなかった戦車道大会開催と茨城県の学園艦解体の最終決定の所在……。

なにやらきな臭い。各方面に探りを入れてみるか。決まってしまったものはしょうがないからな」

 

 

_________

 

 

同国関東地方 相模湾

大洗学園艦 高等部校舎 戦車ガレージ

 

 

 

「あちゃあ……これは派手に空けたねぇ…」

 

「角谷会長、ピイ助が…すいません!」

 

 ガレージ内には、大洗の戦車道履修生である少女たちが集っていた。

 その中心には生徒会メンバーと、彼女らにひたすら謝罪しているみほがいた。

 

「いいよいいよ。西住ちゃんは悪くないし。まさか、シャッターが溶けて脱走しちゃうなんてねぇ…」

 

 杏たちの目線の先には、明るい夕焼けの陽光をガレージの中に迎え入れている、大きな風穴を空けてもはや仕事をしていていないシャッターの姿があった。

 貫通したシャッターは、高温の炎を浴びたらしくドロドロに溶解した跡が残っている。ピイ助をよく知っているみほ達は、なぜこのような脱走の仕方ができるのかに心当たりがあるため、青ざめた顔をしながら冷や汗をかいている。

 

「中から火を使って、何者かが手助けした…ってのはちょっと考えられないよねぇ。鍵を壊して開け放ってやればそれで終わるもんだからね」

 

「と、なりますと…」

 

「ピイ助ちゃんが自力でガレージから出たってことですか会長?」

 

「うーん。そうなるかな〜。でも、火なんか吐ける亀なんて……あ!」

 

 揃いすぎている状況証拠。杏ぐらいの人物なら、容易に答えに辿り着く。

 

「ねえ、西住ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「あの…もしかして……ピイ助ちゃんってすごく特別な血統だったりした?……例えば〜、ガメラ関連の」

 

 こうも言われたら言い逃れはできまい。

 みほと、あんこうチームの面々がここまで隠していたものと、ピイ助とみほの出会いの経緯をできるだけ分かりやすく、簡潔に杏達に説明した。

 それを聞いた杏らは、何故こうなるまで黙っていたんだ、などと言ったことは口にはせず、妙に納得した様子でうんうんと頷いていた。一年生や他のチームからもなんとなくそうだと思ってたなどの声が上がっていた。

 

「そりゃあ、声も掛けづらいかったよね。ごめんね西住ちゃん。そんなイメージ持たしちゃった私達も悪かったよ」

 

「いえ!角谷会長が謝ることなんて……。こちらが学校の備品と壊してしまってますし…」

 

「そこらへんはどうにでもなるかさ、気負わない気負わない! さて、……ピイ助ちゃんは人懐っこいけど、今回逃げるような理由とかって、その勾玉とかを介してもう分かってたりする?」

 

 ピイ助に関する話の中で、みほはオカルトチックな話…火炎放射や空中飛行といった芸当が、ピイ助にはできたこと、みほの勾玉とガメラの感応についても説明していた。そのため、勾玉伝いでガメラの近縁と思われるピイ助と何かやりとりがなかったか、杏はみほに聞いた。

 

「その、ピイ助からは勾玉を介して話してくれたことも、声を聞いたこともありません…」

 

「うーん……そっか。なら、今から探そっか。みんなでね!」

 

「ふぇっ!? 戦車道チームのみんなでですか?それは、迷惑掛けちゃうかなって…」

 

「人海戦術だよ、西住ちゃん。それに、かわいい後輩であり隊長でもある西住ちゃんが困ってるんだもん。助けたいじゃん? みんなもいーかい?」

 

「「「おー!!」」」

 

「み、みんな…!ありがとう……!!」

 

 杏が全員に、ピイ助捜索協力の是非を取ると、全員が気前良く元気な了解の返事を返してくれた。

 自身の周りの暖かさに触れたみほは、嬉しさのあまり涙を滲ませながら、感謝の言葉を伝える。

 

「よぉ〜っし!それじゃあ、西住ちゃんちのピイ助ちゃんの捜索、開始!!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 こうして大洗女子学園戦車道チームによる艦上捜索が始まった。保有戦車や学園所有の車両も駆り出しての大捜索であった。

 捜索活動は選択科目授業である戦車道の時間から、日没直前の18時半頃まで行われた。

 されど、これほどの努力を注いだのにも関わらず、残念ながらこの日ピイ助は発見・保護されることは叶わなかった。皆が落胆したものの、見つからなかったものは仕方がない。

 定期的にこれからも捜索は行なうことを決めて、彼女達はそれぞれ下校、帰途についたのだった。

 

「ピイ助、どこに行っちゃったのかな……」

 

 帰り道の途中、みほがぽつりと呟いた。だがその答えを持ち合わせているのは、この場に居合わせていないピイ助だけだろう。

 みほは小さな同居人の行方を憂うのであった。

 

 

 

 

___ぼくは、あの人を守りたい。だから、強くなるんだ___

 

 

 




 はい。お久しぶりでございます。魔法少女特殊戦あすかにハマった投稿者の逃げるレッドです。
 投稿者が本格的に触れる初めての魔法少女ものとなります(誰得情報)

 さて、今回はナハトの新形態お披露目回となります。…実はこの回自体は前々からできていたのですが、以前pixivにあげたビギニングストームが軒並み納得がいかず、本日学校のパソコンで描きようやく完成したため、今日公開となりました。本来なら3日前には公開できたものを……。

 そしてジャシュラインとの戦いに駆けつけてくれたウルトラマンは、ティガでしたね。メビウス本編はウルトラの父でしたが、本世界ではティガとなりました。
 ティガに思い入れがあるのもそうなのですが、超8兄弟や超時空の大決戦を観たからでしょうか…"ティガじゃないティガ"が大好きなんですよね。
 そのため、今回はダイゴさんの姿をした光意識と新しいティガを出させていただきました。

 逸見エリカのヒーローが連載開始して大分経ちますが、小説、イラスト共に少しは成長したかなと思いたいです。

 今後もよろしくお願いします。質問、感想、疑問などなど、気軽にどうぞ。
 そして、お気に入り登録が60となりました。本当にありがとうございます!これからも精進していきます故、何卒何卒…!

【2023年版編集】
 ビギニングストームのナハト登場シーンの挿絵を2023年1月に私が描いた新しいものに更新しました。

これは以前までの挿絵となります。

【挿絵表示】


_________

 次回
 予告

 遂に開幕した第63回戦車道全国高校生大会。
 黒森峰の一回戦の相手である、知波単学園との試合に臨むべく、試合会場の港へと向かう黒森峰学園艦。
 それを守る海自艦艇には海上自衛官であるレイラの父、蕪木薫の姿があった。

 しかし、既定の航海ルートのおよそ半分を過ぎた時、学園艦と護衛艦群の前に破壊獣が現れる!
 ハジメは変身しようとするも、それを影法師が妨害。ナハトが現れない中、護衛艦による迎撃が始まるが……!

 次回!ウルトラマンナハト、
【滄海の羅針盤】!


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第38夜 【滄海の羅針盤】

破壊獣 カリュブディス、登場。


 

 

 

 

7月20日月曜日 早朝

 

東アジア 日本国九州地方 熊本県熊本市

熊本港 学園艦停泊地

 

 

 

 

「知波単学園…過去にベスト4まで上り詰めたことのある学校かぁ」

 

「まあ、その経験のせいで突撃戦法を取り続けて早三十余年…万年一回戦落ちが板についちゃったわけよ」

 

「だが戦車道に至っては古参に入る、私達黒森峰よりも歴史ある学校だ。実力そのものは高いのだろうが、戦術が今は足りていないと言ってしまえばいいものか…」

 

 朝6時半。時折あくびをはさみながら、停泊地の埠頭で眼前に広がる海を眺めながら上のような会話をしているのは、黒森峰の戦車道機甲科と整備科の生徒たち…いつものメンバーである。

 朝の散歩がてら、船を降りてここで朝の陽光を浴びながらゆっくりしている。

 彼ら彼女らの話の内容は、戦車道大会の初戦相手、旧日本陸軍と深い関わりがある戦車道古豪である知波単学園についてである。

 知波単学園は千葉県の__元は習志野にあった本土学校であった。本土学校時代に、当時の陸軍騎兵隊が戦車を導入してからはその恩恵などを受けて戦車道にも力を入れ始めたと言う。

 

「実力は決して低くは無い。かの学校が採用している一斉突撃ドクトリンによる瞬間制圧能力は目を見張るものがある。そこは参考にできるところがあると思っている」

 

 戦後間もなく、敗戦による皇軍の解体に伴い多数の日本戦車が、占領統治機構として日本に設置された連合国最高司令官総司令部(GHQ)の占領統治政策の一環として、民間のガス抜きとスポーツの振興という名の下、当校の前身にあたる学園にも払い下げられた。

 戦後の日本戦車道黎明期には、黒森峰、サンダース、聖グロリアーナといった資金力のある学校が存在しなかったこと、そして戦車や競技人口自体がそもそも少なく、戦車道に参加している学校がそれに伴い僅かであったこともあり、当時の知波単学園は質・量共に高い水準にあったため大会では、現在の伝統に繋がる突撃ドクトリンによる後押しもあり旧軍の初戦の如き連戦連勝の快進撃を続け、ベスト4常連の強豪校として羨望の眼差しを向けられていた。

 そう。実は日本戦車道を支える役割を担っていた学校の一角を知波単学園が担っていたのである。

 しかし、上述の戦法による味を占めてしまったらしく、戦後戦車道に新参でありながら、強力なドイツ・連合軍戦車を有する黒森峰、サンダース、聖グロリアーナ、プラウダなどの新興チームが登場してからは、敗北に続く敗北を何度も経験することとなる。それが現在、学園艦化した知波単学園の戦車道チームにまで引き継がれてしまっているわけである。

 

「でもでも、西住隊長に、エリカちゃんと私達がいれば一騎当千!相手もイチコロだよ〜!」

 

「レイラ、慢心だけはやめなさいよ?」

 

 そんな話を、出港時間前に学園艦から降りて海を眺めながらエリカとまほ、ハジメ、ヒカルにマモルのいつものメンバーと、珍しくレイラとユウ、そして小梅が混ざってしていたわけである。

 

「レイラさん、レギュラーメンバーなってからどんどん上手くなってますもんね」

 

「そうだよ!小梅ちゃん、もっと褒めて〜エリカちゃんの分まで!」

 

「ちょっと。私の分までって、どういうことよ!」

 

「わひゃ〜!!エリカちゃんが怒ったぁ〜〜!!」

 

 年相応の少女達の戯れを見ている男子勢もまた別の話題で盛り上がっていた。

 

「それでな〜、ダイトが小島さんの前でいいとこ見せようとして、なぜか工具箱使ってジャグリングし始めたのよ」

 

「はぁ……、なぜそうなった?」

 

「ダイちゃん何やってんだ…」

 

「どういうことなの…」

 

「本人曰く、器用さと力強さをアピールしたかったとかなんとか。でも、当の小島さん、ただただ目の前の珍光景に感嘆してるだけ。惚れ込みとか全然無しっ!」

 

「「「あちゃ〜」」」

 

 ヒカルの話すダイトの迷走の内容が終盤に差し掛かろうとした時、後ろから声を掛けられた。

 張りのある、男性の声である。

 

「そこの…黒森峰のボウズ達」

 

「「「はい?」」」

 

 黒森峰の男子生徒は埠頭には現在自分達しかいないだろうという確信と自負を持っていたハジメ達が一斉に声の主の方に振り向いた。

 

「向こうで銀髪の子に追いかけられてるのが、レイラか?」

 

 そこに立っていたのは、白地の半袖開襟シャツとズボン___海上自衛官の制服である第3種夏服に身を包んだ壮年の男であった。半端ながらもミリタリーの知識を頭に入れてあるヒカルやユウは、肩に付いている階級章から、その男が二等海佐であることを割り出した。

 二佐という階級と、ソフトモヒカンに鋭い目つきも相まって二人だけでなくハジメとマモルも、男から発せられている雰囲気を悟って自然に背筋を正していた。

 

「えっと…そうですね、奥に見えている茶髪のツインテールの子がレイラさんですね」

 

「あのぉ、あの子に何か用でもあるんですか?」

 

「ん?ああ…こいつは失敬した。俺は蕪木薫(カブラギ・カオル)だ。レイラの親父と言えば、分かるか?

見ての通り、船乗りをやっている」

 

「えっ!?レイラちゃんの、お父さん!?」

 

「なになに〜?……あっ!パパ!!」

 

 ユウの驚きの声を聞きつけて、エリカとの追跡劇を演じていたレイラがやってきた。

 そして開口一番に男…薫のことを父親としての呼び名を叫んで接したことから、これで身元がすぐに証明された。

 レイラは父である薫を認めるなりすぐさま駆け寄り胸に勢いよく飛び込んだ。

 

「おっ…と。…相変わらずだな、無駄に元気なところは。まったく、誰に似たもんだかな」

 

「パパとママに似たんだよー」

 

「……そうか。で、どうだ学校は。イジメとか、何か嫌なことは無いか」

 

「全っ然!だって、エリカちゃん、ユウ君やみんながいるから、毎日楽しいよ!戦車道だって、私最近レギュラーメンバーになれたんだよ!」

 

「…そうか。そうなんだな。レイラがそう言ってるってことは、そうなんだろう。……安心した」

 

 第三者の視点から、蕪木親子の会話を見た場合、第一に感じるものは父親である薫の口数が少ない…ということだろうか。

 薫は良くも悪くも、見た目の通り少々口下手なのである。仕事になればいくらかはマシにはなるのだが、なぜか一番気を許せるはずの家族相手になると悪化するらしい。

 

「君らがレイラの友人か。娘がいつも世話になっている。コイツのお転婆振りに困っているかもしれないが、俺はこの通りいつも近くにいてやることはできない。だから、これからも娘を…レイラをよろしく頼む」

 

 そう言って薫がメンバーに勢いよく、そして深々と頭を下げる。

 慌ててエリカ達が頭を上げてほしいとあたふたし、両者のそんな様子を見ていたレイラが笑う。

 

「パパ、堅苦しすぎるよ〜。みんなも、私のパパなんだから、変に気を遣わなくたっていいんだよ?」

 

「……すまん。仕事柄、自分と歳が近いか、それより上の人間としか話さんくてな…努力はする」

 

「え、いやだって、いやまあ…レイラのお父さんが自衛官なのは聞いてたけど、実際に面と向かってこう話すと改まらないといけないと思うって言うか…」

 

「階級で判断するってのは失礼かもしれんけど、佐官さんだぜ?しかも、艦長やってる人なんだろ?」

 

「たしか…"あらなみ"の…」

 

「そうだ。佐世保の第13護衛隊旗艦、護衛艦"あらなみ"の艦長を務めている。自衛隊に入った者として、一人の父親として恥ずかしくない人間を目指してやってきたとは思っているが…どうだか」

 

 薫は黒森峰が停泊している場所から一つ空けて港に投錨している数隻の護衛艦に顔を向けながら、自衛官としての自己紹介をする。

 

「そんなことないよ!パパは自慢のパパだよ!!」

 

 父親が自身を謙遜しすぎていると感じたレイラの放った言葉に薫の顔が綻び、その感情を悟られたくないのか、大きな手でレイラの頭をわしゃわしゃと撫でる。相当嬉しかったに違いない。

 

 今回の航海を含め、これから三週間は新たに策定されたローテーションと学園艦護衛部隊編成の関係上、薫が艦長をしている"あらなみ"が所属する護衛隊丸々一つが黒森峰の航行の安全を守ることとなっている。そのことについて、薫はついでだと言ってこの場のメンバーに説明してやった。

 

「一回戦、習志野のとことだろ。応援してるぞ、頑張れ」

 

「うん!頑張る!!」

 

 笑顔で応えるレイラを見てから、それと…と薫は言いながら、突然エリカとユウの方に歩み寄り、声を掛けた。エリカの方は何を言われるのか…もしかして日頃の嫌味や愚痴が薫の耳にも入っていてそれを咎められるのだろうかと考えて、いつものエリカなら見ないだろう青い顔をして対面した。

 

「…君が、逸見…エリカか? で、そっちが佐々木ユウ…で合っているか?」

 

「「は、はい……」」

 

「娘の話によく君らが出てくる。いつもレイラの側にいてくれてるんだな。…本当に、ありがとう」

 

「え…あ、いえ!そんな…お礼を言われるようなことは…」

 

「自分なんて、レイラさんの乗る戦車の整備をしているだけで…」

 

「レイラは元気なやつだが、その分寂しがり屋なんだ。さっきも言ったが、俺はレイラの元にいつも一緒にいてやることはできん。……厚かましいかもしれんが、俺の分まで、側にいてやってほしい」

 

「………はい。分かりました。娘さんは…レイラは任せてください」

 

「りょ、了解しました!!」

 

「すまない。恩に着る」

 

 中等部時代からの親友であるエリカ、そして整備担当の役柄でレイラと絡みが多いユウに頼みを快く受け入れてもらえた薫は心の底から安心したのか、謝罪と感謝両方の言葉が一気に出た。

 一呼吸して、薫は何かを決心して踵を返し"あらなみ"の方へと歩き去っていく。

 

「時間も時間だ…俺は先に艦に戻る。みんな、搭乗時刻に遅れるなよ。今回の航海には、潜水艦隊と海保からも数隻が護衛に就く。

俺達が責任を持って君らを関東までしっかり送り届ける」

 

「ありがとうございます…!」

「はいっ、よろしくお願いします!」

「はい!」

 

 元気のある返事を背に受けながら、薫は振り返らず手を振りながら遠ざかる。

 

「…ぶはーーっ!? レイラちゃんの父さん、すんごいかっこよかったけど、怖え…」

 

「ああ、こちらの身も引き締まるっていうか…」

 

「そんなに固くならなくてよかったのに〜」

 

「緊張するなと言われても無理だったろう。私達も似たようなものだが、軍服を着ている相手と話すこと自体なかなか無い経験だ。私だって、相手が大人と言う要素を抜きにしても蝶野教官たちとお会いして話すことに未だに慣れていないからな」

 

「私も分かります。いくらか繰り返しても、慣れないことってありますので…」

 

 まほの言い分にエリカも同意する。他には小梅やハジメと、レイラ以外のメンバー全員が同意見であるらしく、言葉にこそしないものの、理解を示す顔をしながら首を縦に振っていた。

 ここで、まほとハジメの提案により学園艦への乗艦をしつつ___歩きながら話を続けようと言うことになった。各自が腕時計やスマホに目を通すと学校側の連絡網で事前に伝えられていた、学園艦出港時刻が迫っていることが確認できたためである。

 

「ああいう人がいてくれるから、私達は戦車道ができるんですね」

 

「陰で頑張ってくれている人たちがいることに感謝ですね…。実際、僕らは何度も助けてもらってるから…」

 

 マモルの頭には、これまで間近で見た自衛官たちの戦いが浮かんでいた。

 思い返してみれば、黒森峰の高等部…それもあのプラウダ戦を経てから非日常が顔を出した。非日常が日常へと変化し、空想の産物と言われていた存在たちが襲来し続けている。

 

「パパ達と、ナハトのおかげだよね!」

 

「そうだな〜コッヴの時にナハトがいなかったら…植物人間の時にあの人達が駆けつけなかったら…そこで死んでたかもなぁ…」

 

「私もだけど………ハジメ!アンタは特に感謝しとかないとダメなんじゃないかしら?」

 

「わ、分かってるよ、そんな大きな声で言わなくてもさぁ…」

 

 そんな中で日常の一部___学校に通い、何かに打ち込める時間___を謳歌できるのは、未知なる脅威に立ち向かう人々がいるからだ。自ら盾となり戦う人々がいるからだ。

 残った一握りの日常を守ってくれている彼らのことを、ほんの少しだけ頭に入れておいてもバチは当たらないのでないだろうか。

 

「パパはね〜、ああ見えてね〜料理がすごく上手なんだぁ! チャーハンにオムライス、リゾットとか!」

 

「…全部お米料理ね」

 

「お米ですね」

 

「日本人らしいっちゃらしいよな」

 

 一同は、伸縮可能な最高300mの"乗艦塔"___人員並びに物資コンテナを輸送するために建造された巨大なエレベーター施設である___を経由し、学園艦と塔を繋ぐタラップ内の歩道とエスカレーターを利用しながら学園艦へと向かう。

 ちなみに補足すると、車両等のある程度サイズのあるものの搭載には、ゲートブリッジが使われている。普段は混雑・渋滞さえしていなければ、こちらの方をエリカ達は頻繁に利用している。

 

「とっても美味しいんだよ? 前に帰ってきた時なんか、毎日パパがご飯作ってくれたんだ〜!

ママの味に年々近づいてるのを、私は実感している!」ムフー!

 

「あ、ねぇエリさん、レイラさんのお母さんってどんな人なの?」

 

「あっ…それは――」

 

「ママはね、私が中等部の時に死んじゃったの」

 

「「「!!」」」

 

 エリカ、まほ、小梅の機甲科女子メンバーは中等部からの付き合いであるために、レイラの両親の事情はある程度理解していた。しかし驚くのは共学化後に高等部から黒森峰に入ったハジメ達男子メンバーである。

 

「あっ……、ご、ごめん」

 

 今の話題を振った張本人であるハジメは、話したくないようなことを聞いてしまったと苦い顔をし、謝ろうとする。しかし、当のレイラは大丈夫と言って母親についての話をしてくれた。

 

「――ママは、自衛官じゃなくって普通の会社員だったの。関東の、東京の方に新しいお仕事ができたらしくて、向かったんだ」

 

「まさか…その時に…?」

 

「……うん。亡くなっちゃった。交通事故だったらしいの」

 

「だった、らしい?」

 

「警察の人や消防の人が何か話してたけど、頭に入ってこなかったから、詳しいことはもう分かんない。ごめんね」

 

 急報が届き、薫とレイラは東京へと向かったらしい。

 そして遺体となってしまった母親の顔を見れなかったとのこと。遺体の損傷具合が酷く、とても直視できるようなものではなくなっていたからということだった。

 結局、薫とレイラの二人は母親と顔を合わせることなく葬式を執った。

 

「ママがいなくなってから、叔父さんのお家にパパと一緒に行ったんだ。色々相談とかしてね、これからは実家はここになる〜とか。

あの時のパパ、大変だっと思う。私以上に辛かったと思う。泣きたかったと思う。でも私のことをずっと心配してくれた」

 

「そうだったんだ…俺達、全然知らなくって……」

 

「たしか……中学二、三年の頃って、関東で交通事故の発生が特に多かった時期だったよね」

 

「その被害者の一人が、レイラさんのお母さん…」

 

 レイラは母親との別れは踏ん切りがもうついてはいるから大丈夫だと言い、言い出しっぺであるハジメ、そして心配しているユウ達に笑顔を向ける。

 レイラは強い心を持った子だと、エリカは改めて思う。この話題を自身にも話してくれたのは、事故から僅か数ヶ月だった頃だったと、エリカ自身がよく記憶している。

 

(あの時にはもう、レイラは前を見ていた……。私のことを目標にしてるとかって、言ってくれてるけど、アンタの方がよっぽどすごい。そう、まるであの子(みほ)みたいで…私よりもずっと先を見て、歩いてる)

 

 メンバーが会話を交わしながら移動していると、遂に学園艦側の連結タラップ内へと到着し、格納区画へと入った。

 誘導員の指示が無くとも、区画内には地上__艦上への道順を示した標識や看板、LEDボードなどが設置されているのでそれらに従って動けば迷うことなく艦上へ出ることができる。そもそも、エリカ達はここの住民であるので丁寧な誘導や指示がなくとも自力で行けるのだが。

 

『こちらは黒森峰学園船舶科です。間もなく本艦は出港します。ゲート間を移動中の方はお急ぎください。誘導作業員が補助・協力を致します。繰り返します――』

 

 ちょうど艦内アナウンスも流れ始めた。エリカ達はもう学園艦内のブロック区画に入り乗船しているため、急ぐ必要はない。

 今日の日程を確認しながら艦上へと一同は向かう。

 

「エリさん?今日は、午後授業だっけ?」

 

「ええそうよ。お昼から3コマね」

 

「うへぇ……、普通に六校時じゃねぇか」

 

「午前の授業が無い日って中々無いよ? 頑張ろうよナギさん」

 

「マモル君の言う通りだ」

 

「そうですね。みんなで頑張っていきましょう!」

 

「やりますか!」

 

「よぉーし!今日も明るくれっつらごー、だね!」

 

 レイラの号令の下、メンバーは晴れやかな顔をしてそれぞれが登校のために一度帰路に就く。

 朝日が昇り出した。

 ハジメ達が学校での商売道具を取りに戻る最中、街の人々からは爽やかな朝の挨拶が飛んでくる。今日は明るい一日であるようにと。

 

 

_______

 

 

二時間後 09:00頃

 

同国

太平洋 四国沖250km

日本国海上自衛隊 第13護衛隊旗艦

護衛艦"あらなみ"

 

 

「艦長、"カモメ(無人機)"からの哨戒報告です。現在海上、海中、空中に異常は無しとのことです。至って平穏です」

 

「了解した。引き続き哨戒活動を続けるよう伝えてくれ」

 

「はい。」

 

 熊本港から出港後、黒森峰学園艦は海自・海保艦艇に護衛されながら、鹿児島県大隈海峡を通過して四国沖に到達していた。

 一回戦相手である知波単学園との試合会場がある千葉県――東京湾内の千葉港へ向けての航行の最中だ。

 護衛任務に就いている護衛艦からは定期的に対潜哨戒ヘリである〈SH-60K シーホーク〉や海自護衛艦に近年配備が進められている無人回転翼機___〈MQ-10 カモメ〉が飛び立っている。

 

「艦長、黒森峰の最初の相手は知波単学園でしたよね」

 

「らしいな。子供たちのことは俺も応援してる」

 

「ここのクルーの殆どは九州勢ですからね。母校ではないですけど、自分も応援しています。何かをしている子供達を見ていると、こっちも活力貰えるので」

 

「……そうだな」

 

 護衛艦"あらなみ"の艦橋内では、副長が艦長である薫に話を振っているところであった。

 戦車道の話題である。

 薫はいつものように淡々と接する。しかし彼が内心では大喜びしているだろうことを、薫と長い付き合いである副長は思索していた。なぜなら、数日前に薫本人から、彼の娘の話を自分からしてきたのだから。

 それに薫は、あまり家族の話題を気の知れた部下達の前であっても口にすることは無かったためだ。

 

「どうでしたか、娘さんとはお会いになったり?」

 

「……行こうか行かまいか迷いながら埠頭周りをぐるぐると歩いていたら、偶然、バッタリと、な」

 

「艦長らしくないですね」

 

「どんな顔すればいいか、悩んだ。会う直前、娘の友人たちに会ってな、にこやかに行こうと考えてはいたが、顔が思い通りにいかなかった」

 

 なお薫がレイラ達に言っていたように"あらなみ"を筆頭にした第13護衛隊の他には、海自佐世保基地、第3潜水隊群第8潜水隊から二隻、海上保安庁第10管区より巡視船・巡視艇合わせて二隻も学園艦護衛のために派遣されている

 潜水隊の参加に関しては、日本のババルウ襲撃時に欧州で討伐されたマンダの存在が大きい。対潜能力を持った艦船及び航空機のみでは不安が残るからである。元から水の中に潜っている存在が欲しかったのだろう。

 つまりは黒森峰学園艦の回航中、海の底で〈そうりゅう型潜水艦〉――"しんりゅう"、"こうりゅう"の二隻が目を光らせているということである。

 

「なるほど。……で、どうでしたか、子供達は」

 

「全員、いいツラだった。中継で見たことのある、西住流のご令嬢と、娘の親友である副隊長、そしてその二人の補佐役……目の色がそこらのやつらとは違う。

それに、骨のありそうなボウズ達もいた。ああいう若いのがいるなら、大丈夫だろう」

 

 薫が朝のやりとりを思い出しながら、頬を緩めて副長にありのまま自身が感じたことを話す。

 

「艦長がそう仰るのなら、間違いありませんな!」

 

「あの場にいた子らは、何度も特殊生物、異星人を目の前で見て、命を脅かされてきたはずだ。

だが子供たちはそれでも戦車道のことを考えながら、あそこにいた。レイラも、楽しいと感じた思い出を真っ先に俺に話してくれた。最近怖いとか、辛いとか、そんなこと一切言わなかった。あれは絶対、痩せ我慢じゃない」

 

「最近の子供は〜とよく言いますが、そんな私たち大人よりも、しっかりしてるのかもしれませんなあ」

 

「そうだな。……だから、そういった次世代の芽を守ってやるのが、俺たちの仕事だろう」

 

 艦長席から薫は立ち上がり、艦橋窓の向こうに広がる晴天の海を眺める。

 この青い海の平穏を守ることが、未来ある子供達の笑顔を守ることに繋がるのだと、ここにいる自衛官、海上保安官___大人達はそう信じて為すべきことへ臨んでいる。

 そんな矢先の出来事だった。

 

「艦長、戦務より報告です!」

 

「なんだ」

 

「本艦より2時の方角よりジャミングのようなものが発されています。対水上レーダーは麻痺。また原理は不明ですが、各種ソナーも使用不能になりつつあります!」

 

「何…、艦同士の通信の方は」

 

 薫は右舷側の海上を睨みながら、頭に情報を一つでも多く叩き込むべく、通信員に尋ねる。

 艦隊陣形は、護衛対象であり非武装艦である黒森峰を中心に、左右前方に先陣を切るように海上保安庁第十管区のヘリコプター搭載型巡視船"あおつき"、巡視艇"しろぎり"が配置されており、学園艦右舷には距離を開けつつ内側から護衛艦"あらなみ"、"さわぎり"が。左舷には"じんつう"が構えている。そして、艦隊外縁の海中に潜水艦__"しんりゅう"、"こうりゅう"…という構図になっている。

 

「通信状態は良好で問題はなく、現在各艦に現状の把握と情報の伝達を急がせています。学園艦にも警戒態勢に移るよう、こちらから指示を出しています」

「続けて報告します。特殊空間探知ソフトより、反応を検知したとのことです」

 

「……これは恐らく…戦闘に発展するぞ。各艦に通達!"(デン)"発生予兆反応を確認、戦闘配置につけと!

機関最大戦速、面舵15°!!」

 

「! 機関最大戦速!!面舵15°、了!!」

「総員!戦闘配置!!」

「カモメ並びにシーホーク、収容させます!」

 

ザァァアアアアーーッ!!!

 

「相手が現れたら、こちらに引き付ける!"じんつう"には黒森峰のカバーに入ってもらう!! 潜水艦隊は独自判断で攻撃を許可だ!!」

 

「黒森峰学園艦、指示に従い取舵をとりつつ速度を上げ当海域から離脱を開始!」

 

「海保艦艇、学園艦左舷に移動を開始!こちらの動きに追従するようです!」

 

「向こうも考えていることは同じってことか!」

 

「あっ!! "穴"発生予想空間、2時方向の天候に変化あり!凄まじい雷雨です!!」

 

「来るぞ……!!」

 

 

バチバチバチバチッ!!! ――ゴォオオオオ!!!

 

カッッッ!!!!!! ザバァアアアーーーーーン!!!!

 

 

「報告っ!レーダー、ソナー共に復帰を確認!同時に強力な反応を感知!!2時方向、距離9000!!」

 

「目視で特殊生物を確認!推定体長およそ120m、超大型カテゴリに該当!!」

 

「来やがったな…!しかし、あまりに近いぞ、これは……。おい!自衛艦隊司令部に現状を伝えろ!これより我々は戦闘態勢に入る!」

 

「突発性の高い事案だ、事後承認でも文句は言われん!行け!」

 

「っは!!」

 

 未知のジャミングに紛れる形で荒天の中心にできたワームホールより現れたのは、青と黄の体表を持った二足歩行の頭足類の化け物___破壊獣…カリュブディスであった。

 見る人が見たならば、それを宇宙的恐怖の象徴とされる邪神に当てはめるだろう。

 

グォオオオオオオオオ……!!

 

「向こうもやる気みたいだな……!!対水上戦闘用意!!」

 

 

_________

 

 

時は少し遡り…

 

黒森峰学園艦 高等部校庭

 

 

 

 

 まだ時刻が午前であるため、午後授業であるが校舎は開放されている。が、しかしやることはあるのかとハジメ達に聞いたならば、よく分からないという答えが返ってくるはずである。

 午後からの登校で、午前は殆ど休みに等しい。黒森峰のような戦車道強豪校であるなら、小さな休暇を返上してでも練習・訓練に励むのではないかと思われることが良くあるのだが、それは大きな誤解である。

 

「グラウンドで散歩って、なかなか呑気なこと考えるじゃない」

 

「そんな呑気なもんなのかなぁ…」

 

「……忙しなく動いてる時より、今みたいにのんびりしてる時の方がアンタらしいって言えばらしいけど」

 

 戦車道チームの隊長であるまほも、厳しい練習と大変な授業の両立というのに理解はあるので、こういった午前のみ…午後のみの休みに戦車道を強引に捻じ込むといったことはしない。やるとしても、それはあくまでも希望者志願者のみである。

 休日のリフレッシュによって"たるむ"ことも大事だと、彼女自身知っていた。身内にマイペースでほえ〜っとしたほっとけない妹がいればすぐに気づくものだ。

 やる時はやって、だらける時はだらける…そういったスイッチの切り替え。まほ本人は苦手ではあるがその習慣自体は嫌いではないらしい。

 

 さて、ここで場面を、今グラウンドをゆったりと周っている、"良い感じ"の雰囲気になりかけている男女の方に戻ろう。

 

「らしいって…根拠はどこにあるの?」

 

「ちっちゃい頃から、今まで、アンタを見てきた私からの主観よ」

 

「そっかぁ…」

 

 エリカの言っていることは一理ある。

 ハジメはこれまで___怪獣が現れる前までは、戦車の整備と学校の授業ではキリッとした態度で、それ以外の時間はのほほんとしており、ある意味エリカやごく一部の機甲科女子の癒しであった。

 しかし、今はどうだろうか…? 気を緩められる時間、そしてその節目すら不明瞭になっている。

 プライベートの、心体共に休ませる安らぎの時間にさえ、突然ヤツらはやってくるのだ。とれる疲れも苦しみも、辛さもとれたもんじゃない。

 エリカはどうしても不安を拭いきれなかった。こんな世の中になってからも、ハジメは頑張っている…いや、頑張りすぎている。

 

「ハジメ?アンタ、本当に最近無理してない?」

 

「え…?あ、うん。無理はしてないよ」

 

 エリカもハジメも、一般人である。危機への咄嗟の対応など、その場凌ぎ程度のものしかない。

 それなのにハジメは、人の心配を他所に危険な場所に首を突っ込んでいくようになった。学校のイジメや、街中のひったくりといったそんなものではない。

 "死"に直接繋がっているモノに、アイツは何度も飛び込んでいる……とエリカは感じる。

 人助け…聞こえは良いが、下手をすれば助ける側すら助けられる側になり命を落とすこともあり得る行為。所謂ミイラ取りがミイラに…というものだ。

 よくニュースでも見て、聞く話だろう。救助を待てずに、溺れる人がいる川の中に飛び込む勇敢で無知な無謀者の話を。

 善良な意志に駆られて行なったから、という言い訳も通らない。

 

「ほんとうに?」

 

「ホントホント!ニセウルトラマンのこともあって、後輩や先輩方がすごい心配してくれて…」

 

 だからこそ、何度も彼に訊ねるわけである。顔を合わせ、目を見て問うわけである。

 返ってくるのはこちらへの気遣いも含めてであろう言葉のみ。

 エリカにとっては不服な返答であったが、変に踏み込みすぎれば、また病院の時のよえに向こうが困るだろうと考え踏み留まる。

 

「そう…。ならいいの。良かった」

 

「うん、エリさん達が試合で100%の力を発揮できるように、俺達も体が故障しない程度に全力で頑張るからさ」

 

 人に期待されるのは悪い感じはしない。それが、幼馴染からのものなら、しんどさよりもやる気が大きく勝る。

 

「大きく出たわね? なら、すごーく期待しとく」

 

「はは、どうぞどうぞ!」

 

 お互いが微笑み返し、この雰囲気は悪くない、と感じていたエリカであったが、ここに来て予期せぬ…いやある程度予期できたはずの元気な乱入者が背後から現れる。付き添いを連れて。

 

「エーリーカーちゃ〜ん!!お昼ご飯、買いに行こっ?」ギュウウウ!!

 

「えっ?! れ、レイラぁ!!」

 

「あ、ユウも来たんだ」

 

「よっす。レイラちゃんと二人で話してたら、エリカさんを偶然見つけちゃって、ご覧の通り…」

 

 ユウとハジメの視線の先には、エリカに背後から思いきり抱きついて離れようとしないレイラの姿があった。

 戦車道ファンが見たのなら卒倒するようないちゃつきの度合いである。この場の光景が写真にされたなら、付近にいる()()()の姿はトリミングされ二人を中心に据えた激レアのプレミア写真として高値で取引されること間違い無しだ。

 

「ちょっ!レイラ、わかったから!くっつくのやめなさい!!買い物にも行けないでしょこの状態だと!!」

 

「このまま行くのぉ〜!!」

 

 先ほどより少し距離を取って、エリカとレイラの様子を見ながらハジメ、ユウの二人は会話を交わす。

 

「…仲良いよなぁ、二人」

 

「そりゃそうだろうねぇ…俺らより数年付き合い長いから」

 

「やっぱり、エリカさんの方がレイラちゃんのこと、よく知ってるだろうなぁ…」

 

「比べたらそうなるだろうけど、ユウはユウじゃん。多分、レイラさんがユウにしか見せてない一面だってあるよ」

 

「!……そう言ってもらえると、助かる。ありがとなハジメ」

 

「お安い御用だって」

 

「ちょっと!アンタら見てるだけじゃなくて、このレイラ引っ剥がすの手伝って!!」

 

「「……はーい」」

 

「エリカちゃんひっどーい!!」

 

 エリカからの救援要請を受け、渋々とした顔でレイラをなんとか引き離す二人。レイラからはブーイングが飛んできているが、二人にとってはどこ吹く風である。

 愛しの親友__エリカからひっぺがされたレイラであったが、小さくボソボソと恨み節を男二人に言いつつ、またエリカに擦り寄りはじめていた。ある意味とんでもない執念である。

 

「お腹空いたなぁ」

 

「だね、ユウ君。ユウ君は何にするの?お弁当」

 

「唐揚げ弁当にしようかって思ってる」

 

「なるほどぉ。エリカちゃんの方は今日のお弁当、何にするの?」

 

「えーっと…ハンバーグ弁当ね。デミグラスのやつ」

 

「やっぱりハンバーグかぁ。エリさん、ほんとにすきだね」

 

「なによ、悪い?」

 

「そんなことないよ!」

 

 グラウンド、校庭から出て、昼食の調達のため街中に繰り出した四人。

 学園寮や、校内の食堂、そして売店は昼でも開いているが、買い出しは禁止されてはいない。

 街に広がる家々の合間から、青い海を覗ける。ハジメがそんな風景を皆と歩きながら眺めていると、不意に違和感を感じた。

 

「………!!」

 

「ハジメ…?どうしたのよ、そんなとこで止まって」

 

「あっちの、奥の空が…ほら、あれだよ」

 

 立ち止まって一人目を細めながら遠くを見ているハジメに気づいた三人。エリカが代表のようにハジメに聞いた。

 するとハジメは素直に自分が見たものを共有させようと、遠くの空の一角を指差し教えようとする。

 エリカ達も先程のハジメと同じように目を細めて風景の異常を確かめる。

 

「…、たしかに、黒い雨雲が渦巻いていて…雷も……あっ!!」

 

「エリカさん?」

「エリカちゃん?」

 

「私は、大洗で似たものを見たことあるのよ…」

 

「そうだね。俺とエリさんは、一度見てる」

 

 あれはただの黒い雷雲のかたまりではないのか、とレイラとユウは思ったらしいが、その説明までエリカとハジメが聞く前にしてくれた。

 

「大洗ってことは…ニュースでやってたあの、熊本に出たやつらの合体怪獣の…」

 

「あの時はああいう風に雲が渦巻いて、人の闇…を利用して怪獣が現れたの。あの雲の中心から」

 

「人の…闇?」

 

「あの時はナギの心が使われた。今回もまったく同じというわけでは思うけど…」

 

「利用って…感情とかいう見えないもんを扱える人間とか、いるのか?」

 

「いいや違う。エリさんや西住隊長、俺は何度も見てる。不可思議な現象と人の心を利用して怪獣を呼び出している、影法師ってやつの仕業なんだ」

 

「「影法師…」」

 

 これまで日本に現れた怪獣・異星人のすべてではないにしろ、そんな得体の知れない存在が六月から続く一連の騒動の原因の一つだとは、教えられなければ分からないだろう。

 初めて聞く名前、現象…レイラとユウは上記の情報を飲み込むことに四苦八苦しているらしいが、なんとか理解しようと頑張っているようである。

 まさか友人達が、自分達よりもさらに深く、恐ろしい事象に巻き込まれていたとは思わなかったからだ。

 

「それで、あそこの天気がその影法師ってやつがいた時とそっくりになってきてるから、ハジメも私も危機感持ってるってこと」

 

「そ、それじゃあ、とにかく避難しないと大変なことになるんじゃ…」

 

「俺の思い過ごしかもしれない。だけど、今二人にも言っておいた方が良いって思って話したんだ。もしかしたら、このまま向こうの天気は晴れに戻って何も起きずに――」

 

ウゥウウーーーーーーー!!!!!

 

『緊急連絡!緊急連絡です!!二時方向の海域に、特殊生物――怪獣が出現する可能性がある旨を、さきほど自衛隊より通達されました!!』

 

 早とちり気味のユウに、あくまでも心配性の自分が立てた予想であると言いつつ、今のところ天候以外には異常は見られないから、落ち着いてほしいとハジメが話そうとした時、突然市街地全域に船舶科による艦内アナウンスが流れ出した。その前後でJアラートのサイレンも鳴り響く。

 非常時と判明した故、その声色は強張っていることが容易に分かる。

 

『本艦は護衛艦の指示に従い、最寄りの港に避難するべく針路を変更、船速を最大にして当海域を離脱します!本艦の護衛部隊が現在対処行動に移りつつありますので、艦内住民のみなさんは冷静な判断と行動をするようにお願い致します!!

艦内警察、消防隊の誘導と指示に従い、艦底ブロック内の各多目的シェルターに避難を開始してください!シェルターへの避難が困難な方は黒森峰学園校舎敷地内に集まってください!!

また、自衛隊からの情報によれば、怪獣の出現まではまだ猶予があるとのことなので、パニックを起こさず、避難してください!!』

 

 しかし、船舶科による避難指示の放送が繰り返しに入るあたりで、学園艦右舷に広がっていた雷雨の黒雲がひしめく暗い海に閃光が疾った。遅れて雷鳴がここまで轟く。

 それは、件の特殊生物___カリュブディスが現れた合図でもあった。

 

「み、見ろよ!もう怪獣が出てきちまった!!」

「なんだよぉお!?出てくるのはまだ少し先だったんじゃないよお!!」

「早くシェルターに行こう!あんなデッカいんじゃ、学園艦でもお陀仏だ!!」

 

 艦内放送を聞いていた屋内の住人達が、様子を伺うために外へ出た時に、ちょうどカリュブディスが現れたわけである。怪獣が現れる前に外に出ておこうと考えていた人々の前に、だ。

 人々へ与える恐怖は奇異な姿と巨体が相まって、凄まじいものになった。カリュブディスが現れた方向…艦右舷に広がる海には、パッと見えているだけでも海上自衛隊の護衛艦が二隻いるのだが、化け物を目にして恐怖に慄く市民達を安心させるには役目不足であった。

 

「弁当はこの感じだと、無理だな」

 

「俺たちも避難しよう、エリさん!」

 

「ええ。そうしましょう!レイラ!!」

 

 住宅街を歩いていたハジメ達は、来た道…黒森峰の高等部校舎へと戻るべく踵を返して走り出す。

 逃げる人々は大通りの方に向かっているためか、ハジメ達が今通っている路地は人々でごった返しなどは起こっていなかった。

 

「……パパ…」

 

 次第に学園艦から遠のいていく護衛艦"あらなみ"…と"さわぎり"を目で追いかけるレイラ。

 カリュブディスをこちらから引き離す陽動として動いているのだろう。

 "あらなみ"。あの船には、父の薫が乗っている。レイラは気掛かりだった。言いようのない不安が彼女の中を駆け巡っていた。

 …その不安は、形を成して現実となる。

 

ズォオオオオオ――

 

グォオオオオオオオオ………!!!

 

――ジャキッ! コォオオオオオオオ……ッ!!!!

 

 カリュブディスが一吠えしたと思えば、巨大な砲筒を思わせる凹凸に塗れた右腕を持ち上げ海上と垂直に立て――学園艦艦隊へと向けた。

 カリュブディスの腕の凹凸…デコボコとしたできものにはすべて小さな穴が空いており、激しく外気を取り入れている。まるで何かを溜めているかのような動作として見てとれる。

 

「いったいなにを……」

 

「ハジメ、行くわよ!そこで止まらないで!!」

 

「行くぞ、ハジメ!レイラちゃん!」

 

「う、うん!!」

 

 ハジメはカリュブディスの取ろうとしている行動への考察を中断し、エリカ達と共に黒森峰校舎にあるシェルターへと一旦向かおうとする。

 

………ヒュボッッ!!!!

 

 カリュブディスから目を離した刹那、奴の腕から何かが放たれた。

 

「えっ……」

 

 一瞬、四人は何が起きたのか分からなかった。

 何が起きたのかは、すぐ後…数秒も掛からずに理解することになる。

 

ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!

 

「っ!!」

 

「何?火災!?」

 

 艦の右前方で、何かが爆発したのだ。

 恐らくは…と言うよりも確実に、カリュブディスが起こした現象であることは明らかである。

 学園艦自体が揺れていないことから、今の爆発は海上で起こったものと考えられる。

 そこから導き出される答えは――

 

「あの位置と距離、多分海保の船だ…」

 

 艦隊先鋒を担っていた二隻のうちの片方___海保巡視船"しろぎり"が被弾したと言うのが、船の配置を把握していたユウの考えであった。

 四人は今学園艦の艦上…それも黒森峰校舎がある中央市街地内にいる。その場所からでは海保の巡視船がどうなっているのか、事の詳細は分かってはいない。

 

「この距離で目の前の船がやられたってことは、ここもいつ吹き飛ばされるか分からないってことでしょ!? 早くシェルターに急ぐわよ!!」

 

 簡潔に言うのならば、ユウの答えは正しい。

 彼らが知り得ることはないが、"しろぎり"は実際に被弾しており、無視できないダメージを被っていた。

 "しろぎり"には反撃に転じる力も、航行を続ける力も残っておらず、爆発炎上中であった。なぜならば、艦中央に大きな穴を空けられてしまったからである。さきの爆発は、動力・火器系統が攻撃に巻き込まれ誘爆してしまったからだろう。

 

「くそっ!!一隻やられたってことか…!!」

 

「か、海保の船を狙えるってことは、黒森峰もアイツの攻撃範囲内なのかよ!!」

 

「だからシェルターまで急いでるんじゃない!!」

 

 それぞれが必死に走って校舎へと急ぐ。その中で、レイラだけ再度立ち止まっていた。

 

「船を木っ端微塵にする奴なら、どこに逃げたって……、レイラちゃん?」

 

「パパ……あれじゃあ、パパが…。パパぁ!!」ダッ!

 

「レイラ!?」

 

「レイラちゃん!!」

 

 護衛艦に乗る父親の身を案じてか、レイラは耐えきれなくなりシェルターとは逆……右舷側へ、海の様子が良く把握できる艦の端へ行くために駆け出したのである。

 レイラの予想外の動きにエリカ、ユウ、ハジメは一瞬驚くが、レイラを連れてシェルターに避難するために、すぐに彼女を三人は追いかけはじめた。

 

「レイラ!シェルターは逆よ!!戻りなさい!!」

 

「次は学園艦に直撃が来るかもしれないんだ!レイラちゃん、そっちは危険だ!!」

 

(今が、タイミングか…)ダッ!!

 

 一目散にレイラを追うエリカとユウ。二人の意識が完全にレイラへと向けられたことを確信したハジメは、別の路地へと一人走る。これ以上、被害が広がらないよう、ナハトに変身するためだ。

 

「ここで……、っ!?」バッ!

 

――ヒュン!! ガッ!!!

 

 強烈な殺気が死角から放たれたことをハジメは察知し、横に飛び避ける。

 ハジメが先程までいた場所の地面は、コンクリートが十数センチ抉られていた。

 ハジメは自身に向けられている殺気が以前も受けたことがあると感じた。間違えるはずがない。

 

「お前は…影法師!!」

 

今ではない。お前の出番はまだ先だウルトラマンナハト。暫しの間、相手をしてやろう。フフフフフ…

 

「っ! そんな暇は無いってのに!!」

 

 ハジメがアルファカプセルを用いて変身するのを阻止するために、影法師が手から紫色の竜巻や稲妻を次々と間髪を入れず放ち続ける。ハジメが懐からカプセルを取り出す余裕は無かった。

 

「やめろ!お前に構っている時間は無い!!」

 

これ以上の覚醒は許し難い…今に見ていろ、お前が絶望に打ちひしがれる時は近いぞ

 

 住宅街の某所で知られざる小競り合いが勃発した。

 

 

_________

 

 

海上

 

 

時間は現在に戻り……

 

 

 

ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!

 

 

「なっ!……状況知らせ!!」

 

「海保巡視艇、"しろぎり"通信途絶っ!!」

「撃沈されました!!」

「攻撃の詳細は不明です!!視認できず!!」

 

 "あらなみ"艦橋内では慌ただしく報告と指示の声がひっきりなしに飛び交っていた。

 自分らの前方を航行していた巡視艇が、カリュブディスの飛び道具の餌食にされたところを目の前で見ていたというところもある。

 攻撃手段の解明より、敵の撃破が急務である。艦長の薫は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「現時点より、敵性特殊生物に対し特殊防衛行動をとる!!! 戦闘開始!主砲、各種誘導弾、撃ち方始め!!」

 

「撃ち方、始め!!」

90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)、発射!!」

 

 各護衛艦__"あらなみ"、"さわぎり"より、次々と対艦ミサイルが飛翔していき、単装砲による砲撃も始まった。学園艦左舷に展開している"じんつう"も、対艦ミサイルを発射し援護する。

 着弾する度にカリュブディスの顔と胴体が爆炎の中に消える。されども、死に追いやることはできていない。

 これが本格的な戦闘への突入の合図であった。

 

「主砲を連射にしろ、火線を絶やすな!!」

 

「海保巡視船"あおつき"!迎撃行動に入ります!!」

「40ミリの豆鉄砲じゃ、何も効かんぞ!」

「海保だって、引けないんだろうよ…」

「特殊生物、前進を開始!!」

 

「ミサイルも5インチ砲も効かんか!」

 

 海保の巡視船…"あおつき"も、後部甲板より大急ぎで汎用ヘリ〈EC 225 スーパーピューマMk-Ⅱ+〉を発艦させながら、艦前後に装備している二基の"70口径40mm単装機銃"が右に旋回し発砲を開始した。

 沈没しつつある"しろぎり"の救助をすると共に、戦闘に参加するつもりであるらしい。

 

「艦長、これは想像以上に難敵ですよ」

 

「分かってる。だが、ここで俺たちは引き下がれん…! 潜水艦隊も動き出す頃合いだ。ここからどこまで粘れるか、だぞ」

 

ドドドドォオオオオオオオーーーーーンッッッ!!!!

 

 海上自衛隊、海上保安庁の艦艇からの苛烈な砲火を歯牙にも掛けず、黒森峰学園艦に向かって真っ直ぐに進撃していたカリュブディスの周囲の海面が大きく盛り上がり、破裂とも形容できる大きな爆発と共に無数の大きな水柱を生成した。

 潜水艦隊__"しんりゅう"、"こうりゅう"の二隻による雷撃である。

 

「なにやってる!90式を撃ち尽くしたら、次は短魚雷、それにシースパロー、アスロックも使え!!」

 

_________

 

 

海底

第3潜水隊群第8潜水隊

潜水艦"こうりゅう"

 

 

「爆発音多数。魚雷、目標に命中!!」

「"しんりゅう"、本艦と同様に魚雷戦に突入!四発の魚雷発射をソナーで確認!!」

 

「艦長、奴は以前のものと同種…でしょうか、それとも…」

 

「区別種別はあとでいくらでも出来る。それは専門家の仕事だ。……おそらくだが、中国や豪州に出現した海洋性の奴らと関連はありそうだな」

 

 潜水艦"こうりゅう"艦長__深町は、副官の推測について応えると、魚雷攻撃の成果をソナー運用を担当する水測員に尋ねる。

 

「魚雷の効果と特殊生物の反応は?星ひとで野郎(ペスター)と同じ化け物だ、魚雷を何本か受けただけじゃ、くたばってねえだろ」

 

「っは!敵反応は健在。移動速度に変化無し!」

 

「まあ、効いてくれてりゃあこちらとしては万々歳なんだが…」

 

 深町はラッキーパンチが炸裂しないものかという考えはすぐに頭から捨てざるを得なくなった。

 だが元より、それに全幅の期待を寄せていたわけではない。容易に切り捨てることができる予想であった。

 二隻の潜水艦から放たれている89式魚雷や、水上艦からの全力攻撃を受けてもなお、攻撃対象__カリュブディスは何ら変化を起こすことなく悠々と学園艦にゆっくりではあるが着実に接近し続けていた。ソナーの反応を見る限りは。

 

「…ガメラやナハトとの共同戦線を――」

 

「馬鹿野郎、いつ来るのか分からんヤツに縋るな。自分の国は自分らで守るんだ。いつまでもヒーローに頼ってちゃいけねぇんだよ。普段の気合いはどうした!」

 

 とあるクルーの呟きを拾った深町がハッパを掛ける。

 そう吐露してしまう心境になるのも分からなくはない。

 ここは海中、暗く冷たい空間。

 潜水艦に乗っている人間が外の様子……それも海上の様子を知る方法と言えば、音__水中通信装置を用いるか、超長波通信と言う電波通信の二つのみである。

 海上の護衛艦からの指示通り、雷撃をカリュブディスに加えはしたが、水測員のソナー反応の報告と攻撃の効果に関する護衛艦からの返信を聞く限り、カリュブディスには全く通常兵器が通用していないことは明白だ。

 その事実に怖気付きかけてしまうのも無理は無いと思われる。それが例え、大の大人であっても、国を守る軍人であっても。

 

「ケンカして、堪忍袋の尾が切れた時に、相手が自分よりデカくて殴るのやめたことあるのか?向こうが強いからってやめたことあるのか?」

 

 部下達に言う深町の持論はある意味的外れである。

 しかし、真に彼が言いたいことを部下たるクルー達は皆理解している。

 その持論は人間とはどんな生物であるかを指している。時には理屈では分かっているのに感情を優先して行動し、またある時は感情を押し殺して冷酷に行動することもある生き物だ。

 

「人守る以外に何をやれってんだ」

 

 だからこそ、なのだろう。ここは引き下がらないという決意が芽生えるのは。相手が自分の何十倍、自分の乗る船の何倍も巨大であったとしても、それがどうした、である。

 

「弾もまだある。敵もぶっ倒れていない。後ろには大勢の人間がいる。そして戦えという命が俺たちに下っている。この状況で、この場で出来ることなんて一つしかないだろ。なあ、そうだよな」

 

「「「はい!!」」」

 

「俺達が諦めちまったらお終いだ。これ以上、上にいる仲間と、子供達、死なせるな!!」

 

 深町の号令の下、"こうりゅう"は冷たい海の底で、姉妹艦と共に持ち得る限りの手を使いカリュブディス撃破に全力を注ぐ。

 

 誰にも見られることの無い、運命の道筋を決める羅針盤は、これからの展望を簡単には示してはくれない。

 ………だが例え見えたとしても、目を背けたくなるような未来が鎮座しているのである。

 それを予期、察知できる存在は、この世界にはいない。

 

 





……はい、お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドです。
およそ三ヶ月の間、音沙汰なしで申し訳ありませんでした。

言い訳になってしまいますが、今回から続くレイラちゃんメインの回の構成で悩みに悩んだ末、スランプに陥り筆が進まなくなっていたのが主な原因となります…。台本脚本は原作最終章までとっくに作っておりましたが中身の繋げ方がまだまだということですね…。
また、投稿者のリアルでは志望企業の一次選考、学校の定期テストが近づいてきているため、そちらの方に意識を向けていました。連絡の一つも出さなかったので、失踪判定されても何も言えない…。

レイラちゃんの家族構成や出来事等も毎度のことながら捏造しております。ご容赦ください。
ちなみに、カリュブディスの元となったクリーチャーは、漫画ハカイジュウ6巻の表紙に写っているお台場トール型ですね。

また、以前のような、1、2週間のペースでの投稿は七月以降になるかと思われます。今溜めている分の話は定期的に吐き出していきたいと思っています。
………シン・ウルトラマン、早く観に行きたい。

これからもよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

 破壊獣カリュブディスの行進は止まらない。
 砲撃、雷撃も有効打とはならず、黒森峰学園艦沈没の危機は刻一刻と迫る。

 大切な宝物と感じるものは、人それぞれでまったく違う。
 渦中の中、自衛官であり、父親でもある薫のとる選択とは?

 キミは何のために立ち向かい戦うのだろう?

 ヒーローは戦い続けなければならない。たとえ非情な運命が待ち構えていても……。
 
 次回!ウルトラマンナハト、
【父の宝物】!



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第39夜 【父の宝物】

 

 

 

海上

護衛艦"あらなみ"

 

 

 状況はさらに緊迫してゆく。

 

 

「!!、特殊生物が再び腕部を上げています!!先ほどの攻撃とほぼ同様の動きを見せて――」

 

コォオオオオオオオ……ヒュボッッ!!!!

 

ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!

 

 カリュブディスの再攻撃は、先ほどよりも短いスパンで行われた。

 ミサイルや砲弾、魚雷の直撃によって水柱や爆発がカリュブディスの上半身を包み込んでいるのにも関わらず、先ほどと同じように艦隊の内の一隻に攻撃直撃。被弾によって爆発炎上する。

 デジャブを感じる。まるで"しろぎり"撃沈の光景を再生しているのかと思うほど、恐ろしく似ていた。

 

「海保巡視船"あおつき"、被弾っ!!!炎上中!!」

 

 次に的にされてしまった悲運な船は、巡視船"あおつき"であった。

 "しろぎり"と同様に横っ腹に大きな風穴を空け、そこから大量の海水が流れ込み、沈没がどんどん進んでいた。

 その間も各所で激しい火災、爆発が相次いでおり、艦内の全乗員の脱出はほぼ不可能だろう。遠目から見ても分かるほどだ、中は地獄と化しているに違いない。

 辛うじて攻撃を免れた海保艦艇の艦載機であるヘリのみが飛行を維持し続けている。

 

「"あおつき"、通信出来ません!」

「沈没が始まった…」

「ピューマが…っ!!」

 

「海保ヘリを学園艦に誘導するんだ!あれだけでも助ける!」

 

「早いぞ…!このペースで撃たれたら…!!」

 

 カリュブディスの攻撃には、何かしらのクールタイムが存在するものだと、薫達は勝手に思っていたわけだが、そのプラス寄りの予想は潰えた。

 こちら側は間髪入れずに火力をぶつけているはずであるのだが向こう側からは強力な一撃が返ってきたわけである。今のところ、海保艦艇二隻が沈んでいるわけであるが、救助活動の優先は恐らくできないだろう。

 学園艦前方を担当していた二隻の海保艦艇が攻撃を受け沈没、残っている戦闘艦と言えば海自の護衛艦が三隻。戦力が圧倒的に足りない。増援は喉から手が出るほど欲しい。

 

「せめて空から掻き乱してくれる奴がいれば…!」

 

 戦闘突入前に、自衛艦隊司令部に対して通達を行なっていたため、今頃は防衛省、統幕、首相官邸まで話が通っているだろう。

 日本本土からの応援部隊ならば空自の航空隊が恐らく一番早く駆けつけてくれるはずだ。

 

「…無いものねだりはここまでだな。……司令部から何か来てないのか!」

 

「っは!現在、西部航空方面隊の各基地よりスクランブル機、海保第五管区より救援部隊が急行中との連絡が!」

 

「戦力になりそうなのは空自の航空隊か。呉と佐世保からの護衛艦隊が来るとしても……。

さて、次の番は俺達か…どうだろうな…!弾薬の方はどうだ!」

 

「短魚雷、各種誘導弾、単装砲、CIWS、どれも残弾僅かです!間も無く給弾に入ります!!」

「徹甲誘導弾、残弾ゼロ!!撃ち切りました!!」

「対象の表皮貫通は目視では認められず!!」

「海保ピューマ、学園艦が収容中!」

 

「………」

 

「艦長!!蕪木二佐!!」

 

 副長からの怒号が、薫の決意を後押しした。

 次々と戦況の推移や情報が飛び交う中で、声が届くよう、今一度大きく深呼吸した後、薫はすべての声を叩き伏せる声量で叫んだ。

 

「――総員傾注ッ!!!」

 

「「「!!」」」

 

 艦橋内は静まり返った。

 全員の目が、"あらなみ"艦長である薫へと集まっていた。

 砲撃音が遠巻きに聞こえる。

 薫は無線機を持ち口を開いた。

 

「ヤツの攻撃への対処方法を、現在の我が艦、並びに艦隊は残念ながら保有していない。こちらの攻撃も今ひとつなのは皆が承知の筈。増援も恐らく間に合わん。

…ならば我々が出来ることは何か!それは文字通り学園艦の盾になることだ!!ヤツの的になってやることだ!!」

 

「「「………」」」

 

「皆、俺の言いたいことは分かっただろう。ここで散っていい命は、一人もいない。

全乗員に告ぐ!総員退艦せよ!!これより本艦は自動操縦に切り替え、ヤツを引き付ける囮となる!!非戦闘用員から迅速に退艦を開始しろ!!」

 

 近年海上自衛隊は、米海軍が導入したAIによる自動航行・迎撃コントロールシステムの護衛艦搭載をスタートしていた。

 しかし、実用化された本システムであるが、未だに完全な無人行動が出来ないという懸念点があった。航空機ならばいざ知らず、巨大な精密機械たる現代軍艦のレベルでは最低でも一人、調整・管制を担当する人間が必須だったのである。

 そして、そのシステムを用いて、犠牲を最小限にした突撃を敢行するのだと、艦内の全員が理解する。

 

「本艦を使っての特攻ですか、艦長」

 

「違う。ここにいる皆が死ぬ必要は無い」

 

「貴方にも!!娘さんがいらっしゃるじゃないですか!!!」

 

「後続の"さわぎり"にも先ほどの内容を通達しろ!!それが終わり次第、お前たちも退艦するんだ!!」

 

「なっ……!!」

 

「「了……ッ!!」」

 

 先の薫の放った言葉の真意を、"あらなみ"の全クルーが知っている。同じ艦に乗り、同じ時を過ごしてきた彼らは馬鹿ではない。

 自分達が使う、実用化されたモノの情報は当然頭に入っている。自動化システムの欠点だって百も承知であろう。

 本来、システムを統括するのは船務科の役割である。艦長が彼らに当システムの制御を命令する文言が一切無かったことから導き出されるのは……

 

「聞いているんですか!艦長!!貴方は言いましたよね!?ここで散っていい命は一つも無いと!!そこに貴方も入ってるはずです!!!我々は日本軍じゃない!!自衛隊ですよ!!」

 

「システムは一人で操作できる!!お前も急げ!!!」

 

「私がやります!!!貴方はここで終わっちゃいけない人だ!!!"あらなみ"はまだやれる!!!」グイッ!!

 

 次々と艦橋にいる人員がきつく閉口しながら、退艦準備に入るべく駆け足で出て行く中で、副長のみ薫の側から離れようとせず、逆に胸ぐらを掴むや否や怒鳴りつける勢いであった。

 

「俺が!!…自分の家族を置いて死にたいと思っているのか!!自ら死を望んでいると思ってるのか、栗田!!!」グイッ!!

 

「それはっ!!それでも、無茶ってやつですよ!!!」

 

「隊と人命、どちらが大事だ!!」

 

「どちらもです!!!」

 

 負けじと副長栗田も張り合う。

 副長の胸ぐらを掴む薫。

 どちらも譲らない。

 薫の覚悟を知っているからこそ栗田は留まり続ける。

 だが刻一刻と敵は迫ってきている。

 悠長に叫び合い怒鳴り合いをしていても時間の無駄である。

 

「…頼む。副長、俺に任せてくれ。皆と共に先に脱出するんだ。これは艦長"命令"だ」

 

 剣幕剥き出しであった薫の顔が急に穏やかになった。

 自分は大丈夫だ、まだ死なんと言うようないつも通りの頼もしい顔つきに戻る。

 それでも、と食い下がろうとする副長であったが、上官からの命令には従わなければならないわけであり、込み上げてくる感情を押し殺しながら了承する。

 

「……ぐ…っ!! 了解……致しました……!!!」

 

「すまんな…。ギリギリまで引き付けれられたと判断したら、俺もすぐ逃げる。

俺は死にたいから残るんじゃない。一縷の奇跡ってやつをこっち側に持ってくるために残るんだ。さあ、行け!!」

 

「…っは!!!」

 

 副長が艦橋から脱出する際、薫は一度呼び止めて何かを投げ渡した。

 

「これは…?」

 

「娘にやるモノだ。戻るまで預かっていてくれ」

 

 その後は何も言葉を交わさずに、任せてくださいと言った顔をして頷くと副長は離脱した。

 艦橋内は遂に薫一人となった。

 

「……さて、やるか」

 

 艦橋窓から蒼海に臨む薫。

 眼下に広がるそんな蒼い海原には、黄と青の体色のおぞましくもあり忌々しくもある巨大な怪物が平然とこちらに向かって悠々と歩みを進めている。

 薫が自動化システムに指示を加え、艦首を怪物__カリュブディスへと向けさせる。

 

グウオオオオオオオオ……!!!

 

 カリュブディスも、距離を取って戦っていた灰色の鉄塊(護衛艦)達の一つが、自分に向かって来たことを察したのか、弱き者への威嚇と自身という強大な存在の告示の両方を含んだ咆哮を上げながら前進を続ける。

 

「タコ野郎…俺たちの意地ってもんを教えてやる」

 

 前進しつつ、休みなく残りの砲弾と誘導弾を吐き出す"あらなみ"。

 カリュブディスも最初はこちらに向かってきている"あらなみ"には咆哮を上げるだけで無視していたが、怖気付くこともなく逃げ出さずに依然としてこちらに向かってきており尚且つ鬱陶しい攻撃を加えてくるではないか。

 

ドォン! ドォン! ドォン!

ゴォオオオオーーーッ!! ドカァン!!ドカァン!!

 

グルルルルルゥ…!!

 

 カリュブディスの目的は、生物固有の闘争本能から来ている強者の打倒と力の誇示である。ここでは、己よりも巨大で、海上にて一際存在感を放っている鉄塊の親玉___学園艦を沈めることだ。

 しかし、追い払い見逃してやった鉄の塊がこちらの慈悲も汲み取らずなおもやってきたのならば、話は別である。

 

ズォオ……コォオオオオオオオ…ッッ!!!!

 

 カリュブディスは腹が立った。

 ならばアレの前にまずはコイツに撃ち込んでやろう、となる。

 距離を詰めてきたなら、外すことは無い。必中の間合いである。時折、海中からちょこちょことちょっかいを掛けてくる存在も確認できたが、海の底までこちらの攻撃は届かないとカリュブディスは理解していたため、潜水艦の雷撃に対しては完全に無視という姿勢を固持していた。

 薫の乗る"あらなみ"は真っ直ぐに突き進む。

 薫はカリュブディスを睨みつける。息を呑むほどの強烈ながんつけである。

 

「お前には分からんだろうがな、あれ(学園艦)にはな、俺の、俺達にとって大切な人間が大勢住んでるだよ…!」

 

 ダンッ!、と拳を叩きつけ、声が枯れんとするほどの全力の声量で語る薫。

 聞いてくれなかったって構わない。そもそも、理解などされたくもない。

 だが、相手に教えてやるのだ。これが恐れずにお前に向かって逝ける不退転の覚悟、決意の源であるのだと。そちらが咆哮を上げ存在を示すのであれば、負けじとやるまでである。声が通っているかどうかが重要ではない。大事なのは気迫なのである。

 

「レイラは俺の宝物だ。大切な大切な宝物なんだ。

…そんな俺にとっての宝物を、お前らなどに……奪われてたまるものかッ!!!!」

 

グゥゥウウウ…ッ!!!

 

ゴォオオオオオオオ!!!!

 

 退けと言っても退かぬ灰色の鉄塊に業を煮やしたらしいカリュブディスは、ここまで二度披露した技である腕部からの攻撃___空気圧縮砲を高出力で射出することを決めたらしい。

 

「……弾が切れたか」

 

 ……そして、"あらなみ"の全武装が沈黙した。持っていた火力の全てを出し切ったのだ。

 目の前には、海保艦船を沈めた砲撃でさえ、出力は五割ほどでしかなかったカリュブディスの最大出力の空気圧縮砲。

 海保艦船よりもいくらか装甲が厚い護衛艦とは言え、現代の軍用艦はそもそも"本体に直撃する前にその原因を潰す"設計になっているため、戦時中の旧海軍駆逐艦並びに巡洋艦の装甲と比べれば明らかに薄く、脆弱である。現代の軍艦の、時代に伴い進歩・変化する科学技術と国際情勢から生まれる欠点が露見した瞬間でもあった。そんな人間間の事情を怪獣や異星人は汲んではくれない。

 

「撃つなら撃ってこい」

 

 そう、耐えられるわけがないのだ。高出力の件の砲撃が当たれば、原型を止めることなく"あらなみ"は粉々に粉砕されるだろう。

 薫は死ぬためにここにいるわけではないが、死ぬことは分かっていた。こちらに狙いを引き付けて脱出するにしても、脱出までの数分をどうやって確保するのか。

 考えればすぐに辿り着くものだ。脱出は不可能、と。

 

「船と運命を共にしようとは思ってはいなかったが、しょうがない。……まあ思い入れが無いわけではなかった。すまんな"あらなみ"よ」

 

 自分はここで死ぬだろうと、薫は思う。

 だが、この行動が無駄にならないことを祈るのみである。あとは託すのだ。

 奇跡が起こることを信じて。その奇跡が自分達の宝物を守ってくれると。

 

――――ヒュボッッ!!!!

 

 "あらなみ"の艦橋正面に向けて構えられていた、カリュブディスの右腕から、確実なる死が放たれた。

 

「……ッ!!!」カッ!

 

 薫の視界が真っ白にゆっくりと塗りつぶされていく。

 周りの物体がひしゃげながらどんどん消滅していく。

 体感時間が極限まで引き伸ばされているようだった。

 

(声が…、口が開かんのか…。そうか、死ぬのか、俺も)

 

 人は死を目前にした際、あらゆる物事を悟ることがあると言う。

 そうか、これが俗に言う走馬灯というものか。と薫は瞬時に理解した。

 周りの白い空間に、幾つもの大きなスクリーンが現れ、その中に次々と自分のこれまでの人生が映りだす。

 

 

_______

______

_______

______

_______

 

 

 

――“リナ”!!大丈夫か!?――

――ねえ、見てよあなた…元気な女の子だって――

――こ、この子が、俺たちの……――

――そうだよ。……ほら、あなたのお父さんよ〜――

 

(ああ…これは、レイラが生まれた日か…。出産に立ち会えなかったのが、唯一残念だった。この後、リナがレイラの名前を決めたな…)

 

 若い頃は、中高暴走族に入っており、そこでヤンチャして補導も何度か受けていた薫であったが、そのアツさを原動力に防衛大へ入学。指揮幕僚課程も一発で合格するなど優秀な成績で卒業し、海上自衛隊へ入隊。

 そして、とある休暇の時、ひったくり犯を捕まえた際、ひったくりをされた女性が、レイラの母親であり薫の妻であるリナとの出逢いの馴れ初めとなる。

 こうして交際をはじめ、薫は海上自衛隊からは離れず、数年後に結婚。そこから暫くして、レイラを家族に迎えることになったわけである。

 

――パパ〜?パパはどうしてたまにしか帰ってきてくれないの〜?――

――それはな…仕事があるからだ――

――どんなお仕事〜?――

――船に乗って、海で悪さしてる奴がいないか見張る仕事だ――

――お船に乗って、悪いやつやっつけるんだね!正義のヒーローなんだね!――

――……そうだな――

 

(あの頃はどんなものにもレイラは興味を持っていた…。側にいてやることが出来ずに寂しい思いをさせてしまっただろうか…?それに、リナも大変だったろう。育児と家事、両方を押し付ける形になってしまっていた)

 

 レイラが小学校に上がった頃も、薫は仕事柄__自衛隊でも海上自衛隊であり、他の陸空自衛隊よりも帰省日程は偏りがあるわけである。

 なかなか顔を見せることが出来なかったことを悔やんでいるらしい。この時期の子どもへの接し方を把握した現在故に余計そう思うのだろう。

 

――ママ〜――

――なに?どうしたのレイラ――

――パパは自衛隊さんなんでしょ?――

――そうね。海を守る自衛隊さんね――

――パパ…いつか死んじゃうの?――

 

(この二人の会話と、レイラの心配と疑問を耳にした時は、かなり動揺した覚えがある)

 

 この会話を聞いたあと、薫は泣く一歩手前のぐしゃぐしゃの顔をしたレイラに、自分がいる自衛隊とは何なのかを、どうしているのかを、丁寧に一つひとつ説明し優しく慰めた。

 

――レイラ、よく聞くんだ。俺は…パパはな、レイラとママ、そしてみんなの平和を守るために自衛隊をやってるんだ。レイラとママが大好きだから、やってるんだ――

――……でも、でも悪いやつのせいで死んじゃったら――

――パパは死なない。死なないようにいつも練習だって頑張ってる。だから、大丈夫だ。心配するな――

――でも、パパが自衛隊さんにならなくってもいいじゃん…――

――レイラ、誰かを守るってことには、すごい努力が必要なんだ。誰か一人じゃ、全然足りないものなんだ。だからパパはその手助けをしてるんだ――

――うぅ…ぐすっ……――

――分かってくれるか?レイラ…――

 

 また、薫は父親である自分を純粋に心配してくれることに、ほっと安堵したという。そして嬉しかった。

 ろくに遊んでやったり、接したりすることもできず、父親失格ではないのかと考えていた時期でもあったからだ。

 

――ねえパパ!――

――……なんだ?――

――私、戦車道やりたい!!――

――………そうか。戦車が好きなのか?――

――戦車もだけど、乗ってる娘たちがみんなカッコよくて!!私も、ああいう風になりたいんだ〜!!ねえ、駄目?――

――地元だと……黒森峰に入学したいのか?――

――うん!!――

――……本当にやりたいなら母さんにも、そう話すんだぞ――

――やったー!!ありがとうパパ!!――

 

(本人から、どこに進学してなにをやるつもりなのか教えてもらえていなかった時期にいきなりこれだった。レイラのやると言ったら譲らないところは、俺に似たのか、リナに似たのか…)

 

 小学校後半になると、レイラは頻繁に高校戦車道の試合映像を見るようになっていた。

 また、レイラは薫がいない時、都合が合わない時は、生で戦車道が見たいと母親のリナにせがみ、試合会場や練習会場に連れていってもらっていた。

 それほど夢中になれるものをレイラは見つけたのだと、薫は当時思った。これも娘の成長か…と一人感心していたのはいい思い出である。

 

――それじゃあ、行ってきます!!――

――なにかあったら、連絡寄越してね――

――うん。分かった!――

――レイラ、頑張ってこい――

――うんっ!!――

 

(もっとまともな言葉を送るべきだったかもしれん…後の祭りだが)

 

 心中で苦笑しながら薫は、黒森峰乗艦の日、リナと共に搭乗ゲート前でレイラを見送った光景を眺める。

 

(…そして、レイラが中学二年になった頃に……)

 

――歩道を歩いていた際に軽トラックが侵入したらしく…――

――即死だったとのことです…――

――その軽トラの運転手も数時間前に病院に搬送されましたが、先ほど死亡が確認されました。どうやら心臓発作由来のもので――

――…そう、ですか――

 

(あの時、頭の中が真っ白になった。辛うじて出た言葉さえも掠れていたんじゃないか)

 

 警官・刑事、そして医者と立ち会った際、呆然としていたことを薫は思い出す。

 隣にいたレイラの方がしっかりしていた印象が残っている。あの時、レイラに肩を揺すられて大丈夫か問われて正気に戻ったからだ。

 

(…そうだ。レイラなら、大丈夫だ。そう、きっと)

 

 父親である自分が、娘を残して死んでしまうことは、謝っても謝りきれないことであることは承知している。

 もしこの場にレイラがいたならば、頬を膨らませ涙を滲ませ怒りながら顔を引っ叩いてくるのではないかと思うのだ。

 しかし、今の薫の心の中は無念や後悔、不安よりも、期待と希望の方が大きく優っていた。

 なぜなら、レイラの周りには、頼もしい人間で溢れていることを知ったからだ。

 それに、自分は奇跡が起こると信じてこうなったのだ。こうしたのだ。レイラたちを助けるような奇跡が必ず起きると確信しているのだ。これも、彼女にとって必要な人生の過程となると信じて。

 薫も、無責任な父親だと、自身の命すら軽んじた人間だと、愚かな軍人だと、他者から後ろ指を指されるかもしれないことは重々承知している。

 それでも、大切な人間の未来を、そんな他者に信じて、あとは頼むと……託したのだ。

 

(……見えた…!)

 

 周りに映っていた人生の映像は遂にすべて途切れ、また真っ白な空間へと戻る。その際、薫は誰にも感知できないものを見た。

 穏やかで、晴れやかで、探究心と好奇心をくすぐる、どこまでも広がる蒼い未知の海が、一瞬だけ見えた。

 

(!!、リナ…すまん。そっちに行く。レイラ――)

 

 そして、愛娘への惜別の言葉が頭に浮かぶ前に、薫の意識は白い空間を塗りつぶすように現れた、さらに真っ白な眩い閃光に遮られて消え去った。

 

 

_______

______

_______

______

_______

 

 

学園艦 右舷艦上

 

 

――ドォゴォオオオオオオン!!!!!!!

 

 

「あ、ああ…っ!!パパ、パパァアーーー!!!!」

 

 

 レイラは見た。学園艦上から、父親の乗っている船である"あらなみ"の最期を。

 瞬きする間もなく、一瞬で"あらなみ"がぐしゃっと、言葉の通りのスクラップへと変貌したかと思えば、その後すぐに爆散する光景だった。

 

「キミ!ここにいたら危ない!!シェルターに退避するんだ!!」

 

 学園艦右舷側艦上への立ち入りを規制し、身を挺して警備の任に就いていた艦内警察官らが、右舷区画ギリギリに身を乗り出して今にも海に飛び込まんとしていたレイラを確認し大急ぎで止めに入った。

 

「いや!!だって、パパが!!」

 

「護衛艦だってやられたんだぞ!!」

「暴れないで!早く避難を!!」

「ここにもいつ攻撃が飛んでくるか分からないんだから!」

 

 大の大人が数人掛かりでレイラを抑えに入ったが、それでもレイラを止めるにはいささかマンパワーが不足しているように感じられた。普段のレイラからは想像がつかないほどの気の動転のしようである。

 

「レイラ!!アンタ何やってるの!?」

 

「れ、レイラちゃん!ここは下まで百メートル以上もあるんだよ!そこから落ちたりしたら…!!それに今は!!」

 

 シェルターとは反対方向に走り出したレイラを追いかけてきていたエリカとユウもようやく追いつき、艦内警察と悶着しているレイラを落ち着かせるために動く。

 

「だって…、パパの船が!"あらなみ"が!!」

 

 "あらなみ"が轟沈した周囲の海面には、護衛艦の燃料である軽油に爆発の炎が着火し、火の海となっていた。

 見るだけでも堪える光景である。仮にあのど真ん中に生存者がいたとしても、周囲の劇的な環境の中ではすぐに生命活動を停止せざるを得ないだろう。

 なお、"あらなみ"轟沈の前にすべての"あらなみ"クルーは、内火艇や救命ボートで退避を終えており、爆発や艦の沈没による引き込みなどに巻き込まれずに済んでいた。彼らは学園艦右舷に展開していたもう一隻の護衛艦__"さわぎり"により回収されている最中である。勿論、今も戦闘中であるため緊迫した状況であることに変わりはなく、悠長にやっているわけではない。

 

オオオオオオオーーッ……!!

 

 邪魔者たちからの妨害も、鳴りを潜めだしたためにカリュブディスの進撃スピードは上昇する。

 目前に迫らんとする巨大な怪異。

 溜めに溜めた鬱憤を晴らせるのだと、そう言っているように唸るカリュブディス。

 潜水艦二隻による雷撃のみでは足止めにならないようだ。護衛艦もほぼ全ての弾薬を使い切った、若しくは給弾に入ったらしく、反撃の動きに陰りが見え始める。

 

「く…っ!今度は護衛艦が…!!」

 

 一方で右舷艦上市街地の一角で影法師と白兵戦を演じていたハジメは歯噛みしていた。

 自分がこうして変身できない間にも命を落としてしまう人がどんどん増えていく。

 ハジメは焦燥感に駆られていた。

 

フフフフフ……そろそろ頃合いか。ウルトラマンナハト、それではカリュブディスの相手をしてくるがよい。もうお前を止める理由もないのだから。クククク……呪え、震えろ、憎め、己の無力を!」フッ………

 

「なっ!?待てっ!!」

 

 影法師がハジメに対する妨害を止めて、空へと消えて退散する。

 散々こちらを掻き乱しておいて目的は達したから自分だけは帰らせてもらうと言われたに等しいハジメは憤りを隠せなかった。

 しかし、もう追いかけることもできない相手に怒りを燃やしたところで何か変わるわけでもない。

 

 「俺を邪魔して、何を……。っ!!」

 

 その時、ハジメの頭に電流が走った。第六感や直感というやつである。

 さいたま市でティガとの会遇を果たしてから、覚醒したハジメの潜在能力は目を見張るものがあった。

 超人的な聴力、視力、危機察知能力等が主だったものであるが、ハジメはその内の一つの危機察知能力__ある種の感知・予知能力が合わさったものが機能したことで、自分の周りで今何が起こったのか、影法師の仕掛けたものが何であったのかを直感的に理解するに至った。

 

「そうか…そういう、ことかよ!!」

 

 そして並外れた聴覚と視覚を併用・発揮させ、学園艦上での出来事と海上のカリュブディスの行動を繋ぎ合わせる。

 そこから導き出される答えは一つ。友達(レイラ)父親()の死である。

 聞こえる。声が聞こえる。

 大切なものを失って泣き叫ぶ人の声が。

 福岡。小さな女の子。涙。重なる。

 嗚呼…また、繰り返している。繰り返してしまっている。もう、繰り返さないと誓っていたはずなのに。

 ハジメの心の中は、激昂一色に染まっていた。

 

「やったな…やったなぁああああ!!!!!」バッ!!

 

 アレを、倒せ。完膚無きまでに。

 激情に背中を押されるかのようにハジメは乱暴に、そして猛々しく、アルファカプセルを掲げる。

 ボタンをこれまでで一番の力を込めて潰すかのように押す。

 刹那、学園艦上に眩い閃光が走る。

 一本の強靭な光の柱が海原にそびえ立つ。

 

――――ジュア……ッ!!!

