一日千秋の思い (ささめ@m.gru)
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01

※この連載は10年前に書き、完結させたものです。
ゲーム設定などが古いのはその為です。ご了承ください。


世界は腐っていると、私は思うのだ……。

 

そう思い出したのは高校入学間もない頃か卒業後だったか……。

ああ、卒業後だったと思う。

将来の夢を見出せぬまま高校を卒業した大学には行かなかった、こういうと行けたみたいな言い方をしているが事実、行けたのだからこう言うしかない。

私は頭は良い、教科書に書かれてる事ならお手の物。

ただ、利口に生きてはいなかった様だ。

なんて事ない高卒ながらそれなりの会社に就職してそれなりに生活していた。

 

腐ってると思った。

 

仕事に行く為にスーツを着た、溜息が出る。

休日に部屋の掃除をした、溜息が出る。

空腹を満たす為に料理を作った、我ながら良い出来だと腹を満たし終われば溜息が出る。

空っぽだった、世界は腐ってるなどとほざいたが腐ってるのは私であって世界は移り変わり存在している。

腐ってるのは私、動きながら止まっている、否、止めているのは私自身。

何をするわけでもない、何をしたいと思うわけでもない。

何もしないまま、ただ何か起これば良いのにと願う哀れな男だ。

 

何をすれば満たされる。

仕事で誰よりも優れた成績を出せば満たされたか、満たされなかった。

お金があれば満たされるのか、なら貯めてやるよと貯めに貯めたこの金は何に使えというのか、満たされる事などない。

満たそうと求めてみれば更に空っぽになる気がした。

何が間違ってる、根本的に間違ってる気がする、けれどその間違いを訂正して生きていけるほど私は利口じゃなかった。

 

溜息が出る。

 

周りの人々の目は輝いて見えた、同じ色の目とは思えない輝きを放っている気がした。

鏡に映るのは誰だ、穴が開いた様な真っ黒の目で何を見ている、お前は誰だ。

生きているのか死んでいるのか、否、生きながら死んでいるも同然だ。

私は何なんだ……、私はどうして生きている、何の為に、生まれて来たというのだろうか……。

 

 

世界は腐っていると、私は思う。

こんな私を産み落とした世界は腐ってる。

 

 

***

 

 

生まれて25年になる。

生まれてこの方このような光景を見た事が無ければ、こういう状況に陥った事も無い。

美しい世界だった、私がこう思える日が来るなんて……、やっぱり死んでみるもんだと関心した。

 

昨日の深夜2時。

私は大量の睡眠薬を飲んで眠った。

そして目が覚めると青々と茂った草原の上で眠っていたのだ。

これはもう死んでるだろ、少し想像していたあの世と呼ばれる場所とは少し違うがもうどうでも良い事。

裸足のまま草の上を歩いて小石を踏んだ、あまりの痛さに足の裏を見れば切れて血が出ている。

一度死んでもまだ苦痛を与えるのか。

意外と甘くない世界らしい、しかしだ、そんな痛みもどうでもよくなるほど空が綺麗で私はぼんやりと空を眺める。

 

大きな虹色の鳥が空を横切った。

 

空から虹色に輝く大きな羽が一枚降って来るのが見えて手を伸ばす。

風に吹かれながらもその羽はすんなりと私の手の中に納まった。

太陽の光を受けて輝く羽は何処までも美しい……。

 

私の知らない世界はこんなにも美しかった。

ああ、死んで良かったなぁ……。

 

 

少し離れた所から子供が二人走って来る。

天使かと思って眺めていると子供は私に近づいて来た。

 

「お兄ちゃんこんな所で何してるの?」

「森に行くのか?森にはポケモンを連れてないと入っちゃ駄目なんだからな!!」

 

その辺で摘んだらしい花を持った少女と日に焼けた健康そうな少年だった。

どうにも現実を帯びた世界だ、私は死んだはずなのに。

 

ポケモンという言葉を、聞いた事があるのは気のせいだろうか……。

 

「ポケモン……?」

「ポケモンはポケモンだよ!!その綺麗な羽どうしたの?それもポケモンの羽でしょ?」

「っていうか、兄ちゃん裸足じゃんか!!血出てるぞ!!!」

「え!!大変!!手当てしなきゃ!!」

 

少女と少年に手を引かれて私は裸足のまま早足に歩き出した。

砂を踏めば足の裏がちくちくと刺激される、握られた両手から二人の温かさが伝わってくる。

 

私は、死んだのか……?

 

 

少女と少年に連れられ、見知らぬ家へとあがり込んでしまった。

一軒家ながら家庭的な温かみを感じる家はどうにも私には居心地が悪い。

 

「あれー、お母さん買い物に行っちゃったのかなー」

「キューキューバコだ!!ノリコ、キューキューバコを持って来い!!」

「のん、キューキューバコ知らないよー!!」

「キズぐすりって人間に使って良かったっけ?」

「それは駄目って知ってる」

 

家の引き出しやら棚やらを片っ端から開けては閉めを繰り返す少女と少年を眺めながら私はぼんやりと椅子に座っていた。

私は死んでいないのかもしれない、もしくは、死んで別の世界に来てしまったのか、そんな馬鹿な話があるのか。

死んだ事自体は初めてなので絶対にありえないとも言い切れないが……、そんな事はあまりにも酷だ。

 

神なる存在が居るのなら聞いてみたい、私に何をしろと?

まだ生きろと?生き続けなければならない理由なんて無いだろうに……。

どうして、そう思った時に私の目からは涙が零れ落ちた。

トゲトゲした不思議な固形の固まりを持っていた少年が私を見てその固形物を床に落とした。

大きく口と目を開けている事から私が急に泣き出したものだから驚いたらしい、止まれと思ってはみたが涙は止まってくれそうになかった。

 

「そんなに痛いの!?ごめんなっ、ごめんな!!すぐ薬見つけるから!!のん!!早くしろって!!」

「さ、探してるもん!!」

「兄ちゃん、泣くなよー!!げんきのかたまりじゃ駄目ぇ!?」

 

はい、と手渡されたトゲトゲした固形物をどう使えというのだろうか。

服の袖で目を拭って、固形物を少年に返した。

 

「大丈夫だ」

「まだ我慢出来るんだな!!待ってろよ!!すぐ見つけるから!!」

 

そういう意味ではなかったのだけど……。

必死になって心配してくれる少年と私を見て泣き出しそうになりながら棚の中身を引っ張り出す少女があまりにも優しいから私は何も言えなくなった。

 

私の足元には小さな血溜まりが出来ていたが気付かれない様に足でそれとなく隠してみる。

 

*

 

ポツンとリビングに取り残された。

別の部屋へと行ってしまった少年と少女の声が扉を隔てた向こう側から聞こえる。

チラリと辺りを見渡してみれば見慣れない絵が飾られている。棚の上に置かれたフォトフレームには少年と少女と不思議な動物の写った写真が飾られていた。

 

ポケモン……。

 

何処かで聞いた事がある。

テレビか、街中でなのか、それとも雑誌か、誰かの会話で耳にしたのか……。

曖昧でハッキリしない頭でぼんやり考えていると玄関で小さな悲鳴、その後にこちらが悲鳴をあげたくなるくらいの怒鳴り声が響いた。

 

「カズキィイイイ!!!ノリコォオオオ!!!」

「「お母さん!!!」」

 

なにやってんのアンタ達はー!!!と怒りの篭った声が聞こえて、聞こえているだけの私まで怖くなってくる。

少しして静かになったと思えばドタバタと足音がこちらに向かって来た、勢いよく扉が開く。

 

「大丈夫ですか!?」

「「キューキューバコ!!!」」

「寝室のクローゼットの中なのよ!!」

 

そんなとこ見てねー!!と少年が声を荒げた。

母親である女性が部屋を出て行ったかと思えば白い箱を抱えて戻ってくる。

 

「大変、出血が酷いわ」

「うわっ!!血がいっぱい!!のんは見るな!!」

 

隠していた血溜まりを見て少年は泣きそうになりながら少女の目を手で覆い隠した。

足の手当てをしてくれた女性に「すみません」と謝罪の言葉を伝えれば、にこりと笑みを返される。

 

「謝る事ないのよ」

「見ず知らずの方にご迷惑をお掛けして申し訳ないです……」

「硬い硬い!!こういう時は笑顔でお礼を言ってくれた方が嬉しいわ」

 

笑顔でお礼……。

「ありがとうございます」と言葉にはしてみたが、私の口角は上がってくれなかった。

心配した様に私の顔を覗きこむ少年と少女に「ありがとう」と礼を述べて立ち上がった。

足を踏み出せば少し痛んだが歩けないほどでは無かった、少し頭がくらくらするのは血を流しすぎたせいだ。

 

「兄ちゃん!!」

 

服の袖を引っ張られて立ち止まる、視線をやれば眉を顰めた少年が居た。

 

「また裸足で歩いたら怪我する!!」

「そうだよ、お靴を履かなきゃ!!」

 

少年と少女の言葉はもっともな意見だが、靴はあいにく持ってはいないのだ。

どうして私がここに居るかも分かっていないのに……。

 

「貴方、裸足で歩いてたの?」

「はい」

「どうして?」

「分かりません、気付いたら裸足で……」

「何処から来たとか、分かる?」

「分かりません、ここが何処なのかすら」

「記憶喪失なのかしら……」

 

私の頬に手を添えた女性はそのままゆっくりと私の頭を撫でた。

温かい手……。

 

「きおくそうしつ、って何かな、カズくん」

「色んな事を忘れちゃう事」

「色んな事って?」

「んー、自分の家とか名前とか?」

 

女性がゆっくりと手を下ろして、私の両手を握った。

私よりも小さい女性が私を見上げて優しい声で言う。

 

「貴方の名前は?」

「私は…」

 

なんという名前だっただろうか……。

首を傾げれば女性は眉を下げて、それでも困った様に笑ってみせた。

 

「じゃあ、決まり」

「?」

「私はカナコ、でも、お母さんって呼んでね。貴方は今日からうちの子よ!!」

 

あまりにも突然のその言葉に私は返事を返せなかった。

キョトンとしていた少年と少女は顔を見合わせてから顔に笑みを浮かべた。

 

「本当の兄ちゃんになった!!」

「お兄ちゃん!!」

 

ぎゅっと抱きついて来た少年と少女を見下ろせば笑顔で見上げられる。

 

「オレ、カズキ!!」

「わたし、ノリコ!!」

 

温かい抱擁、温かい笑顔、無条件に優しすぎる言葉に思わず涙が出た。

ああ、泣いてばかりだ……、情けない……。

 

「あ、でも、ここは忘れないで、お母さんはまだ20代です!!」

「そこって大事なのか?」

「え、のん知らないよ」

 

*

 




--主人公:シンヤ

ネガティブ思考の持ち主であり自殺者。
自殺後、気が付くとポケットモンスターの世界に。
知識は無くポケモンという言葉を聞いた事がある程度で、ポケモン世界では記憶喪失だと思われる。
死んだのに生きているという状況に絶望したが美しく優しい新たな世界に少しの希望を見出し始める。

顔立ちは極めて美しく整った顔立ちをしており背も高く見た目に欠点は無い。
ただ表情があまり豊かではない為、無表情。
頭は良く記憶力も良いがあくまで本などから得られるものを記憶した知識であり社会的な賢さは持ち合わせておらず世渡り下手、相手を立てたりお世辞が言えないタイプである。
口調は上からモノを言う様で偉そう、敬語は使える。
頑張って前向きに生きて行ける様に更生中……。


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02

「何ぃ!?子供が増えた!?」

 

体育会系であるのは見てとれる体格の良い男性はカナコさんの夫、イツキさん。

なにやら大きなカバンを背負って帰宅した夫にカナコさんは「新しい子供が増えましたー」と笑顔で私の背中を押したのだ。

20代のまだ若い夫婦、双子の子供……カズキとノリコの年齢からして同じ20代の息子なんてとんでもない事だと、私は思う。

 

のだけど……。

 

イツキさんは最初は驚きはしたものの、記憶が無く名前も思い出せないという事を聞いてすぐに私の名前を考え始めたのだ。

何処まで人の良い夫婦なんだろうか、この夫婦に育てられているのだから子供が他人に対してとても優しいのも頷ける。

もし、私が悪人で記憶喪失を語って家の金品を盗んで去って行く様な人間だったらどうするのだろうか。

 

「よし、シンヤと名付けよう!!」

「素敵な名前ね!!」

 

手と手を取り合って喜ぶカナコさんとイツキさん。

隣の席でパンを頬張っていたカズキに聞いてみた。

 

「カズキは何歳だ?」

「俺?6歳だよ」

「のんもー」

 

19歳で子供を産んでたとしたら私と同じ年になってしまうぞカナコさん……。

 

「兄ちゃんは何歳?」

「25歳」

「それは覚えてんだ」

 

コクリと頷けばカズキはふーんと相槌を打った。

 

 

イツキさんも席に座って家族団欒の席に他人の私が居るのが何やら申し訳ないが、黙々と食事を口に運ぶ事に専念した。

 

「シンヤ、そこの塩取ってくれ!!」

 

イツキさんが指差した先にあった塩を手渡す。

それを見てカナコさんが塩分の取りすぎよと少し頬を膨れさせて言った。

 

一日も経たずに何故、他人に違和感を感じないのか……。

名前も定着してしまったし……。いや、名前は有り難いし別に構わないのだけれど……。

 

「お兄ちゃんはさー、ポケモン持ってないの?」

「ポケモン……、とは何だ」

 

私がそう言えば、カズキが「それも忘れるか普通ー!!」と声をあげた。

忘れる以前に、知らないのだから仕方が無いだろう……。説明出来ないので口にはしないが……。

 

「ポケットモンスター、略してポケモン」

 

何処かで聞いた事のあるフレーズだった。

その後、ポケモンには種類や属性があるとか野生のポケモンはゲットして手持ちにする事が出来るとか色々と説明して貰ったがあまりピンとは来なかった。

どうにも、私の知っている世界でいうペット感覚……、野生なら身近なスズメとか……、そういう動物がこちらではポケモンとして存在しているという事。

それを小さなボールの中に収めてしまう技術は凄いとは思うが、体の大きなポケモンも小さなボールに入ってしまうかと思うとボールの中はどうなっているのか疑問だ。

 

「のんはね、10歳になったら可愛いポケモンをゲットして旅をするの!!」

「俺もポケモンマスターになるんだ!!」

 

「へえ」としか、返しようが無かった。決してわざと素っ気無い返事をしているわけでも、子供の夢を冷たく突き放したわけでもない。

 

「10歳にならないと駄目なのか」

「そうだよ、10歳にならなきゃポケモンは連れちゃ駄目だもん」

「10歳になったら旅をして良いのか?」

「うん」

 

頷くノリコの言葉にこの世界は本当に凄いと思った。

10歳になったら独り立ちさせて良いのか、放任だな……。私の居た世界じゃありえない事だ、10歳なんてまだ小学校も卒業していないのに親から離れて一人で旅をするなんて……。

 

「明日になったら、ポケモン見に行こうな!!」

「あら、森には入っちゃ駄目よ。野生ポケモンが居るから危ないわ」

「えー!!兄ちゃんが一緒なら良いじゃん!!」

「シンヤはポケモンを持ってないでしょ!!」

 

ぶーぶーと口を尖らせて文句を言うカズキの頭にカナコさんのゲンコツが落ちた。

ポケモンか……。

そういえば、とポケットに手を突っ込んで羽を取り出す、少し形が崩れていたので手で真っ直ぐに直してみた。

 

「これはポケモンの羽なのか……」

「おおっ!!それは!!」

「綺麗ねー、どうしたのそれ?」

 

ガタンと立ち上がって手を伸ばすイツキさんの手に羽を渡した。

食器を片付けながら笑うカナコさんに返事を返す。

 

「空を見上げていたら大きな虹色の鳥が飛んでいて」

「ホウオウだ!!」

 

羽に視線をやったままイツキさんが言った。

鳳凰、とはまた神々しい名前だ。まあ、あの虹色の美しい鳥には相応しい名前だと思う。

 

「この辺を飛んでいるとは……、よく見掛けられるのはもっと遠くの地方なんだ!!」

「詳しいんですね」

「俺はこれでもポケモンの研究をしているんだ、各地を探索したりしている」

 

それでその体付きか……。

キラキラとした目でホウオウの羽を眺めるイツキさんの頭をカナコさんがベシンと叩いた。

 

「痛い」

「そのお皿の早く食べちゃって、片付けるから!!」

 

はい、と返事をしてイツキさんはお皿の上のおかずを口に流し込んだ。

 

「シンヤ、この羽を俺にくれないか?とても珍しくて貴重なものだ!!やりたくない気持ちは分かるが!!研究の為に」

「良いですよ、別に要らないんで」

「え、良いの?本当に本当に要らないんだな!?」

「要りません」

 

羽なんて何に使うわけでもないし。

イツキさんの研究に役立つならそれはそれで良い。

ありがとうー!!!と涙を流しながら何故か抱きついて来るイツキさんを片手で制しながら私は食べ終わったお皿を苦笑いするカナコさんに手渡した。

 

「シンヤ」

「はい?」

「それ」

「どれですか」

「それよそれ、その言葉遣い。家族なんだから敬語なんて要らないの」

「……分かり、分かった、気をつける」

「よろしい!!」

 

満足そうに笑ったカナコさん、上機嫌に羽を手にして鼻歌を歌うイツキさん。

テレビの前で笑うカズキとノリコ……。

 

この人達がここでの私の家族、らしい。

 

 

「家族、か……」

 

 

あ、とノリコが声を発した。

 

「隣町まで言って、育て屋さんに行けばポケモン見れるよ!!」

「あ!!そっかそっか!!その手があったか!!」

 

丁度、テレビで育て屋さんを連想させる何かが流れたのかノリコはニコニコと嬉しそうに笑っていた。

少し考えた後にカナコさんがうんと頷いた。

 

「バスに乗って行く事になるけど、そこはシンヤが一緒だから良いわ。許可します!!」

「「ヤッター!!」」

 

喜ぶカズキとノリコが私の周りをバタバタと走り回った。

カナコさんが淹れてくれたコーヒーを啜りながらテレビを見ていると今度はイツキさんが、あ!!と声を発した。

 

「そういえば、俺、ポケモンのタマゴ持って帰って来たんだった」

「「タマゴー!?!?」」

 

大きなカバンを漁ったイツキさんがこれまた大きなタマゴをカバンから出した。

ダチョウの卵もあれくらいだった気がする。

 

「すげぇ!!」

「どんなポケモンが生まれるの!?」

「何だろうなー」

 

タマゴの表面を撫でるカズキとノリコ。

興味津々とばかりにタマゴを覗き込んだカナコさんがイツキさんに話しかけた。

 

「これどうしたの?」

「知り合いの博士から頂いてな、旅に出るトレーナーに渡すのが一番何だがあいにく目ぼしい人材が居なかったらしく俺が貰ってきた」

「あらー、貴方じゃ無理よ」

「そこまでハッキリ言わなくても!!」

 

ズバッと斬られたイツキさんが肩を落とす。

どうやらポケモンのタマゴを孵化させて育てるのは難しい事らしい。

 

「だって、手持ちのピジョット。真面目な性格の子だからついて来てくれてるものの、ポケモン使いの荒いアナタにタマゴは無理!!」

「むぅ……、そんなに無理?」

「無理っていうか、駄目ね」

 

ガクンと俯いたイツキさんの肩をカズキがポンポンと叩いた。

 

「カズキ……」

「オレが育てる!!」

「10歳になるまでは駄目だ」

「ちくしょ!!」

 

頬を膨らませたカズキが再びタマゴの表面を撫でた。

タマゴなんてパックで売ってるタマゴしか見た事が無かったから知らなかったが、生命の生まれるタマゴは無条件に愛おしく感じるものなんだな。

 

こんな事、一度死んだ人間の思う事じゃないのかもしれないけど……。

 

「ね!!そうしましょ、シンヤ!!」

「え、ああ……」

「はい、決定ー!!」

「何だ、聞いてなかった」

 

カズキに視線をやれば口を尖らせた顔で視線を返された。

呆ける私にカナコさんがタマゴを抱えさせる。

腕の中にあるタマゴを見てからカナコさんに視線をやればカナコさんは笑って言った。

 

「そのタマゴはシンヤが面倒を見てあげて、生まれた子はきっとシンヤの大切なパートナーになるわ」

「え!?」

 

ポケモン自体よく理解してない私にそれは……。

混乱する私にイツキさんが頷いた。

 

「適任なのはお前だけだな」

 

私には命を預かる資格なんて無いのに……。

タマゴの表面に手を置けばほんのり温かくて余計に胸が締め付けられた。

 

*

 




---主人公の家族

* イツキ
主人公の父親代わりとなる
ポケモンの研究をしており家を出て探索に出掛ける事が多い
顔が広く博士等とも知り合いらしい

* カナコ
主人公の母親代わりとなる
楽観的な性格ではあるが心優しい良きお母さん

* カズキ
主人公の弟となる
日に焼けた小麦色の肌の元気な少年
10歳になればポケモンマスターを目指して旅に出るらしい
ノリコの双子の兄

* ノリコ
主人公の妹となる
可愛いポケモンをこよなく愛する少女
10歳になれば可愛いポケモンをゲットして旅をしたいらしい
カズキの双子の妹


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03

カナコさんにタマゴを持ち歩ける様にとカバンを作って貰った。

肩から斜めにかけるカバン、ショルダーバッグ風だった。

丁度右手の所にタマゴが来るから咄嗟の時は反応出来るでしょ、と言われてポケモンのタマゴも割れる可能性がある事を知った。

 

持ち歩かなくても良い気がする。

 

新しく買って貰った靴を履いて玄関の扉を開けるとカズキに遅いと怒られた。

今日、隣町にある育て屋さんという場所に行くらしい。

自然の景色を眺めながらバス停まで歩けば、紫色のサル?を肩に乗せた運転手が「おはよう」と挨拶をして来た。

バスに動物を乗せて良いのかと思ったがここじゃ良いらしい、それに動物じゃなくてポケモンか……。

 

「運転手さんのエイパム可愛いよねー」

「エイパム?」

「肩に乗ってるやつ」

 

尻尾を振るあのサルがエイパムと言うのか……。

サルに種類があるみたいにサルみたいなポケモンでも何種類か居たりするのだろうか……、サルポケモンみたいな……。

まあ、私には知る術も無いし、今は知る必要も無いのだけど……。

 

隣町に着いて、バスから降りて走り出したカズキとノリコをぼんやりと見送って、ゆっくりとバスから降りた。

片手を上げた運転手に軽く会釈を返すと、エイパムが尻尾を振ってくれた。

動物よりポケモンの方が賢そうだ。

 

バスを見送った後、走って先に行ってしまっていたカズキとノリコが走って戻って来た。

 

「追いかけて来いよマジで!!」

「私は追いかけないぞ、疲れるからな」

「なんだよ、もー!!」

 

片手にカズキ、もう片手にノリコと手を繋いで暫く歩くと柵が見えて来た、柵の向こうには見知らぬ動物……。もとい、ポケモンが居た。

ここが育て屋さんらしい。

 

「ポケモンを育ててるのか」

「そーだよ、代わりにポケモンを育ててくれるのが育て屋さん」

 

柵に近づいて柵の向こうを覗く二人を後ろから眺める。

 

「あ、ミミロル居るー、可愛いー」

「ブイゼルだ!!」

 

何の名前を言ってるのかさっぱりだ。

楽しそうにハシャぐ二人に手を引かれて育て屋の店内へと入った。

人の良さそうな老夫婦が居るだけで他には誰も居ない。

 

「「おはよー」」

「ああ、カナコちゃんの所の」

「おはようさん」

 

顔見知りらしい、おじいさんが私を視界に入れて首を傾げた。

 

「初めて見る顔だね」

「これは男前が来たもんだねぇ」

 

クスクスとおばあさんが笑う。

 

「オレらの兄ちゃん、シンヤだぜ」

「上がおったのか」

「知らんかったのぉ」

 

すんなりと受け入れられてしまった。

いや、本当に知らなかったにせよ、カナコさんを知ってるならどう考えてもおかしい事に気付くだろ。

私はそんなに若く見えるか、いや、見えない。年相応だろ、5歳若く見られたとしても20歳以下に見られる事はまず無い。

 

「ポケモン見に来たのー、中入って良い?」

「いじめちゃ駄目だよ」

「分かってる!!」

 

ノリコに手を引かれてさっき外から見ていた柵の向こう側に入る。

見た事のない生き物が走り回っているのを見ると夢を見ている気分になって来る

生まれて25年、こんな生き物を間近で見る事になるとは……。

 

「ほら、ミミロルー!!」

「どれがミミロル?」

「あのウサギポケモンだよ!!」

 

ウサギか。

耳がロールで、ミミロルとかそんな安易な感じで名前を付けられているのかもしれない……。

 

「兄ちゃん、ほら、コイキングー」

 

カズキが指差した先には小さな池があって、そこには赤い大きな魚が居た。

 

「コイの王か……、強そうだな」

「え、超弱いよコイツ。はねてるばっかだもん」

「そうなのか?じゃあ、女王は?」

「女王?」

「コイキングか居るなら、コイクイーンとか居ないのか?」

「居ない、メスもコイキング!!」

 

可哀相に、メスでもキングなのか……。

それに王と名に付いてるのに名前負けしてるとは……。

カズキがコイキングを池から出して地面に置いた、コイキングはビタンビタンと音を立てて跳ねた。

 

「コイツ、戦う時もずっとこうなんだぜ」

「負けるなコレは」

「うん、進化したらギャラドスになって強いって父さんが言ってたけどね」

「そうか、出世魚なのか」

「しゅっせうお?」

「なんでもない」

 

コイキングを池に戻して辺りを見渡す。

黄色い二足歩行のアヒルがこっちを見ていた……、何故、頭を抱えているんだ……。

アヒルが首を傾げたので私も首を傾げて返した、アヒルは私に背を向けて歩いて行ってしまった。

まだ首を傾げている、私が何をした。

 

「……」

「?」

 

池の中のコイキングの鮮やかな赤に隠れる様に茶色っぽい魚が居た。

汚い色だ、ヒレやらもボロボロで、生きている魚の癖に死んだ様な目をしている。

前の世界の私も鏡を見た時にそんな目をしていた。

 

あまりにもこっちを見つめるので、何だか他人とは思えず手を伸ばして魚を持ち上げてみた。

見れば見るほど、醜い魚だった。

 

*

 

「うわー、何そのポケモン!!」

 

私の手の中の魚を見てカズキが顔を歪ませた。

 

「知らないのか?」

「オレ、まだ勉強中だから」

 

カズキが知らないんじゃ知る術もない。

パクパクと口を動かす魚を池へと戻せば、魚は顔を出してまた私を見つめた。

 

「じいちゃーん!!池に居るさー、ぶさいくなポケモンなんて言うのー?」

 

育て屋のおじいさんへ声をかけたカズキは手招きしておじいさんを呼んだ。

 

「そいつはヒンバスじゃよ」

「ヒンバスー?」

「この辺には生息しとらんからのぉ」

 

この辺では見かけないポケモンだと聞いたカズキが目を輝かせた。

 

「珍しいポケモン!?」

「いや、大量に生息はしとるが一箇所に集まる習性があってな。一定の場所に行かんと捕獲出来んのじゃ」

「なーんだ……」

 

カズキは肩を落としたが私は十分珍しいと思った。

一定の場所にまで行ってわざわざ捕獲するほどの価値があるという事だろう?

 

「コイキングみたいに進化したら強くなるのかもしれないぞ、カズキ」

「そーなの?強くなんの?」

「わしは知らんが……、そのヒンバスはもう随分とここに居るぞ」

「マジで!?コイツのトレーナー腰抜かすぐらい大金払わないとだな!!」

 

育て屋のおじいさんはカズキの言葉に返事をせず笑顔だけ返した。

わざわざ捕獲した、という訳ではなかったのかもしれない。その経緯を知る事など出来はしないが……。

 

ケラケラと笑いながらポケモンと戯れるノリコの方へと駆けて行ったカズキを見送った。

池へと視線を戻せばヒンバスと目が合った。

 

「…」

「…」

 

死んでいる。

世界に絶望している目だ、絶望して死んだ私が言うのだからこれは間違っていない。

 

「おじいさん……」

「なんじゃ」

「このヒンバスは、どれくらいここに?」

「……もう、5年になる」

 

5年もこの小さな池の中に居たのか。

柵の向こうからトレーナーが来るのを諦めたのはきっと随分と前なんだろう。

周りでは預けられては一回り強くなってトレーナーのもとへと帰って行くポケモンを何度見送ったのだろう……。

 

「トレーナーは迎えに来るだろうか」

「……」

 

おじいさんは少し離れた場所のカズキとノリコを眺めながら小さな声で言った。

 

「要らないと、言われたんじゃ」

 

悲しいな、こんな美しい世界にもやはり腐臭を放つ存在はあるわけだ。

ポツリポツリと話し出したおじいさんの声に耳を傾けた。

 

5年前、ヒンバスを預けたトレーナーはヒンバスとコイキングを育て屋に預けた。

数ヵ月後にトレーナーは戻って来たがあまり成長の見られなかったヒンバスとコイキングを見て再び育て屋に預け旅に出た。

また数ヵ月後にトレーナーは戻って来た。

ヒンバスとコイキングを引き取ったが暫くするとトレーナーは戻って来て、ヒンバスだけを預けた。

 

また数ヶ月が経った、その時にはすでにヒンバスは育て屋に預けられて1年になる。

育て屋に立ち寄ったトレーナーは再びヒンバスを引き取ったが暫く経つとまた戻って来てヒンバスを育て屋に預けた。

全然、強くならない。コイキングは進化したのにコイツは進化しない。もう、コイツ要らないから。

1年もここに居たヒンバスは呆気なく捨てられた、この辺では生息していないヒンバスを野生に帰すのも可哀相で……。

 

気が付けばもう、5年も経っていた。

 

池に居るヒンバスに手を伸ばしたおじいさんの背中を見つめる。

こういう事は育て屋なんて仕事をしていれば稀にある事なのかもしれない。

おじいさんに頭を撫でられたヒンバスを見て同情する気持ちが無いわけではなかった

捨てるなら、せめて……。

 

「おじいさん」

「なんじゃ」

「そのヒンバスを引き取っても良いだろうか」

「連れて行ってくれるのか?」

「捕獲された場所に私が捨ててくる」

「場所は知らんぞ」

「一定の場所に集まるのなら調べれば分かるかもしれない……、それに、この小さな池で生きるよりはマシだ」

 

小さく頷いたおじいさんを見てから私はヒンバスへと視線を落とした。

似ているから助けるわけじゃない、ただ、この世界に来て触れた優しさに私はとても感謝したのだ。

些細な事でも良い、それで救われるなら、見逃すわけにはいかないだろう……。

 

 

今、私は死にたいとは思っていない

 

 

生きたい。

 

 

この美しい世界で、何かをして生きていたいのだ……。

 

 

*



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04

「え!!お兄ちゃんポケモン貰ったの!?」

 

目を輝かせるノリコにヒンバスを見せてやった。

みるみる表情が落ち込んでいくのが分かったが特に何も言わない事にした。

 

「よく見ていると愛嬌のある顔に見えなくもない」

「びみょー」

 

口を尖らせるカズキの言葉を聞きながらヒンバスをボールに戻した。

すっかりヒンバスに興味を無くしたノリコは運転手の肩に乗るエイパムに手を振っている。

ヒンバスの生息地……、イツキさんに聞けば分かるかもしれないな……。

 

「「ただいまー」」

 

声を揃えた二人、言い逃したと思いつつ小さく「ただいま」と後から言ってみた。

 

「おかえりー、手洗ってうがいしてらっしゃい」

「「はーい」」

 

バタバタと走って行った二人の背を見送ってからカナコさんに視線をやる。

 

「イツキさんは今日、何時に帰って来る?」

「は?」

「……違った、お父さんだった」

「うん、お父さんは夕方には帰って来るんじゃない?何で?」

 

育て屋でヒンバスを引き取った事を説明すればカナコさんは少し顔を曇らせたがすぐに笑顔を返してくれた。

 

「手、洗ってきなさい。お昼ご飯出来てるから」

 

カナコさんの言葉に頷いて洗面所へと向かった。

 

 

昼食をすませた後、思い出した様にカズキが何故か手をあげて言った。

 

「兄ちゃん、ポケモン持ってるから森行けんじゃーん!!!」

「ホントだー!!」

 

バンザーイと両手をあげた二人を見てカナコさんが顔を顰める。

チラリとカナコさんが私に視線を向けたので私は首を横に振った。

 

「残念、シンヤは無理だって」

「「なんでー!?」」

 

カズキとノリコが私の腕を引っ張ったが私は首を横に振った。

 

「お前たちは、ヒンバスが戦えると?」

「「……」」

 

育て屋のおじいさんが言うには確か「はねる」と「たいあたり」と「じたばた」とかいう技が使えるらしいが。

森で魚がどうやって戦うというのだろうか、はねてるばかりなのがオチだ。

 

「森行きたい……」

 

「森ー……」

 

項垂れる二人を他所に私はコーヒーを啜った。

すると勢いよく玄関で扉が開けられる、カナコさんがほうきを片手に勇ましく玄関へと向かった。

 

「「…え」」

 

おそるおそる玄関へと向かうカズキとノリコを自分の背に隠して玄関の様子を見てみた。

息も絶え絶えに玄関で突っ伏すイツキさんが居て、カナコさんはそんなイツキさんの頭をほうきで突いていた。

 

「父さんじゃん」

「なんで?」

「私に聞くな」

 

水……、と呟いたイツキさんの言葉に私はキッチンから水の入ったコップを持ってイツキさんに手渡した。

決して水道水ではない、ちゃんと冷蔵庫の中に入っていたおいしい水とやらを淹れた。

 

「ふぅ……、シンヤ!!」

「?」

「オーキド博士がな!!シンヤに会ってお礼が言いたいって!!」

「何故?」

「ホウオウの羽はそれだけ貴重なんだ!!」

 

イツキさんの興奮っぷりであまりよく分からないが……。

とりあえず、そのオーキド博士とやらがホウオウの羽を研究材料として提供した私に直接会ってお礼を言いたいと……。

 

うん。

 

「別に気にしないで下さい、と伝えてくれ。いってらっしゃい」

 

イツキさんに向かって手を振ったらガシリと手を掴まれた。

 

「お前も行こうな!!」

 

凄く嫌だ。めんどくさい。

ずるずると引き摺られながら靴を履き、カナコさんが持って来てくれたタマゴ入りのカバンを肩にかけてイツキさんと外に出た。

 

カナコさんとカズキとノリコが手を振っていた……。

 

「別に良いのに……」

「光栄な事じゃないか!!オーキド博士だぞ!!」

「それは誰だ」

「……」

 

 

イツキさんの運転する車に揺られ研究所へとやって来た、イツキさんの職場という所だろう。

興奮しているイツキさんに急かされて研究所へと足を踏み入れた。

不思議な機械音、微かな薬品の香り、白衣を着た人がイツキさんに声をかけた。

イツキさんに手招きされイツキさんの後を追う。

一室へと入れば、ホウオウの羽が不思議なガラス瓶の中でふわふわと浮いていた。

 

「イツキ君!!」

「オーキド博士!!お久しぶりです!!」

「相変わらず元気そうでなにより!!」

 

豪快に笑うイツキさんとオーキド博士。

ぼんやりとその光景を眺めていれば不意にオーキド博士に視線がこちらに向いた。

 

「キミがシンヤ君かね?」

「はい」

「ホウオウの羽をどうもありがとう。ホウオウはとても珍しいポケモンでまだ解明されていない事が多い。そんなポケモンの一部が手に入る事はとても有り難い事だ」

 

本当にありがとう、そう言って私の手を握ったオーキド博士の顔には嬉しそうな笑みが……。

どうでもいいと思っていたけれどここまで本当に喜ばれると気にしないで下さいなんて素っ気無い返事はしにくい。

 

「いえ、お役に立てたなら良かったです」

 

愛想の良い笑みなんて返せない私にオーキド博士は気にした素振りも見せず嬉しそうに笑った。

 

イツキさんとオーキド博士が何やら研究の話を始めてしまったので私はそそくさと近くに居た研究員の人達と一緒に部屋から出た。

すると足元を何か緑色の生き物が横切った、驚いてその生き物に視線をやれば頭から葉っぱの生えたカメ……、だろうか……?

 

「あれは……」

「ナエトルだよ」

 

研究員の一人がそう言った。

ナエトル?苗?……確かに頭の所が苗っぽい様な気もする。

 

「ここでは初めてポケモンを持って旅をする子達の為に初心者用ポケモンを提供しているんだよ」

「初心者用ポケモン……、あのナエトルが?」

「うん、ナエトルとヒコザルとポッチャマが居るよ」

 

研究員の人が指差した先には食事をしているのか何かを食べるサルとペンギンが居た。

サルポケモンにも種類があった事に少しの感動を覚えたのは私だけの秘密だ。

 

ポチャポチャポーチャ!!とサル……もとい、ヒコザルに怒鳴る様に言っているポッチャマ。

それを見て研究員の人が苦笑いを浮かべた。

 

「あのポッチャマはすぐに噛み付くというか……、やんちゃな子なんだよ」

「いや、別に理由無く噛み付いてるわけじゃなさそうだ」

「え?」

 

ヒコザルに対して怒った様子のポッチャマがポチャポチャとポケモンなりの会話をしている。

よく聞いていると何となく言っている事が分かる……様な……。

 

「あのポッチャマの食べている何かをヒコザルが盗ったんだ、だから怒っている」

「ポケモンフードを?」

 

研究員の人達が顔を見合わせたが私は気にせずにヒコザルとポッチャマの傍へと近寄った。

私を見上げたヒコザルのお皿からクッキーの様な食べ物をポッチャマのお皿に返してやる。

 

「ポチャー!!」

 

飛び跳ねて喜んだポッチャマが今度は盗られまいとその食べ物を持ってヒコザルから少し離れた。

キーキーとヒコザルが私に怒ったので首元を掴んで持ち上げてやった。

 

「やんちゃなのはヒコザルの方だ」

 

研究員の人にヒコザルを返せばヒコザルは悔しげに研究員の人の服の袖を引っ張った。

 

「でも、ポッチャマはよく他のポケモンにも突っ掛かるんだよ。自分より体の大きなポケモンにも……」

「それは勇敢というか無謀というか……、どうなんだろうな……」

 

ああ……と研究員の人が呟いた。

キーキーと喚くヒコザルを気にもせずナエトルが自分のであろうお皿に入ったポケモンフードを食べていた。

ポケモンにも人間みたいに性格があるんだな。

それも動物より表情が豊かで遥かに分かりやすい……。

 

「シンヤ君はポケモントレーナーなのかい?」

「いや」

「違うのかー……、とてもポケモンの観察能力に優れていると僕は思うよ」

 

私とそう年の変わらないであろう研究員の人がそう笑って言ったが。

観察するも何も見れば何となく分かる様な……。

そういえば、イツキさんに聞こうと思っていたんだった。

 

「ヒンバスの生息地を知っているか?」

「ヒンバス?確か、テンガン山だったと思うけど」

「テンガン山……」

「神聖な山だよ、やりのはしらという古代の遺跡もあるんだ」

 

山となればそこに行くまでが問題になるが、場所が分かっただけ良しとしよう。4

 

「有難う助かった、物知りだな」

「これでも研究員だからね!!」

 

研究員、ヤマトは私と同い年だった。

 

「幼く、見られないか?」

 

「……見られる」

 

そう年は変わらないとは思ったが、少し年下くらいなんじゃないかと思っていた……。

 

*

 

「シンヤ、こっちこっち!!」

 

ヤマトに連れられて研究所の裏庭へとやって来た。

研究員と言ってもまだ素人らしく、博士達と一緒に研究はせず主にポケモンの世話をしたり野生ポケモンの生態検査をしたりしているらしい。

 

「何が居るんだ?」

「ウラヤマさんという人からポケモンを提供して貰ってるから珍しいポケモンが居るんだよ」

 

へぇ、と相槌を打てばヤマトはにへっと間の抜けた笑みを浮かべた。

お皿を出したかと思えばカラカラと音を立てながらお皿の中にポケモンフードを入れて行く。

その音を聞きつけて裏庭に居るポケモンが顔を出した。

ピンク色のボールみたいな生き物が……。

 

「ププリン~、相変わらず可愛いな~」

 

ププリンというポケモンを抱きしめたヤマト、ププリンの方は凄く迷惑そうだ。

そのププリンに似た一回り大きくて更に丸いピンクのポケモンがポケモンフードを食べ始める。

その後もぞろぞろと何処か可愛らしい容貌のポケモンが集まってきた。

 

「あれがピィであっちがルリリで、あれがピンプク!!まだ小さくて可愛いだろ~!!」

 

可愛いものが好きらしい……。

でも、ノリコを連れて来ていたら喜びそうな光景だ。小さくて全体的に丸みのあるポケモン……。

足元に転がってきたププリンとやらを触ると、マシュマロみたいに柔らかい。

 

紫色のスライム状のポケモンと目があった。

なんとも間抜け顔。モンモー、なんて言いながらポケモンフードを食べていた。不思議な生き物だ…。

 

空になりかけているお皿にポケモンフードを足しているとウサギの様な茶色いポケモンが近寄って来た。

 

「ブイ!!」

 

私の足に擦り寄るコイツもまた目が大きくてふわふわした毛並み、可愛らしいポケモンだな。

 

「あ、そのイーブイ。双子なんじゃないかって思うんだよね」

「は?」

「いつも一緒なんだ」

 

そいつと、と言ってヤマトが指差した先には少し離れた所から私をじっと見つめている同じ茶色いポケモン……、イーブイというらしいが。

同じイーブイなのに性格が違うというだけで雰囲気とか顔の表情が違って見えるから不思議だ。

 

それにしても双子か……。

カズキとノリコも双子なんだよな……、似てなくても別に変な事じゃないか……。

 

 

「シンヤー!!」

 

イツキさんが研究所の二階からこちらを見下ろして手を振っていた。

小さく手を振り返すと、手招きをされたので立ち上がった。

 

「悪いな」

「いーよ」

 

ヤマトに背を向けて研究所へと戻る。

二階へと行けばイツキさんとオーキド博士が笑顔で迎え入れてくれた。

 

「シンヤ君、キミの話は聞かせてもらった。この先にポケモンが居なければ困る事も多い、そんなキミにポケモンを贈ろうと思う」

「そんな事……」

「なーに、ホウオウの羽と交換じゃよ」

 

この世界の人達は本当に優しい人が多い。

オーキド博士にお礼を言った私はそれでも首を横に振った。

 

「シンヤ、ポケモンのタマゴを持ってはいるが戦えるポケモンは大事だぞ?」

「一応、育て屋の老夫婦にヒンバスを貰ったから……」

「ヒンバス?」

「このヒンバスは育て屋に預けられたまま捨てられたらしい、だから、せめて生息地で捨ててやろうと思って」

 

ぽん、とオーキド博士が私の肩に手を置いた。

人の良さが滲み出た笑みを向けられて思わず口篭る。

 

「なら尚更、そのヒンバスを帰す為にはポケモンが必要じゃな。森や茂みを抜けようとすれば野生ポケモンが襲い掛かって来て非常に危険じゃ、その困難を共に乗り越えて行けるポケモンを連れて行かねば」

「俺もそう思います!!な、シンヤ!!」

 

ニコニコと笑うイツキさんに押され渋々頷いてしまった。

 

「さーて、どんなポケモンが良いかのぉ」

 

オーキド博士が腕を組んだ時に部屋の扉に何かがぶつかる様な音。

イツキさんが扉を開けてみれば、コロリと部屋の中に少し目を回したイーブイが入って来た。

 

「お前……」

「ブイ!!」

 

裏庭に居た人懐っこいイーブイだ。

私を追いかけて階段をのぼって来てしまったらしい、後でヤマトにでも渡しておこう

足元に来たイーブイを抱き上げるとオーキド博士が頷いた。

 

「イーブイはさまざまな能力を持ったポケモンへと進化するポケモンじゃ、イーブイも良かろう」

 

いや、別に連れて行くなんて一言も……。

 

「裏庭に居るイーブイだなー、うん、オーキド博士が言うなら連れて行って良いぞ!!」

 

だから、連れて行くなんて言ってない。

私の腕の中で上機嫌にブイブイと鳴くイーブイ、なんて能天気な奴なんだ……。

 

「お前、このままじゃ私にゲットされるぞ」

「ブイ!!」

 

良いのか……。

いや、それは良くない。

 

「イーブイも乗り気のようじゃな」

「ボールが必要だな、ボールボール……」

 

はい、とイツキさんに手渡されたモンスターボール。

イーブイとボールを交互に見やってから小さく溜息を吐いた。。

 

「イツキさん」

「ん?」

「もう一つ、ボールを下さい」

 

イツキさんとオーキド博士が顔を見合わせたが、仕方ないじゃないか……。

 

 

裏庭に戻ればヤマトがポケモンに囲まれていた。

私に気付いたヤマトが首を傾げたが、後ろに居るオーキド博士とイツキさんに気付いて慌てて立ち上がって頭を下げた。

 

小さく息を吐いてから、モンスターボールを投げた中からはさっきゲットしたイーブイが出て来た。

 

「ブイー!!」

「あ、そいつ……」

 

ヤマトが驚いた様に目を見開いた。

それも当然、この双子のイーブイの片割れは今、私の前で威嚇をしているのだから……。

 

「連れて行くなら二匹まとめてだ。イーブイ、でんこうせっか」

「ブイー!!」

 

イーブイが私の声に反応して、片割れへとたいあたりをする。

咄嗟の事に避けきれなかった片割れのイーブイが弾き飛ばされた。

しかし、すぐに起き上がって同じ様にでんこうせっかをしてくる。

 

双子同士を戦わせるのは可哀相だが仕方が無い。

 

「イーブイ、避けてとっしんだ」

「ブイブイブイー!!!」

 

能天気なイーブイは遊んでる気分なのか技にも手加減が無い。

弾き飛ばされた片割れのイーブイが目を回している隙に空のモンスターボールを投げた。

ボールの中に吸い込まれたイーブイ。

カタカタとボールは暫く動いていたが、ボールに付いていたランプが消えると大人しくなった。

 

「ゲットしちゃった……」

 

ヤマトの小さな声を聞いてから私はイーブイの入ったボールを拾い上げた。

足元では能天気なイーブイが嬉しそうに走り回っている。

イーブイを二匹、連れて行く事になった。

でも、それは仕方が無い……双子なんだ、片方だけ連れて行くなんて私には出来ない……。

ゲットしたばかりのイーブイを出せば、イーブイは体をふるふると震わせてから私を見上げた。

 

「ブイ……」

 

真面目……いや、冷静な性格って所か……。

 

「イーブイにニックネーム付けるの?」

「……能天気なイーブイに冷静なイーブイ」

「ネーミングセンス、ゼロ……」

 

ガクンと肩を落としたヤマトを見てイツキさんとオーキド博士が笑っていた。

イーブイはイーブイだろ。種族名なのか知らないが、イーブイだと認識してるんだから仕方ないじゃないか……。

 

*




* ヤマト
イツキの働く研究所の見習い研究員
主人公と同い年の男、可愛いポケモンをこよなく愛する
表情豊かで主人公とは対照的だが良き友となる


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05

ヤマトにテンガン山への道のり、ポケモンの事などを聞いて。

出来る限り頭に知識を叩き込んでいると気が付けば日が暮れかけていた。

随分と研究所に居座ってしまっていたらしい。

 

私が椅子から立ち上がると足元で寄り添って眠っていたイーブイが顔をあげた。

 

「ボールに戻るか?」

 

冷静なイーブイが頷き。

脳天気なイーブイはのんびりと欠伸をしてからブイと返事をした。

イツキさんの居る部屋を覗けばイツキさんは私に気付いたらしく笑顔になった。

 

「シンヤ、そろそろ帰るか」

 

私が頷けばイツキさんは車のキーを器用にくるくると指で回しながら近付いて来た。

もしかすると私待ちだったのかもしれない、少し申し訳なく思いながらイツキさんの後を追った。

 

 

帰宅後、カズキとノリコに遅いと怒られた。

カナコさんに晩御飯の前にお風呂に入ってしまえと言われ、一家の主であるイツキさんより先に入るのは少し躊躇したが急かされたので風呂場へとタマゴの入ったカバンを持って向かう。

洗面器にお湯を入れてタマゴを浸ける。タマゴが風呂に入るかはしらないがついでに洗ってしまおうという私の考えだ。

 

ボールからヒンバスとイーブイ二匹を出して自分も服を脱ぎ風呂に入る。

頭を洗って体を洗って浴槽に浸かる、浴槽から手を伸ばしてタマゴをごしごしとスポンジで洗うと少しだけタマゴが動いた気がした。

 

「……」

 

お互いの体を舐めあってじゃれるイーブイを眺めながらヒンバスにシャワーをかける

チラリとこちらを見てからヒンバスは目を瞑った。

魚にお湯は大丈夫だっただろうか……。まあ、駄目ならはねてでも逃げるだろう。

 

「……ふぅ」

 

私が小さく息を吐くと能天気なイーブイが私の真似なのか「……ブィ」と小さく息を吐いた。

得意気にこちらを見てる所から真似たのは確かな様だ。

手を伸ばせば指に噛みつかれた、甘噛みで痛くはないがざらざらと指先を舐める舌が気持ち悪い。

やれやれといった様子で傍観している冷静なイーブイを尻目に能天気なイーブイは私の右手にじゃれるじゃれる。

そろそろ反撃してやろうかと思った所でカナコさんが「晩御飯出来たわよー」と呼んだので反撃は諦めた。

 

風呂から出て服を着る。

足元を走り回る能天気なイーブイを捕まえてタオルで体を拭いてやった、拭き終わると今度は自分を拭けと言うかの様に冷静なイーブイが私の前に座る。

イーブイ二匹を拭き終わってタマゴも拭く、また少しだけ動いた。

ぺちょんぺちょんと音を立ててヒンバスがこちらにはねて来たのでついでにヒンバスも拭いて小脇に抱えた。

 

「あら……」

 

カナコさんが私の足元を見て口元に手をやった。

研究所でゲットしたと言えばカナコさんの口元に笑みが浮かぶ。

 

「カズキー、ノリコー!!お兄ちゃんがイーブイ、ゲットしたみたいよー!!」

「「えぇええ!!!!」」

 

イツキさんの笑い声が聞こえた。

 

「イーブイだ!!イーブイだぁ!!!」

「マジかよスゲー!!しかも二匹居る!!」

 

カズキとノリコに抱きつかれたイーブイニ匹は逃げたいのかじたばたともがいていた。

 

「……ヒンバスは?」

「「……」」

 

見た目で判断されたな、いつか見返してやれ。とヒンバスに言えばヒンバスはパチパチと瞬きをした。

とりあえず空腹だったのでイーブイ二匹を放って置いてヒンバスとタマゴだけ抱えてリビングへ、後ろからブイやらブイブイやら非難する声が聞こえた気がしたが私は知らない。

ソファにタマゴを転がして隣にヒンバスを置く、イツキさんの向かいの席に座ればイツキさんは目を細めて笑った。

 

「幸せ、って感じだよなぁ」

「……」

 

テーブルに並べられた夕食に視線を落としたまま私は返す言葉が見付からなかった、いや、返事なんて求めていない感じでもあったが……。

黙ったまま座っているとイーブイを一匹ずつぬいぐるみの様に抱えてリビングに来たカズキとノリコ。

若干、イーブイ二匹が疲れた様子なのは気のせいだという事にしておこうと思う。

 

隣の席に座ったカズキは、ほぅと息を漏らした。

チラリと視線をやればカズキはイーブイをぎゅっと抱きしめながら言う。

 

「オレもイーブイ欲しい!!」

 

カズキの言葉に便乗してノリコも!!と大きな声が聞こえて来た。

 

「10歳になればゲットすれば良いだろ」

「そーかもしんねーけどー!!でもでも、イーブイって珍しいんだぞ!!」

「へえ」

「知らなかったのかよ!!って……知ってるわけねーか」

 

やれやれ、と言った様子にカズキが首を横に振った。

ご飯食べるんだからイーブイ達を放してあげなさい、とカナコさんが言えば渋々といった様子で二人はイーブイを床に放した。

フラフラとヒンバスの居るソファに移動したイーブイ二匹がソファに倒れこむ。

 

「……10歳になれば、イーブイニ匹は二人にやるよ」

「「え!!」」

 

目を輝かせた二人とは反対にソファの方で飛び起きたニ匹が見えたが、見なかった事にした。

震えた声で鳴く能天気なイーブイもさすがに能天気ではいられないらしい、ピンと立っていた耳をへにゃりと力なく垂れていた。

 

今はまだ幼いから容赦なくぬいぐるみの様に扱うだけで10歳にもなれば大丈夫だろう

6歳の二人が10歳になるのは4年後……、私は29歳だな、その時に私は何をしているんだろうか……。

想像も出来ない、この世界に居るのかさえも分からない、今は微塵も思っていないが4年も経つ前にまた私は自ら命を経っているかもしれない……。

 

「……遠い未来より、今、だな」

「何が」

「ん、私は近々旅に出ようと思う」

「何で!?」

 

口の中に入っていた料理をボロボロと零しながらカズキは驚いていた。

 

「テンガン山までヒンバスを逃がしに」

「わざわざそんな所まで行かなくても逃がすなら近くで良いじゃん」

「そんな所まで行かないとヒンバスの仲間は居ないんだから仕方が無いだろ」

「……でも、せっかく家族になったのにすぐ居なくなるとか……」

 

もごもごと口篭るカズキを見てカナコさんが苦笑いを浮かべた。

ジョッキグラスの中のお酒を飲み干したイツキさんがドンとグラスをテーブルに置く。

 

「カズキ、シンヤはもう大人だ。お前だって10歳になればポケモンマスターを目指して旅に出るのと同じでシンヤも自分一人で生きていかなきゃ駄目なんだ。それが大人だ」

「でも、記憶喪失なのに!!」

「旅は色んな事を教えてくれるぞ、それに行く先々で色々な人達と出会う。記憶なんて新しいもので埋め尽くされていくさ」

「……」

 

肩を落としたカズキの頭を少しだけ撫でてやる。

最初から私はずっとここで暮らしていくつもりは毛頭無かった。25にもなるデカイ図体の大人が居座るにはこの家は狭すぎるしカナコさんやイツキさんの負担にもなる。

自分の事は自分でしていかないと……。

 

「大丈夫、シンヤは私達の家族なんだから居なくなったりしない、そうよね?」

 

カナコさんの言葉に小さく頷いた。

温かい言葉だ、帰る場所がここにある、いつでも帰って来て良い場所がある……。

私を、迎えてくれる人達が居るんだ……。

 

「それにお父さんだってしょっちゅう何処か行ってるんだから平気よー、っていうか、シンヤの方がしっかりしてるわ!!」

「それはそうだけどー」

「それはそうなのか!?カズキ、ちょっとお父さんショックだぞ!!」

 

ケラケラと笑うカナコさんの隣でコップを握り締めたまま俯くノリコ、小さく呼びかければ涙目の視線を向けられた。

それでも笑ってみせたノリコは将来良い女になりそうだ。

 

「お土産買って来てね、いっぱいお話聞かせてね」

「ああ」

 

*

 

次の日、朝早くに私の旅立ちの荷持を用意しなければとカナコさんが買い物へ出掛けた。

旅立つ張本人の私の意見を聞かぬまま……、別に旅に何が必要だとかはさっぱり分からないので構わないのだけど……少し複雑だ。

 

カナコさんが帰って来るまで暇を持て余していた私をカズキとノリコが早く外に出る用意をしろと急かす。

朝早くに動きたくないな、と思いつつも渋々タマゴをカバンに入れた。

何故か虫取り網を持ったカズキに手を引かれて歩いていけば森の前に来た、嫌な予感だ。

 

「「レッツゴー!!」」

「……イーブイの入ったボールは家に置いて来たぞ」

「「えぇ!?」」

 

二人に怒られ私は駆け足で再び家までとんぼ返りするハメになった。

モンスターボールは常に持ち歩かなければいけないらしい、タマゴは常に持っておけと言われたがボールまで持っておけとは言われてない。

ボールを持って森の前で待つ二人の所へ戻ると仕切りなおしだと言わんばかりにカズキがごほんと咳払いをした。

 

「それじゃ、森に出発だ!!」

「レッツゴー!!」

「……ゴー」

 

とりあえず、乗っておく。

 

背の高い茂みをかき分けて進むカズキとノリコを遠くから眺める。

子供は元気だなぁと見守っているとカズキが怒りながら戻って来た。

 

「野生ポケモン出て来たらどうすんだよ!!」

「逃げれば良い」

「アホか!!」

 

カズキに手を引かれて茂みの中に入る。

少し離れた所でノリコの悲鳴が聞こえた、慌てて駆け出したカズキの後を私はゆっくりと追う。

朝から走り回ってられない。

 

「お兄ちゃぁああん!!!」

 

カズキがおお!!と声をあげた。

ノリコが指差す先を見れば炎のたてがみを靡かせる馬が居た。おお、とカズキに続いて私も声をあげる。

 

「ポニータだ!!」

「ポニー……、そのままだな」

 

バトルだバトル!!と急かすカズキに小さく頷いてボールを投げた。

ボールの中から出て来たのはヒンバスだ。

 

「……なんでヒンバス?」

 

間違えた。

 

「ボールの違いが分からん」

「ボールの中よーっく見たら見えるって!!」

「……あ、ボールの中に居るとどっちが能天気なイーブイか冷静なイーブイか分からんな」

「目印に何かシールでも貼っとけば!?」

 

私とカズキがごちゃごちゃと喋っている間にポニータは逃げ出して居た。

 

「お兄ちゃん……」

 

呆れた様子でこちらを見るノリコの視線を無視して私はヒンバスを抱きかかえた。

 

「バトルは嫌いだ」

「強くなんねーじゃん!!」

 

ぶつぶつとカズキは文句を言っていたが森で遭遇する野生ポケモンを見て次第に機嫌は良くなっていった。

少し森の奥深くまで歩いて来てしまった様だ、そろそろお昼らしくお腹も空いてきた。

 

「やあ、こんにちは」

 

ニット帽を被った青年だった、大きなカバンに腰のモンスターボール。

私がこの世界で最初に見たポケモントレーナーだ。

 

「ヒンバスを抱いている所を見るとトレーナーなのかな?」

「いや……」

「なら、コーディネーター?ま、どっちにしろ出会えばバトル!!これ鉄則だよね!!」

「……」

 

何だコイツ。

腰のボールを手に取って投げられたボールからはバレリーナの様なポケモンが出て来た。

 

「キルリアだ!!」

「可愛いー!!」

 

興奮する二人を尻目に青年は私にポケモンを出せと目で訴える。

何でバトルをしなければいけないんだと文句を言いたい衝動にかられながらもカバンからボールを取り出して投げる。

ボールから出てきたのは能天気なイーブイだった。

戦闘態勢に入ったイーブイは戦う気満々。仕方なく、でんこうせっか、と言ってみる。

 

「キルリア、かげぶんしんだ!!」

 

青年の声に反応してキルリアは何体にも分裂した。でんこうせっかを仕掛けていたイーブイがうろたえる。

 

「良いぞキルリア!!マジカルリーフ!!」

 

怪しげに光る葉が無数にもイーブイ目掛けて飛んで来る。

どうしようかと考えていると隣にいたカズキが私の手を引っ張った。

 

「指示を出さないと!!!」

「んー……。じゃあ、でんこうせっかで避けて全体的に砂をかけてやれ」

「ブイー!!」

 

私の指示を聞いてイーブイが素早く光る葉を避けていく、そしてその勢いで分裂しているキルリアを覆う様に砂がかけられた。

鳴き声をあげて目を瞑った一体のキルリア。

 

「イーブイ、とっしんだ」

「ブイ!!」

 

目を瞑ったキルリア目掛けてイーブイが突進する。

 

「キルリア!!サイコキネシスだ!!」

 

カッと目を開いたキルリアの目が怪しげに光る。

イーブイが呻き声をあげて地面に倒れた、恐るべしサイコキネシス。

私がぼんやりしている間にイーブイは先ほどのキルリアと同じ様に後方の木にぶつけられてしまった。やけに飛んだな…。

 

「兄ちゃん負ける!!!」

「じゃ、バトンタッチ」

 

私がそう言うとイーブイがボールの中に吸い込まれていく、代わりに行って来いとポンと投げたのは抱えていたヒンバスだ。

 

「…」

 

じ、とキルリアに視線をやるヒンバス。

 

「ヒンバス、はねる」

 

その場でびたんびたんと跳ねだしたヒンバスを見て青年が笑った。

キルリアのマジカルリーフをくらったヒンバスはそれでも跳ねている。

カズキが「あああ」と情けない声をあげた、暫く攻撃をくらっても跳ねるを続けているとヒンバスはボロボロになっていた。

もとがボロボロなのであんまり変わっては見えないが……。

 

「意外とタフだな、そのヒンバス……。キルリアとどめだ!!」

 

青年が指示を出す前に私がぽつりと言ってやるとヒンバスは待ってましたと言わんばかりに大きく跳ねた。

 

「じたばた」

 

とどめの攻撃を仕掛けに近づいたキルリアにヒンバスのじたばたしている攻撃が当たる。

キルリアは大きく弾き飛ばされてそのまま目を回して動かなくなった。

 

「キ、キルリアぁ……」

 

ガクンと肩を落とした青年から1500円のお金を貰った、別に要らなかったので返した。

ぐったりするキルリアを抱きかかえる青年と手を振って別れた、育て屋に長く居たヒンバスはもの凄く強いのかもしれないな……。

 

「倒せるんならもっと早く攻撃してれば良かったのに!!ヒンバス怪我してんじゃん!!」

「じたばたは弱っていればいるほど威力が上がるらしい」

「え、お兄ちゃん詳しい!!」

「へー!!そうなのかー!!何でそんな事知ってんだよ、すげーな!!」

 

ああ、ヤマトに聞いたからな。

ボロボロになったヒンバスを抱えて家へと帰る、泥だらけになっているカズキとノリコを見てカナコさんの額に青筋が……。

私はあまり茂みにも近づかなかったし木登りもしなかったので汚れていない。

風呂に入って来いと放り込まれた二人を見送ってから私はヒンバスをソファの上に置いた。

スプレー式の薬、すごいキズぐすりと書かれたそれをヒンバスに吹き付ける。

ボールからイーブイニ匹を出せば軽い怪我をしている能天気なイーブイの体を冷静なイーブイが舐めていた。

薬は必要無さそうだったので棚に戻す。

 

ふぅと息を吐けばカナコさんが大きな紙袋を持って近づいて来た。

 

「旅に出る用の服を買って来たの!!どれが良い?」

 

どさっと広げた紙袋の中身には大量の服……。

シンプルな上下を選べばカナコさんはぷくっと頬を膨らませ私の手から服をひったくった。

 

「これとこれとこれでしょ、アクセサリーはこれ」

「どれが良いって聞いたくせに」

「シンヤのセンスが悪いのよ」

 

私から言わせてもらえばカナコさんのセンスの方がどうかと思う……。口に出しては言わないし洋服も着ろと言われれば着るが……。

選択肢が無いなら最初から聞かないで欲しい。

 

「カバンはこれで、靴はこれで、着替えも入れてっと…あと救急箱に薬とか使える道具も入れとくわね」

「……」

 

あ、トゲトゲの固形物入れた。

 

「はあ」

「?」

「やっぱり我が子達は旅に出て行くのね……。覚悟してたとはいえ母さん寂しい……」

 

我が子になってまだ数日だけどな。

私の代わりにカバンに荷持を詰めるカナコさん。

あれも入れたこれも入れた、あれ入れてない何処やったっけと独り言を言いながら私の荷持は完成していった。

 

「あ、地図買うの忘れた!!」

「それは持ってる」

「あらー、どうしたのそれ」

「研究所で貰ったんだ、テンガン山までの道のりも書き込んである」

「じゃ、それはカバンのここに入れてね」

 

頷いてから、ヤマトに貰った地図をカバンに入れた。

 

「完成っと、お昼ご飯お昼ご飯」

 

よいしょと言って立ち上がってキッチンへと歩いていくカナコさん。

あぐらをかく私の膝上にイーブイニ匹が図々しく乗っかってきた、二匹の間が暖かそうだったのでタマゴを間に入れてやる。

 

「お前たちは双子って言うより夫婦みたいだな」

「ブイ!?」

「ブイー!!」

 

能天気なイーブイは嬉しそうに返事をしたが冷静なイーブイは納得出来なかったのか目を細めて私を見た。

 

「ああ、お前たちオスだったか」

「ブイ!!!」

「悪い悪い、でも良いじゃないかオス同士の夫婦でも」

「ブイ~~!!!」

 

全然、良くなかったらしい。

そういえばとヒンバスに視線をやれば眠たげな視線を返された。

 

「お前はオスか?メスか?」

「……ヒー」

 

ヒンバスもオスらしい。

男ばっかりだな、タマゴから生まれて来るのはメスだと良いな。いや、別にオスでも良いが。

 

「うえーい、さっぱりしたぜー!!」

 

「お母さーん!!のんのワンピースどこー?」

 

そろそろお昼ご飯だな……。

 

*

 



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06

朝早く布団から抜け出せば隣で寝ていたカズキとノリコが目を擦りながら起き上がった。

明日、旅に出ると私が言ったものだから一緒に寝ると聞かなかったのだ。私は凄く狭くて寝苦しかったぞ……。

 

「もう、朝……?」

「朝6時だ」

 

半分眠っている状態でフラフラと歩く二人の背を押してリビングまで行けばカナコさんとイツキさんが「おはよう」と声をかけてくれた。

 

「息子の旅立ちの前はやっぱりよく眠れなかったわ……」

「俺は叩き起こされた!!」

 

私が旅に出るとはいえ、そう気を使って貰わなくても良いのに……、そうは思いつつも言葉には出さず朝食を少しだけ口に運ぶ。

用意をすませ、荷持を持って外に出ればカズキとノリコが私の足にしがみ付いて来た。

 

「……」

 

ずるずると二人を引き摺って歩くと二人はべしゃりと地面に落ちた。

 

「痛いー!!!」

「うわーん!!」

 

カナコさんの傍へと駆け戻った二人を見てから私は小さく手を振った。

 

「いってらっしゃーい!!」

「気を付けてな!!」

「……いってきます」

 

大きく手を振ってくれるカナコさんとイツキさんに返事を返した・

カズキとノリコも目に涙を溜めて手を振ってくれたが……、もう二度と会えないみたいな送り方をしないで欲しい。

少しこれからの事が不安になりながらも前を見据え歩き出した。

 

 

途中で見かけたロストタワーを見上げているとトレーナーにバトルを申し込まれた。

首を横に振ったが容赦なくポケモンを出してきたので嫌々モンスターボールを取り出した。

この世界の人達は良い人だが話を聞かない節があるのは気のせいか。

ヨスガシティに着くまでに幾度となくバトルを挑まれ、フラフラと歩きながらヨスガシティと書かれた看板を見やる。

 

やっと着いた…。

 

普通に通行出来ていればこんなに時間は掛からなかったのに……、若干の苛立ちもありながらとりあえずポケモンセンターを探す。

持っていたキズぐすりやらを使ったのでポケモン達はまだわりと元気だが、私の方が休みたいんだ。私にはキズぐすりも何もないんだから仕方ない。

 

「すみません、少し良いですか」

 

ポケモンセンターの場所を聞こうと近くに居た男性に声を掛けた。

 

「わたしホウエン地方からやって来た者です」

 

聞いてない。

 

「コンテスト会場が分からず迷っていたわたしをここの人は当たり前に送ってくれました!」

 

だから、聞いてない。

 

「感動です!なのでわたしも貴方を送って行きましょうか?」

 

「はい?」

 

「では、こちらです!」

 

ぐい、と腕を引かれて歩き出す。

今のは返事をしたわけじゃないのに、と思いつつ引かれるままに歩けばポケモンセンターを通り過ぎた。

私はあそこに行きたかったのに!!

 

「ここがコンテスト会場です!ささっ中にどうぞ!」

 

「は?」

 

ぐいぐいと背を押されて会場とやらに押し込まれた。

人の賑わう会場内を見渡せば綺麗に着飾った人や楽しみだとはしゃぐ人も……、会場内に居るポケモンも何処か緊張している様だった。

私はそそくさと踵を返してコンテスト会場を後にした。

場違いも良い所だ。それにコンテスト会場って、何のコンテストなのかもさっぱりだ。

 

ポケモンセンターに行こう、そう思って歩き出した時に看板が視界に入った。

 

『ポケモンコンテスト会場 集えポケモン自慢!』

「……」

 

ポケモンセンターに行こう。

 

 

やっと見えて来たポケモンセンターに入ろうとするとポケモンセンターの隣の家から誰か出て来た。

何か大きな荷物を持って大変そうだったが気にせず歩いていると呼び止められる、不運だ。

 

「ちょお!!アンタやアンタ!!」

「……」

 

めちゃくちゃ睨まれてる所を見るとやはり私らしい。

 

「手開いてるんやったらこれ持って!!」

「私はポケモンセンターに……」

「ポケモンセンターに運ぶから持て言うとんねん!!」

 

ダンボールに入った荷持を持たされた。

訛りのある喋り方をする女は再び家に入って同じくらいの荷持を持って「行くで」と私に声をかけた。

この世界の人間は強引だ……。

 

ポケモンセンターでジョーイさんとやらに荷持を渡せば女はニコリと私に笑みを向ける。

 

「ありがとうなぁ!!ホンマに助かったわ!!」

「……どういたしまして」

 

勿論、皮肉を込めた返事だ。

ついでにジョーイさんにモンスターボールを渡して私はさっさと近くにあった椅子に座った。

隣に女が座る、まだ何か用なのかと視線をやれば愛想の良い笑みで女は話かけて来る。

 

「アンタ、トレーナーなん?やっぱりヨスガにはジム戦?それともコンテストに参加しに来たん?」

「どっちも違う」

「じゃあ、何なん?」

「テンガン山に行く途中に通っただけだ」

「へー、研究してるとかそんなん?」

「それも違う」

 

分からんやっちゃなー、と言って口を尖らせた女は私の肩に寄りかかってきた。

 

「……離れろ」

「ええやんかー、よお見たらお兄さん男前やったからー」

 

ケラケラと笑う女を引き離して少し横にずれて座った。

 

「お待ちどうさまー」

「どうも」

「イーブイが二匹とヒンバスが一匹で間違いないかしら?」

「はい」

 

ジョーイさんからボールを受け取ってカバンに戻す。

隣でほーと女が頷いた。

 

「イーブイ、二匹も持ってるんやー」

「悪いか」

「全然!!っていうか、その持ってるのはポケモンのタマゴやろ?」

「だったら何だ」

「アンタおもろいなぁ」

「何が」

「反応が」

 

ケラケラと女は笑うが逆に私の方はイライラして来た。

 

「イーブイが何種類に進化するかしっとる?」

「……いや」

「7種類や」

「それは多いのか?」

「多いに決まってるやん」

 

へえ、と頷けば女は得意気に話し始めた。

 

「特定の石を使って進化したり、時間帯によって進化したり、ある場所でだけ進化したりするんよ」

「そうか、覚えておく」

「そっけない返事やな~、ちなみにヒンバスもある条件を満たさな進化せーへんポケモンや」

「やっぱり進化はするのか」

「美しく育てれば進化するんよ」

「……は?」

 

それはどういう事だ、と聞こうとしたが女は慌てて立ち上がった。

 

「もうこんな時間やん!!ほなね!!」

「あ、オイ」

 

女は手を振ってポケモンセンターから出て行ってしまった。

時間を見るともうすぐお昼になる、まだ何も食べる気はしなかったのでその辺を歩こうとポケモンセンターを後にした。

 

*

 

少し歩くと大きな建物があった、これは何の建物なのかと近くに居た人に聞いたら教会だと教えてくれた。

立ち寄るかどうか考えたが、一度自ら死んだ人間が入るのはどうなんだ……という結論にいたり入らない事にした。

 

教会の近くに看板を見つけた。

『ポフィン料理ハウス 美味しいポフィンは笑顔のもと』

 

「ぽふぃん……?」

「木の実を料理して作るのよ」

 

丁度、建物から出て来た女性が笑顔で答えてくれた。

ポフィンはポケモンが食べる料理らしい。

作り方を教えてあげるから入って行ってと言われお邪魔する事にした。

 

「木の実は持ってる?」

 

カナコさんがカバンに入れていた木の実は沢山あるが……、どういう名前の木の実なのかも分からず使えずじまいだ。

 

「珍しい木の実もあるのね」

 

そう言って女性は笑ったが、どれが珍しいのかも分からない。私からしたら変な形で変な色をしている木の実は全部珍しい。

教わるままに木の実を刻んで鍋に入れる、零さないようにゆっくり混ぜてと言われゆっくり混ぜているとぐるぐる回して!と言われ慌ててぐるぐる回す。

 

「はい、美味しくなれと念じつつ、ぎゅるるんと回す!!」

 

ぎゅるるん!?

 

作り終わった頃に何故か息切れ、ポケモンの食べ物だが少しかじって見るともの凄く辛かった……。

とりあえずイーブイ達を出して早速作り立てのポフィンをあげてみたがにおいを嗅いだだけで食べようとはしない、まあ、こんな辛いの私だって食べたくないが。

 

「食べなかった?そりゃそうよー、人間と同じでポケモンにも好きな味があるもの」

 

……先に言ってくれ。

 

「どんな味が好きなんだ?」

「ブイ~」

「ブイ」

「ヒー」

「……ふむ」

 

鍋を借りて勝手に木の実をブレンドさせてみた、固めの奴は細かくした方が良いと思って勝手に刻むだけじゃなく粉末にして入れてみる。

料理でも一工夫あった方が美味しくなるんだから、ポケモンの食べ物だとしても同じだろう……と勝手に思ってみる。

何回か作ってみて入れる順番も考えてみた、最後の段階で粉末を入れた方が香りがつくが食べた時に粉っぽい、途中でこの木の実を入れると味がよりなめらかになる。

一番最初のは辛いだけだったが、違う木の実を使うと辛くて甘いものも作れた。

 

「ん!!凄いまろやかになったぞ!!」

 

まろやかなポフィンをやるとこれは三匹とも美味しそうに食べていた。

しかし、能天気なイーブイは酸っぱい味が好きらしく私が顔をしかめるポフィンを大喜びで食べていた。腹が立ったのでもの凄く酸っぱく作ってやれば更に喜んだ。私は悶絶したが……。

冷静なイーブイとヒンバスは渋い味が好きらしく、渋い味のポフィンを取り合う様に食べていた。

残ったこの辛いのと甘いのと苦いのはどうすれば良いんだ……。

 

「この辛くて渋いのは食べないのか?」

「ブイッ」

 

冷静なイーブイにそっぽを向かれてしまった、仕方なくヒンバスの方に持っていけばヒンバスは嫌な顔一つせずポフィンを食べた。

さすがに食べさせすぎは体に悪い気がして、まだ欲しがっていたがポフィンを没収した。

女性にお礼を言って料理ハウスを出る。ポケモンの食べ物は人間の料理より奥が深い。

 

「お前たちの腹が満たされても私は空腹だ」

 

夢中になり過ぎてお昼をとっくに過ぎていた……、ポケモンセンターに戻って昼食を食べようと思う。

 

 

昼食を食べ終わり地図を広げてルートを確認する。ヨスガシティからテンガン山へと行く事は出来るみたいだが……。

山を登るには何が必要なんだ……、カナコさんがカバンに入れてくれた荷物の中には大量の薬やら道具が入っているから大丈夫だと思いたい。

 

今から行けば夜までには別のポケモンセンターなりに着けるだろうか?それともここで一泊してから朝から行くべきか……ジョーイさんに相談してみた。

 

「朝から行く方が良いですよー」

 

そうします。と、返事してヨスガシティを再び歩き回るとポケモン広場という場所があった。

公園みたいなものかと思って入るがポケモンを連れてでないと入れないらしい、イーブイじゃ駄目かと聞いてみたが連れて入って良いポケモンの名前をつらつらと言われてしまい諦めた。

ギャラドスじゃ入れないと門前払いされたと嘆く男の人を傍を通り過ぎた、ギャラドスも入れないのか……とは言ってもギャラドスをまだ見た事がないが……。

 

ポケモン広場を後にして歩いているとまた大きな建物、看板を見ればポケモンジムと書かれていた。

ジム?トレーニングでもする場所なのだろうか……、リーダーメリッサと書かれてある所からジムの責任者がメリッサという人なのだろうか。

 

『魅惑のソウルフルダンサー』

 

謎が深まった。

 

 

そのままジムに背を向けて歩いていくとマンションの様な建物があった、開けっ放しで入ってもよさそうだったので中に入ってみる。

中に居た女の子と少し会話をして、キノココを見せてもらった。キノコだった。

少しだけ話をした女性から貝殻の鈴を貰った、二つ持ってるからどうぞと言われ有り難く貰っておく事にする。

マンションを出れば隣に小さな建物があった、看板があったので見てみれば『ポケモン大好きクラブ その名の通り!』と書かれていた。

ポケモンが大好きな事は伝わった。

 

中に入ると育て屋で見た黄色のアヒルが居た、また頭を抱え首を傾げられた……私は何もしてないぞ……。

自慢話をやめたという会長さんが自慢話をしたそうだったので少しだけ付き合ってやった、途中から聞いてなかったが話終えた会長さんは満足気だ。

お礼にとポフィンを入れるケースをくれた、ビニール袋に入れていたポフィンの行き場が決まった、これはラッキーだ。

 

「本当に話が長くてごめんなさいね」

「いや」

 

ほとんど聞き流してたから、とは言わず首を横に振っておく。

 

「あら、貴方のイーブイ」

「?」

「凄く懐いてるわね!貴方が優しいのが分かるわ」

「はぁ……」

 

ニコニコとあまりにも自信ありげに言うものだから、ヒンバスを出してこっちは?と聞くと女の人はヒンバスをじーっと見つめた。

 

「もの凄く懐いてるわね!見ててこっちが照れちゃう!!」

 

この顔の何処が?

じ、とヒンバスの顔を見てみたがもの凄く懐いている要素が分からなかった。

 

ぐるっと歩き回ってポケモンセンターに戻って来た、知らない場所を見て回るのはわりと楽しいし、声をかけかけられで人ともよく接する世界だ……。

夕食まで暇になったので借りた部屋のベッドで横になって本を読む、ボールから出したイーブイが部屋の中を走り回っていた。

 

「ふぅ……」

 

本を一冊読み終われば寄り添って眠っているイーブイニ匹、ヒンバスは窓の傍でのんびりしていた。

本をカバンに戻そうと近くに置いていたカバンを手繰り寄せる、ついでにタマゴも拭いといてやろうとタマゴを手に取った。

カタカタとタマゴが動く、やけに動き出したな……と思いつつタマゴをタオルで拭いてカバンに戻した。

 

夕食を食べに行く為にタマゴの入ったカバンを肩にかける。

窓際でのんびりしていたヒンバスを抱えて、イーブイに声をかけた。

 

 

今度、ポフィンだけじゃなくてポケモンフードなんかも作ってみようか。

いちいち買うのめんどくさいし、作った方が量もあるし作り置きも出来るし……。

よし、そうしよう。

 

*

 



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07

朝からテンガン山へと向かった。

ジョーイさんに見送られてヨスガシティを出たものの、まだ歩き出して10分くらいなのにバトルを挑まれるのは何故だ。

トレーナーじゃないのに、と思いつつ勝ち進みテンガン山へと着いた。

中に入ると薄暗くて思わず「うわ」と声が漏れる。

岩が邪魔、足場も悪い、水が溜まってて進めないで最悪だったがヒンバスを小脇に抱えて水場を無理やり進もうとしたら「危ない!!」と呼び止められた。

 

「……」

「そこ結構深いよ!?」

 

トレーナーらしい少女が私の腕を掴んで行かせまいと必死だ。

 

「ヒンバスの生息地に行きたいんだ」

「かなり上の方だし、あそこは霧が凄いよ?」

「別に良い」

 

じゃ、と水場に足を浸けようとしたらまた腕を掴まれた。

 

「ここでびしょ濡れになって進むのは無茶だって!!」

「何でだ?」

「山頂は雪積もってるけど!?」

「……それは困る」

「貴方の反応にあたしが困る~」

 

ツバキ、と名乗った少女は仕方ないと呟いて私をヒンバスの生息地まで連れて行ってくれる事になった。

ポケモントレーナーでコンテストにも参加しているというツバキは子供のわりには優秀なトレーナーだ。

途中、二人で居たせいかタッグバトルを挑まれて大変だったが……、ツバキはノリノリでバトルしていた。

トレーナーはバトル好きらしい、私には理解出来ない。

 

「ヒンバスの居た所を通り抜けたら216番道路に出たんだよね」

「216……」

 

地図を広げてみると216番道路の先にはキッサキシティしかない。

結局、一番上まで行かないと駄目なのか……。

 

「あ、こっちがやりの柱だよ」

「やりの柱、古代の遺跡がある所か?」

「そうそう、見てく?」

 

ツバキの言葉に頷いてやりの柱へと向かった。

古代の遺跡、と言われても古い何かが崩れている様な……、特にどういったものなのかは分からないがそこらへんを歩き回ってみる。

 

「あたし、ちょっと休むねー」

 

入り口の前で座り込んだツバキを見てから私は一人でどんどんと奥に進んでいく。

パッと視界が広がった、青空と小さく街が見える。ここから落ちたら確実に死ぬだろうな、と思いつつその景色を眺める。

そろそろツバキの所へと戻ろうとすると何もなかった場所がぐにゃりと歪んでいた、何だ?とその歪みの中を覗き込むと天と地が反転した様な世界が広がっていた。

 

声も出ず、その歪みから一歩後ずさるとその歪みの中を大きな生き物が呻く様な声をあげて横切った。

あれも、ポケモン?

 

「シンヤさーん、どうしたのー?」

 

手を振ってこちらに呼びかけるツバキ。

どう説明しようかと、再び歪みに視線をやったが歪みは消えてなくなっていた……。

 

「シンヤさん?」

「いや、なんでもない」

「じゃあ、そろそろ行こっか」

「ああ」

 

もう一度、その場所を振り返ってみたがやっぱり何もなかった

 

*

 

「着いたー!!!」

 

ツバキが両手をあげて喜んだが霧が深くて何も見えない。

 

「水場があるのかさえ分からないな……」

「あるよ、ちょっと待ってね、きりばらいするから」

 

そう言ってツバキはヨルノズクを出す。

ふくろうみたいだ、と言えばふくろうポケモンだもんと返された。

ヨルノズクのきりばらいで霧がはれていく、大きな広い水場が姿を現した。

 

「おお」

「ここにヒンバスが居るよ」

 

私がヒンバスを抱えて水際でしゃがみ込むとツバキも同じ様に隣に座った。

 

「ヒンバスのお嫁さん探しとか?」

「いや、ここに捨てに来たんだ」

「へぇー……、えぇぇええ!?」

「それ行け!!」

 

ぼちゃんとヒンバスを水場に投げた。

ツバキが「あぁぁああ」と声をあげて、信じられないとばかりに私を見やった。

 

「ゲットしたポケモン捨てるとか何考えてんのー!?」

 

胸倉を引っ掴まれたのでここまでの経緯を教えてやるとツバキは「悲しいけど居るよね、そういう最低なトレーナー」と言って苛立ちを隠せない様だった。

 

「でも、シンヤさんまで捨てる事ないじゃん」

「私が育てる理由もない」

 

私が立ち上がればツバキは水面を覗き込んで溜息を吐いた。

ツバキの協力のおかげでまだ昼過ぎ、さっき昼食を食べたばかりだしポケモンセンターには日が暮れる前に着きそうだな。

 

「このままキッサキシティに一泊した方が近いよな」

「そうだね、でも!!」

「でも?」

「まだ時間あるから付き合って、シンヤさん」

 

語尾にハートマークでも付いていそうで不気味だった。

嫌だ、と言いそうになったがツバキにはここまで協力して貰ったわけだし私も付き合わないわけにはいかない。

 

「……何をするんだ?」

「もち、ポケモンゲットだよ!!」

「もちポケモンを捕まえるのか」

「ち、ちがっ!!」

 

移動して釣り糸を垂らすツバキの背を見つめる。

もちポケモンではなく勿論ポケモンを捕まえるんだよ、という事でツバキはお目当てのポケモンを釣りたいらしい。

別に一緒に行動する必要もなかったが一人じゃ寂しいからとツバキが言うので付き合っている、だからと言って私も一緒になって釣りをするわけではない。そこは嫌だと断らせてもらった、釣りはじっとして水面を見てないといけないから嫌いなんだ。

 

「釣れないなぁ」

「そうか、私はその辺を見てくるぞ」

「え、結局あたし一人じゃん!!話し相手とか……、あ、もう居ない」

 

何かツバキが言っていた気がするが聞こえなかったので別に良いだろう、釣りをしているツバキを眺めるのにも飽きた。

カナコさんがカバンに入れてくれていた空のボール、種類が何個かある。赤と白の普通のモンスターボールしか知らないがこの空のボールはゲット用だろうか?

ポケモンを捕まえる気は全く無かったのだけど、こんな遠くまで来れば珍しいポケモンが居るかもしれない。捕まえて連れて帰ればノリコへのお土産になるか……。

 

珍しいのかどうかが判別出来ないんだけどな。

 

さっきからよく見掛けるイシツブテとか言うのはやはり多く見掛けるだけに珍しい事は無いのかもしれない。

可愛いかどうかと考えると丸みがあって可愛い……のか?丸いのが可愛いってヤマトも言ってたし……。

ああ、でも、もっと全体的にやわらかい感じの方が良いか。イシツブテは抱っこ出来なさそうだし……。

アサナンはどうだろう、丸くはないが目とか大きくて可愛い……だろうか……?

 

イマイチ分からないが、こう丸みのあるフォルムで目が大きくてキラキラしてるポケモンは……。

 

「…」

「…」

 

水面から顔を出すポケモンと目があった。

キラキラした大きな目に小首を傾げてこちらを見る頭はなめらかに丸い。

 

「可愛い……な」

「リュ?」

 

私が近づくと瞬きをしながらポケモンも近づいて来た。

手を伸ばして頭を撫でれば水に住んでいるだけあって、肌はつるりと滑らかだ。丸いし、目も大きいしコイツで良いんじゃないだろうか。

 

「よし」

 

バトルして弱らせてから捕まえるのが基本らしいが、ここまで大人しいし直接ボールでも大丈夫な気がする。

赤と白のモンスターボールを手に取ったが、ポケモンの色が青かったので青いボールを使う事にした。

 

「…」

 

あまりにも近くに居るので投げるわけにもいかずそのままボールをポケモンに押し付けてみる。

カチ、と音が鳴ったかと思えばボールが開いてポケモンが吸い込まれた。

手の中にあるボールが忙しなく動いている、これは中でポケモンが暴れているのだろうか……、少しすると赤く光っていたランプが消えてボールも動かなくなった。

 

「お土産捕獲完了」

 

ポーンと片手でボールを高くあげてキャッチする。

家に戻るまでに他にもポケモンを探してみよう、何匹か捕まえて帰ればノリコが気に入るポケモンが居るかもしれない、気に入らなければ研究所に行ってヤマトに押し付けてやれば良いしな。

 

捕まえたポケモンはニョロリと長い胴体をしていた。

ヘビというより……ウナギ?

 

ツバキが釣りをしている所に戻るとツバキの背は何処か哀愁が漂っている。

声をかけるか迷っているとツバキがこちらを振り返った。

 

「シンヤさーん、釣れないよぉ……」

「私に言われても」

 

ガクンと肩を落としたツバキの隣に座ってタマゴを膝の上に置いた。

そういえば、何を釣りたいのだろうか。

 

「何を釣るんだ」

「ミニリュウ」

「小さい龍か」

「うん、超可愛いの~」

「可愛いのか……」

 

小さいリュウなのに可愛いのか……ん?小さい龍?

 

「それは目が大きいか?」

「うん」

「体は青いか?」

「そうだねー、お腹は白だけど体は青」

「もしかしてコイツか?」

 

青いボールからさっき捕まえたポケモンを出せばツバキは「そうそう」と頷いた。

そうか、お前、ミニリュウって言うのか、龍だったのか、ウナギとか思って悪かったな……。

 

「ミニリュウゥウウウ!!!!」

「うおっ」

「何で何で何でシンヤさんがぁあ!!」

「さっき捕まえた……」

「釣りしたの?」

「いや、水面から顔出してたから」

「ミニリュウゥウウウ!!!!」

 

凄く落ち込んでいるツバキの肩に手を置いてみた、チラリとこちらに視線をやったツバキ。

 

「ミニリュウ、頂戴」

「駄目だ」

「何で!!」

「お土産にするんだ」

「誰の!!」

「妹の……、まあ、妹が要らないって言ったらやるよ」

「妹さん要らないって、今、テレパシーで来た」

「嘘付け」

 

愚痴るツバキの手を引いてテンガン山を抜けた。

視界いっぱいに銀世界が広がる、ここからまた歩いてキッサキシティまで行かないといけないようだ。さすがにしんどい。

 

「さっさと行くぞ」

「うわ、自分だけフード被ってる」

「……入れて欲しいのか?」

「いやいやいや、そんな!!恋人同士みたいな、いや、あったかいだろうけど、そんな!!やだなーもー!!!」

 

 

 

 

「遅いぞー」

 

 

 

「うおい!!!」

 

 

走って追いかけてきたツバキに何故か怒られた、何で私が怒られなきゃいけないんだ。

 

*



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08

キッサキシティに向かって歩いてはいるが雪に足をとられ、トレーナーにはバトルを挑まれ……。

 

「あられが痛いな」

「だねぇ、ポケモン達もじわじわあられのダメージで疲れてるみたいだし」

 

休みたいよ~、と言葉を漏らしたツバキ。

確かに何処か雪を凌げる所で休まないとキッサキシティまでポケモンの体力も私達も持たないかもしれない。

小さく溜息を吐くと雪に覆われた視界の隅に小さな家が、ザクザクと雪を踏みしめて歩けば看板が立っている。

『ロッジゆきまみれ あたたかいベッドあります』

ゆきまみれ、はどうかと思うが助かった。後ろの方をふらふらと歩くツバキに声をかければツバキは走って駆け寄ってきた。まだ元気じゃないか……。

 

「おじゃましまーす」

 

ロッジに入ればおじさんに「やっほー!」と迎えられた。陽気な人だな、と思いつつ隣で「やっほー」と返事を返すツバキの声を聞いた。

 

「ぼろいロッジだがまったりゆったり休んでくれい!」

 

お言葉に甘えて休ませてもらう事にした。

ベッドに寝転んでごろごろするツバキを視界に入れながらタマゴの表面を撫でる、カバンに入れていたとはいえこの寒さでとても冷たかった。

タオルで拭いてみたがやはり冷たい、活発に動き始めていたのに今は静かなものだ。

タマゴを温めるように抱きかかえれば腹が冷たくなったが少し我慢しよう……。

 

暫く休んでからロッジを出る、室内が暖かかっただけに外の冷気は肌を裂く様に痛く感じた。

ぐるぐるとタオルを巻いてみたタマゴも殻があるとはいえ寒いだろう、早くキッサキシティに着かないとな……。

 

 

途中でバテたツバキを背負って雪道を歩く。

何で私が……と思いつつも挑まれたバトルの大半や出てきた野生ポケモンの相手もツバキにさせていたので文句は言うまい。

もうすぐ着きそうだ、そう思った時にツバキが私の肩を叩いた。

 

「あそこ登れそう」

 

「は?」

 

あそこ、とツバキが指差した先には崖。

ボールを取り出したツバキがにやりと笑う、もうすぐキッサキシティに着くというのに寄り道か……。

 

「エンペラー、ごー!!」

 

エンペラーと呼ばれた大きなペンギンがロッククライムで崖を登る。

 

「エイチ湖だって、看板あったよ!!」

 

さっきまでバテてた癖に……。

走って先に行ってしまったツバキの後を追った、少し歩けば静かな湖が広がっている。

エンペラーの背に乗って向こう岸の原っぱへと進むツバキ、湖の中央には大きな岩があった空洞か何かになっていそうな感じがする。

まあ、私には調べる術が無いし調べに行くほど元気なわけでもないから良いのだけど……。

 

ぱしゃん、と水音。

水面に映る自分を眺めていた私が顔をあげると少し離れた所にぼやける物体が……。

生き物……、ポケモンかと目を細めれば、それは二本の尻尾を揺らして大きな岩の方へと消えて行った。

 

「ただいまー」

 

陸に戻って来たツバキがエンペラーをボールに戻そうとボールを取り出した。

 

「不思議なポケモンがあっちの岩の方に消えたぞ」

「え、不思議なポケモン?珍しいポケモン?」

「それは分からないが、尻尾が二本あった」

「なんだろ、エテボース?」

「知らん」

 

再びエンペラーの上に乗ったツバキが手招きをするので私もエンペラーの上に乗る

ゆっくり岩の方に近づくと中に入れそうな穴があった。

 

「おお!!発見の予感!!」

「……」

 

中に入れば広く、水が溜まっていて、大きな水溜りの様になっている。

何処か不思議な形をしている気がするが上から見ないとよく分からないな……。

バシャバシャと水の上を跳ねる様に走り回るツバキがぐるっと広くも狭くもない空間を一周した。

 

「なんもないね」

「そうだな」

「でも、神秘的な空洞だよー。ダウンジング持ってくりゃ良かった」

 

頬を膨らませながらツバキが空洞から出る、続いて私も外に出ようと思えば後方でぱしゃと水音……。

黄色い頭部、閉じられた目には私の姿が映っているのか……。じ、とこっちの様子を窺うようにその場に佇むポケモン。

 

無言のまま対峙していると外からツバキが私を呼んだ。

 

「シンヤさーん!!」

 

チラリとポケモンを見てから私は踵を返して外へと向かう。

触れてはいけないような、近づいてはいけないような、そんな気がした……。

 

< シンヤさん… >

 

鈴の鳴るような、静かで凛とした声が聞こえた……。いや、まるで直接頭の中に伝わって来たような。

ポケモンを振り返れば二本の尻尾をゆったりと動かして、微笑んだ……。

 

「お前は……」

< ユクシー >

 

そう言うとソイツは霧の様に消えてしまった。

 

「シンヤさん!!遅いよ!!」

 

再び中に入って来たツバキが私に手招きをした、ツバキに返事を返して私は空洞から出る。

まさかポケモンに直接、人の言葉で話しかけられるなんて……。

 

「ユクシー、か……」

「ん?何か言った?」

「いや、ポケモンは不思議な生き物だと思ってな」

「へ?」

 

エンペラーをボールに戻したツバキがそういえばと言葉を続ける。

 

「さっき向こうの岸からキッサキシティが見えたよ」

「ならあと少しだな」

「だね!!」

「自分で歩けよ」

「ケーチー」

 

*

 

キッサキシティに着いた。

雪に音が吸収されるのか静かな街だ……。

 

「おふ、ここ深っ……」

「……」

「置いてかないで!!っていうか、手を貸して!!」

 

ポケモンセンターに入ればツバキがあたたかいと言って喜んでいた。

ジョーイさんにポケモンをあずけて今日泊まる部屋を借りよう。

 

「これお願いします」

「はーい、かしこまりました。寒いですよね、良かったらそちらのタマゴも暖めておきましょうか?」

 

そんな事までしてくれるのかポケモンセンター。

ご好意に甘えてタマゴもジョーイさんに渡して部屋のキーを貰う。

 

「あ、シンヤさん、コダックが居るよ」

「コダック?」

 

ツバキの指差す先を見ればまたアイツだ!!

黄色いアヒルが頭を抱えてこちらを見ていた、また首を傾げられる……、だから私が何をした……。

 

「コダックっていつも頭痛に悩まされてるんだって~」

「それでか!!」

「何が?」

「いや、別に……」

 

少し声を荒げてしまい恥ずかしくなってツバキから顔を逸らす。

まあ、コダックが首を傾げている理由が私ではなかったので良しとしよう。疑問が一つ消えてスッキリした。

 

部屋に入って荷持を隅に置く。

窓の外は雪の降り積もる雪景色、そういえばポケモンセンターには連絡を取る手段があるから研究所にかけて来いってヤマトが言ってたな。

貰った電話番号を何処にしまったか……。

 

 

「……」

<「シンヤー!!今どこー?」>

「キッサキシティだ」

 

普通の電話かと思ってたら相手の顔まで見える機能まで付いていた、まあ生き物をボールに入れる事に成功してるのだからこれぐらいは当然か…。

 

<「テンガン山はどうだった?」>

「疲れた」

<「ヒンバスは?」>

「ああ、ちゃんと捨ててきたぞ」

<「……本当に捨てちゃったんだ」>

「捨てに来たんだから当然だろ」

 

顔を曇らせたヤマトの表情がツバキの表情と同じだった。

捨てる、という事をどうにも受け止められないらしい。二人と比べるとあっさりヒンバスを捨てた私は二人とは何処か違うのだろう。

生息地であるあの場所に捨てるのがヒンバスには一番だと、私は思うだが……。

 

<「あ、僕にもお土産よろしくね」>

「何をだ?」

<「旅の楽しい話、期待してるよ」>

「……楽しい、ね」

<「あれ、楽しくない?」>

「普通、もしくは楽しくないに分類されるかもしれない。バトルにはもううんざりだ」

<「シンヤが凄腕トレーナーみたいな雰囲気出してるから声かけられるんだよ」>

 

どんな雰囲気だ。

 

「そうだ、また時間があったら聞いといてくれないか」

<「何?」>

「ノリコにお土産でポケモンを捕まえて帰ろうと思うんだが可愛いポケモンがイマイチ分からないからな……」

<「そっかー……ってイツキさんの所は10歳にならなきゃ自分のポケモン連れちゃ駄目だって言ってたから、暫くは研究所に……」>

「そうなるな」

<「じゃあ、僕はユキワラシをよろしく」>

「お前のは聞いてない」

<「良いじゃん!!ついでじゃん!!近くに居るだろ~!!!」>

「チッ」

<「舌打ち!!」>

 

また雪道を練り歩くはめになった。

もう電話を切って風呂にでも入って来ようかと思った時にヤマトが「待って待って」と制止する。

 

<「ユキワラシをゲットしたらまた連絡してよ、それで研究所に直接送って」>

「そんな事出来るのか」

<「そこのくぼみにボールを入れて送信を押すだけ」>

「よし、とりあえず送るからノリコに見せて要らなかったら欲しがってる奴が居るからまた送り返してくれ」

<「何、何を送るの!?え、ちょっとー!!」>

 

送信を押せば画面の向こうで「何か来たー!!」とやかましくヤマトが叫んでいる。

画面には映ってない所でボールの開く音が聞こえたかと思うとすぐに満面の笑みを浮かべたヤマトの顔が画面に映る。

 

<「僕も欲しいんだけど」>

「諦めろ」

<「ケチ!!ミニリュウとかめちゃくちゃ可愛いじゃんかー!!」>

「ノリコに聞いとけよ」

<「うん、他の欲しいポケモンの候補も聞いとくんだよね、了解」>

 

じゃあな、と言って電話を切れば。

丁度通りがかったらしいツバキが私の背中に飛びついて来た。

 

「誰と電話してたの?」

 

「……ヤマト」

 

「誰だ!!」

 

ポケモンの研究をしてる奴だ、と付け足してやればツバキは大して興味も無いのかふぅんと相槌を打つだけだった。

 

「あ、ジョーイさんがポケモンの回復終わったって言ってた」

「なら受け取りに行くか」

 

そろそろお腹空いて来たねー、なんて言ってついて来るツバキに適当に返事を返しつつユキワラシがどんなポケモンなのか考える。

そういえばキッサキシティに来る途中に遭遇してたかもしれない、猫みたいなのはニューラだニューラだとツバキが言っていたが……。

 

「ユキワラシって居たよな?」

「ユキワラシー?居たねー、欲しいの?」

「ヤマトが欲しいらしい」

「また雪道に逆戻りだよ、超吹雪いてるのに可哀相にシンヤさんファイト!!」

「……」

 

少し腹が立ったので頬っぺたを抓ってやった。

 

「いてて…」

「どんなポケモンだ?」

「へ?知らないの?来る途中見たじゃん」

「見たポケモンは覚えてるがどれがユキワラシか分からない」

「三角形で傘みたいなの被ってる」

「ああ」

「ゆきかさポケモンのユキワラシだよ」

 

居たな、傘みたいなの被った小さい奴。

窓から外を見れば少し風が強いのか窓に雪が打ち付けられていた……。

 

「今日はもう風呂に入って食事をとって、寝る」

 

「朝から行くんだ、少しでも弱まってると良いよね~、雪」

 

溜息を吐けばツバキがケラケラと笑った。

 

 

*

 



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09

朝起きたら雪はやんでいた。

ツイてるな、日頃の行いはあまり良いとは言えないがラッキーだ。

 

「イーブイ」

 

私の寝る布団の上で寝ていた二匹のイーブイに声をかける、冷静なイーブイは床に降りたが能天気なイーブイがなかなか降りない。

さっさと行ってユキワラシを捕まえてさっさと戻ってきたい私は布団を持ち上げて能天気なイーブイを床に落とした。

 

「ブィ!!!」

「雪で遊べるぞ」

 

私がそう言えば能天気なイーブイが目を輝かせる、早く外に行きたいのか扉の前で尻尾を振ってまっている姿はまるで犬だ。

身支度を済ませてジョーイさんに挨拶をして外に出る、あまりの寒さに体が縮こまる。こうやって肩をすぼめていると肩が凝って困るな……。

寒いと思いながら歩き始めた私の傍で積もる雪にぼふぼふと音を立てながら突っ込む能天気なイーブイ……理解出来ない。

まだ足跡の付けられていない道を音を立てながら歩けば私の足跡の上を歩く冷静なイーブイ、小さな体では雪に埋もれてしまうからだろうが……、その隣で雪の中を潜る様に進む能天気なイーブイの行動は本当に理解出来ない。

見てるこっちが寒い……。

 

 

草むらに突っ込んでいく能天気なイーブイを少し離れた所から見守る。

早朝という時間もあってあまりにも寒いのでタマゴを抱きかかえながらの傍観だ……。さっさとユキワラシ出て来てくれ……。

 

「ブイー!!!」

 

出たか!!と思えばニューラとバトルをしだした能天気なイーブイ……、ニューラは要らん。

 

「お前も行け」

「ブイ」

 

仕方ない、と言って冷静なイーブイが草むらに入っていく。

能天気なイーブイの活躍が期待出来ないと踏んだんだろう、私も期待するのはやめた。

 

「ブイブイブイー!!」

「ニューラー!!!」

「ブイー!!」

 

ああ、寒いな……。

暫くして能天気なイーブイがニューラを倒した、切り傷を作りながらもまた草むらへと走って行く。

ガサガサと草むらを揺らす音が聞こえた、冷静なイーブイが戻って来たのかと視線をやれば傘を被ったポケモン、ユキワラシが飛び出して来る。そのユキワラシを冷静なイーブイが追いかけていた。どうやら見つけて追い回していたらしい

 

「ユキー!!!」

「ブイ」

 

チラリとこっちを見た冷静なイーブイに「でんこうせっか」とポツリと言えば冷静なイーブイはユキワラシ目掛けて走り出す。

弾き飛ばされたユキワラシが積もった雪山にぶつかって目を回していた。カバンからモンスターボールを取り出して投げればユキワラシはボールの中に吸い込まれる。

赤いランプを付けてボールがカタカタと揺れる。少し長い間揺れていたかと思えばランプは消えてボールも静かになった。

 

「ブイ!」

「ん、ご苦労様。捕獲完了だ」

 

ボールを拾い上げると草むらから能天気なイーブイがユキワラシを追いかけて飛び出てきた。

一匹で良い、と思ったのと同時にそういえばとさっき捕まえたばかりのユキワラシの姿を思い出してみる。

今、能天気なイーブイが追いかけているユキワラシの傘は藁の様な薄いオレンジだ。ツバキと戦っていたユキワラシの傘も薄いオレンジだった。

 

捕まえたのは、傘が青くなかったか?

 

「……傘はユキワラシの服みたいなもので着替えたりするのか?」

「ブイ」

 

首を横に振った冷静なイーブイ、どうやらユキワラシの事情なんて知らないらしい。

まあ、ユキワラシはユキワラシだから良いだろう。さっさとポケモンセンターに戻ってヤマトに送ろう。

 

「イーブイ、帰るぞ」

「ブイ!?」

 

ユキワラシは!?と言いたげにこっちを振り返ったイーブイに手に持っているボールを見せてやる。

パチパチと瞬きをしたイーブイは追いかけていたユキワラシを放って冷静なイーブイの横に並ぶ。

 

「帰るぞ」

「「ブイ!!」」

 

 

ポケモンセンターに入れば待っていたらしいツバキが大きく手を振った。

 

「シンヤさーん!!ゲット出来た?」

「ああ、捕まえた」

「見せて見せて」

 

ユキワラシをボールから出せば笑顔だったツバキの顔がみるみる驚愕の表情へと変わっていった。

 

「え、この子……」

「ユキワラシだろ?」

「そうだけど、色違いじゃん!!あたしが欲しいよ、この子!!」

「諦めろ」

「ケチ!!!」

 

なんか似た様な会話をした気がする。

ユキワラシをボールに戻して、研究所へと電話をかける。

 

「……」

<「あ、シンヤ、おはよう」>

「おはよーございまーす」

 

私の隣に居たツバキが代わりに返事をした。

 

<「初めましてー」>

「はじめましてー、ツバキです!!」

<「僕はヤマトです、よろしくねー」>

 

あはは、えへへと笑っている二人を無視してボールを研究所に送信した。

 

「ユキワラシ、送ったからな」

<「え」>

「じゃあな」

<「え!?」>

 

ブツンと電話を切ればツバキが何ともいえない表情で私を見ていた。

特に話す事がなかったのと色違いだとぐちぐち言われるのも嫌だったのとまだ朝食も食べてなくて空腹だったからが理由だ。

 

ぐ~……。

 

空腹を告げる音が聞こえた。私ではなくツバキの腹から。

顔を赤くしたツバキが誤魔化すように笑い出す。

 

「お、お腹空いたね~」

「そうだな」

 

朝食を食べ終えてキッサキシティのポケモンショップに立ち寄った私は少なくなって来た薬を買いだめする。

 

「キッサキ神殿に入りたいのに入り口で門前払いされた」

 

トボトボと帰って来たツバキの第一声だった。

 

「神殿というくらいなんだからそう簡単には入れてくれないだろ」

「あたし、これでも殿堂入りしたのに」

「へぇ」

 

殿堂入り、何のだ?とは話が長くなりそうだったので聞かなかった。

 

「あ!!あたし、ファイトエリア行く!!」

「いってらっしゃい」

「シンヤさんも一緒に……」

「行かない」

 

肩を落としたツバキが手を振ったので小さく手を振り返してやる。

ツバキの背を見送っているとチラリとツバキが振り返ってまた手を振った。今度は振り返してやらなかった。面倒だったからだ。

その後、口元を手で押さえ芝居がかったように泣きながら走って行った。とんだ茶番劇だ。

 

ポケモンセンターに戻って暫くするとヨルノズクが窓をくちばしで突いていた。

 

「ホー」

「ツバキの……」

 

ヨルノズクが足を突き出す、その足には紙が括り付けられていた。

 

< ツバキちゃんへの連絡はここにお・ね・が・い >

 

ヨルノズクは再び空へと飛び立った。

 

*

 

ツバキと別れ、さてこれからどうしようかとコーヒーを啜る。

ポケモンセンターの出入り口を眺めながらぼんやりと考えた。キッサキシティを出るのは良いが下山が面倒だ。だからと言ってここにずっと居るわけにも行かないし……。

小さく溜息を吐くと青いポケモンを連れた青い格好の男がポケモンセンターに入って来た。何処までも青が好きなのか帽子もマントも青い。パッと見で連想させるのはぼんやりと記憶にあるどこぞの谷のカバの様な生き物の友達で緑色の旅人……いや、どうでも良い事か。

再びコーヒーを啜ると冷静なイーブイが私の足を前足で突いた、視線をやれば困ったような呆れたような表情で私を見ている。

ポケモンセンター内に出して自由にさせていたが、そういえば能天気なイーブイが……。

 

「アイツ、何処行った」

「ブイ……」

 

冷静なイーブイもどうやら見失ったらしい能天気なイーブイを捜索する事にした。

辺りを見渡しても見付からない所を見ると宿泊施設の方か食堂の方か、はたまた外か……外だと最悪だな。

近くに居れば良いのにと思いつつ植木の後ろやソファの後ろなど隠れて見えない所を探してみた。居なかった。

 

「お前、双子のテレパシー的な何かで分からないのか?」

「ブイ~」

 

無茶言うなと返される。まあ私も無茶を言ったなぁとは思う。それに仲は良いが本当に双子かどうかは定かではない。

はあ、と溜息を零すとポンと肩を叩かれる。そこにはさっきの……。

 

「スナフキ……」

「え?」

「いや、何でもない」

 

危うく最後まで言う所だ。もう言ったも同然だがこの世界に緑色の旅人が登場する物語が無い事を祈ろう。

 

「何か用か」

「さっきから何かを探している様子だったから」

「ああ、手持ちのイーブイが一匹居なくなって……」

 

チラリと冷静なイーブイに視線をやれば青い格好をした男はニコリと笑う。

 

「それなら私に任せてくれ」

 

私が首を傾げれば青い格好の男は隣に居た青いポケモンに声をかけた。

ルカリオ、と呼ばれたポケモンはガウと返事を返す。二足歩行する犬のようなポケモンだ。

 

「イーブイの波動を探してみるよ」

「波動?」

「ふふっ、あらゆるものは気やオーラといったものを発しているんだ、それが波動」

「ほう」

「私とルカリオはその波動を感じ取る事が出来る能力を持ってるんだよ」

 

私が頷けば男は再びルカリオに視線をやった。それを見て頷いたルカリオが目を瞑る。

少しの間そうしていたかと思えば目を開けて「見つけた」と一鳴き。

 

「見つけたみたいだ」

「そうみたいだな」

 

駆け足で歩き出したルカリオの後を追う。

出入り口の方に向かっていると思えばルカリオはポケモンセンターの外に出てしまった。最悪のパターンだ。

人々が歩いて雪が踏み固められた道を進む、暫く歩けば何とキッサキシティを出て近くの草むらへとルカリオは進むのだ。

 

「何処まで行ったんだ、あのバカは」

 

「ブイ……」

 

草むらへと入って行ったルカリオが能天気なイーブイの首根っこを掴んで戻って来た。じたばたと暴れていたイーブイは私と冷静なイーブイの姿を見て嬉しそうに尻尾を振る。

 

「ブイー!!!」

「ブイーじゃない」

「ブイッ!!」

 

怒られているという事に気付いたらしい能天気なイーブイはルカリオの後ろに隠れる、とは言っても大きさも違うのでルカリオの足の間からはバッチリ見えて隠れきれていない。

今回ばかりは冷静なイーブイも自分の味方をしてくれないと思ったらしい能天気なイーブイが言い訳をしだした。

 

「ブイー、ブイブイブイ!!ブイー!!」

「うるさい、お前はおやつ抜きだ」

「ブイ!?」

 

しゅんと落ち込んだ能天気なイーブイを青い格好の男が抱きかかえた。

 

「こっそり特訓して強くなりたかったみたいだから、大目に見てあげたらどうかな?」

「イーブイを見つけてくれたのは感謝してるがそれは出来ない」

「何故?」

「私はイーブイにポケモンセンターから出るな、と言っておいたのにイーブイは約束を破ったんだ。おやつ抜きぐらい仕方ない」

 

能天気なイーブイの頭を撫でた青い格好の男は苦笑いを浮かべてイーブイを地面に下ろした。

 

「外に出たいなら出たいと言ってから出るべきだったな」

「ブイー……」

「分かれば良い」

「ブイ?」

「おやつは抜きだ」

「……」

 

再び落ち込んだ能天気なイーブイを見て冷静なイーブイがやれやれと溜息を吐く

そういえば飲みかけのコーヒーを置きっぱなしだ。

 

「驚いた」

「?」

「キミはポケモンの言葉が分かるのか」

「ああ、何となくだ」

 

へえ、と言って嬉しそうに笑った青い格好の男。

 

「私はゲン。キミの名前を聞いても良いかな?」

「シンヤだ」

「シンヤ……」

 

小さく言葉を繰り返したゲンに私は提案する。とりあえずポケモンセンターに戻らないか?と……。

外に出る予定が無かっただけにフード無しは寒い……。ゲンはマントを着てるから良いかもしれないが私はフードを置いてきてしまったんだ。凍え死ぬ。

白い息を吐きながらポケモンセンターへと戻る道を歩いていると前を歩いていたルカリオが急に止まって私の方を振り返った。

 

「何だ?」

「ガウガウ」

「タマゴ?」

 

カバンの中に入ったタマゴを取り出してみたが特に変わった様子は無い……。そう思った時に急にタマゴが光りだした。

 

「!!」

「チョケピィー!!」

「おお!!」

 

タマゴからポケモンが生まれたと思えば、タマゴからタマゴが生まれた。なんという事だ……。まだ体の半分以上がタマゴじゃないか……。

 

「はりたまポケモンのトゲピーだね、おめでとう」

「はりたまポケモンのトゲピー?コイツはこういうタマゴみたいポケモンなのか?」

「そうだよ」

「ならこれで良いのか……、まだちゃんと生まれなくてタマゴのままなのかと……」

「シンヤは変わった事を言うね」

 

クスクスと笑い出したゲンに何も言えなくなる。ポケモンを知っていれば一般的な事なのだろう……。今度研究所でポケモン図鑑を見せてもらおうと思う。

 

「チョケチョケ」

「お前はオスか?メスか?」

「チョケ?」

 

駄目だ、まだ話が通じない。

隣に居たゲンが「どれどれ」と言ってトゲピーを覗き込む。うんと頷いたゲンが笑っていった。

 

「オスだね」

 

オスだったか……。いや、別に悪い事ではないがオスだったか……。

生まれたがカバンにトゲピーを戻して再びポケモンセンターに向かって歩き出した。後でボールに戻しているイーブイニ匹にもトゲピーを見せてやろう。

 

 

ポケモンセンターに戻り、ゲンとコーヒーを飲みなおす。

足元では大人しく並んで座るルカリオと冷静なイーブイの周りを能天気なイーブイとよちよちと覚束ない足取りのトゲピーが走り回る。

 

「ブイー!!」

「チョケー!!」

「「…」」

 

ルカリオと冷静なイーブイはとても迷惑そうだった……。

 

「ふぅ、シンヤはまだキッサキシティに滞在するのかい?」

 

コーヒーをテーブルに置いたゲンがそう言ったので私も同じ様にテーブルにコーヒーを置いた。

 

「出来れば早く移動はしたいんだが今から下山をするわけにもいかないし、明日か天候の次第では明後日か……」

 

「そうだね、見る限りじゃ手持ちに空を飛ぶを使えそうなポケモンは居ないみたいだし」

 

ツバキのヨルノズクを帰さなければ良かったなぁと思った。

 

「私はこれからミオシティに行こうと思ってるんだ、そこで良かったら一緒に行くかい?」

「ミオシティ?」

 

地図を広げて場所を確認する。

随分と家の場所は遠いが歩いて帰れる距離だし、雪道をまた歩くよりはマシか……。

 

「行く」

「私のボーマンダに乗ればすぐに着くよ」

「ゲンに会えて私はツイてるな、雪道を歩かずにすむ」

「ふふっ、シンヤは寒いのが苦手みたいだな」

「まあな」

 

*

 

風の音が凄い、雪景色を見下ろす様に覗き込むとゲンに「落ちちゃうよ」と制された。

少しの間の空の旅、それも飛行機や鉄の塊に乗り込むんじゃなく生き物の背に直接乗って飛ぶ。

大地に降り立った時にやっと安堵の息を吐いた。

 

「結構、コワいな」

「そう?慣れれば快適だよ」

 

ボーマンダをボールに戻したゲンとミオシティ内を歩けば私の視界には『ミオ図書館』と書かれた看板が目に入った。

ここが今の私の一番求める場所だ!

 

「私は図書館に行く」

「一緒に鋼鉄島に行かないの?鍛えるには持って来いなのに」

 

危なく道連れにされる所だ。

私には鍛える理由なんて無いし、むしろ知識を得る方が必要だ。

じゃあな、とゲンに片手をあげればその手をガシリと両手で掴まれた。

 

「…」

「名残惜しいけど、また何処かで」

 

ぎゅっと手を握ってゲンはルカリオと共に船着場へと消えて行った。

手の中には電話番号の書かれた紙が……、どいつもこいつも押し付けるのが好きだな。

 

 

ミオ図書館に入り本を物色する、ファンタジーな物語や理論を語る本はあまり必要無い。

欲しいのはこの世界の知識、ポケモン図鑑なるものが充実していないのが残念だったがこの世界の始まり、神話なる本を読んでみた。

この世界はポケモンが創ったものらしい。

 

『はじまりの話』

 

はじめにあったのは混沌のうねりだけだった、全てが混ざり合い中心にタマゴが現れた。

零れ落ちたタマゴより最初のものが生まれでた。

最初のものは二つの分身を作った。時間が回り始めた、空間が広がり始めた。更に自分の体から三つの命を生み出した。

二つの分身が祈るとものというものが生まれた。三つの命が祈るとこころというものが生まれた。世界が創り出されたので最初のものは眠りについた。

 

この話が本当なら神と言っていいポケモンは今も眠りについているのだろうか……。

隣の本棚にあった『おそろしい神話』と書かれた本を開いてみる。

 

そのポケモンの目を見たもの一瞬にして記憶がなくなり帰る事が出来なくなる。

そのポケモンに触れたもの三日にして感情がなくなる。

そのポケモンに傷を付けたもの七日にして動けなくなり何も出来なくなる。

 

本を棚に戻した。

おそろしい神話には三体のポケモンの事が書かれているのだろう、これは最初のものが自分の体から生み出した三つの命の事ではないだろうか……。

隣の棚にあったのだから関連性は無くもない……。子供の興味心と恐怖心をかきたてるポケモンだと思う。

 

『シンオウ昔話』と書かれた本を手に取った。何処の世界でも昔話はあるものらしい。

 

シンオウ昔話その1

海や川で捕まえたポケモンを食べた後の骨を綺麗に綺麗にして丁寧に水の中におくる、そうするとポケモンは再び肉体を付けてこの世界に戻ってくるのだ。

 

「これを読んで実際にやってみようと思った子供が居たらどうするんだ……」

 

ポツリと小さく独り言を呟いて本のページを捲った。

 

シンオウ昔話その2

森の中で暮らすポケモンが居た、森の中でポケモンは皮を脱ぎ人に戻っては眠り、またポケモンの皮を纏い村にやって来るのだった。

 

「……」

 

これだとポケモンじゃないような気がするのは私だけか?ポケモンの皮を被って村に来るただの人間じゃないか。

昔話に文句を言っても仕方が無いのでページを捲る。

 

シンオウ昔話その3

人と結婚したポケモンが居た。ポケモンと結婚した人が居た。昔は人もポケモンも同じだったから普通の事だった。

 

「おお」

 

ポケモンは昔、人の姿をしていたらしい。

これが本当にあったとすればポケモンは自分たちの意思で人の姿を捨てて生きる事を決めた事になる。

私も、潔く人間を捨ててポケモンとして生きてみたいと思った。

 

時計を確認して本を棚に戻す。

ミオ図書館を出てポケモンセンターへと向かえば途中、コダックを連れた女の子を見た。

犬や猫よりもポケモンが賢くて感情豊かで言葉も理解し易いのは、元人間の名残なのかと……。

 

 

 

「実は人の姿になれたりとかしないのか?」

 

借りた部屋でこっそりイーブイに聞いてみた。

 

「ブイ!!」

 

*



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10

今日もミオ図書館に行こう、そう思いながら朝食を食べ外の天気を眺めていた。

足元でポケモンフードを食べるイーブイとトゲピー……。そういえば、トゲピーが生まれたってイツキさん達に報告してない。今日の夕方にでも電話をしようと思った矢先にジョーイさんに声をかけられた。

 

「お電話ですよ」

「…」

 

ヤマトかな……。

そう思いながら電話の前に立てば予想通りヤマトだった。

 

<「おはよって、何その嫌そうな顔」>

「別にそんな顔してない」

<「いーや、してるね!!露骨とまでは言わないけど嫌そうな顔してる!!」>

「これが私の顔だ」

 

画面の向こうで頬を膨らませたヤマトが思い出したかのように足元に居たらしいユキワラシを画面いっぱいに近づけてきた。

 

<「ユキワラシ、ありがとねー!!」>

「……」

<「それも色違いが送られてくるもんだから……、もうキュン死にしちゃいそうだったよ…」>

「(キュン死に?)」

 

画面の向こうでユキワラシを抱きしめたヤマト、何か文句を言われるのかと思っていたがユキワラシは気に入っているらしい。

 

「で、用件は」

<「うん、ノリコちゃんに聞いたんだけどね」>

「ああ」

<「コダックが欲しいんだって」>

「アイツは嫌だ!!!」

<「何故かもの凄い拒否されたー!!」>

「他のにしろ」

<「そんなの僕に言われましても……、黄色くて丸くて可愛いってノリコちゃんが……」>

「他のにしろ」

<「うわ、この人、言葉曲げない」>

 

別にコダックが悪いとは言わないが何故かコダックとは根本的に合わない気がする。理解不能だった行動には一応理解出来たがあの何を考えているか分からない目で見られるのは嫌だ。

私はコダックは捕まえない。捕まえられない、近づかないから。

 

<「それでミニリュウはカズキくんが超欲しいーって言ってたよ」>

「そうか、じゃあ送り返してくれ」

<「あれ、カズキくんにあげないんだ…」>

「カズキはポケモントレーナーになるらしいからな、自分で捕まえろと言っておけ」

<「了解~」>

「あと、ノリコにも諦めろと言っておけ」

<「シンヤの何がそこまでコダックを拒絶させるのかな……」>

「生理的に無理」

<「コダック可愛いのに!!」>

 

ユキワラシを抱きかかえながらコダックの可愛さを語るヤマト、進化したらカッコイイんだぞーなんて言われても私が知るか。

しかし、これでノリコへのお土産が無くなったと……。腕を組めばミニリュウの入ったボールが送られて来た。ミニリュウは駄目だったしなぁ……。

 

「とりあえず、黄色くて丸いポケモンだろ。他を探してみる」

<「黄色くて丸い、ねぇ…僕的には」>

「じゃあな」

<「最後まで話聞……」>

 

ブツンと画面が消える。

黄色くて丸いポケモンなんてその変に居るだろ。トゲピーも丸いけどな……、コイツじゃ駄目か、駄目だな。イツキさんに怒られそうだ。

図書館に行くのは諦めて早々と帰宅ルートを歩く事にする。

地図を広げて次の街を確認する、コトブキシティだ。シンオウ地方でも近代的な発展をとげており、人々も多いらしい……と親切に地図に書いてある。

 

ミオシティを出て歩いて行けば立ち塞がるのは海……。

近くに居た人に話しかけたらバトルを挑まれた。ちゃっちゃと倒して話を最初に戻す。

 

「海を渡るにはどうしたら良いんだ?」

「ポケモンの技、なみのりを使えば良いだろ……。兄ちゃん瞬殺でボコボコにした相手によく質問出来るよな」

「なみのりは出来ない」

「賞金が要らないって言うなら乗せてやっても良いぜ!!」

「ああ、じゃあ要らない」

「兄ちゃん、あっさりしてんなぁ……」

 

賞金の代わりに乗せて行ってくれる事になった男のポケモンの背に乗り海を渡る。

あいにく、ポケモンが瀕死だと嘆く男の代わりに野生ポケモンを追い払うハメになってしまったが瀕死にしたのは私なので仕方ない……。

 

「またクラゲか」

「メノクラゲだって」

 

クラゲはクラゲだ、と思いつつ冷静なイーブイのボールを投げる。ポケモンの背の上では戦い難いながらもメノクラゲを倒していた。

冷静なイーブイをボールに戻そうとすると冷静なイーブイの体が光りだした。

 

「何だ!?爆発するのか!?」

「どうみても進化だろ」

「……進化?」

 

イーブイに視線を戻せばイーブイの体の形が変わって、尻尾が細くなって先が二本に……。

 

「割れたー……」

「エーフィだ!!こりゃ良いもん見た!!」

 

ハハハと笑う男は上機嫌だが私には大問題だ。

進化してしまった、元冷静なイーブイはエーフィというポケモンになってしまったらしい。

 

「お前、何で進化したんだ……」

「フィ?」

「ノリコに何て言えば…」

 

イーブイでやるって約束したのに勝手に進化したら怒るだろ絶対。イーブイは確か7種類に進化すると関西弁の女が言っていた……。

特定の石を使っての進化、時間帯によっての進化、特定の場所での進化……。イーブイでやればノリコの選択肢もあっただろうに……。

 

「これ元のイーブイに戻す方法とか」

「いや、ねぇよ」

「……」

 

進化してしまうと元には戻らないらしい……ショックだ……。

エーフィの体を撫でるともの凄く毛並みが気持ち良かった。エーフィでも良いか聞いてみるか……、駄目なら駄目で私が育てるしかない……。

私が溜息を吐けば男が着いたぞと岸を指差した。218番道路だ。

 

「ここは釣りの名所なんだぜ」

「釣りは嫌いだ」

 

ハハハと笑った男と別れコトブキシティへと向かう。

コトブキシティへと足を踏み入れれば左手に大きな建物が、看板にはポケッチカンパニーと書いてある。看板を見ているとニコニコと笑顔の男が近づいて来た。

 

「やあ、トレーナーくん」

 

誰に話しかけているのか、キョロキョロと辺りを見渡したが他に人は見当たらなかった。

 

「ポケッチは持ってるかな?持って無いみたいだね!!トレーナーならポケッチを持ってて損はしないよ!!さあ、持って行きたまえ!!」

「いや、要らない」

 

私は歩いてる時に配られるチラシもティッシュも断る男だ。

ポケッチとやらには全く興味が無かったので男の横を通り過ぎる。

 

「!!」

 

ガシと腕を掴まれた。振り返れば男が半分泣きながら言う。

 

「……貰って下さい」

「要らない」

 

使わない物貰ってどうするんだ、首を横に振れば男は何で要らないのー!?とすがり付いて来る。凄くめんどくさい。

 

「お願いします!後生です!!」

「要らない」

「ポケモンウォッチ!!時間も見れるし!!」

「時計ならある」

「歩数カウンターはどれだけ歩いたか分かるし!!普通のカウンターも付いてて数を数えるのにも便利だよ!!」

「別に必要無い」

「ダウンジングマシンも付いてて見えない落ちている道具を見つける事だって出来るんだ!!」

「落ちてる物は拾わない」

「……」

「……」

「今ならカレンダー付き!!」

「しつこい」

 

その場で膝を付いた男を無視して歩き始める。とりあえずポケモンセンターが何処にあるかを確認しないとな。

 

*

 

少し歩くとテレビコトブキと書かれた看板の立つ建物があった。この世界のテレビ局なんだろう。

 

「あのね、あたしのインタビュー、テレビでやってたの見てくれた?」

「すまん、見てない」

「えー、残念ー。お兄さんもテレビコトブキ見学して来た方が良いよー」

 

テレビコトブキの前に居た女の子に言われ渋々中に入ってみた。まあ、ポケモンセンターは後で探すか…。

中に入れば広いエントランス。受付の人に何があるのかを聞いてみようと声を掛ける。

 

「こちらはポケモンくじ抽選コーナー!お相手はわたしスージーです。本日のくじのナンバーとお客様のポケモンのIDが見事にあっていれば商品をさしあげますよ!

本日のくじの当たりを確かめてみますか?」

 

すみません、と声を掛けただけなのに一気に喋り返された……。名前も聞いてないぞ……。

まあ、とりあえずくじだと言っているので頷いておく。

 

「では本日のポケモンくじの当たりを確かめてみますね!…………」

「……」

「当たりナンバーは*****です!貴方のポケモンのIDとナンバーはあっているか調べてみましょう!」

「はぁ……」

 

半場強制的に手持ちのボールを奪われ暫く待つ。

 

「おっ!!」

「お?」

「おめでとうございますー!!!」

「……は?」

「5桁全て当たりです!!特賞ですよ!!お兄さーん!!!手持ちのミニリュウちゃんのIDが見事に一致していますー!!!」

 

何故か当たった私より興奮しているスージー。

特賞でたの初めてー!!と言って何故か握手を求められ、とりあえずボールを返して貰いスージーは椅子に座り直してふぅと息を吐いた。

 

「……」

「……あれ、お兄さんまだ何か?」

「いや、当たった賞品貰ってないぞ?」

「あぁああ!!!忘れてた!!すみませんすみません!!」

 

平謝りされながら手渡された箱、中を開けてみれば紫色のボールが入っていた。

 

「何だ、ボールか」

「マスターボールです。そのボールで捕まえられないポケモンはいませんよ!!特賞おめでとうございました。ぜひ、またお越し下さいね!貴方のスージーでした!」

 

手を振るスージーに一応手を振り返してボールをカバンに入れた。

捕まえられないポケモンが居ないならカズキへのお土産にしようと思いながらテレビコトブキを出た。

まだ上にも階があったが、ドッと疲れたのでもう良いだろう……。

 

ポケモンセンターに着いて少し早い昼食を食べる。

昼食を食べ終わればノリコへのお土産を探しにコトブキシティを出た。202番道路をウロウロしていると何度かバトルを挑まれつつマサゴタウンへと向かう。

途中、デッパのデカイネズミなのか変な野生ポケモンを無意味に追いかけてみた。面白いくらい逃げていくのでつい加虐心が……。

 

追いかけるのをやめて歩き始めると黄色いポケモンが目の前を横切った、フーッ!と敵意を剥き出しにして威嚇して来たソイツを慌てて追いかける。

エーフィが黄色いポケモンに飛び掛った暫く噛み付き噛み付かれを繰り返しながらじわじわとエーフィが黄色いポケモンを弱らせる。

すかさずボールを投げて黄色いポケモンを捕獲した。ノリコへのお土産だ。

 

「ご苦労様、エーフィ」

「フィー」

「手加減するのが大変だった?結構、言うなお前……」

 

全然疲れていないらしいエーフィをそのまま外に出したままマサゴタウンへと足を踏み入れた。潮の香りのする街だった……、浜辺がすぐ目の前に見える。

ポケモンセンターに入ろうとするとすぐ傍に立っていた建物に視線が行った。看板の前まで歩いていけば『ポケモン研究所』と書かれている。

 

「研究所か」

 

勝手に入るのも忍びなく思ったのでポケモンセンターへと入る。

すぐに電話の前に立ってヤマトへ連絡をした。

 

<「何かあったの?」>

「今、マサゴタウンだ。ついでに黄色くて丸いポケモンも捕まえたから送る。ノリコに渡しといてくれ」

<「うん。ってマサゴタウン!!ナナカマド博士が居るじゃん!!」>

「研究所がポケモンセンターの隣にあったな」

<「良いなー……。僕も研究ほっぽって旅に出ちゃおうかな」>

「お前は大した研究してないだろ」

<「うるさーい!!」>

 

ヤマトが泣きながら騒いでうるさかったので電話を切った。

小さく息を吐くと後方で「あー!!」と大きな声があがる、何事だと振り返ればツバキがこっちを指差して立っていた。

 

「シンヤさーん!!!」

 

運命的な出会い再びですねー!!と飛びついて来たツバキを避ける。壁とぶつかったツバキが顔を押さえてうずくまった。

 

「何でこんな所に居るんだ?」

「うぅ、ナナカマド博士に定期的に旅の報告してるから……、あたしはここで最初のポケモン貰って旅に出たトレーナーなので」

「へえ」

「ちなみにフタバタウンが我が故郷!!あ、家に寄って行きます?母を紹介しますけど……」

「いや、遠慮しとく」

「つれなーい」

 

ツバキと一緒にポケモン研究所に入ると威厳のありそうな男性がツバキに声を掛けた。

 

「ナナカマド博士!!そろそろ図鑑が埋まりつつありますよ!!」

「そうか!!期待しているぞ」

「了解でーす!!」

 

ポケモン図鑑というらしいソレをナナカマド博士に見せてハシャぐツバキ。

あんな図鑑があったならもっと早く見せて貰えば良かった……、存在自体知らなかったが……。

 

「そっちのキミは……」

「シンヤさんです!!」

「どうも」

「キミもトレーナーかね?」

「いえ、違います」

「ふらふら旅してるだけなんですよー、ポケモンの事も全然詳しく無いからあたしの母性本能がくすぐられっぱなし……」

 

人の会話を遮ってツバキが横槍を入れて来る。何気に私の事貶しただろ……、悪かったな詳しくなくて……。

ナナカマド博士にイツキさんの所で世話になっていると言えば知り合いらしく笑顔で迎え入れてくれた。イツキさんの顔は広いようだ。

知識が少ないと言えばナナカマド博士は私に本やポケモンの事が書かれた書類を色々と見せてくれた。やっぱりこの世界の人は良い人が多い。

暫く本に没頭しているとふと思い出す、顔を上げて隣の席で眠りこけていたツバキの頬を突いた。

 

「んん……、何……」

 

「ミニリュウ、要るか?」

 

「いぃぃぃるぅぅううう!!!」

 

何故か手をあげて椅子から立ち上がったツバキに圧倒されつつ私は頷いた。

 

「何だ、ポケモン交換をするのか?なら機械を貸してやろう」

「ポケモン交換の為の機械があるのか……」

「面白いよー、影が移動するのが見えるんだからー」

 

へぇ、と頷いてミニリュウの入ったボールを機械にセットしたものの……。

交換するなんて一言も言ってない。

 

「いつ交換になったんだ?」

「良いじゃん、ついでじゃん」

 

何の?と言う前にポケモン交換が始まってしまった。ミニリュウの影がツバキの立つ方へと移動して行く。私の方に不思議な影がやって来た。

 

「(なんか見た事のある影だった様な…)」

 

ミニリュウの入ったボールを手にしたツバキがその場でジャンプして喜んでいる。

 

「愛しのミニリュウちゃん~!!!」

「ツバキ、お前何送ったんだ」

「……」

「おい」

「……」

 

ツバキは私と目を合わせようとしない。

視線を合わせようと顔を覗きこんでもすぐに顔を背けられた。仕方が無いのでボールからポケモンを出す。

ボールから出て来たポケモンを見て私は自分の顔が引き攣るのが分かった……。

 

「お前……」

「まあまあ、大事に可愛がってあげてね!シンヤさん!!」

「ツバキ、お前拾って来たな!!!」

「違うもーん、ゲットしたんだもーん」

「何の為に私がテンガン山まで行ったと……」

「だって、置いていかれたのに気付いたヒンバス泣いてたんだもん。ゲットしちゃうでしょそりゃ」

 

私を見上げるヒンバス。

まさしく私自身がテンガン山に捨ててきたヒンバスだった。まさかツバキが知らない内に捕まえていたなんて……。

 

「お前が捕まえたならちゃんと育てろ!!」

「もう交換しましたー!!ミニリュウは大事に育てますよーだ!!シンヤさんこそちゃんと大事にしてあげてよねー!!」

 

チラリとヒンバスに視線をやればヒンバスはぷいと私から顔を背けた。

 

「無視された」

「交換したポケモンはすぐには懐かないからねー、ヒンバスはレベルも高いし時間掛かるかも」

「愛想悪いぞお前」

「ヒ」

 

フン、と鼻であしらわれた。魚の癖に……。

リリースしたはずの魚がまさか帰って来るとはとんだ誤算だ。何の為に旅に出たのか分からん。

 

「そういや、シンヤさん。肩に掛けてたポケモンのタマゴは?」

「ああ、孵化した」

「ええー!!!何、何が生まれたの!?」

「トゲピー」

「欲しいー!!可愛いー!!っていうか見せて見せて抱っこさせてー!!」

 

ボールから出したトゲピーをツバキに渡す。

やらんぞ、と一言添えれば分かってるよーと返事が返って来た。

 

「うへへ……、超可愛い……」

「進化したポケモンを戻す裏技とかないか?」

「そんな裏技無いよ、っていうか、進化したの?」

「ああ、イーブイがエーフィに進化してしまってな…」

「良いなー!!!色々と良いなー!!!」

 

ツバキに凄く羨ましがられたが全然良い事なんて無い……。

能天気なイーブイは片割れが進化して若干拗ねてるし、ヒンバスがひねくれて戻って来たし……。

 

「あー、もうシンヤさん待ってたらとっくに日が暮れちゃってるよー!!お腹空いた!!」

「何で私のせいにするんだ」

 

*

 

ポケモンセンターで夕食を食べて風呂にも入ったし、さて本でも読もうと椅子に座ったら部屋のドアが叩かれた。乱暴に。

 

「シンヤさん、バトルしーましょ」

「またいつか」

「そのいつかはいつ来るのですか!!」

 

勝手に部屋のドアを開けて入って来たツバキに視線をやる。

まためんどくさい。何でトレーナーはこうもバトル好きなのか、まあこの世界の人間はポケモン好きばっかりだが……。

 

「良いじゃん、バトルしよーよー」

「嫌だ」

「バトルしてくれたら帰り道送ってあげるから!!空を飛ぶで!!」

「乗った」

 

帰りが楽になる、を選択してしまった私はツバキとバトルする事になった。

暗くなっているのに外に出るハメに……、自分で選んだが失敗したなぁと後悔しながらボールを手に取った。

 

「ミミロル、ゴー!!」

「……」

 

ポケモンを出す時の掛け声って要るのか?私は特に何も言わないんだが……、言った方が良いのだろうか……、なんかバトルする時によく他の連中も言ってるんだよな、何か考えないといけないのだろうか……。

ボールから飛び出た能天気なイーブイがちょこんとその場に座った。おそらく相手が知り合いのツバキなのでバトルだと思ってないらしい。

 

「イーブイ、バトルだぞ」

「ブイ!?」

「ミミロルに向かってとっしんだ」

「ブイー!!!」

 

暫く拗ねてたから気晴らしには丁度良いだろう……。

 

「ミミロル、とびはねる!!」

「ミミー!!」

 

高く飛び上がったミミロルを見上げると突進していたイーブイが地面に転がった。攻撃を避けられてしまったらしい。

ミミロルがイーブイ目掛けて空から突っ込んで来る、まるで流星だ。

 

「でんこうせっかで避けろ」

「ブイブイブイー!!」

 

ミミロルの攻撃で砂埃が舞う。

 

「ピヨピヨパーンチ!!」

「ミミ!!」

「ギリギリまで引き寄せて噛み付け」

「ブイ!!」

 

ガブッと音が聞こえた。ミミロルが自分の耳を押さえて地面を転げ回っている。

 

「ノー!!!」

「イーブイ、とっしんだ」

「ブイッ」

 

転がり回っているミミロルに突進が当たる。地面を滑りながら遠くまで突き飛ばされたミミロルが飛び起きた。まだまだ戦う気らしい。

 

「よし、ミミロル!!こうそくいどうからのピヨピヨパンチ!!」

「ミミロール!!!」

「避けろ、イーブイ!」

 

もの凄い速さで迫られたイーブイがミミロルのピヨピヨパンチで後方に吹っ飛ばされた。

目を回したイーブイがふらふらと覚束ない足取り。

にやりと笑ったツバキがガッツポーズをした。

 

「とどめの飛び蹴りー!!」

 

ミミロルがイーブイに近づいて蹴りを入れようとした所でイーブイがキッとミミロルを睨み付けた。

 

「イーブイ、とっておき」

「ブイー!!!!」

 

カッとイーブイから光が放たれたかと思えばミミロルがツバキの足元へ弾き飛ばされ気を失って倒れていた。

 

「うっそー……」

 

満足気にブイと鳴いたイーブイが尻尾を揺らした。

 

「言っとくけど、あたし全然本気じゃなかったんだからねー!!」

 

ミミロルをボールに戻しながらそう言ったツバキにそうかと返してやる。

私もイーブイをボールに戻そうとするとイーブイが震えてうずくまっていた……。

 

「イーブイ?」

「おや、イーブイの様子が……」

 

ツバキが変な語り口調で喋ったかと思えばイーブイの体が光りだした。これはまさか……。

 

「ま、まて、イーブイ!!!」

「ブーラッキー!!!」

「おめでとう、イーブイはブラッキーに進化した!!」

「ブラー!!」

「なー!!!」

 

カズキに何て言えばー!!!

結局、二匹のイーブイが進化してしまった。何で勝手に進化するんだお前ら……。

 

「午前と午後で進化系が変わるんだよねー」

「時間帯で進化するパターンか!!」

「そうそう、あとは石とか特定の場所に行かないと進化しないけど」

「……」

「え、何でへこんでんの?」

 

進化しろなんて言ってないのに勝手に進化したイーブイが悪い……。

エーフィとブラッキーでも良いって言ってくれればそれはそれで良いのだが。7

 

「何で勝手に進化するんだお前らは……」

「ブラ?」

「(懐いてなきゃ進化しないのに贅沢な悩みだよ、シンヤさん…)」

 

*




10話現在手持ち

* ブラッキー
能天気、最近は強くなる事に夢中
レベル50以上、エーフィとレベルは同じ

* エーフィ
冷静、意外と毒舌な所があるらしい
レベル50以上、ブラッキーとレベルは同じ

* トゲピー
まだまだ子供
シンヤは遊んで、お腹空いたぐらいしか言っている事を理解出来ない

* ヒンバス
まさかまさかの再び手持ち入り
一番レベルが高い、シンヤに対して反抗中で言う事は聞かない


登場キャラクター

* ツバキ
子供ながら実力のあるトレーナー
ナナカマド博士の研究所から旅に出て、現在ポケモン図鑑を完成させる為に奮闘中

手持ち

* エンペルト
エンペラーと言う名前を付けて貰っている、ツバキの一番最初のポケモン

* ヨルノズク
手持ちで一番賢いらしい、ツバキよりも賢いらしい

* ミミロル
ゲットしたての育て中
あんまり懐いてもらえてない

* ミニリュウ
シンヤとポケモン交換をした
人懐っこいのでツバキの事は嫌いじゃない


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11

半分寝惚けながら電話番号を押した。

電話に出たヤマトが元気よく挨拶して来たが返事を返す元気が私にはなかったので無視した。

 

「イツキさんを呼べ」

<「イーツーキーさーん」>

 

遠くでなーにー?と返事を返すイツキさんの声が聞こえた。

朝早くから研究所に来て仕事とは大変だ。今、朝の9時だけどな……。

 

<「シンヤー!!シンヤ、シンヤー!!全然俺には連絡くれなかっただろー!!父さんすっごく寂しかったぞー!!」>

「タマゴが孵化した報告だけだから」

<「何!!孵化したか!!そうかそうか!!で、何が生まれたんだ!!」>

「コイツです」

「チョケ!!」

 

トゲピーを画面に映るように見せればイツキさんは顔に満面の笑みを浮かべた。イツキさんの横に映るヤマトの顔はもう凄い緩み様だ。

 

<「トゲピーか!!」>

<「超可愛いーー!!!抱っこしたい抱っこしたいー!!」>

 

ヤマト、お前はツバキと同レベルか。

 

「イーブイ二匹は進化してしまったからカズキとノリコに謝っといてくれ、ヤマト」

<「何で僕!?」>

<「何に進化させたんだ?」>

「いや、勝手にエーフィとブラッキーに進化した」

 

ハハハ、と画面の向こうでイツキさんとヤマトが笑う。

進化するパターンを知らないお前が悪いとでも言われているかのようだ。

 

<「進化させたくなかったんなら、変わらずの石を持たせておけば良かったのに」>

「何だそれは」

<「ポケモンがその石を持ってると不思議と進化しないんだよね」>

 

何でもっと早く言わないんだお前……。

進化した後にそんな事言われてもどうする事も出来ないじゃないか。

勉強不足だね、シンヤ。なんてヤマトに言われ腹も立つが返す言葉も無い。勉強不足は自分でも理解している、というかポケモンが持ち物を持つなんて事も初耳だ。

 

<「そういえば送ってくれたコリンク、ノリコちゃん喜んでたよー」>

「そうかなら良かった」

 

あの捕まえたポケモン、コリンクって言うのか……。という私の気持ちは言葉には出さなかった。

 

<「ヤマトのユキワラシもそうだが、色違いのポケモンを捕まえるのは難しいのに凄いなシンヤ!!」>

「は?」

<「だよね、僕もそう思うよ!!ホント珍しいもん!!」>

「色違いだったのか?そのコリンクとか言うの……」

<「「……シンヤ」」>

 

黄色くて丸いから捕まえたはずのコリンクは普通、青いのだと聞かされた。

そんなの私が知るか!!

何が珍しいのか何が違うのか未だによく分からない。私からしたら出会うポケモン全て珍しい生き物だし、初めて見るポケモンなんだから通常の体色を知っているはずもないだろ……。

 

<「まあ、珍しいポケモンほど研究者としては嬉しいものはないよ!!珍しいポケモン見つけたら教えてね!!」>

 

だから何が珍しいのかも分からないんだって。

 

「あ、そうだ」

<「なんだー?」>

「日暮れまでにはそっちに帰れると思う」

<「え、何で!?」>

「帰って来るなと?」

<「違う違う、帰って来るのは嬉しいけど!!どうやって移動するの?今、マサゴタウンでしょ?」>

「ツバキが空を飛ぶで送ってくれるから」

<「ツバキちゃんかー!!じゃあ、ツバキちゃんも遊びに来るんだ!!」>

 

ああ、そうか、送ってもらうとなるとツバキも滞在する事になるのか……。

ヤマトとツバキで二倍うるさいな……。

 

<「何でちょっと嫌な顔したの?」>

「してない」

<「母さんに言ってご馳走作ってもらわないとなー!!」>

 

 

画面の向こうで手を振った二人を見てから電話を切った。

出そうになった欠伸を噛み殺し部屋に戻る。部屋に戻るとベッドの上で寝転がって雑誌を読むツバキが居た。

私の部屋……。

 

「おかえりー」

「……私は鍵を閉めた」

「うん、閉まってた」

「どうやって開けた」

「中に居た子が開けてくれたよ」

 

チラリと床に視線を向ければ私を見て首を傾げたブラッキーと、顔を背けたエーフィ……、お前か。

 

「その手足でどうやって開けたんだお前、余計な事を」

 

ぐにっとエーフィの耳を引っ張ってやると自分にもやってくれとブラッキーが腕に擦り寄ってくる。遊んでるわけじゃないんだが……。

 

「ねー、何時に出発する?」

「ツバキの都合に合わせる」

「あ、そう?じゃあ、リゾートエリアにちょっと寄って良い?」

「出発の時間を合わせると言っただけで寄り道に付き合うとまでは言っ……」

「すぐに出発だー!!」

 

最後まで話聞け。

ベッドから飛び降りたツバキにもう何を言っても無駄らしい。まあ、日暮れまでには帰れれば良いし……。送ってもらう身なので文句は言えない。

コンコンと開けっ放しの扉がノックされる。無断で部屋には入らず会話の最中に話しかけないというマナーを持った相手らしい。

視線をやれば不満気に顔を歪めた男が腕を組んで扉にもたれかかっていた。

 

「ありゃま」

「ありゃま、じゃねぇーでしょ」

 

ツバキの知り合いらしい男はツバキに対して腹を立てているようだ。

 

「決して存在を忘れていたとかそういう訳ではない」

「当たり前、存在を忘れてたとか言ったらメタルクロー」

「死ぬわ!!」

「は?ボクの方が寂しくて死にそうだったんだけど、どうしてくれるの?このズタズタになったボクの心」

「ジョーイさんに預けて丸一日忘れてたからって死なないよ」

「今、忘れてたって言ったね。メタルクローだ、そこに立て」

「嘘嘘嘘!!エンペラーは、いーっぱい休んだ方が良いかな~と思って預けてました」

「窮屈なボールの中でいーっぱい休むとか冗談じゃないよ」

 

ツバキと男の会話を聞いて首を傾げる。

少々理解の追い付かない会話をしていると思うのは私だけか……。

ジョーイさんに預けられていた男、名前はエンペラーと言うらしい、エンペラーはボールの中に居て、メタルクローが出来る。

 

ポケモンみたいな事を言う人間だ、と思いたいが……。気付いてみれば人間とは違う雰囲気の男。

ツバキのエンペラーは確かエンペルト?だったか、ペンギンみたいなポケモンだったはず……。

 

「嘘だ」

「あ、シンヤさんが現実を否定した」

「何でポケモンが!!」

「よし、エンペラー説明してあげて」

「それは良いけど、何気に話逸らそうとしてるのボク分かってるから。後で覚えとけよ」

 

コホンと小さく咳払いをして私の前に立ったエンペラーがピッと人差し指を立てた。

 

「まず一つ。本来ポケモンは人と同じ姿だったからこの状況は至って普通の事なんだよ」

「ああ、昔話に書いてあったのを読んだな…」

「なら話は早い。ポケモンは昔こうして人の姿になれるのが普通だった、でも、時を重ねる事にポケモンも人間もそれを忘れていった。今じゃ人の姿になれる事を覚えているポケモンも少ない」

 

なるほど、忘れていったのか。

確かに忘れていく方が良い、昔話にも書いてあった通りなら人はポケモンを狩って食べていたのだから人と同じ姿の生き物を食べる事なんて出来ない。

ポケモンも自分達を狩って食らう相手と同じ姿で生きていくのが嫌になる者も居ただろう。

 

「至極、当然な流れだな」

「そうだね。昔より今の方がきっと良い関係で居られているとボクも思う。でも、ボクみたいに信頼する相手にこうして人の姿で接するポケモンも存在してるってだけ」

「エンペラーは人の姿になれる事を覚えていたのか?」

「どうかな」

 

肩を竦めて笑ったエンペラーは覚えていたかどうかを答える気はないらしい。

覚えていた、のかもしれないし。何か理由があって思い出した、のかもしれない。

答えたくないのなら詮索する様な真似はしないが……。

 

「信頼する相手に人の姿で接するという事は信頼する相手だけにしか人の姿を見せないという意味も含まれているような気がするんだが?」

「まあね」

「私とこうして会話をするのはどうかと思うぞ」

「アナタは特別だから」

 

私が首を傾げれば黙って横で聞いていたツバキも首を傾げた。

 

「今の言い方は分かり難かったから訂正する。ボクは気にしないから、という事にしておくよ」

「そうか、なら別に良いが……」

 

エンペラーは「はい、終わり」と言って軽く手を叩いた。

よく見てみれば確かにポケモンの時の特徴が残っている、纏う雰囲気もやはり普通の人間ではないのもよく分かる。

じ、とエンペラーを見ているとコホンとエンペラーが咳払いをした。

 

「……?」

「うん、そんな真剣に見られるとボクも照れるから……」

「ああ、悪い」

 

じろじろと見過ぎてしまった。

隣に居たツバキに視線をやれば何故かニヤリと笑みを返される。

 

「あたしの手持ちじゃエンペラーとヨルノズクが人型になるんだよ」

「へぇ」

「まあ、ポケモンが人の姿になれるって知ってる人は多くないし、人型になっちゃえば街中歩いててもポケモンだって気付かれないからね~」

「そうか?どう見ても人間ではないと思うが……」

「何処からどう見ても人間でしょ。誰もエンペルトが人の姿になってるって分かんないよ」

 

そう、だろうか……。

何処からどう見ても人間とは違う生き物だと思うが……、ポケモンを知らなくてもコイツは本当に人間か?と疑いたくなる雰囲気を持っているし……全く気付かないというのはどうだろう…。

 

「ツバキ、シンヤさんは人間と人の姿になったポケモンの見分けがつく人だと思うよ」

「そーなの?」

「そーだよ。だってこの人ポケモンの言葉が分かる人だから」

「そーなの!?」

 

ぐりん、とツバキの視線がこちらに向いた。

 

「何となく、何を言ってるかが分かるだけだ」

「えー!!ねえ、エーフィ!!あたしの事どう思う!?」

 

足元で大人しく聞いていたエーフィに突然質問を投げかけるツバキ。

パチパチと瞬きをしてからエーフィは少し考えてから質問に答える。

 

「フィ」

 

エンペラーが肩を震わせて笑い出した。

 

「エーフィは何て言ったの!?」

「「うるさい」」

 

私とエンペラーが同時に発した言葉を聞いてツバキがエーフィを追い掛け回す。

それに便乗してブラッキーもエーフィを追いかけ始めた。床を歩いていたトゲピーが蹴られそうだったので慌てて抱きかかえる。

 

「シンヤさん」

 

小さな声でエンペラーが私に言った。

 

「アナタは違う世界から来た人なの?それとも人間じゃないとか?」

「何故そう思うんだ?」

「雰囲気。ポケモンじゃないみたいだけどボクらと近い雰囲気を持ってる」

「珍しい人間だって事か」

「色違い以上、伝説級に珍しいんじゃない?」

 

どうやら、私は異質らしい。

 

*

 

リゾートエリアという所に行くのは良いが……。

ヨルノズクの背に二人も乗れるのか……?それも私は成人している大人なわけだし。

ゲンのボーマンダは大きかったから気にしなかったが……。

 

「本当に乗れるんだな?」

「シンヤさん、しつこい。まあ、確かに狭いけど大丈夫なんじゃない?」

「お前には聞いてない」

 

なんだよー!!と横で怒っているツバキを無視してヨルノズクに視線を合わせる。

ホー、と鳴いたヨルノズクの言葉を信じて乗ろう。

 

「リゾートエリアにはねー、あたしの別荘があるんだよ!!」

「ふぅん」

「あ、全然興味無いやこの人」

 

ヨルノズクの背に座って空を飛ぶ。ボーマンダの時ほど快適とは言えないが二度目の空を飛ぶには慣れたかもしれない。

ただ、一つ不満を言うならば……。

ヨルノズクの背が狭いとかではなく、乗り心地が不安定だとかでもなく……、これは仕方が無いので良い。

二人で乗ってる為、小さいツバキが私の前に座ったのも勿論構わないし抱きすくめるようになる体勢なのも仕方が無い。落ちるから。

ただ、この至近距離で延々と喋り続けるツバキの口がどうにかならないものか……。

 

「ジムリーダーはねー」

「……」

「でね、その時がー」

「……」

 

しかし、この至近距離で会話が全く頭に入って来ないのも不思議な感覚だな。

 

「って事だよ!!あれ、シンヤさん、ちゃんと聞いてるー?」

「……」

「聞いてないのー?」

「……」

「聞いてねーなー、こりゃー」

「……」

 

耳鳴りみたいに雑音が聞こえる。全部吹き飛ばしてくれ風の音……。

 

 

リゾートエリアに着くとツバキが私の手を引いて大きな家を指差した。

あれがツバキの別荘らしい、よく買えたなあんな家……、と思っていたら聞くと貰い物なのだそうだ……。

そんな簡単に貰って良いのか?

 

『ちょっとだけ すごいかもしれないべっそう』

 

「これはふざけてるのか?」

「あ、それ最初からあったの」

 

ふざけているとしか思えない看板を見ているとまた手を引かれた。

 

「ポケモンセンターで待ってて、あ、別荘で待ってても良いけど」

「何処に行くんだ?」

「ちょっとエステに……」

「エステ……」

「ミミロルに早く懐いて欲しいんだー、30分くらいだからー」

「ああ」

 

ツバキにエステなんて不要だろ、と思ったが。ポケモンにするエステか。

走って行ったツバキを見送ってポケモンセンターに視線をやる。別荘の中を見てみたい気もする……。

少し覗いてからポケモンセンターに行こうと別荘へと向かった。別荘の扉には鍵はかかっておらず誰でも入れるらしい。

扉を開ける。

 

「ん?」

 

変な頭の男と目が合った。

 

「ツバキが来たのか?」

「いや、何かめちゃくちゃ男前が来たぜデンジ!!」

「男前?」

 

視線をこっちにやったデンジと呼ばれた金髪の男がパチパチと瞬きをした。

 

「確かに綺麗な顔だ……」

 

綺麗な顔した男に綺麗だと言われてもどうにも納得しにくい。

とりあえず、中を見たので別荘の扉を閉めると中で慌てる声が聞こえた。ポケモンセンターに行こう。

 

「ちょーっと待てぇぇ!!って、すでに遠い!!待て待て待てー!!」

 

変な頭の男が追いかけて来て、私は再び別荘に戻って来た。そのうえ、ソファに座らされコーヒーまで出された。

 

「いただきます」

 

飲むけど。

 

「お前、ツバキの知り合いなのか?」

「ツバキならエステに行った」

 

頷いた変な頭の男、頷くと変な頭がふわふわと揺れていた。爆発してる。

 

「オレはデンジ、ナギサシティのジムリーダーだ」

「おーっと、俺はオーバ!!ポケモンリーグの四天王の一人だぜ!!」

「ふぅん」

 

ずず、とコーヒーを啜るとオーバがガクンとソファから落ちた。

 

「お前の名前ー……」

「ああ、シンヤだ」

「ポケモントレーナーか?」

「違う」

「ならコーディネーター?」

「違う」

「じゃあ、何?」

「何でも無い、ただポケモンを連れているだけの男だ」

 

なんじゃそりゃー!!とオーバが、大袈裟に声をあげる。

オーバはやけにオーバーリアクションだな、と思ってから少し恥ずかしくなった。決してダジャレとかそんな意味で思いついたわけではなかったのだけど……。

 

「オーバの名前が悪い」

「急に何!?」

「オーバが悪い」

「うわ、デンジお前便乗すんなよ!!」

 

仲が良いらしい二人を見ながらまたコーヒーを啜った。

コーヒーを飲み終わった所でオーバが「そうだ!!」と言って立ち上がる。

 

「今からここでポケモン勝負しようぜ!!」

「「それはありえない」」

 

発した言葉がデンジと被った。

しかし、オーバは引き下がらない。

 

「良いじゃん!!シンヤとはまだバトルした事ねーし!!」

「私はバトルはしないぞ」

「いーや、する」

 

何で勝手に決めるんだ。

 

「確かに、シンヤとのバトルはしてみたい」

 

お前もか。

 

「バトルはしない!!」

 

バンとテーブルを叩いて立ち上がればオーバとデンジも立ち上がった。

睨み付けて来る二人を睨み返せば、ポケットに入れっぱなしだったボールから勝手にブラッキーが飛び出した。

 

「ブラー!!」

「お、ブラッキーか!!」

 

何故か戦う気満々のブラッキーが勝手に戦闘態勢に……、ボールに戻そうとすればオーバがポケモンを出してしまった。

 

「なら、コイツだー!!行け!!俺の炎ポケモーン!!」

 

ボールから出て来たのは何処かイーブイと似た、赤いポケモンだった……。

 

「行くぜ!!ブースター!!」

「ブゥウウ!!!」

 

絶対にイーブイの進化した別バージョンだ。絶対にそう。何か雰囲気が似てる……。

 

「待て、ここは無難にタッグバトルで行こう。オレだけ見物なんて冗談じゃない」

「じゃあ、俺とデンジがタッグで。シンヤはポケモン二体な」

 

何で勝手に決めるんだ。

出してたまるかと思っていたらブラッキーが私の足元をくるくると走り回る。

 

「ブラァ?」

 

エーフィは?と言われても……、ここで出したらバトルになるじゃないか。もうすでに始まっているのか?

仕方ないのか、仕方ない事なのかこれは……!!と私が葛藤している間にエーフィの奴は勝手にボールから出てブラッキーと並んでブースターに向き合った。

 

お前らなんて嫌いだ。

 

「エーフィか、ならオレも合わせていかないとな!!」

「イーブイ進化形でバトルだぜ!!」

 

やっぱりイーブイ……。

デンジがボールから出したのはトゲトゲした黄色のポケモン、コイツもまた雰囲気が似ている。

 

「サンダース、今日はブースターとタッグだ!!」

「サーン!!」

 

似たような、とは言っても体色も恐らく能力も違うのだろうが、似たような雰囲気のポケモンが睨み合っている。

 

「ブースター!!オーバーヒートォオ!!」

「サンダース、チャージビーム!!」

 

燃え盛る炎とバチバチと爆ぜる電撃がこちらに向かってくる。

炎と電気のコラボレーション。

これは、爆は、つ……。

 

*

 

室内は散乱、窓は吹っ飛んだし壁には大きな穴。煙のあがるツバキの別荘をぼんやりと眺める。

 

「あたしの別荘がぁああ!!!」

「「ごめんなさい」」

 

ツバキに頭を下げるオーバとデンジ。

人の別荘で勝手にバトルしだすとか馬鹿じゃない!?とツバキに怒られているのを少し離れた所で見守った。

他人事のように足元でエーフィとじゃれて遊んでいるブラッキー、もとはと言えばお前が出て来たせいでバトルが始まったというのに……エーフィも同罪だ。

同じく、私の足元で自分達のトレーナーを見るブースターとサンダースは自分達の技で起こってしまった現状に落ち込んでいるようだが命令したトレーナーが悪いのだ。

 

「お前たちが気にする事じゃないぞ」

「「…」」

「オーバとデンジが悪いんだからな」

 

ブースターとサンダースの頭を撫でてやれば、自分も撫でろとブラッキーが飛びついて来た。

暫くイーブイ進化形の四匹の相手をしているとツバキが溜息を吐きながらこちらに歩いてきた。どうやら怒りは吐くだけ吐き出したようで後は呆れしか残っていないらしい。

何処かやつれた様に見えるオーバとデンジは放って置こう。

 

「別荘の修理費が……」

「二人に請求すれば良いだろ」

「えー……、うーん……」

 

考えるように腕を組んだツバキが「そうだ」と言って顔をあげる。

 

「オーバ!!四天王狩りするから覚えてろ!!」

「おま、巻き上げる気かよ!!」

「お金必要になったからねー……」

「ま、まあ、バトルで勝てたらの話だからな!!」

「最強パーティーで行ってやる」

「……」

 

負けないもん、頑張るもん、と何故か体育座りをしながら呟くオーバ。

自分の財布を開けて中身を睨み付けるツバキには何も言えない。払ってやれるほど金は持ち合わせていない。

前の世界なら捨てるほど貯金あったんだけどな……、今の私は財産どころか居候の身だ。

やっぱり、何処か一人で暮らせる所を見つけて自分で生活をしていきたい。親だと思ってくれていいというイツキさんとカナコさんには有り難いが25歳の男が親のすねをかじって生きて行くわけにはいかない。

 

「物件、探さないとな……」

「エーフィィ」

「は?広くて静かな場所?お前、贅沢だぞ。八畳一間くらいでも人間生活出来る」

「フィーフィー」

「……まあ、確かにそれだと狭いがボールに入ってれば良いだろ」

「フィ」

「蹴り飛ばすぞ」

「フィ」

 

エーフィと睨み合っているとツバキが駆け寄って来た。

煙のあがる別荘の消火活動に追われるエンペラーの背が何処か切なく見えるのは私だけか……、アイツ苦労性だな。

 

「待たせてごめんねー、エンペラーが火消し終わったら送ってくね」

「色々と忙しくなったなら別に良いぞ、ここから一人で帰るし」

「そんな!!あたしまだシンヤさんのご両親に挨拶してないのに!!」

「しなくて良い」

 

頬を膨らませたツバキを後ろから押し退けてオーバが私の腕を掴んだ。

何だ、と言う前に体が引っ張られる。

 

「ちょ、オーバァアア!!あたしのシンヤさんを何処に連れて行く気だゴラァア!!」

 

お前の所有物になった覚えは無い。

 

「うるせー!!こうなったらオレも勝負所に殴り込みだ!!」

「そうなると俺も行かないとな」

「よし、ついて来いデンジ!!」

「偉そうに言うな」

 

何で私まで。

私の意見など聞く気は無いらしいオーバに引っ張られ、その勝負所とやらに連れて行かれる。名前からして行きたくない所だ。

 

「オレの弟のバクに言えばシンヤもいつでも入れるようになるぜ!!」

「遠慮する」

 

*

 

一見、普通の家のような建物の中は薄暗く視界にはまさにポケモンバトルをしている姿も映る。凄く帰りたい。

いそいそと席に座って飲み物を頼むデンジ。結局ついて来たツバキもデンジと同じように席に座った。

 

「ツバキちゃん対戦受付中ー」

「なら、ジム戦以来だが俺とするか?」

「良いねー」

 

デンジとツバキがボールを取り出した。

観戦だー、なんて言ってオーバは二人について行った。私が小さく溜息を吐いて席に座れば隣の席に誰かが座る。

他にも席は空いているのに、と思いつつ視線をやれば見知った顔。

 

「やあ」

「何だ、ゲンか。何処にでも居るなお前」

「それはこっちのセリフ」

 

バトルを始めたツバキとデンジにゲンが視線をやったので釣られて私も視線をやる。

 

「今、バトルフィールドに居る二人知ってる?」

「ああ、一緒に来たからな」

「そうなの?シンヤは以外と顔が広いな」

 

面倒な縁ばかりだ。

バトルフィールドというらしい所で戦うツバキが「ああ!!」と声をあげた。どうやら負けそうになっているらしい。

 

「エレキブル、とどめの雷パンチ!!」

「ヨルノズクゥウウ、飛べ飛ぶんだヨルノズクゥウウ!!」

「やっちまえデンジー!!!」

 

ツバキが負けそうだ。

ペラペラとナナカマド博士の所で貰った本を捲る、ヨルノズクは飛行タイプだから電気タイプの攻撃をくらえば効果抜群の大ダメージ……。

 

「何で、ヨルノズク出したんだアイツ」

「そういう気分だったんじゃない?ツバキは気分で押し切る戦い方をするし」

 

ゲンはツバキとわりと親しいらしい。

まあ、いつ知り合ったとか全く微塵も興味はないのだけど。

 

「ヨルノズクー!!回復の薬だぞー!!」

「ホー!!」

 

もうちょっと早く渡してくれ、とかそんな感じの事を愚痴りながらヨルノズクが薬を受け取った。

その後、ツバキはおそらく気合と根性と多少の無茶をヨルノズクに押し付けデンジに勝った。アイツ、凄いな。

 

「レベルで押し切った感じだったね」

「ヨルノズクが傷だらけで不満気な所が痛々しいけどな」

 

バトルを終えたツバキが私の方へと駆け寄って来た、その顔は満面の笑みだ。

 

「シンヤさーん!!……って!!ゲゲゲ、ゲンさん!!」

 

ゲゲゲ?

 

「やあ、久しぶり」

「お、お久しぶりですぅ」

 

薄暗い室内でも分かるほど、頬を赤らめたツバキが恥ずかしそうに俯いた。

いつもの声とは違って何処か女の子らしいというか……、違い過ぎないか?

 

「いつも大人しいのに戦ってる時は元気だよね、ツバキって」

「やだ、恥ずかしい……、私ってそんな変わりますか?」

「バトルが好きなのが伝わって来て良いと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

現在進行形で変わってるぞ。

というか、私はお前のそんな大人しい姿を見た事がないのだが……。

まあ、この状況とツバキの態度からして私には無縁であったあの症状……、恋の病という奴か、これは治らないんだよ、とアイツが言っていたっけ……。

 

「…アイツって誰だ」

「「え?」」

「いや、悪い、独り言だ」

 

首を傾げたツバキとゲンには悪いが私の中で大きな疑問が出来た。

私に恋の病やらうんたらかんたらと教えたアイツは誰だったか……、顔も出て来ない。今更ながら考えてみれば前の世界の記憶が曖昧にしか残っていない。

本当に私は記憶喪失に近いんじゃないだろうか……、それともすでに前の世界の記憶は必要なくなって忘れていっているのか。どちらにしろ覚えていないんだからこの事は考えても分からないか……。

 

「あ、シンヤさん、そろそろお帰りになられますよね?」

 

何だその喋り方。ゾワゾワする。

 

「ああ、帰りたい」

「帰る途中だったのかい?なら私が送って行こうか?」

「うーん、ボーマンダは乗り心地良いからなぁ……」

「じゃあ、ツバキ。シンヤは私が送って行くから。それじゃ」

 

片手を上げたゲン。ツバキがうろたえる。

何となく邪魔した感じか……?いや、よく分からないが、ボーマンダだけ貸して欲しい雰囲気だ。後でツバキに嫌味言われそうだし。

 

「ゲンにも予定があるだろ」

「無いよ」

 

無いのか、断れる理由が無くなったな。

 

「勝負所に来たんだからバトルはしていかないのか」

「うん、なんとなく来てみたんだけどシンヤに会えたから。バトルよりシンヤ優先だよ」

 

そうか、その厚意は有り難いんだけどな……。

 

「いえ、ゲンさん!!ここは私がお送りしますから!!」

「うーん、私に送らせてくれないかな?」

「で、でも……」

「本音を言うと送るのは建て前で、シンヤと二人っきりになりたいかなぁ……って思うんだけど」

 

どうかな?とゲンに視線を向けられた。

どうかと聞かれても、そうですか、としか言えないわけだし。別に楽して帰れるならツバキでもゲンでもどっちでも良いしなぁ……。

 

「それは……どういう意味で、ですか……。年頃の近い男同士の友情とかで男同士でしか出来ない話をしたいとか実は熱い"友情"で結ばれているとか」

「友情……じゃないよ、私はね」

「シンヤさんは!?」

「友情というほど親しくないという事だな。確かに会ったばっかりの知り合い程度の関係だし」

「「…」」

 

ツバキとゲンがお互い何やら各々の考えがあってが顔を顰めた。私、何か変な事言ったか?

 

「シンヤは……、私に送られるのは嫌かい?」

「いや、嬉しいぞ」

 

楽できるし。

 

「なら、送らせてくれないか?」

 

ぎゅ、と両手を握られた。

送ってくれと私が頼むのは分かるが送らせてくれと頼まれるとは思わなかった。そして何故、手を握った。

 

「……ああ、うん、私は送ってくれるならツバキでもゲンでもどっちでも」

「ツバキ、譲ってくれるよね!!この権利!!」

 

どんな権利?私を送る権利か?

 

「譲れません!!!」

「そうか、なら正々堂々とバトルで決めよう」

「勝った方がシンヤさんを送るんですね……、分かりました。私が勝ったらシンヤさんにヨルノズクを貸してゲンさんと鋼鉄島で特訓します!!」

 

貸してくれるなら、ツバキで良いぞ。

ヨルノズクに二人で乗るのがキツイからボーマンダが良いなぁと思ったわけだし……。一人なら別にヨルノズクでも……。

 

「私が勝ったらボーマンダで少し遠回りしてシンヤのご実家に帰ってご両親に挨拶してから二人っきりの時間を作ってこれからもの凄く親しくなる!!」

 

何で、遠回りする必要があるんだ。

送ったならすぐに帰れば良いじゃないか、挨拶も要らないしもの凄く親しくなる必要も無いだろ……。

 

私を放ってバトルフィールドに立った二人。溜息を吐いて外を見ればやりの柱で見た歪みが……。

バトルを始めた二人をチラリと見てから私はこっそりと外に出て歪みに近づいた、中を覗けば相変わらず天と地が反転している空間。よく見れば建物などもあってまた一つの世界として成り立っているようだ。人の気配は無さそうだが……。

 

「!!」

 

また大きな影が現れた。

今度は私の方を見ている。怪しげに光る目と視線が合えばその目が私を興味の対象として見ているのだと何となく分かった。

仲良くなれる奴かもしれない。

 

「お前、名前はあるのか?」

 

私がそう聞けば歪みを隔てた向こうでソイツは鳴き声をあげた。

”ギラティナ”

その名を聞くとギラティナの姿も目に映る。大きな体に大きな翼。珍しいポケモンなんだろうな……。

 

「暇なら私を家まで送ってくれないか?」

 

ギラティナの一鳴き、了承の返事を得た。

 

 

 

「というわけで、送ってくれる奴が居たので私は先に帰る」

「「え!?」」

 

ツバキとゲンのバトルは時間が掛かりそうだったし。

私がそう言えばゲンは顔を青ざめさせていたが、ツバキは嬉しそうに手を振ってくれた。

 

さて、帰ろうか。

 

*



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12

大きなギラティナの背に寝転がって青い空を眺める。

まるで大きな地面が動いているかのような錯覚を覚えるほど、揺れも少なく広くて快適だ。

欠伸を噛み殺して、ギラティナの背の上に立ちギラティナの顔の傍で地上を見下ろした。

 

「もうそろそろだな、そのまま真っ直ぐだ」

 

見えて来たイツキさんの働く研究所の上空を通り過ぎて家の傍に降りる。グルグルと鳴いているのか喉を鳴らしているのか、大きなギラティナの頭を撫でてカバンを肩に掛けなおす。

 

「ありがとな」

「ギラァァアア!!!」

 

大きな鳴き声をあげたギラティナが空間を歪めて、空間の中に帰って行く。

ギラティナを見送っていると少し離れた所から私を呼ぶ声。振り向けば何故か全力疾走で走って来るヤマトとイツキさん……。

 

「兄ちゃーん!!」

「お兄ちゃん!!」

 

その後ろからカズキとノリコも走って来ている。

 

「今のギラティナじゃん、マジでぇぇええ!!!」

 

思いっきり私の体に体当たりをしたヤマトが私を押し倒した。

肩を掴まれ、ギラティナギラティナと連呼するヤマトが私の体を揺する。それも私の上に乗って……重たいし、背中は痛いし、揺すられて気分が悪い。

 

「シンヤ、凄い事だぞ今のは!!」

「「おかえりなさーい」」

 

ヤマトに乗られた状態の私の更に上にカズキとノリコが乗っかった。

その傍では凄い事だギラティナをこんな間近で見れるとは、と何やら独り言を呟くイツキさん。

 

「とりあえず、どけ、ヤマト」

「まずは、ギラティナの話を!!」

「どけ」

 

うるさい研究員二人にギラティナの話をしろと言われたので、その辺で会ったと教えてやる。納得はしなかったみたいだが、事実その辺で会ったのだし仕方が無い。

何で仲良くなってんの?とか聞かれても向こうが乗せて送ってくれるって言ったから乗せてもらったのだ。

 

「はいはい、ギラティナギラティナって……、まずは息子におかえりって言うのが筋でしょうが!!」

「おかえり、我が息子よー」

「……」

 

家に帰って来てカナコさんに抱擁され迎え入れられたまでは良い。私は。

ボールから出したポケモン達を抱きしめてぬいぐるみのように扱う三人を放置していても良いのだろうか……、あれどうすれば良いんだ?と傍に居たユキワラシに話しかければ放っておけば良いと返って来る。

 

「可愛いよ、トゲピー……」

「チョケー!!チョケチョケピィィイ!!」

 

ヤマトに抱きしめられて頬ずりされたトゲピーは凄く嫌そうだったので、ユキワラシを押し付けてトゲピーは返してもらう事にした。

 

「あー……」

「嫌がってるから」

「良いもーん、ユキワラシも可愛いもーん」

「ユキー」

 

ヤマトの頬ずりにも全く動じずユキワラシは大人しくしている。

ただ、冷たいんだよね。と呟いたヤマトの声は聞かなかった事にしよう。

 

「エーフィの毛並みサラサラのツヤツヤー、でも、のんはリーフィアが良かったなぁ……」

「何でブラッキーに進化させたんだよー!!俺、サンダースが良いのにー!!」

 

やっぱり文句を言われてしまった。

ブーブーと文句を言う二人にカナコさんが「じゃあ、自分たちでゲットしなさい」と叱り付ける。

 

「エーフィとブラッキーは要らないのか?」

「「要る!!」」

「フィ!!」

「ブラー」

 

嫌!!、同じくー、と傍で余計な事が聞こえた気がした。何だお前らそんなにカズキとノリコの手持ちになるのが嫌か。

 

「ハハハ、エーフィとブラッキーはお前たちに懐きそうもないな」

「「えー……」」

「シンヤのポケモンなんだからそりゃそう簡単には懐かないでしょ」

 

カズキとノリコの傍から逃げ出したエーフィとブラッキー。

私が小さく溜息を吐けばカナコさんがポンと私の肩に手を置いた。

 

「シンヤ、少しの間だったけど旅はどうだった?」

「……悪くはなかった」

「そう」

 

目的は達成出来なかったけど、と心の中で呟いて部屋の隅でこちらを見ているヒンバスに視線をやった。

私と視線が合えばヒンバスはプイと顔を逸らす。

ツバキと交換してからというもの、私の言う事はおろか、私の手から食事も食べない……。食事を床に置いて私が少し離れないと何も食べないのだ……。好物の渋い味のポロックも。

野生ポケモンが出て来た時にヒンバスを出してみたが言う事を聞かず仕方なくブラッキーに交代したり……、どうも自分を捨てた私を恨んでいるのではないかと思う。

 

「どうするかなぁ……」

 

恨んでいる相手と一緒に居ても楽しいはずがない、今も部屋の隅に居るし……。

誰かに譲るとしても、欲しいと貰い受けてくれる相手が居るか微妙だ……、もう一度、テンガン山に捨てに行くしかないのか……。

考えていると隣の席にヤマトが座った。カナコさんが「ご馳走よ!!」と言ってテーブルに沢山の料理を並べる。

 

「……ヤマト、お前なんで居るんだ?」

「え、僕も家族だから?」

「へえ」

「僕はシンヤの妻です、お義母さん!!」

「あらーそうなのー」

 

とんだ茶番だ

 

*

 

外の天気が良かったので木に背を預けペラペラと住宅物件雑誌を捲る。

やはり都市内だと何処も高い、もっと遠くで良い。静かで広くて……まあ、これはエーフィの要望だが、あとは安いのが条件なのだけど、それだと随分と贅沢になるな。

 

「フィーフィ」

「ここが良いのか?ソノオタウン、高いぞここ」

「フィー」

「条件は良いけどな……、金銭的に無理だ」

 

興味津々と雑誌を捲る私の周りに集まるエーフィ、ブラッキー、トゲピー。ヒンバスは相変わらず少し離れた所に居るが。

ブラッキーがここが良い、ここが良いと言う場所を見れば目から目玉が落ちそうな高額物件。コイツは私に喧嘩を売っているのか。

 

「チョケ」

「トゲピーはここか、ナギサシティだな……。確かデンジはここのジムリーダーだとか言ってたが」

 

ジムリーダーって何なのか、そういえば知らない。

 

「チョケェ?」

「ああ、却下」

「チョケチョケチョケー!!」

「却下なものは却下」

 

あ、この物件安い。とページを広げればエーフィが首を大きく横に振る。

 

「駄目なのか?」

「フィー!!」

「洋館だぞ?」

「フィ!!」

「森の中で静かだし、広いし。何故か激安」

「フィー!!!」

 

もの凄く拒否されたので仕方ない。別の所を探そう……。

良いと思ったんだけどな、ハクタイの森。

ペラペラと雑誌を捲ってみたが残念ながら条件を満たす物件は無かった。溜息を吐いて雑誌を閉じる。

そういえば、イツキさんとヤマトに聞いたギラティナの住む世界は破れた世界、もしくは反転世界と呼ばれる場所らしい。

人は居なさそうだが建物はあった。天地が逆になってるのは不便そうだが……広いし、そっちに住めたら、ギラティナの世界だし家賃とか要らないんじゃないだろうか。

いや、しかしポケモンの世界に人が住むというのはやっぱり駄目か、駄目だろうな……。

 

「チョケ」

「ん?ポロックか?」

 

手を出したトゲピーの手にポロックを乗せてやる。ちなみにトゲピーは苦い味が好きらしい。味覚は何処か大人びてる。

見た目が可愛らしい感じなので甘いポロックをやったら思いっきり吐いた。その時はさすがに私も声をあげて驚いた……。ポロックに毒でも入ってたのかと一瞬思ったくらいだ……。

 

「ブラァ」

「ん」

 

ブラッキーとエーフィにもポロックをやる。こうなるとヒンバスにもと思って視線をあげればヒンバスと視線が合う。しかし、また逸らされた。

小さく溜息を吐いてヒンバスに近づく、近づいてもヒンバスは私と視線を合わせようとしない。

 

「ほら、ここに置くぞ?」

「……」

 

返事もしない。

やっぱり……。

 

「もう一度、テンガン山に行くしかないか……」

 

私がそう呟けばヒンバスが私を見上げた。

やっぱりテンガン山に帰りたいのかと思えばヒンバスはまるで絶望的だと言わんばかりの目で私を見てくる。

 

「何だ?」

「チョケ?」

 

ついて来たらしいトゲピーがヒンバスの顔を覗きこむ、ブラッキーとエーフィが私の隣に座って尻尾を揺らす。

 

「テンガン山に帰りたいわけじゃないのか?なら、育て屋か?」

「!!」

 

ヒンバスが地面に置いていた渋い味のポロックを頬張った。話を聞きたくないのか、それとも私と話をしたくないのか……。

トレーナーなら態度を見ただけで分かってやれるのだろうか……、私にはさっぱり分からない、それならもういっそ……。

 

「ツバキに返すしかない、か……」

 

ツバキの電話番号を何処にやったかと考えた時に目の前でヒンバスが光りだした。

トゲピーが驚いて後方に転がったのをエーフィが受け止めるのを視界の隅に入れて、目の前のヒンバスに視線をやる。

ヒンバスの体が大きくなって、形もみるみる変わっていく。光が消えたかと思えば目の前には美しい姿のポケモンが……。

ヒンバスが進化した……。

あいにく私にはこのポケモンがなんという名前なのか分からないが、何処か人魚のようなイメージ、不思議な色で美しく輝くウロコには目を奪われる。

見事に姿形が変わったヒンバス。

 

「この姿なら貰い手なんていくらでも……」

「ミロォオオ!!!」

 

大きな体で体当たりをして来た元ヒンバス。

押し倒されるのは今日で二度目だと思いつつ背中の激痛に耐えていると頬にポタリと温かい何かが降って来た。

目を開ければ始めて見る男だ、いや、人間ではない。私の上に乗っかっているなら元ヒンバスが人の姿になったと考えるのが妥当か……。

思案を巡らせている間にも元ヒンバスの男が顔を歪ませてボロボロと涙を流す、その度に私の顔には温かい涙が降って来る。

 

「なんでだよ……、なんでだよぉっ!!!」

「何がだ」

 

重たい、とは言えずその体勢のまま返事をする。

 

「シンヤまで置いて行った!!!もう捨てられたくなかったのに!!また捨てるって言うから!!」

「……」

「醜いから弱いからって捨てられたから!!頑張って強くなったし、もう醜くないはずなのに!!シンヤはまた捨てるのかよ!!!」

「……」

「他の奴なんて嫌だ!!!何でも言う事聞くから!!置いて行くなよ!!!もう捨てるなぁああ!!!」

 

嗚咽を漏らして私に縋り付いて泣く男。

何と呼べば良いのかは分からなかったが、背中をゆっくりと擦ってやれば男はゆっくりと顔をあげた。綺麗な顔は泣き顔で崩れていても綺麗なままだ。

上半身を起こせば男は私に抱きついてそのまま肩に顔をうずめた。

傍に居て様子を見守っていたブラッキー、エーフィ、トゲピーが私を見て首を傾げる。

 

少し、反省した。

 

ポケモンにも感情があるのは理解していたけど、私が考える事が最善ではないのだと今理解した。

良かれと思ってヒンバスをテンガン山に捨てたのはヒンバスには裏切り行為だったのだろう……、私なんかより他の人間の方が良いと思って、譲る約束をしたりするのは良い事ではなかったのか……。

 

「私は、良い人間では無いんだ……。だからお前たちは私ではない誰かと一緒に居た方が良いと思っている。他のトレーナーや、それこそ野生に帰る方が良いと……」

「フィー」

「ブラァ」

「チョケ!!」

「それでもシンヤが良い……」

 

シンヤが良いんだ、と言って男は私を抱きしめた。

 

「……ありがとう」

 

*

 

落ち着いたらしい男が口をへの字にして私の向かいにあぐらをかいて座る。

 

「お前はヒンバスだったが進化すると何というポケモンになるんだ?」

「ミロカロス」

 

ミロカロスは自分の長く赤い髪を指で弄りながら答えた。

自分を捨てた私に対して凄く怒っていた為、視線も合わせないし返事もしなかったと……。

私の中のヒンバスのイメージは、性格だと何かとうっかりしていてちょっと間の抜けた感じでのんびりする事が好きな奴だと思っていた。

今も根本的な部分は変わってはいないのだと思うが……。

 

「次、俺様の事を捨てようなんて思っても俺様は絶対に何があってもシンヤについて行くからな!!」

 

何処か傲慢だ。私のせいで変にやさぐれてしまったらしい。

懐いてはくれているみたいだけどな。

 

「捨てないから安心しろ」

 

コクンと頷いたミロカロスの顔に笑みが浮かぶ。

眩しい笑みだ、無駄にキラキラし過ぎてて目に刺さりそう。

それにしても……、何故、ミロカロスだけ人の姿になれるようになったのか……。

 

「エンペラーにでも聞いたのか?」

「何が?」

「人の姿になる方法」

「何となく、なってた」

 

あまり意識しないでなれるものらしい。

まあ、深く考えても無駄だろう、と考えるのをやめた。

ポケモンの姿に戻ったミロカロスの大きなウロコを観察していると誰かが私の名前を呼んだ。

 

「エーフィか?」

 

エーフィが首を横に振る。エーフィじゃなかったら誰だ。

落ち着いた静かな声で呼ばれた気がして、ついエーフィだと思ったのだが……。

 

< シンヤさん >

「ユクシー?」

 

半透明な姿で目の前に現れたユクシーが空中でくるりと一回転した。

遊びに来たのかトゲピーの顔を尻尾でゆるりと撫でたかと思うとエーフィの横にちょこんと座った。

 

「遊びに来たのか?」

< ええ、少し貴方の様子を見に >

 

ポケモンに心配されるほど私は人間として不安定なのか。まあ、否定出来るほど出来た人間ではないが……。

 

「そういえば、ユクシーは知識の神と呼ばれているらしいな。本に書いてあったぞ」

< アルセウスから受けた命に従ったまでですよ >

「少し私にお前の知恵を貸してくれないか?」

< お役に立てるなら構いませんが……? >

 

首を傾げたユクシーに考えを一つ言ってみた。

 

「私は、破れた世界に住めるだろうか?」

< ギラティナさえ受け入れればシンヤさんなら可能かと思います、でも、彼はあまり人を…… >

「ギラティナとは知り合いだ」

< なら、彼に聞いてみましょう >

 

出来るのか、と聞く前にユクシーは空間に歪みを作りその中へと入って行く。空間の中を覗けばギラティナに近づくユクシーの姿があった。

このまま中に入れそうだと思った私はそのまま空間の中に飛び込む。

 

「ミロォ!?」

 

大慌ててで空間の中を覗き込んだミロカロスを私は見下ろす事になった。

飛び込んだはずなのに地面が上にあって、ぐるりと反転したのだ。歩き難い事はない、むしろ体が軽いな……。

 

< シンヤさん、ギラティナが良いそうですよ >

「そうか、これで物件探しをしなくてすむ」

< ? >

 

ギラティナに手を振れば、背に乗せて貰った時とは少し体の造りの違うギラティナが居た。

場所によって体の構造を変えるのだろうか……。

 

「一人暮らしをしたくてな、家を探していたんだ」

< それで破れた世界に住むなんて言う人間は貴方くらいですよ……。まあ、住めるのも貴方くらいでしょうが…… >

「住人はギラティナぐらいだろ?」

< ええ >

「近所付き合いも良好に行きそうだ」

 

私を追いかけて来たらしいブラッキー達がふらふらと動く足場で遊んでいる。

とりあえず、住める建物を探すとするか。

 

「おーい、ギラティナ、乗せてくれ」

 

私はお前の背が気に入ってしまったらしい、寝転がった感じも良いんだよな。

 

*



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13

破れた世界、または反転世界と呼ばれる場所。

その場所に住む事にした私は反転世界とシンオウ地方を行き来して生活を始める事にした。

私にはギラティナのようにその辺の空間を歪めて移動する手段は無いので、特定の場所にあらかじめ出入り口を作ってもらい行き来する事にした。

出入り口は、実家、イツキさんの働く研究所、そしてズイタウンに住む老夫婦の育て屋。この三箇所だ。

 

私の一人暮らしを反対していたカズキとノリコもいつでもすぐに帰って来れるという事で納得してくれたが、カズキとノリコは反転世界には入る事が出来ないらしい。

ギラティナの意思なのか入ろうとしてもすぐに外に押し出されてしまう。そして何故かギラティナはカズキとノリコの前には現れようとしなかった。

拗ねるカズキに大きくなれば会えると適当に言っておいたが、大きくなっても会えなかったら私が怒られそうだ……。頼むぞ、ギラティナ……。

 

そして、旅を終えた私は少ない知識を補う為に育て屋で老夫婦の手伝いをする事にした。

育て屋には色々なポケモンが預けられるので覚えるには最適だし、老夫婦にとっても力仕事の出来る私が居るのは丁度良いという事だ。

じじ様、ばば様。そう呼んでくれと言われた為、二人が見ていない時だけ人の姿になったミロカロスが仕事を手伝ってくれる。ブラッキーとエーフィは研究所でヤマトの言う可愛いポケモン達と遊んでいる。

トゲピーは育て屋の手伝いを始めた頃にトゲチックへと進化して育て屋に預けられたポケモンのバトル相手をしている。預けられたポケモン達が言うにはおだやかな性格をしているわりにはうたれづよくて良い相手になるらしい。

 

「シンヤ、今日はもう終わっても良いぞ」

「じゃあ、ポケモン達におやつをやってから終わる」

「頼んだぞー」

 

じじ様の言葉に頷いて大皿におやつを盛った。

群がって来たポケモン達の中に紛れてトゲチックがおやつを食べようとしたので羽を引っ掴んで持ち上げる。

 

「チィ……」

「お前のは無いぞ」

 

パタパタと飛び回るトゲチックをボールに戻してミロカロスを探す。水辺に居ると思っていたが姿が見えない。また人型になってウロウロしているのかもしれない。

帰る用意を終わらせて育て屋を出ればミロカロスが走って来た。

 

「シンヤー!!」

「お前、何処に行って……」

「大変だ!!!アンノーンが怪我したポケモンを連れて来たらしい!!」

「は?」

 

アンノーンってアルファベットの奴らだよな……。前にユクシーと話してる時にもふよふよと周りを飛んでいたし、何処にでも現れる奴らだ。

ミロカロスが私の腕を引っ張ったが私はミロカロスを制止する。

 

「待て、救急箱取って来る」

「早く!!」

 

育て屋から救急箱を拝借して走るミロカロスの後を追った。

ズイの遺跡の方にはあまり行った事が無かったが……、怪我をしたポケモンか。怪我の次第ではポケモンセンターに連れて行かないといけないかもしれない。

あそこ、と言ってミロカロスが指差した先を見ればアンノーンの群れが一箇所に集まっていた。不気味なくらい居るな、と思いつつ近づけばアンノーンが周りに散らばった。

 

「ん?見た事のあるポケモンだな」

「シンヤ、コイツ酷い怪我だ……」

 

荒い呼吸を繰り返すポケモンの傍に片膝を付けばポケモンは呻り声をあげて牙を剥き出しにした。

近寄るな人間、と制されている様だが近寄らないと手当ても出来ない。もっともここまで重傷だと応急処置に過ぎないが……。この大きなポケモンをどうやってポケモンセンターまで運ぶかが問題になってくるな……。

ポケモンの額にある大きな水晶を手で押さえて体を横に倒す。痛みを堪える呻き声が漏れた。

 

「傷が深い」

「治る?」

「ポケモンセンターまで連れて行ければ完治するだろうが……」

 

私がそう言葉を漏らせばポケモンが再び牙を剥いた。ポケモンセンターは嫌らしい。

この怪我の具合から見て、傷付けたのは人間だ。人間に対して敵対心を剥き出しにするのは当然といえば当然だろう。

 

「しょうがない、私が治すしかないな」

「キズ薬とかしかないけど大丈夫なのかよ?」

「一旦、反転世界の家に連れて行ってポケモンセンターと研究所から治療出来る道具を掻き集めてくる」

「分かった」

 

頷いたミロカロスにカバンを預けて、ポケモンの体を起こす。

痛みにポケモンが声をあげたのを聞いてアンノーンが私と同じようにポケモンの周りに集まり、ポケモンの体を支えてくれる。

 

「出入り口まで歩くのか?こっからだとちょっと遠いけど……」

「アンノーンに無理やり開けてもらうしかないな」

 

いつの間にかワラワラと増えていたアンノーンが集まって空間に歪みを作る。勝手にこじ開けて後でギラティナが怒りそうだがその時はその時だ。

 

「よし、このまま押し込めアンノーン!!」

 

反転世界へと入って行ったアンノーンの後にミロカロスが続く。

空間が閉じたのを確認してから私は踵を返してポケモンセンターまで走った。ポケモンセンターに入ればポケモンの血で汚れていたらしい私を見てジョーイさんが目を見開く。

 

「シンヤさん、どうしたんですか!?」

「ああ、ちょっと怪我をしたポケモンを拾ってな」

「ならこちらに連れて来て下さい!」

「人の居る所は嫌らしい」

「……」

 

育て屋の手伝いをしだしてから何かと話す事の多いジョーイさんに視線をやれば、ジョーイさんは小さく溜息を吐いてから、ありったけの治療器具を出してくれた。

 

「怪我の具合はどんな感じですか?」

「体中に切り傷、それも深くて出血も多い。あと電気タイプの攻撃をくらったのか全身もほぼ麻痺しているようだった」

「小型のポケモン?」

「いや、大型だな」

「なら大きめの包帯に止血剤、麻痺治しも入れて置きますね」

「悪いな。また何かあったら聞きに来る」

「何とか説得してこっちに連れて来てくれた方が良いんですけどね」

「私もそう思う」

 

ジョーイさんから大きなカバンを受け取ってポケモンセンターを出た。育て屋にある反転世界の出入り口に飛び込んで家へと走る。

家の周りにはアンノーンが飛び回っていて、騒ぎに気付いたギラティナも家の傍に居た。

 

「シンヤー!!血吐いたぁっ!!!」

「泣くな、鬱陶しい」

 

うろたえるミロカロスを押し退けてポケモンの治療へと取り掛かる。

このポケモンを見たのは本の中で、ジョウト地方の方に主に居るはずのコイツをアンノーンが何かしらの理由でシンオウまで連れて来たのかも知れない。理由はこの怪我もそうだろうが……。

 

「死ぬなよ、スイクン」

 

ポケモンの知識だけじゃなく、もっと医療の知識もジョーイさんから聞いて勉強しておくべきだったな……。

 

*

 

一通りスイクンの治療を終わらせて、一息つく、血で汚れた手を拭きつつ椅子に座ってミロカロスが淹れてくれたリンゴジュースを飲む。

 

「……う、なんでリンゴだ」

「俺様が今日買って来た」

 

別に良いが……、と思いつつリンゴジュースをテーブルに置いた。あいにくジュース類は全く飲まないのだ、口の中がベタベタする。

フルーツジュースを飲むなら私は贅沢ながら100%しか飲まない派だ。果汁15%はもうフルーツじゃない。

 

「飲まねぇならチョーダイ」

「ん」

 

隣の席に座ったギラティナにリンゴジュースを手渡す。

ガリゴリと氷を噛み砕くギラティナと視線が合った、あからさまに溜息を吐いてやればギラティナが眉間に皺を寄せる。

 

「お前らはまた人型で勝手にウロウロと……」

「オレが自分の世界で人型になろうとオレの勝手だろ」

「そうだな……」

 

文句は言えないが、ポケモンの姿同様に体も大きくて正直、邪魔なんだが……。文句は口に出来ないな。

人型になったギラティナとミロカロスが睨み合っているのを無視して冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出した。

浅めの皿に水を入れてスイクンの口元まで持って行けばゆっくりと水を飲み始める。

 

「ギラティナ、お前マジ帰れ俺様の前から消えろ」

「ここはオレの世界だろーが!!」

 

喧嘩を始めた二人の声をぼんやりと聞く。

スイクンはあまり気にした様子などなく静かに水を飲んでいる。

 

「ここは俺様とシンヤの家だ!!」

 

ここは私の家で、お前はペットみたいなもんだぞ……。

 

「オレの世界の中ならこの家もオレのだ!!オレの世界に居るシンヤもオレのもの!!」

 

何処ぞのガキ大将か、お前は。

 

「シンヤは俺様の主人だぞ!?」

「じゃあ、オレもゲットしてもらう!!!」

 

しないけどな。

 

 

スイクンが少し鬱陶しげに眉間に皺を寄せたのでうるさい二匹の首根っこを引っ掴んで家の外に放り投げた。

ドアを叩いて居れてくれと喚くものだから、ドアに蹴りを入れて黙れと怒鳴ってやる。鼻を啜る音が聞こえたが聞かなかった事にした。

寝室から毛布を持って来てスイクンにかけてやればスイクンはゆっくりと目を瞑った。

暫くの間は動けそうにないだろうが、反転世界にやって来る人間なんてほとんど居ないしスイクンも安心して体を休める事が出来るだろう。

トゲチックをボールから出してスイクンの様子を見ててもらう事にした。スイクンの傍に寄り添ったトゲチックを確認してから玄関の扉を開ける。

地面に座り込んでいたギラティナがこちらに視線をやる。

 

「……ミロカロスは?」

「泣きながら外界に行った」

「アイツ、本当にめんどくさいな」

「オレにしとく!?なあなあ!!」

「お前も同類だ」

「ちぇ」

 

スイクンの様子を見てろよ、とギラティナに声をかけて外界へと出る。

育て屋の周りを探してみたがミロカロスの姿は無い。仕方なく再び反転世界に戻って次は研究所へと出る、出入り口から外へ出た。

 

「ヤマト」

「やー、シンヤ。どうかした?」

「ミロカロス見てないか?」

「見てないけど」

 

ここでもないなら何処行った。

私が溜息を吐けばヤマトが首を傾げる。

 

「っていうか、ミロカロスは移動してもそう遠くまで行けないでしょ。この辺は水辺も遠いし」

「……」

「え、何、何なの?」

 

人型にさえなってなければ私だってそう思う所だ……。

残念ながらミロカロスの行動範囲なんて知らないし、いつも勝手に歩き回っている……、そういえば買い物にも勝手に行ってみたいだしな。

 

「もう放っておいても良いかな……」

「それは可哀相でしょ。エーフィとブラッキーに探させれば?」

「エーフィだけで良い」

 

ブラッキーは野放しにするとまた探さなければいけない事になりそうだ。ブラッキーもめんどうな奴だしな。

 

「というわけで、探してきてくれ」

「フィィィ……」

「そう言うな。私はまた家に戻らないといけないんだ」

「エーフィ……」

「頼んだぞ」

「フィー」

 

渋々探しに行ったエーフィ、その後を勝手について行くブラッキー。お前には頼んでないんだが、まあエーフィについて行くのは構わないか。

小さく溜息を吐いてから研究所内にあったキズ薬と包帯を少し貰う事にした。ついでにポケモン医学の本も拝借。

 

「あれ、怪我したポケモンでも拾った?」

「ああ、大怪我でな……。暫く家に置いておく事にした」

「へえー……」

「お前には見せないぞ」

「何にも言ってないのに何で釘刺したの?珍しいポケモン!?うわ、僕も反転世界行きたい!!」

「見せないぞ」

「相変わらず言葉曲げないし!!」

 

肩を落としたヤマトを無視して研究所を後にする。反転世界に戻ろうとすればヤマトが私を押し退けて中に入ろうと空間に頭を突っ込んだ。

 

「あ、これどうしよう」

「知るか」

 

げし、とヤマトの背中を蹴ってやればヤマトと私は反転世界へと転がるように入った。

ヤマトまで入れてしまった。でも、まあ良いか。と呆けるヤマトをもう一度軽く蹴って家へと向かって歩き出した。

 

「はははは、入れた!!」

「……」

 

興奮するヤマト。家の前でまだ座り込んでいたらしいギラティナが目を見開いてこっちを見ていた。……不本意な侵入だったのか?

 

「誰だ!!」

「お前が入れたんじゃないのか」

「シンヤだと思った……ミスったぜ。クソ、たまに勝手に出入りされんだよなぁ……。これだからその辺に歪み作るの気を付けねぇと……」

 

ブツブツと愚痴るギラティナを見て、ヤマトが首を傾げながら私の腕を掴んだ。視線をやればヤマトがギラティナを控えめに指差す。

 

「人が居る」

「ギラティナだ」

「人ー!!人人人、めっちゃ人ー!!」

「人の姿になれるポケモンも居る」

「マママママ、マジでぇええ!?ちょ、体の隅々まで見せて貰って良いですか、ギラティナさーん!!」

「は?シャドーダイブして良い?なあ、シンヤ、アイツにシャドーダイブして良い?」

「え!?」

 

慌てるヤマトに苛立っているギラティナ。さすがにギラティナの攻撃をくらうとヤマト、死ぬな。

軽い技にしとけと言えばヤマトはギラティナから軽いドラゴンクローを貰っていた。痛そうだ。

 

「いてて。でも、手加減して貰った」

「後で木の実でも空間に放り投げて機嫌を取っておくんだな」

「そうする……」

 

本気のドラゴンクローは嫌だし……、と呟いたヤマトに頷いて私は家の扉に手を掛けた。開けようとした所で隣に立っているヤマトに視線をやる。

 

「お前、ギラティナとここに居ろ」

「えー……、ポケモン見せてよー!!」

「なら少し待て、お前が敵ではなく凄く馬鹿な人間なんだと言って説得してみるから」

「その説明要る?敵じゃないとかだけで良くない?」

「人間を敵だと認識してる相手には、ずる賢い事なんて微塵も考えられない馬鹿だと言った方が分かりやすい」

「……」

 

落ち込んだヤマトがギラティナの隣に座った。ケラケラと笑うギラティナがヤマトを指差して笑っているのを見てから家の中に入る。

トゲチックがスイクンの背を毛布越しに撫でていた。私が部屋に入ればスイクンがゆっくりと目を開ける。

 

「落ち着いたか?」

「……」

 

肯定なのかゆっくりと瞬きをしたスイクンに頷き返す。

持って来た荷物をテーブルに置いて、スイクンの傍に膝を付いた。

 

「私の……、一応、友人が来ているんだがここに居れても平気か?馬鹿な奴だが私より医療の知識がある」

「……」

 

少し視線を泳がせたスイクンがゆっくりと私を見上げ小さく頷いた。

私の言葉を信用してくれたらしい。スイクンの頭を撫でて立ち上がり玄関へと向かう。ギラティナの隣に座っていたヤマトを呼べばヤマトは顔に笑みを浮かべて立ち上がった。

家の中に居れてやればヤマトはまるで子供みたいに目を輝かせながら言う。

 

「どんなポケモン?」

「見れば分かる」

 

部屋に入れば笑顔だったヤマトの顔から笑みが消える。血の滲む包帯に覆われ、ぐったりと力無く横たわるスイクンを見て眉間に皺を寄せた。

 

「スイクン……、何でこんな怪我、酷い……」

「麻痺してて体を動かせないみたいだ。声も上手く出せないらしい」

「とりあえず包帯はマメに変えて怪我を治す事に専念して……。後は、綺麗な水を汲んで来てスイクンに飲ませてあげなきゃ」

「ミネラルウォーターじゃ駄目なのか?」

「もっと自然の物が良いよ、スイクンは水の化身だから。何も食べられないならもっともっと綺麗な水を飲ませてあげないと。体の中……、臓器も酷く弱ってるだろうし」

 

腕を組んで綺麗な水のあてを考えてみる。

ユクシーの居た所の湖は綺麗だったな、山頂で人の手にもあまり触れていないし雪に覆われて冷たくて綺麗だ。

 

「エイチ湖はどうだ?」

「……遠いよ」

 

まあ、遠いな。飛行手段も無いから尚更遠い……。

ギラティナに乗せて貰うと反転世界に出入り出来なくなるし。あまり出入口を作りたくないようだったギラティナにエイチ湖まで出入り口を作ってくれとも言えない。

かと言って、また山を登って雪道を歩くかと思うと気が滅入る。

 

「一番近いのはリッシ湖、トバリシティを抜けて行けば着くんだけど……」

「だけど、何だ」

「通り道の215番道路はいつも大雨で無鉄砲なトレーナーが集まってるんだよ……、トバリシティに着いても214番道路を通らなきゃ行けないんだけどあそこ荒れ放題の道で……」

「ようするにお前は通り抜けられないんだな?」

「……トバリまで買い物行くの大っ嫌い!!!」

 

まあ、ヤマトに行って来いなんて言うつもりは無かったから別に良いけどな。

 

「バトル嫌いか」

「違うよ!!嫌いじゃない、ただ、弱いだけ!!」

 

偉そうに言うな。

私が溜息を吐けばヤマトが肩を落とす。

 

「まあ、私が水を汲んでくれば良いんだろ。トゲチックはスイクンの様子を見てもらうのに置いて行くとして、エーフィとブラッキーはミロカロスを探しに行ってて……」

「あらら」

 

手持ちが居ない。

これは参ったと腕を組めばいつの間にか部屋に入って来ていたらしいギラティナが笑顔で手をあげる。

勿論、却下した。ギラティナなんてデカイ奴連れて行けるか。

 

「何だよ!!オレなら戦えるのに!!飛んで連れてってやっても良いのに!!」

「お前がここに残って無いとヤマトが出入り出来ないだろ。スイクンの手当てをしてもらわないと困るんだ」

「残るか出るか、どっちかにしろよテメェ。行ったり来たりすんのオレ居ないと出入り口開かねぇんだよ……。」

「そんなの僕に言われても……」

 

とりあえずギラティナはここに居てもらわないと困る。かと言ってトゲチックを連れて行くとなるとヤマトが居ない時はギラティナとスイクンだけになる。それは不安だ。

ブラッキー、引き止めれば良かったな……。

 

「仕方ない」

「手持ちゼロで行く気!?危ないよ!?」

「そんな事は言ってない。お前のユキワラシを貸せ」

「それは勿論良いけど……、ユキワラシだけで平気?」

「……」

 

確かにユキワラシだけだと代えがきかない。原っぱの真ん中で瀕死にでもなられたら行く事も戻る事も出来なくなる。道具は多めに持っては行くつもりだが……。

これも仕方ない、とヤマトからユキワラシのボールを受け取って研究所へと戻ろうと踵を返す。

 

「どうすんのー?」

「借りるしかないだろ…」

 

嫌だけどな。

 

「というわけで、不本意ながら手持ちが居ないので貸してくれ」

<「勿論勿論!!全然オッケー!!どの子にするー?」>

 

画面の向こうでボールを広げたツバキ。

不本意ながら気軽にポケモンを借してもらえる相手と考えて思いつくのがツバキしか居なかった。ツバキのポケモンならバトル慣れしているという理由もあるが。

 

<「あたしの今の手持ちはねー、エンペラーでしょ、ヨルノズク、ミミロル、ミニリュウ、エルレイドにヨマワル。あ、ミミロルは駄目だけど、他の子なら良いよ」>

「誰でも良い。少し急いでるから私の方に来ても良いって奴を送ってくれ」

<「了解、ちょっと待ってね。今から会議するから」>

 

画面からツバキの姿が消える。

数分後に画面の前に戻って来たツバキ。同時にボールが二つ送られて来た。

 

<「エンペラーとヨマワルを送りました。エンペラーがシンヤさんになら協力してやっても良いって言ってて、ヨマワルが凄く行きたいみたいだったから」>

「ああ、ありがとう。用事が済んだらすぐに返すからな」

<「気にしないでー、あたしとシンヤさんの仲じゃないですか!!ちょーっとライバルだけどー……」>

「ライバル?」

<「いやいや、こっちの話!!それでは!!」>

 

ブツンと電話が切れて画面も真っ暗になる。

よく分からなかったが。まあ、良いか。

 

*

 

急な旅になったが長くてもニ、三日。出来れば日帰りで用事を済ませたいとカナコさんに告げてトバリシティを目指す事にした。

スイクンはトゲチックとヤマトに任せて、ミロカロスが見付かってエーフィとブラッキーが帰って来ても頼むとヤマトに言っておいたので大丈夫だろう。

 

「で、何処に行くの?」

「リッシ湖だ」

「ふぅん、急用で人手ならぬポケ手が要るって言うから何かと思えば……。水を汲みに行くだけなんて……」

 

何だポケ手って、とは口に出さず鬱陶しい草を掻き分けて歩く。

飛び出して来たポニータをユキワラシが追い払い。バトルを挑んできた相手にはヨマワルを主体にユキワラシと交代しながら戦った。

 

「エンペラー、お前手伝う気あるのか」

「何かやる気が削がれた。だって水汲みごときに何でボクが」

 

じゃあ、何で来たお前。

ワガママな皇帝様だ。お偉い名前なだけある態度だな……。

 

「ヨマワルは頑張ってるぞ」

「そうだね。ツバキと一緒の時には見た事の無い活躍っぷりだよ」

「ヨマァ」

 

私の傍をくるりくるりと回転しながら上機嫌に飛び回るヨマワル。なかなか懐っこくて言う事もちゃんと聞いてくれる良い奴だ。

ユキワラシが前を歩いて野生ポケモンが飛び出て来ないか見張ってくれているし……、わりと早くトバリシティに着きそうだな。

そう思った時にポツポツと雨が降り始めた。傘を差して歩き出せば雨は強さを増して行く……。ここがヤマトの言っていた215番道路なんだろう。

雨に濡れても気にする事なくエンペラーが横を歩きユキワラシが先頭を歩く。ヨマワルは私の肩の傍で大人しくしている。

エンペラーが人の姿のまま戦う様子が無いので仕方ない。ユキワラシとヨマワルに頑張ってもらおう……。

 

トバリシティに着けばユキワラシは傷だらけ、ヨマワルは私の頭の上で休んでいる。隣を歩く人型のエンペラーだけは疲れた様子が無かった。

 

「ポケモンセンターはあっちだよ」

「よく知ってるな」

「ツバキと何度も来てるからね」

 

道案内にはなるな、と思いながらエンペラーの後に続く。

ユキワラシとヨマワルをジョーイさんに預けて借りた部屋で休む。すぐにベッドに倒れこんでしまったのは仕方ない。まさか他人のポケモンを使うのがこんなに難しいとは……。

技のタイミングとか、性格によっての戦い方が違うせいか何故か指示を出しているだけの私まで疲れた。

仰向けになって腕で視界を覆う。真っ暗になった世界の中で溜息を吐けばギシとベッドが揺れた。

腕を退けて見れば寝転がっている私の真上にエンペラー。お前、私が起き上がれないじゃないか……。

 

「邪魔だぞ」

「この状況で冷静なシンヤさんって頭のネジ、何処か外れてるんじゃない?」

「頭には脳みそしか無い」

「例えだよ」

 

首筋に噛み付かれた。痛くは無いと思っていたが吸い付かれてチクっとした。

絶対に鬱血した。キスマークというものを付けた事がないわけじゃないが、付けられたのは初めてかもしれない……。

 

「名前を書くみたいな行為だよな。見える所に付けると尚更」

「……何、ボクが手を出しましたって跡を残しちゃ駄目なの?」

「物扱いされるのは、不快だ」

 

エンペラーの胸倉を引っ掴んで勢いよく起き上がる。自分より背の低い相手から立場を逆転させる事なんて造作も無かった。

痛いのか顔を歪めたエンペラーを押し倒して見下ろしてやればエンペラーの顔が蒼くなる。

 

「お前、女を押し倒した事が無いな……?」

「!!」

「ふん、青二才め」

 

エンペラーが顔を赤くして悔しげに顔を歪ませるのが愉快だった。

 

「こんの……、鬼畜っ!!!ボクの上から退け馬鹿っ!!」

 

主導権を握るか握られるかと選択肢があるなら勿論、握る。

私は歪んでいるのだ、性格上これは仕方が無い。人の幸せを喜べるようには最近なって来た気がするけれど。私は本来、人の不幸を楽しむ側の人間だった。

何故だろうな……、表情を歪めた相手は全てを否定している気がしたんだ、一瞬でも世界に絶望してくれる同志が存在するのだと嬉しかったのかもしれない。

まあ、私は全てを否定するどころか拒絶して……、命を絶ったのだけど……。

 

「ねぇ、急に黙り込まないでくれる?不気味だから」

「……疲れた。少し寝る」

「う、うん」

「暫くしたらジョーイさんからユキワラシとヨマワル、受け取ってきてくれ」

「何でボクが!!」

「……文句があるのか?」

「無いよ!!無い!!引き取りに行けば良いんでしょ!!さっさと寝なよ!!」

 

いちいちうるさい奴だ……。

でも、主従の立場ははっきりさせる事が出来たようなので次からは使えそうだな。

噛み付かれたら噛み付け。どちらの立場が上か教えてやる事が大事……。なんだと、子犬を躾ける方法で何かあった気がする。

小さく欠伸をしてゆっくりと瞼を閉じた……。

 

 

 

起きて

 

 

なあ

 

 

起きてくれよ……。

頼むよ……、シンヤ……。

 

何でなんだ……。

何で……、こんな事したんだよ……。

 

何で……、

 

 

 

自殺なんて…っ!!

 

 

 

「っ!?」

 

勢いよく起き上がればエンペラーが目を見開いてこちらを見ていた。私は荒い呼吸を落ち着かせようと深呼吸をする。

何だ、今の夢……。

本当に喋りかけられているみたいだった……、今のは夢、か?

口元を手で押さえれば小刻みに手が震えていた。何だ何だ何だっ、今のはっ!!

 

「凄い汗だけど……、大丈夫なの……?」

「あ、ああ…、問題無い……」

「……」

 

ヨマワルとユキワラシがそっと私の傍に寄り添った。今の私は大丈夫ではなさそうなのだろう、きっと顔色は最悪だ……。

顔を横に振って立ち上がる。カバンを肩に掛ければエンペラーが眉を寄せた。

 

「ちょっと!!今日はもう休んだ方が良いんじゃないの!?」

「大丈夫だ、早く水を汲みに行くぞ」

「……知らないからね」

 

溜息を吐いてエンペラーが立ち上がった。

 

シンヤ……。

 

私の名前をそう呼んだ。

ソイツの声には聞き覚えがあったんだ……。

 

「どういう事だ……」

「ユキィ?」

「……いや、なんでもない」

 

*



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14

荒れ放題の道に苦戦しつつ、バトルをしながらリッシ湖へと辿り着いた。

持って来たボトルに水を汲み入れるユキワラシを確認してから、湖の中央に視線を向ける。エイチ湖同様の大きな岩。やはりあそこも空洞になっているのだろうか……。

 

「ユキー」

「汲み終ったか。よし、じゃあ帰ろう」

 

ユキワラシが水の入ったボトルを持ち上げたのを見て湖に背を向けた。

その時、ヨマワルが私を突き飛ばした。よろけて体勢を立て直そうとすると突き飛ばされる前に私が居た場所に無数の星が地面に当たり弾けた。

 

「スピードスター!?」

 

後方を振り返ればユクシーとよく似たポケモン。頭が青いのは確か意思の神と称されるポケモン……、アグノム。

何故、攻撃されたんだ……。私がポケモンだったら絶対に当たってただろ。スピードスターは絶対に命中する技じゃなかったか……?

 

「ヨマァアア!!」

 

動揺している私を放ってヨマワルがアグノムに攻撃を仕掛けた。私が制止する前にヨマワルの鬼火はアグノムへと向かって行く。

攻撃をくらって少し火傷したらしいアグノムがこちらを睨み付ける……。が、先に攻撃して来たのはお前だろう……。

 

「ヨマワル下がれ!!戦わなくて良い!!」

「ヨマヨマァ!!」

「私は大丈夫だ、下がれ」

「ヨマァ……」

 

音も無く下がったヨマワルが私の傍に戻って来る。こちらを睨み付けるアグノムに視線をやればアグノムは戦闘態勢を解いたのかゆったりと空に浮いた。

 

「アグノム、私に何か用なのか?」

< 用?言ってくれるじゃねぇか!!我(ワタシ)に挨拶無しで帰る気だったろ!! >

「……それだけの理由で攻撃したのかお前」

< ユクシーとは仲良しこよしのくせして我にだけシカトぶっこいたテメーが悪い!!ここまで着たら普通は我の所にも寄ってくだろうがァア!!! >

 

あ、アイツ、半泣きじゃないかアレ。

しかし、神と称される存在の癖にとんだ寂しがり屋だ。なんて迷惑な……。

 

「分かった分かった、私が悪かった」

< ……何も無いとこだけど寄ってく? >

「いや」

< ……っ、騒いでやるゥウウ!!!ノイローゼになるくらいテメーの傍から離れずびっちり騒ぎまくってやる!!不眠になれバカヤロー!!! >

 

だから、泣くな。

嗚咽まで漏らしだしたアグノムをとりあえず放置するわけにも行かず。まあ、コイツなら勝手に帰る事も出来るだろうと小脇に抱えて帰宅する事にした。

帰れないとか言い出したらユクシーに引き取ってもらえば良いしな……。

 

「よし、帰るか」

「今更なのかも知れないけど、ボク、アナタの行動について行けないよ」

「無理してついて来なくて良いぞ」

「……ついて行くけど」

 

 

アグノムを小脇に抱えて歩いていたが特に誰にも引き止められなかった。

セカンドバッグにでも見えたのだろうか、尻尾がぶら下がってるんだが……。まあ、何も無いのは良い事だ。

トバリシティに戻って来てポケモンセンターで一休み。水の入ったボトルを交代で持ち運んでいたユキワラシとヨマワルは少し疲れた様子。

 

「やっぱり私が持つか?」

「ユキ」

「ヨマァ!!」

 

どうあっても私には持たせないらしい。そんな忠誠心を別に望んでないんだけどな……。

小さいポケモンに大きいボトル持たせて歩いてる私は傍から見れば最低な男だろう……。ボトルぐらい自分で持って歩くぞ私は……。。

いつの間にか寝てしまったアグノムを起こさないように少し座り直してコーヒーを飲む。

 

「シンヤさーん、お電話ですよー」

 

手を振るジョーイさん。

ズイのジョーイさんとは毎日のように顔を合わせる知り合いだが、トバリのジョーイさんとは初対面のはず……。

何で私の事を知っているんだ。そして何故親しげ…?いや、私にはジョーイさんの見分けは付かないのだけど……、別のジョーイさん、だよな……?

 

「どうも……」

「いえいえ、いつも妹がお世話になってますー」

「妹?」

「ズイタウンのジョーイです」

「ああ、いえ、こちらこそお世話になってます……」

 

ジョーイって身内揃いなのか……。何で皆、顔一緒なんだ。

少し不気味に思いながらアグノムをゆっくりと抱えて電話の前へと移動する。通話ボタンを押せば画面に凄く近いヤマトの顔。

 

「うわっ!!」

 

思わず声が出た。

何だ何だとエンペラーとユキワラシとヨマワルが傍に来た。ユキワラシは自分の主人を見てピョンピョンと飛び跳ねる。

 

<「シンヤ……、すぐに、すぐに帰って来てぇぇ……」>

「今はトバリだからもう少し掛かるぞ……?」

<「ダッシュ!!走って!!」>

 

嫌に決まってるだろ……。

私が顔を顰めればヤマトは両手を合わせて頭を下げた。

 

<「お願い!!!本当に走って帰って来て!!今すぐに!!」>

「何があったんだ」

<「ミロカロスが怒ってるよぉお!!!人型になれるとか僕知らなかったのに胸倉引っ掴まれて、エーフィが止めようとして今バトルしてるんだけど!!ミロカロス強すぎて!!ブラッキーはすでに瀕死!!」>

「……」

<「スイクンに何かあったら困るからギラティナに反転世界の方への出入り口は閉じてもらった!!でも、エーフィもそろそろピンチだよ!!研究所のポケモン総動員させても多分、無r……」>

 

画面からヤマトの姿が消えた。

消えた、というのは語弊だったな。後ろから何かに押されたのかヤマトの服で画面が真っ黒になった。ヤマトの情けない悲鳴染みた声が聞こえる。

 

<「シンヤ……」>

「その声は、ミロカロスか?」

<「シンヤ、シンヤシンヤシンヤシンヤ!!!」>

 

一度言えば聞こえているんだけどな……。

ヤマトを後方に放り投げたミロカロスが画面に映った。涙で顔を汚したミロカロスが顔を歪める。

 

<「また置いて行ったぁああ!!!」>

「……」

 

お前が勝手に居なくなったからだろ。

 

*

 

画面の向こうで泣きじゃくるミロカロス。

どいつもこいつも鬱陶しい……、と言いそうになった言葉を飲み込んだ。今言ったら余計にこじれそうだ。

 

「帰るまでもう少し掛かるから大人しく待ってろ。暴れるんじゃないぞ、良いな?」

<「誰連れてったんだよぉ!!俺様置いて!!」>

 

無視された。画面越しじゃなかったらぶん殴ってやるのに。

 

「ヤマトから借りたユキワラシとツバキから借りたエンペラーとヨマワル。以上だ」

<「俺様よりソイツらが良いのかぁっ!!!シンヤの馬鹿ぁあ!!」>

「……」

 

馬鹿に馬鹿呼ばわりされる覚えは無い……。

苛立つ気持ちを抑え、画面に映るミロカロスを視界に入れる。今すぐに電話を切ってやりたい衝動に自分でもよく耐えていると思う。

 

<「何、ソイツ……」>

「は?」

<「それ……、何か持ってるじゃん、小脇に抱えてんの……」>

「ああ、アグノムだ」

<「え、アグノム!?今、アグノムって言った!?ミロカロス、僕と電話変わっ……」>

 

げしっと画面の向こうで鈍い音が聞こえた。

ヤマトのすすり泣く声も聞こえる所からヤマトがミロカロスに蹴られたらしい。

 

「とりあえず、私が帰るまで大人しくしてろ」

<「俺様の定位置ぃぃい!!!」>

「もうお前みたいなデカイの抱えられるか!!!いい加減にしろ!!」

<「シンヤは俺様の事が嫌いになったんだ、また捨てられるんだ、また置いて行くんだ……」>

「お前な……」

<「ブラッキーもエーフィもトゲチックも、シンヤに関わるポケモン全部、全員、ぶっ殺す……」>

「……は?」

<「そしたらシンヤには俺様しかいなくなるだろ!!」>

「ミロカロス、ふざけるのも……」

 

ブツンと画面が消えた。

今度は本当に消えた。っていうか、私が喋ってる途中に電話切ったな……、ミロカロス……。

私が溜息を吐けばエンペラーが顔を引き攣らせながら私の名前を呼んだ。

 

「かなりヤバイよね……。完全にイッちゃってるよ、ミロカロス」

「帰るぞ」

「うん、まあ、そうだね」

「ダッシュでだ!!!」

「えぇっ!?本気!?」

 

アグノムを抱えなおしてカバンを肩に掛ける。

ユキワラシとヨマワルを強制的にボールに戻して水の入ったボトルを拾った。

走ってポケモンセンターから出た私の後をエンペラーが追いかけて来る。

 

「ちょっと待って!!僕、走るの苦手なんだけど!!」

「つべこべ言わずに足を動かせ!!」

「もうっ!!!分かったよ!!!」

 

雨が降り出したが傘なんて差して悠長に歩いていられない。小脇に抱えていたアグノムが起きて悲鳴をあげていたがそれも気にしていられない。

バシャバシャと大きな音を立てながら雨の中を走っていると目の前に仁王立ちする男。ボールをかざした所からバトルの申し込みらしい。

 

「見ての通り……、急いでいるんだが……」

「急いでいる時こそ、ゆっくりじっくりバトルだぜ!!」

「……」

 

ブチ、今まであまり聞いた事の無い音が私の頭の中で聞こえた。

ボールを取り出した私を見て、相手がボールからポケモンを出した、ムクバードだ。

 

「2分以内だ」

「え、何か言った?」

「2分以内に片付けろ、ユキワラシ!!」

 

ボールを投げれば相手が大きく口を開けた。

1分24秒で終わったバトル、賞金は要らんと吐き捨てて再び雨の中を走り出した。

 

「シンヤさん!!横暴!!!」

「うるさい、急げ!!」

 

全身びしょ濡れ、寒いのか暑いのか分からないまま研究所の扉を蹴った。ボトルとアグノムで両手が塞がっていたから、仕方がない!

研究所に入ればエーフィが倒れるブラッキーを庇う様にボロボロになりながらミロカロスを威嚇していた、ミロカロスはヤマトに羽交い絞めにされながらも足をばたつかせている。

 

「シンヤ!!!」

 

ヤマトが声をあげたが気にしてはいられない。

涙目でこちらを見たミロカロスに精一杯の笑顔を向けてやる。

 

「ミロカロス」

 

「っ!!!シンヤが、シンヤが俺様に笑いかけt……」

 

両手が塞がっていたので、目一杯、蹴り飛ばしてやった。

研究所内の棚がもの凄い音を立ててへしゃげた。ヤマトが悲鳴をあげる。ぐったりと横たわって動かなくなったミロカロスを見てエーフィがその場に座り込む。

 

「ほら、ヤマト、土産だ」

「わぁ!!アグノム~!!!」

< …、…、 >

 

何故か震えているアグノムは静かだった。

 

「シンヤさん、乱暴……」

 

顔を顰めているエンペラーに水の入ったボトルを押し付けてボールからヨマワルを出す。

人型だったミロカロスがポケモンの姿に戻ってこちらを睨み付けて来る。私がミロカロスを指差せばヨマワルがケタケタと笑った。

 

「ミロォオオオオ!!!」

「ヨマワル、かげうち」

 

必ず先制攻撃が出来る技でミロカロスにダメージを与える。

私の蹴りも痛かったのか、アクアリングで体力を回復しようとするミロカロス。長期戦に持ち込むつもりだろうがそうはいかない。

 

「おどろかす」

「ヨマヨマァア!!!」

 

ビクッと大きく体を揺らしたミロカロス、怯んだ所でヨマワルに「あやしいひかり」を指示すればミロカロスは混乱する。

ハイドロポンプを放ったミロカロスの攻撃は見事に自分に直撃してそのまま気絶してしまった、所謂、自滅だ。

 

「全く……、本当に馬鹿だな」

「ヨマー!!」

 

クルクルと回っているヨマワルの頭を撫でてやれば、ヨマワルの体が光りだす。

あ、と後ろでヤマトが声を発した。

ヨマワルの体が大きくなって地に足が付く……。やってしまったと後悔した時にはすでに遅し……。

 

「サァマヨール!!」

「……ツバキに何て言えば」

「良いんじゃない、別に。どうせ進化させるつもりだったろうし」

 

それなら良いんだが……。

溜息を吐いてミロカロスをボールに戻す。暫くはボールの中で反省して貰おう。

アグノムを抱いたヤマトが研究所の荒れようを見て大きな溜息を吐いた。片付けは……、手伝おうと思う……。

 

「エーフィ、大丈夫か?」

「フィ~」

「ブラッキーは駄目そうだな。すぐにポケモンセンターに連れて行ってやる。お前もついて来い」

「フィ」

 

呆けるヤマトに声を掛けてポケモンセンターに移動する。

ブラッキーとエーフィをジョーイさんに預けてエンペラーから水の入ったボトルを受け取った。

 

「ヤマト、この水を持って反転世界に行け」

「シンヤは?」

「ツバキにエンペラー達を返して来る」

「ああ、うん、じゃあ先に行ってるね。行こうかアグノム」

 

よしよし、とアグノムの頭を撫でたヤマトがボトルを持ってポケモンセンターから出て行った。アグノムも構ってもらえて満更でもないようだ……。

ヤマトを見送ってからツバキに電話を掛ける。三回目のコールで電話に出たツバキが隣に立つエンペラーを見て手を振った。

 

<「お疲れ~」>

「本当に疲れたよ」

 

溜息を吐いたエンペラーを無視してツバキに視線をやる。

 

「ヨマワルが進化してしまったんだ、悪い」

<「あ、そうなの?別に良いよ~、っていうかヨマワル……、今はサマヨールだけど言う事ちゃんと聞いた?すぐふざけて真剣にバトルしない子なんだよねー」>

「いや、凄く力になってくれたぞ?」

「見事な活躍っぷりをボクは見た」

<「嘘だ!!あたしの時は途中でバトル放置してどっか遊びに行ったじゃん!!」>

「凄く真面目だったよ」

<「何ソレー!!ムカつくー!!」>

 

頬を膨らませたツバキ。

とりあえずサマヨールのボールをツバキへと送った。

 

「お前も送るから早くポケモンの姿になれ」

「はいはい」

 

ポケモンの姿に戻ったエンペラーをボールに戻す。

面倒な事に人型のままではポケモンをボールに戻す事が出来ないのだ……、これに気付いたミロカロスが人型で勝手に出歩き始めたんだろう……。

エンペラーをツバキに送ればツバキがボールを両手に持って笑った。

 

<「ちゃんと届きましたー」>

「急に悪かったな、本当に助かった」

<「困った時はお互い様ですよー、またいつでも電話して下さいね!!」>

 

手を振ったツバキに片手をあげて返す。

電話を切ってジョーイさんに預けていたエーフィとブラッキーを引き取る、ついでにまた包帯を貰った。

 

「怪我の具合はどうですか?」

「どうだろうな、そんなすぐには治りそうもないだろうし」

「連れて来れないなら、私が診に行きましょうか?あ、でもやっぱり人間の私は駄目かしら……」

「……良いな、それ」

「え?」

「是非、診に来てもらいたい」

 

ジョーイさんに手を出せばジョーイさんは首を傾げた。

 

*

 

反転世界に来ればギラティナが家の前で座っている。ヒラヒラと手を振ったギラティナに片手をあげて返す。

 

「お帰りー、結構大変だったぜ」

「悪いな」

「まあ、シンヤの為だと思えばどうって事ないけどな!!」

「ふぅん」

「素っ気な!!」

 

文句を言うギラティナを放って家の中に入ればスイクンに水を飲ませるヤマトの姿があった。

近寄って来たトゲチックの頭を撫でて私もスイクンの傍に近寄る。

 

「どうだ?」

「クゥゥ……」

「少し楽になって来たか、なら良かった」

 

麻痺も大分取れて来たらしいスイクンが小さな声で鳴いた。

隣でヤマトが溜息を吐く。

 

「水があるのは良いけど、やっぱり僕にはもう限界だよ。これ以上の治療はさすがに無理」

「だろうな」

「医療なんてホントに必要最低限しか勉強してないもん。ジョーイさんになんか到底及ばないよ……」

「限界だと思って、ジョーイ代理を連れて来たぞ」

 

へ?と間抜けな声を出したヤマトにボールを見せてやる。ヤマトは更に首を傾げたがボールから私がポケモンを出せばヤマトは顔に笑みを浮かべた。

 

「ラッキー!!」

「ジョーイさんから借りて来た」

「神々しく見えるよラッキー!!!」

「ラキラッキィ!!」

 

テキパキとスイクンの治療に取り掛かるラッキー。スイクンの体調が安定するまでここに居てもらう事になっている。

ポケモンセンターにはもう一匹ラッキーが居るが急患などで手が足りなくなったら手伝いに行くのは私、という約束にした。

 

「それにしても不思議だよな」

「何がー?」

 

スイクンの包帯を換えるラッキーを見ながら呟くとヤマトが首を傾げる。

 

「性別が限られたポケモンが居るのは不思議だ。メスしか居ないポケモン、オスしか居ないポケモン……」

「うーん、そんな事を考え出すとキリが無いねぇ……」

「研究員の言葉とは思えない投げやりっぷりだな」

「せ、専門外なとこだから!!」

 

本での知識なので未だ実物を見た事が無いが、オスしか居ないニドキング。キングなのだから当然オス。メスしか居ないニドクインはクイーンでメスだ。

コイキングはメスでもキングなのにな……。

同じ形のポケモンでもオスとメスで細部の微妙な所が違ったりするポケモンも居るらしいが、生息地や育つ環境の違いだろうか……。ライオンのオスにはたてがみがあってメスには無いみたいな……。

 

「気にしだすと余計に気になってくるな……」

「そう?シンヤって研究者向きなんじゃない?」

「凝り性だ。そういうヤマトは研究者向きじゃないよな」

「そうなんだよー、ポケモンバトル弱いけどポケモン好きだから研究員にー……って、オイ!!!」

「不思議な生き物だよな、ポケモン……」

 

私が腕を組めばヤマトがえへんと胸を張って言った。

「だから人間は研究するんじゃないか」と……。

 

「ポケモン、ボールに押し込む技量があるならもっと他に脳みそ使え。絶対に捕獲出来るマスターボールとか作ってる暇があるなら尚更な」

「うわ、元も子もない事言った!!」

「私がもしその技量を持ってるなら、まず石の研究をするな」

「何で」

「特定のポケモンを進化させるんだぞ?同じポケモンなのに性別を限定しないと使えない石もある。私ならボールを作らないでポケモンを進化させる新たな石を作る」

「ほー、どうやって?」

「その技量が無いから作ってないだろ」

「ああ、そっか……」

 

私が考え付くんだからもう考え付いて石を専門に研究してる奴は居るかもしれないな……。まあ、居るから様々な石の種類が見つかっているんだろうし……。

 

「……人間はいつ進化するんだろう」

「え、僕たちは最終形態でしょ」

「これでか!!」

「めちゃくちゃ不満有り気ー!!!二足歩行してるじゃん!!」

「納得いかん」

「最終的にどうなりたいわけ……」

「……どうなりたいんだろうな」

「……」

「石でも齧っとくか?」

「何で僕に言うの……」

 

進化した方が良いと思って。

……という、出そうになった言葉を飲み込んで小さく咳払いをした。

 

「まあ、とりあえず」

「とりあえず?」

「アグノム、お前そろそろ帰れ」

< 自分が連れて来た癖にっ!!! >

「帰しちゃうの!?うわ、僕せっかく仲良くなったのに!!アグノムぅうう!!」

< ヤマトぉおお!!! >

 

 

よし、

お前ら帰れ。

 

*



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15

ラッキーにスイクンを任せ、育て屋での仕事も終わり実家に立ち寄るとカズキとノリコがミミロルと遊んでいた。

 

「この辺にミミロルなんて居たか?」

「兄ちゃん!!」

「なんかね、家の中に入って来たんだよ!!」

「ミミー!!」

 

元気よく私に挨拶して来たミミロル。

お前、ツバキの所のミミロルじゃないか……。鷲掴みにして持ち上げればミミロルが足をばたつかせる。

 

「トレーナーを放って何でこんな所まで来たんだ」

「ミィ!!」

「遊んで、じゃないだろ……」

 

地面に下ろしてやればぴょんぴょんと飛び跳ねる。ノリコが真似して同じ様に飛び跳ねた。

これは帰って来て早々だというのにまたポケモンセンターに逆戻りか。溜息を吐けばミミロルが足にくっ付いてきた。

 

「何だ?」

「ミーミーィ……」

 

首を横に振るミミロル。

これはツバキに連絡するなと言う事なのだろうか。行かないでと引き止められてしまった。

 

「……問答無用!!強制送還だ!!」

「ミミッ!?」

「ツバキに連絡するからお前も来い」

「ミミーッ!!ミミロー!!」

「うるさい、大人しくしろ」

 

私がミミロルを掴みあげれば苛めるな苛めるなと言ってカズキとノリコが私を引き止める。

何だ、私が悪者みたいじゃないか。放って置いても良いのに善意でツバキに連絡すると言っているのに……。

 

「というか、お前、ツバキの所に帰りたくないのか?」

「ミミ」

 

コクンと頷いたミミロル。

懐き進化のミミロルをミミロップにするんだと意気込んでいたツバキの悲痛な表情が目に浮かぶ……。全然、懐いてないじゃないか……。

家出をして来たらしいミミロルをとりあえずノリコに預けて私は反転世界へと戻った。勿論、ただの通り道でそのままズイの育て屋へと出る。

ポケモンセンターに来て電話を掛ければ何度かのコールの後に落ち込んで元気の無いツバキが電話に出た。

 

<「……はい」>

「酷い顔だな…」

<「ちょっと事情がありまして……」>

「ミミロルが居なくなったんだろ」

<「な、何故それを!!」>

 

こっちに来てると言えばツバキの顔に笑みが戻った。

 

<「そっかぁ!!見つかって良かったー!!迷子になったみたいなんだよねー!!」>

「いや、明らかに家出だと思うが」

<「……え、何で?あたし何かした?」>

「知らん」

<「毎日、リゾートエリアでエステ受けて。マッサージもして貰って、ブラッシグングも毎日して、可愛いね!!って毎日言ってあげてたのに!!!」>

 

そんな事、私に力説されても……。

 

<「あたしの何が悪かったのぉおお!!!ミミロルちゃぁああん!!!」>

 

画面の向こうで泣き出したツバキ。

仕方なく、凄く面倒ではあるが提案を持ち掛ける。

 

「何で家出して来たのか聞いといてやるから……」

<「うう……、お願いします……」>

 

電話を切って溜息を一つ。

また、実家の方に戻るハメになった。行ったり来たりと今日もまた忙しいな……。

 

 

実家へと帰ってくればミミロルが飛びついて来た。頬を摺り寄せてくるミミロルの耳を掴んで引っぺがす。

 

「お前、何で家出して来たんだ」

「……」

「理由次第では対応が変わるぞ」

「ミ、ミミィ……ミミー、ミミロー……」

 

ポツリポツリと話し出したミミロルの言葉に耳を傾ける。大体の意味を把握すると理由はこうだ。

ゲットはされたものの、ツバキとは根本的に合わない。毎日、毎日、エステやマッサージ。気持ち良くもないブラッシングを毎日されるのは嫌でしょうがないし、甘え声で可愛い可愛いと言われる事にうんざりした……、と……。

 

「まあ、お前オスだしな」

「ミミ……」

 

ツバキのミミロルへの接し方を変えればミミロルはツバキの所に帰ろうと思うんじゃないだろうか。

理由は分かった、と頷いたのは良いが……。またポケモンセンターに行かないと行けないのか、めんどくさい……。しかし、ツバキは私からの連絡を今か今かと待っている……。

 

「ポケモンセンターに行くぞ」

「ミミィ?」

「ああ、勿論、お前もな」

「ミー……」

 

行ったり来たり、今日も忙しそうですねとジョーイさんに笑われた。

ツバキに電話をかければツバキが涙声で私の名前を呼ぶ。適当にあしらいつつミミロルが家出した理由を言うとツバキは顔を蒼白にさせた。

良かれと思ってやった行動が裏目に出ては苦労も水の泡だな……。

 

<「根本的に合わないとか、あれか生理的に無理な女って事かな……」>

「ツバキがやり方を変えるか別のミミロルを捕まえるか、だな」

<「はぁぁぁあ……、あたしトレーナーの才能ないのかな……、ミミロルには嫌われるし、ヨマワルがサマヨールに進化したのは良いけど相変わらずあたしの言う事聞いてくれないし……」>

「ミニリュウもか?」

<「ミニリュウは良い子だけど……」>

「なら性格の問題だろ。ミミロルとサマヨールはツバキの性格と合わないんだ、事実、エンペラーとヨルノズクはちゃんとツバキの言う事を聞いているし。トレーナーとして功績を挙げているんだから自信を持て」

<「シンヤさん……」>

 

小さく頷いたツバキが目に涙を溜める。

 

<「あたし、頑張る」>

「ああ」

<「新たなポケモンをゲットして頑張る!!」>

「ああ」

<「だから、ミミロルとサマヨールはシンヤさんにあずけるね。二匹ともシンヤさんとは性格が合ってるみたいだし!!」>

「は?」

<「はい、サマヨール送った!!ミミロルのボールも送ったからね!!シンヤさんのおかげで、あたしまた新たな第一歩を踏み出したよ!!!ありがとうシンヤさん!!またバトルしようね!!!」>

 

じゃ、と言って電話が切られた。無情にも私の手元にはサマヨールの入ったボールとミミロルのボールが……。

 

「押し付けられた……」

 

そろそろミロカロスをボールから出してやろうかと思っていたのに余計にややこしくなって来た……。

ブラッキー、エーフィ、トゲチックの三匹で、もうすでに自分一人じゃなきゃ嫌だとか言い出してる馬鹿に更に二匹増えたと言うのはどうなんだ……。ギラティナにも自分は連れて行かない癖にとグチグチ言われそうだし……。

 

「ああ、もう、めんどくさい」

 

*

 

家に戻り、ミロカロスをボールから出す。力無く項垂れるミロカロス。

暫くボールの中に居て反省したのか怒られると思っているのか随分と大人しい。

 

「ミロカロス」

 

名前を呼んでやればミロカロスがビクリと肩を揺らす。

別にもう怒ってはいない、呆れてはいるが……。ミロカロスの頬を軽く抓って視線をこちらに向けさせる。不安に揺れる目と視線が合った。

 

「もう置いて行ったりしないから安心しろ。お前も勝手に居なくなるなよ?」

「シンヤ……」

 

ミロカロスが目に涙を溜める。

頭を撫でてやれば大人しく見ていたトゲチックが手を叩いて喜んでいた。

コホンと小さく咳払いをしてボールを二つ取り出す。そうすればミロカロスが目を見開いて、ブラッキーが首を傾げた。

 

「サマヨールとミミロルを押し付けられたので、まあ、私の手持ちとなった……」

 

「はぁああああ!?!?」

 

声を張り上げたのはギラティナ。

エーフィは興味なさ気、ブラッキーとトゲチックは嬉しいのかキャッキャッとはしゃいでいる。

ミロカロスの顔には影が差してブツブツと何か呟きだした……、不気味だぞお前……。

 

「オレは手持ちにいれてくれなかったくせにぃい!!!」

「邪魔者が一匹、二匹……」

「とは言っても」

「「とは言っても?」」

 

顔を上げたミロカロスと眉を寄せるギラティナの声が揃う。

ボールをポケットに戻して私が頷く。

 

「ミミロルはポケモンセンターでジョーイさんの手伝いを、サマヨールは研究所でイツキさん達の手伝いを各々でしてもらう事にした」

「……まあ、それなら妥協しても良いぜ。旅に出るわけでもないし?特別ベタベタ可愛がられるってわけでもないみたいだし?」

「俺様の事をもっと可愛がってくれるなら許してやっても良い」

 

何だお前ら、ムカつくな。

手持ち増やして連れ歩いてたら怒ると思ったからジョーイさんとイツキさんにわざわざ頼みに言ったんだぞ私は……。

あまりにも何故かムカムカと腹が立ったので。

 

「エーフィ、サイケこうせん」

「エー……、フィィイイイ!!!」

「「!?!?」」

 

もう暫く口聞いてやらん。

エーフィに遊ばれているミロカロスとギラティナを放ってスイクンの様子を見に行く。

部屋に入ろうとすればラッキーが入れ違いで部屋から出て来た。

 

「今、寝てるか?」

「ラッキー」

 

ラッキーの返事を聞いて部屋の扉を開ける。返事は起きてますよーとかそんな感じだった。

部屋に入れば見知らぬ美人が居た。包帯の巻かれた腕を擦りながらこちらに視線をやる…。吸い込まれそうな綺麗な目と視線が合い思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「シンヤ、さん……」

 

擦れた、それでも綺麗な声。

しかしその低音は男のもので何だ男かと少しガッカリした。

 

「スイクンも人型になれたんだな」

「長く、生きているから……」

 

ほぅ、やっぱり伝説なんて呼ばれる連中は長命なのか。まあ、ユクシー達なんて神だしな……。

儚げにゆっくりと瞬きをしたスイクン。本当に男なのかと無礼だと分かりつつスイクンの胸に手を当てる。

 

「……」

「……?」

 

ぺったんこだ。男だった。むしろ若干逞しい胸板だった。顔が顔だけに凄く残念だと思う辺りやっぱり私も男だな。

私が胸に触った事が不思議だったらしいスイクンが自分の胸をペタペタと触って首を傾げた。何かあるのかと私に問うように視線を向けてくる。

 

「女かどうか確認しただけだ」

「……私は男だと思う」

「そうだな」

 

凄く残念だ、という言葉は喉の辺りで押さえ込んだ。

 

「……」

「……」

 

私があまりにも凝視し過ぎたせいかスイクンが顔に何か付いているかと聞いて来た。

いや、別に。とそれだけ返せば良かったのに余計な事を言ったと後から後悔する。

 

「あまりにも美人で見惚れるな」

「……それは」

 

口を開こうとしたスイクンの言葉を遮って扉が勢いよく開かれた。

扉の方に慌てて視線をやれば水タイプの癖に何故かメラメラと炎を背負ったように見えるミロカロスが……。

 

「許さない……」

「は?」

「俺様が、俺様が一番美人で綺麗だって言ってくれなきゃ嫌だぁあああ!!!」

「エーフィ、あの馬鹿にもう一発サイケ光線だ」

 

エーフィが楽しげに尻尾を揺らした。

 

*




15話になっての主人公

育て屋で働きつつ、ジョーイさんやユクシーに教えられポケモンの知識は豊富になってきた。
性格は極めてポジティブで明るい思考へと向きつつあるが執着心がゼロで横柄な態度なのは相変わらず。好き勝手する手持ちのポケモンにはイライラしつつも打ち解けてはいる。
ヤマトら曰く表情の変化も分かりやすくなって自分の気持ちを出してくれるようになったらしい。
年齢変わらず25歳、最近の趣味はポケモン観察。

15話現在の手持ち
※技の種類はヤマトが研究の為に勝手に覚えさせたり忘れさせたりしている。

* ミロカロス(人型可能)
進化して自分に自信を持ち何かと一番にこだわる。変にグレて考え方も喋り方も微妙に反抗的(なんちゃって不良)
ミロカロスの世界はシンヤ中心、シンヤの事が好き過ぎて思考が危険。
人型時の見た目年齢は20代前半、趣味はシンヤに構ってもらう事

* ブラッキー
最近はエーフィにべったり、何処に行くにもエーフィと一緒に行動したがる。
頭が足りない子で指示無しだとバトルには弱いが能力はずば抜けて高い。
日課はエーフィと散歩、シンヤにブラッシングしてもらうのが大好き

* エーフィ
最近めきめきと強くなって自信過剰気味、性格の悪さに拍車がかかったらしい。
プライドが高く何かと根に持つタイプ、ブラッキーに対してだけ激甘(過保護)
日課はブラッキーと散歩、ジョーイさんの所に行って手伝うのもわりと好き

* トゲチック
面倒見の良い育て屋のバトルリーダー。個性的な手持ちの中でも順調に素直な良い子に育っている。
おおらかで誰とでも仲良くなれるし嫌われにくい子。凄く良い奴。
じじ様、ばば様に日々可愛がられており。シンヤはわりと何でもトゲチックに仕事を任せている。

* サマヨール
ツバキから貰った。
自分より下の位だと認識すれば一切命令に従わないが自分の認めた相手には凄く忠実に尽くす。
とても頭が良く研究所でイツキらの手伝いをする事になった。

* ミミロル
ツバキから貰った。
可愛がられるのも甘やかされるのも嫌いでツバキとは性格が合わずツバキの元から逃げだした。
真面目なしっかり者、性格は極めて男らしい子である。シンヤに代わりジョーイさんの手伝いをする事になった。


仲の良いポケモン

* ギラティナ(人型可能)
反転世界の主。シンヤの為なら結構なんだってやる。無意識にシンヤが好き過ぎる
自分勝手で自己中な奴だが意外と甘えん坊、シンヤに凄くゲットされたい。
人型時の見た目年齢は20代前半、趣味は反転世界から外界を見る事

* ユクシー
シンヤの話し相手、頻繁に遊びに来てはシンヤに色々な事を教えてくれる。
礼儀正しい紳士的なポケモン

* アグノム
寂しがり屋で自分中心じゃないと納得出来ない。
構ってくれる人はわりと無条件に好き、無視する相手には容赦しない。

* エンペラー(人型可能)
ツバキのポケモン(エンペルト)、プライドの高い僕様。
シンヤの事は色んな意味で凄いと認めている、シンヤには勝てないと本気で思ったらしい。
人型時の見た目年齢は10代後半

* スイクン(人型可能)
捕獲の為か人間に酷い傷を負わされた。若干、人間不信気味。
シンヤも見惚れるほどの美人だがオスらしく性別は男だった。
人型時の見た目年齢は20代後半


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16

のんびりと過ごす休日、ブラッキーに急かされ渋々ブラッシングをしていた時だった。

扉を蹴り開けてミミロルが部屋に入って来る、足癖の悪い奴だと視線をやればミミロルが声をあげた。

 

「ミー!!!ミミー、ミミロォル!!」

「は?」

 

ジョーイさんが呼んでるとかそんな感じの事を言われた。

ブラッキーの頭を撫でてブラッシングを終わらせる。隣でブラッキーのブラッシングが終わるのを待っていたエーフィが立ち上がった。

 

「私じゃないと駄目なのか?」

「ミーミ」

「……」

 

休みなのに、と思いつつカバンを肩に掛ける。

ブラッキーとエーフィがついて来るのを確認してズイの育て屋へと出る。育て屋に居たトゲチックとミロカロスがカバンを持った私を見て近づいて来た。

 

「チョケチー」

「ポケモンセンターに行くだけだ」

「俺様も行くぅぅ……」

「勝手について来い」

 

前を飛び跳ねて歩くミミロルの後を追ってポケモンセンターに来れば待ってましたと言わんばかりにジョーイさんが私の腕を掴んだ。

 

「シンヤさん、ちょっと良いですか?」

「……」

 

いつも笑顔だが今日はなんだか胡散臭い笑みを向けられているような気がしてならない……、私が小さく頷けばジョーイさんの笑みが更に深くなる。

 

「実は最近ジョーイの間で話し合いがあったんです」

「へえ」

 

同じ顔のジョーイさんが沢山居るのは凄く不気味だったが特にその辺には触れず返事をする。

 

「ポケモンセンターを利用するのはトレーナーです。野生ポケモンは勿論利用するわけがありません」

「だから何なんだ?」

「そこでジョーイが集まって話し合ったんですよ。ずばり、野生ポケモンを専門に治療する医者が存在すれば良いんだって」

 

ね、と返事を促され小さく頷く。

私が頷いたのを確認してジョーイさんが話を続ける。

 

「野生ポケモンが人に懐く事は非常に稀で怪我をしたのを見つけても治療するのは極めて困難な事です。でも、もしも……、ポケモンに凄く懐かれる体質でそのうえポケモンの言葉が大体分かる……。なーんて人が居たら、実現出来ると思いません?」

「は?」

「主に野生ポケモンの治療を行う、ポケモンドクターという存在を」

 

私が眉間に皺を寄せればジョーイさんはニッコリと素晴らしく綺麗な笑顔を私に向けた。

 

「シンヤさんならきっとなれますよ、記憶力も抜群に良いし育て屋さんで働いているからポケモンの知識もある、それに私が教えた治療方法なども完璧にこなしていますしね」

「……図ったな、医療の知識は持っていて損は無いですよーなんて言ってやけに難しい事ばかり教えると思っていたら!!」

「フフフフフ」

「ジョ、ジョーイめ……」

 

恐ろしいぞこの女……!!まさか、ジョーイ達発案のポケモンドクター誕生計画が私を主に実行されていたとは!!私がいつ医者になりたいなんて言ったんだ!!

 

「さ、シンヤさん。そうと決まればドンドン勉強しましょう!!実践経験も必要ですしね!!」

「いつ決まった!!」

「今です」

「予想以上にふてぶてしいなジョーイ!!」

 

ズイのジョーイはえげつい。

きっと違う街では優しいジョーイがいるはずだ。優しいジョーイが世界に増えれば良いのに……と私は心の中で願いつつ無理やり腕を引かれ診察室へと連れて行かれる。

通りがかったラッキーに助けを求めると笑顔で受け流された。

悪魔だ。可愛い顔してやる事が酷いぞ……。

まあ、ラッキーの攻撃技は結構えげつい事するからな……。ジョーイとラッキーは似た者同士だ……。

 

「シンヤさん、私は厳しいですよ!!」

「それは知ってる」

 

*

 

仕事を終わらせ貰った木の実を持って帰宅する。

最初と比べると随分と元気になったスイクンが人の姿で木の実にフォークを突き刺した。

 

「シンヤが医者だと、確かに安心だと思う」

 

木の実を食べながら頷くスイクン、最近帰りが遅いと言われたのでポケモンドクターという、ジョーイに勝手に付けられた名称の仕事をさせられる事になったんだと説明した返事がこれだ。他人事だと思って言ってるなと思いつつ木の実の皮を剥いて種を取る。

一口サイズにしてスイクンの皿に木の実を追加した。

 

「シンヤは、優しいし……」

「ああ、私は怪我人と病人にはわりと優しいんだ」

「……」

 

ニコリと笑ったスイクンがまた木の実を口に入れる。何で男なんだお前、という言葉はまた飲み込んだ。

スイクンの皿にまた違う木の実を入れればその木の実は横から取られた。視線をやれば木の実が入っているのか片頬の膨らんだアグノムが口を動かしている。

 

「……」

 

頭を片手で鷲掴みにして持ち上げてやればアグノムは口を手で押さえた。そのまま片手に力を入れるとじたばたともがきだす。

 

「誰が食って良いと言った……」

< 出さない!!何をされてもこの口の中に入ったコレは出さない!!我、負けない!! >

 

必死に口を動かして口の中の木の実を飲み込んだらしいアグノムが得意気に口を開けて何も入ってないアピールをするものだから口の中に指を突っ込んでやった。

 

< ぅぐほぉお!!! >

「この木の実、小さくて剥くのめんどくさいんだぞ……」

< 我も木の実食べたかった…… >

「私が剥いたのは食うな、かじれ!!」

< なんだ食べて良かったのか、いただきまーす >

 

木の実を頬張るアグノムを見てスイクンが笑う。

次の木の実を剥き始めた時にコンコンと控えめにノックがされた。扉に視線をやれば「お邪魔します」と言って入って来たユクシー。

 

「ユクシー、お前の事は凄く好きだ」

< ふふ、我も好きですよ >

「だから、アグノム連れて帰ってくれ」

< またですか…… >

 

やれやれと言った様子でアグノムの隣に座ったユクシー。

スイクンが口の中に入った木の実を飲み込んでユクシーに話しかけた。

 

「シンヤが医者に、なるらしい」

< お医者様にですか >

「野生ポケモンを治療して回る旅をするって……」

< それは素晴らしいですね! >

「まて、勝手に話を膨らませるな!!何で私が治療の旅に出る事になってるんだ!!」

「野生ポケモン専門の医者、なんじゃないのか?」

「それはそうだが……」

「なら治療して回るんだろ?」

「何故そうなる!!」

「野生ポケモンは野生だから、医者の元に治療されに来るわけがない」

「……」

 

たまたま見つけたら治療するとかそんなんじゃ駄目なのか、駄目だろうな……。考えが甘かった。

 

< マジで?シンヤが医者とか世も末って奴じゃねぇの?だって超キョウボー >

「治してやる前提でボコボコにするぞ」

< イヤァアアア!!! >

 

アグノムが悲鳴をあげたのと同時にギラティナが部屋に入って来た。悲鳴をあげるアグノムを見て眉間に皺を寄せる。

 

「チビーズその2、うるせー」

< 待てやオイコラ、チビーズって我たちの事じゃねぇだろーなぁ!!!そんで何で我がその2だコラァア!!! >

 

うるさい自覚はあったのか……。

喚くアグノムを無視してギラティナが私の隣に座った。納得がいかないと怒るアグノムをなだめるユクシーに心の中でエールを送る。

 

「いつ旅に出んの?」

「は?」

「旅に出るんだろ?」

「誰が」

「お前、アナタ、ユーだよ、シンヤサン」

「はぁ?」

 

あれ?と言って首を傾げたギラティナ。

誰がいつ旅に出るなんて言った。一言も言った覚えなんて無いぞ。そして旅に出る気も無いぞ。

 

「でも、外界でほらお前のオトウトとイモウトが喚いていたし、オカアサン?とかいうのも旅支度してたぜ?」

「はぁ!?」

「ああ、まだ旅に出ないって事か」

「いや、出るとも言ってない!!」

 

おのれ、ジョーイ!!!私の居ぬ間に話を勝手に進めているな!!

ソファの上に置いていたカバンを引っ掴んで部屋から出る……、前に……。

 

「スイクン、木の実を食べ終わったら薬を飲んで寝てろ。もうそろそろポケモンセンターに戻ってるラッキーも帰って来るだろうしな」

「分かった」

 

スイクンが頷いたのを見てから外に出る。育て屋に出ればトゲチックがハシャぎながら近づいて来た。

なんだ、と聞こうとすれば後方から思いっきり体当たりをされ思わず前によろける。視線をやれば涙目のミロカロス……。

 

「俺様の事、置いて行かないよなぁ……?」

「何を言っているのか分からん。今はそれどころじゃないんだ、離れろ」

「重要な事だろ!!旅に出るなら出るって前もって教えてくれるもんだろ!!何だよっ、また置いて行くつもりだったから言わなかったのか!?」

「旅に出ないのに出るという事になってるこの状況をどうにかしたいんだ!!さっさと、は・な・れ・ろ!!!」

「旅、出ねぇの?」

 

首を傾げたミロカロスを無視してポケモンセンターへと走る。

自動ドアのポケモンセンターの出入り口が開けばそこには悪魔のジョーイが居る、はずだった……。

 

「おお、シンヤくん!!久しぶりじゃな!!」

「オーキド博士!?」

 

ジョーイの隣には上機嫌なオーキド博士の姿が……。

呆ける私の肩に手を置いたオーキド博士が笑って言う。

 

「野生ポケモンの為に医者になる決意をして、尚且つすぐにでも旅に出て怪我をして困っているであろうポケモン達の治療をして回りたいとは……、感動じゃ!!素晴らしいぞシンヤくん!!!」

「!?!?」

「そうなんです、オーキド博士!シンヤさんのポケモンドクターへの熱意といったらそりゃもう一日で医学書を完璧に記憶してしまうくらい凄まじいものだったんですもの!!」

 

脳みそに刻み込みなさい、って笑顔で強要したのはジョーイ!!お前だ!!

 

「それに毎日遅くまで勉強して私の分の仕事まで経験を得る為にやりたい……って率先してやってくれるんです!!」

 

実践経験は必要です、なんて言って帰りたい私を引き止めてやらせたくせに!!!

 

「隣で見ていて思うんですよ……、シンヤさんはもう治療を全て安心して任せられるくらい、腕のある素晴らしいドクターなんだって!!」

 

隣で見てた事ないだろ!!!

夕食時なら勝手に晩ご飯を食べに行くし、深夜の残業になったら眠たいから寝ますね、お先ですって先に寝る女が何をほざく!!!

 

「おお!!そうなのか!!わしも協力を惜しまんぞ!!シンヤくん、キミには期待している!!頑張りたまえ!!」

「シンヤさん!!光栄な事ですね!!オーキド博士がわざわざ激励に来て下さるなんて!!私達ジョーイも各地域で応援しますよ!!」

 

ニコニコと笑うオーキド博士に「ありがとうございます」とお礼を言って、ジョーイに向き直り、睨み付けながら礼を言った。お前、許さん。

 

「そんなお礼なんて良いんですよ。同じ命を救う立場として当然の事ですから」

 

腹据えて行って来いや。と笑顔で言われてる気がする。

完璧に嵌められた……、やられた、負けた、もう逃げられない……。オーキド博士に太鼓判を押されてしまっては何を言ってももう無駄だ。

なんて策略的な女なんだ、ジョーイ貴様……。

 

「……、一生恨んでやる」

「ん?何と言ったかね?」

「一生懸命頑張ります、だそうです!」

「うんうん、良い心掛けじゃな!!」

 

*



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17

 

「何だよ、結局行くんじゃんか!!」

 

べしべしとテーブルを叩いて怒るミロカロスにうるさいと一言だけ返す。

カバンに荷物を詰めながら溜息を吐けばギラティナが笑った。

 

「ジョーイにしてやられてたな」

「全くだ」

 

旅だ旅だ冒険だと喜ぶトゲチックとブラッキー。二匹を見ているだけでも気が滅入る。

今回は仕方ねぇよと笑うギラティナはさすがについていくとは言わなかった。そこが少し疑問で問いかけてみる。

 

「お前は連れて行けって言わないのか?」

「あー、まあ、野生ポケモンの治療の旅とか面白くねぇし。よく考えたらオレ、こっちからずっと外界見れるからいつでもシンヤには会えるし」

「……そうか、お前が居たら私はいつでも帰ってこれるな」

「いつでも何処でもマイハウスに繋がってるから野宿知らず!!」

 

ケラケラと笑ったギラティナの頭を撫でてやるとギラティナはキョトンとした顔をして瞬きを数回した。

 

「な、何……?」

「いや、お前って実はかなり役に立つ奴なんだなぁと思って」

「今更!?」

 

まあ、ギラティナが居ればまだ出歩けそうにないスイクンの様子もすぐに見に来れるな。

必要な物があったら家に取りに戻れるわけだし……、家が別世界にあるのは予想してた以上に便利だ。

それにしても……。

 

「行きたくない……」

「え!?行くの、行かねぇの!?どっち!?」

 

ミロカロスがまたテーブルを叩いた。

 

「行く以外の選択肢が無くなったんだ……」

「じゃあ、行くの?」

「行きたくないけどな」

「俺様の事は連れて行く?」

「ああ」

 

顔に満面の笑みを浮かべたミロカロスがべったりと私の背にくっついた。邪魔だ鬱陶しいと言っても離れようとしない。

本当に鬱陶しい……。

カバンに荷物を詰め終わりカバンを肩に掛ける。いつでも家に帰って来れるなら荷物は最小限ですむ。応急処置は勿論、最低限の治療を行える道具をカバンに入れた。

あとはポケモンセンター認証の医師免許にジョーイ連中が作ったらしいポケモンドクターを証明するバッチ……。ああ、これは見える所に付けないと駄目なんだったな……。

溜息を吐いて家を出た、気分は憂鬱だ。

 

 

ポケモンセンターの前でジョーイと向き合う。

 

「それじゃ、いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

睨み付けながら皮肉を込めて言ってみたが、今日も輝かしい笑顔なジョーイ。いつか痛い目にあえば良いのにと思いつつジョーイに背を向けた。

 

「兄ちゃん!!」

「カズキ?」

 

駆け付けたらしいカズキが大きく手を振り声を張り上げる。

 

「頑張れー!!!」

「……」

 

嫌だ、とは思ったがこれを言うと後からジョーイに何を言われるのか分かったもんじゃないので片手をあげて返しておく。

 

 

 

この世界に来て、

ポケモン専門とはいえ、自分から命を絶った私が医者になるなんて。

 

睡眠不足にはなるし試験は同じ顔のジョーイだらけに囲まれるしで良い事なんて何もなかったが……、こんな付け焼刃の知識と技術で救える命なんてあるのだろうか……。

居ないよりはマシ、という事なのかもしれないが。

 

「めんどくさいな」

 

*

 

野生ポケモンの治療をして来いと放り出され歩くこと数十分、飛び出してくるのは元気なポケモンばかり。

よくよく考えてみれば。いや、よく考えてみなくても分かる。その辺に治療の必要なポケモンがごろごろと転がっているわけがないのだ。

 

「……」

 

ミオ図書館に行こう。

治療なんて見つけたらで良いだろ、別に治さないとは言ってないんだし。大体、野生と名がついているんだからあまり人間が干渉するものじゃないだろ。野生なんだから放っておいても何も問題ない。

自然治癒出来ない程度、それこそスイクンみたいに人間から故意に受けた傷とかでない限り人間が治してやる必要性なんてほぼ無い。

まあ、育て屋の仕事もないし、ジョーイに呼び出される事もないし。久しぶりにゆっくり出来るんだから図書館で自分の好きな本でも読むとしよう。

いつでも家には帰れるしな。

 

「なあなあ、何処行くんだ?」

「ミオだ」

「またミオー?」

「お前、確かヤマトになみのり覚えさせられてたよな?」

「俺様?うん、ひでんマシン押しつけられた」

「ならお前に乗せてってもらうからな」

「俺様に、乗る……?」

 

人型で隣を歩いていたミロカロスが急に立ち止まった。何だ、と私も止まって振り返ればミロカロスは目を見開いてこちらを凝視している。

 

「……何だ、不満か」

 

首を大きく横に振ったミロカロスが走って来た。

 

「俺様がシンヤに必要とされてるぅうう!!!やっぱり俺様ナンバーワン!!!」

「……」

 

抱きついて来たミロカロスを片手で制する。

 

「乗って乗って!!もうずっと俺様の上に乗ってて!!」

 

鬱陶しい奴だ。

 

 

ヨスガシティを通り過ぎて208番道路から207番道路に抜ける。少し歩けばそこはクロガネシティだ。

テンガン山の麓なだけあって岩ばかりの所。

 

「この辺のポケモン超ザコいよな」

 

お前が強すぎるんだ、お前が。

ヒンバスの時は水タイプの技なんてひとつも使えなかったが、ミロカロスに進化してからはバトルが早い早い。

この辺のポケモンは岩タイプやらが多いのかミロカロスには余裕の相手という事なんだろう。

 

「クロガネ炭鉱博物館……、寄って行くか」

「えぇぇえ……」

「別にボールの中に戻ってても良いんだぞ?」

「行く、行きます、行きたいです」

「……」

 

コイツはボールの中で大人しくしてない奴だな、と思いつつ博物館へと足を運ぶ。

 

「おお、でかい石炭だな」

「こんなの見ても面白くない……」

「石炭が出来るまで……、へえ」

「……」

「見ろ、地域によって石炭も違うらしいぞ。やっぱりその地の環境に変化されるんだな」

「……石炭、もういい」

 

頭痛い、つまらなさ過ぎて死ぬと呟くミロカロスがあまりにもうるさいのでまだ見たかったが博物館から出た。

 

「黒い岩なんて見ても面白くねぇよ……」

「石炭が出来るまでには長い年月がかかってるんだ。貴重な物なんだぞ、見て損はしない」

「見なくても損なんてしねぇよぉぉ……」

 

ホント、コイツ鬱陶しいな。

ミロカロスの頬を抓ってやればミロカロスが顔を歪めた。

 

「もっと面白いとこ行きたい」

「何処だ」

「炭鉱行こうぜ!!」

「目的は」

「岩タイプ狩り的な」

 

うっわー、嫌な奴。

この辺のポケモン、そんなにレベル高くないだろ。弱いものイジメだ。

 

「行きたいなら勝手に行け」

「えー!!!」

 

強い奴と戦いたいー!!バトルしたいー!!と叫びだしたミロカロス。周りの人たちの視線が集まって来た。

逃げ出したい衝動に駆られるなこれは。もう凄くコイツをすぐに野生に返して他人のフリがしたい。

 

「ねえねえ」

「あ?俺様に何か用かコラ」

 

話しかけてきた女性に何故か喧嘩ごしのミロカロス。愛想悪いな、まあ、私も人の事は言えないんだが……。

 

「強い人と戦いたいならジムに行けば良いじゃない、ヒョウタさんは強いわよ!!」

「ヒョウタ?」

「クロガネシティのジムリーダー。貴方だってコテンパンにされちゃうかも」

 

クスクスと笑いながら手を振った女性が去って行った。

ミロカロスの顔には不機嫌さが滲み出ている。嫌な予感だ。

 

「シンヤ……、ヒョウタとバトルしたいんだけど……」

 

言うと思った。

 

 

その後、ジムに殴りこみに行こうとするミロカロスを止めて。ボールに戻してから、わざわざ私が足を運んだ。

何度かジムを見た事はあったがジムでジムリーダーと向き合うのは初めてだ。今度デンジにでも会いに行こう。

 

「挑戦者の方ですね、では勝負です」

 

すまん、挑戦者は私じゃなくて鬱陶しい奴だ。

 

「ミロォオオ!!!」

 

「クロガネシティのジムリーダー。貴方だってコテンパンにされちゃうかも」

 

数分後、ミロカロスがジムリーダーをコテンパンにした。

 

 

「……ふぅ、ボクの完敗です。参りました」

「ミロォ!!」

 

ザマーミロ、とミロカロスが笑っている。

申し訳ない気持ちになりながらヒョウタがくれたバッチを受け取った。ジムリーダーに勝つとバッチが貰えるらしい。別に要らんな……。

 

「コールバッチです。このわざマシン76もどうぞ」

「わざマシン76……、ステルスロックか」

「!」

「ありがたく貰っておく」

「え、ええ。どうぞ」

 

興奮冷めやらぬといった状況のミロカロスの髪だか耳だか手だか分からない所を掴んで引っ張る。まあ、触角的なものだとは思うが……。

 

「ほら、もう満足だろ行くぞ」

「ミロ~」

 

満足したらしいミロカロスを連れてジムを後にした。

 

 

「わざマシンの番号と中身、全部覚えてるのかな……。うーん、只者じゃない感じ……。あ、名前聞くの忘れた!!」

 

 

*



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18

コトブキシティに着いてポケモンセンターが視界に入ったがミロカロスは元気だし、家にはすぐ帰れるし、、と理由を付けてポケモンセンターを素通りする事にした。

ジョーイに何か言われそうで面倒、が一番の理由なんだが……。

もうすぐ日暮れだがミロカロスがいるからこのままミオシティに直行しても何ら問題無いだろう。コトブキをそのまま出ようとすれば「あー!」と大きな声。

聞こえたには聞こえたがどうでもいいのでそのまま歩けば「待て待て」と切羽詰まる声。誰か呼び止められているんだなぁと思っていれば腕を掴まれた。

 

「待てぃ!」

 

私か。

腕を掴んだ相手に向き直れば何処かで見た顔。少し大き目の腕時計を突き出した男を見て思い出した。

 

「ポケッ……」

「要らん!!」

「くぅうう、なんて強情な!!!我が社のポケッチがそんなに要らないのか!!」

「くどい!」

「持って行きなさい。これはキミの役に立つ物だよ」

「しつこいな。要らん物は要らん」

「持って行ってくれなきゃヤダヤダヤダー!!」

 

いい大人が駄々をこねる姿は見ていて苛立たしいぞ……。

ポケッチを私の手に握らせようと迫る男を制する。余計な荷物は要らん。ゴミになるだけだ!

それに、ここまでしつこく押しつけられると逆に意地になってきた。何が何でも受け取ってやらん。

 

「貰って貰って貰ってー!」

「要らん!」

 

どれぐらいの時間そこでそうしていたか、まあ数十分程度だとは思うがいつの間にか周りに人が集まっていた。

途中から泣き落としにかかった男を睨む様に見下ろしてやる。絶対に受け取らないぞ私は。

 

「シンヤさん!」

「ん?」

 

人混みの中から手を振ったのはツバキだった。

久しぶりです!なんて言いながら来たが電話では頻繁に顔を合わせているような……。

 

「いやぁ、何か面白い事になってるぞってみんなが言ってたから見に来てみれば中心人物がシンヤさんだとは……、何があったんです?」

「この男、ポケッチカンパニーの社長らしいが要らないというのにポケッチを私に押しつけてくるんだ」

「あたしも貰いましたよ?シンヤさんも貰っておけば良いのに」

「要らん!」

 

あらま、と呟いたツバキが男の肩を叩いた。

 

「シンヤさん、要らないそうです」

「貰ってくれなきゃ私は引かん!」

「あー……、じゃあ、シンヤさん。もう受け取っちゃった方が良いですよ。日が沈みます」

「必要無いものを貰ってもな」

「要らなかったら捨てれば良いんですよ」

「……」

 

それは良いのか?

ちらりと男に視線をやる。ポケッチを差し出されたので渋々受け取れば、男は満面の笑みを浮かべ、子供のように目を輝かせた。

受け取ったポケッチを横からツバキが持っていった。どうするんだと目で追えば今しがた受け取ったポケッチはゴミ箱の中に消えた。

 

「ノォオオオ!!」

「さ、シンヤさん!もう日暮れですしポケモンセンター行きましょう!」

「いや、私は……、というかアレは……」

「レッツゴー!」

「……」

 

ツバキに手を引かれつつゴミ箱の前で頭を抱えた社長を見た。さすがに可哀想だな……、捨てると言っても目の前で捨てなくても……。

 

 

ポケモンセンターに入れば「あら」とジョーイに見つかった。まあ、当然見つかるとは思っていたが……。

 

「いらっしゃい、シンヤさん」

「どうも」

「暇ならいつでも手伝いに来て下さいね~」

「……」

 

く、ジョーイの犬になってたまるか……。

手を振ったジョーイから視線を逸らし溜息を吐く。

 

「シンヤさん、ジョーイさんと仲良いんですねぇ」

「ジョーイ公認のポケモンドクターになったからな……、指名手配並みに顔が知れ渡っているらしい」

「ポケモンドクター!?暫く会ってない間に!!」

「野生ポケモン専門医だ。野生ポケモンの治療して来いって放り出された」

「ほぉー」

 

少し考える仕草をしたツバキがぽんと手を叩いた。ひらめいた、の動作で手を叩く人間って本当に居たんだな……。

 

「お医者さんならカウンセリングとかもやってますか?」

「は?カウンセリングは、そうだな……、出来ない事もないが……」

 

まあ、ポケモンの言葉は大体分かるからな……。でもカウンセリング専門じゃないから良い答えは返せないような……。

辺りをキョロキョロと見回したツバキが口元に手をあてて小さな声で言う。

 

「実はですね、大きい声じゃ言えないんですけど……」

「?」

「あたし、伝説なんて言われるポケモンの友達がいまして……。その子の様子を見てあげてくれませんかね。あ、勿論、内緒ですよ!」

「なんで内緒なんだ?」

「なんでって珍しいポケモンの事を大っぴらに言えるわけないじゃないですか。一生に一度見れるか見れないかのポケモンですよ!」

「……」

 

家に帰ればギラティナにスイクン、毎日のようにユクシーとアグノムが来てるんだけどな……。まあ、言わないでおこう。

分かった、と小さく頷けばツバキは「じゃあ、明日早朝に」と言って部屋に行ってしまった。

 

「……早朝?」

 

結局、ポケモンセンターに泊まる事になった私は部屋でごろごろして本を読み。

ああ、もう日付が変わってしまった。早く寝なければと思いながらトゲチックに寝坊しないように朝起こしてくれと頼んで寝た。

 

「シンヤさん!急患入ったんで手伝って下さい!!」

「……今、何時だ」

「もう朝の3時です」

「まだ夜中だそれは」

「寝ないで!シンヤさん!!人手が足りないんですってば!!」

 

*

 

「おはよう、シンヤさん。早いですね」

「……」

 

カルテの整理をしていたらツバキがやって来た。早いもなにもない……。ほとんど寝てないんだ……。まあ、ジョーイも寝てないから文句を言うにも言えないが……。

 

「さ、行きましょう!」

「何処に」

「シンジ湖です」

 

腕を引かれ歩きだしたが、シンジ湖に居るのは確か感情の神と称されるエムリット。

居るのは聞いたが実際にはまだ会った事が無かったな……。

ポケモンセンターから出ればツバキがカバンから折りたたみの自転車を取り出した。慣れた手付きで自転車を組み立て終わったツバキと視線が合う。

 

「はい、乗って下さい」

「後ろに?」

「イエース」

「私が後ろに乗ると重いと思うぞ」

「大丈夫です、シンヤさん細いし」

「失礼な……」

「あ、細マッチョですか?」

「馬鹿にしてるなお前」

 

首を横に振ったツバキを軽く睨んでから自転車の後輪にある金具に足をかける。

ツバキの肩に手を置いて自転車に乗った。座れないのが難点だが立ってた方がこけた時に逃げやすいから良いとしよう。

 

「ん、しょ……。じゃあ、行きます、よー!」

「……」

「く……っ」

「……」

「ふぬぅううう!!」

「代わろうか?」

「……お、お願いします」

 

自転車から降りてツバキと場所を変わる。

ツバキが後ろに乗って肩に手を置いた所で私は自転車をこぎだした。自転車、久しぶりに乗ったな……。

 

「あたしは風よぉお!風になるのよぉおお!!」

 

恥ずかしいからやめてくれ。

シンジ湖に向かって自転車をこぐ。勿論、ツバキの道案内で。

途中、声を掛けて来たトレーナーを無視して進む。しつこく追いかけて来たが撒いた。

そして飛び出て来た野生ポケモンをはねた。

 

「……」

「シンヤさん……、なんて事を……」

「悪気は無かった」

「何のポケモンか分からなかったけど、バイーンって飛んでいったよね」

「……拾って行くべきか?」

「見捨てる気ですか、アンタそれでも医者か」

「チッ」

「舌打ちしなーい!!」

 

自転車から降りてポケモンが飛んで行ったであろう茂みを探すと目を回して気絶するポケモンを発見。

尻尾を掴んで持ち上げた。

 

「伸びてる」

「犯人はシンヤさんだー!!ってオタチじゃーん!!可愛いっ、あたしに頂戴!!」

「ん」

 

見た限り気を失ってるだけで特に外傷は無かったオタチをツバキに渡す。ツバキはオタチをゲットした。

 

「良いのかそれ不意打ちだぞ」

「良いの良いの。可愛がるから」

「ノーマルタイプが欲しかったのか?」

「うん、ミミロル居なくなっちゃったし。可愛いノーマルが欲しかったの。トゲピーもぶっちゃけ欲しかった」

「ふぅん」

 

再び自転車をこぎ始めればマサゴタウンが見えて来た。素通りでとツバキが言うから研究所の前を横切る。

 

「そのまま突っ切って左」

「……フタバにえらく近いな」

「そうなの。あたしの小さい時からの友達なんだー」

「エムリットがか?」

「うん。って何で知ってんの!?」

「シンジ湖に居る伝説のポケモンとまで言われれば分かる」

「あ、そっか」

 

シンジ湖に着けばツバキが辺りを見渡した。

エムリットー、と大きな声で呼んでいるがエムリットは現れない。

 

「うーん、シンヤさんが居るからかなぁ……」

「そんな事はないと思うが」

「エームリットやーい」

 

時間が掛りそうだったので地面に腰を下ろす。カバンから木の実を出して細かく砕く作業をし手製のポケモンフード作りに取りかかる。時間のある時にやっておかないとすぐ無くなるからな。

暫くすると小さく溜息を吐いたツバキが横に座ってポケモンフードに手を伸ばした。そのまま口に入れ……。

 

「おい」

「あ、人間が食べても美味い」

「食べるな」

「シンヤさん器用ー、さすがポケモンドクター。ブリーダーにもなれるんじゃない?」

「一応、ブリーダーの資格も持ってる」

「嘘!?」

「育て屋で働きだした時についでにな」

「トレーナーはやらないの?コーディネーターは?」

「めんどくさい」

 

なんだよー、と言ったツバキが草の上に寝転がった。朝早く出て来た事もあって眠たいらしい。

ツバキが本格的に眠りに入ろうとしていた時に小さな声が聞こえた。

 

< ツバキ…… >

「おい、起きろ」

「んん……?なんですか、ちょっとくらい寝かせて下さいよ……」

「呼ばれてる」

「誰に?」

「エムリットだろ、声が酷く弱っている気がする」

「え!?」

 

辺りを見渡したツバキがエムリットの名を呼ぶとエムリットはゆっくりと姿を現した。

現れたエムリットは地面にペタリと座りこむ、どうやら浮いている事も困難な状況らしい。

 

「エムリット、大丈夫?まだ調子悪いの?」

< ツバキ、我はもう駄目かもしれない。もうずっと調子が悪い…… >

「シンヤさーん、エムリットがぁ……」

 

頭を垂れるエムリット、心配したツバキがエムリットの頭を撫でた。

 

「どんな症状だ?」

「あのね、あたしが聞いたのはね。体の中がぎゅ~ってなって、よく眠れないし、食欲も無いんだって」

「ふむ」

「あたしはね、恋煩いだと思うの!!」

「は?」

「あたしもあの人を思うと、こう胸の辺りがぎゅ~ってなって、夜も眠れないし食欲も無くなるもん」

 

別にツバキの事を聞いてるわけじゃないんだが……。

エムリットの頭を軽く突いて視線を上げさせる。

 

「気分は?」

< 悪い…… >

「体の中がぎゅーとなるらしいが、吐き気があるのか?」

< 吐きたくはないけど、吐きそうな感じに気持ち悪い…… >

「どれぐらいその症状が続いてるんだ」

< 5日前くらいからずっと…… >

「分かった、少し腹の音を聞くから喋るなよ」

< …… >

 

エムリットを持ち上げて腹に耳を当てる。聴診器は家に忘れた。今度から持ち歩こうと思う。

腹の音を聞いてからエムリットに口を開けさせる。ライトを当てて奥の方まで確認してツバキに視線をやる。

 

「ど、どう?」

「そうだな、食べ過ぎで胸焼けを起こしている」

「……え?食べ過ぎ?」

「胃が荒れている、胃薬を与えとけば大丈夫だ」

「え、本当にただの食べ過ぎ?」

「ああ、胃が荒れて締め付けられる感じがあるのと気分が悪くてよく眠れず食欲も無いんだろうな」

「な……、なんじゃそりゃぁあああ!!」

 

胃薬を調合してる横でツバキがエムリットの体を大きく揺さぶる。

 

「心配してたのに食べ過ぎって!!!もっと精神的に、本当に恋煩いかと思ってシンヤさん連れてきたのにさぁ!!!」

< ……うぐ >

「食べ過ぎってなんだー!!!」

「ツバキ、本当にそいつ吐くからやめてやれ」

「アホー!!!」

 

 

胃薬を飲んだエムリットは数時間後にはすっかり元気になっていた。

 

< シンヤ、腹減った! >

「完治するまでは好き勝手に食事をするんじゃないぞ」

< おう >

 

とりあえずジャム状にしたポケモンフードをスプーンですくってエムリットの口に入れる。

エスパータイプ用のポケモンフードをお湯でふやかした物だが気に入ったらしくエムリットはペロリと食べてしまった。まあ、ユクシーとアグノムも好みの味は違うがこのポケモンフードは気に入ってたからな。

 

「ああ……、心配損……」

「そう言うな、弱っていたのは事実だ」

「でも、食べ過ぎって……」

 

ツバキが大きな溜息を吐く。

元気になったエムリットは上機嫌らしく、ツバキの頭上でくるくると飛び回っている。

 

「シンヤさーん。エムリットって治るまでどうするの?」

「ああ、私の家に置いておくかな……。ラッキーもまだ居るし……」

「え!!ラッキー!?」

「ポケモンセンターのラッキーだからやらんぞ」

「わ、分かってますー。でも、何でポケモンセンターのラッキーが?治療中のポケモンが他にいるの?」

「まあな」

 

ちょろちょろと動き回るエムリットを捕まえて視線を合わせる。

 

「暫くは私の家で大人しくしていてもらうぞ」

< おーぅ >

「家にはユクシーとアグノムも頻繁に来るから退屈はしないだろうしな」

< おー >

「えー!?!?そうなのぉおお!?」

「……ツバキは家に入れないぞ」

「何で!!!」

「反転世界に家があるんだ」

「……マジ?え、ギラティナは?」

「居るぞ」

「シンヤさん何者ー!?」

「……」

 

*

 

せわしなく動き回るエムリットを捕まえて小脇に抱えればツバキが「あ」と声を漏らした。

 

「そうだ、シンヤさんにコレお礼」

「お礼?別に要らんぞ」

「あたしが無理言って来てもらったんだし、受け取っておいて下さいよ」

 

はい、と手渡されたのは眩く光る石だった。

 

「これでトゲチック進化させると良いですよ」

「そうだな、またヤマトに渡しておく」

「あ、自分でやらないんですね」

「めんどくさいからな」

 

ヨルノズクを出したツバキが片手をあげる。

私はこのまま反転世界に一旦戻って、ツバキは再び旅を続けるのだろう。

 

「それでは」

「ああ、またな」

「裏ルートでそっち行きますんで!!」

 

大きく手を降ったツバキがヨルノズクに乗って飛んで行った。

裏ルートって何だ。

 

 

家に帰ればギラティナの様子が少し変だった。

声を掛けようとすれば「あの女が来る、あの女が…」とブツブツと呟いていたので声を掛けるのをやめた。

あの女とはツバキの事なんだろうな、顔見知りだとは知らなかった。

 

< おかえりなさい、シンヤさん >

「ユクシー、来てたのか」

< ええ >

 

小脇に抱えていたエムリットをソファの上に置く。もぐもぐと口を動かしていて慌ててエムリットの口を手でこじ開けた。

 

「お前!ポケットに入ってたポロックを勝手にっ!」

< …… >

 

コイツ……、随分と静かだと思っていれば……、なんて食い意地の張った奴だ。更に胃を悪くしても知らんぞ。

 

「お前には私が決めたメニューの料理しか食べさせないからな」

< もう治った! >

「治ってない!弱ってる胃に急激に物を入れると痛い目をみるぞ」

< 治ったもんは治った!!もっとお菓子よこせっ >

 

このクソ生意気なチビが……と小さく呟けば隣でユクシーが「すみません」と小さな声で謝った。お前たちは同じタマゴから生まれた三つ子のようなものだろ。なんでこんなに精神年齢に差が出るんだ。

真面目なユクシーに寂しがり屋のアグノム、それで生意気なエムリット……。

溜息を吐いてエムリットにポロックケースを手渡した。食えるものなら食ってみろと渡せばエムリットはポロックをザラザラと口の中に流し入れた。味がミックスされている気がするがエムリットは満足気だ。

ユクシーと顔を見合わせれば外から悲鳴が聞こえてきた。ギラティナの声だ。

窓を開けてユクシーと一緒に外の様子を見てみればツバキが居た。本当に来たんだな、と思いつつユクシーと外に出る。

 

「ツバキ」

「あ、シンヤさん!ツバキちゃんが破れた世界に馳せ参じましたよっと!」

「どうやって来たんだ?」

「おくりのいずみから、もどりのどうくつを通って」

 

へぇ、と相槌を返しつつユクシーに視線をやれば隠されていた第4の湖があるんですよと教えてくれた。

そして何故かギラティナがツバキから距離をとり、ツバキを睨みつけている。

 

「どうしたギラティナ」

「……」

「そうだよー、どうしちゃったよギラティナくーん」

「よ、寄るな!」

 

ギラティナはツバキの事が嫌いらしい。

眉間に皺を寄せてギラティナは更にツバキを睨みつけた。

 

「そんな事言わないで、はっきんだまあげるからあたしと一緒に行こうよ!!冒険が君を待ってる!!」

「冗談じゃねぇよ!!帰れ!!」

「シンヤさんからも言ってやって。あの子、全くゲットされる気ないんですよ。ポケモンなのに」

「そうなのか?頻繁にゲットしてくれって言われるんだが……」

「……」

「……」

 

ツバキがギラティナに視線をやった。ギラティナが更にツバキから距離をとる。

 

「おぉい!!何でシンヤさんにはゲットされてもよくてあたしは駄目なんだコラ!!」

「何でもだ!!」

「はっきんだまやるっつってんでしょうが!!」

「それだけ置いて帰れ!!」

「くそー!!マスターボールさえあれば!!」

 

そうか、ゲットされたくないというポケモンをゲットするのにマスターボールは活用されるのか。……カズキにやったからなぁ、ツバキにやっても良かったのか。

というか……。

 

「はっきんだまって何だ。発行禁止処分の略称か」

< 違いますよ…… >

「なら何だ?」

< 白(しろ)い金(きん)と書いて白金です >

「……プラチナか」

< ギラティナの力を強化させる物なんですよ >

「へぇ」

 

ぎゃんぎゃんと言い合いをするギラティナとツバキ。そろそろ誰かが仲裁に入らないと面倒な事になりそうだ。

例えばギラティナがポケモンの姿に戻って攻撃してきたり、例えばそれに対抗するべくツバキが手持ちを出してバトルしだしたり……。

 

「もう力ずくで追い出してやらぁあああ!!!」

「バトルなら負けないぞコノヤロー!!」

 

ああ、もう、ほら。

家には療養中のスイクンが居るのに、ついでにエムリットも居るのに。

 

< シンヤさん、このままだとここは戦場と化します >

「ああ、下手すれば荒れ地になるな」

< どうやって止めましょう? >

「そうだな、サマヨールにちょっと頑張ってもらうか」

 

ボールからサマヨールを出してギラティナとツバキを指差した。

 

「全体的に金縛りとか、頑張ってくれ」」

「……」

 

私の無茶に答えてくれたサマヨールの技でギラティナとツバキは見事にその場に蹲ったまま動かなくなった。もがいてる所から意識はあるらしい。

 

< どうします? >

「ああ、ツバキのボールからエンペラーを出して連れて帰ってもらう。これ以上ここにいるとギラティナと本当に暴れるからな」

「うぅ、シンヤさんの馬鹿ぁ……」

「うるさい。エンペラー、さっさと連れて帰ってくれ」

「ボク、何でこんなトレーナーに従ってるんだろ。最初の選択の時にポケモン側にだって選択する権利くれれば良いのに。何で人間が三匹の中から選ぶんだろ、ホント納得いかない」

 

ぐちぐちと文句を言いつつツバキを担いでエンペラーが帰って行った。

地面に横たわるギラティナは大きすぎるので暫く放っておく事にする。ギラティナ本人もツバキさえ居なければ問題ないらしい、大人しく目を瞑って眠る体制に入っていた。

 

< うあぁああああッ >

< !? >

「……」

 

家の中から悲鳴が聞こえた。リビングに行けばソファの上でお腹を押さえ呻くエムリットの姿が……。

 

< お腹痛いぃ……、キリキリするぅ…… >

< また胃ですか? >

「ふん、長い間まともな食事を摂っていなかったのに急激に胃に物を流し込んだせいで胃が悲鳴をあげているだけだ」

< ああ、自業自得ですね >

< ユクシーのアホッ、助けろぉ!!胃薬ー!! >

「暫くすれば治る」

< うぅ、やぁだぁああ…… >

 

勿論、放置した。

 

*



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19

 

 

「シンヤ……」

 

誰かにぎゅっと手を握られている気がした。

 

 

 

 

「シンヤさーんッ!!」

「ぐあっ、耳がっ!!」

「耳が!じゃないです!全くもう野生ポケモンの治療に行ったと思えばミオに入り浸って!」

 

現在、ズイタウン。

ミオのジョーイが喋ったのかミオ図書館に入り浸っている事がバレて急遽呼び戻された。ズイのジョーイに説教をくらっている間に私はどうやら眠ってしまっていたらしい。

耳元で大声を出され耳が痛い。キーンとまだ耳鳴りしてるんだが……。

 

「やる気はあるんですか!やる気は!」

 

無いに決まってるだろ。

溜息を吐けば笑顔のジョーイの額に青筋が……。

 

「……」

「……」

 

笑顔のジョーイと顔を向き合わせ無言の数分。目線も逸らさず無言の戦いがあった、のだと言っておく。

暫くそうしているとポケモンセンターに入って来たヤマトが「やあ、どうも」と声を発した。ジョーイがヤマトに「こんにちは」と挨拶するがジョーイの視線はまだ私。

 

「シンヤ、ちょっと良い?帰って来て早々に悪いんだけどさ」

「ああ、良いぞ」

「良いと言いつつ、何故こっちを見ない」

「今、バトル中だ」

「え?」

 

ジョーイの瞳の中に私が映っている。

なんだかもう先に目を逸らした方が負けな気がするんだ。負けられない。

 

「いや、ジョーイさんと見つめあってる場合じゃないからね。早く!」

 

腕を引かれてポケモンセンターを出るがギリギリまで笑顔のジョーイから視線を外さなかった。

これは負けじゃない、引き分けだ。

 

 

ヤマトに連れられ研究所に。

そこには暫く見ていなかったイツキさんの姿があった。確か遠方の知り合いである博士に頼まれて探索に出掛けた……、とカナコさんが言っていた。

 

「イツキさ……、じゃなくて、お父さん、おかえり」

「おー!シンヤー!ただいまー!!」

 

抱きついて来たイツキさんに軽く抵抗しつつ研究所内の書類を漁るヤマトに視線をやる。

呼ばれたものの呼ばれた理由をまだ聞いていない。

 

「ヤマト」

「うん、じゃあ、行こう」

 

目当ての書類らしいものを持ったヤマトが外に出る。

あちこちに連れまわされて少し腹が立つがイツキさんから離れるには丁度良い、イツキさんを押し退けてヤマトの後に続く。

 

「今日晩御飯一緒に食べるんだからなー!早く帰って来るんだぞー!」

 

声を張り上げるイツキさんに頷いて研究所を出た。

外に出れば反転世界に飛び込むヤマトの姿、結局そっちに行くのかと思いつつ私も反転世界へと入る。

 

「なんなんだ?行ったり来たり」

「ふふふふふ」

 

不気味だ。

 

「実はね、スイクンが言うには反転世界にあのエンテイとライコウが来るんだって!」

「私、必要ないだろ」

「何言ってんの!家主でしょうが!」

「ああ、貸す」

「ちょーい!生で見よう!一緒に興奮しよう!!あのエンテイとライコウだよ!?」

 

もの凄くどうでもいいんだが……。

しかし、エンテイとライコウが来るという事はスイクンの見舞いか何かだろうか……、スイクンの奴はもう随分と回復してるし。

最近じゃ反転世界内を走って軽い運動もしてるくらいだからな、復帰祝いとか……。

 

「あぁぁあああああ!!!」

 

横でヤマトが声をあげた。家の方を指差すヤマトの視線を辿れば家の前に大きな二体のポケモン。茶色と黄色……。

 

「な、生だ……」

 

お前、珍しいポケモン結構見慣れて来たのに今更な反応だな。

家へと近づけばライコウがこちらを見てバチバチと電光を発した。威嚇しているらしいライコウを見てヤマトが私の背に隠れたが鬱陶しかったので突き飛ばしてやった。

 

「狭い家じゃないがさすがにスイクンも含めてデカイの三匹はキツイな。ギラティナみたいに人型になって中に入ったらどうだ?」

「「……」」

 

エンテイとライコウが顔を見合わせた。

納得したのか譲歩したのか知らないが大きな獣の姿だった二体はポケモンの面影を残す二人の男になった。

 

「貴殿がここの家主か」

「ああ、シンヤだ」

 

小さく頷いたエンテイ。ヤマトが「どうぞ!」と言って家のドアを開けた。

キョロキョロと辺りを見渡したライコウが眉間に皺を寄せながら家の中に入るエンテイの後に続いて家へと入った。

落ち着いたエンテイとは違ってライコウの方は落ち着かず私やヤマトから一定の距離をとっている。

私が部屋の扉を開ければ人型で居たらしいスイクンがこちらに視線をやった。

「あ」と声を漏らしたスイクンにライコウが飛び掛かる。

 

「スイクン!!テメェ、何ヘマしてんだ!!ズタボロにされた揚句に人間の世話になんてなりやがって!!」

「油断したのは認める、でも、シンヤは良い人間だ。私はとても感謝している……」

「人間は信用出来ねぇ!!今だってテメェはまだここに閉じ込められてんじゃねぇのかよ!?」

 

失敬な。私に監禁趣味なんてないぞ。

ライコウの言葉を聞きつつ棚からポケモンフードを取り出した。

これは粉末の薬が入ったスイクン用のフードだ。栄養不足を補う事も必要だったのでわざわざ配合した。

そろそろスイクンが出て行くと言うなら一応ある分だけでもポケモンフードを持って行ってもらおう。スイクン用だから置いといても誰も食べないし……。

 

「シンヤはそんな事しないよ!!」

 

今の今まで黙っていたヤマトがライコウに言い返した。

何でポケモン同士の会話に口を挟むのかあの馬鹿は……、放っておけばいいものを状況を悪くしたヤマトはバチバチと放電するライコウに睨みつけられて部屋の隅まで逃げた。

 

「ヤマトの言う通りだ……。シンヤは私を閉じ込めてなんていない、私は今も自由だ」

「すっかり人間に手懐けられちまってるのだけは、よぉーく分かったぜ」

「手懐ける?私がシンヤを慕っているのは認めるが、シンヤは私を利用したりなんてしない」

「まだしてねぇだけだ!!今に捕獲されて力を利用される!!」

「シンヤは他の人間とは違う……、無理やり捕まえようとなんてしない。それに、シンヤが私の力を必要とするなら捕獲なんてされずとも力は貸す」

「人間の手駒になるってのかテメェ!!!」

「違う!」

 

言い争う二人を見てヤマトが情けない顔をしながらオロオロしている。

何やら私の話で盛り上がっているのでどうにも止めにくい。ここで私が入ればライコウに噛みつかれそうだ。

傍で二人の様子を見ているエンテイに近づいて声をかけてみた。

 

「止めるに止めれないのだが、お前たちはスイクンを引き取りに来たんだろう?」

「……そうだ」

「まあ、もうほぼ回復してるからな連れて行っても大丈夫だろう。ただ激しい戦闘はまだ避けた方が良いな」

「お前は何故、スイクンを……。私たちを捕まえようとしない……」

「……捕まえて何になるんだ?」

 

キョトンとした顔をするエンテイ。

私は何か変な事を言っただろうか?捕獲する事になんの意味がある?スイクンを捕まえても家にずっと居るポケモンが増えるだけだと思うのは私だけか。

捕まえてなくても増える一方なのに捕まえて何になる。ボールに押し込めて大事にカバンの中にでも入れておけというのか。

 

「私たちは人間でいう珍しいと称される存在のはずだ、捕まえて損はしないだろう」

「得もしないだろ」

「私たちの基礎となる力は普通のポケモン達より遥かに上だ」

「強いポケモンだとしても、別に私は強さを求めているわけでもないし」

「……」

「……」

 

お前は、変な人間だ。エンテイはそう言って私から視線を逸らした。

何だ連れて歩いて自慢でもしろというのか、悪目立ちするのはごめんだぞ。

それとも珍しいポケモンはとりあえず捕まえてコレクションにでもするのが基本なのか?私は収集するという行為があまり好きじゃないんだよな……、最終的に邪魔になるし……。

今まで集めた物というと……、本くらいじゃないか?いや、最近は木の実を集めてるな、集めた傍から使うからほとんど手元には無いんだが……。

 

「んなもん、消してやらぁ!!!」

 

私が考え込んでいる間に話が進んだらしい。

エンテイが私に向かって放電して来た。話の内容はさっぱり分からないが最終的に私を消すという結論になったのは理解出来た。

雷の皇帝であるライコウの電撃をくらったらさすがに死ぬかもな……。

 

死……、

 

「シンヤ……」

 

 

 

 

「……ヤマト?」

 

そうだ、今のはヤマトの声だった。

ライコウの放電を近くにあったテーブルで防ぎつつそう思った。

苦しそうな、寂しそうな声で私の名前を呼んだのはヤマトだった……。

 

「シンヤ、それカッコ良すぎー!!!」

「当たったら痛いじゃすまないだろ」

「でも、普通出来ないよソレ」

「テーブルは買い直しだな…」

 

黒こげになったテーブルを元の場所に戻して未だにバチバチと放電するライコウに視線をやる。

ライコウが更に攻撃しようとして来たので身構えると私とライコウの前にエンテイが立ちふさがる。

 

「どけっ、エンテイ!!」

「お前が人間を信用出来ない気持ちも分からなくはない、だが、ここでお前がシンヤを傷付ける理由なんてないはずだ。違うか?」

「……」

「スイクンが傷つき怒り苦しむなら私は協力しよう。しかし、スイクンはそれを望んでいない。自分を救ってくれた人間に感謝していると言っているんだ、その人間を私たちが傷付ける事は許されない」

 

ライコウが大きく溜息を吐いて放電を抑えた。

まだ納得は出来ていないようだが、エンテイの言葉は受け入れる事にしたのだろう。

 

「スイクン、お前もそろそろここを離れろ。ライコウが大人しい内にな」

「……」

 

チラリとこちらに視線をやったスイクンがエンエイに視線を戻して小さく頷いた。

私の方に向き直ったエンテイが小さく頭を下げる。

 

「では」

「ああ」

 

ライコウを一括してからエンテイが部屋から出た。それに続いてライコウが部屋を出るが最後まで忌々しげに私を睨みつけて出て行った。

そしてスイクンがゆっくりと立ち上がる。

 

「……シンヤ」

「薬を調合してあるポケモンフードだ三日分はある。三日後以降にまだ調子が悪ければいつでも来い」

 

ポケモンフードを受け取ったスイクンが口元に笑みを浮かべて頷いた。

外傷は治っても臓器の機能が麻痺により低下しているのはまだ完全に治ったわけじゃないからな……。

まだ弱っているのは事実だが、エンテイが何かと気にかけてくれるだろう。ライコウの態度から見てもスイクンを心配していたし。

 

「うぅ……、スイクン、元気でね……。いつでも遊びに来てね……」

 

ずびずびと顔を汚くしたヤマトが小さく手を振った。子供かお前は。

部屋の扉に手をかけたスイクンが笑った。

 

「また、ね……」

 

*

 

ポケモンセンターに戻って来た私は再びジョーイと睨みあう。とは言っても相手はずっと笑顔だ。

ふぅ、と溜息を吐いて視線を逸らしたのはジョーイの方だった。

 

「こうしていても仕方がありません。仕事をしましょう」

「ガンバレ」

「ア・ナ・タ・も、です!!」

「チッ」

 

ジョーイに腕を無理やり引かれて診察を待つポケモンの所へと連れて行かれる。

ひたすらポケモンの治療をすること数時間……。この子で最後です、と連れて来られたポケモンを前に私は悩む事になった。

 

「お前、何処も怪我してないぞ……」

 

連れて来られたのはヨーギラス。ジョーイが言うには野生なのだが……。

全体を見ても口を開けさせて見ても特に異常は無い。

 

「ラッキー、コイツ何でここに居るんだ?誰が連れて来た」

「ラキラッキー」

 

ラッキー情報。トバリまで出掛けていた住民が道中に倒れているヨーギラスを見つけ声をかけても反応が無くとりあえずポケモンセンターに連れて来たらしい。

 

「寝てたんじゃないのか?」

「ラッキー」

「ふむ、元気が無いのは事実か……、まあ、見た限り元気は無いな。落ち込んでいるというかなんというか……」

 

抱き上げてみようとヨーギラスの両脇を掴んだが持ち上がらない。

 

「ッ!?……コイツ、小さい癖に重いぞ」

「ラッキィ」

「72キロ!?」

 

私と差ほど変わらないじゃないか……。

この小さい体に何が詰まっているんだ……、恐ろしい……。

 

「くっ」

「ラッキラッキ!」

「ぉ、応援はいらん……!」

 

気合いで持ち上げてやった。

特重の漬物石を抱きかかえてる気分だ。まあ、漬物石を持った事は無いが……。

赤ん坊サイズなのに体重は大人一人分。

 

「抱きかかえて観察なんて出来ないな……」

 

とりあえず、元気が無いだけなら様子見。

他のポケモンと外で遊ばせて元気になれば野生に帰してやれば良いだろう。

ラッキーにヨーギラスの診察カルテを渡してヨーギラスを抱きかかえたまま外に出る。すると丁度ポケモンセンターに来たらしいヤマトが手を振って走って来た。

 

「シンヤー!!!トゲチックがトゲキッスに進化したよー!!」

「ふぅん」

 

反応薄っ、と何故かショックを受けたヤマトはすぐに私の抱きかかえているヨーギラスを見て目を輝かせた。

 

「可愛いー!僕にも抱っこさせて!」

「……ん」

 

両手を出したヤマトにヨーギラスを渡せばヤマトは重力に従って地面に這いつくばった。

 

「ははは」

「しまった……、ヨーギラスは小さいけどめちゃくちゃ重たいんだった……」

 

必死になってヨーギラスを持ち上げようと奮闘するヤマト。

数分後、汗だくになって私に言った。

 

「……シンヤ、力持ちだね」

 

まあな。

 

*



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20

ミミロルが勉強熱心だとジョーイに褒められていた。

シンヤさんとは大違いね、と嫌味も言われたがそこはあえて無視しておく。

そういえばミミロルは私が読み終わった医学書を開いて眺めているのをよく見掛けたが、あれはちゃんと読んで理解していたという事か……。

それならポケモンがポケモンの医者になる方が良いんじゃないのか……?言葉も通じるし、警戒もされないし……。ああ、でも、薬も医療器具も無いのか、ポケモンが皆、人の姿になれるわけじゃないしな、それなら仕方がないな……。

小さく溜息を吐けばミミロルが首を傾げた。

何でもないと首を横に振ればミミロルは再び本へと視線を落とす。

チラリと時計を見ればお昼過ぎ、そろそろ出掛ける時間だ。カバンを肩に掛ければミミロルが本を抱えて私を見上げた。

 

「ミィ?」

「ああ、ロストタワーに行ってくる」

 

ズイのジョーイが定期的に見回りがてら様子を見に行っているらしいが、今月はどうにも行く暇が無いらしく代わりに私が行く事になった。

頻繁に墓参りに来る人が居れば墓は綺麗だが、なかなか来れない人の代わりに墓を簡単に掃除してやるのも仕事らしい。

バケツに雑巾、柄杓……。ジョーイに押し付けられた掃除セットを片手に持って家を出る。

 

「ミミー」

「一緒に行くのか?別に楽しくないぞ」

「ミミ」

 

ついて来るらしいミミロルと歩いてロストタワーに向かう。

なるべく早く終わらせて帰らなければ何も言ってこなかったのでまたミロカロスがうるさい。アイツが育て屋から帰って来る前に家には帰っておきたいところだ。

 

ロストタワーに入ればゴーストポケモンが辺りを飛び回っていた。

ノーマルタイプのミミロルはゴーストタイプの技が効かないので大きな怪我をする事はまずないだろう。

 

「よし、後は任せた」

「ミミィ!!」

 

ミミロルがズバットに10万ボルトを食らわせているのを確認してから私は墓の掃除を始めた。

……アイツ、10万ボルトとか使えたのか。ヤマトめ、ころころ技を変えさせるのは良いがバトルなんて普段しないから覚えている技を把握しきれないじゃないか。勝手にバトルしてくれる分には問題ないが……。

墓の掃除を終わらせてミミロルに声を掛ける。そのまま最上階まで墓を掃除しつつ昇って巡回してからまた下へと降りる。途中、霧が立ち込めるがそこは近くに居た人に掃除しに来た事を伝えて代わりにきりばらいをしてもらった。

掃除を終わらせて帰ろうと時間を確認すれば、結局、3時間くらいロストタワーに居た……、げんなりした。

遊べ遊べと寄ってくるゴースを払い除けて日の光りの差し込む出入り口へと向かう。

ずっと暗い所に居たせいで日の光りが眩しい。

ミミロルがゴースにシャドーボールを食らわせたのを見てから、帰るぞと声を掛けようとすればミミロルの体が光り出す。

 

「は?」

 

大きな耳がふわりと揺れた。

 

「ミーミロォップ!!」

 

本当にコイツらは予告もなく進化するよな……。今から進化します、って言ってくれれば良いのに。

耳を揺らしながら、しなやかな足で駆け寄って来たミミロップが隣に並んだ。

 

「ミミロップのオスは何だか残念な気持ちになる」

「……」

 

メスだったらなぁと思いつつ外に出れば眩い日の光りに目を瞑った。

眩しい……。腕で影をつくりミミロップの方を振り返ればそこには初めて見る男の姿があった……。小柄で、ミミロップの面影か、長い耳の形をしたハチマキの様なものを頭に巻いている。

 

「……、たら……」

「ん?」

「ワタシがメスだったら、残念な気持ちにならなかったのか?なら、ワタシがメスだったらどんな気持ちになった……?」

 

ミミロップが人の姿になっている……。

いや、それよりも、私は今、何を問いかけられているのか。ミミロップがメスだったら?……別にどうも思わないと思うが……。

確かに残念な気持ちになるとは言ったが、見た目の印象的なイメージからの残念であって、メスっぽい見た目なのにオスなのか、なんかイメージと違うな残念だな、という特に深い意味もない言葉だったのだが……。

ミミロップには気に入らない言葉だったのだろうか……。

 

「……いや、別にオスでも良いんだぞ?」

 

オスを否定したのが悪かったのかもしれないので肯定しておく。

 

「でも、残念って言っただろ……」

「……」

 

言ったなぁ……。

そんなに残念って言われたのが嫌だったのか、まあ、確かに進化したミミロップへの私の第一声が残念だったからな。うん、それは私が悪かった……。

 

「見た目が女性的というか色気があるというか……、そんな雰囲気があるのにオスなのか、残念だな。という意味で……、別にお前自身を否定したわけではないんだぞ?」

「女性的?色気?」

「そういうポケモンだからそう見えるだけで、人の姿のお前が女に見えるわけではない」

 

もう自分で何を言っているのか分からない。

ミミロップが項垂れた様に俯いて顔をあげないから背中に嫌な汗が流れているんだが……。何だ、私はどうすれば良いんだ!何が正解の答えなんだ!

 

「人の姿でも女性的な色気、ある?」

「……あー、無くもない」

「……」

 

ミミロップが黙りこむ。

ここは正直に言わず、男らしいと言ってやるべきだったのか!?

いや、でもミミロップの時の雰囲気も面影も残ってるし、女には見えなくともミミロップの要素が無くなってるわけじゃないんだから、あるかと聞かれれば、それは勿論あるんだが……。

失敗したか……。

というか、私に上手いフォローが出来るわけがない。生まれてこの方、上手い世辞を言えた事がないんだ……。

 

「ミミロップ……?」

「何?」

「悪い、嫌な気分にさせて……」

「別に嫌な気分になんてなってない。ただ、シンヤがワタシに対して変な気分になれば良いなぁと思ってるだけ」

 

ニヤリと笑ったミミロップが私の肩に手を置いた。

 

「変な気分?」

「ふふん!たぎれワタシの特性!!」

「は?」

 

ぎゅっと抱きついて来たミミロップ。

どうにも分からないが、とりあえず機嫌を損ねてはいなかったらしい。何だ私の考えすぎか。そういえばミミロップの特性はなんだったか……、逃げ足?

 

「ミミロップ、そろそろ帰るか」

「……、チッ!」

 

何か舌打ちされたぞ。

反抗期か。そういえばミロカロスもヒンバスの時に反抗したな……。人から貰ったポケモンは懐きにくいとか言ってたし仕方ない事なのか……。

いや、でも、ミミロルは懐き進化……。

 

「……」

「シンヤ?帰らないのか?」

「帰る」

 

特性使えねぇ!そう思って舌打ちしたミミロップの心情などシンヤは知らない。

ミミロップの特性……、メロメロボディ。

 

*

 

ズイへの帰り道。

ミミロップが不意に立ち止まった。私が振り返ればミミロップはキョロキョロと辺りを見渡している。

 

「どうした?」

「今、泣き声が聞こえた気が……」

 

耳を澄ませてみたが特に何も聞こえない。

だが私に反してミミロップはピクリと体を揺らして茂みへと一直線に進んでいく。

人の姿になっていても耳は良いらしい。

ミミロップが汚いボロ雑巾の様な小さなものを抱えて戻って来た。私がそれを覗き込めば震えながらミミロップの服を小さな手で握り締めるラルトスが……。

 

「捕獲しようとしたトレーナーにやられたか……」

「ポケモンセンターに連れて帰る?」

「いや」

 

ミミロップからラルトスを受け取ってタオルで体を拭いてやる。

ポケモンセンターに行かずとも治療が行えるのがポケモンドクターの特権だ。いちいち連れ帰っていたらキリがない。

 

「汚れていただけで傷はそんなに酷くないみたいだな」

「オッケー、キズ薬とオレンの実で良いよな?」

「ああ」

 

ミミロップからキズ薬を受け取ってラルトスに吹き掛ける。オレンの実も渡しておけば大丈夫だろう。

ぽん、とラルトスの背を押してやるとラルトスはチラリとこちらを見てから茂みに戻って行った。

 

「さて、帰るか」

 

頷いたミミロップと歩きだした時にミミロップが後方を振り返った。

何だ、と聞けばミミロップは首を傾げてから何でもないと言って笑った。

ポケモンセンターが見えて来た所でミミロップが私の腕を掴んだ。

視線をやればミミロップが俯きながら小さな声で言う。

 

「シンヤ、ワタシな……」

「うん?」

「ワタシ、シンヤに頼りにされるポケモンになりたいんだ……」

「ほぉ」

「人の姿になれたし、シンヤの片腕にだってなれる。だから、シンヤ……、ワタシを頼ってくれよな?ポケモンドクターの助手になれるようにワタシは勉強したんだから」

「ミミロップ……」

「人の姿になれてもウロチョロして遊べ遊べってうるさい馬鹿なんかより何百倍も役に立つぞ」

「それは頼もしい」

「だろ?」

 

えへん、と胸を張ったミミロップ。人手が増えるのは助かる。

でも、ミミロップ、お前何か……。ミロカロス以上にスキンシップが過剰じゃないか……?

いや、ミミロルの時から膝の上に乗ってきたり背に乗ってきたりしてたか……。

 

「……」

 

知識があって役に立ってくれる分には嬉しいんだが……。とりあえず、男と腕組んで歩くのは何かイヤだ。

離れろ、離れない、とミミロップと言い合いをしていると、育て屋から丁度帰る所だったらしいミロカロスとトゲキッスと会った。

お疲れ、と声を掛けようと思ったがミロカロスの叫び声にかき消される。

 

「誰だソイツゥウウウ!!」

「ミミロルがミミロップに進化したんだ。人型仲間が出来て良かったな」

「よよよ、良く、良く良くねぇ!!」

 

今、もの凄いどもったぞ。

 

「離れろクソウサギ!!シンヤにベタベタすんじゃねぇ!!」

「うるせぇよバーカ、低脳細胞腐れ死ね」

「はぁああああ!?!?おま、後から来た貰われ雑魚ポケの癖してっ…」

「貰われならお前もだろ。親一緒のツバキだろーが」

「俺様は最初にシンヤに唾付けて貰ってたんですー!!!」

「あれぇ?要らないから捨てられたんじゃねぇの?ツバキの同情で拾われた癖に調子乗ってんじゃねぇぞ低能」

「っぁぁああああ!!んのクソがぁあああ!!!」

「やんのかゴラァア!!10万ボルト食らわせんぞ!!!」

「雑魚がほざいてんじゃねぇ!!!テメェの技なんて聞くかボケェエ!!!」

 

…………。

 

 

「……よし、トゲキッス。二人で帰ろうか」

 

「!?」

 

*



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21

研究所にて。

自分の仕事も終わったので可愛い可愛いユキワラシを観察してみる。

色違いのユキワラシの可愛いこと……。ほぅ、と息を吐けばユキワラシは体を揺らした。

 

「可愛いなぁ、ユキワラシ……」

 

研究所に来て仕事を手伝ってくれていたシンヤのサマヨールが何か言いたげに僕を見たけど僕にはサッパリ分からない。何?と首を傾げてもサマヨールは何も言わない。

ユキワラシを抱き上げて膝の上に乗せる。チクタクと時計の秒針が音を立てる……。

暇だなぁ、と思っていた時にトントンと肩を叩かれた。

振り返れば顔を包帯で覆った男の人。誰か分からずその場で固まった僕に男の人は僕の前に書類を差し出した。

 

「……ここに判子を押せば終わりなのだが、判子を貰えるか?」

「え、え、え、どちら様?」

「サマヨール」

 

慌てて辺りを見れば確かにさっきまで居たサマヨールが居ない。

ポケモンが人の姿になれるというのはミロカロス達で確認済みだけど……、こんな突然なるものなんだ!?シンヤの言ってた、突然過ぎて頭での理解が追いつかん。の意味がやっと理解出来た気がする。

 

「判子は押すけど……、なんで人の姿に……?」

「……言葉が通じればな、と思っていたらこの有様だ」

「そんな理由?」

「深く追求されても自分にもよく分からない」

 

淡々と答えるサマヨールは判子の押された書類を束ねて机の上に置いた。

まあ、言葉が通じると意思疎通には便利だけど……。

チラリと膝の上に座るユキワラシに視線をやる。僕のユキワラシは人の姿にならないのかな……。

 

「……茶でも淹れるか?」

「あ、うん」

 

人の姿になれる基準ってなんだろ。

ポケモン自身の気持ちも勿論関わってくるんだろうけど。知能の高さとか気持ちの強さとかも影響されるのだろうか……。

シンヤは相変わらず別に良いんじゃないか?なんて言って興味無さそうだったし。

サマヨールがお茶を持って戻って来た。お礼を言ってお茶を受け取ればサマヨールは向かいの席に座る。

ふぅ、と一息つけばコンコンと扉がノックされた。僕が返事をする前に扉が開く。

 

「ヤマトー、ヨーギラス遊びに来たぜー」

「……どちら様ですか?」

 

ヨーギラスが遊びに来るのは別に良いんだけど……。

それを教えに来てくれたアナタは誰ですか……。イケメン過ぎて引くんですけど。

 

「え、オレ?オレ、ブラッキー?」

「私に聞かなくても貴方はブラッキーですよ」

 

クスクスと笑いながらまた見知らぬ人……、多分、声的に男の人。でも、女の人みたいに美人だ。薄い紫の髪の色がキラキラしてて綺麗……。

それで、えーっと……、ブラッキー?って言った?言ったよね?

 

「ヨギィー」

「あ、ヨーギラスいらっしゃい」

 

走り寄って来たヨーギラスが僕の足に抱きついてきた。凄く可愛い。すぐにでも一緒に遊んであげたいんだけど……。

 

「ブラッキー?じゃあ、隣にいる美人さんはエーフィ?」

「おや、美人さんとは嬉しい事を言ってくれますね」

「オレも美人さんだろー?」

「ブラッキーはカッコイイよ」

 

そう?と笑って上機嫌になるブラッキー。

向かいの席に座ってお茶を飲むサマヨールに視線を向ければ首を傾げられた。

え、何なの、人型進化ラッシュですか?

 

「シンヤに連絡しないと駄目なんじゃないのかこの状況!?」

 

シンヤの手持ち達が人の姿に!!

いや、でも、トゲチックがトゲキッスに進化した時の反応もやけに薄かったし……。多分、「そうか」とか素っ気ない言葉しか返ってこないんだろうなぁ……。

 

「とりあえず何で人の姿になったのか理由を言って!」

「しらね」

「分かりませんねぇ」

 

な・に・そ・れ!!

混乱する僕にエーフィがそうそう、と付け足して言った。

 

「ヨーギラスが来たので、ヤマトに教えに行かないと……、と思ったら人の姿でした」

「あー、確かにそうだなー、うん」

「そ、それはどうもご親切に……」

「いえいえ」

 

クスクスと笑ったエーフィがサマヨールの隣に座った。ブラッキーはエーフィの足元にドカリと座りこむ。え、床で良いの?

どうにも理解が追いつかない僕はただただ三人の顔を見つめた。ホント、何で人の姿になっちゃったんだろ……、別に悪い事じゃないんだけど……。

とりあえずお茶を啜ってから膝の上に居たユキワラシを床におろす。ヨーギラスとユキワラシが僕を見上げていて凄く可愛かった。

 

「うん、シンヤに電話しよ……。ポケモンセンターに居るかなぁ」

 

まあ、居なかったら反転世界に行って直接伝えれば良いんだけど。

ポケモンセンターの電話番号を押そうとした時にバーンと部屋の扉が破壊されんばかりに開かれた。慌てて振り返れば今にも泣きそうな顔をしたミロカロス……。

 

「ヤマトォオ!!」

「は、はいぃいい!!」

「俺様の話を聞けぇええ!!」

 

え、えぇぇぇー……。

 

床に座り込んだミロカロスがボロボロと涙を零しながら叫ぶように泣き始めた。

どうすれば良いのか慌てる僕を余所にエーフィがクスクスと笑う。

 

「何、笑ってんだゴラァア!!つか、お前、誰だぁ!!」

「ミロカロス落ち着いて!そこに居るのはエーフィだよ!!」

「エーフィ!?お前も人の姿になったのかよ……、という事は横に座ってんのは、サマヨールにブラッキー?」

 

信じられないと目を見開いたミロカロス。

一応、泣きやんでくれたので僕的には一安心だ。

 

「貴方の言い方だと、私達以外にも人の姿になった方が?」

「あー……、ミミロップがぁ……」

「ミミロップゥ!?え、ミミロル進化したの!?ちょ、僕、見に行きたいんだけど!!」

 

シンヤ、そういう時はすぐに連絡してよ!!

三人が人の姿になったっていうのも伝えなきゃいけないし、やっぱり直接言いに行こう。ミミロップ見せてもらおう。

 

「ちょっと僕、反転世界に行っ……」

「俺様の話はまだ始まってもいねぇ…」

 

ミロカロスに腕を掴まれ……、そのうえ凄まれ、僕は返事をしつつ泣きたくなった。

僕が何をしたっ!!!

 

「ミロカロスー、どうしたよー、オレに話してみ?」

「シンヤが俺様に素っ気ないんだ!」

「いつもの事じゃん」

 

ブラッキーがケラケラと笑ってミロカロスに殴られた。ミロカロスは真剣に悩んでいるらしい……。

 

「いたぁああい!!!」

「何をするんですか!!」

「ブラッキーが悪いんだろ!!俺様は真面目な話をしてんだよ!!」

「言わせてもらいますけど、貴方の口から真面目な話なんて聞いた事がありませんよ!それにシンヤが貴方に素っ気ないのではなく貴方の態度がシンヤを呆れされる原因そのものなんです!」

 

う、ううん……、違うとも言い難いけど……。シンヤは大体、誰にでも素っ気ないけどね……。

ミロカロスとエーフィの壮絶な言い争いが始まった。バトルにならないのはエーフィもレベルの差が分かってるからなんだろけど、僕にこの状況をどうしろと……。

 

「サマヨール、なんとかして~」

「……」

 

サマヨールに助けを求めればサマヨールは椅子から立ち上がって二人の間に割って入る。

 

「ただの口喧嘩になっている。落ち着いて、とりあえず先にミロカロスの話を聞こう」

「……分かりました」

 

ふぅ、と息を吐いたエーフィがミロカロスから離れる。

ブラッキーの隣に座ったエーフィがどうぞとミロカロスの方に手を向けた。どうやら話を続けろという事らしい。

 

「……おぅ、そんでな……。シンヤが俺様には素っ気ないくせにミミロップには優しい気がするんだよ!!」

「まあ、ミミロップの彼とはまだ会ってませんが……。ミミロルの時から彼はシンヤの助手になると言って医学の勉強をしてましたからね。シンヤがミミロップを贔屓するのは仕方ないのでは?」

「んなっ!?そんなのただ仕事の時に使えるってだけだろ!!」

「使えないよりは当然マシでしょう」

「う……」

 

口籠るミロカロスは悔しげに顔を歪めた。

フォローする言葉が無いわけじゃない……、ミロカロスはレベルも高いしバトルでは他の子達よりも遥かに強くて役に立つ存在だ。

でも、それを言うとミロカロスがバトルをしたい!とシンヤに迫るのが目に見えている……。

バトル嫌いのシンヤにそんな事を言えば余計にミロカロスが落ち込む原因を作りかねない、下手に発言出来ないなコレは……。

 

「俺様よりミミロップの方がシンヤと居る時間長いし……、出掛ける時はいつも俺様じゃなくてトゲキッス連れて行くし……」

「ミロカロスとミミロップでは仕事の内容が違う。お前にはお前の出来る仕事があるから主(あるじ)はミロカロスに育て屋での仕事を任せているんだ。出掛ける時にしても空を飛んで移動する為の手段の一つに過ぎない。そう悩む事でも無いだろう」

 

サマヨールが的確にミロカロスにフォローの言葉を投げかける。さすが頭が良いだけあって説明上手!!

 

「でも、俺様はシンヤに他の奴らより頼りにされたいし!シンヤにずっと傍に居て欲しいって思われたいんだよ!!ヤマトがユキワラシを可愛がるみたいに俺様もシンヤに可愛がられたい!!!」

 

それは……。

 

「主にそれを求めるのは無理だ」

「なんでぇえ!!」

「主の性格上、ありえない」

「そんなの知るかぁああ!!!」

 

サマヨールの説明も聞く耳持たず。

僕もサマヨールと同意見。シンヤに可愛がるなんて事が出来るわけがない。それも優しく愛でるとか絶対にしない人だし……。

基本、放置。私の言う事を聞いていれば他は勝手にすれば良い、な感じで手持ちもバラバラに歩かせてるんだもんなぁ……。

 

「大丈夫だよ、ミロカロス!!ミロカロスは何だかんだでシンヤに一番大事にされてるって!シンヤはあんな性格だから分かり難いけどね!」

「……ホントか?」

「うん」

 

多分。

 

「えー、でも、オレはシンヤに一番大事にされてるのってトゲキッスだと思うけどなー」

「言われてみるとそうですねぇ。まあ、トゲキッスはシンヤがタマゴから孵したので一番大事にされているのも頷けます」

「……」

「進化する前は可愛らしくて、進化した後は空を飛べる飛行要員。大人しくて真面目な良い子ですし、シンヤが可愛がるのも当然ですかね」

「……タマゴの時に叩き割っておけば良かった…」

 

何か恐い事言いだした!!

 

「そういえば、トゲキッスだけまだ人の姿になれていないな……」

「そ、そうだよな!!アイツはシンヤと会話出来るわけじゃねぇし!!俺様の方が断然優位!!!」

 

ぐっと拳を握ったミロカロス。

何が優位なのか僕には分からないけど、シンヤの手持ちが更に賑やかになったのだけは分かった。

大変だなぁ……、シンヤ……。

 

「でも、シンヤに遊んでーとか言って近づいても鬱陶しがられるだけだよなー」

「シンヤはマメな人ですから。時間が出来ればブラッシングなり色々と構ってはくれますけどね。こちらから行くと大抵追い払われます」

「じゃあ、俺様どうすれば良いんだよ」

「あ、押しても駄目なら引いてみるとか?」

 

僕がそう言えばミロカロスが首を傾げた。

どうするの?と目で訴えられる。

 

「あえて、シンヤにベタベタせず。シンヤが声を掛けて来た時も素っ気なく返事をしてみるとか……」

「な、何でシンヤに素っ気なくしなきゃなんねーんだよ!」

「普段、全然そんな事ないのに急に素っ気なくされたら。シンヤも私はミロカロスに何かしたのか……?って不安になってミロカロスに構ってくれるかもよ?」

「……構ってもらえる?」

「ま、ちょっとずるい手だけどね」

 

*

 

「ミロカロスの奴、何処行ったんだ?」

「知らねぇー」

 

ソファに座って本を読むミミロップ。

二人を放置してトゲキッスと帰宅したら、ミミロップだけ帰って来た。

少し不機嫌なミミロップにあえて何も言わず私は自室に戻る。まあ、そのうちミロカロスも不機嫌なまま帰って来るだろう。

 

「シンヤ、コーヒー淹れて来ましたよ!」

「ああ、悪いな。トゲキッス」

 

コトン、とテーブルにトゲキッスがカップを置く。

ミロカロスとミミロップを放置して帰宅したらトゲキッスも人の姿になれるようになった。トゲキッスの人の姿の第一声が「やっぱり二人を迎えに行きましょう!」だった……。

何となくだが、ポケモンは誰か人間に何かを言葉で伝えたいと強く思った時に人の姿になるんじゃないだろうか。勿論、他に人の姿になれるポケモンが居るからというのもあるだろうが。

ミロカロスもミミロップもそうだったしな。勝手な私の憶測なのだがあながち間違ってはいないだろう。そんな気がする。

ギラティナやら伝説なんて呼ばれる連中はおそらく想像の範囲外。連中の能力からして他のポケモンと同じと考えるのは間違っているんだろう。

まあ、人の姿になれた所で別にどうも変わらないがな。

チラリとトゲキッスに視線をやればトゲキッスは首を傾げた。

ポケモンの時の可愛らしい容姿とは変わって、何処か強面……、飛行タイプだからなのか体格も良いし……。性格は穏やかで大人しいのだが見た目がなぁ……、なんか不良青年みたいな、私のイメージだけどな……。

 

「頭がツンツンしてるのはポケモン時の名残りか。この髪の色が部分的に違うのもそうだよな」

 

ワックスで固めたみたいだぞ、と言ってトゲキッスの頭に手を伸ばせばトゲキッスの髪の毛はふわふわしていた。猫っ毛だ。

 

「くすぐったいです」

「お前、髪質柔らかいな」

 

羽毛だからなのか分からないが、飛行タイプの特徴かもしれない。

ミロカロスは水タイプでやけにツヤツヤで潤いのある髪だった、それはスイクンもそうだったのでやはりタイプで共通している所があるのかもしれない。

 

「ミミロップはどうなんだ……」

「ミミロップさんならリビングで寝てましたよ」

 

アイツ、ノーマルだしな……。ちょっと触ってこよう。

トゲキッスと部屋を出てリビングに行けば本を開きっぱなしでミミロップが座ったまま船を漕いでいた。首を痛めそうな寝方だ。

トゲキッスが毛布を取りに行くと言って部屋を出て行ったのでトゲキッスを見送ってからミミロップの頭に手を伸ばす。

ノーマルだけど、ウサギだしな……。

 

「……ん、」

 

サラサラのフワフワ!!

おお、トゲキッスの髪質も気持ちいいがミミロップもなかなか……。でも、エーフィを撫でた時の方が気持ち良いかな、手触りは。エーフィが一番毛並みが良いし……。

 

「んん?え、あ?シンヤ……?」

「おっと悪い」

「え、いや、別に全然良いけど……」

 

頬を赤らめたミミロップが恥ずかしそうに髪の毛を整える。

部屋に戻って来たトゲキッスが「あ」と声をあげた。

 

「ミミロップさん起きちゃったんですか……、毛布持って来たのに……」

「ありがと、まだ眠いから一応貰う」

 

毛布を受け取ったミミロップが頭から毛布を被る。そのまま寝る気かコイツ……。

時計を確認すればそろそろ全員戻って来る頃だろう。夕食はどうするかな。ミミロップの隣に座って冷蔵庫の中身を考えてみる……。

 

「今日、サマヨールさん達遅いですね」

「んー?そうだっけ?」

「そうですよ、いつもなら帰って来てる時間ですし」

「ん……?いや、帰って来たっぽい。何人かの足音が聞こえる……」

「……人の足音ですか?」

「うん、って……。ミロカロスとヤマトとギラティナ?いや、まだ足音の方が多いような……」

 

玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ただいまー!」と聞き覚えのない男の声が聞こえて、バタバタと足音が近づいてくる。

 

「シンヤー!オレも人の姿になれたよー!!」

「ああ、ブラッキーか」

「やっぱり反応薄っ!!!」

 

ヤマトが私を見て眉を寄せた。

部屋にはミロカロスも入って来て、知らない顔が二人。だが、ポケモンの時の雰囲気が残っていてよく分かる。サマヨールとエーフィだな。

 

「今日で手持ちが全員、人の姿になったわけか」

「全員?ミミロップだけじゃ……って、そこに居るのはまさかトゲキッス!?」

「あ、はい」

「ワタシとトゲキッスだけじゃなかったのかよ……、今日は何かあったわけ?」

 

毛布にくるまってミミロップが言葉を零す。

本当に今日は何があったんだろうな……というか、こういう時に一番叫び散らすミロカロスがやけに大人しいな……。

放って帰ったからまだ拗ねてるのか?まあ、静かなのは良いから別に構わないが。

 

「エーフィ、お前ちょっとこっち来い」

「何です?」

「頭触らせろ」

「頭ですか?」

 

良いですけど、と言いつつ近寄って来たエーフィ。座らせる場所が無かったのでとりあえず膝の上に座らせる。

 

「ちょ、シンヤ!?何する気なの!?」

「いや、タイプでな、髪質が違うんだ」

「えっ、そうなの?」

 

ヤマトが隣に居たブラッキーの頭に手を伸ばす。サラサラだねーとブラッキーと笑い合っていた。

 

「んー……。エーフィの髪が一番気持ち良いな。他のエーフィ同士だとやはり毛並みの違いで手触りが違うのかもな」

「私の毛並みは良いですよ」

「当然だ。誰がブラッシングしてると思ってる」

「フフフ、そうでした」

 

サマヨールの髪の毛にも触ってみた。ツヤツヤしていて髪の毛が細いな。ブラッキーはサラサラだが少し髪質が硬め。

岩、地面、鋼やらのタイプも少し気になる所だな……。まあ、そうそう人の姿をしているポケモンは居ないだろうが……。

 

「シンヤの髪の毛は?」

「私は普通だな。少し癖はあるが……」

「僕、癖っ毛だよ~。髪の毛も硬めだしね」

 

ヤマトが私の髪の毛を触る。

あ、何か人に頭を触られるのは気持ち悪い…。凄く嫌だが、自分も触りたい放題触っていたのでここは我慢だ……。

 

「良い匂いするね」

「シャンプーだろ?」

「良いシャンプーなんだぁ」

 

自分の髪の毛を掴んで嗅いでみる。やっぱり普段使っているシャンプーの香りだ。

そういえば、匂いだったらダントツに良い奴が居るぞ、隣に座っているミミロップの頭を掴んで引き寄せる。

 

「ふおぉおお!?な、何ー!?」

「ミミロップが一番良い匂いがするぞ」

「え!?え、えぇ!?ちょ、シンヤ……、それはさすがにワタシでも恥ずかしぃ……」

「甘い匂いがするだろ?」

 

ミミロップが騒いでいるが無視。ヤマトがミミロップの髪を触りながら「おお」と納得したように頷いた。

 

「多分、特性じゃないかな」

「ミミロップの特性、逃げ足だろ?」

「え、シンヤのミミロップはメロメロボディだと思うけど?」

 

そういえばコイツ、個体によって特性変わってたか……。

逃げ足だとばかり思ってたな……。

 

「トゲキッスは、はりきりじゃなくて天の恵みだよな?」

「はい!」

 

コクンと頷いたトゲキッスが目をきゅっと瞑って笑った。

 

「……、笑う時に目を瞑る奴って可愛いよな」

「唐突に何!?」

「いや、何かこうキュンとする」

「人それぞれのツボがあるんだね……」

 

僕はどんな仕草が好きかなぁ、と考え出したヤマトを放ってとりあえず可愛かったのでトゲキッスの頭を撫でてやる。

私は結婚するとしたら笑顔の可愛い女と結婚したいな、見てて癒されるくらいの……。まあ、そろそろ良い年でも結婚の予定は無いが……。

 

「はい!ワタシは今日から目を瞑って笑うことにする!」

 

目を瞑って笑うミミロップ。若干、ぎこちないぞ……。

ミミロップのぎこちない笑みに少しイラッとしたので頬を抓ってやる。みにょんと伸びたミミロップの頬で遊んでいるとサマヨールが申し訳なさそうに言った。

 

「……主、少し良いか?」

「主?私か?」

 

他に誰が居る。とヤマトが呆れたように言った。

別に主人だとかそんな風に思ってくれなくても良いんだが。言ったら、ご主人様とかマスターなんて呼んでくれるのだろうか……。

…………、想像しただけで気持ち悪いな。

 

「あの……」

「ん、ああ、何だ?」

「自分が言うのも何だと思うのだが……」

「?」

「ミロカロスを構ってやった方が……」

「は?」

 

サマヨールが申し訳なさそうに言った時にヤマトが顔を真っ青にさせる。

ミロカロスが何だと言うのだろうか……。アイツ、拗ねて大人しいんじゃなかったのか?

 

「ミ、ミロカロス!!ごめ、ごめんね、僕が!!」

 

部屋の隅の方に座って泣いていたらしいミロカロスにヤマトが駆け寄った。

 

「うぅぅ……、素っ気ない態度とかする以前の問題がぁあ!!俺様から話しかけないとシンヤが話しかけてくれないぃいい!!!」

「僕がフォローし損ねたからだよ!ごめんね!僕が悪かった!」

 

何の話だろう?

よく分からないがミロカロスに構ってやった方が良いんだよな?

 

「ミロカロス。床に座ってないでこっち来い、膝の上乗せてやるから」

「……………、嫌っ!!」

 

そっぽを向いたミロカロス。

ヤマトが私とミロカロスを見比べて口を一の字にした。

 

「そうか」

 

構ってほしいわけじゃないなら別に良いよな。

私がトゲキッスに「コーヒー」と言えばトゲキッスは返事をしてキッチンへと向かう。

コーヒーを飲んだら夕食の用意をするか……。

 

「今日の夕食は何にするかな……、ヤマトも食べていくだろ?」

「え、いや、あの」

「食べていかないのか?」

「あ、食べます」

 

うん、二人分だよな……。

トマトは絶対に使ってしまいたいな、と思った時にミロカロスが後ろで喚き出した。泣き喚くミロカロスにヤマトが必死に謝っている。

ヤマトの奴、何かしたのか?

 

「あれですよねぇ、シンヤの性格上。引いたら引いただけそのまま放置されますよねぇ……」

「主は全く追わない男だったか……、来るモノ拒んで去るモノ追わず……、何も得ないな……」

「ミロカロス!本当にごめん!僕が、僕がシンヤの性格を把握しきれてなかったからぁああ!!」

 

一緒になって喚きだしたヤマトを見ながらトゲキッスが淹れてくれたコーヒーを啜る。

……そうだ、今日はパスタにしよう。買い置きのパスタがあったし、トマトも使えるし。

 

「シンヤー!!僕からお願いします!ミロカロスに構ってあげてぇええ!!」

「今から夕食の用意をするから断る」

「後生です!僕が悪いんだよ!!全面的に僕が悪いの!本当に僕のせいなんだって!!」

「今から夕食の用意をするから断る」

「相も変わらず言葉曲げないよ!!この人ぉおお!!!」

 

土下座をするヤマトを跨いでキッチンへと向かう。トマトの皮が付いてるのは嫌だから湯剥きをしないとな……。

 

「ヤマトのせいで、ものっすごいチャンス逃した!!シンヤの膝の上に座れる権利がぁああ!!!多分、今回逃したらもう無いだろ!?」

「ごめ、本当にごめん……。もの凄くミロカロスが自分自身との格闘のすえ嫌って言ってたのが分かっただけに居たたまれない。本当に申し訳ない、僕が余計な入れ知恵をしたばっかりに……」

 

*

 

夕食後、またも懲りずにミロカロスに構って下さいとヤマトが土下座をしだした。

ミロカロスに構ってる時間なんて無いんだが……。

この食べ終わった後の片付けに、まだ残ってるジョーイに押し付けられた今日の分のカルテの整理は誰がいつやるというんだ……。

 

「まだやる事があるから構ってられん」

「代わって僕がやりますので、どうかミロカロスとゆっくりしていて下さい」

「お前、カルテの整理なんて出来ないだろ」

「ミミロップとサマヨールに手伝ってもらうから!」

「このテーブルの上の後の片付けは?」

「トゲキッスとエーフィに手伝ってもらうから!」

 

チラリと後ろに居る連中に視線をやればミミロップが不満気にダンと足踏みをした。

 

「な・ん・で、ワタシが低能の為に働いてやらないと駄目なんだよ!!!」

「自分は構わない……」

 

サマヨールは手伝うと言っているが、カルテの整理はミミロップぐらいしか出来ない。まあ、教えれば良いんだが教えるのも私かミミロップじゃないと駄目だな……。

それだと余計に時間が掛って面倒だ。

 

「俺は全然手伝うのは構わないんですけど……、後片付けってどうすれば良いんですかね……?」

「この皿を洗うって事ですよねぇ?」

「俺、今日……コーヒーの淹れ方はシンヤに教わったんですけど。お皿の洗い方はまだ教わってないです……」

「皿洗いなんて私はごめんですよ、私の手が荒れたらどうしてくれるんですか……」

「ねえ、オレは?オレは何するの?ねえねえ、オレはー?」

 

ヤマトが頭を抱えた。

別にお前に任せる気は最初から無いから別に良いんだけどな……。テーブルの上の皿を重ねればヤマトが口をパクパクと開閉させた。

 

「いい、自分の事は自分でするから。ミロカロスにはお前が構ってやれば良いだろ」

「僕じゃ意味ないんだってー……」

「私である必要もないだろう」

「なーッ!?!?」

 

何か言いたげなヤマトを放ってキッチンへと向かう。さっさと片付けてカルテの整理に取り掛からないと寝る時間が無くなる。

リビングの方でヤマトが「集合ー!!緊急会議ー!!」なんて声を荒げていて、ミミロップとエーフィが文句を言ってるのが聞こえてくる。

アイツは何がしたいんだろうか……。

皿を洗っていると扉の影に隠れてミロカロスがこちらを覗いている……。何をやってるんだと思いつつ皿洗いをしているとミロカロスが近づいて来た。

 

「シンヤ……」

「何だ」

「手伝う」

「ああ、じゃあ洗ったの流していってくれ」

 

隣に立って水で洗剤を洗い流すミロカロス。

皿を洗い終わってタオルで皿を拭いて完全に乾くまで並べて置いておく。

今は違うが前は唯一、人の姿になれたので皿洗いや部屋の掃除を手伝ってくれていたのはミロカロスだった為か、手慣れた手付きで黙々と皿やコップを拭いて並べるミロカロス……。

静か過ぎて逆に不気味だ。いつも鬱陶しいくらい話しかけてくるくせに……。

 

「……」

「……」

「……ミロカロス、どうかしたのか?」

「え……?別に……」

 

明らかにどうかしてるだろう……。

しかし、本人が言いたくないなら私が深く追求するのもな、気にはなるが……。

私が小さく溜息を吐けば、ミロカロスは小さな声で私を呼んだ。

 

「シンヤ……」

「ん?」

「俺様はシンヤに必要ないかな……」

「……」

「要らない、かな……。邪魔な、だけ、かな……」

 

拭いた傍から皿が濡れていく……。

鼻を啜ったミロカロスが腕で目元を拭った。

 

「でもッ、……す、捨て、られ、……たくな、いっ……!」

 

声を震わせてミロカロスが腕で顔を覆った。

 

「お前の言ってる意味が分からん」

「……ッ、だ、って……俺様は、役に、立たないん、だろっ……?」

「私がいつそんな事を言ったんだ」

「言っ、て……ない、けど……、俺様はッ……」

 

頭も良くないからシンヤの役に立てない、でも、他の誰よりもシンヤに必要として欲しいって思ってるから、ただ鬱陶しくてシンヤにも呆れられて……とミロカロスが嗚咽混じりにそんな事をぐだぐだと言いだした。

多分だが、ミミロップかエーフィ辺りが絡んでいるんだろう。ミミロップの奴はミロカロスを馬鹿にするし、エーフィは性格自体がキツイからズバズバと何かとミロカロスに言ったんだろう……。

で、これも多分だが……、その慰めにまわったヤマトとサマヨールが何か言って。どういう理由かは分からないがミロカロスを慰める為に私に構ってもらえるようにと差し向けた……が、失敗に終わったと……。

ようするにミロカロスが落ち込んでるから私に構え……というより慰めろと、そういう事なんじゃないだろうか。多分。

皿をテーブルに置いてミロカロスの頭を撫でる。あいにく誰かを慰める、という事をした事がないのでどうすれば良いのか分からないが……。

泣く子供をあやすようにミロカロスを抱きしめて背を叩いてやる。

 

「捨てないから安心しろ」

「……ッ、」

「全く、二度も同じ事を言わせるな……」

「う、んッ……」

 

目に涙を溜めたままミロカロスが嬉しそうに笑った。

 

「あ……、俺様も目、瞑って笑おうと思ってたのにッ……!!」

 

無理して目を瞑って笑われてもな……。

 

「そのままで良いだろ」

「でもさぁ!!」

「お前の笑った顔は好きだぞ」

「……~~ッ!!!?」

 

ミロカロスの頭を撫でて後片付けに取り掛かる。

 

「こ、これ、もう一回洗う!!」

「ああ」

 

ミロカロスは涙の付いた皿を持ってシンクへの向かう。その顔はトマトみたいに真っ赤で、珍しいものを見たと思った。

 

 

「というわけで、後片付けをみんなでしてからカルテ整理もみんなでするという結論に……」

 

「後片付けは終わった」

 

不機嫌なミミロップとエーフィがヤマトを恨めしげに睨みつけている……。一体、どういう話し合いをしたのか……。

 

「カルテ整理も私がやるからいい」

「いや、でも……」

「ミロカロス、そんなに難しい作業じゃないから手伝ってくれるか?」

「!」

 

コクコクと頷いたミロカロスが笑顔になる、それを見てヤマトが安堵の息を吐いた。

 

「良かっ、た……」

 

私的にはあまり良くないんだけどな……。

ミロカロスに整理の仕方を教えつつの作業、時間が掛ってまた寝る時間が遅くなる……。

 

「待てぃっ!!!そんな低能にやらせるよりワタシが手伝った方が速い!!!」

「……じゃあ、もう全員手伝え」

 

ついでに教えるからお前らも覚えろ。

ミミロップも居るから教える時間も短縮出来そうだ。

 

「自分も手伝える事を覚えるのに良い機会だ……」

「そうですね!俺もお手伝いします!」

「私もですか!?」

「エーフィはやらないの?オレはやるよ?」

「え!?……まあ、ブラッキーがやるんでしたら……、私もやります」

 

キョロキョロと辺りを見渡したヤマトが自分の顔を指差して首を傾げた。

 

「え、僕も?」

「分かってる事を聞くな」

「あは、はははは……」

 

真夜中に騒がしかったせいかギラティナが怒鳴りこんで来た。

もの凄く、近所迷惑だったらしい……。

 

「シンヤー!俺様これ出来た!!褒めて!頭撫でて!!」

「……」

 

美人は黙っている方が良い……。

 

*



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22

家に一人。

手持ちではあるがポケモン達は各々の仕事に出ていて私は一人でいる事が多い。

それは別に構わないのだが、ふと視線を書類から外せば部屋の床一面に広がる本やら書類やらファイル……。

仕事に没頭しているとついつい片付ける事を忘れてこの有様。片付けようかと思えば時間が時間なだけに後回しにしていまい、またこの散らかった部屋で仕事をする事に……。

トゲキッスが片付けてはくれるのだがアイツは大雑把に片付けて自分が何処に何を片付けたのかちゃんと記憶していない。

片付けた場所を記憶してくれるであろうエーフィに頼んではみるが嫌な顔をされた。まあ、そういう反応はされるとは思っていたけど……。

 

「……」

 

いい加減になんとかしないと駄目だ。

私は綺麗好きとまでは言わないが、さすがにこの山積みにされた本やらを見ると頭が痛くなる。

しかし、私には休みが無ければ時間も無い。

どうするか……、一つだけ、一つだけ良い方法を思い付いてはいる。しかしこれはもの凄く反対されそうな方法だ。

寝る間も惜しんで片付けるか、いや、またどうせ散らかる。やっぱりあの方法しかないのか……。

 

*

 

ジョーイに頼まれて育て屋のポケモンの様子を見に来た私はじじ様、ばば様とのんびり茶を啜る。

ぼんやりと庭に視線をやれば預けられたポケモン達に囲まれるトゲキッスとミロカロスが見えた……、平和だ……。

ずず、と茶を啜れば育て屋に客が来たらしい。ばば様がカウンターへと移動した。

 

「シンヤさんに会いに来ましたー」

 

面倒な客だった。

湯のみをテーブルに置いてカウンターへと行けばツバキが片手をあげてニッコリと笑う。

どうせジョーイに育て屋に居ますよーなんて言われて来たんだろう。

ツバキに連れられて育て屋の外に出ればコホンとツバキが小さく咳払いをして私の方をチラリと見た。何か面倒事に巻き込まれそうな予感……。

庭の柵にもたれかかりながらツバキに視線をやる。

 

「シンヤさん、実はお願いがありまして……」

「……」

 

嫌だなー、と思いつつ小さく頷く。

 

「あたしのハクリューとシンヤさんのミロカロス、交換してくれません?」

「は?」

「ハクリューはシンヤさんがゲットしたミニリュウなんですけどね。バトルタワーに挑みたいので強いポケモンをね……。あの、ミロカロス強いし、一応、ミロカロスの親はあたしになってるからー……、少しの間で良いんですけどー……」

「私は別に構わないが…」

「マジすか!!」

 

やった!と喜んだツバキはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。私の話を最後まで聞いてほしいな……。

まあ、元々、ミロカロスは一度ヒンバスの時に私が逃がして。野生に戻った後でツバキがゲットしているので親はツバキ。

それは確かなのだが、はたしてあのミロカロスが親といえどツバキの言う事を聞くかどうか……。

 

「じゃあ、早速!!」

「その前に、ミロカロス本人の説得をしてもらわないと困る」

「え……」

「私は良いぞ。全く構わない。でも、ミロカロスの奴が良いと言うか分からないからな」

「えー……」

 

そんな顔をされても私からミロカロスにツバキのハクリューとお前を交換する事になったからなんて言えば、俺様は要らなくなったんだーなんて泣き叫ばれるに決まっている。

もう大体、性格は理解して来たからな。

 

「どうしてもミロカロスの力が借りたいとミロカロスを自分で説得してくれ」

「シンヤさんも一緒に言って下さいよ!」

「嫌だ」

 

頬を膨らませたツバキが恨めしげに私を睨む。

でも、私は絶対に嫌だ。面倒な事になるのが目に浮かぶ。

 

「分かりましたよー、説得して来ます!」

「ん」

 

育て屋の中に入って行ったツバキが庭に出てきた。ミロカロスを連れて庭の隅に移動したツバキを目で追う。

遠いので声は聞こえないが人の姿になったミロカロスと向き合うツバキの姿が見える。

もの凄い勢いで首を横に振るミロカロスの姿が見えるが……、私は手伝わないぞ……。

 

「絶対に嫌ー!!!」

 

大声で叫んだらしいミロカロスの声が聞こえた。

 

「ずっとなんて言ってないでしょー!!暫くの間だけ協力して欲しいんだってばー!!」

「シンヤと一緒に居るー!!」

「そのシンヤさんと今一緒に居れるのは誰のおかげか言ってみろコラァアア!!」

「うわぁあああ!!ツバキのバカヤロォオオ!!!」

 

ポケモンの姿に戻ったミロカロスを連れてツバキが戻って来た。

その顔は満面の笑み…。

 

「説得成功です!」

 

弱みを使って脅していたような気もするが、まあ、良いだろう。

 

「ミ、ミロォォ……」

「よしよし、頑張ってバトルして来いよ」

 

泣いていたミロカロスの頭を撫でてやればミロカロスは泣きやんで尻尾を揺らした。

それじゃ、と言ってツバキがボールを私に手渡した。

 

「ハクリューのボールです」

「ああ」

 

ミロカロスのボールをツバキに渡せばツバキはニッコリと笑ってミロカロスの体を撫でた。

 

「ミロカロス、頑張ってバトルしようね!」

「……」

 

嫌そうな視線をツバキに送りながらもミロカロスは頷いた。

まあ、バトルで活躍出来る奴だしな。私といるよりツバキと居た方が力を活かせると思うのだがミロカロスが怒るので言わないでおこう……。

 

「それじゃ、シンヤさん!あたしはクロツグさんとのバトルに行って参ります!!」

「ああ」

「レベルでゴリ押しリベンジよぉお!アハハハハハハ!!」

 

ミロカロスをボールに戻して走って行ったツバキに手を振った。

誰だ、クロツグって……。

 

*

 

ミロカロスとハクリューを暫くの間交換したので私の手持ちにはハクリューが居る。

ボールから出してやればミニリュウの時と変わらず懐っこい奴だった。

 

「リュ~」

「ミロカロスより随分と小さいんだな」

 

目は相変わらずデカイ。と思いつつ背を撫でてやる。

そして、今……。私の手元にはハクリューだけ……。

他の連中は仕事に行っているし、あの方法を実行するには今しか無いんじゃないだろうか……。

ミロカロスが帰って来た時、他の連中が仕事から戻った時が面倒だが……、実行出来るのは今しかない……。

とりあえず、ヤマトに相談しに行こう。

 

「ハクリュー可愛いよぉおお!!」

「リュゥウ!」

 

ハクリューと戯れるヤマトの首根っこを引っ掴む。

研究所には来たものの私そっちのけでハクリューに飛びつきやがった。

 

「まあ、聞け」

「な、なに……。首が痛い」

「実はな」

「あ、っていうか!何でハクリュー居んの!?どうしたのこのハクリュー!!」

 

ぶん殴ってやりたいな。

一発ぶん殴ってツバキと交換した一件を説明してやる。頬をさすりながらヤマトがあの時のミニリュウねー、と頷いた。

研究所に居たサマヨール、エーフィ、ブラッキーにも丁度良いので話しておこうと思う。私の壁はミロカロスとミミロップとギラティナだけだ……。

 

「実はな……」

「うん、何?」

「欲しいポケモンが居るんだ……」

「そうなんだー、シンヤが自分から言うなんて珍し……、えぇぇえええええッ!?!?ちょ、ま、え!?欲しいポケモン!?シンヤが!?え、何があった、どうした!!」

「どうしてもゲットしたいと思ってる」

「何が起きたのぉお!?全く今までポケモンに執着無かったじゃんか!!自分からゲットとか絶対にしなかったじゃん!欲しいポケモンとかどんなポケモン!?伝説より珍しいポケモン!?どんなのそれ!!」

「チルット」

「可愛いぃいい!!!」

 

もの凄く綺麗好きなポケモンらしいチルット。

贅沢を言っているのは分かっているが、賢くて部屋の掃除をしてくれるチルットをなんとかゲットしたい。

もっと贅沢を言えば人の姿になってくれれば尚良い。

 

「賢くて掃除好きな奴が欲しいんだ」

「お手伝いさんが、欲しいと……?」

「まあ、そうなるな」

「あのねぇ……、そう簡単に居るわけないでしょ……。賢くて掃除好き、素直にはい分かりましたって言う事聞いてくれるチルットなんて」

「そこは何とか頑張って探す」

「まさかの執着と根気ある決意だね」

 

やっぱり根気を必要とするのか、めんどくさい……。

だが、見つける事が出来れば部屋の掃除を自分でしなくてすむし、気兼ねなく仕事にも専念出来る……。

 

「私は探すぞ!」

「……う、うん」

「ミロカロス達に文句を言われようが絶対にゲットして傍に置く!」

「お、おお……」

「もう夜中に睡眠時間を削って掃除をするのは嫌だ!」

 

人間って追い詰められると人格変わるね、とヤマトが呟いたが私にはそんな事はどうでも良かった。

手持ちをハクリューだけにして私は210番道路を目指す事にする。近いので勿論徒歩だ。

 

*

 

「リュゥ……」

 

自分の行動がいかに無謀であったか気付くのにそう時間は掛らなかった。

チルットは草むらから飛び出して来るが失礼な話、とても賢そうには見えない。話しかけても草むらを飛び回るし攻撃してくるし……、野生ポケモンなので当然と言えば当然なのだが……。

ストライクに追い掛け回され、ゴーリキーに追い掛け回され……、ハクリューと草むらの傍でぐったりと座り込む。

目当てのポケモンと巡り会うのがこうも難しいとは……。

本当に私は今まで何も考えてなかったんだな……、その割には個性的過ぎる連中が周りに居るが……。

よく考えてみると今までのは縁あっての巡りあわせのようなものか……、自分が欲しくてゲットしようと足を運んだ事なんて無かったし……。

こうして目当てのポケモンを探して出会える確立なんて凄く低いのだろう。ツバキだってミニリュウをゲットしようと釣りをしてたのにゲット出来ず、ゲットしたのはミニリュウという名前すら知らない私だった……。

 

「色違いのポケモンなんてもっと確立が低いんだろうな……」

 

ユキワラシもコリンクもよくゲット出来たものだ……。(コリンクは研究所の庭に居る)

溜息を吐いてからゆっくりと立ち上がる。ハクリューも疲れているだろうが、まだまだ付き合ってもらわなければ。

 

「悪いなハクリュー、まだ戦えるか?」

「リュー!」

 

元気よく返事をしてコクコクと頷いたハクリュー。

私は再び草むらへと足を踏み出した。

 

「そこのチルット!歌ってないで話を聞け!」

 

飛んで逃げてしまったチルット。

はたしてアイツで出会ったチルットは何匹目だったか……。

居るには居るんだ、大量に生息はしている……。

 

「心が折れそうだ……」

「リュー……」

 

*



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23

チルット探しに没頭しているとヤマトがユキワラシとヨーギラスを引き連れてやって来た。ちなみにヨーギラスはヤマトに懐いてはいるが野生のヨーギラス。

元気になってからはよく研究所に遊びに来るらしい。

 

「見つかった?」

「……ように見えるのか?」

「ははは」

 

乾いた笑みを浮かべたヤマトに一度ポケモンセンターに行った方が良いと言われ小さく頷いた。

随分と粘ったが結局見つからない。付き合ってくれたハクリューも疲れきっているので休ませてやらなければ。

ポケモンセンターへと、ヤマトと並んで歩いていると人の姿のミミロップが必死の形相で私に向かって走って来る。

 

「シンヤーーッ!!」

 

まだチルットはゲットしてないから怒られるような事はしてない!

 

「助けてぇえええ!!」

「……は?」

「どうしたの?」

 

飛びついて来たミミロップが私の背に隠れた。

横でヤマトが「あ」と小さく声を漏らす、ミミロップを追いかけていたらしい小さなポケモンを見て思わず私も「あ」と声を漏らした。

 

「お前、前に怪我の治療をしたラルトスじゃないか」

「可愛いねぇー」

「ラルゥ」

 

ラルトスを抱き上げたヤマトにミミロップが「どっかに捨てて来て!」と叫ぶ。

 

「どうしたんだ?」

「そのラルトスが!!ワタシに弟子入りしたいって!」

「……医療を覚えたいって事か?」

 

私がラルトスに視線をやればヤマトに抱きかかえられたラルトスがコクリと頷いて鳴いた。

ミミロップが自分を治療してくれたのを見て自分もそうなりたいと思ったなら良い事じゃないか。ポケモンがポケモンの治療を出来るようになるのは良いぞ。私の仕事が減るから。

 

「弟子にしてやれば良いだろ」

「えぇえええ!?」

「僕も良いと思うよ!ミミロップも教える立場になった方が勉強になると思うし」

「えぇぇ……」

「ポケモンセンターで勉強すれば良い。ミミロップの仕事を見て細かい事はラッキーにでも聞けば良いだろ」

「野生ポケモンをポケモンセンターなんかで働かせられるわけないだろ!!」

「シンヤ、ゲットしてあげたら?」

 

はい、とラルトスを差し出されたのでラルトスに視線をやる。

ミミロップが慌てているがラルトスはまっすぐに私を見つめ返しコクンと頷いた。

カバンからモンスターボールを取り出してラルトスの額にコツンと押し付ける。ミミロップが悲鳴をあげたがラルトスはボールにおさまった。

 

「ジョーイさん、きっと喜ぶよ」

「手駒が増えたわ、ってか?」

「ちょ、それ黒ッ!!」

「いやぁああああ!!なんでゲットしちゃうんだよぉおお!!」

 

うるさいミミロップを無視してポケモンセンターへと向かう。

途中からミミロップが泣いていたが何をそんなに嫌がってるのか……、ラルトスが仕事を出来るようになればミミロップ自身の仕事も減って楽になるだろうに。

 

ポケモンセンターに着いてジョーイにラルトスの事を言えばジョーイは笑顔で言った。

 

「下僕が増えたわね!」

 

想像よりもっと酷い事言った。

 

「ちょ、ジョーイさん!?」

「冗談に決まってるじゃないですか」

「ですよねー、ビックリしたー」

 

アハハと照れたようにヤマトは笑ったが私は冗談を言っているようには聞こえなかった。

絶対にあの女は本気で言った。

 

「ミミロップ、先輩として色々と教えてあげてね」

「ミミィ……」

 

凄く乗り気ではないミミロップの隣でラルトスが嬉しそうに体を揺らした。

ラルトスぐらい賢くて素直そうなチルットが欲しい。

 

*

 

回復の終わったハクリューの頭を撫でてやる。

さて、もう一頑張りするかと思っているとミミロップが眉を寄せてこちらを見ている。

ポケモンの姿なのでいまいち分かり難いが変な顔で見られている……。

 

「何だ」

 

辺りをキョロキョロと見渡したミミロップが人の姿になる。

第一声は「ソイツ誰」だった。

 

「ツバキがバトルでミロカロスの力が借りたいそうでな。暫くの間このハクリューとミロカロスを交換したんだ」

「あの馬鹿にも妥協って言葉があったのか……」

 

関心したようにミミロップが頷いた。

相変わらずコイツはミロカロスを馬鹿にするな……。

 

「お前はさっさとラルトスに簡単な仕事から教えてやれ」

「う……」

「ラルー!」

 

ミミロップを見上げたラルトスが元気に返事をした。それを見てミミロップが嫌な顔をする。

溜息を吐いたミミロップは渋々といった様子で小さく頷いた。

 

「頑張れよ」

「うん……って、シンヤは何処行くの?」

「……その辺」

「?」

 

ハクリューをボールに戻してさっさとポケモンセンターから出る。若干、ミミロップの疑っているような視線が痛かったがここで邪魔をされてなるものか……。

210番道路に戻って来て、辺りを見渡す。

また草むらを歩いてバトルをしての繰り返しだと効率が悪い。かといって求人広告のようなものを貼って募集するなんてポケモンに通用するわけがない。

人間が相手だったら問題ないんだけどな……。家の場所が場所なだけにポケモンに限られてくる……。

いっそ大量にチルットをゲットしてその中から目当てのチルットを探して残った他のチルットは逃がすとか……。

オレの事はゲットしないとか言っといてー!!、なんてギラティナに怒られそうだな……。

 

「妥協、か……」

 

その言葉が脳裏をよぎる。

次に見つけたチルットをゲットして、掃除好きじゃなかったとしても掃除をするように躾けて言う事を聞かせようか、なんて支配欲に満ちた考えを巡らせる。

さすがに可哀想だな。好きな事を真面目にやってくれる奴が欲しいのに好きでも無いことを無理やりやらせるのは可哀想過ぎる。

考えたのは他でもない私だが……。

 

「リュ~」

「ん?ああ、少しゆっくりしてから探そうな」

 

草むらの傍に座ってハクリューにポロックをやる。

機嫌良くポロックを頬張るハクリューの頭を撫でてやればハクリューは目を細めて手に擦り寄って来た。

そういえばミロカロスは仕事の時以外は人の姿で居る事が多いからこうやって頭を撫でてやったりはあんまりしないな……。

今日、撫でてやった時に嬉しそうに尻尾を揺らしていたし。今度からなるべく撫でるようにしてやろう。人型でもなるべく……、思い出したら……。

ふぅと小さく息を吐けばハクリューの隣で一緒になってポロックを突くチルットが居た。

いつの間に……、と思いつつ眺めているとポロックを食べ終わったらしいチルットが私の方を見上げてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

「チル!」

 

ポロックの味が気に入ったらしい。

ハクリューがポロックを食べているのを見上げてから、ハクリューが地面に食べこぼしたポロックを突いて食べ始めた。

ポロックがまだ食べたいのかと思って差し出したが地面に散らばったポロックの欠片をひたすらに食べている。どうにも散らばったポロックの欠片が気になるようだ……。

コイツ……、綺麗好きか!?

とうとう来た!と思いながら交渉へと移る。とりあえずバトルよりも話し合いでこのチルットがどういう性格なのか見極めたい。

 

「少し、良いか?」

「チル?」

 

私を見上げたチルットが首を傾げる。

話を聞く気はあるらしい。

 

「お前、綺麗好きみたいだが掃除は好きか?」

「チルゥ」

 

肯定と受け取れる返事だと思う。

何を言ってるかは分からないが肯定の返事ではあった。

 

「掃除が好きなら私と一緒に来てくれないだろうか?傍で掃除をしてくれる綺麗好きなポケモンを探しているんだ」

 

チルットからの返事はない、考えているのか視線がキョロキョロと動いている。

 

「勿論、嫌なら構わないぞ……?」

「チィル~……」

 

考えるようにチルットが体を揺らす。

おっとり、おだやか、いや、のんきな性格……と思って良いかもしれない。様々なポケモンを診て来たのでこうして向き合って性格を探るのは慣れて来た。

ドキドキとしながらチルットからの返事を待っているとチルットが私を見上げて頷いた。

 

「チルッ!」

「やってくれるか!」

「チルー!」

 

私がボールを出せばチルットがバッと私から距離をとった。目をキラキラとさせてこちらの様子を見ている。

ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねたチルットが目で語る。さあ、バトルだと……。

 

「しっかり弱らせてからゲットだハクリュー!」

「リュー!!」

 

しっかり弱らせた後にチルットはヒールボールでゲットした。ジョーイに一個だけ貰っていたのが役に立ったなと思いつつ元気なチルットを頭に乗せてポケモンセンターに戻る。

ラルトスの様子を見ていたヤマトが私を見て顔に笑みを浮かべた。

 

「ゲットしてるー!」

 

ゲット出来たのは良いが、これをどう説明するか……。

 

「出掛ける時に持って良いのは6匹までだからね、気をつけなきゃ駄目だよ」

「6匹も連れて歩く事はほぼ無いがな」

「まあね」

 

バトルをするわけでもないしね、と笑ったヤマトの隣で小さく頷いた。

さて、まずはこっちを見て、目を見開いたミミロップにどう説明するか。とりあえず飛びついて来たらポケモンセンター内だがぶん殴ろう。

 

「シンヤ、まずは殴るんじゃなくて話し合いだよ」

「……」

 

未来予知でも使えるのか……、お前。

 

*



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24

早速、チルットのお手並みを拝見といこう。

チルットを家まで連れて行き部屋の様子を見せてみる、困ったように鳴いたチルットが辺りを見渡した。

 

「やり方はお前に全て任せる。ただ仕事で使う書類や本が多いから片付けた場所は把握しておいて欲しい」

「チル」

「後で必要になった時には必ずお前に聞く事になるからな。頼んだぞ」

「チル!」

 

頷いたチルットの頭を指で撫でてやる。

話を素直に聞き入れてくれる分には十分優秀、記憶力があるかは分からないが書類の文面を覗き込んでいる所から頭は悪くないのかもしれない。

分からない事があれば聞いてくれれば良いのだが言葉が通じない。ミミロップをヤマトに押し付けて来たのは失敗だったなと今更思った……。

いや、でもミミロップにはラルトスに仕事を教えるというのもあるし……。

 

「チルットがなんとか人の姿になってくれればな…」

 

普通は人の姿になる方が珍しいのだと思うが私の周りにはすでに人の姿になるポケモンが鬱陶しいほど居る。

頻繁に話しかけてくるからめんどくさい、くらいの認識しかなかったから人の姿になっても特に気にもとめなかったが……。

今はもの凄く人の姿になって欲しい。

言葉の壁が難い。おまけにチルットのこの小ささがあまりにも不便だ……。人の姿で五本指の両手があればどんなに便利か……。

口ばしと小さな足を器用に使って少しずつ片付けているチルットの姿を見ているとチクチクと胸が痛む。

こんな小さなポケモンに片付けを要求する私はなんて最低の男なんだ……、自分で片付けるべきなのか……、いや、でも……と心の中で自問自答……。

 

「……チルット」

「チル?」

「やっぱり片付けなくて良い。小さいお前には荷が重過ぎる……」

「……」

 

無理強いはしないがやってくれると言うなら何でも使う気でいたがさすがに良心が痛んだ。駄目だ、チルットの姿が健気過ぎてこき使うなんて……。

ああ、今日の苦労が水の泡だな……、と思いつつ床に置きっぱなしの本を拾った。

 

「ご主人様」

「……ん?」

 

ガシ、と本を拾った私の手を掴む誰かの手……。白い手袋を付けた手の持ち主に視線をやる。

水色の頭をした青年が私をキリリと睨みつけていた。

 

「片付けを命じられ納得した上で貴方様にゲットされました。全てはこの"チル"にお任せあれ」

「お、おお……」

 

驚きながらもチルットに頷いて返す。

お前……、良い仕事し過ぎだ!!そこで人の姿になるなんて素晴らしく空気の読めるポケモンだな!!

でも、オスか……。ゲットした時にちゃんと見ておけば良かったな。いや!この際文句は言わない!!またオスか、とか思ったけど掃除してくれるならオスでも良い!!

 

「ご主人様が望まれるのであればチルは人の姿にだってなれるのです!片付けは勿論、身の回りのお世話まで必要であれば何でもチルにお申し付け下さいませ」

 

オスでも良い。

もう結婚してくれ。

なんて出来たポケモンなんだ……、感動のあまり本気で泣きそうだ。

ニコリと笑ったチルットが丁寧に頭を下げる。綺麗好きの掃除好きどころかもの凄く世話好きな奴だった。

部屋の掃除をチルットに任せてポケモンセンターへと戻るとヤマトがぐったりとした様子でこちらを見た。

 

「ミミロップ……、説得したよ……」

 

壮絶な言い合いがあったのかもしれない。

ヤマトに礼を言ってから「聞いてくれ」と自分でも珍しく声を弾ませてみる。

 

「え、何!?ご機嫌なシンヤって不気味!!」

「うるさい。とりあえず聞け!チルットが世話好きな奴だったんだ!当たりも当たり、大当たりだ!!我が家に執事が来たぞ!」

「そんな馬鹿な!」

 

納得出来ないと言った表情を浮かべたヤマト。

何だかんだでコイツは私が最終的にそう物事は上手くいかないな……とガッカリするのを想像していたらしい。

 

「まあ、とりあえず」

「うん?何?」

「次はギラティナにも説明して来てくれヤマト」

「自分で行って!!」

「ヤマト……、私達、親友だろ?」

「え、ちょ、何その誘導……、心が凄く揺れるんですけど……」

「いざという時に頼れるのはお前だけだ、ヤマト」

「そんな事言われたら行かないわけにいかなくなるからやめて!!そういうの僕ホントに弱いから!!」

「頼んだ親友」

「畜生ぉおおお!!!誰っ!?シンヤに情で訴えかける方法教えたの!!誰だコノヤロォオ!!」

 

泣きながらポケモンセンターを出て行ったヤマト。

この調子でミロカロスの時も頼めるだろうか……。

ちなみにこの方法はテレビドラマでやってたのをミロカロスと一緒に見たからだ。つまらないと思って見ていたが思わぬ所で役に立った。

青春と友情の暑苦しいドラマだった。

 

*

 

ヤマトには任せたが少し心配になったので様子を見に行く事にする。

反転世界に行けば家の前でヤマトとギラティナが向かい合って話をしていた、私の姿を見つけたギラティナがヒラヒラと手を振った。

 

「シンヤ」

「おぉ、素直に納得してくれたのか」

「チルットの事か?それなら納得したぜ、従順な奴隷としてゲットしたと思っておく。オレには掃除なんて細かい事は出来ないしな」

 

それにオレはゲットされなくてもシンヤとは特別な関係だと思っているし、と言ってギラティナがケラケラと笑った。

まあ、土地を管理する管理人とその土地に住む住人って関係は否定しないぞ私は。

 

「ついでにチルットに会って行くだろ?」

「人型でも可愛いんだろうなー……、ちっちゃいんだろうなー……」

 

いや、別に普通の男でもの凄く小さいというわけじゃなかったが……。まあ、童顔で小柄ではあったが。

部屋の扉を開ければチルットが私を見て恭しく頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

部屋は凄く綺麗になっていた。床に散らばっていた本や書類は綺麗に棚に収納されている。

チルットの姿を見てヤマトが呟いた。

 

「髪の毛はチルットっぽいね……」

 

小さくなかったのが不満らしい。

部屋を見渡したギラティナがへぇと感心したように言葉を漏らした。

 

「チルット、コイツはギラティナだ」

「はじめまして、ギラティナ様。反転世界の主……、王とでも認識すれば良いでしょうか?」

「シンヤー、コイツ悪くねぇなー!」

 

チルットの頭を撫でたギラティナ。なんて調子の良い奴だと思いながらチルットに「好きに認識しろ」と返事をしておく。

 

「素直な良い子は悪くねぇよ!」

「トゲキッスもなんだかんだで可愛がってるもんねギラティナは」

 

ヤマトとケラケラと笑い合っているギラティナから離れてチルットが私の傍に立った。

 

「ご主人様、キッチンをお借りしても良いのでしたらお茶のご用意を致しますが?」

「ん?別に許可を得なくても家の中なら好きに使ってくれて良いぞ」

「ありがとうございます」

「というか……、茶の淹れ方なんて分かるのか?」

「お任せ下さい。街などで人間の仕事を見て覚えましたので知識はあります!」

「そうか……」

 

知識はあるがやった事はないと……。

まあ、任せよう。器用みたいだしやっていれば慣れるだろう。

静かなリビング。ソファに座れば向かいの席にヤマトが座った。そのヤマトの隣にギラティナが座る。

暫くすると紅茶の良い香りがしてチルットがトレー片手にリビングにやって来た。慣れていないはずなのに随分と器用らしく手慣れたように紅茶をテーブルに三人分、並べてくれた。

 

「私……、今までで一番良い仕事したと自分で自分を褒めたい」

「ぅおお、そこまで嬉しそうなシンヤを見たのは初めてだ……」

「……いっつも無表情か眉間に皺寄せてるかなのになー……、笑顔のシンヤ……、美人……」

 

じ、と私を見る二人がポカンと口を開けている。そんなに顔をまじまじと見られてもな……。別に恥ずかしいわけではないが、居心地が悪い。

隣にトレーを持ったまま立っているチルットに視線をやればチルットが小首を傾げながらニコリと笑った。

 

「お前も座って良いぞ?」

 

隣、開いてる。と手で示せばチルットは小さく首を横に振った。

 

「いえ、チルの事は気にしないで下さい」

「良いな!執事!」

 

私がチルットにそう言えば向かいの席でヤマトが呟く。

 

「僕はメイドさんが良かったな。チルットの女の子なら小さくてきっと凄く可愛いよ……、掃除出来なくても良い。癒される……」

 

掃除が出来ないのは駄目だぞ……。

私がヤマトに視線をやれば紅茶を飲んでいたギラティナが「そういえば」と言葉を発した。

 

「ミロカロスは?」

「ん?ツバキの所だ、暫くミロカロスとツバキのハクリューを交換したんでな」

 

ハクリューはポケモンセンターに居るぞ、と言えばギラティナは相槌を打ってからチラリと私の方を見た。

 

「アイツ、怒んない?」

「……」

 

ヤマトが口を尖らせた。

まあ、怒るというか……。凄くうるさいだろうな……と思いながら紅茶を啜ればギラティナがゆっくりとカップをテーブルに置いた。

 

「そのチルットさぁ……」

「何だ」

「傍に置いとくんだよな?」

「ばっちり働いてもらうつもりだ」

「かなりキレると思うんだよ……、シンヤがわざわざ自分から欲しくてゲットしに行ったっつーのもさ……」

 

向かいの席に座っていたヤマトが眉を寄せた。

 

「僕、恐くなって来た……」

「シンヤに一番必要とされるのは俺様だ!って思ってるだろうしな……」

 

溜息を吐いたギラティナとヤマトが肩を落とした。

 

そして、チルットをゲットした三日後にミロカロスが帰って来た……。

画面の向こうで満足気に笑うツバキ。手元に戻って来たミロカロスのボールに視線を落としてから電話を切った。

 

「……」

 

*

 

自宅に戻ってテーブルにミロカロスのボールを置く。

チルットとラルトスを抱きかかえたヤマトが体を震わせながらテーブルから距離をとり「さあ、来い」と意気込んだ。

ソファに座ったミミロップは不満気に頬杖を付き小さく溜息を吐く。

他人事のようにブラッキーとエーフィが離れた所でこちらを眺めていた。暴れたらどうするの!?というヤマトの言葉にサマヨールとトゲキッスがボールの傍で待機している。

隣に立っていたギラティナに視線をやればコクンと小さく頷かれ私はボールの開閉ボタンを押した。

ボールから出て来たミロカロスがすぐに人の姿になって私に飛びついて来た

 

「シンヤー!!ただいまー!!」

「おかえり」

 

寂しかった、会いたかった、と擦り寄って来るミロカロスの頭を撫でてからミロカロスに声を掛けた。

 

「お前の居ない間にな、新しいポケモンをゲットしたんだ」

「……」

 

ヤマトの方を指させばミロカロスの視線がヤマトへ向く。体をビクリと揺らしたヤマトはいつでも逃げる準備万端だ。

 

「ミミロップに弟子入りしたラルトスと」

「……」

「家の掃除をしてもらう事になったチルットだ」

「……」

 

ミロカロスの返事はまだない。

ミロカロスと向き合ったヤマトが今にも泣き出しそうな顔をしている……。

 

「……なんで、ゲットしたの」

「ラルトスはポケモンセンターで働かせる為にゲットしたんだ、野生ポケモンを働かせるのにミミロップが反対したからな」

「……」

「チルットは、綺麗好きなポケモンだと聞いていたから部屋の掃除をしてもらおうとゲットした」

「……」

 

目を細めたミロカロスが私に視線をやる。

何か言いたそうだったが口をへの字にして抱き付いて来た。

渋々とだが、納得してくれたのか……?ツバキの所で少し精神的に成長したのか、と少し感動していると。

 

「嫌だぁああああああ!!!」

 

耳元で叫び出した。

ミロカロスを引き離そうとしたが頑なに私の服を掴んで離さない。そのうえ泣き叫ぶ。

サマヨールとトゲキッスがミロカロスに飛びついて何とか私から引き剥がしてくれたが……、泣くし、叫ぶし、駄々をこねるし……。

精神的に成長したとか思った私は馬鹿か。

 

「ラルトスは良いよ!ミミロップにずっとくっ付いてれば良い!でも、チルットはヤだ!何で!!何で何で何で!シンヤに必要とされるとかお前ぜってぇ許さねぇ!!嫌だ!お前が居たら俺様の居場所が無くなる!絶対に嫌だッ!!」

「チルゥ……」

「離せよ!離せ!!あの鳥、追い出せよ!」

 

暴れるミロカロスをギラティナが殴った。

口を切ったのかミロカロスの口元から血が流れる。

 

「文句ばっかり言うな!オレだって納得したんだぞ!!」

「なんで納得すんだよ!!」

「こっちが聞き返してやらぁ!お前なんで納得しねぇんだよ!お前はシンヤが求める掃除なんて出来ねぇだろーが!」

「……で、できる」

「出来ねぇだろうが!」

「うぅ……」

 

ミロカロスの胸倉を引っ掴んだギラティナが眉間に皺を寄せてミロカロスを睨みつけた。

 

「お前、ワガママ過ぎてうぜぇよ」

「……んな事、」

「あるだろ……。手持ちとして連れてもらえるだけオレは羨ましいと思ってる、それなのにお前は文句ばっかり言うくせにシンヤにベタベタ甘えやがって……」

「……」

「シンヤに一番必要とされたいだの言ってるけどなぁ……、それ相応の事はお前はしてんのか?オレの見てる限りじゃお前よりミミロップの方が必要とされる為に頑張ってるように見えるぜ、泣き喚いて頭撫でて貰ってるお前よりなぁ……」

「……ぅ、ぁう……」

 

呆然と眺めてしまっていた自分に気づき、慌ててミロカロスの胸倉を掴むギラティナの腕を掴んだ。

 

「ギラティナ!」

「……チッ」

 

ミロカロスを離したギラティナが溜息を吐いて不満気に腕を組んだ。

震えながら泣くミロカロスの背に手を置けばミロカロスの体が大きく揺れた。

 

「ミロカロス……、大丈夫か?」

「ぅ……うぐ、ッ……」

 

どう言葉を掛けて良いのか分からない……。

私はそこまでお前達に必要とされる人間じゃないと言ってしまえば全てを否定しているようで。

ミロカロスにはミミロップのようになって欲しいとも思っていないし、ミロカロスにそこまで万能であれだなんて求めていない。

 

お前が居たら俺様の居場所が無くなる!

 

私も、分からないわけじゃない。

他の連中は何だかんだと自分達の居場所がある。

ミロカロスは……、ミミロップやラルトスほど医療に興味は無いし、サマヨールほど賢くもないし、エーフィやブラッキーみたいに他に仲の良いポケモンが居るわけじゃない。

育て屋はレベルの高すぎるミロカロスにとってトゲキッスのように居心地の良い場所でない事くらい分かってる。

ギラティナに反転世界があるように、ミロカロスの居場所が私というちっぽけな存在である事などよく考えずとも分かる。

ただ、私がミロカロスを求めない。

求められない……。

バトルをするわけじゃない私にはミロカロスは身に余る存在だ。

ミロカロスを必要とするトレーナーは多いだろう。でも私は必要としてやれない。

ギラティナはミロカロスに対して必要とされる努力をしていないと言った、ミミロップは頑張っていると言った……。

 

それはミミロップに頑張れる場所があるからだ。

素質があった、興味があった、私の為にと努力してくれるのはとても有難い事だ。

でも、ミロカロスにはその場所がない。

分かってる。ミロカロスの素質も興味がある事も……、私の為にと努力してくれるであろう事も……。でも、私はそれを必要としていない……。

旅に出て、沢山のトレーナーと戦って強さを極める事は……、私には難しい……。

だからミロカロスは自分の事を役に立たないと罵る。要らない、邪魔な存在だと思っていて、自分に何が出来るか分からなくて泣き喚く……。

 

分かってないわけじゃない。でも、私は何もしてやれない。

ミロカロスが気付かないならそのままで良いと思ってた。忙しい時は確かに煩わしいと思っていたが、私を慕って話しかけてくれるのならこのままで良いと思ってた。

好きな事をすれば良い、私はお前達にああしろこうしろと指図はしない……。そう言ってボールから出されたミロカロスはどう思ったのか私には分からない。

 

「……ミロカロス」

「ッ……、ごめ、ごめんなさ……」

「謝らなくて良い……、お前は悪くないから……」

 

必要としてやれない私が悪いんだ。

ツバキならミロカロスを必要としてやれるだろう。力を貸してくれと一緒に戦おうと言ってやれるような存在であれば……。

お前を必要としてくれるトレーナーの所へ行くか?