 

 赤黒いオーラを纏った黒き巨人____ウルトラマンナハト ビギニングストームが威圧感を漂わせながら空中に立っていた。

 

 

 

 





 はい。皆さん、お世話になっております。投稿者の逃げるレッドです。

 この回は何度も書き直し、悩みに悩んだ話でもあります。主要キャラの肉親の死や、その元キャラ…蕪木薫艦長は原作たる空母いぶきでは依然死亡していないのに二次創作とはいえ死なせて良いのか、といったものでかなりの期間苦悩しましたが、こうして投稿させていただきました。
 この作戦よりもっといいやり方はあっただろうにと思われる方はいらっしゃると思いますが、そういった点はどうかご容赦ください。
 しかし、このレイラちゃんの回が過ぎれば悩む箇所も大分減ると思うので、頑張ります。

 話は飛びますが、自分も遂にシン・ウルトラマン、観てきました。オマージュや小ネタ等、楽しめる、ニヤつけるシーンが至る所にありました。
 あれは一度劇場で見るべき作品だと思います! ブルーレイは絶対買う。

 ……さて、ハジメ君もババルウ戦以降、人外側に足を踏み込み始めてきました。彼にブレーキたるストッパーが必要なのか、それとも横にいてやる理解者が必要なのか、それ以外が必要なのかは、まだ分かりません。
 今後もよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

 _____残された者が縋りつくのは、一筋の光が差す小さな扉。
 その扉が間もなく閉じられることを知らずに、小さくか弱い手を精一杯伸ばす。

 そんな者の近くに、黒紫の影がにじり寄る。

「また、まただ……俺は何度も。繰り返すのか…」

 これまで何度も大きな壁を乗り切ってきたハジメだったが、またしても彼の前に狡猾な悪意が立ち塞がる。

 次回!ウルトラマンナハト、
【ヒーローの重責】!




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第40夜 【ヒーローの重責】

 

 

 

 

 

――――ジュア……ッ!!!

 

 

 ビギニングストーム・レイジバースト。

 Rage(レイジ)…英語圏では怒りの感情を表す言葉である。

 カリュブディスの前に現れたナハトは、激情の名を冠する存在となっていた。

 何故、そのようなことになっているのか。簡潔に言うならば、それは当のウルトラマンの変身者であるハジメ本人の感情の発露が招いた結果である。

 ハジメの感情の爆発によってビギニングストームに一手間加わった形態が、レイジだ。さいたま市での戦いで見せた、周囲に纏う虹色の光の嵐は無く、そこには代わりに赤黒い塵…灰のようなオーラのみが漂う。

 感情のオーバーフロー…飽和状態に陥っているのだ。

 

《………》

 

 ハジメ___ナハトは、怒っている。救えたと思う命が、零れ落ちてしまったことを知ってしまったから。

 しかも、悪意ある敵によって仕組まれ、さらにはそれにまんまと翻弄されてしまったから。

 自分に、影法師に、そして目の前のカリュブディスに激しい怒りを覚えるのだ。

 

《………》

 

グォオオオウ……

 

 己よりも明らかに小さいはずの巨人に、形容できない違和感を覚え行進を止めて低く唸るカリュブディス。

 掛け声も発さない不動のナハトの出立ちに気押されたようである。

 両者共に一歩も退かず。距離を取ることも、縮めることもせず、動かない。

 

《………》

 

グゥゥ……!

 

 先に動いたのはナハトだった。

 微塵も揺れずジッと滞空していたナハトが海面近くまで降下し、"空を歩き出した"。足が向く先には、カリュブディスが存在する。

 真っ直ぐ距離を詰めるナハト。もう一度カリュブディスが低く唸る。

 最終警告らしい。これ以上近づいたら、後ろの巨大な鉄塊ごと大穴を空けてやるからな…と、そう言っているのだ。

 

ジャコン!! ____コォオオオオオオオーーッ!!

 

 ナハト相手に威嚇のみで応じていたカリュブディスが剛腕…空気圧縮砲を向け、充填を始めたようである。

 カリュブディスの剛腕を中心にして、目視できるまでになった急激な大気の流れの変化が発生する。

 海自・海保艦船を粉々にしたものよりも、さらに強力かつ機敏な砲撃を加えようとしているわけだ。

 

シュゥウウウ……ォォオオオ!!!

 

______ヒュボッ!!

 

フンッ!!

パキィン!!!

 

 カリュブディスの剛腕から放たれた空気圧縮砲。

 超高速かつ不可視の巨大な空気の塊がナハトの胸の真ん中を射抜かんとしていた。しかし、ナハトはそれを右手を横に振ることでかき消した。

 意図も容易く、真正面から敵の全力を無かったものにしたわけである。

 

……!! グォオオオオオ!!!!!!!

 

 自身の渾身の一撃を無に帰した目の前のナハトに、怒りを露わにするカリュブディス。

 自分より強い生物がいてたまるものか。カリュブディスは、向こう(並行世界)では"帝王"不在の地上の覇者であると本能で理解していた。覇者である者の攻撃を、細くて小さい者に効かないなどということはあってはならないないのだ。

 

 ___ジャコン!!

 

グォオオオオオオオオッッ!!!!!!

 

 故に、である。何かの間違いだと何かを振り払い、雄叫びを上げながらカリュブディスは再び攻撃動作に入った。

 しかも今度は片腕のみではない。両腕による二発同時発射である。

 

コォオオオオオオオ……‼︎

 

___ヒュボッ!! __ヒュボッ!! ヒュン!!!ヒュン!!ヒュバッ!!

 

 さらに驚くべきことは、そこからこれまでと比べてもあり得ないレベルでの速射を開始したことである。

 発射までのディレイ云々の話など消え去ってしまう…そんな恐ろしい攻撃が繰り出される。

 人類のみならず、同格の怪獣や異星人にとってですら重大な脅威レベルであろう空気圧縮砲の連打。

 しかし、それさえもナハトは次々と弾き飛ばし始めた。

 

パキィン!!パキンッ!! __パキィンッ!!

 

 カリュブディスの連続砲撃を掻き消しながら、ナハトは水上をずんずんと突き進み、カリュブディスへと向かう。

 カリュブディスはここでようやく、目前の存在が完全上位の…自身の手には負えない途方も無い脅威であると認識した。

 

グォオオオオアアアアーーーーーッッッ!!!!!

 

 カリュブディスの腕部砲撃の標準が乱れ出した。いや、こちらへの注意を少しでも散らすために、後ろにいる小さき巨人が守ろうとしている鉄塊達――船団――に対して砲撃を連発し出したのだ。

 これならば、この化け物(ナハト)も幾分か動きを止めざるを得ないだろう。それに、今まで空気圧縮砲を弾いてきた方法は拳や手刀による打ち消しである。手は無限には伸びないだろう、という算段だ。

 ――が、しかしである。

 

ヒュンッ!!!

 

 空を裂く音……ナハト本体に向けて放たれた空気圧縮砲を消し飛ばした際よりも、一回り大きく鋭い断裁の音が砲撃の回数分、海上に響き渡った。

 船団への被害は、()()

 これが意味することは何か?

 答えは簡単だ。空気砲を相手にナハトが空気の刀を使っただけある。

 超高速で振り抜いた手刀から繰り出された不可視の刃。全てナハトがやってみせたものである。

 

グォオオッ…………!!!

 

《………》

 

 そして到頭、ナハトはカリュブディスの真前に着いた。

 たじろぐカリュブディス。ナハトは先程まで邪智暴虐の限りを尽くしていた巨大な内弁慶を見上げる。

 光の巨人の顔は変わらない。しかし、今、何をどう感じているのか、なんとなく分かる。出立ち…風貌…そしてここまでの過程と周囲の環境から見出せる。

 ―――天の頂まで届かんほどの憤怒である。

 

 

――ガシッ!!

 

グゥゥッ!?

 

 見上げていたナハトが、カリュブディスの腰を掴んだ。さながら相撲の様相を呈した光景だ。

 これから一体なにをするのだろうか、掴み合い…取っ組み合いの大乱闘だろうか。恐らく違う。

 

《…お前は、お前は絶対許さない…!!》

 

――ジュァアアッ!!

 

 ナハトは沈黙を破り、カリュブディスを掴んだままの両腕を思い切り上に振り上げた。

 その動作が終わったと思えば、ナハトと向き合っていたカリュブディスが海上から姿を消していることに学園艦や護衛艦から見ていた者達は気づく。

 あのヒョウモンダコの化け物はどこへ行ったのか…と。

 

「……()か」

 

 誰かが言った。ナハトが上空に飛翔し視線を上へと向けた人々はカリュブディスの居場所が自然と分かった。先ほどまで空を覆っていた曇天の一部にポッカリと穴が空き、そこから陽光が差し出していたからだ。

 空を昇ってゆくナハトを目で追っていけば、高空に黒い粒のように見える物体――カリュブディスが視認できる。

 カリュブディスはナハトによって一瞬にして空高く飛ばされたのだ。極小の粒と見間違うほど、高い場所へと。

 飛翔しているナハトがカリュブディスへ向かう中で加速する。二、三回目視できるソニックブームが発生する。それは曇天を突き抜けながら突き進む。

 数段増速したナハトが、カリュブディスと一定距離まで詰めたかと思えば、急に体を翻した。上半身を下に、下半身を上にした、蹴りの体勢である。

 

ズォオオオオッ……!!!

 

《___明星キック…翔天……!!!》

 

 ナハトは足に金色のオーラ…エネルギーを纏い、カリュブディスの胴体の中心に突っ込んだ。

 肥大なカリュブディスの体に矢の如く突き刺さったナハトはそのままカリュブディスを貫通し、さらに空の上へとぐんぐん昇っていく。晴天と化した空に金色の光の矢が駆ける。

 カリュブディスは断末魔を上げることもできず、ナハトに体を貫かれた数寸後には無数の亀裂を体に刻まれバラバラになった。即死である。

 

 しかしながら、ハジメ――ナハトはそれでも許せないのか、そこからスペシウム光線を放ち、落下中の――元はカリュブディスであった――肉片を一つも残さずに抹消した。

 

《また、まただ……俺は何度も。繰り返すのか……》

 

 ……感じる。海の上からとても高く、離れている空の中にいるはずなのに。

 あの時(福岡)と、同じ…似た視線を、学園艦から感じた。

 悲壮…憎悪…憤怒…失望…、あらゆる負の感情が強く渦巻き絡み合った……レイラの感情がこちらに向けられていることにハジメは気づいていた。

 

《…目は、もう背けない。……だけど、…だけど…!!》

 

 足止めをされていたとはいえ、艦隊が半壊する前にカリュブディスをなんとかできたのではと、終わりのない自問自答をこれまでのように心の中でまた繰り返してしまう。

 しかしここで苦悩し続けても仕方がない。ハジメ――ナハトは溢れる感情をなんとか振り払い、実体を光の粒子に変換し姿を消したのだった。

 

 

_________

 

 

カリュブディス撃破からおよそ15〜30分後

 

黒森峰学園艦 高等部校舎多目的シェルター前

 

 

 ウルトラマン によって怪獣が撃破され、付近の海域の安全が取り敢えずは保証されたものの、レイラは艦内警察、消防の隊員や、エリカ、小梅、ユウに付き添われてシェルター前までやってきていた。

 ここまで人の手によってなんとか連れてこられたといっても差し支えないレイラは、憔悴しきった様子であった。

 

「避難指定区域に残っていたのはこの子たちだけだ」

「君たち、あんなとこにいるのは危険だったんだぞ? しかもあんな船の端っこにいたらもしかしたら海に落ちてたかもしれないんだ」

「おい、もうよそう…。お前だってあの子の気持ちは分かるだろう?」

「…そうだな。すまない」

 

「あの、迷惑をお掛けしました」

「ありがとうございます」

 

 警官や消防士に頭を下げて礼をするエリカとユウであったが、肝心のレイラはといえばエリカに促される形で力無く頭を少しぺこりと下げるだけである。

 その態度を何も知らぬ人間が見たならば、気力も誠意もない無神経な子供であると感じるのではないだろうか。それも無理もないことだ。

 彼女は自身の父親をここ一時間の間で失ってしまったのだから。いきなり、そしてあっさりと、その非情な現実は目の前に現れてしまったのだから。

 非現実を現実として処理しさっさと受け入れろなんて、誰も言えない。誰にも言う権利すらないのである。

 

「怪獣は消えはしたが、周辺海域の安全確認が終わるまでは今暫くシェルターに入っていてほしい」

 

 艦内警察官の一人が空を見上げながら、エリカ達にシェルターへ入るよう勧める。

 学園艦上空を見上げれば、スクランブルで発してきた中部航空方面隊隷下の第6航空団所属、F-3J(蒼天)と少数のF-15MJ(イーグル改)で構成された第303飛行隊――レイザー隊と、後述する艦隊に所属する航空護衛艦…空護"かさぎ"艦載機であるF-35JB(ライトニングⅡ)が。そして両舷後方の海上に目をやれば、横須賀より駆けつけた第2護衛隊群第6護衛隊と、各海自航空基地より飛び立ってきた過去最大規模のP-3C(オライオン)、P-1哨戒機群、対潜ヘリ群が。

 海自ヘリや護衛艦は撃沈されてしまった海保巡視艇と巡視船、そして同じ海自の"あらなみ"…レイラの父である薫が乗っていた護衛艦の生存者の救出に徹している。

 

「一瞬で消えるじゃん、そんなの……」ボソッ…

 

「?、レイラ何か言った?」

 

「………」

 

 レイラは警官の言葉を嘲る、若しくは蔑むような声色で小さくポツリと呟いた。

 その声色の理由が、今この海域に集結した航空機と艦船で安全を確保することなど不可能だと、再びカリュブディスと同等の怪獣が現れたらまた蹴散らされるだけだという考えからなのか、はたまた、父親を失ったことからの自棄が回ってきたからなのかは分からない。

 隣に立っていたエリカは、レイラの言葉を拾うことはできなかった。エリカはレイラに問いただそうか迷っていたが、そうこうしているとレイラはシェルターへ繋がるゲートへとすたすた歩き始めたため、中断せざるを得なくなった。

 

「……あ、ハジメはどこ!?」

 

 このままレイラに付き添いシェルターに入ろうとした瞬間、思い出したのだ。アイツ(ハジメ)はどこに行った、とエリカは歩みを止めて思考を巡らし始めた。

 先ほどまではレイラを追うことに意識がいっていたが、ここで改めてハジメの動きを思い返してみれば、レイラを追う前後で別ルートに走っていたことに気づく。前回…さいたま市での一件もあり、ハジメ本人にもう少し自身の命の大切さは理解してもらえたかとエリカは思っていたが、今のこの状況から推察するに無駄に終わった可能性が高いという考えに行き着いた。何かあったら、自分の命を第一に動けと言っていたはずなのにと苛立ってしまう。

 

「そ、そういえばハジメさん、見てませんね…」

 

「ハジメのことだから、ポカやらかしたなんてことはないだろうけども…」

 

 しかし、逆に言うならば、身体的な実力を行使してまでキツく言い聞かせたとして、ハジメが素直に従うかと聞かれれば、その答えはノーである。言わないよりはマシだったというぐらいの話だ。

 

「またアイツは…!!」

 

 物事に対して単格的にかみついてしまうのは、自分の悪い癖であることをエリカは分かっているが……分かっているが故になおさら苛立つのだ。身を案じているこちらの身にもなってみろと、一方的な物言いであることは百も承知で。

 もしかしたら戦闘に巻き込まれて、海に落ちたのか? それともまだレイラを探しているのか? また自分のことなど後回しにして誰かを助けているのか?   

 …分からない。本人から直接問い質すためにも、ハジメの所在を掴まなければ、とエリカは考えていた。

 

「…あっ。エリカさんエリカさん」

 

「なによ、小梅。今はアイツを探しに――」

 

 小梅とユウに、レイラの側にいてくれるよう頼み、ハジメを探すために踵を返して市街地区画に向かおうとした矢先、小梅に呼び止められた。

 

「ハジメ君、来ましたよ。ほらあそこに」

 

「えっ?」

 

 小梅が人差し指で差した方向を目で追っていくと、そこには艦内警察と消防隊の人間に囲まれている中でぺこぺこと何度も頭を下げているハジメの姿が確認できた。

 エリカはハジメの元へと足速に無言で向かう。

 

「坊主もあの嬢ちゃん追っかけてたのか」

 

「はい、そうなんです。俺は違う場所探してて、みんながシェルターに向かったことも分かんなくて…」

 

「とにかく無事でよかった」

「…今後はそういったことが無いようにするんだぞ。ほら、あっちだ」

 

「はい……分かりました。ありがとうございます……」ペコッ

 

 エリカは大人達に言ってやりたかった。ハジメはそんな優しい叱責如きでは懲りないことを。

 そうして、自分からしたらとても甘い注意を受け終わったハジメの前にエリカは正対する。

 

「ハジメ」

 

「あ…エリさん……」

 

「今回はどこで何してたの?」

 

「あ、……俺は…必死に動いてた。夢中になって、動いてたんだよ。関係ないこととか、やってない。本当に夢中で…それで……すぐに合流できなくってごめん」

 

 やけに素直に謝るじゃない、とエリカは思った。途切れとぎれになりながらの言い訳を断ち切ってスパッと謝罪へと切り出したハジメに違和感と新鮮さを感じた。

 

「え、えぇ……。分かってくれてるなら、いいのよ…」

 

 しかし、どこか変なのだ。今までとは違う何かへの違和感……なんと言えばいいのだろうか。会話の中には確かに謝罪の言葉が入っているのだが、謝っている相手が自分(エリカ)ではなく、まるで()()()()()()()()()()()()()のものであると錯覚するのだ。

 ハジメの俯き加減な顔を見るのは、これで何度目だろうか。また何か、自分に隠して一人で背負い込もうとしてるのだろうか。

 

「は、ハジメ?アンタ何かまた――」

 

「いや…俺は……俺は最善を…でも……最善だなんて、言えない……」

 

「なに言ってるの?ちょっと、大丈夫?」

 

 ハジメの様子が明らかにおかしかった。

 地面へ視線を落としながら、虚空に語り掛けるかのように話を続けているハジメ。なんらかのノイローゼなどに罹ってしまったのだろうか。

 だとしたら、いつ?どこで?なぜ?

 

「――うん、あぁ。大丈夫だよ、エリさん。行こう」

 

「え、ええ。そう…ね」

 

 どう見たって大丈夫なわけないでしょ、そう言いかけた口をエリカは噤んだ。

 一度エリカへ顔を上げ、弱々しい空笑いを見せた後、再び視線を下に落として俯きながらシェルターへ続くゲートを潜るハジメ。

 これ以上の追及、質問は不可能だろうと判断したエリカは何も言わずハジメの後ろをついていくのであった。

 

 

_________

______

___

 

 

「どう言うことですか!!」

 

「え、エリカさん落ち着いて!」

 

 怒気の帯びたエリカの声とそれをなんとか止めようとする小梅の声が、艦内シェルター内のとある一室で響き渡った。

 

「ど、どうといわれてもねぇ…、学園艦の航行方針については船舶課の生徒と上の先生方が決めることだから、私らも分からないんだ。

……今回は自衛隊や文科省から直に指示があったと聞く。シェルター内にいる自衛官や警察にでも聞いたら、少しは分かるんじゃないか…?」

 

 エリカに詰め寄られた教師が視線をあちこちに移しながらしどろもどろに答える。

 エリカの怒りの原因は、先程まで怪獣――カリュブディスによる襲撃があり、護衛の船も三隻沈められた状況であるのにも関わらず、黒森峰が最寄りの港に寄港せずに当初の予定通り東京湾内の千葉港へと向かうという話が大元である。

 なお教師本人は、本当に航行の事情をよく把握してはいないようだ。…その前にエリカの機嫌をこれ以上崩さないようにという心情があったわけだが。

 

「そうですか……っ!!」

 

「え、エリカさん!!」

 

 碌に情報を得ることができないと分かったエリカは足早に待機部屋の空間から出るのだった。

 この苛立ちを治めるため、そして、様子のおかしかったハジメを探すため。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「………パパ…なんで、なんで"あらなみ"に一人で残ったの…?」

 

 シェルター内の女子トイレの洗面台の前で、レイラは呟いていた。鏡に映る自分を無気力に見つめながら。

 

「パパが死んだなんて、嘘だよね…? だって、パパは私を置いてかないって……」

 

 なぜここにいるか、それはレイラの精神状態が原因である。

 彼女はできなかったのだ。恐怖を感じたものの、何も失わず、怪獣が消え去ったことに安堵している人間たちが居座る待機所という空間にいることがたまらなく嫌だったのだ。

 

「なんで私だけなの…?周りのみんなは何も失ってない…エリカちゃんも、ユウ君も、小梅ちゃんも、みんな、みんな…!!」

 

 レイラは聞こえていた。

 いや、聞こえてしまったと言う方が正しいのか。

 数分前、シェルター内の通路を歩いていたレイラは、通路の広場の隅で白、若しくは青色の制服を着た男達――自衛官…海自の人間らが小さな声でやりとりしていた会話を偶然聞いてしまったのだ。

 

 __"あらなみ"艦長である蕪木薫二等海佐がKIA(戦死)判定となった__

 

 父親の死を再び叩きつけられたレイラは、何かの糸がプツンと切れいつの間にか化粧室に駆け込み今に至るわけである。

 軍事用語だって、戦車道に関係あるだろうから……と、少しは頭に入れておいて損は無いとしていた習慣が仇になった結果だった。

 無論、通路で会話していた自衛官らは、悪気があってレイラの近くで話したわけではない。狙ったわけではなかったのだ。

 ただ、本当に…タイミングが悪かったのだ。そうとしか言えない。

 

「パパぁ……なんで……なんで死んじゃうの……?置いてっちゃうの……?」

 

 体を支えていた両足から、力が不意に抜けたレイラは洗面台に体を預けるように顔を伏せて啜り泣く。

 

「どうして…!こうなっちゃったの…?」

 

「――知りたいか?

 

「えっ……ひっ!?」

 

 前から、声を掛けられた。そう、前からである。

 目の前は洗面台、そして鏡があるはず……正面から声が聞こえてくるのは異常であった。

 まさかと思い顔を上げたレイラが見たのは、上半身だけを眼前の空間に覗かせている黒紫色の羽織物を頭から被った者……それもなんと男だった。

 ここは女性化粧室、不気味かつ奇妙な男がいるという事実も相まって余計に異常さが掻き立てられる。

 レイラは悲鳴を上げることすらできず、へなへなとへたり込むも、すぐさま距離を取ろうと洗面台から反対の壁まで後ずさる。

 

「あなたは、誰…?何する気…?」

 

 レイラの体は小刻みに震えていた。感情を吐き出している最中に不可思議なものに遭遇してしまったのだから、訳もわからなくなりパニック手前になるのはごくごく当たり前といえば当たり前である。

 警戒を通り越して無防備で怪異――影法師に問いかけてしまうことは防ぎようもなかった。

 

ククク……我らは、お前が探している答えを持つ者。そして、手を貸す者でもある

 

「答え…?手を貸す……?」

 

「――ウルトラマンナハトが、あの時よりも数寸でも早く、あの場に現れていたら…お前の父親も死なずに済んだ。そうではないか?

 

「ぅ……そ、それは……」

 

 レイラはすぐに否定できなかった。言葉が喉元で詰まってしまった。

 何故か?それはレイラ自身、最愛の父である薫の死の原因と責任の一部がナハトではないのかと言う考えが僅かではあったが頭の中に存在していたからである。

 

何を我慢している?言ってしまえばいいではないないか……お前が本当は言いたいこと、それは正しいのだから……ククク

 

 黒い感情を抑えようと、理性を辛うじて保たんとしているレイラに追い討ちを容赦無く掛ける影法師。

 

「で、でも、ナハトだって、一生懸命戦って――」

 

事実は変わらない。お前の父親が死に、ナハトはその命を救えず、お前の苦痛の根源そのものとなっている。何をためらう?苦しみを己に与えてくる輩を恨んで何が悪いのだ

 

 影法師はレイラにゆっくりとにじり寄り、彼女の肩に手を掛け諭すように言葉巧みに負の側面へと誘う。

 肩を経由して、影法師からマイナスエネルギーを注入されていることをレイラは知らない。先ほどまで恐怖でへたり込んでいたはずであるのに、レイラは立ち上がっていた。

 

「……確かに。そうだね。何で私、そんな当たり前のこと、してないんだろ。当然の権利なのに」

 

 自分の意識が改変されていっていることにレイラは気づけない。刷り込まれた意識が、平常であると錯覚している。

 影法師の言葉に乗せられ出したレイラはウルトラマンへの……ナハトへの敵意に心を染めてしまう。

 レイラの瞳孔は大きく開き、光を見せぬ暗い瞳が現す。体からは目に見えるほどの黒いオーラを発しており、大洗でのヒカルと同じような状態となるのに時間は掛からなかった。しかし、ヒカルと違う点は誑かされたかそうでないか、用意された感情を受けとってしまった点である。

 

ククク…。そうだ、己に正直になるのだ。隠さず振り撒く方が楽だ、自由だ。そしてそんなお前に、我らから遣わすものがある。これを手元に持っているのだ」ズイッ…

 

 レイラに押し付けるように、影法師は手の平に収まるほどの大きさの、禍々しい気を放つ黒紫の水晶玉を渡した。

 サイズはかわいらしいが、中に秘めている力は並大抵のものではないだろう。

 

「これは?」

 

 レイラが水晶玉についてを問うと、影法師はフードから覗く口元でほくそ笑みながら答える。

 

それはお前の父親の無念を解き放つことができるモノだ。次にウルトラマンが現れ、怪獣と戦い倒した後、すぐにそれを割れ。さすれば、お前とお前の父親も救われよう……クククク

 

「分かった」

 

 影法師に頷いたレイラ。それを見た影法師は満足げに空間から霧散して姿を消したことで、化粧室内はレイラ一人となった。

 レイラが水晶玉を制服のポケットにしまう頃には、本人から発されていたドス黒いオーラはどこかへと仕舞われていた。

 そして目の前の鏡に映る自身の暗い顔つきをレイラは見る。短い瞬きを間に入れた後、再び鏡を見つめれば、天真爛漫な笑顔のいつもの自分が立っていた。

 

「……ふぅ。よし!いこっか!!」

 

 レイラは自分を元気づけるような声を掛けて化粧室をあとにした。

 仮面のような冷たい笑顔を貼り付けながら。

 

「早くみんなとこに戻らなくちゃね」

 

 軽快な足取りで待機所へと歩むレイラ。そんな折、ハジメとばったりと邂逅する。

 

「あ、ハジメ君!」

 

「レイラちゃん…。その、具合の方は――」

 

「なんのこと?」

 

「えっ…?」

 

「だから、なんのこと?」

 

 父親を失ったレイラから返ってきた反応は、笑顔を向けながらの疑問だった。その笑顔はひどく不気味であった。

 まるで、これ以上詮索するな、そう言っているようだった。口で言われたわけではないが、ハジメの第六感は訴えかけていた。

 そしてハジメが反応に戸惑っていると、たたみかけるようにレイラは問い出す。先ほどまでは、ハジメが質問する側であったのに。

 

「んー、ハジメ君の言ってること、いまいち分かんないな〜」

 

「分かんないって……、お父さんのこと…」

 

「ずっと暗いままじゃみんな心配しちゃうかな〜って!だから、私切り替えたんだ〜!」

 

 無邪気な笑顔、なのだろうか?

 ハジメは自分に向けられている表情と内面に抱えているレイラの感情は同じだとは到底思えなかった。

 

「そんな!親しい人が…家族の死は、そんな……」

 

 ――簡単に割り切れるものじゃない…、だが口には出せなかった。こんなこと、自分が言えるわけないのだ。言ってはいけないのだ。

 

「いーい?なにもハジメ君が悪いわけじゃないじゃん。逆に、ハジメ君はエリカちゃん、小梅ちゃん、ユウ君と一緒に無茶しようしてた私を探してくれてたんでしょ?私は責めないよ!」

 

「違う…違うよ、レイラちゃん。俺は――」

 

「パパが死んじゃったのは、ハジメ君のせいじゃないよ?なにそんなに思い詰めてるの?」

 

「それは……」

 

「ハジメ君は悪いことしてないよ。悪者じゃないよ、悪いのは……」

 

――ウルトラマンだから――

 

 後に続いた言葉が、ハジメを無情にも突き刺した。

 ハジメの聴覚がレイラから放たれた言葉を無意識にぼやかした。それでも、ハジメは世界がぐわんぐわんと揺れ出したかのような錯覚を覚える。

 何者かに頭部を鈍器でおもいっきし殴られたような感覚であった。それと同時に、猛烈な吐き気がハジメを襲う。

 

「うっ……!!あ、ぅ……ぐっ!!」

 

「大丈夫?ハジメ君、顔色悪そうだよ?暗い話ばっかりしちゃってたからかな…?それとも、船酔い?」

 

「ご、ごめ……ん」

 

 ハジメはレイラの顔を直視することができなかった。

 目を閉じてあからさまな拒絶を見せるわけにもいかず、こちらを覗き込むために首を傾げるレイラの顔を…瞳を見ざるを得なかった。黒だった。ドス黒い瞳がこちらを見つめて横たわっていた。

 しかし、どうやらハジメを本心から心配しているような様子であった。危惧していた敵対的な態度をレイラは見せなかったことに、ほんの僅かながらハジメは安堵し吐き気は収まり始めたものの、依然として動悸は激しい。さらにはストレス性だろう頭痛に襲われる。

 その場に立っているのがやっとの状態である。

 

「ハジメ君、また無理しちゃったんだね…ごめんね、私のせいだよね」

 

「ちが…う、よ…!これは……」

 

「ここにいたのレイラ!……と、それにハジメまで!」

 

「あ!!エリカちゃーん!!」ダッ!ギュウッ!!

 

「ぅぇっ!?ちょ、いきなりどうしたのよレイラ!?」

 

 ハジメを気遣う姿勢を見せていたレイラはどこへやら。恐ろしいぐらい迅速な切り替え………ここにまだハジメがいるのに、である。

 先まで顔に滲ませていた涙も飛ばして親友(エリカ)が来た瞬間には笑顔を振りまきながら彼女を抱擁するレイラに対して、ハジメはより一層重く激しい頭痛に苛まれる。あまりの痛みに声が漏れそうになるが、すんでのところで踏みとどまりなんとか持ち堪えようと耐える。

 

「レイラ?……その、もう大丈夫なの?」

 

「うん!いつまでもグズグズしてても、しょうがないから!!」

 

「そ、そう…ならいいのだけれど……。ハジメ、さっきからどうしたの?具合でも悪いの?」

 

 レイラの予想以上の明るい様子に戸惑うエリカではあったが、すぐに通路の壁に身を預けて立ったままのハジメの方に気を回した。

 ハジメは苦しくて答えられないだろうと、レイラが本人に代わってエリカにことの次第を伝える。

 

「ハジメ君、さっき私とばったり会った後からちょっと体調崩しちゃったらしくて…。多分、私のせいだと思う…私がシェルターにすぐに行かなかったから、無理に体動かしちゃって…それできっと」

 

「たしかに…まだまだ病み上がりの時期だけど、そうなの?ハジメ?」

 

「いや……違うよ。多分、偏頭痛とかだと思う。……俺、トイレ行ってくるよ…そのあと一応医務室に行くから……」

 

「そ、そう……本当にマズイって思ったら、すぐに連絡寄越すのよ」

 

「うん。分かった」

 

「お大事にねハジメ君」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 エリカはハジメの弱々しい後ろ姿を見送る。本当ならば、付き添ってやりたいのは山々だが、横のレイラが気掛かりだった。

 いつもと同じテンションに戻っていることに違和感をエリカは覚えたのだ。もしかしなくとも、無理をしてるのではないかと。シェルターに入る前後に共にいた自分の考えることである。間違いではないと確信できる。

 数十分前までの意気消沈具合が、こんな短時間で改善されることなど有り得ない…そう思った。いつもと同じような顔をしてみせているレイラからは、最近のハジメと同じ"匂い"が、雰囲気がしたのだ。表面上は大事ない体を取り繕っているが、コレは、いつ壊れるか分からないと。

 ハジメも気掛かりではあるが、目先のレイラを支えることを、エリカは最優先にしたのだった。

 

「ハァ…ハァ……う"っ ……な、なんだったんだ、アレ……」

 

 エリカと共に待機所へとレイラが向かい、距離が開いたあたりで、周囲を見回し一人の状態だと判断したハジメは口を開いた。

 その声色からは疲労感が滲んでいる。

 

「すごい……プレッシャーと邪気だった……。なにか、嫌な力に纏わりつかれたような……。レイラちゃんに何か良くないものが取り憑いているのか?」

 

 しかしこれから踵を返してエリカとレイラを追える状態でもなかった。

 仮に今、二人に追いつけたとしても、よくて待機所前の通路。それにエリカが件のレイラの側についている。レイラへの問い掛けや説得を目の前でやるわけにもいかない。しかもレイラはハジメ以外には若干違った対応をしていることも分かっているため、逆にハジメ側が変人…若しくは肉親を喪ったばかりの友人にとんでもない言動をとった非常識人として認知されて終わってしまうだろう。

 

(これが、ヒーローの……ヒーローになる者の責任…?)

 

 さらに言えば、ここでレイラに接触することに成功したとしても、自分がウルトラマンとバレてしまう危険性もある。先ほどのやりとりから、ウルトラマンはレイラにとってNGワードである可能性が高い。逆上されて何か事を起こされたら目も当てられない惨状になるだろう。

 

(だけど、今の状態で…ウルトラマンだとバレるバレないを気にしてる場合なのか…?)

 

 自分が為すべきことに曇りが生じたとように感じるハジメ。

 しかしながらレイラがウルトラマン…ウルトラマンナハトに対してマイナスの感情を向けていることは明らかである。

 

(なんで、なんでこんな……悲しいことが、何度も……!!)

 

 ハジメは薄暗いシェルターの通路の壁に、力無くもたれることしか、今はできなかった。

 

「俺は…やっぱり無力だ……」

 

 

 

 

 

 




 はい。お久しぶりです。就活に四苦八苦している投稿者の逃げるレッドでございます。
 第一志望、第二志望の企業さんからは残念ながら内定が貰えなかったため、秋前後まで就活が続くかもしれません。それに伴い、去年レベルの投稿ペースに復帰するまでは今暫く掛かりそうです。
 ちなみに期末テストの方は大丈夫でした。

 投稿時間に関してなのですが、今後の投稿時間は土曜日の午後六時にします。よろしくお願いします。

 さて、本編ではまたしてもハジメ君が曇りはじめて参りました。しかし人は大きなストレスに直面した時、それを乗り越えるほどの成長と変化を見せることがあります。
 ハジメ君はレイラちゃんを戻すことができるのか?ここが焦点になりそうです。


_________

 次回
 予告

 これまで一切の被害を出してこなかった日本の海上自衛隊がカリュブディスとの戦闘にて損害を出したタイミングを待っていたかのように、より一層の軍拡競争へ影を落とす世界各国。

 欧州、南米、アフリカ、豪州、…各地の"怪獣戦線"では特殊生物たちが猛威を振るう中、それでも戦い続ける人々。

 過去の遺物であり、ヒトを守る存在であり、語り部でもある機人__衛人から語られる超古代先史文明の口承。

 混迷する世界に生きる者たちは、まだその玄関先にすら立っていない。

 次回!ウルトラマンナハト、
【光芒と混沌の天変】!


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第41夜 【光芒と混沌の天変】

破壊獣 カイロポットⅡ、
凶虫怪獣 クモンガ・バゥ、
百脚凶巨虫 センチロニア、
超遺伝子両生獣 ギャオス・アクアティリス、登場。


 

 

7月21日火曜日 現地時間早朝

 

西ヨーロッパ フランス共和国 ノール県ダンケルク

ダンケルク海軍工廠

 

 

 黒森峰学園艦が特殊生物___カリュブディスに襲撃された直後から今に至るまで、日本の学園艦航行並びに海自海保による護衛ローテーションの度重なる改訂と、国民的スポーツたる戦車道の季節大会日程の続行の宣言に対しての諸外国の反応は様々だった。

 特に国内外から強い反応があった思われるのは、全国…そして国際レベルの高校戦車道強豪校である黒森峰学園の、特殊生物襲撃を理由にした大会出場棄権の取り消しであった。いくら強豪と言えど、この判断はおかしなものであると素人でさえ分かるだろう。こんな情勢、ご時世の中で大会を開催することすら危険であるのに、被害を受けた学校が出場を続行することなど、考えられない。また、根本的な話にまで遡れば、怪獣や異星人を自衛隊は単独で撃退できる余力があるのかという問題だ。果たして部隊を割いてまで戦車道大会会場の防衛をする必要があるのか、そういった話もある。

 当然、世界各国、そしてスポーツ庁や民間のスポーツ団体等からも疑問の声と反発が多く上がったわけである。

 

 しかし、肝心の"学園艦教育委員会"のトップらはだんまりを決め込むどころか、黒森峰の大会出場続行に賞賛するという奇怪な現象が発生していた。

 また、この取り消し判断と棄権却下を行った大元の組織が、文科省の"学園艦管理局"であったことが混乱に余計な拍車を掛けている。これは辻の所属する学園艦教育局と横の繋がりのある組織である。

 だが補足すれば教育局と横の繋がりがあると言っても、実質的に権限と立場が上であるのは管理局の方である。教育局が主に学園艦の運用や教育への指導が主な役目ならば、管理局は物資や人材、システム、資金、資料等を文字通り管理するのが役目なのだ。

 

 そして不可解な点がまだあるとするならば、それは今回の出場騒動云々に内閣が一切関与していないことであろうか……。いや、関与できなかったと言った方がいいのだろう。

 しかも、当局の言い分としては、――垂水内閣の学園艦関連の運用方針に従ったまでである――とのことだった。それ以外は情報の自主的開示は無く、黙秘を決め込んでいる。

 不透明なやりとりがあやしく交わされているのが不気味ではあるものの、それを覗くことも、止めることも、誰も出来ないというのが、今の現状であった。防衛大臣の戸崎や、文科省内の不審な動きを嗅ぎつけた各省庁・民間の人間が探りを入れ出してはいるが、今のところ何も察知できていない。

 

 

『――これより〈原子力潜水攻撃母艦(ノーチラス級)〉に搭載する、新型原子力機関の稼働実験を開始する。関係各員は所定の位置へ。』

 

 さて、長話はここらで切り上げ、フランス・ダンケルク港湾部に置かれているフランス海軍の工廠での動きに意識を向けてもらいたい。

 当工廠のある区画では、現在、上記の通り新型原子力機関の稼働実験を行おうとしている最中であった。

 各所では原子力機関稼働に伴う注意喚起を促すブザー、アナウンス等が響く中で工廠内の工員らが慌ただしく動き回る。

 

「二番クレーン収容急げーー!!人員も退避だーー!!」

「測定班、配置に着いた」

「各機器正常に動作しています」

 

 原子力機関と言えど、新型の実験ということもあり工廠内の人間――特に実験に参加する、若しくは立ち会う科学者や研究員、工員、海軍軍人といった施設関係者の顔には緊張の色が見てとれた。

 この機関が何に使われるのか、それは先程の実験責任者の発した実験開始の号令に答えが含まれている。〈原子力潜水攻撃母艦〉に搭載する動力源である。

 

「ノーチラス級…、我が国の保有艦は"パンドラ"と名付けられたのだったか」

「はい。"パンドラ"が進水し、就役したならば大西洋の安全は確立されるでしょう」

「この新型原子力機関を動力とすれば全長およそ400メートルの"パンドラ"は、他の追随を許さぬ機動力を獲得することになります!」

「NATOの誇る新たな戦略兵器だな……これは……」

 

 件の〈原子力潜水攻撃母艦〉とは、アメリカ合衆国が友邦カナダと共に進めていた広域国防計画たる"U計画"の一部である戦略兵器だ。

 小規模ながらも航空部隊、電磁投射砲(レールガン)や巡航ミサイルといった打撃力を有し、そして原子力潜水艦最大の強みである無限に近い航続距離並びに小型艦艇レベルの高速航行が可能な機動力を両立させた超兵器の類と言って差し支えないものである。

 本来ならば、太平洋・オセアニア地域――豪州連合――に対する太平洋、インド洋海域監視包囲網を形成する"オーシャンネット構想"なるものを支える北米諸国の特殊戦略艦船になるはずだったのだが、特殊生物情勢の到来により運用方針を大きく転換。陸海空のあらゆる対特殊生物戦を想定した設計に急遽変更されたのである。

 

『炉心点火、開始。』

 

ゴォオオオオオッ……ゴゥンゴゥンゴゥンゴゥンゴゥン……‼︎

 

 ここ、ダンケルクではそんな〈原子力潜水攻撃母艦〉の四番艦……"パンドラ"が建造されている。他のU計画参加諸国よりも建造ペースは遅いと言われているものの、船体はほぼ出来上がっていると言って差し支えなく、近いうちに艤装も順次搭載予定である。

 そして、この稼働実験が何事もなく終えることができれば、即搭載し各軍港に回航させ洋上訓練を開始するとのこと。…それも、上の人間達がある意味で焦っているからだろう。強力な兵器を配備し自国を守り抜かんとする心意気は正しいだろうし、皆が望んでいることだと言える。

 

「炉心安定しています」

「第一点火、問題なし。第二、第三点火、続けて行うぞ」

「……早いな」

「新型ですから」

「もうこの状態で……十割稼働なのかね?」

「全く新しい設計の機関なので、従来の機関よりも扱いは容易かつ事故率も圧倒的に少ないですよ。……ゆくゆくはこれらの機関が平和利用してもらえるようになるのを願うのみです」

「…………そのための、"パンドラ"だ」

 

 取り敢えずは機関の稼働が問題なく成功したことで、各々から安堵の声や溜息が聞こえる。

 ……しかし、万事上手くいく物事など、聞いたことが無い。

 

ブーーーッ!!! ブーーーッ!!! ブーーーッ!!!

ジリリリリリリリリリッッ!!!!

 

『何事だ!!状況を知らせろ!!!』

 

 忽然と工廠試験区画内……いや、工廠に留まらず、周辺地域全域にて警報がけたたましく鳴り響き出した。

 責任者が慌てた様子で軍関係者に問いただす。

 

「ここより南、ベルグ方面の森林丘陵地帯に、大型二足歩行種のカイロポットが出現しました!!数は1!!」

「侵攻方向は北北西……ここ、ダンケルクです!!」

「単独行動のようです!!小型種、中型成体はレーダー等では確認されていません!!」

第110(クレイユ)空軍基地より"ラファール"がスクランブル!……北西陸軍管区司令部(レンヌ)から通達!!各陸軍管区並びに隣国ベルギーよりヨーロッパ連合陸軍が増援として駆けつけるとのこと!!」

「工廠付近にて警備配置に就いていた第2機甲師団隷下第11機甲旅団第716電磁砲兵連隊が迎撃準備に入ります!!」

 

『作戦参加の全部隊に通達!!ダンケルクを死守せよ!!!ここで欧州の希望を潰されてはならん!!!』

 

 "パンドラ"の新型原子力機関…ダンケルク海軍工廠とダンケルク市街地防衛のため、フランス軍は行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

同国 ノール県クドケルク・ブランシュ 

A16号線沿い

 

 

 

キュラキュラキュラキュラ………

 

 場面は工廠内から、ダンケルク市街地南部に隣接する街――クドルク・ブランシュへ。

 当市街地に接しているフランスの高速道路(オートルート)16号線伝いにフランス軍は防衛線を構築。

 陸軍の〈ブラッカーD4(自走レールガン)〉を等間隔の三列横隊で配置し、それに対戦車部隊の歩兵を分隊ごとに随伴させる形を取っていた。主力戦車(ルクレール)ではなく虎の子たるブラッカーのみで編成された機甲連隊を惜しみなく投入していることから、彼らの必死さが窺える。

 

バラバラバラバラバラ…!!

 

 そして空には各陸軍駐屯地より馳せ参じた攻撃ヘリ__〈EC665 ティーガー〉と〈AFH-80 バゼラート〉の混成部隊が編隊を組み舞っている。地上と空中からの立体的同時攻撃を敢行するためだ。

 

『こちら第716電磁砲兵連隊――エルドラド。戦闘配置に就いた。いつでもやれる』

 

『司令部了解。間もなく、ラファールによる空爆を仕掛ける。その後侵攻してきた対象に対し有効射程に入り次第攻撃を開始せよ、二段構えだ』

 

『……シュバリエ7からシュバリエ1、大佐へ。相手はベルリン災厄戦時の難敵ですよ。このブラッカーでやっとかすり傷だったの、覚えてますか?』

『既に向こうの弱点は頭部眼球群への集中攻撃であることが判明している。それに今回はヘリと空軍の支援を十分に貰える。以前のようにはやらせん……たかが一匹、されど一匹だ。全車、気を引き締めろ』

 

『『『了解』』』

 

 

ゴォオオオオオオオオーーーッ!!!!

――――ズズゥウウウーーーン!!!!!

 

ギョオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 市街地上空を一瞬で跨ぎ南へ…カイロポットⅡへと飛んで行ったのはフランス空軍が擁する、爆装済みの多用途戦闘機"ラファール"の二個飛行中隊24機だ。

 ラファールが陸上部隊の直上を通過し見えなくなったかと思った直後、空爆による爆炎が大きく舞い、耳をつん裂く爆発音が轟いた。

 ヨーロッパ連合空軍の新型制空戦闘機ユーロファイター・エウロスが欧州全土に配備が開始されてから早三年であるが、ラファールはフランス空軍で未だ現役だ。

 そして、先ほどのカイロポットⅡのものと思われる咆哮は、先述のラファール飛行中隊による波状空爆によるものだろう。

 共和国はカイロポットを研究してきて分かったのだ。ヤツらは対空攻撃能力を所持していないことを。先の咆哮は、自身の感じた痛みを和らげるためだけでなく、自身の攻撃が届かない空から一方的に攻撃をくらっている怒りも篭っているに違いない。

 

『観測機より報告!空軍による攻撃は効果アリ。カイロポットは前進を継続してはいますが、侵攻速度が低下している旨が!!』

『間もなくレールガンの有効射程に入る。砲撃準備!』

『ベルリンでは戦力を分散させられたが、航空兵力を集中運用できるなら我々も戦える!!』

 

 最前線からの報告を聞きながら、第716電磁砲兵連隊(エルドラド)のブラッカー達は再度エンジンを吹かし始める。

 

ギョオオオオオオオ……!!!!

 

 そして、いよいよ連隊にもカイロポットⅡがハッキリと見えるようなってきた。特徴的な咆哮も聞こえる。

 対象――カイロポットⅡの外見は、ラファールによる空爆により紫色の上半身はズタズタに裂かれている箇所がいくつもあり、それらの殆どは黒く焼け焦げ変色している。個体差もあるのだろうが表皮が柔な印象を受ける。

 最早満身創痍の出立ちであった。こんなレベルのカイロポットがなぜ自殺に等しい行為である地上への出現を強行したのか……疑問は尽きないがそんなことは今はどうでも良い。

 ギョロギョロと動いていたカイロポットⅡの頭部の眼の一つが、こちらを力無く気だるげに、そして恨みたらしく覗いていた。

 

『…なんて顔してんだ、紫ムカデ。本番はここからだぞ』

 

 シュバリエ1__ブラッカー隊長車の車長である大佐が上のような呟きをした後、A16――オートルート16号線沿いに展開していた部隊が総攻撃を敢行した。

 結果、9度目のレールガン斉射を終えた頃には、連続かつ集中的な攻撃を浴びた頭部はボロボロ、身体への命令を司る器官を喪失したカイロポットⅡは、市街地に到達することなく、郊外農業地区の真ん中で絶命した。

 ダンケルクにて防衛戦を行ったフランス軍は他管区並びにヨーロッパ連合陸軍からの増援到着を待たずして、軍の損害をゼロに抑え特殊生物駆除を完了したのである。

 カイロポットⅡ出現による本防衛線の勃発に関して、欧州連合科学技術研究所の推測によれば"パンドラ"用の新型原子力機関の稼働時に一時的ながらも発生した膨大なエネルギーを感知して、自身の存在を脅かす別の生命体が現れたと錯覚したからなのでは?……といったものが挙げられた。それが事実ならば、今後も稼働実験や超兵器就役によって特殊生物が現れる可能性があるということだが、それらのリスクを加味しても、自国民を守るべく超兵器建造は続行するというのが、欧米軍の意志であった。

 

 

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同日 現地時間12:39

 

南米 ブラジル連邦共和国 トカンティンス州

州都パルマスより北200km地点

 

 

 

 

 

 クモンガ。

 今から凡そ3年前、南米ブラジルに――世界に初めて……いや、この世界に初めて現れた特殊生物(怪獣)の代表格の名であり、この世界で起こり得るはずのなかった非日常を持ち込んできた第一の外なる存在の名でもある。

 南米に見たこともない大蜘蛛が現れて見境なく暴れてから、世界は変わった。空想の産物として嘲笑されていた存在が、現実に現れ牙を剥いた。

 字面だけを見れば滑稽かもしれないが実際にそうだったのだ。最早認める認めないの問題ではなく、もう"そこ(現実)"にいたのだから。

 

バキッ!!バキバキバキッッ!!!!

 

 当然、人類は特殊生物戦と今は呼ばれている戦闘は初めてだった。その先鋒を担ったのは、ブラジル軍だ。

 駆除しなければ、こちらが痛い目を見る。テレビの中の出来事ではないと悟った者達は戦った。歩兵から艦艇、そして歴戦の特殊部隊まで、戦える者たちは駆り出された。

 成長すれば最大で体長60メートル強にもなる体躯。腹部からは人体をも軽く溶かし切り刻む強酸性の糸と、高速飛行中の戦闘ヘリすら捕捉し撃墜できるほどの強力かつ高速な毒針を連発する。さらには巨体に見合わない俊敏な機動力と跳躍力。そして人類顔負けのおぞましい繁殖力。

 そんなSFパニックものの小説のタイトルを飾ってそうなヤツらとブラジル軍と南米諸国軍は今日まで戦っている。

 

ギシャアアアーー!!!!

 

 すべては、日常を取り戻すため。今の当たり前を当たり前にしないため。

 彼らは戦う。例え相手に変化が訪れたとしても、戦うのみである。

 

バババババババッ!!!

ドドドドッ!!ドドドドドンッ!!!

 

「分隊、グスタフ構えーーーっ!!……てぇっ!!!」

対戦車ミサイル(ATM)装備のM113(APC)を扇状に配置!!レオパルトは正面から火力を集中!!この平野部を突破させるわけにはいかないからな、地面に釘付けにしろ!!!」

AH-64(アパッチ)の到着はまだか!?」

 

 彼ら、ブラジル陸軍北部地域軍の前に現れたのは、クモンガ・バゥと呼ばれることとなるクモンガの変異亜種だ。

 当個体……バゥは単なる変異種ではなく、あらゆるスペックが通常体と比較して高くなっている、厄介な相手である。またクモンガを含む昆虫型特殊生物全般の特徴として、爆発と衝撃が伴う攻撃に対する耐性が著しく高い点が挙げられる。ここ数ヶ月の間に新たに現れた、ジョロウグモに酷似した蜘蛛型特殊生物"レタリウス"、"アラネア"に至っては、中型でさえ大型クモンガに迫る爆発物への耐久性を有していると言う驚くべき結果を出している。

 そのため、ミサイルや対戦車地雷、爆弾等の攻撃は効果が薄くなるわけである。これが原因で、長らくの間ブラジル軍は特に蜘蛛型特殊生物相手に手を焼いていた。

 

「負傷兵の収容と退避を急げ!死んじまったやつは後回しだ!!」

「前線の歩兵を下がらせます。ヤツの侵攻の抑止はここが潮時かと」

「……やはり徹甲弾による砲撃でも今ひとつか…!」

 

 ならば貫徹力に物を言わせた総攻撃を実施しろ、と言う人間もいるだろう。しかしながら、ブラジル軍はそのような作戦を採ることが難しかった。それは余裕のある国々が米国を主力とした多国籍軍を結成し、南米の各所で戦ってくれている状況下でも、である。

 

 大型特殊生物、ここでは主にクモンガ等の昆虫型特殊生物であるが、それらに対する有効的な装備は基本的に米国や日本、豪州に欧州、露国といった軍事的先進国が保有している一部兵器だ。

 例えば、米国の大型地中貫通爆弾(MOP)巡航ミサイル(トマホーク)に巨人兵器群、日本の各種メーサー兵器、対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタルミサイル)、豪州のN2特殊爆弾などが挙げられる。それに日米欧が保有する電磁加速砲(レールガン)もクモンガに対する有効策の一つとなり得るだろう。

 これらの強力な兵器に共通して言えることは、莫大な調達費用……コストである。ブラジル軍は南米屈指の軍隊ではあるが、お世辞にも軍事費は決して多いとは言えない。有効な兵器の開発・調達の足を引っ張っているのはそういった理由である。

 

「――だが、どうやらここから巻き返せそうだ」

 

 が、しかし……だ。ブラジル政府はアメリカ政府に対してとある要請を博打覚悟で行なっていた。

 

『CL-01P、プロトベガルタ…起動完了』

『こちらベガルタ3、いけるぞ!』

『ベガルタ7。レールガンオプション最適化は終えた』

『蜂の巣にしてやる』

 

「…来たようだな」

 

 それは米国にて開発された人型機動兵器〈コンバットローダー〉――ベガルタ試作機の提供願いである。

 ベガルタの採用国拡大と対特殊生物戦の実戦データ収集、そしてなにより特殊生物に立ち向かっている国家への支援に繋がるとして、米国はこの要請を快く承諾。南米気候に対する簡易的な改良処置を加えた試作ベガルタ20機を無償提供したのだ。

 

『全機、バトルオペレーション!!』

 

 試作機とは言え、小口径ながらも貫徹力、連射性に優れた電磁速射砲"レールライフル"を腕部に装備している強力な対特殊生物兵器である。

 また、対地対空対艦を問わず、電磁砲を保有する国家は軍事力の指数が非保有国と比較して数段階上がると言われている。

 

シュォオオォォ………!

――ズズゥウウウーーン!!!!

 

『クモンガ変異種、沈黙!!!』

『米国は…全く新しい、恐ろしい兵器を作ったようだ』

『戦争が、変わるぞ…これは』

 

 ベガルタの装備するレールライフルはクモンガ・バゥに対して効果的面だった。戦車以上の機動力と火力、歩兵と同等の対応力を両立させた新たな陸戦の覇者の誕生である。

 今までは火砲と航空爆弾、ロケット砲を集中的に運用し、蜘蛛型特殊生物に対しては今ひとつである爆発による圧殺を狙う戦法をブラジル陸軍はなくなく採用していた。強力な貫通兵器を保有していなかったが故にだ。

 しかし現在、ブラジルの保有する電磁砲の数は20門となった。その全てが上で説明したベガルタの兵装であることは分かるだろう。

 

『ベガルタ試験中隊、損失ゼロ。』

『こちら5番機。左腕部のマニュピレーターに不具合を確認』

『帰投後に整備班に見てもらえ。いまだけでいいから保たせろ』

 

「――レールガンがあるだけで、これほど変わるものなのか……。やれる。我々はやれる。特殊生物の完全駆逐も夢ではないかもしれん」

 

 相手は進化と変化を繰り返している。が、それはこちら側…人類にも当て嵌まる。

 人間は工夫ができ、知恵を有する生き物だ。ただただ命を擦り減らして何度も戦ってきたわけではないのである。

 巨大なる存在に対抗でき得る環境を、各国は整え始めた。

 ここからおよそ一週間後、アメリカ合衆国はベガルタの本格的な量産と配備、そして友好国への提供準備を決定しそれに移行した。

 南米の特殊生物情勢は僅かであるが光明が見えたのである。

 

 

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アフリカ エジプト・アラブ共和国 

サハラ砂漠北東部 北回帰線上

 

 

 

ドオゥン! ドオゥン! ドオゥン! ドオゥン!

ドパパパパパパッ!!! パパパパッ!!!

 

 南極を除外すれば、世界最大を誇る砂漠であるサハラ砂漠の北東部、スーダン・リビアとの国境付近にて閃光と破裂音を生み出しているのは、在エジプトアフリカ共同体統合陸軍の主力戦車である〈M1 エイブラムス〉を中核とした機甲部隊の砲撃だ。

 

「隊長、あの大ムカデは本当になんですかい!?何匹やりゃあ顔拝む必要がなくなるんだ!!」

「知らん!!とにかく撃ち込め!!!カイロポット(紫ムカデ)の親戚かどうかは知らんが、こっちの方がよっぽどムカデだ!!」

「というより、もろムカデでは!?」

「なんで榴弾で弾け飛ばねえんだよ!!」

「とにかくっ!!あれは()()単体だ、ダメージを蓄積させる!それに、他の虫共やアフリカ解放団(テロリスト)蟲使い(バグズ・トーカー)が嗅ぎつけていつ来るか分からん!今のうちに片付ける!!!」

 

 彼らが相対しているのは、出現報告が最近上がってきた、全長100メートルを優に超える極大のムカデ型特殊生物――センチロニアである。

 アフリカは南米に次ぐ昆虫型特殊生物発生地域として該当する大陸だ。南米に劣らない特殊生物の多様性に富んでいる、ある意味不名誉な時局の大陸なのである。

 それに加えて、同じアフリカの民であるはずのアフリカ解放団なるテロ組織も大陸に蔓延っており、共同体統合軍は依然として四苦八苦していた。

 それ故にセンチロニアとの戦闘終了を統合陸軍は急いでいた。

 

「装甲の節目を狙え!」

「HEAT弾用意!機関砲も浴びせろ!!」

『来るぞー!酸の雨だあ!!!』

『ライノス5-4、後退する!!』

 

 しかし、センチロニアにはその巨体とは裏腹に俊敏であり、直線走行ならば一般的な世界の主力戦車よりも高速で走ることが可能な生きた弾丸列車。さらには高速移動をしつつ、背部側面からは軽自動車サイズの強酸性緑色球体液を投射する厄介極まりない怪物だった。

 遠距離から仕掛ければ、こちらの攻撃は効き辛く、向こうは戦車の装甲をものの数秒で融解させる酸を真上から浴びせてくる。かと言って安易に距離を詰めればすぐさま接近され、巨体による体当たりをお見舞いされ、車両もその乗員もぐちゃぐちゃにされる未来が待っている。

 

『ら、ライノス1-4!被弾した!!動けないんだ!!誰か、助けてくれ!!!』

『キューポラが開かない!!開かない!!』

『引き付ける!今のうちに……ぐあああっ!?』

 

ドォオオン!!!!

 

『ライノス2-2にアシッドボールが直撃した!!』

『なんてヤツだ…』

 

 人類はこれまで本格的な異種族との戦闘を経験したことがなかった。異種族との戦闘…今までそれは雑草に農薬を散布すること、マタギが熊を猟銃で撃ち殺すこと、害虫をスプレーで撃退することなどなど…有史以来積み重ねてきた科学の叡智に物を言わせた一方的な駆除…虐殺が殆どだった。地球を席巻している支配者の位置に人類は居座っていた。

 たしかに、例えばライオンに素手で掛かっていけば何も用意のないヒトは十中八九死ぬだろう。しかし、銃を……小銃、散弾銃を持ち牙や爪の届かないこちらの必殺距離から使えば、負傷することも死ぬこともない。さらに付け加えれば、言い方は悪くなってしまうが、たとえ数十億人中のたった数人が死んだところでなんとでもなる。

 勿論、蚊やサメといった生物が相手の場合、環境などによっては人類は不利だが、それは力も道具の一つも無い一般的な人々である場合だ。専門的な知識や圧倒的な技術・武力があればその限りでは決して無い。

 人類は今まで、地球上のすべての人間が皆殺しにされるようなことは異種族にはできないと考えていた。超自然的な災害や微生物やウィルスによるパンデミック等を抜きにしてそれができる方法と言えば、同族による核戦争ぐらいだろうと。

 特殊生物が現れるまで、人類を年間最も殺していた存在は、人類だったのだから。

 

「M1による一斉射撃ですら表皮にヒビを一つ入れるのがやっとか……!!」

「……っ!隊長!!」

「どうした!?」

「米軍とヨーロッパ連合軍の爆撃隊が間もなく到着するとのことです!!本部からはそのため、全力で後退せよと!!」

「戦車より速いヤツから全速後退しろだと!?……ええい、歩兵を急いで装甲車に乗せろ!足りないなら戦車の砲塔にでもかまわん!!」

 

 人類が経験してきた戦闘__戦争は先も言った通り殆ど同族とのものである。

 人類同士の争いでは戦闘の概念が固定化し、これを打ち破るために多様な戦法が誕生しては戦闘の概念が変化していった。人間を多く殺すために特化した効率的なものだ。

 知恵のある生物だからこそ生まれた駆け引きである戦法と、保有する兵器と人的資源を組み合わせ戦う…そういったやり方が常識だったのだ、特殊生物が現れるまでは。

 特殊生物には理性が存在しない。ここには地雷原があって危険だ、ここで待ち伏せをされているから回り込もう、ここで囮を立てて引き付けよう、ここで消耗したら全滅が必至だ、そういった発想を持たない本能剥き出しの敵対的集団は正に人類特効の天敵だった。最後の一匹までこちらを殺してこようとする血も涙も無い殺戮マシーン…降伏や停戦と言った交渉にさえ聞く耳を持たない、正面から物量や個々の特異性をぶつけてくる、戦略・戦術といった駆け引きも無く突っ込んでくる化け物共には、これまで人類が編み出してきた作戦の殆どが通用しなかった。

 現在、世界の特殊生物出現は不規則かつ散発的であるが、余裕のある状況だとは言えないだろう。

 

『聞こえるか?こちら合衆国空軍、第309爆撃航空団(BW)所属B-100F第1爆撃中隊――"フォージャーズ(鍛治職人)"。欧州軍はやや遅れると言っていた。我々のみで片付ける』

 

「こちらアフリカ共同体統合陸軍、在エジプト第4機甲旅団だ!!地上にいる我々ごと絨毯爆撃するつもりか!?」

 

『貴官らを傷つけるつもりは一切ない。心配は無用だ』

 

 純粋な暴力に抗うには、こちらがさらに巨大な暴力を持って向かわねばならない。弁論など通じない相手には妥協は一切合切必要無いのだ。

 人類が久しく忘れていた、本能的な恐怖と危機感……それを思い出させたのは特殊生物だったのは、皮肉なものである。

 

『……フォージャー1よりオールフォージャー。MQ-77(ブルーバード)を全機起動、投下せよ。また、無人機投下後、全母機はMOP3爆撃態勢に移行せよ』

『起動確認。投下!!』

 

『『『投下!!』』』

 

 センチロニアとの戦闘に新たな一石を投じる役を担ったのは、アフリカ救援部隊として大陸に派遣された米軍の戦略爆撃隊の一つだ。

 当飛行中隊は〈B-100F コスモフォートレス〉超大型戦略爆撃機を中心に編成されており、この部隊の強みはB-100本体のみの純粋な爆撃能力だけでなく、それぞれの機体両翼下部に搭載している10機の、多用途無人機〈MQ-77 ブルーバード〉護衛機仕様を投入することによる部隊への各種攻撃任務対処能力の付加にある。

 

『ブルーバード、全機投下完了!!自律稼働を確認!!』

 

 高空に舞う"宇宙要塞"からは、次々と鋼鉄の青鳥達が飛び出していた。

 それらはぐんぐんと前方へと加速していき、徐々に高度を下げていく。低空からのミサイルによる飽和攻撃を狙っているからだ。

 そしてそれに続いて母機であるB-100F爆撃機が遅れて作戦空域に進入してくる。下部の爆弾倉に繋がる投下口が口を開ける。中には地中貫通爆弾__MOPが存在しており、大百足にダメージを与える機会を今かいまかと待ち侘びているように思える。

 

『ブルーバード、ミサイル発射を確認。第一波は既に命中。ムカデの動きが衰えた』

『こちらも仕上げに掛かるぞ、各機、外すなよ。オーバー』

 

『『『了解(コピー)』』』

 

ヒューーーーーッ!!! ヒューーーンッ!!! ヒューーーーン!!!

――ドゴォオオオオン!!!! ドゴオン!!!! ドォオオオオオン!!!!!

 

 米軍無人機群のミサイル攻撃により釘付けにさせられたセンチロニアが払った代償は、致命的なダメージであった。辛うじて行った強酸性緑色球体液(アシッドボール)による対空防御はお粗末なものであり、米空軍爆撃隊本体、無人機群まで到達することなく、擦りもしなかった。

 地中貫通爆弾はセンチロニアの頭部と背部……長大な胴体の中心付近に着弾し、容易く貫通した。

 相当のダメージを負ったためか、センチロニアの全ての脚部は歩みを止めた。

 

「まだだ!!アイツは多数の化け物が連結している!!頭を潰しても終わりじゃない、分離する前に攻撃を集中させろ!!!」

 

 米軍による爆撃――圧倒的な火力を目の前で見たことで呆けていた統合陸軍旅団を現実に引き戻したのは旅団指揮官だった。

 旅団指揮官が言っていたように、爆弾の直撃を免れたセンチロニアの各部位が不規則にそれぞれが動き出した。まるで、部位の一つ一つが別個の意識を持っているかのように。

 ハッとした旅団員達は、各々が持つ、若しくは駆る火器兵器で再び熾烈な攻撃をもがき続けているセンチロニアに浴びせかけた。

 

 …センチロニアはただの特殊生物ではない。

 かの生物最大の特徴は、卓越した攻撃・防御・機動力でも巨体でもない。多数の特殊生物が連結・分離することで身体を構成している点にある。言わば特殊生物の集合体なのである。

 外見がムカデであるため、ムカデ型特殊生物と括られているが、頭部や尻尾、腹部、背部等のすべてが独立した別個でまったく未知の昆虫型特殊生物であり、外見以外にムカデと類似する点は一切存在しない……全くの別の生命体だ。

 なぜこのような進化を遂げたのかは不明だが、この特徴を利用してダメージの溜まった箇所を担当している特殊生物をトカゲの尻尾切り……または追加装甲を切り離すが如く分離・射出することも可能だ。全体に奉仕するために特化した、個の死すら歯牙にもかけない進化。用済みになれば容赦なく切り捨てるわけである。

 

「あらかた片付けたか…」

 

「はい。残存する特殊生物は確認できず。戦闘終了ですね」

「死骸の処分はエジプト陸軍も参加するらしく、およそ30分後に来るらしいですぜ」

 

「米軍の爆撃隊には、あとで良い酒でもご馳走してやらねばな…」

 

 そんな特異な特殊生物の群体は人類に対してその能力を今回は発揮することができないまま駆除された。

 しかし、忘れてはならない。今回は人類側の運が良かっただけなのだから。偶然、足止めに徹する者たちがいて、偶然、決定打を与えることが可能な装備を持って来た者たちがいて、偶然、人のいない砂漠地帯に怪物が現れただけなのだから。

 日常を享受できることを、もっと大切にした方が良いのではないだろうか。それがいつ壊れるのか、分からないのだから。これは何も、押し付けがましいことだとは思えない。

 

 

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オセアニア ミクロネシア連邦領海

西太平洋 チャレンジャー海峡上付近

 

 

 豪州連合加盟国の一つ、ミクロネシア連邦。当国は隣国マーシャル諸島共和国と共に豪州連合の太平洋における対日米最前線を張っている、戦略的・地理的、そして現在豪州連合が秘密裏に進めている国家プロジェクト――"天頂計画(ゼニスプラン)"遂行上重要な国家でもある。

 史実とは違い、グアム島とサイパン島を中心に北マリアナ諸島は第二次大戦終戦時に米国が旧日本軍から奪還後、現地民の武装蜂起を発端とした独立運動によって米国から独立。"北マリアナ独立国"が建国された。そして1990年代、来たる"オセアニア広域連合構想"__現在の豪州連合__発足の下準備として、ミクロネシア連邦に編入・統合された。

 それによって、ミクロネシア連邦はグアム、サイパン、西太平洋に存在する他4島を現在まで領有しており、そのグアム・サイパン両島には近代化改修が為された大規模な豪州連合空軍基地が立っている。

 先のババルウ日本襲撃時に硫黄島沖領空侵犯未遂をしたオーストラリア国防空軍B-57戦略爆撃隊__エインジェルもこの両基地の所属だ。

 

 そんな島々の周辺……東から南にかけての海域には人智が未だに及んでいないマリアナ海溝があり、その海溝の中でも最深部に繋がる場所を人々はチャレンジャー海淵と呼ぶ。判明しているだけでも水深約1万メートルを優に超えており、正確な深度の数値は出せていない、世界で一番深い場所だ。

 世界最高峰と謳われるエベレストすらもすっぽり入ってしまうほどの深さ……その冷たく暗い孤独な環境は人類には過酷だ。水中だからと言うのは勿論だが、何より深く潜れば潜るほど強力になる水圧が人類側の調査を妨害していると言っても過言ではなく、長らく海溝の調査は難航し、その環境下に生きる新種の生物等の発見も芳しくなかった。

 ………しかし今日、マリアナ海溝――チャレンジャー海淵の謎に包まれていた全貌の一部が、海上に顔を出したのである。

 

ギャオオオオオオオオオッ!!!!

 

 神秘で満ち溢れている海底の秘密の一部。それは、人類にとっては悪いニュースでしかなかった。

 超古代先史文明の負の遺産――現代人類に仇なす生物兵器、ギャオスが生息する地点であったのだ。

 極東日本国周辺の海底にも新規の古代遺跡が発見されていることから、世界各地に存在する海底、海溝には未知の遺跡が多数存在するだろうことは分かっていた。その中でも、どうやらチャレンジャー海淵に沈んでいたのはギャオスに関連する施設の遺跡群であったらしい。

 

ギャァアアッ!! ギャァアアッ!!!

 

『N2弾頭弾の追尾が追いつかない!!』

『通常ミサイルで動きを止めるんだ!』

『潜航、浮上、飛行を繰り返してやがる……!!ミサイルも当たらんぞ!!機関砲だ、機関砲で叩き落とせ!!』

 

ドドドドドドドッ!!! ――バヒュンッ!! バッシュゥウウウン!!!

 

ギャァアアッ!!

キィイイイン……スパンッ!!!!――ドドォオオオン!!!!

 

『バベル8が食らった!あの野郎め――うおっ!?』ブツッ!!

『コズンもやられた!!』

『チッ!だから油断するなと言った!!』

 

 チャレンジャー海淵から出現したと思われる、四体のギャオスは明らかに新種であった。

 今、ギャオスは海中から姿を現してから、オーストラリア国防海軍所属の空母航空隊――バベル隊による攻撃が為されているが、戦局はあまり芳しくはない様子だ。

 

『各機散開!ハードポイントのN2弾頭に誘爆してみろ、全員まとめてあの世行きになるぞ!!』

 

 水掻きやヒレ、エラなどを備えたギャオス4体は、トビウオの如く海上と海中を高速で行き来して豪州連合空軍の戦闘機部隊からのミサイル攻撃を難なく避けていた。

 さらには向こうが隙を見せれば、すかさず超音波メスを繰り出し被害を与えていた。超音波メスの命中率は高く、耳を揺さぶるノイズが聞こえたかと思えば機体が真っ二つに切断され、気づいた頃には即爆散していると言った流れが後を絶たない。

 

『グレートサンディーよりバベルチームへ。間もなくサイパン及びグアム基地のゴーレムチームが駆けつける』

 

『バベル1了解!最大限の努力をする!!頼むぞ!!』

 

『こちらも第二航空隊(ソーサラーチーム)の発艦を急がせている。耐えてくれ』

 

 海棲生物と陸棲生物の中間にあたる、ギャオスの適応進化形態…アクアティリスは、現在の海洋環境に合わせ最適な既存生物遺伝子の発現を自発的に行った存在だ。地殻変動と海底の隆起によって地表に現れた海底遺跡に封印されていたギャオスの耐久卵が目醒めてしまったのが原因であると考えられる。

 この陸海空のあらゆる環境にて生存できる新たなギャオスは、何も豪州連合だけの脅威ではない。海淵内から現れたアクアティリスが拡散、若しくは各地の個体がそれと同様の遺伝子発現を行った場合、より一層ギャオスとの戦いは厳しさを増していくと思われる。

 

『バベル隊をやらせるな。ゴーレムチーム、エンゲージ!!』

『バベルチーム、援護する!』

『ゴーレム4!FOX2!FOX2!!』

『次に海から顔を出したらありったけ叩き込め!』

 

 20対4の物量差がありながらギャオスを相手にドッグファイトで劣勢に陥っている、ガメラ捜索任務に就くはずであったオーストラリア国防海軍の航空隊__バベル隊を支援するため、グアム・サイパン基地両島を拠点とする豪州連合空軍航空隊__ゴーレム隊〈JF-17 サンダー〉戦闘機総勢14機が戦闘に加わった。

 中国がパキスタンと共同開発した海外輸出用の多用途戦闘機(マルチロールファイター)であるJF-17は、2000年代に開発された機体であるが、F-16の特徴を参考にしていることから小回りが効き格闘戦に強い設計となっており、近中距離での空対空戦闘では現代の最新鋭戦闘機に勝るとも劣らない性能を隠し持っている機体だ。

 しかしその性能はあくまでも、同じ航空兵器相手の場合だ。

 さらに言えばパイロットの技量も機体の性能も上であるバベル隊ですら翻弄されている。一部隊の救援が来たところで状況が一転するわけがないことは結果を見なくとも分かるのだ。

 

『ほぼ30対4だぞ!?なぜ奴らは堕ちないんだ!!』

『!!――またホバリングで回り込まれる!誰かケツをカバーしてくれ、早く!!』

『エレメントを組み直せ!必ず一対多で相手取れ!!』

『バベル1よりバベルチーム。N2弾頭弾は残っているか』

『バベル9より1!全弾撃ち切りました!!残りは通常弾と機関砲のみです!!』

『誘爆を恐れ空中投棄を実施したため、ゼロです……!!』

『残り三発、N2が――――』ブツッ!!

『うわぁあっ!?7番機、友軍を多数巻き込み誘爆!!』

『ピンポイントでバベル7を撃ったのか!?』

 

 ………だが、新種のギャオスとて完全無敵ではなかった。長時間空中を飛行――それも戦闘による激しい運動と体力の消費が伴う飛行を――していたこともあり、徐々に勢いが衰え出したのである。

 バベル隊とゴーレム隊はギャオスの様子の変化に気づき、これを好機と捉え反撃に転じた。途中で第一艦隊の原子力空母__グレートサンディーより発艦してきたソーサラー隊も作戦空域にて合流し、一層強めた数でのゴリ押しを全面に出して追撃。三個飛行中隊分の追撃を掻い潜りチャレンジャー海淵へと潜水逃亡を試みようとした残党のギャオスは第一艦隊のミサイル巡洋艦並びに駆逐艦のN2弾頭搭載の対潜誘導弾(アスロック)の過剰なまでの飽和攻撃を受け海の藻屑となった。

 

『バベル1だ。管制、ウチは四人も食われた。駆けつけてくれたゴーレムとソーサラーも何人かやられている』

 

『こちらグレートサンディー。各飛行隊、よくやってくれた。マックス司令も称賛してくださっていた。…………ギャオスと戦い、豪州を守るために命を捧げた同胞達に、哀悼の意を……』

 

『……クソ以下のヤツらのために、何故あいつらが死なねばならなかった……!!』

 

『……各チーム、一度帰投を――』

 

 少なくない犠牲を払いながらも、災影をなんとか撃破することのできたオーストラリア国防海軍と豪州連合軍であるが、そこに新たな影が海上を突き破り現れんとする。

 

『――そ、ソナーに感あり!!この反応はっ!!!』

 

『どうした管制?新手なのか!?』

 

ザッパァアアアアーーーーーーンッッッ!!!

 

『なっ!?が、ガメラっ!?』

 

 海上より飛翔するは護国聖獣が一柱、大海を守護する玄武――ガメラだった。

 暫く前にギャオス追撃の最中、豪州連合空海軍によるN2攻撃によって撃墜され、消息を絶っていた、地球守護神獣ガメラ。

 撃墜地点はミクロネシア・マーシャル諸島共和国近海であったのだが、ここマリアナ諸島の…それもチャレンジャー海淵付近の海中より現れたということは、あれから豪州連合軍からの執拗な対潜攻撃を避け続け行方を眩まして傷を癒しながら海底を回航してきたのか、それとも巷でまことしやかに噂されている人類未把握未発見の"海底空洞"なる天然のトンネルを介してここまでやってきたか…それはガメラに聞かねば分かるまい。

 そんなガメラが、以前に敵対行動をとった豪州連合軍そっちのけで遥か空高くグングンと飛翔していく。

 航空隊それぞれのレーダーにはまだハッキリとガメラを捉えている。しかし、数秒毎に猛烈な速度で突き放されており、レーダーが示す探知距離から自ずとそれが分かる。ここでミサイルを撃たねばガメラは北上し日本国領海周辺で行方をくらますだろう。

 

『マーシャルでくたばったんじゃなかったのか!!』

『隊長、攻撃しましょう!今なら追跡が可能です!!』

『奴もこちらを知覚しているはず!なぜ何もせずに逃げる!!』

 

『――ガメラ、失探(ロスト)!!』

 

 三個飛行中隊が空中戦闘のための編隊を急ぎ組み直している僅かな時間で、ガメラは彼らを置き去りにして北…日本方面へと飛び去った。

 ギャオスとの戦闘での消耗もあり、豪州連合並びにオーストラリア国防軍はこれ以上の追尾を断念。グアム・サイパンの哨戒部隊を出撃させ、形だけのガメラ捜索と戦闘海域の処理を行なった。

 豪州連合はこの一件から、際限なく進化を続け適応を繰り返しているギャオスの完全殲滅と発生地帯の特定・破壊、ガメラを筆頭とした大型特殊生物の領内からの駆逐を改めて大々的に打ち出し、連合議会にて国防費のさらなる臨時追加が決定された。

 今回の予算は、N2とオーバーテクノロジーの研究、新型兵器群の量産工場設立、離島の要塞化に費やす魂胆であるらしい。

 

 軍事同盟化に拍車が掛かる豪州連合。

 彼らの備えはどこまでを見据えているのか。

 …限度を超えた軍拡は、破滅への近道であることを、誰も理解しようとはしなかった。

 

 

_________

 

 

極東 ロシア連邦 マガダン州オホーツク

シベリア・オホーツク統合基地

欧州連合科学技術研究所ロシア極東支部施設区画

地下大型格納庫

 

 

 

 極東ロシア日本海沿岸部に位置する街、オホーツク。

 その街の郊外には、ロシア連邦軍とヨーロッパ連合軍が共用する陸海空の統合基地が建っている。

 また、基地の敷地内には、ヨーロッパ連合の科学技術研究所も併設されており、ロシア連邦軍による手厚い警備を提供してもらっているのだ。

 そして当基地内には核シェルターとしても機能する大規模な地下格納庫が数カ所に存在する。その格納庫の一つが、今は日本の青森にて発掘された、超古代に造られた50メートル級人型作業機械__〈機人〉の生き残りである"衛人(クナト)"保管のために使われている。

 衛人はと言えば、このシベリア・オホーツク基地に集結した日米露の研究チームの調査に全面協力している最中だった。

 

『――そして、世界統一機構となった超古代先史文明__"エフタル"は、ギャオスによる生存圏の後退を余儀なくされた中でも、文明崩壊後に生き残るだろう子孫のために〈環境浄化人工生物群〉の普及を、ギャオスとの戦争の間も継続していました』

 

 衛人から語られる詳細な紀元前の人類史は驚くべき事実の数々であった。

 

「その環境浄化生物はどうなったかは記録されているかしら?」

 

『環境浄化生物群の大半は、運用されることはありませんでした。残存していた各地の辺境セクターでも起動を試みられましたが、すべて断念されています。これは、起動に取り掛かった頃にはギャオスによって環境を復元不可能なレベルにまで改変されていたからに他なりません。放棄されたものの殆どは、遺骸となり古代のプランクトンと同様に石油化しているか、若しくは大地に還元されたかと思われます』

 

「環境浄化生物か……。正に生物学、遺伝子学の境地だな」

「今の生物学的環境修復(バイオレディメーション)は細菌やバクテリアがやっとだというのに…」

「クナト……彼の言う通りなら、特定の新規の遺跡からサンプルが回収できるかもしれない」

 

 日米露研究チームは、格納庫に座す衛人に対して会話形式による聴取をしていた。

 衛人への質問内容については3カ国が順番に決定し、それを日本生総研の香月を介して行われていた。現状、最も衛人とコミニュケーションをとった人物であるからであるのと、衛人本人からも香月との会話を要求されているからだ。

 

「――なるほどねぇ。さっき大半は起動しなかったと言ったけれど、一部はどうなったかは分かる?」

 

『――()()、文字通り消失したと記録されています。コウヅキ博士らが使っている特殊生物のカテゴライズを用いると、小型から大型までの環境浄化人工生物の一部…生産された全体の7パーセント、合計約1万体ほどが絶滅抵抗戦争中期から末期に掛けて消失しています』

 

「具体的な要因は分からないわけね。答えてくれてありがとう。

さて、ここまでで環境浄化生物について判明したことを大別してまとめると、当生物群は互いが共生・寄生関係にある菌類と"蟲"と総称される動物群から構成されていること、現在世界各地に出現している昆虫型特殊生物とは無関係であること、当生物群が浄化した後の環境は現代人類にも害はないこと、大半の個体は廃棄され、一部の個体群は何らかの事象によって消失し行方は掴めないこと…ぐらいかしら」

 

 今回、研究チームが得たものは環境浄化人工生物群についての詳細な複数の情報であった。

 先日は超古代先史文明(エフタル)の築いたセラミック文明や保有していた軍事力・技術力・財産についての情報を衛人が提供している。

 連日、日米露合同研究チームから質問攻めにあっている衛人であるが、やはりというべきか機械故に疲労にあたるモノは持ち合わせていないらしく、精力的に応対しており、こうした協力は人類を守護する機人としての義務であり現在自身ができる最大限の貢献であると香月達に配慮まで見せていた。

 恐らく衛人の協力が今後も続いてゆけば、超古代の謎の解明やギャオス攻略の糸口、人類の発展のカギを手に入れることに繋がるだろう。

 

「あ、それと……その環境浄化人工生物群って、長いし堅苦しいのよね、名前が。先史文明のエフタルみたいに別称とかあったら、教えてほしいのだけれど」

 

『はい、当生物群にも別称別名はあります。当生物群を、"青き清浄の地"……かつての緑豊かな大地を取り戻してくれる希望であるとエフタルの人々は考えていました。そのため古代エフタルにて聖母と呼ばれていた人物の名も取り入れ―――』

 

 そして、残された疑問や謎は、不穏というつぼみとなって目一杯に膨らんでいく。

 

『―――"ナウシカの随行者達"と呼ばれていました』

 

 そのつぼみは開花の刻を人知れずにゆっくりと待っているのである。

 

 

 

 





 はい。どうも、投稿者の逃げるレッドです。出せる回は出しときましょうと言うことで、今回はハジメ君達の周囲から離れた視点からのお話でした。
 もう気づいた方もいるかもしれませんが、ナハトスペースに存在していた地球産超古代文明は平成ガメラシリーズオンリーではなく、複数の作品から設定を持ち寄り組み合わせたキメラ文明です。今後も古代文明…エフタルについての掘り下げ回や関連回は出す予定なのでよろしくお願いします。

 今回のサブタイは、某TCGのパーフェクト呪文の神イラスト発表記念に、エターナル・多色呪文の名付け方に乗っ取りました。本サブタイがカード化したら読み方はどうなるんやろ…

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 次回
 予告

 第63回戦車道全国高校生大会の一回戦、黒森峰学園と知波単学園の試合当日。
 千葉港に降り立ち試合会場へ向かう黒森峰戦車道履修生達。
 会場内外に警察や自衛隊が警備に就き物々しい雰囲気の中で遂に試合が始まる。

 影法師に唆されてしまったレイラは、怪獣出現のタイミングを窺う。
 果たしてウルトラマンナハトへの捻じ曲がった復讐劇が始まってしまうのだろうか?そして、影法師の策とは何なのか!?