そう問えば、私はまたミロカロスを泣かせる事になる。泣き喚かせてるのは他でもない私だ。

 

「チルットが居ても、お前はここに居て良い」

「……シンヤ、」

「お前は、居て良いんだ」

 

ごめんな……、ミロカロス。

私が居なければ良かったんだ……。そしたら、お前はもっと相応しい別の人間の傍に……。

 

*



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25

ミロカロスが帰って来てシンヤ達の周りでは何処かギクシャクしたような気まずい雰囲気が流れた。

反省したいから、と僕の家に泊まったミロカロスは自分からシンヤと少し距離をとった。ギラティナはシンヤに対してミロカロスに甘過ぎると怒っていたけど、僕はそれが子供染みたヤキモチなんだと分かった。

うるさいのが静かになって良いと笑っていたミミロップは何処か寂しげで、気まずい雰囲気にトゲキッスは酷く落ち込んでいた。

 

チルットはそのままシンヤのポケモンとして家に居る事になったがシンヤは何故か元気が無かった。

疲れた様子……というより、とても後悔しているようで……。チルットをゲットした事を後悔しているのかどうかは僕には分からなかったけど、僕はシンヤがチルットをゲットした事は決して悪いことじゃないと思う。

むしろ最初の頃と比べると喜ばしい事だと思う。シンヤは少しずつ良い意味で変わっていってる……。

あくまで僕の考えだけど、シンヤの世界はとても狭かった。立ち止まったままで手の届く範囲だけがシンヤの世界……。そこから歩きだそうとはしていなかったんだと思う。

シンヤがどういった人間なのか僕は知らない。どんな過去を持っていてどうしてイツキさん達の家族となったのかも知らないけど。

でも、出会った人達やポケモン達がシンヤの手をゆっくりと引いて一緒に歩いてくれたから、シンヤは歩きだせたのだと思う。勿論、僕も一緒に歩いて行けたらと思ってる。

 

ただ……、ミロカロスはそんなシンヤの変化が辛いんだろう……。

シンヤの手の届く範囲に居たミロカロスもまた世界がとても狭かった。シンヤに差し伸べられた手を取ったミロカロスにとってはシンヤと自分の世界がとても広くてミロカロスにはそれで十分だったんだと思う。

でも、シンヤはどんどん歩いていこうとする。いつの間にかシンヤの世界にはミロカロスだけじゃなくなって世界はどんどん広がっていった。

 

ミロカロスにはシンヤだけ、だけど……。

シンヤにはミロカロスだけじゃない。

 

ミロカロスがシンヤに依存してしまっている。でも、それはミロカロスの過去を聞けば仕方のない事というより当然といえば当然の流れだったかもしれない。

僕には理解出来ないほど、ミロカロスの気持ちは強い……。

シンヤもシンヤなりにミロカロスの気持ちを分かっていると思うし大事に思っていないわけじゃないと思う。

それでも、受け止めきれない。

僕はシンヤじゃないから全てを分かってるわけじゃないけど、これだけは分かる。シンヤは頭も良いし僕なんかと違って何でも器用にやり遂げる力がある、でも、普通の……、いや、もしかすると普通の人よりも……。

 

弱い、人間なのかもしれない。

 

きっと今回の事でミロカロスは傷ついてる。ギラティナもミミロップもトゲキッスも……、何も言わないけどサマヨールにエーフィ、ブラッキーも……。

チルットとラルトスだって不安だろうし、僕も凄く不安な気持ちでいっぱいだ。

でも、もしかすると……、誰よりも傷ついて不安なのはシンヤなんじゃないかと……、思うんだよ、ね……。

 

「ミロカロスはワガママじゃないと思うよ」

「……」

「不器用なだけ、それをシンヤも分かってくれてる」

「……」

 

ミロカロスの頭を撫でればミロカロスは小さく頷いて「ありがとう」と小さな声で言った。

ギラティナともすぐに仲直り出来るよ、と僕が続ければ突然部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

びっくりした僕とミロカロスが扉へと視線をやれば人の姿のミミロップが息を切らせながら部屋の中を見渡す。

 

「……はぁ、はあ……、シンヤ、ここに、居る?」

「来てないけど……、家に居るんじゃないの?」

「居ないんだよ!ワタシは昨日ポケモンセンターに泊まったんだけど、朝、チルットが駆け込んできてシンヤが居ないって!!」

「え、どういう……」

 

とりあえず、二人とも来いとミミロップに急かされて僕とミロカロスは走るミミロップの背を追いかけた。

まだ朝早い、午前7時の事だった。

 

*

 

昨日はチルとご主人様以外は家にはいらっしゃいませんでした。

ご主人様は食欲が無いと言って自室に籠ったきりで、チルは寝る前に一度だけおやすみなさいませと声を掛けました。

その時はちゃんとお返事をして下さったんです!

でも、朝……、朝食の用意をしてご主人様のお部屋に行ってもお返事が返ってきませんでした。失礼と思いながらお部屋を覗いたらベッドはもぬけの殻で……、出掛ける際にお持ちになるというカバンも見当たらなかったんです……。

 

「それで、大慌てでポケモンセンターに……」

 

喋り終えたチルットが肩を落とした。

どうして気付かなかったのだろうと落ち込んだチルットの肩をギラティナが叩く。

 

「悪い、オレも眠っててシンヤがいつ出て行ったのか分かんねぇんだ……」

 

悪い……ともう一度謝ったギラティナにトゲキッスは首を大きく横に振った。

シンヤの家に集まった面々、誰一人欠けていない。それはつまりシンヤが誰も連れて行かず家を出た事を現していた。

 

「どういうつもりなんでしょうね、シンヤがこうも自分勝手な人間だとは知りませんでした」

「エーフィ……」

「もっと賢い人間だと思っていたのに、裏切られた気分です。失望の念すら覚えますよ」

「エーフィ!!いい加減にしろよ!!」

 

意外にもエーフィに対して怒鳴ったのはブラッキーだった。

顔を歪ませてエーフィが押し黙る、エーフィもシンヤを罵りたいわけじゃない。ただどうしてこうなったのか理由が分からずに苛立っているだけだ。それはブラッキーも同じ。

 

「申し訳ありません……。チルが、チルが気付いてさえいれば……」

「チルットは悪くない……、俺様が原因だ」

 

目元に涙を溜めたミロカロスがそう言って唇を噛み締めた。

誰も悪いわけじゃない、そう思ったけれど、皆が悪いのかもしれないという気持ちも過る。

シンヤを一人にしてしまった僕達が悪いのか……。

不気味なほど静かになった室内でサマヨールが言葉を発した。

 

「ここでこうしていても仕方ない。出来る事をしよう」

「出来る事?この状況でワタシ達に出来る事ってなんだよ……」

「主の性格上、家族に話をしている可能性は低いが……。ツバキには連絡を取っているかもしれない」

「!」

「他にもシンヤの知り合いをあたってみる。連絡先を交換している人間が数人居るはずだ」

「そうか……、そうだよな!!シンヤの場合、行く宛てなんて限られてくる……」

 

コクコクと頷いたミミロップが僕の方を振り返った。

 

「ワタシはジョーイさんに言って何処かのポケモンセンターにシンヤが寄ってないか聞いてみる」

「う、うん」

「ヤマトはすぐにツバキに連絡してくれ。あとシンヤの部屋に電話番号を書いた手帳があるはずだ」

「手帳?シンヤが持って行ってるんじゃないですか?」

「いや、シンヤはマメだからな失くした場合に備えて絶対に持ち歩かない用として残してる!」

 

そう言ってミミロップがラルトスを引っ掴み部屋を飛び出して行った。トゲキッスとチルットがシンヤの部屋へと走って行く。

小さく溜息を吐いたエーフィが僕の名前を呼んだ。

 

「シンヤが徒歩で出掛けたならシンヤの姿を見掛けた野生ポケモンが居るかもしれません。私たちは聞き込みに行ってきますよ」

 

チラリとエーフィがブラッキーに視線をやればブラッキーは顔に笑みを浮かべ頷いた。

 

「夜中に出掛けたならゴーストポケモンの情報を得られるかもしれないな……、自分はそちらをあたってみる」

 

サマヨールがそう行ってエーフィとブラッキーと共に部屋から出て行った。

オレも外界を見てシンヤが居ないか探してみる、と言ってギラティナが僕に背を向けた。

 

「……オレが言い過ぎた、悪い」

 

そう言ってミロカロスの肩を叩いたギラティナが部屋から出て行った。

ミロカロスの目からボロッと涙が零れ落ちる。

 

「ミロカロス、行こうか」

「……、」

 

コクンと頷いたミロカロスと一緒に僕は部屋を出た。

 

*

 

研究所に戻ってツバキちゃんに電話をかければ画面の向こうでツバキちゃんが朝ご飯らしいパンをポロリと手から落としながら叫び声をあげた。

 

<「なんですとぉおおお!?」>

 

耳がキーンとなったよ……、ツバキちゃん……。

 

<「昨日、あたし電話したのに!?ミロカロス返したのに!?」>

「今朝、居なくなってる事に気付いたんだよ」

<「えぇー……、何処行ったんだろ……。でも、シンヤさんってそんなに行動力無いし……、親しい人だってそんな多くないと思うんだけど……」>

 

腕を組んで考え込んでいるツバキちゃん。

どうやらツバキちゃんにもシンヤは連絡していなかったようだ……、誰にも言わず出て行ったのか……それだと移動出来る距離も限られてくる……。

それとも他にポケモンを貸してくれるような知り合いが……?

電話の向こうでツバキちゃんがパンを齧りながらブツブツと何か言っている。横から「それ落ちたパンだよね」とか何とか声が聞こえるけど……。大丈夫なのかこの子は、と少し不安に思っているとトゲキッスとチルットが研究所にやって来た。

 

「シンヤの手帳見つけました!連絡先も書いてあります!」

「ホントだ、でも、僕の知らない人だな……。いや、聞いた事はある名前もある……かな?」

 

曖昧な記憶を辿ってみる、いまいちピンとこない。

画面の向こうで「あ」とツバキちゃんが声を発した。何か思い当たる事があるのかと視線をやればツバキちゃんは眉間に皺を寄せた。

 

「え……ど、どうしたの?」

<「え、いや……、ゲンさんとシンヤさんが親しかったのを思い出しまして……」>

「ゲンさん?……あ、連絡先ある!!」

<「くそ……、あたしを差し置いてゲンさんに連絡してるのか?ゲンさんとシンヤさんがイチャイチャしてるなんて許せない!やっぱりシンヤさんはライバルだ……」>

「よく分からないけど電話してみるよ、それとこの連絡先を見て欲しいんだけど思い当たる人居ない?」

 

シンヤの手帳を開いてツバキちゃんに見せれば「あー」と言いながらツバキちゃんは頷いた。

 

<「名前書いてあるけどお店の人の連絡先が多いですね。あたしも知ってるショップの店員さんの名前だし。そのデンジはナギサのジムリーダーですよ、オーバは四天王」>

 

聞いた事ある名前それだ!!やっとピンと来た。

とりあえずツバキちゃんに分かるだけ連絡先を抜き出してもらった。あたしもそっちすぐ行きますからー!と言って手を振ったツバキちゃんとの電話を切った。

 

よし、とりあえずゲンさんに電話をしてみよう。

知らない人に電話を掛けるのって緊張する。

ドキドキしながら番号を押して相手が電話に出るのを待った。

 

<「はい」>

「あ、朝早くにすみません。シンヤの友人でヤマトと申しますがゲンさんでいらっしゃいますか?」

<「ああ、私がゲンだけど……、シンヤの友人が何か?」>

「実は今朝からシンヤの行方が分からなくなってしまって……」

<「なっ!?シンヤが行方不明!?」>

 

ゲンさんの反応からしてこの人にも連絡していないみたいだ……。

何か心当たりが無いかと聞いてみたが暫く会えて居ないと首を横に振られてしまった。

画面の向こうで顔を青くして慌てているゲンさん。本当に親しかったのかゲンさんも凄く心配しているみたいだ。

僕が小さく溜息を吐けば研究所に「お邪魔します!」と大きな声が響いた。

 

「ヤマトさぁあん!」

「え、ツバキちゃん!?早いね!?」

「ヨルノズクにありとあらゆる無茶をさせました!」

 

それ、良いの?

 

「あ、ゲンさん!おはようございます!」

<「やあ、ツバキ……。おはよう。キミもシンヤの事を聞いたのかい?」>

「はい、ゲンさんの方にも連絡なかったんですね……」

<「ああ、何も……」>

「よっしゃ!」

<「何か言ったかい?」>

「いえ、別に」

 

ゲンさんには聞こえなかったのかもしれないけど、僕は隣に居たからバッチリ聞こえたよ、ツバキちゃん……。

何でガッツポーズ……?

 

「あ、じゃあ、次の知り合いに電話するんでお電話切りますね」

<「え、ちょ、待ってツバキ!」>

「ではまた~」

 

ブツンとツバキちゃんが勝手に電話を切った。

ゲンさんに連絡さえいってなきゃ良いのよ、と呟いたツバキちゃんが笑って言う。

 

「次、誰に掛けるんですか?デンジとオーバならあたし知り合いなんで任せて下さい!」

「助かるよ」

 

有難いので深く考えないでおこう。

慣れた手付きで電話を掛けたツバキちゃんが画面に映ったテレビでしか見たことのない四天王に「おはよー」と軽く挨拶した。

この子すごい!いや、確か……、かなりの腕のあるトレーナーってシンヤが言ってたな……。

 

<「はよー、つか、朝からどうしたよ?」>

「オーバの所にさ、シンヤさんから連絡来てない?それかシンヤさんそっちに居ない?」

<「シンヤ?電話もねぇし、こっちにも来てねぇーよ?」>

「じゃあ、良いや」

<「は?なに……」>

 

ブツンと電話を切ったツバキちゃん。

なんて思いきった事を!!!トゲキッスとチルットが口をパクパクさせていたが、僕もきっと同じような表情をしてたに違いない。

 

「おはよー」

<「なんだ、ツバキか……。何か用か?」>

「デンジの所にさシンヤさんから連絡来てない?それかシンヤさんそっちに居ない?」

<「……来てたら何なんだ?」>

「!?」

 

ナギサシティにシンヤが居る!?

 

「シンヤさんから連絡あったの!?」

<「いや?」>

「はぁ?」

<「だから、連絡来てたら何なんだ?何か大事な事なのか?」>

「紛らわしい聞き方すんなバカ!!お前の頭に雷落ちろ!!」

<「はぁ!?なんなんだ急に!!……え、オーバが来た?知らん、今忙しいんだ」>

 

画面の向こうで話しかけられたのかデンジさんが鬱陶しそうに手を振った。

けど、オーバさんがデンジさんを突き飛ばしてツバキちゃんに怒鳴る。

 

<「ツバキィイイ!!どういうつもりだテメェエ!!酷いじゃねぇか!すっごく傷ついたぞ!!」>

「うるさい!シンヤさんが行方不明で忙しいの!!」

<「は?」>

<「なんだと!?」>

「知らないなら良いの!じゃあね!」

 

ブツンと電話を切ったツバキちゃんが手詰まりだと呟いた。

僕的にはもっと詳しく心当たりないかとか聞きたいんだけど……。

でも、手詰まりなのは否定出来ない。

 

「うーん……、エムリットとかに聞きました?」

「あ!」

「ギラティナに言って三匹を呼んでもらった方が早いですよね」

「そうだね!」

 

あの三匹ならと喜んだのも束の間、僕の期待を裏切ってエムリットもアグノムも、ユクシーでさえ首を横に振った……。

 

< シンヤさんが…… >

< ヤマトー、元気出せー! >

< あれか家出ってやつかー? >

「役立たずー!!!」

 

*



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26

手詰まりも手詰まり。

何の手掛かりもないまま、僕達は途方にくれた……。

手当たり次第に電話を掛けてみたものの、みんな首を横に振り。聞き込みに行ったエーフィ、ブラッキー、サマヨールも肩を落として帰って来た。

全てのポケモンセンターに連絡を取ってみたがシンヤはポケモンセンターに寄っていないのか足取りは全く掴めなかった。

まるで、消えてしまったみたいだ……。

そのうちひょっこりと帰って来ますよ、とジョーイさんは笑ったがみんな溜息を零すだけ。

反転世界に戻ってみればギラティナがぐったりと地面に倒れこんでいた。どうやら探しまわった結果、目を回して気分が悪くなったらしい。

 

「シンヤさんのバカァアア!!」

 

苛立ちのあまりツバキちゃんが反転世界の彼方に叫んだが、シンヤからの返事が返ってくるはずもなかった……。

 

ポロリ、とミロカロスが涙を零すとミミロップがミロカロスの頭を叩いた。

鬱陶しいから泣くな!と怒鳴ったミミロップの目にもうっすら涙が浮かんでいる。。

気持ちポケモンのラルトスが自身の体を抱きしめて震えている。寒いのだろうかと抱きあげればラルトスの体はとても冷たかった。

周りのみんなの気持ちを反映するように……。ラルトスは小さな体を更に小さくして震えていた。

 

寂しい、悲しい……。そんな気持ちはラルトスにとってとても冷たいのかもしれない。

 

大きな溜息を吐きながらミミロップがその場にしゃがみ込んで俯いた。僕の腕の中に居たラルトスが腕から飛び降りてミミロップの傍に擦り寄る。

またミミロップが溜息を吐く。

 

「何処に行っちまったんだよっ……、シンヤ……」

 

今にも泣きそうな声がミミロップの口から漏れた、その言葉に誰も返事を返せない。

 

「ワタシ達の事、要らなくなったのか……?一緒に居るのが嫌になったのか……?」

 

ミミロップの言葉に、顔を歪めてミロカロスがボロボロと涙を流す。

みんなが顔を伏せた……。

 

「言ってくれなきゃ分かんねぇよ……、理由を言えよ!!何で勝手に居なくなった!!要らなくなったならハッキリ言えば良いのに!!一緒に居たくないならそう言えば良い!!ボール手放してワタシ達を捨てて行けよ!!」

「ミミロップ……」

「全部置いて行きやがって!!ここに繋ぎ止められたままじゃワタシ達は待つ事しか出来ない!!理由を言って捨てて行ってくれたら……」

 

どんなに拒絶されても、どんなに蔑まれようとも意地でも後を追ってやるのに!!!

何で……、人間はゲット出来ねぇのかな……、そうミミロップがポツリと最後に呟いてラルトスをぬいぐるみのように抱きしめた。

 

シンヤ……、今、何処に居るの?

 

 

*

 

 

「嫌だ」

「ダメ」

「嫌なものは嫌だ」

「ダメなものはダメ」

 

相手の目を睨みつけて言葉を交わせどもラチがあかない。

しつこいくらい言葉を曲げない相手に私の苛立ちは募るばかりだった。それをまるで他人事のように眺める男にも腹が立つ。

 

「元の世界に帰りましょう」

「い・や・だ」

「まだ生きてるのに勿体ないだろ!」

「自分でも分からないが凄く帰りたくない!」

 

しつこいな!とソイツは私に言ったが私もソイツにお前もな!と言葉を返してやる。

ソイツ……、パルキアはもの凄くしつこかった。この同じような内容の会話をどれだけ続けたか私にはもう分からない。

傍に座ってこのやり取りを眺めるディアルガも飽きないのだろうか、甚だ疑問だ。何で止めない、むしろ止めてくれ。

 

何でこうなったのか……。パルキアを睨みつけながら当初を思い出してみる。とりあえず最悪だった。

ミロカロスがヤマトの家で反省すると言って家を出て行ったのを見送った後、一人部屋に籠った。

チルットには悪いと思ったが食欲もなく、黙々と仕事を片付ける事に専念した……。さすがに私も勝手な所があったしミロカロスに対して邪険に扱っていた所もあった……。

文句一つ言わず仕事をこなしてくれるポケモン達に労いの言葉をかけた事はなかったし、休みの日でもポケモン達の為に過ごそうと思った事などなかった。

ギラティナの力を借りておきながらギラティナに対して何か私からしてやるといった事もなかったし、ギラティナを怒らせたのはミロカロスではなく私自身……。

今回ばかりは申し訳ない。どう考えても非は私にあって悪いのは私だった。そして私に何が出来るのか何をしてやれるのかと考えれば、私には仕事を全て片付けて一日を全て慕って傍にいてくれるポケモン達に費やす事だけだと思った……。

それで満足してくれるかはどうか分からないが。

どうすれば良いのかよく分からないから、と行動しなかったポケモンを可愛がるという行為を私もしなければと……、日々のヤマトの行動を思い出してみて思ったのだ。

 

黙々と仕事を片付けていればチルットから「おやすみなさいませ」と声を掛けれ、私も「おやすみ」と返した。もうそんな時間かと思いながら仕事を進め、仕事が終わった時間はとっくに日付も変わっていた。

少し眠ろう、そう思って椅子から立ち上がった。寝巻に着替えようとクローゼットを開ければフワリと出掛ける時に持って行くカバンが浮いた。

突然の事にその場で固まれば浮遊感を感じた。これはマズイと思ったが一瞬で視界は真っ黒になる。

そして目を開ければ何もない真っ白な空間、私の周りをアンノーンがくるくると飛び交っている……、そのアンノーンが飛びまわる中、二人の男が私を見て笑った…。

 

その二人はディアルガとパルキアだと名乗った。

 

唖然とする私にパルキアは視線を合わせた後に両手を合わせて「ごめん」と謝った。何故、謝られたのかは分からない。

説明を求めるようにディアルガに視線をやればディアルガは目を瞑って頷いた。

 

「異界の人間であるお前をこの世界に引き込んでしまったのはそのバカだ」

「バカって言うな」

「すぐにでもお前を元の世界に戻す必要があったがこのマヌケがお前の存在を見失ったのだ」

「マヌッ!?」

「それどころか、お前の帰るべき世界も何処なのか分からなくなり俺が時間を遡るハメになった……。全てはこの空間を司るポケモン、バカモノのせいなのだ」

「パルキア!!一文字もあってねぇよ!!」

 

ディアルガにパルキア……、お前達は……。

……お笑い芸人、なのか?

 

*

 

小さな偶然が重なったのだと、パルキアが言った。

世界はこの小さな空間だけではない。

この空間には存在せずとも異なる空間に多種多様の世界が存在している。

それに人間はパラレルワールドという名前を付けた。

違う世界に住む自分の存在が居たとしてもそれは自分でありながら全く別の人生を別世界で歩んでいる全く違う自分。

それこそ、例えるなら人の姿になれないポケモンと人の姿になれるポケモンがいるこの世界の他に……。

人の姿になれないポケモンだけが存在する世界、人の姿のポケモンしか居ない世界もあるという。

 

勿論、ポケモンの居ない世界も……。

 

そんな世界は決して繋がる事はないが、世界の空間は毎日何処かで必ず歪むのだとパルキアは言う。

人々の知らぬ所で空間は歪みそれを安定させるのがパルキアの役目。

その歪みの間に"私"が来てしまった。

人間が空間の狭間に存在するのはありえないらしいが、今の私は自分の居た世界に体を置いて来た存在らしい。

つまり今のここに居る私には体が無いのだ。精神体だとパルキアがいうので私は意識だけこちらの世界に来てしまった事になる。

精神だけの存在の私は空間の歪みを直そうとしたパルキアの力によってこちら……、今私が居るこの世界に引っ張り込まれてしまった……。

 

「と、まあ大まかに事情を説明するとこんな感じだな」

「……」

 

うん、と納得したように頷いたパルキアに何と言葉を返して良いのか私は頷く事も出来ずに黙りこむ。

パルキアの隣に立っていたディアルガが言った。

 

「お前は何かしらのダメージを精神に受け、体と精神が不安定の状態だった。その状態のまま空間の歪みに引き込まれたのだ」

 

思い当たる節はあるか?とディアルガに聞かれ私は小さく頷いた。

私の中で原因は"あれ"しかないと思った……。

 

「私は、自殺をした……」

 

なるほど、とパルキアが頷く。

 

「空間を歪める原因は多々ある。その中に人間の強い逃避本能も一つだとオレは思ってる」

「…」

「だからと言って、逃避したいと思う人間の全員が歪みの狭間に来るわけじゃない。本当にそれは偶然だった。でも、大丈夫。ちゃんとオレが責任を持って送り届ける。引っ張り込んじまったのはオレだしな」

「……私は、死んだんじゃないのか?」

 

パルキアの言い方だとまるで私の居た世界にまだ私の居場所があるような言い方だ。

精神だけの私にはもう戻る体なんて……。

 

「生きてるよ」

「!?」

「精神が無い状態でずっと眠ってる」

「……」

 

生きてる。そう聞いた瞬間、スーッと胸の辺りが冷えたようになったかと思うと締め付けられているような感覚、体中がザワザワする。

ドクドクと心臓の音が聞こえた時、自分がどういう感情を持って今この場に立っているのか分からなくなる。

これは何だ……。

焦り、不安、恐怖、決して良い感情ではない事は確かだった。

 

「自分が自殺をした、というのはハッキリ覚えているんだが……。もう前の世界を覚えていないんだ。自分が誰でどういう風に生きて、何故……、自殺をしたのかも……」

「俺が時間を遡ってお前の世界を探したからだろうな。その時にお前にも影響があったんだろう」

「まあ、元の世界に戻れば記憶も戻るだろ」

 

うんうんとパルキアが頷いた。

でも、私は首を横に振る。

 

「嫌、だ」

「へ?」

「覚えてはいないが凄く嫌だ、元の世界には戻りたくない」

「いや、でも……、精神だけじゃ色々と危ねぇし……、帰りましょ?」

「帰りたくない」

 

まあ、自殺したんだから帰りたくない気持ちもあるだろうな。と言ってディアルガが頷いた。

自分でもよく分からない、それでも嫌で嫌でたまらない。

 

「か、帰ろ?」

「嫌だ!」

「嫌だって言ってもダメだ!!」

「嫌だ!」

「ダメだ!」

「嫌!」

「ダメ!」

 

パルキアとの言い争いはここから始まった。

それから何時間、いや、何十時間、言い争ったのか……。全くこの空間内では変化も何もないので分からないが……。

とりあえず途中でディアルガが座り込んだ事からもの凄く時間は経っているんだろう。

パルキアも諦めない、私も諦めない。

お互いに言葉を曲げなければ一生解決などするわけもなく。

アンノーンが周りを飛び交う中、嫌だダメだの言葉だけが真っ白の空間に響き渡った。

 

「あそこには戻りたくない!」

「戻らないと身体が無いままなんだって!」

 

*



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27

次の日になってもシンヤは帰って来なかった……。

エムリット達を引き連れてツバキちゃんが手当たり次第に探してくると飛び出したものの連絡はない。心配したデンジさんとオーバさんが連絡をくれたけど良い返事は返してあげられなかった。

探索に出ているイツキさんに連絡をするべきか……。でも、まだ一日しか経ってない。まだ一日だ。今日にでもひょっこり帰って来るかもしれない。

イツキさんやカナコさん、カズキくんにノリコちゃんに知らせるのはまだやめよう……。

大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせて小さく溜息を吐いた。

反転世界に行けば家の前に座り込むポケモン達。シンヤが帰って来るのを今か今かと待っている……。

 

「ミミロップ、ポケモンセンターに行かなくて良いの?」

「ミス連発してジョーイさんに怒られた……」

「そっか」

 

仕事も手に付かない。

不安で不安でたまらない、今にも泣き出しそうな、みんなの表情を見ていると僕まで泣きそうになる。

静まり返る空気に耐え切れずまたミロカロスが泣きだした。もうずっと泣きっぱなしで目が赤く腫れているがミロカロスはまたボロボロと涙を流す。

 

「俺様のせいで、俺様が……」

 

役立たずだから、うるさくしたからと言いながら泣き始めてしまった。それを見てミミロップがミロカロスを睨みつける。

 

「泣くな!!泣いてシンヤが帰って来るならワタシだって泣き喚いてんだよ!!!」

「ぅぐ……、」

 

ミロカロスがごしごしと目元を擦った。

ああ、そんなにしたら目が……、と思っているとチルットがタオルを持ってミロカロスの傍に行った。

 

「タオル、温めてきました、使って下さい」

「あり、がと……」

「あまり擦ると眼球が傷付いてしまいますので……」

 

コクン、と頷いたミロカロスを見てチルットが小さく笑みを浮かべる。

こういう時、僕は何もしてあげられない。

大丈夫だよ、だなんて無責任な言葉を掛けてあげるわけにはいかないし、頭を撫でてあげてもどうとなるわけでもない。

座り込むみんなを見て溜息を吐く……。研究所に戻ろう……、ツバキちゃん達から電話があるかもしれないし……。

 

「ヤマト、戻るのか?」

「うん」

「自分も手伝いに一緒に戻ろうか……?」

「ううん、良いよ。ここに居て」

「……分かった」

 

頷いたサマヨールを見てから僕は反転世界を後にした。

研究所に戻れば心配したようにユキワラシが僕を見上げた。大丈夫だよ、と笑ってみたけどちゃんと笑えてたかどうか分からない。

 

「シンヤは何をやってるんだろうね」

「ユキィ……」

「きっと何か理由があるんだよ。シンヤはみんなを置いて出て行ったりしないもん……」

「ユキー」

「みんな、心配してるのにね」

 

*

 

真っ白な雪原を眺めてみる。

吐いた溜息は真っ白で、ふわりと瞬く間に消えてしまった。

ああ、まるで真っ白な肌をした彼のようだと……。

 

「ルカリオ、気合いを入れて探すんだ」

「ガゥ……」

 

無茶ぶりだ、と言わんばかりに鳴いたルカリオ。それでも探さずにはいられない。

キッサキシティ、ここで私は彼と出会った。

彼の第一印象はハッキリ言ってあまり良いものではなかった。

冷たい印象を思わせる口調に、態度が関わりたくない部類の人間であると思わせた。それでもシンヤに興味を持ったのは彼の波動……。

他の誰とも違う、何処までも異質……、そして気高くもあり誰よりも儚く不安定なもの、それは今にも消えてしまいそうな波動……。

人間であることを疑いたくなる異質さに興味本位で声を掛けたが、話しかけてもシンヤは何処か他人と壁を作る気難しい人間だった……。でも、子供のように無知で純粋な人間でもある。

一言で表せば、不思議。

シンヤのことはさっぱりと分からない。どういった人間なのかも分からないが不思議と、惹かれるのだ……。

 

「ゲンに会えて私はツイてるな、雪道を歩かずにすむ」

 

その言葉に不思議と嬉しくて笑みが零れた。

 

「何だ、ゲンか。何処にでも居るなお前」

 

私だと気付いた時にシンヤの波動が穏やかになった時は胸が弾んだ。

もっと親しくなりたい、もっとシンヤのことを知りたいと……、そう思った……。不思議だな、男が男に惹かれるなんて……。

 

「実は今朝からシンヤの行方が分からなくなってしまって……」

 

取り乱すなんて私らしくない。

まだまだ修行不足だ……。

神経を研ぎ澄ましてみてもシンヤの波動が何処にも感じられない。その事実に泣きそうになる……。

 

「ルカリオ、探すんだ」

「……」

「探してくれ……」

 

居ないわけない。絶対に居る……。見つからないのは修行が足りないからだ。そうに決まってる。

 

「ルカリオ」

「ガウ」

 

神経を研ぎ澄ませ、異質な彼の波動が感じられなくなるなんて有り得て良いはずがない。

 

「ガゥッ!?」

「!!!」

 

*

 

雪を踏んだ。ザクザクと音を立てて歩いた。

まさか、キッサキシティに放り出されるなんて……。私はもうパルキアが大嫌いだ。見物してたディアルガも嫌いだ。

 

「寒い……」

 

私は戻りたくない、ここに居たい。パルキアとの言い争いに決着はつかず……、やっと腰をあげたディアルガが私とパルキアを止めた。

時間を与えられたのだ……、心を落ち着ける時間を…。それは結局帰らなければいけないのだと言われたも同然で、私は首を横に振ったが苛立ったパルキアに無理やり放り出された。

迎えに行くから、そう言ったパルキアに心の中で来るなと答えた。

帰りたく、ない……。

なんで帰りたくないんだろう、なんで私は死のうとしたんだろう、なんで私はここに居たいとこだわるのだろう……。

"あそこ"は嫌だ。嫌だから戻りたくない。

でも、戻るくらいなら死んでやる、今すぐ殺せ。とは、言えなかった……。

 

「死にたく、ない……」

 

生きたい……、生きていたい……。

ここで、脳裏に浮かんでくる連中と一緒に……生きたい……。

でも戻らないとダメなのか……。あそこに、あそこは……、なんでそんなに嫌なんだ……?

分からない、何も分からない、覚えてない、何も覚えてない……、思い出したくない……、何も思い出したくない、忘れたままでいたい。

 

「寒い……」

 

フードを被って歩くが寒いせいで眠気が襲ってくる。ポケモンセンターまで行かなければここで凍死してしまう……。

今度会ったらパルキアをぶん殴ってやる、と思ったが。もう二度と会いたくなかった。

 

 

「シンヤッ!!」

 

 

青い影……、ゲンが走り寄って来た。

そういえば会うのは久しぶりかもしれない、電話もしていなかったし……。

 

「ゲン……、相変わらず何処にでも居るな」

「だからっ、それはこっちのセリフ!!!」

 

勢いよくゲンが飛びついて来たせいで私は雪の上に倒れこむ。寒い、冷たい、重たい……、三拍子揃って最悪だ。

立ち上がったゲンが「ごめん」と謝って体を起してくれた。そして私を見て嬉しそうに笑った。

 

「良かった、見つかって……!」

「は?」

「昨日から行方が分からなくなったって……、本当に、心配させないでくれ……」

 

丸一日も経ってるのか……?

ディアルガも大嫌いだ!時間の調整くらい出来るくせに!!アイツらはもう二体まとめて大嫌いだ!!

 

「シンヤ、何処に行ってたんだ?」

「私も分からん」

「分からないって……」

 

眉間に皺を寄せたゲンは納得がいかない様子だった。

でも、本当に何処に行ってたのか分からないのだから説明のしようがない。それに、私が元の世界に戻るとか戻らないとか……、話す様ような事でもないし……。

 

「とりあえず、家に送って行くよ。手持ち居ないんだろ?」

「助かる…」

「ズイタウンだったよな」

「ああ、ゲンに会えてツイてる……って前にもこんな事言ったな」

 

困ったように笑ったゲンに私は笑みを返した。

そしたらゲンは驚いたように目を見開いて、顔を赤くした。

 

「シンヤ、最初に会った頃と随分変わったよ」

「そう、か?」

「笑ったの初めて見た」

「……」

 

そういえば、

いつの間にかちゃんと笑えるようになってる……。

 

「さあ、帰ろう」

「ああ」

 

私の手を取ったゲンが嬉しそうに笑った。

……なんで、手を握る。

 

*



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28

ズイタウンに帰って来て、どっと疲れが押し寄せて来た。眠たいし考える事も色々とあって、頭が痛い。

丸一日も無断で留守にしてしまったのだから怒られそうだ。

 

「家まで一緒に行こうか?」

「え?」

「顔色があまり良くない」

「大丈夫、寝てなくて疲れてるだけなんだ」

 

一人で帰れる、と苦笑いを返せばゲンは気を付けてと言って私の肩をポンと叩いた。

家まで送られても家の場所が場所なだけに説明が面倒だしな……。

 

「それじゃ、また」

「……ああ」

「今度ちゃんとお礼してもらうからな」

 

ヒラリと手を振ったゲンに手を振り返す。ボーマンダの姿は空の彼方に消えていった。

また……、今度、か……。

パルキアはいつ迎えに来るのだろうか。時間を与えられても私の気持ちは変わらないだろうし、私にはあとどれだけの時間が残されているのか……。

もうここに存在して居られる保証はない。

とりあえず、家に帰ればチルットは居るだろう。一先ず休んで、全員が揃ってから説明をしないと……。

 

どうやって説明しよう。

私自身、記憶がほとんどない世界の事を……。

ここに存在するべき人間ではないこと、全くの別世界から来たこと、その別世界に戻らなければいけないこと。

私がその別世界で死を選んだこと、も……。

私にはどうしようもないことなのだと、説明しなければ……。

帰りたくない、戻りたくない、ここに居たい、お前たちと……。

 

それでも、

 

私はここに居てはいけないのだと……。

 

*

 

連絡のないまま、反転世界の様子を見に行ったり研究所に行ったり、ポケモンセンターに行ったりを繰り返していた。

そして、ポケモンセンターから出て研究所に戻ろうとした時、見慣れた後ろ姿が……。

 

「シンヤ!?」

「なんだ?」

 

なんだ、じゃないだろうがー!!!

コテンと首を傾げたシンヤに駆け寄ればシンヤは眠たげな目で僕を見下ろした。

 

「何処行ってたんだよ!みんな心配してたんだよ!?」

「私も何処に連れていかれたのかは分からないが、アンノーンに拉致されたのは確かだ」

「アンノーンに……?」

 

色々と聞きたい事は山ほどあるけど、すぐにシンヤを家に連れて帰らなければ!

みんなに教えてあげないと!!!

目を擦ったシンヤの腕を無理やり引っ張ればシンヤが驚いたように声をあげた。

 

「ヤマ、トッ」

「早く帰るよ!!!」

 

一番近い育て屋に走って反転世界に飛び込んだ。

そうすればギラティナが一番に気付くだろう。良かった!!本当に良かった!!これでみんなも元気になるし、シンヤが自分から出て行ったんじゃないって事も証明出来る!!

家が見えた所でシンヤの腕を放す。

眉間に皺を寄せてシンヤが僕を見たけど、僕はシンヤの背を押して歩く。

 

「早く、早くっ!!」

「ゆっくり歩かせてくれ、疲れてるんだ……」

「みんな待ってるんだから!!」

「みんな……?」

 

トン、とシンヤの背を押して僕はその場で立ち止まる。ゆっくりと家に向かって歩くシンヤの視界には今か今かとシンヤの帰りを待っていたみんなの姿が見えただろう。

 

「シンヤ!!!」

 

弾けたようにみんながシンヤに向かって走り出す。

僕はその光景を見てほっと胸を撫で下ろした。本当に良かった……。

 

*

 

みんなが、待ってる。

その言葉を聞いてどうしようもなく胸が締め付けられた。

悲しい

駆け寄って来てくれる姿を見て、歯を食いしばる。

 

「シンヤッ!!」

 

ミロカロスが飛びついてきた。

 

「何処行ってたんだバカァアア!!!」

 

ミミロップが怒鳴った。

 

「オレが、どれだけ探したと思ってんだッ!!」

 

ギラティナが泣いた。

 

「おかえりなさいっ、シンヤ!!」

 

トゲキッスが、

 

「おかえりシンヤ!!」

 

ブラッキーが、

 

「帰ってくるのが遅いですよ」

 

エーフィが、

 

「無事に帰って来てくれて良かった……」

 

サマヨールが、

 

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 

「ラルゥ!!」

 

チルットが、ラルトスが、

私を笑顔で迎えてくれた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

苦しい

 

*

 

今のこの恵まれた状況がとても苦しい。

ここに自分が存在してはいけないんだという事実がとても、悲しい。

 

「シンヤ……?」

 

大丈夫かと、声を掛けてくれたミミロップに頷き返す。

ちっとも大丈夫じゃない、それでも頷かずにはいられなかった。

こうして迎えてくれた連中に私はなんて説明すれば良い?どう説明すれば納得してくれるのか、どう説明すれば私は納得出来るのか……。

泣き腫らしたのか赤い目を涙で潤ませたミロカロスが笑って言った。

 

「おかえり、シンヤ!!」

 

私の居場所は"ここ"だと言ってくれる。

そんな連中に、私は……、

 

私、は……。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「ただいま」

(さよなら)

 

 

事実など話せるわけがない……。

安心したように笑みを返してくれた連中に。

今だけ見逃してくれと、精一杯……、口角をあげて笑ってみせた。

 

偽る私を見逃してくれ……、

決して許してくれとは言わないから。

 

*




申し訳程度の挿絵の邪魔感。


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29

眠い眠いと呻るシンヤを引き摺ってソファに座らせる。

さあ、何があったか喋ってもらおうかとズラリとみんながシンヤを囲んだ。ちゃっかり僕はシンヤの向かいの席をキープ。

僕の両隣にギラティナとミミロップが座った。

 

「何も言わずに居なくなった理由をちゃーんと説明してもらわないとワタシは納得しないからな!!」

「説明しねぇとこれからは夜中に出入り出来ないように戸締りして寝るぞオレは」

 

あ、この場所ミスった。両側からピリピリした雰囲気が流れてきて気まずい。

向かいに座るシンヤは相変わらず無表情だ。

 

「私だって好きで居なくなったわけじゃない……」

 

アンノーンに拉致られたとか言ってたもんね……。

小さく溜息を吐いたシンヤが一昨日の夜に起こった事を思い出すようにポツリポツリと話し始める。

突然真っ白な空間に飛ばされて気が付けば周りにアンノーンが飛び交っていたこと、そこでディアルガとパルキアに会ったこと、キッサキシティに放り出されてゲンさんに会って帰ってこれたこと。

 

「ディアルガとパルキア!良いなぁ~!!」

「全然良くない」

 

可笑しな空間に居たせいで丸一日も経っているなんて知らなかったとシンヤは不貞腐れたように言った。

 

「ディアルガとパルキア……、アイツらオレがシンヤと一緒に居るのを知って拉致ったんじゃ……」

「不本意なんだな!?シンヤから出て行ったわけじゃないんだな!?」

 

ミミロップの言葉にシンヤは頷いた。

そこでやっとミミロップの顔に安堵の笑みが浮かぶ、ギラティナは眉間に皺を寄せて不機嫌そうだけど……。

 

「荷物まで無くなってるから出て行っちゃったんじゃないかって心配したんだからね」

「ああ、荷物も一緒に……」

 

ピタリとシンヤの動きが止まる。

シンヤの隣に座っていたミロカロスがシンヤの顔を覗き込んだ。

 

「荷物、忘れて来た……」

 

そういえば手ぶらだったねー……。

財布も入ってるのに……、と呟いてシンヤが頭を抱える。相当、シンヤ自身も予想だにしない状況だったんだろう。シンヤがドジっ子になってる……。

 

「忘れ物だって言ってディアルガとパルキアが届けてくれるかもしれないし、大丈夫でしょ」

「……」

 

シンヤが苦々しげに顔を歪めた。

 

「シンヤー、ディアルガとパルキアに会って何話したんだ?」

 

首を傾げながら聞いたブラッキーにシンヤは無言。

少し間があって「色々」と小さく言葉を返した。口にもしたくないほどの気に入らない話だったのだろうか……。

シンヤの返事があまりにも不機嫌だったのでブラッキーはそれ以上聞かなかった。さすがにみんなシンヤの対応には慣れてるね。僕もだけど。

 

「もう休んでも良いか……?」

「あ、うん」

 

良いよね。と隣に居たミミロップに聞けばミミロップはコクリと頷いた。

相当疲れてるのかシンヤはすぐに立ち上がってそのまま自室へと行ってしまう。

シンヤが帰って来て安心したのかミロカロスもソファにもたれかかり眠たげに目を擦った。なんだかんだでみんな一睡もしてないもんね。

 

「みんな休んでて良いよ、ジョーイさん達には僕が知らせに行くから」

 

僕がそう言えばみんなその場に座ったり横になったり……、床で眠る気なのだろうか……。

ゆっくりと部屋の扉を閉めて研究所へと戻った。

 

 

「もしもし?ツバキちゃん?」

<「はぁい、シンヤさん見つかりました?」>

 

あたしの方は全然……、と項垂れたツバキちゃんにゲンさんが見つけて連れて帰って来てくれたと言えばツバキちゃんは画面の向こうで悲鳴をあげた。

喜んでもらえるかと思ったけど何故かショックを受けられた。何故だろう……。

画面の向こうで見知らぬ男の人が良かったと喜んでいた。誰なのか分からないけど目を瞑ったままで前が見えるのだろうか……。

 

<「ヤマトー、良かったなー!!」>

「……」

 

僕に笑顔を向けてくれた男性。誰なのか分からずとりあえず笑顔を返す。

 

<「ツバキ、うるさい!」>

<「なんだとぉお!?いつもエムリットの方がうるさいじゃんかぁあ!!」>

 

エムリット……?

見知らぬ男性三人、そう言われてみれば……。エムリット、アグノム、ユクシーに見えなくもない……?いや、分かんないけどツバキちゃんと一緒にいるんなら多分そうなんだろう。

ポケモンが人の姿になっちゃうと見分けなんてつかないよ……。

 

「ツバキちゃーん……」

<「はーい?なんですか?」>

「オーバさんとデンジさんの方にも連絡しといてもらえるかな?僕、ジョーイさん達にも報告しに行かないといけないからさ」

<「おっけーです!了解です!任せといて下さい!連絡し終わったらそっちに行きますので!!」>

 

シンヤ、寝てるよー。と言う前に電話を切られてしまった。まあ、ツバキちゃんが来る頃には起きてるかな。

さてと、ジョーイさんに報告して育て屋にも行かないとね。

 

*

 

ベッドに倒れ込んで目を瞑った。何も考える暇もなく眠りについた私はどれくらい寝ていたのか。

最初に倒れ込んだままの状態で眠っていた私は体を起して溜息を吐く。疲れがとれた気がしない……。寝返りも打たなかったらしい私の体は固まっていた。首を捻ればボキと大きな音が鳴る。

ベッドに座り直して特に意味もなく天井を見上げた……。

 

私は、

ミロカロス達を置いて行くわけにはいかない。

 

この世界に存在したシンヤという人間を認めてくれた。

そんな連中を裏切って何処かに行ってしまうなんて許してもらえるはずもない……。

許さなくて良い、怒っても良い。

ただ、私を……。

 

「シンヤ!」

「……」

 

部屋の扉がノックされた。私が返事をしないでいると「入るよー」と声を掛けてからヤマトが部屋に入って来る。

入って来るなり悲鳴をあげた。

 

「うわぁあ!?ちょ、起きてるなら返事してよ!」

 

暗い部屋の中でベッドに腰掛ける私の姿に驚いたらしい。

悪い、と謝ってから立ち上がればヤマトが部屋の電気を付けた。

 

「休めた?」

「……まあ」

 

少しは、という言葉は飲み込んで頷く。

ヤマトが嬉しそうに顔を綻ばせながら「ツバキちゃんたちが来てるよ、ポケモンセンターに行こう!」と言って私の手を引いた。

みんなに一言謝っておかないとね、と付け足され私は頷く。

謝っておかなければ。

 

*

 

ヤマトとポケモンセンターに行けばジョーイに笑顔で迎えられた。

 

「おかえりなさい、シンヤさんの分のお仕事ちゃんと置いてありますからね」

「……」

 

隣でヤマトが苦笑いを浮かべていた。

ジョーイと睨み合っていると背後からツバキに飛びつかれる。

 

「シンヤさぁああん!!!」

 

ゲンさんと何があった!!何かあったのか!!それともこれから二人の間に何かあるのですかぁあ!!!とわけの分からない事を叫んでいたので無視した。

ツバキを私から引き剥がしたオーバが白い歯を見せて笑った。

 

「心配させんなよなー」

 

腕を組んだデンジがオーバの言葉に頷きながら笑う。

 

「全く人騒がせだ」

 

ジムリーダーに四天王という立場でありながらツバキから連絡をもらって駆け付けてくれたらしい。

 

「無断外泊はダメだろ!」

「ちゃんと知らせてから出掛けないとな」

 

二人の言葉に私は子供じゃないぞ、と返してやれば確かにと言ってオーバとデンジが笑う。

 

「良い大人が心配させないでくださーい」

「一日留守にしただけだろうが」

「まあそりゃそうなんだけど……、シンヤさんだと何か不安になるんだよねー」

 

ツバキがへらりと笑う。

ほら、あたしって母性の塊だし!!と続けたツバキの言葉にオーバが腹を抱えて笑いだす。

ツバキは笑顔のままエンペラーをボールから出した。

 

「ちょちょちょちょ!!!!」

「何が可笑しい」

「デンジッ、助けて!!」

 

ぷいっとそっぽを向いたデンジを見てオーバが顔を青ざめさせた。

バトルは外に出てして下さいねとジョーイに言われツバキがオーバの腕を掴んで外へと出て行く。オーバの顔色は悪かった。

ツバキとオーバのバトルは一方的にツバキがオーバをボコボコにする戦いで、何故かデンジが嬉しそうに二人のバトルを見ていた。

 

「勝敗もついたし、オレはそろそろジムに戻る」

 

デンジの言葉にオーバもそうだなと少し落ち込みながら返事した。

 

「それじゃ、シンヤさん!あたしも失礼します!」

「ああ、迷惑をかけてすまなかった」

「全然迷惑なんかじゃないですよー!!」

「……ごめんな」

「謝らなくて良いですって!!」

 

ニコリと笑ったツバキ。

デンジとオーバも笑って頷いた。

 

「それじゃ」

「まったなー!!」

「また来ますね!!」

 

三人に手を振り返すヤマトを見てから私も片手をあげた。

 

「ごめんな、ヤマト」

「え?そんな気にしなくても良いよ?」

「……」

「僕もミロカロスとの事があった次の日だったからちょっと大袈裟に考えちゃって……」

 

僕の方こそ何かごめんね、と笑ったヤマトに私は何も言葉を返せなかった。

そして三人が帰るのを待っていたのか、まあデンジとオーバが帰るのをと言った方が正しいんだろうが……、ユクシー達が私の肩と頭に乗った。

 

< シンヤさん、おかえりなさい >

< ヤマトに心配かけんじゃねー >

< 家出すんなバカ!! >

 

*

 

アグノムとエムリットを両手に抱え上機嫌なヤマトを見ながら肩に乗ったユクシーに声を掛けた。

大事な話がある、そう私が言えばユクシーは小さな声で分かりましたと返してくれた。

 

「シンヤー、家帰る?」

「仕事を貰って帰るから先に戻ってろ」

「分かった!」

 

アグノムとエムリットを連れてヤマトがポケモンセンターから出て行くのを見送った。

そして私はジョーイから書類を受け取ってポケモンセンターから出る。外で待っていたらしいユクシーが私の前でふわりと止まった。

 

< 大事な話って何ですか? >

 

ポケモンセンターから少し離れた所、建物の壁に背を預けた私の言葉をユクシーが首を傾げながら待っている。

私は抱えた書類を持ち直して小さく深呼吸をする。

そして私はユクシーに話した。自分が別世界から来て、そこに帰らなければならないという事を。

ユクシーは話を聞いて「そうですか」と寂しげに声を漏らした。

 

< 異質な人間である事は分かっていましたが……、身体の無い精神だけの状態だったとは…… >

「パルキアが迎えに来るんだ。でも、私はこの事を他の連中には話さない」

< え!? >

「お前にしか頼めないんだ」

< それ、は…… >

 

ユクシーが口を閉ざした。

賢いユクシーのことだ。私がこの後に何を言おうとしているのか、私が何を望んでいるのか、もう分かっているんだろう。

 

「私に関わった者たちから……。私、シンヤという人間が存在した記憶を消してくれ」

 

シンヤという存在を忘れてくれれば、私は全てを置いて行かずにすむ、最初から何も無かった事に……。

 

「許してくれとは言わない、許さなくても良いし、怒っても良い……。ただ、私を……忘れて欲しいんだ……」

< シンヤさん、…… >

 

私の名前を呼んだユクシーが何度か口を開閉させたが次の言葉は出てこなかった。

項垂れて傍へと近寄って来たユクシーの頭を撫でる。

 

「お前だけは覚えておいてくれ……」

< …… >

 

理由がどうであれ、私はここに存在出来て良かった。

自分の忘れてしまった過去。

私は元の世界に戻った時、自ら命を経った過去を思い出す事になる。どんな過去なのか……、不安じゃないわけがなかった。

でも、この世界で"生きた過去"も持っていけるのなら私は大丈夫な気がする。

本音を言うと帰りたくない、でも私は自分を受け入れなければならない。

だから、これは分岐点だったと思う事にする。

命を絶った愚かな私に与えられたチャンスだった。もう一度生きようと、生きたいと思える気持ちを持てるかのチャンスだったと。

ここで出会った存在は私には大きい。

命を絶ち全てを拒絶していた私に、他人に対して優しく接する事と自分以外を認める事を教えて居場所をくれたのはこの世界で出来た家族……。

真っ直ぐに優しく育ったトゲキッスは私が触れた初めての自分以外の命だった。

お互いを信じ支えて生きるブラッキーとエーフィはその姿から私に信頼や絆、相手を信じるという気持ちを教えてくれた。

そして私自身を映したかのようだったミロカロスは自分以外を求める心……、他の存在に対して笑ったり怒ったり悲しんだり……。そういった感情を教えてくれたのはミロカロスだ。

私がこの世界でポケモンドクターという存在になって仕事を続けられたのはミミロップにサマヨールが、他の存在の為に尽くし努力する姿を私に見せてくれたから。

どんなに苦しい仕事があっても自分の帰る場所、帰れば誰かが居て休める、安心出来る場所を与えてくれたのはギラティナで……。

ポケモンについて何も知らない私に色々な知識を与えてくれた人達、力になって支えてくれた人達、傍に居て笑顔を向けてくれる人達。

 

この世界で出会った人達と私が得たこの記憶と感情はかけがえのない、私自身を大きく成長させた事。

 

「私は幸せだった」

 

いや…、

 

「幸せだ」

 

不思議と頬が緩むんだ。

今まで笑うのが苦手だった自分が嘘みたいに自然に笑える。

悲しい……、苦しい……。

そう思うと、思えば思うほど自分が幸せであったのだと実感する。

 

< シンヤさんッ…… >

 

そして、

別れるのはこんなにも辛いのだと、私はまたこの世界で知った。

 

*



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30

ユクシー

知識の神と呼ばれ、人々に知恵を与えたとされるポケモン。

己の目と目を合わせた者の記憶を消してしまう力を持っている……。

 

それ故、彼は常に目を閉じモノを直視する事はない。

 

 

*

 

ユクシーと反転世界に戻り家に帰るとミミロップが私の抱えた書類を見て眉間に皺を寄せた。

 

「しまった……。ワタシの休んでた分もある……」

「まあ、仕方ないだろ」

 

ちゃんとやっておけば良かったー!!と叫ぶミミロップを見てヤマトが真面目だねぇと呟いた。

……お前は仕事、無いのか?

ドサリとテーブルに書類を置けばブラッキーが手を挙げた。何事かと視線をやればブラッキーはニコリと笑う。

 

「オレも手伝う!」

「え!?」

 

横に居たエーフィが驚きの声をあげた。

どうせブラッキーがやるなら私もやらなければいけなくなる、とかそんな事を思ったのだろう。

 

「俺様も手伝うぅ……」

「俺もお手伝いします」

 

ミロカロスとトゲキッスが近寄って来た。

どういう風の吹きまわしだろう……、特にブラッキーとミロカロス……。頭を使う事は大嫌いのくせに……。

 

「では、チルはお茶のご用意を」

「俺様はジュースだからな!」

「かしこまりました」

 

いつの間にかチルットとミロカロスが仲良くなっていた……。

 

「よーし、じゃあ僕も手伝っちゃおうかな!」

「研究所に戻らなくて良いのか?」

「良い」

「……なら、自分は研究所に戻って仕事をしてくる」

「いってらっしゃーい」

 

やれやれと言った様子でサマヨールが部屋から出て行った。

サマヨールがやると言ってる仕事はおそらくヤマトの仕事でもあるんだろう……。

書類の確認をし始めたミミロップに声を掛ける。

 

「ミミロップ」

「何?」

「私は先に風呂に入って来ても良いか?」

「うん……って、風呂ぉお!?!?」

 

ミミロップが書類を床にばら撒きながら私の方を振り返った。

ヤマト達が状況を把握出来ないのか首を傾げる。私も状況が把握出来ない。何でそんなに驚かれるのか……。

 

「シンヤが風呂?え、入るの?今から?」

「今から入りたいんだが、ダメなのか?」

「全然ダメじゃないけど……」

 

チルットが戻って来てテーブルにカップを並べた。

 

「ワタシ、シンヤが風呂入ってる所見た事ないんだけど……」

「……私が夜中に入るからだろ?」

「見られたくないからワタシたちが寝た後、夜中に入ってたんじゃ……?」

「いや別に?」

 

えぇー……、と声を漏らしたミミロップに何を言い出すんだと言いたげにミロカロスが眉を寄せた。

 

「見られたくない傷があるとか、すげぇ理由があるんじゃないかと思ってたのに……」

「あるわけないだろ」

「ミミロップはシンヤがお風呂入ってる所見たことなかったんだー……、まあ僕も無いけど」

「いっつも夜中に入るからガードが固……じゃなくて、理由があると思ってたんだよ」

 

床に散らばった書類をチルットが寄せ集める。

 

「くだらない事を考えますね」

「エーフィはシンヤが風呂入ったの見た事あるわけ?」

「ここに住むようになってからはありませんが、前は一緒に入ってましたから」

「オレも入った」

「俺様もー」

「俺も入りました」

「シンヤ、服脱いでた?」

 

エーフィが頷けばミミロップが嘘ぉ!!と声を荒げた。

だから何ですかとエーフィが呆れたようにミミロップに言葉を返す。

 

「ワタシが人型になる前、風呂の時は絶対にシンヤ服着てたじゃん!?」

「お前ら全員洗うのに一緒に入ってたら茹で上がるだろうが……」

「ワタシも入る!!一緒に入る!!」

「え……」

「ワタシだけ裸の付き合い無しとか!!」

 

人の姿になれてから全員、各々で風呂入ってただろうが……。なんでわざわざ風呂を狭くするんだ……。

 

「冗談はやめて下さい」

「マジだよ!!本気だよ!!ワタシは大真面目に言ってるからな!!」

「アナタまで居なかったら誰が仕事の指示を出すんですか!!」

「1時間くらいなんとかしろよ!!」

 

風呂に1時間もかからん、私は20分だ。

エーフィと言い争いを始めたミミロップ。ここで待っている時間も勿体ないので風呂に入ってこよう。

隅の方でうつ伏せに寝ているギラティナの背に座っていたユクシー、アグノム、エムリット……。

 

「一緒に入るか?」

< 入る入る入る入る!! >

< おふろ~ >

< ミミロップは放っておいて良いんですか? >

「良いだろ」

 

どうせ、風呂から上がっても言い争いは終わってない。

 

*

 

「あぁぁああ!!お前ホント、ムカつく!!ツンケンしやがって!!嫌みしか言えねぇのかよ!!」

「苛立つとやたらに叫ぶのやめてくれませんか?それに私は正しい事をハッキリと言っているんですよ」

 

風呂上がり、さっぱりした気分でリビングに戻ればやはり言い争いは終わっていなかった。

二人の声に起きたのかギラティナがあぐらをかいて苛立ったように二人を睨んでいる。そのギラティナの膝にエムリットとユクシーを返して、頭にアグノムを乗せてやる。

ギラティナが、えぇー……と嫌そうに顔を歪めた。

ギラティナの隣に座って頭をタオルで拭きながらエーフィとミミロップを眺めてみる。

さて、いつ終わるのか。

エーフィの腕を掴んで止めようとするブラッキーに、テーブルの上に座ってミミロップを応援するラルトス。

二人の間に入って壁になろうとするトゲキッスがミミロップに押されソファに倒れ込んだ。

ミロカロスとヤマトは全く気にした様子も見せずひたすら書類と向き合っている。

 

「賑やかだな」

「うるせぇっての……」

 

大きく溜息を吐いたギラティナ。

アグノムとエムリットがやれやれ!もっとやれ!と野次を飛ばしだす。

エーフィに蹴りをくらわそうとしたミミロップ。ひらりとミミロップの蹴りを避けたエーフィ。

避けられた蹴りはエーフィの後ろの方に座っていたミロカロスの背中に当たった。

 

「痛いッ!!!」

「あ、悪い」

 

キッとミロカロスがミミロップを睨みつける。蹴られた反動でテーブルの書類が散乱してヤマトが泣きながら書類をかき集めていた。

 

「何すんだよ!!!」

「だから謝っただろーが!!」

「喧嘩してないで手伝え!」

「ちょっと待て!!ワタシはエーフィが謝ってくるまで許さねぇから!!」

「何で私が謝らなきゃいけないんですか、むしろ八つ当たりして申し訳ありませんでしたと土下座でもして欲しい所です」

 

いつの間にか日頃の不満云々の言い争いに発展していたようだ。

エーフィとミミロップが睨み合うのを見てミロカロスが二人に怒鳴る。

 

「いい加減にしろよ!!」

「「……」」

 

怒鳴ったミロカロスをエーフィとミミロップが睨みつける。

二人に睨まれたミロカロスがビクリと体を揺らした。

 

「お前にそう言われるのはなーんか腹立つ」

「お、俺様は別に何もしてねぇだろ!!」

「普段の自分の行動を棚に上げて発言するのは控えて頂きたいですね」

「う……」

 

エーフィとミミロップの怒りの矛先がミロカロスに向いた。

二人に責められるミロカロス。項垂れて肩を落とすミロカロスを見てトゲキッスが再び間に入ろうとしたが邪魔だと怒られてしまった。

我慢の限界を迎えたらしいヤマトが立ち上がって怒鳴る。

 

「うるさぁあああい!!!」

「「「……」」」

「エーフィ、ミミロップ!!二人が喧嘩するのは勝手だけどミロカロスを虐めるのはやめなさい!!」

「「……」」

「言い争いでもバトルでもしたいなら外に出て好きにやれば良いでしょ!!」

 

ヤマトに怒られて口を尖らせるエーフィとミミロップ。半泣きのミロカロスがトゲキッスに慰められていた。

 

「シンヤが見てないから怒られないと思ってるんなら大間違いなんだからね!!僕だって怒るし、シンヤがお風呂から出て来たらちゃんともう一回怒ってもらうからね!!」

「「……」」

 

ヤマトがバンとテーブルを叩くと二人はしゅんと肩を落とした。

隣に座っていたギラティナに「ヤマトはお母さんみたいだな」と言えば、「じゃあ、シンヤがオトウサンだろ?」と言われてしまった。複雑だ。

 

「ご主人様、お風呂上がりにお飲み物はいかがですか?」

「水くれ」

 

チルットの言葉に返事するとヤマトが「えぇえええ!!!」と声を荒げた。

 

「ちょ、いつからそこに居たの!?」

「ミロカロスが蹴られる前から」

「結構居たぁあああ!!!」

 

怒るヤマトに引き摺られエーフィとミミロップの前に立たされる。

怯えたようにうつむきがちに私を見る二人がなんだか面白かった。ヤマトは怒ると怖いのか、そーかそーか。

 

「びしっと、びしっと怒ってやって!!」

「エーフィ、ミミロップ……」

「「……ッ」」

 

「めっ」

 

ちょ、待て。とヤマトに腕を掴まれたが。

別にもうヤマトが怒ったから良いと思うぞ私は。

 

「シンヤ~……」

「泣くな」

 

えぐえぐと泣きながら近寄って来たミロカロスの頭を撫でると顔を真っ青にしたエーフィとミミロップが私の名前を呼んだ。

 

「な、何で怒らないんですか……」

「ワタシたちには怒る価値もないと!?」

「?」

「ごめんなさい!!ワタシが悪かったです!!許して下さいぃいい!!!」

「すみませんでした!!言い過ぎました反省してます!!」

「……」

 

何なんだ、と二人に視線をやれば二人は目に涙を溜めてひたすら謝って来た。

 

「うわぁああ、シンヤが怒らないぃい!!」

「何で何も言ってくれないんですかー!!」

「さすがシンヤ、一番効果的な反省のさせ方を知ってたんだ!!僕も見習うよ!!」

 

怒られると思っている時に怒られなかったりすると余計に恐怖心が掻き立てられるものなのか……?

 

「別に怒ってない」

「……」

「……」

 

エーフィとミミロップは無言で肩を落としたまま椅子に座って書類を片付け出した。

もう大人しく真面目に仕事しますから、というオーラがひしひしと伝わってくるが……、本当に怒ってないんだぞ?

まあ、勘違いして大人しくしていてくれるならこれ以上の否定はしないでおくとする。

 

「シンヤ……、エーフィさんとミミロップさんも凄く反省してるみたいなので、許してあげて欲しいです……」

 

震えながらトゲキッスにそんな事を言われたものだから思わず笑ってしまった。

 

*



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31

「兄ちゃん、最近よく帰ってくるよな!暇なのか?」

 

カズキのその言葉に私の手が止まる。

目の前でトランプを広げたノリコが早く引いてほしそうだが、私はカズキを振り返った。

 

「……普通」

「そうなの?」

 

いつパルキアが迎えに来るか分からない為、やり残しのないようにと私の一日は一分一秒でさえ無駄がなかった。

今日は来なくても明日来るかもしれない。なら今日の仕事は今日やってしまわなければ行けないし。

今日会ってない人とはもう明日になると会えないかもしれないと思うと私は特に理由が無くともその人達の所へと足を運んだし、理由もなく電話を掛けて他愛ない話をしたりする。

最近、シンヤって凄い気さくな感じだよね!とヤマトに言われたが自分では必死なだけなのでよく分からない。

今日は朝からすぐに仕事を終わらせて実家へと足を運んだ。仕事が忙しいだのなんだのとあまり帰って来ない事が多かったのを今になって後悔する。

夕食もこの頃はカナコさんのお世話になってばかりだ。

 

「お兄ちゃん早く引いて!!」

 

ノリコに誘われてババ抜きをしていた私はカズキに向けていた視線をノリコに戻し、ノリコの手元のトランプを引いた。

丸っこくデフォルメされたポケモンのイラストが描かれたトランプだ。

それにしても二人でやるババ抜きは面白みがないのだが……、まあ、ノリコが楽しければそれはそれで良いか……。

 

「そういえばさー」

「ん?」

 

カズキが私の首に腕を回して背後から抱きついてきた。子供は体温高いな。

 

「この前、兄ちゃんが美人と歩いてるの見たぞ!!」

 

私の頬を引っ張るカズキが「彼女?彼女?」と聞いて来るが思いあたる女の知り合いは居ない。ジョーイならジョーイだと分かるだろうし、ツバキは美人とは言い難い。

 

「……美人?」

「とぼけたってダメなんだからな!!」

 

オレ、母さんと父さんに教えちゃったもんねーと笑ったカズキに「そうか」と返すが本当に思いあたる女が居ない。

 

「お兄ちゃんの彼女美人なんだー、のんも会ってみたいなー」

「誰の事なのかさっぱりだ」

「とぼけるなー!!」

 

むにっと頬を抓られて痛い。

考えても考えても美人な女の知り合いは居ない。もしかすると男か?カズキが女と見間違えるかも知れない男の美人なら確かに数名思い当る。

 

「その美人、本当に女だったか?」

「えー……、うーん……」

「胸、あったか?」

「無かった!」

 

男だ、絶対に男だ。

美人だけど胸ぺっちゃんこだなーって思ったーとケラケラと笑ったカズキは失礼な奴だ、本当に相手が女だったら殴られるぞ。

 

「カズキの見たのは男だろうな、女の美人は知らないし」

「マジかよ、母さんと父さん喜んでたのに!」

「そうよ!!母さん楽しみにしてたのに!!」

「「「……あ」」」

 

買い物に行っていたカナコさんが買い物袋を床に落として泣き真似を始めた。

楽しみにしてたのにー!!とそんな事を言われても……。

 

「あ、でも、男の彼女でも母さん大丈夫!!連れてきなさい!!」

「男の彼女ってなんだ!?」

 

男の人でも彼女になれるの?なんて疑問を抱いてしまっているノリコに「忘れなさい」と一言付け足しておく。

私の前に座ったカナコさんが私の手を握った。

 

「母さんは息子の愛した人ならどんな相手だって認めるわ。反対なんてしない、父さんが反対なんてしたらグーパンチで黙らせてあげるから任せなさい!」

「い、いや……、あの……」

「今日の夕食に招待しましょ!!ね!!そうしましょう!!男の彼女さん、ちゃんと連れてくるのよ!!」

「え!?」

 

お兄ちゃんの彼女は男の人なの?と疑問を抱いたノリコに「忘れろ!」と一言付け足す。

 

「私に彼女なんて……」

「シンヤの彼女さんどんな人だったの?教えてくれるカズキ?」

「んーっと、美人!!細くてー、つり目でー、髪の毛サラサラだった!」

「だ、誰だ……」

「楽しみだわ~!!」

 

カナコさんが買い物袋を持ってキッチンへと行ってしまう。

なんで彼女でも何でもない相手を連れて来ないと駄目なんだ!しかも男!!それに私と一緒に居た美人の男という時点で相手はポケモンだろ!?

もう何を言っても無駄なのか……。彼女ではないとしても今日の晩にここへ連れて来ないと駄目なのか……。一体、誰だ……。

美人で、細くて、つり目で髪の毛がサラサラ……。ミ、ミロカロスか……?

 

「俺様がシンヤの彼女の役!?え、やる!!良い子に出来るよ!!良い子の彼女になるなるー!!!」

 

くっ……、連れて来たくない……!

いや、ミロカロスじゃないかもしれない。誰だ、髪の毛がサラサラなのはサマヨールか?いや、包帯を巻いてて美人と判断されるかどうか……。でもサマヨールの方がまだ……。

 

「カズキ、その美人は包帯を巻いていたとかないか?」

「ううん、巻いてなかった」

「他に、特徴は……」

「んー……、髪の色が綺麗だった!!」

「ちなみに、何色だ」

「薄紫?」

 

ああ……、嫌そうな顔が目に浮かぶ。

 

*

 

家に帰るとミミロップが「おかえりー」と言って飛びついてきた。

くっつくミミロップを引き摺ったままリビングに行けば、今日は休みでズラリと見慣れた顔が揃っていた。

 

「おかえりなさいませ」

 

頭を下げたチルットに「ただいま」と返事をして、くっつくミミロップを引き剥がしソファに放り投げる。

 

「今日のご夕食は?」

「ああ、今日も向こうだ」

「かしこまりました」

 

実家で食べる事を伝えればチルットはニコリと笑って頭を下げた。

最近はよく帰るんですね、とエーフィが私に声を掛けたのでエーフィに視線をやる。

 

「……」

「……?なんですか?」

「エーフィ、今日はお前も一緒に来てくれ」

「私も?嫌ですよ、あの双子のオモチャにされるじゃないですか」

「いや、人の姿のままで……」

「……は?」

 

エーフィがポカンと口を開けた。周りの連中も驚いてこちらを振り返る。

言いたくはないが……、エーフィが人の姿で私と歩いているのをカズキに目撃された事、私の彼女だと勘違いされた事、男だと言っても彼女だと疑わず今日の夕食に連れて来いと言われた事を説明すればエーフィは嫌そうな顔をした。

想像通り過ぎる表情にもう何も言えん。

 

「また、それは面倒な……」

「私もそう思う」

「ちょ、エーフィがシンヤの彼女としてシンヤの両親に挨拶に行くぅうう!?ふ、ふざ、ふざけすぎだろ!?」

「落ち着いて下さいミミロップさん!!」

 

ギャーギャー叫ぶミミロップをトゲキッスが必死に宥めていた。

 

「強引に事を進められて断る機会を逃したんだ……、まあ一度会えば満足するだろうから……」

「……仕方がないですね」

「俺様も行くぅううう!!!」

「ワタシも行くぅううう!!!」

「オレも行っても良いなら行きたい!!」

 

連れてってー!!と喚くミロカロスとミミロップ。エーフィが行くなら行きたいと名乗りをあげたブラッキー。

ミロカロスとミミロップに「駄目だ」と一言、ブラッキーには「今度ポケモンの姿でなら連れて行ってやる」と言っておいた。

 

「ミロカロスにミミロップ、あまり無茶を言うものじゃない。主も困っているんだ、今回は大人しくしているべきだぞ……」

「「……」」

 

サマヨールに言われ二人はガクンと肩を落とした。

ミミロップが肩を震わせ泣くものだからラルトスが大慌てでミミロップに駆け寄る、そこまで大袈裟にしなくても良いじゃないか……。

 

「やれやれ、まさか私に白羽の矢が立つとは……」

「すまん」

「構いませんよ、気分は悪くありませんし」

「……そうなのか?」

「ええ、今の気持ちを簡単に言うと……、ざまーみろ、ミミロップ!って感じですかね」

 

ニコリと笑ったエーフィをミミロップが睨みつけた。お前たち、仲悪いな……。

一応連れて行って向こうで彼女じゃないと否定するから、とエーフィに言えば「別に否定しなくて良いですよ」と言われてしまった。

否定しなかったら、私は男と付き合っている事になるじゃないか。

とは、思ったが。エーフィがミミロップを怒らせたいだけだったみたいなので何も言わないでおく。

夕食の時間が迫って来た為、人の姿のエーフィと家を出ようとするとミロカロスに袖を引っ張られた。

目に涙を溜めたミロカロスが何か言いたげに私を見るものだから思わず冷や汗が流れた。そ、そんなに泣くほどの事なのか……?

 

「エーフィはシンヤの彼女で良いよ……」

「え!?……え?ああ……」

 

意味が分からないが一応返事はする。

 

「でも、シンヤの嫁は俺様だぁあああ!!」

「そ、そうか……」

 

もうコイツが何を言いたいのか分からん。

後ろの方で「じゃあ、ワタシは愛人で!!」なんてバカ発言が聞こえるが何も聞かなかった事にしよう。

揃いも揃って男が何を言っているんだろうか……。

隣で大笑いするのを必死に耐えているエーフィの背を押してさっさと家を出た。

 

実家の前まで来て隣に立つエーフィに視線をやればニコリと笑みを返された。

まあ、毒は吐くが言葉遣いは丁寧だし賢い奴だから上手くやってくれるだろう……。ミロカロスだと場が余計にややこしくなりそうだから、エーフィでまだ良かった。

 

「彼女という事は否定しておけば良いんですよね?」

「ああ」

「分かりました、後はその時によって上手く話を合わせますよ」

 

こういう所は頼もしいな。

エーフィに頷き返して家の扉を開けた。

バタバタと大きな足音を立ててカズキとノリコが走って来た。隣に立つエーフィを見てカズキが「あ!!」と声をあげる。

 

「その人ー!!」

 

カズキの見た美人はエーフィで合っていたらしい。

ニコリと笑って「こんばんは」と挨拶したエーフィはさすがである。いつもぬいぐるみのように扱うノリコの事を嫌っては居るが一切表情に出さない凄いやつだ。

 

「本当に綺麗な"お姉さん"だね!!」

「ノリコ……、お姉さんじゃない"お兄さん"だ……」

 

男だぞ、と言えばノリコはハッと表情を変えた。間違えたのが恥ずかしかったのか顔が赤い。

 

「名前はなんて言うんだ?」

 

カズキのその言葉にエーフィがチラリと私の方を見た。

名前なんて考えてなかった!!エーフィじゃ駄目なのか、駄目だろうな……。ポケモンの名前だし……。

 

「……、フィー?」

「フィー兄ちゃん?」

 

じとっとエーフィに視線を向けられているのが分かったが思いつかなかったんだから仕方がないじゃないか……。

 

「ええ、フィーと申します。カズキくんとノリコちゃんですね。シンヤさんからお話は伺ってますよ。どうぞよろしく」

 

ニコリと笑って話を合わせたエーフィにカズキとノリコは何の疑問も持たずに「よろしく!」と返事をしていた。

もうどうにでもなれ……、なんとかなる。

 

「父さんも帰ってるんだ!!早く早く!!」

「もう待ってるんだよ!!」

「はい、ありがとうございます」

 

カズキとノリコがエーフィの手を引いて行くのを私も追った。

リビングに入ると何故かスーツを来たイツキさんが居て思わず視線を逸らした。

 

「(何だ今の……、気のせい?)」

 

もう一度イツキさんの方を見れば気のせいでも何でもない。びしっとスーツを来たイツキさんが膝に手を置いた状態で固まっている。

料理を運んできたカナコさんが「やだもー、お父さんったら緊張しちゃってー」と笑っている。頭が痛くなって来た……。

 

*

 

「本日は夕食にご招待ありがとうございます」

 

ニコリと笑ったエーフィを見てイツキさんがパクパクと口を何度か開閉させた。

夕食の用意も出来て席についた時にエーフィがそう発言したものだから何故か緊張しているイツキさんの緊張は更にピークを迎えたらしい、声が出ていない。

私の前に座ったカナコさんが困ったように笑う、エーフィを前に座っているイツキさんは緊張でガチガチだ。エーフィは内心大笑いしているに違いない。

そして両端にカズキのノリコが机を挟むように向かい合わせに座っていて、二人はイツキさんを見たりエーフィを見たりと忙しなく視線を動かしていた。

 

「い、いや、えっと……む、息子がお世話になってます!!とても、お美しいのに男性だということで、えー、息子の彼女になってくれてどうもありがとうございます!」

 

支離滅裂だな。

イツキさん自身も自分が何を言ってるのか理解してないに違いない。とりあえず感謝だけは伝えねばというイツキさんの気持ちは伝わって来たが……。

 

「いえいえ、私の方がシンヤさんにとてもお世話になっているんですよ。それとお気持ちを裏切るようで申し訳ないのですが私はシンヤさんとお付き合いさせて頂いているわけではありませんので」

「およ!?」

 

話が違うよ母さん!!と小声でイツキさんがカナコさんに声を掛けた。この距離では丸聞こえなのだが……。

 

「シンヤ!彼女じゃないの!?」

「私は彼女だなんて一言も言ってない」

 

そうだよ、違うって言ってたよとカズキとノリコが話を合わせてくれると「あらら~」とカナコさんが困ったように笑った。

 

「改めまして、シンヤさんのお父様お母様。私、フィーと申します。シンヤさんとは親しくさせて頂いていますが清くお付き合いさせて頂いている仲ではありません。同性の尊敬する人として慕って仲良くさせて頂いております。どうぞご理解下さい」

 

ニコリとエーフィが笑えばカナコさんもニコリと笑みを返す。

 

「母さん、早とちりしちゃったわ!」

「む、息子を尊敬して慕ってくれてるなんて……、なんて良い子なんだ……!」

 

何故か泣きだしたイツキさんの肩をカナコさんが笑いながらバンバンと叩いた。

 

「やーねー!!何泣いてるのよお父さん!!」

「うう……、感動で涙が……」

「今は友達でもこれからお嫁さんになるかもしれないのよ!!フィーちゃん!仲良くしましょうね!!」

 

ぎょっとエーフィが目を見開いた。。

カナコさんが全く諦めていない……。むしろエーフィを気に入ってしまったのか"ちゃん"付けだ……。

同性だろうと本当に気にしてないというのか。

 

「そうか、そうだな!!フィーちゃんがうちに嫁に来てくれたら良いな!!」

 

イツキさん……、貴方まで……。

相も変わらず懐の深い人たちだ……。私はそれで息子として迎え入れられたわけだしな……。

いや、今は関心している場合ではない状況だが。

 

「あ、あの……、お父様?お母様?私の話を聞いて頂けたんじゃ……?」

「大丈夫!!私が産んだわけじゃないけどね、シンヤは良い男よー!!頭も良いし!!」

「ええ、まあ、それは存じておりますが……」

「シンヤをよろしくね、フィーちゃん!!」

 

笑顔のカナコさんにエーフィは口元を引き攣らせながら何とか笑みを返した。

なんか私まで喉がカラカラになってきたんだが……。

 

「それじゃ、乾杯してご飯を食べましょ!!」

「よーし!!それじゃ、シンヤの未来のお嫁さんにカンパーイ!!!」

「「「カンパーイ!!!」」」

「「……カ、カンパーイ」」

 

私とエーフィのテンションだけが降下した。

夕食を食べ始めて少しするとエーフィが私の足をツンツンと足で突いた、チラリと視線をやれば頭の中に直接エーフィの声が響く。エスパータイプならでは……、エーフィも出来たんだな……。

 

<手強いです、ここからどう否定しても私はシンヤさんの妻になってしまいますよ……>

 

確かに、カナコさんはエーフィがなんと言おうと今は友達でも!を強調するに違いない。

 

<最後まで否定で通すつもりですが、今後に影響が出ても怒らないで下さいよ?またフィーちゃんを連れて来てなんて言われても私は行きませんからね!>

 

エーフィの言葉に私はお茶を飲みながら頷く仕草をした。

よく考えれば私に"今後"など無いのだ……、今をどう思われようとも今後に差し支えるような事はない。今を楽しんで未来に期待するカナコさんとイツキさんが居るのならそれはそれで良い……。

喜んでくれるなら、良い。

 

「フィーちゃん!シンヤの何処に惹かれたの?」

 

「……惹かれたとかではなく。シンヤさんという一人の人間を慕ってはいますが……」

「一目惚れって事ね!!」

「そ、そうとられるんですね……」

 

ニコニコと笑顔のカナコさんにエーフィはまた引き攣った笑みを返した。

 

「フィーちゃんはお料理するの?」

「いえ、全くしませんが……?」

「そうなの?それじゃ明日またうちにいらっしゃい、教えてあげるわ!!」

「えぇ!?いえ、そんな!!」

「遠慮しないで!フィーちゃんならすぐに覚えられるわ!!」

「……」

「ね?」

「……はぃ」

 

カナコさんに押し負けたエーフィが小さく頷きながら返事をした。

私が呼んで来いと言われる前に約束を作ってしまったカナコさんは何て強引なんだ……。あのエーフィが押されている、私でもたまに言い負かされるのに……。

なんだろう、実際に見たわけではないのに嫁姑の関係を目撃してしまったようなこの感覚。

 

「フィーちゃんはシンヤのお家に遊びに行く事あるの?」

「いえ、私はシンヤさんと一緒に」

 

一緒に、と言ってしまった時点でエーフィが自分の口を塞いだ。

カナコさんの目がキラキラと輝きだした。隣でイツキさんが行儀悪く箸をくわえながら口元に笑みを浮かべた。

 

「そう!そうなのね!!だからシンヤってば母さんに家の場所教えてくれないのね!!もう!!」

「お母様、あの違……」

 

いや、反転世界にあるから……。

その辺にあるってちゃんと言ったぞ、私は……。あの家に住所なんてあるわけないじゃないか……。

 

「シンヤ、器用だから自分で料理作ってるのね。お掃除はフィーちゃんにやらせてるんでしょー、母さんお見通しよ!」

「……」

 

最近は料理も掃除もチルットが全部やってる。まあ、料理は私がチルットに教えたけど。

 

「フィーちゃん、私が手際の良い料理と掃除方法教えてあげるわ!こういうのは主婦に聞くと良いのよー!!」

「あ、あの……」

「良いの!!良いのよ!!気にしないで、ね!!」

「……はぃ」

 

もう完全に勝てない。

見えないはずなのにエーフィの耳としっぽが垂れ下がってしまっているのが見える……。

その後、夕食が終わった後にさっそくエーフィは聞きたくもないであろうカナコさんから主婦の仕事に何をするかなんて話を聞かされていた。

夜の10時になってカズキとノリコが眠いと言って自分たちの部屋に入って行ったので、カナコさんがやっとエーフィに話をするのをやめた。

 

「それじゃ、フィーちゃん!また明日ね!」

「はい、ありがとうございました……」

「気を付けて帰れよ~」

 

手を振るカナコさんとイツキさんに手を振り返した。

二人が家の中に戻るのを確認してから隣に立つエーフィに視線を落とす。

 

「私が、私が口で負けるなんて……。完全に向こうのペースに持っていかれました……」

「悔しいのはそこなんだな」

 

結局、明日も行くのか?と聞けば約束してしまったんだからしょうがないじゃないですか!と涙目で怒鳴られてしまった。

 

「シンヤさんのバカッ……!」

「す、すまん……」

 

よしよしと頭を撫でればエーフィはポケモンの姿に戻った。その場で座り込んだのでこれはもう抱えて帰れという事らしい。

 

「お前は上手くやってたよ、助かった。ありがとうな」

「フィー……」

 

私は助かってません、そうエーフィが言ったような気がするが私は何も言わなかった。

エーフィには悪いがカナコさんとイツキさんが嬉しそうだったから私は結構満足してたりする。

 

*





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ブラッキーとエーフィ


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32

「エーフィが嫁入り修行してるんだって?」

「……」

 

ヤマトがコテンと首を傾げてそう言った。

ここにエーフィが居たらお前はエーフィから覚えてもいない、おうふくビンタをくらう事になるぞ……。

ぶつぶつ文句を言いながらカナコさんの所に行ったエーフィを思い出し溜息を吐いた。

 

「ブラッキーが拗ねてたよ。エーフィがシンヤの所に嫁に行くんだ、ずるいよなー……って」

「なんだ、ブラッキーは一人で研究所に遊びに行ったのか」

「うん、来てた」

 

てっきりポケモンの姿のままエーフィにくっついて行ったのかと思っていた……。

暇をしてるなら私もこれから出掛けるし連れて行ってやろうかな。

よし、そうしよう。と心の中で頷いて立ち上がればヤマトがお茶を啜りながら私を見上げた。

 

「何処行くの?」

「……デート」

「ぶっ!!!」

 

お茶を吹き零したヤマトに冷ややかな視線を送りつつカバンを肩にかける。

チルットに留守番よろしく、と言えばチルットは笑顔で頷いた。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

「いってきます」

「ちょちょちょ、デートって……、ねぇ!!!シンヤってばぁあああ!!」

 

研究所に寄ってブラッキー回収して行こう。

 

*

 

足元を、てててっと軽やかな音を立てて走り回るブラッキー。

『カフェやまごや』の前でぼんやりと空を見上げていると遠くに見えていた小さな影がだんだんと大きな影になって、相変わらず青いなぁと心の中で思った。

 

「やあ、シンヤ!!」

「テンション高いな……、ゲン」

「こんな心躍る日はそうないからね」

 

へぇ、と適当に返事をすればニコニコと笑いながらゲンがボーマンダから降りて来た。

ゲンに勢いよくブラッキーが飛び付いたが難無く受け止めてブラッキーの頭を撫でている。今日はなんとも面倒な日……、いやいや、ゲンいわく心躍る日になりそうだ。

ことの発端は先日にゲンに電話を掛けた時、喜々として電話に出てくれたゲンとくだらな……他愛ない話をしていると唐突にゲンに誘われたのだ。

 

「そうだ、今度のシンヤの休みの日にデートをしよう!」

 

物凄くそれはもう心から面倒だとは思ったが、ゲンにはキッサキシティから送って貰った事もあるしもう二度と会えないかもしれないので会っておくのも良いだろうと思い。それはもう心から面倒だとは思ったが、嫌々そのデートの誘いに了承した。

 

「で、何処に行くんだ」

「ナギサ」

 

シンヤは何処行きたい?って聞かれた時の返事は考えていたというのに……。

ゲンの返事にあからさまに嫌そうな顔でもしてしまったのかゲンが苦笑いをしながらナギサは嫌かと聞いてきた。

 

「嫌ではない」

「じゃあ行きたい所あった?」

「ミオ図書館!」

「さ、ナギサシティに行こうか」

 

……シカト、ムカつく。

ミミロップがよく使っている言葉が脳裏に思い浮かんだ。

 

*

 

ボーマンダの空を飛ぶでナギサシティに着いた。磯の香りがするし、見上げるとソーラーパネルの道路が……。ここは相変わらずだな、見慣れているズイとは正反対だ。

 

「シンヤはナギサ市場に行った事ある?」

「いや……、ナギサのポケモンセンターには寄ったが観光はしてないからな……」

 

大体草むら歩いて近くのポケモンセンターに顔を出してズイに帰る、を繰り返している。

行こうとは思ってはいたがデンジの所に行くのもめんど……いや、忘れてしまって行った事がなかったな。ジムなんて私には無縁過ぎる場所だ。

 

「シールを売ってるから買ってみたら?」

「何のポケモンが入っているか見分ける為のシールか!!それは少し前に欲しかったな……」

「違うけどね」

 

コンテストでよく使われるものでボールを専用のカプセルに入れてそのカプセルにシールを貼ると、ポケモンを出す時に貼ったシールによって登場の仕方が変わるらしい。

あの光りがピカーってなるのが別のものになるんだな、なんとなく理解した。別に要らん。

 

「まあまあ、見てみたら欲しくなるかもしれないから」

「要らん」

 

とは言ってみたがゲンに腕を引かれるままナギサ市場へ。

シールを販売しているおじさんにこれをこう貼るとこーんな感じだ!と実演してまで説明された。いや、確かに何でシールを貼るだけで!?とは思ったけどな……。

 

「要ら……「ブラー!!!」

 

買ってーこれ買ってー!!と目を輝かせ尻尾を振るブラッキー。お前という奴は……。

お前だけに買って帰ったら後々、自分には?と言ってくる連中が居るじゃないか!なんて面倒な、いつもほとんどボールに居ないんだから出て来る時なんてどうでも良いだろ……。

 

「くそ……、あるだけ全部3個づつくれ」

「ハハハ……」

 

このカプセルにボールを入れてね、と言われて貰ったボールカプセルもカバンに突っ込んだ。

余計な買い物をした後にゲンとソーラーパネルの道路を歩く。歩いた事がなかったので気付かなかったが下が透けて見えるんだな……、海の上を歩くのはなかなか面白い。

 

「シンヤ、ほらナギサ名物ポケモン岩だ」

「ゴンベか?」

「カビゴンじゃない?」

「カビゴンなのか」

「別にゴンベでも良いと思うけど」

「どっちだ……」

「どっちでも良いよ」

 

クスクスと笑うゲン。

絶対に私をからかって遊んでるなコイツは……。

その後、景色を眺めながら道路をのんびりと歩いてゲンに誘われるままシルベの灯台へと昇った。

 

「海しか見えないな……」

「双眼鏡を覗くとポケモンリーグが見えるけど……、私は隣に居る人を、シンヤを見つめていたいな……」

「なんだ。霧で見えにくいじゃないか」

「シンヤ、私の話最後まで聞いてくれてた……?」

「え?ああ、聞いてた聞いてた」

「……それじゃシンヤは?」

「……私は?……うーん、そうでもない」

「そうか、聞いてなかったという事にしても良いよな?よし、良い、シンヤは私の話を聞いてなかった」

 

絶対に聞いてなかったと言い張るゲン。

まあ、事実最後まで聞いてなかったから何の事だがさっぱりだが気にしないでおこう。

灯台を後にして、そろそろ移動しようかと言うゲンには行きたい所があるらしい。

でも、せっかくナギサに来たんだからデンジの所に顔でも出しておこう。

 

「ジムに寄っても良いか?ここのジムリーダーに挨拶だけして来る」

「え、ああ、それは構わないけど……」

 

本当に行くの?と何故か念を押して聞いて来るゲンにしつこいぞと返事をしてジムへと入る。

自動ドアが開いたと思えば道が機械仕掛け……、なんだこのふざけた所は……。

一緒に入って来たゲンが出入り口の前で苦笑いを浮かべている。とりあえず、と足を踏み出したがどう見ても道は行き止まりだった。

道が無い、と思った時に足元に丸い矢印の描かれたパネル。踏むと道が回転した。

 

「ッ…!!!」

 

何度か踏んで元の形に戻してゲンの前に立つ。

 

「大丈夫……?」

「帰る!」

 

誰が挨拶になんて行ってやるか!!

二度と来るか!!ジムなんて嫌いだ!!と文句を言いつつゲンとジムを後にした。

あと、くだらない仕掛けに電気を使ってるデンジはバカだと思う。

道路ソーラーパネルにしてる暇あるならもっと考えろ!!トレーナーに対して厳しすぎる!!

 

「シンヤはそう言うと思ったよ」

「さっさと移動するぞ!!」

 

*

 

「ホテル、グランドレイク……」

 

ゲンに連れられてリッシ湖のほとりに来たがホテルの宿泊料に開いた口が塞がらない。

ポケモンセンターを見習った方が良いぞ。まあ、ポケモンセンター以上に快適に過ごせるという事もあるだろうが……、高い。

これはもう儲けているに違いない、言葉は汚いかもしれないがガッポリ儲けているに違いない。条件の良い場所に立っているホテルほど高いものはないな……、私は畳のある旅館の方が好きだ……。

 

「ホテルじゃなくてこっちのレストランの方だよ。まあ、シンヤが泊まりたいって言うなら私は……」

「七つ星!!星多いな!!」

「シンヤ、私の話は最後まで聞いてくれ……」

「ん?何か言ったか?」

 

なんでもない、と何故か肩を落とすゲンの後に続いてレストランへと入る。

店内に入ってみれば二人掛けのテーブルばかりが並んでいて私は思わず首を傾げた。レストランならむしろ四人掛け、六人掛けのテーブルを置くべきじゃないだろうか……。

 

「なあ、ゲン」

「ん?」

「こだわりすぎの味が自慢という事はむしろ美味しくない可能性も無くはないんじゃないのか?」

「こだわりすぎて凄く美味しいかもしれないじゃないか」

 

そうだろうか……。

メニューを見ながら私は口を閉じた。こだわりすぎ、という言葉は良い意味に捉えにくい。偏食の客が多いから二人掛けのテーブルしかないのか、なんて疑問さえ脳裏に過った。

しかもレストランの名前が七つ星。

店の名前には少し荷が重い。美味しくないものが出てくれば七つ星もとんだ皮肉だ……。

 

「何が良い?」

「何でも良い。任せる」

「それじゃ、このコースを二つ」

 

ウェイトレスに注文をするゲンを見てからメニューを閉じてちらりと周りを見渡した。わりと客は入っているんだな……。

 

「ここの店の料理は食べた事がないから知らないんだけど噂は聞いてて一度来てみたかったんだ」

「……噂?」

 

ウェイトレスが持ってきてくれた水を飲みながらゲンに視線をやればゲンはニコニコと嬉しそうに笑って言った。

 

「食事だけじゃなくてポケモン勝負も出来るんだ」

「ぶっ!」

 

口からぼたぼたと水が零れたが気にせずにゲンの言葉を聞き返した。

 

「よく、聞き取れなかったんだが……?」

「え?ちょ、シンヤ……、水が……」

 

ごしごしと口元を拭いながらゲンを睨み付ければゲンは苦笑いを浮かべる。

 

「食事も出来てポケモン勝負も出来る。ちなみに勝負方法は私とシンヤで組んだダブルバトルだ」

「帰る」

 

そう言って立ち上がろうとした私の腕をゲンが掴んだ。料理来たから!と引きとめるゲンの言葉に渋々再び腰を下ろした。

色鮮やかな料理を口に運びながら向かいに座る男には視線をやらない。だが、まあ料理の味は悪くない。

 

「挑まれればの話だよ。こちらから挑むつもりはないし挑まれなければ普通に食事をして帰れるから」

「……」

 

黙っててごめんな、と謝りながらも笑うゲンを私は睨みつける。なんで食事をしつつポケモン勝負までしないといけないんだ……とは思ったがそういう事を楽しむ人の為の店なんだろう。

なんて場違いな場所に来てしまったのやら、知っていたなら絶対に足を踏み入れない場所だ。

まあ、挑まれなければ良い話だ。さっさと食べて店を出ようと料理を口に入れた時に「あ」と近くで声が聞こえて振り向いた。

 

「やたら強いヒンバスを連れてた人!!」

「誰だお前は」

「え!?お、覚えてないの!?」

 

大きなカバン、腰にモンスターボール、ニット帽を被った青年が私の言葉にうろたえる。

キョトンとこっちを見てるゲンと視線が合ったが私は何も言わなかった。

 

「そりゃ会ったのは随分と前だけど……」

「知りません」

「……もしかして忘れたフリしてない?」

「何のことだか」

「……いや、もう確実に覚えてるよね」

「忘れました」

 

ズイで会っただろ!その時に貴方はイーブイとヒンバスを連れていてポケモンのタマゴも持ってた!!とツラツラと説明してくる青年。

うるさいな、そんな事言われなくても分かってるんだ……。分かってて知らないフリをしてるんだからそのまま通り過ぎて行ってくれれば良いじゃないか……。

 

「忘れたと言い張るならそれはそれで良いさ。今度はボクが勝つ!!ポケモン勝負でリベンジだ!!」

「それが嫌だから知らないフリしてたんだ!」

「知らないよ、この店に居るんだから挑まれたらバトル、でしょ?」

 

私がこの世界で最初に見たトレーナーだ。名前は聞いてないし聞くつもりも覚えるつもりもないが。

私の向かいの席に座ってるゲンによろしくお願いしますと頭を下げる青年を見て私は溜息を吐いた。

 

「結局、貴方はトレーナー?コーディネーター?」

「……」

「彼はポケモンドクターさ」

 

私が黙っていると勝手にゲンが教えてしまった。へぇ、医者だったんだ、そうは見えなかったと呟いた青年は私を見てニッと勝気な笑みを浮かべる。

まあ、初めて会った時の私はポケモンすら知らない奴だったからな……。医者になんて見えるわけがない。今も見えるとは思わないが。

 

「ボクのキルリア、進化してサーナイトになったよ。さあバトルだ!!」

 

青年がボールを投げるのと同時にゲンも隣でボールを投げた。仕方なく私も唯一の今の手持ちのブラッキーのボールを投げる。

サーナイトとグレイシアを出した青年に対してこっちはゲンのルカリオと私のブラッキーだ。

 

*

 

二対ニで向き合うポケモンを見て青年がブラッキーを指差した。

 

「そのブラッキーって、もしかしてあの時のイーブイ?」

「ああ、そうだ」

「やっぱりボクの事を覚えてるんじゃないか!!」

「……あ」

 

知り合い?と首を傾げるゲンに「今、突然忘れた」と言って青年に視線をやる。

青年は呆れたように溜息を吐いたが自慢げにグレイシアを紹介してくれた。別に頼んでないのに……。

 

「貴方のイーブイを見てボクもイーブイを育てたんだ。このグレイシアなかなか美人だろ?」

「そのグレイシア、メスか」

「まあね」

 

良いな、メス。とは思ったが言葉には出さず。そのグレイシアが美人ならうちのエーフィの方がもっと美人だけどな、とも思ったがそれも口に出さない。

青年の怒りではなくメスのグレイシアに怒られそうだ。オスのエーフィの方が美人だぞなんて言ったらな。エーフィ連れて来なくて良かった……。

 

「へー、今は居ないけどシンヤのオスのエーフィの方が美人だと思うけどね」

「ゲン!!私が思ったけど言わなかった事を何故言った!!」

「え、ごめん?」

 

なんか悪い事言った?みたいな顔でこっちを見たゲン。青年はキョトンとしていたがグレイシアに視線をやれば周りの空気が一気に冷えた気がした……。さ、寒いっ!!

こっちを睨むグレイシア……、隣に立つサーナイトは自分を抱きしめるようにしてそろそろとグレイシアから離れた。

 

「シァー、グレィシアー!!」

 

な、なんだ……?

ベシンと尻尾を床に叩きつけたグレイシア……、私が美人じゃないって言うの!!みたいな事を言っている……。

怒らせたの私かな?なんて言って首を傾げたゲンにルカリオがチラリと視線をやった。

機嫌の悪いグレイシアからサーナイトは着実に距離を離して行っている。賢いなサーナイト……。

青年が困ったようにグレイシアの名前を呼んだがグレイシアの機嫌は悪い。そんなグレイシアに怯まずブラッキーがグレイシアに近づいた。

 

「ブラァー」

「……」

「ブラァ、ブラッキィー!」

「シアー!」

 

グレイシアの機嫌が良くなったのか周りの寒さも和らいだ。

まさかブラッキーが世辞の言える奴だとは思わなかったな。キミはとっても美人だと思うよみたいな事を言ったブラッキーの言葉にグレイシアはご満悦だ。

ブラッキー、男前らしいしな。ポケモンの美的感覚も好みなんてのも知らないが、人間で言うイケメンに褒められれば女も満更悪い気はしないんだろう。

寒さが和らいで何よりだ。

 

「シア、グレーシァー?」

「ブラッキィー!」

「……」

「……ブラ?」

 

正直者だもんな、それがお前の良い所だブラッキー……。

 

「グレィシァアアアア!!!」

「ダイヤモンドダストが!!」

「さ、寒いっ!!」

 

ブラッキー!そこはキミの方が美人だよ、とでも言っておけば良かったじゃないか!!とりあえずその場は収まっただろ!!

レストラン内にダイヤモンドダストが舞ってそれはもう綺麗だ、綺麗だが、凄く寒い!!

 

「よし、このままバトルだ!!ルカリオ、とりあえずグレイシアから倒すぞ!!」

「ガゥ!!」

「ささささ寒い……!!凍え死ぬ……、寒いのは嫌いだ……」

「シンヤ!!気をしっかり持て!!」

「うるさい!!元はと言えばお前のせいだろうが!!」

「そこは全面的に謝る。ごめん!!」

「謝ったからって許してやる寛大な心を私は持ち合わせて無い!!!特にお前に対しては!!」

「酷いぞシンヤ!!でも、そんな所も好きだ!!」

「やかましい!!!」

 

その後、バトルどころではなくなり青年のサーナイトを含め、怒るグレイシアをボールに戻す作業に追われた。

ボールが凍った!!と青年が叫んだ時は本気で泣きたくなった……。炎タイプが凄く愛しい。

 

*

 

「大変だったけど、楽しかったな!」

 

帽子に雪を積もらせながら笑ったゲン。

結局、グレイシアは瀕死状態にして青年が抱えて帰って行った。自分のポケモンを制御出来なかったボクはまだまだ未熟だ、なんて言ってお礼を言って帰って行ったが青年は悪くない。

元気に足元を走り回るブラッキーに視線を落としつつ溜息を吐いた。

 

「疲れた……」

「何処かで休むか?」

「帰るに決まってるだろ」

「私たちのデートはまだまだこれからじゃないか、夜まで随分と時間があるし」

「何で夜までお前に付き合わないといけないんだ。帰る」

 

丸一日、シンヤを独占したいんだ……。なんて言って背後から抱きついてきたゲンの鳩尾に肘を入れてやる。

ぐほっ、なんて間抜けな声を上げてその場に蹲った。

 

「あんまり帰りが遅くなるとミロカロス達が怒るからな」

「せっかくのデートなのに……」

「それに夜まで付き合って何になるんだ。夜景なんて私は興味無いぞ」

「夜景も良いけど、大人の夜と言ったら、ねぇ?」

 

何が……"ねぇ?"だ、この馬鹿は。

 

「何を言ってるのかさっぱりだな!」

「そんな嘘ばっかり!!」

 

本当は分かってるくせに!!と喚くゲンの言葉を聞かないように耳を塞いだ。

誰が男のしかもゲンと良い雰囲気を過ごさなきゃならないんだ。二度と会わないかもしれないから今日だけ……、なんて事には絶対に天地がひっくり返っても無いからな!というか私の住んでる所じゃ天地がひっくり返ってるのなんて普通だ!

 

「シンヤ……。私は本当に好き、なんだ……。シンヤの事が……」

「ゲン……。お前も一度死ぬと良い、人生を見つめ直せるぞ」

「え!?ちょ、一度死んだら終わりだぞシンヤ!!それに"も"って何!?お前"も"って!!」

 

頬を赤らめて上目遣いで私を見上げたゲンの言葉を切り捨てる、乙女かお前は。

歩く私の後を追って来たゲンが私の腕を掴んだ。真面目な顔でゲンが私を見つてきたので思わず立ち止まる

 

「シンヤ、誰か殺したのか……?」

「ふっ……」

 

自嘲気味に笑えばゲンはどう捉えたのか顔を蒼くしていた。

というか、私は人を殺せるような度胸は持ち合わせていないけどな。なんせ自分自身も殺し損ねた男だ……。

 

「いや……、シンヤがどんな罪を背負っていたって私はシンヤが好きだからな!」

「……そうか、それは嬉しいな」

「!!」

 

顔を赤くしたゲンが照れたように笑った。

帽子に乗った雪を掃ってやって「帰るぞ」と言えばゲンは渋々頷いた。

 

「懐の深いお前に茶ぐらい出してやる」

「嬉しいよ!」

 

どんな罪を背負っていても好きでいてくれるなんて、やっぱりこの世界の人間は寛容だ……。

これから私がこの世界から消えて、お前から記憶を奪っていっても許してくれるだろうか……?それでも好きだと言ってくれるのだろうか……?

 

私なら……、

私なら、絶対に許さないし……。

 

そんな奴は、

 

大嫌いだ。

 

*





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ミロカロスとミミロップ


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33

 

「お邪魔します」

 

ゲンを連れて家に帰って来たとは言っても、勿論、反転世界の方に連れて行くわけにも行かないので実家の方だけどな。

連れて行ったらギラティナに怒られる。

 

「ああ、シンヤさんでしたか。お母様なら買い物に出掛けてるんですよ」

 

そろそろ帰って来ると思いますけど、と私のカバンを持ってくれたエーフィ。

カナコさんの女物のエプロンを身に付けたエーフィは女に見間違えられるのも頷けた。ミロカロスの方が女顔だからあんまり気にしてなかったが……、エーフィも女顔だったんだな。

 

「兄ちゃんおかえりー!!後ろの人だれ?」

「知り合いのゲンだ」

 

知り合い以上の関係が良いと文句を言っているゲンを無視してリビングへと向かう。

茶を淹れようとキッチンへと向かおうとしたが私が淹れますよとエーフィに止められてしまった。エーフィが自分から動くのは珍しいな……、カナコさん教育の賜物か……。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

「悪いな、それにしてもお前は良い嫁を極めるのか……?」

 

ムスっとした顔をしたエーフィはそっぽを向いた。

向かいに座ってたゲンがオスだろ?と言いながら首を傾げたがこっちにも色々と事情があるんだと適当に返事をしておく。

 

「カズキ、ノリコはどうした?」

「あ、そーだ。部屋でトランプしてたんだった」

 

トイレ行って忘れてた、と言いながら席から立ったカズキはノリコが待っているであろう子供部屋へと走って行った。

 

「シンヤの弟にしては随分と似てないね」

「当然だ。私はこの家の人達の誰とも血が繋がってないからな」

「それなのに実家?」

「寛容な家族なんだ」

 

へえ、と頷きながらゲンが笑った。ゲンの深く詮索して来ない所はわりと助かる。

お茶を飲んでいるとボールからブラッキーが勝手に出て来た。人の姿になって私の隣に座ったブラッキーはエーフィにお茶を催促する。

 

「オレもお茶ー」

「はいはい」

 

テーブルの上にあった饅頭を頬張るブラッキーを見て私は小さく溜息を吐く。

ゲンと他愛無い話をしているとカナコさんが帰って来たらしい。エーフィが玄関まで出迎えに行った。

 

「ただいま、シンヤー!!」

「おかえりなさい」

 

座っている私の背後から抱きついて来たカナコさん。向かいの席に座っていたゲンがカナコさんにニコリと笑みを向けた。

 

「はじめまして、ゲンと言います」

「あら、シンヤのお友達?母のカナコです、はじめまして」

 

友達じゃなくて知り合いだ、と言えばゲンは寂しそうにお茶を啜った。そのゲンの姿を見てエーフィが笑うのを必死に耐えている。

 

「キミは?」

「オレ?オレはシンヤのペット?」

「ぐっ!!!」

 

向かいでお茶が変な所に入ったらしいゲンが咽ている。

私とした事がブラッキーをボールに戻すのを忘れていた……。しかもなんでペット発言……、この私に人間をペットにする趣味があると思われるじゃないか……!!

 

「あらー……、やるわねシンヤ」

「違うぞっ!!」

「キミのお名前は?」

「……えっと、」

 

オレの名前、ブラッキーで良いの?とこちらに視線をやるブラッキーに私は眉を寄せた。ブラッキーに名前!?

待て、待ってくれ、そんなにすぐに思いつかないぞ。変に名前を付けてしまったらエーフィに怒られるだろうし……。

 

「ツキくんですよ、カナコさん」

「ツキくん?」

「ええ、あだ名はツッキーです」

 

アハハと笑ったゲンにブラッキーもニコっと笑みを返す。

素敵な名前ねとカナコさんも全く疑問に思っていない。ゲンに助けられた……、もうクロとか言いそうになってたぞ私は……。

でも、何でツキ?

……月光ポケモンだから、月なのか?これだな、多分これだ。しかしあだ名は別に要らないだろ。

 

「それにしても自分からシンヤのペットだなんて……。そう言うように言われたの?シンヤってばサディスト……、ホント見た目通りね」

 

見た目通り!?

今の聞き捨てならないんだがカナコさん!!

そんな他人の性癖を見た目で判断するのはどうかと思うぞ!!

 

「シンヤに痛い事とかされてない?平気?シンヤの事が嫌になったらすぐ逃げなさいね、あんまりお母さん暴力的なのは反対だから」

「シンヤは優しいよ!!最近はいっぱい構ってくれるし撫でてくれるし、オレはシンヤが大好きだから全然平気!」

 

痛い事なんかされたことないー、と笑うブラッキーにカナコさんは自分の口を手で覆った。

そしてチラリと私の方に視線をやる。

 

「フィーちゃんとツキくん、どっちが本命!?」

 

「だから、どっちも違……」

 

「どっちも本命!?シンヤ、貴方って子は!!」

 

なんか誤解されたまま凄い剣幕で怒鳴られてるんだが……。

笑ってないで助けてくれエーフィ……。

 

「プレイボーイって奴ね!!さすが私の息子!!」

 

怒ってるのかと思いきや笑顔になって親指を立てながらウインクをしたカナコさん。

この相手がカナコさんでなければぶん殴っていたのに……、カナコさんの中で私は一体どういう男になっていくのか物凄く不安だ……。

そんなに節操の無い男に見えるのだろうか、しかも男色の。

実の母親がカナコさんで私が10代だったら確実に非行に走ってたな。

私は泣きながら家を出るぞ……。

 

*

 

そろそろ帰るよ、そのゲンの言葉になんとかその場はお開きとなった。

エーフィとブラッキー両方お嫁さんにくれば良い、なんて恐ろしい事を言っていたカナコさんの言葉は忘れてしまおうと思う。

結局すっかり遅い時間になってしまったので私もエーフィとブラッキーを連れて帰る事にした。にやにやと笑うカナコさんは見なかった事にする。

 

「嫌なら怒鳴ってでも否定すれば良いのに」

 

シンヤってそんなに押しに弱かったっけ?とゲンがボーマンダをボールから出しながら言った。

そうだな、と簡単に返事をしておく。隣に居るエーフィが訝しげな視線を私に向けた。

ずっとこの場所で生きていく事になるなら、それはもう懸命に否定しただろうな……、その言葉は私の心の中でだけ呟かれた。

冗談じゃないと怒りたい気持ちは無いわけではない。

でも、皆の記憶は消える事になる。

唯一残る私の記憶にはガッカリしたような表情を浮かべるカナコさんよりも嬉しそうに笑ってるカナコさんの表情を残しておきたいから……、私は強く否定しないのかもしれない。

なんて自己満足……、これは私の為だけの記憶を作ってるにすぎない……。

 

「シンヤ?」

「ああ、なんだ?」

「……まさか、エーフィとブラッキーを嫁に貰っても良いかも……、なんて思ってないよな?」

「思ってるわけないだろ」

「思ってないなら否定してくれよ、こっちがドキドキするだろ」

「ゲン、知ってるか?男は婿にはなれても嫁にはなれないんだぞ」

「……知ってます」

 

ガクンと項垂れたゲンがのそのそとボーマンダの背に乗った。

じゃあな、と手を振れば「またね」と手を振り返される。またな、とは言葉に出来ず私はぎこちない笑みだけをゲンに返した。

 

反転世界に入り家への帰路をぼんやりと歩く。隣を歩くエーフィは未だ訝しげに私を見ていた。

ブラッキーと手を繋ぎながら空に浮かぶ地を眺めた。大きく手を揺らしながらブラッキーがご機嫌に鼻歌を歌っている。

 

「シンヤさん、貴方は最近……、様子が変です」

「そうか」

 

軽く視線をやればエーフィはむっとしたように私を睨んだ。

 

「最近すごい優しいもんなー」

 

あはは、と笑いながら言うブラッキーの言葉にエーフィは頷く。

優しいと様子が変だと認識される人間である自分に少しだけ悲しくなった。そんなに冷たい人間か、私は……。

 

「何よりも仕事優先、自分の面倒な事は絶対にやらないと言い張ってた人間が……。最近はどうです、仕事よりも私たちを優先して面倒な事も仕方ないなと一言で了承して受け入れてしまってる」

「なにか悪い事なのかそれは……」

「いいえ、良すぎて気持ち悪いです。ミロカロスとの一件で考えを改め直したとしてもこれは異常過ぎる変化ですよ」

 

ミミロップも怪しんでいるのか甘えにくい……とぼやいてました。と続けたエーフィの言葉に私は内心なるほどと頷いた。

最近、あんまり抱きついてこなくなったとは思ってたんだ。その分、ミロカロスがべったりになっているがそれにもあまりミミロップは怒らないし。

 

「何かあったんですか?」

「私がお前たちを思って接する事に不満でもあるのか」

「シンヤが手持ちラブ!愛してるぞ可愛いお前たち!なんて言い出したら私は胃に穴が開いて血を吐きます」

「ヤマトを見習っているというのに……」

「優しく接してくれる分には嬉しいですよ、でも貴方らしくないんです。シンヤさんはシンヤさんで居てくれないとこっちの調子が狂うんですよ。むしろ"うるさい喚くな静かにしろ!!"と怒鳴ってるシンヤさんの方が私は落ち着きます」

「私の血管を破裂でもさせたいのかお前は……」

 

クスクスと笑ったエーフィ。

オレはどんなシンヤでも好きだ!と言いながら笑顔を向けてくれたブラッキーの頭を撫でる。

 

「変ついでにプロポーズでもしてやろうか、エーフィ?」

「や、やめて下さい!!本当に胃に穴が開くどころか全身の毛が抜け落ちそうです!!」

 

顔を真っ青にさせたエーフィを見てブラッキーがケラケラと笑った。エーフィの自慢の毛が抜け落ちる姿を想像するだけで哀れだ……。

 

「シンヤシンヤ!オレにして!」

「んー……。ブラッキー、三食昼寝付きで私と結婚してくれ」

「おやつも付けてくれないと嫌だ」

「贅沢だな」

 

あと毎日ブラッシングと週に一回遊びに行く事と起きた時と寝る前に頭を撫でてくれないと駄目ー、と何とも面倒な条件を並べるブラッキー。

横でエーフィが肩を震わせながら笑うのを堪えていた。

 

家に着いて玄関の扉を開けるとミロカロスが勢いよく飛びついて来た。

 

「シンヤー!!!」

 

すかさずエーフィが玄関の隅に移動し避難していた。お前だけずるいぞエーフィ……。

苦しいくらいに抱きついてくるミロカロスはまた嗚咽を漏らしながら泣いていた。今度は一体何の理由で泣いているのやら。

 

「どうした?またミミロップに馬鹿にされたのか?」

「う~……」

 

ぶんぶんと首を横に振ったミロカロス。

なんなんだ、と思っているとリビングからミミロップとヤマトが出て来た。私の前でミミロップが腕を組んで仁王立ちする。その顔は明らかに不機嫌だ。

 

「なんだ」

「なんだじゃなーい!!!ヤマトから聞いたぞ!!聞き捨てならない事を聞いてしまってワタシは口から心臓が飛び出すかと思った!!」

 

体の構造的に口から心臓が出るのは絶対に不可能だけどな、と思いつつミミロップの言葉に頷いた。

 

「誰とデートしたのか吐け!!」

「ゲン」

「なぁぁぁあんですとぉおおおお!?!?」

 

バーンとリビングの扉を勢いよく開けたのはツバキだった。

遊びに来ていたらしい、ギラティナは何処かに避難しているんだろうな……。

 

「聞き捨てならない事を聞いて、あたしの口から心臓が飛び出すかと思ったよ!!」

「それワタシがさっき言ったんだけど……」

「表に出やがれシンヤさん!!」

「私はまだ家に入ってないぞ、ツバキ」

 

ツバキは数回瞬きをしてうむと頷いた。

そのままリビングへと走って戻って行ったかと思えば、自分のカバンを持って戻って来た。

 

「エンペラー、ゴォオオ!!!シンヤさんをフルボッコだ!!今日は絶対に許さん!マジ許さん!ゲンさんとデデデデデデートなんてぇえええ!!!」

 

ボールから出て来たエンペラーはすぐに人の姿になったかと思えば私に視線をやって、すぐにツバキの方へと振り返った。

 

「ねえ、シンヤさんに喧嘩売るって事はこのシンヤさんにくっ付いてるミロカロスも敵にするんだよね?っていうか、シンヤさんフルボッコってこの反転世界でそんな事言ったら逃げ場ないんだけど」

「文句言うな!!」

「文句じゃないよ正論しか言ってないよ。ツバキの後ろで仁王立ちしてるウサギが今にも蹴りかかりそうなのは良いの?」

「ちょちょちょ、ミミロップ!!どんだけあたしの事嫌いなのさ!!助けてエンペラー!!愛しのご主人様がピンチだよぉお!!」

「蹴られれば良い」

「エンペラァァアアア!!ポッチャマの時からずっと一緒だったじゃないかぁああ!!」

 

ミミロップに追いかけ回されるツバキをエンペラーは冷ややかな目で見守っていた。懐いてはいる、はずだよな?

まあ、良いやと思いつつ家に入ればヤマトに呼び止められた。

 

「ごめんよシンヤー!言うつもりは無かったんだけどつい口が滑って……」

「ああ、まあ別に良い」

「でも何でデート?」

「前にキッサキシティからゲンに送って貰っただろ、あれのお礼みたいなもので付き合っただけだ」

「あ、そう……」

 

大した事じゃなかったね、と呟いたヤマト。

抱きついていたミロカロスが離れたかと思うとミロカロスは頬を赤らめながら顔に笑みを浮かべた。

 

「俺様ともデートしよ?」

「そうだな、明日行くか」

「やった!!」

 

トゲキッスに自慢してやろうとリビングへ走って行ったミロカロスを見送った。

うろたえながら私に視線をやったヤマトが「マジで?」と言葉を漏らす。

 

「明日、買い物に行こうと思ってたんだ」

「それデートじゃないよね?ただの買い物だよね?」

「一緒に出掛ければ満足するだろ」

 

それに男同士でデートというのも馬鹿らしいよな、と続ければヤマトは苦笑いを浮かべた。

 

「でも、シンヤならめんどくさいから嫌だ。なんて言うかと思ったよ」

「最近の私は優しくて変らしいぞ」

「変だねー、まあみんな何だかんだで嬉しそうだから良いと思うけど」

「……そうか」

 

それなら、良かった。

 

 

その日の晩、夕食の用意をしているとミミロップとミロカロスの怒鳴り声が聞こえて来た。最近減って来たと思ってたのにな、と思いつつクリームシチューをかき混ぜた。

隣でトマトを切っていたチルットがチラリと私の方に視線をやったから、私は小さく頷いた。

 

「何してるんだ」

 

料理をチルットに任せてリビングに行けばミロカロスがミミロップに泣かされていた。

本当におかしな話だ、レベルならミロカロスの方が明らかに上だというのに、力で勝てても言葉では全く勝てないという……。

ミロカロスは語彙が少ないんだな……。

 

「この低能が調子に乗りやがるんだよ!!」

「俺様はトゲキッスと喋ってたんだ!!話に入ってくんなっ!!」

「さっきからトゲキッスに明日シンヤとデートする約束したんだーって同じ事ばっかり言ってんじゃねぇか!!聞こえてくるワタシにも聞かされてるトゲキッスにも迷惑だこの馬鹿!!」

「お、俺は別に……」

 

大丈夫なんですけど……と言ったトゲキッスの言葉は最後までミミロップには届かない。

睨み合う二人の間に入るトゲキッスが邪魔だと押しのけられた。

 

「……うるさい」

 

取っ組み合いの喧嘩になりだした二人を止めに入ろうとトゲキッスがウロウロと忙しなく歩き回っている。

髪を引っ張り頬を引っ掻き、その行動の後に治療するのは一体誰だと思っているのか……。

 

「うるさいっ!!!!」

「「!?」」

「家の中で暴れるな!!これ以上暴れるなら家から蹴り出すぞ!!」

「「……」」

 

二人は口をへの字にして不満気に私を見上げた。

そうかそうか、そんなに不満か……。すぐに"ごめんなさい"と謝罪の言葉が出てこなかったあたりは私の躾け不足だったみたいだな。良い度胸だ……。

 

「お前たちここに正座して並べ……」

「え!?ちょ、マジで!?これから晩ご飯……」

「シンヤ~……」

「私の言う事が聞けないのか……?」

「「……ッ」」

 

この後、きっちりニ時間説教した。

 

「ミミロップ!お前はミロカロスに対して馬鹿にするような発言や喧嘩越しになるのはやめろ!!お前が突っ掛からなければ喧嘩の原因にはならないんだぞ!!」

「……はい」

「ミロカロス!お前はすぐに泣くからミミロップに馬鹿にされるんだ!怒られるような行動をとったらすぐに謝れば良いだろ!!俺様は悪くないの一点張りだからミロップを怒らせる!!原因を作ってるのがお前じゃないわけがないんだからな!!」

「……はぃ」

「私だってこんな説教したくないんだ。分かったな?」

「「はい、ごめんなさい。反省します」」

 

揃って頭を下げたミミロップとミロカロス。

こういう時だけ本当に息がぴったりだなお前たちは……、怒られ慣れしている気がしてならない……。

私が溜息を吐けば後ろでエーフィがクスクスと笑った。

 

「やっぱりシンヤさんはそうでなくては」

 

私の胃に穴が開きそうだ。

 

「(というか、そもそも二人の喧嘩の原因は決まって主の事だと思うのは自分だけだろうか……)」

「腹減ったー……」

「ラルゥー……」

 

*





【挿絵表示】

トゲキッスとサマヨール


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34

朝早くに起きて身支度を済ませ、早起きなチルットが淹れてくれたコーヒーを飲みつつミミロップが持ち帰って来た書類を片付ける。

出来た書類は後でジョーイの所に持って行く為、カバンの中に入れておく。

チルットが用意してくれた簡単な朝食をすませ、リビングでポケモンの姿のままごろりと寝転がって寝ているミロカロスを見下ろした。

トゲキッスとミミロップとサマヨールはボールに入って寝るんだけどな、他の連中はリビングだったりソファだったり廊下だったりとそこら辺で寝ている事が多い。

 

「ミロカロス」

「……ミロォ、」

 

ポケモンセンターに寄ってから買い物に行きたい私はミロカロスに声を掛ける。昨日一緒に行くと約束したので寝ていたから置いて行ったと言えばミロカロスの機嫌を損ねるだろう。

起きないミロカロスの胴体をぺしぺしと叩くが少し身動ぎしただけで起きる気配がない、面倒なのでもうボールに入れて連れて行こうとミロカロスにボールを押しあてた。

 

「よし、出掛けてくる」

「いってらっしゃいませ」

 

恭しく頭を下げたチルットが送り出してくれた。ポケモンフードを食べていたエーフィが「フィー…」と鳴いた。

強引過ぎる、とかなんとか言われたが知らん。

反転世界からポケモンセンターへと出る。

おはようございます、と挨拶をしたジョーイに挨拶を返す。カバンから書類を出してジョーイに渡せばこれからの予定を聞かれた。

 

「暇ですか?」

 

いや、むしろこれからの予定を入れられそうな問いだった……。

 

「いや、これから買い物に行く」

「そうですか」

 

笑顔のジョーイから舌打ちが聞こえた。笑顔で舌打ちとは相変わらず器用な女だ。

世間一般のジョーイのイメージは一体どういうものなのだろうか、私の中では物凄くイメージが悪いのだがこれは私だけなのだろうか……。

ジョーイの接し方が人によって違うしな、ヤマトと私では本当に対応が違う。いや、むしろ私にだけ悪いのか……、それとも私だけに素を見せてくれているのか……。後者なら男として喜ばしい事かもしれないが見たくない一面だと思う。

まあ、私に対して乱雑な対応をするのはズイのジョーイだけだけどな。ズイのジョーイとは性格的に合わない。まあジョーイ自体あんまり好きじゃないけどな……。

ポケモンセンターを出てミロカロスのボールを投げる。

ボールから出て来たミロカロスは眠たげな目で辺りを見渡して私に視線をやった。

 

「アイスでも買ってやろうか?」

「ミロ!?」

 

一瞬で人の姿になったミロカロスが飛びついて来た。腕にくっ付くミロカロスを無視してさっさと買い物をしてしまおうと思う。

買う物をメモした紙を片手にカゴの乗ったカートを押すミロカロスがキョロキョロと忙しなく商品に目を走らせていた。

 

「あら、ミロちゃんじゃないの」

「おはよー」

「今日は一人じゃないのね!良いわねー、男前連れちゃってー」

「良いだろー」

 

ミロカロスはよく買い物に来ているし知り合いの人間が居ても可笑しくは無いのか……。結構、社交的な奴なんだよなミロカロスは……。その分、ミミロップは社交性壊滅的だ。私も人の事は言えないが。

何処ぞの奥さまと別れたミロカロスは鼻歌を歌いながらカートを押す。

 

「知り合いが多いのか?」

「んー、名前は知らねぇけど顔は知ってる人はいっぱいいる」

 

あんまり仲良くはないよ、と付け足して言ったが顔見知りなら十分親しいのではないだろうか…、歩いていて声を掛けられるくらいなんだから。

 

「なんで名前を聞かないんだ?」

「どうせ会わなくなるかも知れないだろ?聞いても意味無いよ」

「……そうか」

 

なるほど、と私は頷いた。

育て屋に長く居たミロカロスの付き合いは大体、浅く広く……。親しくなってもいずれ居なくなるという考えがあるのだろう。

 

「やろうと思えば深く広くも出来そうだな……」

「ん?何が?」

「いや、……何か欲しい物はあったか?」

「果物買って良い?」

「良いぞ」

 

リンゴリンゴリンゴ~♪とリズミカルに言葉を発するミロカロスはリンゴを両手に持ってどのリンゴを買うか選別していた。

 

「どのリンゴが美味しいかな~、シンヤはどれが良い?」

「んー……」

 

本音を言ってしまうとどれでも良い。私が食べるわけじゃないし、あまりリンゴは好きではない。

私がリンゴを一個手にとれば後方でドサドサと盛大に何かを落とした音がした。振り返ればエプロンを付けた店員がこちらを凝視して固まっている。

足元にダンボールに入っていたであろうリンゴが散乱しているがそれは良いのか……?

 

「ミ、ミロちゃん……、その人、誰……」

 

落ちたリンゴを拾っていたミロカロスが顔を上げた。指を差された私がミロカロスに視線をやるとミロカロスと視線が合った。

 

「シンヤ」

「いや、誰だし!!」

 

シンヤはシンヤだし、と返事をしつつミロカロスはダンボールにリンゴを直していく。どうやらこの店員とも知り合いらしい。

リンゴの入ったダンボールを持っていた所から果物担当とかそんな店員かもしれない。

 

「シンヤー、リンゴさー、この袋に三個入ってるので良いかな」

「袋に入ってるのより、個売りしている方が良いぞ」

 

そうなの?と首を傾げながらミロカロスが袋に入ったリンゴを戻した。

すると私とミロカロスの間に店員が入って来た。近すぎる距離に思わず私は一歩横にずれる。

 

「袋に入ってるのは香りもしないし選別しにくいんだよ。ミロちゃん!」

「へー、じゃあ良い香りのが良いのか。でも全部リンゴの匂いだけどな……」

 

そうだよねー、と笑う店員の言葉に頷きながらミロカロスはリンゴの匂いを嗅いでいた。

 

「香りもそうだが他にも選別方法はあるぞ」

「どんなの?」

「色がよくついている方が甘みがあって味も濃い。大きさは並べられたリンゴを見て中位の大きさが良い。大きすぎると大味だったり小さいのは甘みが足りない場合がある。ちなみに同じ大きさのリンゴを手にとって比重が大きい方が熟していて蜜入りも多いそうだ。リンゴを指ではじいてみて弾んだ音がするのが新鮮で鈍い音は鮮度が悪いとも記憶している」

 

ほーほー、と頷きながらミロカロスが何故か目を輝かせていた。

 

「シンヤ、物知りー!!すげー!!」

「そうか?あ、あと日持ちはしないがリンゴのお尻を見て緑が少なく黄色がかってるリンゴが食べ頃でもあるから今日食べるならそれを選べばいいぞ」

「シンヤやっぱ頭良いよなー、カッコイイー」

 

アハハと笑いながらミロカロスがリンゴを両手にとった。

全部本で読んだ知識だ、と付け足して言ったが覚えてるのが凄い!と褒められた。そこまで純粋に凄い凄いと褒められると少し気恥ずかしい……。

しかし、私の場合は選別方法が分かっていても選別するのが面倒で大体適当だけどな。

 

「早く選んでしまえ」

「よし」

「ミロちゃん!リンゴ以外も買わない!?オレが選別方法教えてあげるよ!!」

「リンゴだけでいいよ」

「そ、そう……」

 

項垂れた店員はともかくミロカロスがリンゴを選ぶのに少し時間が掛かりそうなので、ついでに白菜を取って来よう。果物コーナーの近くにある野菜コーナーへと行き白菜を手にとる。白菜はやはりある程度選別しないとな……。

葉がしっかり巻かれていてずっしり重たいもの、みずみずしさがあって黒い斑点が無いものが良い……が、面倒なのでとりあえず目についた二つの比重を計って重たい方を選んでおいた。

 

「ちょっと良いですか」

「良くない」

「えぇ!?」

 

トマトをカゴに入れた所で店員に声を掛けられたので返事をする。素っ頓狂な声をあげた店員は慌てて私の前に立った。

私より随分と背が低くて上目がちに睨みつけられたが店員がビクリと肩を揺らして一歩後ろに下がったのでどうやら私は見下ろして睨むかたちになってしまったらしい。

 

「あ、貴方はミロさんとどういう関係なんですか!」

「アイツの立場はおそらくお前と同じだ」

「……は?」

 

間抜け面だ、と店員を見ているとミロカロスがリンゴを持って走って来た。

いそいそとカゴにリンゴを入れたミロカロスは満足気だ。どうせリンゴを剥くのはチルットなんだろうけどな……。

カートを押してレジに並び会計を終わらせて店から出れば、ミロカロスは上機嫌に買い物袋を揺らしながら鼻歌を歌っていた。今日は随分とご機嫌みたいだ。

 

「ミロちゃん!」

「んぁ?」

 

さっきの店員が走って来てミロカロスに可愛らしい小さな花束を差し出した。キョトンとしたミロカロスが店員と花束を交互に見やる。

 

「なに?」

「これ、良かったら貰って!」

 

ミロカロスが花束に視線を落としてから店員を見た。店員は頬を赤くしてミロカロスを見つめ返す。

 

「花とか要らないんだけど……」

「!?」

 

おそらく食べられないから、という理由だと思う。ミロカロスに花を愛でる思考は無いし、花を差し出された理由も分かっていないんだろう。

店員が俯いてしまってどうしたら良いのか分からないらしいミロカロスが私の方を振り返る。

 

「貰っておけば良いじゃないか」

「でも花持ってたらアイス食えないし」

 

そうだな、帰りにアイス買ってやるって言ったもんな。

何も言わないまま頭を下げて店員が走って店へと戻って行った。可哀想だとか同情の気持ちは全く湧いてこない辺りは自分らしいと思いつつ「相手が悪いな……」と小さな声で呟いた。

走り去った店員を見送ったミロカロスが私を見て首を傾げた。

 

「なに今の?」

「健気な奴じゃないか」

 

まあ、私がミロカロスの立場なら花束は勿論、受け取らないけどな。

しかしこれでミロカロスがポケモンから見ても人間から見ても美人なんだと言う事がよく分かった。性格には非常に難があると思うが。

 

「まあ、今後も仲良くしてやれ……、名前は知ってるんだろ?」

「……名前聞いたけど、忘れた」

 

あは、と笑ったミロカロス。

名乗ったのなら名前はあるのであろう店員に名札を付けておけば良いと教えてやるべきだろうか……。

わけも分からず泣きつかれているかもしれないトレーナーに少し同情した。

 

「あ、シンヤはアイツがなにか分かった?」

「メタモンだろ」

「さすがシンヤー!!アイツな、あの店で働いてるトレーナーの手伝いしてるんだって」

 

健気な奴だ……。

 

ズイに帰って来てポケモンセンターの前を通るとヤマトとミミロップの姿があった。足元にはラルトスとユキワラシとヨーギラスがいる。

アイスを片手にご機嫌だったミロカロスの表情が一気に曇った。

 

「シンヤ、おかえり!」

 

手を振るヤマトの横でミミロップの目付きも一気に悪くなる。昨日の一件で反省しているのかしていないのか……。まあ、喧嘩にはならないだろうが雰囲気は悪いな。

 

「何をしてるんだ?」

 

ポケモンセンターの前で、と続ければヤマトが苦笑いを浮かべた。それを見てミミロップがヤマトを睨みつける。一体何なんだ……。

 

「ちょっとねー……、うん……」

「喋ったら殺す……」

「……」

 

ミミロップの事で何かあったらしい……。

まあ、別になんでも私に報告する必要はないし言いたくないならこれ以上は聞かないが、ヤマトを殺すのはやめてやってくれ……。

 

「とりあえず、シンヤも帰って来たしミミロップは家に帰ってゆっくりすると良いよ。手伝いは僕がしてくるからさ」

 

ラルトスと、と言って足元に居たラルトスを抱えたヤマトが笑う。ラルトスも返事をしながら頷いている。

渋々と頷いたミミロップは何処か落ち込んだようなイラついているような……。とにかく雰囲気は良くない、むしろ気まずい。私が気まずいと思うのだからミロカロスは更に居心地が悪いだろう……。

 

「それじゃシンヤ、ミミロップ連れて帰ってね」

「……ああ」

 

訝しげにミミロップに視線をやっているミロカロスを小突いて行くぞと声を掛ける。

私の少し後ろをついて来るミミロップはまるで暗雲を背負ってるかのようだ。やっぱり落ち込んでいるのか……?

 

「シンヤ……、ミミロップ、なんか怖い……」

 

傍に寄って来たミロカロスが眉を下げた。小声で話しても耳の良いミミロップには聞こえているだろう。

チラリと視線をやればミミロップは口を一の字にして私から視線を逸らした。

家に帰って来てもミミロップはソファに座って黙り込んだまま。

チルットとお茶をしていたらしいギラティナが「不気味だ……」と言いながらお茶を啜り、ミロカロスはミミロップに近寄るのも怖いのかチルットの隣にべったりくっ付いていた。

心配そうなチルットに視線を向けられ、私は眉を寄せる。こういう場合はやっぱり私がなんとかしないといけないのだろうか……。でも聞かれたくないみたいだったし放っておいた方が良いのかもしれない。でもこのままではこの場の空気が非常に悪い……。

溜息は無意識に出た。

ソファに座るミミロップの隣に腰掛ければミミロップは私から顔を背けた。

 

「どうしたんだ、と聞きたくはないんだが……。聞いても良いか?」

「……」

 

話したくない事は聞かれたくない。誰だってそうだ、私なら断固として話そうとしないだろう。

私はどうにも社交性が低い。世辞も言えなければ勿論相談にものれるわけがない。他人の悩みなんて本音を言えば勿論聞きたくないし聞いたとしてもその悩みを解決してやれるような人間でもない。

こんな私がポケモン専門とは言え医者なんて世も末だ。人の気持ちなんて本には書いてないのだから知識として得られるわけもないし他人の気持ちを全て分かってやれる存在など居ないだろう……。

居たとしてもそれが良い事なのかは私には分からないが……、まあ私は遠慮したい、自分の事で基本精一杯だ。

だから何だと聞かれると、そうだな……。ミミロップをこのまま放置しても良いだろうか……。

チラリとチルット達の方に視線をやれば「もっとちゃんと聞け!」と目で訴えられているような……。

何があったかは知らないが必要ならミミロップの方から話すだろうし話さないのならそれは聞かれたくない事なのだからそっとしといてやれば良いじゃないか。

面倒だという気持ちがないわけじゃないが私はミミロップの事を考えて放っておくという選択肢も用意したわけで、本当に面倒だとかは思って、るけど……。

 

「ダメだな、シンヤはダメだ」

「ご主人様……」

 

やれやれと言った様子で首を横に振ったギラティナ。私の心を見透かされたような気持ちになった。まあ私がダメなのは否定しないが。

溜息を吐いたギラティナがミミロップに近寄ってミミロップの肩を叩いた。

 

「何かあったのかは知らねぇけど、マジで鬱陶しい」

 

一刀両断だな。

ギラティナの言葉に普段なら言い返すはずのミミロップは「ごめん……」と一言謝罪を返した、一番びっくりしてるのがギラティナで不謹慎ながら私は面白いと思ってしまった。

 

「誰アイツ!!ちょっとミロカロス、お前けしかけて来い!!ここでシンヤと一発ちゅーでもしろよ!!」

「何で俺様が!ミミロップ怖いからヤだよ!!それにちゅ、ちゅーしたらシンヤも怒るだろ!!」

 

随分と可愛らしい言い方をするんだな……。

でもそのちゅーと表現される行動は今のこの状況にどう関係があるのか甚だ疑問だ。

 

「この状況でちゅーする事は関係あるのですか!?」

「ある!!」

「えぇ!?あるの!?じゃあ、俺様はシンヤに怒られてでもちゅーしなきゃダメなのか!?」

 

もう何の話をしているのやら……。でも本当に楽しそうだなお前たち……。

ミミロップの事なんてすっかり忘れてしまっているのか盛り上がる三人、ちゅーちゅーちゅーちゅーと何処の電気ねずみだ。

 

「うるせぇええええ!!!!」

「!?」

「「「!!!」」」

 

大人しかったミミロップがソファから立ち上がってギラティナを睨みつけた。

 

「ちゅーちゅーちゅーちゅーと……、うるせぇんだよ!!何処の電気ねずみだゴラァ!!!」

 

まあ、私も思ったけど……。

 

「ワタシの前で金輪際ちゅーという単語を口にするな!!ぶっ殺すぞ!!!」

「なんだ。誰かにキスでもされたのか」

 

私がポロリと零した言葉にミミロップはその場で固まった。そのまま私を凝視したミミロップの表情は物凄く強張っている。

 

「……ッ、……!!」

 

図星だったのだろうか……。

目からボロボロと涙を零したミミロップが栓でも抜けたかのようにわんわんと悲鳴のような声をあげながら泣きだした。

ミロカロスもびっくりな泣きっぷりに大慌てでチルットが背中を擦りに駆け寄った。

油断した、男に、ムカツク。そんな単語が出て来たので予想で考えてみる。

ジョーイに変わってトレーナーの対応をしていたミミロップはやって来た男のトレーナーに不意にキスをされてしまったのではないか、というギラティナとミロカロスと私で考えた結論である。

それでジョーイの手伝いどころではなくなり私が留守だった為に代わりに駆け付けたのがヤマト、だと考えると辻褄は合う……。

 

「しかし、キスされたぐらいであんなに泣くだろうか?」

「ミミロップは意外とプライド高ぇし、悔しさもあるんじゃね?」

「俺様、育て屋で店番やってる時に尻とか触られたけど」

「マジで?泣いた?」

「ブチ切れたらばば様に怒られた」

「それは怒って当然だろう。叱られるのは少し理不尽だ……」

「俺様、なんも悪い事してねぇのにさぁ!!ちょっとハイドロポンプかましてやっただけなのに!!」

「「お前のハイドロポンプはダメだ」」

 

人間相手じゃ殺しかねないじゃないか、ばば様に叱られて当然だ。

今はハイドロポンプやらないもーん、と頬を膨れされて言ったミロカロスにギラティナは首を傾げながら聞いた。

 

「じゃあ、今やられたら黙ってるわけ?」

「笑顔でビンタ」

「お、おぉ……。お前結構頑張ってんだな……」

 

ギラティナに褒められてミロカロスは少し嬉しそうだったが、ばば様とじじ様に少し私は文句を言いに行くべきだろうか……。ミロカロスにどういう仕事をさせているのか……、セクハラ禁止という張り紙でも貼ってやって欲しい……。

 

「お前、何でそれで笑ってられんだよ……」

 

ポツリと呟かれたミミロップの言葉に私たちは視線を向けた。

袖で涙を拭ったミミロップがミロカロスを睨みつけている。

ビクリと肩を揺らしたミロカロスが怯えたように私とギラティナを交互に見やった。

 

「お前、頭湧いてんじゃねぇの……」

「で、でも、仕事だし……」

 

笑顔で愛想よく対応しろって言われたし技はダメだって言われたし、言われた通りにやってるだけだし……、とだんだんと声を小さくさせながらミロカロスが呟いた。

 

「客商売は笑顔が大事だってばば様が言ってたんだ。それに嫌がったら余計に面白がってやられるんだぞ!!軽くあしらえるようにならないと駄目だって言われたんだからな、俺様は!!」

 

まるで酔っ払いを相手にするかのような対応じゃないか、ばば様……。ミロカロスに何を仕込んでいるんだ……。

 

「ミミロップがこんなに情けない奴だとは思わなかった!!!俺様にはいつも言い返すくせに何にも言い返せなかったのか!?ちゅーされたぐらいで泣いて帰って来るなんてバッカじゃねぇの!!!」

「なっ……!!」

 

良いぞもっとやれ、と隣でぼそりと呟いたギラティナは笑っていた。

けしかける、ってこういう事か……。

 

「一回嫌な事されたからって帰って来てんじゃねぇ!!泣くぐらい悔しいんならその男、小馬鹿にしてソイツに悔しい思いさせてお前は笑顔でソイツをポケモンセンターから送り出してやれば良いだろ!!もうソイツは二度と手出して来ねぇよ!!」

「……」

「お前、男だろ!!泣くんじゃねぇ!!」

「お前にだけは言われたくねぇよそんなセリフ……ッ、この低能が調子に乗ってんじゃねぇぇええ!!」

「んだとぉおお!?表出ろテメェ!!!」

「上等だゴラァア!!」

 

チルットの制止を無視して二人は外へと走って行ってしまった。なんだかんだとミミロップは元通りに戻っていたし。

ギラティナを見れば「作戦通り」と言って不敵に笑っている。さてはお前、ミミロップの様子を見てて、初めから知ってたな……?ちゅーがどうとか言い出したしな。

 

「しかし、アイツらの会話はまるでホステスのようだったな……。ナンバー1を目指す女たちの会話みたいな……」

「ほすてす……?」

「女々しいのか雄々しいのか分からん」

「は……?」

 

首を傾げるギラティナを見て人知れず笑みが零れた。

 

暫くしてポケモンセンターの手伝いが終わったのかヤマトが家にやって来た。

外でミミロップとミロカロスが喧嘩してる!!と叫びながら入って来たが、いつも通りで良いじゃないかと返事をしてやればヤマトは笑っていた。

 

「ミミロップから理由聞いた?」

「いや、ハッキリとした内容は聞いてはないが……」

「男からちゅーされたくらいでへこむなよな」

 

ケラケラと笑ったギラティナを見てヤマトが眉間に皺を寄せる。

まあ、へこむへこまない以前の問題だと思うが……。

 

「あのねぇ、キスって言うのは大事なんだよ!愛し合ってる二人がしてこそのものなんだから!」

「そーゆーこと言うんだー、お堅いねー」

「普通で当然の事でしょうが!!シンヤもなんか言ってやって!!」

「キスぐらいでギャーギャーとうるさい」

「ぐらいって言うなぁあ!!!」

 

ミミロップはきっと凄く傷付いたよ!だって見知らぬ男の人にからかわれてキスされるなんて男の子なのに……、可哀想に……、と何やら嘆きながら両手で顔を覆ったヤマト。

いつもながら対応が素っ気無いから嫌がらせ込みだろ、とギラティナが呟いたので私は心の中で頷いた。

 

「じゃあなんだ!!シンヤとギラティナは同性相手にキスされて何とも思わないって言うの!?」

「むしろ何を思えば良いのかオレにはさっぱり」

 

まあ人間とか他の奴らあんまり好きじゃねぇけど、と続けたギラティナはケラケラと笑う。

キス云々は別に私も何も思わない、キスしたからと言って何が減るというわけでもないし、こちらにはメリットも無いがデメリットも無いしな……。そこまで騒ぐようなものだとは思えない。

しかし、ミミロップの事もそうだが世間一般にセクハラと称される行為をみすみす見逃すのはなぁ……。特にミロカロスに至ってはばば様の教育まで……。

これは何か対策を取ってやるべきか……、むしろエーフィに指導を受けて相手をとことん言葉で追いつめるという荒業もあっても良いか……。

 

「ならしてやろうか?」

「僕は絶対に嫌だよ!!!」

「じゃあ、シンヤ」

「ん?」

 

私が考え込んでいる間もギラティナとヤマトの会話は続いていたらしい。まだキス云々言っているのか……。

 

「キスしていい?」

「なんでだ」

「だってヤマトが男同士となんて絶対にキス出来ないって言いやがるから!」

「無理無理、絶対に無理!!」

 

ヤマト、お前……。いつも可愛いとか言ってポケモンのオスにキスしてたりするじゃないか……。

人の姿をしててもお前の前に居るのはポケモンだぞ。

私が小さく溜息を吐けばギラティナがぐっと私の前に顔を近づけて来た。どうやら本当にするらしい……、チラリとヤマトに視線をやれば大きく口を開けて固まっている。

 

「(……間抜け面)」

 

目と鼻の先まで顔を近づけたギラティナが目の前で止まり私に視線をやった。なんでそこで止まるんだ、と言えばギラティナは苦笑いを浮かべる。

 

「いや、だって怒るかなー……って思っちゃったりなんかしちゃって……」

「別にこれぐらいじゃ怒らないぞ」

「んむっ……!」

 

ギラティナの後頭部を掴んで引き寄せてキスをすれば驚いたらしいギラティナが目を見開いていた。向かいの席に座るヤマトが悲鳴をあげる。

 

「うわぁあああ!?!?本当にしたぁあああああ!!!」

「うるさい」

 

別に舌を入れたわけじゃあるまいし。

ちゅ、とワザと音を立ててみるとヤマトがムンクのように両頬を押さえて悲鳴をあげた。

 

「ハレンチィイイ!!!」

「破廉恥って……、お前はいつの時代の人間だ……」

「シンヤとのちゅーは自慢出来るな」

 

ニヤニヤと笑うギラティナとギャーギャーと喚くヤマト。

挙句の果てにはボロボロと涙まで流し始めたヤマトをどうすれば良いのか。放って置いて良いのか……。

 

「シンヤのバカッ、不潔だ!!このふしだらっ!!」

「……」

「ぶっ、くっくっ……!ふはははっ、やべ、面白……っ……!!」

「スケベ!!変態!!シンヤのドスケベ!!!」

 

わぁああん……、とそんな泣き喚かれても……。

百歩譲ってギラティナに罵られるならまだしも、なんでお前にそこまで言われなければいけないのか。

ギラティナはギラティナで泣くほど笑ってるし。

 

「うるさい!!」

「シンヤが悪い!!キスなんてするから!!このスケベ!!」

「男なんてみんなスケベだ!!」

「開き直ったぁああ!?」

「ぅわはははははっ!!!シンヤサイコー!!!」

 

床を転げまわるギラティナにぐっと親指を立てて笑顔を向けられた。

ガチャと扉の開く音がしたので扉へと視線をやれば目を見開いたミミロップが私を凝視している……、なんだその顔は……。

 

「シンヤが……、キス?」

「……」

「ヤ、ヤ、ヤマトと!?」

「えぇぇえええ!?」

 

嘘だぁああ!!と走り去ってしまったミミロップ。走って行ったミミロップを見てミロカロスが首を傾げた。

 

「ちょちょちょ、ちょっとぉおお!!ミミロップゥウウ!!待って!!誤解だよ!!僕じゃないよ!!シンヤとキスしたのはギラティナだよぉおお!!!」

「えぇぇー!!?」

 

ミミロップを追いかけて行ったヤマトの言葉にミロカロスが大きく口を開けた。

ソファに座ったギラティナがミロカロスを見てニヤリと笑った。

 

「良いだろ、凄いだろ、羨ましいだろう」

「くあぁぁああ!!良いな凄いな!!超羨ましい!!!」

 

キスぐらいでここまで賑わえるなんて幸せな奴らだな……。

 

「で、男ってみんなスケベなの?」

「多分」

「え?え?何が?」

「シンヤはどっちかと言うと勿論?」

「スケベだな、しかもむっつりスケベだと思うぞ」

「ふはははははっ!!!言っちゃったらむっつりじゃなくてオープンじゃねぇか!!」

「何、むっつりスケベって?」

 

首を傾げるミロカロスに私とギラティナは何も言わない。

ニヤニヤと笑うギラティナだけが随分とご機嫌だった。しかしヤマトとミミロップはいつ帰って来るのだろうか……?

 

「オレ、ますますシンヤの事スキになった」

「あまり嬉しくないがありがとう」

「俺様の方がギラティナよりシンヤの事スキだ!!!」

「あー、はいはい」

「むっつりって何か教えてっ!!」

「……」

 

結局、夕方頃にヤマトがミミロップを引き摺って帰って来た。

シンヤのせいで必死に説明するはめになって疲れた、なんて愚痴られても私は知らん。

 

*





【挿絵表示】

ギラティナとチルット、ラルトス


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35

 

「……シンヤ、何その貼り紙」

 

リビングで黙々と作業をしていたらヤマトが家に来た。来るなり人を小馬鹿にしたような視線を送ってくるので睨み返す。

うるさいな、私だってこんな事はしたくないが私には長い時間はおそらく残されていないんだ、思い立ってすぐに行動しなければ明日には出来ないかもしれないじゃないか。

 

「"セクハラ禁止!!従業員にお手を触れないで下さい、不純な行為を行った場合その場で罰金1000円から"……って、何これ……」

「ポケモンセンターと育て屋に貼る」

「しかも罰金1000円、から?」

「1000円払ったら何やっても良いと思われるのは癪だろ。行為の度合いによって金額を上げるんだ」

「なにその必死な対策!!良いの!?そんなのポケモンセンターとかに貼っても!?」

「ばば様とジョーイには許可を貰ってきたから良いんだ」

「許可貰えたんだ……」

「没収した罰金はポケモンセンターと育て屋が直接受け取っても良いと言ったら二つ返事だった」

「わあ、悪徳商売みたいだね」

 

乾いた笑みを浮かべたヤマトが貼り紙をぼんやりと眺める。

セクハラも減るかもしれないし、減らなかったとしても利益になるからという理由で貼り紙を作った私は完成した貼り紙を見て小さく頷いた。

うん、良い出来だ。

 

「っていうかミミロップがわりと男の人から絡まれてるなんて知らなかったなー……」

「私も知らなかったがジョーイから聞くとからかわれたり絡まれたりするのはよくあったらしい」

「愛想悪いから?」

「愛想悪いから」

 

ミロカロスは愛想良い分、更に絡まれるんだね。と呟いたヤマトの言葉に私は頷いた。

 

「ミロカロスはどうやらオスにモテるらしいぞ」

「え!?」

「見た目もあれで性格も結構女々しい所があるからかもな」

「エーフィも見た目美人さんだけどなー……」

「あれは雄々しく逞しい美人だ」

「ああ、まあね……」

 

あと言葉がキツイ。と付け足せばヤマトは苦笑いを浮かべる。

それに人の姿の時でもエーフィはブラッキーと一緒に居るから絡まれるという事も無いだろう、あまり人の姿になって出歩くという事をしない奴でもあるしな。

 

「ミロカロスが出歩く時はなるべく一緒に居るようにトゲキッスに言っておいたし、ジョーイにもなるべくミミロップに人の姿での仕事を与えないようにも言っておいたから大丈夫だとは思う」

「ふぅん……」

「……何だ?」

「いや、なんか良く考えてるなぁと思って」

 

嬉しそうに笑ったヤマトを見て私は内心罰が悪い気持ちになった……。

全て、私が居なくなってから困らないように……と、まるで罪滅ぼしのように物事を解決しようとしている。そんな私の気持ちをヤマト達が知るよしもない。

 

「最近のシンヤは別人みたいだね」

「……」

「でも、あんまり無理しちゃダメだよ」

「……ああ」

「あとね、別人ついでに僕の仕事も手伝って」

 

えへ、と笑ったヤマトに持っていたマジックを投げつける。スコーンと心地よい音を立ててマジックはヤマトの額(ひたい)に当たった。

 

「いったぁああああ!!!!」

「サマヨールだけじゃなく私までこき使うのか」

「猫の手も借りたいんだってホント!!」

 

猫の手、使えるポケモンを呼んでくれば良いじゃないか。

お願いお願いとうるさいヤマトを見て溜息を吐く。この貼り紙はチルットに持って行ってもらうか……。

 

*

 

研究所に来ればサマヨールがヤマトを睨み付ける。

 

「ヤマト……、お前、主まで使う気か……」

「サマヨールの言動はシンヤと似てきたね」

 

頬を膨らませたヤマトに山積みの書類を渡されて溜息を吐く。

サマヨールの隣に座ればサマヨールが心配したように私の顔を覗きこんだ。

 

「主、大丈夫か……?」

「何がだ?」

「主は主の仕事があるだろう?」

「大丈夫だ、朝方に終わらせたからな」

 

さすが主、と目を細めて笑ったサマヨールに笑みを返す。向かいの席に座ったヤマトがニッコリと笑った。

 

「さ、片付けようか!!」

「「……」」

 

一人で片付けろ、そう思った言葉は喉までやって来たが何とか飲み込んだ。

 

*

 

さほど難しい内容ではない、ただ量があるだけ……。

手慣れた手付きで片付けていくサマヨールを余所に向かいに座るヤマトはだるそうに頭を垂れて呻っている。どうやら疲れて来たらしい。

 

「僕、小さい頃からこういうの苦手なんだよ……。書き写しとか凄い嫌い……」

「単純な作業を繰り返すだけだろ」

「う~……、ちなみにシンヤは何が苦手?」

「は?」

「小さい頃から苦手なものってあるでしょ?」

「……苦手なもの」

 

小さい、頃から?

と、言われても……、小さい頃の記憶が一切無い私にはどうにも答えようがない……。

 

「もしかして無いの!?苦手なもの!?」

「……よく分からない」

「あんまり苦手っていうのを意識した事がないってこと!?なんかそれ凄いね……」

 

そういうわけではないんだが……。

私の曖昧な返答にヤマトは勝手に納得してしまったのかサマヨールにも同じ質問をした。

 

「サマヨールは?」

「ポケモンの自分に聞かれてもな……」

「あはは、まあ確かに!でもヨワマルの時とサマヨールになってからの時、何か変わった事とかない?進化前って子供時代みたいなものでしょ?」

 

それだと進化を確認されていないポケモンはどうなるのだろうか……。一瞬そんな疑問が脳裏を過った。

 

「自分は……、物凄く馬鹿だったと思う……」

「な、なんで!?」

 

凄い賢いよ!?と慌てるヤマトを見てサマヨールは困ったように笑った。

そういえばツバキがヨマワルは全然言う事を聞かないとか言ってたな。バトルを放置して遊びに行ったりもしたとか。私は全く想像出来ないが……。

 

「ツバキの命令を全く聞かなかったし、今思うと申し訳ないが……。自分はツバキを馬鹿にしていたんだ……」

 

まあ、事実あんまり頭の良い子ではないと思うが……。

 

「えー……、真面目なサマヨールが?全く想像出来ないんだけど……、なんで?」

「……認めたくなかったのかもしれない。子供に従う自分が嫌で自分にはもっと相応しい人間が居るはずだと思っていたから……。自分は自分を物凄く過大評価していて自分は誰よりも優れたポケモンだと思っていた……」

 

とても愚かだ、とそう呟いてサマヨールは小さく溜息を零した。

更生した元ヤンみたいだな……と思いながら特に口は挟まずに書類を片付ける。

 

「でも、結果的に主の下にこれて良かったと思っている……」

「そっかー」

「……」

 

サマヨール良い子だねー、なんて笑っているヤマトがチラリと私に視線を向けた。

 

「何だかんだでシンヤってポケモンに懐かれるよね、結構扱い雑なのにね」

 

それは私が異質な雰囲気を持っているからなんだが……。まあ、口が裂けても言えない。

あと扱いが雑なのは余計なお世話だ。

 

「シンヤの手持ちは優秀な子が揃ってるよね、これは近い未来にはシンオウだけじゃなくて全地方に名を轟かせるポケモンドクターが誕生するんじゃない!?」

「主はシンオウに名を轟かせているのか……?」

「うーん……、まあね!!」

「今、適当な返事をしただろう……」

「いやいや、そんな事ないって!!ね、シンヤ!!有名人になったら僕の事も親友として紹介してよね!!そしたら僕は各地方の可愛い沢山のポケモンとも出会えるチャンスが……」

 

良いね、素晴らしい未来だ、と一人盛り上がるヤマトにサマヨールは呆れたような視線を向ける。

私は一言も返さない。近い未来など無いのだから返事をしようにも出来ないのだ。

まあ、未来があったとしても……。ポケモンドクターとして各地方を巡るはめになるのは遠慮したい。

 

「沢山のポケモンと仲良くなるのが僕の小さい頃からの夢だからね。シンヤに協力してもらわないと」

「他力本願だな……」

「あ、はは……、シンヤの将来の夢はなんだった?」

「……さあ」

 

相変わらず返事素っ気無いな、とヤマトが肩を落とした。

過去の話も未来の話も、答えを求められても私には答えられる答えなど無いのだ……。

 

「主……?どうかしたか……?」

「いや、なんでもない」

 

ヤマトの仕事を終わらせて時計を見れば随分と時間が掛かっていた。仕事を溜めた張本人は途中で頭が沸騰したとか言って床に寝転がり眠ってしまった。

 

「サマヨール、そこの馬鹿を蹴り起こして良し」

「……考えておく」

 

どうするか悩んでいるのかヤマトを見降ろしたサマヨールに先に帰るぞと一声掛けて私は研究所を後にした。

とりあえず貼り紙がちゃんと貼られているかどうかを確認しないとな……。

 

*

 

ポケモンセンターに入ってすぐに貼り紙が視界に入った。ポケモンセンター内には怪しい貼り紙が異様に目立つ……。

嫌だな、こんなポケモンセンター。自分で作ったけど……。

 

「あら、シンヤさん」

「貼り紙が何処に貼られたのか見に来たんだが……」

「あの貼り紙、凄く良いですよ」

「なんだ?セクハラが無くなったのか?」

「思わぬ収入が入って上々」

 

ミミロップ……、すまん……。

機嫌の良いジョーイとは対照的に凄く機嫌が悪いかもしれないミミロップに心の中で謝った。

 

「でもシンヤさんがあんな貼り紙を作るなんて、私ビックリしちゃいました」

「……そうか?」

「らしくない事しちゃって」

 

フフフと笑ったジョーイは何処か嬉しげだったが私は内心複雑だ。

 

「らしくない、ついでに……」

「さーて、そろそろ育て屋に行かないとなー」

「……」

「……」

「……チッ」

「……っ!」

 

笑顔のジョーイの視線を感じつつ、私は逃げるようにポケモンセンターから出た。背後に視線が突き刺さる……。

ジョーイなんて嫌いだ。

 

少し不貞腐れながら私が育て屋に入るとばば様がニコリと笑みを向けてくれた。ちゃんと壁には貼り紙が貼ってある。

ポケモンセンターよりはまあ……、マシかな、雰囲気的に……。

 

「ばば様、あんまりミロカロスに変な躾けをしないようにしてくれ……」

「なーにを言うか、躾けのかいあってミロカロスは随分と可愛らしくなったじゃろ」

 

オスに可愛らしさを仕込むのはどうかと思うが……。

ばば様の躾けのせいでミロカロスは随分と女々しくなって口調まで最初の頃とは変わった気がする……。そのうち、自分の事も俺様じゃなくてアタシとか言い出すんじゃないだろうか……、ツバキみたいに……。

 

「頬笑みで男を落とすくらいには成長したからの」

 

やめてくれ、本当にホステスの女みたいだ。

 

「シンヤもぐっと来るかもしれん」

 

そうだな、ミロカロスがメスだったらありえたかもな。

最近はミロちゃんへ、なんて言ってプレゼントやら花束やらをよく貰うんじゃとばば様が自慢げに言う。ばば様はミロカロスをどうしたいのか甚だ疑問だ。

 

「ミロちゃんに会いに来ました。なんて言ってポケモンを預けに来る客もおってな。育ちもしとらんポケモンを連れて帰ってまた預けに来るというのを繰り返しとるんじゃ」

 

ますます怪しい店になって来たな……。

まあ、それで育て屋が儲かっているならそれはそれで良いのかもしれないが……。ミロカロスは良いのだろうか……、アイツ言われたら何でもするのか……?

 

「ミロカロスは庭に?」

 

頷いたばば様の横を通って庭へと行けば、庭の隅っこでポケモンの姿のまま珍しく長い体をまっすぐにして寝転がるミロカロスが居た。

一体って言うより、一本って感じだな……。

 

「ミロカロス」

「……ミロ!?」

 

びょいんと飛び跳ねたミロカロスがうろたえながらオロオロと周りを見渡した。

随分と挙動不審だな……。

ミロカロスのうろたえる様を傍観していると落ち着いたのか人の姿になったミロカロスが恐る恐るといった様子で私を見上げた。

芝生に座りこむミロカロスに視線を合わせる為、腰を下ろせばミロカロスの顔がぼっと真っ赤になった。

な、なんだ……!?

 

「どうかしたのか……?」

「ななななななんでもないっ!!!」

 

ブンブンと首を大きく横に振ったミロカロス。首がもげそうなほど振らなくても……。

それにそんな顔を真っ赤にしたうえに、どもりながら否定されても説得力がないんだが……。これで誤魔化せると本気で思っているのだろうか……。

真っ赤な顔のまま視線を泳がせるミロカロスは怪しいがまあ良い、それは置いておこう。

 

「ミロカロス、あのな」

「はイ!!」

 

声が裏返ったし、別に今のタイミングで返事は求めて無いんだが。

 

「ばば様に言われても嫌なら律儀に従わなくて良いからな」

「……え?うん、分かった……」

 

本当に分かっているのだろうか……。

キョトンとした顔のまま頷いたミロカロスと目が合えば、また顔を赤くさせて視線を逸らされた。

これは照れている赤面と認識して良いのだろうか……。私と向きあうと恥ずかしい理由でもあるのかもしれない。

なんとも言い難いこの微妙な空気。隠し事をされているのは分かるが何だろう。彼女と結婚するんです、なんて言って嫁でも連れて来るのだろうか……。いやそれ以前にポケモンって結婚するのか……?

 

「……入籍する戸籍があるわけじゃないしな」

「え?え?な、なんか言った……?」

「いや、別に……」

「そ、そっか……」

 

顔を真っ赤にさせたまま居心地が悪いのか落ち着かない様子のミロカロスはチラリと私を見たり俯いたり……。忙しなく視線を泳がせている。

 

「何か私に言いたい事でもあるのか?」

「え!?えと、えーっと……、あの、その……あー……」

 

茹で上がるんじゃないかと思うぐらい顔を真っ赤にさせてミロカロスがもじもじと手を動かしながら視線を泳がせる。

本当に挙動不審だな……。

口を開いたり閉じたり、視線を合わせたかと思えば逸らして。

あーだのうーだのと呻るばかりでミロカロスはなかなか話をしない。気の長い方ではないのでさすがに少しめんどくさくなってきた……。

 

「あ、のな!!」

「なんだ?」

「あの……その……」

「……」

 

エンドレス!!!いつまでこの会話といえない会話を続けなければいけないのか。

あのな、と言おうとしたミロカロスになんだ?と返せばミロカロスは視線を逸らしてまた口籠る。これをもう何回繰り返した?どれだけ繰り返せば良い?帰りたくなってきた、なんかもう最初は気になってたけど心からどうでもよくなってきた。

別に聞かなくてもミロカロスが変なだけで死ぬわけじゃないし。

 

「……あー……」

「ミロカロス、言いたくないならもう良い」

「ぅえ!?」

「先に帰ってるぞ」

「……あの、な!!」

 

なんだ、とはもう聞かない。

立ち上がった私の腕を掴んだミロカロスがパクパクと口を開閉させる。

 

「シンヤ……」

「……」

 

俯いたかと思えばミロカロスがパッと顔をあげた。

頬を赤くしたミロカロスと視線が合う、一瞬視線を泳がせたがすぐにミロカロスは私と目を合わせた。

潤んだ目で私を見つめて来たミロカロスは首を少しだけ傾げる。

 

「俺様もちゅーして、欲しい……」

「……」

「……だ、駄目?」

「……」

 

無言の私に対してどう思ったのか、私が再びミロカロスの前に座れば怯えたように私を見た。そのミロカロスの鼻を摘まんで無理やり俯かせる。

うっ、と呻き声をあげたが鼻を摘まむ手は離さない。

さーて……、この馬鹿をどうしてくれようか……。

いまだ鼻を摘ままれたままのミロカロスはじたばたともがいているが今はどうでもいい。

なんなんだコイツは、ばば様の躾け効果か何かしらんが何処までも女々しくなって……。一瞬、女に見えてしまった私の目が悪いのか!?

「シンヤもぐっと来るかもしれん」

勘弁してくれ、私はどちらかと言うとそりゃ美人の方が好きだ。男とはいえ美人の方が見る分には良いとは思う。だが美人とはいえ男が女の色気を纏うのはどうかと思うぞ!!そしていじらしい仕草をするな!!

ばば様のしてやったりな顔が思い浮かんで物凄く悔しい気持ちになった。

 

「シンヤ~!!!痛いし苦しい!!」

「……ああ、悪い」

 

ふはぁ!!と大きく息をしたミロカロスは赤くなった鼻を擦った。

恐る恐ると私の方に視線をやったミロカロスは私を見てびくっと肩を揺らす。

 

「やっぱり、怒った……?」

「別に……」

「でも!!俺様もシンヤとちゅーしたい……!!ギラティナだけずるいー……!!」

 

ボロボロと涙を流して泣き始めたミロカロス。昨日のことをずっと考えていたのだろう。考えていたから変な寝転び方をして一本の生物になっていたのかと思うと少し面白い。

 

「ミロカロス、泣くな」

「じゃあ、ちゅう……」

「駄目だ!!」

「っ……なんで!?」

「駄目なものは駄目だ!!」

「ギラティナは良いのになんで俺様は駄目なの!?ねえ!!なんで!?」

 

なんでー!!と言ってまた泣きながら縋り付いて来るミロカロス。

口が裂けても「今、手を出したら後に引けなくなりそうだから」とは言えない。セクハラ禁止の貼り紙を作った張本人が手を出すなんて馬鹿な話があってたまるか……。絶対に罰金1000円じゃすまない……。

 

「シンヤ……、ひぐっ……、俺様のこと、嫌い、なの……?」

「……」

「うわぁあああん!!シンヤが何も言ってくれないぃいい!!!」

「……嫌いじゃない」

「……なら、好き?」

「……」

「なんで黙るの!?ねえ!!なんで!?」

「すまん」

「えぇぇぇ!!!なんでぇ!?」

 

わんわんと泣くミロカロス、酷い有様だ……。いや、まあ泣かせたのは私なんだが……。

私も好きか嫌いかと聞かれればそりゃミロカロスの事は好きなんだが……。ここで好きと答えれば当然「じゃあ、ちゅうして」と返って来るのが目に見えている。

嫌いじゃないと答えるので精一杯だ。もう勘弁してくれ……。

泣き続けるミロカロスに何も言わず黙ったままの私、暫くそうしているとミロカロスが泣きやんだ。

まだぐすぐす言っているが……、顔を上げたミロカロスの目と鼻は真っ赤になっていた。い、痛々しい……。泣き腫らした顔だ……。

 

「落ち着いたか……?」

「……」

 

コクンと頷いたミロカロスは少し不貞腐れたような表情だった。

カバンからタオルを取り出してミロカロスの涙に濡れる顔を拭くとまたぼろっとミロカロスの目から涙が零れる。

よくもまあここまで泣き続けられるものだ……。

 

「シンヤ……、怒ってない……?」

「怒ってない」

「ホントに?」

「ああ」

「……」

 

口を一の字にしたミロカロスは泣きながらその場で立ち上がった。

お互いに座った状態だったので私は立ち上がったミロカロスを目で追い見上げる。

 

「シンヤのバカ!!!」

「……」

 

まあ、……今日は許す。

私も自分が凄く馬鹿だと思っていた所だったし……、と思いながらミロカロスに視線をやればミロカロスはキッと私を睨みつけた。

 

「シンヤの意地悪!!」

「……」

「でも、スキ!!!」

 

言葉と同時に"ちゅ"と音を立てて軽く触れるだけのキスをされた。

あまりにも突然過ぎて状況を理解出来ずに私がパチパチと瞬きをすればミロカロスの顔が一気にぼっと赤く染まる。

 

「うわぁああああああ!!!」

「……」

「シンヤのバカー!!!イケメンー!!」

 

走って逃げて行ったミロカロスをぼんやりと目で追ってから私は小さく息を吐く。

色々と言いたい事はあるがまあ飲み込んでおこう……、全く……。

 

「……可愛いじゃないか」

 

笑みと共に思わず零れた言葉に慌てて口を手で塞いだ。

辺りを見渡してから溜息を吐く……。

ああ、もう私は何を言っているのか。自分で自分の考えている事が分からなくなってきた……。

 

「とりあえず……、ギラティナ。お前とは後でゆっくり話をするからな」

 

と、見ているかもしれないので言ってみた。

 

***

 

(助けてチルットォオ!!!)

(ギラティナ様、どうなさったんですか?)

(なんでかバレてたぁあああ!!!)

(???)

 

*



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36

人生で一番の衝撃だったと僕は思う。

いつも通り、何一つ変わらない一日が始まった朝。シンヤが来た。珍しくボールを六個フル装備、大きなカバンを持っていてその上にはラルトスがちょこんと乗っていた、そしてシンヤの頭の上にチルット……。

それは突然の事だった。

 

「ピクニックに行くぞ、ヤマト」

「……はぁ!?」

 

シンヤの後ろからイツキさんが顔を覗かせて笑った。いつもの服装とは違ってとてもラフで動きやすそうな格好……。

さあ行くぞ!!と声を張り上げられて、朝から僕は混乱した。僕、いつも通り白衣着て来ちゃってるんですけど!と声をあげても気にするなとスッパリ切られた。

 

「ど、どういう事なのシンヤ……」

「最初に言った通り、ピクニックに行くんだ」

「えーっと……、イツキさんの所のご家族と……?」

「カズキとノリコが前々から言っていたからな、今日行く事にしたんだ」

 

そういうのって前もって教えておいてくれるもんじゃないの?思い立ったら即行動やめない?

っていうか、イツキさん達はノリノリで了承したんだろうな……。

 

「おはよう。ヤマトくん」

「お、おはようございます。カナコさん」

「今日は天気も良いしピクニック日和よねぇー、急だったけど全部シンヤが用意してくれたから母さん楽チンだわ」

「シンヤ、こういうの面倒っていつも言ってるくせに!!」

「今日はそういう気分なんだ」

 

シンヤが急に言いだしたってことだよね……。早起きしてお弁当作ったり用意したのか……。ああ、でもチルットも居るしなぁ……。

今日はそういう気分って、どういう気分……っていうか……。

 

「家族団欒なら僕行かなくても良いんじゃ……」

「お前も家族みたいなもんだろ」

「……ッ、シンヤ……!!!」

「ねえ、シンヤ。本当にフィーちゃんとツキくんも後から来るの?今、一緒に行けないの?一緒に住んでるんでしょ?」

「後から来る」

「もう!そればっかり!!」

 

いつもの無表情で適当にカナコさんをあしらうシンヤ。まあ、手持ちのボールの中に居る。なんて言えないもんね。

イツキさんと手を繋ぐカズキくんとノリコちゃんは朝早くの眠たさなんて吹き飛ばして凄く元気にハシャでいた。

 

「ヤマト兄ちゃん、早くー!!」

「ヤマトお兄ちゃーん!!」

「あ、僕待ちか……。ごめんね!!すぐカバン取って来るから!!」

 

っていうか、シンヤは休日なのかもしれないけど僕は普通にいつも通りの仕事があるんだけど……。まあイツキさんが一緒だし、良いか。

 

「で、ピクニックって何処行くの?」

「リッシ湖」

 

近場で済ますわけね。

まあ、アグノムが居るから僕的には良いけど。

 

*

 

どうして誰も深く追求しないのでしょうか……。

深く溜息を吐けば隣に居たお母様にどうしたの?と心配されて慌てて首を横に振った。

何でもないです、と愛想笑いを返せばお母様は首を傾げながらも笑みを返してくれた、良い人だとは思います。でも今はそんな事はどうでも良い。

ミロカロスの上に乗って遊ぶ双子の兄妹……。湖をゆっくりと泳ぐミロカロスをシンヤさんはらしくもない穏やかな表情で眺めている……。

ヤマトはヤマトでお父様と一緒になってアグノムを囲んで盛り上がっているし……。

ブラッキーは当然ながら気にした様子もなくご機嫌でお母様と楽しそうにお喋り中……、ブラッキーが楽しいのは私個人としても喜ばしい事なんですけど……。

お母様に気付かれぬようにそっとその場を離れ、草原に寝転がっている連中の所にポケモンの姿に戻った私は近寄った。

 

「どう思います?」

「どう思うって何がです?」

 

よく分かっていないらしいトゲキッスが首を傾げたが私の言葉にミミロップは私の理想通りの答えを返してくれた。

 

「おかしい」

「ですよね……、シンヤさんの口から急にピクニックなんて言葉が出るとは思いませんでしたよ」

「何か考えがあるのかもしんないけど、怪しすぎ……」

 

まあ最近はずっと変な感じだけど、と付け足したミミロップは自分の体に付いていた草を掃いながら小さく溜息を吐いた。

 

「確かに主らしくはないが、別に悪い事でもないだろう……」

「そうですよ!みんなでこうして出掛けるのは良い事です!!」

 

悪い事ではない、そう言われると確かにその通りではある。

でも、やはり疑わしい……。何かあるんじゃないかと考えてしまうのは私の考え過ぎなのか、最近になって人が変わったように優しくなったシンヤさん……。

 

「頭を打ったのかと最初は思っていましたが、最近は実は死期が近いんだ……。なんて急に告げられないか不安になってきましたよ」

「そ、それは嫌です……!」

「不吉だ……」

「なんかお前が言うと当たりそうだからマジやめろよ……」

 

各々で顔を歪めた三人を見て私は溜息を吐く。

視線を落とせば眠るチルットの羽毛を枕にしているラルトスが視界に入って、幸せな子だと心の中で思った。

私がこんなに悩んで考えているというのに悩みの根源は双子と一緒に遊んでいるし……、シンヤさんの姿を眺めていると湖から顔を出したミロカロスがシンヤさんに擦り寄る。あれもまた幸せな奴だ……。

心の中でミロカロスを嘲笑う。

懲りない学習しない、なんとも愚か……。

シンヤさんに擦り寄ったミロカロスは当然さっきまで湖を泳いでいたのだからびしょ濡れでその顔をシンヤさんの背中に押し付けたものだからシンヤさんの背がびっしょりと濡れた。

シンヤさんの背中が濡れた事の何処が楽しいのか双子はハシャいでいるし、シンヤさんの背中がびっしょりと濡れてしまった事に気付いたミロカロスは慌てている……。

 

「あーあー……、あの低能馬鹿め」

 

私と同じ事を考えていたのかミミロップが鼻で笑って言葉を吐き捨てた。

また拳骨でも食らうのか、はたまた怒らせてシンヤさんの機嫌を損ねるのか……。シンヤさんを観察していると無言で立ち尽くしていたシンヤさんが両手をミロカロスの方にやった。

大きく体を揺らしたミロカロスの顔を横から両手で挟んだシンヤさんは笑った。

 

「よくもやってくれたな……!」

「ミ、ミロォオオ!?!?」

「やれー!!」

「お兄ちゃん負けるなー!!」

 

ミロカロスに飛び掛かったシンヤさんがミロカロスと共に大きな水音を立てて湖に……。

 

「え……っ、シンヤさんが湖に落ちっ、落ちたぁ!?!?」

「シンヤー!!!!」

 

柄にもなく声をあげてしまった私。寝転がっていたミミロップが飛び起きて湖に走り寄った。

どぼーん、という大きな水音に私も含めた皆が湖に近寄って湖を覗きこんだがシンヤさんは顔を出さない……。

 

「ミ、ミミィ……!!」

「何!?何が起こったの!?」

「兄ちゃんがミロカロスに体当たりした!!」

「お兄ちゃんが湖にドッボーンしたの!!」

「なんだシンヤがミロカロスと遊んでただけか」

「ま、年甲斐も無くハシャいじゃって!」

 

アハハ、ウフフと笑うお父様とお母様……。そしてハシャぐ双子……。

シンヤさんのご家族はどうにも私には受け入れ難い性格の人間ばかりだと思う。まあでも私がいつの間にか居なくなってる事にも「お散歩かしら気まぐれさんね」で片付けてしまう天然ぶりはポケモン側としては助かりますけどね。

バシャバシャと湖を叩くブラッキー(今は人の姿なのでツキ)がオーイと湖に向かって声を掛ける、しかしシンヤさんが浮いて来ないのは大変な事……。ミロカロスと違ってシンヤさんは水の中で息が出来るわけがないのですから……。

 

「ミロォ!!」

 

水面から顔を出したミロカロスがキョロキョロと辺りを見渡した後にまたすぐに水面へと潜った。

シンヤさんを心配する私たちを余所にお父様方は敷いたレジャーシートの所へと談笑しつつ戻って行く、息子を心配するつもりは無いらしい。

静かになった湖の水面を見ていると正面にある向こう岸でザパンとシンヤさんが陸に上がった。

 

「勝った!!!」

 

ガッツポーズをしたシンヤさんに続いてミロカロスが陸に顎を置いた。ガッカリしたように項垂れたミロカロスにシンヤさんは「私の勝ちだ」と子供のようにハシャいで笑っている。

 

「……は?」

 

上機嫌に体を揺らすミロカロスの背に跨ったシンヤさんがこちらの岸へと戻って来る。あの状況でいつの間にミロカロスと泳ぎの競争をする事になったのか……。

水の中に居なかった私には理解出来ないがシンヤさんの機嫌が凄く良い事だけは分かった、むしろ良すぎて気持ち悪い。

 

「兄ちゃん、服着たまま泳いだら駄目なんだからな!!」

「そうだな、真似するなよ」

「のん、ワンピースの下に水着ちゃんと着てるよ!!」

「オレも水着ちゃんと着て来たもんねー!!」

 

洋服を脱ぎすてた双子が湖に飛び込んだ。

深いからミロカロスに乗ってろ、と言って双子をミロカロスの背に乗せたシンヤさん。

ミロカロスと並んで服を着たまま泳ぐシンヤさんは泳ぐのは得意らしい……、初めて知った……。

 

「何あれ!!シンヤ、病気!?」

 

シンヤさんらしくないという事を言っているのだろう。だから私はさっきからずっと言っているのに……。

楽しそうで良いじゃないですか!と笑ったトゲキッスにミミロップは何とも表現し難い顔をしていた。どういう表情ですか、それ……。

 

*

 

「シンヤ、風邪引くよ」

 

僕の声に反応したシンヤの頭にタオルを乗せる。そのままぐしゃぐしゃと頭を拭けばシンヤは顔を歪めて僕からタオルを引っ手繰った。

特に寒いというわけではないし服が濡れてるのは大丈夫だろう。お弁当を広げておにぎりを頬張るカズキくんとノリコちゃんが可愛くて僕は微笑ましく見守った。

 

「ヤマト……、ニヤけて気持ち悪いぞ……」

「……微笑んでるの」

「いや、それはニヤけている顔だ」

 

酷い。

ザラザラとお皿にポケモンフードを盛るシンヤを軽く睨んだけど、シンヤは僕の視線を無視した。

しかしまあ、濡れた姿がまたカッコイイね、水も滴る良い男だね。ホント、同じ同性として羨ましい容姿だと思う。

じー……とシンヤの横顔を見ているとシンヤがギロリと僕を睨んだ。鬱陶しい、と一言吐き捨てたシンヤはポケモンフードの入ったお皿をブラッキーの前に置く。

ご飯を食べるポケモン達って本当に可愛い……!!、じゃなくて……。

 

「シンヤ、ピクニック来たかったの?」

「いや、別に?」

「でもシンヤが言いだしたんでしょ」

「まあな」

「何でまた急に」

 

僕がシンヤにそう聞けばご飯を食べていたエーフィが顔を上げた。口を動かしながらミミロップもこちらに耳を傾けてるようだ。

やっぱりみんな考える事は一緒だよねー。

 

「……カズキとノリコが行きたがってるのを思い出したから?」

「シンヤって本当になんていうか変な人だよね」

「フン、私は変じゃない人間を見た事がないぞ。人間なんてみんな変人だ」

「いやいや、まともな人は居るって!!」

「そう言い切るのは自由だがな、まともというのがどういう人間に当てはまるのか言ってみろ。自分と違う所があればその人間は自分にとってみんな"変な人"になるんだからな」

 

そう言われると……、そうなのかなぁ……。

確かに自分に理解出来ない行動を取る人は変な人って思っちゃうけど。でも、僕から見た変な人は他の人から見たら普通の人かもしれないってことだよね……。

 

「人間って難しいなー……」

「人それぞれだ」

 

ふむふむ、と僕が頷けばシンヤはタオルで頭を拭きながら立ち上がった。

何処に行くのかと声を掛ければ上の服だけ着替えて来るって。

あ、っていうか……!!

 

「僕のおにぎり残ってるよね!?僕、梅干しが良いんだけど!!」

「昆布は兄ちゃん用においてる」

「梅干しは!?」

「……おかかはあるよ!!」

「うーめーぼーしー!!」

 

おにぎりの具如きで何を叫んでいるのか……。

まあ、梅干しのおにぎりしか食べない男としては大事な事なのかもしれないが。ヤマト用に別に弁当を作ってあるのは……、まあ後で良いだろう。

ズボンはともかくとして中に来ているシャツがべったりと肌に張付いた状態では気温が低くないとはいえ急激に体を冷やす事になる。上だけでも着替えておかないとな。

カバンの中から着替えのシャツを引っ張り出すと人の姿になったトゲキッスが私に声を掛けて来た。

 

「シンヤ、朝も思ったんですけど、そのカバンいつ手元に戻って来たんですか?」

「……ああ、今朝届けてくれたんだ」

「パルキアがですか?」

 

私が頷けばトゲキッスは納得したように頷いた。

パルキアの空間に連れて行かれた時に忘れてきたカバンは今朝といっても深夜と呼べる時間に届けられた。

零れそうになる溜息を飲み込んで濡れた服を脱げばトゲキッスが手を出して服を受け取る。

 

「服を持ってその辺を飛んできます。すぐに乾きますから!」

「悪いな、頼む」

「はい!」

 

服を腕にかけたトゲキッスがそうだ、と思い出したように言った。

 

「どうして急にピクニックに行くって言い出したんですか?計画を立ててから行くって言ってたのに」

 

チルットも驚いてましたよ、と付け足したトゲキッスは首を傾げて私を見た。

ヤマトの時は上手く話を逸らす事が出来たがトゲキッスが相手ではそう簡単にはいかないだろう……、飛行コンビに何気なくカズキとノリコの話をしたのが失敗だったな。

 

「……急に行きたくなった、という理由は駄目か?」

「駄目、ではないですけど……。やっぱりシンヤらしくないってみんな思ってます」

「そうか、まあそうだろうな……」

「エーフィさんはシンヤに死期が近づいてる、なんて告げられるんじゃないかって不安がってました」

「寿命が残り僅かというわけじゃないんだが……」

 

ですよね、と苦笑いを浮かべたトゲキッスに私も苦笑いを返す。

でも、当たらずといえども遠からず……、といったところだな……。

 

「……シンヤ、何を俺達に隠してるんですか?」

「……」

「何か、あるんでしょう?勿論、シンヤが聞くなと言うなら俺はこれ以上聞くつもりはありませんけど……」

「……」

「でも俺達はみんなシンヤの事を心配してるってことは忘れないで下さいね、シンヤが言ってくれれば俺達はシンヤの役に立てるように頑張りますから」

「トゲキッス……」

「はい」

「お前は良い子に育ったな」

「そ、そうですか?」

 

照れたように笑ったトゲキッスの頭を撫でる。

温かい、私が初めて背負った自分以外の命……、タマゴを手にした時は自分がこんな風に考えるなんて思いもしなかっただろうな……。

 

「死ぬわけじゃないが私の遺言を聞いてくれ」

「やだなぁー、遺言なんて縁起が悪いですよ」

「……私は、」

 

私は、愚かでどうしようもない人間だ。でも愚か者なりに残された時間をやり残しの無いように生きようと思った。だから一分一秒でも大切にして精一杯生きたつもりだった……。

それなのに、終わりが見えると私の中にはやり残した事で一杯だった。やはり私は愚かだった、底が見えた所でやっと自分の本心が見えた。どうしようもない、欲ばかりが溢れて……。あまつさえ過去の一分一秒をもっと、もっと大切にすれば良かったと後悔さえ残る……。

何も変わらないかもしれない、でも……。

もっとこうすれば良かった。もっとああしたら良かったなんて考える自分が居る。

大切に生きてきたつもりだったのに、やり残しの無いようにと思っていたのに今になって仕事なんて全て放り投げてしまっていればもっと他の事に時間を割けたんじゃないかと……。

もっと、お前たちと一緒の時間を過ごせたんじゃないかと思うんだ……。

 

「シンヤ……」

「私はもう……、」

「シンヤ!!」

「!!」

 

トゲキッスの荒げられた声で我に返って顔を上げる。悲しげに顔を歪めたトゲキッスが私を見つめていた。

ああ、本当に……、私は何を言っているのか、自分で自分の言動が理解出来ない……。こんなこと言うべきではない、言うべきではなかったのに……。

 

「悪い……」

「……本当に死んでしまうような言い方はやめて下さい」

「ああ、そうだな。本当に悪かった……」

「……」

 

トゲキッスの頭をくしゃくしゃと撫でればトゲキッスは困ったように笑った。

 

「シンヤ……」

「ん?」

「やり残した事とか後悔が残るとか、いちいち考えなかったら残らないと思います……。精一杯、一分一秒大切に生きたならそれで良いじゃないですか!悪い事ばかり考えるんじゃなくて良い事ばかりを思い出して考えればもっともっと良い事があるはずです!!明るく考えたら楽しいし希望が持てます!」

「……」

「シンヤが自分の事を愚かでどうしようもない人間だと言っても俺はどんなシンヤも大好きです。シンヤが俺のタマゴを大事に大事にしてくれたから俺は生まれてこれた……、凄く幸せな事だと思います。沢山の人間の中でシンヤに出会えた事、俺だけじゃなくてみんなも幸せだってきっと思ってる……、だからシンヤにも思って欲しい」

「トゲキッス……」

「俺はシンヤと出会えて幸せです」

「……ああ、……私も同じ気持ちだ」

 

嬉しそうに満足したように笑ったトゲキッス。

それじゃ、服乾かして来ますね。と笑ってポケモンの姿に戻ったトゲキッスは空へと飛んで行く。

「でも俺達はみんなシンヤの事を心配してるってことは忘れないで下さいね、シンヤが言ってくれれば俺達はシンヤの役に立てる様に頑張りますから」

 

「……これで良いのか?」

 

もう何もしてやれない、後悔が残る。

もう同じ時間を過ごせない、やり残した事は沢山ある……。

それでも、幸せだった。

幸せに、してもらったのだ……。

 

「これで、本当に良いのか…?」

 

良いわけがないだろう……。

何処かで自分の声がそう答えを返した。

私は本当に愚かでどうしようもない人間だな……。

 

*

 

賑やかな場に戻って腰を下ろせばヤマトが項垂れていた……。

 

「なんだ?」

「梅干しのおにぎり無いのー」

「オレ、食べちゃったよ」

 

まだその話をしてたのかと思いつつ、カバンから別に作っておいた弁当をヤマトの前に置く。

おにぎりは具が梅干しのものしか食べない、たまご焼きは甘い味付けじゃないと嫌がる、ウインナーは赤いウインナーしか認めない。なんとも面倒な男だと思う。

 

「シンヤ大好きぃいい!!!」

「兄ちゃん、甘やかしたら駄目なんだからな!!」

「そうだよ!!ずるいよ!!」

 

……私はヤマトに甘いのだろうか。

カズキとノリコに言われて少し反省する。具が梅干し以外のおにぎりを食べさせても別に死にはしないはずだし……。

そういえば家で夕食を食べて行くとなってもヤマトの好き嫌いに合わせて作っていたからな……、ピーマンは食べない、辛いモノは嫌い……。今更ながら考えると子供みたいな奴だ、カズキとノリコはピーマンもちゃんと食べるけどな。

他に何か嫌いな物はあっただろうか、と考えているとトゲキッスが帰って来た。

しっかりと乾いた服を受け取ってトゲキッスの頭を撫でてお礼を言う。しわくちゃのシャツを畳んでカバンの中に入れた。

そして昼食を食べ終わって、一頻り遊び、帰り支度を終わらせた頃……。暮れようとする日を見てから私は言葉を発した。

 

「少し話があるんだが良いだろうか」

 

私がそう言えば皆の視線が私へと集まる。

草原の上で正座をした私は一度ぐるりと連中の顔を見回してからそのまま両手を付いて頭を下げた。

 

「え、ちょ、シンヤ!?」

「急な事で驚くと思うが聞いて欲しい……。イツキさん、カナコさん、そいてカズキとノリコ。何処の人間かも分からない私を迎え入れてくれて本当にありがとう。少し前に分かった事なんだが……、私はとても遠い所から来た人間だったようだ」

 

キョトンとしたように私を見たイツキさん達にしっかりと視線を合わせて私は言葉を続けた。

 

「私は今日を最後にここシンオウを離れて、自分の居た所へ帰る事になった」

「今日!?そ、それは本当に急だな……」

「急がなくちゃいけない理由でもあるの?それに記憶もちゃんと戻ったの?」

「に、兄ちゃん帰っちゃうの!?」

「やだぁ!!!」

「本当は誰にも言わないまま帰るつもりだった……、でもやっぱり言わないままは良くないと思って、急な話になってしまったんだ。どうしても、今日帰る事になる……。記憶は今も無いが向こうに帰れば戻るらしい……」

 

もう一度、頭を下げればイツキさん達からの返事は無い。

カズキとノリコが嗚咽を漏らし泣く声が聞こえた。なんて恩知らずな男だと自分でも思う……。

 

「ちょ、ちょっと待って!!そんな深刻にならなくても里帰りするようなものでしょ?またいつでも遊びに来れば良いんだし!シンヤの記憶が無いとかは知らなかったからびっくりしたけど記憶が戻るって言うならそりゃ帰った方が良いに決まってるもんね!」

「ヤマト……、すまん、もうこっちには来れないと思う」

「え……、なんで!?」

「遠すぎるんだ、帰るにも準備が必要だったみたいでな簡単な事じゃない。またここに来れる保証は無いんだ」

「そんな……」

「本当にすまないと思ってる……。それとなヤマト、お前には頼みがあるんだ」

「……、なに?」

 

ボロボロと涙を零すヤマトを見ると私まで泣きそうになった。一度目を瞑ってからもう一度ヤマトに視線を合わせる。

 

「私の手持ちのポケモン達を頼む……」

「!?」

「ミロォ!?」

 

ヤマトが目を見開いたのと同時に大人しく聞いていたポケモン達も驚いたように体を揺らした、鳴き声をあげたミロカロスが私を見て、その目に涙を溜める。

 

「シンヤ……、ミロカロス達は……」

「連れて行けないんだ…」

「でも、でも、僕はシンヤの代わりになんてなってあげられないし……!!」

「大丈夫……。私が居なくても大丈夫だ。ちゃんと居場所もあるしやるべき事もある。私の代わりに主導権を持ってくれるだけで良い。本人達が野生に戻りたいというなら戻してやってくれ……」

 

私が8個のボールを取り出せばヤマトは小さく首を横に振った。それでも、私はボールをヤマトの前に置いた。

両手を付いて頭を下げる。ドンッと横から衝撃が来たが少しよろけるだけに留まった。

頭突きをしてきたミロカロスが目から涙をボロボロと零しながら私を睨みつける。言いたい事は分かってる。こうなる事も分かってた。許して貰えるとは思ってない。

 

「ミロカロス……、さよならだ。私は……」

「ミロォ……」

 

ミロカロスが首を横に振った。

ボロボロと涙が溢れ零れ落ちる。でも今日はどんなに泣いていても手は差し伸べない、お前の頭は撫でてやれない。

 

「私は……、お前を捨てて行く」

「……ッ!!!!」

 

目を見開いたミロカロスが私から距離を取る。少しずつ後ろに下がったミロカロスはトゲキッスの隣に移動して私から視線を逸らした。

 

嘘 吐 き

 

そうミロカロスの目は言っていた。

トゲキッスが悲しげに私を見つめる。呆然としたエーフィの目に光はない。ブラッキーもまたボロボロと涙を零して泣いていた。サマヨールは静かに私を見つめていて、チルットとラルトスが寄り添いながら俯いている。

そしてミミロップは涙を流しながらその顔に怒りの表情を浮かばせていた。

ポケモン達に頭を下げる、ヤマトにも頭を下げ、イツキさん達に頭を下げて言った。

 

「お世話になりました」

 

言わない方が良かった。そう思う気持ちはあるがこれで良い。

言わずに帰ったら、私は一生後悔し続けると思った。

皆と出会えた事を心から幸せに思う。

この言葉は喉の奥にしまい込む。

カバンを肩に掛けて立ち上がると見上げた空にうろたえるアグノムを抑えるユクシーの姿が見えた。

ユクシーは小さく頷いて笑ってくれた。

ああ、後悔はしない。

 

「支度は出来た、迎えを頼む……」

 

目の前に現れたアンノーンを視界に納めてから私は目を瞑った。なんて呆気ない、それでもとても長い……、長い夢だった……。

 

 

 

真夜中におはようさん、準備が出来たから迎えに来たぜ!

長い時間をやったんだから心の準備は出来ただろう?今日、日暮れまでに支度を済ませてくれ。いつでも迎えを寄越す。

 

あ、あとこれ忘れ物のカバンね。いつでも行けるようにスタンバイして待ってるからな!!そんじゃ!!あんまり待たせてくれるなよ!!

 

*



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37

※ぶっとび超展開注意


本当に突然で、呆気に取られている間にシンヤは消えてしまった。

シンヤは何処から来たの?なんでポケモン達を連れて行けないの?どうしてアンノーン達が?

別れが近づいていたから僕達やポケモン達と少しでも多くの時間を過ごそうとしてたの……?

こんなお別れってないよ、悲しくて苦しくて辛い……。

 

動揺する僕を余所にイツキさんとカナコさんは僕達ほど悲しんだ様子は見せなかった。シンヤだしなぁなんて言って、今日は良い思い出になったわねって笑ってみせて、カズキくんとノリコちゃんを抱きかかえて帰って行った。

血は繋がってなくてもシンヤの両親なんだ……って少し心が温かくなる。

シンヤ的に言うと「会えなくなるといっても死んだわけじゃあるまいし……」って感じかなぁ……。

うん、僕の立場にシンヤが居たらきっとそんな感じに言ってポケモン達を無理やりボールに戻して家に帰るよ。きっとそう。

 

僕はポケモン達を連れて反転世界に行った。

シンヤの部屋に行ってみたら部屋は綺麗に片付けられていた。医学関係の本しか残っていない。ベッドもまるで使われていないみたいで。ただの物置部屋みたいな印象を受けた。手紙か何か残っていないかと机の引き出しを開けたけど何も無い。

本当に何も無い。

シンヤがここに住んでいたというのが信じられないほど何も無い……。

机の引き出しという引き出しを確認して何も無い事が分かると小さな溜息が零れた。するとリビングの方で誰かの怒鳴り声がした。慌てて僕はリビングへと走る。

 

「テメェ!!知ってたのに何で言わなかった!!」

 

ユクシーに掴みかかろうとするミミロップをトゲキッスが懸命に止めていた。ミミロップから少し距離を取ったユクシーは僕の方へと顔を向けてから小さく頷いた。

 

< シンヤさんの頼みを聞いたまでです……、シンヤさんが貴方達に本当の事を話して帰られたなら我はお話します >

「何をですか……」

 

エーフィが眉間に皺を寄せる。

ユクシーの傍に居たアグノムが僕の所へと飛んできたので僕はアグノムを抱きかかえてユクシーへと近づいた。

 

< 我は貴方達の記憶を消すようにシンヤさんに頼まれました。シンヤという人間はこの世に存在しなかった……。貴方達の中からシンヤという人間が消えるのです。だからシンヤさんは何も言わずに帰るつもりだった。それが貴方達にとって一番だと思ったのです >

 

シンヤが消える、存在しなかった事になる。

何もない物置のような部屋を思い出して僕は目を瞑った。シンヤが何も言わず消えていたら、あの部屋に疑問は持たなかっただろう。

でも、シンヤは最後の最後で僕達にちゃんと話す事を決めた。

シンヤが居なくなった。この状況になって僕は色々と思い出す。シンヤは自分が居なくなった後の事をちゃんと考えてた……。不自由の無いようにポケモン達に頼る人間が出来るように、気付かれないように一人で……。

 

トゲキッスが泣きだした。

さっきまで怒っていたミミロップが驚いてトゲキッスの背を擦る。

 

「シンヤが、一番……辛い、です……!!」

 

そうだね、きっと僕が思ってる以上にシンヤは苦しんだに違いない。

それでも笑ってた……。

一生の別れを悲しまないはずがない。その別れを告げずにみんなの記憶から消えようとした。でもシンヤは別れを告げた。

何を思って頭を下げたのか、どれだけ悲しみながら僕にボールを渡したのか、無表情で心の内は読めなかったけどシンヤはきっと泣いてた。

 

< 我は貴方達の記憶を消す事が出来ます、どうしますか?忘れますか?シンヤさんの事を >

「……忘れない!!!」

 

声を荒げたのはミロカロスだった。

目一杯に涙を溜めて泣くまいと堪えているのが分かる。

シンヤを責められる理由がない。

ずっと黙っていたのは酷いと思う、でもそれは僕達を思っての事だった。最後の最後で全てを話して行くのはもっと酷い、でもそれは僕達を信じたからこその優しい裏切りだった……。

僕達に嫌われたかったのか、呆れられたかったのか、はたまた見離されたかったのか……。

僕達がシンヤを嫌いになんてなれるわけないのにね。

 

「一つ、聞きたい事がある……」

< なんですか? >

「主を、何故アンノーンが連れて行ったんだ……?」

 

サマヨールの言葉に一瞬ユクシーは考えるように眉を寄せた。

でも確かにそこは僕も聞きたい所ではあった、遠くに帰ると言ったシンヤは何処に帰ったのか……。

 

< 良いでしょう、我が聞いた事全てお話します >

 

ユクシーは教えてくれた。

アンノーンがパルキアの指示でシンヤを迎えに来た事、シンヤを遠くに帰すのはパルキアだと言う事、そしてシンヤがここに来たのはパルキアの不注意が起こした事故のようなもので、シンヤはポケモンの存在しない遠い遠い僕達の住む場所とは異なる世界から来たという事を……。

 

< そして、ここに居たシンヤさんには肉体と呼べる身体が無い状態でした。彼は精神だけの存在でこの世界に引き摺り込まれるように来たと言った方が良いでしょう。シンヤさんは体を自分の世界に置いて来ているんです、この世界に居続ける事は出来ません……。 >

「触れたのに?あんなに温かかったのに?」

< 詳しい事は我にも分かりません、でもそう聞きました。精神だけの異質な存在な為、ポケモンがシンヤさんに強く惹かれるというのも関係していたそうです >

 

シンヤはポケモンによく懐かれる、とは思ってたけど。そんな理由があったなんて想像もしてなかった。

泣きそうな顔でユクシーの話を聞いていたミロカロスが首を横に振る。

 

「違う……、俺様は、シンヤが異質だから好きになったんじゃない……」

 

そうミロカロスは呟いて首を横に振った。

でもミロカロス以外のポケモン達は思う所があるのか俯いたまま何も言わなかった。

ミロカロスが泣いちゃう……、そう思った時に勢いよく部屋の扉が開いて見知らぬ男性を引き摺るように連れてギラティナが入って来た。

 

「シンヤは居るか!?居ないか!?もう帰ったのか!?」

「ギラティナ!なんでその事……!?」

「帰っちまったにしろ、まだ間に合う!!シンヤを取り戻すぞ!!!」

「えぇ!?」

 

グッと拳を握ったギラティナに僕は驚きの声をあげる。ずっと居なかったのに何で状況を知ってるのかとかその引き摺るように連れて来た男の人は誰なのかとか色々と聞きたい事がありすぎる。

 

「よーく聞け!!オレは今日の朝方まだ日も昇らない時にパルキアがこの反転世界に入って来たのを確認した!!前にシンヤが行方不明になった時以降、シンヤから目を離さなかったオレを褒め称えて欲しいくらいだ!!」

「いいから、早く本題喋れアホ!!」

 

ミミロップに怒鳴られてギラティナは少し嫌な顔をしたが話を続けた。

 

「パルキアがシンヤを連れて行くってのだけ分かったからオレはすぐにコイツをとっ捕まえに行ったんだ」

 

コイツ、と言ってギラティナが男の人の腕を無理やり引っ張った。

顔を歪めた男の人は不満気に大きな溜息を吐いた。

 

「ディアルガだ」

「えぇえぇええ!!!ディアルガ!?!?」

 

と、驚きの声をあげたのは僕だけだった……。

ポケモンばっかりだから僕の人間側から見た反応は全くないわけだ……。でもディアルガなんて一生に一度見れるか見れないかの存在を目の当たりにして叫んだ僕は悪くない。

 

「で、ディアルガから状況を聞いてピーンと思いついたわけよ」

 

ニヤリと笑ったギラティナ。

僕達はハテナマークを浮かべながら首を傾げた。

 

「ディアルガとパルキアの力をフルに使って、シンヤの居た世界の時と空間を捻じ曲げる」

「……それをしてどうなるというんですか?」

「繋げるんだよ、こことシンヤの世界を!!そうすればシンヤがこっちに帰って来れるかもしれねぇ!!」

 

ギラティナの言葉にエーフィは眉間に皺を寄せた。

うん、凄いアイディアかもしれないけど……、規模が大きすぎてよく分からない……。

そんな簡単に言ってるけど世界を捻じ曲げて繋げたらシンヤがこっちに来れるようになったよワーイ!みたいな感じには絶対にならないと思うし……。

 

< ディアルガ、可能なんですか?ギラティナの言っている事…… >

「不可能ではない」

 

ディアルガの言葉に僕たちは目を見開いたけど。

だが、と続けられた言葉に一気に肩を落とす。

 

「勿論簡単な事ではないし、やるとなれば俺達はシンヤという人間を中心に世界を動かさなければならなくなる」

「動かせ!!」

「小僧がほざくな、神と称される力を人間一人に使うわけにはいかぬ。それに異世界を捻じ曲げるとなればパルキアの力が必要で俺はどうする事も出来ない」

「パルキアが起こした騒動なんだから責任取ってもらうしかねーだろーが!!小僧言うなおっさん!!!」

「……責任を取って人間一人、時間を割いて送り帰したんだ。このまま放置して見殺しにしても俺達に罪は無かった、全ては善意だそれを忘れるな青二才が……」

「あぁ!?んだとテメェ…!!」

 

ギラティナとディアルガの間に火花が散る……。

大型のポケモン二人の睨み合いに僕、人間一人……。逃げ出したい衝動に駆られた……。

っていうか、ディアルガから見たらギラティナって子供なんだ。さすが時を司る神と呼ばれるポケモン……!!

 

「ならパルキア呼んで話し合いだ!!オレは一歩も引く気はねぇんでな!!」

「パルキアは今、シンヤを送る為に居ない」

「時間戻したらいくらでも居るだろーが!!さっさと戻せよ!!シンヤがこの世界に来て間もない頃に、だ!!!」

「そんな時間に戻ってどうする気だ?」

「お前ら、シンヤを引き摺り込んだ時に探したんだろ?シンヤの居た世界。見つけた時点で捻じ曲げさせる!!そうすれば未来である今も大きく変わるはずだ!!」

「馬鹿な……。下手をすれば全てが消えるぞ」

「上手くやる!!オレには超良い考えがあるんだよ!!」

 

ニヤリと不敵に笑ったギラティナを見てディアルガは溜息を吐いた。

呆気に取られていた僕達の方を振り返ったギラティナは真剣な目で言った。

 

「未来、変えに行こうぜ!!」

< 乗りましょう >

 

返事をしたのはユクシーだった。

口元に笑みを浮かべて楽しげだ、未来を変えるなんてよく分からないけど。

シンヤが居る未来になるというなら……。

 

「行くっきゃないね!!みんな!!今は僕がトレーナーなんだから付いて来てもらうよ!!」

 

お互いに顔を見合わせたミミロップ達はコクンと頷き返してくれた。

 

*

 

失敗しても俺は知らないからな、とそう言い捨てたディアルガの言葉にギラティナは頷いた。そして僕達はディアルガの力で過去に戻る……。

べしゃ、と乱暴に地面に叩きつけられた。

顔を上げると驚いた顔をしたディアルガと知らない男の人、多分この人がパルキアなんだろう。

 

「……俺が、送ったようだな。用件は何だ」

 

逸早く我に返ったディアルガは冷静にそう聞いて来た。

過去に送られたのは分かるが場所が何処か分からない、辺りは真っ白の空間で僕は忙しなく辺りを見渡す。

 

「シンヤの世界は見つかったか!?」

「!?」

 

ギラティナの言葉にディアルガが眉間に皺を寄せた。

渋々ながら今しがた……、と答えたディアルガの言葉にギラティナは「流石だな、バッチリの時間に送ってくれてんじゃん」と言って笑った。

 

「ま、用件をザックリ言うとだな……。オレたちはシンヤを失いたくない、だからシンヤが身体を取り戻してからシンヤをまたこっちの世界に来れるようにしてほしいって事」

「……オイオイ、何言ってんだ!そんなの無理に決まってんだろうが!!人間一人の為にそんな好き勝手に動かせるわけねぇだろ!!」

 

怒ったのはパルキアだった。うん、ディアルガと一緒に居るし絶対にこの人がパルキアだと思う。

 

「オレの空間に人間も含めワラワラと引き連れて来やがって……」

「未来のディアルガは二つ返事で了承してくれたぜ?シンヤはこの世界に必要だと俺も思う……ってな」

「ほぉ、俺がそんな事を……」

「そうだよ、だからオレ達がここに居るんだよ。十分証拠になるだろ?」

 

嘘吐いた!!!あの子、真剣な顔でサラリと嘘吐いた!!!

でも、ギラティナの言葉にディアルガは少し納得したのかそこまで反対の言葉を発する事はしなかった……。良いのかな、神様に嘘吐いて……。

 

「ディアルガが良いっつっても、空間を動かすのはこのオレなんだよ。オレが居なきゃ、あのシンヤとかいう人間は帰る事すら出来ねぇーの、分かってんのか?ここで見殺しにしても良いんだよオレはな」

 

パルキアの言葉にギラティナが口籠る。

全てはパルキアの力が必要だから、パルキアが納得してくれないとどうしようもない。それどころかここでパルキアの機嫌を損ねたらシンヤは生きて帰る事すら出来なくなる……。

何か言わないと、そうは思うけど相手がディアルガとパルキアじゃ言葉なんて喉から出て来てくれない。圧倒的な力の差が僕達を押し潰す。

 

「……ろ」

「あ?」

「なんとかしろよ!!元はお前が悪いんだろ!!」

 

言葉を発したのはミロカロスだった。

ミミロップ達もミロカロスがパルキアに言い返した事に驚いて目を見開いている。でも、よく考えるとミロカロスはレベルが高いし、僕たちほどパルキアとの力の差を感じていないのかも。

 

「……確かにそうだ、そこは責任持って帰すだけはやってやるよ。そっからは関係ねぇ事だ!!あの人間をまたこっちに親切に送ってやる義理はねぇ!!」

「分かってるよ!!だからこうして頼みに来たんだろ!!俺様達の我儘だよ!!でもシンヤに居て欲しいから来たんだ!!ちょっとは考えてくれても良いだろ、ばかぁっ!!!」

「ば、ばかぁ……って、ちょ、……」

「うえぇぇぇ……!!」

「おわぁああ!!な、泣かないで!!!ちょ、ディアルガ!!ディアルガ!!オレどうしたら良いの!?」

「泣ーかしたー、泣ーかしたー、アールセウスに言ってやろー♪」

「ちょ、そういうのやめて!!本気で焦るから!!」

 

泣くミロカロスの頭を撫でるパルキア。

ディアルガはニヤニヤと笑って楽しそうだ……。何だろう、この二人凄く仲良しなんだね……。

僕たちにとったらミロカロスが泣く事なんて珍しい事じゃない、特にシンヤが絡むとなれば見慣れたものだけどパルキアからしたら初対面の相手に急に泣かれた事になるんだからそりゃ焦りもするか……。

 

「な、泣くなよ!!ちゃんと考えるからさ!!な?」

「……ホントに?」

「ホントに」

「絶対だからな!」

「…ッ!!!」

 

嬉しそうに笑ったミロカロスを見てパルキアの頬がぽっと赤くなった。

シンヤが言ってた育て屋のおばあちゃん仕込みってこれかぁああ!!!頬笑みで男を落とす事も出来るってこれ……。

 

「ごほん……、えー……じゃあ、考えます」

「早速行動に移してくれ」

「はぁ!?今、考えるって言っただろ!!まだ行動に移すかは決めてねぇ!!」

 

ギラティナの言葉にパルキアは驚きながら声を荒げた。危うく流される所だったんだろう。

 

「それに考えるっつっても、簡単じゃないのは分かるだろ?人間一人を中心に世界を動かさなきゃいけなくなる、異世界となんて普通は繋がるもんじゃねぇんだよ」

「でも、パルキアなら出来るよな……?」

 

ミロカロスが首を傾げるとパルキアは頬を赤くしつつ口元を手で押さえた。

 

「ディアルガ……」

「なんだ」

「オレ、何でも出来る気がしてきた!!」

「俺はお前が凄く馬鹿なんだと再認識した」

 

ミロカロスが期待したようにパルキアを見つめるとパルキアは照れたように口元をニヤけさせて頬をかいた。

僕、可愛いポケモンとか見てる時にニヤけてるって言われるけど……、あんな顔してるのか……、嫌だなぁ……。

 

「ま、あれだな。オレは人間の頼みよりやっぱりポケモンの頼みを聞いてやりがちな頼れる男ですから」

「長い付き合いだが、そうだったのか」

「特に同じ水タイプのポケモンの頼みを聞いてやらないわけにはいかないでしょ、うん、同じタイプにはやっぱり無条件で贔屓しちゃうよね!」

「同じドラゴンタイプだが、初耳」

「というわけで、ミロカロス。オレに任せろ!!」

 

ごめんなさい、空間を司る神にこんな事言いたくないけど……。

馬鹿だ!!!あの人!!!

エーフィが必死に笑うのを堪えてるのかブラッキーの後ろで口元を押さえて肩を震わせている。

まあ、でもなんか思ってた以上に話は上手く進んだよね。ミロカロスの活躍で……。

 

「それじゃ、パルキア!!早速行動に移してくれ!!」

「あぁ?なんでギラティナの小僧にそんな事を…」

「よろしくな!!パルキア!!」

「んん、任せなさいっ!!」

 

僕、本やお話だけで見るパルキアだけで良かったかも。現実は結構想像してたイメージ破壊されるよ……。

 

「仕方がない、話が纏まってしまったなら行動に移そう」

 

ディアルガの言葉にギラティナは頷いた。

僕達も何か出来る事をしようとディアルガの言葉に真剣に耳を傾ける。

 

「未来から来たユクシー」

< はい >

「お前をシンヤが帰る直前の場所へと送る、そしてそこでシンヤからこの世界の事と関わった全ての者達の記憶を消してこい」

< え!? >

 

それって、シンヤが僕たちにしようとしてた事の間逆だよね?

シンヤの記憶から僕たちが消えちゃったら……、シンヤがまたここに来れても意味が無いよ……。

 

「なんでシンヤの記憶を消すんだよ!!」

「世界を変えた時に不都合がある、全て思い通りに行くほど甘くはないという事だ。シンヤという人間の記憶から自分達が消える事、覚悟しておけ」

「……ッ」

 

ギラティナが苦々しげに顔を歪めた。

ミロカロスがまた泣き始めるとパルキアが慰めるようにミロカロスの肩を抱く。

 

「ミロカロス大丈夫だ!この世界に戻った時に記憶が戻る可能性もある」

 

絶対とは言い切れないけど、と苦笑いを浮かべたパルキアの言葉にミロカロスは口を一の字にして涙を流した。

 

「この世界、とは言っても本当にこの世界かどうかも分からない」

「どういう、事ですか……?」

 

僕がそう聞けばディアルガは頷いて説明してくれた。

世界を捻じ曲げる事で別の世界同士を繋げるという事は平行にある世界の中にまた一つの異世界を作りだすと言う事。

ようするに、シンヤを中心として小さな世界同士をくっ付けて大きな塊とし全てを混ぜ合わせた世界を作り上げる。

この世界にもまた別の世界の理が混ざり合い、ここは今の状態のままでは無くなると言う事……。

今、この世界に居る人物が居ない世界と混ざればその人物は存在しないものとされる事もある。

 

「その世界を混ぜるっていうのはしないと駄目なのか?シンヤだけこっちに連れてこれないのか?」

「ミロカロス、良い質問!!」

 

首を傾げたミロカロスにパルキアがビシリと指差して笑った。

 

「シンヤがこの世界に来れたのは身体が無い状態だったからだ、この世界に存在しないはずの人間をそのまま連れて来るなんてことオレには不可能なんだよ。だから世界を混ぜてシンヤを存在している人間にする必要があるってわけ」

「その通り、存在しない人間を俺達がどうこう出来るものではない。存在させなければいけないからシンヤを中心に世界を作る必要があるわけだ」

「世界を混ぜ合わせるのは簡単じゃねぇうえにリスクもある。そのリスクっつーのはこの世界に存在している人間が別に世界には存在してない可能性もあるってこと」

 

と、いう事は……。

今の僕にとって当然として存在している、例えばイツキさんが居ない世界もあるってことか……。

 

「今、この世界に居る人物が居ない世界と混ざればその人物は存在しないものとされる事もある……と言った通りだ。ここに居るポケモン達、そして俺達……特殊な立場に立つポケモンはそのまま世界に引き継がれる。しかし人間であるお前は必ずしもその新たに作られた世界に存在出来るかは分からない」

「え……、僕!?」

 

ディアルガがついと僕を指差した。

うーわー……、そういや僕だけ人間でした……。

 

「ヤマトも居ないと嫌だ!!」

「それは難しい。全てはシンヤが中心となる、それは混ぜ合わされた各世界に存在するシンヤという人間とも混ざり合う。全てが一つになり、その一つになったまま世界は進んでいく」

「?」

 

ミロカロスが眉間に皺を寄せてディアルガを見つめた。

ちょっと待って、僕も理解が追いついて行けなくなってる!!各世界に存在するシンヤという人間が混ざり合うってどういう事?

 

「パラレルワールドと称される世界の何個かを混ぜ合わせるのだ。それはパルキアが空間を捻じ曲げて、俺は全ての時間を合わせ調整する」

「ぱられるわーるど、ってなに?」

 

ミロカロスがそう聞けばパルキアがニコリとミロカロスに笑みを向ける。

 

「もしも、で考えられる未来の世界だ。もしも、ミロカロスが進化しなかったら……の世界も存在していると考えて良い」

「俺様がヒンバスのままで!?」

「そういう世界もあるってこと」

「という事は、僕が世界一の最強トレーナーになってる世界もあるのかな……」

「有り得る話だ。パラレルワールドは想像の数だけ存在している」

 

凄い……。

じゃあ、考えようによってはここは僕がもしもポケモン研究員だったら……の世界ってことだよね。

だとすると違う世界にはポケモンドクターじゃないシンヤも居て、僕たちと同じ世界に生まれたシンヤも居るんだ。

そんなシンヤ達が居る世界が一つになる、それには勿論、僕が居ない世界もあるから……、僕が絶対に存在するとは言い切れない……と。

大体、把握出来た。

シンヤが居てくれたら僕の代わりに何でも理解してくれて後で簡単に纏めて説明してくれたりするんだけど……、今更ながら僕、シンヤに甘えっ放しだったな……。

 

「全てを一つにするには今あるシンヤの記憶は邪魔にしかならない、だから全てを消してしまうんだ」

「なんとか納得出来そうです。僕が居なくてもミロカロス達がシンヤに会えるならそれはその方が良いですから」

「そのミロカロス達、も……少し問題がある」

「え!?」

「シンヤが記憶を取り戻さなければ俺達はシンヤに関わる事が出来ない。つまりミロカロス達をシンヤが思い出さないとミロカロス達もシンヤを認識出来ないという事だ」

 

また理解出来ない事言われたー!!!

駄目です、もう頭が破裂しますとは言えず……なんとか説明を聞く。

 

「混ぜ合わされた世界に誘われたシンヤは混乱しつつも記憶を拾い集めるだろう、でもそれは混ぜ合わされた各世界にある"もしも"で成り立っていたシンヤの記憶だ。生活する分には困らないだろうが、そのもしもの世界でシンヤが全く同じ手持ちを連れたトレーナーとは限らない」

「ミロカロス達を連れてないシンヤ……?」

「全く別のポケモンかもな。だが、ユクシーに消された記憶をシンヤが思い出せば……」

「ユクシーにシンヤの記憶を戻して貰ったら!!」

「それは不可能だ。ユクシーもまたその世界ではシンヤが覚えていなければシンヤという人間に関わる事が出来ない、全てはシンヤの記憶が重要になる」

 

うぅーん……。助けて、シンヤ……。

でも、とりあえずは新しく出来た世界には沢山の性格のシンヤが混ざったシンヤが居て、その沢山の性格の混ざったシンヤが僕たちの事を思い出さないとミロカロス達とは会えない……。

結局、どうなるの?

 

「ヤマト……、お前分かったか?」

「微妙だけど大体は……」

「オレは途中からさっぱりだ!」

 

アハハとギラティナが笑った。

ミロカロスとブラッキーは完全にもう分からないんだろう悩む素振りすら見せていない。

ミミロップとトゲキッスも大体は把握してそうだ、エーフィとサマヨールは理解出来たのかな……。現実主義って感じでこういうのは受け入れ難いとか言いそうだから…。チルットとラルトスは賢い子だし意外と柔軟に理解出来てそうだけどね。

 

「とりあえず、僕はもう完全に運任せって事だよね。シンヤに関わる人間として存在してる事を祈るよ……!」

「チル達はシンヤさんが思い出してくれるのを待つしかないんですよね」

「ラルー」

「ま、何もしないよりマシだろ。よろしくな、おっさん二人!!」

「おっさん言うな!!」

「……小僧が」

 

ディアルガの力でユクシーが帰る直前のシンヤの所へと飛ばされた。そして僕たちは元の時間へと戻される。

 

未来や世界を変えるなんて僕の想像を超え過ぎてて理解が追いつかないし、沢山の世界を巻き込んだ大事(おおごと)になっちゃったみたいだけど。

未来を変えられるチャンスがあるならそれに縋り付くしかない……。

 

シンヤ、ごめんね!!シンヤは怒るかもしれないけど!!

神様、どうかよろしくお願いします……!!

 

*

 

「さてと、そんじゃお前を元の世界に帰すからな」

「ああ」

 

再び真っ白な空間へと連れて来られた私は小さく溜息を吐く。

パルキアが大丈夫か?と私に声を掛けて来たので大丈夫だと返す。

 

「じゃあ、……ッ!!」

 

言葉を途切れさせたパルキアが目を見開いて頭を押さえた。

大丈夫か?と今度は私の方から聞けばパルキアは私を見て苦笑いを浮かべた。

 

「そうだよ、もう未来は変わっちまってるんだった……」

「何を言っているんだ?」

 

パルキアの言葉に私が首を傾げればパルキアの隣にユクシーが急に現れた。辺りを見渡すように首を動かしたユクシーは私の方へと顔を向けて口元に笑みを浮かべる。

 

「ユクシー……」

< シンヤさん、準備は全て整ったようです。後は貴方が自分の肉体へと戻った後に…… >

「なんのことだ」

 

ニコリと笑ったユクシーは言った。

世界は繋がる、いや繋げるのだと……。何の事を言っているのかさっぱり分からない私は眉間に皺を寄せてユクシーの話を聞いた。

 

シンヤさんの生きるべき世界とここの世界を繋げる事になったんです。繋げると言っても沢山の世界を巻き込んだ新たな世界を作るという大規模な試み。

シンヤという人間を中心として平行の世界を混ざ合わせ世界を作ります、そして最後に貴方のこれから帰る世界を混ぜ合わせてシンヤさんは再びポケモンの存在するであろう世界に戻って来る事になるんです。

全ての世界、即ち空間をパルキアが繋げ、全ての時間をディアルガが調整します。

 

「……は?」

 

私はおそらく間の抜けた顔でポカンと口を開けてユクシーを見ていただろう。

それも致し方ないほど理解し難い事をユクシーは言わなかったか?沢山の世界を巻き込んで新たな世界を作る?パルキアとディアルガが?

平行の世界を混ぜ合わせるという事はあれだろう……。つまり、今の自分からは考えられないような自分が存在している空想の世界が現実になろうとしているという事…。

それも私という人間を中心に、……だとすると様々な思想や言動を持つ私が一つになるというのか?

 

そんな……

 

「そんな馬鹿な話があってたまるか……!!」

< もうすでにここへと来るまでに未来は変わってしまってるんです >

「ディアルガの力で戻せるだろうが……、すぐにやめろ」

< 全ては貴方の為です、シンヤさん >

 

私の為?

平行の世界を巻き込んでまでするような事じゃない、平行の世界は人間の想像の中にしかない世界だというが、確かに存在しているであろうその世界の全てを巻き込むなんて馬鹿な話があってたまるか。

それに全てを混ぜ合わせてしまっては存在するべきだった人や物をも消してしまう可能性だってあるんじゃないのか……?

 

「私一人、ただの人間一人に世界を変える力を使うなんて間違っている!!」

< ……シンヤさん >

「新たな世界を作るなんて馬鹿な真似はよせ、馬鹿げた話過ぎて頭が痛くなる……!!」

 

私が溜息を吐けばパルキアがクククと喉で笑った。

何が可笑しいんだと聞いてパルキアを睨みつければパルキアは腹を抱えて笑いだした。

 

「フハハハハッ!!!」

「……」

「シンヤ、お前は欲の無い人間だなー!」

「は?」

 

私が首を傾げればパルキアは笑い過ぎで出た涙を手の甲で拭った。

 

「お前を中心にして世界が作られるんだぞ?お前は世界の特別な存在になるんだ、普通の人間なら戸惑う奴はいるかもしれないがそこまで怒る奴は居ないだろ」

「……そんな事分からないだろうが」

「ま、そうだな。お前みたいに欲の無い人間は他に居るかもしれねぇな、でもオレはお前が初めてだ」

「お前の感想なんてどうでも良い。さっさとどうにかしてくれ、作られた新たな世界で生きるなんて冗談じゃない」

「残念だけど、オレも男として一度言った約束は守りてぇのよ。愛は人を動かすんだぜ!」

「お前が馬鹿だという事はよく分かった。ディアルガを呼べお前じゃ話にならん」

 

オレってそんな言われるほど馬鹿……?、と勝手に落ち込んでいるパルキアを無視してユクシーに向き直る。

ユクシーはニコリと口元に笑みを浮かべた。

 

「ディアルガを呼べ」

< 我はポケモンです、人間の言う事なんて聞いてあげません >

「ユクシー!!」

< さよなら、シンヤさん。貴方が全てを思い出し……、再びこうして会える日を楽しみにしています >

「何を……ッ!?!?」

 

ニコリと笑ったユクシーの閉じられた目が開かれた。

目を見てはいけない、目を閉じろと自分自身に言い聞かせる前に私はユクシーの開かれた目と視線を交えた……。

目の色は何色だろうか、ぐらりと視界と脳が揺れていて判別出来ない。私はこのまま全てを忘れるのだろうか、ああでも全てを思い出せばまた会えるとユクシーは言ったか……。

 

会えるのは、新たな世界で?

それは駄目だ、絶対に駄目だ、冗談じゃない、絶対に嫌だ、駄目だ、嫌だ、

 

……、……ん?何が、嫌?

 

何が駄目?何だった?私は何を忘れる?

そういえば、何故忘れるんだろうか……?別に頭を強く打ったわけじゃあるまいし……、何で忘れると思い込んでいるんだろう?

 

……?

 

私は、さっきまで誰と会話をしていたんだ…?

 

 

 

 

目の前が真っ白だ。

ここは……、何処なのだろうか……?

 

*




後に超展開の補足説明を付けます。


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38

「シンヤさん!お母様にシンヤさんからも言ってくれませんか?お母様が私に老後の話までするんです」

そ、そうか……。私から言った所で聞いてくれるとは思わないが……。

「さすがに老後の面倒まで見る気はありませんからね!」

そんな本当に私の嫁さんみたいな事言われてもな……。

 

……。

 

「シンヤー、お母さんにな!!クッキーの詰め合わせ貰った!!」

また貰って来たのか?最近食べ過ぎだから気を付けて下さいね……って言われてなかったか?

「……」

というか、お前にはおやつを作って渡しておいただろ?

「うん、食べた」

何故太らない。

 

……。

 

「シンヤ、そろそろ見回りに行きますか?」

……もうそんな時間か。

「パパッと行ってパパっと帰って来ましょう!!」

そうだな、行かなかったら笑顔で文句を言われそうだしな。ひとっ飛び頼む。

「はい!」

 

……。

 

「主、少し疲れてるんじゃないのか……?」

ん?そうか?特に自分では気にならないが。

「目の下に隈が出来ているし……、最近あまり食事をちゃんと食べていないだろう」

……睡眠時間は確かに少し減った。それに、食事はあまり腹が空かなくてな……。

「……主は医者という立場なのだから自身も労わってくれ……、自分が仕事を代わるから主は少し休むと良い」

ふむ……。なら、お言葉に甘えるとするか

 

……。

 

「シンヤ!!男と気軽にキスなんてしたら駄目なんだからな!!」

……そうか。

「キスってのは大事だろーが!!その……なんつーか……、愛し合ってる者同士がするもんだろっ!!」

何処かで聞いた様なセリフだ……、デジャヴって奴か。

「シンヤ~!!!真面目に聞いてんのかコラー!!」

何処で聞いたんだったかな……?

「ラルラル~」

「うっさい、テメェは黙ってろ!!」

師弟で喧嘩するな。

 

……。

 

「シンヤ様、ごめんなさいでした」

なんだその謝り方は、人の行動を監視していた罰だ。二時間正座!!

「うぇん、大好きなシンヤの事を一日中見ていたかったんです~」

お前全く反省する気ないな……。

「唯一の趣味なんでね!!」

オーイ、たっぷり水の入ったバケツ持って来てくれー。そして反省しないコイツの頭の上に置け。

「……ご主人様のご指示ですので申し訳ございません!!バケツ、置かせて頂きます!!」

「く、首がぁああ!!!」

 

……。

 

「シンヤさーん、バトルしま、」

帰れ!!

「酷っ、最後まで話しを聞いてくれないシンヤさん酷っ!!可愛い女の子のお願いは聞いてあげるものが紳士ですよ!!」

あいにく私は紳士とは程遠い人間だからな。

「自覚あったんですね!!」

……そうだな、私は紳士とは程遠い人間だから、女でも容赦なく殴れるぞ……。

 

……。

 

「シンヤ……、あのさー……」

なんだ?

「あの……今日さ、その……、ちゅーしたの、怒った?」

……別に怒ってないぞ。

「ホントに?」

ホントに。

「じゃあ、シンヤから俺様にもちゅーして!!」

お前なぁ……。まあ、良いか、目を瞑れ。

「はい!!」

……くらえっ!!

「いってぇえ!!!」

デコピンだ。調子に乗るなよ?

「むぅ……」

なんだその顔は。

「可愛い顔」

ふははっ!そういう事を自分で言うな。

「ばば様は言うと良いって言ってたもーんだ!」

 

……。

 

「シンヤー」

なんだ。

「今、暇ー?」

暇じゃないと言ったらどうするんだ。

「暇にしてくれない?」

……なら、暇だと言ったら用件はなんだ。

「ちょっとお仕事手伝って?」

また溜めたのか……。お前は少しコツコツやるという作業を覚えるべきだな。

「苦手なんだって単純な繰り返し作業みたいなの……

自分でやれ

「見捨てないで親友ー!!」

そんな事言っても私はお前ほど単純には乗らないぞ。

「うーわー……、ケチ!!」

親友のお前を思って言ってやってるんだ。単純な作業も自分でやるからこそ身に付くというものだ、違うか親友よ。

「シンヤにそういう事言われるとホント弱いんだからやめてよー……」

頑張れ親友、負けるな親友、私はお前を応援している。

「シンヤ……!!」

自宅で。

「シンヤー!!!!」

 

……。

 

………。

 

 

シンヤー。

 

今日は良い天気なんだよー、凄くお布団干したくなる天気!!

布団干してからシンヤに会いに来れば良かったかなー……。あ、でも急に雨とか降ったらヤだから、まあいっかー。

今日さー、来る途中でねワゴンで花屋さんが販売に来ててつい買っちゃったんだよー。

シンヤは何の花好き?あ、あんまり花とか興味無い?

僕は可愛い花が好きだからガーベラの小さい花束買ったんだ!!ガーベラ良いよー、色とかいっぱいあってさ!!まあ、この色は店員さんが選んでくれたんだけど。

 

あ、部屋に花瓶あったよね?勝手に飾っちゃうよー。

 

 

……、

 

………?

 

 

*



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39

ここは、何処だ……。

 

目を開けると白い天井が見えた。

日が当っているのかとても温かくて再び目を閉じたくなる。体がだるい。

カサカサと物音がしたのでそちらに顔を向ければ私に背を向けた男が一人……。

 

「じゃじゃーん、見て見てシンヤー!!」

「……だからなんだ」

 

花の活けられた花瓶を両手に持った男はこちらへと振り向き笑顔でそう言った。思わず言葉を返すが、かすれた声しか出なかった。

男が笑顔のままその手から花瓶を落とす。

ガシャーンと大きな音を立てて花瓶は割れた。笑顔だった男は目を見開いたかと思うとその目を潤ませて走り寄って来た。

 

「シンヤー!!!」

「……?」

 

良かった良かった、と涙を流しながら笑う男を見て眉を寄せた。

体を起こせば関節が少し痛む。ベッドで眠っていたらしい私は辺りを見渡す。殺風景な部屋、白系の色で統一された一室。

消毒液のようななんとも言い難い独特な香りがした。

 

「病院……?」

「シンヤ、ずっと眠ってたんだよ!!」

「ずっと?」

「そう!!なんで自殺なんてしようとしたの!?馬鹿なの!?」

「自殺……?」

 

はて、と首を傾げて考えてみる、ぼんやりと頭の中で思い出される映像……。

真夜中を指す時計、コップ一杯の水と病院で貰って来た睡眠薬……。そういえば大量に飲んで、死のうと思って眠った……。

全てどうでもよくなったのだ。その言葉が思い浮かんだが何がどうでもよくなったのか分からない。

どうして死のうだなんて思ったのか私にはどうにも思い出せない、寝起きだからだろうかと思ったが……、少しおかしい……。

 

「シンヤ……、どうしたの?」

「……シンヤ?」

「は!?」

「私の名前は、シンヤ……だったか?」

 

よく思い出せない。

その名前で呼ばれていたような気もするが……、その名前は私の名前ではないような気もする。

男が慌てながらシンヤはシンヤだよ!!と私の体を揺する、だがそう言われてもピンと来ない。

 

「寝惚けてるの?ずっと眠ってたから?」

「そうなのだろうか……」

「僕、シンヤが病院に運ばれたの聞いて毎日ここにお見舞い来てたんだよ!?毎日、話しかけてシンヤが起きるの待ってたんだからね!!」

「……そうか」

「ホント……起きてくれて良かった……!!」

 

ぎゅっと男が私に抱き付いて来る。

男に抱きしめられるのは嫌だ、と思ったのと同時にこの男は誰なのだろうか、という私の疑問が脳裏を過る。

こんなに私を心配して泣いてくれているのだから親しい人間である事は確かなのだろう、それなのに全く覚えのない顔なのはどういうことなのか。

 

「……すまん、お前が誰なのか聞いても良いか」

「……へ?」

「お前は誰だ?」

「……」

「……おい、」

「看護師さぁあああん!!!ナースコール!!ナースコール!!!看護師さん!!看護師さぁあああん!!!」

 

私の枕元にあったナースコールを連打した男は泣きながら看護師を呼んだ。

すぐに部屋へと来た看護師に男は泣きつく。

 

「看護師さぁああん!!!シンヤが僕に誰?って聞いたんです!!シンヤが僕を覚えてないってぇええ!!!」

「お、落ち着いて下さい!!」

 

酷い、そんなのあんまりだ、と嘆く男を必死に宥める看護師……。

看護師と一緒に来た医者に何処か不調が無いかと聞かれたので特に無いと答えを返す。

 

「記憶が曖昧になっているのでしょうかねぇ?」

「さあ、自分の事もよく分からない」

「うーん……、脳の検査をしてみて異常が無いか調べましょうか」

「よろしくお願いします」

 

私が頭を下げれば医者は笑顔で頷いた。

そして、泣き喚く男を宥める看護師を見てから私は窓の外へと視線をやる。

空が見えて、ビルが見えて、駐車場が見えた……。なんだか懐かしい景色を見ている気分になったのは長く眠っていたからなのだろうか……。

 

*

 

脳の検査をした所、私の脳に異常は見られなかったらしい。

暫く様子を見ましょう。そう言われて私は頷いたが立ち会った男はわんわんと病院内にも関わらず泣いた。

患者服を着ている私の隣で泣くものだから周りの患者や看護師らに余命宣告でもされたのかと哀れむような視線を向けられる……。

 

「そろそろ泣くのはやめてくれないか……」

「だってシンヤが僕の事覚えてないって……!!」

「名前を聞けば思い出すかもしれない」

「はっ!?そ、そうだね、僕だよヤマトだよ!!」

「……やっぱり覚えがないな」

「うあああああ!!!」

 

頭を抱えたヤマトが床に蹲ったので周りの視線が更に集まった。

ヤマトの襟首を掴んで引き摺るように自分の病室へと戻る、なんてめんどくさい男なんだろうと心から思った。

 

「じゃあ、大体の事をちゃんと話すから聞いててね!!」

「ああ」

「僕はヤマト。シンヤの幼馴染で大親友だよ!!」

「……ほお」

「これは本当だからね!?僕の妄想じゃないよ!?シンヤも僕の事ちゃんと親友だって言ってくれてたから!!大親友っていうのはちょっと大袈裟に言ったかもしれないけど、親友なのはシンヤも認めてくれてたから!!僕の一方通行じゃないからね!!」

 

別にそんな必死に言わなくても私は相槌を打っただけで否定なんてしてないじゃないか。

むしろそんなに懸命に説明されると逆に怪しく感じる……。

 

「でね、僕とシンヤは幼馴染なんだけどシンヤは高校を卒業してすぐに自立して一人暮らしを始めちゃったから僕とシンヤはあんまり会わなくなってたんだ。シンヤそんなに実家にも帰って来なかったしお互い仕事が忙しかったからね。ちなみに僕たちは25歳だよ」

「ふむ」

「シンヤは何処だったかなー……、なんか大きな会社で働いてたよ。シンヤが自殺しようとした前の日に辞表だしてたらしくて社長さんが、あ、覚えてる?なんかしゅっとしてて男前な社長さんだったんだけどその社長さんが会社を辞めるのを考え直して欲しいって言いにシンヤの家に来たんだけど、その時に顔を真っ青にして眠ってるシンヤを見つけて救急車呼んでくれたの」

「……全く覚えてない」

「うーん……、ぼんやりでも覚えてるかなぁと思ったんだけどねー……。ちなみに僕はトリマーの仕事をしてるよ!!覚えてない!?」

「覚えてない」

 

ガクンと肩を落としたヤマト。

それにしても、まさか現在無職とは……、しかし辞表を出していなくても自殺未遂をした人間を置いておく会社は無いだろう……。ずっと眠ってて休んでるわけだしな。

おまけに記憶も無くてどんな会社に勤めていたのかさえ覚えていない。

 

「……どうやって生活していけば良いんだ」

「あ!それなら問題ないよ!!」

「何故だ?」

「僕、シンヤの家を掃除したりしてたんだけどね。まあ、悪いとは思ったけどシンヤの預金通帳見ちゃった」

「……で?」

「凄く貯金があったよ……、桁を数え間違えてるんじゃないかと思って数え直して、目玉が落ちるかと思った」

 

でかした前の私!!

とは言っても前の私が自殺なんてしようとしなければ困りはしなかったのだから少し心情は微妙だが。

ん……、でも待て暗証番号……。

 

「シンヤ、暗証番号覚えてる?」

「私も今それを思った……」

「僕ねー、シンヤの誕生日で一回出来ないかなーと思ってやってみたんだけど無理だったよ」

 

人の口座から勝手に引き落とししようとするな……。

しかし、誕生日で無理なら何だ。何か私しか分からないような番号があるのだろうか……。

そんな面倒な事を複雑に考える人間では無いような気がする、いや今の私の考えで前の私とは違うのかもしれないが……。

 

「暗証番号って何処で調べられるんだろ、銀行?通帳とカード持って行ったら教えてくれるのかな……、前に聞いとけば良かったなー……」

「0123、とか単純な番号のような気がする」

「まさか!さすがのシンヤでも大事な口座の暗証番号を0123だなんてありえないでしょ!?」

「そうだよな、さすがにな……、退院してから銀行に行くか……」

「教えて貰えるの?」

「教えて貰えないとどうにもならないだろ。通帳とカードと印鑑と身分を証明する物を持って行けば良いんじゃないのか?」

「なるほど」

 

頷いたヤマトと視線が合う。視線が合うとヤマトはあははと嬉しそうに笑った。

突然笑うものだから気持ち悪くて私はつい眉間に皺を寄せた。凄く不気味だ……。

 

「なんだ……」

「いや、シンヤと会話してるなぁって感じがしたから」

「……」

「返事が返って来るってやっぱり良いね」

「……ふん」

 

嬉しそうに笑うヤマトに釣られて私も口元に笑みを浮かべた。

覚えはない、覚えはないが……、会話をしていても違和感がなくすんなりと馴染むこの感じは何処か心地の良いものだった……。

 

「でも、シンヤ……。昔より今の方が優しいっていうか柔らかい雰囲気してるから今の方が良いよ。人間として」

「……それは貶してるよな?」

「褒めてるつもりだけど」

「でもお前、人間としてって言ったぞ。前の私が人間として駄目だったみたいじゃないか」

「ちょっと駄目だったかもしれないね」

「記憶戻ったら前の私に戻るんじゃないのか……?」

「も、戻らない方が良いかも…」

 

どうしろと……?

というか、それは曲がりなりにも私の親友と言い張る人間が言う事なのか……!?

 

*

 

暫く様子見の入院という事で、退院出来ず病室で一人ぼんやりと過ごす。部屋には本も無いので退屈だった。

の、だが……。

 

「シンヤー、調子どうー?」

「最悪だ……っ!!」

「な、何があったの!?」

 

この手にある機械を壁に叩き付けたい衝動に駆られる。

ヤマトが近づいて来て、私の手元を覗き込めば嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「ゲーム!!しかもポケモン?どうしたのそれ?」

「入院してる子供が部屋に遊びに来てな……」

「そっかそっかー、シンヤは眠り王子だもんね。目を覚まさない王子って看護師さんに噂されてたから子供たちもよく見に来てたんだよ」

 

え……、それは初耳だぞ……。

というか、それで看護師が代わる代わる私の様子を見に来るのか……。

 

「で、子供たちに借りたの?」

「……ああ、退屈してると言ったら貸してくれたんだが」

「ポケモンって可愛いし面白いよね、何のやつやってんの?持ってるゲーム本体がアドバンスだから古いやつでしょ?」

「一番最初のって言ったら、赤色の貸してくれた」

「なんで最初のって言ったの!?ちょ、僕とバトル出来ないじゃん!!」

「新しいのはカズキが遊んでるんだと」

「あ、カズキくんって言うのね……。っていうか、今はDSでBWなのにー……」

 

ヤマトが何を言ってるのかさっぱり分からん。

しかし暇潰しになれば何でも良いと思ってたが……、このゲーム難しいぞ……。どうやって進むんだこれは……。

 

「今、何処やってるの?殿堂入りした?」

「タケシが倒せない」

「ぶっ!!」

「このヒトカゲが悪いんだ!!ヒトカゲが!!」

「なんでヒトカゲ選んじゃったの!?」

「このゲームに似たような恐竜の絵が書いてたから、コイツが正解だと思って……!!」

「違うよ!!いや、確かに当たってる事は当たってるけど違うよ!!好きなの選んで良いようになってるから正解とかないよ!!」

 

じゃあ、カエルとカメのどちらかを選んでも良かったのか……。

正解が無いなんて罠だ……。完全に嵌められた……。なんでこのゲームにデカデカと恐竜の絵を貼ったんだ、確実に罠だろ……。

 

「ヒトカゲのひのこでごり押しするか、キャタピー捕まえて進化させないと!」

「なんでタケシは岩みたいなの出して来るんだ!!こんなの出て来なかったぞ!!」

「後から出るから!!」

 

もう貸して!とヤマトが私の手からゲームを奪った。暇は潰せたが何か疲れた……。

溜息を吐けばコンコンとノック音が聞こえた、「どうぞ」と声を掛ければ見知らぬ男が入って来たんだが……。何で……、バラの花束持ってるんだ……。

 

「シンヤ!!元気そうで良かった!」

「……どちら様?」

「記憶が無いっていうのは本当だったんだな……」

「あ!!その人だよ、シンヤの働いてた会社の社長さん」

 

社長だったのか。

若い社長だな、私とあまり変わらない気がする。

 

「シンヤ……、キミの辞表はまだ受理してないんだ。いつでも戻って来てくれていい」

「社長……!!」

「社長って呼ばないでくれ!!シンヤは俺の事をボスと呼んでくれてたんだ!!ボスという呼び方以外認めない!!」

「えっ……!?わ、分かった……ボス……」

「シンヤに初めて……、初めてボスって呼ばれた……!!!」

「「!?!?」」

 

ヤッター!!と喜ぶ男を見てからヤマトと視線を合わせた。

変な人じゃない?変な人だな……。という会話が目だけで行われる、私はどういう会社で働いていたのか……知りたいような気もするが知りたくないような気もする……。

 

「あ、これは俺からの花束だ。受け取ってくれ」

「ああ、どうも……」

「なんてことだ!!シンヤが……!!シンヤが初めて俺からのプレゼントを受け取ってくれた!!あんなに素っ気無くて冷たくて釣れなかったシンヤが!!記憶喪失万歳!!」

 

そんな両手をあげて喜ばれても……。

とりあえず、鬱陶しいしうるさいから早く帰ってくれないかな……。

 

「社長さん、病院だから静かにしないと駄目ですよ……」

「あ、すみません」

 

こんな社長が居る会社は嫌だ。

私はきっとストレスで自殺しようとしたに違いない……。

 

「ツバキ社長、次の会議が始まりますので急いで頂けますか」

「分かった、すぐに行く。それじゃシンヤ……、また来るからなー!!」

 

もう来なくて良い。

そう思っても社長もといボスは私の入院中、暇さえあれば遊びに来た。

シンヤが居ないと仕事大変なんだもん、なんて言われても覚えてないから仕事も出来ないんだが……、その一言でやっぱり私の自殺動機はストレスだったんじゃないかと思った……。

 

*

 

私の過ごす毎日は賑やかな日々だった。

でも、私の心はぽっかりと穴が開いたように空虚なもので……。

一人になると頭の中で誰かが私の名前を呼ぶ声がする、シンヤ、シンヤと誰かが呼んでいる気がするのだ……。

記憶は戻らない。

暇潰しにと電源を入れたゲーム画面に映る文字を見ると、また……、名前を呼ばれた気がした。

 

"ポケットモンスター"

 

知らないはずなのに知っているような気がする。

 

「シンヤー、DS買って来たー!!新しい方のポケモンしようよー!!」

「カスミ倒したらな!!」

「まだ倒してなかったの!?」

 

 

 

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『 おーい、シンヤー 』

 

 

 

*





【挿絵表示】


続く……。


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あとがき:補足説明

最後までお目通しありがとうございます。

これでプラチナゲーム設定での連載は終わりとなりました、次はアニメ&映画設定を交えて新たな展開へと続きます。

最後の方で難しい展開に頭を悩ませた方もいらっしゃると思いますが別の設定に行くと思って頂ければ嬉しいです。

 

連載の設定をざっと説明してみる。

 

未来が変わる、というのを前提として最初からお話を書いていました。なのでシンヤさんの記憶が曖昧になった頃からすでにギラティナ達によって変わってしまった未来の影響をシンヤさんが受けていた事になります。

元々シンヤさんが居た世界にヤマトは居ません、ですがギラティナ発案で変わった未来にヤマトは居ます。シンヤさんが夢などでヤマトの声を聞いた時"すでに未来は変わっていた"という事なのでシンヤさんは眠る自分に話しかけるヤマトの声が聞こえていたわけです。

 

そして、元々シンヤさんが居た世界と、変わってしまった未来とではシンヤさんの自殺動機が違うのですが書く場所が無いのでここで説明します。

まず元々居た世界でのシンヤさんの自殺動機は極度の鬱(うつ)。優秀過ぎた自分へと掛かる周りからの重圧に、夢を持てない周りとは違う自分への劣等感……。生きる意味も理由も見出せず全てがどうでもよくなった……、というのが自殺動機です。連載当初のシンヤさんはその鬱でネガティブのままでした。

 

そして変わってしまった未来のシンヤさんの自殺動機はシンヤさん自身も思った通りストレスです。仕事人間で冷徹な男であるシンヤさんには親しい人間といえばヤマトくらい、そんなシンヤさんに必要以上に関わろうとする社長や周りの人間はシンヤさんからすればストレスの原因そのもの。

ストレスが溜まりに溜まったシンヤさんは過度な睡眠不足に陥り、苛立つまま会社に辞表を叩きつけ欲するがままに睡眠薬を大量に摂取して無理に眠ろうとした……とそういう動機です。自殺しようとしたかというと微妙な感じですが危険を承知のうえで死んだなら死んだで良いと思っていたので自殺になると思います。

 

この自殺動機の違うシンヤさん、勘の良い方はお気づきかと思いますがこれはパラレルワールドです。

矛盾点など探せば沢山あるのですが、鬱だったシンヤさんと冷徹なシンヤさんが合体したと思って下さい。世界が混ざった状態です。

今のシンヤさんの主体は鬱だったシンヤさんですが、変わってしまった未来に居るヤマト達からすれば主体は冷徹なシンヤさんです。なので今のシンヤさんにヤマト達がいくら過去を説明しても今のシンヤさんにとっては別人の話なのでピンと来るわけがありません。

今のシンヤさんに記憶はありませんが記憶があったとしたら、変わってしまった未来で出会ったヤマトを別人と判断するでしょう。同じだけど同じではない人間が存在する、それがパラレルワールドです。

と、長々と説明しましたがこれ以上話すとキリが無いのでこれくらいで止めておきます。

 

*

 

続編のネタバレを含みます。

 

世界観について、挿絵を使い、補足説明を致します。

ささめなりに分かりやすい(?)説明を作ってみました。

まあ、最終的には「なんでもありな世界になった」と思って下さればお話は進みますが。

では、長ったらしく説明しますので興味のある方だけお付き合い下さいませ。

 

主人公は本来、「シンヤ」という名ではありませんでした。

生まれた時は別の名前でヤマトたちもポケモンも居ない世界で生きて自殺をしたのです。

その自殺が原因でポケモンの居る世界へと「精神だけ」で飛ばされました。

その飛ばされた世界で主人公は「シンヤ」という名前を貰い、「シンヤ」になりました。

 

【挿絵表示】

 

 

しかし、主人公にはこの世界で生きていける体がありませんでした。

体は飛ばされる前の世界に置き去りになっています、このままでは眠っている体の方も精神だけの今の状態も危険だとパルキアとディアルガは主人公を元々の世界……。

ポケモンの存在しない、ヤマトたちも居ない、主人公が「シンヤ」ではない世界に戻そうとします。

戻ってしまえば主人公の「シンヤ」は消えてしまいます。

それを阻止しようとミロカロスたちがパルキアとディアルガに「俺たちのシンヤを消すな!」と訴えたわけです。

とても無茶な訴えにパルキアとディアルガは困りました。

自分たちの世界の人間ではない男を自分たちの世界に「シンヤ」として存在させろとミロカロスたちが言うからです。

しかし、彼は元々「シンヤ」ではないので「シンヤ」ではない彼の体を無理やり連れて来たとしてもミロカロスたちの言う「俺たちのシンヤ」には戻らないのです。

だから、「シンヤ」の為の世界を作ることにしました。

もしも自分がこうだったら、というパラレルワールドとして存在する世界を無理やり繋ぎ合わせたのです。

「シンヤ」という名前の男が存在する世界をいくつか繋げました。1つの世界だけでは補えない欠陥も2つ、3つと繋げればなんとかなります。

とある世界では「シンヤ」はポケモントレーナーでした、ある世界では「シンヤ」はポケモンコーディネーターで……またある世界では「シンヤ」はポケモンブリーダーだったのです。

その繋げられた世界の何処かに「ヤマト」が居たり、「ツバキ」が居たり……と、完全に一緒というわけではないけれど穴が出来ないようにパルキアは世界を埋めていきました。

 

【挿絵表示】

 

 

「シンヤ」の為の世界が出来ました。

でも、そこにミロカロスたちの言う「俺たちのシンヤ」は居ません。

本来「シンヤ」という名前ではない彼を「シンヤ」という名前にして連れて来ないといけないのです。

なのでパルキアは主人公である彼と同じような境遇に立つ「シンヤ」を探して、混ぜ合わせました。

 

【挿絵表示】

 

 

混ぜ合わせたことによって主人公は「シンヤ」という名前になりました。

主人公が「シンヤ」になって、ミロカロスたちの言う「俺たちのシンヤ」が存在するようになったのです。

パルキアとディアルガは「シンヤ」をミロカロスたちの居る、自分たちが作った「シンヤ」の為の世界へと連れて来ました。

 

【挿絵表示】

 

 

パルキアとディアルガの繋ぎ合わせた世界は主人公の「シンヤ」が知る世界とは全く違っていました。

本当の家族では無かった人たちが血の繋がった家族になっていたり、仲良くなった研究員が幼馴染のポケモンレンジャーになっていたり……。

繋ぎ合わされためちゃくちゃの世界で主人公の「シンヤ」は生きていくことになりました。

自分自身も以前の「シンヤ」だった自分とは違いますが。

世界の変化と自分と繋ぎ合わされた「シンヤたち」を受け入れた主人公の「シンヤ」はミロカロスたちと共に今を生きていくのです……。

 

【挿絵表示】

 

 

そんな感じで説明はおしまいです。

理解出来た人も出来なかった人も、なんとなーくで良いので主人公の「シンヤ」達のお話を楽しんで頂けたらと思います。

それでは、お付き合い下さってありがとうございました。

 

*



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一日千秋の思い:番外編
痛いくらいに激しく愛して


束縛されたがるミロカロス


ほんの少し、他のポケモンに視線を向ければ顎を掴まれ強引に視線を己に向けようとする……。

「何を見ている……」低い声でそう言われれば「別に何も」と返すしかない。

そんな彼にとってポケモンセンターや他のトレーナーやポケモンの集まる場所はいつもピリピリしている場所だった。

「ボールに戻ってる」と言っても彼は聞かない。ずっと傍に、己の視界に入っていないと気に入らないのだと言うのだ。

彼以外を視界に入れてはいけない。

彼以外と話をしてはいけない、彼以外と接する事なんて許されない。

夜は優しく髪を撫でてくれる彼の胸に顔を埋めて眠る。

でも少し窮屈で、そっとベッドから抜け出して窓の外を眺めた。月をぼんやりと見上げていれば肩に手を置かれる。

視線をやれば眉間に皺を寄せて不機嫌そうな彼……。

 

「ベッドに戻れ」

「眠れないからさ……」

「良いから戻れ!」

 

痛いくらいに腕を引かれまた彼の腕の中に戻る。窮屈だ、とても温かいけれど苦しくて眠れやしない……。

朝起きれば彼が優しく頭を撫でてくれた。

そのまま唇を寄せられるが今日はそんな気分じゃなかったので少し抵抗……。彼の眉間に皺が寄る。

 

「……」

「……ごめ、」

 

髪の毛を鷲掴みにされて首にガブリと噛みつかれる。

肉を食い千切るかのような行為に悲鳴をあげた。

 

「ぅあああぁぁああッ!!!」

 

口に付いた血を舐めてから彼は唇を寄せる。

拒む事なんて許されないのだと彼は行為で示す、自分の所有物なんだと彼は笑う。

痛みで涙を流せば彼は満足気に笑って優しく髪を撫でた。

 

「泣き顔も綺麗だな」

「……」

 

頬に優しくキスをした彼の胸に顔を埋める。

彼が好き、凄く好き、世界で一番、どんな酷い事をされても……、彼が愛してくれるならそれで構わないんだ……。

 

「大好き……」

 

* * *

 

はぅん、と満足気に小さく息を吐いたミロカロスを見てシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「急に語り出したかと思えば何だ、嫌がらせか」

「違ぇの、俺様はこんな風に愛されたいわけで一日くらい俺様のワガママを聞いてくれても良いんじゃないかなぁ?って思うわけ」

「一日くらい、だと?お前のワガママにはわりと付き合ってやってるだろうが」

「ヤダヤダヤダ!!!やって!本気で!マジで!!獣のように!俺様を愛して!!」

「もうこれ言うの何度目か分からないが……。お前、本当にめんどくさい」

 

深い溜息を吐いたシンヤはミロカロスの事を無視して読みかけの本に視線を戻した。

頬を膨らませたミロカロスが言う。

 

「俺様以外見るなぁあああ!!!」

 

本を奪ったミロカロスがシンヤの視界に入ろうと顔を覗き込む。

 

「……私にやって欲しいはずの行為を何故お前がやる」

「……じゃあ、俺様がやめるからシンヤがやって」

「やらないけどな」

「何でー!!!!」

「めんどくさいっ」

 

ベシンと本を床に叩きつけたミロカロスが叫ぶ。

 

「束縛されたぁああああい!!!!」

「私はされたくないし、したくない……」

 

 

 ! 痛いくらいに激しく愛して !

 

 

「一日とは言わない、一回だけで良いからぁ……」

「……」

「ならもう一言だけでも良いっ」

「……」

「シンヤー……」

 

*

 

「私以外の事を考えるのは許さない」

「考えてませぇええん!!」

「……うるさい」



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知ってるようで知らないこと

日常を語る二人とニポケ


「シンヤ、みんなが仕事してる所見た事ある?」

 

ヤマトのその言葉に首を傾げた。

家でのデスクワークを終わらせて休憩をとっていた時にヤマトが家へやって来たのだが第一声がそれでは言葉の意図が掴めない。

みんな、とは私の所有しているボールの数だけの連中の事なのだろうが……、隣でまさに仕事をこなすチルットが居ながらそれを言うのはどうかと思うぞ……。

 

「見た事ある?」

 

もう一度問うたヤマトに隣に居るチルットを指させば首を振られてしまった。

 

「自分の見てない所で真面目に仕事をしているのかどうかとか気になるでしょ?」

 

そう聞かれれば答えなどひとつしかなかった。

 

「別に」

 

*

 

ヤマトに連れられてポケモンセンターの様子を外から覗き見る。

私の返事が気に入らなかったらしいヤマトに無理やり腕を引かれ、チルットに手を振って見送られて、今に至る。途中すれ違ったギラティナが哀れそうに私を見たのがもの凄く気に入らない。

 

「サマヨールが仕事してるの見て思ったんだよね。そういえばサマヨールが仕事してるのは見てるけどミミロップ達の仕事してる所は聞くばかりで見てないなぁって」

「聞いてる限りじゃ仕事をしてるから良いじゃないか」

「どういう仕事っぷりなのか見たいでしょうが!」

 

特に見たいとは思わない、とは思ったが言葉には出さなかった。

ヤマトいわく私の見ていない所で他人に対してポケモン達がどういう態度で接しているのか、なんて事が気になるらしいが……。

まあ、言われてみると確かにどういう風に仕事をしているのかなんて知らない。しかしそれをこっそり覗き見たいかというと答えはノーだ。

こんな事してる暇があるなら私だって仕事をしたい……、ジョーイにバレたらあの笑顔でくどくどと文句を言われるのは目に見えているし……。

 

「あ、ミミロップ居たよ!」

 

小さな声でそう言ったヤマトの言葉に窓からポケモンセンターを覗く。

ポケモンの姿のミミロップがカルテを抱えながらラッキーへ声を掛けていた。特にいつもと変わらない仕事に熱心に取り組むミミロップだ。

 

「ミミロップは仕事の時はポケモンの姿のままなんだね」

「ミミロップはポケモンの対応をしているからな、たまにジョーイに頼まれてトレーナーの対応もしてるらしいぞ」

「へえ」

 

ポケモンが人の姿になる、というのはわりと知ってる人は知ってるらしく。ジョーイにとってはわりと常識的な事なのかミミロップが人の姿になっても反応は人手が増えたと喜んでいるだけだった。

でも、ミミロップ自身が頼まれた時や会話をしたい時くらいしかジョーイの前で人の姿にならないので基本はポケモンの姿。これは私もポケモンセンターで仕事をしている時に確認済みだったりする。

ミロカロスとサマヨールあとトゲキッスにチルットは人の姿でも普通に出掛けるし人と喋ったりしている、ミミロップにエーフィ、ブラッキーはあまり人の姿で出歩かず人とも喋らない。

理由は分らないがおそらく個性なんだろう……。チルットは出掛ける時に声を掛けに来るがミロカロスは勝手に出歩いていて何をしているのか全く分からん。

歩いててポケモンだと分かる人間はほぼ居ないらしいので特に問題はないらしい……、分かりそうなもののような気もするが本当に気付かれていないようだ。

 

「見て見て、ミミロップがラルトスに仕事教えてるよ!」

 

ふぅんと相槌を打って壁にもたれかかりながらミミロップを眺める。

ヤマトが「あ」と声を発した。ジョーイに声を掛けられたミミロップが人の姿になったからだ。真剣にミミロップの様子を観察するヤマトを見ている方が面白いような気がしてきた……。

 

「いつまで見てるんだ?」

「しっ!ミミロップがトレーナーの対応するよ!!」

 

何を言っても無駄なようなのでヤマトと同じようにミミロップを観察する事にする。

 

 

「回復ですか、ご宿泊ですか」

 

回復で、と答えたトレーナーからボールを受け取ったミミロップはもの凄く……。私が言うのもなんだが無愛想だ……。

 

「少々お待ち下さい」

 

淡々と教えられたのであろう言葉をトレーナーに掛けてボールをトレーに並べて奥の部屋へと持って行った。

その光景を見ていたヤマトは絶句、私もこの時ばかりは発する言葉が見つからない。

 

「……アイツ、あんな表情出来たんだな」

 

やっと出た言葉はそんな感想だった。

私の知っているミミロップは表情豊かだった為か驚きが隠せない。

 

「サマヨールの方が全然マシだよ、あれ……。だってサマヨールは表情分からないけどその分声が優しいもん……」

「スマイルに金取る気か……」

 

愛想の悪いアルバイトみたいだ、と思いつつミミロップが戻って来たので観察を続けた。

私がポケモンセンターに居る時は隣で仕事を手伝ってくれるしポケモンの対応もちゃんとしていて愛想が悪いなんて事は無かったような気がするが……。トレーナー、人間への対応が嫌なのだろうか……。

 

「ちょっとシンヤ、顔出して来てよ」

 

僕ここで見てるから、と言ってヤマトに背を押され渋々ポケモンセンターの中へと入る。

カウンターの前に立てば私に気付いたらしいミミロップの顔に笑みが浮かんだ。

 

「シンヤ!何か用事?ジョーイさん呼ぶ?」

 

ニコッと顔に笑みを浮かべたミミロップ。

 

「少しお前の様子を見に来ただけだ」

「ワタシの?え、何で?」

「なんとなく……」

 

照れるじゃんかー、と言って笑ったミミロップと少し会話をしてからヤマトの所へと戻った。

ヤマトは複雑そうな顔をしながら言う。

 

「一応聞く、ミミロップの機嫌……、悪かったりした?」

「凄くご機嫌だった」

 

愛想の良い笑顔対応サービスは主人の特権だったのか……、と思いつつヤマトと育て屋へと歩く。

結論、ミミロップの笑顔は有料だった。

 

「ちゃんと躾けた方が良いよ」

「……」

 

*

 

育て屋の中を覗くとカウンターに人の姿のミロカロスが座っていたので慌ててヤマトと二人して身を隠す。

しーしー、とヤマトが人差し指を立てて口元を押さえながら私に言ったが私は一言も言葉を発していない。

 

「ミロカロス、店番してる……」

「じじ様とばば様は買い物にでも言ってるんだろうな」

「言ってくれれば僕行くのに~……」

 

庭でポケモンの相手をしているトゲキッスを眺めているとヤマトが私の腕を引っ張った。

 

「何だ」

「トレーナー来た!!」

 

ミミロップの事があったので、この時ばかりは私もドキドキしながらミロカロスの様子を見守る。

何か雑誌を見ていたらしいミロカロスがトレーナーが入って来たのに気付いて雑誌をテーブルに置いた。

 

「こんにちは~」

「こんにちは」

 

トレーナーの挨拶に挨拶をちゃんと返すミロカロス。ヤマトが何故か私の腕を痛いほどに掴む。……本当に痛い。

 

「預けてたマリル、引き取りたいんですけど」

「マリルですね。お引き取りの際に1100円頂きますがよろしいでしょうか?」

 

頷いたトレーナーに笑顔で対応するミロカロスを見てヤマトが口元に手を当ててハラハラと涙を流していた……。

マリルを取りに庭へと行ったミロカロスを見送りヤマトに視線をやる。

 

「ミロちゃん、良い子!!」

「(ミロちゃん……?)」

「お父さん見た?今の見た?うちの子ってば大人になってる!!」

「誰がお父さんだ、誰がお前の子だ」

 

マリルを連れて戻って来たミロカロスはその後も笑顔でトレーナーへ対応をして笑顔でトレーナーを見送った。

ヤマトが凄い凄いと感動している。まあ確かに少しだけ私も凄いと思った……。まさか笑顔対応が出来るとは……、普段のミロカロスとイメージが違って驚きだ。

ぎゃーぎゃーうるさくて駄々をこねる姿をよく見ていたせいかヤマトの感動も分からなくはない。

次のトレーナーが来てミロカロスがまた顔に笑顔を浮かべたのを見て、今度から買い物に行く時とかミロカロスを連れて行ってやろうと思った。

いつもうるさくするだろ、なんて決めつけて留守番させてたしな……。決めつけは良くなかった、反省しよう。

 

「ポケモン預けたいんですけど」

「こんにちは、こちらで二匹までお預かり出来ますがどうしますか?」

「……え?アンタ、男?」

「は?そうですけど?」

「いや、顔見た時に女かなぁと思ったんだけど喋ったら男の声だったから……」

「……えっと、……お預かりするポケモンを」

「育て屋ってじいさんとばあさんじゃないの?アンタ孫とかそんな感じの人?すっげぇ美人じゃね?女によく間違えられるっしょ?」

「……あの」

 

頑張れミロカロスゥウウ!!と小声で応援するヤマト。

明らかに困った様子のミロカロスなんてお構いなしにトレーナーはミロカロスに詰め寄った。

 

「名前なんていうの?」

「……」

「オレ、前に育て屋来た時は居なかったよね?」

「……」

 

ねえねえ、としつこいトレーナーにミロカロスはむっと口をへの字にして返事をしなくなった。

おそらくじじ様ばば様にトレーナーへの対応は笑顔でねとか丁寧にねとか言われているんだろうな。

頑張れ頑張れとヤマトは応援しているがあの様子じゃもう……。

 

「うっせぇええええ!!!ポケモン預けねぇなら帰れボケェエエエ!!」

 

やっぱり……。

バン、とテーブルを叩いてブチ切れたミロカロスの声を聞いてかトゲキッスが人の姿で裏から走って来た。

 

「ミロさん!どうしたんですか!?」

 

大慌てで逃げていくトレーナーを見てトゲキッスが「ああ……」と声を漏らした。

 

「シンヤシンヤ」

「ん?」

「人の姿の時、ミロカロスってミロさんって呼ばれてるんだね」

「人前の時だけだろ」

「トゲキッスはなんて呼ばれてるのかな」

「知らん」

 

アイツムカつくよー!!ハイドロポンプかましてやりたかったよー!!と喚くミロカロスを必死に宥めるトゲキッス。

やっぱり買い物にミロカロスは連れて行かない事にする。うるさい云々よりアイツは目立ちすぎる……。

 

「お客さんに怒鳴っちゃダメって言われてたじゃないですか……」

「だってうざかった……。ハイドロポンプ我慢しただけ俺様凄い……」

「……まあ、前に殴り飛ばしたのを考えると進歩ですよね!!次は怒鳴らなず対応出来るように頑張りましょう!」

 

前科有りだったか。

ヤマトがあからさまに顔を歪めたので私は目を伏せる。

 

「うぅ……、家に帰りたい~、シンヤーシンヤー!!」

「ダメですよ!!店番しなきゃ!!」

「代わってくれ~」

「代わってあげたいですけど、店番はミロさんの方が良いってばば様が言ってたじゃないですか」

「何で俺様なんだよ……」

 

顔で客寄せかなぁとヤマトが呟いたのでそうだろうなと頷いておく。

笑って、丁寧に、殴らない、蹴らない、怒鳴らない、ハイドロポンプは絶対にダメとトゲキッスに言われミロカロスは口を尖らせながら頷いた。

 

「……子供みたい」

「……」

 

不貞腐れながら椅子に座ったミロカロスを見てから私とヤマトは研究所へと戻る。

結論、ミロカロスはやっぱりミロカロスだった。

 

「ちゃんと躾けた方が良いよ」

「それ二回目だ……」

 

*

 

研究所に戻って来ると黙々と仕事をするサマヨール。向かいに座って同じように仕事を手伝うエーフィとその隣でポフィンを齧るブラッキーが居た。

 

「ん……?お帰り」

「ヤマト、仕事を放って何処行ってたんですか!」

 

その光景を見てヤマトが「和む」と呟いた。

サマヨールの隣に座ったヤマトがサマヨールに話しかける。

 

「聞いてよー!ミミロップってね、仕事の時愛想悪いんだよ!!シンヤには愛想良かったけど」

「ふむ」

「でね、ミロカロスはね頑張ってたんだけどね。男の人にナンパされちゃって怒鳴りちらしてお客さんだったのに追い帰しちゃったんだ」

「ふむ」

「なんか新たな一面を見たって感じだったよ」

「ふむ」

 

手をしっかりと動かしながら相槌だけ返すサマヨール。

ヤマト……。多分、サマヨールはお前の話聞いてないぞ。

 

「おい……」

「シンヤ、放って置いて良いですよ。いつもの事なんです」

「そうか、サマヨールはヤマトの話相手も仕事なのか」

 

ひっついて来たブラッキーの頭を撫でながら頷けば、ふと思い出す。

自分の仕事終わってない。

ヤマトのせいだ、ヤマトに邪魔をされたからと思いつつ慌てて立ち上がるとヤマトが首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「どうしたもくそもない、自分の仕事をやり忘れてる!!」

「あ、そう」

 

腹が立ったので耳を思いっきり引っ張ってやる。

 

「いててててて!!」

「お前はどうなんだ!」

「ヤマトの仕事なら今、自分が片付けている」

「……」

「わぁい、ありがとうサマヨール大好きー!!っ、いててててて!!!」

 

ヤマトの耳を引きちぎるつもりで引っ張ってさっさと研究所を後にした。

 

*

 

日暮れ頃、帰宅して来たミロカロスとトゲキッス。

抱きついて来るミロカロスを無視しながらパソコンに文面を打ち込んでいく。暫くして帰って来たミミロップがミロカロスの髪の毛を引っ張って怒っていた。

 

「シンヤから離れろこの低能!!!」

「うっさい!!俺様はシンヤ不足なんだよ!!」

 

ポケモンセンターにメールを送ってパソコンを閉じればミロカロスとミミロップの言い争いがピタリと止まる。

 

「うるさい」

「「……」」

 

視線をやれば二人は眉を下げて肩を落とした。

 

「お前たちに言いたい事は沢山あったがもう良い」

「「え!?」」

 

言っても無駄な気がするし、もう疲れてるから話すのも億劫だ。

ミミロップに愛想よくしろと言っても私も愛想は良くないし、ミロカロスに我慢を覚えろと言っても私もそこまで我慢強くないし……。

ペットは飼い主に似るなんて言うが……、もしかすると似てるのかもしれない。なら言っても無駄だ。

私もそう言われたからと変われる人間ではないし、意外と頑固らしいし……。ヤマトが言ってただけで自分では分からないが……。

 

「別に良い」

「え、何が!?」

「言いたい事って何!?」

「……いつも仕事、ご苦労様」

「「!?」」

 

 

--- 知ってる様で知らないこと ---

 

 

「シンヤに……、シンヤに、労られ、た……?」

 

「何、俺様、今から死ぬの!?それとも明日死ぬの!?もうすぐ死んじゃうの!?俺様が死ぬの!?シンヤが死ぬの!?」

 

「(なんて失礼な奴らだ……)」

 

*



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気付かなくとも幸せはここにあった

ポケモンになる。


「シンヤー、シンヤー、なあシンヤってばー」

「うるさい」

 

ゴツンと拳骨をもらった俺様は泣きながら部屋から出る。ちらりと出る前にシンヤの姿を扉の間から覗き見たがシンヤはちっともこっちを見てくれなかった。

今日、休みだって言ったくせに……。

トゲキッスは育て屋の様子を見に行ってしまった。ミミロップはジョーイさんに呼ばれたとか言ってラルトスを連れてポケモンセンターに行った。サマヨールは仕事に行って、エーフィとブラッキーはサマヨールと一緒に研究所の友達に会いに行った。チルットは買い物に出掛けて、家には俺様とシンヤしか居ない……。

今日は休みだって言ったくせに……、仕事があるからって部屋に入って出て来ないから呼びに行ったら怒られるし……、休みなのに仕事ってなんだよ、仕事仕事仕事……いっつも仕事……。

あーあ……、シンヤがポケモンだったら良かったのに……。ポケモンだったら仕事なんてしなくて良いし俺様とずっと一緒に居られる。

遊びに行こうって誘ったらきっと一緒に遊びに行ってくれるに決まってる。

シンヤは人間だから遊んでくれないんだ、あーあ……、シンヤがポケモンだったらなぁ……。

 

「寂しい…」

 

*

 

結局構ってもらえなくて次の日、チルットがせっせと朝ごはんの用意をするのをぼんやりと眺めた。

床に寝転がってたらミミロップに邪魔だって言われた。ムカついたけどトゲキッスが「怒らない怒らない」って困ったように言ったから怒るのを我慢した。相変わらずミミロップはムカつく。

シンヤまだ起きて来ないな、起こしに行っても良いかな、怒らないかな……。

体を起して時計を見る、そろそろ起こしても怒られないよな……。そう思った時にバンッと大きな音が聞こえた。「シンヤの部屋の方!?」とミミロップが言ったから、みんなでシンヤの部屋に行こうとしたらリビングの扉が勢いよく開いた。

 

「マニュゥ……」

「……へ?」

 

ガクンとミミロップがその場で膝を付く。

持っていたコップをエーフィが落としてしまってパリーンと割れる音が響いた。

扉を開けて入って来たのはマニューラだった、眠たげな目でこっちを睨むマニューラ。

最悪だ……、そう言ったマニューラ。

誰かに似てて、誰かなんて一人しか居なくて、ここにマニューラなんて居るはずもなくて、鳴き声が誰かの声と一緒で、誰かって言うのは結局一人しか居ないわけで……。

 

「シンヤ!?何で!何でだよ!!どうなってんの!?」

 

マニューラは飛び付いてきたミミロップを鬱陶しげに見ながら口をへの字にした。

 

「マニュ、マニューラ……」

 

朝起きたらこの有様だ、なんでと聞かれても私に分かるわけがない。

そう、だるそうに言ったのは完璧にどう見てもマニューラだけど、完璧にどう考えてもシンヤだった。

 

「シンヤがポケモンになったぁあああ!!!」

「マニューラだ!マニューラだ!オレと同じ悪タイプだ!!」

 

わぁいと喜んだブラッキーにサマヨールが喜んでる場合じゃないと言った。

ミミロップがおろおろとうろたえている、その顔が情けなくて何だか笑えた。笑ったらエーフィに何が可笑しいんですかと言って睨まれてしまった……。

だって、ミミロップが面白いし……。それにだって……、シンヤがポケモンになった……。

嬉しくて思わず顔がニヤける。そんな俺様以外はみんな困ってるし慌ててるしで大変だ。

どうするどうする、どうなるんだ!と騒いでいると家にギラティナが駆け込んできた。

 

「大変だ!!ヤマトがサンドパンになっちまっ、た……って、マニューラ?」

「シンヤがマニューラになっちまったんだよぉおお!!!って、ヤマトもぉお!?」

「シンヤもかよぉおお!?!?」

 

ギャーギャーとギラティナとミミロップが大騒ぎ。

サマヨールがヤマトの方を見てくると行って出ていってしまった。みんな、なんでそんなに慌てるんだろう。シンヤがポケモンになったって良いじゃんか。

 

「シンヤ!!」

「ニュ……?」

「遊びに行こ!!」

「……」

 

ぎゅっと小さいマニューラなシンヤに抱きつけばミミロップに「アホかぁ!!」と怒鳴られてしまった。

抱きしめたマニューラなシンヤはひんやりしてる。

 

「良いだろ!シンヤはポケモンにでもなんないと遊べないじゃんか!!」

「今それどころじゃねぇだろうが!!」

「俺様はシンヤと遊びたいんだよ!!」

 

ぎゅっとマニューラなシンヤを抱きしめると苦しいのかシンヤはもぞもぞと腕の中で動いていた。

 

「オレもマニューラシンヤと遊びたい!」

「ブラッキーまで……」

 

エーフィが呆れたように溜息を吐いたけどブラッキーも目をキラキラさせていた。

 

「こんの低能!!ワタシの話をよぉっく聞け!!」

「な、なんだよ……。低能言うな!」

 

大きな溜息を吐いたミミロップは俺様を睨みつける。

 

「シンヤがポケモンになっちまう事がどれだけ大変な事かお前は分かってねぇんだよ!!」

 

何が大変?確かにシンヤは不便かもしれないけど、ポケモンだったら仕事もしないで良いから楽だと思うけど……。

 

「ワタシ達はシンヤに所有されてるんだ。シンヤは人間でワタシ達のトレーナーなんだぞ!?そのシンヤがポケモンになっちまったらワタシ達を所有するのは誰だ?誰も居ない!そうなるとワタシ達は野生になるんだよ!!勿論、シンヤも野生ポケモンで他の人間にゲットされちまうかもしれねぇんだ!!!」

「……シンヤは人間だからゲットされないだろ?」

「今はポケモンのマニューラだろーが!!これが元に戻らなかったら最悪だ!!ワタシ達はすぐにでもシンヤを元に戻す方法を見つけないとシンヤは本当に他の人間にゲットされちまうかもしれねぇ!!」

「や、やだ……」

「そうだろ!?だから今のシンヤを外に出すのは危険だって事くらい分かるよなぁ!?」

 

俺様はコクコクとめちゃくちゃ頷いた。

シンヤがゲットされるのは絶対に嫌だ。シンヤを他の奴にとられてしまう。そしたら俺様にはもう誰も居なくて俺様達は野生に戻って一人ぼっちだ。

嫌だ、絶対に嫌、シンヤが居なくなるなんて絶対に嫌だ……。

 

「うあぁあぁぁぁ……、ごめ、……なさ、シンヤ……。ごめ……」

「ニュ……」

 

ぎゅぅっとマニューラなシンヤを抱きしめたらシンヤが俺様の頬っぺたをツメの背で撫でた。

ひんやり冷たいツメが優しく頬っぺたを撫でたから余計に俺様の目から涙が出た。

ごめんなさい、ごめんなさい、ポケモンだったら良いのになんて思ってごめんなさい。

シンヤは人間が良い、仕事をしててあんまり構ってくれないけど人間が良い、俺様の主人のシンヤが良い。

人間に戻って、ポケモンになんてならないで……。

ツメじゃ頭を撫でてもらえないよ……。

 

*

 

シンヤが人間に戻らない。

ずっとずっと戻らない、俺様がポケモンだったら良いのになんて思ったから戻らなくなった。

仕事もしないし、ずっと傍に居てくれるけどシンヤはマニューラで俺様はシンヤの冷たいツメを指が切れないように軽く握るだけ……。

シンヤは人間に戻らない。

戻らない、ずっとマニューラ、もう人間に戻らない、俺様が思ったから、戻らない、もう人間のシンヤに会えない、抱きしめても冷たくて、頭も撫でてもらえなくて。

 

「嫌だ、いや……シンヤ、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめ、なさ……」

「怒ってないぞ……」

「……シンヤ」

 

優しく頭を撫でられた?

でも、シンヤは俺様の隣に居る。マニューラなシンヤが居る。冷たいツメはとっても硬くて優しく頭なんて撫でてもらえない。

 

「シンヤ……?」

「怒ってない、何を泣いてるんだ……?」

「ごめんなさい……」

 

だってシンヤが人間に戻らない。

戻らないのが悲しいよ、寂しいよ、元に戻って……。

 

「ミロカロス……、ミロカロス、早く起きろ」

「!?」

 

パチッと目を開ける。目は開いていたはずなのに目を開けた変な感覚だ……。

瞬きをすればシンヤが俺様の顔を覗きこんでいる。眉を寄せて困ったようにシンヤが笑ってる。

 

「人間だ……」

「何を寝ぼけてるんだ…?」

 

俺様が体を起こせばシンヤの部屋だった。

シンヤは俺様の頭を撫でてからゴツンと拳骨を落とした、い、痛い……。

 

「全く……、寝て静かになったと思えば寝ててもうるさいなお前は」

「何処からが夢……?」

「私が知るか」

 

俺様はシンヤの部屋を出た……、出たっけ?あれ、どうだったっけ?夢の中で部屋を出た?あれ、そういえば何かぼんやりしてる……。

 

「夢……?」

 

ぐいっとシンヤに頬っぺたを擦られた、カピカピになってる涙の跡がある。

 

「お前は夢の中でも悪さをして私に怒られたのか?」

 

そんなに泣くほど、と俺様の頬っぺたを擦りながらシンヤが困ったように笑う。

シンヤが人間だ、笑ってる、人の言葉を喋ってる、頬っぺたを触るシンヤの手はちょっと冷たいけど硬くない……。

 

「人間のシンヤだ……」

「……私がいつ人間じゃない時があった」

「へへへ!」

 

ぎゅっと抱きついたらあったかい。

当たり前だけど俺様より大きいから潰す心配もないし……。

 

「俺様はやっぱり人間のシンヤが良いや」

「人間以外になった覚えはないぞ、お前どんな夢を見たんだ?」

「へへ……、シンヤがマニューラになる夢」

「……マニューラ?」

 

あんな寒い所に生息するなんてごめんだ、と呟いたシンヤが面白くてぎゅっと力を込めて抱きついた。

マニューラの時とは違って苦しくないのかシンヤはちっとも動かない。

やっぱりシンヤは人間が良い……。

 

「俺様、シンヤのポケモンになれて良かった……」

「……そうか」

 

頭を撫でてくれた手は柔らかくて優しい。

 

 

*** 気付かなくとも幸せはここにあった ***

 

 

「俺様、シンヤがマニューラになる夢見たんだ!!」

「あっそ」

「ミミロップがめちゃくちゃ慌ててた!」

「……そりゃそうだろ」

 

うん、そうだな。と頷いたらミミロップに「何笑ってんだよ、キモイ」って言われたけど俺様は気にしなかった。

 

「シンヤがマニューラ……、結構それっぽいですね」

「確かにあながち全く共通点が無いとは言い難いポケモンだ。悪・氷タイプなのだと主本人が言えば疑わずに頷くだろう」

「ヤマトはサンドパンになったんだ!」

「結構、上手い所を突くんですね」

 

何か知らないけどエーフィに褒められた。

 

*

 

「へー!僕がサンドパンでシンヤがマニューラかー!!ちゃんと特徴捉えてるし、ミロカロスって結構人の事よく見てるんだね!!」

「私って悪・氷っぽいか?」

「ぽいね」

「……そうか」

「嫌なら嫌って言っても良いのに」

「……別に」

「拗ねるな拗ねるな!」

 

*



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短編:別主人公とポケモン
可愛げなくてごめんね


ゴルバット


昔は可愛げあったのに……。

 

オレの主であるヒロキヨは目を細めてオレを冷ややかな目で見下ろした。

ヒロキヨと一緒に戦ってレベルを上げて、ズバットからゴルバットに進化したらこのありさま……。

小さい口より小さい牙より、大きい口で大きい牙の方が噛みつきやすい。強くなれば体が変化するポケモンなのだから仕方のない事じゃないか……。

オレは一秒でも早く進化したかった。

目のないズバットじゃ、ヒロキヨ、アンタの気配は察知出来ても表情を見る事なんて叶わなかった。

でも、オレは視力を手に入れたと同時にヒロキヨに可愛がられなくなった。バトルに使ってくれないって事はないけど……。オレよりも"可愛げ"のあるポケモンは他に居るわけで。

人間の基準なんて分からないが、それぞれの基準があるならトレーナーの望む姿形に進化させて欲しい。

オレに選択肢なんていらない、トレーナーが可愛ければ弱くとも構わないというのであればオレは強さなんて要らないし……。トレーナーが見た目はどうであれ強ければ良いと言って可愛がってくれるなら……。

 

でも、オレは中途半端……。

 

弱いとは思っていない、ヒロキヨと積み重ねた実戦でオレは強くなっている。でも、どんな敵でもねじ伏せられる強さがあるかと言われるとそんなものは持ち合わせていない。

ズバットよりは強いし大きいが、他のポケモンに比べれば強くもなく大きくもない……。

オレはどうすれば良いんだ……。どうすれば良いんだ、ヒロキヨ……。

 

 

「っぅおわ!?!?」

 

オレが悩んでいると後ろでヒロキヨが声をあげた。振り返れば目を大きく見開いてこちらを見ているヒロキヨ。

何があったのかさっぱり分からない、今この場……。まあ、次の街に行く途中で回りは草木ばっかりの場所なんだが。

野生ポケモンが襲ってこないように見張りをしているオレとヒロキヨだけしかいないはず、他のポケモンは今はヒロキヨの腰のボールの中。

 

「ヒロキヨ?」

 

「……お、おお」

 

小さく頷きながらヒロキヨが近づいて来た。目の前に座ったヒロキヨがオレに手を伸ばす。

頭を掴まれクシャクシャと音がした。何の音だと思いながら羽を動かしたつもりがオレが動かしたのは人間の手だった……。

 

「あ?」

「ゴルバット、だよなぁ。お前……」

「え、何……コレ?」

「いや、それは俺も聞きたい」

 

だって、お前一瞬で人間と同じ姿になんだもん。ビックリした。とヒロキヨが苦笑いを浮かべる。

状況はさっぱり理解出来ない。でも、一番驚いたのはオレの言葉がヒロキヨに通じているという事。今まで何を言ってもポケモンの言葉じゃヒロキヨは首を傾げるばかりだったのに……。

 

「ヒロキヨ……」

「なんだよ」

「……可愛くなくて、ごめん」

「……は?」

 

キョトンとした顔をしたヒロキヨは数回瞬きをしてから口元に手をあてた。

 

「ッく……、ふ……!」

「?」

「、ぁははははははッ!!!!」

「!?」

「お前、何言って……、ちょ、待、ふははははッ、ツボった……!!!」

 

腹を抱えて笑うヒロキヨに何を言っていいのか。オレは笑い転がるヒロキヨを茫然と見つめる。

苦しげに呼吸をしつつ息を整えたヒロキヨがニヤニヤと口元を緩めつつオレに視線をやる。

 

「お前に可愛さ求めてねぇし、ぶはっ!!」

「ヒロキヨがオレに昔は可愛げあったのにっていっつも言うだろ!?」

「いや、お前の攻撃技を見るとな、昔が懐かしくなるんだよ。お前の吸血攻撃えぐいし、攻撃パターン鬼畜だし、ズバットの時はもっと可愛げのある攻撃だったなぁって」

 

指示してんのヒロキヨじゃん……。

 

「でも、いつもオレの事冷たい目で見るから……。オレはもう可愛くなくなったから嫌われたのかと、思って……」

「はぁ?俺がいつ冷たい目で見た」

「今も」

「あー、あれか、普通にしてる俺は目付き悪いと……、ほっとけコノヤロー!!!」

 

頬を思いっきり抓られてオレは涙が出た。

ボロボロ、目から涙が流れてヒロキヨが困ったように笑う。

 

「情けねぇ面だなオイ」

「……可愛い、だろ?」

「そういう事にしといてやるよ」

 

頭を撫でられて、久しぶりに嬉しくて笑った。

嫌われてなくて良かった、オレはオレのままで良いんだ。

ゴルバットに進化出来て良かった。進化してなかったらオレには笑ってくれるヒロキヨの表情が見れなかったんだから。

 

「オレ、これからもゴルバットで頑張るからな!!」

「え、それは困る」

「!?」

 

 

可愛げなくてごめんね

 

 

「速攻で補助技使える奴が欲しかったからお前ゲットしたんだもん」

「今でも出来るけど……」

「確実に先制攻撃して欲しいから早く進化しろ」

「……え?」

「クロバットが欲しいんだよ、だから早く俺に懐け」

「……」

 

*



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幸運サディスティック!!

アブソル


「アブソル!!俺はお前をゲットしに来た!!」

 

モンスターボールを掲げればアブソルは興味あり気に俺の方へと近寄って来た。

そう、俺はアブソルをゲットしにわざわざ遠路遥々やって来たのである。

理由は簡単。

アブソルが現れる場所では良くない事が起きるらしくアブソルは災いポケモン、と呼ばれている。

だがそれは違うのだ。アブソルは災いを予知出来る為それをみんなに知らせようと災いの起こるであろう場所に現れる……。

そう、アブソルは幸運ポケモンなんだよ!!

 

災いを予知出来るなら俺に襲い掛かる災難の全てをアブソルが予知してくれるはず。

是非とも傍に置きたい、そして俺を超ハッピーにしてくれ!!

 

「俺にとってお前ほどの幸運ポケモンは居ないんだぁああ!!!」

 

俺、ヒサノブは昔からツイてない、むしろ憑いてるんじゃね?な勢いの不運っ子だ。俺を助けてくれアブソル!!!

俺の必死の頼みが通じたのかアブソルは俺の前にちょこんと座った。小首を傾げて俺を見たアブソルに抱きつく。

 

「ありがとう、アブソルー!!!!」

「アブー!!」

 

こうしてアブソルは俺の手持ちとなった。

アブソルをゲットした俺は災難という災難から回避し、超ハッピー!!不運?なにそれ美味しいの?なーんて言えちゃう感じに、なる、はずでした。

家に帰宅後、人の姿になったアブソル。

何でどうして、何が何でこうなった!!!と慌てる俺を余所にアブソルは知らぬ顔でソファに座る。

 

「ヒサノブ、飲み物。喉渇いた」

「あ、はい……」

 

ポケモンって人の姿になれたのか、知らなかった……と思いつつアブソルの前にお茶を置く……。

なんでお茶淹れてんの俺?

いやいや、ゲットしたてで懐いてないのは仕方がない。ちょっと性格疑うけどこれも個性だ。

俺の災難さえ予知してくれればアブソルほど傍に居て頼もしいポケモンは居ない!頼むぜ幸運ポケモン!!

 

そして、俺はアブソルの力で災難を回避して、るはずなんだけど……。

 

「ただいま……」

「おかえり、ヒサノブ」

「帰り道で自転車のタイヤがパンクしてさ、自転車押して歩いてたら階段あるの気付かなくて階段から自転車と一緒に転げ落ちて自転車壊れたし体は痣だらけなんだけど……、どういうことコレ?」

「災難だったね」

 

あれ、可笑しいな、目から汗が溢れて来たぞ?

 

「お前……、俺の災難予知してくれるんじゃなかったのかよ!!」

「予知してたよ」

「そうなの?何で言わないの?」

「だって、言わない方が面白いでしょ」

「……」

「面白いよね」

 

こんの、ドエスゥウウウウ!!!

近くにあった置時計を引っ掴んでアブソルに向かって投げようと振りかざす。

 

「ヒサノブ、それを投げると痛いよ」

「痛い目にあえば良いッ!!」

 

ブオンと置時計を投げれば俺の投球はノーコン。アブソルの横を通り過ぎてテレビの画面にストライク!!!

何か凄い音を立ててテレビの画面がクモの巣を張ったみたいになった……。

 

「あぁああああああッ!!!!」

「……」

「買い換えたばかりのテレビが!!そんな、嘘だ……、買い換えたばかりのテレビが……」

「痛い痛い」

「ホント痛いぃいい!!!超痛手だコレぇえ!!!金をドブに捨てたようなもんじゃねぇかよぉお!!こんなデカイテレビ捨てるのにも金すっげぇかかるじゃんかぁああ!!」

 

ハハハ、と笑ったアブソルが俺の頭を撫でる。

予知はもっと具体的に言ってよ!!そしてもっと切羽詰まった感じに止めてよ!!

 

「お前、災いポケモンだな……」

「最初からそうだったろ?」

「……、」

 

 

幸運サディスティック!!

 

 

「俺、いつか死ぬな……」

「死なない程度には予知してあげる」

「……幸せなくらい予知して頂ければ嬉しいのですが」

「え?それだと僕が面白くないよね?」

「誰かコイツを不幸にしてぇええ!!」

 

*



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夢みた幻

ミュウ


 

ソウシロウくん、この場でキミみたいな者の意見を通したいと言うならばそれ相応の結果を……、成果を持ってくるべきじゃないかね?

 

くそったれ!

オレは舌打ちをして持っていた電話の子機を壁に投げつけた。大きな音を立てた子機が使い物にならなくなろうとも別に構いやしない。

若造一人の意見がすんなりと通るとは思ってはいなかったが、まともに話も聞いてもらえず門前払い……。必死にまとめた書類も送りつけたとしても目も通して貰えないだろう……。

意見を通したいなら結果を出せと?自分達の今後に役立つ成果との代わりにしかオレの意見は聞かないと?

 

「腐ってやがる……」

 

ドンとテーブルを叩けば机の上に乗っていた書類の束が床に散らばった。頭を抱えれば本気で泣きたくなってくる。

結果も出せない、意見も聞いて貰えない、役立たずなオレは雇ってもらう事も出来やしない……。

ポケモンの全てを知る事がオレの夢だった。研究者を夢見て成長したというのに研究には夢を語るだけじゃ役不足。頭の良さも技量も、どうやらオレは中途半端。他の連中よりも負けてないと言えるのはポケモンへの情熱です!!なんて言って笑われた事はまだ記憶に新しい……。

 

「ハハ、情熱だけ、じゃねぇ……」

「……」

 

情熱だけなら誰にも負けねぇよ。

結果を、成果を出せば良い、行き当たりばったりだとしてもオレにはもう他に思いつく事は無かった。

世界が欲しているポケモン、僅かな情報でさえ他の連中が何としてでも手に入れたがる情報を持ったポケモン、誰もが知っていて誰もが詳しく知らないポケモン。

そのポケモンが目撃された出現すると言われた場所を手当たり次第回ってやる……。

 

「……ミュウ」

 

オレはミュウを探して各所を回った。

もう絶滅したと言われているポケモン。ミュウがまだ本当に存在しているかなんてオレには分からなかったが見つけてその生態を調べる事が出来たならオレは学界に、世界に名を残す事が出来る。

と、意気込んでいたのだが探せども探せども見つからない。ミュウが目撃されたと言われている森にやって来たが見つかるのは見慣れたポケモンばかり、目撃情報が本当かどうかさえ疑わしい。

誰もが何年、何十年とかけて探してるのにオレが数カ月そこらで見つけるなんて出来るわけがない。

 

「馬鹿だよなぁ……」

「誰が?」

「オレ……」

「へえ、何で?」

「何でって……」

 

は、と顔を上げればオレの顔を覗き込む一人の男。

こんな真夜中に男一人が何でこんな所に、とは思ったがオレも同類である事に気付く。きっと相手もそう思っているに違いない。

 

「何でもない」

「……」

 

男は瞬きをして小首を傾げる。

月明かりだけなのでそう見えるのかもしれないが男の髪は薄い桃色のような気がした。金髪か銀髪かもしれないが……、どれにせよ透き通った綺麗な色だ。

 

「お前、何でこんな所に居るんだ?見た所、手ぶらだし……」

「ボク?散歩」

「こんな森の中をか?危ないぞ……」

「平気。友達いっぱい居るし」

 

地元の人間なのだろうか……。結構、森の奥なんだけど……。

まあ、大きな荷物を持ったオレとは違って軽装に手ブラ、本当に散歩で森の中に入って来たんだろう。地元の人間の感覚の散歩はよく分からん。

 

「なあ、珍しいポケモンって見た事あるか?」

「アナタはあるの?」

 

質問を質問で返された。こういう奴、嫌いだ。

 

「無いよ」

「見たい?」

「うん」

「ふぅん」

 

頷いた男は対して興味は無さそうだった。

興味無いなら聞くんじゃねぇよ、それに結局、ソイツはオレの質問には答えやがらねぇし……。

 

「どんな珍しいポケモンを探してるの?」

「え、ああ、ミュウだよ」

「へえ」

 

目を細めて口元に笑みを作った男はクスクスとオレを見て笑う。

どうせ、腹の中では見つかるわけないじゃん。とか思っているんだろう。

 

「お名前は?」

「オレ?ソウシロウ」

「ソウシロウかー、普通だね」

 

人の名前に面白さを求められても……。

思わずツッコミそうになったが、オレは小さく咳払いをしてお前は?と相手の名前を聞いてみる。

男はうーん、と少し悩んでから笑顔で言った。

 

「ミュウ!」

「へー、ほー、そーかそーか……」

 

アハハ、と笑うこの男はミュウを探しているこのオレを小馬鹿にしていると見た。

 

「オレの探してるミュウかー、なら連れて帰って良いわけだな」

「んー、良いよ」

 

あっさり返事をしたが、いらねぇし。いや、言ったのオレだけど。

 

「連れて帰ったら解剖とかするぞ」

 

しないけど、そう言えば自称ミュウはおもしろーいと言って笑った。

ああ、もうオレの発言が冗談だと分かってるんだなコイツは……。もうちょっと焦ったりとかしてくれた方が反応的に面白かったのに……。

星空を見上げればもう馬鹿馬鹿しくなった。ミュウを探す事も研究をする事も……、ただのポケモン好きな男になって、もう普通に働こうかと思う。

家の近所にある花屋の姉ちゃんが美人なので近くの店で働くのも良いかもしれない。それかポケモンセンターでお手伝いとして働かせてもらえればそれはそれで嬉しい。

よし……。

 

「帰るか……」

「うん」

 

街へと戻る道を男二人で歩く。

ミュウを探して数カ月、家に引きこもってたオレにしては頑張った方だと思う。

 

「オレな、ミュウを見つけたらそりゃもうすげぇ博士になれるんじゃないかと思ってたんだよ」

「ふんふん」

「ま、オレの夢は儚く散ったけどさ」

「何で?見つけてるよ?」

 

え?と横を見れば自分を指差して笑う男。

ああ、そうだな、お前の名前、ミュウって言ってたな。

 

「お前がミュウだったら良かったのにな」

「ミュウだよ?」

 

オレの口からは渇いた笑みしか出なかった。

 

*

 

家に帰って来たオレは家の近所のおもちゃ屋さんで働く事にした。ポケモンを象ったおもちゃを見ているのはわりと楽しい。休日や暇があればポケモンセンターにも手伝いをしに行っている。

夢は叶えられなかったが必死に縋りついていた頃に比べると随分と気持ちは楽になった。でも、ポッカリと喪失感という名のものがオレの胸に穴を開けたのは当然の事だった。

そして、何故かオレの所にはミュウが遊びに来るようになった。初めて会った場所からは随分と離れた街にオレは住んでいたのだがミュウは毎日のようにやって来る。

 

「ミュウ、お前暇なのか?」

「ソウシロウに会いに来てるんだよ」

 

笑ったミュウはまるで子供だった。

おもちゃ屋に入り浸って子供達とおもちゃで遊んで、気が付くといつの間にか居なくなっているのだ。

おもちゃで遊ぶミュウを見てオレの口元に笑みが浮かぶ。本当に子供みたいな奴だなぁと思いながらオレはミュウの薄い桃色の髪を撫でた。

ミュウが目を細めて笑う。

 

 

夢みた幻

 

 

喪失感を埋めるようにオレは本を捲った。

伝説のポケモンの事が書かれた文面を見て目を細める。

挿絵には可愛らしいポケモンの絵が描かれていた。

 

「セレビィか……。可愛いな、見てみたい……」

 

オレが小さく呟けばおもちゃで遊んでいたミュウがこちらに視線をやった。

 

「ミュウの方が可愛いよ」

「……あ、そう」

「うん、そう」

 

再びおもちゃに視線を戻したミュウは自分をミュウと言うからにはミュウが好きなんだろう。本当に名前がミュウかもしれないし……。

まあ、本に書かれている絵を見るからにミュウも可愛いポケモンではあるんだろうな……。実物、見たことないけどさ……。

 

「やっぱ、まだ夢は捨てきれないねぇ」

「……」

 

(ミュウはソウシロウの傍に居るよ、ずっとずーっと……、このままでね)



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オレは純真のダメージを受けている!!

レジギガス


最近、発見しました。

伝説ポケモンの保護を行っている団体の一人であるオレはとある場所にてレジロック、レジアイス、レジスチルを発見した。

最初の頃は攻撃され、警戒されていたけど、奴らもオレが敵ではないと判断したのかもう攻撃はしてこなくなった。

まあ、他に人が寄りつかないか見回りに行ったり他の野生ポケモンの様子を見たり、レジロック、レジアイス、レジスチルも大人しくしているし特にこれといって問題は無かった。

 

でも、ある日。

三体のポケモンが忙しなく動いてるなぁと思っていると三体よりも大きいポケモンがオレの前に姿を現したのだ。

レジギガス……、ポカンと口を開けてレジギガスを見上げているとレジギガスはオレに近づいて来た。いや、勿論、保護目的のオレが伝説系の連中と親しくなるわけにはいかないので距離をとらせてもらった。うん、人間と関わるもんじゃないと思ったんだよ。

そうしたら……、発見したんだ……。

レジロック、レジアイス、レジスチルに囲まれて中央に座る男。えらく体格の良いお兄さんだ。

トレーナーなのかと思ったがどうにも違う。こちらをチラチラと見てくるお兄さん。とは言ってもオレと見た目的に年齢は変わらなさそうだが。

 

「……レジギガス?」

「!!」

 

オレがそう言えばレジギガスと思わしき、お兄さんが顔を上げてコクコクと頷いた。何故か頬を赤くして嬉しそうだ……。

ポケモンが人と同じ姿になれるなんて大発見なんじゃないだろうか……。会話が出来るんなら人間の知らないようなポケモンの事を聞けるし……。いや、でも、深く関わらない方が良いのか……。

興味はあるし知りたくないわけじゃない、ポケモンが好きで団体に所属しているんだから、そりゃ気持ちはあるけど……。やはりポケモンを守りたい一心で活動しているわけだし、ここはあえて無視しよう。

オレはこちらに興味津々と言った様子のレジギガスから視線を逸らしていつも通り見回りに行く事にした。

後ろで「え!?」と動揺染みた声が聞こえたが聞こえないフリ……。レジロック、レジアイス、レジスチルも最近は友好的だけどオレは必要以上に近寄らないようにしてるんだよ……。

人間に興味を持って深く関わればオレは大丈夫とはいえ、他に近づいてくる人間が友好的に接してきたとしてもソイツが良い人間とは限らない。人間とは関わらない、人間には警戒するべきだと思っていてもらわないとなぁ……。

保護の意味ねぇし。

 

レジギガスと思われる男。何で人の姿になれるのかとかはオレは知らないけど……。

とりあえず、オレが来る度にレジギガスは人の姿だった。まあ、レジギガスは山のように大きいポケモンだからその辺をウロウロされると目立つから人の姿の方が目立ち難くて保護的には助かる。

ただ、会話こそしないようにはしているが……、視線が痛い……。

やけに熱のこもった視線を向けられている。オレがレジギガスを見ればレジギガスは頬を赤らめて顔を俯けるが……、これは明らかに好意を持たれているような気がしてならない……。

え、ちょ、え、オレは確かに各地を転々としてて線の細いようなひょろっちぃ男ではない。自分で言うのは何だが逞しい方ではある、が……。絶対にオレより体格の良い男にそんな好意を寄せられても……。

直接言われたわけじゃないけど、明らかにっ……。しかも、ポケモンだし、ポケモンだし、ポケモンだしぃいい……。

溜息を吐いて、近づいて来た野生のコリンクの頭を撫でる。保護区の担当場所、誰かと変えてもらった方が良いのかもなぁ……。つか、もうずっとシンオウに居るし、別の地方に行っても良いよな……。

 

「あ、のさっ……」

「……」

「あの、」

 

うーそーだー……。

声掛けて来た。ポケモンの方から近寄って来るとか無しだろぉぉ……。

チラリと視線をやればレジギガスは眉間に皺を寄せながら口を一の字にした。邪険に扱いたいわけじゃねぇのよ、オレも。でもあんまり仲良くなると上にね、偉いさんがいるからオレがめちゃくちゃ怒られるんだけども……。

 

「あ、の……」

「……何?」

 

声色を低くして不機嫌を装ってみる。傍に居たコリンクが逃げて行った。

レジギガスが目を潤ませて、更に口を一の字からへの字にする。

ええぇぇええ……、何コイツぅぅ……、デカイ図体してる癖に気弱ぇええ……!!

完全にビビってるレジギガスには可哀想だが追っ払う事にしたオレは言葉を続ける。

 

「用が無いなら自分の住処に帰れ」

「……ぅ」

 

そのままレジギガスに背を向ければ後ろで嗚咽を漏らしながら啜り泣いているであろう声が聞こえて来る。

可哀想だぁああ……!!オレ、酷い奴ぅう!!お前の見た目でそんな行動されるとギャップがあり過ぎて逆になんか心が痛い!!ホントにごめん、でも、これも仕事なんだ、お前達を守る為だから!!

心の中で謝りつつ、拳を握り締めた。もうここまで言えばオレには近づいて来ないだろうと思ってた。

 

「あの、さ……」

 

しつけぇええ……。

気弱い癖にやたらしつこいんだけどコイツぅうう……、オレがお前を追い払うのにどれだけ心を痛めてるか知らんのか!!いや、知らないんだろうけど……、涙出そう。

無視を決め込んだオレの周りをウロウロしてからレジギガスは少し離れた場所に座った。デカイ図体して体育座りとかしやがるから、もう……、すぐにでも謝って頭を撫でくりまわしてやりたいさ!!

駄目なんだってぇええ、オレ、ポケモン好きの心優しい男なんだってマジでぇええ……、可哀想過ぎて本当に泣きそう……。

少し離れた所に座ったレジギガスが何か言いたげにこっちを見ている。耐えろ、耐えろオレ……。いや、もうむしろこの場から逃げ出そう!!よし、そうしよう!!

と、オレが荷物を持って立ち上がった時にレジギガスが言った。

 

「な、名前教えてくれよ!!」

 

めちゃくちゃ勇気振り絞りましたと言わんばかり、目に涙を溜めてこっちを見るレジギガスがふるふると体を震えさせている……。

 

「……テメェが知る必要なんてねぇ!」

「!?」

 

ショックを受けたらしいレジギガスの目からボロボロっと涙が零れ落ちた。

オレはそれを確認してから走り逃げる。

もう、本当に、

ごめんさなぁあああああい!!!

 

*

 

その日からレジギガスは離れた所から影に隠れつつオレの様子を伺っていた。

アイツ、臆病な癖にしつこいな……。

チラチラとこちらの様子を伺うレジギガス、決して可愛いポケモンでもないし、オレより体格の良い男なのだが……。不意に可愛い奴め、と思ってしまったオレはもう駄目なのだと思いました。

 

 

”オレは純真のダメージを受けている!!”

 

 

「……あの、さ」

「……あぁん?」

 

攻防戦真っ只中です。

 

 

(怒ってる…、でも、名前知りたいし…)(頼むからもう話しかけてくんな!オレの良心が痛む!)



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見たものしか信じない

連載とは別個体、パルキア


新しい家に越してきてから、少し部屋に違和感を感じた。

寝室にした場所がたまにぼんやりと歪んで見える……。ゴーストポケモンが住みついているのだろうか……。

でも、あいにくそんな事にビビる性格でもないので気にすることなく生活していた。

ある夜、オレが眠っているとベッドの上にボスンと何かが乗った。

少し体を起して乗ったソレを確認してみる。人っぽい。

ゴーストポケモンじゃなくて幽霊か、ちょっと嫌だな、と思いながら眠たいので再び眠りについた。

朝になってオレが起きるとベッドの上で見知らぬ男が寝ていた。つん、と頬を突いてみると小さく呻った。

幽霊じゃなかったのかと思いつつベッドから蹴落としてみる。

 

「ぎゃあッ」

 

がばっと勢いよく起きあがった男はオレを見て眉間に皺を寄せる。

 

「誰だテメェ!!!このパルキア様の空間に押し入るたぁ、良い度胸だなぁ!!」

「……」

 

ボスンとベッドを叩いた男の顔面を蹴ってそのまま男を押し倒しマウントポジションを取らせてもらう。

 

「まだ寝惚けてるなら覚めるまで殴ってやるよ」

 

両手をグーにすればソイツは顔を真っ青にさせた。

 

「ごめんなさいごめんない本当にごめんなさい!!!」

 

話を聞けば寝惚けて落っこちました。とわけの分からない事を言いだした。

ここには空間の捻じれがあって気を付けてないとすぐ歪んで自分の世界と繋がってしまうのだと……。

まあ、話を聞いて分かった事はあれだ。

 

「病院、行こうか。付き添ってやるから」

「正常ぅうう!!嘘偽りない真実しか喋ってねぇよぉおお!!」

 

駄目だ、コイツ頭おかしい。

凄く可哀想な頭してるぞ、空間だとか自分の世界だとか……。

異常な奴に限って自分の事を正常だとか言うんだよ、自分がおかしい事に気付いてないんだ、きっと精神病でも患っているんだろう優しく接してあげよう。

 

「私は空間を司る神なんだ!パルキアって名前くらい聞いた事あるだろ!?超有名だろ!?」

「うん。お前は神様だよ、みーんな知ってる。だからちょっとオレと一緒に病院って所に行こうな?」

「お前、全く信じてねぇじゃんかああ!!何で!?嘘っ、私の事しらねぇの!?」

「……大丈夫、オレはお前の味方だ。コワくない」

「いやぁああ!!変に優しくしないでぇええ!!!本気で泣きそうになるからぁあ!!超有名だとか言っちゃった自分が凄く恥ずかしいよぉおお!!」

 

半泣きになりながらソイツは玄関から出て行こうとする。

病院行かなくて本当に大丈夫か?と声を掛けたらしつこい!と怒鳴られる。

 

「私が嘘吐いてないって証拠持って来るから待ってろコノヤロー!!」

 

うわあああん、と最後は結局泣いて走って行ってしまった。もう来ないでくれと思ったオレは人として間違っていない。

 

 

その日の夜……。

玄関の扉がノックされた。扉を開ければ今朝の奴がいた……。

 

「わーぉ」

「証拠持って来たから!見てコレ!」

 

押し付けられた本。新しいものから古いものまで……。

オレの返事も聞かずにオレの背を押してパルキアが家へと入って来る。なんて図々しい奴だ、まあ自分は神だとか言ってるから仕方ないのか……。

テーブルの上に本を置けばソイツは本を開いて「ほらほら」と空間を司るポケモン、パルキアの挿絵を指差した。

 

「な?ちゃんといるだろ?まだ沢山の本にいーっぱい書かれてるんだぜ!!」

 

私、やっぱり超有名じゃん!お前が無知なだけだったな!とソイツはオレを見て笑った。

可哀想に……。

この男は本気で自分の事をポケモンだと思っているのか……。身内とか居ないのかな……、誰か病院に連れて行ってやれよ……。

 

「この前な、ディアルガの奴と喧嘩したんだ。アイツ本当に容赦ねぇ攻撃してくるんだぜ?しんじられねぇよな!!」

「……そうだな」

「ちょーっと遊びに行っただけなのによぉ」

 

楽しげに一人喋りだしたパルキアに相槌を打つ。

もう夜中だから病院開いてねぇんだよな……、こんな夜中に可哀想な人間を放り出すほどオレも鬼じゃない。

 

「……何か飲むか?」

「飲むっ!」

 

温かいお茶でも淹れてやろう。

自分で自分の事を言うのは気持ち悪いけど。オレって凄い良い奴。

 

 

見たものしか信じない

 

 

「つーか、こんなに有名な私の事を知らない人間っつーのも珍しいよな」

「……」

 

神話で語られる"ポケモン"のパルキアなら知ってますけど。

 

「あ!言っとくけどゲットはされねぇからな!!」

「ああ、うん……」

 

アハハ、と笑ってお茶を啜ったパルキアをぼんやりと眺めた。

むしろ人間をどうやってゲットするのか聞きてぇよ……。

 

「じゃ、また遊びに来るからなー!」

「……」

 

*



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盲信

ヤンデ、ルカリオ


 

「コイツ、リョウスケの事が気になってるみたいなんだよな」

 

そう言って来たのはトレーナーとして旅に出ていた友人だった。

腰に付けた六つのボールから一つを俺に向けて言ったのだ。

勿論、意味が分からない。

暫く会っていなかった友人が帰ってきて早々に見てくれオレの育てたポケモンをー!とボールを俺に向かって投げて来た。早朝の寝起きの人間に対してだ、頭が可笑しいとしか思えない。

そんな事があった。あったにはあったが友人のポケモンなんてほとんど覚えちゃいない。だって寝起きだったもん。と言っておく。

オレよりリョウスケと一緒に居たいみたい。そう言われてしまっては俺はそうと頷く他ないわけで。自分のポケモンがそんな風に思っているのに気付いてしまった友人もトレーナーとしてそのポケモンを連れ回す気にはなれないらしい。

再び旅に出るという友人と望んでもいないポケモン交換が行われた。

大事に育てたポケモンをお前にくれてやるなんて!タダでくれてやるなんて!嫌だ!とハッキリとモノを言う友人をぶん殴ってやろうかと思ったが。俺の唯一のポケモンは街をほとんど出ない俺のせいで成長はみられない。

この辺ではゲット出来ない珍しいポケモンというのもあって、友人に交換を持ち掛けられたのだ……。

俺のポケモン、フシギダネ……。

旅立つトレーナーが連れて行くはずだったポケモン、勿論この地方のではないが……。ちょっとした知り合いのツテで俺の元にやってきた。

しかし旅に出ない俺の元に来たフシギダネは……、俺には分からないけど旅に出たかったかもしれない。

俺は寂しい気持ちを抱きながらも友人に向かって頷いた。

 

そして俺の手元に来たのはルカリオ。

俺を見てペコリと小さくお辞儀をしてみせたルカリオの頭を撫でてやる。フシギダネも可愛かったけどルカリオも可愛いな。

俺に興味を持ってくれたポケモン、自ら望んで俺の所へと来てくれた、はずだった……。

ポケモンの言葉が分かればな……、と思う。

最初の内はとても良い子だった。ポケモンショップで働く俺の手伝いをしてくれて、甘えん坊なのかべったりと俺に付いて甘えてくる。

それなのに……、暫くするとルカリオは急に癇癪を起したように暴れた。

帰宅すると部屋がめちゃくちゃになっていたり、俺の枕を噛みちぎってベッドで眠っていたりとそれはもう酷い有様だった。

何が不満なのか俺にはさっぱり分からない……。頭を撫でてやればルカリオは嬉しそうに目を細めて擦り寄って来る。何が……、不満なのか……。

家に置いておくとルカリオが部屋をめちゃくちゃにするかもしれないので仕事場にルカリオを連れて行く事にした。

外で大人しくしているルカリオを見てほっと安堵の息を漏らす。

 

「いらっしゃいませー」

 

入って来たお客さんと挨拶を交わす。

常連のトレーナーさんで新しいポケモンをゲットしたから見てくれと、傷薬を買ってくれたトレーナーさんの言葉に頷いた。

トレーナーさんと一緒に外に出て、新しくゲットしたというポケモンを見せてもらう。ボールから出て来たのはブイゼルだ。

 

「ブイー」

「可愛いですね」

 

なかなか強いんだ、これからもっと強くなると笑って言ったトレーナーさん。

へえ、と頷きながらブイゼルを抱きかかえる。水ポケモンなだけあって、すべすべっとした毛並みが気持ちいいっ。

 

「ガルルルルゥ……」

「!?」

 

牙を剥いたルカリオが俺を睨み付けていた。

何かまた不満な事でもあったのか、癇癪を起して暴れ出す前兆だ。

 

「ルカリオ!落ち着け!」

「ガァアアウッ!!!」

 

ルカリオは俺を突き飛ばしてブイゼルを叩き落とした。トレーナーさんが驚き声をあげる。

ブイゼルに噛みつこうとしたルカリオを慌てて抱きすくめれば俺の腕が噛まれた。

ボールに戻せばルカリオは大人しくボールにおさまった。最近はボールに入れると勝手に出て来てしまっていたから安心した。

トレーナーさんに頭を下げて謝る。

言う事を聞かないのか?と心配されて俺は困ったように笑って頷くしかない。

トレーナーさんが言うには人と交換したポケモンはなかなか懐かないし、レベルが高いと言う事を聞かないそうだ……。

 

 

仕事を終え帰宅してからボールの開閉ボタンを押す。

ボールから出て来たルカリオが何か言いたげに……、いや、俺に何かを言って欲しいのか期待するように潤んだ瞳で俺を見つめた。

 

「ルカリオ……」

「……」

「バトルをしてるわけでもないのに何で攻撃したんだ?ブイゼルが大怪我するかもしれなかったんだぞ……」

 

お前は一体……俺に何が言いたいんだ。そうルカリオに言えばルカリオはギリと歯を食いしばった。

ああ、俺の言った言葉はお前の求める言葉じゃなかったんだな……、でも、俺はお前が何を求めてるかなんて分からないよ……。

 

「俺はお前に暴れないでほしいし、他のポケモンをむやみに傷つけるのもやめてほしい」

 

だって、暴れた後のお前は酷く悲しげに俺を見つめる……。

グルル……と呻ったルカリオが牙を剥いて飛び掛かって来た。また噛みつかれてはたまらないし、噛み癖がついても困る!!

手荒だと思いながらルカリオの頭を掴んで床に叩き付けた。ポケモンのルカリオなら俺の手を振りほどいて反撃する事も出来るだろう……。でも、ルカリオは反撃してこなかった。

押さえ付けられたルカリオは呻り声をあげてその目から涙を零す。

 

「お前はっ、俺に何を求めてるんだ……ッ」

 

分からない、理解してあげられない。

ゆっくりと頭を掴む手を緩めればルカリオの姿が瞬きをした瞬間に人の姿に変わっていて驚いた。何が起こったのか分からない。

小さくルカリオの名前を呼べばルカリオは目から涙をぼろぼろと流しながら俺を見つめた。

 

 

盲信

(わけも分からず、ただひたすらに信じること)

 

 

リョウスケは、僕を好きになってくれたから交換してくれたんじゃないの……?優しく撫でてくれたし抱きついたら抱きしめ返してくれた。

唯一のポケモンを手放してまで僕を受け入れてくれたのに……。

名前もしらない人間にその辺のポケモンになんでやさしくするの……。

 

ソイツ等ナンカヨリ……、

僕ニモット笑イカケテ!!僕ダケニ優シクシテ!!頭ヲ撫デテモラエルノモ僕ダケ!抱キシメテモラエルノモ僕ダケ!!

僕ダケデ良イノニ!!

 

「……ルカ、リオ、ッ」

 

ソウだよ……、そう……。

 

「リョウスケの事がスキ……、ダイスキだから、他の奴に優しくするなぁああああッ!!!」

「!?」

 

 

(ほら、早く僕に首輪を付けて!お前は俺のモノだって!!)



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青空郵便

エアームド


おれのご主人は郵便屋さんです。

ご主人の名前はアキミチ、おれは優しいアキミチが大好き。

郵便局は色んな街にあって、近い場所への配達はデリバートやペリッパーなど体の小さめなポケモンが。遠くへの配達は大きなポケモンが人間を背中に乗せて配達する。

おれはデリバートやペリッパー達とは違って大きくて頑丈、人間を背に乗せて長時間空を飛べるから長距離用のポケモンなんだって。

でも、おれは最近ゲットされた。

いわゆる新米ってやつ、配達する場所だってまだ覚えてないから勉強しないと駄目なんだ。覚えられるか不安だけどアキミチは一緒に覚えようなって優しく頭を撫でてくれた。

 

アキミチはおれをゲットする前はカイリューと一緒に色んな所へ配達に行ったらしい。

でも、新人の奴が入って来たから仕事をちゃんと覚えてる優秀なカイリューがその新人の奴のパートナーになったらしい。

アキミチが教えてくれた。新人だったアキミチと新米だったカイリュー、一緒に成長したから離れるのは少しだけ、本当に少しだけ寂しいんだって。

それを聞いておれも少しだけ寂しくなったけど……、おれもカイリューみたいになれるかと聞いたらアキミチは笑って頷いてくれた。

だから、おれは頑張ろうと思う。

アキミチが寂しさなんて感じないくらい、カイリューよりも頼もしいと言われるくらい、立派になってやろう。

 

 

まだ新米のおれはまず長距離を飛ぶ練習からする。

おれの前に立ったアキミチはおれと視線を合わせて、分かりやすいようにゆっくりと、おれが覚えられるように説明してくれた。

 

「エアームド、ちゃんと覚えておくんだぞ?」

 

コクンと頷けばアキミチはニコリと笑った。

長い距離を飛ぶにはペース配分が大切だ。最初から速く力一杯飛んでしまうと途中で疲れてしまって配達が遅れてしまう。

だから何処まで行くのかと聞いた時に、どれだけの力と速さで飛ぶのか理解しておく必要がある。これはポケモンによって異なるからこれはしっかりと頭と体で覚えること。

 

「いいか?今日はとっても良い天気だけど、配達する日が雨かもしれないし風が強いかもしれない、嵐だって突然やってくるかもしれない。そんな時にも瞬時に対応しなければいけないんだ」

 

なんだか簡単ではなさそうだ……。

しっかりと頷けないおれを見てアキミチが笑う。

 

「大丈夫。俺がお前の背に乗ってるからな」

 

一緒に覚えよう。

俺もお前のペースを覚える。お前は俺を信用して空を飛んでくれ。

おれはしっかりと大きく頷いた。

すると……、空から沢山の手紙が降って来た。おれとアキミチが空を見上げればカイリューが空をぐるりと旋回する……。

 

「へ……?」

 

アキミチのポカンとした声の後に泣き声混じりの悲鳴が聞こえてきた。

カイリューとパートナーになった新人の奴だ!!

 

「うわわあわわああああああ!!!!先輩ぃいい!!!手紙ばら撒いてもうたよぉおおお!!!」

「見れば分かる!!降りて来てさっさと拾い集めろ!!!」

「うあああああ!!カイリュー降りてぇえええ!!!」

 

大事な手紙がぁああ!!と慌ててアキミチが走って行く。おれも手伝わなければと思ったけど、硬い翼じゃ寄せ集める事も出来やしない。

薄っぺらい手紙を口ばしで掴むのも一苦労だ……。

人間と同じ姿なら……、そう思った次の瞬間におれはすでに人と同じ姿で。アキミチと同じ五本指の手があって感動した。

とりあえず足元の手紙を拾い集める。

 

「アキミチ!手紙拾った!」

「エアームド!?え、マジで!?」

 

新人がびしっとアキミチを指差して言った。

 

「先輩!昔、ポケモンは人と同じ姿をしてたらしいんで別に可笑しい事やないと思います!」

「お前は手紙をカバンに戻せ」

「はい!」

 

カイリューが呆れたように溜息を吐いた。

カバンに手紙をなおした新人の奴はびしっと敬礼をした。

 

「いっぺん局に戻って紛失が無いか確認してもらってきます!」

「当然だ」

「はい、謝ってきます!」

「土下座してきなさい」

 

カイリューに乗って新人の奴が郵便局に戻って行った。

おれはあんな大変な失敗はしないぞ、と心に誓う。アキミチに怒られたくないし。

ふぅと息を吐いてアキミチがおれの方を見た。足元から頭の天辺までまじまじと見られてしまった、少し恥ずかしい。

 

「人の姿になれるポケモンなんて初めて見た……」

「アキミチにも知らない事あったんだ」

「……だな」

 

クスリと笑ったアキミチにおれも笑い返す。

じゃあ、練習を再開するかとアキミチが言ったので俺は元の姿に戻る。やっとアキミチを乗せて空を飛べるぞ!!

 

「とりあえず街を疲れるまでグルグルと飛んでみるか。どれだけ体力があるか確認したいからな」

 

とん、と背にアキミチが乗った

ドキドキと胸が大きく鳴った。ああ、アキミチと空を飛べるこれからずっとアキミチと空を飛びまわるんだ!

大きく翼を広げて力一杯飛び上がった!!!!

 

「うわぁッ!?」

「……?」

 

背中から重みが消えた。

下を見ればアキミチが肩をおさえて置きあがる。

 

「!?」

 

おれ、アキミチの事……、落っことした!!!!

大慌てで傍に寄ればアキミチはおれの頭を優しく撫でてくれる。

 

「飛び上がる時はもっとゆっくり、な……」

「……」

 

ごめんなさい。

でも、もう失敗はしない。絶対にしないからな!!

 

 

青空郵便

 

 

今度はちゃんとアキミチを背に乗せたまま飛べた。

どっちに飛べば良いのかアキミチの指示を待つ。ああ、やっぱりまだドキドキするな!!

 

「それじゃ、郵便局の方に飛ぼうか。そのままグルグル街を回るぞ」

 

よっしゃー!!!

 

「どれぐらいの時間とッ、おおおおおおおおおおおお!!!!」

 

体力の限界ってどれぐらいか分かんないから頑張らないと!!!

 

「ちょ、エアームドッ!!」

 

郵便局の上、通り過ぎまーす!!!

 

「……カイリュー、今の見た?今な、上をエアームドが通り過ぎたんやけどあれは300キロ出る勢いやったで」

「……」

「さすがエアームド!!先輩が生きて帰って来れるようにお祈りしとこか!!」

「リュゥ~……」

 

 

(エアームド……、お前は当分練習だ……)(……?)



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どうしてこうなった

ムクバード※下ネタ注意


 

「あの……、バトルっすか?」

「貴方が私に攻撃をしかけてくるのならお相手致しますよ」

 

野生ポケモンを探してたはずなのに、何故……。オレは見知らぬ男と対峙しているのか……。

しかもその男は自分の事を野生のムクバードだと言いやがる。

誰かー!変な人居るんですけどー!

良い大人がムクバードになりきってるんですけどー!!許されるのは子供だけだとオレは思いますー!!

 

「えーっと、あくまでムクバードだと言い張るならゲットしちゃうぞ~なんて……」

 

アハハ、と笑ってみせる。

ぶっちゃけこんな変な奴の相手をしてないでさっさと本当に新しいポケモンをゲットするべく歩きまわりたい。

オレの言葉でムクバードがニコリと笑った。

 

「では、勝負ですね」

 

そう言ったムクバードは一瞬で人の姿から本当にポケモンのムクバードになった。

オレは慌ててボールを取り出す。マジにポケモンだ!!マジにムクバードだ!!

人の姿になるポケモンなんて初めて見た!!とりあえず、ゲ、ゲットだ!!!

ムクバードに対してオレはメリープを出す。

相性的にはこちらが断然有利、弱らせてゲットしてやるぜ!!

意気込んだオレは数分後に泣き叫ぶ。

 

「メリープゥウウ!!」

 

ボロ負けした。

ムクバード、めちゃくちゃ強いんですけどぉおお……!!何が起こった、コイツ何なんだ!いや、ムクバードだけど!!

 

「勝負ありです。飛行タイプの私に手加減をして下さったみたいで……。お優しいですねぇ」

「……くぅううッ」

 

ニッコリと笑みを浮かべたムクバード。人の姿なもんだからその笑みがくそ憎たらしい!!

こうなりゃガチだ、タイマンだ。オレが戦ってやると服の袖を捲りあげる。

 

「オレが相手になってやる!」

「何をするんですか?メリープのように電気ショックを繰り出せるわけでもない人間様ごときが」

「にゃろぉおお……」

 

丁寧なんだか人を馬鹿にしてんのかどっちだ!!いや、もうどっちもなのか!?

珍しいとかそんな事はもうどうでも良い、このムクバード……絶対、泣かす!!笑ってられんのも今の内だ!貴方様を侮辱したこの鳥野郎目をどうかお許し下さいと土下座させてやる…!!

 

「拳で勝負だ!!」

「嫌です」

「はぁあ!?そこは乗って来いよ!!」

「私は飛行タイプなんですよ?そういう拳のバトルは格闘タイプに挑んで下さい」

「いや、お前……。今は人の姿なんだから、かかって来いよ」

「暑苦しいのは嫌なんです」

 

暑っ苦しくて悪かったなぁああ……。

ムクバードの胸ぐらを引っ掴めば「乱暴な…」と嫌そうに眉を寄せられた。

 

「人間なめんじゃねぇよ、マジ泣かすぞ」

「おや?そんなに自信が?」

「あるに決まってんだろーが!!人間同士ならではのやり方っつーのを教えてやらぁ!!」

 

頭は弱いが、鍛えてるから力の方は自信あんだよ!自分で言ってて悲しいけどなぁ!!!

オレの言葉にムクバードは考えるように視線を動かした。そしてゆっくりとオレに視線を合わせるとニコリと笑う。

 

「少し、興味がありますね」

「あ?」

「人間同士のやり方ですよ」

「おお」

 

じゃあ、とりあえずそのムカつく顔を一発ぶん殴ってやろうかと胸ぐらを引っ掴んだままもう片方の手で拳を作った。

ちゅ、と柔らかいものが口に触れてその拳は行き場をなくしたわけだが……。

 

「……なんで?」

「そういうお誘いなんでしょう?」

「いやいや……、ちょっと……」

「おやおや?自信ありと言っておいて……」

「いやいやいや!!」

 

誰がいつ男同士でイチャつこうぜ!なんて言ったよ!!今の乗りだとどう考えても拳のバトルフラグだろうが!!

 

「不能、でしたか……」

「違うわぁあああああ!!!」

 

バッチリガチガチに使えますよぉおおお!?

 

「ああ、じゃあ萎縮したとか」

 

何処までもコイツはオレを馬鹿にしたいらしい。

何なの、オレはコイツに喧嘩を売られてんのか?あ、これは乗って来いと?何でポケモンのしかもオスを相手にしなくちゃ駄目なの?

ぜってぇ、イヤ。

胸ぐらを掴んでいた手を離せばムクバードは首を傾げる。

 

「どうしました?」

「お前の相手なんてしてられるか!」

「おや?まだちゃんとした接吻もして頂いていないのですが?」

「誰がするか!」

「ああ、下手なんですか……」

 

違うわ!!

 

「貴方の自信は何処へ行ってしまわれたのやら……」

 

そんな自信をお前相手にかかげた覚えもないんだけどぉお……。

 

「言うだけ言っておいて、実は凄く……」

「何だよ……」

「小さい、とか?」

「ぶっ」

 

図星ですか!図星なんですね!とオレを見てクスクスと笑いだしたムクバード。

オレはムクバードの胸ぐらを再び掴みあげた。

 

「上等だゴラァアアア!!!」

 

 

どうしてこうなった

 

 

我に返り思う。

スッキリしました、ただ後悔しか残っていない。

なんでゲットしちゃったのオレ?

 

(まあまあでしたね)(あんなによがっといて!?)(私の体力はまだ半分も削られていません)(はぁ!?)



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幸運スーパーアタック!!

アブソル


幼少の頃からの幼馴染が遠方まで出向きアブソルをゲットして帰って来た。

見た目が素晴らしくカッコイイポケモンだったのでオレも欲しいなぁと思っていたら知り合いの知り合いなんていうオレとは全くの他人がゲットしたから、とわざわざ送ってくれた。

良い知り合いを持ったなぁ、と思う。知り合いの知り合いには会った事ないけど。

で、オレの手元に来たアブソルはオレを見るなり嬉しそうに飛びついて来た。幼馴染のアブソルは大人しくてこうキリッとした感じがしたのだが……。

やけに性格が可愛すぎるが、まあ、見た目が大分カッコイイので良いだろう……、うん、見た目。

アブソルを手に入れた数日後、幼馴染に誘われて買い物に行く事になったのだが家を出ようとした時にアブソルにもの凄い勢いで引きとめられて家から出れない。

数分後、滝のような雨が降って来て……、数十分後に幼馴染から鼻声混じりに買い物中止の電話が掛って来る。

次の日、幼馴染は風邪を引いたらしい……、災難だな……。

 

なんかラッキー、その時は軽く物事を考えていた。

 

でも……。

なんかラッキー、じゃなくてアブソルが良い方に誘導してくれているような気がして来た……。

買い物で、これ買おうかな、と思った服をアブソルに見せれば大きく首を横に振られ、次の日にアブソルが広告をくわえてやって来た。

昨日買おうとした服が今日は半額だ……。

テレビが壊れたと嘆く幼馴染の話を聞いてオレもテレビを買い換えようかと考えてみる。電気屋に行ったがアブソルがデパートに行けとオレを押す。

デパートで仕方なく晩ご飯の買い物をするとくじが引ける券を貰った。

一等の大型テレビが当たった……。

どうにも事が上手く運ぶ。

アブソルを連れて散歩をしていると急にアブソルが走り出して。慌てて追いかければ怪しげなおじいさんが腰を押さえて地面に蹲っている。

病院に連れて行けば何故か次の日にお礼と言っておじいさんから食べ物やら高価そうな皿やらを貰った。ボディーガードを引き連れてやって来た怪しげなおじいさんは何処ぞの金持ちだったのか……。詳しくは聞かなかったけど……。

 

ある日の事だった。朝起きるとテーブルの上に朝食が並んでいる。

見知らぬ男が「何飲む?」とオレに声を掛けて来たので「コーヒーで……」と返事してみた。返事をしている場合ではない。

 

「……」

「はい、コーヒー。冷めないうちに食っちまってくれ!自信作なんだ!」

「……どちらさま?」

「アブソル!」

 

ニコニコと笑うアブソル……。

カッコイイ見た目のポケモンだったのに、なんで人の姿に……。納得のいかないまま座って朝食を食べ始める。

 

「あのさ、あのさ」

「なにか……?」

「こうやって、会話出来るのって良いよな!」

 

そう言ったアブソルが照れたように笑う。

オレが朝食を食べるのを見てまた嬉しそうに笑った。

 

「今日、出掛ける?今日な○○通りでな事故起きるみたいだから近づかない方が良いぜ!」

「……」

「あとな、これから電話掛って来るけど出ちゃ駄目だから」

「電話?」

 

オレがそう聞き返すと丁度、電話が鳴った。

チラリと電話を見てからアブソルに視線をやるがアブソルは首を横に振る。

暫くして電話が鳴り止んだ……、アブソルがニコリと笑う。

 

「ハルノスケにさ、聞きたかったんだけど。どんな事が幸せ?オレ、災いを予知出来るからハルノスケを幸せに出来ると思うんだよ!だってさ、災いの気配が全くない方へとハルノスケを連れて行けば良いんだもんな!」

「別に、そこまでしてもらわなくても……」

 

普通に暮らせればそれで良いんだけど……と思いつつ、最近の幸運過ぎる数々を思い返す。

災いを避けて全く災いの無い方へとオレは誘導されていたのか、なるほど。災いが全くないって事はそこにあるのは幸運……、本当に災いも幸運も無いって場合もあるかもしれないが……。

 

「でもなでもな、オレはハルノスケに好きになって欲しいからさ!ハルノスケの為に頑張りてぇの!」

「それは嬉しいけど、なんか幸運過ぎて逆に怖いから、やっぱり良い……」

「大丈夫!オレがついてるから!」

「いや、だから……」

「テレビで見たんだけどさ!億万長者って凄い幸せなんだろ?豪邸に住めるらしいぜ!プールとか家にあるのって幸せ?」

 

本当に遠慮したいんだけど……。

 

「オレ、ハルノスケに会えて凄い幸せだから!オレもハルノスケを幸せにしてやるな!」

「……あの」

「だってさだってさ、ボールから出て時にハルノスケの姿見た時すっげぇカッコイイーって思った!もっと頭撫でて欲しいし!偉いぞー大好きだぞーって抱きしめて欲しいからさー!」

 

えー……、何コイツー……。

見た目はオレと変わらない年に見えるけど中身が幼すぎないか。見た目は、普通の、いや、やっぱりアブソルなだけあってカッコイイというか整った顔してるけど……。

なんていうか、頭が残念……?

 

「一目惚れって言うやつかな?」

「……オレはアブソルに一目惚れしたんだけどな……」

「!」

 

見た目が凄く、カッコイイポケモンだったので……。

 

 

幸運スーパーアタック!!

 

 

幼馴染にアブソルが人の姿になってしまった事を相談してみたら、お前もか、と意外な返事が。

チラリと二人してアブソルの方へと視線をやる。今はポケモンの姿のままのアブソル二匹が少し離れた所で寄り添って眠っている。

 

「実はアブソルの事で……、凄く、困ってる……」

「お前もかぁああ!俺も超困ってる!アブソルってとんでもねぇ奴だよな!?」

「本当に……」

「だよなぁ……」

 

二人して大きな溜息を吐いた。

見た目だけで選んでしまったので災いを予知出来るなんて知らなかった。見た目だけのイメージと幼馴染のアブソルの姿からもっと大人しい奴なんだと思ってた。

 

「幸運過ぎて本当に怖いんだよな……、毎日どんな風に幸せになりたいか聞かれるし……」

「……え?」

「災いを予知してくれるだけで十分なのに」

「ちょ、うちの子は災いすら予知してくれないんですけど、っていうか、予知してても教えてくれないんですけど!?」

「……え、なんで?」

「俺の方が聞きたいぃいい!一番最近のはあれだ、○○通りでパレードあるから見に行ったら事故があって中止になった!何も見れなかったうえに凄い人混みで足踏まれたり突き飛ばされたり酷い目にあった!!」

「……」

「つか、その日、俺お前に電話したんだけど……」

「……アブソルが予知したので、電話に出ませんでした」

「……」

 

 

(アブソル……、交換しよーぜ!)(嫌)(お願いします!後生です!!交換して下さい!!)(嫌)



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やっぱり可愛い

リーフィア


草花を愛するといっては気持ち悪がられるが今は亡き母の趣味を引き継いで花屋を経営している俺、トミオ。

勿論、草タイプのポケモンが一番大好きだ。

しかし自分でポケモンをゲットした事がなかったので草タイプのポケモンを手に入れられるわけもなく。野生ポケモンを眺める日々を送っていた。

そんなある日、街によったトレーナーが一匹のポケモンを俺にくれた。ポケモン側からしたら少し可哀想な話だが……、ハクタイの森でレベルアップしたらしいイーブイがリーフィアに進化してしまったと……。

トレーナーも知識不足だったと肩を落としていた。何でもブースターが欲しかったらしい。

そんな事があってリーフィアを受け取った。俺的にはとうとう草タイプのポケモンが手に入ったと大喜び。

でも、リーフィアはツーンと俺に対してそっぽを向いた。まあ、理由が理由なだけにリーフィアも納得出来ないのかもしれない、しかも貰い手がバトルもしない普通の花屋だ……。

まあ、過ごし難い環境ではないだろう。そう思って俺はリーフィアを基本的に野放しにして気長に待つ事にした。

積極的に近づいて噛みつかれてもヤだし。ポケモンはなめてかかると危険だ……。

 

リーフィアを野放しにして数日。リーフィアは庭や店前で寝ている事が多かった。

懐いてくれていないので触るのはやめたが、一応挨拶だけはちゃんとしたりして。向こうが俺に興味を持ってくれるのを待つ。かなりの長期戦だけど。

もの凄く晴れた日、日差しが熱いくらいで花が萎れないように店の前に水を撒く。

庭に来ていたらしい野生のスボミーの上にも雨のように水を撒けばスボミーは嬉しそうに体を揺すった。

 

「可愛い……」

 

いつ見ても可愛い、草タイプのポケモンはやっぱり見てて癒される。

まあ、それを言うとリーフィアも寝ているだけで凄く可愛くて癒される……と、リーフィアに視線をやったつもりが後ろに立っていたのは見知らぬ男。

お客さんかと思って笑顔を向ければギロリと睨まれた。

男はそのまま俺の手からホースを引っ手繰って。スボミー目掛けて水を勢いよく浴びせる。スボミーは驚いて逃げていってしまった。。

なんてことを!!

 

「ちょ、何を……」

「うるせぇ!」

 

勢いよく水を浴びせられた。

ぐっしょりと濡れた服、この時ばかりはさすがに客かもしれないけど相手を睨みつける。

 

「……何の真似ですか、嫌がらせですか?冷やかしですか?」

「……ッ」

 

たじろいだ相手の腕を掴んで店の外へと放り投げる。

「うわ!」と声をあげた相手は一瞬で見慣れたポケモンの姿になった。

 

「リーフィア?」

「……」

 

むすっとした顔をしたリーフィアが俺を睨みつける。……さっきの男はリーフィア?

 

「は?え、ちょ、どういう事なのか分からない……」

「自分の手持ちが人型になってんのも分かんねぇのかよ、バーカ!!」

 

再び男の姿になったリーフィアが俺に怒鳴る。

そんな事を言われてもポケモンが人の姿になるなんて聞いたことがない。

リーフィアの姿をまじまじと見てみる。やっぱり人間にしか見えない……。

 

「……んだよ、そんなに追い出したかったのかよ」

「え、何?」

「別にっ!!」

 

フン、とそっぽを向いた姿はポケモンの姿の時と同じだった。

リーフィアが人の姿になると分かってから、リーフィアは人の姿で庭に居る事が多くなった。特に話しかけてくる感じではないが、ポケモンの姿より人の姿の方が楽なのかもしれない。

昼休憩の時間。

雑誌を読んでいると、あるページで草タイプ特集をやっていて、思わず顔に笑みが浮かぶ。

 

「やっぱり可愛いなぁ、キレイハナ……」

「どの辺が」

「へ?」

 

後ろから雑誌を覗き込むリーフィア。珍しく話しかけて来た。いつも俺が話しかけても無視するのに……。

 

「ど・の・へ・ん・がッ!!」

「ぜ、全体的に……」

「……」

 

むすっと顔をしたリーフィアが雑誌に載ったキレイハナの写真を睨みつける。

なんなんだろう……、えーっと……。

 

「リーフィアの方が可愛いけど、ね?」

「…ッ、べ、別にそんな事聞いてねぇよ!!バカボケカス!!」

 

顔を真っ赤にしてリーフィアが怒鳴った。

そっかー、可愛いって言われたかったんだー、気付いてあげなくてごめんなー。

 

「可愛いなぁ」

「うるせぇッ!!バーカ!!」

 

更に顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

なんだ、別に俺ってめちゃくちゃ嫌われるわけじゃないのかも……。

そーっと手を伸ばして頭を撫でてやるとリーフィアは不機嫌そうな顔を赤くして俯いた。

 

 

やっぱり可愛い

 

 

俺の見える所で寝転がってるのも、

声を掛けても無視をするのも、

構って欲しいからなんだと俺は後に気付く。

 

「リーフィア、こっちおいで」

「……」

 

返事をしなくても傍に来てくれる事も分かったしね。

 

 

(トミオのバーカ!!)(リーフィアが居るとやっぱり癒される……)



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愛情、異常に過剰

ムウマ


よお、と片手をあげてニヒルな笑みを浮かべた男。俺と同期のトレーナーのエイゴ、トレーナーではあるがポケモンを育てるというよりポケモンで遊ぶといった表現がぴったりな男だ。

はっきり言って嫌な奴だと思う。でも、整った顔立ちだとかモデル並みのスタイルだとか……、同じ人間だとは思えぬ美麗さを持ち合わせた人間……。

エイゴと知り合いの俺は羨ましがられたりするが、知り合い側の俺としては何も良い事はない。会う度にその綺麗な顔に嘲笑うような笑みを向けられては俺も無意識に顔が歪む。

 

「良い顔で迎えてもらえて、嬉しいったらねぇぜ」

「……何か用?」

 

喉の奥でクククと笑ったエイゴは「見せて」と語尾にハートマークでも付きそうな甘ったるい声を出した。

俺が首を傾げればニッとエイゴは笑みを浮かべる。

 

「クロバット、連れてるって聞いたけど?」

 

ああ、と俺はエイゴの好みを思い出す。

悪やゴーストに毒といった怪しげなポケモンが好きな奴なのだ……、この男は……。

クロバットをボールから出せばエイゴはおおと声を漏らした。

 

「良いな、クロバット」

「やらねーぞ、欲しけりゃ自分で育てろ」

「……」

 

口を尖らせて眉を下げたエイゴ、綺麗な顔した奴は何をやっても絵になるな……。

 

「ゴルバットは好みじゃねぇんだよなぁ……、それにポケモンが私に懐いたことってねぇし」

 

トレーナーとしてどうなんだそれは……。

クロバットの頭を撫でながらエイゴが笑う。クロバットが目をパチパチと瞬かせ照れたように羽を動かした。

あんにゃろう、クロバットめ……。優しく笑いかけられるのにホント弱いな……。

 

「私のゲットした新顔も見る?お前にちょっと似てるんだけど」

「はあ?」

 

エイゴがニヤニヤと笑いながらボールの開閉ボタンを押した。

出て来たのはムウマだ……、何処が俺と似てると言うのか……。

 

「ムゥー……」

「……」

 

あ、このムウマ目つき悪い!!

ムウマと言えば吸い込まれそうな大きなキラキラとした目というイメージがある、ところがエイゴのムウマは完全に瞳孔が開き、目で人を呪い殺すのかと言わんばかりに目つきが悪い。

俺、こんなんか……。いや、クロバットにも目が冷たいって言われたけど……。

 

「対面した時に腹抱えて笑ったの初めてだった」

「お前、ホントに嫌な奴……」

 

クロバットがムウマを見てビクビクと怯えている。同じポケモンから見てもムウマの目つきは悪いらしい……。

 

「目つき最悪だろ?特性が威嚇じゃねぇのに自然に威嚇してんの!」

「……」

「連れてる私も目が合うとイラっとすんだよなぁ、何睨んでんだコイツ……って」

「ゲットしといて何言ってんだお前!」

 

アハハと笑うエイゴの傍にムウマが近寄っていく。それに気付いたエイゴがムウマの頭に手を置いて。

そのまま地面に叩きつけやがった。

 

「ム゛ッ!!」

「オイィイイイッ!!」

「いや、近づいて来たから」

 

近づいて来たからって叩きつける事ねぇだろーが!!

俺が慌ててムウマに近寄ればエイゴは「放って置いて良い」と言って笑う。この男は本当にポケモンをなんだと思ってるのか!昔から理解出来ない!

 

「ムゥウ……」

 

目に涙をいっぱいに溜めたムウマが口をぎゅっと閉ざして泣かないように耐えているようだった……。

 

「ムウマ、泣いたらお仕置きだからな」

「……っ」

 

ぐぐ、とムウマが必死に泣くのを耐える。

それを見てる俺が泣きそう!!可哀想過ぎるだろ、目つきは悪くてもなぁ!心は純粋なんだぞゴラァア!!俺も目つき悪いけど、自分で言うとあれだけど良い奴なんだぞッ!!

 

「お前、絶対にポケモンに懐かれない!」

「知ってる」

「言う事聞いて貰えなくなるぞ!?」

「反抗する奴を従わせるのもまた楽しいけど?」

 

コイツ歪んでる!!

いや、昔から知ってたけど!!

クロバットもエイゴの言葉にドン引きだった、エイゴにゲットされてしまったポケモンは不憫すぎる……。

ムウマの頭を掴んでエイゴが笑った

そのエイゴをムウマは睨みつける……、とは言っても目つきが悪いので睨んでいるように見えるだけなのか……。

 

「お前は言う事ちゃんと聞けるもんなぁ~?」

「ムゥ……」

「……その反抗的な目、たまんねぇな」

 

そう言ったエイゴの口元は楽しげに歪んでいた。

 

 

、異に過

 

 

その後、エイゴの提案でバトルをすることに。

クロバットとムウマをバトルさせたもののクロバットの圧勝。

ズタボロで気を失っているムウマを見下ろしてからエイゴが俺を見て笑った。

 

「やっぱ、クロバットいらねぇや」

「最初からやんねぇよ」

「私にはムウマがいるし」

「あんま虐めるなよ……、もっと優しくしてやった方が良いと思うぜ?」

 

エイゴが笑顔で首を傾げる。

 

「めちゃくちゃ可愛がってるだろ?」

「は?」

「このムウマは私の一番のお気に入り」

 

目つき悪くて可愛いし、反抗する癖にビビらせたら素直になるし、ムウマってポケモン自体も私の好みど真ん中。こいつ以上に可愛いポケモンなんていないって!

そう言ってムウマを抱きかかえたエイゴ……。

長い付き合いだが初めて知った、この男の愛情表現は異常なのだと……。今思えば自分の興味の無い事には完全無視だもんな……。

 

「好きな子、虐めるタイプだ……」

 

ちなみに目いっぱいに涙を溜めて睨みつけられるのがたまらなくツボだそうです……。

 

 

(あれ?ってことは、昔から嫌がらせされてる俺は?っていうか、ムウマって俺にちょっと似て……)(ぼーっとしてねぇで、ポケセン行くぞ)



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永久ニ誓ウ忠実

バンギラス


オレは、オレの主人であるエイゴが大好きだ。

沢山の人間を見て来たけどエイゴほど綺麗な人間はいないと思う、でも、エイゴは決して優しい人じゃない。でも好き、大好き、オレはエイゴにゲットされたんだからオレにはもうエイゴしかいない。

エイゴが要らないとオレを捨てるまでオレはエイゴのもので、エイゴが命令をすればオレはどんな事にだって従う。

 

だってエイゴが大好きだから。

 

大きなオレを椅子にしてオレのお腹にもたれかかりながらエイゴが小さく欠伸をもらした、呟くように「バンギラス、お前硬ぇわ……」と不満をもらすけれどエイゴは退こうとしなかった。

エイゴはよくオレを傍に置いてくれる。それはオレが他の連中と違って一番"忠実"であるからだとオレ自身理解してる。

他の連中はあまりエイゴの傍に居たがらない。お仕置きと称して笑いながら痛い事をするから、機嫌が悪いと暴言を吐かれるから、オモチャみたいに壊れるなり飽きるなりしたら捨てられると体を震わせている。

そんな文句を言うならゲットされそうになった時に必死に逃げれば良かったのに……と思っても言葉には出さない。オレはエイゴを見て、この綺麗な人について行こうと思ったからココに居る。

油断していたからゲットされてしまった、こんな人間と一緒に居たくないと言うならエイゴに攻撃をしかけて逃げ出せば良い。ぐちぐちと文句を言う他の連中を見てオレは腹立たしい気持ちになった……。

 

「昼寝するから、一時間くらいしたら起こせ」

 

エイゴの言葉に頷けばエイゴは満足げに笑って草の上に寝転がった。

エイゴは腰にあったベルトをぽいっと地面に投げ捨てて目を瞑ってそのまま眠りについた。ベルトを投げたという事はお前ら勝手にしてろという事なのだけど他の連中は勝手に動き回るとエイゴにお仕置きされると思ってるのでボールから出て来ない。

もう随分と一緒に居るのだからエイゴの性格を分かって良いような気がするが、分からないのならそれはそれで良い。勝手に出たら出たでお仕置きされるのは確かだし……。

ボールのついたベルトを眺めていると一つのボールが開いた。ボールから出て来たムウマはフルフルと体を震わせた後、寝ているエイゴを見て安堵したように息を吐いた。

 

「なあなあ、今逃げたら逃げ切れると思う?」

 

ムウマのその言葉にオレは何も言わない。ムウマは溜息を吐く。

ムウマは一番エイゴにお仕置きを受けているし、いつも機嫌の悪い時に八つ当たりされるのはムウマ、だからムウマはエイゴが嫌いでいつも逃げ出したいと言っている。

何度か逃げだしたが追いかけて捕まえてこいとオレや他の連中に命令するものだからオレは逃げたムウマを捕まえに行く事になる。

連れ戻される度に痛い目に合うのでムウマも逃げるという選択肢をとるかどうか迷っているらしい、オレを味方につけたいみたいだけどオレはエイゴの命令に従うから味方にはなってあげれないな……。

 

「良いよな、バンギラスはお仕置きされないし……、アイツの機嫌が悪い時もおればっかり罵られるし……」

「……」

 

そうだね、確かにその通りだ。

オレはお仕置きをされない。機嫌が悪くても暴言を吐かれない。それはオレが全て受け入れて反応も抵抗もしないからだとは分かってるけどオレはわざわざエイゴに逆らうような事はしたくない……。

良いよな。と言われた言葉にオレはムウマの方が良い。羨ましいと思っている自分が居る。

エイゴの度が過ぎたお仕置きも機嫌の悪い時に暴言を吐くのも全てムウマが好きだから、とびっきりのエイゴの最大の愛情表現だって……、みんなは知らない。

オレは知っている、でもムウマ達には教えない。羨ましいから妬ましいから……。オレも反抗してみようかと思った時もあったけど、"忠実"でないオレなんてエイゴは必要としてくれないからオレは"忠実"であるエイゴの駒としてエイゴの傍にある……。

ただそこに居るだけでエイゴからの愛情を一身に受けているムウマが羨ましい。

ムウマが逃げ出す度にエイゴが「捕まえてこい」と命令しなければ良いのに……、なんて思ってしまうオレは嫌な奴だ……。

傷だらけになってポケモンセンターに連れて行かれるムウマを見て羨ましいと思う奴なんてきっとオレくらいだと思う。

 

「バンギラス、バンギラス」

「……」

「おれが逃げた事、内緒にしててくれよな!」

 

そう言って森の奥へと消えて行くムウマ。オレが考え込んでいる間にムウマも考えて逃げ出すという選択肢をとったようだ。

暫くしてエイゴを起こせば、エイゴは欠伸をしながら地面に捨て置いたベルトを拾い上げた、一つのボールからポケモンの姿が無い事に気付いたエイゴは口元に笑みを浮かべる。

 

「バンギラス」

 

さあ、前を歩けと微笑むエイゴの前をオレは歩きだす。

逃げた事は言わない内緒にする、それを分かっているからエイゴはオレに何も聞かない。

ムウマの受ける愛情を羨ましいと思う、でも苦しむムウマを可哀想だとも思う。矛盾しているだろうか、どちらにせよエイゴが絶対だと言う事に変わらないけれど……。

そしてグラエナの嗅覚を使って発見されてしまったムウマはうろたえながらオレに視線をやった。

睨みつけているように見えたけれどその目の奥は不安と恐怖で揺らいでいる気がする。オレは言わなかった内緒にしてたけど……、エイゴにバレないわけないじゃないか……。

 

 

永久ニ誓ウ忠実

 

 

やだやだ、こっちに来るな、見逃して!と叫ぶムウマ。

オレだって嫌だ、そっちに行きたくない、出来るなら見逃してしまいたい。

 

「バンギラス、あくのはどう」

「ムウゥウ!!!」

 

ごめんね、ごめんね、痛いけど許してね。

オレはどんな命令にでも従う"忠実"なオレでなければココにはいられないんだ。

 

 

(逃げたからお仕置きだ)



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自尊心を捨てて鳥籠へ

ピジョット


店の前を通るとふわんとコーヒーの良い香りがした。

香りに誘われるまま小さなと言っては失礼だがこじんまりとしたカフェ。店の扉を開けた時から俺はすっかりとその店の虜になっていたらしい。

 

「マスター!」

「いらっしゃーい」

 

ニコリと笑顔で迎え入れてくれたこのお店のマスター。俺よりも年上かな?なんて思っていたけど話をすればなんと俺と同い年。もうすぐ三十路突入ですなぁと二人して語ったりと意気投合し俺は当然のように店の常連になった。

このカフェにはマスターともう一人、アルバイトとは思えないけど、マスターより年上だと思われる男性が居てマスターの手伝いをしている。気さくなマスターと違って落ち着いた雰囲気で行動の一つ一つがなんとも大人だー!って感じなのである。ちなみに俺はお兄さん、と呼んでいる。

実年齢より大分若く見られてしまう俺は見た目通り、結構中身も幼いらしく実年齢を言うと驚かれてしまう。そんな俺とは正反対で大人の男性であるお兄さん……。なので俺は店に訪れる度にそんなお兄さんの仕草やらを観察して勉強してたりする。

 

「マスター、いつもの!」

 

びしっと親指を立てて言えばマスターは「はいはい」と返事をして笑っていた。

椅子を引いてくれたお兄さんもクスクスと笑ったものだから、ああ、また俺は学習しないな畜生と心の中で呟いて椅子に座った。

 

「マスター、俺は大人の男になりたいよ……」

「え、じゃあ、ミックスジュースじゃなくてコーヒーにしようか?」

「……ミ、ミルクと砂糖いっぱい入れてくれる?」

「アハハハハッ!!!」

 

ミックスジュースを俺の前に置いたマスターが目に涙を浮かべて笑う。お腹が痛い、息が出来ない~なんて言いながらヒーヒー笑うもんだから俺はミックスジュースを飲みながら悔しさでいっぱいになるわけだ。

畜生、ミックスジュース超うめぇ。

 

「ミックスジュースを飲んでいても大人は大人ですよ」

「ほぅ、ちなみにお兄さんは何を飲みますか!」

「私は紅茶が好きです」

 

ニコリと笑ったお兄さん。やっぱり大人ですね、俺とチョイスが違うよ。

どうせ自分で淹れたりとかするんだろうな……、しかもストレートで優雅にティータイムとかしてるのかも……。

 

「俺は超激甘ミルクティーじゃないと飲めないです……」

「奇遇ですね、私もミルクティーが好きですよ」

「マ、マジすかぁああ!!」

 

ヤッタ!!と喜べばお兄さんは趣味が合いますね、と言って目を細めて笑ってくれた。

やべぇ、お兄さんと一緒って事は俺もちょっとは大人じゃないかこれ!!いや、大人もミルクティーは飲むって事が分かったのか、まあ、俺はミルクティーよりミックスジュースが好きなわけだが……。

 

「ヒナリは何でも真似したがるね~」

「え、だってお兄さん大人だしマジ憧れる」

 

ね!とお兄さんに視線をやれば困ったように眉を下げてお兄さんは笑った。何それ、どうやったらそんな風に笑えんの……。

お兄さんの笑った顔を真似してマスターに笑いかければ「ぶふぉっ」って思いっきりマスターが吹いた。汚ぇ。

 

「俺もお兄さんみたいに髪の毛にメッシュ入れよっかな、カッコイイし……」

「超似合わないっ!!」

 

バンバンとテーブルを叩いてマスターが笑う。なんてこったい、この男は俺に対して失礼過ぎやしないか。一応お客さんなんだからさ、もうちょいオブラートに包むとか……。

 

「私は今のままのヒナリさんで十分素敵かと」

 

お兄さんっ…!!

俺の前で腹抱えて肩震わせてる男とはやっぱり違うね!!お兄さんがそう言うなら俺、このままで生涯を過ごすよ!!

どうぞ、とお兄さんは新しいミックスジュースをテーブルに置いた。いつの間にかすでに空になっていたコップは消えていたので気付いたお兄さんが片付けてくれたのか……。

さすがお兄さん!!俺も気の利く大人になろう。

 

「俺の目標はお兄さんみたいになる!だ!!」

「天地がひっくりかえればなれるよ」

「うぉい!!マスター!!最近俺に対して酷いぞ!!」

「ソンナコトナイヨー」

 

ぷーいとそっぽを向いたマスターを見てお兄さんは苦笑いを浮かべた。

まあ、マスターが俺をからかうのは今に始まった事じゃないけど……、同い年だって分かった時もすごい笑われたし。

ミックスジュースをずずーっと一気に飲んで大きく息を吐く。お腹膨れた~と思いながらチラリと時計を見ればすっかり時間が過ぎていた。

 

「げぇええ!!!」

「何っ!?」

「ポケモンセンターにポケモン預けっぱなしで忘れてたぁ…!!」

「おやおや」

「可哀想に……」

「最近そっけないのに更に機嫌悪くしちゃうよぉお!!」

 

大慌てで店を飛び出してポケモンセンターに走る、そんな俺が大人になれる日は遠い。

 

* * *

 

飛び出して行ったヒナリ。

お代貰ってないんだけどなぁ、と思いつつもどうせまた来るだろうからと諦めて溜息を吐いた。

チラリとコップをテーブルを片付けてテーブルを拭いている男に視線を向ければ、その視線に気づいのか男は眉を寄せて睨むように視線を返してきた。

 

「何ですか……」

「んー、ゲットして下さいって言えばヒナリなら大喜びでゲットしてくれると思うけど?」

「……何を言い出すんですか貴方は」

 

不愉快ですと言わんばかりにむっとした男を見て思わず笑みがこぼれる。

 

「素直じゃないねぇ、ピジョットくん」

「……」

 

人間に憧れて人間と同じように自由に生きたいと……、そう俺に言ったのは人と同じ姿をした野生のピジョットで、ボールの中に入れられるのも誰かの所有物になるのも嫌だからと言ってうちで働きだした。

毎日のように店にやって来て、憧れの"お兄さん"がポケモンのピジョットだなんて知らないヒナリ。そんなヒナリにピジョットは戸惑いながらもまんざら悪い気はしていないのだろう。

俺のポケモンがね、と語るヒナリの言葉にピジョットは何を思ったんだろう。俺の目には"俺のポケモン"と嬉しそうに話すヒナリを見てピジョットがどうにも羨ましいとも嫉妬ともとれるような複雑な気持ちを抱いてヒナリを見てるように見えた。

 

「甘い紅茶でも淹れてあげれば良いんじゃない?」

 

今は上手くいってないみたいだけど、ヒナリの言う"俺のポケモン"とヒナリがいつ仲良くなるか分かんないよね。慕われてる分ピジョットの方が有利だと思うけど、今のうちに抱き込んでおいた方が良いんじゃないかな。

アハハ、と笑ってそう言えばピジョットは額に手を当てて小さく溜息を吐いた。

 

「貴方には敵いません……」

 

店の外に出たピジョットは久しぶりにポケモンの姿に戻って、ポケモンセンターへと一直線に走っているであろうヒナリを追いかけて空へと飛んでいった。

 

 

自尊心を捨てて鳥籠へ

 

 

ジョーイさんからモンスターボールを受け取って大きく溜息を吐く。

帰ってボールから出せばいつにも間して不機嫌に違いない、ひっかき傷に噛み付かれるのは避けたいし技をくらえばひとたまりもないわけで……。

俺も年齢だけなら十分大人だと言うのにポケモン一匹にもなめられて言う事を聞いてもらえない情けない大人、進化する前は可愛くて言う事もちゃんと聞いてくれてたのになぁと思いつつまた大きく溜息を吐いた。

 

「ヒナリさん」

「ぉ、お兄さん!!何でここに……、俺、何か……」

 

あ、お金払い忘れてた!!

すみません、本当にすみません、ダメな大人ですみません。と頭を下げながら財布を出せばお兄さんはニコリと笑った。

 

「ピジョット、お好きですか?」

「ほあ?……え、ポケモンは大好きですけど?」

「良かったら貰って欲しいんです」

 

人から貰ったポケモンって懐きにくいし言う事も聞かないって言うからなぁ、お兄さんがくれるものなら何でも欲しいし貰うつもりだけど……。生き物はなぁ……、俺と一緒じゃポケモンも楽しくないかもしれないし……。

 

「私を」

 

目の前で憧れのお兄さんがポケモンになって叫ばない人間なんていない。

 

「ふぉおおおおおっ!!!!?」

 

*



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そういうお年頃

リザード


子供だった頃は甘えたり構ってもらうのが普通だった。

でもオレはもう子供じゃない、そりゃ大人でもないかもしれないけど遊んでって甘えたり構って欲しくてずっとくっついてるなんて……、もう出来ないじゃんか……。

もう子供扱いしないで欲しい、ヒナリからしたら子供かもしんないけど、抱きつかれたらなんかすげぇ恥ずかしいし遊ぼうって言われても素直に頷いたら自分がまだまだ子供みたいで嫌なんだよ。

そういうオレの気持ちを分かって欲しいけどヒナリは気付いてくれないし、オレにリザードくん可愛いねーなんて言ってくるし!!そりゃヒトカゲの時は目玉ぐりぐりしてて可愛かったかもしんないけど今はリザードなんだぞ!?何処が!?むしろカッコイイとか言われたい年頃なんだけど!!

 

「リザード~……、寂しかったよな?ごめんな~、迎えに行くの遅くなって……」

「……」

 

よしよし、と頭を撫でてくるヒナリの手を払いのける。オレは子供じゃないんだから頭は撫でなくて良いし、ポケモンセンターに預けられて2、3時間忘れられて放置くらったからって別に寂しくて駄々こねるようなガキじゃないんだから大丈夫なんだよ!!

 

「……うう、リザードが怒ってる……」

 

怒ってねぇよ!!いや、ヒナリのその反応に怒ってはいるけど!!

ギャイギャイと鳴いてみた所でヒナリに言葉が通じるわけもなく……、ごめんなごめんなと謝りながらヒナリがオレを抱きしめる

 

「リザー!!{だから、そういうのやめろって!!}」

「うわあぁあ、嫌がられたぁああ!!」

 

もうちょっと考えろよ!としっぽでヒナリの手を叩けばヒナリはガクンと肩を落とした。

 

「俺の何が嫌なの?進化する前はあんなに仲良しだったのにさー……」

 

ヒナリがオレを子供扱いするのが嫌なんだよ!!って言ってみてもやっぱり言葉は通じない。小さく溜息を吐けば口から火が出た。

 

「う……、でも今日からは大丈夫なんだ!!」

 

何が?

 

「じゃじゃーん!!なんと新しい仲間をゲットしたんだぜー!!」

 

何だとぉおお!?いつの間に!?弱らせもせずにゲットして来たっつーの!?

 

「俺の行きつけのお店で働いてたお兄さんこと、ピジョットだよ。ピジョットお兄さんにリザードも相談とかすると良いよ、俺はするから!!」

 

お兄さんって……、ヒナリが憧れて尊敬してるとか言ってたお兄さん?会った事ねぇけど、ポケモンだったの?

ヒナリがボールからピジョットを出せば、ピジョットは目の前でポケモンの姿から人と同じ姿になった……。な、なにコイツ……!へんしんを覚えてるピジョット?

 

「お兄さーん!この子が可愛いオレのパートナー、リザードですよ!!」

「はじめまして、ですね。仲良くしましょう、リザードくん」

「……」

 

なんだよ、なんだよ、なんだよコイツ!!

ずるいじゃねぇか!!何でコイツだけ人の姿で人の言葉喋って、ヒナリと会話出来てんだよ!!

お茶淹れますか?なんて言ったピジョットにヒナリは大きく頷いた。

オレは何を言っても分かってくれないのに言葉が通じるなんてずるすぎる!!

 

「リザァ!!{オイ、ヒナリ!どういう事だよ!}」

「リザードも飲みたいのか?お兄さんの淹れてくれたお茶」

 

いらねぇし!!

ダメだヒナリとは話にならないと思ったオレはピジョットの傍まで走っていく。

 

「{何で人の姿してんだよ!}」

「何故なのかと聞かれると困るけれど……、気付いたら人の姿になれるようになっていたよ」

「{人の姿になれるのにゲットされるとか何考えてんだ……}」

「随分と警戒するんだね、私は自分の意思でヒナリさんと一緒に居る事を選んだ、それはいけない事かな?」

 

ピジョットの言葉に何も言えなくなった。

いけない事ではない、ヒナリがそう決めたんなら仕方がないけど……。

なんかずるい!!なんかムカつく!!なんか悔しい!!!

ピジョットはテーブルにお茶の入ったカップを置くとポケモンの姿に戻った。

 

「{私が嫌い?}」

「{嫌いじゃないけど……、人の姿になれるからムカつく}」

「{なら私と同じだ。私もリザードくんが嫌いではないけど羨ましくて少し憎らしい}」

 

うんうん、と頷きながらピジョットが言った。

……羨ましい。そっかオレは人の姿になれるピジョットが羨ましかったのかと気付くと、この心にあるずるいとかムカつくとか悔しいって気持ちは全部同じだった。

 

「{なんでだよ……、お前の方が良いじゃんか……}」

「{私は"お兄さん"だから}」

 

ピジョットの言葉は全く意味が分からなかった。

オレが首を傾げるとお茶を飲んでいたヒナリがオレとピジョットの間に入って来て涙目になりながらオレに抱きついてくる。

 

「お兄さんだけリザードと仲良くお喋りとかずるい!!俺も混ぜてぇええ!!」

 

人の姿になったピジョットがヒナリに声をかける。まあまあと宥めるピジョットを見てオレは小さく溜息と一緒に火を吹いた。

オレには出来ない事を出来るくせになにが羨ましいんだ。ヒナリと言葉が通じるくせに……。

 

「お兄さん、リザードが俺の何処が嫌だと思ってるのか聞いてよ!!」

 

チラリとこっちに視線を向けたピジョット。

 

「リザァ!!{オレを子供扱いするのが嫌なんだよ!!}」

「……なるほど」

「なんて?なんて言ったの!?」

「リザードくんも大人になりたいんだそうです」

 

言ってねぇえええ!!!

ピジョットの横で目を輝かせてるヒナリが不気味だ、嫌な予感しかしない。

 

「俺と……、一緒だったんだな!!そっかそっかそっかぁ!!俺と一緒にお兄さんみたいな大人を目指そうぜー!!」

「{どう考えても、ろくな大人じゃねぇよ!!}」

 

喜んでいるヒナリの手をさりげなく握ったピジョットは「じゃあ、まずはゆっくりお喋りでもしながらティータイムを」なんて言ってヒナリを連れて行く。

大人ムカツクゥウウ!!!

なんて思ってるオレはやっぱり子供なの、か……!?

 

 

そういうお年頃

 

 

"オレのパートナー、リザード"

そう言われるキミが羨ましくて意地悪をした私は嫌な奴、なんでしょうね……。

 

「{お前、いつか焼き鳥にしてやる……}」

「{私だって……、いつか同じように言われてみせますよ……}」

「{は?}」

「ちょ、ちょっと……、あの……二人とも俺を一人にしないで……、寂しいから……俺も混ぜて……」

 

 

(マスター、リザードとピジョットが二人で会話してて……、俺だけ仲間外れにされて泣きそうです)(むしろ泣いてみたら面白いんじゃない?)



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キングドラ※下ネタ注意


シンオウに住むオレはカントーに住む友人とポケモンを交換した。

進化前から大事に育てたポケモンだったけど友人のどうしてもという願いに応えて元相棒ガブリアスとお別れをしたわけだ。

強面な顔してるけど甘えん坊で可愛い奴だった、元気でなガブリアス!!今度会う時は友人とバトルする時だ!!それまでにもっと強くなれよ!と……。

友人の呆れる声を聞きつつ、オレは泣く泣く……本当に号泣してボールを友人へと送った。

泣きすぎて吐くかと思った。

画面の向こうで申し訳なく思ったのか、ごめんなと謝る友人に首を横に振る。

 

<「送ったシードラにりゅうのうろこ持たせといたからさ、立派なキングドラになってると思うぜ!!」>

 

うん、それはそれで凄く嬉しい。

 

<「じゃあ、またな」>

「おう!」

 

お別れは寂しいけど新たな出会いに感謝しようじゃないか……。

地面と水でタイプは違えどオレの好きなドラゴンタイプだし文句なんて何もねぇよ。次会った時にバトルしたら確実にオレの方が有利だし。

よし、と頷いて友人から送られたボールを開ければ想像していた通りのキングドラが現れたけど……、想像してた色と違う!!!

 

「もしもしもしもしー!?」

<「な、なんだよ……」>

 

呆れたように電話に出てくれた友人にキングドラの色が違うと言えば「そうなの?」と返された。

シードラの時はちゃんと青かったけどなー、他のと比べると違ったのかなーって……、気付けよ!!!!

 

*

 

家に帰って子供の頃に使っていたビニールプールを引っ張り出した。せっせと膨らませて水を入れれば準備万端、ビニールプールの中にキングドラを出せばキングドラはオレをじっと見つめて来た。

うーん、やっぱりデカイなー。

まあ、ガブリアスもでかかったから別に気になんないけどさ……。ガブリアスには抱きつけたけどキングドラには無理そうだな……。手、無いし……、肩組むとか完璧無理じゃん……、うわ、ちょっとまた寂しくなってきた……。

 

「……」

 

はあ、と小さく溜息を吐いたオレが気に入らなかったのかキングドラはどばぁっとオレに水をかけてきた。

凄い勢いで痛ぇし、しょっぱいし、びしょぬれになったしで……、テンション超下がったんだけど……。なんだっけこの技、しおみず?

 

「何すんだよ!!」

「……」

「シカトか!!くそ、コイツ嫌な奴だな……」

 

ガブリアスなら~なんて思ってしまうオレがいるじゃないか!!もっと友好的に接してくれても良いのに!!

 

「せっかく会えたんだから仲良くしてくれよ」

「……」

「オレはポケモンとスキンシップするのが好きなんだよ、抱きついたり肩組んだり手繋いだり……。まあ、お前とはあんまり出来ないかもしんないけどさぁ……」

 

はあ、とまた溜息が零れた。

抱きついたら濡れちゃうもんなぁ、肩もねぇし、手もねぇし……。スキンシップ大好き、触れ合い万歳のオレからしたら寂しい……。

ガブリアスは甘えん坊だったから抱きついたら抱きつき返してくれたんだけどねぇ……、フカマルの時は手繋いで歩くのめっちゃ楽しかったもんなぁ……。やべぇ、思い出で涙でそう。思い出がセピア色で思い浮かぶんだけどぉおお……。

 

「もう晩ご飯だから帰るぞフカマル!!」

 

コクンと頷いたフカマルと手を繋いで帰って夕暮れ頃、夕焼け色の空を眺めながら家に帰ったあの日……。

ガブリアスのフカマル時代……、可愛さ異常だった……。

 

「う、ううっ……、ガブリアス……」

「……」

 

お前の可愛さは異常だった。超癒しだったフカマル時代。今日の夜、アルバム抱えて寝るわオレ……。

腕で目元をごしごしと擦っていると頭をぐわしと鷲掴みにされた。ギリギリと頭を握り潰さん力で掴まれて……、めっちゃ痛ぁああい!!!

 

「いだだだだだっ!!!って、誰だお前!?」

 

ビニールプールにはキングドラの姿はなくて、何故か居るのはオレの頭を鷲掴みにしてしかも凄く不機嫌そうにオレを睨んでらっしゃる紫色の髪した男!!

何この人、目赤くてすげぇコワイ!!!

 

「テメェ……、男の癖にめそめそと鬱陶しいぞ……。しかも口を開けばスキンシップがしたいだの……、お前は女か」

「め、女々しくて……、すいまそん……」

 

噛んだ。

っていうか、アンタ誰ぇええ!?

 

「ぐちぐちと前の男ひきずりやがって……!このオレが前の野郎より劣ってるとでも言いてぇのかテメェはよぉ!!!」

「え、え?え?前の男って……え?っていうか本当にどちら様?」

「紫色したキングドラだ!!文句あんのか!?」

「いや、無いっす!!全然無いっす!!紫色バッチコイです!!」

 

オレの言葉を聞いて「よし」と頷いたキングドラ?がそのままオレをがしっと抱きしめた。

 

「え、っと、何故に抱きしめるのでしょうか……?」

「はぁあ!?テメェがこうするのが好きっつったんだろうが!!」

「あ、うん、そうだけど……」

 

何で人の姿してるのかは全く分からないけど、このキングドラはオレを慰めてくれてるのだろうか?

なんだろう、お前の寂しさはオレが埋めてやるぜ!的な感じなのか……?

 

「あとはなんだっけか?肩組んで、手繋ぐんだったか?」

「やってくれんの?」

「まーな、しゃーねぇしな、お前はオレのトレーナーだからな、命令は聞いてやるよ」

 

別に命令はしてないけど……、まあ良いか。

あはは、と笑えばキングドラは眉間に皺を寄せた・

 

「怒ったり泣いたり笑ったり、忙しねぇなテメェ」

「テメェじゃない、オウキ。ちゃんと覚えてくれよな」

「おー」

 

忘れなかったら覚えとく、と付け足したキングドラとは結構仲良くやっていけそうだ。

言葉で意思疎通出来るとか超便利!!

 

「でも何で人の姿してるわけ?」

「何でかは知らねぇけど……、やっぱりオレが素敵すぎる紫色だからじゃねぇ?」

「マジか!!すげぇな紫パワー!!」

「カッコイイだろ」

「超カッコイイ!!」

 

 

不可能可能にする

 

 

「ポケモンが人になるとか不思議だなー、完全に人の姿になってんのかなー?ちゃんと"ついてる"のか気になるなー」

「気になるってどの辺がだよ」

「え、どの辺ってその辺とか?」

「待て、この辺は別に気になるような所でもねぇだろ」

「トレーナーの命令には従うんだよな?」

「テメ!!それはずるいぞ!!」

「そんな恥ずかしがるような事でもないだろー」

「見せるような所でもないだろ!!」

 

「はい、あーんして」

「……」

 

人間と全く同じでした。

ちゃんとついてた!!のどちんこ!!

 

 

(そういや、言い逃したけどオレの癒しだった超可愛いガブリアス……、メスだから女の子だよ)



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”ちゅう”でしょうねー

ライチュウ


おもちゃ屋で働くダチが居るのでおもちゃ屋へと足を運んだ。

俺を見つけたダチが「よお!」と声を掛けてくれたがその顔にあった笑顔は一瞬でキョトンと驚いたような顔になる。

 

「お前が女連れてないって珍しいな……」

「ハハハ」

 

いつかお前は女に刺されて死ぬ!と言われた俺が今連れてるのは男だ。それもただ連れてるだけじゃない、その男は俺の腕に己の腕を絡み付けてべったりとくっついている。

趣味が変わったんだな、近寄らないで。とダチに言われレジカウンターに金を叩きつける。

 

「電気タイプ用のゴム製素材のおもちゃをくれますかねぇ~……」

「ああ、ピカチュウの?」

「最近ライチュウに進化させた…」

「へー!!今度連れて来てくれよ!」

 

あはは、と笑いながらおもちゃを持ってきたダチに笑みを返す。

連れて来てるよ、今俺の腕にくっついてるコイツ用のおもちゃ買いに来てんだよ……。

前は研究者になるとか言ってたダチはポケモン大好き人間だ、こんな奴にライチュウが人の姿になったなんて言ったら大発見だー!!なんて言って研究したがるに決まってる。

コイツはなれなかったとはいえ、心は研究心で埋め尽くされてるんだ。信用してないわけじゃないがダチの事をよく知っているだけにライチュウの事は言えない。

さすがに俺もピチューの頃から一緒のライチュウが可愛いもんで……、いや、今のライチュウは鬱陶しいけど……。

 

「どれが良い?」

「んー、これ」

 

腕にくっ付いたままおもちゃを選ぶライチュウ。そっちが選ぶの?なんてダチに突っ込まれたが適当に返事をする。

 

「こ~んにちは~」

「ああ、いらっしゃい」

 

店に入って来た薄ピンクの髪の色の男がこっちを見てヘラリと笑った。俺の隣に居たライチュウがヘラリと笑みを返す。

おもちゃをぎゅっと握ったライチュウを確認した俺はダチに手を出した。

 

「……何?」

「おつりは?」

「釣りはいらねぇ、お前の懐にでも入れときな?……ジュント、カッコイイ!」

「言ってねぇだろーが、くそっ」

 

また来いよー、と手を振ったダチに向かって中指を立ててやる。結局、釣りも全部取られた。今度、飯でもせびってやろうと思う。

未だにべったりとくっ付くライチュウに視線をやれば買ってやったゴム製のおもちゃのピカチュウの人形を口に入れてモゴモゴしている。

 

「げっ!!」

 

慌ててライチュウの口から人形を取って周りを確認する。どうやら誰も居ないようだ…。良かった…、傍から見れば俺は頭の悪い男連れた変態野郎じゃねぇか……。

 

「良いか!おもちゃは口に入れるな!」

「なんで?」

「今お前は俺と同じ人間の姿だろうが!人間はおもちゃを口に入れちゃいけねーの!!覚えとけ!」

「いつもの姿だったら良いのか?」

「良いよ」

 

分かったー、と言ってまたべったりと俺にくっ付いて俺の肩に頭を擦りつけてくるライチュウ。

取り上げたおもちゃを返してやれば自分のポケットに涎でべとべとのそれを突っ込んだ、なんてこったい!!!

 

「ジュント!抱っこ!」

「ダメ!」

「じゃー、おんぶ!」

「ダメ!」

「ぎゅーってして?」

「ダーメ!!」

 

何で男を抱っこしておんぶして抱きしめなきゃなんねぇんだよ!!コイツには常識ってもんがねぇのか、と内心愚痴っていると隣でパチッと不吉な音がした。

チラリと視線をやれば今にも零れんばかりの涙を目に溜めたライチュウが唇を噛み締めて俺を見ている……。

ライチュウからパチッパチッと嫌な音が聞こえる……。うっそん、人の姿の時も電撃出るの?嘘だよね?嘘って言ってくれなきゃ俺もう、やっていけない……。

 

「ジュント……、何でオレのお願い聞いてくれないの……?オレの事嫌いになったの?ピカチュウの時は抱っこしてくれたし、肩にも乗せてくれたし、ぎゅーってしてくれたのに……」

「いや、ライチュウさん?キミ今凄く大きいからね、俺と同じ体してるからね」

「でもオレはオレなのに……、ジュントがオレの事嫌いになったぁぁぁぁ!!」

 

バチバチバチッ、目に見える電撃が音を立てて俺は心の中で悲鳴をあげながらライチュウの手を握った。

 

「ごめんごめん!!何でも聞いてやるから!!」

 

10万ボルトは勘弁して、マジで!!!!

 

「ホントに?」

「おう!!」

 

当たり前だ!!俺の可愛い可愛いライチュウじゃねぇか!!と付け足して言えばライチュウは頬をピンクに染めて嬉しそうに笑った。

 

「じゃあな、じゃあな、オレあれして欲しい!!」

「あれ?」

「ちゅう」

 

あれれ~?人の姿なのにコイツ鳴き声あげやがるぞ~?

ん、と唇を俺の方に向けたライチュウに対して俺は苦笑いしか浮かばん。何この汗、凄い何かだらだら流れてくるんだけど何これ。

 

「ちゅ、ちゅう……?」

「口と口くっ付ける奴」

「何処で覚えたのかな?そんなこと……」

「ジュントがいつも人間のメスとやってただろ?オレもしてほしいなーって思ってたんだ!」

 

昔の自分が憎い。

過去に戻れたら意地になってでもピカチュウをボールに戻したのに……。

俺のバカ!!何でボールに戻さなかったんだ!!はい!ポケモンが人の姿になるなんて思いもしてなかったからです!!そうか、それじゃ仕方ない!!!