 「アレは、言わば影だ…」

 次回!ウルトラマンナハト、
【鉄紺の幻影】!

 人は皆、見えない未来を探している…!


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第42夜 【鉄紺の幻影】

宇宙凶険怪獣 ケルビム、
バリヤー怪獣 ガギ、
宇宙同化獣 ガディバⅡ、
ベーゼウルトラマン シュピーゲル、登場。


 

 

 

7月22日水曜日 日本時間10:30頃

 

東アジア 日本国関東地方 千葉県千葉市 花輪町

花輪公園附属戦車道演習場

 

 

 千葉県内陸側に位置する当演習場は、おおよその換算で4平方キロメートルの敷地を有している。一部区域は森林丘陵地帯であるため、地形に富み実擬関係なく本格的な訓練が可能な、東日本有数の県営演習場だ。

 国防組織である自衛隊の利用だけでなく、児童、学生、社会人の民間戦車道関係のイベントを開催する場合も、使用許可が千葉県自治体から下りたりするほど、気軽に利用ができる施設としてこの辺りでは有名だ。

 

『間もなく、試合開始時刻となります。両校チームは車輌チェック並びに準備をお急ぎください――』

 

 今日は戦車道全国高校生大会の第一回戦第7試合、黒森峰学園と知波単学園の試合会場として使われる当演習場。

 戦車道のイベント時は露店・屋台が演習場入り口を中心にして並び、報道関係者や観客で仮設観戦会場に続く道がごった返すのが例年までの風物詩だったのだが、今日のこの日、報道関係者は変わらずで、一般客や出店の数はめっきり減っていた。

 原因となる理由は分かるだろう。日本の特殊生物情勢によるものだ。

 何の因果かは不明だがいつも学園艦は特殊生物災害の渦中にある。特に、黒森峰学園は特殊生物災害との遭遇が他と比べ圧倒的に多く、一部の人間からは疫病神と裏で言われているほどで、ある意味腫れ物扱いされているのが現状である。そう言ったことから、観戦に来る一般客の来場が減少するのは必然のことであった。

 

バタバタバタバタバタ……!!

 

『ミズナギよりモーニング01。警戒監視飛行の定期報告を求む。送れ』

『こちら01。現状、異常は見られず。送れ』

『ミズナギ了解。貴隊はコースを変更せず作戦空域内の警戒飛行を続行されたし。送れ』

『01了解。警戒任務を引き続き行う。終わり』

 

 その代わりと言ってはなんだが、演習場上空には第4対戦車ヘリコプター隊隷下の偵察ヘリ__OH-1の指示の元、対戦車ヘリ__AH-2 ヘッジホッグ4機一個飛行小隊がフィンガー・フォー編隊を組み警戒飛行中であり――

 

『第58普通科連隊、二個中隊の誘導・配置完了』

『松戸第1戦車大隊第2中隊(ブレイド隊)並びに第39即機連第1戦闘中隊、ゲート通過。担当区域への到着予定時刻は10:45』

『県警第2機動隊を敷地内へ誘導せよ』

 

 演習場内に繋がる車輌用ゲートには続々と、千葉県警機動隊の〈常駐警備車〉数台、陸自普通科部隊を乗せた装甲車、輸送車、そして少数ながらも機甲部隊が進入していた。

 

『入場チケット、並びにパスの提示をお願いしております。予め取り出して準備をしてもらえると幸いです』

 

「この先、50メートルで右に行ってください。看板と向こうの警官の誘導に従って――」

 

 そして普段の喧騒の空白を埋めるかのように、大勢の自衛官と警官が会場内を巡回、警備していた。所謂厳戒体制というものである。

 演習場一般入り口から仮設観戦会場までの道の路肩には千葉県警のパトカーや陸自の〈87式偵察警戒車〉、上面ハッチを開き01式軽対戦車誘導弾を抱えた隊員を乗せた〈軽装甲機動車(LAV)〉が停車しており、拡声器等を用いて市民の警護・誘導を行なっていた。また、どの警官、自衛官も拳銃や自動小銃を手にして歩哨に就き、行き交ったりしており物々しい空気が演習場全体から発されていた。

 

 

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同時刻

 

同演習場 黒森峰学園側待機所

 

 

 一般市民の入場が進む中、本イベント…公式試合の主役の片方である黒森峰戦車道履修生のメンバー達は試合開始に備えての戦車・人員の最終調整並びに確認をしている最中であった。

 整備科の男子生徒らは、手の空いている機甲科女子生徒達に手伝ってもらいながら、弾薬燃料各種物資を試合に参加する競技車輌に積み込んでいた。その傍ら、各車輌の整備班長がチェックシートが貼られたバインダーとボールペンを持って車輌の目視点検をしている光景がある。

 

「エリさんのティーガーⅡは、確認終わったから……おーい、イッチ。西住隊長のティーガーⅠ(Ⅵ号)の方、どう?何か直さないといけないとことか見つけた?」

 

「ううん。特に無かったよ。だから田中君達一年生に弾薬搬入手伝ってもらってる。あとは水分とか戦闘糧食(レーション)の補充とかやったら、終わりかな」

 

「そっか、なら予定よりちょっと遅いけど間に合いそうだね」

 

 整備班長である二人、ハジメとマモルが作業の進捗について話していた。

 そこにレイラが車長を務めている〈Ⅴ号戦車 パンターG型〉の整備班長であるユウが担当の作業を片付けたらしく話に入ってくる。

 

「お疲れ様!パンターは異常無しだった。最後の弾薬も積み終えたから、こっちの様子見に来たよ。どんな感じ?」 

 

「終わりそうだよ。そろそろテント片付けなきゃな」

 

「まほさん達も間もなく作戦会議終わるくらいかな?」

 

「……なあハジメ」

 

「ん?何?」

 

 先までの明るげで気さくだったユウの声のトーンが変わった。いつになく真剣な声色だった。

 ユウのチャームポイントでもある糸目は薄らと開いており、そこから垣間見える鋭い眼光から、ハジメが抱く()()を見定めているかのようにも感じられる。

 

「何て言うか………メンタルケアとか、ちゃんとしてるか?」

 

「え?担当車のメンバーの相談役とか?」

 

「違う違う。自分自身のことだって。二日前さ、レイラちゃんのことで思い詰めてたろ?レイラちゃんからもさ、ハジメのこと頼まれてな。気に病む必要ないんだよって」

 

 ユウが気になっていたのは、ハジメの現在の精神衛生状態についてであった。実はハジメがレイラと邂逅し、一人でダウンしていたあの後に、ユウと鉢合わせていた。

 その際、ハジメは自分が感じている不安や自己嫌悪をユウに少し溢していたのだ。

 ユウは今後大会期間に入る中、縁の下の力持ちである整備科…それもその隊長が………というだけでなく、幼い頃からの付き合いである親友の苦悩している姿を放ってはおけなかった。一言一句、大袈裟なほどの分かりやすい相槌を打ちながら、ハジメの言う事に耳を傾けた。それが逆にハジメを助けた。

 そういったこともあり、今の質問はおおよそ経過観察とハジメの体調への配慮を兼ねたものと言ったところだろう。

 

「あ、ああ……そうだったなぁ……。今はだいぶ良くなったよ」

 

「…ハジメの言ってること全部を疑ってるわけじゃない。だけどな、余計なもんまで…背負う必要の無いものまで背負おうとしてるように、俺は見えた……いや、見た」

 

「…うん」

 

「ハジメのことは全部分かってる……なんて言えないけども……。これだけは言える。レイラちゃんを悲しませたのは、あの場にいた誰のせいでもない。勿論、お前でもない」

 

「……うん」

 

 違うんだ、ハジメは言いたかった。それは少し違うのだと。

 

「気にし過ぎるなよ。人のために涙流したり、一緒に哀しみを共有するのは良い。だけど、引き摺るとこまではやらなくていい。それで自分が壊れたら元も子もない。取捨の選択をしろってわけじゃなくてな?」

 

 ハジメはユウの気持ちを理解できるし、拒絶もしない。しかし、やはり違うのだ。

 あの時の状況を、もっと良い方向にできた打開策を――普通の人間では取れる事も考える事もできない択を自分は取れたはずなのだ。唯一あの場で消えそうな命に手を伸ばせるヒトであったのだ。

 奢りなどでもなく、責められる立場にいた。間違いなく。

 

「………」

 

 どこかにまだ後ろめたさ…後悔、ウルトラマン(光の巨人)としての自責の念からか、俯き加減になってしまっていたハジメの肩にユウが優しくポンッと手を置いた。

 

「……知ってるか?誰かに与えた、渡した、分けた優しさは、いつか自分に巡り巡って何らかのカタチになって返ってくる……って話。俺は()って親に名付けられたからさ、その話が気に入ってるんだ」

 

「…そうなんだ」

 

「ハジメ、ここにいるマモルと、不在のヒカルやタクミが思ってることを俺がまとめて言う」

 

「お、おう……」

 

 何をぶちまけられるのだろう。ハジメは固まった。

 

「――お前は良いヤツだ。どうしようもなく良いヤツだ。俺らはちっちゃな頃から一緒にいるから余計分かる。自分では気づいてないかもしれないけど、お前が誰よりも色んなものを積み重ねてきてる強いヤツだって、知ってるからな…!だから、その、なんだろう……なんて締めればいいか分からないな…」

 

 ユウが言うことじゃないだろう、ガラじゃない。そういったのは熱血漢のヒカルの方が余程適任なのに。どうやらマモルも同じ考えらしく、少しばかり苦笑していた。

 ハジメも小さく笑った。らしくないことをするほど、周りの人間…それも友人が自分を思ってくれていることが改めて分かったから。

 ありがたい。嬉しかった。自分は人の縁に恵まれたのだと。

 

「ありがとうユウ。たしかに途中から脱線してるかもしれないけど、言おうとしてること、伝えようとしてること、分かるよ。……本当にありがとう。俺は、大丈夫だから」

 

 親友からの言葉が骨身に沁みる。暖かった。

 これに応えねばならないとハジメは思う。無力感に押し潰されかけている暇があるのならば、平静を取り繕っている不安定なレイラを助けることを考えた方が良い。

 近づき、寄り添い、支え合う。例え拒否され突き飛ばされるのだとしても、そんな人々も助けるのだと。

 

「お、さっきよりもマシな顔になったなぁ。その顔だその顔!」

 

「うん。やっぱりハジメは明るい顔の方が良いよ」

 

「そうかな」

 

「そっちの方がいい」

 

「……そっか」

 

 ハジメは幾分か気力を取り戻せたようだ。恐らく、直近の試合観戦にまで、マイナスな感情を持ってはいかないだろう。

 レイラを戻す方法を模索しながら、今自分がやることすることに取り組む踏ん切りがついた。

 

「先輩方〜!全車、物資の積み込み終わりました!四駆も揃えたので会場へ早く観戦しに行きませんか?」

 

 後ろから後輩…田中がハジメ達を呼び掛ける声が聞こえた。

 三人の会話とほぼ同じタイミングで、試合準備を終えたらしい。

 

「おう。連絡ありがとな、()()!」

()()ですってば!!」

 

「この集まりはなんなんだ?」

「おーい!!おめーら四人で何いちゃついてんだ?俺らも混ぜろ!!」

「う〜ん!やっと準備終わったぁ〜」

 

「補助の機甲科の娘たちに交代してもらって、もう観戦しに行くから、移動するってハジメが言ってたよ」

 

「はー?せっかくここまで仲良しこよしで来てやったのに、移動だぁ?」

 

「誰も来てくれなんて頼んだ覚えはないよ?」

 

 後輩である田中の次にヒカルとタクミとダイトの三人が肩を組んで仲良くやってきた。三人の担当車も点検と準備を終えたらしく、手持ち無沙汰になってやってきたと思われる。

 

「よし。なら行こうか」

 

 親友達もやって来たことだ。そろそろ観戦会場まで移動するかと、ハジメは整備科のメンバーたちに声を掛けて回っていく。

 今やれることを、やるのだ。

 

 

――――

――――

――――

 

 

30分後 11:00

 

演習場中央部 

 

 

「両校代表、前へ!」

 

 演習場中央部には、試合前の挨拶を施行するために黒森峰と知波単の両チーム、そして審判団と蝶野教官を筆頭とした数人の自衛官がいた。

 周囲には試合参加車輌は見当たらない。それらは予め互いの試合開始地点に配置されており、選手と上記の大会運営の人間、そして選手らの移動手段である四駆が複数台あるのみである。

 

「遂に…始まりますね」

 

「そうだね!全力を出し切ろう!」

 

 始礼のために前へと進むチーム代表である隊長のまほと副隊長のエリカの後ろ姿を見ながら、整列している小梅とレイラは小声でヒソヒソと話していた。

 相変わらず、レイラはいつも通り…に見える。振る舞いは普段と変わらず、明るく元気なレイラである。

 

「(あー、イライラするなぁ。怪獣、いつ出てくるのかな?復讐できないじゃん、復讐が… )」ボソボソ…

 

 小梅と話していた時とは明らかに違う、とても低いトーンで独り言を呟くレイラ。

 その顔はにこやかなものではなく、影が差し目の内は暗く濁っていた。これだけでも人を呪えるのではないかというレベルのオーラが感じられた。

 自分の呟いている復讐が、空虚なものかつ仕組まれたものであることにレイラは気付けない。

 

「あの…レイラさん、何か言いました?少し聞こえなかったけれど…」

 

「ううん、大したことは言ってないよ」

 

 

「知波単戦車隊の隊長を務めております!西絹代と申します!!本日はよろしくお願い致します!!」

 

「こちらこそ。全力で相手をする。よろしく頼む」

 

「――これより黒森峰学園対知波単学園の試合を行うっ!一同、礼っ!!」

 

「「「よろしくお願いします!!!」」」

 

 

 遂に、黒森峰の全国大会一回戦の幕が開ける。

 それは正史にはなかった、強大な存在達による人智を軽々超える激しい戦い…これまで比べさらに次元の違う戦いの始まりを意味するモノともなった。

 

ヒュ~~~~ッ!! パァン!!

 

『試合開始ッ!!』

 

 

『パンツァー・マルシュ!!』

 

『戦車前進!!』

 

 試合開始の合図である昼花火が上がり、当試合の主審である蝶野亜美一等陸尉……高校戦車道教官の号令の元、黒森峰の第一試合が始まった。

 黒森峰のドイツ機甲部隊と、知波単の旧日本軍戦車隊はそれぞれ隊列を組み、雄々しく前進する。

 

『ミーティング等で何度も話したが、改めてここで今試合の相手である知波単に対しての作戦を確認する。…かの学園は、一斉突撃戦術を下地にした短期決戦を得意としている。しかし相手はこちらの装甲を貫くほどの火力を有してはいない。我々の採る択は変わらない。正面から叩き潰すのみ。相手もそれを望んでいるのならば、受けて立とう。行くぞ!!』

 

『『『了解(ヤヴォール)!!』』』

 

 ちなみに全国大会の第一回戦から準々決勝までは、参加車輌数の上限は10輌である。

 黒森峰の第一回戦の車輌編成については、下のようになる。

 まほが車長を務める隊長車であり、黒森峰のフラッグ車でもあるティーガーⅠ。副隊長エリカのティーガーⅡ、そして小梅・レイラと足文…通称ゲシ子

のパンターG型3輌。エミの駆逐戦車__ヤークトパンターに、普段は超重戦車マウスを担当している鼠屋…マウ子が乗るⅣ号駆逐戦車(ラング)1輌ずつ。

 そしてメンバーが三年二年混合のⅢ号戦車J型が3輌、という編成となっている。

 今回は機動力の確保と戦術の選択肢を増やす考えの元に、中戦車の割合が黒森峰にしては珍しく多かった。

 

『エリカ、レイラ、エミは私に続け。足文と鼠屋、小梅はこちらの支援を頼む。他車輌は側面より奇襲を掛けろ』

 

『『『了解!!』』』

 

 黒森峰の作戦は至ってシンプルなものであった。

 見晴らしの良い平原地帯での、強力な中戦車・重戦車を用いた真正面からの火力対決だ。しかし何も準備、用意をしていない訳ではない。

 機動力の高いⅢ号戦車J型の分隊には、側面からの撹乱と砲撃による本隊の支援をまほは指示した。

 死角からの突撃によって部隊が壊滅、若しくは全滅した陸戦というのは古来より多々ある。側面奇襲から始まる待ち伏せと奇襲は、回りくどい準備がいらないシンプルさ故に強力かつ古風な戦法として現代に至っても使われ続けている。

 

『隊長!こちらⅢ-1です。11時の方向、敵第一陣チハ4輌確認しました。…続いてフラッグ車込みの第二陣チハ4輌を確認!敵全車、真っ直ぐ黒森峰本隊へ前進中!』

 

『分かった。…Ⅲ号分隊は敵に察知されていないな?』

 

『はい。こちらには気づいていません』

 

『ならば作戦通り、こちらと接敵する直前に側面から奇襲攻撃を仕掛けろ。タイミングはそちらに一任する』

 

『了解!!』

 

 黒森峰と知波単の試合は、序盤から動き出した。

 演習場の広さ等も関係しているかもしれないが、索敵から接敵、そして交戦の前段階までの時間が早かった。

 

ドォオン!! ドォオン!!――キュン!! カンッ!!

 

『相手の砲ではこちらの装甲を抜くことはできない。臆せず撃ち続けろ』

 

 試合開始から十数分。戦端が開いた。

 まほの命令通り、Ⅲ号分隊は一目散に黒森峰本隊へと向かっていた知波単第一陣に奇襲。撹乱成功後、当分隊は混乱状態に陥った敵方第一陣へさらなる砲撃を加え、駆けつけた第二陣を軽くあしらい本隊と合流。この時点で知波単側は第一陣の半数…二輌を撃破され、出鼻を挫かれてしまった。

 現在は黒森峰の全車両が二列横隊で正面から停止射撃を繰り出し圧倒していた。知波単側は隊長を務める絹代のフラッグ車が中心となり残存部隊が突撃のタイミングを窺っているが、平原の高低差を利用して熾烈な砲撃を凌ぐことが精一杯で攻めあぐねている様子である。

 

「はぁ…拍子抜けだなぁ」

 

 ここまで来ると知波単の採れる選択はもはや総突撃による玉砕のみになっていた。

 黒森峰側がやることと言えば、ハル・ダウンの優位性を捨ててちょくちょく顔を出してくる血気盛んな知波単車輌に砲撃を加えることだけだった。

 そんな状況でもあり、レイラはパンターの車内で上のような一言を溢していた。

 

「ちょ!レイラ先輩、それはお相手に失礼ですよ!」

 

 出番や役割が無く退屈になる心理は理解できるが、対戦相手への侮辱ともとれる発言をしたレイラに乗員である後輩の一人が指摘したが、当のレイラは気にしていないようだった。

 

「だって、暇なんだもん。練習してきたことが馬鹿らしくなるほどね〜……はぁ、イライラするなぁ」

 

「先輩…らしくないですよ…?」

 

 物怖じせずにどんどん毒を吐き続けるレイラに、パンターの乗員__殆ど一年生__が違和感を感じたらしく、怯えた目で問い掛けていた。いつも明るく、朗らかで、後輩にまで気遣う優しい先輩としての面影が見当たらなかったからだ。

 

「ん?らしくないって、それ皆んなから見た私の印象でしょ?前から私はこんなだよ。勝手に勘違いしないでほしいな〜」

 

 車長席で両足を交互にバタバタとぶらつかせるレイラ。声色からは、若干の苛立ちが滲んでいた。

 車内はぎこちない空気で満たされる。

 

ヒュンッ!――ドドォオオオーン……ダンダンダンダン!!

ガァアン!! ガァアン!! ガァアン!!

 

 車外からの砲撃音と着弾音、風切り音のみが聞こえる。車内からの音という音は無く、しんと静まり返っていた。

 

「あれ?言い方悪かったかな?ごめんね?」

 

 これも皮肉か嫌味か…はたまた癇癪を起こす一歩手前の台詞か…それとも不服ながらの謝罪なのか、レイラ車の乗員の娘らは判断しかねていた。とにかく、いつものレイラとは何か違った。

 その間も、車内で嫌な空気が充満していることを知らない他の者たちによって戦闘は続けられている。

 

「……うーん。まあいっか、これはここでお終い。じゃあ、あの前方に縮こまってるヤツ、潰しに行こっか!」

 

「えっ!?…でも先輩、それって命令違反じゃ――」

 

「――行きなよ。……命令?こっちは攻撃が効く、あっちの攻撃は効かないんだよ?こんなに時間無駄に使ってさ、ちまちまやる必要なんてないよ?そうだよね?」

 

 レイラの方へ振り向いて異議を唱えた操縦手。しかし、その際にこちらをジッと見つめているレイラの光の無い目を見てしまう。

 

「ですが…け、軽微な損害も看過することなくと隊長が――」

 

 なんとか口を開き言葉を並べるも、ここでまたしてもレイラに遮られる。

 

「――だからさぁ、行きなよ。」

 

 命令に近い、強制力のある促しであった。

 レイラから何かドス黒く、危険なモノを感じ取ったある意味幸運な操縦手は、隊長・副隊長からの叱責をあとで受けることを考慮してもこの促しに従った方が身に危険が降り掛かるリスクが低くなると考え至った。

 そのため、レイラ車の操縦手はペダルに力を与えはじめ、レバーに手を掛ける。

 

キュラキュラキュラ…

 

 レイラのパンターG型が前進。稜線を越えた。

 

 

『レイラ?何やってるのよ!まだ前進の指令は――』

 

 

「エリカちゃんごめんね、直接向こうの戦車潰したい気分なんだ」

 

 当然、命令されていない行動をとったレイラのパンターに、副隊長のエリカから無線が飛んできた。

 しかしレイラはエリカへの弁明や返信は一切せず、操縦手に前進は続けさせ、砲手と装填手には砲撃準備を取らせた。

 

『レイラ!聞いてるの!?レイ――』ブツッ!

 

 無線機からは親友の声が聞こえる。必死にこちらを呼び掛ける声。

 しかし通信手には無線の封鎖を指示し、即エリカの呼び掛けはシャットアウトされた。

 

「アハハッ!わらわらいるね!撃って撃って!!」

 

キュラキュラキュラ…

ドォン!! ――ズガン! パシュッ!!

 

「まずはひとーつ!はい次どんどんいこー!」

 

 レイラ車が知波単側の稜線へと突入してからは一方的な戦闘の展開だった。

 レイラの指揮するパンターは、稜線沿いに律儀に固まっていた残存しているチハ全車に対し、75mmの強力な主砲を浴びせかけた。

 たった1輌で向かってきたパンターの襲来に伴い即座に迎撃陣形をとったチハ隊だったが、複数のチハによる四方八方から砲撃を受けているはずのパンターの装甲はその努力を汲み取ってはくれなかった。

 

 そこには圧倒的なスペック差が存在していた。砲撃、装填の動きが一周する度に1輌…また1輌と屠られ蹂躙されていく。

 性能にモノを言わせた理不尽の強引な押し付けにも見えたレイラの戦い方は、まるで自身が先日経験した負の感情の発散も兼ねているようだった。虚空に向かって愚痴を吐き出すことよりも、モノに感情をぶつける方が気が紛れる。楽な状態になりたいのなら、どちらを選ぶか、周囲への配慮を無視できるなら勿論後者を選ぶだろう。つまりはそういうことである。

 

 そして――

 

_____シュパッ!!

 

『知波単学園フラッグ車、走行不能!よって黒森峰学園の勝利!!』

 

 知波単のフラッグ車…絹代のチハが白旗を上げたことで、試合は終了した。

 試合終了直後、レイラ以外のパンター乗員は車内で青い顔をして顔を見合わせていた。

 

「や、やっちゃった……」

「勝った、けど……」

 

 命令、指示の不遵守。試合に勝利したからといって自分達への注意と叱責が帳消しになるわけではないのだ。だからこそ、彼女らは試合挨拶が終わった後のミーティング等の時間が恐ろしいと感じている。

 

「あー!スッキリしたぁ〜!」

 

 しかし、当のレイラは叱責されるだろうと言うのに伸び伸びとしていた。マイナスな顔を一切しておらず、なんなら達成感と爽快感に包まれた顔をしており、声にいつものハリもあった。

 周りの焦りや怯えなど、それがどうしたと言うような態度であった。乗員らはそんなレイラに注意を促すことはできなかった。試合時のような恐ろしいオーラをまた当てられたくなかったのだろう。

 

「みんなありがと〜!それとお疲れ様!」

 

「「「お、お疲れ様です……」」」

 

 レイラの顔は喜色満面であった。キューポラを開けて顔を出してみれば、心地よい風が吹いている。その風に乗って鉄の香りと硝煙の匂いが遅れて運ばれてくる。

 レイラは大きく深呼吸をして、そして息を吐き出す。

 

「あはは……すっきりしたぁ」

 

 周囲を見渡してみれば、煙や火を上げてピクリとも動かない鉄塊…白旗を上げ沈黙している知波単の戦車が点々とあり、その中心にレイラはいた。

 清々しい気分だった。この胸が空く風景は自分が作り上げものだ。

 

「でも…なんだろう、まだ足りない気がする。こんなんで全部すっきりするわけないじゃん」

 

 一時は満足感に満ちていたレイラであったが、それは満たせぬ欲の代わり…八つ当たりに他ならないと気づく。

 

「(そう。ナハト、ナハトだよ。パパを見殺しにした最低な奴。……今日、復讐できないかな。無性に死んでほしいって思うもん)」

 

 通常の思考にすら、狂気が滲み出しており、レイラの感情が一気にマイナスへと転化する。

 レイラは誰に何も告げることなく、体を乗り出してパンターから降りる。

 導かれるようにすたすたと歩く。

 背後からキャタピラ音と銀髪の親友の声が僅かに聞こえた気がする。

 だがその声もやがて聞こえなくなった。何かが外界とのやりとりのすべてを遮断している。

 

「なにこれ?」

 

 それは、ドス黒い煙のような闇であった。

 レイラの周りに纏わりつきながら、どんどん膨らんでゆく。

 特段レイラは慌てたり、取り乱したりすることはなかった。異様に落ち着いていた。コレが自分の中から湧き出ていることを知覚したからだ。

 レイラはこの黒いモヤが体から溢れている今、自分は何でもできそうだと感じた。復讐したいという心が膨らみ強くなる。

 

「ああ、こうすればいいんだ」スッ…

 

 レイラは誰に言われるわけでもなく、顔を上へと向け、両手を空へとかざす。すると、先程までレイラの周囲をグルグルと渦巻いていただけの闇が、凄まじい勢いで空へと駆け上っていく。

 

フハハハハ!!孤独なる者よ、我らの胸算を遥かに上回る動きをしているな。いいぞ。もっと憎しめ、恨め!

 

「あなたのおかげだよ。ねえ、これ(闇)使って、何かできたりするの?」

 

 いつの間にか、レイラの横で宙に立っていた影法師。それに彼女は礼を言うと、自分から溢れている闇の使い道についての質問を投げ掛けた。

 影法師は質問に対して高笑いを一つ入れた後、小さく頷き返す。不敵な笑みを携えて。

 

ああ。お前が濃密な闇を放っていることもあり見積りより早く怪獣を呼べるぞ。クククク……今、この場に現出してみせよう…!!

 

 影法師はブツブツと、並の人間が理解できない難解かつ異質、意味不明なの言葉の羅列……呪文を唱え出した。

 

ゴロゴロゴロ……! カッ!!!

 

 するとどうだろうか。空に異変が生じてきた。

 どこからともなく現れたいくつもの黒紫色の片雲が、レイラ、影法師の直上に渦を巻きながら集結し、紫色の雷を伴う巨大な黒雲を形成する。

 

 

バタバタバタバタ……!

 

『こちらミズナギ!峯岡山レーダーサイトより報告!千葉市上空に強力な"(デン)"の発生を探知したとのこと!!戦車道会場警備任務に就いている各隊は特殊生物来襲に備えられたし!!本機はこのまま観測を行う!』

 

『最悪のタイミングで出てきたな…!モーニング01より各機へ、編隊を乱すな!いつ戦闘になるか、ここからは分からんぞ!警戒を厳となせ!!』

『頼む。早く皆避難してくれ……!!』

『くそッ!今度はいったい何が来る!?』

 

ヴゥウウウウウウウ~~~~!!

 

 試合会場を含めた千葉市全域にて特殊災害警報を知らせるJアラートが出された。

 また、会場にて試合観戦をしていた市民らよりも、現場の自衛官と警察官らの方が焦りは大きかった。

 

ゴゥンゴゥンゴゥン……ガキン…!

――キュラキュラキュラキュラ…

ブロロロロロロロ…!!

 

『ブレイド1よりミズナギ。地上からも"穴"の発生が確認できている。これより我が隊は即機連戦闘中隊と共に対応する!現在の持ち場より移動を開始!!』

『58普連の各高機動車へ!即応態勢に移られたし!また、中隊各員は県警と連携し民間人の避難誘導へ参加せよ!』

 

ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!

 ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!

  ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!

 

「あとは選手挨拶だけだったのによぉ。怪獣共は待つこともできねえのかよ」

「ヒトロクがウチの隊にもあれば…」

「観戦と警備だけで終わってほしかったよな、たしかに」

「関貫、気引き締めとけよ。もうここは戦闘区域だ」

「馬鹿野郎。50過ぎるまで死ぬ気はねぇ」

 

 演習場内の自衛隊の動きが慌ただしくなっている中、影法師の呪文の詠唱は終わりを迎える。

 

ォォオオオオオ!!……出でよ、凶鬼の化身…怪獣達よォオオオ!!!!

 

 そう叫んだ影法師。すると渦巻き状の巨大な黒雲に地上へ向けた黒く巨大な六芒星の魔法陣が映し出された。

 そして魔法陣が黒紫のワームホールを形成するための最後の仕上げであったらしく、黒雲の渦の中から、二体の怪獣が顔を出した。

 二体の怪獣には、それぞれ頭部に一本のツノが生えていた。しかし、細部を見てみると同一というわけではなく、片方は腕部が一対の触手を持つ個体であり、もう片方は全身が青黒い鱗に覆われ険悪な顔を持った個体である。

 

――ズズゥウウウウウン……!!

 

ギガァァアアーーーッッ!!!

シャアアアアーーーッッ!!!

 

 前者はガギ、後者はケルビムと呼ばれる性格、戦法共に狡猾な宇宙怪獣達だ。

 レイラのいる場所から離れた地点に降下した両者は、敵対することもなく、咆哮を上げて降下地点周囲にて触腕や刺々しい尻尾等を用いて暴れ散らしていた。

 幸いながら降下地点付近には走行不能の両校競技車輌や自衛隊車輌等は存在しなかったため、今のところ死者は出ていなかった。

 

「この怪獣達が、ナハトを殺すっていうの?」

 

ガギ、ケルビム…此奴らは前座に過ぎぬ。ナハトを呼び込む餌だ。本命はお前が持っている。決して時機を見誤るな?

 

「分かってる」

 

キィイイイイイン――バタバタバタバタバタ!!

ゴォオオオッ!!

 

 レイラの上空を高速で自衛隊のヘリ…AH-2が二体の怪獣へ向かって通り過ぎてゆく。

 ヘリの飛行によって生み出された強風に目を瞑ったのちにレイラが一言。

 

「あーあ。無駄なのに。意味ないのにな〜」

 

 

______

______

______

 

 

『二体同時出現だと!?』

『この会場にいる部隊だけでどうにかできるのか!』

『やるだけやるさ!攻撃許可を求む!!』

 

『全機止まるな。旋回並びに回避運動を取りつつ射撃しろ。各機、攻撃開始!!』

 

 AH-2対戦車ヘリ小隊の指揮官機であるモーニング01の命令の下、ウィングのハードポイントに設けられた各種火器が一斉に火を吹く。

 

バシュゥウン!!! バッシュウン!! バシュバシュバシュッ!!!

――シュパパパパパパパッッ!!!

――ヴィイイイン ! ズドドドドドドドドドド!!!

 

 まずはヘッジホッグの対戦車最大火力の"BGM-71 TOW"有線対戦車ミサイルと"AGM-114K ヘルファイアⅡ"対戦車ミサイルが連続で放たれる。そして次に手数で敵を押す"ハイドラ70"対地ロケット弾と30ミリチェーンガンによる制圧射撃が始まった。

 

『目標に全弾命中!!』

『ミズナギよりモーニング。現在ブレイド隊並びに機動戦闘中隊が展開中。辛抱してくれ』

『モーニング01了解。攻撃、陽動を続行する』

 

 ミサイルはすぐさまガギとケルビムに殺到し断続的な火球を形成した。そこにロケット弾と機関砲弾の雨が体全体に降り注ぐ。

 続け様に今度は徹甲誘導弾(フルメタルミサイル)が斉射され、一角の化け物共の表皮を貫かんと突っ込んだ。

 

グルルルルルゥ……ッッ

 

無駄なことを。そう簡単には怪獣は骸には成り果てぬ

 

 影法師が嘲笑う。

 ヘッジホッグから吐き出され続けている攻撃の勢いは衰えてはいないはずであるのだが、二体が倒れる気配も、苦しむ様子も見られない。

 ダメ押しとばかりに撃ち込んだフルメタルミサイルも頑強な表皮に阻まれ内部での爆発という役割を果たせぬまま爆散していた。

 

『対特生のフルメタルも弾かれたぞ!』

『ロケット弾、残弾僅か!』

『地上部隊の援護はまだか!?』

 

 ヘッジホッグの飛行小隊の全火力を受け止め切ったガギとケルビムが動き出した。

 

シュウァア"アアーーーッッ!!!!

 

ビュンッ!ヒュン!!ヒュッヒュンッ!!

 

 ガギは両腕の触腕による縦軸のウィップラッシュを、モーニング隊のヘッジホッグを叩き落とすべく繰り出す。

 当然、こちらへと迫ってきたガギからモーニング隊は大きく後退しており、触腕攻撃の範囲外からの離脱に成功していた。だがここで終わるわけではない。

 次にモーニング隊を襲ったのはケルビムの口部から撃たれる超高温火球__"弾道エクスクルーシブスピット"の連射による対空砲火だった。

 

『各機回避運動!!』

『般若ヅラが口から火の玉吐いてきたぞ!!』

『反撃は回避してからだ!掠るぞ!急げ!!』

『発射スパンが短い……なんとか付け入る隙は…』

 

 しかし流石陸自が誇る最新鋭対戦車ヘリである。その機動性は伊達ではなく、ヘリパイロット達は上のような悪態等を吐きながらも難なく火球を回避しており、火球の直撃を受けた機は無かった。

 

ドォゥン! ドォゥン! ――ドォゥン!

ズガァン!! ズガァアーーン!!

 

 ケルビムの火球攻撃を躱しつつ反撃に転じるヘッジホッグの援護のために、陸自地上部隊も戦闘に参加する。

 

『ブレイド01より各車。攻撃を目標脚部に集中。こちらに注意を引け』

『高機も間もなくです!』

『ムチ持ちが光子バリアなるものの展開をしたことを確認!電磁砲弾、徹甲弾共に効果ナシ!!』

 

 第1戦車大隊第2中隊__ブレイド隊のレールガン搭載装甲車輌である〈12式自走電磁砲〉が中隊長車を含め5輌、日本の主力戦車たる〈10式戦車改〉8輌が走行間射撃を開始し、電磁投射砲と120ミリ滑腔砲による猛攻を浴びせかける。

 ガギへの攻撃は、ガギ本体が発する強固な防壁__"パーソナル・シェルター"に阻まれ無効化されていた。

 

「これでもくらいやがれ!!」

「白目剥いてる奴を先に潰すんだ!バリアの方は後でいい!」

「避難完了の報はまだか!?」

「演習場内にまだ散らばっている高校生達を、第二中隊が保護している最中です!!」

 

 そして、機甲部隊が二体の怪獣の意識を誘導している間に、普通科所属の十数台の__上部ハッチを開け、01式軽対戦車誘導弾をマウントさせたLAV__軽装甲機動車が二体の背後へ回り込む。01式…軽MATが各車から放たれ、白い尾を引き吸い込まれるようにケルビムに見事に着弾。

 爆発により発生した煙幕を腕を振り回すことで晴らそうとケルビムとガギが躍起になっていた。軽MATを放った軽装甲機動車群と、同じ普通科の"高機動車"11台は二体から約300メートルほどの至近距離で停車。そこから次々と普通科隊員達…合計凡そ百人強の隊員が降車する。

 各々が肩に担いでいる"84ミリ無反動砲"__通称"ハチヨン"をケルビムに向けて発射。再びケルビムが爆発煙に包まれるが、煙を突き破って数発の火球が顔を出した。それらは普通科中隊へと向けられたものだった。

 

ドドドガァアアアーーーン!!!!!

 

「がはぁっ!?」

「うわああああーっ!!!」

「うぐっ!!足を……!!足をやられた…!!!」

「衛生!衛生!!機動車に収容しろ!!」

「三曹!!生きてるか!?中安三曹!!」

 

 普通科中隊の展開地点は火球着弾によるクレーターが形成され、炎の延焼により平原は火の海と化していた。

 着弾の衝撃や爆発をモロに受けた生身の普通科隊員が何人もいた。四肢のいずれか、若しくは殆どが千切れて出血しながら地面に打ち付けられていた。まだ意識のある者は悲痛な声を上げ、苦しみを訴えている。

 また、運悪く火球が至近であった若しくは直撃した高機動車・軽装甲機動車が何台か吹き飛ばされぐしゃぐしゃになってひっくり返っているか、超高温に曝されたことによって融解し原型を留めていないものとなっていた。恐らく、中にいた乗員の生存は皆無に近いと思われる。あの短時間で降車することは不可能だったろう。良くて意識を持たずに全身ミンチ、最悪は火球の高熱にやられて生きたまま溶かされたかだった。

 たちまち展開地点は死者と負傷者で溢れる。中隊は取り敢えず、残っている損傷の少ない車輌に負傷者を担ぎ収容し撤退するべく急ぐが、ここでこの凄惨な事態を引き起こした張本人であるケルビムが動き出した。

 

ガァァア"アアアアアアーーッ!!!

 

フッ――コォォオオオオオ……

 

『般若ヅラが、飛んだ!?』

『飛んでいる…どのような原理で…』

『マズイ!地上の普通科に!!』

 

『再度こちらに陽動を掛けろ!』

『ムチ持ちが光子防壁でもう片方をカバーしているようです!』

『器用なことしやがる!』

 

 体をほぼ垂直に伸ばしたケルビムは、数瞬の硬直――準備動作の後に体内の反重力推進機関を用いて、空中浮遊を開始。普通科中隊の展開地点100メートルほどの場所に着地。自身に攻撃を加えてきた者との距離を縮める。

 ガギの方も、機甲部隊とヘリ部隊の攻撃を無視してケルビムに追従するかのように、遅れて自らの脚で普通科中隊の元に向かう。

 渦中の普通科中隊にとって、目下の危機は超至近距離にまで接近してきたケルビムへの対処であった。無論中隊側も小銃や無反動砲や携行誘導弾による攻撃を敢行しているが、侵攻を食い止めるほどの力は無いに等しかった。

 

「退避しろったって、どこにも逃げ場はないぞ!!」

「ハチヨンを使い切っちまった!」

「あいつをここには置いてけない!誰か、手伝ってくれ!」

 

 撤収が難航する普通科中隊。そんな彼らにケルビムの__先端部が肥大化し鋭利な棘で被われた__長尾、"クラッシャーテイル"が今、振り下ろされんとしていた。

 

 

ギアァァアアーーーッッ!!!

 

「「「ッ……!!!」」」

 

 中隊のどこかに長尾による打撃が振り下ろされたならば、無事な隊員らも全員やられるだろう。

 死を悟った者達は、目をグッと瞑り、終わりの瞬間を待った。

 しかし、その運命を変える存在が現れた。

 

シュアアッ!!

 

――スパッ!!

 

 ウルトラマンナハトである。

 ナハトブレスから伸ばした光剣__ナハトセイバーを一太刀浴びせることで、ケルビムの尻尾を切り落とした。

 

『ミズナギより司令部、ナハト出現!』

 

「ウルトラマンナハト……来てくれたのか」

「……おい!今のうちに、負傷者を全員収容するんだ!すぐに撤退するぞ!!」

 

 ケルビムは尻尾を切られ溜まらず退く。それと入れ替わるようにガギがナハトの前に立ちはだかり、光子防壁パーソナル・シェルターを自身の前面に展開した。

 

ク……ッ!!

 

《また、まただ!間に合わなかった…!!大勢の人が、傷ついて、死んで……!!》

 

 自分が駆けつけた頃には、怪獣に立ち向かっていた多くの人間の命が死に瀕していることに、ハジメは歯噛みした。

 完璧を求めてはいけない。すべての人を救うことはできないことは、頭では分かっているし、意味は違えど親友からも背負い込み過ぎるなとも言われた。自分でも、分別はとうにつけたつもりであった。

 だが、やはり、あの時(レイラ)にも言ったが、目の前で見た他者の死は決してそう簡単に割り切れはしないのだ。

 

《ごめんなさい…》

 

 ナハト__ハジメは、せめて今自分にできること…苦しんでいる人らにできることとして、新たに自分の頭の中に過ぎった回復治癒技のイメージを頼りに、ヒーリング光線"ハイレーンガイスト"を普通科中隊全体に素早くかつ広範囲に散布する。

 

「こ、これは…?」

「傷がみるみる塞がっていく」

「ナハトが、してくれているのか?」

 

 緑や青、黄色の光の粒子の雨が優しく中隊の隊員達に降り注いだ。粒子が体に当たった、触れた者は、気力の快復と軽度の負傷箇所には急速な自然治癒の促進、身体欠損等の重傷の箇所には失血を止めるぐらいの応急処置が施された。

 

《このイメージを、もっと早く、持つことができていれば!!》

 

 たらればが漏れるたびに、後悔が滲んでくる。過去には戻れない。その後悔の念をハジメは無理やり振り切る。

 中隊の動きを確認したナハトは、ガギとケルビムの方へ向き直り、スタイルチェンジ。剛力を持つ紅の戦士…ガッツスタイルになると、第一の目標をガギに定め猛進を始めた。

 

「来た。パパを見殺しにした、ナハトが」

 

そうだ。お前の肉親の仇が来たぞ。フフフフフ……ウルトラマンナハト。ここが貴様の墓場となるであろう

 

 戦場より少し離れた丘陵地の上には、闇を仕舞い込んだレイラと影法師が立っていた。ここでナハトとガギ、ケルビムの戦いを見物するようである。

 影法師はフード越しに不気味に笑い、レイラの方は憎悪に染まった怒りでいっぱいの顔をしていた。

 

「ねえ、あの怪獣たちがナハト倒しちゃったらどうするの?私に残されたのは、あいつへの復讐だけなんだよ?」

 

心配せずともよい。……先も言ったが、ガギとケルビムは前座なのだ。お前の闇の一部を溜め込んでいる、その水晶が必ず鍵となる。お前の復讐は叶えることができると約束しよう

 

「ふーん、ならいいよ」

 

 レイラが不服そうではあるが納得したという顔をしてナハトの繰り広げる戦闘へ視線を戻した。

 その時である。丘陵地の麓からレイラを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「レイラ、レイラァ!!アンタそこで何やってんのよ!!」

 

「ん?あ、エリカちゃんか。邪魔しないでよ今いいとこなんだから」

 

「はあ!?アンタ何言って…!!」

 

 声の主はレイラの親友、エリカだった。

 エリカの姿を認めたレイラは、友人としてあまりにも冷たい一言をぶつけてあしらった。

 それに対してエリカは少なからず動揺するのだが、レイラの横にいる黒紫の怪しげな人型存在…影法師を見て言葉を失う。

 

「聞こえなかったのかな…。エリカちゃんは邪魔しないでねって、言ったの。ナハトへの復讐は、誰にも邪魔させないから」

 

 レイラはもう明らかにいつもの様子ではなかった。

 二日前のエリカの不安は現実のものになったのだ。レイラが平静を装って自分達と接しているのではという懸念が、である。

 大洗の時のヒカルと似た事態が発生しているのだと、エリカは理解する。いつ奴に、影法師に唆されたのか、それは恐らく四国沖の一件が終息した直後かもしれない……と模索するが、今は原因の究明ではなく、いかにして影法師の魔の手からレイラを取り戻すかである。

 そして何より気掛かりなのは、ナハトへの異常な敵意だ。

 

「レイラ、横にいる奴がどんなのか、分かってるの!?それに…なんでそんなにウルトラマンを…ナハトをそんな風に――」

 

「あのナハトが!!私のパパを奪ったんだよ!!なんで恨んじゃいけないの!?」

 

「ま、待ちなさいレイラ、あなたの父さんを……そうしたのは、怪獣でしょ!ナハトじゃない!!」

 

「助けなかったら、殺しに加担したのと同じだよ!!」

 

――そんな暴論…!とはエリカは言い出せなかった。彼女(レイラ)が放った心情と似通った場面が、過去がエリカにも…いや、一年前にいた黒森峰の機甲科生徒の大部分に当て嵌まるシーンに、心当たりがあった。

 そう。前回の戦車道全国高校生大会の決勝…プラウダ戦のみほによる人命救助と、それを要因とした敗北である。

 

「分かんないか!そうだね、分かんないよね!エリカちゃんにも!!家族が死んじゃって、平気な顔してるから大丈夫だとでも思った!?そんなわけないじゃん!!」

 

 レイラの言葉に靄がかかる。

 

 あの時、傍観者側に立っていたのは誰だ?

 ――自分だ。

 

 あの時、友人を心配するよりも、敗北の二文字が頭を過った人間は誰だ?

 ――自分だ。

 

 人として正しいことをした友人を試合結果から来る悔しさのあまり怒鳴りつけようとして周りに止められたのは誰だ?

 ――自分だ。

 

 友人が学舎から去る時に、何もしなかったのは、追いかけようともしなかったのは誰だ?

 ――自分だ。

 

 人のことを言えた義理じゃない。あの時の自分も、人殺しの一歩手前までいたのではないか。レイラを引き留めることができるのかと。

 

「私はもう孤りなんだよ!?パパも、ママも、いなくなって、この辛さを分からせてあげられるのなら、みんなにも押し付けてあげたいよ!!」

 

「レイラ…」

 

「銀髪の娘、お前もこの娘の手助けをしてやってはどうだ?」

 

「アンタは黙ってなさい!!」

 

 レイラの負の側面が強く押し出されていると感じたエリカ。

 勢い余って単身戦車を降りて走ってきたことを酷く後悔した。小梅やまほ、ヒカルやユウ、そしてハジメあたりがいてくれればと思う自分がいる。

 

シュワッ!!――ハァアアッ!!!

 

バリィン!!

 

 巨大存在達の戦いは中盤に差し掛かったところだった。

 ガギの強固なバリアを、それもナハトとの対面のみに張った局所的な最高硬度のバリアを、ナハトはガッツスタイルの誇る全てを貫く鉄拳__リボルバーフィストで打ち砕く。そして、再度バリアを張ろうとする前に、ナハトが踏み込んで、頭部のツノを強烈なアッパーカットをお見舞いしへし折る。

 ナハトは間合いの内側に入り込まれ動揺するガギを他所に、そのままナハトセイバーを出し横に一閃。そこに空いていた左手をガギの腹に押し当てプロミネンス光流を放ち上下半身がずれ落ちる前に爆散させた。

 ガギは自身の強みを活かさせてもらえず、ナハト登場からものの数分で退場してしまった。

 

《俺達が、この人達が何をしたって言うんだ!人の死に方じゃないんだよ!お前達が押し付けたものは!!》

 

…………ジュアッ!ア"ァアアアアアア!!!!

 

 怪獣が現れるようになってから、本来の人生を歩めなくなった人が大勢いる…とハジメは考えている。

 許せないのだ。突然理不尽を押し付けられ、その道中も、想像を絶するような痛みを伴って、死ぬなんてことは。

 

 故に、再び黒き光の巨人は激昂する。優しすぎるが故に。想い遣れるが故に。

 

――――カッ!!

 

 レイジバーストへと成ることは、造作もなかった。ビギニングストームへの変身を経由せずに直接オーバフロー形態にまでもっていったのだ。

 人の死をまた間近で、多く見たから。そして、永遠とも感じられた二日前の出来事が忘れられないから。

 

 ナハトがこちらを見ているケルビムに鋭い視線をぶつける。

 

《あとはお前だけだ。なあ、怖いか?怖いだろう。自分の命が危険になったら、怖いだろ!お前が踏み躙った人達も同じ気持ちだったんだぞォ!!!》

 

ガァァア……ッ!!!!

 

《後悔したって……もう、遅い!!!!》

 

 紅く鈍い光のオーラを相手にぶつける"ツォルンジャッジメント"。通常のストーム形態時に発動できる"スペリオルジャッジメント"との違いは、大勢に向けて悪意を撒き散らしている存在が攻撃の対象なのではなく、()()()に向けて()()をぶつけてくる()()()()()()が対象である点だ。

 要はみんなの敵をではなく、自分の敵を消し去ろうとするある意味自己中心的なものから来る光撃なのである。

 

グ…ガア……ァァァ…………

 

 それは光ではあったが、光と言うには些か違うモノだった。

 ケルビムは身体を、自我を、燻んだ赤―鉄の錆のような―蘇芳色の光の霧に蝕まれていく。

 ナハトから放たれた爪の如き鋭い暗紅色の光粒子が何本もがケルビムに突き刺さり、そこを橋頭堡として体内や神経侵入し、内側からジワジワと生命を奪う。

 苦悶の咆哮を上げ、踠き、口からは鮮血を垂れ流しながらも火球を形成しようとするケルビム。

 先ほどまで陽動作戦を採っていた陸自の航空・機甲部隊がケルビムの両側面からこれまでのお返しと言わんばかりに残りの弾を使い切る勢いで射撃を開始した。

 

《――スペシウム…!!》

 

 ナハトは苦しむケルビムに眉一つ動かさずに、レイジバーストで強化されたスペシウム・イグニッションを放つ。

 虹色の光線に、飽和分の感情エネルギーがスパークし、赤と黒の稲妻が伴う。

 光線がケルビムに直撃し、光線の波がぶつかるたびに赤と黒の稲妻が全身を駆け巡り、稲妻が通った箇所は光の粒子が流れ込み内部から膨張し、外皮の隙間から色鮮やかな閃光が飛び出す。

 体内の光の蓄積に耐えられなくなった部位から順に、ケルビムの身体を構成している有機体が光そのものに還元されて空へと溶けていった。

 

《………。》

 

 演習場で立っているのは、ナハトのみとなった。

 自衛官達は戦闘の終結を察し、安堵する者、生きていることに喜ぶ者、死した戦友を思って涙を流す者と様々であった。

 

「あーあ、ナハト、強くなっちゃったみたいだよ?」

 

なぁに案ずるな。アレは進化と覚醒の道を自ら閉ざした姿よ…。フフフフフ……!憤怒に囚われ、本来辿る道を見失い、あれ以上の変化は不可能となった。進化の道順を外れ、違えたのならば、それを潰すことは造作もない

 

「今度は、何をするつもりなの!」

 

 エリカの鬼気迫る問いを影法師は無視してレイラの前に立つ。

 

お前の役目を、果たす時が来た。さあ、お前の感情をために溜めた、黒水晶を割るのだ

 

 影法師の言葉に、レイラは無言で頷きパンツァージャケットのポケットから、手の平サイズの―内部に黒い雲のようなモノが濃く渦巻いている―水晶玉を出し、それを両手ですくうように持つ。

 

「レイラ!そいつの言うことは聞いちゃダメよ!!」

 

 エリカには、あの水晶玉の正体が何となくわかった。詳しいことは抜きにして、アレの中に入っている渦巻く黒い塊がとてつもなく邪悪なものであると。

 それに、影法師の命令することだ。碌なものではないことぐらい、考えなくとも分かる。

 そんなエリカの静止の言葉を、レイラは遮った。

 

「だから!!私は、私には、もう抱き止めてくれるパパもママもいないんだって!!大好きな二人はいないの!!もう孤りで、独りなんだよ!!死んだ!!死んだんだよ!!」

 

――――パリーン!!!

 

 レイラにスイッチを入れてしまったようで、声を荒げて、濁った光の無い瞳から涙を止めどなく流しながら、手の中の水晶玉を、地面に勢いよく叩きつけてしまった。

 水晶玉だったものから、黒い渦、煙、霧が蛇の如き動きを見せながら、肥大化しつつ、曇天の真ん中…ちょうど魔法陣が浮かび上がっていた領域へと昇る。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ………!!

 

 曇天の中心部にある黒い渦は、大地から、空から、そしてレイラから、伸びた闇のエネルギーを取り込む。

 

オオオオオ…!!絶望の闇よ、ガディバを糧に、現世に具現化せよ!!

 

シュ……ッ!?

 

《 なんだ…この気持ちが悪いのは……。あれから…レイラちゃんが発していた、黒い感情と、似ている…?》

 

 影法師が両手を空へ向け叫んだ。

 すると黒い渦の中から、巨大な黒紫の大蛇が__大洗のトライリベンジャー出現時にも姿を現したガディバの闇の系統を受け継いだ__ガディバⅡが顔を出した。

 ガディバⅡは嘲笑うように口角を上げると、赤、青、黒と激しく変色する不吉な光球へと姿を変えた。

 

「アハハハ!アレが、ウルトラマンを殺してくれるんだね!」

 

「レイラ…何を言って…。ホントに、アンタどうしちゃったのよ!」

 

「私を不幸にした相手を恨んじゃダメだっていうの?おかしいよそんなの!当然の権利じゃん!!アレが、私の願いを叶えてくれるんだから!!」

 

「レイラ……」

 

 二人の気持ちがすれ違う中、空中で滞空していた黒の光球に亀裂が入る。光球がパッカリと真っ二つに割れ、そこから闇がとめどなくガス状に零れ落ちた。

 空より溢れた闇が地上に到達。その闇の中に赤い二つの目が見える。その目はナハトの方を見て離さない。

 

《なんだ、お前は……》

 

 得体の知れない…それもより邪悪な存在が生まれてしまったのだと悟ったエリカはその闇の中の瞳から目を離せなかった。

 

「あの中には何がいるの……」

 

アレは、言わば影だ…

 

「影……」

 

彼奴(ナハト)の影、闇より出でたるウルトラマン…ベーゼウルトラマンシュピーゲルだ…!!

 

 影法師の言葉に、そうだと応えるかのように、漂う闇よりナハトの影となる邪悪なウルトラマン__シュピーゲルが闇の中から飛び出す。

 シュピーゲルは、ナハトまったく姿形は瓜二つであった。ただ両者を分けるとしたら、外見の禍々しさであろうか。

 シュピーゲルの顔は全体的に黒ずんでおり、目は毒々しい赤一色。また目からは顔中に血管を思い浮かばせる脈打つ赤い線が入っている。そしてライフゲージと頭部クリスタル、そして肩のアーマー__"ベーゼショルダー"に載ったクリスタルは全て真っ赤に輝いていた。胸部の三本のラインはナハトとは逆の上から黄・赤・青であり、全身は紺色と青紫色の二色で染まっている。

 同じ暗色がベースであるナハト比較すればするほど纏っている雰囲気、漂わせている空気が違った。

 

 

――――ハァア……ッ!! ハハハハハハ……!!

 

 

 ナハトの前に立ちはだかる巨悪。ベーゼウルトラマン。

 その"影"の名を冠する闇のウルトラマンは、ナハトを見て静かに、そして不気味にワラっていた。

 

 

 




 はい。お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドです。
 中々この回終わらないなぁ…というよりどこで切れば良いのかわからなくなり、合計文字数に目を向けたらなんと二万字越え。そりゃ長く感じるわと。
 ということで今回はいつもより長めの回となりました。

 ガギ、突然の弱体化。噛ませのような立ち位置にしてすまない。投稿者のお気に入りの強豪怪獣でもありました。

 投稿者が闇・影のウルトラマンとマジモンの偽トラマンがどっちも出てくるシリーズが少ないが故に本作でやってみたかったという理由が、シュピーゲル君の登場を後押ししました。

 二年前のシュピーゲル君のイラスト貼っときます。こんな感じです。


【挿絵表示】


 ついでに最近描いたビギニングストームのナハト(配色簡易版)です。よろしければ拝見してみてください。……まだまだ顔デザインは四苦八苦中です。


【挿絵表示】


 今後の展開もお楽しみに。また、投稿者は学生最期の夏季休暇に入るので投稿ペースは上げていきたいと思っとります。甲子園を見ながらこの熱血青春空想小説を書き上げていきます。

_________

 次回
 予告

 ナハトと同格以上の力を持った、邪悪な暗黒のウルトラマン__シュピーゲルとナハトは対峙する!
 戦いはまるで鏡合わせ……打つ手の無くなったナハトを攻め立てるシュピーゲルは、超必殺光線__スペシウム・イグニッションを放つ!!

 しかし、そこに割って入ったのは、地の護国聖獣であり怪獣王__ゴジラ。
 ゴジラと共闘するナハトは、勝利を掴み、レイラを救うことが出来るのか?


 《信じるから、託す。託すから、信じる…》
 

 次回!ウルトラマンナハト、
【人生の舵取り】!



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第43夜 【人生の舵取り】

熱核青龍 バーニングゴジラ、登場。


 

 

 

 

 

『また新たなウルトラマンか!?』

『ナハトに酷似している…熊本のようなニセモノかもしれないぞ』

『見た限りだと、現れ方や所作から決して友好的に接触はできそうにありませんね…』

『各自、射撃は待て』

 

 

《ウルトラ…マン……?ニセモノなのか…?》

 

 ベーゼウルトラマンシュピーゲルがナハトの前に姿を現した。ナハト__ハジメはこの正体不明のウルトラマンを前にして恐怖や不安よりも正体に関する疑念が勝っていた。

 

――シュアッ!!

 

――ダァアッ!!

 

 空の黒い渦…ワームホール由来の存在であるため、敵対する者であることだけは分かる。油断せずにファイティングポーズで構え、相手の出方を窺うナハト。

 同じタイミングでシュピーゲルも即座に構えた。

 

《構えも、動きも同じ…?》

 

 掛け声のタイミングも、ポーズも、動作も、全て同じ。そして何より驚くべきことは、シュピーゲルの動きに一切の誤差が無いことである。

 ナハトは、まるで鏡に映る自分、光に照らされた自分の影を見ているように錯覚していた。

 

「何よ…ウルトラマンシュピーゲルって!?」

 

「人間の負の感情から生まれる闇、あらゆるモノから滲み出てくる悪意、そしてこれまで我らが呼び出しウルトラマンナハトに敗れ去った怪獣共の記憶、それらすべてを縫合、混成させた融合体だ。ウルトラマンナハトの力を理解したアレは、もはやもう一体のナハトと言っても過言ではない」

 

「…所詮はナハトのコピーってことじゃない。ナハトはあんな奴には負けない!」

 

「――いや、負けるよ。エリカちゃん」

 

 エリカの宣言に待ったを掛けて否定したのはレイラだった。その顔には笑みがあり、影の巨人__シュピーゲルの勝利を確信していた。

 

「勝たないとおかしいよ?だって、あのシュピーゲルには、私の感情も使ってるんだから」

 

 レイラの指す感情とは、恐らくは捻じ曲げられたナハトへの憎悪や敵意、そして殺意だろう。シュピーゲルは最早自分の一部でもあるのだと言っているに等しかった。レイラの肩入れは本心ではないだろうとしても、エリカからすれば怖かった。心を弄られれば親友でもこうまで変わってしまうのかと。これがもし自分だったら……。

 

「孤りだから。私はもう一人だから。それなら死ぬ前に、恨み晴らしたっていいよね」

 

「レイラ……!」

 

「ほら!行きなよ、シュピーゲル。アイツを、ナハトを倒してよ!!」

 

ア"ァ"ァアアアアアアッッ!!!!

 

__ヒュン!! ドガァアアン!!!!!

 

《ッ!?!?》

 

 レイラの声に反応したのか、シュピーゲルが手元に光弾__"シュピーゲルブリット"を形成し、手刀を出す要領でナハトへ向けスライドさせ光弾を放った。

 それはナハトが回避運動を取るという予測をした上での狙撃であった。まるで次にナハトが取る行動を把握しているかのように。

 

ウアアッ!!

 

《!!、避けたのに……!》

 

 高出力の光弾を、回避に徹していた無防備な体に浴びたことでナハトは後方へ大きく吹き飛ぶと同時に、予測できなかったが故の少なくないダメージを受けた。

 受け身も能力も使わずに食らった光弾由来の痛みから、ナハトは倒れたままもがく。シュピーゲルはそれを見るだけでは済ましてはくれない。

 ダッシュで距離を詰め、倒れているナハトに全力の踵落としを繰り出す。

 

クッッ!!

 

《疾い…!!》

 

 体をくねらせて踵落としを回避し、そこから頭跳ね起きで立ち直す。

 ホッと呼吸を一時整え、今度はナハトが攻める番となった。こちらの出方を窺い、構えを取っているシュピーゲルにナハトが正面から連続鉄拳。

 これをシュピーゲルもまた正面から連続鉄拳で返す。繰り出した拳の連打がすべてぶつかり合う。

 

シュワッ!!

 

ジュアッ!!

 

 そして次は回し蹴り。互いの脚が衝突し、力の拮抗が生じ辺りには衝撃波が走った。

 素早く脚を引く両者は、互いに一歩分ステップし後退。再び睨み合いに入る。

 

ジリ……ッ

 

……シュアッ!!――バッ!

 

……ガアアッ!!――バッ!

 

 無駄の無い動作を経て最速でナハトはスペシウム光線の構えを取りシュピーゲルへ照射……したのだが、やはりシュピーゲルも同じ瞬間にスペシウム光線を照射する。

 

バリバリバリバリバリッ!!!

 

 光撃と光撃の激突により周囲に溢れたプラズマが飛び散る。

 空中に拡散したプラズマの一部が、陸自航空部隊へと降り掛かった。

 

『ミズナギ下がれ!戦闘の余波に巻き込まれる!』

『ッ……了解。後退する』

『格闘だけでなく、光波熱線のレベルすらナハトと互角か…』

『あの戦いは自分達の入る余地がない…格が違う…!』

 

 そう。違いすぎた。巨人対巨人、ナハトとシュピーゲルの戦いは、他の者が立ち入ることすらできないほどのものだった。気づけば戦場を取り巻いていた空気が一変していた。

 

「やっちゃえシュピーゲル!!アハハハハハ!!」

 

「レイラ!もう止めて!目を覚ましなさいよ!!」

 

 ナハトとシュピーゲルの戦いを観戦するレイラは、とっくに狂気に染まっていた。

 目を見開き高笑いを上げるレイラ。そんな彼女に異変が起きる。

 

「――アハハハハ……ゔっ!?何……、痛い…胸が痛い……!あぅ……」グラッ…

 

「レイラ!?」

 

 突然、レイラが胸に手を当てて苦しみ出し、力無く倒れる。それをエリカが駆け寄り倒れる前に抱きかかえ、レイラの名を何度も呼び掛けながら揺さぶるが、目を閉じてレイラはうなされているようだ。

 

「うう……うぅん……」

 

「これもアンタの仕業!?レイラの心に漬け込んで、今度は何をしたの!?」

 

「違うな。引き出してやった心の闇をシュピーゲルにすべて持っていかれただけ。クククク……もう用済みと言うことよ」

 

「とことん救いようのないヤツ……!!」

 

 しかし、この影法師の言う通りならば、ナハトを憎むように仕向ける支配の糸のようなモノが切れたということになる。

 事実であればエリカは安堵できる話だ。親友が正気に戻った可能性が高いという事実は重荷がいくらか降りる。残る問題は、暴れているシュピーゲルと、それの戦いぶりを観ている影法師だ。

 

グァアッ!!

 

ズズゥウウウウウーーーン……!

 

「くううっ…!……あ!ナハトが!!」

 

 ナハトの声が聞こえたかと思えば、今度は大地が揺れ、土煙が降り掛かった。エリカが何事かと、土煙が落ち着いた後に自身の前の光景を目に入れる。

 目の前には…エリカ達の立つ丘の麓には、吹き飛ばされてしまっただろうナハトが倒れていた。

 

グッ……!!

 

《こっちの技、全部網羅してるっていうのか…!?なんとか、態勢を………っ!?エリさん、レイラちゃん!!それに、影法師まで…!!どうしてここに…!!》

 

ハアッ!!トア"ッ!!

 

 シュピーゲルが距離を詰めつつ、再び光弾を連発してきた。ナハトは上半身を起こしナハトセイバーを出しすべて弾く。

 

デュッ!!

 

《くそっ!!二人を巻き込んだら目も当てられない!!ここで食い止めるしか!!》

 

 全身に走る痛みに耐えながら素早く立ち上がり、シュピーゲルにセイバーを構えるナハト。

 シュピーゲルもそれに合わせ、自身のブレスから同じように光剣__"シュピーゲルセイバー"を抜刀。切っ先をナハトに真っ直ぐ向ける。

 踏み込む両者。光剣を振り切り、交差。

 

ブシュゥウウーーーーーーッッ!!!

 

グゥゥッ!!!――ズズゥン!

 

《ッ…!!》

 

 白い光の粒子が、ナハトの右横腹から止め処なく噴出しだした。

 呻くナハトは、横腹に手を当て屈み込んでしまう。先ほどの反動のせいか、いつの間にか光剣も消えている。

 ナハトが負傷したが、対してのシュピーゲルは全くの無傷。ナハトが肩で息をし始めており、シュピーゲルは息遣い等に乱れはなかった。

 

バラバラバラバラバラ…!!

 

『……このままでは……!各機ナハトを援護!!』

 

『了!!』

『…了か…!?敵、前――』

 

――グシャッ!! ドォオオオン!!!

 

『なっ!?上から!?』

 

 劣勢のナハトを援護すべく、機を翻して射撃準備に入ろうしていたモーニング隊。

 直後、3番機が原型を留めずに爆散した。それはナハトと対峙していたはずのシュピーゲルが、モーニング隊より遥か上空から急降下しての回転蹴りをしたためであった。レーダーにはなんら反応が無い。

 シュピーゲルは自身へ危害を加えようとする存在を予め察知していた。ナハトを無視し超速で大空へ舞い上がり、そこからモーニング隊に奇襲を仕掛けたのだ。その後シュピーゲルは地上落下していく。

 

『やられたのは03か!!』

 

『はい。蹴りで一撃で――ブレイク!ブレイク!!』

『下から光弾が来てるぞ!?』

 

『いかん!!』

 

 シュピーゲルは地面に到達する前に身を翻し、超低空を飛行。モーニング隊の真下を潜りながら手に光弾を形成し撃ち出す。

 上下へのブレイク…回避行動のみであったモーニング隊に、容赦なく光弾が激突し炸裂…空中に赤と黒の花が三つ咲いた。

 

『ヘッジホッグが全機落とされた!?』

『ミズナギより地上部隊。一時後退!繰り返す!一時後退せよ!!現有戦力では敵性ウルトラマンに太刀打ちできない!!後退を開始せよ!!』

 

キュラキュラキュラ……

ブロロロロロロ……

 

 陸自の無線状態は正しく、混乱であった。

 ウルトラマンナハトの劣勢、陸戦にて無類の強さを誇る対戦車ヘリ一個飛行小隊の全滅…状況は切迫しているのは明らかだ。

 山梨でのオッドアイ(ガンQ)戦のように、またしても自分達は手も足も出すことができず撤退しなければならないのかと、歯噛みする隊員もいた。

 

『うわっ……!』

 

――ドォオオオン!!!

 

『ミズナギ、反応が途絶えました!』

『なんて機動だ…あんな直角に飛んで動けるのか!?』

『普連第一中隊並びに機動戦闘中隊、負傷者を収容し後退』

『ウルトラマンがあんな風になってんのに、撤退しないといけないのかよ…』

『やるにしても、残弾ゼロだ。後退するぞ!急げ!』

『……指揮所より、通達…千葉南部より()()が北上中……?移動、してるのか?震源が……』

 

 そうこうしているうちに、ミズナギ__上空からの観測支援役であったOH-1すらも撃墜され、空からの目を潰される陸自部隊。

 辛うじて現場の彼らは込み上げてきていたものをなんとか飲み込み、態勢の立て直しと航空優勢確保まで後退するべく動き出した。

 地上部隊と入れ替わるように、遥か上空には空自百里基地より離陸したF-2戦闘機一個飛行中隊が現着したものの、上空待機の命が司令部より下ったため、地上のナハト援護は叶わなかった。

 

《う……アイツ…!好き勝手やってぇ…!!》

 

へアッ!!……フン!!

 

 ナハト__ハジメは片膝をつき三日月光輪を三度放ち、左腕のナハトアームズより光弓__ナハトボウガンを出し一回り巨大な光の矢をシュピーゲル目掛けて発射。

 シュピーゲルは迫り来る三日月光輪を全てシュピーゲルセイバーで切り裂き、光の矢は必要最小限の動きで回避。

 お返しとばかりに、シュピーゲルはソーサー状の__完全な円形の光輪である__"新月光輪"を形成しナハト同様に三度投擲。そして左腕の"シュピーゲルアームズ"に光弓__"シュピーゲルボウガン"を現出させ黒い光の矢を放った。

 

《狙いが甘い。これは――》

 

――避けられる…とナハトは確信していた。

 

ドスッ!!

 

《カハッ!?矢が、曲がって来た…!?》

 

 咄嗟にナハトは片膝をついた状態から小さく横に飛んだ。

 しかし、である。

 狙いが外れナハトの横に大きく逸れていくと思われた黒矢は、突如軌道を変え__傷の癒えていない__ナハトの右横腹に深く突き刺さった。

 そして間髪を入れず、三枚の光輪がナハトを斬る。

 光輪も腕や足、胴体を狙っていたようで、浅い傷で済んだが、胴体に刺さった黒の矢から滲み出る闇によって、ナハトはダメージを蓄積させられていた。

 

――ピコン ピコン ピコン ピコン ピコン !

 

 ライフゲージが赤く点滅し、けたたましくタイマー音が鳴り出した。

 なんとか体内の光エネルギーを右横腹の被弾箇所に集中し、闇と中和させるという処置をしたが、やはりダメージは大きかった。拒絶反応が出るような異物である悪意を含んだ闇が直接ナハトにジワジワと侵入したのだ。それを排除するために回す分のエネルギーが多すぎたわけである。

 

《……ここで決着をつけるつもりなのか》

 

 地上へ静かに降り立つシュピーゲル。口角を上げ、せせら笑うシュピーゲルの両腕は鈍く虹色に光っている。スペシウム・オーバー・レイか、はたまたスペシウム・イグニッションか……どちらであるにせよ、ここでシュピーゲルは満身創痍手前のナハトを討ち取るつもりのようだ。

 それに加えて、ナハトの背後にある丘…エリカ、レイラ達もまとめて葬ろうとしている。影法師はさっさと姿を消しており、巻き添えを受ける前に離脱したと思われる。エリカ達も、今から走ったとしても間に合わないことはわかっていた。

 

「ナハト……」

 

「……う…、あれ…?エリカ……ちゃん?」

 

 うなされていたレイラが目覚めた。

 どうやら状況が上手く飲み込めていないようだった。

 

「レイラ?意識が戻ったのね…!良かった……」

 

「あの……私、私……エリカちゃんや、みんなに、ヒドイこと……言った」

 

 ナハトを強く憎むように仕向けられ別人とかしていた時の記憶もレイラは持っているらしく、罪悪感と別人格への怯えからか、声も途切れ途切れで震えていた。

 

「アンタは何も悪くない。気にしないで。…だから今は――」

 

 今はレイラの謝罪を聞くよりも、エリカにはやるべきことがあった。シュピーゲルの攻撃範囲からの離脱……ではなく、身を挺してレイラを庇うことだ。

 自分が壁になれば、この娘(レイラ)一人くらいはと。

 

《やらないといけないのか!?ここで……!!》

 

 ナハトも両腕に光のエネルギーを宿しはじめ、虹色に輝く。

 対面のシュピーゲルは待っているようだった。ナハトは自身と対を成す存在であると、シュピーゲルが理解していたが故か。必殺光線をぶつけ合い、白黒つけようとしているようにもとれる。圧倒的な力量差を見せつけながらナハトを絶望の中に突き落としつつ倒す…そう考えているのかもしれない。

 

「この丘から降りて逃げないと――」

 

「ううん……。エリカちゃん、私は行けない」

 

「!? なんで!?」

 

「名前も知らない多くの人の死を澄ました顔して笑って見てたから…それに、私はナハトを……!私のせいで、あのウルトラマンが現れたから…!」

 

「だからそれはアンタのせいじゃないの!!」

 

「アレも私だったよ!!独りになったからって、あんなこと、許されないのは分かってたのに、楽な方に流されて…」

 

 エリカはレイラの手を引っ張るものの、レイラ本人が立ち上がろうとせずにへたり込んでいるために丘の上から動くことができないでいた。

 ここで罪を償うのだと言って座り込むレイラをエリカは諦めず説得を試みる。

 レイラの顔をエリカは両手でパシン!と小気味のいい音をたてながら叩き掴んだ。そしてエリカはレイラの顔を真っ直ぐ見て思いの丈をぶつける。

 

「レイラ!アンタは私の自慢の親友!!アンタはおっちょこちょいだけど、いいとこがいっぱいあるヤツ!!アンタは独りじゃない、周りには私も、みんなもいるじゃない!!履き違えるな!!私達がアンタを支える!!頼れ!!」

 

 レイラは泣いていた。エリカも泣いていた。

 互いの想いを吐き出したこと、そして互いが何を考えていたのか、考えていてくれたのか、分かったから。

 この場で感傷に浸っている場合ではないことは承知しているが、抑えられなかった。

 

「エリカ……ちゃん。ありがとう……ありがとうね、でも私――」

 

ブゥゥウン!! ブロロロ!!

 

「っ!レイラちゃん!逸見さん!!早く!こっちだ!」

 

「ユウ君!?」

 「ユウ!なんで!?」

 

 人の足ならばこの場からの迅速な退避は難しい。しかし、車両__四駆があるのなら?そうであるのなら幾分かマシである。

 その移動手段を携え現れたのはレイラの車輌を担当する整備科のユウであった。

 

「友達を置いて逃げるわけにはいかない!他のみんなは多分避難できてる!だから二人も早く!!」

 

 ユウが四駆から降り丘の上向かってくる。

 レイラとエリカの二人は危険だからこちらに来るなと言うが、ユウは一目散に二人の方へと走る。

 そのタイミングで、ナハトとシュピーゲルの光線対決が始まった。

 

シュアッ!!――バッ!!

 

《頼むぞ……イグニッション!!》

 

ガァ"アッ!!――バッ!!

 

――――カッッッ!!! バリバリバリバリ!! バチバチバチバチバチ!!

 

 激しい閃光、プラズマ、衝撃波が続け様に発生し、三人は吹き飛ばされるそうになるが、なんとか足に全体重を掛けて踏ん張りを効かせており、辛うじて地面から剥がされてはいなかった。

 

「くぅ……!」

 

「もういいの…行って!エリカちゃん!」

 

「逸見さん、レイラちゃん!」

 

「ユウ、手伝って!レイラを連れ出さなくちゃ!!」

 

「ああ!分かった!」

 

 二人の前に滑り込んできたユウはレイラに肩を貸そうとするが、レイラがユウの腕を払う。それでもとユウはレイラを半ば強引となるが横抱きで持ち上げ、エリカと共に四駆へと急ぎ引き返す。

 

「ユウ君!私の事はいいんだよ!?ユウ君と、エリカちゃんが危ないのに!!」

 

「俺は!……レイラちゃんから貰った優しさを、まだ返せてない!!だから、生きてほしい!俺がその優しさを返しきるまで!!」

 

「……!!」

 

 レイラは先ほどのような抵抗をやめた。エリカの言葉をうけ、そしてユウの告白に近い言葉が決定打となり、レイラの心の内を変えたのだ。眩しい閃光に照らされながら三人は駆ける。

 三人の後ろではナハトが粘り続けている。だがここで限界に近づいてきたようだ。

 

グッ…………!!

 

《光が……足りない……!!!》

 

 ライフゲージの明滅が激しくなっているナハト。体力が底を尽きそうになっており光のエネルギーの放出が不安定となりつつあり、光線対決で徐々に押され気味となる。

 そして、一瞬の緊張の緩みから、一気に圧倒されナハトにシュピーゲルのスペシウム・イグニッションが直撃。丘の頂上に叩きつけられた。

 

ウァアアッ!!――ズズゥウウン!!!!

 

《くっ……そぉ…!》

 

 地面の土を握りしめ拳を作りなんとか踏ん張り意識を繋いでいるナハト――ハジメは歯噛みする。

 光が足りない…ストームとなった今の自分でも、目の前の闇の巨人相手では力不足であることを痛感していた。

 今回ばかりは状況の打破は難しかった。相手は今の自分の鏡であり影のような存在。表裏一体、自身を網羅している存在だ。あと何か一つ…何らかの要因が加われば或いは、とナハトは思う。

 それに…辛うじて動かせる首を斜め後方に向ければ、ハジメの仲間達三人が未だにいた。

 

《こ、今度こそ…万事休す……いや、まだだ!動け、動けよ!ナハト!!俺は諦めてないんだ!動いてくれ!!》

 

 こうなれば、あの三人だけでも助ける、自分を犠牲にしてでも。ハジメはそう決意するが、身体は満身創痍で動かず無防備。相手…シュピーゲルは再び両腕にエネルギーを収束させている。

 

《はああ"あ"ああああああああっ!!!!!!!》

 

 心の中で叫ぶハジメ。まだ抗うのだと、まだ護るのだと、まだ戦うのだと、そんな思いが駆け巡る。

 ここで終わったら、後ろの三人は、学園の仲間達は、家族は、日本は、地球はどうなる?

 体を奮い立たせて巨悪に立ち向かわねば、自身の大切な人々が消えてしまう。

 

ハハハハハ……!

 

「これでお前も終わりだ。ウルトラマンナハト…!!」

 

 闇の巨人と、その横に浮かぶ影法師が嘲笑う。

 シュピーゲルが腕を十字に組み、エネルギーをスパークさせた。

 だがその時、絶望の一歩手前であっても希望への道筋を求め渇望するハジメの叫びに、応える者がいた。

 

――ブォン! ヴォンヴォンヴォンヴォン…!!

 

ガァアアーーーッ!!!

 

――ゴォオッ!!!

 

 極大のファンを回転させるような轟音と共に、青と赤が混ざり合った回転__スパイラル熱線が仰向け状態のナハトの真上ギリギリを通った。狙いはナハトではない。シュピーゲルである。

 その熱線はシュピーゲルのスペシウム・イグニッションと正面からぶつかり、相殺。

 シュピーゲルが一、二歩後退し妨害を加えてきた存在を見定める。

 演習場の最南端…市街地__生実町一丁目側の森林丘陵地に、熱線を撃った張本人が立っていた。

 

ギャォオオオオオオオオン!!!!

 

 空間を振動させるほどの雄叫びを上げ、シュピーゲルを睨み返しているのは、真紅に光る黒い体表を持つ巨木の如き二本の脚で立つ巨龍__バーニングゴジラであった。

 

ゴォオオオオオオーーーーッッ!!

 

『ランス1より司令部!ゴジラ出現を確認!!しかし資料と容姿の差異を確認したため、詳細な観測が必要だと思われる!偵察機の出動を要請する!!』

 

『了解。横田、百里にRF-15MJ(スカウトイーグル)のスクランブルを指令した。ランスチームは上空待機。黒のウルトラマンからの攻撃に注意せよ』

 

 影法師やシュピーゲルも気づけなかったゴジラは、地底からやってきたのだろう。日本列島にも存在している地底空洞や大規模な地下水脈、そして体内炉心の過剰稼働によって生まれる膨大な熱エネルギーを用いた地底掘削潜航法を利用したと思われる。その証拠に、ゴジラの背後には蟻塚のように大きく盛り上がった大地がある。

 

「……アレは、ゴジラ?でもあんな風に赤かったかしら……」

 

「今、あの黒いウルトラマンの光線、防いでくれたんだ…よな?」

 

グルルルルル……ッ!!

 

 なぜゴジラがバーニング形態へと成っているのか。

 それは同じ護国聖獣であるガメラから力を貰い受けたからである。故にこのバーニング形態は暴走状態ではなく、短期的な強化状態なのである。

 …ニセナハト(ババルウ)戦で受けた傷を癒すべく棲家である日本海溝にゴジラは身を潜めていた。先日、そこにオセアニア州より北上してきたガメラが進入し、ゴジラと接触していた。その際にガメラは自身の保有するマナを託し、ゴジラを起こしたのだ。

 星の戦士を手助けしてほしい。そのガメラの頼みに応えて、ゴジラはこうして姿を現した。地球の霊的自然エネルギー__マナを心臓である体内炉心に宿し体を赤焔に包んだ守護神として。

 

「青龍…地の守護者か。構わん!やれシュピーゲル!」

 

……ハアッ!!

 

ギャォオオオーーーーオオオン!!!!

 

 ライフゲージを点滅させ、立ち上がることのできないナハトを尻目に、ゴジラとシュピーゲルの戦いが勃発した。

 光剣と鋭爪によるかち合い。キックと尻尾による打撃の応酬。ここにきてシュピーゲル優位のバランスが崩れたように見えた。

 シュピーゲルは戸惑っていた。シュピーゲルはナハトの力を元に造られた巨人だ。故にハジメ――ナハトが戦った経験のないゴジラに対する情報はゼロであった。要するに敵の動きが読みづらい……ということである。

 

グルルァアッ!!!!

 

グッ……ダアッ!!――ズバッ! ズバッ!!

 

 苛立ちを募らせたシュピーゲルが、一歩踏み込みゴジラに肉薄。ゴジラの腹に×印の痛々しい傷をつける。そこに光弾シュピーゲルブリットを連続で十数発、捻じ込むように命中させ、ゴジラを唸らせる。

 ゴジラには懐に飛び込んできたシュピーゲルを一蹴することが可能な技__"体内放射(インサイドディフュージョン)"があったのだが、付近にはナハト達がいる。辺り構わず、それもバーニング形態で強化された力を使えば、同じ地球を護る者とそこに住まう者達ごと薙ぎ払ってしまうと、ゴジラは察したのだろう。体内放射を繰り出すことはしなかった。

 残された選択肢は体内炉心とマナのエネルギーを融合させ螺旋にして放つ強力無比なスパイラル熱線だった。

 

ゴォオオオ……

 

――ブォン! ヴォンヴォンヴォンヴォン!!!――ゴオウ!!