……え、脳内会議、勝手に纏めるな。

 

「オレ、ジュントといっぱいしたい事あったんだ!!ジュントが人間のメスとしてた事、オレもジュントとやりたいな」

 

人間のメスとやる事なんてもうアレだよな?アレですね。ボールに戻してなかったですか俺?戻してませんでしたねー、俺。

という事はどういう事だと思いますか俺。どういう事もそういう事だと思いますよ俺。

ライチュウの手を握る俺の手が震える。脳内で話は簡潔に纏まった。もうどうにもならん、過去に戻れるならポケモンに悪影響を与えるような環境には置かない方が良いと昔の自分に言い聞かせたい。

3時間ぐらい正座させて説教したい。お前は世界一のダメ男だと罵ってやりたい。そんな事だから自分の墓穴を自分で掘る事になるのだと教えてやりたい!!

 

この状況は何ですか、俺は新たな未知の世界へと踏み出す事になるんですか?そうですねー、それも人種を超えた世界ですねー。

女遊びにハメを外した報いのような気がします。でも男なら一度は通る道でしょう。もうこれじゃ世のレディ達とはお別れでは?そんな!俺が女断ちなんて下の方から腐ります!!

え、その代わりにライチュウでしょう?そうは言ってもライチュウはオスですが?だから未知の世界なんじゃないですかー。うーん、逆にハマるかもしれませんよ。

それはどうでしょうねー。とりあえず今の状況を打破すべきでは?今の状況をどう打破しましょう?そんなの一つしかないでしょう。

そうですねー、とりあえず選択肢は……。

 

 

"ちゅう"でしょうねー

 

 

「んッ……」

 

意外にも柔らかいその唇に噛みついた。

ドサッと物音が聞こえて我に帰る、しまったここは外だった……!!

慌てて物音の方を振り返ればダチが持っていたらしい袋を地面に落し、俺を見て固まっていた、言い訳出来ない状況キター!!!

 

「オレに構わず続けて下さって結構です、はい、あのこれ電気タイプ用の試供品のおもちゃがあったの思い出して渡そうと思って追いかけまして……。ゴ、ゴム製だけど……、あの大人のおもちゃはないです、ごめんなさいっ!!!」

 

袋を地面に置いたまま走り去ったダチに今度ちゃんと飯を奢ります。なのでお願いします、俺の言い訳を聞いて下さい、いや本当に筋なんて全く通ってないダメダメな言い訳だけど聞いてくれぇええええ!!!

 

「ジュント?」

「うぅ、もう俺にはお前だけだわ…」

「おおっ!!」

 

嬉しそうに笑って抱きついて来たライチュウを不覚にも「可愛いな、さすが俺の育てたライチュウだ」とか思った俺は死ねば良いと思います。

 

 

(オレにもジュントだけだぞ!!だから秘密をジュントにだけ教えてやるよ!!)(うん、何……)(おもちゃ屋にミュウが居た)(……は?誰が居たって?)(ミュウ)(……は?)



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液晶、何故退いた

連載とは別個体、ミュウツー


強いポケモンって誰でも欲しいと思う。

オレもその中の一人。

草むらを歩いて飛び出て来たポケモンをゲットするより、珍しいポケモンが良い。

携帯電話を片手にDSの画面をタッチペンで突く。

 

「え、何か画面がバグってる……」

 

オレは全くといってそういった知識が無いので詳しい友人にゲームを改造してもらった。

電話の向こうであーしろこーしろと誘導してくれる友人の言葉通りにゲームを進めてみる。このまま進んでゲームデータ全部消えたら泣くかもしれない。

 

「ここで電源切ったら良いんだよな?」

 

完璧!次に電源を入れればチートポケモンゲットだぜ!!と、友人の弾んだ声が返って来て思わず笑う。

そして友人にお礼を言って携帯を切った、何でもバイトに行く時間が来たそうだ。今度、飯でも奢ろうと思う。

ベッドに仰向けに寝転がってDSの電源を入れた。

これでオレの手持ちには……。

一人ニヤけているとゲーム画面が突然真っ白になった。慌てて体を起こしてカチカチカチとボタンを連打。

データが!!と慌てていると真っ白のゲーム画面から真っ白の人外の手……、あ、これ映画で見た事ある……、なんて考えが一瞬、本当に一瞬だけよぎった。

そのままオレは真っ白の腕に首を掴まれ今度は強制的にベッドに寝転がされた。ギリ、と驚異的な力で首を締め付けられる。

 

「…、ぐ、」

 

呼吸が出来ない。

首を絞める白い腕を両手で掴んでみるがビクともしない。ああ、そういやオレのDS何処行った……。

霞む視界には真っ白で異様に目をギラつかせた"ヤツ"が居た。

 

何で、

その言葉は締め付けられた喉から出ない。

 

確かに手に入るはずだった。

手に入るはずだったので姿があるのは喜ばしいが、"ここ"に居るのは可笑しい。

オレの腹の上にズシリと乗ったソイツ……、ミュウツーはギリギリとオレの首を絞める。このままじゃ本気で殺されると思ったオレも力の限り抵抗する。

ミュウツーの腕を掴み引き離そうともがく、オレがもがけばオレとミュウツーの重みでベッドがギシギシと悲鳴をあげた。

 

「……ぁ、なせッ、ミュ……、ツ、ゥ……ッ」

「存在するべきではなかった」

「…、!!」

「生まれるべきではなかった、それなのに何故、お前は……」

 

映画で聞いたような展開だ。

これは悪趣味な夢か何かだと本気で思いたい。

 

「答えろ!」

「……ゥ、!!」

 

言動と行動が矛盾していると、訴える為にオレはミュウツーの腕を数回叩く。

すると少しだけ首を絞めていた力が緩んだ。

吸い込んだ酸素に咽ながらオレはミュウツーに視線を合わせる。

 

「……はッ、く……、ミュゥツー……」

「……」

「オレはお前が、欲しかった……、だから、お前はオレの為に存在してくれ……」

 

それで一緒に四天王倒しに行って何度もリーグ制覇して賞金荒稼ぎするんだ……。

咽るオレの上からゆっくりとミュウツーが退いた。オレはそのまま体を反転させて枕に顔を押し付け咳をする。

深呼吸して、咳をして、それを繰り返して暫くの間ずっと枕に顔を押さえつけた……。

 

喉が痛い、そう思いつつ体を起こせばベッドの上からDSが床に落ちた。

電源は入っているのかランプは付いている……。でも画面は真っ黒だ……。

DSを拾って視線を上げればオレに背を向けて座るミュウツーの姿があった。

夢オチだと本気で思い込もうとしてたのに……。

 

「ミュウツー?」

 

擦れる声で呼べばミュウツーはチラリとこちらに視線をやったがすぐに視線を窓の外に戻した。

オレ、これのピカチュウバージョン見た事ある!!

歩いてる間はこっち向いてくれてるんだけど放置してたら背向けちゃうんだよ!そんで更に放置するとボールに戻っちゃうんだけど……って、どうでも良いな。

小学生の頃の思い出を蹴り飛ばした、それどころじゃねぇ。

DSを片手に持ったまま、これはまだ夢なんじゃないかという期待をしつつ、オレはミュウツーの背に自分の背中を合わせて座ってみた。

ちゃんと体温がある……。

手元にあるDSの電源を切って、入れてみる……、データは無い。

 

「はぁ……」

 

ミュウツーが少し身動ぎした。

するとオレの腕にミュウツーの尻尾がゆるりと絡められる。

何だ、と大人しくミュウツーの反応を待ってみたが何も反応が無い。

 

「……ミュウツー」

 

きゅ、と尻尾が少しだけ強く腕を締め付けた。

 

 

液晶、何故退いた

 

 

「もしもーし」

<「何?今、バイト中なんだけどー」>

「ミュウツーがリアルに出て来た場合はどうすれば良いんですかねー、ボールも何も無いんだけど」

<「は?……あ、もしかしてデータ飛んでパニック?」>

 

アハハと電話の向こうで友人が笑った。

とりあえず、お前に飯は奢らねぇ。

 

 

(オレ、ゲームのし過ぎで頭どうかしちゃってんのかな……)



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→つづきからはじめる

連載とは別個体、ミュウツー


ゲームの中のオレの手持ちには改造ミュウツーがいるはずでした。

今頃は賞金荒稼ぎしてあんまり懐いてないミュウツーを連れまわしてるはずなんです。

あくまでゲームの話、ゲームのキャラクター、そんなポケモンが現実の世界に現れてオレはどうすれば良いんですか?バイト中であろう友人がすぐに駆けつけてくれるわけもなく、尻尾をオレの腕に巻き付けたまま大人しいミュウツーに視線をやる。7

でかいし白いし、当然ながらめちゃくちゃ強いんだろうし……。

ボールは勿論あるわけない、ゲームみたいに都合よくパソコンの中に入れてしまえるわけじゃないし、ポケモンって何食べるんだろう……、アニメだとポケモンフードとかポケモン用のがあったよなぁ……。

まあ、唯一の救いはミュウツーがエスパータイプでテレパシーを使ってオレと会話が出来るって所だ。うん、言葉が通じれば意思疎通も出来なくはない。仲良くなれるかは……、まあ、置いておこう。

パカ、と音を立てて携帯を開く。まだ友人のバイトは終わらないだろう、電話してミュウツーが……、なんて言ったら今度は笑い飛ばされるよりブチ切れされそうだ。忙しいみたいだし……。

オレが溜息を吐けば後ろからミュウツーがオレの手元を覗きこんでいた。じー……と見てるのは……、携帯、かな?

ポケモンの世界の方が科学は進歩してるんだからそう珍しいものでもないような気がする、ミュウツーは映画通りだと頭も良いんだろうし。

 

「携帯電話、見た事ない?」

「……携帯電話」

「小さくなって持ち運べる電話、っていうか電話ぐらい知ってるだろ?」

「電話とは何をするものだ……」

「え?」

 

ミュウツーがオレを真剣に見つめる。

電話を知らない?ゲームの世界に電話はあった、ミュウツーが知らないはずは……。

 

「何も知らない、私は生まれたばかりだ」

 

オレが生んじゃったぁあああ!!

赤ん坊同然、むしろ有り余る力を持つミュウツーは赤ん坊よりやっかいだ。

落ち着こうオレ、落ち着けオレ、何も知らないのは恐ろしい事だがよく考えろ、何も知らないという事はオレが教える事が出来るという事だ。

教える事が出来る、すなわち、ミュウツーを支配出来る!!

よしよしよし!!!

とりあえず、オレの言う事は絶対に聞くという事を教え込もう。教えなければオレが死ぬ、世界が終る。

 

「ミュウツー、何も知らなかったなんてオレも知らなかった」

「そうか」

「だから一番大事な事を教えといてやるよ!」

「一番大事な事……」

「そう、生まれた時……、一番最初に見た相手の言う事は絶対に聞かなきゃいけないんだぞ」

「私が一番最初に見た相手は……お前だ。私はお前の言う事を絶対に聞かなければいけないのだな……?」

「そう!オレも生まれた時に一番最初に見た相手の言う事は絶対に聞いてるし、これはもう本当に絶対に大事な事なんだ!!」

 

わかった、と頷いたミュウツーにオレは心の中で安堵の息を吐いた。や、やったよ!!これで一応オレの身の安全は確実に確保出来たわけだ!!

うん、オレ、嘘は吐いてない。オレだって一番最初に見た相手、まあ母ちゃんだけど言う事ちゃんと聞いてるもん、絶対って言うとまあうん……、でも、聞いてるし。

 

「ミュウツー、オレはヒロミっていう名前なんだ。ミュウツーは外に出ると色々と危ないからここで大人しくしててくれよな?」

「……」

 

コクンと頷いたミュウツーが何だか可愛くみえて頭を撫でてやるとミュウツーはきゅと目を瞑ってされるがままになっていた。

いやぁああああ、でっかいのに小動物みたいぃいいい!!!

この下手をすれば世界をものに出来てしまう兵器のような存在を手懐けてしまった……、しかもオレの言う事には絶対に聞く……。おおう、何だろうこの優越感……。

気分良いわぁ、と思ったら無意識に口元がニヤける。オレ今世界で一番凄い奴になってるかも……。

 

「外には出ちゃダメだけど家の中なら好きに歩きまわって良いからな」

 

コクンとまた頷いたミュウツーの頭を撫でる。

いやぁ、友人のバイト早く終わんないかな……。このオレの感動を伝えたい、今すぐにでも伝えたいわ。

オレが立ち上がるとミュウツーも立ち上がった。どうやらオレについて来るらしい。ついでに何を食べるのか確認しようとオレは台所へと向かった。

冷蔵庫の中を開けて肉やら野菜やら、買い置きのインスタントやらをテーブルに並べてみる。何も知らなくても自分が食べれそうな物は大体分かるかもしれない。

ミュウツー、と声を掛けたがオレのその声はミュウツーに届かなかったようだ。

電子レンジをおそらくサイコキネシスかなんかで動かしているミュウツー、電子レンジから普段使っていて絶対に聞けないであろう音が聞こえる……。

え、ちょ、何やってんの……!?と思ったオレの動揺をよそに電子レンジはボンと小規模ではあるが爆発音を立てて動かなくなった。

 

「電子レンジィイイイ!!!」

「……電子、レンジ?この鉄くずに名前があるのか」

 

お前が鉄くずにしたんだろうがぁあああ!!ちょっとぉおお!!そのレンジくんは凄く使える子だったんだぞ!?!?

 

「え、何、何でこんな事したの!?」

「触ったら音が鳴った」

「そりゃ押すとこ押したら音鳴るに決まってるだろうがよぉ」

 

鳴らなかったらそれは電子レンジじゃないですぅううう!!

高熱を発し煙をあげる電子レンジを大慌てで庭に持っていく、じょうろで水をかけなければ!という思考しかオレの頭にはなかった、とりあえず冷やす、とりあえず家から出す。

 

「アチチ!!」

 

水やり用のじょうろ、電子レンジに水をやるなんて人生初の試みだよチクショウ……。

煙もおさまったのでミュウツーに文句の一つでも言ってやろうと思ったが、今気付く……、オレ、ミュウツーに何も触るな!って言ってない。

 

「ミュウツー!!!」

「……?」

 

蛇口を捻ったり閉めたりしてるミュウツーが居た……。あらやだ可愛い、じゃねぇよ!!!

もう他に何も触ってないな。よし、蛇口しか触ってないみたいだ!!良かった、と大きく息を吐けばバキッと嫌な音。

 

「取れた……」

 

「蛇口ぃいいい!!!」

 

水が出っ放しで周りが水浸しなんて漫画みたいな状況にはならなかったが、水が出なくなったのも結構最悪だ……。

 

「ミュウツー、勝手に物に触るな!技を使うのも禁止!分かったか!?」

「……わかった」

 

ホントかよ……。

コクンと頷いたミュウツーを見てオレの心は凄く不安である。

もう数十分前の自分ぶん殴りてぇ……。なんなの、もう、ミュウツーを手懐けたぜヒャッハーイ!!オレって世界一凄い奴じゃねー?とか言ってたオレ、死ね!!!マジで死ね!!世界一ムカつく奴だオレ!!!

もうなんかしんどい。

友人のバイトはまだ終わらないのだろうか……。オレのこの絶望感を伝えたい、今すぐにでも泣きつきたいです……。感動?なにそれ美味しいの?

溜息を吐いてテーブルに並べた食品の数々を指差した。

 

「ミュウツー、どれか食べれそうだなーってのある?」

「……」

 

じー……、と食品を見下ろしたミュウツー。一応触るなと言ったので手は出さない。

暫く見てると「これは何だ」と言いながら首を傾げやがりました。はい、もうゲームの世界に戻って下さいマジで。

とりあえず食べてみれば良いよ、とポテトチップスの袋を開けてミュウツーに手渡す。ゆっくりとポテトチップスを受け取ったミュウツーは袋を持ったまま動かない、視線はポテトチップに向いてるけど……。

まあ、見た事もない物を食えと言われて食べる奴はあんまり居ないよな。食べ物であるかどうかも知らないんだもんな。

それは仕方ない、それはオレが悪かったとミュウツーの持っている袋に手を突っ込んでポテトチップスを一枚手に取る。

ミュウツーの視線がオレに向いた。オレがポテトチップスを食べればミュウツーはふむふむといった様子で頷いた。

ミュウツーが袋をガサガサと揺らして中身を確認しているのを見ているとピンポーンと家のチャイムが鳴った、チラリとミュウツーを見てからオレは玄関へと小走りで向かう。

 

「はーい」

「よっす、バイト終わったから来てやったぜ」

 

片手をあげて笑った友人の腕をガシリと掴むと友人が眉間に皺を寄せた。

 

「待ってたぁあああ……!!レンジ破壊するし蛇口無くなるし何食うか分かんないしでめっちゃ大変だったんだってマジでー!!」

「お前何なの頭打ったの?変な薬に手出してねぇだろうな……」

 

ミュウツーが現実世界に来たとかバカ言ってんじゃねぇよ、と言いながら友人が慣れたようにズカズカと家へとあがる。

リビングに入って行った友人をオレは玄関で見守った、台所とリビングは繋がってるから必然的に友人はミュウツーと対面する事になるわけだ。

叫べ!!オレの気持ちを味わえば良い!!

そう思っていたが友人の叫び声は聞こえて来ない。まさかアイツがそんな肝の据わった奴だったとは……。ちょっと見直したかも、と思っていたら友人がひょこっとリビングの扉から顔を覗かせた。

 

「お前、そこで何やってんの?」

「え?お前こそ何故驚かない」

「はぁ?」

 

ホントどうしたよお前……、と言いながら友人がこっちに歩いてきた。

その表情は呆れ一色だ、すげぇムカつく!!

 

「ミュウツー見ただろ!?」

「いねぇよ」

「なんだとぉおお!?オレが玄関に行った一瞬のうちに何処に!!あれか、テレポートか!?テレポートなのか!?」

「いや、何言ってんの、っていうかミュウツーはテレポート覚えねぇよ」

 

友人の冷静なツッコミを無視して台所に向かえば椅子に座ってポテトチップスを食べる真っ白の髪した男。

後ろから来た友人が「初めて見る奴だよな?何処で知り合ったの?」なんて聞いてきたが無視だ!!

 

「アンタ誰!?!?」

 

「……?私か?」

 

「あああああ!!ミュウツー!?ミュウツーの声だ!!コイツ、コイツがミュウツー!!」

 

コレコレ!と友人に必死に言ったが目潰しされた。

 

「ぎゃぁあああああ!?!?」

 

床をのたうち回ったのなんて初めてだ。目潰し超痛ぇ。

ミュウツーと同じように友人が椅子に座って勝手にオレのお菓子の袋を開けた。オレのカールが!!

 

「ヒロミくん、キミはちょっとゲームのしすぎです」

「お前に言われたくないわぁあああ!!!」

 

 

つづきからはじめる

 

 

頭が湧いてるだの、変な薬に手を出すなだの、病院行って来いだのとオレを罵る友人が凄くムカつく。

なんでミュウツーが今人間と同じ姿をしてるのかは全く分からないけど……、さっきまでポケモンのミュウツーだったんだから戻れるだろ……。

 

「ミュウツー、ちょっとポケモンの姿に戻って」

「わかった」

 

一瞬で人の姿をしていたミュウツーがポケモンの姿のミュウツーに戻るとカールをむさぼっていた友人が大きな叫び声をあげた。

 

「ざまぁみろぉおおお!!」

「ちょ、ちょ、待て、マジ待て!!何が起こったわけぇ!?」

「……ヒロミ、楽しそうだな」

「超楽しい!!ナイスだミュウツー!!グッジョブ!!」

「ぐっじょぶ……?」

 

 

(っていうか、人の姿になれるならずっとそっちで居ろよ)(……?わかった)(え!?ミュウツーで一儲けしようよ!!)(しねぇよバカ!)



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死んで花実が咲くものか:アニメ&映画設定有
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次の連載はアニメと映画の要素を組み込んだお話となります。アニメと映画に主人公が居たら、という妄想で展開していきます。
ちなみに白金設定(一日千秋の思い)の続編となっておりますので前作で登場したキャラクターが引き継がれます。

今回、アニメと映画の要素を使うと言っていますがアニメをほとんど見ていませんし映画といっても地方が違ったりしますので前作とは違った書き方で連載を進めてみようかと思っています。
文章で書くとなると説明しにくいのですが……。
例としては「映画展開」→「オリジナル」→「映画展開」→「オリジナル」……、という感じに一本ずつお話が完結しては別の所へ飛ぶ!という統一感の無い感じです。
なので地方が急に飛んだ!?、時間軸が変!!という事が普通にありますのでそこの所をご理解して頂いたうえで読んで頂けたらと思います。
映画沿いではなく、あくまで映画"要素"ですので映画を見ていない方には分からない所もあると思いますがそこもご了承頂ければと思います。

今回の連載と前作との共通点
*ポケモンには人の姿になれるポケモンとなれないポケモンがいる。
*人の姿になっているポケモンを判別出来るのは基本的にポケモンだけだが稀に判別出来る人間もいる。
*人の姿になれるポケモンがいる事を知ってる人間は少ない。
*人の姿になれるポケモンは信用出来る人間にしか自分がポケモンである事を明かさない。
*主人公(シンヤ)はポケモンの言葉をなんとなく理解している。


全て「一日千秋の思い」での設定です、続編の「死んで花実が咲くものか」での詳細は本編にてご確認下さい。

 

 

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主人公:シンヤ 年齢25歳

異世界から来たのだが周りには記憶喪失で通っているのでシンヤが異世界から来た事を知ってる人間はいない、その為に出身はシンオウ地方のズイタウンとなっている。

顔立ちは極めて美しく整った顔立ちをしており背も高く見た目に欠点は無い。

当初はネガティブ思考で何事にも無関心、感情も表に出ず無表情そのものだったが周りの人々に恵まれて表情も豊かになり心にも余裕が出て来た。

現在は不本意ながらポケモン専門の医者、ポケモンドクターとして働いている。記憶力が良いので知識は申し分ないが社交性が無く相手の心情を察するというを苦手とする為、カウンセリングなど心のケアは出来ないドクター。

敬語は使えるが言葉遣いは上からモノを言う様に偉そう。

一度物事を自分で決めたら言葉は曲げない頑固な所があり、基本的に自分が嫌だと思った事は絶対に関わらない。

あと、恥である事を恥とは思わなかったり、周りがびっくりするような事を平然とやってしまうなど、傍から見ると変わった人間。無自覚に天然気味な所があると思われる。

他にポケモンの言葉をなんとなく理解する事が出来る。人の姿をしているポケモンが居れば何のポケモンが人の姿になっているという判別が出来る。

現在のシンヤには自分は自ら命を絶った、元々居た場所にポケモンは存在していなかった。という記憶しか残っていない。ポケモンの存在する世界に来て過ごしていく内にどんどんと記憶が消えてしまった。

シンオウに来て自分を保護してくれたイツキ、カナコ夫妻が両親代わりとなり双子の兄妹(カズキとノリコ)がいる。親友と呼べる存在は研究員のヤマト、天敵にはジョーイさんがいる。特にズイのジョーイとは気が合わない。

 

 

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名前:トゲキッス♂ ボールの種類:モンスターボール

人の姿の時の呼び方はキッス、見た目年齢は10代後半

シンヤが初めて手にしたポケモンでタマゴの時から一緒、飛行要因としてシンヤに連れられる事が多い。

普段は育て屋で働いていて、預けられたポケモン達の面倒を見ている。

人の姿の時はトゲキッスの時の可愛らしい姿とは違い少しやんちゃっぽい不良少年、髪型は赤と青のメッシュ入りのツンツン頭。

性格は面倒見が良くおだやかで優しい。沢山の人から可愛がられている、誰とでも仲良く出来るし嫌われにくい子。

個性的なメンバーに横暴気質な親(シンヤ)に囲まれながらも素直で良い子に育った。一番年下だけどしっかりしている。

喧嘩ばかりするミロカロスとミミロップの間に果敢にも入り喧嘩を止めようとするなど優しい子だが、怒るという事をしないので二人には押し負けてばかりで喧嘩をやめさせる事に成功したことがない。

何だかんだとシンヤが一番頼りにしてて一番可愛がっているのはトゲキッスだと手持ち連中は思っている。タマゴから孵化させたという理由も含めて。

口調は敬語。手持ち連中には"さん"と敬称を付けて呼んでいる。笑う時に目を瞑って笑う癖があるようだ。

 

 

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名前:ミロカロス♂ ボールの種類:プレミアボール

人の姿の時の呼び方はミロ、見た目年齢は20代前半

元は育て屋に捨てられてしまったヒンバス。シンヤの手によって一度テンガン山に帰されたがツバキがゲットして再びシンヤの手元に戻って来た。

捨てられるという言葉が大嫌いでシンヤに一番必要とされるのは自分であればと思っている、自分を育て屋から連れ出してくれたシンヤが大好きで病的に依存している。

当初はシンヤの周りに増えるポケモンが邪魔で狂ったように暴れていたが現在は育て屋のばば様じじ様の教えもあり大人しくなった、でもシンヤの手持ちが増えると自分の存在理由が無くなってしまうので仲間が増えるのは嫌。

レベルが高くバトルには強いがシンヤがバトル嫌いな為あまり活躍出来ない。ミミロップに至ってはシンヤの助手という立場もあるのでミロカロスはシンヤの役に立てない自分に凄くコンプレックスがある。

見た目はポケモンの姿の時同様、美しい顔をしている。すらりと背が高くて女性と間違えられる事も多い。シンヤが言うには黙っていれば美人らしい。

自分の事を俺様と言ったりシンヤに反抗していた頃の名残がある、口調も当初は悪かったのだが育て屋でばば様に躾けられてからはどうにも女々しく子供っぽい話し方をするようになる。

育て屋に長らく居た為、付き合いは広く浅くで誰かと深く親しくなろうという気はない、シンヤさえ居れば良いと思っている。

誰とでも話はするし言われれば素直に言う事も聞く根は良い子で着実に育て屋のアイドルと化している。口説かれたりセクハラもよくされるらしい。よく行くお店などでも顔見知りが多く、ミロちゃんと呼ばれ親しまれているがミロカロス自身は相手の名前を全く覚えていない。

 

 

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名前:ブラッキー♂ ボールの種類:モンスターボール

人の姿の時の呼び方はツキ、見た目年齢は20代前半

ヤマトの働く研究所の裏庭に居たイーブイが進化した。イーブイだった時シンヤに能天気なイーブイと呼ばれていた。

エーフィとは大の仲良しでイーブイの時からずっと一緒にいる。ヤマト曰く双子らしいが本当に双子なのかは定かではない。

人の姿の時は所謂イケメンらしいが言動も考えも極めて子供っぽい。ツキという呼び方はゲンがとっさに考えた、月光ポケモンだからツキ。あだ名はツッキーらしい。

言動も考えも子供っぽいので周りからもわりと適当にあしらわれてたりする。

本人は特に適当にあしらわれる事を気にしておらず、どんな状況でも一人楽しく過ごしている。

意外とオシャレさんなのか着飾ったりするのが好きでファッション雑誌とかも見てる子。しっかり者のエーフィに甘えているように見えるがむしろ逆でブラッキーは自立出来る子なのだがエーフィがブラッキーにべったりなのである。人の姿の時だと尚更エーフィはブラッキーに守られている。

シンヤの手持ちの中で一番強いのはミロカロスだが個体能力だとブラッキーがずば抜けて良いものを持っている、あとポケモンの♀に一番モテるのもブラッキー。

 

 

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名前:エーフィ♂ ボールの種類:モンスターボール

人の姿の時の呼び方はフィー、見た目年齢は20代前半

ヤマトの働く研究所の裏庭に居たイーブイが進化した。イーブイだった時シンヤに冷静なイーブイと呼ばれていた。

ブラッキーとは大の仲良しでイーブイの時からずっと一緒にいる。ヤマト曰く双子らしいが本当に双子なのかは定かではない。

人の姿の時は女に見間違えられるほど美人。ただ性格が逞しく毒舌な為にシンヤには雄々しい美人と言われている。口調は丁寧な敬語で人を小馬鹿にしたように話す。

頭が良く何でも努力せずに出来てしまう天才肌だが自分で何かするのが嫌いで気が向かないと自分から動かない、手伝う場合も渋々が多い。

シンヤの事は認めており懐いているがシンヤに対しても他の連中にも言葉はキツイ。ただブラッキーには甘く、ブラッキーが言うなら……で自分を納得させてしまうほどブラッキーが好きらしい。

不本意な理由でシンヤの実家、カナコさんの下で花嫁修業を受けさせられている。このカナコさんの教育の賜物でエーフィは無意識にシンヤを支える。呼び方もシンヤさんに定着してしまった。

 

 

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名前:サマヨール♂ ボールの種類:ダークボール

人の姿の時の呼び方はヨル、見た目年齢は20代前半

最初はツバキの手持ちに居たヨマワル。ツバキに反抗するやんちゃっ子でツバキの命令を全く聞かない問題児だった。

シンヤの下に来て更生し、生まれ持った賢さを活用して研究所でヤマトの仕事の手伝いをしている。

見た目は包帯ぐるぐる巻きなので研究所に行く以外にはあまり人の姿で出歩くことはない。ちなみに髪の毛が一番長いのはサマヨール。

口調はシンヤに近いものがあるがサマヨールの方が小難しい喋り方をする。一人称は自分。

手持ち連中の中ではまとめ役的存在だが喧嘩などがあったら離れて傍観している。トゲキッスとは違って止められない事を理解してるのでシンヤが怒るまで大人しく見守っているらしい。

シンヤの事を主(あるじ)と呼び慕っており、何事も主の為だからと思い行動しているのでミロカロス程執着はしていないが実はシンヤ至上主義の一人である。

時にヤマトの代役を務め、ヤマトの話し相手になりつつブラッキーとエーフィの相手もしているようだ。意外と多忙。ちなみに人の姿の時の呼び方"ヨル"はヤマトが考えた呼び方。連載内では未登場だが研究所内で多分呼んでる。

 

 

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名前:ミミロップ♂ ボールの種類:ゴージャスボール

人の姿の時の呼び方はミミロー(ミミ朗)、見た目年齢は10代後半

最初はツバキの手持ちにいたミミロル。可愛いノーマルタイプを育てるというツバキの目的からエステにマッサージの日々、そして可愛い可愛いと愛でられ続ける事に耐え切れずツバキから逃げ出した。

性格は可愛らしい見た目とは違い男らしく、男だから可愛がられるのは嫌!!という気持ちが強いらしい。可愛いものよりカッコイイものの方が好き。

ミロカロスとは相性が合わずに犬猿の仲、馬鹿で女々しくて見ててイライラするとの事だが何だかんだとシンヤに構ってもらえてるミロカロスが羨ましくて八つ当たりしている節もある。

シンヤを尊敬し、シンヤの助手になるべく勉強してジョーイの下で働いている。自分の方が役に立っているのだからミロカロスの奴より自分はシンヤに褒められ必要とされるべきという考えを持っている為、ミロカロスを馬鹿にして見下していた。

しかしミロカロスと違いミミロップは人間相手の対応が嫌いで愛想がない、その愛想の無さでからかわれて嫌がらせをされる事が度々あるらしい。その為、現在は人間相手の対応が上手なミロカロスを少し見直している。

可愛がられるのは好きじゃないけどシンヤがワタシの事を好きになってくれればなぁと思う事があるようでシンヤとのスキンシップは激しめ、でも意外とピュアっ子なのかシンヤからのスキンシップは恥ずかしくて苦手。恋愛には奥手なタイプらしい。

人の姿の時の呼び方、ミミロー(ミミ朗)はジョーイ命名。連載内では未登場だがポケモンセンターでの仕事中に呼ばれていると思われる。ミミローくん。

現在、弟子にラルトスが居る。

 

 

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名前:ギラティナ♂

人の姿の時の呼び方は特に無し、見た目年齢は20代前半

反転世界の主。

シンヤに興味を持ってギラティナから近づいてきた、最初はシンヤにゲットされたい!と言っていたがシンヤが絶対に自分をゲットしないと確信したらしくあまり言わなくなった。

人間はあまり好きではないらしいが観察することは好きで反転世界から覗き見る毎日、例外としてシンヤは好き、シンヤと仲良しのヤマトも嫌いじゃない。

当初は自分勝手で自己中な奴だったがシンヤの手持ちが増えることによって大人な対応も出来るようになった。反面教師の連中を見て我が身を見直したようだ。

トゲキッスにチルットといった素直な良い子が好き。自分を慕う者には意外と心の広さをみせるし頑張っている奴を褒めるなどといった兄貴気質な所も持っている。一番年上という事もある。

見た目はイケメンなお兄さん。アシンメトリーな髪形をしている。ポケモンの時が大きいので人の姿も逞しい感じ。

苦手としているのはトレーナーのツバキ。会う度にゲットされろ!!と迫られるのでツバキが反転世界に来ると喧嘩になるか会う前に逃げる。

無自覚にシンヤが好き過ぎる人、シンヤ至上主義と言っても過言ではない。シンヤの為なら結構何でもやる。チルットからはギラティナ様と様付けで呼ばれているので悪い気はしていない。王様扱いされるのが好きらしい

 

 

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名前:ヤマト

ポケモン研究員(見習い)、年齢は25歳

ポケモンをこよなく愛する男、シンヤの唯一の親友と呼べる存在でもある。

研究員としての優秀さは不明だがポケモンに関しての知識は豊富。

昔はポケモントレーナーになりたかったが指示下手、バトルが下手な為にトレーナーを諦めた。それでもポケモンに関わる仕事がしたくて研究員になったらしい。最近はサマヨールに仕事を頼りっぱなしである。

性格は真面目で優しいが怒るとちょっと怖い。シンヤと同い年だが見た目は童顔で実年齢より若く見られる

世界中の可愛いポケモンに出会う事が夢らしい。

現在のヤマトの手持ちはシンヤがゲットしてきた色違いのユキワラシ。裏庭のポケモン達と遊びに来るヨーギラスとは仲の良い友達。

シンヤが自分の手持ち連中に対して放任過ぎるので代わりにシンヤの手持ちの事を心配して様子を見に行ったりしている。

シンヤに代わりポケモン達に様々な技を教えたり、トゲチックだった頃のトゲキッスを進化させたのもヤマト。ミロカロスが言うには新しい技を覚える=「ヤマトに技マシン押し付けられた」だそうだ。

根が真面目なのでシンヤの行動にハラハラしたりビックリしたりすることが多い。

恋愛に関しても真面目でキスは好きな人とじゃなきゃ駄目!!と言ったり、シンヤとは結構意見が合わない。

意見が合わないわりに上手くいっているのはシンヤが"意見が合わなくても気にしない性格"でヤマトが"寛容でなんでも許す性格"だからだと思われる。

 

 

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名前:ツバキ

ポケモントレーナー、年齢は13歳

ナナカマド博士のもとから旅に出た一人で最初のポケモンはポッチャマ(名前:エンペラー)

シンオウでジムを制覇し殿堂入りもしている少女、言動は幼いが優秀なポケモントレーナーである。ちなみにコンテストにも参加経験有り。

顔は広くジムリーダーや四天王など親しい人物が多く、伝説のポケモンともちらほら遭遇している。(ゲームだとするなら女の子主人公に位置している)

人懐っこく面倒見が良いらしく、当初の無知であったシンヤを助けるなど親切に接した。

年上ながらちょっと変わっているシンヤを気に入ったのか定かではないが旅をしながらも頻繁にシンヤのもとに訪れるなどして、シンヤの良き友人の一人になる。

ポケモントレーナーだけに大のバトル好き。実力はあるが性格ゆえに特定のポケモンに嫌われていたりもするが何だかんだとツバキについてくるポケモンも多い。

ちなみに恋をする乙女で"ゲン"に片思い中。ゲンがシンヤへ友情以上の感情を抱いていることに気付き、シンヤに少しライバル意識があるらしい。(シンヤは微塵も意識してない)

ツバキの手持ちではエンペルトのエンペラー、ヨルノズクが人の姿になれる。

現在のシンヤの手持ちサマヨールとミミロップはヨマワル、ミミロルの時にツバキとの性格が合わずシンヤのもとへやってきた。なので二人の親はツバキ。

ミロカロスもまたヒンバスの時にツバキにゲットされシンヤのもとへ戻されたので親がツバキである。

今、一番欲しいポケモンはギラティナ。でも嫌われている。

 

名前:ラルトス♂ ボールの種類:モンスターボール

人の姿にはなっていない。

怪我をしていた所をシンヤとミミロップに助けられた。

その時に治療をしてくれたミミロップの姿に憧れてミミロップに弟子入り。

とても賢いらしく優秀、しかしミミロップからはとある理由からあまりよく思われていない。

唯一、人の姿にならずポケモンの姿のまま。後の続編「死んで花実が咲くものか」で詳細を公開されることになる。

 

 

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名前:チルット♂ ボールの種類:ヒールボール

人の姿の時の呼び方はチル、見た目年齢は10代前半

シンヤが初めて自らゲットしに行ったポケモン。

自分に代わり掃除をしてくれる綺麗好きのポケモンが欲しいという理由からシンヤにゲットされた。チルット自身も了承して家事を引き受けている。

家事全般は最初にシンヤから仕込まれ、その後は自分なりに家事スキルを上げている。シンヤ曰く優秀な執事。

同じ飛行タイプのトゲキッスを先輩として慕っている。トゲキッスもまたチルットには敬語を使わずに後輩として可愛がっている。

ポケモンとしての実力は低いが、人の姿になれば一番シンヤにとって必要不可欠な存在。

気も利くし対応も上手、シンヤをご主人様と呼び付き従っている。他のポケモンにも敬語で"さん"付け、ギラティナを"様"付けで呼ぶなど礼儀正しいポケモンである。




世界設定は一日千秋の思いから、シンヤを中心に作られた世界へと飛びます。


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01

※この連載は10年前に書き、完結させたものです。
ゲーム設定などが古いのはその為です。ご了承ください。


長く入院していた私には可愛らしい友人が出来た。風邪をこじらせて入院していたノリコという女の子とその見舞いに来ていたノリコの双子の兄であるカズキ。

退院後も家が近所だったという事で双子の兄妹はよく私の家に遊びに来る。記憶喪失という理由で仕事に就けないので一日中家に居る私は学校帰りの双子の兄妹の良い遊び相手になってしまったようだ。

まあ、それは良いのだが……。

 

「もうやりたくない!!」

「「だめー!!」」

 

学校が終わったら家でゲーム、なんていうのはもう常識と化しつつあるのだろうか。

私ははっきり言ってゲームをした事がない、記憶は無いがゲーム器具が無いのだからゲームで遊んでいたとは思えない。でも、トランプとかボードゲームなら覚えているのでそっちならまだ出来そうなんだが……。

新しく発売した学校で流行ってるポケモンのゲームをカズキとノリコに付き合わされて現在プレイ中……、ゲーム本体とソフトはヤマトが買って来たが。

はっきり言おう、私はゲームが苦手だ!!

 

「勘弁してくれ……」

「貸してあげたゲームは?遊んだんじゃないの?」

「カスミが倒せなかった……」

「えー……」

 

ポケモンという変わった生き物を戦わせて進むゲームなんだがタイプやら技やらそのポケモンの種類も沢山あってイマイチよく分かっていない。

しかもこのアイテムやらを使うのも慣れないんだ、歩いてたら急にバトルを仕掛けられるし……、現実にこんな事があったらおちおち外も歩けない。

 

「シンヤ兄ちゃん、ホワイト買ったんだろ?」

「知らん、ヤマトが買って来た」

「何処まで進んだ?」

「子ブタを選んだらチェレンに負けた」

「最初で負けるってほとんど無いのに!?」

 

負けたんだからしょうがないじゃないか……。

ブチ、とDSの電源を切ればカズキとノリコが不満気に声をあげた。

 

「やだ、もうやらない」

「子供か!」

「シンヤお兄ちゃん頑張れ!!」

「やだ」

 

ぽいっとDSを投げれば頬を膨らませたカズキがバトル出来ねぇじゃん!と怒った。そういえばヤマトも同じような事を言っていた気がする。

どうにも慣れない。ボタン操作にもだが、この画面の中で動いて戦う生き物が何故か気持ち悪いというかイライラするというか……、嫌な気分になる。

なんだろうな……、ゲームなんだからそんな考えるような事でもないような気がするんだが……、納得出来ない、のだろうか……?

 

「ゲームしよーよー!!」

「はい、DS!!」

「……」

 

心の中で舌打ちをしてゲームを受け取った。

今の子供はトランプとかボードゲームはしないのか、神経衰弱にオセロとか得意なんだけどな……。

 

「はい、付けて!!そんで強くなったらバトルしよーぜ!!」

「バトルは嫌いだ」

「バトル嫌いだとこのゲーム進まないよー?」

 

だから、やりたくないって言ってるのに……。

渋々電源を入れた。最初にやったあの赤色のゲームからこのホワイトをやると別のゲームのようだな……。グラフィックが全然違う……。ポケモンも進化するらしいがゲームも進化してるんだな……。

 

*

 

「シンヤー、お菓子買って来たよー」

 

記憶喪失の私を案じてか、よく遊びに来るヤマト。

今日はコンビニに寄って来たらしい菓子の入った袋を両手に持ってやって来た。そんなに大量に誰が食べるのだろうか、私は菓子をほとんど食べないんだが……。双子に持って帰って貰おうか……。

 

「お、ゲームしてる!!どう進んでる?ジムリーダー倒した?」

「ヤマト兄ちゃん!今な、カラクサタウン入った!!」

 

全然進んでない!!というヤマトの言葉は無視した。

 

「なんだコイツら」

「プラーズマー!」

「プラーズマー!」

「プラーズマー!!」

「……」

 

三人で何やってるんだ……?

私一人置いてケラケラと笑いあってる三人の笑いどころがイマイチ分からない。

とりあえずゲームに視線を戻した。

 

「今回のゲームのストーリーは今までで一番深いよね」

 

今までをやってないから知らん。

 

「その偉そうなの、ゲーチス悪い奴なんだぜ」

 

何故言った。

お前、それは物語的に言ったら見事なネタバレなんじゃないのか……。

 

「……まあ、ようするにこの団体はポケモンは人間に良いように使われるべきじゃないと言っているんだろ」

「そうそう」

「ポケモンは野生に戻してポケモンで戦いをするトレーナーを撲滅しようと……」

「撲滅って……」

「良いじゃないか!!人間からのポケモン解放!!バトルなんて動物虐待だ!!悪い奴だろうが何だろうが知らん!!ゲーチス万歳!!」

「「「えー……」」」

「ポケモン解放に賛同すべくこのゲームをやめるという解放方法を行おうと思うのだが」

「駄目!」

「却下!!」

「はんたーい!!」

 

くそ、駄目か……。

そしてゲームを進めたら進めたでNという男が出て来てバトルに負けた。

 

「……」

「「「……」」」

「もうやめたい」

 

よし、と手を叩いたヤマトが自分のカバンから何かを取り出した。何々、良い物?と食い付いた双子を確認してから私はこっそりDSの電源を切った。

そしてクッションの下にDSを隠した。これでよし!!

 

「僕、シンヤがポケモンを覚えられるようにDVD借りて来たんだよね!!見よう!!」

「おー!!オレ、ミュウツーとか見た事ないー!!」

「のんも!!のんもー!!」

 

賑やかに楽しんでいる所悪いが……。

家にテレビはあるがDVDを再生するDVDプレーヤーは無かったぞ。

 

*

 

DVDプレーヤーが無いという事に気付いたヤマト。そしてカズキとノリコは一度自宅に戻りプレステを持って来ると出て行った。なんだプレステって。

そしてDSが無くなっている事に気付かれた……。

 

「あれぇ!?シンヤ、DSは!?」

「……」

「シンヤー!!」

 

溜息を吐いたヤマトは不満気だったが気にしない事にする。

バトルしたいのに、なんて言われても私はバトルをしたくないのだから仕方が無い。

ペットボトルに入ったお茶を飲んでソファに寝転べば、寝ないでねとヤマトに釘を刺されたけど返事はしない。

 

「「ただいまー!!」」

「あ、おかえりー」

 

何か大きな袋を持って戻って来たカズキとノリコ。

袋の中からは何か機械が出て来た。テレビゲームという奴かもしれない。見た記憶が無いのでよく知らないが……。その機械をヤマトがテレビに繋げた。

 

「それでDVDが見れるのか?」

「え、うん、見れるよ。PS3だったらブルーレイも見れるよ」

 

首を傾げる私を無視して、テレビ画面にはDVDが再生されたる。

テレビの前に横一列で並んだ三人の背を見てから私はクッションを枕にして天井を仰ぎ見る。

ポケモン、ポケモン、ポケモン……。

何故か少し頭が痛くなる、でもその頭痛と共に誰かが私を呼んでいる。

なんだろう、でも出来るなら考えたくない、疲れるんだ、頭も痛くなるし……。

 

< ここは何処だ、私は誰だ、私は記憶に無いこの世界をいつも夢に見ていた、ん……?お前は誰だ!待ってくれ……!!

私はあの誰かが飛び立って行った世界を忘れない…… >

 

「ふぅー!!」

「ミュウツー!!」

「イエー!!」

 

随分と楽しげだ……。

目を瞑って小さく溜息を吐いた。

 

< ここは何処だ、私は誰なんだ、誰が私をここへ連れて来た……!私は誰だ……、何故ここに居る、いや……私はまだここに居るだけだ、私はまだ……世界に生まれてすらいない……、私は誰だ!!

 

おお、目覚めたぞ!!

ヤツがやったのか!?

素晴らしい!!

完成したぞ!!ミュウツーが!!

 

ミュウツー……?

 

お前の事だ、世界で一番珍しいと言われているポケモンから我々はお前を生み出した。そう、あれが世界で一番珍しいと言われるポケモン、ミュウだ!

 

ミュウ……?あれが私の親なのか?父なのか?母なのか?

 

とも言える、だがとも言えない。お前はミュウを元にして更に強く創られた。

 

誰が……。母でもなく父でもなく、ならば神が?神が私を創り出したとでも言うのか。

 

この世で別の命を創り出せるのは神と人間だけだ!

 

お前達が……?人間がこの私を……? >

 

子供向けなのに随分と難しい話をするんだな……。

傾けた耳だけから聞き取れる言葉を考えながらそう考えたが……、もう眠たくなってきた……。

 

< 私は誰だ……、ここは何処なんだ……、私は何の為に生まれたんだ……!! >

「おぉぉー!!」

 

カズキの興奮するような声が聞こえた。

何かの破壊音、眠る為のBGMにはあまり相応しくない……。

 

< 世界最強のポケモンを創る……、私たちの夢が…… >

 

「ぎゃぁああ!!」

「ぼーん!!!」

「ふ、二人とも、落ち着いて……」

 

眉間に皺が寄る。

 

< これが私の力……、私はこの世で一番強いポケモン。ミュウ……、お前よりも強いのか…… >

 

ミュウから創られたからミュウ、ツーって安直な名前だな。そう思ったのを最後に私の意識は途絶えた。

 

*

 

「……ん、」

 

目が覚めるとバサリと私の上からタオルケットが落ちた。どれくらい寝てたのかとテレビの方に視線をやれば三人は未だにテレビを見ている。

欠伸を噛み殺してソファに座り直しテレビに視線をやる、大きな怪獣が空を飛び戦っている。

 

「……」

 

何処かで見た事があるような気がした。

腕を組み考えてみるがまるで霧がかかったようにハッキリとしない。

知らないキャラクターが怪獣二体の名前を言う。神と呼ばれるポケモン……。

 

「パルキア……、ディアルガ……」

 

何を喧嘩しているのか、でもやっぱり喧嘩するとパルキアはディアルガに勝てないのか……と思った所で私は首を傾げる。

やっぱり?ってなんだ。

考えれば考えるほど分からなくなる。落ちたタオルケットを畳んでソファに置いた私はトイレに行こうと立ち上がった。

 

時間を確認すれば随分と時間が経っていた。

あの三人は立て続けに映画を二本か三本見ているのだろうか、よくも飽きもせず見ていられるものだと手を洗いながら考える。

鏡に映った私は眠たげな目だった。ついでにバシャバシャと顔を洗う。

 

「……頭が、痛い」

 

タオルを顔に押し付けて呟いた声は私の脳内で反芻された。

溜息を吐いた時、タオルを床に落としてしまった……。もう一度溜息を吐いてタオルを拾う。

 

シンヤ

「……」

 

また誰かに呼ばれた気がした。

記憶が無いからなのだろうか……。でも呼ばれた気がする度に頭が少し痛むし、憂鬱な気分になるから、出来る事なら止めて欲しい……。

 

さあ、来い

「……?」

 

何だ?

今、頭の中で……、というより何処か別の所から聞こえたような気がしたぞ。

辺りを見渡してみたが声が聞こえてきそうな場所はない、洗面所だしな……と思いつつ風呂場の扉を開けたがやっぱり何も無い。

 

こっちだ、シンヤ

 

外からの声が何処からか漏れてるのだろうか。微かに聞こえる声は何を言っているのかイマイチ分からない。

まあ、良いか……と心の中で納得させて、持っていたタオルをぽいっとカゴに放り入れた。

 

シンヤ!!

「!!」

 

背後から声がして慌てて振り返る。

でも、驚いた表情をした私が映る鏡しか無くてやっぱり幻聴かと息を吐いた……。

鏡に映る私は少し顔色が悪いような気がした、情けない顔だと鏡に映る自分の顔に手を当てた……。

 

そうそう、こっちだぜ、シンヤ……

「なっ……!!」

 

鏡が大きく揺れた。映っていたはずの私の姿は映らなくなって、鏡から無数の黒い物体が出て来た。

形が様々な目玉のある黒い物体が私を取り囲む。驚いた、凄く驚いたけど……。何故か知っているような気がして不思議と恐怖は無い……。

 

「……誰、だ」

 

さっきまで聞こえていた声は答えない。

黒い物体に囲まれた私の視界は暗転した……、さっきまで寝てたのに冗談じゃない……。

 

*

 

「シンヤさん、シンヤさん……」

「……」

「シンヤさーん!!」

「!?!?」

 

キーンと耳を劈く声で飛び起きた。

声の主に視線をやれば腰に手をあてて呆れたように私を見ている……。だ、誰だ……。

十字架のマークが入った帽子を被っているから看護師と判断しても良いのだろうか。でも、なんで髪の毛がピンク色なんだ……。

 

「シンヤさん!まだ寝惚けてるんですか!!」

「い、いや、起きてる!!」

「じゃあ、お手伝いお願いしますね」

「は?」

 

はい、立って!と手を引かれて寝ていたらしいソファから立たされた。なんで私はこんな見覚えのないソファで寝ていたのだろうか……。

あれ、いや、なんだ……、頭が混乱しているんだが……。

 

「えっと……、ジョーイ……」

「何です?」

「や、何でもない……」

 

ああ、そうだ彼女はジョーイだ。

ポケモンセンターの女医師で……って、なんでこんな事を知ってるんだ……。

 

「シンヤさーん?」

「ちょっと待ってくれ!!少し時間が欲しい!!」

「早くお手伝いして欲しいんですけど……、まあ、そこまで言うなら少し休んでからでも構いませんよ」

「すまん……」

 

謝罪すれば、良いですよ、とジョーイが困ったように笑った。

ぐるぐるぐるぐる、

頭の中で記憶が渦を巻く……。ここは何処か、カントー地方?か、関東……、じゃないよな、カタカナだ。私はカタカナでカントーと記憶している。

ぐるぐるぐるぐる、

記憶が私の頭に流れ込んでくる。

これは誰の記憶だ!!私!?そんな覚えもないのに!?覚えがないと思ってる私と覚えのあるらしい私の記憶。

記憶を失っていたからなのか、それでも納得出来そうもない記憶、まるでシンヤという人間の記憶を混ぜ合わせたような……。

 

「ラッキー……?」

「……ぁ、大丈夫、だ……」

「ラキラキー」

 

ピンク色の丸い生き物……。

たまごポケモン、ノーマルタイプでメスしか存在していないポケモン、ラッキー……。

なんだ、この覚えのない知識。

私を案じて優しく背を擦ってくれるラッキーの手は温かい。夢じゃない。ポケモンが居る。ゲームの中に居たポケモンが現実に居る。

でも、私はこのポケモンの居る世界の人間で、ポケモンを専門とする医者で、野生ポケモンの治療をしながら各地方のジョーイの所を回って……。

……何でだ。

10歳になった時、トレーナーを目指し旅に出た。でも自分には不向きだと判断してポケモンコンテストに出てコーディネーターを目指したがそこでも自分には向いてないと判断して……。

ポケモンに関した知識を生かしブリーダーになったが出身であるシンオウ地方に戻った時、知り合いのジョーイに勧められポケモンドクターに……なった?

私が?

まるで記憶がバラバラだ。辻褄を合せるように継ぎ接ぎに繋がれた記憶……。

トレーナーの私はポケモンにも自分にも厳しいバトル一筋の人間で、コーディネーターの私は目立つ事とポケモンを輝かせる事が大好きな人間……、ブリーダーの私はポケモンが大好きで探究心と行動力を兼ね備えた人間だった、それが転じてドクターになった。

そして今の私は……、私は以前の記憶が無くて、ポケモンはゲームでしか知らない人間だった……。それだけ、だった、か……?

 

「うぅ……」

「ラッキー……!!」

 

頭が痛い。

なんだこの違和感だらけの記憶。吐き気がする。どうして私の頭の中に記憶が複数もあるんだ。どうしてそれが一人の人間の物とされているんだ。私はそんな事をした覚えは無いのに…!…!

ああ、考えれば考えるほど混乱する。

 

「……頭が痛い」

 

*



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02

「え、私が知ってるシンヤさんの事ですか?」

 

コクンと頷けばジョーイは訝しげに私を見つめた。

 

「何で自分の事を私に聞くんです……?」

「いや、記憶が曖昧で……」

「まあ……、頭でも打ったの?」

 

多分、少し……と返せばジョーイは仕方が無いと言わんばかりに息を吐いて私に向き直った。

私が知ってるシンヤさんの事ねぇ……、と顎に手をあててジョーイが目を伏せる。

 

「シンオウ地方出身で昔は名を馳せたポケモントレーナーでしたよね」

「……」

「その後、急にトレーナーからコーディネーターに転身して……、美しき新星シンヤなんて呼ばれてコンテストを総なめにして、一躍有名人になってましたし……」

「……」

「でも、いつの間にかシンヤさんはコーディネーターも辞めちゃってて、ブリーダーになってたんですよね。それでジョーイ達で話し合ってポケモンドクターをやらせるのはどうか、なんて話が出て今に至る…、…って感じかしら」

「……転身した理由とかは」

「それはシンヤさんが自分で決めたんでしょう?でも、シンヤさんが昔は活躍してたのなんて今じゃ信じられませんよね、やっぱり10代は若かったって事かしら」

 

クスクスと笑うジョーイを見て私は眉を寄せる。どうやら私と同じでジョーイの記憶も継ぎ接ぎのようだ……。

トレーナーからコーディネーター、そしてブリーダーへと転身した私の過程が無い。それでもそれが当然のように皆の記憶の中で構成されている……。

違和感を持っているのは私だけ、か……。

 

「そういえばシンヤさんは各地方に家を持ってたわ」

「家?ここ、カントーの私の家は何処だ?」

「セキチクシティの近くって聞きましたけど、沖沿いに家があるって……。でも、こんな事まで聞くなんて本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、でもちょっと家に行って来る」

「……分かったわ。シンヤさんのカイリューなら明日か明後日には帰って来れるでしょうし。早くいつも通りのシンヤさんに戻って下さいね、お手伝いして欲しいんですから」

「ああ……」

 

って、カイリュー?

確かな記憶が欲しいので覚えのない家に帰ろうと思う、いや、覚えはないが頭の中にはある……。

カバンを肩に掛けてボールを取り出した。ゲームの中にしか無かったモンスターボール……、それでも頭の中で思い出される記憶は知っている。

知っている私と知らない私……。

私だけど私じゃない。

小さく溜息を吐いてボールを投げた。知らない私からすればボールからこんな大きな恐竜が出て来るなんて信じられない事だ。

知らない私はゲームでしか居ない存在なんだとまだ言い張る、でも知っている私はこれが普通だと言い張る。

自分の中に知らない自分が沢山いるんだ。この私の複雑な心情を察してくれる人間なんて存在しないだろう。

 

「バォ」

 

片手をあげたカイリューに片手をあげて返す。

大きな体を屈ませて来たので頭を撫でてやる……、知らないのに知っている、知っているけど違和感がある……。

 

「家に帰りたいんだ、急ぎで頼む」

「バウッ」

 

ポンと胸を手で叩いたカイリューは頷いた。

 

*

 

「……」

「バォー」

 

海が見える景色の良い場所だった。どうやら周りに人は住んでおらず大きな屋敷がポツンと建っている。

門を開ければポケモン、ポケモン、ポケモン……。人は居ないがポケモンで溢れ返っていた。野生ポケモンの巣窟と化している……。

とりあえず野生ポケモンは良い……。私が来た事に気付いたポケモン達が遊べ遊べと群がって来るが無視して記憶にある部屋へと入る。

私の部屋。本とカントー地方の物であると記されたトロフィーが並ぶ部屋だった。

トレーナーだった時とコーディネーターだった時の私の私物だろう。引き出しを開ける、棚を漁る、本を捲る、トロフィーを一つ手に取ればその時の状況が思い浮かぶ……、でもそれは私の記憶じゃない。

私は元会社員で今も記憶喪失でポケモンがゲームでしか存在しない場所に居たのだ。それが私、それだけが私の記憶。

でも……。

トレーナーだったのもシンヤ、コーディネーターだったのもシンヤ、ブリーダーだったのもシンヤ、ドクターな私も……、シンヤ……。

 

「バゥ~……」

 

カイリューの声、チラリと視線をやれば部屋には入らず顔だけを覗かせるカイリューが居た。

私の自室に断りなく入ってはいけない。

手持ちのポケモンに限らず家へと来る野生ポケモン達もちゃんと守っているらしい。

私を心配しているのか不安げにカイリューが私を見つめる。

 

「入って良いぞ」

「……」

 

そろそろと部屋に入って来たカイリューがペタンと床に座った。

カイリューの前に私も座って、手元にあったボールを一つずつカイリューの前に並べた。

 

「カイリュー」

「バウ」

「……ギャロップ、ガラガラ、ペルシアン、ゴースト、ライチュウ……」

「……」

 

私はお前たちを知らない。ゲームの中でも見た事が無い。

このポケモン達が慕うシンヤは何処に行ったのだろう。私は何故こんな所に居るんだろう。

この記憶だけなら私はきっと違和感なく全てを受け入れた。でも知らない私が否定する。こんなの知らない、私の記憶じゃない、カイリューなんて私は連れて居ない……。

霧がかかる向こうで誰かが私の名前を呼んだ。

 

「頭が、痛い……」

「バゥー……」

 

私のポケモンであって、私のポケモンじゃない。

こんな事をカイリュー達に説明したとしても伝わらないだろう。カイリュー達からしたら私は私……、シンヤなのだ。シンヤだけどお前達の知ってるシンヤじゃない、でも今までの事は全て記憶にある。そう言えばただ頭が可笑しくなったと思われるだけ。

私をここに連れて来たのは誰だ。

あの黒い物体、あの黒い物体はアンノーンだった……、でも、アンノーンと知り合いになった覚えはない。

トレーナーの私もコーディネーターの私もブリーダーの私も……、そんな記憶は無い。

でも、今の私は確かにアンノーンに連れて来られた。誰かに呼ばれた……。

 

「誰なんだ……」

 

もどかしさにイライラする。頭の中で唯一鮮明に映らない霧がかった向こうで私を呼んでいるのは、誰なんだ……。

 

*

 

慣れた手付きでポケモンフードを作った自分に少し驚きつつ、手持ち達用のポケモンフード作りを始める。

知ってる木の実をブレンドしてポケモン達の好みに合わせたポケモンフードを作る……。

 

「はぁ……」

「ライ?」

「なんでもない」

 

私の手伝いをしてくれているライチュウが首を傾げたがこの心情を説明出来る訳も無くまた溜息を吐く。

野生ポケモンにポケモンフードを配るゴーストとガラガラをチラリと見てから手元に視線を落とした。

 

「ラィ?ライチュー!!」

「え?何が違うって?」

「ライラーイ!!」

 

それそれ、と私の手元を差したライチュウ。

何が違うのだろう、と首を傾げればライチュウは首を横に振ってそれは誰用なのかと私に聞いた。

これ、これは水ポケモン用のポケモンフードだから……、だから……。

 

「誰の、だ……?」

「チャー……」

 

ライチュウが呆れたように溜息を吐く。

しかし呆れられるのも無理はない、無意識に誰用のものでもないポケモンフードを作っていたのだから自分でも呆れる。

 

「ペルシアン……、お前食べないか?」

 

フンとそっぽを向いたペルシアンを見て私はまた溜息を吐いた。

 

*

 

「カイリュー、私は何をしたら良いんだろうか……」

「バゥー?」

 

ジョーイに怒られるのが嫌なのでその日の晩に再びポケモンセンターへと戻る為、カイリューの背に乗った。

星空を眺めながら呟けばカイリューは何がと返事をする。

 

「私が医者なんて、可笑しいじゃないか」

「バオ」

 

今更だとカイリューが笑った。

確かにカイリューからしたら今更かもしれないが私は突然医者になる事になったんだ、それも数多の経験を積んだ医者だぞ。

本来ここにはその経験を積み生きて来たシンヤが居るべきなんだ。私はいまだ記憶喪失でゲームもろくに出来ない男だったのに。

考えれば考えるほど頭が混乱する。

それでも、納得出来ないこの状況に納得して生きていかないといけないのか……?

 

「10歳の頃、ポケモントレーナーとして旅に出た。数多の戦いを繰り広げた私はどうしてコーディネーターになろうと思ったのか。数々のコンテストに出場して有名になった私は何故輝かしい舞台を降りてブリーダーになったのか……。どうして今ここでポケモンドクターとして存在しているのか……。」

「バゥ?」

「別にどうもしない、ただ納得出来ない人生の記憶だと、思っただけだ……」

 

継ぎ接ぎの矛盾だらけの記憶。

そこに私の求める記憶はないような気がする。

 

「私を呼んでいるのは誰だ……」

 

霧がかかったような記憶の向こう。

それが今の私が失っている記憶なのだろうか……。

 

ポケモンセンターに戻って来て、正直に今の自分の記憶が曖昧である事を伝えた。

少し考えた後にジョーイはニコリと笑みを浮かべて言った。

 

「思い出せない事があるならいつも通りに過ごせば良いんですよ!!シンヤさんが忘れていてもシンヤさんを知っている人なんて沢山居るんですから」

「……そう、だな」

「そうですよ、それじゃ早速お手伝いして下さいね」

 

私を手伝わせたい為だけに適当に話を流された事に、今、気付いた……。

 

「何処の地方に行ってもジョーイはジョーイ、好きになれないな」

「ふふふ、私たちはシンヤさんのこと好きですけどね」

 

*



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03

記憶の矛盾を感じながらもポケモンセンターで手伝いをして早数日。

霧がかった記憶はいまだ晴れない。しかし生活する分には支障もなく医者をする知識もあるので問題は無かった。

 

「ラッキー、ジョーイは何処だ?」

「ラキ?」

 

首を傾げたラッキーとジョーイを探して部屋を回るがジョーイの姿は無い。

黙って何処かに行くなんて事は無いと思ってたがジョーイが長くポケモンセンターを開けるなんて事はしないだろうと気にしなかった。

でも、

ジョーイは次の日になってもポケモンセンターに帰って来ない。

さすがにラッキーと顔を見合わせて変だ異常だとジュンサーさんへと連絡した。

そしてジョーイの居ないポケモンセンターでは、すでに一週間が経とうとしている、……。

捜索願も出されているのにジョーイは帰って来ない。こんな事は異例であるしジョーイの居ないポケモンセンターでいつも通りの治療も出来るわけがない。

野生ポケモン専門医である私にジョーイの代わりが務まるわけもなく、ポケモンセンターは一時的に閉鎖。緊急で重傷なポケモンが居たらジュンサーさんから連絡してもらい私が診に行くという事を繰り返していた。

そんな時に……、

この港町に立ち寄ったトレーナーが私に声を掛けて来た。それはもう鼻息を荒くして……。

 

「シンヤさんですよね!?各地方のポケモンリーグで優勝した、あのシンヤさんですよね!?」

「……」

「コーディネーターになったって聞きましたけど俺の中じゃシンヤさんが一番強いトレーナーです!!ジムリーダーや四天王、それにチャンピオンよりも!!シンヤさんこそがポケモンマスターですよ!!」

 

誰だ、コイツ。

私の心情はそれに限った。急に話しかけられたかと思うと一人熱く語り出したものだからこっちはどうすれば良いのか分からない。

しかも"あのシンヤさんですよね"と言われても、ここに居る私はその時の記憶こそあれど"あのシンヤさん"では無いだろう……。

 

「バトルして下さい!!俺、シンヤさんに憧れてポケモントレーナーになったんです!!おこがましいかもしれませんけどシンヤさんを超えたいんです!!」

 

バトル、バトル、バトル……。

記憶に浮かぶのはポケモントレーナーだったシンヤの記憶と、ゲーム内で散々ボロ負けした私の記憶……。

記憶を集結させた結果、私は……。

バトルが嫌いだ…!!!

 

「今、忙しいのだが……」

「そこを何とか少しだけでも!」

 

お願いします、と頭を下げた少年を見て考える。

バトルはしたくない、それにバトルなんて出来るわけがない。と言う私と……、私に勝負を挑もうなんて良い度胸だ、トレーナーとしての格の違いを味わうと良い!!と言う何故か勝ち気で偉そうな私が居る……。

この私の頭の中にある記憶は本当に別人の物だな……と再認識しつつ溜息を吐いた。

 

「シンヤさん!!お願いします!!」

「……」

 

*

 

ポケモントレーナーの私は強かった。

その一言を思い頷く、勿論、今の私では無いので他人事なのは仕方のない事だ。

ジョーイが居ないのでバトルに負けたポケモンを治療出来ないだろうと少年の手持ちのポケモンを治療してやれば、今はお医者さんなんですね!やっぱりシンヤさんは凄いです!!と更にシンヤという人間の株が上がっていた。

私じゃ、無いんだけどな……。

溜息を吐いてポケモンセンターに戻ろうと足を進める。

ジョーイさえ帰って来ればこんな忙しい毎日から解放されるというのに……、あの女は一体何処に行ったのか……。ジュンサーさんが言うには誘拐という事もあるらしいが、ジョーイなんて誘拐してどうするというのか……。

何処のポケモンセンターに行っても居るぞ、同じ顔したジョーイが。

どういう遺伝子を引き継げば同じ顔ばかり生まれるのか甚だ疑問だ。

 

「バゥー!!!」

「ん?」

 

ポケモンセンターの近くまで来た所で鳴き声が聞こえた。

大きな影が足元を過ったので空を仰ぎ見るとくるりと旋回するカイリューが。

カバンを持っている……、何か仕事をしているカイリューなのだろうかと眺めているとカイリューは私の傍にドシンと降りて来た。

 

「バォ」

「……私にか?」

 

カバンから取り出した手紙を差し出して来たカイリュー。

カイリューが頷いたのを確認してから私はその手紙を受け取った。封を開けて取り出せば一枚のカード。

立体映像で一人の女の姿が再生された。

 

< 突然のお手紙をお許し下さい >

「……ジョー、イ?」

 

一方的に再生される映像。思わず呟いた言葉に勿論返事など返って来ない。

 

< 貴方を前途有望なポケモントレーナーと認め、最強のポケモントレーナーであるご主人様のパーティーにご招待します。場所はニューアイランド……、ポケモン城 >

 

ポケモントレーナーじゃないんだが……と思った言葉は、返事が返って来ないのは目に見えているので口には出さなかった。

 

< おいでになるかならないか返信用ハガキにチェックをお願いします。最強のポケモントレーナーの招きを是非お受け下さい >

 

再生が終わって視線をあげれば返信用ハガキを持って帰る為に待っているであろうカイリューと目が合った。

普通ならこんな怪しい誘いは勿論、NOだ。

でも、再生された映像に映った女は顔も声もジョーイだった。あいにく各地方のジョーイの顔は見分けが付かないがジョーイかジョーイじゃないかくらいは分かる。

 

「……じゃあ、これを」

「バォ」

 

返信用ハガキのチェックは勿論、YES……。

 

*

 

ニューアイランドに行く為、波止場に来たがこの嵐で船が出せるのだろうか……。

船着き場に入ればトレーナー達がボールを片手にニューアイランド方面へと各々のポケモンに乗り、外へと出て行くのが見えて、やっぱり船は出ないのかと溜息を吐いた。

外は風が強く海も荒れている。

一層強く風が吹いた時、見慣れた帽子が飛んできて手を伸ばし掴まえた。

 

「やっぱり止めても無駄ね……」

「え……」

「あの子たちはポケモントレーナー、冒険者達……。止めてやめるような子ならここに集まって来ない……。無事を祈りましょう」

 

荒れる海を眺めている二人を見つけて私は二人の傍に駆け寄った。

 

「ジュンサーさん」

「シンヤさん!!」

「あら、貴方もニューアイランドに行くつもり?」

 

クスクスと笑ったボイジャーさんを見て眉間に皺を寄せる。

ジュンサーさんに帽子を押し付ければジュンサーさんは驚いたようにお礼を言った。

 

「あ、ありがとうっ」

「ジュンサーさん、ニューアイランドにジョーイが居るんだ」

「え……、な、なんですって!?」

「私はジョーイを迎えにニューアイランドに行って来る。冒険者達と一緒にはしないでくれよな、ボイジャーさん……」

「そんなに否定することじゃないわ、貴方もまた冒険者だったでしょう」

 

私じゃないシンヤがな……という言葉は飲み込んで溜息を吐いた。

荒れる海に視線をやる。船で行けたらどんなに良かった事か……、雨も降ってるし、と心の中で不満ばかりを呟きながらモンスターボールを投げる。

 

「シンヤさん、気を付けて!!」

「ああ」

 

敬礼をして見送ってくれたジュンサーさんを見てから私はカイリューの背に乗り、雨が降る中ニューアイランドへと向かった。

目が雨に入らないように目を細めて荒れる波を眺めていると大きく波打つ海が一層大きく揺れたの見た。

 

「お、凄い高波が来るな……」

 

カイリューの首元をポンポンと叩き少し上昇する。すると一瞬、船が見えた気がした。

こんな海に船……?とは思ったが、気になったのでカイリューに下降してもらい周りを見渡した。船の姿は無い。高波に飲み込まれてしまったのか……、人が乗っていたのなら大変だろう……。

 

「バォ!!」

 

カイリューが鳴き声をあげて「あそこ」と指を差した。暗くてよく見えないが何かがバシャンと海面を跳ねながら泳いでいる。

 

「なんだ?ポケモンか?」

「バォー」

「子供?……ポケモンに乗ってる子供か!」

 

カイリューを更に下降させて近寄れば人間の私にもよく見えた。小さく乗るには不十分なヒトデマンとゼニガメにしがみつく子供が三人。

 

「カイリュー、掴まえられるか?」

「バオ!」

 

バシャンバシャンと海を跳ねる一人の子供のカバンをカイリューが掴みあげる。

 

「うわぁあ!!!」

「タケシ!!」

 

子供三人を抱きかかえるように掴みなおしたカイリューが空へと上昇する。

カイリューから落ちないように抱えられた三人の姿を覗き見れば驚いた表情をした三人がこちらに視線をやった。

 

「大丈夫か?」

「た、助かったぁ……」

「ありがとうございます!」

「ピカァ」

「た、高いっ!!」

 

落ちないようにな、と声を掛ければ三人はコクコクと頷いた。

そのままカイリューがスピードを緩めながらニューアイランド、ポケモン城へと向かう。

少しすると嵐が止んだ。ぽっかりとそこだけ綺麗な空が覗いている。周りを渦巻く暗雲がまた不気味だった。

 

「あ、あそこ!」

「ん?」

 

少年が指差した先に不気味な建物が見えた。あれがポケモン城だろうか。そのまま近付いていけばカンテラを持ったジョーイが立っていた。

ドシンとジョーイの前にカイリューが下りればジョーイの異常さがよく分かる、服が違うだけじゃなく顔に生気が見られない……。

 

「よく、おいで下さいました。招待状をお見せ下さい」

 

ジョーイの言葉に反応した少年がポケットから私が貰ったものと同じカードを取り出した。渋々私もカバンのポケットからカードを引っ張り出す。

 

<< この方達は確かにお招きした人達です >>

 

同じタイミングで喋ったものだから声が被っていた。

このカードもこの外装もまた不気味だと私が眉を顰めると一人の少年がジョーイに話しかけた。

 

「やっぱり貴女だったんですね」

「はい?」

「船着き場の捜索願で見たジョーイさん!」

「そういえば似てるかも」

「なんのことでしょう。私は生まれた時からこの城にお仕えしている身でございます」

 

ジョーイの言葉に私は驚いてジョーイに詰め寄った。

 

「ふざけるな!何の冗談だ、ジョーイ!!」

「ちょ、ちょっとお兄さん!!」

 

トゲピーを抱きかかえている少女が私の腕を掴んだがそんな事に構っていられなかった。

 

「お前が居なくなった後、私がどれだけ大変だったか分かってるのか!?わざわざ迎えに来てやったんだ、さっさとポケモンセンターに戻れ!!」

「私は生まれた時からこの城にお仕えしている身でございます」

 

同じ事しか言わないジョーイ。よく見ると目に光が無い、まるで人形のようだ……。

腹も立つが状況が状況なので言い返そうと思った言葉は飲み込んだ。それにどうせ言ったとしても会話は成り立たないだろう。

 

「さ、こちらへどうぞ……。他の招待客の皆様はすでにお揃いです」

「……チッ」

 

踵を返しスタスタと歩いて行ってしまうジョーイの背を見て、カイリューをボールに戻し渋々後を追った。

それにしても外観も不気味なら中も不気味だ……。薄暗い洞窟のような中を見渡しながら階段を上って行く、階段を上りきったかと思うと大きな扉が目の前に広がった。

扉がひとりでに開くのをぼんやりと眺める。少年達の後に続いて中に入ればその広い空間に関心してしまった。天井も随分と高いな……。

 

「あちらにいらっしゃるのがすでにお着きのトレーナーの皆様です」

 

ジョーイの言葉に視線をやればそこには船着き場に居た多数のトレーナーの姿は無かった。

 

「たった三人……!?」

「あんなに沢山居たのに!?」

「あの嵐を乗り越えて来れないトレーナーなど招待しても仕方が無い」

「あの嵐で試したって言うんですか!?」

 

ふむ、トレーナーの力を試したにしろ嵐の日を前以て予測して招待しなければいけなくなる……。

が、こんな嵐はそうそう起こる事ではないだろう……。人為的、いや、ポケモンの力を使っての策略めいた悪意を感じるな。

 

「モンスターボールからポケモンを出してお座り下さい」

 

何故だ。

わざわざポケモンをお披露目しなければいけない理由でもあるのだろうか。ジョーイの言う事を聞いてやるのも癪なので無視してやろう……。

 

「貴方達は選ばれたトレーナーです」

 

ジョーイがその言葉を発すると後ろで大きな扉がひとりでに閉まった。

トレーナーじゃない人間がここに居るのは良いのだろうか、ジョーイが少し異常だが面倒なので無理やりにでも引っ掴んで帰った方が良い気がしてきた。

こんな不気味な場所で良い事が起こるなんて思えないし、トレーナーが集まってる時点でもうバトル以外にすることなんて無いじゃないか……。

 

「……帰りたい」

 

ボソリと小さく呟いた声はどうやら誰にも聞こえなかったらしい。

律儀に言い付けを守ってポケモンをボールから出した少年と少女……、ジョーイにボールからポケモンをお出し下さいと再び言われたので渋々カイリューだけをボールから出した。

 

「カイリュー、気を付けろよ。ここは怪しい……」

「バゥ……」

 

辺りを見ながら少年達の後に続いた。

先に着いていたトレーナー達の視線がこちらへと集まる。

 

「キミ達も来たんだね」

「あ、キミは……」

 

のんきに挨拶なんてしている場合だろうか。

こんな怪しげな場所に連れて来られて危機感は無いのか……、冒険者達は随分と無謀な連中だと、私の記憶にあるポケモントレーナーのシンヤも含めながらぼんやりと思った。

 

「お兄さん」

「え?」

 

少年に声を掛けられて考え込んでいた私に視線が集まっている事に気が付いた。

帽子を被った少年がニコリと笑う。

 

「さっきは助けてくれてありがとう!オレはサトシ!!それと相棒のピカチュウにゼニガメとフシギダネ!!」

 

私はカスミ、俺はタケシです、と笑顔で名乗ってくれた少年と少女達……。

カスミとタケシってあの恐ろしく強かったジムリーダーと同じ名前じゃないか……、少しゾッとした。

 

「私はシンヤだ……。トレーナーではなくポケモンドクターでジョーイがここに居るのが分かって連れ戻しに来たんだ」

「それであんなに……」

「やっぱり、あの人はジョーイさんですよね……」

 

カスミとタケシが納得したように頷いた。

カイリューもありがとな、とサトシがカイリューに話しかけてカイリューが返事をした時に部屋が急に薄暗くなった。

部屋の正面に天井からライトが当たる。

なんとも派手な演出でのご登場だと、小さく溜息を吐いてその姿が登場するのを見つめる。

 

「皆様、お待たせしました。最強のポケモントレーナーがおいでになられます」

 

不穏な空気にポケモン達が呻る。

天井から降りて来る姿、それは人の体型に似通ってはいるが人ではない……。

 

「そう、この方は最強のポケモントレーナーにして最強のポケモンで在らせられるミュウツー様です」

「ミュウ、ツー……」

 

サトシが声を漏らした。

ミュウツーってあのヤマト達が見てた映画のミュウツーなのだろうか、あいにく目を瞑っていたので姿は見ていないのだが……。

 

「ポケモンがポケモントレーナー!?馬鹿な!!」

<「いけないか」>

 

ギャラドスを連れた少年がミュウツーに食いかかる。言葉を発したジョーイの声と重なって男の声が聞こえた。

 

<「私のルールは私が決める」>

「この声…!!」

「テレパシー!?」

 

ミュウツーはエスパータイプ。頭の中で私の記憶ではないシンヤ達がそう判断したようだ。

ミュウツーが片手を前に出し、その体に怪しげなオーラを纏う。急に苦しみ出したギャラドスを連れた少年が空へと持ち上げられる。

苦しむ少年を見てミュウツーが楽しげに笑った。そしてそのまま少年は自分の手持ち達が集まる水場へと放り投げられた。

随分と乱暴なポケモンだと思う……。

 

「念力か…!!行けっ、ギャラドス!!」

 

少年がギャラドスへと指示を出せばギャラドスはミュウツーへ向かって行く。

 

「ギャラドス!!破壊光線だ!!」

 

相手の力量を判断出来ないのは痛いな、とポケモントレーナーのシンヤが頭の中で笑った。

ミュウツーの力で跳ね返された破壊光線はギャラドス自身を襲った。最強のポケモンと呼ばれるに相応しい規格外の力だ。

 

「ギャラドス…ッ!!」

<「他愛も無い……、」>

 

再びジョーイとミュウツーの声が重なった時、ミュウツーは片手を振り払い言った。

お前にもう用は無い、その言葉と共にジョーイの目に光が戻りフラフラと倒れそうになった。それをタケシが素早く駆け寄り受け止める。

なんて紳士的、私なら倒れても手を貸さないのに……と、そこまで思って自分は何でこんなにジョーイを毛嫌いしてるのかと疑問に思ったが、今は特に気にしない事にした。それどころではない。

 

「ジョーイさん…!」

「ッ…ここは何処……?どうしてこんな所にいるの!?」

< 私の世話をさせる為、ポケモンセンターから連れて来た。ポケモンの体の事に詳しい医者は便利だ、随分役に立った……。お前は何も覚えていないだろうがな >

「なんだって…!?」

 

なんだと!!お前がジョーイを!!

お前のせいでどれだけ私が大変だったか!!どれだけ私がジュンサーさんに怒られたか……!!

「シンヤさん!貴方という者が居ながらどうしてジョーイさんが居なくなってしまったんです!!それに行方が分からなくなったらその日の内に連絡して来なさーい!!!」

思い出すだけで悲しくなる……。なんで私が怒られないといけないんだ。私は悪くない、悪いのはミュウツーだったじゃないか……。

その後は良いようにジュンサーさんに扱き使われるし。とんだ災難だった。ジョーイも嫌いだがジュンサーさんも嫌いになりそうだ。同じ顔ばっかりで見分けが付かないのも一緒だし、不気味だ……。

 

< 人間など私の力を持ってすればどうにでも操れる… >

「酷い事を!!」

「ピィカァ!!」

 

便利な力だなと思ってしまった私は邪道か。そうか、絶対に口に出さないようにしよう……。

口に出したら今回ばかりはビンタされかねない。笑顔で文句を言われるどころじゃないな……。

 

*

 

< 私は一度は人間と一緒にやろうと思った。だが、私は失望した。人間はポケモンにも劣る最低の生き物だ、人間のように弱くて最低の生き物が支配していたらこの星は駄目になる…… >

 

確かにポケモンは人間よりも優れた力を持っているしな……、でもポケモンは人間ほど優れた知能を持っていないからお互いに共存出来ている。

しかしミュウツーは力も知能も兼ね備えている。知能を持ったポケモンが人間を逆に支配しようとする事は十分理に適ってはいるが……。

 

「じゃあ、お前のような……。ポケモンがこの星を支配するってのか…!?」

< ポケモンも駄目だ…、何故ならこの星は人間に支配されてしまった。人間の為に生きてさえいるポケモンもいる >

 

すでに人間に支配されているポケモンが人間を支配することは不可能だと……。

私的には支配というより共存という言葉を使って欲しい所だな、別にポケモンにはポケモンしか出来ない事、人間には人間にしか出来ない事を理解しあって生きている分には良いような気もする……。

でも、ミュウツーはボールに納められ人間の傍で生きるポケモンの事を理解出来ないのだろう。人間を嫌っているのは明らかだ。ミュウツーが一緒にやって行こうと思った人間がどれほど最低な人間だったのか少し気になる所だな。

腕を組んでふむ、と勝手に一人考えに耽っているとサトシのピカチュウがミュウツーの前に躍り出た。

 

「ピィカ、ピカピーカ!!」

< なんだと?言いなりになんてなっていない?好きでそのトレーナーと一緒に居る? >

「ピィカ」

< 一緒に居ること自体が間違っている… >

 

ミュウツーの目が怪しく光った。

また念力を使っているんだろう、ピカチュウの体が空に浮く。弾き飛ばされたピカチュウをサトシが素早く掴まえて庇うように抱きかかえた。

 

< 弱いポケモンは人にすり寄る… >

 

カスミ達がサトシに駆け寄った。

怒るサトシがミュウツーを睨み付けた時、ピジョットを連れていた少年が拳を握る。

 

「どんなポケモンだってゲット出来ないはずは無い!!行けっ、僕のサイホーン!!」

「待て!!」

 

私が少年を止めるように声を出せばカイリューがサイホーンの前に立ち、サイホーンを止める。

 

「邪魔をしないで下さい!」

「ギャラドスの二の舞を演じる気か!?ミュウツーに力で勝とうなんて思うな……!」

「…っ」

 

少年は悔しげに顔を歪めたが痛々しく横たわるギャラドスを見て私から顔を逸らした。

 

< なかなか、賢い人間も居るようだな >

「シンヤさん……!!」

 

私に気付いたジョーイが私の名前を呼んだ。

この城に連れて来られた時点で私達に勝機は見えない、ミュウツーが自分の為だけに用意した城だ。

ただの立派なお城、なんて事はないだろう……。

 

< 私はこの星でいかなるポケモンよりも強く生まれて来た。そこの人間の言う通り私に勝とうなんて思わない事だな… >

 

ミュウツーは何か考えがあって私達をここに連れて来たはず、その目的を明確にすれば……。

力では勝てずとも言葉を理解し話す事の出来る知能の高いミュウツーとなら話し合いというのも絶対に不可能ではない。

私が言葉を発する前にサトシが声を張り上げる・

 

「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ!!」

 

……は?

 

< やってみるか? >

「望むところだ!!」

「はぁ!?」

 

私が声をあげればサトシは大丈夫!と言って自信満々に頷いてみせた。

何が大丈夫なのか、明確に言ってみろ!!

 

「私たちは捕えられている状態なんだぞ!?ここで戦うなんて無謀だ!!」

「勝てば良いんですよ!!オレ達にはポケモンが付いてる!!な、ピカチュウ!!」

「ピッカー!!」

 

そうだそうだ、とトレーナー達も自信有り気に頷いた。

ここに招かれた時点で実力のあるトレーナーだと言うのは分かるが……、時と場合、そして状況をよく理解したうえで頷くべきだろう……!?

 

「……子供なんて嫌いだ。トレーナーも嫌いだ……」

「バゥ~……」

 

私が嘆いているとミュウツーの背後の床に穴が三つ開いた。

 

< ポケモントレーナーを目指す人間誰もが最初に手に入れた、ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネ……。この者たちは私が作ったその進化系のコピー >

「コピー!?」

「あれが…!?」

 

コピー、元となるポケモンから新たに作り出され生まれて来たポケモン……。

それは当然、ミュウツー同様……元となるポケモンよりも強く生まれて来ているんじゃ……。

私が眉を寄せればリザードン、カメックス、フシギバナが出て来た。その背後の大きな窓が歪み、地鳴りを響かせながら私たちの前方に広いバトルフィールドが出現した。

ミュウツーは最初からここに招いたトレーナーとバトルをするのが目的だった。でもバトルだけでは無いはずだ。

人間とポケモンは一緒に居るべきではないと言うミュウツーが私たちに望む事は……。

『ポケモンは人間から解放されるべき』

ゲーム内でこんな事を言っていた男の言葉を思い出した。あの時はゲームをしたくない一心で賛同したが本当にそれが良い事なのかは、私には分からない……。

 

「僕にはフシギバナのバーナードがいる!!」

「私にはカメックスのクスクスがいるわ!!」

「オレにもリザードンがいる!!リザードン、キミに決めた!!」

 

あくまで同じポケモンで戦おうというらしい、相性を考えて戦えばまだ勝機はありそうだが……。

サトシの投げたボールから出たリザードンはミュウツーを睨みつける。私の頭の中でブリーダーのシンヤがあのリザードンは主を認識していないな、と呟いたがその理由はあいにく今の私にはよく分からない。

機嫌が悪そうなのは分かるけどな……。

ボールから出て来て早々に目に入ったミュウツーを睨みつけてリザードンはミュウツーに火炎放射を食らわせた。

 

「リザードン…!!そりゃ不意打ち…!!」

「ピィカピカ…」

 

ミュウツーはその火炎放射を平然と防御し念力で動かした水で消してしまった。

 

< 随分、躾けの悪いリザードンだな >

 

やはり力でミュウツーに勝つのは不可能だな……、ここに居るポケモンが一斉に攻撃しても難しいだろ。

悪タイプがいればな、という言葉が脳裏を過ったが居ないものは考えても仕方が無い。

戦うとなったらギャロップのメガホーン、ペルシアンのつじぎり、あとはゴーストの技でなんとか押せるだろうか…と、ポケモントレーナーのシンヤが頭の中で考えているが私は極力バトルは避けたいところだ。

 

本当に戦うのか、私はもう勝機が見えなくてここで逃げ出したい衝動に駆られているぞ……。

ミュウツーの策略にまんまと嵌ってしまった気がしてならない。

コピーと呼ばれたポケモン達はヤマトが言ってた所謂、改造ポケモンでチートなんだろ?それが何かは知らないが普通のポケモンより強いという事は分かるぞ、嫌でもな……。

 

< 最初の相手は誰かな >

 

ミュウツーの言葉でズシンとバーナードと呼ばれたフシギバナが前に出た。それを見てミュウツーがコピーのフシギバナに顎で指図する。

やはり同じポケモンで行くのか……。今からでも相手がフシギバナならリザードンに変更すれば、とは思ったがミュウツーはあくまでコピーの方が強く優れていると示したいのかもしれない。

というか、私の隣に居るこのリザードンは良いのかサトシ……。随分とお前から離れているが、懐いてないのか……。

カイリューが自分のツメをくわえながらリザードンを見ていたがリザードンに睨まれて私の背に隠れた。当然、隠れきれてないが。

私がカイリューの頭を撫でるとフシギバナ同士のバトルが始まった。葉っぱカッターを指示した少年に対してミュウツーはつるのムチと指示を出す。

コピーのフシギバナはつるのムチで葉っぱカッターの葉を全て叩き消して相手のフシギバナを持ち上げて放り投げた。

瞬殺とはまさにこれ。

技の威力にスピード、そして使い方までが圧倒的にコピーのフシギバナの方が優れていた。

それでもまだ諦めようとしない。クスクスと呼ばれたカメックスに指示を出した少女に対してミュウツーもコピーのカメックスに指示を出す。

少女の指示したハイドロポンプの攻撃を相手のコピーのカメックスはこうそくスピンで跳ね返しそのままクスクスを跳ね飛ばした。

またも瞬殺……。

 

「サトシ!気を付けて!!向こうの技は強力よ!!」

「分かってるって!!」

 

技も強力だがスピードも技術も向こうが優れているのだ。力の差は歴然だろう。

ミュウツーがリザードンを前に出せば、私の隣に居たサトシのリザードンも勇ましくフィールドに向かった。

 

「リザードン!!ここはパワーじゃなくてスピードで勝負だ!!」

「ヴァォオオ!!」

「よし、行け!!」

 

スピードも勝てないだろう。

冷静に冷たく心の中で切り捨てた私は酷い人間だろうか。頭の中にある記憶のシンヤ達はいやいや、これは仕方がない事だと私の心情に同意してくれた。

別人のようでやはり同じシンヤなのだな……。

 

「何処がスピード勝負よぉ!!」

「相手が速過ぎる!!」

「ピィカァ…」

 

リザードン二体が空を飛びながら天高く昇る。下からじゃリザードンの姿はよく見えないが夜空に赤い炎がよく映えた。

急降下してくる二体のリザードンの姿が見えてサトシが悲鳴染みた声でリザードンの名を呼んだ。不敵に笑ったミュウツーがリザードンに指示を出す。

 

< 地球投げ >

 

サトシのリザードンが鳴き声をあげてもがくが地面へと強く叩きつけられた。

やはり力の差は歴然だったようだ……、勝てば大丈夫だと言い張っていたが負けたらどうなるんだと私は小さく溜息を吐いた。

一度起き上がったリザードンはやはりダメージに耐え切れず再び地面に倒れた。倒れたリザードンを見て慌ててサトシがリザードンの傍へと駆け寄る。

私も医療道具をカバンから出してサトシの後を追った。

 

「リザードン!しっかりしろ!!」

< スピードもパワーも不足している >

 

リザードンの傍に駆け寄った私はリザードンの首元に痛み止めと回復薬を混ぜた注射を打つ。即効性だ。

バーナード、クスクスの二体と比べるとリザードンのダメージの方が大きい。二体と違って受けた技は地球投げ、地球投げは自分のレベルと同じダメージを与える技だ。コピーとはいえあれだけ強いリザードンのレベルが低いはずないだろう。

私がリザードンに注射を打ち終わるのと同時に黒いボールがリザードンに触れた。するとサトシのポケモンであるのにも関わらず黒いボールはリザードンを捕獲してしまった。

 

「やめろぉ!!」

 

サトシが声を張り上げる。

空中を飛ぶボールを視線で追えばカメックスのクスクスもフシギバナのバーナードも捕獲されてしまった。

 

「人のポケモンを盗る気なの!?」

< 盗る?いいや、お前たちの自慢するポケモンよりも更に強いコピーを作るのだ……。私に相応しい……>

 

ミュウツーが両手を振り上げれば無数の黒いボールが現れた。

やはりミュウツーはコピーこそが頂点に立つべきだと思っているんだろう。元となるオリジナルのポケモンを排除して人間と共に生きる事のないコピーばかりを作り人間とポケモンの共存を否定したいのか……。

 

「コピーだと!?」

「やめろっ!!そんなの反則だ!!」

< 私に指図をするなっ!! >

 

私の隣に居たサトシがミュウツーの念力で後方に飛ばされ真後ろに居たらしいタケシに激突した。

 

< 私のルールは私が決める! >

 

ミュウツーが放った黒いボール、一つ一つが目玉のようになっていて不気味だ。

私を通り過ぎて真っ直ぐポケモン達目掛けて飛んで行くボール。サトシ達が逃げる背を目で追うと目を瞬かせたカイリューと目が合った。

 

「カイリュー!!」

「バォオオ!!」

 

大きく翼を広げ空へと飛んだカイリューがボールから逃げる。

無情にその光景を眺めるミュウツーへと私は視線をやる。睨んでしまったのは不可抗力というよりも無意識だ。

 

「コピーを創り出してどうするというんだ。強さを求め相手の居場所を奪った所で争いしか生まれないぞ」

< どちらが本物か、ハッキリさせるには丁度良い >

「どちらが本物…?お前は何を言っているんだ?」

 

不敵に笑ったミュウツーを見て私は眉間に皺を寄せる。

すると後方でサトシが自分のポケモンは自分のモンスターボールに戻すんだ、と呼び掛けた。だがその言葉を聞いてミュウツーは嘲笑う。

 

< 無駄だ… >

 

サトシの手にしていたモンスターボールごと黒いボールはポケモンを捕獲してしまった。

 

< 私の作り出したモンスターボールに不可能は無い >

 

ミュウツーに再び視線をやればミュウツーは私を見て不敵に笑った。頭の良い奴は好きだが話を聞かない奴は嫌いだ……。

ピカチュウが螺旋状の道を昇って行くのが見えた。私も空を仰ぎカイリューの姿を探す。くるくると黒いボールをかわして空を飛ぶカイリューが見えた。アイツ結構余裕そうだな……。

 

「カイリュー!!逆鱗で全てを破壊しろ!!」

「バォオオオ!!!」

 

カイリューは空を飛びながら回転して、襲いかかるボールを全て破壊し地上へと叩き落とす。煙をあげる黒いボールがボロボロと砕け落ちて来ていた。

さっきまで無数に飛び交っていたボールの姿はほとんど無い。ポケモンの姿も無くなっているが…と思った時、サトシが上から降って来てそのまま水面へと落下した。

下が水場じゃなかったら今のは死んでただろう……。

サトシが黒いボールを追いかけてボールが回収されていく場所へ飛び込んだ。私の所からはそれがどういった形状の物かは確認出来ないが落ちて行ったから多分、パイプみたいな感じだろう。

黒いボールが全て無くなったのかカイリューが空を旋回していた。ミュウツーが小さく舌打ちをする。

 

ドシンと私の前に立ったカイリューが大きく鳴き声をあげる。

カイリューがミュウツーを睨むとリザードン、カメックス、フシギバナがミュウツーの前に出た。

 

< よく育てられているカイリューだな >

「他のポケモンも見てみるか…?」

 

ミュウツーに対して不敵な笑みを浮かべたのは私というよりもポケモントレーナーのシンヤだった。ポケモントレーナーのシンヤはバトルが好きで強い者と戦う事が何よりの楽しみ……、全く今の私とは正反対だ。

 

< 良いだろう、力で勝って奪う。それだけの事だ… >

「私が勝ったら勿論奪ったポケモンは返して貰うぞ!!」

< 勝てたら、な >

 

ジョーイが不安げな声で私を呼んだ。

私はここから早く逃げ出したい、そう思っているのだがポケモントレーナーのシンヤがウキウキと胸を弾ませて笑っているのだからどうしようもない。

 

「シンヤさん…!!頑張って!!」

「ああ、久しぶりに楽しめそうだ…」

 

やめろ、ジョーイ!!

私を煽らないでくれ!!私の意思とは裏腹に行動してるんだ!!

 

く…ッ、トレーナーなんて嫌いだ……!!

 

*



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04

「ギャロップ、大文字!ゴーストはナイトヘッド、カイリューは空を飛ぶ!!」

< ……!! >

 

バラバラになって攻撃して来るポケモンにミュウツーが苛立ったように眉間に皺を寄せた。

ギャロップの大文字とカメックスのハイドロポンプがぶつかると辺り一帯に蒸気があがる、フシギバナとリザードンが鳴き声をあげたがゴーストのナイトヘッドは見えない状況などものともせず全体に攻撃をくらわせた。

呻き声をあげたリザードンにカイリューが空から攻撃をくらわせる。弾き飛ばされたリザードンを見てミュウツーがフシギバナに葉っぱカッターを指示するがカイリューは飛ぶ勢いに乗って葉っぱカッターを吹き飛ばした。

 

「ギャロップ、もう一度フシギバナに大文字だ!」

< ……!!カメックス、ハイドロポンプ! >

「ゴースト、カメックスに不意打ち!」

 

フシギバナに襲いかかる大文字をリザードンが火炎放射で相殺したがゴーストの攻撃をくらったカメックスが後方に弾き飛ぶ。

 

< こうそくスピン! >

「ギャロップ、飛び跳ねる!!」

 

弾き飛ばされたカメックスが体勢を立て直しギャロップ目掛けて突っ込んでくる。高く飛び跳ねたギャロップはカメックスの攻撃をかわしてフシギバナへと攻撃をくらわせた。

相手は随分とタフだがこちらは大きなダメージを受けていない、勝てる!!と確信したポケモントレーナーのシンヤが笑みを浮かべた。

この複雑な心境の私と戦いがヒートアップするごとに胸を躍らせる体。思い浮かぶままの指示を出す口は私の意思など完全に無視だ。

 

「カイリュー、リザードンにアクアテール!」

「バォオオ!!」

 

大きく咆哮して空を蹴ったのと同時に大きな爆発音がした。

 

「……っと、カイリュー!」

 

私が呼び掛けるとカイリューはリザードンの前でくるりと空中を一回転して攻撃をやめる、ミュウツーが眉間に皺を寄せたまま後方を振り返った。

黒い煙があがる中から出て来たポケモン達がミュウツーの傍へと駆け寄る。

 

< 何事だ…!! >

 

出て来たのはコピーのポケモン達、ギャロップとゴーストが私の傍へと戻って来てカイリューがくるりと空中で方向転換をして私の後ろに降り立った。

煙の向こうから人影が確認出来た、そういえばサトシが……。

 

「許せない…、お前なんか許さないっ!!」

「サトシ!!」

「サトシ!!」

 

カスミとタケシが声を弾ませた。

サトシの後ろには奪われたポケモン達が見えて、私はほっと息を吐いた。でもポケモントレーナーのシンヤはバトルが中断してしまって少し不満気のようだ。

 

< お前が逃がしたのか… >

「オレはオレのポケモンを、オレの仲間を…守るっ!!!」

 

帽子の鍔を後ろに向けたサトシがミュウツーに向かって走り出した。

何をするのかと思えばそのまま右拳を振り上げてミュウツーに殴りかかった……、な、なんて無謀な……!!

ミュウツーの力で弾き飛ばされたサトシはまた起き上がりもう一度ミュウツーに殴りかかる、その光景を呆気に取られながら見ているとサトシの体が浮き上がりそのまま勢いよく吹き飛ばされた。

カスミとタケシが悲痛な声をあげた。

 

「うわぁああああ!!!」

 

あのままでは壁に激突してしまう!!カイリューに指示を出そうとしたがこのスピードでは間に合わないだろう。

 

「サトシ!!」

 

サトシが壁に激突する寸前でピンク色のシャボンのようなものがクッションとなりサトシを受け止めた。

 

< 何…!? >

 

サトシの傍に小さなポケモンが近寄った。

サトシの乗ったピンク色のシャボンを割って、しりもちを付いたサトシを見て楽しげに笑っている。

 

< お前は…! >

 

サトシの前で先ほどと同じピンク色のシャボンを出した小さなポケモンはそのシャボンの上をぼよんぼよんと弾んで遊んでいる。

どういう仕組みの物体なのだろうか……。柔らかいゴムボールのようだが簡単に割れてしまうみたいだし……、風船か?

私がポカンとその光景を眺めているとミュウツーがそのシャボンを割った。今の技はシャドーボールだろうか。

弾き飛ばされた小さなポケモンが小首を傾げてこちらを見たがミュウツーは不機嫌そうに小さなポケモンを睨みつけ再びシャドーボールを放った。

テレポートで避ける小さなポケモンの居場所を瞬時に見つけミュウツーはそのポケモンにシャドーボールを連発する。

 

< そっちか!! >

 

小さなポケモンはミュウツーの攻撃を避けながらも楽しそうに笑っている。

 

「あれは…!?」

「ポケモン?」

 

タケシとカスミが驚いたように声をあげた。

あの小さくて可愛らしい姿、ミュウツーとは正反対だが何処となく似通っている……。みゅうみゅう、鳴いているのだから…、あれが…。

 

< ミュウ…、世界で一番珍しいと言われるポケモン… >

 

聞き慣れない名前のポケモンだったのだろう。

少年の一人がその名を呼ぶとその声に反応したのか定かではないがミュウがこちらを振り向いてキョロキョロに視線をやっていた。

 

< 確かに私はお前から創られた、しかし強いのはこの私だ!本物は、この私だ!!! >

 

ミュウツーの話を聞いていないのか忙しなく動くミュウに対してミュウツーは眉間に皺を寄せたまま声を荒げる。

 

「ミュウとミュウツー……」

「ミュウからミュウツーが創られた?」

 

やれやれといった様子でミュウツーを見据えたミュウ……。

私以外の人間はミュウからミュウツーが人間の手によって創られたという事をしらないのだからキョトンとしたように声を発する。

 

< 生き残るのは私だけだっ!! >

「ミュッ!!!」

 

ミュウツーから逃げるように離れたミュウをミュウツーは同じように空中に浮き追いかける。

生き残るのは、ってそんな物騒な事を言い出すのかお前は!?

 

「ミュウツー!!」

 

ミュウに攻撃するミュウツー、ミュウはひらりと攻撃を避けるだけ。

声を荒げてミュウツーを呼んだ私の頬にギャロップが擦り寄って来た。落ち着いてと諌められて私は口を閉じた。

 

「すまん」

 

ギャロップとゴーストをボールに戻した時、ミュウツーの攻撃をミュウが食らって思わず固まる。

吹き飛んだミュウを見てミュウツーが鼻で笑った。皆が私を含めその光景を見て驚き息を飲む。

だが、暗雲を突き抜けて球体の攻撃がミュウツーを直撃した。ミュウツーが弾き飛ばされて地面へと叩きつけられる。

 

< 少しは手応えのある相手というわけだな… >

 

硝煙を念力で吹き飛ばしミュウツーがミュウと向かい合う。

冗談ではない、強いポケモン同士の戦いに巻き込まれては人間の私たちがどうなるか…。嫌な予感しかない……。

 

< どちらが本物か決めるのはこれからだ! >

 

どちらが本物かなんてあるのか。

その疑問が私の脳裏を過る。

 

< ミュウと私のどちらが強いか、元のお前達と私達のどちらが強いか……。本物より強くなるように私達は創られている… >

 

ミュウツーの言葉に思わず眉間に皺が寄る。

嫌な予感が更に増した。

 

「ミュ、ミュミュミュ、ミュミュ」

 

本物は本物だ、技など使わず体と体でぶつかれば本物はコピーには負けない……?

そんな感じの事を言ったミュウに対してミュウツーは眉間の皺を更に深くした。

 

「本物は本物だ、だと…!?」

 

コピーの方が優れていると思っているミュウツーの言葉をミュウは本物の方が優れていると否定した。

苛立つままにミュウツーはミュウへと攻撃をしかける。その攻撃をミュウは軽々と避けた。その衝撃で建物の一部が破壊されて大きな衝撃音が響く…っていうか……。今、人の悲鳴がしなかったか…!?

 

< 良いだろう、どちらが本物か技無しで決めてやる!! >

 

本物はお前達だ行け!!とミュウツーがコピーのポケモンたちへと指示を出す。そうすればオリジナルのポケモンたちも戦うべく走り出した。

同じポケモン同士がぶつかり合う、お互いの体をぶつけ合ってどちらが勝つかの勝負を始めたのだ…。捕えられなかったカイリューはその光景を見て怯えたように私の背に小さく丸まって隠れた、やっぱり隠れきれていないが……。

カメックスの二体がこちらに突っ込んでくるのが見えて顔を歪める。私の体を持ち上げたカイリューがふわりと空に飛んだ。

カイリューが戦いから少し離れた場所に私を降ろしてくれた。全力でぶつかり合うポケモン達はすでに体力を消耗しているし……、この戦いを本当に望んでいるわけではないんだろう……。

その悲痛な戦いに思わず眉間に皺が寄る。

 

「なんだかんだと言われたら、なんだかなぁ…」

「なんだか気の毒で…」

「自分で自分を虐めてる」

「昔の自分を見るようで…」

「今の自分を見るようで…」

「「やな感じぃぃ~!!」」

 

誰かの声に振り向けば見知らぬ男女が二人、私と目が合うと「げ」と顔を歪めた。

こんな男と女が居ただろうか。いや、子供ばかりの中でこの二人は居なかったと思う……、いつからいたのだろうか、と少し疑問に思った。

 

「ちょ、ちょっとアンタ!!突っ立って見てないで何とかしなさいよ!!」

「何で私に言うんだ」

「オレ達には出来ないからだ!」

 

えっへんと胸を張った男に馬鹿かと吐き捨ててやる。

視線を戦うポケモン達へと戻せば、痛々しい姿のポケモン達が目に映った。

私にも出来るわけがない。

本物とコピーとはいえ同じ生物としてすでに意思を持って存在しているのだ。同族同士の争いを人間が止めるなんて事はまず不可能だ。

どちらが本物、そんな事は考えるだけ無駄。今の私の中にポケモントレーナーのシンヤ達が居るように、私は私、彼らは彼ら……。同じシンヤでも別人だと私は判断しているが誰が本物かなんて思わない。

意思、記憶、過去、感情。

体こそ一つの状況だが確かに私以外のシンヤはこの体に生きている。私がシンヤだからお前たちは偽物だと……、何を根拠に言えるのか……。

 

「どちらかが勝たなければ終われない」

「え…?」

「本物とコピーはそう思っているから苦しみながらも戦ってるんだ。ミュウとミュウツーが戦いをやめれば他のポケモン達の戦う理由も無くなるはず」

「ミュウとミュウツーって……あれ?」

 

男が指差した先には青い光を纏うミュウツーとピンクの光を纏うミュウ。

私が頷けば男は首を横に振って「無理無理無理!!あんなの止められないってぇ!!」と全否定。まあ気持ちは分かるぞ、私も同意見だ。

 

「自分の領地をみすみす渡そうとはしないだろうしな、戦い奪おうとするのは生物としての本能だ」

「そう、よねぇ…。勝たなきゃ奪われちゃうものね…」

「負けたら居場所が無くなっちまうのかぁ…」

「どちらが本物か、コピーもここに存在している時点で生物だ。偽物の命じゃない」

「生きて戦ってる…」

「そして苦しんでる…」

「「なんだかやっぱり、やな感じぃぃ…」」

 

お互いを抱きしめ合った男と女を見てから私は視線をミュウとミュウツーにやった。不安げに私に抱き付くカイリューの頭を撫でる。

体をぶつけ合い戦っていたポケモン達がお互いにどんどんと崩れ落ちていく。ぐったりと横たわるその姿はとても痛々しい……。

ミュウとミュウツーがフィールドの中央へとぶつかり合いながら降りて来た。辺りに強い衝撃と土埃が舞う、衝撃でフィールドを照らしていたライトが消えた。

風圧で吹き飛ばされそうになった私はカイリューが受け止めてくれたが、傍にいた男女は後方に吹き飛ばされてしまったようだ。

 

「もうやめてくれーっ!!」

「!?」

 

サトシがミュウツーとミュウに向かって走って行くのが見えて目を見開く。

私がサトシの名を呼ぶ前にサトシはミュウツーとミュウの攻撃の目の前へ飛び出した。両者の攻撃が相殺するでもなくサトシを襲った……。

 

「う、そ…だろ…」

 

フィールドの中央にサトシが倒れ込む。

カスミとタケシが声をあげてサトシの名前を呼んだ。

 

< 馬鹿なっ!!人間が我々の戦いを止めようとした……!? >

 

驚くミュウツーに首を傾げるミュウ。

倒れたサトシにピカチュウが駆け寄った。でも…遠目でもこの薄暗い場所でも、サトシが石になってしまったように見えた……。

反応を返さないサトシにピカチュウが電撃をくらわせ、起こそうとするがサトシは起きない、周りのポケモン達が各々で鳴き声をあげ始める。

ピカチュウの体力もほとんど残っていないのだろう。電撃もほとんど出なくなってしまっていた……。

ポケモン達の目に涙が光る、零れ落ちた涙が不思議な輝きを放つ……。

 

「バゥゥ…」

「カイリュー…」

 

ボロボロと目から涙を零すカイリューの頭を撫でる。

「また泣いてるのか……」

頭の中で私の声がそう言ったがカイリューが泣いているのを見た事はない。それはトレーナーのシンヤもコーディネーターのシンヤもブリーダーのシンヤも、だ。

ポケモン達から零れ落ちた涙がキラキラと輝きながらフィールドの中心…、サトシの所へと集まる……。

その涙がサトシの所へと集まったかと思うとサトシの体が青白く光り出した。

空から強く光が差す……。

薄暗かった周りが一瞬で昼間のような明るさを包み込んだ。そして、石になってしまったようなサトシの体が元に戻っていく。

サトシが体を起こせばピカチュウがサトシに飛び付いた。一体どういう事だろう、その疑問は確かにあったが今は素直に喜んでおくだけにしよう……。

安堵の息を吐いた時、コピーであるポケモン達が空へと浮かんだ。見上げればミュウとミュウツーが見えたのでどうやらあの二体が力を使っているらしい。

 

「みんな、何処へ行くの?」

 

そう言葉を発したサトシの周りにカスミ達が駆け寄った。

 

< 我々は生まれた、生きている…。生き続ける…、この世界の何処かで…! >

 

ミュウツーのその言葉が頭の中に流れ込んでくる。

ミュウツー達が見えなくなった時、サトシ達の足元から光が溢れた。フィールド全体を眩い光が包む。

足元が不安定になった所で私の意識は途絶えた……。

 

気が付くと船着き場に居た。

あれ、と辺りを見渡してみたが。やはり船着き場だ。カイリューは?とボールを探すとちゃんとボールの中にカイリューはいる。

 

「嵐で船は出ません!!」

「ハリケーンが接近しています、避難して下さい!」

 

ジュンサーさんとボイジャーさんの声が聞こえた。

あれ、と私がまた首を傾げると後ろからぽんと背を叩かれた。

 

「ジョーイ…」

 

ニコリと笑ったジョーイがトレーナー達に近付いた。

 

「皆さん、ご心配なく。避難所としてポケモンセンターを開放します。利用する方は私に着いて来て下さい」

 

それじゃ、先に戻ってますね。と声を掛けたジョーイに私は頷き返す。

ふと視線をやるとサトシ達が居るのを見つけた。サトシ達もここに居る事が疑問だと会話をしていたが「まあいっか」の一言で片付けてしまっていた……。なんという事だ……。

溜息を吐いて頭を掻く……。

本当に何でこんな所に居るんだろうか、ミュウとミュウツーはどうした。いや、ここに居るのはミュウとミュウツーの力と考えた方が良いのか…。そうか、そうだよな…。

私としてはジョーイが帰って来てさえくれれば万事解決、問題無しだ。

 

「まあ、良いか」

 

小さく笑って外に出れば嵐は止んでいた。

良いな、のんびり歩いて帰ろう……。

 

ポケモンセンターに戻ってジョーイに結局仕事を手伝わされた。

わざわざ迎えに行ってやった人間に対して扱いが酷くないか、と言ってやればジョーイはいつ何処に迎えに来てくれたんです?と首を傾げた。

 

「ポケモン城に行っただろ?」

「ポケモン城?」

 

わけの分からない事を言ってないで、と背を押されて私はまた首を傾げる。

あれ?覚えてないのか?もしかしてミュウツー達は関わった人間の記憶を消した、のか……?

カイリューにも聞いてみたらジョーイと同じように首を傾げられて私はがっくりと肩を落とした。

 

「……なんで私だけ記憶を消してくれなかったんだ」

 

チッ、と少し不貞腐れながら受付の場に座る。ついでにカルテの整理もしてしまおうと黙々と手を動かしていたらラッキーに肩を叩かれた。

 

「ん?はいはい…、ポケモンの回復ですかそれともご宿泊ですか?」

「宿泊で!」

 

ニコっと笑ったのはサトシだった。

おお、サトシ。とは思ったがジョーイに記憶が無かったのでどうせ覚えてはいないだろう。

 

「良いなぁ、ポケモンドクター……。ジョーイさんに頼られるなんて羨ましい!!」

「はいはーい、鼻の下伸ばさないの」

「シンヤさん、あとでバトルの相手して下さいよ!!」

「……」

 

あ、あれ……?覚えてる、のか?

宿泊用のボードをラッキーに渡して、私は首を傾げながら聞いた。

 

「私の事、覚えてるのか?」

「え、シンヤさんの事?そりゃあ当然、ポケモンドクターのシンヤさんでしょ?」

「そうそう、バトルも凄く強いのよね!!」

「……何処で会ったのかは?」

「それは!!………ど、何処だっけ?」

 

えへ、と笑ったサトシがカスミとタケシの方に視線をやったが二人はうーんと眉間に皺を寄せた。

会ってる事は覚えてるし会話もなんとなくだが覚えている。でも何処で会ったのかとか会った経緯とかは全く覚えていないらしい、なんとも継ぎ接ぎだらけの記憶だな……。

 

「ん?継ぎ接ぎ…?」

「え?」

「いや、何でもない。宿泊だったな……。これが部屋のキーだ」

「ありがとうございます!!」

 

じゃあ、またあとでー!!と手を振ったサトシ達に手を振り返す。

継ぎ接ぎだらけ、ね……。

私のこの今ある記憶、違和感ばかりの記憶はポケモンの仕業だろうか……。ハッキリと断言は出来ないが絶対に無いという可能性は否定出来ない……。

アンノーン、あれもまた関係しているか……。

 

「シンヤさーん」

「……」

 

ジョーイが私の名前を呼んだ。少し甘えたような声の時は何か頼まれる時だ……。

じとっとジョーイに視線をやればニコリと笑みを返された。

 

「シーツ、干して来てくれません?良い天気になって来たんで」

 

はい、よろしくっと私にシーツを山積みにしたカゴを押し付けたジョーイ。

言い返す暇も与えられなかったと思いながらポケモンセンターの裏庭へと足を運ぶ。

本当に急に良い天気になったな……。

あの嵐はミュウツーの仕業だったのだろうかと考えながらパンと皺が付かないようにシーツを広げた。

 

< … >

「…ああ、消し忘れた記憶を消しに来てくれたのか」

 

なるほどと勝手に自己解決してシーツを干した。

無言でこちらを見ていたミュウツーの存在にはもう驚くまい、むしろ消しに来てくれたのなら有難い。

 

< いや、お前の記憶は消せなかった >

「それはどういう事だ?」

 

パンとまたシーツを広げる。

早く干してしまわないといけないので手を止めるわけにはいかない。シーツを干しながらもミュウツーの言葉に耳を傾けた。

 

< お前の記憶はすでに他のエスパータイプの力によって消されていたからだ >

「……」

 

やっぱりポケモンが関係していたのか。

疑問が確信になってスッキリした。スッキリはしたが更に疑問が生まれたので私の眉間には皺が寄る。

 

「誰が、私の記憶を消したのか分かるか?」

 

ミュウツーは目を伏せて首を横に振った。

 

「その記憶をミュウツーが戻すことは?」

 

またミュウツーが首を横に振る。

私が溜息を吐くとミュウツーがすいと私と同じようにシーツを広げた。

 

< 何か思い当る事があるのか……? >

「ああ、私の記憶は継ぎ接ぎで矛盾と違和感だらけだ……。それに私はこのポケモンの存在する世界に居なかった。それなのに急にこの世界に連れて来られた……」

< ポケモンの存在する世界に居なかった?お前の居た所にはポケモンが居なかったのか? >

「ああ、実在してなかった」

 

興味深い、と呟いたミュウツーがシーツをどんどん念力で干していく……。おお、なかなか上手いな……。

 

< 私はお前の望む答えを返せないだろう。だがこれだけは確かに言える、お前の失っている記憶はお前の心の奥底に眠っている >

「……」

< 伝えに来たのはそれだけだ >

「わざわざ教えに来てくれたのか……、人間は好きじゃないんだろう?」

< ふん、強い奴は嫌いではない >

 

楽しめた、と言ってミュウツーがふわりと浮かんだ。

ヒラリと手を振ればミュウツーは一度だけ振り返ってから尻尾を揺らして彼方へと飛んで行った。

足元のカゴに視線をやれば山積みだったシーツは無い。

目の前に広がる視界いっぱいに真っ白なシーツが風に靡いていた……。

 

「器用な奴…」

 

今度会ったらお礼でもしよう。

そう思いながらカゴを持って木の下へと移動する。

ごろりと横になって目を瞑れば潮の香りと波の音がした……。

 

 

「うぇえええ…!!シンヤー…!!!」

「また泣いてるのか……」

「だって、俺様悪くないのにぃぃ!!」

「すぐ泣くな」

「シンヤ~!!!」

 

 

目を開けると大きな目が私を覗き込んでいた。

バォ、と鳴いて私の顔を触ったカイリューの手を振り払う。

 

「ふわぁ……、なんだ?」

「バォ」

 

あれ、と指差した先には腰に手を当てて笑顔でこちらを見ているジョーイが……。

なんで、

なんでもっと早く起こさなかった!!!

 

「シンヤさーん…?」

「……、」

 

助けてくれ、ミュウツー!!!




* 補足説明

主人公、シンヤさんの記憶について。
現在のシンヤさんには複数の記憶が混合しています。シンヤさんの記憶は大まかに分けると4つありますのでそれを説明致します。

1つめ、ポケモントレーナーのシンヤ
彼はポケモンバトルが大好きで強い相手と戦う事が好きです。でもポケモンにも自分にも厳しいトレーナーで優しさはあまり持ち合わせておらず他のシンヤに比べて言葉遣いも荒く態度も大きいです。
強いポケモンにこだわる彼に従えるポケモンはほとんど居ませんが、従える子達は他のポケモンよりも遥かに実力を付けています。一言で表すと鬼畜トレーナーですね。
彼はポケモントレーナーとして優れた力を持ったシンヤさんです。

2つめ、ポケモンコーディネーターのシンヤ
彼は美しいものと目立つ事が大好きです。コーディネーターとして舞台に立つ自分に絶対の自信を持っていますし、それに見合う実力も持っており"美しき新星シンヤ"として名を馳せています。
自分に自信を持っているのでプライドも凄く高いです。ポケモンを育てる力としては他のシンヤと比べるとコーディネーターのシンヤがずば抜けて良いです。一言で表すとナルシストなコーディネーターでしょうか。
彼はコーディネーターとして優れた力を持ったシンヤさんです。

3つめ、ポケモンブリーダーのシンヤ
彼はポケモンが大好きでポケモンに関しての知識が凄くあります。ポケモンに対しての観察力もずば抜けて良くポケモンの心情を逸早く察してあげられる優しい人間です。
知り合いのジョーイに勧められ大好きなポケモンを治療出来るようにとドクターになりました。でもドクターとしての実力はイマイチなのでジョーイほど優秀ではありません。一言で表すとポケモン命のブリーダーです。
彼はブリーダーとして優れた力を持ったシンヤさんです。

4つめ、記憶喪失のシンヤ/ポケモンドクターのシンヤ
彼が本編の主人公の主体の感情です。白金設定の時のシンヤさんそのものですがその記憶を持っていません。現在は三人のシンヤの記憶を使い行動しています。
記憶がない為、混ざっている記憶の影響を大きく受けています。一番影響が強いのはブリーダーの記憶です、ブリーダーの記憶を使って彼はポケモンドクターとして仕事をしている状態ですが記憶が戻った場合ドクターとしての力は彼の方が遥かに上です。ちなみにジョーイが嫌いなのはこのシンヤさん、他の三人はそうでも無いのですが記憶が無いながらに無意識で拒絶してしまっているようです。
言葉遣いが荒くなったり好戦的なのはトレーナーが影響していて、人前に出て話そうとする所や自分から積極的に近付くのはコーディネーターが影響しており、気弱な所やポケモンに優しく接するのはブリーダーの影響です。ポケモンドクター(記憶喪失)のシンヤは基本的に無関心でめんどくさがり本当に嫌な事は断固として断ります、そしてポカンと抜けた天然発言をするのもこのシンヤですね。一言で表すと素っ気無いドクターかと思います。
彼はドクターとして優れた力を持ったシンヤさんです。

4つめのポケモンドクターのシンヤは前作のお話ですが。トレーナー、コーディネーター、ブリーダーのお話が別にあったと考えて下さい。
各々に生きた過去があります。それは一つの事、自分に一番向いている事を極めたシンヤが存在する過去です。
しかし、現在は全てが一つになってしまった状態です。一人のシンヤが生きてきた軌跡として他の人間の記憶にあります
トレーナーも極めて、コーディネーターも極めて、ブリーダーも極めて、ドクターになった凄い人というのが周りの記憶です。
その完璧な人間である自分の記憶に違和感を持っているのは自身であるシンヤさんだけという事ですね、なのでシンヤさんは継ぎ接ぎの矛盾だらけの記憶と言っているわけです。

以上、補足説明でした。


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05

野生ポケモンの見回りを兼ねた、自分の記憶探し……。

ゲームをしている時は歩く度に呼び止められて突如バトル。出会えば問答無用な状況に持っていかれると思っていたのだが実際に現実となった世界を歩くとそうでもなかった。

まあ、ポケモントレーナーにコーディネーターとして活躍していたシンヤのせいで知っている人には歓喜の声をあげて呼び止められるがトレーナーとして強過ぎるらしくバトルはそんなに挑まれない。

シンヤという人間が一つの体になってしまった現状には慣れた……。

ゲームの世界と認識している私にすればこの世界で生まれたシンヤ達の記憶は大いに助かるし、知識も記憶もあるので不自由はしない。

でも、このシンヤ達の名声はめんどくさいので要らない……と思ってしまう私は贅沢なのだろうか……。

小さく溜息を吐いて前を見据えると道のど真ん中に大きな穴が開いていた。その穴の周りには掘り出した土……。

通り道にこんな穴があるなんて危ないじゃないか、と思いつつその穴を覗き込んだ。

 

「……あ」

「「ん?」」

「ニャ?」

 

見た事のある顔、そういえばこの男女とニャースは結局あのポケモン城に何をしに来ていたのか。

そして何故、道の真ん中に穴を掘っているのか……。

 

「お、お前は!!」

「前に会った男ー!!」

「……何処で会ったか覚えてるか?」

「「……さあ?」」

 

揃って首を傾げた男と女、息がピッタリだなと思っているとニャースが穴の中からよいしょと声を出して上がって来た。

よいしょ…、って……。

 

「何処で会ったのか覚えてないニャ…」

 

人語を喋るニャースだ、これは凄い。

テレパシーなんてものじゃない本当に喋ってる。ニャースを抱きかかえて口を開けさせるとニャースは変な声で呻っていた。

 

「ちょ、ニャース!!」

「おいおい!何してんだよ!!」

「いや、喋るニャースの声帯がどうなってるのか気になって…」

「あがががが…!!」

 

無理やり過ぎるだろーが!!と私の手からニャースが奪われた。

ちなみにニャースの声帯は人間に近いくらいに鍛えられているのだと思われる、元々賢くないと出来ない芸当だな。

 

「で、何をしてるんだ?」

 

私がそう聞けば二人の目がキラリと光った。

男の手からニャースが飛び降りるのを見て、視線でニャースを追う。

 

「なんだかんだと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「意味は分からないが長いからもう良い。穴は危ないからちゃんと埋めとくんだぞ」

 

じゃあな、と穴の横を通り過ぎようとしたら背中に男と女とおまけにニャースまでが飛びついて来た。

 

「ちょっと!!最後まで聞いていきなさいよ!!」

「そうだそうだー!!」

「決め台詞を遮るなんて邪道ニャ!!」

 

絶対に聞かなければいけない理由でもあるのか……。

邪道とまで言われては仕方ないので立ち止まり、二人と一匹に向き直れば三人は素早く立ち上がり私から距離をとった。

 

「それじゃ、なんだかんだと聞かれたら!!」

「最初からするな、ラブリーチャーミーな敵役からやれ」

「こっちにも流れってもんがあんのよ!!」

「ならもう良い」

「わ、分かった!!途中からやるから!!な、ムサシ!!」

「仕方ないわね~…」

 

渋々と納得した二人。

こっちだって好きで聞きたいわけじゃないんだから手短にやってくれ。

それじゃ、と言ってからゴホンと咳払いをした男が先ほどの続きからセリフを始めた。

 

「ラブリーチャーミーな敵役」

「ムサシ!」

「コジロウ!」

「銀河を駆けるロケット団の二人には」

「ホワイト・ホール 白い明日が待ってるぜ!」

「ニャーんてニャ!!」

 

ビシッと決めた二人と一匹を眺める。

こういうのは自分達で考えるのだろうか。よくもまあここまで楽しげに出来るものだ。

 

「……」

「「「……」」」

「……」

「な、なんか言いなさいよアンター!!」

「ここまで反応無かったのって初めてだよな~…」

「ピクリとも表情変えなかったニャ…」

「もう終わったなら行っても良いか?」

 

ガクンとその場で崩れ落ちた二人を見下ろす。

なんだろう、この二人はお笑い芸人か何かだろうか……、喋くり漫才?

私が首を傾げるとムサシとかいう女が立ち上がり私に詰め寄って来た。

 

「あたし達をコケにするなんて良い度胸じゃないの!!」

「そーだそーだ!!もっと言ってやれムサシー!!」

「ニャー達の恐ろしさを味わうと良いニャ!!」

「コテンパンにしてやるわ!!と、思ったけどアンタ……、よく見ると良い男じゃなぁーい!!やだ、ホントに良い男ー!!」

 

後ろでコジロウという男とニャースが派手に転ぶ。

この連中は本当に何がしたいのやら……。

私が溜息を吐けば、きゅるるるる…と変な音が聞こえた。辺りを見渡しても音の出所はよく分からない。

 

「……ムサシ~、このタイミングはねぇだろ~」

「う、うっさい!!」

 

顔を赤くしたムサシがコジロウを蹴っ飛ばす。

どうやら腹の音だったようだ、空腹状態で穴を掘る作業なんてよくやるな。

 

「腹減ったニャ~」

「何か食べれば良いだろ」

「あったら食べてるニャ!!」

 

手持ちに食糧が無いらしい。

空腹の人間とポケモンを見捨てて行くのは医者という立場から少し気が引けたので少し早いが私も昼食にしようか……。

 

*

 

手持ちの食糧が食い尽された。

まあ、後で買い足せば良いから別に構わないんだが、そんなに腹が減るまで何故なにも食べなかったのか……。

 

「いやぁ、救世主現るだな!」

「お腹いっぱい食べれて幸せニャ」

「やっぱ良い男は違うわね~!!あ、そういえばアンタの名前は?」

 

ムサシの言葉に視線をあげるとコジロウとニャースもこちらを見ていた。

お前達、口の周りが……。

 

「……シンヤだ」

「なーんか聞いた事ある名前ねー…」

 

何処で聞いたっけ、と首を傾げたムサシ。

隣に座っていたニャースの口をタオルで拭いてやれば、ムサシとコジロウも気付いたのか自分達で口元を拭いていた。

 

「シンヤはポケモントレーナーかニャ?」

「ポケモンドクターだ」

「お医者様だったのか…」

「良いわね、イケメンの医者!!」

 

コジロウとニャースにじとっとした視線を向けられたムサシは少し焦りながら二人から距離をとった。

そういえばムサシとコジロウはロケット団とか言ってたな、ロケット団って何だ。

記憶の中を探ってみたが名前は聞いたことがあるような気がする、という程度で詳しい事は分からなかった。

興味の無い事にはとことん興味が無いのはさすが私と同じシンヤだな、と一人関心した……。

私がコーヒーを啜るとムサシがパンと両手を叩いて立ち上がる。

 

「さぁてと、お腹もいっぱいになったし!!さっさと落とし穴を完成させるわよ!!」

「「オォー!!」」

 

何故、こんな所に落とし穴なんかを作っているのか……。

二人と一匹が落とし穴を作っているのをのんびりと眺める。無視して通り過ぎても良いが私はまだ昼食を食べてるんだ。

昼食を食べ終わった頃、落とし穴が完成したらしい「出来たー!」と声をあげながら両手をあげる連中が見えた。子供みたいだな。

 

「さてと、後はジャリボーイ達が来るのを待つだけね」

 

ジャリボーイ?

昼食後のコーヒーを飲んでいる私の所へと戻ってきたムサシが「あたし達にもちょーだい」とコーヒーをねだりに来た。

仕方なくコーヒーを入れてやり、ニャースにはミルクを渡した。

 

「今回こそはピカチュウゲットよ!!」

「あれだけ大きい落とし穴も作ったし、ピカチュウ対策も万全!!」

「今後こそ成功ニャ!!」

「……」

 

何かよく分からないが食事を食べたすぐ後に動くのは嫌なので読書をする事にした。

暫くするとドシーンと大きな音と悲鳴が聞こえてきて、私は本から顔をあげる。近くで横になって寝ていたムサシとコジロウとニャースも飛び起きた。

 

「かかったわ!!」

「よし、行くぞ!!」

「ニャー!!」

 

寝起きで元気だな……。

ムサシ達のあの口上が終わったのを見計らって私は穴の中を覗いてみた

 

「あ!!シンヤさん!!」

「なんだ、サトシ達か」

「シンヤさんがなんでロケット団と!?」

 

たまたま、と返して手を伸ばすサトシの手を掴み引っ張り上げる。

穴から這い出たサトシはムサシ達を睨みつけた。

 

「ピカチュウを返せ!!」

「……」

 

コジロウの持つ檻の中にピカチュウが閉じ込められていた。ピカチュウゲットというのはサトシのピカチュウを捕まえるという事だったのかと思いつつカスミの手を掴む。

タケシは居なかったが見知らぬ少年も引っ張り上げた。

 

「すみません、ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 

頭を下げた少年を見てからサトシ達の方へと視線をやる。

ムサシ達は子供相手に何をやっているのだろうか……、アーボックとマタドガスを出した二人に対してサトシがリザードンを繰り出したものだから瞬殺されていた。

 

「ピカチュウ、十万ボルト!!リザードンは火炎放射だ!!」

「「げげっ!?」」

「……」

 

大きな爆音と共にムサシ達が吹っ飛んでいく。

死んでしまうんじゃないかと一瞬身を案じたが「やな感じ~」なんて言いながら飛んで行ったので大丈夫だろう……。

そして何故サトシのピカチュウが欲しいのかその理由が全く不明だ。ピカチュウなんて珍しいわけでもないだろうに……。

 

「結局、アイツらは何なんだ」

「ロケット団って言う悪い組織の連中で人のポケモンを盗もうとするんですよ!シンヤさんも気を付けて下さいね!」

 

カスミにそう言われて、へぇとしか返せなかった。

そんな悪い連中には見えなかったけどな……、私のポケモンを奪おうとする素振りも見せなかったし。

 

「ヴォオ」

「お、リザードン。サトシにちゃんと懐いたのか」

「ヴァォオオ!」

 

リザードンの頭を撫でるとピカチュウが私の肩に乗った。

カリカリカリ、とペンを走らせる音が聞こえて、そちらに視線をやれば少年がニコリと笑って「観察させてもらいます」と一言……。

何を?

 

*

 

「ポケモンウォッチャーか、なるほど」

「はい、よろしくお願いします!」

 

ケンジというらしい少年は頭を下げてからまたスケッチブックにペンを走らせる。

タケシは何処に行ったのかと聞けば、ダイダイ島のウチキド博士の所に居るそうだ。

あそこのジョーイは日焼けしてるよな……。

 

「シンヤさんも旅をしてる人だったんですね」

「まあ、色々な所を歩いて野生ポケモンを見て回ってるから……」

 

不本意で。

私自身ではあまり気乗りはしないが職業上ポケモンセンターを回らないといけないし、記憶を思い出す手掛かりになるようなものを探すには色々な所に行った方が良いだろうし……。

まあ、出来るなら私の記憶を消したエスパータイプのポケモンを見つけだしたいところだな。

 

「シンヤさん、シンヤさんの手持ちのポケモンを見せて頂けませんか!」

「手持ち?」

「はい、是非!!」

 

面倒だけど頼まれてしまっては仕方ない。

6個のボールからポケモン達が出て来るとケンジは目を輝かせた。

 

「おぉぉっ!!観察させてもらいます!!」

 

ポケモン達の周りをぐるぐると回りながら全体を見てスケッチブックに絵を描くケンジ。

うん、まあ、楽しそうで何よりだ。

よく育てられてますね!と言われても私が育てたわけじゃないので曖昧な返事しか返せないが……。

そういえばこの手持ちは誰のポケモンなんだろうな……。いや、シンヤのポケモンである事には違いないが。

どのシンヤなのか……。

はて、と首を傾げて考えてみたが頭の中ではカイリュー達が当然のように思い出されるだけ……。

 

「考えるだけ無駄か…」

 

ポツリと呟いて溜息を吐く。

失った記憶が戻れば解決するかもしれない。私はもうそれに賭けるしかないな……。

 

「シンヤさん、バトル!!バトルしましょう!!」

「嫌」

「バートールー!!」

「嫌」

「ピカァー…」

「嫌なものは嫌」

 

*

 

サトシ達と別れた後……、私はオレンジ諸島内の島の一つに身を置き、ポケモンセンターでジョーイの手伝いをしていた。

別れてから一週間ちょっと経っただろうか。サトシ達も今頃どこかの島に居るんだろうと思いながら空を見上げる。

 

「ラッキー!」

「ん?何か用か?」

「ラキラッキ」

 

駆け寄って来たラッキーが私に一枚の手紙を差し出した。

受け取った手紙の便箋はアンティーク風でなかなかオシャレなものだ。宛名は確かに私の名前が書いてあったので間違いはない。

誰からだろうと裏面を確認すれば差出人の名前……。

 

「Girardin……」

 

……。

チラリとラッキーに視線をやるとラッキーは首を傾げた。

そしてまた手紙に視線を落とす、差出人の名前はやっぱりGirardin……。

 

「……誰?」

「ラッキー……」

 

ミュウツーの一件があるため。

もう怪しい手紙は開けたくないのが本音だ……。

 

「……」

 

どうするかな……。

 

*



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06

 

「凄い!!世界的に有名なコレクターよ!!」

 

悩みに悩んで手紙を読むべきかと相談を持ちかけたら先にジョーイに読まれてしまった。

それは別に良いんだが……。ベシンベシンと興奮するジョーイに腕を叩かれるのは痛い……。

痛いと訴える私を無視してジョーイは手紙の内容を音読し始める。まさか読み聞かせられる事になるとは……。

 

「尊敬すべき最愛の君、シンヤへ。突然の手紙にさぞ驚かれた事でしょう、私は世界の珍しく美しいものを収集しているコレクターです。私は数年前に貴方という人間をこの目で拝見しました。貴方の美しい姿に私の心は歓喜に震えた……。私は一目で貴方とそのポケモン達の虜となった貴方のファンの一人です」

 

非常に気持ち悪いな、とジョーイの音読するその内容に耳を傾ける。

しかし、私の姿を見たと言っているという事はトレーナーかコーディネーターの時か……、美しいと言っているのだからおそらく後者なんだろうが……。非常に気持ち悪いな。

 

「この手紙を貴方に送った理由は他でもありません。貴方に是非とも私のコレクションを見て頂きたい。そして今回新たに素晴らしいコレクションの候補を見つけ手に入れる準備が整いました。新たなコレクションが飾られる瞬間を貴方に一番に見て欲しい……。○日の○時頃、貴方をお迎えに上がりますのでその場でお待ち下さい。

コレクター.ジラルダン……、はぁ…、素敵…!!」

 

ジョーイはそのコレクターのファンらしい。私は全く知らないが……。

コレクションを生で見れるなんて!ジラルダン様の飛行宮に招待されるなんて!羨ましい!!とまた私の腕を叩くジョーイ。

だから痛い……。

っていうか、ちょっと待てその手紙の最後にお迎えに上がりますって書いてたのか!?ジョーイの手から手紙を奪い取り確認する……。

 

「○日の○時頃…今日!!時間もまさに今じゃないか!!」

「シンヤさんが読むのを躊躇ってたからでしょう?それにしても羨ましいわ~…」

 

いや、確かに手紙を開けなかったのは私だ。

ジョーイに差出人の名前を言って奪い取られるまで開けなかったのは私だが……、数日経過してしまってるのは確かに私が悪いんだが……!!

何だこの有無を言わさぬ招待状は、むしろ誘拐予告に近いじゃないか!!

私は行くなんて一言も言ってないのに!!ファンだか何だか知らんが相手の都合も聞けないのか!!

 

「はい、シンヤさん。カバン持って髪型はそれで良いの?平気?」

「……おい」

「くれぐれもジョーイの事を良く言っておいて下さいね、シンヤさん」

「おい!」

「あ、服にほこりが…」

「行くなんて言ってないぞ!!!」

「来たわ!!!シンヤさん、来た!!」

 

キャーキャー言ってるジョーイの指差す先を見ると巨大な建造物のようなものが空を飛んでいる。

 

「……なんだアレは!!」

「ジラルダン様の飛行宮よ!!写真では見た事があるけど実物はやっぱり更に素敵だわ!!」

「はぁぁああ!?!?」

 

*

 

どうしてこうなった……。

 

「火の神、雷の神、氷の神に触れるべからず……。されば天地怒り世界は破滅に向かう。海の神、破滅を救わんと現れる。されど世界の破滅を救う事ならず…、優れたる操り人現れ神々の怒り鎮めん限り……。

私の望みは火の神でも雷の神でも氷の神でもない……、海の神」

 

周りの絶景を眺めているとピポーンと変な機械音。

振り向きはしたが再び私は視線を空へと向けた……、帰りたい……。

 

< 綿密な調査の結果、火の神は幻のポケモン、ファイヤー。それもオレンジ諸島アーシア島周辺に生息するファイヤーの特殊な一種と考えられます。同じく雷の神はサンダー、氷の神はフリーザー。サンダー、フリーザーどちらもファイヤーと同じくアーシア島周辺に生息する特殊な一種である以外は考えられません >

「やはりどれもアーシア島……。確かにどれも手に入れたいポケモンではある。しかし私の目指すものは更に先にある。……気になるだろう?シンヤ」

 

ジラルダンに呼ばれ振り返ると部屋の中央にいるジラルダンが私を見て笑っていた。

 

「いや別に」

「ふふふ」

< 幻のポケモンらしき生命反応三体感知、ファイヤー、サンダー、フリーザー >

「現れたか…」

 

窓の外へと視線をやったジラルダン。

ああ、なんで私がこんな所に居るんだ……。いや、それも全てジョーイのせいなのだ、それ以外に理由はない。

あの女が私を無理やりこの飛行宮に突き飛ばしてジラルダンにサインをねだったせいだ!!一応、予定は大丈夫かとジラルダンは聞いてくれたのに……!!

「シンヤさんの予定はありません。丁度凄く暇になったところでしたから!いってらっしゃい、シンヤさん!!」

ジョーイなんて嫌いだ……!!

 

「シンヤ」

「……何だ」

「私は少し上に行って来る。一緒に行くか?」

「ここで良い」

「席も無いのでは辛いだろう、何処の部屋でも好きに使ってくれ」

 

そう言ってニコリと笑ったジラルダンが椅子に座ったまま上に昇って行った。この飛行宮は仕掛けが凄いな……、あんまり好きなセンスではないが……。

しかし、上からだと景色が更によく見えるのだろうか、別にここからでも十分、アーシア島と三つの島がよく見えるけどな。

景色を眺めているだけというのも退屈だ、と小さく欠伸をした時にドンと大きな音がした。立て続けに大きな音、砲撃だろうか。

驚いていると三つの島の一つに砲撃が直撃している。ジラルダンが撃ってるのか!?

あの男が何を考えているのか更に分からんな……。

島がどんどんと凍り付いていくのが見えて私は天井を見上げた。

 

「ジラルダン!!」

 

私が声を荒げた時にこちらに向かって火の鳥が飛んで来る。

ファイヤー…!!明らかな敵意と怒りをこちらに向けている。なんという事だ、こんな所に居たくない……。私がここで死んだらジョーイを一生呪ってやる。連帯責任で全地方のジョーイを呪ってやる……。

ファイヤーに砲撃が直撃する。

するとリングのような物体がファイヤーの周りを取り囲む、これもジラルダンが……?

 

「!?」

 

二つのリングがファイヤーを捕えてしまった。

慌てて視界で追ったが下の方に消えてしまったので私の居る場所からは確認出来ない。

 

「ジラルダン!!何の真似だ、降りて来い!!」

「どうした?そんなに声を荒げて」

「何故ファイヤーを捕まえたんだ!!」

「勿論、コレクションの為だ」

 

ジラルダンの言葉に眉間に皺が寄る。

 

「次なるコレクションは神なるサンダー、そしてフリーザー。だが私の最高のコレクションは誰も見た事のない海の底より現れる神…、ルギア」

「ルギア…?」

「そう、シンヤに一番最初に見て貰いたいコレクションこそがルギアだ」

「別に見たくない!」

「素直じゃないな……。もう少し待て、必ず手に入れてみせる。私とシンヤの為にな」

「だから、別に見たくないと言ってるだろうが!!」

 

再び上へと昇ってしまったジラルダンに対して舌打ちをする。

全く話を聞かない、なんて自己中な奴だ!!

しかし、ルギアを捕まえるのにファイヤー達を絶対に捕まえなければいけないのか…?まあ、コレクションの一環だと言われてしまえばそうなのかもしれないが……。

ジラルダンのコレクションの一つの石碑に視線を落とす。

そう言えばこれを読んでいたな……。

火の神、雷の神、氷の神に触れるべからず。

ファイヤーとサンダーとフリーザーの事だな……。触れるべからずと書いてるんだから触れなければ良いというのに……。

触らぬ神に祟りなしという諺(ことわざ)を知らんのか……。

されば天地怒り世界は破滅に向かう。

……は、破滅?

海の神、破滅を救わんと現れる。されど世界の破滅を救う事ならず……。

……破滅が起こる前提の話じゃないか、破滅の前兆が無いとルギアが現れない。だからジラルダンはファイヤー達を捕まえてルギアを誘き出そうと……。

ん?待て、これだとルギアまで捕まえてしまったら世界が破滅するんじゃないのか?

いや、でもルギアには破滅を救えないと書いてあるんだから、ルギアが出て来た時点で世界は確実に破滅する、と……。

優れたる操り人現れ神々の怒り鎮めん限り……。

…って、完全に他人任せじゃないか誰だ、優れたる操り人……!!

 

「いや待て、私がここでジラルダンを止めれば良いのか…?」

 

神を怒らせる前に……。

もうファイヤーが怒ってはいるが、サンダーとフリーザーを巻き込まなければルギアは出て来ないだろうし。

 

「ジラルダン!!!もう一度降りて来い!!!」

 

世界が本当に破滅したらどうしてくれるんだ!!

正座させて説教だ!!

 

「……ん?いや、それは違うな。とりあえず降りて来い!!ジラルダン!!」

 

*

 

一生の不覚……ッ!!

捕えられるファイヤーの傍で、檻に閉じ込められた私の姿は素晴らしく滑稽だろう……。

 

「ファイヤー、いくら暴れても無駄だ」

「……」

 

この状況だ、暴れたくもなる。

あぐらを掻いて座り込む私を見下ろしたジラルダンは満足げに笑った。

 

「貴方に手荒な真似はしたくなかった。こんな檻に閉じ込めてしまって申し訳ない」

「そう思うなら出してくれ」

「それは出来ない」

「……」

「しかしその姿もまた良いな……。このまま閉じ込めて私のコレクションとして置いておきたいくらいだ、シンヤ……」

 

自分の顔が引き攣るのがよく分かる……。

やはり手紙の内容でも思ったが非常に気持ち悪い。名前を呼ばれた時に背筋がゾワゾワして鳥肌が立った。

ジラルダンにも腹が立つが自分の不甲斐無さに一番腹が立つ。カバンを持っている事を確認していればこんな事にはならなかったのに!!

話し合いで解決など出来ないと思っていたから脅してでもとカバンからボールを取ろうと思ったらそのカバンを持っていなかったなんて……!!

 

「……自分が情けない」

 

カバンは部屋の隅の方に自分で置いた。見える場所にあるのに届かない……。

傍で鳴き声をあげてジタバタと暴れるファイヤーにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。

 

< サンダー、ファイヤーの領域に侵入 >

「……くそっ!!」

 

ファイヤー同様、暴れて檻の格子を蹴り付けたが檻は壊れなかった

暴れ疲れて大人しくなったファイヤーを見てから溜息を吐く、ジラルダンの気が変わらない限りはずっとこのままだ……。

あぐらを掻いて座り込み溜息を吐く。何か上手く言葉巧みに言い包められないものかと考えてみるが疲れている体は目を瞑るとそのままうとうとと視界を妨げる。

 

ガシャン、と大きな機械音にビクリと体を跳ねさせた私は辺りを見渡す。視界にサンダーが捕えられてるのを見つけて額を押さえた……。

完全に寝てたな私……。

鳴き声をあげて暴れるサンダー、その隣に檻の籠がぶら下がっている。

中に居る見知った顔ばかりに私はとっさに背を向けて身を隠した。サトシ達が捕まってる、これは上手くいくとこの檻から出られるかもしれない。

上の階からジラルダンが下りて来た。来ていた服のフードを被って檻に凭れかかった。私は眠っているフリをする。

 

「招待状も無しにここに来たのはキミ達が初めてだ。いかがかな?火の神ファイヤー、雷の神サンダー……、私の新しいコレクションだ」

「ちょっとおじさん!!ポケモンをゲットするなら何故モンスターボールに入れておかないの!?これじゃ晒しものだわ!!」

「私はポケモントレーナーではない、私はコレクターなのだ。実物をこの眼で見れてこそコレクションと言える。見るが良い、私のコレクション。ただし手を触れるなよ?それがエチケットだ……」

 

フリーザーが現れたらしい。ジラルダンは再び上の階へと戻って行く。

サトシ達を檻から出してくれたのは好都合だ。ジラルダンは私とサトシ達が知り合いだという事を知らないのだろう。

それに私がコレクターの立場なら子供連中をここには出さないな、触るなと言われれば触るのが子供だ。

 

「サトシ!!」

「え!?あ、シンヤさん!?」

 

知らない顔も居るが見知った顔ばかりで良かった。

私がガンと檻を叩けば石碑の周りに集まっていたサトシ達が駆け寄って来てくれた。

 

「シンヤ、お前……。コレクションにされちまったのか…」

「良い男は大変ねぇ…」

「違うに決まってるだろうが!!殴り飛ばされたいのかコジロウ、ムサシ!!」

 

とにかく出してくれ、と私が声をあげればニャースが檻をツメで引っ掻いた。

しかしニャースのツメは檻に触れる前に見えない壁にぶつかって檻には当たらない。どうやらコレクションに傷が付かないようにバリアーを張っているようだ。

 

「くそ、ファイヤー達も早く助けないとフリーザーまで捕まっちゃうよ…」

「ケンジ!私のカバンからポケモン達を!!」

「え、カバン!?」

 

あっち、と私が指を差せばケンジはカバンからボールを6個取り出した。

出て来たカイリュー達は檻の中に居る私を見て目を見開いている。そしてドーンと檻にガラガラが体当たりをしてきたが跳ね飛ばされた。

 

「この檻に一斉攻撃だ!破壊してくれ!!」

「そうか!!じゃあこっちも一斉攻撃だ!!」

 

サトシがピカチュウやリザードン達でファイヤーを助けるべく攻撃を始めた。反対側でもムサシとコジロウがサンダーを助ける為に攻撃をする。

バチバチと私の目の前でもバリアーが攻撃を弾いていた。目の前がチカチカするし、いつバリアーを突き抜けて攻撃が私の方に来るか……。

 

「ライチュウ、かわらわりでバリアーを破壊しろ!!ガラガラは骨ブーメランで檻の扉を!!」

「ラァイ!!」

「ガラガラッ!!」

 

バリィン!!と一瞬バリアーが叩き割れた。すぐに修復しようとするバリアーの隙間からガラガラの投げた骨ブーメランが檻の扉に勢いよく当たる。

中から檻の扉を蹴ると扉は前方に大きな音を立てて吹っ飛んだ。

 

「や、やっと出れた……」

 

カバンを拾い上げてサンダーの檻を指差す。

 

「ペルシアン、ギガインパクト!!」

「シャァァア!!」

 

サンダーなら攻撃を食らっても多少は平気だろうという勝手な解釈でペルシアンがサンダーに向かってギガインパクトを放つ。

悲鳴を上げてその場から逃げたムサシ達。ケンジのみんな伏せろぉ!!と言う慌てた声と同時に大きな爆発音。

近くに居たギャロップに飛びついた私はその場でしゃがみ込みながらギガインパクトの反動で動けないペルシアンをボールに戻す。

か、壁に穴が開いたぞ……。

檻から解放されたファイヤーとサンダーが大きく咆哮して穴の開いた壁を更に破壊し、おまけにもう一つ穴を増やして外に出て行った。めちゃくちゃな奴らだ……。

ポカンと眺めていると外でまた爆音、苛立ちのままに飛行宮を破壊しているらしい。

ライチュウ、ガラガラ、ゴーストをボールに戻した所で飛行宮がだんだんと高度を下げている事に気付く、落下するんじゃないか!?

 

「うわ、寒っ!!夏なのに雪景色とはどういう事だ!!」

 

傍に居るギャロップに抱き付いてそう言うと今更ニャ!とニャースに突っ込まれた。

そうか、状況を把握してないのは捕えられていた私だけか……。

大きな音を立てて飛行宮が何処かに着陸したらしい。落ちなくて良かったとは思いつつも状況は最悪だった。天井から瓦礫が落ちてくるのをカイリューが私の上に覆い被さり守ってくれる。

 

「うわあああ!?」

 

何かが激突したのか知らないが正面の壁が崩れ落ちた。

いや、でも上手く道になっていてここから外に出られそうだ!

 

「ここから出られるぞ!」

「早く走れー!!」

 

急斜面を駆け降りるサトシ達が悲鳴染みた声をあげる。ムサシが躓いたらしい塊になって転げ落ちて行った……。

おいおい、下手をすれば死ぬぞ……。

 

「ヒヒン!」

「あ、ああ……。乗せてもらう……」

 

私は我が身が可愛いのでそんな真似はしない。

 

*



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07

前方からサンダーが飛んで来た。

サトシ達に当たりそうな攻撃をギャロップの攻撃で相殺させる。

船に乗ったサトシ達を確認して私はギャロップにサンダーへ向かって大文字の指示を出す。大文字を避けたサンダーの意識はサトシ達の船から私の方へと変わったようだ。

 

「シンヤさん!!」

「私は大丈夫だ!!」

 

というか、その船で行けるのか!?という私の言葉が出る前にサトシ達の乗った船は後ろ向きのまま流されていく。

大丈夫なのか……、と呆然と見ているとムサシ達の悲鳴と共に船が落下した。滝になっていたらしい、慌ててカイリューに飛び乗って追いかけると氷の張った海から突如渦を巻く海流が出て来て船をそのまま運んで行く。

氷を砕き進む海流の凄さに呆気に取られながらその海流を追った。すると不意に聞き慣れない音色が聞こえた……。

 

「うわああああ!!」

 

岸が近付くと海流は船を乱暴に岸へと放り投げる。なにか別の物が遠くに飛ばされたのを見た気がしたんだが……、今のはなんだ……。

船が崖の下へと転落する、何か祭壇のような場所なのだろうか。雪に覆われたその場は岩の形状などからして人工的な作りが見られた。

 

「お宝、あそこへ」

「お宝?」

 

地面に倒れるサトシ達を見下ろしたヤドキング。元々この場に居たのだろうか……。

しかし…、ヤドキングが喋っている……。

いや、エスパータイプなのは分かっているがやっぱりあればテレパシーじゃなくて喋ってる、よな……?

ポケットから大きなビー玉のようなものを取り出したサトシがピカチュウを追いかけて祭壇の中央へと走って行った。

そういえば、と辺りを見渡すとやっぱりムサシ達の姿がない。さっき飛んで行った何かはあの連中だったのだろうか……。

死んではないだろうが様子を見に行ってやるか、と何かが飛ばされた方角へとカイリューと共に向かう。

ぐるぐると遠くの方まで見に行ったが見つからない。辺りを見渡せばいつの間にかポケモン達が集まって来ていた。世界の破滅の危機を察してやって来たのだろうか……。

飛び交うファイヤー、サンダー、フリーザー、そして見慣れないポケモンが一体増えている。あれが海の神ルギア……。

そうなると世界が破滅するまでのカウントダウンがもう始まっている。上空からリザードン達に引っ張られながらサトシがソリのようなもので走って行くのが見えた。

あんな激戦の真っただ中に行くなんて無謀だ……。ミュウツーの時も同じような事を考えた気がする……。

 

「あーあ、カッコイイのは」

「いっつもアイツら…」

「今日もニャー達の見せ場は無しニャ」

 

丁度、真下から声がした。意外と近くに落ちていたらしい……。

私だったら腕の一本でも折れている自信があるがムサシ達はピンピンしていた。ポケモン並みにタフな連中だと思う。

 

「雪の上に落ちたとはいえ怪我ひとつ無いなんてどういう訓練を受けているんだ?」

「「あ、シンヤ」」

 

ムサシ達の傍へとカイリューと共に降りるとヘリコプターの音がして空を見上げた。

強い風に揉まれてヘリが不時着してきた。爆音を立てたヘリの後方の機器は吹っ飛んでしまっている。

ヘリからオーキド博士とウチキド博士が降りて来たのが見えて思わず駆け寄る。

 

「オーキド博士!」

「ん?おおっ、シンヤ!!お前さんも来ておったのか!」

「大丈夫ですか?怪我は?」

「大丈夫じゃ」

 

乗員はみんな無事らしい。

ほっと安堵の息を吐いた時にコジロウがヘリの破損した機器を雪から引っこ抜いているのが見えて私は眉を寄せる。

 

「ん?後ろに何か…」

「いや何も!!それよりもそちらの女性は誰ですか!!」

 

とっさにコジロウの姿が見られないように庇ってしまった私は見知らぬ女性へと視線をやる。

私?と自分を指差して首を傾げた女性。コクンと頷けば女性はニコリと笑った。

 

「私はハナコ、サトシの母親よ」

「サトシの…」

「知り合いかしら?」

「ええ、まあ」

「そういえばサトシは!?サトシは大丈夫なの!?」

 

サトシは無謀にも激戦地へと行きました。とは言えずもごもごと口籠る。

しかしすぐに自分の息子を見つけたらしいハナコさんが声を荒げながらサトシの名前を呼んだ。きっと後でこっぴどく怒られるな……。

母親という存在には勝てそうにもない、と溜息を吐いた時に誰かの顔が頭を過った……。でも、その顔が思い出せない。

ニッコリと笑う、誰か……。

 

「ねえ、貴方!シンヤくんって言ったわね!」

「はい?」

「ちょっとサトシを連れ戻して来てくれない!?あんな所に居たら危ないわ!!」

「……」

 

ハナコさんに背を押され再びカイリューの背に乗る。

連れ戻すのは難しいが援護くらいなら、と思いカイリューと共に空へと飛ぶ。

 

「カイリュー、りゅうのはどうでサトシを援護するぞ」

「バォ!」

「フリーザーの攻撃に注意しろ」

「バォオオオ!!」

 

大きく声を上げてファイヤーへと攻撃したカイリュー。下を見るとムサシ達がゴムボートで氷の道を走っている。

あの口上をゴムボートの上で言い切ったムサシ達がサトシを乗せ走り出した。どうやら前方に見える島に向かっているらしい。そういえばお宝どうの言っていたな……。

 

「どうして?」

「世界の危機はみんなの危機」

「世界が潰れる瀬戸際に」

「悪も正義もありゃしない!」

「目指すはひとつ!」

「世界の平和、楽しく盗める泥棒世界~」

「ニャーんて言ってニャいで、目指すは氷の島ニャ!!」

「「おう!!」」

 

ろくな理由じゃないな……。

そうは思いつつも口元が緩む、なんとも悪人になりきれない連中だとつい笑ってしまった。

上空から眺めているとファイヤーがゴムボートへ向かって飛んでいく。ファイヤーの火炎放射をゴムボートを揺らし上手く避けたムサシ達を見てからファイヤーにりゅうのはどうを食らわせる。

同じくゴムボートに目掛けてかみなりを落としたサンダーはルギアが体当たりで跳ね飛ばし、冷凍ビームを放ったフリーザーの攻撃を防いだ。

 

「カイリュー、アクアテールでファイヤーを弾き飛ばせ!!」

「バォオ!!」

「ルギア!!後ろからサンダーが来てるぞ!!」

 

ファイヤーを弾き飛ばしたカイリューがぐるぐると旋回する。落ちないようにしがみ付きながらルギアに声を掛ければ私の声に反応したルギアがサンダーの攻撃を防ぎ弾き飛ばした。

あのバリアーみたいなの便利だな……。

 

「ん?フリーザーが……」

 

姿の無いフリーザーを探せば島の上空の方に居る。あそこには今サトシ達が居るんじゃないのか……、さっき登って行ったよな……。

しまった、と思った時にはすでに遅く冷凍ビームを放つフリーザー。サンダーがフリーザー目掛けてかみなりを落とすとファイヤーもサンダーを追いかけて行った。

 

「カイリュー!」

「バオオオ!!」

 

フリーザーが倒れたのを目で確認した。

かみなりを食らったうえに火炎放射だ無理もない。だがカイリューに乗っている私としては少し有利になったわけだ。

ルギアに乗ったサトシを見つけ、ルギアへと攻撃しようとするサンダーへりゅうのはどうを食らわせる。

 

「ん!?」

 

攻撃を避けるルギアの足に掴まっていたムサシ達がルギアの足から手を離した。

 

「「「あんたが主役~!!」」」

「……」

 

馬鹿だな。

ファイヤーにアクアテールを食らわせた後、カイリューを急降下させる。

ドシンとカイリューの背に落ちたムサシ達、下は攻撃を受けて氷がまばらに溶けてはいるが冷水。

 

「潔さだけは認めてやる」

「シンヤ…!!」

「助かったニャー!!」

「いやーん、カイリューに乗った王子様みたいじゃない!!」

 

カイリューに乗った王子様は他を探してもらいたい。カイリューを使う男なんてそこらに居るだろうからな……、ドラゴン使いとか特に。

さすがに大人三人は重たいらしい、カイリューが重いと呻き声をあげた。

 

「ニャニャ!?重量オーバーニャ!!」

「コジロウ、あんた落ちなさいよ!!」

「オレぇ!?」

「暴れるな!!下に降ろしてやるから自分達で歩け!!」

「「「歩くっ!!」」」

 

ムサシ達を氷の上に降ろすとカイリューが声をあげて指を差した。

視線をやればルギアの周りに見たことのある物体が飛び交っている。

 

「あの男は……!!」

 

この状況下にあってもコレクションか!!

目当てのルギアを見つけたから捕獲するつもりなんだろうが、今はサトシがルギアの背に乗っているというのに!!

あの男だけは一発、いや一発と言わずにぶん殴ってやる……!!

捕獲されたルギアが海面へと落ち、捕獲された状態のまま浮上してきた。

ルギアが飛行宮目掛けて攻撃を放つが何という技なのか私には分からない、ルギア特有の技なのかもしれない。その攻撃の威力は凄まじいものだった……。

ジラルダンの捕獲用の器具を絡ませたルギアが更にもう一度、苦しみながら攻撃を放ち海面へと落下した。

 

「サトシー!!!」

 

ルギアが海に沈んだと同時にファイヤーとサンダーが攻撃を仕掛けて来る。

さすがにファイヤーとサンダーも弱っているらしく両者ともボロボロだった……。

 

「カイリュー!逆鱗!!」

「バォオオ!!」

 

上空からサトシの姿を探すとサトシを抱えるカスミの姿を見つけた。

岸からケンジがロープで引っ張っていたのが見えたので私もカイリューの上から手を伸ばしロープを掴んで岸の方へと移動する。

岸へとサトシを引っ張りあげて脈を測る。脈は正常、体は冷えているが必要な体温はあるらしく顔色も悪くない、どうやら気を失っているだけらしい。

 

「サトシ!!しっかりして!!」

 

気が付いたサトシが体を起してポケットに手を突っ込んだ。

 

「お宝!!」

 

大きなビー玉のようなものを取り出したサトシはよろけながら立ち上がる。

 

「サトシ…!!」

「行かなくちゃ、オレが行かなくちゃ…!!」

 

フラフラになりながらも歩きだしたサトシの後を追う。

躓き膝を付くサトシにカスミとケンジが駆け寄った。それでもサトシは自分の足で階段を上って祭壇へと向かう。

そういえば、ハナコさんが来てるって教えてないな……。まあ良いか、教えても何が変わるわけじゃない、どうせ怒られるんだろうし……。

息を切らせて階段を上りきったサトシがヤドキングの傍へと駆け寄った。ヤドキングの上にトゲピーが乗っている。

そしてヤドキングの隣に居た少女は誰だろうか……。

 

「優れたる操り人」

「これで良いんだよな!」

 

宝をヤドキングに見せたサトシ。

ヤドキングは頷いた後、祭壇の中央を指差した。そこへサトシが駆けて行く。

優れたる操り人、石碑に書かれていたものの事だろう。この場合は、人間のトレーナーと考えて良いのだろうか……。

世界の危機とはいえ、子供にやらせて良い事ではないと思うが…。私もハナコさんに怒られるのだろうか……、嫌だな……。

小さく溜息を吐くと地面から雪が吹き飛んだ。

視線をあげると祭壇からは光る水が溢れている、どういう仕組みなのだろうか…。

周りの雪が吹き飛んでハイビスカスの花が咲きほこっている。祭壇を囲むように立つ岩が水の光を受けてクリスタルのような輝きを帯びた。

 

「フルーラ」

 

カスミにフルーラと呼ばれた少女が祭壇へと上がりサトシの傍に立った。

そして不思議な楽器で音色を奏でる。

渦を巻いた海流が現れた時に聞いた音色だった。

怪しげにかかる雲から光が差し込む。強い突風も姿を消したと思った時に足元に祭壇から溢れる水が流れ込む。

そのまま水は崖を流れ落ちて氷に覆われた海面に広がって行く……。

元気を取り戻したらしいファイヤー、サンダー、フリーザーが鳴き声をあげながら空を旋回している。

神々の怒りを鎮めるというのはこういう事だったのか、と天を仰いだ時……、渦を巻く海流からルギアが現れた。

ぐるりと空を旋回したルギアはサトシ達の前に降り立つ。

そういえば、ジラルダンの奴をぶん殴ってないな……と思い出した時にサトシがルギアの背に乗るのが見えた。

ルギアと視線が合う、私の隣に居たカイリューが私を無理やり背に乗せた。

 

「うぉ!?」

 

驚いてカイリューの背にしがみつくとカイリューは飛び立ったルギアの背を追って同じく空へと飛び立つ。

ルギアの隣を気持ち良さそうに飛ぶカイリュー、飛びたかったなら自分だけ行けば良かったのにと思いつつ景色を眺める。

すると間近で大きな海のアーチがかけられた。目の前のその光景にポカンと口を開けてただただ呆然と見つめた。

集まっていたポケモン達が帰って行く……。

海のアーチが重力によって海面へと落ちる。大きな音を立てて落ちた海のアーチは海面と溶け込んで消えた。

ファイヤー、サンダー、フリーザー達が自分の島へと戻って行くのを見送ってカスミ達の所へとカイリューと共に降りる。

サトシとルギアが戻って来る頃、辺りは夕焼け色に染められていた。

大きく鳴いて翼を広げたルギアが言う。

 

< 私が幻である事を願う、それがこの星にとって幸せな事なら… >

 

空高く飛びあがったルギアは上空から急降下して海面に飛び込んだ。

静かになった景色を眺めているとカイリューがちょんちょんと私の背を突く。振り返ると崖を降りて来るオーキド博士達が見えて私はカイリューに飛び乗った。

 

「行くぞ!!」

「バォ!!」

 

シンヤさん!?と驚いたように声を掛けられたが私は振り返らなかった。

オーキド博士達から逃げるようにその場を離れた私はサンダーの住まう島へと降り立った。

無残にもルギアの攻撃で破壊された飛行宮……、辺りが暗くなっているので月明かりを頼りに目当ての人物を探す。

まさか死んでないよな…と考えを巡らせた時、目当ての人影を見つけた。その後ろ姿を見るだけで自分の顔が引き攣るのが分かる。

 

「Mr.ジラルダン」

「…シンヤ」

 

私を見てニコリと笑った男に対して、ヒクリと口元が引き攣った。

 

「自分の過ちを深く反省するんだな」

「そうだな、痛手は大きい……」

 

手に持っていたらしいカードに視線を落としたジラルダン。

今まで集めた自分のコレクションが無残に散ったのが痛手という事なのだろう、危うく世界が無くなる危機だったというのに……。

 

「とりあえず殴らせろ」

「冗談だろう?私は暴力は好きじゃないんだ」

「人を檻に閉じ込めた報いを受けろ、私の苛立ちは納まらん!!」

 

私が拳を握りしめてジラルダンへ近寄れば、ジラルダンは一歩一歩と後退する。

 

「殴ってスッキリしたら私も鬼じゃないんだ……。この無人島からポケモンセンターに送ってやる……」

「それは嬉しいね、でもここは穏便に済まさないかシンヤ…」

「殴らせろ」

「シンヤ…」

「否、殴る!!!」

「!?」

 

*

 

医者が人間を殴るなんて……と言われてもな。

私はポケモンドクターなんだろ、ポケモン専門なんだから別に人間を殴るくらい良いじゃないか。

 

「人を殴るという行為自体、人としてどうなんですか!!」

「その馬鹿が悪いんだ!!」

「馬鹿とはなんです!馬鹿とは!!」

 

ごめんなさいね、ジラルダン様。とニッコリとジラルダンへと笑顔を向けるジョーイ。

顔を腫らせたジラルダンを連れて帰って来たら私がめちゃくちゃ怒られた…・なんだ、私が悪いのか、そいつは目的は違えども結果的に世界を破滅させようとした男だぞ!!

 

「色々な場所でジョーイとは出会って来ましたが、貴女はどのジョーイよりも優しく天使のような方ですね」

「まあ!ジラルダン様ったらお上手なんですから、も~!」

「ふふふ」

「うふふ」

「……」

 

もう二、三発ほど殴っても私は許されると思う。

神だって私の行いを許してくれるに決まっている、そうだ、この男は殴られるべきだ!!

 

「……」

 

……神?

その言葉に何かが引っ掛かって首を傾げる。

 

「シンヤ、どうかしたのか?」

「いや、神と言うと何が思い浮かぶ?」

「神?そうだな…、神と呼ばれるポケモンがやはり思い浮かぶが…」

 

火の神、雷の神、氷の神、海の神…と指を折りながら答えるジラルダン。

そうだな、そういえばルギアも神だったな。

なんだか記憶に不思議と引っ掛かる言葉だったが、今日は嫌というほど四体の神を見たんだったな……。

 

「感情の神、意思の神、知識の神、森の守り神も居るらしいし、時を司る神に空間を司る神、創造の神なんて色々思い浮かぶよ」

「さすがジラルダン様、物知りですね」

「知識だけだよ」

 

笑い合う二人を視界から逸らして記憶の中を漁ってみる。

神、神、神……。

何か思い出しそうな気がする。誰かの顔が思い浮かびそうな気がする…。誰かの声が、聞こえるのに……。

 

< シンヤさん >

「…、ッ!?」

「シンヤ!?大丈夫か!?」

 

頭が痛い、割れそうに痛い……!!

知ってる、知ってる声だ、知ってる、絶対に知っているのに。

 

< さよなら、シンヤさん >

「ぅあ…ッ」

「シンヤ!!!」

< 貴方が全てを思い出し…… >

「…ッ、…、」

「ジョーイさん、シンヤを部屋に!!」

「は、はい!!」

 

痛い、頭が割れる、やめてくれッ!!

頭の中で声が反響する度に頭痛がする、眩暈がする、吐きそうになる、胸が締め付けられる…ッ!

 

「シンヤ、しっかりしろ!!シンヤ!!私の声が聞こえてるか!?」

< 再び >

「ぅぅ…、ッ!!!!」

「シンヤ!!!」

「ぅ、ぐッ、ぁあッ!!!!」

「シンヤ!!シンヤ!!!」

< こうして会える日を楽しみにしています >

「ッ、あぁぁあッ、あアぁあアァあッ…!!!」

シンヤー!!

シンヤ、大丈夫ですか?シンヤさん、貴方らしくないですよ?シンヤ、頭痛いの?平気?ワタシが診てやろうか?あまり無理をするな主……。

「シンヤ!!しっかりするんだ!!」

ご主人様、本日のご予定は?あ、オレが買い物に行ってきますよ!お母様になんとか言って下さい!なあなあ、お菓子食べて良いー?自分は仕事に行って来る…。オレがずっと見ててやるから安心しろ!!だぁああー!!やかましい、泣くなこの低能馬鹿!!ラルー!!

うわぁああああん!!シンヤー!!

「…ッ!!!」

「シンヤ!!」

「シンヤさん!!大丈夫ですか!?」

 

痛い、頭が割れそうだ……。

頭が痛い、痛くて痛くて仕方がない……。

だから、

涙が、止まらないんだ……。

 

俺様はシンヤに必要ないかな……。

「…ッ」

シンヤの事を一番スキなのは俺様だから!!!

「…、!!!」

……シンヤのバカーッ!!

「、…ロカ…、ス…」

「シンヤ!!!」

「ラッキー!!すぐに担架を!!」

 

*



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08

 

「もしもし……」

<「はいはーい、あ!!シンヤさーん!!」>

 

電話の画面の向こうで笑う少女は随分と大人びて見えた。というより私の知っている少女より大人だ……。

記憶は無かった。

この画面に映る少女のことも忘れていたし、記憶にも無かったはずなのに、ユクシーに記憶を消されていたという事を思い出した私の頭の中には無かったはずの記憶が突如現れたのだ。

これがユクシーの言っていた私の為に創られた世界の影響なのだろうか……。

思い出してみればトレーナー、コーディネーター、ブリーダーといったシンヤである連中の世界を奪ってしまったことに罪悪感が生まれる。

申し訳ないな、と思った所でその三人と対話が出来るわけもないし。今の三人は無理やり私の一部にされてしまったようなものだろう……。元に戻してくれと今更言ってもどうにもらならないのだろうか……。

 

「久しぶりだな、ツバキ」

<「そんな言うほど久しぶりってわけじゃないですけどねー、一か月くらい前に会ったじゃないですか!!」>

「……」

 

そう言われると確かに会った。とは思ってもこの記憶は矛盾だらけで納得のいくようなものじゃない。

決定的なのは私の知っているツバキは12、いや、13歳だったか……。それぐらい幼い少女でポケモントレーナーとして活躍している子だった。でも、今の思い出される記憶の中、この画面に映るツバキは18歳。もう女性と言っても可笑しくはない年齢でポケモントレーナーではなくツバキ博士と呼ばれる若き優秀なポケモン研究者の一人。

色々な記憶がごちゃ混ぜになっている状態だが、ツバキという名を聞くとあの鬱陶しい社長の姿も思い浮かぶ……。

全てはパラレルワールド……。

私の世界は何処に行った。今、この状況で言うのはあれだけどな……。私のシンヤという名前はイツキさんが付けてくれたものであって本当の名では無いような気がするぞ……。

記憶が無くなってる人間から更に記憶を奪うなんて……、というか私の記憶が無くなっていたのは既にこの世界が創られていた影響、なのか……?

 

<「シンヤさん?」>

「ああ…、悪い、ぼーっとしてた」

<「も~!!あ、それで?用件はなんですかね?あたしはこれでも忙しいんですよー?オーキド博士ともお話する約束もあるしー」>>

 

アーシア島の神々のことも研究しないと駄目ですからね!!と拳を握って言うツバキに、現場に居て間近で見てたとは言えない。

知らないフリをしておこうと思いつつ、本題に入る。

 

「私の……、ボールを預かってくれてるんだよな?」

<「へ?なーにを今更な事言っちゃってんですかー!!預かってますよ!!あ、決してボールから出して研究の手伝いさせてるとかそんな事はないですからね!!」>

「……」

<「…チルくん、使ってます。マジすみません……」>

「いや、良い」

 

マジすかー!!じゃ、もっと使っちゃおー!!なんて画面の向こうで言っているツバキを無視して複雑化しつつある記憶を探る。

パラレルワールド、私の知っている人間が居ても知らない人間で。皆が私を知っていても私には矛盾だらけな記憶しか無い。

私の知っている連中が、私の知っている姿のままこの世界に存在しているのか分からない。ミロカロス達はどう変わっているのだろうか……。

記憶にある姿はポケモンの姿ばかりで人の姿をしたミロカロス達は無い。

トレーナーのシンヤがシンオウで連れて居た、コーディネーターのシンヤがシンオウで連れて居た、ブリーダーからドクターとしても活躍するようになったシンヤはカントーに行く時にミロカロス達を置いてカイリュー達を連れて行った。

今の私はここだ、この時点で私に変わった。

そう記憶に刻まれている。ユクシーに記憶を消されたと思い出した私の脳に突如刻まれた記憶だ。

私は全てを思い出すことでツバキのことを思い出して、ミロカロス達をツバキに預けているという事も思い出した。元々がシンヤという名前でないという事も勿論思い出した……が、よく考えると私の本当の名前がシンヤではないという事を知っているのは私とイツキさん達くらいなんだろうな……。

 

「カントーの自宅に着いたらまた連絡するから、その時にボールを送ってくれるか?」

<「良いですよー、っていうかシンヤさん今何処に居るんですか」>

「オレン、……カントー地方だ」

<「オレン?今、オレンって言いませんでした?え?オレンジ諸島とか……?え?アーシア島、近いですか?」>

「カントー地方」

<「それしか言わないし!!」>

「それじゃ、また連絡する」

<「ちょっ」>

 

ブツンと電話を切ってソファに座る。

溜息を吐けばコーヒーを両手に持ったジラルダンが声を掛けて来た。

 

「まだ頭が痛むのか?」

「…少し、な」

「尋常じゃない声をあげていたしな…」

 

片方のコーヒーを私に差しだした。ジラルダンが開いた手で私の頭を撫でる。

受け取ったコーヒーを啜り、小さく息を吐いた。

ミロカロス達は私の知っているミロカロス達なのだろうか……。

もし、私の知っているミロカロス達だったら……、凄く怒っているだろうな……。

私の知らないミロカロス達だったとしたらそれはそれで少し寂しいような気もするが……どっちにしろ、あんな無理やりな別れ方をしてしまったのを思い出しては会うのが少しツライ。

 

「ジラルダン…」

「ん?」

「殴って悪かった…」

「…急になんだ?」

「いや、お前の自己中な行動に腹を立てたから殴ったんだが…私自身も自己中な人間だったのを思い出してな…」

「…?」

 

首を傾げたジラルダンに視線をやってからコーヒーを啜った。

潔く、殴られに行くしかない……。

 

「シンヤ…」

「ん?」

「そんなに無表情な顔だっただろうか……?私の知っているシンヤはもっと表情豊かだったような気がするんだが…」

「一番無愛想なシンヤなのは分かってるんだ、ほっとけ」

「一番無愛想なシンヤ…?シンヤはシンヤだろう?」

「……」

 

不意に他のシンヤの影響は出るかもしれないが、記憶の戻った私は本来の私自身の姿に戻りつつある。

一番愛想の良いのは……、ブリーダーのシンヤだろうか、コーディネーターか……?

 

「どちらにしろ、私は私か…」

「?」

 

私の記憶の中でトレーナーがバトルをしたいと叫ぶならバトルをするもよし、コーディネーターがコンテストに出たいと叫ぶなら出るもよし……。

ブリーダーの優秀な知識があるのは助かるし、私は以前のようにこれからもポケモンドクターとして生きていくしかないだろう。

 

*

 

カントー地方、セキチクシティ付近沖沿いの家。

家に帰って来てから、記憶を探りつつ本棚や引き出しからファイルや手帳を取り出し手に取った。

各地方に家を所有しているなんて贅沢な事だな、とは思ったがトレーナーのシンヤ達の出身がバラバラであり家を複数所持する形になっているらしい。

ちなみにこのカントーの家はトレーナーのシンヤが住んでいた家。

ジョウト地方出身はブリーダーのシンヤで家はアサギシティ近辺に家がある。ホウエン地方にある家はコーディネーターのシンヤの家でミナモシティの近く……。

全くの別人として生きていたシンヤという名前の人間が一つになったこの状況。

パルキアが各空間を繋げて、ディアルガが継ぎ接ぎながらも時間の調整を行なった……という所だろう。

イツキさんが名付け親である私の記憶はシンオウ地方のズイタウン出身のポケモンドクターとして登録されていたはずだ。

家はギラティナの住む反転世界…、その反転世界がここにあるかも定かではないが…。

私の知ってるカズキとノリコはこの世界でも双子のようだが既にトレーナー、コーディネーターとして旅に出て居るらしい、こうして思い出してみると違うことだらけで更に頭が痛くなるな……。

小さく溜息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。手に持っていたファイルを棚に戻して部屋の扉を開ければライチュウが手招きをする。

 

「ライラーイ」

「電話か」

 

リビングの一角に置かれた機器類の前に座って通話ボタンを押した。

画面には見知った顔が映って私は小さく笑みを浮かべる。

 

<「シンヤー、ツバキちゃんから連絡あって電話してみたよー、元気ー?」>

「ああ、お前は相変わらずだな」

<「僕はいつでも元気ですから!」>

 

ニコニコと画面の向こうで笑うヤマト。

どの世界でもお前は相も変わらず変化が無いということだ、ツバキなんて別人のように変化があるというのに……。

 

<「なんか暫く会わない間にシンヤってば印象変わった?」>

「…そうか?」

<「うーん、なんか愛想が無い気がする」>

「愛想が無くて悪かったな…」

<「そ、そんな睨まないでよ!!やっぱり全然変わってないですー!!」>

「…ヤマト」

<「ん?なに?」>

「ディアルガとパルキアを見た事があるか?」

<「え?無いよ?シンヤは見たの!?僕も見たいんだけど!?」>

「見てないなら良い。聞いてみただけだ」

<「なーんだ。珍しいポケモン見つけたら僕にも教えてよね!!」>

 

ミュウにミュウツー、ファイヤー、サンダー、フリーザーにルギア……とか?

教えてよね!と言って笑ったヤマトに返事はせず。随一報告するのも面倒なので見なかったという事にした。

 

「……」

<「シンヤ?どうかした?」>

「いや、別に」

<「それじゃ、僕はそろそろ行かないといけないからまた時間が出来たら連絡するね!」>

「ああ、じゃあな」

<「またねー!」>

 

手を振ったヤマトを見てから電話を切った。

この世界のヤマトは私の知っているヤマトではない、恐らくギラティナ達のことも知らないだろう。

何もかもが変わってしまった世界に一人、取り残された気分だ……。

 

「ライ?」

「ん?別に何でもない、気にするな」

「ラーイチュ」

「眉間に皺が寄るのは癖だ」

「ライー?」

「ああ、私の癖なんだ。…私のな」

 

首を傾げたライチュウの頭を撫でて小さく笑う。

 

「そういえばお前はブリーダーの頃からよく手伝いをしてくれてるんだったな…」

「ライー」

「でも、医療の知識は無い…か…」

「ライ?」

「ミミロップは、どうだろうな…」

 

手伝ってくれる奴が居なくなると困るという事に今更ながら気付いてしまった。

ツバキに預けられている連中はトレーナーのシンヤに連れられてのバトル経験もあるし、コーディネーターのシンヤとのコンテスト経験もあるはずだ……。

やっぱり私の知っている連中じゃないんだろう……。

 

「とりあえず、ツバキに連絡するか…」

 

*

 

<「それじゃ、送りますよー!!」>

 

「ああ」

 

家に転送装置があるって便利だな、と思いつつ椅子に座りながらボールが送られてくるのを眺める。

送られてきたボールをライチュウがテーブルに並べて行く。

ミミロップのゴージャスボールが置かれた所で、そういえばミミロップ達の親はツバキだったがそこの所も変わってしまっているんだろうな……。

 

<「8個全部送りましたよ!!またいつでも預かりますから送って下さいね!」>

「悪いな、助かる」

<「いやぁー、シンヤさんのポケモン達は賢い子ばっかりだからホント居てくれるとこっちが助かるんですよねー」>

「……」

<「今、現在誰も居ないからピンチなんですよー」>

「送れってことか?」

<「ゴーストかライチュウが良いなー、でもガラガラも良いしペルシアンも悪くない……、ギャロップとカイリューも居てくれると助かるけどー」>

「却下」

<「シンヤさんのケチー!!」>

 

知らん、と吐き捨てて電話を切る。

連れ歩くには大所帯過ぎるがこの家にも誰か居て貰わないと野生ポケモン屋敷になってしまっているので困るのだ。

ハウスメイドでも雇いたい所だな……。

 

「……」

 

ポーンと8個のボールを離れた場所に投げる。

見覚えのあるポケモン達の姿が出て来て懐かしさが込み上げてきた、ゲームの中にしか居ないと思っていたポケモンと一緒に居たなんて前の私じゃ考えもしなかっただろうな……。

パチパチと瞬きをしたミロカロスが私を見てボロリと大きな目から涙を零した。驚く私を余所にミロカロスが見覚えのある人の姿へと変わる。

 

「シンヤー!!!!」

 

抱き付いて来たミロカロスに視線をやってからエーフィ達の方へと視線をやれば、エーフィ達も見覚えのある人の姿へと変わっていた。

 

「おかえりなさい、シンヤさん」

「帰って来るの遅過ぎ!!シンヤしかオレの好きなおやつ作れないんだからなー!!」

「やっと俺達の知ってるシンヤですね!!」

「ワタシ、コーディネーターのシンヤと根本的に合わなくて超苦痛だったー…」

「主は主だと思うがな……」

「ご主人様ー!!」

「ラルー!!」

 

私の知っている連中だ……。

何もかも変わってしまっている世界に何も変わっていない連中が居る……。

 

「ミロカロス…」

「シンヤが帰って来るの待ってたんだからな!!ずっとずっと会いたかったんだからなぁ!!!」

 

私に抱き付きながら涙を流すミロカロスの腰に手を回す。

ミロカロスの頭にゴツンと自分の頭を落とせば少し痛みが走ったが気にしてられなかった。

 

「…シンヤ?」

「すまなかった…」

「……」

「あんな事を、言って…悪いと思ってる…」

「シンヤ…」

「自分勝手で本当に…」

「分かってるよ!!!ちゃんと俺様達は分かったよ、分かったから…俺様達は勝手にシンヤを連れ戻そうって決めたんだ…!!」

 

だから、お互い様ってやつ。

そう言ってミロカロスが笑った。

自分勝手に別れを告げた私への罰は一度全てを失う事だというのだろうか、自分から捨てて行ったのだから何もかも失えと……。

また一からやり直せってことか……。

 

「お前達だけ変わってないんだな」

「私達はそのままこの世界に引き継がれたんですよ、でもヤマト達は…」

 

視線を落としたエーフィはそこで言葉を詰まらせた。

私の知っている研究員のヤマトはもう居ない。いや、そう言ってしまえばここに居る私もすでに私の知っている自分では無いのかもしれない。

不安そうな表情で私の顔を覗き込んだミロカロスの頭を撫でる。小さく溜息を吐いてから抱き付いているミロカロスを自分から離した。

 

「お前達に言いたい事は二つある」

「…?」

「一つ…、こんなやっかいな世界によくも私を巻き込んでくれたものだな…!!」

「!?」

 

ビクッと体を揺らしたミロカロスが目に涙を溜めた。

ミミロップ達も強張った表情で顔を引き攣らせているが私は容赦なく言葉を続ける。

 

「記憶を消されたせいでとんだ酷い目にあった!!混乱はするし厄介事には巻き込まれるし酷い頭痛に悩まされたんだぞ!?それに他のシンヤ達の影響をこれからも受け続けなければいけないし、分不相応な地位と名声を持った人間になってしまったじゃないか!!」

 

えぐえぐと泣き出したミロカロスの後ろでミミロップが「ほら見ろ、怒られた」と言葉を漏らす。

肩を落とした連中を見て深く溜息を吐く。

 

「もう一つは、」

「ごめんなさいぃぃ…」

「……」

 

泣いて謝るミロカロスの頭に手を置くとミロカロスの肩がびくりと揺れた。

チラリとミミロップ達の方へと視線をやればミミロップ達は気まずそうに視線を落とす。

 

「もう一つは…、こうしてまたお前達と会えて嬉しいと思ってる」

「!!」

 

顔を上げたミロカロスの頭をくしゃくしゃと撫でてやればミロカロスは顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「俺様も嬉しい!!!」

「オレもオレもオレもー!!!」

「俺もです!!」

 

飛び付いて来たブラッキーの後に続いてトゲキッスも飛び付いて来た。

ラルトスを抱きかかえてミミロップも飛び付いて来たのでさすがにそこで私は重さに押し潰され床に倒れ込んだ。

 

「あ、主が…!!」

「窒息死しそうですね」

「チルはお茶を淹れて来ます!!」

 

重たいし苦しいし、痛いし……。

最悪だと思いつつ上半身を起こす。

 

「腰を打った…」

「オレ、肘打った…ビーンて、ビーンてなった…」

 

涙目で肘を押さえるブラッキーを見て笑った。

 

「はははっ!!」

「なんで笑うんだよー!!!」

 

こうしてお前たちに会うまで不安な気持ちでいっぱいだった、なんて気恥ずかしくて打ち明けられそうにない。

 

*

 

チルットが淹れてくれたお茶を飲む。

ほっと一息付いてから膝に座るライチュウに視線を落とす、ライチュウとミミロップが睨み合い火花を散らしているが声は掛けないでおこう。

向かいのソファに座るエーフィに視線をやればエーフィは首を傾げた。

 

「なんです?」

「お前、少し雰囲気が違わないか?」

 

それを貴方に言われたくないんですけどね、と呟いたエーフィが小さく溜息を吐いた。

私の知っている連中だが皆それぞれ何処か違うような気がする。勿論、私も違うのだろうが……。

 

「シンヤさんが戻って来るまでに私達も色々あったんですよ」

「色々…?」

 

ライチュウと睨み合っていたミミロップが「そう!!」と声を荒げて私を睨み付けた。

そんなミミロップから視線をエーフィに戻した私はエーフィに色々あったという説明を目で促してみる、エーフィはまた小さく溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。

 

「私達はシンヤさんが帰った直後、新しく創られた世界にシンヤさんより先に来たんです。でもそこは私達にとって知っている場所はあれど全く知らない場所でした」

「お前達も私と同じ目にあってたんだな…」

「ええ、知っているはずの人間全てが別人で困惑しましたよ。勿論、この世界に居たシンヤさんも別人でしたから」

「私もか」

「私達がこの世界に来た時、ポケモントレーナーのシンヤさんの手持ちだったんですよね。もう随分と前の事です、まだシンヤさんは少年でした」

「……」

 

私の記憶にもある事だった。

トレーナーのシンヤは今この場に居るポケモン達をゲットした張本人、エーフィ達はトレーナーのシンヤの手持ちになっている状況でこの世界に来たんだろう。

私はブリーダーだったシンヤがポケモンドクターになったという状況で来た事になるから、エーフィ達はトレーナーのシンヤともコーディネーターのシンヤともブリーダーだったシンヤとも会っている事になるわけか……。

随分と長い付き合いなんだな、そしてポケモンは年を取らないのだろうか……。

 

「基本的にバトル担当はそこの連中だったんですけどね」

 

エーフィの視線を辿ればポケモンフードを食べるカイリュー達が視線に入る。

今の私の記憶が戻る前はカイリュー達しか記憶に無かった。私の記憶が戻った後にエーフィ達の事を思い出したのだから私の記憶が戻らないとエーフィ達は存在していなかったのかもしれない。

この今の状況は私が記憶を取り戻した世界だと、思っておこう。

 

「でもトレーナーのシンヤさんは場面に応じて手持ちを変更したので私達もバトルを重ねました。元々貴方がバトルのしない人だったので最初は困惑しましたがトレーナーのシンヤさんが厳しくて嫌でも身につきましたよ…」

 

溜息を吐いたエーフィが何処か遠くを見ながら文句を言い出した。

シンヤさんとはいえあんなガキ、いえ、子供に命令されるなんて今思い出しても腹が立ちますよ。攻撃を避けるのを失敗すれば罵られるし、勝っても負けても労りの言葉は無いし、それなのに日々の特訓だけは毎日毎日とんでもなく過酷で厳しいし…、挙句の果てにはブラッキーはまあまあだけどお前は微妙だな、頭が良くなければ使ってない…って!!!シンヤさんが戻って来ると分かっていなければ誰がお前なんかに使われてやるものですか!!!

 

「あぁぁぁああッ!!本当に腹が立つ!!!」

「…す、すまん」

「いえ、シンヤさんは悪くないですから。あのクソガキが悪いんです、全てねっ」

 

そのクソガキは一応、過去の私…、なんじゃないのか…?

脳内に記憶があるだけにエーフィの怒りも仕方がないような気がする…、確かにトレーナーのシンヤは幼いながらに乱暴者というかポケモンに対して厳しい人間だ。勿論、自分にも厳しいのだが…それをエーフィ達が知っているかは定かではない。

カイリュー達もトレーナーのシンヤの手持ちとしてよく一緒に居られたものだと感心する、私がポケモンだったら絶対に逃げ出していただろう。

 

「なーに言ってんだよ!トレーナーのシンヤは全然マシだったつーの!!」

 

黙って話を聞いていたミミロップが言葉を発する。

エーフィとは対照的にミミロップは厳しかったトレーナーのシンヤに文句は無かったようだ。

 

「最悪なのはコーディネーターのシンヤ!!!アイツだけはマジ最悪!!!」

 

拳を握りしめてコーディネーターのシンヤを罵倒するミミロップ。コーディネーターのシンヤも一応、過去の私だという事を忘れているのだろうか…。

 

「空間を繋ぎ合わせるのにさ、違う世界のシンヤが混ざってシンヤ自身が変わってくわけよ。それに文句は無いんだけど、その繋ぎ合わされた別の世界のシンヤがもうホントやだ!!!」

「急に別人になったのか…」

「ディアルガの時間の調整で周りには自然にシンヤさんに変化があったんですけど、影響を受けて無い私達からすれば突然人が変わったんですよ」

 

へぇ、とエーフィの言葉に相槌を打った。

継ぎ接ぎだらけの記憶だと思っていた状況は本当に起こっていたらしい、それを周りは何とも思わなかったと……。

何ともご都合主義、ディアルガとパルキアってそんなに凄いポケモンなのか…。漫才コンビみたいなのに…。

 

「トレーナーとして有名になってんのにさぁ!!!急に自分はトレーナーではなくもっと別の場所で活躍すべき人間だと思うとかなんとか言いやがって!!コーディネーター目指し始めたんだよ!!」

「私は万々歳でした」

 

ふふん、と満足気に笑ったエーフィをミミロップが睨み付ける。

才能あるコーディネーターのシンヤは勿論すぐにコンテストで勝ち進んだと記憶しているが…、ミミロップは元々コンテスト向きの容姿ではあるがコンテスト向きの性格ではなかったもんな…。

 

「毎日、エステ…、コンテスト用の魅せる為のワザ練習…、しかも可愛らしいポケモンはもっと可愛らしくあるべきだとか言って!!なんで可愛い仕草のポージングとかやらされないといけないんだよぉおお!!!マジふざけんなぁああ!!シンヤじゃなかったら、アイツがシンヤじゃなかったらワタシはツバキ同様アイツを見限って逃げ出してた!!」

「私は凄く楽しかったですよ。苦痛の毎日から解放されて…コーディネーターのシンヤは毎日ブラッシングもしてくれましたし、私の事を綺麗だと褒めてくれるし労わってくれるし、コンテストに出るのも楽しかったですから」

「コンテストなんて無くなれば良いのに!!!あのトレーナーのシンヤと生きたバトルの日々!!勝利を目指す特訓の熱い日々がどれだけ恋しかったかぁあああ!!!」

「……」

 

対照的な二人だと思う。

まあ、でもこの会話を聞いてエーフィ達の変化の理由が少し分かった。

どうやらエーフィはコンテストに影響されて雰囲気が変わっているのだろう、心無しか以前より女性っぽく見える気がする。

ミミロップの方は性格にたくましさを感じる。見た目はあまり以前と変わりはないが……、少し性格が荒いな…、トレーナーの影響だろうか…。

二人で言い争いを始めたエーフィとミミロップを放っておいてポケモンフードを食べている連中の方へと視線をやる。

 

「お前達はどうだった?」

 

ポケモンフードを食べながらも話を聞いていたらしい連中は少し考える仕草をした。

トゲキッスは?と聞けばトゲキッスは目を瞑って首を傾げる。

 

「確かにトレーナーのシンヤは厳しかったし、コーディネーターのシンヤも色んな意味で厳しかったですから…。俺はブリーダーのシンヤの手伝いをしてるのが楽しかったです」

 

ブリーダーのシンヤはポケモンに甘い奴だからな。自分よりポケモン、何よりもポケモンという考えを持ったポケモン大好き人間だ。

以前のヤマトみたいな奴だよな…、ああ、でも今もわりと変わらないか……。

 

「自分は主に何も文句は無かった。別人だとは思うが根本的な所は何処か主らしさもあって、どの世界でも主は主だなと思っていたからな…」

 

サマヨールの言葉に私は頷く。

別人だと思ってはいるが、やっぱり同じシンヤなんだなと思う事は私もあったので妙に納得出来る発言だ。

もぐもぐと口を動かしながらブラッキーが手をあげる。別に挙手制では無いのだがブラッキーにピッと指を差して発言を促す。

 

「オレはトレーナーのシンヤもコーディネーターのシンヤもブリーダーのシンヤもあんまり好きじゃなかった」

「なんでだ?」

「オレの好きなおやつ作ってくれなかったから!!」

 

大真面目な顔でそんな事言われてもな……。

ブリーダーのシンヤは優しいけど不器用だったし、ポケモンフードもまあまあの味で満足出来なかったし、やっぱり今のシンヤが良い!!ポケモンフード美味いっ!!と文句を言いながらポケモンフードを食べるブラッキーにトゲキッスが苦笑いを零す。

まあ、確かにポケモンフードの作り方は記憶が戻る前と戻ってからだと大分違ったから、味も違うのだろう……。

コポコポとカップに新しいお茶を淹れてくれているチルットに視線をやればニコリと笑みを返された。

 

「チルはあまり面識が無いので」

「そうだな、ずっとツバキの所に居たんだよな」

「ブリーダーのご主人様は優しく接してくれましたが、力不足のせいでバトルやコンテストでお役に立てなかったのが残念です」

 

眉を下げたチルットに気にするなと言葉を返す。

ツバキが博士と呼ばれる前からツバキの手伝いをしていたのだ、十分チルットは役に立っているだろう。

足元に居たラルトスに視線を落とせばラルトスが両手をあげる。

 

「ラルトスはコンテストに出てたよな?」

「ラルー!」

 

返事してくれたラルトスの頭を撫でる。すでに進化しても良いレベルなのだがラルトスは変わらずの石を持っているため進化していない。

変わらずの石を持たせたのはコーディネーターのシンヤで小さくて可愛らしいポケモンを残しておく為にあえて進化させていないのだ。チルットとラルトスを比べるとレベルの差があったからだろう……。

コンテストもバトルを要求されるからな…。ミミロップに代わってラルトスがコンテストに出る事が多かったようだ。

進化させても良いんだけどな……。

サーナイトなんて結構見た目が好きだぞ、私は。もっと本音を言うとメスが良いが……。

それにしても私の脳内にある記憶とポケモン連中の発言に違いは無いな。違和感を感じてるのは私やポケモン連中だけでこの世界の人間はシンヤという人間の変化に違和感なんて微塵も抱いていないのだ。

親しいはずのツバキやヤマトまで……。

よくもまあ、こんな矛盾だらけの世界に違和感を持てないものだ…。出来る事なら前の世界に戻りたいとは思うが…それは贅沢な願いなんだろうな……。

 

「俺様には聞いてくれないの!?」

「ん?」

「俺様も!!」

「ああ、じゃあ…」

 

どうぞ、と発言を促す。

わりと話が出尽くしたので一人頭の中で色々と自己完結してしまっていた。それにミロカロスの発言なんて大体予想出来るし…。

 

「俺様はな!!今のシンヤが一番スキ!!」

「…そうか」

 

予想通りだ。

 

「トレーナーのシンヤにはあんまり怒られる事も無かったけど褒めてくれなかったし、コーディネーターのシンヤも構ってくれるけど何か俺様をちゃんと見てくれなかったし、ブリーダーのシンヤは優しくて構ってくれるけど他のポケモンもベタベタ可愛がってて嫌だったなぁ…」

 

レベルが高いミロカロスはエーフィほど厳しいバトルに苦労しなかったのか、コンテストでも元々がコンテスト向きなポケモンで何にでも順応するからミミロップみたいに反抗も無かったと……。

まあ、俺様が一番!という考えは変わってないのでどのシンヤとも合わなかったってことか…。つまり今の私とも合わないということでもあるんだがそこは良いのだろうか…。

 

「……」

「シンヤスキー、シンヤー♪」

 

本人が良いみたいだから、良いか…。

上機嫌なミロカロスを無視してカップを手に取りお茶を啜る。

記憶が戻った今、今まで考えていた謎もスッキリしたわけだ…。でもやる事は山ほどあると…。

ポケモンドクターとして各地方を巡るなんて冗談じゃないと以前に話をしたような気がするが…本当に各地方を巡っているなんて……。

それもかなり名を馳せてしまっている…。地獄だな…。

もっと普通に会社員とかだったら平凡に暮せたのに…無職よりマシだが…。

イツキさんとカナコさんにも会いに行きたいな…、あの夫婦はシンオウ地方に住んでいるから随分と遠いが…。

それにカズキとノリコは各々で旅をしているのだから何処かでバッタリ出会えるかもしれない、何処かに留まっているわけじゃないから連絡を取るのは難しいと思うが私もポケモンセンターを転々としているのでいつか会えるだろう。

この世界では正真正銘、血の繋がった家族なんだから驚きだ。

 

「面倒ではあるが、悪くない」

 

一度捨てた人生だ。

どうにでもなれ、何も悪い事ばかりでは無い…。

 

「バォ~…」

「ん?おかわりか?ちょっと待ってろ」

 

ポケモンフードの入っていた皿を持って近付いて来たカイリューの頭を撫でてソファから立ち上がる。

棚からポケモンフードを取り出してザラザラと皿に盛る。

 

「バオ!」

「あまり零して食べるなよ?」

 

よしよしとカイリューの頭を撫でているとドンッと腰の辺りに強い衝撃。

顔を歪めて視線をやれば涙目で私を見上げるミロカロスが居た。

 

「やぁああだぁああああ!!!俺様もぉぉおお!!!」

 

以前より悪化してないか。

ばば様に躾けられてた時はまだ大分マシになってたじゃないか、悪化してないか。

 

「ミロカロス、痛い…」

「うぇぇぇ…!!俺様もなでなでしてぇぇ…!!」

 

絶対に悪化してる。と思いつつミロカロスの頭を撫でてしまうのはブリーダーのせいだ。前の私なら絶対にしない。

 

「シンヤさんもかなり影響を受けてますよね」

「体が勝手に…」

「コンテストに出るならいつでも言って下さい、大歓迎ですから」

「…嫌だ」

 

エーフィはどうやらコンテストが気に入ったらしい。後ろでミミロップが凄い嫌そうな顔をしていた。

 

*

 



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09

「第一回、シンヤの手持ち争奪戦ー!!!」

 

メガホン片手に高らかと声をあげたブラッキー。

よっしゃー!!やるぞー!!と各々に気合の入った声をあげる連中を眺めながら私は小さく溜息を吐いた。

 

「枠は6席!!!だがここに居るのは14体、その中の6体だけがシンヤに連れて行ってもらえる!!恨みっこ無しのバトルだぜー!!」

「ぜぇぇったい負けねぇぇええ!!!」

「ラァアイ!!」

 

拳を握りしめるミミロップと睨み合うライチュウ。

この騒ぎの発端はツバキからの電話だった。

今度、遺跡調査に行く博士さんが居てですねその話をご一緒する事になったんでシンヤさんもどうですか?

遠慮したい…所ではあったが、遺跡でのアンノーンに関する調査と聞いては断れなかった。それに、ジョウト地方にはスイクンが居るみたいだしな……。

エーフィが言うにはアイツらも影響を受けずに引き継がれているそうだから、会えるなら話もしたい。

だから、

ツバキの誘いを受けてジョウト地方に行く、と私が発言した所…この騒ぎだ。

庭でバトルを始めたものだから家に集まっていた野生ポケモン達が慌てて逃げて行く、ミロカロス達もポケモンの姿に戻って人の話を聞きやしない。

 

「ご主人様、お茶が入りました」

「……」

 

参加しないらしいチルットが私の前にカップを置く。

そのカップを持ち上げてその場から飛び退けば吹っ飛ばされたらしいミミロップがテーブルを巻き込んで視界の隅に飛んで行った。

 

「わぁ、ご主人様さすがです!!」

 

チルットからの拍手を背にミミロップの方に視線をやれば目を回してダウンするミミロップが居た。治療するのは私か……。

ミミロップを吹き飛ばしたらしいガラガラが骨を振り回してハシャいでいる。

ミミロップ、リタイヤ…。

 

「ミロォオオ!!!」

 

ハシャぐガラガラにミロカロスがハイドロポンプを食らわせた。そのハイドロポンプはガラガラとその傍に居たペルシアンを巻き込み庭の壁へと激突する。

ガラガラとペルシアンもリタイヤ。

 

「ラァアアイチュゥウウ!!!」

 

空を飛んで移動していたトゲキッスにライチュウの雷が落ちる。そのまま落下して目を回したトゲキッス…リタイヤ…。

サマヨールとゴーストの一対一のバトルはゴーストが勝ったらしい。サマヨールもリタイヤ。

エーフィと戦っていたラルトスはブラッキーからの一撃を受けて倒れた。あそこはタッグを組んでるからずるいな…ラルトスもリタイヤ。

 

残っているのは空を上手に逃げ回っているカイリューと…、辺りに放電をまき散らすライチュウ、サマヨールに勝ったゴーストに素早く走り回るギャロップ。

タッグを組んでいるエーフィとブラッキーに、あとはミロカロスだけか…と思った所でそのミロカロスがギャロップにハイドロポンプを食らわせた。

倒れたギャロップを視界にも納めずミロカロスは空を旋回するカイリューへと攻撃をしかける。

 

「カイリュー、ライチュウ、ゴーストにエーフィ、ブラッキー、ミロカロス…。6体だな」

「では、僭越ながらチルが声を掛けさせて頂きます」

 

勝ち残った6体が決まりましたので第一回シンヤの手持ち争奪戦は終了でーす。

ブラッキーの使っていたメガホンで声を掛けるチルット、キョトンとしたようにこっちを見たカイリューが両手をあげて喜んでいた。どうやら逃げているだけで残ったらしい。

 

「勝ったぁあああ!!」

 

人の姿で飛び跳ねて喜ぶミロカロス。

ミミロップかラルトスは連れて行きたかったのだが仕方がない。ライチュウとエーフィも居るし困りはしないだろう。

 

*

 

ぶつぶつと文句を言いながら私のカバンに医療道具を詰めるミミロップ。

相性が悪かった、と文句を言いながらも手は一度も止まらない辺りミミロップらしい。

 

「いつ出掛けるんですか?」

「遺跡調査から帰ったシュリー博士と話をするらしいからな、別に急いで行く必要は無いだろ」

「ジョウトの何処に行くんです?」

「グリーンフィールド、だったかな」

 

私の言葉にエーフィがパッと顔を明るくさせた。そうですか、と返って来た返事も何処か弾んだ声のように聞こえる。

グリーンフィールドに行きたかったのだろうか…。

 

「ブラッキー」

「んぁ?」

「エーフィはグリーンフィールドに行きたがってたのか?」

 

明らかに機嫌が良いエーフィの様子を視界に入れてからブラッキーの方へと視線を戻せばブラッキーは少し考えるように視線を泳がせた。

ぽいっと口に食べかけのお菓子を放り込んで立ち上がったブラッキーは雑誌の束をごそごそと漁り出す。

 

「これかなー?」

「ん?」

「ジョウト地区、女の子の行きたい所ナンバー1!!」

「…女の、子?」

「まあ良いじゃん。エーフィは機嫌良い方が可愛いし」

 

もぐもぐと再びお菓子を食べる作業に戻ったブラッキー。受け取った雑誌には美しい高原が広がる写真が載せられていた。

雑誌から視線をあげてブラッキーにもう一度声をかける。

 

「なあ」

「なに?」

「機嫌が良くない時は可愛くないのか」

「…そりゃ機嫌悪い時は目がこーんな、」

 

ぐいっと普段でもつり目な自分の目を指でつり上げて見せたブラッキー。

エーフィは元々つり目な方だろ。と思いつつ頷こうとしたがブラッキーの視線が私の後ろへと向いている気がして後方を振り返った。

 

「「……」」

「こーんな、顔で悪かったですねぇ…」

 

ブラッキーの行動を真似るように自分の手で目元をつり上げて見せたエーフィは口元を引き攣らせながら笑っていた。

チラリとブラッキーに視線を戻せばブラッキーもエーフィ同様、引き攣った笑みを浮かべている。

 

すまん、

小さく呟いて私はその場からそそくさと離れた。

 

「ゴメンゴメンゴメンゴメンゴメン!!ゴーメーンー!!そういう意味で言ったんじゃないんだって!!」

「じゃあどういう意味ですか!!」

「怒った顔がコワイって意味で!!」

「そういう意味で言ってるじゃないですか!!!」

「そういう意味ってどういう意味ー!?!?」

 

ブラッキーの頬を両手で目一杯引っ張るエーフィを視界から外した。全て私が悪いとは思うが止めに入る勇気は無い。

カバンに医療道具を入れ終えたらしいミミロップがカバン片手に近付いて来た。

 

「ほっといて大丈夫だから」

「……」

 

はい、とカバンを手渡されて私は小さく頷く。

カバンの中身をざっと確認してから未だにブラッキーに文句を言っているエーフィを見て少し首を傾げる。

 

「エーフィはあんな奴だっただろうか…」

「ずっとあんな感じだと思うけど?」

「いや、もっとブラッキーに甘い親みたいな奴だったような気がするんだが…」

「別に今でも甘いっちゃ甘いけどねぇ…でもそこまで大袈裟なのは大分前の事じゃない?」

「……」

 

首を傾げたミミロップの言葉に私は小さく頷き返した。

世界に一人…、取り残されたような気分をまた味わった…。時が経って変わらない者の方が少ないのかもしれないな…、私だって自分では気付いていなくても変わってしまっているのだろうし。

 

「あ、シンヤの部屋の本読んでも良い?」

「ああ、良いぞ」

「よっし!!ラルトスー、許可貰ったー!!」

 

ラルー、と返事をしたラルトスが走ってミミロップに駆け寄った。ここも大分仲良くなっているような気もしなくはない。

よく観察して見てみればポケモン連中同士の接し方や関係も私の知っている姿よりずっと親しくなっている気がする。

やはり何だか少し疎外感を感じるな……。

小さく溜息を吐いた所でリビングの扉が勢いよく開けられた。視線をやれば目に涙を溜めたミロカロスが……。

 

「うわぁああああん!!!!シンヤー!!!」

「……」

「俺様っ、シンヤに頼まれたから!!部屋で洗濯物たたんでたのにっ!!ミミロップが追い出したっ!!低能馬鹿退けって!!」

 

俺様悪くないもん、悪くないもん。と人の背にしがみつきながらわんわんと泣くミロカロス。

 

「で、洗濯物は?」

「たたんで、ちゃんとなおした…」

「よしよし」

 

頭を撫でてやれば嬉しそうにへらへらと笑うミロカロス。

 

「お前はあんまり変わらないな」

「…?」

 

小首を傾げたミロカロスの額をピンと指で弾けば小さく悲鳴をあげてミロカロスが私から離れた。

さてと…、出掛ける準備でもするか…。

 

「カイリューは何処だ?庭か?」

「なんで?」

「道具を買い足しておこうと思ってな、ジョウトまでそれなりに時間も掛かるし…」

「俺様も行く!!」

「カイリューは何処だ」

「俺様が行く!!」

「飛べないだろうが」

「気合いで飛ぶから!!」

 

さすがにポケモンに甘いブリーダーのシンヤでもそこは仕方ないなぁとは言えないだろう。馬鹿か。

 

「カイリュー!!」

「うわぁあああん!!!」

 

*

 

「道具類良し、手帳もある、本は…重たくなるから少なめにしておくか…」

 

ずっしり重たいカバンの中から渋々数冊の本を取り出した。

これ読みたいんだけどな、こっちも読みたいんだけどな、と思いつつも仕方がない。カバンは少しだけ軽くなった気がする。

記憶が戻る前はこれぐらい普通、と思っていたが反転世界に住んでいた事を思い出すと荷物の多さに溜息が出る。

まあ旅をしていたわけでは無かったというのもあるが、いつでも帰れるから荷物なんてここまでこだわらなかったんだ。ギラティナの有難さが今になって分かったな……。

あの時は人の行動を観察するな!と文句を言っていたが観察してくれていたからこそいつでも帰れたわけだし…、ギラティナは今頃何をしているのだろうか…。

 

「ご主人様、リビングに皆様お集まりになられましたよ」

「ああ」

 

チルットの声に顔をあげた。

そういえばリビングに集めてくれと言ったのは私だった。部屋の扉を開ければチルットが私を見上げる。

 

「チルット」

「はい」

「ギラティナに会ったか?」

「ギラティナ様ですか?…そういえばお会いしていませんね」

 

どうやらユクシー達とも会っていないらしい。となるとディアルガやパルキアとも当然会えていないだろう。

珍しいポケモンだし、そう簡単には会えないのかもしれないな。むしろ親しくしていた頃が異質だったのか…?

 

「でもご主人様がお戻りになられましたし、シンオウ地方に行けば会えるのではないでしょうか?」

「私が関係あるのか?」

「ご主人様が記憶を取り戻せばまた会える、と仰っていましたから」

 

そういえば、ユクシーが言ってたか……。

 

「…行くか」

「はい、参りましょう」

 

ニコリと笑ったチルットとリビングへ向かう。

リビングの扉を前にして中から賑やかな声が聞こえてくる、ガラスが割れるような音はあえて聞かなかった事にしておこう……。

 

「イヤー!!!」

 

両手で耳を塞げばミミロップが私にラルトスを投げて来た。ゴツンと頭に当たったラルトスが私の頭によじ登る。

 

「ライチュウの代わりにこの家の留守は任せたからな」

「ワーターシー!?」

 

この野生ポケモンの面倒見んの!?めんどくさ!!と不満を垂れるミミロップ。別に一人じゃないぞ、とガラガラとペルシアンを指差せばミミロップは口を尖らせる。

 

「そりゃ誰か居ないと駄目だとは思うけどー…」

「自分も残ろうか…?」

 

首を傾げたサマヨールにミミロップが素早く頷き返す。

首がもげるんじゃないかというぐらい首を縦に振ったミミロップが溜息を吐いた。

 

「はぁー…、まあサマヨールも一緒なら良いか」

「悪いな。それで…ギャロップとトゲキッスをツバキの所に送る事になる」

 

ギャロップとトゲキッスが頷いた。

ツバキが移動手段を下さい、としつこかった為だ。まあ私も今のツバキではないがトレーナーのツバキにはポケモンを借りていたしな……。

 

「チルットとラルトスは一足先にジョウト地方にある自宅の方に送って、他の連中は私と移動だ」

「了解しました」

「ラルー」

 

以上。と話を終われば各々で動き出す。

窓が一枚割れているのは気のせいだと言う事にしておこう。もう日常茶飯事だ、野生ポケモンが暴れて物を壊す事も少なくない。

 

「ポケモンフードの作り置きは何処に置いてあるんだ…?」

「そこの棚んとこ入ってない?ワタシ、そこに入れたと思うんだけどー」

「ここか…?」

「その上」

 

ミミロップとサマヨールが棚を漁っているのを見てから視線を動かす。

はて…、ボールを何処に置いたんだったか…。

 

「あれ?俺のボールは…?」

「私は触ってないぞ」

「シンヤが持ってないんだったら何処かに置きっ放しなんですかね…」

 

キョロキョロとトゲキッスが辺りを見渡した。

ボールを無くすトレーナーなんて私くらいだろうな…。

 

「今日の朝、何処にあったんだ?ボールの中で寝てただろ?」

「リビングにありましたよ、そこに」

 

トゲキッスの指差した場所には何も無い。

私は買い物に行く時にカイリューが持ってきたカイリューのボールしか持っていない。

 

「ミロカロス、お前のボールは何処だ?」

「俺様のボール?あそこ、池の真ん中に浮いてる!!」

 

庭を指差したミロカロスの言葉を聞いてトゲキッスと私は池の方に視線をやる。

確かに言葉通りミロカロスのボールはプカプカと池の中央辺りで浮いていた。白いボールなのでよく分かる…。

 

「ミロカロスさん、俺のボールを知りませんか?」

「あそこ」

 

あそこ、と指差したミロカロスの指の先には木しかない。でも、あの場所にはポッポが巣を作っていたはずだ。

ポッポの巣を覗きに行ったトゲキッスが「あ!」と声をあげて自分のボールを片手に戻って来た。

 

「ありました!」

「他のボールは何処だ!?」

「俺様、ゴーストの友達が持って行ったの見たもん。ゲンガーが笑いながら遊んでた」

 

見てないで止めろ!!

というか、お前は自分のボールが池に放り投げられるのを平然と眺めていたのか…!

その後、目撃者であるミロカロスの言葉を頼りに全員で家中を捜索した。

 

「っしゃー!!!ワタシのボール見つけたぁああ!!!」

「ミミロップさーん!!あんまり動かないで!!落ちちゃいますからー!!」

「梯子!!梯子ちゃんと支えて!!」

「なんだ!?あったのか!?何処にあった!?」

「屋根の上だそうですよ。…って、ご主人様!?どどど、どうしたんですか!!その格好!?」

「…………」

「シンヤ!?シンヤが真っ黒!!!」

 

屋根から降りて来たミミロップが駆け寄って来たが私は何も言わない。

あとは誰のボールが見つかってないんだ……。

 

「何があったわけ!?」

 

ケラケラ笑うブラッキーに掴みかかったミミロップ。ブラッキーは腹を抱えながら言った。

 

「ボール持ったゲンガー見つけて、シンヤが追いかけたんだけどっ!!シンヤ…海に、海に落ちてタッツーに墨吐かれ…たッ!!ひー、ァハハハハハッ!!!超面白かった!!」

「笑いごとじゃないですよ!!私のボールが墨だらけです!!」

「そーでした、エーフィのボールでした。ごめんなさいでした」

 

…でした?

 

*



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10

グリーンフィールド。緑豊かな平和の地、吹き抜ける風は人の心もポケモンの心も和ませる。

 

「と、言ってなかったか?エーフィ?」

「なんですかここぉぉおお!!」

「すげぇええー!!」

「キラキラしてる!!」

 

もうすぐグリーンフィールド付近という所でカイリューに地面へと降りてもらい徒歩でやって来た。

これはエーフィの要望だ。

森を抜けて丘を登った所で美しい情景が広がるのを空から眺めるなんて惜しいと文句を言うので特に興味も無いが急ぐ用でもなかったので歩いて来た…の、だが…。

丘から見下ろした景色はグリーンとは程遠い、ゴツゴツとしつつ怪しげに輝くクリスタルだろうか…。

一際目を引くのは大きな花を象ったような造形物、その花を中心として草花があっという間に結晶化されていく…。どうやらあの花にこの現象を起こしている原因があるのだろう。

膝を付いて呻るエーフィ……。

ブラッキーとミロカロスは結晶化された草花を見て目を輝かせていた。

花に手を伸ばそうとしたブラッキーの首根っこを掴み止めればブラッキーは不満気に私を見た。

 

「触るな」

「一個だけ!!一個だけ持って帰ろうぜ!!」

「駄目だ」

 

ゴツンとブラッキーのボールを額に当ててやればブラッキーは渋々とポケモンの姿に戻りボールに戻った。地面に膝を付くエーフィに声を掛ければ無言のままエーフィもポケモンの姿に戻る。

エーフィは暫く立ち直りそうもないな……。

ミロカロスに視線をやれば首を横に振られる。少しの間、ミロカロスと睨み合っていたが仕方なくカイリューをボールから出してミロカロスもカイリューの背に乗せた。

 

「何処行くの?」

「ポケモンセンターだ」

 

わりとのんびりとここまで来たからツバキはもう先に着いてるだろう。

空を飛ぶカイリューの背から下の様子を見れば確実に結晶化が浸食しているのが分かる。

 

「上から見てもキラキラしてて綺麗だなー」

「そうか?不気味だと思うが…」

 

ミロカロスの言葉に返事をしつつ視界に入ったポケモンセンターを見下ろす。

車が何台か停まっているのが見えた、この現象を知り駆け付けた者達が居るのだろう…こんな事になるんなら私は絶対に来なかったのに…・

カイリューがポケモンセンターの近くに降りた。

 

「なんとこの怪現象の起こるグリーンフィールドにかの有名なシンヤさんまでもが駆け付けたようです!」

「は?」

 

ずいっとカメラを向けられて思わず体を仰け反らせる。

オーキド博士が手招きをしたのでカメラマンを押し退けてオーキド博士の傍へと近寄った。

 

「シンヤ、お前さんも来てくれたのか!」

「私はツバキとここで会う約束をしてたんです。シュリー博士のアンノーンの調査についてのお話を聞かせてもらう事になっていて」

 

そうだったのか、と驚いた表情をした博士が花の造形物の方へと視線をやる。

同じように視線をやればオーキド博士が言った。

 

「あそこがシュリーくんの屋敷だ」

 

ツバキに話を付けてさっさと帰らせて貰おうか…。

眩暈を起こしながらも小さく溜息を吐けば、ちょんちょんと腕を誰かに突かれた。視線をやればニコリと笑ったハナコさん……。

 

「シンヤくーん、久しぶりね!」

「ご、ご無沙汰しております…」

 

アーシア島で会ったきり、もう二度と会う事は無いだろうと思っていたのに!!

いや、別に会うのは悪い事では無いのだがカナコさん…、現在の私の母親に辺る人間と似た雰囲気を持つハナコさんに少し苦手意識がある……。

 

「シンヤさん!!」

「サトシ!!カスミに…、タケシとは随分と久しぶりだな!」

 

お久しぶりです、と笑ったタケシ。

ウチキド博士の所に居たんじゃないのか、と聞けばタケシは膝を抱えて「聞かないでくれ…」と何故か暗雲を背負ってしまった。

 

「な、何か悪い事を聞いたのか…?」

「あー、気にしないで下さい。いつもの事ですからー」

 

アハハと笑うカスミに小さく頷き返す。

 

「あ、あの!!」

「ん?」

「わたし、リンって言います!こんな状況で言うのはどうかと思いますけど、わたしシンヤさんの大ファンで!!会えて凄く嬉しいです!!」

 

握手して下さいと手を差し出されたので状況を把握出来ぬまま、手を出してリンと握手をする。

シンヤさんって有名人なの?というサトシの言葉に曖昧に返事をしてツバキの姿を探した。外には居ない、ポケモンセンターの中に居るのだろうか…。

 

「おい、ミロ…」

「なんと美しい!!この世の美しいという言葉は貴女の為にあったのですねお姉さん!!自分はタケシと申します、以後お見知りおきを…」

「……」

 

ミロカロスの手を握ったタケシ。

白い歯を見せて笑うタケシをミロカロスは無表情で見下ろしていた…。

 

「タケシ…」

「はッ!?もしかしてシンヤさんの恋人…!?」

「タケシ…、あのな…」

 

美男美女って奴ね、はーいアンタは邪魔だからさっさと離れてー、とカスミに耳を引っ張られてタケシがミロカロスから引き離された。

口を尖らせたままミロカロスが私の隣へとやって来る。

お姉さんじゃなくて、お兄さんなんだと…教えてやりたかったんだけどな…。

カスミに引っ張られて行ったタケシを見送って小さく溜息を吐いた。

 

「なあなあ、シンヤ…この結晶…綺麗なのに消しちゃうのか?」

「ん?ああ、当然だろ」

「そっかー…」

 

*

 

「シンヤさーん…大変な事になっちゃいましたねー…」

 

肩を落としたツバキ。

そうだな、と返しつつ外のテラスに座っているサトシ達の方に視線をやる。

ミロカロスの奴がハナコさんに誘われて向こうに座っているんだが…大丈夫なのだろうか…。

 

「シュリー博士の娘さんがお屋敷に取り残されてるんですけど、どうにもこの現象はアンノーンの仕業らしんですよ」

「なんでだ?」

「ジョンさんが、あ、シュリー博士の助手の人なんですけど。この結晶化が広がる前に屋敷内でシュリー博士の娘さん、ミーちゃんとアンノーンが一緒に居る所を見てるんです」

「…そのシュリー博士は?」

「遺跡に行ってから行方不明です、遺跡からは一緒に行ったジョンさんだけが帰って来たんですよ」

 

さっぱり、だ。

と、言いたい所だがシュリー博士はアンノーンに何処かへ連れて行かれた可能性も無くは無い。私もアンノーンに連れ去られた経験があるし、行方不明扱いにもされたしな…。

それでも娘のミーちゃんとやらがアンノーンと一緒に居るというのが疑問だ。

何かアンノーンを呼び寄せるような原因があったのかもしれない。はたまた、遺跡から一人戻ったという助手のジョンさんが何かをしたのか……。

どちらにせよ、アンノーンの一匹でも目撃出来れば捕まえて話を聞けるんだがな……。

アンノーンは数が多いから私の知り合い…と言っては変だが、知っているアンノーンでは無い可能性の方が高いだろう。多分、シンオウ地方に生息しているアンノーンは私の事を知っているのかもしれない。

私をここに連れて来たのも多分、シンオウに生息するアンノーンだと思うし…。見分けは全くつかないが…。

シュリー博士の残した遺跡調査のメールを見ながら首を傾げる。うーん、さっぱりだ…。いや、アンノーン自体はアルファベットだから読めない事は無いんだが…この原因に至る理由がさっぱり分からない。

ツバキと話をしていると突然、ピカチュウの声が聞こえた。威嚇するその言葉に私とツバキはテラスの方へと視線をやる。

外へと出ればそこにはエンテイが居た。

おぉお!!と若干喜びの混じった声を横に居たツバキがあげる。

あれは確かにエンテイの姿をしているが、私の知っているエンテイではない……。

 

「別に世界に一匹というわけじゃないだろうしな…」

「なんてー!?」

 

ツバキにこんな時に何考え込んでるんですか!と盛大に怒鳴られた。

真面目に考えてるんだ私は!と言い返した所でミロカロスが悲鳴染みた声で私の名前を呼んだ。

 

「シンヤッ…!」

「なん、」

 

グラリと倒れたミロカロスがエンテイの背に乗る。すでにそこにはハナコさんも乗っていたが折り重なるように二人はエンテイの背に乗った。

 

「は!?」

「ちょちょちょ、ハナコさんが!!ミロちゃんがぁあああ!!!」

 

ハナコさんとミロカロスを乗せたエンテイがシュリー博士の屋敷へと戻って行く。

エンテイの尻尾にピカチュウがしがみついているのが見えて、呆然と眺めてしまっていた私は慌ててエンテイの後をサトシ達と共に追いかけた。

 

「見ろ!!エンテイが触れた足跡の部分だけ結晶化してるぞ!!」

「冷静に分析してる場合ですかシンヤさんコノヤロー!!」

 

エンテイがピカチュウを地面に叩き落とした後、エンテイはそのまま結晶の上を駆けながら屋敷へと戻って行った。

結晶に阻まれて追いかけられなかったサトシが地面に崩れ落ちる。

 

「なんで…!!なんでママが!!」

 

なんでミロカロスまで連れて行ったんだ…。

それにエンテイが触れた部分だけが結晶化している所を見ると、あのエンテイ自体が結晶化の原因だとも思える。

 

「ミロちゃんがぁああ!!!シンヤさんミロちゃんが!!ちょ、シンヤさん!?シンヤさーん!!!」

「あのエンテイ…」

「冷静に考えてる場合ですかってんだ!ちくしょーめーぃ!!ミロちゃんまで連れてかれちゃいましたよ!?」

「まあ、ミロカ…いや、ミロは大丈夫だろ…」

 

薄情者!!冷血漢!!と罵られているが…ツバキはミロカロスがポケモンなのを忘れてないか…?

相手がエンテイで炎タイプのポケモンなら、ミロカロスは負けないだろうが…。いや、本当にエンテイだったら、の場合だな……。

それに連れて行かれたのもサトシ達が周りに居た事でポケモンに戻れなかったからだ、連れて行かれて周りに人が居なければいくらでも戦える……。

あ、ハナコさんも一緒だったか。

 

夕暮れになって結晶化がドンドンと進む。

その光景を高みからぼんやりと見物していたらツバキに声を掛けられた。

 

「シンヤさん!!」

「なんだ?」

「オーキド博士が言ってたんですけど、今回の怪現象はエンテイとアンノーンが大きく関わってるそうです!」

「そんなこと言われなくても分かってる」

 

教えてあげたのに!!と怒っているツバキを無視してシュリー博士の屋敷へと視線を向けた。

エンテイ…、あれがエンテイだとはどうにも納得がいかない……。

私の知っているエンテイは人間を連れ去ったりするような奴ではない、あの三体の中でもまとめ役のようなしっかりとした考えを持っている奴だったと思う。

それに、人前に現れる事を良いとは思ってはいないだろう。自分達という存在がどう人々に混乱を招くかもちゃんと理解している奴だ。

そのエンテイと同じ、別個体のエンテイというならこうして人前に姿を現して人間を攫う真似なんてしないだろう…。

 

「シンヤさん?」

「あれは、エンテイじゃない…」

「エンテイじゃなかったら何だって言うんですか?」

「知らん!!私に聞くな!!」

「逆ギレー!?そんなイライラしないで下さいよ、もー!!!」

 

すっかり月も昇った頃、結晶を撤去する為にブルドーザーが突き進む。

離れた所から眺めていたが結晶はブルドーザーを拒み、更に結晶化を広げただけに終わった。

ポケモンセンターに戻ってオーキド博士の所へと行けばツバキと視線が合った。

 

「シュリー博士の失踪から、この謎の結晶化現象…。そしてエンテイの出現。全ての謎の発端はアンノーンです…」

「それしか考えられんなぁ…」

 

確かにその通りだ。

アンノーン自体よく分からないポケモンだがアンノーンだけでここまで行動を起こせるものなのか疑問も出てくる。

視線を落とした所でパソコンからの突然の音に視線をあげた。

 

「ん?メールじゃ!」

 

オーキド博士がパソコンの画面にメールを開く。

開かれたメールには少女の姿が映し出された。

 

『パパとママが帰って来てミーは嬉しいの!このままがいい!誰も入って来ないで!!』

 

そう言ってメールの再生が終わったのか画面から少女の姿は消えた。

 

「ミーちゃん!」

「メールを送って来たという事は無事らしいの…」

「でも、変よ。この子のパパって行方不明なんでしょ?」

 

カスミの言葉に助手のジョンさんが頷いた。

 

「それにママって…」

「謎じゃ…」

 

部屋がシーンと静かになる。

サトシが黙ったまま部屋を出て行った。それを見てカスミとタケシもお互いに視線をやってから部屋を出て行く。

三人が出て行った後にリンも部屋を出て行った所でツバキが「あー!!もー!!」と癇癪を起したように声をあげた。

 

「わからーん!!」

「そうでもない」

「え!?」

「この結晶を作って誰も入れないようにしているのがミーという少女なのは分かったじゃないか」

「なんで!?」

「このままがいい、誰も入って来ないで」

 

私がさきほどのメールの言葉を言えば「あ!」とツバキが声をあげる。

 

「なるほど…そう考えると確かにそうじゃ…だが、どうやって…?」

「アンノーンの力以外に何があるって言うんですか」

「アンノーンの力だとしてもミーちゃんとアンノーンにどういう関係があるんですか!?」

 

声をあげたジョンさんの言葉に私は眉間に皺を寄せる。

確かにそれは分からない、何かしらのきっかけがあってミーという少女とアンノーンが協力関係になったとしか分からない。

 

「遺跡から…お前が連れて来たんじゃないのか?アンノーンを」

「ボク、が?」

「シンヤさん!それは何でも考え過ぎですって!!」

 

ツバキに怒鳴られて私はジョンさんから視線を外した。

でも、ジョンさんは思い出したように「あ」と声を漏らす。

 

「遺跡にあった古代文字の彫られたパズルのような物を、屋敷に持ち帰りました…」

「……」

「なんですとぉおお!?欲しいっ!!超欲しい!!」

 

ゴツンとツバキに拳骨を落として溜息を吐く。

オーキド博士と視線が合えばオーキド博士が小さく頷いた。

この怪現象はアンノーンの力を使ってミーという少女が起こした事なんだろう。

でも、何故…ミロカロスとハナコさんを連れて行った。何の為に連れて行った。

 

「うーん、しかし…パパとママが帰って来たって言うのはどういう事なんでしょう?」

 

ツバキが腕を組んで首を傾げる。

 

「ママは…、まあ、ハナコさんとしてー…」

「…え?」

「え?な、なんですか?」

 

視線を向けられたツバキが気まずそうに視線を泳がせる。

ママがハナコさん?だから連れて行ったのか…?帰って来たって言うのはそういう事なのか…?

なら、ミロカロスがパパか?でもアイツはどちらかと言うなら女っぽいからママの方が……。

もしかして、

 

「エンテイか…」

「何が!?」

「エンテイがパパだ、多分な」

「パパ、ごつくない!?」

 

そうなら一応、辻褄は合う。

でも、納得がいかない。

なんで、ミロカロスまで連れて行ったんだ…!!

 

「あれ…でも、じゃあミロちゃんは何で連れて行かれたんだろ?」

「私が聞きたいッ!!!」

「ぎゃあああ!!!そんな怒んなくてもぉおお!!」

 

*

 

「ツバキ、お前なんとかオーキド博士と喋るなりして時間を稼げ」

「え?何処行くんですか?まだアンノーンをどうするか話し合ってる途中ですよ?」

「ちょっと乗り込んで直接本体を叩いて来る」

「ぶっ!!」

 

カイリューの背に乗って空を飛んでいると前方にニャースの気球を見つけた。

下からこっそりと近付いて見ればロケット団だ。良いなニャース気球…今度、機会があったら乗せてくれ。

 

「アイツら御苦労なこったニャー」

「我ら宇宙を目指すロケット団」

「下が駄目なら上から行くのだ」

「目指すはあのお城のお宝よ~」

「「「いい感じー!!」」」

 

お宝なんてあるのか?

何か勘違いをしているんじゃないかと思いつつも声を掛けずにこっそり気球の後ろを付いて行く。

すると屋敷の天辺からエンテイが飛び出してきた。

絶対に攻撃される、絶対に撃ち落とされる、ここに居たら絶対に巻き込まれる!!

カイリューに指示を出しゆっくりと下降する、下降した所でエンテイからの攻撃が放たれた。

穴の開けられた気球は空気の抜ける音と共に下降して私の前方にある屋敷の壁へと激突した。壁と言っても結晶化しているが……。

大きな破壊音と共に開けられた壁の穴がみるみる塞がっていくのを見てその隙間にカイリューと共に滑り込む。。

カイリューの尻尾すれすれで壁の穴は塞がってしまった。

 

「行き成りなんて酷いじゃないかー!!」

「とにかく潜入成功ニャ」

「でも、何よココ!」

「お宝なんてありそうに無いぞ?」

「大体お宝なんて肌身離さず身に付けておく物よ!」

「だったらお宝はあっちの塔ニャ」

「…あっちの塔に行くならば?」

 

ロケット団が揃って下を見下ろした。

 

「降りて昇って行くっきゃニャい」

「降りて昇って行くったって…」

「エレベーター無いのー…?」

「そんな物あるわけないニャ!!」

 

溜息を吐いた三人を見てからカイリューと顔を見合わせる。

上から眺めていたのだが三人は全く気付いてないな…、正しくは二人と一匹だが……。

 

「悪いが先に行かせてもらうぞ」

「「「あ!!」」」

 

ロケット団の横を通って下降する。

 

「ちょっと待ったぁああ!!」

「エレベーターが居たじゃないのよ!!」

「乗せてけニャー!!」

「重量オーバーは確認済みだろ」

「「「あー…」」」

 

久しぶりに会ったのに冷たくない?とコジロウに言われたが知らん。私は今急いでるんだ。

 

「お前達なら大丈夫だ、頑張れよ」

「レディーだけでも乗せてって!!」

「あ!ずるいぞ、ムサシ!!」

「軽いニャーだけ乗せてって欲しいニャ!!」

「ニャースまでぇ!!」

「うるさいぞ!!!」

 

*

 

「誰だったー?」

「いや、お前と私たちだけだよ」

 

安心したように笑ったミーがハナコと顔を見合わせる。

パソコンに映るテレビ映像を見ながらミーは笑った。

 

「見て、私たちの家が映ってる。綺麗ね、ミロちゃん」

「…うん、綺麗」

 

ハナコとミロカロスの間に座るミーは隣に座っているミロカロスの手を握った。

テレビ映像には水路を利用して屋敷内へと侵入しようとするサトシの姿が映し出されていた。

 

「誰かがミーたちの家に入って来ようとしてるみたい…」

 

不安げに声を漏らしたミーの隣でテレビの映像を見るハナコの表情が曇る。

自分の息子の名前を小さく漏らした時、水路を昇っていたサトシが足を滑らせた。

 

「ッ!?危ないじゃないそんな事して!!」

「なに?ママ?」

「ぃ、いえ…」

 

息子の危機を目の当たりにして正気に戻ったハナコは今の状況に混乱しながらも返事を返す。

知り合いの少女ミー、その傍に居るエンテイに、虚ろな目をしたままテレビを眺めているミロカロス…。

ハナコの様子に特に疑問も持たぬままミーはテレビの映像へと視線を戻す。

 

「あの背中に居るのピカチュウよね!あー!!フシギダネとチコリータも居るー!!ママ、あのお兄ちゃんポケモントレーナーなのかな?」

「え、ええ…」

「他にも色んなポケモン持ってるのかな?ね、パパ」

「…パパ?」

 

エンテイに視線をやったミーがエンテイをパパと呼んだ事に眉を顰めたハナコはこの状況を把握しようと考えを巡らせた。

 

*

 

水路を昇りきったサトシ達が歩いていると、サトシのポケットに入っていたリンに借りたポケギアが不意に着信を告げる。

 

<「大丈夫?みんな?」>

「リンさん」

<「サトシ!!テレビに映っておったぞ!!」>

 

オーキド博士の怒鳴り声にサトシ達は「あー…」と声を漏らす。

 

「ごめんなさい、オーキド博士…でも、オレ…」

<「そこまで行ったらもう戻れとは言わん。ママを助けて帰って来るんじゃぞ!」>

「はい!」

 

サトシが元気に返事を返す。

その会話に助手であるジョンが声を掛けた。

 

<「サトシくん、ジョンです。アンノーンは見ましたか?」>

「いえ、まだ」

 

サトシの返事にオーキド博士がそうか…と声を漏らした。

 

<「シュリー博士の研究ファイルによるとアンノーンは他の生物の意識を察知する能力があるらしい」>

「どういう事?」

<「人間の心を感じ取りそれを形にするんじゃ」>

「心を感じ取る…?」

<「アンノーンはミーちゃんの心に反応しているものと思う。あの結晶塔は彼女の心に反応したアンノーンが創り上げたに違いない」>

 

オーキド博士がそう言い終わった所でポケギアをツバキがもぎ取った。

 

<「サトシくん!!」>

「あ、ツバキさん!」

<「大丈夫、シンヤさんも結晶塔に行ったから!!」>

「え、シンヤさんも!?」

 

なんじゃと!?とポケギア越しの向こうでオーキド博士が声を荒げたがツバキはオーキド博士を無視した。

 

<「シンヤさんはアンノーンを直接叩くって言ってたけど、何かあったらすぐにシンヤさんに言って助けてもらってね!!」>

「分かりました!!」

 

*

 

「っくー!!開かねぇ…!!」

「どけ、蹴破る!!」

 

結晶に覆われて固く閉ざされた扉を蹴破れば扉が勢いよく開いた。

結局、置いてくな置いてくなとうるさいロケット団を乗せてカイリューが飛んだんだが、ぐったりと疲れたカイリューは暫く休ませてやった方が良いだろう。こんな事ならツバキからトゲキッスを返して貰っておけば良かったな。

 

「やっと下に着いたと思ったら…」

「あれってポケモン?」

「分からないものには近付かない方が良いニャ」

「……」

 

アンノーンが飛び交っている。

まさに、の場所に辿り付いてラッキーだ。歌うように部屋の中央を陣取るアンノーンを見上げる。

 

「ああ…だけどここを通り抜けないとあっちの塔には行けないよ…」

「となったらこっそり行くっきゃない」

 

抜き足差し足忍び足…と歩いて行くロケット団。

それをぼんやりと見ているとコジロウが「早く来い!」と手招きをした。

 

「勝手に行け」

 

アンノーンに近付いて手を伸ばす。

私に気付いたアンノーンの一匹が手の上に乗った。ぐりっとした目と視線が合う。

 

「お前、私の事を知ってるアンノーンか」

「ノーン」

 

返事は肯定、だが鳴き声だけだと否定みたいに感じる……。

アルファベットの"O"を手に乗せたまま未だに歌うように鳴き声をあげながら飛び交うアンノーンを見上げた。

 

「ミーの心に反応するのをやめろ」

「ノーン」

 

今のは否定。

というより、無理だと返された。

全てはミーという少女の心のまま、すでに自分達だけでは止められないくらい力を使ってしまっているのだろうか。

 

「ミロカロスを、返せ」

「ノーン」

 

否定。

ぐわし、とアンノーンを両手で鷲掴みにした所でコジロウが私の腕を引いた。

 

「何やってんだよ!!早く来いってば!!」

「うるさい!」

「良いから!!」

 

コジロウに無理やり腕を引っ張られて走る。

私の胸より少し上…、まるで大きなブローチのように納まったアンノーンを少し睨んでからムサシとニャースを追いかけた。

 

「それ持ってくのか!?だ、大丈夫なのかよぉ!!」

「大丈夫だ!!」

 

*



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11

ロケット団と一緒に反対側の塔へと移動し、階段を上って行く。

階段を上がると室内だと言うのに空が広がった、まるで外みたいだなと思いつつ視線を動かせば女とタケシがポケモンバトルをしていた、その女の後ろにはエンテイが居る。

 

「あ!」

「うわ、急に止まるなよ!!」

「シーッ!静かにしなさいよ!!」

「抜き足差し足忍び足ニャ!」

 

コジロウに背を押されて階段を駆け上がる。

 

「っていうかさー、こんな所にお宝あんのかなー?」

「何言ってんのよ!今更手ぶらで帰れるわけないでしょ!!」

 

無いと思うけど、とは言ってやらなかった。

タケシとポケモンバトルをする女、エンテイと一緒に居る所を見るとミーという少女なんだろう…。

成長した自分まで作れるなんてアンノーンって結構凄い奴なんだな…、と思った所でこの世界がすでに私を中心としてディアルガとパルキアが創った世界だと言う事を思い出した…。

ポケモンって凄いな…。いつか人間がポケモンにゲットされる日も来るかもしれない…。

長い階段を上りきったらまた別の階の室内、と思いきや部屋へと入った途端に水の中だった。

 

「「「ごぼぉおお!!」」」

「息、出来るぞ」

「「「!?」」」

 

走らずとも泳げるのは便利だと地面を蹴って階段を走らず泳いで上る。

 

「こんなのありかよ~」

「つまんない理屈は考えない!!行動あるのみ!!」

「我ら宇宙を乱すロケット団、ひたすら高みを目指すのみ…ニャーんてニャ!!」

 

ここではどうやらミーは10歳くらいだろうか、カスミとポケモンバトルをしている。

と、いう事はサトシだけが階段を上って行ったわけか…、ハナコさんも連れて行かれたもんな…。

 

「って、ちょっとシンヤ!!アンタ速いわよ!!」

「お前達が遅いんだ」

「いーや、シンヤが速い!」

「なら、ニャースだけ掴まって良いぞ」

「ニャー!!ありがとニャー!!」

「「ずっりぃのー!!」」

 

水の中を抜けて階段を駆け上がっているとくっ付いてたアンノーンが鳴き声をあげる。

 

「ノォーン」

「何かあったのか!?」

 

体を震えさせるアンノーンを見て私は更にスピードを上げた。

 

「先に行く!!」

「え!?」

「ちょ、速ッ!!!」

「足の長さの差ニャ…」

 

*

 

階段を上がり終えると尖った結晶が室内を埋め尽くしている。

ブルドーザーを追いだした時のような、拒絶の意味があるんじゃないかと思う。

 

「これでも私が幻だと言うのか」

「お前はその子の心が作り出した幻のエンテイなんだ!!」

 

サトシの声が聞こえた方へと走ればエンテイと対峙するサトシを見つけた。

サトシの言葉をミーが激しく否定する声が聞こえると吹雪が吹き始めた、寒いっ…!!

 

「私が、幻だと!?」

 

エンテイが咆哮する。

自分が幻である事を知らなかったのか、そのエンテイの声はやっぱり私の知っているエンテイの声とは違った。

というか、ポケモンの姿のままで流暢に喋ってる時点で違うか。

 

「私は…私は…、この子の父親だ!!」

 

サトシへと向かって来るエンテイにピカチュウが電撃を食らわせる。

だが電撃などものともせずにサトシへと向かうエンテイを見て、後ろからサトシの腕を引いた。

 

「うわ!!あ、シンヤさん!!」

「大丈夫か!?」

「はい!でもピカチュウが!!」

 

エンテイの攻撃を避けて逃げ回るピカチュウを視線で追う。

ミロカロスとハナコさんは何処だ?ミーの姿も見えない。

 

「ミーちゃん、思い出して!」

 

ハナコさんの声に視線を動かす。

 

「ミーちゃんの本当のパパとママの事を!!ミーちゃん!!」

 

ハナコさんの姿を見つけた時、サトシが声を上げて走り出した。

エンテイの攻撃が辺りを飲み込もうとする。

ミーに駆け寄るハナコさんの姿と、ミーの傍で立ち尽くすミロカロスの姿を見つけて走った。

そのままミロカロスと、ミーを抱きしめたハナコさんごと抱き込めば爆風が辺りを覆った。

 

「きゃぁ!!」

「ッ!?」

 

硝煙に目を細めて顔を上げればサトシの悲鳴。

慌てて振り返れば壁には大きな穴が開いていた、もしかして落ちたのか!?

最悪だ、と立ち上がればリザードンがサトシを抱きかかえて戻って来た。

 

「サトシ…!!」

 

ハナコさんが嬉しそうに声をあげる。

大きく息を吐けば、激しい動悸が少しだけ納まった。絶対に今ので寿命が二年ほど縮まった気がする…。

 

「大丈夫だった…?」

 

ハナコさんがミーにそう声をかければミーは頷きながらハナコさんから距離を取った。

そしてゆっくりと起き上がったミロカロスの手を握る。随分と静かだと思っていたらミロカロスの目は虚ろで生気が無い。

…お前は、黙ってると本当に美人だよな。

リザードンが鳴き声を上げる。

その声に私はサトシ達の方へと視線をやった。

 

「なんだソイツは」

「オレの仲間だ!」

「仲間…?」

 

ピカチュウがそうだと声をあげた。

リザードンが賛同し威嚇するように火炎放射を吐いて見せる。

 

「オレのポケモンはみんな、オレが旅をして出会った仲間なんだ!」

「ッ…仲間…」

 

ミーがサトシの言葉に小さく声を漏らした。

ぎゅっ、とミロカロスの腕にしがみ付いたミーは悲しげに表情を歪ませている。

 

「何匹集まろうと同じだ!!」

 

リザードンがエンテイに向かって頭突きを食らわせるが、エンテイに押し負けて弾き飛ばされた。

ミーの心の世界、ミーの思うままになる世界、いくら強くても普通のポケモンでは太刀打ち出来ないのだろう。

弾き飛ばされたリザードンの後ろに居たサトシが穴の壁から落ちそうになる、ボールからカイリューを出そうとしたが走って来たタケシ達がサトシの腕を掴んだ。

 

「オレ達も!!」

「仲間でしょ!!」

「タケシ!!カスミ!!」

「なんだかんだと言われる前に言っとくけど、ムサシ!」

「コジロウ!」

「ニャースでニャース!」

「「「ロケット団の仲間です」」」

 

カスミが驚いたように声をあげた。

サトシも助けられた事に驚いているようだった。

 

「どうして?」

「つい…」

「ニャんだか」

「手が出てた」

「敵とはいえ、長い付き合いだからニャ」

 

アイツら本当に悪になりきれない連中だな。

ほっ、と息を吐けばリザードンが起き上がり咆哮する。

サトシがミーへと視線をやる。

 

「さあ、ミーちゃん…。オレ達と一緒に行こう」

 

サトシがそう言えばミーはミロカロスの手を引いてサトシから距離を取る為に後ろへと下がった。

ミーの目の前にモココ、ヒメグマ、ゴマゾウの姿をした結晶のポケモンが現れた。

 

「私の友達はここに居る…」

 

ぎゅ、とミロカロスの腕を掴んだミーを見て私は眉を寄せる。

 

「オイ……、そいつは返してもらうぞ!」

「ッ!?…駄目、ミロちゃんは私の友達だもん!!ミーの世界を綺麗って言ってくれたミロちゃんはずっとミーの友達だもん!!そうだよね!?ミロちゃん!!」

「うん…」

 

コクンと頷いたミロカロスを見てミーがほっと安堵したように息を吐いた。

不安げに私を見たハナコさんに苦笑いを返してからミロカロスへと視線を戻す。

 

「ミロ、お前はミーと一緒に居たいんだな?」

「一緒に居てくれるよね、ね、ミロちゃん!!」

「…うん、ミーと一緒に居る…」

「ほらね!!言ったでしょ?」

 

コクンと私が頷けばミーはその顔に笑みを浮かべる。

 

「そうか、そこまで言うなら置いて行ってやる」

 

私がそう言い放てばサトシ達が驚いたように私を見ていたがミーは嬉しそうに笑ってミロカロスの手を握った。

 

「…ゃ」

「じゃあな」

「…、ッ、嫌ぁああああああああ!!!」

 

耳が痛くなるほどの悲鳴染みた声を上げたミロカロスが虚ろだった目からボロボロと涙を流しながら首を横に振った。

 

「ミロちゃん!!」

「やだやだやだやだぁ!!置いてかないでッ!!!」

「駄目ッ!!!」

「置いてかないでーッ!!」

「駄目!!みんな邪魔しないで!!みんな、出てって!!」

 

泣くミロカロスの腕を掴んだミーが言葉を発する。その言葉に反応したエンテイがサトシ達に向かって攻撃を放った。

リザードンの背に乗ったサトシがリザードンへと指示を出す。エンテイは放たれたリザードンの火炎放射を避けてミーの傍へと移動した。

 

「パパ…!!」

「貴方は本当にミーちゃんのお父さんになれると思ってるの!?」

 

ハナコさんが前に出てエンテイにそう言い放った。

この状況を理解出来ていないのかミーに腕を掴まれたままミロカロスがポカンとエンテイを見つめている。

 

「ミーが望む限り、私はミーの父親だ!!」

 

ハナコさんへ言葉を返したエンテイがサトシの乗るリザードンへと向かい攻撃する。

激しい攻撃のせいで崩れた壁や爆風がミーにも襲いかかる、悲鳴を上げたミーがミロカロスに抱き付いた。

 

「ハナコさん、こっちに!」

「ぁ、ありがとう!!」

 

ハナコさんの腕を引けばミロカロスが大きく口と目を開けて私を凝視していた。

 

「うあぁぁああ!!シンヤー!!ヤダー!!」

「お前はミーちゃんを守れ!!」

「誰!?誰、ミーちゃん!?この子供!?」

 

エンテイが壁に穴を開けて外へと飛び出した。

この場に居てはミーにも危険が及ぶと思った、父親なりの配慮なんだろう。

足場の少ない場所に移ってはリザードンの方が有利だ、と思っていたがここはミーの思うままになる場所。

飛び降りたエンテイを助けるヨウに結晶の足場が現れる、次々と移動するエンテイに合わせて足場は増えていった。

なんとも都合の良い場所だ……。

 

「エンテイ、お願いだ!!聞いてくれ!!お前が本当にミーちゃんの事を思うなら、オレの話を聞いてくれ!!」

 

サトシの言葉には聞く耳持たず、容赦なくエンテイは攻撃を続けた。

 

「お前があの子とここに居るのは間違ってる!!間違ってるよ!!」

 

エンテイに声をかけ続けるサトシに向かってエンテイは攻撃を放つ。

 

「たとえ間違いでも…私はミーの願いを叶えてあげたい!!」

 

一際、強力な攻撃が放たれた。

サトシはリザードンの攻撃で相殺しようとしたがエンテイの攻撃が強過ぎて大きな爆煙が辺りを覆った。

 

「このままじゃずっと、ミーはひとりぼっちなんだ!!!」

 

サトシの言葉に顔を上げたミーをハナコさんが抱きしめた。

状況を把握しきれていないミロカロスが涙目で私の服の袖を引っ張った。

 

「…ここ何処…」

「後で説明してやるから大人しくしてろ」

 

咆哮をあげたエンテイ。

現れた結晶を伝いエンテイがリザードンへと体当たりしてリザードンを突き飛ばす、その突き飛ばした先に結晶が現れてリザードンは硬い結晶の上に叩きつけられる。

完全に地の利はエンテイにあるらしい、リザードンの背に乗ってるサトシが落ちやしないかハラハラする…!!

上空へと飛んでしまったリザードン達の姿が見えなくなったと思ったら大きな爆音と共に天井からリザードンが降って来る。

そのまま床に叩きつけられたリザードンの首をエンテイが踏み付けた。

リザードンの背から弾き飛ばされたサトシが声をあげる。

 

「リザードン!!」

「これで終わりだっ!!」

 

「やめて!!」

 

至近距離からリザードンに攻撃を放とうとしたエンテイを止めたのはミーだった。

攻撃を抑えたエンテイの傍へとミーが駆け寄った。

 

「パパ、やめて…!!もういい、もういいよ!!」

 

ミーの言葉を聞いてエンテイはゆっくりと踏み押さえていたリザードンの首から足を退ける。

そしてタケシとカスミが前に出た。

 

「ミーちゃん、キミには負けたよ」

「ぇ…?」

「ゴマゾウの転がる、強烈だった」

「マンタインの渦潮もね、貴女だったらきっとジムリーダーにだってなれるわ」

 

驚いたようにタケシとカスミを見つめているミーにリザードンの傍に居たサトシが声をかける。

 

「バトルが終われば同じポケモンを愛する者同士、オレ達は仲間だ」

 

リザードンとピカチュウが頷き鳴き声をあげる。

その言葉にキョトンとした表情のままミーは私の方へと視線をやった。勿論、視線の先には私の服の袖を掴んだまま状況を把握しきれていないミロカロス。

 

「私達も参加したんだから、仲間だよな。ミロ」

「へ!?え、あ、うん」

 

わけも分からないまま、ミロカロスが頷く。

 

「出ようぜ、外に!!」

 

サトシの言葉に反応したミーがサトシの方へと視線をやった

 

「外に出れば喧嘩もするし」

「仲間も出来る」

 

カスミとタケシが顔を見合わせてから笑みを浮かべた。

 

「いっぱいね」

 

不安げな表情を浮かべたミーがハナコさんの方へと視線をやった。

ミーと目が合ったハナコさんは大きく頷いて手を差し伸べる。

 

「行きましょう、ミーちゃん」

 

ハナコさんの言葉にミーはエンテイの傍からハナコさんの方へと歩き出す。

そして小さく俯いた後、ゆっくりとハナコさんの手をミーは握った。

ハナコさんの手を取ったミーは涙を流しながら笑っていた…・

 

「あったかい…」

 

モココ、ヒメグマ、ゴマゾウ…結晶のポケモン三体が消えて、エンテイがミーに背を向けて歩きだした。

 

「パパ…?」

「私は…お前を幸せにする父親として生まれた。お前の幸せが…外にあると言うのなら…私は…」

 

エンテイの言葉を途中で遮るように床から結晶が突然現れた。

激しい音を立てながら辺りを結晶が埋め尽くしていく、胸元に居たアンノーンがガタガタと震えていた。

 

「なんだ!?」

「ノォォン…」

 

助けて、そう言ったアンノーンを片手で押さえながら走る。

エンテイが攻撃を放ち道を開けた、震えるアンノーンを押さえながらミロカロスに手を伸ばす。

 

「行くぞ!!」

「う、うん!!」

 

地響きの鳴り止まないまま、階段を駆け下りながらサトシがポケギアを取り出した。

 

「博士!!どうなってんだよ!!」

<「アンノーンじゃ!!一度解き放たれた力を自分で止められなくなったのじゃ!!サトシ!!アンノーンの暴走を止めてくれ!!」>

「分かった!!」

 

そんなあっさり返事をするのもどうかと思うけどな…。階段を駆け下りながら心の中でそう思った。

一度上って来た階段を駆け下りて、アンノーンを見つけた広間へと行くと先ほど見た時よりも激しくまるで混乱したようにアンノーンが飛び交っていた。

 

「これがアンノーン…」

「どうやって止めるのよ…!」

 

カスミがそう言葉を発した時、サトシが雄叫びを上げてアンノーンの群れに突っ込んで行ったが案の定、弾き飛ばされて床に倒れ込んだ。

…サトシはすぐに体当たりする子だな、早死にするぞ。

 

「バリアーに守られている…!?」

「リザードン、行ってくれ!!」

 

起き上がったサトシがリザードンにそう言うと咆哮したリザードンがサトシと同じようにバリアーへと体当たりをする。一瞬開いたバリアーの隙間に火炎放射を放った。

バラバラに飛び散ったアンノーンを見てサトシ達が「やったぁ!!」と声を上げたがアンノーン達は力でリザードンを弾き飛ばし、再び一ヶ所に留まり元通りになった。

あからさまに肩を落としたサトシ達、ピカチュウがサトシに声をかけるとサトシは頷いた。

 

「ピカチュウ、頼む。十万ボルトだ!!」

 

ピカチュウが十万ボルトを放つ、それに加勢するようにリザードンが火炎放射を放ったがアンノーンの力によって再び弾き飛ばされた。

攻撃を食らって慌てたのか私達を引き離すように結晶が襲いかかって来る。

 

「ヤバイんでないのこれって…!」

「お宝も無さそうだし、さっさと帰るニャ!」

「そうしましょ~」

「失礼しまぁす…」

 

部屋から出ようとしたロケット団の前に結晶が行く手を阻む。

 

「通せんぼニャ!!」

「誰か何とかしてぇええ~!」

 

ますます激しくなるアンノーンの暴走、このままではいつ結晶の串刺しになるか分からない状況だ。

一番の攻撃力の要が人の姿のままミーに手を握られているのではポケモンの姿にこっそり戻すなんて事も出来ない。

ミロカロス抜きだとカイリューの攻撃力で、と行きたい所だがカイリューも疲れきっている為、結晶の串刺しになってしまう可能性も捨てきれない。

このアンノーンの大群に残りのメンバーだけでは攻撃力が心許ない気もするが、相性で何とか押せるだろうか……。

ボールを四つ取り出した所でエンテイの雄叫びが聞こえた。

声の聞こえた方を見やれば壁を破壊してエンテイが現れた。攻撃を放ち結晶を吹き飛ばしたエンテイがアンノーンの前に降り立つ。

 

「ミー…、私は嬉しかった…お前の父親になれて…。最後に私に出来るのはお前をここから外に出してやること」

「パパ…」

「私はお前の夢から生まれた。お前が信じてくれれば、私はどんな事でも出来る!!」

 

アンノーンに向かって体当たりをしたエンテイがバリアーに弾き飛ばされる。

私は四つのボールを放り投げた。

 

「援護する!!」

「シンヤさん!!」

 

エンテイが居れば攻撃力に申し分は無い。

後はバリアーとアンノーンを弱らせるだけで良い!!

 

「ライチュウ、かわらわりでバリアーを破壊しろ!!ゴースト、ナイトヘッド!エーフィ、シャドーボール!ブラッキーは悪の波動!!」

 

エンテイの背を飛び越えてライチュウがバリアーにかわらわりを食らわせた。

盛大な音を立ててバリアーが割れるとゴーストのナイトヘッド、エーフィのシャドーボール、ブラッキーの悪の波動がアンノーン達に一気に当たった。

 

「頑張って!!パパ!!」

 

エンテイの攻撃がアンノーン達の中心に当たる。

眩い光を放ったその攻撃に思わず目を瞑った。

 

 

「ミー、ミー…」

 

エンテイの声に目を開ければ眩い光を背にエンテイが空中に浮かんでいる。

 

「パパ…」

「ありがとう…パパと呼んでくれて…、私はお前の夢に帰る…」

 

結晶の姿へと戻ったエンテイが消えた。

眩しい光に目を細めながら、今度エンテイに会ったらお前パパだったぞと笑いながら話してやろう。

エンテイが消えて、眩しかった光も納まると天井からアンノーンと四角いピースのような物が振って来た。カラカラと音を立てて落ちたピースを一つ拾い上げる。

ジョンさんが持ち帰って来たのはコレか……。

青白くピースが光ったかと思うとエンテイと同じようにピースは消えてしまった。

ピースが消えたのを合図にアンノーン達が空間の歪みへと飛び込んで行く。自分たちの住処に帰るらしい……。

胸元にくっ付いていたアンノーンを手に取って放すと、私の周りをくるりと回って空間の歪みへと向かって行った。

 

「ノーン」

「ああ、またな…」

 

アンノーンが消えて空間の歪みも無くなると足元を覆っていた結晶がみるみる消えて行く。

この結晶塔を作り保っていたアンノーンが居なくなった為、全て元に戻るようだ。

玄関の扉を開けて外に出れば丁度、日が顔を出した時間だったらしい。

視界いっぱいに広がる景色に感嘆の息を漏らす。緑豊かなグリーンフィールド、まさに名の通りだな。

 

「これがホントの」

「グリーンフィールド」

「綺麗だ…」

 

サトシ達の言葉に賛同する様にエーフィが頷きながら鳴いた。

すると車のクラクションの音、視線をあげれば向こうから沢山の車が走って来る。今更ながら広い敷地内だな…。

 

「おーい、みんな無事かー?」

「オーキド博士ー!!」

 

車の助手席から顔を出して手を振るオーキド博士にサトシ達が手を振り返す。

 

「ん?」

 

不意に見上げた空に雲が見えた。

小さなミーの肩を突いて、空を指差せばミーにも私と同じように見えただろう。

 

「ぁ…」

 

ほんの一瞬だけ、その形に見えた。

小さく「ありがとう」と呟いた声は私にしか聞こえなかっただろう。

 

「ピカチュー!」

「お出迎えに行こうぜ、ミーちゃん!」

「みんな心配してたのよ!」

「さあ!」

「うん!!」

 

走って階段を下りて行ったミー達に続いて私も階段を下りる。

車から降りて来たジョンさんと執事のデイビットさん。ミーがデイビットさんに抱き付くのを見て小さく笑みを零す。

 

「シンヤさーん!!アンノーンの一匹でもお土産を!!」

「無い」

 

ガクンとその場で膝を付いたツバキを見てサトシ達がアハハと笑っていた・

ジュンサーさんにご苦労様ですと敬礼されて思わず苦笑いを零した所で気付いた。そういえばロケット団は何処に行った…?

途中まで一緒に居たよな…、背後を振り返ってみたがやっぱり居ない。

 

「シンヤさん!!この騒動について何かコメントをお願いします!!」

「ああ、そうだな…凄く眠い」

「えぇ!?」

 

アハハ、と笑い声が飛び交う中で「良い感じ~」と上の方から聞こえた気がして見上げてみたが姿は見えなかった。

 

*

 

騒動が終わった昼頃、行方不明だったシュリー博士と連絡が取れたらしく三日程で帰って来れるかもしれないとの事だった。

アンノーンの調査はもう嫌という程したから話なんて聞かなくても良い。とツバキを適当にあしらったら怒られたが…。

 

「えー!?シンヤさんって有名なポケモントレーナー!?」

「そうよ!最もポケモンマスターに近い男と言っても過言では無いわ!」

 

いや、過言だと思う。

ポケモンセンターで昼食を食べているとサトシに驚愕の目で見られた。

トレーナーのシンヤのファンだというリンが私の事を事細かに説明したせいだ。

 

「シンヤさんってポケモンドクターなんじゃ…」

「ノンノン、甘いぞタケシくん」

「ツバキさん!!」

「シンヤさんはポケモントレーナーとして名を広めた後にポケモンコーディネーターに転身、数多くのコンテストを総なめにしたトップコーディネーターでありながら優秀なポケモンブリーダーでもある!!その経験を活かし、現在ポケモンドクターとしてここに居るわけよ!!どやぁ!!」

「す、すごい!!」

 

私であって、私じゃないんだけどな。

暫くポケモンセンターに留まるつもりなので是非ともブリーダーとして勉強させて下さい、とタケシに頭を下げられて小さく頷く。

別に教えるだけならな…。

 

「バトル!!」

「しないぞ」

 

ガクンと肩を落としたサトシの肩をカスミが苦笑いしがなら叩いた。

オーキド博士とハナコさんは朝少し休んでから昼前にマサラタウンへと帰ってしまったがエーフィもグリーンフィールドを満喫したいだろうし私も暫くポケモンセンターに泊まる事にしよう。

昼食を食べ終わった私は食器を片手に立ちあがる。未だリンとツバキが熱く語っているが放って置こう。たとえその話がシンヤの事でもだ。

私じゃない、別のシンヤ別のシンヤ、と言い聞かせて食器をラッキーに手渡した。

 

「シンヤー」

「なんだ、何処行ってたんだ?」

「ミーちゃんのとこ!」

「……」

 

なんだかんだと、いつの間にか仲良くなったのか……。

そういえばエーフィとブラッキーも見てない…、カイリュー達はリザードンとポケモンセンターの庭でのんびりしているのを見たが…グリーンフィールドを散歩でもしているのだろうか。

見ていないと言えばロケット団も全く見ていないのだが大丈夫なのか…?まだ警察がウロウロしてるし、悪人の身としては動き難いだろう…。

まあ私自身は悪人とは思えないんだが……。

 

「シンヤー」

「なんだ」

「あのな、ミーちゃんがヒメグマ欲しいって言ってたから俺様がシンヤに頼んでみるって言っちゃった」

「ヒメグマか…」

 

まあ、ジョウト地方の家の方に野生のが居るんじゃないか?

とりあえず、どうにかなるだろう、ミロカロスの言葉に頷けばミロカロスは目を輝かせた。

 

「良いの!?」

「ああ」

「やった!!」

 

えへへ、と笑ったミロカロスの頭を撫でる。

 

「それじゃ、ミーちゃんに言いに行って来る!!」

「……」

「何?」

「いや、大分懐いてるみたいだと思ってな。そんなに懐いたならボールごと置いて行ってやろうか?」

「ッ!?!?」

 

ブンブンと首を横に振ったミロカロスの目は涙目だった。

 

「冗談だ」

「そういう冗談嫌いだ!!」

 

頬を膨らませたミロカロスの頬を片手で掴む。

オクタンみたいな口になったミロカロスを見て笑えばミロカロスは眉間に皺を寄せて私を睨んだ。でも手は振り解かないんだな。

手を離せばミロカロスは自分の頬を両手で押さえて私を睨む。

 

「次、置いてくとか行ったら許さない…!!」

「どう許されないのか見物だな」

「くぁあああ!!意地悪!!」

 

ぶーぶーと怒るミロカロスを見て口元に笑みを浮かべる。

 

「オイ……、そいつは返してもらうぞ!」

 

あの時、わざと置いて行くなんて言ったがあそこでミロカロスが正気に戻らなかったら私はどうしていただろうか……。

思わず零れそうになった言葉は周りの目を感じて飲み込んだ。

それは、私のものだ。

絶対に私から離れて行かないという自信がある、自信があるだけに奪われそうになると何故か腹が立った…。

わざわざ自分から乗り込んで行くほど…冷静のつもりでも案外冷静じゃなかったのかもしれない…いや、でも時間が経っても帰って来なかったミロカロスが悪いんだ…。

少し…大人げない、か…?

 

「シンヤー?どうしたの?」

「別に…」

「俺様、ミーちゃんのとこ行って来るよ?行って来るけど置いてかないでね?」

「……」

 

私が返事をしないで居ると不安になったのかミロカロスの目に涙が溜まる。

 

「シンヤ…?」

「ミロカロス」

「?」

「お前、私の事そんなに好きか?」

「うんっ、大スキ!!!」

「そ、そうか…。さっさと行って来い」

「分かったー、行って来る!!絶対に置いてくなよ!!」

 

手を振るミロカロスに軽く手を振り返した。

ポケモンセンターから出て走って行ったミロカロスの背を見送って自分の足のつま先に視線を落とす。

 

「…。」

 

あまりにも早くそれが当然のように返事が返って来たから……。

 

「…馬鹿か、私は…」

 

柄にもなく、照れた……。

 

*



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12

ジョウト地方、アサギシティ近辺にある家。ブリーダーのシンヤの自宅。

家に帰って来たというのにエーフィはまだグリーンフィールドに未練があるらしい。溜息を吐いてはまだ滞在していたかったと零している……。

カントー地方の家にライチュウとゴーストを送ってミミロップとサマヨールが戻って来たがミロカロスとミミロップが喧嘩をするせいで家の中はいつもうるさい。

そしてグリーンフィールドで別れた時にツバキにカイリューを預け、トゲキッスを受け取った為……。

今、家には人の姿をしたポケモンで溢れ返っているわけだ…。

ポケモンの姿の方が良い…。

うるさいし、うるさいし、うるさいし、うるさいし…もう、うるさいくらいしか理由が無い…。

 

「バカー!!」

「バカにバカって言われたくねぇよ、このバカ!!」

「バカって言う方がバカなんだからミミロップもバカだ!!バカー!!」

 

なんて低レベルな争いなんだ…。

溜息を吐いて私が立ち上がれば傍から傍観していたサマヨールも一緒に立ち上がった。

 

「うるさい」

「ぅぐッ…!!」

 

ミロカロスの口を片手で押さえればミミロップが指を差してゲラゲラと笑った。そのミミロップの口をサマヨールが後ろから両手で塞ぐ。

 

「んーッ!!!」

「やれやれ……」

 

暴れるミミロップをそのまま連れて行くサマヨール。アイツも暫く見ない間に苦労性になったようだ…。

以前とは違う連中の変化を見つけながら私は小さく溜息を吐いた。

 

「お前達はどうしてそう喧嘩するんだ」

「…ぷはっ、ミミロップ嫌いっ!!」

 

ミミロップに聞いても同じことを言われそうだ。

しかし、喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるが…実は仲が良いなんて事は無いのだろうか…。喧嘩と言っても口喧嘩で、ほぼ一方的にミロカロスが負けてるみたいだけどな。

ミロカロスの頬を摘まんでやればミロカロスは頬を膨らませた。あ、摘まみにくい。

後ろから抱きこむようにミロカロスの首に腕を回した私はミロカロスを見下ろす。上目がちに私を見上げるミロカロスは何処か不満気だ。

 

「喧嘩ばっかりするお前たちなんて嫌いだ」

「ガーン!!!」

 

口で言うな、口で。

腕を離してやればその場でショック…と言いながらミロカロスが床に膝を付いた。

膝を付くミロカロスを放置して、ソファに座り今日の新聞を手に取った。

 

「ウバメの森でセレビィ目撃…」

 

珍しいポケモンは見つかる度に大騒ぎされて大変だな……。なんて、わりとその珍しいポケモンと面識のある私が言う事じゃないか……。

新聞を捲って次の記事に目を通す。

ご丁寧にもカラー写真、名前と年齢まで公表されているその姿に新聞をぐしゃりと握り潰した。

 

「なになに?」

「……」

 

ソファに座る私の背後から抱き付いてきたミロカロスが新聞を覗き込む。

ぐしゃぐしゃに皺の寄った記事を見て私の手から新聞を引っ手繰った。

 

「シンヤだ!!シンヤが載ってる!!」

「グリーンフィールドに居た時のものが記事になったみたいだな…」

「切り取って置いとこっ!!」

「…やめろ」

 

皺だらけの新聞を片手に持ってミロカロスがはさみを取りに何処かへ行った。

それにしても…何処へ言っても騒がれるのは私も一緒か…。いや、私じゃない…私じゃないシンヤ達が悪いんだ…私じゃない…。

 

「ミロカロスー、何してんの?」

「見ろ!!シンヤが載ってる!!」

「新聞に?別に珍しくないじゃん、雑誌にもいっぱい載ってるしさー」

「違うって!!俺様のシンヤが載ったのは初めてだろ!!」

「ああ、帰って来たオレ達のシンヤがね」

「俺様の!」

「オレ達の!」

 

そんな言い争いどうでもいいぞ…。

はさみ片手のミロカロスからブラッキーが新聞を奪うと新聞の記事へと視線を落とした。

 

「えーっと…、ポケモントレーナーからコーディネーターへと転身し、そこからブリーダーになったと噂されていたシンヤさん(25)がポケモンドクターとして現在活躍していると判明。数々の経験を活かしポケモンを救う立場へとなった美しき新星シンヤ、数多のファンも彼の活躍を知り喜びを隠しきれない事でしょう」

 

文章を読み終えたブラッキーがアハハと笑う。

ブラッキーから新聞を奪い返したミロカロスが新聞の記事を切り抜き始めた。

 

「有名人って大変だな!」

「…」

 

な!と誰に同意を求めているのか…。

バッチリ視線が合ったが私は目を瞑り、聞こえないフリをした。

 

「ご主人様ー!!」

 

ブラッキーの頬を両手で引っ張っているとチルットが珍しくバタバタと大きな足音を立てて走って来た。

何だ何だ、と周りに居た連中も目を丸くしてチルットに視線をやる。

 

「お客様です!!」

「…客だからってそんなに慌てなくても良いんじゃないか?」

「ご主人様もびっくりしますよ!!お通し致しますね!!」

 

来た道をバタバタとまた走って行ったチルット。

キョトンとした表情のブラッキーと顔を見合わせて首を傾げた。

少ししてチルットがリビングの扉を開けて客を部屋へと招き入れると「あ!」という声が周りから発せられた。

 

「シンヤ」

「スイクンか!!」

「久しぶり…」

 

ニコリと笑ったスイクンに駆け寄ればぎゅっと抱きしめられた。

相変わらず美人だな、と思いつつ抱きしめ返すと横からミロカロスに邪魔された。

 

「だぁあああ!!!」

「「……」」

「何しに来たお前ー!!」

 

ビシッとスイクンを指差したミロカロス。指を差されたスイクンはキョトンとした表情をしたもののすぐに笑みを浮かべた。

 

「アンノーンが教えてくれたから、会いに来た…」

 

あの時のアルファベット"O"のアンノーン……。

随分と長い間、待ってた…と寂しげにスイクンが言葉を漏らす。その長い間ってどれくらいなんだろうか…。

反発するように俺様もすっげぇ待ったもん!!とミロカロスが噛みついているが…、伝説と称されるポケモンは長生きらしいしな。

 

「今日、シンヤに会いに行くって言ったら、一緒に行くと聞かなくて連れて来たんだ」

「誰をだ?」

 

エンテイか、ライコウか?それともアンノーンか?

スイクンがリビングにある窓を開けた。何をしてるんだと黙って見守っていると窓からぬいぐるみのようなポケモンが入って来た。

 

「…それは」

「セレビィ」

「ビィー」

 

ウバメの森で目撃されて大騒ぎされたのにまだこの辺に居たのか…捕まっても知らんぞ…。

 

「なんだ、らっきょみたいな頭して」

「ビ!?」

 

抱きかかえれば凄く軽い。本当にぬいぐるみだな。

珍しいポケモンが珍しいポケモンを紹介して来たんだが……、なんにも感動も嬉しさも無いもんなんだな…私だけか。

 

「ビィーレビビィー!!」

「は?」

「レビィ!!」

 

良い所に連れて行ってくれるそうだ…。

凄く心から、遠慮したい。

 

「お出掛け!?やったー!!」

「行くなんて言ってないぞ!」

「オレ、外に居るエーフィ呼んでくるー!!」

「では、チルがお弁当をご用意致します!」

「行くなんて一言も…!!」

 

言ってないのに、なんで行く気満々なんだお前ら!!

溜息を吐けばスイクンがクスクスと笑う。

トゲキッスがボールをテーブルに並べた…。行くなんて言ってないのに…。

 

「レビィ、ビィー!!」

「……」

 

お気に入りの場所に久しぶりに行く、と言われてもな。

出掛ける用意をする連中を眺めながら溜息を吐いた。

 

「荷物良し、医療道具もバッチリ、後は弁当と、ワタシ達がボールに入ればオッケー!!」

「先程まで不満を垂れていたわりには元気なのだな…」

「ふーんだ」

 

サマヨールに呆れたような目で見られたミミロップはそっぽを向いて誤魔化した。

 

「シンヤ…、私も一緒に行くから」

「…まあ、スイクンも一緒なら仕方がないな」

 

なんでだよ!!とミロカロスが私に飛びついて来たが気にしない。

 

「エーフィ連れて来たけどー、留守番って誰?」

「「「「……」」」」

 

睨み合う連中は本当に子供だ…。

結局、チルットとラルトスが残ってくれる事になった。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様!お気を付けて!!」

「ラルー!!」

 

*



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13

 

「レビィー!!」

「痛ッ!!」

 

ドシンと地面にしりもちを付いた。

セレビィに良い所に連れて行ってあげると言われて外に出たら急に辺り一面を眩い光が包んだ。

道案内じゃなく強制的に連れて行かれるのか…。

立ち上がれば上空に光の歪みがある。その光の中から出て来た足を見て慌てて手を伸ばした。

 

「ぉっと…」

「ありがとうシンヤ」

 

落ちて来たスイクンを受け止めて地面に下ろす。辺りを見渡せば昼間だったはずなのに辺りは暗い。

 

「何時だ?」

「さあ…でも、夜明け前みたいだ…」

 

何となく分かるらしい、スイクンが空を眺めながらそう言ったので頷いておく。

しかし、ここは一体何処なのか…見慣れない建物もある。

 

「レビィ!レビィー!!」

「……」

 

とりあえずセレビィの道案内に任せよう。それから場所を確認しても良いだろうしな……。

空中を飛び回るセレビィを見失わないように歩いているとスイクンの行った通り夜明け前だったらしく、ゆっくりと日が出て来た。

 

「自然の多い綺麗な街だな」

「水も綺麗…」

 

人もちらほらと見えてきた。

飛び回るセレビィはまだつぼみの花を咲かせながらくるくると飛びまわっている。街に住むポケモン達もセレビィに挨拶を返していた。

確かにセレビィの言っていた通り、良い所だと思う……。

 

「おっはーっでございまーす!」

「あら、おはよう」

 

ツインテールの女が花に水をやる女性に声を掛けた。モジャンボも一緒に居るな。

 

「テンガンファイターズ、絶対優勝します!!イェイ!!」

 

水やりをする女性に一方的に話しかける女。

その女の背負っていたリュックから旗が数本飛び出した。

何かのチームを応援しているんだろう、テンガンファイターズと言われてもピンと来ないが…しかし、奇抜だ…。

 

「磁力の力みなぎって~、行くぞテンガンファイターズー!!」

「盛り上がってること」

 

急に歌い出した女は話もそこそこに走って行ってしまう。

その姿を苦笑いを浮かべながらも見送る女性。

女の様子を一緒に観察していたスイクンと顔を見合わせて笑った。

 

「レビィ~!!」

 

セレビィが女性の前を過って行くと女性が水をやっていたつぼみの花が咲く。

驚きの声を漏らした女性はホースをしまい自転車付きのリヤカーに飛び乗った。後ろの荷台にモジャンボを乗せて行ったがボールに戻した方が軽いだろうに……。

 

「げ、元気だな…」

 

私の言葉に同意するようにクスクスとスイクンが笑う。

でも、ああして草花に水をやって回る人間が居るなんて良い街だな。

 

「シンヤ、あれ」

「ん?」

 

スイクンの指差した先を見ればセレビィの像があった。

セレビィのお気に入りの場所だと言っていたし、昔から街の象徴として祀られていたのかもしれない。

しかし、尚更、ここは何処なんだ……。セレビィが関わる森というわけでも無いし…ジョウト地方にこんな街はあっただろうか……。

辺りを見渡しながら歩いていると時計塔の鐘が鳴った、午前7時だ。

 

「シンヤ、街名が書いてある」

「クラウンシティ…?」

 

はて、と記憶を辿る。

ジョウト地方にそんな街は無いぞ……。

 

「ポケモン・バッカーズのワールドカップが、このクラウンシティで行われるって…」

「ポケモン・バッカーズ…聞いたことの無いスポーツだな」

 

壁に貼られたポスターを見て首を傾げた。

スポーツには元々興味は無いが知識くらいならあると思う。それもワールドカップなんて大きな規模でやっているなら尚更テレビなどで見ていても可笑しくないだろう。

ここは違う地方、なのか…?

いや、そうだとしてもスポーツ自体を知らないのは変だし…。

ポスターを見てから辺りを見渡しながら歩いてみる。

ポケモン・バッカーズとやらのパンフレットみたいな物を何処かで貰えないのだろうか…、そのスポーツに関する本とかも売ってたら調べられるんだけどな

 

「…ッ、シンヤ!!」

「なんだ?」

 

スイクンに腕を引かれた時、微かにドドドと聞き慣れない音が聞こえて眉を寄せた。

 

「ん?」

 

前方からスイクンが走って来る……。

少し混乱しながらも隣を見れば勿論、人の姿をしたスイクンが居る…。

エンテイの時みたいな偽物というとあれだがそういった類のスイクンなのか、はたまた複数いる内の私の知らない別個体のスイクンなのか。

 

「お前の仲間か?」

「偽物ッ!!」

 

そう言い放ったスイクンに腕を引かれて歩いて来た道を戻るように走り出す。走る私達の隣を偽物らしいスイクンが通り過ぎた。

なんで走らされてるんだろう、と思ったのと同時にドドドという聞き慣れない音が大きくなった気がして後方を振り返った。

…見事な大洪水。

 

「、なぁああああ!?!?もっと速く走れ!!!」

「そこの屋根の上に!!」

 

スイクンの言葉に地面を蹴って屋根を伝い避難した。さっきまで歩いていた道を大量の水が流れて行く…。

びっくりした…。

でも、普段なら絶対に出ないような悲鳴が出た自分の方にもびっくりした。

 

「しかしお前…、あんなこと出来るんだな…」

「まあ…」

 

で、さっきの偽物のスイクンは何だ?と水浸しの道を指差して目で聞いてみればスイクンは首を横に振った。

ハッとした様に顔を上げたスイクンの視線を辿れば少し離れた場所で火柱が立っている。

 

「綺麗な街が大騒ぎだな」

「あれはエンテイの炎に似ている…でも、違う…」

「お前達の偽物が暴れ回ってるってことか」

 

屋根を伝いながら移動していると街の至る所にある液晶画面に映像が映った。

液晶画面の前に人々が集まり出す。

私とスイクンも屋根の上から地面に降りて周りの人々と同じように画面を見上げた。

 

< クラウンシティの皆様、突然ですがコーダイ・ネットワークから重大なお知らせがあります。グリングス・コーダイ社長です >

 

コーダイ・ネットワーク…なんか聞いた事あるな。グリングス・コーダイという名前も少し覚えがある。

画面の映像にはスーツを着た男が映った、変なスーツだ。

 

< この場を借りて皆様に謝らなければならない事があります。私がポケモンバッカーの為に連れて来たエンテイ・ライコウ・スイクンが飛行艇に潜り込んでいた悪のポケモン、ゾロアークに操られ暴れています >

 

ゾロアーク?

聞いたことのないポケモンだな…。

それにポケモンバッカーというのはポスターに書いてたスポーツのことだろ…?

連れて来たエンテイ、ライコウ、スイクンが操られたと言ってるが…、さっき通り過ぎたスイクンは偽物だとスイクン本人が言っているし…。

一体、どういう事なんだ?

 

< 皆様を危険にさらしてしまい本当に申し訳ございません。現在、我々の手で捕獲・回収中です。皆様はただちに街の外に避難して下さい >

 

グリングス・コーダイの言葉に画面を見上げていた人々が悲鳴をあげて逃げ出した。

すると、画面の前には私とスイクンの他に見知った二人と一匹…。お互いの顔を見て何か気持ち悪い笑みを浮かべている。

 

「お前達…」

「げ、シンヤ!?」

「あらー、アンタも居たのね…」

「久しぶりだニャ」

 

あからさまに嫌そうな顔しやがって…。

というか、久しぶりか?グリーンフィールドで別れてからそんなに日は経ってないと思うぞ…。いや、一週間くらいは久しぶりになるのか…?

 

「街の外に避難しろと言ってるが、避難しないのか?」

「あー、するする!!」

「そうそう、アタシ達は別ルートで!!」

「いやー、ここに居るのは怖いニャー」

 

怪しい…。

じとっとロケット団を見ているとスイクンに腕を引かれた。

 

「シンヤ…」

「ああ、そうだな、私達も移動するか」

「…お前、よく美人連れてるよなー。羨ましいぜ…」

「はぁ?コジロウ…アンタ、いつもとびっきりの美人と一緒のくせして何言ってんのよ!!」

「美人?何処に?」

「怖いニャ」

 

いだだだだ、と悲鳴染みた声をあげながらコジロウがムサシに引っ張られて行った。

人混みとは別の方向に行ってしまったが良いのだろうか…まあ、ロケット団なら大丈夫だとは思うけど…タフだしな。

 

「色々と気になる…、こっそり残って様子を見よう…」

「避難しないのか」

 

走るスイクンの後を追って近くの店内に隠れた。

途中、街の液晶画面にクラウンシティ旧市街が封鎖され、今から旧市街に入る事は出来ないという事を知らせる映像が流れていた。

まさにここがその封鎖された旧市街で封鎖された今、出る事も出来ないんだろうなと思いつつも言葉を飲み込んだ。

 

< ゾロアークは悪のポケモンです、とても危険です。我々の捕獲・回収作業が完了するまで旧市街に入らないで下さい >

 

店内に隠れながら外の様子を窺う。

あんな事言ってますけど、とスイクンに避難を促してみるが首を横に振られた。

 

「セレビィともはぐれたし、ここが何処かいまいち分からないし、面倒な事になった…」

 

 

店内に隠れて様子を窺って少し経つが特に変わった事は起きない。

街の液晶画面には延々と同じ事を言うグリングス・コーダイが映っているだけだ。

ボールからポケモン達を出してカバンからチルットの用意した弁当を取り出した。セレビィは居ないが野生のポケモンだしどうにでもするだろう。

 

「わぁーい!!ってここ何処?」

「クラウンシティという場所らしい」

「クラウンシティ…という事は、ここはシンオウ地方ですね」

 

エーフィの言葉にそうなのかと頷いて返す。

やっぱり別の地方に飛ばされていたらしい、帰りもちゃんと送って貰えるのか心配になって来るな…。

 

「お前たち、ポケモン・バッカーズというスポーツを知ってるか?」

「ポケモン・バッカーズ?知らない、何それ?どんなスポーツ?」

 

ブラッキーが目を輝かせながら首を傾げる。

私も知らない、と言ってやればあからさまにガッカリされてしまった。

とりあえず、ここがクラウンシティであること、ポケモン・バッカーズのワールドカップが明日開催されること、そしてゾロアークというポケモンが暴れていて、偽物のスイクン、エンテイ、ライコウが居る事を伝えた。

 

「それでシンヤ達はここに隠れてたってことですね」

「スイクンが気になるって言うからな」

「自分がポケモンの姿に戻って様子を見て回って来ようか…?」

「んー…そうだな、どうするスイクン?」

 

私が聞けば外の様子を見ていたスイクンが頷いた。

スイクンの姿じゃ外には迂闊に出られないもんな…。スイクンが頷いたのを見てサマヨールが頷き返す。

 

「ありがとう…、サマヨール」

「良い、気にするな」

 

座っていたサマヨールが立ち上がるとミミロップがサマヨールの腕を掴んだ。

 

「ちょい待ち!!一人で行ったら危ないじゃんか、お前も簡単に頼むんじゃねぇーよ!!」

「自分なら大丈夫だ」

「大丈夫じゃない!!」

 

苛立ったように床を叩いたミミロップを見てスイクンが眉を下げながら謝った。

この場が険悪な雰囲気になったのを察してトゲキッスが座ってとサマヨールをもう一度座らせる。

 

「よし、分かった」

「シンヤなら分かってくれると思ってたー!!」

「弁当を食べよう」

「だぁー!!違うってー!!でも賛成っ」

 

しゅん、と落ち込んだ様子のスイクンに手招きをして隣に座らせる。

サマヨールも気まずそうに視線を動かしていたがこういう変な雰囲気になると無視が良い。たとえ隣からミロカロスが思い切り睨んでいたとしてもだ。

 

「なんなんです?急に不機嫌になったりして、ミミロップの頭はどうかしてしまったんですか?」

「うっせーよ…」

「あれだろ、いつも"ワタシの味方"のサマヨールがスイクンのこと助けようとしたからイラッとしたんだぜ。ミミロップ、すぐ怒るもんな」

 

ブラッキーの言葉にミロカロスが「そうそうすぐ怒る」と頷きながらブラッキーの言葉に同意していた。

私が持たせたサンドイッチをぐしゃりと握り潰したミミロップがブラッキーを睨みつけている…。具のタマゴがべちゃべちゃと床に落ちた…。

 

「ミ、ミミロップさん落ち着いて…!!」

「…自分が悪いのか?」

 

サマヨールに困ったように疑問を投げかけられてしまったのでとりあえず「そうなんだろ」と返事をして頷いておいた。

 

「そうなのか…、すまなかったな…ミミロップ…」

「え!?いや…あの、別、に…」

 

どっちなんだ。

とりあえず状況をよく理解出来ない私はケラケラと笑うブラッキーの口にサンドイッチを詰めておいた。

 

「スイクンも食べろ」

 

コクンと頷いたスイクンにもサンドイッチを渡して私は紙コップにお茶を淹れた。

なんで私がこんなに気を遣わないといけないんだ…。

静かなまま昼食を食べる。

普段なら嬉しいことだが今日はどうにも居心地が悪かった。

 

「それで、どうするんです?」

「何がだ」

 

自分の分を食べ終えたらしいエーフィが首を傾げながら聞いたので私が返事を返す。

 

「誰が様子を見に行くんですか」

「それは自分が…」

「あ?なんて?今、なんて?」

「え…!?」

 

自分が行く、と言おうとしたらしいサマヨールの胸倉を掴んでミミロップが凄む。動揺するサマヨールなんて珍しいものを見た。

 

「トゲキッス、様子を見に行って来てくれるか?」

「はい、それは勿論!!」

 

コクコクとこの場の空気をなんとかしたいらしいトゲキッスが頷いた。

兎にも角にもセレビィを見つけるのが先だな。

 

*



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14

何度かトゲキッスが街の様子を見に行ったが特に誰も暴れていないそうだ。

でも、グリングス・コーダイが街の中で何かを探しているのは見た…と…。

 

「グリングス・コーダイ…聞いた事がありますね」

「私も思った」

 

エーフィの言葉に返事をすれば窓の外を眺めていたブラッキーがお菓子を食べながらこちらに視線をやった。

 

「未来を知る男、とかそんな感じの偉い奴だろ?オレ、雑誌とかで見た事ある」

「ああ、そうですそうです!!事業を成功させたとかいう人間ですよ」

 

意外と情報通のエーフィとブラッキー。

でも、なんでそんな人間がポケモンバッカーなんてスポーツに参加してるんだろうな。

名を広める、宣伝目的という理由も無くはないだろうがすでに十分なほど有名人なんじゃないのか…?私はあんまり覚えてなかったけど…。

それに連れていたというエンテイ、ライコウ、スイクン…。実際には偽物なのかもしれない疑いもあるわけだし、怪しい男だ。

 

「ただーいま」

 

その辺を歩いて来ると出掛けていたミミロップとサマヨールが戻って来た。トゲキッスはまだその辺を飛び回っていて戻っていない。

 

「あのさ、そこらに居た野生の奴らに聞いたらセレビィ見たって」

「何処に行ったんだ?」

「それは分かんないみたいだけど、ピカチュウとポッチャマ、そんでゾロアって奴と一緒だったって」

「ゾロアというのはゾロアークの進化前のポケモンらしい。そして暴れ回っていたというゾロアークを探しているそうだ…」

 

そんな情報を貰ってもさっぱり分からないな…。

外はもうすっかり日が暮れる…、散歩がてらのお出掛けのはずがとんだ災難だ…。

 

「シンヤ!!セレビィを見つけました、街の外れにある大きな木の所に居ます!!」

 

駆け込んできたトゲキッスの言葉を聞いて立ち上がった。

 

「よし、行くか」

 

ここで座り込んでるのにも飽きたし、持ってきた本も全部読んでしまったし…。

ポケモンセンターにでも行ってゆっくり休みたいところだ。

 

*

 

「海の方で何か爆発したぞ!?」

 

「今はセレビィが、先…!」

 

大きな爆音と暗闇に光る赤い火を見つけて後ろを振り返るがスイクンに腕を引っ張られて走る。

トゲキッスが前を先導してくれているのを見失わないように追いかけた。

人の姿で走っている為にスイクンの表情がよく分かる、何処か焦ったような顔だ。セレビィに何かあったのかもしれない…。

開けた場所、大きな木が見えた所でスイクンが空を見上げて立ち止まった。

 

「落ちてくる…!」

「え?あっ!!トゲキッス!!」

 

トゲキッスに声を掛けたのと同時にトゲキッスが分裂した…ように見えた。もう一体のトゲキッスが落ちてくるピカチュウとポッチャマを受け止める。

 

「エアスラッシュ!!」

 

とりあえずあの攻撃を仕掛けてくるテッカニンを蹴散らせておこう。

 

「キーッス!!」

 

トゲキッスの攻撃を受けてテッカニンがぼとぼとと地面に落ちる。セミの死骸みたいだ…。

 

「あ!!シンヤさん!!」

「お?サトシか!!」

 

パッと笑顔を向けてくれたサトシ。だがグリングス・コーダイに視線をやるとその表情を一瞬で怒りの表情に変えた。

何かしたのか、グリングス・コーダイ…。

ピカチュウとポッチャマが攻撃を仕掛けるとサトシと見知らぬ少女は駆けだした。

 

「セレビィ!!」

「ゾロア!!」

 

二体のポケモンを拾い抱えて来た道を戻って行く。物凄い剣幕で睨んでおいて逃げるのか…。

 

「シンヤさん、こっちに!!」

「タケシ、これは一体どういう事なんだ…」

「説明は後で!!セレビィ達の治療もして欲しいので早く!!」

 

タケシに急かされて走るサトシ達の後を追い、サトシ達が乗って来たらしいボートに飛び乗る。

物凄いスピードで走るボート、そのボートを追いかけて並んで飛ぶ二体のトゲキッス。

全く状況が理解出来ない…。そしてこのポッチャマを連れた少女は誰だ。カスミは?

 

*

 

サトシ達の後に続くまま、見知らぬ民家へと入る。

一緒に居た男の家なのか知らないが慣れたように男が部屋の電気を付けると部屋の中は時計だらけだ。

 

「ここは?」

「おじいちゃんの仕事場さ」

 

サトシが男に聞いた。

その返答にふぅん、と内心頷きつつ辺りを見渡す。

恐る恐ると室内へと入るスイクンの手を引くと奥の部屋からグラエナを連れた男性が顔を出した。今朝に見た花壇に水をやっていた女性とモジャンボも一緒だ。

 

「みんな!」

「無事だったのね!!」

「ジョーさん」

「トモさん」

 

サトシ達の知り合いらしい。

気を失っていたセレビィが起きたのを見つけると驚いて声を発した。

 

「セレビィ!!」

「あぁ!!」

 

とりあえず、私にも状況を説明してくれないだろうか…。

 

*

 

「そうか、20年前の事件もコーダイの仕業だったとはな」

 

ジョーさんというらしい男性が言葉を漏らした。

私もクルトさんとリオカさんという二人の話を聞いてなんとか状況を把握出来た。

グリングス・コーダイは未来を見る力がある、だがそれはセレビィが時を渡る為に必要になる"時の波紋"というものをセレビィから奪った為に得た力。

しかし20年前に得た力であった為、奪った力が現在は無くなりつつある。その為、グリングス・コーダイは再び未来を見る力を手に入れる為に時の波紋を探していると……。

偽物のスイクン達が居たのも時の狭間を手に入れる為、ゾロアークの化ける力を使ってクラウンシティから人払いでもしたかったのだろう。

それだけの為に連れて来られて汚名を着せられたゾロアークはとんだ災難だな、うん、私より災難だ…。

そしてそのゾロアークを"マァ"と呼び慕っているのがゾロア。グリングス・コーダイに利用されているゾロアークを探していた途中でセレビィ達と出会い仲良くなったらしい。

まあ、詳しい事までは知らないが大体の話の流れは何とか把握出来た…。

あと、もうひとつ分かった事は…、ここが私にとって未来の世界だと言う事だ…。

セレビィはどうやら時渡りの力を使って私達を未来へと連れて来たらしい…。サトシと一緒にいる私が知らないはずの少女ヒカリは私の事を知っていた…。それはもうバッチリと知っていた…むしろトップコーディネーターとして尊敬されていた…私じゃないのに…。

サトシ達にここに居る私は過去の世界から来たシンヤなんだと説明するのも面倒で黙っているが…、この時代に生きるシンヤとばったり出会うなんて事にならないか不安だな…。

出会って何かが起こる、とかそんなのは分からないが絶対に出会いたくない。いや、未来の私ならこの状況を知っているだろうから気を利かせて出会うような真似はしないか…。

というか、なんでこんな面倒な状況に巻き込まれたのか…ゆっくり観光も出来やしない…。

 

「はぁ…」

「レビィ?」

「ん?ああ、もう良いぞ」

「ビィ!」

 

怪我をしていたセレビィの手当てをすませた。全体的に消耗してしまっているのは暫く休むしかないが、痛みはほぼ無いだろう。

空を飛ぶのもなるべく控えた方が良いだろうな…。

 

< おいら、セレビィ守れなかったゾ… >

 

ゾロアのテレパシーだ。

落ち込んだようにテーブルの下に隠れてしまったゾロアを目で追った。

まあ、生きて見つかっただけでも良かった。セレビィが居なくなったら私は元の世界に帰れない…最悪、帰れなくなったら未来の私に助けを求めに行かなければならなくなる…。

想像しただけで気持ち悪いし、嫌な光景だ…。

 

「あたし達さっき本物のエンテイ、ライコウ、スイクンがやって来たのを見たの」

 

ほぉ…。

チラリとスイクンに視線をやったがスイクンは窓の外を眺めていてこちらを見てはいなかった。むしろ話もほとんど聞いてないんじゃないだろうか。

 

「きっと街の危機を察知して来てくれたんじゃ」

「でもゾロアークを敵だと思ってるの」

「なんとか誤解を解いてやることは出来んかのぅ…」

< マァ!! >

 

外に出ようと走り出したゾロアを追いかけようとセレビィが飛び上がる。そのセレビィの小さな羽を指で摘まんだ。

 

「ビィ!?」

「あまり飛ぶな。途中でバテて絶対に落ちる」

 

ドクターストップだ、と言ってやればセレビィはしゅんと落ち込んだ様にゾロアに視線をやった。

 

「時の波紋に連れて行けばセレビィは元気になるはずなんだけど…」

「時の波紋はどこに…」

 

リオカさんがパソコンのキーを打ちながら言う。

 

「コーダイはカウントダウンクロックのある場所を追っていた。でも、すでに全部チェックしてるわ」

「じゃあ、もうコーダイが時の波紋を手に入れたってことですか!?」

 

カウントダウンクロックって何だ。あの歩いてる時に見た変な奴なのだろうか。

そういえばセレビィに連れて来られた時、目の前にもあの変な奴はあったな…。

ふむ、と腕を組んだ時に窓の所にさっきまでなかった変な機械があった。

 

「いや、まだだ。街の緑は枯れていない」

 

私が機械に手を伸ばそうとした時、ジョーさんが声を発した。

 

「カウントダウンクロックならもう一つあるぞ」

「えっ?」

「ほれ」

 

ジョーさんの視線の先を目で追った。

額縁の中にカウントダウンクロックとやらの設計図と完成した写真が入っていた。私が最初に見たのもあれだ。

 

「こいつはわしが設計したんじゃ。スタジアムの中じゃ。あそこには街から移された森がある。スタジアムの完成記念に試作機をそこに置いたんじゃ」

「時の波紋はそこだ」

 

クルトさんが言葉を発した時、後方で変な音が鳴った。さっきの機械に付いていたプロペラが回っている。

虫みたいだ、と思っているとピカチュウが十万ボルトで破壊してしまった。

 

「これは…?」

「コーダイのメカだわ!!」

「じゃあ今の話…」

「聞かれちゃったわね」

 

え!?と驚くサトシ達…。

すまん、私も一緒に驚いてしまった。気付いた時に手に取っておけば良かったんだが、気付いてたなんて知られたら責められそうだから最後まで気付いていなかった事にしてもらおう…私は何も見てなかった。

 

「やつは時の波紋に向かう」

「20年前と同じ事が起きるのか」

「それは駄目!」

「止めなきゃ!!」

「先にセレビィを時の波紋に連れて行くんだ」

 

クルトさんの言葉にセレビィが空を飛ぼうとするが、ここからスタジアムのある所まで飛んで行くのは体力的に不可能だ。

ふわり、とセレビィが浮いたが地面に落ちる。落ちそうになったセレビィを受け止めたサトシが言った。

 

「セレビィ、お前はオレが連れて行くから!!」

「あたしも行く」

「オレも」

 

ヒカリとタケシが賛同して、ピカチュウとポッチャマも頷いた。

ゾロアもサトシの前に立つ。

 

< マァは絶対に負けない!だから、おいらセレビィと一緒に行くゾ!! >

「レビィ~!」

「行こう、みんな!!」

 

サトシの言葉にみんな頷いた。そしてサトシが私を見たので私は首を横に振る。

 

「私は行かない」

「えぇ!?シンヤさん、一緒に来てくれないんですかー!?」

「私はエンテイ、ライコウ、スイクンの方に行く」

 

窓の外を見ていたスイクンが私の方に視線をやり頷いた。

少し渋ったが、サトシは分かりましたと頷いて外へと出て行こうとする。

 

「ちょっと待ってくれ。コーダイは未来を知っている」

 

そのクルトさんの言葉に全員が息を飲んだ。

だから何だ、と思ってしまった私だけ恐らく状況を把握しきれてないんだろうな…。

 

「だから…みんなの力で未来を変えよう!!」

「……」

 

未来って変わるのか…?

ディアルガにでも頼まないと難しそうだ。

外に出るとスイクンに腕を引っ張られて家の裏へと回る。私達が飛び出して行ったものだからクルトさん達も家から出て走って行ってしまった…。

先に行かれたぞ、と指を差したがスイクンは目を瞑って小さく息を吐いた。

 

「うん、近くに居るポケモン達も集まってくれる、行こうシンヤ…」

 

何かしたのだろうか…ポケモンの力は本当に分からないな、と思いつつもスイクンの言葉に頷いた。

私が頷いたのを確認したスイクンがポケモンの姿へと戻る。

 

「……」

「……」

「ああ、乗れってことか」

 

一言でも言ってくれ。

カバンをしっかりと肩に掛け直してスイクンの背に跨った。スイクンの靡く毛はサラサラしていて体はひんやりと気持ち良い。

これは、寝れる…!!

馬鹿な考えを抱いた瞬間にスイクンが地を蹴ったものだから慌てて体勢を低くした。

スイクンは屋根の上を走ったり、草むらを揺らして走ったりとわざと遠回りをしているようだった。その度にガサリと隠れていたポケモン達が顔を出してスイクンを追いかけて来ている。

スイクンなりに考えがあるのだろう。

とん、と屋根の上で立ち止まったかと思うと下にゾロアークと、ゾロアークを囲むようにエンテイ、ライコウ、スイクンが居た。なんか色が違うのは、まあ良いか。

その三体は結晶のようなもので拘束され身動きが取れなくなっているようだ、あれもゾロアークの使う幻影とやらなんだろうか。

ジョーさんのグラエナがゾロアークの目の前に目覚めるパワーを放った。

消えて行く結晶を見てスイクンが雄叫びをあげる。

 

「クォオオオ!!!」

「!?」

 

雄叫びをあげてゾロアークの前に立ったスイクンは色違いであるエンテイ、ライコウ、スイクンへと視線をやった。

三体は一瞬身構えるように体勢を取ったが、スイクンの後ろからついて来ていた野生ポケモン達がエンテイ達を取り囲む。

やめて、やめて、ゾロアークは悪くない、そんな感じの事をわさわさとポケモン達が言っている。

エンテイ達もキョトンとしたようにポケモン達を見ていたがスイクンの方に視線をやってから小さく頷いた。

お前たち知り合いなのか…?という疑問はさすがに場違いなので言葉には出さなかった。

 

「ガァウッ!!」

 

三体が大人しくなったのを確認するとゾロアークが周りに居るポケモン達を飛び越えた。慌ててスイクンの首元を叩く。

 

「待て!!」

 

同じようにポケモン達を飛び越えてスイクンがゾロアークに並行するように走る。

チラリとこちらを見たゾロアークに私は指示を出す。

 

「良いか、コーダイが時の波紋の近くに居たらコーダイが時の波紋を手に入れるまでの幻影を見せるんだ!!」

「ガゥ!?」

「お前の幻影の中で、手に入れさせろ!」

 

コクンと頷いたゾロアークが大きく地を蹴り屋根を伝って行った。

その場で立ち止まりスイクンと共にゾロアークの姿を目で追う…。

 

「時間稼ぎとして考えを言ってみたが…グリングス・コーダイに幻影…効くよな?」

「クゥ…」

 

そんな事言われても…と返されたが今更ながら不安になって来た。

私がグリングス・コーダイの立場ならゾロアークを利用する前提に動いているのだから、当然、その幻影への対策も立てておくしな…。

一気に不安になって来た。

小さく溜息を吐けば追いかけて来たらしいクルトさん達が私の名前を呼んでいる

 

「シンヤさーん!!」

「……」

 

そういえば、クルトさん達は新聞記者だって言ってたな……。

 

「シンヤさん、そのスイクンは…」

「急いで追いかけてみるか」

「え?」

「コーダイが時の波紋を手に入れる所なんて大スクープだろ」

「それを阻止したいのに!?」

「ゾロアークの幻影はカメラで撮れないのか?」

「…幻影?」

 

話を聞いていたリオカさんが「ゾロアークの幻影は映像をも騙すわ」と言ってくれたのでクルトさんが驚きの声をあげる。

もし、ゾロアークの幻影が上手くいけばグリングス・コーダイが時の波紋を手に入れる映像が撮れる。

 

「よし、クルトさんたちも乗れ」

「スススス、スイクンに!?」

 

別にさっきの色違いのエンテイとライコウに乗りたいんならそっちに乗れば良いんじゃないか、と言ってやればクルトさんは首を横に振った。

 

「私は乗るわ!」

「リ、リオカ…」

「三人くらい大丈夫だよな」

「クォオー」

 

*

 

「やめろ!コーダイ!!また森が枯れてしまう!!」

「知った事か!私だけが未来を手に入れられればそれで良いんだ!!」

「お前はこの街がどうなっても良いのか!?」

「確かに20年前にも私は時の波紋に触りこの街の緑を枯らした。だがそれを知っている者は誰も居ない、そして今度も私がした事は誰も知らない。私はただ悪いポケモンのゾロアークを捕まえようとしていただけなのだ!」

 

コーダイが時の波紋の力を吸収すると周りの木々が枯れていく。

「私の勝ちだ」と言ったコーダイの高笑いが辺りに響いた…。

だが、次の瞬間に木々は再び豊かな緑へと戻り。コーダイの居る場所より後方に本物の時の波紋が現れる。

 

「これは一体……、幻影!?馬鹿な!!」

 

驚くコーダイを見て私はその場で膝を付いた。

 

「…ッ!!!!」

「……」

 

私と一緒に来てカメラでその全てを撮っていたクルトさんとリオカさんが前へ出る。

 

「もう諦めろコーダイ!」

「クルトさん!」

「お前ら…!!」

 

地面に膝を付く私の肩にスイクンが頬を寄せる。

カメラが回ってる間に吹き出さなかった私を誰か本気で褒めてくれ、腹が痛い…!!!

 

「ふはは…ッ」

「クゥン…」

「暫くは思い出し笑いしそうだ」

 

滑稽過ぎた。口元を押さえつつ、視線を上げるとゾロアがゾロアークへと近付いて行く。ゾロアークもまた両手を広げてゾロアへと近付いて行った。

マァ、というからには一応親子関係のようなものなんだろう。ゾロアークはメスなんだな。

微笑ましい光景でも後ろの方に居るコーダイが視界に入ると吹き出しそうだ、チラリとコーダイに視線をやればコーダイがカゲボウスに攻撃の指示を出している。

 

「…ッ!?危ない!!」

 

シャドーボールがゾロアに当たりそうになった瞬間、ゾロアークがゾロアを身を呈して守った。

攻撃を受けたゾロアークが起き上がり雄叫びをあげるとコーダイが拳をゾロアークへと向けた。

 

「絶対零度…!!」

「クォオオオ!!!」

 

ゾロアークへと襲いかかろうとしたコーダイの機械をスイクンの攻撃が防ぐ。その攻撃の衝撃でコーダイが後方へと吹っ飛んだ。

そしてサトシを拘束していたムウマージをポッチャマの攻撃が吹っ飛ばす。

タケシとヒカリも追いついたらしい。

ムウマージのサイコウェーブをドーミラーが防ぎ、ムウマージはピカチュウのボルテッカーを受け倒れた。

 

「ピカー!!」

「よし!!」

 

カゲボウズが吹き飛ばされたコーダイから視線をこちらに向けた。

シャドーボールを放とうとするカゲボウズを指差して、ゾロアークの方へと視線をやった。

 

「悪の波動!!」

「ガァアアゥ!!!」

 

ゾロアークの悪の波動を受けて吹き飛ばされたカゲボウズは後ろの木にぶつかり地面へと倒れ込む。

効果バツグンのうえに痛いとどめだ…、ポケモン大好きブリーダーのシンヤが良心を痛めている。ポケモントレーナーのシンヤは鼻で笑ってそうだが…。

逃げるコーダイをゾロアークが睨み付ける。

 

「時の…時の波紋は私のものだ!!」

 

コーダイがゾロアークに背を向けて時の波紋へと走って行く。

お前に奪われたら私たちが元の時代に帰れないじゃないか!!!

 

「させるか!!」

 

エーフィのサイコキネシスでサトシの二の舞にしてやろうと、声を荒げたらエンテイの雄叫びが聞こえた。

呻り声をあげたエンテイがコーダイを近づけないように時の波紋の傍へと降り立つ。

エンテイの出現に驚いたコーダイが後ずさるとそれを許さないと言わんばかりにライコウが道を塞いだ。

情けない声をあげながら逃げるコーダイを威嚇する様にスイクンが岩の上から吠える。

 

「うあッ…!!」

 

時の波紋になど目もくれずコーダイは無様に走って逃げて行く。

逃げて行ったコーダイを見てサトシ達が顔に笑みを浮かべた。

 

「エンテイ、ライコウ、スイクン!!」

「この街の守り神!」

「すごい!!さすがシンヤさん!」

「え…」

 

わ、私か!?

なにもしてないぞ、微塵も私は関係無かっただろ…!?

何か勘違いしてないか、とサトシに話しかけようとした時に体力の限界だったんだろうゾロアークが地面へと倒れる。

 

「ゾロアーク…!!」

< マァー!! >

 

ゾロアークの周りにサトシ達が駆け寄るのを見て、私も慌ててカバンから医療道具を取り出してゾロアークの傍へと駆け寄った。

もうずっと体を酷使していたんだろう、もはや気力だけで戦っていたのかもしれない。

 

「怪我の治療は出来るが回復をする設備が無い、かなり危険な状態だ…!」

< マァ!!マァ!!起きるんだゾ!! >

 

ゾロアークの頬に自分の頬を擦り寄せるゾロアを見て眉を寄せる。

いちかばちか、元気の塊を口の中に放り込んでみるか…。駄目か…、駄目だな…。

 

< マァ、おいら強くなるから…。マァみたいに強くなるから…! >

 

辺りが一面の草原へと変わる。

ぎょっとして辺りを見渡すと色違いのエンテイ・ライコウ・スイクンが居る傍の空中に時の波紋が見えた。

 

「ここはゾロア達の故郷だ…」

「ゾロア達の…?」

< マァ!一緒に帰るんだゾ! >

 

辺りを見渡しているサトシの腕の中に居るセレビィへと視線をやるとセレビィと視線が合った。

確かセレビィは植物や他のポケモンに生命エネルギーを分け与える力があったはず…。

 

「セレビィ、ゾロアークに生命エネルギーを」

「レビィ!!」

 

サトシの腕からセレビィが飛び上がる。

よろよろと飛びつつも時の波紋の中へと入って行ったセレビィを確認してからゾロアークの外傷の処置をしていく。

 

「レビィ~!!」

 

力が戻ったらしいセレビィが時の波紋から飛び出してきた。淡い光を放ちながらセレビィがゾロアークの額へと手を当てる。

セレビィから直接、生命エネルギーを与えられたゾロアークの体が光を放つ……。

 

< あ! >

 

ゾロアが声をあげるとゾロアークが両手を付いて起き上がった。

ゾロアークがゾロアに向かって小さく頷くとゾロアは涙を流しながらゾロアークへと抱き付いた。

 

< マァー!!マァ、マァ!! >

 

セレビィが私の肩に座った瞬間、辺りはゾロア達の故郷の姿から元の姿へと戻って行く。ゾロアの幻影が消えたようだ。

 

< やっぱりマァは強いゾ!! >

 

親子の姿にヒカリが目元の涙を拭っていたが私はチラリと肩に座ったセレビィへと視線をやった。

時の波紋が消えてしまったが…、勿論、私たちは帰れるんだよ、な…?

 

「良かったわね、ゾロア!」

< みんなのおかげだゾ!! >

「お前も頑張ったな!」

 

私の肩に座っていたセレビィが飛び上がりゾロアの前まで行く。

 

「レビィー」

< セレビィも元気になって良かったゾ! >

「レビィ~!」

 

セレビィが飛び回りつぼみの花を咲かせていく。

わぁ、とサトシ達が声を漏らし飛び回るセレビィを目で追った。そして今来たらしいジョーさんとトモさんもセレビィの元気な姿に安堵したように声を漏らしていた。

 

< セレビィありがとうだゾ!!お前もありがとうだゾ!! >

「お前って、私か…」

 

私が小さく息を吐けばゾロアが「ムヒヒヒ」と歯を見せて笑った。

ゾロアークも礼を言ってくれたので苦笑いを返しておく。

 

「レビィー!!」

 

行くよ、との言葉に顔を上げればスイクンが私の隣へとやって来た。肩に頬を寄せたスイクンの頭を撫でると鐘が鳴ったような音が響き渡る。

 

「!!」

 

デジャヴ!!!!

 

「セレビィが時渡りをするわ」

「え…?」

 

トモさんの言葉にサトシが驚いたように声を発した瞬間、私とスイクンの体が空中へと浮き上がる。

 

< おいらずっとお前と友達だゾ! >

「わぁああ!!シンヤさーん!!」

「ぅおッ!?」

「ビィー!!!」

 

観光もしてないのに強制送還!?!?

 

「レビィ~!!」

「セレビィ、お前ぇええ!!!!」

「「「シンヤさぁああん!!!」」」

 

結局、ポケモン・バッカーズってどんなスポーツだぁあああああああ!!!!

 

*



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15

全然遊んでないとミロカロスが駄々を捏ねるし、セレビィの奴はいつの間にか居なくなってたし、スイクンは庭で勝手に昼寝してるし…。

チルットから聞けば、なんと出掛けて2週間も経っていると言うじゃないか…。

 

「時間と労力だけを無駄にした…」

 

*

 

風呂に入って一日休んで、朝起きればミロカロスに泣かれた。

 

「あーそーびーたーいー!!!」

 

あーそーびーたーくーなーいー…。

人の膝の上に座り込んで胸に顔を押し付けてくるミロカロスの服を引っ張ってみるが全然離れない。

チルットが用意してくれた朝食を食べながら、わんわんとうるさいミロカロスを無視した。

 

「オレも遊びたいぃいい!!」

 

ブラッキーまでミロカロスの我儘に便乗する。

結局、出掛けたとは言ってもほぼボールの中に居たから気持ちは分からないでもない。私も店内で本を読んでいただけだったし。

床を転がるブラッキーを見てチルットが「そうだ」と声を発した。

 

「近くの森にピクニックに行くのはどうでしょう?」

「ウバメの森は薄暗いから嫌ー…」

「近くにハテノ村がありますよ」

 

ハテノ村と隣接してある森か…、あの大きな川と滝がある所だな…。アサギからも大分近いし…悪くないな。

特に観光スポットもあるわけじゃないし、のんびり昼寝も出来そうだ。

 

「出掛けるか」

「行くの!?マジで!?」

 

膝の上に座っていたミロカロスが飛び上がった。

私が了承したのがそんなに意外だったのだろうか、私だって疲れてる時はのんびり昼寝でもしたいんだ。

 

「やったぁあああ!!」

「それ、スイクンも行くわけ?」

 

ミミロップの言葉に私は頷く。

綺麗な川があればスイクンも休めるし丁度良いだろ。

はしゃいでいたミロカロスが途端に静かになって床に膝を付いた。

 

「じゃあ、ワタシ行かなーい」

 

ミミロップは家に居たいらしい。床に膝を付いたミロカロスが小さくガッツポーズをする。…本当にお前たちはお互いが嫌いだな。

 

「俺も残りますから、代わりにチルットを連れて行ってあげて下さい」

「え、チルですか!?」

「ずっと家事をしてて疲れてるだろうし息抜きにね、家の事は俺が代わりにやっておくから」

「あ、ありがとうございます!!」

 

トゲキッスにペコペコと頭を下げるチルット。

良いですか?とトゲキッスに聞かれて勿論、と頷き返す。

ミミロップが行かないらしいからラルトスも連れて行ってやれるな、と思った所でサマヨールがミミロップに無理やり留守番を強いられていた。

 

「…自分も残るのか?」

「なんか文句あんのか!!」

「いや…文句は無いが…、なん…」

「シンヤー、サマヨールも留守番でー!!」

 

別に好きにしてくれて構わないけどな……。

サマヨールを黙らせたミミロップがドンと胸を叩く。

 

「シンヤはのんびりして来れば良いよ!代わりにワタシ達でポケモンフードとか作っておくからさ!」

 

それは助かるな。

2週間も経っていたらしいので作り置きもほとんど無いし、家に集まる野生ポケモン達が食べる分も無くなってしまう。

やれやれ、といった様子でサマヨールが小さく溜息を吐いた。

 

「シンヤ、出掛けるの?」

 

庭に居たスイクンが人の姿になって首を傾げた。少し眠たげな目が可愛らしい…。

 

「近くにある森にな、ピクニックだそうだ」

「近くの森は…セレビィの森だね」

 

ニコリと笑ったスイクンにへぇと相槌を打つ。

あそこセレビィの森なのか…初耳だ…。

 

「森には命の湖もあるし、良い所だよ」

 

大層な名前だな、と思いつつ頷く。

温泉みたいに効能なんてものがあるのだろうか……。

 

「行くのなら野生のポケモンに聞くと良い」

「一緒に行かないのか?」

「眠たいから…先に行って少し休んでおく…」

 

スイクンの言葉に頷けばスイクンは一瞬でポケモンの姿に戻る。

風が起こった時に目を瞑るともうすでにスイクンの姿は無かった。さすが北風の化身、速いな…。

 

「私も用意するか…」

 

カバンの中に荷物を詰める。

中身は医療道具が大半を占めていた。機材が無い分、道具の種類も多くなるのでこれがまた邪魔だ。必要ではあると思うが…。

でも、今日は良いよな。

うんうん、と一人頷いてカバンの中から医療道具を半分ほど取りだした。野生ポケモンが怪我をしていても軽傷のものばかりだ、それを考えると別に旅をして歩き回るわけじゃないのだからこんなに道具は要らないだろう。

大怪我のポケモンなんてそうそう居ないし、沢山のポケモンが一度に怪我をするなんていう事もまあ無い。

のんびりしに行くのだから、とカバンの中に読みたかった本を詰めた。

これがまた重いのだが仕方がない。

 

「シンヤとデート、シンヤとデート!」

「え、約束したのか?」

「ううん、でもする」

「えー…」

 

ウキウキとハシャぐミロカロスを見てブラッキーが眉間に皺を寄せる。

勿論、私はミロカロスに付き合うつもりはさらさら無い。今日は読書をして昼寝をする。

手を繋いで歩くんだ、と語りだしたミロカロス。そのミロカロスをブラッキーは呆れたような目で見ている。

 

「ミロカロスー…、シンヤが好きなのは分かるよ。オレもシンヤの事好きだし…。でもな!」

「うん?」

「シンヤは男だから駄目だと思う!!」

「………なんで?」

「なんで?ってシンヤも男でミロカロスも男だろ。男同士だし、シンヤは女の方が好きだろ」

 

普通に考えて、とブラッキーが言えばミロカロスは眉間に皺を寄せる。

そんな二人の会話を聞いていた私は少しだけ感心した。ブラッキーもやっぱり成長してるんだな、今も子供っぽさは残っているが発言が常識的だ。

ミロカロスも見習うと良い…お前は常識も無ければ物を知らなさ過ぎだ…。ブラッキーみたいに雑誌でも良いから世間を知ると良い。

 

「シンヤは俺様の事スキだよ!!だって俺様がシンヤの事スキだから!!」

「え、それミロカロスが思ってるだけだろ?」

「でも俺様、捨てられてないもん」

「ちょ、ちょい待ち!ミロカロスの基準どうなってんの!?」

 

首を傾げたミロカロスに合わせてブラッキーも首を傾げる。

捨てられたら嫌われてる、捨てられないって事は好かれている…とそういう事を言いたいらしいミロカロス。

ブラッキーは私の代わりに頭を抱えた。そして話を聞いてはいるが私は会話に参加するつもりは毛頭無い。

 

「じゃあ、シンヤはオレの事も好きってことじゃん!!」

「うん」

「あれ、良いのそれ!?」

「でもなでもな、シンヤの事を一番スキなのは俺様だから!!」

「……」

「な!」

「えーっと…うん、えっと…、ミロカロスってマジで馬鹿だったんだな」

「はぁああ!?」

 

ブラッキーに馬鹿と言われてミロカロスが怒った。

怒るミロカロスにごめんごめんと謝りながらもブラッキーは苦笑いを浮かべている。

ミロカロスは馬鹿というより無知。物事を知らない、世間も知らない、常識も知らない。無知って恐ろしい…。

 

「ミロカロス、恋人同士って知ってるか?」

「知ってる。スキスキ同士だろ!!」

 

今の発言は馬鹿と言われても仕方ないな…。

ミロカロスの言葉に一瞬考えるように目を瞑ったブラッキーは「うん、そうかな!」と自分を納得させていた。

 

「じゃあ、恋人同士が何するか知ってるか?」

「んー…、デート!!」

「そんで?」

「ちゅー!!」

「で?」

「…で?」

 

ん?と首を傾げる二人。

聞いてる私の方が恥ずかしくなってきた…、傍から見れば馬鹿二人の会話にしか聞こえない…。あの二人と関わりがある自分が恥ずかしい…ここが家の中で良かった…外なら私は確実に他人のフリをする…。

 

「バカヤロー!!恋人同士っていうと大事な事がまだあるだろうが!!」

「何々!?」

「交尾!!」

「こーび!!!…って何!?」

 

ガクンとブラッキーがその場で崩れ落ちた。

いや、っていうか…ちょっと、その話をもっと詳しく話してくれないだろうか…。

ポケモンもやっぱり交配を行うのか!?タマゴが見つかる経緯がこんなくだらない状況で判明するのか!?ツバキが泣いて喜びそうな話題だぞ…!!

 

「恋人同士で大事なこと」

「そうなの!?じゃあ、俺様もシンヤとこーびする!!」

 

嫌だ。

 

「それが男同士じゃ出来ないんだぜ!」

「えぇぇええ!?!?」

 

…いや、出来ない事は…、………まあ良いか…。

 

「だからな、ポケモンのメスを好きになった方が良いって」

「ヤダー!!シンヤが良いー!!」

「っていうか、もっとそれ以前の事言ったらさ。なんでポケモンなのに人間スキになってんの?って感じなんだけど」

「シンヤはシンヤ!!」

「そんなのじゃ通じませんー。絶対にミロカロス仲間のメスとか探した方が良いって!!」

「絶対にイヤー!!!」

「気持ち良い事出来ないぞ!!」

「…それってどんなの?」

 

ぐすぐすと泣きながらミロカロスがブラッキーを見つめた。ブラッキーは少し考えてからニヤリと笑う。

あのな、と呟いたブラッキーの声は凄く小さい…!!

ちょっと待て、さっきまでと同じ声量で話せ、聞こえないじゃないか!!ポケモンの謎が一つ解明されるチャンスが…!!

 

「ブラッキー…」

「「…」」

 

ミロカロスの耳元に手を添えたブラッキーが口元を引き攣らせながらエーフィを見上げた。

いつの間に来たのか、普段よりも低い声を出したエーフィはブラッキーにニッコリと笑みを向ける。

ブラッキーもニコリと笑みを返したが顔が引き攣っている…。

 

「下品ですよ?」

「す、すみません…」

「ああ、それと恋人が居るのなら是非とも紹介して欲しいところですね。ブラッキー?」

「なななな、なんで怒ってんのぉぉお!?」

「ひぃぃ!!エーフィ、顔コワイよぉお!!」

 

ブラッキーの耳を手で捻り上げたエーフィ、なんかああいうのを見た事がある…。

あ、タケシがカスミにやられてたのか…。

ポケモンの謎は解明出来なかった。

ブリーダーとしてもドクターとしても凄く気になるところだが…エーフィを怒らせると怖いので諦める事にした。

 

「ご主人様、お弁当の用意出来ました」

「ああ、ありがとう」

「レジャーシートはどうします?」

「要らないんじゃないか?荷物はなるべく少なくしたいしな」

「かしこまりました」

 

恭しく頭を下げたチルットがまたキッチンの方へと戻って行く。

その姿が他の人の姿のポケモン達と比べてあまりにも小さい気がしたので家に置いて行こうとカバンから出したビンを手に取った。

 

「ラルトスー、ちょっと来ーい」

「ラルー?」

 

ててて、と小さな足音を立てて近付いて来たラルトス。

ラルトスの前に私が手を出すとラルトスは首を傾げて私を見上げた。

 

「変わらずの石」

「ラルー」

 

何処にしまっていたのか、取り出した石ころを私の手の上に乗せたラルトス。

そして手にしたビンの中に入っていたアメをラルトスの口の中に一つ放り込んでやった。

 

「ラルッ!?」

「……」

 

すぐにラルトスの体が光に包まれる。

光が消えればラルトスの体は一回り大きな可愛らしいバレリーナのような姿をしたキルリアへと変わる。

 

「もういっちょ」

 

ぽいっとキルリアの口にアメを放り入れて私は小さく頷いた。

キルリアはまた光に包まれて、更に一回り大きな姿へと変わり女性的な印象を与えるサーナイトへと進化した。

 

「サナー」

「残りのアメはチルットにな」

「サナ」

 

嬉しそうに笑ったサーナイトの頭を撫でる。これでメスじゃないんだから詐欺だ。

手にしたビンを振ればカラカラと飴玉が中で擦れ合う音が聞こえた。結構、量があるし…、20ぐらいは一気に上がるんじゃないだろうか…。まだ部屋にストックあるけどな。

 

「チルットー」

「どうかなさいましたかー?」

「ちょっとチルタリスになってくれ」

「…はい?」

 

一気に大量に食べさせたら体調不良を起こすなんて聞いた事無いし、大丈夫だよな。

 

*

 

カバンを肩に掛けて周りに並ぶ連中の姿を確認する。

横に立っている男を見たミロカロスの表情は極めて険しい…。

 

「誰、コイツー…」

「サーナイトだ」

「進化させて頂きましたので、ワタクシも人の姿になってみましたの。いかがです?」

 

ニコリと笑ったサーナイトを見てミロカロスが眉間に皺を寄せながら「まあまあ」と返事をした。

サーナイトに進化させたとミミロップに言えば、ミミロップから「アイツ、カマ野郎だから」と言われた。心は乙女とか言う奴なんだな

そういえば昔はミミロップ…ラルトスの事を嫌ってたっけ…。今はそうでもないみたいだが。

 

「シンヤに近付いたらぶっ殺す…!」

「いやん、ミロカロスさん怖いですよっ。それにワタクシはどちらかと言うとミロカロスさんの方が好きですわ」

「ひぃぃぃい!!!!」

「可愛くて綺麗な人、大好きですから!」

「あり、ありがとぅ…でも、近寄るな…」

 

ミロカロスが押し負けている…!!

その光景を見てケラケラと笑うブラッキー。むすっとした顔でブラッキーを睨むエーフィ、そして弁当の入ったバスケットを両手で持ったチルタリス。

今日のボールは5個だな。

 

「サーナイトも変わってて面白ぇけど、チルタリスも背伸びたよな」

「はい!トゲキッスさんみたいにご主人様を乗せて飛べないのは残念ですけど、持ち上げられるくらいには逞しくなれました!!」

「更にふわふわになって気持ち良いですよね」

 

ブラッキーとエーフィに頭を触られたチルタリスが頬を染める。

ふわふわだよな、私は今日絶対にチルタリスを枕にして寝るつもりだ。

 

「さてと、そろそろ行くか」

「ピクニックー!!!」

「ミロカロス、向こう着いたらバトルで勝負だからな!!」

「シンヤとデートしたいから嫌!!」

 

…私は着いたら寝るぞ。

 

*

 



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16

「ブラァアー!!」

「ミロォオオ!!」

 

…うるさい。

もそもそと動いてチルタリスの羽毛に顔を埋める。

命の湖の場所を野生ポケモンに聞いて辿り着いたのだが私がそうそうに寝たら途中までミロカロスがぶーぶーとうるさかった。

そして静かになって、ふっと意識が落ちた所でこの声だ……。もっと離れた所でバトルしろ…。

 

「サーナイト…今、何時だ…?」

「もうすぐお昼ですわ」

 

あんまり寝れてない…。

人の姿のままミロカロスとブラッキーのバトルを眺めていたサーナイトが私を見てニコニコと笑う。

 

「…お前、こうして見ると男には見えないぞ」

「ま、嬉しいっ。ワタクシ綺麗ですか?」

「綺麗綺麗」

 

うんうん、と少し適当だったが嘘では無いので頷いて返す。

サーナイトがきゃっきゃっと喜んでいるのは分かるが私は体を起こして欠伸をした……。

 

「よいしょっと…」

「悪いな、疲れたか?」

「いいえ、全然」

 

ポケモンの姿のまま私の枕になっていたチルタリスが人の姿へと変わる。

傍に置いてあったバスケットを手に取ってニコリと笑った。

 

「お昼に致しますか?」

「そうだな、食べてからまた一眠りするか」

「ふふふ、食事の後に寝ると太りますわよ」

「私は太らない体質なんだ」

 

また欠伸が出そうになったので欠伸を噛み殺して髪の毛を撫でる。うん、寝ぐせは無いみたいだ。

 

「太らない体質って具体的にどういったものなんでしょう?ワタクシもその体質になりたいのですが…」

「基礎代謝が生まれつき活発でな、何もしてなくてもカロリーを消費するから太り難い」

「なら、その基礎代謝を上げれば良いのですね。どうすれば上がるんです!?」

「運動して筋肉を付ける。基礎代謝は筋肉の量に比例してるからな」

「嫌ですわ…筋肉を付けるのは…」

 

綺麗に痩せていたいのに…とぶつぶつと呟くサーナイト。お前、本当に女みたいな事言うんだな…。手持ち唯一の紅一点、サーナイト。しかし心だけ。

 

「シンヤはそんなに筋肉があるように見えませんわよ!!」

「体脂肪が無いんだ、脂肪が!」

「はぁん…なるほど、脱いだら実は凄いとか言うのかと思いましたわ…」

 

なんかお前の発言は鼻に付くな…。

言っておくが私は貧弱では無いぞ、脱いだらそれなりだ。…多分。

 

「でも、食べても太らないなんて不思議ですね」

「チルタリスは可愛げがあるな」

「え?」

「失礼な、ワタクシも可愛げくらいありますわ」

 

自分で言う辺り可愛げが無い。

溜息を吐いて腰にかけていた上着を着る。

 

「食べても太れない燃費の悪い人間の気持ちなんて分からないだろうな」

「分かりませんわ、だって食べた分だけ太る燃費の良い生き物は嫌ですもの」

 

クスクスと笑うサーナイトに苦笑いを返す。

女はスレンダーで美しくいつも可愛いね綺麗だねと褒められたいんですの。と言い放ったサーナイト。お前、オスだろうが…。

 

「…ちょっと丸くて抱き心地が良い方がモテるんじゃないか?」

「あぁん、シンヤの好みが"ちんちくりん"だったなんて幻滅ですわ~…、ミロカロスさんが泣きますわよ?」

 

だからミロカロスもオスだろうが…。

サーナイトとくだらない話をしている横でお食事のご用意が出来ました、と笑顔で言ったチルタリスの頭を撫でる。

 

「献身的なのが可愛いと思うぞ、私はな」

「ならミロカロスさんの何処が駄目なんです?」

「…駄目なんて言ったか?」

「あら?」

 

*

 

「シンヤ、シンヤ、はい、あーん!」

「…今、食べてる」

「あーん!」

 

この私の口の中にすでに噛み砕いている途中の米が入ってるのが分からないのか。私の右手に握り飯があるのが見えないのかお前は。

もぐもぐと口を動かしているというのに私の口に玉子焼きを押し付けるミロカロス

ぶん殴るぞ。

 

「あーん!!」

「……」

 

口の中に米が入ってる状態で玉子焼きを口に入れた。口の中がもさもさする。

横で見ていたチルタリスがお茶の入ったコップを手に取った。そのコップを受け取ろうとしたらミロカロスが先に受け取った……。

 

「はい、あーん!!」

「(…コイツ!!)」

 

口の中にまだ米と玉子が入ってるというのにコップを口元に押し付けてくる馬鹿!!もうお前は馬鹿だ!!ただの馬鹿だ!!

見ていられなくなったらしいエーフィがミロカロスの腕を掴んだ。

 

「ミロカロス、自分もちゃんと食べなさい」

「えー…」

「おにぎりと玉子焼き、口に詰めますよ?」

「た、食べる…」

 

コップを置いてミロカロスが自分の分の昼食を食べ始めた。

エーフィ、ナイスフォロー。

すかさずミロカロスが置いたコップを手に取って口の中の物を胃へと流し込んだ。

おにぎりの米と具の昆布そして玉子焼き、決して合わないわけでは無いが絶妙に不快だった。別々にゆっくり食べるのが一番だ。

 

「…なんか、ザワザワしてねぇ?」

 

おにぎりを口の中に放り込んで辺りを見渡したブラッキー。

釣られて同じように辺りを見渡してみたが特にこれといって何も無い。

 

「そうですね…、少し変ですね」

 

ブラッキーの言葉にエーフィが同意した。

私の周りの連中も頷いている…ポケモンって不思議な生き物だな…。

 

「オレ、ちょっと見て来る」

 

おにぎりを食べ終わったブラッキーが指を舐めながら立ち上がった。

そのまま走って行ったかと思うとすぐにポケモンの姿に戻って茂みの中へ飛び込んだ。アイツ、野生的だな…、あのまま人間に捕獲されて帰って来ないんじゃないだろうか……。

ブラッキーが様子を見に行って、少しすると遠くの方で爆音やら木々のへし折れるような音が聞こえて来た。

 

「嫌な音ですわ…」

「チルも見て来ます」

 

ブラッキー同様、ポケモンの姿に戻って空へと飛び上がったチルタリス。

ゆっくりランチというわけにもいかないのだろうか…、サーナイトに視線をやればサーナイトはコクリと頷いて弁当をバスケットに戻し片付けを始めた。

まだ上空に居るチルタリスを見上げればチルタリスはすぐに下降して人の姿に戻った。

 

「へ、変な物体が!!!」

「「「「変な物体?」」」」

 

チルタリスの言葉に首を傾げた時、少し離れた場所に閃光が走る。

木々をへし倒し、湖の中央辺りで閃光が消えたと思うと物凄い爆音を立てて爆発した。

湖の水が辺り一面に広がる。

 

「ッ!!!!」

 

その水圧に当然、吹っ飛ばされた。

 

*

 

「げほげほッ!!!…ッく、ごほッ…!!」

 

水中の中に爆弾でも仕掛けてあったのか疑うな。

まあ、あの強力過ぎる攻撃を放ったのが何かの方が疑問だが…破壊光線、何発分だ…くそ…。

 

「ミロー…」

 

ゴツンと私の頭に軽い頭突きをしたミロカロスが心配そうに私の顔を覗き込んだ

大丈夫、と声は出なかったがミロカロスの頭を撫でて頷く。

咄嗟にポケモンの姿に戻って私を水圧から守ってくれたミロカロスには感謝だな。あの水圧を人間の私がまともに受けていたら腕の骨やらあばら骨やらが確実に折れてた…。

 

「けほッ…ぁりがとな…」

「ミロォ」

 

ずぶ塗れになりながら辺りを見渡したがエーフィ、サーナイトの姿が無い。水圧で吹き飛ばされたんだろう。

飛んで逃げたらしいチルタリスが私のカバンを持って近付いて来た。

 

「チルゥー」

「すまん、助かった」

 

大事な物やら医療道具が入ったカバンを死守してくれたのは助かる。これを駄目にしたらジョーイに笑顔で撲殺されるかもしれない…、免許とか入ってるしな…。

 

「しかし…なんなんだ…」

「チルー、チルゥー」

 

向こうから変な物体が来てる、飛行船のようなものも見えた。と…。

十中八九、その変な物体が攻撃して来たんだろう。ポケモンなのだろうか、でも、ディアルガ、パルキアくらい巨大なポケモンや力のあるポケモンならこれぐらいの攻撃は出来そうだ。

湖に視線をやれば底の土やらで、かき回されたせいで綺麗だったのに酷く淀んでしまっている…まあ、スイクンが来れば元通りにはなるか…。

 

「ミロォオ!?」

「ん?」

 

湖から顔をあげれば変な物体が目で確認出来るまで近くに来ていた。

あの攻撃が通った部分だけ草の一本も生えてないんじゃないだろうか…地面も抉れてしまっている…。

というか、チルタリスの言ってた通り…本当に変な物体だ。他の何かに例え難い。

近くを飛んでいる飛行船…というより、空飛ぶ水上用ボートに見えるが…。その飛行船が変な物体に攻撃されて湖の方へと落下してくる。

おお、上手く着水出来たな…と見ていたら変な物体は止めと言わんばかりに更に攻撃を放った。乗船してる人間を殺す気か!!

沈んだのかと見渡したら、水圧で陸に打ち上げられたらしい。向こう岸に居る船から顔を上げた連中が見知った顔だったので「またか!」と思う反面、無事で良かったと息を吐いた。

 

「向こうまで行くぞ」

「ミロ!」

 

水面へと飛び込んだミロカロスの背に立って向こう岸を目指す。不安定だがサーフボードの上に立っていると思えば大丈夫だ。サーフィン経験は無いけどな。

水面で移動して船が近付いたら陸へと上がり、ポケモンの姿のままのミロカロスとチルタリスと共に船へと近付いた。

 

「大丈夫か?」

「シンヤさん!!大丈夫です、でもなんでここに?」

「家が近くでピクニックに…」

 

来てた、と言わずともカスミ達が「あぁ…」と声を漏らした。

災難でしたね、という言葉は言われずとも伝わってきた…。本当に災難続きだ…。

 

「これは一体どういう状況なんだ?」

「変な仮面の男がセレビィを邪悪なポケモンにしちゃったんです!!」

「…は?」

 

コテンと首を傾げたらカスミが「もー!」と声を上げる。もーと言われてもな…。

サトシ達がセレビィの所に行ったから追いかけないと!と言われてミロカロスと顔を見合わせてタケシ達の後を追いかける。

変な物体の傍に本当に変な仮面の男が居た…。あの変な物体がセレビィらしいが状況はよく把握出来ない。

呆然と眺めていると仮面の男がセレビィに攻撃の指示を出す。サトシと見知らぬ少年に攻撃が当たると思った瞬間、目の前を風が横切った。

 

「あれは!!北風の化身!!」

「スイクン!!」

 

サトシと少年を背に乗せたスイクンが颯爽と地を駆ける。

カッコイイ登場だな…。

でも出来ることなら私が水圧に吹っ飛ばされた瞬間に助けに来てくれればもっと良かったのに…エーフィ達ともはぐれたし…。

仮面の男の立っていた枝を折ったスイクンがサトシと少年を乗せたまま仮面の男を見やる。

どうやらスイクンはサトシ達を乗せてセレビィの所へと行くらしい。

滑稽だと言わんばかりに笑った仮面の男はボールからバンギラスを出した。スイクンに向かって破壊光線をしようとするバンギラスを見てタケシがボールを投げてイワークを出した。

イワークに体当たりされたバンギラスの攻撃は標準を変えられてスイクンから外れる。

イワークとバンギラスがバトルし出した隙にスイクンはサトシ達を乗せて変な物体…セレビィの所へと向かう。

しかし、あのバンギラス…強いな。力もそうだが技の威力も相当のものだ。

 

「ミロカロス、ハイドロポンプ」

「ミロォオオ!!!」

 

イワークがバンギラスから少し離れた隙を狙って指示を出せばバンギラスは後方へと大きく吹き飛んだ。

すかさず起き上がったイワークが尻尾でバンギラスを湖の方へと叩き飛ばす。ドボーンと大きな音を立ててバンギラスが湖に沈んだが…、泳げるのかバンギラス。

少し心配しながらも湖を眺めていると体力の限界だったんだろうイワークが地面に倒れた。

 

「イワーク!!よくやった!!」

 

タケシがイワークをボールに戻す。

そして私がスイクンに視線をやればスイクンは小さく頷いた。

 

「気を付けてサトシくん、ユキナリくん!!」

「ミロカロス、ハイドロポンプ。チルタリス、りゅうのいぶき!」

「ミロォオオ!!」

「チルゥウウ!!」

 

変な物体の多分、顔。

そんな風に思う場所へと攻撃するミロカロスとチルタリスに加え、スイクンが同じように攻撃を放つ。

多分、腕。がスイクンに向かって殴るように攻撃した。後退してかわしたスイクンは腕を伝って再びセレビィが居る場所へと駆け上がって行く。

するとスイクンの体が草の蔓のようなもので捕まった。

 

「あーあー…」

 

小さく声を漏らすと仮面の男の言葉を合図に草の蔓に電撃でも走ったのかスイクンが痛みに悶える声をあげる。

その苦しむスイクンを見て仮面の男が笑った。

 

「私に逆らう者はこうなるのだ!!」

「……」

 

ムカ。

 

*

 

草の蔓が動いた拍子にサトシ達がスイクンの背から落ちてセレビィの方へと転がり落ちた。

それを確認してから私は仮面の男へと視線をやる。

 

「オイ、お前」

「んん?なんだ貴様は!」

「変な格好して…なにマンだお前は!!恥ずかしくないのか!!自分の年を考えて自重しろ!!」

「な、なにぃ!?」

 

ビシッと私が指を差して言ってやれば後ろからクスクスと笑い声。

振り返れば人の姿をしたエーフィとサーナイトが居た。

 

「なにマンだ!!って…!!シンヤさんホントたまにそういうこと真剣に言いますよね」

「正義のヒーロー気取るんならもっとカッコイイ人の方が良いですわ、あれはまさに悪者って感じですし、なんとか男爵とか名乗ってそう…クスクス」

「何言ってるんですか、男爵なんて地位は勿体ないですよ。ほらあの仮面の頭から髪の毛が出てるのがトレードマークっぽいですから、タマネギマンで良いじゃないですか」

「タ、タマネギマン…!!」

 

二人で何か盛り上がってるな…。

エーフィとサーナイトに馬鹿にされた仮面の男、顔は見えないが多分真っ赤になって怒ってるんだろう…。

クスクスと二人が喋っている間に何かあったのかセレビィが勝手に動きだした。

仮面の男が慌ててセレビィに呼び掛けるがセレビィは湖の方へと進んでいく、周りには集まった野生のポケモン達がセレビィの名を呼び励ますように声を掛けている。

セレビィの操る物体が湖の上を進む…。

仮面の男も物体の足の方に乗ったまま一緒に行ってしまったので、こうなってはどうしようもない。いざとなったらミロカロスとチルタリスに指示を出してサトシ達を助けに行ってもらうか…。

眺めていると草の蔓から開放されたのかスイクンが湖へと飛び込んだ。

それを合図に変な物体がどんどんと崩れて湖に沈んでいく…、その物体の中からセレビィの力で浮いたサトシ達が出て来た。

どうやらセレビィも正気に戻ったらしい。正気を失った経緯は知らないけどな…。

空に浮いたままこちらに戻って来るのかと思っていたらドンドンと下降して途中で降りてしまった。カスミに腕を引かれてサトシ達が降りた場所へと向かう。

無事に脱出して陸に上がっていたらしいスイクンが駆けて来た。

 

「お、スイクン」

「クォオ」

 

ポンとスイクンの額のクリスタルに手を乗せた。攻撃を受けていたが意外と元気そうだ。

サトシとユキナリというらしい少年が戻って来た。戻っては来たが…セレビィを抱きかかえたサトシが私を見て情けない表情を浮かべる。

 

「?」

「良かった…」

「良くやったぞ!」

「本当に良くやった…!」

 

カスミ達がサトシ達に労いの言葉を掛けるがサトシは返事を返さない。

 

「どうしたの?」

「セレビィが…セレビィが…!」

 

サトシが抱えるセレビィに視線をやればみるみる生気を失い萎れたようになってしまった。

カスミ達が言葉にならない声を上げた。

 

「シンヤさん…!!セレビィを!!」

「……」

 

私が眉を寄せればサトシが口を一の字にした。

 

「水だ!!水に浸ければ!!」

 

タケシの言葉にサトシはすぐにセレビィを湖の水の中へと浸ける。

でも、セレビィに反応は無い。

 

「ダメだ…!」

「どうして…」

「森を壊したせいだ…、命の水も死にかけているんだ…」

「そんなぁ!」

 

カスミが目に涙を溜めながら俯いた。

すると一緒に居た女性が声をあげる。

 

「スイクンは!?ねぇ、スイクンは水を綺麗にする力があるんでしょう!?」

「スイクン!湖の水を綺麗にしてくれ!!」

 

女性の言葉にユキナリという少年もスイクンへと縋る。

命の湖にどれだけ力があるのかは知らないがあのセレビィの状態はもう私にはどうすることも出来ない…、チラリとこちらを見たスイクンに頷き返す。

もし、湖を綺麗にして助かるのなら…という一抹の希望を抱いて…。

スイクンが咆哮し、光り輝く。

軽やかに湖の上をスイクンが走ればスイクンが足を付けた場所からどんどん湖の水が綺麗になっていく。

湖一面を光が包みこむと湖は元の美しさを取り戻した。

 

「わぁ…」

「やったぞ!」

「これがスイクンの力…」

 

湖が綺麗になったのを確認してサトシが再びセレビィを湖へと浸けた。

 

「セレビィ、綺麗な水だよ」

 

そうサトシがセレビィに囁いたがセレビィに反応は無い。

駄目なのか、と杖を付く女性が呟いた。

 

「セレビィ!!死んじゃ駄目だ!!」

 

サトシがどう話しかけてもセレビィは反応しない。

サトシ達の目から涙が零れるのを見て、私はサトシ達から視線を逸らした。

何もしてやれない自分が情けない…小さく息を吐けばスイクンが私の手に頬を寄せた。ミロカロスがまた私の頭に軽く頭突きをくらわせる。

眩暈がした…。

 

「セレビィは悪くないんだ。セレビィを操った人間が悪いんだ。セレビィは悪くない!なのにどうして!!どうしてセレビィが死ななきゃならないんだ!!」

 

ユキナリの言葉にサトシ達が目を伏せる。

野生のポケモン達が各々で鳴き声をあげた、言葉ではない…ただただ声をあげている。

スイクンもミロカロスもチルタリスも声をあげた。人の姿のままのエーフィとサーナイトは目を瞑り下を向いていた。

 

「シンヤー!!!」

「!?」

 

今まで何処に居たのかブラッキーが野生ポケモン達を飛び越えて走って来る。

私に体当たりをするように突っ込んできたブラッキーはニッと悪戯っ子のように笑みを浮かべた。お前、この状況の空気を読め。

ブラッキーを睨むが全く気にしてないのか笑みを浮かべたままブラッキーは私の耳元に手を添えて小さな声で呟いた。

 

「アイツが時間を間違えた詫びをするって」

 

アイツ…?

私が眉を寄せた時、ゴォンと鐘が鳴るような音が聞こえた…。

空に眩い光が現れてサトシ達も顔を上げ光を見上げた。

 

「…時渡り?」

 

アイツって、セレビィか?

 

「これは…?」

「時渡り、時渡りの音…!!」

 

光から沢山のセレビィが現れた…。

空をくるくると回りながら下に居る私たちを見下ろしている。

どういうことなのか混乱していると、サトシに抱きかかえられていたセレビィが三体の他のセレビィ達によって空中へと浮きあがった。

幻想的な光景をただただ見つめる。

他のセレビィが生命エネルギーを分け与えている…、森の木々もまるで呼吸をするように輝きだした。

生命エネルギーを与えられたセレビィが息を吹き返した。ポケモンってなんでもありだな、と思うと小さく笑みが零れる。

サトシ達もセレビィの元気な声を聞いて顔に笑みを浮かべた。

 

「森の守り神は森に命を与え、時を渡る」

「セレビィには仲間が居たんですね!」

「オレ達にもな!」

「「うん」」

 

元気になったセレビィを確認した他のセレビィ達はまた自分達の住む場所へ帰る為に時の波紋へと戻って行く。

そして見知ったセレビィが私の前に来てニコリと笑った。

 

「レビィ!」

 

片手をあげたセレビィは仲間達と一緒に帰って行った。

そうだな、次に会ったら拳骨の一発でもくれてやろうかと思ってたが…今回のでチャラにしてやる。

サトシ達が元気になったセレビィに向かって手を振る。

のんびりのつもりで来たがとんだ災難に巻き込まれた、でも滅多に見れないであろうものを見せてもらったので良しとしよう。

小さく息を吐いてスイクンの背にもたれ掛かる。

 

「ん?そういえば、あの仮面の男は何処に行った?」

 

抱いた小さな疑問を口にした瞬間、サトシ達の目の前に水飛沫が上がる。

あの仮面の男が近付いて来たセレビィを両手で鷲掴みにして捕まえたのだ。なんて懲りない馬鹿…いや、執念深い男なんだ。

 

「セレビィ!!」

「これは私のものだ…、誰にも渡さない!!」

「させるもんか!!」

 

サトシが仮面の男に向かって行ったが仮面の男は背に背負っていたらしいロケットのようなもので空へと飛び上がった。

そしてサトシはその仮面の男の足にしがみ付いて一緒に行ってしまった…。サトシも相変わらずの奴だな…。

 

「サトシー!!」

 

上空でサトシのピカチュウが十万ボルトを放ったんだろう。小さな爆発が起きたのが見えた。そして真っ逆さまに地上へと落ちてくる。

サトシは上空でセレビィの力で止まった、ほっと安堵の息を漏らしたカスミ達が走ってサトシが降りて来る方へと行ってしまった。

 

「…じゃあ、私達は仮面の男の方を見に行くか…」

 

死体になってたら回収しないと目覚めが悪いしな。

サトシ達と一緒に居た女性達に一声掛けるとコクンと頷き返された。

仮面の男は無様ながらも木をクッションにしながら落ちて来たので命の心配は無さそうだ、あの"R"のマークはロケット団なのだろうか…。

そうだとしたらロケット団はタフな人間ばっかりだな。

情けない声を出して地面に落ちて来た仮面の男、起き上がった拍子に仮面が取れてしまったのでただの男だな。

 

「お前のようなバカもんは私が性根を鍛え直してやる!!」

 

周りには野生のポケモン達、逃げ場は何処にも無い。

 

「ニューラ、ハッサム…!!あ、あれ?あれ?無い!!」

 

男が胸に手をやったがそこにボールは無い。

腰に手を当てて自慢気に三つのボールを見せびらかすブラッキー…お前、いつの間に拾って来たんだ…。

男が顔を青ざめさせて情けなく声を発した。

 

「ご、ごめんなさい…!!許して下さい!!」

 

キャタピーやビードル連中の"いとをはく"で拘束された男を見てエーフィとサーナイトがクスクスと笑った。

 

「森は許してくれないようだね」

 

女性の高らかな笑い声が響いた。

やれやれ、一件落着だとみんなで湖の方へと戻って来る。

私はサトシ達から離れた場所でブラッキーが地面に黒いボールを叩き付けるのを眺めていた。ボールからはニューラとハッサムが出て来た。もう一個は空だったがバンギラスのだろうな。

自由だぜ、とのブラッキーの言葉にニューラとハッサムは森の方へと走って行った。

 

「スイクン!!ありがとう!!またいつか会おうぜ!!」

「ピカ!!」

 

そう言ってスイクンに手を振るサトシ達。

スイクンはサトシ達の方を振り返ってから私の背中を鼻で突いた。

 

「私達も帰るか」

「遊び足りねぇけどな」

 

ニシシと笑ったブラッキー。

お前絶対に満喫してただろ…。私が水圧で死にかけた事も知らないで…。

ポケモンの姿のままのミロカロスとチルタリスをボールに戻してカバンを肩に掛け直す。

 

「じゃあな」

「え、シンヤさんも一緒に行くの!?」

「疲れたから帰る」

「スイクンとですか!?」

「友達だからな、良いだろ?」

 

良いなー!!、と素直に返事をしてくれる辺り子供だな。

ヒラリと手を振ればサトシ達は手を振り返してくれた。ユキナリとかいう少年とあまり話は出来なかったがまあ良いだろう。

さて、帰るか。

 

*

 

「うぇーい!!歩き疲れたぜー!!」

 

嘘吐け。

ソファに横になったブラッキーの足をエーフィが叩いた。

 

「ちゃんと座りなさい」

「はぁい」

 

いそいそと言われるままに座り直したブラッキーを見て小さく笑う。

母親と子供みたいだな。

ボールからチルタリスとミロカロスを出してやれば二人はすぐに人の姿になってぐっと背伸びをした。

 

「なんだか大変な一日でしたね」

「そーだよ、遊んだ気しねぇもん!!」

 

苦笑いを浮かべるチルタリスに頬を膨らませるミロカロス。

お帰りなさい、と出迎えてくれたトゲキッスの頭を撫でるとワタシもとミミロップが間に割り込んできた。

 

「結局、ランチも中断してしまいましたものね」

「ゆっくり昼寝も出来なかったしな」

 

溜息を吐けばサマヨールがキョトンとしたように私を見つめた。

 

「何か…あったのか…?」

「色々な」

 

夕食の時にでも話してやると言えばサマヨールはコクリと頷いた。

それを聞いていたチルタリスがパンと両手を叩いた、驚いてチルタリスの方に視線をやればチルタリスはニッコリと笑った。

 

「今日は庭でお夕食に致しましょう!」

「おぉ!!良いねー!!」

 

チルタリスの言葉にブラッキーが両手をあげて喜んだ。

賛成賛成、とハシャぐ連中を見て私も今日くらいはと賛同する。

夕食の用意をするとチルタリスとトゲキッスとサーナイトがキッチンへと行った。夕食の間まで本を読もうとソファに座って本を開けばブラッキーがドンとテーブルに片足を乗せる。

 

「聞いてオレの武勇伝!!」

「足!!足を下ろしなさい!!」

 

ベチンとまたエーフィに足を叩かれたブラッキーはしゅんとしつつ、足をテーブルから下ろした。確実に躾けられている…。

 

「森の様子を見に行ったオレは森に居たポケモン達から話しを聞いて状況を把握したわけ!把握はしたけど歩いてたらシンヤ達の居る場所分かんなくなっちゃってー!!」

 

帰って来ないと思ったら迷子だったのか。

 

「その後、ばったりセレビィの奴と会ってさー!!アイツ普段はあの森の近くに居るみたいでホント偶然!!そっからセレビィと喋ってたらなんか仲間が過去の世界から来てるとかなんとかで助けるにしてもとりあえず自分だけじゃどうにもなんないから仲間呼んでくるってどっか行っちゃって。オレもシンヤの所に走って戻ったわけよ」

 

全く意味分かんねぇよ、とミミロップから辛辣なツッコミを貰ったブラッキー。

でも、私はなんとなく分かった。

エーフィの方はサーナイトと一緒に水圧で吹き飛ばされたけど変な物体を目指して歩いてたら私を見つけたそうだ。

 

「俺様、ポケモンの姿のままだったから我慢したけどタマネギマンに超笑った!!」

「それを言うならシンヤさんの発言が面白かったんですよ」

「え、何?シンヤなんて言ったわけ?」

「凄く奇抜な格好で仮面を付けた男が居たんですけどその男にシンヤさんがね…」

 

別にウケ狙いで言ったわけじゃない。

そう言ってやりたかったが何を言っても駄目だと思ったので諦めて本へと視線を戻した。エーフィ達の会話なんてシャットアウト。全く何も聞こえない、という事にした。

 

「主は時々、天然だ…」

 

そのサマヨールの発言も聞こえてしまったが聞こえなかった事にした。

私は天然じゃない…。心の中で不満を言いつつ本のページを捲る。

そういえば、とサトシ達と一緒に居たユキナリという少年を思い出した。

名前を聞いた時にユキナリという名前なんだなとは思ったが…、今こうして考えてみるとあれだな…オーキド博士と名前が一緒だな。

あの人の名前は確かオーキド・ユキナリだったはず。

名前が一緒だと思うと、あの眉の辺りが似てるような気がして思わず笑みが零れた。

 

「ふふ…っ」

「何?面白い本?」

 

私が笑ったのに気付いたらしいミロカロスが私の手元の本を覗き込んだ。

別に、と返事を返せば不満気に頬を膨らませる。

本なんて全然読めてない、ただページを捲ってるだけだ。

 

「シンヤ…」

「ん?」

「今度はちゃんと二人でデートしよう!」

「…」

 

な!と同意を求めるように笑顔を向けられた。

少し考えてからミロカロスに視線をやると期待のこもった目と視線が合う。

 

「近くの店に買い物でも良いか?」

「うん、良いよ!」

 

嬉しそうに笑ったミロカロスに笑みを返す。

コイツは本当に安上がりだな…。

首に腕を回してぐりぐりと肩に頭を押し付けてくるミロカロスに軽く首を横に倒して頭突きをくらわせる。

 

「離れろ」

「やーだー」

 

クスクスと笑いながら顔を上げたミロカロスと視線が合った。

赤い目の中に私が映っている…。

キッチンから「用意が出来たので運ぶの手伝って下さーい」とトゲキッスの声が聞こえてブラッキー達が会話を止めてキッチンへと歩いて行く足音が聞こえた。

 

「俺様も手伝…」

―――――ちゅ…

「!?」

 

ミロカロスが頬を押さえて私を見たが私は本に視線を戻した。

え?え?とうろたえるミロカロスの声が聞こえたが顔は上げない。が、内心、舌打ちをする。

タイミング良く顔を逸らされた……。

 

「くぉら!!低能!!さっさと手伝え!!」

「え?あ、うん…って、低能って言うな!!」

 

私を見つめる真っ赤な目が妙に色っぽく見えたから、理由はこれだな。

 

*



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17

 

大大大大、大ニュース!

って、どんなニュースなんだろうな……。

電話画面の向こうでニコニコと笑うツバキに頷き返す。

通話ボタンを押した途端に大ニュースと言われても内容が分からなければ反応も出来やしない。

 

「で、何のニュースだ?」

<「ぷぷぷー!!知りたい?知りたいですかシンヤさーん!!どうしよっかなー!!言っちゃおうかな―!!ふっふっふーん!!」>

「切るぞ」

<「ちょちょちょちょちょー!?!?」>

「これから買い物に出掛けるんだが…」

<「カイリューに乗ってシンヤさん家行きます!あたしが行きますから!!」>

 

素っ気無くしないでー…と目を潤ませるツバキを見て溜息を吐く。

 

「何かあるのか?」

<「見てからのお楽しみー!!すぐ行きますからー!!待ってて下さいねーシンヤさーん!!」>

 

だから、これから買い物に出掛けると言ってるじゃないか…。

では、と勝手に話を終わらせて電話を切ったツバキ。結局、大ニュースが何なのか分からなかった。

わざわざ出向いてまで必要な内容なのか…いや、ニュースとは言ってるが何かを見せたい…とかそんな感じかもしれない。物凄くどうでも良い事だったとしても寛容に受け止める心の準備をしておこう。

 

「シンヤ!電話終わった?」

「ああ」

「デート行こ!!」

 

ワクワクと何故か変な音が聞こえた気がした。いや、幻聴なのは分かってるんだが…なんでもよく顔に出る奴だな…。

小さく溜息を吐いてミロカロスにカバンを手渡された。

カバンを肩に掛けて玄関へと向かえば途中でエーフィとブラッキーに声を掛けられる。

 

「何処に行くんです?」

「買い物」

「オレの好きなスナック菓子買ってきてくれよな!」

「スナック菓子?どの奴だ?何種類かあっただろ」

「全部」

 

荷物がかさばるじゃないか…。

仕方がないな…と小さく言葉を漏らせばブラッキーがニッと白い歯を見せて笑った。

 

「シンヤやさしー、スキスキスーキー」

「全く…」

「俺様の方がシンヤスキだもん!!」

 

ブラッキーにぐわっと飛びついたミロカロス。

エーフィにさっさと行って来なさいと適当にあしらわれてミロカロスは肩を落としながら私の隣に戻って来た。エーフィは確実にうるさい連中を黙らせる強い立場を得とくしつつあるな。頼もしい…。

 

「ミロカロス、早く行くぞ。ツバキがこっちに来ると言ってたからなツバキが来る前に帰って来たい」

「ツバキ?何しに?」

「さあ?大ニュースがあるとしか聞いてない」

「大ニュースってなんだろ!面白い事かなー?面白い事だと良いなー!」

「そうだな」

 

買い物と言ってもアサギシティにある店に行くだけだからそんなに時間は掛からないだろう。

頭の中で買う物を考えながら歩く。隣ではぺちゃくちゃと何かを喋っているミロカロスが居るが話はあまり聞いてなかった。

ツバキの大ニュースとやらはあまり期待出来ないからどうでも良いとして、今日の夕食に豆腐が食べたい…。

麻婆豆腐は嫌だな、冷や奴にするか…。

 

「ねえ、シンヤー。あげまん、って何ー?」

「…は?あげまん?」

「テレビでやってた」

 

あげまん?

あ…、揚げだし豆腐にしよう。フライパンで出来る揚げない、揚げだし豆腐。

 

「シンヤー、あげまんって何ー?」

「あれだろ、あれ」

「何々?」

「油で揚げた饅頭」

「略してあげまんかー!!なるほどー!!」

 

*

 

両手に荷物を持って家に帰ればすでにツバキは家に来ていた。

ツバキに「おかえりなさい、あ・な・た」と言われて出迎えられた時に両手に持っていた荷物を地面に落してしまったが何も見なかった事にしようと思う。

 

「チルタリス、冷蔵庫に入れる物は頼む」

「かしこまりました」

「シンヤさん、シカトゥー!?」

 

酷いよ酷い、冷た過ぎるー!!とうるさいツバキを無視してリビングへと行けばソファに見知らぬ女が座っていた。

色素の薄いスカイブルーの髪、私を振り返った女はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「お邪魔してます」

「あ、ああ」

 

目は赤なのか、と思いつつ荷物をテーブルの上に置く。

ツバキの大ニュースっていうのは"この女"の事なのだろう。リビングへと入って来たツバキが鼻息荒く言った。

 

「はーい!!この子はだーれだ!!」

「ミロカロス」

「い、一発で…バレた、だと…?」

「色違いなんだな」

 

私の言葉に女は「はい」と笑みを浮かべながら頷いた。

 

「で、どの辺りが大ニュースなんだ?」

「え…色違いのミロカロスちゃん…珍しいでしょ?」

 

珍しいからシンヤさんにも見せてあげようと思って…と肩を落としたツバキ。

この前、色違いのエンテイ・ライコウ・スイクンを見たぞ。とは言わなかったが…。そうか、珍しいポケモンを見つけたら随時報告してくれるんだな…。私は全く報告してないけど。

 

「オーイ、ミロカロスー!!」

「なーにー?」

「は、はい?」

 

ブラッキーの呼び掛けにミロカロスである二人が返事をした。リビングにメスのミロカロスが居るのに玄関に居たミロカロスは今気付いたらしい。ミロカロスが口を大きく開けてメスのミロカロスを凝視した。

 

「だ、だ、誰ー!?!?」

「はい、はじめまして!ミロカロスです、ツバキ博士と一緒に来ました。仲良くして下さい!よろしくお願いします!!」

「いぃぃやぁぁぁあ!!!」

 

変な色ー!!と悲鳴をあげながらミロカロスが自分を呼んだブラッキーの所へと走って行った。

自己紹介までしたのに嫌がられて変な色とまで言われたメスのミロカロスは落ち込んだように肩を落として再びソファに座った。

 

「す、すまん…」

「いえ、良いんです!!変な色なのは本当の事ですし!仲良くなれるように頑張ります!」

「ミロカロスちゃんファイトォー!!」

「はい、ありがとうございます!!」

 

ツバキとメスのミロカロスがニコリと笑う。

もう一度話しかけてみます、とソファから立ちあがったメスのミロカロスはリビングから出て行った。

メスのミロカロスを見送ってからツバキへと視線をやる。

 

「ゲットしたのか?」

「良いでしょ!可愛いでしょ!」

「可愛い、くれ」

「あーげなーい!!」

「チッ」

 

その後、メスのミロカロスをこういう経緯でゲットして。シンヤさんに見せてあげようと思ってー…なんてぐだぐだと自慢話を聞かされた。

ただお前、自慢しに来ただけじゃないか。

 

「いやー、珍しいポケモンはやっぱり探す人間の下にやって来るもんですね!ホント!」

「ふぅーん」

「シンヤさんにはこの感動は分からないでしょうねー、普段あんまり珍しいポケモンと会ったとかって話し聞かないし…遭遇率低いですよ!ドクターなのに!」

「そうだな」

「あ、でもアンノーンは見たんでしたっけ」

「ああ」

 

珍しいと言われるポケモンの知り合い、居るけどな。とは言わない。

ぶーぶー文句を言われるだろうし、研究させろだのうるさくされても困るしな。しかし普段通りでも遭遇率は一般人より遥かに高いと思う……。

珍しいポケモンの知り合いは珍しいポケモンってことなんだろう。類は友を呼ぶ。

 

「まぁ、また珍しいポケモンを見つけたら教えてあげますよ!!感謝して下さいよね、有能なツバキ博士の知り合いである事に!!」

「…そうだな」

「えへへー、いやー、そんな風に言われるとでも照れるー」

 

いや、私は言ってない。

 

*

 

「ミロカロスー?」

 

呼んでんのに来ないな…。

返事はあったから居るのは間違いないんだけど…と部屋の扉を開けて廊下の様子を見た時に丁度ミロカロスが走って来た。

 

「どーかした?」

「変な女居たぁぁ…!!」

「ツバキが連れて来たメスのミロカロスの事でしょう?」

 

エーフィの言葉にミロカロスは「変な女」を連呼する。まあ、確かに色違いだったけど、色が違うだけで普通のメスだと思うぜ…?

床に蹲って泣きだしたミロカロスの顔を覗き込む。

 

「ミロカロスー」

「うっ…ぅぐ、…」

「なんで泣いてんだよ、ほら起きろって」

「シンヤ…ッ、シンヤがッ…」

 

シンヤが何?と聞けばミロカロスは腕で目元を隠したまま。ひっくひっくと肩を揺らしながら途切れ途切れに喋った。

 

「シンヤが…ッ、変な、女にッ!!とら、とられ、る…ッ」

「だーいじょうぶだってー…」

 

どういう思考回路してんだよ、というのが口から出そうになったが言ったら余計に泣きそうだから言わなかった。

エーフィが小さく溜息を吐きながらもミロカロスの背を擦った。エーフィ、優しいっ!!

 

「っていうか、メスのミロカロスが居るんだから考えるのはそこじゃねぇだろ!!」

「…な、に?」

「メスを知るチャンスが来た!!」

「ブラッキー…!」

 

エーフィがオレを睨んだ。

でも、この機会逃したら絶対に他に無いと思う。

ミロカロスがシンヤを好きな気持ちは分かってる。分かってるけど、それが本当に良い事なのかは分からない。

 

「オレ、ミロカロスはもっとシンヤから離れるべきだと思うんだよ」

「ゃ、やだッ!!」

「別に手持ちから外れるとか捨てるとかじゃねぇよ?なんて言うかー…あー…シンヤ以外に好きなものとか大事なものを作るって言うかー…」

「シンヤさんに対しての依存をどうにかしろってことですね…」

「あ、そんな感じ…かな」

 

オレの言葉にミロカロスは首をぶんぶんと横に振った。

言葉にしては言わなかったけど、ミロカロスの態度で「俺様はシンヤさえいれば良い!」なんて事を言いたいのが分かる。

 

「もしもシンヤが居なくなったらどうすんだよ」

「また、待てる…!!」

「もう帰って来ないの、死ぬとかそんな感じの居なくなるってこと」

「…や、だ…」

「嫌でも死んじまったらもう絶対に会えないだろ!」

「、なら…ぉ、俺様も…シンヤと一緒に…」

 

あ、駄目だコイツ。

オレがそう思ったのと同時にエーフィも同じように思ったのかもしれない。エーフィが横で大きく溜息を吐いた。

ミロカロスがシンヤにこだわる理由も、ミロカロスにはシンヤしか居なかったっていうのも長い付き合いだから知ってる。

でも、もうずっと前だ。

オレ達は変わっていってる、みんな変わっていってるのにミロカロスだけ変わらない。

シンヤが帰って来るのを待ってる間、どんどんとミロカロスだけは変わらずにシンヤに出会う前に戻っていった。

育て屋にずっと居た時みたいな気持ちでシンヤを待ってたんだと思う。

そしてシンヤが戻って来たらまた一からスタートした。ヒンバスから進化したての頃みたいな、寂しいとか構って欲しいとかそんな気持ちを抑えられないミロカロス。

昔は別に気にも留めなかったけど、今こうして見るとヤバイって思った。

もし、もしだけど…、シンヤが死んだらどうなるのか、とか。絶対に無いだろうけど、シンヤがミロカロスを野生に戻したりだとかしたら…。

考えただけでゾッとする。

考えただけでゾッとするのに、ミロカロスはゾッするような事をいつも平然と言う。

シンヤが結婚したら、シンヤの奥さんを殺すって即答するんだぜ?

 

「お前、ホント駄目」

「…ッ」

「あのメスのミロカロスと仲良くなれ。好きになれとか言ってない、仲良くなって友達作って来い」

「ゃ…」

「駄目」

 

突き放すように言えばミロカロスは顔を歪めながらも部屋から出ようと扉に手を掛けた。

手を掛けた時にコンコンコン、と扉がノックされる。

 

「どなたかいらっしゃいますか?」

「!?」

 

ビクッとしたミロカロスがオレの方を振り返った。だからオレが代わりに「居ますよー、どーぞー」って返事をする。

 

「はい、失礼します」

「…ッ」

「あ、あの、少しお話しませんか?私、同じミロカロスの方が居るって聞いて楽しみにしてたんです!」

 

なんか向こうから歩み寄って来てくれたラッキー。

無理やりミロカロスの背を押して部屋から出した。振り返ったミロカロスに手を振ったらミロカロスは絶望的だと言わんばかりの目でオレを見る。

なんか悪い事してるみたいじゃんか…。

 

「エーフィ…、オレ悪くないよな?」

 

ミロカロス達を見送ってから扉を閉めてそう聞いた。

少し間があってから、エーフィは「悪くないと思います」と答えてくれた。

オレもシンヤの事は大好きだけど。

シンヤだけに縛られるミロカロスなんて見てられない。ミロカロスはもっと…、

もっと、幸せになるべきだ。

 

*



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18

庭に来てる野生のポケモン達にポケモンフードを配ってたらサマヨールが小さく声を漏らした。

何ー?と聞き返そうとしたら口を手で塞がれる。

ホントに何!?ともごもごと口を動かせばサマヨールは口元に人差し指を立てて静かにとワタシを黙らせる。

ゆっくりと手が離されたからサマヨールの視線の先を目で追った。

ツバキが連れて来た色違いのミロカロスと低能馬鹿が並んで歩いてる…!!!!

 

「なッ…!!」

「…静かに」

 

再び口を塞がれた。

サマヨールの言葉に数回頷けばまたゆっくりと手が離される。

静かにしてるつもりだったけどびっくりして声が出そうになった…っていうか、ちょっと待って、マジで待て!!

 

「…な、なにが起こった…」

「…分からないが、良い機会だと思う…」

 

サマヨールと二人して身を屈めて気付かれないように小さな声で会話をする。

良い機会…って何処が…?

シンヤがいるのにメスと一緒って…アイツ、馬鹿だとは思ってたけど本当に救いようのない馬鹿だったんだ…。

脳みそ絶対に腐ってる。

 

「…尾行、開始ッ」

「な、何!?…本気かミミロップ…」

「ったりめーだろ…」

「あまり触れない方が良い気がするのだが…」

「うっせ、一人でもワタシは行く…」

「い、いや、自分も行こう…」

 

尾行とか何か男らしくなくて嫌だなぁと思いつつも海辺の方へと歩いて行くミロカロスを追いかけた。

離れ過ぎてて声は聞こえないんだけど…。

女の方がニコニコ笑ってなんか喋ってるってのは分かる、それにあの馬鹿が頷いたり頷かなかったり…まあ、楽しげでは無い…。

海が近くの場所で二人が並んで座った。

その二人へギリギリまで近付いて聞き耳を立てた。ギリギリっていうのはワタシのギリギリだからサマヨールには話声なんて聞こえないと思う。

 

「あの、えと、なんか同じミロカロスだと呼び掛け難いですよね!何か呼び方を考えません?」

「え…ぁ、別に何でも良いけど…」

「普段はミロカロスって呼ばれてるんですか?他に呼び方とかは…?」

「人前でとかはミロって呼ばれる」

「じゃあ、ミロくんですね。私はどうしましょう、ミロカロスだからミーとかどうですかね?」

「知り合いにミーって子居る…」

「え、あ、じゃあ、えーっとえーっと…」

「…」

 

なんだこの一方的な会話。

女の方がひたすら話しかけてる…、話したくないなら何で一緒にこんな所まで来てんの?

なんなの、馬鹿なの?

 

「あ、色違いだから。イロって呼んで下さい!別に呼び方なんて何でも良いですから!!」

「…うん」

「私、色違いだから綺麗な赤毛って羨ましいです。憧れちゃいます!髪の毛、触らせて頂いてもいいですか?」

「…ぇと、」

 

「ッぅがぁあああああああ!!!」

「!?」

 

ミミロップ!!と隣に居たサマヨールがワタシを呼んだけど無視。

サマヨールの腕を引っ掴んで家まで走った。

ふざけんなクソ低能馬鹿ッ、その腐った脳みそ頭カチ割って引き摺り出してやりたいッ!!!

 

「あぁああぁぁあああああああッ!!!!」

「ミミロップ!お、おい、どうしたんだ!?」

 

ミロカロスなんて大っ嫌いだ!!

馬鹿過ぎて馬鹿過ぎて馬鹿過ぎて…ッ、ホントに嫌い!!

でも、ワタシはちゃんと認めてたんだ。認めてたから尚更、腹が立つッ!!!

シンヤが一番だろ!!シンヤしか居ないんだろ!!シンヤさえ居れば良いんだろ!!

なんだよ、なんだよ、なんだよっ!!

今更、他の奴に歩み寄ろうっての!?なんだよ、やっぱりポケモンが良いとか言い出すわけ!?今になってメスが可愛く見えたっての!?

ずっと待ってたくせに…ッ、ずっとシンヤだけを待ってたくせに…ッ!!

頭の悪いお前なんて嫌いだ、嫌いだけど頭の悪いままで居るお前を認めてた。

シンヤの事はワタシだって好きだ、大好きだ、他の人間なんかと比べ物にならないくらい大好き。

だけど、待ってられなかった…ッ!

シンヤが帰って来た時に以前のままの自分で居る事なんて出来なかった。待ってる期間が長過ぎた。シンヤは大好きだけどそれ以上にバトルが好きだったし旅をするのも楽しくて、ワタシは変わった…。

シンヤも変わった。

でも、変わったからこそシンヤは…、昔のワタシ達とは違う所を見つけると少し寂しそうにワタシ達を眺めてた。

……気付いてた。

ミロカロスを見ると安心したように笑うシンヤにも、変わらないなって呆れたように言ってもシンヤが喜んでいる事にも…。

シンヤが、自分だけを真っ直ぐに追いかけてくるミロカロスを、一番大事にしている事も。

…ワタシは気付いてた。

一番大事にされてるミロカロスなんて嫌いだ。でも、あいつはシンヤにそれだけ尽くしたし、ワタシ達とは違って変わらないまま待ってたんだ…。

気付いてたよ。

ワタシが、昔みたいにシンヤにべったりくっ付く事がなくなったのも…、ミロカロスを認めてたからだ。馬鹿だけど凄い奴だって、嫉妬するぐらい尊敬してた…ッ!

何をするにも何に置いても、シンヤはミロカロスに甘くてミロカロスを優先しているのがムカつくし悔しいけど、勝てないしワタシには真似出来ない。

認めてたのに…ッ、

なのに、今になってシンヤを裏切るなんて許さない…ッ!!

お前なんてお前なんて!!

シンヤの為に生きて、シンヤの為に死ねば良いんだッ!!!

 

「ワタシは絶対に認めない!!!」

「ミ、ミミロップ…!?」

 

*

 

「さあ、引け」

「この出てるのなんですか、え、ちょ、片方がぴょこんと顔を出しているのですが…え、これババ?いや、これはフェイクでこの出てるものこそがハートの2なのか!?」

「早く引け」

「待って待って待って!!そんなババ抜きを心理戦に持ち込むなんて卑怯!!」

「良いから引け」

「いや、駄目よツバキ、負けちゃ駄目。これで負けたら8連敗…」

 

ぶつぶつと独り言を言いだしたツバキ。

お前がトランプしましょう、って誘って来たんだろうが…しかも誘っておいてババ抜きしか出来ませんって…。

おまけにそのババ抜きも弱いしな…。

 

「えぇーい、引いちゃえー!!」

「……」

「どぅぇえええええ、ババきたぁあああ!?!?」

 

ババ抜きでここまで楽しそうな人間、初めて見た。二人でひたすらババ抜きなんて面白くないだろう普通…。

残り二枚のトランプを混ぜて「さあ!」と私の方に向けたツバキ。

片方に手をやればツバキはニヤニヤと笑い、もう片方に手をやればツバキの表情は歪む。

歪む方を、引く。

 

「ノォオオオオ!!!」

「8連勝」

「何故勝てないッ、一度くらい勝てても良いはずなのに何故勝てない!!これでも研究所でポケモン達と一緒にトランプやったらそこそこ強いのに…!!!」

「……」

 

ぶつぶつと文句を言いながらもまたトランプを切るツバキ…まだするのか。何度やっても私は負ける気がしないぞ。

9戦目となるババ抜きを始めた時、リビングにミミロップが駆け込んできた。片手でサマヨールの腕を掴んでいるのだが何処かサマヨールがぐったりしたように見える…。

 

「どうしたんだ…?」

 

サマヨール…。

 

「あの馬鹿がメスのミロカロスと一緒に居た!!」

「「……」」

 

そりゃ、話をしに行くと言って出て行ったからな…。

というか、私が聞きたいのはその床に座り込んだサマヨールの様子なんだが…何があったんだ…。

 

「ミロカロス同士仲良くやってたー?」

「知らねぇ!!!」

「何を怒ってるんだ?」

「ぅ…行くぞ、サマヨール!!!」

「あ、ああ…」

 

サマヨール、引き摺られるように連れて行かれたけど…大丈夫なのか…?