 

 二度目の熱線発射。その余りにも高いエネルギー投射は、空間を振動させ、更にはプラズマを発生させた。

 これにシュピーゲルは空かさず灰色の光の円壁"シャドーグローリー"を展開し、スパイラル熱線をそのままゴジラへ向け反射させた。

 灼熱の奔流はゴジラの体の中心を捉えた。ゴジラは両の脚で最大限の踏ん張るのだが、先ほど受けたダメージによるものか、それともまだババルウ戦の傷が癒え切ってなかったのか、数秒は耐えたものの敢えなく大地を激震させながら悲痛な咆哮と共に倒れてしまった。

 

グゥゥゥゥ…………

 

「フハハハハ!どうだ、ベーゼウルトラマンの圧倒的な暴力は!!お前たちは絶望の中で生命を捧げる以外に為せることはないのだ!!!」

 

 声高らかに勝利宣言をする影法師。地上で打ちひしがれているだろう人間、巨人、怪獣を見下ろして嘲笑う。

 もう何もできないのだと、不可能なのだというかのように。

 

「ゴジラまでやられた……」

 

「あれが影法師か…!アイツがレイラちゃんを!!くそっ!!」

 

「………まだ。まだ負けてない!あんなヤツにウルトラマンは負けないよ!!」

 

 沈鬱な空気が三人の辺りを支配していた。しかし、レイラが口を開いた時、その空気が一掃された。

 レイラの張りのある声__先ほどのような自暴自棄のそれとは違う、いつも仲間を鼓舞する明るい声だった。レイラの顔にはもう曇りはなかった。

 

「れ、レイラちゃん…?それは……」

 

「アンタまで、隊長やみほみたいに…」

 

 ユウとエリカはレイラを方を見れば、彼女の体全体が金色の光のオーラが宿っておりあらゆるものを照らしている。そう、心の太陽の輝きである。

 

「諦めない……やっと分かったんだ。光、どんなことがあっても絶えない光。悲しいこと、楽しいこと、嫌なこと、嬉しいこと、それはどんな時でも無くならない大切なモノ!!」

 

___そうだ。レイラ。俺も信じた。お前達と共に歩む希望を。信じるから、託す。託すから、信じる……人の本質はそれだ。繋がりの輪廻は、絶対に途切れない――

 

 レイラ、そして彼女から発されている光に当てられているユウとレイラにも、不意に声が聞こえた。穏やかで暖かい男の声が。レイラの父親、薫の声が。

 

「レイラのお父さんの声?」

 

――憎んだり、怒りを覚えるのはいい、だがそれらに囚われるな、己を乗っ取られるな。自分を貫け。お前は一人じゃない。周りには頼りなる仲間がいるじゃないか。だから、頑張れ――

 

 亡き父からの激励の言葉を胸に、レイラは右腕を空へ掲げる。

 

「私はもう引き摺らない!背負っていく!!元気に足を上げて!!だから諦めない!!お願い…ナハト、立って!!!」バッ!

 

 激しい光の稲妻がレイラから飛び出して空へと昇った。それはその勢いのままにナハトへと降り注ぐ。

 そこに、倒れ伏していたバーニングゴジラも手を貸した。ガメラから預かっていたマナから来る地球の熱…真っ赤に燃えるエネルギーを背鰭から放出し、ナハトへと送ったのだ。

 

グゥゥゥ……!

 

 力を出し切り絶命こそしなかったものの、ゴジラの体からは恒常的に輝いていた真紅の光は消え去り元の姿に戻っていた。

 ナハトにゴジラは託した。ガメラの熱血の光と僅かながらも自身の原始の青き光の二つを。

 

「なんだと!?まだこんなにも忌々しい光を残していたのか!!」

 

 狼狽える影法師。シュピーゲルも目の前で繰り広げられている光景を前に指一本動かすことができず、状況の処理を止めてしまっていた。

 

…………ッ!

 

《熱い、光。優しい、光……力がみなぎる。また、戦える…俺は変われる!!》

 

――――カッ!!

 

 

【♪BGM】WANIMA『GONG』

 

 

 ナハトが眩しい光に包まれたかと思えば、さいたま新都心の際と同様に巨大な光球へと変化していた。

 

「馬鹿な。なぜ進化を、覚醒をすることができる!?枝分かれの時点で、不可能になったはず……!なぜお前達は絶望に包まれぬのだ、なぜ闇を恐れぬのだ」

 

「レイラの悲しみはレイラのものだ!!それはアンタのものじゃない!!それに触れようとすることなんて、誰も、誰にもできないのよ!!あの光は、レイラが出したもの。レイラはもう克服した!絶望から逃げることを!絶望と向き合って、希望を見つけて強くなる!こうなったレイラは、無敵なんだから!!」

 

 エリカの言葉に、レイラとユウが強く頷き、影法師を真っ直ぐに見た。エリカ達の揺るぎない気迫に押された影法師がたじろぐ。

 それに合わせるかのように、白く輝いていた光球は、青い稲妻と赤い焔、そして金色の光のオーラを取り込み白球に三色が加わった。絵の具の如く、ぐるぐるとそれらは混ざり合い、輝きが一層増す。

 鮮やかな光の球の輝きは衰えることなく、徐々に鮮やかな光球は人の形を…ナハトの姿へと再び戻った。

 

……………バッ!! ―シュワッ!!

 

《この炎は、生命(いのち)の灯火……これを燃やすから、俺たちは生きていける!!生命の灯火はちょっとやそっとの風では簡単には消せない!!誰にも、この炎は奪えない!!俺が、奪わせない!!》

 

 ナハトは自身を包んでいた光の膜を両腕で振り払うと、その姿を露わにした。

 あたりに火の粉に酷似した爛々とした赤い光の粒子が束となって嵐のようの吹き荒れる。

 

「ナハトがまた、変わった…!」

 

「すごい……」

 

「優しい光だね…」

 

 情熱の炎の力と更なる希望の光を受け取ったナハト。ボディのカラーリングはより一層白と黒、それらの中間色である灰色の境が明確になり、ボディのライン部分には金と赤、青の三色が加わっていた。

 漲る熱い闘志を全面に押し出した、新たな嵐を巻き起こす戦士………ウルトラマンナハト__"バーニングストーム"である。

 

「更なる覚醒を呼び覚ましてしまったとでも言うのか…!ええい…、シュピーゲル、何をやっている!ナハトを叩き潰すのだ!!」

 

 影法師の命に従いシュピーゲルが先手必勝とばかりに空中移動でナハトに掴みかかろうと動く。

 しかしナハトはその動きを理解しているように身を翻してから電光石火の早業でカウンターのゼロ距離光弾をお見舞いした。

 

《視える……シュピーゲルの動きが、悪意の流れが分かる!》

 

 燃え盛る炎を纏った烈火の如き一撃を食らい、シュピーゲルが膝をつく。シュピーゲルは明らかに動揺していた。ゴジラと対面した際よりも。

 ナハトの動きが読めない…と言うよりも理解できないのだ。シュピーゲルが記憶しものにしているのは過去の、これまでのナハトだ。今のナハト、これからのナハトの情報も力を持ち合わせていないわけである。

 

ゼー……ゼーッ……ガァ……!!

 

ピーコンピーコンピーコンピーコン…!

 

 シュピーゲルの胸部にあるライフゲージが赤色から紫色に変わり点滅を開始した。

 光に特効能力を持つ闇も光と表裏一体。ならばその逆も然り。闇のエネルギーが巡るシュピーゲルの体内に原始の火と地球の霊魂と少女の心の太陽から生み出された光が打ち込まれたことによって力を乱されたシュピーゲルが大幅に弱体化したのである。

 

――そうか…身近に希望は在ったんだな。……ウルトラマン…俺の宝物(おもいで)も、使ってくれ――

 

 不意に空から一筋の光が降り、ナハトの右腕__ナハトブレスに宿った。

 その光は亡き薫の願いと祈りであった。薫の声にナハト――ハジメは静かに頷く。

 ナハトは右腕を天高く掲げる。ブレスにあらゆる場所から飛び出してきた光の筋が集まってゆく。

 ブレスのクリスタルが一際強く瞬いた。

 

《ナハトォ、ホーリィー………!》

 

 光を溜め終えたナハトは右腕を体に引き込んだ後に強く前に腕を突き出す。

 

《――スパァァアーーーーク!!!!》

 

――カッ!!

 

 それと同時に、ブレスのクリスタルが煌めき、白黒のプラズマを伴いながらシルバーグレーの光線が発射された。

 シュピーゲルも光線を当てられるまで何もしないといったことはせずに、急ぎスペシウム・イグニッションを放ち対抗する。

 

 

グガァ……ハア"ッ!!

 

 

《影も、闇も包み込んで燃やし尽くす!!…いっけええええええええ!!!!!!》

 

――ハァァァァアーーーーッ!!……ジュアッ!!!

 

 再び光線の激突が始まった。が、しかし、決着はすぐに訪れることとなる。

 ナハトの放った"ナハトホーリースパーク"はシュピーゲルのスペシウム・イグニッションの中心を食い破りながら勢いを減衰させ無効化していく。

 そうして遂にナハトの光線がシュピーゲルに到達した。

 

グァアアアーーーーーッ!?ガアッ!!!

 

――バババババッ! …ドッガァアーーーン!!!

 

「ぐっ、覚えておくのだな…!!ウルトラマンナハト…!!」

 

 様々な想いが加わった光を身に浴び、身体の内外から光を放出し、膨張後爆散した。

 シュピーゲルの破片も、最後は光に還り、この世界から完全に闇の巨人は消え去り、影法師の姿も無くなっていた。

 

ピコンピコンピコンピコンピコン……

 

《みんなのおかげで…シュピーゲルを倒せた》

 

グゥゥ……

 

《ゴジラ…ありがとう。キミから受け取った光の中に、ガメラの力もあった。託しに来てくれたんだろう。キミ達の力が、俺を変えてくれた。救ってくれた。本当にありがとう》

 

 ナハト__ハジメはゴジラに礼を述べ、回復治癒光線のハイレーンガイストを浴びせるのと同時に、ゴジラから受け取った力の一部を返還した。

 受け取った力で動ける活力を再び得ることができたゴジラは、のそりと立ち上がり小さくナハトに吠えた後、自身が地上に出る際の足掛かりとして掘ってきた蟻塚の如き巨大な穴へと消えた。ゴジラが地中へと入るとどういう原理かは不明だが、穴は埋まり地形も綺麗に元通りとなった。

 

ゴォオオオオオオーーーッ!!

 

『――ゴジラ、地中に消失。上空からの追跡は不可能』

 

『了解した。作戦行動は終了。百里の航空隊は帰投せよ。横田のライトニングと入れ替われ。間もなく地上部隊も戦闘後の処理を開始する』

 

『本当に、これで戦闘は終わったのか…』

 

 

 現地の作戦指揮所からは各部隊に撤収命令が発令されていた。航空部隊は引き上げ、地上部隊は負傷、若しくは殉職した隊員らの運搬や処理を開始していた。演習場駐車場区域には陸自衛生科の〈野外救急車〉と〈野外手術システム〉を筆頭に各非戦闘車輌が駆けつけていた。また、演習場出入り口付近には自衛隊、消防、警察車両、避難していた民間人でごった返しており、関係者達はその対応に追われることだろう。

 そして、ゴジラや自衛隊の動きを見ながら、ナハトは空へと発とうとしていた。しかしナハトを呼び止める声が足下からした。ナハトは視線を下に向けると、その声の主が判明した。レイラだった。

 

《!、レイラちゃん》

 

「ナハト!……ごめんね!私が誤解して、ひどいことも言った…本当にごめんなさい!!」

 

《よかった…レイラちゃんも無事だったんだ……。みんなが無事なら、無事だったなら、いいんだ》

 

「ありがとう!!ウルトラマンナハト!!!」

 

 レイラが精一杯大きな声でナハトに礼を言って頭を深く下げた。

 それにナハト__ハジメはゆっくりとサムズアップで応え、背を向けて空へと飛び立った。

 

――シュワッチ!!

 

 その後はエリカ、レイラ、ユウの三人は演習場内を巡回し民間人回収の任に就いていた普通科部隊に保護され、黒森峰の機甲科や整備科が避難している演習場駐車場区域の一角まで運んでもらった。なお、輸送途中にハジメも保護された。無論エリカから拳骨を食らったことは言うまでも無かった。

 

 避難場所で無事レイラ達はまほ達と合流できた。結局、レイラは命令不遵守や危険行動等のお咎めはなしとなったのだが、レイラのパンターG型の乗員である後輩達にたかられ泣きつかれた。元の先輩に戻ったと泣きながら喜んでいる後輩達にも、レイラはナハトに対してしたのと同じように真っ直ぐ謝り、抱擁した。

 

 数時間後、怪獣関連のほとぼりが取り敢えず収まったと大会運営と蝶野教官ら審判団は判断し、夕焼けに染まる演習場前広場にて両チームによる試合終了の挨拶が執り行われた。

 こうして、黒森峰の勝利で波乱の一回戦は終わったのである。

 

 

――――――

 

後日 黒森峰学園艦 艦上市街地 学園寮玄関前

 

 

 

「おばさん、お疲れ様でーす!!」

 

「ああレイラちゃん。ありがとうね、お疲れ様。貴女宛てにお手紙届いてるわよ」

 

「え?私に?」

 

 戦車道の履修時間が無く、学校での授業を終えて寮に戻ってきたレイラ。玄関前で箒を持って掃き出しをしている寮母に挨拶をして、中に入ろうとした際に呼び止められた。

 自分に手紙、というより郵便物は珍しい…とレイラは感じた。それも若干の警戒心を持ちながら自身の名前が貼られたポストを恐る恐る開いた。警戒するのは無理もない。レイラには影法師との接触という前例があるのだ、当然の反応と言える。

 

「……ん、封筒?…紙以外に…何か入ってる…?」

 

 ポストの中には小さな、白い小綺麗な封筒が投函されていた。達筆な字で自分の名前が書かれていた。封筒裏に目をやれば、そこにはレイラの知らない男の名前があった。"栗田 健太郎"…横には海上自衛隊と、佐世保基地の住所が記されていた。

 

(もしかして…パパのことかな?)

 

 手に取り、その場で中身を確かめようと開くレイラ。

 中から引っ張り出したのは一枚の、栗田からレイラに宛てた手紙であった。手書きのそれを読み始めると、栗田という自衛官がレイラの父――薫の部下であると分かった。

 内容としては薫の行動を止めることも、代わってやることのできなかった己に対する不甲斐なさと、残されてしまった側の家族であるレイラへの謝罪から始まり、自衛隊で任務就いている間の薫の…レイラの知らない父親の顔についてを書かれていた。彼が薫をどう思っていたのか、他のクルーから慕われていた、模範となる海自の人間だった、などなどそういった内容まで事細かに書かれていた。栗田なりの誠実さもあったのだろう。レイラには父親である薫のことを知る権利があるのだと。

 

 そして、手紙の最後は下のように締められていた。

 

――艦長の、蕪木二佐が仰っていたお言葉を拝借させていただくならば、『人生は果ての見えない不可視の海であり、不可知の航路だ。』……時に穏やかな海原に入ることもあれば、行手を塞ぐ高い荒波に阻まれることもあるでしょう。

 最後に、これだけはどうか覚えておいてください。あなたの側には、自衛官として、そして父親としても気高き勇気と深い優しさに満ち溢れた方がいつも見守っていることを。

 蕪木レイラさん。あなたのこれからの人生が幸多いことを心から願います。

 

追記 封筒内に蕪木二佐が息女であるあなたに渡そうとし私に託したものが入っております。大事になさってください。――

 

「……託したもの…あっ!」

 

 手紙を読み終えたレイラは、封筒を逆さにして何度か上下させると、中からこぼれてきたのは、小さなキーホルダーであった。

 赤い方針が上__空を真っ直ぐ向き差している、極小で球状の羅針盤だった。

 

 

――羅針盤はな、いつも進むべき道を指し示してくれる、船乗りを導く御守りという側面もあったんだ――

 

 

 空を指すこの小さな羅針盤は、自分の未来と今後の姿勢を示してくれる、大切なものであるとレイラは確信した。薫が最期の時までレイラのことを忘れないでいたことも分かった。

 

「あら…レイラちゃん、泣いてるの?もしかして何か変な手紙でも来たの?」

 

「……うぅ…違う、違うの……これは、そんな涙じゃなくて……」

 

 学園艦の片隅で、レイラは静かに泣いていた。

 …以前と違うのは、彼女が今流している涙はきっと、前へと進むための活力になるものであるという点だろう。

 命ある限り、生きていれば掴めるモノもあるはずだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……微量ながらゴジラがいた地点から放射線が検知されました。人体や環境に有害なレベルまでには至ってはいませんが、これはやはり…』

『以前の推測通り、ゴジラは生きた核融合炉ということね。他には、何かあった?』

『生総研の開発室の千葉先生から連絡が。今回の件は子供たちは予期できなかったとのことですが、今後に起こる新しい事象の予知が始まったそうです』

『どんな予知夢を、子供たちは見ているのか、分かるかしら…?』

 

 

『ワームホールらしき穴から飛び出す緑の巨人と、空を割って現れる怪獣のイラストがいまのところ多いらしいです。……それと子供達の口からは、新たな勇者が大地に立つと…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 どうも。夏の暑さと豪雨と戦う投稿者のレッドです。
 これでレイラちゃん関連の連続回は終わりです。うちんとこのゴジラさんは加減が上手いので放射熱線による汚染はかなり低減してくれます。
 これでハジメ君は三大護国聖獣とすべてと対面しましたね。
 
 原作アニメ編もおよほ残り二十数話となり、本作の1期の終わりが見えて参りました。これからもどうか逸見エリカのヒーローをよろしくお願いします。

海に関する歌っていったら…コレですよねってことで、今回の選曲はこうなりました。実は「ともに」にするか迷ったりしました。

 最近描いたシュピーゲル君です。よければ見てください。
ベーゼウルトラマンシュピーゲル イメージ

【挿絵表示】


_________

 次回
 予告

 みほ率いる大洗女子学園が大会一回戦、サンダースを下した翌日の夜。
 茨城県内の航空自衛隊霞ヶ浦分屯基地、そして首都防空の要とも言われる百里基地が正体不明の敵対的勢力から放たれたミサイル攻撃による奇襲を受けた!
 謎の勢力による攻撃の調査は難航する中、そこには何やら動く影があった…。

 話は変わり、さらにその翌日、エリカやハジメ達は件の茨城県の大洗町に立っていた。大洗の一回戦後のドタバタ__冷泉麻子の祖母、おばぁこと久子が倒れた際に麻子を助けたことから、呼ばれたのであった。

 しかし、久子と対面し雑談を交えるエリカ達の前に、なんと影法師が現れる!!

「お前、今度は何するつもりだい!」

 なにやら、おばぁは影法師を知っており…?


 次回!ウルトラマンナハト、
【おばぁは強し】!



 
 


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第44夜 【おばぁは強し】

一角超獣 バキシム、
ミサイル超獣 ベロクロン、登場。


 

 

 

7月24日金曜日 日本時間深夜01:25

 

東アジア 日本国関東地方 茨城県小美玉市

航空自衛隊百里基地

 

 

ゴォオオオオーーーッ!!!

 

『管制、こちらシエル1。基地への着陸許可を求む』

 

『シエル1、基地滑走路への着陸を許可する』

 

 関東地方、ひいては首都圏防衛の要である航空自衛隊基地の一つ__百里基地。これまで幾度も特殊生物出現の度に戦闘機を空に上げてきた。

 当基地は中部航空方面隊隷下の第7航空団とその航空団所属であるF-2戦闘機部隊__第3飛行隊と第309飛行隊の二個飛行隊を有している。

 現在、この基地の飛行隊のもっぱらの任務は茨城、千葉の上空警戒である。ワームホール…"(デン)"の出現を感知するソフトを、戦闘機には搭載できてはいないが、大洗のトライリベンジャーや先日の千葉のシュピーゲル出現等を考慮すれば発見から対処までの動きの迅速化をしておいて損は無い。最悪、航空機は空を高速で飛び回る囮にもなるのだ。

 

「……お、バイパーがまた帰ってきましたよ先輩」

 

「そーだなぁ。パイロットの士官さん達は大変だろうな」

 

 基地格納庫横にて待機しているのは、基地業務群施設隊の消防小隊である。滑走路、若しくは基地敷地内での火災が発生した際に動く部隊である。つまるところ、自衛隊お抱えの専用消防隊なのだ。

 火災等は滅多に起こるものではないため、彼らの仕事は今のところ無い。逆に仕事…消火作業が多ければ喜ぶのかと言えば勿論そうではない。

 

「もう戦車道も夏季大会やめましょうって。防衛力の分散は愚の骨頂じゃないすか。現に陸自はまた死者出してますし」

 

「逆に毎回毎回タイミングと場所が悪すぎるだけだ。そう言ってやるな」

 

「この24時間交代の警戒飛行なんて、もう…。怪獣出たって即攻撃は今だってまだ難しいのに…」

 

「そうは言ってもだな、飛ばさなくちゃいけない姿勢と理由があるんだよ」

 

 彼ら消防隊も、飛行隊の24時間の警戒飛行体制に伴い、数時間毎に離着陸する戦闘機のいざという場面に備えて長い時間待機していた。

 上のようなボヤきが出るのも必然なのかもしれない。

 

「だいたいこっち側の兵器が通用してるのかも分からないじゃないですか。自分、同期の友人がいるんすよ陸自の方に……そいつのこと考えると、一刻も早く現場の問題やら不備やらを無くしてほしいって思うんす」

 

「そうか……」

 

 数台の〈II型救難消防車〉が並ぶ場所で深夜の眠気を吹き飛ばすための缶コーヒーを片手に会話する消防小隊員。

 話の途中で若い隊員が空を見上げて深呼吸していたら、()()は起こった。

 

――――ピシッ…!

 

「はぁ………………ん?」

 

「どうした?」

 

「先輩…美島サン、あれ、あそこの空、変じゃないすか?」

 

「?……空がか?」

 

 若い隊員が指差している空のある一点を、目を細めて探す先輩の美島。

 半信半疑だったが、わけの分からないことを放置するのも気分が良くなかったのか、なんとか見つけることに成功する。たしかに若年隊員が言っているように、空の一点に何か違和感を感じた。

 

「まるでヒビだな……」

 

「ですよね!ありますよね!なんなんすか、アレ」

 

「分からん…取り敢えず見間違いでもいいから、管制と司令部に連絡を――」

 

 美島が肩に付いている無線機を手にしようとした時、件の空に明らかな異変が起こった。

 

ピシピシッ!……ピキッ! ガッシャァアーーーーン!!!!

 

 ()()()()()。そう、ヒビが入り、破片を吐き出して暗く幻想的であった滑走路上空の星空が壊れたのだ。

 そして、ひび割れた空の中には、星空は無く、その代わりに綺麗さのカケラも無い真紅の歪な空間…裂け目が広がっているらしかった。

 

「なんだあれは…!?新しい未確認の"穴"なのか!?」

 

「美島サン!ここから退避しましょう!ここはアレとの距離が近すぎます!!これまでの経験上、アレから出てくるのは怪獣やら宇宙人じゃないですか!!」

 

 管制塔や基地の各区画でも同様に滑走路上空の異変を察知できていたようで、すぐに非常事態を知らせるサイレンが基地内に響き出した。スクランブル指令も出たようで、交代のために待機していたF-2のパイロット達が続々と格納庫へと走っているのが遠目からでも分かった。

 そして、その真紅の空間からは赤い煙が妖しく漂っており、一種のスモッグのようであった。そんな不透明なスモッグの中に、緑色の一対の眼が数瞬、垣間見えた。

 

「こっちを覗いてる……覗いてますよ!アレ!」

 

「特殊生物なのか…!」

 

 詳細不明のゲートより現れる存在はこれまで怪獣や宇宙人だった。

 しかし、今回先陣を切って真紅の向こう側から顔を出してきたのは、大量の()()()()だった。

 

ヒュゥウーーーーー!!!!

 

「誘導弾……ッ!!」

 

「お前ら、伏せろォオオ!!!」

 

ドォオオオオオオーーーーンッ!!!

 

 美島が消防小隊の隊員らが伏せるよう動こうした時には、ミサイルは基地内の至る所に着弾した。

 爆発とそれにより発生する轟音と閃光。基地全体がミサイルの波状攻撃を受けているようだった。

 

ヒュゥウーーーーーン……ドドドォオオン…!!

 ヒュゥウーーーーーン……ドドドォオオン…!!

 

「こいつぁいったい…!?」

 

「ミサイル…すけど、特殊生物の仕業っすよね…?」

 

 隊員二人がコンクリートの地面に伏せ、顔を上げて基地全体の様子を確認した。

 基地のあちらこちらから火の手が上がっており、至る所が赤橙に照らされていた。

 基地の管制塔はガラスが割れ倒壊寸前。格納庫の上層には大きく穴が空き、そこから炎が絶えず揺らめいている。燃料区画にも満遍なくミサイルが降り注いだようで、物凄い勢いで火の手が増していた。そして格納庫の内外、滑走路前を問わず駐機されていた航空機の殆どが軒並み誘導弾による空爆によって破壊し尽くされていた。

 消防隊である彼らには、どこから手をつけなければいけないのか分からなかった。今の状況が想定されている被害の規模を軽く超えているのだ。

 

「おい、そこの二人!!無事か!!」

「地下に退避するぞ!」

 

「攻撃の詳細は!?――ドォオオン!!――っ、ミサイルが降ってきているが何が起こっている!?」

 

「空に"穴"があるんだから、豪州連合じゃないっすよね!?」

 

 勢いは衰えてきてはいるが未だ付近にミサイルが着弾している中、掻き消されないよう大声で事の詳細を訪ねる隊員。二人の下に来た他の隊員らも状況をイマイチ把握できていないらしい。

 

「分からない!敵は基地全体にミサイル攻撃を加えてきている!!基地の上空は見ての通り"穴"で囲まれていて、駐機中の機体も殆どやられた!!」

 

「街への被害は!!」

 

「確認されていない!」

「滑走路が潰され、高射隊も沈黙してる。地上でやれることは無い!!ここも更地にされる前に退避しよう!!」

「攻撃に晒されている中での消火活動は危険すぎる!」

「これから、特殊生物の来襲もあるかもしれない!」

 

「今はそうするしかないのか…っ!!」

 

「防空指揮所を含めた、地下施設群は生きている!急げ!!」

 

 攻撃を掻い潜り、なんとか動ける基地内の人間は地下施設への一時退避と、他の基地への連絡を取るという二つの行動をとるのであった。

 正体不明の敵の攻撃を受けた百里基地。しかし、奇襲攻撃を受けたのは、ここだけではなかった。

 

 

_________

 

 

同時刻

 

同県土浦市 航空自衛隊霞ヶ浦分屯基地

陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地

上空

 

 

 

バラバラバラバラッ!!

 

『こ、こちらは笑顔テレビ現地報道斑の増子美代です!現在、土浦市上空より生中継でお送りしておりますが…これはヒドイ様相です……自衛隊基地が突如このような状態に、まるで襲撃されたかのように基地敷地内で爆発、炎上していて……立ち昇っている煙もすごい量です!』

 

 霞ヶ浦上空にはマスコミの報道ヘリが集まっていた。如何なる勢力にせよ、自衛隊の基地・駐屯地が直接的な攻撃を受けたのは自衛隊結成から初めてのことである。それも敵の姿が判明していないことも重なり、さらに事態の全貌が掴み辛くなっていた。

 

『……これが事故なわけありません…!一旦、中継はここで切ります!現場より、増子美代でした!!』

 

 百里と霞ヶ浦の自衛隊拠点が深夜に同時攻撃を受け、その運用能力をほぼ無くしたという事実は日本政府と自衛隊、そして関東に住む国民を震撼させるには十分であった。深夜に起こったそれは正に人々にとって寝耳に水のような出来事だったのである。見えない敵による侵略行為に他ならない。

 

「クククク……フハハハハハ!これで下準備は終わった。今度こそ如何に己が無力か、味わうといい…ウルトラマンナハト…!!」

 

 霞ヶ浦から少し外れの空の上。黒紫の装束を纏い、フードを羽織っている者…影法師が浮いていた。

 この自衛隊の拠点襲撃にどうやら噛んでいるようだ。

 

「人類も我らの力を恐れるだろう…ハハハハハ!!」

 

 眼下の惨状を見て笑う影法師。影法師は気づいていなかった。

 こちらの存在を許さず斬り伏せんとする"影"が飛び交っていることを。

 

――シュバッ!! ――バッ!――ババ!

 

「む…!?何者だ貴様ら!!我らに楯突く気か!!」

 

 影法師が異変に気づいた頃には、無数の影達が影法師を取り囲んでいた。

 影達には、闇夜を照らし映す一対の目があり、そのすべてが影法師を睨みつけていた。

 

「…ウルトラマンではないな……。その力、もしや怪獣か……?」

 

「――我らは"ハザマ"。世界のため、命を散らす覚悟を持つシノビの軍団なり」

 

 他の影と比べて二回り程大きい影が、自分らの存在を語った。

 "ハザマ"と名乗った影達…シノビ軍団は、各々が刀を抜刀、若しくは巻物等を取り出し、影法師に襲いかかる。

 

「シノビ……ハザマ…?知らぬな。お前達は邪魔だ、消えろ!」

 

「ここで其方を牢獄へ封じさせてもらう!……怒流牙忍法!次元隠しの術!!」

 

「むぅっ!?」

 

 頭領格の影が、自身と同サイズの巻物を取り出し大技を繰り出した。白い稲妻が影法師に直撃……したかに思えた。

 影法師は先ほどまでは強気ではあったものの、状況が自身に不利であると悟っていたらしい。夜空に稲妻が駆け登っていった後、影法師は姿を消していた。

 

「……逃してしまったか…。ならば炙り出すまで。シノビ達よ、散れ!紫坊の捜索に掛かるのだ!見つけ次第斬り伏せて構わん!!行け!!」

 

「「「御意!!」」」

 

 頭領格の影の命により、他の影達が地上へと四方八方に散らばり、人目につかないように素早く降下を始めた。

 

「奴はなんとしてでも打ち倒さねば…!()()()()のためにも、()()()()()のためにも」

 

 頭領格の影も、疾風の如くすぐさま姿を消す。

 その際ほんの刹那、風貌が明らかになる。

 その影…シノビは、深緑の肉体を持ち、紅色の襟巻きをたなびかせていた。

 

 

_________

 

 

茨城県内自衛隊拠点並びに施設奇襲より数十分後

 

 

関東地方 東京都新宿区 市ヶ谷

防衛省

 

 

 

「――少なくともF-2が26機、その他の航空機も8割強が大破、若しくは完全に破壊されました……。また、土浦の陸自駐屯地も機甲戦力を筆頭に、大幅に減らされたとのことで…現在救助・消火活動を進めつつ、詳しい情報を収集している最中です」

「中部方面の各基地、地対空誘導弾(PAC-3)が24時間の即応態勢に入りました」

「…庁舎等にも空爆があったようで、非番の隊員らからもかなりの死傷者が出ています」

「マスコミもヘリを出して騒いでいます」

「施設…特に土浦に新設されていたレーダサイト群が潰されたのも痛いです。東部方面の索敵網の範囲が大幅に縮小を余儀なくされましたので…」

 

「そうか……。東北方面の部隊も組み入れて構わない。百里基地は今後数週間沈黙する。特殊生物もそうだが、太平洋でまた騒ぎ出した豪州連合軍のこともある。入間と横田のテコ入れが今は必要だ。最大限の警戒を持って頼むぞ」

 

「「っは!!」」

 

 防衛省内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。

 関東の防衛網にポッカリと、いきなり穴が空くというのはあってはならない。防衛大臣である戸崎はこれらの襲撃事件に関する記者会見を設けるよりも先に関係各所に連絡を入れ、各部隊の臨時配置等を指示し、関東__首都圏防衛の空白を埋めるよう努めることとした。

 

「千葉の次は茨城か…。東日本太平洋側の広域をカバーする第7航空団が軒並みやられたのは痛恨の極みだ…二個飛行隊も壊滅……そしてなによりこれ以上の殉職者が出ることは許せん…!」

 

 翌日早朝、襲撃を受けた二拠点の現場検証が防衛省の技研と、日本生類総合研究所__生総研によって行われることとなる。

 しかし、今回の奇襲攻撃に使われたミサイルの残骸のみが唯一のカギであり、精々判明したことと言えば、あらゆる国家、企業の規格の__さらには一部のものは全く未知の材質でどこのものとも照合できない不気味な代物も混じっていた___ミサイルが使用されていて仮に仕掛けた勢力が豪州や中国といった敵対的国家であるとしても犯人の断定は不可能であることのみだった。

 新型の"穴"の目撃により襲撃犯の正体が、特殊生物もしくは異星人だとする可能性が高くなりはしたが、何分奇襲前後に"穴"の発生を各地のレーダーサイトが探知・捕捉できていなかったがためにまだ推測の域を出なかった。

 自衛隊は生総研と協力し、多角的な調査に乗り出す必要があった。

 

 

_________

 

 

7月25日土曜日 日本時間10:06

 

 

関東地方 茨城県大洗町 大洗海岸病院 正門前

 

 

 

「この病院にあの娘の、冷泉さんのお婆様がいるんだな」

 

「そうですね。ここの二階の206号室らしいです。……でもいいんですか?冷たいこと言うのもあれですけど知波単戦、一回戦からまだ二日しか経ってないですよ?またあんなことがあったのに……」

 

 自衛隊拠点の襲撃があった日の翌日、ハジメとエリカ、まほの三人は大洗にいた。最寄りの学園艦停泊地である茨城港には黒森峰の学園艦は見当たらない。

 今回、大洗にはエリカの操縦する旧ドイツ製輸送ヘリ(ドラッヘ)で訪れたわけである。

 

「二回戦は一回戦から七日後だから、日程の変更がなければ29ね。整備の方はアンタ達が頑張ってくれたから間に合うわよ」

 

「そこじゃなくてさぁ…この中だとエリさんが一番心配だよ…黒いウルトラマンの、シュピーゲル?…とかいうやつのあんな近くにいたんだから」

 

 なぜ三人が大洗にいるのか。それは昨日のみほ率いる大洗女子とケイ率いるサンダース大附属の試合後の話にまで遡ることになる。

 サンダースとの試合を終えたみほ達は帰路に就くのみであったのだが、試合会場で迎えの連絡船等を待っている間に、みほの指揮するⅣ号戦車――あんこうチームの一人、操縦手の冷泉麻子の身内…唯一の家族である祖母の久子が倒れたとの連絡が本土病院__地元の大洗海岸病院より受けた。祖母久子の病状を案じた麻子が泳いででも大洗に行くと言うほどに追い込まれ焦っていた。

 

「アンタも毎度毎度おんなじくらい危険な目に遭ってるでしょーが。私は大丈夫よ。レイラの方も安定してるって。昨日から熊本の方でお父さんのお墓参りにユウと一緒に行ってるわ。私も……なんていうか、その、慣れちゃったっていうのかしら…?」

 

「そっか。……精神が図太いんだね、エリさんは…」

 

「はぁ?何が太いですってぇ?それに人のこと言えた立場じゃないでしょうがこのバカジメ〜!!」グリグリ~!

 

「うぁああああ!?!?」

 

「やれやれだな…」

 

 そこに現れたのが試合を観戦しに来ていたまほとエリカであった。まほとしては、妹であるみほが目指していた戦車道と、彼女の背中が重なったこと、そしてその妹の友人が困っているのが分かると放ってはおけなかったのだ。あんこうチームに声を掛けたまほはエリカに無理を通して頼み__しかしエリカも手助けに賛同していたためここでもまた史実より穏便に__ドラッヘを用いて空路で麻子を海岸病院まで送り届けたのだ。

 送り届けた後、久子本人から孫の我儘に付き合ってくれた人間にしっかり顔を合わせて礼を言いたいとたっての願いもあり、二人がそれを快諾し本日大洗に赴いた次第である。

 

「イテテ……ていうか、なんで俺も連れてきたの?俺、直接的にも間接的にも何もしてないし関わってないんだけど…」

 

「もう毎度のことでしょ、ハジメが無茶するの。アンタ、放っとくと安心できないから。特に最近はね」

 

「う……何も言い返せない」

 

 痛いところを突かれたハジメは、苦しい顔でエリカを見る。右横腹を無意識に摩りながら。

 そこで甘く接しないのがエリカだ。さらに彼女は続ける。

 

「そこまでやらないといけないレベルに来てんのよ!アンタ、知波単の時もまた傷だらけで戻ってきて…!何をどうしたらあんな風になるんだか!」

 

「(あれだけ激しい戦いがあったらね…)」ボソッ…

 

「……? 私達も十分あれだが、ハジメ君は私達以上に危ない橋を渡っていると私は思う。今日は午後からオフであったのに、申し訳ない。そこは謝ろう」

 

 病院の正門近くで立ち話を続けてもなんだと、まほは玄関口にそろそろ向かうよう二人にも促した。

 

 

「……!、今の少年、真永(マナ)の流れがヒトのそれより何倍も…。あの少年がもしや…?」

 

「ああ。この次元に存在するとされる、星の戦士…"うるとらまん"と言う者なのだろう…。"ユキムラ"様に言伝せねば」

 

 病院の正門の陰にいた不明瞭なモノ達。彼らはハジメを認知すると、その姿まで看破していた。

 ハジメがウルトラマンナハトであることを確認した彼らは、すぐ周囲の物体より生まれている影の中に消えた。

 

 

「俺はどんな顔で部屋に入ればいいんだろうか」

 

「エリカの同伴者です、と言ったりすればいいんじゃないか?」

 

「ちょっ!?隊長、それは…!」

 

「ん、二人とも満更でもなさそうだが?」

 

 この会話の後、一同は総合受付にてアポの確認をとってもらい通されると、階段を登って久子のいる206号室を目指す。

 二階に到着し、一本の廊下を進み206号室前に立つ三人。中からは小さいが会話が途切れ途切れに聞こえる。部屋番号の下のパネルに、名前の記された札は一枚のみであり、"冷泉久子"とあることから、部屋の間違いはないようだ。

 意を決して、エリカが代表して横開きのドアをノックする。

 

コンコンコン!

 

「――どうぞ!」

 

 年配の女性の声で返事が返ってきた。それを確認したエリカがゆっくりと扉を開ける。

 病室内には、目の前…扉側にみほ、華、沙織、優花里が立っており、部屋の最奥である窓際の病床には久子だろう女性が長座している。そしてその横には麻子が寄り添っていた。

 

「失礼します。黒森峰学園から来ました、逸見エリカです」

 「同じく、西住まほです」

  「えっと…二人と同じ黒森峰の嵐 初です…失礼します」

 

 三人は入室しつつ、久子に自己紹介をしてそれぞれ会釈した。

 久子はそんな風に畏まる必要も無いと言う。孫である麻子の我儘に巻き込んでしまったから、お礼を言わなくちゃならないのはこちら側だと。

 

「あんたら、熊本の学生さんだろう?遠路はるばるありがとうね。こんな老いぼれのところに来てもらって」

 

「いえ。そんなことはありません。私達は自分の心に恥じない行動を、目指した戦車道だと思う行動をとった結果です」

 

 そう話したまほは、みほの方へ視線を移しながら穏やかな笑みを浮かべていた。目の合ったみほも、それにはにかんで応える。エリカとハジメを二人の無言のやりとりを見て大層安心したように笑顔になる。もうこの姉妹…引いてはエリカ達幼馴染間での軋轢と呼べるものが徐々に取り除かれつつある証でもあるのだろう。

 

「そうかい。そう言ってもらえるとこっちの肩の荷も少しは軽くなるよ。ほら、あんたも礼言いな!こっちの友達だけじゃなく他校の友達にも迷惑掛けたんだろう!?」

 

「ゔ…分かってるから、おばぁは落ち着いて…。またそんな風に大声で話してると血圧上がる…」

 

「うっさいねえ!礼を言うのが先だろ!」

 

「……その…ありがとう、ございました…」

 

 麻子から搾り出されるように出た礼の言葉は、たしかに二人…いや、三人には伝わったようだ。この話題に関わっていないハジメはどんな風な顔をしたらいいか半ば分からなかったのだが。

 

「私達のことは気にしなくていい。とにかく、そちらのお婆様が元気そうで良かった」

 

「そうですね。……でも友達判定で、いいのかしら…?前回大洗に来た時と抽選会・喫茶店での交流はあったけれど…」

 

「いいんだよ?だってお姉ちゃんは私のお姉ちゃんだし、エリカさんとハジメ君は私の友達なんだから、ここにいる皆んなとはとっくに友達だよ!ねぇ、みんな?」

 

「そうですね!」

 「私もそう思います」

  「私も私も!!」

   「…うん」

 

「あっとぉ…俺はどこらへんから話入れたりするのかな…?」

 

「ん?そういや、あんたはなんでここに来たんだい?」

 

 適度に笑いもある空間だった。史実とは違う、久子に顔を出したのは麻子にとって恩人とも言える二人、黒森峰のまほとエリカ、そしてハジメがいる病室は違和感がまったくなかった。

 それほどまで、大洗陣営と黒森峰陣営の和解…というより誤解や相違が史実より早く緩和されていたのだろう。仮に黒森峰陣営、特にエリカがまだみほに良くない感情をこの時点で持っていたならば、この場は地獄のように嫌な空間になっていたはずである。

 

「なるほどねぇ。やんちゃし過ぎて幼馴染のその娘に手綱を握られているわけだ。やんちゃするのは勝手だけどね、女を心配させるのは感心しないね!」

 

「…そ、そうかもしれないですね……スイマセン……」

 

「おばぁがそれを言うのか…?」

 

 ハジメが同行している理由を知った久子は、半分説教半分恋話を説いた。ハジメにとっては耳が痛い話であった。他人に心配させる、迷惑をかける行為をしていることは、ハジメも理解しているからだ。女性から、女性の本音を聞いたから、というのもあるかもしれない。

 

「――そこの、まほちゃんはみほちゃんの姉なんだろう?あの西住の娘らとこうして話すことになるとは思わなかったよ」

 

「私は……この娘の姉として振る舞えているのか、分かりません…」

 

「…あのね、家族は役回りじゃないよ。振る舞うとか見せるとか、ズレてるねぇ。あんたがあんたなりに頑張ってるなら、それを続ければいいんだ。ありのままに進むといいよ。老い先短い老人の戯言だけどね」

 

「そんな……ありがたいお言葉です。ありがとうございます」

 

「……それに、こっからの主役は、あんた達若者だ。何も出来ず、遺してやれなかった老人のあたしらにぺこぺこと頭下げたり、顔色伺わなくたっていいんだよ。余計な苦労はしなくたっていいのさ」

 

 久子の口から述べられるものは、関心するものが多かった。まほとエリカ、ハジメ、あんこうの各メンバーも相槌を打ちながら熱心に久子の話を聞いていた。分からないこと、悩み事などがあればそれを打ち明け、久子が自分が思う答えを教えてくれる、談話会場と病室内は化していた。

 久子の先人としての言葉がそれほどまでに説得力があり、ありがたいもので、知見を広げる助けになるものだったのだろう。

 

「――この娘(麻子)はね、中学の時に両親と死別しちまってねぇ……交通事故だったけれど、あれは事故じゃないよ」

 

「おばぁ、その話はいいから…。事故を起こした相手もその事故のせいでもうこの世にいないんだから」

 

「わたしゃなにも死人を捌け口にしようとしてるわけでもないさね。あれは、事故じゃない。ただそれだけ。それだけは分かるんだよ」

 

 久子の目の色、雰囲気が明らかに変わっていた。

 麻子の両親も、この場にいないレイラ……の母親と同じように交通事故によって他界していた。

 ハジメ、エリカ達――今の高校生達は中学生の頃、日本全国で交通安全教育を例年よりも多く実施していたためもあり、他の世代よりも交通事故に敏感である。

 

「"関東交通事故頻出期"の……。冷泉さ…麻子さんのお父さんとお母さんも、巻き込まれていたんだ…それも中学の時に……」

 

「私は麻子と付き合いは長いけど、やっぱり麻子の一人暮らしを見てると危なっかしいっていうかね?だからおばあちゃんには、退院したら本土のおうちじゃなくて学園艦で麻子と一緒に過ごしてほしいって言ってるんだけどね」

 

 およそ4、5年前の当時に何故、各自治体が交通安全教育にそれほどまでに力を入れていたのか?

 それは関東圏での異常なまでの人身事故発生数から来たものだった。どの事故の証言や現場検証でも、必ずオカルト染みたもの――紫色の強烈な突風や、事故現場に立つローブを羽織った怪しげな老人の話――に行き着き、さらには容疑者は皆、事故の後遺症等によってすぐに必ず死亡する…といったことが続いた。事故防止策をいくら警察庁や関東地方自治体が打ち出し実行しようとも、夏季の交通事故の発生件数は右上がりに上昇……逆効果だとでも言うかのように収まりがつかなかった。

 

「へん!あたしは地に足つけて生活する方がいいんだよ!大体、学園艦に移住するのは大洗の家を捨てるのと同義だろう?海里生まれの人達のように学園艦が廃校になった時の面倒事を抱えるのは嫌だねあたしは。最近なんかは宇宙人やら怪獣やらよく分からん化け物が海からも空からも出るようになってきたしね。沈められて海の藻屑になるのはまっぴらさ。それこそあたしはアンタ達の方が心配だと思っとるよ」

 

「だけど、私はおばぁが心配だ…。おばぁの気持ちも分かるけど、また倒れたりして、今度人が見つけてくれなかったら…だから、一緒に過ごそう?」

 

 しかしながら、秋季に入ると最初から何も無かったかのように事故の発生がめっきり減り落ち着いたのである。その次の年の夏季もまた事故の再増加が懸念されたが、杞憂に終わった。結局、関東圏で発生した連続交通事故は何がどうして起こったものなのか、起こるべくして起こったのか、何も分からないまま一連の出来事は終息し、次第に人々の記憶から薄れていったのである。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!あんたはもう16で、独り立ちの準備をする歳だろう!こんな老い先短いババアのことなんて放って、もっと自分の将来のこと考えないかい!?」

 

「おばぁ!声を抑えて…また血圧上がる……。あとそんなこと言わないでほしい…それにみんなの前だから……」

 

 麻子が久子を穏やかに諭そうするも、逆にそれを跳ね除けて説教を説く久子。このやりとりが何回か続く。麻子が物心ついてから、何百、何千とやってきたやりとりに違いない。なんだかんだ言って、久子は満更でもなさそうだった。眉間に皺を寄せた嫌そうな顔の中に、孫のことを想っての小さな微笑みの片鱗が垣間見えるのは気のせいではないと思われる。

 

「――あとね、そこの綺麗な銀髪の…エリカちゃんだったかい?」

 

「は、はい!そうです!」

 

 突然話を、自分について振られたエリカは、若干声を上擦らせながらも返事をした。目と目が合った瞬間、エリカは久子の鋭い視線に晒され、緊張で肩に力が入る。

 しかしすぐに久子の眼力は緩んだ。目頭に皺が集まり、優しげな笑顔になる。何かを咎めようということではないようだ。

 

「自分の想い人は離さないようにしてやんな。そこの子は特にあんたが見てやんないと、本当にどこかにぶら〜っと行っちまいそうだからね」

 

「えっ……あ、わ、分かりました!!」

 

 久子からの、エリカへの応援…激励であった。言葉の真意を知ったエリカは赤面しながらもお礼を言い、まほやみほは暖かく見守り、恋愛についてだと理解した沙織はエリカ以上に顔を真っ赤にして額からは湯気が立っていた。一人、ハジメだけはキョトンとしていたが…。

 

「そっちの坊やも、可愛い幼馴染は大切にしなよ!」

 

「! は、はいっ!!」

 

「……ふう。ま、若いうちは何事も経験と失敗をたくさんしな!最近じゃあんたたちみたいなのを"あおはる"っていうんだろう?」

 

「おばぁ?どうやってそんな言葉知ったんだ…?」

 

「いつも家ん中でボケてると思ったら大間違いだよ」

 

 老人の知恵の蓄積、恐るべし。ただただ年をとっているだけではないのだ。

 病室内にいる何人かからは、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

 大洗側の人間ではない、エリカ達にとってもこの空間の雰囲気はまったく苦では無かった。話にまた花が咲くかと思えた。

 紫色の突風が病室内に吹き荒れるまでは。

 

ビュゥウオオオオオオ!!!

 

「きゃーっ!!」

「うおっ!?」

「なに?なんで屋内に風が!?」

「そんなに外の風は強くなかったよ!?」

 

「クククク……ハハハハハ!ハハハハハ!!」

 

「…………なっ!!お前は……影法師ッ!!」

 

 部屋の端に、影法師は立っていた。不気味な笑みを浮かべ、笑いながら。

 目を見開くハジメ達。なぜ、こんなところに影法師が来たのか。それは影法師自身に聞かねば分かるまい。

 

「あなたは……」

「あー!前に見た紫幽霊!!」

「西住殿と駒凪殿の時に悪事を働いていた方ですね!?」

「あまりは状況はよくないようですね…」

 

 みほ達あんこうチームも、一度影法師に遭遇している。大洗にてヒカルとみほが再会した時だ。

 当時、影法師はヒカルの抱えていた負の感情の力__マイナスエネルギーを悪用し、トライリベンジャーを生み出した。

 悪者であることはとうに知っているためか、全員の目が険しくなり、影法師の一挙手一投足に警戒する。

 

「なぜ影法師がここに…」

「今回は何の用だ!」

「なんでアンタが――」

 

 影法師と何度も出くわし、その都度命の危機に陥ってきた――因縁浅からぬ――黒森峰側の三人は、麻子と久子、あんこうチームの前に庇うように立つ。

 エリカが、影法師に対して振り絞って出した問いが途中で何者かに遮られる。それは久子だった。

 

「お前、今度は何するつもりだい!」

 

「お、おばぁ…?」

 

 影法師を目の敵にしている凄まじい剣幕だった。

 さきに麻子から血圧云々で宥められたとは思えないほど敵意剥き出しで目を見開き、影法師に今にも噛み付かんとする勢いである。それほどまでに、恨みか何かを久子は影法師に持っているのだろう。

 麻子は目の前の怪異よりも、自分を叱る時以上の祖母の怒声に困惑していた。

 

「久子さん!奴を知ってるんですか!?」

 

「ああ知ってるともさ…!!あの怪僧のことなぞ忘れるものかい!!あいつはね、この娘(麻子)の両親の命を奪った張本人だ!!」

 

「「「えっ!?」」」

 

「お、お父さんと、お母さんを…?でもおばぁ、事故を起こしたのは、トラックの……」

 

「違うよ麻子!!罪のない人間を殺しの道具として無理やり差し向けたんだよ!あたしゃ見たんだ。他の人間には見えなかったらしいけどね、こいつが二人の葬式の日に家の前で嘲笑っているのを!!」

 

「!?」

 

 久子の口からは衝撃的な事実が飛び出した。これまで麻子は、両親の事故死と関わりのある話を何一つ久子からはされていなかったことが驚きに拍車を掛けた。

 当然かもしれない。側から聞けば、突拍子もないおかしな話にも聞こえるからだ。それに、幼い麻子のことを考えてだろう。久子は長年この事実を打ち明けなかったのだ。

 周りのメンバーも、話の飛躍に追いつけていないようだが、それでも久子は続ける。

 

「みんなみんなアレは本当に不運な事故だったと言っていた。だが違う!麻子、あんたにも黙っていたけれどね、さっきあたしが言ったことは真実だよ。こいつは、葬式の日、あんたすらも狙っていたのさ!」

 

 交通事故により他界した麻子の両親の葬式。その日、玄関先に立ち家に上がってくる参列者に挨拶をしていた久子は見たのである。フード越しにでも分かる、葬式を執り行う家の前ではしないような不気味な笑みを浮かべる存在を。

 

「これ以上、麻子から何も奪わせないよ!!あたしの命に代えても!!」

 

 数年の時を経て、再び久子の前に現れた影法師の悪意から、病床からヨロヨロとではあるが立ち、麻子を守ろうとする久子。

 体こそ万全ではないものの、その目は死んではいなかった。意地でも麻子にだけは触れさせない。そんな意志が伝わってくる。

 

「老いぼれが……愚かだな。此度、我らがこの場に訪れた目的はその哀れな小娘の命を得るためではない。お前だ!」

 

 影法師が久子に向けて指を差す。それがどうしたと一蹴する態度で久子が返す。

 

「あたしかい?馬鹿言ってんのはあんたの方だね。こんな老いぼれを狙ったって意味なんかないよ!!」

 

「それはお前が決めることではない。クククク…お前を骸に変えれば、その小娘から膨大な負の力を得ることができるだろう……だからこの時機に来たのだ。見積もりに少々の誤算はあったが、お前が碌に身動きの取れないこの時を狙った」

 

「ここで直接やるのかい?ただでは死なないよ、私は」

 

「だから愚かだと行っている。我らは直接手は下さない。絶望に突き落とすのは、超獣たちだ!!出でよ、バキシム!ベロクロン!!」

 

 ハジメやエリカが久子と麻子、そしてあんこうチームにゆっくりと病室から避難するよう促そうとしていたその時だった。影法師が"異次元人(ヤプール)"の遺産たる超獣たちを呼び寄せる。

 

「エリカ、ハジメ君、これは嫌な予感がする」

「私も同じ意見です…」

「麻子さん達は、早く病室から…いや病院から出るんだ!!」

 

「あんた達もだよ!」

 

「おばあちゃんと麻子さんが狙いなら、まずは二人と付き添いのみんなが先に!」

 

――ピシッ! ピキピシ…ビシッ!!

 

「空が…!」

 

 病院内には不穏な空気が漂いだし、外に広がる空にもそれが伝播したのか、赤黒いヒビが入り出した。

 

「空にヒビが入っとるぞ!?」

「ねぇ、あれなんなの?」

「おい!市や自衛隊からあの現象について連絡は来てないのか!」

 

 それに伴い、空に異変を感じ、院内の患者や医療従事者達によって病院のあちこちが騒がしくなる。

 ポロポロと亀裂の入った部分から()()()が落ちていく。

 外の異様な光景に気を取られることなく、久子はあんこうチームに支えられながらすぐさま病室をあとにする。その時、みほの首から下げられていた翡翠色の円形の勾玉は、琥珀色に輝いていたのだった。

 

「クククク……!間もなく、この土地は阿鼻叫喚の生き地獄と化すのだ…!!」

 

「エリカさん、西住隊長、早く二人も!!」

 

 幸い、影法師は狙いを冷泉家だと言っておきながら、この場で手を出すことはしそうになかった。

 言動が一致しないことは腑に落ちなかったハジメだが、これは好機だ。まだ自分と共に残ってくれているエリカとまほを病室の外、廊下へ出るよう急がせる。

 

「アンタはどうすんのよ!!一人で、どうするつもり!?」

 

「大丈夫!俺もすぐに病院から出るから!」

 

「そんなこと言ったって…!!」

 

「エリカ、行こう。ハジメ君はちゃんと戻ってくるはずだ」

 

「隊長……。っ、早く来なさいよ!!何かあったらタダじゃおかないからっ!!」

 

「……うん。分かってる!」

 

 エリカは退こうとはしなかったが、ハジメの意思を汲み取ったまほに腕を掴まれ、半ば強引にではあったが病室をあとにする。最後に遠回しな心配りを含ませた言葉を掛けて。本来なら引っ叩いてでも連れていきたいのだろう感情を押し殺していると思われる。

 しかしそれはエリカの信頼の証でもあった。裏を返せば、どんなことがあっても、最後はひょっこりと顔を出して帰ってきてくれるハジメを信じているからこその行動だった。…恐らく、すべてが解決した後に説教が待ってるだろうが。

 

「エリさん達は、行ったか……冷泉さんと、お婆さんを追わせはしない!お前の企み、今回も叩き潰す!!」

 

「ほざいていろ。超獣は苦痛を感じぬ最高の駒…此度の戦いで、お前を苦しめるだろう。他者を救えぬ無念さをまた噛み締めるがいい!!フハハハハハハ!!!」

 

 ハジメは影法師と対峙し、出現を予告した超獣共々相手しようとしていたが、影法師は室内に紫色の辻風を巻き起こして姿をくらませた。

 室内の強風に目を塞いでいたハジメは、辺りを見回した後、影法師がいないことを悟ると窓から身を乗り出さん勢いで外に顔を覗かせる。二階から地上を見るが、影法師の姿はない。あるのは空に広がり続けている赤いヒビのみだった。

 大洗の空に広がっていた不気味なひび割れは、次第に枝分かれを繰り返して大洗の空の一角に巨大な円を描いた。

 

――ビシ……ッ!! バキャッ!!バキン!! ……ガッシャアアーーーン!!!

 

 描かれた円の内側が、大きく不快な音を立てて崩れた。青空は透き通るほど透明なガラスのような破片を撒き散らしてその姿を豹変させる。

 最後は陶器を割ったかのような甲高い音を立て、大洗の空に血のようにどす黒く真っ赤で巨大な円状の穴が空いた。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー!!!!!

 

 必然ではあったが、危険を知らせるには遅すぎるサイレンと、町内市民に対する避難勧告が発令された。

 異変を感じていた院内の人々も、サイレンと目の前に広がるぽっかり空いた赤い空を見て確信に変わった。

 

「身動きの取れない、重篤患者と子供、老人を優先してくれ!」

「エレベーターは彼らに使わせるんだ!他の者は焦らず階段で一階まで!」

「まだ怪獣は出ていない!落ち着いて!!」

「転ぶな転ぶな、ドミノで倒れたら洒落になんねぇぞ」

「お母さんボクがいるからね、大丈夫だよ」

「ありがとうね。勇気出たわ」

 

 院内の医療関係者達や患者である人々の動きは迅速だった。

 すぐに病院の至る所で非常ベルが鳴りだし非常事態を知った人々が別の人々に、知らせ、避難誘導を始める。点滴を腕に繋いでいる患者、寝たきりの患者、体の一部を満足に動かせない患者……そういった人々に看護師や医師、その家族らが肩を貸したり、ストレッチャーに担架を用いて独自判断に則り、避難を始めていた。

 

『どうなっている!?この事態に対する指示を乞う!どうぞッ!?』

『県警の航空隊はどうした?』

『百里基地にある機体は全部飛べなくなってるんだ。いくら呼んでも来ないぞ!』

我々(警察)じゃこの事態に対処できません!自衛隊に早く連絡を!』

『水戸署からは!?誘導の増援はどうした!上とも繋がらない!』

『あの赤い空を見て分からないのか。交機をもっと寄越してくれ、人手が足りないんだ!大洗周辺の一般道の通行禁止措置を実施させてほしい!』

 

 街の治安を維持する組織たる警察も無線での混乱がピークに達しようとしていた。

 見たことのない、新たに空いた宙に浮かぶ穴。その中から怪獣や異星人が出てこようと出てこくとも、その穴__異次元空間の出入り口を警察にはどうこうする力はないのである。

 

『東茨城郡、大洗町に異常事態発生!新型"(デン)"と思われる空間の裂け目が出現!特殊防衛出動準備!!繰り返す――』

『"第62普通科連隊"各員は装備点検後、トラックに即乗車!選抜された隊員は、空路で一足早く作戦展開区域へ向かう』

84mm無反動砲(ハチヨン)110mm個人携帯対戦車弾(LAM)も携行忘れるな!土浦がやられた今、動ける部隊はここにいる我々しかいないぞ!』

『特自は既に偵察ドローンと武装偵察班を現地へ向かわせている。例の部隊…"トッキョー"も混じっているかもしれん。彼らとの連携も意識しておけ』

『ポーター01よりポーターズ。我が隊はこれより安全を保証しかねる赤色の裂け目と思しきものが発生している空域を飛行し、普通科部隊を降下させる。不測の事態が発生することは十二分に有り得る。気を引き締めろ』

『横田、入間、両基地より偵察機、並びに飛行小隊がそれぞれスクランブル!米軍も動きます!』

 

 自衛隊も遅いと感じると思われるが、空自入間基地、陸自勝田駐屯地がようやく出動態勢に入るところであった。理由としては、レーダーに内蔵されている"(デン)"探知ソフトに異次元空間発生が探知できなかったという点もある。何より関東広域をカバーし、領空の監視を行なっていた空自の百里基地が潰されていたのがここに来て大きく響いていた。

 

 

「怯えろ、すくめ、逃げ惑うのだ…!そして絶望しろ!!負の側面を曝け出せ……」

 

 再び影法師は性懲りも無く病院の屋上、転落防止用の鉄柵の上に立ち、人々の戸惑い具合を眺めていた。

 まだ大洗の街、そして人々には何も危害は加わっていない。空が割れ、赤色のヒビが入ったのみではあるが、不気味なことには変わりない。

 大洗町の各所では避難関連の放送が始まり、消防、救急、警察等の車両から発されるサイレンが一帯に響き渡っていた。時折市民のものと思われる怒号や悲鳴も聞こえてくる。

 

「…俺は繰り返さない。繰り返させない!」バッ!

 

――カッ!! カァァアアーーッ!!!

 

 久子のいた病室の窓から、外の異常を見ていた。ハジメ。影法師が姿を消したこと、そしてあの赤色の空に対するこれ以上の看過をするのに我慢ならなかったハジメは、右手にアルファカプセルを持ち、掲げ、スイッチを押す。

 瞬時にハジメの肉体は真っ白な光に包まれる。

 海岸病院の背後…大洗海岸に光の柱が天から突き刺さった。

 

シュワッ!!

 

《まずはあの空、裂け目をどうにかしないと…》

 

 光柱が消え去り、その中からナハトが姿を現す。これ以上、自分と周りの人間の大切な何かを奪わせないために。

 大地を踏みしめ、空を見上げるナハト。ファイテングポーズを構えたはいいが、どのようにして目前の異変を収束させるべきなのか、そしてそれが自分には可能であるのかと一考する。

 この赤い空を元の青色に戻さなければならないのは勿論承知しているし、通常の空間に割り込むようにできるワームホール等からは敵対的存在が襲来してくるのは毎度のことだ。事態を解決しないという選択肢はハジメ――ナハトには毛頭なかった。

 

《………!、来る!》

 

 ナハトが歪な赤色の空に広がる裂け目__異次元空間から、何かの気配を複数察知した。

 こちら側に敵が飛び出してくるのを予想し、ナハトボウガンを左腕に出し弓を弾き空に構える。

 

――――バシュン!! シュババババッ!! バシュッ! バシュン!!

 

デュッ!?

 

《な…っ!!》

 

 異次元に繋がる赤い空間の裂け目から飛び出してきたのは、異形の怪物…ではなく高速で飛翔する無機物__ミサイルであった。

 それも一発、二発ではなかった。数十、下手をすれば三桁に届かんほどの量、そして空を覆うほどの密度のミサイルが突如として出現した。

 ミサイルは目標を定められているわけではないらしく、大洗の市街地に満遍なく降り注ぐように放たれていた。

 

 なぜミサイルが裂け目から…?

 その謎を解き明かすよりも先に、ナハトはやるべきことはミサイルの市街地到達の阻止…すなわち撃墜であった。

 

《うおおおおお!!》

 

――ザンッッッッ!!!

 

 引いていたナハトボウガンで一発__発射後に数十発に分裂する光の矢を__放つと、右腕のブレスより光剣ナハトセイバーを抜剣。

 そのまま居合斬りの要領で、巨大な横一文字の光の斬撃をミサイル目掛け飛ばす。

 

――スパ!! ドドドドォオオン!!!―ドカアアーン!!!

 

 先発のミサイル群はボウガンの矢に迎撃され、全弾爆発、撃墜。

 続いて斬撃が残りのミサイル群を真っ二つに切り裂く。斬撃が通過した際の余波も加わり、直撃を免れたミサイルも無事では済まず、ひしゃげて爆散。結果として誘爆に次ぐ誘爆を引き起こして空中を飛翔していた正体不明のミサイル群はナハトによって全弾迎撃されたのである。

 地上…大洗町は無傷。ことなきを得たと言っていいだろう。

 

《来る…!》

 

 しかし、件のミサイルを裂け目より放ってきた張本人らをどうにかしなければ、再度猛烈なミサイルの雨が大洗を襲うだろう。

 またしてもミサイルという飛び道具が来るかと思われたが、どうやら"本体"がお出ましになるらしい。

 ハジメ――ナハトは覚醒した第六感で勘付いていた。本命のお出ましに身構える。

 

ウォーーーーッ!!

キイイイッ!ギギィイイイ!!

 

 影法師の特異な術式によって呼び寄せられ、現世と隣接させられた異次元空間。空にできたその赤い裂け目からは、ヤプールと呼ばれる異次元人がかつて創造した怪獣よりも優れた存在とされる"超獣"が二体、顔を出し目下の大洗町を見下ろしていた。当然、それらはナハトを知覚していた。

 芋虫と宇宙生物を組み合わせ生み出された緑に怪しく光る眼を持つ一角の怪物バキシムと、珊瑚と宇宙生物を合成して誕生した赤黒の体表を持つ怪物ベロクロンであった。異次元を彷徨っていたヤプールの忘れ形見、負の遺産でもある超獣達は、自身の力を存分に奮える新しい土地に降りんとする。

 

バキャッ! バキンッ!! バリィィン!!

 

―――ズズゥウーーーーン!!

 

 二体の超獣は脚を使って裂け目を更に破り、広げる。十分な大きさを確保したとするや否や裂け目から二体は飛び出し、コンクリートを巻き返しながら地上に着地した。車道脇に放置されていた車がミニカーの如く地面を跳ね回る。

 

「怪獣が出たぞー!それも二匹だぁーっ!!」

「落ち着いてください!避難を続けて!」

「後ろをみるなよ、前だけ見てるんだぞ」

「大丈夫。ウルトラマンが来てくれたからな」

「早く反対側の海岸に降りるんだ!急げ!」

 

『無人機の航空偵察より、二体の大型特殊生物出現を確認!』

『急行中の普通科を避難が遅れている、屋内等に取り残されている人々の救助に回す。特殊生物の対処・陽動は特自に担当させる』

『第1師団の機甲戦力の集結は間に合わんだろう…』

『アパッチ、コブラ、ヘッジホッグ、対戦車ヘリも満足に揃えられない状況で、大型クラスが二体か…』

『それも、敵はミサイルを放つときた。……百里と土浦をやったのはコイツらか』

『即応機動連隊も回せ!』

『横須賀第1護衛隊、大洗沖へ航行中!』

 

 人口密集地である市街地。そこに怪獣が現れたことに自衛隊は頭を抱えていた。

 いくら特措法の改正があったとはいえ、簡単に割り切ることは不可能だ。それに加え、戦力の結集が難しい状況、場所といった要素も加わり、今回はナハトのみで二体の超獣を相手取らねばならないだろう。

 

「行くのだ!超獣達よぉッ!!蹂躙せよ。さすれば世界は絶望に包まれる…!」

 

 影法師がそう高らかに宣言すると、ベロクロンとバキシムの二体は腕を大きく振り上げ一吠えすると前進を開始した。

 

バラバラバラバラバラッ!!

 

『降下地点まではあとどのくらいだ?』

『数分だ。装備の最終確認をしておいた方がいい』

『恐ろしい数の誘導弾の反応が一瞬映ったが…町の方の爆発が何か関係してるのか…』

『特自からはまだ何も通達は来てないぞ』

『横田、入間の飛行隊も間もなく現着する!我が隊は彼らの支援を受けて赤色空域下に取り残された人々の捜索、救助に掛かる!各班は降下用意!間もなくへリボーンに入る!!』

 

 病院まで凡そ600メートル強。エリカや麻子達、そして避難中の病院の人々はまだ海岸病院周辺、もしくは院内にまだいる。

大洗町領域内に差し掛かる空域には、陸上自衛隊の輸送ヘリ〈CH-47JA チヌーク〉、多用途ヘリ〈UH-60JA ブラックホーク〉が三機ずつ飛んでいた。

 上記のように、空路を頼って陸自の普通科連隊で編成された救助隊が向かってきてはいるが、間に合うまい。

 短すぎる死の境界線(デッドライン)。されどナハトは立ち塞がる。今この瞬間、ナハトこそが人々にとって最後の砦なのだから。

 

――シュアアッ!

 

《もう誰からも、何も奪わせはしない!!》

 

 ハジメも心の中で、自分を奮い立たせるように、言い聞かせるように自身の決意を叫ぶ。

 ファイティングポーズを取るナハトの背から滲み出る重い気迫は、周囲の空気を変える。

 その変化を感じ取った超獣達は足を止め一瞬怯む様子を見せた。しかし、超獣は闘争本能と残虐性を極限まで高めた暴力装置であり凶悪な生物兵器である。怯んでいたのも束の間、前進を再開し、今度は口や手から数え切れない量のミサイルを発射してきた。

 

《やらせない!!!》

 

 今回は距離が短い。ミサイルをすべて落とし切れるのか?そんな考えがハジメの脳裏を過ぎる。

 できることを全力で。為せることはそれだけだった。再びセイバーを抜剣して大きく振るい、斬撃を幾本も打ち出す。

 それでも叩き落とせるミサイルの数はたかが知れていた。なんとか二、三割は片付けることができたが、残りのミサイルがナハトと背後の海岸病院目掛けて襲い掛かる。

 

《くそおっ!止まれええええ!!!!》

 

 しかし、ミサイルを捌ききれない。斬撃をすり抜けてきたミサイルが、ナハトの頭上を通過し海岸病院に到達しよくとする。

 

《ああっ!!》

 

 焦燥のこもった悲鳴を上げるハジメ。病院の二階部分に殺到するミサイル。

 エリカや麻子、久子達はまだ院内にいる確信があったハジメ。

 世界がスローモーションになった錯覚を覚える。知覚領域が極限まで広がっているのだろう。手を伸ばすナハトだがその手すらも酷くゆっくりと動く。

 届かない。自分の目の前でまた命が散っていく。

 

《やめろ。やめろぉおお!!!》

 

 

「超次元!ガード・ホールッ!!」

 

 

 その刹那だった。病院へと降り注いでいたミサイルが突如として空間に出現した黄金の水晶の中に閉じ込められ霧散した。

 

ビュォオオオオオオオオ!!!

 

「泰平の世は、我らが守る」

 

 そして、琥珀色の透き通った風が大洗の町に吹き荒んだ。

 

 

 

 




 はい。お久しぶりです。面接と定期試験に追われていた投稿者の逃げるレッドでございます。

 突然ですが、投稿者は19歳にしてようやくONE PIECEにハマりました。film REDをイラスト友達の子に誘われて観に行ったのですが、ウタちゃんに惹かれまして、劇場に三回足を運ぶほどには熱中しております。
アニメ版はエニエスロビー編が終わったところまで見ましたがこれでも全体の三割なのか………
あと海軍好き。ちなみに投稿者の推しキャラはウタちゃんとスモーカーさんです。

 あとは試験期間前などには地球防衛軍6も買ってプレイしていたり……いま購入からおよそ一週間ですが、ようやくミッション127まで来ました。蒼い地球はわしらが護る。

…ということで、今回の投稿期間の空きは私的な理由と公的な理由のハイブリッドでした。
志望企業さんから内定をいただけたら、投稿ペースも回復すると思うので、今後もよろしくお願いします。

____

 次回
 予告

 二大超獣バキシム、ベロクロンが大洗町に襲来し、ナハトが迎え撃つ。
 劣勢のナハトを救ったのは次元を超えてやってきたシノビの軍団"ハザマ"の頭領、ドルゲユキムラだった。
 ユキムラはナハトと共に、影法師の悪意を打ち砕くために超獣と戦う!

 そして、激しい戦闘の中で、大洗町に飛来する未確認の"小型"ガメラ。
 小さき勇者は大切な人を守るべく、戦いに加わる。

__お母さん、ぼくを育ててくれてありがとう__

 手の中にあったちっぽけな勇気が、大きな希望を生み出した。

 次回!ウルトラマンナハト、
【小さき勇者、大地に立つ!】
 


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第45夜 【小さき勇者、大地に立つ!】

超次元忍風巨人 ドルゲユキムラ、
守護勇者 アヴァンガメラ ピイスケ、登場。


 

 

 

 

 

「泰平の世は、我らが守る」

 

 一陣の風が、大洗町に吹く。

 病院爆散の窮地を救い、風と共にやってきたのは、森の如き深緑の体躯を持った逞しい"シノビ"だった。

 そしてそのシノビは赤のマフラーをたなびかせながら、呆気に取られているナハトの隣に並び立つ。

 

「我はシノビ…ドルゲユキムラと申す。この世界のためにも、星の戦士…ウルトラマンナハトよ、共に戦わせてほしい」

 

《に、忍者…なのか?……いや今はそんなことどうでもいい。当たり前だ、俺も一緒に戦う》

 

「その言葉、待っていた。紫坊…影法師とやらの目論見を打ち砕かねば、空に広がる次元の裂け目だけでは収まらずこの星が、この世界自体が狂ってしまう。まずはあの心無き化け物共を倒すぞ」

 

ヘアッ!!

ムゥン!!

 

 こちらに向かってくるバキシム、ベロクロンに対して構えるナハトとユキムラ。

 病院とそこにいる人々は絶対に守る。二人の決意は固かった。

 

「我は一角の化け物を、貴君は黒き化け物の相手を頼めるか?」

 

《わかった。やろう!》

 

 ユキムラはバキシムを。ナハトがベロクロンを相手する。それぞれが前へと大きく跳躍し、そのまま飛び蹴りを超獣達へ食らわせた。

 両の足で踏み留まるバキシムとベロクロン。バキシムは両腕を合わせ、ベロクロンは口を開き反撃の火炎を吐く。

 

ハアッ!

 

《防いで押し返す!!》

 

オオオッ!!

 

「ゼロカゲより受け取りしこの力、ここで使う!!」

 

 それをナハトは円形のバリア__ストーム・バリアを用いて跳ね返し、ユキムラは何処からか取り出した手元の黄色い巻物を開き広範囲に光の束__"光牙忍法 零之光来(ゼロノコウライ)"を放ち、その束の合間にエネルギーを送ることで幕のように展開させ炎を堰き止める。

 地表に進出するマグマの温度は1500℃。それを優に超える高温の火炎放射が真上を通過した地上にある一般家屋等が融解を始め、原型が消えてゆく。避難したことで人がいない点が唯一の幸いだったかもしれない。

 攻撃を防ぎ続け、長期戦になればナハトやユキムラの体力だけでなく、大洗の街が耐えられなくなるだろう。

 

 

ゴォオオオオオオーーー!!!

 

『!! 先ほどの特自偵察ドローン並びにRF-15MJ(スカウトイーグル)からの報告にあった、緑の巨人を目視にて確認。対象はナハトに加勢している…』

 

 戦闘が始まってから十分弱が経過したところで、大洗の空域に、航空自衛隊入間基地、横田基地より飛び立って来た戦闘機部隊が駆けつけた。

 

『新型"穴"、"空の裂け目(エンプティ・クラック)"より出現したと思われる大型特殊生物二体の進路上には病院がある……奴らの狙いはあれか…!』

『ライブ1より司令部。早急な敵性存在の排除が必要と判断し、これよりシェードチームと共に特殊防衛行動に移行する』 

 

 入間基地の"第12飛行隊"〈F-35JA(ライトニングⅡ)〉一個飛行小隊__ライブ隊4機と、横田基地の"第121飛行隊"〈F-3J(蒼天)〉一個飛行小隊__シェード隊4機の計二個飛行小隊は、対特殊生物A兵装…各種誘導ミサイルを装備してナハトとユキムラに加勢し、大洗町を防衛するために戦闘態勢に入った。

 

『よし。特殊生物への攻撃敢行を認める。しかし、行動範囲は空の裂け目(エンプティ・クラック)"外縁部までに限定する。赤色空域への侵入は許可しない。また、大洗に出現した大型特殊生物の、一本角の個体を"ホワイトホーン"、もう片方の個体を"ブラックバンドル"、そして赤いマフラー状の物を装備している緑の巨人を非敵性特殊生物と判断し、"ジャイアント"とこれより呼称、識別する!』

 

『シェード1了解。ポーターズを可能な限り援護しつつ、アウトレンジより特殊生物を攻撃する』

『ライブ1了解。…ライブチーム各機に告ぐ。我々は先陣を切り攻撃しナハトと"ジャイアント"を援護する。敵はミサイルで武装している。注意しろ。オーバー』

 

 

バタバタバタバタ!

 

『ポーター01より、第62普連選抜中隊へ。我々は赤色空域内に侵入、へリボーン地点に到着した。ここから先は何が起こるか分からない。降下中、降下後の周辺警戒を徹底されたし』

『空自の飛行隊も来たらしいな。今が好機だ、行け』

『ポーターズ、輸送感謝する。各班、へリボーン開始!ゴーゴーゴー!!』

『第3班は俺に続け!真っ直ぐ海岸病院へ向かうぞ!』

『第1班、第2班は降下地点周辺で民間人捜索と救助にあたれ!』

『4〜6班は3班を援護、道中ルートの哨戒だ!南2ブロック先に特自の機械化部隊が展開している。彼らと連携しろ』

 

 特に妨害を受けることなく、陸自勝田駐屯地より発した第62普連の救助隊が輸送ヘリ部隊ポーターズに運ばれ大洗町…諏訪神社周辺の住宅街に降下した。

 大洗海岸病院とは凡そ250メートルの距離だ。道はほぼ南西に伸びている。中隊第3班が他班からカバーされつつ、病院へと全速力で駆けて行く。

 

「陸自62普連だな!こちらは特自"第143即応機動中隊"。病院までのルートは我々がバックアップする!」

「カバー感謝する。よし、第3班各員もう一度聞け!本班は病院より逃げ遅れた民間人の保護と護衛だ。走れェッ!」

 

 第3班…陸自一個分隊は、途中で先に現着していた特自東部方面隊"第1旅団"隷下の機械化部隊…普通科隊員を随伴させた〈16式機動戦闘車〉や〈96式装輪装甲車〉と合流し向かうのであった。

 

 

「我らは"パンドラ"の王家(ロイヤル)に仕え、数多の時空の架け橋と、それに繋がった世界を守護するシノビ軍団…"ハザマ"である!ハザマの頭領たるこのドルゲユキムラ、無垢の民の命を邪悪な者には渡しはせん!!」

 

 ユキムラはそう宣言してバキシムに拳を高速で何度も叩き込むと、赤い巻物を次元の狭間__超次元ホールから取り出して封を解く。すると上空に激しい雷と炎を纏った巨大な鉄球が忽然と現れた。

 

「"次元の雷球"…!!」

 

ハアッ!

――――ドゴン!!!

 

 両腕をバキシムの方へ振り下ろすと、鉄球は意志を持っているかのように、バキシムの脳天目掛けて落下した。

 鈍い音が街に響く。

 

キィィイイイ……!!!

 

 超獣は痛みを感じない。しかしバキシムでもこれは体内の神経伝達系にかなり堪えたらしく、上手く動けないためにか低く唸りながら足元がおぼつかない様子でなんとか立っている。

 バキシムは、頭部のツノと鼻にあたる部分からミサイルを連続発射。ユキムラを牽制する。

 その牽制のミサイルの一部は度々ついでとばかりに隙あらば海岸病院へと向かおうとユキムラを飛び越して行こうとする。

 

「これでは埒が明かない…!!」

 

 生体ミサイルの飛翔を、背負っている長刀や取り出す巻物を駆使することで辛うじて防ぎ続けるユキムラ。

 もう一方、ユキムラの横ではナハトがベロクロンと取っ組み合っていた。

 ナハトもまた、全身武器庫と言っても過言ではない存在との戦い方に苦慮していた。

 

ウォォオオオーーーーーー!!!!

 

グッ!――ジュワッ!!

 

《火炎も吐くしミサイルも撃つ、さらには手からは光弾まで…怪獣を兵器にしているのか…!!惨い、たとえ怪獣だとしても、これはやりすぎだ!》

 

 怪獣をあらゆる面で超越した究極生物__"超獣"をハジメはすべて理解しているわけではない。それらが、一般的な怪獣から改造されたのではなく、一から異物同士が組み合わされ感情を持つこともなくただ殺戮・侵略という私利私欲の悪意によって生み出された兵器であることを知っているわけではない。超獣とは何たるかを知らない。

 ハジメの考え所がズレているのは当たり前である。彼は超獣が生まれてしまった世界の住人でもなければ、その関係者でも取り巻きでもないのだから。

 

ハァッ!ジュゥウアッ!!

 

《…だけど、何をしても赦されるワケじゃない!!ここは、通さないぞ。絶対に!!》

 

 それでも、である。思い遣りの心と、物事の分別をつける力を、ハジメは持っている。強いヒト、なのである。

 ハジメは誓ったのだ。もう何からも目は背けない。それがケジメなのだと。大切な人を守るために、祈り願う人々のために、その人らの代わりに自分は戦うと。

 

オオオオオ……!

 

 鋭い踵落としを繰り出したナハト。地面に顔から叩きつけられるベロクロン……。

 超獣相手に多少の同情を感じることはあれど、それで躊躇するほどハジメは軟弱ではない。相手が影法師と繋がりがあるのならば余計である。

 

「過去数年、我らの住む"パンドラ・スペース"に異変が続いたのも、紫坊…影法師の仕業だろう!強烈な悪意をこの世界に満たすため、無理やり妖魔共を次元越えをさせていることはとうに割れている!!」

 

《っ!!そんなことまで、そんなことまでして影法師は…!》

 

 ユキムラの語りを聞きつつ立ち上がってきたベロクロンをいなすナハト。知っている気であった影法師の底抜けな悪意の一部をさらに知ったことで、ナハト__ハジメは怒りに震える。奴はそれほどまでにこの世界を貶めたいのかと、そう思うのだ。

 

「この世界、この星に満ちている力…真永(マナ)の流れは歪み、狂いつつある。この星に妖魔、化物共がやって来るのは、その力の流れから生まれている加護が弱まりつつあるからだ。奴は何か途轍もない図り事をしている…!」

 

――――ゴォオオオオオオオ!!!……ドカァアン!!!

 

「!!」

《!!》

 

 超獣の侵攻を食い止めていたナハトとユキムラ。そこに人類の援護が加わった。

 空自の飛行隊__第12、第121飛行隊による対特殊生物徹甲誘導弾(フルメタル・ミサイル)の斉射である。

 

『いいか、赤色空域外からのナハト、並びに"ジャイアント"の援護を徹底しろ。続けて"AIM-120"、"AIM-9"(空対空誘導弾)、発射!』

 『ライブ2、発射!!』

  『ライブ3、発射!』

   『ライブ4、発射っ!』

 

『視覚は生物の急所の一つだ。あとは分かるな?狙うは一点だ。シェードチーム、射撃開始!!』

『『『了!!』』』

 

 第一波に第二波…そして第三波と、F-3JとF-35JA計八機から数十発の誘導弾が一斉にバキシムとベロクロンへと放たれ、次々と着弾…命中する。

 攻撃は頭部に集中した。生物の知覚領域は主に五つある。その内の一つたる視覚を奪うためにも彼らはそこを突いたというわけだ。

 

「済まぬ!かたじけない!!」ガシッ!

 

ゴォオオオオオオオ――ッ!!!

 

『おい聞いたか!?"ジャイアント"が礼を言ってくれたぞ!』

『拳と掌を突き合わせている…向こうの作法なのか?』

『しかし、悪い気はしない』

『…! 今、一瞬東南に機の反応が…』

 

 二体の超獣は鬱陶しそうに頭部をブルブルと左右に激しく振り、自分達にちょっかいを掛けてきた連中…距離的に小粒程度の存在にしか見えない戦闘機をロックオンする。

 

「……やらせてなるものかっ!!」

 

タアッ!!

バチン! バキッ!!

 

ウオオオオオ!?!?

 

 戦闘機に狙いを定めつつあったベロクロンにユキムラが肉薄。格闘技を畳みかける。

 それに続きナハトはバキシムに飛び掛かった。

 向こうが飛び道具を持っている以上、光線の発射タイミングは限られてくる。ナハトは渾身の一撃をお見舞いするために機を狙っていた。

 

 

―ズズゥン! ズーン!! ドドォオオオーーッ!!

 

シュアッ!! ハァッ!!

 

「ナハトが戦ってる…!」

 

 場面は海岸まで残り100メートルも無い、一般道を病院にいた人々と共に走るエリカ達に移る。

 エリカが駆け足で避難している中、ちらりと後ろを向くとナハトの後ろ姿が見えた。そこに見慣れない赤いマフラーを纏った緑の巨人__ユキムラも確認できる。

 数百メートル先の地響きと、ナハトとユキムラの声も聞こえる。

 

「あの緑の巨人も、ナハトと一緒に病院を…?」

「病院を出た時に吹いた、背中を押してくれたかのような突風、あの方が吹かせたように思えます…」

「ナハトのお友達なのかな…?」

「巻物や刀を持っていますし、もしや忍道の方なのでは?」

 

「こらあんた達!べらべら喋るのは勝手だけどね、せめて逃げおおせてからにしないかい!!」

 

 こんな時でも説教をかます久子。久子は今、麻子とみほに両肩を貸してもらって三人四脚のようにして歩いていた。

 

「おばぁ、あんまり動いている時に大声出さない方がいい…それに、耳元で言われると私と西住さんも辛いと思う……」

「麻子さん、私は大丈夫だから。もう少しで海岸だし、頑張ろう?」

「…恩に着る」

 

 エリカ達は病院からの避難民の先頭集団の中いた。このペースで動ければ、間もなく海岸に続く階段がある地点まで到着するだろう。

 

ヒュルルルルルルル~~~!!

 

「あっ!? ミサイル!?」

 

 エリカやみほ達、海岸を目指していた避難民達の行手を阻むかのように、何発かのミサイルが降り注いできた。

 ユキムラが相手していたベロクロンが放った攻撃の流れ弾であった。燃料が切れかかり、失速しながらもこちらに確実に向かってきている。

 通常のミサイルの着弾と炸裂時の加害半径を考えても、50メートル至近でさえ重傷、最悪死亡…どこかに落ちればタダではすまない。避難民の中から悲鳴が上がる。

 

(…っ!……ピイ助!!)

 

 全員がミサイルから目を背け、下の地面を見るか、目を閉じ視界を闇に閉ざして身構える。

 その中で、ここでみほは胸に触れた翡翠の勾玉の鼓動を感じた。服の下に隠れている勾玉は、琥珀色に明滅してみほに訴えかけているかのようである。

 だからみほは心の中で叫んだ。()()が起こるとわかったからだ。

 

――バヒュン!!――ヒュヒュン!!

 

 刹那、横から飛んできた三発の火球がミサイルすべてを飲み込み掻っ攫っていった。

 これまで見てきた火球の中でも一回り小さいものだった。

 周りの人々は上空からやってきた熱波に顔を上げる。そこにはミサイルは存在しなかった。消えていたのである。

 みほがいち早く顔を上げた。そして何かを悟る。

 

「…来てくれたんだね」

 

「みほ?どう言うこと?」

 

ゴォオオオオオオオーーーーー!!!

 

「ほら、あそこに…」

 

 状況が飲み込めない側の一人であるエリカは、凛とした視線を海岸側…東に掛けているみほに問う。辺りにはジェットエンジンに近い重音が響いている。

 何が起こったのかを、すべて理解し、恐れていない様子のみほを、エリカ、まほ達は見る。

 それに彼女は東の空を指差して、上のようなことを呟いた。

 

 

ガァアアアアアーーーーー!!!

 

 

 どこからともなく轟いてきた咆哮。それは、聞いたことがある人ならば、ある者と比べるとやや高い印象を受ける。声変わりをする前の子供のようなものをイメージすればいいだろう。

 東の青い空の一点、水平線のギリギリ上に、アクアマリンに激しく瞬く閃光が大洗に真っ直ぐ近づいてきていた。

 エリカ達は咆哮を聞いた時、分かった。

 

「「「ガメラ……」」」

 

ガァアアアッッーーー!!!

 

キィイイイイイン!!!! ――ゴォオオオオオオオ!!!

 

 未確認飛行物体(UFO)を想起させる――回転飛行形態で大洗上空に到達した、()()()ガメラ。

 みほ達の上空を数回旋回した後にホバリングを挟んで彼女らの正面に小さき勇者は着地した。

 

『司令部!こちらライブ1。ガメラを確認!!なんだ、ステルス機能でも持っているのか!?いまの今までレーダーは…!』

『避難行動中の民間人集団の前に着陸した!』

『……気のせいか?少しばかり小さくないか?それに、体色も燻んでいるように見える』

『各飛行隊、並びに地上部隊。"ホワイトホーン"、"ブラックバンドル"の動向を注視しつつ、情報収集を行なえ。ガメラとの敵対行動は禁ずる。……豪州連合から逃げおおせたガメラがそのまま日本に来たのか…?』

『シェード1了解。作戦行動を続行する』

『ポーターズ、作戦区域からの離脱を確認!』

『ガメラの飛行・侵入ルートを洗い出します』

 

 自衛隊側は困惑していた。突如として海岸側より姿を現した小型ガメラという更なるイレギュラーが原因だ。

 兎に角目下の問題は、破壊活動を続けている二体の超獣の迎撃と殲滅である。司令部側の判断は迅速だった。非敵性特殊生物との共闘を前提として自衛隊は動く。

 

《あれは…ガメラじゃない……でも、どこかで会っている。俺は、あのガメラと…》

 

「来たか。大地と大海、大空の総意たる真永(マナ)をその身に宿し者…。あの者にも、"覚醒"と"革命"の気風を感じる…!!」

 

 ナハトとユキムラも、小型ガメラを知覚した。

 一度会っているのではないかと感じたナハト…ハジメは、思考を巡らす。あのガメラとはテレパシーを通じてさえ話していない。だが、まったく未知のガメラなのかと問われると、そうではないと答えるだろう。

 分かることと言えば、小型ガメラは敵ではないという点だ。避難中だったエリカ達を__こちらが落としきれなかったミサイルから__守ったのだから。もしガメラが駆けつけなければ、エリカ達を失ったことでの再起不能のダメージをハジメは被っていただろう。

 

キィィイイイ!!!!

 

 こちらに仕掛けて来るバキシムへ意識を戻してナハトは戦う。

 

 

「――ピイ助だよね?私たちを助けてくれたんだよね?……ありがとう」

 

グゥゥウ…!

 

 目前の、25メートル級の小型ガメラ__ピイ助に語り掛けるみほ。

 

「いままで何処に行っていたの…?心配したんだよ?私だけじゃなくて、みんな…みんなが……」

 

 ピイ助に歩み寄り優しく話すみほ。止めようとする人間はいなかった。あんこうチームも、黒森峰サイドも目を丸くするばかりである。ピイ助のイメージとはかけ離れた大亀が、同一の個体だとは信じられなかったからだ。

 背後では依然として超獣と巨人たちによる戦闘は続いている。

 

――ごめんなさい――

 

「…! ピイ助、お話できるようになったの?」

 

 勾玉経由のテレパシーによる念話をピイ助が会得していたことに驚くみほ。

 それにガメラは答えず、今為さねばならぬことを伝えてみほを見下ろしていた頭を持ち上げ、戦闘を続けている巨大存在らの方へ首を向ける。

 

――ぼくは、地球を守る守護獣。だからあいつらを倒してくる。ウルトラマン達と一緒に……――

 

「……分かった。行ってらっしゃい。絶対帰ってくるんだよ?」

 

 みほが感じていた優しさをピイ助はまだ持っているようだった。小亀から、ガメラとなったことで、"使命"を持ち何らかの変化があったのは確かであるが、一番の、根本的なモノは変わっていないことを知ったみほは、快く頷き、ピイ助を送り出す。

 

――うん。行ってくる。……"お母さん"、ぼくを育ててくれてありがとう――

 

――ゴォオオオオオオオ!!!

 

 脚部をホバー機構化させ、高速で地面を駆けていくアヴァンガメラ__"ピイスケ"。

 大きくなったその背中を、胸にかけている勾玉を両手で握ってみほは見届ける。

 

「私のこと、お母さんって、思ってくれてたんだね…」

 

 ふと目から零れ頬を伝う一雫の涙を指で拭くみほに、あんこうチームとエリカ、まほ達が駆け付ける。

 

「みほ!あのガメラが、本当にピイ助なのか?」

 

「うん。ピイ助は、私をお母さんって…。あの子は私たちを守るために駆けつけてくれた……」

 

「お母さん…?」

 

「うん。そう言ってくれたの……」

 

 みほが指差す方向には、ナハトとユキムラ、ベロクロンにバキシムが戦っている市街地があった。

 そして、避難民の集団の後方に、陸自救助隊がおいついたのはこの後すぐの出来事であった。

 

 

――キィイイイイイン!!!!

 

『ガメラ、地上を高速で移動。火炎弾の発射を確認。攻撃は"ホワイトホーン"に直撃』

『司令部より作戦参加部隊へ。大洗市内の全ての民間人の確保、保護を確認した。よくやってくれた。残るは特殊生物だ』

『シェード1よりシェードチーム、もう一度"ブラックバンドル"に攻撃を仕掛けるぞ。続け』

『陸自第1戦車大隊の先行部隊が間もなく到着する。各隊、ここで踏みとどまれ!』

 

 最大の急所であった市民の安全確保を一時的ながらもできた自衛隊は、ここでようやく本格的な反撃に移らんとしていた。

 

キュイイイイイーーーーン!!!

 

『"いずも"よりオットー1、発艦を許可する』

 

『オットー1了解。上がるぞ』

 

『続けて哨戒ヘリ部隊、甲板へ』

 

 空自飛行隊によるアウトレンジ・アタックはもちろんの事、陸自救助隊のカバーに入っていた特自即応機動中隊が市街地内に再展開し、16式の105ミリライフル砲や96式の自動擲弾銃(グレネードランチャー)を主体とした射撃を開始。また、大洗沖に進入しつつある横須賀の海自第1護衛隊群第1護衛隊の旗艦である〈ヘリコプター搭載型護衛艦〉__"いずも"より、数機の〈F-35JB〉戦闘機と、"AGM-114M ヘルファイアⅡ"空対艦ミサイルを搭載した哨戒ヘリ〈SH-60K〉が多数発艦…武装の射程内に入った機体から攻撃を開始した。超獣のこれ以上の侵攻を阻止する構えである。

 

『四体以上の大型特殊生物の同地域への集結……。欧州六月災厄か、福岡特災のような地獄か……それだけは阻止しなければならない』

 

 高い火力を持った大型特殊生物の二体同時出現…自衛隊は関東の東部方面隊、中部航空方面隊、横須賀地方隊による総力戦に発展するだろうと考え、最悪の事態である首都圏到達前に撃破するべくあらゆる部隊が動き出しており、東京都の防衛省では後続の統合任務部隊の提案・編成が始まっていた。

 

 そして場面は再び巨大存在同士が争う大洗の市街地へ。

 唐突な小型ガメラ__ピイスケの参戦に、ナハトとユキムラは少々驚いていた。

 

――ぼくも戦う。お母さん達を…守りたいんだ!――

 

《キミは、ピイ助なのか!?》

 

守護獣("ガーディアン")……この星も、懸命に生きようとしているのだな…。……ああ、共に護ろうぞ!」

 

 ナハトとユキムラはバキシム、ベロクロンを広場に突き飛ばし、体勢を整える。そこにピイスケが合流した。

 ウルトラマン(ナハト)アヴァンガメラ(ピイスケ)シノビ・クリーチャー(ドルゲユキムラ)。人々を、地球を守らんとする三者が揃い、並び立つ。

 曇りかけていた青空の一点から陽光が、ナハト達に差す。

 

 

【♪FT BGM】佐咲紗花『Belief』

 

 

「往くぞ!」

《往こう!!》

――往くんだっ!――

 

オオッ!!

シェアッ!!

ガァアアーーッ!!

 

 強く、熱い鼓動を絶え間なく響かせることで、生き物は皆生きている。

 その力強い鼓動から生み出されるエネルギーは、悪しき者達を退かせる強大かつ神聖な力となり、他者の祈り、願い、託される想いを守る剛壁となる。

 その力を胸に、守護者達は駆け出した。

 

 

「あの子なら…ピイ助なら、大丈夫…きっと……」

 

 みほは、誰に囁くでもなく、ただただポツリポツリとそう呟いた。

 首に掛かる勾玉を両手で握りしめ、超獣と戦うピイスケたちを見ていた。

 その目に迷いや葛藤などは介在しておらず、勇気と確信に満ちていた。なにがそこまでみほをそうさせるのか、エリカは尋ねる。

 

「……みほ。どうして、そう思うの?」

 

「――希望だから。ピイ助は、私が選んで、手を伸ばした道そのものだから。……だから私はあそこで戦ってる皆の姿を見届けないといけないと思うの」

 

「アンタが選んだ…道……」

 

 何か思うエリカに向き直り、「それにね?」とみほは続けた。

 

「そんな希望が三つも集まったら、負けないよ。だから私は信じれる」

 

 

 みほの抱く想いに応えるかのように、アヴァンガメラ__ピイスケ達は戦っていた。

 バキシム、ベロクロンの両者は、遂に体内に貯蔵していた弾薬が底を尽くしたのか、攻撃の勢いは衰え出していた。

 

ガァアアア!!

 

バヒュン!! バヒュウン! バヒュッ!!!

 

 ここで一気に畳みかけるべく、まずはじめにピイスケが仕掛けた。腹部の間隔より仄かに赤い光が疾り、その直後にピイスケの口からは火炎弾――"マイクロ・プラズマ火球"が連続で形成、射出される。

 高速で飛来する火球群に対して、二体の超獣はなす術なく、着弾を許した。頭部にダメージが蓄積していたバキシムとベロクロンはこれによって視覚を失い両腕両足を乱暴に振り回しあたり構わず暴れる。

 

《――スペシウム!!》

「"龍脈術 水霊の計"…!!」

 

ジュァアッ!!

ハァアアッ!!!

 

 

ギィイイイイイイイイ!!!!!

ボオオオ……ッ!!!

 

 ナハトはバキシムに向けてスペシウム・オーバー・レイを放った。見事にバキシムに光線は命中し、光の中へバキシムは消滅していった。

 ユキムラは自身の背丈の半分はあるかと思うほどの青の巻物__忍法帖を超次元ホールより取り出し、封を解き術を詠唱する。するとユキムラの周囲の空間に時空の穴がいくつも開き、そこから猛々しい水流の腕が伸びてきた。それらはベロクロンへと殺到し、巻きつきながら対象の自由を封じる。

 

「次元の海へと逝くがいい!!」

 

 そして身動きの取れなくなったベロクロンはそのまま水流の腕によっていつの間にか開いていた巨大な次元の穴__超次元ホールへと抵抗することも許されず引き摺り込まれていった。

 

ゴォオオオオオオオ!!!

 

『…敵性大型特殊生物、消滅を確認!』

 

 残る問題は、空間の裂け目である異次元空間である。

 しかし、その問題はユキムラがすぐさま解決する。

 

《あの裂け目は、どうすれば……》

 

「秘奥義を使う。さすればあの赤き裂け目を閉じることは容易い。安心召されよ」

 

 そうナハトに語ったユキムラは、空高く跳躍し、裂け目が広がっている高度まで上がると、背負っている一本の長刀を抜き、その刀身に無数の琥珀色と翡翠色の光の粒子__霊的エネルギー"マナ"を宿す。

 すると長刀は"多色(レインボー)"の輝きを放ち、敵を見定める。

 

「……! "怒流牙一刀流 次元断裂斬"ッ!!」

 

――ザンッッッ!!!!!!

 

 空に広がる異次元に繋がる円状の裂け目を、両断する巨大な鮮やかな光の斬撃が飛び、異次元の裂け目を二つに割った。すると、切断された箇所から綻びがみるみる生じていき、斬撃に篭っていたマナがその綻びへと入っていき…マナが溶けていった箇所から元の青い空へと徐々に戻っていく。

 

――キンッ!

 

「現世と異界の繋がりは絶った。もう憂う必要は、無い」

 

 長刀を鞘に戻しながら、ユキムラは地上へと舞い戻る。

 異次元への裂け目が消滅したことを、自衛隊も確認しており、彼らも胸を撫で下ろしていた。

 

『"空の裂け目(エンプティ・クラック)"の消失を確認。"ジャイアント"の行動によるものと思われます』

『緑の巨人……奴は、彼は何者なんだ。あれもまた、別種のウルトラマンなのか……それとも全く別の存在か…』

『明確な意志の疎通ができた相手です。接触さえできれば、話はできるはず』

『兎に角、残弾ゼロとなった飛行隊は各所属基地へ帰投。地上部隊は引き続き、市民の保護を行え。新種と思われるガメラ、"ジャイアント"は本土から発つまで空自の偵察機(スカウトイーグル)海自の哨戒機(オライオン)が観測に付く』

『統合任務部隊は、大洗での戦闘の終結を確認したため、一週間後に順次解散する。また、その間にまた特殊生物の出現が関東周辺にて発生した場合はその限りではない』

『災害救助のため、茨城県内の各駐屯地に部隊派遣を要請』

『…驚くほどに、被害が少ない…これも彼らのおかげか』

 

 しかしながら、警戒は緩めることなく自衛隊たる彼らは彼らで動くのである。

 自衛隊や茨城県警、消防・救急隊が大洗町で活動するのを背景に、戦いに勝利したハジメ__ナハト、ユキムラ、ピイスケは向かい合ってなにやらコミニュケーションを取っていた。

 

「ウルトラマン…ナハトと呼んだ方がいいか?……そうか、ならばそう呼ばせてもらう。……戦闘の最中にも言ったが、今この世界、次元にあるこの星は、外より来た悪しき者共によって狂わされつつある。恐らく、もう一方……ピイスケと言ったか、守護獣たるそちらはある程度把握しているだろう」

 

《影法師、星間同盟のことか……》

 

――地球の、特にお母さん達が住む場所のマナの組成に異常があるって、守護神獣(ガメラ)は教えてくれた――

 

「それは我らの住む次元(パンドラ・スペース)も同様だ。何が言いたいのかと思うか。つまりは我らシノビ軍団"ハザマ"も、この次元の平和と安寧のために身を粉にして戦う決意をしたと言うことだ。この次元での事件を解決すれば、自ずと我らの次元も安定化する。そのために我らも力を貸す。諜報活動が主になると思われるが」

 

《ありがとう…ユキムラ。仲間はいて損は無いし、同じ困難に立ち向かう人間として、とても嬉しい》

 

――ぼくもまた一緒に戦う!――

 

《ピイスケも、ありがとう。キミが来てくれたおかげで、エリさん達も助かったんだ。本当に……ありがとう!》

 

 

「さらばだ。また会おうぞ!」

 

……シュワッチ!!

 

 そして粗方話を終えた三者は、それぞれ別れて帰路に就く。ナハトは空高く飛び去り、ユキムラは自身の力で超次元ホールを開き、大洗町に散らばっていた"ハザマ"のシノビ達と共に元の次元へと一時的にではあるが帰還するために戻る。

 

――お母さんが無事で良かった…――

 

 そして、残るピイスケは飛行形態へと成り、太平洋沖合に向かう。母親にあたるみほとは戦闘後には顔を合わせずに、であった。それは恐らく、ここでまたみほとあったならば、守護獣として覚醒した自分の意思が揺らいでしまうと思ったからだろう。

 

――ごめんなさい、お母さん。ここでまた会ったら、ぼくは立ち止まってしまうから、行くよ…ぼくは、守護獣だから、ぼくはもう"ガメラ"だから…あそこ(大洗)には戻れないから…――

 

 だからこそ、ピイスケは瞳に涙を浮かべながら、せめて念話だけでもとして、みほに置き手紙の如く一方的に言葉を送るのみに留め、みほ側からの接触をシャットアウトして海へ。その海域の上空には回転飛行形態でホバリングしているガメラが待っていた。

 

《いいのか…?育ての親には今度いつ会えるのか、分からないのだぞ。家族なのだろう?》

 

――ぼくは、決めたから――

 

 それでも、みほの心の声がほんの少し、聞こえた気がした。《いつでも帰ってきていいんだよ》と。

 小さな勇者は、口を固く閉ざし歯を強く食いしばりながら、親亀の如きガメラと共に海へと去っていった。

 

 

「ピイ助…いつの間にか、すごーく成長したんだね…」

 

「みほ、ガメラと……ピイ助はどうだった?」

 

 海岸から水平線を見つめ続けていたみほに、まほが心配して声を掛けた。みほは「うん」と頷き、瞳から引いていた涙の筋を服の袖で拭き、姉と、その後ろにいるエリカやあんこうチームに笑顔を見せる。

 

「ピイ助は、ガメラと二人で地球を守るために戦うことを選んだって」

 

 愛おしそうに手のひらにある透き通るように美しい翡翠色の勾玉を見つめるみほ。

 ガメラ…ピイ助と交信できること、そしてあのリクガメのようだったピイ助がガメラなったこと自体、信じられないことの連続であり、そのすべてが初耳の話ではあったが、まほやエリカはその話を否定せずに受け入れていた。もちろん彼女の事情をより知っている大洗の仲間たちも。

 勾玉を見て、合点がいったのか、まほは尋ねる。

 

「そうか…その勾玉は、ニュースにも載っていた、不思議な勾玉と同じ代物だったんだな」

 

「うん。そっか…お姉ちゃんにも、エリカさんにも言えてなかったもんね…。ごめんね、伝えられなくて」

 

「気にしないで。それは、アンタなりの不器用で、優しい心遣いから来たものでしょうから」

 

「エリカの言う通りだ。それに、人にはいくつか言えないことだって、あるだろうしな…」

 

 まほは何処か遠くを見ながら、上のようなことを言った。ハッとしたエリカはその言葉を、他人事として、単に良い話として受け入れる気にはなれなかった。どうしても、自分の周り…あの幼馴染のことに思えてならなかったのだ。当て嵌まるようなものが多すぎる。

 

 そして、その幼馴染は、病院で自分達を逃そうとしてから、見ていない。エリカはそれを思い出し、周囲…海岸を見渡す。しかし、避難民でごった返しており、大声で叫ぼうにも、海岸に現れ着陸を始めた自衛隊ヘリの爆音によって掻き消される。

 あいつ(ハジメ)がどこにもいない…?

 

「隊長、ハジメを探してきます」

 

 努めて冷静に、澄ました顔をしてハジメを探す旨を伝えるエリカ。しかし、エリカはまほからの返答を待たずして、人混みの中へと入った。明らかに動揺していた。

 今回もまたハジメは自分を盾にして行動した。もしかしたら、あの病室で怪獣ではなく影法師に斃されてしまったかもしれない…そんな考えが過ぎる。

 しかし、アイツのことだ、死んではいない。きっとそうだと、根拠のない考えも頭の中に浮かび上がっていた。

 

「ハジメ、アンタ今度はどこに………あっ」

 

「――あ、エリさん!」

 

 そうこうして、人をかき分けて何度目か分からなくなった時、人の波の間からハジメが顔を出した。

 ハジメの顔は「しまった…」というような顔ではなく、エリカを見て心底安心したような、そんな明るい顔だった。

 その顔をしたいのはエリカの方であるし、またしてもこちらを心配させたのだから申し訳なさそうな顔ぐらいはしてほしいとエリカは思っていた。

 

「…どこも怪我しては、なさそうね」

 

「うん」

 

 エリカはどうもハジメに怒鳴ったり、叱る気にもなれなかった。呆れた、というのとは少し違う。ハジメの体をポンポンと軽く触り確かめる。

 エリカ自身も具体的には分からないのだが、「ハジメは絶対に生きてる。そして帰ってくる」という確信に近い強い信頼、狂信めいた想いが生じているからだと思われる。心配よりも安心の感情が明らかに大きかったのだ。

 

(アンタがいなくなったら…?もしもの話だとしても、考えたくない)

 

 本物であれ偽物であれ、ハジメという実物…視覚でだけでも認識できればエリカは安心感を得られる。

 今回は、ハジメは変身する際、イルマと入れ替わることを忘れていたことも重なり、余計にエリカを心配させたのだ。

 仮に、もしここでハジメが少し姿を現すのが遅かったり、戦いに敗北して姿を消すことになっていたら、エリカの心理状態は悪い方向、依存状態に入っていたかもしれない。

 近頃のエリカは怒ることすら難しくなっていた。辛うじて今はまだ留まっているのだ。最近の非日常から来る負担の蓄積が、言動を変えてしまうほどの影響を与えるまでに至っていた。

 エリカは大きく息を吸って、心底安心したかのように息を吐いて一言呟く。

 

「……よかったぁ」

 

「エリさん?」

 

 いつもの反応ではないとハジメも気づいたのだろう。心配そうに、それでいて__親が怒っているかどうか遠回しに聞く子供のように__恐る恐るエリカの顔を覗くハジメ。今だけはまるで小動物のようだ。

 

「…何そんな顔してんのよ。心配する立場なのは、わ・た・しの方。なんでアンタがそんな顔すんのよ」

 

「え、っと…いつもなら、エリさんは手を出してくるか説教してくるかだったから……」

 

「なに?ハジメ、アンタ私にこっ酷く叱ってほしかったわけ?」

 

 失礼な言い草だと、エリカは思った。

 こちらも好きで毎回怒りのボルテージを上げてやってるのではない。なんなら、根本的な原因はハジメ側にあるのだ。

 ハジメにMっ気があるのかと疑い聞き返したエリカに対して、ハジメはぶんぶんと勢いよく首を横に振る。逆にそうだと言ってくれれば清々しかったものを。

 

「…………まあいいでしょう。ハジメも見つけたことだし、ほら、西住隊長たちのとこに行くわよ。みんなにアンタの無事知らせなきゃね」

 

 ハジメとのいつも通りのやり取りを経たことによって、エリカもなんとか平常に戻ったように見える。

 ハジメの腕を掴み、引っ張ってまほ達の元へと人混みの中を進む。

 

(あの娘(みほ)も、自分で伸ばした手で掴んだ道を歩いてる……。私は伸ばさないでいるの?可能性も何も掴もうとせず、ずっと同じ場所にいる気がするのは気の所為?みほは逃げたんじゃない。新しい居場所を探しに行ったんじゃないの?なのに、私は……)

 

 しかしながら、彼女自身の中に、今回の出来事から新たに生まれた、若しくは以前から持っていた疑問や葛藤、苦悩といった感情が再び騒ぎ出していたのだった。

 まほ達がいる場所にとにかく行こうと、目先のやるべきことになるべく意識をエリカは向けるようにした。

 

 エリカとハジメが合流したその後、二人はあんこうチームと久子、まほのいる場所へと無事辿り着いた。

 全員で海岸病院へと戻る久子と麻子の付き添いとして行き、幸い院内部の動力や機器は無傷であったため、本日中に復旧することができたのだった。

 

 特殊生物出現に伴い、大洗町はここから一週間ほどは復興地域としてだけでなく、自衛隊の"要巡回区域"なるものに指定され、陸自や特自隊員や関係車輌を目にすることが増えるらしい。

 また、大洗港には大洗女子学園艦は停泊してはいなかったため、みほ達も何も問題なく帰路に就けるとのことであった。

 妹やその友人らに関しての心配は要らないと分かったまほ達も、黒森峰学園艦へと帰った。

 今度は、戦車道の決勝戦で会おうと約束を交わして。

 

 

 

 

 

 

 

「次から次へと忌々しい者どもが……まだ足りぬのか。しかしいつか必ず、ウルトラマンを抹殺してやろうぞ…!」

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

おまけ 『努力をする者、見ている者』

 

 

 

「46…47…48!……49…!50……!!――」

 

 時系列は7月24日より数日前の日本時間午後8時過ぎ。

 黒森峰学園高等部側の戦車道格納庫横に併設されているトレーニングルームには、夜に入り辺りは暗闇に包まれている中で灯りが灯っていた。

 トレーニングルームからは、ぼつぼつと誰かが数字を数える声が聞こえてくる。肉体鍛錬…腕立てや上体起こし、懸垂にスクワット、ベンチプレスといったものの回数をカウントしているようである。

 そのカウントのペースは常人の1.5〜2倍ほど早かった。

 

休憩(レスト)は、1分……ふぅ…………」

 

 トレーニングルームの一角、床にはトレーニングマットを敷き、腕立て伏せの一つである負荷をさらに上乗せしたもの__ナロープッシュアップをしている男子生徒、ハジメがいた。ここ最近は、校舎の管理人に予め断ってトレーニングルームの鍵を借り受けて、機甲科生徒らも帰宅した夜間に鍛錬を重ねている。無論他のチームメイトらには話していない。

 トレーニングのセットを一つ終えたのか、息を吐き無言でタオルに手を伸ばして顔の汗を拭いている。

 室内にはハジメ以外いない。そう室内には、である。

 

(……驚いたわ…。こんな時間にグラウンドの方が明るかったから、今日の自主練組が消灯忘れていたのかと思っていたけど……ハジメがなんでトレーニングなんてしてんのよ……)

 

 戦車道格納庫…ガレージ側に繋がる通路から、エリカが室内のハジメを見ていたのである。当然ハジメは気づいていない。

 整備科の生徒であるハジメは、エリカが認識している範囲内で言うならば、彼が整備等で使うだろう筋肉量は足りている。それに競技に直接参加することの無い男子生徒たるハジメが何故トレーニングをする必要があるのか。

 眠れないからとか、そんな簡単なものが理由なわけないとエリカは思った。休憩を取っていながら、ハジメのその目は鋭いままだった。何か、ハジメはハジメなりの目的目標を持って臨んでいることがわかったからだ。

 

(あんな真剣な顔、まるで怪獣とか宇宙人が出た時みたいな……ハジメが()()()()()()顔をしてる……)

 

 エリカが室外より見ているのには気付かぬまま、ハジメはトレーニングを続ける。

 同棲中の義弟であるシンゴがいないことから、シンゴの迎えに行って諸々の家事をして、シンゴが就寝してからハジメはここに来たのだろう。

 

(あわわわ……な、なんで逸見さんが来たんだろう…!?僕動けなくなっちゃった……ここは退散しとこうかな)

 

 なお、エリカも気付いてないのだが、実は出入り口横の自販機の陰にイルマが光学迷彩で隠れていたりする。ハジメが心配であるのはエリカだけでは無かったわけである。

 そんなことをエリカは知らず、ただ黙々とトレーニングに勤しむハジメを見守る。

 

「ふっ、ふ……1、2、3ッ、――」

 

 休憩のインターバルが過ぎたハジメは、今度は右腕…片腕で懸垂を始めた。

 余談であるが、ハジメの今の服装は黒いアンダーシャツに黒森峰学園のジャージ長ズボンだ。上は半袖のシャツであるが故に、鍛え抜かれた筋骨隆々の引き締まった半身が見てとれる。

 

(いつからあんなに……ハジメはどっちかと言えば、ひょろっとしてたのに………あ!!)

 

 そして、次にエリカが気づいたのは、ハジメの身体…露出している部分、主に腕や首筋の後ろなどであるのだが、そこに重ねて付いている痛々しい傷跡だ。

 見たところどの傷も塞がってはいるが、大きいものから小さいものまで所狭しと跡があるのだ。

 以前にも何度か傷について問い質したり、実際に()()()()して付けた傷の手当てをエリカはしているが、以前よりも増えているのではないかと思えてくる。

 

(……前に見た傷の上にまた新しくできてる…?いつ、どこで…?怪獣が出た時?人助けに行った時?いつもそれとなくはぐらかして、私には教えてくれない。上手く誤魔化してるつもりなんだろうけど、丸わかりよ…)

 

 古傷だと言う時もハジメはある。しかしエリカが記憶してる古傷の場所とは明らかに違う。ハジメとの想い出の中でも、傷の手当てをした記憶というのはよく覚えている。幼馴染みんなでヒーローごっこをした後、よくみほと共に絆創膏を貼ってやったりして傷跡の場所の把握をしていたからだ。そういったものからも、ハジメは何かを隠しているのは明白なのだ。

 

(ハジメは…何のためにトレーニングしてるのかしら…。自分自身のため?いや、もっと誰かを助けれるように?……分からない。目指してるところも、理由も分からない)

 

 想い寄せる幼馴染はどこへ向かおうとして、何を成すために鍛錬に取り組んでいるのか…ハジメの一番の理解者と自負していたエリカの心が揺らぐ。

 このまま、どこかに……エリカの知らない、どこか遠くへ一人で行ってしまいそうな感覚に陥りそうになる。

 

(アイツの見ている景色が分からない……私には見えないのかしら……教えてくれないの?なんで、なんで…?)

 

 声を掛けに行く勇気が無かった。

 尋ねる勇気が無かった。

 確かめる勇気が無かった。

 ハジメと向き合う勇気が持てなかった。

 

「…………」

 

 このまま何もしない方がいいのではないか?ハジメにとっても、エリカにとっても、それが最良かつ最善なのではないか?今の関係が崩れることを恐れているのだ。結局、エリカは止まってしまったのだ。踏み出せなかったのだ。

 

「私は…………っ」

 

 やるせなくなり、自分が嫌になったエリカは踵を返し出入り口前から離れた。そこからは学園寮へと一目散にわき目も振らずに走った。

 

 

「……? 誰かいるの?」

 

 ハジメの声がトレーニングルーム内に響く。

 問いに返してくる声はない。

 

「…………気のせいだったか」

 

 ハジメは再び鍛錬に意識を向けたのだった。

 

 

 

 

 一見些細にも見えるすれ違いが、大きな歪みに変化している可能性もある。

 

 

 

 

 




 はい。皆さんお久しぶりです。いろいろやることやり終えて安心している投稿者の逃げるレッドです。
 実はですね、周りの方の協力等もあり、地元企業さんから内定を貰うことができたことを報告致します。やりました。やったぜ。
 また、重い偏頭痛持ちであることもあり、季節の変わり目である最近は
なかなか筆が進みませんでした。一ヶ月近く投稿期間が空き申し訳ありません。


取り敢えず、ピイスケの変化と登場はお見せできたので、これはホントに良かった…
 そろそろ架空兵器の活躍回を書かねば…

※ここからの後書きの内容は劇中でのキャラクター等に関する蛇足の話です。見ない方はすっ飛ばして次回予告へどうぞ。一応、最低限の補完として現在更新している怪獣図鑑の方は見てほしいです。よろしくお願いします。

 さて、今回は投稿者が嗜んでいるTCG、デュエル・マスターズより投稿者最推しカードのドルゲユキムラを登場させました。シノビってカッコよくないですか?ちなみに投稿者の最多使用の種族とデッキはドラゴンです。
 デュエマはマナを使って戦うゲームということもあり、そこで繋げたかったのと、せっかく向こうでもマルチバースの話があるんだから、やりたいと思い、今回出しました。
 劇中に登場したユキムラの住むパンドラ・スペースもまた並行世界のものなので、デュエマ背景ストーリー上のように崩壊を起こしていません。ハザマについては、端的に言えば全ての文明…五色全てのシノビが集まった連合集団です。デュエマの背景ストーリーも中々面白いので、良ければ読んでみてください。

 本作のユキムラに"超次元"が付いているのはお察しの通り、"覚醒"を経て進化サイキック・クリーチャーへと成ったためです。このユキムラは激しい修行や戦い…並行世界のドラゴン・サーガや革命編__ランド大陸の動乱等にも顔を出したりしていたりするので、めっちゃ強くなってます。
 次にユキムラの使った技についてですが、剣技とゼロカゲの力以外は実際に存在する呪文カードより採用しました。次元の雷球と水霊の計、ですね。龍脈や龍素系のカードは結構好きです。後者はともかく、前者の呪文なんて現環境では絶対使われない…。
………ノーチラス級原子力潜水攻撃母艦"パンドラ"と超次元系の関わりはまったく無いです。無関係です。一応ここでも書いておきます。
 その他の設定につきましては、怪獣図鑑の方に書いてるのでそちらへ。


"覚醒"、"革命"、"侵略"、"決断"…このデュエマのワードは今後本作では重要になってくるかもしれません…。
 まあなんやかんやあっても超次元関係は何かと便利だし、融合獣…ディスペクターなどのカッコいいやつらもデュエマにはいますので、シノビ以外のクリーチャーも今後ちょくちょく出るかもしれないですね。


これからも逸見エリカのヒーローをよろしくお願いします。

____

 次回
 予告

 激化する対特殊生物戦。世界各国は、反転攻勢へと移るべく、その先鋒としてギャオス並びに小型中型特殊生物群の掃討作戦を開始する。

 そして、忌避されるべき太古の大いなる邪神が星の外より訪れた者たちの手によって掘り起こされる。

 狂った運命の歯車は、またしても動き出す!

 次回!ウルトラマンナハト、
【災影掃討、邪神胎動】!



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第46夜 【災影掃討、邪神胎動】

超遺伝子歩行獣 ギャオス・カンミナーレ、
邪神 イリス・ラルヴァ、登場。


 

 

 

 

7月25日土曜日 インド現地時間09:00前後

 

 

南アジア インド共和国 ケーララ州

州都トリヴァンドラム 湾岸線道路

 

 

 

 

 先日24日、ニューヨークで開かれた国連総会にていくつかの国家がとある宣言をした。

 

キュラキュラキュラキュラ…

 

『ドーベル1、間もなく配置に就く。後続も同様だ』

 

多国籍軍(MF)司令部了解。ドーベルチームはそのまま所定の位置へ。直掩の航空部隊として英陸軍の〈WAH-64D アパッチ〉が入る。近接航空支援が必要な際は彼らに要請してくれ』

 

 「人命を脅かす特殊生物の存在しない世界を早急に取り戻す必要がある。」から始まった、米英露を中核とした多国籍軍による全世界規模のギャオス並びに小型・中型特殊生物群の掃討作戦の宣言、そしてその立案と実行である。

 元より北米諸国と、ロシアを除く欧州諸国はアジアやアフリカ、南米方面に対して派兵を行なっていたため、現地派遣部隊は本土からの増援部隊と合流してこれまでと同じ任務を遂行することになった。

 

『オーライ。化け物どもをぶっ飛ばしてやる』

エイリアン(ファンタス星人)戦闘ロボット(ロボフォーE-2)のレーザー砲すら防いだ装甲だ。今回も"動く要塞(タイタン)"の力を見せてやる!!』

『海を渡ってカイジュウ退治に来たんだ。空軍連中に全部持ってかれるのだけは勘弁してほしいぜ』

『インド本土到達を阻止できるならそれでいいだろう。あまりそんなことは言うな』

 

 現在、アラビア海に面するインドの沿岸都市、トリヴァンドラムの海岸線と、そこに敷かれている四車線道路にはインド救援部隊のアメリカ合衆国陸軍を主力とした機甲・砲兵部隊が集結していた。

 ここと同じように、豪州連合の東南アジア地域や中米メキシコ、南米ブラジル、アフリカのソマリアや喜望峰でも、多国籍軍が展開している。此度の特殊生物群掃討作戦の主眼は、ギャオス殲滅だ。超古代の遺産であり生物兵器としての側面を持つ恐ろしい怪生物は脅威であると認識しているのはどこの国も同じらしい。

 

『――警戒機が飛行型特殊生物…ギャオスと思われる反応をキャッチした。通常種の中にハイパー種が混じっているらしい。アラビア海に展開中の米英印の連合艦隊が迎撃を開始した』

『各空軍基地より航空隊が離陸』

攻撃機(ガンシップ)も間もなく都市上空に到着する模様』

 

 国家間の関係上、このインド亜大陸に派遣された多国籍軍は欧米諸国が中心であり東南アジア・オセアニア諸国……豪州連合の部隊の姿は無い。

 夏季の眩しい陽光に照らされている州都沿岸に戦力を集結させつつある多国籍軍。前線司令部からは、海上にてギャオスと艦隊が戦闘に突入した旨が彼らに伝えられた。地上では米陸軍の重戦車__〈M156 タイタン〉を中心として隊形を形成する高射並びに砲兵部隊、そして護衛の戦車部隊がある。

 

『対空車輌はタイタンの横に付け!俺達が壁になる』

『邪魔な建造物は薙ぎ倒せ!近隣住民の避難は終えている。被害分は国連が金を出す!フィールドを整えろ!!』

 

 配置に就き終えた装甲戦闘車輌から順に、砲身を沖合に向けるべく砲塔が旋回を始める。

 彼らの今回の任務は、インド洋北端…インド亜大陸の左下に浮かぶ島々を領土とする海洋国家__モルディブ共和国から飛翔が確認されたギャオスの群れの殲滅である。

 以前より未確定情報として挙がっていた、南アジアでのギャオス目撃例はこのモルディブが元である。当国で増殖したギャオスらは度々インド本土まで飛翔してくることがあり、その度にインド空軍が撃墜してきた。しかし、世界トップレベルの兵力を有するインド軍であっても、特殊生物絡みとなると一筋縄ではいかないとのこと__対特殊生物用の兵器導入が遅れているため__もあり、友邦ロシアや、合衆国、欧州諸国からの派兵提案を受諾し今日に至る。

 

 モルディブ共和国の保有する国防軍は五千人弱の兵力でなんとか領内の有人諸島への拡散を抑えてきたのだが、とても正面からは太刀打ちできなかった。結果としては抑え込みの代償として増殖と今回の生息域拡大のための大量一斉飛翔を許してしまうことになるのだが、一概に責めることはできないだろう。よく保った方だ。

 

 なお、今回のギャオスに対する水際での防衛戦の他に、インド内陸部では上述の掃討宣言の影響もあってインド陸軍主体の第二次カマキラス駆除作戦が遂行中である。

 二ヶ所での対特殊生物戦。インド政府並びに軍はここが峠だと考えている。多国籍軍の支援を受けつつギャオスと自国に巣食うカマキラスの一掃ができれば、ロシアより"人型歩行戦術機(カタフラクト)"先行量産機の輸出が待っている。ここで耐えれば今後の対特殊生物戦は今よりは難しいものではなくなるのだ。

 

『――ギャオス、艦隊の迎撃網を突破!』

『連合艦隊は半壊…大多数が飛来してきます!』

『陸上部隊は迎撃用意!航空隊は攻撃を開始!』

『偵察機より新たな情報だ。海上を泳ぐ新種のギャオスを確認したとのことだ。敵の海空立体攻撃に注意しろ!!』

 

 戦闘の序盤は人類側劣勢で終えたらしい。多国籍軍連合艦隊の半壊、新種ギャオス確認の報を受けた司令部と州都の陸上部隊には動揺が走る。

 ……ギャオス一個体は、陸軍一個大隊の戦力と同格かそれ以上。どこの誰が言ったかは不明であるが、案外その考えは的を射ている。最新鋭戦闘機を相手にできる生物だ。歩兵はおろか、碌な対空装備を持たない陸上戦力にとっては対戦車ヘリコプター以上の脅威である。

 

『コイツらの侵攻を許せば、六月災厄やフクオカの再現、七月災厄なるものが出来上がってしまう。なんとしても撃破しろ!!』

 

 探知できた大型…ハイパー種は凡そ6体。生体ステルス機能や小柄な体躯によって未探知の中型、小型、そして新種ギャオスを含めれば総勢50弱の大軍勢となる思われる。戦闘機によるミサイル攻撃により、ここから数は減らせるだろうが、中型以上と新種の数は恐らく減らすことは難しいだろう。

 

『目標確認。ファイターズ、エンゲージ!!』

 

 航空隊の攻撃を掻い潜られれば、有視界戦闘に突入する。ミサイルの大半が無力化されるならば、それはもはや若干値段の高いロケット砲だ。

 そこでギャオス戦を想定し、多国籍軍側は自走対空機関砲を大量に用意していた。いざという際の頼みの綱は彼らの働き次第といったところか。

 

『くそっ!小粒が邪魔だ!!』

『超音波メス…噂以上に凶悪だぞ……!!』

『小さいのまで撃ってくる!』

『機体に残れば爆発、脱出すれば捕食…パイロットとして一番やりあいたくない……。――っ、上から数2!!』

『ウイングを切られたっ!?ぐあああっ!!!』

『――下から、海上からだ!アイツら、対空射撃してやがる!!同士討ちが怖くないのか!?』

 

『航空優勢は取れんか…!』

 

『――ギャオスの一部が対空ミサイルの射程内まで侵入!また、新種のギャオスも速度変わらず海上を侵攻中!』

 

 偵察・観測班からの悲鳴に近い報告が入る。司令部からは次の指令がすぐさま下りてくる。

 

『やむを得ん。交戦中の航空隊は離脱しろ!対空戦闘車、射撃開始!ギャオスを撃ち落とせ!!海上を航行中の新種はガンシップが対応する。ありったけばら撒け!』

 

 司令部の命令を実行するべく、沿岸の対空車輌が一斉に動き出した。道路上に設置された多数の地対空ミサイル発射機も沖合に向けて構える。

 

『ドーベル全車、主砲に"TYPE-3(榴散弾)"装填。近接信管だぞ、間違えるなよ!速射砲には徹甲榴弾、両側面の発射機には"炸裂誘導弾(グレネードミサイル)"。特大の花火を浴びせてやれ』

『主砲"TYPE-3"了解。砲撃座標指示を観測班に要請』

『………座標確認。修正完了!』

 

ウィーーーーン………!

ゴウンゴウンゴウン……ガコン!

 

 遅れてタイタン重戦車も砲塔を旋回させ、遂に目視できるまでに接近してきた飛翔中のギャオスに向けて砲身を合わせる。

 

『レクイエム砲、てえ!!!』

 

ズドォオオオン!!!!

 

 対空ミサイルや機関砲弾が地上からギャオスに向けて吐き出された。そこに場違いなほど巨大な戦車砲弾……戦艦の主砲を短砲身化したタイタンのレクイエム砲から放たれた弾はそれらを追い抜きさらに加速した後、飛行ギャオスの群の先頭前で近接信管の作動により炸裂。花火のように砲弾の中身…クラスター弾の子弾に似た大型子弾が飛び出す。それら全ては群れの中心にて拡散し、すべての散弾が閃光を放ち爆発、無数の火球を形成した。

 

ギャアアッ!!ギョオオアッ!?

 

 飛行していたギャオスは火球に突っ込んでしまったり、身体の一部が火球に飲み込まれて炎上しながら海へと墜落する。辛うじて火球から逃れることができた個体も、火球形成時に生じた轟音と凄まじい閃光により、聴覚と視覚を潰され受け身も取れずに海面に激突していた。

 

 絶大な威力を見せたタイタン重戦車の主砲__レクイエム砲に装填された"TYPE-3"榴散砲弾…それは名前の通り第二次大戦中に旧日本海軍が使用していた対空砲弾"三式弾"をルーツに持つものである。

 終戦後、投降した旧日本軍より接収した数多くの兵器群を米国は研究した。"三式弾"自体への戦時中の日米両国の評価は決していいものではなかったのだが、ナパーム弾やクラスター弾の誕生、米国の巨人兵器の登場により、米国は"三式弾"の再評価を始めた。

 そして戦艦の主砲を採用した重戦車__〈M156 タイタン〉の採用と本格的な実戦配備も行われた際に、米陸軍はかの戦車に対空攻撃能力だけでなく、()()()()()()()()()の追加を米国国防高等研究者計画局(DARPA)に要求した。結果、"三式弾"の実質的な後継であるタイタン専用の榴散砲弾"TYPE-3"が生まれることとなったのである。

 

『どうだ、ギャオスどもめ!!』

『ハイパー……大型以外はかなり減ったぞ!』

『弾幕を張り続けろ!』

『2時方向!ハイパー種、三体侵入!!』

 

『残りが来るぞ!各部隊、迎撃しろ!!』

 

 苛烈な弾幕を側面に回って潜り抜けたハイパーを筆頭にしたギャオス数体が州都沿岸部に迫る。

 攻撃ヘリが短距離の空対空ミサイルを、地上の高射部隊のみならず歩兵も装備している火器で撃ち落とそうと発砲。

 ギャオス・ハイパーらは回避運動を器用にとりながら、超音波メスを地上付近に向け乱射して応戦する。鋭利な切断音が響く度に爆音が何処かで轟く。

 

ダタタタタタッ! ダタタタタタッ!!

 

キィイイイイン!!!――スパッ!!!

 ドドドォオオオオオオオン!!!

 

 即席で作られたとある対空陣地内の、無造作に置かれていた弾薬に超音波メスが直撃し、爆発。周囲の多国籍軍の兵士が吹き飛ばされる。

 

「うわああっ!!」

「退避しろお!」

「タイタンの後ろに回れ!」

 

 ホバリングしていた、地上部隊直掩の攻撃ヘリ…英陸軍の〈WAH-64(アパッチ)〉や〈AFH-80(バゼラート)〉も同じように撃墜され、下にいた歩兵や装甲車、対空戦闘車を巻き込み地上に火柱をいくつか上げる。

 辛うじて、分厚い装甲に覆われている重戦車タイタンはギャオスの攻撃を耐え切っており、副砲である二門の速射砲や車体前側面にあるミサイル発射機を用いて反撃をしていた。

 

ギャォオオオオオオオオン!!!!

 

『新種ギャオスが接近!海岸に……じょ、上陸しています!なんだあのギャオスは!?』

『恐竜でも食ったのかよ…!!』

『なんてこった!戦車よりでけえぞ!』

『空もとんでもないが、陸もとんでもないことになりそうだ…!』

 

『ドローンの映像を回せ!………これは』

 

 多国籍軍司令部、そして州都に展開している部隊は驚愕しかできなかった。

 背面が黒い鱗に覆われ、強靭で巨大な腕と太い脚で身体を爬虫類(トカゲ)のように支えて海岸を歩行するギャオス……ギャオス・カンミナーレ。それらは四足で砂浜を駆け出した。目指すは海外沿いの道路に居座っている多国籍軍機甲部隊の排除である。

 しかし、多国籍軍もこのまま陸空のギャオスとぶつかるわけにはいかない。

 

『海を渡り陸を這うギャオス……まるで海兵隊のようなやつらだ…!こんなのが西海岸に上陸でもしてみろ。大変なことになるぞ。――ガンシップ、奴らを蹴散らせ!』

 

『了解。エウロス隊、アタック!!』

『サンダーボルト、機銃掃射開始!』

『ラプターチーム2は続け』

 

キィイイイイーーーン!!!

バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!

バシュン!! ドガガガッ!!

 

 直掩として僅かながら後方にて上空待機していたガンシップ…地上支援用装備の戦闘機や攻撃機が対地攻撃を敢行した。

 ギャオス・ハイパーが乱舞する空に恐れず地上部隊支援のために突入してきたのはヨーロッパ連合空軍の主力戦闘機〈EF-2017 エウロス〉、米空軍の主力戦闘機〈F-22 ラプター〉と対地攻撃機〈A-10 サンダーボルトⅡ〉の混成飛行隊である。各航空機から繰り出されるガトリング砲、バルカン砲、対地ミサイルにロケット、誘導爆弾が中型…25メートル級の歩行ギャオス__カンミナーレに降り注ぐ。

 断末魔と爆発音が相次ぎ、海岸が濛々とした黒煙に包まれる。

 

『A-10のガトリングを喰らえば、やつらでも立ってはいられまい…』

『空軍だ!ありがたい!!』

『あとは空のクソ鳥だけだ!撃ち落とせ!!』

 

F-22(ラプター)はそのまま作戦空域に残留しハイパー種との格闘戦に移行する…!!』

『対地装備のエウロスとサンダーボルトは急ぎ離脱しろ!!やつらは俺たちが相手をする!』

 

キィイイイン!!……スパン!!

 

 許容し難い不快な金属音に似た音が聞こえたかと思えば、撤退行動に移っていた混成飛行隊のエウロスが一機、地上から伸びてきた見えない糸のようにしなるものに無数に掛かり切り刻まれ、唐突に爆散した。多国籍軍の優勢ムードを崩すには十分な出来事であった。

 飛行隊の下…海岸に目をやれば、黒煙の中からのそりとギャオス・カンミナーレが顔を出してきていた。

 

『上陸した新種ギャオス、数体がまだ生きています!!』

『あの空爆を受けてもまだ立っているのか!?』

『悪魔だ…奴らはレベルが違う!!』

 

『各隊、狼狽えるな!新種にも攻撃は効いている。無傷ではない!残党を掃討し、ハイパー種の撃墜に取り掛かれ!!』

 

『司令部の言う通りだ!見たところ、奴らの背中には立派な装甲があるがその反面腹はガラ空きだ!地上から水平射撃をかましてやれば簡単に殺れる。自走電磁砲(レールガン)と他の戦車はタイタン(俺たち)に続け!海岸にのさばる新種どもを叩き潰す!!』

『タイタンはデカくて目立つ……ヘイトは稼いでやるさ。元よりタイタンはそれが役目だ』

『ドーベル3、前進っ!!』

『ドーベル4、前進する!』

『ドーベルチーム!副砲、弾種徹甲。撃ちまくれ!!"炸裂誘導弾(グレネードミサイル)"の発射機は低伸弾道モード!鈍足野郎共には主砲を使うな。もう一度"TYPE-3"を装填して仰角最大にしておけ。直上にハイパーが来たら土手っ腹にぶっ込めるようにな!!』

『高射部隊は砲兵隊を頼むぞ!』

 

キュラキュラキュラキュラキュラキュラ………!!

 

 防衛線とする海岸道路から前進して海岸砂丘へと突撃するタイタン重戦車隊。それに護衛戦車隊、電磁砲兵隊の米陸軍〈M2A4 ギガンテス〉自走電磁砲と〈M1 エイブラムス〉主力戦車、ヨーロッパ連合陸軍の〈ブラッカー D4〉軽自走レールガンが走行間射撃を実施しつつ追従する。

 

ドオオオン!! ドドオオオン!! ドウン!! バパパパパパパッ!!

 

ギャォオオオオオッ! ギャアッ!!

 

 司令部とタイタン…ドーベル隊の鼓舞により辛うじて戦意を維持することに成功した多国籍軍陸上部隊は、冷静かつ即座にそれぞれの目標に対して頭上の飛行隊の支援を受けつつ反撃に転じた。

 

『こちらドーベル1、新種は間もなく殲滅できるぞ』

『…何発目でくたばるんだ!!』

『砲がダメなら轢き殺せ。タイタンの下敷きにしろ。速度・進路そのまま、新種ギャオスへ前進!』

 

 重戦車のタイタンを主軸とした突撃で見事地上部隊はギャオス・カンミナーレの上陸個体のすべてを殲滅。随伴の歩兵や車輌が多数犠牲となったが、ギャオス・カンミナーレの都市への侵攻を阻止した。

 さて、残る問題は大型飛行個体…ギャオス・ハイパーの群れだ。対空砲火と戦闘機による追撃を器用に避けつつ超音波メスを放ち暴れ回っている。今は沿岸部上空で留まっているが、いつ都市部へと入られてしまうか分からない。多国籍軍は残るギャオス・ハイパーの撃墜を急ぐ。

 

『ラプターすら凌ぐ飛行能力か…!!西アジアではこんなこと無かったぞ!』

『――くそっ!欧州軍のエウロスがまた一機やられた!!』

『あと二匹、だが……!』

『新鋭の自走多連装ロケット砲(ネグリング)をかき集めてもこれなのか!?』

 

『――奴らは学習している……このままでは…』

 

 司令部にも焦りの色が徐々に見えてきていた。

 しかしここでまたしてもドーベル隊が活路を見出す。

 

『司令部、上空で戦っている飛行隊へ通達してくれ。俺達の直上にギャオスを誘導しろと!!レクイエム砲で吹き飛ばす。奴らを斃せる火力はコイツしかない!!』

 

『………分かった。ドーベル1の作戦をやるぞ。飛行隊だけでなく対空戦闘車にも支援させる』

 

『感謝する!――タイタンの周囲に展開している全車輌、並びに歩兵へ告ぐ。俺達から可能な限り離れろ!直上に来るギャオスにタイタンのレクイエム砲を発射する!急げ!!』

 

 ドーベル隊の部隊長の通達がされるや否や、各車輌が兵士達を乗せて回収しながら全速力でタイタンから離れる。それを確認したドーベル隊は飛行隊と高射部隊によって誘導されてくるだろうギャオス・ハイパーを待ち構える。

 

『ドーベル1、間もなくギャオスがそちらへ到達するぞ!』

 

『よし。各車、砲撃用意!!』

『『『イエッサー』』』

 

 戦闘機が囮を務め、対空車輌や対空砲の追い立てにより、残りのギャオス・ハイパーすべてが海岸砂丘地帯上空へと差し掛かる。

 

『てぇーーっ!!!!』

 

 それと同時に、タイタンの主砲…レクイエム砲が轟音を上げて特大の砲弾を発射した。

 砲弾は見事タイタンの直上…二匹のギャオス・ハイパーそれぞれの身体の中心で炸裂。海岸砂丘地帯の上空に無数の火球が形成された。ギャオスの身体を覆いつくさん勢いで火球が広がっていき、上空を待っていた異形は消え去ったのだった。

 

『――6体のギャオス・ハイパー、そしてその他の大群と、新種の撃滅……快挙だぞ!』

『ハッハッハッ!!タイタンの力を見たか!!』

『やったぞぉー!!勝ったんだ!』

 

『残存する敵性特殊生物は確認できず』

『よくやった!諸君らの活躍で、州都防衛並びにギャオスのインド亜大陸拡散阻止をすることができた!!作戦終了。撤収準備をしてくれ』

『近いうちにモルディブへの調査団と駆除チームを派遣しなければ』

『救護班を派遣しろ。彼らを収容してやれ』

『――内陸部で行われていた第二次カマキラス駆除作戦の報告です。向こうも新たな大型を二体発見し、中型小型と同様に撃破に成功とのこと』

 

 各地……特殊生物掃討作戦に取り掛かっていた他の戦場の報告が続々とインド方面の多国籍軍司令部に届いていた。

 各地の多国籍軍の奮戦と活躍により、特殊生物…特にギャオスの確認されている個体の数を大幅に減少させることに成功しつつあるらしかった。その他の小型、中型の特殊生物…主に昆虫型、甲殻類型の特殊生物の掃討も順調なようで、一部地域を除くと相当数が駆除されているようである。

 

『あちらもやってくれたようだな。インド国内でのオペレーションはこれで完遂できたというわけか…メキシコ、ブラジル、アフリカ南北の戦況は?』

『メキシコ、ブラジルは新兵器…まだ先行量産品ではありますが、合衆国の機動兵器――ベガルタの活躍もあり、優位な戦況のようです。一週間もあれば戦闘は終結するでしょう。アフリカは現地テロリストとの接敵もあり苦戦している旨が報告されています』

『そうか…ここはある意味まだマシだったのか。東……オセアニア方面は豪州連合次第だな』

 

 世界共通の目的、目標を設定し、皆がそれに取り組んだ。

 その小さな努力の積み重ねが今後の、この地球の未来を分けるのである。

 

 

___________

 

 

同日 日本時間22:30過ぎ

 

 

東アジア 日本国関東地方 東京都新宿区

市ヶ谷 防衛省

 

 

「――ですので、引き続き試合会場警備のために部隊の配置を…お願いします」

 

 防衛省庁舎A棟の一室…防衛大臣の席がある部屋にて、文部科学省学園艦教育局の局長__辻 廉太が戸崎防衛大臣と一対一での会談が行われていた。

 

「……戦車道連盟が民間に帰属するために、強制的な命令等を辻先生ら、我々と同じ国側の人間が出せず関与できないことは理解しています。しかし…この情勢下での大会・イベントの続行はおかしい…先生もそう思っていらっしゃるはずです」

 

「……ですが、決まっていたことなのです…」

 

「決まっていた、ことですか?」

 

 話の内容とは、戦車道全国高校生大会の二回戦以降の自衛隊による警備体制の確認であった。

 自衛隊、防衛省側からすれば、これほど負担の掛かる任務は無い。超獣二体による関東地方の二拠点襲撃とそれに伴う航空自衛隊百里基地の壊滅による防衛力の大幅な低下が懸念されている中で、今後の大会警備を継続させるのは酷なものであるからだ。

 

 それに50メートル級特殊生物(大型怪獣)は通常兵器の殆どの攻撃力が半減、若しくは無効化してしまう強靭な身体を持っていることは、これまで何度も説明してきた通りである。依然として、自衛隊の対特殊生物用の戦力が十分に整っていない状況下であり、それを少しでも緩和するためには今ある戦力の結集とその集中運用を行ない耐え凌ぐことしか選択肢が無い。

 それは辻もこちらがネチネチ言わずとも分かっている、分かってくれているはずだ、と戸崎はそんな声色で答えていた。

 

「管理局の方々が方針決定を、いつ、どこでやったかは分かりませんが…」

 

「急進派の連中が息巻いているところでしたね」

 

「ええ。……あの、戸崎大臣…話がそれてしまうのですが、例の解体対象となった学園艦…大洗女子学園艦については、どうにかなりませんか…?」

 

「私の立場からできることは限られています。それに我々、国を守る集団としては正直に言いますと、解体による学園艦の保有数削減自体には賛成なのです」

 

「そんな…!」

 

「欧州の研究機関が発表した説によれば、特殊生物…特にそれらの大型に該当する個体は膨大なエネルギーを生成するモノに誘因されているらしいとのことで、実際、フランスでは潜水攻撃母艦の新型原子炉稼働実験の最中に大型カイロポットの出現が確認されています。

 学園艦も、各種発電機関を有し莫大な電力を"プラズマ・ジェネレーター"を介して艦上施設に供給している、いわば海上に存在する大規模なエネルギー施設(プラント)です。およそ40隻…日本の保有している学園艦の数です。世界学園艦保有数上位に位置する我が国も他人事ではないというのが、防衛省内での主論となっているのです。解体できる艦は解体し、防衛対象の絞り込みを行なうべきだと、こちらは考えています。今は学園艦の航行ローテを定めてもらい、寄港・停泊期間の延長をしているため、辛うじて海自空自の哨戒任務を通常通り実施できています。……要は我々もひっ迫しているのです」

 

 実際、全国各地の学園艦用停泊地や大型港、そして海自・海保施設である大型ドッグの一部に、戦車道全国高校生大会のトーナメントを勝ち残っている高校以外の学園艦には長期の停泊を文科省が要請している。これは学園艦の航行を控えることでの電力生成量の抑制も兼ねている措置である。

 トーナメント最中の各学園艦には航行ローテを優先的に振り分けることで海自海保の学園艦護衛艦艇の選出をなんとかできる状態にしているのだ。

 正直なところ、防衛省…そしてそのトップである戸崎にもこの情勢下での学園艦解体には反対意見はない。

 その説明を聞かされた辻の表情に影が差す。助け舟は期待できないだろう、と。

 

「――ですが今の…連中のやり方は気に食わない。それに、個人的に不可解に思う点がいくつかあります」

 

 そこから戸崎は、自分が今文科省、そして学園艦管理局の周辺に部下を秘密裏に送り込み探りを入れていること、各省庁や民間団体も独自に動いていることなどを辻に説明した。

 

「……現状、分かっているのは彼ら大洗女子学園艦の廃校、解体に異常に拘っていることですかね。優先存続条件を満たしていない学園艦は他にもあるのに、そちらには見向きもしていない。……そして命令決定権を持つだろう人物がいるのはたしからしいのですが、文科省庁舎や民間団体の学園艦教育委員会の関連施設への出入りを確認できず、どこの部署の所属であるかすら分かっていないのです。国家公務員であるのなら、データベースを照合することで身元はすぐに割れます。ですが、できていません……」

 

「たしかに不可解ですね……名前なども分かっていないのですか?」

 

「はい。その人物に関しては一切が謎に包まれていて手掛かりすら掴めず……」

 

「私もオカルトや宗教には明るく無いですし、信じたくもありませんが……まるで、そういったカルト教祖や幽霊を相手にしているように思えます」

 

 お互いに黙り込み、現状の整理と共有を頭の中でしてから、ほぼ同じタイミングで大きく溜め息を吐いた。辻の方は出されていた机の上の麦茶を勢いよく飲み干していた。

 かちゃん、と置いた容器を置いた辻の手の甲には汗が滲んでいた。

 

「………ですが、辻先生」

 

「は、はい…」

 

「貴方にも味方はいる。先生が件の学園の廃校を阻止するために粘り強く、各方面に働き掛けているのは知っています。私がこうして先生とお話できているのも、新門文科大臣から辻先生の動きを教えていただいたからだ。本来なら、我々の管轄外であるだろう案件を、です」

 

「そうなの…でしょうか?私は本来ならば上の意向に従って大洗女子学園へ援助等もせずに廃校手続きの席に座らせることに尽力しなければならなかったでしょう」

 

「…私は先生とお話するまでは、自分と同じような人間だと思い込んでいました。何らかの目標、目的のためならば冷徹に決断、行動し、支持者を得るためならば現状への逆張りさえ歯牙にも掛けない人間だと……。お気持ちを悪くされたのでしたら、謝ります」

 

「いえ、そんなことは……私は、恩師と呼ばせてもらっているあの()()がいらっしゃらなければ、今頃はこのポストに縋り付くための策を意地汚く練り、上の人間に胡麻を擦って癒着していたと思います。そう思われても仕方ありません。元はそういう人間だったんです、私は……」

 

 口を開けば開くほど、辻は自身のマイナス面を溢す。

 それを戸崎が手を上げ、辻がその続きを言うことを止めた。これ以上自分を卑下するのはやめてくれと言うように。

 

「しかし、貴方がこれまでやってきたことは諭されるようなものじゃあない。最近の実績なら、2010年のBC学園と自由学園の統合に伴う片方の学園艦の解体後の動きですね。本土に移住を余儀なくされた労働者や海里生まれの国民の新天地での生活、再就職のバックアップや手当金の配布…助かった人間は大勢います。あなたはそこに住んでいた彼ら彼女らの未来を救った。これは確かなことだ。先生は温かく優しい心を持っているんです。自信を持ってください…!!」

 

「!!……ありがとう、ございます…」

 

 そして言いたいことは全て言い切ったとした戸崎は、スッと椅子から立ち上がり辻に握手を求めた。

 

「今、学園艦管理の主導権は、民間の学園艦教育委員会、国の機関たる教育局と文科省上層部の一部…急進派が握っていることはこれでハッキリしました。そしてもう一つ確認できたことは、辻先生もまた、私にとって味方であるという点だ。今後の会談等はここ…防衛省(我々の方)で行いましょう。連盟会長の児玉先生にも私から連絡を入れます。私たちも子供たちを助けたい」

 

 辻も合わせて立ち上がり、差し出された手を握る。二人は深く頷き合う。彼らの目には、信頼の火が灯っていた。

 辻は感謝してもしきれないと、そう顔が語っていた。

 

「そこまでしていただけるなんて…!」

 

「――これは一つの省庁の問題でも、一隻の学園艦の問題でもありません。恐らくは、一つの…日本という国家の問題に繋がるものなのです。訳の分からない力がこの国に迫っているのならば、我々も立ち向かいます。……改めて、よろしくお願いします辻先生」

 

「こちらこそ、よろしくお願い致します…!!」

 

 固い握手を交わす二人の大人。彼らもまた、見えざるところで蠢く闇の中を光で照らすべく、動くのである。

 この出来事を契機に、人が本来踏み込むはずのない領域に自身が足を踏み入れることになるのを辻は知らない。

 

 

 

_______

 

 

 

同国関東地方 茨城県つくば市 研究学園地区 

日本生類総合研究所 本部地下大型区画

 

 

 

 

チュゥウウウウウーーーーン!!!

バチバチバチバチッ!!

 

「――腹部装甲のここ、歪んでるぞ」

「あ、本当ですね…おーい!こっちに人を回してくれ!」

 

「――この箇所にもメーサー兵器を取り付けるんだな?」

「ああ。なんでも、戦闘機に乗っける予定の連射式指向放電砲を大口径にしたものだと」

 

「――ジェネレーターには"零号プラズマ・リアクター"が使われるんだって?」

「どうやらそうらしい。だが、アレは学園艦用の超巨大炉心だ。このちっこいロボにどうやってぶち込むんだか…」

「ここの科学者達が総出で小型化目指して頑張ってるんだってよ」

「零号型の炉心は、出力が桁違いに高すぎて学園艦での運用でも不向きだからって、2012年にはすべて解体されていたはずじゃあ…?」

 

 つくば市の地下にある、生総研本部の大型区画…ハンガーには()()()()()__型式番号〈WM-20〉…40メートル級大型機動ロボット"ゲッターロボ・アドバンス"となるものが立っている。

 ハンガーには官民関係なく熟練の作業員、エンジニアが集まっており、彼らはアドバンスのボディフレームや兵装などの接合・搭載を汗水流して取り組んでいた。

 

「四国で撃破されたエイダシク星人のドローンから回収・研究した"地球外超技術(メテオール)"も使うのですか…」

 

「あとは静岡の植物型異星人が乗ってきただろう破壊されていた宇宙船の残骸からも技術を少しばかり拝借した」

 

「装甲は"衛人(クナト)"から提供された"形状記憶弾性ハイセラミック"の情報を基に再現・開発された"伸縮軟硬化特殊金属"を複合装甲と特殊カーボン材の二つと組み合わせて強固な合金装甲とし、そこに小規模ながらも"ナノマシン・プロテクト"で装甲表面をコーティング…」

 

「そしてNASAとJAXAが共同で長年、研究開発を進めていた、"重力減衰制御システム"を拝借して搭載…さらにはわしと倫太郎、そして防衛省の技研で共同開発中の"電磁障壁"発生機も各部位に取り付ける予定…じゃ。ナノマシン、各種システムのエネルギー源は零号プラズマ炉心の余剰分で十分足りる計算であるし、問題ないわい」

 

「……まさに、既存の兵器の枠を超えた――超兵器ですね」

 

 アドバンスのスペック確認をしつつ、建造風景を遠巻きから見ながらハンガー内を歩いているのは、アドバンス開発__"G-F計画"の開発主任である老人、早乙女と特生自衛隊へと編入された自衛官であり三人いるアドバンスのパイロットの一人、枢木である。

 

「メーサー系の武装で固める予定じゃが、化け物どもの体熱を奪い瞬時に生命活動を停止させ無力化させるというコンセプトで開発中の"極低温光線砲"…アブソリュート・ゼロ砲も載せるかもしれんのう。SF作品などに登場している所謂、冷凍レーザーというやつじゃな」

 

「メーサーを扱っていた自分が言うのをなんですが、そんなものまで作っているんですね…」

 

「香月君が率いる衛人(クナト)研究チームがまた面白い情報を持ってきてくれれば、ゲッターに更なる強化…いや、進化を施せるのだが…」

 

 早乙女はアドバンス建造に拘りがあるらしく、今の状況にいまひとつ納得がいっていないようである。

 ハンガー内で静かに直立しているアドバンスを見ながら枢木は相槌を打つ。

 

「焦り過ぎも良くないですよ、早乙女博士」

 

「…そうだな。じゃがお主らはゲッター完成までにあらゆる技術を叩き込んでおけ。戦機隊はゲッターの実戦配備とその戦果から量産化を検討する話が上がってきている。お主らの働きが、未来に繋がるのだ。期待しとるぞ」

 

「…っは!!」バッ!

 

 枢木は早乙女に対し敬礼した。

 そして敬礼を終え、早乙女の後に続く枢木。

 彼らは目的地である地下区画の生活空間である多目的フロアに繋がっている隔壁のロックを__枢木がIDカードを用いて__解除し、フロア内に進入した。

 

「ゲッターは今年の終わり、若しくは年越しほどには建造を終えるじゃろう。それまでの期間でなんとか日本が保てばいいのだが……………」

 

「テメェ、クマ吉コラァ!!俺にその残りの肉を寄越せぇ!!」

「ちょ!やめてほしいっス!號さん!食いたいなら食堂でもっかい頼めばいいじゃあないっすか!!」

「うるせえ!目の前にある肉が食いてえんだ俺は!!」

 

 フロアの飲食スペースにて、馬鹿騒ぎしている男が二人。枢木と同じ戦機隊に所属しているパイロット、一文字と神御蔵である。

 どうやら一文字が騒ぎの原因であるらしい。

 

「あの馬鹿どもが…食事ぐらい静かに摂らんか……」

「……すいません、早乙女博士。自分が止めてきます」

「うむ。任せた」

 

 それを丁度見掛けた早乙女は頭を抱え、枢木は小さく溜め息を吐いてから彼ら二人の仲裁へと入っていく。

 

「二人とも、ここでの取っ組み合いはやめてください!やるんだとしても外で――」

「前にハンガーで騒ぐなって整備のおっちゃん達に怒鳴られた」

「もう言われてたんですか…!?」

「申し訳ないっス、枢木先輩……」

 

「お主ら、食事を摂ったらまた身体強化トレーニングと操縦シミュレーションじゃ。忘れるな」

 

 日本の叡智を結集して建造している鋼鉄の巨人__ゲッターロボも着々と完成に近づいている。

 そしてパイロットである三人の自衛官も()()()が来るまで日々鍛錬の重ねるのである。

 

 

 

――――――

 

 

同国九州地方 福岡県朝倉市 古処山ツゲ原始林

 

 

 

 森林内の深部を歩く人影が二つある。

 

「間もなくだ。間もなくだよ、アリス。"柳星張"の子供が封印されている祠がある洞窟に辿り着く。辛抱してくれ」

 

「うん……私は、大丈夫だよ。ヒール。このくらい、お姉ちゃんが味わった痛みとか苦しみなんかに比べたら…!」

 

「すまないね。こういった場所は転移座標の設定に制限が掛かってしまう……こんな道とも言えない所を歩かせてしまって申し訳ない」

 

 二つの影の一つは、地球生物のそれに当て嵌まらないフォルムの、二足歩行の赤い異星人__ネオヒッポリト星人だ。そしてその後ろに続く影は島田愛里寿。

 二人は古処山山中を登り歩いていた。

 山中を進む彼らの目的は、"柳星張"なる怪獣が眠る祠を見つけ、その封印を解くことである。

 道中、所々で仏を奉った野晒しの祠や慰霊碑、地蔵が立っていた。そのどれもに風雨に晒され経年劣化でヒビの入ったものが大半で、人の手が行き届いていないことを伺わせる。

 

「………ここだ」

 

「この中に、かの怪獣が眠っている」

 

 すべては姉と再び会うために。

 愛里寿の望みはそれだけだった。

 息苦しいこの登山も、そのためならば耐えるに値する行動だと考えていた。

 遂に目的の洞窟の前にヒッポリト__ヒールと立つ。

 

「行こう。私が明かりを持って先導しよう。滑り易いかもしれない。足元に気をつけた方がいいだろう」

 

「うん。気をつける」

 

 ヒッポリトが携帯式の光源を持ち、洞窟内の暗闇を照らしながら奥へと進んでゆく。愛里寿はヒッポリトの後を近からず遠からずの一定距離を保ちついて歩く。

 

 洞窟内は、原理は不明だが青白く発光する氷柱の如き鍾乳石がそこかしこにできているためか、想像している洞窟内のイメージよりもいくらか明るかった。

 足元を照らすほどには光量は確保されており、ヒッポリトの光源が逆に補助に回っているようにも感じられる。

 鍾乳石の先端から垂れる雫が下の盃状の石に張っている水溜りに滴り落ちる度に出る小気味の良い音が鳴り響くだけで、洞窟内はひどく静まり返っていた。

 

「ふむ……この洞窟内の鍾乳石は、恐らく地球のエネルギーたる"マナ"を宿しているのだろう。これら一つひとつが強力な蓄電池のようなものと思っていいのかもしれない」

 

「マナ…?」

 

「アリスは初耳だったかな?"マナ"とは、ある種の条件を揃えない限り地球人だけでなく我々ですら肉眼では視認することのできない非科学的かつ霊的な力だ。……そして、かのガメラの力の源であり、"柳星張"が忌み嫌う力でもある」

 

「ガメラの…!」

 

「ここにマナが溜め込まれている鍾乳石…石柱がこの洞窟に存在しているのは、"柳星張"の封印のため。ニホンの御札などと同じ要領で扱われている。古代の人間達によって人工的に生成され、配置されたものだ。ニホンの自然崇拝の原点は"マナ"かもしれないね。いやはや、新しい発見だ」

 

「こんな暗くてじめじめした嫌な所で、その子は何十年何百年も閉じ込められてるの?……可哀想」

 

 数々の仲間…同胞をガメラに殺された挙句、人間によって封印された悲運な生物___愛里寿のイメージはこんなものだった。

 

「しかしアリス、"マナ"はただの希少かつ特殊なエネルギーではないのだ。このエネルギーは、この惑星…地球上のあらゆるモノに偏在しているもので、物質、生物、エネルギー、さらには精神や空間、時間、次元にすら干渉し得る奇特な力を持っている可能性があると、私が進めている研究で分かってきた」

 

「それって…」

 

「そう。キミの姉であるエミリの蘇生にも利用できる代物でもあるのだ。……"柳星張"は心通わせる人間を媒介にして"マナ"を無害化し、さらに上位のエネルギーを錬成する。その物質が、真に必要なモノなのだ」

 

 ヒッポリトの()()()が何であるのか、ここで愛里寿は納得した。だから自分がその怪獣と接する必要があるのだと。

 疑問が晴れ、やるべきことが明確となった愛里寿には、活力が満ちていた。最近ではめっきりと見せなくなった人前での笑顔もこうなれば自然と思い出し浮かべれる。

 

 そこから僅かに時は流れ、とうとう件の祠に二人は辿り着いた。

 洞窟の最奥部には、封印…この洞窟内の鍾乳石と同様に青白く発光している小石やボロボロの御札が表面に散りばめられている、亀のものと思われる甲羅状の石祠が目の前にポツンと一つあるのみであった。

 これが目的の祠で間違いないとヒッポリトが愛里寿に話す。

 

 「――ここが最奥のようだね。アレが…封印を施した祠か。あの中に、かの怪獣の子供が眠っている」

 

「ここからはどうするのヒール?」

 

 自分はここからどうしたらいいのか、という問いをヒッポリトに投げかける愛里寿。

 それにヒッポリトゆっくり頷き、愛里寿と背の高さを同じにするために膝をつき屈む。そして手の中に握り持っていた親指大の墨色の勾玉を愛里寿に差し出した。

 

「これを。アリスが持つことでこの石の力も活性化する」

 

「この石…?勾玉…を持ってどうすれば…?」

 

「その目の前の祠を優しく撫でるだけでいい。"柳星張"の子供もキミと"共振する個性"を感じてきっと応えてくれるさ」

 

「分かった。やってみる」

 

 ヒッポリトに促され、愛里寿は祠の前へ。

 祠に貼られた、年季の入った幾枚もの御札が近づくの止めているかのようにも感じられる。

 だがそれを愛里寿は気にする素振りを見せることなく、甲羅状の石…祠の上面を、勾玉を持った右手でそっと上から下へと撫でた。

 

 すると、甲羅のあらゆる隙間から虹色の光が勢いよく飛び出した。

 一瞬で洞窟最奥が昼間の地上と遜色無い明るさに包まれる。

 その邪悪かつ、冒涜的でありながら、あまりにも美しい鮮やかな光は、この時を待ち焦がれていたかのように一層激しく瞬く。

 

「遂に復活した…!神が…旧世界の怪物が……!!」

 

 封印が解かれる様子を見ていたヒッポリトはほくそ笑み、全身が歓喜で打ち震えていた。

 そんなことを愛里寿は知るはずもなく、光の中を夢中になって覗く。

 そこには光の中にうずくまっている小さな怪獣を見つけた。愛里寿は怪獣に優しい笑顔を向け、頭と思われる箇所を撫でながら声を掛ける。

 

「あなたも、独りぼっちだったのね。でももう大丈夫。私と一緒に行こう?私とあなたは同じ。最愛の誰かを失って、孤独だったもの同士。私とあなたは家族だよ」

 

 愛里寿は自身の手を通して、怪獣の心臓が脈打っていることを知覚する。

 この怪獣から、()()()()()()()()()()()に近いモノを見出した。やはり、この怪獣と自分は同じ存在だと。

「___だから」と愛里寿は怪獣に名を与える。

 

「あなたは私の弟であり妹。私がお姉ちゃんになる。だから、あなたのお名前は、"イリス"。これからは、私と一緒だよ」

 

 名を受け取った怪獣…イリスは、ゆっくりと愛里寿の方へ顔を上げ、その深淵のように底の見えない黒い瞳を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――現世に邪神が降臨する。――

 

 

 

 

 




 どうも。お久しぶりです。寒さに半袖で対抗している投稿者の逃げるレッドです。

今回も合間合間の世界や日本国内のお話となります。
ドーベル隊、数十夜振りの再登場。本世界での重戦車タイタンはEDFシリーズよりも機動性やら攻撃面がアップしとりますね。まあ劇中の活躍を見てもらったの今更感ありますが…
ギャオス殲滅のレクイエム砲直上発射は紺碧の艦隊を見返していて閃きました。

ちなみにカンミナーレはイタリア語で歩く、歩行と言う意味で、ラルヴァは幼虫と……を意味する単語となります。怪獣の肩書きやオリジナル個体、サブタイ、次回予告考えたり書いてる時が楽しいですね。

前回に取らせていただいたアンケートですが、【ザム星人の恩返し】に決定されました。現在は次のサイドストーリーのアンケートを集計中です。投票してくださると嬉しいです。

そしてこちらは、ハジメ君とナハトのver.2022となります。良ければどうぞ。ナハトの方は主人公紹介のところにも載せています。


【挿絵表示】



【挿絵表示】


今後もよろしくお願いします。年末までにはケリをつけたい。

_________

 次回
 予告

 黒森峰の戦車道大会二回戦の相手はフィンランド風の学園艦、継続高校。
 この試合に勝利すれば、準決勝へと進出できる。
 
 試合当日、観戦席にてエリカ達を応援しているハジメ、イルマに継続高校学園艦の艦上都市"継続町"に長年住んでいる異星人_ウィードと出会う。
 彼に敵意は無く、何故か継続の下町へと彼によって案内される二人。そしてウィードは自身が営んでいる駄菓子屋に二人を招き入れる。

「___紹介しよう。この子が私の娘だ」

 意外な人物の登場に、ハジメとイルマは驚愕する…!!


次回!ウルトラマンナハト、
【メトロンの娘】!

キミは、継続町の夕陽を見たことがあるか。



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第47夜 【メトロンの娘】

哀愁宇宙人 メトロン星人ウィード、登場。


 

 

 

 

 

17年前…西暦2003年

 

東アジア 日本国中部地方 石川県金沢市

金沢港周辺市街地某所

 

 

 

ザーーーーーー!!!

 

 それは、梅雨入りしてから間もないとある日の夜だった。

 

「やれやれ。こりゃあ参った…突然雨に降られるとは。しかし、何事も備えあればなんとやら。収納傘を持っていて良かった」

 

 金沢市内は大雨に見舞われていた。

 記録的な豪雨によるとめどない雨粒に打たれる住宅街内の道を急足で傘を差しつつ進んでいるのは、黒いスーツを着たまだ若い壮年の男性である。

 

「継続高校……まだ入場ブリッジかゲートウェイが開いてくれていればいいのだがね…。この天気じゃあ分からないか」

 

 どうやらこの男は港に停泊しているらしい継続高校学園艦へ乗る予定であるようだ。

 通常どの学園艦も午後9時前後までは乗艦可能だ。

 まだ時刻は午後の7時を回ったところであるが、この大雨によって港付近の環境が今より荒れた場合、港の状況を鑑みるとして乗艦時間の巻き上げや即時終了もあるかもしれない。

 今日中には学園艦に乗らねばならないのか、男は急足から走りに変え、速度を上げて急ぐ。

 傘の覆う範囲より外側…足や肩に雨風が当たり濡れる。時折道路の水溜りに踏み込んだりもした。

 

「ここらの宿を探すのも面倒だ。間に合っておくれよ……………ん?」

 

 街路を一目散に走っていた男はふと何かに気づき前方の街灯下に目をやった。

 足も止まり、街灯の下にあるものが何なのか確かめるべく、先ほどの足取りも遥かに遅くゆっくりと近づく。

 街灯の下、暗闇の中のスポットライトに照らされている場所にあっのは、小さな折り畳み傘によって覆われ雨風から守られて置かれている、どこにでもあるごく普通の段ボールだった。

 

「…もしや捨て猫か、それとも犬か」

 

 雨風を凌ぐ傘が差されているということは、濡れてほしくないモノがその下にあるわけだ。

 世の中には、どうしようもない奴がやはりいるのか…そう男は思った。

 

「傘を差して置いていくとはな…そうまでするのなら、なぜ捨て置きなどするのか。変に情を残して捨てる…最後に苦しむのは本人だと言うのに……」

 

 やれやれと半ば呆れる男。しかし、男とて完璧な聖人であるわけもなく、ペット等を飼う予定すら立てていない彼にとって、街灯下に捨てられたモノを拾ってやるまでの気概は持ち合わせていなかった。

 

「…すまないね。許しておくれ」

 

 やや良心が痛むも、小さく謝罪の言葉を遠巻きからその段ボールに向けて掛けて、再び学園艦に向けて走ろうと男が背を向けたその時だった。

 

「――あああーー!おぎゃあ!おぎゃあっ!」

 

「!」

 

  驚いて男は振り返った。

  それは間違いなく人の声、それも赤ん坊の泣き声だった。

  男の顔は悲壮で染まった。彼は足早に街灯下の段ボールの元にまで戻る。

 

「……本当に、そうまでするのなら…なぜ…」

 

 優しく段ボールを覆う傘を退かし、自身の持つ傘で段ボールの()()が濡れぬように隠してやる。

 そして男は空いている左腕で器用に抱き上げる。

 彼が駆けつけ、抱き上げた頃には泣き声は止んでいた。

 

「――来るか?私と一緒に」

 

「ああぶ!」

 

「先ほどまでの泣き顔はどこに置いてきた。…そうか、ならば行こうか……ん?これは、手紙?」

 

 男は段ボールの中にあった小さな置き手紙を見つけ、手に取る。

 

「"この子をお願いします。名前は紙の裏側に"………そうか、お前の名前は――」

 

 

 

――――――

 

 

 

西暦2020年現在

 

7月26日日曜日 日本時間09:15頃

 

同国中部地方 石川県小松市 小松空港

 

 

 

 キィイイイイイン……!!!