向かいに座るツバキと顔を見合わせ首を傾げた。

9戦目のババ抜きで私は9連勝。

すっかりツバキが落ち込んだ所でミロカロス達が帰って来たらしい。女特有の高い声で「ただいまです」と声を掛けられて。

おかえり、と私とツバキが返事を返そうとするとバタバタと足音がしてリビングにまたミミロップが駆け込んできた。ああ、後ろにはブラッキー達も居るな…。

 

「ミロカロス、ちょっと来い!!」

「え、あ、はい?」

「テメェじゃねぇよ!!女は引っ込んでろ!!」

「ご、ごめんなさい…ッ」

 

ミミロップがミロカロスの腕を引っ掴んでリビングを出て行った。

ブラッキー、エーフィ、サマヨールも何も言わなかったが…なんなんだ一体…。

 

「ミロカロスちゃーん、大丈夫だよこっちおいで!!」

「悪いな。普段はああじゃないんだが…今日は機嫌でも悪いのか…」

「いえ、大丈夫ですから!」

 

ブンブンと手を振って笑うメスのミロカロス。

ミロカロスの青い髪を撫でながらツバキがニコニコと笑みを浮かべる。

 

「で、仲良くなれた?」

「少しですがお話出来ました!」

「良かったねー、友達欲しがってたもんね!」

「もっと仲良くなれるでしょうか?」

「なれるなれる!」

 

頷くツバキを見てメスのミロカロスは嬉しそうに笑った。

 

「シンヤさん!!」

「なんだ?」

「ミロカロス同士仲良くなったらシンヤさんのミロカロス、研究所に送って下さいよ!!」

「なんでだ」

「えー、だってラブラブになれるかもしれないじゃないですかー」

「はぁ?」

 

メスのミロカロスが「え!?」と驚きの声を上げて顔を赤くした。

 

「そ、そんな…まだ知り合ったばっかりですし…!」

「やらんぞ」

「なぬ!?シンヤさんのケチ!!」

 

なんか満更でもないような態度のメスのミロカロスが少し気に入らないが可愛いので許す。

でも、ミロカロスはやらん。

 

「なんでー!!なんでー!!なんでー!!お願いしますよー!!」

「そんなに言うならメスのミロカロスをここに置いて行け」

「嫌です!!」

「なら私だって嫌だ!!」

 

頬を膨らませたツバキから視線を逸らすようにそっぽを向いた。

その光景を見ていたらしいトゲキッスがクスクスと笑った。笑われたツバキが顔を赤くする。

 

「仲良しですね」

「喧嘩してたのに!?っていうか、トゲキッスも思うよね!?ミロカロス同士ラブラブ良くない!?」

「でも、ミロカロスさんはシンヤの事が好きですし…」

「えー…でもー…」

「シンヤもミロカロスさんの事、好きですもんね」

 

トゲキッスに同意を求められるように視線を向けられた。

ツバキとメスのミロカロスの視線が私へと向けられて少し居心地が悪くなる。

 

「そう、見えるのか…?」

「見えますよ」

「そうなの?ラブラブカッポーだったの?ツバキちゃん初耳」

 

私ってミロカロスの事、好きなのか…いや、そりゃ好きか嫌いかだと勿論好きだけどな…。

ん?と首を傾げた時にツバキが思い出したように言葉を発した。

 

「人間とポケモン、種族を超えた愛!!研究させてシンヤさん!!」

 

…嫌だ。

 

*

 

ミロカロスを両脇から睨み付けるようにミミロップとブラッキーが座った。

一体、これはどういった状況なのか…、隣に居るエーフィに視線をやれば小さく溜息を吐かれるだけに終わる…。

自分には全く現状を把握する術が無い…。

 

「そんで、メスのミロカロスと仲良くなったか?」

「ちゃんと喋った、と思う」

「はぁ!?お前なんでメスとイチャコラしてんだゴラ!!」

「ブラッキーが友達になれって言うから…ッ」

「シンヤに勘違いされたらお前、ツバキの居る研究所に放り込まれて婿入りだぞこの低能が!!」

 

やーだー!!と叫んだミロカロスを余所にミミロップとブラッキーが睨み合いを始めた。

これはつまり、ブラッキーはミロカロス同士を仲良くさせたいがミミロップはミロカロス同士を仲良くさせたくないという…利害の不一致…。

どちらが正しいのかは自分には分かりかねるが…。

 

「ミロカロスはシンヤに依存し過ぎなんだよ!シンヤが居なきゃ生きていけないなんて間違ってる!!」

「あぁん!?シンヤが居なくなったら死ねば良いだけの話だろーが!!間違いもクソもねぇ!!」

「ミロカロスの幸せになんないだろ!!」

「シンヤと一緒に死ねれば本望だろうよ!!」

 

…ブラッキーはミロカロス自身の幸せを願っている。自立して主が居なくともちゃんと生きていけるような男になれと言いたいというのはよく分かった。

それに反してミミロップはミロカロスに主の為だけに生きろと言っている。一見、無理難題を押し付けているようだがミミロップの意見にミロカロスは賛同しているようだ。

主…シンヤの為に生きたい。シンヤが逝けば自分も共に逝きたいと思ってはいるようだが…それではミロカロスの為にならない本当の幸せではないとブラッキーが反論している…。

ブラッキーは優しい、ミミロップはミロカロスを理解している…。

どちらも間違っているとは思えない

思えないが、どちらも正しいと判断し難い……。

 

「俺様ッ、シンヤと一緒が良い…ッ、シンヤが良いッ!!」

「そうだ、それで良いんだよ!!」

「良くない!これじゃミロカロスはずっとこのままだ!!」

「良い!!」

「良くねぇって!!毎日のように泣いてるミロカロスの気持ちを考えろよ!!」

「涙腺弱いだけだろッ!!!」

「不安なんだ!!今のままで良いわけねぇだろ!!」

 

殴り合いにまで発展しそうな剣幕で怒鳴り合う二人…。

二人の間に座っていたミロカロスは蹲って泣きだしてしまった…、二人の言いたい事は分かるがこのまま怒鳴り合っていてもミロカロスが可哀想だ…。

 

「二人共…一旦、落ち着け……」

 

二人の間に手を入れれば怒りの剣幕のまま睨み付けられたが二人の肩を押さえてちゃんと座らせた。

そして二人の間で蹲り泣いていたミロカロスを二人から引き離す。

 

「「……」」

「二人がミロカロスの事を考えているのは分かる、分かるがこれは二人が口を挟む問題じゃない…」

「そりゃ、そうかもしんねぇけど…オレは心配なんだよ…。ミロカロスはシンヤが絡むと、なんつーか…怖ぇ…」

「言っとくけどなぁ!シンヤに執着無くしたミロカロスなんて何の役にも立たねぇから!!その異常な執着があってギリ使える奴だからコイツ!!」

 

再び睨み合った二人を見て小さく溜息を吐く。

黙って傍観していたエーフィが「分かりましたよ」と小さく言葉を零した。

 

「「……」」

「ブラッキーはミロカロスが報われず泣く毎日を送る事を可哀想だと思っているんですよね?毎日が不安だからミロカロスの行動や発言が異常だと思ってる」

「うん、まあ…」

「ミミロップはミロカロスが今のままシンヤさんの為だけに生きる方が良いと思っているんですよね?シンヤさん以外に関心を示さないミロカロスのままで良いと思ってる」

「ああ」

「ミロカロスはシンヤさんと一緒にシンヤさんの為だけに生きたいと思っているんですよね?でも、シンヤさんが自分だけを見てくれないのが不安で堪らない…だから行動や発言に制御が利かなくなる」

「ぅ、あ…ッ、ぇぐ…」

「これを踏まえて、サマヨール…どう思います?」

「主が受け入れれば全て解決するな…」

 

予想通りの答えだったのだろう、エーフィは満足げに頷いてみせた。

そう、全て主が受け入れれば話は解決する。

不安で堪らないというミロカロスに主が安心するような言葉を掛けて、共に生きようと…まるでプロポーズでもするかのようにミロカロスにそう言えば全ては丸く納まる。

そんな事、最初から分かっていたのだが。

ミミロップとブラッキーは盲点だったと言わんばかりに口を大きく開けた…。

 

「悪いのシンヤじゃん!!」

「テメェ!!シンヤは悪くねぇだろ!?」

「いや、ハッキリしないシンヤが悪い!」

「違うね!!それを言うならシンヤに勝手に惚れたミロカロスが悪いんだよ!!」

「ああ、それもそうだ。シンヤは巻き込まれただけか」

「だろー!!ってわけで、低能テメェが全て悪い!!」

「、うあぁぁぁ…ッ!!」

 

お前が悪い、と今度は二人から責められてミロカロスが泣いた。

ミロカロスの背を擦った時、部屋の扉が開く。少し驚いた表情でこちらを見る主はすぐに不快そうに「なにやってるんだ…」と言葉を漏らした。

 

「くだらない戯言ですよ」

 

フン、と鼻で笑ったエーフィ。

泣きながらも体を起こしたミロカロスが主へと視線をやった。

 

「なんだ、何で泣いてるんだお前は…」

「シンヤ…ッ、ごめ、なさぃ…俺様がッ、勝手、に…スキ、に、なった、から…ッ!!ごめ、んなさッ…!!」

「なんなんだ本当に…」

 

眉間に皺を寄せた主がそのまま首を傾げた。この状況を把握しきれないのだろう、無理もない…。

 

「よく分からないが、まあそれはどうでも良い」

 

ケロリとこの状況を投げ捨てた主。

信じられないとばかりにミミロップとブラッキーが驚愕の表情を浮かべた。

なんとも主らしい対応だ……。

 

「さっきトゲキッスに言われて気付いたんだけどな、どうやら私はミロカロスの事が好きらしい」

「「「…はぃ?」」」

「…俺様?」

 

頷いた主はミロカロスを見て少し照れたように視線を逸らした。

これは、主らしくない…珍しい光景だ…。

 

「まあ、そういう事だ」

 

それだけを伝えに来たらしい主は部屋から出て行った。

唖然としたまま、隣へと視線をやれば同じようにエーフィが目を何度か瞬かせて口元に引き攣ったような笑みを浮かべた。

 

「ぇ?なんですか今の…?」

「主の愛の告白…だと思うが…」

「おおおおお!!究極のデレが来たぞぉおおお!!」

「いや、待て!!両想いだとかそんな薄ら寒い展開だとワタシは物凄く嫌だ、腹立つ!!」

 

キョトンとした表情で叫ぶブラッキーとミミロップを眺めているミロカロス。

そのミロカロスに良かったな、と声を掛けると予想に反してミロカロスはキョトンとした表情のまま首を傾げた。

 

「何が?」

「何がって…シンヤさんに好きって言われたんですよ?嬉しくないんですか?」

「え?でも、シンヤは俺様の事ずっと好きだったんじゃないの?」

「なんですかその自意識過剰な態度は!!ミミロップに同意したくありませんがね、腹立たしいですよ!!」

 

いや、エーフィ…。

自意識過剰でも何でもないと判明したのだから腹を立てるのはどうかと思う…。

ミミロップとエーフィが意気投合してムカつくムカつくと言葉を発している、やはり皆…主の事が好きなんだな…。

いや、それよりもだ…。

キョトンとした表情のままのミロカロスの傍に腰を下ろしてミロカロスと視線を合わせる。

 

「ミロカロス」

「…ん?」

「主はな、手を繋ぐのもキスをするのもミロカロスだけだと言って来たんだ…」

「…………」

「この意味が理解出来るか…?」

「……こ、恋人同士?」

「その通りだ」

「ヤッター!!!ヤ、ヤッター…?あれ、でも何で?何で?何で?」

 

何で…と聞かれても流石に自分は主では無いからな…主の心情は知りかねる…。

 

「あぁッ!!でもダメだ!!」

「何故だ…?」

「恋人同士でもな、男同士だとな、こーび出来ないってブラッキーが言ってた!!」

 

涙を溜めながら言ったミロカロスの言葉を脳内でもう一度確認する…。

こーび?こーび…こうび、交尾…?

 

「恋人同士のこーびは大事なことなんだって…ッ、でも男同士は出来ないから…!!ちゃんとした恋人同士にはなれないんだ…ッ!!」

「……」

 

こんな事を自分の口から伝えるのは気が引けるが…教えてやるべきなのだろうか…。

男同士でも体の交わりは可能だという事を…。

いや、しかし、流石に…、教えた後にどうやってするのかという具体的な内容を聞かれると…。言葉としては非常に伝え難い…流石に自分にも羞恥心というものが…。

いや、でもここは、恥を忍んでミロカロスの為に口に出そう…!!

 

「ミロカロス…」

「…ぅえ?」

「男同士でも交尾は可能だ…」

「……ぇ、え!?どうやって!?!?こーびってどんなの!?!?」

「…待て、今から…腹を括る為に深呼吸をしたい、少し待ってくれ…」

「え?え?え?」

 

*

 

「今日の夕食にな、揚げだし豆腐を食べたい」

「揚げ物ですか?」

「フライパンで揚げずに揚げだし豆腐だ」

「それだと焼きだし豆腐ですわ、シンヤ…」

「でも、名前は揚げだし豆腐。揚げなくても出来るんだから楽だろ」

「本当は揚げる物なんですね」

「私は揚げて作った事ないけどな、片栗粉をまぶしてカリッと焼くんだ。豆腐の水気を切っといてくれ」

「かしこまりました」

 

洗濯物を畳みながらチルタリス達とシンヤの話を聞いているとリビングにミロカロスさん達が入って来た。

ツバキさん達が帰るってなった時も部屋にこもったままで出て来なかったし、それから随分と経ってるのに何をしていたのだろう…。

少しだけ疑問に思っているとパソコンをしているシンヤの傍をミロカロスさんがウロウロしてる…。

 

「……」

「……」

「…なんだ?何か用か?」

「…ッ!?え、や、あの…ぇと…なんでもないッ!!!」

 

顔を真っ赤にしてミロカロスさんがリビングから飛び出して行った…。

シンヤがミロカロスさんの事を好きだって分かったから一応伝えてくるって言ったのは聞いたけど…どんな伝え方したんだろう。相手を赤面させるほどの口説き文句ってどういうのかな…。

 

「…なんなんだ…」

 

どんな口説き文句なんだろう。

凄くカッコイイ言葉とか言ったのかもしれない!!さすがシンヤだ、カッコイイなぁ!!

 

*



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19

 

「アルトマーレに行きたーい!!」

「…は?」

 

ソファに寝転がっていたミロカロスの言葉にテーブルから顔を上げミロカロスの方へと視線をやる。

ブラッキーの買って来た雑誌を両手で広げて見せたミロカロス…。雑誌でも良いから読め、とは言ったが…そんな急に強請られても困る…。

 

「水上レースー…」

 

アルトマーレで水上レースが行われるのだろう…。

水の都と呼ばれる場所なのだから、まあそれぐらいの催しがあっても可笑しくは無い。

永遠なる海、アルトマーレ。ヒワダタウン沖にありラティアスとラティオスに危機から救われたという伝説のある島だ。

私室の本棚にアルトマーレの伝説に関するおとぎ話の本がある…。

別に興味は無いな…。

 

「行きたーい!!水上レースー!!」

「行きたーい!!オレも遊びに行きたーい!!」

 

ミロカロスと一緒になってブラッキーも駄々をこね始めた。それを見たエーフィが深く溜息を吐く。

うるさい、うるさい、うるさい、両手で耳を塞いだミミロップがぶつぶつと文句を言っている。私の仕事の手伝いをしてくれていたがこれ以上続けるのはどうやら無理そうだ…。

テーブルに置かれた冷めたコーヒーを飲み干して小さく溜息を吐く。

 

「シンヤー!!アルトマーレ行きたいー!!」

「良いぞ」

「!!!!」

「連れて行ってやる」

 

うるさかったミロカロスとブラッキーが笑みを浮かべた。

エーフィとミミロップが目を見開いて私を怪しむかのような視線を向けてくる。

 

「ただし、私は水上レースに参加しないからな」

「え!?」

「連れて行くだけだ」

「えぇー!?!?」

 

ヤダヤダヤダー!!とミロカロスが再び騒ぎ出したが無視だ。

持っていたボールペンをテーブルに置いて背筋を伸ばす、疲れてるから息抜きの散歩だとでも思って出掛けるとしよう。

 

「仕事どうすんの?」

「帰って来たらやる」

「ワタシがやっておこうか?これぐらいならワタシだけでも出来るからさ」

「なんだ一緒に行かないのか?」

「良いよ、別に出掛けたくないしー」

 

なら、ボールは何個だ……。

ミロカロス、ブラッキー、エーフィ、トゲキッス…。

指を折って数えればサーナイトが「はい!」と手を上げたのでサーナイトを指差して小さく頷く。

サマヨールは?と聞けば留守番が良いそうだ。まあ水上レースなんて興味が無いだろうしな…うん、私も無い。

 

「あ、ミロカロス!!オレ良い事考えた!」

「…なに?」

「オレが参加する!!」

「………へ?」

 

*

 

「さーあ、皆さんお待ちかね!アルトマーレ夏のフェスタが始まります!!恒例のポケモン水上レースはまもなくスタートでーす!!」

 

賑わう人混みの中から水上の様子を見てみる。

人の姿になったエーフィ、トゲキッス、サーナイトが私と同じように水上を眺めていた。

 

「サトシとカスミが居るな…」

「あ、ホントですね!」

「ミロさん、ツッキーさん、頑張ってー!!応援してますわー!!」

「ポケモンがポケモンを使ってレースに参加するなんて…良いんですかコレ…」

 

ミロカロスがポケモンの姿のまま小舟を引く。その小舟には人の姿のブラッキーが乗った…。

まあ、ルールに人の姿のポケモンは参加してはいけないなんて無いし。バレなきゃ良いんじゃないか…?

しかし、サトシとカスミも居るなんて予想外だ。その辺にタケシも居るのだろうか。

 

「栄えあるアルトマーレグラスの優勝メダルは誰の手に!?」

 

ネイティ、ネイティ、ネイティ、ネイティオ。

少し風変わりなシグナル、サトシの「いっけー!!」という声と同時に周りの連中も一世にスタートした。

橋の下を通る時、橋の上からピカチュウが落ちてサトシの顔面に着地した。

お、タケシ発見。と思った所で目の前をブラッキーとミロカロスが雄叫びをあげて通り過ぎる…。

 

「行け行けーですわー!!」

「楽しそうで何より、私はこの人混みからさっさと抜けたいがな…」

「シンヤ、ぼんやりしてると足踏まれちゃいますよ!」

「ツキー!!やるからにはぶざまに負けないで下さいよー!」

 

結局、エーフィも応援してるしな…。

大きな液晶画面に映るサトシとカスミとホエルコに船を引かせる男性の三人が競い合い水上を走っている。

エーフィが小さく舌打ちをした時に画面にミロカロスとブラッキーの二人も映り込み、三人のすぐ後ろを走っている。いつでも追い抜く気満々だな…。

 

「あ…」

 

サトシが落ちた。

一瞬、ぼんやりとした変な影が見えたような気がしたが…気のせいだろうか。

 

「狭い水路をすすーっと通り抜けて最初に大運河に戻って来るのは誰だ!!…さあ!出て来ました、先頭は昨年の優勝者ロッシ選手とホエルコ、そしてカスミ選手とサニーゴ、更にツキ選手とミロカロス。優勝争いはこの三人にむぎゅっと絞られたようだ!!」

「勝てますわー!!」

「ツキー!!頑張りなさーい!!」

「ミロさん、ツキさん、もうちょっとですよー!!行けー!!」

 

身を乗り出して応援する三人。

私は実況アナウンサーの変な言い回しが気になって仕方がない。なんでそんな擬音ばっかり使うんだ…、すすーっととかむぎゅっととか…。

 

「あれっとえっと!?後方から猛烈なスピードで追い上げてくる選手が居ます!!サトシ選手とワニノコです!!あぁーっと抜いたー!!」

 

ロッシ選手とカスミの間を抜けたサトシを見て、ミロカロスがグンとスピードを上げた。

というか……あのぼんやり見える影はなんだ…。

 

「ひゃっほー!!凄いぞワニノコー!!」

「ワニワニワニワー!」

 

水面をワニノコが走っている。

隣に居たエーフィが「なんですアレ!」と不満気に言葉を漏らした。なんかあのぼんやり見える影が引っ張ってるらしい…。

 

「ポケモンですかね…」

「トゲキッスにも見えるのか?」

「はい、ぼんやりと…」

「エスパータイプの気配ですわ!!」

 

こうなったら邪魔をしてやる!と技を放とうとしたサーナイトを慌てて押さえるとサトシはコースを逸れてしまった。

 

「あらっとなんとサトシ選手はコースを間違えたようだ!嫌ぁーだぁ!!」

「…いま、別の影が…」

「一回りほど大きく見えましたね…」

「なんでも良いですよ!ツキー!!今ですよー!!」

「ツッキーさんゴーゴー!!ミロさんもう一頑張りですわー!!」

 

トゲキッスと顔を見合わせて首を傾げる。

レースがラストスパートにさしかかった所でエーフィとサーナイトの興奮も最高潮に達したらしい。傍から見ると美人の女二人が物凄い勢いで捲し立てている様は少し…こわい…。

もうちょっとおしとやかに出来ないのか…なんて男に求めるのは間違っているんだろうな…。

 

「ゴール前のもうスタート!どちらも譲らない物々交換!!全くの横一線だぁー!!」

「はぁ!?なんだと!?今なんて言った!?」

「シンヤ、ちゃんとレース見て下さいってば!!」

 

さっきから混じる実況アナウンサーの言葉になんかイライラするんだよな…他に人間居なかったのか…。

私が腕を組んで小さく息を吐いた時、「1、2、3、ダー!!」と言うふざけた実況と共にブラッキー達はゴールしたらしい。

 

「あらっとなんと、まさかの同時ゴールだ!!さあ、写真判定の結果は!!」

 

画面を食い入るように見つめたエーフィが祈るように両手を握った。

 

「あれっとれっと赤白黄色!!ツノの差でサニーゴだー!!」

「はぁ!?だから、なんて言った今!?」

「シンヤ、落ち着いて!!」

「いぃいいやぁああ!!なんでもっと首を伸ばさなかったんですかミロカロスー!!」

「ツノの差ぁああ!?そんなのってないですわぁあ!!」

 

その場で嘆く二人を見下ろしていると少し離れた所で小舟の上に立ったブラッキーが手を振っている。

 

「負けちゃったー!!」

「ミロォー!!」

 

アハハと笑いながら手を振るブラッキーに手を振り返そうとしたら、私の後ろに居た観客が「カッコ良かったー!!」なんて言って手を振り返していた。

見事に女ばっかりだな…。

ブラッキーは一瞬キョトンとしていたがすぐに笑顔に戻って「ありがとー」とお礼を言って更に大きく手を振っていた。

後ろでキャーキャーと甲高い声が上がる。

全く調子の良い奴だな、と笑みを零した所でトゲキッスが私の腕にしがみ付く。

 

「なんだ…?」

「あれ、あれ…」

「ん?」

 

トゲキッスの指差す先を見ると眉間に皺を寄せながらブラッキーを睨み付けるエーフィが居た…。

 

「きっと負けちゃったから怒ってるんですよー…!」

「そんな無茶なっ…!」

「(この二人、本当に鈍いですわね…)」

 

*

 

ミロカロスはこっそり人の姿になって逃げ出してきたらしくブラッキーを見捨てて私のところに戻ってきた。

そしてミロカロスに見捨てられたブラッキーは若い女連中に囲まれて身動きが取れなくなっていた…、カスミ達に声を掛けようと思ったのにタイミングを逃したな…。

 

「シンヤ、アイス買ってー」

「ブラッキーはどうするんだ…」

「あ、じゃあ俺が迎えに」

 

行ってきますねー、と手を振って女の傍に行ったトゲキッス。トゲキッスの声に反応したブラッキーが片手を上げるとトゲキッスまで女連中の人混みに飲まれていった。

 

「おぉ…一瞬で飲まれた…」

「アイスー…」

 

私の服の裾を引っ張るミロカロスに視線を落とす。

全くもう!!と声を荒げたエーフィがズカズカと人混みへと突っ込んで行った。その後をサーナイトも続いて歩いて行く。

女連中をかき分けてエーフィがブラッキーの腕を引っ掴み、サーナイトがトゲキッスの手を取って戻って来た。

 

「邪魔ですよ!!」

「ごめんなさいねー」

 

不機嫌を隠そうともしない女連中を睨み付けるエーフィとサーナイト。

今、あたし達が喋ってたんだけど!!と文句を言われてエーフィがキッと女を睨みつけた…本当にこわいぞ…。

 

「私のツレにこれ以上の用でもあるんですか?」

「関係のない人間は邪魔なだけですわ」

 

フンとエーフィとサーナイトが厭味ったらしく笑った。女連中は苦虫を噛み潰したような顔をして引き下がって行く…。

女同士の戦いはこわいな…と一瞬思ってしまったが、エーフィとサーナイトはオスだ。

 

「あのー、お一人ですかぁー?」

「大きい荷物ですね!ご旅行か何かなんですか!!」

「…、」

 

腕を掴まれたかと思うと見知らぬ女が私を見上げていて、数人の女に囲まれていた…。私もトゲキッス同様…一瞬で飲まれていたのか!!気付かなかった…!

というか、あの馬鹿は何処に行ったと視線を動かせばアイスを売っている店の前で指をくわえてメニューの書かれた看板を眺めていた…。

やめてくれ、買ってやるからそんな卑しい真似をするな…。

 

「あのぉー」

「ああ、旅行みたいなものだ」

「観光なら私達と良かったら一緒にぃ…」

「悪いがツレが居るんだ。他をあたってくれ」

 

男性のお友達ですか!?それならご一緒に!と一人の女が提案してきた。

アイスを眺めていたミロカロスがこちらに気付いたのかキョトンとした表情でこっちを見ていたので手招きをして呼ぶ。

 

「ツレだ」

「…?」

 

ミロカロスの肩に腕を回せば女達は一瞬表情を失くしたがすぐに笑顔になって「そうですかー、それじゃー」と呆気なく去って行った。

アルトマーレ、恐ろしい所だ…。

あと、私のツレに女は見事に居ないんだけどな…。

 

「アイスー…」

「買ってやるぞ、ダブルでもトリプルでもな」

「ホント!?」

「ただし私の傍から離れるな。絶対に、絶対だ!」

「…?」

「分かったな?」

「分かったー」

 

はい、と手を差し出せばお手をするようにミロカロスが私の手に手を乗せた。

小さく溜息を吐いてから一度手を放してミロカロスの手を握り直して手を繋ぐ。

 

「…!」

「エーフィ達は何処に行った…」

 

辺りを見渡せばエーフィに頬を抓られるブラッキーを見つけた。隣で顔を蒼くしたトゲキッスの腕にサーナイトが腕を絡ませている。

あそこもなんとか無事に人混みを抜けられそうだな。

 

「アイス、何にするか選んだのか?」

「イチゴとバニラとキャラメル!!」

「(結局、トリプルか…)」

 

クレープも買うと走って行ったブラッキーをトゲキッスが慌てて追いかけて行った。私以外に今お金の入った財布を持っているのがトゲキッスだけだからだ…。

こんな事ならブラッキーに持たせれば良かったか…いや、アイツに持たせるのはダメだな…。

走って行った二人を見てエーフィとサーナイトも慌てて走って追いかけて行く。あの二人はこの危険区域に男二人で挑んでいくとは猛者だな。私はこわいぞ…。

エーフィとサーナイトが居た所で男は四人なんだが…、女顔と居るだけで大分違う、それも美人な女顔と来れば見事な魔除けだな…なんか違うか…でも似たようなもんだ…。

 

「シンヤ、あそこロケット団居るよ」

 

はぐはぐとアイスを頬張りながらミロカロスが繋いでいる手を持ち上げて「あそこ」と指した。

視線をやれば水面の傍にある階段に並んで座る見慣れた後ろ姿…、サトシ達が居る所にロケット団は居るな…きっとサトシ達を追いかけ回しているんだろうが…。

声を掛けようと近付いた所でミロカロスが急に立ち止まった。

 

「「「いっただっきまー…」」」

 

クルーザーが水上を通り過ぎた。

通り過ぎた勢いで水飛沫がロケット団にかかる…。そんな所に座ってるからだ…。

 

「いきなり何よぉ!!」

「ぁ…!ザンナーとリオンだ!!」

「何よそれぇ…」

「ニャ?有名人なのかニャー?」

「盗みの世界じゃ、ナンバーワンだ!きっと何かあるんだこの街に!」

「ふふーん…そのナンバーワンをアタシ達がダシ抜いたら!!」

「ニャー達が真のナンバーワン!ニャ!!」

「良いじゃん良いじゃん、そういうのー!!」

「ソーナンス!!」

 

勝手に出て来たソーナンスをムサシがボールに戻す。

ザンナーとリオン?盗みの世界じゃナンバーワン?この街に何かある?

泥棒の世界での有名人がこの街に何かを盗みに来てるってことか…、なにかあると言われるとやっぱりラティアスとラティオスがこの街に贈った宝石…。

 

「こころのしずく、か…?」

「シンヤ、アイス溶けてる!」

「げ…」

「チョコミント美味しい?」

「まあまあ」

 

一口一口、と言って私の手から二口も三口も食べるミロカロス…まあ別に良いけどな。

自分の分はもう食べたらしいミロカロスにアイスを押し付けて空を見上げた。

そういえばぼんやりと見えたあの影、もしかするとラティアスとラティオスだったんじゃ…。

 

*

 

「チョコもバナナもカスタードも美味ッ!!」

「美味しいですね、ここのクレープ」

「アルトマーレで一番美味いクレープ屋だって女の子が教えてくれたからな!」

「…へえ」

 

両手にクレープを持って頬張るブラッキーを軽く睨み付けたエーフィは自分のクレープに視線を落として小さく溜息を吐いた。

 

「シンヤたちと逸れちゃいましたね」

「そのうち、会えますわよ」

 

まあ、いざとなったら自分で空を飛んで探せば良いかと思いトゲキッスはサーナイトに頬笑み頷き返す。

クレープの最後の一口をトゲキッスが口に入れた時に大きな怒鳴り声が聞こえた。

 

「なにやってるんだよ!!」

 

その声に反応したブラッキーが大きな口を開けてクレープを全部口に入れた。

 

「ふふぉ!!」

「はいはい、向こうですね」

 

先頭をきって走るブラッキーの後をエーフィ、トゲキッス、サーナイトが追う。

 

「この子のファッションチェックしてあげてるだけよぉ」

「嫌がってるじゃないか!!」

「あらぁ、私すっごく楽しいんだけど」

「あたしもー」

「お前たちのことじゃない!!」

 

クルーザーに乗った女二人と見知った少年、サトシの姿を見て四人は顔を見合わせた。

一緒に居る少女、人の姿をとる事に慣れている四人には当然"人間"には見えない。

 

「私が行きますよ、今の"ツキ"はミロカロスを連れたトレーナーですからね」

「あ、オレが指示出すのかオッケー」

 

任せろ、と拳を握ったブラッキーを見てエーフィがポケモンの姿に戻る。

少女の手を引いて走るサトシの前に人の姿のブラッキーとポケモンの姿のエーフィが立った。

 

「え、あ!ツキさん!?」

「足止めしてやるから、そのまま走れ!」

「はい!」

 

驚きその場で足踏みをしたサトシに笑みを返したブラッキー。

サトシ達が通り過ぎたのを確認してからブラッキーは敵の二体を指差した。

 

「お、メスのエーフィじゃん!オレも使ってみたい技、エーフィ!メロメロ!!」

「…フィー…」

 

その選択に私は不満です、という目をブラッキーに向けてから渋々エーフィはメスのエーフィにメロメロを食らわせる。

 

「フィ、フィ~…」

「……」

 

メロメロになったメスのエーフィを見てチッと小さく舌打ちをしたエーフィ。

攻撃を仕掛けて来たアリアドスを避けエーフィはくるりと空中を一回転した、バトルはあまり好きではないエーフィにもこの二体はあまりにも弱い相手。

特に苦戦するまでもない、あきらかなレベルの差があった。

 

「サイコキネシス!」

「フィィイイ!!」

 

アリアドスとエーフィを吹き飛ばし、ブラッキーとエーフィは顔を見合わせてニッと笑みを浮かべた。

 

*

 

「大聖堂、つまんなかったね」

「そうか?」

「つまんなかった」

「ポケモンの化石とか見れて面白かったと思うけどな」

「死んでるし」

「まあ、そうだけど」

「あの機械が動いたら面白いかもしれないけどさー」

「お前はアトラクションとかがある方が好きそうだもんな」

「動いてるのが良い!もっと面白いやつ!」

「そうだな、今度また遊びに行く時はそういうのがある所にするか」

「やった!!」

 

楽しみーと言ってハシャぐミロカロス。

楽しみなのは良いんだが、エーフィ達は何処に行ったのやら…。ポケモンセンターに行けば会えるだろうか…。

 

「シンヤさーん!」

「ん?」

 

オーイ、と手を振るカスミとタケシを見て私も手を振り返す。

 

「優勝おめでとうカスミ」

「見てたんですか!ありがとうございますー!」

「ああ、タケシの姿も橋の上で見たんだけどな。声を掛ける前に見失ってしまって」

「そうだったんですか!」

 

というか、もう一人が居ない。

辺りを見渡してみてもやっぱりサトシの姿が無い。何処に居るんだ、と聞く前にカスミが苦笑いを浮かべた。

 

「あー、サトシならなんかどっか行っちゃって」

「ポケモンセンターで会う予定です」

 

なるほど、と相槌を打てばタケシが素早い動きでミロカロスの前に跪きミロカロスの手をとった。

 

「ミロさん…相変わらずの輝かしい美しさにこのタケシの目は潰れてしまいそうです…!」

「はいはーい、勝手に潰れててねー」

「「……」」

 

サラリと酷いこと言うな。

タケシから離れて私の手を握るミロカロスを確認してから時計を見る。私たちもポケモンセンターに行って待っていた方が良いかもしれないな。

 

「ポケモンセンターに行くか」

「うん、行くー」

「ミロさん、ハスキーめなお声も素敵です!!」

「あんたしつこいわよ」

 

 

ポケモンセンターに着くと意外にもエーフィ達は先に来て待っていたようだ。

ヒラリと手を振ったブラッキーを見てカスミが「ツキさん!」と声をあげた。

 

「シンヤさんとお知り合いだったんですね!」

「えー…っと、まあね!!」

 

ポケモンの姿で待ってれば良かったのにな。

冷や汗をかいたブラッキーに「へー」と頷き返すカスミ、しかしタケシは顎に手を当てて首を傾げた。

 

「そういえばツキさんのミロカロス、あの美しさもさることながらしなやかな曲線に輝き…。シンヤさんのミロカロスと凄く似ていたような…」

「「「……」」」

 

やっぱり見てる奴は見てるな。

内心、チッと舌打ちをすればブラッキーは「そうそう」と適当に返事をしてみせた。

 

「水上レースにどーーーっぉしても出たくて借りたんだよ。だからオレじゃなくてシンヤが出てたら優勝だったかもな!」

「うんうん、シンヤが出てたら優勝だった!!」

 

なー!!と顔を見合わせて笑うブラッキーとミロカロス。

まあ、言うだけなら何とでも言えるさ。何があっても出るつもりなんて無かったから良いんだけどな。

 

「あ、シンヤさん。戻ってたんですね、部屋はとっておきましたから」

「ああ、助かる」

「はぅあ!!!」

 

私がエーフィに礼を言うと横でタケシが胸を押さえて変な声を上げた。

 

「セレビィの森でシンヤさんと一緒に居たお姉さん!!」

「そういえば居たー!あ、セレビィの森って言うとツキさんも居ましたよね!?」

 

居たかなー、あははー、なんて適当に返すブラッキー。アイツ全部適当に流す気満々だな。

まあ、嘘の吐けない奴だからあれが精一杯なんだろう…。

 

「あの時は状況が状況なだけにお名前も聞けず、結局お話も出来ないまま別れてしまいましたね…またこうして会えるなんて運命です!!」

「そうですか?シンヤさんのツレなので運命も何もないと思いますけど」

「お名前は!!」

「フィーです」

「フィーさん!!自分はタケシと…」

「知っています」

 

こっちもこっちでかなり適当にあしらってる…冷たいぞエーフィ…。

タケシが傷付いたんじゃないかと思って様子を見たら「辛辣な態度に涼しげな視線、良い!」とあっちはあっちで喜んでるみたいだった。強いなタケシ。

素敵な出会いだー、と喜ぶタケシはその後もサーナイトを見て同じように声を掛けていた。

 

「サナさん!!素敵なお名前ですね!!」

「ありがとうございますわ」

「ミロさんにフィーさんにサナさん!!素敵な女性陣に囲まれ感無量です!!」

「ま、お上手!」

「囲まれてんのはシンヤさんでしょーが」

「……」

 

いや、私も囲まれてない。

タケシに事実を言うべきか迷ったが言ったら恐らく相当なショックを受けるだろうから…。ここは言わずにおこう…。

 

「あれ?女性陣って言ったけど、オレらみんなオ…」

「ツキ…、菓子やるから黙ってろ」

「え、くれんのそれ?食べて良いの?やったね!」

 

*



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20

「ツキさん、今日はありがとうございました!」

「おー、気にすんな!困った時はお互い様だろ!」

 

ポン、とサトシの肩を叩いたブラッキー。

何のことかは分からないが"何か"あったんだろうな。

ちなみにサトシは日が暮れてからポケモンセンターに戻って来てカスミに「もー!」と怒られていた。

そしてサトシ達と別れ部屋に戻った所でその"何か"の話になる。

あと人の姿ばっかりで部屋が狭い。

ジョーイは私に一人部屋を貸してくれたようでベッドは一つ。他の部屋よりはマシかもしれないがやはり狭い。

 

「で、何があったんだ?」

「うん、変な女の二人組が人間に化けたポケモンを追ってた」

「あのポケモン、何のポケモンなんでしょうね」

 

変な女の二人組…。

そう言われてコジロウの言っていた"ザンナーとリオン"という名の泥棒二人組を思い出した。

 

「狙ってる宝はこの場所だとどう考えてもこころのしずくだろ?…となると、やはり追っているポケモンはラティオスとラティアスか」

「なんです、狙ってる宝とかいうのは」

「ああ、実はな…」

 

お互いに知った状況を繋ぎ合わせると何とか把握出来た。

ザンナーとリオンは泥棒でこころのしずくを手に入れる為にラティアスとラティオスを追っている。ちなみにブラッキー達が見たのは少女に化けたポケモンだったのでラティアスの方だという事にした。

こころのしずくを手に入れる為にはラティアス、ラティオスが必要なのだろう。そこの所はよく分からないが宝の在り処を知る為かもしれない。

 

「きっと何かあるんですわ、このアルトマーレに昔からあるものとかそんなのから探したらどうです?」

「昔からあるものって、あの大聖堂にあった機械とか?」

 

コテンと首を傾げたミロカロス。

なるほど、と頷けばブラッキーが「オレも見たいなー」と素直な感想を述べた。

 

「今から見に行きましょう!!」

「今からですか!?」

「だって、泥棒ならやっぱり盗むといったら夜に行動ですもの!」

 

そうかもしれないが…。

見張り見張り!!と言って私の腕を引っ張るサーナイト。今から行くのか…、もうこんな遅いのに…、徹夜で見張るのか…。

 

「嫌だ…寝たい…」

「さ、カバンを持って行きますわよ!!」

「俺様、今日見たから別に良いー…」

「あら、じゃあワタクシがシンヤと夜のデートに…」

「ダメ!俺様も行く!」

 

行くのは決定なのか…。

溜息を吐いてカバンを肩に掛けた。

 

「何にも無さそうなら帰るからな!」

「泥棒が来たらどうするんですの!」

 

今日来るとは限らないだろ、明日か明後日かもしれないじゃないか…。

 

「面倒なことになった…」

 

*

 

大聖堂の近くで座り込み夜空を見上げる。

重たい瞼を擦り、欠伸を漏らす。

帰って寝たい。その一言しかないな…。

菓子類を広げて小規模な宴会を開くサーナイトとブラッキー。

ただ遊びに来ただけじゃないか、と思いつつ缶コーヒーを手に取った。

 

「シンヤさん…」

「なんだ…」

「言ったらびっくりしますよ」

「言ってみろ」

「泥棒が来ました」

「……、…何ッ!?」

 

本当に来たのか!!!!

キタキタキター!とハシャぐブラッキーの口をサーナイトが笑顔で塞ぐ。

嘘だろ、そんな出来過ぎた話があってたまるかと見てみればアリアドスの背に捕えられたラティオスが担がれ運ばれている。

クルーザーに乗ってた変な女の二人組…間違いない…全てが大当たり過ぎてなんか逆にガッカリするな。予想も期待も裏切らないとはまさに…。

大聖堂に入っていった二人を追って私たちも後に続く。

中の様子を窺うと大聖堂の中央に位置する場所にラティオスが置かれていた。

どういう仕組みか、あの動かないと言われていた機械が動きだした…。

 

「うごい…!」

「声を出すな…」

 

ミロカロスの口を片手で塞いで様子を見る。

あの機械が一体なんだと言うのか、こころのしずくを手に入れたのかもよく分からない。

 

「これは!?お前らなんという事を!!」

 

誰だ。

なんか顔の丸い老人と帽子を被った少女が現れた。

あの少女、ラティアスが化けていたモデルの人間ですわ。と言ったサーナイトの言葉から考えるとラティアスと知り合いの人間なんだろう…。

ラティアスは化けられるがミロカロスたちみたいに人の姿にはなれないのかもしれない。

老人と少女が倒れた。

ザンナーとリオン、どちらかのポケモンなんだろうエーフィからサイコキネシスをくらったらしい。

 

「さて、どうするか」

「何をするか見物ですわね!」

「見てるだけで良いのか?」

「あの機械、どう動くか気になりません?」

「「「「…気になる!」」」」

「えー…!?い、良いんですか…、そんな事言って…」

 

オロオロとうろたえるトゲキッス。

まあ、トゲキッスの言ってることも分かるがやっぱり少しな…気になるし…。

 

「動いてから止めるという事で行きましょう」

「賛成だ」

「動いたの見たらぶっ壊して良いよな!」

「シンヤまで~…」

 

女が機械に近付くのを眺める。

取り返しがつかなくなったらどうするんですかー…とトゲキッスはまだ納得出来て無いらしい。

- ぴちょん -

水の音が聞こえたと思ったら機械が活発に動き出した。

女が歓喜の声をあげる、私たちも離れた所から「おぉー…」と密かに声をあげた。

本格的にいつ動かすのか、どういった機械なのかとか気になる事があってなかなか出るに出られない。

老人と少女がアリアドスの糸に捕えられているのを見てトゲキッスが「ああああ」と情けなく声を漏らした。

 

「好奇心が勝ってしまうこの感じ、申し訳ないな…」

「良いじゃないですか、どうせ知らない人間ですし」

 

エーフィ、その言い方は少し冷たいぞ。

でも助けに出ない私も私だが…。

助けに行きましょうよー…とトゲキッスが私の腕を揺する。しかし、まだ機械が動いてないので「よし」とは頷けない。

 

「あ、なんか乗り込むっぽい…!」

「やっとか!」

「乗り込んでからじゃ手遅れになるかもしれないじゃないですかー…!」

「まあまあ、様子を見るのは大事ですわ!」

 

見過ぎですよ~…!とトゲキッスがめそめそと嘆く。

横でミロカロスが俺様も乗りたいなぁと声を漏らした、それにブラッキーもオレもオレもと賛同する。

どういう機械なのか分からないのではさすがに私もとは言えないな…、乗って酷い目に合うかもしれないし。

 

「あぁ!ラティオスが目を覚ましましたよ!助けに行きましょう!」

「もうちょっとだって!今から動くんだから!」

「えぇー…!」

「お!乗った!!」

 

ブラッキーに押さえられてトゲキッスがさめざめと顔を両手で覆った。

女の一人が機械へと乗り込む、どうにも形状からどんな機械か把握出来ないな…。

どういう風に動くのか見ていると機械に乗り込んだ女は前に手をかざした。特に機械自体が動く様子は無いな…そう思った時に大聖堂の化石がみるみる生きたポケモンの姿へと戻った。

 

「化石を復元…!?」

「プテラとカブトプス!すげぇじゃん!」

 

凄い凄いと感動しているとトゲキッスに頬を突かれた。

 

「ラティアスを捕まえに行っちゃいましたよ!」

「そうだな…もうそろそろ助けに…」

「いや、もうちょっと!!次はなにやるか見よう!!」

「どういう仕組みなんでしょうね」

「不思議ですわー」

「俺様も乗りたい…」

 

肩を落としたトゲキッスはしゅんといじけてしまった。

三角座りをして体を小さくしたトゲキッスの背を擦る、ごめんな、と謝れば涙目で睨まれた。

 

「機械動いたー!!」

「いや、でも、もうこの街は私のものよーとか言ってますけど」

「泥棒が目的だったんじゃないんですの?街の支配が目的ならまずいですわ…」

「あちゃ、失敗したか!」

 

少し後悔し出した所でトゲキッスが「遅いですよ!」と怒鳴る。

ごめんごめん、と軽いノリで謝るブラッキーにトゲキッスが「あんなに言ったのに~…」と涙ながらに訴える。

 

「よし、ラティオスを助けに行くぞ」

「「おー!」」

「放って置いたら死ぬんですか?」

「知らん」

「というか、どうしてラティオスとラティアスを捕まえる必要があるんですの?」

「知らん」

「なんでも良いから早く助けに行きましょうよー!!」

 

よし行くぞ、と立ち上がった所でラティオスの苦しげな声が聞こえて来た。

ああ、これは最悪だ…。

のんびり見物なんてしてる場合じゃなかったな。本当にこれ以上は手遅れになるかもしれない。

 

「あの機械の動力がラティオスだ、機械を使い過ぎるとラティオスの体が持たん!」

「マジで!?やべぇじゃん!!」

「ああ、放って置いたら死ぬんですね」

「あらあら、それでラティアスも捕まえたいというわけですのね」

「手遅れになっちゃいますよー!!!」

 

わぁぁん!!と嘆くトゲキッス。

合図を出せばミロカロス達は一斉にポケモンの姿に戻った。

 

「エーフィ、サーナイト、機械にサイコキネシス!!」

「フィィイイ」

「サナァアア」

「な、なによぉ!?」

 

ガクンと大きく揺れた機械、ラティオスが捕えられている限りは完全に停止させられるわけじゃないようだ。

機械に乗っている女が悲鳴をあげた、下から機械を眺めていた金髪の女がこちらを睨んでくる。

 

「邪魔が入ったってわけね!!良いじゃないの!!エーフィ、サイケ光線!」

「ブラッキー、悪の波動」

「フィー!」

「ブラァアア!!」

 

エーフィの攻撃を跳ねのけてブラッキーの攻撃がエーフィに直撃する、糸を吐いてきたアリアドスの攻撃をブラッキーと共にバク転をして避ける。カバンが重くて少し邪魔。

 

「トゲキッス、エアスラッシュ!」

「キィィッス!!」

 

アリアドスが目を回して倒れる。そのまま蜘蛛の糸に捕えられた老人と少女の方に視線をやって指を差し合図を出せばトゲキッスが糸を切断した。

 

「ぉお!」

「あ、ありがとうございます!」

「いやぁあん!!何すんのよぉ!!」

 

キーキーと喚く女を無視してミロカロスに視線を合わせる。コクンと頷いたミロカロスを確認してからラティオスの方へと視線をやった。

 

「ハイドロポンプ!」

「ミロォオオ!!」

「ダメダメダメー!!」

 

ミロカロスの邪魔をしようとした女の手を掴んで止めればキッと睨み付けられた。

アリアドスと敵のエーフィが倒れてトゲキッスとブラッキーもラティオスを解放する為に攻撃をしかける。

 

「邪魔してんじゃないわよぉ!!」

「そっちこそ、面倒な真似をしてくれるな」

「なにを…ッ、…ぁ、あら?」

「なんだ」

「え、ちょ、シンヤじゃない?」

「……」

「やぁだぁあ!!あたし、シンヤのちょーうファンなんだけどぉ!!いやーん!!こんな所で会えるなんてラッキー!!」

 

勢いよく抱き付いて来た女に思わず体勢を崩されて後方に倒れ込む。

腰に激痛が!!と思っていても女はどかないし抱き付いて顔を近付けてくる、あんまり化粧が濃い感じの女は好きじゃないから微妙な気分だ…。

 

「ミロォオオオ!!」

「「!?」」

 

怒ったミロカロスが私の上に乗る女を体当たりで突き飛ばした。お前、体当たり覚えてないけどな…。

主力が抜けた事で「ちょ、オレ達だけとか無理なんだけど!!」とブラッキーが喚いている。トゲキッスなんて半泣きだと思うぞ。

 

「ミロカロス、攻撃を続けろ!」

「ミロ」

 

コクンと頷いたミロカロスは女に向かってまた体当たりをする。

悲鳴をあげて女が逃げ回っている…が…。

 

「いや、そっちじゃない!!」

 

あっちあっち!!と指差せば不満気な視線を向けて来た。

今、それどころじゃないだろうが…!

 

「フィィイ!!」

「サナサナァ!!」

 

早くしろ!と二人も怒鳴る。機械を押さえているのが相当疲れるんだろう…。

二人にも怒鳴られ渋々といった様子でミロカロスは再びラティオスを助ける為の攻撃に加わった。

攻撃をすればするほど跳ね返されているらしくブラッキー達も苦戦している。

電撃の一発でもあれば爆発を起こせそうなものなんだけどな、あいにく電気技を使えるミミロップが不在…。ライチュウが居ればもっと楽なのにな…。

しかし、あのラティオスを捕まえている"アレ"を見ると嫌な思い出しかよみがえってこないな。ジラルダンを思い出す…。

まあ、ジラルダンの使っていたコレクション用の捕獲網よりも今回の方が頑丈みたいだが。

 

「このこのこのぉ!!邪魔しないでよ!!」

「フィィ…!」

「サナァ…!」

 

機械に乗っている女が必死に機械を動かそうとしているらしい、エーフィとサーナイトが苦しげに声を漏らした。

捕えられているラティオスもどんどんと衰弱していっている…。

 

「しょうがない、私が女を引き摺り出す!」

「フィー!」

「サナ!!」

 

絶対に動かすなよ!と視線で釘をさしておいて面倒な形をした機械をよじ登る。今、私…エイパムみたいだろうな…。

 

「よ、っと…」

「リオーン!!シンヤがそっちに言ったわよぉー!!サイン貰っといてぇ!」

「今それどこじゃないわよ!!アリアドス!!その男を捕えなさい!!アリアドス!!」

 

アリアドスなら伸びてるぞ、とは言ってやらないが球体のコントロール室へと辿りついた私は女に手を伸ばす。

 

「出て来い!!」

「嫌よ!!邪魔しないで私は世界を征服するんだから!」

「馬鹿な事を言ってないで降りろ!!」

「い・や・よ!!」

 

女が抵抗すると機械がガクンと大きく揺れた。危なく落ちる所だ。

下から見ていた金髪の女が声を掛けてくる。

 

「シンヤー、もっと優しく甘い言葉で言ってあげないとぉー!」

「…はぁ!?」

「ほら優しく甘い言葉でぇ!!」

 

優しく甘い言葉ってどんな言葉だ…!!

少し考えてから小さく咳払いをしてからこちらを睨む女に視線をやった。

 

「危ない事はもうやめて、下に降りて来てくれないか…。そんな所にいつまでも居られるとお前の綺麗な顔がよく見えないだろ…」

「…ッ、ぅぐ!!!」

「いやぁあああん!!!素敵ぃいい!!!」

 

女が顔を真っ赤にしたが私も多分、顔が真っ赤だ…。

照れてるー可愛いー!!と下からヤジが飛んできて余計に恥ずかしくなる…!!

 

「シンヤー!!こっち向いてぇー!!」

「うるさい黙れ!!」

 

怒鳴った時に機械がぐわんと先ほどの比じゃないほど大きく揺れて動き出した。

なんでだ!と思ったらエーフィがその場で体を丸めて震えているしサーナイトが両手で口元を押さえてこちらを凝視している。

畜生、そんなに笑うか…!!!

 

「フィ、ィ、フィーッ…!!!」

「サナサナーッ!!」

 

ラティオスの方はと見ればそっちはそっちでブラッキーが床を転げまわっているしミロカロスは泣いているし、トゲキッスだけはうろたえながらも攻撃を続けていた。

羞恥心で死ねるかもしれない!!!

 

「今のうちー!!」

「あ!?待て、やめろ!!」

 

女が機械を動かそうとした時に「ラティオスー!!」と声を発してサトシが大聖堂へと入って来た。

 

「サトシくん!!」

「カノン!ボンゴレさん!!大丈夫ですか!!」

「ええ、私たちは平気!でもラティオスが!!あのトレーナーさんが助けてくれてるんだけど…!」

「え、あ、シンヤさん!!」

「サトシ!!ラティオスを早く助けろ!!ラティオスを助けないと機械が止まらないんだ!!」

「わ、分かった!!」

 

慌ててサトシがピカチュウに十万ボルトの指示を出す。それを見てブラッキーとミロカロスもなんとか攻撃を再開した。

小規模ながら爆発が起きる、吹き飛ばされてブラッキーがころころと床を転がって行った。

サトシ達が檻からラティオスを引き摺り出すと動力源を失った機械が動きを停止させた。

停止した機械から女の腕を掴んで引っ張り出せばムスッとした顔で私を睨んだ。

 

「リオン!!大丈夫?」

「よくもやってくれたわね、許さないわ!!」

「うるさい!」

 

女から手を離してすぐさま距離を取ればミロカロスのハイドロポンプがリオンと呼ばれた女を吹き飛ばした。

金髪の女が悲鳴をあげたがその金髪の女もミロカロスの尾に思いっきり弾き飛ばされて二人揃って気を失っている。

 

「ミロォ!!」

「よし」

 

フン、と満足気に胸を張ったミロカロスがチラリとサトシ達の様子を見てから人の姿になった。

こんな所で人の姿になるとバレるぞ…とは思ったがまあバレても特に支障は無いけどな。

 

「う~…」

「なんだ」

 

抱き付いて来たミロカロスがぐりぐりと顔を押し付けてくる。

 

「シンヤにぎゅってするのは俺様だけなんだ…」

 

なんでそんなこと勝手に決めるんだ。

ぺしんと軽く叩いてからミロカロスの頭を撫でてサトシ達の方へと向かう、カバンを開いてラティオスの傍にしゃがみ込めばサトシが情けない声で私の名前を呼んだ。

 

「シンヤさん…ラティオス、大丈夫だよな…?」

「ああ、大丈夫だ。これぐらいならすぐに良くなる」

「…!! 良かったなラティアス!シンヤさんはポケモンドクターだからもう安心だぜ!」

「ティァー!」

 

ラティオスの治療をしているとタケシとカスミが大聖堂へと入って来た。

その二人を見てからボンゴレさんというらしい老人が思い出したように声を発した。

 

「こころのしずく!!」

「あ!!」

 

カノンという少女も大きな口を開けて機械の方へと振り返った。

そこには機械に乗りたかったらしいミロカロスが人の姿で球体のコントロール室の上に座り込む姿が見えた。

そんなに乗りたかったのか…でも、それはもう動かないぞ…。

危なっかしい足取りで機械の上を歩いて何かに手を伸ばすミロカロス。

 

「なんだ?」

「それを触ってはいかん!!」

 

ボンゴレさんが声を荒げたがミロカロスは"それ"を片手で取って、しげしげと眺めている。

両手を使って持ったそれは私にはどんなものなのか確認出来ないがミロカロスが目を輝かせて見ている所を見るとミロカロスの好きな類のものなんだろう。

 

「なにも、起こらんのか…?」

 

悪しき者 こころのしずくを使う時 こころは穢れ しずくは消える この街と共に…。

ポツリとボンゴレさんがそう呟いたが特に変化は見られない。

 

「シンヤー、見てこれー、綺麗ー!!」

 

ミロカロスがかかげて見せたそれは青い光を放つ玉だった。

横になっていたラティオスがその玉を見て安心したように声を漏らした、あれが"こころのしずく"ってやつか。

 

「どうして…?どうして穢れて消えなかったの…?」

「ミロさんの心が穢れを祓うほど綺麗だったってことかもしれないな!」

「……」

 

いや、むしろ人間じゃなくてポケモンが手に取ったから…の方が説得力があるような気もするが…。

機械の上から飛び降りたミロカロスがこちらに走って来る。

 

「それはちゃんと返せよ」

「えー…」

 

口を尖らせながらミロカロスがカノンという少女にこころのしずくを差し出すが少女は戸惑ったように受け取ろうとはしない。

穢れるかも、という気持ちがあるんだろう。

 

「…?はい、どうぞ?」

「あ、ありがとう…」

 

おずおずと少女がこころのしずくを受け取ったが特に変化は無い。

ほっと息を吐いた少女はこころのしずくを見下ろして安心したように笑みを浮かべた。

ラティオスの治療が終わって荷物を片付ける。

小さく会釈をしたラティオスに頭を撫でて返す、ああ、それにしても眠い…そう思って時計を見てみればもう日付けは変わってるうえに夜明けだ…。

一睡もしてない…。

ガクン、と頭を垂れればラティオスが心配したように顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫だ…」

「ティォ…」

 

エーフィとサーナイトも疲れてるらしく目も眠たそうだ。トゲキッスは無事に解決したことを素直に喜んでいる、ブラッキーはまだ気分が高揚したままなのか早朝なのに元気だった。

 

「帰ろう」

 

私がそう呟けばエーフィとサーナイトがコクンと頷いた。

サトシ達に引きとめられたがこのまま帰るから、と言ってその場からさっさと離れる。

一度ポケモンセンターに寄ってから家に帰ろうと港まで歩いていると屋根の上から人間が降って来た。

 

「ハァーイ」

「……」

 

ヒラヒラと目の前で手を振る女を見てミロカロスが「ぎゃ!」と悲鳴をあげる。

ロープで縛って放置しておけば良かったと後悔しつつ女から視線を逸らして歩く。

 

「シンヤー、サイン頂戴ってばー」

「私は別に要らないんだけど、お金になるから!!」

「ジュンサーさんに連絡だ、ミロ」

「オッケー!!」

「「わぁあああ!!」」

 

ミロカロスを二人掛かりで押さえつけるザンナーとリオン。この犯罪者をどうしてくれようか…。

 

「サインくれたら居なくなるから、ね?」

「逮捕されるべき人間だろう」

「そんな意地悪なこと言わないでよ~」

 

サインは書かない、と言いきればザンナーは頬を膨らませた。

 

「ほら、もう行くわよ!」

「分かったわよぉ~、じゃあねぇシンヤー」

「捕まってしまえ」

「い・じ・わ・る・!」

 

ツンと私の鼻をつついたザンナーの手を払いのけるとザンナーはムッと不満気な顔をしたがすぐにニヤリと口元に笑みを浮かべた。

ずっとファンだから、と呟いたザンナー。肩に手を置かれたかと思えば頬に唇を押しあてられた。

ちゅ、と音がしたかと思うとザンナーはリオンの手を引いて走って行った。

 

「バイバーイ、シンヤー!!まったねー!!」

「ちょっと何アンタだけ良い思いしてんのよ!!」

「早い者勝ちー」

 

屋根を伝って走って行く二人を呆然と見送った後に溜息が出た。

疲れてるのに余計に疲れた…。

 

「ぎゃぁああ!?!?口紅付いてるー!!」

 

ティッシュ、ティッシュ!!と私のカバンからティッシュを取り出したミロカロスが私の頬を拭く。

別に自分で拭くのに、と思っているとその拭く力がありえん…。

 

「痛い痛い痛い!!!」

「うわぁああああ!!!」

「痛い!やめろ!!頬の肉が削げる!!」

「口紅がぁあああ!!!」

「痛ッ、落ち着け!!ミロカロス!!!やめろ!!」

「消毒液!!消毒液、飲んで!!」

「飲む!?!?」

 

*

 

家に帰宅すると出迎えてくれたミミロップ、サマヨール、チルタリスがポカンとした表情で私を見た。

 

「シンヤ、その頬…どうしたの…?」

「鬱血している…」

「大丈夫ですか、ご主人様…」

 

心配してくれている三人に大丈夫、とあまり大丈夫ではない返事をしてリビングに入りソファに座る。

カバンからボールを出せば勝手に出てくるポケモン達、ポケモンの姿から人の姿に変わった連中を見てまた溜息を吐いた。

 

「ミミロップ、医薬用のエタノール持ってきてくれ」

「はーい」

 

特に何を言うわけでもなくエタノールを取りに行ったミミロップ、すぐに戻って来てテーブルにエタノールの瓶を置いた。

その横にガーゼとピンセットも添えてくれたがそれは必要無い。

 

「手当てするならワタシがしようか?っていうか、それエタノール使う怪我?鬱血でしょそれ」

「いや、これを飲む」

「……」

「……」

「何言ってんの」

「医薬用のエタノールなら飲めるだろ、酒だし」

「飲めるけど…。飲むもんじゃないの分かってる?」

「分かってる」

「え、やめようよ。お酒が飲みたいなら買って来れば良いだけじゃん」

「飲まないと私の頬が無くなる」

「ごめん、ホント意味分かんないんだけど…」

 

目の前に座るミロカロスがじー…と私を見つめている。その目は本気だ、それも悪意なんて微塵も無い…。

純粋無垢…今の私に立ち塞がる敵だ…恐ろしい…。

 

「飲むぞ!!」

「うん!!!」

「え、シンヤ!?マジで飲むの!?」

 

小さなコップの半分くらいまでエタノールを入れて一気に飲み干した。

 

「でぇえええ!?!?アルコール濃度どんだけあると思ってんのぉおお!!!!」

「っがはぁ!!!喉が焼ける!!!!」

「消毒されてる!?綺麗になった!?!?」

「な、った…!!!」

「良かったー!!!」

「何言ってんの!?何言ってんの!?ちょ、シンヤ!!ぶっ倒れるって!!マジありえねぇ!!」

 

喉が焼ける、激痛だ。

しかも物凄く不味い…!!!

 

「水…」

「ちょ、待ってて!!すぐ持ってくるから!!」

「シンヤ、大丈夫…?」

「だい、じょ、ぶ…」

 

じゃない。

 

「なんで飲んだ!!エタノールなんで飲んだ!!飲むもんじゃねぇだろシンヤのバカ!!」

「……」

「医薬品のエタノールだからアルコール濃度95%くらいあるだろ!!?」

「…ぁる」

「なんで飲んだー!!!」

「……」

 

もう他に手段が無かった。

返す言葉も無かったし…私にはどうすることも出来なかったんだ…。

 

「どうしよう!!シンヤのほっぺが腐ったらどうしよう!!やだよ!!シンヤ!!シンヤが腐って死んじゃう!!」

「なッ!?」

「死なないでシンヤ!!シンヤが死んだら俺様も死ぬけど!!まだ一緒に居たいよ!!死なないでシンヤ!!」

「大丈夫だ死なん!!」

「そ、そうだよね!!消毒液ちゃんと飲んだら大丈夫だよね!?死なないよね!?」

「あ、ああ…」

「持ってる?」

「家に、ある…」

 

「どう、しても、逃げられなかっ、た…」

「何が!?ちょ、大丈夫なわけ!?シンヤッ?!シンヤーッ!!!」

 

近くに居るはずなのに遠くの方から声が聞こえているような気がする……。

ミミロップとミロカロスの悲鳴が重なっていたような……。

 

「シンヤが気絶したぁああああ!!!」

「うあああああ!!!シンヤー!!!死んじゃやだぁあああ!!!」

 

*



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21

シンヤが熱を出した。

昨日、帰って来てすぐにエタノールを少量とはいえ一気に飲んだからだと思う。勿論、疲れてたっていうのもあると思うけどさ…。

 

「自業自得だからな!」

「…」

 

頭が痛いのかシンヤはワタシの言葉に頷きながらも顔を歪めていた。

朝、起きて来ないと思ったらベッドの上で死にかけてたとか洒落にならないんだけど…本気で動けないらしいシンヤを見て小さく溜息を吐く。

シンヤが熱を出してまず発狂したのがあの馬鹿。無理やりボールに押し込んでテープでぐるぐる巻きにしてカバンの中にしまってやった。

サマヨールがやり過ぎだって言ったけどミロカロスが居たんじゃシンヤはずっと治らない、アイツは余計なことをし過ぎるからと言い放って看病を引き受けたけど…。

 

「服、着替えたいよな…さすがに…」

 

汗でぐっしょりと濡れたシャツ、着替えさせて体も拭いてやりたいんだけど。

シンヤの体が持ち上がんないんだよ…!!!

力の入ってない人間ってめっちゃ重い!!無理、シンヤ意外と体重ある!!これワタシ絶対に無理!!!

 

「トゲキッスー!!サマヨールでも良いけどー!!どっちか来てー!!」

「オレは?」

「ブラッキーは雑に扱うから許さん。部屋に入るな」

「…ひでぇ…」

 

正しい判断です、とエーフィに言われブラッキーが更に落ち込む。

 

「オレだってシンヤが心配なのにー!!あ、シンヤの為にオレが代わりに仕事やっちゃおっかなー!!」

「余計に仕事増えるからやめろ!!大人しくテレビでも見てろ、それが出来ないならテメェもミロカロスと仲良くカバンに放り込む!!」

「……、二時間ドラマ見よう…」

「素直は良い事ですよ」

 

項垂れるブラッキーを追い払いエーフィからタオルと水の入ったペットボトルを受け取った。

何か用か、と声を掛けて来たサマヨールに頷き返す。

 

「シンヤが重たい」

「……」

「だから、着替えさせんのと体拭くの手伝って」

「持ち上げられなかったのか…意外とか弱いのだな…」

「蹴 り 飛 ば す ぞ !!」

 

足を踏みつければサマヨールが呻き声を上げた。

エーフィに「後は頼みましたよ」と言われて眉間に皺を寄せながら頷く、…けど、アイツ絶対にブラッキーと一緒になってテレビ見る気だな…。

シンヤの部屋へと入ればサマヨールがシンヤの顔を覗き込んで眉を寄せた。

 

「主…」

「早く着替えさせないと汗が冷えて余計に悪化するから」

「そうだな…」

 

小さく頷いたサマヨールがシンヤを軽々と起こして服を脱がせていく。

ワタシは上体も起こせなくて苦戦してたのに…なんだろ、やっぱ体格差って奴かな…。ワタシってそんな貧弱…?

 

「タオル…」

「あ、はい」

 

随分と熱いな、と不安げな声色を漏らすサマヨール。なんだかんだでコイツも結構シンヤのこと好きだよな。

 

「40度近くあるから、そりゃ熱いだろ」

「そうか…、そうだな…」

 

体を拭き終わって新しいシャツを着せる。

そのまま寝かせずにサマヨールがシンヤを抱き上げて抱えたのを見てワタシはすぐにベッドのシーツを一気に取った。

すぐに新しいシーツに変えて枕と布団も全部一式変える。綺麗になったベッドにサマヨールがシンヤを寝かせて終わり。

除菌スプレーを部屋に吹き付けてそのまま廊下の方まで除菌していく。

 

「そんなにしなくても良いんじゃないのか…?」

「え?でも、今、シンヤの免疫力低下してるし他の菌はちゃんと殺しとかないとなんかあったらどうすんの」

「いや、それもそうだけどな…」

「次、シンヤの部屋に入る時は除菌してからだからな」

「……」

「なんか文句あるわけ?」

「お前は本当に主が好きだな…」

「……はぁ!?」

 

シンヤが好きとか、まあ好きだけどさ。

そんな馬鹿にした様にサマヨールに言われたくないんだけど…!!

 

「サマヨールもシンヤのことかなり好きじゃん!!」

「まあな…」

「じゃあ、本当に好きだな…とか馬鹿にしたように言うんじゃねぇよ!!」

「馬鹿になんてしてないだろ…」

「した!!したっていうかそういう目で見た!!」

「…?感心はしたけどな…」

「か、感心…?」

「尊敬に近い、素直に凄い奴だと…思っただけだが…」

 

え、なに、ワタシ、今褒められてんの!?

何か不快な思いをさせたのか…?と言って首を傾げてくるサマヨール、何コイツ、褒めんの下手…!!!

 

「どうした…?」

「い、いや、別にっ!!」

「?」

「あー、もう仕事戻ってほら!!後はワタシが見とくから!!」

 

*

 

丸一日、寝込んだシンヤは次の日にのそのそと自分から起きて来た。

まだ熱があるものの意識はしっかりしているらしく朝食におかゆを少し食べてミミロップとサマヨールが片付けた書類に目を通した。

 

「シンヤ、大丈夫ですか?」

「……」

 

こくん、と小さく頷いたシンヤに苦笑いしつつトゲキッスはシンヤの前に薬と水の入ったコップを置く。

薬を飲んでフラフラとしながら部屋に戻るシンヤの背をトゲキッスは見守る。

大丈夫かなぁ、という言葉を心の中でトゲキッスが呟いた時にシンヤはリビングの扉の前でドサリと音を立てて倒れた。

 

「シンヤッ!!!!」

 

*

 

倒れたシンヤは昼ごろに目を覚ます。

看病していたサーナイトが目を覚ましたシンヤを見てほっと安堵の息を吐いた。

 

「シンヤ、あまり無理をしないで下さいよ…」

 

熱が下がっているのか軽やかな動きで起き上がったシンヤはサーナイトを見て首を傾げた。

 

「まだ寝ていた方が良いですわ」

「あぁ?誰だアンタ?」

「………」

「…だから、姉ちゃんは誰だっての。ここも何処だ…?」

「シンヤ…ですわよね?どどどどうしたんですの!?ワタクシ、サーナイトですわよ!ここはシンヤの家ですわ!!」

「サーナイト?ポケモンの名前付けるなんてアンタの親どうかしてんのか…?」

「シンヤの手持ちのサーナイトですわよ!?」

「…"俺"、サーナイトなんて連れてたか?あ、ラルトスは居たな…」

「みなさーん!!シンヤが変になってしまいましたわぁあああ!!!」

 

部屋から慌てて出て行ったサーナイトを見てシンヤは首を傾げた。

辺りを見渡せば「ああ、確かに家か」と何やら違和感を感じつつも納得してベッドから出る。立ち上がると少しばかりのまた違和感……。

 

「…あれ?俺…デカくなってる…?」

 

自分の手を見つめて眉を寄せる。

途中から記憶が曖昧だ、でも自分はまだまだガキだったような気がする。

 

「……ま、良いか」

 

考えると頭が痛い。それを理由に小さく欠伸をしてからシンヤは部屋を出た。見知らぬ家というわけじゃない、ただ違和感はあるが気にしなくて良いだろう。

自分が寝てたという事を考えると体調でも悪かったのかもしれない、とりあえず"いつもの日課"をやらなくては…。

 

「おい、さっきの自称サーナイト。俺の他に誰か…」

「ほらぁ!!変でしょう!?どう考えても別人ですわ!!」

「誰コイツら…」

 

リビングに集まる人の姿にシンヤはポカンと口を開けた。見知らぬ人間ばっかりでさすがにシンヤも動揺を隠せない。

そして変なシンヤを目の当たりにした連中も動揺を隠せなかった。

 

「え、シンヤさん…?」

「シンヤだけど、アンタ誰?」

「その口調!!その目!!わ、忘れもしません…!!!ポケモントレーナーのシンヤですね!?」

 

エーフィの言葉に他の連中はぎょっと目を見開いた。

シンヤはシンヤで首を傾げながら顔を歪めている。

 

「ポケモントレーナーだけどそれが何?」

「シンヤさんは何処に行ってしまったんです!?」

 

どうしよう、どうしよう、っていうかどうしたら!!!

混乱する連中を見てシンヤは眉間に皺を寄せる、誰だか本当に分からない。

 

「なんでも良いけど、俺のボールしらね?」

「ボール?モンスターボールですの?そんなものどうするんです?」

「トレーニングしねぇと」

 

ひぃぃ!!とエーフィが悲鳴を上げた。

あの地獄の日々が帰って来る、そう思っただけでエーフィはシンヤからすぐさま距離を取った。

 

「シンヤ、オレが誰だか分かる?」

「分かんねぇよ」

「オレ、ブラッキー」

「……ポケモンの?」

「そう。オレたちみんなポケモンで人の姿になれるの」

「……」

 

ホントかよ、と疑わしい目を向けてくるシンヤを見てブラッキーはシンヤの目の前でポケモンの姿に戻って見せた。

人間が急にポケモンになったのを見てシンヤは驚きの声をあげる。

 

「うぉお!?マジか!?」

「ブラァ!」

「ああ、俺のブラッキーだ…。間違いねぇ…人の姿になれるポケモンとか居るのかよ…」

 

ブラッキーを抱き上げてまじまじと観察するシンヤの目はまるで子供だった。

それもそのはず、シンヤの中に居るポケモントレーナーのシンヤはまだ10歳そこらの少年。

シンヤの中にある存在が外に出て来てしまっている。

人の姿に戻ったブラッキーがシンヤに視線を合わせる、急に大きくなったブラッキーに驚いてシンヤはその場で仰け反った。

 

「シンヤ、戻れー!!!」

「いてぇえええ!!!!」

 

ガツーンとシンヤに頭突きを食らわせるブラッキー。

シンヤは痛みに悶えるばかりで元のシンヤに戻る気配は無い。

 

「荒療治過ぎますわ…」

「これで戻らないんじゃ手詰まりだぜ!」

「それで本気で戻ると思ったブラッキーは凄いですよ…」

 

額を押さえて蹲るシンヤを見下ろしてからブラッキー達は顔を見合わせた。

 

*

 

シンヤにいつも通りのコーヒーを出したチルタリスはシンヤにギロリと睨まれる。

 

「"俺"、ブラックコーヒー飲めねぇんだけど…」

「え!?も、申し訳ありません!!では、何をお飲みになられますか…?」

「水、もしくはジュースで」

「じゅーす…」

 

あのご主人様が…いつものお姿のご主人様がジュースをご所望されている…。いつものカッコイイご主人様が良い…と思いつつもチルタリスは冷蔵庫にあるオレンジジュースをシンヤに出した。

ちなみに購入者はブラッキー。シンヤはあまりジュース類は飲まない。

 

「ストローは?」

「す、すぐにお持ち致します…!」

 

いつものご主人様のお姿でジュースを…しかもストローを使って飲んでる…なんか可愛らしい…とチルタリスは目に涙を溜めながらシンヤの姿を眺めた。

そんなシンヤをチルタリス同様に眺めるポケモン連中…。

ミミロップは顔を両手で覆って深い溜息を吐いた。

 

「あんなシンヤ、嫌だ…」

「昔は気になりませんでしたけど、やっぱり"子供"なんですね…」

「あんな奴だったなぁ、ってすげぇ思い出すわ…」

 

エーフィとブラッキーが揃えたように同じタイミングで溜息を吐いた。

トレーナーのシンヤをそこまで毛嫌いしているわけではないし、シンヤはシンヤだし…と特に不満も言えないトゲキッスとサマヨール。

 

「元に戻るまで技をかけて攻撃しまくりましょう、いつか戻りますわ!」

「そ、そんな事したらシンヤが死んじゃいますよ!!」

「トゲキッスさん!!そんな事を言っていたらシンヤは一生戻らないかもしれませんわ!」

「いや、でもシンヤは俺達みたいに頑丈な体じゃないし…怪我をしてもすぐ治るわけじゃないですから…」

 

トゲキッスの言葉に医療知識のあるサーナイトもさすがに言葉を詰まらせる。

薬ですぐに治ってしまうポケモンではない、シンヤが死んでしまっては元も子もない…。不満気ながらサーナイトは渋々引きさがった。

 

「今の主は一種の幼児化と考えて良いのか…?」

「幼児化っつーか、シンヤは元々ワタシ達とは違って人格を混ぜた状態の人間だったし…。多重人格の一人が顔を出したみたいな感じ…?」

「元のシンヤさんはどうやったら出て来るんですか…!!私は嫌ですよ、シンヤさんがもう戻らないなら私はツバキさんの所に逃げますからね…!!」

 

少しヒステリックに叫んだエーフィをブラッキーが宥める。

エーフィの頭をよしよしとブラッキーが撫でればエーフィは少し落ち着いたのか小さく息を吐いた。

 

「大丈夫か?」

「ええ、何とか…」

「良かっ…、どわッ!?!?」

 

げしっ、とブラッキーの背中が蹴られて座っていたブラッキーは顔から床に倒れ込む。

そのブラッキーを見てからエーフィは後ろを振り返ると腕を組んだシンヤが不機嫌な顔でこちらを見下ろしていた。

 

「な、なにするんですか…!?」

「あぁ?お前、誰だよ…人の姿になってると何のポケモンかホント分かんねぇな…」

「エーフィです!!それより、急に蹴飛ばすなんて酷いじゃないですか!!」

「別に俺のポケモンだろ。俺のポケモンを俺がどう扱おうとトレーナーである俺の自由だ。それよりお前らポケモンの姿に戻れよ、やっぱ日課のトレーニングやっとかねぇと感覚が鈍る」

「い、嫌です!!」

「ああ、お前は良いぜ。サーナイトが居るみたいだからそっちの方が使える」

「…なッ…!!!」

 

いつものシンヤの顔と姿。

見下してまるでポケモンを物のように扱うそのシンヤの姿にエーフィは絶句する。

大好きで尊敬するシンヤの顔で嘲笑い、シンヤの声で罵倒するこの男が憎い…。

 

「シンヤさんを侮辱されている気分ですよ…!!」

「はぁ?」

 

殺す!!とポケモンの姿で飛びかかろうとしたエーフィをブラッキーが慌てて抱きとめる。

暴れるエーフィを必死に抱きかかえてブラッキーがシンヤから離れた。

 

「落ち着け、エーフィ!!」

「フィィイイ!!!」

「シンヤが怪我したらどうすんだよ!!あれはシンヤだ!!今はトレーナーのシンヤだけどちゃんと戻って来るから!!」

 

必死にエーフィを宥めるがエーフィは放せと言わんばかりにブラッキーの腕に噛みついた。

これはヤバイと思ったのかミミロップがエーフィをボールに戻す。そのままテープを巻いてボールをカバンに突っ込んだ。

 

「…エーフィ…」

「危、ねぇ…!!エーフィのマジギレとかワタシ初めて見た…」

 

肩で息をしながら冷や汗を流すミミロップ。ブラッキーはボールの入ったカバンを見つめて眉を下げた。

何、今の?と首を傾げたシンヤ。

 

「少し混乱していただけだ…主は気にしなくて良い…」

「あー、うん?っていうか、お前は何のポケモン?」

「サマヨールだ…」

「ああ、サマヨールね!」

 

なるほど、とサマヨールの肩に手を置いて無邪気に笑うシンヤ。

その姿は普段のシンヤとはかけ離れているが今は懐かしい幼少時代のトレーナーのシンヤを思い出させる表情だった。

 

「シンヤ、貴方はもう25歳だという事をちゃんと分かっていますの?」

「俺?俺、25?」

「そうですわ、今はポケモンドクターをしているじゃないですの」

「え?俺、ポケモントレーナーだろ?…あれ、なんか頭痛ぇ…」

「ちゃんと思い出して下さいまし!!」

「あー…、あ!!」

「思い出しました!?」

「俺…、お前のこと姉ちゃんって言ったけど俺のラルトスってオスじゃん」

「……」

「オカマかお前、キモイな」

「ああ、シンヤ…貴方なら許して下さいますわよね…思いっきり殴りますわ…!!」

 

拳を握ったサーナイトを見てサマヨールが慌ててその手を止める。

シンヤなら許してくれますわ!と涙ながらに叫ぶサーナイト。キモイと言われたのが相当ショックだったらしい。

 

「シンヤ!!外、外に行きましょう!!俺がトレーニングに付き合いますから!!」

「誰、お前」

「トゲキッスです!」

「トゲキッスだけかー…カイリューいねぇの?もしくはミロカロス」

「はい、現在不在で…あ、ミロカロスさんは居ますけど…」

「ミロカロス出せよ、一匹だけじゃトレーニングにならねぇし、強いやつと戦わせねぇとな」

 

出して良いのかなぁ、と思いつつもトゲキッスはカバンからミロカロスのボールを取りだした。

テープを巻かれたボールを手に取って、ゆっくりとテープをはがす。

そのトゲキッスを見て、遅い!と言葉を発したシンヤはボールをひったくってテープを勢いよくはがしてボールを投げた。

ボールから出て来たミロカロス。

シンヤを見てボロボロと泣きながら人の姿になった。

 

「うわぁあん!!シンヤー!!」

 

飛びついて来たミロカロスをシンヤは思いっきり蹴っ飛ばす。

 

「、ッ……!?!?!?」

「そこのお前らもポケモンの姿に戻って庭に出ろ。とりあえずバトルだ」

「シンヤが…、シンヤがなんか変…」

 

ぐすぐす、と泣くミロカロスを見下ろしてシンヤが眉を寄せる。

ミロカロスは強くて使えるやつなのになんでこんな情けなく泣いてんの…?シンヤの中にはその疑問しかない。

 

「うぜぇ奴だな、人の姿になるなキモイ」

「!?」

「バトルすんのに人の姿なんて必要ねぇだろ、ポケモンの姿に戻れ。必要な時以外は常時ボールの中に居ろ」

「ヤだ、よ…!!なん、で、そんな事、言うの…ッ!」

「トレーナーに意見してんじゃねぇ」

「…ッ!!!やだ…!シンヤじゃない…ッ、そんな事言うのシンヤじゃないぃ…!!」

「"俺"は"俺"だ」

 

ミロカロスの髪の毛を引っ掴んでポケモンの姿に戻れと怒鳴るシンヤ。

その言葉にミロカロスは泣きながら首を横に振る。

 

「シンヤ…!!やめて下さい!!乱暴はダメです!!」

「…チッ、ポケモンが命令してんじゃねぇよ。言葉話せるってマジうぜぇな…!」

「ご、ごめんなさい!でも、ミロカロスさん痛がってますから!!」

 

舌打ちをしてミロカロスの髪から手を放す。

忌々しげにミロカロスを見下ろしてシンヤはミロカロスの足を蹴った。

 

「どいつもこいつも使えねぇ…、トレーナーの命令に従えないポケモンなんて要らねぇわ…」

「…ッ!?」

「めんどくせぇけど、メンバー総替えで別のポケモン鍛えるか…」

 

どういう戦法で行くかなぁ、と呟きながらミロカロスに背を向けたシンヤ。

そのシンヤの背中にミロカロスは飛びつく。

 

「ぅお!?ッ、なんだお前!!」

「置いてかないで!!言う事聞くから!!俺様も連れてって!!!」

「…はぁ?」

「シンヤ…!!お願い…ッ、捨てないで…!!」

 

ボロボロと泣くミロカロスを見てシンヤは眉を寄せる。

 

「ミロカロス…」

 

呼ばれた事にミロカロスが顔を上げる。

いつもと違うシンヤが、いつもの声で名前を呼んだ、いつもの顔で自分を見てる…。

いつもみたいに「泣くな…」って頭を撫でてくれる、

 

はずなのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、気持ち悪い」

 

*



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22

ブラッキー、トゲキッス、サマヨールがポケモンの姿に戻り日課のトレーニングを始めた。

部屋の隅に蹲るミロカロスの背を撫でながらチルタリスが声をかけるが嗚咽ばかりで返事は返って来ない。

忌々しげにシンヤを眺めるサーナイトを見てからミミロップはシンヤに気付かれないようにこっそりと電話を手に取った。

 

<「はい、こちらツバキ研究所。ご用件は?」>

「ツバキ出して!」

<「シンヤさんの所のミミロップか。悪いけどツバキは出掛けてるんだよね。用件だけ言って。伝えておくから」>

 

電話に出たエンペラーが淡々と言葉を発する。

大事な時に居ねぇなあのアマ…と苛立たしげにミミロップが頭をかく。

 

「シンヤの様子が変なんだよ、出来れば助けに来て欲しい!」

<「だからツバキは居ないって言ってるでしょ。あ、でも待って、あの人来てるから言っておく」>

「あの人?ああ!もう誰でも良い!!とりあえず大至急!」

<「うん、じゃあね」>

 

慌てて電話を切ってミミロップは庭へと走る。

ミミロップ!!と怒気のこもった声で呼ばれては焦らずに居られない。

ポケモンの姿に戻って庭へと出ればシンヤは眉間に皺を寄せていたがミミロップを見て小さく頷いた。

 

「よし、サマヨールの相手しろ」

「ミミィ」

 

とりあえず今はシンヤの命令に従っておいてシンヤを外に出さない様にしなければ…。

ミミロップが力強く頷けばシンヤは満足気に笑った。

 

*

 

トレーニングが終わりシンヤがリビングへと戻る。

もう人の姿になるのも億劫なくらい疲れたミミロップ達は庭でゴロリと寝転がった。

 

「昼飯にするか…」

「ご昼食ですね、何をお召し上がりになられますか?」

「え?お前が用意すんの?」

「は、はい!チルがご用意致しますのでお申し付け下さい」

「ふぅん、気持ち悪ぃけど人の姿もわりと使えるな…」

「あ、ありがとうございます」

 

微妙な心境のままチルタリスは苦笑いを浮かべお礼の言葉を言う。

椅子に座ったシンヤは頬杖を付きながら「任せる」と言ってチルタリスを見た。

はい、と頷いたチルタリスはキッチンへと向かう。

普段通りの昼食を作って良いものか一瞬迷ったチルタリスはブラックコーヒーを飲めないと言ったシンヤを思い出して普段よりもぐっと年齢を下げた人間向けの昼食にしようとフライパンを手に取った。

 

「……」

 

オムライスにポテトサラダ、野菜のスープに…。

普段のシンヤに出せば顔を歪められること間違いなしだが今のシンヤが相手では仕方がない。

お子様ランチを思い浮かべながらデザート的なものとジュースを頭の中で添えて…よし、と頷いたチルタリスは調理へと取りかかった。

料理が出来るのを待っている間、シンヤは自分のカバンの中身を漁る。テープを巻かれたボールはとりあえず無視。

カバンの中身は出掛けるのに必要な道具一式と見た事も無い変な器具……。

本当にポケモンドクターってやつなのか、と部屋の隅に蹲るミロカロスの背を見ながら考える。

本当にそうなら今の自分はどうなっているんだろう。

バトルに明け暮れる日々、ポケモンバトルこそ全てだと思っている自分が何故ドクターなんかになったのか。

ズキ、と頭が痛む……。

 

「お待たせ致しました」

「…あー」

 

目の前に置かれた料理に視線をやって心の中で「まあ良いか」と自分を納得させた。考えたところで分からない、ただ頭が痛いだけだ。

スプーンを手に取ってシンヤはオムライスを口に運ぶ。

 

「(…あ、うまっ)」

 

*

 

庭で寝転がるミミロップにサーナイトがポケモンの姿に戻り駆け寄った。

 

「サナー」

「ミミ…」

 

こんなビッシリ鍛えたの久しぶりだな、と思いつつミミロップは青い空を仰ぎ見る。

その青い空に大きな影。

真っ直ぐにこちら目掛けて降下してくる大きな影にミミロップは飛び起きた。

キッッッタッー!!!!

 

「ヤッホー!!久しぶりー!!」

「ミミィイ!!」

 

待ってましたぁ!!!と両手を広げてエアームドの背に乗る"ヤマト"にミミロップは手を振った。

この際、助けに来てくれたならヤマトでも全然オッケー!!むしろツバキよりは期待出来る!!

エアームドの背から飛び降りたヤマトは空を旋回するエアームドにお礼を言いながら手を振る、エアームドはそのヤマトに返事をして遠くへと飛んで行った。

 

「で、何かあったの?エンペラーくんから大至急シンヤの所に行けって言われたんだけど」

 

人の姿になったミミロップにヤマトは視線を合わせる。

 

「とりあえず見てくれ!」

 

なにを?とヤマトが返事を返す前にミミロップはヤマトの腕を掴みリビングを指差した。

庭から見えるリビング、黙々とオムライスを食べるシンヤが居るだけ。

 

「…なに?」

「シンヤが変になっちまったんだよ!!」

「……」

 

ミミロップの言葉にシンヤを見るが特に変わった様子は無い。

靴を脱いでリビングへと入ればスプーンをくわえたシンヤがヤマトの方へと視線をやった。

 

「んぁ?ヤマト?」

「調子どう?」

「ぼちぼち」

「そっかー、あ、ジュース頂戴。喉渇いててさ」

「全部飲むんじゃねぇよ…」

 

シンヤの向かいに座ってヤマトがジュースを一気に飲みほした。

全く、と溜息を吐きながらシンヤがヤマトを見る。そんなシンヤを見たヤマトの感想は特に無し。

 

「…何が変なのかワケワカメ」

「はぁ?」

 

なんだよ相変わらず変な奴、と言ってシンヤが笑う。

コップをテーブルに置いたヤマトはチラリとミミロップを見てから部屋の隅に蹲るミロカロスを見る。そのままシンヤに視線を戻して首を傾げた。

 

「シンヤが変になったって聞いたんだけど?」

「俺が?」

「あ、なんか昔の口調に戻ってる?」

「何処が?」

「シンヤは自分のこと"私"って言うじゃん」

「そう、だっけか?」

「なんか子供の時思い出すねー、今のシンヤ」

「あー、言われてみるとなんかヤマトはちょっと成長して見える」

「え!精神的に大人のオーラとか出ちゃってる感じ!?」

「いや、背とか顔付きとか」

「見た目ですか…」

 

ガクンと肩を落としたヤマトを見てシンヤがケラケラと笑った。

ああ、やっぱりと思ったヤマトもシンヤに笑みを返す。

 

「うん、やっぱり昔に戻ってる」

「なんか俺、頭でも打ったのかもしんねぇわ。俺、トレーナーだったはずなのに今ドクターだって言われてよく分からねぇんだよ」

「マジで!?じゃあホントに昔に戻っちゃってるんだ!!ジョーイさんのところ行く?」

「行った方が良いかもなー…25歳だっつーのもイマイチこうピンとこねぇっつーか…」

 

なにかの拍子に子供の時に戻ってしまったと判断したヤマトはシンヤの言葉に頷いた。

そのわりには落ち着いてるのはやっぱりシンヤだよな、と思いつつヤマトは苦笑いを零す。

 

「シンヤはポケモントレーナー、ポケモンコーディネーター、ポケモンブリーダーの順番になっていって今はポケモンドクターなんだよ」

「俺、どんだけアグレッシブなんだよ!」

「そうだねぇ、まあ全部極めちゃってる辺りがシンヤらしいけど」

「ブリーダーとかやってる自分なんて想像も出来ねぇ…」

「シンヤはブリーダーの頃からトゲが無くなって丸くなった気がするなぁ」

「どーせトゲだらけだよ」

「大人になったってことだよね」

「お前は大人になってねぇみたいだけどな」

「……」

 

今のシンヤ、ホントに昔を思い出す…と呟きながら肩を落としたヤマト。

最後に電話した時のシンヤは愛想が無いイメージだった気がするけど、なんか昔のシンヤを思い出すと愛想が無いっていうか大人って感じだったよなー…。

何気にポケモンドクターになってからが一番まともな気がしてきた…。

チラリとシンヤを見やればシンヤはすでにヤマトから視線を外し食事を再開している。

 

「(シンヤって職種によってイメージも違ったような気がする…)」

 

あんまり気にしてなかったけどこうして振り返ってみると大分違うなぁ…。

オムライスを頬張るシンヤをまじまじと見つめるヤマト。そのヤマトの視線にシンヤがグッと眉間に皺を寄せた。

 

「…んだよ、うぜぇ」

「(僕に手酷いのは変わらないけど…)」

「っていうかさ」

「あん?」

「あの隅っこでいじけてるミロカロス…どうしたの…?」

「アイツ、ポケモンの姿に戻れっつってんのに戻らねぇんだよ。あとなんか異常に鬱陶しい」

「…へー、なんで?」

「知らねぇ」

 

黙々とご飯を食べることに集中してしまったシンヤを見てから部屋の隅っこにいるミロカロスを見た。

あそこだけなんか凄い暗い…。そしておどろおどろしい何かが漂っている気がする…。

チラリとシンヤに視線をやってもシンヤは無視&放置を決め込んでいるらしい。

気に入らないとすぐこれだよ、懐かしいねー…この感じ。心の中で乾いた笑みを零しながら部屋の隅に蹲るミロカロスに近寄ってみた。

 

「ミロカロス…?」

「……」

「どうしたの?大丈夫?」

「……」

 

顔を覗き込めばもう声も出さずにひたすら泣いている…。

何この子!!痛々しい!!僕の良心が!!僕の体内の半分以上を占めるポケモンラブの僕の心が放っておけないと叫んでいるよぉお!!

 

「ミロカロス、何か言いたい事があるなら僕に言ってごらん。ね?」

「……」

「大丈夫だよ、僕はミロカロスの味方だから」

「…ッ、ヤマ、ト…」

「うん、なぁに?」

「シンヤ、…ッ、シンヤ…」

「シンヤが何かな?」

「シンヤ、戻してッ!!…ヤ、だ!!」

「……」

 

ミロカロスからシンヤの方へと視線をやればシンヤはスープをいっきに飲みほしてから、「あぁ?」と言わんばかりに僕を睨んだ。

昔は子供であの性格だったけど、今の年齢であんな態度取られたらチンピラにしか見えない。

 

「シンヤ…、ミロカロスに何したのさ」

「ポケモンに戻れっつった」

「それで!」

「…戻らねぇから、髪の毛引っ掴んで蹴っ飛ばした?」

「おいぃいいい!!!なんてことぉおお!!昔にあれほど言ったでしょうが!!ポケモンに暴力ダメ!!暴言禁止!!ポケモンは道具じゃないって!!」

「あー…言われたような気もしなくはない」

「スパルタの後は愛でる!!ひたすら愛でて労わって褒めてあげる!!愛情第一でしょ!?」

「……」

 

チッと舌打ちをしたシンヤに対して僕も舌打ちをしたくなる。

畜生、あんなに昔から言ってたのに逆戻りか!!コーディネーターになってポケモンに優しくなったから安心してたのに逆戻りか!!畜生!!

馬車馬のごとくポケモンを使うんだよ!!ホント、虐待も良いとこだよ!!あれだけ言ったのにふりだしに戻ってしまった僕はもうどうすれば良いの!?

…………。

 

「…元に戻せば良いんじゃん」

「あ?」

「戻って記憶!!お前は現在ポケモンドクター、お前は現在ポケモンドクターなのだぁぁぁぁ…!!」

「うざっ!!そんでもって近ッ!!!やめろ、息がかかるキモイ!!」

 

頭を両手で掴んで直接頭に話しかけたら物凄い勢いで拒絶された。

どうすれば記憶って戻るんだろ、なんか記憶喪失になった時って強い衝撃を与えたら戻ったりするよね…。

 

「あー!!シンヤ!!あれ見てあれ!!」

「なんだ?」

 

庭の方を指差せばシンヤは素直に庭の方へと視線をやった。

チャーンス!!

ごめんシンヤ!!これも全ては僕の昔の努力と可愛い可愛いポケモン達の為!!

近くにあった花の飾られてる花瓶を両手に持ってシンヤの頭に振り下ろした。

 

「下手すりゃ死ぬけど、そん時はそん時でぇえええ!!!」

「ッ!?!?」

 

- ガッシャーンッ!!!! -

 

物凄い音がして、庭にいたミミロップ達と家に居たポケモン達全員がシンヤへと駆け寄った。

 

「ヤマトォオオ!?!?おま、お前!!シンヤを殺す気か!!」

「許してミミロップ、これも全てキミたちの為…。ごめんね、シンヤ…!!親友であり幼馴染であるシンヤに酷いことして!!これで死んだとしても安らかに成仏して下さい!!」

「テメェッ!!?ポケモン以外に情っつーもんがねぇのか!!!!」

「ポケモン第一!!」

「こんのクソボケェエエエエ!!!」

 

シンヤが死んだらお前コロス!!マジでコロス!!と可愛い顔を物凄く怒りの表情にするミミロップ。怒っても可愛い、さすがミミロップ、可愛さハンパ無い。

トゲキッスとサマヨールがシンヤの体を起こした。花瓶の破片と散らばる花に囲まれているシンヤはずぶ濡れだ。

 

「シンヤ!!大丈夫だ!傷は浅い!」

「テメェでやっといて何言ってんだボケが!!!」

 

シネ!!と僕に吐き捨てるミミロップ。

なんという事だろう、可愛いポケモンは暴言を吐いても可愛い…。むしろ愛しい。

っていうかこの状況、主人であるシンヤを心配して駆け寄り声をかけ続けるポケモンたち…。人とポケモンの絆がここに見える!!

写真に撮って残しておきたいこの光景、否、むしろビデオ!!

 

「一心に主人の心配をして不安げな顔をするポケモンたち、見てて心が痛むけど良い!!可愛い!!」

「黙ってろ、この諸悪の根源!!」

 

ミミロップの力強い蹴りに吹っ飛ばされた。

めちゃくちゃ痛い、さすがミミロップ!!ミミロップの人の姿時の本気の蹴りを体験した!!ナイス僕!!

 

「…ッ、ぅ…」

「「「シンヤ!!」」」

 

シンヤが目を覚ましたらしい。

これで記憶が戻ってなかったら僕はシンヤにボコボコにされるだろう…。よみがえる幼き日の記憶。

シンヤ、強いんだよね…。

攻撃するならポケモンに指示出してくれないかな…、それだったら僕全然耐えれるし、むしろ幸せなんだけど…。

多分、グーで来るだろうな…。

 

「…痛ッ、」

 

頭を押さえて痛みを訴えたシンヤにブラッキーが「大丈夫か…?」と不安げな表情で声を掛けた。

不安げな表情イイ!!

 

「…ぇ、大丈夫です、けど…」

 

敬語…?

 

「どちら様、ですか…?」

「え、オレ?オレ、ブラッキーだけど…」

「ブラッキー…?」

 

頭を押さえながらシンヤが軽く首を傾げた。その表情は困惑。

っていうか、ちょっと待って、これはもしかすると…。

 

「シンヤ?」

「え?ああ、ヤマト…、何故ここに居るんです?」

「コーディネーター時代のシンヤだ!!」

 

このなんかわざとらしい感じの敬語!!間違いない!!

コーディネーターは表舞台に立つし美しさこそが第一だからとか言って言葉遣いも丁寧にしてた頃だ!!懐かしい!!

でも、あの時のシンヤってちょっと自分大好き人間だったからあんまり僕好きじゃなかったんだよね。ポケモンの美しさや素晴らしさについて語ってくれるのは物凄く嬉しかったけど…。

 

「ヤマトォオオ!!!テメェなんてことしてくれたんだこのボケェエエエ!!!」

「荒っぽいトレーナー時代のシンヤが引っ込んだから良いでしょ!!」

「良くねぇえええ!!!なんてことぉおおお!!!」

 

ミミロップが頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

え、なんか僕悪いことした?いや、してないとは言わないけど。結果オーライじゃないのこれ?

 

「地獄の日々再びかチクショォオオ!!!」

 

あ、叫ぶミミロップも可愛い。

 

*



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23

 

「無理ぃいい!!絶対に無理ぃいい!!何が無理ってもう全部無理!!生理的に無理ぃいいい!!」

 

誰に言ってるのか一人叫び続けるミミロップをシンヤとヤマトが見つめる。

瞬きを数回してから首を傾げたシンヤがヤマトに視線をやった。

 

「あちらの方はヤマトの知り合いですか?」

「え?シンヤのミミロップだよ」

「私のミミロップ?どう見ても人間ですが?」

「人の姿になれるポケモンの存在、知らなかったっけ?」

「初耳です」

 

少し驚きながらシンヤはもう一度ミミロップを見る。叫び続けるミミロップの行動はどうにも理解出来なかったのか眉を寄せてから近くに居たブラッキーへと視線をやった。

 

「ブラッキー?」

「ん?なに?」

「私のブラッキーですか?」

「そうだけど…」

 

まじまじと観察されてブラッキーは少し居心地が悪そうにシンヤから視線を逸らした。

周りに居る面々を見渡してからシンヤはふむと小さく声を漏らす。

 

「ヤマト以外、ポケモンなんですよね?」

「そうそう」

「どうにも見分けが付きません、参りましたね…」

 

シンヤって見分けらんなかったっけ?という疑問が一瞬ヤマトの脳裏を過ったが自分も説明を受けなければ人の姿をしているポケモンが分からないのですぐにその疑問は消えた。

 

「だよねー」

「あなたは何のポケモンですか?」

 

ブラッキーの隣に居たトゲキッスの頬に手を当てたシンヤが首を傾げる。

その行動に少し照れながらトゲキッスは自分の名前をシンヤに伝えた。

 

「俺はトゲキッスですよ」

「おやおや、私の可愛らしいトゲキッスは随分と男前くんなのですね」

 

よしよし、とトゲキッスの頭を撫でたシンヤが目を細めて笑った。

隣でその光景を見ていたブラッキーは「わぁ…」と小さく声を漏らす。

 

「(マジにコーディネーターのシンヤだよ、この甘ったるい感じはまさに…!!)」

 

エーフィ出してやろう、とシンヤのカバンからブラッキーがボールを取り出し、ベリベリとテープを剥がしてボールを投げればポケモンの姿のエーフィが出て来た。

その姿を見たシンヤがエーフィの傍に腰を下ろした。

 

「フィ…!?」

「少し毛並みが荒れてますね…、どうしたんですエーフィ?大丈夫ですか?」

「フィ、フィー…??」

 

自分の頭を撫でるシンヤの変わりように驚いたエーフィがその場で固まった。

 

「エーフィ可愛いよ!!エーフィ!!」

 

エーフィの頭を撫でるシンヤに便乗してヤマトもエーフィの背を撫でる。

そのままエーフィを抱き上げてヤマトはエーフィの頭に頬を擦り寄せた。

 

「可愛い可愛い可愛い!!」

「あまり変に触らないで下さい、私の可愛いエーフィの毛並みが乱れるでしょうが」

「後でブラッシングすれば良いでしょ!!」

「しますけど!」

 

ぬいぐるみのようにヤマトに抱きかかえられたエーフィは困惑したままブラッキーへと視線をやった。

そのエーフィの視線に気付いたブラッキーは苦笑いを返すだけ。

部屋の隅まで移動してブツブツと何かを呟くミミロップの傍に座ったサマヨールがミミロップの背を擦る。

花瓶を片付け終わったらしいチルタリスが不安げな表情を浮かべる。

 

「トゲキッスさん…、ご主人様戻るんですか?」

「うぅん…どうだろう、ね…」

 

困った笑みを返したトゲキッス。チルタリスは小さく溜息を零した。

 

「やだぁああ!!シンヤが戻ってない!!やだぁああ!!」

 

「ミロカロスさん、やっぱりもう一発やるしかないですわ!!ワタクシ、微力ながらお手伝い致します!!」

「…一発?」

「一発強いのをガツンと!!」

「ガツン…、ハイドロポンプ?」

 

それ今度こそ死ぬから、

ブラッキーが苦笑いを浮かべながらミロカロスを止めた。

 

「私のミロカロス!とっても美人さんじゃありませんか!!」

「………」

「強くて美しい、パーフェクトですね!」

「……ありがと」

 

お礼を言ったミロカロスの表情はどう言い表して良いのか分からない微妙な表情だった。

可愛らしいラルトスも美しいサーナイトに進化したんですね、と笑顔でシンヤにそう言われて満更悪い気もしなかったのかサーナイトが照れたように笑みを浮かべる。

 

「どういう事です、ブラッキー!!シンヤさんが今度はコーディネーターに!!」

「ヤマトがシンヤの頭を花瓶で殴ったら変わった」

「そう……って、花瓶!?バカじゃないですか!!シンヤさんを殺す気ですか!?」

「(トレーナーのシンヤ、ぶっ殺そうと飛び掛かったくせに…)」

 

とは思ったが、言ったら自分が殺されかねないので口を閉じるブラッキー。

眉を寄せたままエーフィがシンヤに視線をやる。可愛らしいですね、とチルタリスを愛でるシンヤが居てエーフィは視線をブラッキーに戻した。

 

「まあ、結果オーライ」

「不満タラタラなのが二名ほど居ますけどー」

「トレーナーよりマシです」

「一名は発狂しましたけどー」

「私の安息第一です」

「(ひでぇ!!)」

 

チラリと部屋の隅に居るミミロップに視線をやったブラッキーは小さく溜息を吐く。

 

「(参ったなぁ…、色々面倒過ぎる…つーか、シンヤが戻って来てくんないとオレおやつ食えねぇし…)」

 

自分専用に作られたおやつが食べれない。おまけに専用のポケモンフードを作れるミミロップが沈んでる……。当分は市販のフードに市販のお菓子。

 

「シンヤが恋しい…」

 

ポツリと呟いた言葉は誰にも届かなかった。

 

*

 

シンヤとヤマトがリビングで会話を弾ませているのを確認してから、庭でポケモンによるポケモンだけの緊急会議が行われた。

庭にはポケモンの姿に戻った面々が円陣を組み顔を見合わせる。7

 

「よし、とりあえず今の状況を一言でオレが言い表す!!」

「…」

「"最悪"だ!!」

「全くもって同意見!!」

 

ブラッキーの言葉にミミロップは声を荒げる。

しかし、声を荒げたところで今のシンヤとヤマトには「ミミィー!!」という鳴き声しか聞こえていない。

 

「やっぱりもう一度強い衝撃を与えるべきですわ。元に戻るかもしれませんもの」

「でも、衝撃を与えてシンヤさんが戻って来る保障は無いですよ。下手をすれば殺しかねませんし、またトレーナーが出るか、それともブリーダーが出るか」

「確かにリスクが大き過ぎるな…、暫く様子を見るべきかもしれない…」

「えぇええええ!?!?ワタシ、ストレスで死ぬ!!」

「お、落ち着け…」

「無理無理無理ぃ!!もうワタシのボールをテープでぐるぐる巻きにしてワタシごとカバンに封印してくれ!!」

 

そこまで嫌か……。

今にも泣き出しそうなミミロップを見てチルタリスがうろたえる。

 

「あれじゃね、そんな嫌ならツバキの所逃げれば?」

「アイツの所もぶっちゃけ超嫌!!だ・け・ど…!!そうする」

「シンヤの許可、貰えますかね…?」

「貰えなかったら、強制的に送ってくれ…!!土下座するから…!!」

「そ、そこまでしなくて良いですよ!ミミロップさん、一度落ち着いて下さい!!」

 

蹲ったミミロップの背をトゲキッスが翼で擦る。

そして、それまで黙って話を聞いていたミロカロスが溜息を吐いた。

 

「大丈夫か?ミロカロス」

「うん」

「目が虚ろですね…」

「うん、大丈夫、俺様待てる…。良い子に待ってたらシンヤが戻ってくるもん、俺様待てる、大丈夫、待ってる。シンヤが戻って来るまで待ってる、俺様は良い子で待てる、大丈夫、シンヤが戻って来た時に褒めてくれる、大丈夫、俺様待てる…」

「おおおおおい!!!ダメだ!!全然大丈夫じゃねぇ!!お前が先に戻って来いってミロカロスー!!」

 

ブラッキーが慌てて前足でミロカロスの体を叩く。

目が虚ろのミロカロスはブラッキーの声に反応せずに何処かを見つめたまま「待てる、大丈夫」と繰り返し言葉を発した。

 

「やっぱり一発ガツンと行くしかないですわ!!」

「ダメだ…主不在で不安なのは分かるが…、主の身こそ第一だ…。暫く様子を見よう…」

「ま、シンヤが死んじまったら戻って来るとかそういう問題じゃなくなるもんな…」

 

はあ、と揃って溜息を吐いた時に窓を開けたヤマトが「わ」と声を漏らした。

 

「何々、みんなで揃ってお喋りしてたの?かーわいーいなー、もー!!」

「ミミィ!!(うぜぇ!!)」

「そっかそっかー」

「ミミィ!!ミミロォップ!!(ダメだ!!アイツ本気で蹴り殺す!!)」

「えへへ、なんか喋りかけられてるー。人の姿になってくれないと分かんないけど可愛いー」

 

落ち着け、とミミロップを制したサマヨール。

命の危機に立たされていたヤマトはのんびりと笑みを浮かべながらポケモン達を眺めていた。

 

「シンヤのとこのポケモンはホント特別可愛いなー」

「当然です、私のポケモン達ですから」

 

*



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24

シンヤがなかなか戻らない。

コーディネーターのシンヤのまま勝手にホウエン地方に戻って来て、勝手に知り合いと連絡を取るコーディネーターのシンヤ……。

傍で見てるトゲキッスとチルタリスの顔色がめちゃくちゃ悪い。

 

「コンテストに私がですか?…そんな褒めても何も出ませんよ!ええ、はい、では、また近くに立ち寄った時は拝見しにお伺いしますね。では失礼致します」

 

電話を切ったシンヤはオレを見てニコリと笑った。

 

「今度、是非コンテスト会場に来て下さいとの事です」

「コンテストバトル?」

「いえ、特別ゲストとして来て欲しいそうです。何か新聞の記事を見て…とか言ってましたけどね」

 

ああ、グリーンフィールドの奴ね。と思いながらオレが頷けばシンヤはオレの頭を撫でる。

ブラッキーは今日もカッコイイですよ、と言われて苦笑いを返す。

ああ、もうシンヤ、早く戻って来てー……。

ポケモンドクターとして今は活動してるって言ったって、コーディネーターのシンヤがコンテストに関する事に関わらないわけがない。

早く戻って来ないと"美しき新星復活!!"なんて騒がれそうだ…。

 

「ミミロップさんが居ないとジョーイさんから預かったお仕事が進みませんわ!!」

「サマヨールも心配だからって一緒に行っちゃったもんなー…もう、オレ、おやつ不足で死ぬ…」

 

エーフィさん、手伝って!!とサーナイトがエーフィを振り返ったけどエーフィはシンヤにブラッシングをして貰ってご満悦。

何気に満喫してるよな…。

 

「ミミロップさぁぁん…!!」

 

サーナイト一人でかなり可哀想な状況だ。

まあ、ミミロップとサマヨールは向こうでもツバキの仕事手伝わされてんだろうけど…。

ここ、ホウエン地方の家はミナモシティが近くでオレはかなり気に入ってる。デパート近いし、サファリパーク遊びに行けるし。

気に入ってるけど、さすがにもうそろそろシンヤが戻って来てくんないと色々と不便だし。これ以上、コーディネーターのシンヤに色々とされるとシンヤが戻って来た時に大変な事になる。

 

「今日も沢山お手紙が来てます…!!」

「シンヤがそこらに声掛けてるからなぁ…、静まってきたファンがまた湧いたかぁ…」

「あああ、シンヤが戻って来た時に不機嫌にならないと良いんですけど…」

 

社交的で目立ちたがりのコーディネーターのシンヤ。

エーフィには悪いけどこれならトレーナーのシンヤの方がまだマシだったかもしれない。あっちはまだ子供だからなんとか言い聞かせられただろうし…。

 

「…」

「ミロカロス、爪を噛むのはやめなさい」

「うー…」

「綺麗な爪が欠けてしまうでしょう?」

「…うぅぅうう!!!」

 

ミロカロスはミロカロスで嫉妬心が爆発しそうだ…。

毎日来る手紙を今のシンヤは喜んで受け取るし、外で声を掛けられてもにこやかに対応するし。

 

「シンヤの馬鹿!!シンヤの馬鹿ー!!」

「そんな言葉を使っては駄目です、品格が下がりますから」

「う、うぅ…!!」

 

毎日、厳しいんだよ。細かい事がさぁ…。

食べ方一つでも綺麗に食べなさいとか、こぼしたら怒るし…、髪の毛もボサボサだと怒るし…。

もうめんどくさい!!!

 

「やっぱり今日こそ、一発入れようぜ」

「そうですわ!!今日こそやりましょう!」

「だから、シンヤが死んじゃったらどうするんですか!!」

「オレが先に死ぬ!!」

「ワタクシも過労死しますわ!!」

「えぇぇええ!?!?」

 

もうどんだけ耐えた!!どんだけ待ったよ!!

色々ともうみんな限界だってマジで!!

 

「少し出掛けて来ますので留守を頼みましたよ」

「へぇい」

「ブラッキー、返事は"はい"でしたよね?」

「…はい」

 

*

 

自分がポケモンドクターだということが未だに理解出来ない。

どうして私はあの晴れやかな舞台から降りてしまったのだろうか…、私はコンテストに出たい。あの大きな舞台で美しいポケモン達と共に脚光を浴びたい…。

でも、ポケモン達は違う。

私のことをシンヤ、と呼ぶけれどポケモン達が私を呼んでいるわけではないのだと気付いている。

ポケモンドクターのシンヤ。

私の頭の中には複数の記憶があるように思う、考えれば考えるほど頭痛に悩まされるせいでなかなか深層には辿りつかない。

私であって私でない人。

ポケモン達が度々漏らす、トレーナーのシンヤ、ブリーダーのシンヤ、私はコーディネーターのシンヤと言われていたけれど……。

オレ達のシンヤ、と呼ばれているのがポケモン達の求めるシンヤなのだろう。そして彼がポケモンドクター…。

多重人格なのかもしれない。

頭痛を伴う記憶には、横暴で少し品に欠ける存在とポケモンを愛してやまない存在、それと…もう一つ、不安定な存在…。

脆く弱い精神、でも横暴さもポケモンへの愛情もカリスマ性も…全て持っているような…。

 

「…ッ、」

 

頭が、痛む…。

私は私であるけれど、彼の一部でないといけないような気がする。

否、彼には私達が居ないといけないのだ……。

 

「…」

 

少し頭痛が和らぐ。

頭の中で誰かが声を荒げた。外に出たい、と…。

頭の中で誰かが苦笑いを浮かべた。優しい彼は決して表に出ようとはしない…。

頭の中の奥底で眠っている彼を…、起こして来てくれませんか…?

私は彼の一部で、もう一人の彼。

クスリと笑みを零せば、彼が目を開けた。

 

「おはようございます」

「……?」

「俺も外に出たい!!」

「まあまあ、落ち着いて。キミは乱暴だからポケモン達が可哀想でしょ」

「バトルがしたいんだよ俺はぁ!」

「私だってコンテストに出たいですよ、でも彼はそれが得意じゃないんですから」

「私はドクターも良いと思う。ポケモン達もそれを望んでるみたいだし」

「お前たちは誰だ……?」

 

「お前/貴方/キミ」

「…私?」

 

「不本意ってやつだけどな」

「良いじゃないか、だって今の私は伝説のポケモンと友達なんだから」

「ああ、それは確かに良いですよね」

「バトル&ゲットで生きようぜ、そんでたまに代わってくれよ」

「お子様はワガママばっかり言うなー…」

「誰がお子様だ!!」

「貴方以外に誰が居るんですか…」

「うぜぇぞ、このナルシー野郎!!」

「なッ…また下品な言葉を…!!」

「あー、はいはい、喧嘩しないで…。仲良くしようよ」

「なんなんだ…この状況…」

 

「貴方の中ですよ」

「俺らはお前」

「キミは私達」

「私は……?」

「「「 シンヤ 」」」

 

目を開けると草原の上に寝転がっていた。目の前いっぱいに広がる青空に目を細める。

とうとう"アイツら"と会話をしてしまった。やっぱり中にちゃんと居るんだな、と思いつつ溜息を吐く。

嫌だ……、完全に私は多重人格の人間じゃないか。

医者の世話になるべきか……。

 

「ドクターはお前だろ」

「ポケモン専門だからドクター違いだよ」

「…」

 

頭の中で勝手に会話しないでくれ…。

 

「買い物して帰って下さいね」

「…」

 

頭が痛い。

 

*

 

ガサガサと袋の音。

結局、大量に買い物をしてしまった……。

しかも荷物持ち、否、手持ちが居なかったので一人で大荷物を持つはめになった。

アイツらからすればポケモンと買い物に行って荷物持ちをさせるという考えは全く無いらしい。

家の玄関を開けてリビングに入れば、ソファで寝転がっていたブラッキーが慌てて飛び起きた。ソファに座り直すブラッキーを見てからテーブルに荷物を置く。

爪を齧りながらミロカロスが袋の中を確認した。なんで爪を齧っているのだろうか…、歯でも生えかわるのか…?

 

「あ、リンゴジュース!」

 

買って来た物をテーブルの上に出せばミロカロスがリンゴジュースの入ったパックを手に取った。

 

「飲んで良い?」

「良いぞ」

「わぁー……あ?」

「…あ?」

 

ミロカロスが固まった。

あ、の次が何か早く言ってくれないだろうか、気になる。

 

「シンヤ…?」

「なんだ」

「シンヤ!!」

「だから、なんだ」

「シンヤシンヤシンヤー!!!」

「なんなんだ!」

「シンヤが戻ってるぅううう!!!」

 

ミロカロスがリンゴジュースを放り投げるように床に落とした。

ベコンだかなんだか音がして紙パックが破損したらしくリンゴジュースがフローリングの床に広がっていく…。

抱きついて来るミロカロスはリンゴジュースなど微塵も気にせずに私の名前を連呼する。

 

「チルタリスー!!雑巾だ!!雑巾を持って来てくれ!!」

「ええええええ、ご主人様!?うわわわ、おかえりなさいませー!!」

「雑巾ー!!!」

「シンヤが戻ってるんだけどぉおお!!」

「えー!?おかえりなさいシンヤー!!」

「シンヤさん!いつ戻ったんですか!?」

「雑巾を寄越せ!!!」

 

ミロカロスを引き離そうとするが纏わりついて離れない。

仕方がないのでべったりくっ付くミロカロスを引き摺ったまま雑巾をチルタリスから受け取った。

 

「リンゴ臭い…!!」

「シンヤー…俺様良い子に待ってたよぉ…!!」

「分かった分かった!!まずはバケツに水を入れて持って来い!」

「は、早くミミロップさんとサマヨールさんに連絡しないと!!」

「シンヤー!!おやつー!!」

「ブラッシングして下さい、シンヤさん」

「ご主人様ー、バケツですー!」

 

頭の中も、周りもうるさい!!

 

「頭が痛い!!」

「なでなでしてあげる」

「…いらん」

 

「相変わらずうぜぇ…」

「品格が損なわれますね…」

「仲良しで良いと思うけど」

 

*



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25

シンヤが戻らなくて大変だった、と文句を言われては何も言えない。

ミナモシティから連絡船タイドリップ号と結ばれているカイナシティへと遊びにやって来た。

リゾートビーチもあって遊びに来るには持って来いの場所というわけだ。

 

「私は寒いのも嫌いだが暑いのも勿論嫌いだ…」

「泳ぐぞー!!」

「遊ぶぜー!!やべぇ、なんかコンテスト近いからか可愛い子多くない!?」

「ブラッキー、海に出るの禁止です。ボールに入ってなさい」

「なんで!?」

 

ポケモンの姿に戻ったブラッキーが逃げようと走り出したがエーフィにのしかかられて地面に突っ伏した。

お前、のしかかりなんて使えないだろうが…。

 

「ミロー!!」

「ミミー!!」

 

ポケモンの姿に戻ってハシャぐミロカロスにミミロップ。こういう時は仲が良いのか砂浜を一緒になって転がっている。

しかし、暑い……。

暑いせいでサマヨールはボールから出て来ないし。私もボールの中に入りたいところだ…。

 

「チルゥ」

「ああ、まずはポケモンセンターだな」

 

ちなみに今日はボール6個所持。

2個は家に置いて来たがサーナイトとトゲキッスは人の姿のまま着いて来たので見事に大所帯だ。

 

「暑い……、私は先にポケモンセンターに行くからな!」

「ミロ!?」

「一緒に行くなら一旦全員ボールに戻れ!」

「ミミー」

 

とりあえずエーフィの下敷きにされているブラッキーをボールに戻す。そのままエーフィも戻してミロカロスとミミロップもボールに戻す。

チルタリスを肩に乗せれば、更に暑い。

そういえばトゲキッスとサーナイトは荷物を持ったまま何処に行った、と辺りを見渡せば二人並んで海を眺めていた。

 

「…おお、恋人同士に見えるな…」

「チル…」

 

しかし、両方オスだ。

 

「海が綺麗ですわー」

「やっぱりお弁当作ってくれば良かったですかねー」

 

*

 

ポケモンセンターに着くとコンテストに参加するコーディネーターでいっぱいだった。

 

「人がいっぱいですわ」

「ジョーイさんもこれは大変ですね」

「そうだな…、面倒事を押し付けられなければ良いが…」

 

苦笑いするサーナイトとトゲキッス、そして肩に乗ったチルタリスを連れてジョーイへと挨拶に行く。

こんにちは、と挨拶すればジョーイの顔に笑みが浮かぶ。

 

「あら、シンヤさん!こんにちは!コンテストを見に?」

「いや、海に遊びに来ただけだ」

「でもコンテストは見て行くんでしょう?」

「んー…まあ…」

 

見て行くに決まってるじゃないですか!とコーディネーターのシンヤが頭の中で声をあげたのでジョーイには曖昧に返事をしておく。

 

「そうだ、丁度良かった!」

「…」

「今日、トレーナーになる子が来るんですけどその子に渡すポケモンたちの健康診断、手伝ってくれません?」

「嫌だ」

「それじゃ後で声掛けますからー」

 

私ちゃんと「嫌」って言ったよな?

まさか、自分でも分からないうちに「良いぞ」なんて返事してたのか!?

 

「私、今なんて返事をしてた…?」

「「嫌だ…って」」

「ジョーイめ!!!」

 

*

 

ジョーイに呼ばれて、ほぼ無理やり引き摺られて来ると見知った顔と目が合った。

 

「シンヤさん!!」

「お久しぶりです!!」

「おお、サトシにタケシ」

「ピカー!」

「ピカチュウも久しぶりだな。で、そっちの子は…?」

 

まだ旅をしてるとも思えない年齢の眼鏡をかけた少年に視線をやればパクパクと口を開閉される。

口が聞けない子なのか…?

 

「こっちはマサト。今は居ないけどハルカっていう子も居て、マサトはそのハルカの弟なんだ」

「へぇ」

「はははは、はじめましてシンヤさん!!」

「はじめまして」

「ぼ、ボク!!マサトって言います!!」

 

つい数秒前に聞いたけど…。

 

「あのシンヤさんに会えるなんて光栄です!!」

「そういやシンヤさんって有名人だったっけ」

「サトシ!!シンヤさんは凄い人なんだよ!?っていうか、知り合いだったんならもっと前に教えてよ!!」

「そんな事言われてもな~」

 

頬をかいたサトシにマサトが怒鳴る。

後ろでクスクス笑うジョーイに視線をやれば「三人も手伝ってくれる事になったの」と笑顔で言われた。

じゃあ、私要らないじゃないか。

 

「お姉ちゃんも喜ぶよ、有名なトップコーディネーターでもあるシンヤさんに会えるなんてさ!」

 

「積もる話は後にして健康診断を先にしちゃいましょ」

 

「はぁい!!」

 

ジョーイの言葉にタケシが喜々として返事をした

こんなに人数居たら私、絶対に要らないだろ…。

色々と文句を言いたいところだが、周りの機器を見て研究所みたいだーなんて言ってはしゃぐマサト達を見て言葉を飲み込んだ。

 

「この街には研究所が無いから新人トレーナーはここから旅立って行くのよ。うん、アチャモもキモリもミズゴロウも健康そのものだわ」

 

健康そのものならもう良いかな、と思いつつカルテに視線をやる。

サーナイトとトゲキッスとチルタリスを食堂に待たせてるし…。

 

「じゃ、ちょっとモンスターボールから出して運動させてあげましょう。先輩のキミ達は色々と教えてあげてね」

 

ジョーイの言葉にサトシ達の足元に居たアチャモ、キモリ、ミズゴロウが頷いた。サトシ達のポケモンなんだろうな。

マサトがジョーイに勧められてモンスターボールを受け取り、ボールからポケモンを出して行く。

 

「出てこい、アチャモ!!」

「チャモチャモ!」

 

おーおー、生意気そうな…。

 

「いでよ、ミズゴロウ!!」

「ゴロ…」

 

おー、こっちはまた気弱そうな…。

 

「キモリ、キミに決めたー!なーんてね!」

「キャモー」

 

お、大人しそうなキモリだ。メスだな、可愛い可愛い。

カルテを閉じれば電話が掛かって来たらしい。ジョーイが「なにかしら?」と言いながら電話に出た。

 

<「ジョーイさん大変なんです!!」>

「あ、ハルカ」

 

画面に映った女の子がサトシ達の言っていたハルカという子らしい。マサトのお姉ちゃんだな。

 

「一体どうしたの?」

<「浜辺にホエルオーが打ち上げられてて、なんだかぐったりしてるんです!」>

 

えぇー、と揃って不安げな声が漏れた。

図鑑を開いたサトシが「最大のポケモンかぁ」と言葉を漏らす。

 

<「ジョーイさん、早く来て下さい!」>

「分かったわ、すぐに行きます!」

 

電話が切れて画面からハルカの姿が消えた。

こちらを振り向いたジョーイと目が合って、すぐにサトシ達の方へ視線をやった。

 

「留守の間その子達をお願い!ただし、建物の外には出さないでね、まだ外に慣れていないから」

 

さ、行きますよ!とジョーイに腕を掴まれて走らされる。

やっぱり私も行くんだな……。

「自分もジョーイさんのお手伝いをしまーす」とタケシが後からついて来るが…、サトシとマサトだけで大丈夫なのか…?

 

*

 

「大丈夫そう?」

「ああ、これでもう大丈夫だろ」

「良かった」

 

打ち上げられた衝撃で弱っていただけで特に大きな怪我という怪我は無かったホエルオー。

少し休んで体力が回復すれば海にも戻れるだろう。

 

「シンヤさんが居て良かったですね!」

「ホント助かるわ」

「ポケモンドクターのシンヤさん、カッコイイかもー!」

 

仕事もしたし、もう帰っても良いだろうか…。

遊びに来てるのに遊べなかったら遊べなかったで後々文句を言われるのは私なんだが…。

 

「あ、そうだ、ハルカ」

「なに?」

「シンヤさんはコーディネーターの経験もある人なんだぞ」

「えー!?ホントに!?リボンは何個くらい持ってたんですか!?」

「リ、リボン…?まあ、グランドフェスティバルに出るくらいには持ってたが…」

「グランドフェスティバルに!?」

「謙遜しちゃって、シンヤさんは優勝してるからトップコーディネーターでしょ」

「すすすすごぉおい!!!」

 

それほどでもありますけど…、と褒められて悪い気はしないのかコーディネーターのシンヤが頭の中で返事をする。うるさい。

 

「各地方のポケモンリーグもハルカちゃんくらいの時に優勝しちゃってるものね」

「…まあ、」

 

俺がな!!とトレーナーのシンヤが大声をあげたせいで頭が痛くなった。うるさい。

 

「こうして経歴を聞いてみるとやっぱり凄いですねぇ…、優秀なトップブリーダーでもあるし本当に尊敬します!」

「…そ、そうか」

 

照れるなー、とブリーダーのシンヤが喜びの混じった声で言った。

全部、私じゃなくて私の中に居る奴らなんだと説明したい。別に私が出来るわけじゃないし…、いや、記憶があってシンヤではあるから一応私は私なんだが…。

面倒な事になったのは全部、ディアルガとパルキアのせいだ…。

 

「色々とお話聞かせて下さい、シンヤさん!!」

「え゛」

「私、今回のコンテストが初めてなんです!そうだ!!私のアゲハントを見て下さい!!トップコーディネーターでありブリーダーでドクターなシンヤさんから見てどうですか!?二次審査のバトルの事でも是非、トレーナーとしての意見も聞きたいです!!」

「いや、待て、ちょっと…」

「よろしくお願いしまーす!!」

「ああぁぁ……、」

 

*

 

ハルカに付き合わされてようやくポケモンセンターに戻って来た。

トゲキッスとサーナイトはジョーイの手伝いに行ったとチルタリスに言われ頷き返す。

 

「ご苦労様、アゲハント。今日の練習は終わりよ!シンヤさんもありがとうございました!」

「ああ、ほとんど見てただけだったけどな…」

「そんな事ないですよ、アゲハントの羽の手入れの方法とか色々教えてもらえて良かったです!!」

 

ニコニコと上機嫌なハルカに苦笑いを返す。

するとマサトがカップを持って近付いて来た。

 

「お姉ちゃんも疲れたでしょ?お茶でも飲んでゆっくり休んでよ」

「あ、ありがと…」

「シンヤさんも」

「悪いな」

 

マサトからカップを受け取って口に運ぶ。

あ、ティーパックの紅茶だ。あんまり好きな味じゃない……。

 

「あとなんか欲しいもの無い?お菓子でも持って来ようか?」

「ううん、いいよ。…でも、なんか妙にサービス良くない?」

 

ハルカの言葉に明らかにマサトの笑顔が引き攣った。

 

「ギクッ…!!そ、そんなことないよ!!ぼくはいつでもお姉ちゃんの良き弟だよ!!」

「良き弟ねぇ…ま、いっかー」

 

今、ギクッ…って口で言わなかったか…。

 

「お茶のおかわり沢山あるから遠慮なく言ってね、お姉ちゃん!!」

「それは良いけど…、アチャモは何処?」

「えぇー…!!?ア、アチャモは…、多分、ピカチュウ達と外で遊んでるんじゃないかな…」

「そう。じゃあ私、迎えに行ってくるわね」

 

立ち上がったハルカを見て、私もそろそろジョーイに一声掛けてトゲキッスたちを引き取って来ようかと立ち上がる。

 

「えぇー!?駄目だよお姉ちゃん!!」

「何が駄目なの?」

「だから、アチャモはそのー…」

「さっきから何か怪しいわねー…!!」

「えっとあの…」

「さては私のアチャモに何かあったのね!?大人しく薄情しなさい!!」

 

お姉ちゃんは恐いな。

ハルカに迫られるマサトの横を通ろうとするとマサトに腕を掴まれる。

 

「シンヤさん!!何処行くの!?」

「ジョーイのところだ」

「えぇええ…、あのちょっと…」

「?」

「マサト!!」

「うううう…!!」

 

マサトが吐いた。

いや、嘔吐じゃなくて真相を。

新人トレーナー用のアチャモがワカシャモに進化してしまって、ハルカのアチャモを身代わりにしているらしい。

選ばれなかったら大丈夫、とのことらしいが…、選ばれたら逆にアウトだろ…。

ハルカが慌てて走って行くのをマサトと一緒に追いかけた。

 

「アチャモ!!」

 

ハルカが部屋に飛び込めばアチャモがハルカの腕に飛び込んだ。

 

「アチャモ、ここに居たのねー!!サトシ!!私のアチャモになんてことするのよ!!」

「ごめん…ばれちゃったよサトシ…」

 

冷や汗を流すサトシが哀れだ。

素直に進化したって言えば良かったのに…。

 

「サトシ、一体どういうことなんだ…?」

「え!?いやぁ…それが…」

 

サトシが口籠っていると、奥の部屋の扉がワカシャモによって蹴破られた。

 

「げ!?」

「シャモシャモ!!」

 

額を押さえたサトシにはもう色々と限界だな…。

素直に謝るサトシとマサト、進化したと聞かされたタケシとジョーイは「えぇ!?」と大きな声を漏らした。

アチャモが必要ならツバキのところからでも送ってもらったら良いと思うけどな…、と考えつつ窓の外に視線をやると大きな影。

 

「んな!?」

「え?ああああ!!ホエルオー!?」

「そんな!!一体誰が!!」

 

あ、ニャース気球!!

乗りたかったやつだ!!と思いつつみんなで慌てて外に出る。

「コラー!!」とサトシの怒声が響いた。

 

「あなた達、何をするの!?」

 

「あなた達、何をするの!と聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「長い!!!」

 

途中で遮ってやれば二人と一匹がガクンとその場でこける。

 

「だから最後まで聞けってー!!」

「久しぶりでも容赦無しニャ!!」

「うるさい、さっさとホエルオーを下ろせ!」

 

私がそう言えば笑う二人と一匹。

 

「だーれが下ろすもんですかーい」

「これをボスにプレゼントすればオレたちはー「「幹部昇進、支部長就任、良い感じー!!」」になるのだー!!」

「ってわけで、バイニャラ!!」

「ホエルオーの一匹で昇進出来るなんてどんな甘い会社に就職してるんだお前達はー!!」

 

待てー!!と声を荒げた後ろでワカシャモが火炎放射を放った。

そして見事な跳び蹴りでホエルオーをぶら下げていたロープを切断する。

ホエルオーは海に落ちて、ロケット団は空高く飛んで行った…、と思ったら落ちて来た。

 

「ピカチュウ、十万ボルト!!」

「「「ぎゃぃやあああああ!!」」」

 

本当にいつか死ぬぞ。

 

「やったな、サトシ!」

「ああ」

 

喜ぶサトシ達の後ろで新人トレーナーとその子の父親が拍手をする。

 

「凄いかっこよかったわ!私もサトシさんみたいなポケモントレーナーになりたいな!!」

「えっへへ、サンキュー」

「本当に大したものだ、今まで気付かなかったがポケモンとは素晴らしいものだったんだね」

「それで、ポケモン選びの方はどうしましょう?ワカシャモは初心者が持つにはちょっと…」

 

ああ、本題に戻ったな。

アチャモが必要ならツバキに連絡するぞ、とジョーイに小さな声で言えば小さく頷き返される。

 

「良いわ。私ミズゴロウに決めた!」

 

女の子がミズゴロウを選ぶと隣に居たキモリが目に涙を溜める。

そのキモリに見つめられた父親が声をあげた。

 

「私はキモリを選びます!!」

「お父さん?」

「つぶらな瞳に大きな口やわらかそうな尻尾、どれも可愛すぎる!ジョーイさん、ポケモントレーナーになるのに年齢制限は無いんですよね?」

 

おおおおお。

 

「勿論です」

「それなら、私はこの子のパートナーになります!!」

 

父親がキモリを抱き上げて、娘である女の子がミズゴロウを抱き上げた。

親子で旅立つのか…なんかシュールな光景だな…。別に良いけど…。

 

「ごめんなワカシャモ…、お前を進化させたせいでこんな事に…」

「シャモ」

 

サトシがしゅんとしながらワカシャモに声を掛ける。

まあ、確かにワカシャモを初心者に渡すわけにはいかないからな…。

 

「心配無いわ、さっきの勇気ある行動を見て決めました!ワカシャモはうちのガードポケモンとして残って貰います!」

 

ジョーイの言葉にサトシ達の顔に笑みが浮かんだ。

ワカシャモも嬉しそうだ。

 

「初めてのポケモンかー…よぉし、待ってろよー!!ボクのはじめてのポケモーン!!」

 

海に向かって叫ぶマサトを見てハルカが苦笑いを浮かべた。

 

「あ、そうだ!!シンヤさんは?」

「なにがだ?」

「シンヤさんの初めてのポケモンはなんだったの?」

 

はじめてのポケモン…?

トレーナーのシンヤはヒトカゲ。コーディネーターのシンヤはキモリ。ブリーダーのシンヤはワニノコ…。まあ、その連中は世界が混ざった時に居なくなったみたいだが……。

 

「私はタマゴだ」

「え!?いや、タマゴってポケモンじゃないよ!?」

「じゃあ、その次は…ヒンバスだったな」

「ヒンバスー!?それって大変なんじゃ…」

「ふふふ、上級者向けね」

「でも、すぐにイーブイを二匹貰ったからな」

「イーブイも難しいポケモンですよ、シンヤさん…!!」

 

そんなの私が知るか。

 

*



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26

 

「ホエルオーの乗り心地最高……!」

「ミロォオオ!!」

 

はぁ、と息を吐けば下でミロカロスがこっちに乗れこっちに乗れとうるさい。

でも嫌だ。私はホエルオーの上で寝る。

この広い背中にゆったりとした揺れの少ない泳ぎ方が良い。大きいポケモン万歳、それにチルタリスの羽毛枕にトゲキッスがパラソルを持ってくれてるし、サーナイトが隣に座ってうちわで扇いでくれるので至れり尽くせりだ……。

別に強要したわけじゃない、自発的にトゲキッス達がやってくれた。

浜辺ではミミロップとサマヨール達がポケモンの姿のまま砂遊びをしている。その傍でブラッキーがすでに砂風呂状態。エーフィはブラッキーの上にかかる砂の上で日向ぼっこだ。

コンテストが始まるとかで人が少なくて良いな…。

 

「シンヤさーん!!」

「んぁ?」

「ジョーイさんが呼んでますわ」

「聞こえないフリしろ」

「え…、良いんですか?」

「聞こえない聞こえない」

 

寝転んだまま目を瞑るとまた「シンヤさーん!」とジョーイの声。私は何も聞こえてませんよ、っと…。

少しすると声が聞こえなくなって、諦めたかと瞼をゆっくりとあげるとトゲキッスとサーナイトが悲鳴をあげた。

 

「シンヤ、逃げて下さいー!!」

「なん、」

「チルー!!」

 

チルタリスに肩を掴まれて空を飛ぶ。

トゲキッスの持っていたパラソルに火が付いて燃えていた…、浜辺を見ればワカシャモの隣でジョーイが笑っている。

 

「シンヤさーん!」

「はーい…」

 

返事をしないと次は私がパラソルの二の舞。

トゲキッスとサーナイトは海に飛び込んだのかミロカロスにしがみ付いて居た。

ジョーイ…恐ろしい女だ…!!

チルタリスが懸命に飛んで浜辺まで運んでくれた、やっぱりトゲキッスほど力持ちというわけではないらしい。ジョーイの傍に降りればニッコリと笑みを向けられる。

 

「良かった、聞こえなかったみたいなのでワカシャモに頼んだんです」

「ソウデスカ…」

「今日のコンテストは1時からなんです。さ、シンヤさんも行きましょう!」

「まだ10時じゃないか」

「シンヤさんに会いたい人は沢山居るんですよ」

 

私は会いたい人なんて居ない。

怒鳴ってやろうかと思ったがワカシャモに睨まれて言葉を噤む、くそ、ワカシャモめ…ミロカロスにハイドロポンプの指示を出しても良いんだぞ私は…!

やらないけど…。

ミロカロス達をボールに戻せば私のカバンを持ったチルタリスが飛んでくる。カバンを受け取ってチルタリスを肩に乗せた

 

「シンヤ、ワタクシたちはポケモンセンターに戻りますわ…」

「びしょ濡れになっちゃいましたから…」

「ああ…」

 

あらあら、と言葉を発したジョーイ。だが原因はお前だ。

後からコンテスト会場に行きますね、と言ったトゲキッスに頷き返してチルタリスを肩に乗せたままジョーイと共にコンテスト会場へと向かう。

いっそ濡れて私もポケモンセンターに行けば…、いや、乾いてからでも強制的に連れて行かれるんだから一緒か…うん。

 

「ハルカちゃんも出るって言ってたじゃないですか」

「そういや、言ってたな…」

 

*

 

「レディースアーンジェントルメーン!大変長らくお待たせ致しました!!ホウエン名物ポケモンコンテスト!!カイナ大会の始まりでーす!!

その出場者達を厳しく優しく審査して頂くのはこちら、大会ジム局長のコンテスタさん、ホウエンポケモン大好きクラブの会長スキゾーさん、そしてカイナシティのジョーイさんでーす。

見事優勝に輝いたコーディネーターとポケモンには栄誉あるこのカイナリボンを贈呈、各地で開催されるリボンを5つ集めたグレイトなアナタにはトップコーディネーターの祭典ポケモングランドフェスティバルへの参加が認められちゃいますよー!!

なお、今回はそのグランドフェスティバルの優勝者であるトップコーディネーターであり数々の経歴を持つシンヤさんが特別ゲストとしてこのカイナ大会へやって来てくれましたー!!コーディネーターの皆さんの気合いも更に高まること間違いなーし!!

そして本日の司会は私、ビビアンです。よろしくお願いしまーす!」

 

なんか変な紹介のされ方して居心地悪いな……。

ビビアンめ、いや、さっき会ったばっかりだけどファンだのなんだのと言われて最終的には「ビビアンって呼んで(はぁと)」とか言われたから…。

写真まで一緒に撮らされてしまった…。

コンテスト前にハルカに会いに行こうと思ってたのにギリギリまで引きとめられたからな…、ジョーイは途中で逃げたし…。

 

「さあ、一次審査は魅せる演技!!コーディネーターとポケモンが共に力を合わせ鍛え上げて来た技の美しさや決まり具合を披露していまーす」

 

なんで私…ジョーイの横に座らされて評価までさせられてるんだろう…。

客席で良かったのに…。

 

「続いて24番はシュウさんの登場でーす」

 

色々と不満が溜まって来た、途中退席してやろうかと思っていてもコンテストに休憩なんて挟まれない。

24番の登場に小さく溜息を吐いてからコーディネーターへと視線をやった。

 

「ロゼリア、花びらの舞い!!」

「ロゼリア、花びらの舞いで華麗に登場!!これはビューティフォー!!」

「続いてしびれ粉、マジカルリーフ!!」

「しびれ粉とマジカルリーフの合わせ技!素晴らしいコラボレーションに場内はただ見惚れるばかりです!!」

 

場内に舞う花びらにビビアンが感嘆の声を漏らす。

とどめと言わんばかりに繰り出された花びらの舞いからのマジカルリーフで更に場内に花びらが舞った、あまりの花びらの多さにロゼリアが花びらに隠れて消えてしまう程の量だ。

 

「さあ、華麗にフィニッシュを決めたロゼリアの得点は?29.4!!今までの最高点が出ました!!」

 

私は得点が押せないからやっぱりここに居る意味が無いよな……。

 

「いかがでしたか?」

「素晴らしいコンビネーションでした!」

「いやぁ…好きですねぇ…!!」

「ステージ構成も見事!よく育てている事も伺えましたなぁ!!」

「シンヤさんはいかがでしたか?」

「花びらの舞いの完成度が高く花びらの量は評価出来ました。しかし多くは花びらに視線を奪われてロゼリア自身のしなやかな動きや仕草を存分に魅せきれなかったところもあるので次は技だけでなくポケモンそのものも魅せる演技を期待したいですね…」

 

真面目に評価している私を一番評価して欲しい…。

というか、そろそろハルカの出番なんだろうか…。よく考えたら途中で抜けるにしてもハルカの演技を見てからでないと申し訳ないことに今気付いた。

でも、そろそろ本気でだるい。

 

「次はエントリーナンバー31番、ロバートさんの登場です!!」

 

登場した金髪の男が出したポケモンはミロカロス。

あれ絶対にメスだ。やっぱりメスのミロカロスは良いな。

 

「ミロカロス、しんぴのまもりです」

 

ミロカロスの周りからエメラルドグリーンのしんぴのまもりが放たれる。

 

「これは見事ですな…!」

「好きですねぇ…」

「素晴らしいですわ!!」

 

魅せる用に改良されたしんぴのまもり。周りに煌めくオーラとミロカロス自身の美しさに観客が見惚れている。

 

「ミロカロス!!技の見事さ+ボディの見事さで会場を魅了しておりまーす!」

 

あのミロカロスの美しさとしなやかな体付きからして、今回の優勝は決まったも同然だな…。あのミロカロスはなかなか強いぞ…。

 

*

 

「さあ、一次審査も残るはあと一人!!エントリーナンバー50番、ハルカさんの登場でーす!」

 

くそぉ、ハルカめ…!!

なんでよりによって一番最後なんだ…!!結局、最後まで見てるハメになったじゃないか…!!

 

「ハルカさんは今回のコンテストが初めての参加となります。では、ポケモンの登場を華麗に決めて頂きましょう!!」

 

随分と緊張してるな…と見守っているとボールを振りかぶったハルカがその場で転んで尻餅を付いた。

あーあー…、この前に見た回転しながらボールを投げるのをやるんじゃなかったのか…。

 

「あららー、大丈夫?」

 

ビビアンがハルカに駆け寄って手を差し出した。

これは逆にテンパるか、はたまた逆境で根性が座るか…。笑みを零しながら立ち上がったハルカがボールを投げた。

 

「わーぉ、アゲハント!羽の美しさを大アピール!!」

「アゲハント、糸を吐く!」

 

フリスビーを投げたハルカ、そのフリスビーをアゲハントが見事に糸でハルカに返す。

 

「見事なリターン!!」

「もう一度!」

「二人の軽快なラリーが続きまーす!!」

 

なかなか上手く魅せてるな。

でも、コーディネーターの顔が必死過ぎて…美しいっていうより逞しい…。

 

「最初のずっこけもチャラにする絶妙なコンビネーションだー!!」

「行くわよアゲハント!かぜおこし!!」

「今度はかぜおこしでリターン!!キャッチが決まれば高ポイントだー!!」

 

ビビアンの言葉にたじろいだのかは分からないが。

走ってフリスビーを受け取りに行ったハルカがわたわたとフリスビーを取りこぼしそうになりながらもギリギリでキャッチ。

キャッチして大きく息を吐くなんて…、その時点で魅せる演技にはどうかと思うぞ、ハルカ…。

 

「なーんとかキャッチ、落とさなかったのでセーフでしょう」

「フィニッシュよ、アゲハント!!銀色の風!!そのままスピン!!」

「これはなんとー!!アゲハント、渦状の銀色の風に包まれたー!美しい…!!さながら銀色の衣を纏っているかのようです!!」

 

見事に最後はポージングで決めたハルカ。

練習で見た時よりも演技はかなり良かったな、アゲハントは本番に強いらしい。

 

「さあ、アゲハントとハルカさんの演技はいかがだったでしょうか!」

「初めてにしては良かったですね!」

「うん、将来有望と見ました!」

「いやぁ、好きですね~!」

「得点は24.9です!!シンヤさんもコメントを是非お願いします!」

 

ビビアンに言われてチラリとハルカに視線をやると眉を寄せたハルカが一心にこちらを見つめている。その、お願いします…!みたいな目はやめろ…!!

 

「初めてにしてはアゲハントの技も魅せ方も良かったと思います…。次はコーディネーターも余裕のある表情と演技でポケモンを引っ張り、よりいっそうポケモンの魅力を引き出してあげて下さい…」

 

しゅん、と項垂れたハルカを見て後で謝りに行こうと思った。

さすがにここで知り合いだからって評価するのは出来ないだろ…、すまんハルカ…。

 

「以上で一次審査は終了です。二次審査の出場者発表まで暫くお待ち下さーい」

 

二次審査に上がる出場者を選んでいるジョーイ達に一声掛けてから出場者の控室を覗きに行く。

ハルカとロゼリアを使っていたシュウとかいう少年が見えて部屋へと入ると他の出場者にぎょっとしたような目で見られた。

 

「ハルカ」

「あ、シンヤさん!」

 

なんでバラなんて持ってるんだろう…。

とは、思ったが特に突っ込まず。さっきは悪かったな、と謝れば大きく首を横に振られた。

 

「そんな良いですよ!!本当の事だったし、ちょーっと期待しちゃったのは確かですけど…」

 

苦笑いを浮かべたハルカに苦笑いを返す。

 

「わ、私、二次審査に行けます…か?」

「さあ?私は審査には加わってないからな…」

 

ま、見ただけで二次審査に上がるのが誰かぐらい分かるけど…。ここで発表前に言うわけにはいかないからな…。

そうですか、と項垂れるハルカの頭を撫でれば不安げながらも笑みが返って来た。

 

「ぁ、あの、シンヤさん…!」

「ん?」

 

ハルカの傍に居たシュウに声を掛けられて視線をやる。

何故か目をキラキラさせているように見えなくもない…。気のせいだろうか…。

 

「先程は的確なお言葉ありがとうございました!!憧れてやまないシンヤさんにこのカイナ大会で評価して頂けるなんてとても光栄です!」

「え、シュウってシンヤさんに憧れてるの?」

「僕はシンヤさんの演技を幼い時に見てコーディネーターを目指そうと思ったんだ!!」

「へー!!そうなんだー、私はシンヤさんがコーディネーターだって知らなかったけど…」

「トップ!コーディネーターだ!!」

「は、はい…!!」

 

幼い時って今でも十分幼い年だろうに…。

もっと下か、コーディネーターとしてシンヤが活躍してたのは十代後半になったくらいだから、3歳とかそれぐらいか…。

そしてそんなに必死に訂正してくれなくても良いぞ、私は別にコーディネーターじゃないし。ドクターだし。

 

「はぁ…、キミはシンヤさんと知り合いでいながらまだそのレベルなのか…」

「なっ…!!シンヤさんとは最近知り合ったばっかりなの!!サトシとタケシが知り合いだったから知り合えただけだし!!」

「ふぅん」

「悔しいー!!シンヤさん!!また私の特訓に付き合って下さいね!!」

「え゛」

「キミ!シンヤさんに教えを乞うなんて何を考えてるんだ!!恐れ多いぞ!!」

「シュウには関係無いでしょ!!」

「シンヤさんが忙しい人なのくらい分かるだろう!?それにシンヤさんに教わりたいのはキミだけじゃないんだ!!」

 

バッ、と周りに居た出場者たちの方に手をやったシュウ。

ハルカと共に出場者たちに視線をやれば出場者達はうんうんと頷いてこちらを睨んでいた。

 

「こ、こわいかも…!!」

「私もこわい…」

 

ごめんなさい、と小さくなりながら謝ったハルカに「まあ見るくらいなら付き合ってやるから」なんて言葉はここで口には出来ない。

下手すれば大規模な講習をやるはめになる。

 

「悪いなハルカ。仕事が忙しくて…」

「いえ、私のほうこそ無理言ってごめんなさい…」

「応援してるからな」

「はい、ありがとうございます!」

 

笑顔で頷いたハルカを見てからシュウを含めた出場者全員を見渡して精一杯の笑みを貼り付けた。

 

「勿論、コーディネーター全員を」

「「「「ありがとうございます!」」」」

 

じゃ、と片手を上げて部屋から出る。

出場者の控室になんて行くんじゃなかった、なんかもうドッと疲れた…。

遊びに来たのに、疲れた…。

ホエルオーの背で寝てた時間が恋しい…。

 

*

 

「はぁーい、お待たせしました!一次審査を突破したのはこの8人のコーディネーターさん達でーす!!」

 

やっぱり、ハルカもギリギリ入ってきたな…。

まあ周りのレベルも多少低かっ…、ゴホン!!いや、ハルカは将来的に伸びるコーディネーターだろうしな。

しかし二次審査はバトルだから、ハルカのアゲハントは少し力不足だな…。なにより、今回は飛び抜けてるのが一人居たし……。

 

「この8人がシャッフルされ二次審査コンテストバトルの対戦カードが、決まりましたー!!」

 

ハルカとシュウ、か…。

どっちが勝っても次がロバートだろ。いや、ロバートが勝ち上がってくるかはまだ分かってないが、あのミロカロスは確実に上がってくる…。

あー…キツイなこれは…。

 

「さあ、二次審査はコンテストバトルです!!5分という制限時間の中でいかに技を決め相手のポイントを削れるかが勝負です!!それでは、ファーストステージの最初の試合スタートです!!スタートォ!!」

「さあ、ロゼリア!ゴー!!」

「アゲハント!ステージオーン!!」

 

相性だと草タイプと虫タイプでアゲハントが有利だが、レベルの差と実力の違いで押されるだろうな…。

ロゼリアのマジカルリーフをアゲハントがかぜおこしで弾き飛ばすがマジカルリーフは体勢を立て直しアゲハントを襲う。

まあ、確実に当たる技だしな…。でも避ける方法は無くは無い…明らかな指示ミスだな…。

 

「ロゼリア、しびれ粉!」

「しびれ粉、あめあられ!!アゲハントピーンチ!!」

「アゲハント!!糸を吐く!!」

「マジカルリーフ!!」

 

アゲハントの糸がロゼリアのマジカルリーフで切断された。

「そこはかぜおこしでしびれ粉を美しく散らせてかわし、上空全体に糸を吐くで注意を惹き付けて銀色の風で攻撃でしょうが!!」

……お前が叫んでも私の頭の中でしか聞こえてないぞ…。

 

「アゲハント、銀色の風!!」

「花びらの舞い!!」

 

アゲハントの銀色の風がロゼリアの花びらの舞いでかき消される。

銀色の風自体がまだ完成度が低くて弱いな…、力押し出来てもおかしくない相性なんだが…。

 

「ロゼリア、ソーラービームだ!」

「ロゼリア!ソーラービームの体勢に入りましたー!!貴重な残り時間を使いエネルギー充電を計っていることは勝負に出たかー!?」

「アゲハント!糸を吐く!!」

「アゲハントが攻撃に出たー!!」

 

いや、避ける方に意識を向けた方が良いな。相殺出来る技が無いし…。

私がそう思った瞬間、ロゼリアがソーラービームを放つ。チャージ時間もなかなか短縮して来てる。

 

「ロゼェエエ!!」

「なんと見事な色合い!!」

「いやぁ、好きですね~!」

「草タイプ最大の技がアゲハントにクリーンヒットー!!」

 

これはかなり不味い…。

急所に当たったらしくアゲハントはボロボロになって地面に突っ伏した。

 

「アゲハント!しっかりして!」

「残り時間は後僅か…、バトル続行は可能なのでしょうか!!」

 

場内にブーという音が響く。

ジョーイらがバトルオフのボタンを押したらしい。

 

「アゲハント!!バトルオフ!!シュウさんとロゼリアがセカンドステージに進出でーす!!」

 

席から立ち上がって目に涙を浮かべるハルカを見てからアゲハントを抱きかかえる。

 

「ハルカ」

「…はぃ」

 

ハルカのアゲハントを治療して席に戻る。

そしてセカンドステージにやはりロバートが勝ち上がって来た。シュウは…ロバートが居なきゃ今回の大会は取れただろうな。

 

「さあ、第二試合はすでに3分が経過!!アゲハントを無傷で降したロゼリアですが圧倒的な強さのミロカロスに対し攻めあぐねています!!」

 

ミロカロスのアイアンテールを食らいながらもロゼリアがマジカルリーフを放つ、しかしミロカロスの繰り出した竜巻きにかき消されてしまう。

しかもマジカルリーフを美しく散らすという魅せ方までやってみせた…。

やはり飛び抜けてるな…相手が悪かった…。

 

「タイムアーップ!!決勝戦に進出したのはロバートさんとミロカロスです!!美しさだけでなくかっこ良さも大アピールしたミロカロス!!コーディネーターとの息もぴったりでしたー!!」

 

*

 

「今、優勝したロバートさんとミロカロスにカイナリボンが授与されました!!ポケモンカイナ大会はこれにて終了です!!まったお会いしま、」

「ちょっと良いですか?」

「へ?」

 

終わろうとしたビビアンに声を掛けたロバート。キョトンとしてみんながロバートに視線をやった。

 

「今回、シンヤさんが来ているとの事で是非コンテストバトルでお手合わせしたいのですが…」

「おおっと、なんと!!ロバートさんからシンヤさんへ挑戦状を叩き付けましたー!!」

 

会場内がどっと沸いた。

え、本気で嫌なんだが…と言いだしたいのにビビアンがヒートアップする。

 

「現役コーディネーターのロバートさんと、現在はポケモンドクターで多少ブランクのあるシンヤさん。果たして勝利はどちらの手に!!」

 

嫌だー…やりたくないー…。

よろしくお願い致します、と頭を下げるロバート。

頭の中で「さあ、代わって下さい!」とコーディネーターのシンヤが物凄い笑顔…。

ビビアン…、私の中の連中にブランクなんて全く無いんだぞ…!!なんせ時が止まってるも同然だからな!!

 

「シンヤさん頑張れー!!」と観客席からサトシの声。視線をやればサトシにタケシ、ハルカにマサト、おまけにシュウの姿まで確認出来た。

ダッシュで逃げたい。

 

「オマケにド派手なクライマックスバトル!!個人的な美しき新星のファンである私は胸の高鳴りが抑えきれませーん!!」

 

さっきまでハルカ達が立っていた場所に私が立たされた。

逃げる余地は無かった、なんて言ったって考える時間とかもくれなかったから即バトルに突入だった。作戦タイムとかくれたらダッシュで逃げたのに。

観客席の何処かでトゲキッスとサーナイトも見てるんだろうな…。

 

「シンヤさん、私は貴方の力を身を持って知っておきたい…。高みへと昇る為に…」

「……」

 

ロバートめ…!!!

まあ、でもこの男は昇りつめるだろうな。私なんかとここで戦わなくても…、実力は十分だ…。

「さ、早く代わって下さい」

分かった分かった…。

 

*

 

ステージに上がったシンヤさんの姿を目で追う。幼い頃に見た、シンヤさんの美しい姿が思い浮かぶ。

 

「制限時間は同じく5分です、それではバトルスタート!!」

 

司会のビビアンさんの声でロバートさんとシンヤさんがボールを構えた。

 

「ミロカロス、頼みましたよ」

 

ロバートさんが出したのは勿論、ミロカロス。

シンヤさんが何を出すのか僕は胸を押さえてシンヤさんを見つめる。こんなところでシンヤさんのコンテストバトルをもう一度見れるなんて思いもしなかった。

ロバートさんに負けて悔しいけど、今回ばかりはお礼を言いたい。

 

「…ふふ、ミロカロス行きなさい」

 

シンヤさんの雰囲気が一変する。

観客席も一気に静まり返った。今、シンヤさんはポケモンドクターじゃないトップコーディネーターとして舞台に立っている!!

ロバートさんと同じ、シンヤさんが繰り出したのはミロカロス。でも、その美しさは一目瞭然…!!

全てにおいてレベルが違い過ぎる!!

 

「ミロカロス、竜巻きです!」

「ハイドロポンプ」

 

ロバートさんのミロカロスの竜巻きにシンヤさんのミロカロスがハイドロポンプを仕掛ける。

相殺させるのかと思えば、シンヤさんのミロカロスのハイドロポンプは勢いで竜巻きを押し返し上空へと逃がす。

上空で散った竜巻きとハイドロポンプ、会場全体にキラキラと水飛沫が舞った。

美し過ぎる…!!

 

「アイアンテールです!!」

「アクアリング」

 

ロバートさんのミロカロスの強力なアイアンテールをシンヤさんのミロカロスは食らいながらもアクアリングを纏った。

攻撃を一瞬で無かったようにしたミロカロス。アクアリングを纏う姿は美しい以外の言葉が思い浮かばない。

 

「「なみのり!!」」

 

ロバートさんとシンヤさんの声が重なった。

同時になみのりを放つミロカロス二体。それでもアクアリングを纏ったシンヤさんのミロカロスの方が断然美しい。

なみのり同士がぶつかり大きな波音を立ててミロカロス達の上空へと上がった。

水の飛沫にロバートさんが腕で顔を防ぐ、一方シンヤさんは目を瞑った。

 

「ミロカロス、今ですアイアンテール!!」

「ふぶき」

 

ロバートさんのミロカロスがシンヤさんのミロカロスへアイアンテールを食らわせようと迫る。

しかしシンヤさんのミロカロスはシンヤさんの指示で上空から降り注ぐ水飛沫にふぶきを食らわせた。

上空から降り注いでいた水飛沫が吹雪で一気に凍って硬い氷のつぶてになり、二体のミロカロスに襲いかかる。

ロバートさんのミロカロスもシンヤさんのミロカロスも苦しむように表情を歪め強力な氷のつぶてを受ける。

ロバートさんのミロカロスが呻き声を上げた。美しい体に傷を作りヨロヨロとシンヤさんのミロカロスを見やる。

でも、シンヤさんのミロカロスはアクアリングを纏っていた為、ロバートさんのミロカロスとは違いダメージも回復し体には傷一つ無い…。

計算されていたんだ…!!

なみのりを放った時の美しさが増すだけじゃない、次の攻撃で受けるダメージと見た目の損傷を防ぐ為でもあった!!

 

「ハイドロポンプ」

「ミロォオオ!!」

 

場内に散らばった氷のつぶてを粉々に粉砕しながらハイドロポンプがロバートさんのミロカロスへと向かう。

周りの氷が砕けた事でキラキラとハイドロポンプが輝き、尚且つ、ハイドロポンプの勢いで粉砕した細かい氷が空中を舞っている。

完璧だ………。

シンヤさんのミロカロスのハイドロポンプがロバートさんのミロカロスを場外へ弾き飛ばした。

司会者のビビアンさんも審査員の人達も言葉を失い呆然と魅了されていた。

 

「良い子ですね、ミロカロス」

「ミロー」

 

優雅に会釈をしたシンヤさんに僕は立ち上がり拍手をおくる、周りもハッと気付いたように手を叩き始めた。

笑みを浮かべて観客席に頭を下げるシンヤさんは僕が幼い時に見たコーディネーターのシンヤさんのままだった。

 

「素晴らしいバトルでした!!皆様、今一度!!素晴らしいバトルを見せてくれたシンヤさんとロバートさんに大きな拍手を!!」

 

*

 

大満足です、とコーディネーターのシンヤが引っ込んでった。

手加減ゼロだったな…と思いつつロバートさんと握手を交わす。

 

「今日のバトルは忘れません」

「そ、そうか…」

 

ありがとうございました、と頭を下げたロバートにこちらこそと頭を下げる。

ビビアンが今度こそカイナ大会を終了させてお開きとなった。コンテスト会場を出るにも握手を求められたりで更に疲れながら会場の外に出る。

うわ、もう日が暮れるじゃないか…!!

 

「シンヤさーん!!」

「ん?ああ、サトシ達か」

「シンヤさん!!凄かったです!!本当に私、感動しました!!」

「やっぱりシンヤさんは凄いや!!ボク、今度はシンヤさんの本気のバトル見てみたいな!!」

「オレ!オレとバトルして下さい!!」

「ピッカー!!」

「綺麗なお姉さんにモテモテで羨ましい…!!」

 

綺麗なお姉さんばっかりじゃないぞ、ごついお兄さんも居るぞ。とは夢を壊しては可哀想なのでタケシには言わないでおく。

サトシには「気が向いたら」と適当に返事を返すと「それいつー!?」と不満げな声を返された。

 

「でも、ホント別人みたいに代わってびっくりしちゃった!!」

 

別人だしな。

と、思ったけど言葉を飲み込んだ時にハルカの後ろからシュウがやって来た。

 

「シンヤさんほどになると場面に応じて意識を切り替える。それがプロってものさ」

 

本当に切り替わってるぞ。人格が。

 

「今日は本当に素晴らしい日になりました。シンヤさんを目標に僕も今以上に精一杯頑張ります…!!」

「そ、そうか…頑張ってくれ…」

「はい!ありがとうございました!!」

 

深く頭を下げたシュウの背を見送ってからハルカ達に視線を戻す。

キラキラした子供の視線を受けて私は苦笑いしか返せなかった…。

 

そして、このコンテストの一件で新聞記者やらテレビの取材陣が押し掛けて来て遊ぶどころではなくなり早々に帰宅するハメになった。

そのせいでミロカロス達から文句を言われたことは言うまでもない…。

私だってもっとのんびりしたかった…!!

 

*



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27

「千年に一度、7日間だけ夜空に現れる千年彗星がよく見えるっていうポケモン遊園地、一緒に行かない?」

 

家にやって来たヤマトがにっこりと笑顔で言った。

話を聞いていたミロカロス達は「行きたーい」と返事をしているが…。

 

「怪しいな…」

「う…ッ」

「本当にただ遊びに行くだけなら、お前は問答無用で私を引き摺り連れて行くくらいするだろ…。なんで聞いた?裏があるんじゃないのか?」

「さすが、シンヤ…」

 

敵わないなぁ、と言って自嘲気に笑うヤマト。

やめろその無駄に芝居がかった仕草、腹立つ。

 

「実はね、僕の仕事が関わってるんだよ」

「自分の仕事は自分でしろ」

「大規模なポケモン遊園地に一人で行く男って寂しくない?調査とはいえ周りには男一人遊園地に来てるようにしか見えないんだよ?周りは友達、家族連れ、はたまた恋人同士…僕、成人男性一人…。嫌だぁあああ!!!想像しただけで悲しいぃいいいい!!!」

「お、落ち着け…ッ」

 

孤独に耐えきれない、と頭を抱えたヤマト。

仕事に私情をはさむなと言ってやりたい所だが、確かに遊園地に一人は寂しい光景だな…。

 

「他の仕事仲間に声を掛けたら良いんじゃないのか?」

「みんなバラバラなんだもん、仕事貰っても基本的に個人行動だしさー…。知り合いに連絡したよ?でも他の連中もやっぱ仕事入ってるし、僕のこれも一応ちゃんとした仕事だし…」

「…その内容はなんだ?一緒に行くだけなら、まあ…行ってやるから」

「シンヤ…!!」

 

目に涙を溜めるヤマトを見て小さく溜息を吐く。

遊園地ー!!と言ってミロカロス達がハシャいでるのはこの際無視だ。

 

「ファウンスっていう場所があってね。無数の岩の柱と緑に囲まれた自然郷なんだけどそこに千年に一度、眠り繭から目覚め7日間だけ行動することが出来るポケモン"ジラーチ"が居たんだ。勿論、眠り繭の状態でね」

「ふむ」

「そしてジラーチが以前に眠りに付いてから今年で千年。夜空に千年彗星が現れている7日間だけジラーチが行動する」

「そのジラーチの様子を見に行くのか?」

「いや…最初はそうだったんだけど、僕がジラーチの眠り繭の状態を確認しに行ったら…無くなってたんだ…」

「は?」

「人為的に誰かがジラーチの眠り繭を持ち出したんだよ。それで調べたら元マグマ団の研究員バトラーという男が眠り繭を持ち出したってことが分かった」

「捕まえれば良いだろ」

「僕らからすれば困ることだけど別にジラーチの眠り繭を持ち出すのは罪じゃない。ポケモンだからね。ただ持ち出した理由が分からない、しかも元マグマ団の研究員だから何かしらの悪事を企ててるかもしれない、ジラーチの身に危険が及ぶのも僕らとしても困るし」

「じゃあ、ジラーチじゃなくてバトラーという男の様子を見に行くのか」

「うん、そのバトラーはポケモン遊園地で人気マジシャンとして活動してる。これ雑誌ね」

 

はい、とヤマトに手渡された雑誌にはポケモン遊園地なるものの宣伝がデカデカとされている。

千年に一度、7日間だけ目覚めるポケモンか…。

 

「ジラーチはそんなに凄いポケモンなのか?」

「残念なことだけど、イエス。ジラーチのお腹にある真実の目と呼ばれる目には強大な力が宿ってると言われてる」

「千年分の力、みたいなもんか…」

「ジラーチのその強大な力が目的ってのがほぼ確定的なんだよね。何をするかまでは分からないけどさ」

「元研究員だろ?そのマグマ団とかいう…なんかの会社か?」

「知らない?マグマ団は悪の組織だよ。他にもポケモンを利用して悪事を働く組織は多いけど、その一つだね」

 

悪の組織の元研究員……。

良い要素が一つも無いな…、嫌な予感しかしない…。

 

「…お前の仕事めんどくさいな」

「いや、まあ…危険も伴うけどポケモンと触れ合えて楽しいよ」

「でも、お前…名前のカッコ良さで選んだだろ」

「うん、"ポケモンレンジャー"ってカッコイイよね!!」

「ポケモンレンジャーの幼馴染を持った私は不幸だ…」

「いやぁ…僕はポケモンドクターの幼馴染を持って幸せだよー。オマケにバトル強いし、ポケモンに詳しいし、頼もしいねー」

 

世界が混ざる前はバトル下手の見習い研究員だったくせに…。

今は一人前のポケモンレンジャーとして活躍してるんだからパラレルワールドって不思議だ…。

 

「みんなー!!!遊園地行くよー!!」

「「「ワーイ!!」」」

 

*

 

「シンヤー!!おぉーい!!」

「はいはい…」

 

遊園地のアトラクションにハシャぐヤマト。なんで私はお前の荷物を持って下から手を振ってるんだ。お母さんか。

 

「はい、これシンヤの分」

「このアイス美味い!!」

 

アイスを買いに行ったミロカロスとミミロップが両手にアイスを持って戻って来た。

アイスを受け取って辺りを見渡す、ブラッキーとエーフィがそういえば何処かに行ったまま戻ってきてないがその辺で遊んでいるのだろうか…。

 

「ヤバイ、遊園地、超楽しい…!!」

「これ、ヤマトのなー」

「ありがとー!!」

 

ミロカロスからアイスを受け取ってヤマトがミロカロスの頭を撫でる。

仕事で来てるのにハシャいでアトラクションに飛び乗ったヤマトに心から殺意が湧いたのは渋々だが心の奥底にしまっておいた。

 

「トゲキッスとサマヨールは出さないの?」

「トゲキッスは飛び疲れて回復中、サマヨールは人が多過ぎて引き籠ってる」

「あ、そぉ」

 

アイスを食べながら頷いたヤマトを見てから、自分の手元にある食べかけのアイスをミロカロスに渡した。

二つ目のアイスを食べ始めたミロカロスを眺めているとミミロップが「ん?」と声を発し後ろを振り返る。

 

「グレートバトラーのマジックショー!!」

「見なきゃ損だよー!」

「もうすぐ始まるニャー!!」

 

お、本題!!とヤマトがピエロのばら撒くチラシを拾い上げた。

あの宣伝してるピエロ…、ロケット団じゃないか…。

 

「…バイトか?」

「ニャニャ!?」

「げ!?」

「な、なんでここにー!?」

「ほら、チップ」

 

はい、と札を一枚渡せば「ワーイ」と両手をあげて喜ぶ二人と一匹。

チラシを一枚貰うと「あそこのエアドームだぜ」とコジロウが親切に教えてくれた。

ロケット団と別れてヤマトの傍に戻ればヤマトがチラシを見てたらアイスが溶けたと嘆いている。

 

「手がべとべと…」

「拭け」

「コイツがバトラーってやつ?」

「見に行くの?」

「そりゃ当然、行くしかないでしょ!!」

 

仕事で来てるのに完全に楽しんでないか…?

 

「僕は今日、普通の一般人なんだ!!レンジャーなんかじゃない一般人!!」

「そういう設定で来てるだけだろうが、仕事しろ」

 

ミミロップの手を無理やり掴んで手を繋ぎながら歩いて行くヤマト。ミミロップが「キモイ、ヤダ!」と悲鳴染みた声をあげてるのは良いのか…?

 

*

 

マジックショーを見物中。

ポップコーンを頬張るヤマトを軽く睨んでからステージへと視線を戻す。

バトラーの帽子からチルットが大量に出て来た時に隣でヤマトが声をあげた。

 

「可愛いいい!!!」

「うるさい!!」

「むがッ…!!」

 

ヤマトの口にポップコーンを詰めてからステージに視線をやればマジックの道具を持ってくるピエロ。

アイツらやっぱりバイト中なのか…。

なんで?なんで?と小さく言葉を漏らすミロカロスに、ステージを食い入るように見つめるミミロップ。

ブラッキーとエーフィも何処かで見てるんじゃないかと辺りを見渡してみたが薄暗くてよく見えない。

 

「出た!!美人!!」

「眠り繭だろ…?」

「そう、そっちだった!!」

 

赤いドレスを着た女性がジラーチの眠り繭を抱えてステージに現れた。

ヤマトが「なにするんだろ…」と小さく言葉を漏らす。その後に「しかし美女だな…」と漏らした言葉は聞かなかった事にしておいた。

眠り繭をかかげた女性、繭が一瞬眩く輝いたのが見えたがヤマトに視線をやると首を傾げられた。

 

「今、光ったよな?」

「え?」

 

光ったように見えなかったらしい。

ライトの反射だったのかもしれない……。

 

「本日はグレートバトラーのマジックショーにご来場頂きありがとうございます。私がグレートバトラーです、そしてアシスタントのダイアン!ポケモンアシスタントのグラエナ、キルリア!」

 

バトラーの紹介に客席から拍手が湧く。

 

< 星の声が聞こえる… >

「ん?」

 

テレパシーだ。

眠り繭へと視線をやればやはり光っているように見える。

 

< …ぼく、ジラーチ >

 

ジラーチはエスパータイプなのか…、と考えた時に客席から子供がステージへと駆け上がる。

 

「あ、子供…」

「マサトだな…」

「知り合い?」

「ああ、というか、ジラーチのテレパシーが…」

「へ?」

 

ステージに上がったマサトに女性、ダイアンさんが声を掛ける。

ここからじゃあまり声はよく聞こえない。

サトシがマサトと同じようにステージに上がりバトラー達に謝った。

 

「グッドタイミーング!!二人の少年とピカチュウがステージに上がって来てくれました、この二人に次のマジックの手伝いをして頂く事にしましょう!」

「お二人の名前を聞かせて下さい」

「オレはサトシ!」

「ボク、マサト」

「ピカチュウ!」

 

良いなぁ!とヤマトが言葉を漏らして思わずぎょっとする。

 

「お前、仕事だろ…!」

「あ、ああ、そう、うん、そう!!」

 

脱出マジックをするらしい。

サトシとマサトとピカチュウが箱に入れられた。

ああいうのって箱の底が抜けたりするんだよな。

 

「サマヨール!カモーン!!」

 

シンヤのサマヨールの方が良く育てられてるよね、とヤマトがステージに現れたバトラーのサマヨールにコメントするがそれ今どうでも良いだろ…。

 

「10数えた後にサマヨールの破壊光線が箱を粉々にします!それまでに彼らはこのデンジャラスな箱から脱出しなければなりません!!」

 

バトラーが10数えるとサマヨールの破壊光線が放たれた。客席から悲鳴が上がる。

横に座っているヤマトも大きな悲鳴を上げた。

 

箱は空っぽ、空中には花束が舞った。

 

「その花束は私からのプレゼントです!今宵の思い出にどうぞお持ち帰りください!」

「う…!」

「わはは!!シンヤの頭に花束乗ったー!!」

 

頭に乗った花束を手に取って横で欲しがるミロカロスに渡す。

 

「そして、このショーに協力してくれた少年達に拍手を!!」

 

バトラーが客席に手をやるとサトシとマサトが通路に立っていた。

ヤマトが「おおお!」と声をあげて拍手をする。

ステージにサトシ達が戻るのを見ていると、天井にピエロが居た……。

 

「うわぁ…」

「え、なに?」

「いや、あれ…」

 

私が指差した時にサトシの肩に居たピカチュウがアームに掴まれて透明なカプセルに閉じ込められた。

 

「ピカチュウもーらい!」

 

真面目にバイトして給料貰えば良かったのに…。

逃げようとカプセルの中で放電するピカチュウ。

なんでアイツらはサトシのピカチュウを狙ってるんだろうな…。電気タイプならもっといっぱい居るのに…。私がアイツらの立場なら珍しいサンダー、ライコウ辺りを狙うと思う。

 

「「ロケット団参上!!」」

「ロケット団!!なんでこんなところに!?」

「バイトしてたのさ~!」

「でもホントはこの魔術団のポケモンぜーんぶ頂く作戦なのよ!」

 

やっぱりバイトしてたのか、結構上手だったぞピエロ。チップを渡すくらいには愉快な感じで良かった。

横でヤマトが「ロケット団!?」と声を荒げてる所からロケット団を知ってるらしい。

気球で開いた天井へ昇って行くロケット団。

いつも思うんだがなんでそんな派手に盗ろうとするんだろう、攻撃してくれと言わんばかりに大胆に行動するよな…。

もっとひっそりと盗って証拠を残さず逃げれば良いのに…。いや、悪事に加担するつもりはないけど…。

 

「バイト代は要らないよ~」

「有難く思ってね~」

「臨時収入貰ったからニャ~」

 

チップ?

 

「皆さん本日最後のショーをお見せしましょう!!」

 

バトラーがステージで両手を広げた。

 

「サマヨール、鬼火!!」

 

鬼火を食らってロケット団が掴まっていたロープが切れる。ピカチュウが閉じ込められていたカプセルが開いて、サトシがピカチュウを受け止めた。

そしてピカチュウの十万ボルトで捕まっていたグラエナとキルリアが解放されて通路に着地する。

 

「それでは最後にあのポケモン泥棒達を天空へ消してみせます」

 

あーあー…。

 

「サマヨール!ナイトヘッド!!」

「「「ぅああああ!!!やな感じぃいい!!!」」」

 

会う度に同じ事をして吹っ飛んでないかアイツら…。

悪い奴で泥棒なんだろうけど憎めないこの感じはなんだろうな…。

客席から歓声と拍手が湧く、賑やかな中で青い空を眺めて密かに思った。

なんかもう、頑張れ…!!

 

*

 

「あらー…あの少年が受け取っちゃったよ…」

 

マジックショーが終わり客が帰った後にこっそりと様子を覗き見るヤマト。

パートナーが居ないと目覚めないと言っていたから、バトラーはジラーチと波長の合う子供をマジックショーを兼ねて探していたんだろうな…。

ジラーチが目覚めなければ何も始まらない、ってことか。

 

「どうしよ…」

「声を掛ければ良いだけだろ」

「あ、知り合いだっけ?」

 

頷けばヤマトは「ラッキー」と指を鳴らして笑みを浮かべる。

そしてバトラー達を一括してからエアドームを出て行ったサトシ達の後を追いかけた。

ポケモン花火が上がるのをミロカロスとミミロップが立ち止まり眺める。

キョロキョロと辺りを見渡すヤマトが私の腕を引いた、あれ、と指差した先にサトシ達。

近付いていけばサトシが「あ!」と声をあげて顔に笑みを浮かべた・

 

「シンヤさん!!」

「こんばんは!!シンヤさん!!」

「こんな所で会うなんてなんか意外かも!!」

 

こんばんは、と挨拶すればマサトが元気よく挨拶を返してくれる。

隣に居たヤマトが「はじめましてー」と飄々とした声でサトシ達に声を掛けた。

 

「はじめまして!えーっと…?」

「僕はヤマト。シンヤの幼馴染なんだ」

「シンヤさんの幼馴染!!」

 

ヤマトに自己紹介をするサトシ達を見てからチラリとマサトの手にある繭に視線をやる。

その視線に気付いたマサトがにこりと笑った。

 

「この中にジラーチが眠ってるんです!シンヤさんは知ってますか?」

「ああ、少しなら」

「ボクがジラーチのパートナーに選ばれたんですよ!!」

 

嬉しそうに話すマサトを見てヤマトが「へぇー、色々と話聞かせて欲しいから場所変えよっかー?」と笑顔でマサトに声を掛けた。

はい、とマサトは返事をした。周りで誰が聞いてるか分からないからあまり人が多い場所でジラーチの話をしたくないんだろうな…。

遊園地から少し離れた場所まで移動している途中から空が少し曇って来た。

歩きながらミミロップがタケシに「可愛らしい人だー!」なんて言われてブチ切れていたがヤマトが必死になって止めていた。

 

「曇っちゃったな…」

「これじゃ彗星は見えないかもしれないなぁ…」

「そんなぁ…」

 

草原に座り込み空を見上げる。

確かにこれじゃ星の一つも見えないな…。

 

「マサト、少し貸して見せてくれないか…?」

「え…、ジラーチを…?」

 

私が頷けばマサトは少し考える仕草をしてから私にジラーチの繭を貸してくれた。

手に取ればあまり重さは無い。岩のような見た目だがやはり繭ということか。

目を瞑って繭に耳を当てれば微かに心音。

 

「シンヤさん、何か聞こえる?」

< …シンヤさん >

 

マサトの言葉でジラーチが私の名前を呼んだ。

子供のような声、たどたどしい言葉遣いはとても幼い…。

 

「星の声が聞こえるのか…?」

< 聞こえる… >

「シンヤさん…?」

「え、シンヤどうしたの?大丈夫!?」

 

頭を押さえられてヤマトを睨む。

ジラーチのテレパシー、どうやら今のはマサトにも聞こえていなかったらしい。

星の声が何かは知らないが一応言葉は分かって返事もするポケモンだというのは分かった、知能はまあまあだな。

マサトにジラーチの繭を返せばマサトは首を傾げる。

 

「シンヤさんにもジラーチの声が聞こえた?」

「少しだけ」

「なーんだ、ボクだけじゃなかったんだ…」

 

ガッカリするマサトに苦笑いを返す。

そのガッカリしたマサトにミロカロスが「シンヤは特別だから」と笑顔で返した。驚いた顔をしたマサトを見てミミロップがミロカロスを突き飛ばす。

 

「今のは気にすんな!!」

「痛い…」

 

ミミロップに突き飛ばされたミロカロスが地面に突っ伏す。

 

「ブラー!!」

 

ブラッキーとエーフィがポケモンの姿でこちらに走って来るのが見えた。エーフィに探し回った!と怒られて謝れば丁度遊園地の灯りが消えて行く。

アトラクションがもう終わったらしい、空を見上げれば雲が風に流されて雲の隙間から明るさが覗いた。

 

「ぁ…」

「あれが千年彗星だ…!」

 

大きな流れ星がその場に留まっているような形。

願いごとをしなきゃ、と言ってハルカが何かペンダントのようなものを取り出していた。

 

「千年に一度かぁ…!」

「長いわねぇ…」

「オレたち人間にとって千年は凄く長い時間だけど、星にとってはほんの一瞬なのかもしれないよ」

「千年が一瞬か…」

「なんだか不思議…」

 

意外とロマンチックなことを考えるんだな、タケシ…。

星を見上げるのに疲れて草原に視線をやればマサトが繭を抱え横になっている。

 

「マサトが寝てるぞ…」

「あ、ホントだ…」

 

岩の上に座っていたハルカがマサトの隣に座りマサトの頭を撫でた。

頭を撫でられたマサトが小さく「ママ」と声を漏らす。その言葉を聞いてヤマトが笑みを零した。

 

「可愛いー…!」

「お前は子供も好きだよな」

「可愛さこそ全て!」

 

アホだ。

ヤマトの発言に呆れているとハルカが歌を口ずさむ。歌詞は無い"ル"だけの音だ。

 

「ママがよく歌ってくれた子守唄」

 

へぇー、とサトシが頷いたのと一緒に私もへぇーと同じように言葉を漏らした。

岩の上に座り直したハルカが小さく笑みを浮かべてからまた歌い始める。

するとジラーチの繭が輝きだした。

 

「…ぁ!!」

 

マサトが目を覚まし体を起こす。

隣に居たヤマトが「7日間が始まる…」と小さな声で呟いた。

 

< 星が…星が呼んでる… >

「聞こえた!!」

「今のがジラーチの声…!?」

「テレパシーだ…!」

 

サトシ達が顔を見合わせる中、マサトだけはジラーチの繭を一心に見つめる。

ジラーチの繭が光を放ち空中に浮かぶ。

星が呼んでる、というのは一体どういう意味なんだろうな…。

繭が溶けてジラーチが現れる、ふわふわと落下するジラーチをマサトが受け止めた。

ジラーチが目覚めた。

マサトの周りに集まりジラーチを覗き込むサトシ達の背を見てからヤマトに視線をやる。

 

「ここからだね…」

「そうだな…」

 

ジラーチが目覚めてからどうバトラーが行動するかが問題だ。

何もしないまま、このまま7日間が過ぎてくれれば一番良いのだけど…。

 

「ジラーチ…!!」

「これが…!」

「ピカピッカ!!」

「ちょっと可愛いかも!」

「ボク、マサト!」

 

マサトの言葉にジラーチが「マサト…?」と言葉を返す。

 

「オレはサトシ!仲良くしようぜ!」

「私、ハルカ!」

「オレはタケシ。よろしくな!」

「ピカッチュウ!!」

< サトシ、ハルカ、タケシ…? >

 

記憶するように言葉を続ける。

賢いねぇ…!とヤマトが言葉を漏らし笑っている、ジラーチが小さくて可愛いポケモンだったからデレデレだな…。

小さく溜息を吐くと息を切らせながらダイアンさんが走って来た、ジラーチを見たその表情はあまり嬉しそうではない。

 

「ダイアンさん!!ジラーチだよ!ジラーチ!!」

「バトラーに知らせてくるわ!貴方達は私の車で待ってて!!」

 

はい、とタケシが返事を返す。

バトラーの方を見に行くか…?とヤマトに視線をやればヤマトは小さく頷いた。

 

「シンヤさん!!こっちですよ!!」

「え?」

「ダイアンさんの車!!」

 

サトシに腕を掴まれて引っ張られる。

ま、待て…、私も一緒に行くのか!?特にバトラー達と面識が無いんだが…!!

 

「あー…じゃあ、僕は…」

「ヤマトさんも行きましょ!」

「ハルカちゃん…」

 

結局、引っ張られるまま車に乗せられた。

 

*

 

「ねえ、ジラーチ!僕の願いごと叶えてくれる?」

< ねがい…? >

 

車の座席に座ってジラーチの方に視線をやる。

ハルカの隣に座っているミロカロスが期待のこもった目でジラーチを見つめた。

 

「えーっと、えーっと、なんにしようかなー!!」

「私の願いも叶えて!!」

「オレも頼むよ!!」

 

ハルカとサトシの言葉にマサトが「ボクが最初!!」と声を荒げる。

願いを叶えてくれるポケモンなんて居るのか…?魔法なんてものがあるわけじゃないだろうし、ジラーチは見たところエスパータイプだろ…?

 

「んー…お菓子!!お菓子をいーっぱい食べたい!!」

「そんなことぉ…」

「いいだろー!!」

 

マサトの願いにハルカが呆れたように言葉を返す。

少し離れた所に座っていたミミロップがクスクスと笑っていた。

子供らしい願いごとだ…。

 

< お菓子…? >

 

首を傾げたジラーチが浮き上がり力を使う。

頭に付いていた短冊のようなものが光った…。本当に願いを叶えてしまうのだろうか…。

 

「いま光ったぜ?」

「確かに…」

「でも、お菓子なんて何処にも無いぞ?」

 

タケシが辺りを見渡した。

少しガッカリしたマサトがすぐに強気に発言する。

 

「大体願いを叶えられる方が可笑しいよ!信じてたの?」

「マサトが一番期待してたくせに!」

 

ハルカに図星を突かれてマサトが肩をすくめる。

苦笑いを浮かべたサトシが「あ」と声を漏らした。

「それ」とサトシが指差した先にはマサトの膝の上にスナック菓子が乗っている。

 

< お菓子!お菓子!お菓子ー!! >

 

ジラーチが空中を飛びまわるとお菓子が次々に現れる。

コツンと頭に当たった菓子を手にとって眉を寄せた。

 

「願いが…!」

「叶ったんだ…!!」

「おおお!!凄い!!」

 

ヤマトが感動してジラーチを目で追いかけている。ミロカロスが床に落ちたお菓子を拾い集めている間にもドンドンとお菓子は増えていく。

車いっぱいになって埋もれる…!!

 

「わーい!!お菓子食べ放題だヤッター!!」

「ジラーチ!次はオレの願いを叶えてくれ!」

「待って!次は私の番よ!」

「オレの願いを叶えてくれー!!」

「次は私!!」

「オレの願いもー!」

 

ハルカとサトシがジラーチの取り合いを始めた。

このお菓子の量はどうにかならないのか…、ごつごつしてて痛いし…。

 

「本当に願いごと叶うんだねー…驚いたよ」

「俺様も叶えて欲しいー」

「いや、このお菓子…遊園地で見た気がするんだが…」

「ワタシも…」

 

ミミロップと顔を見合わせた時に車の後部の扉が開いてお菓子ごと外に流される。

菓子類の上から退いて地面に足を付ければバトラーとダイアンさんが走って来た。

 

「ジラーチは!?」

「ここに居るよー」

< 居るよー >

 

マサトがジラーチを抱き上げて笑う。

菓子の山から手を伸ばすミロカロスとミミロップを引っ張り出すと自力で這い出て来たヤマトが大きく息を吐いた。

 

「なにをしたの?」

「ジラーチが僕の願いを聞いてお菓子をこんなに出してくれたんだ!」

 

お菓子の一つを手に取ったダイアンさんが眉を寄せる。

 

「遊園地で売ってるお菓子だわ」

「やはり物質を瞬間移動させる力があるんだ!!」

 

バトラーの言葉にサトシたちが「え!」と声を漏らした。

やっぱり遊園地で売ってたお菓子か…。

 

「もぉー!!これ本当に本物なの!?」

 

菓子の山から顔を出したハルカが一つの菓子の封を切って食べた。

 

「「「あ!!」」」

「あはは、まあお金払えば大丈夫だよ…」

 

理由を聞いたハルカがマサトに怒鳴る。

 

「変だと思ったのよ!!マサト!アンタのせいよ!なんとかしなさい!!」

「そんなこと言われたって…」

 

まあ、マサトを怒るのはちょっと可哀想だよな…。

「ジラーチに元の場所に戻させるんだ」とタケシが優しい声でマサトに言う。

 

「そうそう!ジラーチ!元に戻しなさい!!」

 

ハルカはこわい。

ハルカに怒鳴られたジラーチは特に怯える様子もなく「戻す!」と言ってまた光を放った。

するとハルカが消えた。

 

「えぇ!?」

「ジラーチ!?お姉ちゃんを何処にやったの!?」

 

辺りを見渡せば菓子の山に足が二本…。

バタバタと足を動かし、呻き声をあげるハルカが居た…。

戻すって、さっきまで居た場所に戻さなくても…。

サトシとタケシが慌てて菓子の山を登る、ヤマトとミミロップも一緒にお菓子の山をかき分けていた。

 

< ぼく…眠くなった… >

「ジラーチ…!また千年寝ちゃうの…!?」

「千年の眠りは七日後、これはエネルギーを使った為の一時的な休息だよ」

「良かったぁ…!!」

 

ほっと安堵の息を吐いたマサトに「ちっとも良くない!」とハルカの怒鳴り声。

救出されたらしいハルカは眉を寄せている。

 

「どうするのよ、このお菓子…!」

「オレ達で返しに行こうぜ…」

「それしか無いな…」

「えぇー!?もぉー…!!」

 

ハルカが声をあげる。

肩を落としたハルカを見てヤマトが苦笑いを浮かべた。

仕方がないな…。

 

「ハルカ、私が運んでおくからお前達はもう休んでろ」

「え!?でも、シンヤさんだけじゃ大変ですよ!?」

「いや、エーフィに一気に持ち上げてもらうから大丈夫だ」

 

ま、あとでエーフィに文句を言われそうだけどな…。

 

*

 

次の日、サトシ達がマジックショーの手伝いをするらしい。

バイトが急に居なくなってしまったから、だそうだ…。

ヤマトもポケモンレンジャーというのを伏せてサトシ達と一緒に手伝いすると言っていた。

バトラーの見張りだとか言ってたが、たんにマジックショーの手伝いをしたかったんだろう…。物凄い良い笑顔で手を振って走って行ったからな…。

そして、私は遊園地内のベンチに座ってのんびりと観覧車を眺めた。

実はヤマトに頼まれてマサト、否、ジラーチを見張っていたりする…。

 

「ん…?」

 

アドバルーンに紛れてニャース気球が空に浮かんでいる。

アイツらまた戻って来たのか…。

 

「シンヤさーん!」

< シンヤさーん >

 

手を振るマサトとジラーチに手を振り返す。

走り寄って来たマサトの頭の上にはジラーチが乗っていた。

 

「なにか少し食べるか?奢ってやるぞ」

「ホント!?ヤッター!!」

< やったー >

 

近くの店でジュースとお菓子を買ってベンチに座り直す。

ニコニコと笑うマサトは凄く楽しそうだ。

空中を飛び回っていたジラーチが私の肩に乗ったので視線をジラーチにやる。

 

< シンヤさん、星のにおいがする >

「は?」

 

ジラーチの小さな声に驚いて言葉を発するとマサトが「どうしたの?」と言って首を傾げた。

なんでもない、と返して咄嗟にコーヒーを啜る。

星のにおい…?

この世界か、はたまた別の世界か…。

まあ、私はこの世界にとって異質である事は間違いないしな…。世界や自然に関係しているポケモンや特別敏感なポケモンなどは私の異質さを感じ取るのかもしれない。

この世界の常識から外れてる存在だしな…。

ミュウツーもルギアもセレビィも…いや、他の連中もなんとなく気付いていたのかもしれない。ポケモンによってこの世界に存在している私の異質さに…。

頬に擦り寄って来るジラーチから視線を外し空を仰ぎ見る。

 

「シンヤさん!一緒に観覧車乗って下さい!」

「ん、ああ、良いぞ」

「やった、姉ちゃんに自慢しよーっと!!」

< 観覧車ー! >

 

マサトと手を繋いで観覧車へと向かう。

観覧車に乗った時にニャース気球を見る。

気球に乗ってる連中が見えないものかと目を細めてみたけど。

 

「…遠くてよく見えないな……」

 

 

 

(ニャニャニャ!!?)

(今、目が合ったぁー!!)

(この距離で見えるわけないでしょ!!)

(でも…こっちめちゃくちゃ見てるニャ…)

(睨んでるぅ~!!)

(((ひぃいいい!!!)))

 

*



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28

マジックショーの手伝い、楽しかった…!!と言って息を吐いたヤマトを睨む。

 

「お前、気楽だな」

「あはは、は…。あ、ミミローくん、そこの小道具もここー」

「んー…」

 

手伝いをさせられたミミロップは少し不満気ながらも根が真面目なのでちゃんと仕事はしていたらしい。

人間に関わる仕事嫌いだもんな…。

そしてミミロップと同じく手伝いをしていたミロカロスはご機嫌だ。こっちはマジックを近くで見れて楽しかったらしい。

片付けをするヤマト達を見ているとガシャーンと大きな音。

慌てて顔を上げたヤマトと顔を見合わせて音の方へと走って行く。

 

「なんか大道具倒れたんじゃね?」

「しょうめー?」

「照明だろ…」

 

走って行けばハルカが床に座り込んでいる。

サトシ達も先に駆け付けてたみたいだ、特に大事にはなってない。

 

「ジラーチのせいよ!!もぉー!!」

 

ハルカが拳を握って怒っている。

「ジラーチは無邪気みたいだからねぇ」と言いながらヤマトが苦笑いを零した。

するとまた大きな音、今度は破壊音だ。

 

「な、なんだ!?」

 

マサトの悲鳴も聞こえて慌ててまた走り出す。

そこにはマサトに向かって攻撃を仕掛けるアブソルの姿。

 

「アブソルだ!!」

「アブソル!?」

「災いが起きる時に現れると言われるポケモンだ!!」

 

バトラーの言葉にサトシたちが「え!?」と声を発した。

アブソルが災いを察知して来た…という事はやはり良くない事が起きるのか…嫌だな…。

逃げるマサトを追いかけるアブソル、ステージ上にやって来た所でハルカがアブソルの前にアチャモを繰り出した。

 

「アチャモお願い!!」

「チャモー!」

 

ハルカから"ひのこ"の指示。

アチャモがアブソルに向かってひのこを放ったがアブソルはあっさりとひのこを蹴散らす。どう見てもレベルの差は歴然だ。

 

「ピカチュウ、十万ボルト!!」

 

サトシのピカチュウがアチャモの隣に並んだ。

ピカチュウの十万ボルトを食らったアブソルは弾き飛ばされたものの一回転して着地、アブソルがジラーチの名前を呼んだ。

知り合いか…?

 

< アブソル、迎えに来た…! >

 

そのジラーチの言葉にマサトが驚きの声をあげる。

そしてマサトの前に居たアチャモとピカチュウが消えた…。

これ以上、アブソルに攻撃するなってことか。

こちらを睨んだアブソルが威嚇しながら走って来る。

サトシ達が身構えるがステージに穴が開きアブソルが穴に落ちた。どうやらステージの仕掛けをバトラーが作動させたらしい。

 

「飛び入りはショーをやっている時にして欲しいね…」

 

目の前に檻に入れられたアブソルが現れる。

「フィナーレだ」と言ってバトラーがボールからキルリアを出した。

 

「キルリア、催眠術!」

 

キルリアの催眠術でアブソルがその場に倒れて眠る。

ジラーチに飛ばされたピカチュウとアチャモが戻って来たのを見て、バトラーの背に視線をやる。

 

「アブソルはどうして…」

「迎えに来たってジラーチが!」

「アブソルはジラーチの仲間ってこと?」

「だからピカチュウたちを瞬間移動させたのか」

「そうなの?ジラーチ」

< ぼく…眠たい… >

 

日中遊んでいたのと能力を使ったので疲労が限界に達したのだろうジラーチが眠ってしまう。

ヤマトと目が合って小さく頷いた。

 

*

 

「アブソルはファウンスからジラーチを連れ戻しに来たのね…」

「多分な…」

「きっと、このまま続けると災いが起きるんだわ…!」

「恐れることはない!」

「バトラー!お願い、やめてちょうだい!恐ろしいことになる気がする!!」

「私はこの日の為に今までやって来たのだ、さあショーを始めるぞ!!」

 

あんなことになってますけど、とヤマトに視線をやればどうしましょうと困ったような視線を返される。

 

「お前が真実の目を開く時、千年彗星から巨大なエネルギーを集める事が出来るのは分かっている…」

 

ジラーチが悲痛な声をあげている。

 

「私を馬鹿にしたマグマ団のやつらを見返してやる!!」

 

よく状況は読めないが。

バトラーがジラーチを使って千年彗星から巨大なエネルギーを集めて何かをしようとしているのは確かだな。

しかもそれが良い事では無いのも…。

 

「さあ、ジラーチ!お前の真実の目を開け!!そして天空より彗星のエネルギーを集めるのだ!!」

< 嫌だー!! >

「嫌でも開くようになる、サマヨール、サイコキネシス」

 

行くぞ、とヤマトに声を掛ければヤマトは頷いた。

頷き返してボールを二個放り投げる。いけ、ブラッキー!サマヨール!

 

「ブラッキー、あくのはどう!!」

「ブラァア!!」

「ッ…!?邪魔をするな!!」

「するに決まってるだろうが!」

 

咄嗟にサマヨールを庇うように前に出たバトラー。サマヨールを攻撃してサキコキネシスを止めようと思ったのだが…。

まさか身を呈して守るとは…。

 

「サマヨール、鬼火」

「サマ!」

 

火傷しろ!と本気で思ってバトラーに鬼火を仕掛けるがヤマトが叫んだ。

 

「真実の目がッ!!」

「なッ!?」

 

ジラーチの真実の目が開かれた。眩い光線が千年彗星とジラーチの真実の目が繋がる。

強大なエネルギーに爆発が起きてバトラーも私達も吹き飛ばされた。

目を開けると少し離れたところでぐったりと倒れるヤマトが視界に入った。体を起こそうとすればサマヨールが私の上に覆い被さっている。

 

「サマヨール…!」

「…マ…」

 

咄嗟に爆風から庇ってくれたらしい。

走って来たサトシ達がこの光景を見て息を飲んだのが分かった。

 

「ッあ、ジラーチ!!」

「凄いエネルギーだ!!次は必ずコントロールする!!」

「ジラーチになにをしたんだ!!」

「ソイツを渡せ!」

「ヤダ!!」

 

サマヨールの手を借りて体を起こす。

バトラーに攻撃しようとサマヨールが手をかざした時、バトラーをダイアンさんが制した。

 

「バトラー!!もうやめてちょうだい!!」

「やめるわけにはいかない!絶対に上手く行く!!ダイアン、私を信じろ!あと一歩なんだ!!」

「私こんなことしてほしくない!!」

「何っ!?」

 

おい、この状況で痴話喧嘩か…!!

唖然としているとマサトがジラーチを抱えて走り出した。

それを見てバトラーがダイアンさんを払い除けてサマヨールに指示を出す。

 

「サマヨール!サイコキネシス!!」

「ピカチュウ、十万ボルト!!」

 

サトシがサマヨールに十万ボルトを食らわせた。

「帰りたい、ファウンスに帰りたい…」というジラーチの声。

 

「みんな!私の車に急いで!!」

 

ダイアンさんの言葉でサトシ達が走って行く。

ヤマトがマサトの腕を引きながらこちらを振り返った。

 

「シンヤ!!」

「先に行け!!ブラッキー、くろいまなざし!!」

「ブラァ!!」

「くっ…!!サマヨール、シャドーボール!!」

 

ブラッキーの前に私のサマヨールが立つ。バトラーのサマヨールからのシャドーボールを食らったサマヨールはよろけながらも敵を睨む。

 

「よし、しっぺがえし!」

「サマッ!!!」

 

バトラーのサマヨールが後方に吹き飛んだ。

ブラッキーにアイアンテールの指示を出してアブソルの檻を破壊してからサマヨールとブラッキーをボールに戻した。

 

「行くぞ、アブソル!!」

「ソォル!!」

 

*

 

「ファウンスに帰りたいってジラーチが言ったのね」

「うん…」

「ファウンスはバトラーがジラーチを見つけた場所よ。バトラーはかつて科学者としてマグマ団に関わりグラードンを再生しようとしたの」

「グラードン?」

「大地を創る事が出来ると言われてる伝説のポケモンですね」

「ええ、それに失敗した彼はマグマ団から追放された…。でも彼はついにファウンスでジラーチを見つけたの」

「ジラーチに願いを叶えてもらおうとしたの?」

 

マサトくんの言葉にダイアンさんは「いえ…」と否定の言葉を発した。

 

「ジラーチを使って千年彗星の強大な力をグラードン再生の為に利用しようとしたってことですか…」

「…その通りよ」

 

僕がそう言えばダイアンさんは切なげな声で返事をしてくれた。

 

「でも、ジラーチを目覚めさせるにはパートナーになる少年が必要だった。だからマジックショーをしながらその少年が現れるのを待っていたのよ」

 

「それがマサトだったってわけか…」とハルカちゃんが言葉を漏らした。

まさかバトラーの目的がグラードン再生だったなんて、誤算だったなぁ…。

 

「こんな事ならもっと早くにジラーチの眠り繭の様子を見に行って、見張っとくべきだった…」

「ヤマトさんとシンヤさんはバトラーがしようとしてること、気付いてたの…?」

「さすがにグラードン再生までは予想してなかったんですけどね。僕は今回の千年に一度のジラーチの目覚めを見守る事を任されたポケモンレンジャーです。シンヤは僕の幼馴染で協力者」

「ポケモンレンジャー…」

 

えぇ!?と驚きの声をあげたサトシくんたちに苦笑いを返すとマサトくんの腕に抱かれたジラーチが苦しげに声を漏らした。

 

「そのファウンスって何処にあるの!?」

「この車で4日ってとこね」

「ジラーチをファウンスに連れて行ってあげるのはパートナーであるボクの役目だ!」

 

マサトくんの言葉にサトシくんが拳を握る。

 

「マサト、よく言った!!オレも協力するぜ!!」

「オレも行くぞ!」

「しょうがないわね、私も行ってあげる!」

 

三人の言葉に僕は思わず乾いた笑いが出た。

 

「ポケモンレンジャーとしてはここでジラーチだけ預かってキミ達を安全な場所に避難させるべきなんだけどなぁ…」

「ヤマトさん…!!」

「でも、ここでそんな空気の読めない事は出来ないよねー。みんなで行こうか!」

 

マサトくんの顔に満面の笑みが浮かぶ。

「決まりね」とダイアンさんが言葉を発したのに僕は頷いた。

 

「そうだ、シンヤさんは大丈夫なんですか?足止めに残ってくれてたみたいですけど、連絡とか取れたりとかは…」

「シンヤ?んー、特に連絡を取る手段は無い!」

「「「えぇ!?」」」

「けど、シンヤなら追いかけて来るでしょ。トゲキッス連れてるし、ファウンスの場所も知ってるし」

「そんなアバウトな…」

 

*

 

「ん?」

 

トゲキッスに乗ってファウンスの方角へと飛んでいると前方にダイアンさんの車。停車しているところから休憩でもしているのだろうか。

昨日の夜から走りどおしで今は昼過ぎ、もっと先に進んでるかと思ってたんだけどな…。

停車してる車の傍に降りれば窓からハルカが顔を覗かせた。驚いた顔をしたハルカがすぐに車のドアを開けてくれる。

 

「シンヤさん!!」

 

トゲキッスをボールに戻して車内に入ればヤマトが「ほら追いかけて来たー」と言って笑っている。

 

「でも、もっと早く来ると思ってたのに」

「私だってもっと先に進んでるものだと思ってた」

 

席に座ればジラーチが私の肩に乗った。

昨夜のダメージはあまり残っていないらしい、元気そうだ。

 

「シンヤが追いかけて来ると思ったからダイアンさんになるべく休憩入れて貰ったんだよ。何してたの?」

「買い物してから来た」

 

途中で買った大きめのカバンをヤマトに手渡す。

とりあえずファウンスまでに必要な食料類が大半。

さすがにジラーチに瞬間移動して食料を出してもらうわけにはいかない、それも盗品なので気が引けるだろうし、ジラーチも疲労するしな。

 

「良かった、積んである食料だけじゃ心許なかったの」

 

ほっと息を吐いたダイアンさん。

カバンの中身を見たヤマトが「そこまで気が回らなかった…」と小さな声で呟いた。

 

「ミロさんたちはどうしたんですか、シンヤさん?」

 

タケシの言葉にヤマトがビクリと肩を揺らした。

ボールの中に居るぞ、とは言えないので「危険だから昨夜の内に途中で別れたんだ」と曖昧に返事を返しておく。

真夜中の時点でミロカロスとミミロップは日中の手伝いで疲れてボールの中で寝てたしな。

私の曖昧な返事にタケシは納得してくれたのか頷き返してくれる。ヤマトが密かに安堵の息を吐いたが別にバレたところで特に問題も無いと思うけどな…。

 

*

 

三日目の千年彗星が夜空に浮かぶ。

眠ってしまったサトシとマサトを視界に入れながらポケモンフードをタケシと作っていると隣で寝転がっていたヤマトが呟いた。

 

「あと、四日かぁ…」

 

ヤマトの呟きに私とタケシは特に返事は返さない。

 

「あと四日でジラーチがまた千年の眠りにつく…、バトラーのグラードン再生が阻止出来るのは良いけどねぇ…」

 

体を起こしたヤマトがサトシとマサトの方に視線をやった。

 

「お前はポケモンレンジャーとして任務を遂行しろ…」

「…うん」

 

頷いてからも小さく溜息を吐いたヤマトを見てから手元にあるポケモンフードを大きめの葉の上に乗せた。

葉の上に乗せたポケモンフードをたき火から少し離れた場所に置く。

 

「…?」

「シンヤさん?」

「ん、なんだ?」

 

タケシに呼ばれて首を傾げれば同じようにタケシとヤマトが首を傾げた。

 

「え、なんでそんなとこに置いたの?」

「食べると思って」

「誰が?」

「アブソルが」

 

私の言葉にヤマトが辺りを見渡した。

いや、ついて来てるかはしらないけどな。多分、ついて来てるだろ。

私は買い物に行きたいから直接車を追わなかったがアブソルは車が向かったと思われる方角へ走って行ってたし。

それに食べなくても土になるから大丈夫。

 

*

 

真横は絶壁の崖。

途中でダイアンさんと運転を変わったヤマトは悲鳴をあげながらハンドルを握る。

 

「ヤマトさん!!落ちないで~!!」

「コワイー!!!こんなとこ走るの初めてだよー!!」

 

やめろ、運転手にそんなこと言われると乗ってる方も不安になるだろうが…!!

窓から崖を覗き込むサトシ達の顔色も悪い。

 

「シンヤー!!バトンターッチ!!!」

「お前もう運転するな…!」

 

*

 

ダイアンさんの運転中にタイヤが泥にはまって進まなくなったらしい。

軽く仮眠を取っていた私が起きるとヤマト達が外に出て車を後ろから押しているところだった。

ポケモンの技で押せば良いのに…と思いミロカロスのボールを取りだした所で車が勢いよく前進した。

 

「抜けたわ!」

 

喜ぶダイアンさん。

後ろを見ればヤマト達が泥で真っ黒だ。

窓からミロカロスのボールを投げて「軽いやつ」と指示を出す。

 

「ミロォオー!!」

「「「どわわわわわ!!」」」

 

ミロカロスの軽いハイドロポンプで泥が落ちたらしいヤマト達がケラケラ笑っている。

 

「シンヤ!起きたなら手伝ってくれれば良かったのに!!」

「手伝おうと思ったら抜けたんだ」

 

四日目の夜。

エーフィのブラッシングをしているとサトシとマサトが川に石を投げて水切り遊びをしている。

 

「ボクとヤマトさんの引き分けだね!!」

「あとちょっとだったのにー!!」

「アハハハ!!」

 

それに混じってヤマトが大人げなくハシャいでいるのだが…。

 

「私、あれと幼馴染なのか…」

「フィー…」

 

*

 

五日目の夜。

 

「やめてよ!お姉ちゃん!!」

 

マサトの声に顔を上げる。

様子を見に行くと湖の傍にマサトとサトシが座っている。タケシに視線をやると苦笑いを返された。

 

「あと二日だもんねぇ…」

「ああ、それでか…」

 

ヤマトの言葉になんとなく状況を把握した。

あと二日でジラーチは千年の眠りにつく、もう二度と会う事が出来なくなる…。

 

「千年後なんて想像出来ないよね」

「……」

 

というか、ジラーチは千年ごとに目を覚ましてるのか…アイツどれぐらい生きてるんだろうな…。

ポケモンって本当に長生きだ…。

 

「お前は千年、生きたいと思うか?」

「え、いやぁ…微妙…。でも千年後には可愛いポケモンが今よりもっと増えてるのかもしれないと思うと迷っちゃうなぁ…!!」

 

聞いて損した。

 

*

 

六日目で目的地、ファウンスへと到着した。

ヤマトの言っていた通り無数の岩の柱と緑に囲まれた自然郷。

チルタリスの群れが上空を飛んでいくのにサトシ達が「わぁ」と声を漏らした。

 

< ぼく、ここが好き! >

「オレも気に入ったぜ!」

「ボクも!」

「ピィカ!」

 

周りには野生ポケモンだらけ。

隣を歩いていたヤマトがサトシ達と同意して「僕もー」と返事を返していた。

私はちょっと嫌。野生ポケモンが賑やか過ぎる。

 

六日目の夜。

たき火の灯りで本を読んでいるとマサトとジラーチが一本の小枝を引っ張り合い遊んでいた。

 

「よこせよー!!」

< んーッ…!! >

 

マサトに引っ張られてジラーチとマサトの頭がぶつかった。

お互いに笑みを零すマサトとジラーチ。

それを見ていたサトシとヤマトも釣られて「アハハ」と笑った。

 

「マサト、もう寝なさい!」

「良いじゃないか、もうちょっとー!」

「アンタが病気にでもなったらママから私が叱られるの!」

「ちぇー、こういう時だけお姉さんぶるんだもんなぁ…!」

 

ハルカの言葉にマサトは渋々とメガネを外して横になる。

そのマサトの言葉にハルカは苦笑いを浮かべた。

横になったかと思ったマサトはすぐに体を起こしてジラーチを抱きしめながら眉を寄せる。

 

「だって!ジラーチといられるのはあと一日しかないんだよ!?」

 

少し怒鳴るように言ったマサトは今度こそ横になった。

 

「ジラーチ…、ボクもっとキミと一緒に居たいよ…」

< ぼくもー… >

 

お互いに額を擦り寄せて眠るマサトとジラーチ。

隣で若干涙ぐんでる気がするヤマトは無視しよう…。

カップを手にとってお茶を飲めば、ハルカが子守唄を歌い出した。ヤマトが情けない顔で泣いた。

 

「どぁー…、ティッシュくらさい…」

「無い」

「たおる…」

「ん」

 

*

 

七日目。

道中でアブソルと会い、道案内をしてもらいながら進む。

もうすっかり辺りは夕焼け色。歩みを進める度に野生ポケモンが顔を出すのでサトシ達が嬉しそうなんだが。

ポケモンレンジャーが一番ハシャいでるのはどうなんだ…。

 

「フライゴンだ!!」

「ホントだぁああ!!」

「ヤマト、うるさい」

 

ベシンとヤマトの後頭部を叩く。

 

「みんなジラーチを迎えてくれてるみたい…!」

 

ハルカの言葉にタケシが相槌を打った。

少し歩くと前方に洞穴、ダイアンさんがライトを点けた。

 

「ここ、ここ!」

「お前は一回来てるのになんでそんなハシャぐんだ…」

「いや、だって僕一人で来た時はあんなに野生ポケモン出て来なかったもん…」

 

しゅんと肩を落としたヤマトを見て溜息を吐く。

 

「この奥よ、ずっとジラーチが眠っていた場所は」

 

ダイアンさんがそういうと天井へと視線をやったアブソルが洞穴の奥へと走って行ってしまった。

ここだけ随分と明るい。

天井にはぽっかりと穴が開いていて千年彗星が見えた、サトシたちが「わぁ」と声を漏らす。

 

< 星が、よんでる… >

「ジラーチ…」

 

マサトの頭の上に居たジラーチがふわりと浮き上がった。

そのジラーチを捕まえてマサトが抱きしめる。

 

「やっぱり嫌だ!!」

< マサト… >

「せっかく友達になれたのにもう会えなくなるなんて嫌だよー!!こんな思いするくらいなら会わなきゃ良かった…!!」

 

マサトの言葉にヤマトが自分の口元を手で押さえた。

お前、この状況で一人だけ泣くのか…。

 

< 星が…よんでる… >

 

ジラーチがマサトから離れて浮き上がった。

 

「真実の目が開くわ…」

「真実の目…?」

「ジラーチは千年彗星からエネルギーを呼び込む時に真実の目を開くの」

「彗星のエネルギーを…」

「呼び込む…」

 

顔にタオルを押さえつけていたヤマトの肩を叩く。

ジラーチを見守るのがお前の任務だろ、と小さな声で言えばハッとしたようにヤマトが顔を上げた。

 

「眠っている千年の間、ジラーチは彗星から吸収したエネルギーを少しずつ大地に注いでくれるの…、そのおかげでファウンスは豊かな緑を保つことが出来るのよ」

「ここの森はジラーチが育てたんだ…」

 

へぇー、とヤマトが言葉を漏らした。

お前…良いのか、ポケモンレンジャー…。自分が受けた任務対象のポケモンのこと知っておかなくて…。

ジラーチの真実の目が開くのを眺めていると急に壁から轟音を立てて機械が飛び出してきた。

その機械が放った不気味な光はジラーチを取り囲む。

 

「ぁあ!?」

「ジラーチ!!」

「罠だわ!」

 

ジラーチが遥か上空へと連れていかれる。

空には変な機械、その上にはバトラーの姿があった。

 

「諸君、本当のグレートバトラーのマジックショーにようこそ!」

「バトラー…!!」

「どうしてここに!!」

 

どうしても何もファウンスからジラーチを持ち出したのがバトラーなんだから、まあ当然来るだろうな…。

そしてもうマジックショーでもなんでもないだろ…。

 

「ジラーチの心を開き信用させるにはキミ達の友情がもっとも効果的だった。キミ達こそがジラーチに仕掛けた最後で最大のトリックだ!!」

「バトラー…!」

 

マジックなのかそれ…?

 

「ダイアン!実験が成功すればキミは私を理解してくれるはずだ!!」

 

機械から不気味な光が私たちの周りを囲んだ。

 

「諸君、クライマックスはこれからだ!この偉大なショーを楽しんでくれたまえ!!」

「ジラーチ!!」

 

実験が成功って…グラードンを再生させるんだろ…?

グラードンを探せば良いだけなんじゃないのか…、再生させることになんの意味があるのか…。研究者の意地か…?

 

「見るが良いマグマ団!!グラードン復活だ!!」

 

彗星のエネルギーを使い機械が動いてるのがよく分かる。

隣に居たヤマトに視線をやれば焦ったようなヤマトと目が合った。

 

「シンヤ…!」

「グラードンって今は存在しないのか?」

「知らないよ!!見たことないし!!」

 

サトシのピカチュウが周りを取り囲む不気味な光に十万ボルトを食らわせている。

ヤマトに肩を掴まれてガクガクと揺さぶられた。やめろ、吐く。

 

「シンヤ!!なんとかしてってばー!!」

「中からは無理だ。外からあの光を放ってる機械をどうにかしないと…」

 

私がアレと指を差すと洞穴の奥からアブソルが走って来た。

アブソルの攻撃が機械を破壊する。そして野生のフライゴンもやってきて全ての機械が破壊された。

 

「アブソル!フライゴン!」

 

フライゴンがサトシ達の傍に降りた。

 

「フライゴン!オレ達に力を貸してくれるのか!?」

「フラーィ!!」

「よし!!」

 

フライゴンの背にサトシが飛び乗った。

そのサトシの後ろにマサトが同じように飛び乗る。

 

「ボクも行く!!」

「マサト、ピカチュウ、振り落とされんなよ!」

「うん!」

「ピッカチュウ!!」

「頼むぞフライゴン!」

 

サトシの言葉でフライゴンが飛ぶ。

呆然と見ていたヤマトが「あ!」と声をあげた。

 

「危ないから戻ってきてぇええ!!僕が行くからぁああ!!」

「情けないポケモンレンジャーだな…」

「しまったぁああ!!ミッションどころじゃないよ、子供たちの命の危機だよぉお!!」

 

ヤマトが悲鳴を上げる。

上空ではバトラーの繰り出したボーマンダとフライゴンがバトル中だ。

 

「ちょちょちょ、飛行タイプ!!飛行タイプをキャプチャしてくる!!」

「じゃあ、私は今のうちに機械の方を…」

 

トゲキッスをボールから出して背に乗るとヤマトが私の腕を掴んだ。

 

「なんだ」

「外まで走って戻らないといけないから上から外まで運んで!」

 

…走れよ。

 

*

 

ヤマトを洞穴の外に降ろしたところで攻撃の音が聞こえなくなった。

ジラーチをサトシ達が助け出したのか、と呟くとヤマトが「え!?」とスタイラー片手に声をあげた。

 

「え、なに、僕、完璧な役立たず!?」

「…バトラーがあっさりジラーチを渡したのかもしれないな」

「良い人!」

「違うだろ、グラードン再生がどうなったかが問題だ」

 

トゲキッスの背に座れば地割れのような音。

視線を上げれば大きな影。ヤマトが口を開けたまま固まった。

 

「グラードン…」

「バトラー!!悪い人ー!!」

「さっさと飛行タイプをキャプチャしてこい!」

「わ、分かってるよー!!」

 

グラードンの周りの草木がドンドンと枯れていっている。

あれがグラードン?

実物を見た事がないのでハッキリとは言えないが一言で言い表すなら…不完全、ってところだろうか…。

ポケモンとも言い難い雰囲気がなんとも気持ち悪いなと思ったところでグラードンの背中から緑色の触手。

こちらに向かってくるそれを見て慌ててトゲキッスが飛び上がる。

下に居た野生ポケモンが触手に捕まって触手の中に飲み込まれた…。

 

「絶対に捕まるな!!」

「キィーッス!!」

 

触手が追いかけて来るのをトゲキッスがするすると避けて飛ぶ。

避けているとグラードンの意識が逸れたのか触手が一気に別の方を向いた。視線をやればその先にはサトシ達…。

 

「シンヤ!ジラーチが狙われてる!」

「!?」

 

クロバットに乗ったヤマトがグラードンを指差した。

直接攻撃しろってことらしい。

 

「クロバット、ちょうおんぱ!」

「トゲキッス、みずのはどう!」

 

クロバットとトゲキッスの攻撃を受けたグラードンがその場で雄叫びをあげた。

 

「これー!!どうやったら消えるわけー!?攻撃そんなに効いてないよー!!」

「言われなくても分かってる!!」

 

触手を避けながらひたすら攻撃するが足止め程度で特にダメージは与えられていない。

先程までサトシ達を追いかけていた触手が私達を狙い始めたってことはサトシ達が捕まったか、それともサトシ達を見失ったか…。

 

「フラーィ!!!」

 

フライゴンの鳴き声。

視線をやればフライゴンの背に乗ったサトシとマサト。ジラーチもまだ無事らしい。

 

「シンヤさん!!ヤマトさん!!時間を稼いで下さい!!」

 

サトシの言葉に「分かった!」と返事を返す。

時間を稼ぐってことは何かしらの策があるんだろう。

一直線にフライゴンを追う触手を攻撃してひたすらに捕まらないように逃げ回る。

ふと視線をやるとあの変な機械の上にバトラーの姿があった。

必死に機械を作動させようと動き回っているところを見ると、あの機械を使ってグラードンをどうにかするのか……。

 

「シンヤ、上ー!!」

 

ヤマトの声に視線を上にあげると変な筒が降って来た。

「シンヤさんナイスキャッチー!!」とマサトの声、よく分からないがフライゴンの傍に近寄って筒をサトシの方に投げ渡した。

 

「グラードンの気を引いていれば良いんだな?」

「お願いします!」

 

サトシの言葉に頷いてグラードンへと攻撃を仕掛ける。

 

「よーっし、クロバットもう一頑張りだよ!!エアカッター!!」

「トゲキッス、みずのはどう!」

 

攻撃を仕掛けているとフライゴンとボーマンダも攻撃に加わった。

やはりあの機械からグラードンの意識を逸らしたいらしい。

それでもグラードンは真っ直ぐにジラーチの居る方へと進んで行く。

 

「バトラーさん!!」

 

サトシの声に私達は一斉に視線をやった。

ボーマンダとフライゴンがグラードンの顔面に攻撃を仕掛ける。

雄叫びをあげたグラードン。触手が不規則に動いてボーマンダとフライゴンが捕まった。

 

「あああ!ボーマンダ、フライゴーン!!」

「ヤマト!!下だ!!」

「ええ!?」

 

クロバットが慌てて方向を変えようとするが捕まった…!!

咄嗟に翼でヤマトを弾き飛ばしたクロバット。

 

「クロバットォオ!!」

「トゲキッス、ヤマトを!」

「キィッス!!」

 

触手を避けながらヤマトの方へと飛ぶトゲキッス。

ヤマトに手を伸ばした時に真横から触手が来てヤマトが悲鳴をあげた。

 

「うあああ!!!」

「ッ!?」

 

しかし、触手は寸前のところで止まった。

慌ててヤマトの腕を掴むとトゲキッスが上空へと逃げる。

 

「今、止まったよね?まさかグラードンに意思が…!?」

 

意思があったら、今もこうして触手に追われてないだろ……。

ヤマトを支えながら身を低くしてトゲキッスから振り落とされないようにしがみ付く。

あれはグラードンの意思というより、攻撃…サイコキネシスだったような…。

 

「ジラーチお願いだ!!みんなを助けてくれぇええ!!!」

 

サトシの声。

機械の方へと視線をやればグラードンが再生された時と同じように機械が動き出した。

 

「もう一体のグラードンを再生させてバトルさせるんだね!」

「絶対に違うだろ…」

 

機械から放たれる光線が地面へと当たる。

グラードンが雄叫びをあげた。

悲鳴のような声をあげたグラードンが機械の方に向かって倒れて行く。

 

「ああああ!!ジラーチが!!!」

 

ヤマトが声をあげた時にグラードンの腹部辺りから眩い光が放たれた。

そのまま大きな光の球体になってグラードンを空へと押し上げて行く…。

 

「おぉ…」

「ど、どうなってんの…!?」

 

巨大な流れ星のような光がグラードンを空の彼方へ連れて行ったかと思うと上空で光が花火のように爆発した。

横に居たヤマトが「ギャァアアア!!」と悲鳴をあげたので思わずグーでぶん殴ってしまった。

無数の光が空から落ちて来る。

そしてグラードンの触手に捕まったポケモン達が戻って来た。

 

「うわ、すご…ッ!!」

「ジラーチか…」

 

ほ、と息を吐いた時に周りがぐにゃりと歪む。

気が付くとトゲキッスに乗ったままの状態でサトシ達のすぐ真上に居た。

 

「あ、シンヤさん!ヤマトさん!」

「え?なに今の?」

「ジラーチがサトシ達のところに瞬間移動させてくれたんだろ…」

 

地面に降りて空を見上げる。

眩いばかりに光り輝くジラーチが上空から降りて来るのが見えてサトシ達がジラーチの下へ走り出した。

 

「ジラーチ!!ありがとうー!!」

< マサト、大好き! >

「ジラーチ…!!」

< みんな大好き!みんな仲間!ずっとずっと友達!! >

「そうさ!ずっとずっと友達だ!」

 

サトシの言葉にタケシとハルカ、そしてピカチュウが頷いて返事を返した。

隣でヤマトが私の腕をかなり強い力で握りしめて今にも泣き出しそうだ…、痛い…。

 

< ぼくのお願い、聞いてくれる…? >

「ジラーチのお願い…?」

< 歌を聞かせて…、ぼくもう眠るから… >

「ジラーチ…」

「マサト、歌ってやろうぜ!」

「ママの子守唄!」

< お願い… >

 

ヤマトの目からぶわっと涙が零れた。

カバンからタオルを引っ張りだしてヤマトの顔に押さえつける。

お前、このタイミングで情けない嗚咽漏らすなよ!?

ハルカたちが子守唄を歌い始めた。

眠たげな目をしたジラーチがゆっくりと目を閉じる。

 

< ありがとう、みんな…。楽しかった…! >

 

ジラーチが眠り繭に戻る…。

マサトがジラーチの名前を呼んだ。ジラーチの眠り繭は大地へと沈んで消える。

ジラーチの眠り繭が大地へと沈むと大地に光の波が打つ。まるで脈を打つかのように広がる光の波紋がファウンス全体を覆う。

 

「おやすみ…、ジラーチ…」

「おやすみなさい…」

「ジラーチ…、キミに会えて本当に良かったよ…!」

 

ヤマトがここで「うわあああ」と情けない声をあげた。我慢してたらしい…。

お前、結構…涙もろいんだな…。

 

*

 

「私とダイアンはファウンスに残るよ」

「二人で荒れてしまった土地を元に戻して緑を広げる研究をするわ」

「良かったですね、ダイアンさん!願いが叶って!」

「ええ」

 

頷いたダイアンさんがチラリとヤマトの方に視線をやった。

腕を組んだヤマトの目は若干、腫れてる…。

 

「あの…」

「ポケモンレンジャーとして見過ごせないんですけどね」

 

あ、と声を漏らしたサトシ達。

おそらくヤマトがポケモンレンジャーだって忘れてたんだろうな…。

 

「でも、土地を元に戻して緑を広げる研究は大賛成です。上の方にもミッション完了の報告と一緒に説明しときますんで」

「ありがとう!」

「ポケモンレンジャー公認ってことで頑張って下さい!!」

「精一杯、頑張るよ!」

 

バトラーとヤマトが握手を交わす。

勝手にそんなこと決めて良いのかは知らないが、まあ良いか…。

車に乗り込むサトシ達に続いてヤマトが車に乗り込んだ。

そういえば、途中でグラードンの触手を止めてくれた、おそらくサイコキネシス…あれは…。

 

「シンヤさーん、早く早くー!」

「……ああ」

 

*

 

サトシ達と一緒に車を降りてそこで解散。

大きく手を振ってくれるサトシ達と別れて家に帰る為にトゲキッスのボールを取りだした。

 

「トゲキッス、大分疲れてるんじゃない?」

「だろうな。でも帰るまではなんとか頑張ってもらわないと」

 

苦笑いを浮かべたヤマトに苦笑いを返す。

 

「じゃ、僕はこのままミッション完了の報告に行くから」

「ああ、じゃあな」

「まったねー!!今度ちゃんとお礼するからー」

 

手を振るヤマトを見送った。

お礼はあんまり期待しておかないでおこう…。

ボールからトゲキッスを出して、トゲキッスの頭を撫でる。

 

「家に帰るか」

「キィッス」

 

カバンを肩に掛け直したところで視線。

後ろを振り返れば茶色のマントにすっぽりとフードを被っている姿がそこに居た。

驚く私とトゲキッス、そいつが何なのか困惑しているとマントの下からするりと長い尻尾…。思わず口から笑みが零れた。

 

「お前だったんだな」

< 気まぐれだ… >

 

茶色のマントを身に纏っていたのはミュウツー。

元々が人の姿に近いせいで本気で見知らぬ怪しい人間かと思ってしまったじゃないか…。

なんでここに居るのかと聞けば、千年に一度しか見れない千年彗星を見に来ていたらしい。

そこで私を見つけて密かに様子を見ていたそうだが、もうそれだと後半は千年彗星じゃなくて私を観察してるぞ。

 

「サイコキネシスは助かったけどな、助けるならもっとガッツリ助けて欲しかった…」

< 無茶言うな、あのサトシとかいう連中から私の記憶を消した意味が無くなるだろ >

 

サトシは別にそんな細かいことを気にする奴じゃないと思うけど…。ミュウツーを知ったとしても騒ぐ連中じゃ…。

いや、騒ぐ奴が一人居た。

出て来なくて正解だ。ミュウツー…。ヤマトの前に出てくれば歓喜の悲鳴をあげられたうえにベタベタ触られて観察されること間違いない。

 

「私の家はミナモシティだ」

< だからなんだ…? >

「一緒に行くんだろ?」

< …… >

 

少し考える仕草をしたミュウツーは小さく頷いた。

よし、帰ろう。

 

*



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29

 

「はい、もしもし?」

 

電話に出れば画面いっぱいにツバキの顔。

私の名前を大声で呼んでいる途中で電話を切ってやった。

 

< …切って良いのか? >

「嫌な予感しかしない」

 

再び電話が鳴り出したが暫く放置してやろうと電話に膝掛けを被せて少しの防音対策を取ってみた。

ミュウツーの座るソファの向かいに座ってコーヒーを啜る。

延々と鳴り続ける電話が気になるのかミュウツーは電話の方に視線をやったまま。

ファウンスでジラーチとの一件があってからミュウツーはミナモシティに滞在中。たまにフラリと居なくなるが暫くしたらいつの間にか帰って来ていている。

居心地が良いというより、気兼ねなく読書が出来るから気に入ってるんだろう。ミュウツーは意外と勤勉な奴だ、自分が気になったものはとことん調べたいらしい。千年彗星しかり…。その調べたい対象に私も含まれているようだがそこは気にしないでおこう…。

他の連中に比べてずば抜けて頭も良いのでミミロップとサマヨール、エーフィ、サーナイトがミュウツーに意外と友好的でよく話をしている。ミロカロスは相変わらずミュウツーが来る度に拗ねてるけどな。

コーヒーを啜りながら届いていた手紙を確認する。

コーディネーターのシンヤが派手にコンテストに参加したものだから手紙の量も増える一方で手紙の整理も一仕事だ…。

知った名前、知らない名前と分けていると知った名前から初めて手紙が来ていて思わず手を止める。

コーディネーターであるシュウからの手紙だった。子供ながら綺麗な字で書かれた宛て名が自分の名前であるのを確認してから封を切る。

手紙の内容は、礼儀正しい挨拶にカイナ大会以降のコンテストバトルでの報告、コンテスト会場で見たハルカの様子に自らの向上宣言…。

グランドフェスティバルに出場するのも近いな、とシュウの手紙を見ながら小さく頷いた。

そして数枚の手紙の文末…。

 

『ぼくはラルースシティ出身なのですが、シンヤさんはラルースシティに行かれた事はありますか?ミナモシティからそう遠くないのはご存じだと思います。ラルースシティは科学の進んだハイテク都市、カイナシティでは休息を取れなかったとのことなので是非一度足を運んでみて下さい。自然豊かでのんびり出来ますし、施設も多くありますから退屈することはないですよ』

「ふむ…」

 

確かにミナモからラルースはそう遠くない。遠くないからこそあまり足を運んだことのない場所だ。確かバトルが出来るスタジアムがあるってのは聞いたことがあるけどな…。

施設も多くあるって何があるんだ…。とタウンマップを広げて観光雑誌も広げてみる。

 

< 何処か行くのか? >

「んー…ラルースシティにな、良い施設があれば休息がてら行こうかと…」

 

緑豊かな自然公園に、植物園もあって、……ん!?

 

「図書館もあるのか!」

 

こんな近くに図書館が!!

盲点だった!!

 

「今度、ラルースシティに行こう」

< ハイテク都市か、面白そうだ >

 

雑誌を手にしたミュウツーが笑みを零す。どうやら一緒に行く気らしい。

とりあえず、行ってみることを伝えるのとお礼も兼ねてシュウに返事を書かないとな。旅をしている人間に手紙は送り難いがポケモンセンターに預けておけば問題無い。

こういう時に少しジョーイと顔見知りで良かったな、と思う。顔見知りで最悪だと思うことの方が多いけど…。

 

「あのぉ、ご主人様?」

「ん?なんだ?」

「電話が鳴り止みません…」

 

チルタリスが電話の方に視線をやった、電話は未だ鳴り続けている。

チッと舌打ちをしてから電話に出た。画面には半泣きのツバキの顔が映る。

 

<「シンヤさんのお馬鹿!!」>

「用件はなんなんだ、面倒な事はごめんだぞ」

<「ミシロタウンに一緒に行って下さい!」>

「嫌だ!」

<「オーキド博士がオダマキ博士のとこ行くって言ってたんだもん!!オーキド博士、オダマキ博士と初対面って言ってたからね、あたしも一緒に行きますよーって言ったの!」>

「だから?」

<「シンヤさんも一緒に連れて行きまーす、って行ったらオーキド博士がめっちゃ喜んでたの」>

 

余計なことを…!!

シンヤさんが一緒に行ってくれないと博士としてのあたしのメンツが…とどうのこうのと言い訳を並べるツバキ。

 

<「だから、ミシロタウンに一緒に行こうよシンヤさん!!」>

「めんどくさい」

<「ヤマトさんのお願いは聞いてあたしのお願いは聞いてくれないとかどういうこと!?酷い!あたしにだけそんな冷たいとか酷い!」>

 

ヤマトめ、アイツも余計なことを…!!

 

<「ノリコに愚痴ってやるぅ~!!ノリコの兄ちゃん冷酷だって愚痴ってやるぅ~!!」>

「やめろ!」

<「じゃ、ミシロタウンにれっつごー!!」>

「…分かった、用意しとく」

<「すぐそっち向かいまーす、エンペラー!お出掛けして来るねー!留守番よろしくー!」>

 

電話が切れる直前にエンペラーの「事故って怪我すれば良いのに」という声が聞こえた気がした。アイツ相変わらずだな…。。

大きく溜息を吐いてチルタリスへと視線をやる。

 

「お出掛けですね」

「ああ、出掛けて来る」

 

読書を再開させたミュウツーを睨めばユラリと尻尾を揺らしていた。さっさと行けって意味が含まれている気がしなくもない。

 

「家に残ってるのは誰だ?」

「サマヨールさんが書庫で書物の整理中です、サーナイトさんとエーフィさんが庭でお茶をしていて、ミロカロスさんがご主人様の自室でお休み中です」

 

またアイツは勝手に人のベッドで…!!

 

「ブラッキーさんは遊びに出掛けてしまっています、トゲキッスさんはミミロップさんを乗せて早朝からカナズミシティのポケモンセンターまでお出掛けになられました」

「ああ、そうだったな…」

 

なら、ティータイム中のと昼寝中のを連れて行くか…。

 

家にツバキが迎えに来たのでカイリューの背に乗ってミシロタウンへと向かう。

空を飛んでる間、延々とツバキが喋り続けるのを聞き流していた。なんか前にもこんな事があったような気がする…。

ミシロタウンへと着いてオダマキ博士の研究所へ向かっていると前方に大きな緑色の物体。

 

「なんだあれは…?」

「バォ?」

「お、大きいポポッコ!?うわー!!すごい!!」

 

カイリューの背の上で暴れるツバキ。

背の上で暴れられたカイリューが嫌がったので慌ててツバキを止める。

大きいポポッコ、ってあんなのが居るわけがない。近付いて行けばその全貌が明らかになっていく…ロボットだ。そして見知った連中が乗り込んでいた。

相変わらず目立つ事が好きだよな…。

ロケット団が居る所にはサトシ達もいる。いや、逆か。

 

「なんてことをするんだ!!」

「はぅあ!?愛しのジョシューさんがお怒りだわ!!」

 

愛しのジョシューさん?

カイリューが研究所へと降り立てば大きなポポッコは空へと飛んで行く。ニャースの「バイニャラ!」との声も遠ざかって行った。

 

「おお、シンヤ!!それにツバキくんも良い所に来てくれた!」

「シンヤさん大変なんだよ!!新人トレーナー用のポケモンたちが!!」

 

まあ、ロケット団だしな。

 

「ジョシューくん、キミはここに残って研究所を守るんじゃ!わしはヤツらを追う!!」

「わかりました!」

「状況が分からないけどあたしもジョシューさんと二人で研究所を守ります!!初、二人の共同作業!!」

「……」

「シンヤさん、目が冷たい!!っていうか、さっさと追って下さい!!」

「……」

 

ツバキに視線をやってから走って行ったオーキド博士とハルカとマサトを追いかける。

 

「うぅん、こっちに来たと思ったんだけどな…」

「何処に消えちゃったのかしら…」

「あれだけの大きさじゃ隠れる場所はそう無いはずじゃが…」

 

辺りを見渡す。

目の前を流れる川の上流には滝があった。

 

「あの滝が怪しいな!行ってみよう!」

 

オーキド博士の言葉にハルカ達が返事をする。

滝の方まで近付けば滝の裏に洞穴があった。

 

「滝の裏に洞窟があるよ!」

「中に灯りが付いてるわ!」

 

ロケット団の連中はどうしてこうもツメが甘いんだろうな…。

新人トレーナー用のポケモンを連れて行かれるのは困ることだが、もうちょっとどうにか出来ないものか…。

 

洞窟の中に入る。

人為的に作られた構造でこれをロケット団が作ったのだとしたらもうアイツらは別の所に転職した方が良い。

 

「良いな…、静かに進むんじゃぞ…!」

「「はい…!」」

 

その動きは必要なのですか、オーキド博士。

抜き足差し脚忍び足の動きで三人が進むのを少し離れて後ろから"普通に"ついて行く。

ゆっくり進んでいるのは分かるが…今、なんかセンサーに引っ掛かったぞ。足元の壁に設置されていたランプが点灯したし…。

 

「……」

 

センサーに反応して、入口も閉まったんだが…。

静かに、静かに、と言いながら進む三人は全く気付いていないようで何も言えず黙ったまま私は三人の後をついて行く。

監視カメラも見付けてしまいました、オーキド博士。

まあ、相手がロケット団だから特に警戒する気も失せるんだがな…。それにしてもこんな設備を洞窟の中に付けることが出来るなんて凄いなロケット団。本気で転職するべきだ。

暫く歩いて行くと前方に檻に入れられた新人トレーナー用のポケモン達。

キモリ、アチャモ、ミズゴロウにオーキド博士が連れて来たのだと思われるフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメだ。

檻には四方からライトが当たっている。

ここに居ますよ、と主張してライトアップされているようだ。こんな罠に誰が引っ掛かるのか…。

 

「あ、あれは!」

「今、助けるぞー!!」

 

マサトが声を発したかと思うとオーキド博士を先頭にハルカたちも檻に向かって走り出した。

え!?と声を発する前に三人は土煙と共に消えた。

どうやら落とし穴に落ちたらしい、ロケット団…落とし穴好きだな…。

 

「罠だったんだ~…」

「早く脱出しなきゃ!!頼むわよみんな!」

 

ハルカの声。

隠れていたらしいロケット団が私の目の前に出て来て落とし穴を見下ろしている。

私に気付いてないらしく私にはロケット団の背中しか見えないがハルカのモンスターボールを機械が吸い込んだのは確認出来た。

 

「ご苦労様~」

「よそ見なんかしてるからそうなるのニャ!」

「ドードリオ、前見て横見て後ろ見て」

「それはわしの句じゃ!」

「ここは私達の難攻不落の秘密基地なのよ」

「幹部昇進、支部長就任したあかつきにはお役立ちなのだぁ!」

「それはもうすぐだけどニャー!!」

 

三人の背後にゆっくりと近付いて両手を前に出す。

 

「残念ながら昇進にはまだまだ遠い」

 

どーん!!

 

「「「どわぁ!?」」」

 

落とし穴にロケット団を突き落としてみた。落とし穴からハルカの驚いた声があがる。

コジロウの持っていた機械からハルカのボールを取り出して落とし穴を覗き込めばロケット団が悲鳴染みた声をあげた。

 

「うっそだー!!!」

「こんなことってぇええ!!」

「酷いニャ!後ろからなんて卑怯ニャ!」

「…よそ見なんかしてるからそうなるの、にゃ」

「それはニャーのセリフだニャー!!」

 

悔しいぃいい!!と喚くロケット団を見てマサトがケラケラと笑った。

 

「シンヤ!よくやった!!」

「さっすがシンヤさん、やるぅー!!」

「ざまーみろだ、ロケット団め!!」

「くっ、一生の不覚だわ…!!」

「シンヤのバカヤロー!!」

「ニャー達の秘密基地が逆手に取られたニャー…」

 

檻から新人トレーナー用のポケモンたちを出す。

エーフィをボールから出してサイコキネシスの指示を出してオーキド博士、ハルカ、マサトを落とし穴から救出する。

 

「助かったー!」

「ポケモン達も無事で一件落着だね!」

「酷い目にあったわい」

 

落とし穴から私達も助けなさいよー!と怒鳴るロケット団。

新人トレーナー用のポケモン達が各々でロケット団に技を食らわせるものだから、ロケット団が落とし穴の中で悲鳴をあげていた。

まあ、死にはしない連中だけど……。

 

「さて、ここから脱出じゃな!」

「出入口は閉まってましたよ」

「なんと!?」

 

オーキド博士に出入り口が閉まっていた事を報告すれば落とし穴からロケット団がザマーミロと声をあげる。

 

「オーキド博士たちは来た道を戻って下さい、私が開けさせますから」

「大丈夫か?」

「サイコキネシスで捕まえたまま連行するんで」

 

サーナイトもボールから出して、エーフィとサーナイトが協力してロケット団を落とし穴からサイコキネシスで持ち上げる。

わーとか放せーとか喚いているがエーフィとサーナイトのサイコキネシスから逃れるのは不可能だ。

 

「うむ、では頼んだぞ!」

「えぇ!?シンヤさんだけで大丈夫なんですか!?」

「シンヤだから大丈夫なんじゃ、行くぞ二人とも!」

「シンヤさん、気を付けて下さいね!」

「ああ」

 

ロケット団相手に何処をどう気を付けたら良いのか分からないがとりあえず返事を返しておいた。

 

*

 

「なー、シンヤー…見逃してくれよぉ~…」

「出入り口の扉を開けたらジュンサーさんに連絡はしないでおいてやろう」

「それはそれで嬉しいけどー、私達は幹部昇進、支部長就任でイイ感じー!!になりたいわけよぉー…」

「新人トレーナー用のポケモンで幹部昇進、支部長就任、イイ感じーにはなれないと思うけどな」

「なんでニャ!」

「レベルが低い。経験が浅い。特に珍しいわけでもない。何に役に立つんだ」

「「「あー…」」」

 

言われてみればー…と言葉を漏らす二人と一匹。

コイツらは技量はある癖に頭が悪いな。

サイコキネシスでロケット団を連行したままメインのコンピュータールームだと思わる場所に着いた。監視カメラの映像があることから間違いないな。

出入り口付近のカメラを見ればオーキド博士たちが居た。後は扉を開けるだけだ。

 

「エーフィ、ニャースを解放しろ」

「フィ」

 

サイコキネシスから解放されたニャースが地面に落ちる。

そのニャースの首根っこを掴んで椅子に座らせた。

 

「開けろ」

「ニャー…」

 

ニャースがボタンを押すと出入り口の扉が開いた。

そこからオーキド博士たちが外に出るのを確認してからロケット団をサイコキネシスから解放する。

 

「いてっ!!」

「もぉー!!」

「ここの秘密基地も明け渡せ。野生ポケモンには住み難い」

「せっかく造ったのに!?」

「約束通り警察に連絡はしないが…、ここで痛い目にあわせても良いんだぞ?」

 

エーフィとサーナイトがロケット団の周りを囲む。

顔を蒼くしたロケット団がガクリと肩を落とした。今の私の方がロケット団より悪役っぽいのは気のせいだ。

ロケット団を放置してオーキド博士達の所へと向かう。

外に出ればオダマキ博士とサトシ達も居た。

 

「シンヤさん!!大丈夫でしたか!?」

「ああ、問題な…」

 

問題無しだ、と言い切ろうとした時に洞窟から轟音。

 

「ナーッハッハーッ!!」

「な、なんだ!?」

 

見逃してやったのに…。

 

「な、なんだかんだと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「ムサシ!」

「コジロウ!」

「銀河を駆けるロケット団の二人には」

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ」

「ニャーんてニャ!」

「ソーナンス!!」

「ロケット団!!」

「ピピカチュウ!!」

 

相変わらず長い…。

深く溜息を吐けばエーフィとサーナイトが苦笑いを浮かべた気がした。

 

「これぞ秘密基地一体型ポポッコメカなのだぁ!」

 

まあ、それで洞窟が野生ポケモン達に明け渡されるのは良いことだけどな。

 

「それでは早速!!」

「シンヤ、お前のポケモンを寄越せー!!」

「私のか?」

 

ポポッコメカから手が出て来てエーフィとサーナイトが捕まった。

大人しく捕まったエーフィとサーナイトを見てロケット団が高らかに声をあげて笑った。サトシ達が慌てたように声を発する。

 

「まだ持ってるならドンドン出しなさーい!」

「今日はエーフィ、サーナイトとこれだけだな。ほら」

 

ぽい、っとミロカロスの入ったボールを投げて渡すとロケット団はキョトンとしながらもミロカロスのボールを受け取った。

 

「シンヤさん…!!駄目ですよそんな事しちゃ!!」

「でも、あのメカ…見るからに硬そうじゃないか」

「そりゃそうですけど…でも、ポケモンをあっさり渡すなんて!!」

「我らロケット団のメカに恐れをなしてポケモンを渡すなんて、シンヤってばやっぱり頭良いわね!!」

「有難く貰って行くぜ!!」

「シンヤのポケモンをボスにプレゼントすれば幹部昇進、支部長就任間違い無しニャ!!」

「このボールの中身は何かしらね~」

 

ムサシが私から受け取ったボールをメカの内部に乗り込んだ状態で開けた。

ボールから出て来たのはミロカロス、そのミロカロスを見てムサシが「キャー!」と歓喜の声をあげた。

 

「良いじゃないのー!!」

「こりゃ強そうだ!ボスにプレゼントすれば大喜び間違い無しだぜ!!」

「ミロ!?」

「「「幹部昇進、支部長就任、イイ感じ~!!」」」

 

高笑いするロケット団。

サトシが私の腕を掴んで私の体を揺する。

 

「シンヤさん!!ポケモンが連れてかれちゃうよ!!」

「大丈夫だ、そろそろ暴れるから」

「え?…暴れるって…」

「ミロォオオオオ!!!」

「ニャニャニャ!?嫌がってるニャ!!」

 

ポポッコメカに捕まっていたエーフィのサーナイトもミロカロスの雄叫びを合図にサイコキネシスをメカ全体に食らわせる。

ぐねぐね、とメカから出ていた手が動き回り。ポポッコメカが不気味に振動する。

 

「ちょ、ちょっと大人しくしなさいってば!」

「ポポッコメカは頑丈だから大丈夫だ!!」

「ミロォオオオ!!」

「内部からの攻撃は想定の範囲外ニャァアア!!!」

 

ミロカロスがふぶきでロケット団に攻撃をするとメカから変な煙が出て来た。内部の機器類がふぶきによって破壊されたんだろう。

捕えられていたエーフィとサーナイトが地面に降り立つ。ミロカロスもメカから飛び降りて空中を飛びながら煙を出すポポッコメカを睨み付けた。

 

「ミロォオオ!!」

「フィィイイ!!」

「サナァアア!!」

 

ふぶき、シャドーボールにマジカルリーフ。

痛いなぁ…と思ったのと同時に爆音。

 

「「「ヤな感じぃいい!!!」」」

 

結局、そうなるんだな…。

引き際くらい見極めろ、と言いたい所だが見極められてたら毎度同じことになってないか…。

 

「敵を騙して内部からの攻撃、見事だったよシンヤくん!!」

「どうも」

「指示を出さずともポケモンがシンヤの意思に応える、ポケモンとの信頼関係があっての賜物じゃな!!」

「そっかー!!そういう作戦だったのかー!!」

「オレ、てっきり本当にシンヤさんがポケモンを渡しちゃったのかと思ったぜ…!」

「…」

 

エーフィとサーナイトは理解したうえでわざと捕まってたけど、ミロカロスは私の考えなんて全く分かってないぞ…。

ずりずりと体を引き摺りながら近寄って来たミロカロスの頭を撫でる。

ま、ミロカロスは分かってなくても…。

 

「私はお前の行動パターンなんてお見通しだ」

「ミロォ?」

 

*

 

オダマキ研究所に一晩泊らせてもらうことになった。

研究所では研究談義に花を咲かせる博士達…、研究者っていうのは何にでも議論出来て楽しそうだな…。

 

「ねえ、シンヤさん!」

「なんだ?」

 

ジョシューさんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら読書をしているとマサトが声を掛けてきた。

今、良い?と聞かれたので頷きながら栞を挿んで本を閉じる。

 

「シンヤさんは何でポケモントレーナーを辞めちゃったの?せっかく強いポケモントレーナーになったのに!」

 

マサトの言葉に思わず口籠る。

トレーナーのシンヤからすれば辞めた覚えなどないのだから理由など無い。あえて言うならばディアルガ、パルキアがそういう風に世界を組み合わせたんだ。

アイツらはアルセウスのようにゼロから創るという事が出来ないポケモンだからな。世界の空間を繋げて時間を調整するってだけで凄いとは思うが…。

マサトにはなんと答えを返せば良いのか、私の理由で良いのか?私の思う理由で良いならそう答えるが…。

良いんじゃないかな、と頭の中でブリーダーのシンヤが答えた。

 

「バトルが好きじゃなかったからだ」

「…えぇ!?バトルが好きじゃないのにトレーナーだったの!?」

「バトルが好きじゃないと分かったからトレーナーを辞めたんだ」

「…、好きじゃないのに強くなれるものなの?」

 

確かに、それはもっともな意見だ。

トレーナーのシンヤは事実バトル大好き人間だしな。

 

「その時は好きだったのかもな」

「シンヤさんって変わってるね、そこからコーディネーターになってまたブリーダーになって今はポケモンドクターなんて」

「色々とやってみたい年頃だったんだ、多分な」

「ボク的には色々とやってみたいからって出来ちゃう方が不思議だけどさー」

 

私はそんなに出来る人間じゃないけどな。

そんな万能な人間みたいに言われても私一人じゃ不可能だ。

 

「シンヤさんはポケモントレーナーの時、どんな感じだった?お姉ちゃん達と同い年くらいだったんでしょ?」

「私のトレーナー時代か?それはもう…」

「それはもう…?」

「酷い」

「「「「酷い!?」」」」

 

マサトとの会話を聞いていたらしいサトシ達が声を発した。

思わず声が出たらしい、でもマサトは気にせずにどう酷いの?と再び疑問を問いかけてきた。

 

「強さこそ全て、強くないポケモンは役立たず、バトルは勝って当然、ポケモンとの必要以上の慣れ合いなんてものは不要、自分の手持ちを強くすることは勝つ為の術であり、自分の手持ちは勝利を手にする為の道具である」

「そんなのってないよ!」

「だから酷いって言ったじゃないか」

「シンヤさんにそんな時があったなんてボク信じられない!」

 

私も信じられない。

でも、他の私を知る人間はそう記憶しているんだから仕方ない。

 

「本当なんですか?その話?」

「ツバキに聞いてみろ、ツバキとは生まれた時からの知り合いだからな」

 

聞いてくる!と立ち上がったマサト。

今まさに会いに行こうと思っていた人物、ツバキが部屋へと入って来た。

 

「シンヤさん、コトキタウンのジョーイさんから電話ですよー」

「…居ないと伝えてくれ」

「もう居るって言っちゃったよーん」

 

溜息を吐いてからカバンに本を戻して席を立つ。

部屋から出て電話の前に立てば笑顔のジョーイ、「至急応援お願いします」と笑顔で言われて返事をしながら肩をガックリと落とした。

 

*

 

「ツバキ博士、シンヤさんがカイリューを連れて行くからと言ってましたよ」

「はーい、ありがとうございます!!ジョシューさん!!」

 

ジョシューに声を掛けられたツバキが返事を返す。

その上機嫌なツバキにマサトは声を掛けた。

 

「ねえねえ、ツバキ博士!」

「あーい?どうしたの?」

「シンヤさんがトレーナー時代、酷いトレーナーだったって本当?」

 

マサトの言葉にツバキはキョトンとした表情を浮かべる。それを聞いていたジョシューはクスクスと笑みを零した。

 

「誰が言ったのさ、そんなこと!!酷いトレーナーだなんて言った奴が酷い!!」

「シンヤさんが言ってたんだよ?」

「ああ、シンヤさんか、ならしょうがない」

「酷いトレーナーじゃなかったの?」

 

マサトの再びの問いにツバキは笑って言う。

 

「酷かったね~!!」

 

やっぱり酷いのかよ!!

とツッコミを入れたいのをマサト達はグッと堪えた。相手は若いとはいえ優秀な博士、無礼なことは言えない。

 

「あたしはまだ小さかったけど、よぉーっく覚えてるよ。だってポケモンを相手にしたシンヤさんめっちゃ怖かったんだもん。普段はそうでもなくて良いお兄ちゃんだったんだけど」

「そうなの?」

「うん、バトルで勝つってのにこだわりがあったのかねぇ…ポケモンに厳しいんだー、でもその分、自分にも凄い厳しいよ。妥協しない、甘えも許さない。小さい時は怖いと思ってたけど博士として働くようになってシンヤさんの凄さがよく分かったよ」

「ポケモンに優しくないんでしょ?道具だと思ってたって…」

「まあ、悪い意味だとそうだね。周りの人間から見ても悪い意味でしか伝わらないしね。でも、ポケモン達はついて行ったんだよ。そのトレーナーと強くなろうと思ってついて行ったの。今、シンヤさんのポケモンとして残ってる子たちは大体そう、めちゃくちゃ強いよ」

「ボクは強さが全てじゃないと思うな!だって仲良くして強くなって行く方が良いもん!」

「あたしは分かんないけど、トレーナー時代のシンヤさんについて行ったポケモン達にしか分からない何かがあったんだと思うよ。カリスマ性って奴なのかなー、頂点に立つ風格があったってことよ。あたしは今、博士として色んなトレーナーを見て来たから尚更そう思う。あの人は凄いって」

「……」

「シンヤさんがコーディネーターになった時も凄かったんだから!!バトル専門だったのを一転させてコンテスト用に磨きあげるって相当大変よ!?」

 

確かに!とハルカが声をあげて頷いた。

そこからは延々とツバキの独壇場、シンヤという人間をツバキの思うように語り続けられた。

シンヤ本人が居れば全力で否定しているところだがそこにシンヤは居ない。

 

 

「…っくしゅん!!」

「あら、風邪ですか?」

「そんなことはないと思うが…」

「じゃあ噂話でもされてるんですよ」

「変な事言われてなきゃ良いけどな」

「ふふふ」

 

他人の姿をどう捉えるかなど、他人の自由である。

それが勘違いを生むような大絶賛だったとしても、それを聞いた他人がまたそれを信じて鵜呑みにするのも自由だ。

 

「シンヤさん家、凄いよ!!地方によってね、飾られてるもの違うから!!ホウエン地方の家にはコンテストのリボンやらカップでしょ!!そんでカントーの家にはバッチにトロフィー!!ジョウトの家にはブリーダー最優秀賞の表彰状にメダルとかさー!!!」

「えぇー!!?ホントですか!?見てみたーい!!」

「シンヤさんはポケモンに懐かれるからさー、どの家に行っても野生ポケモンで溢れれててポケモン屋敷だよ!!」

「凄い!!ポケモンいっぱい居るんだぁ!!」

「良いなー!!」

「ポケモンに懐かれるのも大事ですもんね!」

 

…そう、自由なのである。

 

*



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30

来たぜ、ハイテク都市ラルース!!

ヒャッホーイと両手をあげて叫べばエーフィに後頭部をベシンと一発叩かれた。叩かれたところを押さえてエーフィを振り返れば少し不機嫌なエーフィ。

 

「周りに迷惑ですよ」

「ごめんなさい…」

 

謝ればエーフィは小さく笑みを浮かべる。

隣を通った女の人がオレを見てクスリと笑った。

人通りの多いところでハシャぐの恥ずかしいな、笑われちまったよ。と肩を落としたところでまたオレの傍を女の人が通り過ぎる。

 

「ぅおう!!!今の見た!?シンヤ!!今の見たぁ!?」

「な、なんだ急に…!」

 

ラルースの観光マップを広げていたシンヤの袖を掴んでついさっき通り過ぎた女の人の後ろ姿を指差した。

その女の人を見たシンヤが少しの沈黙の後に「なんだ?」と言って首を傾げた。

 

「なんだ?じゃないよ、見たでしょ!?」

「見たには見たが…あの女がなんだ…」

「違うー、あの人間と一緒に歩いてた子!!」

「クチートだったな」

 

そう、と頷けばシンヤは「だから?」とまた首を傾げた。

駄目だな、シンヤは本当に分かってない…。

 

「めっっっちゃ、可愛かったじゃんかぁああ!!」

「知るかっ!!」

 

シンヤの袖を掴んでいたオレの手を振り払ったシンヤがまたラルースの観光マップを広げた。

ポケモンドクターの癖にメスポケモンの可愛さが分からないなんて…。あれ、でもそういえばシンヤって人間の女の可愛さとかも分からなかったけ…?

 

「かなりの可愛こちゃんだったよな?」

 

な?とシンヤの横にいたミュウツーに賛同をもとめてみた。

ちなみにミュウツーは人の姿になってるんだけど、髪の毛が真っ白で後ろ姿はじいさんっぽい。言わないけど。

 

「比べる基準はなんだ」

「えー…、比べる基準とか言われても…」

「他のメスのクチートと比べるのか、全体的なメスのポケモンと比べるのか」

「あー、全体的な方で」

「なら中の上ってところだ」

「ぶっ!!!」

 

結構、採点厳しいなオイ。

オレより色んなポケモン見て回ってるミュウツーが言うんだからそうなのかもしれねぇけど…、いや、でも、まてよ…。

さっきのクチートで中の上ならミュウツーの言う、特上って…。

 

「ツーくん!!ちょっとツーくんの思う特上を紹介してくれ!!」

「…後ろ、」

「オレの後ろに特上がっ!?」

 

慌てて振り返れば腕を組みながらオレを睨み付けるエーフィ…。

め、めっちゃ怒ってるんですけどぉぉぉ…!!

怒りマックスだよ、ラルース来て早々に怒りマックスってどういうこと!?まだここ駅だよ!!ラルースシティに足を踏み出してないのに!!

 

「うるさいんですよ…さっきから…」

「ご、ごめん…フィー…、さん」

「次、騒いだらシンヤさんに言ってボールに戻してもらいますから…」

「!?」

 

思わず、さん付けしちまったよ…。

エーフィ、マジ怖い。なんか最近どんどん怖くなってきてる。なんなの?オレそんなにうざいの?

 

「……」

 

キョロキョロと辺りを見渡しているミロカロスの背中を突いて聞いてみた。

 

「ミロ、ちょっと良い?」

「なに?」

「オレってうざい?」

「…?そんなことないよ?」

「だよなー!!!」

「…???」

 

首を傾げるミロの手を取ってバンザーイと両手をあげる。

近くに居たミミロップが「うぜぇ」と吐き捨てた。

 

「……」

「ミミロー…全力で空気読めよ…」

「はぁ?ホントのことだし、っつーか、聞く相手間違ってんだよ」

「ヨル!!オレ、うざくないよね!?」

「…自分に聞くのか」

「ヨォルゥウウ!!」

「まあ、鬱陶しいか鬱陶しくないかで言うと…鬱陶しい…」

「ぅぐっ…!!!」

 

やっぱオレ、うざいの…?

オレってうざいの?とミュウツーに聞けばミュウツーは腕を組んで眉間に皺を寄せた。

 

「比べる基準はなんだ」

「またそれ!?」

 

頭の良い奴と会話するのめっちゃ疲れるな!!

 

「他のブラッキーと比べるのか、」

「全体的!!基本、全体的に見ての意見求めてるから!!」

「そうか」

「そう!」

「なら、うざい」

「ぶっ!!!」

 

救いがないとかどんだけ!!

ガクンとその場に膝を付けば観光マップから視線をあげたシンヤと丁度、タイミングよく目が合った。

 

「…何やってるんだ?」

「シンヤ…、オレってうざいらしい…」

「…………そうか」

「ダメだ、これからうざくない男になろう…こんなんじゃモテな……、シンヤ!!見て!!今通ったキレイハナめっちゃ可愛くない!?」

「…色々諦めろ」

「え!?なに!?いや、っていうか、今のキレイハナ!!!どうよ、ツー!!!」

 

隣に居たミュウツーに賛同を求めてみた。

 

「並」

「…マジで特上紹介しろよぉおお!!!」

「シンヤさん、あのうざいのボールに戻して下さい」

「…お前達、駅でもうすでに楽しそうだな…」

 

*

 

エーフィから逃げるブラッキーを眺めながら溜息を吐く。

シンヤが図書館行くって言うからサマヨールと一緒について来たけど、もう帰りたい…。

人多過ぎだし、うるさすぎだし、めっちゃだるい。

 

「来たの失敗だったかも…」

「…そうか?」

「ワタシはこういうとこ嫌いなんだよ」

「まあ、自分も好きではないが…たまには良いだろ。観光でもして帰る…」

「え!?観光すんの!?」

「ああ」

 

頷いたサマヨール。

マジで?このワタシより人混み嫌いのサマヨールが?ほとんど人の姿で出掛けないヤツが観光って…。

 

「なんか面白いものあんの?」

「この街のことはしらないが…、あれが…」

「あれ?」

 

サマヨールの指差した先を見れば朝っぱらの青空にオーロラ。

なにこの怪奇現象!!!いや、怪奇現象だからこそサマヨールがちょっと楽しげなのは分かったけど…!!

 

「なにあのオーロラ!!ありえねぇ!!」

 

ワタシが声をあげれば同じように空を見上げていたらしいシンヤがワタシの方に視線をやった。

 

「ハイテク都市ならではの電子映像じゃないのか?」

「…そうなの?」

「いや、私は知らん」

 

観光マップに書いてないなら違うんじゃないの?とは思ったけどシンヤは特に気にしてないのかブラッキーを追いかけ回すエーフィに声を掛けていた。

シンヤの周りに集まればシンヤは駅にある時計をチラリと見てからワタシたちに視線を戻す。

 

「夕方の6時頃にポケモンセンターに集合、それまで自由行動だ」

 

ヤッター!!とブラッキーが声をあげながら両手をあげた。

それをエーフィが不満気に睨み付けている。

何かあったらバトルタワー内にある図書館に来い、とシンヤが言ったところで浮遊するロボットがシンヤに近付いて来た。

 

「ん?」

<「ようこそラルースへ!!ウェルカーム!!」>

「ぉお!?」

 

急に喋ったロボットにびっくりしたらしいシンヤが声をあげた。

液晶画面に映るロボットを目を輝かせたミロカロスが覗き込むとロボットの頭部だと思われるところからレンズが飛び出した。

 

<「はい、チーズ!!」>

「…!?」

 

パシャッとシャッター音。

写真を撮られたらしいミロカロスはパチパチと瞬きを繰り返していた。

そのままロボットはシンヤの方へと移動して同じようにシャッターをきる。

順番に写真を撮っていくらしいロボット。

 

「イェーイ」

 

ピースをするブラッキーを見たエーフィが呆れたように溜息を吐いた。

全員の写真を撮り終わったロボットがシンヤにカードを差し出した。

 

<「この街でのパスポートになります」>

「ふむ」

<「この街に居る間はこのパスポートをお持ち下さい。お買い物などもこのパスポートで出来るようになっております」>

「…」

 

パスポートを受け取ったシンヤを見てブラッキーがロボットに飛び付いた。

 

「オレにもくれよ!!」

<「出身地などのデータが確認出来ません」>

「データなんてオレらにあるわけねぇー!!」

<「一切の保障無し、料金は後払いとなりますがパスポートを発行しますか?」>

「はい!」

「おい、払うの私なんだぞ!!」

 

ロボットに返事を返したブラッキーにシンヤが声をあらげる。

ニヤニヤと笑うブラッキーはロボットからパスポートを受け取った。この街ではパスポート必須みたいだから受け取らないわけにもいかない。

ワタシもブラッキーと同じようにパスポートを受け取った。

 

「緑色だな…」

「あ、ホントだ。シンヤのは赤いもんな」

「人の姿になってるポケモンを見極める機能くらい付けて欲しいものだ…」

 

溜息を吐きながら呟いたシンヤ。

それは無茶な話だ、とサマヨールが小さな声で呟いた。

 

「とりあえず、解散!」

「おーぅ!!」

「行くぞ、ツー!!図書館まで走れ!!」

 

走って行ってしまうシンヤを見てミロカロスが声をあげる。

名指しで呼ばれたミュウツーに視線をやればミュウツーと視線が合った。

 

「年甲斐もなくハシャいでるな」

「テンションマックスのシンヤとか超レア」

「主が楽しいなら良いことだ」

 

小さく溜息を吐いたミュウツーがシンヤの後を追って歩いて行った。

完全に置いて行かれたミロカロスはその場に蹲る。シンヤ、絶対にうるさいの置いて行った。わざと走って行ったよあれ。

 

「うえぇぇぇぇぇ…!!!」

「はいはい、ミロちゃん。オレと遊びに行こうなー!」

「シンヤがぁ…」

 

ミロカロスの手を引いてブラッキーが辺りを見渡した。

子守りを自ら買って出たブラッキーはうざいけど良い奴。マジで良い奴。ああいうところあるからワタシはブラッキー嫌いじゃねぇよ。

 

「…自分はその辺を見て回るが、どうする?」

「んー、ワタシも一緒に行く。サナにお土産買って来いって言われてるし…」

 

めんどくさいけど、買って帰らないと余計にめんどくさい。

じゃあ、また後で。とエーフィに声を掛けて歩きだした。

 

「ミロ!!オレが見事な口説き方を伝授してやるぜ!!」

「くど…?」

「やめなさい!!!」

 

もうアイツら、ほっとこ。

 

*

 

バトルタワー内にある施設、図書館へと入ったところで大きな窓の外にまたオーロラが浮かび上がった。

 

「あのオーロラ、気になるな…」

「そうか?何かイベントでもやってるんだろ」

 

窓の外を眺めるミュウツーを見てから本棚へと視線を戻す。

何を読もうか、とんとんと本の背表紙を指で叩きながら本の種類を確認していく。

 

「シンヤ、少し様子を見て来る」

「んー…」

「…シンヤ、受付カウンターのところで本の種類が確認出来るみたいだぞ」

「本当か!?」

「じゃあ、いってくる」

「ああ」

 

ヒラリと手を振ったミュウツーの背を見送ってから、受付のカウンターの前に立つ。

 

<「何をご所望でしょうか?」>

「受付もロボットか、凄いな」

<「ご用件がありましたらお伺いします」>

「本の一覧表みたいなのないか?」

<「館内の書籍一覧はこちらになります」>

 

カウンターにある液晶画面にズラリと本のタイトルと内容の一部が抜粋されているのが並んだ。

便利だ。うちの家にも欲しい…。

ミミロップとサーナイトが買ってきたりして本棚に知らない本が増えてること多いんだよな…。良いな、これ本当に欲しい…。

 

「とりあえず、医学書一覧…」

 

*

 

お土産用の商品が並ぶ店内。

たくさんある商品を見比べながらミミロップがサマヨールに声を掛けた。

 

「なあ、お土産ってお菓子で良いと思う?」

「…良いんじゃないか?」

「なんでも食うよなぁ…、どれにしようか…」

 

ラルースのマークの入った饅頭を手に取ったミミロップが口を尖らせる。

 

「お兄さん、可愛いこ連れてるね!こっちのお菓子も美味しいよ!!オススメ!!」

「「……」」

 

店員の声をぼんやりと聞きながらミミロップはラルースのマークが入ったクッキーも手に取った。

 

「こっちとこっちどっちが良いと思う?」

「…両方買うと良い」

「お嬢ちゃん、その二つのお菓子とだとこっちがオススメだよ!!」

 

チラリとミミロップが店員の方へと視線をやればバッチリと目が合った。

 

「…おい、さっきからワタシに言ってんのか?」

「そうだけど?」

 

コテンと首を傾げたミミロップに店員もまたコテンと首を傾げて返す。

 

「誰がお嬢ちゃんだゴラァアア!!!ワタシは男だぁあ!!!」

 

お菓子を放り投げたミミロップが店員に飛び掛かる。

胸倉を引っ掴み店員を外へと引きづりだそうとするミミロップ、それを横目にサマヨールは一つのお菓子を手に取った。

 

「表出ろぉおおお!!」

「ひぃいいい!!!!!」

「こっちの菓子は主が好きそうだ…買おう。」

 

*

 

娯楽施設が多く立ち並ぶ通り。

ミロカロスとエーフィを左右に連れて歩くブラッキーの肩が掴まれた。

 

「おうおう、兄ちゃん!!美人引き連れて羨ましいねぇ!!」

「え?オレ?オレに言ってる?」

 

少々ガラの悪そうな男の言葉にブラッキーが驚きながら返事を返す。

 

「どっちか一人置いてってくれよ!!」

「え、ミロとフィーのこと?え、二人とも男だけど良いの?オレ的にはアンタの連れてるブースターちゃん置いてって欲しいんだけど…」

 

冗談混じりの言葉に適当に返事を返すブラッキー。

視線は男より、男の足元に居たメスのブースターに釘付けだ。

 

「男ぉ!?」

「気の強そうなブースターちゃん…っ、イデデデデデ!!!イタイ!!フィーさん痛いです!!背中抓られると痛い!!背中めっちゃ痛い!!」

 

ツンとした印象のブースターにヘラリと笑みを向けたブラッキーの背中をエーフィが思いっきり抓り上げる。

驚きの声をあげた男などそっちのけでブラッキーは悲鳴をあげた。

 

「俺様、ソフトクリーム食べて良い?」

「良いですよ。そこに座って食べてて下さい」

「フィーさん!手!!手離して!!」

 

ブラッキーの背中から手を離さないエーフィはミロカロスの言葉に笑顔で返事をする。

ブラッキーの背中を抓り上げるエーフィはずっと笑顔。

 

「ぇと、ミロさん?って言ったっけ?」

 

少々ガラの悪そうな男に呼び止められたミロカロスは男の言葉に「うん」と頷き返す。

 

「男なの?」

「うん」

「嘘だろぉおお!?」

 

頭を抱えて声をあげた男。

ソフトクリームを売っている機械の前で頭を抱えるものだからミロカロスは少しムッとしながら男にしっしっと手を払う。

 

「あっちいって、ソフトクリーム買うから」

「こんなに可愛いのにぃいい!!」

 

*

 

ビルの屋上から見つめた先にバトルタワー。

 

「……何かが、近付いて来る」

 

ポツリと呟いてミュウツーは青い空を見上げた。

 

<「緊急事態が発生しました。街からの退去をお願いします」>

 

忙しなく動くロボット、走る人間、鳴り止まぬ警報音。

ビルの屋上から見下ろしたミュウツーは面白くなりそうだと笑みを浮かべた。

 

*

 

<「緊急事態が発生しました、街からの退去をお願いします」>

 

読書に没頭していた私はジュンサーさんの声にハッと顔を上げる。

辺りを見渡せば図書館内に人影はない。

どうやら私は警報が鳴っているのに気付いていなかったらしい。

しかし、この本欲しいな…。今度探して買おう。

本のタイトルを頭の中で反芻しながら本を棚に戻せば、鳴り響いていた警報音が消える。

緊急事態ってなんだ、と思いつつ受付のカウンターに行けば受付担当のロボットは電源でも落ちているのか反応がない。

おや?と首を傾げてロボットの頭をトンと指で突いてみるが反応は無かった。

機械類が停止してしまったのだろうか、図書館から出ようと扉に手を掛けたが扉が開かない。手動のドアだったはずだが、鍵はオートロック式だったのか。

ロボットも動かない、扉もロックされている。緊急事態で機器類が全部停止したのかもしれない。

図書館に閉じ込められた。

この扉を蹴破っても良いが…そこまでする状況なのだろうか…。外の情報が無いのは困るな…。

 

「……」

 

窓から外の様子を眺めてみる。

静かなものだ、あれだけ人が多く居たのに人の姿はない。

 

「…とりあえず、」

 

閉じ込められて避難出来ないのだから仕方ない。

読書をして時間を潰そう。というか、本が読みたいんだ、私は。緊急事態なんてしらん。何かあったらジュンサーさんが居るし助けに来てくれるだろ…。

本棚から数冊抜き出して椅子に座りなおす。

図書館内は飲食禁止だが、閉じ込められてる状況なんだから仕方ない。

お湯を沸かしコーヒーを淹れてコーヒーを啜る。

 

「…うん、美味い」

 

…普段は重いが…、こういう時は持ち運んでて良かったと思うよな…。

周りも静かだし、本は読み放題だし。

良い日だ、と思ったところで外から攻撃でも受けたかのような轟音が響いた。

 

「……」

 

チラリと窓の方を見ればポケモンだと思われる薄暗い色合いの生物が横切った。

 

「……」

 

今のは確か、デオ…、

……いや、忘れよう。私は何も聞かなかったし見なかった。

コーヒーを啜って本を開く。

後で聞かれたら読書に集中してて気付かなかったって言おう。

 

*

 

<「緊急事態が発生しました、街からの退去をお願いします」>

 

聞こえた警報音、ジュンサーさんの声にミミロップは店員の胸倉から手を離した。

辺りでは悲鳴をあげながら走る観光客。

 

「…緊急事態ぃ?なにそれ、なにがあったわけ?」

 

バタバタと走って逃げて行く店員を見送ったサマヨールはバトルタワーへと視線を向ける。

 

「主…」

「ワタシ達も避難する?」

「…主は大丈夫だろうか」

「シンヤもさっさと避難してんじゃないの?」

「…そうだろうか、一応、確認しに行っておいた方が良い気がするんだが…」

 

悩むように眉を寄せたサマヨール。

普段は片目以外包帯で覆われている顔は今日は外出の為に包帯は右目のみ。むむむ、と口を尖らせたサマヨールの表情を見てミミロップはぽりぽりと指で額をかく。

 

「じゃあ、一応図書館行ってから避難する?」

「…ああ、そうしよう」

「シンヤってそこまで間抜けじゃないと思うけど…」

「いや、主は集中していると話しかけても反応が無い時が多いぞ…」

「あー…それは確かに…」

 

読書してたらご飯食べるのも忘れてるもんなぁ、と思いつつミミロップはバトルタワーへと続く電動で動く道に乗った。

 

「…あれ?」

「…停止してるな」

 

始終、動いてるはずの電動道路が停まっている。

緊急事態で機械が停止したのか、とミミロップとサマヨールは顔を見合わせてからバトルタワーへと続く道を歩き始めた。

歩き始めたところで前方からこちらに向かって飛んでくる影。なんのポケモンだ?とミミロップが首を傾げればそのポケモンは分裂して二体になりこちらに向かって来る。

 

「あぁ?」

「……」

 

その場で立ち止まったミミロップとサマヨール。二体になったポケモンは両手を触手のように広げてこちらに向かって来る。

 

「ぉおおお、ヨルゥウウ!!」

「、走れ!!」

「こっちくんなぁあああ!!!」

「…、あのポケモン、何かで見た気が…」

「あれ!あれだよ!!あの、ツバキがシンヤに送ってきた研究論文!!」

「…宇宙の、」

「あああ、デオキシスだ!!あれ、デオキシス!!写真となんか色違うけどデオキシス!!」

「何故ここに…!?」

「わかんねぇ…、って増えてるぅうう!?」

「、!?」

 

*

 

<「緊急事態が発生しました、街からの退去をお願いします」>

 

「緊急事態?」

「今のオレもまさに緊急事態ぃぃ…、フィーさん、マジで手離して…痛い…。涙出てきた…」

 

ブラッキーの頬を抓りあげていたエーフィが辺りを見渡した。

ベンチに座ってソフトクリームを食べるミロカロスを視界におさめてから逃げる人々の背を見つめる。

 

「私達も避難しましょう」

「ソウデスネ…、っていうか、オレの頬っぺたどうなってるこれ…。めっちゃ熱持ってるんだけど、見た目的にはどんな感じ…?」

「男前度が上がってますよ」

「わぁい…」

 

頬を押さえながら少し涙を流すブラッキー。

そんなブラッキーを無視してエーフィはミロカロスに声を掛ける。

 

「ミロ、避難しますよ」

「…シンヤは?」

「…シンヤさんはシンヤさんで避難してると思いますけど…」

「俺様、シンヤのとこ行く…!!」

「避難先はバトルタワーとは逆方向ですよ!!」

「シンヤー!!!」

 

避難する人々とは逆方向には走り出したミロカロス。

頬を押さえていたブラッキーが慌ててミロカロスの背を追いかけて走り出した。

 

「ミロ、ちょっと待てって!!」

「ッ、来ないでください!!!」

「んぁ?」

 

ミロカロスを追いかけて走っていたブラッキーはエーフィの声に振り返る。

ブラッキーの視界には遠くに逃げる人々の後ろ姿と見たことのない浮遊するポケモンに今にも襲われそうなエーフィ。

 

「はぁ!?」

「、ツキ…!!!」

「フィー!!」

 

その場で急ブレーキを掛けてエーフィの傍へと走るブラッキーは勢いのままポケモンに蹴りを食らわせた。

地面に倒れ込んだブラッキー、蹴りを食らったポケモンは霧のように消えてしまった。

 

「な、なんです…っ、今のポケモン…!」

「フィー!!走れ!!」

「え?」

「走れぇええ!!!」

 

ブラッキーに手を掴まれて引き摺られるように走るエーフィ。後ろを見れば先程消えたはずのポケモンがわらわらと空を飛んでいる。

ブラッキーへと視線を戻したエーフィは声を張り上げる。

 

「ツキ!!ミロを追いかけて下さい!!私があのポケモンを引きつけておきますから!!」

「はぁ!?」

「だ・か・ら!!ミロを追いかけて下さい!って言ったんですよ!!私があのポケモンを引きつけておきますからその間にミロの方へ…」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!!」

「ば、馬鹿!?」

「お前を置いて行けるわけねぇだろ!!」

「…ッ、」

 

キッとブラッキーに睨み付けられたエーフィは肩を揺らす。

痛いほどに掴まれた手へと視線を落として、エーフィは下唇を噛み締めた。

 

「…ブラッキーのバカ…ッ」

 

*



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31

バトルタワーに行って、シンヤがちゃんと避難したか確認しに行く途中。

デオキシスと遭遇したワタシ達はそのデオキシスの異様な雰囲気を感じ取り、逃げだした。

結果的に、まあ…捕まった。

夜中まで頑張って逃げてたんだけど、捕まったわ。

 

「不覚だった。ポケモンの姿に戻って攻撃すれば良かったのだが…そこまで意識がいかなかったな…」

 

ワタシ達の他にもちらほらと捕まった人間に野生ポケモンが周りに居る。

どうやらデオキシスは攻撃をしてくるつもりはないみたいだけど、ワタシ達を一ヶ所に格納していたいらしい。理由は分からないけど、ここに集められているんだから多分そうだ。

こんなところで一晩過ごすのは嫌だったけど、こんなに人が多いんじゃポケモンの姿に戻って無理やり脱出ってわけにもいかないしなぁと溜息を吐いて唯一開いている天窓を見上げた。

…あそこから放り込まれたんだけどさ…。

っていうか、昼間から捕まった人間なんてもう日が昇って朝になるんだから、半日も閉じ込められてることになるよな…地獄…。

 

「主がここに居ないのは救いだな…、安全な場所に避難していると良いが…」

「意外とまだ図書館で本読んでるかもよ」

「…やめてくれ、冗談に聞こえない。主ならありえそうだ…」

 

アハハ、と笑えば上空に影。

朝になってもう捕まる人間は居ないかと思ってたけどまた誰か捕まって連れて来られたのか…。

視線をあげればポケモンの姿のエーフィを抱きかかえたブラッキーがじたばたと足を動かしている。

お前らかよ…。

 

「テメェこの野郎!!絶対にゆるさねぇ!!ぶっとばす!!」

 

珍しくブラッキーが怒ってるな…と隣でサマヨールが呟いた。まあ、確かにブラッキーがあそこまでブチ切れてんのは珍しいかも。

床に放り投げられたブラッキーが「ぐお!」と苦しげな声をもらした。

 

「おっす、ツッキー。調子どうよ」

「…ミミローにヨル…?え、なにお前らも捕まった系?」

 

…捕まった系ってなんだよ。捕まったけど。

エーフィを抱きかかえたまま駆け寄って来たブラッキーが眉間に皺を寄せて天窓をチラリと見上げた。そこにデオキシスの姿はもうない。

 

「あのポケモンなに!!マジでゆるせねぇんだけど!!」

「デオキシスというポケモンだ…、何故ここに居るかは不明だがな…」

「デオキシス!!オレのぶっとばすリストに載ったわ!!マジでぶっとばす!!」

「ぶっとばすリストなんてあんのかよ…、つーか何があったわけ?」

「……」

 

抱きかかえるエーフィに視線を落としたブラッキーは気を失っているらしいエーフィの頭を撫でた。

 

「なんとか上手く逃げて隠れてたんだけどさぁ、朝方になって辺りの様子を見に行ったエーフィが捕まっちまって…。咄嗟にオレ、悪の波動かましたらエーフィに当たった…」

「お前じゃん」

「そうだよオレだよ!!でもデオキシスが居なきゃエーフィに攻撃をくらわせちまうことにならなかったんだからデオキシスが悪い!!アイツぶっとばす!!」

「まあ、なんにせよ、効果バツグンは痛いな…」

「エーフィ、マジごめんなぁあああ!!」

 

ぐったりとしているエーフィを抱きしめて泣くブラッキー。

そういえばミロカロスが居ない。悔しいけど、やっぱりなんだかんだで一番強いもんな…。

 

「…また誰か来たぞ」

「「んん?」」

 

*

 

「はぁ、はぁ、はぁ…ッ、」

 

ごくん、と唾を飲み下してミロカロスはすっかり日の昇った空を見上げた。

辺りを見渡し変なポケモンが居ないのを確認してまた走る。逃げては隠れ、また走るを繰り返したミロカロスはバトルタワーを見上げて立ち止まる。

変なポケモンと何処から来たのかレックウザが戦っているのも見掛けたが完全に無視だ。

シンヤはこのバトルタワー内にある図書館に居るのだろうか、居ないなら居ないで逆に安心出来る。

すっかり機能を停止した自動ドアを両手でこじ開けてバトルタワー内のエスカレーターを走って駆け上がる。

 

「(シンヤ、シンヤ、シンヤ、シンヤ…!!)」

 

ガラス張りの図書館の中を確認しながらミロカロスは図書館の出入り口である扉に手を掛けた。ここもロックされていて開かない。

シンヤは避難したのだろうか、そう思いながらも両手で無理やり扉をこじ開けた。無我夢中に扉をこじ開けたせいで手は傷だらけで血も出ているがそんなことには気付いていない。

 

「はぁ、はぁ…はぁ、ッ」

 

棚と棚の間を見て回る。

居ない居ない居ない居ない居ない、…。

 

「…はぁ、はぁ…ッ、シンヤ…」

 

居た。

 

図書館内の窓の傍、頬杖を付きながら本に視線を落とすシンヤをミロカロスは見つけた。

ペラリ、とシンヤが本のページを捲る。

荒い呼吸を押さえようとミロカロスがまた唾を飲み込む。そしてぎゅ、と自分の服を掴んで息を吐いた。

ペラリ、とまたシンヤが本のページを捲る。

すぐにでも飛び付きたかった。

でも、もう少しだけ本を読んでいるシンヤの横顔を見ていたい…。

本を読んでいるシンヤがまたページを捲った時、ふふふ、とミロカロスは笑みを零した。

その笑い声に反応したのかシンヤがゆっくりと視線をあげる。そしてミロカロスの方を見たシンヤはキョトンとした表情を浮かべた。

 

「ミロカロス…?」

「うんっ!!」

「お前、なんでここに居るんだ?」

「シンヤを迎えに来た!!」

「は?」

 

首を傾げたシンヤは窓の外に視線をやる。

そしてゆっくりとミロカロスに視線を戻して眉間に皺を寄せた。

 

「日が昇っているだと…!?」

 

馬鹿な、と呟いて頭を押さえたシンヤ。

どうやら本を読んでいて日付が変わったことにすら気付いていなかったらしい。

ミロカロスがシンヤの傍に行けばテーブルの上とテーブルの下にはどっさりと本の山が出来ていた。

 

「はぁ…、で、緊急事態ってなんだったんだ?」

「あのな、あのな、変なポケモンとレックウザが戦ってるんだ」

「変なポケモンってデオキシスか?それにレックウザって…、またデカイやつが……、」

「なに?」

「現在進行形?」

「げんざいしんこーけー?」

「今も、戦ってるのか?もう終わってるから迎えに来たわけじゃないのか?」

「今、戦ってた。迎えに来たのはな、俺様がシンヤに会いたかったから!!」

 

ぎゅ、と抱きついて来たミロカロスを受け止めてシンヤは窓の外を見る。

窓の外をデオキシスが横切って、レックウザが横切った。咄嗟に「うわああ」と出そうになった叫び声を飲み込んだシンヤは口を一の字に閉じる。

 

「シンヤ、なんか俺様…手痛い…」

「手…、おおおおおお!?なんだこの手!!お前何やったんだ!!」

「おおおおお!!なんで?」

「私が知るか!!」

「いたい…」

「手当てするから、そこ座れ!」

 

*

 

「あれ、何やってんだ?」

「しらねー。でも、ここから出れるなら良いんじゃない?」

 

大の字に寝転がるミミロップ。

その横でエーフィを膝の上に乗せたままあぐらをかくブラッキー。

一番最後に捕えられてやって来た少年とバシャーモが来て早々に機械をいじる。その様子を遠くから眺めるだけ。

サマヨールは天窓を見上げて小さく溜息を吐いた。

ゆっくりと目を開けたエーフィがピクリと耳を動かした。そのエーフィを見てブラッキーが笑みを浮かべる。

 

「エーフィ!」

「フィー…」

 

エーフィが少年とバシャーモの方へと視線をやった。外からは何処かで聞いたことのある声。

 

「ん?この声って…」

「サトシ!!こっちだ!!プラスルとピカチュウはいるな!?」

「ああ!どうすれば良い!?」

 

電気だってさ、とブラッキーがミミロップの方へと視線をやった。だからなにさ、とミミロップがそっぽを向く。

協力する気はさらさら無いらしい。

 

*

 

「なんだあのレックウザ、やけに気が立ってるな」

「おー」

 

バトルタワーの最上階、デオキシスを追いかけ回すレックウザを見付けたは良いが……さてどうしたものか、デオキシスがここにいる目的も定かではないし…。

ミロカロスに攻撃の指示を出してレックウザを倒すか…。ふぶきで勝てるだろ…。

 

「あ、シンヤ。ミュウツーが飛んでる」

「ん?」

 

こちらへ向かって飛んでくるミュウツーにミロカロスが手を振る。

そういえばミュウツーのやつオーロラを見に行くって言って結局帰って来なかったよな…今の今まで観察してたのか…。

窓を開けてやればミュウツーはふわりとその場で尻尾を揺らして腕を組んだ。

 

< なんだシンヤ、今の今まで本を読んでたのか >

「くそ、私も人のこと言えなかった…!!」

< それよりデオキシスに捕まった連中が風力発電を使って、もう一体のデオキシスを再生させるらしい >

「もう一体のデオキシス?」

< あのデオキシスには仲間が居てな、アイツはその仲間を探しにこのラルースに来たらしい >

 

再生させるとか言われても…。

ん?いや、確か研究論文に書いてあった気もしなくはない…。ロンド博士の論文によればデオキシスの一部と思われる物体を持ち帰ったとあったし、それか…?

ほとんどまだ謎のままだから論文とは言い難い、途中経過のものだったから曖昧だが…ツバキが貰って来たとかいうのをザッと目を通したな…。

 

「レックウザはなんだ」

< デオキシスに縄張りを荒らされたと思っている >

「アイツは説教だな!!」

< ポケモン相手に説教するのはお前くらいだ >

「ブラッキー達、居る?」

< 風力発電の方に居たな >

 

なんだアイツら捕まってたのか。

警報が鳴った時点で避難してるものだとばかり思っていたが…。

 

< ん?街を覆っていたバリアーが消えたか… >

「バリアー?」

< これでこの街の機械が動く >

 

辺りを見渡したミュウツーが窓を通って室内へと入って来る。そのまま人の姿になったミュウツーは壁にもたれて腕を組む。

窓の外にはオーロラが広がっている。

あのオーロラ、結局なんなんだ…。

 

「とりあえず、レックウザを引き取れば良いんだろ?ちょっと声を掛けて来るか…」

 

視線を動かしてレックウザが居ないか確認してみれば、すぐに見つかった。

しかもデオキシスが二体に増えてる…。

 

「シンヤ…こっち来てるよ…」

「ああ、真っ直ぐ来てるな…」

「手間が省けたな」

 

少し楽しげなミュウツーの言葉にじとりと視線を送る。

天井付近のバトルタワー全体を覆うガラス窓を突き破ってレックウザが室内へと入って来た。

 

「シンヤ!!!…ミロォオオ!!!」

 

ポケモンの姿に戻ったミロカロスが私の上に覆い被さる。落ちて来たガラスの破片をミロカロスがハイドロポンプで跳ね飛ばした。

おいおい、ラルースの中心核となるバトルタワーにこんな衝撃あたえて良いのか…、と思ってもレックウザが破壊光線を放ち更に追い打ちをかける。

 

「レックウザ!!」

「グォオオオ!!!」

「聞いてないな…、よし、ミロカロス、ふぶき」

 

ぴ、と指を差して指示を出せばミロカロスがレックウザを睨み付ける。

 

「そんな衝撃あたえて良いのか?」

 

いつのまに隣に居たのか、腕を組んだミュウツーが首を傾げる。

もうこんな状況なんだから、ふぶきの一発や二発許されるだろ…。

 

「サイコキネシスでぱぱっと止めてくれても良いんだぞ、ツー」

「それでは面白くない」

 

この状況で面白さは要らん。

 

「ミロォオオオ!!」

 

ミロカロスのふぶきを食らってレックウザがバトルタワーの最上階から一気に下へと落下した。

おお、痛いな…と思いつつ割れた窓から下を覗き込めば不思議な物体が無数に群れをなしてこちらへと向かってきている。

四角い物体が群れをなして向かって来るさまは津波のようだ。

 

「なんだあれは?」

「この街に多く設置されていた案内ロボットの一部だと思うが」

 

ミュウツーの言葉にぽんと頭の中に駅で見掛けたロボットが思い浮かんだ。

でも、なんでそのロボットの一部がこんな津波のごとく押し寄せて来てるのか…。ぼんやりと上から眺めていればその波はレックウザを襲う。

そのレックウザを見て二体のデオキシスが防御壁を張りながらロボットの波へと突っ込んで行った…。

自分達に攻撃を仕掛けて来ていたレックウザを助けるためにわざわざ荒波に突っ込むなんて…、デオキシス良い奴だな…。

 

「寛容なポケモンだな、デオキシス」

「私ほどではないがな」

「…、デオキシスの立場でこの状況になった時にお前…レックウザを助けに入るのか…?」

「ふん、助けに入るわけないだろう」

 

言ってること違うぞ…。

じとりとミュウツーを見れば後ろでミロカロスが声をあげた。窓の下を覗き込んでいたらしいミロカロスがわたわたと慌てて私の方を見たり下を見たりを繰り返している。

 

「ミロォ!!」

「なんだ?」

 

ミュウツーと一緒に割れた窓から下を覗き込めば、ロボットの波がこちらに上がって来ている。波のくせに上がって来ている。このままではここも飲み込まれる…。

 

< 私は高みの見物といくか >

「ミロ!?」

「なぁ!?」

 

ポケモンの姿に戻ったミュウツーが割れた窓から外へと出て飛んでいく。

この状況で放って行くのかアイツ!!こんなことならトゲキッスかチルタリスを連れて来るんだった!!

押し寄せて来るロボットの波。

これが本当の海の波ならどちらにせよ惨劇になるが、ミロカロスが居るから逃げる余地はあったな。

 

「ミロカロス、人の姿になれ!」

「ミロッ」

 

手足の無いポケモンの姿より人の姿の方が良い。

人の姿になったミロカロスの手を掴んでそのまま引き寄せ横抱きにして抱える。ふおぉ!なんてミロカロスが声をあげたが気にしない。

 

「、シンヤ!!な、なんで抱っこ!?お、お姫様抱っこ…!!」

「波を走って降りるからだ」

「……ぇ、」

「とうっ!!」

「えええええええええッ!!?!?」

 

割れた窓からジャンプで飛び降りる。

浮遊するロボットの一部を足場にして下へ下へと降りて行く。足を踏み外したら大惨事だ。

 

「コワイッコワイコワイッ!!!」

「暴れるなよ、暴れたら足を踏み外す」

「じっとしてるぅううう!!!」

 

とん、と一番下に到着。

波のように流れ続けるロボットの上を走っているとピカチュウが流れて来た。

 

「サトシのピカチュウじゃないか」

「ピピカチュゥ!!」

「ほら、足貸してやる」

 

手は塞がってるからと片足を伸ばせばピカチュウが私の足にしがみ付いた。

ピカチュウが流れて来た先を見ればそこにはメインロボットだと思われるロボットにしがみつくサトシ。あの子は会うたびに無茶をしているよな…。

とん、と私の肩にピカチュウが移動して来た時。忙しなく動いていたロボットの波が止まった。

チラリとバトルタワーを見上げれば上から見知らぬ少年が落ちて来る。

肩に乗っていたピカチュウが声をあげた時、デオキシスが少年をサイコキネシスで助けて空中に浮かせた。

そのままもう一体のデオキシスがサトシも空中に浮かせた…。

ミュウツーもああやって助けてくれれば良かったのになぁ…と思いつつ、ミロカロスを降ろして空中に浮いているサトシ目掛けてピカチュウを投げた。

 

「ピィィカァアア!!!!」

「ぅわあああ、ピカチュウー!!!」

 

大丈夫大丈夫、デオキシスが拾ってくれる。

ふわりと浮いたピカチュウがサトシの腕の中へと納まるのを見て私はヒラリとサトシに手を振った。一瞬驚いた表情をしたサトシは笑顔を浮かべて手を振り返してくれる。

ロボットの波からガラガラと音を立てて顔を出したデオキシスの鼻先にポンと手を置けばレックウザと目が合った。

 

「今回はデオキシスの寛容さを見兼ねて説教無しだ。怪我の治療してやるから良い子にしてるんだぞ」

「グルル…」

 

よしよし、とレックウザの鼻先を撫でて空を見上げた。

 

「…そういえば、寝てないから眠い」

「俺様も寝てなーい!!」

 

帰って寝たいところだが、怪我をしたポケモンの治療でジョーイに扱き使われ…。街の被害やら事情説明やらでジュンサーさんに逃がしてもらえなくなるだろうな…。

いっそ、このまま逃げようか…。

最初から居なかったってことにしておけばバレな……、

 

「あ、…」

「?」

 

パスポート発行してるんだった…!!

むしろこのパスポートを持ってるせいで「ここに居ますよー」って言ってるようなものじゃないか!!

逃げる余地無し。

潔く捕まろう…下手に逃げたら後が怖い…。

 

「はぁ…、レックウザ…移動するぞ…」

「グォオオ」

 

トン、とレックウザの頭に乗ればミロカロスも同じように頭の上に乗る。

ジュンサーさんのところか、はたまたポケモンセンターか…。空を移動するレックウザの頭の上で考えを巡らせればミロカロスが下を見て「おーい!」と声をあげた。

下を見れば風車…、人の姿のブラッキーが大きく両手を振っているのが見えた。

ミミロップとサマヨール、エーフィもポケモンの姿のままだが居るみたいだ。

 

「シンヤー!!何処集合ー!?」

「…そうだな…、ポケモンセンターだ!!」

「オッケーィ!!!」

 

行くぞー!!とポケモンの姿のエーフィを抱きかかえたブラッキーが先陣を切って走り出した。その後をミミロップとサマヨールが追いかけて行く。

疲れた様子のミミロップがなんとも言えない…後で愚痴られそうだ…。

 

「とんだ休暇になったみたいだな…」

 

私、本読んでただけだけど…。

 

「俺様、楽しかったよ」

「お前一番ボロボロだぞ?」

「良いんだ、シンヤにお姫様抱っこしてもらったから~」

「…そうか、」

 

ミロカロス、お前…、

安いな。

今度から遊びに連れて行けとか言われたら、お姫様抱っこしてやるからって言って逃げよう。

疲れるし金も使うしで大変だが、お姫様抱っこは良い。軽いしタダだし座ってても出来る。

 

「今度からそうしよう…」

「ん~?なに~?」

「…いや、別に」

 

*

 

ポケモンセンターに着いてレックウザの頭の上から降りればブラッキーがエーフィを片手に抱きながら手を振って走って来た。

そのブラッキーにミロカロスが手を振り返すのを見てから背後で慎ましやかに立ち、笑顔を浮かべるジョーイにチラリと視線をやる。

…さあ、仕事をしろ!と言われてる気がしてならない。

ジョーイから視線を外し溜息を吐けば、

両脇からどすっどすっと衝撃、思わず「ぐはっ」と苦しい声が出た。

 

「「シンヤさーん!!」」

「キャサリン!オードリー!」

 

双子の姉妹らしい二人にタックルをかまされた。駆け寄って来た二人の兄が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「握手して下さーい!!」

「サイン下さーい!!」

「妹達がすみません…!!」

 

大丈夫、大丈夫、と手を振れば今度は腰の辺りにどすっとまた衝撃。

チラリと振り返ればにっこりと笑みを浮かべたマサト…。

 

「さすがシンヤさん!!レックウザに乗っちゃうなんて凄いや!!」

「…そ、そうか?」

 

うんうんと頷くマサトと双子の姉妹。

ちょっといい加減離れて欲しいなぁと思いつつ苦笑いを浮かべた。

 

「コラ!!マサト!!シンヤさんから離れなさい!!」

「わあ!?」

 

べりっとマサトがハルカの手によって引き離される。

マサトが離れたのを見て双子の姉妹も私の腰から手を離し、ハルカに襟を掴まれるマサトを見てクスクスと笑っていた。

 

「シンヤさん!!おおおおおれ、ショウタって言います!!是非、おれとバトルして下さい!!」

「え゛」

「あぁ!!ずるいぞ!オレだって前から言ってたんだからな!!」

「サ、サトシ…」

 

ショウタという少年とサトシが睨み合う。

私、バトルするなんて一言も言ってないぞ…。

二人の間に入って「まあまあ」と宥めるタケシ。頑張れ、タケシ。なんとか説得して止めてくれ…。

ドキドキとその様子を見守っているとノートパソコンを抱きしめるように持った女の子が近寄って来た。

 

「…ぁ、あの!!」

「…なんだ?」

「私、シンヤさんの大ファンなんです!!握手して下さい!!」

 

勢いよく出された右手に視線を落としてからその手を握り、握手をして返す。

頬を真っ赤に染めて笑顔を浮かべる少女に苦笑いを返してお礼を言えば少女はノートパソコンを小脇にはさみ両手で私の手を握りしめた。

 

「永遠にファンでいます!!これからも頑張ってください!!」

「……」

 

頑張るって…なにを?

そう思った時に「はい、頑張ってもらいましょう」と後ろで弾んだ楽しげな声…。

「ひぃぃぃ」と出そうになった言葉を飲み込んで後ろを振り返れば笑顔のジョーイ。

 

「……」

「頑張りましょうね、シンヤさん」

「……」

「ね」

「…はぃ」

 

せめて、疑問符くらい付けろ。

溜息を吐いて未だ握られてる少女の手に視線を落とす。これは今日も徹夜かもしれないな。

はぁ、ともう一度溜息を吐けば少女に握られていた手がべしんと思い切り叩かれた。驚いて視線をあげれば頬を膨らませるミロカロス。

叩かれた手を抑えた少女がキョトンとした様子でミロカロスを見つめていた。

 

「こら、叩くな」

「長いっ!!」

 

握手の時間のことらしい。まあ私もちょっと長いなぁとは思ってたけど…叩くのは駄目だぞ。

 

「あ、あの、ごめんなさい…」

「ん?良いぞ、気にするな。むしろ悪かったな…手、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です!」

 

頷いた少女に私も頷き返す。

更に頬を膨らませたミロカロスが私の服の裾を掴んだ。

 

「ぇっと、そちらの方は…?」

 

少女がミロカロスに視線をやる。

キッと少女を睨み付けるミロカロスの視界を片手で遮りつつ少女に苦笑いを返す。

 

「私の恋人だ」

「…、ッ!?」

 

そうだったんですか、なんだかすみません!とミロカロスに頭を下げる少女。

チラリとミロカロスを見れば顔を真っ赤にしたミロカロスと目が合った、しかし一瞬で目を逸らされる。

え、なんだその反応…。

間違ったことは言ってない、よな?恋人同士のつもりだったんだが…、違ったのだろうか…。

まあ、あんまり…いや全く恋人同士らしいことはしてないが…。

 

「素敵な彼女さんですね!!」

「……」

 

女じゃないけどな。

 

*

 

先にラルースを出るらしいサトシ達と別れ、私はやはりジョーイに扱き使われるはめになった。ジュンサーさんにレックウザの管理まで押し付けられたし…、治療が終えたらその辺から適当に帰すぞ私は。

欠伸を漏らしながら怪我をした野生ポケモンに傷薬を吹きかけていく。軽い怪我のポケモンばっかりだから大したことはない。

群がって来る野生ポケモンにポケモンフードも与えつつ治療しているとブラッキーがちょこんと隣に座った。

 

「どうした?エーフィの様子を見てたんじゃないのか?」

「いや、エーフィ寝てて退屈だったから」

 

ふぅん、とブラッキーの言葉に相槌を返す。

深手を負っていたエーフィとミロカロスはポケモンセンターで治療中。ミロカロスは元気だが傷だらけ、エーフィに至っては満身創痍だ。

聞けばブラッキーの悪の波動を食らったらしい。一撃で瀕死だな。

 

「あのさぁ」

「なんだ」

「思ったんだけど…シンヤって意外と天然タラシだよな。いや、普段から天然系だとは思うけど」

「……は?」

「天然だよな」

「そんなことはないと思うが…」

「恥ずかしげもなく恋人だ!なんてよく言えたもんだよ、聞いてるこっちもちょっと恥ずかしかったっつーの!」

 

なにが?

首を傾げればブラッキーは困ったように笑っていた。

 

「しかし、ミロカロスの顔が真っ赤になったのは可愛かったね!!」

「……」

「オレ、ミロカロスがメスだったら有りだったなぁ…。性格も一途で可愛いもんなぁ…!」

 

それは、軽く嫌味だな。

どうせ私はオスなのに有りだよ。メスなら良かったのにと思わない日は無いが…。というか、ポケモンを相手にしてる時点でどうかとも思ってるけど…。

 

「ミロカロスって基本、ああいうタイプなのかな。ミロ以外だとツバキのとこのイロちゃんくらいしか知り合い居ないけどさー」

「知るか」

「でも、イロちゃんは完全に有りだよな。可愛いよな!!」

「そうだな」

「なー!!」

 

ザラザラ、と皿にポケモンフードを流し入れながらブラッキーの言葉に相槌を打つ。

イロは可愛いと私も思う。

うん、と頷いた時に私とブラッキーの背後から影がかかる。誰だ?と思いつつ振り返れば腰に手を当てたミミロップが仁王立ちしていた。

 

「…どうした?」

 

不機嫌な様子のミミロップ。

どうした、と聞けばミミロップは眉間に皺を寄せた。

その様子をどう捉えたのかブラッキーがぴ、とミミロップの方を指差してウインクをする。

 

「ミミローも可愛いぜっ」

「蹴り飛ばすぞっ!!」

「…すみません」

 

更に不機嫌になったミミロップ。

今のはさすがに駄目過ぎるぞブラッキー。ミミロップに可愛いは禁句だしな…。男らしいって言ってやれ…。

 

「あのさぁ!」

「うん?」

「なんだ?」

「そういうこと、アイツらの前で言わないように!!」

「「…」」

 

どういうことを、誰の前で言わないようにするんだ…。

 

「え?なにが?」

「誰が可愛いとか…、軽く言うなっつーの…!!」

「へ?」

 

首を傾げたブラッキーをミミロップが睨み付ける。

…、なんなのかイマイチ分からん。ああ、でもアイツらってミロカロスのことか?

ぶーと頬を膨らませてる顔が思い浮かぶ…、俺様の方が可愛い~!!って言ってな…。

ミロカロスがうるさくなるから不機嫌にさせるようなことを言うなってことか…?

…ううん、もっと具体的に説明してくれないと分からん。

 

「なんで?」

「なんで…って!!…、このバカ!!」

「えぇ!?ちょ、なんで!?ミミロー!!」

 

バカとブラッキーに吐き捨てて走って行ったミミロップ。

なに今の?とミミロップの背を指差してブラッキーが言ったが私は首を横に振る。知るわけないだろ。

 

「とりあえず、誰が可愛いとか言うなってことだ」

「可愛い子を褒めるのは男の役目だと思いますっ」

 

そんな真剣な顔で言われても…。

 

「でもなんであんなこと急に言われなきゃいけないわけ?」

「気に入らなかったんだろ」

「なんでだよ!!別に関係ねぇじゃん!!」

 

むすっとした様子で声を荒げるブラッキー。

頬杖を付きながら空を睨み付けているので特に何も言わず野生ポケモンの治療をしているとブラッキーが「あ」と声を漏らした。

 

「もしかして…」

「……」

「ミミローってば、オレのこと…好きなんじゃ…!!」

「………は?」

「あれだろ!!オレが誰々可愛いーとか言ってるの気に入らないってことは、ヤキモチだろ!!ミミローってば素直じゃねぇもんなぁ!!なんだよ、そう考えると結構可愛い理由じゃーん!!」

 

なんでそんな考えに至るのか私には分からん。

とりあえず、ミミロップに蹴り飛ばされてくれば良いとは思う。

 

「女の子扱いを心掛けよう、オレって紳士…!!」

 

あのミミロップに女の子扱い…!?

お前、そんなに死に急ぎたいのか…!?

 

「あ、シンヤ、このポケモンフード食っていい?」

「人の姿で手掴みやめろ」

「…んー?」

 

人の姿でポケモンフード、ぼりぼり食べるなよ…。

 

「あ!!あそこのジュゴン可愛い!!」

「……、」

「おーい!!ポケモンフード食べなーい?」

 

ポケモンフードの入った皿を片手に走って行くブラッキーを見送って溜息を吐いた。

 

「…アイツ、もう病気だな」

 

さすがに私にも治せない。

 

*



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32

ラルース内の広場にて療養中のレックウザの様子を見に行く途中、余計な拾い物をしてしまった…。

 

「…なにをやってるんだ、お前達は…」

「シンヤニャー」

「シンヤー、なんか食べる物くれ~」

「お腹空いてんのよー!!もうペコペコー!!」

 

サトシ達はもう出発したがこの二人と一匹はまだラルースに居たらしい。

お腹空いたニャ、とぐったりと地面に寝転がるニャースを見ては放置は出来ない。

 

「しょうがないな…」

「「「おお!!」」」

「でも、ちょっと用事があるからそっちをすませてからな」

 

うんうん、と頷くロケット団を確認してから私は広場へと足を進める。

後ろをついて来るロケット団、こいつらを引き連れてる時にジュンサーさんに会ったらどうしたら良いんだろう…。

 

「何処行くのよ」

「治療中のポケモンの様子を見に行くんだ」

「へぇ~、見えなくてもやっぱり医者なんだなぁ…」

「失礼なやつだなお前」

 

広場に行く途中で移動販売ロボットからホットドックを購入してロケット団に渡す。

頬を目一杯膨らませてホットドックを頬張るロケット団を見てから広場へと足を踏み入れた、広場の中央にはとぐろを巻いて眠るレックウザ。

後ろでぼとぼとっ、と何か落ちる音が聞こえて振り返ればロケット団がホットドックを地面に落していた。

 

「おい、食べ物を粗末にするな」

「いや、食べるけど!!」

「レレレレレレックウザじゃないのよ!!」

「ニャニャニャー!!」

 

落ちたホットドックを拾ったコジロウ。

…粗末にするなとは言ったが落ちた物を食べるのも良くないと思うぞ…。

 

「治療中のポケモン」

 

あれ、とレックウザを指差せばロケット団はなんとも言い難い表情を浮かべていた。

とりあえずそんなロケット団は放置して私は仕事に取り掛かる。とは言ってもレックウザの様子を見るだけだがな。

ポン、とレックウザの体を叩けばレックウザが頭を上げる。

 

「調子はどうだ?」

「グルルゥ」

「ん、眠いのは投与した薬が効いてる証拠だな。もう暫くは寝てろ」

 

レックウザの鼻先を撫でればレックウザはまたゆっくりと頭を地面におろして目を瞑る。

私が帰る頃にはすっかり元気になってるだろう、帰りは家まで乗せて行ってもらうことにしよう。その方がかなり早いし。

さて、とロケット団の方に向き直る。

 

「ポケモンセンターに行くか」

「あのさぁ、今…会話してなかったか?」

「してたニャ」

「なにアンタ、ポケモンの言葉わかるの?」

「分かるからなんだ」

 

ポカンと口を開けるロケット団。

そんな今更なことを聞かれるとは私も思わなかったぞ。

 

「シンヤ、アタシ達の仲間になりなさい!!アンタなら幹部昇進、支部長就任も夢じゃないわ!!」

「シンヤが仲間になってくれたらオレ達も楽々昇進だぜ~!!」

「嫌に決まってるだろ…」

 

ロケット団に入って何の利益があるんだ、しかも入ったらその『R』の文字が入った服を着ないといけないんだろ?

もの凄く嫌だ。

 

「というか、お前らこそ仕事変えた方が良いと思うぞ」

「なっ!?」

「酷ぇ!!」

「安定した収入のある仕事しろ」

「そんな正論過ぎること言われても…」

「あ、アタシ達はロケット団こそが天職よ!!」

 

まあ、そのタフさはある意味天職かもしれないが…。

 

「とりあえずロケット団が解散したらニャースはくれ。私が雇うから」

「ニャーかニャ!?」

「三食おやつ付き、仕事内容は私の仕事の手伝い。器用なニャースはうちに欲しい、人語も喋れるしな」

「三食おやつ付き!!み、魅力的過ぎるニャ…!!」

「ずるい!!」

「三食おやつ付きなんて豪華過ぎる!!」

 

お前らどういう生活してるんだ。

オレも雇ってくれ、アタシも、とムサシとコジロウが詰め寄ってくるが人間は要らん。家に居たら手持ち連中らも居るからかさ張る。これ以上、家の人口密度上げてたまるか。

 

「ニャースだけで良い」

「ニャー…次の転職先を確保出来たニャ…。いや、でもニャーにはサカキ様の…」

 

ぶつぶつ、と何か呟きながら考えるニャース。

人語も喋れて手先がかなり器用、頭も決して悪くないニャース、なんでこんなところに埋もれてるのか甚だ疑問だな。

というかそもそもロケット団ってどういう為のなんの組織なのかも分からん。

一応、悪い奴らとして認識されてるらしいけどな…。

 

「シンヤ…」

「なんだ?」

「腹減ったよぉ~」

「そうね、とりあえずご飯にしましょう!!」

「分かった分かった」

 

ガツガツと勢いよく料理を口に運ぶロケット団。

とんでもない早さでテーブルの上の料理が消えて行く…凄いな…。

一通り食べ終わってデザートに手を付け出した頃やっと静かな食事となった。この代金、絶対にジョーイに請求されるな…。

 

「そういえば、シンヤって前はコーディネーターだったんだニャ」

「そうそう!カイナ大会のこと雑誌で読んでびっくりしたもんなー!!」

「どぉーりで見たことある顔だと思ってたのよ!!」

 

スプーンで人の顔を差すな…、と思いつつ黙ったままコーヒーを啜る。

 

「オレ、サイン貰っとこうと思ってたんだ。サイン下さい」

「断る」

「ケチだニャ」

「ケチー」

「お前達の場合、複製してあることないこと言いながら売りさばきかねない」

「「ギクッ!!」」

「バレてるニャ」

 

アハハハハ、と誤魔化すように笑うロケット団。

ロケット団のことは嫌いじゃないが、ロケット団相手に絶対に油断はしないぞ…犯罪の片棒を担がされてたまるか…。

ジュンサーさんと知り合いなだけに何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「ま、まあ、サインの下りは置いといて…、シンヤの次にトップコーディネーターとして華々しくデビューを飾るのはこのアタシ!!その時はシンヤにも友情出演させてあげるわ!!」

 

オーホッホッホ!!と高笑いするムサシ。

ムサシってコーディネーターだったのか、それは知らなかった。

しかし、隣で顔色を悪くするコジロウとニャースが不思議でならないぞムサシ…。

 

「嫌だ。テレビもカメラも嫌いだ」

「…元トップコーディネーターの癖に…、…まあ良いわ、とりあえず何処ぞの雑誌の記者にでも期待する新人は?って聞かれたらちゃんとアタシのこと言っておいてよね!」

「ムサシの技量を知らないから言わない」

「いくらでも話盛っといて良いから、いっぱい持ち上げといて」

「嘘はつかない」

「キーッ!!ああいえばこういう!!」

「頑固だな…」

「頑固ニャ…」

 

ずずず、とコーヒーを啜った時に「失礼します!」と大きな声。このハキハキとした喋り方は…まずい…っ!!

ムサシとコジロウの頭を掴んでテーブルの下に押し込めばニャースも慌ててテーブルの下に隠れた。

それを確認してからテーブルを背にして立ち上がって、なんとかテーブルの下を自分の体を使い隠して見る。

覗き込まれなければ、いける…っ!!

 

「シンヤさん、バトルタワー前に居るカビゴンのことで…ってどうしたんです?」

「いや、別に…」

 

首を傾げるジュンサーさん。

テーブルの上にある料理の皿を見てジュンサーさんが眉を寄せた。

 

「凄い量ですけど…誰か居たんですか?」

「ああ、まあな。それよりカビゴンがどうしたって?」

「え、あ、はい、カビゴンなんですけど。なかなか動いてくれなくて、お忙しいところ申し訳ないのですが協力お願いします」

「手持ちを回収したら向かうから先に行っててくれ」

「分かりました。では、失礼します」

 

びしっと敬礼したジュンサーさんがポケモンセンターを出て行く。

それを見送ってから大きく息を吐いた。

なんで私がこんなに必死にならないといけないのか…変な汗かいた…。

 

「あ、危ねぇ…」

「ナイスよ、シンヤ!!」

「シンヤは優しいニャ!」

「…私は仕事に戻るからお前たちはさっさと街を出ろ、街の被害を調べるのに警察が巡回してるんだ」

「「はーい」」

 

笑顔を浮かべるロケット団を見て溜息を吐く。

危機感のない奴らだ…。

 

*

 

ロケット団と別れた後、ノーマルタイプ用のポケモンフードの大袋を両肩に担ぎミミロップに声を掛ける。

ジョーイの手伝いで書類を片付けていたミミロップが疲れた表情のまま顔を上げた。

 

「んぁ?シンヤ、どっか行くの?」

「カビゴンのところにな、誘導するから付き添って欲しい。他の奴でも良いぞ」

「おっけー、ワタシが行く。サマヨールは野生ポケモンの様子を見に出てるからさ」

 

持つよ、と両手を差し出されたがその両手に視線を落とし迷う。

持つってことはこの私が今持ってるポケモンフードのことだよな。一袋およそ15キロ…。

 

「いや、私が持って行くから大丈夫だ」

「だって両手塞がってるじゃん、片方持つってば」

「……」

「大丈夫だって」

 

そこまで言うなら、と右肩に担いでいた一袋をミミロップに渡せば袋を受け取ったミミロップは「うわ!」と声をあげてよろめく。

あ、倒れる。

そう思った時にとんとミミロップの肩をブラッキーが押さえた。

 

「…なにやってんの?」

「ぅ、うるさいっ!!」

 

そのまま倒れてたら尻もちをついて15キロのポケモンフードの下敷きになってたな…。

ひょい、とミミロップからポケモンフードの袋を奪ったブラッキーがそれを私と同じように肩に担ぐ。

それを見てミミロップが苦々しげに顔を歪めた。

 

「ワタシ、筋トレでもしようかな…」

 

己の非力さが恨めしいらしい。

体の大きさからして筋力は丁度良いとは思うが…、ミロカロスは細いわりにかなり力が強いもんな…。

 

「脚力あるから良いじゃん、気にすんなよ」

 

ぽん、とブラッキーがミミロップの頭に手を置いた。

ミミロップは無言で口を尖らせる、それを見てブラッキーが笑った。

 

「大丈夫大丈夫、ミミローはオレの出来ないこと出来る奴なんだから。無理になんでもしようと思わなくて良いって」

「…、」

「こっちはオレがやるから、他はよろしく。特にここを使うこととかねっ」

 

ニッと笑いながら頭をツンツンと突いたブラッキー。

それを見てミミロップが呆れたようにでも少し照れながら「うっせぇ!」と吐き捨てた。

ミミロップにニコニコと笑みを返すブラッキー。

前はそんな対応じゃなかったよな、と思いつつブラッキーの様子を観察してみる。

これがブラッキーのいう女の子扱いなんだろう…、とりあえず女の子には優しく接するのが大事ってやつか?

…そういえばブラッキーは普段からサーナイトとミロカロスには優しいもんな。一応、ブラッキーの中で女子として分類されているのかもしれない…。

こうして考えてみると対応は大分違ってたような…。

 

「なんか今日のツキ、超気持ち悪ぃんだけど!!」

「え、オレの優しさ蹴り飛ばしちゃうの!?」

「だからその優しさがキモイっつってんの!!」

 

そんな顔真っ赤にして言ってもブラッキーがニヤニヤするだけだぞ、ミミロップ。

というか、ジュンサーさん待たせてるから早くどっちでも良いからついて来てくれ…。

 

「…オイ、いい加減に…」

 

照れているらしいミミロップをからかうブラッキー、そんな二人のやりとりを見ていたがいい加減待ちくたびれた。

いい加減にしろ、と言い掛けたところで外に出ていたサマヨールが戻って来た。

 

「…主、出掛けるのか…?」

「ああ、カビゴンの誘導に行くんだ」

「なら、自分がお供しよう…」

 

サマヨールは良い子だな…。

よし行こう、と言葉を返そうとしたところでミミロップがサマヨールの背に隠れた。

 

「ヨル!!なんか今日のツキめっちゃキモイんだよ!!見てあれ!!」

「…いつもと同じ顔だと思うが」

「顔じゃねぇし!!」

「ヨル、オレはいつもイケメンだよな!」

「ああ、そうだな…」

「真顔で返事すんなよ!!」

「イケてるメンズでごめんよ、バニー♪」

「蹴り飛ばして良い!?」

「ミミローでからかって遊ぶのはやめてやれ…」

「ワタシ、今、からかわれてんの!?」

 

ミミロップがぎょっと目を見開いて驚いた表情をした。

気付いて無かったのか…。

ブラッキーとサマヨールが苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。

 

「反応超ウケる~」

「真面目なんだ…、冗談も真に受ける…」

「悪タイプとゴーストタイプ、タチ悪い!!」

 

からかわれてると分かったミミロップは頬を真っ赤にして怒鳴り散らす。

そして、私は放置か…。ジュンサーさん待ってるんだけどな…。

はあ、と溜息を吐けば目が覚めたらしいエーフィと手当てを終えたミロカロスがやって来た。この二人なら連れていけるのはミロカロスだけだな、エーフィはまだ本調子じゃないだろうし…。

 

「なにやってんのー?」

「騒がしいですね…」

 

エーフィとミロカロスを見てブラッキーはヘラリと笑い、ミミロップは口を尖らせた。

 

「ミミローからかって遊んでんのっ」

「やめなさい」

「ちょーっとからかってただけだって…」

 

エーフィに凄まれてたじろぐブラッキー。

ミロカロスは私の持っている袋が気になるのか首を傾げて袋を指差した。

 

「それなに?」

「餌だ」

「なんの?」

「カビゴン誘導用の」

 

私の言葉に最初の目的を思い出したのかミミロップがはっと顔を上げた。

 

「ご、ごめん、シンヤ…。すっかり忘れてた…!!」

「これカビゴンのだったのかー、重てぇわけだ」

 

袋を担ぎ直したブラッキーがケラケラ笑う。

とりあえず誰でも良いから付き添ってくれ…、カビゴンからもし攻撃受けた場合、対処出来ないから…。

 

「ツキ、荷物を…自分が主のお供をする…」

「え?いやいや、オレ行くよ?暇だったし」

「だぁー!!ワタシが行くって最初に言ってたんだっつーの!!」

 

あ、なんかややこしくなって来た。

そう思った時にブラッキー、サマヨール、ミミロップの様子を見ていたミロカロスへと視線を落とす。バチ、と目が合ったのでニッコリと笑みを向けてやる。

 

「ふぉ!?」

「ミロ、私と一緒に行こうか?」

「う、うん!!行く!!」

「よし、ツキ荷物貸せ。これ以上ジュンサーさんを待たせてられるか」

 

ブラッキーから荷物をひったくり両肩に担いでポケモンセンターを出る。後ろから付いて来るミロカロスを確認して大きく息を吐いた。

 

「眠い…」

 

*

 

ポケモンセンターを出て行ったシンヤとミロカロスを見送ったブラッキーはぽりぽりと自分の頭をかく。

 

「主に迷惑を掛けてしまったじゃないか…」

「オレのせいかよ~?」

「お前のせいだ!!ワタシが最初に頼まれたのに!!」

 

その三人を見てエーフィがやれやれと小さく溜息を吐く。

 

「ミミローがいちいち可愛い反応するから悪ぃんだろ~」

「……はぁ!?」

 

ぼっ、と音が聞こえるかのように一気に顔を赤くしたミミロップ。

それを見て一瞬キョトンとしたもののブラッキーはお腹を押さえて笑いだした。

 

「なんだその反応!!」

「お前が気持ち悪いこと言うからだろーがっ!!このアホボケカス!!」

「顔、真っ赤だし!!」

「うるせぇっつーの!!!」

 

げしげし、とブラッキーの足を蹴りながら怒るミミロップ。

その様子を見てエーフィが眉を寄せ、サマヨールは首を傾げた。

 

「…どうしたんだ?ツキ…」

「へぇ?なにが?」

 

笑い過ぎで出た涙を目尻に溜めながらサマヨールに視線を返すブラッキー。

サマヨールは首を傾げたままブラッキーとミミロップを交互に見比べた。

 

「いや、なにか違和感がな…」

「オレは今日からミミローちゃんに優しく接することに決めたのです!」

「あぁん!?」

「オレは紳士のフェミニストなので」

「フェミ…ワタシは男だっつーの!!!」

「え、女の子扱いされたいんだろ?」

「え、なに死にたいの?」

 

ブラッキーの胸倉を引っ掴んだミミロップはこめかみに青筋を立ててギリギリと歯を噛み締めた。

 

「あぁれぇ?オレ、てっきりミミローはオレに恋する乙女なのかとばっかり…」

「なんでじゃぁああああ!!鳥でもねぇのに鳥肌立ったじゃねぇかクソキモイわぁあああ!!」

「オレ、女の子には優しい男なのでー。サナっちとミロちゃんは乙女認定してたからミミローも仲間入りかと…」

「あの馬鹿どもの中に入れられるとか!!一生の不覚!!何があってそうなった!!殺すぞ!!」

 

首を傾げたブラッキーの胸倉を引っ掴んだまま叫ぶミミロップ。

落ち付け、とサマヨールがミミロップの腕を掴むがミミロップはブラッキーの胸倉から手を離さない。

 

「オレの勘違い…!?」

「どういう勘違いしたわけ!?マジで!!!」

「うわぁ…オレ、痛い子…」

「もっと痛くしてやるよ!!とりあえず、その顔面ボコボコにして良い!?」

「お、落ち付けミミロー!!喧嘩すると主にまた迷惑が…っ」

 

ミミロップを必死に押さえつけるサマヨールがエーフィの方に視線をやった。

 

「フィー、お前も止めるのを手伝ってくれ…!」

「……」

 

サマヨールの言葉に反応せず、エーフィは眉を寄せたままブラッキーを睨み付けている。

その様子にサマヨールはまた首を傾げる。

 

「ツキ…、」

「ごめんってー!!」

「許すかぁああ!!」

 

ケラケラと笑うブラッキーに掴みかかるミミロップ。

ぐっと一度口を閉ざしたエーフィは大きく声を荒げた。

 

「ブラッキー!!!」

「ぅぁはいっ!?」

 

急にエーフィが大きな声を出すものだからびっくりしたミミロップが硬直してパチパチと瞬きをする、ブラッキーも同じように瞬きをしながらエーフィを見る。

 

「ど、どうかした…?」

「ブラッキー…」

「は、はい?」

 

俯いてしまったエーフィを見てブラッキーは困ったような表情を浮かべる。

エーフィの様子にミミロップも慌ててブラッキーの胸倉から手を離して数歩後ろに下がった。

 

「私も…」

「ん?」

 

なに?と首を傾げたブラッキーを見てエーフィは眉を寄せた。

苦しげに表情を歪ませたかと思うと目を瞑って息を吐いた…。

 

「いえ、なんでもないです…」

「へ?」

「まだ調子が悪いみたいなのでもう暫く休みます…すみません…」

「え!?だ、大丈夫か!?」

「静かに、してて下さいね」

 

苦笑いを浮かべたエーフィにブラッキーはコクコクと頷き返す。

そんなエーフィを見てミミロップは眉を寄せた。

 

「フィーは…まだ調子が悪かったのか…」

「はぁ!?」

「…なんだ?」

「ぃ、いや…予想外なこと言うから…びっくりして…」

「…?」

 

サマヨールから視線を逸らしたミミロップ。

エーフィの背を見送ったブラッキーは深い溜息を吐いた。

 

「オレの攻撃のせいで…大丈夫かな…」

「主はまだ本調子じゃないものの、問題はないと言っていた…大丈夫だ…」

 

溜息を吐くブラッキーの肩を叩いたサマヨール。

その二人を見て少し迷ったもののミミロップは「あのさ、」と言葉を漏らした。

 

「ツキはさ、…フィーのことどう思ってんの?」

「…どうって?」

「いや、お前にとってフィーってどんな存在?」

「どんなって…」

 

ミミロップの急な言葉に眉を寄せて迷いながらブラッキーは「ううん…?」と考えているのか口をへの字にした。

その返事を待つのに自分のことでもないのにミミロップはドキドキしながらブラッキーを見つめる。

 

「お前達、双子の兄弟じゃなかったか…?」

「いや、それはわかんねぇんだけど…生まれたときから一緒なことは一緒だなー」

 

でも、どういう存在とか聞かれちゃうとなんて言えばいいのか分かんねー…と言葉を漏らしながら頭を抱えるブラッキー。

その様子を見てミミロップは「頭、良くないもんなぁ…」とは思ったが言葉には出さなかった。

 

「んー、片割れ?もう一人のオレみたいなー…あー、でも、うーん…。オレの駄目なとこを補ってくれる存在…?いや…、んー?」

「一応、大事には思ってるんだよな?」

 

ミミロップのその言葉にブラッキーはうんと頷く。

 

「当たり前だろ、オレの太陽なんだから」

「…はぁ!?」

「え?」

「今、なんて…?」

「え?なんか変なこと言った?」

「…恥ずかしいことを恥ずかしげもなく、さも当然のように言った…」

「え、嘘!?ちょ、待ってなんで!?え?だって、え?フィーって太陽だろ?え?」

「まあ、たいようポケモンではあるが…」

「え?え?フィーはオレの太陽で、オレはフィーの月だろ?え?違うの?」

「自分には言ってる意味が分からない…」

 

サマヨールと顔を見合わせるブラッキーを見てミミロップは口元を押さえ眉間に皺を寄せる。

コイツ、マジの馬鹿だったんだ…と思いながらどうしたものかと考えを巡らせた。

 

「え?」

 

なんて説明したら良いの?

そう思いながらミミロップが眉間にぐっと皺を寄せた時、首を傾げたブラッキーに合わせてサマヨールも首を傾げた。

 

「…よく分からないが、ツキはフィーが好きなんだな」

「あ、うん、そう」

「ぶっ!!!!!」

「そうか…」

「おう」

 

ニコリと笑ったサマヨールにブラッキーがヘラリと笑い返す。

そんな二人を見てからミミロップの頭の上にはクエスチョンマークが飛び交った。

 

「(な、なにがどうなってどういう状況???結局、どういうこと???)」

「ツキは相変わらず…からかって遊ぶのが好きだな…」

「だぁって、反応が可愛いんだもん」

「え?ちょ、ま…」

「ほどほどにな…」

 

サマヨールの言葉にニヤリと笑って返すブラッキー。

その表情を見てミミロップはポカンと口を開けた。

 

「な、なに?」

「なにが?」

「どういうこと?」

「ん?どういうことって、…イケてるメンズでごめんね♪ってこと?」

「…はぁ?」

「ん?」

 

なんか違う?とサマヨールに聞いたブラッキー。

そのブラッキーに違わないとは思うが…と返事を返すサマヨール。

 

「ぇ、それって…結局、あれだろ…」

「ん~?」

「お前…ただの、ド…、ドS…!!」

 

ブラッキーを震える指で指差したミミロップ。その言葉にブラッキーはキョトンとした表情をミミロップに返す。

 

「え、オレ、ヤキモチ焼いて怒るフィーが好きなだけなんだけど…それってドSなの?」

「さあ…?」

「悪タイプとゴーストタイプ、タチ悪過ぎるぅううッ!!!!」

 

頭を抱えて叫んだミミロップを見てブラッキーとサマヨールはお互い顔を見合わせて首を傾げた。

 

「怒ってるフィー、可愛いよな」

「そうか、自分にはよく分からない…」

「でも、最近は痛いことするから困っちゃうね。抓るし殴るんだもんよー」

「…困ってるわりには楽しそうだよな」

「まあ、可愛いから」

「そうか…」

「(ノーマルタイプのワタシには理解出来ないとこまで行ってる!!絶対に理解出来ないとこ行ってる!!)」

 

ブラッキーの好きなもの……。

食べること、楽しいこと、構ってもらうこと……。

 

*

 

「カビゴーン、こっちだよー!」

「そっちに餌投げろ!!そこに居るな!!踏みつけられるぞ!!」

 

カビゴンに両手を振るミロカロス。餌袋を抱えて走る警備隊の連中に指示を出しながら私も餌袋を担いで走る。

広場の方まで誘導中、人の姿のミュウツー…。あだ名はツーと遭遇。

 

「寝てないのに随分と元気だな、シンヤ」

「眠いに決まってるだろうが!!手伝え!!」

「私はこれから図書館に行くから忙しい」

「くっ…!!」

 

これだから野生ポケモンは扱い難い…!!

ニヤニヤと笑うミュウツーを睨んでから大きな足音を立てながらついて来るカビゴンへと視線を戻す。

 

「カァビィー!!」

 

投げろー!!広場に餌投げろー!!と警備隊の大きな声、私も担いでいた餌を広場へと投げ入れる。

カビゴンはそのまま餌の方へ向かって歩いて行き、広場の中でズシンと音を立てて座りこみポケモンフードを食べ始めた。

なんとか終わった…。

人懐っこい気質のカビゴンだったから攻撃されるというのは杞憂に終わったな。

あー…疲れた…と言葉を漏らせば、図書館に行くと言ったくせに最後まで眺めていたらしいミュウツーがまたニヤニヤと笑っている。

最後まで見てるなら手伝え…、お前ならサイコキネシスで一発だったのに…!!

 

「…人が苦労するさまを見ててそんなに楽しいかっ」

「ああ、見てて飽きない人間はお前くらいだがな」

「……」

 

反応に困るようなこと言われてもな…微塵も嬉しくないし…。

はぁ、と溜息を吐けば、空になった餌袋を引き摺りながらミロカロスがこちらに向かって歩いて来る。

その姿をぼんやりと眺めていると隣でミュウツーが「シンヤ」と私の名前を呼んだ。ミュウツーの方に視線をやれば紫色の瞳がじーっとこちらを見ている。

 

「な、なんだ…?」

「人間とポケモンの異種交際とでもいうのか…?それになんの意味があるんだ?」

「……、いや…特に意味は…」

「それも異種とはいえ、同性…。異種との交配を調べることも出来ない」

「まあ…、そうだな」

「生産性も利益もない、理解出来ない所業だな」

 

呆れたように眉を寄せたミュウツーを見て、思わず笑いが零れた。

ふ、と声が漏れればその後はもう止めようがない。

 

「くくくっ、ふ…、ははははっ!!!」

「!?」

「は、腹が痛い…っ!!」

「な、なにが可笑しい!?」

 

眉間に皺を寄せるミュウツー。

その顔を見るとまた「ワハハ!」と馬鹿みたいに笑ってしまった。

腹が痛い、涙も出て来た、息が出来ない。

 

「、ツー…、お前…」

「なんだ?」

「昔の私にそっくりだな」

「……は?」

 

そうだ、私はこんな奴だったんだ。

考え方も行動もこうして考えてみるとよく似てる気がする。

 

「本当に似てるぞ」

「だから、なんだ。私の質問の答えになっていない」

「ツー、これからも…たまにでも良いから家に来い。お前にもいつか分かる」

「……」

「私にも分かったことだ。こうして意味のないことを受け入れた今に…どれだけの意味があるか…」

「意味のないことに意味がある?」

 

矛盾してるじゃないか、と言いたげに眉を寄せたミュウツー。

そんなミュウツーから視線を逸らせば餌袋を引き摺りながら走って来るミロカロスが見えた。

 

「なになになにー!?なんか面白いことあった!?」

 

どーん、と突進して来たミロカロスを受け止める。

引き摺られていた紙袋は底が破けてしまっていたが、まあ良いだろう…。

 

「どういうことなのか私には分からない」

「良いんだ、これは私にしか分からない」

「何故だ?」

「コイツ、」

 

ミロカロスの頭にぽん、と手を置けばミロカロスはキョトンとした表情を浮かべた。

 

「He makes me happy(コイツは私を幸せにしてくれる)、共にある理由はそれ、意味はないが…その意味のないことに意味はある」

「……」

「え?なに?」

 

小さく頷いて腕を組んだミュウツー。

なにいまの!?とミロカロスが私の腕を揺するので口元に笑みを浮かべて言ってやった。

 

「Your smile always makes me happy…(お前の笑顔はいつも私を幸せにしてくれる)。なんてな」

「ほあ!?」

 

口元に手を当てて笑うのを堪えるミュウツー。

私も随分と馬鹿になったものだと思いつつ、ミュウツーに笑みを返した。

フン、と笑ったミュウツーが私を見つめて言った。それは少し呆れたように。

 

「…I hope you'll be happy for ever(お前が永遠に幸せなことを祈ってるよ)」

「Thank you」

「なに!?なんて!?」

 

うろたえるミロカロスを見てミュウツーと顔を見合わせてクスクスと笑った。

わけのわからない言葉で会話されたミロカロスは泣きそうになりながらも口を尖らせて私の腕を揺すった。

 

「シンヤ~!!」

「悪口じゃないぞ」

「ホント…?」

「ホント」

 

なんて言ったの?と首を傾げるミロカロスに「勉強しろ」と言い放ってやれば喚きながら泣いた。

小さくミュウツーが息を吐く、チラリとミュウツーを見やればミュウツーは目を伏せたあと私達に背を向けて歩きだした。

ひらりと片手を振ったその背を見送った私は小さく笑みを零す。

なんとなく、分かってもらえただろうか、

この意味のない時間にどれだけの意味があるか…。

 

「……」

「シンヤ…?」

 

私はそこでハッキリと、

昔の自分と決別したのだ。

背を向けて歩いて行くミュウツーは確かに…、昔の私自身だった…。

 

「帰るか、」

「ん?うん!!」

「眠たいしな…」

「眠いねー」

 

ぎゅ、と手を握って来るミロカロスの手を握り返して心の中でもう戻ることのない自分に「さよなら」を言った。

世界は腐っていると、私は思うのだ……。

 

「良い天気だ…」

「ねー」

「……」

「…シンヤ、やっぱり気になる……。さっきなんて言ってたの?」

「内緒」

「なーんーでー!!!」

 

なんで…?

そんなの決まってるだろ…。

 

「shameful…」

「えー?わかんなぃー…なんてー?」

 

*



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33

 

「「さいしょはグー!!じゃーんけーん、ポーン!!!」」

 

グーを出したヤマトとチョキを出したシンヤ。

その場で勝敗は決まった。

 

「僕の勝ちだね、シンヤ…!!」

「くそっ…!!!」

「それじゃ、僕はこっち貰ってくよーん!!」

「フードが良かったのに…!!」

 

その場に膝をついたシンヤ。

不本意ながらもボーダーの服を受け取った。

 

*

 

何故こんな状況になっているか。

それはシンヤ宅にヤマトがやって来たのが事の発端だった。

書類を抱えたヤマトは来るなりシンヤにその書類を押し付けてじゃんけんを持ちかけたのだ。

 

「シンヤ、じゃんけんしよ!!勝った方がどっちに行くか選べるってことで!!」

「どっち…って、なにがだ?」

 

うん、と頷いたヤマトが出したのは赤いマントと白黒のボーダー服。なにこれ、とその服を凝視するシンヤ。

 

「マグマ団とアクア団のユニフォームです」

「どっちも要らん!!」

「ダメなんだってー!!捜査なの!!仕事なの!!」

「一人で行け!!」

 

話を聞けば、ジラーチの眠る故郷のファウンスの事件以来、マグマ団の捜査をしていたヤマト。

そのマグマ団がカイオーガを捕まえたとの情報が手に入ったらしい。しかし、マグマ団の目的はあくまでグラードン。カイオーガを狙うのはアクア団だ。

そこでアクア団を調べてみればアクア団もまたグラードンを捕えているという情報が入った。

ようするに敵同士がお互いに欲しいポケモンを手に入れてしまい、古代ポケモンが悪の手に渡っている状況だという。

 

「大変でしょ!!」

「お前の説明がざっくり過ぎて危機感ゼロだけどな…」

「とりあえず潜入捜査!!マグマ団に行くか、アクア団に行くか、じゃんけんで決めよ!!」

「私、関係あるのか…?」

「グラードンとカイオーガが暴れたら誰が止めるの!!」

「そこでなんで私だ!!」

「シンヤなら大丈夫だもん」

「(信憑性もないのに、真顔で言われたっ!!)」

「それにほら、怪我とかしてたらね?」

「取って付けたように正当な理由を添えるな」

「さすがにあんな大きいポケモン、キャプチャ出来ないし。っていうか、藍色の玉と紅色の玉をマグマ団とアクア団が所持しちゃってる時点でポケモンレンジャーの僕にはもうどうすることも出来ないっていうか…」

「……」

「アクア団とマグマ団がグラードンとカイオーガ操るのも時間の問題だし…」

「…お前、色々気付くの遅くないか?」

「気付いた時には時既に遅し!!ってやつでした!!」

「このバカ!!!」

「返す言葉もない!!」

 

というわけで、冒頭に戻る…。

 

色々と文句もあるが不本意ながらアクア団の船に潜入中…。

このボーダー服に水色のズボン、変なマークのバンダナ…なんで私がこんな格好…。寒い…長袖が着たい…。

はあ、と溜息を吐いてから捕えられているグラードンを見上げる。

眠らされているのかグラードンは微動だにしない。しかし、グラードンの捕まっているこのコンテナ内は若干暖かい…。

ヤマトにグラードンをなんとか助けて!なんて言われたがこんな状況で助けられるわけがない。下手に動けば潜入してるとバレるじゃないか…。

はあ、ともう一度溜息を吐いた時。

グラードンを捕えるコンテナ内でこそこそと動く影を発見。

そういえば"イズミ"とかいうアクア団の作戦隊長の女がマグマ団の方に潜入してるんだから、こっちにもマグマ団の奴が潜入しててもおかしくないよな。

ならあそこに居るのはマグマ団……。

 

「…アオギリに報告してやろう」

 

それで少なくともコイツは潜入してる奴じゃないって思わせとくか。すまん、マグマ団の見知らぬ連中よ…。お前たちを売って来る。

 

「アオギリ様、グラードンに近付く不審な奴らを見つけました!!」

「なにィ!?」

「おそらくマグマ団の連中かと思われます…」

「すぐに捕えろ!!」

「はっ!!」

 

ヤマトの奴は上手くやっているだろうか…。

 

*

 

「シンヤは上手く潜入してるかなぁ…」

 

一応、一般人だし…。

潜入捜査なんて向かないよね…。

やっぱり巻き込むべきじゃなかったかな、でもさすがに僕一人じゃ…。

 

「そこのお前、マグマ団の者ではないな?」

「なッ!?!?」

「アクア団の者か?」

「い、いや、僕はマグマ団ですけど!!」

「先程から行動が怪しい、何か探っていただろう?」

「ぅぐっ…!!」

 

バレたぁあああ!!

一応、プロなのにバレたぁあああ!!

 

「大丈夫。オレはポケモンGメンのワタルだ」

「ワ、ワタルさん!?」

「そっちは?」

「あ、ポケモンレンジャーのヤマトです!」

「ポケモンレンジャーだったのか、なら心強い」

「ととととんでもないです!!」

 

あまり大きな声は駄目だ、と口元で人差し指を立てたワタルさんを見て僕は慌てて口を閉じて頷いた。

まさかドラゴン使いでありポケモンGメンのワタルさんとこんなところで会うなんて!!

 

「単独でここに来たのか?」

「いや、僕の方は二人で…、ポケモンに詳しい友人がアクア団の方に潜入してます」

「ポケモンに詳しい友人…レンジャーではなく?」

「あ、はい、ポケモンドクターのシンヤって知ってます?」

「知ってるに決まってるだろ!!」

「声…!声大きいです…!!」

「す、すまない…!」

 

シー、と次は僕が口元で人差し指を立てた時。

辺りに警報音が鳴った。なんだなんだ、と辺りを見渡せばワタルさんが走って行ってしまう。

慌てて追いかけようとしたが大きな爆音ともの凄い振動に思わずその場に膝を付く。

 

< カイオーガが戦艦から逃走、カイオーガが戦艦から逃走 >

 

「えええええええ!?!?」

 

まだ僕なんにもしてないのに!!

シンヤにまたバカって怒られるー!!

 

*

 

「そこの貴方、この整理を」

「はい」

 

って、受け取ったら。もの凄い量の書類だった…。

こんなところに来てまで書類整理をやらされるとは思わなかったぞ…!!

畜生、と心の中で悪態を吐きながら書類に目を通せばアクア団が独自に調べたらしい古代ポケモンの情報に水ポケモンのデータ…。

あ、意外に面白い…!!

部屋に籠り、ひたすらデータ整理をしていると大きな爆音。

え、なに?と部屋から出て近くを通った団員に聞けば「アオギリ様が捕えられたカイオーガが逃げ出したのだ!」と返された。

カイオーガ、いつ捕まえた。

煙をあげる戦艦を見て、とりあえずと室内に戻り書類を漁る。貰えるもん貰って帰ろうとカバンにデータディスクやら書類やらを放り込む。

重たいカバンを持って外に出れば外は大荒れ、大嵐。

カイオーガが雄叫びをあげて暴れ回っているのが見えた。酷いありさまだ。

全く…カイオーガの方を見に行ったヤマトはなにをしているのか!!あのバカ!!

大波に船は島へと乗り上げる、船内はもうめちゃくちゃ。乗っていたアクア団の者は避難したらしい。

とりあえずグラードンの安否を確保だ!!とグラードンの眠るコンテナへと行けばコンテナの前に見知った連中が。

 

「そこで何をしている!!」

「ひぃ!?って…シンヤじゃねーか!!」

「アンタなにその格好!!アタシ達の誘いを断っといてアクア団に入るなんてー!!」

「アホか!!どう考えても潜入捜査だろうが!!」

「ニャるほど!!」

 

二人と一匹が納得した時、バチバチと嫌な音。

咄嗟に身を屈めれば二人と一匹に放電の攻撃、これは十万ボルトだ……。

背後を振り返れば異様な模様を体に浮かび上がらせたピカチュウが居た。サトシのピカチュウ…だよな?

 

「ピィカアアアア!!」

「ピカチュウニャ!!」

「あの模様は…?」

「なんか様子も変ね…」

 

様子が見るからに変なピカチュウ。そのピカチュウを呼ぶサトシの声。

そのサトシの声を無視してピカチュウはコンテナの上へと飛び乗った。

そんなピカチュウを見て、喜々としてピカチュウを捕えようとするロケット団。お前達は相変わらずピカチュウが好きだな…。

見事、返り討ちにあったロケット団が空の彼方へと飛んで行った…。

なにをしに来たんだ。

ロケット団を見送った後、ピカチュウへと視線を戻せば雄叫びをあげ放電し続けるピカチュウ。明らかに雷を呼んでいる…。

コンテナを破壊する気らしい、それはそれで好都合かもしれない。この状況でカイオーガと渡り合えるのはグラードンくらいだ。いっそぶつけてしまおう。

ボールから出したトゲキッスに飛び乗ってその場から離れる。

先程まで立っていた場所には大きな雷が落ちた、グラードンが目覚めたため大きな地震、そして島の中央にあった山が噴火した。

グラードンの日照り効果で辺り一面の雨が止み、空に青空が…。

 

「おーおー…」

「キィッス…」

 

空の上から観察してみる。

カイオーガは見つけたグラードンになみのりで攻撃、それをグラードンはソラービームで撃破。

グラードンの頭の上に乗ったピカチュウは後で助けてやるとして、今は頑張れ。なんとかカイオーガを止めてくれ。

紅色の玉を通じておそらくカイオーガはアオギリの悪い思考に飲まれている。ポケモンが単体でここまで暴れることなんて相応の理由がなければありえない。

一方、暴走していないグラードンはこの場では唯一のカイオーガを止める手段だ。

ピカチュウの体に現れている模様はグラードンのもの。ピカチュウは今、グラードンの手足も同然なんだろう。ピカチュウの技を使って相性の悪さを打破しようとするとは…。

意外とグラードンの奴、賢いな…。

トゲキッスに合図してグラードンの目線のところまで近寄る。大きな目と視線が合った。

 

「グォオオ!!」

「よし」

 

後は任せたぞ。

 

*

 

空の上から観察していると、何故かドラゴン使いのワタルが居た。

そのワタルとサトシがカイリューの背に乗っているのを見つけて、トゲキッスに呼びかけられ下を見れば海面に赤いギャラドスに乗ったタケシ達。

また危ないことしてるなぁ、と見守っていれば。

グラードンの攻撃、ソーラービームがカイオーガに直撃した。

アオギリの体から紅色の玉が出て来る。

その一方でグラードンの頭の上に乗っていたピカチュウの体から藍色の玉が出て来た。

そのままグラードンの頭の上からピカチュウが海へと落ちて行く、それを見てカイリューの背に乗っていたサトシが追いかけて海へと飛び込んだ。

咄嗟にミロカロスのボールを掴んだが海面を泳ぐ大きな影が見えてボールをカバンに戻した。

 

「…」

 

カイオーガがサトシを助けたのを確認してから、空中に浮かぶ藍色の玉と紅色の玉に手を伸ばす。

こちらを見つめるグラードンと目が合って私は頷いてその玉をカバンの中にしまった。

なんだかんだとアイコンタクトを取れてしまう辺り不思議でならん。

小さく息を吐けば陸から両手を振り大声を張り上げるヤマト、ポケモンレンジャーのくせにお前の姿をここでやっと見たぞ私は。

主にサトシ達が頑張ってたよな…。

 

「シンヤー!!大丈夫だったー!?」

「ヤマト!!お前が何をしてたのか私に教えてくれ!!」

「ワタルさんの腰巾着でした!!ごめんなさい!!」

「役立たず!!」

「返す言葉もない!!」

「役立たずのお前にこの情報をくれてやるから上に提出してこい!!」

 

てーい、と上から分厚いファイルを落とせばヤマトがそれを避ける。地面に落ちたそれを拾ったヤマトはファイルを開いてから私を見上げた。

 

「シンヤ様ー!!」

「二度とお前の仕事は手伝わない!!」

「そんなこと言わないで!!本気で言わないで!!僕、シンヤに頼る気満々だから!!」

「この二流レンジャー!!」

「それめっちゃ傷付くっ!!」

 

ヤマトと言い争っている間にグラードンが火山、カイオーガが海へと消えてゆく。

その姿を確認してから私はサトシ達と合流した。

 

「シンヤさん!!」

「サトシ、ピカチュウの様子はどうだ?大丈夫だったか?」

「はい、ピカチュウは大丈夫みたいです!!」

 

サトシの肩に乗ったピカチュウ。

放電のし過ぎで疲労はしているだろうがそれ以外に特に異常は無いらしい。少し休めば回復するくらいか、大丈夫だな。

 

「はじめまして、シンヤさん」

「はじめましてだな、ドラゴン使いのワタル」

 

手を差し出してきたワタルの手を握り返し、握手を交わす。

その間に分厚いファイルを抱きかかえたヤマトが割って入る。お前、邪魔だぞ。

 

「っていうか、シンヤ!!藍色の玉、紅色の玉!!それどうするつもり!?」

「これは私が管理する」

「レンジャーとしてそれは見過ごせない!!渡して!!っていうか、くださいコノヤロー」

「ダメだ。グラードンからの頼まれものだからな」

「そっか、グラードンからの…って嘘吐けぇ!!いつ頼まれた!」

「アイコンタクトで」

「どんだけ通じ合ってんの!!!」

 

飛びついて来たヤマトの足を踏みつければ悲鳴をあげて離れた。

そのヤマトを見てからワタルがこちらへと視線を向ける、その表情はなんとも不安げだ。

 

「その玉は危険です。持っていればその玉にシンヤさんが取り込まれてしまう、今日みたいなことを引き起こしてしまうかも…」

「大丈夫だ、気にするな!」

「気にするっての!!」

「うるさいっ」

「なんで僕にだけ相変わらず厳しいの!?」

 

あっちいけ、と言ってやればヤマトは泣き真似をしながらサトシ達の方へと駆けて行った。

それを見てサトシ達がクスクスと笑っている。

 

「シンヤさん…」

「大丈夫だ」

 

ワタルにもう一度そう言ってやれば、ワタルは困ったように笑ってから頷いた。

 

「あと、シンヤで良いぞ?同い年くらいだろ?」

「あ、そうだよねぇ。僕とシンヤは同い年なんだよ、ワタルさん」

 

そういうヤマトはワタルさんって言ってるけどな…。まあ、四天王の一人を呼び捨てにするって感覚はヤマトに無いんだろう。

 

「いや、オレは…その…」

「「?」」

「シンヤさんはシンヤさん!って感じだよね!!」

「確かにそうかも!!」

「みんなそう呼んでるからそう思うのかもな!」

「ピッカ!」

「ジョーイさんにジュンサーさんもみんなシンヤさんって呼んでるもんなぁ…くぅっ、羨ましい!!」

 

タケシ、いつでも代わってやるぞ。

あと私と年が近いであろうロケット団は敬称なんて付けて来ないからそんなことは無いと思う。

ピカチュウは私のこと、シンヤさんって呼んでくれるけどな。ポケモンは大抵、呼び捨てで呼んで来るし…。サトシのピカチュウは礼儀正しい良い子だ。

 

「オレは!!」

「なんだ」

「シンヤさんのファンなんです!!サイン貰って良いですか!!」

 

えぇー…。

 

「じゃあ、僕、ワタルさんのサイン貰っとこうかな!!」

 

えぇー…。

 

*

 

ワタルとヤマトが責任を持ってサトシ達を送って行くというのでその場で別れた。

別れたのは良いが、目の前で繰り広げられる言い争い。私はまた面倒な奴らと知り合ってしまったらしい。

少し前に会ったレックウザ、アイツはまだ素直な良い子だったよなぁ…。

 

「おれがどれだけ心配したと思ってんだぁああ!!」

「あー…うるさい、ホントうるさい、暑苦しい…。捕まったのはお互い様なんだからもう良いだろ、ホントうざい」

「なんだよ!!もうちょっとこうさぁ!!グラードンが居なかったら今頃どうなってたかわかんなかったぁ…!!みたいな可愛いこと言えよぉおお!!こっちはそれちょっと期待して頑張ったんだってぇええ!!」

「うざい、きもい、近寄るな。今回は悪かったと思ってお前の領地増やしてやったんだからもう良いだろ」

「そんな投げやりの態度は嫌だ!!もっとなんか期待してた!!」

「変な期待したお前が悪いんだろ?死ねば?」

「死っ!?おま、そんなこと言うなよ!!!おれはお前のことを考えてだなぁ!!!」

「うーるーさーいー…、もう一回さ、おれのこと忘れてくんない?っていうか、一生忘れて。お互いに忘れよう、そして永遠の別れを言おうじゃないか」

「嫌に決まってんだろうがぁああ!!おれが居てお前が居る!!おれらこそ永遠の愛を誓い合った存在だろうがぁ!!」

「誓ってないよー、いつ誓ったー?お前の脳内で勝手におれをいいように扱わないでホント、マジできもいしうざいし、暑苦しい~…」

 

叫ぶように言葉を発するグラードン、それに対してふわふわと気だるげに言葉を返すカイオーガ。

そう私の目の前に居るこの人の姿をした二人…。あの後、私の前に現れ双方の玉の管理を任せることについてお礼を言いに来た。そこまでは良かったのだが顔を見合わせたかと思うと言い争いを初めてしまったのだ

なんだろう、大規模な痴話喧嘩…?でも、多分両方オス…。

 

「シンヤ!!なんとか言ってやってくれ!!カイオーガになんとか言ってやって!!!おれがどれだけ心配して考えて行動したのか言ってやって!!」

「いやいやー、お前の行動云々よりお前も捕まってるんだからその時点でなんとも言えない。今回の話はもう終わり、おしまい、さよなら、ばいばい、永遠に」

「永遠イヤだっつってんだろぉおおお!!!」

「うるさい、これ以上近寄ったらホントお前の領地減らす。すり減らす」

「意地でもおれは拡げてやるわぁあああ!!!!ちくしょう!!お前はおれのもんだからな!!!」

「うーざーいー…、おれはおれのものだから、っていうか海はみんなのものだからー」

 

まあ、なんとなく見てて分かった…。

グラードンはカイオーガのことが凄く好き、でもカイオーガはグラードンに対して冷たいと…。

…あれ、なんかこんな光景見たことある気が…いや、見たことはないが…なんか似たようなことが…。

 

「シンヤー!!なんとか言えよぉおお!!」

「シンヤ、その暑苦しいのどうにかしてー…」

「……」

 

うん、帰りたい。

そして、私は家に帰宅……。出来るわけもなく、手持ち総動員でなんとか落ち付けようと思ったら更に拍車がかかってしまった。

 

「おれさぁ、おれさぁ!!長年好きだっつってんのにカイオーガはさぁ!!海広げておれが近付けないようにしやがるしよぉお!!」

「悲しいねー…」

「でもでも、ワタクシはグラードンさんの想い通じてると思いますの!!カイオーガさんも長いお付き合いで素直になりきれないところがあると思いますわ!!」

「マジで!?あれか、ツンデレってやつ!?でもおれ、デレてるところ見たことねぇんだけど!!!」

「これからですわ!!ね!!ミロさん!!」

「そうなの?」

「そうですわよ!!だってミロさんも長年のシンヤへの想いが通じて、シンヤはデレましたわ!!」

「ミロ!!お前すげぇなぁ!!!」

「そうなの?」

 

…そうなの、か?

グラードン側の会話に内心首を傾げる。

そしてそのままカイオーガ側に視線をやればこっちもこっちで凄い。

 

「ホント、暑苦しいんだってー…好きとか愛してるとか、ホント海の底で寝てたいのに地震起こして邪魔しやがるし…」

「それはウザイな!!もう相性的には勝てるんだから半殺しも良いんじゃねぇの!?」

「そう思うー?おれもそうしたいんだけど、争うと人間達も巻きこんじゃうから困りものなんだよな」

「力が強い立場ならではの難問だな…」

「ゴーストタイプの良い技教えてよ、ほら呪いとか有りじゃん?」

「あれ、でも自分もダメージ来るぞ!!」

「それに、グラードンの性格上…呪いたいほどおれのことが好きなのかと思わせる可能性もなくはない」

「それもうざいなー…」

「もうシカトが良いとワタシは思う!!」

「シカトしたらしたであのバカ、暴れるんだけどどうしたら良い?」

「うわー、それなんかどっかで見たことある感じだ…何処ぞの低能思い出すー…」

「考えようによっては、主が折れたと言っても間違いではないが…あの二人は幸せそうだ…」

 

…私、折れたのか…?

何故かチクチクと私まで攻撃されている気がしなくもない…気のせいだとは思うが、ダメージがこちらに来るのは何故…?

心配げに見守るトゲキッスとチルタリス…。

この二人は唯一の癒しだな、と思いつつ溜息を吐いた。

 

「帰りたい…」

 

 

ちなみに。

グラードンからの預かり物。

藍色の玉と紅色の玉は家の玄関に並べて飾りました。

 

*



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34

ポケモンレンジャー支部へとシンヤがゲットしてくれたグラードン、カイオーガのデータが記載されているファイルを提出。

アクア団とマグマ団も解散して、グラードンとカイオーガも元通り自分たちの住処へと戻った。万事解決、シンヤ様様!!

少しの休暇を貰って次のミッションまで待機することになった僕はツバキちゃんにグラードンとカイオーガのことについて連絡する為ポケモンセンターにやって来ていた。

 

<「マジすかー!!シンヤさんにすぐに連絡してデータ貰わないと!!あの人、絶対に回収してるって!!」>>

「シンヤ、電話報告してこなかったの?」

<「全くして来ない!!ヤマトさんは頻繁に連絡くれるけどシンヤさんはホントに連絡してこない!!雑誌とかテレビで見た方が早いし正確ってどういうこと!!」>

「シンヤらしいねぇ~」

<「ノリコ達にチクッてやるんだから~!!」>>

「あはは、ノリコちゃんとカズキくんによろしくね」

<「はーい!!それじゃ、また連絡お願いしまーす!!」>

「うん、じゃあね!」

 

ツバキちゃんとの電話が終わって、さて何をしようかと考えてみる。

シンヤみたいに忙しいわけじゃないしなぁ、ミッションがないと基本的に暇…。野生ポケモンの様子を見て回るのも良いかもしれない。

とりあえず、と唯一の手持ちである色違いのユキワラシをボールから出してユキワラシの視線に合わせてしゃがむ。

 

「ユキワラシ!暫くお休みだからどうする?」

「ユキー」

「うーん、やっぱりシンヤの家に行こうかなぁ…野生ポケモンいっぱい居るし楽しいもんねぇ…」

「ユキユキー!!」

 

ぶんぶん、と首を横に振るユキワラシ。首ないから体だけど…。

でも、これはダメって言ってるのかな…。

 

「ダメ?」

「ユキ!」

 

コクン、と頷いたユキワラシを見て腕を組んで考えてみる。

確かに…今、シンヤのところに言ったら怒られるかも…。いや、絶対に今、顔を合わせたら「今度はなんだ!!」って怒鳴られそう…。

やっぱりこの辺りにいる野生ポケモンを見てこようかな~…。

 

「ヤマトさん、どうしたんです?」

「あ、ジョーイさん。今からなにをしようか考えてたんですよ」

「なら近くの村に行ってみたらどうです?ここはルネシティに行くトレーナーさんもよく通るから、小さいながらも活気ある村にトレーナーさん達が集まってるんです」

「トレーナーさん達が…」

 

ってことは、育てられたポケモンたちが沢山…!!

足元に居たユキワラシに視線をやればユキワラシはコクンと頷いた。

 

「よっし、行こう!!」

「ユキー」

「相変わらずポケモンがお好きなんですね!」

「世界一のポケモン好きですからー!」

「あら、私も負けてませんよ!」

 

ジョーイさんと朗らかに会話をして僕とユキワラシは近くにある村へと向かった。

 

*

 

ジョーイさんの言う通り、小さいながらも活気ある村。美味しそうな木の実や野菜を売るお店が並んでいて鮮やかな色で溢れている。

こういうところ良いな、まあ生まれ故郷のズイも良い所だけど。

木の実を買って、ユキワラシと一緒に並んで木の実を頬張った時。

ジグザグマを連れた男の子が息を荒くして走って来る。急いでいるような男の子に「どうしたの?」と聞けば男の子は息が荒いまま顔に笑みを浮かべて言った。

 

「あのシンヤさんがこの村に来てるんだって!!」

「へ?」

「ぼくのジグザグマも見てもらうんだ!!」

 

そう言って走って行った男の子の背を見送ってから僕はユキワラシと顔を見合わせた。

僕の中の選択肢は今「逃げる」という選択肢しかないんだけど…。でも、シンヤがこんなところに居るなんてどうしたんだろう…。

急患のポケモンでも居た?でも、ジョーイさんはそんなこと一言も言ってなかったし…。

 

「見に行く?」

「ユキー」

「うん、怒られるのを覚悟で何があったのか聞きに行こう。手伝えることあったら手伝いたいしね」

「ユキ!」

 

頷いたユキワラシと一緒に男の子が走って行った方向へと走る。

でも、ホントにシンヤってばこんなところに何しに来たんだろ?

 

*

 

「ふっふっふっ」

「はぁーい、かの有名なポケモンドクターのシンヤさんはこちらですよー」

「今ならポケモンの健康診断を行ってるのニャ!!さあさあ、ポケモン達を預けていってニャー!!」

 

沢山の人に囲まれる中、腕を組んで佇む男。

シンヤの格好をしたコジロウと、そのシンヤの助手と言い張るムサシとニャース。

サトシ達の後を追っていたが途中のこの村をサトシ達が寄らずに通り過ぎた為、悪事を働いていた。

今回思いついたのは他でもない。知り合いであるシンヤが有名なのを良い事に健康診断と称してポケモンを預かりトレーナー達のポケモンをそのまま奪う作戦だ。

シンヤの格好をしたコジロウ。

直接、シンヤの姿を見たことのない人からすればわりと似ている気もする。しかし直接会えばシンヤの方が身長があるので一目瞭然なのだが…小さな村でそれが気付かれることはない。

 

「シンヤさん!ぼくのジグザグマも見てください!」

「ああ、ちゃんと診ておこう。助手に預けておいてくれ」

「はい!」

「はいはーい、こちらでお預かりしまーす!」

 

ひょい、とジグザグマをムサシが抱きかかえた時、人混みの間からヤマトがひょこっと顔を出した。。

そして辺りを見渡して首を傾げた。

 

「えっと、シンヤは何処ですか?」

「なにを仰るのお兄さん!!こちらに居る方がシンヤさんですのよ!!」

「今日は出張健康診断の日なのニャ!!」

「…え?」

「私がシンヤだが?」

 

コテンと首を傾げたヤマトにシンヤに変装するコジロウも軽く首を傾げてみせる。

それを見てからヤマトはぴ、とコジロウを指差して言い放った。

 

「ユキワラシ、冷凍ビーム」

「ユキィイイイ!!!」

「ぎゃぁあああああ!!」

 

カチンコチンに凍ったコジロウを見てムサシとニャースが顔を蒼くした。

 

「僕、シンヤの幼馴染のヤマトって言います。あなた達はどちらさま?」

 

ニッコリと笑ったはずのヤマトの目は微塵も笑っていない。

逃げようと後ずさるムサシ、氷の溶けたコジロウも顔を顔を蒼くしながらヤマトから距離をとった。

 

「よ、よう、ヤマト!」

「誰?シンヤは自分から進んで出張健康診断なんてする男じゃないから、っていうか。シンヤはそんな背低くないし、顔も違うし何処をどう見てもシンヤじゃないよね?」

「……」

 

ヤバイよ、知り合い来ちゃったよ!!と焦るロケット団。

そんなロケット団をよそにヤマトはどんどんと不機嫌になっていく。

 

「僕の幼馴染の名前を使ってポケモンを盗もうとするなんて…許せない…」

「いや、それはその…」

「お、落ち着いてお兄さん…!!」

「話せば分かるニャ!!」

 

どんどんとボロを出すロケット団を見て周りに居た村人も眉間に皺を寄せる。

村人の一人が「なんなんだお前たちは!」と声を荒げたことでロケット団がバッと衣装を変えた。

 

「なんなんだお前たちは!と聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け!!」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るた 」

「ユキワラシ、冷凍ビーム!!」

「「ぎゃあああああ!!!」」

 

口上の途中で攻撃を食らったムサシとコジロウ。それを見てニャースがガタガタと震えだす。

そんなニャースの目の前に立ち、ニャースを見降ろしたヤマト。

 

「悪いことは駄目だよ!」

「ごめんなさい、ニャ…」

「……」

「…ニャ~…」

「喋るニャース、可愛い…」

「ニャ?」

「いやいや、今はそんなこと言ってる場合じゃないし!!キミ達はなんなの?何処の人?」

「ニャー達のセリフを途中で遮って謎にしたのはそっちニャ!!」

「?」

「ニャー達は世界に名を轟かせる組織、ロケット団ニャ!!」

「ロケット団!?」

 

あ、そういえば、このニャースとあの二人どこかで見たかも…と記憶を辿ってみるが、結局、辿りつかなかったのでヤマトは途中で諦めた。

 

「じゃあ、逮捕だね」

「ニャ!?」

「僕、ポケモンレンジャーです」

「退却ニャー!!!ダッシュで退却ニャー!!!」

「待てこらー!!!」

「待てと言われて待つやつはいないのニャー!!」

「ちくしょう!!喋るニャース可愛いなー!!」

「ニャ!?」

「保護だ保護!!ニャースだけ保護ー!!ユキワラシ、冷凍ビームー!!」

「ユキィイイ!!」

「あいつ、オレらだけ殺す気だぜ!!ムサシ!!」

「逃げるのよ!!」

 

結局、ロケット団はニャース気球に乗って逃げてしまった。

そんな気球を見上げてヤマトはむぅと口を尖らせた。

 

「なにあの気球!!めちゃくちゃ乗りたい…!!」

「ユキィ…」

 

*

 

<「っていうことがあったんだよ」>

「許すまじロケット団」

 

ギリリ、と拳を握りしめたシンヤは目一杯眉間に皺を寄せた。

まさか自分の名を使って悪事を働かれるとは……今度あったら覚えておけ、とシンヤは心の中で思った。

 

<「いやぁ、それにしても喋るニャース可愛かったなぁ…」>

「ロケット団のニャース良いよな、アイツ手先が器用でなポケモンを捕獲する為のロボやら基地も作るんだぞ」

<「マジで!?そんな技術を悪用してるなんてもったいない!!一緒にレンジャーやってくれないかなぁ…」>

「ダメだぞ、私が先に予約してるんだ。ロケット団が解散したらうちで雇う」

<「そんなのずるいよ!!喋るニャースなんて貴重過ぎ!!ポケモンの言葉も分かるなんて絶対に一緒に仕事したい!!」>

「私が先約だ!!」

<「シンヤは人手、じゃなくてポケ手は足りてるでしょ!!」>

「なんだポケ手って!!」

 

ぎゃーぎゃーと言い争うシンヤとヤマト。

電話画面の向こうに怒鳴る自分の主人の後ろ姿を眺めてトゲキッスはじょうろ片手に苦笑いを浮かべた。

 

「(なんの話、してるんだろう…)」

 

まあ、楽しそうだから良いか。と庭へと向かったトゲキッス。

シンヤとヤマトはなんだかんだで仲が良い。

 

<「あ、ニャースで思い出したけど!!あの気球も良いよね!!」>

「あれは私も乗せてもらおうと思ってた」

<「乗った?」>

「いや、忙しくてなかなか…。それに会った時はつい忘れるんだよな」

<「もしかしてあの気球もニャースが作ってる…?」>

「多分な」

<「ニャース良いなぁ!!!」>

「な」

 

楽しげに会話するシンヤを見てミロカロスが目一杯、頬を膨らませていた。

 

「なんなのその顔、ぶさいく」

「ぶー!!」

「超ウケる!」

「ニャース殺す!!」

「え゛、それ冗談に聞こえないんだけど…」

 

頬を膨らませたミロカロスを見て、ミミロップが顔を青褪めさせた。

 

*

 

「エーフィ、エーフィ!!」

「なんです?」

「聞いて聞いて!」

「だから聞いてるじゃないですか、なんです?」

「ロータってところでポケモンのバトル大会やるんだってー!!この雑誌に書いてた。しかも衣装の貸し出しもやっててさー!!この貴族の衣装とかカッケェ!!」

「そういうの本当に好きですねぇ…」

 

雑誌を両手で広げたブラッキーがニシシと笑った。

それを見てエーフィは苦笑いを浮かべる。

 

「エーフィも似合いそうだぜ、これとか!!」

「…女性物ですか?」

「やっぱりドレスでしょ!!」

「私は男ですが…」

「なんでだよー、良いだろー!!揃いのやつ着たいじゃーん!!」

「…そ、そうですか…」

 

雑誌のページを捲るブラッキーから視線を逸らしたエーフィの頬は赤い。

ぺし、と自分の頬を叩いたエーフィはこほんと小さく咳払いをしてからブラッキーへと視線を戻した。

 

「まあ、好きに想像してなさい」

「えー…想像だけ?」

「行かないでしょう?そんな遠方に…」

「確かにカントー地方…、だけど行きたくない?」

「行きたくない…というわけじゃないですけど…」

「それって行きたいんだろ?」

「い、行きたい…んですかね…?」

「素直じゃないだからー」

「ほっといて下さい…」

 

そんなの分かってます、と思いつつエーフィは眉を寄せてそっぽを向いた。

そっぽを向いたエーフィをチラリと見たブラッキーは少し考えてから、電話でヤマトと会話をするシンヤを盗み見る。

 

「…」

 

そしてエーフィの方へと視線を戻したブラッキーはニコリと笑った。

 

「ロータ、行きたいねー」

「…そうですね」

「ね!」

 

雑誌で口元を隠したブラッキーはニヤリと笑う。

 

「(行きたいったら行きたいんだもーん♪)」

 

楽しいこと大好きなブラッキー、

ちょっと本気になってみることにした…らしい。

 

*



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35

ハルカとシュウがグランドフィスティバルに出場すると聞いたので応援の手紙だけ送っておいた。ジョーイから手紙が来てたのは無視。

テレビ放送で様子を見てやっぱりロバートが来たか、と脳内でコーディネーターのシンヤと頷いた。

 

「シンヤ、ちょーっと先の話なんだけどさー」

「…なんだ?」

「カントー地方のロータに行かない?」

「…行かない」

「まあまあ、考えといてね」

「……」

 

ブラッキーの笑みが凄く怪しかった…。なにを企んでいるんだ、アイツは…。

 

そしてポケモンリーグ、サイユウ大会が行われる数日前。

忙しなくジョーイからの手紙が来たが勿論無視…、していたのだがジュンサーさんから電話が掛かってきた。

なんでも聖火であるファイヤーの炎が消えてしまったらしい。ちゃんと管理しておけよ、と思いつつ。テレビの取材などが来て騒ぎになるのが目に見えているホウエンリーグには絶対に行かない!!もう誘うのも無し!!という約束をして、ファイヤーの炎を入手しに向かったのが、

カントー地方。

ファイヤーにわざわざ炎を貰いに行くわけではなく、カントー地方にある家で管理していたファイヤーの炎をジュンサーさんに渡すだけ。

なので、移動が面倒なだけで炎自体は問題なくジュンサーさん達の経由でサイユウシティへと渡った。

……までは良かった。

 

「シンヤー」

「なんだその笑みは…」

 

ニヤニヤと笑ったブラッキーが目の前に立ち塞がった…。

 

「ロータ、行かない?」

「…行かない」

「せっかくカントー地方に来たんだからさ~、良いよね?良いでしょ?良いって言って?」

「遠いじゃないか、なんでそんなところまでわざわざ行かないといけないんだ…!」

「バトル大会あんの!!しかも貸し衣装付きのバトル大会!!」

 

絶対に嫌だ、そんなところ。

すぐにホウエンに戻る理由はない。カントーに来たんだから暫くこっちに居てもなんら問題はないが…。わざわざロータまで行くなんて…めんどくさい…しかも、バトル大会に行くためだなんて余計に嫌だ…。

 

「シンヤ、オレのお願い聞いて欲しいな?だってね、だってね~、エーフィも行きたいって言ってたんだよ~」

 

なんだその無駄に甘えた声色、もの凄く気持ち悪いぞ!!

 

「だから、逃さないぞっ」

「ぐっ!?」

 

くろいまなざし…!!!本気で逃がさない気だ!!

ニヤニヤと笑って近付いて来るブラッキー、何をするんだと思っていれば表現し難い凄まじい音が鼓膜を震えさせる。

 

「くっ、いやなおとか…!!」

「耳を塞いでも無駄だぜ、シンヤー…。さあ言え、ロータに行くと言え!!」

「ぐ、ぅぐ…耳がッ…、!!」

「逃げられないぞー、逃さないぞー、その口からオレの望む返事が出るまではー…」

「わかった!!わかった!!行く!!ロータに行こう!!」

「ぃよっしゃ!!」

 

ガッツポーズをしたブラッキー。

ある意味、拷問だった。逃げられない状況でいやなおと…、もうコイツの技のレパートリーからいやなおと消しとこう…。

 

「エーフィー!!エーフィのドレス姿の為にオレ、ロータ行きの許可ゲットしたよ~!!!」

「はぃ!?」

 

え…、そんなくだらない理由の為に…!?

 

「シンヤ、シンヤ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない…耳が痛い、なんか耳鳴りしてる…」

「シンヤ…!!待ってて、俺様が!!俺様がシンヤの代わりに仕返ししてくるね!!」

「仕返し…?」

「ブラッキー!!」

「はぁーい?」

「死ね」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!ミロちゃんストップ!!目がマジ!!目がマジだって!!!」

「シンヤを苛める奴はブラッキーでも許さない!!」

「わーわーわー!!でも、ほら、オレのおかげでシンヤとデート出来るんだぜ!?」

「…でも、ダメ」

「ごーめーんー!!謝るからー!!」

「シンヤ苛めたからダメー!!」

「ふぶき反対ー!!!やーめーてー!!!」

「しーねー!!」

 

なんかテレビでやってたんだろうな。

最近、腹が立ったりしたら「死ね」って言うのがミロカロスのマイブームらしい…あんまり良くない影響だよな…。

ミミロップ曰く「死ね死ねブーム到来」らしい…。

 

*

 

ロータにある城、オルドラン城へとやって来た。

なんでもこのオルドラン城で波動の勇者アーロンを讃える祭りが行われるらしい。

そしてその祭りの中でバトル大会がありそこで勝利したものはこの年の波動の勇者として讃えられるそうだ……。

出たい出たいと駄々を捏ねたブラッキーをエーフィに宥めてもらい、なんとか観戦側に回った私。

優勝して波動の勇者として讃えられるなんて絶対にゴメンだ…。

勿論、出場して負けるとは微塵も思っていない。なんとも自信たっぷりな思考だったので本気で拒んだ。トレーナーのシンヤが張り切って出て来るから本当にやめて欲しい。

 

「まあ良いや、本命衣装!!豪華なパーティー!!」

 

そんな理由でこんな遠方まで引っ張り出さないで欲しい…。

シンプルな物から派手な物までズラリと揃った衣装室、勇者アーロンが生きていた頃の人々が身に纏っていた洋服だって言ってたが大分バラつきがあるよな。

あ、ポケモン用のもあるのか…。

 

「シンヤは何着る?これ着る?つーか、これね」

「え…、もっと軽くて着やすいのにしてくれ…」

「これが良いよ。シンヤは足長いから着れるっしょ。鎧」

「おい、これ洋服としての重量じゃないぞ」

「オレも足が長ければなー、いやホントに、全身カッチリの衣装着れたのになー、身長欲しいわー」

「私の話を聞け」

 

重たい衣装を押し付けて他の衣装を物色しだすブラッキー。

本当に私はこれを着ないといけないのかと手にした衣装に視線を落とす…。いや、重い。

 

「俺様、これ着る。どう?」

「なんだその衣装、傭兵か?」

「わかんないけど着やすそう、被るだけー」

「良いな、私もそんなのが良い」

 

これにしよう、と衣装を両手で広げたミロカロスの手から衣装が消える。

 

「はい、ミロちゃんこっちね」

「え…」

 

ミロカロスの持っていた衣装を奪い、別の衣装を押し付けたブラッキー。

押し付けられた衣装を見てミロカロスは口を尖らせた。

 

「俺様そっちが良いのに!!」

「は?こんな垂れ幕着てどうすんだよ!!そっちの方が可愛いだろ!!」

 

垂れ幕って……。

 

「なんだよー!!こっちの方は…、…可愛い!!」

「だろ!!」

「これにする!!」

「おう!!」

 

ミロカロス、お前の意思は何処に行ったんだ。

まあ良いなら良いんだけど…。

周りの様子を見ればサーナイトは自分の着替えをすませトゲキッスの体に衣装を合わせながら考え込んでいた。トゲキッスはマネキンか…、そして男なのに当然のように女物のドレスを着るんだな。似合ってるけど。

 

「シンヤさん、着替えないんですか?」

「着るけど…」

 

エーフィに話しかけられて振り返れば男物の洋装なエーフィ

 

「お前は男物なのか」

「まあ、男なので」

「うちに女は居ないぞ」

「知ってます」

 

まあ、男に見えなくもないか…?とエーフィの姿を失礼ながらも上から下、下から上にと見てみる。

小柄だし女顔だからネクタイを絞めてる女にしか見えん…。

ミミロップにサーナイトとミロカロスらと比べると体型がなんか…。

 

「な、なんですか…ジロジロ見ないで下さいよ…」

「ああ、お前、下半身が女みたいに丸いんだ」

「はぃ!?」

「お尻が大きい」

「セクハラじゃないですか!!なんですか急に!!」

 

顔を真っ赤にして怒るエーフィ。

セクハラとか言われた…、今気付いた事を言っただけなのに…。というか男相手にセクハラとかあるもんなのか…。

 

「フィーはこれ着てーって、なにその衣装!!勝手に着るなよ!!これ!!」

「女性用ですよそれ…」

「大丈夫だよ、フィーは胸の無い女の体型だから。それより足をバンバン出して、より女に見えるから」

「はい!?」

「ああ、足も太いのか」

「シンヤさん、殴りますよ!?」

 

えぇー…。

ブラッキーの言葉に気付いて言っただけなのに…。

 

「シンヤ、太いとかダメ。むちっとしてんの」

「言い方変えただけじゃないか…」

「やめてください、本当にやめてください」

 

結局、ブラッキーの選んだ衣装を着るらしいエーフィ。

顔を赤くしながら着替えに行ったのを見送るとブラッキーにポンと背中を押された。

 

「なんだ…」

「なんだじゃないよ、シンヤもさっさと着る」

「これを…?」

「それを」

 

重たい着難い、と文句を言いながら来たら意外にもピッタリしてて動きやすいかもしれない。

あと着てたら重さは気にならん。

 

「意外と着心地は良いな…!」

「シンヤ…、カッコイイ…!!」

「マジ足長ぇなクソ…選んだのオレだけどー…」

 

*

 

そして思い思いの衣装を身に纏い、バトルを観戦中。

バトル大会に出場しているサトシの姿を発見。

おーおー、知り合いが出てるということはこの辺にタケシ達もいるんだろうな…当然、ロケット団も居るんだろう…。

決勝へと上がったサトシが優勝、どうやら今年の波動の勇者はサトシらしい。衣装も波動の勇者のものなんだな、なんかどっかで見たことのあるような服だと思うんだが…どこで見たのやら…。

ううん、と考え込んでいるとバトルフィールドにエイパムが降りて来てサトシのピカチュウの両手を取って喜んでいる。

 

「…エイパム?」

「どったの?」

「いや、何か…」

「あ、タケシとマサトだー」

 

ミロカロスの言葉に視線を下にやれば確かにタケシとマサト。

ピカチュウの傍に居るエイパムを見て少し違和感がある気がしたが…、まあ良いか。

 

*

 

優勝したサトシが今年の波動の勇者になった。

オルドラン城の姫、アイリーンから波動の勇者が持っていたとされる勇者の杖が手渡される。

 

「この国の平和を守ってくれたアーロンを讃えて今宵は楽しみましょう!」

 

アイリーン姫がそう言って両手を広げた。

讃えるのは別に良いが…と思いつつ壁に描かれた肖像画へと視線を移す。

 

「…ゲン」

 

懐かしい面影の立ち姿。

勿論、ゲンはアーロンなんて勇者ではないが…波動使いではあったからな…。ううん、他人とは思えん。

しかし今のこの世界にゲンは居るのだろうか…、シンヤがこの世界に生まれた記憶にはゲンという人間と接触した記憶はない…。

また何処かで会えると良いがな…。

優雅な音楽が流れ始め、男女が手を取りダンスを始める。

当然のようにサーナイトがトゲキッスを無理やり引き連れて踊りに行ってしまった。そして、豪華な食事を頬張るブラッキーの耳を引っ張ってエーフィがせっかくなんだから踊れとブラッキーを連れて行く。

 

「…ん?」

 

近くのテーブルの下を確認すれば、テーブルの下に料理をやまほど運び込んだニャースを発見。

ニャースが料理を食べているということはムサシとコジロウは踊ってるのかもな。

 

「エィパム!!」

 

エイパムがサトシのピカチュウ達を引き連れて歩いている。

足元を通り過ぎるエイパムとピカチュウが私に気付いて両手をあげた。

 

「パム!!」

「ピピカチュゥ!!」

「楽しそうだな、あんまりハシャいで暴れるなよ」

 

手を振ったエイパムとピカチュウに手を振り返して広間から出ていくピカチュウ達を見送った。

うーん、やっぱりあれ…エイパムじゃないよな…。

変身を使えるポケモン、でも私に対して警戒心は全くなかった…。私の異質さに気付くほどのポケモンか…。

この辺に生息してるのだと……。

腕を組んだ時、ピカチュウ達が出て行った扉を女が一人通って行った。パタンと閉じられた扉に視線をやってもしかしてと思いついた一匹の姿を脳内で思い浮かべる。

…まあ良いか。

気付かなかったことにしよう、いちいち考えるのはめんどくさい。なにか食べようかな、とテーブルに視線をやった時にミロカロスが私の腕を掴んだ。

 

「シンヤー、踊ろー!!」

「…ミロ、お前踊れるのか?」

「全然!!」

 

そんな自信満々に言われてもな…。

 

「…リードはしてやるが足は踏むなよ」

「気を付けるー」

 

*

 

「これにて、今宵のパーティはお開きとします。波動の勇者が皆様をお見送りします」

 

賑やかだったパーティも終わりらしい。

何度か踏まれた足を擦りながら椅子から立ち上がったサトシへと視線をやる。

 

「シンヤ…ごめん…」

「もうお前、ヒール履くな…」

 

サトシが勇者の杖を掲げると外で花火があがった。

粋な演出だな、と外を眺めていると頭に響いてくる声…、これはテレパシーだ…。

サトシの方へと視線をやれば勇者の杖が光っていて、それを持つサトシが慌てている姿があった。

勇者の杖からポケモンが現れた、あれはルカリオだ。

現れたルカリオがすぐにサトシへと詰め寄る。

 

< アーロン様!!何故、城を捨てたのですか!! >

 

アーロン?