 

「ケイ、輸送感謝する。助かった」

 

「オーライオーライ!また頼って頂戴ね〜!迎えは明日の昼前に!こっちも、ミホのオオアライにやられちゃって、サンダースも停泊組になったから、こうして学園艦の外に出るのもいい刺激になるから気にしないで!!」

 

「そうか…どうだった、大洗は、みほは……」

 

「ストロングなチームだったわ!あの子たち、相当強いわよ?これからもどんどん強くなると思う!」

 

 東日本太平洋側を現在航行している黒森峰学園艦は、大会二回戦の試合会場である石川県の金沢港に試合当日…今日中に到着することができていない。

 そんな時によく使われるのが一番に空路なのだが、自衛隊や民間の輸送機による戦車道競技車輌の輸送も特殊生物情勢下ということもあって頼ることは憚られた。

 そこで今回は同じ学園艦であるサンダース大附属高校に競技車輌の輸送協力を黒森峰学園が__まほの個人的な隊長同士のコネで__要請し、サンダースはこれを了承。当校の所有する米国産軍用超大型長距離輸送機__〈C-5M スーパーギャラクシー〉が太平洋上の黒森峰学園から日本海側の金沢までの競技車輌の列島横断空輸を担ってくれたのである。

 

「こうして面と向かって話すのは佐世保の一件以来だったな、そういえば」

 

「ええ、そうね。抽選会の時は席が遠かったし、私たちもあそこの喫茶…ルクレールに行こうとしてたら、トーテムモンスター(ジャシュライン)が出てきててんやわんやだったしね〜」

 

 空輸自体は無事に終え、今は貨物積み下ろし区画にて輸送隊の指揮を執ったサンダース大附戦車道チーム隊長のケイと、まほが車輌や物資の搬出を眺めながら上のような会話をしていた。

 

「――まあ何はともあれ、こうしてまたトークできてよかったし、二回戦頑張りなよマホ!」

 

「ああ。いつも通り、全力でやるさ」

 

「うんうん!いい笑顔!!その顔グッジョブよ!」

 

「そ、そうか?」

 

「イエス!前よりも柔らかくなったと思うわ!」

 

 まほの笑顔にケイがサムズアップし、負けないぐらいのスマイルを返した。少しまほは戸惑う。

 

「そ、そうか…?」

 

「そうよ!…何か、いいコトあったんだね」

 

「………ああ。あったよ」

 

 ケイにそう答えたまほの顔は、爽やかなものであった。

 今まで自信を持って言えなかったものを、断言して言えた気がした。

 

 

 

「戦車はこのまま会場まで行くんだね」

 

「ええ。アンタたちは四駆で、だけど……」

 

 複数機のギャラクシーから物資搬出している生徒の中に、エリカとハジメの姿もあった。

 試合会場までの段取りを再確認している様子である。男女別の移動手段について話しているが……

 

「だけど?」

 

「アンタが乗る四駆には私も乗るわ」

 

「ええ〜っ!?」

 

「私が見とかないとホント、何しでかすか分かったもんじゃないから。はいヒカルとマモル!私も乗っていいわよね?」

 

 ハジメの許可や了解は取らない気らしく、エリカはいつもハジメが連むメンツに()()()をする。

 何かを察したヒカルとマモルは拒む理由は無いとしてあっさりとエリカの願いは通ることになる。

 

「全然いいんじゃねーの?」

「僕も異論とかはないかな」

 

「よし。…あとは、田中!」

 

 良くも悪くも二年生とかなり繋がりのある整備科一年生の名前をエリカが呼ぶ。

 

「は、はい!なんでしょうか!?」

 

「アンタ、今日はここのメンバーのとことは別の車に乗って頂戴」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 これでエリカがハジメの監視役として四駆に乗れることが確定した。エリカはどうだと言うように鼻を鳴らしてハジメの方を見る。

 

「何よ?嫌なの?」

 

「いや…強いて言うなら……?嬉しさ半分気まずさ半分…くらい?」

 

「減らず口は相変わらずなようね…、やっぱりお仕置きしてあげるわ」ガシッ!!

 

グリグリグリグリグリ!!

 

「ああ"ーーーーーーッッ!!??」

 

 

「アー……エリカとハジメも…元気そうね」

 

「ああ……」

 

 青空が広がる、積み下ろし区画の一角で、ハジメの悲鳴がこだましていた。

 

 

 ハジメがハンバーグにされかけてから20分が経った頃には、黒森峰戦車道チームは輸送機から車輌と物資の積み下ろしを終えて小松空港を発つところであった。継続高校との試合会場である金沢市かないわ海浜広場に隣接している、臨海演習場に向かうためだ。なお、今回は沿岸部の一部市街地も試合の交戦区域に設定されている。

 ハジメ達整備科は人数分の四駆に乗り込み、まほ達機甲科は競技車輌である戦車に乗って車列を形成して一般道を疾る。

 ちなみに、黒森峰戦車道チームが通過する公道は、戦車道連盟や文科省の要請で石川県警により交通規制が敷かれている。そのため、渋滞等に悩むことは無かった。

 出せる速度の関係上、機甲科よりも整備科の四駆車列が先行している。

 

「継続……あの弦楽器持ってる、帽子被った隊長さん。ミカさんがいるとこだよね…?」

 

「カンテレよ、いい加減覚えてあげなさい。……継続の、ミカさんの指揮は卓越してる。西住隊長に匹敵するレベルなのは間違いないわ」

 

 ヒカルの運転する四駆には助手席にマモル、後部座席にエリカと一緒にハジメが乗っていた。

 

「うん。去年の夏にやった練習試合すごかったもんね…」

 

「そうだよなぁ〜こっちの本隊を分断して各個撃破狙ってきたりな」

「僕らは観てた側だったけど、焦りやら何やらが全部僕らにも伝わってきたし。その、なんだろう……観ていて怖かった」

 

 黒森峰は過去に何度か継続とは練習試合等で交流していた。そのため、ある程度の記憶やらは各員に残っているわけである。

 特に、最近の継続高校戦車道チームは各方面から注目を受けるほどに頭角を現してきており、戦車道強豪校からはマークされつつあるのは皆が知っていた。

 

 機動力を活かした少数精鋭、徹底したゲリラ戦術…忍者戦法とも言われた東日本を代表する戦車道流派"島田流"に酷似したスタイルで戦う継続高校。

 数年前まではただ旧式戦車や軽戦車、そしてプラウダなどから半ば強引に()()()()()中戦車、重戦車をいくらか扱う雑多な集団で、金もなく物資も足らず、満足に戦えない。たまに驚かされることはあるが、取るに足らない弱小チーム…というのが評判であった。

 

「あの人…ミカさんって、みほや西住隊長と似た雰囲気を持ってるのよね」

 

「そっか、エリさんも直に会ってるんだっけ?」

 

 しかしそんな継続高校に転機が訪れたのは二年前である。

 継続高校にとある素性不明の女子生徒が入学し、戦車道チームに参加。戦車道での才能をたった1ヶ月で開花させたその生徒は、当時の三年生や隊長に絶大な信頼を置かれ、遊撃班として一年生で全国大会に出場すると自身の指揮する車輌での初陣で、敵チーム戦車5輌を瞬く間に討ち取る大金星を上げた。その後は一年生でありながら秋季大会には戦車隊の小隊長に任命され活躍するなどして、継続のエースと言われるまでとなった。

 だがいかんせん試合数が少なく、実際に他校が彼女との戦闘を経験することもあまり無かったために、二年生の秋まではある種の秘密兵器のような立ち位置になってもいた。それでも、彼女を知る他校の一部生徒から要警戒されるほどの人間だったのはたしかである。

 その風の如く突然現れた女子生徒と言うのが、継続高校戦車道チームの現隊長であるミカだ。

 

「たしかにミカさんはすごい選手だけど……私、苦手なのよね、あの人」

 

「まあ…エリさんの性格的にソリが合わなそうだよね…俺は一回しか会ってないけど」

 

「なーに私のこと全部知った気になってんのよ!」

 

「待って!なんでいきなりここでハンバーグの刑やろうとしてんの!?今日は朝に空港で一回受けたじゃん!!」

 

 ミカが正式に隊長へと就任してからは、継続高校の戦車道チームの評価は一気に覆った。以前と同様に黒星が多いものの、相手をあと一歩まで追い詰める試合が徐々に増えていったのだ。

 油断と慢心から足元をすくわれ、立て直せなかった相手チームからは容赦無く白星を奪う…得体の知れないチームが出来上がっていったのである。

 

「私のこと知った気になって……私は、全然アンタのこと……」

 

「え、エリさん?」

 

 さらに、彼女と継続高校に追い風が吹いているかのような出来事も多々起こった。その代表例が学園艦のあらゆる店からの資金提供や各種物資の援助だ。

 特に継続戦車道チームが困窮していた食糧問題の解決は記憶に新しい。この件は学園艦の外にはあまり周知されていない話ではあるが、彼女たち継続戦車道チームの面々が救われたことは間違いないだろう。

 試合中にも気軽に食べることができ、持ち物にかさばる心配の無い、継続町の一大名物……"シタマチ印の駄菓子"は最大の功労者だろう。駄菓子というレパートリーの富んだ戦闘糧食は彼女たちの士気を維持させる役割を果たしたのと同時に、絶大な人気を得るに至り、今や件の駄菓子は継続高校学園艦の名物の一つである。

 

「……っ、なんでもない…」

 

「で、でも――」

 

「なんでもないったら、なんでもないの」

 

「…うん。ごめん」

 

「(なんでアンタが謝るのよ……)」

 

 そんなミカ率いる継続高校との試合に臨むべく、試合会場へと向かう四駆の中では、エリカがハジメとのやりとりを経て何故か項垂れていた。

 

「…あー、後ろの二人?なんかあったか?俺運転しててあまり聞こえんかったんだが…」

「ナギさん、今は多分運転に集中してた方がいいよ」

「あ、ああ。分かった。なんとなく状況は…」

 

 運転担当である前席のヒカルが何がどうしたと後ろの二人の様子を確認しようとするが、マモルの計らいによりそれはやめさせた。ヒカルもここで無理に話題に入るのは無粋だと理解したらしく、運転に意識を向け直した。

 

(私も、アンタのこと全部知った気になってた……今のアンタが本当のアンタなのか、分からなくなってきた……)

 

 俯き一言も発さずに黙るエリカに、ハジメはどう声をかければいいのか分からなかった。

 故にハジメの伸ばそうとした手が止まる。手は向かうべき場所を失ったことで、自身の膝の上へと戻る。

 なんとも言えない雰囲気が車内を包んだ。

 

(エリさんに、何て言えば…いや、俺に言う権利があるのか…?分からない……)

 

 ここから2時間ほど後に、現地__臨界演習場に黒森峰戦車道チームは到着し、何もトラブルが起こることもなく継続高校との試合が開始された。

 

 

________

 

 

 

日本時間11:30頃

 

 

同県 金沢市 かないわ海浜広場

隣接施設臨界演習場 仮設観戦会場

 

 

 

『継続高校〈KV-1〉、走行不能!!』

 

ワァアアーーーッ!!

 

 

バタバタバタバタバタ!

 

『バーナインより指揮所(CP)へ。機内計器、並びに機外環境に異常ナシ。送れ』

 

『会場指揮所了解。12:00まで巡回を続行されたし。それ以降は後続が引き継ぐ。送れ』

 

 晴天の会場上空には連盟審判団の所有する双発機〈銀河〉と大会警備任務に伴う監視飛行の任に就いている陸自の観測ヘリ__〈OH-1〉が飛んでいる。

 そして歓声に沸き立つ観戦席の人々。

 丁度今、黒森峰側がまた新たに継続側の車輌を一つ屠ったところであった。

 アルプススタンドのように巨大な仮設大観覧席はおよそ三つ。その全てが横に隣接し、一つの巨大スクリーンを囲むように置かれている。その中央部にハジメと、テレポーテーションを用いて合流したイルマが観戦している。

 

「継続高校って、フィンランド…北欧の国をモデルにした高校なんだね」

 

「まあそうだな。あとは、豪雪地帯の石川の学校だからってのもあるかもしれないけど、湖沼だけじゃなく雪原での戦いに滅法強い。それに隊長さんがすごい優秀」

 

「へぇ〜。それじゃ、黒森峰の西住隊長や逸見さんと比べたら?」

 

「うーん……どうなんだろうな、実際」

 

 大観覧席の盛況具合は知波単対黒森峰の試合時の比ではなかった。

 何せ、観覧席の七割以上が継続の学園艦に住んでいる人々で占められている。地元の高校を応援しないわけがない。それと、学園艦にある商店が軒並みバックアップに回ってることも起因しているかもしれない。

 よく周りを見てみれば、継続の学園艦の出店から出されている飲食物を片手に応援している人が大半だ。特に上述の__戦闘糧食として好まれている駄菓子の割合が多い。

 そんな観覧席をグループで確保することは流石に黒森峰でも困難であったらしく、ハジメを含めた男女一部生徒らは点々と空いている席を見つけ観戦しなければならなかった。そのため、ハジメは他のメンバーとは離れた席で観戦することになったことと、イルマから自分も観戦したいと丁度連絡も来ていたこともあって二人並んで観戦するに至ったのだ。

 

「隊長さんとは会ったことあるのかい?どんな人だった?」

 

「あー……、掴みどころの無い人って、感じかな?」

 

 イルマから問われたミカについての話をしながら、ハジメはスクリーンに映る試合の動向を逐一確認していた。

 今は画面分割で、目覚ましい活躍をしている両校の車輌がハイライトされている。その中には先程の話題となった継続のミカや、黒森峰(こちら)側の隊長であるまほ、そしてその二人に引けを取らない人物であるエリカも勿論映っていた。

 

「…逸見さんすごいね。もう3輛も撃破しちゃった」

 

「あ……ああ、そうだな…」

 

 今回は二回戦…準々決勝にあたる試合のため、最大10輌編成の試合は両校にとっては最後である。

 準決勝は15、決勝は20と、5輌ずつ増えていき最終的には中隊規模のチーム同士の試合となる。数的有利をできる限り減らせるのは準々決勝までとなるわけだ。そのため数年に一、二度の頻度で準々決勝までの試合にて大番狂わせ(ジャイアントキリング)が発生することが稀にある。

 強豪校が一番に警戒しなければならないのは、実は初戦と二戦目であったりする。……決勝とはいえ、意外なところで足を掬われてしまうのは、黒森峰も()()に経験済みである。

 

「なんだろう…逸見さん、焦ってるように見える」

 

「エリさんだって必死なんだよ」

 

「問題はその必死ささ。どうしてあそこまで…」

 

「多分先輩方、西住隊長たちを勝たせたいんじゃないかな。去年、勝ってたら夏大10連覇だったんだ…。みほさんが悪いとかじゃなくて、どこかで、夏大は一位取って優勝旗貰うことが当たり前になってたんだと思う。その矢先にさ、取れなかった……」

 

 去年のやるせなさ__整備科であり直接試合に関われず、何も言えずにいた頃の記憶。ハジメは画面に映る引き締まった表情のエリカを見ながら、続ける。

 

「あの人が…西住隊長が就任したのが二年生の春。大型の大会なんて、今のところ夏大会しかないから、ここで優勝を取れなかったら西住隊長は優勝旗を握ることなく高校戦車道を引退しちゃう……だからだと思う。これまで先輩方の代まで当たり前に取ってきた優勝旗を、なんとかエリさんは西住隊長に渡す手伝いをしたいんだと思う……俺の勝手な解釈と思い込みだけどな」

 

「少し分かった気がする…逸見さんの気持ち、それにハジメの気持ちも」

 

「そっか…ありがとうな」

 

 理解を示すイルマに、ハジメは感謝を伝える。自分で抱え込んでいたモノを不完全ではありながらも外に吐き出せた。その機会を意識したわけではないにしろ、設けて聞いてくれたのは他でもないイルマである。

 礼を言わない理由は無かった。

 

「僕は、ハジメを支えるって約束したからさ」

 

 快く礼を受け取るイルマ。人間体の彼の顔には笑顔の中に若干の照れが混じっていることを付け足しておく。

 こうして幾分か心に余裕が戻ってきたハジメは、エリカ達の試合を観戦し、応援するべくスクリーンに体を向けようとした。

 すると、どこからか声が聞こえた。それも脳に直接語りかける__テレパシー系のもので、であった。

 

《――キミがこの星のウルトラマン。ウルトラマンナハトかな。アラシ・ハジメ君。驚いたよ、キミが学生だと知った時は》

 

「「!?」」

 

《そして、その横にいるのはザラブ星人の、イルマ君だったか。たしか出身の宇宙は私と同じであったと記憶している。心優しい、彼の協力者だ》

 

「ぼ、僕のことまで…!?」

「いったい何者なんだ…」

 

 普段から直に言葉を交わしているからだろう。何度かテレパシーによる会話は、ハジメも経験があるが違和感を覚えてどうにも慣れないらしい。それもいきなりとなれば尚更だろう。

 こちらをピンポイントで知覚しているだけでなく、隠しているハズの情報を握っている未知の相手から語りかけれたことで、二人は平静を装い席に座りつつも、付近を見回し探る。

 

《おいおい、落ち着きたまえ。キミらと敵対する気は無いよ。抹殺が目的ならこうしてコンタクトを取る前にとっくにやっている。チャンスなら幾らでもあったからね》

 

《どこにいる…?》

 

光の超人(ウルトラマン)の力を使ってごらん。そう遠くにはいないよ》

 

 ハジメは謎の声の主に促される形で、渋々ウルトラマンとしての超人の力の一部…気配探知に当て嵌まる能力を使う。

 ハジメを中心にして、常人には可視化できず察知もできないエコー…潜水艦のソナーのイメージに近い重円が広がっていく。

 

「――掴んだ」

「ほんとかい!?じゃあ、この声の人はどこに…?」

 

 すると意外にも早く声の主のものと思われる反応を掴んだ。

 

《おお!私を見つけてくれたようだね。流石、ハジメ君。伊達にウルトラマンをやってはいない》

 

 だが一つ、ハジメにとって想定外な点が一つあった。

 

「う、後ろだ。俺とイルマの、すぐ後ろ…多分、真後ろの席だ……」

「え……!」

 

 自分と相手との距離が想像よりも近すぎた。

 あまりにも近すぎたのだ。

 振り向くよりも早く、件の存在の方が早く動いた。

 

「正解だよ」

 

 背後から、近年日本でも一定層からの需要が増加しつつあるASMRなるもののような囁き声…それも大の男の声が耳元から……。

 数瞬の身体的、精神的硬直が訪れ、そのあとに全身にゾワっとした悪寒が走った。

 

「「どわああっ!?――」」

 

――シュパッ!!――ワァアアアーーーッ!!!

 

 状況を認識したハジメとイルマの素っ頓狂な悲鳴は、試合展開に沸き立った観客らの大きな歓声に包まれたことで付近の人々がハジメ達に注目するのは防がれた。

 もしも二人の悲鳴を聞いた者がいるならば、彼らの声はおろか、変顔と遜色ない目を見開き口をパクパクさせたなんとも言えない__一般の男子高校生がしないような凄まじい顔を見ていたはずである。

 

「そんな声を上げないでおくれよ。こちらにも非はあるが、私でもそれは傷つく。席に座り直したまえ。試合はまだ途中だ」

 

 ハジメが振り向いた先にいたのは、男だった。

 片手に赤青黄のトリコロールの奇抜なカラーリングが施された缶飲料を持ち、にやけ顔で二人を見下ろし観戦席に足を組んで優雅に寛ぎ座っている黒スーツ姿の男がいた。

 男からは仄かに麦茶の匂いがする。缶の中身はこれで分かった。

 

「……俺たちに何か用が、ある…んですか?」

 

 驚きから立ち直ったハジメは、第一に聞きたかったことを尋ねる。男はひどく細目であり見る者が見たら威圧感を与えるが、実際その目の中には冷たさは無く、寧ろ温かみが篭っていた。

 目の前のスーツ男が自分よりも年上の風貌かつ、上記のような雰囲気を醸し出していたことから、ハジメの質問には途中から取ってつけたような敬語が入った。不信感が未だに拭えなかったのも理由に違いない。

 

《何か悪事を私に働いてほしいのかね?それはあまり気が進まないから絶対にやらないが…》

 

 正直なところ、当たり前のようにテレパシーで意思を伝えてくる人間がいてたまるものか、といったところである。

 

「さて、ここからは実際に会話を交わしていこう。質問にも答えようじゃないか。…隣に座らせてもらおう。失礼する」

 

 よっこいしょとおっさん臭のする独り言を呟きながら、男はどかっとハジメの隣の席に座った。

 そしてハジメの方に顔を向け、屈託のない笑顔を見せる。

 

「よし。質問に答えよう。キミらに何か用があるのか…だったね。率直に言えば、世間話がしたかったのだよ」

 

「「はあ?」」

 

 周りの観客は3人の会話には興味を示さない。目前の巨大スクリーンに映し出されている試合風景に熱狂している。盗み聞きはされないだろう。

 男の取り敢えずの返答に難色を示して困惑の表情を返すハジメとイルマ。

 

「奇襲紛いのことをしておいてそれはないんじゃないかい?」

「せ、世間話って…何で俺達と」

 

「そっちのイルマ君は私と同じ存在…外からの来訪者だ。そしてハジメ君もまた、人とそれ以外との間で揺れている()()()()()()()だ。超人と言った方が良いかな。…キミらは少なくとも()()()()だ。似た者同士でしか分からない、話せないこともあるだろう?それに付き合ってほしくてね」

 

「…そっちの名前は?まだ聞いてない…ですよね?」

 

「おお、すまなかったね。大変失礼した。名乗りもせずにベラベラと話してしまった。悪い癖だな、これは。改めて、私は名をウィードと言う。上の名前は下町(シタマチ)だ。地球…日本で過ごす間はこの苗字を採用させてもらっている。ああ、しっかりと戸籍は登録しているとも。私も立派な日本人だよ」

 

「日本人たって……」

 

 目の前の異星人…ウィードと名乗った男は、ズボンのポケットから年季の入った古い革財布を取り出すと、保険証と普通免許証を2枚セットで二人に見せる。

 

「ほんとだ、偽造された跡も見えない。どうやら日本人としての国籍は持ってるようだね…。ねえ、ウィードさん、僕と同じ並行宇宙の出身って言ってたけど、見当がつかない。どこの星の人間なんだい?」

 

 イルマが異性由来の…"地球外超技術(メテオール)"による偽造を疑い鑑定したが、特に怪しい箇所は無かったようだ。

 

「私はメトロン星人だ。"幻覚宇宙人"とも呼ばれていた種族だね。この地球には、17年ほど前から滞在させてもらっている。ちなみに、最近この地球で騒いでいる星間同盟とは繋がりは持っていないよ」

 

「メトロン…星人?イルマは知ってる?」

「うん。メトロン星を母星とする異星人だ。宇宙でも類を見ないほどの高度な科学力を有し、幻覚宇宙人の別名の通り、……"宇宙ケシ"の実で作られた幻覚作用を持つ薬物を生産していた種族だよ」

「や、薬物…!?それなら、やっぱり危ないヤツなんじゃ…」

 

 ウィードの持っていたトリコロールの缶をイメージしながらハジメは思う。

 

 メトロン星人は、策略・謀略に長けた異星人である。

 持ち前の科学力と頭脳を活かし、星間戦争を誘発させ敵対勢力を潰し合わせたり、宇宙進出目前の惑星文明を上記の幻覚薬物__星間条約等の規約を破った危険ドラッグを与えて薬漬けにして自滅させ自分達の植民地として制圧するなど、狡猾な計画を企てる侵略性種族としてM78スペースの宇宙では認知されていた時期もある。

 種族全般が独特の感性を持った皮肉屋としても有名で、普段から何を考えているのかは多種族は分からないらしく、毛嫌いしている者もいると言う。

 

「アレはもう本星では待ったが掛けられ生産ラインから外されて作られてはいないし、私もこの星では製造も運用もしていない。それに、アレは薬物なんかではないよ。恐ろしい化学兵器さ。今では作るのも、使うのも、宇宙犯罪に走る浅はかな者達だけだ」

 

「俺達のいるこの地球には何をしに来たんですか」

 

「私は、情報を得に来たのだ。地球文明の情報をね」

 

「何のために?」

 

「別の次元…他の並行宇宙の地球との文明発展度を比べるためだ。ハジメ君達()()()には自覚はないかもしれないがね、どの世界でも、地球はある意味で()()()なのだよ。」

 

「特異点?」

 

「イルマ君も知らないようだね。いいかな?あらゆる並行宇宙で、地球を中心とした歴史の転換点は数多く存在する。だだっ広い宇宙にポツンとある辺境の惑星という輩もいるが、この星(地球)は不可思議なモノで満ち溢れているんだよ。時に地球…いや地球人は高位存在と対話できる存在となり得たり、またある時には宇宙全土を巻き込む戦役を引き起こし機械の怪物を使役して侵略戦争を仕掛ける側に化けることもある。これらはそのごく一例に過ぎない」

 

「そこで我々は考えた」とメトロンは続ける。

 

「我々の住む宇宙に害を及ぼす発展をしているか、それとも益をもたらす発展をしているかの調査と観測をすることにした。あらゆる宇宙の地球を6段階の脅威度でランク付けし、一定のランクを越えればその宇宙への進出・交流を中止し、撤収する。同じ宇宙から来た他の星人にもそれを通達し撤収を促す。……向こうがこちらの宇宙を見つける手掛かりを掴まぬうちにね。それほど地球にはあらゆる可能性があるのだ。」

 

 黒森峰と継続の試合を背景に、三人の話は続く。

 

「メトロン星人は、様々な世界の地球を注目しているわけですか?」

 

「そうだ。地球は特別なのだよ。こちらの地球には、五大英傑と名高いドリューやカラレス、ウルトラ兄弟のメビウスにセブンと言った戦士が来ただろう。我々の宇宙にいる彼らM-78星雲人…光の国出身のウルトラマン達は異常なほど地球に固執している。彼らも、キミたち地球人に自分らには備わっていない何かを見つけているのだろうね。地球が消えれば滅びる宇宙があるのも事実だ。だから彼らや、時に別の存在達もこの星に力を貸す」

 

「地球に、地球人にいったい何があるんですか?」

 

「それは宇宙によって違う。時に()()()()()()()()()()()()()()()であったり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であったりもする。……これらはある意味我々には無い"多様性"だよ。超技術に限った話ではないが、その多様性が真に地球が狙われたりする理由でもある」

 

「あ…父さんが教えてくれたかもしれない。地球は他の星よりも、世界線を越えた時に変化の差が激しい星だって」

 

「そう、その差が問題なのだよ。変化…発展の差を数値化できれば、ある程度の物事に対する予想が可能となる。勝手な言い分だが、我々も手と手を携える相手は選びたいというわけだ」

 

 そう言うとウィードは缶をぐびっと一気飲みした。気分良さそうに小さく唸っている。その姿は最早昼間から晩酌を楽しんでいる一般的なおっさんと相違ない。

 一呼吸置き、スクリーンに映る継続の戦車隊を観ながら空いているもう片方の手で何処からか取り出したスルメを食べ始める。今までの話からは考えられないほど型にハマった完全なおっさんぶりである。

 

「私はそうした考えから創設されたメトロン星の惑星政府直属機関…"多次元戦略情報室"の者なのだ。日本でいうところの、内閣直轄の情報収集組織の拡大版といったところだね。この宇宙の地球を調査しに来たのは先ほど話したものが大半の理由で、本当に敵意も侵略の意図も無い」

 

「ウィードさん、一応聞いておきたいんだけど、この地球の今の脅威度はどこらへんなんだい?」

 

「___3。ちょうど中間あたりだ」

 

 あっけらかんとした…ケロッとした顔でイルマの方をちらっと見やってから、再びスクリーンの方に目を向けるウィード。

 彼曰く、この世界の地球は現在、科学技術__特に軍事分野のモノが急激に成長・進化しているからと言う。怪獣を倒すために生まれた新兵器や、それに伴い開発が早まり完成してしまった破壊兵器もそれに該当するらしい。

 

「道具は使いようと言うだろう?例えば、殺人鬼やテロリストでもなんでも良い。ソレらがキミら二人の目の前にいたとする。丸腰のヤツらに包丁かハサミか、はたまた裁縫の針の一つでも、渡そうとするかい?そういうことだよ。悪意ある者が善意やその他の無害な感情から生み出されたモノを渡されても、モノ本来の扱いをせずに非道に走る」

 

 そして最後に、脅威度の判別の最終的な決め手となるのは、地球人全体より求めた善悪意識の平均値だとウィードは二人に教える。一部の軍事国家__特に豪州連合の強行姿勢が脅威度上昇の一因であるらしい。

 過程がどうであれ、星間文明すら脅かすかもしれない科学力を獲得しつつあるのは事実であるとし、学園艦という超巨大艦船の建造技術を含めてウィードも一目置いているとのことだった。地球は次元…世界を越えたとしても、どこの宇宙でも途方もない影響力があるらしい。

 

「……ふう。一通り話したかな。すまないね、長話に付き合ってもらって。さあ彼女達の試合を観戦することに集中しようじゃないか。私は継続住みだからね、すまないがキミらの真横で継続を応援させてもらう。私はにわかじゃないよ?私もれっきとした戦車道マニアだからね」

 

「だからこの観戦会場に、ですか」

 

「地元を応援しないわけにはいかないだろう?」

 

 スクリーンに継続の戦車が映ると、それを目で追うウィード。その目は楽しげであった。

 気分がいいからか、ハジメとイルマにまた何処からともなく取り出してきた例のトリコロールの缶飲料を手渡してきた。

 

「見たところ、飲み物も持ってきていないようだったから、良ければこのお茶を飲むといい。継続名物の一つ、"眼兎龍(めとろん)茶"だ。味も品質も保証しよう。何せ私が提案した至高の商品だからね」

 

「"眼兎龍茶"…たしか、ある年を契機にメトロン本星で確認された清涼飲料水だったような…?実物は初めて見たよ。宇宙市場でも正式に出回っていたモノだね」

 

「……てことは、普通に美味しいお茶ってことか」

 

「そうとも。美味いんだな、これが。ささっ!一気にグビっと飲みたまえ!!」

 

「そこまで言うのなら、お言葉に甘えて…」カシュッ!

 

 促されるがままにハジメは缶のフタを開けると、口をつけて言われた通り飲んでみる。

 口に含み、味を確かめた後飲み込んだ。ハジメは目を見開きトリコロールの缶を見る。

 

「――!美味しい。本当に美味しいですね、これ!」

 

「ははは、嬉しいよ。…ちなみに毒物等の心配をしていたかもしれないが、キミレベルの…光の力を持つ者なら、混入されていたとしても我々の使う毒はほぼ通用しない。どちらにせよただただ美味いお茶ということだ」

 

「うん…美味しい。これは宇宙市場に出回るわけだね…」

 

「今は継続高校学園艦のご当地ドリンクではあるが、来年ぐらいには全国販売が始まる。セールスマンをやっていた時のコネが活きたよ」

 

「ん?やっていた…ですか?というより働いていたんですね…今は何を?」

 

 引っ掛かりのある言い方をされたハジメはウィードに聞き返す。ウィードの経歴に興味が湧いたらしい。

 

「今は駄菓子屋だよ。ほら、周りの人々が口にしてる菓子はみな私の店のものだ。嬉しい限りだね」

 

 だからどこからでもつまみやら菓子やらが出てくるのかと変な納得をしてしまうハジメ。

 

「……日本に降下し、移動拠点として学園艦に目をつけた直後の私は生活費に困窮していた。日本人としての戸籍も登録してしまっていた後だったから、税金も払わないといけなくてね」

 

 そういったところは律儀なのだなと、ハジメとイルマは心の中で思った。

 

「その時にね、ダメ元でとある飲料販売店に売り込みをしてみたんだよ。そしたらそこの店主さんが乗ってくれてね、ウチの会社で作らせてくれと言われて、その後は生活するのが苦にはならないぐらいの金が下りてくるようになった」

 

 自身の身の上話を、懐かしみながら穏やかな顔で語るウィード。

 

「その気前の良い店主からは従業員にならないかとスカウトもされたが、学園艦内のカモフラージュ施設が欲しかったし、やるべき事があったからね。丁重に断らせていただいた。そこからは継続高校学園艦を拠点とすると決めてから、そこの艦上市街地(継続町)の土地を買い、"駄菓子屋シタマチ"を開店した。私は駄菓子が好きだったのでね、自分の手で店を持ちたかったという欲もあった」

 

 そして今に至る…とウィードは締めた。

 懐かしそうな顔で余韻に浸っている彼を見るハジメは、目の前の人間が本当に異星人の擬態した姿であるのかと疑った。

 また、ザラブ星人であるイルマはハジメの日常に既に溶け込んでいるため、ハジメは違和感を感じなくなっていたが、たった今会った別の異星人からもそれと似た感覚を覚えていた。

 とにかくウィードの話は聞いていて退屈しなかったのは確かである。

 

「色々あったけれどね、今こうしてあの子達…継続の生徒達の頑張ってる姿を見ていると、幸せなのだよ」

 

 艦上店舗による継続戦車道チームへの援助活動を主導した店がウィードの経営する駄菓子屋(シタマチ)であったと言う。

 ウィードの持ち前の人柄と人脈のパイプを活かしての取り組みだったが、何故彼がそこまでやったのかは、二人には口にはしなかった。話す必要が無いと彼自身が判断したからかもしれない。

 

「なぜ、一つの学園艦…それもそこの戦車道チームの応援を?住んでいる地元だからっていうだけですか?」

 

「いいや?…ただ、どこの星でも同じなんだよ。子供は希望そのもの。種族の宝なのだ。頑張っている子供達を眺めていると、応援したくなるのが大人の性だと思うのだがね」

 

――パシュッ!!

 

『継続高校、〈T-34〉走行不能!!』

 

 ウィードの話を聞いている間に、試合は佳境に入っていた。

 継続側の残存車輌も3輌までに減少。何も障害物の無い平坦な草原地帯に追い込まれていた。黒森峰側の損害は小破や中破で留まっており、動ける車輌をかき集めて包囲陣を形成し、ジリジリと包囲を縮めている。

 

「あちゃあ…!またやられてしまったね……いやはや、流石強豪黒森峰。徹底した集団戦法、まったく恐れ入る。西住まほ君と逸見エリカ君、そして彼女らを支える分厚い選手層…今年も強いね、そちらの学校は」

 

「なっ!?二人の名前をどこで…!」

 

「月刊戦車道でよく特集に載ってるじゃないか、キミの学校は。もっと知見を広げたまえよハジメ少年。私は異星人ではあるが、気色の悪い中年オッサンになった記憶はない」

 

「すいません……」

 

 思わぬ返しにハジメは早とちりした恥ずかしさで赤面する。消え入るような声でウィードに謝る。

 だがいつまでも俯き気味なハジメではなく、特に自分からはウィードに振る話も無かったため、閉口して終盤に入ったエリカ達の試合を観る。

 

ドォオン!! ドン!! ドドン!!――シュパッ!

 

『黒森峰学園、Ⅲ号J型走行不能っ!』

 

「おおっ!ウチのBTが一匹屠った!!ハハハ、いいぞ!!」

 

 手を叩きながら子供のようにはしゃぐウィード。

 スクリーンでは黒森峰の包囲網を単身で突破した継続の隊長車兼フラッグ車(〈BT-42〉)が黒森峰本隊へ向けて爆走している様子が映っている。

 BT-42の砲塔上部、キューポラから白と水色のチューリップハットを被った女子生徒が顔を出す。継続の隊長でありエースのミカである。

 

 勇猛果敢か、はたまたただの蛮勇か、時折フェイントを掛けつつ黒森峰の隊長車に真っ直ぐ進んでくる。

 背後に残してきた二輌はBTについて来れず敢えなく撃破されていた。残るはミカのBTのみである。

 しかしこれはフラッグ戦。戦力差が圧倒的であったとしても、一発逆転の可能性がある限り、最後まで分からない。

 

「行けっ!フラッグを撃つんだ、ミカ!!」

 

 手を握りしめ、スクリーンに食いつくウィード。

 ハジメとイルマも固唾を呑んで試合を行く末を注視する。

 黒森峰本隊とBT-42の距離が残り300メートルを切った時に、本隊による制圧射撃が始まった。個々による自由射撃ではなく、指揮官…まほによって統制された集中攻撃である。

 それをBTはドンピシャのタイミングで回避。精度の高い攻撃ほど読みやすいものは無いというように華麗に黒森峰の攻撃を捌いていく。BTもお返しとばかりに砲撃を繰り出す。砲弾は弾かれてしまったものの、そこからは操縦士と車長のミカだけでなく砲手の腕もかなりものと分かる。

 

――ズドンッ!!!

 

「「「っ!?」」」

 

 このまま、ミカのBTが必殺の間合いまで詰めて黒森峰フラッグ車を討ち取るかと思った矢先だった。

 試合会場だけでなく、観覧席を黙らせる一発の砲声が響き渡った。

 それはスクリーンの画面外からの狙撃に近い砲撃だった。

 スクリーンにでかでかと映って観客の声援を一身に受けていたBTの砲塔後ろ右側面にいきなり穴が空いたかと思えば、続けて高速移動中であった車体がバランスを崩して横転する。

 

ガッシャアーーンッ!!――ガラガラガラ…

 

 観覧席を静寂が支配した。観客は声を上げることなく、動揺しているようで…というよりも何が起こったのか分からない様子である。

 そんな人々に今先程起こった現象の答えを、スクリーンが投影した。

 

「あ、アレは!ティーガーⅡ!!」

「ていうことは…逸見さんがやったってことかい?」

 

 静かに平野の緩やかな丘の頂上に佇む"王虎"。

 王虎…ティーガーⅡの上には銀髪をたなびかせ、涼しい顔をしている少女__エリカがいた。

 彼女のティーガーⅡの放った砲弾が、ミカのBTを撃ち抜いたのである。

 

『―継続高校フラッグ車、BT-42走行不能!!よって、本試合は黒森峰学園の勝利!!』

 

 ワァアアアーーーーーーッ!!!

 

 見方によっては横槍を入れた形になるかもしれないが、戦車道は集団スポーツだ。どんな形であれ、ルールとモラルの範囲内ならばそれも立派な戦術である。

 知波単戦に続き、圧倒的な火力を見せつけての勝利に、観客は湧いた。継続側の観客も、最初は地元校の敗北を惜しんでいたが、次第に両校の健闘を讃える盛大な拍手と歓声が増えていった。

 

「負けてしまったか…だが、良い試合だった。素直にキミ達黒森峰の勝利を讃えようじゃないか。継続の分も頑張っておくれ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふむ…あとで継続の皆には駄菓子を渡しに行こうか。よく頑張ってたからね」

 

「?…ミカさん達とは知り合いなんですか?」

 

「ん?ああ、そりゃあ援助してる地元チームの隊長であるし、色々と交流もあるからね」

 

 ウィードがハジメの質問に答えた頃には、二校の試合後の挨拶が行われていた。

 隊長…チームの代表者である、まほとミカが握手をした後、主審の蝶野教官が整列している選手達にコールする。

 

『――それでは両校、礼!』

 

『『『ありがとうございました!!』』』

 

 スクリーン越しでも伝わる爽やかな、凛とした締めの挨拶。両校の選手達は、気分良く終われたことだろう。

 挨拶後は戦車道の試合の恒例行事でもある交流会が始まった。

 上述の様子を見ている観戦組のハジメ達も、交流会の方に向かうために、観戦会場をあとにする。

 

「それじゃ、俺たちは交流会の方に行かないといけないので、これで」

 

「そうかい。お疲れ様。私の話し相手をしてくれてありがとう。試合中だったのに済まなかったね」

 

「いえそんなことはなかったですよ」

 

 その際、ハジメと黒森峰の生徒ではないためこのまま解散する予定の___イルマはウィードに軽い会釈をしてから会場から出る…はずだった。

 

「……そうだそうだ、キミ達二人、交流会の後…午後は予定を入れているかな?」

 

「えーと、特には無いですかね…。今日は丸一日県内に滞在しますし」

 

 ウィードに呼び止められた二人は今日の日程を尋ねられた。

 隠す必要もないとして、ハジメは素直に無いと答える。それを聞いたウィードは嬉しそうにしていた。

 

「そうかい。なら、キミ達二人を継続艦上市街地(継続町)にある我が店に招待させておくれ。話を聞いてくれたお礼もしたいし、また話もしたいからね」

 

 念押しを怠らないウィード。確証を見せれない故に、信じてもらうには態度で示す他ない。

 敵意も害意も今のところは無いだけと一蹴される可能性もある。何せ彼らが出会ってまだ数時間すら経っていないのだから。

 

 最初はいくらか難色を示していたハジメとイルマであったが、観覧席の階段からハジメを呼ぶヒカルやマモルの声も聞こえてきたため、継続への訪問はする旨をウィードに伝え、改めて挨拶を交わしてから足早にその場を去っていく。

 

「………やはり若い……若すぎる。あのような少年が、どこの世界でも背負うには多すぎ、重すぎるモノを背負って戦っているのか…」

 

 二人の背中を、手を振りながら見送るウィード。

 彼は上のような小さい呟きをしてから、二人のように会場をあとにした。

 

 

――――――

 

 

 

日本時間15:45前後

 

 

同県 金沢市 金沢港学園艦停泊地

継続高校学園艦 艦上市街地区画出入り口

 

 

 

「……んで、結局来てしまったわけだけども」

 

「ここまで来たら行っちゃおう」

 

「そうだな」

 

 交流会を終え、宿泊先に車輌の搬入もし半日の自由時間を与えられたハジメは、継続の学園艦に乗艦する手前でイルマと合流していた。

 向かうはメトロン星人であるウィードが営む駄菓子屋である。

 

 

 

「――ハジメ、継続の学園艦なんかに何で…。それに横にいるのは佐世保の…」

 

 銀髪の追跡…尾行者も伴いながら。

 

(石川の知り合いと約束してるって…佐世保の、イルマと一緒じゃない……やっぱりハジメは何か隠してる。今日の試合終わりもそうだった。試合終盤あたりの話が変に噛み合わなかった。ただ余所見してたワケじゃないと思うし………確かめよう)

 

 

 

 

「駄菓子屋を経営する異星人…か」

 

「何か思うことがあるのかい?」

 

「いいや。ただ、いつかさ、異星人も姿を誤魔化すこともなく、地球に住むような日もあるのかな…なんて」

 

「…僕もその未来が現実になることを望んでる」

 

 ふと、ハジメは分からなくなった。疑問に思った。

 果たして、ウィードと…そして自身の横にいるイルマと、自分達地球人の違いはなんなのか。

「地球人も、立派な異星人だ」…そんな聞き覚えのない言葉が不意に頭の中で再生された。確かに自分の声だった。

 …この星で命を落としてしまったネリル星人のソーレや共闘したグレゴール人のこともある。地球人とそれ以外である異星人を隔て分ける真の要素は何だ?いや、そもそもそんな要素はあるのか?ある必要が果たしてあるのか?

 何故区別する?それは区別とは違う、差別に迫るものではないのかと。

 

 考え出したらキリがなかった。分からないことばかりだった。

 ハジメは普段から、イルマに対して地球人と同じ対応をしている。ハジメは自然と彼に分け隔てることなく接してきている。それは何故か?地球人の姿になれるから?いや、言葉で説明できるか怪しいものだったのである。

 

 (……線引きが出来ていると思った。区別が出来ていると思っていた…でも、違ったんだな)

 

 その答えもまた、探さなければならないのかもしれない。

 しかし、分からないモノも全てこの目で確かめると既に誓っていたハジメは、俯き続けることはない。

 暗い雰囲気を払拭して、ウィードと再び会い話すことに意識を向ける。

 

「――ここを、右に曲がれば…。あったよ!駄菓子屋シタマチ!」

 

「あ……ここか…ウィードさんのお店は」

 

 年季の入った木造建築の、いかにも昭和の駄菓子屋…昔ながらの佇まいをしている小さな店だった。

 周りの民家などには新築が多いが、新旧共に木造家屋が大半であり、町全体で可能な限り昔のような…昭和風情の溢れる町並みの保存をしようとしている努力が見えた気がした。

 たしかに、艦上市街地の景観を観光資源としている学園艦も存在する。しかしこの継続の町は、外の人間のためにではなく、内の人間――つまりは住人のための景色を保存しているのではと思わされる。

 過去に対する懐古の心を、この町は大事にしているのだとハジメは感じた。

 

ガラガラガラ…

 

「ごめんくださーい」

 

 僅かに空いていた店正面の引き戸を通れるぐらいにまで開け店内に一、二歩踏み入れてから店の奥にも聞こえるほどの声量でハジメが呼んだ。

 イルマは律儀に引き戸を閉めた後、店の中を見回し眺めていた。日本を学習しているイルマであるが、やはり手の届かない分野というモノはあるようで、店の至る所に置かれている様々な駄菓子を見てはしゃいでいた。

 

 店内からウィードの返事が返ってこないと思っていたハジメだったが、そこから少し遅れて戸の向こう側より「上がってきたまえ」と言うウィードの声が聞こえてきた。

 ウィードは顔を出しそうに無いので、勝手に上がってこちらに来いということだろう。

 

「…ならお邪魔させてもらおう」

「そうだね」

 

 菓子が陳列されている棚や箱の間を器用に二人は店の奥まで進む。

 店奥の引き戸…襖の前に置かれている玄関台のところで、外履きを脱いで上がる。

 ここでもう一度、一声掛けてからガラガラと襖を開けるハジメ。開けた襖の先には、ちゃぶ台が中央に置かれた和室が広がっていた。

 ちゃぶ台を挟んで湯呑みを持ってウィードが__地球人としての擬態を解除した元のメトロン星人の姿で__座椅子に座って寛いでいた。

 二人が部屋に入ってきたのを確認したウィードが、あからさまに大きな身振り手振りを加えながら、待ち侘びていたと言わんばかりに喜ぶ。

 

「やあ、ようこそハジメ君とイルマ君。私はキミ達が来るのを待っていたのだ」

 

 上記の歓待の言葉を受け、ハジメとイルマはポカンとした。……観覧席で会った際のテンションでは無かったために面食らった顔になったと言う方が正しいのだろうか。

 

「いやはや、すまないね。一度言ってみたかった台詞だったのだよ。…だからあまり気にしないでほしい。ささ、そこの座布団に座ってゆっかりしなさい」

 

 部屋の一角で固まっている二人に着席を促すウィード。

 彼の説明から、かつて同族が光の国の戦士__ウルトラセブンと対話した際の台詞を真似てソレっぽいことをしたかった旨が分かった。何の話か分からないハジメとイルマは曖昧な返事をしながら、用意された座布団に座るしか選択肢は無かった。

 

「…さて、改めてようこそ。駄菓子屋シタマチへ。話したいことと言うのは――」

 

――ガラガラガラ…

 

「ただいま」と店側玄関から聞こえてきた。ウィードはその声の主に戸越しに穏やかな声色で労いの言葉を掛ける。

 

「おかえり。今日のは良い試合だったよ。こっちにお客人が二人いる。自分の分のラムネかサイダーでも持ってからでいいから、彼らに挨拶してほしい」

 

 ハジメは、先ほどのやりとりの内容から、ウィードの話している相手が若い女性であることに気づく。それも、恐らく継続高校の生徒だろうと。

 

「ウィードさん、向こうの人とは一緒に住んでるんですか?」

 

 そしてその女性の声にハジメは聞き覚えがあった。

 

「ん?そうだね。なにせ家族だから」

 

「あの、娘さんがいたんですか?」

 

「だって聞かれなかったものだからね。それに私自身、話す必要の無い情報と思っていた。驚かせたようだから謝らせてもらう」

 

 謎は深まるばかりである。ハジメの予想通りなら、声の主だろう女性は――

 

「こんにちは。素の姿のウィードとお茶をするお客さんとは珍しいね。それも二人もいるなんて。私は……おや?キミはたしか、黒森峰の…」

 

「やっぱりミカさんだった…」

 

 サイダーとラムネの両方を手に持って肘で襖を開けてきたのは、継続高校戦車道チームの現隊長のミカだった。

 ハジメは驚いているが、もちろんイルマも例外ではなかった。試合中継のスクリーンに映っていた、相手チームの選手の一人が、異星人と繋がりを持っていたのだから。…当のイルマも、似たようなものであるが。

 

「ええと…黒森峰の整備科の…。そう、副隊長さん…逸見さんの担当整備士の男の子だったかな?名前は、ハジメ君?」

 

 チューリップハットを被ったままの頭に手を当てていたミカ。

 頑張って色々思い出したのだろう。彼女の眉間には苦しげなシワが寄っていた。

 

「はい。ハジメです。あの…ミカさん、今日の試合、お疲れ様でした」

 

「うん。こちらこそ、お疲れ様。……そうか、キミも()()()()だったんだね。それで、こっちの男の子がウィードみたく外から来た人…なのかな?」

 

「そうだともミカ。彼は私と同じ宇宙から来た、ザラブ星人のイルマ君だ。彼と…ハジメ君とは友達らしい。偶然観戦中に二人と出会ってね、こうして話に付き合ってもらっている」

 

「ウィード……どうせいつものようにだる絡みしたんだろう?」

 

「失礼だな、ミカ。こう見えても紳士的にだね…」

 

 ウィードとミカ、二人の関係は悪くないようだった。ウィードからはミカは家族だと説明されたが、その詳細をハジメとイルマは知らない。

 ウィードもミカも話そうとはしておらず、二人の家族としての関係はいつからなのか、それともミカも元よりメトロン星人…ウィードと同種族で地球人ではないのか、そう言った話を、ハジメは聞きたかった。

 しかし、部外の者がそうずけずけと問いただす権利は無いだろう。ハジメはそこを理解していた。

 

「……と、私達だけで話しているのは失礼だな。ここらがいい頃合いかな」

 

 ウィードはハジメとイルマに、少々彼らを置いて喋りすぎたとここでまた謝ると、()()の紹介をする。

 

 

 

「さて改めて……紹介しよう。この子が私の娘だ。彼女は正真正銘の地球人。私とは血の繋がりは無いよ。――それでも、家族だ」

 

 ウィードの言葉に、ミカは優しく静かに微笑んでいた。

 

 

 




はい。お久しぶりです。CODMW2を嗜みはじめた投稿者の逃げるレッドです。

投稿ペースが遅くて申し訳ありません。
就活が終わったかと思えば卒論だったり試験だったりゲームハマったり………言い訳は腐るほどできるので、これからの投稿を頑張ります。

エリカのヒーロー1は60夜前後で完結します。来たる2に向けて取り組んでいければと思っているので、よろしくお願いします。

デッカーではメトロン星人やグレゴール人が登場していましたね。エリカのヒーローに登場させた怪獣、異星人が出てきた時は、かなりぶったまげていました。なんか預言者みたいになれたようで嬉しかったです。

※報告です。 エリカのヒーロー第2夜のナハト初登場シーンの挿絵を更新しました。時間がある時に見てもらえると嬉しいです。

____

 次回
 予告

 継続町で駄菓子屋を経営しているメトロン星人__ウィードは、継続町の人々から慕われている人物である。
 そんなウィードの娘であるはずのミカが突然町中に飛び出していった。
 ミカを探すために町へ繰り出すウィードは、少し町を散策しようと、ハジメとイルマを連れ歩く。彼は町を歩く中で、二人に独白に近い想い出話と、今後の自身の行動を教える。

 世の中は、出逢いと別れの連続…。
 しかしそれを最初から素直に受け止められる人間は少ない。

「このさよならは、最後のさよならじゃない」

 次回!ウルトラマンナハト、
【愛された町】!

 あの日見た茜色の空を、キミは覚えているだろうか。

 
 


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第48夜 【愛された町】

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

 

「なんでウィードがイセージンなのみんなに言っちゃだめなの?」

 

「それは今の地球人類には受け入れ難い事実だからだ。彼らは…まだ準備できていない。それに例え、周りに話したとしても彼らはミカを快くは思わないだろう…」

 

「?」

 

「ああ…すまない。少し難しかったか。……うむ。そうだな、これはミカと私の二人だけの大切な秘密だからだよ。だから秘密を守ってくれるかい?」

 

「そうなんだ!分かった!!ミカとウィードだけの秘密…えへへへ!」

 

「そうだよ。秘密なんだ。ミカ、キミは賢いね」

 

 

――――

――――

――――

 

「ねえねえ、なんでミカはウィードと同じ顔になれないの?」

 

「ミカはこの姿は嫌いじゃないのか?」

 

「ううん!いつもの顔も、その顔も、どっちも大好き!!」

 

「……ありがとう。ミカも大きくなったら…きっとなれるさ」

 

「そうなの!?やったー!!」

 

「ところでだミカ。棚から新しく仕入れていたはずの商品がいくつか消えていたのだが、心当たりはないかな?」

 

「……かみかくしにあったんだよ」

 

「どこでそんな誤魔化し方を覚えた!言いなさい!!」

 

 

――――

――――

――――

 

「私ね、学校で友達に言われたんだ。なんでお父さんを名前で呼ぶのって。変なのかな?」

 

「いいや。変じゃないさ。呼びやすいのなら、そのままでいいよ。他人の言うことは気にしすぎない方がいい」

 

「…そうだね。ふふ…そうするよウィード」

 

「ああ。そうしてくれ。どうにもそれ以外で呼ばれると調子が狂う」

 

 

――――

――――

――――

 

「……ねえ、ウィード」

 

「どうしたんだい?」

 

「私はウィードと同じじゃないの?メトロン星人じゃないの?」

 

「ミカはこの星…地球で生まれ育った地球人だよ」

 

「それならやっぱり…私はウィードに拾われた血の繋がりの無い他人なんだね…。他人に思えたから、今までずっと名前で呼んで――」

 

「――赤の他人なわけがない。紛れもなく、ミカは私の娘だよ。血縁、血統などは生物学上の区分だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「本当にそうなのかな…そう思ってしまって、いいのかな…」

 

「…私はミカがそう考えてしまう原因だろう実の両親が許せない。どんな理由で赤子だったキミを街中に置いていったのかは分からないし、分かりたくもないが、感謝はしている。こうしてミカがすくすくと育ってゆくのもを見ていられるからね」

 

 

――――

――――

――――

 

「――戦車道をやりたい?」

 

「うん…その、駄目かな?」

 

「駄目なわけないさ。中等部には無かったからね、興味があるんだろう?やってみたいんだろう?ならやってみなさい」

 

「……怒らないのかい?」

 

「ん?何故私がミカを叱らねばならない?」

 

「だって、幼い頃には音楽が好きだって言ってカンテレを買ってもらった。我儘も沢山聞いてもらったし、小学校、中等部の頃だって……」

 

「いいんだよ、ミカ。やりたいこと、好きなことを見つけるのが人生さ。新たなモノを発見することは悪くない。それに、プレゼントのカンテレは今も大事にしてくれてるじゃないか。私は好きだよ?ミカの弾くカンテレの音色は」

 

「それでも……」

 

「珍しいなミカ。いつものキミらしくない。…気にしなくていい。風の赴くままに、自分だけの道を進んでいいんだよ。この店のことも、私のことも気にしないでくれ」

 

「それは…どう言う……」

 

「深い意味は無いさ。育ての親としての言葉だよ」

 

「……ウィードは捨てない?私のこと」

 

「…捨てないともさ」

 

 

――

―――

――――

 

 

「――いろいろあったものだ。ミカを迎え入れてから」

 

「ふふっ。そうだね」

 

 湯呑みの茶をズズズと飲みつつ、ほっと一息吐くウィード。

 

「この通り、私はウィードに育ててもらってきたからキミ達二人の気持ちも理解できるつもりだよ。だから全ての異星人を嫌ったりはしないさ。それとは別に、こうしてウィード以外の……外の人と話すことができたのに驚いているよ」

 

 ミカが途中で口籠った。ウィードのことを異星人として区別して見ることを引け目に感じている節がある。当然だろう。恐らくミカはそんな壁や隔たりと言ったモノを感じることなく、ウィードをちょっとばかり不思議な地球人として幼い頃から見て、接してきたのである。

 長年暮らしてきた、たった一人の家族なのだ。異邦人と同義である"異星人"という言葉を簡単に使いたくないのだろう。自分とは遠く離れた存在として認識するのが怖かったからに違いない。

 

「……俺も、中々イルマ以外の異星人と話す機会は無いので、新鮮です。こうして話してると…なんていうんだろう――」

 

 そのことには薄々ながらハジメも気づいていた。しかし、明らかにウィードは異星人――メトロン星人――なのだ。ハジメは異星人と同義かつ、当たり障りの無い別称を知り得ていなかった。そのため"異星人"という単語を使わざるを得なかった。ソーレの時とはまた違う違和感を覚えるハジメとイルマ。

 ミカはそれを察していたらしく、嫌な顔はしていなかった。

 

 

「――そうか、佐世保のクモンガ・カマキラス襲撃時にキミらは出会ったのか。ならば地球滞在期間はまだ数ヶ月…フフフ、私の方が遥かに長い…か」

 

「何を張り合ってるのかな…」

 

 10、15分ほどが経過した頃には、異星人同士での会話がなされていた。

 彼らにも積もる話があるらしく、互いの地球に来るまで、そして来てからの苦労話笑い話を共有していた。

 ウィードに肩を組まれて絡まれているイルマはほぼ聞き手に回っているが…。

 

「うん…やっぱり、キミからは私と似た匂いがするね」

 

「ち、近くないですか?ミカさん?」

 

「近いと何か悪いことでもあるのかな?」

 

 一方で、ちゃぶ台を挟んだ反対側でもまた、人間同士での会話が弾んでいるようであった。……恐らくは。

 

「そ、それは……!」

 

「分かってるよ。大丈夫。キミには手を出さないさ。そんなことしたら、逸見さんに何されるか分かったもんじゃないからね…」

 

「そう…なんですか?」

 

「鈍感だね…キミは。逸見さんが可哀想だよ…」ボソッ

 

 ハジメからほんの僅かに顔を逸らして呟くミカ。それを不思議そうに首を傾げるハジメ。

 ふぅ…とミカが息を吐いた。

 

「…でも不思議なことが一つ」

 

「不思議なこと?」

 

「私と同じ、外から訪れた人(異星人)の匂いの他に、お日様みたいな、暖かい匂いがキミからする。これは何の匂いなんだろう?」

 

「………」

 

 妙に鼻の効くミカの質問に、ハジメは答えられず閉口したままだった。

 ミカは自分(ハジメ)がウルトラマンであることを知らないのか、それとも知っておいて敢えて問いただしてきたのか…後者ならばそれはハジメにとってこれ以上ない意地悪な質問以外の他ない。

 

「キミ自身にも分からないのかな。でも、嫌いな匂いじゃないね。悪くない」

 

 褒められているのだろうか。バレなかったという心持ちが半分、嬉しさが半分ほどの複雑な心境だった。

 ミカは上記以上の追求はしてこなかった。この時、ハジメはただただ安堵したのである。

 

「ハジメ君には、ウィードがどう見える?本心が聞きたいんだ」

 

「ウィードさんをって……俺には――」

 

 ハジメを見るミカの目が変わった。先ほどまでは穏やかだったものが、今度は怯えが見え隠れしていた。

 異星人たるウィード、そしてミカのそれとの長年の交流を否定・拒絶するような言葉が発された際に備えて身構えたのだろう。

 たしかにハジメもミカと同じ、異星人と交流を持つ地球人である。しかし交流相手が全く違う種族でもあり、相違ある点が無いとは言えない。異星人に対する価値観等が違う可能性も拭いきれないからだ。

 それらを考慮しての、勇気を振り絞った問いかけであったのである。

 

「――ちょっと胡散臭いけど、穏やかで、優しい人だと思いますよ。……正直、地球人(僕ら)との違いとか、分かりません」

 

「…そうかい。そう言ってくれて、良かった…嬉しい。ありがとうハジメ君」

 

 ハジメから飛んできた言葉は攻撃的なものではなかった。

 ハジメの考える、定義する地球人の区分を用いても、本当に異星人なのかと疑うほどの、ウィードの地球への馴染みっぷりは、一重に滞在年月の恩恵だけではないと思えるのだ。もっと内側…心にあると思ったからなのだろう。

 ハジメの答えを聞き、安堵し感謝を述べるミカ。

 

「ミカさんは分かりますか?地球人と異星人…外から来た人の違いとか」

 

「……私もハッキリ分からないんだ。幼い頃から…十数年前からずっと側にいてくれたウィードは私の日常の一つになってたからね」

 

 そしてこうも取れる。果たして異星人に育てられた地球人は地球人と言えるのか、と。

 そのような答えを今は誰も求めてはいないし、求める必要もない。そのため答えを出さない。

 だから、分からないのである。

 

「人生に一つや二つ、分からないままのこと、曖昧なことがあってもいいんじゃないのかな?それらに救われたのが、私でもあるしね。もしかしたら、答えの無い物事もあるかもしれない」

 

「…俺、分からないことが怖いんです。何かを分からなかった、知らなかったのが発端で、俺自身だけじゃなくて、他の誰かが傷つくのが見たくないんです…怖くて辛いんです」

 

「……なら話す場所を移そうか」

 

 ミカなりの気遣いだったと思われる。

 同年代かつ似た境遇にある人間に問われたような話題であると認識したミカは、ハジメの手を引き二回の階段を上がっていく。勿論、居間に残っているウィードとイルマに一言断りを入れてから。

 

 階段を上がり、二階廊下の中間あたりにある小さなベランダにベランダに繋がっている窓をミカが全開にする。海風が優しく二人を撫でる。

 窓にミカがもたれ掛かるように座り、ハジメにもそうするよう促した。

 彼が座るのを確認すると、話の続きをはじめた。

 

「さて……どうしてそう感じるようになったのかな」

 

 ミカがハジメの表情、そして口述から汲み取ったモノは、文字通り"迷い"と"悩み"であった。

 ミカはハジメを突き放すことなく、その理由を聞く。

 ハジメはミカの顔を見ずに床の畳を見つめるだけだが、ミカはその態度に何一つ言わずにハジメの顔を見ていた。

 

「自分の取った行動が、たとえ本意じゃなくても巡り巡ってそれが誰かの不幸に繋がったことがあったんだと…思います。知らなかった、把握してなかった、不測の事態だったって言うのはただの言い訳で、実際に誰かが傷ついているのは、間接であれ直接であれきっと俺のせいなんです」

 

「…ふーん、なるほどね。じゃあ今、世界で、日本で起きてるマイナスな事柄が全部キミのせいだって言えるってことかい?」

 

「そうじゃなくって…!」

 

 ミカの解釈を否定するために、畳を見て俯いていたハジメは顔を勢いよくミカの方に向ける。

 否定しようとしたハジメの口をミカは人差し指を押し付けて喋らせなかった。取り敢えず、私の話を聞いて欲しいと言うように。

 

「自分の周りの人の不幸、目に見える範囲の人の不幸、だろう?でもそれなら、目に見える範囲の条件はどうなんだい?自身の目だけかな?それとも目にした映像…テレビとかスマホも含まれたりするのかな?それとも自分が得ている情報のすべて、なのかな?」

 

「………分かりません。その…言葉にできないっていうか…」

 

 落ち着きを取り戻しただろうハジメはミカの自問自答とも取れる問いに弱々しく答えた。

 素直に答えたからか、ミカはうんうんと頷いて理解を示しつつも別の解をハジメに与える。

 

「それでいいんだよ。言葉にし辛いのは間違いではないよ」

 

「え?」

 

「この世の全てを上手く表現できる人間なんていない。いたとしても、それは限りなく少ないだろうね。分からない…それでもいい。曖昧な線引きをしていることで、立ち直れる時もある。助けられる時もある」

 

 ミカの人生観なのだろうか。並の大人よりも達観しているようにも受け取れる。

 いままでハジメを見ていた瞳は、今は窓の外の景色を見ていた。

 外には長年住んできた町と、どこまでも広がる青い空と海が見える。

 

「あらゆる物事を理解しようとしたりするのは悪いことじゃない。でも、全てを知ろうとしなくてもいい。それは一種の縛りだ。自身を縛って生き続けていくのは不可能なんだよ。それを続けたらきっとおかしくなってしまうからね。人間そこまでうまくデキてはいない。きっとそれは神様にだって難しいだろうさ」

 

 万物への理解の先にあるのは、発狂である。

 宇宙の一割も未だ解明できておらず、理解も進んでいない。

 地球人の脳のキャパシティにも限度はある。宇宙のような無限に等しい膨大な情報は最早即効性の劇薬…猛毒と等しい。

 いきなり大雑把な話を出してしまったが、要はキャパ以上の働きなどはしなくともよい……分からないこと自体に罪は無いと言うことである。

 

 "好き"という単語に含まれる意味を教えろと言われたら、いったい何人が完璧に答えられようか。

 しかし、大多数の人間が共通認識で捉えている"好き"ならば簡単に答えられる。それに多少の差異はあれど、である。言うなれば完璧でなくたっていいのだ。

 

「根を詰めすぎなくてもバチは当たらないと思うな。分からないことがあったっていいじゃないか。…悩みの問いに答えるとしたら、どんな…誰の命でも大切しようと、守ろうとするハジメ君の志は立派だと思うよ。すこし黒森峰のみんなが羨ましいかな」

 

「……」

 

「だからこそ、すべてを背負い込もうとしなくていい。大切な人を守る…それだけでもいいと思う。納得がいかないのなら、自分の手が届く範囲の人を守る…とかにした方がいい。黒森峰は何度も特災に遭っているから…人が傷ついたり、命を落とす場面に居合わせたこともキミにはあるんだろうね……だからハジメ君はそういう風に、誰かを守りたいと考えるようになったのかな」

 

「そうなんだと…思います」

 

「守りたい気持ちは分かる…だけど、それならまず自分の命を大事にするべきだよ。キミの周りにいる人みんなキミが死ぬことなんて望んではいないと思うから。どこかキミは、急ぎすぎてる気がするんだ」

 

「あはは…エリさん達にも同じこと言われてました……」

 

 ウルトラマンであるハジメには、周りからの心配からくる願いを聞き入れることは難しい。

 やれることと言えば、極力ケガをせずにヒョロっと手を振って顔を出して叱られに行ってやるぐらいだ。ウルトラマンへとなっている、人としての空白の時間はどうしてやることも出来ないのだから。友人の異星人に頼めばその限りではないが…。

 

「分かる、分からない、正しい、間違い……とかは置いておいて、己の良心を信じてそれに従えばいいと私は思う。ハジメ君が成したいことを成せばいい。色々と長く語ったけれどこれは全て…第三者の戯言だから、あまり気にしないでおくれよ?」

 

「…いや、いいんですミカさん。ありがとうございます。俺、ここで話せたから背中を押してもらえた…助けられたんです……本当に」

 

 似た境遇に置かれた人間同士で通じるもの、通じたものがあったらしい。

 完全とはいかないが、ハジメは再び迷いなく前を見て進む気力をいくらか取り戻せたようだ。

 彼の顔に差していた影が消えつつあった。

 

「それなら良かった…」

 

「俺、もっと頑張ります」

 

「そうかい。頑張ってね」

 

 ミカは笑みをハジメに向ける。

 一通り話の目処がついた。そんな時、一階からウィードの声が聞こえてきた。

 二階に上がったミカを呼んでいる。ミカがそれに大きく伸ばした返事を返すと、ハジメを一瞥してから軽い足取りで階段を降りていった。

 

「そっちもそっちで盛り上がってたのかい?」

 

「イルマ…」

 

 外の景色を眺め、それに浸っていると階段を上る音と共にイルマが声を掛けてきた。

 イルマがこちらに来たということは、今下ではミカとウィード…家族同士で話でもしているのだろうか。

「隣、失礼するよ」と一言。イルマも窓際に座り、外の景色を鑑賞する仲間になった。

 

「どうだった?ウィードさんと話してみて」

 

「よく話す人だなあって思ったかな。あと、やっぱり親なんだなあって」

 

「?」

 

「ずっと娘さん…ミカさんの話ばっかするんだもん。良いお父さんだよね」

 

 ウィードが饒舌に喋っている情景をハジメは容易に想像できた。

 下で聞いた地球に来てからの話だけでも十分に分かるからだ。

 

「…でも気になるのは、あの人、本星の任務で地球に来訪云々って言ってたよね」

 

「ああ。たしかに言っていたけど…」

 

「帰っちゃったりしないのかな…メトロン星に…。いつになるかは僕らは分からないけどさ」

 

 たしかにウィードは言っていた。政府機関の人間としてこの星(地球)に訪れたのだと。

 昨今より日本でも浸透し始めているリモートワークのように、本星に帰還する必要がなかったりするのだろうか…?

 仮に本星に戻るとして、それならミカはどうするのか…?

 ウィードと接して彼がミカを蔑ろにすることは無いと分かっている。そういった人柄を彼は持ち合わせていない。

 だがやはり、何か引っ掛かる。それを否定するようにハジメはウィードとの会話の内容を思い返してイルマに話す。

 

「で、でも、あの人来年にはあの美味しいお茶が全国展開させるって」

 

「生産は他店とその工場がもうやってくれているんだろう?販売だって委託すれば彼が直接やる必要もなくなる」

 

「帰るってのか?ウィードさんが?娘のミカさんを置いていくって?」

 

「そうは言ってないよ」

 

 当人でもないイルマに問い続けて、ハジメはイルマから落ち着いてほしいと言われ止められた。

 辛うじて続けようとした言葉を飲み込むハジメ。

 友人に当たっても無意味だとは理解している。

 ただ納得がいかなかった。

 会って一日…半日も経っていないが、ウィード、そしてミカと接してきて彼が彼女を悲しませるだろうそのような行動を取る可能性は極めて低いとハジメは信じていたからである。

 

「だよな…そんなことしたら、ミカさんは……」

 

 この星(地球)で心が孤独になってしまうのではないか?

 彼女の日常はこちらの非日常…彼女にとっては非日常がこちらでいう日常なのである。

 日常の1ピースがある日突然欠けてしまったら…その耐え難い衝撃は、熊本のコッヴ襲来時前後の人々の混乱を振り返ってみればどれほどのダメージ__心身への負担となるのかは分かる。

 それも、その渦中の中心に限りなく近づいていたハジメならば容易に想像はついた。

 

「ウィードさんはそんな冷たいことしない」

 

「うん。僕もそう思う」

 

 イルマも同じ心持ちであった。

 本人に聞こうにも今は下でミカと話しているし、仮に聞いたとして、自分達に何ができるのか。

 ウィードが本星に戻ったとして、それは元々請け負っていた仕事・任務を遂行した結果に過ぎない。若しくは結果報告を直にしなければならないから地球を離れなければならないとも考えられる。

 

 だがここまで考えてから難儀なものだが、実際にウィードの口から帰るという言葉を聞いてはいない。加えれば、いつまでに本星へ帰還するとさえ言ってはいない。

 というより何故、ここまで危機感を短時間で感じたのか。

 勘で片付けてはいけないと思ったのだろう。杞憂になればいいのだが。

 

 

ガラガラガラ…!

 

 

「ウィードなんて…ウィードの嘘つきっ!!!」

 

 

 下から…一階からミカの荒げた声が聞こえた。

 声の前に恐らくだが店正面の玄関戸を開けたような音も聞こえたので、言葉との噛み合わせを考えると喧嘩して外に飛び出したと考えられた。

 

「話の矢先に何か一悶着あったね…」

 

「取り敢えず降りて状況をウィードさんから聞こう」

 

 段差から足を踏み外さぬように慎重に、しかしそれでいてなるべく速く階段を降りる二人。

 階段下のすぐ横にある居間の引き戸は人ひとり分空いていた。

 空いたスペースから身体を捩じ込むようにして居間の様子を確認するハジメ。中を確認すれば、メトロン星人__異星人の姿のまま呆然と座り込んでいるウィードがいた。その目は宙を…天井より垂れ下がっている切れ掛かりの電球を無機質に見ていた。

 

「ウィードさん!ミカさんと何があったんですか?」

 

「…こうなることは、分かっていただろうに…」

 

 ハジメの問いに反応を示したものの、ウィードの返答は呆れを含んだ説教だった。恐らくは自身に向けたものだろう。

 

「分かっていた?何を?」

 

「…私のメトロン星への帰還についての話だ」

 

 ウィードは二人の方に顔を上げて茫然自失気味にそう返した。

 どうにかして取り繕うとしていたが、どうみても大丈夫な様子ではなかった。本人はなんともないと小さく言っているが、そうではないのは一目見れば分かる。

 

「故郷の星へいつか帰ること、ミカさんに言ってなかったんですか」

 

「…言っていなかった。…と言うよりも、言いたくなかったのだろうな。言い出す勇気が私には無かったのだ」

 

「…いつメトロン本星に帰るんだい?」

 

「………今日だ。夕方になる頃には本星からの秘匿円盤で帰還しなければならない……」

 

 沈痛な面持ちで、絞り出すように話すウィード。

 まさか杞憂だと思っていた事案がここで来るとは思わなかった。

 ミカが荒げた声色から怒りを滲ませたものが汲み取れたのも辻褄が合う。

 

「言えなかったんですか」

 

「ああ…。どうせ明日言える、明後日言える、明明後日に言える、週を明ければ言える…月を、年を…と未来の自分に押し付け逃げてきた分の、大きすぎるツケが今になって返ってきただけのことなんだろう…」

 

「何で…」

 

「彼女、ミカにはキミ達も知っている通り他に家族も親戚もいない。それなのに、ミカを拾った私さえもいつか離れると告げたら、彼女はどうなる?冗談でも本当のことでも言うのは辛かった…。情け無い限りだ…」

 

「このお店はどうするんですか」

 

「店自体は無期限の休業予定だ。商品は他店舗とその工場に委託生産・販売を依頼している。売上の一部は下町名義の口座に定期的に振り込んでもらうこととなっている。金銭関係の心配は無い。……ミカが継いでくれるのなら、休業ではなくなるかもしれないが…今の通りなら難しいかもしれないな。自業自得であるのが笑えない…本当に…情け無い……」

 

「……迎えを、いや…滞在の期間を延長することは叶わないのかい?」

 

「本星の意向は絶対だ。任務の変更要請も不可能…本星との不要な通信によって偶然地球側に探知されてしまうことを危惧してだ。それに…本星の同胞達からの期待を一身に背負って私は地球に降り立った。その彼らの想いを蔑ろにすることも、私には出来ない…!だが、これでは私も彼女を捨てた彼らと同じ人でなしだ…」

 

 項垂れて肩を落としているウィードを二人は責めない。

 ウィードの心情も理解できないわけではなかったからだ。

 

「どうしようかと悩んだ挙句、最後にはミカを本星へと連れていこうかとも考えたこともあった…。だがそれはミカに聞いての思案じゃなかった。彼女の幸せではなく、私にとっての苦痛ではない幸せだったのだ。」

 

「「……」」

 

「想像すれば難しいことではなかった。何もかもまったく別種の私の同胞達の中に彼女一人を放ったらどうなるか…少し考えれば分かることだ。…文明形態も違う惑星………戸惑いや望郷の念も湧いてくるに違いない。そしていつしか孤独に陥る…たった一人、見知らぬ惑星で別種の生命体に囲まれ生活する…どれほどの苦労を彼女に掛けることになるか…」

 

 ウィードは疲れた笑みを浮かべ自嘲しながらハジメらに聞く。

 

「……笑うかな?こんな人間…いや、そもそもヒトではなかったが…」

 

 ハジメは彼に渡す言葉をとっくに決めていた。

 

「それを俺達は笑いません。情け無くないですよ。人でなしなんかじゃないですよ、ウィードさんは。寧ろそこらの人よりもよっぽど地球人(ヒト)だ」

 

「!…キミらは私にそう言ってくれるのか…」

 

「あなたはミカさんの親なんです。たった一人の、かけがえのない人なんです。話して、仲直りしましょう。ミカさんも分かってくれるはず…このまま互いに傷ついたままさようならが、一番辛いから!!」

「僕は境遇が違うけれど、家族に一言も言えずに別れるなんてひどく後悔すると思う。死に別れも生き別れも関係ない…ただ一言でも残せれば変わると思うんだ」

 

「ハジメ君…イルマ君……」

 

「例え生まれた星が違って、血の繋がりが無くたって、姿形が異なっていたとしても、親は親だよ。ミカさんの父親は、ウィードさん一人だけなんだ。だから…!」

「ミカさんに会いに行こう」

 

 二人の言葉に押され、座布団から立ち上がるウィード。

 ウィードは黒スーツを着た地球人の姿になると、店内に繋がる引き戸の段に座って靴を履く。

 いつもの調子を取り戻したように見える。

 

「行こうか。…ただ少し、回りたいところがある。暫し付き合ってくれないか」

 

 ハジメとイルマは互いに顔を見合わせながらも頷くと、靴を履き出した。

 

 

 

――――

――――

――――

 

 

数分前…駄菓子屋シタマチ店先

 

 

「この駄菓子屋に、継続の隊長まで入っていった…」

 

 店先の電柱の陰に隠れ窺うエリカがいた。

 

(どうする…?殴り込みに行って問い詰める?…だめね。どうせはぐらかされるに決まってるもの…)

 

 駄菓子屋店内に乗り込むか否かをエリカは考えていた。

 ハジメの謎行動を解き明かし、ハジメと先ほど店に入っていったミカとの関係を聞きたかった。

 その矢先に予期せぬことが起こったのである。

 

 

「ウィードなんて…ウィードの嘘つきっ!!!」

 

 

(継続の隊長!?なんであんなに怒っ…て……)

 

 ミカが駄菓子屋を飛び出して町へと走らんとするところを目撃したわけである。

 走るミカが、泣いている。エリカには分かった。何か我慢ならなく、悲しい、辛いことがあったのだろう。

 チューリップハットで隠れていた顔に薄らと光る筋が伝っているのをエリカは見ていた。

 

(ハジメも気になるけど…これは追いかけないといけない気がする…!ああもう!アイツの馬鹿が本格的に移ってきてる!!)

 

 気づけばエリカは電柱から飛び出してミカを追いかけていた。

 

(あの娘の涙…私は知ってる。分かってる。……あれは、大切な人を想って流す涙…だから……!!)