はて?と首を傾げてから壁に飾られた勇者の肖像画へと視線をやる。

目を瞑ったままのルカリオはどうやら目が開けられなくなっているらしい、目潰しでもされたのだろうか。

サトシの声に動揺しているルカリオへと近付けばサトシが驚いた表情で私を見た。

 

「あ、シンヤさん!!」

「ガゥ!?」

 

背後からルカリオの首を掴んで上を向かせ、濡れティッシュで目元を拭いてやればルカリオが目を開けて瞬きを数回。

手を放して解放してやればサトシの姿を見て驚いたかと思うと外へと飛び出して行ってしまった。

 

「……」

「あれは…?」

「ルカリオだな」

「ルカリオ?」

「勇者アーロンの従者をしていたというポケモンですね」

 

アイリーン姫の言葉にサトシが勇者の杖へと視線を落とした。

 

「この中に…!?」

 

モンスターボール的な役割を杖がしていたのだろうか…、不思議だな。

 

「っていうか、シンヤさん!!」

「しまった、目を瞑っていたルカリオを見て咄嗟に出て来てしまった…」

 

私の馬鹿。

面倒事に巻き込まれそうな気がしたのでルカリオを追いかけて行ったサトシ達を"追いかけない"という選択をとってみた。

そのまま宿泊しているポケモンセンターに戻って来てゴロリとベッドに寝転がる。

 

「シンヤ、あのルカリオは大丈夫なんでしょうか?とてもうろたえていたみたいでした…」

「そうだな、杖に封印されていたみたいだから急に未来にやって来たようなものだろう」

「それはとても寂しいです…」

「…まあ、そうだな」

 

自分のことのように落ち込むトゲキッスを見て少し私の心が痛む。いや、でもさすがに過去に戻してやるなんて事は出来ないしな……。

ディアルガ呼ばないと無理だろ…。

 

「あ、ピジョットが来たー」

 

ピジョット…?

はて、ピジョットの知り合いなんて居ただろうか…。

ベッドから体を起こしミロカロスと同じようにベランダへと出ると確かにピジョットがこちらへ向かって飛んでくる。

 

「ん…?なんか背中に乗…!!!」

「ッぉお!?」

「ピジョットー!!!」

「ニャニャニャー!!!」

「ぅおおおおお!?!?」

「シンヤー!!!!」

 

飛んできたピジョットに両肩を掴まれたかと思ったら体が空中に浮かぶ、そのまま視界は一面の夜空。

 

「シンヤニャー!!」

「ニャースか!!上が見えないんだ!!ピジョットの腹しか見えん!!」

「ピジョー!!」

「というか、お前ミュウだろ!!」

「そうニャ!!」

「やっぱりか!!」

 

*

 

「シンヤ……」

 

ベランダに残されたミロカロスは茫然と夜空を見上げた。

後ろを振り返り空を指差したミロカロスを見てブラッキーとサーナイトが頷いた。

 

「拉致られた!!」

「誘拐ですわ!!」

「俺、追い掛けます!!」

 

ベランダの柵に足を掛けたトゲキッスを引き留めたのはミロカロス。

 

「俺様も行く!!」

「ちょい待ち!!オレも行くっての!!」

「ワタクシも行きたいですわ!!」

「そんなに運べません…」

 

トゲキッスにしがみ付くミロカロス、そのミロカロスを引き放そうとするブラッキーにサーナイト。

そんな4人を見ていたエーフィは部屋へと戻りシンヤのカバンを片手に戻って来た。

 

「じゃあ、ボールに戻りましょうか」

「「「え?」」」

「私達がボールに戻って、トゲキッスがボールをカバンに戻してからそのカバンを持って追い掛ければ万事解決です」

「フィーさん、マジ天才なんですけどー!!」

「頭いいー!!」

「さすがですわー!!」

「早くボールに戻りなさい、後は頼みましたよトゲキッス」

「はい!」

 

*



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36

ミュウに連れて来られた場所は世界の始まりの樹と呼ばれる岩山の中…。ミュウの住処らしく芝生の上に山積みにされたおもちゃが置いてあった。

そしてミュウの寝床らしい籠の中にピカチュウを寝かせ、その周りをぐるぐると飛び回るミュウ…。

 

「ミュミュミュー!!」

「だから、さっきから気を失ってるだけだから放っておけば大丈夫だと言ってるだろうが!!」

「ミューゥー!!」

「大丈夫だと医者の私が言っている!!」

 

まさか、ピカチュウの様子を診察させる為に拉致されるとは思わなかった。

それに治療しろ治せ、とか言っているが医療道具ゼロの状況でどう治療しろと言うのか……。

 

「ミュウー!!」

「寝てるだけだ!!」

「シンヤも大変ニャ…」

 

はぁ、とニャースと揃って溜息を吐く。

ふかふかの芝生を撫でてからミュウの様子を見る、相変わらずピカチュウの傍に付き添っているのを見て私はもう一度溜息を吐いた。

 

「寝る」

「ニャに!?」

「眠い、もう真夜中だぞ。寝るしかないだろ、おやすみ」

 

ぼす、と芝生に横になって目を瞑る。

朝になればなんとかなる…。多分。

 

「…ニャー…。意外と図太いニャ…」

 

*

 

「ミュミュー!!」

「ピカピカー!!」

「ぅぐっ!!」

 

目が覚めたらしいピカチュウがミュウと駆け回っている…。駆け回るのは良いが…、今、私の脇腹を踏んで行ったぞ…。

変な起こされ方した…と思いながら体を起こせばニャースが隣に居る。

 

「ニャんだか良い感じニャ!」

「…そうか?」

 

ふわ、と欠伸をすればニャースが木の幹の中に飲み込まれる様に消えた。

 

「ニャニャニャ、ニャんだー!!」

「ピィカ!!!」

「お、おい!!」

 

ミュウがニャースの消えた幹に顔を突っ込んだ、そこ何かの入り口なのか…?後ろから見てるとなんか気持ち悪い光景だぞ…。

ピカチュウもミュウと同じように顔を突っ込んだので、私からはミュウとピカチュウのお尻しか見えない…。

よいしょ、とミュウとピカチュウの上から気になるので私も顔を突っ込んでみると中は薄暗く緑色の球体が上へ上へと昇っていっている…。

 

「ピカ!?」

「気持ち悪い!!」

「ミュウー!!」

 

するりと中に入ったミュウが緑の球体に飛び乗った。ぼよんと弾む音が辺りに響く。

 

「ミュミュー!!」

「私が乗るのは無理だろ…」

「ミュー!!」

 

ピカチュウと顔を見合わせればピカチュウは緑の球体に飛び乗った。

私も少し大きめの球体を狙って飛びついて浮き輪に掴まるように球体に腕を回した。

落ちたら死ぬのかこれ…。

 

「ピカー!!」

「ミュー!!」

 

ミュウの乗る球体とピカチュウの乗る球体がぶつかり狭い通路の中でゴムボールのように弾む。

なんて恐ろしい遊びを始めるんだと下から眺めていると案の定、ピカチュウが降って来たので足で拾う。

 

「ピカ…」

「ちゃんと乗れ」

「ミュミュミュミュ!!!」

 

ドンドンと上に昇って行く、球体。

途中、先に落ちたニャースが球体にしがみ付いていた。

そのニャースをミュウがボールで弾き飛ばして、ニャースが悲鳴をあげる。

それに続いてピカチュウがニャースの球体を弾き飛ばし、またニャースが悲鳴をあげる。

左右に弾むニャース…、あれ酔うだろ…。

 

「ニャニャニャニャニャ!!!」

「こっち来るな!私が落ちる!」

「ニャニャニャニャニャニャー!!」

 

凄いな、本当にゴムボールみたいだ…。

下の方でぐったりしたニャースが昇って来るのを確認してから上を見上げた。

 

「ミュミュー!」

「そこに入るんだな」

 

ミュウが先導して壁に飛び込んだ、それに続いてピカチュウが飛び込む。

 

「ミュ!」

「ピカ!!」

「よっと」

「ニャッ!!!」

 

私の後から入って来たニャースが転げながら私を追い抜いて地面に突っ伏した。

そのニャースを跨いでミュウとピカチュウの横に立つと「おお」と思わず声が漏れる。

 

「絶景なのニャ」

「ピィカ!!」

「ミュゥミュー!!」

 

雲と同じ高さ、飛行タイプのポケモンの背の上からでも見えるが立って見下ろしてみるとまた違うな…。

 

「ミュ?」

「トゲキッスニャ!!」

「おー…うちの子は優秀だな…」

 

遠くから世界の始まりの樹に向かって飛んでくるトゲキッスの姿、ちゃんと私のカバンも持って来てくれてるらしい。

上からピカチュウとニャースが「オーイ」と呼びかければトゲキッスは高度を上げて私達の方へとやってきた。

とん、と芝生の上に降りたトゲキッスがすぐに人の姿へと変わる。

 

「シンヤ!!無事で良かったです!!途中でピジョットを見失った時はどうしようかと思いました!!」

「コイツが犯人だ」

「ミュゥ!!」

「ミュウの仕業だったんですね…。どうりで野生のポケモンたちに聞き回ってもピジョットなんて居ないって言われるわけです…」

 

疲れた、と言わんばかりにその場に座り込んだトゲキッス。

トゲキッスからカバンを受け取って中を見ればミロカロス達のボールが入っていた。

 

「ボールの中で休むか?」

「是非、お願いします…」

 

ポケモンの姿に戻ったトゲキッスをボールに戻して、ボールをカバンにしまう。

トゲキッスがこの調子じゃもう暫くはここで待機する事になりそうだな…。

 

「トゲキッスがカバンを持って来てくれたから、朝食でも食べるとするか」

「ピカー!!」

「賛成ニャ!!」

「ミュミュー!!」

 

*

 

「いっぱいおもちゃあるー!!」

「ブラー!!」

 

がしょん、とおもちゃの山にブラッキーが突っ込んだ。

それを見てミュウがケラケラと笑い、エーフィが呆れたように溜息を吐いた。

 

「素敵な場所ですわね!」

「まあ、良い所だが…。こんな所に住んでいて今までよく捕まらなかったものだ…」

「確かに言われてみると…、誰にでも来れそうな場所ですわ…」

 

まあ、誰にでもというより飛行タイプのポケモンを連れているという条件はあるが…

下からでも昇って来る手段はいくらでもありそうだ。

サーナイトと顔を見合わせてからおもちゃで遊ぶミュウ達を視界に入れた。

 

*

 

オルゴールの音が辺りに響く。

その音色を微かに耳にしながら浅い眠りに付いていたがピカチュウの声に起こされる。

 

「ピカー…」

「そろそろジャリボーイ達のところに帰りたくなったのニャ?」

「ピカチュゥ」

 

それもそうだよな、なんだかんだで二泊ぐらいしてるもんな。サトシ達もピカチュウがいなくて心配しているかもしれない。

 

「トゲキッスの調子が戻ったら送ってやるぞ」

「ピカ!!」

「ミュゥー…」

 

ミュウがおもちゃの山からおもちゃを持って来てピカチュウに渡す。

ミュウはまだピカチュウと遊びたいらしい。

そんなミュウを見て「朝まで待つのニャ」と欠伸をしながらニャースが言った。

 

「ピカピ…」

 

私も寝る。

 

*

 

「ピカー、ピカチュ?」

「もう暫く休ませてやりたいが、頑張ってもらうか…」

 

トゲキッスのボールを取り出せばミュウが駄々をこね始めた。

人の頭の上に乗るのは良いが顔を尻尾でぺちぺちしないでくれ…地味に痛い…。

もう帰ります、帰っちゃ駄目、という言い争いをミュウと続けているとピカチュウが走り出した。

 

「ピカピー!!」

「ニャ?」

「サトシ?ここまで来たのか?」

 

ピカチュウの声が響き渡る。

でも、なんか下の方で爆音がしなかったか…?気のせいか…?

 

「ピカピッ!!」

「ミュゥ!」

「ニャんニャのニャ…」

「何事だ…?」

 

走って行ったピカチュウをミュウが追いかける、そのピカチュウとミュウをニャースが追い掛けた。

私、ここで待ってようかな……。

 

「シンヤ、行かないの?」

「下まで降りるのめんどくさい」

「めんどくさいねー」

「そんなこと言ってないで見に行きますわよ!!」

「お前なんでちょっとワクワクしてるんだ…」

 

楽しくなってきたらしいサーナイト、意外とコイツは騒がしいこと好きだよな。そんな性格だからミミロップに嫌がられるんだぞ…。

ミロカロスとサーナイトを連れて下へと降りる為、洞穴のような場所を通る。

結晶石が綺麗だ…。

 

「何か、そこかしこから爆音が聞こえてません?」

「聞こえてるような気もするが、遠いな…」

「ここ何処?」

「知らん!!」

 

ミュウが居ないとこんな迷路みたいなところ分かるわけがない。

歩いていると前方からオムスター、ユレイドルの形をした赤いものが飛んできた。緑の球体と似たような感じだな…。

 

「なんですのあれ?」

「色違い?」

「私が知るわけないだろ」

 

赤いものは私たちの横を通り過ぎて奥へと進んで行った。

 

「…向こうに行きましたわ」

「追い掛けた方が良いかもな」

「音、あっちからしてたからね!!」

「そういう事はもっと早く言え…」

 

*

 

やっと広い所に出た、と思ったら下にサトシを発見。

赤い物体にまさに飲み込まれている状況だった…、うわぁ気持ち悪い…。

 

「な、何事だ…?」

「ピピカチュゥ!!ピカ、ピカピチュゥ!!!」

 

いや、サトシがーとか言われても…。

なんで飲み込まれたのか私にもさっぱり…。

しかも、レジスチルにレジロック、レジアイスが後ろに居るのも凄く気になる状況だ……。

 

「ピカピー!!」

「な、泣かせましたわ!!シンヤが泣かせたんですのよ!!」

「私か!?」

 

ぼろぼろと泣くピカチュウを見てミロカロスまでもらい泣きを始めた。うわぁぁんと泣きだしたミロカロスを見てサーナイトが「ほら!」と指差した。

えぇー…私じゃないだろー…。

 

「ミュウ、お前どうにかしろ」

 

私、無理。と首を横に振ればサトシの帽子を持ったいたミュウが目を瞑り緑色に発光しだした…。

帽子は置いていくんだな。うん、拾う。

緑色に光るミュウが結晶石の一つに触れたかと思うと他の結晶石も共鳴し、光を放ち始めた。

辺りを見渡していれば地面から緑色の物体が現れて、サトシと女性が一人現れた。

 

「本当にどうにかしちゃいましたわね…」

「まあ、解決したんなら良かったじゃないか」

 

私のせいにされなくて何よりだ。

一仕事終えたミュウにお礼を言おうかと思った時、ミュウがぽとりと地面に落ちて突っ伏した。

 

「ミュウ?」

 

ミュウの体に触れると異様に熱い…。

 

「シンヤさん、ミュウはどうしたんですか!?」

「……」

 

辺りの結晶石が赤く染まったかと思うとボロボロと崩れ消えて行く。

何か異常事態が起きたのは明白、このままだと始まりの樹自体が崩れて消えてしまうかもしれない…。

 

「ミュウと始まりの樹は一体なのよ、だから樹が弱ってしまったことでミュウも…」

 

ミュウを抱きかかえた女性がそう言った。

さすがに樹の治療は出来ないな、と思いつつミュウに視線を落とせばミュウは女性の腕から離れフラフラと飛ぶ。

 

「ミュ、ミュミュー」

「着いてこい、って言ってるのか…?」

 

まあ、そんな感じのことを言ってるな…。

何処かへと向かうミュウを追ってサトシが走り出す、その場に居た女性とルカリオと顔を見合わせてから私達も後を追った。

着いた場所は結晶石に覆われた場所。

真っ赤な結晶石が視界いっぱいに広がる。

ミュウが案内したということは樹の中心部、いわば核に位置する場所なのかもしれないな…。

辺りを見渡していればルカリオが駆け出し一つの結晶の前で立ち止まった。

ルカリオが手を翳せばその結晶の中に人の姿が浮かび上がり、サトシ達が声をあげた。

 

< アーロン様!! >

「これが…!!」

「そうか、アーロンはルカリオを封印したあと一人でここに来たんだわ!そしてここは始まりの樹の心臓部に違いない」

 

なんの話をしているのかよく分からんが黙って聞いておこう。

口を閉ざしてサトシ達の様子を見守る、大きな結晶石に近付いたサトシがその場でしゃがみ込んだかと思うと辺り一帯を光が包んだ。

周りが薄暗く、モノクロの世界になる。

目の前を見覚えのある顔が横切って思わずぎょっとした。

 

『出て来てくれ、ミュウ!!』

 

あ、声は違う…。

男…、アーロンの言葉に答えるようにホウオウが現れたかと思うと、そのホウオウはミュウへと姿を変えた。

そしてミュウはアーロンの前へと姿を現す。

 

『ミュウ、お前がこの樹と一つだという事は分かっている。頼む、お前の力を貸してくれ!!』

『ミュウ!』

『波動は我にあり!!』

 

アーロンがミュウに手を翳した。

 

『私の波動を受け取れ!!!』

 

ミュウに波動を流すアーロン、それに答える為に力を放つミュウ…。

力が大きく広がったところでその光景は目の前から消えて視界にモノクロ以外の色が広がる。

 

「アーロンは自分の命と引き換えにして戦いを止めた…、真実はこういうことだったのね…」

< アーロン様…! >

 

ルカリオががくりと頭を垂れた。

そのルカリオにミュウが近付き声を掛ける。

 

「ミュウ、ミュウミュウミュー!!」

< 自分の力を今度はこの樹の為に使うというのか…? >

 

ルカリオの言葉にミュウが頷く。

 

< よし、私が!! >

「待ってルカリオ!!ここで波動を使うということはアーロンと同じ運命を辿るということなのよ!?」

< 分かっている… >

「ルカリオ…」

< 波動は我にあり!! >

 

ルカリオがミュウに手を翳した。

だが、弾かれたようにミュウの周りから光が消える。

 

< 私の波動だけでは足りない!? >

 

そのルカリオの言葉にサトシが駆け寄った。

 

「おれの波動はアーロンと同じだったな!!」

< なっ!? >

 

傍に置いてあったアーロンの手袋を身に付けたサトシが自分に言い聞かせるように言った。

 

「きっとおれにも出来るはずだ!!」

「ダメよサトシ!!そんなことをしたら貴方まで!!」

 

相変わらず無茶をする子だ…と思いながらも、この場をどう対処すれば良いのか分からない。

あいにく樹の治療は出来ないし…。

ミュウに与えてやれるような力も私には無い。

 

「今やらなきゃこの樹が崩れて地下のポケモン達もみんな死んじゃう!!」

< サトシ… >

「おれが…、おれがやるんだ!!」

 

サトシとルカリオの波動が一つになってミュウを包み込む。

二人が苦しげな声を漏らしだすと、ルカリオがサトシを突き飛ばした。

 

< 後は私に任せてくれ…!! >

「ルカリオ!!」

< 波動は我にあり!! >

 

ルカリオの波動を受けたミュウが始まりの樹の心臓部へと飛び込んだ。

辺り一帯を緑色の光が包み込む。

あんなに真っ赤だった結晶石も普通の綺麗な元の結晶石に戻った。そして元気になったミュウが私達の周りを飛び回る。

 

「ありがとう、ミュウ!」

「良かった!すっかり元気になって!!」

 

ミュウは元気になったがルカリオが苦しげな声をあげてその場に膝をついた。

このままルカリオはアーロンと同じように終えるのか…。

 

「ルカリオ…」

 

苦しげにその場に座り込むルカリオを見て胸が痛んだ。

 

「力を貸そうか?」

 

不意に聞こえた声。

顔を上げたがサトシたちは驚いた様子を見せていない。

 

「俺達は常にお前と共にある」

 

この声は……。

 

「お前の世界」

「お前の時間」

「「それを繋げた時から俺達はお前と共にある」」

 

*

 

ルカリオとアーロンが眠っていた結晶が消えた……。

それを見送ったサトシとキッドは茫然とその不思議な光を見上げる。

 

「シンヤ…、消えちゃったよ?」

 

ミロカロスがそう言ってシンヤの袖を引っ張ると、どさりとシンヤは地面に倒れた。

その姿を見てサトシが声をあげる。

 

「シンヤさん!?」

「ミュー…」

「シンヤ!?シンヤ!!しっかりして!!」

「どうしたんですの!?」

「凄い熱だわ!!」

 

キッドがシンヤの額に触れてそう言えばサトシが眉を寄せる。

 

「次はシンヤさんが!?な、なんで!?」

「…だ、大丈夫だ…。なんでもない…」

 

ぐったりとしながらそう言ったシンヤの体をミロカロスが支える。

ふらつきながらも体を起こし立ち上がったシンヤを見てサーナイトが不安げに言葉をもらす。

 

「本当に大丈夫なんですの?」

「大丈夫…」

 

ふらふらと外へと向かって歩き出したシンヤを追いかけてサトシ達も外へと出る。

外に出ればハルカ達が居たのかサトシが手を振りながらハルカ達のところへと駆け寄った。

そのサトシ達の後ろ姿を見てからシンヤは芝生の上に座り込み空を見上げた。

 

「負担が私に来るとはな…」

「え?」

「いや、なんでもない…」

 

これで良い。

これで満足、なんとかなった、はず。

 

「お前の為にある世界だ。代償はお前が払えよな」

「時間は安くない」

「オレ的にはミロちゃんが喜んでくれりゃなんでも良いけどー!!」

「お前は何もしないだろ。するのは俺だ」

 

遠い遠い時代で共に生きる二人を思い浮かべて芝生の上に寝転がった。

 

「ゲンはどうしてるだろうな…」

 

*

 

「ただいまー!!」

「おかえり、って…シンヤ!?どうしたの!?」

「熱出た…」

「はぁ!?今度は何飲んだァ!!」

「いや、飲んで…」

「無菌室に放り込めー!!また入れ換わったら困る!!無菌室に放り込んで薬飲ませろ!!」

「落ち付け、ミミロップ…」

「トレーナーは嫌だぁああああ!!!」

 

その後、一週間は熱が下がらずにミミロップに毎日警戒されるはめになった。

部屋から出してくれないし、部屋に立ち入り禁止にされたミロカロスが泣き叫ぶしで…。途中、トレーナーの奴と変わってやろうかと本気で血迷ったのは内緒だ。

 

「本当に、もう二度と熱は出して倒れたくない」

<「シンヤさん意外と体弱いんですね」>

「そんなことはない」

<「そんなことあるでしょうが!!もー、どうりでこの一週間連絡付かないわけだよ!!」>

 

ツバキからの電話に出て、事情説明。

別に頻繁に電話連絡しなきゃいけない義務なんてないだろ……。

 

<「っていうかー、今度は何処行ってたんです?」>

「世界の始まりの樹でミュウと遊んでた」

<「へー、ミュウとー……、ミュウ!?え、ちょ、もっと詳しく!!」>

「うるさい、私に文句を言うやつには教えてやらん」

<「ごめんなさいってばー!!!」>

「それで、用件はなんだ。私は一週間の穴埋めに忙しいんだ、用件を言え」

<「えー…用件ー…、ああ、ヤマトさんが任務手伝ってーって言ってました」>

「死ね、と伝えろ」

<「えぇええええ!?医者の口からどえらい言葉出た!!」>

「今、死ね死ねブーム到来中なんだ」

<「なにそれ!?」>

 

*



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37

「おい、起きろ」

「……」

 

目を開ければ視界一杯に真っ白の空間。

うわ、嫌な予感がする。と思ったのと同時に再び目を閉じてみた。

 

「あ、この野郎っ」

「……」

「まあ時間など俺からすれば永遠にある。いくらでも問答を続けろ」

「シンヤくーん、あーそーぼー」

「……」

 

チッと舌打ちと共に起き上がれば不満気なパルキアと目があった。

 

「なんでそんな愛想悪ぃの、感謝はされど憎まれる覚えねぇよオレはー」

「ああ、そうだな、その節はどうもありがとう。ディアルガ」

「どういたしましてだ」

「どーせ、オレはなんにもしてねぇよくそ…。でも、一応は空間の調整したのに…ちくしょ…」

 

憎いながらも久しい顔ぶれ。

この空間も懐かしいな…、二度と来たくなかったけど……。

 

「体調はどうだ?」

「一週間程、寝込んでスッキリだ」

「一週間か、意外と反動は軽かったな」

「どんどん人間離れしていくよな。まあ、したのオレらだけど」

 

わはは、と笑うパルキアをディアルガが冷たい目で見た。笑うパルキア本人は気付いてないが…。

というか、一週間寝込んだアレで軽かったのか…。もし何年も寝たきりになっていたらどうするつもりだったのやら…恐ろしい…。

 

「なんにせよ、無事でなによりだ」

「…で、」

「で?ってなんだよ」

「本題はなんだ。用件をさっさと言え、そして私を家に帰せ」

 

ぽりぽりと頬を掻いたパルキアが首を傾げた。

 

「特に用事はないけど?」

「殴るぞ」

「神への冒涜発言だぞ、お前」

「それを殴るのは構わないがな、まあ俺の話を聞いていけ」

 

くらえっ!!

 

「イテェ!!マジで殴った!!」

 

*

 

「実はな、シンヤ…ここにお前を連れて来たわけではない。お前の体は家にある」

「…まさか、私はまた精神だけ体から抜けたのか…」

「その通りだ」

 

ディアルガが頷いた。

じゃあ、別に今の私は勝手に家を留守にして行方をくらましているわけじゃないのか…。

 

「でも、なんでだ?」

「繋がったからだな。俺と」

「ディアルガと?」

「そうだ。世界のはじまりの樹と人間が呼ぶあの木は時間を司る。俺の領地へと最も近い場所だ」

 

へぇ、と言葉を返せばパルキアが苦笑いを浮かべる。

 

「オレらに近付ける場所がいくつか存在するんだよ…、まあそこから人間が入ってこねぇように何かしらのポケモンが守ってるわけだけどよ」

「それは、例えばシンオウ地方でいう湖とかか?」

「そうそう。あと変に歪みがある洞窟とか森とかな」

 

なるほどな、といくつかの場所を思い浮かべてみる。

ミュウの住処である世界樹もその一つだったというわけか。

 

「シンヤが俺の領地へと足を踏み入れたことで俺は直接お前に接触出来るようになったということだ」

「精神だけか?」

「まあ、体ごと攫って来ることも可能だが。アンノーンを集めるのが面倒でな」

 

攫うって表現の仕方はやめろ。

 

「なんにせよ、こっち来てまだ会えてなかっただろ?せっかくだから一回呼んどくかーってなってさ」

「……」

 

ニコリと笑ったパルキア。

まさか、会えてなかったことで私の事を少なからず心配してくれていたとは……。

 

「いやでもまあ、色んな世界をちぎってはくっつけでやったわりには良い出来だよなぁ!!さすがオレ!!途中、これ結果的に脳みそ爆発しねぇかなーなんて思ったけど、なんとかなるもんだなー!!」

 

コイツ…!!!

 

「なんにせよ、誕生おめでとう!!!」

「……」

「そして、オレがパパだ!!」

「お前、絶対に許さん。ミロカロスのふぶき、絶対に食らわせてやるからな、覚えてろよ」

「……まあ、バカは放って置くとしてだ…」

「ぅおい!!」

 

さらりとパルキアを無視するディアルガ。

私の方へと向き直ったディアルガが私の右手を取り、ぎゅっと握った。

 

「な、なんだ?」

「良い知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」

「…じゃあ、良い知らせで」

 

何故か私の手を握ったままのディアルガが頷いた。

隣でパルキアが「その手なに?」と言葉を発しているがディアルガは完全に無視だ。

 

「シンヤ、お前は記憶を取り戻したことで晴れてこの世界の中心となった。それはこの神と称される俺達を超える存在として世界に認識され、異端であるお前が世界に認められたことを示す」

「そ、そうか…。あまり実感はないが、良いことなんだよな?」

「ああ、消滅の恐れは無くなったわけだからな」

 

うん、まあ、この世界で生きていきたい私としては突然消えてしまうということが無くなったのは有難いな。

 

「で、悪い知らせなんだがな」

「……」

「残念ながらシンヤ、お前は世界の中心となり俺達を超える存在となってしまったことにより、人間と呼べる生き物ではなくなった」

「……」

「……」

 

私とパルキアは互いに顔を見合わせてからディアルガに視線を戻す。

 

「生物学上で言うとなんになる?」

「生物学上とやらに納まらないだろうな」

「ポケモンですらないと」

「まあ、簡潔に言うと神だな」

「……」

「……」

 

パルキアと顔を見合わせる。

ニコリと笑ったパルキアが親指でディアルガを指差した。

 

「アイツ、どっかで頭ぶつけたんだぜ!!」

「そうか。私が診るべきだな」

「俺は正常だ」

 

ディアルガがパルキアを蹴り飛ばした。

しかし、未だにディアルガに私の手は握られたままである。

 

「…特に何も出来ないのに神なんて可笑しいだろう」

「神とは本来何もしない。というより、神と言ったのはお前が中心である故の発言だ」

「私が中心に居て何か変わるのか」

「居ても変わらないが…。居なくなれば世界は消える」

「……は?」

「はぁあああああ!?!?」

 

蹴り飛ばされたパルキアが少し離れたところで声をあげた。

……待て、

居なくなれば世界が消える?私が死ねば世界滅亡?

 

「「そんな馬鹿な!!」」

「声を揃えて言っても事実は事実」

「な、なんでそんなことに…!!」

「シンヤを中心に世界を創った結果。予想以上にシンヤという存在が馴染み過ぎた。ポケモンはおろか自然がシンヤを受け入れている。お前自身、生活していて他の人間とは違うということに気付いているだろう?」

「それは、まあ…」

 

ちらほら、なんで私だけ?と思うことはあるにはあったが…。

だからと言って世界が私と共に死ぬなんてことがありえて良いのか、いや、良いはずがない!!

 

「なんとかしてくれ!!」

「なんとかしようと思って、これだ」

 

ぎゅ、と握られた手を持ち上げたディアルガ。

え、なに、それになんの意味が?と横でパルキアが私とディアルガを交互に見やる。

 

「シンヤ、俺と永遠を誓え」

「……」

「……」

 

 

はい?

 

 

「なんでじゃぁああああああああ!!!!」

 

パルキアの咆哮だけが真っ白の空間に響き渡った。

 

 

*

 

「ど、どういう意味でだ?」

「言葉の通りの意味でだ」

「その言葉を受け入れると私はどうなるんだ?」

「俺とシンヤ…、二人でこのまま永遠を生き続ける」

 

まさかの不老不死発言じゃないか…!?

 

「俺が時を止めて、シンヤが生き続けることで世界は消えることなく動き続ける。世界の消滅を防ぎ、尚且つ、世界の中心である神を俺は手に入れることが出来る。一石二鳥だ」

 

ふん、とディアルガが満足気に笑った。

最後の方、欲望にまみれてたが良いのか……?

 

「ちょ、ちょっと待て!!」

「なんだ」

「いや、可笑しい!!なにこの流れ可笑しい!!なにお前すんなり主導権握ってんの!?」

「シンヤを生かし続けられるのは俺だけだろ」

「だから待てって、オレが今のシンヤを創り出したと言っても過言じゃねぇんだから。そのシンヤはオレの所有物でもある、そのオレの所有物をなに勝手に持って行こうとしてんだ」

 

とうとう、物扱いされた…。

 

「シンヤを生かし続ける力のないお前が悪い」

「確かに無いけど、オレに力がないイコールお前の物になるっていうのが納得いかねぇ!!お前の物になるっていうのじゃなくて、お前が生かし続けることは当然の義務だろ!!世界はオレが安定させてお前が時を刻み続けるのが決まってんだから、当然、シンヤの時を止めて周りの時を刻み続けさせるのもお前の仕事だ!!」

「義務、役目、仕事と割り切って出来ることじゃない。シンヤは特別、特別扱いするのならこの世界の枠から一度外さねばならないのだ。だからシンヤはシンヤ。お前の安定させる世界とはまた別の物と俺は考える」

「シンヤあっての世界なんだろ!!シンヤは世界、世界はシンヤだ!!同じ物だっつーの!!」

「…お、おい…」

「同じ物だと言うなら俺は世界を生かし続けよう。だがな、生かし続けるこの俺がシンヤを上回る存在だというのはお前にも認識してもらうぞ!!」

「でたよ!!本性!!やっぱそれかよ!!お前、ホントそういう性格だな!!その誰でも下に見るのやめろマジムカつく!!」

「勿論、シンヤにとって自分を生かし続ける俺こそが特別だ」

「世界の安定あっての時間だろうが…、オレが居なきゃ世界は崩れるんだぞ?崩れる世界に時間なんて居らねぇよな?つまり、世界で繋がってるシンヤはオレと一心同体だ!!!!」

 

話の中心人物のはずの私を放置して話がどんどんと険悪になっていく…。

なんだこの状況、昼にやってるドラマよりドロドロだぞ。

 

「二人とも、とりあえず落ち着…ッ」

 

睨み合う二人の間に入ろうとした時に目の前がバチンと爆ぜた。

真っ暗になったかと思うと、ハッと目を開ける。

先程まで目を開けていたのに再び目を開けるという動作に違和感を覚えながら体を起こせば自分の部屋だった。

 

「…ッ、」

 

頭が痛い。

ディアルガとパルキアは怒りのあまり我を失っていた。

私をあの空間に繋ぎとめる存在が居なくなり強制的に体の方へと戻って来てしまったのだろう。

ああ、もう面倒なことになった……。

深く溜息を吐けばガチャリと部屋の扉が開かれる。そこに立っていたトゲキッスが目を見開いて私を凝視していた。

 

「…どうした?」

「シンヤ…!!よか、良かった…!!シンヤ!!」

 

飛びついて来たトゲキッス。

苦しいくらいに抱きしめられて、ぐえと声にならない声が出る。

 

「一週間も眠ったままだったんですよ!!!」

「…は!?」

「もう目を覚ましてくれないかと思って…!!本当に良かった…!!!」

 

もしかしてディアルガが体に戻したわけじゃないから、時間の調整がされてない…?

一週間も眠ったままだったなんて…。

色々と面倒な事が次から次へと脳裏を過る……。

どうしよう、もう一回眠って、とりあえずディアルガに時間を戻して貰いたい…。

 

「ミロカロスさん達、呼んできます!!」

「……」

 

私はどうしたら良いのか…。

こんな時に都合良く、神に祈りたくなるがこの世界の神は私らしい…。

世も末だよな…。

 

 

「シンヤー!!!うああああああああああ!!!!」

「はいはい、寝坊して悪かった!!」

「寝坊どころじゃないぃいいいい!!!」

 

飛びついて来たミロカロスは、

かなり痩せていて目の下の隈が酷いことになっていて美人が台無しのありさま…。

やっぱり、コイツ放って置くと死ぬかもしれん……。

 

「シンヤが起きてくれて本当に良かったですわ!!」

「全く何があったというんですか!!」

「大変だったんだからな!!」

「主の体調は良さそうで何より…」

「つーか!!寝起き早々で悪いけど、とりあえずこの低能にメシ食わせて!!コイツ、寝れなくなったうえにメシも喉通らなくて、キッスが言い包めてメシ食わせても全部吐きやがるんだよ!!マジで死ぬから!!」

 

ワタシ、看病ノイローゼになる!!!と喚くミミロップの背をサマヨールが擦った。

 

「ご主人様、何か飲み物をお持ちしますか?」

「ああ、水と…あと、雑炊でも作ってくれ…」

 

*




天地逆転の世界。
未だ主の戻らぬ家を守り続ける反転世界の王様は今日も外界を覗き見る。。
孤独には慣れていた、
常闇の世界で生きることにも慣れていた、
ただ一度触れてしまったぬくもりが遠のく寂しさを知ったのはつい最近…。
我儘で自分勝手で攻撃的だった自分は影を潜めていたけれど、少し経つ間にまた闇に囚われていく気がする。
あの時のまま止まった家の時間、庭の芝生に寝転がり目を瞑る。

声が聞こえる気がするんだ。
笑い声に鳴き声に怒鳴り声、オレを呼ぶ声が聞こえた気がして目を開けるけれど誰も居ない。
寂しいなァ……。
グルル、と漏れた声に反応してくれる者は居ない。
可笑しな話だ。元々は誰も居ない世界なのだからこれが当然で当たり前のことなのに。

大丈夫かな、
元気にしてるかな、
上手く世界は繋がったのかな、
アイツらは出会えたのかな、
全てが上手くいっていると良い。
再び目を瞑り、芝生に体を埋める……。

シンヤ

待ってるからな、
この世界を、お前の家を守って待ってるからな…。

だから、
オレの世界を脅かすヤツは許さない…!!!

守ってやらねぇと、
オレが守ってやらねぇと…!!


【戦いの伏線】


「…ここが反転世界……!」
「研究を進めましょう!!」
「ああ、そうだな!」

オレが、オレが、オレが…!!


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登場人物設定

連載に登場する人物達の詳しい設定。
「死んで花実が咲くものか」の設定となりますのでサーナイト、チルタリスなどの設定有り。
本編を未読の方にはネタバレも含まれますのでご注意下さい。


 

【挿絵表示】

 

名前:シンヤ

本作の主人公、25歳。

家族構成は父、母、弟、妹。自分含め五人家族。

整った顔立ちで背も高く見た目に欠点は無いが性格に難有り。

別世界から来た人間であったがディアルガとパルキアの力でポケモン世界の人間として生まれたことになった。(一日千秋のあとがき補足説明参照)

現在のシンヤの性格は三人+本来の自分で構成されている。

ポケモントレーナーのシンヤ、ポケモンコーディネーターのシンヤ、ポケモンブリーダーのシンヤ、そして元々の自分である。

シンヤの性格が以前と異なり、同じような状況下に陥っても反応や行動が違うのは彼らの影響。

シンヤが影響を強く受けている順はトレーナー→ブリーダー→コーディネーターの順。

職業は現在ポケモンドクターであるが、色々と混ざってしまった結果。トレーナーやコーディネーターなどの経歴も持っている事になっていた。

色々と混ざり混乱していたシンヤも現在は落ち着きポケモン世界の住人として馴染むことが出来、かけがえのない仲間達との再会、ミロカロスへ愛情を抱くなど人間として変化しつつある

が、ポケモン世界に来た影響で"神"になっただの、死んだら世界が消えるだの、と難題を押し付けられる状況になった。

シンヤの性格

一言で表すと「変人」

頑固なわりに甘かったり、酷なわりに優しかったり、頭が良いのにぶっとんだ発言をしたり…と性格は安定していない。

他人に「不思議な人だな」と思われる人間。自分でもどんな人間なのかあまり分かっていない。

でも、基本的には自分中心。我が身が一番可愛い、なんて言いながら自分を犠牲にしたりする事もあるのでやはり安定はしていない。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:トゲキッス

呼び名:キッス

メンバー内で一番の常識持ち。

シンヤの初めて手にしたポケモンであり、シンヤを乗せて空を飛ぶなどシンヤにとって居なくてはならない存在である。

個人的に外に出掛け、人やポケモンと触れ合ったりしているらしい。

一番の最年少ではあるがシンヤが忙しい時などミロカロスを外に連れ出したり、ミロカロスの面倒を見る役割りもしている。(本人無自覚)

人が良過ぎる為、いざこざに巻き込まれる事も多い。でも本人は特に気にしていないのでシンヤだけがハラハラ見守っていたりする。

キッスの性格

一言で表すと「良い子」

穏やかで心優しく心配性、邪まな心や嫌悪を抱く気持ちが全くない真っ白な存在。

他人の幸福を心から喜び、他人の不幸を同じように悲しめる。

ただ人を疑わず恨まないので逆に危ないとシンヤは心配している。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:ミロカロス

呼び名:ミロ

シンヤの恋人。

オスのミロカロスではあるが一途過ぎる猛アタックの末、シンヤの心を射止める事となった。

現在も盲目的にシンヤを愛してやまない。

その愛情は時に度が過ぎる程でミロカロスの中でどんな事があっても優先されるのはシンヤという存在である。

シンヤの手持ちの中では一番年長らしいが知能的には乏しく基本的に無知でありテレビの影響などで偏った知識を持っていたりする。

好物はリンゴ、というより赤い食べ物を好んで食べることが多い。

シンヤ以外に深く興味を持つ気は全く無いが、以前に育て屋で働いていたこともあり他人と接するのはわりと上手で社交的。

しかし、シンヤが絡むと色々と見境が無くなり、時に凶暴化するので性質的には要注意である。

ミロの性格

一言で表すと「純真」

常識的には受け入れ難い思考を持つが純真故、何も知らない幼子のような性格である。

ミロの全てはシンヤで成り立っているのでシンヤが存在しなければミロ自身の存在意義も無い、

その心は脆く、些細な事で壊れてしまう程に繊細でもある。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:ブラッキー

呼び名:ツキ

とことんチャライ。

シンヤ不在の間に幼さが抜けて要らない知識を蓄える。

可愛い子が大好きで普段もふらふらと一人で可愛い子を探して外出する。

ブラッキーの可愛い子の中には人間は含まれていないので基本的に人間相手に恋愛するという事があまり理解出来ない。(というか良さが分からない)

でも、ポケモンなら可愛ければオスでも問題無いので乙女なサーナイトにもちゃんと女の子扱いをする紳士である。

メンバー内の中ではふざける時もあれば仲裁に入って周りを纏めることもある。

ツキの性格

一言で表すと「自由」

しっかりした一面も持つが基本は楽しいことが優先。自分の楽しみの為ならば手段は問わないし、何をしても心は痛まない。

頭も回るし相手に心情を悟らせないのも得意なので、油断ならない相手である。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:エーフィ

呼び名:フィー

自分の心と葛藤中。

見れば分かる程にブラッキーが好き。好意を寄せている事に自分も勿論気付いてはいる。

しかし、自分がオスで好意を寄せている相手もオスという現実を受け入れられない。(でも嫉妬はする)

サーナイトが自分を同士(心が乙女仲間)として扱うことが納得いかない。

でも、ブラッキーに可愛いと言われるのを喜んだり体型を気にしたりと女の子っぽい一面を持つ。

フィーの性格

一言で表すと「辛辣」

自分にも他人にも厳しいしキツイ。

冷静に物事を対処出来るわりに相手の気持ちを読めないので場の空気を悪くすることもしばしば…。

偏見の目が強いので優劣を見極め、優れていれば従うし劣っていれば絶対に従わない。

何事も自分よりこの相手は"上"か"下"かを判断するので"下"と判断すればとことん相手を見下す傾向にある。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:サマヨール

呼び名:ヨル

行動は全て主が中心。

ミロカロスに負けず劣らずのシンヤ好き。恋愛感情ではなく忠誠で。

主の言葉が全てで行動しているが、シンヤ以外にも気を遣ったり頼られればそれに応えるなど面倒見は非常に良い。

何だかんだとシンヤ以上に他の連中の性格を把握して上手く付き合っている。

体を覆う包帯は場合に応じて右目を隠すだけにするなどわりと露出が増えつつある。

シンヤの手伝いで外出する機会が増え、全身包帯が不便になったのが理由だと思われる。

ヨルの性格

一言で表すと「寛容」

シンヤの指示があれば冷酷にも残忍にでもなるが、基本は寛容であり多少の事では怒らない。

差別無く接し、時に相手を叱りつける事もあるが絶対に傷付けるような事は言わない。

人柄は良いがこれは全てシンヤが絡まなければ…なので、シンヤが絡めば一転して厳格になる。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:ミミロップ

呼び名:ミミロー

シンヤの助手。

以前は助手としても生涯のパートナーとしても自分こそがシンヤに相応しいと思っていたが考えを改めた。

一途にシンヤを想い続けるミロカロスを認め、多少なりとも尊敬の念を抱き。ミロカロスこそがシンヤに相応しい唯一の存在と思っている。

(シンヤを想う気持ち以外ならミロカロスより自分の方が優れているとも思っているので馬鹿にはする)

心身ともに成長したのか自分が一番!の考えではなく、誰かに頼り共にシンヤの役に立って行くという考えを持つようになった。

だが素直にそれを言葉に出来ないので態度は以前と変わらず悪い。

自分の態度で相手を不快にさせているのは自覚しているがどうにも直せないらしい。

態度も言葉遣いも悪い自分を認め接してくれるサマヨールはシンヤ同様に尊敬して慕っている。

ミミローの性格

一言で表すと「真面目」

言葉遣いは悪いが発言や行動は極めて真面目で勤勉。

でも自分が恥ずかしいと思った事は絶対に口に出せない照れ屋なので誤魔化す為に暴言を吐いたりする「ツンデレ」な一面も持つ。

 

 

【挿絵表示】

 

名前:サーナイト

呼び名:サナ

体は男、心は女。

メンバー内の紅一点だと言い張るオス。シンヤも最近オスだという違和感が無くなって来たらしい。(たまに我に帰る)

自分がいかに女っぽく見えるかを日々研究している。

結果的に背の高い男と居る、逞しい体付きの男と居るというのが自分的に一番女っぽく見える事が判明したらしい。(普通に居ても女に見えます)

日々、野次馬。

シンヤをからかい、ミロカロスをからかい、エーフィをからかい、ミミロップもからかう。とことん鬱陶しい。

唯一自分に優しく付き合ってくれるトゲキッスとよく一緒に居る。おまけに隣に居ると女っぽく見えるらしいので一石二鳥。

わりと何処でも空気を読まないのでミミロップにダントツで嫌われている。でも、サーナイトはそんな嫌がってるミミロップが可愛くて仕方ないらしい。

サナの性格

一言で表すと「邪(よこしま)」

常識なんてクソだと思っているのかとことんひねくれている。存在も既に邪であるが。

人生楽しんだ者勝ち、非常識こそ正しいのだと我が道を突っ走る。

なので自分がしたいと思った事はとことんするタイプなので、シンヤから見ると非常識なわりに頭が良い仕事の出来る女?なのである。

 

 

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名前:チルタリス

呼び名:チル

いつでもお嫁にいける子。(でも、くれてやる気は全くない。byシンヤ)

炊事家事洗濯なんでも出来る、真面目で気の利く良い子。シンヤの癒しである。

チルタリスの居ないシンヤ宅は生活出来る空間では無くなると思われる程の働き者。

シンヤを敬い、トゲキッスを先輩のように慕い、他の連中にも丁寧に接する真面目な子

ご主人様の言い付けは絶対に守るので、ミロカロスとサマヨールに続いてのシンヤ大好きっ子でもあるかもしれない。

チルの性格

一言で表すと「健気」

素直で従順、小さな姿からそう見えるのかもしれないが何事にも一生懸命なしっかりした子である。

トゲキッスを見習い日々勉強しているのでこの先も真っ直ぐな子のままだと思われる。

 

 

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名前:ヤマト

シンヤの幼馴染。

ディアルガとパルキアが創った世界ではポケモンレンジャーとして活躍する25歳。

以前よりもポケモン好きに拍車が掛かり、ポケモンの為ならば自分どころか幼馴染だって巻き込んでも気にしない。

ポケモンが全て、ポケモンの為なら死ねる、らしい。

シンヤの幼馴染で親友。

色々と不思議な幼馴染の存在に多少の違和感を感じつつも深く詮索しない。(恐らく頭の出来が少々よろしくない)

人柄は良く誰とでも仲良くなるがポケモンとはあまり仲良くなれないポケモンレンジャー、ヤマトの支えであり癒しは幼少の頃にシンヤに譲って貰った色違いのユキワラシだけである。

ヤマトの性格

一言で言い表すと「単純」

悪く言うと馬鹿だが良い奴なのである。ポケモンが関わると途端に鬱陶しくなるが良い奴なのである。

ポケモンレンジャーであり大人としての立場で物事を考えたりもするがあまり上手くいかない。やはり少々頭の出来がよろしくない。

 

 

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名前:ツバキ

優秀なポケモン博士。

年齢は18歳。オーキド博士達とも対等に並ぶなど、優秀さと顔の広さを持っている。

助手のエンペラーはディアルガとパルキアの創った世界では人間として生まれていた。(以前はエンペルト)

シンヤとヤマトとは幼い時からの知り合いでシンヤの弟と妹である「カズキとノリコ(双子)」と幼馴染。

特にノリコとは大の仲良しで頻繁に連絡を取り合っている様子。

シンヤのポケモンを預かったり、ヤマトがマメに訪れて出会ったポケモンの報告をしているなど博士としてはちゃんとしているが研究所が何処にあるか謎。

オダマキ博士の助手「ジョシューさん」が好きらしい。

 

 

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名前:エンペラー

元エンペルトだった、現在人間のエンペラー。

有能な助手で仕事は出来るが生意気。

ツバキとは博士と助手の関係だが友人のように対等に接し、時に喧嘩をして時に研究について語り合う。

シンヤを凄い人として認識はしているが、別に尊敬はしていないので生意気。

なんだかんだで一番尊敬して認めてるのはツバキだけ。

 

 

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名前:ギラティナ

呼び名:無し

反転世界の主。

ディアルガとパルキアが創った世界での現状は不明。

だが、ディアルガとパルキア、スイクンらと同様にほとんど変わりは無いと思われる。

シンヤ大好きっ子の一人なので後の行動に期待して貰いたい。

ギラティナの性格

一言で言い表すと「暴君」

シンヤと居る事で落ち着き兄貴気質なところを見せていたギラティナだが本来は短気で横暴。

こうと決めた事には手段は選ばず力ずくにでも思い通りにするタイプ。

 

 

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双子

 

 

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スイクン

 

*





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続く……。


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死んで花実が咲くものか:番外編
- 恋文 -


ラブレターを貰う*シンヤ


「シンヤさん」

 

ニッコリと笑みを浮かべたジョーイを見てシンヤは眉間に皺を寄せた。

どの地方に行ってもジョーイは嫌い、きっぱりとジョーイ達に言い放つシンヤという男の印象はジョーイ達の中ではすこぶる良い。

仕事も出来る、バトルも強く有名人、愛想はあまり無いが整った顔立ちはわりと万人受けする。

 

「もう眉間に皺、寄せちゃダメですよ」

 

ツン、とシンヤの眉間に指を当てたジョーイの行動にシンヤはえも言われぬ気味の悪さを感じた。

 

「なんなんだ…見ろ、この私の鳥肌を…」

 

こんなに拒絶反応が出るくらい不気味です、というのを態度で見せようと服の袖を捲って見せたシンヤ。

それを見てジョーイは「ふふふ」と笑みを浮かべた。

 

「すべすべの肌にたくましい腕ですね」

「気持ち悪い!!」

 

とうとう本音が口から出たシンヤはジョーイから数歩後ろに下がる。

彼らしくもないが口から「ひぃぃー」なんて悲鳴が出ても可笑しくないほどシンヤは目の前に立つジョーイが不気味でならなかった。

 

「今日は、シンヤさんにこれを受け取って欲しくて…」

「……」

 

すっと差し出された白い封筒。

眉間に深く皺を寄せたシンヤはその手紙を睨み付ける。出来るなら受け取りたくない…、否、絶対に受け取りたくない。

シンヤは差し出された手紙を睨み付けるだけでなかなかその手紙に手を伸ばそうとはしなかった。

 

「私の気持ちなんです、受け取って下さいシンヤさん…」

「……」

「シンヤさんの事だけを思って…書いたんです…」

 

少し恥ずかしがるように目線を逸らしたジョーイを見てシンヤは「うげ」と言葉には出さなかったが口を台形にして顔を歪めた。

 

「これがなんなのか聞いても…?」

「そんなこと乙女の口から言わせるんですか!もう、シンヤさんったら…!」

「……」

 

頬を膨らませたジョーイを見てシンヤは更に顔を歪める。

"気持ち悪い"

その言葉だけがシンヤの脳内を埋め尽くしていたので差し出されたその手紙がなんなのかなんて分からないし、分かりたくもなかった。

 

「はい、どうぞ」

「……」

「はい!どうぞ!」

「…どうも」

 

二度目の強い口調で渋々手を出したシンヤ。

シンヤが手紙を受け取った事を確認するとジョーイはにっこりと笑みを浮かべた。

 

「私からのラブレターです」

「…そうか」

 

死刑宣告か…。

 

*

 

ジョーイからの手紙を持って家に帰って来たシンヤは深く溜息を吐いた。

ソファに座り込んで手紙に視線を落とす。

ご丁寧にハートのシールを貼って閉じられている手紙、それはもう綺麗にハートが半分に切れるように開けてやろうとシンヤは密かに思った。

 

「ご主人様、おかえりなさいませ」

「ああ、ただいま」

「そのお手紙は?」

「…ラブレター」

「ラブレター!?」

 

ポ、と頬を赤らめたチルタリスを見てからシンヤはハートのシールの貼られた手紙へと視線を戻す。

ジョーイ以外からのラブレターだったらそれなりに喜べたのに、とは口には出さないが苦々しく顔には出してシンヤは溜息を吐く。

 

「部屋で仕事をするから何かあったら呼んでくれ」

「は、はい!お飲み物はどうされます?」

「…いや、要らん」

「かしこまりました」

 

頭を下げたチルタリスから視線を外し、手紙を片手にふらふらとおぼつかない足取りで部屋へと行くシンヤ。

そんなシンヤの様子を気にした様子もなくチルタリスは口元に手を当てる。

 

「ラブレターかー…ご主人様はやはり女性におモテになるのですねぇ…」

 

ポソリと呟いたチルタリスの独り言。

ご主人様スゴイ、ご主人様カッコイイ、脳内でその言葉を反芻していたチルタリスはドサッという音でビクリと肩を揺らした。

音の方へと視線をやれば買い物に行っていたらしいミロカロスがスーパーの袋を床に落としてチルタリスを凝視していた。

 

「…?ミロカロスさん?おかえりなさいませー…、どうかなさいましたか?」

「ラブレターって何!?」

「え!?え、えっと…」

「シンヤがラブレター貰ったの!?なんで!?誰に!?」

 

ぐわっとチルタリスに飛びついたミロカロス。

飛びつかれたチルタリスは慌てながらもミロカロスを何とか受け止める。

 

「だ、誰に貰ったのかは分かりませんがラブレターを貰ったというのだけお聞きしまして…」

「やぁあだぁああ!!」

 

何が嫌なのか、首をブンブンと横に振って駄々を捏ねるミロカロス。

困ったどうしよう、とうろたえるチルタリスの肩をポンとエーフィが押さえた。

 

「放って置きなさい、いつもの癇癪です」

 

手慣れた反応だった。

ミロカロスの声を聞き付けて他の連中もぞろぞろと集まって来る、泣きわめくミロカロスに「うるせぇ!!」とミミロップが蹴りを入れた。

 

「うぎゃぁあ!!」

「今日も今日とてうるせぇぞ!!」

「だぁってぇええ!!シンヤがぁあ!!」

「まぁーた、今日の"シンヤがー!"が始まった!今日のシンヤはなんだ!昨日に増してイケメンだったのか!!」

 

ええ、こら言ってみろ。とミロカロスの顔を覗き込んだミミロップ。

まあまあ、と二人の間に立ってトゲキッスがやんわりと二人を宥める。

 

「シンヤが、シンヤがラブレター貰ったって!!」

「…あ?」

「へー、シンヤがラブレター貰ったの?誰から?」

 

ねえ、誰から?とブラッキーが他の連中に視線をやったが誰も知らないのか小さく首を横に振る。

シンヤがラブレターを貰った、というよりシンヤがラブレターを女から受け取って来た!という事が彼らにとっては衝撃だった。

 

「ラブレターもどきのファンレターが届いても完全スルーのシンヤが…ラブレターを直接受け取って来た…?」

「やぁああだぁぁああ!!」

「お待ちなさい!」

 

びしっと手を上げたサーナイトに周りの視線が集まる。

視線が集まったのを確認したサーナイトが口元に手を当ててニヤリと笑って見せた。

 

「シンヤがラブレターを受け取った、即ち…今なら受け取ってくれるという事ですわ!」

「「「…は?」」」

 

なにそれ意味分かんない、ミミロップがぼそりと呟いたがサーナイトはチッチッチ、と指を振って見せる。

それがムカついたのかミミロップが「あぁん?」と言葉を漏らし顔を歪ませたが素早くサマヨールがミミロップの肩を掴んで制した。

 

「シンヤが貰ったラブレターよりも素敵なラブレターを送れば何処ぞの女の事なんてシンヤはすっかり忘れてしまいますわ!書きましょう、そしてシンヤにラブレターを渡すのは今がチャーンス!」

「お前、仕事出来るけど言動が本当に馬鹿だよな。ワタシ、ミロカロスの次にお前嫌いだから。っていうか今はダントツにお前嫌い」

「いやぁーん…ミミロップ先輩、酷いですわぁー…」

 

酷い酷いー、と言いつつも顔が笑顔なのは何故なのか。ニコニコと笑うサーナイトを見てミミロップは顔を歪めた。

 

「良いんじゃないか?」

「え?」

 

黙って見ていたサマヨールがまさかサーナイトに賛同するような言葉を発するとは思いもしなかった面々が目を見開いてサマヨールに視線をやった。

 

「主に手紙を送るのは良いと思う」

「ああ、ラブレターじゃなくて普通の手紙ね…びっくりさせんなよ…」

「別に自分は主にラブレターを送っても良いが…」

「え…何書くの…?」

「それは勿論、主への気持ちを素直に綴る…」

「キモイ!!」

「そんなことはない」

「キーモーイー!」

 

サマヨールの髪の毛を引っ張って喚くミミロップ。

溜息を吐いたエーフィがパンと手を叩いた。

 

「分かりました、みんなで書きましょうか」

「エーフィが言ってるからオレも書くよーん」

「では、チルも!」

「じゃあ、俺もシンヤにお手紙を書きます」

「俺様も書くー!!」

「素敵なラブレターを書きますわ!」

「お母さんの言う事は素直に聞かないとー」

 

チラリとサマヨールに視線をやられたミミロップが「う…」と言葉を漏らしたが渋々と言った様子で頷いた。

 

「今、お母さんって言ったの誰です!?」

「ブラッキーさんでした」

「チルタリスー!!言っちゃダメー!!」

「ブラッキー!!ちょっとこっちに来なさい!!」

「ギャー!!ごめんってー!!」

 

*

 

ゴツン、とテーブルに頭を打ち付けた。

目の前をボールペンが転がっていく…、どうやら仕事をしながら寝てしまっていたらしい。

小さく欠伸を漏らしてテーブルの上を見れば少し皺になった書類とジョーイから貰ったラブレター…。

ラブレターなんて可愛いものじゃなかった。

パッカリとハートを割って中を確認すれば手書きで"シンヤさんにやって欲しい仕事リスト"がズラズラと書かれていた。

やっぱり死刑宣告だった。

戦時中に赤札が届いた気分だ。戦争なんて経験したことはないが、それぐらいの衝撃は受けた…気がする。

喉が渇いた、

キッチンに行こうと立ち上がった時に丁度コンコンと部屋の扉をノックされた。

返事をすればトレーにコーヒーを乗せたチルタリスが部屋へと入って来た。

 

「そろそろお疲れなんじゃないかと思いまして、コーヒーをお持ちしました」

 

なんて良いタイミングなんだ。

チルタリスからコーヒーを受け取って口に運ぶ。こちらチョコレートです、と珍しく甘い物も添えてくれていた。

女に生まれていればいつでも嫁に出せるのに…と思いつつもお礼を言えばチルタリスはニコリと笑う。

 

「?」

「あの、これを…」

「なんだ?」

 

スッと差し出された手紙の束。

また郵便受けに入ってた奴かと思ったが宛名が書いていない。

 

「チル達から、です」

「…へ?」

「で、では、失礼致しますー!」

 

手紙を受け取ればチルタリスはそそくさと部屋から出て行ってしまった。

チル達、から?

チルタリス達が手紙を書いたのか?私に…?

今日は手紙を送る日として何かあるのだろうか…、ジョーイはいつも急に何でもしてくる連中だけどな…。

カップをテーブルに置いてチョコレートをひとつ摘まむ。もぐもぐと口を動かしながら差出人の名前も書いていない手紙の一枚の封を切った。

中を見れば差出人、というかあの連中の中の誰かが書いたか分かるだろう…。

封筒の中には手紙というよりメッセージカード。拙いながら書かれた文字は歪で読みにくかった。

 

『だいすきなシンヤへ

あしたはユウガタからでかけます。バンゴハンはおいといてね。かえってくるのはおそくなるとおもうけどかえってきたらたべるよ

ブラッキーより』

 

…手紙というより伝言なんだな。

一応、分かったけど…。お前、次に朝帰りしたらエーフィに玄関先に吊るすって言われてなかったか…。

なるべく早く帰るように言っておこう…、と思いつつ次の手紙を手に取った。

 

『シンヤへ

こんな手紙なんて書きたくなかったんだけど、他の奴らが言い出して書かなきゃいけなくなったから書きます。

毎日会ってるのに今更手紙とかすっげぇ馬鹿らしいよな。

シンヤもあんまり気にしないで良いから、なんかその場の流れで書くことになってさ本当に意味分かんないよね。

特に言いたい事とか無いし、書くこともないから終わります。

PS.あんまり無理しないでね

ミミロップより』

 

…ミミロップ、お前…いや何でもない…。

でも、まあミミロップのおかげで手紙を貰った理由は分かった。特に理由という理由は無かったわけだ、手紙を送る日では無いというのが分かっただけ良い。

手紙を送る日だったら私も実家に手紙を送った方が良いのかとか考えないといけなくなるからな…。

よし、次。

 

『シンヤへ

言葉としてはなかなか言い出せなかったのでこの機会に手紙としてシンヤに送ります。

俺はシンヤが消えてしまった日のことをたまに夢に見ます、辛そうなシンヤが消えてしまうのを夢に見てとても不安になります。

この世界は前の世界とは全然違うからシンヤも不安に思っているんじゃないかと思う時があります。

俺はみんなが居てシンヤも居る今を幸せだと思えるようになりました。シンヤは大丈夫ですか?今も幸せですか?

またシンヤが一人苦しんでいるんじゃないかと不安になる時も無いわけじゃありません、またシンヤが消えてしまうんじゃないかと思った事もあります。

もしも、またそんな気持ちになったらいつでも言って下さい。俺たちはずっとシンヤと一緒に居ます。だから、あまり一人で無理をしないで下さいね。

大好きなシンヤにたくさんの幸せが訪れますように。

トゲキッスより』

「…ッ…、」

 

本当に、良い子に育ったな…トゲキッス…ッ!!

ティッシュが手元に無いんだが…ああ、もうタオルで良いか…。

ミミロップの方にも書いてたが私はそんなに無理をしてるように見えるのだろうか…、黙って消えたという前科があるからかもしれないが…。

…鼻の奥がツンとした……。

スン、と鼻を啜って次の手紙を開けた。

あまり泣くと目が赤くなって後で笑われる気がする…。

 

『シンヤへ

土曜日の夜はブラッキーさんは遊びに出掛けますしエーフィさんとミミロップ先輩がボールに入って寝るのは前々から確認済み!

ガッツリ攻めるなら土曜の夜ですわ!

大きな声が聞こえてもワタクシは聞こえないフリ出来ますから、あとシンヤなら分かってると思いますけど男同士でも避妊具は…』

「フンッ!!!」

 

ベシンとテーブルに手紙を叩きつけてコーヒーを一気に飲み干した

長ったらしく手紙が書いてあるが続きはもう良いだろう。おかげで涙が引っ込んだのはむしろ礼を言わねばならんな、覚えてろよサーナイトめ…!!

舌打ちをして次の手紙の封を切る。もう変な手紙を書きそうな奴は居ないだろう…。

あとはエーフィ、チルタリス、サマヨールに、…ああ、ミロカロスが居たか…。

まあ素直な奴だから"変なこと"は書かないから大丈夫だな…。

 

『ご主人様へ

いつもお仕事お疲れ様です。

チルはいつでもご主人様のお役に立てるように日々精進致します、先日はサーナイトさんにマッサージの仕方を教わりました。

今度、ご主人様がお疲れの際にチルがやってさしあげますね!

チルタリスより』

 

サーナイトから教わったのか……。

ちょっと…いや、まあ、良いだろう…今度やってもらおう…。

私が少し考え過ぎてるだけかもしれないしな…うん、大丈夫だよな…。でも教わるならミミロップに…いや、もう良いか…。

 

『未来永劫、主を敬いお慕い申し候。

サマヨール』

 

未来永劫…!?そんなに!?

いや、サマヨールらしいけどな…。

そこまで慕ってくれなくても良いんだが…まあ、嬉しい事には違いないか…。

 

『シンヤさんへ

美味しいケーキが食べたいので今度よろしくお願いします。

エーフィより』

 

買いに行けと!?

お前、ブラッキーより酷いぞ…。

別の意味で涙が出そうだった…本気で…。

 

小さく溜息を吐いて、後はミロカロスだけか…と残った手紙を手に取る。

本音を言うとトゲキッスの手紙を最後に読みたかったな…、もう一回最後に読むけど…。

 

シンヤ へ

スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ

スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ

スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ

スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ

スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ

ミロカロス ヨリ

「…ッ!?…ッ、ミロカロスーッ!!!」

 

 

- 恋文 -

 

 

部屋から飛び出してミロカロスの所へと行けばミロカロスは嬉しそうに頬を赤らめて笑った。

 

「俺様の手紙見た!?」

「み、見た…」

「これからも手紙書いて良い!?」

「いや、直接言ってくれた方が嬉しい…」

「…!?うんっ、分かった!!」

 

笑うミロカロスを見て、へなへなとその場にしゃがみ込む。

小さく溜息を吐けば「どうしたの?」と近寄って来たミミロップ、そのミミロップにミロカロスの手紙を渡せばミミロップは涙目で悲鳴をあげていた。

 

「おわぁああ!!!?ゆゆゆゆゆ夢に見そうぅうう!!!!」

「…?」

 

ミロカロスは"赤色"が好き。

 

*



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貴方が居ないと生きていけません

病んでみる*ミロカロス


シンヤに怒られた。

ミミロップが俺様を邪魔扱いしたから俺様も言い返して喧嘩になった。いつもシンヤは怒るけど今日はめちゃくちゃいつもより怒った。

俺様の腕を掴んだシンヤは無言で俺様を玄関の外に放り投げた…。シンヤは何も言わなかった…。ドアを閉める時にシンヤと目が合ったけどシンヤは俺様のことを凄く睨んでた。

でも、ミミロップは追い出さなかった。

何で俺様だけ外に出したのシンヤ…。やっぱりミミロップの言ってた通り、俺様は"邪魔"なのかな…。

 

「ふ、ぅうぇえ、うぁああああああ!!!」

 

シンヤ!

いっぱい謝るから許して!!!

玄関の扉は鍵がかかってて開かない!どうしよう!もう家に入れてもらない!どうしよう!

泣きながらドアを叩いたけどシンヤは開けてくれない!

ガリガリガリガリ…ッ、ガリガリガリガリ…ガッ、ガリガリガリガリ…ガリガリガリガリガリガリッガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…ッ

開かない、開かないよ!

開けてよシンヤ!!開けて!ごめんなさいシンヤ!!開けて!!

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!

一人にしないで、俺様も頑張るから、良い子にするから、お願いシンヤ、もう邪魔しないから、シンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤシンヤ!!

 

「うああああああああああ!!!シンヤー!!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!お願い許してシンヤ!!開けて!!もう邪魔しないから!!シンヤ!!ヤダよ!!シンヤ!!!」

 

捨 テ ら レ ル !!

置いて行かないで、嫌だまたひとりぼっち、嫌だ、置いて行かないでシンヤ…!

シンヤは捨てるって言ったら本当に捨てる!!またテンガン山に置いて行かれる!!嫌だ、シンヤ!!ごめんなさい、良い子にするから捨てないで!!お願いシンヤ!!

ガリガリガリガリ…ッ、ガリガリガリ…、ガリガリガリガリ…ガリガリガリッガリガリガリッガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…ガガガガガッ…

 

「さっきからうるさい!!」

「ぅ、くっ…シンヤ…!!シンヤーッ!!」

「痛ッ!!」

 

勢いよく扉を開けたシンヤに飛びついたミロカロス。私はまだ怒ってるんだぞ!!、と怒鳴りシンヤはミロカロスを引っぺがし地面に乱雑に放り投げた。

べしゃりとシンヤの足元に倒れ込んだミロカロスが謝りながら手の甲で目元を拭った、その手は真っ赤…。

 

「…ッ!?!?な、なんだその手!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「分かった!分かったから!!」

 

泣きながら謝るミロカロスの手を掴めば、手の爪が欠けて剥がれての酷い怪我。

なんで!?あの短時間の間に何があった!?と慌てたシンヤは怪我の原因を探して辺りを見渡す。

 

「なにやったんだお前!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

「それはもう分かった!!」

 

早く手当てをしないと、そう思ってミロカロスを抱き上げてシンヤが玄関の扉に手をかける。

木で出来た扉には無数の爪跡と血……。

 

「こ、これか…!!!」

 

そういえばガリガリと音がしてた!!

謝るばかりで特に痛いだのと喚かない所を見ると混乱していて痛覚が無いらしいミロカロスをチラリと確認してから顔を歪めて出そうになる溜息は飲み込んだ。

ダメだ、放って置くとコイツ死ぬ…!

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「分かった分かった…、もう怒ってないから…」

「俺様の、ことッ…捨て、ない、でッ…!」

「ああ、捨てないから大丈夫だ。大丈夫」

 

出来るだけ声色を優しくして、背をぽんぽんと叩きつつ優しくミロカロスの頭を撫でる。

嗚咽を漏らしながらも安心したのか少しずつ落ち着いて来たミロカロスを見てシンヤはほっと息を吐いた。

抱き上げたまま暫くそうしているとミロカロスは泣き疲れたのか寝息を立てて眠ってしまった。

赤ん坊かコイツは!と思いながらも不満を飲み込んでシンヤはリビングへと戻る。

ミロカロスとは違い罰として仕事を山ほど押し付けられたミミロップが抱きかかえられて戻って来たミロカロスを見て眉を寄せた。

 

「何ソイツー…寝てんの?」

 

腹は立っているが配慮として小さな声で喋るミミロップにシンヤは黙ったまま頷き返す。

ソファに寝かせてミロカロスの両手を掴んだシンヤはここで飲み込んでいた溜息を一気に吐き出した。

 

「なにそれ、えぐい…」

「玄関の扉がホラーみたいになってるぞ」

「ぅげー…」

 

疲れ切ったように溜息を吐いたシンヤは何度も溜息を零しながらもミロカロスの両手を治療した。

指に刺さる木片をとり、欠けた爪を丸く削り、指一本一本を丁寧に…。

 

「シンヤ、ソイツもポケモンだからほっといても治るって」

「でも、目を覚ました時に指が血まみれだと驚くだろ…」

「もー…(なんだかんだで甘いなー…)」

 

 

貴女が居ないときていけません

 

 

その後、

出掛けていた連中が帰宅して早々に誰もが悲鳴をあげた。

大慌てで自分の主人であるシンヤの安否を確かめる為に家に駆け込めばシンヤの背中にべったりとくっ付くミロカロス。

 

「何も言うな!!」

 

シンヤがそう言うのでみんな何も言えない。

 

*



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お慕い申しておりますので

怒る*サマヨール


「落ち着いて下さい、二人ともー!!」

 

ポケモンの姿のミロカロスとミミロップに大声で呼びかけるトゲキッス。

今日も今日とて喧嘩が勃発してしまったらしい。

 

「ミロォオオ!!」

「ミミィイイ!!」

 

リビングの中央を陣取って睨み合う二人。

部屋の隅に追いやられたエーフィは大きな溜息を吐いた。

こそこそとリビングを出て行ったチルタリスは慌てて主人であるシンヤの部屋へと走って行く。

一色触発……。

いまにもハイドロポンプを放ちそうなミロカロスにいまにも十万ボルトを放とうとするミミロップ。

自室にこもって仕事をしていたシンヤとそれの手伝いをしていたサマヨールがチルタリスに呼ばれてリビングへと入って来る。

荒れるリビング……。

窓ガラスは無残に割れているし……。

いまにも攻撃をしようと睨み合うポケモン二匹……。

 

「…何してるんだ!!この馬鹿二匹!!!」

 

シンヤが怒鳴りながら二人の間に割って入ったのと同時にミロカロスのハイドロポンプとミミロップの十万ボルトが放たれた。

 

「ミロ!?」

「ミミィ!?」

「…なッ!?」

 

ハイドロポンプと十万ボルトがシンヤ目掛けて放たれた。

攻撃をしてからシンヤの存在に気付いたミロカロスとミミロップが声を上げたがすでに遅い。

危機を察知したシンヤは側転で攻撃を避ける。

 

「…ッ!!」

 

シンヤの避けた攻撃はミロカロス、ミミロップへと当たった。

十万ボルトで麻痺するミロカロスに壁に叩きつけられて目を回すミミロップ。

 

「ミロォ~…!」

「ミ、ミィ……」

「…ッ…、ッ危うく、死ぬ所だ!!」

 

びっくりした!!本気で死ぬかと思った!!と叫びながら心臓を押さえてしゃがみ込むシンヤ。

その光景を見ていたトゲキッス達は絶句……。

 

「…ッ、今、本当に当たるかと思いました…!!」

「シンヤさんが当たったら本当に死んでましたよ…!」

「こぉぉえぇぇええ!!!マジびびったぁあ!!オレ、心臓止まるかと思った!!」

「ご主人様ぁあああ!!!」

 

その場に座り込んだシンヤにチルタリスとトゲキッスが駆け寄った。

パチパチと拍手をしたサーナイトは目を輝かせて「シンヤ、カッコイイですわー!!」とキャーキャーと声をあげている。

 

「私は今、自分の反射神経の良さを褒めてやりたい…」

「良かったー!!シンヤ、無事で良かったですー!!」

「ご主人様ぁ…!!」

 

激しい動悸がするらしいシンヤは胸を押さえながら深呼吸をする。

麻痺しているミロカロスが泣きながら人の姿に戻りフラフラと覚束ない足取りでシンヤへと近寄る。

 

「シンヤー…!!」

 

そのミロカロスの肩をサマヨールが掴んだ。

ミロカロスの肩を掴んだサマヨールはその場にミロカロスを座らせて、目を回すミミロップのお腹を踏んで起こす。

 

「ぎゃふっ!!!」

 

起きたミミロップを引き摺ってミロカロスの隣に座らせてサマヨールは二人を睨み見下ろした。

 

「……ぇと」

「…ッ、なんで腹踏むんだよぉ…体中イテェのに…」

「お前達が悪い、主に土下座して謝罪しろ…!!」

「「……」」

 

め、めっちゃ怒ってる…!!

サマヨールの赤い目がギラリと二人を睨む。

いつも優しげな声が刺々しい…、サマヨールに睨まれたミロカロスとミミロップはシンヤの方を向き正座をする。

 

「「ごめんなさいっ!!」」

「お前達が喧嘩をするのは勝手だがな…、主の命を脅かすような真似をすれば許さない…」

「「すみませんでしたッ!!」」

「もっと床に頭を付けて謝れ…!」

 

二人の頭を押さえつけたサマヨール。

ガン、と床に頭を打ち付ける音が聞こえたがサマヨールは気にしない。

 

「「ごめんなさい~!!!」」

「わ、分かった!もう良い!!放してやれサマヨール!!」

「これぐらいで良いのか…?この際、もう二度と喧嘩出来ないくらい痛めつけて置いても自分は構わないと思うが…」

「「…ッ!?!?」」

 

ゴーストタイプ、こぉぉわぁあああい!!!

口元を手で押さえたブラッキーがエーフィに視線をやる、エーフィはブラッキーの言わんとする事が分かったのか強張った表情のまま頷いた。

パチパチと拍手をするサーナイトが目を輝かせながら「サマヨールさん、素敵ですわー!」と声をあげる。

 

「うぇええ、ごめんなさい…!もうしません!!シンヤ、ごめんなさい!」

「ごめんなさーい!!ワタシが悪かったからー!!許してー!!」

 

二人の頭から手を離したサマヨール。

解放された二人はすぐにシンヤへと飛び付いた。

 

「今度、家の中で喧嘩したらサマヨールにお前達を任せる事にしようか」

「主がそう言うなら自分がキツく仕置きしよう…」

「「もうしません~…!!!」」

 

やれやれと溜息を吐いたサマヨールを見てトゲキッスとチルタリスは顔を真っ蒼にさせる。

泣くミロカロスとミミロップの頭を撫でながらシンヤは心の中で密かに「サマヨールは怒らせないようにしよう…」と思った。

 

「オレ、ゴーストタイプこわい…」

「奇遇ですね私も同じことを思いましたよ…」

「カッコイイですわー!!男らしいですわー、頼もしいですわー!!」

 

自分の事じゃ怒ったりしないサマヨール。

主であるシンヤの危機が絡むとさすがに怒ります。

 

 

…… お慕い申しておりますので ……

 

 

「サマヨールさん、ちなみにお仕置きってどんな事をするんですの?」

「…どんな事と言われると…、とりあえず両手両足の爪を剥いでだな…」

「まぁ!!」

 

ガクガクと震えるミロカロスとミミロップの耳をエーフィとブラッキーが慌てて塞いだ。

誰かオレの耳も塞いでぇええ!!とブラッキーが悲鳴を上げた所でやっとシンヤがサマヨールの口を塞ぎに飛びついた。

 

「それは拷問だ…!!」

「…もご、?」

「チルタリスが気絶したぞ…」

「…、む。すまん…?」

 

*



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恋ってしょっぱい。

恋しちゃった*ヤマト


胸がドキドキする…!!

立ち寄ったポケモンセンターで出会った、笑顔が可愛らしい彼女に僕は恋をしてしまったかもしれない。

名前は聞けてない、っていうかドキドキして会話らしい会話も出来ない。

でも、ポケモンセンターで出会った彼女は「ヤマトさん、こんにちは」と挨拶をしてくれた。僕のことを知ってくれてるらしい、それなりに有名な仕事をしていて良かったと本当に思った。

 

「助けてドクター…」

「ポケモン専門だ」

「恋煩いって完全に病気だよね…」

「不治の病だな」

「はぁー…」

 

大きな溜息を吐けばシンヤは迷惑そうに僕を睨んだ。

幼馴染であり親友の悩みくらい親身になって聞いてくれれば良いのに!

 

「話くらい聞いてよドクター」

「ポケモン専門だ」

「ポケモンセンターで出会った子なんだけどさー…」

「聞くなんて言ってないのに…」

「ほら、シンヤはポケモンセンターよく行くでしょ?」

「あんまり」

「でも、顔見知り多いじゃん!!」

「同じ顔ばっかりだ」

「桃色の髪の毛でね、笑顔がすっごい可愛いんだよ!!そんでもってね、若い女の子にこの例えはどうかと思うけど優しいお母さんみたいな雰囲気があってさー」

「ジョーイか?」

「違うよ!ジョーイさんだったらジョーイさんって言うから!!」

 

知らねぇよ、とでも言いたげに眉を寄せたシンヤ。

でも確かにシンヤがポケモンセンターに来る人をみんな知ってるわけじゃないもんね…。シンヤを知ってる人は多いけど…。

 

「ジョーイさんじゃないけど、ジョーイさんと親しげに会話してたし。ナースキャップ被ってジョーイさんのお手伝いしてたんだよ…」

「なら手伝いに来てる人かなんかだろ、近所に住んでるんじゃないのか」

「シンヤ、今暇だよね?一緒に来てよ。僕、緊張して声掛けられないからさ…」

「うるさい、帰れヘタレ」

「ヘタレ!?そんな言葉何処で覚えたの!?」

「テレビ」

「悪影響!!」

 

今、読書に忙しい。と吐き捨てたシンヤの腕を掴んで無理やり立たせる。

ジョーイさんと親しいシンヤならそれとなく「そっちの彼女は?」なんて言って聞きだせるんだもん!!協力してもらうしかない!!

 

「はい、カバン持って!!」

「なんで私が…」

「行くぞー!!」

「一人で行けば良いのに…」

 

*

 

ポケモンセンターに着いて入口の影から室内の様子を窺う。

 

「変質者みたいだからやめろ」

「しーッ!!」

「先に入るからな」

 

え、と声を漏らしたところでシンヤはさっさとポケモンセンターへと入って行ってしまう。

そのシンヤを僕は慌てて追いかけた。

ポケモンセンターに入ればシンヤの目の前に"あの子"が居て思わずその場で立ち止まる。

 

「こんにちは、シンヤさん」

「ジョーイは居るか?」

「はい、奥に居ますよ。呼んで来ますね」

「ん、頼む」

 

ジョーイさんを呼びに行った彼女の背を見送ってからシンヤに駆け寄った。

 

「シンヤ…!!」

「お前の言ってた女をジョーイに直接聞けば良いんだろ?」

「いいいいい、今の子…!!」

「…は?」

 

キョトンとした表情のシンヤ。なんかちょっと珍しい表情…。

シンヤが眉間に皺を寄せたところでジョーイさんがシンヤに声を掛けた。

 

「シンヤさん、こんにちは。今日はどうかしたんですか?」

「いや、聞こうと思ってた事が解決したからもういい」

「え?」

「ラッキー貸してくれ」

「構いませんけど…」

 

首を傾げたジョーイさんが僕達に背を向けて歩いて行く。

僕の方を振り返ったシンヤはニヤリと笑った、そしてこちらに向かって歩いて来た"あの子"…。

 

「シンヤさん、ご用件はなんですか?」

「お前の名前をコイツに教えてやってくれ」

「ヤマトさんに私の名前ですか?えーっと…、ラッキーですけど…」

「ぅえ!?」

「解決して良かったな、ヤマト。ジョーイの助手のラッキーだ」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってぇえええ!?!?」

 

ハハハハ、とシンヤが笑った。

首を傾げる彼女はやっぱり可愛い…、けど、ラッキー!?え、ちょ、嘘だよね、え、ラッキー?え、ジョーイさんのラッキーも人の姿になるの…!?え、え…え!?

ラッキーは好きだよ!!僕、ポケモン大好きだし!!でも、ラッキー…って…。

 

「…あの、どうしたんですか?」

「ほっとけ」

「チクショー!!ラッキー可愛いよ!!ラッキー!!!」

「ありがとうございます…?」

「馬鹿だな」

 

僕の恋はあっけなく終わった。

ポケモンは大好きだけどポケモンに恋をするなんて事はしない、もう二度としない…。

そして僕の恋が終わってから一週間後、また僕は出会ってしまった。

バッタリと、

シンヤの家の前で出会った彼女…。

儚げな雰囲気を纏った彼女は僕と目が合うと「こんにちは…」と頬笑み僕に挨拶をしてくれた。

 

「運命的…!!」

「…?」

「ああああの、シンヤの知り合いですか…?」

 

頷いた彼女に「僕、シンヤの幼馴染のヤマトって言います!」と言えば「知ってる…」と返された。

シンヤ!!僕のことを話してくれてたんだね…!!

感動しているとシンヤが玄関の扉を開けた。

 

「…玄関の前で何やってるんだお前達」

「シンヤ…!」

「こんにちは…、シンヤ」

「なんだまた遊びに来たのか?」

「うん…」

 

入って良いぞ、とシンヤに言われて彼女は嬉しそうに笑って家の中へと入って行く・

 

「シンヤ、今の子めっちゃ可愛い!!」

「可愛いよな、私もそう思う」

「紹介して!!今度こそちゃんとした運命的な出会いだよ…!!」

「…アイツ、オスだぞ」

「え、男の子…!?え、いや、その前にオスって…?」

「ポケモン」

「ちょっと待ってぇえええええ!!!?」

 

 

【恋ってしょっぱい。】

 

 

「あは、ははは…、ちなみに何のポケモンなんでしょうか…」

「スイクン」

「ぶっ!!!!ちょ、待ッ、お邪魔します!!握手して下さぁああい!!スイクンさぁああん!!」

「オイ!!靴を脱げ!!」

「生スイクン!!生スイクン!!!」

「お前の次の言動次第ではジュンサーさんを呼ぶからな」

「えぇっ!?」

「(ヤマト、久しぶりだ…)」

 

*

 



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僕には僕なりの理由がある

エンペラー


- ピンポーン -

 

誰か来た…。

そう思ったシンヤはドアの方へと視線をやったが座ったまま動かない。

誰か出るだろう、そう思ったシンヤが再び本へと視線を戻す。

 

- ピンポーン -

 

「…」

 

誰も出ない…。

チルタリスはどうした、と思った所でそういえばさっき買い物に行って参りますとかなんとか言われた事を思い出した。

いつもうるさいくせにこんな日に限って誰も居ないらしい。

 

- ピンポーン -

 

三度目のチャイムが鳴ってシンヤは本に栞を挿み渋々椅子から立ち上がった。

せっかくの静かな時間を邪魔されたシンヤは少し不機嫌になりながらも玄関へと向かう。

 

- ピンポーン -

 

はいはい、そう何度も押さなくても分かってる。むしろこんなに鳴らして出ないなら諦めて帰れば良いのに…。

小さく舌打ちをすれば再びチャイムが鳴る。

 

-ピンポーンピポピポピポピンポーン -

 

しつけぇええ!!!

シンヤは走って玄関の扉を勢いよく開けた。

 

「誰だ!!」

「やーっと出た。僕をどれだけ待たせるのシンヤさん」

「エンペラー?」

「見たら分かるでしょ」

 

見たら分かるには分かるが違和感が拭いきれないこの感じ。

呆然とするシンヤを押しどけてエンペラーはズカズカと勝手に中に入って来る。

リビングのソファに座ったエンペラーは「お茶が飲みたいな」とシンヤを見て言葉を発した。

 

「私に淹れろと…」

「だってほら、シンヤさんの家じゃない?僕が勝手にキッチンを使うわけにはいかないでしょ?」

 

勝手に家に入ってきておいて何を言っているんだコイツは…。

色々と文句はあるがシンヤはキッチンへと行きエンペラーと自分の分のお茶を淹れてリビングへと戻る。

シンヤはエンペラーの前にお茶を置いてエンペラーの向かいのソファに座った。

 

「ありがと」

「…何か用なのか?」

「え、別に?」

「…」

「…」

 

お茶を飲むエンペラーを見てからシンヤもお茶に手を伸ばした。

シンヤの以前の記憶ではエンペラーはツバキのポケモン"エンペルト"だった。しかし今のシンヤの記憶ではエンペラーはツバキの研究所で働く研究員でエンペラーという名の"人間"である。

技も使えない、勿論、ポケモンの姿にもなれない普通の人間。

 

「…何かあったのか?」

「うん、もう許せない」

「…」

「僕、ツバキの所で働くの辞める」

「そうか…」

「他の研究所紹介して」

「オーキド博士とか?」

「出世だね!」

 

嬉しいらしいエンペラーがニッコリと笑う。

また喧嘩したのか、とシンヤは深い溜息を吐く。

くだらない理由で度々喧嘩をするツバキとエンペラー。博士と助手という関係だが仕事が出来るのはエンペラーで顔が広いのはツバキ。

どういった経緯でこの二人が一緒に居るのかはシンヤも知らないが、ツバキはエンペラーが居ないと仕事が出来ないだろう。

カントーに行くのも良い、ともうすでにオーキド博士の所に行く気満々のエンペラー。

しかしシンヤの今の記憶が正確であればそろそろツバキがやって来る。

 

「お邪魔しますぅうう!!シンヤさぁああん!!エンペラーが家出したぁあ!!一緒に探して下さいぃいい!!」

「…」

「…」

 

リビングへと駆け込んできたツバキはソファに座りお茶を飲むエンペラーを見て一瞬固まったがすぐに復活した。

 

「エンペラー!!ごめんね、あたしが悪かったです!本当にごめんね!!だから考え直して帰って来てよぉお!!」

「嫌だよ。今日という今日はもう絶対に許さないから」

「ごめんってばぁああ!!」

「絶対に嫌だから」

 

床に膝を付き泣きじゃくるツバキに視線も向けないエンペラー。

二人を見ながらお茶を啜ったシンヤは心から思った。

よそでやれ。

お願いお願い、と土下座までして許しをこうツバキにエンペラーは冷たい視線を向ける。

 

「絶対に嫌、僕はシンヤさんの家から出ない」

「あたしよりシンヤさんが良いって言うのかああ!!」

「月とスッポンって言葉を知らないの?比べるまでも無いでしょ」

「な!!?エンペラー!!シンヤさんをスッポンだなんてさすがにそりゃ失礼でしょうが!!」

「ツバキがスッポンだよ」

「そんな事ないよ!!」

「じゃあ、月とスッポンの類義語を言ってみなよ」

「…?」

 

少し考えた後にツバキがシンヤの方に向いた。

もしかして一つも思い浮かばないのかこの女は…と思いながらシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「雲泥の差、提灯に釣り鐘などが類義語になるが…」

「それだよ!!」

「そう、そういう事を答えらないからツバキはシンヤさんとは月とスッポンなんだよね」

 

ちなみに月とスッポンは月と朱盆が訛ってそう言われてるだけなんだけどな。月とスッポンってあんまり似てない…。

っていうかこの世界にスッポンって居たか…?と思いつつシンヤは庭の様子を眺めた

ギャーギャーと言い争う二人など視界に入れたくないらしい。

 

「だから、僕は戻らないよ」

 

シンヤの隣にエンペラーが座った。

話はいつ終わるんだ、と思いながらシンヤはエンペラーへと視線を向ける。

目が合ったエンペラーはニコリと笑ってからシンヤの腕に自分の腕を絡ませた。

 

「帰らないからね」

「なら!!あたしもここに住む!!」

 

エンペラーとは反対のシンヤの隣に座ったツバキがシンヤの腕に自分の腕を絡ませた。

うわぁ、挟まれたぁ…。二人の間に座りながらシンヤは両耳を塞ぎたい衝動に駆られたが両腕を掴まれているのでどうしようもない。

 

「今更なんだが…」

「「なに?」」

「喧嘩の原因は何だ…」

「ツバキが…僕のゼリーを食べた」

「…は?」

「冷蔵庫に入れておいたやつ、名前までちゃんと書いてたのにこの女は僕のゼリーを食べたんだよ!!しかもイチゴ味!!」

「お腹空いてたんだもん!!徹夜して眠たかったからちゃんと見てなかったの!!」

「前にオレンジ味のゼリー食べたのは許したけど今回はもう許さないから!!」

「また買えばいいだけじゃんかー!!」

「シンヤさん、この女どう思う!?信じられないでしょ!?謝ってすぐに買いに行くとかしないんだよ!!

「分かったよ!買いに行けば言いんでしょ!!」

「そういう言い方されるとムカつく」

「なんだよー!!このバカー!!」

 

なんかもう、怒る気力さえ奪われた……。

ソファに凭れかかって天井を仰ぐシンヤ、そのシンヤの口から深く重い溜息が零れたのは言うまでもない。

 

 

 【僕には僕なりの理由がある】

 

 

「ご主人様、ただいま帰りまし、た…」

「おかえり」

「何をやってらっしゃるんです?」

「イチゴゼリーを作ってる」

「イチゴゼリーですか…」

 

チラリとリビングに居るツバキとエンペラーを見るチルタリス。二人は仲良く研究談義に花を咲かせていた。

 

「仲が良いですね!」

「…そうだな」

 

*



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今日もあの人は来ない

シンヤと出会わなかったら*ミロカロス


この小さな庭の、

この小さな池で……。

待ってるんだよ、待ってるんだ、待ってるのに……。

 

強くなるためにここで特訓するんだって、新しい子が入って来た。その子は頑張って頑張って少しだけ強くなって、トレーナーと一緒にこの小さな庭から出て行った。

ぎゅって抱きしめられるあの子。

頭を撫でて貰えるあの子が羨ましい……。

 

コイキングは元気かな、

一緒に預けられて一緒に強くなる特訓をしたんだ……この小さな池で……。

あの人はどうしてるかな、

いつ迎えに来てくれるかな……、もっと強くなれば迎えに来てくれるのかな……。

 

おじいちゃん、おじいちゃん。

今日は来てた?あの人は来てた?

おばあちゃん、おばあちゃん。

今日も強くなったよね?昨日より強くなったよね?

 

今日もまた強くなるために新しい子が入って来た。その子は頑張って頑張って少しだけ強くなって、トレーナーと一緒にこの小さな庭から出て行った。

強くなったな、新しいワザを覚えたんだなって褒められていた……。

笑いかけてもらえるあの子が羨ましい……。

 

コイキングより強くなれたかな、

毎日、頑張って頑張って特訓してるんだ。

あの人はどうしてるかな、

いつ迎えに来てくれるかな……、もっともっと強くなれば迎えにきてくれるのかな……。

 

おじいちゃん、おじいちゃん。

今日は来てた?あの人は来てた?

おばあちゃん、おばあちゃん。

今日も強くなったよね?昨日より強くなったよね?

 

今日も、

小さな庭の、

小さな池で、

待ってるんだよ、待ってるんだ、待ってるのに……。

 

あの人は今日も来なかった。

 

今日も、

小さな庭の、

小さな池で、

待ってるんだよ、待ってるんだ、待ってるのに……。

 

おじいちゃん、おじいちゃん。

今日は来てた?あの人は来てた?

おばあちゃん、おばあちゃん。

今日も強くなったよね?昨日より強くなったよね?

 

今日も新しい子が入って来た。

強くなるためにここで特訓するんだって、その子は頑張って頑張って少しだけ強くなって……、トレーナーと一緒にこの小さな庭から出て行った……。

 

あの人は今日も来なかった。

あの人、あの人、あの人は……。

 

…………どんな人?

 

おじいちゃん、おじいちゃん。

今日は来てた?あの人は来てた?

おばあちゃん、おばあちゃん。

今日も強くなったよね?昨日より強くなったよね?

 

 

待ってるんだよ、待ってるんだ。待ってるのに…。

 

今日あの人来ない

 

 

今日も小さな庭に、

誰かがやって来る。

その中に、"あの人"はいるのかな…?

 

「そのヒンバスを引き取っても良いだろうか」

 

ここにあの人は来ない。

 

*



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心の中が読めたら良いのに

エーフィとブラッキー


「はぁ…」

「どうした?」

 

その細腕にどっさりと書類を抱えたミミロップが首を傾げた。

溜息を吐いた張本人、エーフィはそんなミミロップをチラリと見てからもう一度深い溜息を吐いた。

 

「昨日からブラッキーが帰って来てないんです…」

「またかよっ!!」

「この前に朝帰りして来た時、あんなに…あんなに言い聞かせたのに…!!」

 

頭を抱えるエーフィを見て、

あんなに言い聞かせた状況をミミロップは思い出す。

 

「二度目はありませんよ!!」

「ほい!」

「貴方が帰って来ないと玄関の鍵も閉められないし、晩ご飯だって残って困るのはシンヤさんなんですからね!」

「了解です!」

「次に朝帰りなんてしたら家には入れませんし、晩ご飯も無しですから!!」

「以後、気を付けます!」

 

アイツ、絶対にちゃんと聞いてなかったよ。

そうは思っても口には出せないミミロップはもごもごと口を動かすだけに終わる。

はあ、と溜息を吐いたエーフィ。

そのエーフィになんと声を掛けていいものかと迷うミミロップ。

 

「つい最近のことなのに…もう約束を…ッ」

 

ミミロップがおろおろと困っているとミミロップと同じように書類を抱えたシンヤが通り掛かった。

 

「何やってるんだ」

「あー…、ブラッキーが帰って来ないらしくてさ」

「アイツならツバキのところに行ってるんだぞ?聞いてなかったのか?」

「え!?聞いてませんよ!?」

 

シンヤさん、ブラッキーをツバキのところに送ったなら送ったと報告して下さい!!とエーフィに詰め寄られてシンヤは一歩後ろに下がる。

 

「いや、ブラッキーが行きたいと言い出したから…送ってやったんだ。お前達も知ってるものだと…」

「聞いてません!!」

 

バンとテーブルを叩いたエーフィ。

ビク、とシンヤとミミロップが肩を揺らした。

今日の昼過ぎに帰って来る、と付け足してシンヤはそそくさとその場から逃げるように部屋から出て行った。

ピリピリしたエーフィにこれ以上触れたくないらしい。一方、逃げるタイミングを逃したと書類を抱えたミミロップは冷や汗を流す。

 

「まあ、何しに行ってたか帰ってから聞けば良いじゃん」

「そうですね…」

「た、大したことじゃないって…」

「そうでしょうね…」

 

エーフィが不機嫌なまま、ブラッキーが帰って来る昼過ぎになった。

ブラッキーを受け取る為に電話の前に座るシンヤの後ろで腕を組みピリピリと殺気を放つエーフィ。

背中が痛い、なんか痛い…とシンヤは早く電話が鳴れと無意味に念じた。

電話が着信を告げる

ワンコールで出たシンヤに電話の向こうのツバキが驚きの声をあげた。

 

<「早っ、どうしたんですかシンヤさん!!」>

「早くブラッキーを返せ、すぐに返せ、今すぐ返せ!!」

<「そんな人が勝手にとったみたいな言い方して!!送って来たのシンヤさんの方からでしょーが!!」>

「御託は良い!!さっさと送れ!!」

<「わ、わかりましたよ…。おくりまーす」>

 

ツバキがブラッキーの入ったボールをシンヤのもとへと送る。

ボールを受け取ったシンヤは即行でボールをエーフィに差し出した。

 

「私は仕事が残ってるから部屋に戻る」

「あ!ワタシも手伝うっ!!」

 

傍から様子を見ていたミミロップも弾けるようにシンヤの後を追いかける。

ブラッキーのボールを握りしめたエーフィはブラッキーのボールを目の前に投げた。

ボールから出て来たブラッキーはすぐに人の姿になって大きな欠伸をしながら伸びをする。

 

「ふわぁああああ…つっかれたぁー!!」

「ブラッキー…」

「ん、ぉお!?エーフィ!!ただいまっ!!」

 

パッと笑顔になったブラッキー。

その笑顔を見て一瞬、ぐ…と怯むエーフィ。しかしそれも一瞬ですぐに表情を厳しいものに戻す。

 

「ツバキのところに何しに行ってたんですか?」

「よくぞ聞いてくれた!!見てくれ!!」

 

ボールの中に入れていたのか紙袋を取り出したブラッキーはその中身をエーフィの目の前で取り出した。

じゃじゃーん、と効果音を付けてブラッキーがエーフィの前に出したのはバラの花束。それもとても良い香りのする美しいもの。

 

「な、なんですこれ?」

「ツバキのところにロズレイドが居るって聞いてさー、頼みに行ったんだ!!」

「え?」

「エーフィ、花好きだろ?だから花束の作り方教わりに行ってきた!この前は心配掛けてごめんな?怒ってただろ?」

 

はい、と渡された花束を受け取ってエーフィは思わぬ事態にうろたえる。

この前とは勿論、朝帰りのことだろう…。

ニコニコと笑うブラッキーを見て、悔しい気持ちを抱きながらもエーフィは花束を抱きしめて苦笑いを浮かべた。

 

「全く、しかたのない人ですね…」

「喜んでくれた?」

「嬉しいです」

「なら良かった!!」

 

にっこりと笑顔を向けたブラッキーから視線を逸らしてエーフィは照れたように頬を染めた。

本当に、どうしようもない。

これが惚れた弱みってやつでしょうか、勝てないんですよね…。

困ったように笑みを浮かべたエーフィ。

ただいまー、と言いながら走って行くブラッキーを見送って小さく溜息を吐いた。

 

 

心の中が読めたら良いのに

 

 

「ただいま、シンヤ!!」

「ああ、おかえり」

「ロズレイドにな、花束の作り方教わりに行ってきたんだぜ!!」

「そうか」

「そのロズレイドがまた美人でさー!!」

「そ、そうか…」

「楽しかったー!!」

 

そうか、それは良かったな…と小さな声で返事を返しつつ後退り逃げるシンヤ。

そのシンヤを見てブラッキーは首を傾げた。

 

「シンヤ?」

「すまん…、仕事が…」

 

すまん!!そう言って逃げたシンヤを見送ったブラッキー。

シンヤは逃走2秒後にブラッキーの悲鳴を聞いた。

 

*



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こんな日もあっていい

デレるシンヤ


眠たい……。

 

目を瞑るとこのまま寝てしまいそうだ。

日差しが憎い、でもこの書類をやってしまいたい……。

しかし、

眠気と格闘しているせいで書類に手が付かない……。

 

眠い……。

 

………、

 

「シンヤ!!」

「!!」

 

い、今……、軽く寝てた……。

鼓動の速くなった心臓を押さえつつ振り向くとミロカロス。

いつもとなんら変わらない光景だ。

どうせ特に用事もないのに呼ばれたに違いない…、一応、確認するが…。

 

「何か用か」

「別にー、呼んだだけー」

 

ほらな、

べったりと背中にくっ付いて来るミロカロス。

駄目だ、寝てしまう。

背中が温かいのがダメだ。眠気が更に増す…!!

 

「ミロカロス、離れてくれ…」

「なんで!!!」

「くっ付かれると温かくて寝てしまう」

「はー…、寝れば?」

「この書類はやってしまいたい」

「後でやれば?」

「今、やりたい」

「眠たいのに?」

「ああ」

「でも、寝てスッキリしてからやった方が早く終わるかも!!」

「…」

 

それもそうかもしれない。

そう思ってしまった瞬間に眠気がどっと押し寄せて来た。

 

「…寝よう」

「うん、寝よう!」

「1時間…いや、30分で起こしてくれ…」

「もっと寝てれば良いよ!」

「他にやる事あるから…」

「んー…」

 

目覚ましセットして寝よう…。

コイツはアテにならんと目覚ましに手を伸ばした時にミロカロスが先に目覚ましを取った。

 

「……」

「俺様、ここでシンヤ見てる!!」

「…目覚まし…」

「時間になったら起こすね!!」

「あー…うん、まあ…」

 

信用しようか……。

もうとりあえず、眠たいし……。

 

「俺様の膝貸してあげる!!」

「硬いのはいらん…」

「硬くないよー」

 

フカフカのが良い…と思いつつ横になる…。

うーん…やっぱり女の太ももの方がやわらかいと思う…。エーフィは男だけどやわらかそうだが…。

まあ、良い…か…。

 

「…」

「硬い?」

「…」

「シンヤ?」

「…」

「(もう寝てる!?)」

 

 

 

 

ふ、と目が覚めた。

目を開けた時、部屋は暗くなっていた。

完全に日が沈んだ証拠だな…、もう最悪だ。やっぱり信用するんじゃなかった…。

 

「んむ…」

 

真上にミロカロスの顔がある。

わりと長い時間経っているみたいだが…。足、痺れなかったのかコイツは…。

 

「シンヤ…」

「…」

 

ミロカロスはよく寝言漏らすよな…。

私もわりと喋ってたりするんだろうか…、ミロカロスがなんでも口に出すだけなのかもしれないが…。

 

「ミロ、」

「ふふ…」

 

あ、笑った。

下から見るってなんか変な感じだな…。

 

「ふふふっ…」

「フ…変な奴…」

「シンヤ…」

「…」

「スキ…」

 

 

【こんな日もあって良い】

 

 

 

「私も好きだよ…」

 

*



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Curiosity killed the cat.

照れるシンヤ


「…(じー)」

「…」

「…(じー)」

「…」

「…(じー)」

「…なんだ…」

 

見つめること1時間。

無視を決め込んでいたらしいシンヤがワタクシの方へと視線を向けた。

眉を寄せ、目を細めながら嫌そうにこちらを見たシンヤ。

ワタクシの口から思わず舌打ちが漏れる。

 

「チッ」

「な、なんなんだ…!!」

「なんだかんだと聞かれたなら答えてあげますわ!!」

「(何処かで聞いたようなセリフだな…)」

「肌質がムカつきますの」

「(えぇー…)」

「なんですの!!そのツヤツヤ!!キメの細かさに思わず嫉妬ですわ!!毛穴はど・こ・に!!あるんですの!!」

「痛い痛い痛い!!掴むな!!痛い!!」

 

嫌がるシンヤの顔を掴んでこちらへと無理やり向かせる。

グキ、と若干痛い音がしたのは気にしませんわ。

こうして触ると更にムカつきますわ…、ツヤツヤスベスベ…。睡眠不足に不規則な食事で絶対に不健康なはずなのに…!!

 

「男の人の肌ってわりと荒れ難かったりするのかしら…」

「…いや、お前もおと…」

「憎らしいですわ!!」

「うぐっ!!」

 

ぐい、と無理やり上を向かせればシンヤが苦しげな声を漏らした。

シンヤが手をばたつかせているのを避けていると不意に視界に入ったソレ…。

 

「あらー…」

「なん、だっ!!放せ!!」

「シンヤもやっぱり人間なんですのね」

「あぁ!?」

「今のもの凄いガラの悪い感じの声でしたわよ…」

「手を放せ…!」

 

シンヤの顔から手を放せば、はあ…とシンヤは大きく息を吐いた。

首を擦るシンヤにそーっと手を伸ばして、見つけたソレに触れてみる。

 

「…!」

「ここ

「…なんだ」

「ホクロがありますの」

 

耳と髪の毛で隠れているホクロ。

シンヤにホクロがあることに少し驚きですわ。

 

「ホクロなんてその辺にもあるだろ」

「他にもありますの?」

「あるに決まってるだろ、手首のところにもあるぞ」

 

ほら、と左手の掌をこちらに向けたシンヤの手首には確かに小さなホクロがあった。

腕の関節のところにもある、と右腕の袖を捲ったシンヤ。本当にわりと結構あるんですのね。

 

「へその横とわき腹にもあったな」

「…へー」

「…」

 

頷けばシンヤはそのままテーブルに置いたままの書類へと視線を戻した。

思わず声が漏れる。

 

「え?」

「…?なんだ?」

「見せてくれないんですの?」

「は?」

 

てっきり腕やらと同じように見せてくれると思って待っていたのに。

おへその横とわき腹、と言えばシンヤは嫌そうに顔を歪めた。

 

「そんな所、別に見なくて良いだろ…」

「見せてくれたって良いじゃないですの!!」

 

シンヤの服を捲ると「ぎゃー」とシンヤの口から珍しい声が漏れた。

その声を聞き付けてなのか、ミミロップさんが何とも表現し難い表情でワタクシたちを見ていた。

 

「なにやってんの…」

「シンヤのホクロを探してるんですの」

「はぁ…?シンヤってホクロあんの?」

「あるに決まってるだろうが!!」

 

お前たち私をなんだと思ってるんだ!!と怒鳴るシンヤの服を更に捲りあげるとシンヤは逃げようと椅子から立ち上がった。

逃すか、と足を引っかければシンヤは床に転ぶ。ちゃーんす、ですわ!!

 

「あ、本当にわき腹にホクロ発見ですわ!!」

「マジでホクロあるし…」

「おへそも見たいですわ」

 

うつ伏せに倒れるシンヤに「仰向けになって」と言えば拒否されてしまう。

仕方がないのでそのまま背中を見てやろうと更に服を捲った。シンヤが「ぎゃー!」とまた悲鳴をあげた。

 

「腰のところにもありますわ!」

「ここ、肩のとこにもあるじゃん」

 

ミミロップさんがシンヤの服の襟首を引っ張ってそう言ったので服の中を覗き込めば確かに肩のところにもホクロを発見。

わりと探せばあるもんですのね。普段、長袖をよく着ている人だから気付きませんでしたわ。

 

「足とかにもあるかもしれませんわね」

「足の裏にあったらヤバイな」

「ワタクシ、お尻にあったら可愛いと思いますの」

「やめろっ!!放せ!!離れろ!!」

「ちょっと見るだけですわ」

「やーめーろー!!!」

 

 

Curiosity killed the cat.

(好奇心 は 猫をも 殺す)

 

 

ゴンゴン、と音が二回。

一回は見事にワタクシの脳天に落ちましたわ…クラクラする…!!

 

「いい加減にしろっ!!!」

「ごめん…」

「反省しますわ…」

 

クラクラする視界には確かに顔を赤くしたシンヤが見えて、反省すると言ったもののニヤニヤ笑ってしまったのは仕方ないことですわね。

 

「サーナイト!!!」

「いや~ん♪」

 

ワタクシのご主人様には可愛らしいところもありますのよ?

 

*



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24時間の内の秘め事

トゲキッス


おやすみなさい、と早寝早起きなトゲキッスとチルタリスが早々にボールの中へと戻る。

特にいつもと変わらない行動だったが、空っぽになったカップを覗きんだシンヤがぼそりと呟いた。

 

「トゲキッスの奴、普段なにしてるんだ…?」

 

主人であるシンヤの突然の一言。

彼の中でチルタリスの行動は容易く想像出来たようだが、どうにもトゲキッスの行動は想像出来なかったらしい。そういえば一緒に居ない時は何をやっているんだろう…と何気なく思ったようだ。

チラリと隣に居たミロカロスに視線をやったシンヤ。しかしそのシンヤの視線に気付いたミロカロスは首を傾げるだけ。

 

「そーいや、家に居ないことあるよな」

 

ミロカロスとは違いシンヤの言葉に返事をしてうんうん、と頷いたミミロップ。

サマヨールが「そういえばそうだな…」と相槌を打つ。

基本的に家に居るミミロップ、サマヨール、エーフィ、それにチルタリス。

ブラッキーは何処に行って来たーといちいち報告してはエーフィに怒られている。

 

「サーナイトは知ってますか?」

 

エーフィの言葉にサーナイトは考えるように口元に手を当てた。

 

「ワタクシが本屋さんに行った帰りにたまに会ったりしますけど…それまでに何をしているかまではわかりませんわ」

「基本的にアイツも一人で居るの好きだよな」

 

シンヤの言葉に何が面白いのかブラッキーがアハハと笑った。

 

「何笑ってるんですか」

「いてて」

 

エーフィに頬を抓られたブラッキーが顔を歪ませる。

しかし、抓られたままでも気にせずにブラッキーはキリリとした表情に変えてシンヤへと視線をやった。実に間抜け面である。

 

「オレは分かるぜ!!女が居る!!」

「……マジか」

「シンヤさん、らしくない言葉遣いやめてください」

 

エーフィに訂正されてシンヤはこほんと小さく咳払い。

ブラッキーの自信ありげな発言にミミロップは「証拠でもあんのかよ」と口を尖らせる。

 

「誰にも報告せずに一人でお出掛けなんて逢引というもの以外に何がある!!」

「…シンヤ、あいびきってなに?」

「デートのことだ」

「おお!俺様もシンヤとしたい!!あらびき!!」

「それ肉だ」

 

あれ、と首を傾げたミロカロスを無視してシンヤは空っぽのカップの底を見ながら思った。

 

「(とりあえず、おかわり欲しい…)」

「明日、トゲキッス尾行してみようぜ!!絶対に女だから!!」

「賭ける?」

「じゃあ、明日のおやつを賭けて!オレが勝ったらお前らのおやつはオレのもんだー!!」

「乗ってやんよ!!ワタシは散歩でもしてるに賭ける!!」

「男が散歩とかワロス!!」

 

ケラケラと笑うブラッキー。

何故か勝手に盛り上がりだした連中を見てシンヤは眉間に皺を寄せた。

 

「(ワロス…?)」

「自分はよく散歩に行くけどな…」

「真夜中に散歩って言うんですか?」

「徘徊なんじゃないですの?」

「せめて見廻りにしてくれ…」

 

エーフィとサーナイトの言葉にサマヨールが肩を落とす。

そんなやりとりをしている連中を眺めていたシンヤに急に視線が集まった。

 

「シンヤは?」

「は?」

「だから!シンヤはどっちだと思う!?女か、散歩か!!」

「二択なのか…、まあどっちでも良いとは思うけどな…」

「シンヤも賭けろよ!!」

「賭けごとは嫌いだ」

「出た。嫌いだ、嫌だ、なんてシンヤの口から出たらもう参加しないパターン!!」

「頑固ですものねー」

 

ミミロップの指摘にシンヤは黙りこむ。

長い付き合いなだけに行動パターンを読まれつつあるようだ。

 

「じゃあ、もうシンヤおやつ作る係な」

「いつも作ってるんだが…」

「明日は早起きして尾行だー!!」

「「おー!!」」

「早起きは苦手だな…」

「本当にやるんですね…」

「おー?」

 

わけのわからないままサーナイトとミミロップを真似て返事をするミロカロス。

なんとなく発した一言が面倒なことになった、と思いつつシンヤは空っぽになったカップを片手にキッチンへと向かった。

 

*

 

次の日の朝。

まだ日も昇りきらないうちにシンヤは起こされた。

体を起こせば珍しく朝から元気なブラッキーがニヤリと笑ってシンヤに着替えの服を突きつけた。

 

「行くぜ!!」

「ぇ…私も行くのか…?」

「当たり前だろ!!」

 

おやつ作る係なのに…?と思いつつシンヤは着替えて身支度を済ませる。

リビングへと行けば朝から勢揃いな面々にチルタリスが驚きながらもシンヤにコーヒーを出した。

 

「おはようございます、ご主人様」

「おはよう」

「朝からお出掛けなのですか?なにかご用意をしなくても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ、放っておけ」

 

ふわぁ、と欠伸をしながらチルタリスに返事を返したシンヤ。

尾行されるらしいトゲキッスはすでに早くから出掛けたようだ。

 

「早く行くぞ!!見失っちまう!!」

「朝苦手なのにこういう時は元気なんですね…」

「サマヨール!!お前起きてんのか!?置いてくぞ!?」

「置いて行ってくれ…」

 

ふらふらのサマヨールを引き摺ってミミロップが玄関を飛び出した。

 

「それでは、行ってきますわね!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」

 

手を振ったミロカロスに手を振り返したシンヤ。

さりげなくこのまま家に残ろうと思っていたシンヤだったが残念なことにサーナイトに「もう!」なんて言われながら腕を引っ張られて失敗に終わった。

 

「皆さん、お気を付けてー」

「アイツ微塵も疑問に思わないんだな…」

 

チルタリスに手を振ったシンヤは少し不安になった。

泥棒とか詐欺とか来ても信用して笑顔で迎え入れそうな勢いだな…。

 

*

 

トゲキッスから距離をとり歩く集団。

逆に目立ってそうだと思いながらもシンヤは更にその後ろを歩く。

 

「どこに行くつもりなんですかね…」

「この方向だと、公園だな…」

「朝っぱらから公園で待ち合わせかー、やるなー」

 

ブラッキーの言葉に何が?とは思いつつもシンヤも黙ってトゲキッスの様子を見守る。

 

「今日な、公園で掃除するんだ。俺様はめんどくさいから断ったけどな」

「…へぇ」

 

シンヤの隣を歩いていたミロカロスが笑顔でそう言った。

へぇ、と相槌を打ったもののなんでコイツがそんなこと知ってるんだと…シンヤはミロカロスに視線をやる。

 

「お前、トゲキッスがいつも何してるか知ってるんじゃないのか?」

「いつも?」

「朝からいつも掃除してるのか?」

「ううん、掃除は毎週日曜日。水曜日は朝からじいちゃんばあちゃんの手伝いしててな、土曜日はちびっ子と遊んでる。他の日は野生ポケモンの友達に会いに行ってる」

「…よく知ってるな」

「水曜と土曜、俺様も一緒に行くし。他の日も暇なら一緒に行くんだー。日曜はシンヤが休み多いから家に居るけど」

「…」

「…?」

 

ミロカロスに視線をやってからシンヤはその場で立ち止まった。

 

「よし、その辺でコーヒー飲もう。アイス買ってやるぞ」

「わーい!!」

 

その辺の喫茶店に入ったシンヤとミロカロス。

コーヒーを啜りながらべらべらと喋るミロカロスの話に相槌を打つ。

 

「カンタじいちゃんがな、腰悪くなって買い物行けないからキッスが代わりに行ってるんだ。そしたらマツエばあちゃんが自分も足悪いから買い物行ってーって言うから俺様も一緒に手伝ってんの。だから水曜日にいっぱい買い物するんだ」

「へぇ」

「そんでな買い物したらまんじゅうとかようかんとかくれんの」

 

毎日、大体ボランティア活動に勤しんでるらしい。ついでにミロカロスを連れて行く辺りトゲキッスの優しさを感じる。

本当に良い子に育ったもんだ…。今度から小遣い持たせてやろう。

他の連中は金くれ金くれ、って言ってくるけどトゲキッスは言ってこないからな。アイツだけ小遣い制にしよう…。

 

「でもな、この前からシマじいちゃんが居なくなったんだ」

「…」

「キッスに聞いたら"シマさんは見えなくなっただけでずっと居るんですよ"って言ってた。シマじいちゃん多分ポケモンだったのかも」

「…ッ」

 

色んな意味で泣きそうだ。

 

「シマじいちゃんなんで見えなくなったんだろうな」

「お亡くなりになったんじゃないのか…」

「おなくなりになった、ってなに?おなくなりってポケモン?」

「あー、死んだってことだ」

「…シマじいちゃん死んだの!?」

「お前、本当に頭が残念だな」

「死んだなら死んだって言ってくれれば良かったのにな」

「お前がそんな反応して周りのじいちゃんばあちゃんに無遠慮な態度取るからだと私は思うがな」

「…じゃあどんな反応したら良い?」

「そうだな…。悲しくて泣くとか…」

「俺様、悲しくないから泣けないなー」

「素直なヤツって残酷な生き物だ…」

 

ミロカロスの態度が分かっていたであろうトゲキッスはあえて言わなかったんだろう。

私も人の事は言えないが、ミロカロスの他人に対しての情とか本当に無いよな…。

 

「…シマじいちゃんじゃなくて私が死んだらどうする?」

「シンヤが…、うわああああああ!!やだぁああああ!!」

「わかった!!わかったから黙れ!!」

 

今更ながらなんで自分だけこんな特別扱いされてるのか甚だ疑問である。

喫茶店で時間を潰すこと数時間。もうそろそろ昼食時だ。

 

「あ、キッスだ」

「ん?」

 

窓の外でこちらに気が付いたトゲキッスが手を振っている。

手招きをすればトゲキッスが喫茶店へと入って来た。

 

「珍しいですね、シンヤがお出掛けなんて」

「ミロとデートだな」

「デートだったの!?やったー!!」

 

喫茶店でコーヒー飲みながら本読んでて、ミロカロスはアイス食べた後に軽く寝てたけど…。

 

「お前は何してたんだ?」

「俺ですか?俺は公園の掃除をしてました、毎週日曜日はボランティア活動の人たちと一緒に掃除をするんです」

「へぇ」

「俺たちと同じ人型のポケモンも混ざってたりしてて面白いですよ」

「ふむ…、彼女とか居たりしないのか?」

「居たら素敵ですけどねー」

 

ニコニコと笑うトゲキッス。

ブラッキーの女が居るっていうのは残念ながら外れたらしい。アイツおやつ抜きだな。

 

「一緒に家に帰るか?」

「そうですね」

「お昼ご飯食べたいなー」

 

三人で喫茶店から出れば背後から誰かが飛びついて来た。咄嗟に背負い投げをすれば更に後ろから悲鳴が聞こえる。

 

「なぁあああ!?!?ツキー!!!!」

「いてぇええええ!!!」

「…なんだお前か」

「絶対にちょっと分かってて投げたろ!?格闘タイプかコノヤロー!!!」

 

地面を転げ回るブラッキーにエーフィが駆け寄った。

はて何のことかな?と首を傾げてやればブラッキーは両手で顔を覆って泣き真似を始めた。エーフィ以外、完全に無視するけどな。

 

「皆さん揃ってお出掛けだったんですね」

「……あ、うん、そう」

 

トゲキッスの言葉に気まずげに視線を逸らすブラッキー。

ミミロップがニヤニヤと笑っているがその横に居るサマヨールは立ったまま寝てるんじゃないのか…?大丈夫かアイツ…。

 

「キッスさん!!」

「な、なんですか?」

「日曜日の朝っぱらからボランティア活動でゴミ拾いなんて枯れてますわ!!」

「枯れ…?」

 

サーナイトに詰め寄られたトゲキッスは首を傾げた。

 

「若い殿方がなんですの!!もっとブイブイ言わせるべきですわ!!」

「ぶいぶい…?イーブイですか?」

 

ブイブイって…。

サーナイト、お前…年いくつだ。

 

「これだから今時の男性は!!!草食系ですわね!!」

「テメェも男だろーが!!あとワタシたち種族的にみんな草食系だボケ!!」

 

ミミロップがサーナイトを怒鳴りつける。

オレ、雑食よ。と良い顔で発言したブラッキーはエーフィに本気で殴られていた。

 

「皆さん、喧嘩しないでください~」

「原因はキッスさんですのよ!!」

「お、俺ですか?」

「ワクワクドキドキしながら尾行したのに…!!まさかゴミ拾いしている様子を観察するだけに終わるなんて…!!」

「尾行…?」

「アハンウフンな展開を期待…っ」

「黙れカマ野郎!!!」

「なっ!?ミミローさん!!言うに事書いてカマ野郎なんて酷いですわ!!結局、男じゃないですの!!嫌ですわ!!」

「男だろーがァアアア!!!」

「お、お二人とも喧嘩は駄目ですってばー!!」

 

睨みあうミミロップとサーナイト、その二人を止めようとするトゲキッス。

こんな公衆の面前で何やってるんだコイツらは…。

 

「いい加減にしろ!!」

「「…!!!」」

 

声を張り上げればミミロップとサーナイトがこちらへと視線をやった。

 

「サナ、トゲキッスが普段なにをしてようとトゲキッスの勝手だ。放っておけ!!それにミミロー、お前は人を侮辱する言葉を控えろ、少々度が過ぎるぞ!!」

「「すみません…」」

 

これでなんとか納まったな、と思ったのもつかの間…。

 

「でもやっぱり枯れてますわ!!」

「しつけぇ!!!」

「休日に色事の一つや二つ起こさない男は枯れてますわ!!」

「じゃあ、お前なんかしてんのかよ…」

「ワタクシ、清純派な女ですし」

「はぁあああああ!?まさかの清純派気取りで女発言!?」

「乙女の象徴ですもの」

「オスじゃん!!!!」

 

もう駄目だ、こいつらどうにかしてくれ。とエーフィの方に視線をやれば「嫌です!」とまだ言葉を発していないのに断られた。

 

「キッスさんはどう思うんですの!?」

「えーっと、色事のことですか?」

「そう!!休日にやることと言ったらもうね!!ですわよね!!」

 

なにが?

 

「んー…そうですね…、えっと…、一生を共に過ごして行く人が出来たら…そういう休日があるのも素敵ですね」

「健全…!!!」

 

いやぁああああ!!!と悲鳴をあげるサーナイトを見て首を傾げるトゲキッス。

本当にトゲキッスは良い子に育ったな…。

 

「はあ…健全で真面目なキッスさん…それに比べて…なんですの!!!」

「今度はなんだよ…」

「仕事仕事仕事、休みにデートとか言いながらその辺で散歩か買い物!!とことん手抜き!!!しかも夜は一人部屋で即就寝!!!なんですの!!!枯れ切ってますわ!!」

「…」

 

チラリ、とミミロップの視線がこちらに向いた。

ええぇぇぇぇぇー……。

 

「ミロさんが可哀想ですわ!!!」

「え、俺様!?なんで!?」

「純真無垢な可愛いお馬鹿さんを適当にあしらって相手にしてあげないなんて!!シンヤ、男じゃないですわね…。絶対に可笑しいですわ…、溜まるもん何処に溜まってるんですの?」

「?????」

「………」

「サ、サナさん…!!ここ公衆の場ですよ…!!」

 

絶対に可笑しい!!見張ってるのに!!と喚くサーナイト。

そのサーナイトの口を塞いだミミロップがそのままサーナイトを絞め落とした。いつの間にそんな技を…!!

 

「ふぅ…、もう帰ろうぜ…」

「…そうだな」

「俺様、なんで可哀想…?」

 

*

 

その日は結局、全員おやつ抜き。

疲れたと言いながらさっさと眠る為、部屋へと戻るシンヤを見送ったトゲキッスは「おやすみなさい」と小さく声をかけた。

パタンと閉じたリビングの扉を見ながらトゲキッスは呟く。

 

「シンヤの気が休まる時ってあるんですかねぇ…」

 

今日も休日のはずなのに大変だったろうなぁと思いながら何気なく呟いた一言。

その言葉に「確かに…」とミミロップが言葉を返した。

 

「基本、誰かさんが纏わりついてるしな」

 

リンゴジュースを飲んでいたミロカロスに視線が集まる。

ゴクン、とジュースを飲み込んだミロカロスは大きな目を更に大きくして首を傾げた。

 

「?」

「本当に…、普段何をやってるんですの!?」

「仕事だろ」

「違いますわ!!ミロさんとシンヤがナニをやってるのか気になるんですの!!」

「そっちかよ!!」

「(恋人同士の情事に関してはそっとしておいた方が良いんじゃないかな…)」

 

いつも盛りあがる話題はシンヤについて、今日も一日賑やかだったなと思いながらトゲキッスは小さく欠伸を漏らした。

 

「ミロ、ぶっちゃけどうなの?」

「ぶっちゃけ?」

「ヤッた?」

「ヤッター?ワーイワーイ?」

「いや、それ違うから」

 

両手をあげたミロカロスを見てブラッキーが溜息を吐いた。

 

「もうマジ分からーん!!」

「誰相手に質問してるんですか、当然でしょう…」

「そうだよなー…。もう寝よ」

「賛成です」

 

リビングを出て二階へと向かうブラッキーとエーフィ、それを見てサーナイトも「これ以上夜更かしすると肌が荒れますわ!!」と少し不機嫌になりながらリビングを出て行った。

 

「ワタシも疲れたから寝よ、おやすみー」

「おやすみなさい」

 

ヒラリと手を振って部屋を出て行ったミミロップを見送ってからトゲキッスはテーブルに並ぶカップを片付け始める。

カチャンカチャン、と音を立てながら片付けているとサマヨールが言った。

 

「…自分は、聞き方が悪いと思う…」

「え?」

「ミロは…自分の知っている知識の中でしか答えを返せないのだから…。質問の仕方に問題があったな…」

「???」

 

サマヨールの言葉にミロカロスが首を傾げた。

首を傾げるミロカロスに視線をやったサマヨールは聞いた。

 

「主と交尾したか…?」

「…ッ~~~~~!!!」

 

ぼっと顔を真っ赤にしたミロカロスがその場で視線を泳がせる。

 

「(…む、どっちか分からない…)」

「(この反応って、どっちなんだろう…)」

「キッスさーん、お皿洗ってしまいますね!!」

「あ、うん、お願いするよ」

 

 

【24時間の内の秘め事】

 

 

欠伸を漏らしながらリビングへと入って来たこの家の主にトゲキッスは挨拶をする。

 

「シンヤ、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「コーヒー、どうぞ」

「ありがとう」

 

コーヒーを啜りながら新聞を開くシンヤを見てからトゲキッスは窓の外へと視線をやった。

良い天気ですねぇ、と呟けば適当ながらも「ああ」と返事が返って来る。

 

「シンヤ…」

「…」

「ミロさんと交尾しました?」

「ぶっ!!!!」

「わわわわわ!?」

 

げほごほと咽るシンヤはコーヒー染めになった新聞を床に叩きつけてトゲキッスを睨みつけた。

 

「急になんだっ!!!」

「(…あ)」

 

そのシンヤの顔は真っ赤だった。

 

「(幸せな愛を感じる…)」

 

 

 

………、俺の1日は今日もきっと賑やか

 

 

「トゲキッスに変なこと吹きこんだのは誰だー!!!!」

「わー!?何ー!?」

「シンヤが朝からキレてるんですけどー!?」

 

*



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『 貴 方 ガ 欲 シ イ … 』

サマヨール


書庫から部屋へと移動する途中、ふと足元を見た時に包帯があった。

塊でとかではなく、廊下を真っ直ぐ白い包帯が線を引くように放置されている。

何があった!!

ここがスタートだと言わんばかりに包帯は私の足元から白い線を引き続いている。

辿るしかないだろう。

足元の包帯を拾ってクルクルと手の中で巻いていく。

廊下を難なく通り過ぎる。

リビングに続く包帯はどうやら庭へと出て行ったようだ、リビングを通り抜けて庭へと出る。包帯は更に家の外にまで続いていた。

本当に何があった…。

クルクルと包帯を巻きながら敷地の外へと出る。森の中へと進む包帯をクルクルと巻きながら進んで行く。

これは随分と歩かされてる気がする、というか包帯をこんなに無駄にしてどういうつもりなのか…。

ドンドンと薄暗くなっていく森の中を歩いていけばその先に見知った姿があった。

サマヨールが木の陰で寝てる。

いつも巻いている包帯は付けていないところを見ると、この包帯はサマヨールのものだろう。

 

「サマヨール」

 

揺すってみたが起きない。

仕方がないのでカゴの実を口に押し込んでみる。(ポケットに木の実を入れる25歳)

 

「ん……、主…?」

「こら。昼寝は別に良いが、包帯で遊ぶんじゃない」

「…包帯?」

 

私の手にある包帯を見てサマヨールが目を細める。

覚えがないらしい、そのまま自分の手や顔を触って更に分からないと言わんばかりに首を傾げた。

 

「こんな所で何をしてるんだ?」

「今日は…ゴーストタイプの祭りがある…」

「ほお」

 

サマヨールが指差した先には地面の上に点々と小さな水溜りが森の奥へと続いている。

 

「なんの祭りだ?」

「縁起の良い祭りでは…ない…」

 

少し口籠るサマヨールを見て、これ以上は聞かないでおこうと口を閉ざした。

ぼんやりと火の玉が辺りに灯る、鬼火だと思われるそれを眺めているとゾロゾロとゴーストタイプが遠くから行列をつくりやって来た。

百鬼夜行みたいだと思いながらゴーストタイプが通り過ぎる様を眺めていると。

手に持っていた包帯がクッと引っ張られた。

視線をやれば包帯の端を持ったゲンガーがキシシと笑っている…、そのゲンガーを見てサマヨールが「お前…ッ」と少し声を荒げた。

 

「ゲーンゲーン!!」

「こっちこっち?なんなんだ?」

「主…構わなくて良い…」

「ゲーンガー!!!」

「めちゃくちゃ呼んでるんだが…。あと、手元から包帯がドンドン無くなってる。持って行かれるぞ?」

「くれてやれば良い…」

 

動こうとしないサマヨール。

せっかく巻いた包帯がシュルシュルと音を立ててまた白い線を引きながら遠退いていく。ゲンガーのやつが端っこを持っていったもんだから…。あーあー…。

包帯が視界から消える、それでもゴーストタイプの行進は終わらない。

手を振るジュペッタに手を振り返しておどろおどろしい光景を眺めた。

一番最後、ムウマージがパチンとウインクしたのを見てゴーストタイプの行進が終わった。

ゴースだけで何匹くらい居たんだろうな…、数えれば良かったと思いつつぼんやりとムウマージの背を見送った。

 

「なんだったんだ?」

「…主は…野生ポケモンにも好かれて困る…」

「ん?」

「ゴーストタイプについて行っては駄目だぞ…主…」

「子供じゃないんだからついて行かないだろ」

「ゲンガーを追おうと思った…」

「…んん、まあ…思わなかったこともない…」

 

否定出来ない、と思いつつ頷く。

サマヨールがすっと手を出したかと思うと私の左手を握った。

 

「帰ろう…」

「それは良いが…なんで手…」

「主…この森に、こんな薄暗い場所は存在していない…」

「……」

「パレードだけ…見に来ようと思い立って良かった…」

 

ほ、と息を吐いたサマヨール。

待て……、私、危険だったのか…?

 

「ゴーストタイプを…侮ってはいけないぞ、主…」

「肝に銘じておく…」

 

薄暗い森をサマヨールに手を引かれながら歩く。

途中、なんとなく聞いてみた。

 

「なんで包帯、盗られたんだ?」

「催眠術を掛けられたみたいだ…」

「なんでだ」

「私が主の…ポケモンだからだろう…」

「……」

 

サマヨールは私のポケモン

自分のポケモンの私物だと思われる包帯発見

辿る

サマヨール寝てる

眠らせたゲンガー登場

私、ゲンガーに呼ばれてついて行く

ど、どうなる……?

 

「ポケットに木の実入れてて良かった!!」

「…まあ、そうだな…」

 

頷くサマヨールを見て、少し野生ポケモンに対して警戒心を持とうと思った。

 

 

『 貴 方 ガ 欲 シ イ … 』

 

 

「シンヤー、聞いて聞いてー」

「ブラッキー、お前また夜遊びしてたのか…」

「今日、祭りあったんだって!!」

「……」

「一番綺麗な魂集めるの誰かーって祭りでさぁ、魂いっぱいあって面白かった」

「………」

「来年はシンヤも一緒に見に行く?」

 

お断りします。

 

*



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働くお兄さんはお好きですか?

シンヤ


トゲキッスとブラッキーとエーフィを連れて少し遠出をしてみた。

その辺をフラフラ歩き回って木の実を採取したり、野生ポケモンの健康状態をチェックしたりしながらの散歩…兼、仕事だ。

足元をちょこちょこと歩くブラッキーとエーフィを連れて森の中を歩いて行く。

野生ポケモン同士の喧嘩で怪我をしていたり、毒状態になっていたりするポケモンを主に治療する。

日常的に重傷のポケモンはほぼ居ない。

天災などの影響、心無いトレーナーからの攻撃などが重傷になりうる原因が多いが基本的には暇だ。

 

「ブラァ…」

「ああ、その辺で休憩でもするか」

 

昼寝したいー、なんて漏らしたブラッキーの言葉に相槌を打つ。

この天気だと昼寝がしたくなるのは同感だ。

手頃な大木の下に座り空を見上げれば風で木々の葉が揺れる。…良い天気だ。

今頃、家でチルタリスが洗濯でもしてるんだろうなと思いながらぼんやりしているとゴォオオと大きな音を立てながら火柱があがるのが見えた。

隣で寝転がっていたブラッキーが飛び跳ねるように起き上がった。

 

「フィー!!」

「…行くか」

 

何が起こったのか確認しておかないとな。

エーフィとブラッキーが先に走って行くのを追いかけて火柱のあがった場所へと向かう。

辿り着いてみれば、思わず目が点になる。

ぐったりなワカシャモの傍に座り込むハルカに火傷状態で瀕死なピカチュウを治療しているタケシとピカチュウに声を掛けるサトシ…。

うろたえるマサトの肩を叩けば、目を見開いて驚かれた。

 

「シンヤさん!!!」

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 

わぁぁん、と飛び付いて来たマサトを受け止めてサトシ達の方へと視線をやる。

 

「シンヤさん!!ピカチュウが!!」

「見れば分かる、タケシ代わろう」

「お願いします…!!」

 

タケシの隣に座りピカチュウの様子を見てみる。

やっぱり火傷だな、大火傷も良い所だがポケモンなら薬ですぐによくなる。

薬を全身に塗って火傷が擦れないように包帯をくるくると巻く。

体力の回復薬、電気タイプ用の栄養剤を甘めに味を付けた水に溶かしてピカチュウに飲ませる。

 

「ん、今日はこのまま大人しく寝ておけ。明日には元気になるぞ」

「ピカ…」

「良かった…!!」

 

ピカチュウを抱きかかえたサトシを見てから次はハルカの方へと移動する。

ワカシャモに寄り添うハルカの向かいに座ればハルカは涙目で私に視線をやった。

 

「シンヤさん…、ワカシャモが…私のワカシャモが…!!」

「……」

 

ぐったりするワカシャモの腕をツンと突けばワカシャモが目を開ける。

 

「どうした?」

「シャモ…」

「だるい…、他には?」

「シャモシャモォ…」

 

「炎を上手く調整出来なかった、か…。ふむ」

 

ワカシャモの言葉に頷いて返せばハルカが不安げに私を見た。

 

「風邪だな」

「風邪…?」

「今は熱は無いみたいだが、放っておくと高熱が出るかもしれない。炎タイプは熱が出ると面倒だ…」

 

主に治療が。

もの凄く熱くて触れなくなる…。

 

「炎タイプ用の風邪薬を処方しておくから必ず食後に飲ませて、水分を普段より多く取らせるように…。それと薬を飲ませると一時的に調子は回復して元気になると思うが炎技は使わせないようにしてくれ、回復する為に体内に溜めた熱を放出してしまうと治りが遅くなるうえに余計に体調を崩しかねない」

「は、はいっ」

「あと、今日は薬は飲ませなくて良い。ただし今から発火作用を促す薬を注射するから今夜から明日の朝に掛けてはワカシャモの体に触るな。高熱を放つだろうから触ると火傷するぞ」

「発火作用を促すというのは何ですか?」

 

カバンから注射器を取り出したところでタケシが首を傾げた。

注射器で薬を吸いあげながらタケシの質問に答えを返す。

 

「炎タイプは体調を崩すと発火能力が混乱状態になって炎が強まるか弱まるかの二つに分かれる。炎が強まる場合は体から煙が出るほど常に発火し続けて体力を消耗していくんだ、その場合は発火作用を抑える薬を打つ。

そして炎が弱まる場合は体内で発火能力がほぼ出来なくなる。普段通りに技を放とうとするとなかなか上手く技が出なくて力が入り予想以上に炎を放出してしまったりする。ワカシャモは今その状態だな。

予想以上の炎を放出してしまえば、発火能力が上手く出来ない状態では疲れだけが体に残り体内から熱が奪われる。そのまま放置しておくと体が勝手に発熱し出すが空焚きのような状態になる」

「空焚きって?」

「水を淹れないでヤカンを火にかけてるみたいな状態だな…。中が空っぽの状態なんだ、自分の発火能力で体内を守っている炎タイプでも空焚き状態になると体の中、内臓などに影響が出て最悪は死に至る」

「!?」

「だから、今のワカシャモの発火能力を助ける為に発火作用を促す薬を注射するというわけだ」

 

打つぞ?とハルカに聞けばハルカはコクコクと頷いた。

ワカシャモの首元に注射を打つ。

 

「暫くすると体中が熱くなって魘されると思うが薬が効いてる証拠だ。ボールに戻して明日の朝まで寝かせておいてやると良い」

「はい、ありがとうございました!!」

「コンテストに向けて練習するのは良いがポケモンの体調を気に掛けてやることも大事だぞ…。しっかり休ませてストレスを解消させてやらないと強力な技を放つポケモンは人間よりも色々と溜め込みやすいからな」

「…はぃ」

 

俯いたハルカの頭を撫でる。

コーディネーターとして腕を磨いていけば自然とポケモンの調子も分かって来るだろう。

 

「ポケモンセンターに立ち寄った時、ジョーイにポケモンの様子を見て貰うのも良いぞ。健康状態のチェックは多くのポケモンを診てないとなかなか分かり難いものだからな」

 

私の場合は直接、聞くけど。とは言わずにカバンから薬をハルカに渡す。

 

「三日分だ。あいにく手持ちにはこれだけしかない、三日経つ間にはポケモンセンターにも着くだろうから…、その時に一度ジョーイに診てもらってくれ。

ポケモンセンターに炎タイプ用の風邪薬があるかは微妙だが…。まあ、無ければジョーイが私の方に連絡して来るだろうから大丈夫だ。後から薬をポケモンセンターに送る」

 

トゲキッス便で。

ピカチュウの薬と包帯も渡して置くぞ、とタケシに薬を手渡してカバンを肩に掛け直す。

 

「シンヤさん、ありがとうございました!!」

「どういたしまして」

 

ぐりぐりとハルカの頭を撫でればハルカは照れたように笑ってみせた。

 

「やっぱりシンヤさんは凄いなぁ…、ボクもシンヤさんみたいな大人になりたいや!!」

「フィ~…」

「ブラー」

「……」

 

マサトの言葉にエーフィが首を横に振り、ブラッキーがコクコクと頷いた。

「シンヤさんみたいな大人になるのはやめておくのが賢明です」、「うんうん、やめとくべきだ」って…言ったよな?

 

「お前ら覚えとけよ…」

「「!?」」

 

 

【働くお兄さんはお好きですか?】

 

 

三日後、ポケモンセンターに到着したサトシ達。

ハルカのワカシャモはこの三日ですっかり元気に回復していた。

 

「うん、もう大丈夫ね。ワカシャモは元気いっぱいよ」

「良かったぁ、ありがとうございますジョーイさん!」

 

ワカシャモを抱きかかえて喜ぶハルカにジョーイがふふふと微笑む。

 

「シンヤさんと知り合いなら会った時にポケモンを診てもらうようにすると良いわよ」

「え?」

「それとなーく、シンヤさんの前でポケモン達を出しておけば良いの。あの人、勝手にポケモンとお喋りして体調チェックしちゃうから」

 

クスクス笑うジョーイを見てハルカ達はキョトンとした表情を浮かべ顔を見合わせた。

 

「ピカチュウもシンヤさんと喋ったりすんのか?」

「ピッカァ!!」

「やっぱりシンヤさんって凄いかも…」

「だね…」

「次、会った時に自分も勉強させてもらおう…」

 

*



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触れて伝わる

サマヨール


長い包帯を自分の体に巻いていると背後に誰かが立った。

影になり暗くなった手元を見てから後ろを振り返ると主が自分を見下ろして居た…。

 

「サマヨール」

「何だ主…?」

「手伝ってやろうか?」

「…仕事は良いのか…?」

「今さっき片付いて手が空いたんだ」

 

今日は早く片付いた、と嬉しそうな主。

自分に構ってくれるのは素直に嬉しいが…、自分よりも優先して構うべき対象は他に居るはずだ…。

 

「ミロカロスは…?」

「居ないみたいだが、それがなんだ?」

 

また間の悪いというか…、運が無いというか…。

溜息が出そうになるのを飲み込めば主が自分の前に座った。そして、自分の手から包帯を取り慣れた手付きで包帯を巻いていく。

まあ…他人にやって貰った方が巻き易いことは確かだ…。

ここは主の厚意に甘えよう…。

 

「…」

「…」

 

共に無言、黙々と包帯を巻く主の手元を見ていると主が言った。

 

「お前、本当に白いな」

「…」

「むしろ蒼白いな」

「…まあ…日に当たる機会が少ないから…」

 

焼ける要素は微塵もない。

というか、包帯で覆われていて焼けることがない…。

 

「夜行性のゴーストタイプが日焼けをしようとしたらどうなるんだ、溶けるのか?」

「溶けはしないと思う…」

「…ただれるとか?」

「いや…主と同じような感じになると思うが…」

「赤くなるだけか、つまらんな…」

 

また黙って包帯を巻き始めた主。

一瞬、ゴーストタイプに何を期待したのか…。

日に焼けて悶え苦しむゴーストタイプでも見たかったのだろうか…、主の思考は本当にたまに突拍子もない所に行くと思う…。

ぐるぐると巻かれていく包帯、顔に巻かれていく包帯と主の顔を見てから目を閉じる。

 

「…サマヨール」

「…」

 

包帯を口に巻いている途中で話かけて来るのか…、別に構わないが…。

 

「お前の右目は何処に行ったんだ」

「生まれた時から無いと思うが…」

「どのサマヨールにも無いのか?」

「無いとは思うが…、他に人の姿になれるサマヨールには出会ったことがないので絶対とは言えないかもしれない…」

「ちょっとこの右目開けてくれ」

「主…開かない…」

「頑張れば開くかもしれない」

「主…頑張っても開かない…」

 

不自然に縫われたそこは人型になる時に勝手に出来る。

ポケモンの時は右目、左目の概念なんて無いが…。人の姿には右目と左目があるのが普通だから一応両方あるのだろう…。

この人の姿になるのも不思議なものだ…。特に意識して考えたことはないが…、何故、人の姿になるのか…。

 

「主…」

「なんだ」

「自分たちポケモンは何故、人の姿になるのだろうか…」

「そんなの私が聞きたい。勝手に人の姿になったのはお前たちだろうが」

「…」

 

人の姿になったのはもう随分と前だ…。

あの時、人の姿になったのは…なろうと思ったのは…。

 

「巻き終わったぞ」

「…ありがとう、主…」

 

綺麗に巻けたと満足気な主を見て小さく笑みを浮かべた。

立ち上がった主の手を自分の手で掴むと主が少し驚いたような表情を浮かべて自分を見下ろした…。

 

「…」

「サマヨール?」

「主の手と…同じだ…」

 

ぎゅ、と握った主の手。

主の手ほどの体温は持ち合わせていないが、器用に包帯を巻けるこの手は同じ…。

 

「きっと…」

 

 

【触れて伝わる】

 

 

「同じである方が都合が良かったのだと思う…」

 

愛おしく尊い貴方と…。

違わぬ姿がきっと…欲しくて堪らなくなったのだ…。

 

*

 



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相性は大変よろしいハズです

甘く絡む*ミロカロス


仕事が一段落ついて休憩をしようと部屋を出た。

リビングへと行けばチルタリスは居なくてフローリングの床に座り込みジグソーパズルをするミロカロスが居るだけだった。

 

「ミロカロス、チルタリスはどうした?」

「買い物行くって言ってたー」

「…そうか」

 

コーヒーを淹れてもらおうと思ったが居ないんじゃ仕方がない。

自分でコーヒーを淹れるべくキッチンへと向かう。

コーヒーを淹れてカップを片手にリビングへと戻ればミロカロスが未だ床に座り込みジグソーパズルで遊んでいる。

椅子に座ってジグソーパズルをするミロカロスを観察してみた。

ピースの一つを片手にうんうんと呻っている。

見た所、100ピースのパズル。

買って来たのか、貰って来たのか…。何故、パズルが家にあるのかは謎だがミロカロスが真剣にやっている姿は珍しい…。

 

「そのパズルどうしたんだ」

「…」

「ミロカロス」

「んー、なーにー?」

「そのパズル、どうしたんだ」

「パズルはブラッキーがツバキに貰ったって言ってたのを貰った」

 

ツバキか…。

何の絵柄だろうか、ポケモンの絵とか風景画とか…。その辺だろうと思いながらミロカロスの隣へと移動してパズルの様子を見る。

ほとんど完成してなくて何か分からん。

見本は無いのかと探してみるがピースが散らばっているだけで箱がない。ピースが入っていたであろう袋だけ転がっている…。

見本無しで完成させようとするのはなかなか難しいな…。どんな絵か分からないとイメージも出来ないじゃないか…。

緑色が少ないから風景画ではないかもしれない…、ポケモンの絵だろうか…黒が多くてまた難しいな…。

 

「楽しいか…?」

「うん、なんかドキドキする」

 

微塵も楽しそうな要素は無いがな…。

黒ばかりのパズル、しかも見本も無い状態でやれと言われたらイライラして堪らないだろう…。

暫くミロカロスがパズルをするのを眺めていたが、飽きた。じっとして眺めているのは釣り同様好きじゃない。

 

「ミロカロス、散歩にでも行くか?」

「ううん、パズルしてる」

「…」

「…」

「アイス買ってやるぞ」

「今いい」

 

…イラッとした。

いや、もやっと…?

とりあえず言葉には言い表せない感覚があった。

横に座るミロカロスの頬を突いてみるがミロカロスは反応を示さない。

ここまで無視されるとムカつくな…。私は普段どんなに忙しくてもお前の相手はしてやってるだろうが…。

むにむにと頬を摘まんでもミロカロスはパズルから視線を離さない。

頬を引っ張ればミロカロスの口から「痛い」とだけ言葉が漏れた。

 

「…」

 

私の今の心境を音にすると"カッチーン"だ。

さすがに腹が立った。いつも私が無視すると泣いて喚く癖に…。

 

「ミロカロス」

「…んー」

 

ミロカロスの耳元に口を近付けてそのまま…。

噛む。

 

「いたぁい!!」

「…」

「耳っ!!耳がっ!!」

「人を無視するからだ」

「噛むなんて酷い!!」

 

耳を押さえて私を睨むミロカロス。

噛んで痛がる姿を見て笑ったらそこで許してやろうと思ったが反抗的な目で見られて思わずムッとする。

 

「なんだその目は…」

「シンヤが噛むからー!!」

「もっと噛んでやる」

「耳やだ!!」

 

私の口を手で押さえたミロカロスの手をがじがじと噛めばミロカロスが「イヤー!!」と悲鳴をあげた。

 

「手、べとべとになる!!」

「歯型付けるぞ」

「痛いっ!!」

 

ミロカロスの人差し指の付け根辺りが真っ赤になった。

自分の手を見て涙目になったミロカロスがぷるぷる震えている。

 

「いだぁあああ!!!手ぇ、痛いぃいー!!!」

 

ぶわっと溢れた涙が目からぼろぼろと零れ落ちた。コイツは本当に泣く時に大粒の涙を零すよな…。

 

「…悪かった。私が悪かったから泣くな…」

「いたぃいいいい!!!」

 

ミロカロスの手を擦ってやってもミロカロスは泣きやまない。

真っ赤だもんな、本気で噛み過ぎた…。

よしよし、とミロカロスの頭を撫でればやっと叫ぶのをやめた。それでも目からは涙がぼろぼろと零れる。

朱色に染まる頬に流れる涙を手で拭っても全く止まらない。

ミロカロスの頬に唇を寄せてそのまま涙をべろんと舐めてやるとミロカロスが息を飲んだ。

 

「…ッ、!!」

「お、止まったか」

「舐めた!!今度は舐めたぁ!!!」

「怒ることないだろ…」

 

頬を膨らませて怒るミロカロスがまた私を睨んだ。

バカバカと怒るミロカロス、あまりにもバカバカ言うとさすがに私もまたイライラしてきた…。

 

「うるさいっ、噛むぞ!」

「やだぁ!!!」

 

逃げようとするミロカロスを押し倒して頬に噛みつけばミロカロスが悲鳴をあげた。

 

「ギャー!!!」

「謝れっ」

「やだー!!」

 

がぶ、とミロカロスの口に噛みついて唇を噛んでやれば更に悲鳴。

あ…。しまった…血、出た…。

 

「うえぇえええええ…」

「やってしまった…」

「痛い…!!」

 

自分の口の中がミロカロスの血の味。

口の周りを真っ赤にしたミロカロスが痛い痛いと喚くのを見下ろして少し…。

グッと来た…。

 

「笑うな!シンヤのバカ!!」

「キスしてやるから許せ」

「許すっ!!!」

 

一瞬で許されたのでミロカロスの口を自分の口で塞ぐ。

めちゃくちゃ血の味がする口内に舌を這わせるとミロカロスが逃げようと暴れ出した。多分、痛いんだろう。

 

「んんっ…、ッ!!…ふッ…ぅっ…!!」

「…ッ!!」

「ふはぁっ!!!…痛いっ!!」

「…舌、噛むな…」

 

私も痛い…。と口を押さえてミロカロスから離れるとリビングの扉の前でチルタリスとブラッキーがこちらを見ていた。

顔を蒼くするチルタリスと口に手を当てて笑顔なブラッキー…。

 

「シンヤのキス、超ハード…!!」

「お二人とも口の周りが真っ赤です…!!大丈夫なのですか!?」

 

 

【相性は大変よろしいハズです】

 

 

「出来たー!!」

 

リビングでジグゾーパズルをしていたミロカロスが両手をあげて喜んでいた。

コーヒー片手に完成したパズルを見に行けば思わず咽る。

 

「げほっ…!!私の写真か…!!」

「えへへー、カッコイイー、飾るー!!」

「自分の写真なんて飾りたくない、却下」

「えぇえええ!?」

 

*



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笑うアナタは花のよう

スイクン


買い物帰りに冷たい風が吹いた。

強い風に目を瞑り、ばさばさと暴れる自分の髪をかきあげる。

 

「シンヤ…」

「お」

 

犯人はお前か。

突然、目の前に現れたスイクン。

人の姿なので傍から見れば美人な女にしか見えないが、残念なことに正真正銘の男だ。

以前にあの美しさは罪だとかどうとかヤマトが叫んでいた気がする。

 

「今日はどうした」

「特に…用事はないよ」

「あんまり人の多いところに行くとまたライコウに怒られるぞ」

「…それは嫌だな…」

 

苦笑いを零すスイクン。

ここの過保護は相変わらずらしい。

買い物袋片手にスイクンと並んで家への帰路を歩く。

隣を歩いていたスイクンがカサカサと揺れる買い物袋を見て首を傾げた。

 

「何を買ったの…?」

「大したものじゃないぞ、ドレッシングと…安売りしてた砂糖と…」

 

袋の中を見せながら答えればスイクンはうんうんと相槌を打った。

今日の夕食は何にしようか、なんて喋りながら歩いているとすれ違った年配の女性にクスと笑われた。

何事かと私とスイクンは年配の女性へ視線をやる。

 

「羨ましいわ、仲の良い素敵なご夫婦ね」

「「…」」

 

小さく会釈をして歩いて行ってしまった女性を見送ってスイクンと顔を見合わせる。

買い物帰りで夕食の話なんてしてたもんだから…。

お互いに暫く固まっていたがスイクンが苦笑いを浮かべたので私も苦笑いを返す。

男同士で夫婦に見られるとは…。

というか、私はミロカロスと歩いてて夫婦に見られたことはないがな…。

あれが歩きながら子供みたいにハシャいでるからだろうか…。

 

「シンヤ…私、そんなに女に見えるのか…?」

「今更な質問だな…」

「見える、のか…」

 

少し肩を落としたスイクン。

女顔を気にしていたとは意外だ。

そういうことに関心が無さそうなんだけどな…。

 

「どの辺が見える…?」

「どの辺!?」

「うん」

 

いや、むしろ男である要素を探す方が大変というかなんというか…。

女顔を気にしてるというなら全体的に女っぽいとは言い難いしな…、どう言ったら良いんだ…。

 

「そう、だな…」

「うん」

 

じー…っと、スイクンの視線を横から感じる。

熱い視線が刺さるようなこの感覚は、居心地が悪い!!

 

「どの辺が…と言うと…」

「うん」

 

ど、どの辺って言うと…。

だらだらと冷や汗が流れ出した。上手い説明の仕方が分からん、もう全てが女みたいだと言ってやって良いのか…!?

いや、さすがに駄目だろ。そこは私でも気を遣うことくらいするべきだろ私…!!

でも、気を遣った事が無いに等しいので気の利いた言葉が出て来ない…。

頭を抱えたくなった時、

突然、私たちの前に男が現れた。

 

「お前!!」

「スイクン…!!テメェは懲りずにこんな所で何してやがんだぁああああ!!!」

「ライコウ…!!」

 

人の姿ではあるがバチバチとライコウの体から放電しているのが分かる。触ったら感電しそうだ。

凄く怒ってるライコウ。そのライコウの後ろからエンテイが現れて私に向かって小さく会釈をしてくれた。

おお、パパだ。と思ったが口には出さなかった。

 

「この人間がぁああ、今度こそ消し炭にしてやるぜぇえええ!!」

「落ち付け、ライコウ」

 

ライコウの肩にエンテイが手を置いた。

命を狙われている状況だが、ナイスだライコウ!!

 

「ライコウ、良い所に来た!!」

「あぁ!?んだよっ、近寄んじゃねぇよ!!」

 

ライコウの傍へと駆け寄って、エンテイが掴んだ反対側の肩に私も手を置いた。

 

「スイクンの何処が女っぽいと思う?」

「はぁあ!?」

 

エンテイがキョトンとしたように私を見たが、その視線を無視して再度「どの辺が女に見えると思う?」と問うてみた。

その私の質問を聞いてスイクンも思い出したようにライコウへと聞く。

 

「女に間違えられた、私のどの辺が女に見える…?」

「っええぇ!?」

 

私はこの場から逃げることに成功した。

スイクンの視線は一心にライコウに向かっている。すまんライコウ、ありがとうライコウ!!

 

「ど、どの辺って…なんだよ、女に間違えられたからってなんだっつーんだよ!!」

「私は男だから、間違えられるのは悲しい」

「…ぇぇぇ…、気にしてたのかよぉ…」

 

ぼそり、と小さい声でライコウが呟いた。

スイクンは首を傾げるだけだったので聞こえなかったのかもしれないが、ライコウたちもスイクンが女顔を気にしてるのを知らなかったのか…。

口籠るライコウをスイクンが見つめる。

そのスイクンの視線から逃れようとライコウは視線をさ迷わせるが、当然、逃げれない。

 

「ねえ」

「うぅ…、えーっとだな…、その」

「うん」

「ぁー…、人間!!じゃなくて、シンヤ!!お前はどう思う!!」

 

な ん だ と !?

にっこりと初めて見た笑顔で声を掛けられた私は当然驚いた。

 

「お前!!急に親しげに話しかけて来るな!!!」

「るせぇ!!助けろよ!!つーか、お前!!オレに押し付けただろぉ!!!」

「なんのことだか分からんな!!」

「とぼけんじゃねぇよ!!」

 

私の腕を掴むライコウの手を振り払おうと暴れてみるがライコウは離れない。

ガッ、と肩に腕を回されたかと思うとボソリと小さな声で話し掛けられた。

 

「女顔を気にしてるスイクンになんて言や良いんだよ…っ」

「私だって困ってたんだ!!お前、仲間なんだから気の利いた言葉くらい掛けてやれ…!!」

「そう言うならお前なんて医者じゃねぇか!!悩んでるポケモンの相談乗ってやれよ…!!」

「カウンセリングは苦手なんだ…!!というか、私が他人に気を遣える人間だと思うな!!」

「偉そうに何言ってんだお前!?」

 

ライコウと言い争っているとちょんと背中を突かれた。

私とライコウの肩が揃って跳ねる。

 

「嬉しい…」

「「…は?」」

「ライコウとシンヤがこんなに仲良しだったなんて、私知らなかった…嬉しい」

「「はは、は…」」

 

ふにゃりと柔らかく笑ったスイクンに私とライコウは引き攣った笑みを返す。

そういう笑い方もまた女に見えてるぞ、とは言えないが…。

 

「嬉しい、今度からみんなでもっと仲良く出来るな…」

「そ、そうだな!!オレも今度からスイクンと一緒に遊びに来るかなー!!」

「ぇ…人間嫌いだろお前…、大丈夫か…?」

「るせぇ!!乗れよ!!今の話題を全力で変えろ!!」

 

ライコウがボソリと発した言葉に私もピンと来て慌ててスイクンに相槌を返す。

私の肩に腕を回すライコウを見てスイクンはもの凄く嬉しそうだ…。

良いぞ、このままさっきの質問を全て忘れてしまえ!!

私とライコウの気持ちは一緒だったに違いない。

 

「じゃあ、今日はみんなでシンヤの家でご飯食べたい。良い?」

「勿論だ」

「ぅげ、人間の飯とか…」

「せっかくだから、ライコウの好きな物作ってやるか!!」

 

表情の崩れたライコウのわき腹を肘で突く。

 

「っ…、ワーイ、やったぜー」

 

引き攣りながらも笑顔を浮かべたライコウ。

人間嫌いのくせにスイクンの為にわりと頑張るなコイツ…。

 

「今日は凄く、良い日。嬉しい…!」

「良かったな」

「いやぁ、オレもウレシイナー…」

 

棒読みだぞ…。

 

 

【笑うアナタは花のよう】

 

 

よし帰ろう。さあ帰ろう!!

何処かぐったりしたライコウの腕を掴み、買い物袋をもう片手に持って家へと帰る為に足を踏み出した。

その時にエンテイが言葉を発した。

 

「私なりに考えてみたが、スイクン…お前は全体的に女みたいだな…」

「「!?」」

「全体、的…」

「というか、男に見えないな」

「そっか…」

 

肩を落としたスイクンを見てライコウが声にならない悲鳴をあげていた。

あからさまにガッカリした様子のスイクン。ライコウがエンテイに掴みかかったのを見て私は慌ててスイクンに声を掛けた。

 

「女みたいだって言うのは否定出来ないが、私はそういうスイクンが好きだぞ!!」

「…ホント?」

「ああ!!」

「そっか、シンヤが好きって言ってくれるなら私は女みたいでも良いかな…うん」

 

にこりと笑ったスイクンを見て胸を撫で下ろした。

なんだ、最初から素直に言っておけば良かったんじゃないか…無駄な労力と気を遣ってしまった…。

 

「…シンヤ…、よくやった…!!」

「お互いにな…!!」

 

ライコウと握手を交わした。

そして、後で二人でエンテイに殴り掛かりに行こうと思う。

 

*



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ツンとかデレとか

ツンデレミミロップ


部屋でジョーイに押し付けられたカルテの整理をしていた。

が……、

少し疲れたので息抜きにコーヒーでも飲もうとリビングへと移動した。そこで何気なくリビングに書類を広げ仕事を手伝ってくれていたミミロップとサマヨールへと視線をやる。

そしてそのまま特に意味もなく二人の様子をぼんやりと眺めていた…。

 

「ミミロップ、これはどう書けば良い…?」

「これはこっちと一緒、さっきのとも一緒、何回も説明させんなよなー」

「わかった」

 

特に気にした様子もなくサマヨールは作業に戻ったが…。

そんな言い方しなくても良いんじゃないのかミミロップ…。

 

「これはどれと纏める…?」

「こっちと、あとそこのソレとー…さっきの奴で…、てか、見たら大体分かるだろ!!」

「ホッチキスしておくぞ…」

「当たり前の報告いらねー」

 

いちいちキツイなミミロップ。

私はそんな風に言われたら途中でキレるぞ。

しかし、サマヨールは全く気にしていない…。寛大な男だな…。

 

「あ、これとこれもホッチキスしといて」

「ああ…、…ミミロップ、お前…」

「あぁ?」

「字が綺麗になったな…」

「…っ、悪かったなぁ!!もともと汚くて!!」

「そうは言ってない」

「うざっ!!いちいちうざっ!!」

 

げし、とサマヨールの背中を蹴るミミロップ。

おいおい…と内心思いながら見ていたが、蹴られても特にサマヨールからの反応は無く黙々と仕事をしている。

サマヨールも言い返して良いんだぞ…?

 

「これとこれも纏めるんだな…」

「うん、やっと分かってきた?」

「ああ…ミミロップが分かりやすく書いてくれてるからな…」

「っ、書いてねぇし!!普通に書いてるし!!!」

「そうか…」

「さっさと纏めて!!」

「わかった」

 

乱雑に放り投げられた書類を纏めるサマヨール。

普通に渡してやれよ…と思いながらコーヒーを啜った。

ミミロップの奴があんな感じだからミロカロスとの仲が相変わらずなんだろう…。

はあ、と溜息を吐いたところで気付いた。

観察してて自分の仕事放置してた…!!

慌てて部屋へと戻り仕事を再開する。

どれくらい部屋に籠もっていたのか分からないが、コンコンコンとノックの音で書類から顔を上げた。

 

「シンヤー、入るよ?」

「ああ」

 

片付け終わったらしい書類を持ったミミロップが部屋へと入って来て、机の上に書類を置いた。

私が今やってるのを片付ければ終わりだな、と思ったところでミミロップが「なあ」と声を掛けて来る。

 

「ん?」

「あのさ…、ワタシ、字…綺麗になった?」

「ああ、うん…そうだな…」

 

さっきサマヨールが言ってたヤツかと思いつつ。さっきと言っても大分前だと思うが、ミミロップが持って来てくれた書類に視線を落とす。

確かに綺麗になってるかもな…。

 

「あと…結構、分かり易く纏めてあるって…サマヨールに言われたから…、わりと良い出来かも…」

 

いつも大体分かり易いけど、と思いつつ「そうか」とミミロップに返事をする。

 

「サマヨールって、いっつもさー、ちゃんと出来たら褒めてくれるから良い奴だよな!!」

「…!」

 

えへへ、と頬を少し染めて笑うミミロップを見て私はポカンと口を開ける。

 

「なに?」

「いや、なんでもない…」

「うん?」

「手伝ってくれて助かった、ありがとう」

「うんっ、いつでも言って!!」

 

にっこりと笑ったミミロップが部屋から出て行った。

私が書類を手に首を傾げることになったのは仕方の無いことだと思う…。

 

*

 

後日、ミミロップがポケモンセンターに手伝いに出掛けた時…。

なんとなく聞いてみた。

 

「ミミロップって素直なのか素直じゃないのか分からんな…」

 

唐突な私の言葉に近くに居たサーナイトとサマヨールとブラッキーがキョトンとした表情を浮かべる。

 

「え、なに急に?」

「いや、前に思ったのを思い出した」

「ミミロップはわりと素直だと思うが…」

「そうですわよねぇ、まあ素直って言うより分かりやすい?」

 

クスクスと笑うサーナイト。

以前、あんなにキツイ言葉を投げ掛けられていたのにサマヨールはミミロップを素直だと言う。まあ、あれも素直と言えば素直なのか…?

 

「いちいち言葉がキツイだろアイツは」

「照れ屋さんなんですのよ」

「キツイ…か?」

「まあ、どっちかってーとキツイんじゃない?オレら慣れてるけど」

「あまりキツイと思った事は無いがな…」

「それでミロカロスいっつも泣いてるじゃん」

「ミロカロスは泣き虫だ…」

「まあ、それもある!!」

 

わはは、とブラッキーが笑った。

サマヨールがミミロップの言葉をキツイと思ってないのは意外だ…。

 

「前にサマヨールにキツイ言葉で接しているなと思っていたら、その後にミミロップがサマヨールはいつもちゃんと出来たら褒めてくれるから良い奴だと言っていたんだ。素直なのか素直じゃないのか分からんだろ?」

「へー!!」

「あら!!」

「そんな風に言ってくれてるとは嬉しいな…」

 

サマヨールが目を細めて笑った。

ブラッキーとサーナイトはニヤニヤしている。

 

「シンヤさー、そういう事はもっといっぱい報告してよ」

「何でだ?」

「だってミミロップ、シンヤの前でしかデレねぇもん」

「デレ…?」

「普段はツンですものねぇ」

「ツン…?」

 

何を言ってるんだお前たちは…。

 

「っていうか、シンヤがミミロップの言葉をキツイって思うのってギャップ感じてるからだと思うなー」

「ギャップ?」

「自分と喋ってる時はそうじゃないから、他の奴らと話してるのを聞くとキツイなぁって思うんだろ」

「それはあると思いますわ。だってワタクシはむしろシンヤと喋ってるミミロップさんって、素直って言うより猫かぶりっぽいと思いますもの」

「ミミロップは主が好きだからな…」

「…じゃあ、なんだ…ミミロップは私に対してだけ他人行儀なのか…」

「「それは違うけど」」

「主は特別なんだ…」

「?」

 

 

【ツンとかデレとか】

 

 

「オレ、一回で良いからシンヤになってシンヤ視点でミミロップを見てみたいって思うんだよなぁ!!」

「それ凄く分かりますわ!!絶対にシンヤにしか見せない笑顔とか見せてるはずですもの!!」

「…主は主のままで居て欲しい…」

「一回だけだって!!てか、サマヨールも見たいだろ!!ミミロップのデレ顔とかさぁ!!」

「…よく分からないが、自分は今のミミロップが好きだな…」

「どっちの意味でですの!?」

「何がだ…?」

「オレ、むしろサマヨールが素直なのか素直じゃないのか分かんねーわ」

 

「お前達…、楽しそうだな……」

 

放って置かれてる私は少し寂しい…。

 

*



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優しさ≠彼の優しさ

シンヤ


 

「シンヤはポケモンたちを何だと思ってるの」

「…ポケモンだと思ってる」

「違うっ!!!」

 

急に家に来てポケモンの姿のチルタリスを撫で回してると思っていたら突然投げ掛けられた質問。

全く意味が分からん。

ポケモンたちを何だと思ってる?ポケモンをポケモンと思わないで何と思えば良いんだ。

 

「僕、思ったんだよね」

「…」

「シンヤにはポケモンたちに対して優しさが足りない」

「そんなことはないだろ」

「絶対に足りてない」

「わりと可愛がってる」

 

書類に目を通しつつ返事を返せば隣で「はぁぁぁ…」となんとも深い溜息を吐かれた。

やめろ、腹立つ。

 

「さっきだってトゲキッスに買い物頼んでたでしょ!!」

「何か問題でもあるのか?」

「可愛い可愛いトゲキッスに雑用を押し付けるとは何事だ!!」

 

えぇぇぇー…。

何を言い出すんだコイツは…。

 

「それにチルタリスにお皿洗いさせてるし!!」

「だから何だって言うんだ…」

「チルタリスの!!ミロカロスのような綺麗な手が荒れたらどうすんの!?」

「は?なんだって?」

 

「だーかーらー、ミロカロスのような綺麗な手がね荒れちゃったら可哀想でしょ!!チルタリス!!」

「チルタリスかミロカロスかハッキリしろ」

「例えだよバカ!!」

 

お前がバカだ。

ポケモンバトルでとんでもない攻撃くらっても死なない連中が皿洗いごときで手が荒れるわけないだろ。

というか、お前の例えだとミロカロスの手はどうなるんだ。

 

「ミロカロスって世界一美しいポケモンでしょ、その美しい表現を手に見立てたの!!分かる!?」

 

そんな事は分かってる。

 

「じゃあ、うちのミロカロスの手はどうなる」

「…え、美し過ぎて美しいって言葉で表現出来ない。なんて言うかな、もう頂点?スーパーエクセレントスペシャルビューティフォー!!ミロカロス美人だよ超美人ー!!イエーイ!!!」

「帰れバカ」

 

バカの相手はしてられない。

書類をテーブルに置くとそのテーブルをヤマトがバン!!と勢いよく叩いた。

なんだ、コイツ…。

私に喧嘩を売ってるのか、顔面腫れて原型無くなるまで本気で殴るぞ…。

 

「まだ話は終わってない!!」

「……」

 

――バンッ!!!

 

「うわっ!?ちょ、びっくりするでしょ!!」

 

テーブルを両手で叩き椅子から立ち上がる。

そのままヤマトを睨みつければヤマトは顔を引き攣らせた。

 

「表に出ろ」

「落ち着いてシンヤ、話せば分かるよ」

「表に、出ろ」

「なんでそんなコワい顔すんの…!?本当に待って!!」

「表に出ろと言っている!!!」

「暴力反対だってばぁあああ!!!」

 

胸倉を引っ掴んだところでリビングにブラッキーが入って来た。

私とヤマトを見て目を丸くしたブラッキーは少し考える仕草をした後に近付いてきて両手を振った。

 

「バトル、ファイトッ!!!」

「しないしないしない!!!」

「歯抜けになりたくなかったら歯を食いしばれ…!!」

「えぇええええ!?!?」

「エーフィー!!こっち来てー!!シンヤがマジ切れしてて面白ぇー!!」

 

*

 

「優しさが足りない…!!」

 

頬を腫らしたヤマトが言った。

その頬にわざわざ湿布を貼ってやるチルタリスは天使だな。良かったな大好きなチルタリスに優しくされて。

 

「さっさと帰れ」

「優しさが足りない!!!」

 

バン、と床を叩いたヤマト。

睨み付けてやれば崩していた足を再び正座に戻した。

(現在、ヤマトはフローリングの床の上で正座中)

 

「シンヤ、もっと人として優しくなろうよ…」

「失礼な奴だな」

「みんなはシンヤの優しさを求めてる!!」

「私は優しい男だ、聞いてみろ」

「え…、じゃあ…チルタリス」

「はい」

 

隣にヤマトと同じように正座をしていたチルタリスが首を傾げた。

 

「シンヤって優しい?」

「ご主人様はとっても優しくて素敵な人です!!」

 

素晴らしく良い子だ!!

不満気なヤマトの視線にフフンと笑みを返してやる。

チルタリスの返答が不満だったのかヤマトはソファに座ってテレビを見ていたブラッキーとエーフィの傍へと近寄って行った。ちなみにブラッキーはヤマトが殴られている様子に早々に飽きた。

 

「ブラッキー、エーフィ、ちょっと良い?」

「なに?」

「なんですか?」

「シンヤって普段、優しい?」

「え?うん。超優しいぜ!(っていうか、やりとり聞こえてたし)」

「そうですね、普段からとても優しいですよ(ここで否定したら後がこわいです)」

「えぇー…」

 

ブラッキーとエーフィの答えにヤマトが頬を膨らませた。

この同じ室内で今までの会話が聞こえて無いわけがない。ブラッキーとエーフィは賢い子なので馬鹿な発言はしないぞ。

ブラッキーはその辺、凄く頭の働く奴だからな。今日のデザートは奮発してやろう。

 

「まだだ…、まだ僕は納得しない!!っていうか、同じ部屋に居たんだから話を合わせてるだけかもしれない!!」

「「(合わせたけど…)」」

 

合わせただろうな。

普段からの私の教育の賜物だろうが…。

 

「サマヨールー!!ちょっとこっち来てー!!」

 

リビングの扉から顔を出してヤマトがサマヨールを呼んだ。

すぐにサマヨールがリビングへとやって来る。

 

「……用件は」

「ちょっと聞きたいんだけど、シンヤって普段サマヨールに対して優しい?」

「主…?主は…自分にとても優しい…、常日頃よくしてくれる最高のトレーナーで敬愛してやまない…」

「…ぐっ…!!」

 

模範解答だな。

悔しげなヤマトがこちらを睨んだので必死に笑いを堪えた。そんなヤマトを見てサマヨールは首を傾げる。

 

「ま、まだまだぁ!!!ミミロップー!!ちょっとー!!!」

 

首を傾げたサマヨールがブラッキーに手招きされるままソファへと座った。

サマヨールがソファに座ったと同時にミミロップがだるそうにリビングへと入って来た。

 

「あぁ?何?デカイ声、うるさすぎ…」

「聞きたい事があるんだよ!!」

「何だよ」

「シンヤって優しいと思う?」

「はぁ?シンヤを優しいと思うか…って、そんなの…超、優しいに決まってんじゃん…」

 

頬を染めて照れながら言うミミロップ。

そんなミミロップを見てブラッキーが微笑ましげにしていた。

 

「そ、そういうの改めて聞くなよな!!はずい!!バカ!!」

 

うざい、ヤマト、死ね!!とヤマトに暴言を吐きながらミミロップは顔を赤くしたままサマヨールの隣へと座った。

クッションを抱きかかえたまま顔をクッションに埋めてしまったが耳はいまだに真っ赤である。

 

「シンヤ…ミミロップが可愛いからっていかがわしい事してないよね…、してたら許さないよ僕は」

「してるわけないだろ。お前のいかがわしい頭を私は許さないぞ」

「ごほんっ…!!…まだ、残ってる!!」

 

しつこい男だなコイツは。

「サーナイトー!!ちょっとー!!」と再びリビングの扉から顔を出して呼ぶヤマト。それに「はぁーい」なんて返事を返してるサーナイトもサーナイトだ。

 

「今度はワタクシをお呼びかしら?というより、さっきから何をしてるんですの?」

「ちょっと質問してるんだよ、サーナイトもちゃんと本音で答えてね!!」

「…、言い難いことは聞かないで欲しいですわ…」

 

ぽ、と頬を染めたサーナイトにさすがのヤマトも笑みを引き攣らせた。

こいつの頭も大概いかがわしいからな。

 

「えーっと…、サーナイトに対してシンヤって優しい?」

「シンヤ?ええ、そりゃまあ…優しいですわよ?」

 

それが何か?と首を傾げたサーナイト。

ヤマトがガクンと頭を垂れた。

俯いてるかと思うと開いた手を指折り数えていく。

 

「あと残ってるのは、トゲキッスとミロカロス……。くっ…!!!」

 

期待出来そうにないと思っているのだろう。

トゲキッスは誰かに対して優しくないとかそういうことを思う奴じゃないからな。良い子代表みたいな奴だから。

 

「あ、トゲキッスは今、買い物だったよね」

「ああ、そうだな」

 

ざーんねん、と笑って言ったヤマト。

後でトゲキッスだけはシンヤのこと優しいなんて言ってませんでしたーって言う気だな。姑息な真似を…!!

嬉しそうなヤマトを睨んだ時、ガチャリとリビングの扉が開いた。

 

「ただいま戻りました!」

「…!?」

「おかえり、トゲキッス」

 

丁度、帰って来たトゲキッス。

ぐああああ!!と悲鳴をあげるヤマトを見てトゲキッスが首を傾げた。

 

「いや、でもまだ…まだ分からない、万が一の可能性がある…」

「何がですか?」

「トゲキッス!!」

「はい?」

「シンヤって優しいと思う?」

「はい!!とっても優しいです!!」

「ですよねー!!」

 

にこにこ笑うトゲキッスに笑みを返したヤマトはダンと悔しげに床を叩いた。

即答だったな。私も少し驚くくらい即答だった…。

ヤマトの様子に首を傾げながらも買って来たものを片付けにキッチンへと向かうトゲキッスを見送ってからヤマトへと視線を戻す。

 

「ヤマト…お前、もう帰れ」

「ミロカロスが居る。まだ僕にはミロカロスが残ってる!!」

「残ってない、帰れ」

「僕のミロカロスは望む答えをくれるはず!!」

「私のだ。帰れ」

 

帰れと言っているのにヤマトは再びリビングの扉から顔を出してミロカロスを呼んだ。

呼んだがミロカロスは来ない。

 

「…あ、あれ?ミロカロス出掛けてる?」

「いや、居るだろ」

「来ないんだけど…」

「そうだな」

「…ミロカロスー!!おーい!!」

 

再度、呼びかけてみるがミロカロスは来ない。

寝てるんじゃないか…?また勝手に私の部屋で…。

 

「全く応答が無いんだけど…」

「…」

 

リビングの扉を開けてヤマトと同じように廊下へと顔を出す。

そのままミロカロスの名前を呼ぶ。

 

「ミロカロスー」

「なーにー?」

「!?」

「お前、今、何処に居るんだ?」

「二階に居るよー」

「ちょっと降りてこい!!」

「分かったー」

 

トントン、と音を立てながらミロカロスが二階から降りて来た。

すぐにミロカロスがリビングに顔を出す。

 

「なにー?」

「なんで呼ばれたのに来なかったんだ?」

「え?ヤマトが呼んでたから別に良いと思って」

「え!?僕だからシカトしてたの!?なんで!?嘘!!なんで!?」

「…?、別に良いと思って!」

 

にこっと笑ったミロカロスにヤマトが衝撃を受けたかのように固まった。

まあ、実際、凄い衝撃だったのかもしれんが…。

 

「いや、…僕が呼んでもすぐに来て欲しいな…」

「テレビ見てる途中だったし!!」

「シンヤが呼んだらすぐに来たじゃん!!」

「それはシンヤだから!!」

「僕が呼んでも来てよ!!」

「え…、ヤマトなのに?」

「なんなのその明らかな差!!!ミロカロスの中での僕って何!?」

「…俺様の中で?ヤマト?特に何も…」

「心が…、心が痛い…っ」

 

首を傾げるミロカロス。

ヤマトは床に膝を付いて心臓を押さえていた。相当のダメージだ、ヤマトがポケモンだったら確実に"こうかばつぐん"の技をくらって"瀕死"だな。

 

「もういい、とりあえず…ミロカロス…」

「なに?」

「シンヤって優しいと思う?」

「シンヤ?シンヤは意地悪!!」

「え!!ホントに!?」

 

ヤマトの表情が一転して明るくなった。

ミロカロスのまさかの答えに私も若干焦る…。私…そんな断言されるくらい優しくなかったか…?

 

「シンヤはすぐに噛む!!意地悪する!!」

「噛…」

「俺様が抱きついても噛む!!グラエナより噛む!!」

「うーわー…幼馴染の性癖とか別に知りたくなかった…」

「ミロカロス…!!!」

 

しっ、と口元に人差し指を立てて見せるとミロカロスも私の真似をして口の前で人差し指を立てた。

 

「し?これ、し?」

「ハッ…でも、これでシンヤが優しくないことが証明されたね。シンヤは優しくないんだよ!!」

「シンヤ、優しいよ!!意地悪だけど優しいよ!!」

「意地悪な奴は優しいって言いませんー。ミロカロスが言ったんでしょ、優しくないんだよあの男は」

「優しいもん!!良い子良い子してくれるし!!噛むけど、あんまり痛くないように噛むようにしてくれるもん!!たまに血、出るけど!!!」

 

頼む、それ以上もう何も言わないでくれ…!!

 

「ミロカロス…優しい男は噛んだりしなんだよ」

「…ッ、…ッ、優しい、もん…っ!!シンヤ、優しいもん…!!…ッぅ、ヤマト優しくない!!嫌な奴!!バカ!!シンヤのこと悪く言う!!」

「えぇええええ!?僕!?」

 

僕!?と自分を指差してこちらを見たヤマトから視線を逸らす。今、目合わせるの嫌だ。気まずい。

 

「僕!?僕が悪いの!?」

「オレらのご主人様の悪口言うからー」

「酷い人ですねぇ…」

「主の事を悪く言われて気分の良いポケモンは居ない…」

「マジうぜぇ」

「ミロカロスさんが可哀想ですわ…」

「えええええええ!?」

 

ヤマトが慌てて私の方へとやって来た。

こっちくんな。

 

「どうしよう!!シンヤ!!僕、みんなに嫌われちゃう!!」

「…」

「ご、ごめんね!!ごめんねシンヤ!!許して!!」

「ああ、全然良いぞ。私は全く怒ってないしな、お互い今日の争いは全て忘れよう。親友だろ」

 

ぽん、とヤマトの肩に手を置けばヤマトは目を輝かせた。

 

「ありがとうシンヤー!!やっぱ持つべきものは親友だよぉおお!!」

「ああ、うん、そうだな…」

 

もう、本当に今日のこと全部忘れてくれ…。

特に後半。ミロカロスの失言を全て。

 

*

 

「じゃあ、僕そろそろ帰るね」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「うん」

 

日が暮れた頃、ヤマトが帰るそうなので玄関まで見送った。

隣で手を振るミロカロスにヤマトが手を振り返す。こんな近くで手を振る必要はあるのか…?

 

「あ、思い出した」

「なんだ?」

「噛むのは良いけどあんまり怪我させないようにね、ポケモンだからすぐ治るっていうのもあるけど痛いものは痛いんだから!!」

「…!?」

 

畜生!!余計なことを思い出しやがって!!

 

「でも、噛みつくなんてポケモンみたいだね」

「うるさい」

「噛まれるの痛いー」

「痛いよねー、可哀想に…、よしよし」

「触んなっ」

「痛っ!!」

 

ミロカロスの頭を撫でたヤマトの手がミロカロスによって払い落された。

 

「ま、まあ…シンヤがミロカロスを噛むのは愛情表現だから。好きだから噛むって人も居るらしいからね…」

「そうなの?意地悪じゃないの?」

「好きだから噛むんだよ~」

「お前もう帰れ」

「そうなの?シンヤ、俺様のこと好きだから噛むの?」

「今度、グラエナ用の骨ガムでも買って来てあげるよ」

「持って来たら許さん」

 

じゃあね~なんて言って手を振って帰って行ったヤマトを見送って溜息を吐く。

疲れた。どっと疲れた…。

 

「ねえねえ、シンヤ」

「…」

「俺様のこと好きなの?好きだから噛むの?」

「……だったら何だ」

「なら、噛んで良いよ!!いっぱい噛んで良いよ!!」

 

はい!と目の前に手が差し出された。

真っ白な自分より細い手を取った私は…。

 

――ガブ、

 

「いっ、ったぁあああああい!!!」

 

綺麗に付いた歯型を見てミロカロスが笑った。

 

「あはは、綺麗に付いた!」

「…そうだな」

 

 

【優しさ≠彼の優しさ】

 

 

「俺様も噛んで良い?」

「するのは好きだが、されるのは嫌いだ」

「分かった!!じゃあやめとく!!」

 

わりと自分が過剰気味なのは自覚してるんだがな…。

 

*



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チャッカマン

ミロカロス


ブラッキーと並んでテレビを見ていたミロカロスが立ち上がった。

立ち上がったミロカロスを見上げたブラッキーは驚きながら、まだ途中のテレビとミロカロスを交互に見やる。

 

「これだー!!

「え?ちょ、え?まだテレビ終わってないけど…え?ミロちゃーん?」

 

部屋を出て行ったミロカロスを見送ったブラッキーは呆然としつつも視線をテレビに戻す。

 

<嘘よっ、いつも都合の良い事ばっかり言って!!>

<嘘じゃないさ!>

<もう貴方なんて信じられない!!>

―バチン!!

 

放送されているドラマ。

男が女に平手打ちをくらったのを見てブラッキーはアハハと笑った。

 

*

 

部屋を飛び出したミロカロスは勢いよくシンヤの部屋の扉を開けた。

バーン!と勢いよく開けられた扉に驚いたシンヤが慌てて振り返る。

 

「な、なんだ…!!」

 

部屋へと入って来たミロカロスがそのままシンヤの隣まで移動する。

異様な雰囲気にシンヤは黙ったままミロカロスの様子を窺った…。

 

「シンヤ!!」

「…」

「仕事と私、どっちが大切なのよ!!」

「は!?」

 

…私?なの、よ?

ミロカロスらしくない言葉遣いに驚くシンヤ、だが少し考えた後に「ああ」と小さく言葉を漏らす。

コイツ、また変なテレビ見たな…と。

呆れた表情を浮かべるシンヤに対してミロカロスの表情は期待が籠もっている。

どうしよう…と考えるシンヤはとりあえずの言葉を返す事にした。

 

「勿論…お前の方が大切だぞ?」

「わ!!」

 

えへへ、と喜ぶミロカロスを見てシンヤも苦笑いを返す。

 

「嬉しいか」

「嬉しい~」

「じゃあ、出てけ。これ終わらせたいから」

 

ヒラヒラと手で追い払うシンヤ。

視線を再び書類に戻してしまったので、ミロカロスの眉間に皺が寄る。

 

「俺様の方が大切って言った!」

「大切なお前の為に仕事してるんだろ…」

「え~…、なんか違う!!ダメ!!」

「後で構ってやるから…」

「ダメ!!仕事ダメ!!」

 

ガクガクと揺さぶられたシンヤは眉間に皺を寄せる。

満足な返事を返すだけじゃダメだったのか…。

ペンを置いてミロカロスに向き直ればミロカロスは笑みを浮かべる。

 

「何が望みだ」

「さっきテレビで見たやつ!!」

「私は見てないから分からん!!」

「ヒトミさん、キミの方が大切に決まってるじゃないか!!ぎゅ~!!!って」

「…」

 

また、ありきたりなクソドラマをブラッキーと見てたんだな。とシンヤは溜息を吐く。

見てないけど、絶対にそんな事言う男はヒトミに振られるぞ。とは言わずにシンヤはミロカロスをぎゅーっと抱きしめた。

 

「…」

「…」

「よし、もう良いだろう」

「え~…なんかダメ!!!」

「何がだ!!」

「タカオがヒトミを抱きしめた時はもっとなんかブワワ!!ってなって素敵な音楽が流れた」

「テレビだからな」

「タカオみたいにやって!!」

「タカオじゃないから無理だ」

 

それに誰だタカオ。

仕事を片付けてしまいたいシンヤはチラリと書類に視線をやる。

 

「なんか凄かったの!!」

「お前そのテレビ全部見たのか…?」

「ううん、ブワワ!!ってなったからシンヤにやってもらおうと思って」

 

無茶振りも大概にしろこの野郎。とシンヤの怒りゲージがじわじわと上がっていく。

いまだにタカオがタカオがと喚くミロカロスを見てシンヤはグッと奥歯を噛み締めた。

 

「(ダメだ…!!ここで怒ったらコイツは泣く!!泣いたら余計に鬱陶しい!!ここは我慢だ!!)」

 

深呼吸をして自分を落ち着かせたシンヤはミロカロスに向き直る。

 

「ミロカロス、私はタカオじゃないからタカオみたいには出来ないんだ…」

「…でも…」

「ミロカロスはそんなに私よりタカオが良いのか?」

「え!?違うよ!!ヤダよ!!タカオやだ!!だって浮気してたし!!」

 

そんな男の真似させるなよ、と思いつつもシンヤはミロカロスにニッコリと頬笑み掛ける。

 

「じゃあ、もう良いな?」

「…うん」

 

よっしゃ!!と内心でガッツポーズをしつつミロカロスの頭を撫でて再び書類へと視線を戻す。

ペンを手に持ったところでミロカロスが「はあ」と大きな溜息を吐いた。

さすがにそれにカチンと来たシンヤはミロカロスを睨む。

 

「俺様、もっとシンヤと一緒に居たい…」

 

ぐ、とシンヤの言葉が詰まる。

落ち込んだ様子のミロカロスを見てシンヤの中に少しばかりの罪悪感…。

 

「シンヤ、毎日仕事してるし…」

「それは、仕方ないだろ…」

「俺様のこと邪魔って思ってる…」

 

思ってない、とは言い切れない。

気まずさにシンヤはペンを置いて再びミロカロスの方へと向き直る。

コホン、と咳払いをすれば俯いていたミロカロスが顔をあげた。

その目には今にも零れそうな涙が溜まっていて。さすがのシンヤも胸が痛んだ。

 

「わ、悪かった…」

「…」

 

そっぽを向いたミロカロスが部屋の隅っこに座り込む。

ああ、もう鬱陶しい体勢に入りやがって…とは思いつつもシンヤはミロカロスの傍へと移動して顔を覗き込む。

 

「ミロカロス…」

「一緒に居たいだけだもん…」

「分かってる、ごめんな?私が悪かったから…」

「シンヤに仕事してほしくない。でも、困らせるのもヤだ…」

「…」

「どうしたら良いか、分かん、ない…ッ」

 

ぼろぼろっとミロカロスの目から涙が零れ落ちた。

それにぎょっとしたシンヤは慌ててミロカロスの手を握る。

 

「…ミロ、」

「シンヤー…」

 

抱きついて来たミロカロスの頭を撫でて頬を伝う涙に唇を寄せる。

恥ずかしげに身を捩ったミロカロスを見て、そのままシンヤはミロカロスの口を自分の口で塞いだ。

 

「ん、」

「ミロカロス…」

 

は、と小さく息を吐いたミロカロスにもう一度キスをしようとシンヤはミロカロスの顔を覗き込む。

頬を赤くするミロカロスにキスをしてからミロカロスの首筋にちゅ、とわざと音を立ててキスをする。

 

「…~ッ、シンヤ…」

「…」

 

がぶ、と鎖骨に甘く噛みついたところでミロカロスがシンヤの頭を押さえ付けた。

 

「ッ…!!」

 

ガクンと首を下に向けられたシンヤは「オイ…」と怒気の籠もった声でミロカロスに返事を求める。

 

「どうしようシンヤ!!」

「何がだ!!」

「シンヤに頼まれてた洗濯物、洗濯機に入れっ放しだ!!」

「はぁ!?」

 

そんなもん、もう一回洗濯したら良いだろうが!!と言い返す前にミロカロスが部屋を飛び出した。

 

「うわああああ!!また言われた事も出来ない馬鹿だってミミロップに怒られるぅうう!!」

「…ッ」

 

バタバタと足音が遠ざかって行った。

どうにも出来ない気持ちが湧き上がって来たシンヤだったが、それをグッと飲み込んで椅子に座り直しペンを握った。

逆に考えろ…!これで心置きなく仕事に専念出来る…!!

 

「……」

 

くしゃ、と左手に力が入り書類に皺が寄る。

 

「………」

 

ミシ、と右手に力が入りペンが音を立てた。

 

「…………ッ」

 

クソが…!!と呟いた独り言は誰にも聞かれる事は無かった。

 

 

【チャッカマン】

 

 

「はぁ…」

 

リビングでコーヒーを飲んでいるシンヤを見掛けたミミロップが首を傾げながら近付いて来た。

 

「今日中に片付けたい仕事があるから部屋に籠もるって…言ってなかったっけ?」

「今日はもう無理だ」

「集中力切れたの?珍しいじゃん」

 

コーヒーを啜りつつシンヤが視線を庭にやれば洗濯物を干しているミロカロスが居た。

結局、もう一回洗濯したんだろうな…と思いつつシンヤはぐっとコーヒーを飲み干した。

 

「生殺しはさすがに…私もタカオになりたくなる…」

「は?生殺しって何が?っていうか…タカオって誰?」

 

*



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快刀乱麻を断つ:アニメ&映画設定+短編要素有
38


僕の名前はヤマト。

誰が何と言おうと一流のポケモンレンジャーだ。

相棒は色違いのユキワラシ。親友であるシンヤが幼少の頃にゲットした子なんだけど駄々を捏ねて譲って貰った。同僚には明かせない秘密である。

そして、現在の僕はといえば、

ミッションが無くて暇なのでポケモンセンターでゴロゴロしてたりする。どうしよう、体が鈍っちゃうね…。

 

「暇だー」

「ユキー」

 

なんでミッションが無いか、それを考えると2秒と掛からず答えは出る。

上に「シンヤは現在、体調不良などが重なり休養中です」って言ったら「じゃあ、シンヤくんが復帰するまで待機してろ」って言われちゃった。

僕、いつシンヤとセットになったのさ!!

でも、シンヤもシンヤだ!!

何が「ちょっと神になったり、ミロカロスが餓死寸前になったりした上にめんどくさいのに呼ばれて出掛けるから暫く仕事は休む…」だよ!!

ちょっと神になったりってなに!?ミロカロス、なんで餓死寸前なの!!!めんどくさいのってなに!!僕よりめんどくさい存在が居るって言うのか!!…あ、ここは良いや。

本当にもう!!相変わらず行動がわけわかんないよ!!!

 

「もう暇過ぎるから、散歩行こう」

「ユキ」

「野生のポケモンと戯れよう」

 

よいしょ、とユキワラシを抱きかかえて部屋を出る。

野生ポケモンと戯れるとか言っても基本寄って来ないけどね、野生ポケモンだから。キャプチャーしないと戯れられないからね。

それなのになんでシンヤにはあんなに野生ポケモンが群がるのやら…、普通は野生ポケモンの縄張りに足を踏み入れた時点でボッコボコにされるのに…。

甘いミツでも塗りたくってんのかな…、毎日、甘いミツ風呂とかに入って体にミツ染み込ませてるとか…?

うーん、こうして考えるとシンヤは甘い匂いがしてたかもしれないな。ありえるんじゃないのか…?

…ちょっと、やってみようかな…、どれぐらいミツ買えば良いんだろう。財布の中身スッカラカンになる気がするけど野生ポケモンに友好的に囲まれるなら挑戦してみてもいいかもしれない…。

財布の中身を思い浮かべながらエントランスへとやって来るとジョーイさんに呼び止められた。

 

「ヤマトさん!」

「はい?」

「丁度良かった、今から呼びに行こうとしてたんです」

「なんですか?」

「お電話ですよ」

 

シンヤから!?

よっしゃ、ミッションに行けるぜー!!と意気込んで電話に出たらシンヤじゃありませんでした。

 

「ああ…なんだ…」

<「あからさまにガッカリした顔しないでくれるか…?」>

「いや、ごめん…なんか期待した分ガッカリ感がハンパなかった…」

<「何の期待をしてたのかはしらないけど…、今フリーだろ?手が空いてるんならオレのミッションに協力してくれよ」>

「え!!ミッション!?行く行く!!もう暇過ぎて頭から甘いミツ被って草むらに突っ込もうと思ってた!!」

<「どういう状況!?」>

 

画面の向こうでオロオロする同僚にテヘと笑い返す。

いやぁ、危うく血迷ってジュンサーさんが駆け付ける事態を起こしかねなかった。危ない危ない反省しないと。

ポケモンレンジャーが変質者扱いとかクビが飛んじゃうよね。

 

<「ほら、前にサーカスのピエロやったって言ってたろ?」>

「ああ、うん、それが?」

<「一緒にピエロやってくれ!!」>

「えぇー…」

<「水中ポケモンショー、マリーナ一座のピエロだぜ?」>

「え!!水タイプのポケモンに囲まれたお仕事!?素晴らしい!!」

<「(アンタならこれで一発だと思ってたよ…)」>

「やりたーい!!」

<「詳しい内容は会って話すぜ、ヤマト大喜びのミッションなのは間違いないからな!!そんじゃ、すぐに来てくれよ!!」>

「イェッサー!!」

 

これは久しぶりにワクワクのミッションだ!!

早速、準備して出掛けないと!!

 

「よし、行くよユキワラシ!!」

「ユキー!!」

「可愛いポケモン達が僕を待ってるー!!」

「ユ、ユキー…」

 

*

 

マリーナ一座のトレーラー前でヤマトと同僚のレンジャー。ジャック・ウォーカーことジャッキーは顔を合わせた。

いよっ、と片手をあげたジャッキーにユキワラシを肩に乗せたヤマトは手をあげて返す。

 

「ジャッキー!久しぶりー!!」

「久しぶり、オレの苦労話を聞かせてやりたいところだけど本題が先だ」

「ミッション内容だよね」

「ああ、今回のオレのミッションはコイツさ」

 

ジャッキーがヤマトに見せたソレは黒主体の筒状の物体。

首を傾げたヤマトを見てジャッキーは笑いながらカチと音を鳴らしてボタンを切り替えた。筒状の物体の中にはタマゴが…。

 

「これって!!」

「マナフィのタマゴだ。今回のオレのミッションはこのタマゴを孵化させてマナフィが無事に海底神殿アクーシャまで行くのを見届けること…」

「マナフィ、可愛いよね~」

「アンタはいつもそれだよな…」

 

ガクンと肩を落としたジャッキーにヤマトはごめんごめんと笑みを返す。

 

「水の民の末裔であるマリーナ一座に協力して貰って、タマゴを孵化させようと思ってる。しかも面倒なことにマナフィのタマゴはあのファントム一味に狙われてるんだ」

「ファントム一味か、また面倒な男が…」

「タマゴを孵化させるってなると、マナフィの面倒を見るのも兼ねてくるだろ?だから協力してもらおうと思って」

「愛しいポケモンの為なら協力は惜しまないよ!!」

「ははは…、まあ本当の事を言うとヤマトがシンヤさんを連れて来てくれるのを期待してたんだけど」

 

ジャッキーの言葉に今度はヤマトがガクンと肩を落とした。

 

「まさか不在だとは…」

「もぉぉぉ…どいつもこいつもシンヤのことばっかり…!!僕一人で十分だって!!」

「いや、別にヤマトの力量を疑ってるわけじゃないぜ?」

「でも、どっちかっていうとシンヤが良いんでしょ」

「まあ…。シンヤさん、万能だし?」

「ちょーっと…バトルが強くて、ブリーダー知識あって、異様にポケモンに懐かれるポケモンドクターなだけじゃん!!」

「十分過ぎるな」

「そうだね」

 

言葉にして言ってみると今更ながら僕の幼馴染は万能だった、とヤマトはうんうんと頷いた。

おまけに有名人で何処に言っても顔が利くとか…。

 

「僕の幼馴染、便利だぁー」

「……」

 

ジャッキーからじとっとした視線を向けられてヤマトは冷や汗を流す。

慌てて視線を逸らしてアハハと笑ってみせた。

 

「とりあえず、今回のミッション。よろしく頼むぜ」

「うん、オッケー!!」

 

ジャッキーからマナフィのタマゴを受け取ったヤマトはタマゴを空にかざしてニッコリと笑った。

 

「元気に生まれておいでー」

 

タマゴに声を掛けるヤマトを見てジャッキーは小さく笑みを浮かべた。

ポケモンレンジャーとしてはアクが強いヤマト。ジャッキーより年上であるがそのアクの強さで年下のジャッキーと立場上、同じ位置に留まっている。

真面目、人柄良し、ポケモンに向ける愛情も人並み外れているがその人並み外れている愛情のせいで昇級出来ないポケモンレンジャー。

ポケモンが関わると手段を選ばない問題児、なんて上から言われてるのを本人は知らないのだろう……。

 

「(止めてくれるシンヤさんが居ないのが不安要素だけど…ま、大丈夫だろう)」

「マナフィ可愛いよね~、あのツヤツヤのボディ…手触りどんなのだろう…」

「……」

「早く孵らないかな~!!」

「(…やっぱり不安かもしれない)」

 

 

*

 

 

 

 

「シンヤ、アンタにしか頼めないんだってマジでー…」

「ふ・ざ・け・る・な・!!」

「面倒なのは百も承知だけど、おれみたいなのに他に知り合い居ると思ってんの?」

「身内事は自分達でなんとかしろ」

「別に身内じゃないけどー…」

「私は行かない、めんどくさい!!」

「だから面倒なのは百も承知ー…って言ったじゃん。もう無理やり連れてっても良いけど、途中で暴れられてもなー…」

「今、私は色々と忙しいんだ…。どいつもこいつも何かある度に私のところに来るのはやめてくれ…」

「わりと面倒なだけってわけじゃないと思うけど…、そこのやつれて弱ってるミロカロス連れてくと良いよ」

「……」

「気分転換だと思って、おれの話に乗ってよ」

 

 

「…はあ、」

 

*



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39

水中ポケモンショーに向けてピエロ特訓中……。

なんて言うと遊んでるみたいだけど、ちゃんとしたミッション中の僕。ヤマトは現在、ウパー達と戯れてます。

遊んでてごめん。

 

「ウパー」

「ウパッ」

「かーわーいーいー!!」

 

ウパーの可愛さに身悶えているとゲシと背中を蹴られた。

振り返ればピエロ姿のジャッキーが僕を睨んでいる。

遊んでてごめん。

 

「迷子になった子供達と会ったらしい、一緒に行動することになるみたいだから顔だけでも会わせとくだろ?」

「こんな広野で迷子かー、大変だっただろうねぇ…」

 

苦笑いを浮かべながらジャッキーが指差した先を見れば見覚えのある子供達の姿。

くるり、とジャッキーの方へと視線を戻して僕は首を横に振った。

 

「知ってる子達…」

「うわ、めんどくせぇ…!!」

 

まさかのサトシくん達だった。ピカチュウが相変わらず可愛いけど、ここでサトシくん達と会うのはマズイ。

ポケモンレンジャーだって知ってるんだからこんな所でピエロやってたらミッション中だってすぐにバレるよ!!

はい、と渡されたピエロのお面を付けてからサトシくん達の様子を見る。

 

「シンヤが居なくて正解だったかも…」

「すぐにバレるもんな」

「うん」

 

*

 

マリーナ一座の水中ポケモンショーを無事に済ませて、僕の存在もサトシくん達にバレることなくミッションは順調。

次の街までサトシくん達も一緒に行くことになったのでそれまで気は抜けないけど、ジャッキーがなるべくサトシくん達の周りをウロウロしてくれてるおかげでサトシくん達の意識は僕の方に向いてはいない。

次の日の朝、ヒロミちゃん達がサトシくん達を連れて外で朝ご飯を食べることになった。

サトシくん達の前で面を取れない僕への配慮だろう。僕もマリーナ一座のポケモン達と一緒にゆっくり朝ご飯を食べることが出来た。

ジャッキーも外に行っちゃったし、マナフィのタマゴの様子だけ見て置こうかと立ち上がった時。

誰かの話し声が聞こえた。

 

「誰だ!!」

「ピ、ピエロニャ!!」

「早く逃げるわよ!!」

「おう!!」

 

うろたえる男の口から何処かで聞いたことのある可愛い声。そして逸早くトレーラーから飛び降りたニャースにマナフィのタマゴを持った女が続く。

 

「タマゴ…!!!」

 

ロケット団だった!!

ファントムばっかりに警戒してたけどまさかロケット団まで来るなんて、くっそ!!喋るニャース可愛いな!!!

 

「ニャースごめんね!!」

 

ユキワラシをボールから出して冷凍ビームの指示を出す。カチーンと凍ったニャースを見て男が悲鳴をあげた。

 

「ニャーが氷漬けニャー!!!」

「ムサシィイイ!!」

 

なーんか、可笑しなことになってる気がする…。

でも今はそれどころじゃない。

 

「タマゴを返せ!!」

「ユキィ!!」

「あ、あの色違いのユキワラシ…」

「嫌なことしか思い出さないニャ…」

 

顔を青褪めさせる男と女。

氷が解けたらしいニャースが「逃げるのよー!!」と女の声で叫んだ。

 

「待てー!!!」

「ひぃい!!アイツ、シンヤの知り合いのポケモンレンジャーだろぉおお!!!」

「シンヤが居たらヤバイニャー!!!コワいニャー!!」

「タマゴだけは絶対に死守すんのよコジロウ!!」

 

シンヤは不在だよコノヤロー!!

 

「ユキワラシ、あの女の人からタマゴを奪い返してこーい!!」

「ユキー!!」

 

ぶん、とユキワラシを女に向かって投げる。

背中にユキワラシの頭が直撃した女の手からタマゴが飛んだ。

それをキャッチで受け止めてユキワラシにもう一度「冷凍ビーム」の指示を出す。

 

「「「ぎゃああああ!!」」」

 

カチーンと凍ったロケット団。

このままニャースだけ貰ってジュンサーさんに突き出してやろうと思っていれば後方から電撃が飛んで来てロケット団は凍ったまま空の彼方へと消えて行った。

 

「あああ!!!タマゴが!!!」

 

ジャッキーの情けない声。

隣でサトシくんとピカチュウが慌てていたけど、そのジャッキーに「おーい」と声を掛けてマナフィのタマゴを見せてやる。

 

「…ぁ、良かった…!!」

「遅いよ、ジャッキー…」

「悪い」

 

っていうか、ロケット団を結局逃がしちゃったけど…、まあしょうがないか。

キョトンとしたサトシくん達と面越しだけど目が合った気がして僕は首をかしげて見せる。

 

「その、色違いのユキワラシ…」

 

あ。

 

「シンヤさんの幼馴染のヤマトさんだぁ!!」

 

えぇぇぇええええ!?

そこはポケモンレンジャーのヤマトさんだぁ!!って言って欲しかったんだけどぉおお!!!

 

「結局、僕ってシンヤのオマケ…」

「ぁ、いや、そういうわけじゃないんですけどぉ…」

 

慌てるハルカちゃんに「良いんだよ、もう言われ慣れてるから」と返事を返す。

幼馴染が有名過ぎるってなんかヤだ。便利だけど。

 

結局、サトシくん達にバレちゃったのでジャッキー共々、サトシくん達に正体を明かす。

そして今回のミッションの内容も説明して、このマナフィのタマゴがどれだけ大事なものかも説明した。

ジラーチの時同様この子達なら何かあったとしても協力してくれるだろう。勿論、危険な目に遭わせるつもりはないけど。

 

「なーんか、ヤマトさんのピエロイメージが強くなっちゃったかも…」

「えぇー…、ピエロになるのまだ二回目なのに…?」

「シンヤさんが居ないのは残念だなー」

 

マサトくんって正直な子だね。

お兄さん、ちょっとズキンと来たよ今の。

小さく溜息を吐いた時、サトシくんの肩に乗っていたピカチュウが威嚇しだした。

慌てて顔を上げればヘリコプター。

ヘリからスピアーが二匹放たれた。次から次へと忙しいなぁ…。

 

「こんな所にもお出ましか…!!」

「さあ、大急ぎでトレーラーに戻るんじゃ!!」

 

シップさんの言葉にジャッキーが「急げ!」とサトシくん達を急かす。

ミサイル針を放ってくるスピアーの一匹にユキワラシの冷凍ビームを当てて僕もトレーラーへと向かい走る。

転びそうになるマサトくんの背を押してからシップさんに攻撃を仕掛けたスピアーに向かって、ユキワラシの冷凍ビームを放つ。

 

「早く!!」

 

ジャッキーの姿を見失ったことに気付いてはいたけど、ここはまずシップさん達をトレーラーに避難させるのが先だね。

マナフィのタマゴはジャッキーに任せよう。

 

*

 

シップさんがトレーラーへと入ったのを見届けてジャッキーと合流する為、来た道を戻る。

ファントムの姿を見付けた時、辺りを赤い光が覆った。

 

「ハルカ!!それを僕に!!」

 

慌てて走るジャッキー。そのジャッキーをファントムが羽交い締めにして止める。

そのファントムを止めようとマサトくんとサトシくんがファントムに飛び付いた。

けど、マズイ!!

 

「ハルカちゃん!!」

 

そう名前を呼んだ時、目も眩むほどの光りがタマゴから放たれた。

 

「フィィイイイ!!フィィイイ!!!」

 

ああ…。

泣くマナフィを慌ててあやすハルカちゃんを見て呆然としているとトレーラーが近くまでやって来てくれた。こっち、と手を振るヒロミちゃんを見て僕はジャッキーの名前を呼ぶ。

 

「ジャッキー!!」

「ああ、行こう!!」

 

サトシくん達をトレーラーに乗せて自分もトレーラーへと飛び乗る。走り出したトレーラーから体を出して手を伸ばし、走って来たジャッキーの手を掴んだ。

トレーラーの中ではマナフィの泣き声が響く。

ジャッキーの方へと視線をやればジャッキーは眉を寄せて表情を曇らせた。

 

「よーしよしよし、泣かないでマナフィー。大丈夫よー」

「フィ…、マナ」

「お、笑ったぞ!!」

「良かったぁ!」

 

うーん、

困った事になって来たなぁ…。

マサトくんの次はハルカちゃんか…、僕もことごとくツイてないというか…なんというか…。

ハルカちゃんから離れると泣き喚くマナフィを見て僕は小さく溜息を吐く。

こういう時にシンヤが居てくれたらなぁ…。

 

*

 

トレーラーに乗り込んだ後もしつこく追いかけて来るファントム。

ファントムからの攻撃に止むを得ず、後方のトレーラーを捨て僕らは水の民の遺跡へとやって来た。

水の民の造った神殿、アクーシャ。

海と同化して人の目では見ることは出来ない。でもそのアクーシャへ、生まれながら本能的に行くことの出来るマナフィ。

ファントムの狙いはアクーシャに眠る秘宝、海の王冠。マナフィにアクーシャまでの道のりを案内させ宝を手に入れるというのが目的なんだろう…。

皆既月食の時、アクーシャは人の目にも見えるようになる。その時が唯一…ファントムが宝を手に入れるチャンスってわけだ…。

 

「キミたちには礼を言う。ここまで力を貸してくれて感謝する。だが、この地下水路を出たらお別れだ…。これ以上キミたちを巻き込むわけにはいかない」

 

小舟に揺られ地下水路を進んでいる時にジャッキーがそう言った。

ポケギアが圏外なので一生懸命振って電波を探していた僕はジャッキーの言葉に固まる。

 

「でも…」

「これは、ポケモンレンジャーのミッションなんだ」

 

地下水路を抜けた先は海だった。

 

*

 

「ヤマト、船が来たぞ!!」

「あ、うん!!」

 

ポケギア片手にジャッキーの傍へと駆け寄る。

これから水の民の末裔であるマリーナ一座の人達と僕らポケモンレンジャーは海の神殿アクーシャを目指す。

サトシくん達を連れてはいけない、と言い張るジャッキー。でもハルカちゃんが居ないと色々とまずい気がするんだけど…とは思いつつも言い返せずに黙りこむ。

悲しげな表情を浮かべるハルカちゃん達の視線が痛い。

 

「連絡は取れたのか?」

「ううん、ポケモンセンターに連絡しても来てないって…。家に連絡しても出ないし…」

 

まあ、お留守番してる子が居たとしても電話には出ないようシンヤが言ってるだろうし…。

参ったなぁ、ハルカちゃん達とここで別れるならさすがにシンヤに協力してもらわないと…。

結局、シンヤに頼ってる自分が嫌になるけどさ…。

船が出港した。

ジャッキーが抱きかかえるマナフィはよく眠っていたけど、急にぐずって泣きだした。

横で慌てるジャッキーを見て、やっぱりなぁと溜息を吐く。

 

「ん…、なんだこれ?」

「え!?その声、サトシくん!?」

「フィー!」

 

慌てて視線をあげればサトシくんがジャッキーの声で喋って手を振っている。

 

「オーイ!!オレはこっちだー!!停めてくれー!!」

「わーお」

「マナフィ…お前がやったのか…!!」

「マナマナー!!」

 

マナフィの技、ハートスワップによって入れ変わったサトシくんとジャッキーが元に戻った。

キャッキャッとハシャぐサトシくん達を見て、ポケギアに視線を落とす。

シンヤが来てくれたら…マナフィもハルカちゃんと離れても大丈夫だと思うんだけど…。多分。

 

サトシくん達も同行しての船の旅。

一緒に遊んでサトシくん達のポケモンと戯れて、楽しいんだけど…ジャッキーの表情はたまに険しい…。

分かってはいるんだけどねぇ…、でも、この子達なら大丈夫だと思うんだよ。

マサトくんと目が合ったのでにこりと笑みを返す。

まだ、シンヤとは連絡が取れない。

 

「マナ!!」

「元気だね、マナフィ」

「マナマナー!!」

「あ、そうだ。良い物あげるよ、おいでー」

 

手招きすればマナフィは少し警戒してなのかハルカちゃんの後ろに隠れてしまった。

…ふっ、…ポケモンに懐かれないのは相変わらずだね、僕…。

 

「だいじょーぶ、ヤマトさんは優しいのよ」

「カモ…」

「これ、シンヤのとこから貰って来た水タイプ用のおやつだよ」

「へぇー、なんでそんなの持ってるんですか?」

「水タイプのポケモンにはよくお世話になるからねー、背に乗せて貰った時とかお礼にってあげる用」

 

はい、とハルカちゃんに渡せばマナフィは匂いを嗅いでから目を輝かせた。

タケシくんも欲しがったので分けてあげれば「さすがだなぁ!」と言ってタケシくんはうんうん頷いていた。

シンヤ印、売ったらかなりの儲けになると思うな。今のところ、シンヤの作ったおやつがポケモン達に不評だったことって無いし。

 

「おいしー?」

「マナ!!スキ!!スキー!!」

「気に入ったみたいだねぇ、マナフィ可愛いなー!!」

「フィー!!」

 

*



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40

 

「ヤマト、オレはサトシくんに協力を頼もうと思う」

「…でも、」

「避けられない別れがやって来るんだ、仕方ないだろ」

「ハルカちゃんは大丈夫だよ、それにマナフィだって…」

「オレにはポケモンに言葉で説得させる方法なんて分からない。これしか無いんだ」

 

ジャッキーが部屋を出ていった。

サトシくんに声を掛けるんだろう、僕は溜息を吐いて椅子に腰掛けた。

そして何度目になるか分からない、シンヤの家の電話番号を押した。

呼び出し音が永遠と続いて誰も出てくれない。

シンヤ…、僕どうしたら良い?

ハルカちゃんのことが大好きなマナフィが、もしも…マナフィが神殿に着いた後、ハルカちゃんと別れるのを拒んだら…。

神殿に住まうポケモン達は自分たちのリーダーを失うことになる。それにマナフィという珍しいポケモンをハルカちゃんが旅に連れ歩くというのも不可能だ…。

別れは避けられない。

ハルカちゃんを言葉で説得するのは簡単だけど、マナフィを説得するのは…無理。

態度で突き放すしかない?でも、マナフィはまだ生まれたばかりの赤ん坊なんだから…。

 

「あぁー!!もう!!なんで出ないんだよ!!シンヤのバカ!!」

 

シンヤが居てくれたら!!シンヤならマナフィを説得出来るのに!!シンヤだったら!!!

 

「あぁ…もう、ホント…僕って駄目だ…」

 

ベッドに寝転がればユキワラシが僕の顔を覗き込んだ。

 

「ユキワラシ…、結局、一番…"有名人のシンヤ"に頼ってるのは僕なんだよね…」

「ユキィ…」

「何かあったらシンヤ…、そうやってすぐに頼って、僕はシンヤの力で何でも解決してきたんだ。シンヤの幼馴染のヤマトって言われるのは当然なんだよ」

「ユキー」

「ユキワラシは今、僕になんて言ってくれてるのかなぁ…。僕には分かんないや…」

 

霞む視界を腕で押さえて鼻を啜った。

良い年して情けない、良い年していまだに幼馴染の後ろを着いて走ってるんだ。

 

「ユキユキィ!!」

「…今の僕に出来ることってなんだろうね…」

「ユキィ…」

 

*

 

今夜が皆既月食の日らしい。

結局、シンヤとは連絡着かずじまいだったな…と思いながらポケギアをカバンへと戻した。

 

「ヤマトさん!!マナフィが!!」

「え?」

 

慌てて部屋へと入って来たマサトくんに腕をひかれて部屋の外へと出る。

 

「ど、どうしたの!?」

「マナフィが居なくなっちゃったんだ!!探しに行くからヤマトさんも来てよ!!」

「えええええ!?」

 

船、ブルーラグーン号に繋がった潜水艇に乗り込んで海底へマナフィを探しに行くことになった。

 

「私が冷たくしたからマナフィは…」

「そんなわけないでしょ」

 

ハルカちゃんとヒロミちゃんの会話を聞きつつ視線を窓の外へとやる。

 

「ピ!?」

「あ、あれ!!」

「マナフィ!!」

 

赤いバンダナを持ったマナフィが潜水艇に近付いて来た。

ハルカちゃんの持ち物だったらしいバンダナを探していたマナフィ。嬉しそうなハルカちゃんを見て僕はどうにも笑顔になれそうになかった…。

こんなに仲が良いのに、絶対にお別れしなきゃいけないなんて…。それに、こんなにハルカちゃんの事が好きなマナフィが本当に神殿に残ることが出来るの…?

小さく溜息を吐いた時、ガクンと潜水艇が揺れた。

大きな海流に巻き込まれたらしい潜水艇。

舵が利かなくなった潜水艇は海流の流れに飲み込まれ流される。

 

「ッ…、まずいよ!大分、流されてる!!」

「ケーブルが切れちゃったみたい…!!」

「マナー!!カモー!!」

 

赤いバンダナを持ったマナフィが潜水艇から離れ、海流の先へと行ってしまう。

 

「マナフィが呼んでる…!!」

「ヒロミさん!!」

「任せて!!」

 

マナフィが導く先は…ひとつだ…。

マナフィをライトで照らしつつ潜水艇で海流の中を進む。

激しく潜水艇は揺れていたけどすぐに海流の外への脱出に成功した。

そろそろ、皆既月食が始まる時間だと思った時…僕らの前に海の神殿は現れた…。

 

海の神殿へとやって来た僕はただただ呆然とするばかりだった。

幻想的な造形物、細かく彩色された道…なにより神殿内部は海の中にも関わらず酸素があって四方を見渡せば周りは海。

 

「凄い…!!」

 

生きている間にこんな素晴らしい場所を見れるなんて僕って最高にツイてる!!

ありがとうマナフィ!!!

マナフィと合流したハルカちゃんがマナフィを抱きしめる。

その目には涙が浮かんでいて、僕の高揚していたテンションは一気に下がった…。

そうだった、ここは凄く素敵なところだけど…ここに来てしまったって事は…。

 

*

 

歌が聞こえる…。

共鳴する神殿を見上げて、ゆっくりと足を組み直した。

やっと来た…。

小さく息を吐いてからコーヒーを啜る。

跳ねるような足音とこちらへ向かって来る水の音。小さなテーブルにカップを置いて、読みかけの本に栞を挟んだ。

 

「マナー!!」

「よく来たな」

「「「えぇ!?」」」

「は?」

 

*

 

マナフィの先導で海の神殿の階段を昇ってドンドンと上へ進むと、小さなテーブルにコーヒーカップと本を置いて、椅子に座って足を組んだシンヤが居た。

え、ちょ、なんで僕の幼馴染がここに居るの!?

 

「マナフィと一緒に来る人間が居るかも、とは聞いてたが…まさかお前達だとは…」

「いや、シンヤ!?ここ何処だか分かってる!?」

「海の神殿、アクーシャだが?」

「皆既月食の時しか人の目には見えないの!!マナフィしかここに辿り着けないはずなのになんでここに!!しかも先に居るの!?」

 

僕の発言がもっともだったのかサトシくん達もうんうんと頷いていた。

それを見てシンヤはめんどくさそうに溜息を吐いてから椅子から立ち上がった。

 

「私はカイオーガに頼まれてここでマナフィを待ってたんだ。マナフィの健康状態を確認後、マナフィを神殿の主として迎え入れる…、カイオーガの代理だ」

 

ええぇぇぇぇええ!?

 

「僕が…、僕がここに来る事にどれだけ悩んだと…!!っていうか、めちゃくちゃ電話したのに出ないし…!!」

「ここで随分と待機してたから家の事は知らん」

「生活してたの!?ここで!?」

「いや、わりと生活出来るぞ?奥に風呂とか、この椅子と机も別のところにあったのを…」

「いらない!!そういう夢を壊す情報いらない!!」

 

神殿なんだから生活感とか要らないし!!

さっきまでの僕のシリアスな感じを返して欲しい!!と叫べば「意味が分からん」と返された。まあそりゃそうかもしれないけど!!

 

「シンヤさんって本当に謎かも…」

「カモー」

 

ハルカちゃんの言葉に僕も賛同したい。

幼馴染だけど本当に謎。カイオーガに頼まれたって…頼まれたってなんなの…。

 

「さて、私はさっさと頼まれ事を済ませたいからな…。マナフィ、こっち来い」

 

シンヤが手招きをした。

ハルカちゃんに抱っこされていたマナフィがハルカちゃんを一度見上げてから、ハルカちゃんの腕から飛び降りてシンヤの傍まで走って行く。

 

「ぁ…」

「ん、お前、プニプニしてるな」

「マナ!!」

 

マナフィを抱きかかえたシンヤがマナフィの頬っぺたを触る。

そのままマナフィの口を開けさせて口の中を覗き込んでいた。それで何が分かるのか分からないけど。

けど…やっぱり、シンヤってどんなポケモンとでもすぐ仲良くなれるよね…。僕、まだマナフィに触っても居ないのに…。

 

「お姉ちゃん以外が抱っこするとあんなに泣いてたのにね…」

「うん…」

 

ホントに、今は僕が泣きたい。

どういう診察なのかは分からないけど、シンヤはマナフィに「ジャンプしろ」とか「このボールを投げるから取って来い」とかよく分からないことをやらせていた。

 

「よし、お前の名前は?」

「マナフィー!!」

「良いだろう。健康状態良好だな」

「フィー?」

「私か?私はシンヤだ、よろしくな」

「マナー!!シンヤ!!」

「知能、まずまず…だな」

「シンヤ、スキー!!」

「うざい」

 

飛び付いたマナフィをぺしんと手で跳ね飛ばしたシンヤ。

その行動にハルカちゃんたちが声をあげた。

 

「シンヤさん!!なんてことするんですか!!」

「大丈夫だ、ポケモンはそれくらいじゃ怪我はしない」

「マナ!!スキー!!」

 

全然気にした様子のないマナフィが両手を上げた。

どうでも良いようにカルテか何かに書き込むシンヤを見て、僕は溜息を吐いた。

 

*

 

「海の王冠はここか!!」

「ッ…ファントム!!!」

 

現れた男に僕達は慌てて距離を取った。

まさかこんな所にまで執念深くついて来るなんて…!!

 

「ここまでよく案内をしてくれた」

「貴様…!!」

「やめとけ!!お前達が束になって掛かっても俺様には敵わん」

「カナワーン」

 

ファントムの肩に乗ったペラップがファントムの言葉を繰り返す、凄まじく可愛い。

ペラップの可愛さに感動している僕に気付かず、何をぉ!!と言い返すサトシくん。

そのサトシくんを止めたヒロミちゃんが前へ出た。

 

「ここは水の民の神殿、アナタにはどうすることも出来ないわ」

「フッフッフ、水の民のことは全て調べ上げてあるんだ」

「アルンダー」

 

ファントムは不敵な笑みを浮かべてシンヤの近くにあった石碑へと近付いて行った。

 

「『水の民の印によって扉は開き、扉の先に王冠は眠る。海の王冠を抱きし者、真の海の王者とならん』…フッフッフッ!!

案内をしてくれた礼にお前達にも海の王冠を見せてやろう!!」

 

ファントムはそう言ってポケットから水の民の印を取り出した。

ボロボロのそれをどう手に入れたのか…。

ファントムが水の民の印を石碑へと翳すと、水の民の印が輝き石碑が動いた。

石碑の背後にあった壁が消えて、隠されていた通路が現れた。

そこでカルテを書き終わったらしいシンヤが「海の神殿、わりとハイテクだな」なんて言って笑った。

ハイテクとかそういう問題じゃないし…!!

 

「おぉ!!ファンタスティック!!」

「ファンタスティーック!!」

 

ファントムが通路を走って行く。それに続いてヒロミちゃんやサトシくん達が走って行ってしまう。

 

「シンヤ…!!海の王冠が奪われちゃうよ!!」

「海の王冠って何だ」

「その辺ちゃんとカイオーガから聞いといてよ!?」

 

首を傾げるシンヤの腕を掴んで僕らも通路を走る。

大きな広場に出たかと思うとファントムの大きな声が響いた。

 

「世の中には二種類の男が居る、宝が似合う男とそうじゃない男だ!!

この俺様こそが海の王冠を持つのにふさわしい男…!!ワッハッハッハッハッ!!!」

「世の中にはその二種類の男しか居ないんだったら…、私はどっちだ…」

「今はそこにツッコミ入れてる場合じゃないよ…シンヤ…!!ファントムに海の王冠を奪われると色々とまずい!!」

 

水の中にある海の王冠は石の土台に結晶石を差し込み王冠の形を成しているものだった、それを見てマナフィが水の中へと飛び込んだ。

そんなマナフィを鼻で笑い、ファントムは海の王冠を成す一つの結晶へと手を伸ばした。

その結晶を奪われないようマナフィが阻止しようとするがファントムは力尽くで結晶を引き抜いた。

マナフィが水の外へと弾き飛ばされる。

 

「なんてことを!!」

「やめろ!!ファントム!!」

「これを見付ける為に俺は全てを賭けて来た!!これは全部、俺様の物だ!!」

 

そうファントムが言い切った時、海の王冠の周りを纏っていた水が弾け流れ切ってしまった。

辺りからたちまちと水が流れ込んでくる。

海の王冠がこの神殿内に海水が入り込まないようにしてたんだ…!!!この神殿が人の目に見えないように出来ていたのもこの海の王冠の力…。

 

「ファントム!!その宝石を台座に戻せ!!」

「ヤマトさん!!」

 

このままじゃこの神殿は海水で溢れて海に沈んでしまう!!

ファントムに飛び付けば凄い力で振り解かれ投げ飛ばされた。

 

「ぐっ…!!ヒロミちゃん!!サトシくん達を連れて早くここから離れて!!」

「…分かったわ!!」

「でも、ヒロミさん!!」

「行きましょう!!」

 

ヒロミちゃんが先導して潜水艇へと向かい走って行く。一度振り返ったサトシくんに僕が笑顔で頷くとサトシくんも小さく頷いてヒロミちゃんの後を追って走って行った。

 

「邪魔をするな!!」

「アンタの邪魔をするのもミッションの内でしょ!!」

 

再びファントムに飛び掛かってファントムの体にしがみ付くが力じゃ勝てそうにない。

べりっとすぐに引き剥がされて放り投げられた。

カション、カション、と不思議な音がして痛む背中を押さえつつ顔を上げるとシンヤが黙々とファントムの引っこ抜いた宝石を戻して行っている。

 

「ぬぁ!?貴様!!!」

「シンヤナイス!!そのままお願い!!」

「させるか!!」

「おーっと、それはこっちのセリフだぜ!!」

「ジャッキー!!」

 

ファントムの頭を踏みつけたジャッキーが僕にパチンとウインクしてみせる。

そのままヒラリとファントムから宝石を奪い取ったジャッキー。さすが運動神経抜群、僕には真似出来ない芸当だ…、エイパムみたい。

 

「おのれ、ポケモンレンジャー!!何処までも邪魔しおって!!」

「邪魔してんのはそっちだろ!!」

「ジャッキー!!そこ危ない!!落ちる…って、ああああああああ!!!」

 

ドボーン!!と音を立ててファントムとジャッキーが落ちた。

カション、と宝石を台座に戻していたシンヤが「ん?」と声を漏らす。

 

「シンヤ!!ジャッキーが落ちた!!」

「宝石が一つ足りないぞ?」

「ファントムが持って落ちたんだってぇえええ!!しぃいいずぅううむぅううう!!!」

「…私って溺死とかするのか?」

「はぁ!?」

「いや、こっちの話だ」

 

*



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41

早く、早く逃げないと!!と慌てるヤマト。

ポケモンレンジャーのくせに情けない男だ。

しかし、

確かに早くこの場から離れないと足元から既に浸水してきている。本当にここが海に沈むのも時間の問題だろう…。

カイオーガの奴め…。

何がマナフィを出迎えるだけの簡単な仕事だ。溺死の危機じゃないか。

ここで私が死んだらどうなる…。

本当にどうなるんだろうか…、ディアルガの言っていた事は本当なのか…、私が死んだら世界も消えるのか…?

ディアルガ達と連絡が取れない状態じゃ、真実か確認する事も出来ないし…。

下手な危険は避けたいんだが…。

 

「シンヤ!!沈む!!ミロカロス出してってば!!」

「ミロカロスは居るには居るんだが…、今のアイツに人間の一人も連れて泳げる体力が無い」

「えぇ!?」

「わりと回復した方だと思うが…、まだガリガリだしな…」

 

私はもっと肉付きの良い方が好きだ!!と言い張ってやると必死に太ろうと食べてたが…。

胃が弱ってて食べ過ぎても吐くから、今は戦力にもならん。

溜息を吐く。

そんな悠長にしている間にも水はすでに腰の辺りまで浸水してしまっている。

 

「私のカバンが…」

「カバンなんてどうでも良いから!!じゃあもう早く走って!!ここから出よう!!」

 

海の王冠のある広場から出て走る。

バシャバシャと水の中を走っているとサトシとハルカが居た。

 

「なっ…!?なんでここに居るの!?」

「マナフィが海の神殿を守りたいって!!」

「マナ!!」

「ダメなんだ!!海の王冠の宝石が一つ足りなくて!!」

「えぇ!?」

「ファントムが持って海に落ちちゃったんだよ…!!」

 

サトシ達の手を掴み走り出したヤマト、そのヤマトの背を追いかけて走っていると視界に光る物体…。

足を止めて水路を覗き込めば海の王冠の宝石…、ファントムとか言う男が持って落ちた奴だよな。繋がった水路を流れてここで引っ掛かってたのか。

宝石を持ち上げてヤマトを呼び止める。

 

「ヤマト!ここにあったぞ!」

「え、なにが!?」

「宝石」

「あ!!!!」

 

それ、それ戻したらまだ間に合う!!と慌てるヤマトがサトシ達の手を掴んだまま走って戻って来た。

手、放してやれ…。振り回されてる。

 

「シンヤ、それ戻して来て!!」

「私は溺死したくない。お前が行け」

「…僕、携帯の酸素ボンベ持ってたかな…」

 

ゴソゴソとポケットを漁るヤマト。

無いな、持って来なかったかな、とか何とか言ってモタついてるヤマトを見てサトシが私の手から宝石を取った。

 

「オレが行って来ます!!ハルカ達をお願いします!!」

「よし、行って来い」

「いやいやいや!!子供に行かせちゃ駄目でしょ!?」

「お前も行って来い」

「行くけど!!」

 

サトシとヤマトが走って行くのを見送ってハルカと顔を見合わせた

 

「シンヤさん…」

「行くぞ」

「は、はい…!」

 

*

 

全身が海に浸かる前に浸水は止まった。

みるみる神殿内の海水が外へと抜けて内部に空気が戻って来る。

上手く宝石を戻せたようだ…。喜ぶマナフィがハルカの腕から飛び降りて床をぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 

「ハルカ!!」

「サトシ!!良かった!!」

 

手を振って戻って来たサトシとヤマト、その姿を確認した時。

海面から男が飛び出してきた。あのファントムとかいう奴だ。

 

「マナフィは貰っていく!!」

「ダメだ」

 

げし、とファントムの顔を蹴り付ける。

ファントムの顔に靴底の跡が付いてるとかそんなことは気にしない。マナフィを連れて行かれるとなんのためにここに居たのか分からん。

 

「ぐぬぬ、貴様…!!」

「ダメなものはダメだ。帰れ」

 

シッシッと手を払えば、海の神殿から光る触手が伸びて来た。

その光はファントムを海へと弾き飛ばす。

非常に気持ち悪い、とは思ったが口には出さなかった。後ろでサトシたちが凄い凄いとハシャいでるから…。

 

「あ、でもファントム逃がしちゃったらダメじゃん!!捕まえなきゃ!!」

「見て、ヤマトさん!!ファントムが!!」

「げ!?本船で来たよあの男!!」

 

大きな船の上で両手を広げ高笑いするファントム。

何か言っているようだが離れてて声がよく聞き取れない…。

 

「フィー!!」

 

マナフィが海へと飛び込んだ。

水ポケモン達に呼びかけるマナフィの声を聞きつつ、海水を吸った上着を絞る。

ブーツの中が気持ち悪いし、海水はべたべたするし、夏と言っても寒がりの私にはずぶ濡れの状態でこの場に居るのは寒い。

すっかり浮上してしまった海の神殿、空を見上げて溜息を吐く。

 

「疲れた…」

「やったー!!」

「凄いわ、マナフィー!!」

「水ポケモンバンザーイ!!」

 

マナフィの活躍でファントムを撃退出来たらしい。

ジャッキーがファントム確保したってー!!なんてハシャぐヤマトに適当に返事を返した。

 

*

 

日暮れ頃、

海の神殿で一頻り遊んだサトシやヤマト達の前で海の神殿は海へと消えて行った。

あの光の触手を纏って泳ぐとは思いもしなかった私はヤマトの誘いを全力で断って逃げた。なんか気持ち悪い。

 

「あーぁ、夢のような時間ってあっという間に終わっちゃうんだね…」

 

お前、ミッションで来てたんじゃなかったのか…?

ポケモンと一緒に泳ぐ体験を出来たヤマトは満足気だ、海の神殿が消えた先を見つめていると「あ」とヤマトが声を漏らした。

 

「カモー!!」

「マナフィ!!」

 

船の二階に居たハルカが慌てて降りて来た。

ハルカに飛び付いたマナフィを見て、ヤマトが顔を蒼くする。

表情がさっきから忙しないな。

 

「…アナタの仲間を守ってあげてね」

「マナ!」

「そして忘れないで、私を…」

「ハ、ル、カ」

「…うんッ、さよなら…マナフィ…!」

「さよな、ら…ハ、ルカ…」

 

隣でボロボロ泣いてるヤマトを無視して。

マナフィの知能、やはりまずまずだな。と私は小さく頷いた。

 

「フィー!!マナマナー!!」

 

マナフィがハルカの腕から離れて海へと飛び込んだ。

 

「うわああああああ!!!僕、やっぱりこういうのダメなんだってぇええええ!!!」

「うるさいっ!!」

 

隣で喚きだしたヤマト。

慌てて耳を塞ぐが、やっぱりうるさい。

というか、ミッション終わったなら帰れ!!

 

「マナー」

 

海面からマナフィが顔を出した。

マナフィが手を振っている、それを見てヤマトがマナフィに手を振り返したが…違う。

 

「シンヤー!!」

「はいはい」

「え?」

「じゃあな、ヤマト」

 

サトシ達にも「またな」と声を掛けてマナフィの居る方へとジャンプで海へと飛び込む。

その瞬間にカイオーガが海面から顔を出した、そのカイオーガの頭の上に乗る。

 

「ミロカロスの調子が悪いから暫く海の神殿で休養する、連絡は当然出来ないからな」

「え、ちょ、なんで最後に夢ぶっ壊すの!?ねえ!!なんで!?」

「最初からそういう約束をしてたんだ」

「カイオーガとか!!カイオーガと約束してたのか!!なんでシンヤばっかり!!ずるい!!」

 

私ばっかり…と言われてもな…。

代わって貰えるなら是非とも代わって頂きたい…、私だって好きでこんな事に巻き込まれてるんじゃないんだぞ…。

チッと舌打ちしつつ酸素ボンベを口に咥える。

 

「それ僕のだし!!」

「…」

 

そういえば、前に貰ったからって言うの忘れてたな。まあ良いか。

 

「支給品なんだぞソレー!!!」

 

また支給して貰え。

 

海の中へと潜って、マナフィの後をカイオーガが続く。

ミロカロスはどれくらいで回復するだろうか…。

なるべく早く回復してもらって、早く家に帰りたいところだ…。

 

*

 

「ありえなくない!?シンヤだけ海の神殿に戻ったとか!!」

「いつまで怒ってんだよ、ヤマト…」

「いつまでも怒るよ!!そういう事、全然教えてくんないんだもん!!酷いと思わないジュディさん!!」

<「まあまあ、良いじゃない。素敵な幼馴染が居て…、っていうか、ヤマト…、シンヤさんのサインいつ貰って来てくれるのかしら?」>

「え゛…いや、だから、幼馴染にサイン頂戴とか言い難いし…」

<「私、待ってるんだけど!!ヤマトこそ私にシンヤさんの事、全然教えてくれないわよねっ!!」>

「だって、そんな…教えるような事ないんだけど…」

<「なに!?聞こえないわ!!」>

「ご、ごめんなさいぃいい!!」

 

隣でケラケラ笑うジャッキーが憎い…!!

っていうか、そのペラップといつ仲良くなったんだよチクショウ!!可愛いよペラップ!!

 

「ファントム逮捕にご協力ありがとうございます!!」

「いえいえ、こちらこそ!」

「ジュンサーさぁああん!!全部、シンヤが悪いんだよー!!シンヤ、逮捕しちゃってよー!!」

 

ジュンサーさんにもクスクス笑われた…。

はあ…、やっぱり有名過ぎる幼馴染なんて…嫌だ。

 

*

 

「マナー!!」

「ダメだ、さっきおやつ食べただろ!!」

「マナー…」

「もう無い!!」

 

ぽい、とマナフィを海に投げて。

ミロカロス用の食事を皿に盛り付ける。

 

「…シンヤー…、シンヤー…」

「なんだ」

「なんかだるい…」

「ちゃんと食べないからだろ」

「食べてるのに…」

 

以前より細くなったミロカロスを見て眉を寄せる。

もともと細身だったのに更に細くなって…、細すぎると逆に気持ち悪い。

 

「ちゃんと食べろ」

「食べてるー」

「エーフィくらい丸くなれ」

「それ、エーフィに言ったら怒られるんだよ」

「アイツ、最近更に丸くなってるからな…」

「言ったら怒られるよ」

「あれくらい丸い方が良い」

「が、頑張る…!!」

 

はぐはぐ、と慌てて食べだしたミロカロス。

動いていた口が止まって、ミロカロスが口の中のものをゴクンと飲み込んだ。

 

「シンヤ…」

「ん?」

「シンヤは大丈夫…?」

「…ああ、大丈夫だ」

 

今のところは、な…。

自分がどうなるのかが、分からないのは確かだ。

現状、今のところは何も無い…。

何も無いが…このまま何も無いままであるわけがない…。

私がディアルガの力で不老不死となりこの世界を永遠に生きることになったら…。

私は…、

 

「シンヤ?」

「ちゃんと食べろ」

「食べてるー…」

 

くしゃくしゃとミロカロスの頭を撫でるとミロカロスはスプーンを咥えたまま笑った。

 

 

私は…、

皆に置いて行かれてしまうのだろうか……。

 

*



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42

ミロカロスの体調も戻った。

休養中だった時に溜まった仕事もほとんど片付け終わった。

さてと、

 

「よし、帰るか」

 

私の一言でリビングに居た連中がこちらへと視線を向けて来た。

少し戸惑いながら、そしてとても残念そうな目で私を見ながらブラッキーが言う。

 

「シンヤ…疲れてるんだな、ここが家だぜ?」

 

大丈夫?とミロカロスに言われながら顔を覗き込まれる。

そのミロカロスのおでこをビシと指で弾いてブラッキーに視線をやった。

 

「実家に帰ろうと思う」

「「「!!!!」」」

 

私の一言でうろたえだす面々。

そんなものは当然無視だが、別に家族に会いたくなったとかではない。

良い年してホームシックじゃあるまいし……。

シンオウに戻って調べたいことが色々とある。まずディアルガとパルキアにこちらから接触するにはシンオウ地方に行くのが一番だ。

それにディアルガとパルキアのことならギラティナにも相談したい。というか、アイツは元気にしているのだろうか…。

ズイにまず帰るか?

実家に帰ったら帰ったで色々と面倒だから、まずテンガン山か…?

それよりも、反転世界に行けるならそちらに直接行きたいが……。

 

「ギラティナとどうやって連絡を取れば良いのか分からん…」

「シンオウに戻ったら嫌でも接触して来るんじゃねぇの?なんだかんだで、シンヤが戻って来てからシンオウに帰ってねぇし」

 

そう言えばそうだな。とミミロップの言葉に頷く。

 

「でも、なんで急に帰るわけ?なんか用事?」

「ディアルガとパルキアに会いたくてな…」

「アイツらと会うのって難し過ぎねぇ?まずギラティナに会って、ギラティナに呼んで来て貰うってのが一番簡単だと思うけど」

「やっぱりそうだよな…」

 

うんうん、と頷くミミロップ。

ギラティナに会うというのも難しいことなんだけどな…。裏ルートは行くまでが面倒過ぎるし…。あと反転世界に行けたとしても迷う。ギラティナが居ないと確実に迷う。

 

「仕方ない、直接…実家に帰るか…」

「ノリコが居ませんように、ノリコが居ませんように…ブツブツ…」

「シンヤせんせーい!!エーフィちゃんが可笑しくなってまーす!!」

 

ブラッキーが挙手して言った。

誰が先生だ。教鞭を執った覚えは無いぞ…。

 

「てか、オスなんだからエーフィ"くん"だろ…」

「ミミロップさん!!それは酷いですわ!!心が乙女なら女の子扱いして下さるべきですもの!!そこはちゃん付けでお願いしますわ!!」

「だっ、誰の心が乙女なんですか!!」

「エーフィさんは乙女ですもの」

「勝手に私の心を決めないで下さい!!」

「言ってやれ、もっと言ってやれそこのオカマにもっと言ってやれ」

「ミミロップさん!!オカマはやめて欲しいですわ!!オトメですもの!!」

「踏め!!ワタシも手伝う!!オトメの足を踏みまくれ!!」

「右足は任せて下さい!!」

「左足死ねゴラァアアア!!」

「痛いですわぁあああ!!!」

 

なんの喧嘩だ。落ち付け。

 

「シンヤせんせーい!!女子連中が騒いでまーす!!キッスー、お前止めて来いよー」

「え!?あ、はい…、え?」

「トゲキッスを巻き込むな、ブラッキー」

「でも、シンヤ先生。女子の喧嘩が止まりませーん。女子マジこわいわー、パネェわー」

 

その先生をいつまで引っ張るんだ。

あとうちに女子は居ない!!!

 

「主…、否、シンヤ先生…帰郷は何時頃を予定しているんだ…?」

 

言い直さなくて良いんだぞ、サマヨール。

 

「明日の朝には出たいと思ってる」

「シンヤ先生、おやつはいくらまでですかー」

 

おやつ?

 

「ナナの実はおやつに入りますかー?」

 

ナナの実、そのまま食べるのか?あれ硬いぞ。

というか……。

 

「お前はベリブの実が好きで、ナナの実の味は嫌いだろ」

「定番のノリはしとくべきかと思って」

「は?」

 

わけの分からないことを言ってニヤニヤするブラッキー。

エーフィとミミロップはまだサーナイトの足を踏みつけようと追い回してるし…。

ああ…、トゲキッス。放って置いて良いんだぞ。止めに入ったらお前の足が踏まれるから…。

 

「シンヤ先生、俺様のおやつもある?」

「いつまで続けるんだ、その学校ごっこは…」

「ミロちゃんマジ、マドンナー!!ヒュー!!今日も可愛いぜー!!」

「ぅえ!?」

「先生と生徒なんて…マジ禁断だわー、オレも保健室の美人先生とイケない恋しちゃいたい…」

 

ああ、また何か変なドラマやってるの見たんだな…。

 

「え、保健室の先生って…むしろ、シンヤが保健室の先生なんじゃないんですか?」

「……それはヤだ。美人先生が良い。女医。」

「ジョーイさんですか?」

「それも違うんだってぇえええ!!ジョーイさんはジョーイさんで可愛いかもしれないけど、俺的には…そうだな…、ブースターちゃん可愛くね?てか、全体的にブースターちゃんってレベル高くね?」

「いや、あの、分からないですけど…」

「マジで、イーブイ進化系で言うとやっぱブースターちゃんは可愛いし色気あるっていうか、そりゃ他の子も可愛いんだけど、やっぱブースターちゃんが」

 

ブラッキー、後ろ後ろ。

と、声に出さなかったので当然ブラッキーには伝わらず…、ブラッキーはエーフィから痛い拳骨をくらう。

 

「でぇええ!?!?ちょ、エーフィ…今のめっちゃ痛い…!!」

「はぁ?」

「ぇ…いや、すみません…、あの、…すみません…」

 

二回言ったな。

 

「ほーら、乙女心ですの!!」

「潰れろ左足!!」

「っ…、いたぁああい!!」

 

「ご主人様、コーヒーのおかわりお持ちしました」

「ああ、ありがとう…」

 

*

 

「よし、っと…で?」

 

サーナイトの左足を踏みつぶしたミミロップが満足気に頷いてから私の方へ視線を向けた。

で?、と聞かれても分からず私は首を傾げる。

 

「ディアルガとパルキアに何の用事?」

「…………、色々」

「めっちゃ考えたな…、まあ言いたい事が山ほどあるのは分かるけど」

「それにギラティナにも会いたい」

「あー…、うん、確かに。反転世界に住んでる方が移動が楽だもんな」

 

あはは、と笑ったミミロップの額を小突く。

 

「ギラティナの奴が寂しがってたらどうするんだ」

「アイツらの寿命ハンパないから、時間の感覚分かんねぇーよ」

「…そうか、…そうなのかもしれないな…」

「ん?」

「いや、支度を始めようか」

「オッケー」

 

頷いたミミロップが荷物を纏める為にリビングを出て行った。

ソファに座り直した私は小さく溜息を吐く。

 

「シンヤ?どーしたの?」

「ミロカロス、ここ座れ」

「膝!!」

「横だ、横」

 

ぽんぽん、とソファを叩けばミロカロスがソファに座った。

ソファに座ったミロカロスが私の顔を覗き込む。

 

「ミロカロス…」

「んー?」

「…」

 

言葉が出なかった。

発することの出来る言葉が思い付かない。

何を言えば良い?私は何を伝えたい?

 

「なに?」

「…」

「シンヤ?」

「傍に、居てくれ」

「え?」

「私の傍に居て欲しい、…」

「い、居るよ!?俺様ずっとシンヤと居るよ!?」

「ずっと…」

「え?うん、ずーっとずーっとずーーっと!だよ!!」

 

ずっと、って…いつまでなんだろうな…。

奥歯を噛み締めて黙り込む。

胸の辺りがざわざわして無性に…不安になった…。

 

「シンヤ…」

「…ッ」

「大丈夫?何か、こわい顔してる…」

 

私の右手を握ったミロカロスの手を握り返して深く息を吐いた。

 

「シンヤ、また居なくなるの…?」

「いや…、ずっと居るよ」

「ホント?」

「ああ…」

 

ずっと、ずーっと…居ることになるのかもしれない…。

 

「嘘吐いてない?」

「吐いてない」

「ホントにずっと一緒?」

「…お前が死ぬまで一緒だ」

「死んでからも一緒に居たいなぁ」

 

へらりと笑ったミロカロスに笑みを返す。

出そうになった涙を必死に堪えて、歯を食いしばった。

 

「ミロカロス、チルタリスの手伝いを頼めるか?」

「うん、分かった!」

 

キッチンへと走って行ったミロカロスを見送ってから

ず、と鼻を啜った。

 

こわい…。

 

「…、ッ…」

 

 

どうしたら良いんだ…私は…!!

 

*



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43

もうそろそろズイに着くところだが、さすがの長距離の移動にトゲキッスも限界を迎えたらしい。

何度も休憩はしたがここは一度ポケモンセンターにトゲキッスを預けようと一番近いポケモンセンターへと寄ることにした。

ヨスガまで行ければ良かったが…まだまだ遠いな。

 

「シンヤさんじゃないですか!」

「シンヤさんだから何だ」

「もー、里帰りするなら前もって言ってくれれば良いのに…。連絡しておきますね、ズイのジョーイに」

「やめろ!!ズイでポケモンセンターに寄る気は無い!」

 

ケラケラと笑うジョーイ

ズイのジョーイに連絡されると困る!こっちは目的があって帰って来てるんだから。ジョーイに扱き使われてる場合じゃない。

 

「仕事しろ仕事!」

「あら、宿泊ですか?」

「一泊。それとトゲキッスを預かってくれ」

「はーい。…シンヤさんが泊まって行ってくれるなら何をお願いしちゃおうかなぁ~」

「オイ…」

「冗談ですって」

 

笑いながらトゲキッスの入ったボールを受け取ったジョーイ。

これがズイのジョーイなら冗談で済まないんだよな…。本当に連絡するの止めてくれないかな…。困る。

カウンターに手を付いて背後を振り返れば何やら人がざわざわしている気がする。

ここに来る途中も珍しく声を掛けられなかったし…。

 

「シンヤさん、ご両親に会いに帰って来たんですか?」

「んー…、いや、それはついでみたいなもんだな」

「親不孝者」

「否定はしない」

「ふふ、でもそれだと何か別の用事で帰って来たんですね」

「ああ」

「用事の内容によってはズイのジョーイに黙っておいてあげても良いですよ」

「本当か…!!」

「わぁ、そんなシンヤさんの嬉しそうな顔を見たの初めてー」

「私は旧友に会いに来たんだ。だが何処に居るか分からなくてなその旧友を探しにシンオウに戻って来た。」

「ヤマトさんじゃない旧友?そんな人がシンヤさんに居たんですね」

「…オイ、どういう意味だ…」

 

えへ、と笑ったジョーイが睨む私から視線を逸らした。

 

「まあ、その用事なら仕事にかかりっきりになるのは困りますよね」

「非常に困る」

「分かりました。黙っておいてあげます」

「お前は出来るジョーイだ!ジョーイの中で一番の美人だと思うぞ!!」

「もー、シンヤさんってばー…、ジョーイの見分け付かないでしょ」

「…え、見分けられる奴居るのか?」

「…」

「…」

「……」

「…すまん、泊まってる間は仕事を手伝う」

「じゃあ、さっさと白衣着て診察室入って下さい」

「はい…」

 

なんか凄い怒らせた。

ズイのジョーイに連絡されると困るので何とか機嫌を取っておこうと思う…。

 

*

 

ラッキーから受け取った白衣を着たところでやっぱり人のざわざわした感じが気になってジョーイに聞いてみた。

 

「今日は何かあったのか?やけに騒がしいよな?」

「シロナさんが来てるのよ」

「…え?」

「シロナさんが来てるのよ」

「いや、聞こえてた。すまん」

 

騒ぎの原因は分かったが…。

出来るなら会いたくない…。いや、随分と会ってないし向こうも覚えてないだろう。

ポケモンセンターに来ないように願っておこう。というか、来ないだろうな。特に用事も無いだろうし、そのままアイスでも食べて帰ってくれるだろう。

そう思っていたのに…。

 

「シンヤさーん!!久しぶりー!!」

「…」

 

ドーンと背中に飛び付かれた。

 

「まさかシンヤさんに会えるなんて思ってもみなかった!!」

「帰れ」

「え、酷い!!久しぶりに会った第一声が帰れとか酷い!!相変わらずの鬼畜っぷりね!!昔より丸くなったってみんな言ってたけど相変わらずなの?ねえねえ!」

「うるさい」

 

私の…というより、トレーナーのシンヤと面識のあるシロナはトレーナーの奴の性格のことを言っているんだろう。

 

「でも、シンヤさんの事を思い出してたら…。まさかの本人登場って、運命?」

「意味が分からん」

「だって昔のねシンヤさんみたいな子とバトルしたのよ!!あ、向こうに居る子なんだけど」

 

シロナが指差した先を見ればサトシ達が居た。

サトシは私の昔の要素は何一つ持ってないぞ。凄く良い子だぞサトシ達。

 

「シンジくんっていう子」

 

知らん。

シロナがサトシ達の方へ駆けて行ったのでそれを見送った。

サトシ達に声を掛けたシロナが私の方を指差したかと思うと、私に気付いたサトシが笑顔で手を振ってくれる。

 

「シンヤさーん!!」

 

はいはい。

サトシ達の傍へと移動して来て挨拶をしてくれたピカチュウの頭を撫でる。

シロナが見知らぬ少年の背を押して笑った。

 

「この子!」

「シンジくんとやらか?」

「そうよ、昔のシンヤさんそっくり!!でも、シンヤさんより大分マシよ」

「ほっとけ」

 

アハハと笑うシロナを睨んでからシンジくんとやらへと視線を向ける。

口を一の字にしたシンジは私から視線を逸らした。

 

「?」

「シンヤさんって!!シンヤさんってあの美しき新星のシンヤさんですよね!!嬉しい!こんなところで会えるなんて!!」

 

前へと出て来たのはヒカリだ。

おお、久しぶり…と思ったがそういえば以前に会ったのはセレビィに連れて行かれた未来の世界でだ…。

今、初対面だな私たち。

 

「はじめまして」

「はじめまして!!ヒカリって言います!トップコーディネーターになるのが夢です!!」

 

興奮冷めやらぬとはまさに、凄い勢いで喋りきったヒカリにサトシとタケシが苦笑いを浮かべる。

ハルカとマサトの二人とは何処かで別れたんだろうな。会うたびに久しぶりだから仕方ないことだが。

ヒカリと握手をすればブンブンと手を振られる。落ち付けヒカリ…。

 

「有名人は大変ね、シンヤさん!」

「お前が言うな、チャンピオン」

「うーん、でもシンヤさんはチャンピオンの座を辞退してるわけだし…。私とシンヤさんってどっちが強いと思う?」

 

ねぇ、と聞かれたサトシ達は慌てている。

変なこと聞いてやるなよ。どっちの知り合いでもある子供はわりと気を遣うんだぞ…。

 

「よし、バトルで決めましょう!!」

「は!?」

「シンジくん、見ておきなさい!!貴方の先輩のバトルを!!」

「…」

「なんだと!?待て、バトルしないぞ!?」

 

チャンピオンのシロナとのバトルで私の中に居るトレーナーのシンヤが騒いでるが、嫌だ!!

バトルしたくない!!

 

「ポケモンセンターに治療に来たんじゃないのか!」

「もう終わったの」

「じゃあ帰れ」

「泊まるのよ私。シンジくんもだけど」

「…バトルはしない」

「するのよ、これからね!!」

 

強引な女は嫌いだ!!

 

「私が勝ったらアイスを買ってもらうわ」

「なら私が勝ったらお前だけポケモンセンターに泊まるの禁止だ。私も一泊するんだから、帰れ」

「え、酷い!!」

「ポケモンの回復だけ許可してやる」

「まあ良いわ。私が負けたら、ね」

 

ニヤニヤと笑うシロナとポケモンセンターの外で対峙する。

周りのギャラリーの多さにはうんざりするがここは大人げなくとも良い、勝つ。

そしてシロナをポケモンセンターから追い出してやる。アイスは買ってやるが追い出す。私がゆっくり休む為に!!

 

「ドクターのシンヤさんには負けないわよ」

 

ああ、私だと負けるかもしれないからトレーナーのシンヤと代わる。

ポケモンが同じでも指示する人間が違えばポケモンは強くも弱くもなる。勿論、ポケモン本来の強さも関わって来るが……。

 

「いけるか…」

 

いつでもイケるぜ、とトレーナーのシンヤが笑った。

ミロカロスにはまた無茶をさせることになりそうだが…、体調が回復してから一度もポケモンの姿で技も使ってなかったから丁度良い。

ミロカロスの様子を診るのも兼ねて…私は見学だ。

 

*

 

「天空に舞え!ガブリアス!」

「やれ、ミロカロス!!」

 

私がガブリアスを出せばシンヤさんが出して来たのはミロカロス。

うーん、やっぱりミロカロスかー。でも相手にとって不足無しね。

 

「一対一。この勝負で勝った方が勝ちの交代無しよ、良い?」

「ああ」

 

返事を返したシンヤさんは不敵に表情を子供みたいに歪めて笑ってみせた。

さっきまでとは別人…、まるで昔に戻ったみたい…。

 

「楽しくなって来たわ…!!」

「ミロカロス…、分かってるよなァ!!」

「ミロー」

 

声を荒げたシンヤさんにミロカロスが困ったように返事を返した。

そこからはもう、一瞬だったようにも感じるしとても長い時間戦っていたようにも感じる。その圧倒的差にどうしようもなかった。

 

*

 

ガブリアスが倒れたのを見てシロナがガクと膝を付く。

完全に復活した元気なミロカロスが寄って来たのでミロカロスの頭を撫でる。

 

「交代制にしとけば良かった…!!」

「アイス買ってやるから泣くな」

「泣いてません!!」

 

フンとそっぽを向いたシロナを見て溜息を吐く。

まさか圧倒的に勝利を収めるとは思いもしなかった。相性が勝っていたのが更に決め手になったな。

チャンピオンをボコボコにして満足気なトレーナーのシンヤは放って置くとして…。

 

「私の放った暴言の全ては忘れろ!」

「絶対に忘れてあげない。ミロカロス、テメェ○○○!!×××ー!!とか言ってたもんね」

「口に出すな!」

 

トレーナーのシンヤは…、本当にアイツはどうしようもないんだ…!!

ミロカロスごめんな、と謝って頭を撫でてやればミロカロスは大丈夫ーと笑って私の手に頬を擦り寄せて来る。

 

「前から思ってたけど、シンヤさんのとこのポケモン達ってマゾい」

「マ、マゾい…!?何語だ!!」

「ねー、そう思うわよねーガブリアスー?」

「ガブゥ…」

「ほら、ガブリアスも言ってる」

 

ミロカロスに負けて地面に座り込んでいたガブリアスはシロナに「そんな事聞かれても…」的な事を返していたのだが、シロナは分からなかったのだろう…。

ぐりぐりとガブリアスの頭を撫でるシロナ、少しイラッとしたのでガブリアスに声を掛ける。

 

「ガブリアス、噛め」

「がぶぅ…」

「いたたたたっ!!」

 

甘噛みだったが、私の指示に従いシロナの手を噛んだガブリアス。ざまぁみろ、と笑ってやれば手を擦りながらシロナが私を睨む。

 

「うちの子になんてことを言うのよ!!」

「フン!」

「ミロカロス!!!頭突きよ!!頭突き!!その男のわき腹に頭突きかましてやって!!」

「…」

 

ミロカロスはシロナの指示を無視した。

シロナは「キー!!」と猿の様に声をあげた。もうアイス買ってやるから帰れ。

 

「ポケモンって賢いよな、従うべき人間に従える良い子ばっかりだ」

「ああいう大人になっちゃ駄目よ、シンジくん聞いてる!?」

 

軽く引いた目で見ていたサトシ達。

私の暴言にか、私とシロナの馬鹿みたいなやりとりにか…。どっちもかもしれないが…。

シンジくんを巻き込んでやるな…。

 

「俺は…」

「うん、何?」

「シンヤさんみたいなトレーナーになりたいです」

「駄目だってば!!」

「言葉遣いには気を付けるようにな…」

「はい」

「だーかーらー!!」

 

結局、サトシ達とはポケモンセンターで別れ、シロナとシンジがポケモンセンターに泊まる事になったので次の日まで賑やかだった。

 

「アイスは奢ってね!」

「なんでだ」

 

*



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44

 

「あ、この時期に帰って来るってことはコンテストでしょ?呼ばれたんでしょ!当たりでしょ!!」

 

アイスを片手に人を指差したシロナの手をぺしんと叩き落とす。

 

「ハズレだ」

「なーんだ、アラモスタウンでコンテストが開催されるって聞いたからてっきりそれだと思ったのに…」

 

アイスを頬張るシロナを見て小さく溜息を吐いた。

ポケモンセンターに一泊したシロナとシンジ。シンジの方は朝早くにポケモンセンターを後にしたのだがシロナの方はアイスを奢ってもらわなきゃーなんて言って私の後をついて来た。鬱陶しい。

礼儀正しく挨拶していったシンジを見習えチャンピオン。

 

「アラモスタウン行ったことない?」

「無いな」

「行くべきよ。昨日の夜に言ってたでしょ?ディアルガとパルキアについて教えて欲しいって」

「だからなんだ」

「あそこには時空の塔があって、時と空間を司るディアルガとパルキアについての歴史が残ってるわ」

「お前、昨日の夜に聞いた時はそんな事言わなかったよな…」

「コンテストで思い出した!」

 

テヘ、と笑ったシロナを睨んでから少し考える。

時空の塔…か、確かにそこなら"近付ける場所"である可能性はある。

私が世界のはじまりの樹に行った時のようにディアルガとパルキアの言っていたオレらに近付ける場所。そこに行けば二人に会うことは出来るかもしれない。

でも、ディアルガとパルキアに弾き出された側の私の考えだと今のアイツらだと私に気付かない可能性がある。というか、喧嘩の真っ最中かもしれない。

そうなるとやはりギラティナの方から行って、ギラティナ経由で二人と接触した方が良いと思う…。

うん、ギラティナにまず相談したいしな…。神うんぬん…、私の死亡=世界の消滅についても…今の状態だと危険だ。

 

「どうしたの?眉間に皺寄ってるけど」

「うーん、いや、やっぱり先にズイに向かうことにする」

「あらそう?シンヤさんが良いなら別に良いんだけど」

 

アイスを食べきったシロナがぽんとお腹を叩いた。

よし、と頷いたシロナに視線をやればにっこりと笑みを向けられた。

 

「じゃ、そろそろ行こうかな!」

「さっさと行け」

「ツレないわねぇ…、まあ良いわ。それじゃまたね!」

 

手を振ったシロナに軽く手を振り返す。

シロナの背を見送って私もカバンを肩に掛け直した。

ズイに行こう。

久しぶりに会う家族の顔を見てからテンガン山に行って、ギラティナとの接触を試みてみる。まずこれだな。

トゲキッスをボールから出して、その背にトンと飛び乗った。

 

*

 

真っ黒の世界で睨み合う。

逃げまどうアンノーン達に目も向けずパルキアは雄叫びをあげる。

 

「マジでお前ムカつくわぁあああああ!!!」

「…」

「長い付き合いだけどもうキレた!!今回はマジ!!もうブチギレ!!!」

「長年、こちらが貴様の馬鹿に我慢してやっていたというのに…」

「上から目線やーめーろー!!!」

「フン、まあいい…。この際、どちらが優れているか決めようじゃないか」

「上等だ…」

 

神と神の領域が激しくぶつかる。

この勝負で、勝った方が…所有兼を手に入れることが出来る。

世界を手に入れた方が全てを統べる。

 

 

「「シンヤは、俺/オレが貰う!!」」

 

 

*

 

 

「っくしゅん!!」

「あら、風邪ですか~?」

「あ゛~…、くそ、ズイに着いてそうそうお前に捕まるなんて…」

「私とシンヤさんの中じゃないですか~、挨拶も無しで居るつもりだったなんて酷いですね~」

「おのれズイのジョーイ…お前だけは天敵だ!!」

「天敵だなんてそんな酷いですよ~、長い付き合いじゃないですか~」

 

人を小馬鹿にした態度と口調にますます腹が立つ!!

ズイに着いて、さあ実家は目前だというところでばったりとジョーイに遭遇。ポケモンセンターから出てくるな…。

 

「私は大事な用があって帰って来たんだ!お前には付き合わないぞ!!」

「そ、そんな…!!仕事は山ほどあるというのに!?」

「だから何だ!!その芝居口調やめろ!!」

「…………、チッ」

 

この女、舌打ちしやがった畜生。

傍にいるトゲキッスがうろたえているのが分かるが今は構ってやれる状況じゃない。

目一杯ジョーイを睨みつければジョーイも睨みかえしてくる。上等だ、とことん相手してやる。私は負けないぞ!!

 

「……」

「……」

 

バチバチと火花を散らす勢いでジョーイと睨み合っているとドサドサと何か物が落ちる音がした。

トゲキッスが鳴き声をあげたのでジョーイと共に視線を音の方へと向ける。

 

「に、兄ちゃん…!!」

「カズキ…」

 

ポケモントレーナーになり冒険の旅へと出た私の弟、カズキ。日に焼けた褐色の肌なのに頬が赤らんでいるのが分かる。

 

「こんな道の真ん中でジョーイさんとチューしようとするのはどうかと思う!!!」

「あらやだ、カズキくんったら~…。ポケモンセンター出入り禁止にされたいの…?」

「カズキ、バトルしようか…。お兄ちゃん今なら本気以上の力が出る気がする…」

「えええええええ!?」

 

トゲキッスがカズキを庇おうとカズキに飛び付いた。

トゲキッスの羽毛を抱きしめながらカズキもブルブルと震えているが、私の方も怒りで拳が震えるんだが…、どうしてくれる。吐き気までするじゃないか…。

 

「反吐が出ますね、シンヤさん」

「お前ならヘドロくらい出せる」

「鳩尾、いれますよ?」

「その瞬間、私の右ストレートが飛ぶからな…」

 

「ひぃぃぃい!!!母さん、助けてぇえええええ!!!!」

 

*

 

ジョーイと威嚇しあっていたがラッキーが迎えに来たのでジョーイは引き摺られるようにポケモンセンターへと戻って行った。

最後までガン飛ばして帰ったなあの女…、いつか泣かす…。

まあ、そういう私もカズキに腕を引っ張られ久しぶりの実家に帰って来た。

 

「カズキも帰って来てたんだな」

「うん、ノリコのコンテスト見に行くって約束したからさ。コンテスト行く前にこっちに寄ったんだ」

「コンテストってアラモスタウンのか?」

「そーそー、面倒だけどさー、約束しちゃったし…」

 

溜息を吐いたカズキが「ただいまー」と言いながら家の中へと入って行く。それに続いて私も靴を脱いで久しぶりの実家へと足を踏み入れた。

 

「あら、二人揃っておかえりなさい!」

「ただいま、母さん」

「シンヤ、この前また新聞に載ってたわね!!」

 

なんかそんなのあったな…と適当に返事をしながらソファに座る。

その向かいのソファにカズキが座った。

 

「兄ちゃん、今度テレビとかで俺のこと話してよ!!」

「テレビなんて出てないだろ」

「前出てたじゃん!!」

「知らん」

「最初はシンヤの弟!って思われんのヤだなー、とか思ってたけど…。ズイ離れたら、俺…シンヤの弟だって信じてもらえないんだよ…。マジショック…」

「なんでだ?」

「顔が似てないから?」

「…同じように目と鼻と口が、」

「付いてるけども!!」

 

コトン、とテーブルに母さんがお茶を置いてくれたのでそのお茶を啜る。

 

「そうね、私たち夫婦の良い所だけをとって生まれたような子だったもんね~。母さんも昔…自分の顔と見比べて似てるところ探したわ~…。二重とか母さんと似てるのよ!!」

「そ、そうか…」

「俺も二重だけど…なんか違うわ…」

「パーツって大事よね!!」

「母さんに言われるとなんかヘコむ…やめて…」

「あら、ごめんなさい」

 

ソファに蹲ったカズキを見て母さんがケラケラと笑った。

小さく溜息を吐けば「そうだ」と母さんが私に視線を向けた。

 

「シンヤは何か用事で帰って来たの?」

「まあ、私用で…知り合いに会いに行こうかと…」

「そう。シンヤも定期的に連絡くれないと母さんたち寂しいんだからね!!ちゃんと電話してくれないと!!」

「シンヤも?カズキとノリコは連絡してるのか?」

「俺、あんまりしてない」

「カズキとノリコも!連絡して頂戴!!」

 

頬を膨らませて怒る母さん。

も、って…じゃあ、誰が定期的に連絡してるんだ…。父さんか?

 

「定期的に連絡くれるのヤマトくんだけなんだからね!!」

「ヤマト兄ちゃん、マメだな~」

「そういう問題じゃないだろ…!?」

 

アイツ、なんで人の実家に定期的に連絡してるんだ!!馬鹿なのか!?

 

「仕事の合間に寄ってくれたりするのよ、お土産持って」

「なんなんだアイツは!!」

「良い子じゃない!!母さんの唯一の癒しよ!!」

「癒しって…」

「ツバキちゃんもわりと電話くれるのよ~、忙しいのに良い子よね~」

 

いや、ツバキは基本的に暇だろ。仕事はエンペラーがやってるようなものだから。

 

「あ、イツキさんに電話しなきゃ!シンヤが帰って来てるって言ったらきっと飛んで帰ってくるわ!!」

 

普段も飛んで帰って来てるだろ、ピジョットで…。

 

「ノリコは帰って来れないのかしら?」

「アイツ、今頃アラモスタウンでコンテストに出る準備してると思う」

「そう…、じゃあコンテストが終わった後なら家族団欒でご飯食べれそうかしら?」

 

チラリと母さんの視線がこちらに向く。

いや、ギラティナに会いに行かないといけないからな…。うーん…。でも、せっかくの機会でもあるしな…。

 

「分かった、暫くここに残る」

「やった!!」

「アラモスタウン、一緒に行こうぜ!!ノリコ、超びっくりするって!!」

「仕方ないな…」

「ついでに私の弟と妹がお世話になってます、とか愛想振りまいてよ!!俺の知名度を上げる為に!!」

「アホか!」

 

*



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45

 

「兄ちゃん、アラモスタウンが無い…」

「ああ、無いな」

「ノリコォオオオオオ!!!!!」

 

アラモス大会に参加するノリコのコンテストを見に来た私とカズキ。

今日、そのコンテストが開催されるのだが街の姿が無い。

コンテストを見に来た他の観光客も一本道となる橋の先が消えていることに戸惑いを隠せない。

というか、消えているというより空間が歪んでるように見えるのは気のせいだろうか……。

いや、十中八九、あのバカキアだろ。

 

「近くのポケモンセンターまで戻ろう!!」

「電話か?」

「ノリコの応援にってツバキもアラモスタウンに居るはずなんだよ!!」

「…」

 

*

 

アラモスタウン消失の事件の少し前。

コンテストに備え街へとやってきたノリコ。そしてその応援に途中で合流したツバキがアラモスタウンのポケモンセンターに居た。

 

「時空の塔、良いねぇ…。時を司る神ディアルガ…空間を司る神パルキア…!!」

「ツバキ~…、本読んでないでブラッシング手伝ってよ~」

「ばかたれ!!こんな素敵書物が沢山あって読まないでいられるか!!」

「ぶ~」

 

ジョーイに借りた本を抱えてツバキが笑みを浮かべた。

 

「はぁぁぁ…、神々しいであろう姿を一目見れるなら死んでも良い~」

「…死んで来い」

「まー!!シンヤさんみたいな事言っちゃって!!でも死にません~!!見てないから死ねません~」

「うわー、ムカつく。お兄ちゃん、ディアルガとパルキアの連絡先知らないかなー、一目見せて死なせたいのにー」

「シンヤさんそこまで常人離れしてないでしょ」

「いや、お兄ちゃんなら何でも出来る」

「どんだけよ」

 

にひひ、と笑ったノリコはブラシを手に取り、普通とは違うレントラーの毛並みを撫でた。

 

「ね~、レントラー」

「ガゥ」

 

シンヤさん、ポケモン説浮上だわ。と呟きながらツバキが本のページを開いた。

 

「そういえば、カズくんはいつ来るの?」

「カズくん?うーん、そろそろ来てくれるかなー…。それかもうコンテストが始まる直前とかに来るんじゃない?」

「マジかよ。あたしですら前日に来たというのに…だからあの男は二流なんだよ」

「人の片割れを侮辱しないでくださいー」

「だからノリコも二流なのだよ」

「ちょっと、カズくんと一緒にしないで」

「…」

 

自分の片割れ侮辱してるじゃん。と思いつつツバキは口を尖らせた。

そんな二人の間にキョトンとした表情を浮かべた男、ヤマトがジュース両手に首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「別に何でもないですー」

 

にこっとノリコが笑みを浮かべたのでヤマトもニコと笑みを返す。

 

「この外面ノリノリコちゃんが…」

「えー?なーにー?のん聞こえなかったー」

「ヤマトくん、ジュースを寄越したまえよ」

「はいはい、博士」

 

ヤマトからジュースを貰ったツバキがふぅと息を吐いた。

 

「全く、ヤマトさんが来てくれてるというのにシンヤさんはどうしてんのよ」

「シンヤ、また連絡付かないんだよね~。出掛けてるんだと思うよ」

「ヤマトさんは基本繋がらないってことないよね」

「僕、基本的に暇な男だからね」

 

あはは、と笑ったヤマトが溜息を吐いた。

ミッションでも何でもない、ノリコの応援に行くと言ったツバキに誘われて暇だったので同行しただけ。

ポケモンレンジャーなのになぁ、とぶつぶつ呟くヤマトを見てツバキが笑った。

 

「二人とも、今すべきこと分かるでしょ」

 

ノリコがツバキとヤマトに視線をやる。

そのノリコにツバキとヤマトは頷いてみせた。

 

「とりあえず、ディアルガとパルキア伝説系の本を読む!」

「時空の塔のてっぺんに昇る!」

「コンテストに出場するノリコに協力する!でしょうが!」

 

何言ってんのもー!と怒るノリコにヤマトはすみませんと頭を下げた。

そんなノリコの怒りなど無視してツバキが読書を再開しようとした時、ざわざわと不自然な騒ぎ。

その異変にノリコとヤマトも辺りを見渡す。

 

「なに?」

「さあ…?」

「ちょっと僕、様子を見に…」

 

ヤマトが立ち上がった時、ポケモンセンターにぐったりとしたポケモンを連れたトレーナーが次々に駆け込んできた。

 

「な、なに!?」

「ダークライだ!!ダークライが出た!!」

 

悪夢に魘され、目を覚まさないポケモンを抱きかかえながら走って来た男の言葉にツバキは立ち上がる。

 

「どこどこどこどこ!?」

「落ち付け!!」

「ダークライ!?それは見たい!!」

「こらこら!ポケモンレンジャー!!」

 

ツバキとヤマトを必死に止めるノリコ。

この二人と居ると不安になってくる、とノリコは冷や汗を流した。こんな時に兄二人が居てくれたら…。

 

「二人はここで待ってて!ポケモンレンジャーの仕事だから!」

「いや、ここはポケモン博士である、あたしに任せて!博士の研究の仕事だから!」

「いや、ツバキちゃんは危ないから…」

「大丈夫!プロだから!これでもポケモンに関してのプロだから!」

「良いから…、二人でさっさと行って来てよ…」

「「あ…、はい」」

 

ノリコに睨まれた二人がポケモンセンターを出る。

アイツ、マジでシンヤさんに似て来たわーと文句を言うツバキにヤマトは苦笑いを返した。

 

*

 

騒がしい外に出てヤマトが近くの人に声を掛ける。

 

「ポケモンレンジャーです!ダークライは何処に?」

「む、向こうです!」

 

指が差された方へツバキが走る。

それを見てヤマトが慌ててツバキを追いかけた。

全速力で走るツバキを追いかけるヤマト、すんなりツバキの隣に追いついたヤマトは空を見上げた。

空はどんよりと曇ってる。

 

「何か街全体が異常だね…」

「この、目でっ、ダークライっ、をっ、見る、までは! 力尽きてなるものかぁああ」

 

大声を出して走っているかと思えばその場でへにゃりと倒れたツバキを見てヤマトは立ち止まる。

 

「ツバキちゃん…」

「インドア派、なめんな…。酸素、酸素くれ…」

 

息も絶え絶え、ポケモンセンターから走り出してまだ数分。全速力で力尽きたらしいツバキが「へぇへぇ」と情けない声を出した。

ヤマトがツバキの肩を支えた時、目の前をビーダルが横切った。

 

「…」

「…」

 

ビーダルが空中に浮いている。

異様な光景を目で追ってからツバキとヤマトは顔を見合わせた。

 

「見た?」

「見た…」

 

いやいや、無い無い。

疲れてるんだよ、あたしたち、あはははは。と笑ったツバキとヤマトが笑っていると「あー!!」と大きな声。

声の方へと視線をやればこちらを指差して驚いた表情のサトシが居た。

 

「あ、サトシくん!」

「ヤマトさん!ツバキ博士も!」

「やあやあ」

 

へらへらと手を振ったツバキにそれどころじゃないとサトシが喚く。

サトシの後ろからはぼよんぼよんと大きな体を揺らしながらベロベルトが歩いて来た。

 

「ツバキ博士!大変なことになったんです!」

「ぶっ!!!ベロベルトが喋ってる!!」

「わたしはアルベルトなんですー!!!」

「えぇええ!?男爵ー!?どうしたの!?オシャレ!?似合う!!」

「嬉しくない!!」

 

ぷりぷりと怒る男爵の体を突くツバキ。

そして取材記者だと思われる三人組がぐったりと眠るベロベルトを担いでいた。

 

「ど、どうなってるの?」

「分かんないけど、今からポケモンセンターに行く途中なんです!」

 

何がどうなってるのかさっぱりなヤマトとツバキを連れてサトシ達はポケモンセンターへと向かった。

少し前に出たポケモンセンターは沢山の人とポケモンで溢れている。

辺りを見渡してヤマトは冷や汗をかいた。

空中にはふわふわとポケモン達が飛び交っている異様な光景にポカンと口を開けるしかない。

 

「夢が現実世界に現れているんだ…」

 

メガネを掛けた男の言葉にツバキが首を傾げた。

 

「夢が現実に…?」

「ブイゼル達はこわいものに追いかけられる夢を見ているんだ」

「じゃあ、わたしは?」

「ベロベルトが男爵になった夢を見ているんだ…」

「なんだと!?」

「この街の空間に何か強い力が働いて異常な状態になっている。全ての異変はその空間の異常から起こっているんだ」

 

強い力ねぇ、とツバキは顎を撫でた。

そんな中で男爵が両手をあげて言った。全ての異常な現象はダークライの仕業だと。

ダークライを倒すと躍起になっている男爵を無視してツバキは拳を握った。

 

「ダークライにそこまでの力は無いと思う!」

「そうなの?」

「うーん、能力的に…。詳しくはもっと研究してみないとなぁ…、捕獲して調べたら分かると思うから…」

 

ね。とツバキがニコリと笑った。

キャプチャしろってことですね、とヤマトは苦笑いを返す。

 

「ツバキ!!ヤマトさん!!」

「あ、ノリコー。何処行ってたの?」

 

ずらずらとトレーナー達を引き連れてノリコがやって来た。

 

「大変なことになってる!」

「どうしたの?」

「街から出られない!!」

「なんですと!?」

 

*

 

街に掛けられた大きな橋の先は霧で覆われていた。

一人のトレーナーがドンカラスで"きりばらい"を試みるも効果は無し。霧の中へと向かって行ってもいつの間にか元の場所に戻って来てしまうらしい。

サトシとピカチュウが果敢にも霧へ向かって走り出したのを見送ったが、すぐにサトシとピカチュウは戻ってきた。

 

「外に繋がってないんだねぇ…」

「こうなったら仕方無い!!ポケモンセンターに戻ってすぐにシンヤさんに電話だ!!電話!!ゴーゴー!!」

 

ツバキが走り出したのでヤマトは慌てて追いかける。

 

「ツバキちゃん!ちょっと待ってー!!」

 

走って行ってしまった幼馴染達を見てノリコは溜息を吐いた。

 

「お兄ちゃんに電話なんて一番にしてるってばー!!ツバキー!!」

 

走って行ったノリコを見送ったサトシ達は顔を見合わせる。

 

 

「「「お兄ちゃん?」」」

 

 

*

 

アラモスタウンに入れない。

近くのポケモンセンターに移動してアラモスタウンのポケモンセンターへ連絡を試みるが電話が繋がらない。

困ったな、と呟いたシンヤは足を組み窓の外を眺めながらコーヒーを啜った。

 

「兄ちゃん、困った人間の行動として間違ってる」

 

何、優雅にコーヒー飲んでんだよ。周りの女子の視線集めてんなこの野郎。とカズキは額に青筋を浮かべた。

 

「私は凄く困ってる」

「オレなんて困り過ぎて水も喉を通らないから」

「脱水症状には気を付けろよ」

「そういうことじゃなくて…」

 

ガクンと項垂れた弟を見てからシンヤは小さく息を吐く。

目的の地、アラモスタウンは異空間へと消えてしまったのか中に入れない。アラモスタウンに居るノリコ達がどうなっているのかも分からない。

原因は空間を司るポケモン、パルキアであろうことは間違いないだろう…。

でも、どうしようもない。

 

「アイツに直接会えたら話は別なんだがな…」

 

物思いに耽るシンヤ。

ポケモンセンタ―内は異常現象にジュンサーも駆け付けて大騒ぎなのだがシンヤは特に気にしていなかった。

 

「ジュンサーさん!!うちの兄貴がこんな時にぼけーっとしてるんです!!叱ってやってください!!」

 

カズキがジュンサーさんに泣き付いた。

シンヤさんに弟くんが居たのねぇ、なんて感心するジュンサーさんにそこには触れなくて良いです!とカズキは首を横に振る。

ぽん、と胸を叩いたジョーイが任せなさいとシンヤの方へと向かって行った。

 

「シンヤさん!」

「……」

「…」

「…」

 

無言で戻ってきたジョーイが照れたように笑った。

 

「憂いを帯びたシンヤさんの横顔が素敵だったわ…!」

「もう!ジョーイさんってば!!」

「ジュンサーさんも見て来ると良いわよ!!今なら無反応だもの!!」

「えー!!でもー…」

「キャッキャッすんな!!!畜生!!」

 

ジョーイとジュンサーに怒るカズキ。

この異常事態に何やってんだ!!と怒鳴る姿は兄の姿によく似ている。

 

「兄ちゃんも真面目に考えてくれよ!!ノリコが危ないかもしれないんだぞ!?」

 

ツバキは良いのか?と内心疑問に思いつつもシンヤは渋々と立ち上がった。

 

――ズキンッ、

 

胸に鈍い痛み。

咄嗟に胸を押さえてシンヤはその場にしゃがみこんだ。

 

「兄ちゃん?」

「…ッ、」

 

――ズキンッ、ズキンッ

 

痛いっ…。

だんだんとシンヤの呼吸が荒くなって来た事にジョーイが慌ててシンヤの傍へと駆け寄った。

 

「シンヤさん!!大丈夫ですか!?」

「胸が、痛い…ッ」

「心臓の辺りですか?奥の部屋まで歩けますか?」

 

ズキン、ズキン、ズキン、胸の痛みにグラリと視界が揺れる。

急に何だ。どうなってる。

痛む胸を押さえながら立ち上がるが嫌な汗が額を伝う。脳がグラグラと揺れていて目の前に居るはずのジョーイの顔もはっきりと確認出来ない。

これは、まずい…。

 

 

「おっと!」

 

倒れかけたシンヤの腕を掴み、そのまま肩に担いだ男を見てカズキは大きく口を開けた。

 

「やあ、久しぶりだね。カズキ」

 

旅先で知り合った男の姿にカズキは笑みを浮かべた。

青い帽子に青いマント、彼の連れたルカリオと熱いバトルを繰り広げたことは今でも鮮明に思い出せる。

 

「ゲンさん!!」

「こんな所で偶然会えたのは嬉しいけど、今はそれどころじゃなさそうだ」

「あ、兄ちゃん!?兄ちゃんしっかりしろ!!」

 

気を失ったシンヤをゲンとカズキが二人掛かりでポケモンセンターの奥の部屋へと運ぶ。

シンヤの顔色は悪い。呼吸も荒く、酷く汗をかいているその姿にカズキはうろたえた。

 

「カズキのお兄さんがあの有名なシンヤさんだとは驚きだよ」

「あー、まあね。兄ちゃんの話しても大体信じてもらえないからあんまり言わないようにしてるんだ」

 

兄の額の汗を拭いつつ苦笑いを浮かべたカズキにゲンは「そう」と小さく言葉を返した。

苦しげに眉を寄せるシンヤの姿にジョーイは困惑する。

 

「ここまで急に体調が悪くなるなんて…、何か発作でもあるのかしら…」

「え!?」

「カズキくん、何も聞いてない?」

「全然…。っていうか、旅に出てからはあんまり兄ちゃんと会わなかったし…」

 

俯いたカズキの肩を叩いたゲンがニコリと笑う。

 

「少し、私が診ても?」

「ええ、構わないわ…。でも、」

「少し生まれつき特殊な力があるもので」

 

苦笑いを浮かべたゲンにジョーイは眉を寄せつつも小さく頷き返した。

そしてシンヤの傍に立ったゲンがシンヤの胸に手を当てる。ゲンの手に光が灯ったことにカズキは「うわ!」と声をあげた。

 

「彼の波動が酷く乱れているんだ。それを少しでも調和出来れば…」

「は、波動…」

 

驚くカズキを見てからゲンはシンヤへと視線を戻した。

兄弟であるはずの二人。

カズキは一般的な人間の波動を持っている、それなのに兄であるシンヤの波動はおかしい…。

人間の放つ波動じゃない、

大きく波打つそれは周りの世界全体と馴染むように広がっている。まるで彼が一個人の人間ではなく、世界の自然の一部であるような…。

 

「…ッ、は…」

「兄ちゃん!?」

 

うっすらと目を開けたシンヤの手をカズキが握る。

上下するシンヤの胸に手を置きつつゲンはシンヤの目を覗き込んだ。

 

「…ぁ」

「…ッ!」

 

ゲンは人知れず息を飲んだ。

瞳の奥に潜む膨大な力、渦巻く波動、深い…闇…。

 

「、ゲン…?」

 

呟かれたその微かな声に大きく鼓動が弾んだのは、何故…?

 

*



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46

ぼんやりと天井を眺めるシンヤ。

その傍に付き添う男、ゲンは天井を見詰めたまま動かないシンヤをチラリと見てから窓の外へと視線を向けた。

シンヤが目を覚まして少しすると消えていたアラモスタウンが戻って来たと知らせが入った。

それを聞いたカズキが荷物を抱え、モンスターボール片手にゲンに言った。

 

「妹の無事を確認してくるから!!ゲンさん、兄ちゃん見てて!!」

 

止める間も無くカズキはエアームドに乗ってアラモスタウンへと飛んで行ってしまった。

いや、別に良いんだけど…。と思いつつチラリとシンヤに視線を戻す。

シンヤの波動は穏やかな状態に戻っている。

でも、やっぱりその波動はまるで世界全体と溶け合う形で大きくゆったりと流れている…。

キミは何者なんだい?そう聞いてしまえれば楽になれるだろう。しかし、深い闇を潜めるあの眼と私は向き合えるのか…。

 

「…ぁー、気分はどうだい?」

 

気まずさに耐えかねたゲンがそう聞けばシンヤはゆっくりとゲンと視線を合わせた。

無表情だったシンヤの目が緩やかに細められ、小さく笑みを浮かべて言った。

 

「大丈夫だ」

「~~ッ!!!」

 

どくん、と大きく心臓が跳ねた。

自分の波動が乱れるのが分かる、それぐらい動揺した。

まるで生まれた時から決まっていたかのように心が反応している。テレビや雑誌、色々なところで見たことが会ったし知っていたのに…これでは、

これでは、まるで…、

恋をしているみたいだ。

 

「……」

 

黙り込んだゲンを見てシンヤはゆっくりと上半身を起こしてベッドに座った。

 

「波動使い、か?」

「あ、ああ…」

「そうか、そうだろうな…」

「?」

 

ツバキとヤマトはあんなにも違ったのにお前は変わらないんだな、とシンヤは小さく笑う。

きっと彼はどの世界でも波動使いとして生まれていたのだろう。そう思いつつシンヤはゲンと目を合わせた。

 

「私は今、どうなってる…?」

「どう、って…」

「どう見えてる…?」

「…!」

 

何が、なんて言わずとも分かった。

不安気に揺れる彼の眼。自分が感じていた異質さへの恐怖を更に感じているのは他でもない彼自身。

 

「キミの波動はまるで世界そのものだよ…」

 

そう言えば、彼は俯いた。

 

「アラモスタウンでの異常現象が原因なんだね?」

「多分な」

 

いや、きっとそうに違いないだろう。

彼は世界と同調している、世界の何処かで起きた大きな異変が彼の体を不調にさせた。乱れた波動が証拠だ。

 

「大きな宿命を背負っている、そうだね?」

「とても…背負いきれない…」

 

彼の手が小刻みに震えた。

その手を握れば手を握り返される。

 

「キミの波動が不安に揺れるのはキミに心がある証拠。私には全てを知ることは出来ない、けれどキミの波動が世界と同調していようともキミはここに居るただ一人の人間だ」

「……」

「怯えたって良い、泣いたって良い、でも逃げては駄目だ」

「…逃げたくない…、でも、逃げたい」

 

全てから、と小さく呟いたシンヤの頭をゲンはそっと撫でる。

 

「逃げだせば全てを失うんだ、それでも構わないと本気で思うのかい?」

「……」

「キミの傍には何も無いと言えるのか?」

「……」

「私は何も知らないから横暴な事を言っているかもしれない、それでもキミに逃げだして欲しくないんだ」

「私は…、どうしたら良い…?」

「…頑張れ!!」

「……」

 

とんでもない無茶を言われた、何もしらない癖に頑張れだなんて無茶苦茶なこと…。

それでも、やっと、

 

「、ははは…っ、無茶過ぎる…っ」

「ご、ごめんよ。でも…」

「良い。それで良い、ありがとう…」

 

答えが出た。

 

「ありがとう、ゲン。ここでお前に会えた私はツイてる」

「それなら良かった…。…ん?というより、なんで私の名前を?」

 

内緒だ、と笑ってみせたシンヤを見てゲンは首を傾げた。

 

*

 

過去に逃げだした事がある、とシンヤは言った。

遠くを見つめ自嘲気味に笑ったシンヤは黙ったかと思うと小さく頷いた。

 

「ゲン、…今度は頑張ってみようと思う」

「そう」

「色々と持ってるからな、今の私は」

 

穏やかに微笑むシンヤにゲンはもう一度、「そう」と返事を返した。

そしてシンヤは思い出したかのようにカバンを手繰りよせて大きなカバンをごそごそと漁った。

 

「ん」

「ん?」

 

シンヤが何かを差し出した。無意識に手を出してしまうのは人間の性だろう。

ぽん、と手に乗せられた紙を見てゲンは瞬きを数回繰り返した。

 

「改めて、私の名前はシンヤだ。よろしくな」

「えーっと、うん、私はゲン。こちらこそよろしく」

「それは私の連絡先だ」

「…うん、ありがとう」

 

でも急に何で?と首を傾げたゲン。

カバンを肩に掛けながら立ち上がったシンヤは不敵に笑う。

 

「せっかくだから、今度は私から渡しておこうと思ってな」

「???」

「またな」

 

ひらりと手を振ったシンヤが部屋を出て行く。それを見送ったゲンは「何が?」と小さく言葉を漏らした。

 

*

 

すっかり元に戻っているアラモスタウンへとやって来たシンヤは目当ての人間を探す。

そこで予想外の人間が居る事に驚いたシンヤは「は!?」と大きな声を出した。

 

「え!?あ!!シンヤー!!!」

「ヤマト?お前、なんでここに?」

「ノリコちゃんの応援でツバキちゃんと一緒にアラモスタウンに来てたんだよ!!そしたらね!!アラモスタウンにダークライが現れてね、悪夢が現実になってたりね、凄い事が起こったんだ!!全部、ダークライの仕業だと思ってたんだけど実は原因はアラモスタウンにパルキアが来ててね!!パルキアの強い力で空間が歪んだことによる異常現象だったんだ!!そのパルキアとねダークライが戦いだして、街がまた凄いことになってたらそこにディアルガが」

「もういい!!やめろ!!黙れ!!!」

 

お前、何処で息継ぎしてたんだ今の…と信じられないものを見るようにヤマトを見るシンヤ。

それでもヤマトはまだ喋り足りないのか「聞いて!!ちゃんと聞いて!!」とシンヤに詰め寄る。

 

「お兄ちゃーん!!」

 

そんなヤマトを押し退けてノリコがシンヤに飛び付いた。

シンヤさーん!!とツバキも便乗して飛び付いた。

 

「もう会えないかと思ったぁ…」

「生ダークライ、生パルキア、生ディアルガ見たー!!凄くない!?」

 

ツバキにどうでもいいと返したシンヤはノリコの頭を撫でる。

 

「で、パルキアとディアルガは?」

「なんだー、やっぱり知りたいんじゃーん!!」

 

にやにやと笑うツバキにイラッとしたシンヤはツバキの頬を抓る。

 

「サトシくん達が大活躍したんだよ!!勿論、僕もポケモンレンジャーとして出来る限りのことはしたけどね!!」

「パルキアとディアルガは」

「え?さあ?自分達の住処に戻ったんじゃない?」

「……」

 

捕まえ損ねた。とシンヤは眉間に皺を寄せる。そんなシンヤに「やっぱり生で見たかったんじゃーん」とにやにやしながら言ったツバキは更に頬を抓られた。

そんなツバキを無視してカズキがノリコに話しかける

 

「そういや、コンテストはどうなんの?」

「どうなんだろ?でも、被害的なのはパルキアが直して帰ってくれたからなんとも無いっぽいし…」

「じゃあ、コンテストはするんだな」

「だろうねー…って!!!そうだったらすぐに準備しないと!!お兄ちゃんも来てくれたんだから良い所見せる!!」

 

ポケモンセンターへ走って行く妹を見送ったカズキはやれやれと肩を竦める。

 

「あ、てか、ゲンさん」

「ポケモンセンターで別れたぞ」

「いやいや!!オレ、挨拶してない!!ちょっともう一回行ってくる!!」

 

バタバタと走って行く双子を見てツバキは「忙しないねぇ」と呟いた。

 

*

 

コンテストの準備が着々と進む。

ノリコの応援に来たツバキとカズキがノリコと共に会場へと行った後、ヤマトはふと気付いた。

あれ、シンヤは?

自分の幼馴染の姿を探してポケモンセンターを覗くもその姿は無い。ジョーイに声を掛けても見てないと返される。

何処行った。

色違いのユキワラシと一緒にアラモスタウンをうろうろと探し回っているとユキワラシが見付けた。

細い路地へと入って行くユキワラシを追いかけて、ドンドンと人影が少ない方へ進む。こんな薄暗い街の影になるようなところで何をしているのか、そう思ったヤマトの視界にやっと幼馴染の姿

 

「シンヤ?」

「…ん?」

 

医療道具を広げたシンヤの姿にヤマトは首を傾げつつシンヤの傍に座った。

 

「こんなところで何やってんの?」

「見て分からないのか?」

 

ほら、と示された先には医療道具がズラリ。

カバンの整理でもしてるの。と聞けば、アホか。と返される。

 

「ポケモンセンターに行けない、野生ポケモンの治療が私の仕事だろうが…」

「…それは、そうだけど」

 

そうだけど、と言いつつ周りを見渡すが野生ポケモンなんて見当たらない。

辺りを見渡すヤマトを見てシンヤが「ここだ」と指差した先はシンヤの影。

 

「……え」

「お前が来たからここに引っ込んだ」

「…え!?」

 

シンヤの影の中からギラリと見える光にヤマトは大きく口を開けた。

 

「無事だったんだぁ!!」

「ボロボロだぞ」

「あ、うん、それはまあ、そうなんだけど…」

 

死んじゃったかと思ってたし、とは言わずに口籠るヤマトを無視してシンヤはカバンに医療道具を片付けて行く。

治療は大体終わったらしい。

 

「あ、そろそろ会場の方に行かない?」

「そうだな」

「…なんか、元気無いね」

「私か?」

「うん」

「まあ、パルキアとディアルガに会えなかったからな」

「やっぱり生で見たかったんだね…!!」

「すまん、知り合いだ」

「…ッ!?!?なにそれズルイ!!!」

 

お前も知り合いで、向こうはお前のこと知ってるけどな。心の中でそう思いつつシンヤは悔しがるヤマトを眺めた。

 

「カイオーガと知り合いとかさー、パルキアとディアルガとも知り合いとかさー…シンヤ、ホントに何なのー…他にも知り合い居るんじゃないの!?」

「…居るけど」

「ホントに何なの!?」

「それだけ異質ってことだ」

「誰が!!」

「私が」

「………何処が」

「全てが?」

「…生まれた時からほぼずっと一緒と言っても過言では無い、僕とシンヤの何処がどう違うって言うの…」

「…全て?」

「何、顔なの?顔の造りからして頭の出来とかそういう違い…!?」

「何を意地になってるんだ…」

 

ぶつぶつと文句を言うヤマトを見てシンヤは眉を寄せる。

 

「シンヤはずるい…!!」

「…」

「僕に出来ないこと何でも出来るし、野生ポケモンともすぐ仲良くなれるし…!!」

「…」

「あ!でも、誤解しないでね!?」

「何が」

「文句言ってるけど、僕がシンヤのことを嫌いなわけじゃないからね!!」

 

好きだよ!!と真剣な顔で言ったヤマトに一瞬驚いたシンヤはふるふると肩を震わせた、かと思うと「ぶっ」と耐え切れずに噴き出した。

 

「お前、ホントにバカだな…っ」

「そこまで笑わなくて良いでしょ…」

 

少し恥ずかしくなったらしいヤマトが頬を赤らめながら眉を寄せた。

くすくすと笑いながらもカバンを肩に掛けたシンヤが立ち上がる。

立ち上がったシンヤを目で追ったヤマトは路地裏に射し込む太陽の眩しさに少し目を細めた。

 

 

「ありがとう、ヤマト」

 

 

いつもと変わらない声色だった。

でも、そう言って笑ったシンヤを見てヤマトは思わず息を飲んだ。

シンヤってこんなに、

こんなに無邪気に笑ってたっけ…。

 

「そろそろ戻るぞ」

「あ、うん!」

 

じゃあな、とダークライに声を掛けて先に歩いて行くシンヤの後をヤマトは慌てて追いかけた。

 

*





【挿絵表示】

(もう私は怖れない)


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47

カイリューの背に乗るツバキとヤマト、トゲキッスの背に乗る私。

そしてエアームドの背に乗るカズキとノリコ。

ご馳走を作って待っているらしい母と、家族が揃うのを楽しみにしている父が待つズイへと帰っている途中なのだが……。

 

「……ブツブツ…」

「…ノ、ノリコ。オレの腕掴まないで…痛い…」

 

カズキが情けない声を漏らした。

助けを求めるように視線を向けて来たカズキから私は視線を逸らす。ヤマトとツバキも同じように何処か遠くへと視線をやった。

コンテストバトル、アラモス大会でノリコは見事に一次審査での敗退。見てて逆に潔い負けっぷりだった。

キュウコンの火炎放射と神通力のコラボ技が失敗してノリコを追いかけ回している様は会場全体に笑いを誘った…。ある意味、注目は浴びたよな…とフォローにもなってない言葉しか出なかったのは仕方ない。

しかも、私が会場で見てるのを良い事に司会のモモアンがノリコを私の妹だと紹介してしまったので私まで注目された。

その事もあってノリコも焦ってしまったんだろうな…。一応、トップコーディネーターの称号を持ってる兄の名前を出されたわけだし…。私は自分であって自分じゃない気がしているので他人事だが。

 

とりあえず、見事に恥をかいたノリコが暗雲を背負い先程から何やら呪文のように独り言を呟いているわけだ…。暗い。気まずい。かける言葉も無い。

オマケに帰り際、とどめを刺すかのようにサトシ達が「シンヤさんの妹だけど、ノリコさんって普通の人なんですねー」なんて悪気もなく言ったものだからカズキが少し泣いて、ノリコがその場から逃走した。

本当に異質な兄で申し訳ないなぁと心から思った。

会話も無く気まずい空気のまま、ズイへ帰って来た。

家の玄関で出迎えてくれた母さんがノリコを見て笑顔のまま固まった。また重い空気が流れた時、空気を読めない父さんが勢いよく私に飛び付いて来た

 

「シンヤー!!久しぶりだなー!!元気だったか!!父さんは元気だったぞ!!」

 

ずっとテレビとかで見る度に会いたかったんだからなー!!と頬ずりまでしてくる父と距離を取ろうと静かな攻防を繰り返しているとボソリとノリコが呟いた。

 

「どうせ、のんはテレビにも雑誌にも乗らない凡人だよ……」、

「「……」」

 

何が?とよく分かってない父が首を傾げたが空気は凄く重い。重過ぎて息苦しい。

 

「いつだってお兄ちゃんと比べられるんだ…、どうせ普通だよ…、むしろ普通以下のクズコーディネーターだよ…。お父さんもお母さんも、のんよりお兄ちゃんが可愛いんだ…。そりゃお兄ちゃんは何でも出来るし…頭良いし、バトル強いし、トップコーディネーターで美形でお医者さんになっちゃうくらいだもん…そりゃ自慢の息子だよね…」

 

俯いていたノリコが顔をあげた。

ビシ、と私を指差してノリコが声を荒げる。

 

「お兄ちゃんのせいでずっと比べられるんだからね…!!お兄ちゃんが出来過ぎるから…!!」

「ノリコ…」

「まあ、自慢だけどね!!自慢のお兄ちゃんだけどね!!カッコイイから好きだけどね!!っていうか、大好きだけどね!!」

「…オイ」

 

カズキがノリコの肩を掴んだ。

 

「のんはお兄ちゃんと結婚したかったのに…!!」

「お前と双子である事実を今この場で消したいぞオレは」

 

その場にしゃがみ込み喚くノリコに怒るカズキ。

さてと、と手を叩いた母さんがニッコリと笑った。

 

「ご飯出来てるから!!みんな手を洗ってらっしゃい!」

「「はーい!」」

 

ツバキとヤマトが手をあげて返事を返した。

 

「シンヤ、最近どうだー?父さんに色々教えてくれ、珍しいポケモン見た?」

「内緒」

「なんでだ!!なんで内緒にするんだ!!父さんとシンヤの仲だろう!?」

 

どんな仲だ。

そして、父として双子の間に入って何とかして来てくれれば良いのに。

 

「カズくんのバカー!!嫌いだー!!カズくんは嫌いだー!!」

「オレだってお前が嫌いだブスー!!」

「カズくんのハゲー!!」

「ハゲてねぇー!!!」

 

双子は確実に父親似だよな。

 

*

 

食事中、アラモスタウンでパルキアとディアルガ、そしてダークライまでも見たと自慢するツバキに父さんが大興奮。

それにヤマトが便乗して、ノリコもアラモスタウンで起った事を鼻息荒く語る。最後に「まあ、アラモス大会は大恥かいたけどね…」で一回テンション落とすのやめてくれ。

 

「くそー!!オレも見たかったー!!」

「外の状況、どうなってたの?」

「え?なんか消えてた。アラモスタウンだけ綺麗に無かったよ」

「へー…パルキアの力って凄いなー」

「まあ、あたし達も全く外に出れなかったもんねー」

 

ツバキの言葉にヤマトが頷いた。

父さんが自分も体験したかったと口を尖らせる。

そんな光景を見つつ黙々と食事を食べていると食べている途中の皿に料理が追加された。顔をあげれば母さんが笑顔で私の皿に料理を乗せていく。

 

「母さん…」

「いっぱい食べなさい。シンヤ、細いわよ」

「父さんと比較してるならやめてくれ」

 

ごつい筋肉質な父のようになれと言っているなら勘弁して欲しい。シャツがピチピチになってるなんて私は嫌だ。

 

「普段ちゃんとご飯食べてるの?」

「食べてる」

「本当?ちゃんと栄養を考えて自炊してる?買ったお手軽料理なんて駄目なのよ?」

「栄養を考えて作ってくれてるから大丈夫」

「そう………、誰が?」

「チ…、ごほん、自分で作ってる」

「だ・れ・が?」

「自炊してます」

 

私の顔に鼻が付きそうな距離まで顔を近付けて来る母。そしてその母の距離に何も言わず食事を続ける私。

異様な光景にヤマトが顔を蒼くしていた。

 

「シンヤ、大人なんだから母さんにちゃんと紹介出来るわよね?」

「お母さん、美味しいご飯どんどん盛って下さい。いくらでも食べれます」

「シンヤちゃーん?良い子でしょー?」

「…」

 

無言で咀嚼。

ひたすら口の中に料理を入れ続けた。

そんな私を見て母さんは溜息を吐きつつ私から離れた。私が言わないと決めたら絶対に言わないのを分かっているからだろう。

料理をテーブルに置いた母さんはガシとヤマトの肩を掴んだ。「ひぃいいいい」とヤマトが悲鳴をあげた。

 

「ヤマトくん…、ヤマトくんは私の味方よね?」

「あの、その…えっと…」

「ヤマトくん…」

「シンヤのとこには、あの、なんて言うか…」

 

口籠るヤマト。

ここまで黙って聞いていたツバキが発言した。

 

「え?シンヤさんとこってお料理全部チルくんがやってくれてるんじゃないの?」

「「……」」

「ツバキちゃん、チルくんって誰かしら?それに"くん"ってなぁに?」

「チルくんはお掃除お料理大好きな凄く良い子であたしも家事してもらったことあります!!」

「シンヤとどういう関係かしら…」

「関係?主従関係ってやつでしょ。ね!」

 

ね、ってこっちに同意を求めるな…。

ヤマトが眉を寄せる。私はツバキから視線を逸らした。母さんがチルをどう捉えるか問題だな。会わせろ、家に招けと言われても「はいどうぞ」なんて言えないぞ…。

 

「主従?シンヤ、お手伝いさんを雇ってるってこと?」

 

給与とか無いけど、と思いつつ「そんな感じ」と頷いておく。

母さんは頬を膨らませて怒っている。

 

「母さんはね!!そんなことを期待してるんじゃないの!!孫の顔をね!!見たいのよ!!」

 

永遠に見れないよ。とは言えず黙ったまま料理を食べる。

 

「母さん、良いじゃないか。シンヤもその内、良い子を見付けるさ」

「もう25歳でしょ!!そろそろ良いじゃない!!」

「色々と頑張ってやる子なんだから、今の仕事が落ち着いたら次を考えるさ」

「…むぅ、結婚はまだ先なのね…」

 

いつ仕事が落ち着くというのか、そして次も何も恋人が同性でポケモンなんだがどうしたら良いんだ。

 

「結婚?シンヤさん、ミロちゃんと結婚するの?」

「「ぶっ!!」」

 

私とヤマトが盛大に料理を口から噴き零すとツバキが悲鳴をあげた。

母さんの目が怪しく光ったので慌てて立ち上がる。

 

「今、テレパシーで緊急の呼び出し来た!!」

「シンヤ、座りなさい」

「あー、はいはい!!今行くー!!」

「下手な演技は良いから座りなさい」

 

カバンを持って部屋から出ようとしたが母さんに腕を掴まれる。

 

「ツバキちゃん!!シンヤとミロちゃんはそんな関係じゃないでしょ!?」

「いや、恋人同士なんだよ?ヤマトさん知らなかったの?」

「えぇえええー!?」

 

そういや、言ってなかったと思いつつ腕を振り、何とか母さんの手を放そうと頑張ってみる。

シンヤ、どういうこと!?とヤマトまで詰め寄って来たところでピンポーンとチャイムが鳴った。

母さんが一度玄関を見たがすぐに私の方へ視線を戻す。無視する気か。

しかし、再びピンポーンとチャイムの音。母さんは渋々と玄関へと向かった。

 

「シンヤ!!僕、聞いてない!!」

「……」

 

ヤマトにチョップを食らわせたところで母さんが私を呼んだ。

「お客さん」と少し不満気に言った母さん。でも、実家の方に来る客って誰だ。そもそも私が実家に帰ってることを知ってる奴なんてジョーイくらいだぞ。

玄関へと向かえば真っ白な髪、紫の瞳、こちらを見つめるソイツを見て思わず親指を立てた。

 

「ナイス」

「何がだ…」

 

私のテレパシーが届いたんだな、と言ってやれば知らんと返された。

とりあえず、何故か実家の方にやって来たミュウツーに今は感謝しておこう。

 

「で、どうしたんだ?」

「異変が起こっただろう?シンヤなら関わっていると思ってな」

 

見逃した、と舌打ちしたミュウツー。

興味心でしか動かないのかお前は。そして異変ある所に私が居ると思うなよ。全く関わってないわけじゃなかったけど。

いや、でもミュウツーならディアルガとパルキアに接触出来る方法を知ってるかもしれない。

 

「ちょっと出ようか。相談もある」

「?…まあ、構わない」

 

頷いたミュウツー。

ちょっと出て来る、と母さん達の方に言えば「えー!!」とブーイングが飛んだが無視だ。

ノリコの「お兄ちゃんの友達でイケメンって居たんだー!!」の声の後にヤマトが「…え!?」と驚いた声を出していたがそれも無視だ。

 

*

 

家から少し離れた場所でミュウツーと向かいあう。

アラモスタウンで起きた事はパルキアが原因だと言ってやれば興味ありげに目を輝かせていた。

 

「そのパルキアなんだが、実は原因は私にある」

「ほお」

「パルキアとディアルガがどちらが優れた者か、なんて言って喧嘩をしだしたんだ」

「優れた者を決めるのにお前が関係あるのか」

「私は、この世界の神に近しいものになった…らしい」

「………」

「というより、世界そのものに近いそうだ。私が死ねば世界も消える、とも言われたがそこはまだハッキリと聞けてない。だが、世界そのものの私を管理するというか…優劣をハッキリと決めたくなったのか…。

ディアルガは私に永遠の時間を与えられるから私のことを自分の所有物だと言って。パルキアは自分の所持する世界空間と一体となったんだから私のことを自分の所有物の一部だと言い出して…。本気で喧嘩しだしたんだ…」

「お前は本当に面白いことに巻き込まれる男だな」

「面白くない…」

 

愉快だと笑うミュウツーを見て小さく溜息を吐く。

 

「まずはディアルガとパルキアに会って、話を付けたい」

「ふむ」

「アイツらに接触出来る方法を知らないか?」

「私に交友関係があるとでも?」

「いや、何か特殊な道とか無いのか」

「知らんな」

 

むしろ知ってたら行ってる、と返された。

ああ、お前はそういう奴だよなと頷いてしまった。

 

「だが、お前の悩みは一つ解決出来るぞ」

「?」

「ディアルガとパルキア、どちらが優れていてどちらが世界を支配出来るか喧嘩していると言っただろう?」

「ああ」

「お前が支配すれば良い。ディアルガもパルキアも世界も全て、お前が手にしてしまえば時の神も空間の神もお前の犬同然だ」

「……」

「万事解決」

 

余計ややこしくなるに決まってるだろうが…!!

 

「ツー、私はな…人間なんだ。お前みたいに攻撃技を放ったり出来ない、力の無いただの人間なんだぞ…」

「だからなんだ。そう言うならディアルガもパルキアもただのポケモン…。力は強いかもしれないが力で倒せないものじゃない」

「だから私には出来ないと言ってるだろ」

「お前に出来なくても私は出来る」

「……」

 

お前が出来てどうする。

 

「私は出来る、私以外のポケモンも皆出来る」

「…?」

「シンヤ…お前は自分を卑下し過ぎている」

 

そんなことは無いと思うぞ、と眉を寄せてやれば溜息を吐かれた。

 

「ディアルガとパルキアが共に力を手にするために声を荒げようとも他のポケモン達は力を貸したりしない、どちらかについて行こうとも思わない」

「…」

「でも、シンヤ…お前が声を掛けた時、どれだけのポケモンが力を貸すと思う?」

「…、」

「お前は自分を低く評価しているが、私を含めたポケモン達はお前を高く評価している。お前自身に力は無くとも世界に生きるポケモンの数だけがお前の力となる。

お前には世界を統べる力がある」

「…」

 

うぐ、と口籠ればミュウツーは笑った。

 

「そう硬くなるな。世界を統べる力があれどお前にそこまでの欲が無いことは知っている」

 

でも、そういう所がまた気に入られるんだろうな。と笑ってみせたミュウツー。

気恥ずかしくなって思わず視線を逸らした。

 

「ディアルガとパルキアの争いが納まらない時の手段の一つだ。力を力でねじ伏せる」

「あー…分かった。世界の危機になった時は、お前達に頼んでみる」

「いつでも協力してやる」

「………、ツー…お前そんなに私のこと好きか」

「わりとな」

 

苦笑いを零せばミュウツーはニヤリと笑った。

どうやら手持ち以外に私と共に頑張ってくれる連中は沢山、居るらしい…。

この世界と共に生き続けることになったとしても、この世界にポケモン達が存在し続けるなら…私はきっと、

 

「なあ、ツー」

「なんだ」

「反転世界に行く方法が一つあるんだが、一緒に行ってくれないか?」

「反転世界…」

「きっとお前なら迷わない」

 

私はきっと、

孤独に悩むことはなくなるだろう…。

 

 

*



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48

ズイタウン、ポケモンセンター。

実家に居ると親がうるさいので簡単に言うと避難して来た。知り合いがポケモンセンターに泊まるから一緒に泊まって来るって言って出て来たが母さんは頬を膨らませ不満気だった。

あれはもうミロカロスを見ないと納得しないだろう。

 

「ノリコ、居るんですよね…」

「ポケモンセンターのベッドわりと良いよなー」

 

ワハハ、と笑うブラッキーにエーフィがパンチを食らわせていた。

エーフィはコンテストが好きでコンテスト演技もバトルも得意、そんなエーフィを連れて行こうとノリコがずっとエーフィをしつこく勧誘しているんだが…。

エーフィはノリコが苦手。エーフィいわく演技の要求がとんでもなく頭の悪い発想、らしい…。私の妹にとんでもないことをズバッと言ってくれるものだ。

 

「近々、ミュウツーと一緒に戻りの洞窟に行くぞ」

「そうなの?結局、そっちルートにしたわけ?」

 

ミミロップの言葉に頷く。

私が頷けば「まあ、ツーなら余裕で行けそうだよな」とミミロップも頷き返してくれた。

 

「ギラティナに会った時、お前達にも大事な話をする」

「大事な、話?」

「それは…今では駄目なのか…?」

「ああ、ギラティナと一緒の時だ」

 

ギラティナが居て、ミュウツーが居て、ちゃんと大丈夫な状況を作ってからじゃないと余計な心配を掛けるからな。

 

「話!!何!?すぐ話してー!!」

「ちゃんと後で話すって言ってるだろ」

「俺様にだけ!こっそり!!」

 

こっそり、と言って耳を寄せて来たミロカロスの耳に息を吹きかけてやればミロカロスは転がるように逃げて行った。

 

「隠し事しないでちゃんと話してくれるなら俺は良いですよ」

「ん、話す。今度はちゃんと、な」

 

私の言葉にみんなが困ったように笑った。

 

「やべぇ状況報告とかだったらどうするよ」

「その時はその時だ…、腹を括って待とう…」

「シンヤの話、大体難しいからオレ苦手だわ~」

「ブラッキー、だらだらしない!!」

「へぇ~い…、あ、チル、お茶欲しい」

「あ、はい!」

 

だらーん、とベッドに横になったままチルタリスに声を掛けたブラッキー。そんなブラッキーをまたエーフィがベシンと叩いた。

コポコポとチルタリスがお茶を淹れていると今まで大人しく黙っていたサーナイトが大きな溜息を吐く。

 

「はあ~…」

「…」

「はぁ~……」

 

うるさい。

そして、ミュウツーが物凄く鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。

 

「ツーさん、イケメンですわ~…」

「見るな」

「見ても減るもんじゃあるまいし!!目の保養に見たって良いじゃないですの!!」

「減るから見るな」

「減りませんわ!!」

 

イケメンのミュウツーを見て楽しむサーナイト。何が楽しいのかさっぱりだが本人が楽しいなら良いだろう。

 

「出会いが欲しい!!」

「今度、ギラティナと会うだろ」

「ギラティナさんもイケメンですわね。でも、違うんですの!!だってギラティナさんはシンヤ馬鹿!!ワタクシのことなんか見てくれませんわ!!」

 

私が馬鹿みたいに言わないでくれ。

 

「キッスさんも顔は凄く好きですわ!!」

「え?あ、ありがとうございます…?」

「でも、シンヤ馬鹿!!」

 

完全に私が馬鹿みたいだ。

 

「ヨルさんも好きですわ!!」

「……」

「でもやっぱりシンヤ馬鹿!!」

 

馬鹿馬鹿…言われてる…。

 

「ミロさんもミミローさんもチルくんもシンヤ馬鹿!!」

「ほぁー」

「うぜぇ…」

「えーっと…」

 

オレは?と自分を指差して首を傾げたブラッキー。

サーナイトがビシリと指を差した。

 

「色魔!!」

「ひでぇ!!!!!」

「フィーさんは同志ですわ」

「一緒にしないでください!!!」

 

オレ、色魔かよぉ~と嘆くブラッキーに同志にされてキレるエーフィ。

シンヤ馬鹿、シンヤ馬鹿と言うなら私はどうなる。と私は自分を指差して聞けばサーナイトはうーんと少し考える仕草を見せた。

 

「ミロさんが居ますもの…、愛人募集してるなら…いや、やっぱり駄目ですわ!!一途な愛に生きたい!!!」

 

馬鹿か、とミュウツーが吐き捨てた。

 

「ツーさん、募集してません?」

「ふん、なら私もシンヤ馬鹿だ」

「…くっ…!!!」

 

畜生ですわ!!とその場で蹲るサーナイト。

本当にただの馬鹿だ、コイツ…。

ミミロップが冷たい目でサーナイトを見ていた…。

 

「サナー、オレが色魔って酷いわ…」

「何も間違ってませんわ…」

 

納得がいかないとブラッキーが口を尖らせる。

ブラッキーとサーナイトの会話にミロカロスがねえねえと私の腕を掴んだ。

 

「シキマ、って何?」

「んー…、自分の欲に趣くまま沢山の女を騙して弄ぶ男ってところか。まあ、女たらしってやつだな」

 

私がそう言えばミロカロスが「ふーん」と返事を返す傍でブラッキーが「ほらぁ!!」と立ち上がった。

 

「何ですの…」

「今の聞いてたろ!?沢山の女を"騙して弄ぶ"って!!!オレ、そんなことしねぇもん!!!」

「…だから何ですの…」

「いや、だから色魔じゃないって…」

「女たらしは女たらしでしょ、ちゃんと知ってるんですのよ」

「ちーがーいーまーすー。友達になるだけですー、たらしこんでませんー」

「メスの尻を追いかけ回しといてよく言いますわね」

「追いかけ回してない!!友達!!つーか、可愛いと思った子と友達になって何が悪いんだよ!!友達多い方が良いだろ!!」

「友達友達ってそんなの向こうはそう思ってないかもしれないじゃないですの!!下心が無いなんて言わせませんわよ!!友達だって言い張るんなら一途に恋人つくって幸せにしてから言ってごらんなさい!!」

 

ビシッ、とサーナイトがブラッキーを指差した。

ミミロップが何故かガッツポーズをしたのはよく分からない。急に目が輝いたな。

 

「恋人つくって幸せにすりゃ良いの?」

「簡単なことではありませんわよ?だって、恋人が居るのに他のメス友達と仲良くしてたら恋人は不安になって幸せな気持ちになれませんもの~…一途に愛する、これが大事!!」

 

うんうん、とミミロップが頷いた。

 

「分かった。オレが色魔じゃない証拠として恋人つくって一途に愛して幸せにしてみせる…!!」

「…是非、お願いしますわ!!」

「おおっ!!」

 

ミミロップが笑顔で手を叩く。何故、拍手までするのか甚だ疑問だが便乗してミロカロスも手を叩いていた。

なのでとりあえず私も叩いておく。パチパチパチー。

 

「うん、じゃあ付き合おうぜ。サナ!!」

「…ふざけんなコノヤローですわ」

「このボケェエエエエエ!!!!」

 

ミミロップの見事な蹴りがブラッキーに命中する。

思いっきり蹴られたブラッキーは壁に激突した。凄く痛そうな音がしたが、まあタフな奴なので大丈夫だろう。

 

「正銘しろって言うから!!」

「だから、なんでワタクシなんですの。本当に頭悪いんですの?」

「はぁ?オレがお前を幸せにしてやるって言ってんじゃん」

「そのセリフ、ツッキーさん以外から聞きたかったですわ」

 

ワタクシのナイスパスをファールボールにするなんてこの男、本当にボケボケですわ!!と悔しがるサーナイト。

何がナイスパス?

 

「なんで怒るんだよ」

「相手が違いますの」

「種族的な?」

「まあ、そうですわね…」

 

コホン、とサーナイトが咳払いをすればブラッキーは頷いた。

 

「じゃあ、カズキのとこのサンダースとか?でもアイツめっちゃ気強くね?」

「他所のオスに手を出してどうするつもりですの!?」

「ああ…!!ノリコのとこのリーフィアちゃんかー!!おっとり系はあんまりだと思ってたけど、まあしゃーなしで」

「しゃーなし!?この駄目男!!!」

 

べしん、とサーナイトがブラッキーの頬を叩いた。

 

「痛ぇ…。サナが引っ叩いたー!!」

「手も出ますわコノヤロー!!」

 

首も絞めてしまえ、とミミロップがボキボキと指の骨を鳴らした。

お前ら何故に殺気立つ…。

 

 

「本当に心から好きな相手と一緒になるべきですの!!」

 

 

サーナイトがブラッキーの胸元を掴み上げた。男らしいぞサーナイト。

 

「…心から好きな相手…」

「そう!!共に生きていく人、自分にはこの人しか居ない!!そう思える相手が居るはずでしょう!?ずっと一緒に居たい人、心の奥底に押し込めていた気持ち…!!思い浮かぶ人は誰なんですの!?」

「…っ、でも…、ダメだろ…だって」

「ダメじゃありませんわ。最初からダメだって決めつける方がダメですわ!!ツキさんの気持ちは最初から決まってるはずです!!決まっているからこそ一緒に居るんでしょう!?」

「ああ…そうだよ、うん、そうだ…。他の奴なんて考えられない…」

「ですわよね!!」

「ここで言っちまえよ!!」

 

ミミローが再び拳を握った。

その場から立ち上がったブラッキーがゆっくりと息を吐く。

頑張れ、とミミロップが小さな声で応援した。さっきから喜んだり怒ったり応援したり…なんなんだ。

 

「初めて会った時から、オレはコイツと生きて行くんだって思ってた」

「……」

「ずっと一緒に居たい、いや、ずっと一緒に居るつもりなんだけど…。ずっと一緒に居るなら別に今のままでもオレは良いと思ってた。でも、それじゃダメだって…サナが言うから…」

「……」

「でもな、本当にオレはダメだと思ったんだ。今のままでも幸せだし、一緒に居られないなんてことにはならないと思う。だからオレがここで素直に言っちまうと…関係が壊れると思う…」

「ツッキーさん!!」

「馬鹿野郎!!ここで決めなきゃいつ決めんだよ!!」

 

サーナイトとミミロップの言葉にブラッキーは眉を寄せた。

 

「友達で居たい、仲間で居たいって思うのはダメなのかよ…」

「……」

「それで譲れるんですの!?ずっとそのままで良いって本気で言うんですの!?初めて会った時に抱いたその気持ちは、他の誰にも抱けない気持ちでしょう!?」

「男なら潔く生きろ!!今のお前、かっこ悪ぃぞ!!!」

「…っ!!」

 

ブラッキーが顔をあげた。

サーナイトとミミロップがうんと頷いた。

 

 

「オレの気持ちに嘘は無ぇ!!初めて会った時から好きだ!!この気持ちは負けてねぇ!!

シンヤー!!オレと付き合ってくれー!!」

 

 

なんだ、結局さっきのシンヤ馬鹿がどうたらの続きか…。

 

「ツキさん、死ねば良いんですわ」

「お前には幻滅した…」

「はぁ!?お前らが言え言えって言ったんだろ!?オレだってミロと友達で居たいから言うの嫌だったんだぞ!?」

「シンヤは俺様のだああああ!!!」

「イテェ!!ミロ、この野郎!!やんのか!!一番最初にシンヤに目付けたのそもそもオレなんだからな!!オレの一目惚れ歴の方が長いんだぞ!!!」

「バーカバーカ!!ツキのバーカ!!」

「うっせー!!どんだけ喚こうがオレの方がシンヤを好きな期間が長いんだよ!!ミロは最初なんとなくで貰われただけだしな!!」

「違うもん!!俺様はシンヤが好きになったから貰われたんだ!シンヤも俺様が好きになったから貰ってくれたに決まってる!!」

「その後、捨てられただろ!!」

「あああああああ、うるさいぃいいい!!!!」

 

ミロと取っ組み合いの喧嘩を始めたブラッキー。

ミュウツーがうるさいと文句を言いながら部屋を出て行った。耐えかねたらしい。

 

「シンヤを一番好きなのは俺様だぁあああ!!」

「オレの好き度合いが分からない癖にそんな事言うなー!!オレの好きの方が勝ってる可能性だってあるだろうがー!!」

「無い!!!絶対に無いぃいい!!」

 

う、うるさい…!!

低レベルな争いを見守っているとミミロップが再びブラッキーを蹴っ飛ばした。

 

「蹴るなよ!!」

「お前!!フィーの事好きって言ったじゃねぇかよ!!!」

「…は?」

 

ビシ、とミミロップに指を差されてブラッキーが眉を寄せる。

 

「言っただろ!?」

「言ったよ」

「それなのに何でシンヤに行くんだよ!!」

「いや、オレはみんな好きだけど…」

「あぁ!?」

「みんな好きだって。そん中でもシンヤが特別好きで、考えてみたらシンヤ以外のトレーナーは考えられねぇなぁって…」

「トレーナーな。トレーナーの入れ替えは無しな」

「当然だろ」

「じゃあ、メンバーは?ワタシ達の入れ替えは誰なら有りで誰なら無し?」

 

ほらほら!!と急かすように手を動かしたミミロップ。

周りの連中を見渡したブラッキーはヘラリと笑った。

 

「いや、メンバーも入れ替え無しが良いよ」

「…」

「みんな好き」

「…じゃあ、シンヤとメンバーどっちかしか選べないとしたら」

「シンヤ」

「……」

 

ミミロップが大きな溜息を吐いた。

 

「結局、揃いも揃ってシンヤ馬鹿…」

 

お前ら、一体何の話をしてるんだ。

懐き自慢大会か。凄く懐かれてるのはひしひしと感じたからもうそろそろ静かにしてほしい。

 

「じゃあ、」

「まだあんの?」

「シンヤとフィーだったら」

「シンヤだよ、当たり前だろ」

「…お前、マジ…クソ野郎だわ…!!」

 

ミミロップが足を振り上げた。

ブラッキーが「げ」と声をあげた時、ミミロップの肩にエーフィが手を置いた。

 

「…」

「…フィー、」

「良いんです、私もどちらかをと言われたら…きっとシンヤさんを選びます」

「…」

「頑張ります」

「フィー…」

「まだ私も素直にはなれませんから、頑張ります」

「分かった…」

 

サーナイトがエーフィに飛び付いたのを見て私は首を傾げた。

結局、なんなんだ。

 

*



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49

 

「なんだこのカルテの書き方は!!」

「私もラッキーもちゃんと把握してるから大丈夫なんです!!」

「他の奴は分からないだろうが!!」

「他のジョーイも分かりますー、シンヤさんの理解力が足りないだけじゃないのかしらー」

「…あー、はいはい、私が悪かった。頭の出来が宜しくない出来そこないジョーイに完璧なカルテを求めた私が悪いんだ。他のジョーイはまだ有能なのに全くズイと来たら…」

「……オホホホホホ、言ってくれるじゃないですか~」

「ははは、どうしたんだ今の顔、凄く美人だぞジョーイ。般若みたいで」

「いやん、お世辞なんて良いのよぉ……」

「私は素直な男だから世辞なんて言わないぞジョーイ」

「「……」」

 

ガッ、とお互いの胸倉を掴みあったシンヤとジョーイを観察していたミュウツーがふむふむと頷いた。

慌ててラッキーが二人の間に割って入る。

それでもシンヤとジョーイは普段見れないような形相で睨み合っている。ミュウツーはこんなシンヤは貴重だな、と読みかけの本を閉じて腕を組んだ。

ことの始まりは、宿泊部屋でサーナイト達があまりにもうるさいのでミュウツーに続いてシンヤも部屋を出たことだった。

部屋ではいまだギャーギャーと言い争いが続いている。主にブラッキーVSミロカロスだが、それに野次を飛ばすサーナイトとミミロップもうるさい。

やれやれと部屋を出たシンヤは外でばったりとジョーイと遭遇。

ポケモンセンター内なので当然と言えば当然。ニッコリと笑みを浮かべたズイのジョーイが仕事を手伝えとシンヤの肩を痛いくらい掴んだ。

渋々手伝いを了承し、仕事を片付けていればシンヤはシンヤでジョーイの仕事に姑のごとくケチを付け始める。それにジョーイが言い返せば誰もが視線を逸らしてポケモンセンターから逃げだして行く。

ポケモンセンターで殴り合いになりそうな勢いをラッキーが数匹掛かりで止めた。

そんな光景をミュウツーはただ腕を組んで眺めていたのだった。ミュウツーはとても愉快な気分である。

 

「今日という今日はそのムカツク綺麗な顔面をブーバー面にしてやるぅうううう!!」

「誰か―助けてー、メスのドゴームが襲い掛かって来たー」

「コノヤロォオオオ!!!」

 

ジョーイがシンヤに殴りかかる。

ラッキーが慌ててジョーイの腕を掴んだ時、ポケモンセンターにトレーナーが一人駆け込んできた。

 

「ジョーイさん!!助けてください!!」

 

急患だ。

ぐったりとしたパチリスを抱えたトレーナーを見てジョーイはすぐにラッキーに担架をと指示を出す。

シンヤはトレーナーからパチリスを受け取り、小さく頷いた。

 

「あれだな」

「あれですね、すぐに用意します」

 

あれ、とはなんだ。

シンヤとジョーイは目を合わせ、あれだのそれだのと言葉を交わしていた。

 

「ジョーイ」

「はい、分かりました」

「あと、あれもな」

「はい」

 

数十分後、元気になったらしいパチリスはトレーナーと共にポケモンセンターを出て行った。

 

「シンヤさん、あれ何処に置いたんです?」

「あのさっきのやつと一緒に置いてる」

「ああ、はいはい…」

 

後片付けも二人でテキパキとこなしている姿を見てミュウツーはふむふむとまた一人頷いた。

 

「これ洗っとけって言っただろ!!」

「今、こっちやってるんです!!」

「仕事が遅い!!」

「私の手は二本しか無いんです!!」

 

*

 

仕事を終わらせソファで本を読むミュウツーの所へシンヤがやって来た。

ああ、疲れた。とソファへ座ったシンヤを見てミュウツーが言う。

 

「ジョーイと仲が良いな」

「……何処がだ」

「あそこまでお前と息が合う人間なんて他に居ないんじゃないのか?」

「…は?」

 

何処が、何が、と嫌そうに顔を歪めたシンヤを見てミュウツーは笑った。

 

「喧嘩するほど仲が良い、という言葉を実際に見たのは初めてだった」

「私はジョーイが嫌いだ。それもズイのジョーイが特にな!!」

 

ぷんぷん!とても不愉快だ!と言わんばかりに怒るシンヤを見てミュウツーは「ぶふっ」と思わず噴き出した。

シンヤは急に笑い出したミュウツーに驚いて固まる。

 

「な、何が可笑しい…」

「別に」

 

肩を震わせているミュウツーを見てシンヤは眉間に皺を寄せた。

何なんだ、とシンヤが首を傾げた所で後ろから大きな声で名前を呼ばれた。その声に「あぁん!?」と普段出ないような返事をしたシンヤにミュウツーは更に笑う。

 

「シンヤさーん!!」

「もう私の仕事は終わりだ!!」

「そんなの誰が決めたんですか、これ片付けといてください」

 

ドサドサとテーブルに置かれた紙の束を見てシンヤが顔を歪める。

あとよろしく、とジョーイは冷ややかな声で告げて去って行った。

 

「ミミローを呼んでこないと駄目だ…、でも部屋に戻れば余計な連中もついて来る…」

「何をぶつぶつ言ってる」

「…あ!!………ツー、お前は出来る子だよな?」

「……は?」

「な!!」

「……は?」

 

*

 

ツーが出来る子で良かった。

生まれて来てくれてありがとう、ミュウの遺伝子万歳!!

シンヤが両手をあげて喜んでいる横でミュウツーはパパパッと積み重なった書類を片付けていく。

一度覚えれば後は速い。

手は二本、その両手が塞がっていてもサイコキネシスで書類は空中を移動し、ポンポンとリズミカルに押すべき場所に判子が押されていく。

その書類をシンヤが確認してサインを入れていく、完璧だった。

ものの数十分でジョーイに押し付けられた仕事を終えたシンヤはミュウツーの頭をよしよしと撫でる。

 

「やめろ」

「ミミロー3人分くらいの働きを数分でマスターするなんてお前は本当に凄い!!」

「見たままを実行したまでだ」

 

良い子良い子と頭を撫でられミュウツーは「やめろ」と口を尖らせるもののシンヤの手を振り払うことをしない辺り、ミュウツーもかなりのシンヤ馬鹿になりつつあった。

 

「おやつ作ってやろうか?」

「子供扱いするな」

「いや、うちの連中のご褒美は基本おやつだ」

「………幼児の集まりだな…」

「いや、むしろお前はまだ幼児の部類だろ」

「幼児じゃない」

「世間知らずの癖に」

「……」

 

昔の私みたいだ、とシンヤはミュウツーの頭を撫でた。

不満気に口を尖らせたミュウツーは黙り込む。

 

「ミロカロスなんて私より大分年上だからな」

「老体か?」

「ポケモンの寿命はまだ解明されてないからなんとも言えないが…、ディアルガとパルキアは更に年上でまだまだ若いぞ」

「私はどれくらい生きられるだろうな…」

「……長生きしてくれ」

「……」

「私が寂しくなるだろ」

「…努力しよう」

 

努力してどうにかなるのか、とシンヤが笑えばミュウツーも笑った。

 

ミュウツーと二人でのんびりと読書をしているとボロボロと泣きながらミロカロスがやって来た。

それを見てシンヤは顔を歪ませる。

 

「かたい~」

 

なにが?と問うたミュウツーにシンヤがブラッキーかなと返事を返す。

 

「半端なくかたい~…ありえない~」

「まあ、そう育ててあるからな」

 

お前もそこそこだぞ、とは言わずにシンヤは苦笑いを浮かべた。

 

「隣座れ、おやつやるから」

「ん、」

 

はい、とシンヤに手渡されたクッキーを齧るミロカロスを見てミュウツーが「幼児か」と吐き捨てた。

がりがりとミロカロスがクッキーを齧っていると「シンヤ!!」と怒鳴り声。

 

「オレにもくれよ!!」

「ツキ、お前も良いから座れ」

「おやつ!!!」

「やるから」

「よぉっしゃぁあああああ!!おやつぅううう!!」

 

口いっぱいにクッキーを頬張るブラッキーを見てミュウツーが口元を引き攣らせた。

 

「仲直りしたか?」

「…」

「むーお、ほぉおー」

 

何言ってるか分からん。

 

「お前たち普段は仲良いだろ、もう喧嘩するな」

「でもぉ!!」

「んーむぐっ、だってさぁ!!」

「まだ喧嘩するなら私は二人とも嫌いになる」

「「ごめんなさい」」

 

すみませんでした、と揃って頭を下げるミロカロスとブラッキーを見てミュウツーが「幼稚園か」と吐き捨てた。

 

「うちの連中はみんな素直な良い子なんだ」

「保父か貴様は」

 

*

 

手持ちの連中を全員ボールに戻して一息。

狭く感じていた部屋はミュウツーと二人になったので随分と広い。

 

「…モンスターボールの中って意外と快適らしいな」

「なんだ急に」

「いや、言ってたから」

 

ミミローなんてゴージャスボールだから居心地良いよって笑ってたからな。

私も一人きりの空間でのんびりしたい。

 

「私もボールの中に入って楽に運ばれたい」

「そのボールを開けてくれる人間が居ないと密室に閉じ込められたままになると思うがな」

「…ああ」

 

そういえばそうだな、とぼんやりとルカリオの事を思い出した。勇者アーロンとルカリオはどうなったんだろう、そもそもあの時のルカリオは……。

 

――ゴン、

 

「……」

「……」

「……痛い」

「ポケモンが入れて人間が入れないこの仕組みに今更ながら疑問を抱いた」

 

ゴツゴツとモンスターボールを私の頭に押し付けてくるミュウツー。真剣な顔でそんな事言われても私が知るか。

お前、変なモンスターボール作ってただろうが。

 

「人型になったポケモンもボールに戻せない、というのもな…」

「どうでもいい」

 

ミュウツーの手からボールをひったくってカバンに戻す。

必要な物は全部入れた、補充する分の医療道具も補充した、よしと大きく膨らむカバンを叩いて頷いた。

明日、ちゃんとギラティナの所まで行けるだろうか…。

ギラティナと会った後、私はちゃんと説明出来るだろうか…。いや、そもそもちゃんと聞いてくれるかの方が問題だが…。

はあ、と小さく溜息を吐いた所で部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「シンヤ!!」

「…」

「…」

「酷いよ!!一人で逃げるなんて!!」

 

ヤマトだった。

半泣きで部屋に入ってくるなり私達の前で泣き崩れた。

 

「なんで僕がシンヤの結婚を心配しなきゃいけないのさ!!そんなの自分の結婚の心配したいよ!!」

「…」

 

またうるさいのが、と思ったのかミュウツーが腕を組んで壁にもたれかかった。

 

「シンヤのアホー!!」

「適当に逃げれば良いだろ」

「お母さんにそんな冷たい態度取れない」

 

いつミロちゃんと付き合っただのとうるさく聞いてくるヤマトを無視して、本を開く。

 

「無視すんな!!」

「うるさい。私に根掘り葉掘り聞くな」

「シンヤに聞かなきゃ誰が教えてくれるのさ!」

「知らなくていい」

「幼馴染だろ!親友だろ!」

「聞かないでくれるなら今度、珍しいポケモンを紹介してやる」

「え、ほんとぉ?じゃあ、良いけどさー!」

 

えへへ、と笑ったヤマト。

ミュウツーがポカンと口を開けてヤマトを凝視している姿は滑稽である。まあ、こういう単純な奴なんだ。

 

「そっちの人、シンヤの友達?初めて見るね」

「ツーだ」

「ツーさん?ツーくん?」

 

にこにことミュウツーに寄っていったヤマト。もうミロカロスとか母さんの事はいいらしい。

 

「僕、ヤマト。ポケモンレンジャーやってます。よろしくねー」

「…ああ」

「ツーさん、なんかシンヤに似てる」

「…そうか?」

「うん」

 

ミュウツーの手を握ってぶんぶんと無理やり握手をしたヤマト。今度、紹介しようと思った珍しいのがまさにソイツなんだけどな。まあ、今は黙っていよう。

 

「暫く遠出する予定で連絡付かないぞ」

「え!?め、珍しいポケモンの所に…!?」

「まあな」

「紹介してくれるんだよね!?楽しみにしてるからね!?」

「(向こうはヤマトの事知ってるけど…)わかった」

「やっほーい!!!」

 

両手をあげて喜ぶヤマトを物珍しそうに観察するミュウツー。

さて、予定通り何事もなくギラティナに会えるだろうか…。

ディアルガとパルキアの奴ら、まだ喧嘩してて…また倒れるなんて事にならないといいけどな…。影響って怖い。

 

「ツーさん、シンヤと何処で知り合ったの?」

「……その辺で」

「適当な返しだなー!シンヤの友達っぽいー!」

 

ヤマトは私の知り合いが人の姿をしたポケモンだって疑わないよな。やっぱり頭が悪いのだろうか…。

 

*

 

 

侵入者が居る…!

ちょろちょろと鬱陶しい人間が…!

シンヤの家を隠さないと、あの家だけは調べさせるわけにはいかない…。

 

ああ、でも、ディアルガとパルキアの奴らが暴れたせいで反転世界ぐっちゃぐちゃだし…。

なにやってんだよアイツら!

つーか、シンヤはなんともねぇのか?

無理やりねじ込まれたシンヤも少なからず影響受けてんじゃねぇかな…。

そこはディアルガとパルキアに任せるしかねぇからオレには分からない。

シンヤが無事なら良い。

 

無事なら良いんだけど…、

とりあえず、ディアルガの野郎とっ捕まえて話付けないと腹の虫が納まらねぇ。

あの爺!年甲斐もなく何暴れてんだ畜生!

 

「ギラァアア!!!」

 

*



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50

「というわけで、戻りの洞窟に出発進行ー」

「「「おー!!!!」」」

「シンヤ、すげぇ棒読み」

 

ミミロップが余計な事を言ったが気にしない。

ブラッキーにやってくれって言われて渋々やったんだから良いだろ。他の奴は楽しそうだから良いじゃないか。

ミュウツーを先頭にワラワラと洞窟へと入れば野生のポケモン達が驚いて逃げていく。

 

「すぐ着くかなー?」

「どーだろ。でも、ギラティナの奴も迎えに来てくれれば良いのになー」

「なー」

 

ミロカロスとブラッキーが顔を見合わせて笑った。もうすっかり仲直りしたらしい。

寄って来たゴーストやドーミラーにポケモンフードを与えつつミュウツーの後を追う。

ひたすら進む、進む、進む。

どれだけ歩いたか…。

ミュウツーが立ち止まって腕を組んだ所でサーナイトが不安げにミュウツーに声を掛けた。

 

「ツーさん、迷ってますの?」

「迷ったな」

 

ガーン。とミロカロスとブラッキーが声を揃えて言った。何で口で言うんだ。

 

「どーすんだよ、戻る?」

「戻ってやり直しましょうか」

「どの部屋を通ったか覚えてないと駄目ですね…」

 

うんうん、と悩むミミロップ、エーフィ、トゲキッス。

私の周りにはルナトーン、ソルロックがうじゃうじゃいる。なんかいっぱい寄って来た。

 

「主…、集めるのは良くない」

「別に集めたわけじゃないんだが…」

 

これはこれで可愛いから良いじゃないか、とポケモンフードを撒く。多分、これが原因だろうけど。攻撃されるより良いからな。可愛いし。

 

「よっしゃー、月光軍隊長ブラッキー様について来やがれルナトーン諸君ー!!」

「「「ルナー」」」

「エーフィ、太陽軍隊長な」

「何遊んでるんですか、やめなさい」

 

シンヤさんもやめなさい。とエーフィに怒られた。

ソルロック、くるくる回したら凄い光る。楽しい。

 

「俺様も回す」

「こいつは右利きらしいから右回りの方がよく回るぞ」

「へー!」

 

*

 

一旦、洞窟の外へ戻る。

ミュウツーでもダメだったな、と零せばミュウツーに睨まれた。

 

「おかえりー」

「「「「!?」」」」

 

洞窟の外で待っていたのは人の姿をしたパルキア。

 

「ここに入るの察知したから待ってたんだよ」

「パルキア!お前!話は色々とあるぞ!」

「聞くよ、聞く聞く」

 

でも、その前に。とパルキアは何処から出したのか籠に入った花束をミロカロスに渡した。

 

「ミロちゃんにグラシデアの花束!」

「いらない」

「!?」

 

あげる、とミロカロスからサーナイトに渡された花束。サーナイトは「ありがとうございますわー」と喜んでいたがパルキアは凄く落ち込んでいる。

何しに来たお前。

 

「とりあえず、話をしようか」

「…はい」

 

*

 

「実はオレとディアルガの喧嘩で反転世界ぐちゃぐちゃになっちまったみたいでさー、ギラティナ激おこ!」

 

激おこ!ってなんだ。

テヘ、と笑ったパルキアを私を含めて皆が冷めた目で見つめた。

 

「すげぇ怒っててディアルガ追っかけ回してるっぽい。色んな所隠したり塞いだりしてるからこの道は今通れないんだよ」

「なんだ、ミュウツーが迷ったわけじゃなかったのか」

「フン」

 

ごめんな、と謝ってミュウツーの頭を撫でると横からミロカロスの頭突きが飛んで来て痛い。

 

「だから、シンヤに間に入ってもらって説得しようと思ってさ」

「土下座でもして謝れば良いだろ」

「なんであのガキんちょに土下座しなきゃいけないんだよ、ヤだよ」

 

コイツらめんどくさいな。

そもそもパルキアからギラティナに対して申し訳ないという気持ちが伝わって来ない。反省ゼロか。

 

「シンヤが言えば一発だろ?ちょっと機嫌直せって言ってやってよ」

「ギラティナの機嫌を直しても私の機嫌は直らないぞ、パルキア」

「え?なんか怒ってんの?」

 

首を傾げたパルキアの言葉にひくりと口元が引き攣ったのが分かった。

反省ゼロだな!

 

「私のことで喧嘩してたんじゃないのか?」

「ああ、そうだな…」

「その時、私のことを忘れて放りだしただろう?」

「あ、ああー…、あれは何か…ごめんね?」

 

あはは、と苦笑いを零すパルキア。

笑い事じゃない、とミロカロスが怒って睨めばパルキアはすみませんと頭を下げた。

 

「その事に関しては謝罪だけで許してやろう」

「おー」

「ただ、お前とディアルガの喧嘩で私が死にかけた事についてはどうしてくれる?」

「……へ?」

「ぶっ倒れた」

「う、嘘ぉ?」

「こんな嘘を吐くか!」

 

私とパルキアの会話にミミロップが眉間に皺を寄せて、「どういうこと?」と疑問を口に出す。

 

「シンヤ、いつ倒れたの!?」

「今は黙ってろ」

 

私がそう言えばミミロップは口を閉じた。

パルキアが頭を抱えて「ヤバイ」と言葉を零した。

 

「そこまで酷いのか…、てことは管理してるオレらに何かあっても影響がシンヤに行くかも…」

「!」

「ギラティナとディアルガ止めないとマズイ…、オレら下手なこと出来ねぇ!」

 

*

 

とりあえず反転世界に行こう。

そのパルキアの言葉に納得いかないと口を尖らせるミロカロス達をボールに戻した。

後でちゃんと話す、と約束して…。

 

「反転世界にどうやって行くんだ?」

「無理やりこじ開けて入る、けどソレでシンヤに影響があるかは分からない」

「頭痛くらいですむなら構わないが…」

「ハッキリ言って予想外だ…。シンヤが死んだら世界が消えるって言ってた通り、シンヤに何かあったら世界に影響がある。そう思ってた」

「逆だった、って事だな」

 

ミュウツーの言葉にパルキアが頷く。

 

「人間の起こした些細な事なら問題ないと思う。ただ、オレら役割りを担うポケモンが起こした事に関してかなりの影響を受けるとなるとシンヤの寿命がごりごり削られていく…」

「私が死んだら世界は消えるって言うのは無しになるか?」

「消えるっていうより大きく歪む。オレが死ねば空間が不安定になると思うし、ディアルガが死ねば時が不安定になる。まあ、死んだことないからハッキリとは言えないけど影響は必ずある。シンヤはオレらの一部だ。同じく大きな影響は出る」

「シンヤだけお前達の起こした問題の代償を受け続けるのか。それはあまりにも酷だろう?シンヤが背負うには重すぎる」

「分かってる。いや、今、分かったことだから。バカやっちまったって思ってる。オレらのどっちがシンヤを所有するかとかそんなのじゃない。オレらは自分の半身とも言えるシンヤを守らないと…。空間も時も守れない…」

 

私はパルキア、ディアルガの半身になったのか?

なんかどんどん人間離れしていくな…。

 

「なんなんだ、結果的にお前達はシンヤをどうしたいんだ」

「いやぁ…ややこしいもん誕生させちゃったなぁと思ってるけど」

 

私もややこしいものにされたなぁと思ってる。

 

「シンヤを創ったのか…?」

「まあ、創ったっていうと創ったね。一から」

「…自分が何故こんなにもシンヤに肩を持つのか分かった気がする」

「?」

「私は何があってもシンヤを庇護する。そしてシンヤを創ったというお前達にも責任を持ち協力してもらうぞ…!」

「わ、分かってるよ…!シンヤはちゃんと守るよ!」

 

シンヤ、安心しろ無駄に死なせる真似はさせない!と何故かミュウツーが意気込んでいる。

よく分からんが強力な味方がついた。

コイツ、マジでこわい。とパルキアがミュウツーに怯えている姿が面白いので笑っておくことにしよう。

 

じゃあ、反転世界行くぞ!と言ったパルキアに「おー」と返事を返したらミュウツーに怒られた。

あそこ無理やり入るの難しいんだよな、とパルキアが文句を言っている時に空からズシンとディアルガが降って来た。

 

「おお」

「…」

「お前ー!!」

 

ポケモンの姿から人の姿へと変わったディアルガが眉間に皺を寄せて深い息を吐いた。

 

「ギラティナの奴、かなり怒ってるぞ…。めんどくさい」

「ディアルガ!大変な事になった!すぐにギラティナと話をしねぇと!」

「アイツなら反転世界に閉じ込めておいた。あそこで一生ループしてれば良い」

 

何をやったんだ、ギラティナ。ディアルガ怒ってるぞ。

不機嫌なディアルガにパルキアが掴みかかる勢いで迫る。鬱陶しかったのかグーパンチで距離をとられていたが。

 

「シンヤの事なんだけど!」

「?」

 

騒がしく説明するパルキア。途中、唾が飛んだのかディアルガが眉間に皺を寄せたが事情を把握した途端、ディアルガは顔色を悪くした。

 

「ギラティナが下手に暴れる前に回収しないとマズイな」

「お前が怒らせたんだろ!」

「アイツが先に攻撃して来たんだ!」

「それはオレらが暴れて反転世界めちゃくちゃにしたからだろ!」

「じゃあ、お前が謝って来い」

「ディアルガが行けよ!オレはアイツに頭下げんの嫌だ!」

「俺はもっと嫌だ」

「なっ!?なら、オレはもっともっと嫌だ!」

「もっともっともっと嫌だ」

「!?、もっともっともっともっと嫌だ!」

 

相変わらずの漫才だな。

隣で聞いていたミュウツーが「いい加減にしろ」と苛立ったように止めた。

 

「なんにせよ、喧嘩は止めだ」

「おう」

「アルセウスを叩き起こすことも考えよう」

「お、おう…」

「お前が起こせ」

「嫌だ!」

「俺も嫌だ」

「オレの方が嫌だ!」

「いい加減にしろ!!!」

 

トリオ漫才か?

ギラティナが暴れる前に止めるんだろ!ここで馬鹿な会話をしている場合じゃないだろう!とミュウツーに本気で説教される神二体。

情けない。こんな奴らに任せていて大丈夫なのだろうか…。

 

「さっさと反転世界へ行くぞ!道を作れ!」

「はい!」

 

ビシとパルキアが敬礼した。

ミュウツーがそんなに怖いのか…。

不満気なディアルガの背を押したところでズキンと頭の左側に痛みが走る。

ズキン、ズキン、………。

あ、これ危ない奴じゃないか?と思った瞬間、ギラティナの苦しむ声が頭に響く。

目の前のディアルガの背を皺になるほど握った。痛い、痛い、痛い…!

 

「シンヤ…?」

 

ぐるぐるぐる、目の前が回る。

痛い、苦しい、気持ち悪い…!

 

「ぅぐ、っ…」

 

我慢出来ずに胃の中のものを吐き出した。

 

「シンヤ!!」

「急に何だ!?」

「ギラティナが暴れてるんじゃねぇか!?」

「俺が見てくる!!パルキア、お前はシンヤを移動させろ!!」

「わ、わかった!」

 

*



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51

反転世界を狙う男、ゼロ。

男はギラティナの力をコピーして反転世界を自由に出入りし、反転世界を我が物にしようとしていた。

そこに居合わせたサトシ達の強力でゼロの野望を阻止する事は出来たが…。

捕えられたギラティナは一時、瀕死になり。

反転世界から現実世界を攻撃するという暴挙に出たゼロの行動にどちらの世界も大きな被害を受けた。

 

ギラティナの受けた痛み、苦しみ。

世界の受けた痛手。

 

離れた場所に居るシンヤにその反動が起こっている事をギラティナは知らなかった。

ディアルガの気配を察知して、空高く飛んだギラティナはディアルガの姿を見付けて怒りを込めて睨み付ける。

お前のせいで余計な事に巻き込まれた。

 

「ギラティナ、ついて来い」

「あぁん?その前に言うことあるだろうが!時間ループさせやがってクソが!」

「シンヤのことだ」

「!!!、…なんかあったのか!?」

 

*

 

一方、ギラティナが捕えられサトシ達がまだ奮闘している頃。

パルキアの空間内に移動したシンヤとミュウツー。

とても自分だけの手には負えないとシンヤのカバンからボールを取り出してミュウツーは他のポケモン達を外に出す。

 

「反転世界、着いた?」

「いや、マズイ事になった…」

「何かありましたの?」

「人間の治療は出来るか?」

 

ミュウツーの言葉にサーナイトは首を横に振る。

 

「ワタシは大体診れるけど…、治療はシンヤが専門だからそこまで出来ない」

「大体診れるなら診てくれ。私は医療知識はほぼ無い」

「人間を診るって…、まさかだよな?」

「そのまさかだ」

 

え?え?とミロカロスがキョロキョロと辺りを見渡した。

真っ白な空間、パルキアの傍で横になっているシンヤを見てミロカロス達は慌ててシンヤの傍へ駆け寄った。

 

「シンヤ!!シンヤ、なんで!シンヤ!!」

 

脂汗を浮かべ、荒く呼吸をするシンヤ。

 

「気を失う前に頭痛が酷かったのか嘔吐した…」

「頭痛?偏頭痛持ちなんて聞いたことないけど…。サナ、シンヤのカバン持って来て!」

「分かりましたわ!」

 

テキパキと指示を出すミミロップ。

えーっと、シンヤなら次はどうする。とぶつぶつと呟きながらも手はしっかりと動かしている。

 

「シンヤどうしたの!?なんでしんどそうなの!!」

 

ねえ、とパルキアに詰め寄ったミロカロス。

パルキアはもごもごと口籠る。

 

「この状況では仕方が無い。シンヤは自分で説明すると言っていたが私達の方で説明しよう…」

「そうだな…仕方無いよな…」

「落ち着いて聞いてくれ」

 

ミュウツーの言葉にミミロップが頷いた。

シンヤがこの世界に馴染み過ぎた事、人として生きられなくなった事、世界で起きた物事の影響を受けてしまう事、そしてシンヤが死んだ時この世界に大きな歪みが起こるであろう事をミュウツーとパルキアは説明した。

説明を受けたミミロップはポカンと放心状態。

言ってる意味が分からないとボソリと呟いた。

 

「全て事実!ノンフィクション!」

「黙れ、バカ!」

 

ビシリと指差されたパルキアがガクンと項垂れた。

 

「そんなのシンヤに負担掛かりすぎじゃん!このバカは責任取ってくれんの!?」

「取らせるからそこは問題無い」

「え…、取るけど…、なんか…いや、取るけど…」

 

元はと言えばお前らがやれって言ったんじゃん…とぶつぶつと文句を言うパルキア。ミロカロスが居る手前、大きな声では言わない。

 

「っ、ぅ、がはっ…!」

「血ぃ吐いたぁあああ!!!」

 

いやぁああああ!と横に座っていたらしいブラッキーが悲鳴をあげる。

ごほごほ、と咽るシンヤを見てミミロップが慌ててシンヤの体を横に寝かせる。

 

「ヨル!すぐに毛布で全身包んで!氷嚢欲しいからミロカロス!水をすぐにふぶきで凍らせろ!」

 

胸部冷やして、気道確保して…。ぶつぶつと再び呟きだしたミミロップの表情に余裕は無い。

シンヤの背を擦るトゲキッスは半泣きでそれを見ているチルタリスも今にも泣き出しそうだ。

 

「今のこの状況をどうにか出来ないんですか!?」

 

エーフィにそう言われたパルキアが「無理!」と即答した。エーフィは容赦なくパルキアにビンタを食らわせた。

 

「おおう…、うちのフィーちゃんがごめん…」

「役立たず!!」

「オレが何したってんだよ畜生ー!!」

「何もしてないから怒ってるんですよ!!」

「…っ!?…気の強い子も良いな…ぐっとキタ…!!」

「~~~~っ!!」

 

エーフィのグーパンチがパルキアに飛ぶ。

不安で苛立つのは分かるけど!グーはやめてあげて!とブラッキーが必死にエーフィを止めるもパルキアは容赦なく殴られる。

 

「シンヤさんが死んでしまったらっ、どうしてくれるんですか!!」

「それはこっちも困るんだよなぁ…。かといってどうすれば状況が良くなるかも分からない…」

 

だって、オレはギラティナみたいに世界の状況把握出来ないんだもん。と頬を膨らませたパルキアにエーフィは再び殴りかかる。

ブラッキーがエーフィを羽交い締めにして止めた時、サマヨールが焦ったようにミミロップを呼んだ。

 

「ミミロー…!!」

「な、何!?」

「主が左目を押さえてる…」

「え、何!?シンヤ?目、痛いの?どうした!?」

「ギラティナ…が、…」

 

苦しげにシンヤがそう呟いた時。ミミロップ達には把握出来ないがギラティナは瀕死の状態であった。

シンヤの左目にはまるで反転世界から様子を見るようにギラティナの倒れる姿、集まるポケモン達にサトシ達の姿を確認していた。

ディアルガもパルキアもギラティナも普通のポケモンとは違う世界の一部。世界を安定させる役割りを担うポケモン。

その一体、ギラティナの瀕死はシンヤに影響を与えるものだった。

 

苦しい、痛い、死にたくない。

 

ギラティナの声が聞こえる、シンヤ、シンヤと自分の名前を呼ぶギラティナの声にシンヤは涙を流した。

勿論、そのシンヤの心情が分かるわけもないミミロップは涙が出るほど痛いのだと思って慌てだす。

 

今すぐそこに行って、助けてやりたい。

ギラティナ、死ぬな…。

 

頭痛が酷過ぎて吐き気もする中でシンヤは思った。涙を流しながら願った、死ぬなギラティナ。

この時、シンヤは死がとても恐ろしいものだと実感した。

自らも体験して、今まで治療に携わったポケモンを全て助けられたわけじゃかった。そして一生、死ぬ事が出来ないかもしれない恐怖に震えたが……。

親しい者の死を目の当たりにするのはそれ以上に恐ろしかった。

 

見たくない、もう見たくない。助けられないのなら見たくない!

 

 

――パン、と弾ける音がした。

 

 

*

 

結果的にギラティナは助かった。

シェイミが咄嗟に放った技、アロマセラピーでギラティナが回復したとサトシ達は喜んだ。

……だが、ギラティナを回復させるのに払った代償は違った…。

アロマセラピーは状態異常を治す技で回復技ではない。

 

パルキアの空間内でパンと弾ける音が聞こえた。

驚いたミミロップがシンヤを見れば、シンヤの左目が破裂して血が溢れ出している。

 

「!?!?」

 

シンヤは左目を代償に支払った。無意識での行動だが、技で言うと「いやしのねがい」に近いものがあった。

自分の主人であるシンヤの左目が潰れている、その状況にミミロップは酷くうろたえ涙を流し震えたがシンヤは小さく笑みを浮かべそのまま気を失った。

 

*

 

シンヤの意識が再び無くなった。

左目が潰れているという事に気付き一番慌てたのはパルキアだった。

 

「ヤバイ!シンヤのこの怪我で歪みが起きるかもしれない!五体満足、健康状態で居てもらわないと…ヤバイって!!」

「そ、そんな事言われたって…!!完全に潰れてるんじゃどうしようも…!!」

 

「俺様の目をシンヤにあげて!!」

 

ミミロップの震える腕を掴んだのはミロカロス。

ミロカロスにはパルキアが言う世界の歪みだとかそんなことはどうでもいい。ただシンヤの身体の一部が欠ける、それだけが嫌だった。

シンヤが良ければそれでいい、シンヤが無事ならそれでいいから。

 

「俺様の目をシンヤにあげて!!」

「でも、そんなの…」

「移植手術をここでしろって言うんですの!?」

「抉っても良いから!!」

「良いわけあるかぁ!!それにお前、隻眼になるぞ!?」

「ヨルとお揃いだろ!!分かってるよ!!早く!!」

 

いや、確かに結果的にはそうだろうけど…と口籠るミミロップの肩を揺する。はやくはやく、と。

 

「む、無理!!ワタシにそんな技術無い!!視神経繋ぐなんて真似出来ねぇ!!下手に繋げて腐らせるなんて余計リスク高いし…」

「俺様がアクアリングで回復させるから!!」

「……」

 

なるほど、とミミロップは思った。

無理やりな馬鹿発想でも通せば筋になるかもしれない、ミミロップは一瞬血迷った。

普段ならここで冷静になって切り捨てるがミミロップは錯乱していたし、他の奴ならどうでもいいがシンヤが片目で生活することになるのは嫌だった。

シンヤは、自分の主人は何に置いても完璧でなくてはならないのだ。理想を押し付けてはいるがシンヤはこれを裏切ったことは無い。これからも裏切って欲しくない。

 

「やろう…」

「しょ、正気ですの!?」

「ツー…お前、医療知識無くても人体構造の把握は出来てるよな?緻密な作業はワタシより上手いはずだろ…」

「……ああ」

「よし、ワタシが指示出す。ワタシは震えてメス握れないからツーが執刀しろ」

 

ミミロップの手はガクガクと震えていた。でもその本気の目にサーナイトは言葉を飲み込んだ。

 

「パルキア、シンヤの周りを無菌室にしたいから別の空間創って」

「ああ、任せろ!」

「ミロのアクアリングだけじゃ不安だから、フィーとツキも回復技で補助して…。

チルはしんぴのまもり、キッスはにほんばれで補助な…。ヨルとサナにはワタシとツーについて手伝ってもらう。

もし、最悪の場合があったら…。ワタシがいやしのねがい使ってぶっ倒れるからよろしく」

 

よし、やるぞ…と呟いたミミロップに皆が頷いて返した。

ワタシは出来る、よく思い出せ、今まで読んだ本の数々、シンヤが執刀した手術は全部見て手伝って来た。ツーは知識は無いが腕はある、ワタシが的確に指示を出せればやってくれる…。

大きく息を吐いたミミロップはキッとシンヤを見据えた。

 

「ミロの左目に麻酔を打って効いてくる間、シンヤの左目の処置を行う!」

 

*

 

ハッキリ言って一か八かだった。

シンヤが左目を失った事について世界に歪みが起こるのかも定かではない、それでも、シンヤを隻眼にするわけにはいかないという主人へのポケモンたちの愛ゆえだった。

自分達は傷付いても良い、何処が欠けたって良い、でも主人であるシンヤだけはそうであってほしくない。

メスを握るミュウツーの額の汗をサーナイトが拭った。

見落としてなるものかと大きな目でミュウツーの手元を見るミミロップが的確に細かく指示を出す。

 

「よし、そこを繋ぐ。ヨル、ライトこっち」

「わかった」

「大丈夫だ…。上手くいってる…、回復も間に合ってる、視神経もちゃんと繋がって機能するはずだ…」

 

シンヤの左目にはミロカロスの左目が移植された。

ミロカロスの左目はぽっかりと穴が開いたがそこには後日、ミミロップが義眼を入れることになる。

そしてシンヤの左目はミロカロスの右目と同じ色になった。同じ赤色。

麻酔でぼんやりするミロカロスにミミロップは泣きそうな顔で笑った。

 

「出来たよ。これで視力があれば完璧」

「大丈夫だと良いなぁ…」

「そうだな」

 

へらりと笑ったミロカロスの頭を撫でたミミロップは堪え切れず泣きだした。

緊張の糸が切れたのかぼろぼろと、

ミミロップが泣きだした事に釣られて、耐えていた連中もぼろぼろと泣きだした。

 

「シンヤ、元気になると良いなぁ…」

「そぅだな、っ」

 

パルキアもミュウツーも泣きだした面々を見て安心して泣いているのだと微笑んだが、それは違う。

この涙は安堵でもあったが敬意を含んだ畏怖の念を抱いたものから出た涙であった。

 

コイツは、ミロカロスは凄い。と…。

 

ここに居る連中でシンヤの左目が潰れたという事実に恐怖を抱かなかった者は居ないだろう。恐れ、絶望した。

でも、咄嗟に自分の目を、と言葉が出たかと言うとそれは出なかった。実際、ミミロップの脳裏には本物と違わない義眼を用意する事が過っていた。

 

きっとミロカロスはシンヤの欠けた部位が何処であれ一番に躊躇なく発言しただろう。

そのミロカロスの行動にミミロップは涙を流した。そして心から尊敬した。

 

*

 

暫く経った頃、ディアルガがギラティナを連れて戻ってきた。

左目に包帯を巻いたミロカロスとシンヤを見てギラティナは泣きそうに顔を歪めた。

道中、ディアルガから説明を受けたギラティナは眠るシンヤの手を握って俯いた。

 

「シンヤ…っ」

 

死ぬんだ、と思った時によぎった唯一の人。

シンヤの声が聞こえた気がした、と思っていたが気のせいなんかじゃなかった。

オレの代わりに…左目を潰したんだ…!!

長く生きたギラティナの直感だった。そして、その左目が欠けていない事が震えるほど嬉しくて堪らなくなった。

 

「ごめんな…シンヤっ、オレがこの世界に生まれて来る案を出さなかったらこんな事に巻き込まなかった…!!本当にごめんな…、それは謝る。でも、間違ったことはしてない。これで良かった…。結果的にシンヤを苦しめる事になるかもしれないけど、オレは後悔してない!!

必ずお前を、守るから…っ」

 

永久にこの世界を見守り、安定させ続けるから…。

ぎゅ、とギラティナがシンヤの手を握った時。シンヤの右目がゆっくりと開く。

 

「シンヤ…!」

「ギラティナ…、無事で良かった…」

「…っ、!!」

 

世界が安定してシンヤの体調もすっかり良くなった。回復技を受けていたことによって痛みも損傷も無い。

体を起こしたシンヤは左目が塞がれていることに首を傾げた。

 

「なんだこれは?」

「あー…うん、びっくりすると思うけど、シンヤの左目が潰れてさ」

「…ああ、」

 

あの音、潰れた音か。とシンヤは一人納得した。

 

「ミロの左目を移植したんだ」

「…は?」

「俺様の目、シンヤにあげといたよ!」

 

へらへらと笑うミロカロスもまた左目に包帯を巻いていた。

驚き過ぎて言葉が出て来ない。こういう時、何を言えば良いのかと考えるがやっぱり言葉は浮かんで来なかった。

 

「緊急事態だったからな、事情も私達で説明した」

「…そう、か」

 

やっと出た言葉。

知ってしまったのか、驚いただろうな。何を思っただろう。

 

「シンヤは大丈夫なの…?ワタシは、まだ信じられない…」

「…」

「俺様、別に良いよ!!シンヤ、ずっとここに居るし!!」

「…っだぁ!!お前は分かってねぇんだよ!!事の重大さが!!」

「なんで?シンヤもう消えたりしないんだろ?」

「それはそうだけど、そういう問題じゃなくなったの!!」

「なんで?」

 

ミミロップの言葉にミロカロスは首を傾げる。

シンヤが何処にも行かないなら良いじゃん、とミロカロスは笑った。

 

「私は大丈夫だ」

「シンヤ…」

「もう逃げない、頑張るって決めたからな」

 

大丈夫だ、ともう一度言って笑ったシンヤを見てミミロップは眉を寄せた。

でも、と呟いた言葉の続きはぐっと飲み込んだ。

ワタシ達が死んだ後、どうするの?そんな言葉はとても口に出せなかった。

きっと寂しい。

みんな、死んで…一人になってしまう。バカでも分かる、それがどんなに辛くて寂しいことなのか。

普通には生きられない。年を取らない人間が平凡に生きていけるわけがない。

ディアルガ、パルキア、ギラティナは約束通りシンヤを守り続けるだろう。世界を安定させる為、シンヤを苦しめないように世界を見守りシンヤを生かし続ける。

ワタシ達は違うんだよ、という言葉が出そうになりミミロップは唇を噛み締めた。

 

「シンヤが、それを受け入れるなら俺も受け入れます…。俺の命尽きるまでシンヤの傍に居ます…!」

 

トゲキッスが泣きながら言った。

それにシンヤは「ありがとう」と笑って返した。

あまりにも痛々しい。

自分達が尽くせば尽くす程、シンヤは孤独になるんじゃないか。シンヤは一人で本当に耐え切れるのだろうか。

なんと言葉を掛ければシンヤは安心するのか、考えてみたって答えは出て来ない。

自分達も永久に生きさせて、と言ったってディアルガは首を縦に振らないだろう。そんなこと分かってる。そんなこと当然だ。自分がディアルガの立場なら頷かない。

不可能なものは不可能なのだ。

ぼろぼろと泣く自分達を見てシンヤは何と思うだろう。悔しい、悔しい、と誰もが口を閉ざした。

でも…、

ミロカロスだけは笑ってシンヤの手を握った。

 

「シンヤ!!ずっとここに居てね!!約束だからね!!」

「…ああ、約束したもんな」

「うん。した!!俺様、死んじゃった後もシンヤと一緒に居たいなぁって思う!!」

「…嬉しいよ」

「ほんと!?じゃあ、俺様が死んじゃった後に寂しくなったら鏡を見てね!!俺様、シンヤの左目にずっと居るからね!!!」

「!」

「寂しくないよ!!」

 

ずっと一緒だよ、とシンヤに抱き付いたミロカロスをシンヤが震える手で抱きしめ返した。

ぽろり、とシンヤの目から涙が零れ落ちる。

 

 

「ありがとう、ミロカロス…っ、」

 

 

やっぱりコイツにだけは敵わない、ミミロップ達は笑みを浮かべた。

 

 

*



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52

「おかえり、シンヤ!!」

 

ギラティナの反転世界、懐かしの家を見上げたところでギラティナが飛びついて来る。

やっとここに戻って来た。

ずっと放置だった家の中が不安だ。ギラティナが掃除なんて器用な真似出来るはずもないし…。

 

「まずは掃除だろうな…」

「んー?いや、そこは大丈夫。ずっと住んでる奴らが居るから綺麗だと思うぜ?」

 

ギラティナの言葉にミミロップが「は?」と間抜けな声を漏らした。

玄関の扉を開ければ顔面に生温かい物体が飛んで来た。ぷにぷにしているその物体を鷲掴み引き剥がせばピンク色の耳なのか触角なのかがぴょこぴょこ動いていた。

 

「エムリット…」

< おっす! >

 

おやつくれ!と小さな手をあげたエムリットを見て苦笑いが零れる。

 

< シンヤさん、おかえりなさい >

「ただいま、ユクシー。待たせたな」

< 我達にはあっという間です >

「そうか」

 

エムリットとユクシーを両手に抱えたところで出遅れたらしいアグノムが口を尖らせてこちらを見ていた。あいつ、また半泣きだな。

 

< 我もハグっ…!! >

「よしこい」

< ハグゥウウ!!! >

 

三匹を抱きしめているとギラティナにキョトンと不思議そうな目で見られた。

 

「シンヤ、なんか甘くなったな…」

「…そう、か?」

「ポケモン限定でゲロ甘ですの」

「原型好きだよな」

「スキンシップ好きになりましたよね」

 

サーナイト、ブラッキー、エーフィの言葉にギラティナは「へー!」と珍しい物でも見るように目を見開いて私を見た。

 

「そういや、さっき抱き付いても確かに嫌がられなかった!」

「……」

 

嫌な時は嫌だぞ、と思いつつ部屋へと入る。

ユクシーがきっと綺麗にしてくれていたんだろう、家の中は記憶と寸分も違わないまま。

ギラティナに許可貰ってここに住み始めた頃が懐かしいな…。

 

< なあなあ、ヤマトは? >

「今度、紹介してやる」

< 我のこと忘れてるんだろ…、ヤマトはヤマトでも別人だもんな… >

「…」

< また仲良くなれるかなー… >

 

前以上に甘やかしてくれると思うけど…。

自分の尻尾を掴みながらくるくると空中を回っているアグノム。この様子を見て可愛いな、と思っている私も大分変わったんだろう。

 

「ご主人様ー、冷蔵庫が空っぽです!!」

< 我達は料理なんてしませんからね… >

「よし、誰か買い出し行って来い」

「あ、じゃあ俺が行ってきます」

「オレも行こーっと!」

 

トゲキッスとブラッキーが部屋を出て行った。ブラッキーの奴、絶対に余計な物まで買ってくるな…。

 

「主…、書庫が…埃だらけだ…」

「なんだと!?」

「マジか!?」

 

サマヨールの言葉に慌ててミミロップと共に書庫へ走る。書庫として使っている部屋の扉を開けると埃っぽい。

ユクシーは本は読みません~、なんて言って我関せず…。

 

「カビ臭い!!」

「ごほっ、ごほ…っ」

 

これは虫干しして貴重な本は薬用エタノールで拭かないとマズイな…。

 

「掃除だ!!掃除するぞ!!」

「き、貴重な古文書がぁぁぁ…」

「ミミロー、まだ動かすな…、マスクを取って来るまで待っていろ…」

 

帰って来てすぐに何遊んでんだよ、とエムリットにバカにされた。ハンと鼻で笑われた。

腹が立ったのでおやつは抜きだと鼻で笑って返してやったら、本気で泣いた。

リビングに戻れば、チルタリスがキッチンが汚い…と嘆いている。冷蔵庫が空っぽなうえに料理をしていないからキッチンも埃まみれだったんだろう。

ソファにどかりと座っているミュウツーと、埃を被った皿を拭いていたエーフィ、サーナイトのエスパー組に声を掛けた。

 

「書庫の本をサイコキネシスで外に運び出せ」

「「「……」」」

 

エスパータイプを何だと思ってるんだとミュウツーに怒られたが、貴重な本の危機だと言えばミュウツーは黙々と作業を始めた。

庭でごろごろしていたギラティナを叩き起してチルタリスの手伝いをするように指示を出す。やっぱりシンヤはシンヤだと何か文句を言いながらキッチンへと歩いて行った。

 

「ミロカロスは…その目で大丈夫か?」

「俺様、平気!!」

 

まあ、私も何故か痛みもなくて全然平気。

視界は多少悪いが包帯をすぐに外すわけにもいかないので我慢だ。

 

「ならミロカロスもキッチンで手伝いを頼む」

「わかったー」

 

天井付近をふよふよ浮いている三匹を見据えて積み上げられた皿をビシと指差す。

 

「エーフィとサーナイトの引き継ぎをやってもらおうか」

< えー!!なんでだよ!!! >

< 我、やりたくなーい!! >

< シンヤさんに逆らうのはやめておいた方が良いです… >

< めんどくさーい!! >

 

文句を言うエムリットとアグノム。ユクシーは小さな手で皿を拭き始めた。

 

< そんなのやったことねぇもん!皿割っちゃうかも! >

< 我、不器用だから! >

「お前たちもエスパータイプだろ。むしろ割って落とす方が可笑しい」

< まあな! >

< 浮かせとけば良いもんな! >

「さっさとやれ。おやつ抜きご飯抜きにするぞ!」

< 鬼だ! >

< 悪魔だ! >

 

エムリットとアグノムが文句を言いながら皿をびゅんびゅんと飛ばす。可愛いとは思うが私はヤマトみたいに全てを甘やかすわけじゃない。

二匹の頭に一発ずつ拳骨を落としておいた。

ぴーぴー泣きながらもエムリットとアグノムは皿を拭き始めたので小さく頷く。

 

< だから、我は言ったのに… >

< もっとちゃんと言えよ! >

< シンヤこわいー!!助けてヤマトー!! >

 

*

 

一通り終わった…。

はあ、とリビングのソファに座り込めばミミロップが床にべしょりと倒れる。

エスパータイプが多かったから作業が捗ったな。ミュウツーが出来る奴だから。

 

「あー…ははは、なんか凄い一日だったな」

 

ミミロップの言葉にサーナイトが「全くですわ」と返事を返す。

そういえば、ミミロップ達は私の左目移植手術をやったんだったな…。

 

「ミミロップ、お前…移植手術なんてよく出来たな」

「…え、いや、ワタシは口で言ってただけで執刀したのはツーだよ」

「でもちゃんと指示を出せたってことだろ?成長したな」

「っ!!、それはほら!!シンヤの手術するの見てたし!!まだちゃんと視力あるか分かんねーし!!」

 

顔を真っ赤にして首を横に振るミミロップ。

照れて居た堪れないらしい。そんなミミロップを見てブラッキーが必死に笑いを堪えていた。

 

「胸を張って良い、的確な素晴らしい指示だった」

「執刀医が褒めてるぞ、ミミロップ」

「ううっ…、いや、そんな…!!」

 

ミュウツーがニヤリと笑ったのを見たブラッキーを筆頭にみんなの顔がニヤニヤと悪い顔になっていく。

 

「ミミロー超頑張ってたよ!!マジかっこよかったって!!」

「本気の目が素敵でしたものね!!」

「私に回復技、あさのひざしを指示してキッスにはにほんばれを指示…。あの状況で素晴らしい判断でしたよね」

「俺もお手伝い出来て嬉しかったです!」

「チルへ、しんぴのまもりを指示し…自分達の混乱を防いだのも…素晴らしかった…」

「そうですよね!チルはそんなこと咄嗟に思い付けませんでした!」

 

わざと褒めているブラッキー達とは違って、純粋にミミロップを褒めているトゲキッス達も居るんだが…。ミミロップにはほとんど拷問に近いんだろう。

ミミロップの目にだんだんと涙が溜まってきた…。もうやめようかな、私が言い出したことだけど…。

 

「いつも意地悪言うからミミローのこと嫌いだったけど、今日は凄かった!!ありがとうっ、ミミロー!!」

「も、もうっ、やめろぉおおおお!!!!」

 

うわぁああああん!!とミミローが部屋を飛び出した。

キョトンとするミロカロスの隣でブラッキーがゲラゲラと腹を抱えて笑う。

 

「ミミローさんったら可愛いですわっ!!…うふふっ」

「ほんと、珍しいもの見れましたよ、…あははっ!!」

「やべぇ!!腹痛い!!だめ!!死んじゃう!!助けてミミロー!!…ぶはっ、ははははははっ!!!」

 

全く、しょうがない奴らだな…。

 

「後でミミロップに謝っておけよ」

「「「はーい」」」

 

*

 

チルタリスとトゲキッスが食事の用意をするとキッチンへ向かい。二階に逃げてしまったミミロップが部屋から出て来ないからとサマヨールが様子を見に。ブラッキーとエーフィ、サーナイトが謝りに二階へ向かった。

 

「私は反転世界を見て来る」

「え…、見たいの?下手に触られると困るんだけど…」

「なら、お前も来い」

「なんだテメェ、偉そうにしやがってやるかコラ」

「負ける気はしない」

「上等だ、表出ろ」

 

良い勝負しそうだなお前達…。

仲良くしろよ、と声を掛けたらミュウツーとギラティナは揃って片手をヒラリと振ったのでまあ上手くやるだろう。

 

< 我も行く! >

< ヤマト見れるか!? >

< …それじゃあ、我も… >

 

エムリット達がギラティナについて行った。

ユクシーまでついて行ったのは何でだ。と思ったが、ミロカロスがテレビの電源を入れたことに「ああ」と一人納得した。

 

「別に気を遣ってくれなくても良いのにな」

「ん?」

「軽く、寝る…」

「え!?じゃあ、テレビ消す!!」

 

ブチ、とテレビを消したミロカロスが私の肩に頭を置いた。重い、邪魔、とは思ったが振り払おうとまでは思わなかった。

眠た、い…。

 

「あ、仲良く寝ちゃってますね」

「うーん、ならご飯は少し後にしようか」

「ですね!」

 

*



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53

数日後、両目を開ければ片目には見慣れた赤があった。

それを見て満足気に笑うミロカロスの左目にも同じ赤。

完璧な義眼を用意してやるぜ!と言い放ったミミロップの成果でミロカロスの両目は全く違和感の無い普段通りのものとなっていた。アイツ凄いな。

別に私は隻眼になっても良かったのに…なんて言葉をついポロリと口にしたら聞いていた周りから堰を切ったように言葉が飛んできた。

シンヤだけはダメ、こっちが耐えられない。

懐き度マックスのポケモンはこわい。そんな泣きながら説得されたら頷くしかない。

 

「シンヤの目がオレのせいで潰れたとか…、一生片目とか…、オレ、死んで詫びるしかねぇよ…」

 

そして、ギラティナが激しく鬱になった。

普段は普通なのにこの話題を出すと途端に鬱になる。精神的に危険だと判断した為、この話題は二度と出さないと誓った。

私はそこまで気にしてないのに。むしろ、ミロカロスがケロリとしていることに若干引いた。

色々あった。これからも色々な事があるであろう事は予測出来る。

それでも今もこれからも残る限りの日々を今まで通りに過ごすことを、約束して笑いあった。

 

一度諦めた私が戻って来た。ここがスタート地点だ。

 

 

 

――頑張ろう。

 

 

*

 

「あ、ヤマトに連絡するの忘れてる…」

 

なんだとぉ!とアグノムが頭に飛んできたが無視。

遠出するから連絡出来ない。帰って来たら珍しいポケモン紹介してやる、とか言っておいてかなり放置してた。

しかも反転世界の家に引き籠ってポケモンフードとか大量に作ってたから何処の家に電話を掛けても当然繋がらない。

絶対に泣き喚かれる。

 

「よし、アグノム。ユクシーとエムリット呼んで来い」

< なんで~ >

「ヤマトに会わせてやる」

< ぃやっほーい!!!ヤマトだヤマトー!!やったー!!すぐ呼んで来るー! >

 

窓から飛んで行ったアグノムを見送って、そのまま窓から顔を出して庭でごろ寝しているギラティナに声を掛けた

 

「ギラティナ」

「んぁ?」

「ヤマト探せ。まだシンオウに居ると思うから」

「んー…、わかったぁ…ふあぁぁ…」

 

寝惚けながらもフラフラ歩いて行ったので大丈夫だろう。

うちの手持ち連中は各々で反転世界を出て、外を出歩いているようだがまあそのうち帰って来るだろう。

書庫に入り浸っているミュウツーに声を掛ければ本から視線を外さないまま返事が返って来る。

 

「ミュウツー、ヤマトに紹介しても良いだろうか?」

「あのやかましい男になら会った」

「お前がミュウツーだって紹介したいんだ」

 

ミュウツーが私の方へ視線をやった。

 

「そこまで信用の足る男なのか」

「私の親友だからな」

 

フン、とミュウツーが鼻で笑った。

 

「お前がそう言うなら構わない」

「よし、じゃあまた後でな」

「ああ」

 

書庫を出て、ディアルガとパルキアはどうするかと考えてみる。ヤマトに知り合いだと言ってしまっている手前、紹介しないとうるさいか…。まあそこはギラティナと相談してみよう。

問題はツバキだなと腕を組んだところで「シンヤー」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。リビングへと戻ってみればミロカロスがこっちこっちと手招いている。

 

「なんだ、用件を言え」

「あのねー、俺様、チルと一緒に頑張ったんだー。シンヤがきっと喜ぶと思ってー」

「簡潔に」

「アップルパイ作った!!」

 

お前が食べたかっただけだろう。

どうだ、褒めろ。とでも言いたげな満足顔のミロカロス。これが所謂、ドヤ顔ってやつだろう。多分そうだな。

見て見て、と見せられたアップルパイ。良い感じに焼けてるな、と言ってやればフフンと満足気に笑って返された。

何故かイラッとしたが頭を撫でておいてやった。私は大人な対応が出来る男だからな。

 

「今日のおやつな!」

「一つじゃ足りないぞ?」

「……俺様とシンヤとチル、あとキッスも!!」

「四等分か…、あと四つ焼け」

「……」

 

ミロカロスは肩を落としてキッチンに戻って行った。エムリットは一つくらい丸ごと食べるだろ…。

あと、アップルパイは別に好きじゃない。

 

*

 

ミロカロスが途中で挫折したのでチルタリスとアップルパイを作っているとギラティナが戻って来た。

 

「ヤマト居たけど、どうする?」

「私が直接行って連れて来る」

「わかった、じゃあ近くに出入り口用意する」

 

隣でアップルパイ作りを見てたミロカロスにバトンタッチ。ザクザクとリンゴを大雑把に切り始めたのを見て少し考えたが、まあ…良いだろう。ちょっと気になったけど。

 

「なに?おやつリンゴ?」

「アップルパイだそうだ」

「ミロが食いたかっただけだろ、それ」

「シンヤが喜ぶの!!」

「へぇー、シンヤがアップルパイ好きとか初耳」

 

ああ、私もだ。

いってらっしゃいませ、と声を掛けたチルタリスにギラティナがリンゴを齧りながら片手を振って返した。リンゴ…。

 

「んー、このリンゴ酸っぱ!!」

「さっさと繋げろ」

「はいはい、仰せのままに」

 

いってらっしゃいませ、旦那様~。と人を小馬鹿にしながら道を創ったギラティナに見送られて外へと出る。

ああ、ポケモンセンター内だな。と背後を振り返れば鏡がぐにゃりと歪んでいた。さっさとヤマトを連れて戻ろうか。

 

*

 

どうやらヨスガシティ。

ジョーイに声を掛ければ「手伝いに来てくれたんですかぁ!」なんて猫撫で声を出されたので無視して隣に居たラッキーに聞く。

 

「ラッキー、ヤマト何処だ?」

「ラキラッキー」

「そうか、ありがとう」

 

じゃあ、とラッキーに挨拶して踵を返したところでジョーイに服を掴まれた。やめろ、伸びる。

 

「なんですか!!」

「それはこっちのセリフだ」

「ちょっと手伝ってくれても良いじゃないですか!!」

「私は忙しい」

「けちんぼ!」

 

言い方が可愛いな、ヨスガのジョーイ。

頬を膨らませて起こるジョーイの肩をポンと叩く。

 

「お前はズイのジョーイより可愛げがある。見逃してくれ」

「なんですかそれ、褒めてるつもりなんですか。全くそんなので見逃すと思ったら大間違いなんですからね!!」

 

ぷんぷん、今回だけですよ!!ぷんぷん!!と口でぷんぷん言いながら見逃してくれるらしいジョーイ。良い奴だなお前。

 

「そういえば、探していた旧友さんには会えたんですか?」

「ああ、会えた」

「それは良かったです。あとすっっごく聞きたい事があるんですけど」

「なんだ?」

「左目、真っ赤ですよ?」

「ああ…疲れで充血してな…」

「まあ、お気の毒に……って、なんでやねん!!」

「ナイスツッコミ」

「ふふふっ」

 

シンヤさん、なんか明るくなりましたね。なんて言われて思わず眉間に皺が寄る。

 

「そ、そうか?」

「ええ、少し」

「そうか…」

「シンヤさんの事ですから、色々あったんでしょうね。その目も素敵ですよ」

「…それはどうも」

 

詮索はしません、という意味だろう。ヒラリと手を振ったジョーイが宿泊室の方に片手を向けた。

 

「悪いな、今度手伝いに来る」

「素直なシンヤさんってス・テ・キ!」

 

ズイのジョーイもこれくらい出来る女なら良いのにな。

 

*

 

ラッキーに教えて貰った部屋の扉をノックする。

コンコンコン、と三回ノックすれば「はーい、どうぞー?」と間抜けな声が返ってきたので部屋へと入る

 

「ユキー!!」

「ぉわ!?シンヤ!!!」

 

椅子に座っていたらしいヤマトがガタンと立ち上がる。足元に走って来たユキワラシを抱き上げてヤマトの向かいの椅子に座った。

 

「まあ、座れ」

「あ、はい、失礼します…」

 

椅子に座り直したヤマトが「あれ?」なんて言って首を傾げたが無視だ。

 

「出掛ける準備はすぐ出来るか?」

「まあ、荷物持てばね」

「すぐ持て、そして黙ってついて来い」

「何故に!?」

「珍しいポケモン…」

 

ぼそりと呟けばヤマトはガタンと椅子を倒しながら立ち上がり荷物を持って部屋の外へと出た。

 

「早く!!早く!!早く!!!」

 

こういう時は行動が早いな。

ポケモンセンターを出ようとするヤマトの腕を掴んでそのまま引き摺る。困惑するヤマトを無理やり鏡の中へ放り投げた。

 

「うわぁ!?」

 

鏡の中へ消えたヤマトを確認してから私も鏡へ飛び込む。腕に抱えたユキワラシがオロオロしているのが可愛い。

反転世界へと入れば背後で歪みが消える。ギラティナが出入り口を閉じたのだろう。

足元ではポカンと口を開けて固まるヤマト。

 

「おかえり、シンヤー」

「ほあ?ここどこ?」

「破れた世界、反転世界、ギラティナの世界」

「ギラ、ティナ…」

「おう、よく来たな」

「ギラティナ?」

「なんだ?」

 

呆けるヤマトに視線を合わせる為、ギラティナがその場にしゃがむ。ポカンと間抜け面でギラティナを見上げたヤマトはガシッとギラティナの腕を掴んだ。

 

「ギラティナ!!ほ、本物の!?」

「え、偽物のオレとかいるの?」

「ポ、ポケ、ポケモンの!?」

「だ、大丈夫か、ヤマト…」

「僕の名前を呼んでるよぉおおお!?」

「落ち付けっ!!」

 

きゃああああと悲鳴をあげたヤマトは大興奮だ。そんなヤマトの奇行に驚いたギラティナが慌てだす。

 

「ポケモンの姿に戻ってやれ」

「え?ああ、分かった…」

 

頷いたギラティナが私の前で大きなポケモンの姿へと戻る。隣で見ていたヤマトは発狂した。

 

「ひぃいいいぎゃあああああ!!!!嬉しいぃいいいい!!!」

 

嬉しい悲鳴ってあるんだな。

 

「ありがとう、神様!!ありがとう、シンヤ様!!!」

 

なんかその言葉、嫌だ。

再び人の姿になったギラティナが「満足したか」とヤマトに笑いかける。

ヤマトは無言でコクコクと頷いた。

 

「シンヤ、本当に約束守ってくれたんだね…。僕は感激で涙が出て来た…」

「まだ居るぞ」

「……え!?」

「まだまだ」

「…えぇ!?」

 

なー、ユキワラシ。と腕に抱えたユキワラシにそう言えばユキワラシは分からないまま「ユキー」と返事を返してくれた。

 

「家は向こうだ」

「オレもアップルパイ食おう」

「家!?アップルパイ!?何を言ってるの!?」

 

*

 

家の前で待っていたらしい、アグノムがヤマトを見て嬉しそうにくるくると飛び回った。

そんなアグノムを見てヤマトが両手をわきわきと気持ち悪く動かしている。なんだその動き。

 

< ヤマト!! >

「アグノム!!」

< ヤマト~~!!! >

「アグノムゥウウ!!!」

 

ヤマト、お前…、本当に記憶無いのか?

アグノムを抱きしめたヤマトがハシャいでいる。なんか以前に見てイラッとした記憶があるんだが…気のせいだろうか…。

 

< 我、ヤマトに会いたかった~! >

「ぼ、僕に!?嬉しいよぉおお!!」

< 我も嬉しいぃいい!! >

 

傍で見ていたユクシーとエムリットは苦笑いだ。さすがのエムリットも便乗したくないノリのようだ。

 

< うーん、我はアップルパイ食べる >

< 放って置くんですか >

< どうでも良いしー >

< ……まあ、確かに >

 

エムリットが家へと入って行く。

頬擦りしあうヤマトとアグノムを見ていたギラティナの口も引き攣っている。私は心の準備をしていたから大丈夫だ。

 

「ヤマト、中に入れ」

「あ、うん!」

 

家の中へ入ったヤマトは辺りを見渡してポカンと口を開ける。お前、ずっと口開けてるな。

 

「ここ、住んでるの?」

「ああ」

「反転世界に?」

「ああ」

「シンヤって本当になんか凄い…!」

 

良い思いさせてもらってまーす、グッジョブ!!と親指を立てたヤマト。アグノムが真似して小さな手をあげた。

 

「相変わらずやかましいな…」

「あ、ツーさんも居る!!」

 

お久しぶり、ツーさんとヤマトがにこやかに笑う。そんなヤマトの肩を掴めばヤマトは笑顔のままこちらに顔を向けた。

 

「ヤマト、ミュウツーだ」

「何が?」

「ツーは、ポケモンのミュウツーだ」

「……はい?」

「ここに人間はお前だけだ」

「え…」

 

ヤマトの目の前でミュウツーがポケモンの姿へと戻る。ミュウツーの姿を見てヤマトが固まった。

目の前にはミュウツー、隣にはギラティナ、腕の中にはアグノム。周りにはユクシーとエムリット。

ヤマトの中で色々と制御しきれなかったのか、ヤマトはその場で倒れた。

 

< ヤマトォオオオオ!!!! >

「た、倒れた!!」

「笑ってるぞ…不気味な男だ…」

< アップルパーイ >

< ソファに運びましょうか…? >

 

ヤマトでこれだと…。ツバキ呼ぶの怖いな…。大丈夫なのか…?

 

*

 

暫くして復活したヤマト。

アグノムとアップルパイを楽しく食べている。そのあーん、ってやつをやめてほしい。ミロカロスが指をくわえて羨ましそうに見ているのが…、後々に面倒な事になりそうだからやめてほしい。

 

「いやぁ、僕はシンヤの幼馴染に生まれて良かったなぁって心底思ったね。人生で一番幸せ!!」

 

お前の人生しょぼいな。

 

「そういえばさー」

「なんだ」

「その目、どうしたの?」

「………今更?」

「シンヤの目なんてどうでもよくなる事が多過ぎて、聞くの忘れてた」

 

それは酷い。

 

「色々あったんだ」

「そっかー、色々かー、じゃあしょうがないなー」

「……」

「アグノム、ぷにぷにー」

< くすぐったい! >

 

コイツは心底、私のことがどうでも良いらしい。

そんなんで良いのか!?とギラティナとミュウツーがぎょっとしたようにヤマトを見ていた。

 

「それとな」

「うん」

「私、不老不死になった」

 

不死、ではないが。死んではいけないので不死で違いないだろう。

 

「不老不死かー」

「私は今の状態のまま、ディアルガに時を止められて生き続ける。生き続けなければいけない義務がある」

「はー…、言ってる意味が全く分からない!!」

 

アグノムを膝の上から横の椅子に置いてヤマトがこちらに向き直る。

 

「まあ、しょうがないことなんだ」

「いやいやいや、しょうがなくないよ!!なんで!?」

「色々あって」

「色々で済むわけないだろっ!!!」

 

バン、とヤマトがテーブルを叩いた。

テーブルの上の皿が跳ねる。

 

「そんな…そんなの僕、嫌だよ…!!一緒の年に生まれて、一緒に育って、一緒に同じだけ年を取って来たのに…!!一緒にお爺ちゃんになれないなんて、…っ」

「ヤマト…」

「これからも同じだけ年を取って、よぼよぼのお爺ちゃんになって、一緒に二人で若かった頃の思い出話しながらポケモン達に囲まれて…お茶を飲んでるんだろうなって、そう思ってたのに…!!」

「…」

「シンヤ…っ!!冗談なんでしょ?また僕を驚かせようとしてるんでしょ!?冗談だって、…言ってよ!!シンヤっ」

「…」

「…っぅ…、…生まれた時も一緒なんだから、死ぬ時も一緒だって思ってたのに…!!なんで…っ、なんでシンヤだけ…っ!!」

「ごめんな、ヤマト…」

「なんでそんな…っ、いつも勝手に決めて…!!」

「…」

「シンヤ…っ、シンヤ、の馬鹿野郎…!!ぅ、うああぁああ、わあぁあああああっ、ああああああ…っ!!!」

 

ヤマトはその場で泣き崩れた。

悲鳴のように声を荒げて、わんわんと泣いていた。

ヤマトの声があまりにも苦しそうで、私も苦しくなって息を詰まらせた。

こんな、

こんな反応が返って来るなんて予想してなかった。

苦しくてグッと歯を噛み締めた時、視界の隅にミロカロスの姿が見えた。泣き崩れるヤマトをミロカロスはただただ見つめていた。

そういえば、ミロカロスは一度も泣かなかった。

一番の泣き虫なのにミロカロスだけは泣いていなかった気がする…。

 

「……」

 

ヤマトを見つめていたミロカロスが顔をあげた。ミロカロスを見つめていた私と当然、視線が合う。

目が合った瞬間、ミロカロスは笑った。

にこりとミロカロスが微笑んだ時、苦しかった胸がすっと楽になって。息が出来た。

私は救われている、と実感した。

情けない、覚悟もして頑張ると言った癖に、息が詰まるほど動揺するなんて…。

 

「ヤマト、私は前に進み続ける」

「…っ」

「私は大丈夫だから…、笑って生きてくれ、親友…」

 

永遠に忘れないから、

私の為に尽くしてくれた仲間、私の代わりに泣いてくれた親友、私を愛し支えてくれた恋人を、

ずっと、ずっと…大事に抱えて生きるから。

片手を差し出せば、ヤマトは私の手を取って強く握った。

 

「シンヤ…っ」

「ジラーチにもう一度、会って…元気かどうかヤマトの代わりに見て来てやろう」

「…っ、ぅ…、うん、うんっ、可愛いポケモンが今よりもっと増えてるか、ちゃんと教えてよね…っ!」

「ああ、約束だ」

 

涙でぐしゃぐしゃなヤマトはぎこちない顔で笑った。それに私も笑顔を返す。

強く握りしめたヤマトの手が震えていたことを、私は忘れない。

 

 

ありがとう、親友――

 

 

*



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54

 

「はぁぁぁぁ…、泣いたらスッキリした!」

「……」

 

目を腫らしてゴクゴクと水を飲んだヤマトの一言。

さっきまでの感動返せ。なんか悔しい。

 

< ヤマトー、元気出たかー? >

「うん、ありがとうアグノム」

 

ユキワラシとアグノムを両手に抱えて笑うヤマト。

まあ、元気に笑ってくれてるなら良いかと私もテーブルの上に置いたコーヒーに手を伸ばした時、「あ!」とヤマトが大きな声を出した。

 

「シンヤに相談あったんだ!!」

「めんどくさい事なら嫌だ」

「えぇっ!?今の流れで断る!?親友の頼みなら何でも聞いてやるぜ!みたいなノリじゃないの!?」

「そういうの私はやってない」

「そうだった!!僕の親友そういう奴だった!!」

 

コーヒーを飲んで小さく息を吐く。

 

「シンヤの薄情者ー!」

「とりあえず内容を言え、話はそれからだ」

「うん!まあ、凄く面倒な事なんだけど、実は…」

「凄く面倒な事なら嫌だ」

「とりあえず言わせてよ!!」

 

前置きに面倒な事って言うお前が悪い。と本題に入る前に口論になった。

そして本題が気になっていたらしいミュウツーにいい加減にしろと怒られた。面倒事を押し付けようとするヤマトが悪いんだ。

 

「じゃあ、言うからね」

「さっさと言え」

「…なんだよ偉そうに」

「こっちは聞いてやるって言ってるんだ」

「もうちょっと親身になって聞いてくれても…」

「お前達、本当にいい加減にしろ!!!」

 

また怒られた。

 

*

 

そして、

ミュウツーに怒られつつ話したヤマトの内容はこうだ。

街中で見掛けたブニャットを撫でようと近寄ったがそれは実はポチエナで、そのポチエナにはトレーナーが居たのだがそのトレーナーが全く話を聞いてくれない…。

 

「は?」

 

私が首を傾げればヤマトは「だよね…」と肩を落とした。

 

「どういうことだ?」

「あのね、ブニャット並に大きいの!!ポチエナが!!」

「太ってるな」

「そう!!太ってるの!!」

「で?」

「それで!トレーナーの女の人だったんだけど、その人にポチエナちょっと太り過ぎだから健康管理はちゃんとしてあげた方が良いよーみたいに言うでしょ!?」

「うん」

「そしたら!!私、ご飯を作るのが大好きなの。ポチちゃんも私の作るご飯大好きなの。って言うんだよ」

「…うん?」

「あの人、頭可笑しい!!」

 

ダンとテーブルを叩いたヤマト。急に叩くからテーブルの上に座っていたエムリットがビクリと跳ねた。

 

「可愛い可愛いポチエナが!!必要以上にご飯を食べさせられてブクブク太って!!ぽってぽってと歩く姿はそりゃもう可愛かったけども!!!」

 

コイツ、何を言っているんだ。

 

「あんな太ってちゃ体壊しちゃうよ!!可哀想だよ!!シンヤ、なんとかしてよ!!」

「まあ、過度な肥満は病気だしな…」

「治してあげて!!」

「ダイエットするしかないだろ。それもトレーナーが居るならそのトレーナーの協力は必要不可欠だ」

「あの人、頭可笑しいから絶対に無理だね」

「いや…人のポケモンを勝手に連れ出して治療するわけにはいかないだろ…」

 

そもそも、私は野生専門だし。

とりあえず会って話をしてくれ、家はちゃんと聞いておいたから、なんとかしてくれ、ポチエナの為に!!とヤマトに押し切られて渋々頷いた。

肥満はそのまま放置しておくと他の病気も引き起こす原因になるから、トレーナーに注意はしておかないと…。近くのポケモンセンターのジョーイにも伝えておいて来診してもらっても良いかもな。

 

「出掛けるか…」

「よし、行こう!!すぐ行こう!!」

 

*

 

ヤマトと共に頭の可笑しいらしいトレーナーの家へとやって来た。

あいにく、チルタリスとミロカロス以外は外出していたのでミロカロスだけ連れて来た。ミュウツーは聞きたがったわりに内容がつまらなかったのか書庫に引き籠ってしまった。

 

「じゃあ、ピンポン押すよ!?」

「良いから押せ」

「ひいいいい…!!お、押すからね!?」

 

何なんだ。早く押せ。

指先を震わせながらインターフォンの前で固まるヤマト。見兼ねたミロカロスが代わりに押した。

 

―ピンポーン…

 

「ぅううううわあああああ、押したぁああ!!」

「…?」

「うるさいな…」

 

少し待てばガチャリと玄関が開いた。

顔を覗かせたのは普通の女性だ。

 

「こんにちは、少し話をしたいんだが構わないか?」

「大丈夫、丁度ホットケーキが焼けたの」

「ホットケーキ…?」

「どうぞ、入って入って」

「あ、ああ…。お邪魔します」

 

理由も何も説明していないのに友好的に迎え入れられた。

黙ったままのヤマトが後ろをついて来るのを確認して家の中へ入る。家の中も普通、小物が多くて女性らしい部屋だ。

座って待ってて、と言われ大きなテーブルの前に座る。隣に座ったヤマトがずっと憂鬱そうな感じなのが気味悪い。

 

「シンヤ、ポチエナ居たよ」

 

ミロカロスの言葉に後ろを振り向く。

ほら、とミロカロスの指差した先には尻尾を振ってこちらを見るポチエナ。

 

「丸いっ!!」

 

ガタンと立ち上がってポチエナの体を触る。贅肉に指が沈むんだが…。なんだこれ。

 

「お待たせしました、たんと召し上がれ」

 

戻って来た女がテーブルにホットケーキを置いた。その量に隣に居たミロカロスが「うわぁ…」と声を漏らす。

おそらく三人分。大皿に高々と積み上げられたホットケーキ。

来る事を事前に言っていたわけじゃないのに焼けたそのホットケーキはどういうことなのだろうか…。何人の客が来る予定だったんだ…?

 

「さあ、ポチちゃんにもおやつですよ」

 

どん、と床に置かれた皿。

その皿の上はテーブルの上に置かれたものと同じ。高く積まれたホットケーキにミツたっぷり、アイスクリームとクッキーとフルーツがたっぷりトッピングされている。

おい待て。それ本気か。

 

「良い子はお残しせず食べるのですよ」

「がうっ!」

 

マジか!!!

 

「さあ、お客様も召し上がれ。おかわりはドンドン焼きますから」

「いや…、話をしよう!まず話だ!」

「美味しい美味しいホットケーキが冷めてしまいます、出来たてが美味しいんです、アイスクリームも溶けてしまいますよ、さあ召し上がれ」

 

さあ、椅子に座ってホットケーキを食べろ。と目で訴えて来る女。

 

「ま、まず自己紹介しないか…?」

「では食べながらしましょう。召し上がれ」

 

どうしても食べさせたいのか。

じゃあ、もう座るよ、食べるよ。

椅子に座ってフォークを握る。口に運んだホットケーキは…。

 

「うん、美味い」

 

私が頷いて言えば向かいに座った女はそこでやっと、にこりと笑った。

 

*

 

「私はシンヤ、ポケモンドクターだ」

「モモです、近くのスーパーで働いています」

 

どうぞ、とお茶を出されたのでありがたく頂戴する。横でミロカロスが黙々とホットケーキを食べていた。

 

「こっちの男は覚えているか?」

「ヤマトさん、ポケモンレンジャーの方ですよね。家を聞かれて、少し怖かったです」

 

えぇぇぇ…とヤマトが言葉を漏らしていたが放っておこう。

 

「率直に医者として言わせてもらう、モモ…、キミのポチエナは太り過ぎだ。ポチエナの食事を見直して肥満を改善する処置を取らなければポチエナはこのままだと死んでしまう」

「……ポチちゃんは、私の作るご飯が好きなの」

「作る量を減らす、もっとカロリーを控えて作る、ポケモンにはポケモンにあった食事…それを考慮して作ってやるのが愛情だろう。作りたいものを沢山作って、喜ぶからと作った分だけ与えていては自分の手でポチエナを殺してしまうぞ…」

「……ポチちゃん、死んでしまうの?」

「死なせない為に食事を変えよう。今このテーブルの上にあるホットケーキの山は体に良くない」

「でも、とても美味しいのに…」

「美味しくて体に良いものを作れば良い、モモなら出来る」

「私、出来る?」

「出来る。一から教えるから、ちゃんと覚えるんだ」

「はい。私、覚えます」

 

モモは頷いた。

真っ直ぐ私を見るモモを見て、私も頷き返す。

食事の改善、ポチエナにあったダイエットメニューを考えることにしよう。

 

「このホットケーキは、召し上がらない?」

「……ヤマト、食べろ」

「ぼ、僕…そんなに食べる方じゃないんだけど…」

「召し上がらない?」

「え!?いや、いただきます…」

「召し上がれ」

 

黙々とホットケーキを食べ始めたヤマト。

足元ではポチエナがホットケーキを食べきってお腹を更に膨らませていた。

 

「俺様、もう入らない…。お腹いっぱい!!」

「モモ、捨ててしまうのは勿体ないから焼いた分は持ち帰れるようにしてくれ。家に居る連中への土産にする」

「嬉しい、沢山持ち帰って召し上がれ」

 

基本、食べて欲しいんだな。そして自分は食べないんだな…。

キッチンへと小走りで行ったモモを見送ってカバンからメモ帳を引っ張り出す。

 

「運動もさせたいが、骨に負担が掛かるから軽いものからだな…」

「…もぐもぐ、シンヤ、説得上手だね。僕、全く話にならなかったのに」

「どうせ、お前の説明の仕方が悪かったんだろ」

「そんなことないよ!ぶくぶく太らせたらポチエナの体に悪いから沢山食べさせちゃ駄目って言ったんだよ!?」

「……」

 

そういうことを言われても食べさせてしまう人間だから、モモはポチエナをここまで太らせたんだろう…。

食べさせてはいけない、じゃなくて、食べさせても良い前提で話をしないと。食事を過剰摂取させたがる人間には意味がない。

モモは納得してくれてまだ良かった。人によっては何がいけないのかと逆ギレされるところだからな。

 

「ヤマト、お前…ポケモンに悪影響だからポケモンに近寄るなって急に言われたらどう思う?」

「意味が分からない、って思う」

「モモだってそう思った、それだけの事だ」

「……そういうものなのかな」

 

急に怒鳴って悪かったかな…と呟いて落ち込みだしたヤマトを放って置くとして…。

ダイエットをするにはモモの協力とポチエナのやる気が必要だ。

お腹を膨らませて横になっているポチエナの前に屈めばポチエナは視線だけこちらに向けた。

 

「ポチエナ、痩せよう」

「がーう」

「うん、痩せるからには今みたいな食べ物を沢山食べれなくなるぞ」

「がう!?」

「痩せる為には仕方ないことなんだ、頑張れるか?」

「きゃうん…」

 

弱気な返事だった。

えー、でもー、いっぱい食べたいーみたいな事をぶつぶつと零している。ポチエナの意思は弱そうだ。

 

「ダイエットメニューの他に特別なおやつも用意するから、頑張ろう」

「きゃう?がうがうっ!!」

「よしよし」

 

とりあえず、その気にはなった。

キッチンから戻ってきたモモからホットケーキを受け取り、モモにメモを渡す。

 

「これが今日の晩のメニュー。とりあえずカロリーを抑えてある、与えて良い量はそのメモの分量通りのものだから増して与えないように。他の間食も我慢してくれ」

「もっと減らして作れって言われると思ってたのに…、そこまで少なくないですね」

「最初の内はな、急に減らすとストレスの原因になるから時間を掛けて減らしていく。ダイエット用の料理、おやつに関しては明日また来て教えるから」

「はい」

「また、明日な」

「はい、よろしくおねがいします」

 

モモが頭を下げた。

じゃあ、と帰ろうと思った時に横に立っていたヤマトがモモと同じように頭を下げた。

 

「ごめんなさい、モモちゃん」

「…?」

「モモちゃんの気持ちを考えないまま、不躾に説教まがいの事して…怖がらせちゃってごめんなさい」

「…ヤマトさん」

「本当にごめん…」

「良いんです。ヤマトさんがポチちゃんのことを思って言ってくれたことですから、それにヤマトさんがシンヤさんを連れて来てくれなかったらポチちゃんを自己満足で苦しめているって気付けなかった…。

ヤマトさんは優しいです、良い人です、怖いなんて言って私もごめんなさい」

「モモちゃん…っ」

 

ヤマトはヤマトで反省して、モモはモモで反省してお互い分かり合えたようだ。

握手を交わした二人を見守った後、反転世界へと帰る為にモモの家を後にした。

 

 

「はぁー…モモちゃん、普通に良い子だった…」

「……」

 

いや、私が言うのもなんだが少し変わった子だと思うぞ。普通ではない。

 

「頭が可笑しいなんて言って悪かったなぁ…」

 

お前も大概だしな。

 

「……僕、モモちゃんのこと好きになったかも…!」

「は!?」

「だってさ!!あんな良い子、他に居ないよ!?」

 

いや、居るだろ。

 

「ポチエナのこと凄く大事にしてるし、料理好きで凄く可愛いしー…、僕のこと優しいとか言ってくれたし!!」

「…」

「明日も行くんだよね!?僕も一緒に行って良いよね!?」

「…あ、ああ…」

「レンジャー服以外の着て行こうかな~」

「…」

 

ヤマトが惚れっぽいのは知っていたつもりだが…。

単純で簡単な奴だな…、悪い女に騙されないと良いけど…。

 

「~♪」

「(不安だ…)」

 

*



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55

一度、反転世界に一緒に来たヤマトはアグノムを連れてポケモンセンターの方に帰った。寝泊まりはそっちでしないと急に居なくなったらジョーイが驚くからな。

アグノムは勝手について行った。

そして、私はダイエットメニューをチルタリスとミミロップに相談して考えるわけなんだが…。

 

「ワタクシの分も明日からこれにして欲しいですわ」

「私も少し落としたいので…」

 

サーナイトとエーフィがダイエットメニューにして欲しいとチルタリスを困らせている。めんどくさいなお前達。

 

「とりあえず、一ヶ月のメニューと一週間サイクルのおやつで良いんじゃない?」

「お料理好きの方ならそこからアレンジメニューも作れるでしょうしね」

「問題は一ヶ月もポチエナの根気が持つか、だな…」

「そこだよなー」

「高カロリーの物が好きなら少し物足りない食事が続きますもんね…」

「ワタシ、一週間で飽きると思うな!」

「ご、ご主人様が考えたメニューなんですからきっと一ヶ月頑張れますよ!!」

「いや…私は三日だな」

「「えぇー…」」

 

おやつ自体も特別なものとはいえ、カロリーは低いしボリュームも無い。味は悪くないと思うんだけどな…。悪タイプの好きな味で…。

試作品、おやつを食べたブラッキーの感想が「美味い!けど物足りない!もっと!」だからな。

 

「ツッキーさん!ちょっと!夜中にそんなに食べないで欲しいですわ!!」

「試食中なんだから別に良いじゃん」

「目に毒!!」

「はぁ?」

 

耐えられませんわ!とサーナイトがボールに逃げる。眠たくなったエーフィも同じくボールに戻り、早寝のトゲキッスも早々に就寝。

チルタリスもそろそろ限界だろうな。

 

「後は私がやるからお前達は寝て良いぞ、チルももう寝ろ」

「はい~、ではお言葉に甘えてお先に失礼致します」

「おやすみ」

 

チルタリスがボールに戻る。

そういえばサマヨールが出掛けてから帰って来てないが、まあ大丈夫だろう。サマヨールだし。

 

「ワタシまだ平気」

「オレも全然平気っ」

 

ミミロップとブラッキーがケラケラと笑った。

床で丸まって寝ているミロカロスは…まあ、放って置いて大丈夫か。

使っていた膝掛けだけ貸してやろうと、ミロカロスの体の上にぽいと膝掛けを投げておいた。

 

「ワタシ、あんまり太るってことないからな~」

「オレもだわ…、食ってもそんな太らねぇもん」

 

同じく、私もだ。

元々あんまり食べる方じゃないっていうのもあるけどな。

まあ、この手の話をするとサーナイトに怒られるからサーナイトが居るところでは言えないが。

 

「でもさー、ダイエットってそもそも楽しいもんじゃないでしょ。美味しいご飯お腹いっぱい食べれないなんて地獄!!」

「身体壊して死ぬよりマシじゃん」

「それはそうだけど。ダイエットも楽しく出来ないの?」

「楽しく、か…」

 

*

 

翌朝、ポチエナ用の朝食メニューを持ってモモの家へとやって来た。途中で拾ったヤマトも連れて。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「モモちゃん、おはよー!」

 

朝からヤマトのテンション鬱陶しいな。

家の中へお邪魔すれば、お腹を空かせたポチエナがぐったりと床に転がっていた。動く気力もないらしい。

そんなにか。

 

「朝食をポチエナにやってくれ…」

「はい」

 

ゆっくり食べなさいと言ったところでポチエナはがつがつと朝食を口いっぱいに入れて食べている。早食いは駄目だぞ。

 

「実は、ダイエットメニューの他に考えたことがあるんだ」

「なんですか?」

「うちのエーフィとサーナイトを預かってもらおうと思う」

「……え?」

「エーフィとサーナイトもダイエットメニューが良いらしい。ポチエナと楽しくダイエットしてもらおうと思ってな」

 

勿論、エーフィとサーナイトの許可は貰っているし、いつでも様子は見に来れるし一時帰宅も問題ない。反転世界の入り口はいつでもギラティナが用意するからな。

 

「みんなでダイエットすれば楽しい作戦かー!考えたね!」

「ポチちゃんにお友達が…」

「うちの連中は勝手にふらふら歩き回ってるからな、他の奴らも来ると思うが仲良くしてやってくれ」

「良いね!僕のユキワラシとも仲良くしてあげて!色違いの子なんだよ!」

「は、はい」

 

よし、と頷いてカバンからノートを取り出す。

 

「一ヶ月のメニューとダイエット用のおやつのレシピだ。健康的に美しく痩せるが目標だからな」

「頑張ります」

 

ノートを握りしめて頷いたモモ。

朝食を早々に食べ終えたらしいポチエナを見て、ボールからエーフィとサーナイトを出す。

 

「きゃう?」

「仲良くな」

「フィー」

「サナサナー!!」

 

サーナイトがポチエナの体を触る。

医療知識のあるサーナイトも観察したい対象ではあるよな。分かるぞ、私もとりあえず手が出たからな。

 

「サナー!!」

「きゃぅー」

「フィーフィ!」

 

楽しげに会話を始めた三匹を見下ろす。

可笑しい、エーフィもサーナイトもオスなのに会話が女子だ。ちなみにポチエナはちゃんとしたメス。

まあ、仲良く出来るなら良いか…。

ヤマトがボールから出したユキワラシもとことこと三匹の傍に寄って行った。

 

「ユキ!」

「きゃう!」

 

仲良く出来そうだねー、とヤマトがへらりと笑った。

 

「嬉しい、ポチちゃんにお友達」

「ユキワラシ、意外と女の子達と仲良く出来るんだよねー」

「……何で意外なんだ?」

「え、僕はあんまりだから」

「お前とユキワラシは関係ないだろ」

「まあ、そうだけど。同じ男としてちょっと羨ましいというかなんというか…」

「…ユキワラシ、メスだぞ」

「………」

「……お前…」

「……え、」

「…嘘だろ」

 

お前、何年相棒やって貰ってると思ってるんだ。こいつ酷いな、最低だな。

 

「…え…、いつから?」

「出会った頃から」

 

*

 

女の子だったなんて…、僕は…僕は…と一人嘆いているヤマトを放置しておいてモモに声を掛ける。

 

「これから仕事か」

「はい、夕方まで」

「ポチエナはいつもどうしてたんだ?」

「お留守番です。お昼ご飯たくさん置いてました」

 

好きな時に好きなだけ食べなさいってことか…。それは太る。

 

「エーフィとサーナイトが居る間は良いが…、今後はボールに居れて連れ歩くようにした方が良いな、昼食も一緒に食べると良い」

「ポチちゃん、あまりお外に出たがらないの…。お買い物は外でご飯が食べられるから好きなんですけど…」

「買い食いさせるからだ」

「欲しがるの…」

 

しょんぼりと肩を落としたモモ。

ポチエナの楽しみが食べることだけというのが太る原因の一つだろう。

そこで楽しく痩せる作戦その2がある。その1はダイエット仲間と一緒に痩せるだ。

 

「楽しく痩せる作戦その2」

「はい」

「健康的で美しい指導者と運動」

「健康的で美しい指導者…」

「誰それ!!」

 

ヤマトが食い付いた。が、無視。

痩せる為には見本となる存在が必要だ。周りに太った者が居れば安心感がある。自分はまだ大丈夫。そう思っている者の体重が減るわけがない。

この人のようになろう、そう思わせる為に健康的で美しい指導者が必要になるわけだ。

 

「その指導者の方はこちらです」

 

じゃじゃーん、と扉の方に手をやればヤマトとモモの視線が扉へと向く。

扉をバンと開けて仁王立ちするのはうちのミミロップことミミローくんだ。

 

「ミミローくんだね」

 

そう、ミミローくんだ。

 

「健康管理に厳しく、美しい身体を維持する為の運動を毎日しているミミローくんだ。普段から健康に気を遣い運動を怠らないミミローは自身で太りにくい体質を作りあげている」

「プロじゃーん!!!」

「私も隈を作ると怒られる」

「すごい厳しいね…」

「厳しい…」

 

ヤマトの言葉に私は頷いた。本当に厳しい。

健康第一、無病息災を本気で掲げてるからな…。医者の鏡だ。

 

「やるからにはとことんやるから覚悟しとけ肥満共!!」

「えぇー!!酷いっ!!」

「サナサナー!!」

「フィー…」

「サーナイトはとりあえず10キロくらい走って来い」

「サナァアアア!?!?」

 

苛めるのはやめてあげなさい。

仕事に行って大丈夫か、モモが本気で迷ってるから。

 

「シンヤさん…」

「大丈夫だ、私も付き添うから。気を付けて行って来い」

「はい…。では、いってきます」

 

よろしくお願いします、と家を出たモモをヤマトが手を振って見送った。

ポチエナは本当に軽い運動から、庭を転がってるくらいで十分だろう。とりあえず動かそう。

 

「じゃあ、シンヤ」

「ん?」

「着替えて。はい、服」

「私もか」

「ついでにシンヤも運動したら良いと思って。デスクワーク鈍るし」

 

ここで私だけサボってるわけにはいかないしな…。渋々、ミミロップから服を受け取った。

あ、ジャージだ。

 

*

 

ジャージに着替えた私とミミロップ。

ヤマトがポチエナを抱えて庭へと降ろした。ずっしり感が凄いな。

 

「移動させました!先生よろしくお願いします!」

「よし、ひたすら転がす作業を始めろ!」

「…え、僕が?」

「転がされてるだけでも筋肉使うから、とりあえずそこから」

 

早く転がせよ。と急かされてヤマトはポチエナをコロコロと一生懸命転がし始めた。

ポチエナを無理に走らせたりすると足に負担が掛かるからな。ボールに手足生えてるみたいになってるし…。

 

「私もストレッチでもして体をほぐすか…」

「フィー」

「サーナ、サーナ」

 

え、僕はひたすらポチエナ転がすだけ?とヤマトが疑問を口にしたが無視しておいた。

 

「そういえばー、シンヤー」

「なんだ」

「ミロちゃん今日は連れて来てないの?」

「ああ、寝てたからな」

「起きた時、怒るんじゃないのー?」

「朝早くに出るって言ってたのに起きないアイツが悪い」

「彼女にそれは冷たいんじゃないのー?」

「彼女じゃないしな」

「え!?」

「男だし」

「ああ、そういう意味か…。でも、彼女でしょ。恋人同士なんだから」

「男同士で彼氏彼女なんて言い方するもんなのか?」

「…いや、僕は知らないけど」

「私も知らん」

 

ぐーっと前屈しながらヤマトに返事を返す。

あ、なんか硬くなったかもしれない。運動不足だな…。

 

「シンヤ、転がすの代わってよ。僕、疲れた…」

「もうか?」

「重いから腕が疲れるんだもん…」

 

腕がだるいとヤマトが横になった。ポケモンレンジャーのくせに情けないな。

仕方ない、とヤマトの代わりにポチエナを転がす。重量ハンパない。

 

「なんだこの作業感…、もう嫌になる…!」

「あ、でもポチエナ可愛いよ。ポチちゃん、ごろごろされて気持ち良いね~」

「きゃう~」

「「…可愛いっ!」」

 

コイツ可愛いぞ、重量感も愛しいねとヤマトと楽しく転がしていたらミミロップに冷たい目で見られた。

 

「真面目にやってくれる?」

「はい…」

「すみません…」

 

*

 

転がるのは楽しいと思わせる為にヤマトがポチエナと一緒にコロコロと芝生の上を転がる。

ポチエナも楽しそうに転がっているから順調だな。

ミミロップに扱かれてサーナイトがバテた。エーフィは木の陰でサボっている。ポチエナに悪影響だから、だらけるのはやめてほしい。

エーフィも一緒に転がってこいと声を掛けて、嫌ですと返事が返って来た時。家のチャイムが鳴った。ピンポーンという音にヤマトが体を起こす。

 

「誰か来たね」

「出て来る」

 

私が玄関へと行けば頬を膨らませたミロカロスが居た。おそよう、ねぼすけ。

 

「起こしてよ!!」

「声は掛けた」

「嘘だ!!」

「本当だ」

 

ちゃんとトゲキッスが声を掛けた。アイツは優しいから無理に起こしたりしないんだよな。

起きなかった俺様が悪いのか…、と肩を落としたミロカロスの後ろからブラッキーが顔を出した。

 

「順調?」

「今の所な、楽しく転がってるぞ」

「転がってんの!?なんだそれ!転がる運動しか出来ないくらい太ってヤバイわけ?超ウケる!!」

「これぐらい丸い」

 

これぐらいとミロカロスが両手で表した。まあ、それぐらい丸いなと私も頷く。

 

「それデカイな!!オレもそのポチエナ見たい!!何処に居んの?」

「庭だ」

 

楽しそうに庭の方へと歩いて行くブラッキーの後を追いかける。そろそろ昼食の用意しないと…。

「あ、ツキくん」とヤマトの声。その後にブラッキーのよく分からない奇声が聞こえて来た。

 

「どぅええええええ!?」

「どえ?」

 

ミロカロスが首を傾げる。

 

「ポチ、ポチエナ…!!!」

 

ポチエナを指差しながらブラッキーがこちらを見たので、うんと頷いて返してやる。うん、ポチエナだな。

 

「女の子じゃん!!!」

「だから何だ」

「ちょ…っ、かなり可愛いんだけど。このフォルム、すごいエロいし!!!」

「…へえ」

 

ポケモン目線だとそんな風に見えるもんなのか…?

そうなのか?とミロカロスに聞けば、「超デブ」と返って来た。

 

「ポ、ポチエナちゃん、こんちはっ!」

「きゃうっ」

「ぐおおおおお!!激かわあああああ!!!」

「ポチちゃん可愛いよね~」

「可愛すぎてヤバイ!!」

「くぅん…」

「オレ、ブラッキー!!!シンヤの手持ち!!よろしくね!!!今度、一緒に遊びに行こうぜ!!!」

「…きゃう」

「ご飯!!ご飯行こう!!」

 

ダイエット中だぞ。やめろ。

がし、とブラッキーの頭を掴んで力を入れればブラッキーは「あああああ」と悲鳴をあげた。

 

「食事制限中だ」

「あー…」

「痩せないとポチエナの身体に悪いからな。病気になったら可哀想だろう?」

「うん、確かに。でも、今でも十分可愛いから、もうちょい体重落とすくらいで全然オッケーだよ!ポチちゃん!!」

「きゃぅ~」

「シンヤの許可でたら一緒に遊びに行こう!!」

「がうっ」

「しゃぁっ!!!面白いとこ探しとくから楽しみにしといて!!!ポチちゃんもその代わり頑張って、早くシンヤの許可貰ってくれよな!!」

「がぅがぅ!」

 

びし、と親指を立てたブラッキーにゴンとわりと大きめの石が飛んできた。石はブラッキーの頭に当たったがブラッキーは頭をぽりぽりとかいただけ。丈夫だな。

石っていうかもう岩っぽいぞ、この石。

 

「なに?」

「サナサナー!!!」

「帰れ、クソ野郎!」

 

サーナイトとミミロップが石とか草を投げて来る。やめて、私にも当たる。

ゴッ、と鈍い音を立てて石がヤマトに命中した。ヤマトはその場に倒れた。流血沙汰はやめてほしい。

 

「いたーい!!」

「シンヤ、なんかアイツら石投げてくるんだけど!!」

 

なんで喧嘩するんだお前たちは。

 

「サナー!!」

「ツキ、こういう時の為に覚えたワタシの"きあいだま"を食らえ」

「えええええ!?ちょい待ち!!それヤダ!!!やめて!!こわい!!」

 

ポケモンの姿に戻ったミミロップが技を放つ為に構えた。アイツ、本当に打つ気だ!!

慌ててポチエナを抱きかかえてその場から離れる。

ミミロップの放ったきあいだまは結果、外れた。命中率高くないからな…。

外れたことに怒っているミミロップがブラッキーに飛び掛かりそうだったので慌てて捕まえる。

 

「ミミィ!!」

「人の家で暴れるんじゃない…」

「…サナ…」

「なんだよ!!なんで怒るんだよ!!あっぶねぇ!!めっちゃあぶねぇ!!!」

 

心臓バクバクしてる。と胸を押さえてうずくまるブラッキー。まあ、きあいだまだったしな。

 

「サナサナー!!」

「えー?遊びに行っても良いじゃん。痩せた後のお楽しみっての?」

「ミミィ!!」

「なんで?みんなで遊びに行こーよ!!なあ!ポチちゃん!!」

「きゃうきゃう!!」

「ほら!!みんなで行きたいって!!」

「サ、サナ…」

「…ミィ」

「???」

 

サーナイトとミミロップが溜息を吐いた。

こういう奴だったか、こういう男でしたわね、と何故か二人で項垂れている。一体なんなんだ。

 

「よく分かんねぇけど、オレも一緒に運動したいから公園行こーよ」

「今日は庭だけだ」

「狭いじゃん」

「今は狭くて良いんだ、また今度にしろ」

 

もっと広い所で走り回ろうよー、他のポケモン達も居るしー!!と文句を言うブラッキーをエーフィが我慢しなさいと宥める。

 

「オレは遊びに行く!!」

「フィー…」

 

ブラッキーが庭から飛び出して行った。協力する気はゼロだな。

やれやれと溜息を吐いたが足元を見れば尻尾を振ったポチエナ。

 

「きゃうきゃぅ!!」

「……」

 

早く痩せてお外で遊びたい!そう言って目を輝かせたポチエナには自由なブラッキーの姿がこうなりたいと思う目標となったのかもしれない。

 

「よし、まずは健康的な食事だ」

「がぅ!」

 

でも、ブラッキーのようになるのは…どうかと思うけどな。

遊び回ってモモに迷惑を掛けないと良いが…。女の子だから大丈夫だと思いたい。

 

「……」

「きゃぅ?」

 

*



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56

ポチエナのカルテを閉じて小さく息を吐く。

三日で挫折かと思っていたダイエットメニューも一週間目だ。やる気になっているポチエナはもう大丈夫だろう。運動メニューも少し増やそうかと考えているとバタバタと家に誰かが駆け込んできた。

またブラッキーかと座ったまま足音の主が来るのを待っていると扉を勢いよく開けたのは意外にもトゲキッスだった。意外過ぎてびっくりした。

 

「ど、どうした!?」

「シンヤ!!大変なんです!!リッキーさんが!!リッキーさんが大変なんです!!助けて下さい!!」

 

涙目のトゲキッスに腕を掴まれ慌てて立ち上がる。あ、カバン!!医療道具持って行かないと!!と走ってカバンを取りに部屋へ戻った。

 

「行くぞ!」

「こっち!!こっちの出入り口です!!」

 

なにごと?と寝ぼけているギラティナの前を通って反転世界の出入り口に飛び込んだ。

出た先はズイの近く。実家からそう遠くない見覚えのある場所だった。

 

「リッキーさんが苦しんでるんです!!」

 

誰だ、リッキーさん。

トゲキッスに連れられるまま走れば一軒の民家。え、人間?と一瞬不安が過ったが家の中へ入れば呻き声をあげるキリンリキが居た。

ああ、リッキーさん。と密かに思ったのは内緒だ。

 

「おじいちゃん!お医者様、連れて来ましたからね!!」

「わしのリッキーを助けてくれー!!急に、急に苦しみだしたんじゃぁぁ…」

 

キリンリキの傍らに居たトレーナーらしいお爺さん、号泣。

診るからキリンリキをこっちに、と言ってもキリンリキの傍から離れないお爺さん。苦しむキリンリキと同じように苦しむ動きをする尻尾になんか齧られてる。齧られてるぞ、お爺さん。

 

「ヴゥゥ…!!」

「声が籠もってるな…」

 

爺どけ、と禿頭をぺしんと叩いてお爺さんを退かせる。

 

「急に苦しみだしたのか?」

「はい、一緒にご飯食べてました!!」

「…詰まってるんじゃないか、これは…」

「リッキーさん、今日はカゴの実を食べてました」

「ちゃんと飲み込めないなら細かく切って与えるとかしろ!!」

「リッキーぃいいい!!しっかりするんじゃぁあああ!!」

 

両手を消毒して薄手のゴム手袋をバチンと右手に装着。

そのまま苦しむキリンリキの口に右手を突っ込む、指先が硬い実に触れた所でそれを奥へと押し込んだ。

ゴクン

と大きな音と共にキリンリキが喉を嚥下させる。

大きく息を吐いたキリンキリはパチパチと瞬きをしてからすっきりしたと鳴き声をあげた。

 

「リッキー!!良かった、良かったぁああ!!」

「良かったですー!!」

 

わんわんと泣くお爺さんとトゲキッス。

見た所、トレーナーのお爺さんと同じくキリンリキもなかなかの老体。爺同士だな。

 

「これからはちゃんと細かくして与えるように。老体は咀嚼して嚥下する力も低下するんだ、十分気を付けて」

「先生、ありがとうございますぅぅ…!!」

 

トレーナーのお爺さん、アンタにも言ってるんだからな…。

おじいちゃん良かったですね、これからは気を付けましょうねと笑うトゲキッスにお爺さんは頷いて返していた。

お礼にと木の実を分けて貰ったのでトゲキッスと二人で反転世界へと帰る道を歩く。

 

「リッキーさん、なんともなくて良かったです」

「そうだな」

 

というか、お前の友好関係はどうなってるんだ。とは思ったがそこはトゲキッスの自由なので聞かないでおこう。

どうせ朝の散歩で仲良くなったとか、休日のボランティアに参加してる時に知り合ったとかそんなのだろう。ブラッキーを見習えとは言わないがもうちょっと若々しい行動しても言いんだけどな…。私も人の事を言えないが…。

 

「シンヤ…、あそこにヨルさんが居ます」

「ん?」

 

トゲキッスの指差した先にサマヨールが居た。人の姿で出歩く事が少ないサマヨールは当然ポケモンの姿。若干、薄暗い森の方へと歩いて行った。

 

「最近、ヨルさんあんまり帰って来ませんよね」

「そういえば居ない時が多いな」

 

手伝ってもらおうかな、と思った時に居ない事に気付く事が度々あった。

でも、ミミロップもサーナイトも今はミュウツーも居るから基本、手は足りてる。というかミュウツーがマメに働いてくれるとアイツ一人で十分だ。

 

「帰って来た時、なんだか凄く疲れた感じなんですよね」

「そうか?」

「うーん、俺が気にし過ぎなだけなんでしょうか…?」

 

心配だなぁ、と呟いたトゲキッス。

しっかりしてる奴だから大丈夫だと思って特に気にしてなかったが、そう言われると私も気になってくる。

 

「追いかけてみるか?」

「え、珍しいですね」

「お前がそんな風に言うから気になった」

「ううーん、でもヨルさんが知られたくない事だったら…」

「その時はその時だ、見ても黙っておけば良い」

「えー!」

 

行くぞ、と私が歩き出せばトゲキッスも慌てて追いかけて来た。

サマヨールが歩いて行った森へ向かう。なんだか薄暗くて不気味だ。ゴーストタイプが好きそうな感じだな

 

「シンヤ、出掛けるって言ってないんですから遅くならないうちに帰りましょうね」

「お前は本当に良い子だな…」

 

*

 

サマヨールを見付けた。

その姿を見付けて、慌てて隠れた。

まさかの現場を目撃してしまった…と私はカバンを抱きかかえて溜息を吐いた。

 

「お友達ですかね?」

「……」

 

トゲキッスが首を傾げて見つめる先にはサマヨールとムウマージ。

離れていて声は聞こえないが二人は寄り添うように座って話し込んでいる様子だ。

 

「デート中なんじゃないのか…?」

「あ、そうなんですかね。でもそんな幸せな感じは伝わって来ませんけど…」

「どんな感じだ?」

「ちょっとヨルさんが困ってる、感じ?」

 

見ても全然分からん。

もう帰ろうかな、と思った所でムウマージが大きな声を出して怒っていた。

 

「あ!」

「…?」

「気付かれちゃいました…」

 

あーあー…。

すみません、とトゲキッスが素直に立ち上がりサマヨールに頭を下げた。

トゲキッスを見たサマヨールが人の姿になって苦笑いを浮かべる。

 

「ヨルさんを見掛けてつい、追いかけちゃいました…」

「いや、構わない…。変な所を見られてしまったな…」

「どうしたんですか?困ってるならお手伝いします」

「実は…ムウマージがコンテストに出たいそうでな…。しつこく、主であるシンヤに会わせろと言ってくるんだ」

 

私…?

トゲキッスの足元に座ったまま首を傾げた。

というか、トゲキッスに気付いても私の存在に気付いてないらしい。

 

「シンヤなら会ってくれますよ?」

「しかし、主は忙しい身だ。それにコンテストへの参加も好んでいない…。わざわざ主の手を煩わせるわけにはいかない…。それも野生のムウマージごときの為になんて」

「ムゥウ!!!」

「主の居る場所に連れて行かないと主の家族を苦しめてやると恐喝してきてな…、ここ最近は説得に悩んでいる…。もうそろそろ物理的に黙らせてやろうかとも思っているが…」

「ム!?」

「ぼ、暴力は良くないですよ!!」

 

慌てるトゲキッスの腕を掴んで私も立ち上がる。

サマヨールが驚いたのか目を見開いていた。

 

「あ、主…!?」

「ムウゥウ~!!」

「私はコンテストに出ないが私の妹を紹介してやろう。妹の手持ちにも余裕があったしな」

 

コクコクと頷いたムウマージ。上手くやれるかはムウマージとノリコ次第だがムウマージはコンテストに出れるし、ノリコも手持ちが増えることに反対はしないだろう。

 

「主…、手間を取らせてしまって申し訳ない…」

「些細な事だ、気にするな。何かあったらすぐに言ってくれて良いんだからな?」

 

よしよし、とサマヨールの頭を撫でる。

サマヨールは申し訳なさそうに小さく頷いた。

 

「頼ってくれる方が私は嬉しい」

「主がそう言ってくれるのなら…」

「困った時はみんなで協力して解決しましょう!!」

 

わーい、とトゲキッスがサマヨールの手を取ってハシャいでいた。こういう所はまだ子供っぽくて可愛いな。

一緒に嬉しそうにハシャいでいるムウマージを見て、ノリコは今何処に居るかと考える。

 

「ノリコちゃん、まだズイに居ましたよ」

「そうなのか?」

「はい、公園でよく見掛けます」

 

演技の練習してるんですよ、とトゲキッスが笑った。私よりトゲキッス達の方が色々と詳しいな。

 

「カズキも出掛けては戻って来ているのを見掛ける…」

「双子が頻繁に実家に帰ってるのか…、私も顔を出さないと母さんが怒るな…」

 

ああ、それに私の事も家族にはちゃんと説明しないと…。あとツバキもな…。

何から説明しよう、と思った所でムウマージに早くしてよと急かされた。

 

「とりあえず、実家に顔出すか。ノリコに会いに」

 

*

 

人の姿のトゲキッスとポケモンの姿に戻ったサマヨール。そして野生のムウマージを連れてガチャリと家の扉を開けた。

 

「ノリコー、居るかー?」

「はぁーい!!って、お兄ちゃん!!どうしたの!?」

「実はお前にゲットして貰いたいポケモンを連れて来たんだ」

 

ムウマージなんだが、と傍に居たムウマージへ視線をやる。

ノリコと目が合ったらしいムウマージがにこにこと笑いながら体を揺らした。

 

「コンテストに興味があるらしくてな」

「えぇ!?そ、そうなの!?でも、のんで大丈夫かなぁ!?嬉しいけど、のんはお兄ちゃんみたいに上手じゃないし…!!」

「一緒に上達出来る方がムウマージも嬉しいと思うぞ?」

「ほ、ほんと?ムウマージ…、一緒に頑張ってくれる…?」

「ムウウー!!」

 

頷いたムウマージを見てノリコが笑みを浮かべる。

晴れてムウマージはノリコの手持ちとなった。いやぁ、良かった良かった。じゃあ帰ろうと家を出ようとしたら呼び止められた。

 

「シンヤ、ちょっと」

「…母さん…」

「今、時間あるんでしょ?」

「あー…」

 

目がこわい。どうしよう。

隣に居るトゲキッスに視線をやれば、困ったような表情を返された。私も困った。

私と母さんを交互に見ていたノリコが「ねえねえ」と声を掛けて来る。

 

「っていうか、お兄ちゃんどうしたの?」

「何がだ…」

「左目、赤いよ」

「ああ、赤くなる時だってある…」

「へぇー…って、無いよ!!普通無いよ!!どうしたの!?」

 

がし、とノリコが私の腕を掴んだ。

左目が潰れたから赤い目を移植して貰ったって言うと、なんで潰れたかも説明しなければいけない。そうなると…そもそもどうして倒れたのか、と…芋づる式に説明していかないといけなくなる。

 

「今度、説明する…」

「シンヤ!!めんどくさいからって説明しない気ね!?」

「今度する。今はしない。長くなるから今度、家族が揃った時に説明する」

「揃った時~…、お父さんとカズキのタイミング合うのいつかしら…」

「その時にミロの事もまあ…、言う」

「紹介しなさい!!まず、連れて来なさい!!」

「いずれ」

「いずれっていつ!!」

 

お母さんは楽しみで楽しみでならないのに!!と嘆かれた。

その母さんをノリコが宥める。

 

「お兄ちゃんが今度するって言ってるんだから、ちゃんとしてくれるよ。有言実行の男だからね」

「…そう、ね」

「うん、今はしないって言ったら何言っても無駄だよ。頑固で言葉曲げないもん」

「そうね、お父さんとカズキに連絡しときましょう!!」

「オッケー!!のんがカズくんに連絡しとく!!」

 

ビシと親指を立てたノリコに母さんが頷いて返した。

これは早々に説明することになりそうだ…。ミロカロスの奴も連れて来るのか…。ポケモンだって事は黙っておいても、男だって事はバレるだろうなぁ…。

 

「だ、大丈夫なんですか…?」

「分からん…」

 

ヤマトの時も予想外だったからな…。

どういう反応をされるか…。

また今度、ちゃんと話してよね。と念を押されたのでコクンと頷いて返しておいた。

さあ、話も終わったし帰ろうか。

トゲキッスとサマヨールにそう声を掛けた所でノリコに服を掴まれた。

 

「お兄ちゃん、のんに演技の特訓してくれない?」

「えぇぇぇぇー…」

「美しき新星でしょ!!」

「名乗った覚えなんて無い…」

「良いからー」

 

母さんに手を振られ、ノリコに引き摺られるように公園までやって来た。

公園と言ってもベンチ、花壇、滑り台付きのオブジェがあるだけでブランコとかがあるわけじゃない。ほぼ広場、だ。

ベンチにはポケモンとのんびり日向ぼっこをするお年寄り、ポケモンを連れて遊びに来た近所の子供がちらほら…。

 

「キッス兄ちゃんだー!!」

「あーそぼ!!」

「ルリー!!」

 

男の子と女の子とマリル。

知り合いらしいトゲキッスが手を引かれて連れて行かれた。アイツ、顔広いな。私は何処の子供がさっぱり分からん。

 

「そういえばあのキッスって人、お兄ちゃんの知り合いだったんだね」

「ん?ああ、まあな」

 

ノリコが眉を寄せながら子供に連れられて行ったトゲキッスを見た。

 

「話したことないけどここでよく見掛けるもん。良い人なんだろうけど、なんかねぇ…」

「なんか、って何だ。キッスは良い子だぞ?」

「だって、あの人…。日替わりで美人連れて歩いてるし」

「…え?」

 

ポケモンの姿のまま隣に居たサマヨールに視線をやれば、首を横に振られた。知らないらしい。

 

「まあ、よく一緒に居る赤い髪の人はキッスさんだっけ?あの人と一緒に掃除手伝ったりお爺ちゃんお婆ちゃんとお話したりしてるけど」

「ああ…なんだ…」

 

ミロカロスか…。そういえばよく一緒に出掛けてるな…。

そうなると他の美人はサーナイトとかだな…。

 

「お兄ちゃんの知り合い?」

「まあな」

「どの女の人がキッスさんの彼女なの?」

「いや、別にどれも彼女じゃないぞ…。キッスは凄く面倒見が良くて付き合いが良いだけだ…」

 

どいつもオスだしな。

 

「そうなの?緑色の髪の人が本命かなーって思ってたんだけど。腕組んで歩いてたし」

「それは癖みたいなもんだ」

「緑色の髪の人の?」

「そう」

 

サマヨールがうんうんと頷いた。歩く時、すぐ腕掴んでくるからな…。

でも、トゲキッス以外には鬱陶しがられてるから…基本トゲキッスの腕掴んで歩いてるな…。そういえば。

 

「そっかー。じゃあ、変な誤解しちゃってたなー。今度から会ったら挨拶しよー」

「そうしてやれ」

 

私が頷けば、ノリコが何か思い出したのか口をパカと大きく開けた

 

「?」

「あのキッスさんとね!!たまに喋ってるカッコイイ人居るんだけど!!お兄ちゃんの知り合いかなぁ?」

「誰だろう…」

「イケメンなんだよ~!!カッコイイなぁって思ってたんだー、ちょっとチャライ感じするけど」

 

ブラッキーだな。

アイツも公園によく行くって言ってたから。

 

「あの人、紹介して欲しいな!!」

「ノリコ…お兄ちゃんはな。お前にはもっと相応しい堅実な男が居ると思う…、よく考えろ」

「え!?そんな言われるくらいダメなの!?」

「いや、悪い奴では無いぞ。良い奴だ」

「じゃあ良いじゃん」

「可愛い女の子と友達になるのが趣味だ」

「うん、やめておこう」

 

サマヨールがうんうんと頷いた。

まあ、仲良くなる分には何も言わないが…、可愛い妹が自分の手持ちのブラッキーに恋愛感情抱きかけてるなんて…。

人の姿禁止令を出す所だ。

 

「お兄ちゃんみたいにカッコイイ人、紹介してよ」

「人かー…」

 

難しいな。

私の知り合い、ほとんど人じゃない。

 

「この前、家に来た人でも良いよ!!白い髪の」

「この先、良い出会いがある。まずはコンテスト演技を極めようじゃないか…妹よ」

「紹介したくないのね」

「難があり過ぎて…」

「お兄ちゃんがそう言うなんてよっぽどなんだね…」

 

ごめんな、力になってやれなくて、と謝ればノリコは良いよ良いよと苦笑いを浮かべた。

とりあえず可愛い妹の力になれる事をしてやりたいと思う。

 

「演技の特訓、するか」

「うん!!すっごい演技したいもん!!一次審査トップで抜けられるくらいになりたい!!」

「じゃあ、代わるか…」

「何をかわるって?」

「コーディネーターモードに」

「は?」

 

じゃあ、あとよろしく。と頭の中でそう言えば「任せなさい」とコーディネーターのシンヤが不敵に笑った。

 

「私が教えるからには、恥じぬ演技をしてもらいますからね」

「なんで敬語!?」

 

*



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57

リビングのソファに座って、ずずずとお茶を啜る。

同じようにお茶を啜ったミロカロス…。二人。

出掛けたミロカロスがツバキの所から色違いのミロカロスであるイロを連れて帰って来た。なんでもイロが私に会いたいから連れて行ってくれとミロカロスに頼んだらしい。

…で、用件はなんだ。

 

「ああああああ、あの…っ」

「…なんだ」

「ご、ご相談がっ、あり、まして…」

「言ってみろ」

「はいっ、あの…その…えっと…ですね…」

 

早く言えよ、とミロカロスが目を細めて呟いた。

どうやら頼まれたから連れて来たものの用件はミロカロス自身も知らないらしい。

 

「実はっ!!」

「「うん」」

「エンペラーさんのことが、好きなんです!!」

「…そうか」

「ふーん」

 

顔を真っ赤にして言ったイロは可愛いと思うけど、だからどうしたな内容に私は再びお茶を啜った。あ、もうぬるい。

 

「チルー、お茶淹れてくれー」

「はーい、すぐにご用意しますー」

 

キッチンの方に居たチルタリスが急須とまんじゅうをお盆に乗せてやって来た。湯呑みに注がれた熱いお茶の湯気を眺めてまんじゅうを頬張る。

隣で同じようにまんじゅうを食べたミロカロスが「これ美味しいね」と話かけて来たので頷いて返す。

 

「ツキさんがお土産に買って来てくれたんです。何処に行っていたかは存じませんが」

「黄色あんこ!!」

「黄身あん」

「きみあーん」

 

ミロカロスが二つ目のまんじゅうに手を伸ばした時、イロがテーブルを叩いた。

 

「相談に乗って下さいぃいい!!」

「どーでもいい、帰れ」

 

ずば、とミロカロスが斬って返す。

ミロさんのバカーとイロが泣きだした。

 

「イロ、私にどうしろと言うんだ」

「…どうしたら良いか教えて欲しいんです…」

「知るか」

「うええええええん!!」

 

泣かれても困る。どうしたら良いか聞いたのに、どうしたら良いか教えろってどういうことだ。もう意味が分からん。

 

「じゃ、じゃあ!!エンペラーさんは私のことどう思ってると思います!?」

「ツバキの手持ちだと思ってる」

「色違いだと思ってる」

 

私とミロカロスの答えにイロが再び泣いた。

 

「な、なら…、エンペラーさんに好きな人って居ると思いますか…?」

「……ツバキ?」

「かなぁ?」

 

しらね。っていうかどーでもいい。とミロカロスがまたズバリと斬り捨てた。

 

「私、ツバキ博士のお手伝いしてるうちに…傍に居るエンペラーさんのこと気になって来ちゃって…。最近は気付くと目で追ってて…、エンペラーさんって何が好きなのかなぁとか…考えちゃうんです」

「そうか…」

「俺様、送ってあげる。帰れ」

 

にこりと笑ったミロカロスにイロが再び泣く。お前達、意外と仲良くやってるんだな…。

 

「ミロさん!!真剣に聞いて下さいよ!!私、本気なんです!!真面目に話してるんです!!」

「だって、どーでも良いもん」

「この前、綺麗な洗濯物の畳み方教えてあげたでしょ!?次は私のお願い聞いて下さい!!」

「ぶー!!!わかったよ!!じゃあ、俺様がエンペラーに聞いて来るよ!!」

「直接とかダメダメダメー!!!」

 

さてと、途中の仕事を片付けてしまおうかなと湯呑み片手に立ちあがればガシと腕を掴まれた。

 

「…ん?」

「シンヤさん!!お願いします!!それとなーく、探って下さい!!エンペラーさんが私のことどう思ってるか!!」

「えぇぇー…」

 

ツバキの所に今、用事無いし…。いや、話すべき大事な事はあるけど…。

ツバキに関しては家族が集まった時についでに来て貰って話す予定だしな…。個別に説明するとかめんどくさい。

 

「シンヤさん…!!お願いします!!」

 

大きな目に涙を溜めて頼まれるとなぁ…。可愛いからなぁ…、くそぅ…。

 

「まあ、ツバキの所までの移動に時間を取るわけじゃないからな…少し顔を出すくらいなら…」

 

ツバキの所まで直通でギラティナに繋げて貰えば良いだけだし。

 

*

 

ちょっと時間が出来たので遊びに来ました。とぎこちなく言えばツバキは両手をあげて歓迎してくれた。

そのツバキの隣に居たエンペラーは「槍でも降って来るの?」と真顔で言った。

 

「遠路遥々いらっしゃいませ。エンペラー、お茶!!」

 

いや、徒歩2分だった。とはまだ言うつもりがないので黙ったままソファに座る。

 

「はい、お茶」

「ありがとう」

「……あれ?あたしには?」

 

エンペラーから受け取ったお茶を啜る。うーん、渋い。淹れ方が下手だな…。

おいこら、とエンペラーの腕を掴んだツバキ。そんなツバキを無視してエンペラーが首を傾げた。

 

「シンヤさん、トゲキッス連れてる?カバン持ってないけど」

「え…」

 

やばい、そういえば身一つで来た。徒歩2分で来たから。出てすぐだから…。

 

「そういえば手ぶらだねぇ」

「すぐ帰るから置いて来たんだ…」

「すぐ帰るって言ったって…、ポケモンセンターに置いて来たの?不用心じゃない?」

「まあ、大丈夫だから気にするな」

「シンヤさんが大丈夫って言ってるから大丈夫だよ」

 

ね、とエンペラーに言ったツバキ。それでも疑わしげに見て来るエンペラー。

最終的にはまあ良いけど…と無理やり自分を納得させたらしい。カバンは持ってくれば良かったな…。

 

「それでシンヤさん!!わざわざ来てくれたってことは何かあるんでしょ!?そうなんでしょ!?どんな話をしてくれるのかなー!!わくわくー!!」

「え…、うーん…そうだな…、エンペラー」

「なに?」

「好きな食べ物はなんだ?」

「……」

「……え、っと…急に言われると出て来ないけど…」

「じゃあ、考えてくれ」

 

こくりと頷いたエンペラーが眉を寄せて考え出した。

そんなエンペラーと私を見比べてツバキが大きな声を出す。

 

「何をしに来たのかなー!!!」

「エンペラーとお喋りしに?」

「あたしも居るんだけどなー!!!」

 

怒ってるらしいツバキ。いや、だって…用事っていう用事は無いし…。

 

「好きな食べ物は…、ゼリーとか。つるっと食べられる系?」

「あたしと一緒だね」

「っていうか、ここではそんなのばっかり食べてるから」

「あたしが好きだからね」

 

冷蔵庫の中身、大丈夫か…?

あと素麺も好きかな、とエンペラーが言えば。あたしと一緒だね。とツバキが笑った。

食の好みはツバキとほぼ一緒…。

 

「じゃあ、嫌いな物は?」

「ピーマン」

「あたしも嫌いー」

「お前達、なんでも一緒か…」

「仲良しなので」

「不本意だけど付き合い長いからね」

「二人は付き合ってるのか?」

「「……は?」」

 

凄い嫌な顔で返された…。

 

「あたしにはジョシューさんという未来の旦那さんが居るのですがー」

「未来があると良いね」

「うっさい!!想いは伝わる!!」

 

いつかラブラブなのよ!!と拳を握ったツバキを見てエンペラーが鼻で笑った。

いつか…、ねぇ…。

 

「っていうか、シンヤさん」

「なんだ?」

「シンヤさんが人の色恋に口出すとか珍しいね」

「…ちょっと気になって」

「ミロちゃんと喧嘩でもしたの?」

「いや、そんな事はないが…」

 

きょとんとした表情のツバキの横でエンペラーがじとりと私を睨んだ。

 

「僕、鈍い男じゃないんだよね」

「何が?」

「…」

「イロに頼まれたんでしょ?」

 

うーわー。

ばれたー!!

 

「イロちゃん?なんでよ?」

「だって、アイツ。なんか僕に気があるみたいだし」

「はぁ?自意識過剰なんじゃないの?」

「毎日、鬱陶しいくらい視線感じるし声掛けると顔真っ赤にして逃げられるし。変に意識されちゃったなぁって思ってたんだよね」

「シンヤさん、この男、頭可笑しいです。診てあげて」

「…」

 

私が黙り込めば、ツバキが「マジか」と大きく口を開ける。

やっぱりね、とエンペラーが溜息を吐いた。

 

「えぇぇぇえー…、どうしよう…。あたしの可愛いイロちゃんが…!!」

「シンヤさん、僕はポケモンのメスとか無理だって伝えといて」

「おい!!やめろ!!イロちゃんが傷付くでしょ!!」

「いや、だって人の姿になるとはいえポケモンを恋愛対象に見るとか無理だし」

「やめてあげて!!目の前にポケモンのオスを恋愛対象に見てる人いるから!!!」

「…」

 

ぐさぐさ刺してくるな…。別に良いけど…。

ああ、ごめんね。と思い出したかのように、けろりと謝ったエンペラー。

 

「こんな男の何処が良いの!!イロちゃんのお馬鹿!!」

「っていうか、シンヤさんの所のミロはオスだからって思ってたけど。イロも薄いから、ミロカロスってポケモンは総じて薄いものなのかな。僕、もうちょっと欲しいんだよね」

「なんの話?」

「ツバキくらいならまあ良いんじゃない?」

「何がよ」

「胸」

「シンヤさん!!コイツ最低です!!」

 

まあ、確かにイロはうちのミロカロスと並んでも大差無いくらい…。

………、なんて表現したら良いんだろう…。

 

「スレンダー?っていうんじゃないのか?」

「そーだよー!!そーそー!!スレンダー!!素敵な響き!!足とか細くて長くてスーテーキー!!」

「僕、もっと丸い方が良いな。抱き心地が良い感じの。ね、シンヤさん」

「確かに…」

「シンヤさんゴラァ!!どっちの味方だぁああ!!」

「いや、私も細すぎるのはちょっと…」

「だよね。分かる分かる。なんか骨と皮ってどうなの?みたいな」

「だよなぁ…。うちのミロももうちょっと肉を付けさせようと頑張ってはいるんだが…アイツ、すぐに痩せるんだ…」

「シンヤさんが一緒に食べてあげないから」

「私、そんなに食べれない」

「似た者カップルだね」

 

あはは、とエンペラーと笑えばツバキに怒鳴られた。

 

「イロちゃんの気持ちを考えろぉおお!!」

「す、すまん…」

「僕の気持ちも考えて欲しいな」

 

エンペラーの言葉にツバキがふむと腕を組んだ。

どうぞ、言ってみなさいよ。と何故か偉そうに指示されたエンペラー。少し眉を寄せたが頷いて言った。

 

「ポケモンのメスとヤるとか無いわー」

「シャラァアアアップ!!!」

 

Shut up!…な。

エンペラーの胸倉を掴んだツバキ、そのツバキの腕を必死に掴む私。

 

「落ち付けツバキ!!」

「エンペラー!!アンタねぇ!!!ここにポケモンのオスとヤッてる人が…!!」

「Shut up!!」

 

ツバキの頭に拳骨を落としてエンペラーと向き合う。

 

「なんかごめんね、シンヤさん」

「もっと心を込めて謝れ…」

「本気のグーだった…、クソ痛い…っ」

 

冷めたお茶を飲み干して溜息を吐く。

このままイロに報告して良いものか…、エンペラーは全くイロに対して興味が無いらしいし…。

 

「イロの事は放って置けば良いよ。その内、また別の男を気にし出すだろうし。アイツ、尻軽っぽいしさ」

「オイ!!どういうイメージだそれは!!あたしの可愛いイロちゃんになんて事を!!」

「だって、アイツ…ちょっと前までミロの事が好きだったでしょ?」

「そうなの?」

「そうだよ。で、喋ってる内に冷めたのか知らないけど今は全く男として意識してないし」

「仲良しだけどねぇ…」

「絶対にビッチだよ」

「や・め・ろ!!」

 

ガッ、とツバキが再びエンペラーの胸倉を掴んだ。エンペラー、口悪いな。

…まあ、尻軽とは言わず。惚れっぽいらしいイロ。

報告は上手く聞けなかったと謝っておけば良いか…。わざわざちゃんと報告して傷付ける必要も無いだろう…。

言い争いを始めたツバキとエンペラー。もう帰るからな、と声を掛ければ文句を言われたが無視して外に出る。

そして、徒歩2分で家に帰宅。

ツバキが近くのポケモンセンターに行ったとして…私が居なかったら疑問に思うだろうか…。まあ、その時はその時だな。

 

「ただいま」

 

ガチャリとリビングへの扉を開ければソファに座っていたミロカロスが「おかえり」と言って手を振った。

そのミロカロスの向かいのソファに座ったイロと…、ギラティナ。

 

「ギラティナさん…あの、ご趣味は…?」

「は?…え、趣味?あー…、人間観察?」

「素敵なご趣味ですね!!」

「…いや、悪趣味だって自分でも思ってるんだけど…」

「他人に理解されずとも私は理解出来ます!!」

「いや、自分で理解してるって言ったよ…?」

 

ミロカロスの隣に座ればミロカロスは小さく溜息を吐いた。

 

「シンヤが出掛けた後さー、ギラティナが来て…それからずっとこの調子…」

 

俺様、無視されて暇だった。とミロカロスが項垂れた。

 

「私の趣味は…最近、お菓子作りに凝ってまして」

「え!?聞いてねぇけど!?」

「ツバキ博士がゼリー好きなのでゼリーのレパートリーばっかり増えちゃうんです!!」

「まさかの話続行!?え、ちょ、シンヤ…コイツなんなの…!?」

 

オレ、こわい!!とギラティナが少し泣きそうな顔で言った。

少し考えた私は頷いてソファから立ち上がる。

 

「よし、ミロ。外におやつでも食べに行こう」

「えー!?マジでー!?やったー!!」

「喫茶店で良いな」

「良いよ!!」

「ちょ!?え、オイコラ!!シンヤ!?ねえ、ちょっと!!」

 

もう、付き合うのがめんどくさい。

 

「コイツ、蹴り出して良い!?反転世界から蹴り出して良い!?」

「「どうぞ」」

「あ、良いんだ」

 

*

 

しくしく、と泣きながら帰って来たイロを見てツバキが悲鳴をあげた。

 

「イロちゃん!!どうしたの!?」

「うう…運命の人だと思ったのに…」

「はい!?」

「鬱陶しいって蹴り飛ばされました…、私って鬱陶しいですか…?」

 

イロにそう問われたツバキはううんと口籠る。

 

「ねえ、ちょっと」

「は、はい…」

「焼けちゃうんだけど」

「え…!!」

「洗濯物干しっぱなしで出掛けてさ、さっさと取り込んで畳んでくれないと…」

「エンペラーさん…!!私、私やっぱりエンペラーさんだけです!!」

「は?」

 

うふふ、と笑ったイロを見てエンペラーは眉間に皺を寄せた。何を言ってるんだこのビッチはと顔を歪めたエンペラーを見てツバキは目を瞑る。

なんとなく察した。

可愛い可愛い自分のイロが…、エンペラーの洗濯物が焼けるとの発言を。

妬ける…つまり、「嫉妬しちゃうんだけど」と捉えた事をツバキはなんとなく察したのであった。

 

「イロちゃん…!!可愛いけど…あたしは悲しい…!!」

「なんかハシャいでて気持ち悪いね、あのビッチ。良い男でも見付けて来たのかな」

「ビッチって言うな!!ただ思い込みが激しくて天然さんで…男好きなだけ!!」

「クソビッチだね」

 

*



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58

電話が掛かって来た。

はい、もしもし。と出れば画面にはゲンが映っていた。

 

<「やあ」>

「おー」

 

そういえば連絡先を渡したな、と思いながら会話をして時間があったらご飯でもと誘われたので了承する。

今日は外で食事して来るとチルタリスに伝えて医療道具の入ったカバンだけ持って出掛けた。

一人でお出掛け?とギラティナに聞かれたので頷いて、デートと返事を返しておく。

 

「じゃ、行って来る」

「見張ってるからな!!」

「うん、見張っててくれ、帰る時に入口作ってもらわないと駄目だからな」

「…あ、そんなノリか…おっけー」

 

*

 

『カフェやまごや』の前でホットミルク片手に空を見上げる。ここで待ち合わせしてると言ったら中の店員さんがくれた。

ホットミルクをこくこくと飲み干して、やって来た青い影に手を振った。

 

「やあ、シンヤ」

「相変わらず青いな」

「シンヤも黒っぽいじゃないか」

「たまにちゃんと白衣着るぞ」

「正装は大事だよ」

「……じゃあ、なるべく着るようにする」

 

良い子良い子と頭を撫でる振りをしてゲンが笑った。

 

「さてと、食事をするにしては少し早いし…何処か行こうか」

「そうだな」

「行きたいところはある?」

「バトルしない所」

「……なんでそんなにチクチクした言い方なんだい?」

「言っておかないと連れて行かれるから」

「何故だろう、罪悪感が沸き起こるこの気持ち…。覚えがあるような無いような…」

 

ううん、と唸りながら頭を抑えたゲン。

そのゲンの背中にでもぶら下がっていたのか肩からひょっこりと顔を出したリオルと目が合った。

 

「がぅがぅ!」

「…!コラ、リオル!」

 

誰だお前!と威嚇して来たリオル、手を伸ばして頭を撫でてやれば目を瞑ってきゃっきゃっと笑いだした。可愛い。

 

「シンヤだ、よろしくな」

「がーぅ」

 

可愛い可愛いと撫でくり回しているとゲンが笑った。

 

「ポケモンを前にすると波動が優しくなるんだね」

 

そんなこと言われても知らない。

 

*

 

街の方に行こうか、なんて言っていたがリオルに引っ張られ、草むらの中をガサガサと走りまわるリオルを眺めた。

ポケモンは街中を歩くより草むらを走る方が良いんだな…。

 

「なんかごめん、シンヤ…」

「いや、こういうのんびり出来る日も悪くない」

 

家に引き籠もりがちだったし。

地べたに座ってリオルを眺めていると何処かへ走って行ってしまったリオル。

ゲンが慌ててルカリオを出して一緒に探しに行く、その背を見送ってからごろりと寝転がった。

服が汚れるなぁとは思いつつも、土と草の香りに包まれて気持ちいい。

寝転がる私の傍を通りがかった野生のロゼリアと目が合ったのでお腹をつついてやった。仕返しにとロゼリアが私の頭に両手の花をわさわさと押し付けてくる。

やめろ、お前それ毒あるだろ。

 

「お前、香りが強いから元気だな」

「ロゼー」

 

良い香り…落ち着く。

家に一匹、ロゼリアが居ても良いかもしれない…。

私の腹の上に座ったロゼリアが体を動かす度に甘い良い香りが漂う。

 

「ロゼー」

「ロゼー」

「…」

 

あ、ロゼリア増えた。

 

*

 

勝手に走って行ってしまったリオルを捕まえてシンヤの所へと戻るがシンヤの姿が見えない。

辺りを見渡すとルカリオが草を掻き分けた。

 

「ガゥ」

「「「ロゼー!」」」

 

シンヤに群がっていたロゼリアが慌てて逃げて行く。

その場に残ったシンヤはすやすやと眠っていた。

 

「がーぅ!」

 

リオルがシンヤの隣に寝転んだのでどうせだから私も便乗させてもらおう。

シンヤの傍に寝転がれば甘い香りがした。ロゼリア達の香りだろう…、それがまた落ち着く。この状態ではつい寝てしまうのも頷ける。

 

「少し休むよ」

 

私がそう言えばルカリオは頷いた。

 

少しだけ…少しだけ…、

浅く眠りについた私は夢を見た。

今とは違う波導をまとったシンヤが居て、そんなシンヤを見て自分の波導が震える夢を…。

 

愛しいと切ないと震える波導……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲン」

「…!」

 

目を開ければシンヤの両目とパチリと目が合う。

黒と赤のオッドアイ。

会った瞬間に気付いたがその赤い目はどうしたのかと問うのはやめた。聞いて答えてくれたとしても私の中に残るのは少しの嫉妬心だけだろう。

知らなくて良い。シンヤの体の一部として生きる赤い目の存在なんて。

 

「どうした?」

「…」

 

私はどうしてシンヤに愛おしいという感情を持つのだろう。

どうしてシンヤの笑みに波導がこうも乱されるのだろう。

 

「シンヤ、私はキミを知っているのだろうか…?」

「…!」

「言葉としてどう表現して良いか分からない、自分であって自分じゃないような…私の中にあるこの感情は…」

「気にするな、魂が同じなだけだ」

「え…物凄く気になるんだけど…」

「気にしたってどうにもならないから、気にするなって言ってるんだ」

「…」

「でも…、覚えていてくれて嬉しいよ」

 

ゲンは何も変わらないな、と笑ったシンヤの言っている意味は全く分からないけれど。

私の頬を伝った涙は「嬉しい」という感情が込められていた。

 

*

 

「がぅー!」

「ロゼリア、はなびらのまい」

 

ごろごろと転がっていったリオルはロゼリアの攻撃をくらって目を回して倒れた。

やったやった、と喜ぶロゼリア。勿論、その辺で声をかけた野生のロゼリアだ。

 

「負けちゃったね、リオル」

「がーぅぅ…!」

「昼食代はゲン持ちだぞ」

 

リオルの特訓にと野生ポケモンとバトルをしていたのだが、

成り行きでリオルが勝ったら昼食代を私が全て払うということになった。まあ、別に構わないのだけれどあっさりと負けてしまうのは悔しいし、と野生のロゼリアに声を掛けた。

そして、勝った。

 

「ローゼ!ローゼ!」

 

ロゼリアにポケモンフードを渡し、手を振って別れた。

 

「何、食べたい?」

「うーん……」

 

*

 

シンヤが出掛けた少し後、少し遅く起きたミロカロスがリビングを見渡す。

キッチンへ行くとチルタリスが「おはようございます」と声を掛けた。

 

「シンヤは?」

「ご主人様はお出掛けされましたよ、外で食事をしてくるとのことでした」

「えー…ヤマト?俺様、また寝坊した…?」

「誰とご一緒かは存じませんが。少しお寝坊さん、ですね…」

「ちぇー」

 

困ったように笑ったチルタリスにミロカロスは口を尖らせる。

しょんぼりと落ち込んだ様子のミロカロスを見てチルタリスが提案した。

 

「ミロさん!お願いがあります!」

「え?」

 

たまご、だいこん、はんぺん、がんもどき…を買って来てください!

そう言ったチルタリスのお使いでスーパーまでやって来たミロカロス。

今日はおでんかー、とカゴにだいこんを入れながら思った。

 

「あれ、ミロちゃん?」

「…あ、ヤマト」

「シンヤと買い物?」

「一人。ヤマトがシンヤと一緒だったんじゃないのか…」

 

じゃあ、ツバキの所…?とミロカロスは首を傾げながら歩き出す。そのミロカロスの後を慌ててヤマトが追いかけた。

 

「ちょ、ミロちゃん!なんで置いてくの!?」

「俺様、買い物あるし」

「良いじゃん、僕と一緒でも!」

「うざーい」

「酷い!」

 

しくしくと泣き真似をするヤマトを連れてミロカロスはカゴにはんぺんとがんもどきを入れた。

あ、今日はおでんなんだと隣に居たヤマトが笑った。

 

「ヤマト、買い物しないの?」

「僕はモモちゃんに会いに来たから」

「あー、ストーカーって奴か」

「違う!!モモちゃんの仕事中にポチちゃんの運動を兼ねて一緒に遊んでたの!」

「ふ~~~ん」

「フィーくんとサナちゃんも一緒だから…」

「なーんだ」

「スーパーの裏に居るよ」

 

買い物したら一緒に行こうね、と笑ったヤマトにミロカロスは買い物カゴを押し付けた。

分かった。じゃあ、お前が持て。という事だろう。

 

「…後は何を買うの?」

「たまご!」

 

おでんのたまご、美味しいよね。と言うヤマトに頷き返したミロカロス。そんなミロカロスの腕をがしと誰かが掴んだ。

 

「!?」

「?」

「ミ、ミロちゃん…!」

 

エプロンを付けた男はこのスーパーの店員なんだろう。腕を掴まれたミロカロスは見知った顔の男を見て、首を傾げて聞いた。

 

「何か用?」

「ミロちゃんの友達?」

「ここのスーパーで働いてる奴、たまに会う。名前はタモツって言うんだって」

「へー、タモツくんかー」

 

こんにちは、と笑ったヤマトを見てタモツは口をへの字にした。

 

「(な、何故、睨まれるんだろう…)」

「たまご買いたいから放して?」

「あ、ご、ごめんね…!」

 

うん、と頷いたミロカロスは目に付いたたまごをヤマトの持つカゴの中に入れた。

これでチルタリスに頼まれた物は入れた。

 

「ヤマト、レジ行こう」

「あ、向こう!モモちゃんのレジなんだ!並ぼう!」

「空いてるとこが良いのになー」

「せっかくだから!ね!」

「待って!」

「「?」」

 

タモツの言葉にミロカロスとヤマトは後ろを振り返る。

 

「ミロちゃん…その人、か、彼氏なの…!?」

「え!?これの事!?」

「これ扱い!?」

 

酷い!と喚くヤマトを睨んでからミロカロスはタモツに視線をやる。

 

「俺様の彼氏はこれの何百倍もカッコイイ!!」

「せめて、倍くらいにしてくれても良いのに!何百倍とか酷いよ!」

「嘘吐いてない!」

「否定出来ない自分が嫌!」

 

なにこの扱いーと泣くヤマトを無視してタモツが眉を寄せた。

 

「彼氏、居るの…?」

「居るよ、世界一カッコイイ!」

「な、何タイプなの!?」

 

え、何その質問と思ったヤマトの隣でミロカロスは「人間だからタイプ無いよ」と答える。

ミロカロスの答えを聞いてタモツが笑った。

 

「人間なんてボクの敵じゃない!キミに相応しいのはボクだ!」

「えぇぇえ!?」

「うざいっ」

「必ずキミをその人間の男から奪ってやる!」

 

言い放ったタモツは走って行ってしまった。所謂、言い逃げである。

そんなタモツを見送ったヤマトはミロカロスに視線をやった。

 

「あんなこと言われちゃったけど…?」

「シンヤに近づいたらぶっ殺す」

「え、それ違うよ!答えとして違う!」

「俺様は勝てる!」

「いや、勝てるだろうけど…っていうか、タモツくんもポケモンなの?」

「見たら分かるだろ!」

「シンヤじゃないから分からない!」

 

ちゃんと教えて!と怒るヤマトにミロカロスは鬱陶しそうに顔を歪めながら答えた。

 

「メタモンだよ」

「なーるーほーどー!」

 

確かに相応しいね!と言って笑ったヤマトはミロカロスから結構な勢いで腹パンを食らった。

 

「ぉげふっ!」

 

*

 

「もう一度、仰ってごらんなさいなぁああ!」

「え、え、え…、ミロちゃんがタモツくんに略奪愛宣言された…」

「なんて羨ましい!」

「えぇぇぇぇ…」

 

ヤマトの胸ぐらを掴んだままサーナイトが涙ぐむ。

 

「夢がありますわ!一度で良いから言われてみたい!」

「タモツってあの売り場に出てるメタモンですよね」

「…ああ、あの冴えない感じの…、まあこの際、贅沢は言ってはいけませんのよ!ワタクシ的には完全に無しな部類ですけども!」

「確か、一緒の売り場にトレーナー居ましたよね。そっちの方にメタモン引っ込ませろって言いに行きましょう。ミロカロスの事云々はどうでも良いとしても、シンヤさんを下に見るなんて…片腹痛いです。原型無くなるまで殴るしかありませんね」

「物理で行きますわー!」

 

特殊技の方が得意ですが、あえて物理ですわー!とサーナイトが拳を握った。

ブラッキー呼んで来て、くろいまなざしをさせましょう。と言いながら立ち上がったエーフィをヤマトが止める。

 

「平和的に!平和的に行こう!」

「俺様はいつでも殺れる!」

「ミロちゃん!やめてあげて!」

 

キミ達の思考はシンヤに傾き過ぎてるよ!良くないよ!とヤマトが言えば「何が悪い」とエーフィがヤマトを睨む。

 

「主人の安全第一ですよ」

「ですわね」

「タモツくんの気持ちも考えてあげよう!シンヤなら大丈夫だから!タモツくんにちゃんと説明して和解してくれるから!」

「シンヤさんの手を煩わせる程じゃありませんよ」

「シンヤの敵はワタクシ達の敵ですわ!」

「本当にやめてぇえええ!」

 

*

 

「くしゅんっ!」

 

すん、と鼻を啜ったシンヤを見てゲンが首を傾げる。

 

「大丈夫かい?」

「すまん、食事の席で…」

「いや、それは構わないけど」

 

ずずず、とコーヒーを飲んだシンヤが小さく息を吐く。

 

「なんか急に出た」

「風邪っていうより、噂の方かな?」

「悪口だな」

「噂は悪いものだけとは限らないよ」

 

そうだろうか、と思いながらシンヤはもぐもぐと口を動かす。

 

「…シンヤ、美味しい?」

「普通だな」

「遠慮せずレストランでも良かったのに」

「面倒だったから近くで良い」

 

早いしな、と付け足したシンヤにゲンは苦笑いを返す。

ハンバーガーを頬張るシンヤなんて少し珍しいんじゃないだろうかと思いながらゲンはコーヒーを啜った。

 

「文句を言うならコーヒーが美味くないな」

「同感」

 

 

今度、美味しいコーヒーを飲みに行こう。

そう言えばシンヤは笑って頷いた。

 

 

*



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59

 

「ゲンとかいう奴と仲良くし過ぎだろ」

「良い友人だしな」

「えー、友人…?まあ、友人…ってそんなもんなの、か?」

 

出迎えてくれたギラティナがうーんと唸り出す。

普通に遊んで昼食食べてルカリオのブラッシングとかして来ただけなんだが…、何か問題でもあったのだろうか。

 

「友人ってそもそも居た事ねぇから分かんねぇ…」

「居るだろ良い友人が。随分と気が合ってるみたいだし」

「…………え、誰?」

 

チル?とか言って首を傾げたギラティナ。

まあ、チル達も友人といえば友人かもしれないが…。

 

「ミュウツー」

「ツー!?……良い友人?アイツ、マジで何処見せろだの、あれは何だのとうるせぇよ?」

「仲良しだな」

「えぇぇぇ…、嘘ぉ?仲良しってそんなもんなの…?……あ、比べる基準も知らないから分からない。仲良しなのか俺ら…」

 

うーん、と唸るギラティナ。仲良しである事に少々不服らしい。

家に帰るぞ、と声を掛けようとした時に噂をすればな張本人がこちらへと歩いてくる。

 

「シンヤ、出掛けていたのか」

「ああ」

 

そうか、と頷いたミュウツーはギラティナへと視線をやって眉を寄せる。

 

「何を唸ってる」

「えー…、なんか…うーん」

「まあ、そんなことはどうでも良い。遺跡を見に行きたいから繋げろ」

「……お前、本当にムカつくなぁ」

「シンヤと同じように言ってるつもりだが?」

「違う。なんか違う。俺の気持ち的に違うんだ。お前じゃなんか違うんだって…!」

「良いから早くしろ」

「シンヤは良くてもやっぱり違うんだよ…、なんだこれ、なんか凄い…腹立つ…」

 

ブツブツと文句を言いながらギラティナが踵を返して歩いていく。そのギラティナの背を追うようにミュウツーが歩き出した。

 

「明日に戻る」

「悪さするんじゃないぞ」

「気分次第だ」

 

ニヤ、と笑ったミュウツー。アイツこの前に持ち出し厳禁の書物を勝手に持ち帰って来たからな…。

読みたい連中で回し読みした後にジュンサーさんに返しに行ったが、凄い怒られた。

さて、帰ろうと歩き出した時に後ろから大きな声で呼び止められた。

 

「シンヤー、そういやヤマト来てるー」

 

了解という意味を込めて手を振って返すと両手を振り返された。

ヤマトか、アイツまた夕食でも食べに来たのだろうか…。

 

*

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

カバンをチルに手渡してソファに座るミロカロスの横に座った。

そして向かいのソファに座るヤマトへと視線をやる。

 

「お前、なんで目が腫れてるんだ?」

「色々と…ありまして…」

「おかえりシンヤ!何処行ってた?誰と行ってた?」

「痛い痛い痛い!」

 

ぎゅーっと手を握られて思わず声が出る。指の骨が折れたらどうしてくれるのか。

おーしーえーろーと迫って来るミロカロスの頭を押し返して少し距離を取る。

 

「ゲンと昼食を食べに」

「ゲーン!アイツか!畜生!」

「友人と出掛けただけだ」

「友人~…、じゃあゲンと俺様どっち大事?」

「勿論、お前だ」

「…えへへー!」

「うわぁ!びっくりするくらい簡単だ、この子!!」

 

簡単で単純な所が楽で良いんじゃないか…。余計な事言うな、という意味を込めて睨んでやればヤマトは慌てて私から視線を逸らした。

 

「俺様はシンヤが居なかった時、チルの手伝いでお使い行ったよ」

「良い子だな」

「だろー!今日はおでんだってさー」

「じゃがいも入ってるか?」

「じゃがいもは買ってない…、家にあるかも。でも、入れるかは知らない」

「言ってこい」

「分かったー!」

 

自分で行きなよ!とヤマトに怒られた。

 

「っていうか、食べたい物が言うだけで出てくるって良い生活だね」

「お前も上手に良い子に育てれば良い」

「僕はそんなポケモンを扱き使うようなことしないから!」

「自主的、うちは放任だからな」

「くっそ…本当に良い子ばっかり…くっそぅ!」

 

チルくん頂戴!、嫌だ。と言い争っているとミロカロスが戻ってきた。

 

「じゃがいも入れるって」

「ありがとう」

「良いよ良いよ、お礼はチューで良いよ」

「お前それ何処で覚えた!」

「ツキ」

 

あいつー!

タダじゃ動かなくなったらどうしてくれる、めんどくさい!

 

「シンヤ、顔にめんどくさいって書いてるけど大丈夫…」

「おっと、しまった」

「え、何処?何処に書いてるの?」

 

あはは、とヤマトが笑った。

 

「ミロちゃんは可愛いねー」

「おっさんみたいな事言ってるぞ」

「ヤマトおっさんかー」

「僕がおっさんだったら同い年のシンヤもおっさんだからね!?」

「ははは。何を言っている、私はもう年を取らないぞヤマト」

「ぐぉおおおお!そうだったぁあああ!」

 

しまったー!なんて頭を抱えて叫んでいるヤマト。

阿呆は放って置こうと再び隣に座ったミロカロスの頬にキスをする。

 

「お」

「お礼のチューとやらはこれくらいで良いか?」

「えへへ、良いよ!」

「うー…リア充、爆発しろ…」

 

しくしくと泣き出したヤマト。

というか、夕食を食べに来たんならチルの手伝いでもしてこい。

 

「あ、そういえば!ミロちゃん、シンヤに言わないと!」

「何が」

「タモツくん!」

「ああ、そのうちぶっ殺しとくから良いよ良いよ。シンヤに近寄らせたくないし」

「やめてあげてぇえええええ!」

 

うわああん、と凄い勢いで泣き出したヤマト。

不気味だ…。

 

「シンヤ!ミロちゃんがね!タモツくんって子に告白されたんだよ!シンヤにだって負けないーって言っててさー」

「は?なんだソイツは…」

「シンヤからミロちゃんを奪ってみせる!ってカッコイイ事を言ってたんだよ!」

「………そうか、まあ早めに行動に移すようにな、ミロカロス」

「おっけー」

「こらこらこらこら!タモツくんって人間じゃないよ?メタモンくんだよ?」

「メタモンくんだから何だ」

「可哀想でしょ!?」

「ヤマト、ポケモン同士の争いに人間は関わらない方が良いんだ」

「いやいや、トレーナーがしっかり止めようよ!」

 

めんどくさい。

 

「…………」

「返事しなさい」

「…めんどくさい」

「ハッキリ言うな!ミロちゃんが本当にタモツくんに怪我させちゃったりしたらどうするのさ!」

「怪我させないよ、上手く殺るから」

「やるの変換が不思議と"殺"で聞こえるのは僕だけ?」

「いや、私も聞こえてる」

「あーあーあーあー!もうそんなの絶対にダメ!平和的に話し合いで解決しよう!シンヤ!ちゃんとタモツくんと会ってミロちゃんを諦めさせてあげられるように言って!」

「諦めさせてあげられるように…?どうやって?」

「分からない」

「「………」」

「死んだら忘れるよ」

「とりあえずー!!!二人は好きあってて別れる気がありません、って事をタモツくんに知ってもらおう!」

「そんなの言葉で説明出来るのか…?」

「言葉で説明出来なくても、ほら、やって見せたら…」

「なっ、何をさせる気だお前…!!」

「な、何を想像したのシンヤ!?顔赤いよ!?」

「顔が熱い!」

「変な意味で言ってないよ!?さっきみたいにほっぺにチューとかさ!ね!」

「……ああ、」

「本当に何を想像したの…」

「……」

「ほっぺにチューとか子供でもするけどな!」

「ミ、ミロちゃん…!」

「お前たまに正論言うよな」

「ぶっ殺しとくから任せてシンヤ!」

「じゃあ、私はロストタワーの予約を取っておけば良いのか…?」

「医者このやろぉおお!」

 

*

 

夕食は何時くらいに致しますかー?とチルタリスが声を掛けてくれるまで言い争っていた私達。

平和的平和的と喚くヤマトにうるさい、熱湯ぶっかけるぞ!と怒るミロカロス。

 

「ただいまー」

「あ、ツキさんおかえりなさいませ」

「ただいまチルー、ただいまシンヤー」

 

おでんだから各々で食べても良いんじゃないか?と思った所でブラッキーが帰って来た。

ソファに座る私に飛びついて来たブラッキーはただいまを連呼する。

 

「たーだーいーまー」

「お前どうした」

「ただいまー、シンヤー」

「ああ、おかえり。で、どうした」

「なんかぐるぐるしてて良い気分」

 

コイツ、どこかで酒を飲んできたな。

ほろ酔い状態らしいブラッキーが苦しいくらい抱きついて来る。別に酒臭い程飲んではないみたいだが、体温高すぎて暑い。

 

「ツキ!離れろォ!」

「嫌でーす、シンヤにくっつきたい気分だから嫌でーす」

「あっち座れ!」

「やーだよー」

 

あはは、と笑いながらミロカロスと喋ってるブラッキー。

酔っ払ってる?とヤマトが首を傾げて聞いてきたので頷いて返す。

 

「ツキさん、夕食は召し上がります?」

「食べるよー、ご飯なにー?」

「おでんです」

「おでんかー、チルの好きな具は何ー?」

「え、…ちくわ?」

「可愛いな!チル可愛いな!チューしてやるよ!」

「え!?いいです、ご遠慮します!」

「ご遠慮すんな!」

 

チルが襲われている…!

逃げるチルタリスを追いかけて行ったブラッキー、アイツ酔っ払うと絡むタイプなんだな。鬱陶しい。

 

「仕事片付けてから夕食にするかな…」

「ちょ!チルくん押し倒されたよ!?良いの!?あれ良いの!?」

「チルー!待ってろー!俺様が今助けてやる!」

「ポケモン同士の争いは放っておくのが一番だ」

「手持ちの争いは止めようよ!?」

 

*

 

別に良い、と言ってテーブルの上に置いてあった新聞を開いたシンヤ。

僕の幼馴染なんか一気に歳取ったな。なんだこの些細な事で動じない感じ。腹括ったのと同時に広すぎる心も手に入れたの…!?

 

「ただいま戻りましたー」

「キッスくーん!良い所に!ツキくんが酔っ払ってるんだ!止めて!」

 

タイミングよく帰って来たキッスくんに助けを求めればキョトンとした表情のまま押し倒されるチルくんとそのチルくんを押し倒すツキくんを見た。

 

「ツキさん、酔ってますね」

「そうなんだよ!」

 

ツキくんをげしげしと蹴るミロちゃん。蹴られてることには無反応なツキくん。

 

「ツキさーん」

「キッスー!おかえりー」

「はい、ただいまです。チルが嫌がってるから離れましょうねー」

「キッスにキッスするぜー!ちゅー!」

 

よいしょ、とツキくんをチルくんから離したキッスくん。

ダジャレみたいなことを言いながらツキくんが笑顔でキッスくんに抱きついてそのまま……。

 

「……」

「ちゅっちゅっちゅー!」

「お酒の味がしてまずいです!」

 

苦いー、と顔をしかめながらキッスくんはそのままツキくんを抱き上げてリビングから出て行った。

 

「……ちゅーしちゃったけど!?」

「ふーん」

「キッスくんが餌食になっちゃったよ!?」

「トゲキッスはそんな些細な事を気にする奴じゃないから大丈夫だ」

 

そういう問題じゃないでしょ。

放任にも程がある、と僕が怒ろうとした時にのそりとチルくんが起き上がった。

 

「チル…頬っぺた噛まれました…!」

「なんだと!?見せてみろ!」

「痛いです~」

「赤くなってるな、口の中は切れてないか?」

「……はい!大丈夫みたいです!」

「よしよし、一応…湿布だけ貼っといてやるからな」

「ありがとうございますー」

 

治療はするんだね、シンヤ。心配するならまず止めようよ。

 

「チル、俺様が仕返ししといてやる!」

「痛い事はダメですよ!」

「ツキのおやつを食べてやろう!」

「……隠し場所はチル知ってます!」

 

きゃっきゃっと仲良くキッチンへと向かうミロちゃんとチルくん。

そんな反応…?

 

「…慌てた僕が馬鹿みたいな、些細な出来事だったの…?」

「だから放っておけって言っただろ」

 

ちなみに、と言って続けたシンヤの言葉で僕はポカンと口を開けた。

 

「うちじゃチルタリスを怒らせるとご飯抜き。サマヨールを怒らせると精神的にやられるらしい」

 

私は怒らせたことないけど、と続けたシンヤが新聞をめくった。

 

「キッスくんは?」

「アイツは怒らない」

「温厚な子だもんねー…」

「でも、ミロカロスと同じくらい強いぞ」

「……あ、そうなの?」

 

うん、そう。とシンヤが頷いた瞬間。

ぎゃぁああああ!とツキくんの悲鳴が聞こえた。

 

「……」

「……」

「え、悲鳴」

「私は知らん」

 

ガチャリとリビングの扉が開いた。

部屋に入って来たのは当然、キッスくん。

 

「ツキさん寝ちゃいました」

 

何をして寝かせたの…!?そんな疑問はとても口に出して聞けない僕。だって怖い!

 

「悲鳴はなんだ」

「あー、部屋に入ったらヨルさんが居たんですよ。そのヨルさんにツキさんが飛び付いちゃって、怒ったヨルさんがツキさんを強制的に寝かせました」

 

多分、ちょっと痛かったと思います。と苦笑いを浮かべたキッスくん。

おいおい君の所のサマヨールは一体何をしたんだい?とシンヤの方に視線をやったがシンヤはそうかと頷いただけだった。

慣れすぎでしょ。

 

「主…おはよう…」

「お前、今起きたのか」

 

こくりと頷いたヨルくんが静かに床に座った。

夕方まで寝てたの…?やっぱりゴーストタイプだから夜行性なのかな…。

 

「そうそう、シンヤに言い忘れてました!」

「なんだ」

「ミミローさんが今日はツバキ博士の所に泊まるそうです」

「そうか」

「それだけです」

 

うん、と頷いたシンヤににこりと笑みを返してからキッスくんはキッチンの方へと歩いて行った。

 

「のんびりしてる場合じゃないよ!それでタモツくんどうするのさ!?」

「ロストタワーの予約をしておくって言っただろ」

「それで良いわけないでしょ!?」

「…タモツ、?」

 

こてんと首を傾げたヨルくん。

ああ、そうだ。ヨルくんに相談してみよう。まともな意見を貰えるかもしれない!

 

「あのね、タモツくんっていうメタモンの子なんだけど。タモツくん、ミロちゃんの事が好きらしくて、ミロちゃんをシンヤから奪ってみせる!シンヤになんか負けない!ってミロちゃんに略奪愛宣言したんだ!

どうしたら良いと思う?みんな平和的な解決の意見くれないんだよ~」

「主に害を及ぼす可能性があるなら、…消そう」

「キミもか!キミもなのか!僕の期待を返せ!」

 

どいつもこいつも!

タモツくんにどうしてそうも苦痛を与えたがるのか!シンヤが全てかこの子たちは!

 

「実際…どうなんだ…?主に害を及ぼしそうなのか…?」

「えー、まあ、シンヤに対してライバル意識があるだろうしねぇ」

「早急に消そう」

「平和的に解決しようよ!」

「……闇に紛れて、」

「そういうのダメ!」

 

シンヤ!シンヤがちゃんと止めてくれればこの子達はちゃんと言うことを聞いてくれるじゃないか!

何とかして!と声を掛けようとしたら普通にソファに横になって寝てた。

 

「こらぁああああ!」

「ぐあっ、耳が痛い!」

「何いい感じに横になってんの!?真面目に考えてよ!」

「ヤマト…貴様、主の鼓膜に痛みを与えたな…」

「え!?なんで怒ってるの!?」

「今日、年甲斐もなくハシャいで疲れた」

「おっさんか!」

「主にその例えはやめろ…」

「ヨルくん!痛い!なんで足踏むの!?」

 

ミロちゃんより鉄壁の守りでシンヤを庇護してくるよこの子!

ヨルくんに掴まれた腕が痛い!なんかミシミシいってる!握力!握力抑えて!

 

「シンヤ、おでんもう用意しちゃいましたけど食べます?」

「用意してくれたなら食べる」

「じゃあ、テーブル開けてくださいね」

「分かった」

「主…自分がやろう」

 

いや、シンヤにやらせておきなよ。みんなしてシンヤに甘いんだから…。

 

「なんなの、シンヤがなんだって言うの。シンヤが全てじゃないよ!」

「主こそ全てだ…、そこを退け片付ける」

「あ、はい…すみません…」

 

ものすごい目で睨まれたんだけどぉおおお!

どういう教育してんの!?宗教なの!?ここはシンヤ教なの!?

 

「…シンヤが絡むと怖いね、みんな」

「なつき度マックスだからな」

「そういう次元じゃない」

「おでん食べて行くのか?」

「……食べる」

 

*



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60

「なんだとぉおお!?シンヤに敵!?何処のどいつだ!すぐ殺ろう!今すぐに!吐け!何処のボケだぁああ!!」

「ミミロー…頭痛いから叫ばないでくれる…?」

 

朝方、ツバキの所から帰って来たミミロップが結局泊まったヤマトに話を聞いてブチ切れた。朝から元気だな。

そして床に突っ伏して倒れるブラッキーは空腹で起きて来たものの、二日酔いで頭が痛いらしい。まあ食欲があるなら放って置いても良いだろう。アイツ、酒弱いな。

 

「平和的解決を僕は求めるよ!タモツくんが可哀想でしょう!?」

「平和的に行動してないソイツが悪い。シンヤになんか負けないって言ったんだろ?メタモンごときがッ…!くっそ許せん!マジでボコボコにしてやる…!」

「ミミローくん、落ち着いて…お願い!」

「これが落ち着いていられるかぁああ!場所を吐けぇえええ!」

「あ、頭ガンガンする…!シンヤ、助けてぇ…」

 

ヤマトをボコボコにする勢いで飛びかかるミミロップをトゲキッスが止める。

とりあえず、私は足元で唸るブラッキーに鎮痛薬でも飲ませてやろう。

 

「チルー、水持って来てくれー」

「はーい」

 

*

 

何処のどいつだ、と怒るミミロップにスーパーの店員だよ、と言ってしまったミロカロス。

本当にロストタワーの予約をとらないといけなくなりそうなのでミミロップにとりあえず座れと命令して床に座らせる。

 

「シンヤ!後は任せて!ワタシちゃんとぶっ殺して来るから!」

「よせ…、冗談で言ったものの本当にロストタワーの予約を取りたくない」

「ワタシが取っとくから!全部任せてくれれば良いから!シンヤはノータッチで!ワタシたちで上手く抹消しとくから!」

「隠蔽する気だこの子たち…!」

 

ガクガクと震えるヤマト。

ミミロップなら本気でやりそうでこわいな。

 

「あのさー」

 

薬を飲んで寝転がっていたブラッキーが言った。

 

「そのメタモンってオスなの?メスなの?」

「は?メタモンなんだから両方になれんじゃねぇの?」

「あー、でも男の人の姿してたよね」

「うん。いっつも男だ、そういえば」

 

ヤマトの言葉にミロカロスが頷いた。

上半身を起こしたブラッキーが髪の毛をくしゃくしゃと掻いて「ああ」と小さく呟いた。

 

「じゃあ、そいつ多分勘違いしてるわ。ミロのこと絶対にメスだと思ってる」

「ふーん」

「オスだって言えば納得させられるんじゃね?」

「オスでも良いって言われたらどうすんだよ」

 

ミミロップの言葉にブラッキーが溜息を吐いた。

 

「…、メスの方が良いに決まってんじゃん」

「なんでそんな残念な目で見られなきゃならねぇんだよ、腹立つなお前。蹴り飛ばすぞ」

「まあ、オレが説明して来てやるって。頭めっちゃ痛いけど」

「ワタシが行く」

「蹴り殺すだろ」

「蹴り殺すけどなに」

「大人になろうぜ、ミミローくん」

「お前に宥められると凄いムカつく!」

 

凄いムカつく!と悔しかったらしいミミロップがサマヨールの腕を掴んだ。サマヨールはうんうんと頷いてミミロップの頭を撫でる。

 

「ツキくんが平和的な解決が出来る子だったなんて!僕は感動だよ!」

「オレ、絶対にこの中じゃまともな方だと思うけど」

「え…うん、まあ、そうかな」

 

え…、私ってまともじゃないのか…?

なんか黙って聞いてたけどちょっとショック…。

 

「あー、頭痛い。さっさと行ってさっさと帰って来ようぜ」

「俺様も行くの?」

「当たり前だろー。ミロとシンヤは一緒に来て。他は留守番」

「シンヤは置いて行けぇええ!」

「主に危害を及ぼされたらどうする」

「うちの最強、連れて行くから大丈夫でしょ」

 

あれ、と指差されたミロカロスが首を傾げた。

 

「主に何かある前に必ず仕留めろ…」

「神秘の雫、持って行け」

 

ミミロップがミロカロスの手に神秘の雫を握らせた。無駄に威力を上げさすんじゃない。

 

「朝食のご用意出来たんですけど、如何いたします?」

「食べてから行こう」

「「さっさと行け」」

「シンヤ、気を付けて下さいね」

「そんな心配してくれなくても大丈夫だろ…」

 

トゲキッスが私の手を握る。

なんで私そこまで心配されてるんだろう。

 

「みんな、シンヤに過保護だなー…」

「…とりあえず、行って来る」

「俺様がシンヤを守る!」

「気を付けてな!」

「いってらっしゃい」

 

「朝飯食いたくて起きたのに、食えないとか拷問だわ…」

 

*

 

家を出たものの辺りを見渡してブラッキーが呟いた。

 

「ギラティナ居ないじゃん」

「アイツはミュウツーと遺跡に行ってるはず」

「仲が宜しいこった」

 

大きく欠伸をしながらブラッキーが言った。

やっぱり仲が良いように見えるよな。私も見える。

 

「スーパーはこっちー」

「詳しいね、ミロちゃん」

「よく行くからな」

 

ギラティナ不在だが通れるらしい出入り口を通って外に出ればスーパーの近くに出た。

朝の空気が気持ちいいな。

 

「まだ開いてないんじゃない?」

「裏口行ってみようぜ」

 

裏口は向こうだね、と言ってヤマトが歩き出した時、ドサと何か落ちる音がした。

 

「あ、タモツ!」

「ミロちゃん…!」

 

出勤して来たらしい確かに人の姿をしたメタモン。

その隣に居るのは人間だから、トレーナーか?

 

「お、おはようございます…!」

 

トレーナーが挨拶をしてくれたので私も挨拶をして返そうと思ったが両手を差し出された。

え、何…?

 

「シンヤさんですよね…!ファンです!握手してください!」

「あ、ああ…ありがとう…」

「うわー、朝からテンション上がるー!タモツ!お前も握手してもらえ!」

 

トレーナーに手を握られたまま、トレーナーがメタモンのタモツに視線をやる。手、離せ。

しかし、視線をやるもタモツはトレーナーと私なんて無視してビシリとブラッキーを指差した。

 

「確かに何百倍もカッコイイかもしれないけど…!」

「はぁ?何の話?」

「確かにツキくんも男前くんだよね…、なんで僕だけ傷つけられてるんだろう。胸が痛い」

「いや、違う。そっちじゃない」

 

違う違うとミロカロスが首を振った。

何の話だ。

 

「は…!確かにこっちは悪タイプ…!」

「オレは悪タイプだけど、それが何?」

「俺様の世界一カッコイイ彼氏はこっち!」

 

トレーナーに手を握られたままミロカロスに腕を掴まれた。

いや、本当に何の話だ。呆ける私とトレーナーに気付いたミロカロスがベシンとトレーナーの手を叩き落とした。

 

「いつまで握ってる!」

「ああっ、すみません…!」

 

こら、叩くな。

 

「シンヤさん…?」

「え、何の話?」

 

よっしゃ、とブラッキーが手を叩いた。

 

「タモツのトレーナーは仕事に行け」

「え、…はい。え?おれだけ?」

「ヤマトもうるさいから一緒にタモツの分、手伝ってこい」

「はい。って、えええ!?僕!?」

 

良いから行け、とブラッキーに背を押されてヤマトとトレーナーが店の方に歩いて行く。

なんかすみませんねぇ、いえいえーなんてのほほんと会話してる二人を見送って私はタモツへと視線をやる。

なんか間抜けな顔で見られてるんだが、その開いた口を閉じなさい。

 

「さーて、タモツくん。本題と行こうか」

「えっと、アナタはなんですか」

「オレはシンヤの手持ち代表だ」

「…本当に、ミロちゃんの彼氏がシンヤさんなんですか…!」

「うん、そう。それで納得してくれれば一番なんだけど」

 

ブラッキーとタモツの会話を眺める私とミロカロス。

なんだか蚊帳の外だが、まあ解決するなら良いだろう。

 

「納得なんてできません!人間とポケモンなんですよ!?」

「よし、じゃあそんなタモツくんに教えてあげよう」

「なんですか」

「ミロちゃんはオスです」

「…」

「脱がして確認させてあげても良いけど、どうする?」

 

黙り込むタモツ。

脱がして確認させてあげるのは私的によろしくないのだが…、

その辺はどうしよう。頷かれたらどうしよう…。

 

「オスだったとしてもボクはメスにだってなれますから!性別なんて関係ありません!ボクはミロちゃんが好きです!」

「はっはっはー!残念なことにミロちゃんはメスが好きじゃないんだなぁ!」

「む、ボクはオスでもありますし!」

「オスであっても、そんなお前がシンヤに勝ってる所が何処にある!言えるもんなら言ってみろ!」

「……種族的にボクが有利ですよね!?」

「いや、シンヤはほぼもう人間じゃねぇし。どっちかっていうとポケモン寄り」

「なんですかそれ!」

 

もっともな反論だ、タモツ。

 

「シンヤ、もうポケモンなの?」

「まあ、人間離れはしてしまってるよな…」

「ミロちゃん、ボクじゃダメですか…!女の子になってもダメなんですか…!」

「シンヤじゃないと無理」

 

ぐすぐすと泣き出してしまったタモツ。

人間ならまだしもポケモンに泣かれるとなんだか胸が痛い。何か声を掛けてやりたいが私が声を掛けるのも違うだろうし…。

 

「タモツ、メスになれ」

「え…?」

「良いから今すぐ!」

 

ブラッキーの言葉にタモツはおろおろしながらも男の姿から女の姿へと変わった。

一瞬で変われるものなんだな、さすがメタモン。

女の姿に変わったメタモンをブラッキーは抱きしめて頭を撫でた。

 

「元気出せ!」

「…は、はい…」

 

よしよし、とタモツを慰めるブラッキー。

お前が言葉で追い詰めといて自分で慰めるのか…。まあ、私が慰めるのも違うし仕方ないけれど…。トレーナーに任せて良かったんじゃないのか。

 

「メスにさせたのはなんで?」

「え、野郎をハグして慰める気なんて起きないから」

「えー…」

「お前ってやつは…!」

「男より全然、女バージョンの方が可愛い~。体やわらかーい、メス最高ー!」

「…やっ、変な所、触らないでくださいっ」

「可愛い~」

 

あれ、セクハラじゃないのか。

もう帰ろう。とミロカロスに言われたので小さく頷いて返す。

ああ、でも…、

 

「タモツ」

「な、なんですか…?」

「ミロは私が一生幸せにする、譲ってやれなくてすまないな」

「…」

「シンヤ…!」

「帰るぞ」

「うんっ!」

 

*

 

手を繋いで歩いて行くシンヤとミロを見送るオレ。

抱きしめた状態のままだった男の姿より一回り小さくなったタモツは細い指で目元を拭った。

 

「カッコイイなぁ…」

「だろー?オレらの自慢のご主人だからなぁ」

 

タモツの頭を撫でながら考える。

ミロカロスはハードル高いよなぁ、シンヤの為だけに存在してるような奴だし。この先、どんな奴が現れたってシンヤ以外を見ることなんて無いだろう。

でも、笑えた。

ミロちゃんを脱がして確認させてあげても良いけどーって言った時のシンヤのあの顔。

 

「……いやぁ、珍しいもん見れた」

「…え?」

「いやいや、こっちの話」

「?」

「それより、元気出た?もっと元気出るように遊びに連れてってやっても良いけど?」

「もう大丈夫ですっ、あんまりお腹触らないでください!」

「触ってないもーん、添えてるだけだもーん」

「顎乗せないで!重い!」

 

あはは、と笑っていたら「ツッキーだ!」と名前を呼ばれた。

 

「きゃうきゃう!」

「ポチちゃーん!おはよー」

「ポチちゃんと知り合いだったんですか…」

「友達だもん」

 

ふーん、と頷いたタモツ。

主人が同じスーパーで働いてる者同士だからタモツとポチちゃんも知り合いらしい。

 

「男女がこんな所で抱き合ってるなんてハレンチです」

「モモちゃん…ハレンチって…」

 

今時、そんなこと言う?

しかも真顔で言うし。女の子はもっと表情豊かな方が可愛いのにさ。

 

「そういえば、ヤマトが仕事手伝ってるんだけどー」

「それがなんですか?」

「ああ、いや、別に…」

 

ヤマト、全く脈無しなんだけど大丈夫なのか…?

 

「ボクもリンの手伝いしなきゃ!」

 

腕の中でタモツが男の姿に戻った。

やだー、男かたーい。

 

「リンってさっきのトレーナー?」

「うん」

「ふぅーん」

 

チラリとモモちゃんを見れば少し表情が変わった気がした。おやおや、これはオレの勘としてはヤマトは蚊帳の外だぞ。

 

「タモツくん、なぜ女の子に?」

「え、まあ色々あって…、ボクもう仕事に行きます!モモさんも一緒に行きましょう!リンも待ってるだろうし!」

「そ、そうですね!」

 

声が上擦ったモモちゃん。

タモツは気にしてないみたいだけどやっぱりかー。残念だな、ヤマト…。

女心の分からない男はダメだわ。

 

「じゃあ、オレはヤマト回収しに行くかー。その後、遊びに行こうね、ポチちゃん」

「きゃう!」

 

*

 

「シンヤ、先に帰ったの!?」

「うん、ヤマトも帰ろうな」

「え、なんで?僕もうちょっとモモちゃんの手伝いしていく」

「お前、そんなだからモテねぇんだよ」

「何、急に!?」

 

クソが、と吐き捨てられて半泣きになるヤマト。

ブラッキーに引き摺られるように店を出た。

 

「ポチちゃんと遊びに行くからユキワラシ出して」

「え、それって僕も行くの?」

「来なくても良いけど」

「いや、行くよ!なんで僕だけ仲間外れにするのさ!」

 

思いっきり戯れるよ!と何故か拳を握って熱弁するヤマトにブラッキーは深く溜息を吐く。

 

「なに?」

「腹減った」

「あ、そういえば朝ご飯食べそびれたもんね。何か食べようか」

「ごちでーす」

「ポケモンからお金は取るような男じゃないからそこは甘えてくれて良いよ!」

 

オレ、小遣いある程度貰ってるから。持ってはいるんだけどね。とは言わずブラッキーはニコニコと笑みを返す。

とりあえず何か食べに行こうと歩き出したヤマトとブラッキーの足元をちょこちょことポチちゃんとユキワラシがついてくる。

通りがかった花屋の店員がひらひらと手を振ったのでブラッキーが手を振り返した。

 

「仲良いの?」

「ラフレシアちゃん」

 

はー、相変わらず分からないなぁとヤマトは呟きながら花屋を振り返った。

 

「ツキくんは女の子と話するの上手だよね」

「ヤマトは下手だな」

「…だってさぁ、なんか照れるじゃん!」

「下心あるからじゃね?」

「え、ツキくんは無いの…?」

「オレ、無いよ。仲良くなりたくて話しかけるだけだし」

「仲良くなりたいイコール下心でしょ!男の子なんだから!」

「この子とキスしたいそれ以上のことしたーいって思いながら話しかけんの?気持ち悪いな」

「いや、全ての女の子にそう思ってるわけじゃないよ?好意を持った相手に対してね、意識しちゃうと上手く喋れないっていうか踏み込めないっていうか…」

 

あ、ここで良いや。とブラッキーが喫茶店の扉を開けた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

店員に案内されて席に座った所でポチちゃんとユキワラシも仲良く床に座った。

 

「すんなりエスコートされてしまった…!紳士過ぎる…!悔しい…!」

「ヤマトはそういう気遣いの出来ない男だからモテねぇんだよ」

「そんな…!」

「すみませーん、ポチエナとユキワラシにポケモンフードと飲み物お願いしまーす」

「気配り上手…!」

 

*

 

軽い朝食を食べながらブラッキーから女性の扱い方を教わるヤマト。

ふむふむと真面目に聞いていたものの、なんでポケモンに教わってるんだとヤマトもやっと気付いた。

 

「ポケモン情報なんて役に立たない!」

「教えてやってんのに!」

「だってツキくんの言う女の子ってポケモンのメスじゃん!」

「そうだけど」

「人間相手には効果が無いかもしれない!」

「女は女だろ」

 

人間の女はオレ的に無しだけど、と笑ったブラッキー。

 

「信用度低い!」

「オレが本気出せば人間の女だって落とせる!仲良し飛び越してゴールインも出来る!はず!」

「はずって何さ!」

「ゴールインしたことねぇもの!」

 

じゃあ、実践してみせてよ!やってやろうじゃねぇか!と意気込んだ二人。

 

「ポチちゃん、ユキワラシ!オレ、ヤマトとデートしてくるから二人で遊んで!」

「きゃう?」

「ユキ!?」

 

なんでそうなった!と驚くユキワラシ。

 

「絶対に落ちない!自信ある!」

「もう最終的にはメロメロだから!」

「無いね!」

 

ぎゃあぎゃあと言い争いながら店を出て行く二人。

今からデートするの?と隣で首を傾げたポチちゃんにユキワラシはさあ?と首を傾げて返した。

 

「あ、お会計してない!」

「オレ、払っといたよ」

「えぇぇー!?初っ端からレベル高い!」

 

*

 

「解決したの?」

「ミロが主にくっついて上機嫌な所を見ると、主が解決してきたんじゃないのか…?」

「良かったですね!」

 

にこにこと笑うトゲキッスを見てミミロップとサマヨールもまあ良いかと頷いた。

 

「え、解決してしまったんですの!?」

「計画が丸潰れですね」

 

タモツを物理で殴る作戦を立てていたサーナイトとエーフィが溜息を吐いた。

 

「どうやって解決したか聞いてきましょうか」

「ですわね」

「二人の問題なのだからこれ以上の詮索は無用、そうだろう…?」

「「う…」」

 

サマヨールがエーフィとサーナイトを引き止める。サマヨールに逆らうのは得策じゃないと二人は言葉を飲み込んだ。

 

「つーか、一緒に行ったはずのツキが帰って来ない」

「また遊びにでも行ったんだろう、放っておいて問題はない」

「やれやれ…ワタシも仕事片付けよ…、ツバキの所からパクってきた書類あるし」

「手癖が悪いぞ…」

「読むだろ?」

「無論だ」

 

にや、と笑ったミミロップとサマヨール。

ワタクシにも回して下さい!とサーナイトが手をあげた。

 

「せっかく徹夜で作戦を考えたのに…」

「お肌に悪かっただけですわね~」

「昼寝します…」

「あーん、書類とお昼寝どちらも捨てがたいですわ~」

「ワタシ達が読み終わったら起こしてやるよ」

「ミミローさん優しい!なら、お言葉に甘えてお昼寝しますわ!」

 

読んでいた本を閉じて腕にくっつくミロカロスをべりと引き剥がしたシンヤは目頭を押さえながら立ち上がった。

 

「寝るの?」

「いや、仕事する」

「俺様もお部屋行って良い?」

「ダメ」

「意地悪だ…!一生幸せにするって言ったのに…!」

 

こいつ、このネタをずっと引っ張る気か…。

恥ずかしいな、とシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「三時になったら軽く寝る」

「うん?」

「三時だからな」

「うん…、分かったけど…」

 

だから何?と首を傾げたミロカロス。

シンヤは小さく溜息を吐いてからぼそりと言った。

 

「一緒に寝ないのか」

「!」

「三時な」

「うん!」

 

待ってるね!と笑ったミロカロスにシンヤも笑って小さく頷いて返した。

 

 

*

 

 

そして、その日の夜。

昼寝をしたせいか眠れないシンヤはリビングで本を読んでいた。当然、他の連中はボールに戻ったり二階に居たりとすでに夢の中。

ガチャ、と静かにリビングの扉が開いたのでシンヤは本から扉へと視線をやった。

 

「あれ、シンヤ…?なんで起きてんの?」

「昼寝したから眠れない」

「あ、そう…」

「今の今まで遊んでたのか…?夜遊びはやめろってエーフィに言われてるだろ、また怒られるぞ」

 

シンヤの言葉にブラッキーはしょんぼりと肩を落としながらソファに座るシンヤの横に座った。

 

「こんなに遅くなる予定じゃなかったんだけど…、思ってたより盛り上がっちゃって…」

 

盛り上がったわりにはテンション低いな、とブラッキーの様子を見てシンヤは眉を寄せる。

 

「気が合うってこわい」

「…良いことなんじゃないのか?」

「合い過ぎた…!もう楽しくなっちゃって途中からテンションマックスだったもん!」

 

何の話だ。

シンヤはとりあえず相槌を打ってブラッキーの話に耳を傾ける。

 

「人間でしかも男とか無いわー…、シンヤならまだしも…シンヤ以外とか無いってホント…」

「なにがだ」

「オレ、ヤマトと付き合うかもしれない」

「……」

「……な、なんか言ってよ」

「お前、酔ってるのか?」

「飲んでませんけど…」

 

慌てたシンヤがブラッキーの額に手を当てる。熱は無い!何故か無い!あっても可笑しくないのに熱が無い!

変な病気か、はたまた頭を強くぶつけたのか…。

 

「ちょっと医療道具取ってくるから待ってろ…!」

「診てくれても良いけど、オレ本当に正常だから…」

 

むしろ絶好調だから、とブラッキーはガクリと項垂れた。

 

「……な、なんでだ?」

「気が合ったから」

 

え?意味がわからん。とシンヤは頭を抱えた。

ブラッキーとヤマトの仲は悪くない。ヤマトはポケモン好きだからブラッキーのことは当然好きだとは思うが、ブラッキーがなんでヤマトと?

 

「…それは、本気で愛してる…の、か?」

「あー…」

「そういうことはお前の自由だと思うから、反対とかは別にしないが…」

「あー…」

「生半可な気持ちなら考え直せ。私はお前もヤマトのことも大事に思ってる。傷付けあうことだけはやめてほしい」

 

シンヤの言葉にブラッキーは黙ったまま俯いた。

 

「…、考えて良い?」

「よく考えろ」

 

頷いたブラッキーは黙ってリビングを出て行った。

本を読んで疲れたら寝ようと思っていたが余計に目が冴えた。とシンヤは本を閉じて頭を抱える。

明日、朝一でヤマトの所に行こう。

 

 

「…はあ、眠れない」

 

*



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61

眠れなかった私は日が昇ったのと同時に荷物を握り締めた。

そして、玄関の扉を開けると待っていたのか家の前に立つギラティナとミュウツーの姿。

 

「ギラティナ…、ミュウツー…」

「全て見てしまえる自分の能力が悲しい」

「腹を抱えて笑ったのなんて初めてだ」

 

コイツ…、とギラティナと揃ってミュウツーを睨み付ける。

 

「二人で見てたのか?」

「見てた」

「いや、だってほら、シンヤ達が出て行ったのオレは分かっちゃうし…」

 

出て行ったの?

昨日の夜中の話じゃないのか?

 

「ツキの奴いつ帰るのかなぁ、って思って目で追っちゃうじゃん?」

「見てたってそっちか!」

「最初から面白かったが、途中から手を繋いで本気でハシャぎだした辺りから腹が痛くて堪らなかった」

「な、なんの話だ?」

「ヤマトに女のエスコートの仕方を教えるってのが始まりだった、よな?」

「ああ、熱く語ってたな」

「でも、ポケモンのメス前提のエスコートなんて使えないとかどうとか喧嘩になってじゃあ実際に体験してみろーみたいなノリになって…」

「ふふっ…!」

 

思い出しただけでも笑えるらしいミュウツーが肩を震わせて笑っている様子をギラティナが眉間に皺を寄せて睨んだ。

 

「じゃあ、昨日は二人でデートしてたのか」

「あー、ツキが本気で女を落とすデートをね。実践してたみたい」

「で、落ちたのか」

「…ッ、くっ…ダメだ、腹が痛い…!」

「残念ながら途中からメロメロだったわ」

 

アイツ、マジで凄いよ。とギラティナが目を細めて言った。ブラッキーが凄いってことか…?

 

「…どうしたら良い?」

「うぅーん…」

「とりあえず、ヤマトの方を見に行こう。それで感想を…ッ、聞いてみようじゃないか」

 

笑いながら言うな。

ヤマトはポケモンセンターに居るとギラティナから聞いて、ミュウツーの言う通りにするのは癪ではあったがヤマトの様子を見に行こうと思う。

 

そして、ポケモンセンターにやって来たが…。

 

「あ、シンヤだ。おはよー」

 

普通っ!!

まだ眠っていると思って直接ヤマトの宿泊してる部屋に繋いでもらったのに、コイツ起きてたし。ベッドに寝転がって漫画読んでるし。

 

「私が馬鹿みたいじゃないか!」

「な、なにが!?」

「お前、座れ!」

「えぇ…」

 

何怒ってるの…と言いながらヤマトがのそのそと起き上がってベッドの上に座った。

 

「朝から怒ってどうしたの?」

「お前、昨日ブラッキーと何があった!」

「え?」

 

私の言葉にヤマトはキョトンと間抜けな表情をしたかと思えばだんだんとその顔が赤く染まっていく。

 

「え、っと…」

 

やっぱり、普通じゃなかった…。

 

「シンヤは何を聞いた、の…?」

「ヤマトと付き合うかもしれない、って言われた」

「え、僕、ツキくんと付き合うの…!?」

「こっちが聞いてるところだ」

「あー…」

 

ブラッキーと同じような反応で口篭るヤマト。

いや、付き合うことに反対しているわけじゃない。私も同性で相手がポケモンのミロカロスとそういう仲なわけだし。二人が本気でそう思っているなら私はどうぞお好きにと言えるんだが…。

 

「本気なのかそうじゃないのかハッキリしてくれ、ドキドキして眠れない!」

「凄く気が合うんだよねー…、一緒に居て楽しかったし…」

 

でも、それが本気なのかって聞かれちゃうとなぁと口篭るヤマト。

 

「でもなぁ…」

「ハッキリしろ」

「僕、女の子が好きなんだよね!」

「は?」

「だから昨日のことは、なんだろう。現実じゃないようなそんな気がしてる…」

 

いや、まあ。女の子が好きだと言われてしまえばブラッキーの方もそうだとは思うが…。

 

「じゃあ、好きじゃないのか」

「いや、好きか嫌いかで言われると好きだよ?」

「なら、言い方を変える。付き合いたくないのか」

「……ツキくんが付き合いたいって言うなら付き合っても良い」

 

それは、

 

「付き合いたいってことなんじゃねぇの?」

「おそらく」

 

いつの間に居たのか、ギラティナとミュウツーがうんうんと頷いていた。

 

「つーか、やることやっちまったんだから仕方ねぇだろ!あっこまで出来たらもう、なぁ!」

「だな」

「…!やることやっちまった!?…ヤマト、お前!」

「ちょぉおおおっとぉおおお!!!!」

 

顔を真っ赤にしてギラティナに飛び付いたヤマト。

流れに流される様は滑稽だったとミュウツーが笑った。お前ら、見てたって…なんてデリカシーの無い奴らなんだ…。

 

「シンヤ…、違うんだよ!いや、違わないけど違うんだよ!」

「…いや、好きにしてくれて良いんだ。私はとやかく言うつもりはない、幸せにさえなってくれればそれで…」

「僕の目、見て言ってくれない!?」

 

ガクガクとヤマトに肩を揺さぶられる。やめろ、寝てないから体調悪くて吐く。

 

「大丈夫、私は一生お前とは親友でいるつもりだ」

「そんな決意表明いいから」

 

大丈夫、って何さ。とヤマトは眉を寄せる。

 

「まさかヤマトがブラッキーとそんなことになるんて思いもしてなかったから、もう何て言ったら良いか分からない。とりあえず、お前座れ」

「え、うん」

 

再びベッドに座り直したヤマトを見下ろして溜息を吐く。

 

「まあ、ブラッキーは良い奴だし。お前のことを幸せにしてくれるとは思うぞ」

「うん…?」

「「ん?」」

 

ん?ってなんだ。とギラティナとミュウツーを振り返れば。

逆じゃね?と言われた。逆じゃねってなんだ。

 

「シンヤは見てなかったから把握出来てないんじゃないのか?」

「いや、言ったじゃん」

「大雑把な説明過ぎたと思うぞ」

「え、そう?」

 

オレ、説明下手だからなーと言いつつギラティナが眉を寄せる。

 

「えーっと、ツキが女を落とすデートを実践したんだよ」

「聞いたぞ」

「で、ヤマトを落とす予定が残念ながら途中からツキの方がメロメロになっちゃって」

「んん?」

「っていうか、ツキの奴って面倒見良い奴だからヤマトのこと放っておけなくなったんだろうなー。途中でヤマトが女と付き合ったことないとか会話しててさ」

 

うんうんと頷いたミュウツーに対してヤマトがなんでそこまで知ってるのと大慌てでギラティナの腕を掴んだ。

 

「初キスもまだとか会話になって、じゃあしてみる?っていう凄い展開になって」

「ひぃいいい!!!やめてぇえええ!!」

 

ヤマトがギラティナの口を両手で塞いだ。

もごもごともがくギラティナを押さえつけたヤマトの顔は真っ赤だ。

しかし、ギラティナの口を塞いだものの隣に居るミュウツーの口は塞がれていない。

 

「ヤマトは最初、嫌がっていたがツキの奴がもうその時はノリ気でな。勢いでヤマトを押し倒してそのまま、ツキの奴が女役をやった」

「……!?」

「わぁああああああ!」

「…ぷは!いやホント、アイツ、マジで凄いと思ったもん俺!アイツ、床上手ってやつだよな!」

「意外な一面だったな」

 

ニヤニヤとギラティナとミュウツーが笑う。

ヤマトは顔が真っ赤でその場にうずくまった…。

 

「ヤマト、お前…うちのブラッキーを……!」

「ご、ごめんなさぁぁい!!」

「で、感想は?」

「え…凄かった、いやいや何を言わせるのさ!!」

 

ミュウツーに怒鳴るヤマトを見て私は眩暈がした。

まさかの逆だった。ブラッキーの奴がまさか…。

 

「お前はもう良い!私は帰ってブラッキーの様子を見てくる!アフターケアぐらいちゃんとしろ!」

 

ギラティナの作った出入り口を通って家まで戻っていったシンヤを見送ったヤマトはポツリと呟いた。

 

「アフターケアってなに…?」

「ぶふっ…!」

「シンヤ、優しいー。抱かれたーい」

 

*

 

家へと帰って来たシンヤを見てチルタリスが首を傾げる。

 

「ご主人様、お出掛けしていたんですか?」

「ああ、まあな。ブラッキーは?」

「ツキさんはおニ階です」

 

今日のご主人様は早起きだなーとチルタリスはのほほんと二階へと向かう主人を見送った。

ちなみにシンヤは寝ていない。

二階の部屋へと入ればテーブルの上にブラッキーのボールが置いてあった。おそらく中で寝ているのだろう。

少し考えてからシンヤはブラッキーのボールを持って自室へと戻った。

ボールから出そうとボタンを押そうとしたが、起こしては可哀想かと躊躇う。

いや、でも、後に回してしまえば他の連中も起きてきて、うるさくなって話どころじゃなくなるだろう。カチ、とボタンを押してボールを軽く投げればポケモンの姿のブラッキーが眠たそうに体を起こした。

 

「ブラァ…?」

「話は聞いた」

「…あー」

 

人の姿になったブラッキーは目を瞑って顔をしかめた。

 

「何処も痛くはないのか」

「ん、丈夫だから平気」

「お前が望むならヤマトに責任は取らせるぞ」

「いや…オレが、ね。自分でやったことだし」

 

勢いってこわいね、と苦笑いを浮かべるブラッキー。シンヤは深く溜息を吐く。

 

「…シンヤ、怒ってる?」

「怒ってない、怒ってはいないが…私だって困惑ぐらいする」

「オレ…」

「ん?」

 

「シンヤが好きだよ」

 

「……」

「みんな好きだけどな、シンヤが好きだ」

 

ごめん、と言って目から涙を零したブラッキーを見てシンヤは目を瞑った。

―すまん…。

その言葉を飲み込んでシンヤは頷いた。

 

「ありがとう」

「はは…、心配してくれてありがと、でも平気。眠いからさ、寝て良い?」

「ああ、…おやすみ」

「うん、おやすみ…。シンヤ」

 

ころんと部屋に転がったモンスターボールを見てシンヤは深く息を吐いた。

 

「私の阿呆め…」

 

 

いつだって気付くのが、遅い。

 

*

 

眠たいから、

オレはいつだって嘘を吐いた。

目なんて冴えたよ、眠れないよ。

 

ああ、みんな好きだなんて損だよなぁ、

ミロカロスのことが大嫌いで居られたら、オレはきっとミロカロスに嫌悪感たっぷりでライバル宣言出来たのに。

オレって本当にバカだよなぁ、

でも女好きの大馬鹿野郎で居なきゃミロカロスに疑われちゃう。シンヤを困らせてしまう。

結局、困らせて、悲しい顔…させちゃったけど、さ…。

 

面と向かって勝負しようとしたタモツが自分と被ったんだ。

お前から奪ってやる、ボクじゃダメかと顔を歪めたタモツが自分に見えたんだ。

自分に見えたし、シンヤのミロカロスへの愛もよく見えてオレは思わず自分に見えたタモツを抱きしめた。

あそこでああしないとオレが泣いてしまいそうだったから。

 

でも、最後の最後までシンヤ達の前で女好きの大馬鹿野郎でいられたオレは頑張ったよな。

でもさ、でもさ、ずるいよな。

 

 

「ミロは私が一生幸せにする、譲ってやれなくてすまないな」

 

 

突き刺さって消えない。

仕方ないんだ、オレの気持ちなんて最初からシンヤに届いてない。

オレってずるい嫌な奴。

大好きなみんなを失いたくないからふざけて掻き回して、

相手に真剣に向き合わない自分が報われるわけがない、仲良くなった女の子達にも悪い、フィーにだって悪いことしてる。

気付いてないわけない…、

でもさ、オレは嫌な奴だから…苦しい思いをするのがオレだけなんて嫌じゃないか。

 

冗談っぽく伝えた告白なんて、あの鈍いシンヤに届くわけなかった。

そこでオレと同じように傷ついてくれてるフィーの存在にオレは安心してた。オレだけじゃない悲しいのはオレだけじゃない。

ずっと一緒に居た片割れはいつだってオレを支えてくれてた。それはフィーの幸せじゃ、ないんだけど…。

 

苦しい、悲しい時は楽しいことして忘れる、

楽しいこと大好き、みんなでわいわい遊んでる時は悲しいことなんて忘れさせてくれる。

 

あの時だって、

ポチちゃんとユキワラシと楽しく遊んでればいつものオレらしかった。

なのについ、ヤマトと盛り上がっちゃって…。

女の子と仲良くなれるのはやっぱりオレの方に下心がないからで、心の奥底でオレが望む行動を女の子達にやってあげれば良いわけで…。

オレはつらつらと饒舌に自分の願望を語っていたってわけだ。

、らしくないことをしてしまった。

ヤマトと居るのが楽しかった。シンヤと長年付き合ってきただけあって、シンヤの会話で盛り上がるし、

オレの行動や言葉に本当に楽しそうに反応を返してくれるから、楽しくて楽しくて楽しくて…。

優しいから、縋った。

あのシンヤの言葉を聞いた後だったのが良くなかった、

苦しさを埋める為に優しいヤマトに縋って、オレはあの時…きっと…、

 

――シンヤの名前を呼んだ……。

 

でも、ヤマトは何も言わなかった。

聞こえてなかったら良いな、あの距離で聞こえてないはずがないんだけど。

帰ると言った時に黙って頭を撫でてくれた優しいヤマトを傷付けただろうな…

 

ヤマトに申し訳ない気持ちで帰ったら、シンヤが居てそれどころじゃなくなったけど…。

オレ、あの時にシンヤになんて言って欲しかったんだろう。

望むような言葉なんて返って来ないのが分かりきってたのに、なんで言ったんだろう。

ヤマトは優しいからきっとシンヤには何も言わないでいてくれる、そう思ってたのに。

なんで自分から言っちゃったんだオレ…。

 

「オレ、ヤマトと付き合うかもしれない」

 

ああ、あれかな。

きっとシンヤにあの顔をさせたかったんだ。嫉妬が浮かび上がる、あの珍しい表情をして欲しかった…。

だって、見ちゃったもんなぁ…。

でもあの時はもう大好きなシンヤと向き合うのが怖かった。

あの左目の赤がオレを責める。ミロカロスがオレを見てる。

勝てない、と思ってる癖に諦めきれないオレは馬鹿だ。

あの赤がオレの赤であったならどんなに幸せだったか、

想像したって、手に入らないけれど…。

 

 

 

 

 

「ツキ!いつまで寝てるんです!」

 

光と共に現実に引き戻された。

怒った顔でオレを見てるフィーはもう夕方ですよ!と怒鳴った。

ずっとボールの中に居たらしいオレはポケモンの姿のまま「ごめんごめん」と笑ってみせた。フィーが困ったように笑う。

 

ごめん、

オレはきっと本当にお前の片割れだ。

オレ達は凄く似てる、似すぎてる。これで双子じゃなかったらなんだっていうのか。

お互い手が届かない相手に惹かれすぎた。フィーの方はオレ次第だったかもしれないけれど…。オレはフィーと同じだから。

 

リビングに行けばシンヤがソファに座って本を読んでいた。

ポケモンの姿のまま足元に近付いてシンヤを見上げる。チラリとこちらを見たシンヤは黒と赤の瞳でオレを見た。

 

「ブラァッキィ…?」

(傍に居ても良い…?)

 

本を閉じたシンヤは黒と赤の瞳を閉じて笑った。

 

「勿論だ」

 

言葉にしてしまえば鳴き声でだって伝わるのに、

オレは馬鹿だったなぁ。

 

 

 

シンヤ、愛してたよ。

これからもみんなと同じ、大好きだ。

 

 

*

 

次の日、おはようと声を掛けて来たヤマトを見てブラッキーがビシと固まった。

いつもと同じ、シンヤの家に遊びに来たヤマトがいつも通りに声を掛けてきた。

そんなヤマトのいつも通り過ぎる行動に驚いたのだ。

 

「ツキくん?」

「お、おはよ…」

 

ああ、こういう時に限って誰も居ない。

外に出ればギラティナが居るけどフォローなんて出来る器用な男じゃないし、とブラッキーは視線を泳がせる。

 

「シンヤは?」

「ポケモンセンターに行ってる」

「そっか、じゃあ入れ違いになっちゃったかなー…」

 

ソファに座ったヤマトを見てブラッキーは考える。

ここは謝っておくべきなのか、それとも無かったことにするべきなのか…。

 

 

「待ってても良い?」

「え、ああ、うん」

「じゃあ、待ってるよ」

 

 

にこりと笑ったヤマトがテーブルの上に置いてあった雑誌を手にとって開いた。

ぺらりとページを捲る音がする。

 

「あ!今度さ、ミッションでここの近く行くんだよ!」

「え、どれ?」

「これこれ、オススメスイーツNO.1っていうの」

「マジで!?ギラティナのやつさー、地方外だとなかなか繋げてくれないんだよなー」

「あはは、それはお土産買って来いってことだね」

「分かっちゃった?」

「どの味が良い?全種類買えたら買うけどー」

「いちご、いや…メープルも捨て難い…」

「僕はチョコだね!」

「チョコならオレ、こっちのページの奴が良いんだよ」

「んー?」

 

ペラペラとページを捲っていると買い物に出掛けていたチルタリスとトゲキッスが帰って来た。

 

「ただいま戻りましたー」

「ただいまです」

「「おかえりー」」

「あ、ヤマトさん、いらっしゃいませ!」

「ケーキ買って来たんで食べましょう!」

「キッスー!なんて気が利く奴!」

「僕、チョコ!」

「待て、オレもケーキはチョコ派だ!譲らねぇ!」

「な、なんだと!?」

「チョコケーキいっぱいありますから…」

「仲良しさんですね!」

 

*

 

ただいま、と帰って来たシンヤは二人並んで普通に会話するヤマトとブラッキーを見て固まった。

そして咄嗟に隣に立っていたミュウツーへと視線をやる。どういうことだ、と当然答えを求める意味を込めて。

しかしミュウツーもまた困惑した表情をシンヤに返す。

 

「(ど、動揺している私が可笑しいのか…!)」

「(いや、私も理解不能だ…!聞いて来い!)」

「(お前が行け!)」

「(私はそこまで親しくない)」

「(ずるいぞ!親しい方が聞きにくいだろ!)」

 

何こそこそ喋ってるの?とミロカロスに声を掛けられてシンヤとミュウツーは揃って肩を揺らした。

 

「「いや、別に」」

「?」

 

ヤマトとブラッキーの関係を知っているのはシンヤとミュウツーとギラティナだけ。当然、ベラベラと喋る気などシンヤには最初から無い。

当の本人たちが何事もなくしているのならそっとしておくのが良いだろうとシンヤとミュウツーは顔を見合わせて頷いた。

 

静かに言葉を飲み込んだ二人に対して、

「お前、昨日の今日で来るとか大物か」と盛大にヤマトを笑い飛ばしたギラティナのことをシンヤが知るのは少し後のことである。

 

「お前にはデリカシーが無いのか!」

「普段から無ぇよ!」

 

開き直って言えるお前が一番大物だ、とミュウツーは心から思った。

 

「すげぇ怒られた。拳骨くらった。痛い」

「称賛に値するな」

「…なにがぁ?」

 

*



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62

ズイのポケモンセンターで急に言われた。

 

「シンヤさん、ミミローくん貸してください」

 

にこりとジョーイに微笑まれて顔を顰めてしまったのは仕方ないことだろう。

 

「なんでだ」

「看護師の免許、取らせてあげようと思って」

「免許?ポケモンだぞアイツは」

「でも、人の姿で居る時に持ってた方が何かと便利でしょう?」

 

ズイのジョーイの言葉に私はううんと口篭る。

持ってて損は無いかもしれないが…。

ポケモンのミミロップが取得出来るのはジョーイ認定看護師の免許ってところだろう。

 

「お前が良いようにミミローを使いたいから免許を取らせようとしてるんだろ」

「その通りですが何か!」

 

開き直られた!

まあ、ジョーイの傍で本格的にポケモンの治療に携わるとなると免許は必要になってくるだろう。ラッキーも持ってるしな。

だがしかし…!

 

「うちのミミローはやらん!」

「優秀な人材を一人占めなんて許さないわ!」

「本音!本音しまえ!」

「良いじゃない!ここ最近、ズイにずっと居るみたいだし!」

「この辺をたまたまウロウロしてるだけだろ。ここは知り合いも多いしな」

「え、ご実家に居るんじゃないの?」

「ご実家ではない何処かに居る」

「あーらー?私に家を教えてくれないなんてシンヤさん、あらあらー?」

「近い近い近い!」

「その左目、抉るわよ」

「ハサミはやめろ」

 

ハサミ片手に笑顔のジョーイ。

コイツ、本当に数多のジョーイの中でもダントツにキチガイだ。おそろしい!

 

「シンヤさん、少し前から可笑しい。私に隠し事をしているでしょう!?」

「お前に逐一報告することなんてない」

「ひーだーりーめー、あーかーいー!」

「きーこーえーなーいー」

 

なんで言わないの!お前に言いたくない!と激しい口論になり怒ったラッキーに止められた。

 

「怒られたじゃないか」

「シンヤさんが悪いんですー」

「私は悪くない」

「仲良しな私に何も教えてくれないなんてシンヤさんの薄情者…!」

「仲、良し…?」

「なんですかその顔はー!」

 

もう、と本当に怒ってるらしいジョーイがそっぽを向いた。

これはさすがに本当に心配してくれていたらしい。長い付き合いで、これからも疎遠になることがないであろうジョーイにはちゃんと説明するべきだろうか。

嫌でも歳を取らない私を見て気付くことになるだろうが…。

 

「サナー」

 

どうしようかと、考え込んでいるとサーナイトがやって来た。名前を呼ばれたので振り返ればポケモンの姿のサーナイトがファイルを数冊抱えていた。

 

「サナサーナ」

「ああ」

 

ミミローさんに頼まれたのを持って来ましたわ、と笑うサーナイト。

ありがとう、とお礼を言った所でジョーイに腕を掴まれた。

 

「シンヤさんの所のサーナイトは人の姿にならないの?」

「いや、なるぞ?」

「私、見たことないですよ?」

「そうなのか?」

 

サーナイトの方を見ればサーナイトは口元を押さえてそのまま私から視線を逸らした。

人の姿で出歩くわりにジョーイには言ってなかったのか?

 

「サーナイトはミミロップと一緒に来るだろ?」

「来ますよ。でも、人の姿になってる所は見たことないです」

 

ミミローくんは話しかけてくれる時とか人の姿になってますけど、とジョーイの言葉に頷く。

 

「なんでだ?」

「サ、サナサナ~」

 

わざわざ教えることでもないですもの~と言って苦笑いを浮かべるサーナイト。

何か知られると不都合なことでもあるのだろうか…、まあ本人が知られたくないと思って行動しているならそれはそれで構わないが。

 

「サーナイトも人の姿になれるなら、看護師の免許を取っても良いんじゃないですか?ね!シンヤさん!」

「人手増やすな」

「優秀な人材が多すぎて悪いことなんて何も無い…!」

 

サーナイト、看護師の免許取らない?とジョーイに手を握られたサーナイトが困ったように私を見た。

 

「そこはもう自由にして良いぞ。嫌なら嫌で全く構わない」

「サナー…」

 

ううん、と悩み出したサーナイト。

何気なくポケモンセンターの出入り口に視線をやった私は中に入ってくるトゲキッスの姿を見つけた。

私に気付いたトゲキッスがひらひらと手を振る。

 

「ミミローさんがサナに持たせるの忘れたー!ってこの紙袋」

「ああ、本だな」

「公園に行くついでに持って来ました」

 

良い子良い子と頭を撫でてやればトゲキッスが笑った。可愛い。

紙袋をジョーイに渡せば、資料用の本ね。とジョーイが頷く。

 

「キッスくん、デートにでも行くのかしら~?」

「デート?俺は今日、草むしりするって聞いたから手伝いに行こうと思って」

「まあ、良い子…」

 

よしよしとジョーイにまで頭を撫でられてトゲキッスは少し恥ずかしそうにお礼を言っていた。

うちの子、凄く良い子だ…。

 

「たまに美人さん連れてるから今日もデートだと思ったのに、違ったのね」

「美人さんって誰だ」

 

私の言葉にジョーイがフフンと笑った。

 

「緑色の髪の美人さん!」

「ああ、サーナイトだろ」

「…」

「…」

「…え、サーナイトなの?」

 

ポカンと口を開けたジョーイ。

トゲキッスがサーナイトと一緒にいるのなんてよくあることだろう。

 

「だって、」

「サナー!」

 

サーナイトが走ってポケモンセンターを出て行った。

え、どうした?と私とトゲキッスがサーナイトの背を見送る。

 

「シンヤさんの所、女の子居ましたっけ?」

「いや、オスばっかりだ」

「サーナイトは?」

「オスだが?」

「…まあ」

 

ああ、普通だったらそういう反応があるのか。

知ってる人間がヤマトとかツバキにエンペラーだったりで…、微塵もサーナイトの性別を気にしてなかったから

 

「なるほど…」

「?」

 

*

 

「別に嫌なら嫌で構わないんだぞ」

「それはさっき聞きましたわ…」

 

家に一旦戻ってみれば何故か書庫に引き篭っていたサーナイト。

やはり他人の目というのが気になるのだろう…。

 

「ジョーイは気にしてないぞ」

「…嘘ですわ。だってジョーイさんワタクシのことを見て凄くびっくりしてましたもの…」

「びっくりしただけで、気にしてない」

「それって違うんですの…?」

 

全然違うだろ。

 

「むしろ、なんでお前がそんなに気にするんだ」

「ワタクシはいつだって気にしてますもの…。女の子に見えて他人の目を欺けるならそれで良いと思ってますわ…」

「じゃあ、良いじゃないか」

「でも、ジョーイさんはワタクシのことを知ってるんですもの!ラルトスの頃から!ワタクシの性別がオスだって!」

 

進化した後、人の姿になって会えなかったんですものー!タイミングがぁああ!と頭を抱えて喚くサーナイト。

 

「オスの癖に気持ち悪い!って思われたくなかった…!」

「…」

「もうポケモンセンターに行けませんわ…」

「いや、もう一回行ってみろ」

「嫌!」

「ジョーイなら大丈夫だから、それもズイのジョーイだぞ。アレだぞ?お前はジョーイがそんな一般的な思考を持ってると思ってるのか」

「…ジョーイさんに酷いですわね」

「アレだからな。大丈夫だ、扱き使われるくらいだから」

 

ほら、行くぞ。とサーナイトの手を引いてもサーナイトは口を尖らせて動こうとしない。

こいつめんどくさいな。

 

「嫌ですわ…」

「じゃあどうしたら良いんだ」

「シンヤは、ジョーイさんに言えますの?」

「何を」

「オスのミロカロスと恋人同士だって」

「…」

「ほらぁ!知られたくないでしょう!?」

「多分、お前が想像するジョーイの反応と私が想像してるジョーイの反応は違うと思うぞ」

「どう違うって言うんですの?男同士なんて気持ち悪い!って思われるか、よりにもよってミロカロスだなんて…ってドン引きされるかですわよ!」

「腹抱えて笑われると思う」

「………」

「泣くほど」

「……」

 

*

 

じゃあ、言ってみて。隠れて見てるから。それで本当にジョーイさんが気持ち悪いとかドン引きしなかったなら…、

ワタクシもジョーイさんと向き合いますわ。

と、言われて再びポケモンセンターへと戻ってきた私。

私を見つけたジョーイが駆け寄って来た。

 

「看護師の免許取るって言ってました!?」

「その前に聞いてほしいことがある」

「…はあ、なんですか?」

「私、ミロカロスと付き合ってるんだ」

 

ポカンと固まったジョーイが「え」と小さく声を漏らした。

 

「ミロカロスって…シンヤさんの手持ちの?ミロちゃん?」

「そう」

「付き合ってるって、恋人同士ですよね。え、男同士で」

「そう」

 

大きく口を開けたジョーイがそのままふらりと倒れたかと思うと、床に蹲った。

 

「ぶっ、ふふ、く、…ぷふっ…」

「…」

「ッ、ふふふ、いや、うん、お幸せに…ぶほぉッ!!アハハハハハハハ!!」

 

お腹痛い、お腹痛いと泣きながら笑うジョーイ。

やっぱりなぁ、と思いながら隠れて見ているサーナイトの方を振り返る。

 

「ほらな!絶対にこうなると思ってたんだ!」

「ステキですよ~。とっても、お・に・あ・い…。アハハハハハハ!」

 

なんて告白したの?ねえ、いつから?とニヤニヤして聞いてくるズイのジョーイを睨み付ける。

うるさい…。

 

「その反応も逆に失礼ですわ…」

「失礼な女なんだから仕方ないだろ、コレだぞ?」

 

コレと指差してもジョーイはケラケラと笑っていた。

俯きながら私とジョーイの前に出て来たサーナイト、その姿は人の姿だ。

 

「ジョーイさん…」

「あ、サーナイトね。なぁに?今、ちょっとお腹痛くて…ふふふっ」

「ワタクシ、看護師の免許取りたいですわ!」

「…え!本当!?」

 

やったぁ!と思わず声に出たらしいジョーイがサーナイトの手を握った。

 

「こんなワタクシでも平気…?」

「あそこの医者より全然平気よ!むしろアレが医者になれてるんだから!看護師なんて余裕よ余裕!」

 

あそこの医者とかアレとか言われてるのは…私か…。くそぅ。

 

「ジョーイさん大好きですわー!これからも色んなこと教えてくださいましー!」

「ビシバシ鍛えてあげるわ!任せてー!」

 

抱きしめあったサーナイトとジョーイ。

笑い者にされて、貶された私の意味ってなんだ。

 

「私、帰るからな!」

「シンヤ、ありがとうござますわ!」

「結婚式には呼んでね、ぷふふっ」

 

ジョーイめ…!

 

*

 

「主、おかえり…」

「シンヤ、どうした?」

 

家に帰るとサマヨールとミミロップとミュウツーが居た。

カバンを床に置いてソファに座る。

 

「ジョーイにからかわれて悔しい…!」

「珍しく負けて帰って来たの?」

「今度は何で喧嘩した」

 

ニヤニヤと笑うミュウツーにクッションを投げ付ける。

可哀想にとサマヨールだけは私を慰めてくれた。

 

「ああ、言っておかないと」

「何?」

「サーナイトが看護師の免許を取るそうだ」

「へー」

「ミミロップも取らないかってジョーイが言ってたが、どうする?」

「え、取ってもジョーイさんに扱き使われるだけでしょ。シンヤの手伝いすんのに後々必要になるかもって言うんだったら取るけど」

 

鬱陶しいしなぁ、と呟いたミミロップはジョーイの性格がサーナイトよりよく分かってるな。

 

「私は取りたい」

「「え」」

「何か条件でもあるのか」

「いや、人の姿にさえなれれば問題ないと思うが…」

 

ミュウツーの場合は特に、

むしろジョーイが両手をあげて更に大喜びするだろう。

じゃあ、私もポケモンセンターに行って来るとミュウツーが部屋を出て行く。

 

「ツーは、勉強熱心だな…」

「なんか敗北感…!ワタシもポケモンセンター行って来る!」

 

ミュウツーに続いてミミロップが部屋を飛び出して行った。ジョーイの思うツボかお前たちは。

あ、でもミュウツーに医師免許取らせて私は隠居暮らしっていう手もあるな。

すでに静かに暮らしてはいるけど。

 

「なあ、サマヨール」

「…?」

「やっぱりいい…」

 

首を傾げたサマヨールにニコリと笑みだけ返す。

隠居暮らし、なんて夢見ても…、

両親より先に隠居するわけにはいかないしなぁ…。

歳も取らなくなったうえに、ポケモンのオスと付き合ってて、親に孫の顔を見せてやることが叶わなくなってることを…、

なんて説明しよう。

ジョーイの腹を抱えて笑う姿は想像出来ても、両親の反応は想像出来ない。

 

「……」

「コーヒーを淹れて来ようか…?」

「頼む」

 

*



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63

公園の草むしりをしている途中、ポケモンの姿でとことこと歩くツキさんとポチちゃんを見かけた。

悪タイプ同士で仲良しだなぁと二人を見送って草むしりを再開する。

 

「キッス!大変だ!ばあちゃんが腰痛いって!」

「ええぇー!?」

 

*

 

腰痛を訴える人が続出したけど草むしりはなんとか終わった。

ごくごくと一気にジュースを飲み干したミロさんが「あ」と声を漏らす。

 

「ツキだ」

 

ミロさんがオーイとツキさんに声を掛けるとツキさんが走ってこちらへとやって来る。

その勢いのまま一瞬で人の姿になって俺に飛びついてきた。それくらいの衝撃じゃ倒れません。

 

「半分!いや、一口!」

「全部、あげますよ」

「キッス優しい…!」

 

俺が持っていたジュースをそのままツキさんにあげると喉が渇いていたのかツキさんはゴクゴクと一気にジュースを飲み干した。

お腹壊しちゃいますよ?

 

「ツキさん、ポチちゃんと一緒じゃなかったんですか?」

「え?ああ、一緒だったよ。モモちゃんのとこまで一緒に行っただけだからさ」

 

送ってあげたの、と笑うツキさんにそうですかと頷いて返す。

女性を送り届けてあげるなんてツキさんはやっぱり優しいなぁ。

 

「なあ、タモツのトレーナー知ってるか?」

「ん?あの男だろ」

 

あの男、と言われても俺はピンと来なかったけれどミロさんには思い当たる人物が居たらしい。

リンっていうんだけどさー、とツキさんが話を続ける。

 

「モモちゃんと結婚するってよ」

「「……え!?」」

「びっくりだろ!あの二人はくっつくな、と思ってたけどまさかの結婚!」

 

幸せな方達が増えて良かったですね、と俺が言えばツキさんは苦笑いを浮かべた。

 

「そこまで親しくないけど、知ってる人間が結婚するってなるとなぁ…なんかなぁ。シンヤの周りで結婚したって人間、意外と居なかったし」

「結婚式は俺大好きですよ。祝福に包まれて心地いいです」

「そりゃお前はな…」

 

結婚式とかオレには無縁だー、とベンチに座ったツキさんが呟いた。

 

「結婚式かー、俺様もしたいなー」

 

きらきらと目を輝かせたミロさん。

ツキさんが苦笑いを浮かべながら「お前なら似合うよ」と言えばミロさんは嬉しそうに笑った。

 

「シンヤに言ってみれば?正装してさ、写真撮るくらいやってくれるだろ」

「ホント!?」

「俺様、生きてる今のうちにシンヤに一番綺麗な姿見てもらいたい!って言って来い。イケる!」

「ホントォ!?」

 

覚えきれないからもう一回言って、とミロさんに真面目に言われてツキさんがゆっくりともう一度復唱した。

よっしゃ言ってくるー!とミロさんが気合を入れて走って行ってしまった。元気だなぁ。

 

「ミロちゃんのドレス姿、綺麗だろうなー」

「ですねぇ」

「フィーにも着てもらおっかなぁ」

 

絶対に似合うよな、と笑ったツキさんに頷いて返す。

 

「フィーさんも似合うでしょうね」

「なー」

「ツキさんも似合うと思いますよ?」

「黒でビシッと決めたら、そりゃオレは男前さ!」

 

グレーも捨て難い。と笑ったツキさん。

 

「スーツの方ですか?俺はドレスの方で言ったんですけど…」

「…オレがぁ?」

「だって、ああいうのフィーさんも好きですけどツキさんも好きでしょう?」

「いや、まあ、好きっちゃ好きだけど…」

 

あとサナさんもヒラヒラしたの好きだよなぁと思いつつツキさんを見るとなんだか不満気だった。

 

「オレ、そんな女顔じゃないから似合わねぇよ」

「…」

「だろ?」

「そうですかねぇ。でも、ツキさんはそう思ってるから…"いつも"フィーさんに着せるんですね。可愛い服着ろよーってよく言ってますもんね」

「…いや、フィーが似合うから着せたいだけで…」

「?」

 

何故か黙り込んでしまったツキさん。

俺、何か変なこと言いました?

 

「オレ、自分の着たい服をやっぱフィーに着せてたのかな…」

「え?」

「や、別に」

 

よく聞き取れなかった。

別に、と言ってしまってからツキさんは表情を暗くして黙り込んでしまった。やっぱり俺が何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 

「なあ、キッス」

「なんですか?」

「オレとフィーって双子に見える?」

「はい、勿論!」

「めちゃくちゃ正反対で全く似てないけど、やっぱ見える!?」

「そんなに似てないってことはないと思いますけど…」

「同じ所なんて一個もねぇじゃん」

「…、俺から見てですけど」

「うん」

「正反対なのに凄く似てます!」

「…は?」

「なんででしょうねぇ、雰囲気?」

「えー…」

「あ、でも細かく言うと綺麗な物が好きな所とか、好きで読んでる雑誌も同じでよく同じ雑誌買って来てますよね」

 

俺、二冊あるのよく見ますよ。と笑えばツキさんは困ったように笑った。

 

「あと言い方は違いますけど何でもズバズバ言っちゃう所とかそっくりです!」

「あははっ、確かに!オレ、馬鹿だからつい言っちゃうんだよな~」

「ツキさんは馬鹿じゃないですよ!人を見て相手を知るのがとっても得意です。だから、お友達がたくさん出来るんですよ。馬鹿だったら心無い言葉で人を傷付けてしまいますし、相手にだって伝わりません!」

「…そ、そうかぁ?」

「ツキさんは優しいです、だからミロさんはいつもツキさんに相談するんじゃないですか」

「…」

 

何でも知ってて情報通ですしねーと俺が言えばツキさんは深く溜息を吐いた。

あれ、褒めたつもりだったのに…!?

 

「オレ、優しくないんだよー!全然優しくない!自分大好き!自分大事!ミロの事とか何回も騙そうとしてっ……」

 

はあ、とツキさんがまた大きく溜息を吐いた。

 

「失敗してんだぁ」

「そ、そうなんですか…?」

「オレ、悪タイプだから悪い奴なんだよ」

「じゃあ、全世界の悪タイプみんな悪い奴になっちゃいますよ」

「そっか、そうだなぁ…。じゃあオレだけ悪い悪タイプってことで」

「そんなに悪い事したんですか?ちゃんとごめんなさい出来たら大丈夫ですよ?」

「ちゃんと、ごめんなさいかぁ…」

「はい!」

「…この前、酔っ払ってチューしてごめんなぁ」

「ふふ、気にしてませんよ」

 

キッス良い奴だなー、さすがシンヤ自慢の子だなーと言ってツキさんに頭を撫でられた。

今日のツキさんは何だか珍しく落ち込んでいたみたいなので俺もツキさんの頭を撫でてあげた。

きっと俺と同じように心がふんわりと温かくなるだろう。

 

「……、」

 

そう思ったけれど、

ツキさんはちょっぴり悲しい顔をした。

俺はやっぱりツキさんみたいに相手の気持ちを上手く察してあげられないなぁ。

 

帰ろっか、と呟いたツキさんに頷いて返す。

また買い物して帰ったらシンヤに買いすぎだって怒られるかな、と笑ったツキさんにそういえばツキさんのおやつ無くなってましたよね、と笑顔で返す。

ツキさんは凄くびっくりした顔をしていた。

 

「誰が食べたの!?」

「さぁー?」

 

オレのおやつ…!と頭を抱えたツキさん。

大袈裟だなぁとそんなツキさんを眺めていたら走るミミローさんを見つけた。ポケモンセンターに駆け込んだミミローさん。

何か大変なことでもあったのかな…。

 

「今の見ました?」

「オレの期間限定…、え?なんか言った?」

「ミミローさんがポケモンセンターに駆け込んだんですけど…」

 

マジで、見に行こうぜとツキさんが走って行ったので俺も慌てて追いかけた。

ポケモンセンターに入ればツーさんとミミローさんがジョーイさんと何かお話をしている様子。

 

「ツー、なにしてんの?」

「ツキか。私は自分自身の能力向上を図ることにした」

「すでにハイスペックなのに?」

 

嫌味かよ。とツキさんは顔を歪める。

ツーさんは本当に勉強熱心だ。毎日、たくさんの本を読んでるし、お医者様の仕事にも興味があるみたいだし。凄いなぁ。

 

「ジョーイさんが看護師の免許取らせてくれるっていうから来たんだよ」

「走って?」

「ツーに出遅れるのが悔しいから走った」

「ミミローちゃん、可愛いなオイ」

「黙れ」

 

ミミローさんがツキさんの胸ぐらを掴み上げた。ツキさんがケラケラ笑ってるから…大丈夫なのかな…。止めなくて平気かな…。

 

「あ、キッスさんにツッキーさん」

「おー、サナじゃーん。お前も免許取るの?」

「ええ!ジョーイさんの立派な助手になりますの!」

「ナース服、着たいから?」

「……それも、まあ…」

 

おほほ、とサナさんが誤魔化すように笑った。

三人ともちゃんとした目標を持って偉いなぁ。俺もシンヤに役に立てるような技術を身に付けたい、とは思うけど…。

俺には何が出来るだろう…。

 

「自分から勉強したい!とか、なんか考えがマゾヒストだよな」

「え!?」

「オレ、無理だわ~。勉強苦手~」

 

キッス、買い物して帰ろうぜ。と腕を引かれたのでそのままツキさんに連れられて歩く。

またシンヤに怒られますわよ~とサナさんが困ったように笑った。

 

「三人とも、頑張ってください」

「頑張りますわ~」

 

片手をあげてくれたツーさんとミミローさんに手を振って俺とツキさんはポケモンセンターを出た。

 

「スーパー行こうぜ!」

「俺、今日はお金持って来てませんよ?」

「えぇー!?持ってると思ったのに!」

「今日は草むしりするだけの予定でしたから…」

「財布、取りに帰るかぁ…」

 

しょんぼりしてしまったツキさんと反転世界へと戻れば、ギラティナさんがおかえりと出迎えてくれた。

 

「ギラティナ、あとでスーパーまで直行する出入り口繋げてくれ!」

「ちょっとくらい歩けよ、めんどくさい!」

「ちょっとくらい歩くのめんどくさい!」

 

け、喧嘩しないで…!

 

「じゃんけんで決めようぜ」

「なんでじゃんけんだよ、良いけどよ」

「さーいしょーは、」

「「グー!」」

 

あいこでしょ、とあいこを続けるギラティナさんとツキさんの目は真剣だ。

ドキドキと結果を見守っているとチルがこちらへと歩いて来るのが見えた。

 

「わー、何をなさってるんですか?」

「うーん…、スーパーまで直行になるかスーパーまで少し歩くかの…じゃんけん?」

「……え?」

 

ポカンと口を開けたチルが固まった。

 

「っしゃー!!!」

 

拳を突き上げたのはツキさんだった。どうやらじゃんけんに勝ったらしい。

 

「勝ったー!」

「ま、負けた…!」

 

悔しいとギラティナさんが頭を抱える。

そんなに…!?とは思ったけれどやっぱり人それぞれだし、凄く悔しいのだろう…。可哀想に…。

 

「チル、ツキさんのお菓子を食べてしまったので同じのを買いなおして来ました」

「え?」

 

やっぱり悪いなぁと思いまして、とチルがスーパーの袋を広げて見せる。

ツキさんはその袋を受け取って中身を確認してからうんうんと頷いた。

 

「スーパー行くのもういいや!お菓子あるし!」

「おおい!今のじゃんけんの意味はっ!?」

「この期間限定、美味かった?」

「美味しかったです!」

「やっぱなー!」

「どれ?オレにも寄越せ」

 

バリ、とツキさんがお菓子の袋を開ける。

あああ…、また間食しちゃって…。まあ、ツキさんの場合は晩ご飯も全然食べてくれるけど…。シンヤにまた怒られちゃいますよー…。

 

「マスタードマヨ!」

「マヨくっせぇ!」

「マヨ良いじゃん。……あ、ちょいマスタード!美味い!」

「………美味っ、癖になるこれ!」

「チルは先に戻りますー」

「あ、じゃあ俺も帰りますね」

「食わねぇの?」

「晩ご飯食べれなくなっちゃいますもん」

「まだまだ晩飯まで時間あるから消化出来るのに…」

 

おやつ食べろよー、と頬を膨らませるツキさん。ツキさんはおやつ以外も食べてるくせに。

 

「なあ、こっちのチーズ開けて良い?」

「良いよー」

「…っ、チーズくっせぇ!」

「においキツイの大体美味くね?」

「あ、分かる」

 

先戻りますからねー、と一声掛けて俺はチルと家の方へと足を進めた。

 

「ツキさんあんまり間食するとご主人様に怒られるんじゃないですか?」

「うん、そうなんだけど…。今日は見なかったことにしよう」

「分かりましたー」

 

だって、ツキさん元気なさそうだったし。

今はギラティナさんと一緒にお菓子を食べて元気そうだから…。ツキさんの元気の源は誰かと楽しみを共有することなんだろう。

 

「いつも元気でいてほしいからね」

「チルは元気です!」

「ふふ、そうだね」

 

*

 

ブラッキーとトゲキッスが戻る前、ミロカロスは家まで一直線に走る。

その勢いのまま玄関を開け、リビングの扉を開けた。

バーン、と大きな音がした。

 

「…」

「…」

 

サマヨールがシンヤにコーヒーを手渡す。

そのコーヒーを受け取ったシンヤは黙ったままコーヒーを啜った。

 

「シンヤ!聞いて!」

「ん?ちょっと熱いぞこれ」

「…!?や、火傷してしまったか…?」

「んー、そこまでじゃない」

「主に不快な思いをさせてしまった…」

「いや、そこまでじゃない!」

 

なんかごめんな、とシンヤがサマヨールに謝ればサマヨールは首を横に振った。

 

「自分は主の為にバリスタの資格を取ろう…!」

「そこまでか!?そこまで!?」

「二度とこんな失敗は…!」

「ちょっと熱いくらいが美味いから十分だぞ!?」

 

余計なこと言ってごめんな、とシンヤがサマヨールに謝ればサマヨールは首を横に振った。

 

「俺様の話、聞いてぇえええええ!」

「…あ、ああ…なんだ?」

「(バリスタの資格はどうやって取るのだろうか…?)」

 

うーん、と悩みだしたサマヨールを横目に見つつシンヤはミロカロスに返事を返す。

 

「あのな、俺様。結婚式したい!」

「お前、籍が無いから無理だ」

「…!?違うっ、ドレス着たい!」

「ウエディングドレスを?」

「うん、俺様…えっと、生きてる今のうちにシンヤに一番綺麗な姿見てもらいたい!」

「でも、お前ポケモンの時の姿が一番綺麗だぞ?」」

「え、そう?」

「世界一美しいポケモンだろう?」

「うん、まあ、そうだけど」

「いつも一番綺麗だぞ」

「はぁあああああ!!!」

 

幸せっ!とミロカロスが頬を真っ赤にして喜んだ。

その姿を見て、サマヨールがシンヤの肩にそっと手を置いた。

 

「主…、差し出がましいことを言ってしまうが…、そこはめんどくさがってやっては可哀想だと…」

「良い感じに誤魔化せたと思ったのに…」

 

女でも無いのに何でドレス?とシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「手間だが、仕方ないな…。写真くらい撮らせてやるか…」

「主、せっかくなら家族写真にしてみてはどうだろうか…?」

「…家族写真?」

「紹介、するのだろう…?」

 

ああ、とサマヨールの言葉にシンヤは頷いた。

 

「良いなそれ」

「きっと、喜ばれる…」

 

*



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64

がさがさと本屋の袋を手に持ちながらエーフィは小さく欠伸をした。

こうも天気が良いと眠くなる。このままその辺で昼寝も良いな、とエーフィは公園の方へと視線をやった。

買い物もしてしまったし、この姿のまま少し日向に当たってから帰ろうかと公園のベンチに向かって歩くエーフィの後頭部にスコーンと硬い物が当たった。

後頭部を押さえつつ後ろを振り返ればピンク色のフリスビーが転がっている…。

 

「すみませぇえええん!!」

「……」

 

げ、と内心で呟いた。

ごめんなさい、ごめんなさい、と涙目で謝ってくるのは見知った顔。他でもない敬愛する主人の妹、ノリコだ。

 

「だ、大丈夫ですか…?」

「ええ、まあ」

 

大丈夫ですよ、アナタが居なくなればもっとね、と心の中で吐き捨ててエーフィはそっぽを向く。

昔から嫌いだった。

昔と言ってもシンヤさんがまだ戻って来る前だけど、トップコーディネーターになるのが夢であるノリコが生理的に受け付けない。

兄にエーフィを譲ってくれとせがむ妹、魅せる事が下手でコーディネーターを名乗るのもおこがましい…。

 

「シンヤさんの妹なのに…」

「え?お兄ちゃんの知り合いなんですか?」

「ええ、まあ」

「そうなんだー!へー!」

 

お兄ちゃん顔広いなぁと笑うノリコに愛想笑いを返す。きっと引き攣っていることだろう。

 

「妹のノリコです!」

「存じています」

 

幼い頃から、嫌というほど。

 

「えーと、アナタは?」

「……フィーです」

「フィーさん!」

 

なんで自己紹介なんてしているのだろう、ぼんやりとそう思いつつエーフィは遠くの空を眺めた。

 

「フィーさん、フリスビーぶつけちゃってすみませんでした」

「もう結構ですよ、わざとだったら泣かしますが」

「わ、わざとじゃないです!演技の特訓してたんです!本当にたまたま!風に流されちゃって!」

 

本当に本当です!と慌てるノリコにエーフィはポカンと口を開けた。

 

「フリスビーで特訓って…そんな初歩的な…」

「新しい友達が増えたんです!ムウマージなんですけどー!その子と息の合った演技の特訓をですね!」

「そのムウマージが見当たりませんが」

「……はっ、また遊びに行かれた…!」

 

一緒に頑張るって言ったじゃないかぁああ!と嘆くノリコをエーフィは冷たい目で見下ろした。

こいつは相も変わらず阿呆だと…。

 

「はぁ…、何が駄目なのかなぁ…」

 

溜息を吐いたノリコに何を言うでもなくエーフィは黙ったまま視線を逸らした。

 

「フィーさん、コンテストに詳しいんですよね?」

「え、どうしてです?」

「だってフリスビーで特訓してることを初歩だって」

「…」

「どうしたら上手に魅せる演技が出来るようになると思います…?」

 

こいつ、馴れ馴れしい。エーフィは眉を寄せた。

 

「お兄ちゃんみたいになりたいのになぁ…」

「まあ、目標が高いことは良いことですね」

「そ、そんなに高いですかね…」

「シンヤさんは遥か高みですよ、そして貴女はマントルです」

「深っ!!あ、でも世界の中心に近いし、逆に凄くないですか!」

「マグマに焼かれて全身爛れれば良い」

「フィーさんって……、なんか凄い素敵キャラですね!何その返し!凄い!そんなこと言われたの初めて!酷いのを通り越して逆に凄い!」

「……」

 

面白い!と何故か喜ぶノリコを見てエーフィは更に深く眉を寄せた。

 

「いやぁ、でもお兄ちゃん遥か高みかぁ…。雲の上の人って奴なのかなぁ」

「宇宙です」

「大気圏越えてるんですか!?え、フィーさんちょっとお兄ちゃんリスペクトし過ぎですよ!あの人、意外と適当な所とかあるし!あんまり夢を見過ぎてるのもどうかと思いますよ!?」

「シンヤさんに勝るものなどありませんね」

「えぇぇぇ…」

 

どんだけですかぁ、とノリコが顔を歪める。

そのノリコを見てエーフィはフンとそっぽを向いた。

 

「まあ、これでもバッチリ血が繋がってるんで、私も後のスターですよ!トップコーディネーターとして華々しく舞台に立つんです!その時はお兄ちゃんも越えてみせます!」

「夢が大きくてとても素敵ですね」

「こっち見て言って欲しい!フィーさん!こっち見て!」

「…なんですか」

「トップに君臨する兄をも越えてみせると誓った少女に何か一言!応援の言葉を!」

「そうですね、その夢が叶うように…シンヤさんの爪の垢を貰ってきて差し上げますよ。私ってとっても優しいですね」

「素敵な笑顔やめてぇえええ!」

 

悲しくなる!爪の垢なんて嫌だ!と喚くノリコ。

善意で言ったのに、最大の譲歩だったのに。むしろシンヤさんの爪の垢を手に入れられる方が貴重だというのに。

 

「っていうか、家にお兄ちゃんのへその緒がある…。むしろそっちを煎じて飲んだ方が効く気がする」

「貴重過ぎるでしょう!厳重に保管するべきです!寄越しなさい!」

「必死!この人、必死だ!」

「シンヤさんがこの世界に生まれた証です、当然でしょう」

「私のもあります!」

「どうでも良いです」

「…」

「へその緒、時を止めて保管して貰いますので寄越しなさい」

「………、ガオーッ!」

「ッ!?」

 

大きな声を出したノリコはエーフィをびっくりさせて満足気に笑いながら走って行った。

びっくりしたまま一瞬固まったエーフィは我に返って走るノリコを追いかけた。

 

 

「絶対に泣かす…!」

「ぎゃあああああ!鬼の形相で追いかけて来たぁあああ!お兄ちゃぁああん!」

 

 

*

 

「ジョォオオオイさぁあああん!」

 

勇ましい呼ばれ方をしているわ…!と書類を広げていたジョーイは顔をあげた。

ポケモンセンターに駆け込んできたノリコを見て、あらと首を傾げる。

 

「ノリコちゃんですわ!」

「不審者でも出たのかしら…!どうしたのノリコちゃん!」

 

サーナイトとジョーイが息を切らせ半泣きのノリコの元へ駆け寄った。

シンヤの妹の癖にうるせぇなぁとペンを片手にミミロップは小さく溜息を吐いた。

 

「ちょっと、…ちょっと調子乗って驚かしたら…!すっげぇ恐ろしいことになった!」

「「……」」

 

この子は何を言っているのかしら。

サーナイトとジョーイは同じことを思った。

未だに息を切らせるノリコ、背後でバンと勢いよく扉が開いた時、ノリコはその場で飛び上がった。

 

「ひぃいいいっ!」

「ノリコさん…、ちょっと私とお話しましょう。二人きりで…」

 

あの人、全然息切れしてないぃいい!こわいこわいこわい!

ノリコは全力で首を横に振ったがそのノリコの頭を掴んだエーフィはにこりと口元だけで笑ってみせた。

 

「調子乗ってんじゃねぇよ…」

「ごめんなさぁああああいぃいいい!」

 

エーフィが…マジギレしている…!

なにあれ面白ぇ!とミミロップが笑う。慌ててサーナイトがエーフィを止めに掴みかかった。

 

「フィーさんストップですわ!ノリコちゃんを虐めては駄目ですのよ!」

「虐めてません。ちょっと夢に出るくらい泣かせるだけです」

「尚、悪い!」

 

駄目ですわ!とサーナイトに怒られてエーフィは眉間に皺を寄せる。

書類をトンと纏めたミュウツーが小さく笑った。

 

「あれは親しい者なのか?」

「あれ、ってノリコ?シンヤの妹だけど」

「……妹?」

「そこは触れてやるな!似てないのなんて本人がよく分かってる!」

 

そっとしといてやって!と芝居がかった口調でわざとらしくミミロップが言った。ミミロップも馬鹿にしているらしい。

 

「しかし、珍しいんじゃないのか」

「何がよ」

「フィーのあの様子」

 

そこまで長い付き合いじゃないが、他人とあまり関わらないだろう?と首を傾げたミュウツーにミミロップはああと声を漏らした。

 

「そういや、そうだな…」

 

まあ、でもノリコとは付き合い長いし(昔から超嫌ってるけど)、シンヤの妹だし(微塵も似てないけど)、身内みたいなもんなんじゃない?(ワタシは思ってねぇけど)。

自己完結したミミロップがうんうんと頷いた。

 

「?」

「ノリコも双子仲間だし、思う所があるんじゃねぇの」

「適当だな」

「どうでも良いもん」

「というか、ツキとフィーはどっちが上だ」

「え、そりゃツキの方が兄貴だろ」

「何故?」

「なんとなく」

「適当か…」

 

どうでも良いし、と同じような会話を続けたミミロップとミュウツー。

 

「っていうか、この書類どこにサイン?」

「そこの下だ」

「あ、ここか」

 

さーんきゅ、と言ってミミロップが書類にサインをした所で余計なことを言ったらしいノリコがエーフィにポケモンセンターから放り出された。

 

「ぎゃー!」

「その口、二度と開かないように縫い付けてやります…!」

「フィーさん!相手は女の子ですわ!心を広く!」

「誰がオカマさんだぁあああ!」

「気持ちは分かりますけどっ、落ち着いて下さいましぃいい!」

「すみません!すみません!女の人だと思ってt、ぅぎゃああああああ!」

 

お兄ちゃんに言いつけてやるぅううと泣くノリコを無視してミミロップは書類をかかげた。

 

「ジョーイさん、書いたー」

「同じく」

「とりあえず、二人も手伝ってくれない…?ポケモンセンターで暴動はちょっと…」

「あー」

「私がまとめて反転世界に放り投げてやろう」

「え゙」

「反転世界…?」

 

ちょっと待て、とミミロップが止める前にミュウツーが力技でノリコとエーフィを歪みに放り投げた。後でギラティナに怒られる荒技である。

 

「おい、ノリコは駄目だろ!」

「ノリコちゃぁああん!」

「シンヤの身内だから良いだろ、どうでも」

「どうでも良くねぇええ!」

 

*

 

バリ、と三袋目の菓子袋を開けた所でギラティナが慌てて立ち上がった。

 

「どしたの?」

「ツーの野郎…っ、また勝手にこじ開けやがった!」

 

あのボケェ!とギラティナが叫んだと同時に歪みからエーフィが転がるように反転世界へと入ってきた。

慌てて大丈夫かとブラッキーが駆け寄ればエーフィは頭を押さえて「しまった…」と小さな声を漏らす。

 

「痛いっ!」

「……!?」

「……ノリコだ」

 

固まるギラティナ、ブラッキーが小さく名前を呼べばノリコは顔を上げた。

辺りを見渡して首を傾げる。

 

「え、ここ何処?」

 

あ、お兄ちゃんの知り合いの人…!とブラッキーを指差してノリコが笑みを浮かべる。イケメンさんだぁ!という言葉は飲み込んだ。

 

「ツー…、あのクソボケェエエエ!!」

 

怒鳴ったギラティナに驚いたノリコが小さく悲鳴を漏らす。

 

「あ、大丈夫大丈夫、お菓子食べる?」

「え、あの…」

「とりあえず落ち着いて、な?」

「は、はい」

 

ブラッキーに差し出されたお菓子をパリと口に入れるノリコ。

周りの景色はひっくり返ってるし、ポケモンセンターが何処かに消えてしまったし、自分は一体何処に居るの、とノリコはもぐもぐと口を動かしながら考える。

 

「ギラティナ、落ち着けって!オレ、とりあえずシンヤの所に言って来るから!フィー!ノリコの傍に居ろよ!良いな!」

「…はい」

 

落ち込んでいるらしいエーフィは返事をして小さく頷いた。

ノリコ、ちょっとここで待っててな?とブラッキーに声を掛けられてノリコも小さく頷いて返す。

なんか背の高いお兄さんはヤクザさんみたいに怖い顔で物凄くイライラした様子、そしてフィーさんは溜息を吐いて何故か項垂れているみたい。

イケメンのお兄さんは走って行っちゃった…、でもシンヤの所にって言ってたからお兄ちゃんを呼んで来てくれるのかもしれない。

あああああ、どうなってるの。ぐるぐると巡る思考にノリコはその場で頭を抱えた。

 

*

 

ツーがノリコを反転世界に入れた!とブラッキーに説明されて、驚く暇もなく手を引かれてやって来れば…

ギラティナはイライラしているし、エーフィは何故か落ち込んでいるし、ノリコは呆然としているし…。

 

「ノ、ノリコ…」

「…はっ、お兄ちゃん…!お兄ちゃーん!」

 

ここ何処ー!と泣きついて来たノリコの頭を撫でる。

 

「シンヤ、ちょっとオレ…ツーとガチバトルしてくるわ!」

「落ち着け」

「アイツ、ムカツクんだよぉおお!」

 

やめてってあんなに言ったのに!と怒るギラティナ。

とりあえず、宥めとけとブラッキーに言えば物凄く嫌な顔をされた。

 

「オレぇ!?無理だって!シンヤじゃないと無理!その内、あれツーも帰って来て修羅場になるもん!絶対!」

「じゃあ、家に連れて行ってノリコに説明しといてくれ」

「えぇ……、ヤマト呼べば良いじゃん…」

「じゃあ、ヤマトが来るまで相手してろ」

 

家にミロとヨルも居るから、と付け足してブラッキーにノリコを押し付ける。

 

「ノリコ、家で待ってろすぐにヤマトが来るから」

「家って…?」

「私の家だ」

 

怖い所じゃないからな、と言った所でミュウツーが戻ってきたのかギラティナが大きな声で怒鳴り散らす。

 

「てめぇえええええ!あれほど、こじ開けんなって言っただろうがよぉおおお!」

「あー、耳が痛い」

 

あれ止めてくるから、あとはよろしくとブラッキーにノリコの手を握らせて背を押した。

 

「フィーさん…っ」

「ああ、行きますよ…。一緒に」

 

はぁ、と溜息を吐いたエーフィを見てブラッキーは眉を寄せる。

 

「どうした?」

「自分の愚かさを嘆いているだけです…」

「いや、私も悪かったですから…すみません…」

「まあ、八割ほどノリコさんが悪いですもんね」

「八割も!?」

 

君たち仲良いね、とブラッキーは苦笑いを浮かべた。

 

「とりあえず、避難しようぜ…」

 

*

 

「「……」」

「フォローミー…」

 

俺様は嫌、とミロカロスが首を横に振る。

サマヨールが深く溜息を吐いたのを見て、ブラッキーも溜息を吐いた。

 

「あ、もしもし、ヤマトですか?ちょっとすぐに来てもらえます?ノリコさんが反転世界に入って来てしまって顔見知りの貴方の方から説明をお願いしたいんですけど」

 

ツーが放り投げたんです、とヤマトに電話報告しているエーフィを見てからブラッキーはちらりとノリコの様子を見た。

ミロカロスを見つめてポカンと呆けるノリコ。

 

「お姉さんって、キッスさんとよく公園に居ません?」

「うん、キッスと公園行くよ」

「ですよね!」

「うん、俺様はお姉さんじゃないけどな」

「え、私より年下なんですか!?」

「いや、だいぶ年上だけど…」

「実はおばあさ…」

「お兄さんだ!」

 

まだ違う!違うはず!とミロカロスがわたわたと慌てる。

 

「俺様、まだ若い方だよ…ね…?」

「素直に言うならば…若くはないな…」

「ジジイなの…?」

「どうだろう…」

 

一番の年長だしな…、とサマヨールが呟けばミロカロスは両手で頬を押さえた。

 

「まだ綺麗で居たい!」

「絶対にお姉さんじゃん」

 

この人、お姉さんですよね。とノリコに問われたブラッキーは苦笑いを浮かべる。

うーん、えーっと、とブラッキーが考えているとヤマトが部屋へと駆け込んできた。

 

「ノリコちゃん大丈夫!?」

「あ、ヤマトさん」

 

息を切らせてやって来たヤマト。

意外にもケロリとしているノリコを見てあれと首を傾げた。

 

「そ、そんなに動揺してないね…」

「え、いや、動揺してる、よ?」

 

僕は発狂したうえに気絶したけど…と思いつつヤマトは笑った。

 

「あのね、ここは…」

 

*

 

「お願いシンヤ!一発だけ!一発だけ本気で殴らせて!」

「コワイヨー」

「アイツ、マジでムカツク!」

 

喧嘩をするんじゃない…。

ギラティナの腕を掴みながらシンヤは深く溜息を吐いた。

 

「この若白髪!死ね!」

「一番、年寄りの癖に何を言うのやら。そして私が一番若い」

「…っ、大人としてテメェを躾てやる…!このクソガキィ!」

「ボク、コドモダカラワカラナイヨー。エーンエーン」

「真顔やめろやぁああ!!」

 

慌ててミュウツーとギラティナの間に割って入り、ミュウツーを背にギラティナの肩を押さえた。

 

「落ち着け!」

「シンヤ!頼む!本当に!一発だけ!本気の一発だけ!」

「ミュウツーまでキレて暴れられたら手が付けられなくなる!大人の対応が出来る子だろ!我慢だ!」

「うぐぐぐぐ…っ」

 

ガクンとその場で膝を付いたギラティナが大きく溜息を吐いた。よし、我慢した!良い子だ!

私の後ろでその様子を眺めていたミュウツーを振り返ればミュウツーはこてんと首を傾げる。悪い事をした気がさらさら無いらしい。

 

「ミュウツー、駄目だろ…」

「…ごめんなさい、反省します」

 

眉を下げながら再びこてんと首を傾げたミュウツー。

 

「そんなあざとい技術を何処で覚えて来たんだ…」

「可愛いだろう」

 

ふふん、と自慢げに笑ったミュウツー。

誰だこの幼児に変な技を教えた奴。なんでも覚えるんだから勘弁してほしい。

 

「ギラティナにちゃんと謝りなさい…」

「…」

 

口を尖らせたミュウツーがギラティナの前に立つ。

 

「ごめんね?ギラタン」

「ッ…、ブチ殺す…ッ!」

「油を注ぐな!」

「可愛いだろう」

「なんで可愛さを追求しだした!」

 

どやぁ、と笑うミュウツー。

殴りかかろうとするギラティナを押さえつけて本気でミュウツーを叱った。

 

「ちゃんと謝る!」

「ちゃんと、」

「ちゃんとしっかり!」

「この度は私の軽率な判断でギラティナ様に大変なご迷惑をおかけして誠に申し訳御座いませんでした。また先程の私の対応についてご無礼がありました件、重ねて謹んでお詫び申し上げます」

「「……」」

 

どやぁ。

 

「ぐおおおおお!むかつくぅうううう!」

「ギラティナ、やめろ!」

「…、シンヤ…でもっ…!」

「お前は手を出すな!私が殴る」

 

「おっと、遊び過ぎたか。逃げよう」

「逃がすか!お前、変なことばっかり覚えてくるんじゃない!待て!」

「シンヤ、頑張れー!」

 

その後、30分くらい反転世界で本気の追いかけっこした。

 

 

「…っ、はぁ…!し、しまった…ノリコ…! 、…っ、」

「たんこぶ…」

「ざまぁ!」

 

*



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65

ノリコの事を思い出して慌てて家に帰ればノリコが目を輝かせて私を見つめて来た。

え、なんだ、こわい。

 

「お兄ちゃん…!何でも出来るって思ってたけど本当になんっでも!出来るんだね!」

 

さすがだね!カズくんに言って良い!?と興奮するノリコをとりあえず椅子に座らせる。

落ち着け、妹よ。

 

「しかもさっきのヤクザっぽいお兄さんギラティナって本当なの!?ポケモンが人の姿になってるって時点でのん的には夢のよう!素敵!」

「ノリコ、落ち着け…」

「のんのポケモン達も人の姿になれたりしないのかなぁ!そしたらコンテストだって一緒に相談しながら出来るのに!あ、お兄ちゃんの強さの秘密ってやっぱこれ!?お兄ちゃんのポケモン達って人の姿になるの!?」

「ノリコ、あのな」

「ツバキはこの事とか知ってるの!?あーもー!なんでのんにもすぐ教えてくれないかなぁ!あ、でもカズくんは知らないからのんの方が先だよね!やった!」

「ノリ、」

「アラモスタウンで見た、ディアルガとパルキアも本当に知り合いなんでしょ!?これ聞いたらツバキ、すっごいびっくりするよ!自慢したーい!」

 

黙れ、とエーフィがノリコの頭を掴んだ。

 

「ひぃぃぃい!すすすすすすすみませんんん!」

 

ぷるぷると震えながらエーフィを見上げるノリコを見て溜息を吐く。

そうか、お前そういう反応か…。お兄ちゃんには一言も説明させてくれない勢いで大興奮だな。

 

「ノリコ、この事については前にも言った通り家族が揃った時にツバキ達も混じえて説明しようと思ってたんだ」

「ああ、目が赤いことの話でしょ?」

「その目について説明するとなると芋づる式にだな、根本的な事の説明からしないといけなくて…」

「お兄ちゃんがギラティナ達と友達で反転世界に住んでる、っていうのと他に?」

「そう」

「まだお兄ちゃんに秘密があると」

「そう」

「今度会わせてくれるって言ってた恋人のミロさんが男の人だってこと以外に」

「そう…、ってなんでもうバレてるんだ!」

「俺様、言っちゃったぁ…」

 

ごめんね、とミロカロスがしょんぼりした。

ああ、いや、別に…バレると思ってたからそれは別に…、なんか怒鳴ってごめんな…。

 

「ここまで美人なら男の人でものんは仕方ないと思う。孫はのんが産むから任せて!」

「頼もしい言葉をありがとう、妹よ…」

「愛があれば性別なんて関係無いよ!のんはお兄ちゃんの味方だからね!」

「ありがとう、ついでに言ってしまうとミロはオスでポケモンだから種族も違ってたりする」

「………、お兄ちゃんのミロカロスかぁああああああ!」

「やっほー」

 

そりゃ美人なわけだあああああ!と大混乱のノリコが叫んだ。

…、本当にすまん。

 

*

 

「ま、まあ、びっくりしたけど、人の姿になれるんだから恋愛したってね。のんは良いと思うよ!」

「他にも言うべきことはまだあるんだけどな」

「まだあるの!?」

 

もう脳みそが限界だよ!とノリコが頭を抱えた。

 

「気持ちは凄く分かるよ…」

「ヤマトさん何処まで知ってるの!?」

「え、僕は一応、全部聞いたかな?」

「ああ、お前には全部言ってるな」

「ツバキは!?」

「ツバキは私とミロの関係は知ってる、ポケモンが人の姿になるのも知ってる。あとズイのジョーイも知ってる」

「あー、人の姿になることは専門の人が知ってるのね。ジョーイさんも知ってるのかー…、お兄ちゃん本当にジョーイさんと仲良いよね」

「仲良くない」

 

泣くほど笑われたからまだ悔しい。

うーん、と考え込んだノリコは腕を組んで眉間に皺を寄せた。

 

「他の秘密は、ヤマトさんしか知らないんだ」

「そうだな」

「じゃあ、のんもみんなと一緒に聞こうかな…聞いちゃいたいけど、お兄ちゃんまた今度ちゃんと話してくれるって言ってたし」

「ノリコ…」

「うん、また今度で良い!でも一個だけ確認して良い?」

「なんだ?」

「ミロさんがミロカロスなら、もしかして…キッスさんとかフィーさんとかさ…」

「ああ、私の手持ちだ」

「フィーさんって…フィーさんって…!名前から察するに…」

「私のエーフィだな」

「ひぃいいいいいい!昔から散々、追い掛け回していたエーフィぃいい!?やばい!どおりでのんに対して当たりキツイわけだ!完全に嫌われてる!」

 

エーフィの方を振り返ったノリコ。

そのノリコと目が合ったのかエーフィはにっこりと笑った。

 

「ご察しの通り、虫唾が走ります」

「超笑顔で言われたぁああああああ!うわぁぁああん!まだ諦めてないからぁあああ!」

 

一緒にコンテストに出たいよぉぉぉ、と泣くノリコの背をヤマトが撫でた。

 

「お兄ちゃん、エーフィ頂戴…!」

「頑張って口説き落とせ」

「フィーさん!のんと一緒に頂点目指しましょう!」

「黙れ、底辺」

「うわああああ!素敵笑顔だぁあああああ!」

 

お待たせ致しましたー、お茶ですーとチルタリスがのほほんとテーブルにお茶を置いた。

エーフィの足元で泣き崩れる私の妹は大丈夫だろうか…、兄は心配だ。色んな意味で。

 

「なんでも、なんでもしますから…!」

「へえ、なんでも…」

「あ、やっぱ無し。今の無しで」

「往生際が悪いですね」

「ある程度しますからー!」

「うざい」

 

「まあ、こっちは無事解決ってことで」

 

ね、とブラッキーに同意を求められたので小さく頷いて返す。

 

「で、ツーとギラティナは外に置いて来たまま?大丈夫なわけ?」

「ツーには拳骨をくれてやった。ギラティナはもう特に怒ってない」

「あははっ!やっぱシンヤが叱るのが一番だよなー。スッキリするもん!」

 

そういうものだろうか。

ずずず、とお茶をすすれば向かいに座っていたノリコがまじまじとブラッキーを見つめている。

 

「ん?なぁーに?」

「ツキさんもポケモン?」

「そうだよー、なんだと思うー?当ててみてー」

「えーっと、えーっと、お兄ちゃんのポケモンでツキって付く名前のポケモン居たっけ…!」

「ヒントは黒いよ!」

「黒…、あ、ブラッキー!」

「ピーンポーン!当たりー、チョコレートあげちゃう!」

「やったぁ!」

 

もぐもぐとチョコレートを食べたノリコとブラッキーがにこにこと微笑み合う。

本当にお前は女の子の扱いが上手だな。ブラッキー…。

 

「キッスさんがトゲキッスでしょ、それでチルさんがチルタリスだね!ヨルさんがサマヨール!ね!」

「そうそう、当たりー」

「わー、こうして聞いたらなんか特徴があって何となく分かるかもー。不思議ー」

 

のんもレントラーとお喋りとかしてみたいなぁと笑うノリコを見てブラッキーがくすくすと目を細めて笑った。

 

「ヤマトさんのユキワラシも人の姿になる?」

「んーん、ならないよ」

「どういう理由でなるのかな…」

「さあねぇ…。あ、そうだ、僕のユキワラシが女の子だって知ってた?」

「え?うん、知ってるけど?」

「そ、そっか…」

 

知ってた…!と自分の顔を両手で隠したヤマトを見てミロカロスがケラケラと笑う。

知らなかったのお前くらいだろ。むしろ、お前が知らなかった事実をこっちが知らなかった。

 

「ミロさん、お兄ちゃんの何処が好きー?」

「全部!」

「顔?」

「も!」

「うーん、なつき度マックスのポケモンって感じの反応…」

 

ケラケラとミロカロスとブラッキーが笑った。

意外と仲良くやってるなぁ、エーフィ以外…と思いつつちらりとエーフィに視線をやる。ミロカロスとブラッキーと共に会話を弾ませるノリコを不満げな顔で見ていた。すぐ顔に出るな。

 

「ただいまー」

「シンヤ、ノリコちゃん大丈夫でしたの?」

 

ポケモンセンターから帰ってきたミミロップとサーナイト。

ジョーイさんにすげぇしつこく聞かれた。とミミロップから報告があったのでそれでどうした?と聞けばシンヤに全部聞いてと私に押し付ける形で帰って来たらしい。めんどくさい。

 

「反転世界の事とかギラティナの許可無しでべらべら喋りたくねぇもん」

「お前は賢いな」

「ギラティナ、ブチ切れるって分かってるしー」

 

ミュウツーはブチ切れさせたけどな…。

 

「ギラティナさんもっと怒ると思ってましたけど、ツーさんと仲良く外でお喋りしてましたわ~」

「ああ、それ、シンヤがツーに拳骨したからだぜー」

 

超切れてたよ、とブラッキーの言葉にやっぱりなとミミロップが返事を返した。

 

「シンヤが一番効果バツグンですものね!さすがですわ!」

 

なにが?

 

「え、ミミローさんもポケモン…!?」

 

ガタンと立ち上がったノリコを見てミミロップがチラリと私の方を見た。

こく、と頷いてやればミミロップはノリコの方を見て「そうだよ」と無愛想に返事をする。

 

「ええええええ!だって、ジョーイさんとお仕事…、あ!ミミロップか!ミミローップ!」

「ワタクシ、サーナイトですわよ~」

「サーナイト!やっぱり超綺麗!」

「ノリコちゃん、素直で好きですわ!」

 

サーナイトがノリコの頭を撫でる。

うるせーうるせー、とミミロップが耳を押さえながら怒っている。

 

「ノリコちゃんそろそろ帰らないとお母さんに言ってないから心配するんじゃない?」

「あ、ホントだ!公園で特訓してくるって言ったっきりだ!」

 

えらいこっちゃ、と慌ててカバンを持って立ち上がったノリコを見てブラッキーが立ち上がる。

 

「オレ、家まで送ってくよ。もう暗くなりかけてるし」

「え」

「あ、しまった。僕、こういうことさらっと出来ないからモテないってあれだけ言われたのに…!」

「おバカさーん」

「うう、おバカさんですぅぅ…」

 

やーい、とブラッキーにからかわれてヤマトが半泣きになっている。お前達の関係が私は今もよく分からない。

 

「えーっと、大丈夫ですって言いたいけど帰り方が分からないからお願いしたいです」

「だよね、行こっか」

 

玄関に行こうとしたブラッキーをエーフィが引き止める。

ここは兄である私が送ってやるところだろうか。というか、一人で帰れるだろう、と本気で思っていたのだが。

 

「ツキ、ここは私が」

「え!?」

「今回の事は私の責任でもありますし」

「やったぁ!フィーさん!のんと一緒に来てくれる気になったんですね!」

「シンヤさんのご実家に捨てて来ます、アレ」

「不法投棄は良くねぇよ…フィー…」

「そこじゃなくない!?アレ扱いだけど、血の繋がった妹だよ!?お兄ちゃんに泣きつくよ!?」

「じゃ、行って来ますね。シンヤさん」

「あ、ああ…」

「無視された!」

 

お兄ちゃぁぁん…、またねぇぇぇ…と情けない声を出しながらノリコが部屋を出て行った。

 

「マジで捨てて来ないと良いけど…」

「冗談だろう?」

「だと良いけどさ…」

「不安になること言うな…」

「「………」」

 

エーフィは言ったらやりそうな気がする。

兄として色々と不安だ。

 

*

 

きょろきょろと反転世界の様子を見ながらノリコはエーフィの背を追いかける。

家が逆さまだ、と思った時に前を歩いていたエーフィが声を発した。

 

「ギラティナ、シンヤさんのご実家へ繋げて下さい」

「おー、帰るのか」

「ギラティナさん、お邪魔しました!また遊びに来させて下さい!」

「…んー、まあ、シンヤの妹だからな。良いよ」

「結局、良いんじゃないか…」

 

じと、とミュウツーに見られてギラティナがぷいとそっぽを向いた。

前に家に来た真っ白な人、この人もポケモンなんだろうとミュウツーを見つめるノリコ。

 

「…なんだ」

「えっと、何のポケモンなのかなぁって…」

「私はミュウツーだ」

「ミュッ…!?」

 

ギラティナとミュウツーが並んで座ってる!なにこれ凄い貴重!とノリコはその場で口元を押さえてエーフィの方へと視線をやった。

 

「大物が…!」

「シンヤさんの方が大物ですよ」

「ここでもそういう反応なんですね!お兄ちゃん大好きなんですね!」

「ええ、大好きです」

 

ぽ、と少し頬を染めて照れくさそうに言ったエーフィを見てノリコは苦笑いを浮かべる。

 

「オレもー大好きー♪」

「私もっ好き~♪」

「おお、なかなかノリが良くなって来たな、ツー」

「そうだろう、今のはなかなかだっただろう」

 

仲良しか、とエーフィとノリコは思った。

エーフィが小さく溜息を吐いて呆れたように腰に手を当てて座るギラティナを見下ろした。

 

「繋げてください」

「はーいはいはい」

「返事は一回で良い」

「シンヤの真似はやめろって~」

「眉間に皺を寄せるのを忘れた」

「ハハハハッ!」

「仲良しもいい加減にしてください!どんどん暗くなるじゃないですか!」

「あぁ…ごめんって」

「コワイヨー」

 

そのカタコト、何処で覚えて来たんだよ。とぼそりとギラティナが呟きつつ重い腰を上げた。

 

「はいよ、足元にお気を付けて~」

「帰りも繋げてくださいよ、私は帰って来るんですからね」

「ちゃんと見てるよ」

「じゃあな、シンヤの妹」

 

ひらひらとミュウツーに手を振られてノリコは笑顔で手を振り返した。

反転世界を出れば外は薄暗くなり始めている。

 

「あ、家の近くですねここ」

「ええ」

「家のすぐ傍は駄目なんですか?その方がお兄ちゃんも帰って来やすいのに…」

「近すぎるとバレるじゃないですか」

「ああ、それもそうですね」

 

何処からか急に現れる兄を思い浮かべてノリコはくすと笑った。

 

「…」

「…」

 

自分から話を振らないと会話が終了する…。気まずい雰囲気にノリコは口を尖らせた。

無言で少し前を歩くエーフィの姿をちらりと見てから、ノリコはエーフィに声を掛けた。

 

「フィーさん」

「はい」

「コンテスト、一緒に出ましょう」

「嫌です」

「本気で考えてといてください!絶対に、絶対にお兄ちゃんにも負けないコーディネーターになりますから!」

「私を誘う必要なんて無いですよね、エーフィが欲しいのでしたらイーブイをもう一匹育てれば良いじゃないですか」

「いや、…フィーさんが良いんです」

「経験もあって、一から教え育てなくて良いからですか」

「違います!フィーさんが…、お兄ちゃんのエーフィがコンテスト大好きだって知ってるから!」

「…」

「お兄ちゃんはもうコーディネーターとしてあの舞台に立たないと思う、だから…のんと一緒に…」

「着きましたよ」

 

は、と顔を上げれば見慣れた家。

ああ、もう着いちゃったかとノリコは小さく溜息を吐いた。

 

「ありがとうございました…」

「どういたしまして、それでは」

 

踵を返して歩いていくエーフィ。

その背にノリコは大きな声で呼び掛けた。

 

「フィーさん!のんは諦めませんよー!」

「…」

 

*

 

反転世界に戻ってきたエーフィは深く溜息を吐いた。

出迎えたギラティナが困ったように笑う。

 

「口説かれてたなぁ」

「しつこいんですよ、昔から」

 

顔を歪めたエーフィを見てギラティナは何も言わずエーフィの背を見送った。

まあ、不機嫌だわー…。

 

「コンテストってなんだ」

「魅せる演技とバトルをする大会だよ」

「そんなに面白いものか?」

「好きな奴は好きなんだろ」

 

ふぅん、と頷いたミュウツー。

 

「アイツらの行ける世界って広いよなぁ…」

「…は?」

「色んなこと出来るじゃん、オレと違って」

「お前もすれば良い」

「いや、無理だろ」

「そうだろうか?」

「そうだろうよ」

 

あの小さな球体の中に入って、一緒に外に出たいなぁと思ったことは一度だけあったけど叶わなかったなぁとギラティナはぼんやりと思った。

むしろ、小さな世界に閉じ込めたのはオレ達の方か…。

 

「コンテスト、一度経験してみたいな」

「やめとけ…、悪目立ちするだけだから」

「そうか」

 

*



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66

ノリコとエーフィが家を出た後、ヤマトと談笑していたら思い出したようにブラッキーが言った。

 

「そういや、モモちゃんとタモツのトレーナーのリンが結婚するんだって」

「…え!」

 

びっくりした。

モモ、結婚するのか…。

そして急にミロカロスが結婚式したいとか言い出したのそれだろう。確実に。

式に参加するのは面倒だがご祝儀くらい包まないとな。

 

「僕、知ってたよ」

「え!?」

「そうなのか」

「うん、モモちゃんとリンくんから聞いた」

 

むしろシンヤが知らなくてびっくりしたよ、と笑ったヤマトをブラッキーが驚愕の表情で見つめている。

 

「ヤマト…!お前はそれで良いのか…!」

「な、何が…!?」

「このヘタレ!」

「何がぁ!?」

「そんなだからずっと"良い人"で終わるんだよ!」

「良い人なら良いよね…?」

「良いんじゃないか?」

「モモちゃんにアタックせずに終わるなんて情けない!」

「「……」」

 

ヘーターレー、と喚くブラッキーを見てヤマトがポカンと口を開ける。おっと、私の口も開いてた。

というか、お前達の関係は本当にどうなってるんだ…。あえて口出しはしないつもりだが…。

 

「僕、モモちゃんにアタックしちゃって良いわけ?」

「敗北は決まってるけどな…」

「へえ、良いんだ。そっかー…そっかぁ…」

「なに?」

「いや、別に。まあ言わせてもらうと僕は別にモモちゃんのこと好きじゃないからね」

「えぇ!?」

「別に好きな子が出来ちゃった!」

「マジかー!」

 

軽いなお前、とブラッキーに少し冷たい視線を貰ってヤマトがショックを受けていたが放って置いた。

お茶冷めたなぁ…。夕食の前に風呂に入ってしまおうかなぁ…。

 

「心変わり早い男ってなんかなぁ…」

「ちゃんと好きになったら一途に愛すつもりだけど」

「ふぅーん」

「だから、ツキくん、僕とちゃんと恋愛してみない?」

「ぶっ…!」

 

飲んでいたお茶が変な所に入った!

ごほごほ、と噎せる私を見てヤマトが大丈夫かと首を傾げて聞いてくる。大丈夫、私は居ないものとしてくれて大丈夫だから…!

 

「ガチで?」

「ガチで」

「…けほっ、」

 

湯のみ片手に静かに立ち上がりキッチンに向かう。

私の居ない所で言ってくれれば良いのに、気まずいじゃないか。

 

「ご主人様、夕食はもう少々掛かりますよ?」

「ああ、ゆっくりしてくれ…」

「シンヤ、お茶のおかわり入れます?」

「ん」

 

トゲキッスに湯のみを手渡して小さく溜息を吐いた。

 

*

 

シンヤがリビングから出て行ったのを見送って、ヤマトは向かいに座るブラッキーへと視線をやる。

 

「今は、そういうの無理だ…。オレ、」

「だろうねぇ。ツキくんの気持ちが変わった頃また伝えることにするよ」

「い、意外とあっさり…!」

「だって分かってたし」

 

ツキくんがシンヤを好きだって、

にこりと笑って言ったヤマトの言葉にブラッキーは固まった。

ああ、やっぱり、あの時に名前を呼んでしまったのを聞かれてた…。

 

「あのさ…」

「うん」

「ミロとかフィーみたいに可愛くないのに、なんでオレなわけ?オレが相当惨めで可哀想に見えたから…同情とか、」

 

じわ、とブラッキーの目元に涙が溜まった。

今にも泣き出しそうなブラッキーの顔にタオルを押し付けたヤマトは笑みを浮かべる。

 

「優しいツキくんがとっても愛しくて可愛くて、好きだなぁと思ったんだ」

「……優しくない」

 

オレは優しくない、上っ面ばっかりで根本的な部分は結局自分のことばっかりな嫌な奴だ。

 

「オレは嘘吐きだ、みんなの事を騙して、フィーのことだってずっと傷付けて…」

「…」

「…、最低だ…っ」

 

タオルを顔に押し付けて呻るブラッキーの頭をぽんぽんとヤマトの手が撫でる。

 

「涙が出るくらい心が痛むのはキミが優しいからだよ」

「…っ」

「みんなのことが大好きだから誰よりもみんなの気持ちが分かってる、だから苦しいんだよね?」

「…そんなこと、」

「分かるよ、僕はポケモンが大好きだから。キミの中に僕っていう存在が"大好きなみんな"の中に入ってないことも」

「……」

「僕のこともみんなと同じように好きになって…ちゃんと見てて欲しいな。僕がツキくんの"大好きなみんな"の中に入った時、きっと僕の気持ちがちゃんと伝わると思うから」

「…、ヤマトは分かってない」

「分かってるつもりだけど…」

「全然分かってねぇ!バカ!」

 

バーカ!と怒って部屋を出て行ったブラッキー。

入れ違いでリビングへと入って来たミロカロスがぎょっとしながら出て行ったブラッキーの背を見送った。

 

「な、なにやったの…!?」

「…ううーん」

「ツキを苛めるな!」

「苛めてないよ~…」

 

嘘!苛めた!とミロカロスが怒りながらキッチンへと走っていく。

シンヤに報告するのだろう。

苛めてないけどなぁ、と思いつつヤマトは冷めたお茶に口を付けた。

 

「頼られる男になりたい…」

 

*

 

二階の部屋へ入ったブラッキー。

部屋へと入ってきたブラッキーの姿をチラリと確認したミミロップ、サマヨール、サーナイトは各々で行っていた作業へと戻る。

そんな三人に声を掛けるわけでもなくブラッキーは自分のボールの中に戻ってしまった。

 

「…え、あれ?ツキ、飯まだじゃね?」

「食事を待ってリビングに居たはずだが…」

「ツッキーさん、どうしたんですのー?」

 

サーナイトがボール越しに声を掛けてみても反応は無い。

どうしたんだろう、と三人が顔を見合わせた。

 

「主に確認を取ろう…」

「だな」

「ですわね」

 

*

 

ノリコを送り届けて帰宅したエーフィは眉を寄せる。

 

「ヤマトがツキを苛めてた!」

「…」

「アイツが苛められるような奴かよ…」

「しかし、ボールに逃げ込んだのは事実…」

「何があったんですの!?」

「…」

 

無言のヤマトとシンヤの周りでミロカロス、ミミロップ、サマヨール、サーナイトが騒いでいる。

一体これは何事ですか、とエーフィは深く眉間に皺を寄せた。

 

「ツキがどうかしたんですか?」

「フィー!ヤマトがツキを苛めたんだ!そしたらツキがボールに入って出て来なくなった!晩ご飯の前なのに!晩ご飯の前なのにだ!」

「二度言わなくて良いです」

 

ぷぅとミロカロスが頬を膨らませた。大事なことだから言ったのに。

何があったんですか、とエーフィがシンヤに問いかける。

少し考える仕草をしたシンヤは眉を寄せて言った。

 

「大丈夫だ」

 

何がよ!とミミロップが声を張り上げたがシンヤは何も言わない。

 

「…まあ、シンヤさんが大丈夫と言うのでしたら大丈夫なんでしょう」

「良いんですの?」

「構いませんよ、お腹が空いたら出て来ます」

「確かにその通りだ…」

 

うんうんと頷いたサマヨール。少し納得がいかなそうではあるがミミロップも諦めたらしく溜息を吐いた。

 

「ヤマトが苛めた…」

「苛めてないってば~…」

 

じと、とミロカロスがヤマトを睨む。

小さく溜息を吐いたシンヤはパンと手を叩いてから立ち上がった。

 

「よし、風呂入って来よう!行くぞ、ミロカロス!」

「…え?……お風呂!?やったぁ!シンヤとお風呂ぉおお!」

 

シンヤなりの精一杯のフォローだった。

ミロカロスを連れてリビングを出て行ったシンヤの背を見送ったヤマトは助かったと息を吐く。

 

「で、苛めたんですの?」

「苛めてないって…!」

「ミロさんがあそこまでしつこく言うなんて珍しいですもの、シンヤのこと以外で!」

 

鋭いな…。とヤマトはサーナイトの言葉に内心冷や汗をかく。

 

「後でツキに聞けば済む話ですよ、この話はもう終わりです」

「むぅ…、フィーさんがそう言うなら良いですわ…。ツッキーさんの口から苛められたって言葉が出た日には、許しませんわよ…!」

「苛めてませんっ!」

「夕食の用意を手伝いに行くか…」

「今日の飯なんだろ」

 

腹減ったなぁとお腹をさするミミロップを見てサーナイトが笑った。

 

「ミミローさん可愛いですわ!」

「は!?何が!?」

「うふふ!」

「きもっ!」

 

やっと話題が逸れた、とヤマトが息を吐く。

静かに部屋を出て行ったエーフィの後ろ姿を横目で見てからテーブルに突っ伏した。

 

「…」

 

*

 

二階の部屋へとやって来たエーフィはコツコツとブラッキーのボールを指でつついた。

 

「起きてますよね、聞いてほしいことがあるんです…。そのままで良いので聞いてください…」

 

私、シンヤさんと最後の最後まで一緒に居たいはずなのに、

…このまま、シンヤさんと一緒に居ることが自分にとって本当に良いことなのかって…思って、しまいました…。

シンヤさんが二度とあのコンテストの舞台に立たないことなんて分かりきっていたのに、コンテストの舞台にもう一度…立ちたくてたまりません。

諦めようと、思ってたんですよ…?

でも、さっき、ノリコに言われたんです。

お兄ちゃんのエーフィがコンテスト大好きだって知ってるから、私をコンテストに誘うんだって…。

そう言われた時、思い描いてしまったんです…!

あの舞台に立つ自分の姿と、ノリコを…。

 

「私、最低です…!シンヤさんを裏切るようなことを…!」

 

エーフィが手で顔を覆った時、ブラッキーがボールから出てきた。

人の姿になったブラッキーはエーフィを抱きしめる。

 

「フィー、それは裏切りじゃない。お前が良い方向に変わってる証拠だ。最低なんかじゃない…!」

「シンヤさん以外の、主の姿を思い描くのが良い方向なわけないです…!」

「オレなんて…、」

 

オレなんて、と言った後に黙り込んだブラッキー。

次の言葉が出てこないことにエーフィは俯いていた顔を上げた。

 

「ツキ…?」

「オレ、なんて…っ、ミロカロスの立場がオレのものだったらなって!ずっと、ずっと思ってたよ…!」

「……、」

「届かない受け取って貰えない、そんな気持ちをずっと一人で持ってんのが苦しくて苦しくて…!オレが、どうしてたと思う…?」

「ツキ、」

「フィーが、オレのこと想ってくれてるって分かっててずっとはぐらかしてたんだよ。嫉妬に歪むお前の顔見て喜んで安心してたんだ…。最低っていうのはオレみたいな奴のことだよ…!」

 

ごめんな、ごめん…本当にごめん…。と泣きながら謝るブラッキー。

そんなブラッキーにエーフィはごつんと頭突きを食らわせた。

 

「痛っ」

「馬鹿ですか、貴方は」

「…え、」

「確かに、嫉妬していました」

 

貴方が好きだから。

それでもそれが、ツキがシンヤさんを想っていたように好きなのかと聞かれるとハッキリと答えられません。

でも、嫌だったんです。ツキが私の傍から離れて行くこと、ツキの考えていることが分からないこと、

ツキの心を自分に向けたかったのは事実です、でもこうして考えると…、私はツキに嫉妬していたのかもしれませんね…。

 

「私は、逞しくてカッコイイ…そんなツキが羨ましくて…」

 

貴方のようになりたかった。

エーフィの口から出た言葉を聞いて、ブラッキーの目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

 

「オレも、…っ、なりたかった…!綺麗で可愛い、フィーみたいに…っ」

「…!」

 

ぅえええ、と泣き崩れたブラッキーを抱きしめてエーフィは苦笑いを零した。

 

「やっと、…やっとツキの考えていることが、分かりました…っ」

 

私達はずっとお互いを求めあって、自分の持っていない部分を見て嫉妬しあっていた。

全く似てないと思っていたけどこんなに似ていたんですね、私達…。

 

*

 

 

「…、ヤマトに…」

 

泣き止んだブラッキーにそれとなく話を聞けばヤマトに告白されたと予想外の答えが返ってくる。

そして、ヤマトとの関係も聞いたエーフィは皺が寄らないように眉間を指で押さえた。

 

「それで、オレの"大好きなみんな"の中に自分が入ってないって…」

「あの男は馬鹿なんですかね…」

「ムカつく…っ」

 

えぐえぐと再び泣き出しそうになるブラッキーの背を撫でてエーフィは溜息を吐いた。

あのクソ野郎、私の大事な片割れの初めてを奪っておいて…。自分がブラッキーに好かれていないと…、

 

「確かに勢いだったけどっ、オレが何とも思ってないどうでも良い奴と…ッ、ヤるって本気で思ってたらどうしたら良い!?」

「出てる所、全部ちょん切ってやれば良いんですよ。上から下まで」

「え、えぐい…っ」

「自惚れるとか何故しないんですかね、あの男は…。何処までもお人好し、いやもうここまで来ると馬鹿以外の何者でもないですが…」

「うう…、オレはヤマトのこともちゃんと好きだし…っ」

「そんなこと言わなくてもみんな知ってますよ。でも、言わなければ伝わらないし分からないことがある、っていうことですよね…」

「…」

 

私達のように、と言えばブラッキーは困ったように笑った。

 

「そうだな…、でも今はちょっと気持ち的に無理だから…」

「ええ、時間が経てば気持ちも変わるかもしれませんしね!」

「変わるの期待してる…?」

「はい、ヤマトごときにツキを渡したくないので」

「わー、きゅんとするー」

 

嬉しそうに笑ったブラッキーにエーフィは笑みを返す。

そろそろ夕食かな、とエーフィが時計の方へ視線をやった時にブラッキーが「あ」と声をあげた。

 

「フィーはどうすんの!?」

「何がです?」

「いや、ノリコ…」

 

オレの話聞いてもらってフィーの話聞いてねぇわ、とブラッキーが眉を寄せた。

 

「ツキが良い方向に変わってると言ってくれましたし…考えてみようとは思ってます。シンヤさんの性格上、反対はしないでしょうけど。やっぱり私にとって唯一認められる主はシンヤさんだけですから…」

「そう、だよな…」

「それに、まだツキと一緒に居たいです。今まで知らなかったツキのことをこれからもっと知っていきたい、貴方は私の唯一の"兄弟"なんですから」

「フィー…ッ」

 

好きっ、とブラッキーがエーフィに抱きつけばエーフィもブラッキーを抱きしめ返す。

 

「フィーがこんなにカッコイイことを言ってくれるなんて…!」

「ふふ、私もツキにこんな可愛らしい一面があったなんて知りませんでした」

 

―オレ達の進化するタイミングがもし、逆だったらオレはフィーみたいになれたのかな。

―私達の進化した時間がもしも、逆だったなら私はツキみたいになれたでしょうか。

 

((こんな自分は大嫌いだけど、お前/貴方のことは好きでたまらない))

 

 

*

 

ご飯ですよー、とトゲキッスがにこやかにテーブルに食事を運んでくる。

リビングの扉へと視線をやったサーナイトがちらりとヤマトを盗み見る。ヤマトはせっせと取り皿をテーブルに並べていた。

ソファにぐったりと横になるシンヤをミミロップが引っ張る。

 

「シンヤ、飯~」

「のぼせた…。あつい…。」

「風呂で何遊んでんだよ!」

 

何をしていたのかとサマヨールがミロカロスに問えばミロカロスは大きく両手を広げた。

 

「泡風呂にしたらすげぇ泡になったんだ!こーんな!こーんな凄ぇの!」

 

もっこもこ!と楽しげに笑うミロカロスを見てサマヨールは「ああ…」と小さく言葉を漏らした。

泡風呂に悪戦苦闘する主の姿が目に浮かぶようだ…、と。

トゲキッスがシンヤの頭に濡れタオルを置いた時、ガチャリとリビングの扉が開いた。

 

「腹減ったわぁ」

「…シンヤさん、どうしたんです…?」

「え、うわっ!シンヤ、顔赤っ!」

「風呂でのぼせた…」

「「遊ぶから」」

 

ハモッて言うな、とシンヤがソファに再び横になる。

 

「泡なー、もこもこになったんだ!」

「オレの入浴剤また使った!?しかも大量に使ったなお前!」

「あー、テンション上がったから」

「そっかー、テンション上がってたらしょうがねぇなぁ…」

「どういう理屈ですか…」

 

やれやれと肩を竦めながらエーフィが席に座る。

あら、と首を傾げたサーナイトがブラッキーに声を掛けた。

 

「ツッキーさん、ヤマトに苛められたんじゃないんですの?」

「は!?そうだ!ヤマトがツキ苛めた!」

「え?別に苛められてないけど?」

 

キョトンとしながら首を傾げたブラッキーに釣られてミロカロスが首を傾げる。

 

「じゃあ、なんで引き篭ったわけ?」

「えー、内緒ー。あえて言うならオレの可愛い一面だわー」

「いや、意味分かんねぇし。キモイ」

「ミミロー、マジ冷たい。悲しい」

 

テンポ良く絡んでよ、と言ったブラッキーにミミロップがうざいと言葉を返す。相も変わらず辛辣である。

 

「つまんねー」

 

不貞腐れながらブラッキーが席に座るヤマトの横に座った。

少し驚いたヤマトを見たブラッキーは「べ」と舌を出してからニヤリと笑った。

 

「(な、なんだろう…、この翻弄されてる感じ…)」

「ご飯っ、ご飯っ」

「はい、ツキ。お箸」

「さんきゅー」

 

*

 

わいわいと食事をしている途中、ソファで横になっていたシンヤがむくりと起き上がった。

ご飯食べますか?とトゲキッスが問い掛けたがシンヤは無言のまま、眉間に皺を寄せて頭を押さえてしまった。

 

「シンヤ?頭、痛いんですか?」

「……」

 

ご飯を食べていた他の連中もピタリと動きを止めてシンヤの方へと視線をやる。

 

「シンヤ?」

 

返事の無いシンヤの顔をトゲキッスが覗き込む。

虚ろな目でギロリと睨みつけられたトゲキッスはビクッと体を揺らした。

 

「…ッ!?!?」

 

な、なんだか不機嫌です…!と怯えながらトゲキッスはもう一度、シンヤの名前を呼んだ。

 

「シンヤ…、どうしたんですか…?」

「……え?」

「シンヤ…?」

「トゲキッス…?ああ、なんだ?」

 

瞬きをしたシンヤは先程とは一変して、少し寝ぼけているのか眠たい目を擦りながら返事を返した。

 

「頭とか痛いんですか?」

「…いや?」

「少し様子が変でした…」

「…そう、か?うーん、変な夢を、見たような気がするんだが…」

「変な夢?」

「…思い出せない」

 

うーん、と考え込むシンヤを見てからトゲキッスはちらりと背後の皆の方へ視線をやった。

 

「とりあえず、シンヤさんもご飯にしましょう」

 

エーフィの言葉にブラッキーがうんうんと頷いた。

どんな夢だったのか、と考えながらもシンヤは定位置であるテーブルの席についた。

 

「俺様のこれあげる!」

「ピーマンくらい食え」

 

 

 

――ダモス、何故…裏切った…!

 

*



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67

ノリコが反転世界へ来てしまった日から数日が経った。

サーナイト達の勉強に付き合い、ブラッキーとエーフィが雑誌片手に仲良く買い物に行く姿を見送った。あとトゲキッスの知り合いにカフェで働く奴が居るとかでチルタリスとサマヨールが修行に行った。美味しいコーヒーを淹れてくれるらしい。

サーナイトとミミロップがポケモンセンターに行って、ブラッキーとエーフィが出掛けていて、トゲキッスとチルタリスとサマヨールがカフェに修行に行っていると……。

 

「……うーん、」

 

ずきずき、と頭が痛む。読みかけの本を閉じて顔を上げた。疲れているのだろうか。

せっかくこんなに静かなんだから本をすべて読んでしまいたかったのに。

そういえばミロカロスの奴も居ない、出掛けたのか、と思った時にリビングの扉がバンと大きな音を立てて開いた。

 

「シンヤ!ギラティナがドンパチしてくるって!」

「意味が分からん」

「帰って来たらギラティナが外に出て行った」

「アイツが外出なんて珍しいな」

「ドンパチしに行った」

 

ドンパチってなんだ。

何処に行ってたんだ、と聞けばミロカロスはエコバックをテーブルの上に置いた。

 

「チルに頼まれた買い物、夕方には帰るって言ってたよ」

「そうか、ご苦労様」

 

これ冷蔵庫入れてくるね~とミロカロスがエコバック片手にキッチンへ行った。

ずきずき…、鈍い痛みに額を抑える。

 

『―――、』

「ん?ミロカロスー、今なにか言ったかー?」

「えー?何ー?コーヒー淹れるのー?」

 

あれ、と首を傾げる。

キッチンから顔を覗かせたミロカロスがどうする?と聞いてきたので「じゃあ要る」と返事を返す。

何か聞こえた気がしたが気のせいだろうか…。

 

「はーい、お待たせ。インスタントです」

「コーヒーメーカーの使い方覚えろ」

「えへへ」

 

良いけどな、とコーヒーを飲もうとしたら熱湯で飲めなかった。

 

「あっつ!」

「あ、ごめん」

 

*

 

「えー、全然上手じゃんキミ達ー!」

「あ、ありがとうございます!」

 

トゲキッスの知り合いが働くカフェへとやって来ていたチルタリスとサマヨールはカフェのマスターから美味しいコーヒーの淹れ方を教わっていた。

 

「いや…主に飲んでもらうには、まだまだ…」

「キミ達、どんだけご主人好きなのよ」

 

アハハ!と笑うマスターを見てトゲキッスがくすくすと笑った。

 

「キッスくん、紅茶でもいかがです?」

「ありがとうございます!」

 

はい、どうぞとトゲキッスに紅茶を手渡した男がトゲキッスの向かいの席に座った。

長い足を組んで座った男は今この店内で一番年上、目元に少しの皺をつくってトゲキッスに微笑んだ。

 

「いえいえ、それにしてもご主人の為に美味しいコーヒーを、なんて言って教わりに来るポケモンが居るとは思いもしませんでしたよ」

「みんな、色んな所で役に立とうって頑張ってるところなんです!ジョットさんがこのお店を紹介してくれて助かりました!」

「ここのコーヒーは美味しいですからご主人も気に入って下さいますよ。私、マスターの腕だけは認めてるんです」

「ちょっとー?腕、だけってなんだい?だけってー」

 

そのままの意味です、と返したジョットと呼ばれた男はマスターににこりと微笑んでみせる。

 

「生意気なピジョットくんだよ全く」

「マスターさん!後でケーキの作り方も教えて下さい!」

「チルくん天使ー!この子可愛いー!同じ飛行タイプなのにこの差はなんだろうねー!可愛いなー!」

 

チルタリスの頭を撫でて、黙々とコーヒーを淹れるサマヨールの頭も撫でたマスターはにこりと笑う。

 

「よーし、ちょっと休憩しよっか!」

「はい」

「…はい」

 

トゲキッスの知り合いであるジョットは小さいながらも美味しいお茶とお菓子を出すカフェのマスターに弟子入りした元野生のピジョットである。

美味しいコーヒーの淹れ方を勉強したいポケモンが居る、とトゲキッスから聞いたピジョットがマスターを紹介する形になり今に至った。

トゲキッス、サマヨール、チルタリスの三人は現在、豊かな自然に囲まれた町…ミチーナのカフェにやって来ていた。

ぱく、とチルタリスがケーキを頬張った時、どぉんと響き渡る音。

その音に眉を寄せたジョットが窓の外へと視線をやった。

 

「なんでしょう…?」

「遺跡の方から聞こえた気がしたけどねー」

 

そういえば、ここ神殿跡とかいう遺跡があったな…とサマヨールはぼんやりと思った。

グォオオオオオ!と響く音にマスターだけが首を傾げる。

 

「何の音だろう」

「この"声"って…!」

「ギラティナ様では!?」

「外出など…、珍しいこともあるものだ…」

「知り合いなんですか?随分とご機嫌斜めな雄叫びですが…」

 

ですねぇ、とトゲキッスとチルタリスが眉を下げた。

 

「え、今の声なの?」

「人間は分からなくて当然ですよ」

 

疎外感…!とショックを受けるマスターを無視してピジョットが紅茶を啜った。

 

「俺達、ちょっと見てきますね!」

「あ、うん。気をつけてね」

「いってらっしゃい」

 

*

 

トゲキッス達がギラティナの声の元へ走る頃、同時刻にミチーナにやって来ていたサトシ達の前にディアルガとギラティナの姿があった。

雄叫びをあげるギラティナ、そのギラティナを睨みつけるディアルガ…。

ポケモンと心を見せ合う能力を持つ遺跡の守り人であるシーナがギラティナの心への接触を試みるも怒りで頭に血が上っているギラティナには届かない。

そんなギラティナにサトシが大きな声で呼び掛ける。

 

「ギラティナ!気付いてくれ!」

「ピカァ!」

 

視界に入ったサトシ達を見下ろしてギラティナはディアルガからサトシの方へと視線をやる。

 

「ギラティナさーん!」

「!」

 

おーい、と手を振ってこちらへ駆け寄って来たトゲキッス達を見てギラティナが顔をあげた。

 

「今なら…!超克せよ、時空の宿命よ!」

 

シーナが再びギラティナと心を通わせようと試みる。

 

『ギラティナ…、貴方はディアルガを誤解しています。戦わないで下さい』

『……』

 

シーナを見下ろしたギラティナ。

傍に立つディアルガの方へと向きなおり、ギロリとディアルガを睨みつける。

 

「ギラァ!」

「……」

 

ギラティナの言葉に小さく頷いて返したディアルガ。それを見てギラティナが反転世界へと戻って行く。

良かった、と胸をなでおろしたサトシ達を他所にトゲキッス達の顔色は曇る。

 

― シンヤは大丈夫なんだろうな!

 

そう言ったギラティナの言葉に一抹の不安が過ぎってしまうのは仕方のないことだった。

 

*

 

遺跡の守り人と名乗ったシーナとケビン。

深く関わったことは無いものの、見覚えのある人物の登場にサトシ達は目を丸くして首を傾げた。

 

「確か、シンヤさんの知り合いの…」

「俺はキッスです。こっちがチルで、こっちがヨルさんです」

 

ちゃんと話すのは初めてですね、と強面だった顔を綻ばせて笑うトゲキッスにつられサトシの顔にも笑みが浮かんだ。

サトシ達の自己紹介をすませた所で、サマヨールがディアルガへと視線をやる。

 

「ディアルガ…一体、何が起こっているのだ…。神であるお前達がこちらへ赴くということは、よほどの事だとは想像出来るが…」

「グルル…」

 

面倒な奴が起きる…、その言葉にチルタリスは首を傾げる。

その瞬間、上空に大きな歪みが現れる。

歪みはディアルガを攻撃するかのように出現した。サトシ達が息を飲んだ時、空間を裂きパルキアが現れる。

 

「クォオオオ!」

「わあ!パルキアが!」

「ディアルガを助けたんだ!」

 

パルキアの攻撃が巻き起こる渦を消し、歪みに飲み込まれそうだったディアルガを救う。

 

「クォオオ!」

「グォオオ!」

 

最悪な状況じゃねぇか畜生!と声をあげるパルキアにディアルガが黙れアホ!と言葉を返す。

人間がポケモンの言葉を理解出来なくて良かった、威厳の欠片もない…とサマヨールは密かに思った。

 

「超克せよ、時空の宿命よ」

「ちょうこく、って?」

「確か、乗り越えるってことさ」

「今、シーナと二体のポケモンはお互いの心を見てる」

「通じ合ってるのね!」

 

ディアルガとパルキアの心を見たシーナは微笑み二体にお礼の言葉を返す。

 

『ありがとう…ディアルガ、パルキア』

「クオオオ!(協力しなきゃ世界の終わりだから渋々だけどなぁ!)」

「グルルル…(文句を言うな、影響自体は俺達の責任だ…)」

 

うっせーバカ!、お前の方がバカ!と言葉を交わしつつ自分たちの空間へと戻るディアルガとパルキア。

顔を見合わせたトゲキッス達も慌てて反転世界への入口である歪み、湖の中へと飛び込んだ。

サトシ達がぎょっと目を見開いたが、トゲキッス達は水飛沫をあげることなくディアルガとパルキアと同じように出現した空間の中へと消えていった。

勿論、敬愛すべき主の安否を確かめる為に…。

 

*

 

家へと戻ったトゲキッス達はソファに横になるシンヤを見て、慌てて傍へと駆け寄った。

 

「…ん?…、おかえり、早かったな?」

「主、何処も異常は無いか!?」

 

のそりと体を起こしたシンヤが小さく欠伸を噛み殺す。

あ、おかえりーとトゲキッス達の帰りに気づいたミロカロスが笑顔で出迎えの言葉を掛ける。

 

「今の所、大丈夫のはずだ…。俺がここでシンヤを守ってる。よっぽどの事が無い限り影響は出ねぇ」

 

リビングへと入って来たギラティナの言葉にサマヨールは、ほっと息を吐いた。良かった、と。

 

「ねー、何の話?」

「さあ?」

 

ミロカロスの言葉に首を振って返したシンヤ、呑気なもんだぜとギラティナが苦笑いを零す。

どういう状況なんだとサマヨールがギラティナに詰め寄る。

 

「ハッキリ言っちまうと、アルセウスの奴が起きる」

「!」

「元々はそんなずっと寝てるような奴じゃねぇ、ちょっと前に隕石が落ちて来た時に世界を守ろうとしてドジりやがったんだ」

「…は?」

「ドジって怪我して死に掛けた所を人間に助けてもらったらしくてな。その人間の住んでいた土地が隕石の影響で荒れ果てちまって…哀れに思ったアルセウスの奴が自分の力をその人間に貸してやったんだ」

 

人とポケモンが助け合う、素敵な事ですね。とのトゲキッスの言葉にギラティナが笑った。

 

「その貸した力を返す約束の日、アルセウスの奴は人間に騙されて眠りに付かなきゃいけないくらいのダメージを受けた」

「ど、どうしてですか!?」

「強大な力を手放すのが惜しくなった人間側の都合だろ。知らねぇけどさ。騙されて自分の一部を人間に奪われたアルセウスはご立腹…。起きたら確実に暴れるぜ…」

 

暴れるということは世界が大きなダメージを負う可能性がある、世界のダメージ…。

すなわち、シンヤの命の危険…!

 

「暴れさせるのやめろぉおお!シンヤがまた影響受ける!やめさせろ!早く!もう一回、寝かせろ!永遠に!」

 

ガクガクとミロカロスがギラティナの体を揺する。

 

『…ダモス』

「……」

 

分かってるよ!と怒るギラティナを眺めながらシンヤは誰かの名を呼ぶ声をハッキリと聞いた。

ずきずき、頭が痛むのはそのせいか…と。

 

「シンヤ、どうだ?気分悪かったりしないか?」

「ああ、少し頭が痛むくらいだ」

「ちっ、やっぱり影響は受けてるな…。でも大丈夫、俺がちゃんとシンヤを守ってるからな!前みたいな真似は絶対に…」

 

ギラティナの言葉を聞いていたはずなのに、シンヤの聴覚は途中でブツリと音を消した。

 

「あれ…?」

「―――」

 

首を傾げたギラティナが口を動かしている。

聞こえない。

 

「これはマズイ奴かもしれない」

「―――!」

「何も聞こえない」

「―――」

「――!」

「―――!!」

 

血相を変えて慌て出す周りの様子を見てシンヤは自分の耳を押さえる。

 

『――裁きを受けるが良いっ!!!!』

 

誰かの声、耳を押さえ目を瞑ったシンヤの瞼の裏にはディアルガとパルキアの姿が見えた。

 

「暴れるんじゃねぇえええ!」

「落ち着け、アルセウス!」

『お前たち…っ、人間共の味方をするのか…!!』

 

アルセウスが見ている光景が見える。

凄まじい威力の攻撃を受けて吹っ飛ぶディアルガとパルキア。

そして、アルセウスの攻撃の先に…、

 

「サトシ達が居る…!ギラティナ!すぐに行け!」

「――!」

「早く行け!」

「―――!!」

 

聞こえはしないが大体予想は付く。

 

「私は大丈夫だ!さっさと行ってアルセウスを止めて来い!」

「――!」

 

リビングを飛び出して行ったギラティナの背を見送ってシンヤは深く溜息を吐いた。

 

「――」

「―――!」

 

泣きながら抱きついて来たミロカロスの肩に手を置いた時に自分の異変に気付く。

自分の手が透けている…。

これは早く何とかしてもらわないと、私、消えるな。

 

*

 

サトシ達を庇う為にアルセウスの攻撃を受けたギラティナが雄叫びをあげる。

 

「アルセウスゥウウ!マジでやめろボケェエエ!」

「これ以上、攻撃させてたまるか!!くたばれジジイィイイ!」

「子孫の娘、お前達が過去に行って未来を変えて来い…!」

 

ガチバトル、これ勝てない!ブチギレやばすぎ!人間ども飛ばすから時間稼げ!

ぎゃーぎゃーと言い争っている三体、サトシ達にはただの鳴き声だが、近くに居たロケット団のニャースは言葉にはしないものの思った。

 

「(めちゃくちゃだニャ…)」

 

*

 

一方、出掛けていたブラッキーとエーフィが反転世界への入口が塞がっている事に首を傾げる。

 

「あれ!?帰れない…!」

「全く!この時間に戻りますと言っておいたというのに!」

「えー、どうする?ポケモンセンターの方まで行く?」

「ミミロー達が居るでしょうしね、そちらなら繋がるかもしれません」

 

バス乗ろうぜー、と駆け出したブラッキーを追いかけながらエーフィは上空を大移動する飛行ポケモンの群れを見た。

 

「…?」

「バスー!ヘイ!バース!乗ります乗りますー!」

 

ざわつく、この胸騒ぎはなんでしょう…?

 

*

 

そして、ポケモンセンターで仕事をしていたミミロップ、サーナイト。読書に勤しむミュウツーの三人。

 

「なんだか、変な感じしません?」

「は?何処が?お前の頭が?」

「違いますわ!こう…ざわざわっと」

 

はあ?と首を傾げたミミロップ。

サーナイトの言葉に本を読んでいたミュウツーが「する」と同意の言葉を返した。

 

「しないけど。全く」

「これだから、ノーマルは」

「ノーマルなめんなゴラァ!」

 

エスパーなんて電波じゃん!電波!と怒るミミロップをサーナイトが宥める。

立ち上がったミュウツーがポケモンセンター内の姿鏡の前に立つ。

 

「…閉じられてる」

「まあ!帰れませんわ!」

「ギラティナ出掛けてんの?」

「出掛けてたとしてもわざわざ閉じて行くなんて嫌がらせするような人じゃありませんわ…」

「ああ、まあなぁ」

 

姿鏡の前に並んだ三人にジョーイが声を掛ける。

 

「三人ともどうしたの?」

「んー、なんか出入り口閉まってて」

 

あら、そうなの?とジョーイが首を傾げる。

シンヤからギラティナの住まう反転世界に住んでるとだけ、とりあえずの説明を受けたジョーイ。

 

「私もいつか会いたいわ、ギラティナと」

「ジョーイさんなら会えますわ~」

「絶対にお家に遊びに行っちゃうんだから~」

「反転世界をワタクシとお散歩しましょ♪」

「ま、素敵♪」

 

きゃっきゃっと会話するサーナイトとジョーイをじと目で睨み付けたミミローは溜息を吐いて腕を組む。

 

「こんにちは、お邪魔しますよ」

「ちーす、ここの出入り口開いてるー?」

 

ポケモンセンターへとやって来たエーフィとブラッキーの姿を見てミュウツーは眉を寄せた。

 

「え、他のとこも閉まってんの?」

「え、てことは、ここも閉まってんの?」

「「えー…」」

 

なんでよ、知らんよ、とミミロップとブラッキーが会話をする。

 

「飛行ポケモンが大移動しているのを見掛けました、凄く…胸騒ぎがするのですが…」

「ギラティナが出入り口を全て閉じる程の異変が世界に起きている、ということか?」

「「「「……」」」」

「?」

 

ミュウツーの言葉に四人は黙り込み、ジョーイは首を傾げた。

 

「…シンヤは、大丈夫なんだよな?」

 

ぽつりと零したブラッキーの言葉に誰も返事を返せなかった。

 

*

 



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68

アルセウスが暴れている影響で音が聞こえなくなった。おまけに若干、透けている自分。

傍でぼろぼろと泣いているミロカロスが泣き喚いてるようだが何も聞こえない。

 

「本、読もう」

「――!」

 

集中するとアルセウス視点で戦うギラティナ達の様子が見えるが痛々しいので見るのをやめた。

読みかけの本を開けばミロカロスが私の腕を掴んで何か言っているようだが聞こえない。

 

「ギラティナ達に任せておけ、私は何もすることがないから本を読む」

 

アルセウスに世界を滅ぼされるなんて悲しいなぁ、と思いつつ本に視線を落とした。

 

*

 

シンヤが、透けたまま本読んでる…!

うわああああと泣き叫ぶミロカロスが大パニックなのに対してシンヤの落ち着きよう…。

トゲキッスはとりあえず!とミロカロスの背を撫でながら落ち着くようにと声を掛ける。

 

「ミロさん、落ち着いて!ギラティナさん達が何とかしてくれますから!」

「でもっ、でも透けてる…!」

「透けているな…それなのに主のこの冷静な態度、さすがだ…」

 

関心してて良いのですか…?と涙目のチルタリスがサマヨールに視線をやる。

チルタリスと目が合ったサマヨールは少し考えてから無言でリビングを出て行った、そしてすぐ戻ってきた。

手にはノートとペンを持って。

 

「こちらからの対応としては…筆記で会話をするしかないと思う…」

「貸して!」

 

はい、とミロカロスにノートとペンを渡したサマヨール。それを受け取ったミロカロスはノートに歪な文字を書く。

相変わらず字がまだまだ下手だ…とサマヨールはぼんやりと思った。

 

「はい、シンヤ!見て!」

「…」

「見てってば!」

「主には聞こえてないぞ…、肩を叩け肩を…」

 

苦笑いを浮かべたトゲキッスがぽんぽんとシンヤの肩を叩いた。

本から視線を上げたシンヤがトゲキッスの方へ視線をやる。にこりと笑ったトゲキッスはミロカロスの広げるノートを指さした。

 

『シンヤ、あたまいたくないの?だいじょうぶ?』

「…ああ、今は別に痛くない。大丈夫だろ」

 

頷きながら返事をしたシンヤにミロカロスの表情が明るくなる。

 

『きえないでね!』

「分からん。というか、私が消える時はお前たちも消えるぞ」

「あ、そっかー、じゃあ良いや~」

 

シンヤと一緒なら良いや、と笑ったミロカロスに聞こえてないシンヤは首を傾げる。

 

「良くないですよね!?」

「そ、そうだね、良くはないね…」

「自分だけ主と共に眠るのなら別に構わないがな…、世界中を巻き込むのは考えものだ…」

 

はわわ、と慌てるチルタリスの頭を撫でたトゲキッスは困ったように笑う。

 

「そういえば…、他の連中が帰って来ないな…」

「そうですね…、フィーさんが帰って来るって言ってた時間は過ぎてます、ね…」

 

チラリと時計を見たトゲキッス。それにつられてチルタリスも時計を見上げた。

 

「チル、晩ご飯のご用意します…!」

「そうだな…、それが良い。ギラティナも疲れて帰って来るだろうからな…」

 

シンヤは消えない。絶対に大丈夫。

そう信じて、ただ待つことしか出来ない自分達を歯痒く思いながらトゲキッスはシンヤへと視線をやった。

 

『おちゃのむ?』

「飲む」

 

あと、お前の字は相変わらず汚い。と言ってシンヤが眉間に皺を寄せたのを見てトゲキッスはクスリと笑った。

 

「俺、一度向こうに行って来ようかな…」

「行くか…?」

「はい、ジョットさん達も心配ですし…」

「確かにそうだな…、近辺が巻き込まれてる可能性もある…」

 

行くか、と歩き出したサマヨール。

 

「チル、俺達は向こうの様子を見て来るね。お留守番お願い」

「分かりました!」

 

チルタリスに声を掛けてトゲキッスはサマヨールの後を追った。

家を出て少し歩いた所で、サマヨールが首を傾げて立ち止まっている。

 

「ヨルさん?」

「ここ、道が無くなってる…」

「あれ…?本当だ…」

 

ポケモンセンターへの出入り口が無い…?と思った所でサマヨールとトゲキッスは顔を見合わせた。

 

「で、出入り口が全部無いです…!」

「主への影響を遮断する為に外界から離したのかもしれないな…」

「フィーさん達、帰って来れなかったんですね…」

「だろうな…」

 

どうしよう、家に一旦戻るべきかな、とトゲキッスが考えた時にサマヨールがハッと気付いたように歩き出した。

 

「キッス、来い…」

「え?え?なんです?」

 

サマヨールに腕を掴まれて歩き出したトゲキッスは首を傾げた。

場所を移動し、目当てのふよふよと浮かぶ球体を一つ覗き込んだサマヨールは居た居たと声を漏らす。

 

「外界の様子、そういえばここで見れましたね」

「ポケモンセンターに集まってるみたいだ…」

 

サマヨールが指差した球体にはミミロップ達の姿が映っていた。

声を掛けても届かないし、触って壊してしまえば向こうに被害が出るし…と球体を覗き込んで考えるトゲキッスを他所にサマヨールは目当ての球体を探す。

 

「居た、ギラティナ達だ…」

「え!」

 

アルセウスからの攻撃を受けるギラティナを見てトゲキッスが顔を青くした。

アルセウスの強力な技に倒れるギラティナ。

 

「あああ、ギラティナさん…!」

「アルセウスを狙って突くぞ…」

「へ!?」

「他の所に当てないようにな…、足止めくらい出来る…」

「勝手に触ったらギラティナさん、怒りませんかね!?」

「ギラティナを助ける為だ」

 

球体に映るアルセウスをサマヨールがつんと指で弾けば球体はパチンと割れた。

割れた…、割れちゃった…。とサマヨールとトゲキッスが顔を見合わせた頃。

ミチーナで戦闘中のギラティナの目の前でアルセウスが空間に弾き飛ばされた。

 

「…っ!?」

「チャーンスッ!」

 

パルキアがアルセウスを空間に閉じ込める。その空間から出ようとアルセウスがもがく。少しの間とはいえこれで時間を稼げる…!

 

「今のギラティナかァ?ナイスー!」

「いや、オレじゃねぇ。ちょっと抜ける!」

「はぁ!?おい!」

 

パルキアが呼び止めるもギラティナは反転世界へと戻って行ってしまった。

おいおい、オレだけとか無理なんですけど。と不満気なパルキアはディアルガの方へと視線をやる。

 

「まだぁ!?」

「まだだ!」

 

ああ、もう体中痛ぇよ。

 

*

 

反転世界へと戻ったギラティナはサマヨールとトゲキッスの姿を見つけて人の姿へと変わる。

 

「お前ら!」

「帰って来た…」

「ギラティナさん!ご、ごめんなさい…!」

「いや、ナイス!それ名案!お前らこっちから攻撃しまくれ!シンヤの影響が心配だけど繋げるから!技どんどん食らわせろ!」

「なら、ポケモンセンターから他の奴も呼び戻してくれ…」

 

あれ、とサマヨールが球体を指差した先には集まって鏡の前に立つ面々。

 

「オッケー。シンヤに痛い思いさせるあのボケジジイをボッコボコにしてやろうぜ!」

「全力を尽くす…」

「(アルセウス様なのに…、良いのかな…)」

 

ポケモンセンターの鏡の前に立っていたミュウツーの肩を誰か掴んだ。背後を振り返れば鏡から出て来ている手。

 

「うわっ、きもっ!」

「ギラティナ?」

 

横で喚くミミロップを無視してミュウツーがギラティナの腕を掴む。

 

「お前ら、集合しろ」

「何かあったんですか?」

「アルセウスの足止めに協力してくれ、時間を稼ぎたい」

「アルセウスって…」

 

どういう状況だよ、と眉を寄せたブラッキー。

 

「ここで時間稼がないとシンヤがヤベェぞ」

「「「それを先に言え!」」」

 

早く入れ早く!とミュウツーの背を押してミミロップ達は反転世界へと慌てて戻る。

 

「あら、繋がったの?」

「ジョーイさん!また後で説明しに来ますわね!」

「分かったわ」

 

鏡を見つめてジョーイが苦笑いを浮かべた。

早く説明してくれないと、私だけ仲間外れで寂しいじゃない。シンヤさんのバカとジョーイは一人、頬を膨らませた。

そして反転世界へと戻ったミミロップ達はミチーナの様子を見て悲鳴をあげた。

 

「このクソがぁあああ!何暴れてんだボケェエエ!」

「おいいいい!シンヤにどんだけ影響出るんだこれぇええええ!」

「早くぶっ殺しましょう。この方、やってしまいましょう」

「お三方、落ち着いて下さいまし…!」

 

怒鳴るミミロップに混乱するブラッキー、そして冷静に怒るエーフィ。それを宥めるサーナイト。

 

「お前ら、こっち側から援護射撃してアルセウスの足止めしてくれ」

「足止めで良いのか。戦闘不能にした方が良いんじゃないのか」

「それは後々がマズイ。結局、解決にならねぇからな」

「ならどうするんだ」

「ディアルガが時間を遡って根本的な解決をしようとしてる。オレ達はとにかく時間を稼ぐ、今はそれが最善だ」

 

歪みを四方に開けるからそこから攻撃技ばんばん打っていけ!と言い放ってギラティナはミチーナへと戻って行く。

それを見送ってから、サマヨールが球体を覗き込む。

 

「相手はアルセウスだが…これも全て主の為だ…。良いな?」

「は、はい!シンヤの為、世界の為です…!」

「全力で行くぜ!」

「サイコキネシスで動きを止めますよ」

「はいですわ!」

「私も向こうに行きたい」

「よっしゃー!全員、攻撃態勢に入れぇええ!」

 

ブラッキーの掛け声でその場に居た面々は一斉にポケモンの姿へと戻る。

そして四方に開けられた空間の歪みへアルセウス目掛けて攻撃を放つ。

 

*

 

ミミロー達の声がする。と顔を上げたミロカロスはちらりとソファに座りお茶を飲むシンヤの方へと視線をやった。

のんびりとお茶を飲んでいたシンヤの顔が苦しげに歪む。

 

「シンヤ…!大丈夫!?」

「…ッ」

 

ミロカロスの呼び掛けにシンヤは答えない。眉間に皺を寄せ、頭を押さえたシンヤは目を瞑る。

アルセウス視点で見える景色、パルキアとギラティナが見える。そして四方の空間の歪み、そこから自身を襲う様々な攻撃。

忌々しい、苦しい、腹立たしい!とアルセウスが怒っている。

アルセウスへ攻撃が当たる度に腕が足が、体の何処かしらが痛む。

みしみし、と骨が軋む…。

 

「(痛い…)」

 

身体中が痛い。

自分の体を抱きしめるようにシンヤはソファに横になった。

世界へのダメージはシンヤに影響される、だが世界の主軸となるアルセウスへのダメージもまたシンヤに影響されていた。

 

「シンヤ!これ見て!」

 

『どうしたの?どうしたらいい?』と書かれたノートを見て、シンヤは弱々しい動きで外を指差した。

 

「あいつら、止めて来てくれ…。痛い…」

「あいつら…」

「攻撃されると、痛い…」

「???」

 

痛い、と言ってまた目を瞑ってしまったシンヤを見てからミロカロスは外へと飛び出した。

ミミロー達の声がする方へと走ったミロカロスは、ギラティナの創った歪みへと攻撃技を放つミミロー達を見て慌てて止めに入る。

 

「やめろぉおおお!これ以上、攻撃すんなぁあああ!」

「!?」

「シンヤが痛がってるから!やめろ!」

 

駄目、と歪みの前に立ち塞がったミロカロス。

首を傾げたミミロップ達はとりあえず攻撃するのをやめた。

 

「シンヤが痛いって!攻撃されると痛いって言ってた!」

「は?ちょ、ちょっと待て、それってシンヤの感覚とアルセウスの感覚が繋がってるってことか?」

「分かんないけど、シンヤがあいつら止めて来てくれって俺様に言ったから止めに来た」

「マジか…、オレ達、シンヤに攻撃してたってこと?」

 

ブラッキーの言葉にエーフィが顔を青くさせる。

アルセウスを足止めしていた空間からの攻撃が止んだ、それに油断したギラティナ達がアルセウスからの攻撃で地面に倒れる。

 

「痛ぇ…畜生…」

「全身、痛ぇ…っ」

「……時の記憶、甦れ…」

 

アルセウスの強大な攻撃が降り注ごうとした時、その攻撃は止まった。

過去へと遡ったシーナ達が現在へと戻ってきた。そして過去でアルセウスへ命の宝玉を返して来たことで現在のアルセウスの怒りの理由が無くなったのだ。

アルセウスの怒りが消える。

そして過去を変えたことで未来も変わった。アルセウスが世界へ及ぼした被害をも時間は無かったことにしたのだ。

荒れてしまっていた大地も戻り、攻撃を受けてダメージを負っていたギラティナ達の傷も消える。

良かった、とサトシ達が胸を撫で下ろした頃。

反転世界では同じく被害の消えたシンヤが居た。耳も聞こえるようになったし痛みもすっかり消えた。

解決したんだな、と思う反面。目の前で揃って土下座をするうちの連中をどうしたら良いのか…。

 

「「「申し訳ございませんでしたぁああ!」」」

「いや、お前達は何も悪くないからな?気にしなくて良いんだぞ?」

「シンヤに…痛い思いをさせてしまうなんて…!」

「オレ、泣きたい…」

「私も泣きたいです…」

「ごめんなさいですわああああ!」

「よくよく考えてみたらそうじゃん!ギラティナのダメージも影響あったんだからアルセウスのダメージも当然影響受けるに決まってんじゃん!ワタシのアホボケカス!」

「自分の考えが及ばなかったせいで…主になんということを…っ」

 

凄い勢いでへこむ面々を見てシンヤはどうしたものかと溜息を吐いた。

 

「シンヤ、元気になって良かったなー!」

 

ミロカロスがそう言葉を発した時、ガチャリとリビングの扉が開いた。

おのずと全員の視線が扉へと向かう。

扉を開けて入って来たのは"シンヤ"だった。

 

「「「!?!?」」」」

「愛しき生命たちよ、私は全てを許す…案ずるな」

 

にこりと笑ったシンヤ?の言葉にミロカロスはポカンと口を開ける。

そして、ソファに座っていたシンヤは深く溜息を吐いた。

 

「そして、我が一部であり心臓であるシンヤよ。この神であるアルセウスに抱擁してくれて構わぬぞ?」

「いや…遠慮する…」

 

アルセウス!?と混乱する自分の手持ち達を見てからシンヤは何度目かの溜息を吐いた。

バタバタと慌ててリビングに駆け込んできたギラティナはその光景を見て「ああ…」と言葉を漏らしてその場でへたりこんだ。

一緒にリビングに入ってきたパルキアとディアルガは顔を見合わせる。

 

「この場合って影響受けてんのって、アルセウス?」

「だろうな」

「私は世界そのもの、どんなものにも適応する生命…。この姿に変わることもまた自然なこと」

 

そうだろう、我が子達よ。と笑うアルセウス(シンヤの姿)を見てパルキアとディアルガは苦笑いを返す。

 

「シンヤは私、私はシンヤ。この世界の生命を愛する者…」

「すげぇ…なんか超ポエマーなシンヤだ…」

 

ポツリと呟いたブラッキーの言葉にシンヤは眉を寄せた。

自分が凄く気持ち悪い。にこにこ笑って落ち込むギラティナの頭を撫でる自分の姿が気持ち悪すぎる…!

 

「もう、お前ずっとポケモンの姿で居てくれ…頼むから…」

「せっかく愛でられる手があるのだから、活用しなければ」

 

なでなで、とシンヤの頭を撫でたアルセウス。自分の姿に頭を撫でられてシンヤは寒気がした。

二人並ぶシンヤの姿にこれはある意味、眼福物?縁起物?とミミローは小声で隣に居たサマヨールに問う。そのミミローにうーんと唸って返したサマヨールはとりあえず、写真でも撮っておくか?とミミローに問うた。

 

「皆さん!お帰りなさいませ!お食事のご用意が出来てますよ!」

「うむ、では頂こうか」

「え、ご主人様…?え?ご主人様…が?え?」

「夕餉はなんだ?」

「あ、はい、皆さんの好きな物をたくさん…色々ありますよ」

 

普通に席に座ったアルセウスにどう対処して良いのか分からずに混乱するチルタリスはとりあえずアルセウスにお茶をだした。

 

「ご主人様…?どちらがチルのご主人様…?」

 

あいつ半泣きだな、とシンヤは苦笑いを浮かべる。

 

「チル、そっちのシンヤの姿をした人はアルセウス様なんだって」

「アルセウス様でしたか!」

「ああ、気さくに敬ってくれて構わぬぞ」

 

それ言葉として可笑しくね?とカメラを構えたミミローが呟いた。

 

「とりあえず、食べるか…」

「あ、うん、ご飯食べよう!」

 

皿に野菜をよそえ、とアルセウスがパルキアに指示しているのを見てシンヤはアルセウスの向かいの席に座った。

 

「あ、この席イヤだ。自分の顔を見ながら食べるなんて…」

「シンヤの席はいつもそこなんですから、ワガママ言わないでくださいまし」

「ミロちゃん!オレ、サラダよそってやるよ!神盛りとか豪華じゃね!?」

「いらね」

「え……、じゃあ、フィーちゃん…」

「テメェの空間に帰りやがれ、です」

 

フィーかっけぇ!やだ素敵ですわ!と騒ぐブラッキーとサーナイト。手酷く扱われたパルキアがサラダを抱えて落ち込んだ。

え、おい、私…野菜から食べたい…。

 

「パルキア、私にサラダくれ…」

「シンヤ…!オレが、オレが神盛りにしてやるからな…!」

「ああ」

 

何盛りでも良いけど…、トマトばっかり乗せるのやめてくれ。レタスも食べたい。

 

「シンヤに葉っぱをあげるのは俺様だぁあああ!」

「ちょ、ミロちゃんやめて!こぼれる!」

「小さき者よ、私におかわりを」

「は、はい!」

 

静かにご飯が食べれない。

おまけに私に野菜が回って来ない…。

 

「誰か、私に野菜くれ…」

「え、オレの食いかけコーンで良い?」

「ツキ、それは野菜として偏りすぎですよ」

「甘くて美味いじゃん」

 

*



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69

「アルセウス!待て!それ大事な書類だから!」

「一番よく飛ぶようにする、案ずるな」

「駄目だって言ってるだろ!?」

 

自分と同じ姿のアルセウスを必死に止めようとするシンヤを眺めてミュウツーはにやにやと笑う。なんて面白い光景なんだろう。

我が子達よ、見ていろ一番飛ぶぞ!と紙飛行機を手に持ってハシャぐアルセウス。

 

「ジジイ!やめてやれよ!シンヤが嫌がってんだろ!」

「嫌がってない」

「お前はな!」

「私とシンヤは一心同体、同じ生命体だから嫌がってないのだ」

 

別個体だぞ!と怒るシンヤにアルセウスは「案ずるな」と何故か微笑んでみせた。

 

「心は同じだ…」

「私の心は今、喪失感に溢れてるけどな…!」

 

ギラティナがアルセウスから紙飛行機を奪おうとするも軽く足蹴にされて敗北していた。

パルキアとディアルガは逆らうのが嫌らしく大人しく紙飛行機が飛ぶのを見る為に待機…。

 

「折り紙だしてやるから…!それは、それだけは返してくれ…!」

「そぉれ、飛んでけ!」

「あああああああ!」

 

拾って来い!とのシンヤの言葉にミミロップ達が走り出した。

あの紙飛行機は反転世界の何処まで飛んで行くのか…。

 

「ギラティナ、早く帰ってもらえ。家の中がめちゃくちゃになる…!なんで一番年配のはずなのにこんなに幼稚なんだ…!」

「年寄り過ぎて退化してんだよ…きっと…」

「パルキアとディアルガも止めろ!」

「いや、逆らうのこわいし」

「機嫌を損ねる方が後々マズイ」

 

家中、落書きだらけだ…!と嘆くシンヤの後ろでチルタリスが掃除をしている。

幼稚だから、約束破ったから裁きをうけろ!なんて考えに至ったのだろうな。思考が幼いと人類滅亡とか制圧とかそういうことしか思いつかないもんだ、とミュウツーは当初の自分を思い浮かべた。

 

「おい、お前」

「ん?」

「お前は不思議な生命だな」

「…私が人工的に生まれたからか?」

「そうか…、それもまた良い。この世界に生まれ落ちたのならお前も愛しき我が子」

 

よしよし、とアルセウスに頭を撫でられてミュウツーは黙り込む。

それを見たシンヤは口元に小さく笑みを浮かべた。

 

「…そんなことを…シンヤの、姿と声で言われると……抱腹絶倒ものだな」

「なんでだ!」

「愉快愉快!」

 

全然、愉快じゃない!と納得がいかないらしいシンヤが怒っている。

 

「もっと可愛げのあることを言うかと思ったのに…」

「ああ、テラワロスって言えば良かったな」

「なんだそれは!?」

 

何処の言葉だ!と慌てるシンヤが面白い。

 

「テラがかなりとか凄く、ワロスが笑ったとか笑えるって意味だ」

「……え」

 

何それ、と呆けるシンヤの横で同じ顔のアルセウスがなるほど!と納得して頷いた。

 

「ワロスワロス!」

 

全然、ワロスな状況じゃない。とシンヤが肩を落とした。

 

「ギラティナ、ツーのことちゃんと見ててくれないと困る…」

「オレ!?」

「アイツ、変なことばっかり覚えてくるじゃないか…。ちゃんと面倒みなさい」

「シンヤが拾って来たんじゃん!」

「口答えするな」

「え。ごめん」

 

*

 

また遊びに来るぞ!我が半身よ!とテンションの高いアルセウスの手を片手ずつ掴んだディアルガとパルキアが帰って行った。

アルセウス、凄いポケモンの癖に中身が物凄く子供だった。私と同じ姿と声でやめてほしい、本当に。

 

「疲れたなぁ…」

「ああ、疲れたな…」

 

ぐったりするギラティナと私を見てミュウツーがプププと笑った。凄くイラッとする。

 

「アルセウスはなかなか面白い観察対象だったな」

「めんどくせーんだよあのジジイは!頭堅ぇくせして自分に都合悪くなるとブチ切れるしよォ!怒らせると強すぎるのがまためんどくせぇ!」

「最終的に納得がいけばどんな過程があろうとも全てを許す、広い心の持ち主だ」

「…ツーが、アルセウスを庇護しやがる…!裏切り者…!」

「あと、姿も良い。シンヤだから見た目で悪い印象は無い」

 

親指を立てたミュウツーにギラティナは小さく頷いた。

 

「うん、それはな。でもシンヤで馬鹿やられると腹立つじゃん?」

「シンヤの見た目じゃなかったら家から放り出してる」

「…はっ!?正論だ!お前、すげぇ!」

「そうだろう?あの見た目だったから許せていただろう?」

「ホントだ!考えてみたらオレ、クソジジイだって分かってるのに一発も殴ろうと思わなかった!」

「シンヤパワー」

「シンヤパワーすげぇ!」

 

きゃっきゃっとハシャぐ二人を見ていた私は、恥ずかしい…!

お前達、どこまで私のこと好きなんだ…!くそ、可愛いやつらだな…!

あははと笑っていたギラティナがピタリと固まった。

 

「ん?」

「どうした」

「ノックされてる…」

 

何が、何処が、と私とミュウツーが聞けばギラティナは電話でもするかのようにその場で話だした。

 

「なに?…あー、分かった。伝えとく。うん、良いよ。また今度な。はいはい、じゃあな」

 

お前、気持ち悪いぞ。とミュウツーの言葉にギラティナがうるさいと返事を返す。

 

「で、どうしたんだ?」

「ノリコが出入り口にしてる鏡をノックしてた。コンコンコンって」

「ああ、ノリコか」

「そんで、来週にオトウサンが帰ってくるんだって。カズくんもその時に帰って来るようにしてもらうからお兄ちゃんに伝えといてくださいって言ってた」

「げ。揃うのか。ツバキにも連絡しなければ…」

「今、げ。って言ったな」

「つい」

「頑張れよ、シンヤ。オレ達がちゃんと付いてるからな!」

 

ニカッと笑ってそう言ってくれたギラティナに頷いて笑みを返す。

よし、ちゃんと言おう。

 

*

 

シンヤがアルセウスに悪戦苦闘している頃、トゲキッスはミチーナのカフェへ来ていた。

 

「いやぁ、悪いね~後片付け手伝って貰っちゃって!」

「そんな!マスターさんにご協力してもらってるのは俺の方なんですから!気にしないでください!むしろどんどん何でも言ってください」

 

ミチーナの騒動もおさまり、再度のお礼とこれからもお世話になるマスターの手伝いをしにやって来ていたトゲキッス。

 

「キッスくん…!」

 

なんて良い子!素晴らしい!トレーナーの教育が行き届いてる!ヨルくんとチルくんしかり!そのトレーナーさん誰か知らないけど!と思いつつマスターは目に感動の涙を溜めた。

 

「それに比べて…、なってないなぁ…」

 

マスターはチラリと椅子に座るピジョットへ視線をやった。

 

「なんですか」

「オッサン、動きなさい」

「その呼び方、やめてくれません?」

 

紅茶を片手に眉を寄せるピジョットを見てマスターは溜息を吐く。

 

「キミね~、ご主人と同じくらい!とは言わないからさ、ちょっとは俺を敬いなよ。誰のおかげで美味しい紅茶が淹れられるんだい!誰のおかげで今のご主人と一緒に居られるんだい!」

「恩着せがましいこと言わないください」

「キッスくん、あの子ね~。ご主人に置いてけぼり食らったのよ」

「へ!?」

「ご主人ね、リザードンも連れてるんだけど。そのリザードンが修行してくるって何処ぞのリザードンの谷?とかいう所に一匹で勝手に出て行っちゃったんだよ」

「ええ!?凄く努力家なリザードンさんなんですね!」

「ねー。リザードンが自分に納得したら帰って来るよってご主人に言ったんだけど…、ご主人…ギャン泣きで仕事辞めてジョウト地方に追い掛けて行っちゃったんだ。

で、元々うちで働いてたピジョットくんはゲットされた後もうちの手伝いしてたもんだからさー。連れて行くと俺が大変になるってご主人が気を利かせて置いて行ってくれたんだよ。もー、それが超迷惑!ピジョットくんずっと拗ねてんの!」

「あぁ…」

 

チラリとピジョットを見たトゲキッスは眉を下げる。

自分の主人に頼まれたことだから、放り出して自分も追い掛けるわけにはいかない。そんなピジョットの気持ちが分かるトゲキッスはなんと言って良いのか言葉に迷った。

 

「どうせ、自分は二番目ですよ。二番目のポケモンだし仕方ないですよ。分かってますよ。みたいなことを考えている!」

「勝手に私の心を想像しないでください!」

 

怒るピジョットと笑うマスターを見ながらトゲキッスは考えた。

 

「ポケモンを連れたトレーナーさんは、手持ちの中でどのポケモンが一番大事でこのポケモンが二番目に大事で…とかあるものなんですかね…」

「え、そりゃあるんじゃないの?」

「俺達、ポケモンからすればトレーナーであるご主人は一人で永遠に一番なのに?」

「え!?そ、そうだね…。でもやっぱり、強い子が一番とか見た目が一番好きだからとか、バトルする時とかも順番決めるわけだし。やっぱり優先順位ってある、でしょ…?」

「じゃあ、きっと俺も一番じゃないですね…」

 

しょんぼりしたトゲキッスを見てマスターが慌てる。

俺がシンヤを一番好きだって言えば、他のみんなもシンヤを一番好きって言うだろう。じゃあ、シンヤの一番好きは、やっぱりミロさんなのかな。

 

「なんだか、悲しいです…」

「キッスくーん!ごめんね!ごめんね!俺が変な事を言ったばっかりに!キッスくんのご主人はキッスくんの事が一番好きに決まってるよ!」

「うう…、俺は一番じゃないんです…っ、ミロさんが…ミロさんが一番なんです…!」

「泣かないでぇえええ!!!!」

「適当なことを言うから…」

「ピジョットくん、フォロー!はやく俺をフォローして!」

「私だって傷ついてるんですよ…、そっとしておいてください」

「ううう…っ」

「ああああああ!」

 

ぐすぐすと泣き出してしまったトゲキッスの腕を掴んだマスターが「よし!」と声を張り上げる。

 

「俺が責任を持って聞いてあげる!」

「「…へ?」」

「キッスくんのご主人の所、連れて行って!一番じゃなかったら、俺がキッスくんを一番にしてやるぜ!」

「すみません、あの人、馬鹿なんです」

「……ぐすっ、」

 

*

 

泣きべそをかくトゲキッスの手を引いて歩くマスター、そしてその横に並ぶピジョットはため息を吐いた。

 

「本当に行くんですか」

「だって…、キッスくんを泣かせてしまったんだよ!?」

 

行くしかない!とヤケになっているマスターを見てピジョットは再度溜息を吐いた。

 

「それでキッスくん、ご主人は何処に住んでるの?」

「…それは、言えないです」

「い、言えないような場所に住んでる人なの…!?」

「はい」

「ええええええええ!?」

 

どういうこと!?と隣に居るピジョットに答えを求めるマスター。しかしピジョットも分からないと首を横に振る。

 

「お家、行けないの?」

「はい…。あの、所有者の方に許可を貰わないと入れないので…」

「どんな領地に住んでるのそれ!?」

「許可を貰えるよう交渉するのは可能なんですか?」

「……」

 

黙ったトゲキッスはチラリと川の方へと視線をやった。

マスターとピジョットが同じように視線をやるが特に何も変わった所はない。

 

「聞いてみます…」

 

川を覗き込むように座ったトゲキッスが「あのー」と川に声を掛けた。

どうしちゃったのこの子!とマスターはぶるぶると体を震わせる。

 

「シンヤとお話、したいって人が居るんですけど」

 

あれ…?どこかで聞いたことのある名前…。とマスターが思考を巡らせた時、川の中から返事が返って来た。

 

『キッス?なんだよ、珍しいな。お前からそんなこと言ってくるなんて』

「…ギラティナさん、」

『なに?』

「手持ちの順位ってどう思いますか!」

『……え、シンヤの手持ち?』

「はい…、俺は自分が一番じゃないってことを改めて実感してなんだか悲しくなりました…」

『おい、やめろ、手持ちにすら入ってねぇオレはどうなる!』

「……はっ!?」

『圏外か!?ランキング圏外!?…泣くぞ?マジで。』

 

うわ、ショックだわー。と落ち込む川の主にマスターは恐る恐る近寄って声を掛けた。

 

「も、もしもし?」

『誰だテメェは!』

「あ、この前に言ったカフェのマスターさんですよ」

『おお、チル達が世話になってる奴か。チル、喜んでたぜ。ありがとな』

「あ、いえ、どういたしまして~」

 

川の主、良い兄貴だな。と思いつつマスターは交渉を持ち掛けてみた。

 

「あのですね、キッスくんの順位云々に関して俺はキッスくんのご主人と一対一で!お話がしたいんですよ!こんなに良い子のキッスくんが何故一番ではないのかと!」

『……え、なんだお前。アホか?』

 

川の主にドン引きされたマスターはその場に膝から崩れ落ちた。

 

「あの声のお方、なかなかに真っ当な思考の持ち主なんですね。好印象です」

「え…」

 

*

 

美味しいお菓子作りますので、入れて下さい。と土下座した甲斐があって。マスターとピジョットは反転世界に入る許可を貰った。

ピジョットに関しては特に問題は無かったがトゲキッスは黙っておくことにした。

俺のおかげだよ!とマスターが誇らしげに語っているから…。

そして反転世界を見てマスターはこの世にはとんでもない所に住む、とんでもない人が居るもんだ。と悟り遠くを見つめた。

ポケモンが人の姿になるなんて、可愛いもんでしたね。ははは。

 

「ギラティナさん!ありがとうございます!」

「おう、美味い菓子いっぱい作れよ。ここ人数居るんだからな」

「了解しました!」

 

ギラティナってなんか聞いたことある名前だな、と思いつつもポケモンに詳しくないマスターは深く考えなかった。

が、横に居たピジョットは「マジですか…」と呆然とギラティナを見つめた。

 

「シンヤは?」

「あー、借り衣装選んでる。ほら、ドレス着せるって言ってただろ?」

「そうでしたね!楽しみですね!花嫁衣装!」

「おー…、順位がどうこう言ってたのにそういう所は素直に喜ぶ。お前ってホント良い子な」

「俺、ミロさんも大好きですから!」

 

マスターさん、こっちですよ!とトゲキッスに手を引かれて一軒の家へとやって来た。

そのまま連れられるまま中へと入れば、チルタリスが驚きの声をあげた後に「いらっしゃいませ!」と歓迎してくれた。

 

「マスターさん!ジョットさん!遊びに来てくれたんですか!チル嬉しいです!」

「ご、ご主人いる?」

「ご主人様ですか?リビングに居ますよ!チル、すぐにお茶をお持ちしますね!」

 

わーい、と喜びながらチルタリスがキッチンへと走って行った。

マスターはピジョットの方をチラリと見てからリビングの扉を開ける…。

 

「……」

「……」

 

パンフレットを睨みつけるシンヤの姿にマスターは思った。

見たことある人居るんですけどぉおおおおおお!!!!!シンヤさん、マジシンヤさん!生で見たの初めてなんだけどこれどうしたら良いの、俺の口から出てはいけない何かが出そう!くぁwせdrftgyふじこlp;!!!

 

「ん?キッスか、おかえり」

「ただいまです」

「その隣の男性とピジョットはなんだ?」

 

ピジョットくん、キミ一発で見抜かれてるよ!?とマスターがピジョットに視線をやる。ピジョットもまた驚きシンヤを見つめていた。

 

「お世話になってるカフェのマスターさんとマスターさんを紹介してくれたジョットさんです!」

「ああ」

 

ソファから立ち上がったシンヤが小さく会釈をした。

 

「どうも、うちのポケモンがお世話になってます」

「いえいえ!とんでもない!手伝ってもらえてむしろこっちが助かってますんで!」

 

座って!シンヤさんどうぞ座って!とマスターに促されてシンヤが「え、ああ…」と困惑しながらも再びソファに座る。

 

「シンヤさん、この度は夜分にお邪魔させて頂きましてありがとうございます…!」

「マ、マスターさん。ソファに座ってもらえるだろうか…?」

 

シンヤの向かいのソファの手前で正座したマスターを見てシンヤはどん引きした。

シンヤの提案もむなしく無視されてマスターの話は続く。

 

「今回は!シンヤさんに聞きたいことがあってきました!」

「はあ…」

「率直に聞きます!」

「はい…」

「シンヤさんの手持ちトップ3を教えて下さい。そしてこの子が自分の一番って子を教えて下さい」

「……はあ?」

 

え、なにこの人。とシンヤがトゲキッスとピジョットの方に視線をやるがトゲキッスとピジョットは困ったように笑うだけ。

渋々、マスターの質問に答えようとシンヤは考えを巡らせる。うーん、と考えた後に言った。

 

「特に無し」

「「「……」」」

 

ぶはっ!と扉の向こうで聞き耳を立てていたらしいギラティナが吹き出して笑う声が聞こえた。

 

「え、シンヤさんの手持ちで一番の子は…?」

「さあ?」

「一番大事にしてるポケモンは!?」

「全員、大事にしてるつもりだが…?」

「一番、二番、三番!順位を付けるなら!」

「じゅ、順位が必要なのか…?」

 

眉を寄せ、困った様子のシンヤを見てマスターは立ち上がった。

そして、拳を天井に上げた。

 

「さすが男前ぇええええええ!!!」

「小規模カフェの店主とは格が違いましたね、よっ負け犬!」

「ジョットくん、やめて!俺は今、上を向いてないと涙がこぼれるから!」

 

浅はかだった自分が恥ずかしい!と崩れ落ちたマスター。

困惑するシンヤにトゲキッスは笑顔を向ける。

 

「シンヤ!俺、一番じゃなくてもシンヤに大事にされてるなら幸せです!」

「何の話だ…?」

「俺、手持ちの中で…シンヤに一番だって思われてないことが悲しくなったんです…。自分はもしかしたら一番必要とされてないかもって…」

「……」

 

しょんぼりしたトゲキッスを見てマスターがまた慌て出す。

うーん、と考えたシンヤはトゲキッスに聞いた。

 

「お前が出会って来た人間の中で私は何番だ?」

「シンヤですか?シンヤは勿論、一番です!」

 

笑顔でそう言ったトゲキッスにシンヤも笑顔で頷いて返す。

 

「そうか、私も今まで出会ったトゲキッスの中でお前は一番のトゲキッスだ」

「…!!」

 

*

 

色紙を抱きしめて店へと戻ったマスターとピジョットはすっかり暗くなった窓の外を眺める。

 

「俺、このサイン。店に飾る…」

「ドン引きされても強引に無理やり書かせたサインでしたけどね」

「俺は感動したの!俺の出会った人間の中で一番カッコイイ人だった…!ああ、素敵…!シンヤさんマジカッコイイ…!」

 

浅はかな考えを持っていた自分が恥ずかしい!

ポケモンを思う真のトレーナーとはああいう人間であるべきだ!

 

「自分の手持ちに順位なんて付けない…。でも、世界中のポケモン達と比べた時…お前達がオンリーワンでナンバーワンだ…。カァッコイイィィィイッ!!!!」

「そんな風に言ってませんでしたけどね」

「脳内で捏造させといた!」

 

あはは!とマスターが笑った時、店の扉が開いた。

 

「「?」」

「おお!店、開いてる!」

「ああ!?おかえり!リザードンくんどうだったの!?」

「泣き喚いて渋々諦めてもらったよ!屈強な馬鹿デカイリザードン集団が超絶こわかった!」

 

ただいま~と抱きついて来た自分の主人にピジョットは苦笑いを零す。

最初のポケモン、最初の友達。一番最初を手に入れてるリザードンにはやはり敵わないのだろうと、諦めていた。

 

「お兄さん!お兄さんの紅茶が飲みたい!疲れた!」

「…今更ですが、紅茶を入れるピジョットってどう思います?」

「へ?そりゃ凄いし!最高だし!カッコイイし!世界一のピジョットだよ!」

「…ふふ、とびっきり美味しいの淹れてあげますね」

「やったー!」

 

でも、比べる対象が違えば自分も彼の一番になれるのだと知れて少し気が晴れました。

私もまだまだ青いですねぇ…。

 

「…俺も相棒探そうかな~」

「マジですか!何タイプが良いとかあるんですか?」

「うーん、詳しくないからなぁー…、あ、シンヤさんに相談してみようかな!」

「……え、シンヤさんって、あのシンヤさん?」

「ふふん♪」

「ああ!?そ、それは本物のサイン!?マスターなんで!そんなずるい!わあああああ!!」

「え!?それマジ泣き!?」

「俺もサイン欲しいぃいいい!」

 

 

*



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70

おはよう、と迎えに来てくれたノリコに挨拶を返す。

とうとうこの日が来てしまったな、と借りた衣装に袖を通して小さく息を吐く。

 

「お兄ちゃん、それで行くの?」

「ああ、着替えるのめんどくさいからな」

「似合うねー、タキシード!」

「ありがとう」

 

カズくんが昨日の晩に帰って来て、喋りたくてうずうずしちゃった!と笑うノリコに苦笑いを返す。

反転世界を出てノリコと実家までの道を歩いていれば、こちらに気付いたらしいツバキが大きく口を開けていた。

 

「シンヤ、おはよー。着替えが面倒だからってそれで出歩くのってどうなの?」

 

苦笑いを浮かべたヤマトには見透かされていたらしい。

 

「シンヤさん!結婚するの!ミロちゃんと!おめでとう!」

「話があるって呼んだんじゃないの?結婚式なら、僕らも相応の格好して来たのに」

「そういう訳じゃないんだが、ミロを紹介するのにな家族写真でも撮ろうと思って」

「結婚式に撮れば良いじゃん!?」

「結婚式なんて面倒なものをわざわざすると思ってるのか?」

「えー!」

「まあ、シンヤさんの挙式ってなると取材とか来て確実に面倒だろうね」

 

エンペラーの言葉にツバキがああと頷いた。

 

「有名人は大変ですねぇ」

「自分もそこそこでしょ」

「…! いやぁ、天才美女博士だなんて!そんな!照れる!」

「耳、腐ってるんじゃない?」

 

エンペラーの胸ぐらを掴んだツバキをノリコが止める。

 

「助手コラァ!」

「ツバキ!やーめーなーさーいー!」

「で、シンヤさんの話って何?」

 

胸ぐらを掴まれた状態で顔をこちらへ向けたエンペラー。

お前、慣れてるな。

 

「話は纏めて話す、家に入ってくれ」

「イツキさん久しぶりだな」

「カズくんは?」

「昨日の晩に帰って来てまだ寝てると思うよ」

 

お邪魔しまーす、と家へと入って言ったツバキ達を見てから隣に居るヤマトへ視線をやる。

 

「何から話すの?」

「そうだな、私が生まれた頃の話から」

 

いらっしゃーい、という母の声を聞きながら家へと入れば。母さんは目を丸くして私を見た。

 

「まあ!素敵な格好しちゃって!」

 

*

 

さて、今から話をするが……。

ハッキリ言って今から話す事は信じられないような内容だ。でも、私が嘘を吐いてない…ということだけは信じて欲しい…。

 

…良いか?…ん、よし、ありがとう。

 

…皆が知っていると思うが、シンヤという人間は複数の職種に付き複数の職種を極めた。

でも、それはシンヤであって、私では無い。

皆は覚えているか?ポケモントレーナーからコーディネーターに、コーディネーターからブリーダーにと変わった時の私の経緯と変化を。

ぼんやり、なんとなく、いつの間にか、そんな感じだと思う。

 

皆も知っている、神と称されるポケモンが居るだろう?

その中でディアルガとパルキアが居る。ディアルガは複数の時間を繋ぎ合わせ、パルキアは複数の別世界である空間を繋ぎ合わせた。その繋ぎ合わされた存在がシンヤだ。

ここに居る私は本来、ここに居ないシンヤだった。

トレーナーのシンヤ、コーディネーターのシンヤ、ブリーダーのシンヤ、三人のシンヤが築いた時間に組み込まれここに存在する事が出来るようになった私。ポケモンドクターであるシンヤだ。

 

私は元々、ポケモンの存在しない世界から来たイレギュラーな存在だった。

そんな私を拾ってくれたのは幼い双子の兄妹で私に居場所をくれたのはその双子の両親。見知らぬ世界へとやって来た私を家族として迎え入れてくれた大切な人達。

そして、その世界で過ごす間に出会った研究員の友人にトレーナーの少女…沢山の人達に、いつの間にか集まってしまったポケモン達。

私はこの世界で生きていこうと思っていたが、所詮はイレギュラー。存在していてはいけない、この世界に留まれば私の身も危険になると言ったのはパルキアだった。

パルキアの空間の歪みに引き込まれやって来てしまっていたらしい私は元々居た、ポケモンの存在しない世界へ戻される。その時にユクシーに記憶も消され、何もかも忘れてしまった。

 

全てを忘れた私が再びポケモンの居る世界へとやって来たのは、私の手持ち達…出会ったポケモン達の力だった。

元々、存在していない者をどうやって存在させ続けられるのか。そこで、最初に言った通り…、繋ぎ合わせて無理やり存在させた。

もしも、シンヤという人間がこの世界に居れば…。そんな世界は複数あるその世界をパルキアが選び繋ぎ合わせ、時間の流れをディアルガが調整してまた繋ぐ。

順々に成長しているように、色々な事に挑戦している人物になるように…。各々のシンヤが築いた経緯の末に今の私が存在出来ている。

だから、私はトレーナーのシンヤのように的確に指示を出して戦えない、コーディネーターのシンヤのように魅せる演技も出来ない、ブリーダーのシンヤのようにポケモンに全身全霊の愛を込めて育てることも出来ない。

各々の影響は受けてはいるが、各々のシンヤは私の中に居る。私が存在出来るようにと私を支えてくれている。

 

イツキさん、カナコさん、カズキ、ノリコ…。

四人の本当の家族はどのシンヤなのかは分からない、でも、世界が繋ぎ合わされる前に私を受け入れてくれた家族は間違いなく四人で…、そんな四人と本当の血の繋がりがある今にとても感謝している。

 

ヤマト、には先に説明してしまっていたが…ヤマトは研究員の友人だった。ポケモンを知らない私に色々教えてくれて、今の世界でも友人…いや、親友として共に過ごせることを嬉しく思う。

 

ツバキはポケモントレーナーの少女だった。世界を知らない私は色々と連れ回された…。振り回された反面、ツバキが居なければ私がポケモン達と深く関わることは無かったと思うし様々な出会いも無いままだっただろう。

そのツバキの最初のポケモン。ポッチャマから進化したエンペルトが…エンペラーだ。エンペラーが居たから、私は更にポケモン達と深く関わる事が出来るようになったと思う。

 

知っている者も知らない者も居ると思う。ポケモンの中に人の姿になれる者が居ることを。

私がその人の姿になれるポケモンと出会ったのはエンペラーが最初だった。

ポケモン達は異世界から来た私を不思議な存在と認識していて、幻、伝説、神と称されるポケモンも例外ではなかった。

アグノム、エムリット、ユクシー、アンノーン達もそうだし、あとはスイクン、エンテイ、ライコウ…。そして、私が存在出来る要となったのがギラティナ。

 

前も、そして今も、私はギラティナの世話になっている。住んでいる場所を言い出せなかったのはそういうことだ…、

反転世界に住んでいる。

ん?ああ、ギラティナも人の姿になるぞ。勿論、私の手持ち達も全員。

見せろって…、まあそれは後でな。

 

それでだ、それで…、繋ぎ合わされた私は各々のシンヤ達の助けもあって、この世界に存在し続けられることになった。私という異端の存在が世界に馴染んだ、ということらしい。

その馴染んだことで、一つ問題が発生した。

 

ディアルガとパルキアの力でシンヤを繋ぎ合わせたと言っただろう?つまり、シンヤを主軸として世界を創ったんだ。シンヤに都合の良い、シンヤの為の世界。

 

その世界に私は認められ世界に馴染んだ。

信じられない話だが…、私自身が世界そのものなんだ。

…、ああ、分からないだろうな。私もイマイチ分からなくて混乱した。それでもそうなってしまったんだ。

私が世界そのものの存在になってしまったことで、このまま私が歳を取って死ねば…世界も終わるのだと…。

そうなってしまっては困るだろう?だから、私はディアルガの力でこのまま時を止めて、世界が終わるその時まで生き続けなければならなくなったんだ。

 

 

「……、悪い、上手く説明出来ないな…。ずっと考えてはいたんだが、言葉にするとどうも…上手くいかない…」

 

 

*

 

ミロの、話をしようか。

この際だからハッキリと言ってしまうと、ミロは。私の所持しているミロカロスだ。

色々と言いたいことはあると思うが、聞いてくれ…。

 

世界を繋ぎ合わせて私がこちらへ来るきっかけを作ったのがポケモン達だ。その私の手持ちだったポケモン達だけはそのまま、繋ぎ合わされることもなくシンヤの手持ちとして世界に組み込まれた。

ずっと、私が戻って来るのを待っていてくれたんだ。長い時間をずっと…。

 

繋ぎ合わされる前に出会った奴らで、私にとってかけがえのない存在だ。

その中で、ミロカロスは…ヒンバスだった頃に出会ったんだが、育て屋に置き去りにされたポケモンで。育て屋の池よりも仲間の居る生息地に放してやろうと、譲り受けたポケモンだった。

その道中にツバキと出会ってな、ツバキに助けてもらいながらテンガン山の生息地に辿りつきヒンバスを野生に帰す事が出来た。

 

そのヒンバスとはもう二度と会うことはないと思っていたが、ツバキがな…。逃がしたはずのヒンバスを捕まえて来てしまったんだ。

なんでも、私が野生に帰した後に鳴いていたらしく。可哀想でゲットしたんだと…、結局、私の手元にまた戻って来てしまった。

戻って来たヒンバスは物凄くひねくれて、私に反抗的だった。

 

何故、反抗的なのか何が不満なのか一緒に居ても分からなかった私がツバキの元へ返そうかと言った時に、ヒンバスはミロカロスへと進化して。人の姿になって言った。

もう捨てられたくなかったのに、もう捨てないで

その時の私は暗い考えしか思い浮かばないような奴で、私のような奴は命あるポケモンを育てる資格がないと思っていた。

思いやりとか優しさも無い最低な男だったと思う、でも、そんな私が良いと言ってくれたミロカロス達のおかげで誰かと共に生きていくという勇気の要る一歩を踏み出せた…。

 

ポケモン達のおかげで今の私が出来たんだろうな。生きるのが楽しい。人間らしい感情が持てるようになった、そんな感じだ。

 

ミロとの恋のきっかけ…?いや、そういうのは別に…?

ミロがずっと私のことを好きだって言ってくれてて、無意識に私もミロのことが好きになってたんじゃないか?多分。

……、そういう感情はよく分からない。

私を支えてくれるポケモン達はみんな大事だが、その中でミロに抱く気持ちはまた違うと思う。手持ちのミロカロスはみんなと同じ大事でも、人の姿として向き合った時にミロが私をずっと好きだって想い続けてくれることに安心する。

想い続けて私を待っていてくれた分、私もミロに想いで返してやりたいと思う。

最後の最後まで一緒に居て欲しいとミロが言うから、私はそうしてやりたいし、私も最後の最後までミロと一緒に居たいと思う。

 

性別が同じで種族が違う、母さんと父さんには申し訳ないとは思うが…。

私はこの先、生き続けていても…ミロ以上に私を愛してくれる奴は居ないし、私が愛せる奴もミロ以外には居ないと思う。

…いや、居ない。

ミロが先に逝ってしまって私が世界と生き続けても、ミロはここに居てくれるそうだ。

この左目は、ミロの左目。

 

私が世界と一体となったことで世界への影響、世界を担う神と称されるポケモン達へのダメージを私も背負うことになった。

自然に起こる災害では何とも無いみたいだが、人の手による大規模な災害、稀有なポケモンを狙う者達から与えられたポケモン達のダメージ、そして人とポケモンが関わる事で起きる争い。

それは様々な形で私にも影響がある。

私の左目はギラティナを狙った者が起こした騒動の中で潰れてしまった。影響で、というわけじゃなく瀕死のギラティナを救うのに対価を支払った結果だと思う。

今思えば、あの場でギラティナが死んでしまっていれば私の受ける影響は左目だけでは留まらなかったと思う。ギラティナは世界を裏側で支える存在だ、支柱が無ければ世界は成り立たないということだろうな。

 

今更ながら私の左目が機能していない状態の場合、世界に何らかの影響が起きる可能性があったかもしれないのが恐ろしい…。

私の左目が潰れた時、ポケモン達が私を救ってくれた。気を失っていたのが残念なくらい、見事な執刀をしてくれたそうだ。

そして、その時に自分の目を私にくれたミロには頭が下がる思いだな…。

 

世界と共に生き続けなければならないと知った私は、恐怖に押しつぶされそうだった…。

知り合った人達の死を全て見届けなければならない、結果、私は皆に置いて行かれてしまう。そう思うと恐ろしくてたまらなかった…。

 

生き続ける覚悟が出来なかった…。

そんな私にミロは言ってくれた、寂しくなったら鏡を見てと…。

シンヤの左目にずっと居るからね、寂しくないよ。

 

その言葉と笑顔が嬉しくて、心強くて、どれだけ愛おしかったか…。

 

「…っ、…悪い、…」

「大丈夫だよ、シンヤ…。ゆっくりね」

 

シンヤの背を撫でたヤマトは泣きながらもシンヤに笑みを浮かべて見せた。

はあ、と小さく息を吐いて俯いたシンヤを見てノリコが首を横に振った。

 

「お兄ちゃん…っ、もう良いよ…!もう分かったから…!お兄ちゃんがっ泣い゙てるの゙みたくっない゙よぉっ!」

 

うええええ、と泣き出したノリコに釣られて隣に座っていたカズキも顔を歪めて目からぼろぼろと涙を零した。

泣く双子を見ながらエンペラーはツバキが研究だ!と騒ぐんじゃないかと思っていたが、予想に反してツバキは呆然とシンヤを見つめていた。

この中で一番、関係が薄い僕でもツライ…。シンヤという人間が背負うにはあまりにも大きすぎる責任。

どんな事があっても、さすがシンヤさんだね。シンヤさんだからね。と流して来たけれど…。これはあまりに酷なんじゃないだろうか…。

なんで、どうして…、シンヤさんなの…。

エンペラーがそう思ったのと同じように母、カナコも思った。そして似つかわしくない程に顔を歪めて怒鳴った。

 

「シンヤが他にも居てっ、本当のシンヤはここに居るシンヤじゃないとか!そんな事はどうでも良いのよ!そんなこと言われたってね!分からないもの!でもね!貴方はね!私がっ、お腹を痛めて産んだ私の息子なのよっ!世界になんてっ…!あげないわ…っ!!!」

 

みんなと同じように産んだのに、どうしてうちの子が…!と言ってテーブルに突っ伏したカナコの肩をイツキが掴んだ。

 

「イツキさん…」

「俺達の息子が覚悟を決めて話してくれたんだ。母親のお前が泣いて縋ってどうする。お前が泣いて喚いて怒鳴った所でシンヤが困るだけだ」

「……っ」

 

口をへの字にして黙り込んだカナコは泣きながらイツキを睨む。

イツキはゆっくりと椅子に座り直してシンヤへ視線をやった。

 

「シンヤ…。お前が言った通り、お前が色んな職種に付いてた頃の記憶は曖昧だな。でもな、シンヤはシンヤだ。どのシンヤも俺の息子だ。トレーナーだった時もコーディネーターだった時もブリーダーだった時も、今のお前の事だって愛してる。

そんな愛する息子がもう成長しないって?未来永劫生き続けるって?それは凄く寂しいだろうしツライことだと思う。何があっても世界の為に生き続けるってのは苦行だ。母さんはお前にそんなツライ思いをさせるのが嫌で、泣いてるんだ。決してお前を責めてるわけじゃない。

父さんもな、ツライぞ。息子のこれからの苦しみを想像するだけでツライ。親兄妹や友人知人だけでなくお前は愛する人の死も全て乗り越えて生き続けなければいけない。

腹を括って話してくれたんだと思う、だから父さんも聞くぞ。

シンヤ、お前、それで本当に良いのか?」

 

イツキの言葉にカナコは視線をシンヤの方へやった。

俯いていたシンヤが顔を上げる。

 

「私は…、この世界に存在出来て後悔してない。この世界に居られることを嬉しく思ってる。寂しくてツライ時もあるかもしれないけれど、私はこの世界で最後まで生きる。出会った人達との思い出を胸に、世界が終わるその日まで。

私は、大丈夫だ」

 

困ったようにシンヤが笑えばカナコは顔を歪めてうええええと子供のように泣いた。

シンヤの言葉にそうかと頷いたイツキは笑った。

 

「そうか!お前が大丈夫って言ったら大丈夫だな!老後の心配しなくて良いなぁ!若い息子が最後まで面倒みてくれるぞ母さん!」

「イツキさん…!ふざけないで!」

「ふざけてない。俺は大真面目だ。母さんもぷりぷり怒ってないで笑ってやれ!息子の思い出にそんな顔を残して良いのか?ん?」

「…!だ、だって!」

「俺はなぁ、シンヤが本当は嫌だって言ったら何をしても世界に抗ってシンヤを普通にしてやるつもりだったぞ。でもな、シンヤは大丈夫って言ったんだ。息子の成長と決意を喜んでやれない男じゃないぞ、俺は!」

「イツキさん…」

「でも、そうかぁ…シンヤが世界に神様に選ばれたのかぁ…。俺の息子がなぁ…。それって凄く誇らしいことだよなぁ…。

ディアルガ、パルキア、ギラティナに認められたんだぞ!うちの息子が!……さすが俺の息子だなぁ!そうだろ母さん!」

 

お祝いしよう!ビールだ!とハシャぐイツキを見てカナコはポカンと口を開けたかと思うと、困ったように笑った。

 

「もう…、もうっ!そんな風に言われると!私も楽しくなってきちゃうじゃない!真面目な話だったのに!」

「俺も真面目な話してただろー?」

「ばかっ!」

「母さんはすぐぷりぷり怒るなー」

 

わはは、と笑ったイツキを見てノリコとカズキもへらへらと笑った。

 

「父親って偉大だね」

「考え方が男らしい…」

「で、どうするの?」

「なにがよ」

「シンヤさん。ディアルガ、パルキア、ギラティナと知り合いだってさ」

「………け、研究せねばっ!?」

 

うおおおおお!!!シンヤさんばんざぁあああい!!!と雄叫びをあげたツバキを見てエンペラーが予想通りの反応で良かったと笑った。

 

「シンヤ…」

「ん、私の家族最高だな…!」

「だね」

 

*

 

「兄ちゃん!ノリコだけ反転世界に行ってるってマジ!?」

「あ、ああ…」

「ずりぃよ!」

 

それはズルイ!と椅子から立ち上がったツバキがノリコに飛び掛る。

 

「何故言わない!何故すぐにツバキちゃんに報告しない貴様ぁあああ!」

「ふふん、ギラティナさんとも知り合いだもんねー、ふっふーん」

「ここここ、このやろぉおおおお!!!!」

 

怒りと羨ましさで手が震えるわ!と怒るツバキをエンペラーが羽交い締めにして止めた。

オレも行きてぇよ~と喚くカズキにはいはいと適当に相槌を打つシンヤ。

 

「は…!?そういえば、ミロちゃん、紹介してくれるんじゃなかったの!お母さん凄く楽しみに待ってるのに!」

「…そろそろ、用意出来てると思うが」

 

なんの?と一同が言葉を返した所でヤマトが「行こうか!」と立ち上がった。

 

「何処に行くの?」

「反転世界!」

 

ヤマトの言葉にツバキとカズキとイツキが両手をあげた。

 

「「「わーい!」」」

 

*

 

実家から直通の出入り口を通って反転世界へと入ればツバキがハシャぐ。

 

「凄い!凄い!すごぉおおい!」

 

俺様何様シンヤ様、万歳。と褒めているのか貶しているのか。

いらっしゃいませ~と出迎えた人の姿のギラティナにカナコとイツキは頭にハテナマークを付けながら会釈して返す。

 

「ギラティナさん、父と母、そしてカズくんです!」

「知ってる」

「え、ギラティナ!?ギラティナなの!?男前じゃん!」

 

ハシャぐツバキにギラティナは冷たい視線を向ける。

初対面でまさかの冷たい視線にツバキは半泣きになりながらエンペラーの腕を掴んだ。

 

「…なんでだと思う?」

「え。うざいって一目で分かったんじゃない?」

「!?!?」

 

ツバキがショックを受けている横で苦笑いを浮かべたシンヤは慌ててその場にしゃがんだ。

ブオンッと音を立てて分厚いファイルが頭上を通過して行った。

 

―バゴンッ!

 

「痛ぁあああああ!?!?」

「あ、危ない…っ!誰だ…!」

「あああああああ!!!!痛あああああああ!!!」

「ヤマトさぁああん!!!!」

 

当たる所だった!とシンヤがファイルの飛んで来た先へ視線をやれば仁王立ちする天敵の姿。

 

「ジョーイ…!」

「シンヤさん…、ギラティナから話は全て聞いたわ…!!そういう事は逐一報告してくれなきゃ駄目じゃないの!馬鹿!」

「一応、心配してくれたんだな…」

「当たり前でしょう!」

「ありがとう、でも、その第二のファイルを投げるのはよせ…!」

「怒りがおさまらないのよ!!」

 

この馬鹿野郎おおお!と第二のファイルを投げたジョーイ。そのファイルをシンヤが避ければ、地面に寝転んでいたヤマトの腹の上に落ちた。

 

―バスッ!

 

「ぐはぁっ!!!!」

「ヤ、ヤマトさん…!!」

「ちょ、なんで、僕…!」

「避けなよ、馬鹿じゃないの」

 

ジョーイちゃん、今日も豪快だなぁ!とイツキが笑う横でカナコが頬を膨らませた。

 

「ねえ、ちょっと…、ミロちゃんはまだかしら!」

「ミロなら家で待ってるよ、あっち」

「もうシンヤ!お母さん達、先に行ってるからね!ギラティナくん、案内して!」

「はーい」

 

「ジョーイ、やめろ!私のこの服、レンタルなんだぞ!」

「それくらい買いなさいよ!」

 

*



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71

 

「はい、どーぞ」

「ありがとう、ギラティナくん」

 

先に家へ着いたカナコ、イツキ、カズキ、ノリコ。

おかえりなさい、と出迎えたチルタリスがニコリと笑った。

 

「あれ?ご主人様は?」

「ああ、シンヤは外でジョーイに捕まってる」

「怒ってらっしゃいましたもんね…」

 

苦笑いを浮かべるチルタリスにノリコが声を掛ける。

 

「今、フィーさん居ます?」

「はい、ニ階に居られますよ」

「よっしゃ、カズくん、ちょっと来たまえ」

「お前、先に知ってたからって偉そうだぞ」

「ふふん」

 

カズキの手を引いてニ階へと上がっていくノリコを見送ってから、チルタリスはカナコとイツキに頭を下げた。

 

「改めまして、いらっしゃいませ、ご主人様が来られるまでゆっくりお寛ぎ下さい。席はこちらです」

「おー、ありがとう!しかし、出来た子だなー、賢いなー」

「ちょ、ちょっとイツキさん!頭グリグリしちゃダメよ!」

 

頭を激しく撫でられたチルタリスは照れたように笑う。

 

「大丈夫ですよ~、チル達は丈夫な生き物ですから」

「チル…?」

「はい、チルはご主人様のチルタリスです」

「まあ!じゃあ、シンヤにご飯作ってくれてるって言ってたあのチルくんなのね!」

「え?」

「そうかー、チルタリスかー、可愛いなぁ!」

「え、どうも…」

 

知らない所で何故か知られていたことに戸惑いつつ、イツキとカナコを席に座らせてチルタリスはお茶の用意をしにキッチンへと向かった。

 

「で、噂のミロちゃんは何処にいるのかしら…」

「母さんはせっかちだなぁ」

「だって気になるじゃない!」

「シンヤのミロカロスなら今までにも会ったことあるじゃないか」

「それはポケモンの姿ででしょ!人の姿よ!しかも男の子なのよ!息子のお嫁さんが男の子だなんて…ど、どんな子かしら…」

「ミロカロスだから相当な美人だろうなー、楽しみだなー」

「もう!」

 

チルタリスの用意したお茶をゴクゴクと飲み干したカナコはチルタリスに詰め寄る。

 

「チルくん!ミロちゃんは!」

「えっと…」

 

そろそろだと、とチルタリスが時計をチラリと見た時にリビングの扉が開いた。

 

「おまたせー」

「ギラティナくん!」

 

部屋へと戻って来たギラティナが扉を開けて廊下に居るらしい誰かに手招きをした。

 

「入れ入れ」

「シンヤは?」

「まだジョーイと戦ってんだろ、先にお披露目してやんな」

「おかあさんとおとうさん居るの?」

 

うん、とギラティナが頷くのを見てカナコは両手をぎゅっと握り締めた。

あの壁の向こうに我が子の嫁が居る、男の子のお嫁さん…。息子が選んだとはいえ、男の子を我が娘として思えるだろうか…。

カナコの心の中には色々な葛藤が生まれる。

そして、部屋へと入って来たミロカロスは真っ白なドレスを身に纏い。

カナコとイツキの前で恥ずかしそうに頬を染めて笑った。

 

「こ、こんにちは…」

「やったぁああああ!お嫁さん可愛いぃいいい!!!」

「うぉお!?母さん落ち着け!?」

 

飛び上がったカナコに驚いたイツキが椅子から立ち上がる。

 

「ミロちゃん、よろしくねミロちゃん!うちの息子をよろしく!!」

「え、あ、うん…。おかあさんどうしたの?大丈夫?」

「大丈夫よぉおお!超元気ぃいい!」

「うちの女房がすまん…」

「おお、めっちゃびっくりした…」

 

男の子って聞いてたからどんな子が出て来るかと思ったらそこらの女の子の何倍も可愛いじゃない!やるじゃないシンヤ!とカナコはにまにましながらミロカロスを抱きしめた。

シンヤのオカアサンこえー、とギラティナがドン引きしている横でイツキが苦笑いを浮かべた。

 

*

 

「お前の相手をしてたせいで疲れた!」

「一発くらい殴らせなさいよ!」

「断る!」

 

ジョーイとシンヤが喧嘩しつつ家へと向かう後ろで何故か何発か殴られたヤマトがツバキに手を引かれていた。

 

「なんなの、ヤマトさんの特性ひらいしんなの?」

「え!そうだったの!?」

「そんなわけないでしょ…」

 

もう僕は心身共にボロボロだよ。と落ち込むヤマト

そんなことはどうでも良いツバキは反転世界にあるシンヤの家を見て目を輝かせた。

 

「素敵!シンヤさんと仲良くて良かったぁああ!」

「僕は?」

「エンペラー!お邪魔させてもらおう!」

「うん」

「僕はー!」

 

ただいまー、とジョーイが玄関の扉を開けた。

出迎えたサーナイトがにこりと笑顔を浮かべる。

 

「おかえりなさいませ~」

「一発も殴れなかったわ!」

「だから無理だって言ったじゃないですの!」

「悔しいわ…」

「ふふ」

 

ミロさんのご用意出来てますの、と言ったサーナイトの言葉にシンヤが頷く。

 

「エンペラー、ギラティナと仲良くなる作戦立てようよ」

「良いよ。これからツバキだけ空気椅子ね」

「はぁ!?」

「ツバキの席が無い方がギラティナに好印象な気がするから」

「はぁ!?」

 

お邪魔しまーす、と家へ上がっていったエンペラーを睨みつけながらツバキはその後に続いた。

丁度、ニ階から降りてきたブラッキーが玄関に居るシンヤに「おかえりー」と声を掛ける。

 

「みんな、リビングか?」

「いや、上に居るよ。カズキとノリコも上」

「写真撮るから声掛けといてくれ」

「おっけー」

 

声掛けに戻るかー、と踵を返そうとしたブラッキーが立ち止まった。

 

「え、ヤマト。なんでちょっとボロボロなの?」

「…苛められた」

「おー、可哀想にー、オレがなでなでしてあげようかー?500円で~」

「ツキくんまで苛めるー!」

 

手をわきわきと動かしながら笑ったブラッキーにヤマトはがくりと肩を落とした。

 

「ヤマトも一緒にニ階くれば?写真撮るのに服汚れちゃってるじゃん。貸してやるよ服」

「あ、優しい」

「シンヤの出してきてやるよ」

「やめて!足の長さ違うからホントにやめて!」

「ぷふー!」

 

*

 

ブラッキーとヤマトがニ階へと向かった頃、リビングに入ったシンヤは自分の母に手を握られてうろたえているミロカロスを見つけた。

手を握り、それはもう早口に可愛いだのお料理を教えてあげるだのとミロカロスに言っている、実母を見てシンヤは見なかったことにしようと思った。

 

「おー、ミロ、すごく綺麗だなー…、チル、お茶ー」

「シンヤ…!なんでキッチン行くの!おかあさんが放してくれないよシンヤ!ねえ!」

「関わるのがもの凄く嫌だ」

 

あー、ヤダヤダとソファに座ったシンヤはミロカロスを助ける気が無いらしい。

そのシンヤの横にどんと座ったイツキが親指を立てて言った。

 

「父さんはもう気にしないことにしたぞ!」

「さすがだ、私もそうしよう」

 

おい、とギラティナが二人にツッコミを入れる。

 

「シンヤが来ても止まらないマシンガントーク、止めて来いよ。ミロはもう限界だ!あとオレも限界だ。お昼寝したい」

 

眠いから早く写真撮ろうよー、という事らしい。

 

「母さん、写真撮るぞ」

「だからね、…え?なあに?」

「写真、撮るから…そろそろ嫁を返せ」

「まあ!ヤキモチ!お母さんにヤキモチ焼いちゃうなんて!シンヤったら!」

 

ドレスも白だが顔も蒼白だ。

 

「イツキさん!写真撮るんですって!」

「ほぼ母さん待ちだったよ」

「あらあら?」

「シンヤ、俺様なんかもう疲れた…」

「ああ、お疲れ…」

 

*

 

カズくんにお兄ちゃんのポケモン達を一人ずつ紹介して、フィーさんの腕を掴んだ。フィーさんがあからさまに嫌そうな顔をしたけど気にしない!

 

「で、この人がフィーさん!」

「エーフィだろ…もう分かったって、放してやれよ。嫌がってるだろ…」

「嫌がってませんー」

「いえ、嫌がってます」

「本人が言ってるじゃん!」

 

フィーさんにぴっと手を払われた。悲しい。

やれやれと呆れたように溜息を吐いたカズくん。

 

「あ、みんなー、そろそろ写真撮るらしいよー」

 

ヤマトさんが部屋の扉を開けながら言った。ヤマトさんの言葉に「へーい」と書類仕事をしていたミミローさんが返事をして、ヨルさんがテキパキと片付けを始めた。

 

「ヤマト、それツキの服ですね」

「うん、着てたの汚れたから貸してもらったんだ。似合う?」

「…………ええ、まあ」

「その間、なに!?」

 

行きましょうか、とフィーさんに声を掛けられてカズくんが頷いた。

 

「ヤマトー、やっぱこっち着てくんない?こっちのが良いと思うんだ」

「え゛!?僕、何回着替えさせられるの…!もうこれで良いでしょ…」

「いや、やっぱネクタイした方が良いかなって」

「えぇー…」

「そんでヤマト、髪の毛茶色だからこっちの色の方がさー」

「もう下でシンヤ達が待ってるのに…」

 

ツキさんがヤマトさんの首元にネクタイを合わせて首を傾げる。うーん、これだとシャツの色がなぁ…なんて言いながらヤマトさんの着ていたジャケットを脱がしていく。

まだ着替えさせられるみたいだね、と隣に居るカズくんに言えばカズくんはケラケラと笑った。

 

「ヤマトさん良いじゃん!」

「え?やっぱこっちの服で良い?」

「服じゃなくて、なんか良いお嫁さんもらったみたいで良いなって」

 

はあ!?とツキさんが声を上げた。

いや、うん、カズくん、イケメンなお兄さんに良いお嫁さんって例えは…のんはどうかと思うなぁ。

 

「お嫁さんだってさー、じゃあネクタイ締めてもらおっかなー」

「締めてやらぁ!くらえぇええ」

 

あはは、と笑いながらヤマトさんが冗談を言えばツキさんは顔を赤くしながらネクタイでヤマトさんの首を絞めた。

 

「ぐえええええっ」

「締め上げてる」

「締め上げてるね」

「遊んでないで早くなさい!」

 

*

 

何故か咳き込みながらニ階から下りて来たヤマト。

 

「どうした?」

「え、…ちょっと反撃にあって」

 

はあ?と思ったが後ろに居たブラッキーが満足げにニヤニヤと笑っていたので犯人はアイツだろう。

 

「それ誰の服だ?」

「これツキくんの。誰かさんのせいで服が汚れたからね!」

「自分のせいだろ」

 

誰かが避けるから、とソファに座っていたジョーイがぼそりと言った。

ああ、こいつのせいだった。

さて人数は揃ったか?と聞けばギラティナがハーイと手を挙げた。

 

「ツーが居ねぇ」

 

ギラティナの言葉にミミロップが手を挙げた。

 

「アイツ、屋根の上で本読んでる」

 

ミミロップの言葉にトゲキッスが手を挙げた。

 

「じゃあ、俺が呼んで来ますね」

 

なんでうちの子、挙手制なんだろうか…。大変良い子だ。

シンヤさんの家、凄い躾がなってるね。とエンペラーが関心したように呟いたが特に躾はしていない。

 

「うちも見習わないとね」

「うちの研究所の子はみんな良い子だけど?」

「うん、アナタ以外ね」

「………ギラティナ、うちのエンペラーが虐めてくるんだけど!どう思う!」

「とても愉快です」

「なん、だと!?」

 

エンペラーとギラティナにニヤニヤと笑われて悔しそうなツバキを眺めているとトゲキッスがミュウツーを連れて部屋へ入ってきた。

 

「人が多いな」

 

写真撮るの外の方が良いですよね?なんてミミロップに相談しているトゲキッスにヤマトが口を挟む。

 

「家の中にカメラセットして庭に並べば丁度良いんじゃない?」

「綺麗に入りますかね…、テストしてみます!」

 

トゲキッスとミミロップとサマヨールが庭へと出て、ここからここまでーと目印を置いてせっせと準備をしてくれている。

 

「私は何故呼ばれたんだ」

「ツーくんも一緒に写るからでしょ?」

「は?何故?…というか、ヤマト、ネクタイ曲がってるぞ」

 

ヤマトとミュウツーの会話に視線をやれば、つんとツバキにつつかれた。

 

「あの人、前にシンヤさんの家に来た人だよね?」

「ああ、ツーか?」

「ツーさん?」

「ミュウツーだ」

「へー、ミュウツーなんだー」

 

えええええええ!と声を荒らげたツバキがエンペラーに拳骨を食らった。

 

「痛い!ちょ、だって、ミュウツーだよ!?」

「シンヤさんの所なんだから何が出てきてもいい加減慣れなよ。ほんとにうるさい」

「えええええ…、理不尽…!」

 

ツバキがショックを受けているのを他所に父さんがミュウツーに食いついた。

 

「ミュウツー!今度、ミュウ紹介してくれ!」

「あいつの居場所なんて知らん」

「わははは!なんだこいつ!シンヤに似てる!」

 

わしゃわしゃと頭を撫でられたミュウツーは始終無表情だ。やめなさい!と父さんが母さんに怒られた。

 

「ねえ、ツーくん、ネクタイ真っ直ぐになった?」

「曲がってる。どんな締め方をしたんだ…」

「いや、締め上げられたんだよ…」

「?」

 

髪の毛がくしゃくしゃのままミュウツーがヤマトのネクタイを締め直す、あいつネクタイなんて締められるんだな。と密かに関心した。

 

「ツーくんは髪の毛ぐちゃぐちゃだから直してあげる」

 

ミュウツーがヤマトのネクタイを締め、ヤマトがミュウツーの髪の毛を手櫛で整える。

なんだあの微笑ましい光景。

 

「ツーくん、髪の毛サラッサラ!」

「…終わったぞ」

「ありがとう!でも、本当にサラサラでヤバイ…!なにこれ、何のシャンプー使ってるの!」

「うちはみんな同じシャンプーです、よっ!」

 

ヤマトの膝裏を蹴ったエーフィの攻撃。膝カックンされたヤマトが悲鳴をあげた。

 

「い、今のはエーフィの…ローキック!?」

「違うでしょ」

 

ツバキがうるさい。

わいわいと賑やかでうるさいので本日の主役の傍に行くと、ミロカロスが母さんとイロに挟まれていた。

 

「ミロカロスって本当に綺麗な子ばっかりなのね~」

「次は私も素敵なドレスを着たいです~」

「……」

 

ミロカロスがぐったりしていた。

さすがに助け舟を出してやらなければならないだろう。

 

「母さん、写真撮る準備がもう少し掛かるみたいだ」

「そうなの?」

「ああ、だからそれまで私の花嫁を独り占めさせてもらって良いか?」

「あら!あらあら!」

 

勿論よ!ごゆっくり!と母さんとイロが同時に立ち上がってミロカロスから離れた。

隣の席に座ってやればミロカロスは小さく溜息を吐く。

 

「なんか、俺様の想像してた結婚式と違う…」

「ドレスが着たかったんだろ?」

「そうだけど~…」

「綺麗だぞ」

「…一番?」

「勿論」

「えへへ!」

 

相変わらず簡単な子だな、とぐりぐりと頬を撫でてやる。

ミロカロスとの談笑中に「内緒なんだけどな!チルがでっかいケーキ作ってくれてるんだって!」とこそっと言ってしまう辺り、まだまだ頭の弱い子だと苦笑いを浮かべる。

聞かなかった事にしておこう。

暫くして用意が出来たー!と声を張り上げるミミロップの言葉にわらわらとみんなが庭へと出る。

 

「えーっと、お父様とお母様どちらがシンヤの隣に立ちますの?」

「俺だな!」

「じゃあ、私はミロちゃんの隣に行こうかしら~」

「フレーム内に入ってりゃ良いんだろ?あー、ギラティナもうちょっと右寄ってー。そんでエンペラーはもうちょい左な!そこ!そこ両端!残りの奴らその間に入れ!」

「ツキ、タイマーセットして走って来て下さいね」

「オッケー、じゃあカズキの横行く」

「え!オレのとこくんの?ここ?」

「そこ行くけど、なんだよ!」

「オレ、ノリコかツバキと並びたい!」

「え!カズくん、なにその主張!」

「どうしてもって言うなら良いよ!カズくんってば大胆ね!きゃ!」

「いや、男前なツキさんと並びたくねぇから…中の下辺りと並んどこうかと…」

「「…カズくん…っ!」」

 

喧嘩するな。

私も写るのか、と不満げなミュウツーをギラティナに押し付けて私とミロカロスが父さんと母さんの間に入る。

 

「えー、じゃあ、オレはジョーイさんの横行くか」

「ワタクシが並ぼうと思ってましたのに!」

「サナ、ジョーイさんの後ろで良いじゃん。身長あるんだからさ」

「あーん、酷い!キッスさん!横並んで下さいまし!」

「え?じゃあ、俺そっち行きますね」

「ワタシ、後ろで良いけど」

「いや…前だな…」

「くっ…!せめて、チル…ワタシの横に…!」

「かしこまりました~」

「ツキさん!ワタクシ、こちらの向きとこちらの向き!どっちが綺麗に見えてるか教えて下さいまし!」

「いつまで経っても押せねぇじゃん!正面で良いよ!正面で!」

 

………。

 

「ノリコ、そこ?オレもそっち行って良い?父さんの隣行く」

「え、ちょ!フィーさんの前陣取ってたのに!くそっ」

「フィーさん、ここ良い?」

「ええ、勿論」

「のんが聞いた時無視だったのに…!?」

「うわー!ワタシ、端っこ!?それもここ!?」

「良いじゃないか…。な、チル…」

「良いと思います!なんで嫌なんですか?チルと代わります?」

「代わったって一緒だぁぁ…うわぁぁああ、ワタシの後ろにクソデカイ二人が居るぅうう!お前ら縮め!すぐに!」

「うるせーうるせー。オレ、もう眠いから早くしてくれよ」

「゛小さくなる゛は不可能だが、私に名案がある。私がお前をこう肩に担…」

「うわああああ!やめろぉおお!」

「うるせーっての!ツー!もうやめとけ!」

「ツー、それだと、見切れてしまう恐れが…」

「チルはこう前に抱っこする方が安全だと思います!」

「そういう問題じゃねぇえええええ!」

「ちょ、ちょっと!そこ端で何モメてるの!?」

 

*

 

両脇からギャーギャーとうるさい。

父さんと母さんが笑って見ているのでまあ別に構わないが…。

 

「抱っこ」

「肩車より安全安心です!」

「下ろせぇえええ!」

「ツキ…どうだ…?」

「浮いてる!明らかに別の意味でも浮いちゃってる!」

「もうお前ら追い出すぞ…」

 

………。

 

「お父さん!後ろの人、フィーさんだからね!覚えておいてね!」

「シンヤのエーフィか?おぉー、別嬪さんだなぁ!」

「ああっ、見える…!輝かしい舞台で輝くフィーさんとのんの姿が…!」

「まだ一緒に行くなんて言ってません」

「ノリコ、まだエーフィ欲しいってねだってんのかよ」

「お兄ちゃんが欲しかったら頑張って口説き落とせって」

「わはは!ノリコは色気が無いから無理だなぁ!」

「…お父さん…っ!?」

「父さん…そっちの口説き落とすじゃないから」

「ん?ノリコが嫁に貰ってもらえるかじゃないのか?エーフィ!出来の悪い子だがノリコは可愛いぞ!母さん似だからな!」

「ええ、まあ、可愛らしいとは思いますけど」

「フィーさん…!」

「しかし、お母様の美しさとお父様の利発さを引き継いだご長男と比べると、ね!お父様!」

「ちょ…っ」

「こらこら、シンヤと比べるんじゃない!ノリコにはノリコの良い所があるんだ!」

「お父さん…!」

「ほう。是非、教えて下さい」

「……………うん、ある!」

「お父さぁあああん!!!!」

「ノリコ、どんまい」

「カズくん…っ!!!」

 

………。

 

「あら、ジョーイちゃんも今日聞いたの?やーねぇ」

「そうなんですよ~」

「まあまあ、ミステリアスな男性の方が素敵じゃないですの!」

「ミステリアスなんてダメよー、それにずっと思ってるんだけどシンヤは細すぎるの!男はもっとガッシリ逞しくないと!」

「カナコさん、それは人それぞれだと…」

「あら!よく見たらキミ素敵じゃない!何処の子?」

「え!?俺ですか!?何処の子と言われると、シンヤの所の子ですけど…」

「カナコさん、その子トゲキッスですよ」

「トゲキッス!素敵ね~、男はこうじゃないとダメよ!ジョーイちゃんもアナタもね!こういう逞しい人選ぶと良いわよ!」

「カナコさん…」

「お母様、ごめんなさい。ワタクシ、男ですの…。シンヤのサーナイトですの…」

「……まあ!」

 

………。

 

「あっちの端っこで何騒いでるんだろ…、ミミローくんが悲鳴あげてる…」

「後でツーさんの写真撮らせてもらえるかな、どう思う、ヤマトさん」

「え、撮らせてくれるんじゃない?」

「ギラティナさんも撮らせてくれるかな」

「え、うん、大丈夫なんじゃない?」

「どう思う、エンペラー?」

「無理だね」

「……。」

「…え、えっと…、ところで、この美人さんは誰?」

「え!」

「…ああ!ヤマトさん、この姿は初めて見るんだっけ!私の可愛いイロちゃんだよ~」

「あー、あの色違いのミロカロスかー!人の姿になるとこんなに可愛いんだね!」

「え、そんな…!そんな風に言われると照れちゃいます…!」

「「かーわーいーいー!」」

「やだぁ…!」

「髪が幻想的な色だよね~、ここ暗いけど日差しの下で見ると更に綺麗なんだろうな~」

「……っ!

「ヤマトさん、それ以上はやめて!」

「え?なんで?」

「ヤ、ヤマトさん…もしかして、私のこと…!」

「ツバキ、このクソビッチをボールに戻すべきだと僕は思うな」

「はっ…!エンペラーさんが怒ってる…!これは、嫉妬…!?きゃ~!!」

「戻すべきだと!僕は思う!」

「すみませんすみません、どうぞ寛容なお心でお許しくだされ…!ちょっと痛い子なだけで良い子なんです…!良い子なんです!」

「…チッ」

「え、何?どうしたの?」

 

―ピ、ピ、ピ、

 

「おーっと、つい手が滑ってボタンを押してしまったー、でもとりあえず写っておこうー!とうっ!」

「痛あああっ!!」

「おーっと、ごめんごめん。足が滑っちゃった!」

「ええええええええ!?」

 

カシャッとシャッター音。

なんで今撮ったぁああ!とミミロップの怒りの声とヤマトの驚く声が両端から聞こえてくる。

はたして今の一枚はどんな悲惨な写真なのだろうか、絶対に現像しよう。

 

「今、写真撮った?もう終わり?」

「いや、まだ撮り直すから動くな」

「うん」

 

ごめんごめん、と謝りながらブラッキーがカメラの傍へと戻る。

 

「じゃあ、そろそろマジに撮るぞー!笑顔の準備は良いかー!」

 

押すぞー、とブラッキーの言葉に数人が返事を返す。

 

「せっかくこんなに賑やかなんだから、カメラじゃなくてビデオを回すべきだったなー」

「ほんとね~」

「(ビデオを…回す…?くるくる…???)」

 

隣に居る父さんの言葉にミロの隣から母さんが返事を返す。

 

「この後からでも回すか?ビデオ?」

「いや、ビデオはいい…、」

「押したー!」

「はい、ツキくん、早くここ!蹴らないでね!」

「よっしゃー!」

 

 

―ピ、ピ、ピ、

 

 

 

 

 

「忘れないから」

 

 

――カシャッ

 

 

 

 

 

 

「お、俺様、横向いちゃったぁああ!」

「わはは!俺もだ!」

「私もよ~、ツキくんもう一回お願い~」

「……私のせいか?」

 

*



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72

「ヤマトー、早くしろー!」

「待って待って!」

 

スーツを着込んだブラッキーとヤマトが慌ただしく式場へと駆け込んだ。

それを見つけたサーナイトは小さく溜息を零す。

 

「ヤマトさん!ツキくん!こっちよ!」

「ジョーイさん!ごめんね!遅くなっちゃって!」

「もう!何してたの!」

 

息を切らせながらヤマトがぺこぺことジョーイに頭を下げる。

その隣に立ったブラッキーが腕を組んで言う。

 

「シンヤが置いてったご祝儀、ヤマトが持って来るの忘れて途中で取りに戻ってたんだよ…。ギラティナの奴がシンヤに付き添ってるから出入りの自由がきかないこの状況で!ポケモンセンターまでとんぼ返り!ヤマトのバカ!」

「ほんと、…すみません…」

「はい、お水を飲んでしっかりして下さいまし!」

「あ、ありがとう。サナちゃん…」

 

ごくごくと水を飲み干したヤマトを見てからブラッキーは辺りを見渡す。

人間だらけの中でその小さな姿を見つけるのは難しいな、と眉を寄せた所で他の人間より背の高い見慣れた赤い髪の頭を見つけた。

 

「ミロ!」

「あ、ツキ!遅かったなー、ヤマト遅刻して来たの?」

「いや、時間通りにはミッション終わらせて来たんだけどシンヤが置いてったご祝儀をな、持って出るの忘れて途中で取りに戻ったの」

「アホだな~」

 

呆れたように息を吐いたミロカロス。

そんな二人のやり取りに苦笑いを浮かべたタモツにブラッキーは笑みを向ける。

 

「タモツ、今日はおめでとう!」

「ありがとう、ツキくん」

「これシンヤからタモツとポチちゃんに」

「え、ボク達にもですか!?リンとモモさんのお祝いなのに…」

「あの二人の分はヤマトに持たせてたから気にすんな!貰っとけ貰っとけ!味の保証はする!」

「食べ物なんですね」

 

うん、そう。と頷いたミロカロスにタモツはくすくすと笑みを返す。

 

「ポチちゃんは?」

「モモさんと一緒ですよ、ボクもさっき見て来たんですけどすっごく綺麗でした!モモさんキラキラしてました!」

「おおー!お披露目楽しみだなー!」

「今、ミロちゃんに聞いてたんですけどミロちゃんもウエディングドレス着たんですね」

「ああ、この前な。タモツ、お前の心を傷付けないのであれば写真を見せてやろう…。オレは持って来てる…ポチちゃんに見せようと思って…」

「だ、大丈夫ですよ!せっかくなんですからミロちゃんの綺麗な姿も見たいです!」

「じゃあ後で見せてやるよ!男らしくなったなタモツ!カッコイイぞ!」

「本当ですか!ミロちゃん!ボク、男らしくなってます!?」

「分かんないけど、よく見たらタモツ足が短いな。チビだな」

「「……」」

 

気にすんな、アイツの比較対象が足長いだけだから。標準だから。大丈夫だからとタモツの肩を抱いたブラッキーがタモツを慰める。

ガクリと肩を落とすタモツをブラッキーが慰めていると「あ」とミロカロスが声を発する。

パチパチパチ、と拍手と歓声にブラッキーが顔を上げればやっと本日の主役のご登場だった。

薄いピンクのドレスを身に纏うモモとその横で照れくさそうに笑うリン。

 

「おめでとーう!」

 

ブラッキーが両手を振れば二人も手を振り返す。

 

「きゃうきゃう!」

「あ、ポチちゃん!」

 

リボン付けて可愛い~と飛び付いて来た随分と軽くなったポチちゃんを抱えてブラッキーが笑う。

 

「わ、ポチちゃん痩せたね!」

「きゃう!」

「ツキくん!僕にも抱っこさせてよ!」

「やだ!」

「そんな…!」

 

両手を広げたまま固まるヤマトを押し退けてサーナイトが拳を握り締めた。

 

「ブーケをゲットしなくては!」

「あら!ゲットするのは私よ!」

「えぇ!?ジョーイさんにお嫁に行かれるのは悲しいですわ…!」

「俺様!俺様が取る!」

「ミロさんは別に要らないじゃないですの!」

「いやいや、取るのは僕だよ!」

「ヤマト、何処に嫁に行く気だよ…」

 

あはは、とタモツが笑った。

モモがくるりと後ろを向いて背後に高くブーケを投げる。

 

ブーケを目で追い空を見上げれば日差しの眩しさに目を細める。

 

 

「あー…、眩しい…」

 

 

*

 

賑わいごとがあると参加してしまうジョーイに代わってポケモンセンターを任されたミミロップは小さく欠伸をした。

それを目敏く見つけたサマヨールが笑みを零す。

 

「今、笑ったろ…」

「ああ…ついな…」

「あー!もう退屈!急患とか来れば良いのに!」

「そう言うな…、暇な方が良い場所だ…」

「そりゃそうだけど、こんな所でだらだらしてるなら家で勉強したい…。つか、シンヤについて行きたかった…」

 

深く溜息を吐いてテーブルに突っ伏したミミロップ。まあ、気持ちは分からないでもないとサマヨールは小さく頷く。

明日は知り合いの結婚式だからと張り切るブラッキーに当初はシンヤも出席する予定だった。だが、シンヤの方に急患が入ってしまったのだから致し方ない。

任務を終わらせて駆け付ける予定だったヤマトもシンヤの欠席という話を聞いて怒ったが、急患の相手が相手だったので納得せざるを得ない。

 

早朝にトゲキッスに乗って出掛けるはずだったのだが、シンヤに急患が入った同時刻頃にサマヨールとチルタリスが世話になっているカフェのマスターから連絡が入る。

明日、予約客が入っているのに右腕を骨折してしまったという悲しい知らせだった。

どうしても休めないが利き腕がこれでは仕事は出来ない、ピジョットだけでは店が回らないから手伝いに来て欲しいと。

 

他でもない世話になっているマスターの頼みを断るはずもなく、チルタリスとサマヨールをと思ったがシンヤは待てよと額を押さえる。

明日は結婚式でジョーイがポケモンセンターを空けるから人手を置いておけとジョーイに命令されているぞ、と。

しかし、サーナイトは結婚式の手伝いへとジョーイと共に行く。ミミロップ一人では何かあった場合の対処に困る。

ここはサマヨールをミミロップの助手にした方が安心だ。とミミロップとサマヨールがポケモンセンターの留守番担当を任されることになった。

 

では、カフェの手伝いに誰が行くのか。チルタリスとピジョットだけでは大変だろう、せめてもう一人とシンヤが辺りを見渡してみるがブラッキーとミロカロスは顔見知りということもあり結婚式への出席が決まっている。

エーフィは土下座をして頼みに来たノリコに連れて行かれた、コンテストに出場するから同伴して欲しいと頼まれずっと断っていたのだが、ノリコが最終手段として父親を連れて来たものだからエーフィは無理やり連行されて行った。実の父の登場にシンヤも何も言えず見送ったのはつい最近のことであった。

 

残るは飛行要因として必要なトゲキッス。

致し方ない。とチルタリスとトゲキッスがカフェの手伝い担当となった。

 

早朝から急患を診に出掛けるはずだったシンヤに移動手段が無くなった。さてどうするか、ツバキの所から急遽カイリューを送ってもらおうかと思案するシンヤの肩を叩いたのはミュウツーだった。

 

「もっとも便利な奴が残ってる」

 

その言葉にシンヤはすでにグースカと眠っていたギラティナを叩き起した。

残された留守番連中の移動が狭まるが行動場所が決まっているので大したことはない。こうして昨夜が慌ただしく過ぎ去ったのだった。

 

「はぁー、暇」

 

ミミロップが大きな溜息を吐いた時、ラッキーが大慌てて部屋へと駆け込んできた。

 

「ラキラッキー!」

「ぅえ!?マジか!」

「しっかりな…」

「おっしゃー!仕事だー!」

 

*

 

カフェの手伝いに来たトゲキッスは困っていた。マスターは骨折しているもののお客さんの相手をする為に店には居てくれてるし、何か分からない事があればすぐに聞ける状態で問題は無い。

ただトゲキッスは困っていた。

ピジョットが可哀想にと眉をひそめ、チルタリスがハラハラとこちらを見守っている様子を見てからトゲキッスはマスターいわく"いつも予約して来る面倒な客"に笑顔を向ける。

 

「お前、結構良いなァ」

 

ニヤニヤとその整った顔を歪ませる男にトゲキッスはどう対処したものかと困ったように笑顔を返した。

一緒に来た友人らしい男は我関せずとケーキを黙々と頬張っている。何故か目付きはあまりよくなくケーキを睨み付けるようにして食べている。

 

「なに?新しいバイト?」

「いえ、手伝いです」

 

へーと返事をしつつトゲキッスを舐めるように見る男。さすがに、とマスターが間に割って入る。

 

「イケメンくん、あんまり苛めないであげてくれるかな」

「まだ何もしてねぇだろーが」

「何もしてなくてもキミの対処にもう困ってるから」

「はぁー?常客の私になんだその言い方はぁ?」

「いや、いつも予約して来てくれてとっても嬉しいけどねー。店の子にちょっかい出すのはやめてほしいなー」

「だからまだ何もしてねぇーっての」

 

綺麗な顔してるくせに本当にガラ悪いコイツ。とマスターは内心思う。

ケーキを食べ終わったらしい隣に座っていた友人が「いい加減にしろよ」と言葉を発する。目付きの悪さに比例して穏やかな声だ。

 

「なんだよ…」

「まだ何もしてないって、これからしますけどね!って宣言してるようなもんだろ。やめとけ、マスターにもそっちの店員さんにも迷惑」

「いや、だってアレかなり良いよ?上玉だよ?色々とやったらアレはかなり良い表情で鳴くと思うんだけどなぁ!」

「キッスくん!買い出し!買い出し行って来て!今すぐに!」

「聞いたか!?キッスくんだってよ!名前可愛すぎんだけど!」

「もうやめとけって…」

 

買い出し行って来ます、と怯えながら店を出て行ったトゲキッスを見送ってマスターは深く溜息を吐いた。

 

「絶対に苛めないでね」

「迷うなぁ…」

 

不敵に笑うこの客は本当に面倒だ。

話題を逸らそうと思ったのか隣に座っていた友人が「そういえばさ」と話を切り出す。

 

「ムウマ、元気?」

「ああ、元気元気。隙あらば脱走してくれるから楽しいよ」

「……やっぱお前もっと優しくした方が良いって」

「私はいつでも優しいけどぉ?」

「優しさを感じられない」

「なんでだよ、今日もお祝いにお気に入りの店連れて来てやっただろ」

「お祝い?」

 

あ、お気に入りの店だって思ってくれてるのかとマスターが小さく苦笑いを浮かべた。

 

「ヨスガジム、クリアおめでとーう」

「…おお!ありがとう!それで誘ってくれたのか!ヤバイ!マジで嬉しい!」

 

これでポケモンマスターへと道が一歩近づいた!と喜ぶ友人に「それは知らねぇけど」と冷たく突き放す男。

 

「なんで、上げて落とすの…!」

「趣味だから。それより、マスター」

「なんだい?」

 

悪趣味!と怒る友人を無視して男は店の壁に額入りで飾っているサインを指差した。

 

「あれ、本物?」

 

ああ、気付きましたか。とニヤリと笑うマスター。

男の言葉に隣に座っていた友人が首を傾げる。

 

「何が?」

「お前見てねぇの?あそこの額の中にサイン色紙入ってるだろ?」

「うん」

「あれ、シンヤのサインっぽくてさ」

「シンヤ……、って!!!あのシンヤさん!?え、マジで!?だってあの人、サインとか全然書かないんだろ!?」

「そうそう、本物だったら超プレミア物だし、ここ来た事あるって事じゃん」

「マ、マスター!あれ!あれは本物ですか!?」

「ふふふふふ、あれは正真正銘!本物のシンヤさんのサインです!とある理由で俺はシンヤさんと知り合いなんだよねー!ふっふーん!サインは頑張ってお願いして無理やり貰っちゃったんだー!」

「すげぇえええええ!知り合いとかマジすかぁあああ!」

「マジかよ。こんな辺鄙で小ぢんまりしたカフェなのに…」

「辺鄙で小ぢんまりしてて悪かったね…」

「憧れのシンヤさん…!会いてぇええ!」

「あの人、今何やってんだろーなぁ。大分前になんかコンテストの事で雑誌載ってたけど」

「いや、その前にテレビ出てた。グリーンフィールドで怪現象が起こった時に居たの見たよ。解決後の新聞記事で一面飾って、今はポケモンドクターとして活躍してるって書いてたはず」

「ドクターとかすげぇな、ハイスペック過ぎる」

 

だよねだよね、と頷くマスターは「オマケにギラティナの反転世界に住んでる凄い人なんだよ…」と心の中でだけ呟いた。

 

「フルーツの追加買ってきましたー」

「キッスー、おかえりー!私の横座れー!」

「え、ええ!?」

「酔っ払いみたいな絡み方すんなよ…」

「(オマケのオマケにその子はシンヤさんの手持ちだよ、と自慢げに言いたい…)」

 

マスターは心の中でぐっと我慢した。

 

*

 

日も昇る前から大きな荷物を持ってシンヤは人が滅多に踏み入る事の無い土地へとやって来ていた。

出入り口を繋ぎ、目当ての場所まで連れて行く役目を担うギラティナが「あー」と小さく声を漏らす。

 

「この辺あれだわ、オレが死にかけたとこだ…」

 

嫌な思い出が蘇る、シンヤの包帯姿を思い出してギラティナはふるりと体を震わせた。

 

「目的の場所はこのもっと奥だそうだ、ギラティナ、暗いが飛んで行けるか?」

「ああ、問題ねぇよ」

「ギラティナの背に乗るのは初めてだな」

 

わくわくと目を輝かせたミュウツーにギラティナは冷ややかな視線を向ける。

 

「お前は自分で飛んで来い!」

「ケチか…!」

「喧嘩してないで早く行くぞ」

 

*

 

昨日、シンヤに急患が入ったのは突然だった。

ソファで本を読んでる途中につい眠ってしまったらしいシンヤが急に体を起こした。

手に持ったままだった本がバサと床に落ちてリビングに居た連中の視線がシンヤに集まる。

 

「シンヤ…?どうしたの?」

「……ああ、愛しき生命達よ。おはよう、今日はシンヤに相談があって体を借りることにした!」

 

やあ、と片手をあげたシンヤの姿にミロカロスは大きく口を開ける。

 

「ア、アルセウス…」

「シンヤが眠ってる間しか借りれないからな、本題を言おう」

 

この野郎…!とリビングに居た数人が怒りをぐっと堪える中、アルセウスは大袈裟な身振り手振りで言う。

 

「私の友人が深刻な病を患ったようでな、シンヤに診てもらいたい」

「アルセウスの友人ねぇ、ってことはポケモンセンターに連れて行けるような奴じゃないってわけか」

 

ミミロップの言葉にアルセウスは頷いた。

ほお、と興味深げにアルセウスを見たミュウツーは「それで何というポケモンだ?」とアルセウスを急かす。

 

「山深き神聖な場所に居る、やつの名はレジギガス…。友人の苦しげな気持ちが私に伝わって来る…、早く診てやって欲しい。頼んだぞ、シンヤ」

 

そう言って自分の胸に手を当てたアルセウスはぽすんとソファに横になった。

何事も無かったように眠るシンヤ、お互いの顔を見合ったポケモン達は渋々、眠る主人の肩を揺すった。

 

「シンヤ…」

「ん、んん…?ミミロップ…、なんだ…?」

「悲しい…急患のお知らせです…」

「………は?」

 

瀕死?と寝ぼけながら起き上がったシンヤにミミロップは今起きた出来事を説明する。

寝てるシンヤにアルセウス降臨しやがった、との言葉にシンヤが苦々しげに顔を歪める様は滑稽だったとミュウツーは語る。

 

「で、レジギガスを診て来いと…」

「そうそう」

「明日、結婚式じゃないか…」

「ほんとだ!レジギガスは後にしよ!な!シンヤ!」

「それはダメだろ…。私の分も見て来てくれ」

「えぇぇぇ…、ってことは俺様、一緒に行けないってことじゃんかぁああああ!やぁぁだあああああ!」

 

ミロカロスが悲鳴をあげる。それと同時にリビングの扉を勢いよく開けたギラティナがキョロキョロと辺りを見回した。

 

「あれ!?アルセウスの気配したのに!?」

「「「………」」」

「……気のせいか…?」

 

ぷ、とミュウツーが口元に手を当てて笑った。

まあ良いかと呟いたギラティナがシンヤへと視線を向ける。

 

「シンヤ、さっきカフェのマスターから連絡あったんだけどさ」

「マスターから?どうしたんだ?」

「明日、予約客入っててどうしても休めないのに右腕骨折したんだってよ。仕事出来ないしピジョットだけじゃ店回んねぇから手伝いに来て欲しいって」

「…なんだと!?」

「明日ァ!?」

 

よりにもよって明日ァ!?とミミロップが声をあげる。

なに騒いでんのか知らないけど伝えたからオレ寝直すね、と大きな欠伸をしたギラティナがリビングから庭に出てゴロリと寝転がる。

 

「とりあえず、ブラッキー。ヤマトに連絡してくれ…」

「ああ、オッケー。電話、電話!」

「カフェへの手伝いは自分とチルで行こう…」

「はい!」

「そうだな、サマヨールとチルタリスに………いや、待てよ…?明日、結婚式でジョーイがポケモンセンターを空けるから…」

 

ああ…とシンヤが額を押さえる。

「結婚式の日、私お手伝いにポケモンセンター空けますから!ポケモンセンターに式に出席しない子を置いといて下さいね!ゼッタイですよ!!!」と腹の立つほどに言われていたのを思い出した。

 

「ミミロップ、お前留守番だ…」

「…はあ!?急患は!?」

「それは私だけで行くが、ポケモンセンターに人手を置いておけとジョーイに言われてたの思い出した…」

「えぇぇぇ…、レジギガス診たかった…」

 

ガクと項垂れるミミロップ。

ミミロップの助手にはサーナイトを置いて行きたいが、サーナイトはすでにジョーイの所で明日の準備をする為に不在。

 

「サマヨール、ミミロップとポケモンセンターを任せる」

「了解した…」

「それでカフェの手伝いだが、チルタリスだけじゃキツイだろうからな…トゲキッスに行ってもらうか…」

「え、でも!キッスさんが一緒ではご主人様がお出掛け出来ませんよ!?」

「ううん…ツバキに連絡してカイリュー送ってもらうしかないな…」

 

今からですか…とチラリとトゲキッスが時計を確認する。

まあこの状況では仕方がない。とトゲキッスが眉を下げた時、ヤマトに連絡を終えたブラッキーが戻って来た。

 

「ヤマトに言って来たぜー、怒ってたけどレジギガスが病気らしくて診に行くって言ったら「二人には僕がちゃんと説明しておくから!」って言ってた。あと「レジギガスの事あとで絶対に教えてね!」とも言ってた」

「そうか、持って行こうと思ってた荷物やご祝儀はテーブルに置いて行くから忘れずに持って行ってくれ」

「おう。なんか他にもぐだぐだ言ってたけどめんどくさいからブチって来たけど良かったよな?」

「大丈夫だ」

 

いつものことだから、と言いつつシンヤが電話へと向かおうとソファから腰をあげた。

ツバキにもまたうるさく言われそうだなと考えるシンヤの肩をぽんとミュウツーが叩く。

 

「シンヤ、わざわざうるさいツバキに連絡してカイリューを呼び戻すまでもない」

「な、なんだ急に…」

「もっとも便利な奴が残ってる」

 

チラリと庭へ視線をやったミュウツー。視線を辿れば庭で寝ているギラティナの姿。

 

「ギラティナー!!!!」

「はっ、はいぃいい!?」

「明日は私とお出掛けだ」

「……へ?」

「私も行くけどな!」

 

え、ミュウツーも行くのか?と眉を寄せるシンヤに当然だと頷くミュウツー。な、なんの話?とギラティナがシンヤとミュウツーへ交互に視線をやった。

 

「シンヤ、まさかの手持ちゼロで出掛けんのかよ。大丈夫かな…」

「うわ、マジだ」

 

ブラッキーの言葉にミミロップが顔を歪めた。

遠出するらしいご主人のまさかの手ブラにブラッキーは考える。

 

「フィーがノリコに連れて行かれてなきゃなぁ…、つーか、どうする?サナが式場に居るわけだから…オレかミロ、やっぱ欠席する?」

「俺様、欠席したい…けど…、うぐぐ、タモツと約束してるし…。いや!やっぱタモツはどうでも良いかな!…な!」

「うん、可哀想だからやっぱ出席してやろうな!」

「じゃあ、ツキが欠席しろよ」

「いや、ポチちゃんと約束してるし、タモツが可哀想だからオレは結婚式に行く。つか、シンヤ達が朝一番に出て、ポケモンセンターとカフェにみんな出てって、結婚式出席組って一番最後に家を出ることになるじゃん。オレが居なかったら明日のミロとヤマトの準備を誰がするんだって話」

「……お前、絶対に出席だわ」

「だろ?」

「じゃあ、ワタシがポケモンセンターに一人残って、ヨルについてってもらう?」

「ミミローとラッキーちゃん達だけで何かあった場合、大丈夫だって言うんなら…」

「何かあった場合、めっちゃ困る…」

「ですよねー。さすがシンヤ、完璧な采配!……ギラティナとミュウツーに任せるか…」

「まあ、ギラティナが居れば大丈夫だろ」

 

白い方が好き勝手にしやがるけど、とミミロップが付け足せばブラッキーは小さく頷いた。

 

*



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73

「ああ、ツキ!結婚式はどうでした?」

 

画面の向こうに居るブラッキーに笑顔を向けるエーフィ、画面の向こうのブラッキーは「結婚式は良かったんだけどねぇ」と苦笑いを浮かべた。

 

「何かあったんですか?」

<「いやぁ、実はさー」>

 

うちのご主人に急患が入ってね、それもアルセウスの依頼でレジギガスを診に行ってるわけなんだけど。それと同時にカフェのマスターが怪我して人手が足りないってんで手伝いに行かなきゃいけなくなったんだよ。

 

「……はぁ、それで?」

<「オレとミロとサナとジョーイさんが結婚式に出席、チルとキッスがカフェに手伝いに行って、ミミローとヨルがジョーイさん不在のポケモンセンターを任された。で、シンヤは急患を診に外出しました」>

「………手・持・ち・はっ!!!手持ちはどうしたんですか!シンヤさん一人じゃないですか!何かあったらどうするんです!!」

<「ギラティナと、ツーの奴がウキウキでついて行った…」>

「ウキウキの方がもの凄く不安要素です…っ!!ああっ、シンヤさん…!私が、私がこんな場所に連れて来られていなければ…!」

<「一応、フィーに伝えとかないと怒るかなぁと思って報告したけど…あれだな、もっと早く言えよオーラ凄いね、ごめん…。結婚式は楽しかったデス」>

 

画面の向こうで申し訳なさそうにするブラッキーを見てエーフィは深く溜息を吐いた。

ギラティナが一緒なら万が一の事があっても大丈夫だとは思うが、自分の主人の役にも立てずこの場に居る自分が情けない。

ガクリと落ち込むエーフィの肩をぽんと叩いたのはノリコだった。

 

「フィーさん、決勝終わっちゃったけど観なくてよかったの?」

「誰かさんが初戦敗退するから…」

「ぅぐっ…!だ、だって…」

<「初戦敗退したのかよ…っ!」>

 

ムウマージの初陣だったんじゃないの?と画面の向こうから声を掛けてくるブラッキーにノリコはしょんぼりと返事をする。

 

「盛大に失敗してしまいました…、ムウマージも緊張してたので」

<「ま、しょうがねぇな。次は頑張れ!」>

「ツキさん…!はい!頑張ります!」

 

えへへ、と笑うノリコを睨み付けたエーフィ。その視線にノリコはビクリと肩を揺らした。

 

「しょうがなくない!」

「ひぃっ!」

「下手過ぎるんですよっ!あの無駄な時間の為だけに連れて来られたと思うと…!あああああああ!」

「ひぃぃいい!ごめんなさいぃいい!」

<「フィー!大丈夫!ノリコはやれば出来る子!遅咲きなだけ!シンヤの妹なんだから!磨けば輝く!」>

 

それ、褒められてるんだよね…?とノリコがしょんぼりと画面の向こうのブラッキーを見つめた。

 

「まあ…練習ではそれなりだったんですけどね…」

「そうなの!のんは本番に弱いタイプなの!」

「……辞めちまえ…(ボソッ」

「ぅう…っ」

 

怒ってんなぁ、と画面の向こうのブラッキーは苦笑いを浮かべた。

モモとリンの結婚式が間近に迫っていた頃、ノリコがムウマージをとうとうコンテストに出すと報告に来た。そのコンテストの開催日が見事に結婚式の日。

不安だからギリギリまで練習を見て欲しい、ついて来て欲しいと当初は兄であるシンヤを誘っていたのだがシンヤは結婚式に出席しなければならないので当然行けない。

じゃあ、フィーさん!と白羽の矢が立ったのがエーフィだ。コンテストで良い活躍を見せてあわよくば見直してもらおうという気持ちがノリコにはあった。

しかし、エーフィは首を縦に振らない。

ノリコに付き合うくらいならば自身の主人と共に結婚式に行きたい。モモ達と面識があるエーフィは尚更、結婚式に出席したかった。サナと共に結婚式の準備も手伝いたい。

シンヤもその理由を知っているのでノリコには今回は諦めて一人で行くように伝えてくれたのだ、エーフィは安心しきっていた。

ノリコが実の父であるイツキを連れて来るまでは…。

 

「と、父さん…!?どうしたんだ?」

「ノリコに頼まれてフィーくん説得しに来た」

 

わはは、と笑う父は可愛い娘の味方だった。

大きな父の背に隠れてチラチラとエーフィを見るノリコ、エーフィはブチ切れる寸前だったが敬愛する主人に名を呼ばれてしまっては仕方がない。

 

「エーフィ…、すまん。頼んだ」

「シンヤさんがそう仰るのでしたら致し方ありません」

「やったぁ!」

「父さんは母さんとノリコに勝てなかった…、フィーくん、すまん!」

「「……」」

 

ノリコを頼んだぞ!と言われたエーフィは頷くしかない。

渋々、否、嫌々…ノリコと共にヨスガのコンテスト会場へ付き合うはめになったのだった。

コンテストまで練習に付き合って、これなら…!と思っていたのに…本番になった途端に緊張して固まったノリコとムウマージにエーフィは客席でガクリと肩を落とした。

ムウマージが緊張してしまうのは分かる、初めてのコンテスト、初めての沢山の人の目。それをフォローしてこそのコーディネーターでしょうが…!とエーフィは心底ガッカリしたのだった。

 

<「フィー、失敗したんなら仕方ねぇよ。次を失敗しないように先輩のお前がきっちり教えてやれ!シンヤにもお父さんにも頼まれてんだろ!」>

「分かり、ました…」

<「(うわぁ、すっごい渋々~…)」>

 

シンヤ、帰って来たらまた連絡するからと電話を切ったブラッキー。真っ黒になった画面を見てエーフィは溜息を吐いた。

 

「フィーさん、あの、本当にごめんなさい。せっかく教えてくれたのに全然上手く出来なくて…」

「…八割はアナタのせいですが二割は私の力不足が原因です。アナタに自信を持たせ舞台に立たせることが出来なかったんですから」

「…フィーさん…」

「シンヤさんとお父様に頼むと言われたのですから!アナタを一人前にさせてみせます!私は厳しいですからね!ノリコ!」

「は、はい!お願いします!」

 

びし、と敬礼したノリコを見てエーフィはまた溜息を吐いた。

先行きは不安である。

 

「それで、決勝はどちらが勝ったんですか…?」

「優勝したのは色違いのキングドラでした!優勝した時、トレーナーさんが思いっきりハグしてちゅっちゅっしてましたよ!」

「そんな所を覚えてないで見たバトルを記憶しなさい、バトルを!」

「バトルはー、えっと、キングドラがカッコよかったなーって思った、かな?」

「……」

「すみません…」

 

だからアナタはダメなんですよ、と目で言われてノリコは縮こまる。

 

「決勝は見てませんが、その前のバトルではキングドラは自分の色違いを上手く魅せていました。なんと言っても彼の技一つ一つに自信を感じました。技の完成度こそはまだまだでしたが、豪快な水技がまるで海に引き込まれたかのように錯覚させる…、見ていて気持ちの良い戦いでしたよ」

「ほぉ~」

「ほぉーじゃありません!あのキングドラがあそこまで自信を持って技を豪快に放つことが出来るのはそれだけトレーナーを信用しているからです!ポケモンがいかに輝けるか!それはトレーナーであるアナタがどれだけポケモンと信頼関係を築けるかが問題なんです!

ポケモンが一番、自分が美しく輝く姿を魅せたいのは観客じゃありません。トレーナーです。自分を信じてくれるトレーナーに答えたいから頑張れるんです。分かりますか?トップコーディネーターになって世界に認められたいから、兄を越えたいからなんて理由では私達はアナタに答えられない」

「……っ」

「魅せる素晴らしい演技を私達にさせたいのなら、アナタも魅せて下さい。私達に。ノリコという人間が自分の全て以上の力を出すほどに価値のある人間なんだと」

「……」

 

黙り込み俯いてしまったノリコにエーフィは小さく溜息を零す。

 

「ノリコ、アナタはシンヤさんをどう思いますか?」

「お兄ちゃん…?お兄ちゃんの事は凄いと思ってるよ?なんでも自分で出来ちゃうし、自分が言った事は曲げないし、しっかりしてて頼りになる、凄すぎて悔しいけど…、自慢のお兄ちゃんだよ!」

「ええ、私も同じです」

 

ニコリと笑ったエーフィにノリコはぽかんと口を開けた。

 

「ノリコ、アナタがそんな凄いシンヤさんのポケモンならどう思いますか?コンテストという会場に連れて来られて、そんなシンヤさんに"魅せてみろ、お前なら出来る"と言われたならアナタはどう思うでしょう?」

「……嬉しい、凄い嬉しいかも!絶対に成功させてっ、さすがだな!ってもっと認められたい!」

 

そう言い切ったノリコは「あ」と小さく声を零して俯いた。

 

「…ムウマージともう一度、練習しましょうか」

「…はい」

 

エーフィと目を合わせたノリコは小さく頷いた。

 

「フィーさん、のんは口だけの女だったけど!これからはしっかり魅せていけるように頑張る!」

「…それも口だけにならないと良いですけどね」

「口だけじゃなかったって、フィーさんがのんを認めてくれたら…!その時は…!」

 

―― のんと一緒に舞台に立って下さい!

 

真っ直ぐな目に見つめられたエーフィは困ったように眉を寄せて「考えておきます」と小さく言葉を返した。

さて、帰って練習だ!と鼻息荒く歩き出したノリコがドンッと人とぶつかった。

呆れたようにエーフィが背後で溜息を吐く。

 

「す、すみません…!」

「い、いえ、こちらこそすみませんでした」

 

花を抱えエプロンを身に付けた男にノリコはぺこぺこと頭を下げる。それに返すように男もぺこぺこと頭を下げた。

 

「何ずっとぺこぺこしてんだよ!花、届けるんだろ!」

「あ、ああ!そうだった!早くしないとモモアンさんへのお花渡しそびれる!」

「おい、アンタ、うちのがぶつかって悪かったな」

「いえ!私も悪かったので!」

「あー、すみませーん!モモアンさん宛のお花を届けに来ましたー、フラワーショップの者ですがー!」

 

会場関係者と思われる人を見付けて慌てて走って行った男をノリコは目で追いかけた。

エプロンを付けた男が花屋さんなのは分かるけど、一緒について歩くあの青年はバイト?それにしてはやけに偉そうだったな。とノリコは小さく首を傾げる。

 

「前をしっかり確認して歩いて下さいよね」

「あ、はい、すみません」

「行きますよ」

 

歩き出したノリコの後ろをエーフィも歩き出す、チラリと背後を振り返れば相手もまたチラリとこちらを見ていた。

どうも、と小さく会釈をすれば向こうも小さく会釈をして返す。

近しい種ゆえに思う…「随分とツンケンした奴だ」とお互いが思っている事など知る由もなかった。

 

*

 

電話を終えたブラッキーがリビングに戻ればミロカロスがコポコポとカップにお湯を注いでいる姿があった。

そしてカップにティーパックを入れたのを見て、思わず「えー」と声が漏れる。

 

「なんだよー」

「茶葉あるのに…」

「淹れたら不味くなるから俺様はこれで良いの!」

「もー。良いけどさー」

 

チルタリス達はまだ帰って来てないからお茶を淹れてくれる奴が居ない。自分で淹れれば良いんだけど、三人分わざわざ淹れてくれたミロカロスに悪いしなぁとブラッキーはティーパックの入ったカップを手に取った。

 

「はい、これヤマトの!」

「うん、ミロちゃんありがとう」

 

ガサガサと包装された物を開けているヤマトに「それ何?」とミロカロスが聞いた。

 

「これリンくんがくれたんだよー、中身は何かなぁと思って」

 

四角い箱、パカとヤマトが蓋を開ければ中にはキラリと眩い石が鎮座していた。

 

「これ、"めざめいし"だ…」

「めざめいし?」

「ユキワラシがメスだからじゃねぇの?良かったじゃん」

「リンくんもユキワラシが女の子だって気付いてたのかぁ~」

 

あー、と悲しげに声を漏らしたヤマトにミロカロスはじとりと視線を向ける。

シンヤが帰って来たら進化させてあげよ。とヤマトがいそいそと石を箱に戻すのを見てからブラッキーは時計へと視線をやった。

サーナイトはジョーイと共に後片付けの手伝いをするからと残った。

モモとリンは身内達と積もる話もあるだろうと声だけ掛けて帰って来たのだが時間が出来るとどうにも不安になる。

 

「シンヤ、大丈夫かな…」

「ギラティナとツーくん一緒に行ったんでしょ?大丈夫だよ」

「俺様、一緒に行きたかったなぁ…」

「はぁ~、ギラティナ連絡して来てくれないかなぁ…」

「ほんと、過保護だねぇ…。シンヤは子供じゃないし、一人でも平気だよ」

 

っていうか、シンヤだから大丈夫だろうって僕は思うよ。とヤマトは笑う。

その言葉にミロカロスは口を尖らせた。

 

「…大丈夫じゃなくて良いんだ。みんな居るうちは大丈夫じゃなくて良い…」

「ミロちゃん…」

 

よしよし、とミロカロスの頭を撫でたヤマトの手をミロカロスはぺしんと叩き落とした。

 

「……、みんなが自分達に何でも負担してくれて良い、自分達が居る間は何でもしてあげるからって思ってるのは分かるよ?でもね、シンヤは"もう大丈夫"なんだと思う。いや、もう大丈夫なんだ。

だからみんなを頼って色々と任せるんだよ」

「……シンヤ、」

「ミロちゃん、シンヤに私の分も結婚式見て来てくれって頼まれたって言ってなかった?」

「言ったけど…」

「じゃ、シンヤが帰って来たら見て来た分をシンヤに教えてあげて。これは今のミロちゃんに出来るシンヤの一番喜ぶことだよ」

 

今の自分に出来ること。

わかった、と頷いたミロカロスの頭をヤマトが撫でる。その手はまたぺしんと叩き落とされていた。

立ち上がったミロカロスがキッチンへと向かう。

 

「紅茶淹れたし、クッキー食べよ!」

「オレのも取って来てー」

 

オッケーとキッチンから声だけ返って来る。

なんで叩き落とすの…と、しょんぼりしているヤマトを見てブラッキーは苦笑いを浮かべた。

 

「(今のオレに出来ること、今のオレしか出来ないこと…)」

「嫌われてるのかなぁ、僕」

「ミロはシンヤ以外に触られるの嫌いだから気にすんな」

「そっか…」

「…オレは撫でてくれて良いよ?」

「え!ほんと?じゃあ、ポケモンの姿に…!」

「…………やっぱ、嫌」

「なんで!?」

「なんかイラッとしたから」

「ええ!?モフモフ…っ」

 

がっくりと落ち込んだヤマト。

ブラッキーが啜った紅茶は火傷しそうな程熱くて、やっぱり大して美味くなかった。

 

*

 

「凄い険しい…!帰りたい!」

「大丈夫かー?」

 

大丈夫じゃない!と先を歩くギラティナに心の中で返事をするシンヤ。

レジギガスの居る場所までの道が狭いうえに獣道過ぎてシンヤは深く溜息を吐いた。顔を覗かせた野生ポケモン達が大丈夫?大丈夫?と声を掛けてくれるのに片手をあげて答えるだけ。

もう喋るのもしんどいらしい。

 

「ギラティナ、喋るのも苦痛なくらい疲れているようだ」

「シンヤ、荷物持ってやるからこっち寄越せ!」

「うおっ、こ、こける…!」

 

シンヤの腕を掴み荷物を肩に掛けたギラティナが先を歩くミュウツーを振り返る。

 

「やっぱ飛んで行った方が良いだろー」

「ダメだ、ここは上からだと木が多すぎて分からなくなる」

「人間にはなかなかにハードな道だぞ…」

「シンヤなら大丈夫だ」

「いや、すでに疲れてるだろ」

「私は大丈夫だ…、それより、まだ着かないのか?結構、歩いたぞ…」

「ああ、迷ってるからな」

「「……え」」

「迷ってる」

 

お前、場所が分かるかのように先頭を歩いてたじゃないか…!オレはお前が分かるんだと思ってついて行ってたのに…!と二人が呆然とする中、ミュウツーは「道を元々知らないし」とケロリと言った。

 

「レジギガスの所までの道を知ってる奴ー!助けてくれー!」

 

シンヤがそう声を張り上げればその辺に居た野生ポケモン達が我先にと先導してくれた。

 

「なんだ、最初からそうすれば良かったのに」

「道知らねぇなら先にお前が言えよ!先頭歩きやがって!」

「私は行きたい方へ行く」

「おーまーえー!」

「無駄に疲労した……」

 

*

 

やっと辿り着いた目的地、レジロック、レジアイス、レジスチルが居てシンヤはとりあえずレジアイスに抱きついた。

 

「つ、疲れた…」

「お前らぁあ!居るんなら迎えに来いよ!」

 

目なのか口なのかをピカピカと光らせる三体に怒るギラティナ。

とりあえず休憩しようぜ!とギラティナがカバンから水筒を引っ張り出した。

 

「はい、お茶」

「ありがとう…」

「目当てのレジギガスが居ないな…」

 

辺りを見渡すミュウツー。

お茶を片手に座ったシンヤの背をツンとつついたレジアイスが視線を向けたシンヤに「あっち」と指して示す。

ごくごく、とお茶を飲み干したシンヤが立ち上がり大きな木の近くまで行けば体格の良い男が体育座り。異様に落ち込んだ様子にシンヤの口から「えぇ…」と思わず声が出た。

 

「レジギガス…どうしたんだ…?」

「…はっ!?だ、だれ…!」

「シンヤだ。アルセウスからお前の様子を診てくるように言われて来た、医者だが…」

 

お前、見る限り健康だな。とシンヤは眉を寄せる。

 

「アルセウスの…、おれ別に何処も悪くしてないけど…」

「ああ、健康みたいだな。でも何で落ち込んでたんだ?」

 

聞いてくれるのか…!と目を輝かせたレジギガスに「一応」とシンヤが頷く。

なんでも話を聞けば、ここへ月に数回、人間が来るらしい。

何をしに来るのかといえばレジロック、レジアイス、レジスチルの様子を見て、その辺の野生ポケモンを見て、変わった様子が無いか辺りを見て回って帰るらしい。

ポケモンレンジャーだろうか…?とシンヤが首を傾げる。

 

「その人間がなんだよ」

「名前、教えてくれないんだ…!」

「は?」

「声掛けても睨むし…、おれがレジギガスだって分かってるのに、近付いて来てもくれなくて…!名前、聞いても…全然、教えてくれな…ううっ…!」

 

泣いた。とミュウツーが指を差したので慌ててその手を掴んで下ろす。

 

「良いじゃん、人間と関わる必要ねぇんだから」

「でも…っ、おれ、仲良くなりたいんだ…っ!優しい人間なんだよ…、他のポケモン達には…」

「じゃあ、お前あれだ、嫌われてんだ」

「…おれだけ…っ!!」

 

わぁ、と泣き出したので慌ててギラティナの頭をべしんと叩く。

 

「レジギガス、その人間は定期的に来るんだろ?」

「…うん」

「つまり、お前達やこの環境に異常が無いか見に来てる。人の姿になったお前にやたらに近付いて何も聞き出そうとしないのはその人間が珍しいポケモンであるお前に近付くべきではないと思っているからだ」

「良い人間だな」

「おお、良い奴だ」

 

ミュウツーとギラティナが頷いた。

黙り込むレジギガスの頭を撫でたシンヤが続ける。

 

「今度、来た時にでも伝えてみろ。いつも心配して来てくれてありがとう、優しいあなたとお話がしたいです。って」

「…聞いて、くれる…かな…?」

「多分」

「多分…っ!」

 

じわり、と目に涙を溜めたレジギガスにシンヤは困ったと眉を寄せる。

悩んだ末にシンヤはそうだとカバンからメモ用紙とペンを取り出した。

 

「何すんの?」

「私からその人間に手紙を書こうと思って…」

「レジギガスが渡せるか分かんないだろ?」

「いや、この近くに住んでる野生ポケモンに持たせるから大丈夫だと思う」

 

ああ、そっちのが確実だな。とギラティナが頷いた。

ちゃんと連絡先も書いておくから大丈夫だろ。と続けたシンヤがスラスラと手紙を書く。それを覗き込んでいたギラティナは「字、綺麗な…」と小さく呟いた。

 

「ギラティナ、字が書けないのか…?ぷ」

「笑ったな、テメェ…!」

「私は書ける」

「オレも書けるわ!字くらい書ける!」

「汚いのか」

「ちょっと歪なだけですぅー…」

 

普段使わないから良いんですー、読めれば良いんですーと頬を膨らませたギラティナの頬をミュウツーが突いた。

 

「ぶっ!やめろテメェ!」

「ぷぷぷー」

「真顔で笑うなキモイ!」

 

喧嘩するギラティナとミュウツーを無視して手紙を書き終えたシンヤは近くに住んでいるというコリンクニ匹にこの手紙をいつも来る人間にと手渡した。

一匹が手紙をくわえ、もう一匹が分かった!と返事をした。

 

「レジギガス、次にその人間が来た時は仲良くな」

「が、頑張る…!」

 

びくびく、と体を震わせながら頷いたレジギガスを見てシンヤは頷いた。

 

「ついでにその辺のポケモンの健康診断して帰るか、レジ含む野生ポケモン諸君、並べー」

「(雑な呼び掛けだな…)」

「私も後ろに並んでこよう」

「は!?じゃ、じゃあオレも並ぶ!」

 

順番が回って来たミュウツーはデコピンをもらった。当然、ギラティナももらった。

 

*

 

伝説ポケモン保護団体とは。

伝説ポケモンが現れる、もしくは目撃されたと言われる場所を巡り異常が無いか確認し伝説ポケモンの安全を見守り保護する活動を行っているボランティア団体である。

 

その保護団体の一人である男はとある場所で発見したレジロック、レジアイス、レジスチルが住まう生息地に月に数回、異常が無いか確認するべく山奥へと足を踏み入れる。

その生息地にレジギガスがいつの間にか増えていて、男が特に気に掛けている場所でもある。

なんせそのレジギガス、ポケモンなのに人の姿に変わることが出来るのだ。ポケモンが人の姿になるなんて考えもしなかった男には世紀の大発見だが保護団体の一員として伝説ポケモンの身を守るのが第一。

世間に公表するなんて真似はしない、ポケモンが安全に暮らせる場所を守ることが勤め、伝説ポケモンを見付けたとしても興奮してボール片手に追い掛け回すトレーナーとは違うのだ。

最低限接触はしない、それが彼のポリシー。

 

「い、いつも心配して来てくれてっ、あ、ありがとう…!あ、あの…優しいあなたと、お話…したいんですっ」

 

足を踏み入れた途端、待ってましたと目の前に立たれて真っ赤な顔で言われた言葉に脳内で理解が追いつかない。

とりあえず、いつも通り聞かなかったことにしよう。そうしよう、オレのいつも通りのコースを見回りして異常が無かったら帰る。これだけだ。

 

「……」

「……っ」

 

待って、とか何か後ろで聞こえた気がしたけど気のせい。そう気のせいだ。

いつも通りの見回りをしていれば野生のコリングがオレの足にタックルをかまして来た。地味に痛い。

 

「痛ぇ~、なにすんだよ…」

「うー!」

 

何かくわえている。

ピシッとしたビニール袋に入れられた、手紙?