 

 

 

――――

――――

――――

 

 

 

 時系列は現在に戻る。ミカとエリカが店先から姿を消した数分後、三人が玄関から外へと出ていた。

 

「回りたいところって、寄り道ってことですか?」

 

「キミ達に問いたいことがまだあったからね」

 

「問いたいこと?」

 

 時刻は17時半過ぎである。うかうかしていれば夕方になる時間だ。

 いくら立ち直ったとはいえ、さすがに悠長すぎるのではないかというのがハジメとイルマの考えであった。

 

「歩きながら話そう。…ミカが行きそうな場所には心当たりがある。心配しないでほしい。本当に、少しの時間だけ、私に預けてほしいのだ…」

 

 しかしながら断る理由は無かった。

 上のやりとり以上はとやかく言わずに二人はウィードに添って歩くことにした。

 歩いている道中、道行く人々…継続町の住民達がこちらに、明確に示すならばウィードに向けて手を振ったり、挨拶をしてくる。

 彼は十数年前から継続町にいる古株の住民である。それに現在継続高校の戦車道チームを支援している商店団体の立役者であり代表だ。(ふね)で知らない人間の方が珍しかった。

 

「シタマチのおじさんだー!こんちは!!」

「子供達がいつもお世話になってます〜」

「おおウィードさん。今日もお元気そうで」

「戦車道、惜しかったですなぁ…」

「また将棋、付き合ってくださいな」

 

 彼が余程慕われている証拠なのだろう。店の常連と思われる下校途中の小学生、中学生に高校生といった少年青年から、主婦や歳を召した老人達まで、老若男女問わず表に出ていた町の皆が声を掛けてくる。

 それら一つ一つに律儀に応え、会釈を混ぜながら町中を進むウィード。

 

「温かいですね。町も、町に住む人も、みんなみんな」

 

「何年経とうと、ここに住む方々の心の温かみと、この美しい町並みに変わりは無い。任務に関係なく、この艦に乗ってよかったと何度思ったことか…」

 

 ハジメとイルマを連れてのウィードの言う寄り道…回り道…問いというのは、恐らくこれのことだ。

 十数年自分が住んできた町を連れて見せる……。

 同じ異星人である少年と、光の力を持ちヒトから少し離れた位置に立つ少年に、自分の__地球人と比べれば恐ろしいほど短いが__十数年の間過ごし、愛着を持った海上の町を見せ、そこから何かを汲み取ってほしかったのかもしれない。

 

「…だが、この艦…第二の故郷とも言えるこの艦上都市が、ひいてはこの地球が明日無事である保証はどこにもない」

 

 近年の特殊生物情勢と、敵対性異星人の連続した襲来。

 ウィードの心残り…それは娘が安心して暮らせる世界。自分が発った後の地球と、そこに残される愛娘を心配しているのだ。

 自身のいない、目の届かないところで人知れずミカ()が命を落とすことには耐えられないのである。

 

「どうか…私が一度この星を去り、また戻ってくるまでミカとこの町(故郷)をどうか守ってほしい……本当にそれだけなのだ……」

 

「ウィードさん…」

 

 だからこれは願いなのだ。

 この町(継続町)の温かさを感じ、共有できる光の巨人たる少年と、その友人へのささやかな願いなのだ。

 

「…俺は、これまでと、そしてこれから出会う人達の命を守りたい。ミカさんも、その一人です」

 

「そうか…………ありがとう」

 

 一通り街中を巡ると、継続町だけでなく学園艦全体を見下ろすことのできる艦上市街地の中央に位置する高丘公園へと三人は歩みを進めていた。ウィードが心当たりのある場所と言っていた所である。

 

「ここだよ。このなが〜い階段の果てに広場となる公園がある。ミカはいつもこの階段を一気に上っては頂上で倒れてへたり込んでいた。危なっかしくてゆっくり上ることもできなかったよ」

 

「こ、これを一気に…ですか…!?」

「本当に継続の隊長さんは地球人なのかい…?」

 

「寝ながら私を毎度笑顔で待っていた。あそこの頂上で見る夕焼けが綺麗なのだ…どこの河川敷や町工場から見る夕焼けよりも、風情があり美しい。ああ…懐かしいなぁ、夕焼けを見るのは私に似たのかミカも好きでね。よく見に行ってはそこで彼女はカンテレの演奏を聴かせてくれた……」

 

 高い丘の頂上にある公園まで続く、丸太で補強されている__所謂山階段と呼ばれる長大な回り階段を彼らは上っていく。時折ウィードの想い出話に耳を傾けながら。

 頂上までの段数は、およそ300……。

 

 

 

――――

――――

――――

 

 

 

艦上市街地中央部 高丘公園最頂部

 

 

 

ポロロロ~~~~ン♪

 

「綺麗な音色ね」

 

「だろう?」

 

 公園の景色を一望できるベンチに座っているのはエリカとミカであった。

 今のミカの表情は穏やかなもので、店先で見せた激昂はどこかへと消えているようだった。

 エリカはミカを追って公園に辿り着いた。その時ベンチにはミカが先客として座っており、一人でカンテレの演奏をしていた。そこでエリカが事情を訊ねて今に至る。

 エリカはミカを追ってここに来た旨も明かしたし、それをミカは咎めることもしなかった。

 

「逸見さんも、彼と同じ匂いがするね」

 

「か、彼って、ハジメのこと?」

 

「うん。キミも太陽みたいな、暖かい匂いがするんだよ」

 

「…ねえ、あの…聞きたいことがあるんだけど…」

 

「もしかして、ハジメ君とはどんな仲なのかってことかい?」

 

「ええ…」

 

「今日初めてまともに話した仲だと言えば分かるかな?」

 

「あ、ああ…そう…そうなのね」

 

 エリカの顔は少し赤くなっていた。変に誤解をしていたと分かったからである。

 それと同時に安堵の感情も同じぐらいには湧いていた。ほっと息は吐かずに飲み込んだ。

 心臓の心拍数は高いままだったが、今の自分の状態を誤魔化し、ミカの注意を他所に向けさせたかったために、続けて別の話題をミカに訊ねる。

 

「その楽器…カンテレって、どのくらい前から扱ってるのかしら?」

 

「物心ついた頃からずっとだね。私が初めて貰ったプレゼントだったから…」

 

 戦車道の試合後にある交流会でかじった程度しか話したことのない間柄の二人であったが、今では昔からの親友のように打ち解けていた。

 

「そう。良い両親に恵まれたのね」

 

「…両親か。私にはいないよ。父親代わりの人はいるけれどね。私を拾ってくれた人なんだ」

 

「あっ…ご、ごめんなさい…気を悪くさせたのなら謝るわ…」

 

「いいや。いいんだ。そのことを苦痛に思ったことは無いからね」

 

 演奏は止めずにミカはエリカをフォローする。

 

「……踏み入ったことをまた聞いてしまうけれど。…お店の前での出来事は先の話題と関係が?」

 

「…そうだね。その人と喧嘩…と言っても私がひたすら怒鳴り散らしただけだよ。それも一方的にね…理由も聞かずに飛び出して、ここにいる。逸見さんと一緒にね」

 

「店についてのお話とか…だったの?」

 

「彼が元いた故郷に帰るんだ。今日の…あともう少しでね」

 

「…いいの?こんなところにいて」

 

「故郷がね、国外なんだ。遠く、本当に途方もなく遠いところ。…次に戻れる日がいつになるかも分からない。それでね…」

 

「なら余計、会わなくちゃ…」

 

「突き放してしまったのは私の方だからね…。こちらから今更行っても、相手してくれるかどうか」

 

 自身がとった行動にミカは負い目を感じているようだった。

 普段の彼女の印象からは到底想像し得ない言葉と表情である。エリカも少し意外そうに__ただし顔には出さずに__していた。

「でも――」とエリカは優しく遮る。

 

「――その人はミカさん、あなたが父親として慕ってきた人なんでしょう?それなら向こうもあなたのことを実の娘のように想ってくれてる筈。つっぱねることなんてしない。会いに行きましょう、ミカさん」

 

「……いいのかな」

 

 演奏が止まった。ミカはまだ揺れている。迷っていた。

 自信が無いのかもしれない。自分の心情は知っていても、相手の心の中なぞ覗けないから。

 だからエリカは発破を掛けてやるのだ。

 

「じゃあ顔も合わさないで、一言も交わさずに余所余所しくして送り出すって言うの?」

 

「っ…それはいやだ…!」

 

「今のが本心でしょ。ならここで座ってないで、ほら」

 

 エリカに促され、遂にミカは決心したのか、カンテレを横に抱えてようやく立ち上がった。

 エリカの方を向いて頷き、その目で自身の意思を伝える。

 

「よし。こっちもモヤモヤは消えたし、思い切り動ける。まずは……」

 

 エリカはミカと共に、彼女の家族である男__ウィードを探そうと座っていたベンチ、そしてこの公園をあとにしようとした。

 出入り口…というか、丘陵上の公園に繋がる唯一の階段。あの段数を上るよりはマシとは言え、再び通るのは億劫だなとエリカが内心チラッと思っていた。

 

「ウィード…」

 

 小さな声が横から聞こえた。

 勘で見やった階段には、話に出てきたミカのただ一人の家族…ウィードが立っていた。

 

「…ミカ、すまなかった」

 

 向こう__ウィードから開口一番に出た言葉はミカに対する謝罪であった。

 それもどこかぎこちなく、慣れていない所作でのもので、見る者が見ればよそよそしさがあるとも見てとれた。だが誠心誠意の謝罪であることには変わりなかった。

 

 さて、エリカ達が階段前で目にした人物がウィードのみである。

 なぜならば頂上の一つ下の踊り場でハジメとイルマが待機しているからだ。

 家族の話に自分達が同席するのは憚られると二人が思った故の行動だった。これが偶然にも、ハジメとエリカのエンカウントを阻止する形となった。

 

「すまなかった。ミカ…。臆病になっていた私を許してくれ。もっと…もっと早く言おうとしていれば…」

 

「ウィード、こっちこそ…ごめん。何も理由とか話も聞こうとしないで拒絶して、飛び出していって…。それにヒドイことも言った…」

 

「それは気にしなくていい。私の配慮とその他何もかもが足りなかったのだ…。飲み込めなかったのも無理は無い。離れる当日、今日になってにようやく言えたのだから…」

 

「何も言わなかったよりはマシさ…」

 

 ミカとウィードが互いの距離を歩いて詰めていく。その度に懺悔に近い言葉が飛び交う。

 エリカは一歩退き、二人の様子を見守る。

 

「いくら詫びても足りないのは分かってる…!」

 

「だから、もう良いんだよウィード」

 

 ミカの両肩を掴み詫び続けるウィードの顔は涙でぐちゃぐちゃで、掛けているサングラスの先にある目は開けることすら堪えない状態になっていた。

 

「いいのか……?」

 

「お互い様さ。私も踏ん切りはついたから。何も言わず会わずのさようならは嫌だろうって、逸見さんが教えてくれたからね」

 

 そう言ってくるりとエリカの方へ視線を向けるミカ。

 会話の内容こそ聞こえてはいないようだが、エリカの方も小さく会釈していた。

 

「ああ、ハジメ君の…」

 

 戦車道関連の月刊誌や、ハジメ本人との会話もあり今目の前にいる彼女が何者なのかすぐに察したウィード。

 今日の流れを運命的な何かが絡んでいると感じたようである。

 

「…これは偶然か…いや…そうか……」

 

 光の戦士__ウルトラマンであるハジメと、その傍らにいるエリカが自分達親子に偶然として片付けるには大きすぎるプラスの影響を与えたのは確実であった。

 運命的な何かに心の中で感謝しつつ、ウィードはミカへと向き直り別れの言葉を掛ける。

 いつの間にか、空は茜色になりつつあった。

 

「ミカ、聞いてくれ。次に会える時がいつになるのかは、私にも計算できない。未だに並行世界間の時間のズレは把握できてないからだ……。この地球に戻ってこれるのが、明日なのか、一月後なのか、一年後か…はたまたミカが老人となってからか、それとも……。私は怖いのだ…」

 

「大丈夫…このさよならは、最後のさよならじゃない。きっと。私はいつまでも待つから…うん、待ってるから」

 

「……私は…この星が好きだ。この継続町も、そこに住む人々も。そして何より無病息災で今日まで元気にいてくれたミカ、私のたった一人の家族が大好きだ…!」

 

「うん…分かってる。…私も大好きだから」

 

 ミカは笑顔をウィードに返す。

 ウィードも最後の決心がついたようだった。

 顔を濡らしてい涙をスーツの黒袖で拭う。傾きつつある橙色の陽の光を浴びて、拭き取れなかった僅かに残る顔の涙の水滴が光る。

 

フロロロロロロロロ…!

 

「来たか」

 

「ウィードの星の…お迎えだね…」

 

 メトロン星の特務用宇宙船__秘匿円盤が夕焼けを背景にやってきた。楕円球を二つ組み合わせたようなデザインの赤い宇宙船である。

 独特の飛行音を発しながら、丘陵公園より少し離れた、継続町の市街地中心部上空にて静止する。

 

「え、え!?宇宙船!?でも、なんでこのタイミングで、こんなとこに!!」

 

 唐突な円盤の出現にエリカはというと、戸惑っていた。二人を連れて逃げるべきか否かであたふたしているようだった。

 また、学園艦からの警報発令は不思議なことに無かった。未確認飛行物体(UFO)が日本沿岸に侵入しているはずであるのに、自衛隊機が駆けつけたり艦内警察・消防隊が出動する様子すら微塵も無い。

 

「…なんで町の皆んなは逃げようともしないの…!?」

 

 エリカが町の違和感に気づいていた。

 公園から町を見渡して確認すれども、人の動きが急激に増加することも、パニックに陥っている集団も見当たらなかった。

 至って普通の日常が継続町で再生されている。上空の円盤に誰も見向きもしていなかった。

 

「あれは秘匿円盤。ああ見えて一部の者以外にはあらゆる手段を用いても姿は見えず、発する音も耳には届かない。勿論既存の探知技術等にも引っかからない。どうやら、キミは条件を満たしている人間のようだ。…やはり偶然ではなかったか」

 

「っ!?」

 

「あ、ああ。驚かせてしまって申し訳ない、逸見エリカ君」

 

「…へっ!?え、え!?異星人…?いつからそこに…ウィードさんは!?」

 

「私がウィードだよ。私はメトロン星人、ウィード。この星の者ではない…。あの上空の円盤は私の迎えに来た同胞のものだ。この町は傷つけやしない。約束するとも」

 

 ビクッと肩を震わせて声の主の方へとすぐに振り向いた。先程までウィードのいた場所に、代わって未知の異星人が立っていたのである。まるでその場で入れ替わった…というよりも見てない間に一瞬で変身したようにも思えた。

 にわかに信じられない案件ではあった。メトロン星人を名乗ったウィードの横に落ち着いた顔でいるミカにエリカは訊ねた。

 

「ミカさんは、知っていたの?」

 

 ミカは頷き肯定した。

 

「てことは、故郷に帰るって…地球からいなくなるって意味?」

 

 二人が肯定する。先ほどまではせいぜい日本の反対側…地理的に一番遠い地点である南米あたりへの帰郷であると考えてエリカは、頭に強烈な殴打をくらったようなショックを受ける。

 異星人が、地球人の赤ん坊を育て、共に生活し、そして今別れの時が来ている。自分はその場に居合わせているという情報の濁流が一気に彼女を襲ったのである。

 ミカから聞いたミカ自身の身の上話がすべて繋がった。親代わりをしてくれた人物が、星も文化も、価値観でさえ違う異星人だったと知れば、嫌でも二人の苦労、苦悩は分かるのだ。地球上の、国と国でさえ未だに違いというものに慣れてはいないのだから。

 

「そんなの…あまりに辛すぎるじゃない…ミカさんも、あなたも…」

 

 そして、"別れ"。

 地球上で毎日どこかで交わされているだろうもの。

 そんな"別れ"の数々とは比べられないほど辛く苦しく、重い"別れ"をエリカは知った。これまで経験してきたものとはまったく別のものだった。

 永遠の別れ…死別とはまた違う、別の酷なもの。

 

「私は、必ずこの星に、いつか必ず地球に戻ってくる。キミはミカの友人なんだろう…。ならばどうか、彼女とこれからも仲良くやってほしい…彼女はこう見えても結構な寂しがり屋でね」

 

 今生の別れ…そんな言葉が頭に浮かんだ。

 ウィードから発される言葉すべてが、まるで遺言のように聞こえてくるのだ。

 ミカとウィード、どちらかの命が終わってしまえば、逢えなくなる。だからそう思うのかもしれない。

 

「キミは優しいのだね、エリカ君。こんな私とミカを想って泣いてくれている。やはり…この星も捨てたもんじゃない。地球人の思い遣りと、地球の夕焼け以上に美しいものを私は知らない」

 

 ミカは儚げな笑みを浮かべて何も言わない。

 平気なわけがない。

 エリカはそのミカの笑顔を見るのが辛かった。

 言え、言って良いんだ。覚悟を決めた後でも言って良い。

 やっぱり行かないでくれと。我儘を言っても良いのだ。その人は貴女のお父さんなのだからと。ここで言えば、恐らくウィードも応える。

 エリカはずっと心の中でミカに引き留めろと促していた。

 

「……さて。それでは、私は行くよ」

 

 別れの時が遂に来てしまった。

 ウィードは地面を蹴り、公園から飛んだ。そして付近の空き地を目指して着地準備に…入ると同時に巨大化。

 

ズズゥウウン…………!!

 

 継続町に巨大な異星人が突如出現した。

 

 メトロン星人__ウィード本人は秘匿円盤に匹敵するような諸能力は持ち合わせていない。

 当然、学園艦に住む人々の注目は集まるはずである。下手をすれば、パニックが起きる可能性もあった。

 

 彼が何故巨大化して姿を晒したのかは分からないが、ここで不幸な行き違いが起きてしまえば取り返しのつかないことになる。人々から死傷者が発生、自衛隊による攻撃でウィードが斃れるといった事態に発展するのは防ぎたい。ハジメは急ぎ、アルファ・カプセルを取り出しウルトラマンナハトへと変身した。

 

――シュアッ!!

 

 夕焼けに照らされる継続町。そこに向き合って静かに立つ異星人と光の巨人。

 

 ナハト出現後も、考えていた事態は発生しなかった。

 円盤は見えなくとも継続町の人々にもメトロン星人は見えているはずなのに、誰も叫んだり逃げたりもしない。その場から動くことなく、メトロン星人__ウィードを見上げている。

 治安組織が行動する様子も見受けられない。

 

『いやはや…やはりこの黄昏は美しい……。メトロン星でも、中々お目にかかれない景色だよ。これが暫く見れなくなるのは惜しい限りだ』

 

《………》

 

『…一応、秘匿円盤から継続町全体を包むように認識阻害フィールドを展開させている。外からのリアクションが無いのはそのためだ』

 

《じゃあ、内側…継続町の人々の、この反応は何なんですか?》

 

『我々は何も細工していないよ』

 

《えっ?》

 

 継続町に住まう人々も何となく分かっていたのだろうか。

 巨大な姿をした異星人が、紛れもなくこの町の一部…一人の住民であると、心のどこかで確信していたからなのだろうか。

 かの異星人が何者なのか、それが明確に分からなくとも、心に刻まれたモノがあるのだろうか。

 あの異星人(ウィード)に暖かな面影が朧げにではあるが見えているからだろうか。懐古の念が滲んだからだろうか。

 

 町の人々は、揃ってウィードに手を振っていた。子供から老人まで、皆が皆これが"別れ"の見送りであると分かっているかのように。

 静かに、それでいて優しく…送り出すように手を振っている。

 

《そうか、分かってるんだ…みんな、あなたが誰なのか、分かってるんだ。町…継続町がウィードさんを覚えているんだ》

 

 町を見回しながら、ナハト__ハジメは言う。

 

 惜別の時。

 一人の異星人が、地球を去る。その瞬間がやってきた。

 誰も止めはしない。できない。

 

 

 

「ウィードッ!!」

 

 

『…っ!ミカ…?』

 

 だが最後にミカは、丸太で出来た柵を乗り越えんばかりに身を乗り出してウィードに届くように大声で叫んだ。

 

 

「今日までッ!!私を育ててくれて、見守ってくれてありがとうっ!!!これからも、私頑張ってくからねっ!!!お父さんっ!!!」

 

 

『!!』

 

 ウィードには見えた。涙を流しながらも必死に笑顔で大きく両手を振っているミカを捉えた。

 今まで、泣いた事すらなかったろうに。

 ひどい泣き顔だった。いつものどこか遠くを見ている…彼女の澄ました表情は面影すらなかった。

 そして何より衝撃的であったのは、ミカの発したウィードの呼称だった。

 

『…私を……そう呼んでくれるのか、ミカ……』

 

 メトロン星人の両目からは涙が溢れ出していた。

 ウルトラマンも、泣いている。

 

 メトロン星人は少女と、町の人々にその巨大な腕の片方を横に振ることで応えた。

 

『…この地球(ほし)を頼む』

 

 ナハトは一言も発さず、ただ黙って頷いた。また一人、ナハトに託した者が増えた。

 メトロン星人はそれを確認すると、町に背を向けて円盤へ吸い込まれるように消えていった。

 

フロロロロロロロロ…

 

 彼を乗せた円盤が、夕焼けの空に向かって飛んでいく。徐々に特異な飛行音が遠ざかる。

 そして円盤が茜色の空へと消え、見えなくなった。

 ナハトもまた光の粒子となって姿を消していった。その光の粒子が、奇しくもひらひらと舞う__別れを象徴する花__桜の花びらに見えた。

 

「あはは………行っちゃったね」

 

「…そうね」

 

 見送り終えたミカはエリカに笑ってみせた。

 たった一人の家族は宇宙(そら)へと上がり、故郷の星へと戻ってしまった。

 だが、ミカの顔には悲壮の陰りは無かった。

 

「…もう、思い切り泣いたから。ここからは前を向く番。逸見さん、付き合ってくれてありがとう」

 

「ええ。……また会えると良いわね」

 

「うん。私は決めた。私があのお店を継ぐ。色んな想いでが詰まった大切な場所だから。帰ってきた時に温かく迎えてあげたいから」

 

「いいことだと思う」

 

 公園の階段までミカとエリカは歩みを進める。

 

「あ…エリさんとミカさん!」

 

「ハジメ!アンタ、今までどこに…?」

 

「少し前までウィードさんと一緒にいたよ……ウィードさんは、行ったんだね…」

 

「うん。逸見さんにもキミにも迷惑を掛けたね…」

 

 ハジメが息を切らして階段から上がってきた。

 それに目を丸くして驚いたエリカ。これから探すかと思っていた相手がひょっこり顔を出したものだから、このような反応をするのも無理はない。

 ミカはミカでここにいるハジメとエリカに謝意を示していた。

 

「私は何も…」

 

「俺だって…」

 

「ありがとう」

 

 謙遜する二人に深く礼をしたミカ。

 こればかりは受け取らないと無粋というものだ。真摯にミカの謝意を二人は受け取り、挨拶を交わすと帰路につく。

 

 ミカはエリカと共に歩くハジメの背中に、ふと大きな背中が重なったように見えた。だから、父との別れを見守ってくれた存在に重ねてその背中に小さく礼を言うのだ。

 

 

「ありがとう。ウルトラマン」

 

 

 これより下記の会話は、夕焼けに染まる継続町の町中を歩いている最中のハジメとエリカのものである。

 

「今日はいろいろあったね」

 

「ええ。…まさか継続の隊長のお父さんにあたる人が異星人だったなんて、普通は思わないわよ」

 

「だね。俺もビックリしたもん」

 

「…もしかして、駄菓子屋にいたのってそういうこと?」

 

「あー、そうだね。相談乗ってたんだよ」

 

「…なるほど?嘘はついてないみたいね。…私たちあれだものね…怪獣とか異星人とか、普通の人と比べて何度も遭遇してるしね…良くも悪くも…。向こうも分かるものなのかしら?遭遇者特有の匂いみたいなのとか」

 

「実際どうなんだろうね…?」

 

「………あの、今思い出したんだけど、イルマと一緒じゃなかった?どこかにアンタ置いてけぼりにとかしてない?」

 

「あ……いや、現地解散したから大丈夫…だよ?」

 

「なんで疑問系なのよ…それに現地解散ってなによそれ…」

 

「ははは……」

 

 今回の出来事に関わったことで、ハジメはまた心の中で一つ選択を迫られた気がした。

 それは、周囲の人間に自身の正体を明かすべきか否か、である。

 みんなならばきっと…と思う反面、そんな簡単にはできない…上手くいくハズがないだろと一蹴してくる自分もいた。

 沈む夕陽を見やりながら、今は出そうに無い問いの答えをあれこれ模索するのである。

 

 

 

――――

――――

――――

 

 

 

太陽系第三番惑星 地球

日本上空 衛星軌道上

 

メトロン星間軍所属船 双玉型秘匿円盤内部

 

 

 

「地球の白色衛星()の周辺宙域を通過後に各種欺瞞装置を順次解除していきます」

 

「そうか。本星までの道のり、世話になる」

 

「っは!光栄であります!!」

「……"室長"。周期凡そ20年弱の任務、お疲れ様でした」

 

 円盤…メトロンの宇宙船では、同胞のメトロン星人達から"室長'"と呼ばれ、最高敬礼で迎えられたウィードがいる。

 彼は自身の部下にあたる同胞らに楽にするよう促してから、艦橋へ向かう。

 

「短周期とはいえ、室長自らが任務に赴くと仰られた時は驚きましたよ…。こうして無事にご帰還なされて、どれだけ我々が安堵したことか…」

 

「心配を掛けさせてすまなかったと思う。だが、上で物を言っているだけでは下の者はついてはこまい。故に動くに至ったわけだ」

 

 同胞の様子から察するに、ウィードは自分の所属している機関__"多次元戦略情報室"の最高責任者だ。そして周りからは大変慕われているようである。

 

「――私不在の間で、本星絡みのイベントなどは?」

 

 ウィードが空白期間内の出来事を、後ろに控える部下に尋ねた。

 

「いいえ。室長が任務遂行期間中に特筆すべき星間問題や宇宙災害等はありませんでした。現在、本星は至って平穏そのものです」

 

「…今のところは、か」

 

 含みを持たせた言い方をしたウィードに、「残念ながら…」と言いたげな顔で部下が説明に入った。

 

「はい…。新たに脅威度5に匹敵する4.5の地球を擁する次元と我々の次元が繋がる可能性が…上昇しました。また、3.5レベルと目される次元が三つ、新規に発見されたとのことで」

 

「……なんとかなる…いや、なんとかするさ。それが我々の仕事なのだから。さて…ならばやることは山ほどある。本星へ戻るまでの間に、現在コンタクトの取れている並行宇宙のすべてのメトロン星関係人員に招集を掛けてほしい」

 

「了解。通信要員!行け!!」

「っは!!」

 

「やるべきをことを成して、早く娘に会いたいのでね」

 

 そうポツリと言う。ウィードの呟きを拾った部下の一人が聞いた。

 

「室長、失礼を承知でお聞きしたいのですが、御息女がいらっしゃったのですか?」

 

 ウィードは職場ではプライベートの話はあまりするタイプではなかった。そのため、つい溢れた呟きを拾い訊ねた部下の声色は純粋な疑問と驚き、そして関心の入り混じったものだった。

 ウィードの言う娘は、本星に置いてきた家族のことを指していると思っているのだろう。

 

「ああ…。大事な、大事な私の一人娘だよ」

 

 ウィードは敢えて詳しくは言わなかった。

 そして、ふと艦橋後部の艦窓へ体を向ける。そこに映っているのはウィードの第二の故郷…地球である。

 

 

【♪ED BGM】海援隊『さよならにさよなら』

 

 

 地球を見れば、愛娘であるミカとの懐かしい想い出が走馬灯のように浮かんでくる。

 …彼が瞳を閉じれば、瞼の裏には幼い娘と共に茜色の空に揺らめく夕陽見ながらついた帰路の情景が映るのである。

 自身の緩む涙腺から溢れそうになる涙を堪え、心の中で約束を立てる。

 

 

(いつか必ず…私は戻ってくるよ)

 

 

 このさよならが、最後のさよならじゃない。

 だから。別れ告げるさよならに、サヨナラ。

 

 

 

 




大変お待たせしました。投稿者の逃げるレッドです。

メトロン星人…私が二番目に好きな異星人です(メフィラス構文)
初めて家族に買ってもらった特撮DVDが、ウルトラセブンで、メトロン星人登場話が入っているものでした。幼い頃に無心で何度も観ていたのを覚えております。
そして物心ついた頃にマックスでまたメトロン星人が再登場して、当時は内容があまり分からなかったのですが、高校生の時に改めて二作品を視聴して比べてみると気付かされるものが多々あり、懐かしさなども相まって涙を流した想い出が。
言葉では言い表せないものがメトロン星人には詰まっていると思います。

海援隊のさよならにさよなら…投稿者のドラえもん挿入歌ランキングの中でもかなり上位に食い込むベストソングです。よければ、あとで聴いてみてください。
また、メトロン星人や、ミカさんに合いそうな曲に、the Blue Heartsの『夕暮れ』も良いかもしれません…。

予定よりも話の内容がここまで膨らむとは思わなかった…。
さて、次からいよいよ準決勝に突入します。最終話に向けて物語はさらに動く……。

これからもどうかよろしくお願いします。


※12/17現在 追記
誤字脱字が凄まじい数あったことを確認、修正しました。お粗末な文章のまま投稿してしまい申し訳ありません。


________

 次回
 予告

 戦車道準決勝、第一戦…大洗女子学園とプラウダ高校の試合が開幕する。試合会場となった青森には、みほの戦いを観るべくまほとエリカ、そして黒森峰戦車道の顧問であり彼女の実の母でもあるしほの姿もあった。

 そしてそれに呼応するかの如く、星間同盟ヒッポリトが新たな計画を発動させる。
 南極で、青森で、オホーツクで、暗躍の影が蠢く…!

 次回!ウルトラマンナハト、
【地獄の陰謀】!





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第49夜 【地獄の陰謀】

 

 

 

7月29日水曜日 現地時間01:45頃

 

 

南極大陸 ロス海

中国人民解放軍海軍北海艦隊旗艦

航空母艦〈広東〉

 

 

 

「こんな極寒の地に果たして今の祖国が欲するものがあるというのか…?そもそも、なぜ我が艦隊が護衛なのだ。ここは南極だ。時世と場所を考えれば南海艦隊の方が余程適任だと思うが」

 

中央政府(北京)からの直々の命令です。本艦隊が選ばれた理由としては最も実力があり、かつ()()()()()艦隊であったから…と聞いております」

 

「なんだそれは。解せんな…」

 

「小官もそう思います」

 

 南極大陸の極寒の海に浮かんでいる灰色の船影群は、中国海軍の三大艦隊の内の一つ__北海艦隊だ。

 彼らは数少ない友好国…オーストラリア連邦が盟主の豪州連合の領内を経由するルートで南下してきた。

 

 北半球に位置する国家である中国の艦隊が何故こんな南半球の僻地へと赴いてきたのか。

 それは軍部の息が掛かった民間研究所__表向きはそうだが構成員はすべて陸軍のNBC部隊__の調査隊の護衛任務並びに調査活動協力のためである。

 

「艦隊の半数を率いての局地調査など前代未聞だ。それに、甲殻類型特殊生物の発生源…親玉の発見には至っていない。そちらの調査が本格的始動に至る前にこうしてまた別途の、南極に行けとの任務を与えられた…上は正気か。艦長、貴官はどう思う。忌憚の無い意見を聞きたい」

 

 北海艦隊は調査隊の移動手段として、輸送ヘリを提供し、艦隊が待機する海域を哨戒するぐらいだった。

 艦隊の5割のみとはいえ大部隊だ。護衛部隊としては過剰な戦力ではないかと艦隊司令の劉大校は思いに耽っていた。この任務自体に彼は懐疑的であった。

 

「はっきりと言わせてもらうと…司令、これは常軌を逸しています。先の甲殻類型…ガンザ、ガニメの師団規模の群れへの対処は偵察衛星による事前把握と、海警局と我が艦隊、並びに随伴の潜水艦隊の総力を結集し万全を機してのものでした。同様かそれ以上の勢力が再び黄海沖に突如襲来した場合、現在本国に駐留させている残りの艦隊のみでは対処不能に陥ると愚行します」

 

「その通りだ。上は恐らくガンザ、ガニメの大侵攻はあれが最初で最後、とっくに収束したと思っているに違い無い。甘いのだ、彼らは」

 

 依然として残るリスクに対しての備えができていない現状で行われる局地調査活動の護衛任務…劉大校と〈広東〉艦長らは危機感を覚えていた。それは言葉や態度に現れていなくとも、末端の兵士たちも同様の心持ちだ。

 しかし、同じ艦隊の人間とはいえ、不特定多数に聞かれるのはやはり避けるべきと考えた二人は艦長室のソファに向き合って腰掛け談義していたのである。

 

「超古代の先史文明…エフタルと言いましたか。それ由来の遺跡が我が国でも発見、発掘されつつあります。かの文明が遺した文献は未知なる情報の塊と言えるモノ…是が非にでも中央政府は手に入れたいのでしょう」

 

「そこで南極か。新たに出現したであろう手つかずの遺跡群を漁ろうという魂胆か」

 

「……はい。そうでなくとも、南極にも古い逸話から、ごく最近のもの、ブラフも含めれば…"ジンメン"や"ヒトガタ"といった未確認生物(UMA)の話題までいくらでも存在します。神話生物のモデルと考察される特殊生物が世界各地で出現しておりますし、そういった制御できるレベルの未確認特殊生物を発見できれば戦力に組み込む腹積もりでしょう」

 

 実際に現れた神話生物と言えば、ゴジラとモスラが欧州で討伐した大海蛇__マンダが最も近い存在として当て嵌まるだろう。

 伝説、伝承といったものは、一定の事実に基づいて誕生するものらしい。つまり、遥か昔に生きた人々は真実を記し遺していたのは紛れもない事実であったわけなのである。

 

「全く上は呑気なものだ……たしかに我が国は特災被害は上海会戦(ガンQ)のみに留まっているが……隣国の日本なぞ毎週のように大型が来襲している。日本でさえああなのだ、本国での第二第三の特災発生が今後一切無いなど言えるはずが無い。まず大前提として、我々の同胞の命を奪った存在を兵器にするなどありえん話だ。私は断固として認めん」

 

 劉大校の言葉に艦長も黙って頷いた。

 

 現在、中国海軍を中心とした当国三軍内部では北京中央政府並びに軍上層部の例年に見ない__豪州に続けと言うかのような__超強硬姿勢に懐疑心を抱く軍人が一定数存在していた。北海艦隊の彼らもまたその一部なのだ。

 

「第一、なぜ本国周辺から飛んで南極なのだ?他国はギャオスや昆虫型の駆除で手一杯で、南極に意識が向く前に調査…というのはまだ分かるが、その前に南極である必要が果たしてあるのか?なぜそこまでこの氷の大地に拘る…?」

 

 当然の疑問であった。連日、中国本土の沿岸部・内陸部にて先史文明エフタルの古代遺跡発掘されている中で、本国から遠く飛んで離れた南極圏であるのか。ただの遺跡、新種の特殊生物の調査ではないように思える。

 中国本土に点在する遺跡群の発見並びに解析完了率は、中国の十八番(オハコ)でもある人海戦術(マンパワー)を用いても未だ4〜5割どまりである。

 上層部の強行姿勢もそうだが、それらを抜きにして不審に思うのも無理はない。疑念の材料は至る所に転がっていた。

 

「…司令は、"ショゴス"なる超生物をご存知ですか。所謂、UMAのような架空生物…御伽話に出てくるのみのはずだった存在です」

 

 一拍置いてから放たれた艦長の問いに劉大校は怪訝な顔をした。

 

「…はずだった…だと?」

 

 眉がピクリと動いた。

 艦長のワンフレーズに違和感を覚える。

 劉大校は思わず聞き返した。

 

「…陸軍の同期、諜報部に所属している友人から聞いた話なのですが、今回の南極での活動は、ショゴス本体…若しくはサンプルの発見、捕獲とのことで、我々北海艦隊はショゴスが調査隊並びに本艦隊に攻撃してきた際の万一の()()らしいのです」

 

「保険…だと?」

 

「ここでの話、艦長以外の我が艦隊の人員で知っている者はいるか?」

 

「いいえ。おりません。小官と、司令以外の人物で把握している兵はゼロです。他の者らは皆、表向きの指令通りにこれが官民共同の新事業の一環として考えております」

 

 劉大校は自分の耳を疑った。

 彼の指揮下にある北海艦隊に伝えられていた調査隊と艦隊の任務内容とは明らかに違っていたのもそうだが、艦隊全体に任務の偽装までするのかという上層部への懐疑心がさらに増長したからだ。

 そして何より自身が受け持つ艦隊が得体の知れない存在に対する保険として、体のいい駒のように上の人間らから考えられていたと知り、怒りが湧いてきた。

 

「ショゴスこそが祖国を救う切り札となり得るとして、最初から調査隊…陸軍のNBC部隊はショゴス確保のみに重点を置くよう指令が出されているとも」

 

「それほどまでの力を有しているのか、ショゴスとやらは」

 

 ショゴスなるモノについて、劉大校は一切の情報を持ち合わせていなかった。そのためある程度本任務の裏の事情を知り得ている艦長にまず件の超生物__ショゴスとは何かを聞く。

 

 〈広東〉艦長曰く、まとめればショゴスとは超古代に栄えた本地球の先史文明__エフタルか、あるいはそれとはまったく別の未確認文明が創造した奉仕種族…肉体労働等を肩代わりするために作られた奴隷生物である、とのことであった。

 

 ショゴスとは、無数の眼球を内部に宿した漆黒に光る玉虫色の粘液状生物…である。

 アメーバ、スライムのような不定形で形態変化を自在に行うことができ、必要に応じ様々な生体器官を体内に発現することが可能。そういった性質から、あらゆる環境に適応し活動できると言う。

 一説ではショゴスこそが現生地球生命の始祖となった存在として語られているらしい。

 生き残りは現在南極圏にしかおらず、積極的な活動はせずに休眠に近い状態にあるという。

 ……と上述したものを艦長は劉大校に説明した。

 

 劉大校は両腕を組み瞳を閉じて思考する。

 艦長の説明は続く。

 

「――そして、ショゴスが生息しているとされる地点が、黒色山脈…"狂気山脈"とも呼ばれる山嶺に囲まれている場所であり…今回の調査地点です」

 

「原因不明の異常磁場に阻まれ、偵察衛星ですら全容を掴むことができていない、今の今まで存在自体が幻…無いものであった山…か。艦隊のヘリ乗員らは降下地点しか知らされていなかった……ところからしても、そういうことなんだろう」

 

 "狂気山脈''……南極大陸内に存在すると実しやかに囁かれてきたおぞましい山嶺だ。最高峰は10kmを優に超えておりエベレスト以上である。また、6km地点より上方は積雪が確認されず、固く鋭利な黒い岩肌のみしか無いらしい。

 …その名を口にすることさえ憚られると言う未知と邪悪に塗られた山脈に、現代人類が足を踏み入れてしまったのである。

 

 この話の1時間ほど前に、調査隊はヘリによる移動を終えて、狂気山脈に囲まれた内側__公式には特異なモノは何一つ存在していない、そこそこ高い山々があるとされている__地点だろう場所に入った連絡を受けている。その後は強力な異常磁場によって通信が不可能となったために以降は連絡を取れていなかった。

 また、隊の登山・侵入ルートは予め決まっていたらしく、どこからそのような情報を得たのか、事前にいくつか準備を整えてきたとしか言えない迅速な行動であった。

 

「それで、そのショゴスの存在をどうやって北京のお偉いさんや軍上層部が掴んだのかは知っているのか」

 

「魔導書…"ネクロノミコン"なる書物からだと、友人からは聞いています。」

 

 またしても知らない単語だった。それもやけにファンタジックなものに感じた。

 

「魔導書?ここまで来ると完全なオカルトだな」

 

「小官も未だに信じられんのです。…なんでも、神話や御伽話を特殊生物の情報源として活用しようと日本に次いでどこの国より早い段階で動き出していた英国からという話です。パリ国立図書館に現存していた件の魔導書の不完全な写本…断章となったものの存在をどさくさに紛れて奪取できた…と」

 

「よくもまあそんなピンポイントに抜き出してこれたものだ。この一連の動き……どんな奴かは知らんが、ソイツらの明確な意思を感じる…」

 

「意思…ですか?」

 

「ああ。まるで我が祖国を底知れぬ悪意に触れさせているかのような……とにかく、今回の任務のあらゆるモノが解せん。艦長、危ない橋であるのは承知しているが、引き続きその友人との交流を続けてほしい。可能か」

 

「可能です。任せてください」

 

 劉大校は、心の内に燻っていた何かを留めておくことはやめた。

 こうなれば組織の裏側を信頼に足る部下と共に洗い出し、真に護らなければないないモノ、自分たちの力を何者に行使しなければならず、改めて自分らの存在意義とはなんたるかを考え直すしかない。彼の決断は早かった。

 

 艦長は室内につけてあるコーヒーブレイカーから、二人分のブラックコーヒーを淹れた。

 ステンレス製のコップに注がれた嗜好飲料の片方を劉大校に渡し、自身もソファに座り直す。

 

コンコン!

 

 艦長室の扉を誰かが叩いた。

 要件は何かと扉越しに艦長が問うと、報告役の通信員だと分かった。

 艦長が彼を部屋に通し調査隊の連絡報告なるものを言うよう促した。

 

「調査隊より、『既定地点での観測・調査活動を終え、目標とされていた任務も達成した。これより撤収し下山に入る。迎えのヘリをランディングポイントへ求む。』…と」

 

「分かった。飛行隊長を主軸にして彼らの迎えの便の調整をさせろ」

 

 通信員の報告を聞くと彼を下がらせた。

 劉大校の顔は険しかった。艦長の顔も同様だった。

 

「任務完了…ということは――」

 

「――ショゴスと思われる存在を確保できた、と言うことだな…」

 

 劉大校は艦長から受け取っていた、湯気を立たせている注ぎたての熱いコーヒーをグイッと一気に喉へと流し込んだ。

 今だけは眠気と何処からか這ってくる悪寒を一時的にでも吹き飛ばしたかった。

 

 

 

 中国の南極調査隊が南極奥地にて発見した超古代先史文明(エフタル)由来の遺跡跡地より、タール状黒色流体特殊生物__ショゴスと呼称することとなる未知の生命体を捕獲。

 "狂気山脈"より下山した調査隊を無事収容した北海艦隊は、豪州連合勢力圏経由のルートを再び使用し本国へ帰還する。

 

 これ以降、中国は豪州連合を後ろ盾とし、"狂気山脈"が存在する地点の周辺に観測施設群を新たに建造していくこととなる。そして"狂気山脈"についての全ての情報を軍上層部と北京中央政府は秘匿、隠蔽に走る。

 また、ショゴスの生体サンプルが、中国海軍北海艦隊の寄港した豪州連合の軍港にて一部が当局研究チーム経由で横流しされたと言う噂も立ったりした。

 

 本一件のあらゆる真相は闇の中へと打ち捨てられた。

 それだけでは飽き足らず、傲慢にも深淵の入り口に人類は悪びれもなく異物を立てた…これもまた、大きなツケという形で近い将来、人類に厄災となって降り掛かるのである。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

同日 日本時間13:00頃

 

 

東アジア 日本国東北地方 青森県つがる市

津軽戦車道特別演習場

 

 

 

 日本海側に位置する盆地にある当市には、東北地方でも広大な面積を有する官民問わずの戦車道用にも利用される一風変わった演習場が存在する。

 その演習場は他の国内演習場には無い特徴がある。

 演習場内に居住区が一定間隔で配置されており、実際に人が住んでいるのである。特別というように、平時…演習場として使われない期間や、有事の際に戦場へとならない限りは通常の市町村区と同じ扱いを受けられる地域ということだ。

 

 この特別演習場が誕生した背景には、二つの事由があった。

 まず一つ目としては、国防組織(自衛隊)がより実戦的な訓練・演習を経験できる広大な訓練場ならびに演習場が確保できていなかった点である。

 当特別演習場が開いたのは1990年…丁度冷戦期の終盤。この世界も史実と同様にアメリカ対ソ連の東西冷戦は勿論あったのである。

 

ブロロロロロロ!!

 

「現地指揮所への機材搬入急げ。試合開始まで間もなくだ」

OH-1(ニンジャ)から定時連絡。異常ナシ、です」

「準々決勝の各試合は何事もなかったんだ。これが続けばいいんだが…」

 

 肝心な二つ目の理由がそれだった。当時日本の仮想敵国であったソビエト連邦の北海道侵攻…本格的南進を陸上自衛隊は抑止する必要があった。抑止力保持の努力をするにあたって、装備やら何やらを抜きにして何が一番手っ取り早いかと言ったのなら、隊員の練度向上をすれば良いの結論に行き着いたわけだ。しかし、当時は今と比べて自衛隊の使用可能な演習場は少なかった。

 そして上述のような状況が続くことを良しとしなかった当時の防衛省…防衛庁が腰を上げて当演習場が生まれたのである。

 

「三日ほど前に継続高校に異星人が出現したとか――」

「演習場区域内の住民移動が完了しました」

「分かった。関係各所にも伝達を頼む」

 

 最初こそはただの演習場になる予定であったのだが、自衛隊の市街地想定の訓練促進と、()()()()()()()()()()()()()()()()()オブジェクト群を設置した本格的な訓練環境作りが重なったことで従来のような演習場とは別物となった。

 

 さらに付け足すと、演習場建設開始当時、港湾都市の新設・再開発ラッシュによる経済成長の只中であった。学園艦関係の労働者のための居住地がひっ迫していた問題の解決案の一つとして、青森県の自治体と津軽平野の市民側から防衛省に演習場内の市街地区画を居住地とさせてほしい旨を防衛庁側に提案したのである。当初は呆気に取られていた防衛庁だったが、この申し出を快く承諾。

 こうして住民が当地域に定着し民間人が住居を構える特殊な演習場が誕生した。この頃には戦車道の試合で一般家屋が損壊した場合に戦車道連盟が補填費用を出すシステムが出来上がっていたため、冷戦終結後__2000年以降から自衛隊の訓練場としてだけでなく戦車道の試合会場として頻繁に利用されるようになり名称も変更されるに至る………これが当演習場の歴史だ。

 

「今日の分も含めれば、あと三試合やればこの大会も終わる」

「ここまで大会日程は進んだんだ。これ以上は特殊生物(怪獣)も異星人も出てほしくはないが…」

「そのための即応態勢の警備だろう?今回はメーサーだって来てる」

「こちらの兵器が効いてくれるといいんだが」

 

 そのような経緯があるためか、今でも居住区画の建築物は一世代ほど前の北欧やロシア風のレンガ・木造建築が多々見られる。流れ弾で家が吹き飛ばされるのならば、家自体のコストは低く削りに削り、家電等のアイテムにコストを割り振ることを住民達が選んだ結果だと思われる。

 ごく稀に場内のイベント関係で住む家が消し飛んだり、風穴が空いてしまうことはあれど、それらを抜きにすれば他の一般家庭と大差ない生活が送れる場所でもある。そういったのもあって、故郷として愛着を持つ人間がしっかりいるのも事実だ。

 

「湾には大湊の"第17護衛隊"が常時待機か…」

「新型のイージスに汎用、〈あきづき型〉の最新モデルの編成だったな。護衛艦が就いてくれるのなら頼もしい」

「いざとなれば海自と空自がやってくれるわけだ。それを抜きにしても、これが本当に競技会場の警備かよ豪勢すぎるのにも程があるぞ…」

「茨城のアレがまた起きんとも限らん。寧ろこれでも心許ないと思うぞ、俺は」

 

 さて、今回も当演習場は高校戦車道大会の準決勝の会場として利用されるわけである。

 警備には陸上自衛隊第9師団隷下__弘前駐屯地所属__の機甲部隊、普通科部隊が演習場内に。東北以北にも配備が始まった特自所属の対特殊生物用兵器たるメーサー車輌の姿もちらほら見える。一周回って駐屯地祭にも見えなくも無い様相を呈していた。

 場内上空は毎度の例に漏れず、偵察ヘリと対戦車ヘリ群が飛んで哨戒飛行にあたっている。

 

 そして場内からの目視では確認することは叶わないのだが、青森湾には大湊基地より航行してきた新鋭の第5護衛隊群第17護衛隊__新型ミサイル護衛艦"みくま"、"すずや"、新型汎用護衛艦"いなづま"、"いかづち"、そしてあきづき型の末っ子"みかづき"の計5隻__が展開している。

 

 その他にも、津軽海峡に目を光らせている海自__松前警備所、竜飛警備所の警戒レベルが一段階引き上げられており、つがる市に所在する空自__車力分屯基地では第21並びに第22高射隊が〈ペトリオットミサイル(地対空誘導弾)〉を配備、稼働させ即応態勢に入っている。それらと他部隊の連携や索敵情報の共有を密にするべく、海自の哨戒機群や空自の早期警戒機並びに管制機も青森県上空にて飛行している。

 さらに、有事の際には試合会場の警備任務に就いている部隊のバックアップとして、小松・松島・三沢の各空自基地より戦闘機部隊がスクランブルする手筈となっている。

 上記の内容に目を通せば分かるように、自衛隊によるこれまでの戦車道公式試合の警備態勢と比べると最大規模のものだった。

 

「……今一番に気になるのは、この()()()()だ」

「まったくですね…今は()()()()ですよ?」

 

 ……何より今、現場の自衛官らが頭を抱えているのは、冬場と見誤るほどの量の降雪であった。辺り一面は銀世界であり七月とは思えない環境が広がっていた。

 積雪は優に10cmを超えている。数年前から日本各地で続いている異常気象だ。ハジメ達が中学生であった頃にも一度、夏季大豪雪によって自衛隊は北日本に災害派遣を行なっている。

 それに近いものがまた今日起きたのである。

 

「北海道でも雪降るのは秋からだってのに…」

「もう季節外れの大雪ってやつぐらいじゃ一々驚きはしませんって」

「施設科も難儀な仕事を押し付けられたな。この時期に除雪とは」

「あとでコーヒーでも渡しに行ってやりましょう」

 

 現在、演習場ゲート周辺と、場内に設置された仮設観戦会場、それらを繋ぐ臨時駐車場までの道を陸上自衛隊施設科部隊所有のバケットローダや油圧ショベル、大型ドーザなどの施設機材を用いて積もった雪の除去活動に尽力している。

 これもまた戦車道の試合準備の一環であった。

 

 

『――ザザッ――予定通り、14:00(ヒトヨンマルマル)より試合は開始される。各員警戒を厳とし任務にあたれ』

 

 

 本日の試合は、戦車道全国大会準決勝第二戦…破竹の勢いで勝利を重ね続ける期待の新星__大洗女子学園と、昨年大会で10連覇を目標としていた強豪黒森峰を打ち倒したロシアモデルの学園__プラウダ高校の対決だ。

 

 場所は仮設観戦会場の一角。しんしんと降る雪が肩に積もるのを片手で払いながら、試合開始時刻まで静かに待ち席に座っている人物が計三人。

 内一人はスーツ姿。他二人は黒森峰の制服を身につけている。

 

「季節外れの降雪で延期はありえるかと思ったけれど、この調子なら試合は間もなく始まるわね」

 

「はい。お母様」

 

 西住流師範であり高校戦車道連盟理事長という肩書きを持つしほが直々に大洗…みほ率いる戦車道チームの戦いを観に来ていた。それも二人の付き添い__黒森峰の隊長まほと副隊長エリカを連れて。

 

「エリカもよく観ておけ。事前にこれまでの試合を視聴してると思うが、今のみほの戦い方は黒森峰(こちら)にいた時よりも…悔しいことだが、磨きが掛かっている。下馬評はプラウダ有利であるが私もお母様もその限りでは無いと思っている。…勿論家族の情を抜きにしてもだ」

 

「それは承知してます。…副隊長…みほの動きは、今の黒森峰には脅威ですから」

 

「…そうだな。プラウダが勝っても、大洗(みほ)が勝っても、心の準備だけは万端にしておこう」

 

 この試合で勝った相手が、黒森峰が決勝に進んだ際の栄冠を賭けて争う相手になるのである。本試合が、

 西住家の家族事情を抜きにしても観にこなれければならない大事な試合であることを意味している。

 

(……あの日のこと、結局聞きそびれちゃったわね…)

 

 しかし、エリカには今日の試合の行く末の他に、もう一つ気掛かりなことがあった。

 あの時はうやむやになったが、継続でハジメも異星人…ウィードと接触していた経緯を知りたかったのだ。

 

(良くも悪くも…アイツ(ハジメ)は人一倍、不思議なことに巻き込まれて…)

 

 ハジメは今回、観戦には同行していない。

 福島県沖を航行中の黒森峰学園艦で留守番…もとい待機組に属している。他の機甲科と整備科メンバーは今の時間は通常授業を受けている最中だろう。

 変なことに首を突っ込まず、大人しく勉学に励んでくれていればいいのだがと、エリカはつい考えてしまう。

 一旦、ハジメのことを気にしてしまうと、どうにも落ち着かない。

 

(ああ…駄目ね。思考が散漫になってる)

 

 落ち着きなく視線をあらゆるところに移しているエリカ。

 

 …その視線は一瞬ながら、演習場内にいくつか生成されている防雪林__その中でもある一帯だけ不自然に()()()()()()()()()箇所を捉えていたが、彼女が周囲の景色との違いを認識し、反応するまでにはいたらなかった。

 もっともエリカがその些細にも思える異変に気づいたところでどうこうできる話ではなかったが…。

 

(こっからは集中。集中よ、逸見エリカ…!)

 

 エリカはまほ、しほと共に試合開始時間を黙って待つことに徹するのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

同刻

 

 

極東 ロシア連邦 マガダン州オホーツク

シベリア・オホーツク統合基地

欧州連合科学技術研究所ロシア極東支部施設区画

地下大型格納庫 "衛人(クナト)"収容ハンガー

 

 

 

 クナトがオホーツク海沿岸部に位置している当統合基地に移送されてから、およそ3週間の時が過ぎようとしていた。

 

「クナト、喜ばしい報せが日本から…ミス・コウヅキから来ているよ。キミをヒントに、難航状態から研究の息を吹き返した"自立型多用途AI"の試作モデルが…いや違うな……キミの弟分達が無事に完成したらしい」

 

『それは本当ですかDr.ライト』

 

 世界でも珍しく、ロシア連邦は広大な国土を有しているにも関わらず、その領内に特殊生物や異星人の出現はおろか侵攻さえも受けたことがないことから、安全地帯…既存の単語を捩り"安全大陸(アイランド)''などとも揶揄されている。

 そういったことからも、ロシアの地がクナトの収容先として採用されたわけである。

 

「ああ。本当だとも。先ほどツクバから直通で受け取った話だからね」

 

『そうですか…。何と言えば良いのでしょうか…感慨深いと言うのですか、こういった感覚を……』

 

「感覚…か。キミとこうして対話していると、つくづくキミがAIだと言うことを忘れるよ」

 

 この50m級の自立人型ロボット__六式戦闘"機人"57番機のクナトは、現在では世界で唯一発見・発掘された超古代先史文明(エフタル)について…現生人類の知り得ていない未知の時代を語ることの出来る生き証人である。世界各地に再起動を今も待っているクナトの同胞が何体か存在するとされているが、未だ発見に至っていない。

 

『……私は同世代の中の最終生産機だった機体です。謂わば、末っ子というモノなのでしょう。そのような自分が、作り出してくれた()は違えど自身の弟、妹にあたる同胞と、この時代で会えることに、何にも代え難い喜びを覚えているのです。その同胞が、人類の発展や助力に寄与する存在と知ればそれはなおのこと』

 

 クナト…いや、()は一種のタイムトラベラー(時間旅行者)…時空を超えて現代にやってきた我々とはやや異なる存在とも言える。

 彼はたった一人、この時代に目覚めた。

 

 上記にある"自立型多用途AI"とは、クナト発掘以前よりつくば市にある日本生類総合研究所本部にて開発が進められていた、日本初・世界初の新世代では留まらない新時代の超高度AIである。

 クナト発掘後は、彼と生総研の香月、そして日米露の国際合同研究チームがコミニュケーションを重ねていく課程で、当人工知能は彼から供与されたデータを元に改良が加えられた。

 

「そのクナトの弟分たちの実地試験は一週間後だそうだ。今ランチに行ってるメンバー達にも伝えてきた」

 

『待ち遠しく思います。香月博士も携わっているとも聞いたので』

 

「今は中継地であるアオモリに向かっているらしい。明日にはここに戻るとのことだ」

 

 人命を第一とする信条をプログラムした、真に人々の命を守り助ける新たな人類のパートナーになると期待される、現人類が生み出した革新的AI。

 それが生総研で計三機、誕生した。それらは"スオウ"、"ロクショウ"、"コハク"の名称を与えられた。

 50m級のクナトと同様の巨大人型か、それとも超高性能な新型無人戦闘機の形か、はたまたヒトと変わらない見た目をしたアンドロイド型のボディを与えられるのかは未だに決められていないが、どのような姿であれ人の命に関わる大役を担う存在となる予定だ。

 

 クナトら"六式機人"は記述せずとも分かるくらいに高度なAIであり人格をも有する。見た目は違えどヒトともとれる存在だ。彼らの、同胞間でのやりとりは少なくなかったはずである。思うこともあっただろう。

 所詮はヒトが創り出した電子頭脳…では片付けられるワケがない。

 死地へと赴く兄弟達を見たであろうクナトは何を思っていたのか…それを考えれば、彼がこの時代で自身の模倣に近いモノとはいえ、同レベルのAIが誕生することには嬉しさを滲ませるのは当然ではなかろうか。

 

『…Dr.ライト、それが私用に作られた義足ですか』

 

「ああ、今は左脚用の義足だけだが、近い間に右腕用の義手も建造する予定だ。まずは歩けるように…ということでだね。五体満足にはまだ程遠いが、辛抱してほしい」

 

『ありがとうございます。足だけでも、私は十分です』

 

「負荷予想テストが通れば、義足の装着までにそう時間は空かないよ」

 

 米国籍の博士が説明した、自分の横に仮置きされている巨大な__ヒトと比べれば規格外の__自身のボディと同じ白銀に塗装された義足を見やる。

 彼が本基地へ移送された時点で、左脚部と肘から下の右腕部は失われていた。そのための義手義足である。

 クナトは、この義足を取り付けられれば、もっと多くの人々の助けになれるのではないかと、思考していたのであった。

 

 

――――

――――

――――

 

 

同統合基地

欧州連合科学技術研究所ロシア極東支部施設区画

地上ゲート付近

 

 

 

『――定時連絡。ゲート前の状況を寄越してくれ』

 

「こちら車輌ゲート警備所。付近のセンサー並びにカメラ等に異常無し。来客はゼロ。静かなものだ」

 

『了解。くれぐれも任務時間中に飲酒だけはしないよう留意せよ』

 

 統合基地敷地内に存在する、欧州科学研の施設区画の地上施設群へとアクセスできるエリアの出入り口。

 そこの警備にあたっている人員は、監視装置の管理役、ゲートの通行制御役、交代要員の計三名。全員、士気旺盛なロシア連邦陸軍の兵士である。

 彼らは日夜警備所に駐在し、警備・監視任務に就いている。

 

「なあ、昼飯まだだったよな。カップ麺のストックはあとどれくらいある?」

 

「あー、ニホンのシーフードのやつか。待ってろ。俺が倉庫行ってくる。恐らくまだ箱の半分はあった気がするが」

 

 警備所室内で暖を取っていた交代要員として待機していた兵士が、極寒の地での数少ない娯楽かつ生命線でもある、昼食の在庫確認をするために裏側の出入り口へと向かう。

 警備所の外に出てから、すぐ横にある小さな地下倉庫があるのだ。見に行って戻るまでなら数分も掛からない。

 

「頼む」

 

「任せてくれ。すぐにストーブに戻ってくるよ」

 

 兵士が壁に立てかけていた、イズマッシュ社製の自動小銃__連邦陸軍内でもその量産・配備数からレア物扱いされている__"AN-94 アバカン"アサルトライフルを手に取り警備所裏側のドアノブを回すために手を伸ばした。

 

ガチャ――

 

「――っな…!」

 

――バキャッ!!!

 

「「!?」」

 

 何かが勢いよく叩きつけられたような音が聞こえた。それは兵士が開けたドアからだった。

 日常で聞くような音ではなかった。室内に残っていた一人は腰の拳銃を手に、もう一人は自動小銃"AK-12"を持ってドアの前に急いだ。

 

「どうしたガロニト!」

「ガロ二…っ!貴様、どこから侵入したきた!!」

 

 外に出たはずの兵士の名を呼びながら駆けつけた二人の兵士は、目の前に広がる凄惨な光景を目にすることになる。

 ガロニトと呼ばれている兵士の返事は返ってこない。当然である。何故ならば、ドアに叩きつけられ原型の分からないほどに頭部が潰され、首から下の体は力なく床に斃れ伏していたからだ。

 

「なんだコイツは…!」

 

『……………』

 

 彼の不幸な死を二人は悲しむ余裕と暇は無かった。目の前に兵士をそのような無惨な姿へと変えただろう犯人が不気味な沈黙を保ちながらドアの前に立っていたからだ。

 その犯人の腕…と思われる部位には赤い血が滴っていた。

 

「異星人…なのか!」

 

『……………』

 

 だんまりを決める犯人の正体は、兵士の一人が溢した通り、異星人だった。

 全身が黒色で、頭部には不気味な赤色に発光する器官を有する…星間同盟所属の敵性異星人__ネオワロガである。

 

『………死ね』

 

シュパッ!!――

 

「かはっ!?」

「う"っ……!」

 

…ドサッ!

 

 兵士による発砲が為される前に、ワロガはドア前に立っていた兵士二人の首…頸動脈が通う箇所に斬り込み瞬時に無力化した。

 室内が血の海で染まる中、警備所の壁に貼られた基地の見取り図を静かに見る。

 

『……まず警備を統括しているエリアの制圧からか』

 

 ワロガはそう呟くと、自分に課せられた事を成すべく何処かへとテレポートするのだった…。

 

 

 

――――――

 

 

 

東アジア 日本国 星間同盟秘匿地下施設

 

 

 

 

 敵性異星人らの作り上げた、地球侵略の前線基地。

 地下数百メートルに存在する基地の司令室には、ヒッポリトが椅子に腰掛け、室内にあるモニター群には世界各地の中継映像__無人型秘匿円盤や超小型監視装置を介してのもの__が映し出されている。

 そして表示面積の多い大型モニターには、南極の狂気山脈内にある古代遺跡を探索する中国の調査隊の様子や、日本の青森…雪を溶かし湯気を立たせている津軽の演習場山間部、一見変化のないロシア極東のシベリア・オホーツク統合基地の映像が確認できた。

 

「"マリオネットシナリオ"…ワロガ君はちゃんと動いてくれてるかな…?」

 

「3分ほど前に当人から任務開始の連絡を受けました」

 

「そうかい。なら良いんだ」

 

 満足そうに頷くヒッポリト。

 

「しかしよろしかったのですか?例の山脈に地球人類を入れて探索をさせて」

 

 南極のショゴスの件だろう。横に控えているリフレクトが憂慮した様子でヒッポリトに訊ねた。

 それに対して、杞憂だと言いながらヒッポリトが答えた。

 

「あそこに価値のあるものは無いよ。それにこの宇宙では"(いにしえ)のもの"__エルダーシングは地球に来訪していない。狂気山脈はあれど、ね。だから彼らがいなければ生まれないショゴスは存在しない。あったらとっくにこちらが接収に動いてるよ。アレは地球産古代文明の遺跡に私が用意して解き放っただけ。当然チャイナ国にショゴス関連の情報をリークしたのも私だ。いやあれは本当に疲れたよ…わざわざブリテン国まで行って仕込みとかやったしね」

 

 自身がどこで手を加え、暗躍の糸を引いていたのかを教える。後半は自身の苦労話で、気怠そうな口調で言っているのだが、声色自体は明るかった。

 

「ならば、南極にヒッポリト様が置かれたモノ…アレは何なのですか」

 

「フフフ……私の作った検体L-1103さ。アレがショゴスだって?馬鹿だよねぇ、アレは――」

 

 ショゴスでなければ、中国の調査隊が南極で捕獲したあの特殊生物は何なのか。

 ヒッポリトはドス黒い笑みを浮かべて答え合わせをする。

 

 

 

 

 

「――"ヘドラ"だよ」

 

 

 

 

 

 




 
 遂に今年も終わりますね。どうも、投稿者の逃げるレッドでございます。
 やっとこさプラウダ戦手前まで来ることができました。星間同盟、再び!という回となります。
 以前にもお話ししたとは思いますが、投稿者はクトゥルフ神話TRPGとそれに登場する生物が大好きです。また、ハーメルンにもいくつかありますが、ガールズ&クトゥルーも好物です。なので、そういった内容を絡めた回にしようと思いこうなりました。

 あとは、小ネタや本編とは関わりの無い内容とか入れたりするの、やっぱり楽しいですね。

 ヘドラ…自分は好きですよ?ちなみに検体云々につきましては、ベムスターの回でちらっと触れてたりします。他にも今後検体シリーズが出てくるかも?

 下記は今回の登場した架空護衛艦に関する注釈と説明となります。

 ※この世界ではオリジナルイージス艦として〈もがみ型ミサイル護衛艦〉を登場させてます。また、史実世界のむらさめ型の姉妹艦にあたる"いなづま"、"いかづち"もまたオリジナルの新型艦群である〈いなづま型汎用護衛艦〉として組み込まれております。よろしくお願いします。
 こうした説明をするに至った理由としましては、投稿者がこうして更新にあたふたしてるうちに、こちらが勝手に使用していた同じ艦名がリアルで正式に採用されてしまったためであります。wiki等で設定漁ってた時に「あれ!?架空艦として出してた名前の護衛艦が進水・就役しちゃってる!?」って感じでした。バカだよね、投稿者。
 
 という感じになります。

 さて、来年も投稿者と逸見エリカのヒーローを、よろしくお願い致します。
 それでは、良いお年を!


________

 次回
 予告

 ワロガ、欧州連合科学技術研究所シベリア支部を奇襲!
 ワロガの狙いは地下施設最下層の機人__クナトだった。施設守備隊はこの非常事態に対応すべく、防衛線を敷きクナト、ひいては施設を守るために迎え撃つ。
 星間同盟はいったい何を企てているのか………?

 次回!ウルトラマンナハト、
【歪められた使命】!


 


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第50夜 【歪められた使命】

人類破滅機人 裁人(サバト)、登場。


 

 

 

 

7月29日水曜日 日本時間14:00過ぎ

 

 

東アジア 日本国東北地方 青森県つがる市

津軽戦車道特別演習場 仮設観戦スタンド

 

 

 

 24日の超獣襲来以降、日本国内で敵性存在事案の発生やそれによる妨害に遭うこともなく、予定通りに第63回戦車道全国高校生大会の大洗女子対プラウダの準決勝第1試合が開始された。

 

「試合開始からおよそ30分…ここで膠着状態になりますか」

 

 そう客席に座るエリカが溢した。

 

 流れとしては、大洗がプラウダの斥候__もとい囮役__と接敵しこれを試合開始からまも無くという間に撃退。残存した車輌を敗走させた。

 難なくプラウダ主力の〈T-34〉中戦車を多数撃破した大洗は勢いに乗りそのままプラウダ斥候残党の追撃に着手。

 しかし大洗は慣れぬ雪原と降雪…天候状況、そして押せ押せのムードから生まれた慢心__功を焦ったチームメイトらによる半ば暴走とも取れる行為__が重なり、斥候()残党に誘われる形で居住区画に包囲網を敷いていたプラウダ主力の術中に嵌った。

 

 …そして、準決勝からは使用車輌数の上限が15輌までとなっている。つまり6輌編成の大洗にとって、戦車の数と質の両面で厳しい状況に陥ってしまったのは間違いない。

 

 敵による誘引から包囲攻撃を受けた大洗。そこから彼女らは辛うじてプラウダの猛攻を掻い潜り、居住区域中央部にある教会施設に逃げ込み籠城するに至る。

 

「…仲間の手綱を握れなかったか、みほ…。やはりお前は優しすぎる」

「隊長…」

 

 現在はプラウダが大洗の立て篭もる教会施設を中心にした包囲網を絞り、再度の総攻撃の時を待っているかのようだった。

 その状況を映す巨大スクリーンに対して憂う顔つきで見守っているのは大洗の隊長西住みほの姉たるまほと、そのみほの親友エリカだ。

 

(みほ…貴方はここからどうするのかしら…)

 

 無論、彼女らから席一つ分横に離れて座る実の母のしほの姿もあった。厳しい表情だが内心彼女らと同じような心持ちであった。

 正史では、みほが引き起こした第62回の一連の出来事と大洗への無断転校を理由に、西住流家元として娘に勘当を言い渡すべくまほと共に試合観戦に赴いた。

 ()()の母親として振る舞えていなかったしほ。しかし本史では、みほの家族__母親として、そして同じ競技を嗜む人間として、応援し、娘の成長を見たいがためであり、この場にいる目的は明らかに正史とは異なっていた。

 

「隊長。この動きは…」

 

「………降伏要求か。向こうの隊長(カチューシャ)の性格を考えれば、有り得なくはない。もしかすれば、大洗の対応云々によっては故意的かつ悪質な"死体撃ち(オーバーキル)"も有り得るかもしれないな…」

 

 奇妙な包囲膠着状態が続いていることに、エリカは怪訝そうに、かつ、自身が行き着いた推測をまほの目を見て聞く。

 まほもまたエリカと同じ推測に至っていたらしく、一つひとつの言葉を区切り確認するように答えた。

 そこに、横で耳にしていたしほも加わる。

 

「…あまり褒められたものではないですね。戦車道もまた武道…"道"を持つ勝負事。戦わずして勝ちを得ようとする不躾な行為は本来許されるものではありません」

 

 静かな怒気が籠もった声色だった。高校戦車道連盟理事長としての立場だけでなく、戦車道と言う武道に打ち込んでいた元選手としての言葉でもあった。

 そして、戦車道でも未だグレーゾーンにあたる行為の一つである"降伏"…それも娘の所属するチームに向けての()()()()ならば腹立たしく思うに違いない。

「誇りを捨てろ」「勝ちを寄越せ」と遠回しに言っているのと相違ない行為なのだから。仮にこれが大洗や黒森峰の試合でなくとも、皆良い気はしないだろう。

 

「!……やはり、か」

 

 まほがスクリーンでの動きに気づいた。

 エリカもしほもその動きに気づく。

 プラウダの生徒が二人、戦車にも乗らずに大洗側が立て篭もっている壊れ掛けの要塞__町教会に歩みを進めている様子がスクリーンに大きく映っていた。片方のプラウダ生徒は、停戦の意を示す白旗を持っている。

 これによって、三人は先ほどの予想に確信を持った。

 

 何の反応__威嚇射撃等__も町教会側からは無く、重苦しい雰囲気が漂っているだろうことはスクリーン越しでも伝わってくる。中からの()()を受けることなく交渉役だろう二人のプラウダ生徒は教会正面から堂々と内部に入り姿を消した。

 教会外では相変わらず、包囲網を形成しているプラウダ戦車部隊は警戒を解く様子は無いようである。

 あくまでも今のところは、()()の段階であることを窺わせていた。仮に交渉が決裂すれば、プラウダの交渉役の安全が確保され次第、即座に殲滅に移るのだろう。

 

「みほなら、どう答えているのだろうか…」

 

 スクリーンにテロップ等が流れて今の状況を説明してくれているわけでも無いが、中で何が行われているのかは大体分かる。

 

「………」

 

 皆動向を固唾を飲んで見守る。

 数分ほどしてから、再びスクリーンに動きがあった。

 交渉役とされるプラウダの生徒二人が教会から出てきたのだ。撮影用ドローンからの映像で、彼女らの顔は若干不鮮明さがあるが、余裕のある顔をしていた。歩調もゆったりで、急ごうとしている気配は見えない。

 撮影用ドローンや戦車道連盟所属の、旧日本軍のレシプロ双発爆撃機__ 〈銀河〉の観測仕様機などが試合の経過報告を大会本部の方に伝えているはずである。スクリーン上に何らかのテロップ、アクションが無いということは、降伏等の処理が即座に決まったわけではないらしい。

 どちらかと言えば…

 

「どれほどの時間に決めたかは定かではないが、猶予を与えたのか。降伏までのタイムリミットを…」

 

「どうやらそのようね…」

 

「それって、試合中に、何もせずの空白時間を設けるってことじゃないですか…!」

 

 まほとしほの推測通り、降伏か継戦を決定するための議論の時間を大洗に与えたのだろう。現にプラウダ側の戦車群は前進をしなければ後退もせず、砲撃すらしていなかった。

 しかしこれは見方を変えればスポーツマンシップをかなぐり捨てた侮辱行為に当たる。その点でエリカは黙ってはいられなかったのだ。それも、侮辱されているのが親友ならば余計にだ。

 

「…だが――」

 

「――戦術・戦略としては悪くないわ。確実に勝利を掴むための、一つの方法ね…」

 

 西住親子は戦車__兵器を扱うスポーツ故の、そういった抜け穴を理解していた。

 それは兵器を用いるために、この競技の()()()姿()…戦闘の面が色濃く出てしまう戦車道の欠点とも言えた。

 黒森峰も勝利至上主義を掲げていたチームである。だから分かる。勝利へ一心不乱に進もうとすると、手段や思考の()()が外れてしまうことを。

 現在のプラウダも、その()()が外れてしまっているのだと言いたいのだろう。

 

「これは、長年積りに積もった意識の問題でしょうね…。過ちは正さなければなりません。戦車道は戦争ではない、武道であることを、再認識させる機会が全国の学園で必要なようね。この試合展開を見ていると」

 

 しほが色々と通り越して出てきた溜め息を吐いていた。

 戦車道を牽引する人間として、高校戦車道連盟の理事長としても、これもまた自身の責任なのだと自覚しているらしく、日本戦車道の改革の意識を持ったと分かる。

 

「そのためには……」

 

 ――そのためには、()()()()の手も借りることになりそうだという憶測がチラッと脳裏に過ぎるしほ。

 思わず言葉が止まった。

 その人物とはあまり良い思い出が無いらしく、普段周囲からは"鉄仮面"とも言われている彼女の顔が若干__常人なら気づくこともできないぐらいの些細な変化だが__青ざめ引き攣っていた。この場でしほの変化に気づけたのは血の繋がっている長女(まほ)だけであった。

 

「それでも…」

 

「隊長?」

 

 何かを思案していた、俯き気味だったまほが顔を上げた。

 顔に陰りは無かった。何かを信じているような、そんな顔だ。

 

「それでも、みほは諦めないだろう。…あの娘は、みほはきっとこれまで何度も心が折れそうになったと思う。でも」

 

「「………」」

 

 まほの言葉をエリカだけでなく、しほもまた静かに耳を傾ける。微かに頷きながら。

 

「それでも…と、戦車道を続ける理由を見つけたから、あそこにいるんだ。だから、みほは諦めない。こんな逆境、みほは跳ね除ける。私はそう信じてる」

 

 言い切ったまほは、小さく笑みを浮かべた、晴れやかな顔をしていた。

 

(西住隊長も…あそこまで強く信じられるんだ…。私も、あんな風に臆せず人を信じれるのかしら…?)

 

 エリカの脳裏に親しい人物が思い浮かぶ。

 幼馴染で、親友のみほが見える。……そのみほの後ろに隠れるように、不明瞭に、大きな影がチラつく。それはハジメであった。

  

「どうしたら…」

 

 声に出ていた。

 大事な試合を観戦している最中なのに自分は何を考えているんだろう。

 エリカはそんな自分自身に嫌気が差しつつあった。

 

「――あら?エリカちゃんとまほちゃん?それにしほちゃんも!!」

 

 そこに聞き覚えのある、親しげで明るい声が横から飛んできた。

 その声量は大きかったため端のエリカだけでなく、まほとしほも気がつく。

 三人はほぼ同じタイミングで声のした方に顔を向けた。

 

「久しぶり〜!!三人とも、元気だった!?」

 

 手を振りながら歩いてきた声の主は、ハジメの母親であるアオバだった。

 まほとエリカにとっては、実におよそ一ヶ月振りの再会である。

 また、まさかここで知人と会えるとはしほも思っていなかったようで…

 

「アオバ……!」

 

 珍しくしほの鉄仮面が崩れた。それは、アオバが彼女にとって、心の許せる数少ない人間の一人だからだろう。

 

「あら?お知り合いの方々ですか?嵐さん」

 

 そしてその横には、エリカ達からしたら見慣れない人物が二人いた。

 一人は黒い厚手のコートを身に纏う、パープルヘアーが目を惹く端正な顔立ちの女性だ。エリカ達を見ると、その女性は綺麗に会釈をする。

 そしてもう一人は__黒・グレーベースの戦闘服が特徴的な__特自隊員だった。恐らくは二人の護衛役と思われる。

 

「そうなんですよ香月先生、鈴木さん!こちら、西住しほさんと、長女のまほちゃん。そしてまほちゃんと一緒にいるもう一人の娘が、逸見エリカちゃん!昔から熊本(地元)で私がよくお世話になってるんです〜!」

 

 アオバの知人とも思えるその女性は、生総研に所属しているロボット工学の権威と名高い女性科学者__香月夕呼その人であった。

 香月は右腕にノートパソコン大の端末を大事そうに抱えていた。それの状態を時折気にしながら、改めて会釈を挟んで自己紹介をする。

 

「香月夕呼と申します。日本生類総合研究所で、物理学・ロボット工学の研究をさせてもらっている者です。よろしくお願いします」

 

 生総研は、よくお茶の間でも耳にすることの多い、国内で最も有名な研究所(ラボ)である。

 

  自発的な広告等の発信はしていないのだが、流石は日本に留まらず世界最先端を往く技術力を持つ研究所。そこで生み出された産物、若しくはその副産物が巡り巡って民生品等に恩恵という形で度々活用されることがあり、「またまた生総研の新技術がこんなところにも!」といったキャッチフレーズを付けてマスコミが毎回ネタとして取り上げるのだ。これのサイクルが繰り返されれば、あとは分かるだろう。自然と知名度が上がっていくわけだ。

 このマッチポンプ染みたサイクルは、1970年代の学園艦由来の内需景気…通称"学び舎特需"が発生してから現在に至るまで続いている。

 ちなみに、この現在まで続く右肩上がりの超好景気発生によって、史実世界で言うところの1980年代後半から発生したバブル経済とそれに伴う崩壊に、本世界の日本は出会うこともなく無縁となっていたりする。

 

 そしてこの研究所、以前にも説明したが、何しろ2000年以降から世界の戦車道競技用車輌の装甲に標準採用されている"複合カーボン"__従来の、乗員保護用に使われていたどの素材よりも軽く頑丈で、安全性をそれまでの250%に相当するレベルにまで引き上げた言われている__を世に出した機関である。

 今時、複合カーボン関連の技術を抜きにしても、田舎の農村に住む幼い子供ですら彼ら研究機関の名前は知っている。

 

「ああ、筑波の研究機関の…」

 

 しほが呟く。

 当然しほやエリカ、まほだって無論知っている。今戦車道を嗜んでいる側の人々は、その安全技術を享受し、感謝してそれらを使う立場の人間だ。現代日本、そして世界の戦車道の発展に尽力した存在の一つといっても過言でない機関について、戦車道に携わる人間で知らぬ者はいない。

 

「特生自衛隊東北方面隊、"第3旅団"所属、鈴木 純(スズキ・ジュン)二等特尉であります。自分は香月先生、アオバ社長の警護を今回は担当しております」

 

 キビキビとした敬礼と共に自身の所属と名前を答える特自隊員の鈴木。…気づいた方もいるかもしれないが、彼は過去のクナト発掘時に香月に案内役として同行した自衛官である。香月と一度でも交流していた自衛官、そして場所が場所であったがために護衛として抜擢されたのだろう。

 

 香月と鈴木の自己紹介に応え、三人の方も順番に自己紹介を返した。

 互いに一通りの挨拶を終え落ち着いた所で、しほが友人であるアオバが香月と共に行動していたのかを尋ねる。

 

「それで、アオバは何故香月さんと?見たところ試合観戦がメインのようには見えないけれど…」

 

「今日はお仕事でこっちに来たんですよ〜」

 

 アオバは熊本に本社を置く、日本有数のものづくり企業"希望製作所"の社長である。

 上の話通りならば、生総研との何らかの共同開発事業などがあったのだろう。先ほど話していた香月の専門から考えれば、ロボット関連あたりが妥当か。

 

「生総研との仕事なら、東京じゃなく?」

 

「実は依頼されたお仕事自体はもう終わっていて、希望製作所(私のとこ)と共同開発した……あれ?香月先生、これ他言してOKでしたっけ…?」

 

「守秘義務などはもう特に無いですね」

 

 確認をとったアオバが「それなら…」と続ける。

 

「――製作所と生総研で完成させた()()A()I()を、ロシアにある研究所に香月先生が持っていくところで、国内(青森)のとこまでお見送りしたいと思いご一緒してきたんです〜!」

 

「…そしてそのロシアへは北海道・千島経由のルートで空自の輸送機(〈C-3〉)でお送りする予定なんですが、何分出発時間まで5時間以上もあるので、丁度開催されていた戦車道大会を観に来た…というのがここまでの経緯となります」

 

 アオバに補足する形で鈴木が説明を引き継いだ。

 

「へぇ……AI、ですか…。それでは実物は何処かに…自衛隊の基地の方に置いてきたんですか?それっぽいものを持ってるようには見えなくて」

 

 話題に上がった新型の人工知能にエリカは興味を持ったようだった。彼女__エリカの趣味はボクササイズとネットサーフィン。クナト関連のネット記事やら何ならで事前知識などを備えていたからかもしれない。

 そんなエリカの疑問に香月が自身の持っているノートパソコン状の端末を見せる。

 

「この()よ」

 

 端末をよく見れば縦方向を均等に三つに分ける線…のようなものが走っていることが分かる。

 どうやら三つの媒体が結合しているようである。

 媒体に設けられている極小のランプが、赤、青、黄でそれぞれ一定の感覚で点滅している。

 

「え?この中、ですか?」

 

 少し得意げ、自慢げな表情でエリカに香月が説明する。相当気を良くしたのだろう。

 

「この中にAIが三つ…いや、()()入ってるの」

 

「三人とは、どう言う意味ですか?」

 

 香月の言い方に違和感を持って問い掛けたのはまほだった。彼女も彼女なりに興味があったらしかった。

 その問いに香月は丁寧に答える。

 

「私達が生み出したのは、自立型多用途AI……自我を持たせたAIで、私達ヒトと同じように人格を有する考え悩むことができる存在なの。名前は赤いのが、"スオウ"、青いのが、"ロクショウ"、黄色のが''コハク"…いまはまだこの端末の中に自我…意識と呼べるモノがあるだけで、この子達に身体は無いけれど…それでもいつか、いや近い将来には手と手を文字通り携えることができる日が来ると私は思ってるわ」

 

 そこからは件のAIの開発に協力したアオバも交えて話は進んだ。

 

 "自立型多用途AI"は、元々は人々の新たなパートナーというコンセプトで開発がスタートし、その過程でまず災害発生時などの人命救助に重きを置いたAIとして生み出すことを決定された。

 生総研は、ヒトの命に携わるという思考の設計の研究に四苦八苦した。そこで、ものづくり企業として、介護・救護用ロボットやそれに搭載するAIの開発にまで手を伸ばしていたアオバの会社が注目された。

 そこからはとんとん拍子でやり取りが進み、民間中小企業である希望製作所との共同開発が始まった。

 そして開発途中、思わぬイベントが発生する。青森で超古代__と言っても、現代科学技術以上の高度な技術が施されていた__自立型AIを搭載したロボット…機人クナトが発掘されたのである。クナトは現人類が理想とするAIそのものだった。そのクナトから快く提供された自身の思考パターンの一部__一部と言いつつも、質的に言えば限りなく人間に近いモノであり、量的に言えばクナトの有する全思考パターン中の3割強ほどを占めるほどの膨大かつ貴重なもの__を加えるなどしたことで全工程の大幅な短縮が起こる。

 これにより、約一か月ほどの期間を経て丁度今日より数日前、第一世代とも言える自立型AIが誕生したのである。

 

 言わばこの新型AIは超古代人類と現代人類の、知恵の結晶だった。

 太古からバトンを今に繋いで、渡した偉大な走者__クナトの助力により完成した新たな時代の人工知能。それらは正に新たな希望と言えた。

 

 香月が腕に抱えている端末を改めて全員に見せる。

 

「この子達の本当にすごいとこはね、それぞれの思考は共有するけど、別々の自我…個性をしっかり持ってること。クナトの思考パターンの、まったく同じ部分で分岐したはずなのに、思考実験をしてみた結果、それぞれ全く違う()()だってことが分かったのよ」

 

 まず、赤…"スオウ"は猪突猛進気味な頼れる兄のような性格で、青…"ロクショウ''は兄貴分スオウと弟分コハクを影ながら補佐する、仲間想いで冷泉沈着な性格…そして末弟にあたる"コハク"は、優柔不断気味のではあるが伸び代のある性格となったことを香月とアオバが四人に聞かせた。

 何が発端でこのようなことになったのかは判明していないとのことだが、これもまた研究の余地ありとどこか楽しそうに香月は腕を鳴らしていた。探求を好む人間としての性であろう。

 

「――で、かなり遠回りな説明になっちゃったけれど、この子達の実地試験がロシアの研究所…クナトのいる場所で行なうことが決まったから、こうして青森まで来たってわけ。そこからは、鈴木さんが言った通りよ」

 

 それに、と香月は含みを持たせて続ける。

 

「この子達の、目と耳は開いてる状態なの。観戦は時間潰しとしてもだけど、この子らはまだ外の世界を全然知らないから、一つでも多く色んなモノを見せてあげたくってね。……すごい勉強熱心だから、はじめて見たモノすべてを片っ端から端末内に併設した電子辞書にアクセスして調べるのよ。多分今も、貴女達のことを初めて見る人達ってことで興味持ってると思うわ。試しに、これに向けて手を振ったり、声を掛けてみてくれない?」

 

 そう言うとエリカとまほに例の端末を香月は手渡した。

 最初はポカンと互いの顔を見合わせていた二人だったが、香月に促されたように取り敢えず手を振ってみることにした。

 

「これは……」

 

「! さっきよりも…」

 

 すると端末のランプに変化があった。点滅の間隔と光量が上昇したのだ。

 

「多分、喜んでる表現(サイン)ね。それもかなり。……この端末には音声や文字を出力する機能が無いから、明確な意思を伝えることが出来ないの。だから、こうして唯一反応を外に示せるLEDランプを通してコミニュケーションを取ろうとするの。すごいわよね」

 

「……とても元気に見えますね。まるで子供みたいに」

 

 エリカは思ったことをそのまま言った。

 香月は満足そうにその言葉に笑顔で頷く。

 

「これからこの子達はどんどん外の世界のことを知って、成長していく。今貴女たちと出会ったことも、この子達の経験の一つになる。………話が長くなったわね、ごめんなさい。さて、観戦に戻りましょう」

 

 香月の言葉で、ここまでのAIについての長話は締められた。

 香月、アオバ、鈴木__彼の場合は任務の性質上、呑気に観ていることは叶わないが__の三人も、観戦席に座り、巨大スクリーンの画面に注目する。

 スクリーンの向こうには、何も動きを見せない石造りの町教会が映っていた。

 

 …彼ら彼女ら、そして観戦している他の人々も勿論知らない。この後三時間の間、試合展開が停滞し続けることを。大洗側…隊長の西住みほが、その間に発生した吹雪による寒さと部隊の士気の低下を凌ぐために、あんこう踊りを行なうことを。試合の最後には大洗の大逆転劇があること。

 

 ………そして、これから遥か北の地、隣国ロシアのシベリア・オホーツク統合基地にてクナトが暴走し、日本に、それもこの演習場に現れることになるなど、誰も知らなかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

三時間後 日本時間16:30頃

 

 

極東 ロシア連邦 マガダン州オホーツク

ロシア連邦軍シベリア・オホーツク統合基地

欧州連合科学技術研究所ロシア極東支部施設区画

地下施設

 

 

 

 統合基地内の欧州科学研施設区画。そこでは些かの問題が発生していた。地上施設や大型滑走路、車輌用道路上に、問題と思われる異変は見当たらない。

 

「――地下Aブロック内の全システム、再度ダウン」

 

「これで三回目だぞ!?くそ、何なんだ……!」

 

「復旧までおよそ十数分です」

「大尉。Aブロックだけでなく、やはり地上との接続区画の全システム並びに統合基地との通信状態も依然として回復しません」

 

 それもそうだろう。何せ地下施設内での出来事なのだから。

 

 欧州科学研の地下施設は、最上層から最下層のフロアまでをA〜Eのブロック、横に広がるフロアを1〜10として区切り識別されている。ちなみに、機人クナトが収容されているのは最下層__Eブロックの1__E-1である。Eブロックになると、各フロアは多目的シェルター兼大型地下格納庫として独立稼働しており、地上へ繋がる垂直シャフトをそれぞれのフロアが持つ。

 

 ここは地下施設のセキュリティーを統括する警備部が置かれている監視ルームである。所属のブロックはBでフロアは中間の5。二番目に地上に近いブロックだ。

 彼らは、現在地下施設内のAブロックの通信が機能不全__照明から監視カメラに至るまでの遠隔操作可能な機器全て__に陥る明らかに人為的な()()()に頭を悩まされていた。

 

「…これは電波妨害(ECM)だと思うか?」

 

 地下施設内はまだ辛うじて通信ができる箇所はあるのだが、第一に地上との通信が一切不可能という現状が最も憂慮すべき事態。外部は沈黙、内部もそれに近づきつつあった。

 

「はい。このレーダーや通信装置の具合から、十中八九…確実にECMで間違いありません。それも、既存の、我が軍がアーカイブしてあるどのサンプルにも該当しない、かつ、それらよりも遥かに高出力なモノで為されています」

「これを聞くに、現在当施設で発生している異変は、自然現象や事故によるものでは無さそうですな。この基地が潜在的な攻撃に晒されている可能性が高いかもしれません」

 

「そうか。ならばこれは――」

 

 されどもここは仮にも軍事施設に併設された研究施設……それなりの官民スタッフとあらゆる物資、機材が揃っている場所の設備が柔なわけがない。

 

「――敵性存在…それも高度な知能と科学技術を持った異星人の仕業かもしれん。そしてそれが本施設侵入を画策している、という段階だろうか」

 

 施設警備のすべてを掌握する警備室室長__警備隊長イサルク大尉の勘は鋭かった。

 これは、他国の軍や特殊部隊による工作・奇襲行為という生優しいものではないと、確信に近いものを持っていた。

 

「…大尉の推測に則るのならば、敵性存在がここに用があるとしたら…クナトでしょう。破壊が目的か、奪取が目的なのかは分かりませんが」

 

()自身、戦闘用のロボットだと言っていたしな。あれだけデカくて高性能なロボットなんだ、中国や豪州だってクナトに注目していた。地球人以外が興味を持ったって不思議じゃない。…侵入者は星間同盟なる組織の敵性異星人かもしれん」

 

 イサルクもまたクナトとの会話経験を持つ人間だった。

 また、つい最近日本政府が寄越してきた、特殊生物・異星人の資料に彼は目を通している。彼が注目したのは、静岡県焼津市…ソリチュラ関連の記録だった。自衛隊による民間人救出作戦時に、自衛官が遭遇し交戦したとされる、植物人間(ソリチュラン)とそれとは別種の人間大の異星人(ワイアール星人)の存在…それらと今回の侵入者を照らし合わせるに至った。

 クナトを目当てとした人間サイズの敵性存在による施設襲撃…まさかと思っていた予測が、現実を帯び始める。

 

「……大尉、これを見てください。システムの不調範囲が移動しています。たった今A-5から、A-6に反応が移りました」

 

 保安要員の兵士が一人、上司であるイサルクに自身の見解を伝えた。目の前にある個人用モニターを部下はイサルクに見せる。

 

「敵性存在自体が電波妨害をしているとでも言うのか…!?」

 

 イサルクは驚愕した。今自分達が対応しようとしている存在に、こちらが持ち合わせる常識は通じないのだと、改めて思い知らされた。

 

 イサルクは部下の報告を受けてデスクモニターに映る情報をさらに詳細に知るためにすぐさま目を通す。そこには部下が丁寧にマーキングしたと思われる光点が通路に一定間隔でいくつも表示されていた。光点はすべて同一の対象を示したものである旨を部下からイサルクは伝えられた。

 

 そこに、また新たな報告が入る。

 

「…大尉。先程、通信回復のために動いた科学研の技術スタッフ三名と、状況把握も兼ねて彼らについて行った下士官が二名、Aブロックのフロアより戻ってきません。彼らには有線通信用の機器を与えていたのですが、何らかの原因で断線されたらしく、応答もありません。」

「上の階にいた施設スタッフや警備戦力は軒並みやられたのかと思われます」

「現に、Bブロック(ここ)に降りてきた人員は誰一人確認できておりません」

 

 別の部下二人からのさらなる情報がもたらされた。そのどれもが良いものとは言えない。

 不穏な報告が続く。もはや疑いようはなかった。

 

(…敵性存在はとっくに施設内に侵入していた…準備ではなく、もう実行の段階に移っていたのか…!)

 

 イサルクが心中で悪態を吐いた。

 こちらの予想よりも敵__侵入者の動きが数手早い。

 人サイズに収まった得体の知れない脅威が、ヒタヒタと歩いてきている。そんな感覚に襲われる。

 しかし、今は如何にして敵が侵入したのかを詮索するのは肝心ではない。

 

 イサルクは腕時計を見やる。

 

「……次の地上との定時連絡までは」

 

 深く息を吸った後、部下に問う。

 

「24分です」

 

 短く淡々とした返答が返ってきた。それは地上がこちらの異変に気づくまでの最短時間を意味していた。…地上の人員や設備が無事である前提の話であるが。

 

「ならば、各フロア間の通路隔壁は下ろせるか」

 

「…敵がこちらの防衛システムにまで妨害を掛けているらしく、既にBブロックの全フロアの隔壁装置は応答せず。またそれだけでなく、迎撃用機銃等も作動が不可能となっています」

 

 今の所、侵入者の仕業と思われる未知の強力な電波妨害やシステムのハッキングによって、あらゆる地上への脱出手段が潰されている。唯一の残された出入り口は、敵性存在のいるルートを通らねばならない。どの道、敵性存在__侵入者を相手にすることになるだろう。

 

(っ!!……守れるかその間を…いや、守らねばなるまい)

 

 数秒、イサルクは宙を仰いだ。それからすぐにこの施設の安全を預かる人間の代表として、採るべき措置を決断した。

 

「今より緊急警戒態勢をすべてのブロック、フロアに対し発令。BからEブロックまでの全警備隊員及び警備増強要員を非常呼集しA-10とB-1を繋ぐ昇降通路手前で敵を迎撃!第一防衛線としてB-1フロアに防衛線を構築しろ!!依然として敵の詳細は未だ不明だ!各員、全力で事にあたれ!!」

 

「「「っは!!」」」

 

 この瞬間に、全てのブロックで真っ赤な非常照明が点灯し、非常事態を知らせるアナウンスが流れ始めた。

 監視ルーム内外の人員が慌ただしく動き出した。施設警備を任務とする兵士達が装備を整えるべく武器ロッカーへと次々と向かう。

 

(ここはB-5フロアに位置する…アレとは目と鼻の先…ここが落ちれば、科学研のスタッフとクナトが危ない。断固として防がねば)

 

 

 

 

 

 

同地下施設 B-1フロア

 

 

 

 科学研地下施設のフロアと呼ばれている空間は、一般人が想像する大衆食堂ほどの面積を有する。フロアごとにその空間は研究・開発室、物資機材の保管庫などに変わり、それぞれ役割は違う大部屋となる。なお、危険性や希少性の高いモノを取り扱う研究・開発室ほど、封印するように下層ブロックのフロアへと置かれる規則がある。

 

「各ブロックの警備隊並びに増強要員の集合、終えました」

「二個中隊をB-1通路に、三個中隊をこのB-1フロアと、後衛としてB-2通路に配置させます」

「よし。バリケード設置を急いでくれ」

 

 ちなみに、Bブロックは動力室といったものを除く、地下施設内で人間が生活するために必要な要素__衣食住、娯楽遊戯、保養等を提供するエリアとなっている。例外として、保安室…監視ルームが当ブロック中間地点であるB-5フロアに設置されている。

 ここはそのBブロックの玄関口、B-1フロア。広さを定義する際に大衆食堂を上述の例に出したが、ここは実際に施設関係者達の利用する食堂エリアだった。

 

「敵性存在って、何だよ」

「小型の異星人だって上官殿は言っていたが…」

「わざわざこっちのサイズに合わせてきてくれるわけだ。上等じゃねえか」

「…守備隊すべてを駆り出すってのは、いささか多すぎやしないか?」

 

 食堂エリアに置かれている家具__長テーブルに丸テーブル、椅子といったものを全て用いて、当エリアと通路の境目を中心とした地点に即席のバリケードが築かれつつあった。

 …ハッキリ言えば、この程度のバリケードは、武器を持たぬ暴徒であっても突破は容易なものであり気休めにもならないだろう。しかし、使えるものは全て利用して何が何でもここで侵入者を防ぎ止めるという気概がそこから感じ取れた。

 

「お前…聞いてないのか?地上とAブロック全体との通信が途絶してんだよ。地上は分からんが、上の連中は全滅って話だぞ」

「ならそれこそじゃないか。上の人間丸々殺せる相手に敵うもんかよ」

「……銃が効くのか?」

「分かんねえ」

 

 不安を口にしている兵士達もいた。が、そんな彼らも覚悟はしているようで、怯え身震いしている者は誰一人としていなかった。

 

「おい…見ろよ、対戦車擲弾(RPG-28)を持ってきやがった。ありゃあ新品だぜ?」

「施設設備への被害は度外視か。…おうおうマジか…重機関銃(Kord)まで武器庫から引っ張ってきたみたいだぞ」

「施設は頑丈だ。派手に使ったとしても屁でもないさ。使えるものは使った方がいい」

 

 施設内の武器庫やロッカーから持ち出してきた重火器も防衛線に投入されるようだ。車載用機関銃や無反動砲、対戦車擲弾、対物狙撃銃(アンチマテリアル・ライフル)等が次々と食堂エリアに運び込まれていた。

 

 さらに…。

 

 ガシャンガシャンガシャンガシャン…!

 

「おお。()()()()…"重装歩兵(フェンサー)"小隊か」

「相変わらず背嚢の両側面に対戦車擲弾をマウントしてるのは見ていて慣れないな」

 

 続々と火器が用意されていく傍ら、四車線道路ほどの横幅を持つフロア間通路のど真ん中を、ガシャガシャと重厚な金属音を響かせ歩く集団が現れた。

 一般兵から"黒盾持ち"と呼ばれる彼らは、全長2メートルほどもある連邦軍特注の"炭素繊維防弾盾(カーボンシールド)"__戦車道車輌の内部装甲に使用されている複合カーボン材で作られた代物__を片手に持っているのが印象的で、全身を暗色で統一した重装備に身を包む、施設防衛に特化した少数部隊、重装歩兵小隊である。

 

「耐爆スーツに何重もの防弾プレート、そこに軍用パワードスーツ(エクゾスケルトン)まで装備してるんだ。あれは昔ゲームで見た"ジャガーノート"そのものだね」

「アレか?ミニガン持ってバッタバタと敵を薙ぎ倒してくヤツだろ?」

「それだよ、ソレ。見た目はまんまだよな」

 

 施設防衛の最後の砦とも評される重装歩兵__フェンサー小隊は、施設侵入者を塞ぎ止め、粉砕するための数々の装備を有している。

 米国より輸入した、ミニガンの愛称で知られる電動式ガトリングガン"M137"と、上述の炭素繊維防弾盾、そして兵士が言っていたように耐爆スーツと防弾プレートを組み合わせ一体化させた軍用パワードスーツ__エクゾスケルトンの全身着装型を標準装備としており、これが重装歩兵(フェンサー)たらしめる所以ともなっている。今回はここに重装歩兵用に調整された対戦車擲弾"RPG-28"発射機を二機、追加装備している。

 ちなみに、このジャガーノート…もとい重装歩兵(フェンサー)の装備一式についてだが、現在は各連邦軍関連施設・基地の守備隊用装備として少数配備されるに留まっているが、将来的には連邦陸軍の歩兵部隊の半数以上を重装歩兵部隊へと入れ替えをするとのことらしい。

 

「我が小隊は、防衛戦前衛と中衛を担当しよう。間もなく侵入者が昇降路(エレベーター)で降りてくる頃合いだ。お前ら、やるぞ!!」

 

「「「ypaaaaaa!!!!(応ッ!!!)」」」

 

 隊長に応え、巨大な盾をガンガンと通路床に叩きつけ雄叫びを上げる重装歩兵達。

 防衛線にいる他の兵士達にもその闘志が波及し、守備隊の士気が向上する。

 

 そこから数分もしない内に動きはあった。

 

『防衛線守備隊に通達する。敵性存在と予測される侵入者が昇降路内に入ったことを確認した。接敵まで残り数分!迎撃用意!!』

 

 有線通信にて警備ルーム__警備隊長イサルク大尉が兵士達に戦闘準備を告げる。

 いよいよ侵入者と守備隊が対面する瞬間が迫ってきた。

 

 ――ウィイイイーーーーーン

 ゴウンゴウンゴウンゴウン……

 

 大型昇降路__エレベーターが稼働する音が、戦闘に意識を向けてしんと静まったB-1通路、B-1フロアに響き渡る。

 上層…Aブロックから、何かが、降りてくる。

 

ゴウンゴウンゴウンゴウン――ポーン!

 

 Bブロックに昇降機が到達した。

 目的の階層に着いた旨を伝える電子音が、嫌に高く聞こえた。

 

 乗場戸が左右にゆっくりと開き出す。黒く大きな人ならざる影が見えた。

 戸が開き切る手前に、それを確認した防衛線の現場指揮官が叫んだ。

 

「射撃開始ーーーーっ!!!!」

 

 ダララララララララ!!!!! ――ドガガガガガガガガガ!!!!

 ――パパパッ!パパパパパパパッ!!

 ドトトトトトトトトトトトトトトト!!!

 

 凄まじい弾幕がエレベーター内を襲う。

 特に目を見張るのは重装歩兵が装備する、毎分2000〜6000発の発射速度を誇る7.62mm口径のガトリングガン__"M134"による掃射だ。明色の線が途切れることなく、通路を彩りながら、昇降路に殺到していた。対象が兵士、装甲車などであったなら、これで蜂の巣と化していることは考えずとも分かる。

 さらには、ダメ押しとばかりに弾幕の繋ぎつなぎに対戦車擲弾が斉射され、乗場戸の周囲を猛烈な爆炎が何度も包む。

 

「このまま押し切れるんじゃないか!?」

「気を抜くな!敵が前進を始めたらしい!!」

「この弾幕の中をか!!」

 

 軽機関銃を扱っていた兵士のたらればを、重装歩兵の一人がフルフェイスヘルメット越しに叱責し遮った。

 重装歩兵の一人が言ったように、侵入者は濃密な弾幕の中を、一度も止まることなく進んでいた。

 その姿は彼らの予想通り、異星人…敵性存在であった。兵士達は一目見て分かった。アレは、()()だと。アレはこちらにそれを隠すこともなく、底知れぬ悪意をぶつけてきているのが肌で感じ取れるほどである。

 

『……このレベルの火器であったのなら、わざわざ防衛システムにまで干渉する必要は無かったかもしれんな』

 

 頭部に視覚の役割を有する赤色の発光器官を持ち、全身が黒ずくめで網目模様__蜘蛛の巣を彷彿とさせる__が特徴的な、不気味な人型生命体………。

 守備隊の彼らが知らぬところであるが、その敵性存在――侵略性異星人の正体は、星間同盟の地球侵略先発隊の監査員、ネオワロガだった。

 

「アイツ!傷一つ付いてないぞ!!」

「攻撃が効いてないのか!!」

「だとは思ったぜ!畜生が!!」

「弾が届いていない…?もしやあれが光子防壁というシロモノか…!?」

 

 ただワロガは、ボディの数センチ外側に超硬不可視のバリアを発生させ、全身を満遍なく覆っているだけ、なのである。

 兵士らが悪態を吐きつつ引き金を引いている間にも、ワロガはB-1通路を進む。

 

「…!くそ、給弾(リロード)する!」

 

 ここで弾幕の密度が一気に減少した。重装歩兵のミニガンが再装填に入ったのだ。

 給弾時間はおよそ数秒………しかし、その僅かな時間の合間にワロガが動く。

 

『存分に撃ち込んだだろう。今度はこちらの番とさせてもらう』

 

 地球人類には伝わらない音声__それら一連の独り言は全て発砲音により掻き消される__の羅列を発すると、歩きつつも両腕を上げて腕部に装着してある武装__"ソードアームパンチ"をB-1通路に敷かれた第一の防衛線に向ける。

 

「なんだ、攻撃の準備動作か!?」

 

 その動きは装着武装に備わっている、光弾射出兵装"アームスショット"を使うためのものであった。

 

『――爆ぜろ』

 

 紫色の尾を引く光弾が放たれた。それは短いスパンでB-1通路上に展開していた防衛線に満遍なく連射された。

 さらに、光弾には炸裂効果があったようで、兵士や通路区画、そして後方の食堂前バリケードに着弾する度に紫色の炎を伴った爆発を幾度も発生させる。

 

 爆発により悲鳴も怒声も等しく掻き消された。

 さらには光弾が直撃、もしくは至近に受けてしまった兵士達は四肢が吹き飛ばされ、光弾の斉射が終わった頃にはたちまち通路内と隣接するB-1フロアの玄関口は空間のそこかしこが赤黒く塗りたくられた阿鼻叫喚の地獄へと変わった。

 

「光の弾丸…いや、砲弾か…。なんて代物だ……。ぐっ…!」

「ゴホッ…!くそったれ……衛生!衛生!!」

「ぐぅううう…!!!足をやられた!!!」

「鎮痛剤は無いのか!!」

「っ!?おい!大丈夫か!!こっちの重装歩兵(フェンサー)までやられた!!」

 

 ワロガの"アームスショット"の威力は凄まじいものだった。重装歩兵のエクゾスケルトンだけでなく、彼らの持っていた規格外の防御力を誇る大盾__カーボンシールドさえ破損・融解させていた。

 

「イサルク隊長!前衛…第一防衛線が破られました!!」

『第三防衛線の一個中隊を第二防衛線に回す!火力投射を継続するんだ!!』

 

 対人戦闘で最高の防御力を持つだろう歩兵__重装歩兵すら手も足も出なかったのである。覚悟していたとはいえ、残った兵士達に少なからず動揺が走る。

 B-1通路の第一防衛線は崩壊した。

 

「だ、大丈夫か…。――ぐあっ!!」

「なっ!?こっ、このヤロウ…!――ガハッ!?」

 

 態勢を何とか立て直したB-1フロアの第二防衛線からの銃撃を先程のようにバリアを用いていなしながら、通路を突き進むワロガは、B-1フロア…食堂へ向かう道中でまだ息のある兵士達を腕部装着武装"ソードアームパンチ"で殺害する。その動きは単純作業と大差なく、そこには情けなどは介在しなかった。

 

「人間は皆殺しってことかよ…!」

 

 B-1フロア__第二防衛線の兵士が銃を連射しながら歯噛みする。

 暫くして、通路内の友軍が文字通り全滅。防衛線からの攻撃をワロガはものともせず、バリケードや固定銃座、そしてそこに構えていた兵士達をたやすく蒸発させ、フロアに到達した。

 

――ジャキッ!!

 

「総員撃てぇえええ!!!!」

 

 フロアのひしゃげたゲートから侵入を試みるワロガに堂内のあらゆる場所から第二防衛線の残りの兵士らによる銃撃が浴びせかけられる。

 

『無駄なことを…』

 

 耳障りだ、とでも言うようにワロガがぼやく。

 

 しかし即座にワロガから放たれる光弾によって堂内が制圧される。地下に造られた密閉空間は、相手の逃げ場だけでなく、自分たちの逃げ場も封じられる魔の空間と化した。

 食堂内に敷かれた第二防衛線も瞬く間に崩壊。

 ヒトの亡き骸で溢れた堂内をワロガは後にし、B-2フロアに通じる通路へと踏み込む。

 

 B-1・B-2両フロアを繋ぐ通路には最終防衛線が張られていた。しかし、第一、第二防衛線よりも弾幕はか細く、疎らであった。

 それは一個中隊の戦力抽出だけが原因ではなかった。先ほどの戦闘で流れてきた光弾によって与えられた被害も重なり災いしていたのである。

 …他の兵士は全員倒れ、補充要員は存在しなかった。残された最後の択とは言え、残り少ないの戦闘要員をかき集めて構築し直した防衛線は、最後の砦としては余りにも脆すぎた。

 

 最終防衛線も、これまでと等しく光弾による斉射が加えられた。

 

――ゴウンゴウンゴウンゴウン…!!!

 

『…!側面から反応か…?』

 

 圧倒的な火力で防衛線を蹂躙していたワロガ。

 攻撃の最中、不明瞭ながらも敵の反応を通路の壁内から探知した。突然かつ、奇妙なモノであったために、反応が遅れた。

 

 通路の両端…壁にあった__フロアサイズまでとはいかないものの、通路内に一定の間隔で配置されている、マンション個室ほどのスペースを持った多目的空間に繋がる小さなもの__自動扉の一つが開いた。

 

「押し潰せ!!」

 

 そこから横三列に並び、大盾を構えた重装歩兵十数人が次々に飛び出してきた。

 

『まだ戦力を残していたか…』

 

 彼らは堂々と横っ腹を見せているワロガに決死の突撃を掛けた。それは、並大抵のものとは違う、エクゾスケルトンの恩恵を最大限に活かした高い瞬発力と打撃力を有する突撃であった。

 彼らの目的は侵入者…ワロガの無力化であった。バリアの非反発性と対象の攻撃手段を鑑みての作戦だ。彼らは大盾を使ってワロガを固定・拘束しようとしたのである。抑え続けることができれば、外からの応援、もしくは可能性は極めて低いものの新たに打開策が見つかるまでの時間稼ぎになるかもしれない…そんな思いによるものだった。

 

ガッ!ガガガン!!!

 

「そのまま壁に叩きつけろ!身動き一つ取らせるな!!」

 

 重装歩兵の指揮官が叫んだ。重装歩兵は盾を器用に扱い、ワロガを、体の自由を封じさせつつ壁に抑えつけ拘束することに成功した。最大の脅威であった光弾の発射機も例外ではなかった。

 ここからは耐久レースかと彼らが思った矢先…。

 

『…馬鹿が』

 

 ワロガがテレポートで拘束から脱した。

 壁に抑えつけられていたはずのワロガが消えたことで目を白黒させる重装歩兵部隊。

 彼らが現状の再認識を行なう前に、ワロガはガラ空きとなっていた彼らの無防備な背面に光弾を何発も撃ち込んだ。

 

 光弾を撃ち続けて数分。

 重装歩兵の決死隊、最終防衛線が共に殲滅され、ワロガを止める障害と言えるものは消え去った。組織的抵抗が可能な戦力は施設内から消失した瞬間だった。

 

 その後、ワロガ何の抵抗を受けることなく、施設防衛の要__B-5フロアの警備ルームに到達。

 イサルク警備隊長以下室内にいた人員は皆殺しにされた。

 彼らが無能だったわけではない。ただただ、相手が悪すぎただけなのだ……。

 

 ワロガは目的のクナトが鎮座している最下層の格納庫フロア__E-1に向かうまでの、C〜Dのブロック内で確認できた反応はどんなに小さく歪なモノであれ、すべて抹殺した。そのために、非戦闘員である施設関係者にもまた、夥しい犠牲者が発生した。

 

 

 

 そして、遂にワロガがEブロックに辿り着いてしまう。

 

 

 

同施設 E-1地下大型格納庫

"衛人(クナト)"収容ハンガー

 

 

 

 

『Dr.ライト、侵入者が間もなくここにやってきます。貴方達は早くフロア内のシェルターへ。侵入者の生命体探知能力は驚くべきほどに高くはありますが、道中の収容者がいる多重隔壁シェルターを破壊してはいません。相手の能力にも限度はあるのです。お早く!』

 

 クナトも自身が置かれている状況を理解していた。施設内の生きている有線、無線通信を問わず情報を得ていたためである。

 彼は自身の心配よりも、足下にいる科学者達の身を案じていた。

 

「キミはどうするんだいクナト」

 

『恐らく相手の狙いは私にあります。私を手中に収めれば、相手は残った貴方達には目もくれないハズ。私はここで座して待ちます』

 

 座して待つとは言ったが、備えはあるのだろう。

 

『私の各戦闘用兵装は死んでいるも同然ですが、辛うじて頭部のマナ粒子加速砲は生きています。それを用いた低出力射撃で迎撃を試みます』

 

「そうは言ってもだね…」

 

 米国所属のライトにはクナトを説得させられるような材料を持ち合わせていなかった。

 しかし、クナトと対話を並の人間よりも重ねてきた者の一人である彼は早々に引き下がりはしない。

 ただの人工知能ではなく、人格を持った新たな存在の形であるクナトを、彼だけでなくこの施設の人間は皆、クナトを一人の大きな友人、隣人として見ていたのである。それは勿論、幸いと言えばいいのか現在この施設にはいない香月も当て嵌まる。

 

『私は、脚部を欠損しており動けません。さらには脱出に使える垂直シャフトのシステムはダウンしている現状、私に残された選択肢は然程多くは無いのです。私の使命は人類を守護すること……その命を真っ当し散ることができるのなら、本望というもの』

 

「…そうか……。私たちは軍人でもない、しがない学者集団だ…隠れるしかない無力な私たちを、どうか許してくれ」

 

 クナトは意思を曲げなかった。それに科学者達が折れる形でクナトへの説得は終息した。…仮に説得ができたとしても、彼らにできることは無いに等しかったのだが。

 

 ライトがこの場にいる科学者達の代表として、クナトに何もしてやれないことを謝罪し、シェルターに退避することを承諾した。

 

『さあ、急いでください』

 

 クナトが促した。

 

「ああ。すまないクナト…キミを――」

 

――ヒュン!!!

ドガァアアアアアン!!!!!

 

『Dr.ライト!!』

 

 退避の決心をしシェルターに向かい出していたライトを含む科学者達が、光弾の閃光の中に消えた。僅かな時間の合間に、先ほどまでクナトと言葉を交わしていた者たちが蒸発した。

 爆煙の途切れ途切れに、クナトの頭部視覚センサーが捉えられたものは、無情にもライトの掛けていた__光弾による影響かレンズにはヒビが入っており、フレームもひしゃげている__眼鏡のみだった。

 

 しかしそこからクナトの動きは素早かった。感情とも捉えられる思考の空白時間は数瞬あったものの、彼は言葉を発することなく、ここまでの状況の整理をコンマ数秒で完了させた。

 光弾が射出されただろう方向に頭部を向ける。

 視覚センサーの中央に、黒い人型生命体__ワロガが片腕をこちらに向けて立っているのを確認した。

 

『……非戦闘員も無差別に殺害するのは何故ですか。これ以上の破壊行為を私は看過しません。即刻武装を解除し、投降しなさい。これに従わない場合は――』

 

『随分と悠長に話すロートル人形だな。不意打ちでも何でも、したのなら――!!』

 

 クナトの警告を遮ったワロガ。

 するとクナトの頭部兵装__マナ粒子加速砲を低出力でワロガに向け再度の警告無しに複数回照射した。緑色の閃光がハンガー内の辛うじて生きている明色の照明を上塗りする。

 粒子の線を難なくワロガは回避する。テレポートと高速移動を交えての変則的なものだ。

 

『機械は、主に扱われてこそ。本来、自我を持つことなどあってはならんのだ』

 

『――迎撃措置を続行します』

 

 クナトによる粒子砲の照射が繰り返される。

 ワロガはそれを苦とも思っていないかのように、いなしてクナトの射撃を避け続ける。

 ワロガはクナトの様子を伺っていた。如何にしてクナトに肉薄すべきか否かを。

 

『――!!』

 

 回避に徹していたワロガが、クナトに向けて駆け出した。跳躍、高速移動、テレポートを駆使することで、容易に接近しクナトの粒子砲はおろか、左腕によるカットすらその妨害にはならなかった。

 

 クナトの背後にワロガは回り、一気に胴体を駆け上がっていく。そして首元に降り立つと、その付け根にあたる部分に腕部装着兵装(ソードアームパンチ)を用いて一撃を加えた。

 クナトの頭部にある__思考や行動、反応等を司る__電子頭脳と胴体の繋がりを断ちスクラップに変えることが目的であろうと思われた。だが違った。

 

『故に私がお前に新たな使命を与えてやろう』

 

 経年劣化により脆くなっていた首部装甲。ワロガの一撃によりそれはいとも簡単にひび割れ、剥がれ落ちていた。

 装甲の隙間より露出している、配線の束のような生体セラミックに、ワロガはどこからともなく取り出していた円筒状の黒い機械を勢いよく、強引に差し込んだ。

 

――ビビビガガガビビビガッ!!

 

 クナトの頭部から警告音のようなものが発される。

 

『これは…悪性の自己再定義プログラム…!電子頭脳内部に異常な速度で侵入、即時対処ヲ、シナケレ――』

 

 クナトの内部に、強力なコンピュータ・ウィルスが侵入したのだ。

 それらはクナトのシステムを介して電子頭脳に到達。猛烈なスピードで増殖していく。

 増殖すると同時に、AI自身の定義を改めさせる上書き命令を拡散し、正常な働きをしている回路にさえも狂わせ、その版図を瞬く間に広げていった。

 ワロガの狙いはクナトのコントロール権の掌握にあったのである。

 

『……頃合いだな』

 

 クナトに明確な変化が訪れた。電子頭脳内部で抵抗していたと思われるクナトだったのだが、ある瞬間を境に動きが止まった。ボディの各所に走っていた翡翠色の光も同時に絶えた。

 しかし、翡翠色の光がクナトから消えたかと思えば、一瞬で復旧し再び発光を始めた。

 しかし、輝きは翡翠色ではなく、毒々しい紅色に変わっていた。

 

『自己再定義ヲ完了。――ワタシハ、人類殲滅機人…裁人(サバト)。コレヨリ、新タニ受理シタ任務ヲ遂行スル』

 

 もうそこにはクナトは座していなかった。

 座しているのは、殺戮マシーンと化した機械の巨人__サバトだった。

 

 サバトは、自身の横に置かれていた左脚用の巨大な義足__耐久チェックを行なう前に担当のエンジニア達がワロガに消されたモノ__を見るや否や、左腕のマニュピレーターを使い掴み上げると、それを腰部の接合部に乱暴に捻じ込んだ。すると、接合部のセラミックが異常な反応を示し、捻じ込まれた金属製の義足と連結した。

 

『私の()()だ。機人にも通用して何よりというところだな』

 

 サバトは電子頭脳による高速演算を用いて、数千年にも及ぶ久方ぶりの起立動作を難なく、易々と行なう。

 二本の足で立つと、次は顔を上げ、上…強固な隔壁に覆われたハンガーの天井を見やる。

 ハンガーは地上まで繋がる巨大な垂直シャフトだ。

 何重にも張られた隔壁を破壊すれば、地上を隔てるものは無くなり、一直線となる。

 

『障害物を確認。任務遂行上ノ排除対象ト認メル。粒子加速砲ニヨル破壊ヲ敢行スル』

 

ズビィイイイーーーーーーーーッ!!!

――――ドパァアアン!!!!

 

 天井の隔壁中央に槍の如き紅色の光線が直撃。すぐに隔壁は赤熱化し気泡のように大きく膨らんだ後、破裂した。ハンガー内に超高熱に晒され液体と化した__隔壁を構成していた__金属が雨のように降り注いだ。

 

 鉄の赤い豪雨の中、大きく開いた地上への出口を見続けていたサバトは自身に備えられている"反重力マナ・スラスター"を稼働させ、ゆっくりと浮遊を始めた。

 スラスターから吐き出される紅のマナ粒子群は、天使の輪を思わせるような円を背部に形成する。

 

 サバトのその姿は、まるで血に染まった堕天使を思わせる風貌となっていた。

 それを見上げワロガは自分の役目は終わったとばかりに、姿を消す。

 

 

 

 そしてサバトは遂に垂直シャフトを悠々と昇り地上へと現れた。

 

 

 

『ワタシノ任務…使命ハ、人類ノ殲滅――』

 

 

 

 破滅を招来する、機械仕掛けの化け物が大地に降り立った。

 





 お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドでございます。
 卒研発表、卒論作成、卒業検定の三連コンボで撃沈しておりました。

 まず、本編内容と前回次回予告の変更についてですが、今回、本編の文字数が2万を突破し、巨大存在同士の戦闘まで書いてしまうと四万時になり2話分の内容にまで膨らんでしまうと、勝手ながら判断し調整した結果、パンドンとエルギヌスの登場は次回に見送られました。申し訳ありません。

 新型AIについてのお話は今後やるかもしれません。
 また、完全な余談となりますが、投稿者がかなり気に入っているAIキャラは『翠星のガルガンティア』のチェインバーだったりします。続編小説買わねば…。

 重装歩兵__フェンサーのお披露目です。…相手が悪かったんだ、相手が。実力的には、中型特殊生物レベルさえも相手できる優秀な兵科なんですけどね…相手も相性も場所も何もかも悪すぎたんです……。
 本家EDFでもかなり心強い存在であるフェンサー。今後も登場しますし、活躍回は書きます。絶対に。

 暴走状態のクナトの名前、サバトですが、これはTCGデュエル・マスターズに登場する光文明のとある種族及びクリーチャーから拝借しました。
 改めて、クナトの見た目に関してですが、漫画『シドニアの騎士』に登場する人型主力戦闘機〈衛人(モリト)〉シリーズをイメージしていただければと。その中でも一七式が一番近いのかな〜と思ってたりします。

 次回も、よろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

 機人クナト、暴走!統合基地を焦土に変え、東日本__エリカ達のいる青森へと飛来…!!

 ロシア連邦空軍の追撃と航空自衛隊の迎撃をものともせず、津軽戦車道特別演習場へと到達。試合後の大洗、プラウダ、まほとエリカ達に危機が迫る!ナハトが駆け付けるが、苦戦を強いられる…!

 そこに、畳み掛けるように山林からは炎と氷を操る三ツ首のパンドン、凍海からは雷撃を繰り出す怪龍エルギヌスが出現。ナハトを仕留めるために星間同盟ヒッポリトは二体の怪獣を惜しみ無く投入する。
 ナハト__ハジメはエリカ達を守り、立ちはだかる敵を撃破できるのか?

 次回!ウルトラマンナハト、
【意地】!

 未来を想えるのは、人間だけじゃない。




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逸見エリカのヒーロー -Side Storyです!-
1.【ナイスな少女】


蝶野教官の昔話です。


これは、蝶野亜美がまだ幼い少女だった時のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある洋風なごく普通の一軒家にとあるカップルが住んでいる。

 

 

「ねえリョウタ、ここから数日貴方も休みでしょ?」

 

「ん? ああ、そうだが。どうした亜美さん?」

 

そのカップルとは自衛隊員の秋津竜太と蝶野亜美のことである。

現在二人は休暇を満喫しているようで、秋津はソファーに座って寛ぎながら海自の友人に勧められたモーツァルトの音楽集を耳にイヤホンを付けて聴いており、そこに蝶野がソファーの後ろから声を掛けてきたところだ。

 

「どこかでご飯とかどうかなーってね!あ、もちろん三人で」

 

「さ、三人? ………あ、お義父さんか…」

 

「そうよ!父さんもオッケーだぜ!って言ってくれたからバッチシ!!」

 

「そ、そうか…」

 

秋津は蝶野の父親が少しばかり苦手なようだ。ちなみに蝶野の父親は海上自衛隊に所属しており、サングラスが似合う強面な鬼教官で護衛艦『あたご』の艦長も務めている。どうでもいいが、これで三人合わせると陸海空自衛隊全て揃うことになる。

 

「ね?また三人でご飯食べれるわ!グッジョブベリーナイスでしょ!!」

 

「うーん……そうだな…」

 

「ほら、竜太も一緒にグッジョブ〜?」

 

「…べ、ベリー?」

 

「ナイスゥッ!!!」

 

このような感じでいつもオフの日は秋津は蝶野に振り回されているのである。

 

その時、秋津はふと彼女のいつもの口癖について気になった。

 

「なあ、亜美さんの…ベリーナイスってやつ、なんなんだ?」

 

「お?気になる?気になっちゃう!?」

 

秋津が聞くと蝶野が異様に反応するので、秋津は少したじろいでしまう。若干引き気味だ。

 

「いや…やっぱりいい…」

 

「えぇ〜!!聞いてよ聞きなさいよぉ!!」

 

「…少しだけなら」

 

こうでもしないと蝶野がずっと駄々をこねて不機嫌になることを秋津は知っているので、大人しく話を聞くことにする。

 

「オッケー! 記憶が少し曖昧だけどね? あれは〜小学生の夏休み…そう、地元の花火大会に行った時のことよ」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「あーあ。私も一緒に花火やりたいなぁ」

 

そう呟くのは濃緑の浴衣を着た幼い頃の蝶野……アミだ。彼女は河川敷の堤防階段にちょこんと座り、河川の前に広がっている屋台とその近くの空き地で市販の花火グッズで遊ぶ同年代の子どもたちのことを見ていた。どうやらその子たちと遊びたいらしい。

 

アミの性格は大人になった現在とは大きく違い、この時は他の子どもと比べてもあまり活発な方ではなかったし、人見知りが酷かった。自分から他人に声をかけることさえ億劫になっていたほどだ。

 

「帰ろうかな…」

 

「………いいのかい? あんなに楽しそうなのに」

 

「え?」

 

優しげな男性の声が返ってきた。

自分にしか聞こえないほどの呟きに対していきなり誰もいなかったはずの階段横から反応が返ってきたことにアミは驚き、声のした方へ顔を向ける。

そこには夜空の光を反射して銀色に輝き、目が光っているフルフェイスのお面?…のようなものを被った男がアミの隣に立っていた。その男の見た目はヘンテコで、見た感じは赤い全身タイツで所々が銀色、左胸には一際青く光を放っている楕円の光球が付いている。

 

こんな格好をしているということは自分がここでボーッとしていた間に祭でヒーローショーでもやっていたのだろうか?きっとショーでは自分たち子どものために戦ってるんだ、元気で明るくて誰かを守れる…自分はそんな人間にはなれそうもない…アミはそう思ってしまう。

アミに対して男は続ける。

 

「自己紹介しておくよ。僕の名前は……ナイス!TOY一番星から来たのさ!」

 

「ナイス、ナイス…それホントに名前なの? 変な名前。遠い一番星?どこそれ。」

 

男…ナイスはそのアミの言葉に若干のショックを受け、面食らう。

 

「うーん……少しショックだったけれどそれは置いといて、キミの名前は?」

 

「…………蝶野亜美」

 

「アミ、キミはあの輪の中に入らなくていいのかい?」

 

ナイスからの問いにアミは俯き聞こえるか聞こえないかの声量でボソボソと自分がなぜ子どもたちの中に入らない、入れないのか理由を答える。

 

「……私、人と話すの…苦手だし怖いから。…それに、あそこに行って話しても、無視されたり友達になってくれなかったら嫌だから…」

 

「大丈夫!キミなら出来るさ!!

そんな不安な時は、こうだ! "ベリーナァイス!!!"」

 

ナイスは右手を親指を立てて左の胸元に持っていく。顔はお面で見えないが、そのお面の下は笑顔に違いない。アミはそう思っていると自分が少し笑っていることに気づいた。

 

「あれ?私、笑ってる?」

 

「ほら、大丈夫。勇気を出して前に一歩でもいいから少しずつ進む。そうすればきっとキミは強くなる!

辛い時、苦しい時こそダメだって言って諦めずにナイスに行こうぜ!! ナイスは勇気の呪文だ!!」

 

「!!」

 

アミの心にはナイスの言葉がしっかり響いていた。アミは自分の中で何かが変わったと感じた。

 

今なら、あの子どもたちの輪の中に行ける気がする。

 

友達になろうと言える気がする。

 

 

「頑張れ!アミ!」

 

「うん!ありがとうナイス!!!」

 

ナイスの力強い激励の言葉にお礼と感謝の意を込めて返す。そして自分が浴衣を着てることなど忘れて、転ぶことも考えず勢いよく階段を駆け下りていく。

 

半分ほどまで下り、後ろに振り向き上にいるナイスを見る。

 

「ナイス!私、頑張ってみる!友達を作ってみる!!絶対に!!

 

ナイスがベリーナイスなら、私は……

 

 

 

 

 

グッジョブ!ベリ〜〜………ナイス!!なすごい女の子になるから!!本当に、ありがとう!!」

 

上の階段にいるナイスは何も喋らず、ただ見守り頷いている。それを確認したアミは夜を照らすほどの満面の笑みでナイスに手を振った後にまた階段を駆け下りていく。

 

 

 

 

「私も、一緒に花火やっていい?」

 

「いいよ!一緒に遊ぼうよ!!」

 

「ありがとう!グッジョブベリーナーイス!!」

 

「何それ!そのポーズかっこいい!!やってみたい!!」

 

「僕にも教えて!!」

 

いつの間にかアミの周りには子どもたちが集まっており、引っ張りだこになっている。

みんなに囲まれている時、アミは河川敷の階段の方を見てみるがそこにはもう赤くて銀色のヒーローはいなくなっていた。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「______っていうことがあったのよ!」

 

「今の亜美さんと性格が正反対だったのか」

 

秋津は蝶野の意外な過去に驚いた。今の彼女を見たらそんなこと、全く見当がつかないでいるからだ。

 

「で、そのヒーローの本当の名前は?」

 

「聞かなかったし教えてもらえなかったのよ。声が若くて身長もあったから、どこかの高校生、大学生だったのかな?ヒーローショーでバイトとか。

でもあの人はやっぱり不思議な感じだったわ。私のフィーリングスキルをもってしても上手く表現できないもの」

 

「仮に表現出来ても俺にはそれが解読できんがな?

……その人が初恋の人ってことか?」

 

「初恋って言うか、どっちかって言うと恩人の方がしっくりくるわね。あの人がいたから今の私は自衛官になって、リョウタと一緒にいれてるんだから」

 

「そ、そうか」

 

「そうよ。………さて、外食の計画を立てるわよぉ!! 絶対お酒を飲んでやるんだから!目指せ撃破率714パーセントォ!!」

 

「やれやれ、お前はなにと戦うつもりなんだ……」

 

 

 

 

確かに、あの時のヒーローの言葉は、いまの蝶野に残っているようだ。きっとこれからも彼女はその言葉を胸に進んでいく。

 




はい。番外編はこんな感じで短編が多くなると思います!

ナイスと教官、この話書きたかったから良かったゾ。
ガルパンの蝶野さん第一に見て思ったのがウルトラマンナイスだったので、こうなりましたゾ。

ナイスはヒーローショーで実際に会ったし、思い出があり勉強机には今もナイスのソフビが立っております。

お分かりの兄貴たちもいると思いますが、蝶野教官のお父さんはガッデム蝶野さんです。あたご艦長なのは"紅の戦艦"から引っ張ってきました。

本編は少し時間が掛かるので申し訳ナス!

最後に、イメージOP、ED曲を書いていますが、こっちの方が…これの方がいい…この曲の方が合ってる!、みたいな意見がありましたら感想にお願いしナス!
ロボアニメは地球防衛企業ダイガードやクロムクロなどが大好きです。


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2.【秋山家の良心ロボット】

電子ロボット ジェットジャガーA、登場。


イメージ画像です。良かったらどうぞ。


【挿絵表示】



これは、秋山家の四人目の家族のお話。

 

 

 

 

 

約10年前 日本本土 秋山理髪店地下

 

 

 

ジジーッ! バチバチバチッ!

 

薄暗い地下にあるガレージの中で、何かを弄っているのはここ、秋山理髪店の店主である秋山淳五郎だ。彼は今、とあるものを作り終わるところであった。

そんな彼を近くの椅子に座って見守っているのは、淳五郎の妻の好子とまだ幼い愛娘である優花里の二人だ。

 

「よぉし!出来たよ母さん、優花里!!」

 

「お疲れ様。でも、本当に安全なの?暴れたりしないかしら?」

 

「大丈夫さ!コイツには"良心"を与えた。ただの機械じゃなくぼくらの家族になる存在だよ」

 

「そう…それなら良かった」

 

「家族? お父さん!家族が増えるの!?」

 

優花里が目を輝かせながら淳五郎とその隣に立っている人型のロボットを交互に見ながらに聞いてくる。相当嬉しいようだ。

それに淳五郎はしゃがんで目線を合わせ頭を撫でてやりながら笑顔で答える。

 

「ああそうだよ。こいつは優花里のお兄さんになるかもな!」

 

淳五郎は立ち上がってロボットの横に来ると肩の装甲部分をポンポンと叩く。

 

「そうなの!? 名前、名前は?お兄ちゃんの名前は!?」

 

優花里はロボットの足元まで走っていきその右足に抱きつき頬擦りをしながら、新しい家族の名前を早く聞かせてくれというのが子どもである故か、よく表情に表れている。

 

「こいつの名前は………」

 

 

そのロボットは白、青、赤、黄の四色で鮮やかにカラーリングされており、頭部はバイザー、駆動部分には青いゴムカバーが為されており見る人間によればそれは某機動戦士の地球側の量産機を少し弄ったような見た目である。

淳五郎はロボットを起動すべくすぐ横にある回路基板が取り付けられている机に向かい、ロボットの動力炉を起動させるスイッチを力強く押しこんだ。

 

ヴゥゥウン……‼︎

 

稼働音を響かせると同時にバイザーに光が灯り空のように青く輝き俯いていた頭部が起き上がった。その様子を見て淳五郎はロボットの名前を教えた。

 

「ジャガー……ジェットジャガーAだ!」

 

「ジェット、ジャガー!!」

 

 

ピピピピピピ…!

 

ジャガーは電子音を発しながら額の緑色のランプと青いバイザーの光を点滅させて周囲の状況を確認しているようだ。そこに優花里がジャガーの脚に飛びつく。ジャガーは脚部に違和感を感じたため下を見る。

 

「ジャガー、はじめまして!!私、秋山優花里!6才!!よろしくね!!」

 

ピピピピッ!

 

ジャガーはそれに答えるように頷き、少女の頭を撫でてやる。とてもモジャモジャしていて少し腕に絡みつきそうなため慎重に優しく撫でるのだ。もうそれは人間と同じ所作であった。

 

「優花里、ジャガーと仲良くなれてよかったな!」

 

「うん!ジャガー優しい!」

 

「あらあら、すっかりジャガーさんに懐いたわね」

 

「この子が将来自分に合った友達が出来るまでは、友達として家族として兄妹として、ジャガーに側にいてもらおう……」

 

 

 

ジャガーは淳五郎の言葉を初の命令として受け取っていた。

 

ピピピピピ‼︎

 

《………家族ヲ検索。………了解。命令ヲ遂行…》

 

発音機能を持っていないジャガーは電子頭脳内で命令の復唱を行い、今後の優花里への接し方を模索、実行に移そうと準備を始めたのだった。

 

 

 

「さて、まずは家事と散髪のプログラムだな!お母さん、ジャガーに家事を教えてやって。こいつは教えられたらすぐに学習するから!」

 

「そうなの? それじゃあ、これからよろしくねジャガーさん」

 

ピピピ!

 

ジャガーは好子から御辞儀をされると、挨拶をするように電子音を発しながら自分も頭を下げて返した。

 

「あら!とっても礼儀正しいのね!それじゃあ、いきましょうか」

 

「私もジャガーと一緒にやる!!」

 

「そうかい、一緒に仲良くするんだぞ」

 

「うん! いこうジャガー!」ギュッ!

 

母の好子を追うために優花里がジャガーの手を握って引っ張って階段を登っていく。

それを後ろから見ている淳五郎は安堵の溜息を吐いていた。

 

「………どうやらしっかり温厚な人格が形成されたようだ。良かったぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

秋山優花里がかなり鮮明に覚えているジェットジャガーとの思い出の一つに、ジャガーが秋山家に来て5ヶ月ほど、理髪店の仕事や家事手伝いが板につくようになったころ、初めて迎えた夏休み中の花火大会の出来事がある。この頃には学園艦に店を移しており、自立稼働して家事手伝い、さらには散髪まで出来る人型ロボットがいる学園艦内理髪店として新聞やテレビに取り上げられ店が繁盛するようになってきた時期だった。

 

 

「ジャガーの嘘つき!! 一緒に花火見るって約束したのに!!」

 

優花里は瞳に涙を溜めて椅子に座って動かないジャガーに叫ぶ。ジャガーは市販の充電器とコンセントさえあればどこにいても本体とコードを繋ぎバッテリーに電力を流し込んで補充できるのだが、電力補給中は殆どの機能を停止しなければならず全く動けなくなるのだ。しかも補給時間は最大で3時間掛かる。これだと優花里が約束していたと言う花火大会には間に合わず、文字通り後の祭となる。

 

いつもならば就寝時間中に充電状態に入り、日中はずっと動ける。しかし今日は花火大会もあってか予約無しの散髪客が多く訪れたため必然的にジャガーの仕事も増加した。それにより稼働時間が大幅に短縮してしまったのだ。

 

「優花里、ジャガーはお父さんと一緒にお客さんのために動いていたんだよ。だから休ませてあげよう、な?」

 

「ジャガーちゃんの分まで三人で楽しんできましょ?」

 

「やだ!ジャガーも一緒に見に行く!!」

 

「優花里、ジャガーは今日頑張ってくれたんだ。休ませてあげよう?」

 

「………もういい!花火大会なんかしらない!!」ダッ!

 

そう言って優花里は店の玄関戸を勢いよく開けて出て行く。

 

「優花里っ!!」

 

「どこに行くの!!」

 

二人の声も走っていく優花里には届かず、ただ遠ざかっていく小さな背中を見ることしか出来なかった。淳五郎と好子は頭を抱える。

 

「ああ、またやってしまった…」

 

「外はもう暗いから心配だわ…でも今から予約のお客さんも来るし……」

 

「母さんは予約のお客さんの相手をお願い。僕が探して……」

 

 

………………ピピピッッ!

 

二人が困っているとジャガーが突然再起動し、肩と背中に繋がっている充電コードを"自らの意思"で引き抜いて椅子から立ち上がった。まだ完全には充電が完了していないのにである。これに驚いたのはジャガーの開発者でもあった淳五郎である。好子は淳五郎が何に驚いているのか理解出来ていないらしい。

 

「な! 自分でコードを引き抜くなんて…」

 

「え?」

 

ピピピピ…!

 

淳五郎はなぜジャガーがこのような行動を取ったのか理解した。自分の予想した考えを確認するためジャガーに尋ねる。

 

「……優花里を探すのを手伝ってくれるのか?」

 

その問いにジャガーはバイザーを光らせ深く頷く。この行動もまた、良心回路による産物なのだろう。

 

「ありがとう……頼む。」

 

ピピピピ‼︎

 

ジャガーは電子音を響かせて返事をした後、すぐに店から出て走っていく。それに淳五郎もついていく。

 

「母さん、少しの間店の方頼んだよ!」

 

「ええ!優花里のこと、お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう…グスッ……お母さんもお父さんもジャガーもみんな大っ嫌い!!」

 

 

ヒュ~~~~ドドォオオン!!

 

優花里は目から出る涙を腕でゴシゴシと拭いながら学園艦右舷の艦上公園を歩いていた。辺りは真っ暗で、陸地では花火の打ち上げが始まっていた。

 

「花火………始まっちゃった………グスッ…」

 

ピピピピ……!

 

「うん?」

 

優花里は後ろから聞き慣れた電子音を耳にした。ジャガーが優花里を見つけたのだ。ジャガーは優花里に手を差し伸ばしてもう片方の手で、帰ろうと言うように家のある方角へ指 指差す。

しかし優花里はブンブンと首を横に振ってからバチッと差し伸べられていたジャガーの手を弾き、走って距離を取ってから突き放すように言い放った。

 

「あっち行ってよ!ジャガーなんか嫌い!どっか行っちゃえ!!」

 

ピーーーーー………

 

ジャガーはヘッドランプとバイザーの光を点滅させながら心悲しげな電子音を上げ、項垂れる動作をする。そしてジャガーが今度は規則性を持たせてヘッドランプとバイザーを発光させる。それは優花里には見覚えがあるものだった。

 

チカッ! チカチカッ!

 

「……モールス信号?」

 

そう、ジャガーの行なっているそれはモールス符号の発光信号の発信であった。優花里は夏休みの自由研究でちょうどやっていたものだったためすぐに分かった。

 

ジャガーは喋れない。秋山家で意思表示、コミニケーションを取る際は代わりにスケッチブックに文章を書いてそれを見せるか、淳五郎か好子のケータイに電子メールを送っていた。そんな中、優花里が夏休み課題の自由研究でモールス信号を調べていたため、いつも優花里の近くにいたジャガーは新たな意思伝達の手段としてそれを覚えていたのだ。

 

 

チカッチカチカ チカッ チカチカッ__

 

 

『SAYONARA YUKARI』

 

 

短いながらも発光信号でそう優花里に伝えるとジャガーは後ろを向いて優花里かは離れていく。その背中はロボットとは思えないほどの悲しみに包まれたものだった。

内容を理解した優花里は一気に不安に襲われた。ここで止めないとジャガーが何処かへと消えてしまうのではないかと思った。

 

「待って!ジャガー行かないで!!行かないで!!」

 

優花里は追いつくとジャガーの前に立つと初めて会った時と同じように足にしがみつく。

そうするとジャガーは歩みを止めて、優花里の頭を撫でる。

 

「うぇっ…ぐすっ…ごめ、ごめんねジャガー。ジャガーがひとりぼっちなのは可愛そうだったから…えぐっ…」

 

優花里がジャガーに謝ると、また発光信号で伝えてきた。

 

"アリガトウ"

 

その言葉はきっと自分を家族と見てくれている優花里への感謝、ロボットであるはずの自分を気遣ってくれた優花里の優しさへの感謝、などの全てを引っ括めたものだろう。

 

 

仲直りした"兄妹"は、手を繋いで歩いていく。この後、無事に淳五郎と合流し、花火を見ながら帰ったのだった。

 

 

____

 

 

10年後 秋山理髪店

 

 

ジャガーは今日も店の手伝いをしていた。今は客もおらず、カウンターにマスコットのように休息をとるように座っている。

 

 

カランカラン!

 

店のドアベルが鳴り、外からは優花里を先頭に緑と白の制服を着た女子高生の一団が入ってきた。

 

「ただいまであります!」

 

「おかえりー!あら、可愛い子たちね!」

 

「いらっしゃーい!……ん?キミ達は?」

 

「優花里さんの友達です!!」

 

しばしの間を開けて、淳五郎たちが飛び上がる。その中にはジャガーも入っていた。

 

「ゆ、優花里の友達ーー!?」

 

「まあ!こんなに友達ができたの!?」

 

「うぅ……良かった、優花里の友達を見ることが出来て………お嬢さん方、良かったらここで髪を切っていかないかい?特別サービスでお代は無し!!」

 

「あなた!それはダメよ!!」

 

「二人とも、恥ずかしいからやめてください〜!!」

 

「優花里さんのお父さんとお母さん、とても良い方ですね」

 

「いい両親だな……羨ましい」

 

「あ…あそこに座ってるのが噂のロボットさんですか?」

 

「本当だ!新聞でしか見たことなかったけど、実物を見れるなんて!!」

 

 

………ピピピッ!

 

自分のことを話題にしていると理解したジャガーはゆっくりと左腕を上げ、手を振った。その動きに橙色のロングヘアーの友人とカチューシャを付けた黒髪の小柄な友人が感動したようで、目を輝かせながらジャガーを見ている。少し嬉しい。

 

 

「名前はなんですか?」

 

優花里の友人の一人である、栗毛のショートヘアーで大人しそうな少女がジャガーの名前を聞いてきた。優花里は座っているジャガーの方へと歩いていき、後ろに回って肩に両手を置くといままで見たことのないほどの朗らかな笑顔で友人の質問に答える。

 

 

 

 

「ジェットジャガーです!」

 

 

 

 

「私の………とっっても、大切な家族であります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その場いる全員は気づかなかった。

 

 

 

本来落涙するような機能を備えていないはずのジャガーが、俯いて大粒の涙を流していたことに。

 

 

 

 

「これからも、ずっとずっと一緒でありますよ!!」

 




クオリティーが元から低いのにさらに低くなってしまった………頭の中で考えてることを物語にするのってやっぱ難しいっすね…
本編でもジャガーはしっかり出ます。大きな戦いで、で、出ますよ…
画力が低いですが、少し弄り連邦軍が使いそうなデザインにしてみました。エプロンしてるとこいいっすよね^〜。淳五郎さんすげぇ…
ちなみにジャガーのAは秋山のAです。



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3.【学園艦移動清掃員、道火喜(ミチビキ)さん】 〜黒森峰編〜

挑発星人 モエタランガ・フューズ、登場。


 

 

 

これは、落ちこぼれだった一人のモエタランガが、なんやかんやあって、行く先々の学園艦に住む人々に元気を分けていくお話。

 

 

 

オレはヒューズ。モエタランガ星系人だ。オレはそこの侵略宇宙軍並行次元派遣隊の一員として、宇宙警備隊や宇宙正義(デラシオン)、O-50と言った奴らが存在しない宇宙にある、ソーラ星系第三惑星___地球の侵略を任された。そしてオレはアジアライン、ニホンエリアに降下した。

そして、本部が用意したニホンの偽造パスポートや身分証明用のID、擬態装置などを使って潜伏することに成功した。一応木星あたりでワームホールジャンプをやめたのも良く働いているのかもしれないな。

 

んで、オレは凡そ5年程ここ、ニホンエリアで潜伏していた。

 

待て待て! ただイタズラに時間を浪費していた訳では断じて無いぞ!この5年間で若い地球人たちが生活する"ある場所"に合法的に侵入できる職業に就いたんだ。なぜならば侵略の為に伝染させる"モエタランガウィルス"は若い地球人にはより効果的であると別の派遣隊の報告で判明していたからだ。

だがその仕事に就けたのはオレ自身の力でだからな!

 

 

 

あっ、掃除のおじさんだ!

 

「おはよー!おじさん!!」

 

「ああ、おはよう。あのなぁ…だからオレはまだおじさんって呼ばれるほど歳は取ってねぇんだぞ!」

 

「わー!おじさんが怒ったー!!」

 

「逃げろ逃げろー!!」

 

「たくっ……」

 

今、オレは"学園艦移動清掃員"と言う職業に就いている。定期的にこんなクソでっかい船を移動して活動するこの仕事はオレの任務上とても相性が良かった。そしてかれこれ仕事に就いて半年ぐらいになった。今じゃ清掃のコツは先輩方よりも上手いって自慢できるぜ。

 

んで、オレが今週乗り込むよう言われたのは黒森峰って言う船だった。ここらにいる中坊あたりのガキどもは登校中だってのに俺を見つければちょっかい掛けてきやがるのさ。それで遅刻しても俺は知らねぇからな!

 

本部が用意したのは俺の身分証明と侵入方法、必要な道具だけで、オレが現地でなんとかやりくりしなくちゃいけなかったんだ。

 

ん?……なぜ本格的な侵略活動を開始していないのか、だと?

 

 

「………ここにもアルミ缶捨てやがって…このハコはペットボトルだっての……!」

 

 

…………オレは、自身でモエタランガウィルスの散布が出来ねえ。所謂、落ちこぼれってこった。だから辺境派遣隊とか言う部署に配置されたのも分かるし、逆にそんなオレに侵略軍としての任務を与え、他の並行宇宙と比べて大して技術が進んでいない次元の地球の侵略を、オレの担当にしてくれたのには感謝していた。まあ、乗り気ではなかったけども。それに、正直なぜ地球にそこまで拘るのかは知らんが。

それらの理由でオレはウィルス散布のためのカプセルも準備してもらい、任意のタイミングで活動を開始するよう通達されていた。

 

だがなぁ……

 

 

「あらぁ〜!清掃員のお兄さん! 朝からご苦労様〜!」

 

「あっ、ドモっす…」

 

「いつもいつもありがとねぇ〜。今度はどこの学園艦に行くんだい?」

 

「えっとですね…来週はサンダースっす…」

 

「佐世保の方にいくのね、身体に気をつけるのよ」

 

「頑張ってねぇ〜おばあちゃん達、応援してるから〜」

 

 

人から感謝されるのって、気持ち良いよな。

 

実はな、ここでぶっちゃけると、正直もう地球侵略とか面倒くせぇんだなこれが。オレも地球での生活に慣れちまったし、気づいちまったんだが、オレは特異体質だったんだ。どこが特異かって聞かれるとだ、オレは生命体の体内時計を早めるモエタランガウィルスじゃなくて、一時的ながらも生命体に気分の高揚とプラス思考を与える光の粒子を出すことが出来ることに気づいた。

これは一月ぐらい前に、知人と喧嘩しちまって落ち込んでた当時の同僚に、声をかけた時はじめて分かった。

 

「ほらこれ、自家栽培でとった茄子と胡瓜!持ってって家で食べて」

 

「梨と苺も持っていきな!」

 

「あ、あざっす…いつもすんません……」

 

だからこれを使って"人助け"ってやつをやりながら何気ない日常の中で生活していきたいって思った。

本部と連絡取らなくても多分大丈夫だと思う。

なんせ制圧し次第帰還して報告せよって言われてんだ。…情報のホウ・レン・ソウがちょっとガバってるとこは笑えるか? 

つまり、俺が本星に帰らなければ任務を遂行中であると判断されてそのまま放置に近い状態になるだろうし、報告に行っても制圧の優先度は低いからすぐに来ることはないだろう。しかも俺よりも重要なとこにいるやつらが腐るほどいるからな、俺の経過報告見たらすぐに他の方に目を向けるはず。

 

…安心しろよ、オレたちと地球人の体感時間の差ってのは三桁以上差があるからな、1500年ぐらい黙ってても大丈夫だと思うぜ?

それにな、第一、オレはこの地球には異星人や怪獣に対してロクな技術も力も持ってないって言われて来たんだ。本来なら平和で邪魔するような奴がいない場所で侵略するって手筈だったんだ。

……だが最近、さまざまな宇宙で星間同盟とか言うやべー奴らがここらの銀河系で動いてるらしい。戦闘力も並以下で、モエタランガウィルスさえ扱えないオレが敵うわけないだろ?

 

だから結局オレは地球人として生きていくことを決めたのさ。しっかり掃除して、学園艦の人達と交流して、カップ麺食って、寝て、の繰り返しよ。あー、生き甲斐って改めて考えるとこんな風でも良いんだなって思うぜ。これで事実上、侵略活動は無期限の延期ってことになったってこった。

 

……ここまでが今に繋がるオレの話だ。

 

 

 

 

 

「おー、さみーさみー…春先だがまだまだ冷えるなぁ……缶コー買って、ベンチに座って、水平線に沈む夕日を見る!これほど風流なのはねぇだろ…」

 

そして今は夕方。仕事もひと段落し、自分へのご褒美に缶コーヒーを買ってやった。右舷艦上展望区域にあるベンチに座って夕日をのんびりと見るってのがこれまた楽しい。潮の香りと海の風を感じることが出来て、気分も良い。

 

「そういやどっかの異星人も言ってたなぁ………地球の夕陽ほど美しい景色は無いとか…確かに、分からなくはないぜ……………ん?」

 

なんだ、オレの斜め右のとこに茶髪でツインテールの、黒森峰の女子生徒が手すりを掴んで、海の方を見て立っていた。

少し距離があるからか、それとも気付いてないのか、溜め息ばっかついて夕日を見ている。おいおい、その夕焼けの見方はナンセンスだぜ……しょうがねぇ、少し話しかけてみるか。若干にゃ怪しまれると思うけどな。

 

「おい、何がダルくてそんな溜め息ついてんだよ」

 

「ふぇ?」

 

コイツ、オレのこと気づいてなかったな。まあいい、オレは湿っぽい雰囲気の中で飲むコーヒーは嫌なんでね。オレは飲みかけのコーヒーを持ったまま、生徒の方へと近づいて話しかける。

 

「夕陽を見ながら溜め息なんかついたら、一日の終わりが締まんねえだろ」

 

「えっと……お兄さんは清掃員の人、ですか?」

 

「ああ、悪いな。突然話しかけてよ」

 

「いや、なんかこっちもすいません…」

 

お前は何も悪いことしてねぇだろーが……なんでこう、すぐに謝るのか……それが分かんねぇな。

 

「…………お前と初対面のオレが言うのはおかしいとは思うが……溜め息ばっかついてよぉ、なんかあったのか? 住民の不満も拭き取るのも、オレたち清掃員の役割だと勝手に思ってるからよ、良かったら話してみてくんねえか?無理して言わなくていいけどよ」

 

「…いいんですか?」

 

「もちろん」

 

「…………最近、戦車道で…みんなに実力じゃ追いつけないって思うようになっちゃって…」

 

「センシャドーでか……」

 

センシャドー……あー、戦車道か。戦争に使うための兵器を使った不思議なスポーツだな。オレも最初地球にやってきて、それを研究がてら見ようとしてぶったまげた記憶がある。そういや、ここの学園艦も戦車道の強豪だったか……

 

「うん……幼馴染のエリカちゃんや友達もどんどん上手くなっていって一軍に行っちゃって…私は二軍のままで……チームのみんなと、周りのみんなとの間に見えない壁があるような…そんな感じ。」

 

そうか………コイツも、悩んでんのか。環境の中で自分の存在意義や目標を、見失ってるのか。

 

 

んなら、オレがその見失ったもの、探すの手伝ってやるか。

 

 

「あははは……戦車道、私に向いてなかったのかなぁ…エリカちゃんがやってたから、入っただけだったから……本気でやってる人たちよりも、センス無かったのかな〜……」

 

 

「いや、それは違うぜ」

 

 

「え?」

 

「いいか、オレに一つ言わせろ。……センスってもんはな、生まれながら身についてるもんじゃねぇ。

それは、何度も何度も自分がやりたいって思ったことを失敗して、でもその内何回かは成功して…そういった繰り返しの中で、自分のカラダに染み込ませたもんが……センスだ。だからな、センスセンスって言うんだったら今からでも全然つくぞ。やった分だけ力になる。長くなっちまったが、努力=センスってことだ。まだ諦めるには早いと思うぞオレは。」

 

「そうなのかな?」

 

「そんなもんだ。悔しいと思って何度も、何度も何度も挑戦して、それをやめないヤツが、相手が一番嫌がるような手強いヤツになるんだよ。だからよぉ、認めさせろよ…振り向かせろよ、周りを、その幼馴染を、友達を!俺はお前らに追いついたんだって、そしてこれから追い抜いてやるぜってな!負けねーぞってな!! そうしたらきっと、お前自身にも、周りにも、ぜってー良い刺激になるぜ。オレが保証してやる」

 

「…………でも…全然やる気っていうか、気合いっていうか…それも湧かなくて…」

 

顔を見るに、あともう少しでコイツは前を向ける。自分で走っていけるようになる。よし、最後の仕上げだ。一呼吸おいて俺はコイツの肩を、少し強くポンと叩く。

 

「………スゥー…………闘魂注入〜!!」ポンッ!

 

「わひゃっ!?」ビクッ!!

 

叩いた肩にほんのりと橙色の粒子のような物が、全身に伝播していき、仄かな光に一瞬包まれるとそれは収まる。

 

「…………ビックリしたぁ!いきなり何するんですか!」

 

「悪い悪い……で、どうだ?闘魂、みなぎってきたか?」

 

「…え、えっと…あれ?……たしかに、気持ちがみなぎってくるような………こんな感覚はじめてかも……」

 

 

「…まだやれそうか?戦車道」

 

 

 

 

 

「………うん、お兄さん。私、もう少し頑張ってみる…」

 

どうやら成功したようだな。少しホッとしたぜ。

 

「フッ。そうか、頑張れよ戦車道。あと勉強もな」

 

「……なんかお父さんみたいなこと言うね、掃除のお兄さん」

 

「うるせぇ。文武両道をしっかりやれってことだよ!」

 

「あはは!了解致しました、ありがとうお兄さん。私、自分に負けずに頑張っていくよ!!」

 

さっきまでの暗い雰囲気をどっかに吹き飛ばしやがった。見てるこっちが清々しい気分になるぐらいの笑顔で俺にお礼を言ってくれた。やっぱ人の笑顔って見てて良い気分になるな。最高だぜ。

 

「あ、私の名前言ってなかったね……。私は、レイラ!楼レイラだよ! 今日はありがとね、お兄さん!」

 

「おう、じゃあな…………恋愛も、しっかり相手のハート掴んでけよ」

 

「えっ///!?なんで好きな人いるって分かったの!?」

 

「バッグに写真入りキーホルダー下げてたら普通分かんだろ。ほら、早く帰った帰った。この時間からもっと寒くなるぞ」

 

「もー……。それは分かったけど…お兄さんの名前は?私は教えたから、そっちも教えてよ!」

 

 

 

 

 

 

「あ?俺か…………俺は、道火喜(ミチビキ)道火喜辿(ミチビキ・タドル)。人よりちっとばかしお節介が好きな、ただの清掃員だ。」

 

 

 

 

 

 

 

オレはこれからも、仕事で色んな学園艦に乗り込んで、色んな人間と出会うだろう。

 

それが続く限り俺は平凡に働きながら、そこに住む人達が明るく前に進めるような手助けが出来るような……

 

 

___導火線(フューズ)になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………あ、ばあちゃん達から貰った野菜と果物が入った箱、ベンチに置いてきちまった…

 

 

 

地球にやって来た落ちこぼれの侵略者、モエタランガ・フューズ。彼は人の温かさに触れて、本当の姿を隠しながらも、この星で新たな人生を歩み出した。

 

自分だけが持つ、前へと進もうとする思いを加速させる不思議な力を片手に、彼は人を導く導火線となるべく、生きていくだろう。

 

 

 

「…晩のカップ麺どーすっかな………カレーかシーフードか、へへっ、腹減ってきたぜ」

 

 

 

彼の渡り歩きは続く。

 




まずは番外編。活動報告で四月からとか抜かしてましたが、もう…我慢できない(ダディ)。そこ、オッパゲドン!(早期投下)
本編はゆっくりこれから出していきます。今のところストックは10話分ですかね。

ファンタジー系もそうですが、地球にやってきた異星人が地球文化に浸るのが好きです。
マックスのメトロンしかり、オタ芸メトロン兄貴しかり…。マックス本編に登場したモエタランガ兄貴はホント声が兄貴だったし、言葉遣いがキッチリしていて礼儀正しかった。幼少期の初見時はとても驚きましたよ。

フューズ君の地球人の姿は、髪色を赤色にした『べるぜバブ』の男鹿兄貴です。

番外編アンケートへの協力、よろしくお願いしナス!
そしてTwitterにてF鷹兄貴がウルトラマンナハトのイラストを描いてくれました!ありがとナス!
兄貴のイラストは主人公設定のところに貼っておきました。是非どうぞ!F鷹兄貴はハーメルンでガルパンss『ラン・アット・フルスピード』を執筆しています。そちらもよろしく!

それでは次回も、お楽しみに!


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4.【ピイ助の大洗冒険録】

 

 

東アジア 日本国関東地方 茨城県大洗町

茨城港学園艦停泊地 大洗学園艦 学生寮

 

 

 

 これは六月のとある日のお話。

 

 

「それじゃあピイ助、私学校に行ってくるからね。留守番お願い。行ってきます!」

 

「ピィ!」

 

 少女が元気に玄関のドアを開けて、学び舎へと向かった。

 少女の小さき同居人である、小亀のピイ助は、少女の登校前の言葉に返事を一つ返し見送る。

 

バタン!

 

「ピィ〜」

 

コォオオオオオオ…‥!!

 

 同居人の靴音が聞こえなくなったあたりで、玄関前でピイ助は浮遊しながらここで一鳴き。

 少し特別な血統を継いでいる小亀であるピイ助は、てくてくと歩きはせず、前脚後脚をホバー機構化させて滑るように部屋の廊下を移動する。

 そして移動した先には小さなテーブルがあった。よく少女の友人達が訪れた際、輪になって話すスペースとして利用されているのは余談である。

 

「ピィイ……」

 

 密室と言っても過言では無い空間で見た目小動物である寂しがり屋のピイ助は、少女と同じ人間という括りに当てはまる生物ではないため、日頃彼女が部屋にいる際に利用している娯楽の殆どは扱うことができない。

 そのため、平日少女が学舎に通っている間のやることと言えば、置かれた野菜を頬張るか、寝床である段ボール住居若しくは少女のベッドで昼寝する、そして運良くテーブル付近にテレビのチャンネルがある場合は電源スイッチを前脚でプッシュし勝手にテレビを見ることである。

 家の中で生活する愛玩動物たちの辛さがここに凝縮されているのが見て取れる。同居人がいない場合なら余計である。じゃれついたり、甘えたりもできないのだから。

 今日は運が悪かったようで、最大の娯楽たるテレビのチャンネルはテーブル付近には無く、見当たらなかった。非常に残念であるとピイ助は思う。

 

「……ぴっ!」

 

 さて、上記でも触れたと思われるが、このピイ助、ウサギに負けず劣らずの寂しがり屋である。

 そのため、人肌にとてつもなく飢えることがあるわけであり、これが我慢ならなくなった場合は最終手段……最近の日課になりつつあるものに手をつけねばならなくなる。

 

ゴォオオオオオオ!!

 

「…ピイッ!」

 

カチャッ!

 

 それは、街への冒険に繰り出すことである。同居人視点で悪く言えば脱走だ。

 ピイ助は脚をジェット機構へと変えて空中をホバリングし、ベランダに続く大きな窓の留め具を文字通り頭を使って器用に開ける。

 鍵を解錠したあとは床に着地し、家猫の如く前片足を扱って自身の体重の数十倍は優に超えるだろう窓枠に爪を引っ掛け自分がギリギリ通れるスペースが確保できるまで開放する。もちろん、ベランダに入ったら、防犯上の観点から___とは言っても、二、三階にこの同居人の部屋があるのだが___開けたら閉める。これは鉄則である。少女に余計な心配はさせないというピイ助なりの配慮である。

 ここまでの動きで分かるように、ピイ助の潜在能力は伊達では無い。並の亀であったなら、仮に解錠できたとしても、窓の開閉はできないだろうからである。

 

……ゴォオオオオオオ!!――バヒュン!!

 

 ベランダに出ることに成功したピイ助は、学園艦、そして本土の大洗町を見て回るために、VTOL機の如く垂直離陸を始め、ベランダの手すりの高度まで上昇した後、すぐさま発進した。そう、発進である。その小さな体からは考えられないぐらいの瞬間加速である。

 亀が発進するなどあり得ないなどと言うのはもう遅い。

 

キィイイイイイイイイン!!

 

「ピィ〜♪」

 

 学園艦上を亜音速で低空飛行するピイ助。ピイ助がこうして外出する際、航行中に発生する線状雲が艦上を歩く幼児、児童たちから目撃されている。

 距離把握の錯覚からか、子供たちからは飛行する者のシルエットがシルエットなために、遥か彼方の空を飛ぶガメラが作り出している飛行機雲として認知されている。

 

「ママ〜、見てみて〜ガメラ!」

 

「そうだね〜ガメラね〜……うん?ガメラ?」

 

「わぁ〜飛行機!」

 

「違うよ、飛行機じゃないよぉ」

 

 そんなことは知らないピイ助は、同居人の少女の通う学び舎や様々な建物、そして日常を過ごしている人々を空から眺めつつ、現在寄港している本土の大洗町に向かうべく進路を変更する。

 なお、ここで記しておくが、過去に一度ピイ助が学園艦上空ではしゃいだ際、学園艦に駐在している海自空自の索敵・哨戒要員の方々に補足されたことがある。その時は自衛隊側が事態の把握であたふたしてる間に直感で―「なんかヤバいことしちゃってるな…」―と察したピイ助が動いたことで官民大事には至らなかったことがあった。それもピイ助は考慮しつつ、新たな散歩道開拓のために、最短最善の飛行ルートで大洗町へ向かう。

 

ゴオオオオォォォォーーー……!!

 

 暫くして、海浜公園内の人目につかない場所でピイ助は着陸した。

 ここからはホバー移動と時々徒歩を交えながら大洗の中を巡ることとなる。

 一般的な人間の視点から見たらぶったまげるようなレベルの移動手段を取る小亀。なかなかにシュールである。そもそも、自然界に存在する既存の生き物は身体をジェット機構化等しないのだが…。

 

「ん? おや、いつぞやの亀助じゃないかい」

 

「ピイ!」

 

 とある平家の民家の前を通ると、玄関周りを掃除していた老婆が話しかけてきた。

 この老人とは、ピイ助は顔見知りである。何度かこの民家付近を周っていたことがあるためだ。

 

「アンタ、飼い主いるんじゃないのかい?そんなに飼い主が嫌いなのかい?」

 

「ピッ!!」ブンブン!

 

 老人の問いに、首を高速で横に振るピイ助。否定の意である。

 断じて同居人の少女が嫌いだから外に出ているわけではない。

 これは冒険なのだ、家出ではない。

 

「そうかい。じゃあ飼い主が心配する前に帰ってやんな。アンタ見てるとウチの孫を見てるようで余計心配になるんだよ」

 

 こちらの意図を老人は理解してくれたらしい。しかも、心配してもらっていたこと判明した。いやはや、こちらの身を案じてもらえるとは、ありがたい。

 

「気をつけて帰るんだよ。途中で料亭とかに首突っ込まないことだね」

 

「ピイ」

 

「まったく、返事だけは一丁前だね。……それにしても、前々から思ってたけども、最近のカメは車並みに速いんだねぇ」

 

 違うのだ。このホバー移動している小亀、ピイ助だけが例外なのだ。

 最近の電子機器や日用品と同じにしてもらっては困る。比較対象にされてるだろうその他大勢の一般的な亀に迷惑ですらある。

 あれほど保護者的立ち位置である少女から、私たち以外の人前で特別な力を使っちゃダメだよと言われたのに、この始末…今のところこれまで会った人々が善良だったのがせめてもの幸運なのだろう。

 そもそも、ピイ助には"私たち"が適用できる範囲を理解できなかったからという理由もある。他の亀よりも少し賢いぐらい……というよりも、ピイ助は人というグループで一括りにしているため、明確な境界線を引けていないからであるのだが。

 

 なおこのピイ助、今では大洗学園艦や大洗町で知る人ぞ知る町を散歩している亀さんとしても認知され親しまれはじめている。

 亀の子供が、一匹で街を歩いているのだ。物珍しいのは確かであるし、それが一日経ってからまた目撃できたら、もはや名物であり新しい隣人である。

 本当、本当に町の人達が優しい方々で本当に良かった…と、一番に感じるのは、のちにこの事態を把握した保護者であり同居人の少女であるのだが。今のところ、散歩する小亀の噂が彼女の耳に入っていないのが奇跡みたいなものである。

 

「おっ、カメさん! カメさんに会えたってこたあ、今日は縁起が良いなぁ!」

 

「ああー!!かめーー!!」

 

 町の人々は、ピイ助を見かければ、子供が撫でてくれたり、老人からは拝んでもらえ、八百屋であれば胡瓜など、魚屋であれば小魚をと、色々と恵んでもらえるのだ。少女は知らない。これが原因で夕飯のキャベツを半分残していることを。無用な心配であったと判明するのははてさて、いつになることやら。

 また、街に住んでいる猫や犬、スズメ、カラスなどとも友人の間柄である。今では―あそこ、いい日向ぼっこ場所だよ―などと教えてもらえたりもする。

 ピイ助は、知らぬところで様々な者に見守られているのである。

 

 

「ピ……!」

 

 商店街を巡り巡って、ある場所ある場所を転々と歩いていたら、気づけば陽が傾く時刻となっていた。

 今日の散歩は趣向を変えようとしたものの、結局いつも通りのルートを歩いてしまったピイ助。

 

 今回の散歩は比較的穏やかであったと感じる。

 さて、ではここで今日の散歩内容を振り返ってみようか。

 まず、ウキウキ気分で学園艦から飛び、大洗町へと着陸。

 住宅街で通勤通学のために歩いたり走ったりしている人々の後ろ姿を見ながら散策。途中で顔見知りのおばあちゃんと会う。世間話をして散策再開。

 道中カラスとじゃれ合い、猫と塀の上でのんびりし、犬の背に乗せてもらい商店街まで送ってもらう。

 商店街でご飯を貰ったり触れ合ったりしてもらった。

 戦車道の試合で壊れてしまったある旅館の前を通った際、修復用の資材が重機の操縦手のミスで、ピイ助のギリギリ横に落下したり、歩いている真上にコンクリートを垂れ流されかけた。ジェット加速でギリギリ回避した。

 海岸に面する道路を横断しようとした時、巡回パトロール中の陸自装甲車に轢かれかけた。なんとかホバー移動で間一髪回避した。

 ………これで比較的穏やかな散歩なのである。前回や前々回なんて、学校へと自転車で登校する子供達の群れに轢かれかけたし、ダンプカーに面制圧されかけたこともあった。そして極め付けは公園等で遊んでいた子供たちのサッカーボールや軟式球が高速飛来したこともあった。これにはピイ助はとても驚いたようで、咄嗟に回避しながら反射反応を起こして火炎放射をしてしまったこともあった。

 

 上に挙げたような、数々の災難を考えれば、今回はマシな散歩の日であったのだと納得してもらえると思う。

 生命の危機を感じながらの散歩とはまた斬新なものである。

 今日もまた刺激的な1日であったと、ピイ助は思いながらまた人目につかない場所まで移動し、離陸。帰る場所である大洗学園艦へと飛ぶ。

 

カァーカァー

 

「ピイ〜」

 

 夕焼けの空を飛んでいると、カラスの一団と出会う。彼らから、お気をつけてと言う旨を受け取り、一声返しつつゆっくりと帰る。

 眼下に広がる学園艦の様子を見れば、人々がそれぞれの家に帰る光景があった。何事もなく、平和に一日が終わり、心安らぐ場所へと戻るというのは、とても幸せなことだろう。

 これからも当たり前のことが当たり前の毎日を過ごせるかは誰にも分からない。しかし、努力して最善を尽くすことはできる。

 

「ただいま〜!ピイ助、良い子にしてた?」

 

「ピイッ!」

 

「そっかそっか!なら良かったよ!」

 

 今のピイ助に難しいことは分からない。ただ、帰る家があり、大好きな同居人がいる、それを守れるような存在に___ガメラのような強い存在に早くなりたい…ただそれだけを願い考えるのみである。

 誰かを守りたい、誰かの支えになりたい、誰かを救いたい。そんな想いを抱くのは人だけではないのだ。

 

 ピイ助の体が、ほんのりと紅く光っていた。

 

 




 どうも、スパロボ30をなんとか一周した投稿者の逃げるレッドです。
 DLCでダイナゼノン出ないかなぁと思ったり思わなかったり。想像以上に各作品のキャラと交流してくれていたので、投稿者は嬉しかった。

 さて、今回は冒頭でも触れたように、でっかくなっちゃった時期よりも前の時系列のお話でした。
 今まで書こうかこうと思っていたのですが、アイディアがまとまらず、それに加えて本編の筆の進みが加速してしまい、今日ようやく投下させていただきました。

 思いやりは思っても見ない形で突然返ってくるもんです。良くも悪くも。

これからもよろしくお願いします。質問感想、ありましたらどうぞ。


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