男は首をかしげつつコリンクの口からソレを受け取った。受け取ったのを確認したコリンクは満足げに鳴いて仲間のコリンクと茂みの中に消えて行く。

 

「え、これ、開けて良いの?」

 

でも、オレに渡してきたしな。と思いつつ男は袋を剥がし中の手紙を取り出す。封筒に書かれている文字を読んで男は目を見開いた。

 

『レジギガスが住まうこの場所に月に数回訪れるという人へ』

「完全にオレだ!」

 

思わず叫んだ男は独り言も気にせずに「なんで?なんで知ってるの?こわい!」と震えながら手紙の封を開けた。

 

『はじめまして。野生ポケモンから手紙を上手く受け取ってくれたようで良かった。

私はポケモン専門医です。ポケモンセンターに来れない野生ポケモンの治療を主に行っています。

今回、レジギガスの調子が良くないらしいとレジギガスの知り合いから依頼され、この地へ来ました。

私が診察したところレジギガスの健康状態は良好で何も問題はありません。ただ月に数回この地に訪れるあなたと友好的に接する事が出来ない事から酷く悩んでいるようです。

他の野生ポケモンには友好的なあなたが自分に対してだけ友好的ではない、名前も教えてもらえない、嫌われているのではないかと。

私の予想するところ、あなたはポケモンの保護を目的とする人物とお見受けします。

むやみに野生ポケモンに近付かないことは決して間違いではありません。

 

しかし、ポケモンの中には人の姿になれる子達が存在します。ポケモンが人の姿になり自分がポケモンであると伝える行為はその相手を信用しての行為でもあります。

あなたに言葉を伝えたい、そう思ったからこそのレジギガスの行動をどうか否定せず受け取ってあげてください。

もし、レジギガスや野生ポケモンについて相談がある場合は連絡を頂ければ対処します。あなたとレジギガスが仲良くなれることを願っています。

ポケモンドクター シンヤより

連絡先.××××-××××× 』

「………は?」

 

手紙を読み終わった男はもう一度手紙を最初から読んだ。二度三度読み返しても最後にはシンヤという名前が書かれている。

は?と間抜けな声が自身の口から出ようとも気にならなかった。

 

「ポケモンドクター、シンヤ…?シンヤって、あのシンヤさん?マ、マジで…?」

 

え、連絡先とか書いてるんだけど…!と震える手で手紙を綺麗に封筒に戻し、男はいつもの見回りコースから踵を返してレジギガスのところへと走った。

 

「レジギガスゥウウ!」

「…え!え!?」

「急にごめんな!ちょっと確認したいんだけど!この手紙のシンヤさんってあのシンヤさん!?お前の知り合いから依頼されて診察に来たってなに!?」

「シンヤは、おれの様子を心配したアルセウスがシンヤに診てくれって頼んだみたいで…」

「アルセウス!?!?」

 

とんでもないポケモンの名前出て来てる!と頭を抱えた男の顔をレジギガスは恐る恐ると覗き込む。

 

「あ、あの…」

「オレはな!オレは、伝説ポケモンの保護を目的として活動してる団体の一人なんだ!お前達みたいな珍しいポケモンが安全に暮らせるように見守ってる!だからその安全な環境を脅かさない為にもオレは伝説のポケモンとの接触はしないように心掛けてるんだ!

決してお前のことが嫌いで避けてるわけじゃない!」

 

そう男が言い切るとレジギガスは目からぽろりと涙を零した。

 

「おおい…っ、デカイ図体して泣くなよ…!なんだよ!」

「嫌われて、なくて、良かった…!」

「(ひぎぃいいい!ギャップやべぇええ!)」

「おれと、友達になってください…っ」

「……え!?…ぁ、えっと………はい…」

 

返事をして頷いた男を見たレジギガスは男を力強く抱き締めた。

ぐあ!力ハンパねぇ!と男が苦しげに声を漏らすも喜びに感極まるレジギガスには聞こえていない。

 

 

男はポケモンが大好きだ。

ポケモンが大好きだからこそ、悪事を企む者から特に狙われやすい伝説ポケモンの住処を守ってやろうと思い保護団体の活動を行っている。

捕まえて有名になろうなどと思っているわけじゃない、平和に幸せにポケモンが生きていけることを願っている。

だから、彼は心に決めていた。

自分は伝説のポケモンを見付けたからといって興奮しボール片手に追い掛け回す真似はしない、伝説のポケモンとは最低限接触はしない。

それが彼のポリシー、だった。

 

「シンヤさんにオレは連絡すべきなのか!レジギガスと友達になりました!って連絡すべきなのか!」

「あ、あのさ…っ」

「やばい、どうしよう!オレとんでもない人から手紙貰った…!やべぇ!字めっちゃ綺麗で感動する!この番号の並びがなんだかもう神がかって見える…!うわあ…、レジギガス!オレどうしよう!」

「……名前、教えてくれよっ!」

「そんなもん今はどうでも良い!レジギガス、お前電話掛けて!頼む!オレ、震えて無理だから!番号押して!これ!………圏外だここ!」

 

男の反応にしょんぼりしたレジギガスは大きな体を縮こませる。

携帯を目一杯振って、ダメだ!と叫んだ男はレジギガスの腕を掴んだ。

 

「レジギガス!頼む!オレと一緒に電波入るとこまで来てくれ!」

「…!!!!お、おれっ…何処にでもついて行くよ…っ!!」

 

彼が伝説のポケモンを連れて各地を巡る日はそう遠くない。

 

*



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74

「腹減った」

 

そのギラティナの一言で街に出て昼食を食べることが決まった。健康診断をしていたせいでいつもより大分遅めの昼食だった。

カフェテラスで三人座って食事をする姿はもの凄く目立っていたが三人が他人の目など気にするわけもなく食事は進む。

もぐもぐと口一杯に咀嚼するギラティナが道行く人間の姿を眺める。ギラティナがこちらを見るものだから「あれシンヤじゃね!?」と思っても慌てて視線を逸らし通り過ぎるしかなくなる。

ぼんやり眺めているだけなら向こうも気にしないが、一人一人を確認するように見るものだから見られる方は視線を逸らすしかない。

人間を観察するのは彼の趣味なのである。まあ、よく見ているだけで彼の記憶には特に残りはしないのだが。

シンヤとミュウツーの倍の量を食べ終えたギラティナがジュースに口を付けた時、道行く人間の中に発見した。

 

「んん!」

「なんだ、飲み込んでから言え」

「…」

 

ミュウツーが読んでいた本から視線をあげる。シンヤは反応せずに本を読み続けている。

 

「ミュウ!」

「何処だ!」

「…」

 

ミュウツーが辺りを見渡すもミュウの姿はない。

さっき通り過ぎて…、と言いかけたギラティナがピタリと止まった。なんで途中で黙るんだとミュウツーがギラティナに視線をやる。

 

「ボク、ここだよー」

 

ぎゅ、と背後から抱きつかれたミュウツーがビシと固まった。

 

「やっほー」

「お前…!」

「気配無く近寄って来るとか、こえー…」

 

元々四人用のテーブルなので席は一つ空いている。その空いている席に座ったミュウは当然のようにミュウツーの飲みかけのレモンティーを飲んだ。

 

「私の…」

「こんなところで何してるの?」

「普通に出掛けたついでに飯食ってるだけ、お前こそなんでこんな所に居るんだよ」

「ボクはおもちゃ屋さんに行くんだよ」

「それはどんなおもちゃだ?大人のおもちゃという奴か?まだ見た事がないんだが」

「は?」

「ぶっ…!」

 

ギラティナが首を傾げたと同時に黙って本を読みながらコーヒーを啜ったシンヤがコーヒーを口から吹き出した。

そして一人、むせる。

 

「ごほっ!ごほごほ!」

「大丈夫ー?」

「大丈夫か!?」

「どうした!?」

 

大丈夫、と片手で示したシンヤがおしぼりで口元を拭った。

シンヤは黙ったまま本に付いたコーヒーを拭き始めたのでミュウツーは視線をミュウに戻す。

 

「で、どんなおもちゃだ?」

「普通の楽しいおもちゃだよ、大人のおもちゃは置いてないよ」

「は?」

 

ギラティナがシンヤからミュウへと視線をやる。だから、さっきからその大人のおもちゃってなんだよ。

 

「普通のおもちゃ屋か…」

「うん、普通のおもちゃ屋だよ」

 

なんだそうか、とつまらなさそうに返事をするミュウツーを見てミュウがクスクスと笑う。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

 

沈黙。

興味が無くなったミュウツー、ニコニコと笑うミュウ、そんな二人を気味悪そうに見るギラティナ、読書へと戻ったシンヤ。

 

「ボク、大人のおもちゃ見たことあるけどね!」

「どんな感じだった!」

「その話はもうやめなさい!」

「え…!なに…!?」

 

*

 

「おもちゃ買って」とミュウにせがまれて渋々とミュウの目的とするおもちゃ屋へとやって来たシンヤ達。

おもちゃを買って帰ったとしても喜ぶ奴なんて居ないのだから彼らには無縁の場所だった。

 

「すっげぇ!これめっちゃ柔けぇ!」

「…難しいなこれは」

 

大きなぬいぐるみを抱きしめて喜ぶギラティナとパズルを手に首を傾げるミュウツー。

私は少し恥ずかしい、とシンヤはガクリと肩を落とした。

 

「い、いらっしゃいませ…!」

「悪いな騒がしくて」

「いえ!ごゆっくりどうぞ!」

 

子供でもないのにおもちゃ屋を占領してしまって申し訳ない。店員ももっと怒って良いのに、と思いつつシンヤは小さく頷いた。

 

「ボク、これ買って欲しいなー」

「ガラス製じゃないか、壊れるぞ?」

「これオルゴールなんだ、綺麗だからずっと欲しかったんだけど、これはタダじゃくれなくて…」

「?」

 

ミュウの言葉に店員がわたわたと手を動かす。

コイツは来る度にタダで物をせびって営業妨害を繰り返しているのだろうか、タチの悪い奴だな、とシンヤは眉を寄せた。

 

「じゃあ、壊れないように包んでもらえ」

「やった!ありがと、シンヤ!」

 

買ってくれるってー!とミュウが店員の所へと走って行く。

 

「お前…っ、なんでシンヤさんと知り合いなんだよ…!もっと前に言えよ…!」

「やだ、なんで?」

「なんでだと…!?オレが、研究者になりたいって言ってたのお前知ってるだろうが…!紹介してくれても良かったんじゃないの!?今からでも遅くなくない!?」

「もう諦めたんでしょ」

「お前はあの人の顔の広さを分かってねぇぇ…!どの地方行っても博士や研究員の口から名前出る人なのにぃぃい!」

「これ包んでよー」

「ばっ、お前っ!これ一番高い奴だって知ってるだろ…!」

 

店員がミュウに小声で怒りをぶつけている頃、シンヤは大きなぬいぐるみを抱きしめて「結構良い!」と思っていた。

 

「これは、なかなか…」

「オレもっとでっけぇのが良いなぁ」

「シンヤ、このパズル買ってくれ」

「ん?ああ、欲しいのはカウンターに置いて来い」

「これとこれと、これ…」

「アイツめっちゃ買うぞ!?良いの!?」

「ギラティナ…見ろ…!奥にホエルオーのぬいぐるみがあるじゃないか!」

「え?おお!でけぇ!!買ってこれ!」

 

非売品って書いてる。としょんぼりしたシンヤとギラティナを無視してミュウツーはレジカウンターにパズルを数個乗せた。

 

「これも会計一緒で」

「へ?あ、はい!…どれと一緒ですか?」

「そのミュウが持ってる奴と…、買うんだろう?」

「うん、買うよー」

「いや!ちょっとこれは相談した方が良いですよ!ちょっと値が張るんで!シンヤさんに確認してもらった方が…」

「大丈夫だろ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 

いや、値段見たらびっくりするからダメだってマジで。と店員は口をへの字にした。

 

「あと、あそこの奥にあるホエルオーが欲しいらしいんだが」

「あー、あれデカすぎて持ち帰りに困るんで飾りにしてるんですよ」

「持ち帰れるなら購入しても良いと」

「…いやぁ、オーナーに確認してみない事には…」

「シンヤがサイン付けるって言ってもか」

「サイン貰えるんですか…っ!?」

「ボクのサインもあげようか?」

「いらない!」

 

ミュウのサインなのに、と頬を膨らませたミュウ。お前、自分のサインなんて持ってるのかとミュウツーが関心した様に言った。

 

「オーナーにはオレから上手く言っておくんで、サイン頂けるならもう全然!持って行ってくれて良いですよ…!」

「シンヤー、ホエルオーのぬいぐるみ、シンヤのサインと交換で良いそうだー」

「マジでか!?よっしゃぁ!」

「……え、なんでサイン…?」

 

ホエルオーのぬいぐるみを抱えたギラティナがご機嫌に店を出る。

レジカウンターまで戻って来たシンヤが「なんでサインだ」と納得いかなそうに眉を寄せた。

 

「あの、シンヤさん、こっちのオルゴールの金額がこれなんですけど…大丈夫ですか…?」

「ん?ああ、大丈夫だ」

「(大丈夫なんだ…!)」

「ホエルオーの金は良いのか?」

「あ、はい、多少年期入ってて新品じゃないんで。色紙!色紙取って来るんでちょっと待っててもらえますか!」

「ああ…」

 

確かオーナーが置いてたはず!と店の奥に走って行った店員を見送ったシンヤ。

まだ未購入のパズルで遊ぶミュウツーとミュウを見てシンヤは苦笑いを浮かべる。

 

*

 

店の扉が開く、出て行ったギラティナが戻って来たのかと思ったがどうやらお客さんのようでシンヤは大丈夫かなと店の奥へと視線をやった。

 

「あれ…?」

「すぐに戻って来るよー」

 

客の声にミュウが視線も向けずに言葉を返す。

客である男二人組、一人は人間、一人はライチュウだなとシンヤはぼんやりと思った。

 

「ミュウ、何遊んでんだ?」

「パズルー、どっちが早く解けるか競争してるんだよ。ライチもやる?」

「やる!」

 

ミュウとミュウツーの間にライチュウが座った。ライチとはまた可愛い呼ばれ方だと眺めていればライチュウを連れて来た男が「すみません…」とシンヤに頭を下げる。

 

「俺のツレが…」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

「…」

「…」

「あの…、もしかして、シンヤさんですか…?」

「…そうですけど」

「で、ですよね…!こんな所で会えると思わなくて似た人かと…!握手して貰って良いですか!俺、コーディネーターの時からのファンで!」

「ああ、どうも」

「ありがとうございます!これからもご活躍応援してますんで!」

 

ぎゅ、とシンヤの手を握った男は嬉しそうに笑う。それを見たライチュウがパズルを放り捨てて男の背中にタックルをかました。

 

「ぐはぁっ!!!!!」

「おおっ!」

 

握手をしていたのだから男は当然、シンヤに向かって倒れ込んでくる。ガシ、と男を支えたシンヤはその場で倒れそうになるもギリギリで踏みとどまった。

 

「すみません!」

「いや、大丈夫だ…」

「ライチ!バカ!お前何すんだ!危ねぇだろうが!」

「浮気ダメー!」

「何がぁぁ!?」

 

男に抱きついて叫ぶライチュウ。

何処も苦労してるなぁとシンヤは心の中で密かに思った。

 

「ライチ、知り合いになった挨拶をしてただけだ。ライチも私と握手をしてくれ」

「…え、挨拶?そうだったのか!ドーンしてごめんな!」

 

あくしゅ!とシンヤとライチュウが握手をする。ライチュウから解放された男は「すげぇ、一瞬で納得させた…!」と感動し目を輝かせた。

シンヤと握手をしたライチは思い出したかのようにパズルをするミュウツーにも「あくしゅ!」と手を差し出しに行く。それを見てから男はシンヤへ視線を戻した。

 

「ツレが本当にすみませんでした…!」

「元気なのは良いことだ。ああ、でも少し体内に溜まってるみたいだから月に一度は発散させてやると良い」

「溜まってる…?え、な、なにをですか!?月一で発散させるって!?え?え!?」

「…?電気だが?」

「ああ!そっちか!…って、え、ライチの事、気付…」

「お待たせしましたぁあああ!」

 

店の奥に色紙を取りに行っていた店員が戻って来た。探すのに手間取っちゃってと謝りながらシンヤに色紙を渡した。

 

「これペンです、お願いします!」

 

シンヤが色紙にサインを書く。

傍に居た客の男が「え、サインずるいな」と小さく声を漏らし、「なんだ来てたのか」と店員が男へそっけない言葉を発する。

サインを書き終えたシンヤが店員へサインを手渡し、サイフを取り出す。

 

「会計を」

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

普段じゃ見られない金額をあっさりと払ったシンヤはパズルで遊ぶミュウツーへ声を掛ける。

 

「ツー、行くぞ。買ったのは袋に入れろ、ミュウにはこれな」

「ありがとー」

 

店員が包んだオルゴールを受け取ったミュウはにっこりと笑う。

 

「じゃあね、ツー」

「ああ、面白いことがあったら教えてくれ」

「気が向いたらね~、シンヤもまたね~」

「またな」

 

よしよし、とミュウの薄ピンク色の頭を撫でてからシンヤはミュウの隣に座っていたライチュウの頭も撫でた。

 

「あまり溜め込むなよ、じゃあな」

「…?うん、ばいばい!シンヤ!ツーもばいばーい!」

 

シンヤとミュウツーが店を出て行く。

それを見送った店員は「はぁ~」と深く息を吐いた。

 

「ミュウ!お前!シンヤさんと知り合いだったって教えてくれなかったの恨むからな!」

「なんで?」

「なんでも!!」

 

今回はサイン貰えたから良いけど!と口を尖らせて言った店員を見てから男は口元に手を当ててチラリとミュウへ視線をやる。

 

「(え、待って、アイツ…ミュウって名前なんじゃなくて、マジにミュウなの?え?どっちなんだろ…。そういう名前なんだと思ってたんですが。つーか、あのシンヤさんの知り合いって…。そもそも俺のライチがポケモンのライチュウだってなんか一発でバレてたんだけど…!シンヤさん、マジですげぇ…!)」

「どうした?」

「なんでもない!うん、ちょっとシンヤさんに会えた感動でぼーっとしてた!」

「マジ感動だよな!オレも今日という日を絶対に忘れない…!あの人、オーキド博士にも一目置かれててさー、博士の論文とか見ても大体シンヤさんの名前出て来るんだぜ?」

「え、お前、論文とかまだ見てんの?」

「見てるけど?最近のだとツバキ博士!あの人の論文、伝説ポケモンのこと書いててめっちゃ面白いよ!前々から着目点が他の博士と違ってて面白いんだよな~、知り合いのポケモンレンジャーからの実話を元に書いてるらしくって、ジラーチのは良かったなぁ。千年に一度だもんな~。つーか、あのジラーチの論文にもシンヤさんの名前出てたな…。あの人、やっぱ顔広ぇ…」

「(コイツにはやっぱりミュウがポケモンなんじゃ?とか聞けない。マジにポケモンだった日には解剖コースまっしぐら…。ミュウが黙ってるんなら俺も黙っておくべきだよなぁ。ライチが人の姿になるライチュウなんだよ、なんて言えない。そもそもコイツが知らないって事は博士達も発表してないってことだろ?え、まさか人の姿になってるのライチだけなのか?ライチ、他のポケモンのこと言わないもんな。ポケモン同士の暗黙のルールとか…)」

「ポケモンセンターに行ってジョーイさんの手伝いしてる時もシンヤさんの名前よく出るんだよー、あの人、今はポケモンドクターやってるからジョーイさんに聞いたら"うちにも手伝いに来て欲しいわ~"ってやっぱり有能な人って何処でも求められるんだよなぁ。オレにも才能があったらな~…」

「…は!?ドクターって、医者?」

「そーだよ?確か、トレーナーやってコーディネーターやってブリーダーやって、今、ドクターだよ」

「え~、すげぇ…。オレ、コーディネーター引退してのんびり暮らしてんのかと思ってた。前にコンテストのことで雑誌出てたからコーディネーター評論家みたいな感じでテレビ出るのかと思って待ってたのに…」

「今は全然、公に出てないもんな~。お前みたいな"にわかファン"はドクターやってるって知らない奴多いと思う」

「にわか、で悪かったな!」

「シンヤさん見掛けてさ、今は何をやってらっしゃるんですかー!またコンテストでのご活躍期待してますー!待ってますー!とか言っちゃう派だな」

「そんな感じのこと言っちまったぁああ!」

 

頭を抱えた男を見て店員がケラケラと笑った。

なんか楽しそうだな、とライチュウが口を尖らせた横でミュウが目を細めて笑う。

 

「どれくらい経てば消えて行くのかな~」

「?」

 

ミュウツーは面白いことがあったら教えてくれって言ってたけど、ミュウツーはずっと面白い存在の傍にいるじゃないか。

ああ、楽しみ。

彼が人間から忘れられていく日は一体いつなんだろう…。

 

「退屈しなくて良いね」

 

*



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75

そろそろ閉めようかな、というマスターの言葉にトゲキッス達は片付けを始める。

マスターの腕の怪我が良くなるまでは店も休みがちになってしまうのだろうか、今日は都合が合わなかったけど、せっかくの機会だからサマヨールさんにもお店に出てもらって修行を兼ねても良いんじゃないだろうか。

そんなことを考えながらトゲキッスがテーブルを綺麗に拭き終わった。

 

「まいどですー」

 

その声と共に店に入って来た男は帽子を脱いでペコリとお辞儀をした。

 

「ご苦労様ー、注文してた奴かな?」

「ポケモンショップからですよ~」

「おお!来たかー!」

 

待ってたよー!とマスターがハンコを片手に男へと近付いていく。

どちら様ですか?とチルタリスがピジョットへと聞けばピジョットは「郵便屋さんですよ」とニコリと笑う。

反転世界に住まう主の所には絶対に来ない人間なので新鮮だとチルタリスはふむふむと頷いた。

 

「ありゃ!マスター、腕どないしはったんです?」

「昨日の夕方に階段から転げ落ちて折れちゃったんだ~、ポッキリとね~」

「あらま~そら災難やわぁ…、あ、ハンコここで」

「色々と不便で困っちゃうよ~、はい、ハンコっと!」

「利き手ならそらそうですわな~、おおきにです~」

 

はい、と郵便屋が荷物をマスターに手渡す。

小さい荷物を受け取ったマスターはニコリと笑った。

 

「それにしても、いつも果実店とかからの重たいもんが多かったのに、今日は軽いもんでびっくりしましたわぁ」

「ふふーん、実は俺もポケモンをゲットしようかなぁと思ってさ~。買っちゃったんだ、ゴージャスボール!」

「マスター、ポケモン持ってなかったんですね…」

「うん、初挑戦!」

「はぁ~、ゴージャスボール何個買うたんですか?なかなかお高いでしょあれ」

「一個だけど?」

「「「…え!」」」

 

郵便屋とトゲキッスとピジョットの声が重なった。チルタリスはこてんと首を傾げる。

 

「い、一個て!マスター!一発勝負とか賭けにですぎですわそれ!」

「え?ど、どういうこと?ボール投げて捕まえるんでしょ?俺、ポケモン一匹で良いんだけど!」

「いや、投げて捕まらん場合もあるし…。その場合ボールはパアになるもんなんですけど…」

「捕まらない場合もあるの…!?」

「うわぁ、知らん人とか居るんやぁ…」

 

郵便屋の言葉にマスターは「えぇー」と悲しげに声を漏らした。

 

「そもそもポケモン持ってへんから弱らせることも出来ひんやないですか、難易度高っ!」

「そうなの!?」

 

どうしよう!と荷物を抱き締めたマスターに「はい!」とトゲキッスが手をあげる。

 

「俺、協力しますよ!捕まえられなかった場合も大丈夫です!シンヤがゴージャスボール持ってますから!貰ってくれば大丈夫です!」

「キッスくん…っ!」

「そもそも、ボール買わなくてもシンヤに言えば沢山持ってますよ!シンヤ、ポケモンゲットしないんでいっぱい家にあります!」

「え、じゃあ、注文しなくてもシンヤさんの所から買えば良かった…!わざわざ送料払ったのに…!」

 

くそぅ、とマスターが悔しげに顔を歪めた。

いや、シンヤはお金取らないと思いますけど…とトゲキッスが苦笑いを浮かべる。

そんな二人を交互に見てから郵便屋がおそるおそる声を掛けた。

 

「そのシンヤさん、って…今、ポケモンドクターやってはる言うシンヤさん…?」

「そうだよー」

「じゅ、住所教えてもらえますか!?荷物届けたいって連絡はたくさん来るんやけど住所知らんもんやから局で対応に困っとるんですわぁ。シンヤ様宛!ってだけで荷物が名無しで送って来てるのなんかどうしたもんか!

ジョーイさんから噂は聞くんやけど、誰も住所知らん言うし…各地方の別荘なんかなぁ…、その場所聞いて行っても野生ポケモンいっぱい居るだけで…」

「うーん、個人情報だから住所は教えられないけど、シンヤさんには伝えてみるよ。もしかしたら荷物引き取りに行ってくれるかもしれないし」

「ホンマですか!来てくれるんやったら一番手っ取り早いですけど、めっちゃ多いんで!声掛けてくれたら総動員で荷物運ばせてもらいますから!よろしくお伝えください!」

 

やったー!と両手をあげた郵便屋。マスターが苦笑いを零す後ろでトゲキッスとチルタリスが顔を見合わせた。

 

「あの…、多分、それシンヤは受け取らない荷物だと思います…」

「「へ!?」」

「シンヤへの本当に必要な荷物はツバキ博士経由になってるんでその郵便局にある物は全部受け取らないと思います。ジュンサーさんに連絡してもらえれば対応してくれると思いますよ」

 

ちなみに大体のポケモンセンターに来た荷物は即廃棄です。とトゲキッスが困ったように笑って言った。

 

「ジョーイさんが知った名前だったり届けたい荷物ならシンヤに他のジョーイさんを経由するなりして連絡が来ると思うんですけど。そういうのじゃないのは一切バツです」

「うわぁ、シンヤさん大変なんだねぇ…」

「え、じゃあ、あの荷物処分しても良えってことですよね?それはそれで!受け取る側の本人さんの了承頂ければ!こっちでバンバン処分させてもらいますよ!ほんま多いんで!」

 

本人の了承が必要なんですね、とトゲキッスがふむと考える。

 

「まだ帰ってない、かな?」

「どうでしょう?お家に一度電話して確認致しましょうか?ミロさん達はもうご帰宅されてると思いますし…」

 

トゲキッスの言葉にチルタリスが返事をする。

電話掛けて確認してみますね、と笑ったトゲキッスに郵便屋はコクコクと頷いた。

 

「マスターさん、お電話お借りします!」

「うん、どうぞ!…っていうか電話番号!俺にも教えて!昨日、連絡するのに困ってどうしようかと思ったんだからね!まあ、ジョットくんが川に叫んで来いって言うから叫んでみたら繋がったんだけど!」

「あ、あとで連絡先お渡し致します…!」

「(川に叫ぶて…どういうことやねん…)」

 

郵便屋が店の椅子に座りながら心の中でツッコミを入れる。

川に叫ぶマスターを思い浮かべて、シュールやわぁと一人ニヤりと笑った。

もう閉店にしますよ、とピジョットが外へと出て扉の看板を「OPEN」から「CLOSED」に変えた。

 

「お兄さーん!ただいまー!」

「ああ、おかえりなさい」

「仕事終わりの一杯を貰おうか…!」

「ふふ、ミックスジュースですか?」

「フルーツ多めで!」

 

ピジョットのご主人である男がネクタイを緩めながら店へと入る。それに気付いたマスターが「お疲れさまー」と明るく声を掛ける。

 

「あー、この前、リザードンから派手に落っこちてた人やないですかー。まいどですー」

「げ!郵便屋さん…よりにもよって何故、アナタが…!」

「ボクは連絡待ちで、待機中ですわぁ」

 

なんの連絡?と思いつつ男はピジョットが用意してくれたミックスジュースを受け取ってズズズと啜る。

 

「いつリザードンから落ちたんですか…」

「え…!?いやぁ、この前、ちょっと空を飛ぶ練習をねぇ~、まあ、全く問題は無かったんだけど~」

 

言ったら怒られるからあんまり言いたくないなぁと誤魔化す自分の主にピジョットは眉を寄せた。

店の奥に電話を掛けに行っていたチルタリスが戻って来た。どうだった?とマスターが聞くとチルタリスは首を横に振る。

 

「まだ帰って来てないそうです、こちらから電話を掛けさせて頂きたいので郵便局の電話番号を教えて頂けますか?」

「じゃあ、…あ、でもあれやな、局に直接やとボクが事務の子みんなに言うとかなアカンのか…。ボクの携帯でも良えですかね?ボクが対応して上に直接言うときますんで」

「はい、都合の宜しいご連絡先で大丈夫です!ご主…じゃなくて、シンヤ様から直接お電話があると思いますので宜しくお願い致します」

「…アカン!今、考えたら!ボク、シンヤさんと直接話すの緊張してまうやん!めっちゃ噛み噛みになって失礼なこと言うてもうたらどないしよ!マスター!」

 

ぎゃぁ!と悲鳴をあげた郵便屋の肩をマスターがポンと叩く。

 

「大丈夫!シンヤさん、そんなことを気にする小さい男じゃないから!」

「他人事やのにその自信!相当やないですか…!」

 

知り合いやからって!自慢げにー!と怒る郵便屋にマスターはドヤ顔である。

あの…連絡先教えて下さい…、とチルタリスにしょんぼりと言われて郵便屋は慌てて紙に自分の連絡先を書いて手渡した。

 

「では、伝えておきます」

「はい、お願いしますー」

 

ペコリと頭を下げたチルタリスに郵便屋もペコリとお辞儀をして返す。

電話鳴ったら絶対に出らな、と郵便屋は心の中で固く決心をした。

 

「え、あの子、だれ?」

「手伝いに来てくれてるチルくん、奥にキッスくんって子も居るよー。あとヨルくんって子も最近お手伝いに来てくれるようになったんだ」

「俺が知らない間に…!」

「ジョットくんの知り合い」

「お兄さんの!?俺、聞いてない!」

 

うわぁん、酷いよ!除け者にしてぇ!とピジョットに抱きつく男を無視して郵便屋は「ほな、仕事に戻ります!お邪魔しましたー!」と頭を下げて店から出て行った。

 

「ご苦労様ー」

「お兄さんの知り合いってぇぇ…」

「うん、噂のシンヤさんの所のポケモンくん達なんだけどね」

「………お兄さんの知り合いすげぇえええええ!!!」

 

なにそれ!なんで教えてくれなかったの!酷いよ!と怒る自分の主に困ったように笑みを返すピジョット。

俺の分もサイン貰って来て下さい(はーと)、と可愛くおねだりする主にピジョットは笑顔で返事をする。

 

「ダメです」

「うえぇぇぇ…!」

 

電話を終えて戻って来たトゲキッスが泣き崩れる男を見て大慌てするがピジョットはずっと笑顔だった。

 

「(リザードンくんと密かに飛行練習したの根に持ってるなアレは…)」

「うえぇぇえん!」

「だ、大丈夫ですか?どうしたんですか!?」

「キッスくん、大丈夫なので放って置いてあげて下さい」

「え!な、なんで笑ってるんですか…!」

「わ!誰か泣いてらっしゃいます!チル、タオル持って来ますね…!」

 

男の嫉妬はこわいね~、とマスターは左手で折れた右腕をさすった。

 

*

 

「電話、誰だったー?」

 

ミロカロスの言葉にブラッキーが「チルとキッス」と返事をする。

 

「え、チルくんとキッスくんだったの?カフェで何かあった?」

「いや、カフェに来た郵便屋から郵便局にシンヤ宛の荷物が溜まってるって聞いたらしくってさー。

ほら、ポケモンセンターとかならジョーイさん強ぇから受け取らねぇし捨てられるしで大丈夫だけど、郵便局はそんなの知らないから一方的に溜まっていって困ってるんだって」

「へー」

「そんで、本人から処分しても良いって許可を貰えれば郵便局で勝手に処分してくれるらしいから、許可貰おうと思って電話掛けて来たみたい」

「そっか~、そのシンヤはまだ帰って来てないもんねぇ」

「郵便屋の連絡先聞いたからシンヤが帰って来たら、電話掛けてもらわなきゃな」

 

郵便局も大変だね、とヤマトが苦笑いを浮かべる。

じゃ、冷蔵庫に連絡先貼っとくから~と言いつつブラッキーが冷蔵庫にメモ用紙をマグネットで貼り付けた。それに分かったーとミロカロスが返事をする。

 

「あー!もう!遅い!」

 

バン、とテーブルを叩いたのはミミロップだ。

ポケモンセンターの留守番を無事に終え、戻って来たジョーイと交代してサナとヨルと共に帰宅してみれば、まだ主人は不在であった。

 

「カフェの方もすでに閉店してる時間だからな…片付けを終えたら二人は帰って来るだろう…」

「シンヤ、遅いですわね~」

「フィーに帰って来たら連絡するって言ったのに、こうも遅いんじゃ心配してるだろうなぁ…」

「何やってんだよっ!レジギガスそんな重病だったのか!?つーか、それならそれでギラティナの奴なんか連絡してこいよあの野郎~!」

 

やっぱ、シンヤに携帯持たせるべきだ。とミミロップが頬を膨らませる。

 

「持たせても鳴り続けてうるさいからって電源切ってカバンに突っ込まれるのが目に見えるからやめとこう、って言ったのミミローだろ…」

「ワタシ達しか番号知らないようにすれば良い気がしてきた…」

「いや、オレらだけでもめっちゃ鳴らすと思うけど」

「そうだよ!鳴らしまくるよ!うるせぇチクショー!」

 

心配なんだよぉお!とクッションを抱きしめて床を転がるミミロップを見てサーナイトが胸をときめかせた。

 

「(ミミローさん!可愛いですわ…っ!)」

「あははっ、ミミローくんは可愛いなぁ!」

「ヤマトォ!ぶっ殺すぞテメェ!!喧嘩売ってんのかぁああ!」

「えええぇぇええ!?!?」

「苛々するのは分かるが…ヤマトに当たるんじゃない…」

「むーかーつーくー!」

 

*

 

カフェの手伝いに行っていたトゲキッスとチルタリスが帰って来た。

しかし、主であるシンヤはまだ帰って来ない。

シンヤ不在のまま夕食を済ませ、時計を確認してみれば時間はもう20時になる頃だ。

 

痺れを切らせたらしいエーフィから家に電話があったが、ブラッキーは「まだ帰って来てないんだ」と答えるしかない。

エーフィと共に画面を覗き込んでいたノリコは「みんな過保護だねぇ」と笑ってエーフィに頬を抓られた。

エーフィから電話があって一時間後、21時頃にやっとシンヤは帰って来た。

診察に行くため着ていったシンヤの白衣はまさかの血塗れ、出迎えてくれた自分の手持ち達の悲鳴にシンヤはびっくりして仰け反り後ろに居たミュウツーと頭をぶつけた。

 

「痛っ!な、なんで叫ぶんだ、お前達…!」

「痛い…」

「あぁ、悪いミュウツー…大丈夫か?」

 

こく、と小さくミュウツーが頷く。

その後ろから大きなホエルオーのぬいぐるみを担いだギラティナがミュウツーを押し退けてリビングに入り床に寝そべった。

 

「あー!疲れた!」

「ギラティナ!寝転がるな!先に風呂に入って来い!ミュウツー、お前もだ!」

「走り回って汗かいたもんなぁ…」

「ギラティナと入ると狭いから嫌だな…」

「うるせぇ!…って、ツー、お前明るいとこで見たらめっちゃ血付いてんな…」

「…?おお、本当だ!」

「うわ!シンヤ、もっと血塗れじゃん!やべぇ!それ!」

「おおー…、これは叫ぶ」

 

仕方ないだろ!と怒るシンヤに追い払われてギラティナとミュウツーは風呂場へと向かう。

血塗れの白衣を脱いだシンヤは深く溜息を吐いて椅子に座った。

 

「疲れた…」

「シンヤ、怪我してない…!?」

「ああ、これは治療中に付いた血だから」

「レジギガスそんなやばかったわけ!?」

 

ミミロップの言葉にシンヤは首を横に振る。

 

「レジギガスは特に問題無かった。昼食を食べる為に街に寄ったらそこでミュウに会って、おもちゃ屋で寄り道して、さあ帰ろうかと思った時に近くで事故があってな…」

「そんな大きな事故だったんだ?」

「ああ、運搬トラックの運転手が居眠りしてたらしくて、歩道にトラックが突っ込んだんだ。

その歩道を運悪く通行してたトレーナーが居たんだが、そのトレーナーを庇ってアブソルが重傷を負った…。もう悠長にしてる暇なんてない…緊急の大手術で、この時間まで掛かった…」

 

疲れた…とガクリとテーブルに突っ伏したシンヤにヤマトは「お疲れさま」と声を掛けるしかない。

風呂に入って寝たい、と眉間に皺を寄せて言うシンヤに申し訳なさそうにブラッキーは言った。

 

「シンヤ~、郵便局にシンヤ宛の荷物が溜まって困ってるらしいよ」

「……処分してもらえ」

「本人からの許可が貰えたら郵便局で処分してくれるそうなので、これ連絡先」

「…うちには素直な良い子ばかりだ…」

 

嬉しいやら悲しいやら、と立ち上がったシンヤは連絡先の書いた紙を受け取って電話へと向かう。

 

「…?素直な良い子ばかりだ…ってどういうこと?」

「ああ!」

 

ポン、とヤマトが古めかしい閃いたのポーズを取った。なにそれ、ダサイとミミロップが小さく呟く。

 

「携帯の番号だったから、シンヤですけどー、って言って誰でも良いから電話掛けて許可出しちゃえば良かったね!」

「「「……!!」」」

「シンヤ!マジでごめん!オレが掛けるからー!」

「いや、ワタシ!ワタシ掛けとくから休んで!」

「シー!もう良い!すぐ済むから静かにしろ!」

 

ごめんなさい。ホントすみません。と頭を下げるブラッキーとミミロップに大丈夫とシンヤは片手をあげて示す。

相手の連絡先は携帯らしく画面に顔が映ることはない、疲れきった顔が映らないのは良いことだ。数回のコールの後、相手が電話に出た。

 

<「はい、まいどー。青空郵便ですー」>

「夜分に失礼します、シンヤと申しますが」

<「ふぉ!?こ、こんばんは!遅くまでお疲れさまでございます!」>

「…こんばんは、連絡が遅くなってしまって申し訳ない。郵便局に私宛の荷物が溜まっていると聞きましたが送り主不明の物など一方的な品は一切受け取らないようにしていまして…」

<「そらそうですわなぁ。最終の配達で行ったポケモンセンターでジョーイさんに確認のために聞いてみたら"そんなもの置いてたらポケモンセンターがゴミ屋敷になっちゃうでしょー!"って凄い剣幕で言われましたわぁ。ズイのジョーイさんやったんですけどねぇ、そらもう怖かった…!」>

「…!よりにもよってズイのジョーイに…!」

<「へ?なんや、お知り合いでしたぁ?」>

「まあ、私はズイ出身で長い付き合いなんだ…残念なことに」

<「それはそれは!シンヤさんがそう言わはるんやったらズイのジョーイさんはよっぽど…!いや…っ、これ以上はこわいから言わんようにしますわ!」>

「ああ、バレると後がこわいからな、まあ何処のジョーイも基本的に恐ろしいが」

<「シンヤさん何処のジョーイさんとも仲良しちゃいますの?ジョーイさんとお喋りしてる時にシンヤさんの名前出て来るもんなら、もう食いつきがちゃいますからねぇ!えー、シンヤさん?何?どこかで見掛けた?見掛けたら連れて来て!って引っ張りだこですやん!」>

「仲良しじゃない…。私は野生ポケモンの専門医なんだぞ!捕まえれば仕事を押し付けられると思ってあのジョーイ共は…っ、私を見掛けても絶対にジョーイに報告しないでくれ!これでも私は忙しいんだ…」

<「あらぁ、お労しいわぁ…!下手なシンヤさん情報は口に出さんようにしときます!でも、シンヤさんやっぱりお忙しいんですねぇ、いつも帰りこんな遅なりますの?」>

「いや、今日は出先で事故現場に居合わせてな…。普段はそんなこと無いぞ」

<「じゃあ今日は普段よりお疲れモードやないですか~!あー、アカン、ボクお喋りやからついつい長話してしまうんですわ!お疲れのシンヤさん付き合わせたら申し訳ない!」>

「いや、なかなか聞いてて楽しい。疲れてたが少し気が紛れたよ、ありがとう」

<「ほんまですか…!いやぁ、シンヤさんにそんな風に言うてもらえるなんて夢のようですわ!ほんで、あ!荷物!荷物の件でしたね!」>

「ああ、私宛の荷物は処分してもらえるか?」

<「はい、勿論!あ、こんな返事してもうたら送り主に申し訳ないですけどねぇ!でも、ほんま、ぎょーさん来るんですわぁ!名無しで住所も書いてへんから送り返すことも出来んのがたっくさん!」>

「まあ、昔からよくあることだからな。食べ物で腐ってる場合もあったから早めに処分してくれ。怪しい物があったらジュンサーさんの方に連絡してくれれば大丈夫だから」

<「了解しました!しっかり上に伝えておきます!」>

 

電話を掛けて数十分、すぐ終わると言ったのにまだ通話中の主人を見てブラッキーは首を傾げる。

さっぱりしたー、と風呂から上がったギラティナとミュウツーがリビングで各々くつろぎだす。

二人が出たからシンヤも入ってくれば、と声を掛けたいのだが珍しく長話中の主人の姿にどうしたものかと眉を寄せた。

 

「シンヤ、いつまで話してんの!?何?モメてる?」

「いや、めちゃくちゃ楽しそうに何か喋ってる…」

 

はあ?と困惑した表情を浮かべたミミロップを見てからブラッキーはちらりとシンヤの姿を見る。

 

「頼んだら荷物を取りに行ってもらうことって出来るのか?…ああ、いや、荷物送りたいって連絡があったんだが遠くて…。オレンジ諸島らしいんだが…、え、大丈夫なのか!?」

 

*

 

晩ご飯の買い物に行く途中だった。

今日の飯、何にする?なんて会話をしていたらお前が急に俺を突き飛ばして、俺は吹っ飛ばされて道に転がった。

いつもの嫌がらせだと思ったのに、凄い音がして、悲鳴がして、振り返ったら真っ白のお前が、真っ赤に、

 

「ああああああああ!!!!」

 

アブソル!アブソル!アブソル!

なんでだよ、どうして、いつも、こんなこと、してくれないくせに…!いつも助けてなんかくれないくせに…!

 

「アブソルッ!しっかりしろ!アブソルッ!!!」

 

真っ赤になったアブソルにしがみつく、まだあたたかい、生きてる、まだ…!

 

「助けて…っ、誰か、俺の、…っ!!」

 

ポケモンセンターに連れて行かなきゃと思っても体が動かない、目の前が霞んでよく見えない、声も上手く出せない、

 

「退け!」

 

俺を押し退けて誰かがアブソルに触った。

 

「まだ息がある!ツー、止血だ!」

「分かった!」

 

真っ白な服を着た二人がアブソルの体を押さえてる。

白い人、お願い、アブソルを、

助けて下さい、と声に出せなくて、真っ白の背中を掴んだ。

 

*

 

おもちゃ屋で買い物もしたし、反転世界に帰ろうかと人混みを抜けようとシンヤ達は歩き出す。

先にホエルオーのぬいぐるみを反転世界に置いて来たのだと笑うギラティナを先頭にして歩いていれば蛇行する運搬トラックがシンヤ達の横を通り過ぎる。

なんだ?と目で追えばトラックは後方の歩道に突っ込んだ。

シンヤ達の目の前で、シンヤ達の後ろを歩いていたトレーナーをアブソルが突き飛ばし庇った。

物凄い音がして、トラックが突っ込んだ衝撃にガラスが辺りに飛び散る。

咄嗟にシンヤの前に出てミュウツーがガラス片からシンヤの身を守り、ギラティナがシンヤの体を抱き竦める。

突然のことに呆然としていたシンヤは叫び声に我に返る。

 

「アブソルッ!しっかりしろ!アブソルッ!!!」

 

そのトレーナーの声にシンヤはギラティナの肩からカバンを掴み走った。

 

「退け!」

 

血に染まるアブソルを抱きしめて泣くトレーナーを押し退けて、シンヤはすぐにアブソルの呼吸を確認した。

 

「まだ息がある!ツー、止血だ!」

「分かった!」

 

カバンからタオルを出してミュウツーとシンヤがアブソルの体から溢れ出る血を止める為に押さえ付ける。

シンヤの背にしがみついていたトレーナーを引き剥がしたギラティナは「あぁ?」と声を漏らす。

 

「シンヤ、コイツ気絶してる!」

「このアブソルのトレーナーだ!大きな怪我が無いなら担いでポケモンセンターまで連れて行け!で、担架持って戻って来てくれ!」

「わ、分かった!」

 

トレーナーを担いだギラティナがポケモンセンターまで走る。

 

「シンヤ…!心肺停止した…!」

「…ッ!ツー、呼吸補助を!」

「呼吸補助器セット」

「行くぞ!1.2.3.4.5…」

 

ギラティナが担架を持って戻って来る。

すぐにアブソルはポケモンセンターに運ばれ、緊急手術となった。

 

「ジョーイ、なんでラッキーが一匹しか居ないんだ…!最低二匹だろ!」

「今日は別のポケモンセンターにお手伝いに行ってるんです!応援に急遽他のラッキー達も呼びますけど!ガラス片で傷ついたポケモンが多いんです!アブソルは任せましたよ!」

「ツー!私達でなんとかするしかなくなった!輸血バッグ引っ張り出して来い!」

「分かった」

「ギラティナ、怪我したポケモン運んで来てくれ!」

「行ったり来たり上等だチクショー!」

 

*

 

目が覚めたらポケモンセンターのソファの上だった。

怪我をしたポケモンが手当てされて床で眠っている。とても、静か、だ。

 

「俺の、アブソル…は…っ?」

 

情けない声と涙が出た。

近くに居たラッキーにアブソルのことを聞くとラッキーは俺の手を引いて案内してくれた。

俺に気付いたジョーイさんが笑った。

 

「目が覚めたのね、シンヤさんからアナタがトレーナーだって聞いてるわ」

 

シンヤ、さん…?

 

「アブソル、アナタのことを庇ったんですってね」

 

ジョーイさんの言葉に頷く。

いつもは、そんなこと、しないんです、いつも、俺が不幸な目にあっても、笑ってるような、やつで…、

 

「危険な状態だったけどもう大丈夫」

「だいじょ、ぶ…?」

「ええ、シンヤさんがちゃんと治していってくれたから!大丈夫よ!」

 

今日はここで二人共ゆっくり休んでね。とジョーイさんに背を押されて部屋に入った。

ベッドが二つ並んだ部屋、片方にはアブソルが寝てる…。

 

「おやすみなさい」

「…」

 

ぱたん、と扉が閉まった。

 

「アブソル…、生きてる、か…?」

「………ァブ…」

「…っ、良かった…!お前、らしくないことすんなよ…!バカヤロー!」

「……」

 

その日はわんわんと泣いてうるさい俺に、アブソルは何も言わなかった。いつも、怒るくせに、

 

 

(予知してた災いが思ったより酷くて、これじゃ死んじゃうと思ったんだ、だから助けた。死なない程度に予知するって約束してたからさ)

そう言ったら、僕を治してくれた医者は「ひねくれてるのは治せない」って笑ってた。

 

*



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76

シンヤが風呂から上がってリビングへと行けばもう時間も遅く、床でギラティナがホエルオーのぬいぐるみを枕に突っ伏して眠っていた。

テーブルではサマヨールがノートを開き何か書き込んでいる。他の連中はニ階かボールの中だなとシンヤは濡れた髪を拭きながらソファに座った。

 

「主…、飲み物は…?」

「お茶」

 

シンヤの返事にサマヨールがキッチンへと向かう。

ソファに深く座り直したシンヤは見逃していた今日の新聞を広げざっと目を通す。新聞の内容はどうでもいいものばかりだった。

明日はどうするか、と頭の中で考える。

少し遅めに起きて、ポケモンセンターに連絡して、ああ、それとジラルダンに荷物のことで連絡しないと…。

あいつ何を送ってくるつもりなんだろう、とシンヤが考えているとサマヨールがテーブルに湯のみを置いた。

 

「どうぞ…」

「ああ、ありがとう」

 

温かいお茶を飲んだシンヤは小さく息を吐く。熱すぎず温すぎずの美味しいお茶だった。

 

「主、自分は明日からカフェの方に手伝いに行って参ります…」

「ああ」

「……もし、何かあった場合はすぐにお呼び下さい…」

「…そんなに心配しなくて大丈夫だ」

 

俯くサマヨールにシンヤが苦笑いを零す。

 

「今日、主が帰宅されるまで…考えていました…」

「ん?」

「自分は主の身が心配で心配で堪りません…、主の身に何かあったのではないかと考えるだけで、辛い…。

主に任された仕事を終えて…主が帰宅されるまで、自分には…自分がすべきことが…分からないのです…。主の為だけに、在りたい…。

でも…、主はそれを望まれていない…」

 

分かっているんです、分かっては、いるんです。とシンヤの傍に座り込んだサマヨール。

手に持っていた湯のみをテーブルに置いたシンヤは小さく息を吐く。

 

 

サマヨールの全てはシンヤだった。

何をするにしてもシンヤが関わっていなければ彼が行動に移すことはない。

自分の好きな洋服を買いに行くこともない、自分の好きな趣味に没頭することもない、自分の為だけに外出することもない。

シンヤの為に、こうしよう。シンヤの為に、あれをやっておこう。シンヤの為に…、

サマヨール自身はそれで良かった、それで幸せだった。シンヤの事だけを考えるサマヨールだからこそ気付く。

シンヤがその行動を望んでない、シンヤがそこまで自分を必要としていない、自分が居なくともシンヤは大丈夫なんだと…。

喜ばしいことだ、素晴らしい主人に恵まれている、立派なお人だ、それなのに…仕える自分の哀れなこと…。

考えて、覗き込んでみれば自分の中身は空っぽで、自分が今何をすれば良いのか分からずに立ち尽くす。

カフェの手伝いに行くのはトゲキッスがそうしましょうと言ったからだ、マスターの手伝いをすれば、シンヤも喜ぶから、美味しいコーヒーを淹れられるようになれば、シンヤが喜ぶから…。

何をしたら良いですか、主…?何を望まれますか、主…?

そう聞いて答えを貰わねば、自分には何も出来ない。

 

「…サマヨール、私の為なら何でもしてくれるのか…?」

 

目を瞑りそう言ったシンヤの言葉にサマヨールは俯かせていた顔をあげて大きく頷いた。

 

「勿論…っ」

「そうか…。じゃあ、難しいことをお願いしても良いだろうか?これからを前向きに考え始めて…欲しいなぁと思っていたんだ」

「主の望まれることなら、何でも…っ」

 

笑ってシンヤが言う。

そのシンヤのお願いにサマヨールは涙を流しながら何度も頷いた。

 

*

 

サマヨールがニ階へと戻り、ソファに座ったシンヤはすっかり冷たくなったお茶を飲み干した。

そんなシンヤにホエルオーのぬいぐるみに突っ伏したままのギラティナが声を掛ける。

 

「すっげぇワガママ言ったな…」

「言ってしまった」

 

苦笑いを浮かべたシンヤにギラティナもつられて困ったように笑った。

 

「私はこれから時間に置いていかれて、外界に居場所が無くなっていくと思う。だから、私の居場所をサマヨールに作って欲しい。

どんなに時が経っても私が私で居られる場所を」

 

 

*

 

シンヤが自室に戻り部屋の電気を付ければシンヤのベッドでミロカロスが寝ていた。

えぇー、と思わず小さく声が漏れる。

ニ階で寝てるかと思ってたのに…と思いつつシンヤは部屋の電気を消し、ミロカロスをぐいーっと横に押し退けて自分もベッドに入った。

 

「(…温い)」

 

温められたベッドは意外にも心地いい、疲れていたこともあってシンヤはそのままウトウトと眠りにつこうとした。

 

「ねえ、シンヤ…」

「……ん…?」

「結婚式な、モモ綺麗だったよ」

「…そうか」

「俺様、ツキより先に準備出来たから先に行ってタモツと料理並べたりするの手伝ったんだ」

「…うん」

「ツキとヤマトは来るの遅かったんだ。ヤマトがシンヤのごしゅーぎ持って出るの忘れて取りに戻ったんだって!アホだよなっ」

 

そうだな、と返事をしつつもほとんど頭に入って来ない。

寝かせて欲しい。シンヤは目を瞑りながらミロカロスの声に相槌を打った。

 

「そんでなー、ブーケ投げたらヤマトの方に飛んで行ってさー。やったー!ってヤマトが言った途端、ジョーイさんがヤマト思いっきり蹴っ飛ばしてブーケ取ったんだ!」

「…」

「そん時にジョーイさんのパンツ見えてさー、まさかの黒だった」

「……そんな情報、要らん…」

 

*

 

朝、シンヤの家に止まったヤマトは大きな欠伸をしつつリビングへとやって来た。

昨日遅かったからかシンヤの姿が無いことに仕方ないなぁと思いつつ椅子に座る。

 

「シンヤ、起きてないみたいだねぇ…ユキワラシ進化するところ見せたかったのに」

「そうですねぇ、お昼前には起きて来られるかと思うんですけど」

 

チルタリスが時計を見つつヤマトにコーヒーを出した。

お礼を言ってコーヒーを飲んだヤマトは「仕方ない」と頷く。

 

「僕、もう次の任務に行かないとだから。また来るね」

「はい、お気を付けて!ご主人様が起きて来たら伝えておきます」

 

コーヒーご馳走様、と言って立ち上がったヤマトが玄関へ向かう。そのヤマトの背にチルタリスが「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。

玄関で靴を履くヤマトの背に「もう行くの?」と声を掛けたのは寝起きのブラッキーだった。

 

「うん、任務入ってるからね」

「……」

「…?どうかした?」

 

靴を履き終わったヤマトがブラッキーの方を振り返れば大きめのTシャツを着て頭に寝癖を付けたブラッキーと目が合う。

寝癖付いてる、と言ってヤマトが笑えばブラッキーは口を尖らせて髪をくしゃくしゃと撫で付けた。

 

「ユキワラシ、進化させようと思ってるから進化させたらまた連れて来るよ。じゃ、またね」

 

笑って手を振ったヤマトに小さく頷いて片手をあげて返す。

玄関の扉が閉まって静かになった玄関でブラッキーは溜息を吐く。

 

「ツキさーん、朝食のご用意出来ましたけどー」

「おー、ありがとー」

 

テーブルには美味しそうなご飯が並べられていて、今日は洋食かとブラッキーはサクとトーストに齧り付いた。

リビングには誰も居ない。自分が一番起きるのが遅かったのかとチルタリスに聞けば首を横に振られる。

 

「ご主人様とミロさんがまだ起きて来られてませんよ」

「他の奴らは?」

「えーっと…、ミミローさんが昨日の仕事の残りを片付けるからと言って一番に起きて来て、サナさんを起こしてご一緒にポケモンセンターに行かれましたね。

その後、キッスさんとヨルさんがカフェの開店準備に行かれまして。ツーさんは散歩をしてくると言ってトーストを齧りながらお出掛けされました。バターもジャムも何も付けずでした!」

 

チルは止めたんですけど…!と何故か悔しげなチルタリスにブラッキーは苦笑いを零す。

 

「それで、さっきヤマトさんがお仕事に行かれまして。チルはご主人様とミロさんが起きて来ましたらお昼過ぎにはカフェにお手伝いに行く予定です!」

「そっか」

「はい!ツキさんのご予定は?」

「オレは、外に遊びに行って来る!晩飯までには帰るから!」

「はい!かしこまりました!」

 

チルタリスがキッチンに戻って行くのを見送ってからブラッキーは目玉焼きの黄身をフォークで突いた。

 

「……」

 

*

 

朝食を食べ終えてブラッキーはエーフィの泊まるポケモンセンターへと電話を掛ける。

数回のコールの後、ジョーイさんが出た。

 

「ジョーイさん、おはよ」

<「あら、ツキくん、おはよう。フィーくんね、ちょっと待ってて」>

 

笑顔で対応してくれたジョーイがエーフィを呼びに行く、暫くしてエーフィが画面の向こうにやって来た。

 

<「ツキ、どうしました?」>

 

画面の向こうに居るエーフィが笑う、それに笑みを返して口を開こうとした時、エーフィの横からノリコが顔を覗かせた。

 

<「ツキさーん!今日の朝刊とニュースはお兄ちゃん尽くしですよー!」>

 

見てこれー!と新聞の一面を画面に押し付けるノリコ。新聞には昨日あったという事故の様子が書かれていた。

一緒に載せられている写真は真剣な顔で治療をしている最中のシンヤとツーのようだった。

 

<「ちょ、ノリコ!退いて下さい!邪魔です!」>

<「いや!のんはまだツキさんに聞いて欲しいことが…!」>

<「私とツキの邪魔をしないでください!」>

<「のんも入れて~!」>

 

画面の向こうで言い争う二人を見てブラッキーは苦笑いを浮かべる。

 

「ヤマトがユキワラシ進化させるらしいから、ノリコまた見に来いよな~」

<「え!進化って、オニゴーリ?ユキメノコ?」>

「めざめいしでユキメノコ~!絶対、可愛い!いや、オニゴーリでも十分可愛いとは思うけど!」

<「あはは!色違いのユキメノコってどんな感じですかね!楽しみ~!」>

<「そもそも、ヤマトはオニゴーリに進化させるだけ育てるってことが出来ませんからねぇ…」>

<「レベル上げする必要無いんだから良いじゃないですか!それにのんはユキメノコ派~!」>

 

そんなこと聞いてません!と画面の向こうでノリコに怒るエーフィを見てブラッキーは目を細めて笑った。

 

*

 

昼過ぎ、チルタリスと共にカフェへとやって来たシンヤとミロカロス。

ここ美味しいの?と聞いてきたミロカロスにシンヤは初めて来たと返す。そう、自分の手持ちが世話になっているが来るのは初めてなのだ。

 

「おや?いらっしゃいませ」

 

店内に入れば出迎えてくれたのはピジョットだった。

チルタリスが店の奥へ行くのを見送ってシンヤとミロカロスはカウンターの席に座る。

 

「マスターは?」

「ヨルくんと出掛けてるんですよ」

 

ピジョットの言葉にシンヤが頷く。

店の奥からトゲキッスがケーキを持って出て来て、ケーキをミロカロスの前に置いた。

 

「これ今月のオススメケーキ、フルーツタルトです!」

「やったー!」

「シンヤも食べますか?」

「いや、朝昼兼で食べてきたからコーヒーだけで」

 

私は紅茶の方が得意です、と笑うピジョットに推されて注文を紅茶に変えたシンヤは紅茶を啜る。

 

「マスターはいつ頃戻ってくるんだ?話があったんだが…」

「閉店まで戻らないかもしれませんよ、用事が用事でしたし」

 

ピジョットがカップを拭きながら答える。

なんの用事だ?とシンヤが首を傾げればピジョットは笑みを浮かべる。

 

「朝に来た途端、自分の店を持ちたいってマスターに相談してたんですよ。ヨルくん」

「!」

「経営者になるには色々と勉強も必要ですからね、他のお店をマスターと見に行ってるんです」

 

あの人、骨折中で暇だから丁度良い仕事が出来ましたよ、とピジョットが笑った。

ピジョットの話を聞いたシンヤは「そうか…」と頷いて紅茶を啜った。

ヨル、お店やるの!?と横で騒ぐミロカロスにトゲキッスが凄いですよねー、みんなでお手伝いしましょうね!と笑って返事をしていた。

 

「それで、シンヤさんのお話はなんでしょう?差し支えなければマスターには私が伝えておきますが」

「ああ、実はな。知り合いから荷物が届くんだが受け取り先の住所をここにして貰ったんだ。昨日、…あ、名前知らないな……まあ、訛りのある郵便屋に電話で依頼したんだが」

「彼、ここの担当ですからね。荷物を代わりに受け取っておけば良いんでしょう?それぐらいだったら問題ありませんよ」

「なら良かった。オレンジ諸島の何処だったか…、とりあえず、ジラルダンという奴からの荷物だ。よろしく頼む」

 

ピジョットが頷いた。

シンヤの横でケーキを食べていたミロカロスがシンヤへ視線をやる。

 

「ジラルダンって誰それ…」

「コレクター」

「え?」

「ん?」

 

俺様、知らないんだけど。と怒るミロカロスに別にそんな紹介するほどの大した奴じゃないからとシンヤが答える。

 

「じゃあ良いや!」

「(そのジラルダンという方、可哀想ですね…)」

 

紅茶を飲んだシンヤがチラリと時計を見る。

それに気付いたトゲキッスが首を傾げた。

 

「この後、予定があるんですか?」

「ん?いや、そろそろ来るかなぁと思って」

 

誰が、とミロカロスが口を開いた時、店に入って来た客にピジョット達が「いらっしゃいませ」と声を掛ける。

青い洋服と青い帽子、リオルを肩に乗せたゲンだった。

 

「や、お待たせしたかな?」

「別にそこまでワクワクと待ってたわけじゃないぞ…」

「ゲンだぁあああ!」

 

シンヤの隣に座ったゲンにシンヤを挟んでミロカロスが威嚇する。

 

「随分とご機嫌斜めだね…」

「シンヤはやらん…!」

「ぐるるるっ!」

「こらこら」

 

そのミロカロスにリオルが威嚇して返すのをゲンが制する。

 

「おかわりはコーヒーで」

「あ、私もコーヒーを」

「はい、かしこまりました」

 

カフェに行く用事があるからついでに一緒にどうだと電話で誘ってみたんだ、と笑うシンヤにミロカロスが怒る。

 

「なんで怒るんだ…」

「だって…!コイツ、シンヤのこと好きじゃん…!」

「お前がタモツと一緒に遊びに行く感覚と一緒だと思うが…」

「………じゃあ良いか!」

 

ふふん、と何故か自慢げな顔をミロカロスに向けられたゲンは眉を寄せる。

ミロカロスはタモツのことをなんとも思ってない、ただの友達。それと一緒ということはゲンも"ただの!友達"ということだ。

 

「シンヤ、その子はなんの、…いや、聞かない方が良いのか?」

「私のミロカロスだ、で、一応恋人でな」

「なに!?」

 

一応ってなんだ、と頬を膨らませるミロカロスをトゲキッスが宥める。

 

「というか、そもそもこの場に人間が私達しか居ないじゃないか…」

「うん、マスターが不在だからな」

 

波動で人間かそうじゃないかくらいは分かるゲンが前に居るピジョットを見つめる。

ニコリと笑ったピジョットがコーヒーを出した。それにゲンが笑顔でお礼を言う。

 

「ま、美味しいコーヒーが飲めるなら構わないけどね」

「私は紅茶の方が得意です」

「じゃあ、次に来た時は紅茶を注文するよ」

「ええ、是非」

 

談笑しながらお茶をして、途中、店に飾られていたシンヤのサインでゲンがお腹を抱えて笑った。

 

「私にも、サイン…っ、ください…!ぶふっ…!」

「絶対に書かない…っ」

「リオル、ぶどうやるよ。あーんしろ、あーん」

「がーう!」

 

*



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77

「おーす、ヤマト!」

「おはようー」

 

鋼鉄島で合流したヤマトとジャッキー。

今回のミッションは鋼鉄島内部で崖崩れが起こったらしく封鎖されてしまった道を開通する作業だ。

よし、まずはイシツブテかゴローンを探そうと二人で頷いて鋼鉄島内部へと入る。

 

「ゴローン!待ってー!僕に協力してー!」

「早くキャプチャしろよー」

「分かってるよ!」

 

すでに作業に入ってるジャッキーに出遅れているヤマトはゴローンに逃げられてその場に膝を付いた。

そんなヤマトの前にしゃがみ、顔を覗き込んだトレーナーが居た。

 

「ヤマトさん、なにやってんの?」

「…はっ、カズキくん…!」

 

シンヤの実の弟、カズキだった。

実はかくかくしかじかミッション中と説明したら、かくかくしかじかじゃ分からねぇと両断されたヤマトは再びガクリと項垂れた。

 

「ほらあそこ、崩れて道が塞がってるでしょ?あそこを直しに来たんだよ」

「あー、ほんとだ。オレも手伝おっか?」

「いや、これはレンジャーの仕事だから!」

「リングマとキノガッサの良いトレーニングになるし」

「よろしくお願いしまーす!」

 

パワー戦力大歓迎です、ありがとうございます!と頭を下げたヤマトにカズキは苦笑いを返す。

 

「ジャッキー!知り合いの子が手伝ってくれるって!」

「はあ!?一般人になに助けてもらってんだ!」

「だって、リングマとキノガッサ貸してくれるって…」

「よし!この辺をお願いしよう!」

 

ポケモンレンジャーってこんな感じの人ばっかなのかな、と思いつつカズキはボールからリングマとキノガッサを出した。

岩を砕いて退ける、そんな作業を繰り返して封鎖されてしまっていた道を元の状態に戻す。

 

「こんなもんで大丈夫だろ」

「はぁー、疲れた」

「リングマー、キノガッサー、お疲れー」

 

カズキがボールに二体を戻したのを見てヤマトがカズキにお礼を言う。

予定よりずっと早く終わったとジャッキーも喜んだ。

 

「ポケモンレンジャーってこんな仕事ばっかりなの?」

「えー、仕事は色々だよね?」

「ああ、こういう些細な事だけど必要な仕事は近くに居るレンジャーで早急に対処されるんだよ」

「へー」

「で、オレは次のミッションが入ってるから出発させてもらうぜ!」

 

びし、とポーズを決めたジャッキーにヤマトが「ええ!」と声をあげた。

僕は次のミッションまだ入ってないのに…と落ち込んだヤマトを無視してジャッキーはカズキにお礼を言う。

 

「協力ありがとうな、カズキくん!」

「どういたしましてっす」

「じゃ!」

 

また連絡するからなー!と颯爽と去っていくジャッキーにヤマトはヒラヒラと手を振る。

同じように見送ったカズキが「ジャッキーさんはレンジャーっぽい」とぼそりと呟いてヤマトはショックを受けた。

 

「はぁー…、まあ僕もさぁ、最近思うんだよねぇ…、ポケモンと仲良くなるのそもそも下手だし…!」

「キャプチャ、下手くそだもんなー」

「グサッと来たよ」

 

海を眺めながら並んで座ったヤマトとカズキ。

ガクリと落ち込んで頭を抱えるヤマトに何を言うわけでもなく思い出したカズキが言った。

 

「そういや、今日の朝刊見た?ニュースもやってたけどさ」

「え、見てないけど…なに?」

「兄ちゃん尽くし!」

 

キランと目を輝かせたカズキがカバンから新聞を引っ張り出した。

新聞の一面記事に映るシンヤとツーの姿にヤマトは「わあ」と声を漏らす。

 

「二人共、横顔が綺麗だなー」

「そこ?」

「だって昨日、事故があったっていうのは聞いたもん」

「なんだ。兄ちゃんとこ行ってたんだ」

「うん、昨日泊まらせてもらったからね。知り合いの結婚式行ってたからさー。でも本当に凄い事故だったんだねー」

「……ヤマトさん結婚しないの?」

「………急に何…」

「いや、兄ちゃんはミロさんと結婚してるようなもんじゃん?ヤマトさんはどうなのかと思って」

「……」

 

黙り込んだヤマトはごそごそとカバンを漁った。

そしてボールを取り出してユキワラシを出す、片手にめざめいしを握り締めてカズキへ視線をやった。

 

「ユキワラシをね!進化させてあげようと思ってたんだ!」

「凄い勢いで話逸らして来たこの人」

「はい、ユキワラシ!これで可愛いユキメノコに進化してね!」

 

急に押し付けられた石に困惑しつつも受け取ったユキワラシが眩い光と共に形を変える。

見事、ユキワラシはユキメノコに進化した。

 

「わあ!ユキメノコ…、色違いー!…だけど何処が違ってる、の…?」

「ユキィ…」

 

え?と姿形の変わったユキメノコを観察するヤマト。

ユキメノコは自身の手で口元を押さえて困ったように目を細めた。

 

「ポケモンレンジャーの癖に違いが分からないなんて…」

「え、だって…!他のユキメノコそんなに見た事ないもん…!」

「帯っぽい所がピンクで可愛いだろ!通常だと赤!」

 

へー、とヤマトが相槌を打った。

可愛いと褒められたユキメノコが嬉しそうに笑うのを見て、ヤマトとカズキもつられて笑う。

 

「ユキメノコ、可愛いなー」

「うん、これは可愛い!ヤマトさん、レンジャーでポケモン要らないじゃん。オレが貰って良い?」

「えぇ!?僕とユキメノコの友情を引き裂くの!?」

「女の子だって最近まで知らなかったくせに、なー」

「ユキィ…」

 

それについてはごめんなさい、と落ち込んだヤマト。そんなヤマトの頭をユキメノコが撫でる。

 

「優しい…!さすが僕の相棒…!」

「あ、じゃあ、ヤマトさん!ユキメノコお嫁さんにすれば?」

「その話、ぶり返すんだ…」

「オレはヤマトさんの将来を切実に心配してあげてるんだよ」

「……」

 

再び黙り込むヤマト。

カズキはユキメノコの両手を掴んで揺らす。手持ち無沙汰。

せっせっせーのよいよいよい、と心の中で歌いながらカズキがユキメノコの手で遊んでいると黙り込んでいたヤマトが口を開いた。

 

「僕…、好きな子が居るんだよね…!」

「え?じゃあプロポーズすれば?」

「大人はそんな簡単にプロポーズしたりしないの!色々とあるの!大人には!」

 

いや、オレもそこまで子供じゃないけど…、とカズキが眉間に皺を寄せる。

ぷらぷらとユキメノコの手を揺らしながらカズキは口を開く。

 

「ヤマトさんはもっと相手をしっかり見てあげるべきだと思うな」

「え!?」

「昔から知ってるから言うけど、ヤマトさん誰にでも優しすぎ。好きな子が出来たー!って兄ちゃんに相談してる所も見たことあったけど、ヤマトさんってちゃんと好きな人と向き合わないじゃん?

まあ、根掘り葉掘り聞かなくて優しく接してくれるヤマトさんって良い人なんだけど。良い人過ぎてダメっていうか、相手の気持ちとか察してあげられないよね?みたいな…」

「……」

 

チラリとカズキがヤマトに視線を向ける。

目が合った瞬間、ヤマトはビクリと肩を揺らした。

 

「兄ちゃんみたいに素直にずばずば言ってくれる人、珍しい方だと思うわけよ。ヤマトさんのその好きな子がヤマトさんに何でもずばずば言ってくれるか、って言ったらそうじゃないじゃん?

オレは好きだって気持ちがあるなら相手のことを知る努力をするべきだと思う。ヤマトさん、相手が言ってきてくれたら受け入れますーみたいな感じだし…。昔っから」

「!?!?」

「っていうか、自分のことを好きなんじゃないかな?って思う所から基本入るよな。あと明るくて健気に尽くしてくれそうな子が好きっていう」

 

ぷぷぷ、とカズキが笑う横でヤマトは口元を手で押さえてぷるぷると震えた。

自分の胸にザクザクと突き刺さるのは図星だったからである。

 

「ヤマトさん、良い人なんだけどなー」

 

なー?とカズキがユキメノコに向かって首を傾げる。両手を掴まれた状態のユキメノコは困ったように笑って同じように首を傾げた。

 

「………いや、まあ、なんか全然分かってないとか言われたけど、何が分かってないのかそもそも分かってないから、分かってないんだけど、あれ僕は何を言ってるの…?でも、その後、普通に接してくれてるし、今はこの状態でいることがベストなんじゃ…」

「(なんか横でブツブツ言い出した…っ)」

 

考えてるらしいヤマトが頭を抱えて何やら独り言を言っている。

カズキとユキメノコはチラリとそんなヤマトに視線をやる。

 

「カズキくん!」

「お、おう!」

「考えたけど何を言えば良いのか分からないよ…!」

「(年下のオレに聞くのか…!)」

 

大人だって言う癖に、と思いつつも自分の兄がこういう手の話はバッサリ切り捨ててどうぞご勝手に派なのでカズキは頑張って答えることにした。兄に代わって。

うーん、と考えたカズキはキリッとした表情を作って掴んでいたユキメノコの手を両手で握り締めた。

 

「大好きなキミのことが知りたい!」

「ユ、ユキ!?」

「みたいなのって良くない?」

 

どう?とユキメノコからヤマトに視線をやったカズキ。

いや、どうって言われても…とヤマトは眉を寄せる。

 

「だからもう率直に!ドストレートにさ!自分は鈍感だから全部言ってくれないと分からないんだ、って素直に言うも良し。僕のことどう思ってるか聞いても良い?ってのも良い。とりあえず、今のままで何とかなるんじゃないかなぁ…な気持ちじゃなくて、向き合う!」

「…でも、それで言っちゃって気まずくなると…」

「気まずくなったくらいで好きな気持ちって消えるの?」

「…!」

 

カズキの言葉に顔をあげたヤマト。

だろ?と首を傾げたカズキを見てヤマトは深く溜息を吐いた。

 

「僕、常々頼られたいなぁと思ってたんだよ」

「え…!?あ、そう、なんだ…」

「うん、こんな情けない男には頼ろうと思っても頼れないよねぇ…」

「…」

「とりあえず、この後、予定無いか聞いてデートに誘ってみる…!」

「手、震えてるけど…」

 

だって、断られるの想像しただけで怖いんだもん。と再び俯いたヤマトの背中をカズキはバシンと思い切り叩く。

痛い!と叫んだヤマトは涙目になりながらカズキへと視線をやった。

 

「オレの兄貴の親友やってるヤマトさんに怖いもんなんかねぇよ!」

「…うわぁ…!、カズキくん、カッコイイ…っ!」

「オレを誰の弟だと思ってんだ」

 

フフン、と笑ったカズキにヤマトは笑顔を返す。

 

「ありがとうカズキくん!僕、頑張ってみるよ!」

「おう!」

 

年下のオレに慰められてる時点でどうかと思うけどな!という気持ちはカズキの心の奥底にしまっておくことにした。

よーし、ミオのポケモンセンターから反転世界行くぞーと立ち上がったヤマトが空を見上げて固まった。

 

「……」

「「?」」

 

黙り込んだヤマトを見てカズキとユキメノコが首を傾げる。

 

「飛行タイプ見当たらないね…」

「…オレのエアームドで送ってやるよ…」

「うん、ごめん…」

 

ボールからエアームドを出したカズキに背を押されてエアームドの背に乗ったヤマトはさっきまでの元気は何処に行ったのかしょんぼりと肩を落として情けない。

めっちゃ不安だな、と思いつつカズキは小さく溜息を吐いた。

 

「ユキィ…」

「あ、ヤマトさん、ユキメノコをボールに…」

「なんて言って誘ったら良いかな…、っていうか、家に居るかな…」

 

全然聞いてねぇ。

ぶつぶつと何か考え込んでいるヤマトを見て仕方がないとカズキはエアームドの背から手を伸ばしてユキメノコの体を抱き上げた。

 

「落ちないように捕まってろよ」

「ユキ!」

「ヤマトさーん!飛ぶからなー!よし、エアームド、ミオまで頼んだ!」

 

*

 

ポケモンセンターで黙々と仕事をしていたミミロップがこの辺りでは聞き慣れない音に顔を上げた。

向かいに座って同じように仕事をしていたサーナイトがミミロップに視線をやる。

 

「どうしましたの?」

「バイクの音した」

「バイク?」

 

この辺には少ないがまあバイク乗りも居ないことも無いのではないかとサーナイトが首を傾げる。

外の様子を気にするように見ていたミミロップだったが、少しして視線をテーブルへと戻した。

 

「ま、良いや」

「別に大丈夫だとは思いますけど…、一応、受付の方を見て来ますわね」

「んー」

 

ひらひらと片手を振ったミミロップを見てからサーナイトはポケモンセンターの受付の方へと向かう。

ちらっと見て、ついでに飲み物でも貰おうかしら~と呑気に来てみれば受付にずらりと並ぶ強面の連中。

ソファにドカリと座った一人の男の傍でジョーイが腰に手を当て仁王立ちで怒っている。

 

「タバコは外で!吸って下さい!」

「うるせぇ!すぐそこに窓あるんだから良いじゃねぇか!お宅がさっさとうちのドガースの治療を終わらせてくれりゃ帰るからよぉ!」

「ドガースの治療はしますけど!タバコはダメです!」

 

このズイに暴走族襲来ですわ…!と驚くサーナイト。

そしてジョーイの強さに唖然としていると、男はあまりにも腹が立ったのかジョーイを突き飛ばした。

 

「しつけぇ!」

「きゃっ…!」

 

慌ててサーナイトはジョーイと男の間に割って入る。

 

「ジョーイさんに何をするんですの!」

「るせぇ!さっさとうちのドガース治して連れて来やがれ!」

「治して下さるジョーイさんにそのような態度…!ワタクシが直々にアナタを瀕死にさせて差し上げましょうかぁ?」

「あぁん?んだとぉ?」

「喧嘩なら買いますわよ…?」

 

睨み合う男とサーナイト。

胸ぐらを掴まれたサーナイトは男の胸ぐらを掴み返す。

 

「サナちゃん…!」

「舐めた口聞きやがって!女だからって許してもらえると思ってんじゃねぇぞぉっ!」

 

ぶおん、と男がサーナイトめがけて拳を振り下ろした。

殴られる、そう思ったジョーイの口から「ひっ」と悲鳴が零れる。

 

「…っ!?!?」

「…」

 

殴りかかって来た男の拳を片手で受け止めたサーナイトは男を睨み付ける。

人間が発することの出来ない異様な雰囲気に男がたじろぐ。

 

「か弱い女性であるジョーイさんに暴力を振るったこと、後悔させて差し上げますわ…、ワタクシを…、

――舐めんじゃねぇ…!」

「え゙!?おと…!?」

 

ゴッ、と鈍い音と共に男が後方に吹っ飛ぶ。

ポケモンであるサーナイトからすれば人間の男など敵では無い、軽く吹っ飛んだ男を見た周りの仲間達に動揺が走る。

そして、もう一人、騒がしすぎるとやって来てみればサーナイトが見事に人間をぶっ飛ばす瞬間だったミミロップはポカンと口を開ける。

 

「サ、サナー!お前なにやってんだぁあ!」

「きゃぁん!ミミローさん!野蛮な人達が来てるんですの~!追い払って下さいまし~!ワタクシ、こわいですわ~!」

 

えぇっ!!!こわいのはこっち!!!

周りに居た男たちの視線がサーナイトへ集中する。

 

「いやいやいや!お前の方がこわいわ!」

「そ、そうだそうだ!」

「うちの頭を吹っ飛ばしやがって!」

「よく言ってくれた!ちっこいの!」

 

ミミロップの言葉に同調して強面の男共からサーナイトへヤジが飛ぶ。

そのヤジを聞いた瞬間にミミロップの視線がサーナイトから周りのヤジっていた男達の方へ変わる。

 

「オイ…、今、ちっこいのって言ったのどいつだ……」

「「「…え゙」」」

「テメェら全員表出ろやぁああああ!!!」

「「「ぎゃああああああ!!!」」」

 

オラァ!と勇ましい声と共にミミロップに蹴っ飛ばされた男達がポケモンセンターの外に転がる。

 

「そもそもポケモンセンターでタバコ吸ってんじゃねぇ!!!このクソ共ぉおおお!!!」

「「「うわああああ!!すみませんでしたぁああ!!」」」

「謝って許すわけねぇだろうがぁあああ!!」

 

ポケモンセンターの前で強面の男共をボッコボコにするミミロップ。

 

「ミミローさん…!勇ましくて素敵ですわ…!」

 

きゃっ!なんて言いながら頬に手を添えて笑うサーナイトはポケモンセンター内に転がっていた頭らしい男を外にポイっと捨てた。勿論、片手で。

 

「ジョーイさん、怪我はありません?大丈夫ですの?」

「え、ええ、大丈夫よ。すごくびっくりしたけど…!」

「ふふ、力なら負けるわけないじゃないですの!だってワタクシ達、ポケモンなんですのよ?」

「それはそうだけど…」

 

はい、と手を差し出したサーナイトの手を掴んでジョーイが立ち上がる。

 

「ありがとう、サナちゃん」

「どういたしましてですの!」

「うふふ、サナちゃんがカッコ良くてびっくりしちゃったわ、ちゃんと男の子らしい声も出せるのね!」

「…え!?い、嫌ですわ、ジョーイさん…!忘れて下さいまし~!」

 

両手で頬を押さえたサーナイトの顔は真っ赤。

それを見てジョーイはクスクスと笑った。

 

「っしゃぁあ!完勝ぉお!」

 

男共が積み重なった上でミミロップが満足げに拳を突き上げたのだった。

 

*

 

ミオまで送ってもらったヤマトは反転世界にあるシンヤの家に向かっていた。

先に電話で確認すれば良かったかな、という後悔をしつつも家の前まで来たヤマトは深呼吸をする。

 

「ヤマトさん、デートするならユキメノコ預かっといてやるよ!ついでにレベルも上げといてやるからさ!」

「ユキー!」

 

びし、と親指を立てたカズキの姿を思い出してヤマトはガクリと肩を落とした。

そう相棒のユキメノコを奪われた今…、失敗した場合、自分を慰めてくれる子は居ない…。

でも、レベル上げてくれるのは嬉しい、そもそもバトルなんてしないからユキメノコも嬉しいと思う。とヤマトはカズキに感謝もした。

彼の心中は複雑である。

ガチャ、と玄関の扉を開けて中に入る。

チルタリスかトゲキッスが居る場合は声が掛かるのだが二人は不在。静かな家に上がってリビングへと行けばソファに寝転がって雑誌を読んでいたらしいブラッキーと目が合った。

 

「おお…!」

「え!?ヤマト!?」

 

慌てて起き上がったブラッキーがパチパチと瞬きを繰り返す。誰か帰って来たと思ったらまさかの人物、無理もない。

 

「シンヤなら出掛けてるけど?」

「あ、そうなの?いや、でも僕、…」

「?」

「僕…っ、ツキくん目当てで来たからツキくんが居てくれて良かったよ!うん!」

「ぇ、オレ?」

「あの、予定とか無くて、暇なら…その、僕と…デートしませんか……なんて」

 

うおお、恥ずかしい!!顔が熱い!!と目を瞑ったヤマトがその場で身悶える。

心の中で叫びまくっていたヤマトは返事が無いことに、あれ?と思いつつ目を開けた。

 

「……………」

「……」

 

ブラッキーは固まってヤマトを凝視していた。

え、なに、どういう反応?と焦りつつヤマトが首を傾げる。

 

「ツ、ツキくん…?」

 

ヤマトが名前を呼んだ途端、ブラッキーの目からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。

 

「…っ!」

「えええええええ!?!?」

「…っ、デートッ、行ぐ~…っ!!」

「!?」

 

えぐえぐ、と泣きながら言ったブラッキーの言葉に一瞬なんのことか分からずに固まったヤマトだったが、すぐ我に返る。

あれ!?なんかこの状況でオッケー貰った!!

 

「ありがとう!嬉しいけど!なんで泣くの!なんで泣くの~!僕も泣いちゃうよぉぉお…!」

「っだって、今、めっちゃ…寂しかった、からっ…!嬉しかったんだよぉ…っ」

 

なんのことか、さっぱり分からなーい!!

よく分からないけど泣いてるから抱きしめておこう、とヤマトがブラッキーをぎゅっと抱きしめる。

 

「…ヤマト、」

「え、なに?」

「……」

「…お腹空いた?」

「ぅあああああ!!!ムードクラッシャー!!!!」

「いたたたたたたた!!なんで抓るのぉおおお!!!」

 

*

 

暫く居たが結局、マスターとサマヨールが戻って来なかったのでシンヤとミロカロスは家に帰って来た。

今度、ゲンも反転世界に連れて来たいな。そうだねーなんて会話をしながら家に帰れば、

何故か頬を膨らませて不機嫌なブラッキーとそのブラッキーにごめんなさいと土下座するヤマトが居た。

 

「なんだこれ」

 

思わず出たシンヤの声にヤマトが顔を上げた。

 

「あ、おかえりー」

「お前…頬、赤いぞ…」

「なんでなのか、分からなくて…」

 

それで怒られています。と遠い目をしたヤマト。

何も言わず頬を膨らませたままのブラッキーを見てシンヤは眉を寄せる。

 

「俺様は分かる!どうせ、ヤマトが悪い!帰れ!」

「ひ、酷いっ…!」

 

びし、とミロカロスに指を差されてその場でうずくまるヤマト。

そのヤマトの上にミロカロスが座れば「重いよー!」とヤマトが苦しげに声をあげた。

あのバカは放って置こう、とシンヤはブラッキーの隣に腰掛ける。

 

「で、どうしたんだ?」

 

ん?と首を傾げながら優しい声色で声を掛けるシンヤ。

そのシンヤにブラッキーはひしっと抱きついた。

 

「やっぱりシンヤが特上過ぎてツライ!!!」

「……」

 

何の話か全然分からない。

 

「重たいよ~、ミロちゃん、退いてよ~」

「立てたー!」

「痛い痛い痛い痛い!」

 

何をやってるかも分からない。

少し考えた後、シンヤはよしと頷いた。

 

「私、仕事してこよーっと」

「あ!めんどくさくなった!酷いシンヤ!でもそこが良い!」

「付き合ってられるか」

「あ~、聞いて~、ヤマトが空気読めなさすぎてムカついたんだって~」

「そんなのいつものことだろうが!」

「そうだけど~!」

「………じゃあ、ヤマトを家から放り出すまではやってやる」

「へ!?」

 

退け、ミロ!とミロカロスを退かしてうずくまるヤマトの首根っこを掴んだシンヤはずるずるとヤマトを玄関まで引きずっていく。

慌てて追い掛けて来たブラッキーはぽいと放り投げられたヤマトを見て「あ~…」と悲しげに声を漏らした。

 

「ほら、出してやったぞ」

「…うん」

「……お前も、ぐだぐだと鬱陶しいな…」

「え゙」

「頭が冷えるまで帰って来るなっ!」

「うわあっ!」

 

ぽい、とブラッキーも玄関の外に放り投げたシンヤは二人の靴もぽいぽいと外に投げ捨て玄関の扉を閉めた。

放り投げられたブラッキーを見てミロカロスが大きく口を開けてシンヤを見つめた。

 

「ゆ、許してあげて…!」

「気にするな、ああでもしないと素直になれないんだ」

「……?」

 

*

 

玄関から放り出された二人はチラリとお互いに視線を合わせた。

 

「……」

「…えっと、」

 

何を言えば良いのか分からない。

なんで怒ってるの?と素直に聞いて、ますます怒られたヤマトにはもう対処方法は無かった。

 

「腹減った…」

「え!?」

「腹減ったー!!」

「わ、分かったよ!なんか食べに行こっ!ね?」

「…ん」

 

素直に頷いたブラッキーを見てヤマトは首を傾げた。

やっぱり、お腹空いてたんじゃん…。なんで僕はさっき怒られたんだろう…。

じゃあ、行こうかと立ち上がったヤマト。足元ではブラッキーがすでに靴を履いた状態で座り込んでいる。

 

「……」

「……」

 

何やってるんだろう。

座り込むブラッキーを見下ろしてヤマトは考える。お腹空いてるんじゃないのか、と…。

 

「ツキくん…?」

「……」

 

ギロリと睨まれてヤマトはビクッと肩を揺らした。

無言で手を差し出して来たブラッキーの手をヤマトはおそるおそる手に取った。

 

「よし、行こう…」

「!?!?」

 

手を取った途端に立ち上がり歩き出したブラッキーに困惑しつつヤマトは手を引かれるままに歩き出した。

そんな二人をたまたま見送ったギラティナとミュウツー。

 

 

「や、やべぇ…ッ!!」

「くぅ…ッ、腹がッ…!!!」

 

抱腹絶倒であった。

 

*





【挿絵表示】

続く……。


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会うは別れの始め:短編要素有
78


 

「…」

「…」

「…」

「…」

 

グラスに入れられた真っ赤な飲み物を前に固まるミロカロスをシンヤ、カナコ、イツキが見つめる。

目の前に毒々しい赤、決して嫌いな色ではない、むしろ大好きな色なのだが、如何せん、ニオイがキツイ…。

真剣な目でグラスの中身を見つめるミロカロスが何も言わないものだから、シンヤ達もどうしたものかと固まった。

 

シンヤへ、ジラルダンから荷物が届いた。

カフェでそれを受け取り中身を確認すれば、これがなかなか上等な赤ワイン。

マスターへお裾分けしてからシンヤはミロカロスを連れて実家へと出向き、両親にワインを振る舞ったわけだが…。

 

「ミロ、無理に飲まなくても良いんだぞ…?」

「そ、そうよ?お酒が苦手な子なんていっぱい居るもの」

「なんならお父さんが代わりに飲んでやるぞ?ん?」

「…飲むもん…」

「「「……」」」

 

三人でわりと楽しく飲んでいたらミロカロスが拗ねた。

じゃあ、どうぞ?と注いでやったらそのニオイに顔を歪めてからというもの、ミロカロスが動かなくなった。

そして気を利かせて声を掛けてやるも本人は意地になっていて、飲むと一点張り。

見てるこっちがドキドキソワソワするから飲むなら早く飲んで欲しい。

三人の気持ちは同じだった。

ミロカロスがグラスを掴んで持ち上げる。お、と小さくイツキが声を漏らした。

ぷるぷると震えながらワイングラスに口を付けたミロカロスはそのまま目をぎゅっと瞑ってグラスを傾ける。

こくん、とミロカロスの喉が動く。

そのまま眉間に皺を寄せたミロカロスがグラスを口から離して…。

 

「うえええええええ…!」

「きゃああああ!」

「……」

「ははははははっ!」

 

ミロカロスの口から真っ赤なワインが零れ落ちる。

それに悲鳴をあげたカナコが「ティッシュ!ティッシュ!」と慌てて立ち上がり、隣に座っていたシンヤは眉を寄せて自分のワインを飲み干し、イツキは涙が出るほど笑った。

 

「不味い、不味いよぉ…っ」

「ミロちゃん!ほら、お口拭いて!」

 

結果、ミロカロスは酒が飲めず。

チーズを齧り、ワインを飲むシンヤを見てミロカロスは何が美味しいのかと顔を歪め口を尖らせたのだった。

 

*

 

「っていうことがあった!」

「だからなんだよ」

 

家に帰宅後、仲間達を集めて経緯を説明したミロカロスはシンヤに貰って来たワインをドンと床に置く。

話を突然聞かされたミミロップは本から視線をあげてミロカロスを見やる。普段見ない真剣な顔に「こいつやっぱりアホだな」と内心思った。

 

「ポケモンだから!俺様はワインが飲めないんじゃないかと思ったんだ!だからミミロー達も飲んでみて!美味しいかどうか!」

「えー…それでわざわざシンヤからワイン貰って来たのソレ?良いワインなんだろ?シンヤに飲ませてやれよ…」

「いや、みんなにも飲ませたいって言ったら良いぞってくれた」

「…良いワインなのに…!」

 

ワタシ達の為に分けてくれたのか…!と感激したミミロップは本を閉じてワインに手を伸ばした。

シンヤがそう言ってくれたなら飲まないわけにはいかないだろう、ここはとっても美味しかった!ありがとうシンヤ!とお礼と感想を主人に伝えねばならない。そんな決意を抱いたミミロップがグラスにワインを注いだ。

それを見て、エーフィが手を伸ばす。

 

「ちょ!本当に飲むつもりですか!?」

「飲むよそりゃ。シンヤがくれたんだから、お前、シンヤからの酒が飲めないわけ?」

「ぅ、そ、それは…」

 

ここにシンヤが居たのなら「無理に飲めとは言わないぞ…」と呆れるところだがそのシンヤは居ない。

シンヤを物事の中心に考えるシンヤの事が大好きなポケモン達しか居ないのだ。

 

「オレ…前にカクテル飲んで、チルに襲いかかった挙句、キッスにチューしちゃったことあるんだけど…」

「ああ…自分がシメ落とした時だな…」

「その節は大変申し訳ございません…。って、オレは飲みたくない!次の日、頭痛くなったし…!」

「チルはお酒飲めるでしょうか…?」

「どうだろうね、俺も飲んだことないから分からないけど、シンヤからって事なら一口だけ貰っておこうか?」

「…そうですね!一口だけ頂きます!」

「マジで!?みんな飲むの!?…えー、じゃあ、オレもちょっと飲む…」

「ワタクシ、ワイン美味しく飲めますわよ?ジョーイさんも軽く飲む人でご一緒させて頂きましたの」

 

美味しく飲めるだと!?と驚いたミロカロスがサーナイトを凝視する。

 

「何処が美味しいんだよ!変なニオイで変な味だったのに!」

「え~、良い香りですわよ?口の中でふわんと香りが広がるのがまたなんとも言えませんわ~」

「うげぇ…」

 

はい、はい、はい、と人数分ワインを注いだミミロップがグラスを配る。

回って来たグラスを手に「え」とミュウツーが固まった。

 

「酒は成人してないと飲んではダメだと本で読んだ」

「お前、生まれて何年だよ…」

「20年は経ってないと思う」

 

よく分からない。と首を傾げたミュウツー。

その隣で寝転がっていたギラティナがグラスを傾け、中身を飲み干した。

 

「酒を美味いと思ったことはねぇ、けど、酒に負けたこともねぇ」

 

なんかカッコイイ…!

ミロカロスが目を輝かせてギラティナを見つめた。

 

「じゃあ、全員!シンヤからの酒だ有り難く飲め!カンパーイ!」

 

もう飲んじまったよ、とギラティナが呟く。

カンパーイと同じように言ってグラスを傾けた連中をミロカロスはじっと見つめた。

 

*

 

「…ん、なかなか…」

「まあ!このワイン美味しいですわ~!」

「意外と…、美味しいですね…!」

「俺はあんまり好きな味じゃないですけど…、チル平気?」

「はい、平気です!なんだか大人の味がします!」

 

うん、と頷いたサマヨールに続いてサーナイトが笑顔を浮かべ、乗り気じゃなかったエーフィは「これは、いける!」と目を輝かせた。

美味しくない、とグラスを置いたトゲキッスの横でチルタリスがニコニコと笑う。意外といける口らしい。

 

「味はなー、まあ、好きなんだけど…。これで飲み過ぎたら痛い思いするの知ってるからなぁ」

 

ブラッキーが眉を寄せてグラスを置いた。飲み過ぎのトラウマである。

 

「美味い…!」

「ツー、お前結局飲んだのか」

 

香りが良い!とご機嫌なミュウツー。おそらく、未成年。それを見てギラティナが苦笑いを浮かべた。ちなみにどう考えても最年長。

そして、率先してワインを飲んだミミロップは自分の口を手で押さえて苦い顔。

 

「………」

「な?不味いだろ?な?」

 

ミロカロスの言葉にコクコクと頷いた。

シンヤからの酒とはいえ…飲めたもんじゃねぇ…!と一人、トイレに駆け込んだのだった。

 

*

 

ご機嫌取りにジョーイにワインを差し入れに行っていたシンヤが家に帰るとリビングではチルタリスが用意したのかツマミ系の料理をもぐもぐと食べるギラティナが出迎えた。

 

「おかえりー」

「た、ただいま…。どうしたんだ、これは…」

 

ギラティナの背中にしがみついているミュウツー。

ソファに並んでサーナイトとエーフィがケラケラと笑っているし、その二人の向かいのソファではブラッキーが真っ赤な顔で仰向けに眠っている。そして、ミミロップが床にうつ伏せで倒れている…。

 

「あ、シンヤおかえりなさい!すぐに片付けますから!」

 

リビングへと扉を開けて入って来たトゲキッスは、慌ててテーブルに並ぶ空になった皿を重ねはじめる。

何事だ?とギラティナに視線をやればギラティナは困ったように笑った。

 

「ワインをな、みんなで飲んだんだよ」

「ああ、ワインな。それは良いんだが…」

「あそこでご機嫌な二人は今もう何言っても笑うし、ミミローは一口飲んだだけで気持ち悪くなったらしくてゲロゲロ。チルがほろ酔いで気持ち良くなってツマミをいっぱい作ってくれたんだけど、途中で寝た」

「俺がニ階に運びました…」

 

あはは、と苦笑いを浮かべたトゲキッス。ちなみに俺は一口しか飲んでないですと付け足した。

 

「で、ツキは飲みたくないって言ってたんだけどご機嫌な二人に捕まって無理やり飲まされ潰された」

「(可哀想に…)」

「サナとフィーと同じくらい結構飲んでたヨルが強くてさ、二日酔いするであろう連中の為にミロ連れて薬買いに行った」

 

ああ、うちにはそういう薬は無いからな、とシンヤが頷く。

 

「そんでコイツもわりと飲んだんだけど、酔うとガキみてぇになるのかくっついて離れない」

 

これ、と自分の背中を指差したギラティナ。

起きてはいるらしいミュウツーがべったりとギラティナの背にくっついて野菜スティックのにんじんを齧っていた。

 

「めっちゃ背中温い」

「ギラティナは飲んでないのか」

「酒好きじゃないし、ま、飲んでも酔わねぇけど」

 

ギラティナの言葉に頷いたシンヤがトゲキッスの手伝いをするべくテーブルの上のゴミをまとめる。

全く仕方ないな、と小さく溜息を吐けばシンヤの存在に気付いたのかギラティナの背にくっついていたミュウツーが静かにシンヤへ近づいた。

 

「…」

「…なんだ」

「……」

 

ぴと、とシンヤの腕にしがみつくミュウツー。

それを無言で見つめたシンヤはギラティナへと視線をやる。

 

「コイツ…、なかなか酔い方が可愛いな…!」

「だろ~!」

 

面白い!とシンヤとギラティナが笑った。

可愛いけど邪魔だ、とミュウツーを引き離そうとしているシンヤに気付いたサーナイトが手に持っていたグラスを高々と上げた。

 

「シンヤ~!おかえりなさいまし~!」

「シンヤさん!こっち!こっち来て下さい!」

 

きゃっきゃっとハシャぎ手招きするサーナイトとエーフィ。

第二の犠牲者は決まったとギラティナがシンヤから視線を逸らした。

離れないミュウツーをくっつけたままブラッキーを横にずらしてシンヤは二人の向かいのソファに座った。

ぐったりとするブラッキーの様子を見てからシンヤは向かいに座る二人を見る、なかなかに酒が回って二人共顔が赤い。

 

「シンヤ!どうぞですわ!はい!どうぞ!」

「ああ、ありがとう…」

 

グラスにワインを注がれてシンヤは渋々受け取る。人数が居るから、と思って三本もミロカロスに持たせるんじゃなかった…。シンヤは心の中で溜息を吐く。

まさか、全部飲むなんて…。

 

「シンヤ、聞いて下さいまし~!」

「…」

「ジョーイさんが、最近ちょっと酷いんですのよ!」

 

アイツはいつも酷い、と思いつつシンヤは相槌を打つ。

ワタクシに重たい荷物を持たせますの!ジョーイさんが持つくらいならそりゃ持ちますけど!やっぱり、男の子ねぇ~なんて言われるのは心にグサッときますの!

どう思います!?とサーナイトに返答を求められてもシンヤは「いや、男だしな…」と思うだけだった。

 

「ジョーイさんの中でワタクシ、男として認識されつつありますわ…っ!いやー!そういえば最近、可愛い~って言ってくれなくなりましたわ!頼もしいわ~ってよく言われてる気がしますの…!」

 

どう思います!?とバンバンとテーブルを叩くサーナイト。お前、さっきから私の返事を聞く気がないじゃないか。まだ一言も発してない。と思いつつシンヤはワインを飲む。

わんわんと嘆くサーナイトの横に座っていたエーフィが「シンヤさん!」と声を張り上げる。

 

「聞いて下さい!」

 

お前もか。

 

「ノリコなんですけどね!そもそもセンスが無いんですよ!」

 

技の演出を考えさせても!無理難題をポケモン達に言いますし!ノリコの頭の中のイメージを聞けばキラキラーってなってそのあとバーン!みたいな!とか抽象的過ぎて!もうね!シンヤさんの妹ですけど!言わせてもらいますが、あの子!頭悪いんですよ!

センスゼロ!あとコンテストドレスのセンスもゼロ!テーマ、宇宙!とか!頭に触覚付けてる時点で、宇宙じゃなくてエイリアンですよ!あれは!

バンバンとテーブルを叩いて怒るエーフィ。

 

「すまん…」

「シンヤさんから言ってやって下さい!そもそも技演出の構成からドレスまで用意してあげて下さい!私の言うこと聞いてくれないんですよ!これは私のポリシーだから!ここはだけは譲れない!とか言って!教えてくれ!見てくれ!と言っておいて口を出しても言うこと聞かないんですよ!?

あー!もうあの辺りが凄く頑固なシンヤさんの妹って感じです!自分がこう!って思ったら全然譲ってくれないんですもん!私もね!シンヤさんが相手なら良いんですよ!?シンヤさんならね!」

「……」

 

サーナイトは泣き喚いているし、エーフィはブチ切れているし…。

聞いてますの!?聞いてますか!?と二人に詰め寄られてシンヤはこくこくと頷く。

ブラッキーが何故酔い潰されたのか分かった、これはもう飲むしかない…!今この場で自分の出来ることはひたすらに飲んでやり過ごすことのみ…!

シンヤの腕にくっつくミュウツーはもしゃもしゃと何かに添えられていたらしいレタスを齧っていた。

 

*

 

ただいまー、と袋を手に戻って来たミロカロスとサマヨール。

テーブルに並べられていたツマミは大体食べて片付けたらしいギラティナがコップを片手におかえりーと出迎えた。

 

「薬が色々あってな…、薬剤師と話していたら遅くなってしまった…」

「へー」

「…!?」

 

サマヨールがギラティナと会話をする横でミロカロスは気付く。

シンヤが酔っ払いに絡まれている!と。

ソファの向かいから何やらずっとベラベラと喋る二人、いつの間にかシンヤにすがりつくように眠るブラッキーに、シンヤにくっついてもそもそと口を動かす目が虚ろなミュウツー。

 

「あれは…なんだ…、主が…っ」

「そう、あれが酔っ払いハーレムだ。強烈な絡みに捕まれば逃げられなくなると恐ろしい攻撃!」

 

ははは!と笑ったギラティナにサマヨールが笑い事じゃない!と怒る。

 

「シンヤー!お前らシンヤから離れろー!」

 

果敢にもミロカロスが突っ込んで行った。

 

「お前が帰って来てくれるのを待っていた…!」

「シンヤ!俺様に任せろ!」

 

助かった、とミュウツーとブラッキーを抱えてシンヤはサーナイトとエーフィから逃げる。

サーナイトとエーフィを前に怒るミロカロスはその後、ポケモンの姿に戻って二人にハイドロポンプをくらわせたのだった。

 

 

「うるさーい!サナとフィーの話なんか、どうでもいいしっ!」

 

*



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79

ある日、シンヤが何気なく見た雑誌に見つけた。

 

「ポケモン・バッカーズ、ワールドカップ開催…!?」

 

これは…!と雑誌をテーブルに叩きつけるように置いてシンヤはキッチンへと走る。

 

「チルタリス!出掛ける用意を頼む!」

「え!?は、はい!」

「私はアイツを呼んでくる!」

 

はい!というチルタリスの返事を聞く前にシンヤは走って行ってしまった。

そして返事をしたものの「アイツ?」と首を傾げるチルタリスが取り残されたのだった。

 

*

 

クラウンシティに着いたシンヤは勿論、騒ぎが片付いた後に来た。

グリングス・コーダイが!とわいわいうるさい中でシンヤは手にした本に視線を落とす。

 

「ポケモン・バッカーズ。ルールを見るとサッカーとバスケットボールが混ざったようなスポーツだったんだな」

「シンヤ…、そんなに見たかったんだね…」

 

凄く気になったままだったんだ、と本を手にシンヤは頷く。

出掛けるぞ!と連れて来られたスイクンはシンヤの隣を歩きながらクスクスと笑う。

そしてそのシンヤの反対隣ではミロカロスが頬を膨らませる。

 

「出掛けるって言うからついて来たのに、スイクンも一緒とか…!」

「スイクンも気になってるかと思って声を掛けたんだ」

「私は、忘れてたけどね」

 

そうコイツはすっかりポケモン・バッカーズなんてスポーツの存在を忘れていた。むしろ最初から気にかけてすらいなかった。

セレビィに連れられて行っただろ!と言えば、シンヤと出掛けた時の話ね…とのほほんと返されたのだ。

じゃあ、別について来なくても良いと言えばせっかくのお誘いだから行くと人の姿になってついて来たのだった。

 

「で…、な・ん・で!オレ達まで連れて来られなきゃなんねぇんだよ!周りに人人人っ!虫唾が走るぅうう!」

「喧しい。それに別にシンヤは私達を誘ったわけではなかった、お前がスイクンについて来たんだ。それに私も便乗したそれだけのこと」

「うるせぇ!」

「お前の方が煩い」

 

ギャーギャーと怒るライコウ、それを冷静にあしらうエンテイ。

スイクンを誘いに行ったら、なんか居た。

 

「お前は本当にスイクンが好きだな…人混み嫌いなのに頑張って…」

 

良い子良い子と頭を撫でてやれば真っ赤な顔で「黙れ!」と怒られた。それでも違うとは否定しないライコウ。

 

「パパ、俺様、ちょっとあそこのアイス買って来るから!これ持ってて!チルの弁当だから!」

「……持つのは構わないが、何故あの子は私をパパと呼ぶのだろうか…」

 

私は息子など居ない、と真顔でそう言いながらアイスを買いに走って行くミロカロスを見送っていた。

笑うのを我慢してたらライコウに怒られた。

 

「そんで、何処行くんだよ!」

「当然、ポケモン・バッカーズを観にだ!この時間ならもう私達は帰ってるからな!」

「は?」

「うん、そうだね」

「私達は帰ってるぅ?」

 

何の話だ、と首を傾げるライコウの背をスイクンが押す。

 

「ミロー、行くぞー」

「んー!分かったー!パパ、それ持っててな!」

「構わないが、そのパパは…」

 

*

 

「行けぇえええ!」

 

ポケモン・バッカーズってなんだよ!と不満げだったライコウが一番応援してるってどういうことだろうか。

白熱する戦いに興奮するのは分かるがバチバチするのはやめてほしい。

屋台で売っていたコーヒーを啜るエンテイの隣でポケモン・バッカーズそっちのけで同じく屋台で売っていたワッフルを頬張るミロカロス。

観戦しないのも考えものだ。

 

「入った!入ったよな!?」

「入った、かな?」

「入っていた」

 

まあ、三人ならぬ三犬が楽しそうなら良いか…。

サトシ達も何処かで観戦してるんだろうな、と思いつつ私がコーヒーを啜った時、ポンと肩に手を置かれた。振り返れば会場関係者なのだろう、スタッフの名札を付けた見知らぬ男。

 

「シンヤさんですよね!」

「え、ああ…そうだが、」

「最終、飛び入りしませんか?更に盛り上がること間違い無しですよ!」

 

もう実況アナウンサーの方にはシンヤさん客席に見つけたって連絡済みっす!と笑うこの男は何を言っているのだろうか。

最終、飛び入り?それはあれか?優勝したチームと戦えと?ポケモン・バッカーズで?阿呆なのか?

 

「いや、…私、手持ち、…ッ!?」

 

断ろうとしたら背中にバチッと軽い衝撃。

え、痛い。と振り返ればライコウが悪い顔で笑っていた。

 

「(とてつもなく、嫌な予感…!)」

「三体元気なのが居るから、参加しまーす!」

「ありがとうございます!盛り上げて行きましょう!よろしくお願いします!」

「…ライコウ…!お前って奴は…!なんてことを…!」

「遊びに来たんだから、遊ばねぇと」

「元気な三体って誰…?シンヤ、ミロカロスしか連れて来てなかったんじゃ?」

「…正気か貴様…」

「なに?なんの話?ワッフル、冷めちゃったよ?」

 

来るんじゃなかった。

後悔しても時すでに遅し、過去の自分がまだこの場に残り、このスポーツを観戦していたのなら、こんな未来訪れなかったのに…!

そもそも、少しでも見れていたのならこんな所わざわざ来ない。

 

*

 

「え?シンヤ、出掛けたの?」

「はい、スイクンさんを誘ってポケモン・バッカーズを観て来ると仰ってました。ミロさんがご一緒してますよ」

 

家に帰って来たブラッキーは主人不在に口を尖らせる。

そうか、前にクラウンシティ行った時期って今かと。ブラッキーはテレビの電源を入れる。

 

「へー、シンヤがスポーツ観戦なんて珍しいね」

 

ヤマトの言葉にチルタリスが笑顔を返す。

 

「あーあ、ヤマトがケーキ食べ放題行こうなんて誘わなきゃオレも一緒に行けたのになー」

「えぇ!?ツキくん、喜んでたじゃん!」

「その時はなー」

「美味しかったでしょ?」

「最高だったけどな!」

 

ぐっと親指を立てたブラッキーを見てヤマトとチルタリスが笑った。

 

「でも、他の奴らも出掛けてたのかー。まあ、シンヤとミロとスイクンで…デートでは無いかもだけど、楽しんでれば良いな」

「ポケモン・バッカーズ、テレビでも放送してるはずだから観ようよ」

 

ヤマトがテレビのチャンネルを変えた。

優勝はテンガンファイターズ!なんて出ているのを見てヤマトが「あー…」と声を漏らす。

 

「終わっちゃってますね~」

「オレ、スポーツ観戦はあんまりなんだよなぁ」

 

ドラマに変えてよ、とブラッキーが言った瞬間にテレビに映ったアナウンサーが声を張り上げる。

 

<「ここでサプラーイズ!テンガンファイターズの諸君!優勝したキミ達にとあるお方からのサプライズプレゼントだ!」>

「「「……」」」

<「ようこそいらっしゃいました!シンヤさーん!なんと伝説のポケモン、エンテイ、ライコウ、スイクンを引き連れて飛び入り参戦!ポケモン・バッカーズでいざ勝負だー!」>

「「「!?!?!?」」」

 

テレビ画面に映ったシンヤはもの凄く嫌そうな顔。

手持ちでもない伝説の三犬を引き連れてワールドカップに登場しているシンヤを見て、ヤマトはぽとりとチャンネルを落とした。

静まり返るリビング、テレビ画面に映る会場は大盛り上がりだった。

 

*

 

翌日、テレビでも取り上げられるほどの盛り上がりを見せたワールドカップだったが当の本人のテンションは低い。

手持ち達からは何をやってるのかと怒られ、身内や知り合いという知り合いから笑われ、褒められ、絶賛されたのだった。

話題に事欠かない男、当分は誌面から名前が消えない。

 

「参加を断れなかったのはね、仕方ないよ?仕方ないけどさ、なんで勝っちゃうの、シンヤ」

「あいつらのチームワークが抜群過ぎたのが悪い…!」

「エンテイ、ライコウ、スイクンね。うん、なんで連れて帰って来てくれないの?僕、まだ会ってないよ?エンテイとライコウに会ってない!」

「…それは良いだろ、別に」

「ワールドカップで優勝チーム蹴落としてきたより重要な事だよ!会わせてよ僕にも!ツバキちゃんの所から電話が鳴り止まないよ!紹介するまで止まらないよあれは!」

「……」

「ヤマトお前うるさい!帰れ!シンヤ、大丈夫だからな!元気だして、な?な?」

「…ミロッ…!」

 

ぎゅ、とミロカロスを抱きしめて拗ねるシンヤにヤマトの猛攻は止まらない。

ちなみにツバキに関しては家に突撃しようとしてことごとくギラティナに放り出される、鉄壁のガードに悪戦苦闘していたのだった。

 

*



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80

「お兄ちゃんは本当に…もぉ~…」

「ま、兄ちゃんじゃしょうがねぇよ」

 

連絡を取り合ったわけではないが、ポケモンセンターで会った双子の兄妹は雑誌を広げて苦笑いを浮かべる。

 

「ノリコ、最近どうなんだよ」

「え~、まあ前よりは良い感じよ?」

 

目を泳がせながら言ったノリコ。

 

「フィーさん付き合わせといて成果無しとかなぁ…」

「こ、これから!これからだから!」

「フィーさんかなりキレてるらしいけどな」

「え、嘘!?」

「ツキさん情報だけど、お前のセンスが無さすぎるって愚痴ってるらしい。ノリコ、ちょっとフィーさんに全部任せた方が良いんじゃねぇの?」

「えぇー…、まあ、その技の演出がおかしいとか考えてる事の意味が分からないとか、ドレスの趣味が悪いとは散々言われてるけど…」

「直接言われてんのかよっ」

 

愚痴じゃねぇじゃん、ツキさんへの報告じゃん。とカズキは溜息を吐く。

でも、譲れないもん~と口を尖らせたノリコを見てカズキは眉を寄せる。

 

「お前、元から嫌われてんのにそんなワガママばっか言ってたら更に嫌われるぞ。つーか、嫌ってる相手のワガママを受け入れるってそもそも有り得なくね?もうフィーさん限界だろ」

「いや、そこまで嫌われてないよ!なんだかんだ言っても付き合ってくれてるもん!」

「兄ちゃんの命令だからだろ…」

「……」

「………フィーさんの言う通りにした方が良いって」

「うう…、だって~」

 

頑固な妹だ。カズキは眉間に皺を寄せて考える。

 

「オレさ、女のワガママを聞いてやるのは男らしいことだと思うわけよ」

「…はあ?急になに?」

「女のワガママを聞いてやれる男らしさが男には必要だと思うけど、この女のワガママを聞いてやりたいなと男に思わせる女の努力も必要だと思うわけ」

「……」

「素直で可愛い女の言うたまにのワガママとかさ、なんでも叶えてやろうって思うのが男じゃん?でも、毎回毎回、可愛げもなくワガママばっか言う女なんて女として見れないし、ムカつくし鬱陶しいし、一緒になんて居たくないと思うんだよな。オレは」

「………」

「ノリコ、お前自分で自分のこと考えてみてさ。自分で可愛げのある女だと思う?」

「………いや、ちょっと、小憎たらしい感じは…」

「ちょっと…?」

「…………」

 

ぐぅ、と頭を抱えたノリコを見てカズキは満足げに笑った。

カズキは思っていたのだ。

自分が一番!ってプライドを持つのはコーディネーターには必要だと思うが、度が過ぎると可愛げがない。

フィーさんの理想が兄ちゃんじゃ、ハードルももともと凄く高い、ノリコはもっとフィーさんに媚びていかないと絶対に見捨てられる、と。

 

「でもさでもさ!のんを認めて欲しいのにさ!全部おまかせじゃ意味なくない!?」

「…オレは、アナタ色に染まります!とか言って健気に頑張ってる姿見る方がグッと来るけどな」

「そういう手もあったか…!」

「つーか、ポケモンって基本そういう習性みたいなのあるじゃん?健気っつーか、期待に応えようと努力する生き物だから。お前、指導してもらう側なんだし立場逆転させた方が良いよ」

「のんがポケモン側!?」

「だって、自分で育てたポケモンを嫌いになる奴なんていねぇじゃん」

「お、おお…っ!」

 

カズくん頭良い…!と目を輝かせるノリコ。

オレの妹、ちょっと頭悪いな。とカズキは苦笑いを浮かべた。

 

「よーし!頑張るー!」

 

まあ、馬鹿な子ほど可愛いって言うし、育てたら愛着持ってくれるかも…。

そんな風に思いつつカズキは雑誌をめくった。

 

「っていうか、カズくんこそ順調?」

「オレ……、ポケモン育てんのは得意なんだけどなぁ!」

 

涙目でそう言ったカズキを見てノリコは「ああ」と声をもらした。

ポケモンマスターへの道は険しいようだ。

 

*

 

「ほら、わしらも年じゃろ?だから、シンヤちゃんが引き継いでくれんかと思ってな~」

「……」

 

うんうん、と頷くばば様。な~?と念を押してくるじじ様。

子供の頃からの付き合いである育て屋のじじ様とばば様。そりゃ二人には世話になった、ヒンバスを引き取った時とは世界が違うが…トレーナーのシンヤがトレーナーとして活躍する前からの付き合いなのである。

私は、育て屋、やりたくない。

本音はそれだったがそうキッパリ言ってしまうには申し訳ないほど、この老夫婦には世話になっているのだ。特にトレーナーのシンヤが。

 

「シンヤちゃんなら安心して任せられるからの~」

「じじ様…、申し出は凄く嬉しいが…私も何かと忙しくて、育て屋にずっと居られるわけじゃないんだ」

 

そもそもポケモン育てるの向いてないし。

私の中でブリーダーのシンヤが「え!?」と驚きの声を出していた気がしたが、無視した。

私はそもそも放任だし、トレーナーはスパルタ思考で可愛がらないし、コーディネーターは美しさ優先だし。ブリーダーは可愛がりはするがそれでレベルを上げられるかというと無理。育て屋をやるには向いてない。

 

「そうか~…なら仕方がない。わしらも年が年じゃから、潔く店をたたむか…」

 

ここの育て屋が無くなったらトレーナー連中が困るんじゃないだろうか…。

まあ、他の街に育て屋が無いわけじゃないけど…。

 

「面倒見の良いやつに育て屋をやってみないか聞いてみる」

「シンヤちゃん推薦なら誰でもオッケーじゃぞ!」

「待ってるわねぇ」

 

*

 

そして、家に帰って来たシンヤは"面倒見の良いやつ"を手招きで呼ぶ。

ちょっとちょっと、と手を振れば素直に寄って来る良い子。

 

「なんですか?」

「トゲキッス、お前、育て屋で働かないか?」

「え?」

「じじ様とばば様が後継者を探しててな、私に声が掛かったんだが私はそもそも向いてないし断ったんだが。面倒見の良いお前がやってみたいならどうかと思って」

「そ、それは俺が育て屋のこと全部任されるってことですよね!?育て屋の手伝いなら何度か行ってますけど…、俺、一人で出来るでしょうか…」

 

何度か手伝いに行ってたのか。知らなかった。

まあ、ボランティア活動もしてるトゲキッスは顔が広いから、知り合いかもしれないとは予想してたが…。

 

「お前なら大丈夫だと思うがな」

「シンヤにそう言ってもらえるのは凄く嬉しいですけど、やっぱり不安です…!」

「人の姿になって働けそうな奴を何処からか引っ張って来るか、知り合いで誰か誘ってみるか…。ああ、ヤマトなんてどうだ?アイツ、レンジャー向いてないし」

 

苦笑いを浮かべたトゲキッス。

ヤマトはやっぱり怒るか…。アイツ、下手なりにレンジャーの仕事が好きらしいからな。

 

「で、どうする?お前がやるなら、相棒はどうにかして用意してくるぞ」

 

いざとなったら暇している伝説ポケモン連中を引っ張って来るし。と心の中で付け足した。湖でフラフラしてるのなんてすぐ捕まる。

 

「俺、出来ますか…?」

「出来ない奴には言わない」

 

照れたによう笑ったトゲキッスが頷いた。

 

「やりたいです!」

 

*

 

「というわけで、お前、レンジャー辞めて育て屋やらないか?」

<「凄く良い話だけど!僕、ポケモンレンジャーになるの凄く苦労したんだからね!?定年まで辞めないよ僕は!」>

 

やっぱり駄目か。

でも、育て屋も良いよねぇ。と少し心が揺れているらしいヤマトが画面の向こうで腕を組んだ。

 

<「キッスくんの他に手が空いてそうな子は居ないの?」>

「んー…、色々とやりたいことやってるからなぁ。最近は家に居ないことが多いし」

<「ミロちゃんずっと居るじゃん」>

「あれは私用だから」

<「ああ…、シンヤの都合ね。はいはい…」>

 

最近、コーヒーメーカーの使い方を覚えてくれたからコーヒーがまあまあ美味しくなった。と言えば、どうでも良いと笑顔で返された。

 

<「うーん、でもシンヤの所の子達はほんとに独立して行くよね。さすが出来た子達…。あ、でもほら、フィーくんとツキくん居るじゃん!」>

「エーフィはノリコに付き合っててほとんど居ないぞ。たまに帰って来るくらいだ」

<「あー…そういえばそんな事をカズキくんが言ってたな…。じゃあ、ツキくんは?」>

「…ブラッキーも面倒見が良いからな、向いてないことは無いが…、良いのか?」

<「………いや、……あんまり」>

「私はわりと親友のことも考えてやってるんだからな」

<「……すみません」>

 

画面の向こうで俯いたヤマト。

落ち込むくらいなら何処へなりとも誘えば良いのに、ヘタレか。

 

<「あ…!そういえば!」>

「なんだ」

<「カズキくん、ポケモン育てるの上手だよ!僕のユキメノコのレベルも上げてくれたんだ~♪」>

「カズキ…?でも、アイツは……。いや、聞いてみるか…」

<「カズキくんっていつポケモンリーグ挑戦するのかな?応援行く時はミッション外してもらわないとだし…」>

「……アイツ、ジム戦でいまだに苦戦してるんだ…」

<「…え!?」>

 

カズキのポケモン達は決して弱くないのにな…。育て方も悪くないんだけどな…。

 

<「でも、カズキくんのポケモン達って強いでしょ?なんで勝てないの?」>

「熱く、なりすぎるんだそうだ…。途中から冷静さを失って勢いで突っ切ろうとする」

<「…わあ~」>

「カズキの途中からのめちゃくちゃな指示で押し通せるくらいポケモンのレベルが高かったら、ジム制覇くらいなら出来るんじゃないかと…思ってる」

<「………」>

 

興奮すると暴走するのは…、母さん似かな…。

普段はそんなこと無いんだけどな、細かいことも気にしないし、気さくな奴で父さん似だと思ってるんだが…。

 

「母親が結構、破天荒なのが原因だろうか…」

<「…カナコさん、色んな意味で大物だもんね。シンヤもそっくりだと思うよ」>

「母親の遺伝子が強すぎる」

 

*

 

「カズキくーん!」

「ヤマトさん、ちーっす!」

 

ミッション終わりに会う約束してるから一緒に行こうよ、とヤマトに誘われてヨスガのふれあい広場へとやって来た。

 

「あれ?兄ちゃんも一緒に来たの?」

「ああ」

 

何その帽子とメガネ?と首を傾げたカズキを無視する。

うるさい、そっとしておけ、今、雑誌で変な特集されてるんだ…!

 

「で、お前達なんで待ち合わせなんかしてたんだ?」

「カズキくんがタマゴ孵したって言ってたから見せてもらいに」

「じゃじゃーん!キノココだぜ!」

 

どうだ!と見せて来たカズキに「ああ、キノココだな」と返事を返す。他に返す言葉なんて無い。

 

「なんかオレのキノガッサがいつの間にか持ってた」

「へー!そういう事ってあるんだぁ!」

 

いや、無いだろ。

いまだに謎の多いポケモンのタマゴ、人目の無い自然に近い環境で稀に見つかるとしか聞いた事がない。

トレーナーの身近で発見されるなんて珍しいだろ…!しかも孵化させてるし…!

 

「ツバキに言おうかなぁと思ってたんだけど、暫く経ったら孵ってたっていうね」

 

可愛いなー!キノココ可愛いー!と言いながらキノココに頬ずりしたヤマトがなんか痺れてたが放って置いた。

 

「カズキ、今日はお前に相談があってな」

「…特性は胞子か…、え?相談?なに?」

「実は育て屋のじじ様ばば様に育て屋の引き継ぎを頼まれてな。うちのキッスに一任したいと思ってるんだが、一人だと不安らしくて一緒に育て屋をやってくれる奴を探してるんだ。

カズキ、お前、育て屋やらないか?」

「ええええ!?オレ!?」

「うちのキッスは優秀だから経営云々は任せて大丈夫だ、お前は育てる担当で、どうだ?」

「どうだって言われても、いや…育てるのは好きだけどさ~…。オレにはポケモンマスターになる夢が……」

 

ううーん…!と考え込むカズキ。

まあ、私はお前が夢を諦めるつもりが無いから嫌だと言うのなら諦めるぞ。お前なら叶えられるとは言えないから黙ってるけど。

 

「はあ、やっと痺れとれた…!」

「毒じゃなくて良かったな」

「…助けてくれないんだもんなぁ…」

「自業自得だ」

 

フンとシンヤがそっぽを向いた時、カズキがシンヤの腕を掴んだ。

ほったらかしにされていたカズキはシンヤを睨む。

 

「兄ちゃん!なんかもっと言ってくれない!?」

「決めるのはお前だろ」

「なんか言ってくれないとこう!オレの気持ちが!なんかスッキリしない!決め手になるような言葉を!くれ!」

「えー…、決め手になるような言葉…」

「うん」

 

カズキの言葉にシンヤが考える。

少し考えたシンヤはカズキの目を見つめ口を開いた。

 

「カズキ、トレーナーの傍でタマゴが発見されるなんて稀なことだ。お前のポケモン達を見ればお前が愛情を持って接し育てていることも分かる。お前にはポケモンを育てる才能がある」

「…!」

「お前が育て屋として働くことになればキッスも頼もしく思うだろうし。お前は優しい子だから、元々ポケモン達にも好かれる。必ず良い育て屋になると私は確信してる」

「兄ちゃん…!」

 

兄からの言葉にカズキは目に涙を溜めた。

まさかそこまで言ってくれるなんて…!と、感激したカズキの方をポンとシンヤが叩く。

 

「カズキ…」

「…!」

「お前、ポケモントレーナー向いてないからもう辞めろ」

「うわあああああ!!!!」

「まさかそこまで言うとは思わなかったよ!?可愛い弟になんて事を!シンヤの鬼!!」

「決め手になるような言葉を言ったんだ」

「決め手過ぎるからっ!!!」

 

いや、言うつもりは無かったけど、言ってくれって言うから…。

不満げなシンヤにヤマトが怒る。

その場でガクリと膝をついて蹲ったカズキは深い溜息を吐いた。

 

「(とうとう言われた…)」

「シンヤー!カズキくんに何か!何か言ってあげて!」

「…え、……バトルが下手過ぎる」

「お口チャックしなさい!!!」

「お前が言えって…」

「お口チャーック!!!」

 

その日、シンヤは可愛い弟の夢を木っ端微塵にしたのだった。

 

「ごめんな、カズキ…。素直に言ってしまって…」

「シンヤ…!謝ってないよそれ…!」

 

*



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81

「カズキくんが一緒なんですね!」

「うん、オレでなんかごめんな。キッスさん」

「そんなことないですよ!カズキくんで頼もしいです!」

 

よろしくお願いします、と頭を下げたトゲキッスにカズキがこちらこそ!と頭を下げた。

育て屋のじじ様とばば様の所に連れてきたら、どちらも知った顔だったこともあって笑顔で頷いてくれた。

 

「キッスくんとカズくんなら大丈夫じゃな」

「ええ、今いる子達も安心して任せられますものねぇ」

「これでのんびり出来るわい」

「えぇ!?暫く居てよ!?不安じゃん!」

「ホウエン地方に旅行に行くんじゃ」

「ええ!?」

 

驚くカズキの横でシンヤが「フエン?」と首を傾げた。それにばば様が頷く。

 

「そうよ~、温泉に入ってのんびりしようと思ってねぇ」

「お土産買って来るからの」

 

別に要らん、と言うシンヤの隣でカズキが怒る。

 

「いきなり任せるとか!」

「のんびりして来て下さいね。育て屋は俺とカズキくんでなんとか頑張ります!」

「キッスさぁんっ!」

「大丈夫ですよ、頑張りましょう!」

「マジか!」

 

ポジティブ!さすがポケモン!とわけの分からないことを叫んだカズキ。

じじ様とばば様は温泉旅行か、良いな。温泉。私もその内のんびり出掛けたい。

 

「のんちゃんはコンテストの調子どうなんじゃ?観に来ちゃいかんと言われとるが」

「まあ、自信がつけば招待してくれるだろ」

「そーかそーか、楽しみじゃな」

 

長生きしないといけませんね、と笑うばば様にじじ様が頷いた。

育て屋のポケモンを見ていたヤマトが顔にひっかき傷を付けて戻って来たのは…、何か嫌がるようなことをしたんだろうな…。

 

「……」

「……何も聞かないからな」

「……うん」

 

*

 

旅行の準備じゃ!と買い物に出掛けたじじ様とばば様。

後を任されたカズキが溜息を吐く。

 

「育て屋は預けるのしかしたことねぇよ~」

「店番は俺がしますよ、何度か経験がありますから。カズキくんはポケモンのお世話お願いします」

「え、そうなの?ポケモンの世話だけなら楽勝!任せて!」

 

ぐっと親指を立てたカズキにトゲキッスが笑顔を返す。

シンヤは無言でヤマトの頬に絆創膏を貼った。貼り終わって、はい終わりとべしんと頬を叩く。

 

「痛い!」

「怪我をするなら自分で舐めて治療出来る範囲にしろ」

「凄い無茶言うね…」

 

頬を撫でながら「ありがとう」とお礼を言ったヤマトにシンヤが頷く。

育て屋は二人に任せて私は帰るか、とシンヤが椅子から立ち上がった時。ヤマトのポーチからポケモンが飛び出して来た。

ユキワラシから進化した色違いのユキメノコだ。

 

「ユキィ!」

「わっ!どうしたの?」

「ユキユキー」

 

両手を合わせて首を傾げたユキメノコ。

ポケモンの言葉がさっぱり分からないヤマトが同じように首を傾げた。

 

「え?なに?」

「ユキー!」

「育て屋の手伝いを自分もしたいそうだ」

「え!?ユキメノコもお手伝いしたいの!?」

「ユキユキー!」

 

コクコクと頷いたユキメノコ。

 

「僕、任務に行くから暫く迎えに来てあげられないけど良いの?」

「ユキ!」

 

大きく頷いたユキメノコを見てヤマトが眉を下げる。

 

「僕一人で任務行くんだ…!」

「ユ、ユキィ…」

「嘘嘘、大丈夫だよ!野生のポケモンに協力してもらうし!」

「ユキ…」

 

その協力を求めるのがレンジャーのくせに下手だから不安なんだけどな、とシンヤは思った。

自分の主人のキャプチャ下手を知ってるユキメノコも不安げに口元を手で押さえた。やっぱり一緒に行くべきか、と。

 

*

 

そんなヤマトとユキメノコのやり取りを見ていたカズキがピーンと来た。

ユキメノコをひょいと抱き上げたカズキがヤマトと視線を合わせる。

 

「ヤマトさん、ユキメノコはオレが面倒みとくからさ」

「うん、お願いするよ」

「ツキさん誘って任務行けば良いんじゃない?フィーさんがノリコに付きっきりでツキさん暇してるみたいだったし!」

「……、へ!?」

「な、兄ちゃん!ヤマトさんが一人で任務行くなんて不安だから、ここはツキさんに一緒に行ってもらって、ユキメノコの代わりにフォローしてもらうべきだよな!」

「そうだな。ブラッキーが行きたいと言うなら何処へなりとも連れて行ってやれ」

「ちょ、二人共…そっくりな悪い顔して…っ!」

「「♪」」

 

アイツは家に居るぞ、とシンヤが笑って言えばヤマトは顔を歪ませた。

 

「い、意地悪…!そんなに言うならシンヤがツキくんに言ってくれれば良いのに…!」

「なんで私が」

「そうだよ、一人で寂しいから付いて来て下さいって自分でお願いしてこないと」

「うわああああん!」

 

バン、と勢いよく扉を開けて出て行ったヤマト。

見送ったシンヤとカズキがニヤニヤと笑った。そんな様子を見ていたトゲキッスは首を傾げた。

 

「あ、ユキメノコのボール!ボール置いてってもらうの忘れた!ユキメノコ、戻せないじゃん!」

「ユキ…」

 

カズキに抱えられたユキメノコがもそもそとカズキの腕の中で動く。

 

「私は家に帰ってブラッキーのボールを渡すから、その時にユキメノコのボールを預かっておこう。店を閉めたら取りに来てくれ」

「おー、忘れずに貰っといてね!」

「ああ」

 

カズキに頷き返したシンヤは何気なくユキメノコへと視線をやった。

振袖のような手を口元にやったユキメノコは自身を抱えるカズキを見つめている。

 

「…?」

「どうかした?」

「いや……、じゃあ、後は任せたぞ」

「はい!」

「おう!」

 

トゲキッスとカズキの返事を聞いてからシンヤは育て屋を出る。

 

「………」

 

まあ、良いか。そう思いながらシンヤは反転世界へ戻る為に歩き出した。

 

*

 

「ただいま」

 

家へ帰って来たシンヤがリビングへと入ってそう言えば「おかえり!」と元気な声で出迎えられた。

 

「なんかヤマト、来てからずっと黙ってんだー」

「…」

 

ミロカロスが眉を寄せながら言った言葉にシンヤも眉を寄せる。

アイツは本当に…と、シンヤが溜息を吐く。

 

俯いて黙りこくるヤマト。

一応、呼び止められたらしく、話を聞く体制で待つブラッキーが眉間に皺を寄せてヤマトを睨んでいた。

 

「ヤマト、お前、いい加減にしろ…!」

「うわ!?シンヤ…!だ、だって…!言い出し難くて…!」

 

シンヤに怒られたヤマトが肩を竦める。

言い出し難い話ってなんだよ…、とブラッキーが呟いた。

 

「ほら!ブラッキーのボールだ!持って行け!」

「わわわっ!?」

「そしてユキメノコのボールを置いて行け!カズキが帰りに取りに来るから!」

「あ、はい!置きます!置きました!」

 

テーブルにユキメノコのボールを置いたヤマト。

投げ渡されたブラッキーのボールを手にシンヤを見つめて固まるヤマトは蛇に睨まれた蛙状態である。

 

「オレのボールどうすんの?」

「え!?」

「……」

 

え!?何も言ってくれないの!?とシンヤを見たヤマト。シンヤはフンとそっぽを向いた。

 

「あの、ですね…」

「うん」

「ユキメノコが育て屋の手伝いをしたいらしくて、それで僕、一人で任務に行こうと思ってたんだけど…。その、」

「……」

「ツキくんが、もし良かったら、一緒に行ってくれないかなぁって……」

「……」

「…い、嫌だったらいいからね!僕一人で行くし!」

「別に嫌じゃないけど」

「え!?」

「暇だから良いよ、行く」

 

もう行くの?と首を傾げたブラッキーにヤマトが小さく頷く。

 

「ジョウト地方まで行くから」

「ジョウト!?コガネシティ行く!?遊びに行きたい!」

「え、あ、うん、コガネシティも寄るよ」

「よっしゃー!出掛ける用意しよーっと!」

 

リビングを飛び出してニ階へと上がって行くブラッキー。

呆然としていたヤマトがシンヤの方へ視線をやった。

 

「結構、あっさり…!」

「そんなもんだろ」

「だってさ、シンヤのお願いでもないし!僕なんかの仕事に付き合ってくれるなんて…!」

「…?なんでお前の頼みは聞いてくれない前提の考えなんだ」

「いや、なんかみんなとは違う枠に居ると思うから…」

「は?」

「ツキくんの信用する大好きなみんなの枠にね、入ってない僕がずけずけ言うのはどうかなぁって…」

「なんだその卑屈な考えは…。信用もしてない嫌いな相手がここに居るわけないだろ」

「………」

「お前もっと自信持て、大丈夫だから」

「……!」

 

シンヤの言葉にヤマトが目に涙を溜める。

そんなヤマトを見ていたミロカロスが「俺様、別に好きじゃな…」と言いかけてシンヤに口を手で塞がれた。

 

「僕、頑張る…!」

「うちの子に何かあったら総動員でボコボコにするからな」

「!?!?」

「大事にな」

「は、はい…」

 

総動員はヤバイ。とヤマトは深々と頭を下げたのだった。

 

*

 

ジョウト地方まで遠出するヤマト達は飛行タイプをキャプチャしつつ、ポケモンセンターを経由して移動するらしい。

ギラティナはシンオウ以外は繋いでくれないから仕方ない。と言ったブラッキーがヤマトと一緒に家を出たが…。

言ったら繋いでくれると思うけどなぁ…。とシンヤは首を傾げたのだった。シンヤ限定であることを本人は知らない。

 

「なあなあ、シンヤ」

「ん?」

「結局、ヤマトは育て屋やらないんだ?」

「ああ、聞いてみたらレンジャーを定年まで続けたいんだと」

「ふーん」

「育て屋でのんびりしてる方が向いてそうなんだけどな…」

「えー…そう?」

 

ヤマト、ポケモンの世話下手じゃん。と口を尖らせて言ったミロカロスにシンヤは苦笑いを浮かべる。

育てるのは、確かに向いてないかもしれない。それでもポケモンレンジャーよりはマシだろうとシンヤは思っていた。

一番向いてるのはポケモンを観察していた頃の、もう混ざり消えてしまった世界の研究員のヤマトだったんじゃないかと……。

 

「……」

「シンヤ?」

「…ん?なんだ?」

「なんか考えてた!」

「私はいつだって考えてる」

「いや、なんか難しい顔してた!」

「こんな顔なんだ」

「えー!」

 

喚くミロカロスを適当にあしらってシンヤは小さく息を吐いた。

シンヤー?と自分の名前を呼んでくるミロカロスに「コーヒー」と呟けば、ミロカロスは口を尖らせながらも返事をしてキッチンへと向かう。

 

大好きなポケモンと協力して大好きなポケモン達を助ける仕事をする。その為に全寮制のレンジャースクールへと入り教育を受けた。

トレーナーのシンヤがジム制覇していた頃だ。

好きな事をやっているのだから、構わないのだけど……。アイツは本当に大丈夫なのかと不安になる。

 

人柄の良さを持ち真面目、自分のことよりポケモンのこと。ポケモンが関わると大胆な行動に出るくせに自分のことになると気弱で消極的。

以前、会ったことがあるヤマトの同僚のポケモンレンジャーに密かに教えられた。

 

ヤマトはポケモンが関わると手段を選ばない問題児だって上から言われてる。

ストッパーになってくれるシンヤさんが一緒じゃないと上も心配なんだと思うよ。

と、サイン色紙を差し出されながら言われた…。ジュディへ、と書かされたサイン。そういえば、あのレンジャーの名前はなんだったかな…。

 

「…忘れた」

「何がー?コーヒー淹れたよ?」

「ああ、ありがとう」

「うん、何忘れたの?」

「聞いたような聞いてないような、人の名前」

「人の名前か、じゃあ別に良いよ良いよ。思い出さなくて」

「……」

 

シンヤの隣に座ったミロカロスがテレビの電源を入れてチャンネルを変える。

切り替わる画面をシンヤがぼんやりと眺めていると、テレビ画面に自分の姿。ポケモン・バッカーズの時のものでリモコンを持ったままミロカロスはテレビを見つめた。

 

「…」

「…」

 

リモコン片手にテレビを見るミロカロスからリモコンを奪い取りテレビの電源を切ったシンヤは溜息を吐く。

 

「あー…見てたのに…」

「……」

 

シンヤはぽい、とリモコンを自分たちの向かいのソファに投げた。テレビを付けて欲しくないらしい。

その行動の意味は分かるがテレビを見たいミロカロスはむっとしながらシンヤを見る。

 

「テレビ…!」

「嫌だ」

「せっかくシンヤが出てたのに!」

「出てたから嫌なんだ」

 

見たい!見たくない。と少しのやり取りをして不満ながらも諦めたのはミロカロスだった。

このやり取りをしたって無駄なのが分かっているからだ。

ぶー、と頬を膨らませたミロカロスがソファにもたれた。

ミロカロスがチラリとシンヤを見てもシンヤは何か考えているのか真っ黒なテレビ画面を見つめたままコーヒーを飲む。

 

「何考えてるの…」

「色々」

「俺様のこと考えてる?」

「…今はヤマトのことを考えてる」

「……」

 

ぷくー!と更に頬を膨らませたミロカロス。

凄くムカついてます!と顔にも態度にも出すミロカロスを無視してシンヤはカップをテーブルに置いた。

 

「…アイツ、何をやらかすか分からないから、レンジャーなんて辞めて育て屋でもしてのんびり生活すれば良いのに…」

「別にヤマトの好きなようにすれば良いと思うけど…?」

「そうも思う。思うんだけどな…。私はワガママだから」

「…?」

「安全な方で良いんじゃないのかと、押し付けてしまいたくなる」

「…シンヤ、ちょっと寂しい?」

 

コテンとシンヤの肩に頭を置いたミロカロスがシンヤを見つめる。

真っ黒なテレビ画面を見つめていたシンヤがミロカロスの赤い目へと視線を向ける。

 

「少し」

「…」

「家が静かすぎると色々と考えてしまうな」

「大丈夫だよ」

 

大丈夫、と言ってシンヤの手を握ったミロカロスが笑う。

 

「大丈夫だよ、シンヤ」

「ああ」

「ずっと一緒に居るからね」

「ああ」

 

*

 

ミロカロスの手を握り返し、シンヤがミロカロスの額に自分の額を合わせる。

静かに目を瞑ったミロカロスを見てからシンヤも目を閉じた…。

 

―ピリリリリリ!

 

「…」

「…電話?」

 

無視しようかな、とシンヤが眉を寄せるも電話は鳴り止まない。

ミロカロスが電話…ともう一度呟いたのでシンヤは渋々とソファから立ち上がり電話に出た。

 

「誰だ…」

<「僕だけどー、家にフィーくん達が帰って来たらお土産は何が良いか聞いといてくれない?ジョウト地方に着いたらまた連絡するからさ」>

「ジョウト地方に着いてから掛けて来ても良かったんじゃないのか…?」

<「なんで怒ってんの?」>

「……」

<「え?シンヤにもちゃんとお土産買うよ?」>

 

どうしたの?と首を傾げるヤマトを見てシンヤは深く溜息を吐いたのだった。

 

*



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82

<「もしもし、シンヤさん!?やっと出た!!」>

 

エンペラー!やっと出たよ!と手を振るツバキが電話画面の向こうに居る。

ワールドカップ観たんだけど!と怒るツバキにうるさい!とシンヤが怒鳴って返す。

 

<「会わせてよー!エンテイ、ライコウ、スイクン!」>

「また今度な」

<「今度っていつよ!?」>

 

いつか、と適当に返事をしたシンヤにツバキが頬を膨らませた。

そんなツバキを画面の向こうで押しどけてエンペラーが「やあ」と画面内へとおさまった。

 

<「長くなりそうだから本題言うね」>

「そうしてくれ」

<「ツバキの兄弟子になるのかな、カロス地方のプラターヌ博士から連絡があって、ツバキにカロス地方まで来ないかって話が来たんだ。それでシンヤさんも一緒にどう?って本題」>

「お断りします」

<「ほらね、シンヤさん断ったでしょ?」>

<「シンヤさぁぁあん!お願いぃいい!だってね!だって…!『珍しい進化見たくない?見たいでしょ?見たいならシンヤさん連れて来てね!』なんて言ってあたしを釣ろうとするプラターヌのクソが!プラターヌのクソがぁあああ!」>

「行かない」

<「シンヤさんこのやろぉおお!!!珍しい進化見に行こうよぉおおお!!!」>

「行かない」

<「パターン入ったからもう諦めなよツバキ。このパターンはもう無理な奴だから」>

 

画面の向こうで頭を抱えて唸っているツバキ。

誰がカロス地方まで行くか、遠い、めんどくさい、悪目立ちする。お断りです。とブチと電話を切ってやればすぐにまた掛かって来た。

 

「はい」

<「切るなぁああ!!!」>

「ツバキ、ハッキリ言ってやろう。珍しい進化に興味が無い。気を付けていってらっしゃい。お土産は要りません。カロス地方で私の名前出したら泣かす。以上」

<「ちょ…」>

 

ブチと電話を切ってからシンヤは少し考える。

ツバキの兄弟子…、ということは…?

神話好きのめんどくさい女を一人思い浮かべて、アイツもそうだっけ…。とシンヤは自分の手帳を開いて番号を探す。

目当ての番号にすぐに電話を掛けたシンヤは画面に映った人物にペコと頭を下げる。

 

「どうも、お久しぶりです」

<「おお、シンヤか。久しぶりと思わんほど最近よく見るぞ」>

「不本意です。おそらくワールドカップでのことが影響だと思うんですが」

<「ふむ」>

「プラターヌ博士がツバキの前に餌をチラつかせて私をカロス地方に呼ぼうとしてます。全力で叱って下さい。迷惑です」

<「シンヤ…お前は本当に素直な男だな…」>

「ツバキがしつこく電話してくるので先手を打ってやろうと思いまして。勿論、タダでとは言いません」

<「ほお?なんだ?」>

「うちに料理上手が居るので気の済むまで甘い物をご用意出来ます。それもすぐ送れます。うちのチルタリスは優秀ですよ…」

<「………うむ、しっかり言っておこう」>

「早急に、よろしくお願いします」

 

画面に向かって頭を下げたシンヤ。

通話が切れればシンヤ宅の電話が再び鳴り始める。

 

「はい」

<「ちょっとぉおおお!シンヤさぁぁぁん!!!」>

「少し電話を掛けて来るのをやめろ。そうだな、三十分後に私の方から掛けるから」

<「え?なんか電話使うの?分かった、絶対に掛けて来てね!」>

「ああ、絶対に掛ける」

 

ツバキとの電話を切ったシンヤは時計を確認してから機嫌良くキッチンへと向かった。

キッチンに居たチルタリスがシンヤを見て首を傾げる。

 

「コーヒーのおかわりですか?」

「おかわりも欲しいな。それと、チルタリス、お前には出張に行ってもらうことになる」

「出張、ですか?」

「ああ、ナナカマド博士は甘い物がお好きでな。是非、お前の作った美味しいお菓子をご馳走してやりたいんだ」

「はいっ!そういうことでしたら、いつでも!チル、頑張って美味しく作ります!」

「博士には話をしてあるからな、頼んだぞ」

「はい!お任せ下さい、ご主人様!」

 

*

 

三十分後、コーヒー片手に電話を掛けたシンヤは画面の向こうに映ったツバキにニコリと笑顔を向けた。

 

「三十分で良い表情になったじゃないか、ツバキ」

<「…ナナカマド博士を味方に付けるなんて、シンヤさんの鬼…っ!」>

 

しっかりと叱られたらしいツバキが泣きながら怒っている。そんなツバキを見てシンヤはハハハとバカにしたように笑った。

 

<「ぶえぇぇ…!あたしだけ、なんでっ、怒られなきゃいけないのよぉぉ…!」>

「いや、プラターヌ博士の名前も出したから向こうにも今頃、雷が落ちてるだろうな」

<「…マジで!やったね!プラターヌ!ざまぁみろぉおおお!!ひゃっほぉおい!」>

 

ハシャぐツバキを見てシンヤはコーヒーを啜りながら思った。

プラターヌ博士と仲悪いのか、コイツ…。と、

 

<「シンヤさんを敵にしてはいけないってことがよく分かったね」>

<「ぐへぇ…、ナナカマド博士をどうやって説得したのシンヤさん…」>

「内緒」

<「ナナカマド博士そんなホイホイ言うこと聞いてくれないよ!?厳しいんだよあの人!?」>

<「人徳の差じゃない?」>

<「……どっちの味方だ、助手コラァ!」>

<「僕、シンヤさんを敵にしたくないから」>

 

裏切り者ー!と叫ぶツバキを見てシンヤは小さく笑みを浮かべた。

シンヤとツバキが通話してる頃、電話画面の向こうに映る人の姿にうろたえるプラターヌが居たとか…。

 

*

 

「ムウマージ!鬼火ー!からのバーン!」

「ムウ!?」

 

バーンってなに!?とノリコの方へと視線をやったムウマージ。ノリコは両手を広げてバーンともう一度言った。

そんなノリコを見てエーフィは深く溜息を吐いた。

 

「こんな感じ!バーン!」

「ムウウウ!!」

「違う!もっとこう!こうバーンって!」

「……ムゥ」

「分かった!絵に描く!待ってね!」

 

バーンとムウマージになりにやってみたが違うようだった。困るムウマージにノリコが絵に描いて見せるからとノートを広げる。

こんな感じ!とノートを見せたもののムウマージは更に悩むことになった。

 

「ムウウウウ!」

「これ鬼火、これも鬼火で、これムウマージ」

「!?」

 

やだー!と首を横に振って飛んで逃げてしまうムウマージにノリコは慌てて手を伸ばすもムウマージは逃走した。

エーフィは深く深く溜息を吐いた。

ムウマージが逃走するのは本日三度目だった。

 

「フィーさぁぁん!ムウマージがまた逃げましたー!」

「もぉおおお!」

「鬼火をこうバーン!ってしたら綺麗だと思うんですけど!駄目ですか!」

「バーン!が分からないんですよ!バーン!が!」

「…ババーン!じゃなくて、こうバーン!って…」

「……」

「こんな絵の感じに…」

「……」

 

ムウマージがそもそもどれかエーフィには分からなかった。大きめに描かれてるのがムウマージとしても鬼火のバーン!というイメージがよく分からない。

 

「とりあえず、ムウマージを回収しに行きますよ…」

「はい…」

 

*

 

ムウマージを回収し、ポケモンセンターでノリコの技のイメージを聞く。バーン!となって、シュババ!って感じの。と身振り手振りで言うノリコ。

なるほど、分からん。とムウマージは固まりノリコを見つめていた。

 

「うええぇぇ…、だからフィーさんに技の魅せ方おまかせするって言ったじゃないですか~!」

「任せてくれるのは嬉しいですけど、それではノリコは私の代理になるじゃないですか!魅せ方はノリコ自身に考えてもらわないと…」

「だって、伝わらない!のんが技使えたら良いのに!」

「仕方がないですね…シンヤさんに相談してみましょう…」

「ううう」

 

というわけで困ってます。とエーフィから連絡が来たシンヤは画面の向こうで眉を寄せる。

 

<「お前たち、同じ言語で会話してるはずだろ?」>

「そうなんですけど、理解出来ないんです」

<「はあ…、まあ話は聞いてみよう。ノリコの魅せたい技がどんな感じか教えてくれ」>

 

シンヤの言葉にエーフィの隣に居たノリコが頷いて説明する。

 

「あのね!ムウマージに鬼火でこうバーン!ってやってもらって、そうしたらババーン!みたいな!」

<「ふむ、炎技で派手な演出を狙うと…。ようするに鬼火を辺りに散らして美しく広がっているように見せたい、ってことか?ノリコの言ってる感じで考えるとイメージは大輪の赤いひまわり?」>

「ひまわり!うんうん!そんな感じ!ババーン!って!」

「シンヤさん、私、シンヤさんの素晴らしさに涙が出そうです…!」

<「大袈裟だな…。とりあえず、ノリコ。お前の言い方だと伝わり難いから形や物で説明するようにしなさい。

ひまわりみたいな形、噴水のような…という感じでな。ノリコの魅せ方が分かってくればポケモン達も擬音だけでもノリコならこうだろう、って理解してくれるようになる」>

「なるほど!分かった!形で説明出来るように頑張る!ありがとうお兄ちゃん!」

 

さすがシンヤさんです、とエーフィが横で感激する。ハシャぐノリコにシンヤは小さく笑みを浮かべ言った。

 

<「でもな、ムウマージに鬼火で演出させるのはどうかと思うぞ」>

「え!?」

<「ゴーストタイプのムウマージに炎技での演出を求めるのは無しとは言わないが、炎タイプが同じ舞台に立った時に比べられるとどうしても差が出る。

炎技を使う場合は炎タイプには出来ないムウマージなりの技も一緒に組みこまないとムウマージらしさが消えてしまうだろ。ゴーストタイプならではの怪しい美しさを出すか、はたまたマジカルポケモンのムウマージならではのマジカル的な要素を組み込むか。

炎タイプにも出来る魅せ方だと純粋な炎タイプの方が素晴らしい演技をするのは当然なんだから、そこを考えて魅せるように」>

 

という感じのを脳内でコーディネーターが言ってる。とシンヤは付け足して頷いた。

 

「怪しい美しさとかマジカル的な要素って…どうやって出せるの…!?」

<「そこはノリコならではで考えないとな、コーディネーターのシンヤの魅せ方をしたいわけじゃないだろ?」>

「……」

 

いや、リボンゲット出来るならそれでも全然良い気がしてきた。とノリコは心の中で思った。

黙り込むノリコを押し退けてエーフィがシンヤに小さくお辞儀をする。

 

「すみません、シンヤさん、助かりました。あとはこっちで考えてみます」

<「ああ、ノリコを頼んだぞ」>

「了解しました」

 

電話を切って、さてと振り返ったエーフィをノリコは不安げな表情で見上げる。

そんなノリコの表情にエーフィは苦笑いを返す。

 

「考え直しですね」

「はあああああ…怪しい美しさとかマジカルとか…!マジカルってそもそもどんなの!?」

「はいはい、騒いでないでノリコらしさで行きますよ」

「らしさって何さぁああ!」

 

エーフィは頬を膨らますノリコの手を引いてムウマージに手招きをした。

 

「さ、行きますよムウマージ。ノリコの無茶振りに耐える特訓です」

「ム!」

「無茶振り特訓ってなんですか…!」

 

っていうか、手繋いでくれた!と悔しいやら嬉しいやらのノリコは誤魔化すように頬を膨らませてそっぽを向いたのだった。

 

「ノリコ、真っ直ぐ自分で歩いて下さい」

「……はい」

 

エーフィは厳しい。

 

*

 

オリジナルブレンドの研究中であるサマヨールはマスターの前にそっとカップを置いた。

では、いただきます。とカップを手に取ってコーヒーを飲んだマスターはうんと頷く。

 

「うんうん、苦味が強いかな。もっと香りの良いすっきりした豆でも良いかもしれないね。でも、悪くないよ!」

「…香りが薄くほぼ苦味しか感じない、と…。失敗か…。もう一度、豆を厳選し直します…」

「……」

 

しょんぼりしながらカップを持って行ったサマヨールを見てマスターもしょんぼりと眉を下げた。

横で見ていたピジョットはマスターを睨む。

 

「ハッキリ言わないマスターが悪いと思いますけどね」

「だって…!厳しいこと言ったら悲しくなるじゃん!」

「私の時はそこまでオブラートに包んだ言い方してくれてなかったですよね…」

「ヨルくんは可愛い、キミは可愛くない」

「目、潰しますよ?」

 

ひぃ!とマスターが自分の両目を手で隠した。

両手で目を隠したままマスターは小さく溜息を吐く。

 

「でもね、俺は厳しいよ」

「知ってますよ」

「完璧を求めるヨルくんの為に…!」

 

両目を隠していた手を上げて天井に叫ぶマスター。

どうでも良さげにピジョットは紅茶を啜った。

 

「完璧なコーヒーが出てくるまで俺は美味しいとは言わない!」

「鬼ですね」

「ごめんなさい!」

 

再び両手で両目を隠したマスター。

カップ片手に戻って来たサマヨールは小さく笑みを浮かべる。

 

「いえ……、是非そのままでご指導お願いします…」

「ヨルくん…!」

「完璧じゃないと駄目なので…」

 

完璧主義者なヨルくんカッコイイ!とマスターが目を輝かせている横でピジョットは変わった子だと眉を寄せた。

何処まで徹底したいのか、十分に美味しいレベルまで達しているというのに、マスターからの完璧だという評価が欲しいと言う。

 

「どうして、そこまで完璧にこだわるんです?」

 

ピジョットの言葉にサマヨールは笑みを浮かべた。

 

「…自分の店で完璧なコーヒーを出して…、この店でしかコーヒーは飲めないと思ってもらいたい…」

「カッコイイねぇ!」

「本当に、シンヤさん大好きですね。ヨルくんは」

 

笑うマスターとピジョットにサマヨールは笑みを返す。

そう、思ってもらいたい。永遠に…。

 

「自分のコーヒーが完成したら、自分のブレンドを後々も引き継いでくれるゴーストタイプを探すつもりです…」

「ん?ゴーストタイプだけでお店するってこと?」

「はい…、場所はなるべく人通りのない静かな場所を選ぼうかと…」

「まあ、そういうのも良いと思うけど。儲けが無いと経営はキツいんじゃないかな~」

「自分は店が継続出来て、美味しいコーヒーが出せれば十分です…」

「お客さん、シンヤさんだけになっちゃうよ…」

「それで良いんです…」

 

ご主人様の為だけにお店したいのかこの子は、とマスターは苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、知る人ぞ知る穴場になりそうで良いじゃないですか」

「まあね。そういうお店見つけた時の嬉しさはハンパないけどね!」

 

あはは、と笑うマスターの前でコーヒーを淹れるサマヨール。

 

「マスター…、お願いします…」

「いただきます!」

 

静かな店で静かにコーヒーを飲み、

静かに生きてゆく主の為に…。

 

 

「うん、悪くないよ!」

「……」

 

 

静かに努力するのみ。

 

*



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83

「こんにちは、こちらで二匹までお預かり出来ますがいかがいたしますか?」

 

にこ、と笑ったトゲキッスにじゃあとトレーナーの男がボールを一つ取り出した。

テーブルにボールを置こうとした時に庭からの賑やかな声に男は顔を上げる。

 

「え、凄い賑やかですね…」

「はい!楽しく遊んで強く鍛えられる育て上手な担当者が居ますので!」

「へぇー!前来た時はじいちゃんとばあちゃんの二人だったのに」

「もう引退されたいとのことでしたので後を引き継がせてもらったんです。ご贔屓にお願いしますね」

「勿論、ここの育て屋なくなると遠出しなきゃだから助かるよ!あ、オレのメリープ、暫くよろしくお願いしまーす」

「はい、お預かりします!」

 

また来ますーと手を振った男は店を出て行く、ぺこりとお辞儀をして見送ったトゲキッスはメリープのボールを手に庭へと向かう。

 

「カズキくん、メリープお預かりしました…よ…?」

 

カズキにポケモンを渡して自分は受付けに戻るつもりだったトゲキッスは予想外の光景に固まった。

キッスさん…!と慌てるカズキを見てトゲキッスはぱちくりと瞬きを繰り返す。

 

「大変なんだ…っ!ヤマトさんのユキメノコがぁああ!」

「え、あ、はい…。人の姿になったんですね」

「わたしもお手伝いしたくて…」

 

にこ、と笑ったユキメノコにトゲキッスが笑顔を返す。そうなんだ~、助かるよ~と笑うトゲキッスに対してカズキはプチパニック。

今までポケモンとして接してたユキメノコが可愛らしい色白美人になったのだから無理もない。

 

「えぇぇぇ!?ヤマトさんになんて説明すれば良いの!?」

「え?別に何も言わないと思いますよ?」

「えー!?でも、こんな美人になったユキメノコ見たらびっくりするだろ!オレはびっくりしてるもん!」

 

美人、と言われてユキメノコがぽっと頬を赤らめた。

メスだって知ってるんだから大丈夫ですよ~とトゲキッスはクスクスと笑う。そんなトゲキッスを見て、そうだコイツもポケモンだったとカズキは頭を押さえた。

 

「カズキさん…、わたし、迷惑でした…?」

 

しょんぼりしながらそう聞くユキメノコにそういうわけじゃないけどとカズキは眉を寄せる。

人の姿の時、なんて呼ぼうか?とすでに人の姿になったことなんて気にもしていないトゲキッスが笑う。

 

「カズキさん!カズキさん決めてください!」

「ヤマトさんに決めてもらったほうが良くない!?」

「別に良いんじゃないですかね?」

「えー…」

 

決めてほしいです!とキラキラと目を輝かせて見てくるユキメノコを見てカズキはうーんと考える。

ユキメノコ。

ユキ、ユキメ、メノコ…。

 

「んー、オレん家はカナコ、ノリコで最後がコだから。ユキコで良いんじゃない?分かりやすいし」

「じゃあ、わたしはユキコです!」

「よろしくね、ユキコちゃん」

「馴染むの早ぇな!さすがポケモン!」

 

にこにこ笑うトゲキッスとユキメノコを見てカズキは溜息を吐く。

 

「あ、カズキくん。新しくメリープ預かったからよろしくお願いします」

「ん?ああ!了解!」

 

カズキにボールを渡したトゲキッスは後はお願いしますと店番へと戻る。

ボールからメリープを出したカズキがメリープの毛並みを撫でる。

 

「よーし、お前もちゃんと鍛えてやるからなー」

「メー!」

 

電撃来たら痛いからゴム手袋付けなきゃとカズキが後ろに居たユキメノコを呼ぶ。

 

「ユキコー、ゴム手袋とってくれるかー?」

「はい!」

 

棚からゴム手袋をとりカズキに手渡したユキメノコはカズキの隣に座った。

 

「さんきゅ。人手増えるとけっこう助かるな!」

「ほんとですか…!」

「うん、会話も出来るし。ユキコも言いたいことあったら遠慮なく言ってくれ」

「良いんですか…!」

「良いよー」

 

今のゴム手袋とってー、みたいに言ってくれたら仕事捗るし。と思いつつカズキは頷いた。

ゴム手袋を付けて、さて仕事するかと視線をあげたカズキの腕をユキメノコが掴む。

 

「カズキさん!」

「ん?」

「わたし、ユキコをお嫁さんにしてください!」

「……」

 

遠慮なく何言ってんだコイツ。と固まるカズキの前でユキメノコは頬を赤く染めて笑った。

 

「…ちょっと何言ってるか分からない」

「?わたし、カズキさんのこと大好きなんです」

「ヤマトさんのとこのユキメノコだろ!何言い出すんだよ!」

「カズキさんがヤマトに言った通りにわたしも率直にカズキさんに言ってみました!」

「ほんとだ!ドストレートだ!」

 

ヤマトさんヘタレてる分、手持ちのユキメノコすげぇ積極的。

どうしよう、と頭を抱えたカズキの腕をツンツンとユキメノコがつつく。

 

「……なに?」

「わたし、カズキさんの子供産んでも良いですか?」

「ちょ…っ、待って…、ストレート過ぎてオレの動揺ハンパない。待って、兄ちゃんに…相談して良い…?」

「はいっ」

 

ポケモン達見てて、とユキメノコに庭のポケモン達を任せてカズキは電話にしがみついた。

受付に居たトゲキッスがキョトンとした表情でカズキを見つめるもののカズキは兄に電話を掛ける。

電話に出たシンヤは次はカズキかと本を片手に首を傾げた。

 

<「どうした?」>

「ユキメノコが人の姿になったんだけど!」

<「ふーん」>

「そのユキメノコがオレのお嫁さんになりたいって言って、オレの子供産んでも良いかって聞かれたんだけど、どうしたら良い!?」

<「…ちょっと何を言ってるのか分からない」>

「わぁい!オレと同じ反応だ!やっぱりオレ達、兄弟だね✩なんて喜んでる場合じゃないだよぉおお!」

<「ポケモンって人間の子供産めるのか…?

どっちが産まれるんだ…ユキワラシが出てくるのか…、それともタマゴが…。いや、そもそも遺伝子的に…」>

「兄ちゃん!しっかりしてくれ!」

 

初めてのことにさすがに動揺した。と言ってシンヤは眉間に皺を寄せる。

さすがの兄ちゃんでもそうだよな…とカズキは小さく頷いて返した。

 

<「今も動揺してるが…お産の時は私が助産師として対応して良いかっ!?勉強しておくから!」>

「さすが兄ちゃんだったああああ!!」

 

動揺してる所が違うわ!もうそこか!オレ、嫁に貰うとも言ってねぇのに!

 

<「タマゴが出て来ても焦らないようにイメージトレーニングしておかないと」>

 

兄の真剣な顔にカズキは思わず笑ってしまう。

 

「兄ちゃん、マジ天然な…!」

<「…今、真面目に話してたのに…」>

 

眉間に皺を寄せて怒るシンヤを見てカズキは笑う。

腹痛い!と笑っていたがハッ!?と我に変える。

 

「笑ってる場合じゃねぇ!」

<「仕事中だもんな」>

「違う!いや、違わないけど!違う!」

 

何を言ってるんだ、とシンヤは眉を寄せる。

 

「オレ、ユキメノコと結婚すんの!?」

<「可愛いならすれば良いんじゃないか?」>

「えー…、じゃあ、するわ」

<「清々しいなお前は」>

 

どうせ結婚するなら可愛い子が良いもんな、と頷いた弟にシンヤは頷いて返した。

 

<「助産師の資格取って来るから安心しろ」>

 

オレの兄ちゃん、マジ頼もしい。

 

*

 

「キッスさん、オレ、結婚するわ」

「誰とですか!」

「ユキコ」

「ええー!?おめでとうございます!」

 

祝福された。

さっき人の姿になったばっかりなのに!とかツッコミくれないキッスさん、なんかスゲェとカズキはどうもと頭を下げる。

とりあえず、ユキメノコに返事をせねばと庭へと戻るカズキを見送ってトゲキッスはお祝いだなぁとのほほんと考えた。

お赤飯は炊くべきかな、とトゲキッスが考えていると育て屋に客が入ってくる。

 

「ちわー」

「あ、こんにちは!…っ!?」

「ん?おおっ!キッスじゃーん!なんだなんだ!?カフェの次は育て屋のお手伝いか!」

 

良い子ちゃんだなぁ!とテーブルの所までやって来た男。カフェで出会ったマスターいわく"いつも予約してくる面倒な客"である。

トゲキッスにとってもなんだか困った、ちょっと怖いお客さんだった。

 

「じいさんとばあさんどうした?死んだ?」

「し!?な、亡くなってません!お元気に旅行に行ってます!」

「ふーん。旅行中の代理でお手伝い?」

「いえ…、お二人はご引退されるとのことなので後を継ぎました」

「継いだ!?マジで!?私、ここの常連よ?」

 

えぇぇー…。

さすがのトゲキッスの表情も歪む。凄く嫌です、と顔に出してしまったトゲキッスを見て男が好い顔するなぁと笑った。

 

「私、いつも通りで預かって欲しいんだけど大丈夫かぁ?」

「いつも通りですか?」

「私はここ来た時は手持ち全部預けてんの」

「そ、そうなんですか!?すみません、ちゃんと引き継いで聞いてなかったもので…」

「いーよ、預かってくれれば」

「ではお預かりします…けど、手持ち居なくて大丈夫なんですか?」

 

はい、とベルトごとテーブルに置いた男。

ベルトごと受け取ったものの大丈夫なのかとトゲキッスは不安げな表情で男を見つめる。

 

「一日、ポケモンセンターでのんびりしてるだけだからなぁ」

「え?一日じゃポケモン達はそんなに育てられませんよ?」

「良いんだよ。たまには自由にしてやらないと駄目だってじいさんが怒るからこうやって来てるだけだし。もともと強く育てるつもりでもねぇし」

「???」

 

どういう意味なのか分からずトゲキッスは首を傾げる。

じゃあ、また明日~と手を振って帰る男をトゲキッスは見送った。とりあえず、ポケモン達は庭に連れていかないととベルトごと持ったトゲキッスは庭へと向かう。

庭ではカズキとユキメノコが預けられたポケモンの面倒を見ていた。

 

「あ、キッスさん!聞いてください!わたし、結婚するんです!」

「うん、聞いたよ!おめでとうユキコちゃん」

 

ありがとうございます!と喜ぶユキコを見て苦笑いを浮かべるカズキ。

 

「カズキくん、預けられた子達お願いします。常連さんらしくていつも手持ち全部預けてるそうなんでベルトごとです」

「え゙、手持ち全部預けてくとかすげぇな…」

 

そういうことちゃんと言ってから旅行に行ってほしいよなぁとぶつぶつ言いながらもボールからポケモンを出すカズキ。

出て来たポケモン達は庭の様子を見て何故かほっと安心した様子を見せた。

 

「?」

「バクフーン、グラエナ、サザンドラ…バンギラス…」

 

いかつい顔したのばっかなーとポケモンを出して行くカズキ。最後のポケモン、と出てきたのがムウマで「可愛いのも居た」と見ればギロリとムウマに睨まれてカズキはビクリと肩を揺らした。

 

「(このムウマ、目がこえぇ…!)」

「どうしたの?カズキくんはこわくないですよ?」

「ムゥ?」

「あ、カズキくん、この子はこういう子でした!ごめんね、ご機嫌ななめなのかと思っちゃったんだ」

「ムウー」

 

良いよ、いつもの事だし。と言って首を横に振るムウマ。カズキはそんなムウマを見て目付き悪すぎだろ…と顔を引き攣らせた。

オレの知ってるムウマ、もっと目がキラキラしてる…。

 

「主人が手持ち無しで出歩いてるのって不安だと思うけど、キミ達のご主人はポケモンセンターで一日のんびりするんだって。明日迎えに来てくれるらしいから安心してね」

 

トゲキッスが笑顔でそう言えばムウマはしょんぼりと落ち込む様子を見せた。

バクフーン達もまた喜ぶ様子もなく各々で座ったり横になったり…。あれ?と首を傾げたトゲキッスにムウマが言う。

アイツは嫌いだ、いつもおれを虐める、酷いこと言うし、痛いことする。おれは逃げたい。

ムゥムゥと鳴いているムウマを見てカズキは首を傾げ、ユキメノコは自分の口元を手で押さえて顔を蒼くした。

 

―「良いんだよ。たまには自由にしてやらないと駄目だってじいさんが怒るからこうやって来てるだけだし。もともと強く育てるつもりでもねぇし」―

 

男の言っていた言葉を思い出してトゲキッスは眉間に皺を寄せた。

 

「カズキくん、ユキコちゃん、ちょっと俺、行って来ます!」

「え!?」

 

柵を飛び越えて走って行ってしまったトゲキッスを見送ってカズキはポカンと口を開けた。

 

「キッスさん、怒ってた…?」

「…怒ってた、かも?」

 

*

 

ポケモンセンターで愛想の悪い男か女か曖昧な受付に「一泊」と同じように素っ気なく返した男は鍵を受け取り部屋へと向かおうとした。

 

「待って下さい!」

 

声に振り返れば育て屋で別れたはずのトゲキッスが居て男は首を傾げる。

 

「え、私?」

「そうです!」

 

眉を寄せて男を睨むように見るトゲキッス。

たまたま受付をしていたミミロップがトゲキッスの様子に混乱する。あのトゲキッスが声を荒らげて人を睨んでいるだと!?

 

「ムウマから聞きました!貴方から酷い暴力と暴言を受けていると!」

「……は?」

 

責められているというより、何故ポケモンの言葉が分かるのかという方が男には興味深いことだった。

ムウムウ鳴くだけのムウマからどうやって聞いたのか、むしろ聞きたいと男は思った。

 

「どうしてそんなことするんですか!自分の主人である人間から逃げたいとまで言わせるなんて…!」

 

アレが逃げるのなんてよくある事だし、何故するかと言われると、そうした方がムウマが可愛く見えるからであって…。

というか、私は何故こんなに怒られているのかと男が眉を寄せると、トゲキッスは男を睨みながらポロポロと目から涙を流した。

 

「はあ!?」

「自分がやられて嫌な事は!人にやっちゃ駄目です!ちゃんと謝って仲直りしてください!ムウマが可哀想です!」

 

泣きながら訴えてくるトゲキッスを見て男は驚き固まった。

怒ってると思ったら急に泣いて、その怒り方がまたなんかズレてる…。

 

「ぁあ、うん、ごめん…」

「…分かってくれたんですね…!」

「え?ああ…うん」

「じゃあ、すぐ仲直りしに行きましょう!自分の主人のことを本気で嫌いになれるポケモンなんて居ません!ムウマも本当は貴方のこと大好きに決まってます!」

 

ぎゅ、と男の手を掴んで笑うトゲキッス。

強面でいかつめの顔であるトゲキッスが目を瞑り満面の笑みを浮かべたことに男が固まった。

 

「これが…っ、ギャップ萌えって奴か!?」

「俺、ギャロップじゃないですけど」

「いや、ギャロップじゃなくて、ギャップ…」

「さ!早く行きましょう!仲直りは早い方が良いですから!」

 

ぐいぐいと男の手を引いてポケモンセンターを出て行くトゲキッス。引っ張られるまま連れて行かれる男。

それを見送ったミミロップはポカンと口を開けたまま固まった。

 

「え…、何事…?」

 

*

 

ポケモンセンターから男の手を引いて戻って来たトゲキッスを見てユキメノコが驚き固まった。

誰それ。とカズキが聞くとトゲキッスはムウマ達のトレーナーさんですと笑顔で返す。

自身のトレーナーを連れて来られたムウマがブルブルと震え、カズキの背に隠れた。

 

「ムウマ、ご主人と仲直りしましょう!」

「ムウ!?」

「本当はご主人のこと大好きなはずです!ご主人もムウマのこと大好きですから!もう痛いことだってしませんよ!」

 

ね!とトゲキッスに返答を求められて男はニコリと笑顔で頷いた。

それが余計に怖いムウマは更に体を震わせ怯える。

 

「お前らのことは大好きだぜ?ごめんな、私の愛情表現の仕方を嫌がってるとは思わなかったんだ、だってほら、私達って言葉通じないから」

「ムウゥ…」

「仲直りしようぜ」

「ムウ~…」

 

マジこえぇええ、笑顔こえぇぇぇ!とムウマが更に体をブルブルと震わせた。傍にいたバクフーン達もまた固まり主人の言葉に怯える。

バンギラスはそんな事を言い出すなんてどうしたのかと主人の様子を密かに心配した。

 

「キッス!ほら、仲直りした!な?ムウマ?」

 

男に同意を求められてムウマはコクコクと頷いた。ただただ不気味で怖い。

 

「ほらぁ!」

「はい!仲直り出来て良かったです!」

「ありがとな、キッス。お前が居なきゃ私とムウマはずっと仲直り出来ないままだった…、お礼に今晩、飯奢るから飯行こうぜ」

「お礼なんて良いですよ!お役に立てただけで十分です!」

「…………。私、今日一人で寂しいからさ~…。キッスが一緒に飯食ってくれると嬉しいんだけどなぁ…」

「…え!そ、そうですよね、手持ちみんな預けて一人ですもんね…!分かりました!俺で良かったらご一緒します!」

「おー!サンキュ!これで一人寂しく飯食わずに済むぜ!」

 

ニヤニヤと笑う男を見てムウマがヤバイ!と慌て出す、バンギラス達もまたあれはマズイ!とユキメノコに視線をやった。

その視線に気づいてユキメノコがトゲキッスを引き留める。

 

「キッスさん…!でも、お家の方に許可をもらわないと駄目ですし!」

「え?別に外食くらいなら大丈夫だと思うけど…」

「は?外泊だと許可居るの?何処の良いとこの坊ちゃんだよキッスくん。あ、キッス、私一人だと夜は怖くて眠れないから朝まで付き合って欲しいな」

「ええ!?一人で眠れないのにどうして手持ちみんな預けちゃうんですか!?」

「じいさんに言われて…私、仕方なく…!ホントは一時も離れたくないんだけど、仕方なく…っ!」

「あぁ…なるほど…!」

 

なるほどじゃねぇええ!とカズキがトゲキッスの腕を掴んだ。

男の言葉に流されつつあるトゲキッスをガシと捕まえたカズキは首を横に振った。

 

「キッスさん!危ねぇよ!」

「そうなんだよ、夜は危ないからさー、怖いじゃん?」

「そんなに危ないですか…、俺、あんまり夜は出歩かないから知りませんでした…」

 

そうだったのか~、と眉を下げるトゲキッス。

コイツ上手いこと被せてきやがって!とカズキが男を睨み付ければ、男はニタァと綺麗な顔を歪ませて笑った。

あわあわと慌てるユキメノコ、今まさに悪い男に捕まりそうなトゲキッスを必死に止めようとカズキが男とトゲキッスの間に割って入る。

 

「キッスさんに近付くんじゃねぇ!!!」

「……ぁあ、私って手持ち達からもそうだし、色んな奴らから誤解されるんだ。私は最低の嫌われ者なんだ…本当の私のことを理解してくれる奴なんて居ないんだ……っ」

 

うう、と口元を手で覆って泣く男。

そんな男の背をトゲキッスが撫でる。

 

「大丈夫ですよ!俺は貴方がそんな最低の人だなんて思わないです!ちゃんとお礼も言えて謝れる人は良い人ですよ!」

「キッス…!」

「キッスさぁぁあああん!!!」

「ムウウウ!!!」

 

カズキとムウマが男に怒る。

ソイツ、絶対に正真正銘のクズ!と言ってカズキが男を指差せばトゲキッスは「そんな人間は居ません!」と泣きそうな顔で言う。

 

「自分の本当の気持ちに気付けば、人間はみんな優しい心を持ってるんです!間違ったことをしていれば教えてあげれば良いだけです!クズだなんてそんな酷い言葉を相手に言ってはいけません!」

「オレ、怒られてる!?」

 

トゲキッスとカズキが口論を続けている間、ユキメノコはシンヤへと電話を掛けていた。

電話の画面に映る女の姿に「お、ユキメノコか」とシンヤは笑みを返す。

 

<「子供産むのちょっと待ってくれるか?助産師の資格取るのに少し時間が欲しいんだが…」>

「それどころじゃないんです!キッスさんが悪い男の人に騙されそうです!」

<「…は?」>

 

その後、過保護な保護者がブチ切れて怒鳴り込んできた。

 

「うちのキッスをどうするつもりだ!」

「うわっ!?生シンヤ!!」

「シンヤ、俺、今日この方と外食して来ますね!一人でご飯食べるの寂しいそうなので!あと夜に一人で眠るのも怖いそうなので付き添ってあげようかと思ってます!」

「…そうか、じゃあ、うちにでも泊まってもらいなさい」

「良いんですか!良かった!それなら寂しくないですね!」

「えぇ!?何!?どういう関係!?はぁ!?」

「お前、後で詳しく話聞くからな…」

「え゙…!?」

 

*



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84

「なんか、さっきキッスが怒ってるとこ見た」

「まあ…ミミローさんったら、受付当番中に居眠りなんていけませんわねぇ…」

「夢じゃねぇよ!!」

 

怒るミミロップを訝しげに見るサーナイト。

サーナイトからすればトゲキッスが公衆の面前で怒ってるところなんて想像すら出来ない。

全く信じられませんわ、とサーナイトは首を横に振った。

 

「いや、なんか泊まりのトレーナーにキレて泣いて無理やり引っ張って連れて行ったんだけど…」

「それ絶対にキッスさんじゃありませんわよ…」

「……キッスじゃ、なかったのか…?」

 

いや、でも見たよな…?。あれ?マジで…ワタシ、寝てた、のか…?と自分の目と先程の事が現実だったのかも疑いだしたミミロップ。

 

「あ、でも泊まりのトレーナーさんならここにまた戻って来ますわね…。その時に聞いてみたら良いんですわ!」

「おお!そうだな!戻って来たら、キッスだったか聞こう!なんかやたら綺麗な顔した男だったから覚えてる!」

「え…!イケメンさんでしたの!?それを先に言ってくれないと…!」

「言った所でなんだよ…」

「きゃっ!」

「キモイ!」

 

ミミロップとサーナイトが話をしていると不機嫌顔のジョーイが二人を睨む。

 

「こら!二人共、何お喋りしてるの!」

「良いじゃん、休憩くらい…」

「私を混ぜてくれないなんて!」

「そっちかよ!」

「で、何の話なの?」

 

二人の間に立ったジョーイがにこにこと笑う。

 

「ミミローさんも認めるイケメンの方がいらっしゃるそうですの!」

 

そっちの話題かよ、とミミロップは呆れたように小さく溜息を吐いた。

嬉しそうに笑うサーナイトを見てジョーイの笑みが引き攣った。

 

「サナちゃんってやっぱりイケメンが好きなの?」

「そうですわねぇ、イケメンは見てて楽しいから好きですわ~。でもミミローさんみたいに可愛らしい系も好きですの~」

「可愛らしい系って言うんじゃねぇよ…」

「私のことは好き?」

「ジョーイさんのことは勿論、大好きですわよ!」

「イケメンとどっちが好き!?」

「え…、まあ、他人のイケメンとジョーイさんでしたらジョーイさんの方が好きですわよ?」

「身内のイケメンとならイケメンの方が好きなのね…!」

「えぇ、まあ…」

 

シンヤとか?とミミロップが首を傾げた。

ううん、と考え込むジョーイ。どうしたのかとサーナイトがジョーイの顔を覗き込む。

 

「ジョーイさん?」

「サナちゃん、そもそも女の子は好き?」

「女の子、好きですわよ?」

「サナちゃん、結婚するならどっちと結婚したい!?」

「ええ!?やっぱりドレスが着たい気持ちがありますから、男性ですわね…」

「……そう…」

 

しゅん、と落ち込んだジョーイを見てサーナイトが困惑する。

え。マジか。とミミロップがジョーイとサーナイトを交互に見比べた。

 

「私、タキシード似合うかしら…」

「ジョーイさん!?何、言い出しますの!?」

「逆パターンもあって良い気がしない!?」

「せっかく女性に生まれてドレスを着ないなんてそんな勿体無いこと言わないでくださいまし!」

「……」

「……」

 

え?え?マ、マジで…?とミミロップは狼狽え始める。

沈黙の中、ラッキーが「患者様がいらっしゃいましたー」と声を掛けて来た。

 

「お、おう!」

「ええ、すぐに準備するわね!」

「……」

 

椅子に掛けていた白衣に袖を通しながらチラリとミミロップはサーナイトを見る。

何事も無かったかのように仕事に戻ったジョーイとは真逆にサーナイトの表情は深刻だった。

 

「サ、サナ…仕事すんぞ」

「分かってますわ…」

「大丈夫か…?」

「………大丈夫ですの」

 

若干フラつきながら部屋を出て行ったサーナイトを見て、ほんとかよ。とミミロップは眉を寄せた。

 

*

 

ううーん、と伸びをしたヤマトの関節がバキッと鳴った。

その凄い音が聞こえたブラッキーがびっくりして食べかけのケーキを皿に落とした。

 

「すげぇ音鳴ったな!」

「え?これぐらい鳴らない?僕、腰捻ったりしたらもっとバキバキ鳴るよ?」

「オレ、全然鳴らない」

 

ミッションを終わらせて休憩におやつタイム。

人間とポケモンは体の造りが違うのかなぁとヤマトはのほほんと笑った。

 

「でも、今回は本当に楽だった!ツキくんのおかげ!」

「んー…、ミッションで迷子のポケモン探しってそもそもなんだよ…」

「僕、迷子探しわりと多いんだよねぇ…なんでだろ…」

 

うーん、と考え込むヤマト。

重要な仕事させるの危ないから迷子探しでもさせておけ、とか思われてんじゃねぇの?とブラッキーは思ったがケーキと共に飲み込んだ。

 

「迷子探しは本当に大変だもん、街で聞き込みしても知らない人ばっかりだからさ~。やっぱりポケモンのことはポケモンに聞かないと駄目なんだね、僕もポケモンの言葉が分かったらなぁ…」

「分かってもどうだろーな。野生ポケモンに逃げられまくってたし」

「……何がいけないんだろう」

 

がく、と落ち込むヤマトを見てブラッキーが笑う。

今回のミッション、迷子のポケモン探し。ブラッキーが野生ポケモンに聞いて回り早々に無事発見されたのであった。

 

「ポケモン見つけたら目輝かせてガン見するからだよ。怪しいし、人間慣れしてない野生からすりゃ怖いって」

「じゃあ、素っ気なくしておけば良いの!?」

「普通にしとけば良いんだよ、普通に」

「僕はいつだって普通なのに!」

 

じゃあ、普通の時点で怪しいんだな。という言葉もブラッキーは飲み込んだ。優しさである。

溜息を吐いたヤマトを見てブラッキーは残ってるケーキにフォークを突き刺した。

 

「ほら、ケーキ分けてやるから」

「え?」

「あーん」

「あー」

 

口元にケーキを持って来られて口を開けたヤマト。その口にケーキを押し込んでブラッキーが満足げに笑った。

 

「んー、ここのケーキ美味しいね!」

「うん、美味い」

「ミッションも終わったし、お土産買って帰ろっか~」

「は!?ここまで来てすぐ帰るの!?」

「え?行きたい所、コガネ以外にあったの?」

「いやいや!行きたい所とかそういう問題じゃなくて!せっかく来たのに…!」

「?どういう意味?」

 

ブラッキーの機嫌が一気に急降下する。

え、本当に急にどうした!?とヤマトが混乱する。

コイツ、マジでムカツクな。と思ったものの、こういう奴なんだ、オレが素直にいけば多少ムカつきはするものの上手くいくはずだ。とブラッキーはぐっと堪えた。

 

「ヤマトの方から一緒に行こうって誘っといて、仕事だけやって帰るんですか…ってこと」

「??コガネで今おやつ食べたけど?」

「オレ達、今マジで二人なのに…。おやつだけ食って帰るって…?」

「………あ!」

「分かった!?」

「そうだよね、せっかく来たんだから晩ご飯も美味しいの食べたいよね!」

「殴りたい」

「!?」

 

はぁぁぁ…と溜息を吐いて、明らかに不機嫌なブラッキー。

理由が分からず狼狽えるヤマト。いや、ここは素直に何故怒っているのか聞こう、僕は言ってくれないと分からないって開き直らなければいけないんだ!とヤマトは心の中で気合を入れた。

 

「分からなくてごめん!考えても分からないから教えて下さい…」

「……」

「何か、したいことあるの?」

「あるよ」

「何々?教えて?」

「デートっぽいことしたい」

「……」

「……」

 

黙り込んだヤマト。

二人きりってそういう意味か…!とぐるぐると考えるヤマトは「分かった!」と頷いた。

 

「おお!」

「ジョーイさんにオススメのデートスポット聞いてくるね!」

「あぁぁぁぁ、ダメ男め~…!」

 

*

 

「あぁ!?誰連れて来てんだよ!?」

 

怒るギラティナ、無理やりシンヤに連行されて来た男は周りの景色に固まった。

 

「知らん!」

「えぇぇ!?知らないのに連れて来たのかよ!?」

「私、なんか悪夢の世界に連れて来られた。素敵」

 

あははは、と笑う男を見てトゲキッスが苦笑いを浮かべる。

あ、そういえばお名前を聞いてませんね。とトゲキッスが聞けば男は綺麗な顔に笑みを浮かべた。

 

「エイゴ」

「エイゴさんですね!反転世界は少し歩き難いので足元を気をつけて下さいね」

「キッス、マジ良い子だなぁ。悪い子にさせたい…」

 

溜息を吐きながらそう言ったエイゴを「おい…」とシンヤが睨み付ける。

 

「ああ、ギラティナ。このエイゴとかいう男、今日泊めるからな」

「はあ!?」

「そっちの金髪も嫌いじゃねぇな、苛められるの好き?」

「好きなわけねぇだろ!?なんかコイツ怖い!!」

 

ニヤニヤと笑うエイゴにドン引きするギラティナ。

シンヤが「なんて面倒な奴なんだ…!」と吐き捨てればトゲキッスが「マスターも言ってましたー」とのほほんと言う。

 

「ギラティナさん!エイゴさんは手持ちをみんな育て屋に預けてて明日まで一人なんです、泊めてあげてください!」

 

お願いします。とトゲキッスが頭を下げればギラティナも頷くしかない。

私の為にお願いしてくれるなんて優しいーとケラケラ笑うエイゴの頭をベシンとシンヤが叩く。

 

「痛ぇ!医者に叩かれた!」

「お前の異常行動はユキメノコから聞いてるからな!お前にはこれから説教だ!」

「はぁ?」

「ムウマ達から事情も詳しく聞くからな…」

「ポケモンから何が聞けるって言うんだよ…」

「キッスは私の手持ちのトゲキッスだ。それもふまえて後で説明してやるから来い!」

「キッスがトゲキッス?何、ダジャレ?」

 

そんな可愛い系のポケモン好きじゃなーい、とうるさいエイゴを引き摺るように連れて行ったシンヤを見送ったギラティナ。

追いかけようと歩き出したトゲキッスの腕を掴んで引き留める。

 

「何、アイツ?」

「エイゴさんですよ?」

「いや、名前は聞いたけど。説教ってなに?シンヤはなんで怒ってんの?」

「エイゴさん、ポケモンと仲良くなるのが苦手なんですかね…?手持ちのムウマが言うには暴力や暴言を受けたりするらしくて…、シンヤが来る前に仲直りはしてもらったんですけど…。なんでシンヤが怒ってるのかは分からないです」

「……」

 

あ、アイツ、ヤバイ系の奴なんだな。と察したギラティナは黙り込む。

本当はポケモンセンターに泊まるはずだったんですけど寂しいらしくて、俺が一緒にご飯食べる約束したんです!夜も怖くて眠れないそうなので付き添ってあげようと思って!と笑って言うトゲキッス。

 

「怒ってんのそこだ」

「どこですか?」

「お前、疑うってこと覚えた方が良いぞ。マジ危ない」

「?」

「これからはすぐ助けに行けるようにキッスの事もちゃんと見ておくようにするからな…!」

「???」

 

*

 

"ポケモントレーナー初心者!育成について!"なんて書かれた表紙の本を手渡して来たシンヤにエイゴは首を傾げる。

 

「なにこれ、シンヤが書いた本?サインくれる?」

「そこには基本が書かれている!まず読んで!自分の行動とどう違うか理解しろ!」

 

椅子に座らされ本を読むように言われたエイゴは顔を歪める。

不思議な場所に連れて来られたかと思ったら、あの有名人のシンヤの家で基礎本を読めと言われてる。なにこれ、カオス。

エイゴが本を開くのを確認してからシンヤはキッチンへと向かう。

本を開いたエイゴは文字を眺めて小さく息を吐いた。

 

「…誰だ?」

「!」

 

背後から掛けられた声にエイゴが振り返れば真っ白な髪の毛を揺らして男が首を傾げる。

見知らぬ人間が居ると気付いて寄って来たミュウツー。そんなミュウツーを見て固まるエイゴ。

 

「シンヤの友人か?」

「友人ってわけじゃねぇけど…、まあ連れて来られた者です…」

 

ふぅんと頷くミュウツー。

 

「汚したくなる白さ…!良い…!」

 

ニヤニヤと笑いだした男を見てミュウツーはまた首を傾げた。

開いていた本を閉じてミュウツーの方へと体を向けたエイゴがニコニコとミュウツーに笑みを向ける。

 

「表情無い子もなかなか!歪めてやりたくなるもんだなぁ!」

「は?」

「白い服が好きなの?」

「服…?別に?」

「肌とかも白いなァ!綺麗に赤くなるから色白は超好き」

「……、何故、掴む…」

 

ガシと掴まれた手を見てミュウツーは眉を寄せた。

ああ、嫌がってる…!とエイゴの口がニタァと歪む。

 

「体中真っ赤にしてあげ、」

 

ゴン!とエイゴの頭に拳骨が落ちた。

その音にミュウツーがびっくりして目を丸くする。

 

「あ、その顔も良い…けど、いってぇ…っ!」

「シンヤの拳骨はなかなか痛い」

「ツー、外に出てギラティナと一緒にいなさい」

「…なんでだ?」

「素直に行け!」

 

怒られたミュウツーは少しガッカリしながらもエイゴをチラリと見てから部屋を出て行く。

エイゴは頭を押さえながらシンヤへと視線をやった。鬼の形相で睨むシンヤ。

ゾクゾク…!とエイゴの体が震えた。

 

「今、すっげぇ怖い!でも、なんか…イイっ!」

「何をニヤニヤと笑ってる!ちゃんと座れ!」

「アハハ!マジ怖ぇ!」

 

笑い出したエイゴにシンヤは眉を寄せる。

根本的にコイツにはカウンセリングが必要だと判断したシンヤは怒りを抑えて優しい声色で問う。

 

「エイゴ、お前がどういう環境で育ったのか聞いても良いか…?」

「え?急に何?気持ち悪い」

「……殴るぞ…」

「ちょっと殴られたいと思う私が居る不思議!アハハハハ!」

 

もうコイツ、ダメだ。

シンヤは頭を抱えた。

 

*

 

「おー、ヒロキヨー?もしもしー?」

<「聞こえてるって…、なんか用か?」>

「私、今、シンヤの家に居ます!」

<「……とうとう、頭が…」>

 

エイゴの言葉に電話画面の向こうのヒロキヨと呼ばれた男が眉を寄せた。

ぶっとんだ変人だとは思っていたけど、とうとう現実との区別までもつかなくなったのか。ヒロキヨは悲しげにエイゴを見つめる。

 

「何、睨んでんだ。あぁ?」

<「睨んでねぇよ!?元々こういう目だボケ!」>

 

俺の目付きの悪さには触れてくれるな!と怒るヒロキヨを見てエイゴはケラケラと笑う。

 

「まあ、本題よ本題。聞け」

<「聞くけど…」>

 

腹立つわぁ。と思いつつもヒロキヨは素直に頷く。

 

「私、なんか愛情表現が人と違い過ぎてるらしくてさ」

<「知ってるよ」>

「はぁ?そういうことは教えようぜ?」

<「散々言ってましたけど?」>

 

嘘ぉ?と顔を歪めたエイゴを見てヒロキヨも顔を歪める。

 

「まあ、愛情表現の仕方が悪いって怒られてよ。痛がってる顔とか嫌がってる顔のが最高に可愛いと思うんだけど、ちょっと嬉しそうに笑う笑顔も可愛いなと思えた俺は愛のリハビリ?を受けることになった」

<「…なに、その愛のリハビリって…」>

「なんか良い事と悪い事を交互に繰り返して結果的に私がどう感じるかっていう…」

<「え?それリハビリ…?ごめん、マジで分かんねぇ。エイゴ、何処居るの?」>

「だからシンヤの家だってば」

<「……じゃあ、シンヤさんと変わってよ。説明聞くから」>

 

分かった、待ってろ。と言って画面から消えたエイゴ。

嫌な奴だとは思ってはいるが同期で昔からの友人であるエイゴを心配しないわけではない。シンヤさんの名前を語った変な連中に変な事でもされてるんじゃないのかとヒロキヨは不安を抱きつつエイゴを待った。

少しして画面に現れた人物にヒロキヨは目を見開く。

 

<「え!?本物!?」>

「何がだ?」

<「ポケモンドクターのシンヤさん、ですか…?」>

「ああ、シンヤだ。エイゴのリハビリ内容が気になるのか?」

<「はい…、ぶっちゃけシンヤさんの名前が出ても変な組織に騙されてんじゃないかなぁってさっきまで思ってましたけど…」>

「変な組織な…、まあ仕方がないな…」

 

その辺に居るもんな。と思いつつシンヤは頷いた。

 

<「それで…エイゴの言う、愛のリハビリ?って言うのは…?」>

「ああ、それはな。リハビリテーション…機能回復訓練である通り、愛情の抱き方を戻そうと思う。エイゴの愛情表現について疑問に思ったことはあるか?」

<「勿論、ありますよ。でも、アイツのポケモンへの接し方って元々ちょっとぶっ飛んでるっていうか、人間に対してもわりと嫌がるような事してましたし…」>

「自分の行動で相手が嫌がり苦痛を訴えるのを見る事で快楽を感じる、そういう行動を繰り返すことで自分は満足出来る、エイゴは相手を苦しめる事で溜まったストレスを発散しているに過ぎないんだ。

元々はきっとそうじゃない、ストレスを発散出来る行動をもっと良いものと変えてやればエイゴの異常行動も無くなると思う」

<「ストレス発散の為ですか…。俺が知り合った時からはすでにぶっ飛んだ感じだったんですけどね…」>

「悩みの無い者なんて居ない。昔からそうならエイゴのストレスの原因となるものは根深くエイゴの心に根付いているのだろう」

<「……」>

「エイゴをこのままにしておけばエイゴの手持ち達も心を病み、お互い更に傷付けあうことになる。そこで強制的ではあるが私の方でカウンセリングをしてリハビリしつつストレス発散方法を変えていってもらおうと思っている」

<「シンヤさん、ポケモンドクターなのに人間も診てくれるんですね…」>

「専門じゃないけどな…。エイゴの手持ち達が苦痛を訴えるのに放置するわけにもいかないだろ…」

<「ご迷惑をお掛けしてすみません…」>

 

大丈夫、と片手で制したシンヤにヒロキヨは小さく頭を下げる。

 

「まあ、リハビリ内容はまず根本的な事から行おうと思っている」

 

ふむ、とヒロキヨが頷いた。

 

「飴と鞭だ」

<「……へ?」>

「エイゴのポケモンへの接し方はほぼ鞭打つばかり、だからエイゴにも鞭を打たせてもらおうと思う。私が鬼となり鞭を打ちエイゴにどう思うか問う。その後、別の者にエイゴへ飴だけをたっぷり与えてもらい、そしてどう思うか問う。これを暫く繰り返してエイゴにはどちらが良いか選ばせる」

<「それが、愛のリハビリ…ですか」>

「躾みたいだけどな。エイゴにはムウマ達が味わった苦しみを体感して貰って、飴を与えられた時にどう思うか知ってもらう。まずは自分の感情をしっかりと理解することから始めるんだ」

 

説明は分かるが想像すると少し鞭が怖い、とヒロキヨは顔を歪めた。

 

「ヒロキヨ、だったか?」

<「あ、はい!」>

「エイゴの愛情表現の仕方は間違ってるが、人間として異常なわけではないと思う。傷ついたポケモンはポケモンセンターに連れて行くのは当然だと知っているし、友人のことを大切に思う気持ちも持ってる」

<「……」>

「時間があればズイのポケモンセンターに来て、ジョーイに声を掛けてくれ。話は通しておくから、友人の様子を見に来てくれて構わない」

<「…はい、お伺いします」>

 

*

 

電話を終えたシンヤがリビングへと戻ればトゲキッスと共に基礎本を開くエイゴが居た。

 

「さて、エイゴ。私は厳しくいくからな?」

「……今、すげぇゾクゾクした」

 

ニヤニヤと笑うエイゴを見てシンヤは溜息を吐く。

 

「マゾヒストとして別の意味でストレス発散されても困るんだがな…」

「エイゴさん!俺、飴担当らしいですので何でも頼って下さいね!」

「何その飴担当って?下の世話とか頼っていいn」

―ゴンッ!

「~ッ!?!?」

「うちのキッスに手を出したら半殺しじゃすまさんぞ…」

 

シンヤ、ガチ切れ。

 

*



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85

ミッションが無事終わり、ブラッキーに少し文句を言われつつも楽しくデートをしてお土産を両手に帰って来たヤマトには理解出来なかった。

 

「ユキメノコー!マジ可愛いじゃん!え!?カズキと結婚すんの!?決断早ぇな!カズキ!カッケェ!おめでとう!」

「ツキさん、ありがとうございますー!」

「ツキさん、人間とポケモンの間に産まれる子供ってどんなのか情報無い?」

「いや、知らねぇ。そもそも産めんの?」

「何事も挑戦してみたら良いんですよ!ね!」

「ツバキ喜びそうだなー」

 

あはは、と笑うカズキとユキメノコ。そしてブラッキー。

え、この状況についていけてないの僕だけ!?とお土産を持ったままオロオロするヤマト。

 

「はあ!?カズキとユキメノコが結婚!?すげぇカズキ、さすがシンヤの弟だな。思い切ったな」

「おめでとうございますわー!ユキコちゃんはやっぱり、白無垢ですわね!」

「そうね!絶対に白無垢よね!サナちゃんはマーメイドドレスなんて良いと思うわ!」

「ジョーイさん…まだその話しますの!?」

「私、本気でサナちゃんお嫁さんに貰おうかと思ってるの」

「…そ、そう言って下さるのは嬉しいですけど…!ワタクシ、ジョーイさんには幸せになって欲しいんですのよ!?」

 

何モメてんの?とブラッキーが聞けばミミロップが眉を寄せる。

 

「ジョーイさん、サナと結婚したいらしい」

「マジかよ。結婚ラッシュじゃん!」

「なんか話がややこしいことにさー。サナはドレス着て結婚したい願望があるからジョーイさんがサナにドレス譲るって言い出したんだけど。サナはジョーイさんにドレス着て幸せな結婚して欲しいと思ってるらしくて結婚するの断ってんの」

「……はあ?」

 

なにそれ?と首を傾げるブラッキーにワタシも分からんとミミロップが眉を寄せる。

話を聞いていたカズキがジョーイとサーナイトに声を掛けた。

 

「サナさん、ジョーイさんのこと嫌いなの?」

「とんでもない!大好きですわよ!?」

「じゃあ、二人でドレス着て結婚すれば良いんじゃないの?」

「……」

「…で、でも、ワタクシ、ポケモンでこんな…」

「ちょい待ち。そういうサナさんの事を嫌いな奴なんて誰も居ないから」

 

びし、と言い放ったカズキの言葉にサーナイトが固まる。

驚き固まっていたミミロップがぷふっと笑いを零す。

 

「確かに、むしろジョーイさんの幸せ第一に考えて他の男に譲ってやるようなサーナイト。逆に気持ち悪ぃわ。お前、自分第一だろ」

「ワタクシだって自分だけのこと考えてるわけじゃありませんのよ!だって、ワタクシじゃ…ジョーイさんのこと幸せにしてあげられないかもしれませんわ…」

 

サーナイトの言葉にジョーイが笑った。

 

「私はサナちゃんを幸せにする自信あるわよ!お嫁に来なさいサナちゃん!幸せにしてあげるわ!」

「!!!」

「ジョーイさん、カッケェ!」

 

アハハ!と笑ったブラッキー。

 

「ジョーイさん、大好きですわー!」

「私もサナちゃん大好きよー!」

 

マジに結婚ラッシュだな、とカズキが笑えば隣でユキメノコが嬉しそうに頷いた。

お土産を両手に持ったヤマトは呆然とその光景を眺める。

え?ユキメノコが結婚するんじゃなくて、ジョーイさんが結婚するの?え?なにこれ、どういうこと?

お土産を両手にふらふらとシンヤの所へと向かうヤマト。書庫部屋のドアを開けたヤマトはシンヤの背に声を掛ける。

 

「シンヤ…!聞いて…!大変なことが…!」

「ああ、ヤマトか。後にしてくれ今は忙しいんだ」

「私、全然後回しにしてくれて良いですけど…」

「後回しにしたらお前反省しないだろうが!」

「悪いことしてないだろぉ!」

 

シンヤに怒られている男を見て、誰?と首を傾げるヤマト。

怒られている男は床に座り両手で頭を押さえる。何度か拳骨をもらったせいで頭を第一に守ることにしたらしい。

 

「ツーに近寄るの禁止だ!次、近付いたらツーに正当防衛を許可させるからな…!」

「私から近寄ってねぇし!向こうから近寄って来たから手、出したんだよ!」

「手を出すな!」

 

え、見知らぬ男にツーくん、何をされちゃったの!?と慌てるヤマトはどさとお土産の紙袋を落とした。

 

「ちょ、シンヤ…!何が起きてるの!?」

「は?何が起きてるって別に大したことは起きてないと思うが…?」

「いや、起きてるよ!そこら中で僕の理解が追い付かない自体が起きてる!」

「大袈裟な…」

「そもそも、その人は誰!?ツーくんに何があったの!?」

「こいつはエイゴだ。諸事情で今リハビリ中でな。目を離した隙にツーの首元に数箇所の鬱血痕を付けて、今は隔離中だ」

「首元ざっくり開いたシャツ着て寄って来たら良いんだと思うじゃん」

「良いわけないだろうが!反省しろ!」

「痛っ!またゲンコしたー!もぉおー!たんこぶ出来るんだってぇー!」

「笑う余裕が無くなってきて結構な事だ」

 

不敵に笑うシンヤを見て、怯える様子を見せるエイゴ。

少し遠出して帰って来たら親友がサディストになってて見ず知らずのイケメンを殴りつけて笑っています。なにこれコワイ…。

フラフラと部屋を出たヤマトは家の外へと出る。情報は一番の情報通に聞いて確認せねば…。

庭に居たギラティナに声を掛けたヤマトは「おお、おかえり」と笑いかけてくれたギラティナの背にしがみついた。

 

「ギラティナくん…!僕、状況についていけない!ユキメノコがカズキくんと結婚するって言うし、ジョーイさんがサナちゃんお嫁にもらうって言ってたし、シンヤがエイゴさんとかいう男の人、痛め付けて笑ってたんだけど~…!」

「へえー、ジョーイとサナも結婚すんの?めでたいことが続くな」

「軽いよ反応が」

「どういう反応が欲しかったんだよ…」

「分からないよ!もう何もかも分からない!僕に教えて!簡単に!」

 

何コイツめんどくさい。とギラティナは眉を寄せる。でも放置しとくのも可哀想だしな、とギラティナはヤマトに向き直る。

 

「じゃあ、サクッと説明するぞ」

「うん」

「ユキメノコことユキコが、お前とは違って頼りになる男らしいカズキに惚れてプロポーズしました。カズキもユキコが可愛いから結婚しても良いと思ったそうです。これ一個目な」

「……さりげなく貶されたのは分かったよ!」

「事実だろうが、泣かすぞコラ」

「ごめんなさい…」

 

で、二個目。

ジョーイとサナの結婚は初耳。知らね。とサクッと説明したギラティナにヤマトが衝撃を受ける。

 

「三個目ー。エイゴって奴の愛情表現の仕方が異常だってことが判明したらしくてシンヤがカウンセリングとリハビリ治療中」

「……愛情表現の仕方が異常って」

「愛情表現イコール暴力、暴言。それが楽しくてやめられない止まらない状態でエイゴの手持ちが苦痛を訴えているのを育て屋でキッスが発見して判明した。だから、治療中」

 

オーケー?と首を傾げたギラティナに多分とヤマトが頷く。

まあ、手持ちのポケモン達が苦しがっているのなら何とかしてあげないと可哀想だもんね。ととりあえず納得したヤマト。

じゃあ、あのエイゴさん、人間か。とそこで気付く。

 

「ギラティナくん、今何してるの?」

「オレ?さっきまでツー達と喋ってたよ。ちょうどヤマトと入れ替わりでアイツらキッチン行ったから」

 

もう戻って来るんじゃない?とギラティナが言った時、タイミング良くミュウツーが戻ってきた。首元にタオルを巻いているミュウツーを見てヤマトが眉を顰める。

 

「ツーくん…」

「あれ、ポケモンレンジャーの人…?」

「え?あ、うん、こんにちは」

「こんにちは…、お邪魔してます」

 

ペコリと頭を下げた男。若干、目付きの悪い子だなと思いつつもヤマトは笑顔で同じように頭を下げて返す。

 

「キッチンに居たチルさんにタオル温めてもらいました。これで早めに消えるかと思います」

「まあ、オレらすぐ治るからその内消えてると思うぜ」

「…本当にエイゴの奴がすみませんでした…!」

「気にすんな、大したことねぇから」

「なんでお前が言うんだ…」

「大したことねぇだろ?」

「無いけど」

 

ぷく、と頬を膨らませたミュウツーの頬をギラティナが突く。

この人、誰?とこっそりとヤマトがギラティナに聞けばギラティナがああと頷いた。

 

「エイゴのダチのヒロキヨだって」

「あ、ヒロキヨです。エイゴがご迷惑お掛けしてます…」

「僕あんまり関わって無いから分からないんだけど、ヤマトです」

「コイツ、シンヤの親友な」

「そうなんですか…!」

 

すげぇ!と目を輝かせるヒロキヨを見てヤマトが苦笑いを浮かべる。

 

「そういや、ヤマト。お前、どうだったよ?」

「ミッション?ミッションはツキくんのおかげであっさり終わったよ!頼もしかった!」

「……」

「……」

 

ポケモンレンジャーってカッコイイですよねーと笑うヒロキヨに照れたように笑みを返すヤマト。

それを見てギラティナとミュウツーが目を合わせた。

 

「(あいつマジ駄目だな)」

「(ある意味、予想通りだ)」

 

はあ、とギラティナが大きな溜息を吐く。

リビングから窓を開けたシンヤがヤマトを呼ぶ。

 

「ヤマト、土産置きっぱなしだったぞ」

「え?あ、置いて来ちゃった!」

「これ。中身なんだ?」

「お菓子お菓子!ツキくんが味見して美味しいって言ったの買って来たんだ!みんなで食べて!」

「ふーん。ヒロキヨもそこからで良いから上がって来い。エイゴは叱っておいたから」

「あ、はい!ほんとすみません…!」

「そこまで謝らなくて良い、大丈夫だから」

「…なんでシンヤが言うんだ」

「…大丈夫じゃないのか?」

「大丈夫だけど」

 

じゃあ良いだろ。と眉を寄せたシンヤを見てミュウツーが不満げに眉を寄せる。

何故か納得いかないらしい。

ギラティナがケラケラと笑った。

 

「大袈裟に心配してもらえなくて何故か悔しい」

「心配して欲しいなら何か反応すれば良かっただろ」

「どんな反応が正しかったんだ?」

「え?可愛く泣くとか?」

「涙はどうやって出るんだ?」

「…ちょっとそれ難しいな」

 

難しいのか、と眉を寄せるミュウツーに頷いて返すギラティナ。

そんな二人に「玉ねぎ切れば良いんじゃない?」と笑顔で言い放ったヤマト。

 

「そういうのじゃないのは私でも分かる!」

「なんで怒るの!?」

「(後でツキの愚痴聞いてやるか…)」

 

*

 

「え?ジョーイと結婚するのか?……色々と不安だな…」

「どういう意味かしらっ!」

「いててててっ!」

 

ジョーイに耳を引っ張られたシンヤは赤くなった耳を押さえた。結構な熱を持っていてじんじんする。

 

「サナちゃんとジョーイさんが結婚するってもう見た目的にどうなの!?大混乱だよ!?美人二人ってこれ!」

「いやん、褒められましたわ~」

「もうヤマトさんったら~」

「害悪同士がくっついたら未来が不安だ」

「「どういう意味よ!/ですの!」」

「そのままの意味だが?」

 

え?何か間違ったこと言ってる?とわざとらしく首を傾げたシンヤの胸ぐらをジョーイが掴んだ。

そんなシンヤの言葉にミミロップが密かに確かに何か怖い…と心の中で思った。

 

「そもそもポケモンと結婚って出来るんですかぁ~」

 

へーい、とソファから片手をあげたエイゴ。

数日居ただけですっかり寛いでいる友人の姿にヒロキヨが両手で顔を覆った。そんなヒロキヨの頭をギラティナが撫でる。

 

「個人の自由じゃないか…?違法と決まっているわけじゃない」

「あー。つかさ、ポケモンが人の姿になってるってことは世間一般に認知されてんの?私だけ知らなかったとか?」

「人の姿になれるポケモンは少なくない、人として普通に働いてるポケモンも居るくらいだしな」

「まじかよっ!?」

「自分がポケモンだと人間に伝える奴は少ないし、自分の手持ちが人の姿になったと世間に言い触らすようなトレーナーのポケモンは人の姿にならない。

強く繋がりを持ちたいと思ったポケモンが人の姿になれることがある、そしてそんなポケモンに選ばれた人間はそれを公言したりしない人間なんだ」

「あー、私とは縁遠い話なんだってことは理解した」

 

私にポケモン懐かないもん、と笑ったエイゴを見てシンヤは小さく溜息を吐く。

 

「ヒロキヨ、私のポケモン引き取らない?」

「え!?なんだよ急に!?」

「いや、私の愛情表現の仕方っての?治らないし。でも、ここ暫くシンヤさんに苛められて苛められるのは嫌だな~って思ったわけよ。朝起きてシンヤさんに睨まれた時の怖さハンパない」

「……」

「わざとやってくれてるシンヤさんがこんだけ怖いってことはアイツらからしたら私って相当なんだなって思ってさ。だから、ヒロキヨに引き取ってもらおうかと思って。ヒロキヨが要らないって言うんなら逃がすし」

「…エイゴ…」

 

な?と首を傾げたエイゴを見てヒロキヨは眉を寄せた。

 

「そんな風に考えられるようになったんなら優しく接するようになれば良いだろ…」

「は~?そんなのいつになったら出来るんだよ。出来る気しねぇのに」

「言いきるなっ!お前のことが好きで付いて来てる奴も居るかもしれないだろ!」

「私の手持ちで?居るわけねぇだろ」

「分かんねぇだろ!」

「なんだよっ!出けぇ声出すんじゃねぇよ!」

 

声を荒らげて言い争いになりかけている二人の間に入ったシンヤはエイゴの顔を片手で押さえつけた。

 

「まあまあ、落ち着け」

「むぐっ…!」

「…す、すみません…」

「エイゴが手持ちを手放す件について決めるのはエイゴでもヒロキヨでも無い。手放されても良いかを向こうに確認するから、ここで言い争っても無駄だぞ」

「向こうって…ポケモン達ですか…」

「そうだ。向こうの言い分についてはトゲキッスが聞いてる。エイゴ、お前のもとに残りたいと言う奴が居たらちゃんと接し方を考えていけば良い」

「居たらなァ」

 

お菓子を食べつつエイゴがヘラリと笑った。

そんなエイゴを見てヒロキヨは小さく溜息を吐く。

 

「あ!そういえば俺、エイゴに言ってないことあったんだ」

「ん?なに?」

「俺のクロバット、人の姿になる」

「なにィ!?」

 

背筋を伸ばして目を輝かせたエイゴ。

 

「イタズラは可ですかッ!」

「不可に決まってんだろうがボケエエエエ!!」

「やんのかコラアアアアア!!」

「喧嘩するんじゃない!!!」

 

喧嘩する二人の間に割って入るシンヤを見て、僕の幼馴染は色々と大変だなぁとヤマトはひっそりと思った。

そんなヤマトの横でミュウツーが菓子を頬張る。

 

「このクッキー美味い」

 

隣でもきゅもきゅとクッキーを食べるミュウツーにミミロップが言った。

 

「なんか物食ってるツーって可愛いな」

「ミミローさんがお世辞を言いましたわああああ!!!」

「うわあああ!俺の反転世界に槍が降って来るぅうう!!!」

「別に世辞じゃねぇし!お前ら、ちゃんと見てみろよ!食ってる所なんか面白いんだって!」

「「……」」

 

どれ、とミュウツーにみんなの視線が集まった。

注目されたミュウツーは無言で口を動かす。

 

「……(もきゅもきゅ)」

「普通じゃないですの?」

「ちょっと分からないわねぇ~」

「ツーくん、まじまじと見るとほんと綺麗な顔だね」

「可愛い要素が分からねぇ」

「えぇ!?なんか可愛いじゃん!」

 

分からない。と首を傾げる連中を見てシンヤが額に青筋を立てる。

 

「お前達、人間の世話まで私に押し付けるな…」

「私はツーきゅん可愛いと思う」

「シンヤさん、ちょっとコイツと外で話し合いしたいんですけど」

 

「……(もきゅもきゅ)」

「シンヤの食べ方に似てるんじゃない?」

「あー…」

「結局、シンヤさんの話になるのはどうしてかしら…」

 

本人は蚊帳の外。

 

*

 

数日後、

育て屋に預けられていたエイゴのポケモン達をトゲキッスが連れて来た。

立ち会ったシンヤとヒロキヨはエイゴと向かい合うように立つポケモン達を見守る。

 

「あー…、なんか今までごめんな」

 

主人のその言葉にポケモン達は目を見開き驚いた。

まさかあの主人の口から謝罪の言葉が出て来るなんて予想もしていなかったからだ。

 

「お前達が嫌な思いしたのは理解出来たんだけどさ、私のこの性格はそう簡単に直る気もしないし、そもそも楽しいからそういう風にしてた私は直せる気もしないんだけど…」

 

遠回しに直す気があまり無いらしいエイゴはヘラリと笑った。

 

「私なりに色々と考えてみた結果、お前達への態度を改めないことに決めた。めんどくさいからさ、ヒロキヨん所に行くなり、野生に戻るなり、まあ好きにしてくれ。解散!」

 

エイゴの発言にヒロキヨは大きく口を開ける。

あんにゃろう!結局、開き直りやがった!と今にも飛びかかりそうなヒロキヨをシンヤが制する。

ずし、と足を一歩前に進めたのはバンギラスだった。

エイゴの前に出てその場で頭を下げる。大きな体を一瞬で小さくさせた事に今度はエイゴが驚きで目を見開いた。

 

「好きに選んで良いのならオレはエイゴと一緒に居たい。エイゴにゲットされた時からオレにはエイゴだけ、オレはエイゴが大好きだから。エイゴと一緒に居たい」

 

人の姿になったバンギラスはエイゴにニコリと笑いかける。

 

「好きにしても良いんだよね?」

「あ、ああ…良いけどよ。物好きだなお前」

「物好きじゃない、オレはエイゴが好きなんだ。ずっと…エイゴの命令を聞かないと捨てられると思ってたから、好きにしても良いなら嬉しい」

 

あはは、とヒロキヨの口から小さく笑みが漏れた。

ほらみろ、やっぱり。エイゴの事が好きで一緒に居る奴も居たじゃないか、とヒロキヨが喜ぶ横でシンヤが眉間に皺を寄せた。

 

「昔、見た事のある目だ…」

「え?」

 

ぼそりと呟いたシンヤの言葉にヒロキヨが反応する。

ポカンと立ち尽くすエイゴに抱きついたバンギラスが嬉しそうに笑った。

 

「エイゴの事を嫌がってエイゴの性格も理解しようとしない他のみんななんて要らないよね!好きにしても良いなら!エイゴを悪く思う奴なんてみんなオレが倒してあげる!」

「は?」

 

エイゴを抱きしめたまま、くるりと背後を振り返ったバンギラスは笑う。

 

「ほら、お仕置きされないんだから勝手に逃げれば良い。いつもいつも見逃してあげたかったけれど、エイゴの命令には逆らえなかったからダメだったけどもう好きにして良いんだもん。早くどこかに行って?」

 

ニコリと笑ったバンギラスを見てムウマ達は体を震わせた。

好き好んでエイゴと一緒に居たいわけじゃない、あの暴虐な性格も直してくれるのならまだ付いて行ってやろうかと、トゲキッスの説得で思っていたムウマ達だったが慌ててトゲキッスの背後に隠れた。

 

「んー、やっぱ怯えてる顔が一番可愛いと思うんだけどなァ…」

「エイゴ、ダメだよ。またムウマが欲しいとか言わないでね、オレ、もう好きにしても良いって言われたからムウマ消しちゃうよ」

「えぇ~…」

 

なにこいつゥ…と困ったような視線をエイゴから向けられたヒロキヨはどうしたものかとシンヤへと視線をやった。

シンヤは深く溜息を吐いた。

 

「下手するとうちのより厄介なタイプだな…」

「え?え?シンヤさん…?」

 

嬉しそうにエイゴを抱きしめるバンギラス。

またカウンセリングしなければいけない対象が増えたとシンヤはガクリと肩を落とした。

 

「あ、キッスー。そういえば久しぶりだよなァ?後でお話しよ?」

「え?あ、はい、良いですけど…」

「……」

「おい!うちの子を巻き込むんじゃない!」

「はァ?」

「え?」

 

今までの苦悩から報われたいバンギラスは困ったように笑った。

 

「…キッスくんも好きだけどな、どうしようかな…?」

 

シンヤの苦悩は続く。

 

*



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86

遠路はるばるやって来たツバキは切り抜き記事をどんとテーブルに置かれて溜息を吐いた。

 

「そりゃもうこっ酷く叱られたけれど僕は諦めてないからな!」

「プラターヌうざ!ウザターヌ!」

「シンヤさんに会いたかったのにぃいい!」

 

わあん!とテーブルに突っ伏したプラターヌを見るイロは結構カッコイイ人だ!と目を輝かせた。

 

「シンヤさんの話じゃなくて珍しい進化の話じゃなかったんですか、プラターヌ博士」

「あー…、なんか語る元気が出ないから後で書類見てくれる…?」

「……分かりました、クソターヌ博士」

「ツバキの所の助手、口悪いよ!」

「出来た子なので」

「何処で引き抜いてくるの!こういう子!?」

 

いや、なんか自分で来たけど。と頬杖を付きつつ言ったツバキにプラターヌは顔を歪ませる。

 

「え…、博士志望で学校出た子なんだよね?」

「違うよ~、エンペラーはなんか興味持ったので働かせてくださいってうちに自分から売り込みに来た子。全く知識無かったから勉強はうちに入ってからしてた」

「ツバキ、相変わらず雑だね。仕事が」

「ばかやろう、うちのエンペラーは口は悪いし態度も悪いけど頭の出来はとても良いスーパー助手なんだぞ!」

「……」

「っていうか、うち雇ってもなんかみんな違うとこ行っちゃうんだよねぇ、不思議」

「仕事が雑だからでしょ…」

「うるせぇ!」

 

こんなもの!とテーブルに置いてあった新聞記事の切り抜きを投げ捨てるツバキ。プラターヌが悲鳴をあげた。

 

「せっかく集めたのに!」

「この顔は見飽きてるんですぅー」

「なんて羨ましい!」

「どいつもコイツもシンヤさんシンヤさん…。あ、ちなみにシンヤさんと写ってるその子ね。ミュウツーだよ」

「えぇ!?」

「は~、なんか美味しい物食べて帰るか~」

「ちょ、詳しく説明していって…!」

「うるせぇ!」

 

ギャーギャーと喧嘩するツバキとプラターヌ。

そこにプラターヌの助手がエンペラーに声を掛けた。

 

「シンオウ地方からツバキ博士にお電話が」

「ああ、じゃあ僕が出るよ」

 

はい、もしもし?と博士二人を放置して電話に出る助手。それで良いのかとプラターヌの助手は苦笑いを浮かべた。

 

<「あ、エンペラー。ツバキ今出れないの?」>

「今、喧嘩してる」

<「…めんどくせぇ~。じゃあ、用件言うから伝えといてくれる?」>

「良いよ」

<「オレ、ユキメノコと結婚する」>

「へえ、おめでとう」

<「サンキュー!式とかまだ決めてないからそれだけ伝えとこうと思ってさ!じゃ、よろしくな!」>

「うん、伝えておくよ」

 

電話を切ってツバキの頭を掴んだエンペラーは握力の限りツバキの頭蓋骨をギリギリと掴む。

 

「いててててて!」

「カズキくんから連絡」

「……なに…?っていうか、絶対に頭蓋骨変形した…」

「ユキメノコと結婚するんだって」

「……」

「……え?ポケモンのかい!?」

 

ガタッと立ち上がったプラターヌに多分ねと頷くエンペラー。

 

「……」

「ツバキ!ユキメノコと結婚するってどういうことだ!?」

「ここここここ、こっちだって聞きたいわぁあああああ!!!!」

 

ギャーギャーと更に喧嘩をしだしたツバキとプラターヌ。

はあ、と溜息を吐いたエンペラーが二人を力尽くで引き離す。

 

「うるさいから喧嘩しないで」

「いやいやいや!なんでエンペラーはそんな冷静!?あ、あたしの幼馴染がポケモンと結婚するなんて…!そんな!そんなのって…!美味しすぎるぅううう!!!グッジョブ、カズくんんんん!!!!」

「良かったね」

「人間とポケモンの種族を超えた愛!子供とかどうなる!?え?ちょっと、プラターヌ、一緒に予想しようぜ!」

「ツバキ、キミのそういう所すごく尊敬するよ…」

「産まれるのはポケモンか人間か!やっぱり人間になれるポケモンが生まれてくるのかな!はたまたポケモンになれる人間?いや、ポケモンの技を使える人間か…!」

 

わくわくしてきたー!とハシャぐツバキに釣られたのかプラターヌもふむと考えを巡らせる。

 

「やっぱりポケモンが産むってなるとタマゴで出てくるって可能性もあるんじゃないかい?」

「タマゴだったとして中から出て来るのはポケモン?人間?」

「うーん…」

「ポケモンのタマゴの理論から考えるとほら、メスの種族が反映されてるでしょ?それを考えるとポケモンの可能性が高い気がするんだよね~」

「それを言うとオスの能力を引き継ぐんだから人間としての能力も引き継ぐ可能性もある。そこを踏まえるとやっぱり人の姿になれるポケモンが産まれてくる…のか?」

「あー…」

 

そもそもタマゴを産んでる所をみたことない!という話からまた振り出しに戻り、タマゴが何処からやってくるのか、という話にまで遡りだした博士二人。

そんな二人に呆れながらエンペラーが言った。

 

「人の姿で性交する時点で人型が産まれるんじゃないの?体の構造的に考えて」

「…それって種族的にどっちだい?」

「…ポケモン?人間?」

「ハーフで良いんじゃない?上手く産まれるかは知らないけどさ」

「ツバキの所の助手、冷静だね」

「熱くならず冷静に分析出来る子なのよ、冷めすぎてる気もするけど」

 

三人の様子を黙って見ていたイロがハイ!と手をあげた。

 

「あ、あの!ポケモンのメスが人間の子供を産めるかっていうの私でも全然試してくれて良いですよ!エンペラーさん!」

「え、やだよ。僕、自分の子供は優秀な人間の女に産んでもらうんだから」

「ツバキの所の助手、なんか凄いね」

「色んな意味でね」

「で、でも!私、色違いですし!」

「は?ユキメノコってどうせヤマトさんの所のユキメノコでしょ?あの子、色違いだから間に合ってる」

 

がくり、と肩を落としたイロ。

人間の色違いってどんなんだろう…!と目を輝かせたツバキが想像を膨らませる。

 

「イロはそろそろ僕のこと諦めてくれる?僕の予定が狂うから」

「……、予定ってなんですか…?」

「僕、ツバキに子供産んで欲しいんだよね。性格はともかく優秀な人材だし、僕の子供産んでもらうならこの女かなと思ってわざわざ助手にまでなったんだから。

僕のこの冷静な性格とツバキの優秀な知能を持った子供を作る予定が当初から僕にはあるんだから、僕のことは諦めてよね」

「ツバキの所の助手、怖いよ!?」

「ひぃいいい!!!うちの助手こええええ!!!!」

「他の男と結婚しても良いけど子供は産んでほしい」

「シンヤさぁあああんん!!!うちの!うちの助手がああああああ!!!!」

 

シンヤの苦悩は更に続く。

 

*

 

実家に帰って来ていたノリコは母親から聞かされた言葉に大きく口を開けた。

 

「カズくんが結婚するぅ!?」

「ユキメノコってヤマトの所のですよね…」

「カズキが言うには凄く可愛い子らしいのよ~、お母さん楽しみ♪」

「いや、うん、ユキメノコは可愛いけど…」

 

え、そんな恋愛してるみたいなの聞いてなかった…とノリコは顔を歪ませる。

 

「いつからお付き合いしてたんでしょうね、初耳でびっくりしました」

「のんの予想だと絶対に付き合ってる段階とか無いですよ…!もう可愛いから良いか!みたいなノリで結婚したに違いありません!」

「……そんなまさか…」

「カズくんならありえる…」

「いや、まさか、さすがそこまでは…」

「お兄ちゃんも絶対に、"へー、可愛いなら良いんじゃないか?"みたいなことを絶対に言う…」

「……」

 

凄く言いそう。とエーフィが眉を寄せた。

 

「うーわー、もうなにそれ!ツバキが大はしゃぎしてそうなその美味しいネタなにそれ!やばい!」

「そもそも人間とポケモンで子供って出来るんですかね…」

「どうなんでしょう…、でもあれってポケモンのメスの種族で生まれてきますよね?確か」

「じゃあ、ポケモンが?」

「のんの甥っ子か姪っ子、ポケモン…?」

 

マジか。と頭を抱えるノリコ。

 

「それだと、人間の女がポケモンの子供を産むと人間が生まれてくるってことになりますね」

「ちゃんと生まれてくるのかも怪しいですけど~」

「でも、産むとなると…シンヤさんがまた忙しくなりそうですね…。シンヤさんに負担が掛かるのが気がかりです…」

 

はあ、と揃って深く溜息を吐いたエーフィとノリコ。

そんな二人を見てカナコが笑った。

 

「ノリコとフィーくんの結婚はいつかしら?」

「「…は?」」

 

楽しみね、と笑うカナコを前に二人は顔を青褪めさせた。

 

「フィーさん!のんは!のんはお兄ちゃんの変わりにお父さんとお母さんに人間の孫を見せてあげるという役目があるのですが…!!」

「私も貴女を嫁に貰う予定などありませんよっ!」

「カズくんがユキメノコと結婚する今、のんには重大な使命なのですぅうう!!」

「予定など無いと言ってるでしょうが!」

 

*

 

実家でノリコとエーフィが言い争って居る頃、シンヤはバンギラスの説得に悪戦苦闘していた。

ムウマ達は育て屋で引き取ることになったがバンギラスがエイゴを抱きしめて離さない。

 

「大丈夫だ!エイゴを捕るわけじゃない!一旦、離してやれ!」

「嫌です!嫌です!エイゴはオレのです!」

「………」

「お前ので良いから!」

「シンヤ、私、小便したい。早く…」

「お前もちゃんと説得しろ!」

 

こいつらめんどくせぇ!と怒るシンヤにブラッキーが声を掛ける。

 

「シンヤー、ツバキから電話ー」

「後にしてくれ!」

「でも、なんか助けてくれって泣き喚いてるんだけどさー…」

「はぁ!?」

 

エイゴ、もうちょっと我慢しろ。と声を掛けてシンヤが電話へと走る。

背後で漏らしたらどうしよう…と不安げなエイゴの声が聞こえたが無視した。

 

「もしもし!?どうした!?」

<「シンヤさぁぁああん!!うちの助手がぁああ!!キチガイィイイイ!!!」>

「大丈夫だ!お前も似たようなもんだ!」

<「なんだとこの野郎!?」>

 

ねえ!シンヤさん!?変わってよ!と後ろでうるさいプラターヌをツバキがグーで殴りつける。

 

<「エンペラーがあたしに子供産ませる気なんだよ!?どう思う!?」>

「え、どう思うか聞かれると心底どうでも良い」

<「シンヤさんのバカ野郎!!」>

「私は忙しいんだ!くだらないことで騒ぐな!」

<「くだらなくない!」>

「嫁の貰い手危ういんだから、子供産ませるついでに嫁に貰ってもらえば良いだろ!」

<「なんだと!?あたしにはジョシューさんという未来の旦那さんがいるのに!」>

「助手という未来の旦那でも良いだろ。大して違わん!」

<「ほんとだ!大して違わなく聞こえる!」>

 

アホか。と電話を切ったシンヤは再び庭へと走る。

膀胱がヤバイ…と苦しむエイゴを応援するヒロキヨを見てシンヤは深く溜息を吐いた。

 

「私、過労死するかもしれない…」

 

そんなシンヤの言葉にブラッキーが笑った。

 

「世界の終わりじゃん」

「笑い事か…?」

「シャレになんねぇ」

「はあ…」

 

助けてシンヤー!と悲鳴をあげるエイゴを救出すべくシンヤは重たい足を前に進めた。

 

「今、オムツ付けてやる…」

「嘘でしょ!?ちょ、待って!バンギラス!私をトイレに連れて行け!!!あの人、目がマジ!!!」

 

*



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87

「ツキくん…、ここ…こわいよ…!」

「……なんで付いて来たの?」

「ツキくんを一人で行かせるのは危ないと思って…!」

「……」

 

ひぃいい!と悲鳴をあげるヤマトに少しキュンとしたかもなんて思いつつブラッキーはビビリまくるヤマトの手を引いて森の奥へと進む。

何故こんな森の奥へ行くことになったのか、それはサマヨールからのお願いが理由だった。

昨晩、カフェでの仕事を終えたサマヨールがブラッキーに声を掛けた。

 

「ツキ…、相談したい事があるのだが聞いてもらえないだろうか…」

「ん?良いよ、何?」

「自分もまだまだの身ではあるが、後々の事を考えると早い方が良いと思ってな……」

「?カフェの話?」

「ああ…、カフェを永劫続けて行くとなると後継者が要るだろう?」

「あー…」

「見込みのありそうなのをツキに引き抜いて来て欲しい…、自分は店を長時間空けられそうにない…」

「まあ、オレ、暇してるからな…。良いよ、行って来る」

「……勘違いしてくれるな、ツキ。時間の空いてる奴だから頼むわけじゃない…」

「良いってそういうの~」

 

ブツブツと文句を言うサマヨールを言いくるめてブラッキーは笑う。

そして、次の日。

昼頃だというのに薄暗い森へと足を踏み入れたわけだが…。

 

「あああああああ!!!!あ、ゴースだ。可愛い…」

「ヤマト、うるせぇ」

「ごめんね、びっくりしちゃ…ぎゃああああああ!!!!…あ、ジュペッタだ。可愛い…」

「騒ぐから集まって来ただろ!お口チャック!」

「ううううう!」

 

悲鳴をあげるヤマトが面白くて驚かしに来るゴーストタイプを追い払いながらブラッキーはずんずんと森の奥へと進んだ。

 

「なんか、迷いなく進んでいくけど大丈夫なの…?」

「うん。目当ての奴を回収しに来ただけだし」

「知り合いの子が居るの?」

「うん。コーヒーメーカーに転職させてやろうと思って。あ、シンヤ専用の」

「…その知り合いの子にも選択の余地はあげるべきだと思うよ…」

「シンヤ専用なんて好条件飲まないわけねぇじゃん。むしろ、断る奴、頭おかしい」

「シンヤ中心のみんなの思考が結構ずれてると僕は思うんだ…!」

「いや、この世界、シンヤ中心で出来てるし…」

「…そ、そうだった……!」

 

*

 

選択の余地など無い。

シンヤの為なら身を粉にしてまで尽くせ。な思考のブラッキーは問答無用で目当てのポケモンを回収してきた。

ヤマト、唖然である。

 

「へい、お待ち~。永遠に使えそうなコーヒーメーカー(予定)だぜ!」

「「「………」」」

 

ポカンとテーブルに置かれたものを見たマスター。

サマヨールも無言でそれを見つめ、ピジョットは顔を歪めた。

 

「あの…この子、多分、ここに居るってまだ状況理解出来てないと思うんだけど…」

「まあ、良いじゃん?」

「良くないよ!」

「え?これが、ヨルくんが言ってた…お店を継いで行ってくれるゴーストポケモン?…こ、これ?」

 

ごとん、とテーブルに置かれた石にマスターは目を丸くする。

 

「かなめ石か……、悪くないな」

「え!?」

「こちらの方に店をやりくり出来る力があるのか、いささか不安ですけど…良いんですか?」

「え!?こちらの方ってどんな方!?」

 

石じゃん!と叫ぶマスターにヤマトは苦笑いを浮かべる。

 

「昔、悪さをして石に封印されたポケモンだと言われてるミカルゲっていうポケモンなんです」

「あー…そういうポケモンも居るんだ。どう見てもただの石だけどねぇ」

 

カッチカチ。とマスターが石をコンコンと叩けば石の割れ目からどんよりと煙のように出てきたソイツにマスターが悲鳴をあげる。

 

「うわっ!」

「おんみょ~ん」

「鳴き声ウケる!!!!」

 

ぶはっと吹き出したマスターがお腹を抱えて笑う。

ここのマスターさん色々とすごい、とヤマトは関心した。

とりあえず、人の姿になれ。とブラッキーに脅されて人の姿になったミカルゲ。

強制的であれど長生きしただけあって人の姿も自由自在らしい。

 

「ま、人の姿でも足元が重くって困っちゃうんですけどねぇー!」

「このミカルゲ、オレが見つけた中で一番明るい奴」

「へー、よろしくね!ミカルゲ」

「よろしくはしねぇ!おれは人間はお嫌いなので!」

「えー…」

「仲良くしろって。ぶん殴るぞ」

「仲良くしようぜ!人間!」

 

ぐっと親指を立てたミカルゲ。

基本的にブラッキーが怖いらしい。

 

「ツキくん、ミカルゲになにしたの…?」

「森で遭遇した時に喧嘩売られたから長期戦でボッコボコにした」

「おーぅ…」

 

それでここは何処ですかっ!と辺りを見渡すミカルゲ。

そんなミカルゲにブラッキーが店のことシンヤのことを説明する。

 

「あー、ようするに、そのシンヤの為にコーヒーが飲めるお店をおれがずっと続けていけばいーの?」

「そういうことだけど…。お前がシンヤを呼び捨てにすんな」

「…はい。すみませんです…」

「(いや、別に良いと思うけどな…)」

「でも、おれそのシンヤ様しらねーし!コーヒーってのもしらないんですけどー」

「まあ、それは後々知っていくって事で。とりあえず未来永劫、己の身体が消滅するその時までシンヤに忠誠を誓いひたすらに美味しいコーヒーを淹れる為だけの存在になると誓い契約書にサインしろ」

「(ガクガクブルブル…!)」

「ツキくーん!?」

「お前がこの話を断った場合…、お前の身体は今ここで消滅します」

「(ガクガクブルブル…!)」

「脅すのはやめてあげない!?」

 

物凄く震えるミカルゲをヤマトが慌てて抱きしめる。

 

「おいこら、抱きつくな!離れろ!」

「痛いっ!!」

 

バキッと殴られたミカルゲが涙目になりながら頬を押さえた。

 

「なんでミカルゲの方を殴ったの!?」

「ヤマトは人間だから殴ったらダメージでかくなるじゃん?あと早く離れないともう一発行くから」

「離れる!離れるけど!なんで怒るの!?」

「はぁ!?ヤキモチ焼いてますけど何かぁ!?」

「え、えぇぇぇー…」

 

オレの前で他の男を抱きしめるとかどういうつもりだコラ。とヤマトがブラッキーに怒られているのを見てサマヨールはうんうんと頷いた。

 

「ツキも素直になってきて良いことだ…」

「ミカルゲに少し同情しました…」

「だ、大丈夫?ミカルゲ…?」

「だいじょばない…!おれ、森に帰りたい…!」

「えぇ!?な、泣かないで!あ!そうだ!コーヒー!コーヒー飲む?飲んだことないんだもんね?飲んでみて!落ち着くから!」

 

ね?とマスターに促されてミカルゲは小さく頷いた。

それを見てマスターはニコリと笑って片手で器用にコーヒーを淹れる。

 

「マスター…、腕は大丈夫なのですか…?」

「うん、一人分ならゆっくり片手で淹れられるよ~」

 

早く骨がくっつくと良いな。と笑うマスターをじー…とミカルゲは見つめる。

ふんわりと良い香りがしてきて、ミカルゲの前にコーヒーが出された。

真っ黒な液体のそれを覗き込んでミカルゲは首を傾げる。

 

「コーヒー?」

「そうだよ。苦くて飲めなかったら甘くしてあげるよ~」

 

おそるおそる、カップに口を付けて啜ったミカルゲは眉を寄せた。

 

「苦い…」

「うん、じゃあ、お砂糖とミルクを少しずつ淹れるね」

 

黒色のコーヒーがマスターの手でまだら模様を作り色が淡く変化する。それを見てミカルゲは「おお」と目を輝かせた。

 

「はい、甘めになったよ」

 

ミルクで少し冷めたコーヒーをミカルゲはこくりと飲み込んだ。

ほんのり苦いけれど、さっきよりずっとまろやかで優しくてお腹がほんわかとあったかい。

 

「ふわぁ~」

 

思わず出たミカルゲの声にマスターは笑った。

 

「ね?落ち着くでしょ?」

「うん!」

「今飲んだコーヒーの他にもいっぱい種類があってね、それぞれ違う美味しさが味わえるんだよ」

「ほんとか!?他のも飲みたい!」

 

キラキラと目を輝かせたミカルゲを見てピジョットとサマヨールは顔を見合わせた。

 

「ああいう所は流石ですよね」

「本当に…マスターには敵わない…」

 

マスターのコーヒーに惚れ込んだミカルゲはブラッキーの作った契約書に喜んでサインをし。

このマスターの美味しいコーヒーをおれはずっと淹れるぞ!と張り切るミカルゲが弟子入りという名目で、マスターが購入した唯一のゴージャスボールにおさまることになった。

 

「ミカルゲってどんな風に進化するのか楽しみだね!」

「え…、おれ、進化しないけど…?」

「え…、ポケモンってみんな進化するものじゃないの…?」

「「……」」

 

*

 

「ただいまー!シンヤー!聞いて聞いてー!」

「おかえり。どうした?」

「今日、シンヤ用の未来永劫使えるコーヒーメーカー手に入れた!今、マスターの所で美味しいコーヒー淹れられる様に修業中だから楽しみにしといて!」

「(コーヒーメーカーの修行ってどういうことだ…)」

 

うちのコーヒーメーカーも修行したら美味さがレベルアップするのか?とシンヤは一人首を傾げたのだった。

 

*

 

コーヒーメーカーとして修業中のミカルゲは器用にコーヒーを淹れるサマヨールの手元を見ながら問いかける。

 

「なーなー、ヨル先輩」

「なんだ…?」

「シンヤ様ってどんな人よー?」

 

ミカルゲの問いに手を止めたサマヨールは目を細めて笑った。

 

「主は素晴らしいお人だ。元々聡明な方だがとても勤勉でいらっしゃる。どんな時でも一番頼りになる存在で、優しさも厳しさも持ち合わせた愛情深い方だ。そのお姿は凛としていて美しく、主に尽くし生きられることは本当に幸せなことだと思う……。

そうだな、主の素晴らしい所をあえて言うならば……」

 

寡黙かと思っていたサマヨールの口からは止まる事なくシンヤについて語られる。

えー…マジかぁ、そこまで聞いてねぇよ~とミカルゲが思っていてもサマヨールの話は終わらない。

 

「…あと、少々天然な所もまた魅力でな。真面目に人とは違うずれた発言をしてしまった時の主はとても愛おしくなる。

完璧な中にある、ふと見せる茶目っ気がまた人を惹きつけてしまうのだろうな…」

「…ヨル先輩、コーヒー冷め冷めですけどー…」

「ああ…、しまった……」

 

やっと止まった。とミカルゲは小さく息を吐く。

これは後で自分で飲もう、とコーヒーを片付けて。マスターに味を見てもらう為、サマヨールはコーヒーを淹れなおす。

 

「ヨルくーん、コーヒーまだ?」

「マスター…すみません、お喋りに夢中になって失敗してしまいました…。すぐ淹れなおします…」

「あ、そうなの?ヨルくんがお喋りに夢中だなんて珍しいね~」

「申し訳ありません」

「大丈夫だよ、ゆっくり淹れて~」

 

それで何の話をしてたの?とミカルゲの隣に座ったマスターにミカルゲは小さな声で答える。

またサマヨールのスイッチを入れてしまわないように、だ。

 

「シンヤ様のお話…」

「ああ、シンヤさん?そっかー、ミカルゲは会ったことないんだもんね?」

「うん。なんかどんな人なのかヨル先輩の話じゃ、ちょーっと分かんなかった」

「えー?そうだねー、俺の印象だとー。シンヤさんってねー、すっごいカッコイイ人だよ!超カッコイイ!マジ素敵!」

「…へー」

「まず男前!見た目も中身も本当に男前!前にあった事なんだけどね!シンヤさんの手持ちのトゲキッスがー!」

「……」

 

まさかのこっちにもスイッチ…!

ミカルゲは目の前で嬉々としてシンヤを語りだすマスターを見つめる。

こんな所が!とマスターが言えばサマヨールも同意して、またこんな所も!と話はどんどんと盛り上がる。

シンヤを知らないミカルゲはひくりと口元を引き攣らせ、そーっと椅子から腰を浮かせて店をこっそりと出る。

これ以上、聞いてられるか…!

あの二人が静まるまで散歩でもしようと歩き出したミカルゲは夕焼けの空を眺めながら歩き出す。人の姿になっても足元はずっと重い。

歩いては休憩、歩いては休憩。

その場にしゃがみこんで自分の重たい足を見ていれば頭上からの影にミカルゲの足元は黒くなる。

 

「…?」

「どうした?気分でも悪いのか?」

「え…?や、別に~」

 

ミカルゲがしゃがみこんだまま顔をあげれば自分を覗き込む人間の男。

なんでもないです、と立ち上がったミカルゲを見て男は首を傾げた。

 

「お前、こんな所に居るような奴じゃないだろ?どうした?トレーナーとはぐれたか?それとも誰かに無理やり運ばれて来て迷子か?」

「…!」

「?」

 

なんだこの人間?

いや、変わった気配がする。普通の人間とは違う、尊くもあり愛しくも感じるその気配にミカルゲは眉を寄せた。

 

「どうしたんだ?」

「いや…、見抜かれたの初めてだからびっくりした」

「なんだお前、野生か…?」

「違う、けど…」

 

つい、ほんと今日、野生じゃなくなった。と思いつつミカルゲは口を尖らせる。

 

「なら迷子か?トレーナーは?」

「迷子じゃない。おれ、ちょっと散歩してるだけ、だいじょーぶ」

「そうだったのか。それは間違えて悪かったな。暗くなる前にちゃんと帰るんだぞ?トレーナーが心配するからな」

「…うん」

 

ぽん、とミカルゲの頭に手を置いて歩いて行ってしまった男の背をミカルゲは見送った。

笑みを向けられて心があったかくなるなんて、不思議な人間だ。とミカルゲは自分の頭を撫でる。

マスターも良い人間だと思うけど、今の人間も良い人間だ…。

 

「…」

 

おれがミカルゲだって分かってて優しくしてくれる。

人間は嫌いだった。他のポケモンだって嫌いだった。自分を嫌う奴はみんな嫌いだった。

凄く寂しくて寂しくて、構ってほしくて悪さをして、怒られて恨まれて…。

 

「……」

 

ああ、思い出せば思い出すほど、石に戻って眠りたくなる。

そう、眠っていれば…眠っていれば、なにも…。

 

「ミカルゲ」

「…!?」

「やっぱり、気分が悪いんじゃないのか?」

「…ううん。平気」

「まあ、いい…。帰りも足枷が重くて座り込むんじゃないかと思ってな。これを持って行け」

「なにこれ?」

「おやつ」

 

じゃあな。と片手をあげて再び背を向けて歩いて行った男を見送ったミカルゲは貰ったおやつに視線を落とす。

こんな物でおれの気は紛れない。

そうは思いつつも封を開けてカップケーキのようなそれを口に運ぶ。

 

「…………、やっべ、これ超元気でる…!」

 

うまー!これはマスターのコーヒーと一緒に食べたい!

かじったケーキを袋に戻して重たい足を動かす。

そーだ、そーだ!昔のことなんか思い出してる場合じゃない!

おれはコーヒーを淹れなきゃダメなんだ。マスターの美味しいコーヒーをずっと淹れるってツキさんとの約束なんだ。

美味しいコーヒーを淹れられるようになったら美味しいお菓子も作れるようになろう。

 

「これは、眠ってる場合じゃねー!」

 

マスター!ただいまー!

帰る場所も必要としてくれる人もいる、おれはもう寂しくないんだ。

 

*

 

よいしょ、とテーブルにカバンを置いたシンヤにカズキがお礼を言う。

 

「兄ちゃん、まじありがと!」

「ん。気にするな、良い気晴らしになった」

「それ、お菓子ですか?」

「そーそー、兄ちゃんの作ったポケモン用のおやつ。これあるとポケモンの育ちが良くなることに気付いた。超テンション上がるみたいでさー」

「シンヤのおやつは凄く美味しいですからね!」

「みたいだな~。オレが食っても美味いかな?」

「知らん。人間用には作ってないが、食べれない材料ではない」

「え、じゃあ食ってみる」

「「……」」

「…あ。美味い!」

 

ちょっと甘さ控えめ!ともぐもぐと口を動かしながら何個かポケットに突っ込むカズキ。

 

「おいこら」

「んー。オレのおやつにも良いコレ」

「人間には人間用で作ってやるから…」

「マジで!?」

「ここに来る途中に寄り道して木の実をいっぱい採って来たから、今日のデザートにでも何か作ってやる」

「やった!仕事終わったら食いに行く!」

「真面目に仕事してなかったらお前の分は無しだぞ」

「はぁー!?オレ、超真面目に仕事してるって!な!キッスさん!」

「ふふ、はい!ポケモンの育ちが早いって評判ですもんね!」

「ほー?じゃあ、今度、うちのミロカロスも預かってもらおうか…」

「いや、もう育ちきってて無理っす」

 

*



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88

シンヤの事が書かれた雑誌を広げてミミロップは考える。

そしてその考え込むミミロップにサーナイトが首を傾げながら声を掛けた。

 

「ミミローさん、どうしたんですの?」

「んー…」

「なんですの?」

「ワタシの医者としての腕ってどう思う?」

「へ?それは勿論、素晴らしいと思いますけど…」

「そっか…」

 

どうしちゃったのかしら?と首を傾げるサーナイト。

ミミロップは眉間に皺を寄せて雑誌の記事を睨みつけた。

 

*

 

カフェで修業中のサマヨールのもとにミミロップがやって来たのは夜も深い時間。

ミカルゲの練習に付き合っていたサマヨールはミミロップの訪問に首を傾げた。

 

「ミミロー…?」

「ミミローさん、ちーっす」

「ミカ、ちょっとヨル借りて良い?」

「え?じゃあ、おれ、休憩してきまーす」

 

一時間したら戻りまーす、と明るく店を出たミカルゲ。

 

「コーヒー、淹れるか…?」

「うん」

 

カウンターに座ったミミロップにサマヨールがコーヒーを淹れる。

席に座って、少し考えたミミロップが話を切り出した。

 

「あのさ、ワタシ…らしくないとは思うんだけどさ…」

「…?」

「弟子、とろうかと思うんだ」

「弟子…というと医者として育てたい奴でも居たのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。ワタシ、もうシンヤに教わる事も無くなってポケモンセンターの仕事任せてもらってるけどさ。やっぱり、どうしてもシンヤの役に立ちたいんだよな…」

「……」

「悔しい話、ワタシはシンヤにとってミロみたいに傍に居るだけで良いって思える存在じゃない。勿論、シンヤはそんなことないって言うだろうけど。ワタシが納得出来ない。シンヤの負担を少しでも減らそうと思って仕事してるだけじゃ、満足出来ないんだよ。

ワタシはもっと、…もっとシンヤの役に立ちたい…」

 

コトン、とミミロップの前にコーヒーが置かれた。

黙って聞いていたサマヨールは小さく頷く。

 

「気持ちは分かる…。だが、そんなに思いつめた顔をしていては…、主は悲しむぞ…?」

「それも分かってる。でも、ワタシは…ワタシにしか出来ない事でシンヤの役に立ちたい…!」

「…それが、弟子…か?」

「…シンヤに育ててもらった、この力だけがワタシがシンヤの役に立てる全て。

ワタシは…シンヤになる…」

「…?」

 

これ、とテーブルに雑誌を置いたミミロップ。広げられた雑誌のページに乗った記事にサマヨールは視線を落とした。

シンヤの話題で溢れるそのページ。

 

「シンヤの時間はもう止まってるんだ。だから、これ以上、世間の目に追われ続けるわけにはいかない。時が経てば経つほど、いずれ気付かれてシンヤは追い詰められる。時間の止まった特別な存在だって…。

だから…、だから、ワタシがシンヤになる。ワタシが、どの記事にも祭り上げられる存在になる…!」

「!!」

 

人間も目立つ事も大嫌いなミミロップの発言にサマヨールは驚いて固まった。

真剣な目で自分を見つめてくるミミロップの意思が本物なのだと分かるから、尚更。

 

「だから、弟子をとる…。人間の医者志望の奴とか、とりあえず、何処にでも行って自分を売り込もうと思う…」

「一番、不得意なことじゃないか…。ミミロー、お前にはもっともツライ人生の選択になる…」

「シンヤが苦しむよりずっと良い…!ワタシも自分がそういうの絶対に得意じゃないって分かってるんだけど、どう考えてもこれしか無いんだ!

ワタシが自信を持って売り込めるのはこのスキルしかない!ポケモンも人間も診れる医者として活躍出来るのはシンヤか、ワタシだけ!

媚びて媚びて媚びて!世間に伸し上がって、シンヤを忘れさせる存在になるしかない!!」

「…ミミロー…」

「…だからさ…まず、何から始めたら良いかな…?」

「………とりあえず、愛想笑いの練習から、だろうな…」

「………」

「………」

 

早くも挫けそう。とテーブルに突っ伏したミミロップにサマヨールは苦笑いを浮かべた。

サマヨールにはミミロップの気持ちが痛いほどに分かる。

サマヨールがシンヤに居場所を残してあげたいと思うのと同じように、ミミローもまたシンヤの人生の安穏を望んでいる。

生き続けるのなら、少しでも幸せに生きていて欲しい。

 

「さすがに、ジム制覇とかコンテスト制覇とかは無理だけど…医者一本ならワタシでもなんとか…」

「ツバキ博士に話題に出してもらえば良いんじゃないか…?」

「あ、なんかもう胃が痛い」

「……やめておくか…?」

「やめない…」

 

*

 

反転世界から外界を覗き込んだギラティナは一人一人の様子を確認する。

育て屋でお客さんを迎えるトゲキッス。

スーパーでバニラアイスを買うかイチゴアイスを買うかで迷っているミロカロス。

ドーナツ屋でヤマトと談笑するブラッキー。

ノリコのコンテスト衣装を選ぶエーフィ。

眉間に皺を寄せてツバキとお茶中のミミロップ。

コーヒーを淹れるサマヨール。

ポケモンセンターで受付をしているサーナイト。

お菓子の作り方をミカルゲに教えるチルタリス。

 

「……」

「ギラティナ、ジェンガしよう」

 

箱を手に声を掛けてきたミュウツーをギラティナは鬱陶しげに睨む。

おもちゃ屋にでも顔を出しに行ったのか、ミュウツーは新しいおもちゃに目を輝かせている子供だ。

 

「あのなぁ。オレは忙しいの」

「そんな変態的な趣味は良いから。ジェンガしよう」

「変態的って言うな!!見守ってんだよ!」

「ジェンガ」

「分かったよ!!!」

 

横で箱を開けたミュウツーに視線をやる。

バラバラと地面に広げられた木のブロック。それをエスパータイプならではの力で一瞬で組み上げられた。

 

「(オレ、勝てねぇじゃん)」

 

そう思いつつも一つのブロックを引き抜いたミュウツーに急かされてギラティナもブロックを引き抜く。

 

「外界を見てて何か面白い事はあったか?」

「いや、別に」

「何を見てたんだ?」

「んー、あいつらを見てただけ」

「私の事も見てたのか?」

「は?見てないけど?」

「そうか、なら何処に行ってたか分からないわけだな」

「いや、おもちゃ屋だろ」

「…見てたな…!?」

「これ見りゃ分かるって!!」

「あ。崩した」

「あ゙ー!!」

 

ギラティナの番で崩れたジェンガ。

不敵に笑ったミュウツーにギラティナはイラッとした。

そして、すぐに一瞬で組み直したミュウツーがまたブロックを一つ引き抜く。

 

「別にいつも見てなくて良いじゃないか」

「見てねぇと何があるかわからねぇだろ」

「見てていつもと違った事があったのか?」

「無いけど。あった時の為に見てんの」

「つまらない毎日だな」

「はぁ!?うるせえよ!!」

「私はそうやって外界を見てるギラティナを見てて、凄くつまらない」

「見んなよ」

「シンヤもアルセウスも見てないのになんでギラティナが見てるんだ」

「はぁ…?」

「いつも見てるのはおかしい」

「趣味だって言ってんだろ」

「そんな変態的な趣味に没頭するのはやめろ」

「変態的って言うなって!!」

「私は退屈だ」

「お前がかよ!」

「そう。私が。だから、この後、ドーナツを食べに行こう」

 

あれ。とブラッキーとヤマトが映る姿を指差したミュウツー。

いや、でも…と渋るギラティナを見てミュウツーはジェンガを崩した。

 

「あ」

「期間限定のドーナツがあるそうだ。ツキが言っていた。それは今だけしか食べれないんだ。だから今行こう」

「でも、オレが外に出たら。もし、なんかあったらどうすんだよ」

「その"なんか"があってもお前に出来ることなんて無い。行こう」

「ムカつくなそれ!!」

 

オレだって頑張ったらなんか出来るかもしれないだろ!と怒るギラティナ。

買い物帰りに通りがかったミロカロスが首を傾げた。

 

「どーしたの?」

「これからドーナツを食べに行くんだ」

「へー。お土産買って来てー。俺様、イチゴな!」

「イチゴアイス食べてイチゴのドーナツも食べるのか」

「ふふん♪俺様、今日はバニラにしたもんね!」

 

シンヤがイチゴー!と笑って歩いて行ったミロカロスを見送ったギラティナは苦笑いを浮かべる。

 

「結局、両方食うのミロじゃん」

「じゃあ、行こう」

「はぁー?オレ、まだ行くとか言ってねぇけど」

「私が決めた」

「決めんな」

「期間限定のドーナツは、芋栗南瓜らしい」

「すぐ行こう」

「ねっとり系」

「絶対に行こう…!」

 

やべぇ、超好き…!と歩き出したギラティナの背をミュウツーは追いかけた。

 

「あ、ツー。今から帰んの?オレ、これからヤマトとドーナツ屋なんだけどさぁ。ツーもギラティナ誘って来いよ!期間限定、ギラティナの好きな芋栗南瓜のねっとり系だから食い付くぜ!あの引き籠もり引っ張り出して来いよー!待ってるからなー!」

「…ツキは良い奴だと思う」

「え?何が?」

 

*

 

「ただいまー!」

「おかえり」

「シンヤにイチゴアイス買って来たー!」

「要らん」

「…バニラは?」

「え?要らん」

「じゃあ、どうする…?」

「両方半分ずつ食べて明日も食べれば良いだろ」

「シンヤは頭良いな~」

「腹壊すなよ」

 

 

*



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89

「いらっしゃい……ま、せ…?」

「なんで疑問形だ?」

「ぎもんけいって何!?」

 

カフェへとやって来たシンヤとミロカロス。

出迎えたミカルゲがシンヤの姿を見て驚きで固まる。

 

「疑問形、わからないのか?」

「わからない」

「今、私がわからないのか?と聞いたのが疑問形というものだ。相手に何故?と問いかける疑問の言葉の形を疑問形と言う」

「…俺様は疑問形を使ってますか?」

「使ってる使ってる」

 

なるほど~と横で納得しているミロカロスにシンヤは頷き返す。

そのままカウンターの席に座ったシンヤとミロカロスをキョトンとミカルゲは見つめた。

 

「コーヒーとミックスジュース」

「あー、おれまだコーヒー淹れられないから、先輩戻るの待ってもらって良いですか~?」

「良いぞ。ミックスジュースはこっちに頼む」

「俺様ー!」

 

はい!と手をあげたミロカロスにミカルゲが頷く。

ミックスジュースを用意しつつミカルゲはチラリと二人の様子を見る。

片方は以前に出会った不思議な良い人間、もう片方は人の姿をしたミロカロス…。ここのお客だったのか…とミカルゲは心の中で呟いた。

 

「ここのミックスジュース美味しいから好きー」

「良かったな」

「ちょっと酸っぱいとこが良い」

「そうか」

「飲む?」

「要らん」

 

要らんかー、と呟きミックスジュースを啜るミロカロス。

変な奴、とミカルゲがミロカロスを眺めているとサマヨールが店に戻って来た。店内にシンヤの姿を見つけて慌てて駆け寄って来る。

 

「主…!申し訳ございません…っ、お待たせしてしまって…」

「ああ、大丈夫だ、おかえり」

「ただいま戻りました…」

「主!?え!?え!?ヨル先輩!この人がシンヤ様!?」

 

驚くミカルゲに「ああ、そうだが…?」と返事をしつつ首を傾げるサマヨール。

ん?と首を傾げたシンヤを見てミカルゲは瞬きを繰り返す。

 

「あんたが、シンヤ様だったんだ…」

「?」

 

おれが消滅するその時までコーヒーを淹れ続ける特別な人。あの時の、この人が…、おれを永遠に必要としてくれる人…。

ぽ、と頬を染めたミカルゲが恥ずかしそうにシンヤに向かってお辞儀をした。

 

「お、おれ…!ミカです!シンヤ様に美味しいコーヒーをずっと淹れられるようにがんばりますっ…!」

「…主、今は自分共々修行中の身ですが、ミカには消滅の時が来るまで店を維持してもらおうと思っています。主の為のコーヒーメーカーとでも思ってください」

「……コーヒーメーカーってその事か!」

「なんで頬っぺた赤くした。シンヤがカッコイイからか。カッコイイから赤くなったのか」

 

本気でうちのコーヒーメーカーもマスターの所に修行に出そうかと思ってた。と呟くシンヤにサマヨールは笑みを浮かべる。

 

「シンヤの事、好きになったらぶっ飛ばすからな!」

「え゙!?そんなこと言われても!おれ、もうシンヤ様のことかなり好きだけど!?」

「はぁああ!?俺様のだからなぁああ!!」

「ヨル、私にコーヒー」

「はい。すぐにご用意します…」

 

怒るミロカロスを宥めながら。シンヤはミカルゲに小さく笑みを向ける。

 

「よろしく頼むぞ、ミカ」

「はいっ!」

「頬っぺた赤くするな!!」

 

*

 

ツキさんがー、と何故かブラッキーとの出会いを語るミカルゲの話をシンヤはうんうんと頷いて聞く。おそらく、右から左ではあるがミカルゲは楽しそうだ。

シンヤの横でもぐもぐとお菓子を食べていたミロカロスが店の扉へと視線をやった。

 

「ただいまー!あ、シンヤさん、いらっしゃーい!」

「マスター…おかえりなさいませ…」

 

出掛けていたマスターとピジョットが帰って来た。買い物をしていたのか荷物を抱えたピジョットの後ろからひょこっと顔を出したスーツの男が目を輝かせる。

 

「ふおおおおお!?!?本物のシンヤさんだぁあああ!!!」

「あ、すみません。この方、私のトレーナーなんです」

「はじめましてぇええええ!!!」

「あ、ああ、はじめまして…」

 

少し引き気味に挨拶を返すシンヤにピジョットのトレーナーは飛び付く。

 

「俺、ヒナリって言います!仲良くしてください!好きです!握手して欲しいです!サインください!」

「……、」

「ヒナリさん、落ち着いて下さい」

 

べたべたするな!とシンヤの横でミロカロスが怒る。

興奮冷めやらぬヒナリをピジョットが冷静にシンヤから引き離した。

 

「ミカ、シンヤさんと会えて良かったね~」

「はぁい!シンヤ様、超好きですー」

 

やばい、俺様のライバルが増える…!と顔を歪めたミロカロスを見てサマヨールが笑った。

よいしょ、とシンヤの横に座ったヒナリがシンヤに話掛ける。

 

「シンヤさん、聞いてくださいよ~」

「ヒナリ、キミって本当に馴れ馴れしい子だね」

「え?」

 

マスターの言葉にヒナリは首を傾げる。

そんな二人に苦笑いを浮かべたシンヤは「で?」と話の続きを促した。

 

「何を聞いて欲しいって?」

「あ、そうなんです。俺のリザードンなんですけどね…!俺、上手く背中に乗れなくて~」

「は!?ヒナリさん、また隠れて練習したんですか!?」

「…………こっそり、乗り方教えてください」

「ヒナリさん!?」

「…そうだな、上手く背に乗せてもらうにはお互いの信頼関係も大事だからな、リザードンとちゃんと相談してみたら良いんじゃないか?」

「リザードンもやる気満々で乗せてくれてると思うんですけど、背中の上って不安定で上手く乗ってられないです」

「じゃあ、バランス感覚がただ無いだけかもしれないな」

「俺が悪い…っ!」

 

そんな気はしてたよ。とマスターが笑った。

 

「私の背には全く乗ろうとしてくれないのは何故ですか…!」

「え?そりゃお兄さんの背中に乗るなんて恐れ多いし…」

「私もヒナリさんと空を飛びたいのに、ヒナリさんは私を仲間はずれにするんですね…」

「ええ!?そんなことないよ!?ごめんね!お兄さん!お兄さんの背にも乗って良いなら乗りたいよ俺!」

「じゃあ、私とも練習しましょう」

「うん。分かった!」

 

見守っていたマスターが笑顔でシンヤに言う。

 

「あそこのリザードンとピジョット、ギスってるんですよ~。ご主人ラブ過ぎて」

「飛行タイプの争いが目に浮かぶ…。あ、でも、練習はやめさせた方が良い」

「そう?勝手にやらせとけば面白いんじゃないのかな~?」

「いや、リザードンの背に乗れない人間がピジョットの背に乗るのは無理だと…」

「……よし。一回、落ちるところを見てから止めに行こう!」

「マスター!?」

 

案の定、盛大に落ちた。

地面をのたうち回るヒナリに慌ててシンヤが駆け寄る。

 

「うん、骨は異常無いな。大丈夫」

「すごい痛いです…っ!」

 

当たり前だろ。とシンヤの言葉にしくしくとヒナリは涙を流す。

 

「俺、飛行タイプで仕事に行きたいんです…!それで、それでリザードンに協力してもらおうと思って…!」

 

泣きながら言うヒナリの言葉にシンヤは首を傾げる。

 

「なんだ。背にこだわってるわけじゃないなら。自分が乗れるくらいの籠を用意してリザードンに持って運んでもらえば良いじゃないか」

「!!!!!」

「リザードンばかりだと疲れるから、ピジョットと交代しながら仕事先まで運んでもらえば良い」

「え、シンヤさん天才過ぎるんですけど…!」

 

天才!と感激するヒナリに呆れるシンヤ。

早速、買い物だー!と走り出したヒナリを慌ててピジョットが追いかけて行くのを見送った。

 

「ピジョットとリザードンも大変だな」

「今度、リザードンくんのカウンセリングとかやってあげてください」

 

マスターの言葉にシンヤは小さく頷いた。

 

*

 

カフェに戻り、にこにこと笑みを浮かべながらミカルゲがシンヤにコーヒーを出す。

 

「おれが淹れてみました~!」

 

先輩のを見よう見真似で!と笑うミカルゲ。

マスターとサマヨールが苦笑いを浮かべる。

 

「召し上がって召し上がって♪」

「じゃあ、いただきます」

 

おいしい?と隣でミロカロスがシンヤに聞きながら首を傾げた。

 

「……うん、見よう見真似と言っていたわりに、うん、まあ、………うん」

 

そっとカップを置いたシンヤが眉を寄せる。

 

「……飲める、って言ってやりたいけど、これはちょっと飲めない。本当にすまん、ミカ。許せ。もう飲めないこれ」

「お前ぇええ!!シンヤに何飲ませてんだコラァアアア!!!」

「あれぇ!?ちゃんと豆ゴリゴリしたのになぁ…?」

「ミカ……主には飲めるものだけお出ししろ……っ!」

「あれぇ…?」

 

シンヤの飲みかけコーヒーをコクリと飲んだマスターが横で盛大に咽る。

 

「げほっ!!ごほっごほっ!!ぅう、ぉえ……、げほげほっ!!」

 

カップを置いたマスターが親指を立てる。

 

「…うん。今日、徹夜ね!」

「は~い!」

 

これは骨が折れるねぇ、と口だけで笑みを浮かべたマスターは遠くを見つめた。

シンヤの横に座っていたミロカロスがガタンと立ち上がる。

 

「お前より俺様の方が上手に淹れられる!」

「なんですと!?」

 

貸せ!とカップをぶんどったミロカロス。

コーヒーメーカーは何処。と聞いたミロカロスにミカルゲが驚愕の表情を浮かべる。

 

「いや…、これで豆挽くみたいっすよ…?」

「俺様の知ってる奴と違う……」

「どーゆーの?」

「フタ開けてー、スプーンで豆入れてー、フタしてー、水入れたやつセットしてー、スイッチをピッ!」

「なにそれスゴイ!」

 

うちのコーヒーメーカー。豆から挽けるやつだからな。

 

「全自動は便利だけどね。うちの手挽きのコーヒーの味には敵わないよ!この洗練された挽き加減!豆の粗さだって豆ごとに調節するプロ技術を見よ!!」

 

マスターが嬉々として豆を挽いているのをミロカロスとミカルゲが目を輝かせて見つめる。

 

「ちなみにこの豆を挽く道具は、ミルと言います」

「「おお!!」」

「俺様、ミロ!」

「おれ、ミカ!」

「この子はミルでーす!」

「「うおおおー!!」」

 

ハシャぐ三人を眺めていたサマヨールがボソリと呟いた。

 

「……、何が楽しいのだろうか…」

 

シンヤは小さく頷いた。

 

*

 

シンヤがカフェでのんびりしている頃、ミミロップはツバキとフレンドリィショップへとやって来ていた。

 

「ここー、ここの店員さんから相談があるって手紙来てたのよ!なんでも自分のポケモンから暴力を受けてるみたいで」

「ポケモンがトレーナーに暴力って新しいパターンだな、それ」

「DVよDV!どめすてぃっく!」

「なんかツバキと会話してたら脳ミソが疲れる」

「どゆこと!?」

 

すみませーん、とショップへ入って行ったミミロップをツバキが追いかける。

今回、有名な医者として名を上げる第一歩としてツバキの所に度々寄せられるポケモン相談を解決して行こうという話になった。

ツバキに都合良く使われている感は否めないが、自分から売り込むのが苦手なミミロップには向こうから勝手にやってきた相談を解決していく方が楽だと思ったわけだ。

しかし、その第一歩がまさかのトレーナーがポケモンから暴力を受けてるって…。立場逆転過ぎるだろ、と思いつつもミミロップはカウンターに立つ店員へと視線をやった。

 

「どうも!ツバキです!お手紙くれたリョウスケさんはいらっしゃいますか!」

「ツ、ツバキ博士!俺です!俺がリョウスケです…!来て下さったんですね…!」

 

うああ、と泣き崩れツバキに縋り付いたリョウスケ。

落ち着いて!落ち着いて!と声を荒げるツバキが一番慌てているのを無視して、ミミロップはリョウスケの肩を叩いた。

 

「どーも、ポケモンドクターのミミローです。とりあえず、お話詳しく聞かせて頂けますかね」

「は、はい…」

 

ショップの店番を変わってもらったリョウスケを連れてポケモンセンターの隅の方の席で顔を見合わせて座る。

事情を細かく教えて下さい、というミミローの言葉にリョウスケがポツリポツリと説明を始めた。

 

俺のポケモンはルカリオです。

ルカリオは元々、俺の手持ちじゃなくて、ポケモントレーナーをして各地を旅してる友人のポケモンでした。

その友人が突然、ルカリオがお前と一緒に居たいみたいだからとポケモン交換を持ち掛けて来たんです。

俺の元々の手持ちはフシギダネで旅立つトレーナー用だった子を縁あって譲り受けて一緒に暮らしてました。

離れ難い気持ちはあったんですが、俺は旅もしないしバトルもしないので、旅立つ予定だったフシギダネも旅に出たいんじゃないかと思って交換を飲みました。

フシギダネも念願の旅が出来るし、俺のところに来てくれるルカリオも俺と一緒に居たいと思って、俺の所に来てくれるんだから、上手く行くと思ってたんです…。

 

最初はとても良い子でした。仕事の手伝いもしてくれるし、甘えてきてくれてたんですが。

急に癇癪を起したように暴れ出す事が増え始めたんです…。

暴れて部屋をめちゃくちゃにしたり、お客さんのポケモンに突然攻撃をしかけたり、俺に噛みついてきたり……。

それがどんどんと増して来たんです。

泣きながら呻って俺を睨みつけて、首を、絞められた事もあります…。

 

びっくりするかもしれませんが…!その首を絞められた時にルカリオが人の姿になったのを見たんです!その時の事は朦朧としていてあまり覚えてないんですが、

噛みつかないように口を押さえつけていたら急に人の姿になって飛び掛かって来られて、気が付いたらルカリオはいつもの姿でソファを噛みちぎっていました…。

首は人の手の形で痕が残ってました…。

ポケモンが人の姿になるなんて事、ありえるんですかね…?

人の言葉を喋れるなら何を思ってるのか聞いてやれると思って、尋ねた事もあります…。でも、ルカリオは呻るばかりで、癇癪を起して俺に殴りかかって来る事も増えました…。

どうすれば良いのか、分からないんです…。

 

うう、と涙を流すリョウスケを見てツバキが顔を悲しげに歪める。

ミミロップはうーん、と頭を押さえた。

 

「分かりました。ルカリオと話をさせて下さい」

「え…?話、ですか?」

「リョウスケさんの質問に答えるなら、人の姿になれるポケモンは居ます。とだけ答えておきます。ルカリオは何処ですか」

「え?え?ルカリオは、家に居ます…けど…」

「大丈夫、大丈夫!ミミロー先生に任せとけば大丈夫よ!ツバキちゃんお墨付き!」

「は、はぃ…」

 

*

 

ガチャ、と家のカギを開けたミミロップはリョウスケの家の中へと足を踏み入れる。

その途端に、殺気がこちらへ向けられるのを感じ眉を寄せた。

 

「ワタシはポケモンドクターのミミローだ。話をしよう、ルカリオ」

「ぐるるる…っ」

「お前が何を思ってトレーナーに攻撃をしかけるのか聞いても良いか?」

「……」

「答えないなら、こっちから候補出していくから返事して。

1、元々のポケモン交換に不服だった。

2、バトルをしない生活にストレスが溜まっている。

3、トレーナーから嫌な事をされ、訴えたが気付いてもらえない苛立ちがある。

4、トレーナーが嫌いで解放されたい。」

 

思いつく限りの候補をあげようとしていたミミロップに呻り声と共に攻撃技が飛んでくる。

はどうだん、ミミロップには最悪の技でミミロップは壁に叩きつけられ床に倒れこむ。

 

「ぐるぁあああああっ!!!」

「ッ!!!」

「ミ、ミミローくん!!!ああああ、カイリュー!止めて、早くルカリオ止めてーーー!!!」

 

*



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90

「ごりごり~♪」

「良い香りだな」

「良い香り~♪」

 

それで淹れたコーヒーが美味しいかは置いといて、と心の中で思いつつシンヤは本のページを捲った。

マスターの所からミルを貰って来たらしい、ミロカロスがご機嫌に豆を挽いている音に混ざって、電話が鳴る音。

 

「…電話か」

 

ヤマトかツバキかな、と思いつつ出たシンヤは映った顔にツバキか。と小さく息を吐いた。

 

「どうした?」

<「すぐ来てシンヤさぁぁあん!!!」>

「は?」

<「ミミローくんが瀕死!今、ポケモンセンターで治療中だけど!ちょっとヤバイ子が居て!ヤバイの!」>

 

ヤバイ子が居てヤバイ、って言葉的にもヤバくないか?と思いつつ、もシンヤは頷いて出掛ける為にカバンを肩に掛けた。

 

「出掛けるから、留守番しててくれ」

「えぇ~!!!なんで!?」

「ギラティナが出掛けてるみたいだから」

「最近、ツーとその辺遊びに行ってるよなー」

「留守番、任せたぞ。誰か帰って来たら急患で出掛けたって伝えてくれ」

「はぁい」

「ちゃんと豆、挽いとけよ」

「はーい♪」

 

*

 

まあ、お手伝いに来てくれたの?と反転世界を出てすぐにジョーイに捕まったシンヤはげんなりしつつ、ツバキの場所を聞く。

 

「ツバキ博士ならソファの所に居るわよ、ミミローくんはまだ治療中」

「なら、ミミローの方を頼んだ」

「ええ、任せて」

 

ソファに座るツバキの向かいにフレンドリィショップのエプロンを付けた店員が座っている。

 

「ツバキ、何があった」

「シンヤさぁん…!実はぁ!」

 

色々とあってぇ、と半泣きで話すツバキとショップ店員のリョウスケが自分の事情もシンヤに説明する。

 

「格闘タイプだって分かってたんだからカイリューも一緒に行かせておけば良かったのに、あたしの馬鹿ぁ!!」

「つまり、トレーナーに暴力をふるってしまうルカリオに話をしに行ったら、話も出来ぬまに攻撃されて潰された、と」

「そう」

「ミミローがルカリオを逆上させるような事を言ったんじゃないのか?」

「んー…?いや、ルカリオは特に返事をしなかったから、ミミローくんがルカリオが思ってるかもしれない候補を何個か上げてる途中で攻撃されちゃった感じ」

「候補って?」

「えーっと、元々のポケモン交換に不服だったのか。バトルをしない生活にストレスが溜まっているのか。トレーナーから嫌な事をされ、訴えたが気付いてもらえない苛立ちがあるのか。トレーナーが嫌いで解放されたいのか、の四つまで言ったらドーンと、はどうだんが飛んで来たね」

「……、リョウスケさん」

「は、はい!」

「ルカリオと話をしようとして、尋ねた事もある。と言っていた所で何を尋ねたんですか?」

「ぇっと、俺に何を求めてるんだ、って…」

「それを聞くとルカリオはどういう態度をとりましたか?」

「呻って、俺を睨みつけて、泣く事もありました…。その意味が分からなくて、どうしたら良いか迷ってたら、いつも飛び掛かってきたり、噛みついてきたり、それの繰り返し、ですかね…」

 

俯いたリョウスケを見てシンヤはなるほど、と呟いた。

 

「ルカリオが何を求めてるのか、私には分かりますよ」

「な、なんですか!?」

「愛情です」

「それ、は、ありますよ?俺、ルカリオの事、凄く大事にしよう、と思ってて…」

「思ってて…?」

「で、でも、ルカリオが、お客さんのポケモンに攻撃しかけたり、暴れたりするから…!」

「暴れたりするから、愛情を持って接してなかったかもしれない?」

「………」

「ルカリオが人の姿になったのを見た、と仰ってましたね」

「はい…」

「人の姿になれる子がその姿にならない今の状況をどう思いますか?」

「…どういう事ですか…?」

「人の姿になれば、貴方と話が出来るのにあえてその手段をとろうとしてないんですよ。ルカリオは」

「なんで、ですか…?」

「愛情を向けてくれないトレーナーと話をするのが怖いから」

「……話さえ、してくれれば、俺だって向き合えるのに…」

「なら、人の姿になって自分と話をして欲しいと何故言わない」

「…っ!?」

「一方的に何を求めてるんだと問い詰めても、ルカリオは自分の求めたものが手に入らないんだと分かってる。怯えて暴れるルカリオにかけてやるべき言葉が何なのかトレーナーのお前が考えろ」

「でも、それが分からないから…!俺はツバキ博士に手紙を出したんですよ!?」

「助けてほしい、って?」

「そうです!」

「それはルカリオも思ってるだろ」

「……」

 

ギリ、と奥歯を噛み締めて、拳を握ったリョウスケがドンとテーブルを叩いた。

シンヤの隣に座っていたツバキがビクリと肩を揺らす。

 

「全然分からない!!!アンタが何を言ってるのかも理解出来ない!俺は平和にポケモンとのんびり暮らしたかったのに!ルカリオがお客さんのポケモンに急に攻撃をしかけたんだ!急にだぞ!?そんなの理解出来るわけない!!

暴れないでくれ、って頼んでもアイツは暴れるし!!!俺にどうして欲しいのか聞いても暴れるし!!それ以上どうすれば良い!?

なあ!!!アンタなら!!どうするんだよ!?!?」

 

声を荒げ問いかけたリョウスケの言葉にシンヤは頷いた。

 

「私も色々と間違った選択をしてきたから、トレーナーのお前が悪いとは言えない。自分のポケモンが癇癪を起して暴れた事もある、その時は叱って反省させたし、癇癪を起こさせてしまった原因を作った私も悪かったから謝った事もある。

その癇癪を起して暴れたポケモンは色々あって人伝で私の手元に来たポケモンだ。ソイツはいつだって自分の代わりが居ると思ってる、私の手元に居るポケモンは自分じゃなくても大丈夫だと思ってるから不安で、その不安を伝えきれない事で抑えきれずに暴れる」

「……」

「うちの癇癪持ちも泣き虫でな。よく泣いてたよ。今も私に近付き過ぎる奴が居ると怒りはするが、暴れたりはしなくなった。何故か分かるか?」

「……」

「私が必要としている事がちゃんと伝わったからだ。代わりは居ないし、他と比べる事もしない、お前だから必要だと。私は他にもたくさんのポケモンを所持してるが分け隔てなく一個人として向き合ってきたつもりだ」

「……」

「だから、私から伝えるなら、そうだな…リョウスケさんにルカリオと向き合って欲しい。

今のリョウスケさんの気持ちだと、他の人のポケモンはこんな事はしない、どのルカリオでもこんな事はしない、前まで居たフシギダネはこうじゃなかった…。そんな感じじゃないか?」

「……、」

 

シンヤにそう問いかけられてリョウスケは小さく頷いた。

その通りだと、リョウスケは心の中で思った。何故、このルカリオだけこんな異常な行動をするのか恐怖すら抱いていた。

 

「向き合う、って言われても、どうすれば良いのか分からないです…。シンヤさんなら、シンヤさんならアイツの事を落ち着かせられるんじゃないですか…?先に、シンヤさんから…」

「駄目だ」

「な、なんで…!?」

「ルカリオが向き合いたいのは私じゃない、分かるだろ」

「……」

「怖がらなくて良い、向き合おうとしてる相手も同じくらい恐怖を抱いて向き合ってくれる。頑張れ」

 

ポン、と肩を叩かれたリョウスケはシンヤを見上げる。

そのまま腕を引かれて強引に立たされる。

 

「いってらっしゃい」

「………ぃってきます…」

 

ポケモンセンターを出て行ったリョウスケを見送ったシンヤとツバキ。

不安げにシンヤを見上げたツバキは、ねぇ、とシンヤの腕を突いた。

 

「大丈夫なの?容赦なく"はどうだん"ぶっ放してくるルカリオだよ?」

「大丈夫だろ」

「えぇぇぇぇ!?テキトー!?」

「死なない死なない」

「そういう問題じゃねーし!」

 

さて、ミミロップの様子を見に行くか~、とシンヤがのんびりと歩き始めるのを見てツバキが、はぁ!?と不満気に声をもらした。

 

*

 

ルカリオと向き合う。

自分の家へと帰って来たリョウスケは家のドアを開ける事を躊躇っていた。

本当に話し合う事が出来るのか…、ミミロー先生の時みたいに攻撃されてしまんじゃないのか…。

震える手でドアノブを掴み、目を瞑る。

 

――頑張れ

 

叩かれた肩を思い出し、リョウスケはドアを開けた。

部屋は酷く散乱していた。はどうだんを部屋で放ったのだから当然だろう。

ルカリオは…?と視線を動かせば、ルカリオは部屋の隅でこちらに背を向けて座り込んでいた。

 

「……、」

 

声が上手く出なかった。

静かに息を吐いてリョウスケは縮こまる背中に声を掛ける。

 

「ルカ、リオ…」

「…」

「…ごめん、な」

「…、」

 

ぴく、とルカリオの背が動くのを見てリョウスケは言葉を続ける。

 

「俺、お前がどう思ってるのかとか分かんなくてさ…、さっき来た人達に相談したんだ…」

「…」

「それで、さっき…俺、怒られたんだ…。なんでルカリオと向き合ってあげないんだ。って」

 

ぴく、とルカリオの耳が動く。

リョウスケはルカリオの後ろに座り、その背に震える右手を添えた。

 

「…っ!」

「ルカリオ、お前が人の姿になれるなら、俺にお前と話をするチャンスをください。俺はお前の気持ちをちゃんと聞いて、受け止めたい」

 

これが俺の精一杯。

俯くリョウスケの右手に触れていた毛の感触が洋服の質感へと変わった事に、リョウスケは慌てて顔をあげた。

人の姿。青色の髪を揺らして、ルカリオが振り向いた。真っ赤な瞳が涙で揺れながらリョウスケを見つめる。

 

「リョースケ…、僕を、嫌いにならないで…っ」

「…ッ!!」

 

ぼろぼろ、と涙が零れた目はいつもリョウスケを見つめる悲しげな目だった。

 

「ルカリオ…」

「僕、リョースケに好きになってほしかった…っ、他のどんなポケモンよりっ、僕だけが好きって言って欲しかった…っ、僕、リョースケの、ポケモンに、なれない、の…?僕じゃ…、ダメ、なの…っ?」

「……っ!!!ダメじゃない、…っ、ダメなんかじゃねぇよ…!!!気付いてやれなくてごめんな…!そうだよな…っ、俺、お前に一回も言ってなかった…!!」

 

手元に来た時、ボールから出して、ペコリと小さくお辞儀をしたルカリオの頭を撫でた。

店の手伝いをするルカリオ、くっついてくるルカリオに、俺は…。俺は…っ!

 

「俺の、俺だけのポケモンになってくれて、ありがとなっ、ルカリオ…!不安にさせてごめんな…っ!手伝いしてくれたのもっ、甘えてくれたのもっ、嬉しかったよ…!!

俺、お前の事、他のどんなポケモンより、大好きだよ…!!!」

 

ぎゅっと抱きしめられたルカリオはポロポロと涙を零して笑った。

やっと、やっと、僕に首輪を付けてくれた。

 

「僕、ちゃんと、リョースケの、ポケモン…?」

「ああ…、俺のポケモンだ…!」

 

*

 

治療を終えたミミロップがソファに座り、がっくりと肩を落とす。

 

「どうした、しょぼくれて」

「ワタシ、一人でももっとちゃんと仕事出来ると思ってた…」

「ちゃんと出来てるじゃないか」

「はどうだん、食らって瀕死になっただけだし…」

「まあ、今日は仕方ない」

 

相性も悪かった。と言ってコーヒーを啜ったシンヤを見てミミロップは溜息を吐く。

相性以前の問題だった。とミミロップは心の中で呟く。

回復して起きてみれば、自分の主人に顔を覗き込まれ頭を撫でられるとは思いもしなかった。しかも、ツバキから話を聞けば「シンヤさんがリョウスケさんを叱って、リョウスケさん自身に話し合いに行かせちゃったの!」と言われる始末。

まさかのルカリオはノータッチ…。ワタシはトレーナーに質問なんて特にしなかった。暴れるルカリオに問題があると決めつけて、火に油を注いだだけだった。

 

「ミミローくん、そんな落ち込まなくても良いよ!シンヤさんはリョウスケさんにお前が行って来い!って言って行かせちゃったけど、どうせ解決しないよ!リョウスケさん、絶対に戻って来るから!!」

「……」

「お。本当に戻って来たな」

「ほーら!見たことか!」

 

シンヤの視線の先にはエプロンを外したリョウスケが立っていた。

やっぱりな!と立ち上がったツバキにリョウスケは照れたように笑い、頭を下げた。

 

「お騒がせしました…!」

「……うそん…」

 

リョウスケの後ろに立っていた男も自身の青色の髪の毛を揺らして頭を下げる。

 

「攻撃して、ごめんなさい…」

「ちゃんと謝れる良い子じゃないか」

「シンヤさんの言う通り向き合って話してみたら、俺が、ちゃんとルカリオに言葉で伝えてなかった事がいっぱいあって…。ルカリオを不安にさせてしまってたのが原因でした」

 

本当にすみませんでした!と頭を下げたリョウスケに合わせて、ルカリオも頭を下げる。

お世話になりました。本当にありがとうございました。と何度も頭を下げてポケモンセンターを後にしたリョウスケを見送ったツバキは静かにソファに座った。

 

「………、まあ、ああいうのはシンヤさんくらい上級者じゃないと分からないもんだよね!」

 

ツバキの言葉にミミロップが更に落ち込む。

カップをテーブルに置いたシンヤがカバンを肩に掛ける。

 

「さて、一仕事終えたし、帰って不味いコーヒーでも飲むか」

「え?なんで不味いの?」

 

フ、と小さく笑ったシンヤを見てツバキが眉を寄せる。

 

「っていうか、シンヤさん、コーヒー飲みすぎじゃない?」

「コーヒーだけで生きていける」

「中毒で死ぬよ?」

「ディアルガの加護で生きてるから問題無い」

「健康に気を遣わなくて良い生活で生きられるって羨ましいわ~」

 

羨め羨め、と笑ったシンヤは落ち込むミミロップの頭を撫でて、ひらりと手を振った。

 

「次からは人間の話も親身になって聞ければ尚良しだ。頑張れ」

 

反転世界の出入り口である鏡の中へ消えて行ったシンヤを見送ってツバキは眉間に皺を寄せる。

 

「人間の話も親身にって…シンヤさんも親身に聞いてくれない時あるじゃん!!あたしとか!あたしとか!あたし!」

「……相手によるだろ」

 

ボソリと呟いたミミロップのツッコミに「どゆこと!?」とツバキの叫び声が響いた。

 

*

 

おかえりなさい!と笑顔で迎えられたシンヤは引き攣った笑みを返す。

差し出された、真っ黒の液体を受け取って、お礼を言う。

 

「シンヤ、それやめとけ…」

 

震えるギラティナがシンヤに手を伸ばすがシンヤは覚悟を決めたように目を瞑った。

テーブルの上にすでに置いてある真っ黒の液体の入ったカップは飲みかけのもので、それを飲んだであろうミュウツーがソファに突っ伏して動かない。

全てを察した。

察したが、これで死ぬわけでもない…、愛情たっぷりの"液体"をここで飲まない選択は無かった。

カップを傾けたら、何故か時間差で唇に当たったソレは…、

……ほぼ、泥状。

 

「…、げぇ」

「うわああああ!!!シンヤが吐いたー!!!」

「シンヤー!!だからやめとけって言ったのにぃいいい!!!!」

 

不味くても良いから…、せめて飲みやすい、液体にして欲しかった…。

 

*



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91

カリカリ、とエンペラーがペンを走らせる音。

カチャリとミミロップがメスを手に取った。

ピ、ピ、ピ、と一定の心音が響く手術室。まさに今からオペが始まる時だった。

患者はおながポケモン、エテボース。

腹部を押さえ蹲るエテボースをトレーナーがポケモンセンターに連れて来たところ、胃にトゲ状の異物が刺さっている事が判明。果実を食べる際に木の枝を一緒に飲みこんでしまったのではないかと推測される。

 

「じゃ、さくっと切って取り出すから」

「どうぞ」

 

慣れた手付きで手術を進めるミミロップの手元をエンペラーが覗き込む。

その後ろでシンヤは胃を押さえていた。

 

「なんか胃の調子が悪い」

「シンヤさんまで木の枝食べちゃったの?だっさーい」

「私はよく噛んで食べる」

「冗談に真顔で返されると困るわー」

 

ツバキが苦笑いを浮かべる横でシンヤはお腹を擦った。

最近、ミロカロスのコーヒーを飲んでるせいだろうか…。液体には変化したものの凄く苦い時やジャリジャリの時がある。とても美味しくないコーヒー。

 

「胃薬、ちゃんと飲んでるんだけどな…」

「ねえ、そんな事よりさ!」

 

人の腹痛をそんな事呼ばわり。なんだコイツ。と思いながらもシンヤはツバキへと視線をやる。

 

「メガ進化の資料読んだ?」

「読んだ読んだ」

「現地に一緒に見に行きたくなったでしょ?」

「いや、別に」

 

なんでだよ!研究心かきたてろよ!と怒るツバキ。

 

「オイ!こっちはオペ中なんだから静かにしろよ!ボケ!」

「シンヤさんも喋ってました!

「シンヤは良いんだよ!」

「あからさまな贔屓!」

 

テキパキと手を動かしながらミミロップが胃から木の枝を取り出した。

あとは縫って塞げば終了。と呟いたミミロップの言葉にエンペラーが頷く。

 

「っていうか、僕、この手術の内容、なんで書き残してるの?」

「え?良いじゃん、丁度、手術するって言うから良いデータじゃん。」

「……」

 

遊びに来たら、今から手術って言われたのでついでにデータ取ってみたよ☆とツバキがピースをしながら言う。

エンペラーは無言でツバキの頬にボールペンを突き刺した。

 

「いってぇ!」

「シンヤ、とりあえず確認してくれる?」

「ん」

 

エテボースの腹部を覗き込み、手を突っ込み触診。

それグロいよね。と横でツバキが顔を歪めて呟いた。

 

「刺さってた部分に薬塗っといてやれ」

「了解」

 

ミミロップと二人で切開部を縫い合わせ始めた時に、手術室内の電話が鳴る。

 

「はい、エンペラーです。どうぞ」

<「ジョーイです、そちらの手術はもう終わりそうですか?」>

「もう終わりそうか、ジョーイさんが聞いてるよ」

「あー、もうちょいで終わる」

 

ミミロップの返事に頷いてエンペラーがジョーイに返事をする。

 

「もう少しで終わるそうです」

<「シンヤさんは抜けられるかしら?ツーくんがちょっとパニックになっちゃってて…」>

「シンヤさんに来て欲しいみたいだよ。ツーがちょっとパニックになってるって」

「は?」

 

ミュウツーがパニックってどんな状況?とミミロップとシンヤは眉を寄せる。

あと、やっとくよ。とミミロップの言葉に頷いてシンヤは手術着のまま、カウンターへと向かった。

 

「あ、シンヤさん!」

 

こっちこっち、と手招きしたジョーイの傍へと行けばソファに座ったツーが眉を下げてシンヤを見上げた。

 

「どうした?」

「ギラティナが居なくなった…」

「は?」

「ツーくん、慌てて駆け込んで来たのよ。シンヤは何処だ!シンヤは無事か!ってパニックになってたんだけど、シンヤさんが無事なのを説明したら少し落ち着いたの」

「どういう事だ、ツー」

「反転世界に居たら急に金色の大きなリングが現れて、ギラティナがそのリングの中に入って何処かに消えてしまった。

その時のギラティナが操られたように見えたから、シンヤに何か異変が起きたのかと思ってな」

「金色のリング?」

 

なんだそれ、と首を傾げたシンヤにジョーイが問う。

 

「シンヤさん、今日お腹痛いって言ってたのそのせいじゃないの?」

「うーん…じゃあ、腹痛くらいの事なら大した事ないんじゃないのか?」

「分からないわよ、今から何か起こるかもしれないじゃない。ギラティナくんが危ない目に遭うとシンヤさんにもダメージが来るとか言ってなかった?」

「……」

 

それもそうだな、と思いながらシンヤは考える。

今更ながら、こういう時って誰に連絡すれば良いんだろうか…と。

 

「アルセウスの連絡先なんて知らないよな?」

「知らん」

「そもそも、アル様はたまにシンヤさんの姿で遊びに来るくらいだから」

「お前、意外と仲良いよな…」

「フフフ、にこにこ顔のシンヤさんが面白いわよ」

 

ニヤニヤと笑うジョーイをじとりとシンヤが睨みつける。

ディアルガ、パルキアに…って言っても、いつもはギラティナが呼びに行ったりしているわけだから。呼びに行ってた奴が居なくなったら呼びに行けない…。

 

「あいつら自由だからな…」

「シンヤさんも大概よ」

「……」

 

*

 

ギラティナが居なくなった、とシンヤ達が話し合いをしている頃。

シンオウ地方から遠い地、カロス地方で事は起っていた。

 

カロス地方、デセルシティ。

不思議なリングを使って色々なものを取り出したりする力を持つ謎のポケモン、フーパと出会ったサトシ達が居る場所へ、ギラティナは『おでまし』させられていた。

かつて、いましめのツボに封印されたフーパの本来の解放されし姿は百年の時を得て、怒りと変わり、フーパ自身を取り込む事で暴れ出そうとしていた。

フーパの力であったはずの強大な力は、いましめのツボが壊れ行き場を失った事で、フーパとは別離し、邪悪な力を纏った超フーパへと蘇ってしまった。

 

フーパを捕らえようとする超フーパ。サトシ達は超フーパからの攻撃を避け、壊れたツボを復元させるため、そしてデセルシティを守るためにフーパが『おでまし』した伝説のポケモン達と共に戦う。

そしてそれに対抗するべく超フーパも伝説のポケモン達を『おでまし』して操り、戦う。

 

邪悪な力で支配され、『おでまし』させられたギラティナ、ディアルガ、パルキア、キュレム、グラードン、カイオーガ。

操られデセルシティで暴れる伝説のポケモン達がサトシの前に居た。

フーパが『おでまし』した。黒いレックウザ、ラティアス、ラティオスの三体…。

相手にとって不足はないぜ!、とサトシが拳を握ったその頃、シンヤは胃が痛かった。

 

*

 

デセルタワーを狙われ、レックウザが起こした竜巻、ラティアスとラティオスのサイコキネシスで防御壁を作るものの突破されたサトシは眉間に皺を寄せる。

どうしたら、あの伝説ポケモン達に勝てるんだ。と考えた時に、サトシの脳裏に一人の人物が過った。

あの人は、そういえば伝説のポケモンと知り合いだったはず。

 

「フーパ!シンヤさん!シンヤさん、『おでまし』出来るか!?」

「シンヤサン~?」

「シンヤさんなら止められるかも!」

「ほんとかー!!よーし!おでまし~!!」

 

*

 

手術を終えたミミロップが合流。

ツバキとエンペラーが何それ面白い事?と首を突っ込む横でシンヤはとりあえず伝説に聞くしかない、と念じる。

 

「アルセウス、私の気持ち、受信してくれないだろうか…」

「シンヤさん、テレパシー使えるの?凄いね!!」

「バカなんじゃない?」

「アルセウスより、湖に行ってチビ三匹捕まえて来た方が早くない?」

「あ、カイリュー居るよ!」

 

それもそうだな。とシンヤが頷いた時。

シンヤの背後に金色のリングが現れた。あ!と大きな声を出したミュウツーに視線が集まる。

 

「シンヤ!!」

「え!?」

 

がし、と小さな手に腕を掴まれたシンヤは大きく目を見開く。

反射的にみんながシンヤに手を伸ばす。金色のリングに引っ張り込まれるシンヤに手が届いた相手が悪かった。

 

「よし!行くぞ!」

「バカ!押すな!」

 

ぎゃあ!と悲鳴をあげたシンヤをリングに押し込んだミュウツーが一緒に金色のリングの中に消えた。

 

「……」

「……」

「……」

「……マジ、あの白いのどうにかして…」

 

しくしく、とミミロップが両手で顔を覆い涙した。

 

*

 

「おでましー!」

「痛い!」

「おお!なんだここは!」

「シンヤさん!」

 

金色のリングに引っ張られて出た先は、時差の違いからか夜。そして、シンヤには見覚えのない街並み。

見知らぬポケモンと、久しぶりに見る見知った少年。

 

「サトシ…?」

「シンヤさん!協力して下さい!」

 

あれ、とサトシが指差した先に見知ったポケモンがちらほら…。変わったオーラを出しながらこちらを睨んでいる。

あ、ギラティナ。と横でミュウツーが呟いた。

 

「サートン!おでまししたけど、シンヤサンはここに居ると危ないんじゃないのかぁ?」

「シンヤさんは、伝説のポケモンと知り合いだから大丈夫!」

「でも、シンヤサンって…」

 

見知らぬポケモンと目が合う。

可愛い…、とか考えてる場合じゃない!!

 

「サトシ!どういう事か分からないから私はどうしたら良いのか分からないぞ!?見ろ、この姿!手持ちゼロだ!」

「シンヤ、見ろ!デセルタワーだ!雑誌で見た!ここカロス地方だぞ!!」

 

見て見て!と腕を引っ張るミュウツーにうるさい!と怒鳴り返す。

どうしよう!と慌てるシンヤの目の前に超フーパの大きな手が伸びて来る。シンヤが咄嗟にサトシを抱き込めば、ミュウツーがシンヤを背に庇い超フーパの手に技を食らわせようと手をかざす。

 

「…!」

 

辺りに日が差し込む、夜明け…?と顔を上げれば、視線の先には妙なツボを掲げて立つ男の姿が目に入る。

なんだあれ…、と思ったもののシンヤは口には出さなかった。

 

「シンヤ、見ろ。ギラティナ達の様子が元に戻った」

「え?」

 

シンヤは振り返れば、空中に浮いていたギラティナ達が水飛沫を上げて海に落ちる所だった。

男がツボのフタを開ければ、超フーパが苦しみの声を上げ、ツボに吸い込まれて消える。

 

「なんだあれは、ランプの魔神か?」

 

さあ?とミュウツーと揃って首を傾げれば、超フーパを吸い込み、フタを閉めたツボが男の手元から離れる。

あ。とミュウツーが小さく声を漏らし、サイコキネシスで受け止めようと手をあげた横でサトシが雄叫びをあげながら走って行った。

ツボを上手くキャッチしたサトシを見て、

シンヤは相変わらず会う度に元気な子だなぁと頷いた。

 

「サートン…?」

「大人しくしろ!影!!」

 

のんびり眺めていたシンヤの目の前でサトシが苦しみの声を上げた。

ツボから放たれる邪悪なオーラがサトシを取り込んでいく。

 

「キ、エ…ロ…」

「サートン!!」

「キサマは消えろ!オレがフーパだ!残るのはオレだ!」

「ピカピ…!」

 

サトシが取り憑かれてる!

慌てて駆け寄ろうとしたシンヤをミュウツーが止める。

 

「カゲ助けたい!サートン言ってた!」

「くっ…、消えろ!!」

「フーパのこと教える!怒んない!聞く!」

 

サトシに向かって手をかざしたフーパはサトシの中に居る超フーパに語りかける。

 

「みんな待ってる!元に戻る!待ってる!」

 

自分の気持ち、思い出を超フーパに伝えたフーパは苦笑いを浮かべる。

 

「なあなあ、びっくりした?影もこれから楽しい!…フーパ、影、待ってた!」

 

ツボが光りを放ち、辺りに光が舞う。

なんか解決した…。

サトシの傍へ駆け寄る見知らぬ少女達の背を見てから空を見上げる。

 

< ―――、 >

「…?」

「シンヤ、どうした?」

「…今、」

 

声が聞こえた気がした。と言おうとしたシンヤの言葉に重なって、サトシがフーパに笑みを向ける。

 

「お前の声、聞こえた!きっと影の奴にも届いたぜ!」

 

邪悪な力が消えたとか、なんとか言ってるが、結局なんだったんだ…。とシンヤは眩しい日差しに目を細めた。

海に浸かって正気に戻ったらしい、ギラティナ達が声を上げている。

 

「何処だここは!!!」

「なんで外に居るんだオレー!」

「どうなってんだよぉおお!」

「あ、シンヤー!!」

「久しぶりじゃーん!!」

 

アイツらうるさいな。

 

「ぎしししっ」

「なんて言ってんだ?」

「みんな、びっくりしたって!!」

 

そりゃそうだろ…。

 

*

 

はあ、と溜息を吐いた時に今度はハッキリと声が聞こえた。

 

< シンヤ…!そこから離れろ! >

「!?」

 

タワーの上空に歪みが現れる。

 

「ああ…歪む所を見るのは初めてだ!!」

「喜んでる場合か!!!調整してる伝説ポケモンを不用意に集めた反動だ!」

 

タワー全体を覆うように広がる歪み、ミュウツーがシンヤの体を掴む。

 

「なんだ!?」

「シンヤに何かあったら大変だからな」

「もう起こってるだろ!」

「とりあえず、外に居ろ!」

 

ブオン、とタワーの外へと放り投げられたシンヤは海へと落ちる。

海に落ちたシンヤを咄嗟にラティオスが掬い上げに来た為、シンヤはラティオスの背の上で咽ながら顔を上げた。

タワーが歪みに覆われて見えなくなっていた…。

 

「ミュウツー!!!」

「シンヤ!大丈夫か!?ここ何処!?」

「場所とか今はどうでも良い!なんとかこの歪みを消せ!」

 

傍に飛んできたギラティナの頭をシンヤが叩くが、ギラティナは首を横に振る。

 

「いや、無理」

「空間担当!頑張って来い!」

「えええええ!?オレにそんな無茶言われても!?オレだって急に呼び出されたんだぞ!?」

「シンヤ、無駄だ。俺達を一か所の場所に強制的に呼び出した代償を払わなければならない。そこで人間が巻き込まれて死んだとしても、仕方のない事だ」

「神なら何とかしろ!!」

「お前が神だが?」

「そーだよ!シンヤが神だろ!お前がなんとかすれば良いじゃん!」

「私はなりたくてなったわけじゃないぞ!?」

 

怒るディアルガとパルキアの横で見知らぬドラゴンタイプが首を傾げた。

 

「ワシはもう眠いから帰って良いだろうか…?くだらん」

「この子、何処の子だ!?」

「おれ、知ってるよー。イッシュ地方に住んでるキュレムくんだよねー」

「ふわぁぁ…」

「この子、自分の冷気で凍っちゃうんだってー」

「ドジっ子かよ!!!っていうか、カイオーガ、なんでそんな事知ってんのぉ!?おれというものがありながら!なんで他所の男の情報知ってんのぉ!?ねぇ!?」

「あーあーあー、暑苦しいー」

 

うるさいグラードンに、やる気のないカイオーガ、キュレムは半分夢の中…、自分は知らない!と怒るパルキアに、仕方ないと悟るディアルガ、早く家に帰らないとと焦るギラティナ。

 

「テメェらうっせぇ!どうにも出来ねぇんなら黙ってろや!!ボケェ!!!」

 

あの黒いレックウザはガラが悪い!

ラティオスとラティアスが唯一、私に大丈夫?と声を掛けてくれた。

もう助けてくれ、神様…。

 

「……そういえば、アイツ見てるはずだろ!!さっき声聞こえたぞ!?」

 

とりあえず、全員、大人しく、歪みに攻撃して時間稼げ!!!と怒鳴れば、渋々と動き出した連中。

お前ら、あとで一人ずつゲンコツだからな…。

 

「キュレム、起きて手伝え!!」

「む~」

「なんでみんな飛ぶんだよ!!!ずりぃぞ!!カイオーガだけで良いから降りて来てよ!!」

「うるせー、沈んでろー」

「え、カイオーガの海にずっと居て良いって事!?」

「シンヤ、ちょっとアレ、深海に引き摺りこんでくるよー」

「……」

 

*

 

「シンヤ、ただいま」

「あれ!?ツー!?」

「向こうから出て来たぞ」

 

ミュウツーの指差す先にはいつの間にか人集りが出来ていた。

フーパの金色のリングを通って外に出て来たらしい。

 

「サトシ達は?」

「さあ?最後に出て来るんじゃないのか?」

「見届けてから出て来い…!」

 

とりあえず、全員出て来るまで空間の歪みを止めておかないと、間に合わなかった奴はそのまま消えてしまう…!

 

「なんとかしろ…アルセウス…!!」

 

そう呟いたシンヤの言葉と同時に天からの光が歪みを一時的に止めた。

 

「お?」

「腰重い癖にキター」

「というか、シンヤがここに飛ばされた時にさすがに気付くだろ。自分の分身みたいなものなんだから」

「止めるならもっと早く止めてくれれば良いのに!!!ミュウツー!サトシ達、全員出たのか確認して来い!」

「分かった」

 

*

 

天からの光が消えると、歪みがタワーを跡形も無く消し去った。

何も無くなった地面を見つめていれば、ミュウツーがシンヤの傍へと戻って来た。

 

「なんかバチバチやってたけど、全員出てきてた」

「意味が分からん…」

 

シンヤが眉を寄せた時、空から神々しく光が差し込む。

目を掠めて空を見上げれば、雲の切れ間にアルセウスの姿があった…。人々を見下ろすアルセウスの姿にギラティナが人知れず顔を歪める。

 

「うわぁ…」

「絶対、狙って来たわアレ…」

「目立ちたがり屋だからな…」

 

周りの注目を一身に集めたアルセウスは一鳴き、高らかに声を上げて、再び空へと飛んで消える…。

 

「って…!!!ドヤ顔して帰るな!!!待て!!!アホか!!!」

「目立ちに来ただけだアレ!!!」

「絶対に良いタイミング狙ってた確信犯だろ…!?」

 

ディアルガとパルキアが慌ててアルセウスを追って飛んで行く。

眠い、とキュレムが飛んで行くのを見て、シンヤは気付いた。

 

「これ、現地解散か!?」

「おれ、歩いて帰んのかよぉ!ツラーイ!」

「ハ?深海引き摺りコースだから」

「わぁい…やったぁ…」

 

引き摺りこまれるグラードンを見送ったシンヤはラティオスの背からギラティナの背に飛び乗る。

 

「お前達も気を付けて帰れよ」

 

じゃあな、と黒いレックウザにも手を振ってから、ギラティナにサトシ達の方へと寄ってもらう。

 

「あ!シンヤさーん!」

「サトシ!色々と話をしたいのは山々なんだが、先に帰るから!」

「ええっ!?久しぶりに会えたのに!?」

「すまーん!」

 

何の為に呼ばれたのか分からないけど、行方不明状態だから急いで帰るー!!

あと、アルセウスに文句を言わないと気がすまない私はディアルガとパルキアに続いて追いかける!

隣で観光したいなぁ、とぼそりと呟いたミュウツーの声は聞こえなかった事にした。

 

*



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92

シンヤの行方が分からなくなったのをどう説明しよう…。

頭を抱えたミミロップは深く溜息を吐いた。

 

「今のって珍しいポケモンかなぁ?」

「どうだろうね」

 

シンヤの心配を特にしてないツバキが目を輝かせて笑った。シンヤのお土産話に期待しているようだ。

 

「ミミローくん、元気だして。大丈夫よ、ツーくんも居るんだから」

「いや、不安要素そこなんだけど…」

「あ、そうそう!シンヤさんなんかの事よりも!ミミローくんに相談があったの!」

「なんかって…!」

 

良いのよ、どうでも。とジョーイが笑顔で話を終わらせる。

動揺するミミロップ、なんの話?とツバキとエンペラーがジョーイへと視線を向ける。

 

「この前、ミミローくん、医者志望の人を弟子にしようかって、言ってたじゃない?」

「ああ、うん…」

「ポケモンドクターを目指してる人が丁度居たのよ~!ジムリーダー、ブリーダー経験もあって知識豊富な優秀な人材よ!」

「え!?凄いじゃん!?何ソイツ!」

「ジョウト地方の養成学校に通うらしいんだけど、せっかくならと思って、どう?弟子にしてみない?」

「するする!絶対にする!むしろ、こっちからお願いする!」

「そんな優秀な人材が居たなんて!?何処ジムだよ!!ツバキちゃん初耳なんですけどー!」

「…なんか、ウチキド博士のところに元ジムリーダーでブリーダーの男が居たことなかったっけ?」

「…え?知らない…」

「僕の記憶違いかな…」

 

なんか、連絡した時に良いように使われてる奴居た気がするんだけど…と考えるエンペラーを無視してツバキがジョーイに食い付く。

 

「ねぇねぇ!何処ジム?」

「さあ?」

「ちゃんと聞いといてよー!」

「ポケモンドクター志望だって事しか聞かなかったから」

 

えへ!と笑ったジョーイにツバキが頬を膨らます。

 

「優秀な人材、めっちゃ嬉しい…!って、喜んでる場合じゃねぇええ!!!」

「良いのよ、シンヤさんなんて放って置いて、とりあえず連絡してみましょ?」

「いや!シンヤ!まずシンヤ!」

「もう、シンヤシンヤって…、死んだら死んだでみんな死ぬんだから良いじゃない」

「ひでぇ!!」

 

さ、連絡しましょ!とミミローの腕を引っ張って行ってしまったジョーイを見送ったエンペラーは目を細める。

 

「みんな死ぬんだって…、早めに子供作っておかないと何が起きるか分かんないね」

「え゙!?その話、まだ引っ張るの!?」

「………」

「…え゙!?」

 

*

 

「ふー…、のん達はやれる!絶対に成功させる!」

「ムー!」

 

控室で顔を向き合わせ頷きあったノリコとムウマージ。

今まで何度も敗北してきた、ポケモンコンテスト、ヨスガ大会にノリコは挑戦しようとしていた。

一方、観客席ではエーフィは自分がコンテストに出る以上に緊張していた。

もういい加減、さすがに、リボンをゲットしてほしい…。

祈るように両手を握りしめるエーフィの肩をユキメノコのユキコが撫でた。

 

「フィーさん、大丈夫ですよ!今度こそ!です!」

「はぁぁ…本当に今度こそお願いしたいです…、もう本当に心臓に悪いですよ~…!」

「ノリコ負けたらオレはすぐ帰るからな…」

「そんなっ!?カズキさん!そんな事言っちゃダメです!!」

「私も負けたら一緒に帰ります」

「フィーさんまで!?」

 

ノリコさん、頑張って下さい~!とユキコが祈る中、ヨスガ大会の一次審査が始まった。

一次審査、魅せる演技。

トップコーディネーターを目指す者達の演技を見ながら、ノリコの順番を待つエーフィの表情は不安げに歪む。

 

*

 

「さあ、続いてはノリコさんとムウマージの登場です!」

 

モモアンの声にユキコが両手を握りしめた。

エーフィが選んだドレスを来たノリコがモンスターボールを高く放り投げる。

 

「ムウマージ!マジカルリーフ!!」

 

モンスターボールから出た瞬間に、ムウマージが天井全体にマジカルリーフを放つ。

キラキラと緑色に輝くマジカルリーフに客席が天井を見上げ、おおと小さく声を漏らす。

 

「サイコキネシスで全部捕まえて!」

「ムウ~!!」

 

上空に広がるマジカルリーフをサイコキネシスで自在に操り、竜巻の様にぐるぐると回転させるムウマージ。

ムウマージの真上に集まったマジカルリーフを確認してからノリコは大きく手を上げた。

 

「どくどく!」

「ムー!!!!」

「おおーっとこれは凄い!美しいマジカルリーフが一瞬で不気味な色に染められましたー!」

 

キラキラとムウマージの上空に舞っていたマジカルリーフがどくどくを受けて、不気味に紫色の光を放つ。

鮮やかな色からゴーストらしい不気味な姿へと変わったマジカルリーフ。

 

「そのまま、ぶわーっとおにび!!」

「ムゥウ~!!!」

 

紫色に不気味に光るマジカルリーフに火が付く。

思わず身震いするような怪しげな色で燃えるマジカルリーフをムウマージがサイコキネシスで自身にドレスのように身に纏わせたかと思うと、一瞬で弾けて会場全体へと光が放たれた。

不気味で幻想的、そして、楽しげに笑うムウマージの姿に客席が大きな拍手を送る。

 

「怪しく燃えるマジカルリーフが会場全体に舞い散ります!まさにマジカル~!!!」

「ムウ~♪」

「ありがとうございましたー!!」

 

客席に手を振るノリコにエーフィが思わず涙ぐみ、ユキコが隣に座るカズキの体をぐわんぐわんと揺らす。

 

「やりました!カズキさん!やりましたよ!!」

「見て、た!見てたって…!見てた、から、揺らすなっ!!」

 

大会ジム局長のコンテスタがうんうんと頷いた。

 

「まさにマジカル&ゴースト!!ムウマージらしい素晴らしい演技でした!」

「好きですね~」

「ムウマージの表情もとてもチャーミングで最後までとても楽しかったです」

 

パチパチと拍手をするヨスガシティのジョーイさんにノリコが照れたようにお辞儀をした。

大会ジム局長のコンテスタ、ポケモン大好きクラブの会長スキゾー、そしてヨスガシティのジョーイも、何度もコンテストに挑戦して失敗するノリコを見て来た為、うっすらと目に涙を浮かべていた。

シンヤくん(さん)の妹が、とうとう成功した…!!

そんな風に思われている事など知るよしもないノリコは客席に手を振りながら舞台の裏へと戻って行く。

客席で、両手で顔を覆い涙するエーフィの背をユキコがさすった。

 

「やっと…、やっと、成功、した…っ!!」

「良かったです!!本当に良かったですー!!」

 

その隣ではカズキが次の演技が始まったのを眺めながらひっそりと思った。

一次審査の演技が成功しただけで号泣って…、リボン取ってねぇのに…。

オレの妹、よっぽどだな…。

 

*

 

「ミアレシティは広いなぁ!」

「え?結局、観光すんの?」

「観光なんてしてる場合ではない、探せ…!」

「あの馬鹿、何処に行きやがったー!!!」

「……」

 

『おでまし』させられたシンヤ達は現在、ミアレシティに来ていた。

飛んで逃げるアルセウスを追いかけた結果、どうやらここミアレの人混みに逃げ込んだらしくディアルガとパルキアがかなり焦っている。

ツバキに絶対に行きたくないと言っていた場所に強制的に来る事になったシンヤは大きく溜息を吐いて空を見上げた。

ミアレシティ…広すぎ…。

マップを手にシンヤは呆然としていた。

 

「シンヤ…、ほ、ほら、ここ見ろよ!ガイドブックに漢方薬局って書いてる!」

「……漢方薬はいっぱい家にあるだろ…」

「いやでも、シンオウには無い珍しいのあるかもしれないじゃん!」

「ジョウトから、珍しいの色々貰ったからもう良い…」

「……、あ!しるや、だってさ!色んなきのみジュースあるって!!」

「家でお前ら散々、飲んでるだろ……」

 

落ち込むシンヤを何とか慰めようと頑張るギラティナ。

ギラティナを押し退けてミュウツーがシンヤの腕を掴む。

 

「ミアレガレットが丁度焼き上がる時間だ!早く行こう!焼き立て!!」

「ぅおおおい!!!」

 

シンヤを引っ張って走って行くミュウツーにギラティナがブチ切れる。

 

「遊んでる場合じゃないんだがな…」

「まあ、焼き立てならしょうがない」

「そうだな、しょうがないな」

「「食べながら探そう」」

「このクソジジィ共がぁあああ!!!」

 

*

 

ミュウツーに引っ張られ、エテアベニューまで移動してきたシンヤはもう疲れていた。結構、歩く。歩いてこの街回るのしんどすぎる、と思ったらタクシーやら移動設備が結構整っていた。

 

「シンヤ…、アルセウスが焼き上がり待ってるぞ…?」

「は?」

「「「ああああ!!!」」」

「はっ!?見つかってしまった…!!」

 

フード付きマントを被ったアルセウスがあわあわとその場でうろたえているが逃げようとはしなかった。ガレット待ちである。

 

「このジジイ、いい加減にしろよ?シンヤの顔でもさすがに殴るぞ?」

「本当か?」

「……ごめん、嘘吐いた。殴るのは無理だわ……」

 

いや、殴れよ。とシンヤは心の中で思った。

 

「つーか、金持ってんのかよ」

「持っていないが、この顔だと大体貰えるんだ。タダで」

「人の顔で乞食みたいな真似するんじゃない……!」

「アルセウス、本当にそれは恥ずかしいからやめろ」

「一応、オレらの親的存在なんだから、勘弁してよ…」

 

ディアルガとパルキアに諭されて、アルセウスは渋々と頷いた。

そして、顔を上げてシンヤを見つめる。

 

「じゃあ、買ってくれ」

「シンヤ、私も欲しい」

「俺も」

「オレもオレも~」

 

コイツら…とギラティナが顔を歪める。

その横でシンヤは両手を広げて見せた。

 

「私のこの格好を見て分からないのか?」

「「「?」」」

「手術着だ」

「そうだ、手術着だ。ポケットも付いてない手術着だな。この着の身着のままで連れて来られた私が金を持っているとでも?」

「「「……」」」

 

ほんとだ、ボールの一つも持ってねぇや。とギラティナが心の中で思ったのと同時にミュウツーが頷いて言った。

 

「シンヤの顔なら、ツケぐらいいけるだろ」

「よし、では私が参ろう」

「や、やめろ…!」

「ツケぐらいでケチケチすんなよ!」

「無駄に広い顔を使わねばな」

「お前らどんだけガレット食いてぇんだよ…っ!!!」

 

なんとか食べたい!どうしても食べたい!と駄々を捏ねる神共にシンヤは頭を抱えた。

 

「……お前達が見世物になる覚悟があるなら、金は用意出来る」

「神である私を見世物にするとは…、我が分身ながら浅はかな…」

「いや、お前すでにシンヤを見世物にしてんだろうがよ、オイコラ、ジジイ」

「世間的に見世物にするんじゃなくて…、ここには研究所があるから、博士に言えば、ガレットの一つや二つお前達に買ってくれると思うんだが…」

 

ふーむ、と悩む神連中。

ミュウツーもふむと考える仕草をしたかと思うと、あ、と声を漏らした。

 

「私がポケモンの姿に戻って、シンヤの手持ちをすれば良いんじゃないのか?」

「は?」

「ここはトレーナーも多いし、荒稼ぎ出来そうだ」

 

ニヤリと笑ったミュウツー。名案だ!とアルセウスが喜びの声をあげる。

シンヤは眉間に皺を寄せた。

 

「……シンヤ…」

「…プラターヌに私が土下座してくる……」

「お前らァ!!!シンヤを苦しめやがって!!マジ許さねぇええ!!!!」

 

見世物にくらいなれやぁああ!!とパルキアの胸ぐらを掴むギラティナ。良いぞ、もっとやれ!とアルセウスがご機嫌にハシャいでいた。

 

*



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93

「というわけで、と言ってもどういうわけか理解出来ないと思うが、お金を貸して下さい」

 

プラターヌの研究所まで来たシンヤが土下座をする姿にプラターヌは持っていたカップを落として割り、咄嗟に自分までも土下座をした。

 

「うおおおおお!ようこそシンヤさーん!!!お金なんていくらでも持って行ってくれぇええ!!!」

 

やったぜ。とシンヤの後ろに立っていたジジイトリオ+幼児が拳を握った。

ギラティナがギリリと奥歯を噛み締める。

プラターヌに貰ったお金を持ってガレットを買いに行ったアルセウス達を放って置いてシンヤはプラターヌに出されたコーヒーを飲んで、ほっと一息ついた。

 

「いやぁ、デセルシティから連絡は来てたけど、シンヤさんまでフーパに『おでまし』させられていたとはね!」

「術後に抜けた直後だったから何も持ってなくてな…、あ、あと電話も貸してくれ」

「どうぞどうぞ!」

 

申し訳ない、と頭を下げたシンヤにとんでもございません、サイン下さい。と色紙を手にプラターヌが笑った。

いや、書くけども…と思いつつ、色紙を受け取り慣れた手付きでサインするシンヤ。

 

「あの、壁とかに貼ってる記事は…」

「ああ!全部、シンヤさんのだよ!そういえばツバキから聞いたけど、この記事に一緒に写ってる彼はミュウツーなんだって!?」

「さっき、ガレット買いに行った中に居ただろ…」

「嘘!?シンヤさんしか見てなかった!!」

 

色々と語り合いたいんだ、と言ってソワソワするプラターヌを見て、コイツうぜぇな。と思いながらもギラティナは黙って様子を見守った。

 

*

 

散々、語られ捕まり続けたシンヤはガレットを土産に戻って来たミュウツーに大興奮するプラターヌにやっと解放された。

プラターヌの助手に電話を借りて、ズイのポケモンセンターへと電話を掛ける。

 

「あー、連絡が遅れたすまん」

<「大丈夫ですよ。シンヤさんが死んだらみんな死ぬんですから。平和だから生きてるんだろうなーって思ってましたし」>

「お前、相変わらずムカつくな」

<「やだ~、もうそんなに褒めないで♪」>

 

ズイのジョーイ。本当にムカつく。と眉間に皺を寄せたシンヤ。

 

<「で、今何処なんです?」>

「カロス地方のミアレシティだ、プラターヌ研究所に居る」

<「やだ!お土産待ってるわ!」>

「殴りたい」

<「はーい、思っても口に出さなーい」>

 

ミミロップは?とシンヤが聞けば、ジョーイはポケモンドクター志望の子が居てそっちに向かわせたわ。と話を続けた。

ミミロップが弟子をとりたいだなんて、天変地異の前触れか何かだろうか。とシンヤは眉を寄せる。ギラティナに続いての人間嫌いも良い所なのに。

 

<「ミミローくんなりにシンヤさんの事を思ってるのよ」>

「…?、思ってもらってるのは十分伝わってるぞ?」

<「ふふふ」>

 

なんだその笑い。気持ち悪い。とシンヤが顔を歪めた所でジョーイの背後でサーナイトの大きな声が響く。

 

<「ジョーイさん!大変ですわー!!シンヤは!シンヤは何処ですの!?」>

<「今、カロス地方よ~。丁度、電話中」>

<「シンヤ!?どうしてカロス地方になんて居るんですの!?」>

「色々あって…」

<「しかも手術着で!?」>

「うん、それより、大変な事ってなんだ」

 

シンヤの言葉にサーナイトがハッ!と目を見開く。

 

<「そうですわ!ノリコちゃんが…!ノリコちゃんがリボンをゲットしたんですの!!!」>

「そんな凄い事が起こるから、私がこんな目にあったのか…!!」

<「兄としての一言目がそれって…」>

<「お祝いですわー!!」>

 

キャー!と喜ぶサーナイトの横でジョーイがシンヤに冷たい視線を送る。

サーナイトの声に気付いたギラティナがどうしたの?とシンヤの後ろから通話画面を覗き込んだ。

 

<「ノリコちゃんがリボン初ゲットしたんですのよ!」>

「マジかよ!?あのノリコが!?」

<「ええ!」>

「相当、今回のコンテストレベル低い当たり大会だったんだな!やったな!」

<「ですわね!」>

 

ぐっ!と親指を立てた二人を見て、オイコラ、と流石にシンヤもツッコミを入れる。

 

「ノリコは頑張ってただろうが!」

<「いやいや、シンヤさんも一言目、酷かったですよ?」>

 

ん?と誤魔化そうとするシンヤにオイ、とジョーイからのツッコミが入る。

 

<「とりあえず!お祝いしますから!早く帰って来て下さいまし!」>

「そうだぞ。早くシンオウに繋げろギラティナ!」

「遠いと結構、キツイのに…!」

 

頑張るよぅ、と目元を拭ったギラティナ。

いつの間に近付いて来ていたのか、ガレットを食べながらミュウツーが通話画面を覗き込む。

 

「ミアレガレット、美味いぞ」

<「「ずるい!」」>

「あ!余計な事を言うな!」

 

*

 

ツバキ経由でジョウトのポケモンセンターに送られたミミロップは早速、ポケモンドクター志望生に会いに来ていた。

転送して貰える辺り、ポケモンに生まれて便利だよなぁと思いつつ白衣の襟を整えてポケモンセンターのロビーへと向かった。

 

「あ、ミミロー先生。彼よ、ポケモンドクター志望のタケシくん」

「はじめま…ッ!?!?」

「あ゙?」

 

ミミロップの姿を見て固まったタケシという男。

なんで途中で止まったの?と理解出来ずにミミロップの顔が歪む。

 

「なに?どうかした?」

「ミミロー先生が、あまりにお美しくいらっしゃるので…っ、このタケシ、感動にうち震えております…っ!!てっきり男性だとばかり…!」

「いや、オスだし」

「そんな馬鹿な!?」

「ふふ、ミミロー先生は男性よ」

「そんなぁあああ!!!」

 

ワタシ、この弟子ちょっとヤダな。と思いながらミミロップは眉間に皺を寄せた。

そんなミミロップにラッキーが声を掛ける。

 

「んぁ?電話?ツバキかな?」

「ラキラッキー」

「サナか~、なんだろ…」

 

え?ラッキーと会話してらっしゃる?と首を傾げるタケシにジョーイが微笑みを返す。

 

「ついでにタケシくんも紹介しときますかねぇ」

「あ、ありがとうございます!」

 

ご一緒させて頂きます!と敬礼したタケシを連れて電話を取ったミミロップ。

通話画面に映ったサーナイトを見てタケシが「ほあ!?」と奇声をあげた。

 

「やかましい!」

「ぁ、すみません…!しかし、いや、あの…シンヤさんのお知り合いのサナさんでは?」

「あれ?知り合いだったの?そーだよ、っていうか、ワタシはシンヤの弟子だし」

 

な、なんと!?と驚き固まるタケシにサーナイトが「お久しぶりですわねぇ」と笑った。

 

「それより、何?あ、シンヤ、大丈夫だった?」

<「ええ、大丈夫そうでしたわ。シンヤはカロス地方のミアレシティに居るそうですわよ」>

「はぁ?また遠くに…」

<「それよりも!ですわ!」>

「なにぃ?シンヤより重要なこと?」

<「ノリコちゃんがコンテストでリボンを初ゲット致しましたの~!」>

「あ、そう…」

<「反応薄いですわよ!?初ですわよ!初!」>

「ノリコさんというと、シンヤさんの妹さんですよね!おめでとうございます!」

<「ええ!とってもおめでたい事ですわ!でも、タケシさんが何故、ミミローさんと一緒に居るんですの?」>

「ポケモンドクター志望のやつ、こいつ」

<「タケシさんが!?まあ!それはシンヤもびっくりしますわよ!」>

「自分もびっくりです!まさか憧れていたシンヤさんのお弟子さんであるミミロー先生にご指導頂けるようになるなんて…っ!」

 

そのタケシの言葉にミミロップの目がキラリと輝く。

 

「シンヤに憧れてる時点でお前は見込み有りまくりだ!合格!ワタシに任せろ!立派なポケモンドクターにしてやる!」

「ありがとうございます!」

 

シンヤを尊敬する者に悪い奴は居ない。そんな持論を持つミミロップはビシリと親指を立てた。

そんなミミロップはぶっちゃけ、ノリコはどうでも良かった。

 

「まあ、でもフィーの苦労が報われたな」

<「本当に!リボン一個取ってしまえば、もっともっと自信が付いてグランドフェスティバルまでの道も遠くないですわ!」>

 

タケシの知らぬ所でコンテスト経験者達は語る。というか、経験者からすればリボン一個にどんだけ時間掛かってんだよ、というのがミミロップの本音であるがシンヤの妹なのでその言葉は飲みこんだ。

 

「今度、シンヤにもちゃんとタケシのこと紹介するからな」

「ありがとうございます!でも、まだまだ未熟ゆえシンヤさんにお会いするのがお恥ずかしいくらいなんですが…」

「ジムリーダー経験とブリーダー経験あってのドクター志望だろ?恥ずかしい事なんか無ぇよ。シンヤも喜ぶと思うぜ」

「ぁ、ありがとうございます…!」

<「とりあえずー、シンヤがカロス地方から帰って来たらお祝いするので、ちゃんとミミローさんも帰って来て下さいませー」>

「おっけー」

<「タケシさんもご予定空いてましたら、ズイのポケモンセンターまでミミローさんと来て下さいまし!」>

「自分も宜しいのですか!?」

<「ええ!勿論ですわ!ワタクシの奥さんも紹介致します♪」>

「奥さん…?」

 

通話画面の向こうでウフフと笑ったサーナイトにタケシの表情が困惑で歪む。

 

「え?結局、式挙げんの?」

<「ユキコちゃんと相談して、ドレス三人で着ちゃいましょう!って話になりましたの!モモさん達みたいな盛大なのはするつもりは無いんですけど、シンヤがしたみたいなので良いんじゃないかってことで!」>

「あー、良いんじゃね。楽だし」

<「白無垢も捨てがたいという事で白無垢も四人分レンタルしますの!」>

「四人?」

<「せっかくならミロさんの白無垢も見たいでしょう?」>

 

えー…別にどうでも良い。みたいな顔をしたミミロップにサーナイトが付け足す。

 

<「その旦那様の和装も♪」>

「見たいです。お願いします」

 

絶対に似合うじゃん!紋付き袴が似合わないわけないじゃん!と喜ぶミミロップ。隣で聞いていたタケシが申し訳なさそうに手をあげた。

 

「あ、あの…お話について理解出来ない所が…」

「え?どこ?」

「まず、サナさんの奥さん?というのは?」

「ああ、サナはいわゆるオカマ。オス…じゃなくて、男なんだよ。んで、そのサナに惚れたズイのジョーイと結婚すんの」

 

言葉も出ず、パクパクと口を開閉させるタケシにサーナイトが困った様に頬笑みかける。

 

「で、では、三人のドレスだったり、ミロさんの白無垢というのは…」

「えーっとな、シンヤの弟は知ってるか?」

「はい、カズキさんですよね。アラモスタウンでお会いしました」

「うん。アイツも結婚すんだよ。だからカズキの嫁さんとサナとジョーイさんがドレス着るだろ?」

「…」

「そんで、身内だけでなんだけど、ミロはシンヤと洋装で簡単な式挙げたんだわ。でも、和装はやってねぇから一緒にやろっかな~って話」

 

オッケーですか。と聞いたミミロップにタケシはコクコクと頷いた。

衝撃的過ぎるが、シンヤとミロの仲は知ってたのですんなり納得。

 

「とてもおめでたい事と思いますが、自分はサナさんが男性であったのがショックであります…!」

 

ぶわ、と涙を流したタケシにサーナイトはとどめを刺した。

 

<「ちなみにフィーさんも男性ですのよ~」>

「ぐはぁっ!?!?」

「大袈裟な奴だな…」

 

*

 

「わあああああん!!フィーさぁぁん!!!やったよぉおお!!!」

「知ってますよ、見てたんですから…」

 

リボンを片手に駆け寄って来るノリコにエーフィは笑みを返す。

ムウマージはとうとうノリコの説明を理解してやったぜ!なドヤ顔である。

 

「これで、これでやっと、スタート地点に立てました…!」

「そうですね」

「これも、フィーさんが、のんを見捨てずに鍛えてくれたお陰ですぅ…っ」

 

ううう、と泣きだしたノリコの頭にエーフィはチョップをかました。

 

「痛い!」

「何を泣いてるんですか。まだスタート地点でしょう!あと四つ!当然、集めますよね?」

「も、勿論です!!」

「演技もバトルもまだまだ技術を上げていかないと、シンヤさんには到底追い付けません」

「はぃ~…」

 

しょんぼりと肩を落としたノリコを見て苦笑いを浮かべたエーフィは落ち込むノリコの額を指で押さえた。

 

「まあ、でも初リボンですから、お祝いですね」

「!!」

 

やったやった!とハシャぐノリコ。

ノリコとエーフィのやり取りを遠目で見てたカズキとユキコは顔を見合わせて笑った。

 

「なんだあれ、超ウケる」

「もう、言っちゃダメですからね、カズキさん」

「いやぁ…片割れとしては、あれは言ってやりたいんだけどなぁ…」

 

思い出して笑いを堪えるカズキにユキコは苦笑いを浮かべる。

観客席で見てた誰よりも、ノリコが優勝した瞬間に泣いて喜んで、一目散にサーナイトに報告の電話をしたエーフィの姿を。

 

「あんなの知ったらノリコ、もっと喜ぶのによ~」

「そこはフィーさんの男としてのプライドってものがありますから!」

「なんだよ、お前、女のくせに」

「カズキさんこそ、男のくせに!」

 

む、と顔を見合わせてから、同時にフと笑みを零したカズキとユキコ。

そんな二人に「よう」と背後から声が掛った。

 

「イチャイチャしやがってよォ」

「エイゴさん!」

 

シンヤにリハビリ治療を受け、一応、治療完了の承諾を得たエイゴがヘラリと笑った。

 

「エイゴさんもコンテスト見に来てたんですか?」

「んー?いや、ふれあい広場でゴロゴロしてきた帰り~」

「ふれあい広場って…、入れないでしょ…」

「受付の姉ちゃんに入れて?ってお願いしたら入れてくれたぜ?」

「……」

 

チッ、世の中、イケメンに甘過ぎんだよ畜生。と内心思いつつも口には出さないカズキ。

お二人はコンテスト見にデート?と聞かれて、ユキコがニコリと笑う。

 

「カズキさんの双子の妹さんが出場されてたんです」

「へぇ!どうだったの?」

「ふふん、オレの妹はやる時はやるんスよ!」

「優勝か!」

 

ぐっ、と親指を立てたカズキに、おお、と驚いてみせたエイゴ。

 

「妹、コーディネーターなんだなァ。グランドフェスティバルもそろそろか?ん?」

「…いや、それは、まだちょっと…」

「ちょっと足らねぇ?あのリボン何個よ?」

「…………四個ッス」

「……………」

 

黙り込んで、少し考えたエイゴ。

そしてニコリと笑った。

 

「私、シンヤさんのリハビリの成果で思った事がすぐに口に出なくなったんだ!凄くね?」

「言ってるようなもんだよ!!」

「え、じゃあ言った方が良いの?」

「やめてっ!オレの大事な片割れなんだ!」

 

言うなよー!絶対に言うなよー!と両手で顔を覆い喚くカズキを見て、笑うエイゴ。

 

「リハビリ受けたけど、やっぱり人の嫌がってる顔が好き~」

「このクソドエス野郎が!っていうか、バンギラスの方はどうなんスか」

「元気よ?」

「いや、元気かどうかじゃなくて…」

「あ~…、そくばっきーな所な」

 

そくばっきー、ってなんだよ。と思いつつも、何となくは分かったのでカズキは頷く。

 

「良い感じ」

「お、マジですか」

「うん、何やっても嫌がんないし、可愛いよ」

「アンタ何やってんだ!?」

「いやいや、バンちゃん悦んでるよ?知りたい?私のやってるコ・ト♡」

「お断り申し上げます。決して口にしないで下さい。お願いします」

「良いな、その顔」

 

そそる、と言って笑ったエイゴ。

カズキは心の中で思った、兄にこれ以上の負担は掛けたくはないが、コイツにはまだリハビリは必要なのではないかと…。

 

「仲良くされているなら、何よりですね!」

「だよねェ~」

 

うわぁ、オレの嫁、純粋過ぎて、うわぁ…!

頭を抱えたカズキが小さく溜息を吐いた。

 

「そういや、お二人さん、結婚式いつ?さすがに私もご祝儀くらい包むよ?」

「あ、いや、そんな結婚式っていう程のことやらないんで良いっすよ」

「そうなの?」

「ドレスと白無垢着て貰って、ちょっとわいわいやろうかなぁ程度っす。エイゴさんも時間あったら来て下さいよ、予定決まったら連絡するんで」

「おー、そんな堅苦しいやつじゃないなら参加させてもらおっかなァ。反転世界でやんの?」

「一応、集合はズイのポケセンで、場所はミチーナのカフェでやらせてもらおうかなぁと思ってマスターには相談してます」

「マスターんとこか!じゃあ、絶対行く!」

 

あそこ大好き~、と笑ったエイゴにカズキが微笑み返す。

 

「なんか最近、あそこに新メンバー入ったよな。コーヒー淹れるの下手な子、可愛いけどさァ」

「あ~…ミカっすね」

「あの子、ポケモンっぽくない?なんか人になれる子とか普通に仕事してたりするって聞いてから、なんとなく違うな~って思う子いるんだよねェ…」

 

まあ、リハビリの成果の出てる私は聞いたりしませんけども、と頷いたエイゴにカズキは目を見開く。

 

「見分け付けられる人、珍しいと思いますよ…?」

「そーなの?でも、当たってるかわかんねぇよ?」

「少なくとも、ミカは当たってます」

「ふ~ん…、何のポケモンかまで予想出来るようになったら面白ぇかな?あんまりポケモン、詳しくないけど、あのミカちゃんって子は私の好きなゴーストとか悪系っぽい」

「いや、ズバリだしソレ!?」

「マジ?やったね~♪」

 

でも、当たった所で何の役にも立たないけど、と付け足してエイゴはヘラヘラと笑った。

そんなエイゴにカズキは一つ提案してみる。

 

「ポケモン研究とか興味ないっすか?」

「は?」

「オレの幼馴染、ポケモン研究の博士なんですけど。何となくでも見分けられるその観察力が優れてる人って貴重だと思うんです…」

「いや、私、愛無き男ですよ?」

「自分でそれ言えるくらいに回復してるんだから、大丈夫でしょ」

「え~…」

「ちょっと、幼馴染のツバキ博士に伝えとくんで!考えといて下さい」

「ええ~…」

 

カズキの提案に不安げな視線を送るユキコ。

そんなユキコにカズキはニコリと笑顔を向けて見せた。

 

 

(オレ、育てんのは得意なんだよなぁ…)



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94

< カミサマ、どうかお力を… >

「「…」」

「…(もぐもぐ)」

 

絶賛、ミアレ観光中。

ミアレガレットを頬張りつつアルセウスは足元で頭を垂れるフラエッテ。

チラリとアルセウスの反応を伺うディアルガとパルキア。

もぐもぐ、ごくん、とガレットを飲みこんだアルセウスはフラエッテに視線を落とす。

 

「哀れな姿とは思うが、貴様の魂は数多の魂の集まり、自業自得ではなかろうか」

< …… >

「私はお前を救う気は微塵も無い」

< …… >

 

頭を下げたまま、涙を一つ、地面に落したフラエッテにアルセウスは言葉を続ける。

 

「だが、この世界の神は別に居る。私の今のこの姿はこの世界の本当の神の姿ぞ。奴は甘い、ポケモンには特にな」

< …… >

 

ニヤと笑った顔を見上げたフラエッテは唯一の希望を求めて、アルセウスに再び頭を下げてから飛び去った。

人間のエゴで再びこの世に呼び戻された小さなポケモン。

アレの時を止める事が出来るのはディアルガ。

アレを望む地に送る事が出来るのはパルキア。

その望みを聞き入れるかどうかは神のみぞしること…。

 

「このガレットは美味だな」

「「うん」」

 

*

 

ギラティナが鏡の中に潜り込み、反転世界からプラターヌ研究所までの道をせっせと繋げている頃、シンヤは通話画面の向こうで泣くミロカロスを宥めていた。

 

<「なんで、そんな所に居るんだよぉ…!」>

「好きで居るんじゃないぞ、本当に、ギラティナが道繋げたらすぐ帰るから!な!」

<「俺様、またコーヒー淹れたのに!」>

「帰ったら飲むから」

<「ほんとに…?」>

「ああ、本当だ。ちゃんと帰るから良い子で待ってろ」

<「……わかった、俺様、良い子で待ってる…」>

 

ぐすぐす、と泣くミロカロスにシンヤはひらひらと頭を撫でるように手を振った。

それに気付いたのかミロカロスがへらりと涙目のまま笑った。

 

<「早くね!」>

「ああ、ギラティナの頑張り次第だから、早く帰れたらギラティナにもコーヒー淹れてやってくれ」

<「わかった!」>

 

笑うミロカロスが手を振ったので、手を振り返して電話を切る。

さてと、とシンヤが席から立てば窓の外に一輪の花がふよふよと動いている。

変な形の花だな、と思いつつ窓を開ければ窓枠に座る小さなポケモン。

 

「…………確か、フラエッテとかいう」

< …カミサマ >

「え?」

< カミサマ、…どうかお力を… >

「え゙!?」

 

*

 

3000年前…、

自分は一人の優しい人間に愛されていました。

しかし、戦争が起こり、そこで自分は死んでしまいました。

自分が死んだ事に深く悲しんだ人間は、自分を蘇生させるキカイを創りました。

自分は今一度、この世に蘇りました。

 

でも、

深い悲しみから癒えぬ、強い怒りを覚えた人間は、自分を傷付けた世界に復讐する為にキカイを最終兵器に変えて、破壊の神となり全てを滅ぼし戦争を終わらせました。

戦争は終わりました。しかし、自分は知ってしまったのです。

自分が蘇った兵器の力が、沢山のポケモンの命を奪って蘇った永遠の命だという事を。

かつて自分を愛してくれた優しい人間は居ませんでした。自分は人間のもとを離れました。

 

人間は、自身の創った最終兵器の副作用で寿命が延びてしまっていました。

それでも自分は人間のもとには戻りませんでした。かつての愛する心を持った優しい人間に戻ってくれるのをずっと待ちました。

人間は3000年間、自分を探し彷徨い歩いていました。とても悲しかった。でも、自分は人間のもとへは戻りませんでした。

 

そして、

一人のトレーナーが人間…彼に思い出させてくれたのです。

彼は過去の自身と決別し、本来のポケモンを愛する心を取り戻してくれた。

ずっと信じていた、自分を愛してくれた優しい彼に戻ってくれた時、自分…私も彼のもとへ戻りました。

 

< とても、嬉しかった… >

「……」

< 私の存在はとても罪深く。決して許される事は無いでしょう。それでも、願ってしまうのです >

「…」

< もう一度、優しい愛する彼のもとへ… >

 

どうか、お力を…と深く頭を下げたフラエッテ。

そんなフラエッテを見下ろしてシンヤはどうにも言葉が出て来なかった。

一瞬でも、

自分がそのキカイを創れれば…と思ってしまったから。

愚かな事だ、こんなにも生き返らせられたフラエッテが苦しんでいるのに、一瞬でも脳裏に過るなんて…。

 

「アルセウスには会ったのか…?」

< はい…、『私はお前を救う気は微塵も無い』と仰られました。

ですが、その後にこうも仰いました。『だが、この世界の神は別に居る。私の今のこの姿はこの世界の本当の神の姿ぞ。奴は甘い、ポケモンには特にな』と >

「…アイツ……」

< カミサマ、私は貴方様の優しさに付け込もうとやって来た愚か者です。ですが、お許し下さい。どうぞ…ご慈悲を… >

 

ポロポロと涙を流すフラエッテを見て、ダメだ帰れ、一生罪を背負って生きろ、なんて言える人間が何処に居るというのか。

 

「分かった。ディアルガとパルキアに私から言う。大丈夫だ」

 

苦笑いを浮かべたシンヤが床に跪くフラエッテを手の平で救い上げる。

 

< カミサマ…っ >

「その神様っていうのはやめてくれ…、シンヤだ。そう呼んで欲しい」

< シンヤサマ… >

 

*

 

研究所で読書に勤しんでいたミュウツーにアルセウス達を連れて来てくれと頼んだシンヤはテーブルの上にちょこんと座るフラエッテを見下ろす。

 

「3000年か…」

< … >

「お前の主人は3000年も一人で生きていたんだな…」

< …はい >

 

しょんぼりした様子のフラエッテを見て、シンヤはフラエッテの持つ花をつつく。

 

「…別に責めてないからな?それはお前も同じなんだから」

< … >

「ただ、少しでも…話をしてみたかったな。と思ったんだ」

< …? >

「3000年も生きた人間と」

 

会ってみたかった、と窓の外を見つめたシンヤをフラエッテは見上げた。

せめてどんな人間だったか教えてくれ、と言えばフラエッテは嬉しそうに語ってくれた。

 

「身長、3mは越えてるとか冗談だろ?お前が小さいからそう見えるだけじゃないのか?」

< 本当ですっ! >

 

*

 

昔々 今からずっと昔

オトコとポケモンがいた

とても愛していた

 

戦争が起きた

オトコの愛したポケモンも戦争に使われた

 

数年がたった

小さな箱を渡された

オトコは生き返らせたかった どうしてもどうしても

 

オトコは命を与えるキカイを造った

愛したポケモンを取り戻した

オトコはあまりにも悲しんだため怒りが治まらなかった

愛しているポケモンをキズつけた世界が許せなかった

 

キカイを最強の最終兵器にした

オトコは破壊の神となった

神により戦争は閉じられた

 

永遠の命を与えられたポケモンは知っていたのだろう

命のエネルギーは多くのポケモンを犠牲としていたことを

生き返ったポケモンはオトコのもとを去った

 

*

 

3000年の時をえて、

オトコは一人のトレーナーと出会う

トレーナーとの戦いの中で、

オトコはトレーナーと共に戦うポケモンの姿を見た

ポケモンを心から愛するトレーナーの姿を見た

オトコは悲しみに囚われていた過去の自分と決別しポケモンを愛する心を取り戻した

 

オトコが愛したポケモンがオトコのもとへ戻って来た

愛する心を取り戻してくれると信じ、見守り続けていた

3000年という長い時をえて、

大勢の人に見届けられ再会を果たした

オトコの心には悲しみも憎しみも消えた

 

大勢の人に見送られ、

その場を去ったオトコは

大きな手の平の上で微笑む愛するポケモンに微笑みを返し

塵となって消えた

オトコを保ち続けた悲しみも憎しみも消えてしまっては、オトコは形を保つことは出来なかった

 

+

 

アルセウスの話では男の寿命は確かに極端に延びたものの彷徨い歩く内に寿命を終えていたとのこと。

だが、悲しみと憎しみという魂だけが男の形を保ち彷徨い歩き続けたのだという。

まるで最初の私みたいだな、と呟けばパルキアは苦笑いを浮かべていた。

男が本来の寿命を終えたであろう場所、

ホウエン地方、ルネシティ…。

かつての記憶では無かったはずの大木。

つぎはぎだらけの記憶で皆の記憶に残る事だろう。

カロス地方からやって来た、巨大な男から贈られし木。

 

「確かに3m越えだな…」

 

生きる時を止め、望む地へと送られたフラエッテ。

せめて、同じ場所で眠れるようにと、

一輪の花をアルセウスが残した。

 

 

「おやすみなさい、カロスの王」

 

*



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95

「ただいまー」

「おかえりなさぁぁああい!!!」

 

コーヒーあるよぉおお!と飛び掛かって来たミロカロスの持っていたコーヒーを頭からかぶったシンヤは全身でコーヒーを味わった。

 

「あ゙あ゙あ゙……っ」

「…うん、淹れるの上手くなってきたな…」

「ごめんなさいぃいいい!!!」

 

帰って来てから飲む、と約束していたコーヒーは冷蔵庫保管だった為にアイスコーヒー。

淹れたてじゃなくて良かった、とポジティブにとらえながらよしよしとミロカロスの頭を撫でる。

 

「お兄ちゃんおかえりー!見て見てリボンー!」

「……うん」

「ほあ!?黒い雨でも降ったの!?」

 

シンヤを出迎えに出て来た連中が一人ずつ悲鳴をあげるのを聞いてからシンヤはようやく風呂場に行けた。

シャワーを浴びてリビングに行けばソファに横になるギラティナに無理やりコーヒーを勧めるミロカロス。約束は守るオスである。

 

「いーらーなーいー…まーずーいーかーらー」

「美味しい!美味しくなった!俺様、飲んでないけど!」

 

ミロカロスはコーヒーが苦手。

シンヤが出て来るのを待っていたブラッキーとサーナイトが立ち上がる。

 

「シンヤ!紋付き袴をバッチリ来てもらうぜ!」

「何の話だ」

「ワタクシ、このドレスにして、ジョーイさんにはこっちで、ユキコちゃんにはこれが良いと思うんですけど!」

「何の話だ」

「のんの初リボンゲットのお祝いも兼ねて、結婚式もするんだってー」

「リボン一つでお祝いとかめんどくさかったけど、結婚式も兼ねるならまあ良いな」

「めんどくさかったの!?」

 

妹の!初!リボン!見て!ちゃんと!とガクガクと揺さぶられるシンヤ。

 

「リボンもトロフィーも見飽きてるんだが…」

「……」

「わー、とっても綺麗なリボンだなー…」

「もっと感情込めて…っ」

「これ以上、無理だ。もう疲れてるから、帰ってきてすぐコーヒーだったから、もうしんどい」

 

むむむ、と怒るノリコをトゲキッスが宥める。

カタログを睨みつけるエーフィにサーナイトがご機嫌に話掛ける。

 

「これも良いですわよね♪」

「ぇ?ええ、そうですね、でも、このフリルが多いのが気になって…」

「フィーさん、そんなフリフリなの好きでしたっけ?」

「ぁ、いえ、私は嫌いですけど」

「のんは結構好きー!」

「ああ!ステージ衣装の参考にもなりますものね!」

 

フリフリ可愛いよねー、わかりますわーと盛り上がるノリコとサーナイト。

 

「場所はミチーナのカフェを貸し切れるらしいぜ、カズキが言ってた」

「なんだもう手配済みなのか」

「カズキは仕事の出来る男だからな」

「え、ちょっ、カズくんまで褒められると、のんの立場が無くなるのであんまり褒めないで!褒めるのはお兄ちゃんだけにして!!!」

「必死か」

 

とりあえず、シンヤの紋付き袴はオレのチョイスでこれだぜ☆とブラッキーにカタログを見せられた。

大体、全部同じようなものだろ…。

 

「俺様、しろむくって何か知らないけど着せられるって」

「白無垢?これだ、この白い奴」

「……ユキコが普段着てるのと何が違う?」

「まあ、似てるけど…。借りるなら着ておけば良いんじゃないか?記念だろ」

「シンヤが見たいって言うなら着ても良いよ?」

「うわっ!?何処でそういうの覚えてくるんだお前!」

 

どうする~?みたいな表情で微笑みかけられたシンヤは顔を歪める。

まあ、きっとテレビか雑誌なんだろうな。と思いつつシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「別に見たくない」

「がーんっ!?」

 

ショックを受けるミロカロスの耳元でシンヤがボソリと呟く。

 

「どうせ脱がせるし…」

「バカーっ!!」

「痛い!」

 

顔を真っ赤にしたミロカロスの手の平がシンヤの顔面、真正面にペチーン!と大きな音を立てて当たる。

鼻が折れる…。と蹲るシンヤを見て、周りが何やってんの!?とミロカロスに非難が殺到する。

 

「シンヤが悪い!今のはシンヤが悪いの!」

「私、鼻曲がってないか…?」

「大丈夫ですわ!鼻筋真っ直ぐ高々の男前ですわ!」

 

ごめんして!ちゃんとごめんなさいして!と怒るミロカロスにシンヤはだらだらと「ごめんなさ~い」と謝った。

 

「ちゃんとして!」

「ごめんなさい~」

 

ちゃんと!と怒るミロカロス。

そのやり取りと見てたノリコが首を傾げる。

 

「お兄ちゃん何言ったの?」

「白無垢姿を私が見たいって言うなら着てやっても良いって言うから、別に着なくても良いって言った。だって、どうせ」

 

ペチーン!とまたシンヤの顔面に手の平が飛んでくる。

お兄ちゃぁああん!!とノリコの悲痛な叫びが響いた。

 

*

 

「マジか」

「マジっす。入って入って」

 

いや、お前の家じゃねぇじゃん。と思いつつもカズキの後ろに付いて行くエイゴ。

紹介の電話したら、すぐ連れて来てくれって言われたから行きましょう。って電話貰った瞬間、流石のエイゴもびっくりし過ぎて固まった。

 

「(コイツ、仕事早過ぎかよ…)」

「ツバキー、連れて来たぜー。観察眼有りのイケメーン」

「イケメンきたぁああ!わっしょぉおおい!!!」

 

持ってたファイルを投げ捨てて走って来たツバキ。

床で散らばる書類を見てエンペラーがツバキの後ろ姿を睨む。

 

「あ、どーも。博士とか聞いてたけど、可愛い女の子なのね」

「可愛いとか言われた!可愛いとか言われたんだけど!エンペラー聞いた!?」

「とりあえず、書類を這いつくばって拾えよ…」

「想像以上のイケメンでツバキちゃん感激!最高!採用!ようこそ!ツバキ研究所へ!」

 

エンペラーを無視してエイゴの手を握り上下に振るツバキ。

これ、マジで博士?と思いつつ、ツバキの後ろの方に立つエンペラーが静かにツバキを睨んでいるのが凄く気になってて、こわい。流石の私でもあれこわい。

 

「うちは研究員として居るのはエンペラーだけで、お手伝いさんはポケモン達ー。原型で手伝ってくれてるのはシンヤさんとこの子達だよ。あのライチュウとかね」

 

ラーイ、と片手を上げたライチュウが本を片手に持って部屋を出て行く。

シンヤさんとこのポケモン、マジハイスペック…と思いつつエイゴはツバキの言葉に頷いた。

 

「は、はじめまして…っ、イロと申します」

「え?ああ、どーも、エイゴです」

 

頬を染めて手を差し出して来たイロと名乗る女に自己紹介を返しつつ、握手を交わす。

あれ、なんかこの雰囲気知ってるかも、とエイゴが眉を寄せた。

 

「……」

「…ぁ、あのっ…」

 

じーっと、イロを見つめて黙るエイゴ。

見られて照れるイロが頬を更に赤くした。

 

「あ。シンヤさんとこで見た、ミロちゃんに雰囲気似てるんだ」

「「おお!」」

「すごいです!私、イロはミロカロスです!」

「おー、マジか。へー、メスのミロカロスって事だよなァ?」

「エイゴさん、やっぱすげぇ!」

「なんという逸材…!」

「シンヤさんとこのミロちゃん、オスって言ってたけど、オスの方が可愛いってウケる」

「…………」

 

ずーん、と一気に落ち込んだイロをツバキが慰める。

 

「イロちゃん可愛いよ!?色違いのミロカロスなんて珍しいもん!超可愛いよ!!」

「まあ、シンヤさんの所のミロカロスは磨かれ方がハンパないからね。プロの育成の凄さでしょ」

「そうだよね!よく言ったエンペラー!そう!シンヤさんとこと比べちゃ駄目!」

「ツバキ…とりあえず早く這いつくばってあれ拾って来ないと蹴り倒して無理やり床に顔面擦り付けさせる事になるけど、良いよね?」

「良いわけないでしょ…」

「じゃあ、早く拾えよ」

「いや、エンペラー、あたしの助s…」

「拾え」

「はい…」

 

すごすごと引き下がったツバキが床に散らばった書類を掻き集めるのを確認して、エンペラーが頷いた。

 

「じゃあ、とりあえず僕は助手のエンペラーだよ。簡単に研究所案内するからついて来て。

あ、あとうちはポケモンも預かっててね、シンヤさんの所から預かってる子達が賢いから面倒をみるのを手伝って貰ってるんだ、あとでライチュウ以外も紹介するよ」

「は、はい…」

 

この人、博士より立場が上なんじゃねぇの?と思いつつエイゴは頷いた。

這いつくばって書類を掻き集めてるツバキにカズキが声を掛ける。

 

「じゃあ、オレ、育て屋に戻るからエイゴさんのことよろしく」

「え、もう行くの?お店閉まってる時間でしょ?」

「いや、ユキコだけに閉め作業させられねぇし。実は今日、兄ちゃん帰って来るらしくってさ。キッスさんには早めに上がってもらったんだよ」

「あ、そうなんだ。シンヤさん帰って来るんだ。ギラティナ早めに頑張ったね。プラターヌのとこからフーパの資料貰って来てくれたかな~…」

 

じゃあ、エイゴさんお先っす。と挨拶したカズキにエイゴが「おう」と言葉を返す。

研究所を出ながら、カズキがそういえばと考える。

ヤマトさん、そろそろミッションから帰って来るかな~。

ジャッキーと遠出するちょっと大変なミッションだよ!とか言ってたけど…。ジャッキーさんと一緒なら早めに帰って来るだろうし…。

とりあえず、店、閉め終わったら電話して確認してみよ…。ドレスとかもうほぼ決まったとか言ってたし。

ポーン、とボールを投げたカズキがエアームドの背に乗った。

 

*

 

「はぁぁ~…夜景、綺麗だなぁ~」

「なんで野郎と二人で観覧車になんて乗ってるのかと現実に引き戻されるから口を開かないでくれないか?」

「いや、ライモンに来たら乗りたいでしょ!?でも一人で乗るの嫌じゃん!?」

「はぁぁぁ~…夜景が綺麗だ…」

「いや、全く…」

 

ミッションでイッシュ地方まで来た二人は早々にミッションを切り上げてライモンシティに立ち寄っていた。

せっかく来たなら観覧車乗ろうぜ!というヤマトの提案である。

 

「全く…わざわざ来たのに、キュレム居ないとか…っ!」

「なんかカロス地方に『おでまし』させられてたらしいねぇ…。僕、テレビニュースで見てさ~、びっくりしたよ…」

「いや、オレも見たよニュースくらい」

「ううん、ニュースの内容じゃなくて、なんかチラッと映ったラティオスの上に幼馴染が乗ってた」

「ははは!冗談だろ?カロス地方だぜ?」

「いや、マジで。手術着だった」

「オイ、何があったんだよ」

「知らない」

「……」

「……」

「夜景が、綺麗だな…」

「うん…、帰ったら聞いとくね…」

「ああ、また教えてくれ…」

 

*

 

「重大、はっぴょーう!」

「なーんでーすかー?」

 

おー!と両手をあげたミカにマスターがうむうむと頷いた。良いノリであったらしい。

クスクスと笑うチルタリスが口元を押さえて、すみませんと小さく会釈をした。

 

「まあ、知らないのミカだけなんだけども」

「なんですと!?」

 

マジすか!とピジョットを見て頷かれ、サマヨールを見て頷かれ、チルタリスを見ても頷かれ。

マスターに視線を戻しても頷かれた。

 

「おれだけ仲間ハズレかー!!でも、知ってた…おれってそういう存在だし…元々そうだし…そう、おれはみんなの嫌われモノだもの…」

「ちょちょちょ!?テンション落ち過ぎなんだけど!?ごめんね!?たまたま相談された時にジョットくんと二人でミカが居なかったの!ホントなの!たまたまなの!」

「自分達は家で聞いてたからな」

「はい、ミカさんだけ除け者にされたとかじゃないですよっ」

「ホ、ホント…?おれのこと、お好き…?」

「大好きだよー!!」

「マスター!!!」

 

ぎゅっと抱きしめあったマスターとミカルゲ。

茶番は良いので話を進めましょう、とピジョットが冷めた声色で言った。

 

「冷たい…」

「氷タイプかよー…」

「さっさと帰りたいのでお願いします」

「はい、では、発表します」

「はーい!」

「実は、日程はまだ決まっていませんが、このカフェで結婚式をしまーす!!」

「マジかよぉおおお!!!結婚おめでとうマスタァアアア!!!」

「僕じゃなぁああああい!!!!悲しいけども!悲しいけども僕じゃないんだあああああ!!!」

「じゃあ、誰よ?」

「シンヤさんの弟さんとユキメノコのユキコさん、あとシンヤさんの所のサーナイトとズイタウンのジョーイさんだね」

「ふーん、知らん!」

「うん。知ってる。あ、それとシンヤさんも和装式するみたいだから、シンヤさんのカッコイイ姿も見れるよ!」

「シンヤ様のカッコイイ姿!?やったぁあああ!!!」

 

ひゃっほーい!と喜ぶミカルゲ。

コイツ、だんだんマスターに感化されてきたな。とピジョットは心の中でひっそりと思った。

 

「シンヤ様、大好き!超好き!凄く嬉しい!」

「僕も僕も!!」

 

嬉しいねーと笑う二人を見て、ヨルが目を細めて笑った。

 

「まあ、そういう事で日程はまだ未定と聞いてはいるけど、近々である事は確実だし。僕らも色々と準備をしていかないといけないわけなんだよ」

「おれも手伝うー!」

「うん、それ当り前のやつ」

「おお…」

 

当たり前だったか、と驚くミカルゲを無視してマスターは話を続ける。

 

「簡単なお披露目だって言っても、こっちもプロだし。質素なお料理とか出したくないわけ。お代もしっかりすでに貸し切り代金込みに頂いていますので、早々に準備に取り掛かりたいと思います」

「貸し切り代金まで貰ったんですか…?シンヤさん、常客でかなりの金額払ってくれてるのに…」

「………ゔ…」

「いや…、そこはまた別の話ではないでしょうか…」

「そ、そうですよ!貸し切ってる間、他のお客様が来店出来ないのですから!」

「でも来店してくれるのって、様子を見に来てくれるミミローさんだったりキッスさんだったり、シンヤさんの所からじゃないですか…」

 

こんな店に。と付け足したピジョットの言葉に肩を落としたマスター。

いや、でも!とピジョットをびしりと指差す。

 

「ジョットくんのご主人のヒナリくん常連だし!」

「ヒナリさんの分は私の給金から払ってますが?」

「……イケメンくんが来るじゃないか!」

「ああ…、まあ、あの方は確かに…」

「エイゴですね……」

「エイゴさん、反転世界を通れるようになって通いやすくなったって喜んでらっしゃいましたよね!」

「シンヤさん関連になってた、だと!?」

 

え?頻繁に来るようになったのそういう事!?やっぱりここって来るのめんどくさい立地!?と動揺するマスターに、まあまあ、とサマヨールが落ち着かせる。

 

「あのイケメンくん、エイゴくんって言うの?」

「はい…、色々と事情があって暫く反転世界で一緒に住んでいました…」

「羨ましい以外の言葉が無いよソレは!」

 

なんてことだ!とテーブルを叩いたマスター。

 

「こうなったら仕方ない。最高のおもてなしをしてお礼をするしかない…っ!!!」

「でも、シンヤさんの所のヨルくんとチルくんに手伝わせるんですよね?」

「ごめぇぇぇん!!!」

「「と、とんでもないです…」」

 

*



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96

「ギラティナ、遊びに行こう」

「んー?何処行くんだよ?」

「シロガネ山」

「なんで!?」

 

驚くギラティナにミュウツーはうむと頷いた。

 

「なんでも噂では、山頂には最強のポケモントレーナーが居るらしい」

「いや、あそこ、猛吹雪だよ?」

「でも、居るらしいって」

 

無表情ながらもキラキラとした目で見つめて来るミュウツーにギラティナはひくりと口元を引き攣らせた。

確かめないと気が済まないんだ、と顔に書いてある。

 

「ちょっと行って、居なかったら帰るからな!」

「うむ」

 

居なかったら日を改めて行けば良いしな、とミュウツーが心の中で思った事など知る由も無いギラティナがシロガネ山への道を開いた。

 

*

 

シンヤがリビングで読書をしているとガチャリと誰かがリビングに入って来た。

今は家に一人。誰かが帰って来たんだな、と特に気にもせずに読書を続けていると入って来た人物はシンヤの背後に立った。

視界が暗転、両目を手で隠されて本が読めなくなった。

 

「だーれだ!」

「ああ、おかえり、ヤマト」

「え!?若干、声変えたのに!?」

 

凄いね!と驚きながらお土産らしいものをテーブルに置いたヤマトがシンヤの隣に座った。

シンヤもパタンと本を閉じて、隣に座ったヤマトに視線を向ける。

 

「ミッションはどうだったんだ?遠出とか言ってただろ?」

「うん、イッシュ地方に行って来たよ。キュレムの調査だったんだけどね」

「キュレムって…アイツか…、アイツはちょっと気まぐれで扱い難そうだったな…」

「うん。そのキュレムとシンヤが出会ってる時に行ったから、留守だったよ!」

 

ははは、と笑ったヤマトは若干涙目だ。

そうかタイミング悪く『おでまし』させられてた時か、とシンヤは眉を寄せる。

 

「シンヤ、テレビニュースにちらっと映ってたよ」

「マジか!?」

「マジだよ。手術着でラティオスの上に乗ってたよね?まあ、でも本当にちらっとだったからそんな目立ってないと思うけど」

 

ああ、もう嫌だなぁ、と頭を抱えたシンヤの肩をポンポンとヤマトが慰めるように叩いた。

 

「で?なんであれ大集合してたの?」

「ああ、プラターヌの論文のコピーがあるから読んでおけ。全部書いてる。フーパってポケモンの事も」

「何それ、フーパ!?可愛い!?」

「可愛かった」

 

そっち映せよテレビィイイ!と変な方向に怒りの矛先を向けるヤマト。

その様子をぼんやりと見てから、「で?」とシンヤは続きを促した。

 

「何が?」

「いや、キュレムが留守だったんだろ?その割には帰りが遅かったな、と思って」

「ああ、観覧車乗ったり、ちょっと観光してました!」

「楽しそうで何よりだ…、それで給料貰えるなんてな…」

「それ言わないでー!」

 

お土産買って来たからー!と喚くヤマトを見てシンヤが笑う。

ああ、そういえば、と思い出した言葉を続けたシンヤにお土産らしい発泡スチロールの箱から出しながらヤマトが視線を向ける。

 

「カズキから聞いたか?」

「え?何も聞いてない。何かあって連絡くれてたのかな?イッシュ地方、連絡手段が特殊なんだよねぇ…。ライブキャスターってのがあって、さすが遠い土地なだけあって発展しまくりだったね…」

「それを言うならカロスも凄かったけどな、まあ、遠い地方となると研究所にでも行かない限り連絡は確かに難しいな…」

 

イッシュだとアララギ博士か。たまにツバキの研究会に行った時とかの話に出てたな…。

 

「それで?大事な話だったの?」

「いや、そこまでじゃないが、カズキ達の結婚式の日取りがお前次第だったから」

「大事過ぎるよ!?」

「いや、着替えてミチーナのカフェでやるくらいだから大した事じゃない」

「いやいやいや!」

「あ、あと、ノリコが初リボンをゲットしたからお祝いも兼ねるって」

「えええええええ!?ノリコちゃんとうとうゲットしたの!?めちゃくちゃおめでたい事じゃん!!!」

 

ちょ、電話貸して!と慌てて走って行くヤマトを見送ってからシンヤはテーブルの上に置かれていたお土産を手に取る。

ひんやり冷たいお土産。発泡スチロールの中には氷がぎっしり。

 

「ヒウン…アイス…。アイス!?」

 

冷凍庫冷凍庫!とシンヤは箱片手に慌ててキッチンまで走った。

 

*

 

「シンヤ~、ただいま~」

「おかえり」

 

お遣いから帰って来たミロカロスが大きく溜息を吐く。

それに、どうした。とシンヤが問う。

 

「なんか、ギラティナ居なくて遠回りで帰ってくる事になって疲れた!」

「ミュウツーが遊びに行って来るって言って出て行ったから一緒に行ったんだろ」

「普段の移動が便利だと、体が慣れちゃって困るわぁ~」

「…誰の真似だそれは?」

 

運転手の愛人が居るサツキの真似、とミロカロスが笑った。

変なドラマを見るのはやめて欲しいなぁとシンヤは心から思った。

 

「シンヤー、カズキくんと連絡取れたよ!ミミローくんが帰って来次第だって」

「アイツ、今、ジョウトだからな」

「あれ?ヤマト、帰って来たの?」

「あ、うん。ミロちゃん、ただいま~」

「え、うん」

 

冷たっ!?とショックを受けるヤマトを無視して、ミロカロスが買ってきた物を冷蔵庫にしまう。

 

「あ!アイス入ってる~!」

「あ、忘れてた!ごめん、シンヤ、冷凍庫入れてくれたんだね」

「ああ」

「食べて良い?」

「今?夜ご飯の後にみんなで食べてもらおうと思ってたんだけど」

「えー…じゃあ、我慢しよ~」

 

ミロちゃんは偉いねぇ、とヤマトに褒められたミロカロスは真顔で「当然だろ」と返す。

そのミロカロスにヤマトはしょんぼりと肩を落とす。

 

「僕、なんでミロちゃんに嫌われてるのかな…?」

「聞いてみれば良いじゃないか」

「ミロちゃん!なんで僕のこと嫌いなの!?」

「なんでって…、シンヤに大事に思われてるのがムカつくしー」

 

え、シンヤ…!なんて言って頬を染めるヤマトを見てシンヤは眉間に皺を寄せる。

 

「あと、ツキに意地悪するしー」

「してないよ!?」

「だって、ツキ、よく怒ってるじゃん!悪い事したんだろ!」

「悪い事してるつもりはないけど、怒らせちゃうんだよぉ~…」

「あんまり遊びに来ないのが悪いと俺様は思う!」

「いや、来てるじゃん。まさに」

「遊びに行こうってあんまり誘ってない。シンヤは誘ってくれるのに、ヤマトは全然だ。はぁ~、ダメだな~…」

 

やれやれ、と首を横に振ったミロカロス。

そんなミロカロスを見てから、眉を下げたヤマトに視線を向けられたシンヤ。

 

「いや、そんな目で訴えられても知らん」

「僕も色々と考えてるんだよ…」

「「ふーん」」

「ホントだからね!?」

 

ホントなんだよ~、とシンヤに縋りつく鬱陶しいヤマトをミロカロスが引き剥がす。

 

「ちなみにシンヤはミロちゃんと何処に行くの?」

「カフェとか本屋とかスーパーとかポケモンセンターとか」

「シンヤが行きたい所だけじゃん!」

「別に良いだろ。行く時に誘ったら行きたいってミロが言うんだから」

「え~…ミロちゃん、それ楽しいの?」

「シンヤと一緒なら何処でも楽しい」

「なんて、良い子…!」

 

僕の幼馴染は良いお嫁さんを貰ったなぁと涙ぐむヤマトに「それはありがとう」とシンヤがお礼を言う。

 

「じゃあ、この後に行きたい所あるから誘ってみれば良いのかな?帰って来たら行きたかったんだよね」

「へぇ、何処だ?」

「カズキくんの所の育て屋。ポケモン達を見て癒されたくてさ…!疲れたし…!」

「それはダメだな…」

「ヤマトはダメだな~…」

「なんで!?」

 

*

 

ブラッキーはジョーイとサーナイトが仕事してる間に出来ない、ドレスやら結婚式の準備の手伝いをしにポケモンセンターに居るから行ってきなさい。

と、シンヤに送りだされたヤマトはポケモンセンターへとやって来た。

入った所でバッタリ出会ったジョーイにヤマトは頭を下げる。

 

「この度はおめでとうございます!」

「まあ!ありがとう、ヤマトさん!」

 

僕も何か手伝おうと思って来ました~、と笑うヤマトにジョーイは「じゃあ」とブラッキーのもとへ案内する。

 

「んぁ?ヤマトじゃん、おかえり~」

「ただいま~、お土産はシンヤの家に置いて来たからデザートに食べてね」

「まじか!めっちゃ楽しみ!」

 

ご機嫌に笑うブラッキーにヤマトが微笑み返す。

ブラッキーの目の前のテーブルにはカタログがたくさん広がっていて、これは大変そうだとヤマトはぽりぽりと頬をかいた。

 

「何か手伝いたいんだけど…、何処から手伝えば良い?」

「え?いいよ、別に。仕事帰りで疲れてるだろ」

「いや、今回は仕事っていう仕事が出来ずに観光して帰って来たようなものだったから…、うん、なんか仕事したいんだけど…」

「はぁ~?どういうことよ?」

「いや、キュレムの調査に行ったんだけど、キュレムがカロス地方に『おでまし』させられてて留守だったんだよ…」

「ああ、シンヤが巻き込まれた奴な」

「とんぼ返りするわけにも行かず、観光して帰って来たの…」

「ふ~ん…良いなぁ、イッシュ観光」

「観覧車からの夜景はなかなか綺麗で良かったよ!」

「へー…」

「ビレッジサンドっていうのが木の実を使ったサンドイッチで美味しかったし♪」

「へー……」

「最初はもうキュレム居ないからどうしようかと思ったけど、結構、ジャッキーと二人でも楽しめて良かったよ」

 

あ、このカタログってドレス?と聞きながらカタログを開いたヤマト。

口元を引き攣らせつつも、ブラッキーは自身の心を落ち着かせる為に深呼吸をした。

こいつはこういう男なんだ、期待したオレが悪いんだ。と…。

 

「このチェック入ってるのを注文するんだよね?」

「そうだよ」

「わー、これサナちゃんっぽいね~!絶対に似合うだろうなぁ!」

 

あ、こっちのチェックはジョーイさんかな。とドレスの見た目で的確に当てていくヤマトにブラッキーは目を丸くする。

 

「ねぇねぇ、チェック入ってないけど、このフワフワしてるやつさ!」

「フリルな」

「そうそうそれ、フリルのドレス。ツキくんに似合うんじゃない?」

「はぁ!?」

「え?」

「何言ってんだよ、オレは着ねぇよ!」

「え…うん、でも、似合うかなぁと思っただけだよ…?」

 

なんかまた怒らせてしまった、としょんぼりしたヤマト。

トイレ!と持っていたカタログをテーブルに叩き付けて席を立ったブラッキーの背をヤマトは見送った。

 

「……」

 

*

 

トイレ、と言ったものの行きたくも無いトイレには入れず、受付のカウンターの下に座り込んだブラッキーをサーナイトがチラリと見下ろす。

 

「お顔、真っ赤にしてどうしたんですの?」

「暑いだけ!」

「適温ですわよ…?」

 

*



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97

びゅおおおお、と吹雪く中、山頂に立ったミュウツーが後ろを振り返った。

 

「こんな所に人間が居るわけがない!」

「だからっ、言っただろうがぁああ!」

 

怒るギラティナを無視して、ミュウツーがふむと腕を組み考える。

 

「いや!実は結構な猛者が武者修業的な事で来るのかもな!」

「とりあえず、帰ろ!マジ帰ろうー!」

 

*

 

ポケモンセンターでカタログを手に、席を立ったブラッキーを待つヤマトの前に見知らぬ男が座った。

水色の髪に金色の大きな目。

ヤマトを見てにこりと笑った男にヤマトも疑問を持ちながらも笑みを返す。

 

「ヤマト、暇なら遊びに行こう!」

「え?あの、すみませんけど…どちら様ですかね?」

「我はアグノムだ!」

「アグノムー!?」

 

人に化けて来てやったぞ、と笑うアグノムにヤマトが目を輝かせる。

 

「アグノムも人の姿になれるんだねー!凄いね!」

「長く生きている者ならこれくらい普通だ」

 

へー!ポケモンの神秘だなーと喜ぶヤマトに満足気に笑うアグノム。

目の前に広がる本に小さく首を傾げた。

 

「これは?」

「あ、ドレスのカタログだよ。カズキくん達が結婚式するんだって」

「ほー?我はこれが着たい!」

「ふふっ、アグノムもお嫁さんになりたいの?」

「いや、それは要らんな。誰かに所有されるというのは虫唾が走るしな!」

「あ、そう…」

 

伝説ポケモンらしい意見だ、と思いつつカタログを眺めるアグノムを見てヤマトは小さく微笑んだ。

そこに戻って来たブラッキーが眉を寄せる。

 

「アグノム?お前、なんで居るの?」

「ヤマトを遊びに誘いに来たんだ!」

「はぁ…」

 

そうですか、と溜息を吐いたブラッキーがヤマトの隣に座る。

 

「ねぇ、ツキくん。これもうドレス決まってるなら早めに予約しておかないといけないんじゃないの?日程決まってからだと、すでにレンタル中で~…とか言われる可能性あると思うんだけど」

「あ、そっか…。それもそうだよな」

「こっちの白無垢も借りるんだよね?」

「うん」

「じゃあ、手分けして電話して予約取っておこうか。ミミローくんが帰って来るのもそんな一週間後以上になるような事なんて無いだろうし」

 

サイズも調整してもらわないとだしね~、と言いつつ連絡先とドレスの種類とサイズをメモしていくヤマト。

こういう仕事は早いし頼りになるんだ、とブラッキーが心の中で思っていると向かいの席に座っていたアグノムが言った。

 

「ヤマトは頼りになる出来る男だな!」

「ええ!?な、なに、急に!?褒められるの慣れてないから照れるんだけど…!」

「我は思った事を言っただけー」

「あははっ、ありがとうアグノム」

「……」

 

オレだって思ったのに、と思いながら口をへの字にしたブラッキーにはヤマトもアグノムも気付かない。

 

*

 

数日後、

弟子を連れて帰る故に反転世界を経由出来ないミミローがもうすぐ着くよ、と連絡をして来た時から各々慌ただしい準備に取り掛かった。

 

「手伝いに来たぞ」

「ぁ、主…!?」

「シンヤ様だー!!!」

 

ありがとー!と飛び付こうとしたミカルゲにサマヨールがゲンコツを落とす。

いでぇ!と蹲ったミカルゲが床を転がる。ゴーストタイプ同士のゲンコツは痛いのか…と思いつつシンヤは苦笑いを浮かべた。

 

「主のお手を煩わせるわけにはいきませんので…!」

「そう言うな、人手は多い方が良いだろ?」

「し、しかし…」

 

料理くらい出来る、と厨房へと入って行くシンヤ。

そして、厨房に入って来た予想外の人物にマスターが悲鳴をあげた。

 

「えええええええええ!?!?」

「ご、ご主人様…!?何故ここにいらっしゃるのですか!!」

「手伝いに」

「シンヤさんに手伝って頂くのはさすがに気が引けるのですが…」

「いや、私、暇なんだ、凄く」

 

着替えの準備に忙しい花嫁花婿連中に、一応、紋付き袴を着る事にはなっているものの一緒になって着替えを見ているのも退屈で。

かと言って、ポケモンセンター集合でやって来た連中の受付をするヤマトと一緒になって並んでいれば、話し掛けられてなかなか準備が進まない。むしろ、目立つから邪魔と追い出される始末。

家でゴロゴロするミュウツーに付き合ってゴロゴロしてるのも退屈で。

それならば、とやって来たミチーナのカフェ。

 

「料理は得意だぞ、チルに教えたくらいだからな」

「ニャースの手も借りたい所ですけど…、シンヤさんの手は豪華過ぎる…」

 

良いのこれ?とマスターがピジョットに視線をやるものの、材料とレシピが並んでいるのでシンヤはすぐに現状を把握してしまった。

 

「じゃあ、私はこっちの下ごしらえをしていくので仕上げはマスターに任せますよ?」

「さ、さすが有能な男…!承知致しましたっ!」

 

仕事早いわぁ!と感心するマスター。

サクサクと準備は整っていく。

カフェの店内だけでは狭いので外にもテーブルを設置して、飾りを付けて、と準備をすすめていれば早々にやって来たらしいエイゴが友人のヒロキヨを連れて来た。

 

「ちーっす、マスター!」

「あぁ!イケメンくん…!」

「俺達もお手伝いに来ました、飾り付けくらいなら、と思って」

「私の美的センスをなめんなよォ?」

 

助かる…とお礼を言うサマヨールに良いよ良いよと言いつつ、サマヨールのお尻を触るエイゴの頭をヒロキヨが殴る。

 

「すぐにバンだせ、コラ…」

「お前、目付き悪いから睨むと更にえぐいな…」

 

バンは見張りだ、とボールから出されたバンギラスも力仕事は大得意なので手伝う事に。

ミカルゲにも近寄って行こうとしたエイゴを強い力で引きとめ束縛するバンギラスはヒロキヨには都合の良い見張りである。

ヒロキヨの手持ち、クロバットも素早く器用に飾りを作成していく。

 

*

 

テーブルに料理が並び、立食パーティのような形になった頃。ゾロゾロと人が集まって来た。

ドレスに身を包んだジョーイがシンヤに手を振る。

 

「どうかしらー?」

「おおー、馬子にも衣装だな」

「あらー!褒めてないっ!」

「危ない!」

 

ピンヒールで足を踏みつけようとしたジョーイの攻撃をシンヤが避ける。

じりじりと攻防を繰り広げるシンヤとジョーイ。それをサーナイトが止めに入る。

 

「今日くらいは喧嘩は禁止ですのよ?」

「サナ、凄く綺麗だな」

「まあ!ありがとうございますわ!」

「私も褒めなさいよ…」

「うちのサーナイトは美人だが、お前を美人だと思った事は無い」

 

コイツ…ッ!とギリギリと歯を噛み締めるジョーイをサーナイトが宥める。

ドレス、タキシードのユキメノコとカズキがシンヤの前に立てば、シンヤは「おお」と声を漏らす。

 

「立派なもんだな」

「まあ、まだまだ兄ちゃん越えは出来ないけどな~」

「うふふ」

 

父さんと母さんも後からノリコと来るぜ、と笑ったカズキにシンヤは頷いて返す。

ツバキとエンペラーとイロが続いてやって来て、カズキとユキメノコの姿にパチパチと拍手を送る。

 

「凄いねー!あんなに情けなかったカズくんに先を越されるとは!」

「一言余計だバカ」

「ユキコちゃん素敵~」

「ありがとうございます!」

「ツバキも結婚すれば良いんじゃない?」

「あ、良いの!?」

「うん、僕の子供は産んでもらうけど」

 

コイツ、まだ言う…と顔を歪めたツバキにシンヤが苦笑いを浮かべた。

その後も、アグノム、ユクシー、エムリットが来て、アルセウスが来た事でシンヤが双子だと思ったらしいマスターが腰を抜かした。

ゴロゴロしていたミュウツーもディアルガとパルキアと共にやって来て。

ノリコとエーフィが両親であるイツキとカナコを連れて来た。

受付を終えたヤマト、ブラッキー、ミロカロスが合流し。早めに育て屋を閉めて来たトゲキッスと道を繋いでは閉じを繰り返していたギラティナが疲れた様子で到着。

そして、最後に遠路遥々の移動となったミミロップと弟子となったタケシがやって来た。

 

「おー!タケシ!?」

「シンヤさん!お久しぶりです!」

 

弟子ってお前か!と喜ぶシンヤを見てミミロップが嬉しそうに笑った。

 

「えー、では、お集まりの皆様、本日はありがとうございまーす!」

 

緊張した面持ちの慣れないカズキの言葉から始まった言葉に、皆が返事をした。

 

「「「おめでとうー!」」」

 

*

 

えー、本日、オレ、カズキとユキコ。そしてサナさんとジョーイさんの結婚式をこんなにも沢山の方に祝って頂き、本当に嬉しく思います。

ご協力下さった皆様に本当に感謝致します。

あと、オレ達以外に祝って頂きたいのが、オレの双子の妹であるノリコがコーディネーターとして初のリボンを獲得した事であります!

 

「ぎゃぁああ!一緒にされると恥ずかしいんですけどぉお!」

 

やめてー!まだ一個なのー!と喚くノリコが皆に笑われる。

ドレスを来た三人の花嫁、タキシードを来た花婿が一人と変わった光景ではあるが、良い記念だな、とシンヤは心の中でひっそりと思った。

 

「シンヤに続いて、カズキまでこんなに可愛いお嫁さんを…っ、お母さんは嬉しくて嬉しくて…っ」

「さすが俺の息子達、美人に目が無いなぁ!」

 

あっはっはっ!と笑った父の肩を母が「もう!」なんて照れながらバシーンと大きな音を立てて叩いた。

 

「皆様、ご覧下さいまし!今回は花嫁三人ですので、ブーケも三つありますわよ!」

「私達、男連中に関係あんのかァ?」

「確かに…」

 

エイゴとヒロキヨの言葉に、クロバットとバンギラスが目を逸らしていた。

あれは狙っているな、と思いつつ、とりあえず投げてから乾杯するらしい。ので私は一歩二歩三歩と後ろへ後ろへと下がる。

ブーケを取ったら何があるんだ、とそわそわするミュウツーを止めるギラティナ。

ツバキとイロとノリコの気合いがハンパなくこわいので、怪我をしないように後ろへ後ろへ…。

 

「投げますわよー!」

 

くるり、と後ろを向いた花嫁達。

一番後ろまで下がって来た私の傍にミロカロスが立った。

 

「ん?なんだ、取りに行かないのか?」

「うんっ、俺様はもうシンヤのお嫁さんだから!」

「…ああ、そうだったな」

 

天高く投げられたブーケに手を伸ばす中に、私と同じ顔の奴が居て凄く嫌だった。

 

*

 

「とったぞー」

「ツー!テメェ!なんで取っちまうんだよ!馬鹿野郎がぁ!」

「ふふふ、私も取ってみせましたよ」

「フィーさん、それをのんに!是非、のんに譲って下さい!!」

「エイゴー!オレもとったー!」

「お前、デカイから有利だったなァ…。つか、要るかそれ?」

 

ミュウツー、エーフィ、バンギラスの手に渡ったブーケ。見事に撃沈した女子が落ち込んでいる。

譲ってやれよ。というか、バンギラス以外、能力使ってないだろうな…?

 

「あー…、まあ、色々と騒ぎたいのは分かるけど、とりあえず、乾杯しようぜ!兄ちゃん、乾杯たのむわ!」

「えー…」

 

一番後ろでのんびりしていた私に白羽の矢が立った。酷い。

しかし、可愛い弟の頼み。断るわけにはいかないので、渋々と皆の前に立つ。

 

「えーっと、…何にも考えて無かったな…」

「お兄ちゃんしっかり!」

「んー、そうだな。今日という日は私にとって特別な記憶の一つとして生涯刻まれる事になった。カズキ、ユキコ、サナ、ジョーイ。本当におめでとう。

ついでにノリコも、グランドフェスティバルに行って私の生涯に良い思い出を刻ませてくれるように願ってる。

皆、ありがとう。

今日という素晴らしい日に、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

のんにだけプレッシャーを与えて来た。と泣くノリコ。

そして、私にそっくりなアルセウスの存在に気付いたエイゴが驚いているのが見えた。

 

「良い日だ…」

 

飲んだシャンパンはなかなか美味しかった。

 

*

 

ミミロップに弟子入りしたタケシと改めて挨拶をする。90度のお辞儀をしてくれたタケシの頭を上げさせて視線を合わせる。

 

「まさか、タケシがポケモンドクターを目指すなんてな」

「それには自分も驚いています。トップブリーダーを目指して来たつもりでしたが、きっとシンヤさんと出会えた事もあっての巡り合わせではないかと思っています」

「私の存在が少しでも影響になってくれたなら嬉しい事だな。ミミローは厳しいぞ、頑張れよ」

「はい!頑張ります!」

 

タケシは良いドクターになるだろうなぁ、と思うとつい頬が緩む。

 

「あ、そういえば、この前、カロス地方でサトシに会ったぞ。あんまり会話出来なかったんだけどな」

「ああ!サトシも頑張っていますからね!今度こそ、ポケモンマスターになれるのではないでしょうか!」

「そうか…ポケモンマスターな…。優勝でもしたら、約束通り一度はバトルしてやらないとな…」

「ははは!コテンパンに負けるサトシが目に浮かびます!」

 

*

 

わいわい、と賑わっている所で、お腹が膨れてしまう前に!とサーナイトがパンと手を叩いた。

 

「お色直しの時間ですわ!」

 

皆様、少々お待ちを!と笑ったサーナイトにシンヤが引き摺られるように連れて行かれる。

それを見送ったエーフィがニコリとブラッキーに声を掛けた。

 

「ツキ、どうぞ」

「え?」

「少しズルをしてしまいましたが、どうしても欲しくて」

 

差し出されたブーケにブラッキーが眉を寄せる。

なんでオレに?という視線を向けられたエーフィは目を細めて笑った。

 

「大事な片割れに幸せになって欲しいからです。あ、ちゃんとこれ、ユキコの投げたブーケですからね」

 

ご利益ありそうでしょう?と笑い、無理やりブーケをブラッキーに押し付ける。

 

「オレにはこんなの似合わない…」

「それを決めるのはツキじゃないですから」

 

カラフルなブーケから"オレンジ色のバラ"を一輪引き抜いたエーフィはブラッキーの耳の上に乗せて髪に飾る。

似合いますよ。そう言って笑ったエーフィはアグノム達に囲まれているヤマトに向かって、ブラッキーの背を押した。

わあ!という表情をしたヤマトと恥ずかしそうに俯くブラッキーを見てエーフィは小さな声で呟く。

 

「いつか、ヤマトからは赤色を貰って下さいね…」

 

 

*

 

 

お色直し後のお披露目。

白無垢姿のユキコ、サナ、ジョーイ、そしてミロの姿に大きな拍手が贈られる。

オレは?と若干、涙目のカズキをユキコが慰めた。

そして、大本命、紋付き袴のシンヤが登場した瞬間に沸き起こる大歓声。

 

「……」

 

え、なにこれ。と無表情で立ち尽くすシンヤに白無垢姿のミロカロスまでもがパチパチと拍手をして目を輝かせる。

 

「シンヤ、カッコイイ!」

「そ、そうか?ありがとう…、ミロも綺麗だぞ」

「ありがとう~」

 

てへへ、と笑うミロカロスに微笑み返すシンヤ。

マスターのシャッターを押す指が止まらない。

一応、和装ならば、とカズキが酒瓶をシンヤに手渡す。

そして、手を合わせて一言。

 

「みんな!合掌!」

「「「……」」」

 

手を合わせて目を瞑った皆を見渡してシンヤは眉を寄せる。

え?どういうこと?状態である。

 

「よし、これでお神酒な」

「オイ」

「一応、アル様、最初に一口お願いします」

「うむ!」

 

あれ、シンヤさんが二人!?とタケシの驚きの声も聞こえたがそこはもう気にしないで欲しい。

アルセウスが一口飲んだ酒が盃へと注がれる。

和装なら一応な、と笑ったカズキから杯を受け取ったミロカロスが首を傾げる。

新郎新婦、そして、両親であるイツキとカナコにも手渡されたお神酒。

 

「三口で飲むやつな」

 

とカズキに言われたミロカロスは笑顔で頷いた。

いや、やめておいた方が良いのでは?と思いつつも儀式は儀式。特に口には出さずに揃って杯に口を付けた。

 

「ぅっ、げぇええ!!!」

 

不味い!と杯を叩き付けたミロカロス。

カズキが「おおおおい!!!」と声を張り上げる。

 

「こんなの飲めるかー!」

「えええええ!?お神酒くらい頑張って飲めよ!オレだって嫌いなのに!酒!」

 

はいはい、残ったお神酒はみんなで飲みましょうね~とサーナイトが皆に注いで回る。

 

「ご利益ありますわよ~」

「なんで、シンヤさんに拝んだのかがよく分からなかったんだけど…」

「おいおい、ヒロキヨちゃんよォ…。シンヤさんマジ神、超リスペクト!って事だろ」

「そんなんで良いのか!?っていうか、シンヤさん双子じゃなかった!?」

「カズキも双子だぜ?」

「あ、双子が生まれやすい家系なのか」

 

しーらね、とお神酒を飲みほしたエイゴ。

 

「あー、長生き出来そー」

「そういうものじゃなくない?」

 

知らねぇ、で通して特に何も語らないエイゴの肩を揺するヒロキヨ。

勘の鋭いエイゴは聞かずとも何となく察しているのかもしれない。

そして、リザードンの持つ籠に乗って運ばれてきたヒナリが「ギリギリセーフ」とその場で泣き崩れた。

 

「シンヤさんの紋付き袴が拝めただけで、もう死んでも良い…!ありがとう、神様…!残業無くてマジ良かった…!」

「良かったね~、リザードンくん、ぜぇぜぇ言ってるけど」

「限界を超えさせました」

「可哀想に…」

「シンヤさぁぁあん!!マジ素敵ぃいいい!!!」

「あ、ありがとう…」

 

*



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98

「この前、サナさん達が結婚式したってどうして言ってくれなかったんですかー!」

 

キャベツ両手にそんな事を言われた私は小さく頷いた。

 

「身重のモモにはツライだろ?」

「ゔ」

 

もう大きくなって来たな、と言えばリンは照れたように笑った。

いわゆる、授かり婚であったモモのお腹はもう随分と大きくなっている。遠出をするのはなかなか大変だろう、とあえて誘わなかった。

 

「あれ?そういえば、シンヤさん、お一人で買い物って珍しいですね?」

「そうだろ!実は目当てはお前だ!」

 

びしり、と自分の胸に指を突き刺されたリンがビクリと体を揺らす。

 

「私がちょくちょく、モモの様子を見に行ってるのは知ってるだろ?」

「はい」

「実は私は助産師の資格を取ったんだ!免許有りだ!」

「はぁ!?シンヤさん、何でもやり過ぎじゃないですかそれ!?」

 

実はこっそり産科に通うモモに付き添って勉強していた私。我ながらとても真面目だ。

そして、本題はこの自慢じゃない。

 

「モモのお産に立ち会い、赤ん坊を取り上げさせて欲しい」

「マジですか!!」

 

マジです。

というか、助産師の資格を取るのは簡単じゃなかった。どんなに医療知識も看護知識もあれど、助産師はそもそも女性にしか取れない資格。いや、男性で助産行為は医師免許があれば可能ではあるが個人では出来ない。必ず女性の助産師が一緒でないと駄目らしい。

取れるってなったら簡単だったけど、取れるに至るまでの説得に苦労した…。本当に…。

ポケモンの出産というものがそもそも解明されていない状態で、ポケモンが人間の姿になって赤ん坊を産むかもしれないから助産師の資格が欲しいなんて説明が出来なかった。

 

ポケモン研究に努める博士達からの評価に各地方のジョーイ達の評価、そして、緊急時に立ち会う可能性とその場で出来る対応力を各地方のジュンサー達が高く評価してくれた結果、総じてシンヤという人間が有名であり、この男は例外ではあるが認めても良いのでは?と国から許可を得るまでが大変だった。

ありとあらゆる根回しをしてやった。顔広くて良かったと思ったのなんて初めてだ。

そういうわけで、練習じゃないけど本番に立ち会いたい私は夫であるリンに相談を持ち掛けたわけだ。

 

「えー…、いや、おれはシンヤさんに我が子を一番に抱いてもらえるっていうのはめちゃくちゃ光栄では、あると思うんですけど…。

その、お産ってやっぱり女性が、あの姿で色々と男性に見られると恥ずかしいとこもありますし、モモが良いって言うなら…」

「モモからはもう許可は貰ってるんだ。何故か凄く喜ばれた。助産師としてまだ初心者なのに…」

「あ、モモが良いなら全然オッケーです。むしろ大歓迎です!」

 

あっさり許可貰えた…。

助産行為をする際に立ち会うのがサナとミミローとツーで、全員オスで、自宅出産になるのは構わないか、と聞けば。自宅出産、めちゃくちゃ嬉しいです!とまで言われた。

楽勝か、お前は。

 

「いやぁ!凄い嬉しいですよ!あ、生まれて来た子にシンヤって名前付けて良いですかね!?」

「それは嫌だな…」

 

世界滅亡まで名乗るから気まずい。

 

「なら、名付け親になって下さいよ!」

「じゃあ、イチゴで」

「早っ!?え!?決めるの早くないですか!?」

「リンをリンゴと仮定して、そのリンとモモの子供だから、イチゴ」

 

えぇー!?男か女かもまだ分からないのに!と文句を言うリン。

じゃあ、自分で考えなさい。と言えば口を尖らせていた。

 

「イチゴって女の子の名前じゃないですか…、…あれ、でも発音変えたら、男の子でもいけるか…ケイゴとかユウゴなんて奴も居るし…」

 

あれ、いけるな!?と何故かキャベツ両手にブツブツ言っているリン。

 

「とりあえず、買い物にも来たから、キャベツくれ。その二つ」

「あ、まいど」

 

*

 

「今日は、ロールキャベツ~♪」

 

ちょっとご機嫌だったのでご機嫌に歌を歌っていたら通り掛かりのジュンサーさんにめちゃくちゃ笑われた。

 

「シンヤさんが歌ってるとか…っ!」

 

酷い。私だって、歌ぐらい歌う。

ポケモンセンターの出入り口まで行くので途中まで道が一緒らしいジュンサーさんが自転車から降りて私の横に並んで歩く。

 

「でも、なんかシンヤさん、本当に明るくなりましたよね~」

「そうか?」

「昔はもっと近寄りがたい雰囲気がありましたけど、今はこんなに身近に感じます。空気みたいな!」

「存在が無いと言われてる気がした…凄く…」

「良い意味!良い意味で!」

 

空気みたいとか言われて、良い意味で取る奴が何処に居るんだ…。

本当に良い意味でー!と焦るジュンサーさんにはいはいと頷いておく。

 

「最近はあんまり雑誌とかに取り上げられるのも減って来ましたし、ニュースにも話題の人って出るの減って来ましたし、あー、こんな人も近所に住んでたっけなーって感じがします!」

「いや、やっぱり貶しに来てるよな?悪意しか感じないんだが…」

「良い意味で!それだけ身近に感じてるって事!今まではもう遠い遠い高みの存在で、話し掛けるのもおこがましい…!って感じだったので」

「ふーん…」

「怒ってます!?」

 

焦るジュンサーさんに怒ってないと言って笑えば、そういう所!と指摘された。

 

「笑い方が優しくなりましたね!」

「そうか?」

「昔のシンヤさんは高みに居て輝いてて本当に凄くて憧れてましたけど、今のシンヤさんの方が私はずっと好きですよ!」

「そうか」

 

そうしてだんだんと身近に感じてもらって、だんだんと忘れられていけば良いな。と思った。

何処を歩いても声を掛けられなくなるくらいに…。

 

「そういえば、シンヤさん、なんで片目赤いんですか?」

「寝不足で充血が酷くてな」

「あらら…冗談も言えるようになったんですね…」

 

まあ、良いですよ。と笑ってジュンサーさんとは別れた。

ああ…キャベツ重いなぁと思いつつポケモンセンターへの道を歩いて行けば、視界の端に綿毛。

メリープ?モココ?ワタッコ?

覗き込めば、見たことのない奴だった…。

 

「エル~…」

「腹減った?お前、何処から来たんだ?」

 

あっちの方、と小さい手で指差した先は空しか見えない。

お腹空いたな~と寝そべるソイツを触ってみたら、もっふもふだった。すばらしいモコモコ。

なんか何処かの地方図鑑で見た気がするけど、特に興味が無くてしっかり見てなかったなぁと思いながらも常備のポケモンフードとおやつを与える。

 

「エルー!」

 

やたら可愛いな、コイツ。と眺めていれば満腹になったのかお礼に綿をくれた。

要らん。と思ったが、種付きの綿だったので育てば良い綿素材になるのかもしれない。クッションとか良いかもしれない。

目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねるモコモコのソイツは自然の風でふわりと飛んで遠くへと飛んで行ってしまった。

ああやって、遠くから来たのだろうか…。

可愛かったなぁと見送ってから、再びキャベツの入った袋を持って歩く。

余生はアイツみたいに気ままに色んな地方へ行くのも良いかもしれない。

何処へ行っても、家は反転世界、ギラティナが迎えに来てくれるのだから…。

 

「あ、しまった。普通にアイツに種族名聞けば良かった…」

 

………、まあ、良いか。

どうせ、時間はいくらでもあるんだから。

 

*

 

「ただいま」と帰って来たシンヤはキャベツを二個も持って帰って来た。

今日の晩ご飯に使うのか、と聞けばロールキャベツだと返される。

 

「ああ、ミロにお土産だ」

「なになに!?」

「綿」

「…」

 

なんだこれ。と思わず言いそうになったけどシンヤからのお土産だから何も言わない。

 

「そこに種が付いてるだろ?」

「ん?あ、ホントだ!」

「庭にでも植えておいてくれ」

「おお~!分かった!任せて!」

 

俺様がちゃんと育てる!と言えば、シンヤは嬉しそうに笑った。

どんな事でもシンヤにお願いされるって嬉しい、だって、とっても必要とされてる気がするから。

 

「じゃあ、植えるのは後でも良いから。とりあえず…」

「とりあえず?」

「ロールするぞ…!」

「巻き巻きな…!」

 

ロールキャベツの巻き巻きはなかなかめんどくさい。

でも、その分、凄く美味しいから俺様は大好きだ。

 

*



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99

「ミロ、お前…何やってんの?」

「綿、植えてる」

「聞いても分からなかった…寝よう…」

 

ぐう、と突っ伏して寝るギラティナ。

せっせと庭に種付き綿を植えているミロカロスを見てからシンヤも小さく欠伸をした。

図鑑を見てたら眠くなって来た、うとうととしだした所で紙袋両手にヤマトがやって来た。

 

「ただいま!お土産にシュークリーム買って来たよ!」

「そうか…おかえり…」

「チョコシューだよ!」

 

だから、なんだ。とシンヤが目を細める。

めちゃくちゃ人気店のチョコシューだよ!と更に念を押してくる。別に食べたくない、それで喜ぶのなんてブラッキーくらいだ。

人気店とか限定とか好きだからな…。

 

「みんなで食べてね」

「ああ…ふわぁぁ…」

「眠そうだね」

「ああ、ちょっと図鑑見てたら眠くなって来た」

「なんで今更、図鑑?」

「昨日、この地方に居ない可愛いポケモンと会ってな。なんてポケモンか聞きそびれたから探してるんだ」

「可愛いってどれくらい可愛い!?」

「めちゃくちゃ可愛い、もっこもこ」

 

えええええ!!!と叫ぶヤマト。相変わらず可愛いポケモンが好きだな。

 

「メリープとかワタッコじゃないの?」

「違うなぁ、メリープみたいに角っぽいのはあったな。緑色で…、風に飛ばされて行ったし、草タイプっぽい気はするんだが…」

「緑色の角っぽいのがあって、もっこもこ?もしかして、体は茶色系?」

「ああ!茶色だった!」

「エルフーンじゃない!?僕、イッシュ地方で見たよ!めちゃくちゃ可愛かった!」

「イッシュ地方の図鑑か!じゃあ、これじゃないな…」

 

見てた図鑑には載ってないな、と本を閉じたシンヤ。

イッシュ地方から飛んでくるエルフーン、どんだけ自由なの!?とヤマトが驚いていた。確かに遠すぎる距離だ。よく生きて飛んできたなアイツ。

 

「まあ、誰かが連れて来た可能性もあるしな」

「あー…それもそうだね」

「「密猟者とか…」」

 

嫌な想像が被った。と二人揃って顔を逸らしたシンヤとヤマト。

とりあえず、イッシュの図鑑取って来ると座布団から立ったシンヤ。じゃあ僕はシュークリームを冷蔵庫に入れるね、とキッチンへ向かうヤマト。

綿を埋め終わったミロカロスが一部だけ盛り上がった土にジョウロで水をやった。

 

「大きくなーれ、大きくなーれ♪」

「え…?それ、でかくなんの…?」

「知らない」

「……」

 

*

 

図鑑を広げて、シンヤの出会ったポケモンがエルフーンである事が確定した。

エルフーンを枕にして寝たい。と言ったシンヤにヤマトが深く頷き同意する。

 

「あ、僕、約束あるんだった。もう行かないと!」

「へえ」

「うん、アグノムと遊びに行く約束しててさ」

「アグノム…?」

「最新のトレンドが知りたいから本屋に雑誌でも買いに行こうか~って話になってね」

 

あはは、と笑ったヤマトにシンヤは苦笑いを返す。

 

「トレンドとか気にするのか」

「長く生きてると時代に疎くなるんだってさ」

「なるほど…」

「最近、ミッションにも協力してくれるから僕もアグノムに協力してあげないとね~」

「ふーん」

 

じゃあね、と手を振って出て行ったヤマトに手を振り返す。

出て行った後に、ブラッキーは?と思ったが自分が口を出すことでもないかと図鑑を閉じた。

それに、ブラッキーの好きそうな物ばかりお土産に買って来る時点で大丈夫だろう、と思いつつシンヤは欠伸をした。

 

*

 

結婚後、ジョーイと生活を始めたサーナイト不在。

ジョウト地方へ弟子の教育に行っているミミロップ不在。

カフェで働くサマヨールとチルタリスは遅くまで仕事で不在。

育て屋の閉店作業中であろうトゲキッスも不在。

コンテスト修行の為、ノリコに同行しているエーフィも不在。

 

黙々と食事をするシンヤとテレビに夢中のミロカロスとミュウツー。

がつがつ、と食事を頬張るギラティナを見て、ブラッキーが溜息を吐いた。

 

「めっちゃ静か…」

「(もぐもぐ)…んだよ、急に」

「いつも何かしらあった事を報告してくれるサナが出て行ってさー、気遣って話しかけてくれるチルとキッスも居なかったら、静か過ぎると思って…」

 

誰か、何かあった事、喋って、会話プリーズ。と盛り上がりを求めるブラッキー。

そんなブラッキーにミロカロスが笑顔で言った。

 

「今日、綿、植えたよ!」

「植えてたな~」

「なんかそういえば盛り上がってる土の塊があったな…」

「いや、意味不明だわ…それ…」

 

黙々と食事をしていたシンヤがスプーンを置く。

 

「実は昨日な、スーパーの帰り道に見た事の無いポケモンと会ったんだ」

「おお!そういうの!そういうの!」

「もこもこで可愛いポケモンでな、腹を空かせて倒れてたから、ポケモンフードやらを与えて満腹にしてやったらお礼に種付きの綿を貰ったんだ。それが今日、ミロが植えた綿だ」

「へー!そのもこもこで可愛いポケモンってなんなの?」

「最初、自分で調べてたんだが見当たらなくてな…、丁度お土産を持って来たヤマトに話したらイッシュ地方のエルフーンというポケモンだと分かった」

 

ふーん。と相槌を打つミュウツーとギラティナ。

エルフーンの情報よりも気になったお土産にブラッキーが食い付く。

 

「お土産?」

「ああ、なんか人気店のチョコシューだとか言ってたぞ」

「あああああ!!マジでかあああ!!!あの食べたかったやつかな!?」

「知らん。見てみれば良いだろ」

 

キッチンまで走って、バコーンと激しく冷蔵庫を開けたブラッキーが「うおおおおお!!やったぁあああ!!!」と声をあげている。食べたかったやつだったらしい。

そんな事はどうでも良いミュウツーが、そういえばと話を切り出す。

 

「助産行為の許可は貰えたのか?」

「ん?ああ、貰ったぞ」

「本当か!やったな!」

 

それは楽しみ!とミュウツーが目を輝かせる。

その楽しみは理解出来ん、とギラティナが再び料理を口に運ぶ。

 

「モモの出産予定日までにはミミローに帰って来てもらわないとな」

「まあ、ミミローだけならオレがすぐ繋げるから帰って来れるだろ」

「タケシも通してやれば良いだろ」

「いや、アイツ、サトシとかの知り合いじゃん…。ちょっと気まずいからヤダ…」

 

若干、顔見知りだしよぉと顔を歪めたギラティナ。

あの時を思い出すと…と落ち込みだしたギラティナを慌てて止める。

 

「もういい!思い出すな!」

「でも…」

 

この話はギラティナのトラウマスイッチなのですぐに話題を変えないとまずい。

どうしよう、と慌てているとキッチンから戻って来たブラッキーが箱片手に笑顔だ。

 

「チョコシュー食べようぜ!!!」

「よし、食べよう。すぐ食べよう」

「シンヤ、珍しくノリノリじゃーん!これめちゃくちゃ人気の店のやつでさー」

 

うんうん、と見事に話題が変わってくれた事にほっとしてシュークリームを口に入れた所でトゲキッスとサマヨールとチルタリスの残業組が帰って来た。

 

「ただいまです」

「戻りました…」

「ご主人様がデザートを召し上がってるの珍しいですね!」

 

本当だ、とトゲキッスに笑われたが、チョコシューは美味しかった。

 

*



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100

「シンヤ、オレの相談に乗って下さい…」

「ど、どうした…!?」

 

珍しく落ち込んだ様子のブラッキーに相談を持ち掛けられたシンヤは分かりやすく動揺した。

以前の眠れぬ時間を思い出すから軽めの相談でお願いしたいんだが…!と思いつつドキドキとブラッキーの言葉を待つ。

 

「ヤマトがさ…」

 

やっぱり、ヤマトか…!

 

「アグノムばっかり構うんだ…」

「……そ、…ん?」

 

そうか、と言いそうになった言葉を飲みこんだシンヤは首を傾げた。

 

「マジで!最近知ったんだけど、ヤマトって住んでる家とか借りてる部屋無いよな!」

「ああ…、アイツは無いな…。私と兄弟みたいな感じで育ったくらいだし…」

 

明るい奴だが物心付く前から両親の居ない天涯孤独の身だ。私の記憶にもヤマトの出生、親の存在は無い。ポケモンセンターで寝泊まりしてたり、うちの実家で一緒に過ごしてた記憶があるくらいだ。

10歳になる頃にはポケモンレンジャーになるべく寮生活だったし。ポケモンレンジャーの本部で寝泊まりも出来るとか言ってた。

 

「ユキコが育て屋で働いてるだろ!?」

「うん…」

「じゃあ、アイツ手持ち居ないじゃん!?」

「う、うん…」

「オレを誘う率とアグノム誘う率比べたら、明らかにアグノム率が高すぎるんだよ…!!!」

「アグノムから会いに行ってるんだろ…?ヤマトにアグノムを見付ける能力は無いから…」

 

むうう、と口をへの字にしたブラッキーが眉間に皺を寄せる。

 

「でも、オレには会いに来れると思わない…?思うよな…?」

「そ、そうだな…。出入り自由だからな…」

 

え、これ、私、今、くろいまなざし掛けられてないか…!?

明らかに不機嫌なブラッキーが眉間に皺を寄せたまま、私を睨みつけて来る。いや、見てるだけかもしれないが、目付きが本気でこわい。

 

「ぶっちゃけて良い?」

 

え゙、これ以上!?

 

「…良い?」

「ど、どうぞ…」

「一回しかセックスしてねぇし、キスもオレからだけで、片手の指で数えられるくらいしかしてない…!」

「……、」

 

そんな事ぶっちゃけられてもなぁあああ!!!

なんて答えたら良いのか迷っていたら、ブラッキーの目からぼろぼろと涙が溢れ零れる。

 

「オレのこと、やっぱ、り、好きじゃないって、こと、だよなぁ…?」

「いやいやっ、そんな事は無いだろ!?」

「でもっ、ぜんぜん、誘ってくれない、じゃんっ…!」

「ええ!?それは、お互いに予定もあるし…」

 

うううう、と本格的に泣きだしたブラッキーの肩を慌てて掴む。

 

「わ、わかった!私が聞いてきてやるからっ!泣くな!」

「うううううっ…!」

「な!?」

「ゔん…っ」

 

*

 

なんで人の恋愛事情に首を突っ込むはめに…という気持ちはあれど、可愛い手持ちの為。

ギラティナに特定させたヤマトの居場所に行けば、アグノムを背中に乗せて雑誌を読むヤマト。

 

「……」

< シンヤだ! >

「え!?うわ!ホントだ!?どうしたの急に!?」

 

何かあったの!?と不安げな表情を浮かべるヤマトにとりあえず座れ、と言うと素直に正座した。

 

「今日は大事な話があって来た」

「ぅ、うん…っ」

「ヤマト、お前…、ブラッキーとアグノム、どっちが好きだ」

「ぅ…ん?何?」

 

真剣な表情だったヤマトの顔が間抜け面に変わる。

まあ、気持ちは分かるけど。

 

「ブラッキーとアグノム、どっちが好きだ」

「どっちも好きだよ?」

< 我もヤマト好きー >

「お前、ブラッキー…いや、ツキと恋人同士って自覚はあるのか?」

「い、一応…、至らなくてよく怒られてますが…」

< 怒られてるとかダセェぞヤマトー >

 

アグノムの言葉にすみません…とヤマトがしょんぼりしながら謝った。

一応、自覚はあったらしいヤマトに、否、親友にこんな事を言いたくはないが。っていうか、誰にも言いたくないが…!

 

「愛を確かめ合う行為はした方が良いぞ…」

「………え゙!?」

「こんな事、私に言わせるな!!!」

「きゅ、急に何!?」

「ツキに泣き付かれたんだ…っ」

「…………ご、ごめん…」

 

シンヤが深く溜息を吐けば、ヤマトは気まずそうに視線を逸らした。

 

「で、でもさ…」

「なんだ」

「僕、そういう気持ちが分からなくて…」

「……」

< ヤマト… >

「ツキくんの事は好きだけど、やっぱり同性同士で…そのツキくん側に負担が多くなっちゃうものだし。そもそも、仕事してポケモンと触れ合って、大切な人に囲まれてる今が凄く幸せで、

そういう行為は繁殖するのに必要不可欠であるとは思ってるから気になる女の子とか居た時は想像とか勿論してたんだけど、今の僕は、特にしたいとか思わないんだよ、ね…」

< …… >

「……」

 

これって、変、かな?と眉を下げて首を傾げたヤマト。

思わずアグノムと顔を見合わせてしまった…。

 

< 我は繁殖出来ない個体だけど、する、ぞ? >

 

アグノム、お前ぶっちゃけたな!?凄いなコイツ!!

 

「え…そうなの?なんで?」

< なんで!? >

 

え、なんでって…?とアグノムからの視線に私は小さく首を横に振る。そんな事、振られても困る…!

 

「そもそも、アグノムは誰とするの?」

 

お前もよく聞いたな!?そんなこと!?

コテンと首を傾げながら純粋な目でアグノムを見つめるヤマト。見つめられたアグノムは大きな目を泳がせながら、言うべきかどうか悩んでいる様子。

 

< それはヤマトが、本気で知りたいのか…? >

「……うーん、いや、別に本気で知りたいわけじゃないかな」

 

私が気になるだろうがっ!!!そこは聞けよ!!!

伝説のポケモンだぞ!!と心の中で怒鳴るシンヤの気持ちなんて知る由も無いヤマトは、変な事聞いてごめんね、と笑った。

 

< まあ、でも、すると気持ち良いからしたい時はするって事だ!我も長く生きる一個体だからな! >

「え?気持ち良いって、それは男側の感想?女側の感想?」

< ……… >

 

ガンガン行くな…!!!

知りたいけど、知りたくない!と頭を抱えるシンヤを余所にアグノムは小さな口を大きく開いた。

 

< 女側だ! >

「思い切り過ぎだぁあああ!!!」

< だって、ヤマトが聞くから! >

「じゃあ、相手は誰だ…!」

< シンヤには言わない…っ >

 

くっそ!コイツ!くっそぅ!!

今日、気になって眠れない可能性が出てきた。と怒りに震えるシンヤ。

怒りに震えるシンヤを余所に、そうなんだ…気持ち良いものなんだ…とヤマトは小さく頷いた。

 

< まあ、下手な奴にやられる程、不快なものは無いけどな >

「ぅわ…自信無くなった…、僕、もう無理だ…」

「なんで最後で心折った!?」

< 我は嘘は吐かない! >

 

えっへん、と胸を張ったアグノムを睨み付けるシンヤ。

どうすれば…と迷うヤマトは「あ」と思い付いた様に言った。

 

「シンヤは上手?」

「…なっ!?バカかお前は!!」

「いや、アグノムは女側でもシンヤは男側でしょ?参考にしたいし…。他に誰に聞けば良いの?」

 

次はお前の番だ。と言わんばかりにアグノムに視線を送られてシンヤは頭を抱える。

 

「わ、私は……、」

 

*

 

シンヤに変な事を感情のままに相談してしまいました。と懺悔のようにトゲキッスに経緯を報告したブラッキーにトゲキッスはどうしたものかと辺りを見渡した。

庭にはギラティナとミュウツーが居るけど、これって二人に相談しても良いものなのか…と慌てるトゲキッスを見て、ブラッキーがごめんなと呟いた。

 

「こんな事、言うことじゃないのは分かってるんだけどさ…。

シンヤにあんな事言って困らせちゃったの黙ってられなくて…でも、シンヤを困らせた事で責められるのが怖くて…一番、怒らなさそうなキッスに言っちまった…」

 

さすがのキッスでも怒るよな。と落ち込むブラッキーにトゲキッスは首を横に振る。

 

「怒らないですよ。それにシンヤだって、…確かに、内容には困惑したかもしれないですけど、ツキさんの為にヤマトさんの所に行ってくれたんでしょう?」

 

小さく頷いたブラッキーの背をトゲキッスが優しく撫でる。

 

「大丈夫です、大丈夫」

「…っ、」

「誰もツキさんを責めたりなんかしませんから」

 

泣くのを我慢しているブラッキーを抱きしめて、優しく背を撫でる。

大丈夫、大丈夫…、優しい声で囁かれてブラッキーの目からは涙が零れ落ちた。

 

「それにね…、俺はちゃんと恋とかはした事がないですけど、俺は種族的に相手の気持ちが分かるので、ヤマトさんの気持ちも分かりますよ…」

「…どんな、気持ち?」

「とっても幸せです。大切な人達がたくさん居て、毎日とっても幸せなんです。

ツキさんの傍にいる時も、離れている時もヤマトさんはいっぱいツキさんの事を考えてます。ちょっと的外れでツキさんを怒らせてしょんぼりしてる事が多いですけど…。

ヤマトさんはとーっても優しい人でしょう?

だから、いっぱい考えちゃうんだと思います。だって、男の子同士じゃないですか。どうしたら気持ちが伝わるのかな、ってお互いが想いあっててすれ違ってるだけです。

今日まで…どんなに的外れだったとしても、ヤマトさんが、ツキさんの事を考えてくれなかった事がありましたか?」

 

トゲキッスの言葉にブラッキーの頭の中、心の中でじわじわと広がっていくなにか…。

真っ黒で臆病で優しさに甘えた悪い自分を抱きしめて笑いかけてくれたヤマトはずっと優しかった。

あの罪深い夜を過ごした次の日、いつも通りに会いに来てくれたあの朝、あの時は気付かなかった言葉はきっとシンヤの事じゃなかった…。

 

「待ってても良い?」

「え、ああ、うん」

「じゃあ、待ってるよ」

 

ずっとずっと、優しかった。

シンヤが大好きで忘れられないオレを、

ずっとずっとずっと、待っててくれてた…。

 

 

「無かったよ…ッ!!一度だって…!!」

 

 

寂しさや辛さを代わりにして埋めようとしてたオレは一度だって…。

 

一度だって…!

 

 

ヤマトにっ、好き、って言えてない…っ!!

 

 

 

*

 

「わ、私は……、上手、ではないと思う…。

実際、ミロが…その、気持ち良いだとかは分からないし…。

なんで、するのかって言われると…自分勝手な独占欲みたいなものなのかもしれない…。

今、この時しか触れていられないんだな。と思うと色々としたくなるんだ…、って、

あああ!なんでこんな事を言わされなきゃいけないんだ!

好きで愛してるなら、もうあれだ!

声とか表情とか独り占めしたくなるだろ!それ!

下手とか上手とかは知らん!こっちもいっぱいいっぱいになるからな!してる時は可愛いです!以上!」

 

うわあああ、と自己嫌悪に襲われているシンヤを見てヤマトが笑う。

 

「そうだよね、そういうものだよね」

「…?あ、ああ」

 

そうなんだよ、同性同士なんて結局、自分勝手な独占欲。

そこに何も生まれて来る事もなくて、ただただお互いを求め合うだけ。

だからこそ、したいと思わないのかな。

いや、したいけど、勇気が出ないって言うのが本当の気持ちかな。

相手の考えてる事が分からないんだ。

何をして欲しいとか、全然、察してあげられないんだ。

 

でも、唯一、ハッキリ察してしまった。

ツキくんは「シンヤが一番大好き」だって…。

愛を確かめ合う行為を求めてる、って本当なのかな。と疑う自分が居て。

今のこの状態が幸せで大切でたまらないのに、

言われるがまま、誘われるがまま、自分の本能のままに腕に閉じ込めてしまった時に、

次も、

僕の名前を呼んでくれなかったら?

 

あの夜の体温と、

歪められたあの表情と、

切なく、艶やかに、喘ぎ囁かれた名前の響き…、

 

二度目を聞いてしまうのが、

怖くてたまらない…。

 

掴まれる手も、

見つめる瞳も、

触れた唇さえも、

僕はいつまでも代わりなのでは、と。

だって、

確かな言葉は貰えてないんだから…。

 

 

「……」

< ヤマトー? >

「どうした?」

「ううん、ごめんね。

なんでもないよ、ありがとう」

 

*



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101

通話画面の向こうで少し目を腫らした片割れの姿を見た時にエーフィは、同じような胸の痛みを感じていた。

 

「フィー、オレも一歩進もうと思う」

<「……はぁ、とうとう決めてしまったんですね…」>

「ごめんな、変わるの期待してくれてたけど。やっぱり…」

<「良いですよ、言わなくても分かります。そうなることも分かってましたよ、双子なんですから私達は」>

 

ただ、少しだけ寂しいだけ、それだけの事です。とツーンとそっぽを向いたエーフィにブラッキーが苦笑いを浮かべる。

少ししょんぼりした様子のブラッキーを見て、エーフィが小さく溜息を吐いた。

 

<「良いんですよ。ツキが幸せなら、私も幸せですから」>

「フィー…」

<「寂しいですけど、望んでましたよ。本当に心から…」>

 

涙目で笑ったエーフィを見て、

ブラッキーの目から涙が零れ落ちる。

 

<「素直になれない所がそっくりなのも、私達が双子な証拠です…」>

「オレ達、結局、シンヤの傍から離れちゃうな…」

<「そうですね……。でも、シンヤさんも言ってくれると思いますよ?」>

「ははっ、分かるよ」

 

お互いに涙を目に浮かべて笑ったエーフィとブラッキー。

大好きで大好きでたまらない主人の言葉はきっと、そう…。

 

 

<「「お前達が幸せなら、私も幸せだ」」>

 

 

揃った言葉に二人で笑った。

そう、誰よりも知っている。愛すべき主人の気持ちなんて、自分達が知らないはずがないのだ。

 

「オレは、ヤマトの所に行くよ」

<「私は、ノリコの所へ行きます」>

 

通話画面にお互いの手の平を合わせて笑った。

次、直接会えたら、どっちの方が幸せ体験したか自慢な。と笑ったブラッキーに上等ですとエーフィが笑った。

 

「じゃあ、またな」

<「ええ、また」>

 

*

 

反転世界を眺めるシンヤの隣にミロカロスが座った。

こてん、とシンヤの肩に頭を置いたミロカロスがくすんと鼻を啜る。

 

「俺様、寂しい…」

「んー…そうだな」

「ツキもフィーも帰って来てくれないなんて」

「昔は、お前、自分だけで良いだろ!って喚いてた癖に…」

「それは、そうだけど…」

「ああ、そこは今でも思ってる、と…」

「うん」

 

お前は変わらないな、とシンヤが笑うとミロカロスもくすりと笑った。

エーフィはノリコと再びコンテストの舞台に立つ道を選んだ、ブラッキーはユキメノコに変わりヤマトのパートナーとして生きる事を選んだ。

元々、シンヤが望んでいた事だ。

手持ち達が各々に幸せを掴み、自分から離れて行く事を…。

 

「嬉しい事だけど、やっぱり少し寂しいもんだな」

「寂しいね…」

「……」

「……」

 

ぼんやりと反転世界を眺める二人をギラティナとミュウツーが覗き込む。

 

「何やってんだ?」

「お前達なぁ…、夫婦が感傷に浸ってる所に割って入るなんて…」

「そんな事より、シンヤ!説得してくれ!」

「何を」

 

ぷんぷんと怒るミュウツー。勿論、大して表情は変わっていないが。

 

「私はシロガネ山の最強のポケモントレーナーに会いたいんだ!」

「会いに行けば良いじゃないか…」

「ギラティナが繋げてくれないんだ…!」

「繋げてやれよ」

「シンヤの頼みでも嫌だよ!あそこは猛吹雪で寒いし暗いし崖も脆くて崩れやすい危険な場所なんだよ」

「そうなのか。じゃあ、ツーが諦めなさい」

「嫌だっ!!」

 

会えるまで行く、と怒るミュウツー。

行っても会えねぇよ!と怒るギラティナ。

そんな二人にミロカロスが一言。

 

「じゃんけんで決めれば?」

「「……」」

 

名案だな。

そう思ったものの、まさか会えるまでじゃんけんで行くか行かないかを続けるとはさすがのシンヤでも予想出来なかった。

二人の戦いは続く。

 

*

 

そして、子供が生まれるまで十月十日というがそれよりも早くモモの陣痛が始まった。

定期的にチェックしていただけあって、シンヤの予想していた予定日内であり、ミミロップもサーナイトもミュウツーも準備は万端。

リンとポチちゃんとタモツがハラハラソワソワと待つが、陣痛が始まってすぐに産まれて来るわけじゃない。

 

「ま、まだモモは産む体勢にならなくて良いんですか?」

「ああ、陣痛の間隔が短くなってきてから、子宮口が開くのを待つ。初産だから時間が掛かるかもな」

「えぇ~…、モモ、長くなるって…大丈夫?」

「ええ、平気。今は痛くないもの」

 

15分間隔の陣痛が、10分になり、5分になり、とだんだんと陣痛が起こる間隔が短くなって来る。

モモの子宮口はまだ開ききってるとは言えない状態。

苦しむモモの手をリンが握り締める。

間隔が短くなればなるほど苦しむモモ。

子宮口が開ききってもまだまだここから…、

 

「モモ、力を抜け、リラックスだ。ちゃんと呼吸して、意識をしっかりな!」

「モモさん、頑張って下さいまし!」

「よし、子宮口全開、はいっ!モモ!いきんでー!」

「んあああああっー!!!」

「よし、深呼吸!」

「ひっひっふー、ですわよ!」

「モモ、ひっひっふー!頑張れ頑張れモモ!」

格闘すること10時間弱、平均的な体重より小さい女の子が無事、元気に産まれた。

 

「うわぁぁぁああん!!!モモー!!!良く頑張ったよぉおお!!!ありがとうー!!!」

「はぁ、イチゴちゃんも頑張ったの…」

「イチゴもありがとうっ!」

 

え、結局、名前、イチゴにしたのか。

 

*

 

「ヤマトー!モモちゃんとリンの所の子、産まれたってー!」

 

ポケモンセンターの前で待っていたヤマトに駆け寄って来るブラッキーにヤマトは「おお!」と目を見開く。

女の子だって言ってたよ、と笑ったブラッキーにヤマトも微笑み返す。

 

「それはもう絶対に可愛いね!」

「イチゴちゃんだってさ~」

 

名前まで可愛いなぁと自分の事のように嬉しそうなヤマト。

そんなヤマトを見てブラッキーはニコリと笑った。

 

「そんで、話があるから待っててもらったわけだけどさ」

「あ、うん、何かな?」

 

内心、ドキドキ。

僕はまた何かしてしまったのか、と笑顔を保ちつつもヤマトはブラッキーの言葉を待った。

 

「オレをヤマトの手持ちにして欲しいんだ」

「………はぃ?」

「え?聞こえなかった?だから、オーレーをーヤーマートーのー」

「いやいや!聞こえてたよ!聞こえてたからびっくりしてるんだよ!だ、だって、シンヤは?」

「シンヤは良いって」

 

ええ?と混乱した様子のヤマトを見てブラッキーはニマニマと笑う。

 

「ほら、ユキコが結婚してもう手持ち居ないじゃん?」

「う、うん」

「キャプチャー下手なヤマトが心配だからさー」

「ええ~…」

「なんだよ!オレじゃ不満かよ!」

「と、とんでもない!凄く嬉しいよ!!」

 

ぶんぶんと首を横に振るヤマトに、じゃあ良いよな?とブラッキーはニヤリと笑った。

はい、ボール。と手渡されたブラッキーのボール。

まさかポケモン本人からボールを手渡されるなんて…と思いつつ、ヤマトはボールをまじまじと見つめてからブラッキーに視線を戻した。

 

「本当に、良いの…?」

「うん」

「僕とずっと一緒に居るって事、だよ?」

「うん」

「シンヤのポケモンじゃなくなるのに、本当に良いの?」

「だから、良いって言ってんじゃん!」

 

怒るブラッキーに、ごめん、と謝るヤマト。

ぽりぽりと頬を掻いたブラッキーがヤマトをチラリと見つめる。

 

「これからはオレもポケモンレンジャーだな」

「そうだね」

「ヤマトのポケモンなんだし、何処に行くのにもちゃんと連れて行けよな!」

「う、うん」

「迷子探しもろくに出来ねぇんだから、オレが協力してやらないとだからな」

「わぁ…返す言葉も無いです…」

 

うん、と頷いたブラッキーに申し訳なさそうに眉を下げるヤマト。

もごもご、と口籠るブラッキー、本当に心から申し訳ないなぁと思っているヤマトが気付くはずもない。

 

「ま、まあ、オレ、ヤマトのこと好きだから!協力は惜しまねぇよ!」

「ありがとう!頼もしいよ!」

 

精一杯、伝えているブラッキーの気持ちなど…。

 

「ツキくんと一緒にミッションに行くと楽しいから、好きなんだよね~」

「…ッ!?」

「ポケモン達といっぱい触れ合えるしね!」

「……」

 

そして、

有能なパートナーに恵まれたヤマトのミッション達成率は大幅にアップ。

優秀なポケモンレンジャーとして各地を飛び回り、大きな仕事も任せれるようになる事となる。

勿論、大体はブラッキーの手柄であることは言うまでもない。

 

*



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102

ペラペラとファイルを捲る手を止めて考え込むエイゴ。

ツバキ研究所で研究員として働くようになって、少しずつポケモンという未知の生物に興味を抱いて来ていた。

今、特に気になっているのがアンノーン。

さまざまな形を持つあの生き物は古い遺跡などから発見される古代文字に似た形のポケモン達だ。

アンノーンが居たから、文字として刻まれたのか。

文字として刻まれていたものがポケモンになったのか。

ううーん、と考え込むエイゴの前にコーヒーを置いたツバキはどうしたの?と首を傾げた。

 

「あざーす」

「うん、それで何を悩んでるの?エイゴくんの観察眼からの意見を是非、なんでも聞きたいのですが!」

「アンノーンってポケモンが居たから古代文字があるのか、古代文字があったからアンノーンが誕生したのか、どっちかなーって思ってただけ、大した事じゃないですよ」

 

エイゴの話を聞きながらツバキはズズズとコーヒーを啜った。

 

「そういえば、どっちだろうね」

「考えた事もなかったのかよ!」

「だって、そんな事考え出したらどんなポケモンでもそうじゃん」

「そうですかねェ?」

「そうだよ。だって、ねずみポケモン知ってる?」

「そりゃまあ、コラッタとかピカチュウとか?」

 

エイゴの言葉にうんとツバキが頷いた。

 

「ねずみってなんだろう、って思わない?」

「……」

「形も能力も違うのに、誰かが分類したのよ。ねずみって言葉で。でも、あたしはねずみって生き物を知らないの。

だからね、考えたの、遥か昔はねずみっていう生き物が居て、そのねずみが環境に適応する為に姿を変えていくわけ。そしたら、ねずみって生き物は居なくなって、ねずみから進化して適応していったねずみポケモン達が居るんじゃないかって。

だから、どんなに形と能力が違っても根本的に調べていったらDNAは限りなく近いの」

「……」

「だから、アンノーンも何かだった。シンボルポケモンとして分類されてるけど、シンボルだった何かだった、生き物なのかも分からないけどね。それって古代遺跡として発見されてる遺跡なんかよりもずっとずっと昔の事だと思うのよ」

 

テーブルにカップを置いたツバキはエイゴの向かいの席に座った。

でもね、と言葉を続ける。

 

「シンヤさんだけは何故か知ってたの」

「どういう事ですか…」

「本人は特に気にしてないんだけどね。聞いてごらん?シンヤさんにねずみの絵を描いて下さいって…、あの人の不思議さがよく分かるよ」

 

ニヤリと笑ったツバキを見てエイゴは眉を寄せた。

 

*

 

あんな事を言われては確かめないわけにはいかないだろう。そう思ったエイゴは反転世界へとやって来て、シンヤの前に紙とペンを置いた。

 

「…なんだ?」

「ちょっと誰が一番、絵が上手いか確認中なんですよォ」

「は?」

 

なにそれ、とミロカロスがくすくすと笑った。

 

「あ、ミロちゃんも頼むわ」

 

どうぞ。と渡された紙とペン。

何を描けば?と聞いたシンヤにエイゴは「ねずみ」と言って笑った。

 

「ねずみかー!」

「ねずみ、な…」

 

さらさら、と描かれたイラストにエイゴは眉を寄せる。

どうだ!と見せられたミロカロスのイラストは丸いマリルのイラストだった。

それに比べてシンヤの描いたねずみは見たことのない生き物。

 

「なにそれぇ?」

「ねずみ」

「そんなの見た事ないよ?なんてポケモン?」

「いや、ポケモンじゃなくてねずみだ。チューチューって鳴くやつ」

「ピカチュー?」

「いや、違う」

 

えー?と困った表情のミロカロスと同じく困った表情のシンヤから紙とペンを奪い、エイゴはニコリと笑った。

 

「ご協力どうも」

「ああ」

「うん、ばいば~い」

 

ミロカロスに手を振って、そのまま研究所に戻ったエイゴはツバキとエンペラーの座るテーブルにイラストを叩き付けた。

 

「分かりました」

「おお!何が分かったの?」

「シンヤさんは、最初の人間なんですよ」

「いや、シンヤさんは神だよ!」

「は?」

「はぁ?」

「……」

 

*

 

「いや、だからァ…、シンヤさんはポケモンが誕生する前の人間なんですよ。まあ、言い方によっては神っちゃ神かもしれないですけど」

「いやいや、シンヤさんはシンオウ生まれのズイ育ちよ。神になった男ですけども」

「いやいやいや、だーかーらー、私はこの世界を誕生させた人って意味で私は言ってるんですけどォ」

「だーかーらー!シンヤさんはこれからの神になったから、知識があるんだと思うのー!生まれは知ってるの!親も居るし!誕生させたって言ったらそうかもしれないけど!昔々から生きてる人じゃないのは確かなの!」

「言ってる意味分かんねェ!」

「エイゴくん頭が固いな!」

 

はぁ!?と喧嘩腰になった二人の間に割って入ったエンペラーは頷いた。

 

「うん、分かるよ。両方あってるんじゃない?」

「いや、意味違ってきますから!」

「そうだよ!シンヤさんはこれからを生きて行く神なのよ!?」

「だから、私達の遥か祖先の神説が一番ですって!」

「シンヤさんはあたしの近所に住む兄ちゃんだったもん!チビだったもん!」

 

バン、とテーブルを叩いたエンペラーにツバキとエイゴがびくりと体を揺らした。

 

「だから、どっちもそうだってば。あの人、今も昔も未来も合わせもった人なんだよ」

「「???」」

「分からないなら良いよ。どうせ、僕らには到底理解出来ない次元に居る人なんだから」

 

ふん、と怒ったまま席を立ったエンペラー。

その様子にツバキが謝りながら追いかける。理由は晩ご飯を作ってもらえなくなるからだ。

シンヤの描いたイラストを睨みつけてエイゴが眉間に皺を寄せる。

 

「はじまりの話…」

 

初めにあったのは

混沌のうねりだけだった

 

全てが混ざり合い

中心に卵が現れた

 

零れ落ちた卵より

最初のものが生まれ出た

最初のものは

 

二つの分身を創った

 

時間が回り始めた

空間が広がり始めた

 

さらに自分の体から

三つの命を生み出した

 

二つの分身が祈ると

「物」と言うものが生まれ

三つの命が祈ると

「心」と言うものが生まれた

 

世界が創り出されたので

最初のものは眠りについた

 

「いや…、あれはでも、アルセウスの事だよな…」

 

あー!わかんねぇ!とエイゴは自身の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し、テーブルに突っ伏した。

 

「だって、あの人、なんか違うんだもんよォ…、くそっ…」

 

 

*

 

 

気になって気になって、謎を追求し続けた結果。エイゴは世に名を残す博士の称号を得ていた。

褒めてくれる友人に苦笑いを返すエイゴ。

 

「謎は深まるばっかりだけどなァ」

「そうだとしても…お前がこんなに興味を持つなんて、凄くびっくりしてるよ」

 

バンも良い助手してるし、と笑う友人。

 

「なあ、ヒロキヨ。私の仮説なんだけどよォ」

「難しい事は分かんないぞ?」

「まあ聞けって。ポケモンが人の姿で仕事をしてる現状、今はそういうポケモンは少ない。でも、知能の高いポケモン達は最終的にボールに収まる存在である事に疑問を持って行き、人の姿で共存する存在が増えると思うわけ」

「…はぁ…?」

「つまり、未来を予想するとだな。人と同じ姿で共存を選ぶポケモンが多く存在するようになってそれを拒否し退化していくポケモンが現れると思うんだよ」

「……」

「そこに私は『ねずみ』が出来ると思うんだ」

「何を言ってるのかさっぱりわかんない。コラッタが増えるとかそういう話か?」

「違ェよ、ポケモンはポケモンでなくなるんだよ。ポケットに収まらないモンスターになっちゃうってこと」

「ごめん、マジわかんない…」

 

眉を寄せたヒロキヨなど気にせずエイゴは考える。

 

「でも、それだとなんで『ねずみ』ポケモンなんて分類がすでにあるのか不思議なんだよなァ…」

 

不思議な世界だなぁ、と呟くエイゴにお前の頭がファンタジーで不思議だよ。とヒロキヨは呟いた。

 

*



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103★

★、さようならの印


 

「うーむ、今日も居ない…」

「だから、居ねぇって…」

 

じゃんけんに今日は敗北したらしいギラティナがミュウツーの背を見つめて溜息を吐いた。

その頃…、

 

*

 

「あー…しんどい」

「マジ、ここ山頂まで行けんのかよ…」

「ははは、寒くなって来たねー…」

 

ぶえっくしょい!とくしゃみをしたヤマトに汚いとブラッキーが怒る。

それにごめんごめん、と軽く謝りながらヤマトは地図を広げた。

 

「えーっと…、トレーナーさんから報告あった地点は何処だろ…」

「そんなもん見るより聞いた方が早ぇ!ちょっとそこのヌオー!この辺で最近騒ぎがあったとこって何処!」

 

被害が無いか確認に来たんだけどー、とヌオーと話すブラッキーを見て相変わらず頼もしい…とヤマトは目を細めた。

シロガネ山、先日、密猟者らしき者達がここに居るらしいファイヤーを狙いにきたらしく、洞窟内などが一部崩れた状態になっており危険ではないかとトレーナーから報告を受け、ちょうど近くに居たポケモンレンジャーであるヤマトにミッションが命じられた。

生息するポケモンに被害が無いか、災害の引き金になるようなダメージを山が受けていないか、のチェックだ。

まあ、連絡して確認したシンヤが全くの無反応だった時点で暴れられた事で甚大な被害があったなんて事はないだろうけど、と思いつつヤマトは鼻を啜る。

 

「向こうの方だってよ」

「あ、ほんと?」

 

見に行って、ぶえっくしょい!と再びくしゃみをしたヤマトにブラッキーはタオルを叩き付けた。

 

*

 

多少、崩れた所はあってもそこまで問題は無さそうだ。室内のようになった洞窟の中を見渡せば、ハガネールは居たがファイヤーの姿は無かった。無事に逃げられたのかな、と思いながらヤマトは鼻を啜る。

山頂には雪が降り積もっているらしく。ファイヤーの居ないここはすでに寒い。

ああ、寒い。これはもう帰って温かいココアでも飲みたい。と鼻を啜った時。弱々しい声が聞こえた。

気のせいだと思わなかったのはポケモンへの愛の賜物であろう。

 

「…ィ…」

「…ヨーギラス、かな…?何処に居るの…?」

「…ギィ…」

 

何処からか聞こえる野生のヨーギラスの声にヤマトは風の音に紛れて聞こえてくる声を探そうと耳を澄ませる。

微かな鳴き声を頼りに探し当てた場所は崖から足を滑らせたのか、途中の岩場に座り込むヨーギラスの姿。

上がれなくなっちゃったのか、とヤマトは苦笑いを浮かべて近くの岩にフックを引っ掛けた。

 

「助けに行くからそこで待っててねー」

「…ヨギィ…」

 

ああ、だいぶ弱ってるな。とヤマトは少し急いでロープを滑らせて崖を下る。

とん、と岩場に足を下ろしヨーギラスを抱えた。

 

「やっぱり重っ…!あ、でも、キミ、少し小さいね」

「ヨギィ…?」

「よしよし。もう大丈夫だよ」

 

まだ幼いらしいヨーギラスの体を撫でたヤマト。

さて何とかして上がろうかと、上を見上げた時にちょうどブラッキーが崖下を覗き込んでいた。

 

「どしたの?」

「あ、この子、ここに落ちちゃってたみたいなんだ」

「まだガキだなソイツ」

「だねー。この子、ロープに括りつけるから先に引っ張ってくれる?」

「おっけーい」

 

しゅるしゅる、と上へ引っ張られて行くヨーギラスにヤマトは大丈夫だよーと声を掛け笑顔を向ける。

結構、重ーい、と声を漏らしながらもヨーギラスを引き上げたブラッキーは今度はヤマトを引き上げる為、ロープを下に投げようと立ち上がる。

 

「よし、ロープ投げるぞー」

「うん」

 

さあ、投げよう。

その動作をしようとした瞬間、ボゴォッと大きな音にヤマトとブラッキーは体を揺らす。

 

「え!?」

「ツキくん!すぐに伏せて!!!」

 

ヤマトの言葉にブラッキーは慌ててその場に伏せる。

―――ボゴゴゴゴゴ!!!

轟音と共に冷たい雪が体に痛い程にぶつかり体が雪に押し流される。

密猟者が暴れたから、が理由ではない。自然の災害。脆くなった崖が崩れ起きた雪崩だった。

 

*

 

うわ、体中いってぇ。

雪を押し退けて体を起こしたブラッキーは咄嗟に抱えたヨーギラスに声を掛ける。

 

「大丈夫か?」

「ヨギ…」

 

一面、真っ白。山頂の雪が落ちて来たんだろう。

ロープを投げるはずが結局、自分も崖下に流されたらしい。

ポケモンの自分がこんなに痛いんじゃ、人間のヤマトなんかもっと痛いんじゃないのか。と辺りを見渡してみてもヤマトの姿は無い。

 

「…ヤマト…?おーい!ヤマトー!!!」

 

返事が無い。

雪に埋もれてしまっているのかと慌てて辺りの雪をかき分ける。

 

「ヤマト!ヤマトォ!」

 

ブラッキーと同じように小さなヨーギラスも辺りの雪を小さな手でかき分ける。

どうした、どうした?と集まってきた野生のポケモンにブラッキーは辺りから人間を探してくれと声を掛ける。

それに野生ポケモン達も頷き、雪をかき分け岩を退けてとヤマトの姿を探す。

 

「ヤマト…ッ!!ヤマト!!返事しろ!ヤマトー!!!」

 

返事は無い。

息を切らせ、手を真っ赤にして雪を掘ってもヤマトは出て来ない。

 

「ヤマト…っ、ヤマト…っ」

 

えぐえぐ、と泣きながら雪をかき分けるブラッキーを野生のゴルバットが呼ぶ。

居たぞ!とその声にブラッキーは慌てて走る。

走って走って、ゴルバットが居る場所に辿り着いた時、ブラッキーはその場で膝を付いた。

 

「ヤマトッ!!!!ヤマト!!!しっかりしろ!ヤマト!!!!!」

 

雪崩の衝撃で崩れた崖に下半身を下敷きにされ、か細く呼吸をするヤマト。

上は到底退けられそうにない岩でも下は雪。なんとか下を掘って体を抜ければ、とブラッキーはヤマトの体の下の雪をかく。

 

「ツキ、くん…っ、」

「待ってろ!今、助けるから!」

「今…、この辺、脆くなってるから…。急いでポケモン達、避難、させて…、」

「今は自分のこと考えろよ…っ!」

「ツキくん…、良いから、早く…」

「大丈夫だから…!!!すぐだから!!!」

「ツキ、くん…」

「うるさい!!!」

「ツキ…っ!!!」

 

ヤマトがブラッキーの腕を掴む。

嫌だ、とブラッキーが首を横に振る。それにヤマトも小さく首を横に振る。

 

「嫌だ、…ホントに、やだ…。ヤマト、オレ、ヤだよ…っ」

「………」

 

やだやだ、とヤマトの腕を振り払って雪をかく。

ブラッキーが必死にかく雪はもう真っ赤で、掘れば掘るほど真っ赤で、冷たさですでに赤くなっていたブラッキーの手を更に真っ赤にする。

 

「ツキくん…、」

「ぅう…っ、やだ…っ」

「ツキくん…っ」

 

責めるようなヤマトの声にブラッキーはぼろぼろと涙を流しながらも岩混じりの雪をかきわける。

 

「え?オイ、ツキ!」

 

その声はブラッキーにとって唯一の救いだった。

涙で滲む視界にギラティナとミュウツーの姿。山頂に居た二人が崩れた崖下の様子を見に降りて来ていた。

 

「ギラティナ!ヤマトを助けて…!」

「なっ!?…マジ、かよ…」

 

顔を蒼褪めさせたギラティナ、ミュウツーが崖を持ち上げてみようと技を使うがとても持ち上げられるものではない。

 

「ギラ、ティナ…」

「待ってろ!ヤマト!今、考えっから!」

「野生の、ポケモン達を…早く、反転世界に…」

「は!?」

「ギラティナ、早く開け!また降って来るぞ…!!」

 

ゴゴ、と鈍い音を立てて上にある崖が崩れようとしているのをミュウツーがサイコキネシスで食い止める。

だが、あまりにも重いそれを長く食い止める力はミュウツーには無かった。

 

「ま、待てよ…、ヤマトが…っ」

「ギラティナ!」

 

お願い、…と、か細い声で涙を流して呟いたヤマトの言葉にギラティナは震える手で大きな大きな反転世界への道を開いた。

 

「皆の者!すぐに飛び込め!!」

 

ミュウツーの言葉に野生ポケモン達が反転世界へと次々と飛び込んでいく。

崩れて来る崖を食い止めるのももう限界に近い。雪の中で汗だくになるミュウツーがギラティナの名を呼んだ。

 

「…ッ、もう限界だ…!」

 

あまりにもツライ選択。

ひたすらにヤマトの体の下の雪をかくブラッキーの姿を見てギラティナは顔を歪めた。

 

「ツキ…ッ、来い!!」

「嫌だっ!!!離せ!!!離せぇえええッ!!!」

 

*

 

小さく息を吐くヤマトは不思議な感覚だった。

痛みは既に無い。ただ下半身が燃えるように熱いのに、雪に触れている頬や手は冷たいのだ。

暑いのか寒いのか。いや、寒いな。と何故か冷静に考えていた。

 

「…」

 

こんなミスをするなんて、それもツキくんが一緒の時に、結局、僕はカッコ悪い所しか見せられなかったな。

ギラティナとツーくんが来てくれなかったら一匹のポケモンの命を救う事だって出来なかっただろう…。ありがとう二人共…。ありがとうツキくん…。

 

そして、ごめんね。

 

ごめんね、シンヤ。

ツキくんに苦労ばっかりさせちゃって、

ごめんね、ツライ思いばっかりさせちゃって、

ごめんね、おじいちゃん姿を見せてあげられそうにない。

 

「…、」

「ブラァ…」

「……ツキ、くん…?」

「……」

 

なんで?戻ってきたの…?それとも幻覚?

混乱するヤマトの頬に自分の頬をすり寄せたブラッキーはヤマトの傍に寄り添うように寝そべる。

温かいその体温にヤマトは我に変える。

 

「ツキくん…っ、逃げてっ…!」

「…」

 

ブラッキーは何も答えない。

ヤマトは何も答えないブラッキーを力無い手で殴りつけ自分から離した。

殴りつけ弾き飛ばされたブラッキーは黙ったまま、またヤマトの傍に寄り添う。

 

「っ…!」

 

もう喋る体力も無かった。呼吸もままならない、なんとか気力を振り絞りブラッキーを振り払ってもブラッキーは傍からは離れてくれなかった。

どうして、と自分を恨めしげに睨むヤマトを見てブラッキーは涙を零す。

 

「ブラァキィ…」

 

言葉は通じない。

ヤマトの腕の間に潜り込んだブラッキーは離れまいとヤマトの服の襟を噛み締めて、震えて涙を流した。

言葉は通じない。

それでも、ヤマトは震えるブラッキーを抱きしめて、出ない声で謝った。

 

 

 

「――――」

 

 

 

*

 

 

反転世界に飛び込んだ所でブラッキーがギラティナの腕に噛み付いた。

咄嗟に手を離してしまったギラティナの腕からブラッキーは逃げ出し、そしてポケモンの姿に戻り、ヤマトの傍へと駆け寄った。

崖崩れを食い止めているミュウツーが玉のような汗を流しながら、ヤマトとブラッキーのやり取りを見守る。

汗ではない何かがミュウツーの目から流れ落ちた。

 

ヤマトがブラッキーを抱きしめたのを見て、

ギラティナは入り口を閉じた…。

 

 

*

 

 

外が賑やかだ、と庭へと出れば沢山の野生ポケモンで溢れている。

何があったのかと近くに居たゴルバットに聞けば、向こうだと羽で指し示される。

呆然と立ち尽くすギラティナ、ボロボロと涙を流すミュウツー。

 

「どう、したんだ…?」

 

シンヤのその言葉にギラティナは頭を抱えて謝った。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と…。

 

ギラティナが再度、開けた出入り口の先は真っ白だった。

沢山の野生ポケモン達が雪をかき、岩を退けて、長い時間を掛けてようやく辿り着いた場所では、

もうほぼ凍ってしまっている親友と寄り添うブラッキーの姿。

 

シンヤは言葉も出ず、白い息を吐き、その場で崩れ落ちる。

どうしたら良い、どうしたら、と考えてみても思いつく事は不可能な事ばかり。

どうしようもない、何も出来ない。

オレに、力があれば…と、自身を責めるギラティナは何も悪くない。

 

全てが上手くいくわけじゃない、これが現実だ。

 

全てを受け入れて生きていくとはこういう事なのだとシンヤは痛感した。

どんなに突然であっても、どんな理不尽な理由であっても、どんなに胸が張り裂けそうでも、自分は生きていかなければいけない。

 

「シンヤ…っ、ごめんなっ、オレが…っ」

「シンヤ…」

「ギラティナ、お前は悪くない。ミュウツーもありがとう。

私は、大丈夫だ…」

「でも…っ」

「大丈夫。私が向こうにいった時にヤマトを殴り飛ばす、それだけの事だ」

「…っ」

「……」

 

ごめんね。

 

聞こえないはずのヤマトの声がシンヤには聞こえた。

 

*

 

その後、シンヤにヤマトとブラッキーの事を伝えられたエーフィはその場で立ち尽くし、静かに涙を流す。

そして、震える口から絞り出したように言った。

 

「そう、ですか…」

「……」

 

それ以上の言葉は閉ざされた口からは出なかった。

奥歯を噛み締めて静かに涙を流すエーフィにシンヤは小さく笑みを向ける。

 

「私はだいぶ遅れていくから、先に殴っておいてくれ」

「…ええ、……任せてください」

 

ぽろぽろ、と涙を零しながらエーフィは顔を歪めて笑った。

でも、たとえ向こうで会えたとしてもきっと自分は殴れないだろうなと苦笑いを内心浮かべる。

 

片割れを連れていってしまった憎い彼は、

片割れに一緒にいきたいと思わせた、憎いヒト…。

 

置いていっていたなら、二度、三度と殺してやったのに。

 

 

「…幸せ、なんでしょう?」

 

 

気持ちが痛い程に分かる、

もう一人の自分なのだから、……。

 

 

 

置いて行かないで…、

 

 

一番大好きだから…。

 

*



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104

「フィーさん!フィーさんってば!」

 

オーイ、とノリコに呼ばれてハッとエーフィが顔を上げた。

コンテスト衣装を身に纏ったノリコがキュウコンをブラッシングしつつエーフィの顔を覗き込む。

 

「どうしたんですか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

「のんの二つ目のリボンが掛かってるんだからしっかり応援して下さいよね!」

「ええ、分かってますよ」

 

ニコリと笑ったエーフィにノリコが微笑み返す。

頑張ろうね、キュウコン!と柔らかな毛皮に顔を埋めたノリコをエーフィはぼんやりと眺めた。

 

*

 

沢山のカメラ、沢山の人間、眩しいライトに照らされてもミミロップは笑顔を崩さない。

ポケモンドクターとして、そして人間の治療も可能なドクターとしてミミロップはインタビューに来た女子アナウンサーにニコリと笑って答える。

 

「ミミロー先生はポケモンも人間も治療出来る素晴らしい腕をお持ちという事で、現在も指導希望者が続出しているそうですね!」

「ありがとうございます。とても光栄であり恐縮です」

「どちらも治療出来るという事ですが、ミミロー先生が治療を施す専門は主にポケモンというのは事実ですか?」

「ええ、その通りです。人間の治療を出来る者は数多く居ます、病院もたくさんありますし、ワタシが人間を治療出来るのはあくまで多くの命を救いたい為に修得したものに過ぎません。

専門である、ポケモンドクターという職種はポケモンセンターに来る事が出来ない野生ポケモンを主に対象にし治療を行っているものですので、基本的に一か所に留まって治療をするという事は無い存在です」

「野生ポケモンの治療という事ですが、不躾な質問になってしまうのは承知でお聞きします。野生ポケモンを治療してミミロー先生にメリットはあるのでしょうか?

野生ポケモンは感謝の気持ちも持たないでしょうし、収入を得る事も出来ません。

その治療は自ら出向いてまで本当に必要であるのか、そういうご意見にはどう思いますか?」

「そうですね。確かに野生ポケモンと向き合うという事は簡単な事ではありませんし、野生ポケモンが報酬を与えてくれるわけもありません。

ですが考えてみて下さい。自然災害で起きて怪我をした時、野生ポケモンは自己治癒でしか回復手段を持ちません。

ポケモントレーナーとのバトルで傷付き逃げ出したポケモンもです。

そして、現在では密猟や心無い人間からの暴力で傷付くポケモンも少なくありません。

トレーナー、コーディネーター、ブリーダー。全ての者達がポケモンを大事に思っているとは思いますが、現状、傷付き苦しむ野生ポケモンに手を差し伸べられる人間はとても少ないです。

共存すべき存在がそこで見捨てられても良い、と思う人間が多いのなら、ワタシはとても悲しく思います。

 

もし、ワタシのように野生ポケモンに歩み寄ろうと考える人間が増えれば、野生であろうともポケモン達に気持ちは伝わると思いませんか?

人間が敵意を持って近付かなければポケモンも鋭い爪も牙も人間に向ける必要が無くなる、そうは思いませんか?

人間に治療を必要とする者が居るように、ポケモンも傷付き苦しめば治療を必要とします。

ワタシはそういう野生ポケモン達を一匹でも多く救いたいと思っています」

「自分達を救ってくれる人間が増えれば、野生ポケモンであれども人間に感謝の気持ちを抱く、という事でしょうか?」

「当然です。あなたはポケモンが心を持たない機械が何かだと思っているんですか?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが!やはり言葉が通じない、という壁がありますし」

「では、ポケモントレーナーがバトルをする時に会話で言葉を交わし作戦を立てるでしょうか?

言葉は分からずとも心で通じ合っているものではないかと思うのですが、違いますか?」

「いえ、違いません…」

「ポケモンは強力な技を使います。それは確かに脅威ではありますが、強力な技で人間を助けて来た事も事実。

野生だからと見捨てる理由にはならない、そう思いませんか?」

「…はい、見捨てるという選択は間違っていますね」

「ポケモンドクターには医療知識は欠かせません。当然、救う為には技術が必要です。とても簡単になれるものではないと断言します。

ですが、考えてみて下さい。

アナタの大切なポケモンが傷付いた時、ポケモンセンターが近くに無かった時、アナタは大切なポケモンを抱えて遠くまで走る事でしょう。

その時に、一人のポケモンドクターと出会えたなら…、アナタ自身にポケモンドクターの知識があったなら、アナタのポケモンは救われます。

野生ポケモンを治療する事を専門にしている、と言ってもドクターは世界中のポケモンを愛する人間達の力になる事が出来ます。

たったの一分一秒でも、愛するポケモンを救うには一秒でも早い治療が必要なのです。

メリットデメリットで命の重さを計るものではないと、ワタシは思っています」

「た、大変失礼致しました…っ!!!」

 

頭を下げた記者にニコリとミミロップが微笑みかける。

「ご理解下さって、嬉しいです」そう言って笑ったミミロップの写真が映像が、記事が世界に飛び交った。

 

*

 

カフェでミミロップの生放送を見ていたマスターがパチパチと拍手をする。

 

「凄い!あのズケズケ言う子負かした!ミミローくんグッジョブ!!」

 

っていうか、あの女子アナよりミミローくんの方が可愛い!と大興奮なマスターにチルタリスがクスクスと笑う。

 

「笑顔の特訓をしただけあって、最後まで見事だったな…」

「ミミローさん、すっごく頑張ってましたね!」

「引き攣ってたのが分かったのは身内くらいだろう…」

「え?何処かで引き攣ってた?」

「「始終」」

「嘘ぉ!?」

 

ジョットくんもご主人とテレビ見るって言ってたけど、気付いたかなぁ…とマスターが腕を組んで考え込む。

 

「ミカはどうだった?わかった?」

「…ぇ?あー…ごめぇん、難しくて見てなかった」

「あははっ、確かに難しい話だったね」

 

しょうがないしょうがない、とマスターに頭を撫でられたミカルゲが苦笑いを浮かべる。

その様子にチルタリスが首を傾げた。

 

「ミカさん、どうしました…?」

「元気が無いな…」

「あー、ほらっ、難しい話されると頭がパーン!ってなるからさー!」

 

しょうがないんだもーん、と笑ったミカルゲ。

やれやれ、とサマヨールが溜息を吐いた。

 

「いやぁ…お話が難しかったので、おれはコーヒー淹れる練習でもしてこよーっと!」

「えー、まだミミローくん映るのにー!」

「ミミローさんはまた生で見れるしー!」

 

まあ、そうだねー、と笑ったマスターに笑顔を返してミカルゲは厨房へと戻った。

ゴリゴリゴリ、とミルで豆を挽くミカルゲ。

 

「……」

 

美味しいコーヒーを淹れたい、そう思って淹れたはずなのに、その時のコーヒーは少しだけ、しょっぱかった。

 

「おっかしいなぁ~、美味しくないなぁ~…」

 

*

 

うおおおお!!と雄叫びをあげてリボンをかかげたノリコ。

生放送のテレビに釘付けだったエーフィを見て、なんと!?とショックを受けたが、映っている人物がニコニコ笑顔のミミロップな事に気が付いてノリコもテレビを凝視した。

 

「ミミローさんがニッコニコ…!凄い!」

「引き攣ってますけどねぇ…」

「ええ!?めちゃくちゃ綺麗に笑ってますよ!?」

「いやいや、頑張ってますけど、ブチキレそうでハラハラしますよ」

 

そ、そうなのか…。とテレビを見ても綺麗に微笑むミミロップが映っている。

女子アナよりクッソ可愛いな。とノリコは心の中で思った。

 

「ああ、そういえば、二つ目ゲットおめでとうございます」

「おお!?思い出してもらえて良かったです!ありがとうございますー!」

「まあ、一度成功すれば度胸も自信も付いてくるものですからね。本番で強くなってくれて何よりですよ」

「えへへ!なんか前までは自分が!と思ってカチカチだったけど、みんな居てくれるし、フィーさんも居てくれるしでカチカチになる事はなくなりました~」

「調子に乗ってると落ちますけどね」

「おおうっ…!」

 

辛辣ぅ、とショックを受けるノリコ。

テレビにはいまだにミミロップが笑顔で映っているが、エーフィがノリコの肩を押した。

 

「出ましょうか」

「え?でも、まだテレビやってるのに…」

「見慣れた顔ですよ」

 

まあ、それもそうか。と頷いて先を歩くエーフィの後をノリコが追った。

会場を出た所で、近くにあったベンチにストンと座ってしまったエーフィ。

隣の空いてる席をぽんぽん、と叩かれたので素直に横に座る。

 

「どうしたんですか?」

「気分を害したら、殴ってもらって結構なので言わせて下さい」

「えぇ~…」

 

何言われるのよ~とノリコが顔を歪める。

俯きながら会話を続けるエーフィの表情が読めずにノリコはドキドキと続きの言葉を待つ。

 

「私は貴女を必ず、グランドフェスティバルに連れて行きます」

「は、はいっ!」

「そして、何度挑戦したとしても貴女を必ずトップコーディネーターにしてみせます」

「はい…」

「約束します」

「はい…」

「約束しますから、貴女を利用させて下さい…」

「り、よう?」

 

首を傾げたノリコ。

顔を上げてノリコの方へ向き直ったエーフィ。

そのエーフィを見て、ノリコは目を見開いた。

 

「私と結婚して下さい」

「……フィーさん、」

 

 

*



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105★

「あー、ただいまぁっ!!久しぶりぃっ!!」

 

バーン、と扉を開けて入って来たミミロップがネクタイを緩めてソファへと沈んだ。

向かいのソファに座っていたサマヨールが苦笑いを浮かべる。

 

「やっと帰って来れた…っ、マジ疲れた。え、何ヶ月経った…?マジ、日付の間隔無いヤバイ…」

「相変わらず…テレビで写真で、と見る度に引き攣っていたがな…」

「あれ、マジ限界だって…!」

 

ワタシの表情筋、マジ筋肉痛と頬を揉みながらミミロップがソファに座った。

ガチャ、とリビングへと入って来た敬愛すべき主の姿にミミロップが目を輝かせる。

 

「シンヤー!久しぶりのシンヤだー!」

「ああ、ミミロップ、おかえり。頑張ってて偉いな、引き攣ってる顔がいつも面白いぞ」

「あれ以上、無理なの~」

 

両手を広げるミミロップにぎゅっとハグをして返すシンヤ。よしよし、と頭を撫でて離れればミミロップがへにゃりと笑った。

 

「はぁ~、チャージ完了したわ…。これで半年いける」

「安い奴だな、お前は」

「……」

「シンヤの写真だけじゃ物足りなかったの!でも、数分でも帰る時間取れないとかマジ地獄だったよ!トイレの前で出待ちされてるとかさー!ありえなくねぇ!?」

「今日は帰って来て大丈夫だったのか?」

「うん、タケシが優秀でさー!一時間半だけ休憩もらって来た!ほんと、タケシに大感謝…!」

 

アイツ、女好きなとこが気に障るけど、と付け足してケラケラと笑ったミミロップにシンヤが笑みを返す。

 

「は~…あ、そういや、ミロは?買い物?」

「いや、昼寝してるよ」

「……」

「マジか。よっしゃ、今だけシンヤを一人占め出来るっ!」

「しょうがない奴だな」

「んー!ワタシの貴重な一時間半!幸せ!」

 

ぎゅーっとシンヤに抱き付いて、抱きしめ返されて嬉しそうなミミロップ。

 

「そういえば、ワタシのさー、コメントなんか変な所とか気になる所無かった?大丈夫だったかな?」

「ああ、引き攣った面白い顔以外は特に気にならなかったぞ」

「良いコメントだった…」

「顔どんだけ弄るの!?」

「あれは見る度に笑えるからな」

「ミミローの頑張りは、自分達の励みにもなってる…」

「そ、そっか?」

 

へへ、と照れたように笑うミミロップ。

普段からそんな顔してれば良いのに、とシンヤに指摘されて、どんな顔か分かんないよ!と口を尖らせて返すミミロップ。

そんな二人のやり取りを見て、サマヨールが苦笑いを浮かべた。

 

「今度、テスト作る事になっててさー。テスト作ったら、一回、シンヤ見てくれる?」

「ああ、良いぞ」

「なんか難しすぎても簡単すぎても駄目だし、ひっかけとかめちゃくちゃ入れたくなるんだけどタケシがやめて下さい!ってマジで止めるんだよ~。

テストとか、ジョーイさんの作ったテストひっかけ問題だらけ過ぎてマジでどんな問題でも疑った状態で入るからねアレ…」

「それは私も通った道だから、気持ちは分かるぞ…」

「あ、そうだよな。あれ鬼畜過ぎるよね…」

 

うん、と頷いたシンヤにテスト内容を思い出したのか深い溜息を吐くミミロップ。

あと、ドクター志望にこんな奴が居て、だとか、上手い叱り方が分からないとシンヤにアドバイスを求めるミミロップにシンヤは一つずつ丁寧に答えて行く。

 

「褒めて伸ばすのとかも考えたんだけど、褒めるとこねぇなって事に気付いてさー」

「はははっ、何かしらあるだろ」

「無いよ~」

「耳の形が良いとか」

「耳!?あ、そういうので言ったら、歯並び良かった!あははっ、よし、歯並びで行こう!」

 

楽しそうに話すミミロップにサマヨールが時計を確認して、「そろそろ」と止めに入った。

 

「うげぇ、一時間半、短すぎ…」

「早く戻ってやらないとタケシが泣くぞ」

「はぁい…、って、マジでギリギリだ!いってきます!」

「「いってらっしゃい…」」

 

慌てて白衣を片手に家を出て行ったミミロップを見送ったシンヤとサマヨール。

「大変そうだったなぁ」と言って笑ったシンヤにサマヨールは「そうですね…」と言葉を返した。

 

*

 

マジ、ギリギリ~!と慌てて走るミミロップをギラティナが呼び止める。

 

「ミミロー!」

「あ、ギラティナ!お久!話したいけど、悪ぃっ!時間ギリギリなんだ!また時間空いたら来るから!」

 

反転世界の外へと出て行ってしまったミミロップの背を見送ったギラティナはその場にストンと再び腰を下ろす。

忙しそうだったな…、とのミュウツーの言葉にギラティナは小さく頷いた。

 

*

 

「美味しいコーヒー淹れましょう~、アナタのた~めに淹れましょう~♪

大好き、大好き、アナタ色~♪

素敵なアナタのた~め~に~、美味しいコーヒー淹れてます~♪」

「なんですか、その歌は?」

「美味しいコーヒーの歌、これ歌うと美味しく淹れれちゃう、魔法の歌なんですよぉ~」

 

はぁ?と眉を寄せたピジョットにコーヒーを差し出したミカルゲ。

こくり、と飲んだコーヒーの味は確かにマスターの味とほぼ変わらぬ美味しさ。思わず目を見開けばミカルゲがニヒヒと笑った。

 

「魔法の歌でしょ?」

「こほんっ、歌はともかく、結構なお手前です」

 

驚いたらしいピジョットが誤魔化すように数回咳払いをした。

そんな二人のやり取りを見ていたチルタリスが目を細めて笑う。

 

「じゃあ、次は美味しいお菓子ですね」

「うん、甘くて美味しい、チョコの奴が良いな~」

「良いですね、チョコレート」

 

ふふふ、と何故か楽しげに笑う二人をピジョットは気味が悪いと眉を寄せて見つめた。

 

「あ、でも、今日はアップルパイにしませんか?」

「お~!アップルパイ!教えて教えて~」

「良いですよ、では、まず…」

 

*

 

はぁ~、とトゲキッスが深く溜息を吐いた。

ポケモンフードを貰っていた池のコイキングがパチクリと瞬きしてトゲキッスを見つめる。

 

「あ!ごめんね、はい、どうぞ」

 

パクパクとご飯を食べるコイキングを眺めて、また小さくトゲキッスは溜息を吐いた。

そんなトゲキッスにカズキが声を掛ける。

 

「今日、もう上がる?」

「ぁ、いえ…、大丈夫です…」

「そっか…」

 

元気の無いトゲキッスを見て、カズキも小さく息を吐く。

 

「キッスさんは笑っててよ」

「……」

「キッスさんの笑った顔、好きだぜ」

「…シンヤもそう言ってくれた事があります」

 

目を瞑って笑う癖のあるトゲキッスの笑顔にカズキも笑顔を返す。

そうですよね…とポツリと呟いたトゲキッスが立ち上がり、ニコリと笑った。

 

「俺が一番、笑顔で居ないとですよね!」

「…うん」

「俺は祝福ポケモンなんだから」

 

よし、今日も頑張って遊びます!と預けられているポケモン達のもとへと走って行ったトゲキッス。

その背を見送って、カズキは小さく溜息を吐いた。

 

*

 

 

 

「大丈夫」

 

 

そう小さな声で呟いたミロカロスにシンヤは小さく頷き返す。

細くなった手を握り締めて幾日か過ぎ、

人の姿からポケモンの姿に戻り、数週間。

 

シンヤはその今も美しく輝くウロコを撫でる。

 

 

「ミロ、お前、一番年長だったもんな」

「…」

「ん?ああ、仕事なら気にするな。平気だよ」

「…」

「まだ寝たくないのか?」

「…」

「お前はワガママばっかりだな…」

「…」

「わかったわかった。ちゃんと眠るまで撫でてやるから」

「…」

 

よしよし、とシンヤがミロカロスの首元を撫でればミロカロスはゆっくりと大きな目を閉じた。

閉じられたミロカロスの目元にシンヤは額を寄せて笑う。

 

「ミロ」

「…」

「必ず迎えに行くから、待ってろ」

「……ミぃ…」

 

 

 

うん。

 

俺様、良い子にちゃんと待ってるよ。

 

 

 

 

 

「…ミロ、」

「  」

「……っ、…」

 

 

 

 

ゆっくりで、良いからね

 

 

*

 



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106

「ダイナ~、おばあちゃんこっちよ~」

「あ~」

「いやいや、おじいちゃんの方おいで~」

「あ~」

 

コラ!お父さんコラ!と怒るカナコに、だって~と口を尖らせるイツキ。

でれでれかよ、とカズキが苦笑いを浮かべた。

 

「ダイナ、パパんとこおいで」

「あ~」

 

よちよち、と歩けるようになった我が息子にカズキが両手を広げる。

ずるい!と祖父母からの声があがった。

よちよち、と進んでくる息子を見守っていると、そういえば、とカナコが手を叩いた。

 

「ユキコちゃん、もうすぐよね?」

「あー、うん、二人目ね」

「女の子かしら、男の子かしら!」

 

楽しみね!と喜ぶカナコの声に答えが返って来た。

 

「女の子だ」

「あ、兄ちゃん」

「あ~ぅ~!」

 

部屋へと入って来たシンヤの姿を見て、カズキの息子ダイナが目を輝かせて、よちよち歩きがハイスピードになる。

 

「よお、ダイナ。だいぶ早く歩けるようになったんだな」

「あぃ!」

「いや、今、人生最高記録出たよソイツ…」

 

つーか、兄ちゃんにだけ返事しやがる。我が息子…!とギリリとカズキが歯を噛み締めた。

カナコとイツキも悔しいのかギリギリと歯を噛み締める。

 

「急にどうしたの?シンヤが来ると孫を取られるからさっさと帰んなさい!」

「息子になんて酷い事を言うんだ…」

「ダイナ、おばあちゃんの所おいで!」

「……ぅ」

 

シンヤの足元にしがみついたダイナがそっぽを向いた。拒否である。人生初拒否。

 

「いや、実はツバキが身籠ったから報告に来たんだ」

「マジか!」

「やだ!エンペラーくん押し倒しちゃったの!?」

「母さん、そんな事聞くのやめなさい…」

 

カナコの言葉にシンヤがモゴモゴと口籠る。

 

「まさか、シンヤ…!?」

「私じゃないぞ!?エンペラーだ!」

「じゃあ、なんで目を逸らすのよ」

「兄ちゃん、なんかやったの?」

「……、いや、うん」

 

まあ、と言い難そうに顔を逸らすシンヤ。

白状なさい…!とカナコに詰め寄られてシンヤが呻りながら言葉を発した。

 

「頼まれて…、惚れ薬と媚薬、作ってみたら効いたらしくて…っ」

「何やってんの!?」

「なんだそれ、父さんにくれ!」

「おバカ!」

 

べしん!と叩かれたイツキがぎゃあああ、と悲鳴をあげた。

いやぁ…と目を泳がせるシンヤ。

 

「ちょっと、頭の中で考えた時に作れるんじゃないかとは常々思ってたんだが…、本当に効くとは…。私、結構、何でも作れそう…」

「若返り薬を作って頂戴、皺消すやつ!」

「母さん!?」

「美容液でも良いわよ!皺消すやつね!」

「必死か!」

 

皺消すやつな、とシンヤが頷いたのを見てカナコが満足気に笑った。

 

「ふふん!」

「なんでドヤ顔…」

「しかし、暫く忙しくなりそうだからちょっと待っててくれ母さん…」

「え゙ー!!!」

「いや、お産が…」

「ああ…、そうね、まあ…良いわよ、皺が後々でも消えるなら!」

 

どんだけ消したいんだよ。とカズキが眉を寄せる。

シンヤ、シンヤ、とイツキがシンヤを呼ぶ。

 

「何?」

「父さん、ムキムキになるやつ頼むな!」

「…」

 

実父の発言に黙り込むシンヤ。

イツキの向かいに座っていたカズキが呆れたように言った。

 

「プロテインでも飲めば…?」

「プロテインはもう毎日飲んでる!」

「じゃあ、もう良いよ!十分だよ!」

 

嫌だー!まだ探検しに行く元気欲しいー!と喚くイツキ。

まあ、考えとく。と呆れたように返事をしたシンヤにイツキが「そうか!」と目を輝かせた。

 

「ぁ!ぅ!」

「ん?なんだ、ダイナ。オムツか?」

「え、マジ?」

 

持って来ていたカバンを手にしたカズキが立ち上がった時、ダイナがシンヤを見上げ両手を広げてみせた。

 

「ゃ、にちゃ!」

「…え?」

「にちゃ!」

「それ、兄ちゃんって言ってんの?オレの真似?」

 

どさ、とカズキがカバンを床に落とした。

にちゃ!と繰り返して両手を広げて来るので、シンヤは渋々ダイナを抱き上げる。

 

「にちゃ~」

「伯父、なんだがな…」

「ちょっと待って…っ、パパママですら、まだなんだけど…!」

「ばあばもまだよ…っ!」

「じいじもだ!!」

「「「くっそぅ!!!」」」

 

本気でそんな悔しがられても困る。とシンヤは深く溜息を吐いた。

 

「まあ、ほら、ダイナはユキコの子だから。私が極端にポケモンに懐かれやすいせいだろ」

「特にポケモンの能力出てねぇけど…」

「いずれ、急にユキワラシになるかもしれない」

「それ、こわい」

「ダイナ、ばあば!ばあばって言って?」

「にちゃ!」

「ぐぅううううう!!!」

 

なんか、すまん。

 

*

 

ああ、出産ラッシュか~。と

ダイナをしがみ付かせたまま歩くシンヤ。横で落ちない!?それ落ちない!?とカズキがそわそわしている。

 

「ダイナ、重いからパパの所に行ってくれないか」

「ゃ!」

「嫌か~、でも、私は抱っこしてやらんからな…落ちても知らんぞ」

「にちゃ!」

 

首にしがみ付くダイナを放置してさっさと歩くシンヤ。

なんでパパ拒否だよ!と隣で歩くカズキが怒っていた。

 

「ユキコ、調子はどうだ?」

「はい、大丈夫ですよ。まだ陣痛も来てないですし」

 

っていうか、ダイナは何でぶら下がってるの?とユキコはあわわと体を震わせた。

ユキコと一緒に居たモモもまたユキコと同じように大きなお腹を撫でて笑った。

 

「ダイナくん、シンヤさんのこと好きね」

「いっちゃんもすきだよ~?シンヤさん!すき!」

「ありがとう、イチゴ。だが、私はお前のことなんて嫌いだ!」

「がびーん!」

「嘘だ」

「わーい!」

 

なにその遊び。とカズキが苦笑いを浮かべる。

 

「つか、ユキコ!聞いてくれよ!」

「そうなんだ、実はツバキが身籠ったんだ」

「「ええ~!!」」

「違う!それもだけど、ダイナがパパママより先に、兄ちゃんの事呼んだの!」

「え、そうなんですか!?」

「ほら、ダイナ、兄ちゃんって言ってみ」

「にちゃ!」

「ほらなぁ!!」

「ダイナ…凄い!歩くのもお喋りもこんなに早く出来るなんて…!」

 

嬉しいのかよ!とカズキのツッコミが入る。

賢いですね~と褒められてダイナは嬉しそうに笑った。

 

*

 

イチゴに高い高いをしていたシンヤに気付いた少年が近づいてくる。

 

「あ!シンヤさん、おっすおっす!」

「シキ、お前、髪の毛ボサボサだぞ」

「むぞうさへあーってやつ」

 

ぶちゃいくだなー、おまえはーと頬を引っ張ってやればシキは嬉しそうに笑った。

 

「おおきくなったらイケメンだぜ!」

「うん、知ってる」

「うっわ!シキくん、成長早っ!」

 

もうダイナよりすっかり大きいシキを見てカズキが目を見開いた。

人間とポケモンのハーフもなかなかに成長が早いが、純粋なポケモンが一番早い。

イロとタモツの息子のシキはヒンバスなので、当然、残念なくらい、どう手入れしても気付いたらぐちゃぐちゃのみすぼらしい姿になってしまうらしい。種族って残酷だな。

 

「とりあえず、だ。」

「「「?」」」

「ユキコとモモはどっちか気合いで予定日ずらしてくれ」

「気合いで…!」

「頑張ります」

「無茶言うなよ!?」

「無茶くらい言うだろ!予定日被るとか、お前らタイミング一緒過ぎるだろ!なんだ!?クリスマスか!クリスマスだろ!」

「やめて下さい、お兄様…!」

 

お許しを、とカズキが土下座をしたので見逃してやることにする。

まあ、最悪、同時でもミュウツーに頑張らせよう。そうしよう。

それで、また二ヶ月もしたら、ジョーイだろ。その後はノリコ、その次はツバキか…。

 

「お盛んな事だなぁ!」

「兄ちゃん、オレ、まだまだ子供作るから宜しく」

「マジか!いつタマゴで出て来るかとドキドキするこっちの身にもなってくれ!!」

「タマゴ、まだイメトレしてたんだ!?」

 

するに決まってるだろうが!と怒る兄を見てカズキが笑う。

ドキドキしてる兄には悪いが、子供は目一杯、出来る限り増やしてやろうとたくらんでいるカズキは、兄には一生ドキドキし続けて貰おうと思っている。

 

天涯孤独の身になどしてやるものかと、密かに笑った。

 

 

*



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107★

忙しい日々に追われ、

なかなか主人のもとに戻れぬ日も続いていた頃、主人の親友が、自身の仲間が共にいってしまっていたのだと知る。

 

そして、最初の頃にとった、一時間半の休憩が、

大嫌いな奴の最後のお別れの日だったと後から告げられた。

 

ああ、いったのか。

 

そして、自分はあんなにも主人に気を遣わせてしまっていたのかと後悔ばかりが押し寄せる。

自分の為に笑い、自分の為にアドバイスをくれたあの日、主人はどんな気持ちだったのだろうか、と想像するだけで吐き気がした。

 

自身の名が広まり、

雑誌に顔が載り、

いくつも賞を貰い、

テレビでも消えぬ顔となった頃、

 

主人の名前は世間から消えていた。

 

願っていた事を実現した。

 

 

実現出来たものの、

主人には会えぬ日々、

会いたかった、

たった数分でも会いたかったが、

もう…、決して、

決して会いに来ないでと

大好きな主人に伝えた。

 

自分が生きている内はまだ、

まだ貴方の記憶が誰かの脳裏によみがえってしまうから

映像として写真として映る自分を見守り続けてくれと告げて、

光の下で笑みを浮かべ続けた。

 

延々と延々と……。

 

美しい、可愛い、と大嫌いな言葉を並べられて、吐き気を抑えながらお礼を言って、笑った。

そして、たくさんの医師をひたすらに育て続けた。

 

もう、ポケモンドクターなんて珍しいものではないでしょう?

トレーナーが、コーディネーターが、ブリーダーが、三人に一人は医術の心得を持っていた。

それだけ広めた、それだけ頑張った。

 

 

小さかった自分の背が更に一回り小さくなった。

皺だらけの手はもうペンも握れない。

どんなに年老いても取材は来た、

光栄です、こんな老いぼれのもとにまだ来て頂けるなんて…、と言って笑う。

 

吐き気がした。

 

 

生きている間は地獄だった。

 

胃がキリキリと痛み続ける日々、

血など何度も吐いては、自分の技術で無理やり治した。

 

ミミロー先生、ミミロー先生。

ミミロー先生、ミミロー先生。

 

たくさんの弟子が会いに来た、お礼を言って笑った。

 

吐き気がする。

 

たくさんの本を残した、たくさんの人にお礼を言って笑ってサインをした。

 

吐き気がする。

 

吐きだしたい、吐きだしたい、全て吐きだしてしまいたい。

 

 

医術の神と崇められた、

年老いて尚、また賞を貰った。

 

もう、自分は死ぬだろう。

自分は医者なのだから死期も悟れる。

 

やっと、やっと…、と思った所で、

手を握られた。

かすむ視界に映るのは記憶と微塵も変わらぬ、大好きな主人の姿。

 

「ミミロップ」

 

そう呼んでくれるのは貴方だけ…。

 

「ありがとう」

 

その言葉だけで救われた。

ワタシは、ワタシは、大好きな主人と違って、こうして救われてしまうのだ、と気付いたら涙が出た。

 

声は出なかった。

 

 

 

ワタシの短い、本当に短い人生、

大好きな貴方の役に立てたのなら、それだけで幸せ…。

 

 

 

貴方の地獄がせめて平穏でありますように、と

 

 

笑った。

 

*



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108★

「私と結婚して下さい」

「……フィーさん、」

 

利用、という言葉の後に告げられた。

顔を上げたエーフィの目からは涙が溢れ流れている。

どういうことなのだろうか、どうして急にこんな事に、どうして彼が泣いているのか、

それでも、必ず連れて行ってくれると、

必ずトップコーディネーターにしてくれると、約束してくれている彼を、

 

「…はい、のんもフィーさんを利用して、グランドフェスティバルに行き、トップコーディネーターになります」

 

涙を流し俯いたエーフィの手に自分の手を重ねる。

理由は、聞かなかった。

 

+

 

私は彼女を利用しました。

彼女もまた私を利用しました。

 

敗れる時もありました。

それでもリボンを5つ集め、

大舞台に立ち、見事一度目の出場で優勝を得ました。

 

当然です、私が彼女のポケモンとして出たのですから。

トップコーディネーターに育てられた私が敗北などするはずもなく、彼女は栄光の階段を駆け上がりました。

 

彼女は兄の名は一度も口にせず、自身の名前だけで少しばかり名の知れたトップコーディネーターになったのです。

育てるのは下手です、演技構成も苦手です、バトルも得意ではありませんし、洋服のセンスもイマイチです。

 

でも、彼女は一度も私を責めませんでした。

何も文句も言いませんでした。

私のワガママを微笑み受け入れてくれました。

 

人間が大嫌いで愛想笑いも出来なかった仲間と、表舞台で出会いました。

引き攣った顔で笑う彼は主人の為に、身を削る道を選んだのです。

私は自分の好きな舞台で、自分の為だけに生きました。

 

大切なあの人は私を責めませんでした。

大切なあの人の妹を利用している私を、一度も責めませんでした。

 

トップコーディネーター夫婦として表舞台に立つ、私達を大切なあの人は祝福さえしてくれました。

 

彼女のお腹に命が宿った時、大切なあの人は一番に心配して、一番親身に傍に居てくれました。

表に映るわけにはいかないのでこっそりと、とても苦労をして会いに来てくれました…。

 

 

産まれて来た子は女の子でした。

私と同じライラックの髪色で、

私とも彼女とも違う、赤色の目を持って産まれて来た子でした。

我が子の目の中に、もう一人の自分を見ました。

 

名は『ツキコ』と名付けました。

彼女は何も言いませんでした。

 

 

トップコーディネーターとして、彼女は奇抜なデザインの洋服をデザインし、ブティックを経営する事にしました。

これが何故か大ヒット。遠い地方でも大人気のブランドとして数十店舗と幅広く、運営を続ける事に成功しました。

 

ツキコが10歳になった時、

ツキコはポケモンコーディネーターの道へ進む為に旅に出ました。

 

旅に出た娘を見送って、私達は夫婦で遠い地。カロス地方でブティックの運営を続けました。

そして、遠い地、カロス地方で、人間が大嫌いで愛想笑いも出来なかった仲間と二度目の再会をしました。

再会と言っても一方的に見掛けただけで、向こうは私に気付かなかった事でしょう。

彼はどの地方でも名を知られ、顔を知られる、ポケモンドクターとして沢山のカメラに引き攣った笑顔を向けていました。

 

彼の名を見ない日はありません。

彼の顔を見ない日はありません。

 

テレビで、雑誌で、新聞で、全て見る彼の顔は引き攣った笑顔でした。

 

涙が溢れて、

声など掛ける事は出来ませんでした。

 

*

 

遠いカロスの地にトロフィーを手にツキコがやって来ました。

成長した我が子は赤い目を細めて笑いました。

その時に、一度だけ、彼女が言いました。

 

「ツキさん、そっくり」と、

 

思わず涙が出そうになったのを必死に堪えました。

トロフィーを置いてツキコはまた旅に出ました。明るくて無邪気で自由な子です。

彼女があんなに苦労したトロフィーをあっさり手に入れてやって来る辺り、私の子ですね。と笑えば彼女はへらへらと笑いました。

 

数年後に、ツキコがまたトロフィーを手にやって来ました。

コーディネーターとして再度、別の地方で挑戦したそうです。

しかし、ツキコの姿はコーディネーターの格好ではありませんでした。興味を持って勉強して、トップコーディネーターから転向したそうです。

 

ツキコはポケモンレンジャーとしてそこに立っていました。

 

私も彼女も言葉が出ませんでした。

そして、一人の男性を紹介されました。

同じポケモンレンジャーとして働く同僚であり、恋人なのだと、

 

彼は、優しそうな男性でした。

フォレストグリーンの色の目をした優しそうな男性でした。

 

私と彼女は堪え切れずに涙を流しました。

 

*

 

自分勝手に生きてきました。

 

でも、

どうしても、ツキコと彼を、

大切なあの人に見せたかったのです。

 

私と彼女は二人に無理を言って、

遠い地、シンオウ地方へ共に行く事を頼みました。

 

ご両親に挨拶をしました。

お二人共まだまだお元気で温かく私達を迎えてくれました。

お兄さん夫婦もお元気で、凄い大家族なのだと笑っていました。

 

ご両親とお兄さん夫婦に成長したツキコをお見せするのは初めてのことです。

ですが、ご両親もお兄さん夫婦もツキコの事を知っていました。

トップコーディネーターとして舞台に立っている姿を見た時に一目見て分かったと笑っていました。

 

そして、ツキコの恋人である彼も紹介しました。

ツキコと並ぶその姿を見て、兄嫁のユキコさんが泣き崩れました。

 

ツキコはとても不思議がっていました。勿論、彼も。

 

そして、

大切なあの人と再会します。

ツキコを取り上げてもらってから、会っていません。

ツキコの目が赤色である事さえもあの人は知りません。

 

私も彼女も、

ツキコが成長した分の年を重ねました。

 

表舞台から消えて生きるあの人はフードを深く深く被ってやって来ました。

身内の前でしかフードは取らないのだそうです。

フードを外した大切なこの人は、

何も変わっていませんでした。

 

彼女が泣いて抱き付きました。

妹であるはずの彼女の方が年を取っていました。

 

私と、視線が合います。

変わらない真っ直ぐな目で私を見て、

大切な人…シンヤさんは、微笑んでくれました。

 

「元気そうだな」

 

シンヤさんは一度も私を責めませんでした。

シンヤさんに、ツキコと彼を紹介しました。

 

シンヤさんは少し驚いたように目を見開いてから、微笑みました。

 

初めまして、

遠路遥々、よく来てくれたな。と言って二人と握手を交わし笑いました。

 

私は、自分を殴りつけてやりたくなりました。

そうです、当然です、

 

ツキコはツキではありません。

彼も、ヤマトではないのです。

 

ツキコはツキコ、彼は彼。

 

私はわざわざシンヤさんに何を見せに来たというのでしょうか、

また自分勝手な事です。

似たような二人を見せられて、シンヤさんがどう思ったかは聞けませんでした。

 

シンヤさんは一度も私を責めません…。

 

*

 

彼女の要望でシンオウ地方に定住する事にしました。

ご両親とお兄さん夫婦を見て離れ難くなったのだと思います。

育て屋で今も働くお兄さんの傍にトゲキッスが居ました。彼もシンヤさんと同じようにあまり変化は見られませんでした。

懐かしい顔触れがシンオウに、このズイにまだ居たのです。

私は自分勝手に彼女を連れて、シンオウを離れた事を恥ずかしく思いました。

ここに残る者達がどれだけシンヤさんを想っているか、そして、遠い地で笑みを絶やさず苦しんでいたミミロップがどれだけシンヤさんを想っているか…。

 

私は自分の為だけに、彼女を利用して、幸せにのうのうと生きていたのです。

シンヤさんも彼女も、私を責めませんでした。

 

数年後にツキコが彼と結婚して、子供を産みました。

黒い髪で赤い目の男の子でした。

とても、ツキコに似ていました…。

 

ツキコによく似ているけど、男の子だから逆の名前を付けようと彼が提案したそうです。

 

名は『サン』と名付けられました。

 

*

 

孫のサンの旅立ちを見送った数年後に、

彼女が病に臥せました。

シンヤさんが治療に専念してくれましたが、病は進行するばかりでした。

 

床に臥せる彼女の手を握りました。

もう、お互いの手は若々しいものではありませんでした。

 

「すみませんでした…」

「…なんで、謝るんですか」

「私の自分勝手な行動に付き合わせてしまって…」

「…なに、それ」

 

弱々しい声の彼女が私の手を握り返します。

 

「のんは、フィーさんを利用して来たんですよ…?」

「……」

「自分勝手なんて、お互い様…」

 

ふ、と彼女の手から力が抜けました。

涙が、止まりませんでした。

 

最後の最後まで、私を責めなかった彼女。

私は最後の最後まで彼女を利用して生きてきたのです。

 

*

 

彼女が先にいってしまって、二十年。

私はのうのうと二十年も生きました。ツキコが毎日、私の世話をしてくれます。

 

孫のサンが子供を連れて来ました。

私のひ孫だそうです。

栗色の髪に黒色の目の女の子でした。

彼女に、…ノリコによく似ていました…。

 

嬉しくて、涙が出ました。

私はノリコを愛していたようです。

自分の為に利用出来るのはノリコだけだと思っていたから

一緒になったつもりだったのに。

 

私はノリコを愛していました。幸せでした。

 

 

ツキコとサンが、シンヤさんを連れて来てくれました。

シンヤさんは変わらない姿で私の頭を撫でました。

 

「後悔、しています…」

「…何故だ?」

「皆がシンヤさんの為に尽くして来た人生を、私は、ただ、自分が幸せに生きる為だけに…」

 

シンヤさんの妹であるノリコだって、幸せに出来たかどうか…。

 

「ノリコは幸せだったみたいだぞ?お前はどうだ、エーフィ」

「幸せ、でしたよ…。でも、シンヤさんに…何も、」

 

ぽんぽん、と頭を軽く叩かれた。

 

「お前達が幸せなら、私も幸せだ」

「…、…!!」

 

ああ、思い出した。

そうだ、約束してたじゃないか。

 

次、直接会えたら、どっちの方が幸せ体験したか自慢な。

 

「ツキに、今までの自慢話をしないと…」

 

*

 

微笑んで眠ったエーフィ。

泣く、ツキコとサンを抱きしめたシンヤは二人の頭をよしよしと撫でた。

 

*



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109

カフェのカウンターに座りシンヤはコーヒーを飲む。

ミカルゲの淹れるコーヒーはもうマスターの淹れたコーヒーと同じ、他とは違う特別に美味しいコーヒーになっていた。

 

「ご主人様、今日はクリームブリュレがあるのですが、いかがですか?」

「んー…甘いからなぁ」

「いるいる!」

 

隣に座っていたツバキが手をあげる。

それに返事をしたチルタリス、そして「プリンみたいなの居る人ー」と背後で遊んでいたダイナとダリアに声を掛けた。

 

「「はーい!」」

「ダイナくん、ありがとねー。ダリアの相手してもらっちゃって」

「全然!下の弟と妹達と比べたらダリア、良い子だし、超楽~」

「ダイナ、見て見て、お父さんに本貰ったんだ」

「へー…、文字しか無ぇな。絵本とかは…?」

「絵本?なにそれ、そんなの見ても僕の得にならない」

「お前、何歳?」

「もうすぐ、6歳だけど、それが?」

「…」

 

うちの子、可愛げ無いでしょ?とツバキが眉を寄せた。

本当に言動まで父親そっくりになって来たな、とシンヤも眉を寄せる。

 

「はい、ツバキさん、クリームブリュレです」

「ありがとー」

「ダイナくんとダリアくんも」

「ありがとう!」

「プリンみたいなのってなに?」

 

クリームブリュレって言うんですよー、とチルタリスから説明を受けるダリアはふむふむと頷いていた。

そんな子供たちを眺めてたミカルゲが笑う。

 

「子供の成長ってはやいねぇ~」

「それ、ほんと!もうダリアとか勝手に論文読んでるの!ありえなくない!?」

「いや、それは早すぎって言うか…ツバキ博士のとこが特殊ってやつなんじゃぁ…」

 

カランカラン、と出入り口に扉に付いたベルが鳴った。

シンヤが視線をやれば紙袋を抱えたサマヨール。

 

「ああ…、主、いらしてたのですね…」

「うん」

「ツバキちゃんも居るよ~!っていうか、ヨルくんには一言物申したい!」

「…何でしょう?」

「こんな辺鄙な所に店建ててどうすんのよ!こんな森の中に!誰が来るの!?ギラティナに言わないと来れないってどういう場所!?」

 

そもそもハッキリとした現在地って何処ここ!?とツバキが怒る。

薄暗い鬱蒼と生い茂る木々の中にポツンとあるカフェ。普通の人間が来るにはなかなかハードな道のり、遭難でもして偶然辿りつくくらいだろう。

シンヤも一歩外に出れば、迷って帰って来られなくなりそうな場所。シンヤの家から行き来する手段である出入り口は店内にある鏡。サマヨール達が買い出しに行く為の行き来は近くにある湖が出入り口。

 

「こわくて、外、出れないよねここ」

「私も散歩と思って出歩いたら、迷ってミカに迎えに来てもらった事がある…」

「ご主人、迷ってんじゃん!?」

「良いんですよ…、来店者は主くらいだけで構わないのですから…」

 

わたしが気軽に来難い!と怒るツバキにサマヨールが苦笑いを返す。

まあまあ、とツバキを宥めるミカルゲ。

サマヨールの存在に気付いたダリアがサマヨールに声を掛ける。

 

「ヨルさん、この文字はなんて読むの?ダイナが読めないんだ、役立たずだよね。二歳も年上のくせしてさ」

「おれが、おれが悪いのか…っ」

「ダリアは日に日に…お父さんに似て来るな…」

「ほんと?それなら良かった、お父さんみたいになりたいんだよね」

 

それでこの文字が~…と後ろで会話を続けるダリアの言葉にツバキが頭を抱えた。

 

「マジで嫌だわ…、エンペラーが二人居るみたいなんだもん…。これだから、お母さんはダメなんだよ。とか真顔で言われるのよ!?息子に!!」

「ま、まあ、ダリアの頭脳の高さはお前譲りだろ…良いじゃないか…」

「ぐぅ…、確かに賢くて研究に興味持ってくれるのは嬉しいんだけどぉ…!わたし、本当になんでエンペラーの事、好きになったんだろ…。絶対にエンペラーの子供とか産むつもりなかったはずなんだけど…ほんとにそれが分かんない」

「………」

 

ずずず、とシンヤがコーヒーを啜った。

 

「いやいや、どっかで胸きゅんする事とかあったんじゃないですかねぇ~」

「えぇ~?」

「エンペラーさん、男前ですしー」

「男前とかシンヤさんで見慣れてるわたしがそれくらいで落ちるわけがない。わたし、ジョシューさんみたいな優しい人が好きだったはずなのに…おかしい…」

 

もう結婚して6年になるけど、永遠の謎。とツバキが頭を抱えた。

これ以上、考えられるのはこわい。とシンヤは話題を変える。

 

「そういえば、もうすぐユキコの予定日だぞ」

「あ、そうなの?カズくんとこ、これで何人目…」

「6人目だな」

「ユキコちゃん、頑張るねぇ…。わたし、もういい…」

「うちに預けて行くからもう家が保育所みたいになってる…」

「あはは、うちのも預かって」

「…」

 

はぁ、とシンヤが深い溜息を吐いた。

カップを磨きながら「それでぇ?」とミカルゲが問う。

 

「カズキくんの所は何人産むんですかぁ?」

「いや、男女男女女、って来てるから、次が男だったらもう三人ずつで丁度良いかなぁとか言ってたけどな…」

「え?女だったら、四人ずつにするのかな?」

「…」

「シンヤ様、大変ですね~」

 

むぅ、とシンヤが口を閉ざした時、背後からサマヨールに呼ばれる。

 

「主…、助けて下さい…」

「シンヤさん!僕はそもそも伝説のポケモンなんて存在しないと思うんだ。目撃例が少ないと伝説になるの?神話とか昔から語り継がれてるだけでそもそも本当に存在するかもあやしいし」

 

キリリ、と真剣な目でそう言った我が子にツバキが何言ってんだコイツ、という視線を送った。

 

「伝説と呼ばれてるポケモンは存在するぞ。目撃例が少ないのも理由かもしれないが、伝説と呼ばれる個体は数が少ない、当然、一匹しか存在しないやつもいる」

「本当に?見たことあるの?」

「ああ、ダリアはどの伝説のポケモンを見たいんだ?」

「ほんとに!?見たいのだと僕は、そうだなぁ…、やっぱりアルセウスかな!」

「…お前、この前、私にそっくりの男に会わなかったか?」

「会ったよ?アルさん。シンヤさんの双子の兄か弟でしょ」

「あれがアルセウスだ」

「何、言ってんの?」

 

はぁ?と顔を歪めたダリア。そういう顔が父親そっくりで思わずシンヤは苦笑いを返す。

横からベシンとダイナがダリアの頭を叩く。

 

「シンヤ兄ちゃんになんだその言い方!」

「今の僕、悪くないよ。シンヤさんがバカな事言うから悪いんでしょ」

「シンヤ兄ちゃんは嘘吐かねぇ!」

「僕は見たものしか信じない主義なんだ」

「じゃあ、今度、アルが来たら本当の姿を見させてやる」

「……、本当にアルさんがアルセウスだって言うの?子供騙しなんて通用しないんだからね!」

 

我が子、可愛くねぇ!とツバキが怒っていた。

納得しないダリアに「じゃあ」と言葉を続ける。

 

「ギラティナは知ってるか?」

「知ってるよ」

「ギラティナは何処に居るかは?」

「世界の裏側、反転世界って呼ばれる場所に居るって本に書いてた」

 

スプーンをくわえたダイナがにまにまと笑う。

 

「じゃあ、一つの疑問をあげようか。私達はここに来る前、ズイのポケモンセンターに居たな?」

「うん」

「何処を通ってここに来た?」

「鏡…?え、でも、ここってポケモンセンターの隣にある建物でしょ?」

 

あれ、でも、外の景色が…。と混乱するダリア。

すでに反転世界で兄弟で遊ぶ事になれているダイナがケラケラと笑った。

 

「ダリアもそろそろ遊びにおいで」

「?」

「ギラティナさん、悪戯するとめっちゃ怒るから気を付けなきゃなんだからなー」

「ギラティナさん?」

 

混乱するダリアを見てツバキが笑った。

 

「我が子が驚愕する無様な姿を写真に撮らねば!」

 

お前、5歳児いじめるなよ…。

 

*

 

「名前はヨハンに決めたぜ、兄ちゃん!」

 

そうですか、と疲れたシンヤはソファに寝転がった。

座布団の上に寝かされた男の子、ヨハンを兄弟達が覗き込む。

 

「しかし、6人目ともなると出て来るのが早かったな」

「うふふ、私ももう全然しんどさが無いです。ぽん、と出て来る気分ですもん」

「オレの、オレの反転世界を走り回るガキがまた増えた…」

 

酷い話だ、とギラティナが頭を抱える。

 

「さすがにもう良いよな…?」

「私はまだまだ産んでも良いですけど?」

「カズキ…!避妊具付けてくれ」

「兄にそんな事、真顔で言われると思わなかった…。でも、大丈夫だよ。男三人女三人で丁度良い感じになったしさ」

 

オレ、いまだにガキ共の名前、覚えらんねぇわ。とギラティナが呟いた。

その呟きにダイナが反応する。

 

「お前ら、並べ!…はい!一番、ダイナ、です!」

「え?そういうのするの…?えっと、じゃあ、二番、イブミです」

「三番、スイです」

「四番!キサラだよ~!」

「ごばん、だーしー、です!」

 

そんで、6番、ヨハンです!とダイナがキリッとギラティナに視線をやる。

 

「いや、そんなのやっても無理だからオレは」

「なんでですか!覚えて!真剣に!」

「わたしも覚えてほしいです~、ギラティナさん、覚えて~」

「おれ、一番覚えやすい名前なのになぁ…二文字だし…」

「キサラ、大きくなったらギラティナのお嫁さんになってあげるよ!」

「勘弁して下さい」

「だーしー、も~」

「嫌だわー、本気で嫌なやつだわー」

 

モテモテだな、とミュウツーがニヤニヤと笑った。

 

「顔と名前が一致しねぇ!あと、数多すぎ!お前らのこと、別に好きじゃないし興味無い!以上!」

「「酷い!!」」

 

オレに集るんじゃねぇええ!と囲まれたギラティナが怒る。

ふぇぇん、と泣きだしたヨハンをミュウツーが抱きかかえて、あやす姿は意外にももう見慣れてしまったな、とシンヤは心の中で思った。

 

「しかし、6人も名前考えるの大変だったろ…」

「んー?まあ、ちょっとは悩むけど、そんなに大変じゃなかったかな」

「私は名前を付けるのは苦手だ…」

「ああ、リンさんとモモさんのとこの二人目も名前付けてたもんな!あれは笑った!」

「……ほっとけ…」

「イチゴの次、アンズって…!」

「バラ科の果実で付けてやったんだ…。男だったらウメタロウとかにしてやろうかと思ったら女の子だった」

「うん、それは本当に女の子で良かったよ…」

 

ウメタロウはちょっとな、と表情を曇らせるカズキ。

くすくすとユキコが笑った。

 

「ユキコも名前は一緒に考えたのか?」

「いえ、カズキさんにお任せしました」

「へぇ…、何を思ってああも名前が付けられるものなのか…。あれか、名前辞典とかか?」

「いや、響きと直感で」

「ウソだろ…」

「マジマジ。でも、名前付けるのに絶対に一つだけ決めてた事があったから、さくっと決められたのかも」

「そうなんですか?」

 

うん。と笑顔で頷いたカズキ。

それは初耳です、とユキコが驚く。

 

「決めてた事ってなんだ」

「それは内緒」

「は?」

「あ、ユキコには帰ってから教えるよ」

「楽しみですっ」

「なんで私には教えてくれないんだ!?全員、私が取り上げてやっただろ!教えろ!」

「ダメでーす、兄ちゃんにだけは教えられませーん」

「はぁ!?」

 

気になるじゃないか!と本気で怒る兄を見てカズキが笑った。

 

「じゃあ、オレが死ぬ時に教えるから、ちゃんと看取って」

「ええ~…」

 

縁起悪い~、と顔を歪めるシンヤに笑ったカズキ。

 

「楽しみが出来て良いだろ?」

「楽しくない状況化でそんな事言われてもなぁ…」

「はははっ!」

 

老いていく自分と違って、全く年を取らず変わらない兄へ。

兄が寂しくないように、絶えず続いていってくれるであろう我が子達の名にそっと気持ちを込めた。

 

自分の最後の時に伝えよう、

 

 

 ダイナ

 イブミ

 スイ

 キサラ

 ダーシー

 ヨハン

 

 

兄へ残す我が子達の名に、兄への気持ちを込めて。

 

 

「大好きだよ、兄ちゃん…」

 

 

*



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110★

「お母さん!」

 

そう呼ぶ我が子を抱きしめて笑う。

自分が愛した人と同じ顔をした愛する我が子。

 

ジョーイ家系は何故か皆、似た容姿で生まれる。

サーナイトというポケモンの血が流れても例外ではなく、産まれて来たのはジョーイによく似た女の子であった。

彼女もジョーイ。

ズイのジョーイとしていずれポケモンセンターで働くのだ。彼女の未来は決して変わる事は無いだろう。

 

幼い頃からジョーイとしての知識を身に付けさせる。

ジョーイになるべく生まれて来た子。

自分の大切な主人を師匠と慕う我が子に伝える。

 

あの人は特別な人、とってもとっても大事な人。

貴女が守り続けなければいけない人、と…。

 

我が子はそれに忠実であった、流れるサーナイトの血がそうさせるのか。

真っ直ぐで気が強く、知性に溢れ、優しい心を持った我が子。

 

そんな我が子をサーナイトはとても愛していた。

とても大事にしていた。

 

けれど、

我が子よりも妻を愛していた。

 

我が子が一人前のジョーイになった頃、

妻が若くして病に臥せったのである。

懸命な治療をするも、妻はまだ十代である我が子と自分を残して、いってしまった。

 

我が子はまだ十代、一人前として認められたとしても、まだ十代。

これから、たくさんのポケモンの治療をしていく身、一人では苦労も多いであろう若さ…。

 

理解している、理解していた、

それでも、耐えられなかった。

 

妻の前で泣く我が子を抱きしめて、

何度も何度も謝った。

そして、立ち会った大切な主人に頭を下げる。

 

「ワタクシに、後を追わせて下さいまし…っ」

「本気で、言ってるのか…?」

「親として、最低な事を言っているのは分かっています…!

でも、ワタクシは美しい姿のまま眠った妻と一緒に、美しいまま、眠りたい…っ」

 

*

 

その場に泣き崩れたサーナイトを見下ろすシンヤ。

固まるシンヤの手をそっと握ったのは、二人の娘であるジョーイだった。

 

「シンヤさん、お願いします」

「!」

「お母さん達にはずっと一緒に居て欲しいから」

 

綺麗で自慢のお母さんだもの、とサーナイトを抱きしめた娘。

 

「綺麗な二人のまま、見守ってて。私、立派なジョーイになるから」

 

微笑んだ娘を抱きしめ返したサーナイト。

謝罪とお礼を言って、

主人であるシンヤの手で投薬を受けて、妻の隣で眠った。

 

美しい姿のまま、綺麗な顔で眠る二人。

 

震えるシンヤの手を握った、二人の娘であるジョーイは笑った。

 

「ありがとう、シンヤさん」

「お前は本当に、母親似だな」

「ふふふっ、どっちのかしら」

 

 

*

 

 

なあ、おい、知ってるか?

 

ポケモンセンターを利用するトレーナーの間で有名な話があるんだ。

 

一つ目はズイタウンにはとても良い育て屋がある事、

二つ目はズイタウンのポケモンセンターのジョーイさんは他の所のジョーイさんと少し違うという事。

 

なんでも、

ズイタウンのジョーイさんだけ、

緑色の髪に赤色の目をしているらしい。

 

そして、

そのジョーイさん、ポケモンと会話が出来ちゃうんだってさ。

 

本当かって?

さあ?自分で確かめに行ってみな。

 

 

*



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111★

 

「ミカ、後は頼む…」

 

そう告げられたミカルゲの目からは涙が零れ落ちた。

貴方までいく必要は無いでしょう?

貴方はまだまだここに居られるでしょう?

 

ポロポロ、と涙を零すミカルゲに「すまないな…」と苦笑いを浮かべてみせた。

 

ゴーストタイプに終わりなどあるのか、と聞かれれば、終わりは無い。

すでに命を終わらせた存在ゆえに、

終わることは無いが自らの力で消える事は出来る。

 

同じ場所に行けるだろうか、と。

ミミロップとの約束なんだ、と。

 

笑う彼を引き留める術はミカルゲには無かった。

 

「おれは、約束を守り続けます…ツキさんに怒られちゃいますから」

「そうだな…」

 

なかなか出来の良い、コーヒーメーカーになったでしょう?と笑えば

十分過ぎる出来だと、返された。

 

「頑張ってる事を、伝えると、約束しよう…」

「ありがとう、ございました…っ」

 

*

 

変わらぬ主人のもとへとやって来たサマヨール。

ゴーストタイプゆえにサマヨールの姿にも変化は無い。

 

ベッドの傍らに座る主人がサマヨールを見つめた。

 

「ミミロップと…約束しておりました…」

「そうか…」

「共にゆきます」

「ああ」

 

傍に居たトゲキッスが片手で口元をおおい、嗚咽を飲み込んだ。

座る主人の足元に跪き、主人の手を取る。

 

「永久に忠誠を誓います」

 

手の甲に落とした唇、

主人の目から零れた涙を見てサマヨールは嬉しそうに目を細めて笑った。

 

*

 

いつだって貴方は自分の一番だった。

自分は最後の最後まで貴方の役に立てただろうか、

貴方の望む場所を残せただろうか、

 

出来るならば、永遠に共にありたいけれど、

それではあまりにも不平等。

 

最後の最後まで役に立った、彼に、

怒られてしまうから、

 

自分も貴方に別れを告げよう。

 

 

向こうで貴方を待つ者達と共に、

永遠に待ち続けますゆえ、

 

どうぞ、平穏に…。

 

 

「サマヨール」

「はい…」

「美味しいコーヒーをありがとう」

 

 

勿体無いお言葉、

感謝と涙と笑顔を頂けた自分は、

 

最後まで幸せでした。

 

 

*

 

 

「美味しいコーヒー淹れましょう~、アナタのた~めに淹れましょう~♪

大好き、大好き、アナタ色~♪

素敵なアナタのた~め~に~、美味しいコーヒー淹れてます~♪」

 

 

*

 

変わらないミカさん、

変わらないヨルさん、

変わらないご主人様、

 

そして、変わっていく自分。

 

 

幼い見た目のわりにキッスさんより年上だった自分。

変わらない姿のキッスさんが優しく頭を撫でてくれた。

 

お料理が出来なくなって、

お掃除も出来なくなって、

立っている事も出来なくなった時に、

 

涙が出ました。

 

怖いわけではありませんでした。

だって、向こうに待って居る人達がいます。

自分もそれに続くだけ、

 

ただ、こうも何も出来なくなると情けなくて…。

 

ご主人様がたくさんお料理を教えてくれました。

ご主人様が細かいお掃除の仕方を教えてくれました。

ご主人様がチルを必要としてくれた事、

 

とっても嬉しかったです。

 

 

ああ、でも、少し心配です。

 

ご主人様は、

もう時が止まってるからって、

お食事をサボります。

コーヒーだけしか飲まない日もあります。

眠らずに本を読む時もあります。

気付かぬ内に本を何冊も何冊も重ねて置いといてしまうんです。

 

チルが寝転ぶベッドの横にご主人様が居てくれていました。

ご主人様、ご主人様、

 

「…ゥ…」

 

もう人間の言葉は出ませんでした。人の姿にもなれません。

 

ご主人様、ご主人様、

 

チルと約束して下さい。チルの一生のお願いです。

 

お食事はサボらない下さい。

コーヒーだけですませない下さい。

ちゃんと睡眠を取って下さい。

お片付けも忘れずにして下さい。

 

チルの一生のお願いです。

 

 

「…チルゥ…」

 

ねえ、ご主人様、約束ですよ?

 

 

「ああ、約束するよ」

 

 

良かった。

チルはとっても安心しました。

だって、ご主人様は言った事はちゃんと守ってくれるから…。

 

皆さんのところへ、チルも…。

 

 

*

 

 

「チル…、共にゆこう…」

「ヨルさん…!」

「皆、待ってる…」

「はいっ!」

 

 

*



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112

「やあ」

「おお、ダリア。なんか用か?」

 

育て屋で働くダイナに白衣を身に纏ったダリアが声を掛ける。

 

「うちの研究所で預かってるヒコザルが暴れるから説得してくれない?」

「そんな事でわざわざ来たのかよ!?それぐらい自分でやれよ!!」

「僕じゃ無理だったんだもん。シンヤさんの所にも行ったんだけど、出掛けてるみたいで居なかったんだよね」

「はぁ~?全く…ちょっと待ってろ」

 

親父ー、お袋ー、ちょっと研究所行って来るわー。と受付に座る両親に声を掛けたダイナ。

それに母親が頷いた。

研究所への道を歩きながら、そういえば、とダイナが続ける。

 

「シンヤ兄ちゃん、出掛けててもギラティナさんは居たんじゃないの?」

「居たけど、あの人が協力してくれるわけないでしょ…」

「まあ…。あ、ツーさんは?」

「めんどくさい!って言われたよ」

「おれだって、めんどくさいんですけど…」

「ダイナ以外に誰が説得してくれるのさ!」

 

ぷんぷん!と怒るダリア。

うーん、と眉を寄せたダイナが考える。

 

「あ、ジョーイさんとかは?」

「仕事中のジョーイさんを呼び出すとか迷惑過ぎるでしょ」

「おれも仕事中だったんだけどなー!」

「僕だって忙しいんだよ?キミの妹と弟がバンバン、ポケモン送って来るからね!」

「…ああ、」

「僕だって研究会とか行きたいのに!母さんと父さんは僕に世話押し付けて自分達だけで行っちゃうし!いい加減、引退してポケモンの世話してろっての!」

 

そんな怒りをぶつけられてもなぁ、とダイナは口元を引き攣らせる。

むしろ、若い僕が行くべきでしょ!?と同意を求められたダイナはそうですねと頷いた。

 

「っていうか、シンヤさん、何処行ったのさ!ほんとに!」

「たまに健康診断に行くって言ってたぜ?」

「はぁ!?あの人に健康診断とか要らないでしょ!?ジジイにならないんだから!」

「いや、シンヤ兄ちゃんのじゃなくて、ポケモンのだよ」

「その辺にポケモンドクターなんていっぱい居るのに…!」

「お前、お袋さんからとか聞いてないの?」

「何が?」

「あー…言ったら怒りそうだから言いたくねぇなぁ…」

 

言わないのも怒るけど良い?とダイナを睨みつけるダリア。

あうー、と変な声を漏らして顔を歪めたダイナは白状する。

 

「レジ系とか人前に出ない伝説連中の様子を見に行くんだって…」

「何で僕も連れて行ってくれないの!!!」

 

畜生、あのクソ親共!!言えよ!!とブチ切れるダリア。

こういう爆発する所、ツバキ博士そっくりだよなぁと思いつつダイナは苦笑いを浮かべた。

キレてるダリアの背を押して、研究所へと入れば、キレてるヒコザル。

 

「ゥキャー!!!」

「叫びたいのはこっちだよ!!!」

「キャゥ!?」

 

ダリア博士、もう叫んでます。

ダイナは心の中でそっとツッコミを入れた。

 

「ヒコザル、どうしたんだよ?」

「ウキー!キキッ!」

「ああ…、ダリア。お前、出すポケモンフード間違ってるってさ」

「はぁ?父さんにここのって言われたの出したよ?」

 

ポケモンフード入れとなっている棚の引き出しを開けたダリア。

これ、と出したポケモンフードを見てダイナが眉を寄せる。

 

「水ポケ用だ…」

「くっそ!また母さん、テキトーな所に戻したな!!マジクソ親!!」

「いや、お前も見分けられるようになれよ」

 

はい、飯だぞー。とダイナがヒコザルにポケモンフードを渡す。

大人しく満足気に食べだしたヒコザルを見て、ダリアが眉間に皺を寄せた。

 

「見た目一緒なんだもん!」

「香りが違うんだよ」

「そんなのいちいち嗅いでられない。形、違うの作ってよ。ポケモンブリーダーでしょ」

「はぁ!?そこで何でおれに無茶言うんだよ!」

 

種類別に調合するのも大変なのに更に形までとか作ってられるか!と怒るダイナ。

むぅ、と口を尖らせて腕を組んだダリアが何か良い案が無いかと思考を巡らせる。

 

「あ。質、落としたら全ポケ共通のあるけど?」

「今更、それ食べるポケモン居るの…?」

「あれ、あんまり美味くないからなぁ…」

 

*

 

ふぅ、と小さく息を吐いたトゲキッスに気付いたシンヤがトゲキッスの背をさする。

 

「大丈夫か?」

「あ、はい!まだ大丈夫です」

 

えへへ、と笑ったトゲキッスにシンヤは苦笑いを返す。

レジギガスの検診を終えたシンヤがカバンを肩に担ぐ。

 

「ちゃんと食事、取らないとダメだぞ」

「うん…ごめんなさい…」

 

落ち込んだ様子のレジギガスの頭をぐしゃぐしゃと撫でたシンヤ。

痛い程に気持ちが分かるからこその行動だった。

 

レジギガスは色々な所に出向き、色々なポケモンを見て回った。

時にはポケモンを悪用する悪い人間とも戦いポケモン達を守った。

ポケモンを愛し保護を目的として旅をする大好きな人と共に。

 

でも、同じ時間は生きられない。

分かっていた事だった。お別れをすませ、自分の居た地へ戻って来たものの、悲しみは消えなかった。

 

「レジギガス、ジュンペイがもし、オレと一緒に死んでくれと言ったのなら。私がお前を殺して、同じ所に埋葬してやる」

「…!」

「ジュンペイはなんて言ってた?」

「た、楽しかった…ありがとう、ずっと…元気でな、って…言ってた、よ…っ」

「そうか」

 

うん、うん、と頷いたレジギガスの頭をシンヤはもう一度撫でる。

 

「おれ、ずっと元気でいるよ…っ!」

「そうだな、元気なお前にまた会いに来る」

「うんっ…、ありがとう、シンヤ…!」

 

明るく優しい男だった。

震える声で電話を掛けて来た男と嬉しそうに手を振るレジギガスの顔を今でも覚えている。

「お手紙ありがとうございます!!オレ…、レジギガスと、友達になれました…!」

別れはいつだって、どんなに穏やかだって、寂しいものだ。

そう、もう触れる事も声を聞く事も出来ない。

 

寂しいなぁ、とシンヤが俯いた時、トゲキッスがそっとシンヤの手を握った。

ニコリと笑ったトゲキッスにシンヤは微笑み返す。

 

「帰りましょう」

「そうだな」

 

トゲキッスの背に乗り、空へ飛び立つ。

手を振るレジギガス達に、またな、と再会の言葉を告げて。

 

*

 

家へと帰ればギラティナにダリアが来たと教えられた。

なんでもヒコザルが暴れてるから説得して欲しい、という事が理由で。

解決したのか分からないが、一応、様子を見に行こうと研究所へ来てみればダリアとダイナが調合がどうだの形がどうだのと言い争っている。

何をしているんだお前達は。

問題だったっぽい、ヒコザルが大人しく私を見上げていた。

 

「ダリア、ダイナ…落ち付け…」

「シンヤさん!?」

「シンヤ兄ちゃん!マジ聞いて!ダリアが無茶苦茶なこと言うんだよ!!」

 

えー…一応、聞くけど。と頷けばダイナが説明する。

 

「ダリアが種族別のポケモンフードが見分けられないから、形まで種族別に変えろって無理難題を押し付けて来るんだ!おれに!」

 

「じゃあ、全種共通の作れば良いだけだろ…。私は基本的にポケモンフードは全種共通でおやつだけ種類別にしてた…。まあ、種類別のポケモンフードも食いたいって奴には作ってたけど」

「共通のやつ不味くて食わないじゃん」

「市販のは不味いけど、普通に作れば良いだろ」

「「……」」

 

普通ってなんだ。

ダリアとダイナの心の声は同じだった。

 

「シンヤ兄ちゃんの全種共通のポケモンフードってどんなの?」

「ん?これ…、ちょっと残ってる」

 

カバンから出した筒の箱。

カラン、と音を鳴らして出したフードの一つをダイナが口に運ぶ。

 

「んん!?」

「ポケモンフード食べるとか引くんだけど」

「美味い!」

「嘘でしょ?」

「いや、マジで。食ってみ!」

 

えー…、と嫌そうな顔をしつつフードを一つ口に入れたダリア。

もぐもぐ、と咀嚼した所で目を見開く。

 

「ほんとだ…」

「基本的に人間が食べて不味いものはポケモンも不味い。人間的には薄味だが美味い、っていうのが理想だな」

 

おやつも。と付け足したシンヤにダイナは目を輝かせる。

 

「シンヤ兄ちゃん!なんでこのレシピもっと早く教えてくれないの!?」

「え…、聞かれなかったし…」

 

っていうか、育て屋で使ってるだろ?とシンヤに首を傾げられてダイナは首を横に振った。

 

「いや、種族別でおれが作ってるよ」

「カズキはレシピ知ってるはずだけどな…、ずっとそれでやってたから」

「はぁ!?」

「あ、お前がブリーダーになったから、お前の勉強になると思って言わなかったのかもな」

「マジかよ!!今までの苦労が!!」

 

嘆くダイナにシンヤが苦笑いを浮かべる。

 

「今までの苦労は、無駄になんかなったりしないだろ」

「……た、確かに」

「僕の苦労は無駄になったよ」

 

うちのクソ親め!と怒るダリア。

怒るダリアにシンヤとダイナが苦笑いを浮かべる。

 

「ダリアは怒るとツバキによく似てるな」

「嘘っ!?嫌なんだけど!?」

「エンペラーはそんな風に怒鳴ったりしない」

 

アイツは静かに怒る…。とシンヤは心の中でそっと付け足しておく。

 

「マジか…、気を付けないと…」

「とりあえず、おれ、全種共通のポケモンフード作ってみるから、あんまりピリピリすんなよな!」

「分かった…。早急に作ってね」

「えー…、シンヤ兄ちゃん…」

「うん…教えるから…」

 

そんな目で見るな。

もう、シンヤ兄ちゃん超好き!と抱き付いて来たダイナの頭を撫でる。

そういえば、ダイナはずっと兄ちゃんって呼んでくるが。

伯父なんだけどなぁ….。

 

まあ、良いか。

 

*



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113★

育て屋で沢山のポケモンの面倒を見て来たトゲキッス。

沢山の命の誕生、そして、沢山の別れ。

 

自分もまたタマゴから生まれ、

シンヤに育てられた、

育ててくれたシンヤを乗せて飛び回った。

一緒に歩んで、

一緒にシンヤを慕ったみんなは先にいってしまった。

 

そして、とうとう、

とうとう……、自分の番。

 

沢山あった楽しい事を思い出す、

沢山あった悲しい事も思い出す、

色々と思い出して、

涙を流して、最後は幸せだったなぁと思った。

 

でも……、

 

シンヤのボールが全て空っぽになってしまうんだな、と思うと涙が出た。

シンヤの部屋に並べられたモンスターボールを思い出して、トゲキッスはシンヤの手を握った。

 

反転世界の一角にある墓標を思い出して涙が出た。

自分もあそこに眠るのだ……、

幸せだった…、幸せだったけれど…、

シンヤを置いていくのはやっぱり悲しい……。

 

だって…、自分の知り合った人達はみんな、いってしまった……。

どれだけ悲しかったか、どれだけ苦しかったか、必ずいかなければいけないのだけれど、

置いていかれるのは胸が張り裂けそうな程にツライ。

 

そして…、

とうとう自分が置いていく側になってしまった…。

もっともっと長生きしたかった。

もっともっとシンヤを乗せて空を飛びたかった。

 

 

 

 

………嫌だ、

 

………いきたくない…。

 

もう俺しか居ないのに…!シンヤのボールを埋めるのはもう俺だけだったのに…!

空っぽのボールを眺めるシンヤを思い出すと涙が止まらない。

 

嫌だ、嫌だ、

 

「……シンヤ…っ」

「なんだ?」

「俺、……」

 

……いきたくない。

その言葉を飲み込んだ。

言った所でシンヤを困らせるだけ、余計にツラくさせるだけ。

 

言っちゃ駄目だ。絶対に。

 

俺は、笑っていないと…。

 

 

「俺、シンヤの、幸せを祈ります…」

「…ありがとう」

 

ツキンツキン、と胸に痛みが走る。

シンヤの心の痛みを感じる。その痛みに胸が張り裂けそうだった。

涙が溢れそうになった……。

でも、俺は、

俺は、笑っていきますから。

大丈夫…、大丈夫……、

ちゃんと最後まで…、シンヤが好きだって言ってくれた笑顔で…。

 

「お前は本当に笑った顔が可愛いな…」

「……」

 

良かった、

俺、ちゃんと笑えてた…。

 

 

*

 

最初のポケモン、最初に手にした自分以外の命。

自分の為に最後まで笑顔で居てくれた、優しいトゲキッス。

見下ろして、ふわふわの髪の毛を撫でた。

 

ありがとう、空を飛んで私を運んでくれて。

ありがとう、ずっと傍にいてくれて。

ありがとう…、最後まで笑顔で居ようとしてくれて、

涙をいっぱい零しながら眠った優しい子。

 

「ありがとうな…」

 

*

 

 

「ごめんなさい、みなさん…。俺はここまで、でした……」

 

*



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114

「遊びに行きたい」

 

ミュウツーのその言葉にギラティナが「勝手に行って来い!」と怒鳴る。

そんなギラティナを無視して、私の服を引っ張るミュウツー。

その手に持ってる雑誌のピクニック特集の文字が全てを物語っている…!

 

「じゃあ、お弁当持ってセレビィにでも会いに行くか」

「マジかよ!」

 

いえーい、と喜ぶミュウツー。

さて、おかずは何を作ろうかな、と呟けば、ギラティナが食い付いた。

 

「オレ、焼きそばパン食いたいんだけど…」

「なかなかピンポイントで来るな…」

 

良いけど。と言えばギラティナも結構、嬉しそうだ。

いっぱい作って残ったら夕食にもしようと、張り切って重箱で作った物をミュウツーに持たせる。

医療道具はギラティナが持ってくれたので私は手ぶらで久しぶりに来たセレビィの森を見渡した。

 

「久しぶりに来たら気持ち良いな、命の湖」

「綺麗な場所だな~」

「水が綺麗だ」

 

そういえば、この二人は来るの初めてだもんな。

随分、昔になるのに今でもよく覚えてる。

セレビィが操られて、サトシ達が奮闘してた。結局、ここにピクニックに来ても騒動のせいでろくにのんびりも出来ず、家の庭で夕食を食べたっけ…。

 

「シンヤ!弁当開けて良い!?」

「ん?ああ、そうだな、食べよう」

 

焼きそばパン!とご機嫌にバスケットを開けるギラティナ。横でミュウツーが重箱を開けていた。

水筒に入れて来た味噌汁を飲んでいると、遠くから声が聞こえた。

 

「レビビー!!!」

「あ」

「むお!?」

「おお、セレビィだ」

 

びっくりしたらしいギラティナが焼きそばパンを喉に詰めたのか咽ている。バンバンとミュウツーがギラティナの背を叩いた。

久しぶり~!と寄って来たセレビィ。お前、いっぱい居るから知り合いのセレビィかどうか分からんが、久しぶりと言われたのなら関わった奴なんだろう。

どっちだ…。私を未来に飛ばしたのか、過去から来て死にかけた奴か…。

 

「シンヤ…!」

「お前ー!なんで居るんだよー!」

「久しいな、シンヤ」

 

スイクン、ライコウ、エンテイ…!

ポケモン・バッカーズ以来だな!!スイクンのハグにハグを返して、ライコウにゲンコツを落とす。

 

「いてぇ!何すんだよ!」

「忘れたとは言わせないぞ!お前がポケモン・バッカーズでハシャいで無駄に目立ったあの日を…!」

「すげぇ昔じゃねぇかよ!許せよ!」

「許すか…っ!!」

「まあ、あれはやり過ぎたからな…。もうニ、三発殴られておけ…お前が悪い」

「くそぉ!!」

 

ごめんなさい!とあのライコウが謝ったので許した。素直に謝れるなんて成長したな。

ふよふよ、と辺りをアンノーンが飛び交っている。今、密猟者が来たら大喜びな状況だな。

 

「(もきゅもきゅ)」

「この白いのは、ひたすらに食うな…」

「お前ら、オレとシンヤのピクニック邪魔すんじゃねぇよ、帰れ!」

 

シッシッとギラティナが手を振る。

それにうるせぇ、と言いつつライコウが弁当に手を伸ばした。食べるのか。

 

「ギラティナの所はなかなか行き難くて、会いに行けないんだよね…。もっと遊びに行きやすくしておいて…」

「えぇ~…あんまり出入り口増やしたくねぇんだけどなぁ…」

 

しょうがねぇなぁ、とギラティナが溜息を吐いた。

そんな事より、エンテイが焼きそばパンを食べる姿がなんだか面白い。似合わないな。

 

「レビ~?」

「え?ああ…、平気?何がだ?」

「レビ、レビィ…」

 

時間に取り残されてる今。とセレビィがそう言った言葉にギラティナ達の動きが止まった。

みんな、結構、気にしてくれてるんだな…。

 

「寂しくないわけじゃないが…、一緒に居てくれるお前達が居るからな、大丈夫だ」

「ビィ!」

 

抱き付いて来たセレビィの頭を撫でる。

相変わらずらっきょみたいだと言えば、怒っていた。ははは、お前、私を未来に送った方だな…。

ポケモン・バッカーズの元凶め。

 

「フン、まあ、お前が寂しいって言うならまた遊びに行ってやるよ」

 

ツンデレか。

 

「シンヤの家には興味がある」

「私も…また遊びにいくね…」

「いつでも来てくれ」

 

弁当を食べ終わった後、アンノーンを並べて遊んでいたら大群に囲まれた。

ぎゃーぎゃー言ってたらギラティナにめちゃくちゃ笑われた。

 

「助けろー!」

「めっちゃ好かれてんじゃん!」

「お前ら、一匹ずつ目玉突くぞ!?」

「こえぇ…」

 

*

 

FRIEND

 

SUBETE NO

INOCHI HA

 

BETSU NO

INOCHI TO DEAI

NANIKA WO UMIDASU

 

 

「並べた。見てくれ、ズイの遺跡のやつ」

 

ミュウツーがジャーンと見せてくれた空中に浮くアンノーンの文字。

そういえば、ズイの遺跡にアンノーン文字が刻まれてたな。

 

「それは誰が残したんだろうな」

「レビビー!」

「は?残しに行けばって?私が?」

 

残しに行ったら、この文章は私が本当に残した事になるじゃないか…。

でも、残したくなる言葉ではあるけどな。

 

「誰が刻んだのか見に行くってのはどうだ?」

「ビィ?」

 

刻まれてないのを確認してから少しずつ時間を進めて誰が刻みに来るか確認するんだ。と言えば、暇潰しには良いじゃん。とライコウが同意してくれた。

よし、みんなで見に行こう!とセレビィの時渡りで過去へと飛ぶ。

最悪、帰って来れなくてもギラティナにディアルガ連れて来させるから大丈夫だ。と言えば、ミュウツーがなるほど!と納得していた。ギラティナが嫌そうな顔をした。

およそ、1万年程遡ってみたが、遺跡が無かった。1000年単位で戻ってようやく遺跡が建造されているのを発見。

文字は刻まれておらず、アンノーンは飛び回っていた。

次から100年単位で戻ってみるも文字は刻まれない。刻まれないまま現在まで戻って来た。

 

「……」

「刻まれてるの消えた!?」

「ヤバイ、これは私達が途中で刻まないといけない奴だったのか…!」

 

結局、残したのシンヤじゃん!というギラティナのツッコミ。

そ、そんな馬鹿なと思いつつ。遺跡が出来た辺りに遡ってアンノーン文字を刻んでおいた。

 

「まあ…あれだね…私達が仲良く、刻んだ友達の証、ってことで…」

 

良いのか。そんな感じで…。

良い感じに纏めたスイクンに、まあ良いだろう。とエンテイが頷いた。

変な事、言わなきゃ良かったな…。

 

「さすがに戻って来て刻まれて無いの見た時は焦ったな…」

「シンヤ、めちゃくちゃ慌ててたもんな!」

「笑い事じゃないぞ!?歴史的な謎だったから…」

「その歴史的な謎の犯人が…」

 

ミュウツーの言葉に皆で黙り込む。

もう、無かった事にしよう。

 

「よし、疲れたから、帰って寝よう」

「オイ!」

「あ、セレビィ。うちの庭に良い木があるぞ。大きな綿がなる木でな」

「ビィ!」

 

え、なにその木。と興味を持ったライコウが食い付いた。

 

「昔、ミロが植えてたやつな~」

「エルフーンというポケモンから貰った種付きの綿がとんでもなくでかく育ってなぁ…」

「へー…、見たい」

「綿の大木という事か?」

 

そうそう、とエンテイに頷き返して、みんなで反転世界に帰る。

殺風景な家の庭に大きくて真っ白なモコモコがよく目立つ。

 

「すっげぇ!」

「わぁ…」

「見事なものだ」

 

その内、あれでクッションを作ろうと目論んでいたりする。

 

*

 

スイクン、ライコウ、エンテイ、セレビィ、アンノーン。

あの連中が来てから度々、他の伝説の連中も重い腰をあげて反転世界に遊びに来るようになった。

綿の木を見に来た。って…。

 

「わー…マジで綿じゃーん…」

「カイオーガ!これでオレと愛のベッド作ろうぜ!」

「死ねよ~マジ死ねよ~」

 

ポケモンの姿に戻って喧嘩するなよ、と慌てて止めに入ったり。

気付いたら綿の木の上でミュウが昼寝してたり…。

 

作成したクッションをアグノムに盗られ、再び作ったクッションをエムリットに盗られ、また作ったクッションは…、欲しそうなユクシーにプレゼントした。

 

ラティオスとラティアスが遊びに来てくれて、

ラルースシティ以来のレックウザと、デセルシティで別れた黒いレックウザまで遊びに来ていた。

レックウザが並ぶとなんか凄いな。

ディアルガ、パルキア、アルセウスなんて見慣れたから何とも思って無かったが。レックウザ、カッコイイ。

 

レジギガス達も自ら検診に来てくれるようになったので凄く楽だ。

サンダー、ファイヤー、フリーザーの三羽も来て、ファイヤーに綿の木を燃やされそうになって焦ったり。

あの三羽を見たら、会いたくなったとルギアにこっそり会いに行ったりした。

 

 

 

もう会えない人達も多いが、まだまだ会える連中も多い事に喜びながら、

余生を過ごそうと思う…。

 

「シンヤ、またミュウの奴が来た!」

 

「お前、綿むしるのやめろ!こらー!」

 

*



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115★

神の身元で生まれた存在に終わりは無い。

世界の一部であるギラティナに寿命は無い。

終わりがあるのなら、それは悪意ある者からの強制的なものか、世界が完全に消え去った時だろう。

 

ギラティナに寿命は無い。

 

変わらずにシンヤの傍に在り続ける。

アルセウス、ディアルガ、パルキアと共にシンヤを守り続ける。世界の為に。

どれだけの時が経とうとも、どれだけの人がシンヤを忘れても、

反転世界でゆっくりと時を過ごすシンヤの傍に在り続ける。

 

 

ポケモンレンジャーの彼の人は不慮の事故でいってしまった。

そんな彼を愛したあの子は片割れを置いて、愛する人と共に先にいった。

 

「…」

 

そして、主を愛し、愛されて生きたあの子は誰よりも先に老いて、眠るようにいった。

先にいった二人と向こうでまた主を待っているのだろう。

 

「…」

 

聡明で努力家なあの子は主に代わり注目を引き受け、世に名を残し、世間に惜しまれながら眠った。

仕事をやりきったあの子にはやっとの休息だったに違いない。

 

「…」

 

妻と共にコーディネーターとして表舞台に立ち活躍したあの子は先に妻を看取り、そして我が子達と主に看取られて眠った。

片割れに今までの自慢話をしなければと、幸せそうに笑って。

 

「…」

 

そして、妻と共に自身の娘を立派なジョーイに育てたあの子は先にいってしまった妻の後を追った。

まだまだ若く美しかったが自分は美しいまま妻と眠りたいのだと主に頼み込み、妻に似て逞しい娘に看取られて美しいまま眠った。

 

「…」

 

主の為に店を残したあの子は長年、共に働いた綺麗好きなあの子が眠る時に深々と主に頭を下げて、世界から消えた。

向こうにいくタイミングは聡明なあの子と約束していたらしい。

共にいった綺麗好きなあの子の最後の言葉は「ちゃんと一日三食召し上がって下さいね」だった。

 

「…」

 

主の手元で生まれた優しいあの子は沢山の命の誕生に携わり、沢山の命を看取って、大好きな主の傍で眠った。

親しいポケモン、親しい人間、多くの者の最後に付き添ったあの子は主の手を握り目をつむって笑った。

 

「…」

 

長く生きられるポケモン、長く生きられないポケモン、特殊な存在で寿命が無いポケモンだって居る。

幻と呼ばれ長きを生きるポケモンは気まぐれに世界の様子を見に来た。呪縛でこの世に縛り付けられたポケモンは世界の為に美味しいコーヒーを淹れ続ける生き方を選んだ。

 

そして、人間の手で創られたあの子は。

特殊な存在だから、と安心していたギラティナをどんどんと不安にさせた。

ミュウのコピーとして生まれたとしても、別個体の命。誰よりも特殊な環境で生まれたとしても一つの命。

 

「……ツー、」

「…」

 

誰よりも幼かった彼は一番最後に年老いた。

ミュウの遺伝子の為か、見た目に変化は無かったが命は確実に老いていた。

 

「お前も、いくのかよ…」

「…そうらしい、」

「そっか…、シンヤの事は任せとけ…」

「……」

 

ぎゅ、とギラティナは彼の手を握った。

弱くその手を握り返した彼は口元に笑みを浮かべる。

 

「私は…、何の為に生まれたのか、分かった…」

「…?」

「楽しかった…。ありがとう、…私の、」

「……、」

「はじめての、ともだち…」

「……っ!!!」

 

ギラティナは眠った彼の手を握り締めて、頷いた。

 

「…オレの方こそっ、ありがとな…っ」

 

友達が出来たのは、生まれて初めてだったよ。

 

 

 

誰よりも幼かったあの子は一番最後に年老いた。

初めて出来た友達に看取られて眠ったあの子は先に向こうで待っていた仲間のもとにいく。

 

どんな形であれ、あの世界に生まれて良かった。本当に楽しかった。と笑った彼を微笑ましく見守る仲間のもとに。

 

 

 

*

 

 

 

「シンヤー!こっちこっちー!」

「足場が悪すぎてツライ!」

「最近よく言うよなソレ。年か?」

「足腰に来てるのか…、ってそんなわけあるか!」

 

シンヤのノリツッコミに笑ったギラティナは荷物を肩にかけ直して、よたよたと歩くシンヤの手を掴む。

 

「あ。あれじゃね?」

「おー…居た居た。」

 

よいしょ、とそれを抱き上げたシンヤにギラティナはジジイかよと笑う。

 

「うるさい!お前の方がジジイだろうが!」

「そーだよ、オレ、ジジイだもーん」

「あ、くそ、開き直った…!」

 

なんか悔しいと不貞腐れるシンヤを見て笑いながらギラティナは空を見上げる。

お。ちょうど良い塩梅。

 

「おーい、起きろー。健康診断するぞー」

 

夜空に輝く大きな流れ星にギラティナは目を細めた。

 

<ふわぁ~>

「おはよう」

<あ!おはよう!シンヤさん!>

 

美しい千年彗星。

七日間、遊ぶぞ!と笑うシンヤにジラーチが笑顔で頷き返した。

 

*



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116

どれくらいの時が過ぎただろう。

 

世界の時間に置き去りにされたカミサマは、世界の裏側でひっそりと生き続けていた。

そして、ふらりと世界を見て回った。

 

世界が憎しみと怒りであふれ争いが起こった時、アルセウスが人々の前に降り立った。

悲しみに涙を流す人々のもとに、目を開くユクシーが現れた。

 

*

 

生きる事に苦しみ深い深い森の奥に迷い込んだ人間はそこで小さなカフェに辿り着くという。

歌いながらコーヒーを淹れる男。

出されたコーヒーの美味しさに人間は涙を零す。

 

美味しいコーヒーを淹れた男は言う。

 

「喜ぶ事、楽しむ事、当たり前の生活、それが幸せ。

そうすれば、カミサマの祝福がある」と笑った。

 

人間はいつの間にか森の外に立っていた。

 

*

 

世界の時間に置き去りにされたカミサマは世界の発展を眺めた。

発展すればする程に、ポケモン達は人々の前から姿を消してゆく。ポケモンである必要が無くなってゆくのだ。

ポケモン達は人の姿になり、言葉を交わし、人間と共に生きてゆく。

 

世界に人だけとなった頃、人々はポケモンという生き物の存在を忘れた。

技術の発展した世界で争いが起きる。

 

怒り憎しみ争う人々の前にアルセウスが降り立ったが、人々はアルセウスの存在を畏怖とした。

自分達と違う形、不思議な力。

 

突き刺さった刃にアルセウスが倒れた時、カミサマも倒れた。

 

世界は喜びも楽しさも、優しささえも失ってしまった。

言葉で暴力で傷付けあう世界。

 

沢山の刃がアルセウスを襲う、世界が歪む、カミサマの時間が消えた時。

 

繋ぎ合わされていた世界が弾けて消えた。

 

*

 

消えた世界の裏側で王は涙を流した。

消えてしまった、全て、こんな幸せの欠片も無い醜い世界など望んでいなかった。

消えた世界の空間が歪み荒れ狂う中、

裏側に取り残された王は世界などどうでも良かった、

ただカミサマを取り戻したかった。

 

王はカミサマを世界に置いた。

 

混沌のうねりの中、全てをカミサマに注いだ。

 

一つのタマゴが世界に現れた。

タマゴから世界に最初の者が生まれ出た。

 

最初の者は二つの分身を創った

時間が回り始めた

空間が広がり始めた

更に自分の身体から三つの命を生み出した、

 

二つの分身が祈ると

物というものが生まれた

三つの命が祈ると心というものが生まれた

 

世界が創りだされたので

最初の者は眠りに付いた。

 

世界の裏側の王は嘆き、怒り狂った。

こんなものは望んでいなかった自分の望んだものはこれではないと暴れ、世界を破壊しようとしたので、皆に世界から追い出されてしまった。

 

世界の裏側の王は全ての記憶を消され、

 

静かに世界の様子を眺めた…。

 

 

*

 

 

自分は何かを守りたかった気がする。

自分の大切な何かがここにあった気がする。

でも、誰も知らない。誰も覚えていない。

 

 

*

 

世界は腐っていると、私は思うのだ……。

 

そう思い出したのは高校入学間もない頃か卒業後だったか……。

ああ、卒業後だったと思う。

将来の夢を見出せぬまま高校を卒業した大学には行かなかった、こういうと行けたみたいな言い方をしているが事実、行けたのだからこう言うしかない。

私は頭は良い、教科書に書かれてる事ならお手の物。

ただ、利口に生きてはいなかった様だ。

なんて事ない高卒ながらそれなりの会社に就職してそれなりに生活していた。

 

腐ってると思った。

 

仕事に行く為にスーツを着た、溜息が出る。

休日に部屋の掃除をした、溜息が出る。

空腹を満たす為に料理を作った、我ながら良い出来だと腹を満たし終われば溜息が出る。

空っぽだった、世界は腐ってるなどとほざいたが腐ってるのは私であって世界は移り変わり存在している。

腐ってるのは私、動きながら止まっている、否、止めているのは私自身。

何をするわけでもない、何をしたいと思うわけでもない。

何もしないまま、ただ何か起これば良いのにと願う哀れな男だ。

 

何をすれば満たされる。

仕事で誰よりも優れた成績を出せば満たされたか、満たされなかった。

お金があれば満たされるのか、なら貯めてやるよと貯めに貯めたこの金は何に使えというのか、満たされる事などない。

満たそうと求めてみれば更に空っぽになる気がした。

何が間違ってる、根本的に間違ってる気がする、けれどその間違いを訂正して生きていけるほど私は利口じゃなかった。

 

溜息が出る。

 

周りの人々の目は輝いて見えた、同じ色の目とは思えない輝きを放っている気がした。

鏡に映るのは誰だ、穴が開いた様な真っ黒の目で何を見ている、お前は誰だ。

生きているのか死んでいるのか、否、生きながら死んでいるも同然だ。

私は何なんだ……、私はどうして生きている、何の為に、生まれて来たというのだろうか……。

 

 

世界は腐っていると、私は思う。

こんな私を産み落とした世界は腐ってる。

 

 

***

 

 

生まれて25年になる。

生まれてこの方このような光景を見た事が無ければ、こういう状況に陥った事も無い。

美しい世界だった、私がこう思える日が来るなんて……、やっぱり死んでみるもんだと関心した。

 

昨日の深夜2時。

私は大量の睡眠薬を飲んで眠った。

そして目が覚めると青々と茂った草原の上で眠っていたのだ。

これはもう死んでるだろ、少し想像していたあの世と呼ばれる場所とは少し違うがもうどうでも良い事。

裸足のまま草の上を歩いて小石を踏んだ、あまりの痛さに足の裏を見れば切れて血が出ている。

一度死んでもまだ苦痛を与えるのか。

意外と甘くない世界らしい、しかしだ、そんな痛みもどうでもよくなるほど空が綺麗で私はぼんやりと空を眺める。

 

大きな虹色の鳥が空を横切った。

 

空から虹色に輝く大きな羽が一枚降って来るのが見えて手を伸ばす。

風に吹かれながらもその羽はすんなりと私の手の中に納まった。

太陽の光を受けて輝く羽は何処までも美しい……。

 

私の知らない世界はこんなにも美しかった。

ああ、死んで良かったなぁ……。

 

.





【挿絵表示】

終わり。


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あとがき

最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。

長々と私の妄想にお付き合い下さり、本当に感謝の言葉しかございません。

 

今回、十年前に書き始め、既に完結済みの連載を自サイトからハーメルンさんへ移し作業をさせて頂きました。

途中、誤字脱字修正、多少の足した箇所や減らした箇所、話数をまとめた箇所もありますので、長年読んで下さってる方はあれ?と思う所があると思いますがお許し下さい。

 

*

 

このお話は勿論、すべて私の妄想であり素晴らしいポケモンのストーリーとキャラクター、神話の内容をお借りしたに過ぎませんが。

毎回の如く、補足説明しかり、説明しないと伝わらない感がある話しか書けないので解説致します…!

 

ポケモンの世界が日本の形になっているのは皆様ご存じかと思いますが、

私は今回、発展の後、シンヤさんが最後に見た世界をパラレルワールドの最悪の現代として書きました。

この現代にアルセウスのような大きな異形の力を持った生物が急に現れたらどうするのか…と、考えた時に悪い方にイメージをしたわけです。

途中まではポケモンという存在は友であり家族である、という概念でアルセウスも神として敬われる存在でしたが。ポケモンという存在が居なくなり忘れられた未来では恐怖の対象でしかなかったのです。

 

アルセウスが倒れれば、シンヤさんも同じように倒れます。

 

これがまさに、鶏が先か、卵が先か状態ですね。

シンヤさんで創られた世界だったのでシンヤさんが倒れた事により、世界は崩壊しました。繋ぎ合わされていた世界が弾けてバラバラになったのです。

ですが、世界の裏側。

全く別の世界に存在するギラティナだけは違います。私はギラティナの世界を冥界。死後の世界のように思っていたので、ギラティナだけは取り残されます。

実際、ギラティナの世界にはシンヤさんの知り合いであるみんなが眠っています。ギラティナが無意識に自分の世界を守り続ける理由の一つでもありました。

 

シンヤさんが倒れて世界のみんなが消えてしまいました。でも、取り残されたギラティナはそれで納得が行くわけがないですよね?

もう一度、世界を繋ぎ合せようと思ったのです。シンヤさんの身体で。

世界の一部であるカミサマですので、神話の通り、混沌とする空間の中にタマゴが一つ現れます。

でも、生まれてくるのはアルセウスです。シンヤさんではありません。

ギラティナの図鑑通り、暴れ者ゆえに追い出された理由は…、そこに視点を置いてみました。

 

シンヤさんは生まれた時、『シンヤ』ではありませんでしたが、魂のほんの一欠片でもシンヤさんだったのかもしれません。

崩壊時に弾かれた魂。自分の居場所はここではない、と『シンヤ』でなくても分かっていたのかもしれません。彼の魂だけが引き寄せられたのはその為かもしれません。

お話は最初に戻ってしまいました。誰の記憶にも残っていません。そして、結末もきっと同じです。

 

ちなみに、ミロカロスが植えた綿の木。

あれのイメージは魂です。皆の魂がシンヤさんのもとに笑顔を集めていました。でも、あの木は反転世界の物質では無いので世界崩壊と共に消えてしまっています。

きっとミロカロスがまた植えてくれる事でしょう…。

 

このお話は決してハッピーエンドと呼ばれるものではありませんでしたが、

幸せになる男の物語であったと言わせて下さい。

 

私は、最後まで書けて、読んで頂けて幸せございました。

最後まで本当にありがとうございます!

 

*

 

『ブラッキー:事故死』

当初はシンヤを愛しており。心の内は見せぬようミロカロスに対して嫉妬を抱きつつ妨害を試みたりしていた。シンヤがミロカロスに対して好意を伝える度に傷付き、それを誤魔化すように茶化し苦悩していた。

見た目とは違い、心は誰よりも乙女であり、誰よりも女性になりたかったのは彼だろう。

失恋に落ち込むブラッキーはヤマトとは体の関係から始まる恋をした。素直になれず、自分の理想の恋愛は出来なかったが、ブラッキーを唯一女の子として接したのはヤマトだった。

ヤマトに人の言葉では好きとは伝えられなかったが、想いは伝わり、離れる事なく幸せに共に眠った。

 

『ミロカロス:衰弱死』

シンヤを愛し、シンヤに愛された子。当初の性格からは一転し、穏やかかつ幼いようで大人びた子に。

元々、精神的に弱く、手持ちの中では最年長であったこともあり。ブラッキーとヤマトの死を境に衰弱し急激に衰えてしまう。最後まで美しい自分でお別れしようとポケモンの姿のままシンヤの腕の中で眠った。

 

『ミミロップ:老衰死』

最後の時までシンヤに変わり世間に晒され働いた。苦手な愛想笑いを貼り付けて世界で一番有名なポケモンドクターになった。

老いて、衰えても会う人会う人に最後まで愛想笑いを返し苦しみ抜いたが。最後はシンヤに看取られて穏やかに本当に笑う事が出来た。苦労が報われ幸せだったが、最後の最後までシンヤを心配し眠った。彼がここまでやってこれたのは決して叶う事の無い、叶える気も無かったが、心から愛したシンヤへの為だった。

 

『エーフィ:老衰死』

ブラッキー亡き後、孤独感に耐えられず、一番傍に居て自分に都合の良い相手としてノリコを伴侶とした。

他の仲間に申し訳なさを感じながらも一心不乱に自分とノリコの夢を実現させた。

見た目とは違い、心は誰よりも雄々しく、一家の大黒柱として良い父親として過ごす。最初こそ都合の良い相手としての始まりだったが長年連れ添ったノリコを心から愛していた事に気付き、子と孫に看取られて幸せに眠った。

 

『サーナイト:安楽死』

心は女性でありながらもジョーイを愛し、お互い女性として母として娘を授かる。

理解ある娘に恵まれ、二人のお母さんと呼ばれ、娘がジョーイになるように育てる。しかし、妻が若くして病死してしまい、サーナイトは親でありながらも後を追う決断をする。

美しく共に眠りたいから、という言葉も真実であるが、それと別にジョーイという娘が居る時点で自分が男だと世間の目に晒されてしまう恐怖を妻が居ない今では耐えられないとも感じた。

サーナイトの心が女性であり、男性として見られることに恐怖を感じている事を理解している娘は二人の母が共に眠る事を受け入れた。

 

『サマヨール:自己消滅』

シンヤの願いを叶え、主が永遠の平穏と休息を得られる場所を残した。

シンヤに対しての感情は尊敬、恋愛感情などの愛している人では無いが愛情以上の気持ちを抱き、永久の忠誠を誓い自らの意思で消える。

 

『チルタリス:老衰死』

シンヤに尽くし、サマヨールに協力して共に主の永遠の平穏と休息の得られる場所を作った。

誰よりもシンヤの健康に気を遣い、時が止まっていたとしてもシンヤの健康な暮らしを願った。美味しい食事、適度な睡眠、清潔感のある生活。それが一番幸せなのだとシンヤに伝え、約束し眠った。

 

『トゲキッス:老衰死』

タマゴから孵った為、シンヤの手持ちで一番最年少だった。

体力の続く限り、シンヤを乗せて空を飛び。シンヤと共に沢山の命の誕生を見て、沢山の命とお別れした。

最後の最後までシンヤの傍で微笑み寄り添い、最後に抱いた唯一のワガママも言わぬよう、シンヤの幸せを祈り、シンヤの傍らで目を閉じて笑い眠った。

 

 

【挿絵表示】

 

『シンヤ』

皆が築き上げてくれたおかげで長い年月を平穏に過ごす。

時が止まってからはチルタリスとの約束通り、自分の健康チェックを行うなど健康マニアに。

左目のミロカロスに会えるので鏡を見るのも好きになった。

 

 

【挿絵表示】

 

『ギラティナ』

シンヤの為だけに全てを尽くした。

誰よりもシンヤの傍に居て、大切に想い、心に抱いた感情が愛であったかはギラティナ本人も分からない。

 

 

【挿絵表示】

 

『ミュウツー:老衰死』

最後の時までシンヤの助手として働いた。

沢山の人達と関わり、ギラティナという親友に出会い、生まれた意味を見つけ、幸せに眠る。

 

 

ありがとうございました。



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会うは別れの始め:番外編
許可されたデート券


大きなテーブルの周りに並んだ面々は真剣な面持ちでテーブルの上に置かれた一枚の紙に視線を落としていた。

うーむ、と最初に声を発したヤマトがその紙を手に取ろうとしたが素早くミミロップにその手を叩き落とされた。

 

「痛い!!」

「何、勝手に取ろうとしてんの?ふざけてんの?蹴るよ?」

「…ご、ごめんなさい。裏面とか見た方が良いかなぁと思って……」

 

ヤマトの言葉に確かに、と皆が思った。

テーブルに置かれた一枚の紙。表には『シンヤとクリスマスデート券』と達筆な字で書かれていた。

間違うはずもない、まぎれもないこれはシンヤの字だ。

 

「えっと、僕はデート券とか要らないから裏面を代表で見ようと思うけど…どうですかね!」

「要らないなら、良いよ…」

 

ミミロップが頷いた。

 

「後から欲しいって言うの無しだからな!?ヤマト!!分かってんのか!?」

 

鋭い眼光でヤマトを睨みつけたブラッキー。

絶対に、絶対だぞ!!!と念を押すブラッキーにヤマトはしょんぼりした。

 

「ツキくん…僕とデートしてくれる予定は無いんだね…」

「シンヤが優先なのは当然だろ!!!シンヤだぞ!!!」

「そうですね……」

 

その通りですね、と落ち込みながらヤマトがデート券を手に取り裏面を確認する。

ペラペラの紙一枚。

裏面を見てヤマトが目を見開いた。

 

「なっ……」

「何!?」

「何だった!?」

「な……何も、書いてない……」

「殺すぞテメェ!」

「大袈裟に言わないで下さいまし!!!」

 

ブラッキーがヤマトの胸ぐらを掴んだ。

すみません、と謝りながらヤマトが再びデート券をテーブルに置いた。

 

「さて、これ…どうするよ?」

「一枚しか無いですからね」

「ねぇねぇ、俺様がシンヤの恋人なんだから俺様宛のじゃないの?ねぇ」

「宛名は書いてないからな……ミロ宛とは断言出来ない……」

「なんで!」

「なんでもクソもないですわよ~。皆、平等に権利があるということですわ!!!」

「恋人なのに!!」

「逆に考えてみ?オレらは恋人じゃないから普段はデートが出来ない。だからこその、デート券!!!普段からデート出来るミロにデート券なんて物は不要なんだよ!!つまりお前にこのデート券の所有権利は無い!!」

 

そうだろ!!とブラッキーがバン!とテーブルを叩いた。

しゅん、と落ち込んだヤマトが心の中で「あの子、本気だ……」と更に落ち込んでいた。

 

「酷い!!クリスマスデートなのに!!」

「クリスマスくらいワタシ達に譲って貰わないと不公平だよな~」

「全くその通りですね」

「うううう!!!」

「み、皆さん、喧嘩しないで!!」

「チルはクリスマスのご馳走を用意しないといけないのでご主人様とデートはしません!」

 

キリ!とチルタリスが真剣な顔で言った。

チルタリスの言葉に一瞬の静寂……。

 

「ミミロー……」

「なに」

「お前、クリスマスもポケモンセンターじゃなかったか……?」

「え゙!?いや、クリスマスくらい…や、休むし…」

「はっ!?…ワタクシ、ジョーイさんとデートの約束してましたわ…!!」

「………ジョーイ不在、か…」

「……っ、…っ!!!……くそぅっ!!!!」

 

ワタシはクリスマスは仕事だチクショウ!!!とミミロップが半泣きで叫んだ。

 

「俺も仕事です。育て屋は年中無休なので」

「自分も仕事だ……、クリスマスはカフェも賑わうからな……」

 

フッ、とエーフィが笑った。

 

「ここで普段から何もしてない事が生かされて来ますね!!!」

「オレの時代来たぜ!!」

 

よっしゃー!とガッツポーズのブラッキーを見て。ヤマトは肩を落とした。

キャッキャッと喜ぶ双子を見て、トゲキッスが首を傾げた。

 

「あれ?でも、フィーさん…クリスマスのコンテストがあるって言ってませんでした?」

「………無いことにしました」

「はい!ダメー!約束してる奴はもうダメー!」

「ツキ!!!裏切り者!!」

「クリスマスに予定入れてる奴の方が裏切り者だ!!オレなんて予定ゼロだぞ!!」

「…あの、僕…クリスマス休み取ったんですけど……」

 

しょんぼりしながら言ったヤマトの言葉にブラッキーが顔を顰める。

 

「あーあー、可哀想に!せっかくヤマトが休み取って来たのになー?」

「全くだ……」

 

ミミロップとサマヨールが煽る。

 

「こんなクリスマス間近になって誘ってくるとか無くね!?」

「いや…休み取れるか分からなかったから…」

「………」

「ごめんね。ツキくんは予定空けてくれてるものだと思ってて……その、レストランの予約入れちゃってるんだけど……」

 

しょぼぼーん、と落ち込んでいくヤマトを見てブラッキーが顔を歪めた。

 

「……、っ、もっと上手に誘ってくれよ!!!バカー!!!」

「ごめんなさいー!!」

「クリスマスはお前の為に空けてやるよ!!クソー!!!」

「ツキくん!!!」

 

ありがとうー!と抱き付こうとしたヤマトをブラッキーは避けた。

 

「ということは、予定が空いてるのは必然的に一人になりましたね……」

「あ!!俺様!!俺様、暇!!」

「主は最初からこうなる事を予想して用意していたのかもしれないな……」

「なんだよ。ただのデートのお誘いかよ」

 

喜んで損した。とミミロップが頬を膨らませた。

わーい!と喜ぶミロカロスの背後でガチャリと扉が開いた。

 

「ただいま」

「シンヤー!!おかえりー!!」

 

ぴょん、と飛びついて来たミロカロスを適当にハイハイとあしらってシンヤはカバンをソファに置いた。

 

「今年中に行かないと行けなかった往診はとりあえず済んだな……、あとは書類をまとめて……」

 

ぶつぶつ、と独り言を呟きながらカバンの中からファイルを取り出したシンヤ。

そんなシンヤにミロカロスが擦り寄る。

 

「ねぇねぇ、シンヤ?」

「なんだ」

「これ、俺様宛でしょ?」

 

にこにこと笑うミロカロス。

は?と顔を歪めたシンヤがミロカロスの持つ紙に視線を落とした。

 

「シンヤとクリスマスデート券?なんだそれは?」

「え!?」

 

羨ましげに眺めていた周りの連中も「え!?」と驚きの声をあげた。

 

「ちょ!ちょい待ち!!これ、シンヤの字だよね?」

「ん~?」

 

ミミロップによく見て!と紙の文字を指差されてシンヤは「ああ」と呟いた。

 

「これはミュウツーの字だな」

「ツー!!!!!!!」

「にゃろう!!!!」

「罠ですわ!!!!!」

 

騙された!!と怒る連中を見てシンヤは心の中で思った。

紙きれ一枚でこんなに騒げるなんて幸せな奴らだと……。

 

「ツーの字はシンヤに似てるんだった!!!ああっ!くそぉ!!」

「何を怒ってるのか知らないが…、私はクリスマスは仕事だぞ…」

「「「!?!?」」」

「何処ぞのクソジョーイがデートするとかでクリスマス休暇を取りやがったからな……」

 

フフフ、と口元に笑みを浮かべつつも静かに怒るシンヤ。

 

「そうだった。ワタシとシンヤで年末乗り越えるんだった……」

「なんだか申し訳ないですわ…」

「俺様とのっ、デートはっ…!!!クリスマスデート!!!」

 

涙目のミロカロスに縋られたシンヤはヘラリと笑った。

 

「このクソ忙しい時期にデートなんてするわけないだろうが。私は、忙しい!」

「うわあああああ!!!」

「年明けてからならデートしてやる」

「やったぁあああああ!!!」

 

幸せぇえええ!!と叫ぶミロカロス。

ガチャリと扉が開いて、部屋へと入って来たミュウツーは「うるさい」と眉を顰めた。

 

「あ!!ツー!!!」

「テーブルにあった紙、知らないか?持って行くの忘れた」

「これ?」

 

ミロカロスに差し出された『シンヤとクリスマスデート券』を見て、ミュウツーは頷いた。

 

「それ」

「なんでこんなの書いたの!!!」

「お前!シンヤの許可無く何作ってんだよボケ!!!」

「…?これはギラティナにあげるクリスマスプレゼントだ」

「はぁ!?」

「年寄りにあげるプレゼントは何が良いかシンヤに聞いたら、肩たたき券とかお手伝い券とかそういうので良いって言うから。そういうのを作ってみた」

 

ミュウツーの言葉にシンヤが「あー…」と小さく言葉を漏らした。

 

「いやいや!年寄りって!!」

 

びし、とヤマトからツッコミが入る。

 

「ギラティナは年寄りだ」

「年上って言えよ…」

 

ブラッキーが呆れたように呟いた。

 

「喜びそうだろ?」

「喜ぶかもしれないけどさぁ…そういうのは本人の許可取らないと…」

「じゃあ、許可くれ」

 

これあげるんだ。とミュウツーが真っ直ぐな目でシンヤを見つめた。

シンヤは一瞬動揺した後に小さく頷いた。

 

「ダメって言って!!!」

「今年は忙しくてダメだけど、来年なら暇かもしれない…」

「来年、暇だったら俺様とデートでしょ!?」

「じゃあ、再来年でもいつでも良いだろ…」

「俺様もデート券いっぱい作るぅううう!!!」

 

許可したサインしてくれ。とミュウツーにペンを握らされたシンヤは紙の裏にサインをした。

 

「そういうの通るならワタシだって作るけど!?」

「主……、ここは平等にするべきでは…?」

「いくらでも作ってくれて構わないが、それを使う時は私の気分次第だという事も考えてもらわないとな」

「許可出して使わせないやつだ!!!!」

「鬼ですわ!!」

「気分次第では使用させてやるという券だろう?」

「ずっる!!!」

 

ぎゃーぎゃーと文句を言う後ろで許可を貰ったミュウツーは静かに部屋を出た。

家を離れて大の字で寝転がっているギラティナの傍へ近寄り、その顔をベシンを叩いた。

 

「痛っ!!!」

「クリスマスプレゼント持って来たぞ」

「まだクリスマスじゃねぇよ!!」

「ギラティナが喜ぶクリスマスプレゼントだったらクリスマスは遠い地方に連れて行ってくれるんだろ?」

「はいはい、めちゃくちゃ喜ぶのだったらな」

「プレゼントはこれだ」

 

はい、と手渡された紙きれ。

『シンヤとクリスマスデート券』と書かれた紙きれを見てギラティナは鼻で笑った。

 

「勝手にこんなの作って良いと思ってんのか?」

「許可貰った。サインしてあるぞ」

「は?うえ!?マジだ!!」

「嬉しいだろう」

「これは確かに、嬉しい…っ!!!」

「じゃあ、クリスマスは遠い地方に連れて行ってくれ」

「なんでシンヤとクリスマスデート出来るのにお前と出掛けなきゃなんねぇんだよ!!!詐欺じゃんこれ!!!」

「シンヤはクリスマスは仕事だ」

「もっと詐欺だ!!!」

「いつか使える」

「いつだよ!!!」

「いつか」

 

*

 

カフェの店内がクリスマスで彩られている中、静かに本を読むシンヤ。

鼻歌を歌いながらコーヒーを入れていたミカルゲがベルの鳴った扉へと視線をやった。

 

「あ、ギラティナ様、いらっしゃ~い♪」

「おす」

「今日はカフェオレにしてあげるね~」

「なんでも良いよ」

 

シンヤのテーブルの向かいに座ったギラティナ。

本から視線をあげたシンヤはニヤニヤと笑うギラティナを見て眉を寄せた。

 

「な、なんだ…っ」

「すっげぇ、懐かしい物見つけちゃった!」

「は?」

「これ」

 

テーブルにそっと置かれたボロボロの紙きれ。

黄ばんでて汚い…、と眉を寄せつつもシンヤはその紙に書かれた文字を読んだ。

 

「ああ……、ミュウツーの」

「いやぁ、年末の大掃除してみるもんだな」

「お前、何百年掃除してなかったんだ…?」

「……、それは分からねぇけど…」

 

あはは、と苦笑いを浮かべたギラティナにシンヤも苦笑いを返す。

 

「まあ、出てきたんだし、せっかくなら使おうかなーって」

「なるほど。まあ、良いだろう」

「いやぁ、これを使える日が来るとはなぁ!」

「全く…あの時、適当に許可なんてするんじゃなかったな」

「ハハハ!ひでぇー」

 

 

- 許可されたデート券 -

 

 

「はい、コーヒーのブラックと~、カフェオーレ~♪」

「ありがとう」

「カフェオレ、甘くしてくれた?」

「お砂糖たっぷりデス!」

「さんきゅ~」

「しかし、デートなんて今更だな」

「へ?なんで?」

「お前とは毎日デートしてる気分だ」

「ぶっ!!!」

「お熱いですネ~♪」

「冗談だぞ?」

「やめて!冗談でも照れるから!」

 

*



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愛するアナタへ

薄っぺらい小さなノートを拾った。

大好きな赤色の小さなノート、パラパラと中を見ると、何も書いていない真っ白なノート。

誰かの落し物だろう、

辺りを見渡しても人は居ない。

ここに置いて行ったら、落とした人が拾いに来るだろうか?

 

「……」

 

薄っぺらい小さなノートだ。

失くしたなら新しいのをまた買えば良い。

貰っちゃおう。と両手で握り締めて鼻歌を奏でながら家に帰った。

 

*

 

自分の字はあまり綺麗ではない。

なら、練習しよう。とノートを広げた。

一行目に『ミロカロス』と自分の名前を書いた。

その書いた自分の名前の下に『こんにちは、ミロカロス』と綺麗な字が浮かび上がった。

 

「!?」

 

辺りを見渡しても誰も居ない。リビングのテーブルの下を覗き込んでも誰も居ない。

ゴーストタイプの仕業かと辺りを手で払ってみる。

 

「……」

 

浮かび上がった綺麗な字の下にミロカロスはそっとペン先を走らせた。

 

『だれ?』

『シンヤ』

「え!?シンヤ!?」

 

え!?シンヤ!?なんで!?とミロカロスはまたリビングを見渡す。誰も居ない。

本当なのか、という疑問を更にノートに書く。

 

『ほんとうにシンヤなの?』

『そうだよ』

 

自分の書いた文字の下に綺麗なシンヤの文字で返事が来る…。

シンヤは今、ポケモンセンターに行ってるはずだから、そこで俺様に返事を書いてくれてるのかもしれない。でも、偽物のシンヤかもしれない。

うーん、とミロカロスがペンを握りしめて考える。

本物なら俺様のことをよく知ってるはずだから、質問してみよう。そう考えたミロカロスがノートにまたペンを走らせる。

 

『おれさまの、すきなくだものはな~んだ?』

『リンゴ』

 

当たった!

それなら、と更にミロカロスは拙い字で文字を書く。

 

『すーぱーで、はたらいてるメタモン。だ~れだ!』

『タモツ』

 

当たった!

これはさすがに自分達をよく知ってないと知らないヤツ!本当にシンヤかも!とミロカロスの顔に笑みが浮かぶ。

 

『シンヤ、いまなにしてるの?』

『コーヒーを飲んでるよ』

『飲、これなに?』

『コーヒーをのんでるよ。(飲んでるよ)』

 

あー。難しい字だな。とミロカロスは頷いた。

 

『だれといっしょ?』

『サマヨール』

 

ヨルかー。だったら許すー。とミロカロスはうんうんとまた頷いた。

 

『おれさまは、いえにひとりぽっちです』

『チルは?』

『いないよ~』

『かいものだな』

 

そうだろうなー、とミロカロスがシンヤの返事に頷いた。

 

『シンヤ、はやくかえってきて』

 

そうミロカロスが書けば、さっきまですぐに浮かび上がった文字が出て来ない。

あれ?シンヤ?と首を傾げたミロカロスがノートをぺんぺんと叩く。

 

『もうちょっとまってて』

 

あ、返事来た。

シンヤからの返事にミロカロスはうんうんと頷いた。

 

『わかった!まってる!』

『いいこ、だな』

「えへへ!俺様、良い子!」

 

『だろ~』とご機嫌に返事を書いてミロカロスが笑う。

『いいこ、いいこ』と返って来た返事に頭を撫でられているような気分になり上機嫌なミロカロス。

次は何を書こうかな、と思った所で買い物に行っていたチルタリスが帰って来たらしい。

 

「ただいま戻りました~」

「あ、チルー!おかえりー!」

「ミロさんだけですか?」

「うん」

 

スーパー、キャベツ安かったんですよ!とご機嫌なチルタリスにミロカロスが相槌を返す。

 

「あ、今なー。シンヤと文字で会話してたんだ!」

「文字で?」

 

これ!と見せた赤色の小さなノートを見てチルタリスが首を傾げた。

 

「ここに書いたらシンヤが返事くれるんだ!」

「へ~、交換日記とかいうやつですかね!」

「なんだそれ?」

「お互いに交互に日記を書き合うやつです!チルもあまり詳しくないですが!」

「日記とかじゃないよ。すぐ返事書いてくれるもん」

「えー…?どうやってですか?」

 

ここに書くだけ、とシンヤの文字の下にミロカロスが文字を書く。

 

『チルがかえってきたよ』

『よかったな』

「ほらな!」

「ええ!?凄いですね!?どうなってるんですか!?」

「わかんないけど、シンヤは今、ヨルと一緒に居てコーヒー飲んでるって!」

 

え~?と首を傾げながらノートをつんつんと触ったチルタリス。

チルも書けば?とミロカロスにペンを渡されて、おそるおそる、シンヤの文字の下にチルタリスも文字を書き込む。

 

『ただいま戻りました、ご主人様。キャベツがお安かったのでお得なお買い物が出来ましたよ』

 

その字、難しいな。と呟いたミロカロスが眉を寄せた。

 

『おかえり、チルタリス。キャベツの使い道が決まってないならお好み焼きにしてくれ』

『お好み焼きですね!かしこまりました!』

『楽しみだ』

「それ、なんて読む?」

「お好み焼きですよ~!」

「あー、あの熱いヤツな!」

 

美味しいよな!と笑ったミロカロスにチルタリスがそうですね!と微笑み返す。

 

「でも、ご主人様、どうやってこのノートに文字を書いているんでしょうか…?」

「もう一個、ノートを持ってるからだろ?」

「え?そういう物ですかね?」

「不思議ノートだ!凄いな!」

 

凄いですけど…、と納得しかねるチルタリスが苦笑いを浮かべた。

ただいまー、とまた誰か帰って来た。

リビングへ入って来たブラッキーとエーフィ。二人にチルタリスが「おかえりなさいませ」と小さく頭を下げる。

 

「なんか欲しいって言ってたのあった?」

「それがさー…売り切れ!」

「書店、3件も廻ったんですけど…。残念です」

「何が欲しかったんですか?」

「過去のトップコーディネーターが紹介されるっていう雑誌!シンヤがコーディネーターやってた時の写真とか載るから探しに行ったんだけど…はぁ~…」

「皆、考える事は同じでしたねぇ…」

 

がっくりと揃えて肩を落としたブラッキーとエーフィ。

どんまい、とミロカロスがブラッキーの肩を叩いた。

 

「シンヤは?まだ帰って来てねぇの?」

「うん。今、ヨルと一緒に居て、コーヒー飲んでるって」

「へー…でも、ヨルはツバキの所だろ?」

「そうですね、確か手が足りないと喚かれたとかでシンヤさんがツバキの所に送ってましたね」

「あれ?シンヤ、ポケモンセンターでちょっと仕事してくるって言ってたのに?」

「なら、ポケモンセンターにツバキ博士も一緒にいらっしゃるんじゃないですかね!」

 

そうかな?とミロカロスがノートを広げた。

なにそれ?とブラッキーが首を傾げる。

 

『シンヤ、いまどこ?』

 

え?何書いてんの?とブラッキーがノートを覗き込むとミロカロスが書いた文字の下に綺麗な文字で返事が書かれる。

 

『カフェ』

「あれ~?シンヤ、カフェに居るって!」

「え!?なにそれ!?すげぇんだけど!?」

「どうなってるんですか!?」

 

新しい機械ですか?とエーフィがノートを手に持ってみるが、ペラペラの紙のノート。特に不思議な所は無い。

奇怪な…、とエーフィが眉を寄せた。

 

「書いたらシンヤが返事くれるんだ!」

「それ…、本当にシンヤか?」

「怪しいですよね…」

「ご主人様、今日はお好み焼きが良いってお返事下さったんですが…ご主人様じゃなければお好み焼きは止めた方が良いのですか…!?」

 

え。お好み焼きはオレも食いたい。とブラッキーがキリリと真面目な顔で返事をする。

 

「俺様も最初怪しいから本当にシンヤかクイズ出したらちゃんと合ってたもん!」

「どういうクイズです?」

「俺様の好きな果物とー。スーパーで働いてるメタモンだーれだ!って」

 

なるほど、とエーフィが頷いた。

 

「果物はともかく、メタモンの名前当てたの?タモツって?」

「うん」

「じゃあ、シンヤっぽいよなぁ…。さすがにメタモンをピンポイントでタモツって答えられる奴は限られて来るし」

「スーパーの関係者なら知ってても可笑しくないのでは?ミロがリンゴをよく買うという事も知っているでしょうし」

「あー…」

 

あり得る。とブラッキーが腕を組んで眉を寄せた。

じゃあ、どうする?とミロカロスが首を傾げたのでエーフィがテーブルに置いてあったペンを握った。

 

「身内ネタで行きましょう!」

「どんなの?」

 

広げたノートにエーフィがペンを走らせる。

 

『問題です。シンヤさんのお父様の相棒のポケモンは?』

「おお!これ良いな!」

 

エーフィの問題にすぐに答えが返って来る。

 

『ピジョット』

「当たったけど!」

「やっぱりシンヤだ~」

「まだ、とっておきがあります!」

『続いての問題です。シンヤさんが確認出来る潜在意識の中に居る者は誰でしょう?また何人でしょうか?』

 

これは、シンヤさんか私達でないと分かりませんよ!とエーフィがどうだ!と言わんばかりにペンを握りしめた。

少し考えているのか、返事はすぐ来なかった。

 

「悩んでますね!」

「これ、偽物だったら、マジで何を言ってるんだ状態だもんなぁ…」

「あ、返事来た!」

『ポケモントレーナー、ポケモンコーディネーター、ポケモンブリーダー、ポケモンドクターのシンヤ。四人』

 

これはもうシンヤさん確定です!とエーフィが頭を抱えた。

 

「そもそも、この文字はシンヤさんの字ですしね…」

「あー…だよなぁ」

 

じゃあ、今日はやっぱりお好み焼きですね!とチルタリスが笑った。

このノートが何なのか、シンヤに聞こうぜ。とブラッキーがノートに文字を書き込む。

 

『シンヤ、このノートって何?』

『拾ったから知らん』

「なんて?」

「んー?拾ったから知らないってさ」

「シンヤも拾ったのかー!俺様も拾ったー!」

「落し物で何遊んでるんですか…」

「あ、あと、何でカフェに居るのかも聞いちゃえば良いんだよな」

『なんで、カフェに居るの?』

『コーヒーが飲みたくなったから』

 

そりゃそうだ。と当たり前の返事にブラッキーは眉を下げる。

 

「お仕事が終わったなら帰って来て!って書いて!」

「えー?分かった」

『仕事が終わったなら帰って来てって、ミロが言ってるよ』

『もうちょっと』

「もうちょっとだって」

「のんびりコーヒー飲み過ぎだ!全く!」

 

ぷんぷん、と怒るミロカロスにブラッキーが苦笑いを浮かべる。

早く帰って来て欲しいなーとミロカロスが文句を口に出した所でリビングの扉が開く。

 

「え!?」

「ん?なんだ?」

「シンヤだ!おかえり!」

「ああ、ただいま」

 

わー!帰って来たー!とシンヤに飛びつくミロカロス。

ノートを手に、あれ?今さっき返事来た所なのに。とブラッキーが浮かび上がった文字とシンヤを交互に見る。

 

「シンヤ、なんでカフェ行ったー?俺様も行きたかったのにー」

「カフェ?カフェには行ってないぞ。ポケモンセンターでちょっと仕事してくるって言っただろ?」

「へ?」

 

呼ばれたからちょっと手伝いに行っただけだ。と付け足してシンヤがソファに座った。

 

「ご主人様、今日、お好み焼きが良いとお返事下さいました、よね?」

「お好み焼き?」

 

首を傾げたシンヤを見てチルタリスがうろたえる。

ブラッキーがそっとテーブルにノートを置いて。ページを開いた。

 

「これ…」

「……?私の字だな…」

「オレ達が書き込んだらシンヤがすぐに返事くれてたんだけど…知らない?」

「は?知らん」

 

偽物だったー!と衝撃を受けるミロカロス。

最初のページからシンヤがペラペラと目を通していく。

ミロカロスの文字の下に返事を書き込む字は確かに自分の字。怪しんだのかシンヤへ問題を投げかけ答えを書いているシンヤの文字。

でも、自分はこんな事を書いた覚えはない。

 

「なんだこれは?」

「俺様が拾ったノート…。シンヤって文字が言ったのに偽物のシンヤだった!酷い!」

 

シンヤも書いてみれば?とブラッキーにペンを渡されて、シンヤはノートに文字を書く。

返事をくれていた文字と同じ字で。

 

『私なのか?』

『そうだ』

 

間抜けな質問にすぐに返事が浮かび上がって、シンヤはぎょっとした。自分の字で返事が来た!気持ち悪い!

 

『私がどうやって返事を書いているんだ?』

『私は未来のシンヤだ』

 

未来の自分からだった!と衝撃を受けるシンヤ。

マジかよ!とブラッキーがハシャぎ、エーフィが疑うように眉を寄せた。

 

「未来のシンヤなの?」

「そうらしいぞ」

「未来はどうですか!って聞いて!」

 

そんな事聞くのか、と思いつつ。シンヤはノートに『私の未来はどうですか』と文字を書いた。

 

『コーヒーが美味しいです』

 

良い事だ。とシンヤがうんうんと頷いた。

 

「え?何年後の未来なのか、とかも聞こうぜ!オレ、今何してると思う!?」

「食べ歩きとかしてそうですけど」

「してそうー!めっちゃしてそうー!」

「俺様は?俺様は何してる!?」

「知るか」

 

聞いて聞いて!と急かされてシンヤはノートに文字を書く。

 

『今、そっちは何年?』

『内緒』

「なんて!?この字、なんて!?」

「ないしょ、だってよ!」

「なんで、ないしょにする!?意地悪か!?」

 

何故、隠す必要が?と思いつつシンヤは更にノートに書き込む。

 

『ブラッキーとミロカロスは何をしている?』

『のんびりコーヒーを飲んでいる私を待ってると思う』

 

帰ってやれよ。と現在の自分を棚に上げて、未来の自分に思った。

 

「未来のシンヤ、意地悪だなー」

「確かにー」

「本当にな…」

「いや、シンヤさん、元からこんな感じの人ですけど…」

 

チルタリスが苦笑いを浮かべた。

何、聞く?教えてくれるか分からないけど、何聞いとく?とブラッキーがペンを握った所で、別の文字が浮かび上がって来た。

 

『お好み焼き、食べたい』

「誰の字?これ?」

「…ミュウツー、だと思うが…」

『ツー?』

『そう。お前は誰だ』

『オレ、ブラッキー!』

『元気か?』

『元気だよん』

 

返事を書いた後、ミュウツーからの返事が無い。

あれ?終わり?とブラッキーが首を傾げる。

 

「カフェにツーも居たのか~、ずるいな~」

「サマヨールと一緒って書いてたな」

「ヨルにも何か書いて貰おうぜ!えーっと…」

『ヨルは何してんの?』

 

ブラッキーからの質問に少し間があって、サマヨールから返事が来た。

 

『皿洗いの途中だ』

「あははっ!仕事してるってよ!」

「ヨルの字、細いなー」

「比べてみると文字にも癖が出ますね」

「ツーはシンヤの文字と似てて綺麗だよな」

 

他に何聞いとく?とブラッキーが遊びだした所で、筆圧の強い字が浮かび上がる。

 

『あんまりミライのことをきくな!!』

「これは分かるわ…」

「ギラティナですねぇ…」

「教えろバーカ!って書いてやろう!」

「良いな!書いてやろう!」

 

お前ら、もう遊ぶのやめろ。と吐き捨ててシンヤはもう興味が無くなったらしく新聞を広げていた。

 

『ケチケチすんなよ!教えろバーカ!』

『うるせー!おまえのほうがバーカ!』

「ギラティナの野郎~!しかも、アイツ、漢字書けないっぽいぞこれ!」

「馬鹿ですねぇ」

「俺様も書けないのに…!」

 

くそぅ、と頭を抱えたミロカロス。

もうノートより晩ご飯の用意に頭がいっぱいのチルタリスがシンヤに「お好み焼きで良いですか?」と聞いていた。

 

「何でも良い」

「では、お好み焼きの準備しますね!」

「ああ、手伝うぞ」

「いえ!大丈夫です!」

 

切って混ぜるだけですから!とチルタリスがキッチンへ行くのを見送ってシンヤは新聞を畳んだ。

 

『バーカ!超バーカ!漢字書けないとかバーカ!』

『よめるからいいんだよ!』

『読めるのに何で書けないんだよ!』

『かくすう、おおすぎてキライ』

「マジ、アホだな!」

「一番、長生きなんですから、漢字くらい書けるようになってもらいたいものですねぇ…」

「俺様もそこそこ長生きなのにー!」

 

しかも読めないー!とミロカロスが喚く。

 

「遊んでないでもう片付けてホットプレート出して来い、ブラッキー」

「えぇ~…オレ~?」

「一番食うだろ」

「食いますけども~」

 

何処に片付けてたっけ、ホットプレート…。と考えるブラッキーに。二階の押し入れです。とエーフィが返事をした。

 

「明日の朝、ホットケーキ焼いてもらおうかな~」

「良いですね」

 

何乗せて食うかなぁ、とすでに次の日の朝ご飯の話題で盛り上がりながらリビングを出て行くブラッキーとエーフィ。

残されたミロカロスがノートを開く。

薄っぺらいノートは無駄に大きな字で書かれた悪口の言い争いによって埋め尽くされつつあった。

 

「もう書けなくなっちゃう…」

「未来の私ももうすぐ晩ご飯だから返事をくれなくなると思うぞ」

「えー…、うーん…」

 

最後に何を書こうかな、と考えたミロカロスは向かいに座るシンヤを見て、笑みを浮かべた。

 

「?」

『おれさまのこと、みらいでも、すき?』

『あいしてるよ』

「ふおおお!シンヤが愛してるよ!って返してくれた!」

「えぇ~…、それ本当に私か?」

「なんだと!?俺様のこと愛してないの!?」

「あー…、愛してる愛してる」

「なんだその言い方は!ちゃんと言って!ちゃんと!」

「言っただろ」

「なんかテキトーに二回言った!」

「愛してる愛してる」

「また言った!」

 

意地悪ー!と怒るミロカロスの背後でノートに文字が浮かび上がる。

 

『遠い未来でまた会おう』

 

パタン、と軽い音を立ててノートは閉じられた。

 

*

 

薄っぺらい小さな赤色のノートを閉じたシンヤは冷めたコーヒーを飲んだ。

 

未来の自分とやり取りをした些細で不思議な日を思い出し、普段なら落ちている物など拾わない自分が立ち止まりノートを持ち帰った。

あの後、あのノートはどうしただろうか、と思い出そうとしても些細な一日に過ぎなくてあまり覚えていなかった。

晩ご飯のお好み焼きでミロカロスがひっくり返すのを失敗して、歪なお好み焼きを食べた記憶はあるのだが…。

 

「自分の記憶では…、ノートの話は聞いても直接見る事は無かったですね…」

「そうだよな。お好み焼きを食べながら話していたのにノートをその場に出していた記憶は無いからな…」

 

消えてしまったのだろうか。とぼんやりと考える。

テーブル席に座っているミュウツーがノートを閉じた今もテーブルに顔を突っ伏して黙り込んでいる。

ブラッキーからの返事が辛かったらしい。自分からあんな事を聞くから。と思った所で自分の目にも薄ら涙が溜まり指で拭った。

 

あの些細な一日は特に何も思わなかったが、未来の自分になってみて、今日は特別な一日だったのだと知る。

仕方のない奴らだな、と思って放って置いた悪口の言い争い。無駄に大きな字で書き殴ってノートを埋めたギラティナの優しさを未来で知る。

薄っぺらいノートはあまりにも分厚く感じたのだ。

聞かれる事、全てに答えられず、どうしようかと悩み、昔の記憶を思い出そうと頑張る自分が居た。

テーブルに突っ伏していたミュウツーが顔を上げた。

向かいに座っていたギラティナを見据えてポツリと呟く。

 

「お好み焼き、食べたい…」

「分かったよ!食いに連れてってやるよ!」

「チルの作ったお好み焼きが良い…」

「文句言うんじゃねぇ!」

 

項垂れるミュウツーを引き摺るようにギラティナが外に連れて行った。

そんな二人を見送って、冷めきったコーヒーを全部飲みほした。

 

「主…、チルの様子は、どうでしょうか…」

「…もう長くないな」

「……そうですか」

 

家でポケモンの姿に戻り、寝たきりとなっているチルタリス。

今はトゲキッスが傍に居るが、コーヒーも飲み終わったし、そろそろ家に帰ってやらないとな。

 

「今日は、普段より寂しく感じます…」

「そうだな」

 

賑やかだったノートと記憶のせいで寂しさが増すな、とシンヤは心の中で思った。

 

「主…今日は共に風呂に入っても良いでしょうか?」

「え?」

「お背中を流させて頂きたく思います…」

「お前がそんな事言うなんて珍しいな、初めてじゃないか?」

「主の記憶に珍しい日を増やしておこうかと…」

「なるほど。それは嬉しいかもしれない」

「今日はお傍で眠ります…」

「……お前も結構、甘えただな」

「自分が甘えられるのは、主だけですから…」

 

くすくす、と笑ったシンヤにサマヨールが笑みを返した。

 

 

【 愛するアナタへ 】

 

 

珍しく存分に甘えたサマヨールは、

その一週間後に眠った綺麗好きなあの子と共にゆく。

 

薄っぺらい小さな赤色のノートをパラパラと捲ったシンヤは小さく息を吐いた。

 

*



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すべてここに

「…はあ」

 

寒い、と体を震わせながら布団から出たシンヤはもそもそと服を着替えた。寒い寒い、これだから寒いのは嫌いだ。

そのまま洗面所へ向かい身支度を整えたシンヤがリビングの扉を開ける。

熱いコーヒーが飲みたい。そんな事を考えながら扉を開けたシンヤには予想外の光景が目の前にあってシンヤは眉間に皺を寄せた。

 

「……」

「……」

 

とりあえず、コーヒーを飲もう。

 

「チル。コーヒーをホットで」

「は、はい…」

 

ソファに座ったシンヤは向かいのソファに座る予想外の相手に視線を向けた。

随分と懐かしい服を着ている。そしてこの状況に何も思わないのかチルが出したらしいコーヒーを飲むその男を見てシンヤは頭を抱えた。

確実に言える事はディアルガとパルキアの仕業だろうな、くらいだった。

 

「お前の名前は…シンヤで間違いないな?」

「ああ、そう名付けると言われたからな。多分、そうだ」

「……」

「……」

 

私だー!!

もう一人の私が今ここに居る!それも随分と昔の私だ!

向かいのソファに座るシンヤはコーヒーカップをテーブルに置いて小さく息を吐いた。そしてこちらを見るその顔に読み取れる表情は無い。

私ってこんなに表情無かったのか…と少しへこんだ。

 

「ご主人様…、コーヒーです」

「ありがとうチル。そして私に説明をくれ」

 

とりあえずコーヒーを啜る。熱い。

チラリと向かいのソファに座る昔の私と今の私を交互に見たチルタリスが言った。

 

「早朝にギラティナ様に新聞を貰いに家の外に出ました。でも、ギラティナ様はいらっしゃらなくて…、そこにいらっしゃったのはご主人様だったんです。新聞を読んでいたご主人様に声を掛けたのですが…誰だ?と首を傾げられてしまってチルはどうしたら良いのか分からなくて…。

とりあえず外は寒いので家に来て頂いて、コーヒーをお出ししました…」

 

チルもよく分かりません。と目を泳がせながらしどろもどろに説明してくれたチルタリス。混乱しつつも私を叩き起こさなかった辺りに優しさを感じる。

まあ、十中八九。ディアルガとパルキアが原因でギラティナも関わってるんだろう。反転世界に居るんだからギラティナが気付かないわけがない。

 

「シンヤ…、大体察しはついてると思うが…私は未来のお前自身だ」

「……」

「だが、私には未来の自分と会ったなんて過去の記憶が無い。シンヤ、お前がここに来るまでの事を教えてくれないか」

「…ここに来る前は…」

 

何をしてたかな、と腕を組んで考え出した昔の私。過去のシンヤとでも呼んでおこうか。

過去のシンヤは暫くの沈黙の後「家に居たな」と簡潔な言葉。

 

「寝てたのか」

「いや、起きてた。特に朝だった記憶は無い、昼過ぎでジョーイに押し付けられた仕事をしていたと思うが…」

「思うが?」

「曖昧だ。気が付いたら家の外に居て新聞が置いてあったから読んだ。日付も違うし内容がよく分からなかった…」

 

ここが私の未来だと言うなら随分と変な未来だな、と過去のシンヤは眉を寄せた言った。

ああ、これからごちゃごちゃに混ぜて繋ぎ合わされて最終的に死ねなくなるぞ。と言ってやりたい。でも、多分、昔の私ならそれを聞いた時点でもう一度死ぬな。

 

「未来の私、ソイツは誰だ?」

「ソイツ…?」

 

過去のシンヤの視線の先には私の傍に立っていたチルタリス。過去の私はチルタリスを知らない…?いや、確かに昔はチルットだったがチルットが身近に居れば誰かなんてピンと来そうなもの…。

 

「まだ、チルットをゲットしてないのか…?」

「チルット…?手持ちに居ないぞ」

「「おお」」

「最近、手持ち連中が全員人の姿になれるようになったな」

 

集まるとうるさいが全員出掛けると家が静かになって良い。と過去のシンヤが頷いて言った。

それは覚えてる。わらわらと人の姿になって帰って来た日があった。でも、それ以降に未来の自分と出会う機会なんてあったか…?

 

「チルット…私がゲットするのか?」

「凄く綺麗好きなポケモンでな。賢くて掃除好き、家事全般を任せられる良い子だ」

「良いな…」

 

最近、散らかってるしな…。と呟きながら過去のシンヤがチルタリスを見つめる。見つめられたチルタリスは少し照れながらにこにこと笑っていた。

そこで、そういえば…と思い出す。

私は昔、チルットをゲットしようと思い立ってヤマトに相談した事があった。部屋の片付けも捗らないし面倒だ、そう常々思っていたのは確かだが…。

そういえば、私はチルットがもの凄く綺麗好きなポケモンだと何処で知ったんだった…?どうしてもゲットしたいと思い、根気強く探したチルット…。

 

あれ…?

 

「シンヤさん、おはようございま…す…」

「ああ、おはようエーフィ」

「……」

「え!?シンヤさんが二人…!?」

 

どうなってるんです!?とうろたえるエーフィ。

過去のシンヤはそんなエーフィを見てポツリと呟いた。

 

「エーフィ?」

「な、なんでしょう?」

「お前、太ったな」

「…っ、」

 

ああ、私ってデリカシーの無い男なんだな。と何故か悲しくなった。

まあ、過去のシンヤからしたらさっきまで見ていた奴だもんな。比較すればな…。

 

「昔のシンヤさんですね…!!なんだか懐かしいです…ええ、少し腹立たしいですが…」

「すまん、エーフィ…」

「良いんです。シンヤさんはこういう人ですから」

 

えー…。なんか嫌だな。

良い感じの下半身だな、と過去のシンヤはそう言ってうんうん頷いた。まあ、そこは私もそう思う。

 

「でも、どうして昔のシンヤさんが?またあのバカ共ですか」

「多分な」

「バカ共?」

 

なんだ?と首を傾げた過去のシンヤに私たちは苦笑いを返す。

過去のシンヤがいつ戻るのか分からないが、未来の私が居るんだからその内戻れるだろう。

軽く朝食を食べて、過去の自分と仕事を片付ける。自分がもう一人居ればと思った事はあったが実際に居てもあんまりだな。昔の私より今のミミロップの方が手際が良いし。

 

「未来の自分の仕事ぶりに感心する」

「経験の差だな」

「そうか…そこまでやらないといけないくらい私は仕事をするのか…。嫌だな」

「ああ…、私も昔には戻りたくない」

「………やめたい」

「頑張れ、私の未来はそう悪くないぞ」

「…未来の自分が凄く前向きで気持ち悪い」

「……」

 

もの凄く嫌な顔で見られた。なんだその顔、ムカつくな。自分の顔だが。未来の自分に向かって気持ち悪いなんて言うな。

過去の自分に教えながら仕事をしているとねぼすけ連中が起きて来た。椅子の足でも蹴ったのかガタンと大きな音が鳴る。

 

「シンヤが、分裂してる…!」

 

ひぃいいい、とブラッキーが寝惚けたまま叫び声をあげていた。

頭ボサボサだぞ。

 

「シンヤがぁああああああ!!」

「ミロカロス、うるさい。おはよう」

「おはようシンヤ!!なんで二人居るの!!なんで!?」

 

シンヤ?シンヤなの?と過去のシンヤの腕を掴んだミロカロス。腕を掴まれた過去のシンヤは驚いて固まっていた。

 

「ミ、ミロカロス…お前、かなり違うな…」

「何がぁ?」

「それに痩せたな…」

 

ミロカロスの腕を触った過去のシンヤが目を細める。そうなんだ、ソイツ、ストレスで痩せるんだ。

 

「もうちょっと太った方が良い」

「私もそう思う」

「え?え?何?」

 

なあ、と過去のシンヤと顔を見合わせて頷いた。

その過去のシンヤの横ではミロカロスが「なんで二人居るの!?」としつこく聞いて来る。そんなの私も知らん。

 

*

 

「昔のシンヤかー」

「お前は未来のミロカロスだな」

「えへへー、俺様元気だよー」

「お前、頭打ったのか?随分と幼児化してるような気がするが…」

「俺様ずっとこんなだよ?」

「いや、私の知ってるミロカロスはそんな感じじゃない」

 

ミロカロスはばば様の調教で幼さに磨きがかかるんだ。育て屋に居たらその内そんな感じになる…。

 

「俺様、どんなの?」

「どんなの、って言われるとなぁ…」

 

もっと荒い?と過去のシンヤに言われてミロカロスは眉を寄せた。「洗い…?」なんて呟いたのは聞かなかった事にしてやろう。

もっと洗濯してたかな、とか考えてるに違いない。

特に現状に慌てる様子も無く書類に視線を落とす過去の自分。こんなヤツだったのか、としんみり考えているとユクシーを頭に乗せたギラティナが部屋へと駆け込んで来た。

やっと来たー、と部屋で寝転がっていた連中からヤジが飛ぶ。

 

「何したんだよ、過去のシンヤ引っ張って来てよー」

「うるせぇ!オレだってびっくりしたんだよ!」

 

つーか、オレのせいじゃねぇし!と怒るギラティナ。

まあ、どうせ、ディアルガ達なんだろうな。と思うので特に責めるのはやめておこう。

 

「過去からシンヤがなんでか、引っ張られたんだよ」

「なんでか、って…」

「いや、ディアルガとパルキアに確認しに行ったんだけど、アイツらも知らないらしくてさ…。とりあえず、未来に影響出るから記憶消して元の場所に戻しとけって言われたから…」

 

これ、とユクシーを差し出したギラティナ。

ユクシーを受け取った過去のシンヤ。

 

「何かよく分からないが、早く元の場所に帰してくれ」

< では、シンヤさんの未来の記憶は消させて頂きますね >

「ああ」

 

過去のシンヤがユクシーと目を合わせる。

未来の記憶が消されたら、私のチルット情報は何処で手に入るのだろうか…。

あれ?と首を傾げたシンヤ。

記憶を消されて倒れた過去のシンヤを横抱きにしたギラティナがユクシーをまた頭に乗せた状態で部屋を出て行った。

私が運ばれて行く不思議な光景だ。

 

「なんでだろうな」

「過去のシンヤって全然表情無かったな~」

「シンヤも人としてレベルアップするって事ですわね!」

「レベルアップという言い方はどうかと思うが…」

「だって、ワタクシの存在にツッコミがゼロでしたもの!」

「そういえば…!」

 

過去のシンヤは冷たいですわ…!と嘆くサーナイトにとりあえず謝っておいた。

なんかすまん、とサーナイトに謝った所でガチャリとリビングの扉が開く。扉を開けたのはついさっき出て行ったギラティナだった。

 

「あれ?」

 

驚いた表情のギラティナ、驚いたかと思うと慌てて後ろを振り返って「ストップストップ!」と誰かに声を掛けている。

何をやってるんだアイツは。

 

「どうした?」

「これ、場所違うわ!」

「場所?」

「多分あれ、ディアルガとパルキアが酒飲んでたじゃん?」

「ああ…」

「酔っぱらってんだ!」

 

酔っぱらってる?

リビングに居た連中と顔を見合わせて眉を寄せる。

リビングの扉の前で誰かと会話をするギラティナにチルタリスが声を掛けに行った。

 

「ギラティナ様、どうしたんですか?」

「ぉ、おう、チル。気にすんな!」

「そちらの方は…、あれ?ご主人様!?」

 

え?またシンヤ?とミミロップが呟き眉を寄せた。

なんか色んな時間の私が家に集まってるらしい。酔っぱらったディアルガとパルキアのせいで?

チルタリスにどうぞ、と扉を開けられてギラティナが顔を歪めながら部屋へと入って来た。

その後ろからフードマントを着た"シンヤ"が部屋に入って来る。

 

「おお…」

 

驚きながらフードを外したシンヤの左目が赤い。

え!?私の片目が赤くなってる!!

 

「私に何があったら片目が赤くなるんだ!?」

「あー…過去の自分か…」

「今度はこっちが過去なのか…」

 

未来から来たらしいシンヤ。

片目が赤い状態にざわつく面々。そんな連中を見て未来から来たシンヤは苦笑いを浮かべた。

 

「そういや、昔、急に過去からシンヤが来てユクシーに記憶消させてディアルガと戻しに行った記憶あるわ…」

「私にそんな記憶は無いが…」

「あー…マジで?」

「という事は、今ここの時代に居る私達の記憶も消される、と?」

「そうかも~」

 

私の質問に、あはは、と笑って頷いたギラティナ。

あはは、じゃないだろ。

 

「じゃあ、未来から来た自分に私は後を託せば良いのか?」

「何をだ?」

「チルットが綺麗好きなポケモンでとても素晴らしい働きをしてくれる事を、チルットに出会う前のさっきまでここに居た昔の私に伝えてくれ」

「…真顔で何言ってるんだ私」

「死活問題だぞ!?私が必死にチルットを捕まえに行かなかったら誰が掃除してくれるんだ…!」

「それは確かに…」

 

そういえば、チルットが綺麗好きなポケモンだって何処で知ったんだったか…と首を傾げた未来のシンヤ。

頼むぞ、未来のシンヤ。お前が伝えてくれなかったら、地獄の日々だぞ。

 

「そんな事より!なんで未来のシンヤの目が赤いの!?そこ一番大事!」

「いや、チルも大事だろうがボケ!」

「チルよりシンヤ!」

「チルも…、チルよりご主人様の方が気になります…!」

 

何故ですか!と問われた未来のシンヤがヘラリと笑った。

 

「そういう日もあるんだ」

「そうだったんですか…!?」

「いや、無いだろ!?」

「絶対に無ぇよ!!」

「シンヤ、真面目なお話して!?なんで!?」

「ちょっと寝不足で」

「真面目に話して下さい、未来のシンヤさん…!!」

「主…どうせ、自分達の記憶は消えてしまうのですから…ハッキリと仰って下さい…」

 

サマヨールの言葉に未来のシンヤは目を細めて嬉しそうに笑った。

自分であるはずなのに、驚くくらい嬉しそうに、無邪気に笑うものだから、こっちがびっくりしてしまう。

 

「内緒だ」

「えぇぇぇ…」

「シンヤ、もう絶対に言わないつもりみたいですね…」

 

ガクリと肩を落としたトゲキッスの頭を未来のシンヤが撫でる。

 

「なんだか、未来のシンヤさんは表情が豊かです…」

「まあ、昔を見た後だから余計にそう感じるよなぁ」

「シンヤは今から更にレベルアップしていくという事ですわね!」

 

良い事だ。と頷く連中に未来のシンヤは微笑み返す。にこにこしてる自分の姿が自分じゃない別人のようだ…。不気味。

リビングの扉を開けてユクシーが顔を覗かせた。

 

< あ、見つけましたよ >

「お!来た来た!酔っぱらいジジイ共め…、帰ったらぶん殴ってやる…」

< シンヤさん…。戻りますが、宜しいですか? >

「…ああ、戻ろうか」

< ……はい >

 

では、過去の皆さんの記憶は消しますね。とユクシーが私達の前にふわりと浮いてみせる。

ユクシーの背後に立つ未来の自分と目が合った。

 

「未来の自分がこんなに楽しそうなら、悪い未来じゃないって事だろう?」

「…そうだな、幸せな未来だ」

「……」

 

幸せだと言って笑った未来の自分が少し悲しげだったのは気のせいだろうか。

手を振るミロカロス達に未来のシンヤは手を振り返した。

 

「シンヤー、未来の俺様によろしくねー!」

「……」

 

笑った未来の自分の左目、よく見るとあの赤色はミロカロスと同じ……―――

 

*

 

「……」

 

目の前にコーヒーカップが置かれている。中身は入っているが冷めきっていた。

さっきまでコーヒーを飲んでいた記憶が無いのだが…、いや、飲んでいた気がする。新聞も手元にあるし、少し、寝惚けていたのかもしれない。

 

「チル、悪いがコーヒーのおかわりを淹れてくれないか?」

「あ、はーい!」

「シンヤ、朝ご飯どうしますか?パン?ご飯?」

 

トゲキッスの声にソファに居たブラッキーが両手をあげた。

 

「パーン!」

「じゃあ、私もパンで」

「分かりました!」

 

椅子に座ってぼーっとしていたミミロップが私の前で首を傾げた。

 

「ワタシ、さっきまで何やってたっけ…?」

「自分も…曖昧だ…、朝が早いから寝惚けているのかもしれない……」

「ワタクシ、昨日、新商品のヨーグルトを買って来たんでしたわ!フィーさん、食べますわよね?」

「何味ですか?」

「ごろごろフルーツですわ!」

「食べます」

 

キッチンからパタパタと走って来たミロカロスが私の前にコーヒーカップを置いた。

 

「はい!どうぞ!」

「……ゆっくり置いてくれ…」

 

にこにこ笑ったミロカロスが隣に座って首を傾げた。

 

「今日、何処にお出かけする?」

「さて、どうしようかな…」

 

*

 

「時間も少し戻しておいたぞ…」

「頭いてぇ…」

「このクソ酔っぱらいジジイ共め…」

 

少し盛り上がってパルキアの空間で酒盛りをしていたら過去の時間軸に間違えて戻されてしまったらしい。

懐かしい面々を見たが、まだそこにミュウツーが居なかったのが少し寂しいな…。

 

< どうやら、酔っぱらっていたせいで更に過去のシンヤさんも誤って同じ時間に呼び寄せてしまっていたようです >

「チルットをゲットする前の私、だったな」

「かなり昔過ぎて忘れてたけど、過去にシンヤを戻しに行ったよな~…あー、懐かしいわ~」

「私、そんなに記憶消されてて大丈夫なのか…?」

< 現状、問題無いので大丈夫でしょう… >

 

不安だ…。

私の脳がスカスカになったらどうしてくれるのか…。

 

「とりあえず、シンヤにチルットをゲットさせないといけないんだよな?」

「そうだな…、私の記憶ではいつの間にかチルットというポケモンの情報を知っていた気がするから…」

「どうすんの?」

「シンヤに聞こえるように、話でもしに行くか…?」

「え…?」

 

*

 

まだ酒の抜けきらないディアルガを急かして、過去へと飛ぶ。

ポケモンセンターを覗けばテーブルに書類を広げる自分の姿…、ああ、あんなに眉間に皺を寄せて…。顔色も悪いなぁ…。

 

「うわっ、ひでぇ顔…」

「寝てないな、あれは…」

「今のシンヤの健康マニアっぷりを見せてやりたいぜ。日課が自分の健康診断だもんな!」

「うるさい」

「で?どうすんの?」

「さりげなく近くの席に座るぞ」

 

バレたらどうすんだよ、と文句を言うギラティナの腕を引いてポケモンセンターの中へと入る。

ペンを走らせるシンヤの近くに座って、ギラティナに話し掛ける。

 

「知ってるか?」

「え?なに?」

「210番道路に生息している、チルットというポケモンの事なんだけどな」

「え…ああ、うんうん」

「ポケモンの中でも、もの凄く綺麗好きなポケモンなんだそうだ」

「へ~」

「賢い奴はきっと部屋の掃除も得意に違いないぞ」

「それは手持ちに居れば、めちゃくちゃ便利だな!」

「ああ、部屋の掃除を自分で毎日するのはなかなか骨が折れるからな」

「そうだよな~、忙しいもんな~」

「チルットをゲットする事も検討するべきだと私は思うぞ」

「オレもそう思う。あ、何処に生息してるんだっけ?」

「210番道路だ」

「もの凄く綺麗好きでお掃除上手なチルットは210番道路に居るんだな!覚えておくぜ!」

 

席を立ってポケモンセンターを出る。

隣のギラティナが眉を寄せた。

 

「これでマジで大丈夫なわけ…?」

「聞こえてるだろ」

「めっちゃ黙々と仕事してるけどなぁ…」

「私だから分かる。大丈夫だ。ちゃんと記憶の片隅にチルットの情報が入ったと、思う。多分」

「多分…」

 

不安げなギラティナを連れて私は未来の自分の場所へと戻った。

その未来に何も変化が無ければ、無事にチルットをゲットしたということ。

そして、無事、未来が変わる事なく時間は進んだらしい。

私の部屋にはちゃんと他のボールと並んで、チルットの入っていたヒールボールがそこにあったのだから。

 

 

 

【 All Here 】

 

 

 

「さて、無事に解決したわけだから…」

「飲み直すぞー!!!」

「…あのジジイ共マジで殴りてぇ…」

< では、エムリット達も呼んできます >

「良いぞ、呼んで来い!」

「いっぱい酒を開けちゃうぜー!」

< あ、アルセウスも呼ばないと怒るのでは? >

「「それはちょっと……」」

「呼べ呼べ!もう逆に呼んじまえ!」

「…全く、どの時間でも賑やかだな…」

 

 

*



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蒔かぬ種は生えぬ
01


表に出なかった、もう一人の『シンヤ』のお話。


世界は腐っていると、私は思うのだ……。

 

そう思い出したのは高校入学間もない頃か卒業後だったか……。

ああ、卒業後だったと思う。

将来の夢を見出せぬまま高校を卒業した大学には行かなかった、こういうと行けたみたいな言い方をしているが事実、行けたのだからこう言うしかない。

私は頭は良い、教科書に書かれてる事ならお手の物。

ただ、利口に生きてはいなかった様だ。

なんて事ない高卒ながらそれなりの会社に就職してそれなりに生活していた。

 

腐ってると思った。

 

仕事に行く為にスーツを着た、溜息が出る。

休日に部屋の掃除をした、溜息が出る。

空腹を満たす為に料理を作った、我ながら良い出来だと腹を満たし終われば溜息が出る。

空っぽだった、世界は腐ってるなどとほざいたが腐ってるのは私であって世界は移り変わり存在している。

腐ってるのは私、動きながら止まっている、否、止めているのは私自身。

何をするわけでもない、何をしたいと思うわけでもない。

何もしないまま、ただ何か起これば良いのにと願う哀れな男だ。

 

何をすれば満たされる。

仕事で誰よりも優れた成績を出せば満たされたか、満たされなかった。

お金があれば満たされるのか、なら貯めてやるよと貯めに貯めたこの金は何に使えというのか、満たされる事などない。

満たそうと求めてみれば更に空っぽになる気がした。

何が間違ってる、根本的に間違ってる気がする、けれどその間違いを訂正して生きていけるほど私は利口じゃなかった。

 

溜息が出る。

 

周りの人々の目は輝いて見えた、同じ色の目とは思えない輝きを放っている気がした。

鏡に映るのは誰だ、穴が開いた様な真っ黒の目で何を見ている、お前は誰だ。

生きているのか死んでいるのか、否、生きながら死んでいるも同然だ。

私は何なんだ……、私はどうして生きている、何の為に、生まれて来たというのだろうか……。

 

 

世界は腐っていると、私は思う。

こんな私を産み落とした世界は腐ってる。

 

 

*

 

 

生まれて25年になる。

生まれてこの方このような光景を見た事が無ければ、こういう状況に陥った事も無い。

美しい世界だった、私がこう思える日が来るなんて……、やっぱり死んでみるもんだと関心した。

 

昨日の深夜2時。

私は大量の睡眠薬を飲んで眠った。

そして目が覚めると青々と茂った草原の上で眠っていたのだ。

これはもう死んでるだろ、少し想像していたあの世と呼ばれる場所とは少し違うがもうどうでも良い事。

裸足のまま草の上を歩いて小石を踏んだ、あまりの痛さに足の裏を見れば切れて血が出ている。

一度死んでもまだ苦痛を与えるのか。

意外と甘くない世界らしい、しかしだ、そんな痛みもどうでもよくなるほど空が綺麗で私はぼんやりと空を眺める。

 

大きな虹色の鳥が空を横切った。

 

空から虹色に輝く大きな羽が一枚降って来るのが見えて手を伸ばす。

風に吹かれながらもその羽はすんなりと私の手の中に納まった。

太陽の光を受けて輝く羽は何処までも美しい……。

 

私の知らない世界はこんなにも美しかった。

ああ、死んで良かったなぁ……。

 

*

 

飛び去った鳥を見送って、日差しの眩しさに目を細めた。眩しい。暑い。

日陰に行こうと、目に付いた木を目指して歩く。裸足の自分には少々辛かったが草が生い茂っていたので柔らかな草を踏みつけて、とりあえず木を目指して歩いた。

歩いているとガサガサと音を立てて、黄色くて大きなアヒルが私の前に姿を現した。

大きな丸い目で私を見て、頭を押さえて首を傾げたアヒル。それに私も首を傾げてみる。

こんな動物を見たのは初めてだった。頭から三本だけ生えている毛はなんだろう。

 

「コダ?」

「!?」

 

変な声で鳴いた!

黄色いアヒル、否、カモノハシかもしれない。不思議な動物が私に一歩、二歩と近付いて来る。

 

「コダッ!」

 

ぺちん、と足を叩かれた。

なんだその、ダメでしょ!的な雰囲気。そんな風に言われている気がして、おそるおそる、黄色い動物と目を合わせる為にその場にしゃがみ込む。

 

「何だお前は…」

「クワー」

 

お前こそ何だ、とか言われてる気がする。そして、じと目で見られている。ムカつくなコイツ。

再びぺちん、と叩かれたので、腹が立った私もソイツの頭をぺちんと叩き返してやった。

ぺちぺちぺちぺち、と平手打ちを繰り返していると「ちょっと!」と人の声に遮られた。

 

「何やってるんですか!?」

 

何をやっているかと言われると…。

 

「コイツが叩いて来たから、腹が立って叩き返してた」

「はぁ!?」

 

はあ?とか言われても困る。

見た所、10代くらい。ニット帽を被った少年に本気で説教される事になった。

ポケモンに素手で勝負挑むとか馬鹿ですか!とか、ポケモンも持ってないのになんで草むらに居るんですか!とかそもそもなんで裸足だよ!怪我してるじゃん!と逆ギレされた。

手を引っ張られ、目的としていた木の下まで移動させられた。

 

「座って下さい。治療するんで」

「いや、別にこのままで良い。どうせ私は死んだ身だからな」

「うーわー、マジヤバイ人と遭遇しちゃったよ。マジヤベー…」

「死人なんだ、放って置いてくれ」

「死人が喋って、怪我して血流してるわけないでしょ…」

「……」

 

え?私、死んでないのか?

あれ?と思っていると、少年が勝手に私の足の治療を始めてしまう。消毒液なのか、やけにピリピリと染みて、生きている事を実感してしまう。

 

「なんで…、死んでないんだ…」

 

私の言葉に少年が眉を寄せていた。

そして、何故かついて来て、私の隣に居る黄色いアヒルが私をぺちんと叩いた。

 

「コイツ、なんなんだ!さっきからムカつくな!」

「野生のコダックでしょ…」

「野生のコダックってなんだ!?」

「え?コダック知らないの?図鑑見る?」

「ず、図鑑?」

 

これ、と出された赤色の機械。

 

「コダック、あひるポケモン。不思議な能力を持てあまし、いつも頭痛に悩まされている。たまに不思議な力を使う」

「なんだ、あひるポケモンって。アヒルはアヒルだろ?」

「いや、そんな事言われてもボクが分類したわけじゃないし…」

「そもそも、ポケモンってなんだ」

「………は?」

「クワー」

 

*

 

10代の少年に何を暴露しているのかとも思ったが、ポケモンという生き物を知らない事から自分が自殺をした経緯まで説明してみる。

ポカンとしていた少年は開いたままの口から「バカじゃない?」と呆れた言葉を発した。

 

ほっとけ。

 

「えーっと、じゃあ、纏めると…お兄さんの住んでた場所にはポケモンは居なくて、お兄さんは25歳で人生に絶望して深夜の二時に睡眠薬を沢山飲んで眠ったから死んだ、と」

「まあ、簡単に纏めるとそうだな」

「子供相手によくそんな事言えたね」

「ムカつくガキだな」

 

ふむ、と考え込む少年。

傍に居たコダックにまたぺちんと足を叩かれた。コイツ、いつまで居るんだ…。

 

「ボクが知る限り、ポケモンが居ない場所なんて無い」

「ふーん」

「だから、ボクが予想するにはお兄さんは重度の精神病とかじゃないかな?被害妄想が激しいよね。自分が何の為に生まれて来たとか、そもそも疑問に思う事って無くない?周りと比べたってどうしようもないしさ」

「私の悩みを一喝してくれるとは、凄いな」

「つまり、欲求不満なんでしょ?何かに熱中出来る様な事も無くて、他の人達が夢中になって頑張れる何かが自分には無いから、自分って何の為にここに居るのか7なぁ、ってなったわけだよ。きっと」

「え、お前、凄いな。同意出来ない気持ちはあれど、凄いなお前」

 

まあ、ボクも色々と旅して経験積んでますから、と上から言われた事には若干イラッとしたものの説得力がある言葉だったことには違いない。

 

「それで、お兄さんは夢遊病でもあるの?裸足でうろついちゃうくらいだし、この辺の人だよね?」

「いや、知らん。ここは何処だ?」

「ここはズイタウンだよ」

「ずいたうん?」

「………、お兄さん、名前は?」

「名前?……………私の名前、なんて言うんだ」

「この辺、病院ってポケモンセンターくらいしか無いよ!?」

「ポ、ポケモンセンターってなんだ!?」

「本格的にヤバイじゃん!」

「ど、どうしよう!自分が誰か分からない!とりあえず、もう一回死んでおけば良いか!?」

「落ち着いてっ!」

「クワー!」

 

*

 

少年とコダックに押さえ付けられて、我に変える。

自分が誰か分からないと人間って混乱するものなんだな、と当たり前だが初めて知った。

足に包帯を巻いて貰ったので、歩くたびに突き刺さる痛みは和らぎ、とりあえず、と少年に連れられてポケモンセンターへとやって来た。

 

「ボクのポケモン預けて来るついでにお兄さんの事をジョーイさんに相談してみるから、座って待ってて」

「色々分からないけど、分かった」

 

ポケモンセンターとやらは一応、病院らしい。

ソファに腰掛ければ隣にコダックが座った。コイツ、なんでまだ居るんだろう…。

 

「お前、なんで一緒に来たんだ」

「クワー」

「…」

「コダッ!」

 

私の事が心配で心配でたまらないらしい。

特別に傍に居てあげるんだからね!なんて言われても反応に困る。帰れ。顔がムカつく。

 

「お兄さん、お待たせ。この辺に住んでる人なら顔を見たら分かるかも、ってジョーイさんが言うから来てもらったよ」

「こんにちは!」

「…こんにちは」

 

戻って来た少年が連れて来たピンク色の髪の女性、ジョーイさんとやら。看護師的な人なのだろうか。

ふーむ、と私の顔を見てからジョーイさんは頷いた。

 

「こんなイケメンはズイタウンには居ません!」

 

びし、と親指を立てて言い切ったジョーイさんに少年の顔が明らかに引き攣っていた。

 

「うーん…、でも怪我の具合からそんな長距離を歩いた形跡は無かったから、絶対にこの辺りのはずなんだけど…」

 

分析力凄いな。

 

「でも、本当にこんな若くてカッコイイ人がズイタウンに住んでたら知らないわけないもの」

「そうですよねぇ…、無駄に顔整ってるから絶対に誰か見た事あるはずなんだよなぁ」

 

無駄にってなんだ。無駄に、って。

うーん、と考え込む二人に提案を出してみる。

 

「とりあえず、もう一回、死んでみるから。その後に生きてたら考えてくれ」

「早急に保護してくれる所を紹介して下さい!」

「ええ、すぐに連絡するわ!」

 

 

なんでだ。

 

*



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02

とりあえず、精神状態が不安定ですね。と言われた私は少年に連れられて、育て屋という場所の庭に居る。

ポケモンに囲まれて癒されるべき、精神安定剤は視覚から。とそんな事を言われても見たこと無い生き物だらけで気持ち悪いんだが…。

 

「うわー、ボク、この庭に入ったの初めて!」

「子供みたいな反応だな」

「子供ですから」

 

全然、子供らしくないから言っているのですが?はあ?

芝生に座り込み、少年と向かい合って今後の話を進める。

 

「一番近くの病院で保護してもらえるかどうかジョーイさんが確認してくれるそうだから、今は連絡待ちだね」

「普通に、死にたい。もうめんどくさいから死にたい」

「逃避はダメだよ!ほら、コダックでも見て癒されて!」

「コイツの顔には癒されない…」

「コダー!!」

「痛い!」

 

また叩かれた。

色んなポケモンが居るから見て回ろう、気分転換に、と私の気を紛らわそうとしてくれる少年。

同じ黄色のアヒルを見つけて、溜息が出た。もうこの間抜け面は見飽きた。

 

「ミミロルとか可愛いよ、ほら」

「ミミー!」

「……、私が、可愛いー!とか言って抱きしめたら気持ち悪くないか?」

「まあ、若干」

 

はあ、と溜息を吐いた所で「可愛いー!」という女の子の声。私について来ていたコダックが少女に抱きしめられて「グエー」と聞いた事の無い声をあげていた。滑稽だ。

 

「のん!やめてやれよ!変な声出してるぞ!」

「えー…ごめんねぇ、コダック~」

「クワ…」

 

勘弁してくれよ…、と言わんばかりに落ち込みながらコダックが私の膝の上に座った。おい退け、貴様。

 

「キミ達、おじいさんから許可を貰って入って来たの?」

「うん!お母さんが買い物行くからここで待ってなさいって!」

「のん達、よく遊びに来るのー」

「そうなんだ」

「お兄ちゃん達、誰?トレーナー?」

「あ、うん。ボクはユウキ。ポケモントレーナーだよ」

「俺、カズキ!俺も10歳になったらポケモントレーナーになるぜ!」

「のんはねー、ノリコ!のんも10歳になったら可愛いポケモンいっぱいゲットするのー!」

「じゃあ、ポケモントレーナーになったら勝負しようね!」

「「うん!」」

 

なんだ、ポケモントレーナーって…。会話について行けない。

 

「そっちのお兄ちゃんは?」

「え゙!?えーっと……、」

 

私、名前、覚えていませんが、何か?

焦る少年、名前はユウキという事も今知ったが、ユウキが近づいて来てコソコソと囁いた。

 

「名前、どうする!?」

「なんでもいい」

「じゃあ、選んで。えーっと…ビョウキ、ゼツボウ、シンヤ、ニジ、スイミンヤク、ジサツ。っていうのがボクのイメージ!」

「………じゃあ、ジサツで」

「うん!この人はシンヤお兄さん!ポケモントレーナーじゃないよ!」

 

おい。

 

「そうなんだー」

「コダックはお友達?」

「お友達は、居ません…」

「「悲しい…」」

「コダックはシンヤお兄さんのお友達だよ!悲しくないよ!」

 

大丈夫だよー!と明るく振る舞うユウキ。お前、頑張り屋さんだな。

 

「シンヤお兄さんはポケモンに詳しくないから、教えてあげて?」

「いいぜ!俺、勉強してるからな!任せろ!」

「のんも教えてあげるー、お兄ちゃんこっち来てー」

 

ええー…やだー…、ここに座ってたーい。と思ったもののユウキに笑顔で「行け」と言われた。

なんだアイツ、威圧感凄い。

カズキが餌を貰って来たのか、庭の小さな池に餌を撒くと大きくて赤色のコイが顔を出した。めちゃくちゃこわい。ぶさいく。

 

「なんだコイツ…」

「コイキングだよ」

「コイの王とか、凄いな…」

「進化すると強くなるんだって」

「え?急速に進化するのか?こわいな」

「レベルが上がったら進化するんだよ。こわくないよ」

 

何を言っているのか分からない。

レベルってなんだ。年齢?

 

「こっちの茶色の方はコイクイーンか?貧相だが…」

「コイクイーンなんて居ないよ…。あ、でもソイツなんだろ?知らないポケモンだ」

 

え?メスのやつもキングなのか?という疑問よりもカズキは茶色の魚に夢中だ。

魚を勝手に持ち上げて育て屋のおじいさんの所に走って行ってしまった。が、すぐに戻って来た。

 

「ヒンバスって言うんだって!」

「貧相なバス系の魚か。何でも食いそうだな」

「え?バス系…?」

「なんでもない…」

「あ、持つ?」

「え!?」

「大人しいよ」

 

おいおい、まさか私に素手で触れと言うのか。正気か。子供って何でも素手で触るから本当に嫌だ。嫌い。

 

「ヒーン」

「鳴いた!」

「そりゃ、生きてるから…。はい、持って」

「ぬるぬるしてないか!?」

「してるよ!」

「池に返しなさい、すぐに」

「大丈夫だよ!」

「大丈夫じゃない!」

 

ほらほらー、とヒンバスを近付けて来るカズキから後退る。ぬるぬる触りたくない。

 

「魚だから!水の中に戻してあげないと死ぬから!」

「ポケモンだから大丈夫だよ!」

「何を言っている!?」

 

ポケモンってなんだ!

無理やり押し付けられたヒンバスを手に持てば、若干の、ぬめり…!

 

「か、帰れっ!」

 

どぼん、と池に放り投げればヒンバスは顔だけ出してこちらを見ていた。

手から独特な臭いがする…。

 

「クワー」

「あ、コダック、タオル持って来てくれた!すげぇ!頭良い!」

「ありがとう…」

「コダッ」

 

なんでこんな変な生物にお礼を言ってるんだろう、と思いつつタオルを受け取った。

 

*

 

「ジョーイさんから連絡が来た結果、住民票が無いので入院出来ない!と言われました!一時的な仮住民票はまた発行してもらうとして…、警察保護になるかも、って事らしいけどどうする?」

「大丈夫、保護とかしてくれなくても、いつでも死ねる」

「オッケー!そんな事だろうと思ってた!近くのポケモン研究所に行こう!ボクに任せて!」

 

話を聞いてくれない。

行くよ、と言いながら少年が紅白カラーのボールを投げるとその中から大きな鳥が出てきた。

本格的な幻覚が見えだしている。どうしよう。

 

「でかい、ツバメだ…!助けて!」

「え!?大丈夫だよ!オオスバメ!ボクの仲間だから!」

「スバー!」

「でかい!」

「うん、乗って」

 

どうぞ、と背を向けて来たオオスバメとやら。

乗れ。と私の背を押すユウキ。こいつら、頭おかしい。

 

「乗れない!乗れるわけない!乗ってどうする!?」

「空を飛ぶで、近くの研究所まで行くんだよ。早く乗って」

「空を飛ぶで近くの研究所まで!?どういう意味だ!?」

「オオスバメ、の、背中、乗って、空、を、飛ぶ、研究所、に、着く、オーケー?」

「NO!」

 

早く座れよ、と無理やり座らされた。

そして、はい、と何故か渡されたコダックを抱きしめる。

コイツ連れて行くのか!?あれ!?凄いふわふわ!結構、しっかり座れる!すごい!と思っていたら後ろにユウキが座って、私の背後からオオスバメの翼を掴んだ。

 

「オオスバメ、空を飛ぶ」

「スバー!」

「、ああああああ!!!!」

 

*

 

研究所に着いて、ユウキに「うるさい」と怒られた。

そんなの理不尽だ。でかいツバメでも私より小さいツバメの背中に、二人も乗って空を飛んでたんだぞ!?安全装置もパラシュートも何も無しで!!

 

「いつでも死ねるって言ったくせにー」

「なら、いっそ落として欲しかった。生き地獄は嫌だ…」

「ワガママだなぁ、もう…」

「クワー」

 

ぺちんぺちん、とコダックに足を叩かれる。

ユウキに腕を引っ張られてポケモン研究所とやらの建物の中に入る。

 

「イツキさん、こんにちは!すみません、急に連絡しちゃって」

「おお!ユウキくん、いつでも大歓迎だぞ!いらっしゃい!」

 

イツキさんと呼ばれた厳つい男性。

目が合って人の良い笑みを向けられた。

 

「キミが記憶喪失のシンヤだな!俺はイツキ、ポケモンの研究をしている!ユウキくんのお父さんとは研究友達なんだ!なんでも相談してくれ!力になるぞ!」

 

熱い…!否、暑苦しい…!

というか…、記憶喪失…?私は名前以外の記憶は……、あれ?

仕事とか何をしていたのか、あまり思い出せない…。

 

「シンヤさん!シンヤさんってば!」

「っ、な、なんだ!?」

「ぼんやりしない!」

「すまん…」

「ははは!まあ、色々と混乱する事もあるだろうからな!裸足で歩いてたっていうくらいだから、手荷物はあまり期待出来そうにないが何か持ち物で手掛かりがあったりしないか?」

 

手荷物…。

睡眠薬を飲んで寝た私はスウェットパンツにシャツ一枚…。育て屋で貰った靴…。

 

「あ、ポケットに拾った羽が入ってた」

「それは!?」

「虹色の羽だ!」

「記憶が無くなる前の持ち物なのか!?」

「いや、気付いたら草原に立ってて空を見上げたら大きな虹色の鳥が飛んで行ったんだ。その時に落ちて来た」

「ボクと会う前にホウオウを見たって事!?うわー…逃したぁ…!」

 

凄い!これは凄い!とハシャぐイツキさんに差し上げますと羽を押し付ける。

 

「い、良いのか!?」

「私には不要な物なので…」

「虹色の羽が手に入るなんて…!なんて素晴らしい日なんだ…!」

 

嬉しいー!と喜ぶイツキさん。

足元に居たコダックがぺちぺちと私の足を叩いた。見下ろせば、腹をさすりながら私を見上げている。

 

「ユウキ…コダックが腹減ったって」

「この時間だと裏庭でうちの研究員がポケモン達にフードを与えてるから、一緒に食べてくれば良いぞ!」

「クワー!」

 

行こうぜ!とコダックにズボンを引っ張られて歩き出す。

 

「ボクはちょっと父に連絡してくるから、先に行ってて」

「ああ」

 

と、返事をした所で私は何をしているのだろう、と疑問に思った。

研究所の裏庭へと行けば白衣を来た男が小さいポケモンに群がられている。ピンクやら青やら紫やらとカラフルだなぁ…。そこに黄色のコダックが突っ込んで行った。

 

「うわ!?…あれ?キミ、何処の子?」

「野生の子」

「え?…どちら様…?」

「どちら様なんだろう…」

「え?」

 

首を傾げた白衣の男に首を傾げて返す。

私は一体、誰なのだろうか。全く記憶に無い。

 

「あ!もしかして、ユウキくんから連絡があった人かな!記憶喪失の人を連れて来るって言ってた!」

「多分、それ」

「うわー、大変だぁ…。僕はここの研究員のヤマトだよ。よろしく」

「よろしくは、別にしなくても良いです…」

「暗い!あああ、でも何も覚えてないって暗く考えちゃうよね…!きっと大丈夫だよ!としか言ってあげられないんだけど…。力にはなるから!何でも言って何でも聞いて!記憶を取り戻せるかもしれないし!」

 

え…、めちゃくちゃ良い奴だな、コイツ。

隣にどうぞ、と勧められたのでヤマトの横に座る。目の前では何やら不思議生物達が餌を頬張っている。

コダック、他所者の癖によく食うな…。

 

「ポケモンっていう存在も分からないんだって?」

「そう」

「そっかー…、あ、でもこのコダックは手持ちの子なんじゃないの?野生の子って言ってたけど、野生の子は一緒に行動とかしないし…」

「いや、勝手について来てるだけだ」

「僕が想像するにこのコダックはきっとキミの記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないよ!」

「想像だろ…」

「うん。想像」

「……」

「そういえば、名前はなんて呼べば良いの?」

「ユウキはシンヤと呼んでる」

「シンヤ?なんで?名前を書いた持ち物とかあったの?」

「いや、深夜二時に自殺した記憶しか無くて…」

「え゙…急に展開が変わって来たぁ~…」

 

うろたえるヤマト。

なんか良い奴なのに変な事言ってごめんな、という気持ちに流石になった。

 

「これは、なんていうポケモンだ」

「え?ああ、ププリンだよ」

「ププリン…、こっちは?」

「その子はルリリ」

「へぇ…、コダックなんかより全然可愛いな」

 

ぶにょん、とププリンに指を突き刺してみた所で呟きが聞こえたらしいコダックが大きく口を開けた。

 

「コパーッ!!!!」

 

餌がいっぱい飛んでる汚い。

 

*



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03

オーキド博士にも連絡したら喜んでたぞ~!と言いながら上機嫌にやって来たイツキさん。

誰だ、オーキド博士って。という言葉は飲み込んでおいた。聞くのめんどくさい。

 

「シンヤ!手持ちのポケモンは居るのか?居ないなら、うちの研究所から一匹でも二匹でも連れて行って良いぞ!」

「え…結構です…」

「虹色の羽のお礼なんだ!遠慮するな!あ、初心者用ポケモンもタイミング良く居るぞ!どうだ?」

「いえ…」

 

横で聞いていたヤマトが、はいはーい!と手を挙げた。

 

「僕のオススメはピンプク~、どう?」

「いや…」

 

そのピンプクってやつ、お前に抱えられて嫌がってるぞ…。

足元で「おい、コダック様を忘れるな」と言わんばかりにコダックが私を見上げて睨みを利かせて来るんだが…。

 

「ブイブーイ!」

「痛っ!」

 

私の足にタックルをかましてきた茶色のウサギっぽいやつ。大きな目を輝かせて私を見ている。どうやら連れて行って欲しいらしい。

だが、断る。

 

「ポケモンとか要りません…」

「え~…野生ポケモンに攻撃された時とか危ないぞ~?」

「コダックが勝手について来てるので」

「ああ、野生って言ってたがゲットするんだな!」

「いえ、攻撃されたらコイツを盾なりおとりなりにして逃げます」

「コパー!!!」

 

テメェ!この野郎!とコダックが私の足を叩く。痛い。文句があるなら帰れば良いのに。

 

「ブイー!」

「イーブイが一緒に行きたがってるね!この子、双子っぽくてもう一匹いつも一緒のイーブイが居るんだよ」

「連れて行きません。どうでもいい」

「冷たいね~、残念だけど諦めようね、イーブイ」

「ブイ~…」

 

本当に良いのか?珍しいの揃ってるぞ?とイツキさんがしつこいが、丁重にお断りした。

電話を終えたらしいユウキが戻って来て、何事ですか?と首を傾げた。

 

「シンヤにポケモンをやろうと思ったんだが要らないって言うんだ!」

「はあ…?自分の身元も分からないんじゃ無理も無いんじゃないですかね?」

「うーん…そうか、そうだよなぁ。自分の事で手一杯の状況だしなぁ…。でも野生ポケモンに遭遇したら危ないんじゃないかと思ったんだが…」

「身元がしっかりするまではボクが責任を持って一緒に行動しますよ。拾ったのボクなので」

「私は拾われていたらしい」

「あはは、嫌な例えだねぇ~…」

 

ユウキくんが一緒なら大丈夫だな!とイツキさんが頷いた。

そうそう、大丈夫。私にはコダックという生贄もあるし。

 

「それで、今後はどうするんだ?なんなら、うちに来てくれても良いぞ!子供が増えるのは楽しいしな!」

「子供って…シンヤさん、25歳らしいですから…」

 

わあ、僕と一緒だ。とヤマトが笑った。お前、童顔だな。

 

「俺は気にしない!」

「ボクが気になります。今後についてはナナカマド博士の所へ行くことにしました」

「おお」

「困った時は年長者に聞くのが一番だと、父が丸投げ発言をしたので」

「ははは!まあ、ナナカマド博士の所なら確かに安心でもあるしな!」

「というわけで、シンヤさん。行くよ」

 

何が、というわけで?

横で「ナナカマド博士の所に行けるなんて羨ましいなぁ」とヤマトが笑っているが…、もしかして…。

ちゃっかり、紅白カラーのボールを手にしているユウキを見て思わず目を逸らした。

ああ、ナナカマド博士とやらの居る場所、遠い予感がする…。

 

「途中で落として行ってくれ…もう腹は括ってる…」

「あ。イツキさん、ここのロープ貰って行きまーす」

「おー、良いけど。何に使うんだ…?」

「あの人、空を飛ぶが苦手らしくて」

「「ああ…」」

 

察しました。とイツキさんとヤマトの視線が痛い。

 

「コダックー!私の身代わりになってくれー!」

「コダ」

 

ふざけんな。とかあの間抜け面に言われた。腹立つ。

 

*

 

行きますよ。とオオスバメの体と私の体がロープで繋がれた。落ちれない対策だそうだ。

さあ、乗れ。と背を押されてオオスバメの背中に座る。当然のように私の前にコダックが座った。

 

「あ!ユウキくん!」

「なんですか?」

「ポケモンのタマゴ、持って行かないか?うちの女房が貴方にタマゴの面倒なんて無理よ!って怒るんだよ~。うちの子達もまだ幼いし、適任だと思えるトレーナーも居ないなぁと思ってた所だったんだ。ユウキくんなら大丈夫だろ?」

「うーん…、嬉しいですけど、すでにポケモンのタマゴ複数、預けてる状態なんですぐに孵化させてご報告出来ないかも…」

「じゃあ、せっかくだからナナカマド博士の所に持って行って適任だと思うトレーナーに任せてくれるよう頼んでくれ!」

「そういう事なら了解です、お渡ししておきますね」

 

ポケモンって全般的に哺乳類じゃないんだ…。タマゴから孵るんだ…。と思っていたら私の後ろにユウキが座った。また、飛ぶのか…。

 

「じゃあね~!記憶が戻って本当の名前を思い出したらまた教えてね!」

「もう二度と会う事は無いと思うから、忘れてくれ」

「暗い!」

 

手を振るヤマトに手を振り返して、オオスバメは空高く飛び上がった。

さすがに二回目はちょっと慣れてた。

 

*

 

「着いたよ」

「ナナカマド博士の所か…」

「そう、マサゴタウンだよ!」

「そんな風に言われても知らん…」

「そうだったね…、まあ、事情はすでに説明済みだから挨拶しに行こう!」

 

こっちこっち、と手を引かれナナカマド博士のポケモン研究所に勝手にずかずかと入って行くユウキ。出入り自由過ぎか。

 

「あ、ユウキじゃーん!おっすー!」

「うわー、ツバキ…。おっす…」

「テンション下げんな!」

 

威厳ある感がもの凄い白衣を来た男性、ナナカマド博士なんだろうな…。

よく来たな。と頷く様も威厳あり過ぎだ。

そして、そのナナカマド博士の隣に居たツバキと呼ばれた少女がユウキの肩を叩く。元気な子だ。

 

「バトルしよーよー!」

「後でね、今忙しいから」

「なんだよ!そのイケメン誰だよ!めっちゃ男前じゃん!ビビる!」

「うるさい。ナナカマド博士、この人が記憶喪失の、一応、シンヤ、と仮の名前を付けて呼んでいる方です」

「シンヤだな。うむ、よく来た。ナナカマドだ。よろしくな。色々と不安があるだろうが、記憶を取り戻す事に協力は惜しまん。安心しなさい」

 

顔こわいのに優しいおじさんだった。

 

「あ、ナナカマド博士。イツキさんからポケモンのタマゴを預かって来ました。適任だと思われるトレーナーに託して欲しいとの事です」

「うむ」

「博士!適任者がここに!ここにツバキちゃんが居ますよ!」

「そうだな、ではツバキに任せよう」

「よっしゃぁああ!!」

 

大事にしまぁす!とハシャぐツバキ。

ポケモンのタマゴってでかいな、ダチョウのタマゴサイズだな。

 

「シンヤさんはどうすれば良いですかね?」

「隣のポケモンセンターに暫く滞在すると良い。もうすぐ学会もあるから顔写真を持って行って情報を求めてみよう」

 

指名手配犯みたいだな。

ありがとうございます。と一応、お礼を言っておく。

 

「じゃあ、ジョーイさんに事情を説明してこようか」

「ジョーイさんなら、あのズイタウンだったかで会って説明しただろ…」

「マサゴタウンのジョーイさんにも説明しないとだから」

 

ポケモンセンターとやらに勤務する看護師的な人を総じてジョーイと呼ぶのだろうな。と思った。

そして、ユウキとツバキとコダックと共にマサゴタウンのポケモンセンターに入ったらジョーイさんがジョーイさんだった…!

 

「ジョーイさんが…!ジョーイさんだ…!」

「おいおいシンヤさん、何を言ってるんだい?」

「シンヤさん、記憶喪失者だからね」

「そうなの!?」

 

こんにちは、と言って微笑むジョーイさん。

え?全く同じ顔で同じ声でジョーイさん?

 

「双子…?」

「いや、ジョーイさんはみんな同じ顔なんだよ」

「何を言ってるのか理解出来ない」

「ジュンサーさんも同じ顔だよね~」

 

ジュンサーさんって誰だ。と思った所でピンと来た。

女医のジョーイ、巡査のジュンサーに違いないと!何この世界、単純過ぎてこわい!

 

「コダックもよく考えたら、子供のDuckなのか!?」

「コダ?」

 

オオスバメも、大きいツバメだしな…。

誰だよ、こんな名前考えたやつ…。

お前、子供だったのか。とコダックと喋っているとジョーイさんに説明を終えたらしいユウキに背を叩かれた。

 

「ボクと同室だから、暫くよろしく」

「なんでだ!」

「アンタが勝手に死のうとするからだよ!」

 

怒られた。

 

「シンヤさんの生活品を買って来ないとな~…。でも連れ歩くの危ないし…、空を飛ぶを嫌がるし…」

「あ、じゃあ、あたしが見てようか?」

「マジ助かる。でも、この人、本当に危ないから、すぐ死にたいとか言い出して何処かに消える可能性あるから気を付けてね」

「病気かよ…」

「病気なんだよ…」

 

コダックも見張り、よろしくね。と言ってユウキはポケモンセンターを出て行った。

私の扱い、酷いな。でも、否定出来ない気持ちもあって何とも言えない。

 

「シンヤさん、せっかくだからポケモン勝負しようよ!」

「ポケモン勝負ってなんだ…?」

「自分のゲットしたポケモン同士の技を使って相手のポケモンを瀕死にさせるまで戦うの!」

「物騒!」

「戦って勝てばポケモンは経験値が増えてレベルが上がってどんどん強くなるのよ!大体のポケモンはレベルが上がると進化して更に強くなるし」

「レベルってそういうやつか…」

「ポケモンバトルを専門としたポケモントレーナーっていうのも職業みたいなもんだし、各地でポケモンジムっていう施設があって、そこにはジムリーダーが居るの。

ジムリーダーに勝てばそこのジムバッジを貰えるのね。そのバッジを8個集めればポケモントレーナーはポケモンリーグに挑戦出来る権利を貰えるから各地を旅してるわけ、ポケモンリーグには四天王が居て勝ち進めばポケモンリーグチャンピオンと戦う権利が貰えて、チャンピオンに勝利すればポケモンマスターとして認められるってわけ!」

「待ってくれ…知らない単語が多すぎて理解が追い付かない…」

「うーん、一般常識だから聞いたら記憶戻るかなぁと思ったんだけどな~」

 

ダメか~、とツバキが腕を組んで眉を寄せた。

でも、なんとなく理解はした。勝負しよう、とか言ってたのはポケモン同士を戦わせようという事なのだろう。

ポケモンが可哀想なんじゃないのか…?何故、争いを強いられるのか…。ゲットするとか言っていたから、捕獲されたばっかりに強くなれと戦わさせられるとは…。

知らない世界でも、争いばかりだな…。嫌になる。

 

「まあ、とりあえず、バトルしようよ!」

「私はポケモンなんて連れてない」

「居るじゃん。そこに」

 

そこ、とツバキが私の足元を指差した。

間抜け面のコダックが私を見上げていた。

え。コイツ、その辺から勝手について来てる奴だけど?

 

*



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04

結果、問答無用であった。

 

「行けー、ミミロルー!」

 

お馴染の紅白カラーのボールからミミロルとかいうウサギが出て来た。

さあ、来い!とファインティングポーズのミミロル。勇ましい。

チラリと足元を見ればコダックと視線が合う。

 

「じゃあ…、お前、行くか?」

「コダ!」

 

行くらしい。

よっしゃー!と走ってミミロルに向かい合うように立ったコダック。

私は一体、何をすれば良いのだろうか。

 

「ミミロル、とびはねる!」

「ミミー!」

「……」

 

空高く飛び跳ねたミミロルがコダック目掛けて飛び掛かって来る。見事に蹴りとばされる形になったコダックを見て、あーあーと思った。

転がったコダックが恨みがましくこちらを見ている。なんだこの野郎。

 

「シンヤさんってば、何やってんの!指示出さないと!」

 

指示ってなんだ。

 

「………、コダック、」

「コダ!」

「頑張れ」

「クワ~…」

 

凄くガッカリされた視線を貰ったが、しょうがねぇなぁと言わんばかりに背を向けられた。

何故か逞しい背中…。

コダックが突然、耳触りな音を発したので慌てて耳を塞ぐ。ミミロルも耳を押さえて嫌がる仕草をした。

 

「いやなおと、とは!やるな!ミミロル!ピヨピヨパンチで反撃よ!」

「ミミー!」

「コダー!」

 

コダックに向かって行くミミロル。そのミミロルにコダックは波紋の様な水を口から吐き出してミミロルに直撃させた。

くらくら、と目を回すミミロルは自分の長い耳で自分自身を殴りつけて始める。

 

「ミミロルー!混乱しないでー!」

「クワー!」

 

目を回すミミロルに、とどめと言わんばかりにガリガリガリ!とひっかき傷を付けて行くコダック。アイツ、酷いな。

ミミロルが目を回したままその場に倒れて、ツバキが膝を付いて嗚咽を漏らす。

 

「野生に…っ、野生に負けた…!」

「コダー!」

 

どうだー!とこっちを振り返って自慢気のコダックに凄い凄いと意味を込めて拍手をしておいた。どうでもいい。

もう一戦しよう!とツバキが何か幽霊みたいな骸骨みたいな変な生物を出して、コダックが戦っていたが見ているのに飽きたので部屋に戻ろうと思う。

 

「ヨマヨマ~」

「あ~ん!ヨマワルー!そっちに行っちゃ駄目だってばー!」

「クワ~?」

 

*

 

部屋は何処ですか、とジョーイさんに聞けばウフフと笑って誤魔化された。教えろ。

でかいピンク色の生物が横を通ってびっくりしたら更に笑われてしまった…。なんか…、ウーパールーパーみたいだった…。

 

「ユウキくんから事情は聞いてますから」

「はぁ…」

「私の目の届く範囲で本でも読んでのんびりして居て下さい」

 

はい、どうぞ。とどっさり分厚い本をテーブルに置かれた。

え~…と思いつつもニコニコと笑みを絶やさないジョーイさんに負けて重たい本を受け取った。渋々、ポケモンセンターのカウンター近くにあるソファに座り、テーブルに本を置いた。

とりあえず、この世界に居る不思議生物について見てみようと、図鑑のページを捲ってみる。

子供向けらしい図鑑は、可愛らしい絵に名前が書かれている。

NO.001…フシギダネ。たねポケモン、くさ・どくタイプ。

その次のNO.002がフシギソウ。たねポケモン。くさ・どくタイプ…。

描かれている絵が、背中の多分、種っぽいのがツボミになっている…!NO.003のフシギバナに至っては、咲いてる!!

もう、フシギソウから既に種じゃない!それにこのフシギダネというポケモンを見つけた奴はこの生き物を見て、相当、不思議な種を背負っているなぁと思って名前を付けたんだろう…。単純かっ!!

 

読むのが馬鹿らしくなってきたが、せっかくだからコダックも見てやろうと、ページを捲った。

ああ、あった。と見てみれば、ユウキの図鑑で見た通り、あひるポケモンでみずタイプらしい。まあ、アヒルだしな。と思って次のページを見ると同じあひるポケモン。多分、これが進化というやつなのだろう。

色まで変わるとか面影は何処に消えてしまうのか…。ゴルダックの絵に衝撃が走る。あの間抜け面が何故、これになるのか…。

 

「あ、シンヤさん居た居た!もう!勝手に消えないでよ!びっくりするでしょー!」

「コダー!!」

「……」

 

怒るツバキとコダック。

黄色のコダックを見て、思わず声に出た。

 

「お前、黄色のままの方が可愛いな…」

「クワッ!?」

「え?ゴルダック、カッコイイよ?」

「青色の衝撃が凄い…」

 

これ、と図鑑を見せれば。ツバキは苦笑いを浮かべた。

 

「じゃあ、あたしが拾った変わらずの石。コダックに持たせとくね」

「は?」

「コダックのままがシンヤさんは好きなんだってさ~、良かったね~」

「クワ~」

 

好きと言った覚えはない。

 

*

 

ユウキが戻って来るまで部屋に入れないので、仕方なくツバキとジョーイさんから借りた本を読み続ける。

ポケモンの道具の種類、とかいう本で紅白カラーのボールを発見した。モンスターボールと言うらしい。

 

「これの中にどうやってポケモンが入ってるんだ」

「どれ?」

「この赤と白のモンスターボールとか言うのだ」

「ボールをポケモンに当てれば勝手に入るよ!」

「だから、どうやって入ってるか聞いているんだ」

「知らないよ!」

「知りもしないものをよく使えるな!」

「うるせっ!それにボールなんていっぱい種類あるんだよー!」

 

ほれ!とツバキはカバンからカラフルなボールを広げて見せた。真ん中のボタンを押すと野球ボールサイズ程に大きくなるらしい。理解不能だ。

 

「せっかくだからコダック捕まえてみなよ」

「いや、要らん」

 

即答かよ!と怒るツバキを無視して、モンスターボールを開けて中を見てみる。もの凄く複雑だった…。これ、分解するのも難しそうだぞ…。ここの文明発達し過ぎだろ…。

パッと見た所でもネジで留めてるとかそういう次元じゃない。なにこれ、普通に凄い。

 

「モンスターボールより、スーパーボールの方が捕獲率が上がるよ。それでスーパーボールよりハイパーボールの方がもっと捕獲率が上がるの」

「じゃあ、ハイパーボールだけで良くないか…」

「高いから。性能良いだけにお値段も良いから」

 

なるほど。

値段と品質で種類を造り販売するのか。

でも、このモンスターボールだけでも私の居た世界だととんでもない価値のあるものだろう。

 

「あ、でも、ハイパーボールはぶっちゃけあんまり使わないよ。高いし。あたしはポケモン研究に協力して色んなポケモン捕まえてナナカマド博士に送ってるんだけど。基本、クイックボールだね」

 

これ、と青に黄色のクロスマークが入ったボールを置かれた。

 

「ハイパーボールは1200円だけど、クイックボールは1000円で出会い頭のポケモンに速攻で投げると捕獲率が4倍とかになったかな~?ハイパーボールより捕獲率高いのよ」

「な、何故?」

「知らな~い」

 

何故、使ってる本人が知らないのか不明だがツバキは更にボールを指差して説明を続ける。

 

「これはネストボールでレベルが低いポケモンを捕まえるなら絶対にこれ。レベル15くらいまでならネストボールを投げる方が良いかな~と使った感覚で思う」

「レベルが低いとか、どうやって見るんだ…」

「レベル?正確なのだと図鑑で見れるよ。まあ、大体はポケモンを見れば分かるけど」

 

そんな馬鹿な…!見て分かるだと…!?

 

「人間で言うとパッと見で年齢はこれくらいかな~って感じじゃない?見慣れれば分かって来るよ~」

「…なるほど」

「あと~、あたし的に一番オススメがダークボール!このちょっと見た目こわいやつ。夜8時以降にポケモンの捕獲率が上がるの~!めっちゃ良いよ~!夜にバンバン捕獲出来るからね!」

「…なんで、夜8時以降に捕獲率が上がるんだ…」

「知らな~い」

 

謎が深まる一方だ…!

 

「これは、もうめちゃくちゃレア!珍しいの!捕獲率100%このボールからは逃れる事は出来ない、マスターボール!ここぞという時の為にずっと持ってるの…!伝説ポケモン捕まえるぜ…!」

「捕獲率100%があるなら、全部それで良いだろ…」

「非売品なの!売ってないの!」

 

紫色のボールを手にニヤけるツバキ。気持ち悪い。

 

「このボールに捕まるともう自分の意思で逃げられなくなるなんて、地獄だな…。この中が快適な空間なのかは分からないが、捕まったら自分を捕まえた人間の指示に従って生きなきゃいけないなんて…」

「え゙……、そういう風に言われると何とも言えない…。結構、仲良くやってますけども…」

「捕獲率なんてものがある時点でポケモンは逃げたい意思を示しているのに、人間はどんどん捕獲率を上げてポケモンを縛り付けていく。

マスターボールが一般的に販売されないのは、ボールを作った人間が捕獲率100%に到達して思ったのかもな…。抵抗させる選択を完全に奪うのはどうかなのか、と…」

 

私がポケモンだったら嫌だなぁ、と呟いた所で目の前に座っていたツバキがテーブルに突っ伏した。

 

「マスターボール使い難いぃいいい!!!そんな事言われると使い難いわぁあああ!!!」

 

だって、逃げ回る伝説ポケモン捕まえようとしてるんだものぉおおお!!!と叫びながらポケモンセンターから走って出て行ってしまった。

 

「私、何か変な事を言っただろうか…?」

「クワ~」

 

隣に座っていたコダックに問えば、さあね。と何とも言えない表情と共に返された。

 

「でも、考えようによっては就職みたいなものだよな。指示に従って行動しなければいけないが、怪我をすれば病院に連れて来て貰って食事を与えて貰って…。沢山のポケモン達の中から選ばれたと思えば嬉しいものなのかもしれない」

 

人間がポケモンを選ぶように、ポケモンにも人間を選ぶ選択は必要だよな。とコダックに言えば、うむうむと頷かれた。

 

*



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05

本を読んで待っていたらユウキが帰って来た。

 

「あれ?ツバキは?」

「走って何処かに行った」

「え~…なんでだよ…」

 

まあ、良いけど。と荷物を置いたユウキに良いのかよ!とコダックがクワー!とか言っていたが無視した。

 

「この服どう?」

「着れればなn……色キツイな」

「え?今、何でも良いって言いかけてやめた?」

「この赤!青!緑!って原色カラーキツイのなんでだ。お前の服もだけど」

「ハッキリしてる方が分かりやすいでしょ」

「エンジ色とか紺色とか深緑色が良い…」

「文句言うような気がして、ちゃんと白色を多く買って来たよ」

「お前の色の選択肢少ないな…」

 

目に痛い。

この黄色のズボンは一体どう着こなせというのか…。

 

「あ、その黄色のパンツはこのパーカーとね」

「なに!?」

「コダックパーカーだよ」

「コダ~!!」

「こんなの着てコダックと歩いてると馬鹿みたいじゃないか」

「いや、結構、居るけど?」

「嘘だろ…?」

 

着てみて、と急かされて渋々、パーカーを羽織る。

フードがコダックの顔になっている。

 

「絶対、こんなの着て歩きたくない」

「似合うのに」

「コダ~!」

 

こんなの着て歩く人間の横も歩きたくないだろうに…。

深く溜息を吐いてもユウキは気にせず買ってきた洋服をたたんでいく。私が着ることはもう決定らしい。

 

「部屋で寝たい」

「え?ご飯食べようよ」

「私は要らない。色々あり過ぎて疲れたから寝たい」

「危険だから貴方一人で部屋には戻しませんのでご了承下さい」

 

そんな理由で部屋に入れてくれなかったのか…。

 

「ポケモンセンターで自殺者出るとか最悪だからね」

「大丈夫だ。誰の迷惑にもならない場所で死ぬくらいのマナーは守れる」

「その考えがマナー違反だって気付いて欲しいよ、ほんと」

「クワ~」

 

*

 

ポケモンセンター内のレストランらしき所に連れて来られ、特に空腹でも無いのに目の前に置かれたオムライス。

ユウキが食べたい物を同じように勝手に選ばれた。私に選択肢など無いというのか。

そして、当然のように隣に座ったコダックが餌を手で掴み頬張っていた。無造作に餌入れにザラザラと入れられたであろう、茶色の固形物。

研究所でも同じようなの食べていたような気がする。ポケモンの主食なのだろうか。不味そうだ。

 

「でもさ、シンヤさんの事を知ってる人が現れてくれると良いけど…、現れない間はどうしたものか、って感じだよね」

「なんだ急に」

「ボクなりに考えてたんだけど。シンヤさん、テレポート出来るポケモンとかそういうのに巻き込まれたんじゃない?だから裸足で知らない場所に居たのかなぁ?って」

「ポケモンってテレポート出来るのか…?凄いな…」

「…そもそも、ポケモンの存在を完全に忘れてるっていうのがなぁ…。困る…」

 

頭を抱えてしまったユウキ。

私はそんな事より、目の前に出されたオムライスが食べたくなくてどうしようか迷っている。冷めていく一方だ。

コダックに食べるか?と聞いてみたが、要らないと首を横に振られてしまった。

 

「食べないなら、あたし食べる」

 

よいしょ、とユウキの横に座ったツバキが私の前からオムライスを持っていった。今は女神に見える。

 

「がむしゃらにシンジ湖まで走って疲れたわ~」

 

もぐもぐとオムライスを食べ始めたツバキを見てユウキが眉を寄せる。

 

「なんで急に走ったのさ…」

「ポケモントレーナーとしての一瞬の迷いがそうさせたの…!でも、あたしもう迷わない!マスターボールでギラティナ捕まえるわ」

「…え?うん…、それは勝手にすれば良いけど…」

 

何の話?と首を傾げたユウキを無視したツバキはビシとスプーンを私の方に向けて来た。やめろ。

 

「で、シンヤさんも一緒にギラティナに会いに行かない?」

「行かない」

「早っ!?理由!せめて理由聞いてよ!?」

「……」

「なんで、ギラティナ?」

 

私の代わりにユウキが聞いた。

それにツバキはうむと頷く。

 

「ギラティナだったら色んな所が覗けるから何か探すなら一番便利じゃん?シンヤさんも色んな所を見れば思い出す事もあるかもしれないし」

「ああ…、反転世界から表の世界が覗けるんだっけ?ボク、行った事ないからなぁ」

「あたしは行った事あるもん」

「そもそもギラティナが協力してくれるかも微妙なんじゃないの?」

「あたしがギラティナをゲットしてから協力してもらうのよ!」

「天才かよ」

「でしょでしょー!」

 

というわけで、明日行こう。とツバキが親指を立てて私を見たわけだが…。

 

「何を言ってるのかさっぱりだ」

「ボクも行って良いの?」

「ツバキちゃんが連れて行ってやんよ~」

 

………うん。

話を聞いてくれる気は無いらしい。

 

*

 

次の日、朝早くから起こされて、よく状況が分からぬまま薄暗い洞窟を歩かされて気が付いたら地面が逆さま場所に居た。

何を言っているのか自分でも分からないが私の視界にある逆さまな地面を逆さま状態でツバキが走って行くのだから、もう…嫌だ…。

 

「なんだここは!!!」

「うわ!?急に叫ばないでよ!?」

「コダー!」

「地面が逆さまだ!私はもう色々と可笑しくなっている!」

「大丈夫だよ。ここはこういう所なんだから」

 

あと、シンヤさんは元々可笑しい人だから今更だよ。とユウキに鼻で笑われた。クソガキ…。

この場所だけ重力が一定では無いらしい。歩き回るコダックが上の地面へ、下の地面へ…と移動を繰り返し遊んでいる。

上の地面、下の地面って変な言葉だな。

 

「ほら、シンヤさんもギラティナ探すよ」

「ギラティナってなんだ…」

「なんだって言われるとボクも上手く説明出来ないけど、この反転世界の主だよ。今、この世界にはボク達とギラティナだけだろうから。ボク達以外の存在が居たらギラティナだと思って、すぐ呼んでね」

 

ボクは向こうを探して来る、とユウキもまたツバキと同じように逆さまの地面を走って行ってしまった…。

コダックも気付いたら何処かに行ってるし…。取り残された私は辺りを見渡す。

遠くの方で「ギラティナー、おーい」とツバキの声が聞こえる。

 

とりあえず、ツバキが捕まえると言っていたからギラティナという名前のポケモンなんだろう。

野生の生き物に「おーい」と呼びかけて素直にその生き物が出て来るならもうそれは野生では無い気がするのできっと呼びかけても出てこないだろう。

ポケモンだと言うならその辺の木の後ろとか草の茂みに隠れてるんじゃないのか?茂みから飛び出して来るって本に書いていたし…。

ガサガサと茂みを手で払ってみるが生き物の姿は無い。

 

「……めんどくさいな」

 

よし、諦めよう。

適当にユウキ達から離れた場所にいれば、真面目に探してると思われるだろう…。

離れてサボることにしよう、とユウキ達とは反対方向へ足を進める。重力が急に逆さまになるので凄く歩き難い。ふわふわする。

少し歩けば、崩れているが家っぽい建物もちらほらとあった。中に入って探索してみても生き物が居る気配は無い。ギラティナとかいうポケモンも居るのか怪しいものだ。

 

「お」

 

ぴょん、と飛び乗った地面の先に一軒家を見付けた。他の建物と違ってかなり家らしい形のままだ。十分、住めそうな大きな家。しかも、芝生の庭付きとは良い家だ。

ドアを開けようとしたが鍵が掛かっていて入れなかった。窓も全て閉まっていてカーテンが付いているので中の様子が分からない。

 

「……?」

 

そういえば、何故ここだけ鍵が掛かっていて、カーテンまで備え付けてあるんだろう…。

誰か住んでいて今は留守、なのだろうか?

考えてみたが結論で「そんなわけないな」という考えに至ったので、窓を割って押し入る事にした。

拾った岩を窓に投げ付けてガラスを割る。割れた窓の鍵を開けて中へと入れば気分は空き巣犯だ。

よっと、窓枠を飛び越えて家の中に入れば、ホコリが積もったリビングだった。

キッチンもあるがキッチン用具は何一つ無かった。書庫らしき部屋もあるが本棚には本は一冊も無い。

テーブル、椅子、ベッド、棚…、大きな家具だけが置かれたモデルルームのような家。

いつでも住もうと思えばすぐ住めるような家だな、と思った時に不思議な感覚を覚えた。

カラカラと庭へと続く窓を開けて庭を眺める。

リビングから眺める庭の景色はまるで風景画のようだった。

 

「……」

「オイ!」

「!?」

 

ぼんやり景色を眺めていたら声を掛けられた。

驚いて視線をやれば背の高い金髪の男が私を睨んでいる。……まさかの、本当に留守中の家だったのだろうか…。いや、人が住んでいる形跡は無かったが…。

 

「お前、その家から出ろ…!」

「え!?ああ…、す、すまん…」

 

慌てて庭に出れば男は割れた窓ガラスを見て眉を寄せていた。これはジュンサーさんを呼ばれるのだろうか…。

 

「テメェ…よくも壊しやがったな…」

「すみませんでした…。誰も住んでいないものだと…」

「……誰も、住んでねぇけど…」

「なんだ。じゃあ良いじゃないか」

「住んでなくてもオレの物であるのに違いはねぇだろ…。何、人の物ぶっ壊してんだ、あぁ?」

「…すみません」

 

全くの正論だった。そりゃそうだ。

でも、誰も居ないと思って………、あ!

この反転世界に居るのって、私達以外だとギラティナだけだったんじゃないのか?という事はこの金髪の男はギラティナ…?

 

「何、見てんだゴラァ!」

「すみません…」

 

どう見てもポケモンじゃないじゃないか!ユウキの嘘吐き!私達以外にも人が居るじゃないか!

 

「窓ガラス代、弁償します」

 

ユウキが。と心の中で付け足しておいた。

金髪の男は私を睨み付けてから、フンとそっぽを向いた。

 

「金なんて要らねぇよ」

「おお…!許してくれるなんて心が広いなぁ!」

「許すとは言ってない」

 

誤魔化そうとしたけどダメだった…。

とりあえず、窓ガラスの欠片を拾い集めろ。と怒られたので素直に従う事にした。

男が持って来た袋に欠片を入れて、何処から持って来たのかほうきとちりとりを渡されたので床に散らばった欠片も掃いて片付ける。

 

「片付けました」

「よし、じゃあ、次はこっちな」

「?」

 

タオルと水の入ったバケツを渡された。

こっちだ、と言う男の後について行けば石碑のようなものがあって、それを磨けという事らしい。

なんだろう、墓とか言うのだろうか…。こわい。

濡らしたタオルで石碑を拭き始めた。

 

「……」

 

石碑を拭く私の背後で金髪の男が見張っているので、手を動かすのを止められない。

だが、石碑自体がそんなに汚れているわけじゃない。金髪の男がマメに拭いているのかもしれない。しかし、この石碑…。

 

「ここに名前を彫るような所があるのに、名前が入ってないんだな」

 

石碑の中央辺りを指差して後ろを振り向けば金髪の男が眉を寄せて私を見下ろしていた。

 

*



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06

眉を寄せた金髪の男が腕を組みながら、小さく頷く。

 

「まあ…それはオレも思ってたけど…、その石がなんなのかよく分からねぇからな…」

「なんなのかよく分からないものを何故、拭かせる…!」

「知るか!分からなくても大事かもしれない気がするから、大事にしてんだよ!」

「意味が分からん」

「オレも分からねぇ」

 

溜息を吐いた男。

いや、溜息を吐きたいのはこっちだ。

 

「もしかして、お前、記憶が無いのか?」

「は?」

「大事かもしれない気がするけど、全く分からない物なんだろ?この石碑」

「まあ…」

「記憶喪失だな」

「いや…でも、オレは生まれた時からの記憶はちゃんとあるけどな…」

 

生まれた時からの記憶があるって凄過ぎないか?

 

「記憶が一部だけ知らずの内に欠ける、なんて事があるもんなのかよ?」

「いや、知らん。私は記憶喪失者らしいから」

「お前が記憶喪失なのかよ!!!」

「ポケモン、って生き物が居るって知ってるか…?小さなボールの中に捕まえられる生き物なんだぞ…」

「知ってるに決まってんだろうが!」

 

お前、やべぇな。と金髪の男に憐れむような目で見られた。

私にとってポケモンという生き物が居る時点でこの世界の方が可笑しい気がするのだがな…。そんなにポケモンって当たり前の生き物なのか…。

 

「でも、お前…オレと何処かで会ったこと、無いか…?」

「なっ…ナンパか…?」

「違ぇ!…なんか、なんとなくだけど、知ってるような知らねぇような…」

 

うーん、と考え込む金髪の男。

 

「私はお前と会って微塵も何も思わなかったが…」

「気のせい、かもな…うん、オレに人間の知り合いが居るわけないし…」

「……」

 

…え?人間の知り合い…?

どういう意味だろう、と呆ける私を無視して金髪の男はバケツを持ち上げて歩いて行ってしまう。

石碑を拭いた私にお礼くらい言え、と思ったが私が窓ガラスを割ったんだったな…。

慌てて男の後を追えば、男はチラリと私を振り返った。

 

「お前、あの女と一緒に来たんだろ…。さっさとここから出て行けよな」

「あの女…?ツバキと知り合いなのか?」

「知り合いじゃねぇ」

「???」

 

家の前まで戻って来て、男が向こうだと指を差した。

 

「この道を真っ直ぐ下って行け。あの女に家と石を見た事は言うなよ」

「…何故、言ってはダメなんだ?」

「ダメなもんはダメだから」

「???」

「あと、ギラティナは留守で居ねぇから」

「それは伝えても良いのか?」

「良いぞ。伝えてさっさと帰れ」

「分かった…」

 

じゃあな、と片手を振った男。

それに手を小さく振り返して不安定な道を真っ直ぐ下る。

途中で振り返ると…、さっきまであった家が消えてしまっていた。

変な場所だな。と思いつつ真っ直ぐ進むとツバキ達と合流する事が出来た。

 

「あ!シンヤさん!ギラティナ居た?」

「ギラティナは留守だって」

「……誰が言ったの?」

「なんか金髪の男が居て、言ってた」

「……」

 

他に人が居たんだ!と驚くユウキに頷いて返す。

ツバキは私の目の前で深い溜息を吐いた。

 

「また…捕まえる事が出来なかった…」

「今度、居る時にまた来れば良いじゃないか」

「ギラティナが留守なんて事、あるはずないから!」

 

でも、留守だって言ってたし…。

もしかして、騙されたのだろうか…。

 

「あーあ…、あたしが入れない所にまた引き籠っちゃったんだろうなぁ…。また、リベンジするかぁ…」

 

ボールを投げる事さえさせてくれないんだよなぁ、とブツブツ文句を言うツバキ。

ユウキに視線をやれば、苦笑いを返された。

 

「なんなんだ?」

「さあ?ボク、ギラティナの事全然知らないから」

「クワ~」

 

*

 

結局、ギラティナを捕まえられなかったので私の事について調べる事も出来なかったらしい。

ポケモンセンターに戻って来て、ツバキとユウキが顔写真付きの張り紙を作って情報を求めよう、と会話をしているのを放って置いて、私は部屋を出た。

後ろを付いて来たコダックを連れて、ポケモンセンターのソファに座る。

 

「良い天気だな…」

「コダー」

 

ソファに座って暫くぼーっとしていると隣でコダックが寝息を立てて眠っていた。

私も少し寝よう、と腕を組み、目を瞑った。

 

 

ザワザワ、と耳触りな騒音。

車のクラクション、笑い声、怒鳴り声…。

 

『元気にやってる?

今年のお正月こそ帰って来て、顔見せてよね』

 

犬の写真の絵ハガキ…。

 

 

『シンヤー!シンヤ、シンヤ、シンヤ!あの取引先嫌い!どうにかしてきてくれ!』

 

スーツ、書類、

沢山の名前……。

パソコンのキーボードの音が…、うるさい。

 

『シンヤ先輩ー!すみません!書類が間に合いません!』

『シンヤくん、先方に連絡頼む!キミの名前出せば一発だから!』

『シンヤさーん!休憩、私達と一緒に行きましょうよ~』

 

うるさい。うるさい。うるさい。

何でも私に言うな。私の名前を呼ぶな。自分でどうにかしろ。

それ以上…、私に、

 

「近付くなッ…!!!」

「グワッ!?」

 

隣でコダックがソファから落ちた。

バクバクと音を立てる胸を押さえて、深く息を吐く。

とても、嫌な夢を見た…。

受付に居たジョーイさんが私の傍に駆け寄って来て、私の肩に手を置いた。

ゾワゾワする…。

 

「シンヤさん、大丈夫!?」

「……大丈夫、です…」

 

返事をしつつ、ジョーイさんの手を、肩から退けた。

触られると気持ち悪い。人と目が合うのも気持ち悪い。

 

「変な、夢を見て…」

「大丈夫よ…。何か飲む?それとも横になりたい?」

「……外に、出ても良いですか」

「良いわよ。一緒に行くわ」

「いえ…、少し一人になりたい、です…」

「ダメよ、アナタの顔…真っ蒼だもの。一人になんて出来ないわ」

「お願いします…、人が気持ち悪くて…」

「……」

 

ジョーイさんから少し距離を取る。

心配してくれてる気持ちは有難い事ではあるが、今は気持ち悪くて仕方が無い。今すぐ、離れたい。会話を続けるのも嫌だ。

立ち上がってポケモンセンターの外に出る。

 

「離れた所に行かないでね!絶対に近くに居てね!」

「……」

 

 

ああ…、

 

う る さ い 。

 

 

*



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07

大きな木の幹に背を預け、座り込めば、人の声が無くなって少しだけ落ち着いた。

なんなのだろうか…、この不快感、苛立ち。考えれば考える程、頭が痛くなる。

 

『シンヤ!』

 

そう、私の名前は"シンヤ"だ。

皮肉にもここで名付けられたのと同じ、深夜二時の意味ではない…。親が付けた名前…。

 

会社勤め、毎日同じ事の繰り返し、騒がしい周りの連中…。

酷く疲れていた。そうだ、私はもう疲れていた。

何が楽しくて会社に行かないといけないのかと思っていた、人付き合いも嫌いだった、疲れるほどに夜は眠れなくなって、毎日来る朝が煩わしくてたまらない…。

眠りたかった、眠って眠って…もう起きなくても良いと思った…。

 

「クワ~?」

「っ!?」

 

私の顔を覗き込んだのは間抜け面のコダックだった。

何を考えているのか分からない大きな目で私を見て、頭を抱えながら首を傾げた。

 

「どっかに行け…、私に構うな…」

「クワー!」

「うるさい!耳触りだ!」

「コパーッ!!」

 

コダックが怒ってぺちぺちと私を叩いて来る。

…痛い、痛い、痛い!

 

「やめろ!」

 

べしっ、とコダックを手で払い、突き飛ばす。

目の前で転がったコダックはキョトンと私を見つめた後に大きな鳴き声をあげてから走って何処かに行った。

 

*

 

暫くして、肩を叩かれた。

ぼーっとしていた自分の意識が一気に引き戻されて、顔を上げればユウキが居た。

 

「大丈夫?シンヤさん」

「……」

「ジョーイさんから話は聞いたよ。少し、記憶が戻ったの…?」

「…そう、だな。そうだと思う…」

「まあ、自殺したって自分で言ってたくらいだから…。あんまり良い記憶じゃ、なかったんだよね?」

「……」

「住んでた所とか思い出した?」

「…ああ、やっぱりポケモンなんて生き物は居ない場所だったよ」

「……」

 

黙り込むユウキ。

でも、その通りなのだから仕方が無い。自分の記憶が曖昧でハッキリと断言出来なかったが。やっぱり最初に説明した通り、ポケモンなんて生き物は存在しないんだ。

 

「最初にも言ったけど、ポケモンが存在しない場所なんて無いよ」

「そうだな。私はここに居るべき人間じゃないんだろうな」

 

素直に、眠らせてくれれば良かったのに…。

 

「あー…もう、なんかどうしたら良いのか分かんなくなって来た…!」

「放って置いてくれて良いぞ、むしろその方が助かる…」

「はぁ?放って置いたら死ぬでしょ!?」

「見ず知らずの他人が何処でどうなろうと他人のお前に関係無いだろ」

「知り合った時点でどうでもいい他人だなんて思えないんだからしょうがないじゃん!」

「そういうお節介は、もういい…」

「なんだよその言い方!混乱してるのかもしれないけど、そういう言い方は感じ悪いよ!?」

「……」

 

だから、何だって言うんだ。

なんで私にとってどうでも良い相手に、わざわざ感じの良い言い方とやらで話をしなければいけないのか。

そんな…、面倒なことを…。

 

「…ごめん、ちょっと言い過ぎちゃった」

「いや、言い過ぎた事は無いと思うが」

「今更、シンヤさんに言い方がどうのこうの言ってもしょうがないよね。とりあえず、部屋に戻ろう」

「……」

 

*

 

部屋に戻るとツバキがベッドの上でごろごろしながら片手をあげた。

 

「あ、シンヤさーん。記憶戻ったっぽいってほんと?」

「…お前、人のベッドでよくそこまでくつろげるな」

「ツバキちゃんに不可能は無い!」

「ボクのベッドなんだけど…」

「だから何!」

「とりあえず座ってくれる?ムカつくから」

 

舌打ちをしながらツバキが渋々と起きあがり、ベッドの縁に座った。

 

「で?シンヤさん、大丈夫なの?」

「…まあ」

「まあまあですか。それでどんな記憶を思い出したの!手掛かり!記憶の手掛かりを!」

 

説明しないといけないのだろうか、と思ったがツバキがピラピラと一枚の紙を揺らした。

 

「なんだそれは」

「シンヤという男の情報を集める為の指名手配風の張り紙」

「絶対にやめろ」

「情報が無いとこれを貼るしかないのですよぉおお!!!」

「脅しか!脅しだな!?」

「だって、言いたくなさそうな顔してるから」

「言いたくない。そもそも何で自分の身の上を子供に話さないといけないんだ。私はもう放って置いてほしい」

 

私の言葉にツバキは頷いた。

 

「まあ、確かに自分の身の上話をわざわざするのは嫌だね。でも、あたしはシンヤさんの事が知りたいから聞くのをやめなーい!」

「お前みたいな奴は大嫌いだ…!!」

「あたしは自分が好き!」

 

言うまで逃がさない。とツバキににじり寄られ部屋の扉まで追いやられた。

バン、とツバキが扉に手を付く。

 

「これがドアバンよ!」

「…は?」

「それやりたかっただけでしょ…。二人ともちゃんと座って」

 

ユウキに怒られてツバキがヘラヘラ笑いながら再びベッドの縁に座った。

シンヤさんはここ、とユウキに椅子を引かれ私も渋々席に座る。

 

「シンヤさんの記憶は良い記憶では無かったんだと思うから、あんまり深く聞きたくはないけど今後の為に重要な所はハッキリさせておきたいんだよね」

「……」

「出身地って言える?」

「…そこらへんは曖昧だが、日本の何処か」

「ニホンって何?」

「シンヤさん、ポケモンの居ない場所から来たんだって」

「え?じゃあ、ファンタジー的な!異世界から来た住人…!?やだ、ステキ…!」

「異世界か…」

 

それだったらこの世界でいくら私の事を探しても無駄だろうな。

 

「異世界ってどんな所?ステキな所?」

「……素敵な所と思う者も、居るだろうな」

「シンヤさん的にはどんな所?」

「…騒がしくて、ごちゃごちゃしていて、ビルばかりだ…。人が鬱陶しいほどに居る」

「ふーん?シンヤさんはそこが嫌いなのね?」

「ああ、嫌いだ」

「ま、それだけ聞ければ十分じゃん?」

 

ツバキがユウキに視線をやる。

ユウキは小さく頷いた。

 

「じゃあ、張り紙作戦はやめて。シンヤさんの住民登録しに行こうか」

「良いね!」

「は?」

「前に居た所が嫌いなら、今居る場所で生きて少しずつ好きになれば良いよ」

「そうだよ~。ここは静かだし、ごちゃごちゃしてないし、ビルなんて一部の町にしか無いし。田舎の方とか人少な過ぎだから、のんびり生活出来るよ~」

「……」

「そんなにピリピリしないでさ、気楽にしてて大丈夫だから」

「そうそう!シンヤさん、ずっと眉間に皺が寄ってる!考え過ぎ良くないよ!」

 

笑顔笑顔!とツバキが笑った。

こんな子供に気を遣われて、慰められるとはなんて情けない…。

勝手にイライラして周りに強く当たるなんて私は子供か。

 

「…はぁ……、すまん、少し冷静じゃなかった…」

「ずっと冷静で居る方が難しいよ」

「気にしない気にしない!」

 

何か飲み物買ってくるよ。と言ってユウキが立ち上がった。

 

「あたし、オレンジ!」

「オレンジジュースね…。…あれ?そういえば、コダックは?」

 

居ないけど。とユウキが辺りを見渡した。

 

「…私が、怒鳴って突き飛ばしたら、怒って何処かに走って行ったんだった…」

「えー!?可哀想!」

「ポケモン虐待はダメだよ、シンヤさん…」

「…すまん」

「戻って来るかなぁ…野生の子でしょ?」

「まあ、まだ近くには居るだろうからお腹が空いたら戻って来るんじゃない?」

「あ~、食いしん坊だったもんね~」

 

ユウキとツバキは笑っていたが、私がコダックの立場だったら…もう戻らないと思うが…。

もし、戻って来たら…ちゃんと謝ろう…。

 

*



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08

眠ろうとしても上手く寝つけず、浅い眠りに付いても嫌な夢を見てすぐ起きた。

時計を見れば日付は変わった真夜中。真っ暗の中、体を起し、隣のベッドに眠るユウキを起こさないように部屋を出た。

外はまだ暗い。

 

結局、昨日の夜…夕食の時間になってもコダックは戻って来なかった。

野生のポケモンで、いつでも何処かに行け、と思っていたが、悪い事をしてしまったな、と少しの後悔が過る。

考えれば考える程、眠れない。

少しでも寝ておかないと今日は朝から役所に行く、とユウキが言っていたのに。眠っていない頭では上手く回ってくれない…。

私は本当にこの場所で生活する事が正しいのだろうか…。

大きく溜息を吐けば、目の前を黒い何かが通り過ぎた。大きい虫かと、思わず立ち上がる。

黒い何かが私の周りを飛び回っている。

走り抜けようとした時、誰かに手を引かれた。

 

「!?」

 

*

 

手を強引に引っ張られ、視界が急に明るく真っ白になった。

私の手を掴んだ男が笑っていた。

 

「シンヤ、見ーっけ」

「だ、誰だ…」

 

後ろを振り返っても真っ白の空間に居る。

もしかすると私は外で寝たのかもしれない…。随分と現実感のある夢を見るものだと自分に感心した。

 

「オレはパルキア!空間を司る神だ」

「……へえ」

 

言ってる事はさっぱりだったが、相槌だけ返しておく。

そんな私の相槌に気付いてはいるがパルキアと名乗った男は説明を続けてくれた。

 

「自分が異世界に居ることは薄々気付いてるとは思うが、実はそれはオレのちょっとしたトラブルでな…。

説明すると、オレの管理する空間っつーものは毎日何処かで少しだけの歪みを起こす、その歪みは些細なものだからオレがちょちょいと直せば何も問題は起きないんだが、少しの歪みの起こった場所に偶然人間が居た。

普通の人間なら空間に干渉出来ないから本来なら何も起こらないが、その人間がたまたま肉体から精神が離れた状態の人間で、その人間の精神体だけが空間の歪みに飲み込まれてしまった…、歪みに飲み込まれたその精神体の人間に気付かず歪みを直してしまったオレのミスで人間は別の世界へ飛ばされてしまったってわけよ…」

 

分かる?とパルキアに首を傾げられて、小さく頷く。

何となくは理解した。

 

「精神体だけ…ということは、つまり、私は死にそこなって、体は元の世界で今も眠っていると」

「そう」

「変わった夢を見ているようなものだろうか…」

「まあ、お前からすれば夢みたいなものかもしれないな」

 

そうか。夢か。

夢ならば目覚めなければいけないのだろうな…。あの嫌いな世界で…。

 

「やけに落ち着いてるな?もっと騒ぐかと思ったのに」

「騒いだって仕方ないだろ。現実がそれなら、もう仕方がない……」

「元の世界に戻りたい?」

「……戻りたくない、と言ったら…戻らなくても良いのか?」

「じゃあ、この世界に居たいのか?」

「…いや、それも違う気がする。もしかするとここで生きていれば楽しいと思えるかもしれない、と思ったが…やっぱり私はここに居るべきではないとも思った。私にはとても、眩しすぎて苦しい……」

 

素直に喜べない自分が居た。

キラキラした世界は眩しくて、優しくて、私のような人間も包み込み大事にしてくれようとする人達…。

決して私を責めない、傷付けない、苦しめないようにと接してくれる人達が…。そう、例えるなら、真綿で首を絞められてるかのようで…。私にとっては苦痛でしか無い。

根本的に合わないのだ。私には。私は…やっぱり、人と関わるのが嫌いだ。

元の世界に唯一…友と呼べる奴も居た。親友だと言える奴が。こんな性格の私を咎める事もあった真面目な男だったから…、私はその親友からも関わりを避けて逃げてしまったのだ。

あいつさえも、私には眩しすぎた…。

 

「戻りたくない、ここにも居たくない、眠りたい…ずっと……眠っていたい…」

 

私の言葉にパルキアは笑った。

 

「そう言ってくれる"シンヤ"だと思ったから、お前の所に来たんだ」

「…?」

「お前は眠ってて良い…、ずっと…。その代わり"シンヤ"を譲ってやってほしい。"シンヤ"として生まれなかった…"シンヤ"として求められている男に」

「どういうことだ…?」

 

もうひとつの世界の話をしよう、そう言ってパルキアは微笑む。

 

ある男は人生に絶望し、睡眠薬を大量に飲み、眠った。

そして、見たこともない美しい世界で目覚める。

美しい世界に住む優しい人々、沢山の人と関わり男は自分自身を必要としてくれる者達と出会う。

男は生きる希望を見出した。

この美しくて、優しい人々の居る世界で生きていきたいと思ったが…、男はその世界には存在出来ない身だった。

 

元の世界に自分の体を置いて来た…、精神だけの存在だったからだ。

 

男は元の世界に戻らなければならなかった。

でも、男を必要とする者達はそれが許せなかった。どうしても男が必要だった、自分達の世界に存在させたくてたまらなかった。

 

でも、男は世界には存在しない身。名前も無い体も無い男。

どうすれば男を存在させる事が出来るか考えて、ある事を思い付いた。

存在しないのならば、男を自分達の世界に創ってしまえば良いのだと。

 

男は美しい世界で"シンヤ"という名前を貰ったが、元の世界では別の名前の付いた男で"シンヤ"ではなかった。

だから、まず、男を"シンヤ"にしなければならなかった。

美しい世界に似た…色々なパラレルワールドの世界に存在する"シンヤ"という名前の男を見つけて、世界を混ぜた。"シンヤ"という人間が成長して育ったようにする為に。

そして、美しい世界を模した世界に"シンヤ"という男が誕生したが…、中身は別人だった。

 

次は別の世界…ポケモンが存在しない世界から来ていた…必要とされている男を"シンヤ"にして、自分達の美しい世界に男を呼び戻そうとしている…。

 

「今が、その時だ」

「…ああ、私が元の世界でも"シンヤ"だから……」

「そう。ポケモンの居ない世界に生まれた"シンヤ"。男と同じように睡眠薬を飲んで眠ったお前が…男にとって、オレ達にとって一番都合の良い"シンヤ"なんだ」

「そうか…なるほど…」

 

皮肉にも"シンヤ"ではない男と私は同じ容姿なのだと言う。

同じ容姿で、同じように眠って、同じようにポケモンの居る世界に来て、こうも結果が違うとは。

私と違って…、"シンヤ"ではない男は随分と良い奴なのだろう。私はその男とどう違ったのだろうか…。

まあ、考えてみた所で分かりはしないが…。

眠らせてくれると言うのなら、私が断る理由など無かった。

男が"シンヤ"になる為に、私の体は使ってもらおう。私より上手く使えるに違いない。

 

私が急に居なくなれば関わった人達が大騒ぎする事になると思ったが、私が居た世界は全て別の世界と混ざって一つになるから考える必要は無いらしい。

世界が混ざり合わされてしまうなんて…、それもたった一人の男の為に行われるとは…、なんて自分勝手で頭の悪い行動…。

決して良い事とは思えないが、私には関係の無い事だ。どうでも良い。

勝手に、幸せにでも、不幸にでも、どうとでもなれば良い。

やっと、眠れる。

嫌な夢も見ず、静かに、ずっと、眠り続けられる。

 

*

 

最後に、

全て混ざってしまうと言っても、心残り無く眠りたいと思った私はパルキアにコダックの居場所まで連れて行ってもらった。

少しの罪悪感と後悔が残ったままだったから…。

コダックは森の中に居た、日が昇り始めていて明るくなっている。

 

「コダック」

 

そう声を掛ければコダックは驚いたらしく飛び上がって私を振り返った。

 

「コダ!?」

 

コダックは土に汚れて汚かった。

土を掘って虫でも食べるのかと一瞬思ったが、コダックの手には沢山のタンポポが抱えられていた。

 

「お前…、花まで食べるのか…」

「コパーッ!!」

 

コダックが怒った。

花を食べるわけではないらしい。

怒るコダックを見て、ああ、怒らせに来たわけじゃなかったとコダックの前にしゃがみ頭を下げる。

 

「怒鳴って突き飛ばしたりして、悪かったな…。本当にすまない」

「クワ~…」

 

頭を下げた私をコダックがぺちぺちと叩く。

顔を上げればコダックが沢山のタンポポを私に差し出した。

 

「クワ!」

「…な、なんだ?」

「クワ!」

「私に、くれるのか?」

「コダ!」

 

コダックが大きく頷いた。

沢山のタンポポだが、萎れてるものもあった。

もしかして、昨日からずっとタンポポを集めていたのだろうか…。

 

私に、渡すために…?

 

「ありがとな…」

「コダー!」

 

お前、良い奴なんだな。と思うとまた少しの後悔が過った。

せっかくすっきりして眠りたかったのに、お前と別れるのが少しだけ惜しく感じてしまったじゃないか…。

 

「コダック…」

「クワ?」

「お前なんて、嫌いだ」

「……コパーッ!?!?」

「お前みたいな良い奴とは二度と関わるものか」

「クワ!?コパッー?!?!?クワッー!!!」

 

 

じゃあな、おやすみ

 

 

*

 

 

「ゔー!!出た!コダック!」

「シンヤさん…診察でコダックが来る度にそれ…やめてもらえます?」

「シンヤ、マジでコダック苦手だよな」

「ミミロー…後は頼む…」

「はいはい」

 

診察を変わってもらったシンヤが深く溜息を吐く。

それを見てジョーイも溜息を吐いた。

 

「なんでコダックだけいつも、ゔー!ってなるんですか!」

「なんか苦手なんだ…あの目とか…私を責めている気がして…」

「はぁ?」

「いつも目が合うと頭を抱えられるし…!」

「コダックが頭を抱えてる理由は判明されてるじゃないですか…、シンヤさんは関係ありません!」

「関わってはいけないと私の中で警報が鳴る」

「バカ言ってないで仕事して下さい」

「…くそぅ……ジョーイめ……」

 

*

 

美しい世界に必要とされた男…"シンヤ"が帰って来た。

心の奥に混ざり合った"シンヤ達"が"シンヤ"の行く末を見守り支えている。

 

ポケモンバトルが好きな"シンヤ"

美しいポケモンとコンテストを愛する"シンヤ"

ポケモン育成に情熱を注ぐ"シンヤ"

 

そして、必要とされた男。

ポケモンドクターの"シンヤ"

 

 

そのもっと、もっと心の奥底で、

ポケモンの存在しない世界で生まれた、人と関わるのが大嫌いな"シンヤ"が眠っている。

静かに眠り続けるという自分の願いを叶えた彼は、

外から自分を揺り起こそうとするコダックという存在が『嫌い』なのだ。

 

.





【挿絵表示】

彼の世界

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
もうひとつの『シンヤ』の物語でした。

彼が眠った後、シンヤさんは連載の一日千秋の思いのラストで"シンヤ"として目覚めたというお話。
その目覚めた時に親友のヤマトにでさえ、前のシンヤは人間としてどうかと思う…みたいな事を言われていたシンヤなので、同じような道を辿る事になっても決して同じ道は歩みませんでした。

連載自体のラストで世界が始まりに戻りますので、蒔かぬ種の世界でもギラティナは戻らないシンヤを覚えてはいないけれど一人で待ち続けています。
いつでも住めるように家も残して、誰も眠っていない墓標だった石碑を綺麗に拭いてたりしたわけです。
本来は入れないように守っている家へも"シンヤ"だから辿りついてしまって、"シンヤ"だからギラティナも無意識に彼に石碑を拭かせてやりたかったのかもしれません。

そういったギラティナの所も書きたかったというのもありますが、この物語を書こうと思った理由はコダックです。
連載でちらほら出て、シンヤさんを不快な思いにさせていたコダック。
何故、シンヤさんはコダックが苦手だったのか。それを書きたかっただけです。
ちなみに、タンポポの花言葉は「愛の神託」「神託」「真心の愛」そして「別離」です。

ありがとうございました。
おやすみなさい。


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「私が主人公です!」:時間軸バラバラ
おじさんとワニノコ


やもめおじさん/45歳


昨日、妻に先立たれました。

妻は幼馴染で、生まれた時から病弱で、それでも体調の悪さを微塵も感じさせない程、チャームポイントの大きな口で笑う、笑顔がとても素敵な女性でした。

僕は安月給のサラリーマンで、毎日毎日、渡される書類のデータを入力するだけの仕事をしている冴えない男でした。

昨日、そんな僕の唯一の自慢の妻が亡くなったのです。

 

*

 

一人暮らしには広い家のリビングで何をするでもなく、ソファに座って俯いていたソラ。

小さく溜息を吐いた所でピポピポピポピーンポーン!と激しいチャイム音。玄関に向かうまでもなく、チャイムを鳴らした男は勝手に玄関の扉を開けて中に入って来た。

 

「ソラ!お前、しっかりしろ!」

「イツキ…」

 

妻と同じく、彼もまた幼馴染の一人だった。

ポケモンの研究の為、日々探索に出るイツキの体は逞しく、デスクワーク勤めのソラとは正反対だった。

 

「そんなんじゃ、ハツコちゃんが悲しむぞ!」

「……」

 

ハツコ。

唯一の自慢だった妻の名前だ。

確かに、今の自分の姿を見たハツコはそれはもう憤慨するだろうとソラは思った。

でも、喪失感ばかりで何もやる気が起らないのだ。

 

「俺を頼れ!」

「イツキ…、ありがとう」

 

バシンバシン、とソラの背を叩いたイツキ。

その痛みにソラは思わず苦笑いが零れる。

 

「でも、何を頼って良いのかも分からないんだよ。僕には妻の幸せ以外に望む事もなかったし、妻が居なければお金を稼ぐ理由だって無い。もう…何も無いんだ」

「何も無ければ作れば良い!」

「再婚でもしろっていうのかい?」

「そんな無茶は言わん。再婚なんて器用な真似はお前には出来ん。でも、新しいことを始めることは簡単だ」

「新しいこと…」

「ポケモントレーナーになれ!!」

「……」

 

イツキの言葉にソラは言葉を失った。

人生で一度もモンスターボールという物を手にした事がないソラにとってポケモントレーナーなんて物は未知のもの過ぎた。

 

「子供も居ないお前に必要なのは相棒だ!」

「そんなこと言われても…」

「別にトレーナーになってバッチを集めろなんて無茶は言わない、お前には相棒と一緒に成長していく楽しさを感じて欲しいんだ」

「でも…」

「お前の相棒となるポケモンは知り合いの博士に言ってどうにかしてもらうから!」

「…いや…でもね?」

「俺に全て任せておけ!」

 

ぐっ!と親指を立てたイツキは勢いよく玄関の扉を開けて出て行ってしまった。

取り残されたソラはイツキを追うようにあげた手を膝の上へと静かに下ろす。

 

「……」

 

45歳でポケモントレーナーって有りなの?

 

勿論、ポケモンは身近に居たし、見掛けることも知り合いのポケモンに触れることもあった。

でも、自分で面倒を見る自信が無くて一度も手元に置こうなんて思いもしなかった。

本当に自信が無い。

10代、20代の若い頃ならまだ腹は括れたかもしれないが。45歳なのだ。

 

「おじさんに初めてのポケモンはキツイよぉ…」

 

*

 

翌日、朝早くからイツキが迎えに来た。

強引に起こされて車に放り込まれたソラはあっという間に着いた研究所をポカンと見上げた。

 

「ソラ、こっちだ」

「あ、うん」

 

ポケモン研究所なんて場所に入るのも当然初めてなソラはキョロキョロと辺りを見渡す。

「おっはようございまーす」と元気な声に慌てて視線を前に戻した。

にこにこと笑うまだ幼さも残る少女だった。

 

「ツバキ博士だ」

「え!?」

「ツバキちゃんです、よろしくー」

「よ、よろしくお願いします…」

 

随分と若く見えるね、とイツキにこそっと話し掛けたソラ。

イツキはハハハと笑い飛ばす。

 

「ツバキちゃんはうちの双子と同い年だ」

「えぇ!?」

「幼馴染でぇす!」

 

確か、イツキの所は双子の子が20歳になってないくらいで、上の子は25歳くらいだったかな…。

上の子がもの凄く優秀でトレーナーだったりコーディネーターだったり色々な事やってるのだけは聞いた気がする。

うんうん、と呻りながら首を傾げたソラを見てイツキがまたハハハと笑った。

 

「イツキの所の子供達は今何してるの?」

「んー?上の子はポケモンドクターで、双子の兄の方が最近ブリーダーになって、妹の方はコーディネーターだな」

「ポケモンドクターってなに?」

「そのままポケモン専門医だが、うちの子は野生ポケモンの治療を主にしてる」

「???」

 

野生のポケモンを治療するなんて事もあるんだ、とソラにとっては目から鱗だった。

 

「はいよー」

 

ぐるぐると思考を巡らせていたソラの前のテーブルにトレーが運ばれて来た。トレーの上にはモンスターボールが三つ。

 

「……」

「残念ながらうちの研究所の子達はもう新人トレーナーの子達に貰われて行っちゃってて、他の地方から送ってもらった子なんだけど」

「へー、何処の地方から?」

「ジョウト地方です」

「ウツギ博士の所か。まあ、何処の地方のポケモンでもソラには関係無いだろ。さ!選べ!」

「選べって言われても…!」

 

ボールが三つ並んでるだけだし!とソラはどうしたものかと困惑した。

 

「ボールから出して、一匹ずつ確認して良いですよ?」

「ボールから出すって…どうすれば良いのかな?」

「え、そんなこと言う人居るんだ…」

「ボールの真ん中のボタンを押して軽く投げるだけだ」

 

ボールの、真ん中の、この白いの?を押して?軽く投げる。

ぽい、と投げられた先でボールの中からポケモンが飛び出して来る。

 

「うわー…」

「ワニー!」

 

青い体、大きな目に大きな口、鋭い牙。

このポケモンは見たことが無い!という衝撃がソラに走る。

 

「その子はワニノコだよー」

「ワニャー」

「可愛いねぇ」

「ワニワニー!」

 

嬉しそうに飛び跳ねるワニノコ。

小さく息を吐いたソラの口から思わず言葉が漏れる。

 

「ハツコに似てるなぁ」

「……え!?似てるか!?」

「え?に、似てない?」

「いやぁ…俺の口からは何とも言い難い…。ワニノコは可愛いけど、な…」

 

二人の会話にツバキが首を傾げた。

 

「ハツコって?」

「あ、僕の妻の名前だよ」

「え゙!?……へ、へー、そうなんだー…」

 

ワニノコ似の奥さんってどんなだよ、とツバキは心の中で思った。

 

「とりあえず、他の子も見ます?」

「いや、いいよ、この子にする」

「あ、ワニノコにします?」

「うん、大きな口が可愛いからね」

 

ワニワニと鳴くこの子は大きな口で笑う妻に似ているような気がした。

自分のポケモン、という漠然とした不安感はワニノコを見た瞬間に、この子となら大丈夫かもしれない、という気持ちでいっぱいになった。

大丈夫かもしれない、心がほんのり温かくなった気がした。

 

*

 

イツキに持たされたポケモンの育成本をテーブルに置いたソラは小さく息を吐きながらソファに座った。

45歳にして初めてのポケモンをゲットしてしまった。

ボールの中からワニノコを出して、ソラは笑みを浮かべる。

 

「ここがお家ですよ」

「ワニ」

 

ワニノコがソラを見上げた。

ワニノコもまた初めての経験をしている。初めてトレーナーに貰われて、初めての家に来た。

じーっと自分を見つめるワニノコにソラは少し照れて笑みを浮かべた。

 

「あ、そうだ。名前を付けた方が良いって言われたんだった」

「ワニー」

「なんて呼んだら良いかな?」

「ワニワニ」

 

うーん、と考えたソラは拳と手の平をぽんと合わせて笑った。

 

「よし、ワニコさんだ!」

「……」

「よろしくね、ワニコさん」

 

はい、と握手をしようと出したソラの手はワニノコの大きな口にがぶりと噛まれてしまった。

甘噛みで痛くはないものの、何故、噛まれているのか分からないソラは少し考える……。

 

「あ!ワニコさんの握手は口かぁ~、なるほど~」

「……」

 

あぐあぐ、と噛まれている事など気にせずにソラはニコニコと笑った。

 

*

 

次の日、初めてのポケモンを育てるアドバイスをしてもらおう、とイツキに連れられて育て屋へとやって来たソラ。

育て屋で出迎えたのはイツキの息子であるカズキだった。

 

「わー、ソラおじさん久しぶり~」

「カズキくん、大きくなったねぇ」

「カズキ、新人トレーナーのソラにポケモンの育て方を教えてやってくれ。父さん、ちょっと仕事で呼ばれてるから!」

「え!?」

「すまん、呼ばれてるから!」

 

じゃ!と連れて来るだけ連れて来ておいて、後は息子任せらしいイツキが出掛けて行ってしまった。

あの男は相変わらず行動が思い立ったら過ぎるな、とソラは思った。

 

「とりあえず、ソラおじさんのポケモン見せてよ」

「あ、うん、この子だよ」

 

ボールから出て来たワニノコ。

口を閉じてツーンとした様子でカズキへと視線を向けた。

 

「なんかちょっと機嫌悪いみたいだね」

「え?そうなの?」

「朝ご飯が足りなかったとか?」

「ご飯はおかわりして食べたよ」

「んー、なんだろ…」

 

さすがに分からん、とカズキが頭をかいた。

 

「バトルの練習とかしようと思ってたけど、まずはワニノコの機嫌取りから始めよっか」

「機嫌悪いの?」

「……」

 

口を閉ざすワニノコ。

ん?と首を傾げたソラをチラリと見てから視線を逸らした。

 

「うーん、やっぱなんか機嫌悪いっぽいね」

「そっか…、やっぱりおじさんの所になんか来たくなかったって事かな…」

「そんなことは無いと思うけど」

 

ワニノコの体をチェックしたカズキはうんと頷いた。

 

「健康面は問題無さそう、怪我もしてないし」

「良かった」

「もうすぐユキコが買い物から帰って来るから、帰って来たら確認してみよう」

「ユキコさん?」

「あ、近々オレの奥さんになる予定の子」

「えー!カズキくん、結婚するんだ!」

「若輩者ながら嫁さん貰います~」

「そっかそっか~、もうそんな年なんだねぇ。おめでとう~」

「あざっす」

 

暫く、カズキがトレーナーをしてた頃の話や、ノリコがコーディネーターとして頑張っている事などの会話をしていたカズキとソラ。

話が盛り上がって来た時にユキコが帰って来た。

 

*

 

「ただいま戻りました」

「おかえりー」

「うわぁ、美人さんだねぇ」

「え?あ、お客様!いらっしゃいませ」

「父さんの幼馴染のソラおじさんだよ。で、ソラおじさん、妻になる予定のユキコです」

「ユキコさん、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

ふかぶか~とお互いにお辞儀をするソラとユキコ。

さてと、とカズキが手を叩いた。

 

「ユキコが帰って来たし、ワニノコのご機嫌聞いちゃう?」

「聞けるの?」

「うちのユキコは聞けるんですよ~、うちの兄貴も聞けるけど~」

「へー!ポケモンの言葉が分かるって事だよね?そんな人も居るんだねぇ」

 

そういう才能があれば自分も幼い頃からポケモンと触れ合う機会があったかもしれないとソラは思った。

その横でユキコがワニノコに話を聞く。

 

「ワニワニ、ワニ!ワニワニ!」

 

うんうん、と頷くユキコ。

 

「ワニワニ!ワニワニワニャー!!」

 

相当、何か言いたかったらしいワニノコ。

うんうん、と頷いて聞いていたユキコがソラへと視線を向けた。

 

「ワニノコさんが仰るには…」

「うん」

「自分はオスだから、ワニコさんというメスに付けるような名前はあまり好きではない。そうです」

「ワニコさん……」

「名前が気に入らなかったのかい!?」

「ワニ!」

 

そんな…、ごめんよ…と落ち込んだソラを見てワニノコが焦る。

 

「オスだって知らなかったの?」

「いや、知ってたよ」

「じゃあ、なんでワニコ!?」

「ワニノコがね、僕の妻のハツコに似てると思ったんだよ。だから、男の子なのは知ってたけど、響きだけ似せたくてワニコさんって呼ぶことにしたんだ」

「奥さんの名前の響きに似せなくても…」

「妻は先日、亡くなったんだ」

「「……」」

 

おっっもっ!!重い!重過ぎる!名前へ込める理由が重過ぎる!!

そんなん言われたらもう何も言えねぇじゃん!とカズキは心の中で叫んだ。

 

「ハツコさんにワニコさんに、私はユキコでお揃いですね~」

「ワニ…」

 

ユキコが笑顔で語る反面、ワニノコも複雑らしく返事は鈍い。

そんなワニノコを見てソラは苦笑いを浮かべた。

 

「ごめんね、キミは男の子だもんね。勝手に好きな名前で呼ぶのは良くなかったね」

「……」

「何か別の名前を考える?それともワニノコくんって呼ぶ方が良いのかな?」

「ワニ!ワニワニ!!」

 

べしべし、とソラの足をワニノコが叩いた。

ユキコがくす、と笑う。

 

「しょうがないから、ワニコって呼ばれてやるよ、って言ってます」

「…!ワ、ワニコさん…!!ありがとう!」

 

ソラがぎゅっとワニノコを抱きしめるとワニノコは大きな口を開けて笑った。

 

「じゃあ、ワニノコの機嫌も治ったことだし。バトルの練習でもするかー」

「僕、バトルしたことは勿論無いけど、見たこともあんまり無いよ」

 

えぇー…?見たことすらぁ?と思いながらも言葉に出さずカズキは頷いた。

 

「じゃあ、技の確認からしよう。今のワニノコが使える技は、にらみつけるとひっかく」

「それは、僕に試してもらっても良いのかな?」

「え!?自分で試したい感じ!?」

「技もあんまり見たことないから目の前で見たくて」

「じゃあ、まあ…、威力はそんなに高くないし、どうぞ」

 

ワクワクとした様子でワニノコの前に座ったソラ。

 

「……うん、ソラおじさんが指示出さないとだからな?」

「あ!僕が言うの?じゃあ、にらみつける!」

「ワニー!」

 

ギロリとワニノコに睨まれてソラはビクッとした。

 

「結構、こわいね!」

「うん、まあ…、防御力下げてくるからね」

「じゃあ、次はひっかく!」

 

はい、どうぞ!とソラが手の平をワニノコに出す。

ここにひっかいて下さいという意味だと当然理解したワニノコが勢いよく技を食らわせる。

 

「ワニャー!!」

「ぎゃあー!」

 

 

【 おじさんとワニノコ 】

 

 

45歳で初めてポケモンをゲットした僕は、

数十年ぶりくらいに、もの凄く流血しました。

この年になると怪我が治り難いとか色々思ってしまうけど。

 

僕の手をさすってくれるワニコさんが可愛くて、幸せ過ぎて、困っちゃうなぁ。

 

「ワニャ…ワニャ…」

「大丈夫だよ~」

 

.



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招き猫と新聞屋

新聞配達員


「おはようございます、新聞ください」

「おはようー!いつもありがとねー」

 

ありがとうございました。とお辞儀をして去って行く燕尾服を来た少年にハツヤは手を振った。

受け取ったお金を相棒であるニャースに手渡し、ニャースはそのお金を器用に貯金箱へと入れた。

 

「ニャー」

 

*

 

貯金箱を持ったニャースを連れた新聞配達員と各所ポケモンセンターでは馴染みとなって来たハツヤ。

シンオウ地方のポケモンセンターを転々と移動して毎日の新聞を売る日々。

 

「あら、ハツヤさん、いらっしゃい」

「毎度どーも」

「ニャースもおはよう」

「ニャー!」

 

今日はナギサシティのポケモンセンターで新聞を売らせてもらおう。

ポケモンセンターのソファに座って、新聞を買いに来る人をただ待つだけ。客引きなどせずとも客を招くニャースは通る人々に手をこまねいてみせる。

そして、今日も燕尾服を来た少年がやってきた。

 

「おはようございます、新聞ください」

「おはよーさん、いつもありがとねー」

「ありがとうございます」

 

お礼を言ってお辞儀をして去って行く燕尾服の少年。

ヒラヒラと手を振って、少年の背が見えなくなったのを確認してから、ハツヤは隣に居るニャースに声を掛けた。

 

「ニャース…」

「ニャ?」

「あの子さぁ、毎日のように新聞買いに来るよな」

「ニャー」

 

有難いことじゃないの、とても言うようにニャースは頷いて鳴き声を返す。

真剣な面持ちでニャースを見つめたハツヤは言った。

 

「お前、分かってないだろ。あの子、毎日のように来るんだぞ!?」

「ニャー」

「昨日はトバリ!今日はナギサだぞ!?」

「ニャー」

「あの子、何処に住んでるんだよってなるだろ!?」

「ニャー」

 

ううん、と頭を抱えたハツヤ。

まあ、何処に住んでいようと新聞を買いに来てくれる常連客。詮索してもう買いに来てくれないなんてことになるのはごめんだ。

しかし、ハツヤの中であの子は実は幽霊なんじゃ…という気持ちが強くなりつつあった。

 

「なんか、どっかのお屋敷勤めの子でさ…、毎朝、屋敷の主人の為に新聞を買いに来てるんじゃねぇかな…」

「ニャー」

「屋敷が無くなっても、自分が死んでいることにも気付かず、忠実に毎日毎日、新聞を買いに来てるんじゃないか、って思うんだよ…」

「ニャア」

「というわけで、頑張って移動してキッサキシティまで行くぞ?」

「ニャ!?」

「さすがにキッサキまで行ったら来ねぇだろ!ものは試しだ。頑張って登ろう」

「フニャァァ!」

「あー、だめだめ、怒ってももう決めたもーん」

 

暖かい格好して頑張って行こう。と決意したハツヤ。

ノモセに移動した際には燕尾服の少年はいつも通り新聞を買いに来ていた。

その次に移動した、ヨスガシティのポケモンセンターでジョーイさんの横に立つ有名人を発見。

 

「おー、シンヤさんじゃないですかー」

「ああ、ハツヤさん。どうも。ニャースもおはよう」

「ニャー!」

「ズイ以外で見掛けるのって珍しいですねぇ」

「昨日の夜に急患で呼び出されてな、こっちで徹夜だ」

「あらら、お疲れさんです」

「ついでに新聞くれ」

「毎度ですー」

 

はい、とシンヤがニャースの貯金箱にお金を入れた。チャリンと良い音がしてニャースがご機嫌に鳴き声をあげる。

シンヤとの会話もそこそこにハツヤはいつもの定位置であるソファに腰掛ける。

しかし、待てども待てども、その日、燕尾服の少年は来なかった。

 

「んー、今日は来ない日かぁ」

 

毎日のように来るが、来ない日も勿論ある。

このままキッサキまで行って幽霊かどうか確かめるなんて馬鹿な真似はやめようか、どうしようか…。ただ疲労するだけかもしれない。

考え込むハツヤに仕事を終えたらしいシンヤが声を掛ける。

 

「夕刊もくれ」

「あ、はい」

 

お金をニャースの貯金箱に入れながらシンヤが首を傾げる。

 

「どうした?ぼーっとして」

「いやぁ、次にキッサキまで行くか迷ってて…」

「キッサキまで行くなら私のトゲキッス貸してやるぞ?」

「え!良いんですか?」

「ああ、ニャースが可哀想だからな」

「にゃぁん!」

 

ごろごろと喉を鳴らすニャース。

この人はポケモンにはとことん甘い人だなぁとハツヤはハハハと苦笑いを返した。

 

「あ、でも、シンヤさん、ズイに帰るんじゃ?」

「大丈夫、移動手段がもう一匹居るから」

「そうですか!じゃあ、お言葉に甘えます」

 

ポンとボールを投げて出て来たシンヤのトゲキッス。

お世話になりますー!とハツヤが頭を下げれば、トゲキッスもペコリと頭を下げた。

それじゃあ、とシンヤと別れたハツヤはヨスガでの滞在もほどほどに次の日の朝に間に合うよう、キッサキへと向かった。

寒い雪空の移動はなかなかツライものがあったが、この雪山を歩いていたかと思うと寒さなんて吹き飛んだ。

シンヤ様、トゲキッス様様である。

キッサキシティに着いてジョーイさんに挨拶する。

 

「あら!ハツヤさんとニャース!凄く久しぶりね!」

「なかなか来難いんですもん、ここー」

「ふふふ、そうよね」

 

はい、と言いながらジョーイがニャースの貯金箱にお金を入れた。

ハツヤから新聞を受け取って、ジョーイが嬉しそうに笑う。

 

「やっぱり新聞屋さんから直接買う方が嬉しいわね」

「ありがとうございます」

「ペリッパーが運んで来るだけなのって結構寂しいのよ?」

「ハハハ!オレの新聞も毎晩ペリッパーが運んで来てくれてるの手渡しで売ってるだけなんですけどね」

「同じ物でもなんか違うのよ!気持ち的に!ニャースの貯金箱にお金も入れられるしね!」

 

みんな、喜ぶわ。とジョーイが笑う。

ハツヤが定位置のソファに座れば、ハツヤの存在に気付いた住人が嬉しそうに新聞を買いに来た。

ニャースの頭を撫でて帰る住人を見て、やっぱり大変でも新聞配達って楽しいなぁとハツヤはしみじみと思った。

そして、住人の中に紛れて燕尾服の少年が来た。厚着をしている住人達とは違い、いつもと同じ燕尾服の少年。

傍で待機していたトゲキッスの羽にハツヤはそそそと擦り寄った。

 

「おはようございます、新聞ください」

「はぁい、いつもありがとうー」

「ありがとうございます。それじゃ、お疲れ様ですー」

 

珍しく手を振って帰って行った燕尾服の少年。

え?オレに言ったの?視線は隣だったような?とハツヤはトゲキッスへ視線を向ける。

トゲキッスは小さく首を傾げた。

 

「トゲキッスさん、お知り合いですか…」

 

トゲキッスはニコリと笑うだけ。

 

「お知り合いなら是非、教えて欲しいんですけど…。あの子、生きてる子ですかね?」

「???」

 

キョトンとした顔をするトゲキッスにハツヤは真剣な顔で言った。

 

「あの子、シンオウのどの街に行っても、毎日のように新聞買いに来るんですよ!幽霊ですよね!?あの子!」

 

トゲキッスは大きく首を横に振った。

 

「えぇー…、嘘ぉー…」

 

疑いの目でトゲキッスを見るハツヤをニャースが止めた。

 

「ニャーニャ」

「ニャースまでオレを馬鹿にして!絶対におかしいもん!人間が出来る芸当じゃねぇもん!」

「キッスゥ…」

「ニャゥ…」

 

まあ、人間じゃないしねぇ。と言った所でハツヤには伝わらなかった。

次の日、

ミオまでトゲキッスに送ってもらったハツヤはポケモンセンターの前でトゲキッスと別れて、定位置であるソファへと座った。

そして、やって来た燕尾服の少年。

 

「おはようございます、新聞ください」

「はい、どうぞー」

 

新聞を渡し、お金を受け取ると同時にハツヤは少年の手を握ってみたが手袋をしていたので体温は感じられなかった。

 

「…え?あの…?」

「少年…キミに……、いや、やっぱり止めておく。また買いに来てね」

「え?あ、はい。また来ます」

 

ありがとうございます。とお辞儀をして去って行った少年。

人間ではないと思う。そう思うのだけど確認したらもう新聞を買いに来てくれないとも思う。ハツヤは好奇心と収入を天秤にかけた結果。

常連客って大事だよね。という考えに至ったので確認するのは止めておく事にした。

 

「毎日のように買いに来てくれるんだもんな。人間じゃなくったって問題ねぇな」

「ニャー」

 

 

【 招き猫と新聞屋 】

 

 

新聞を買っていつも通り、反転世界に戻って来たチルタリスをトゲキッスとギラティナが待っていた。

 

「…?どうしたんですか?」

「チル、ハツヤさんに何か言われた…?」

「いえ別に?また買いに来てねって言われたくらいです」

「良かったー!なんでか分かんねぇけどセーフ!!」

「ハツヤさんが深く詮索しない人で良かった…!」

「え?どういうことですか?」

「チルはね…、毎日のように色んなポケモンセンターで新聞を買ってたんだよ…」

「……ズイの、ポケモンセンターじゃなくてですか?」

「いや、ごめん。オレ、新聞屋の顔とニャースを確認して繋げてたんだわ…」

「え!?ということは、チルは毎朝色んなポケモンセンターに現れる異様な人になってたということですか…!?」

「「そう」」

「そんなの絶対に怖いじゃないですかー!!」

「まあ、あの新聞屋なら大丈夫みたいだし。良いじゃん!」

「えー!!!ギラティナ様ぁー!!」

「マジすまん!」

 

話し合いの結果、

これからも買いに行くことにした。

 

「おはようございますー、新聞ください」

「おはよー、いつもありがとねー」

「ニャー」

 

.



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清掃のお兄さん

清掃員/マジパネェ


ポケモンセンターにソイツが派遣された時、ミミロップに衝撃が走った。

 

「おはざーっす」

 

おはざーっす、だとぉ?

人間の癖にまともに言葉も喋れねぇのかコイツはと最初は口など聞く気は毛頭なかった。

だが、ソイツ。ナチオにミミロップは見つかってしまったのだ。

 

「ミミロー先生!ソレ!アレっすか!?アレっすよね!?」

「あ゙ぁ!?」

「名前が似てる的な子供ウケすか!」

「はぁ!?」

「おれも超好きっす!おれの手持ちっす!」

「……」

「ミミロルのミミたん!手持ちっす!超イイっすよね!!」

 

コイツ、ぶっ殺してやりたい。ミミロップは心から思った。

ソレ、イイっすね!と自分の頭を指差しながらメッチャイイっす!とハシャぐナチオ。

ソレと言われているのはミミロップの頭に巻いているマフラーのことだろう、別名ストールとも言う。ミミロル、ミミロップの耳に似たソレは人の姿になっても身に着けていたミミロップにとっては体の一部も同然だった。

 

「何処で買ったんすか!おれも超欲しいんすけど!」

「教えねぇ!絶対に教えねぇ!」

「えぇ!?めっちゃイジワルしてくるぅ!同じミミロル好き仲間なのにぃ!」

「勝手に仲間にしてんじぇねぇ!ボケ!」

「あ!ミミロルじゃなくて、ミミロップ推しっすか!?」

「仕事しろ!!」

 

モップ片手にハシャいでいたナチオを一喝してミミロップも自身の仕事に戻った。

鬱陶しいやり取りは顔を合わせる度にあるわけじゃなかった。

ナチオは言葉遣いのわりには真面目に清掃の仕事を行う男だったらしく、暇があればミミロップに声を掛ける、くらいの頻度だった。

しかし、ミミロップがポケモンセンターの清掃員の派遣先変更になれば良いのに、と思うくらいにはウザかった。

そんなある日、ナチオが朝一番にミミロップの下へ駆け寄って来た。

 

「ミミロー先生!まじパネェんす!」

「あ゙?」

「おれのミミたんがミミロップに進化したんす!」

 

パネェっす!とハシャぐナチオ。

お前に懐くなんて心の広い同族も居たもんだとミミロップは思った。

 

「ミミロー先生、ロップ推しって言ってたでしょ!今度、連れて来るっす!」

「推しじゃねぇ!」

「またまたぁ!そんな名前してるくせにぃ!」

「名前はしょうがねぇだろうが…!」

「頭のソレ!ソレソレぇ!」

「殺すぞ」

 

コエー!なんて言いながら笑って走り去るナチオ。

アイツ、絶対にいつか一番太い針で注射してやる。とミミロップは思った。

 

次の日、ナチオは出勤して来たミミロップを待っていた。

コイツ…!!と思いつつも無視してミミロップはテーブルに荷物を叩き付けた。

 

「ミミロー先生!今日はミミたん連れて来たっす!」

「手持ちってのは元々連れ歩くもんなんだよ!」

「そんなに見たかったんすね!」

「どう捉えた!?ワタシの今の言葉を!?」

「おれのミミたん、普段はジムに預けてるんすよ」

「はぁ?ジム?ポケモンジム?」

「いや、人間のトレーニングジムっす!」

「…はぁ?」

「おれ、筋トレ趣味なんすよ!そんで通ってるジムにミミたん連れてったらミミたんも筋トレ激ハマりになっちゃって」

「…へぇー」

「ムッキムキのバッキバキっす!」

「……お前が、だよな?」

「いや、ミミたんっす!」

「……」

 

え、ちょっと待って、ミミロップなのにムッキムキのバッキバキなの?え、待って、それワタシちょっと見たいやつ来たんだけど?え?嘘でしょ?

ちょっと真剣に話を聞こうか、とミミロップはナチオへと向き直る。

 

「ミミたん、超でかいんすよ!」

「待てそれ、どういうことだよ!」

「ロップに進化したら、180センチぐらいあって超パネェっす」

「嘘吐けよ!!!ミミロップの小ささなめんなよ!!」

「いや、まじでかいんすよ!」

「とりあえず、早く見せろよ!!!」

「ミミロー先生、やっぱ好きなんじゃないっすか~!」

「見・せ・ろぉおお!!」

 

うぇいうぇーい、なんて言いながらハシャぐナチオに怒鳴るミミロップ。

ナチオがボールを取り出した所でジョーイに止められてしまった。

 

「何してるんですか!もうお仕事の時間ですよ!」

「サーセン!すぐ行くっす!サーセン!」

「ナチオ!お前、仕事終わったら顔出せよ!絶対だぞ!!」

「おけまるっす!」

 

勤務終了後。

医務室でナチオを待っているミミロップは考えていた。

やっぱり、180センチぐらいあるとか嘘だろ。アイツ頭悪いからそれぐらいだと思ってるだけだろ。

ミミロルから進化したら当然、一気にでかくなるし。それでだろ。と真剣に考えていた。

 

「ミミロー先生、お待たせっすー!!」

「……早く見せろ」

「もう超好きじゃないっすかー!最初から照れないでそう言ってくれれば良かったのにぃ!」

「早く!」

「おけっす、ミミたんっす!」

 

ポンと投げられたボールから出て来たナチオのミミロップ。

ナチオより高い身長で同族とは思えない肩幅、胸板、腹筋……。

 

「……お前、マジでミミロップなのか…!?」

「ミミたんっす」

「ミミー!」

 

いつもナチオがお世話になってまっす!という言葉と共にマッスルポーズをするミミたん。

 

「え…筋トレしたら、ソレ、なれんの?」

「え?バッキバキっすか?」

「そう、バッキバキ…」

「でも、ミミたん、元がでかいっすよ?ミミロル時代で120センチはあったっす」

「でっけぇ!!!」

「おれより小さかったっす!今はでかいけど」

「お前、突然変異種か!?うっわ、ずっる!マジ良いな!そんなでかいとか超良いじゃん!」

「ミミたん、超イイっすよね!パネェっすよね!」

「……パネェわ…」

 

ほぼ、ゴーリキーじゃん。

超羨ましい。とミミロップは下唇を噛み締めるのだった。

 

 

【 清掃のお兄さん 】

 

 

「おれ、金稼いでカロス行くんす」

「何しに行くんだよ」

「もち、ミミたんをメガ進化させるためっす!」

「お前、超良い奴だな!!」

「頑張って働くっす!」

「ボーナス付けとくから頑張れぇ!!」

 

その後、

大嫌いな人前に立つ仕事に就いて、カロス地方に行った時に再会して素で笑いあえるくらいには仲良くなれた。

 

「ミミロー先生、まじパネェっすー!」

 

.



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熱狂的ファン

シンヤ信者/女


一目惚れした15年前。

10歳にしてエンターテイナー!

するどい指示で次々と相手のポケモンを倒していき頂点に立った少年にハートを打ち抜かれた。

相手は一回りも下の子供だったから、勿論、恋をしたとかじゃない。恋愛したいとかそういう願望はなかった。

ただ応援したい!この子の成長を見守りたい一心!

 

次にコーディネーターに転身した彼。

一気に大スターになった事でにわかファンが続出した。

大ファンですー!なんて言ってサインを求める連中にうんざりした。私はもっと前からファンですけど?それにサインなんて彼に煩わしい思いをさせるなんてファンとしてどうなの?

憤りしか感じなかった。

群がる自称ファン共を牽制して、ボディガードの様に彼へ近づけさせないように頑張ってた時期もあった。

 

そして、煌びやかな舞台から降りた彼はブリーダーになった。

自称ファン共は蜘蛛の子を散らすように消えていったが、私は彼を追い掛け続けた。

目立つ事なんてしない!

影からこっそり見守るだけ、ポケモンに愛情を注ぐ彼を見て癒された。

彼はバトル、コンテストと戦いの中で培ったポケモンを育てる力を活かす仕事に就いたんだな、と心から思った。

 

もう転身はしないだろう、と思っていたが彼は私の想像を遥かに超えてきた。流石だった!

ポケモンドクターになった彼は変わったと思う。忙しそうにはしていたけど、だんだんと穏やかになっていったと、見ていて思った。

そして、彼の周りに親しげな人達が増えていった。

ファンなんて名乗る存在じゃない。彼が必要とし、彼を必要とする人達が、彼を支えているのだと分かった。

そこに、私が居ないことも分かっていた。

私はただ見守るだけ。

 

所有している家になかなか帰って来なくて、現在の家が何処か分かってないけど、実家のあるズイの近くには住んでいるっぽい彼。

度々、実家に帰って両親に会っている彼はとても親孝行な人だと思う。

 

今日もズイのポケモンセンターに彼は居た。

 

「今日もすごく忙しそう…」

「お前ー!!!」

 

彼を見守っていると大きな声で怒鳴られた。

彼と親しくしていて、彼を遠くから見守る私を尽く見付けては怒りにくる、この子!

 

「ミロちゃん!静かにして!今、忙しいの!」

「またシンヤのこと見に来ただろ!!覗くな!変態か!」

「見に来てるけど何!?覗いてないし!見守ってるだけだし!!変態という名の紳士だし!!」

「はぁああ!?!?」

「静かに!気付かれちゃう!!」

「気付かれて怒られろ!!シンヤは俺様のだからダメだって言ってるだろ!?」

「そんな!そんな!私の物だけにしたいなんて言ってないじゃない!ただ見守ってるだけじゃない!…でも、別れたら良いのになー!」

「別れないぃいい!!」

「嘘嘘!お似合いだと思ってるから!3センチくらい!」

「3センチくらいってなんだ!!」

 

この子はミロちゃん。

彼の恋人。顔はとても可愛いと思う。性格はかなりアレだけど。自分のこと俺様とか言っちゃう痛い系だし。

でも、実際に彼の本当に本当の恋人で、彼がミロちゃんをとても大切に思っているのを知っている。ずっと見守って来た私だから言える。

彼はミロちゃん以外なんて眼中に無いくらい、この子の事をちゃんと愛してる。

彼の左目が赤くなった理由をミロちゃんから聞いた。詳しくはさすがに教えてくれなかったけど、彼の目が事故で無くなってしまったから自分の目をあげたのだと言う。

ミロちゃんの彼への愛も本物だと思う。私だって捧げられるなら左目でも右目でも捧げたけど。

なんて考えていたら彼が行動しだした。

この時間にカバンを肩に掛けてポケモンセンターを出て来た…ということは…。

 

「これからランチだわ!」

「え!?俺様もご飯食べる!!」

「待って!一緒にランチに行くなら後で何処のお店でどのメニューを頼んで食べたのか報告して!!」

「嫌」

「お願い!後で同じお店で同じメニューを頼んで同じ味を味わいたいから!お願い!」

「気持ち悪い!嫌だ!」

「報告してくれないなら、付いて行って遠くから見てるわよ!?」

「それも凄い嫌だ!」

「報告する、見守られる、どっちか選んで!!」

「ううう!」

 

さあ!どっち!とミロちゃんと真剣に話し合いをしていたら背後を取られた。

慌てて振り返れば、彼が居た!

 

「何やってるんだ…」

「シンヤくん!!どうしてここが分かったの!?」

「大声で騒いでてよく言えるな、そんな言葉」

「うわーん!シンヤー!苛められたー!」

「良かったな」

「良くない!!」

 

ぷんぷん!と怒るミロちゃんの頭を彼…シンヤくんが撫でた。ああ、羨ましい!今だけミロちゃんの前髪辺りになりたい!

 

「昼ご飯食べに行くぞ」

「何処に行くか、言っちゃ駄目だからな!」

「なんでだ」

「コイツ!同じ店で同じ味を食べようとしてる!」

「………別に良いだろ、それは」

「そうよ!悪いことじゃないわ!気持ち的には害悪かもしれないけど!その行動自体は問題無いはずよ!」

「気持ち的に害悪なのか……」

「ミロちゃんが感じる気持ち的にってこと!私の心は純粋な愛の気持ちでいっぱいよ!」

「はいはい」

「お前、帰れ!」

 

ガルル!と呻るミロちゃん。

相当、ご立腹の様子。このまま会話を続けていたらシンヤくんがどんどん空腹になってしまう。

ここは大人の私が身を引くのが大事……。

 

「分かったわ、今日は帰るから」

「早く帰れ」

「ええ、さようなら」

 

シンヤくんとミロちゃんに背を向けて去る私。

引き際も大事なの。嫌がられる事をし続けるのはファン失格だものね。

そっと、木の影に隠れてチラリと二人の様子を覗いた。

 

「見えてる!!」

「私は木の幹です」

「帰れ、ばばあ!」

「ばばあって言わないで!ちょっとお姉さんなだけ!」

「はいはい、もうお腹空いて来たから行くぞ」

「アイツ…!」

「ムツさんも一緒にどうぞ」

「え!良いの!?本当に!?」

「お前、いつも結局邪魔しに来るよな!!」

「ミロ。ムツさんに何言っても無駄だからな?この人、無敵だから」

「無敵ばばあ!」

「ばばあって言わないで!ちょっとお姉さん!」

 

 

【 熱狂的ファン 】

 

 

「シンヤくんが食べようとしている物と同じ物を同じタイミングで食べる!はい!今、これ、シンヤくんの口の中と同じ味!」

「俺様も今、同じの食べたー!しかも、俺様の方が早く食べたから、シンヤの口の中の味と一緒なのはこっちの味ー!」

「凄い次元で会話するのやめろ」

「あ!この味付けはシンヤくん好みの薄味!良い店認定!」

「シンヤはこっちのが好きだから!こっちのやつ!」

「違いますー!シンヤくんはこの料理の方が好きですー」

「どっちも好きだぞ」

「きゃっ!好きとか言われちゃった!」

「言われたの俺様だし!」

「料理に言ったんだが?」

「この味付け、家で練習しよーっと!今度、シンヤくんにお弁当でも差し入れしちゃおうかなー」

「え!ダメ!持って来たら俺様が食べる!!」

「ダメダメ!良いでしょ!お弁当の差し入れぐらいさせてくれても!」

「弁当に変なもの入れる気だろ!」

「やましいもの入れませんー!愛情しか入れませんー!」

「……」

「シンヤくんの好きな和え物入れて―、あと出し巻き卵とー」

「甘いやつにしろ!シンヤの嫌いな甘い卵焼きにしろ!」

「……」

 

二人が仲良過ぎて、シンヤがぼっちになるのは毎度のことだった。

 

「私、もう食べたから先帰る…」

「「え!?!?」」

 

.



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腐りましたけど何か?

美少女/腐


ポケモンレンジャー基地にやってきた少女の姿に周りは息を飲んだ。

まさに可憐な美少女な彼女の姿に見惚れるばかり。

受付までやって来た少女はニコリと笑った。

 

「ヤマトさん、いらっしゃいますか?」

 

ヤマト指名だと!?ヤマト!?なんでだ!と周りで待機していたレンジャー達の心の声。

受付嬢が内線でヤマトへと繋ぐ。暫くして、ヤマトが慌てて走って来た。

 

「すみません!お待たせして!」

「いえ!全然!こちらこそ、急にお伺いしてすみません…」

「いえいえ、それこそ全然です!何か困りごとですか?」

「はい。ヤマトさんに依頼したくて」

「何でもどうぞ!」

 

にこやかに笑うヤマトに少女は笑みを返した。

以前、

迷子になったルリリを探して欲しいと依頼をしてきた少女、イズ。

ヤマトとブラッキーの捜索で無事、ルリリは保護された。

そして今回、再度依頼があるとヤマトを指名してきた。その依頼内容は…。

 

「はぁ~?ルリリのブラッシングの仕方を教えて欲しい?」

「そうなんだよー」

 

ブラッキーが眉を寄せる。

 

「そんなもん、蒸しタオルで拭くだけで十分だろ」

「いや、シンヤに聞いてきたら柔らかいブラシで撫でるくらいでも良いって」

「どっちにしろ大した内容じゃねぇ!」

「でも、そういう依頼だし…」

「その辺の育て屋でもブリーダーにでも口頭で聞けば済む話を、な・ん・で!レンジャーに依頼してくるんだよ!!」

「え~…、そんなに怒ること…?」

「!」

 

ヤマトの言葉にブラッキーは口を閉ざした。

確かにどんな内容であっても仕事は仕事。

でも、ブラッキーは納得出来なかった。わざわざヤマトを名指しで指名して家に呼ぶなんてやましい理由が無いわけがない。

絶対に、確実に、ヤマトを狙ってる!

 

「オレ、今日はポケモンの姿に戻らないからな…」

「え?うん」

 

二人きりになどさせてたまるものか、とブラッキーは眉間にぐっと皺を寄せた。

 

*

 

依頼者、イズの家に着いて、ヤマトがインターホンを鳴らした。

すぐにバタバタと走って来る音が聞こえて勢いよく玄関の扉が開いた。

 

「あ!ヤマトさん、ツキさん!!いらっしゃいませ!」

「こんにちはー、ご依頼ありがとうございますー」

「こちらこそ、わざわざ来て下さってありがとうございます!!どうぞどうぞ!あがって下さい!」

 

イズがニコニコと笑顔でヤマトとブラッキーを迎えた。

その様子にブラッキーは小さく首を傾げる。

想像してた反応と違ったな、と…。

リビングに案内されて、早速、ヤマトはシンヤから借りてきたブラシを取り出す。

 

「えっと、まずはブラシの説明なんだけど」

「はいっ」

「ブラシの毛は極細で柔らかいものが良いんだって」

「なるほど」

「ブラッシングは撫でるようにすること」

「はい!」

「でも、そもそもルリリはブラッシングはあまりしなくて良いらしいよ。蒸しタオルで軽く拭いてあげるだけでも十分、清潔を保てるからね」

「分かりました」

 

とりあえず、実際にやってみようか。とヤマトがイズにブラシを手渡そうとした。

が、それをイズは止める。

 

「実際にお手本を先に見せてもらって良いですか?」

「お手本??」

 

え?ただ、ブラシで撫でるだけなのに…?と思いつつもヤマトは笑顔で頷いた。

 

「じゃあ、ルリリ、ブラッシングするよー?」

「ルリリリリリ!!」

「えー!?なんでー!!」

 

ヤマトが手を伸ばした途端、転げまわり触られるのを拒否するルリリ。

慌ててブラッキーがルリリを両手で鷲掴みにする。

 

「掴んだっ!!」

「ダメだよ!無理やりはやめてあげて!」

「ルリリリリリー!!」

「コイツ、めちゃくちゃ嫌がってる!」

「え!?じゃあ、イズさん、ちょっと宥めてあげてくれるかな?」

「分かりました!うちの子がすみません…」

 

すみませんすみません、と謝りながらブラッキーからルリリを受け取ったイズ。

 

「もぅ、ルリリ、良い子にしなきゃダメでしょ?」

 

と声を掛けながら、

そっとルリリに顔を寄せたイズはヤマトとブラッキーに聞こえない程の小さな声でルリリに囁いた。

 

「ルリリ、グッジョブ、その調子…」

 

大人しくなったルリリが再びヤマトの前に座らされた。

ちょこんと大人しく座っているルリリに「じゃあ」と再びヤマトが手を伸ばす。

 

「ルリリリリリ!!!!」

「なんでーっ!?」

 

転がりながらヤマトにタックルしてくるルリリ。

慌ててブラッキーが再びルリリを捕まえようと飛び掛かる。

 

「お前!落ち付けって!!!」

「ルリリリリリリー!!」

「コイツ、全然、話聞いてないぞ!?」

「え!?どうしよう!?ブラッシングはやめとく!?」

 

もうブラッシングを諦めることを提案したヤマトをイズが静止する。

 

「いえ!ここでやめたら、ルリリのしつけによくないと思います!嫌がっても続けるべきかと!」

「ええ!?ストレスになっちゃうよ!?」

「このままじゃ、ルリリの為にもよくないです!お手入れを一生させてくれないままで終わります!」

「た、確かにそうかもしれないけど…」

「ルリリリリリ!!!」

 

暴れるルリリを捕まえていたブラッキーがルリリに噛みつかれた。

 

「痛っ!」

「大丈夫!?」

 

慌ててヤマトがブラッキーの手を取る。

歯型が少し付いているものの血が出ていない事にヤマトはほっと胸を撫で下ろした。

傍で見ていたイズが拳を握りしめた。

 

「…~~ッ!ルリリ!ダメでしょ!」

「ルリリリリ!!!」

「本当にごめんなさい!」

 

ペコペコと頭を下げるイズ。

 

「あー、大丈夫大丈夫」

 

うーん、とブラシを見つめたヤマトがブラッキーに提案する。

 

「ブラシがダメだと思う?タオルに変える?」

「…とりあえず、何でもやってみようぜ」

「タオルですね!あります!」

 

はい、どうぞ!タオルです!とイズがヤマトにタオルを手渡す。

 

「じゃあ、軽く拭くだけの練習をするね」

「はい!」

 

ブラッキーに掴まれたままだったルリリ。

タオルを持ったヤマトの手が近付いた途端に再び暴れ出した。

 

「ルリリリリ!!」

「もしかして、僕がダメなのかな!?」

「タオル貸して!」

 

ヤマトからタオルを奪い取ったブラッキーがルリリにタオルを被せる。

 

「はい!今、拭け!」

「ごしごしごしー!痛くないよー!こわくないからねー!」

 

ブラッキーがルリリを抑えながら、ヤマトがタオルで拭く。

そんな二人を見てイズが「凄いです!」と拍手をした。

 

「はぁ……、とりあえず、これくらいで良いかな…」

「タオルで拭くのも大変とか……」

「ルリィ…」

 

ぐったりした二人とルリリ。

悲しげな表情をしながらイズがヤマトに近付いた。

 

「ヤマトさん…本当にご迷惑をお掛けして、すみませんでした…」

「いや!大丈夫だよ!お手入れを怖がる子はしょうがないもん」

「私一人じゃどうも出来なくて…、でも、ヤマトさんとツキさんお二人のおかげでルリリも少しは慣れてくれたと思います!」

 

ぐったり横たわっていたルリリを抱き上げてイズがニコリと笑った。

 

「余計、怖がりそうなくらい押さえ付けたけどな…」

「うん……まあね……。イズさん、もし、今後もルリリが暴れるようだったら言ってね?手伝うから」

「ありがとうございます!」

 

本当に助かりました!とイズに言われたものの、今日のミッションは失敗だったかもしれない、と落ち込むヤマトの背をブラッキーが優しく叩いた。

 

「どんまい、こういう日もあるって」

「ありがとう、ツキくん」

「……!!お二人って本当にとっても仲が良いんですね!」

「え?うん、まあね」

 

ヘラリと笑ったヤマトにイズはニコニコと笑顔を返した。

 

*

 

ヤマトとブラッキーが帰った後、イズは各所に隠していたカメラを回収。

そして、うっとりと息を吐いた。

 

「あの二人!!本当にイイわ~!!もう最高!目の保養!二人が協力して頑張ってる姿とかもうたまらん!!

あ、ルリリ、お疲れっ!」

「ルリィ…」

「ツキさんの手を噛んだ時が超ナイス!ヤマトさん凄い慌ててツキさんの手を握ったんだよ!?あれ、絶対に付き合ってる!!絶対よ!絶対!」

「ルリ…」

「もう次、どうする!?何させる!?あの二人がするんならもう何でも萌えるけど!」

「……」

「あ!ルリリ!めちゃくちゃ高い所に登って下りられなくなるってどう!?そしたら、ヤマトさんかツキさんのどっちかがどっちかを肩車してルリリのこと助けてくれる展開になるかも!」

「ルリ…」

「あー、でも、ヤマトさんが担ぐ方やりそう!ツキさんにそんな力仕事させるイメージないし!ツキさんの太ももに顔を挟まれるヤマトさん…!!!くっそイイ!!!」

 

たはー!!!と身悶えるイズを見てルリリは項垂れた。

そして、後悔している。

あの時…迷子になんてなるんじゃなかった、と…。

 

「ルリィ……」

 

そしたらご主人はただの美少女だったのに…。

 

 

【 腐りましたけど何か? 】

 

 

帰り道、ブラッキーは腕を組み首を傾げた。

 

「普通に依頼だったのがおかしい…」

「え?なんで?」

「ヤマト狙いの女だと思ったのに」

「へぁ!?急になに!?あんな可愛い子が僕狙いなわけないでしょ!?」

「………だよなぁ!!いや~…まじで、なんでわざわざヤマトなんか指名したんだろ…もっと優秀なレンジャーに頼めば良いのに。理解出来ねぇ~…」

「……あの…それ、色々と普通に傷付く…」

 

.



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セールスマン

「こんにちはぁ~!可愛いポケモンちゃんに沢山の栄養を!飲めば元気百倍!攻撃力もグングン上がる!魔法のようなスーパードリンク!今ならお買い得!一本15000円!!

どうです?こちらのカフェでも並べてみませんか?ポケモン連れのお客様も大喜び間違いなしですよ~!!」

 

スーツ姿でニコニコと笑う男。

ドドンとカウンターに置かれた栄養ドリンクの箱。

ええー!すごーい!と目を輝かせるチルタリスの横でサマヨールは冷たい目で男を見ながら言った。

 

「……ただのタウリンだと思うのだが」

「………ぃや~……」

「おまけに…トバリデパートで購入するものより高くないか」

「……………いや!いやいやいや!勘違いしてますよ!お客さん!これはタウリンではなく!スゥゥパァアードリンク!!デパートで買えちゃうものとはわけが違います!!」

「どう違うのか説明してみせてくれ」

「……えっとぉ……、沢山の栄養が入ってて、飲めば元気百倍になって、攻撃力もグングン上がるんです!」

「……それは、さっき聞いた」

「……」

「……」

 

カウンターに置かれていた箱を静かにバッグに戻した男はカウンターの席に座った。

そして深く溜息を吐く。

 

「俺だって知ってるんですよぉ…!!これがただのタウリンなんだろうってことくらい!!」

「……」

「でも、マニュアルにはそう言えって書いてるしぃ!一本15000円でノルマ500本なんですよぉ!?俺だって気付いてますよ!詐欺商売のブラック企業だってことくらい!!

もぉおおお!!!カフェオレ下さい!!」

「あ、はい」

「……」

 

いそいそとカフェオレの用意をするチルタリス。

カウンターに座った男はまた深く溜息を吐いた。

 

「入社した時点でもうこれヤバイやつだな、って気付いてはいたんですけど!!何処も就職難じゃないですかぁ!親にも就職出来たよ!って報告した手前、そんなすぐ辞められないしぃ!!

あなた、店長さんですか!?ここは俺を助けると思って10本くらい買ってくれません!?なんとか店に並べてくれませんかね!?」

「自分は店長ではない…」

「あぁぁぁ……ノルマが達成出来ないぃぃぃ…」

 

頭を抱えて呻る男の前にチルタリスがそっとカフェオレを置いた。

 

「カフェオレです」

「あ、どうも…」

 

ずずず、とカフェオレを啜った後に男はまた溜息を吐いた。

 

「飲むと体力アップ出来るドリンクもあるんですけど!どうですかね!?」

「マックスアップ、だな」

「そうですぅぅぅぅ…そうなんですぅぅ…!!どうあってもそうなんですぅぅうう!」

 

わんわんとカウンターで泣き崩れる男。

外出していたマスターが戻って来て、ぎょっと目を見開いた。

 

「え!?お客さんどうしたの!?」

「おかえりなさい、マスター」

「おかえりなさいませー」

「…マスター?え?店長さんですか!?」

 

男が立ち上がればマスターはこくこくと頷いた。

 

「店長さぁぁん!!今日、とってもお買い得な商品を持って来たので是非見て下さいー!」

「え?営業?」

「営業です!ですが、下手な商売じゃございません!ご覧下さいこちらの商品!可愛いポケモンちゃんに沢山の栄養を!飲めば元気百倍!攻撃力もグングン上がる!魔法のようなスーパードリンク!今ならお買い得!一本15000円で販売しております!!

どうですか!お店に並べてみませんか!ポケモン連れのお客様も大喜び間違い無しですよ!」

 

男の言葉に「えぇー!?」とチルタリスが驚いた。

勿論、商品に驚いたわけではない。一言一句さっきと同じセリフだったことに驚いたのだ。

 

「どうやら…マニュアルは1種類だけらしいな…」

「ひぇ~…」

 

営業の男にドドンとドリンクを差し出されたマスターは目を丸くする。

 

「……え?これで、ポケモンの攻撃力が上がるの!?ホントにぃ!?」

「………え?……ええ!勿論!上がります!上がります!飲めば飲む程に上がります!!」

「そんなドリンクがあるなんて凄いなぁ!!えー!どうしようかなぁ!結構、値が張るけど…えー!凄いなコレー!」

 

キャッキャッとはしゃぐマスター。

おろおろとうろたえるチルタリスにコイツはカモやでぇ、と男がニンマリと笑みを浮かべた。

 

「マスター…、一度、主に相談されてみてはどうかと…」

「あ!そうだね!こういう栄養的なのはシンヤさんに聞いてからにしよう!」

「え!?ちょ、っと待ってもらえます?」

「なに?」

「こちらの商品!栄養はお墨付きでございますので安心してください!」

「うん、でも、シンヤさんに聞いてから考えるよ」

「……こちらの商品、そのシンヤさんのお墨付きでございます!!」

「えぇー!そうだったのぉ!?凄過ぎぃ!!」

 

えぇ!?とチルタリスが声をあげる。

小さく溜息を吐いたサマヨールはカウンターから出て、契約書を握りしめる男の肩を押さえた。

 

「嘘はダメだ……」

「………そこをなんとかぁ…」

「ダメだ」

「栄養的にはシンヤさんも重々承知のお墨付きかとぉぉ…」

「勝手にうちの主の名を使ってもらっては困る」

「今回だけなんとか……」

「ダメだ」

 

お願いしますお願いしますとプルプル震える男にサマヨールは首を横に振り続ける。

押し問答を繰り返しているとカランカランと扉の開く音。店に入って来たシンヤは眉間に皺を寄せる。

まさか、店に入った途端、うちのサマヨールが男を泣かせているとは思わなかった。

 

「あ、シンヤさん、いらっしゃーい」

「なにやってるんだ…」

「今この時!俺に救世主現るぅう!!!シンヤさん初めましてぇ!わたくし、本日こちらにとってもお買い得な商品をお持ちしたんでございますー!」

「は?」

「こちらの商品、可愛いポケモンちゃんに沢山の栄養を!飲めば元気百倍!攻撃力もグングン上がる!魔法のようなスーパードリンク!今ならお買い得!一本15000円で販売しております!

いかがですか!こちらのドリンク!どう思いますか!!!」

 

男に捲し立てられたシンヤは渡されるがまま栄養ドリンクを一本受け取った。

栄養ドリンクに視線を落としてから男へ視線を戻す。

 

「……つまり、これはタウリンより効果の高い栄養ドリンクということか?」

「………ぇっとぉ…、そうなりますね!!!」

「どれくらい効果の差があるんだ?」

「……倍、くらいですかね?ほぼ、倍くらいです…!」

「倍!?それは凄いな…、それで15000円とは驚いた…」

 

そんなに凄いの!?とマスターが食い付いた背後で、サマヨールは男の肩を掴む。

ギリギリと指が食い込み男の顔が歪む。

 

「…っ!?!?」

「本当に、倍、あるんだろうな……」

「倍、くらい、ある、かなぁ…って…」

「主を騙すと言うなら容赦はしないぞ……」

「い゙ーーー!!!!」

 

男は肩にサマヨールの渾身の握力を食らった。

 

 

【 セールスマン 】

 

 

「ん?これ、タウリンより飲みやすいな?」

「あ゙!勝手に飲んでるぅぅ!!!」

「飲みやすくなってる上に効果が倍か…、やるな。どこの会社の製品だこれは…?」

「え…」

「名刺くれ」

「…え゙」

「名刺」

 

後日、効果は倍とまではいかなかったがタウリンより効果が良いドリンクだったのでシンヤのお墨付きを貰った。

 

「え?この会社、詐欺商売のブラック企業じゃなかったの?まじでー?」

 

.



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花屋さん(仮)

仮の姿/花屋


「レシアちゃん、おはよー」

「おはよう、ツキくん」

 

花屋の店員である女性、レシアに声を掛けたブラッキー。

今日も可愛いね、といつものごとくお世辞を振りまく彼にレシアはニコリと笑った。

 

「愛想振りまかれても嬉しくないわ。とりあえず花を買いなさいよ」

「今日もキツイわー」

「胡蝶蘭、入荷してるわ」

「高いよ…」

 

とびきりデカイわよ、と背後にある鉢を男前に親指でビシリと差したレシアにブラッキーは苦笑いを返す。

 

「お金なら持ってるでしょ?」

「オレは持ってないよ」

「なら、ご主人に強請って来なさいよ」

「やだー…」

「稼いでるんだから、部屋に胡蝶蘭くらい飾りなさいよ」

「おめでたい日でもないのに胡蝶蘭って…」

 

困ります…としょんぼりするブラッキーにレシアは詰め寄る。

 

「なに?私の勧める花が買えないっての?」

「……、」

「あ゙?」

「……、、、」

 

縮こまるブラッキーに詰め寄るレシア。

 

「はい、そこまで」

「店長…!」

「邪魔してんじゃないわよ」

「ツキくんをいじめるのはやめなさい。ほんとに…ごめんね、ツキくん、毎度毎度」

「いや、美人に虐められるのも有りなんで」

「じゃあ、胡蝶蘭買いなさいよ」

「それはちょっと…」

「は?買えよ?」

「やめなさーい!」

 

二人の間に入った店長は手をパンパンと叩いた。

 

「はい、仕事しましょー。レシアはプレゼント用のお花をどんどんラッピングしてね」

「ちっ」

「え?今、舌打ちした?」

「してないわ、気のせいでしょ」

 

仕事するわ、と店の奥に行くレシアを見送ったブラッキーと店長。

 

「今日も可愛いですね!」

「ツキくん、ポジティブ過ぎない?」

「女子にやられて嫌な事なんて無くない?」

「いや、あるよ。本当にレシアには困ってるんだから、毎日、毒状態にされる俺の身にもなってよ」

「またまたぁ!そういうのが好きな癖にぃ!」

「好きじゃないよ!!!昔は可愛いナゾノクサだったのに…あの時に戻って欲しい…。素直で毎日笑顔を振りまいてくれてたあの頃に…!」

 

ううう、と本気で泣きだした店長。

慌ててブラッキーが店長の背を擦った。

 

「でも、クサイハナにした時点でこうなるの予想出来たじゃん?」

「出来てないからこうなったんだけど?」

「えぇー」

「うちの子の性格どうにかならないかな?シンヤさんそういうのやってないの?」

「性格変えるまでは流石のシンヤでも無理があるような…」

「カウンセリングとかやってないの?俺の」

「人間のカウンセリングは人間専門の医者に行きなよ…」

「行ってどう言うの?うちのレシアが毒舌で俺は毎日傷付いてますって。手持ちのラフレシアに毒舌吐かれてるってどうやって説明するの?普通は喋らないもんでしょ、ポケモンは!!」

「うーん…そうだよなぁ…」

「なんでうちの子、人の姿になるんだよー!もー!困るよー!!助けて欲しいー!」

「あー…分かった、シンヤに聞いとくから」

「うん、お願いします」

 

にこにこと笑う店長に咲ききった花をどっさり渡されたブラッキー。

花束を抱えて歩いて行くブラッキーの背を見送った店長、ヨイチは小さく息を吐いた。

 

「レシア~!とうとう会える段階まで行くかも~!」

「長かったわね」

 

ラッピングしながら返事を返したラフレシアの声は冷たい。

その反応にヨイチは怒る。

 

「はぁ?そう言うなら最初からレシアがシンヤさんに相談があるんですけどぉ、とか言ってくれたら一発だったじゃん!」

「相談なんて無いもの」

「無くても!シンヤの家に乗り込めれば良いんだよ!!」

「家に呼んでくれるとは限らないわ」

「え?呼ばれない?」

「直接、来るかもしれないじゃない」

「いや、忙しいんだし来て下さいって言われるでしょ?」

「そうかしら」

「そうだよ!」

 

あー、忙しくなって来た。とヨイチは服の袖を捲った。

 

「盗聴器に隠しカメラ、何処までセッティング出来るかが問題だよなぁ」

「…」

「はぁ~…、何処まで高値で売れるか…!ワクワクするなぁ!」

「そんな事より、花の配達に行きなさいよ」

「え~…?花なんて売ってる場合じゃないよ!準備で忙しいし!」

「花屋なんだから花を売るのが仕事でしょ」

「花を売るより、人気者の情報を売る方が儲かるもーん」

 

いそいそとカメラの準備を始めたヨイチを見てラフレシアは溜息を吐いた。

 

「そうやってお金の事ばっかり考えてるから、ロケット団なんてクソ組織でもクビになるのよ」

「はぁ?クビになってないし、こっちから辞めてやったんだし」

「アンタが組織の内部情報売ったからクビになったんでしょ」

「んー?そうだっけぇ?」

 

ホント、クズだわ。とラフレシアは再び大きな溜息を吐いた。

 

「っていうか、花屋がやりたいなんて言ったのレシアでしょ。俺はやりたくなかったよ、こんな仕事!朝早いし!手荒れるし!花の世話もめんどくさいし!何より儲からないし!」

「……」

「俺、ちょっと部品の買い出し行って来るから。店よろしく!適当にやって、適当に閉めといてね!」

 

ご機嫌に出て行ったヨイチを見送ったラフレシアはまた溜息を吐いた。

手元でぐしゃぐしゃになったラッピングを花ごと握り潰してゴミ箱に叩き付けた。

 

「ヨイチのバカ…」

 

*

 

次の日、

盗聴器も隠しカメラもまだ準備中だと言うのにブラッキーから話を聞いたシンヤが店に来てしまった。

 

「……あれ、シンヤさん、こんにちは…?」

「こんにちは、手持ちのラフレシアの事で相談があるとツキに聞いたんですが」

「あー、はい、えっと、そうなんですけど。こんなに早く、それも来て下さるとは思ってなかったので…」

「…? そんなに多忙な身でも無いですから」

「いやいや、お医者様のお仕事って忙しいでしょう!?」

「他にも優秀な医師がいますから、ご心配なく」

「あー…そうなんですかぁ、じゃあ、えっと、中に、どうぞ?」

「お邪魔します」

 

おいおい、予定と違うぞ!と内心焦るヨイチ。

店番を任されたラフレシアはそんなヨイチを見て小さく溜息を吐いた。

部屋に入って、椅子に座ったシンヤの前に大慌てで淹れた紅茶を置いたヨイチはシンヤの向かいの席に座った。

 

「粗茶ですが…」

「頂きます」

 

どう話を切り出したら良いのか、ここからどうやってシンヤの家へ移動する流れに出来るのかとヨイチは考える。

紅茶を啜り、カップを置いたシンヤがヨイチへと視線を向ける。

 

「それで、ラフレシアの性格について悩んでると聞いたのですが、具体的にはどう困ってますか」

「えっとですねぇ…、どう困ってるかと言うと、まあ、率直に言葉が冷たいです」

「ふむ」

「あと、俺のやること言うことにいちいちキツイです!昔は可愛かったんです!ナゾノクサの時は!まあ、今見たいにベラベラ喋ったりしてなかったんですけど」

「私の考えでは、ポケモンが人の姿になる理由として主人に人の言葉で伝えたい事があるから、というのがあります」

「…はぁ」

「ラフレシアが店長さん、貴方にキツく物を言う事にもラフレシアなりの理由があると考えます」

「理由ですか…」

「ラフレシアが冷たく言わねばならないような事を貴方がしているのでは?」

「……?…いや、そんな事はないと思いますけど」

「そうですか…、店長さんに思い当たることがなければラフレシア本人に聞いてみます。変わって下さい」

「…え?」

「彼女と店番を変わって来て下さい。ラフレシアと話をします」

「………はい…」

 

*

 

ヨイチと店番を変わったラフレシアがシンヤの向かいの席に座った。

シンヤを前にしたラフレシアの表情は暗い。

 

「主人について何か悩みがあるな?」

「……ええ」

「お前が話せる範囲で良い、話してみろ」

「…ヨイチはお金儲けが好きなの」

「……だからなんだ?」

「お金が稼げるなら何だってやるのよ、それが悪いことだとしても」

「……」

「今まで職を転々としてきた、でも、どれも給料が安いと他の事でお金を稼ごうとする。お金が一度に沢山貰える仕事なんて大体悪いことばかり、でも、懲りないの。お金が沢山欲しいから」

 

手癖の悪い旦那を持った女房だな、とシンヤは心の中で思った。

 

「昔は良かった。お金儲けなんて考えてなかった頃は、私に毎日水をかけてくれて一緒に遊んでくれてた。綺麗な花が咲くようにって毎日…」

「…」

「私、ヨイチを花屋にしたいの。昔みたいに綺麗な花が咲くようにって私に水をかけてくれたみたいに…愛情を込めて、花を育てて欲しい」

「……」

「悪いことでお金を稼ぐことばかり考えてほしくないの…」

「なるほど、分かった」

 

うん、と頷いたシンヤをラフレシアは目を丸くして見つめた。

 

「出来るの…?」

「つまり、花屋で金が儲かれば良いってことだろう?」

「え?」

「悪い事で金を稼がないように、ラフレシアの希望通り花を愛情込めて育てて金を稼ぐ男にすれば良いわけだ」

「……そう、ね、確かに、そうだわ。でも、こんな小さな花屋は儲からないのよ…」

「じゃあ、とりあえず、店で一番目立ってた大きい胡蝶蘭を売ってくれ」

「あれ、買ってくれるの?」

「最近、近くのスーパーが改装して綺麗になったから贈ろうと思う」

「……根本的な解決にはならないけど、あの胡蝶蘭、ヨイチが綺麗だったからって仕入れて来たから、買って貰えるなら嬉しいわ」

「大丈夫だ、解決する」

 

ニコリと笑ったシンヤにラフレシアは首を傾げた。

店で一番値が張るとは言え、胡蝶蘭がひとつ売れただけで解決になどなるわけがない。

疑いの目でシンヤを見つめるラフレシアにシンヤは苦笑いを浮かべた。

 

「私はこれでも名が売れてる方でな」

「それは知ってるけど…」

 

ラフレシアの中で疑問が残ったまま、シンヤは大きな胡蝶蘭を購入し、新装開店祝いとして名前入りでスーパーへと贈った。

 

後日、

 

「シンヤさんがお花買ったのここだって聞いたの!」

 

同じお店で同じ花を買うわ!と大きな胡蝶蘭を買いたいと熱狂的なファンらしい女性がやって来たのを初めに、

「スーパーでシンヤさんの名前入りのお花を見た」という客が増え始めた。

 

「ヨイチ、結婚式のお花の注文が入ったわ。ブーケも作って欲しいって」

「えー!?またぁ!?待って待って!マジで間に合わない!供花の予約も入ってるし、開店祝いのお花もまだ3件予約が入ってるし…!」

「じゃあ、私がブーケを作るから、急いでお花の仕入れだけ行って来て」

「分かった!」

 

エプロンを脱ぎ捨ててテーブルに叩き付けたヨイチは店を飛び出して行こうとした、が客に呼び止められる。

 

「すみませーん」

「あ、はーい!いらっしゃいませ~!」

「あの、友達の誕生日プレゼントにしたいんですけど、初心者でも育てやすい花ってどれですか?」

「そうですねぇ、育てやすいのだとマーガレットがオススメですよ!色も沢山ありますし」

 

熱心に花の説明をしているヨイチを横目で見ながらブラッキーが店へと入って来た。

ラフレシアと目が合うとヒラヒラと手を振る。

 

「忙しいみたいだから手伝いにきたよ~」

「あら、助かるわ」

「店長なんか楽しそうじゃん」

「そうでしょ?あの人、花好きだから」

 

嬉しそうに笑ったラフレシアにブラッキーは笑みを返した。

 

 

【 花屋(仮) 】

 

 

「いやぁ、花屋って儲かるんだなぁ!忙しくて参っちゃうよほんと!」

「そうね」

「まあ、儲かってる内は花屋を続けても良いかなぁー」

「そうね」

 

ずっと続けば良いと思うわ。

 

.



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幻のパン屋

ルリリを抱えながら少女は言った。

 

「幻のパン屋さんって知ってます?」

 

え?と首を傾げたヤマトに対して、何それ!?とブラッキーが食い付いた。

 

「この前、友達から聞いたんです。幻のパン屋さんっていうのがあるって。でも、友達も見た事なくて噂だけなんですが。

ヤマトさんとツキさんなら見たことあるかなぁと思ったんですけど、その様子だと見たこと無さそうですね」

「幻のパン屋…!めっちゃ気になる…!」

「実在するんだよね?」

「一応、あるって噂です」

「レンジャー内で聞いてみるよ」

「見た事ある人が居たらまた教えて下さいね!」

 

では、また~!と手を振る少女と別れたヤマトとブラッキー。

手を振り返すヤマトの横でブラッキーが目を輝かせた。

 

「幻のパン屋!探そうぜ!」

「…うん、聞いてみようね」

 

*

 

ヘイヘーイと自分を呼んでいるであろう男にミミロップは舌打ちした。

まあ、休憩中だから良いけどな、と思いつつも舌打ちした。うざいから。

休憩室の椅子に座りながら返事をすれば、当然のように男はミミロップの隣に座った。

 

「なんだよ、うぜぇ」

「さっき、おれ出会っちゃったんす!」

「誰に?」

「幻のパン屋っすよ!」

「……幻のパン屋?なにそれ」

「知らないんすか!幻のパン屋は、パネェほど幻でめちゃくちゃ遭遇率低いんすよ!?」

「お前の言語難しい」

「超スーパーレアっす!伝説級っす!」

「はいはい、良かったね」

「おれ、ミミロー先生の分の昼パンも買っといたっす!幻のパンっすよ!」

「あー、まじ?何パン?ワタシ、昼に甘いやつ嫌なんだけど」

「なんとかサンドってやつっす」

「何挟んでんのか重要だろうがボケ。まあ、でもサンドイッチ系なら食う」

「なんか、パンの種類がクソほど少なくて。選択肢ほぼ無かったんす」

「まじかよ、パン屋なのに種類少ないとかクソだな」

「まじクソっす。サンド系がなんだっけなー…なんか野菜のやつとカツのやつ?二種類でー…。そんであとー、今日はあんぱんとカレーパンだけって言ってたっすねー」

「まさかの四種類かよ。クソだな」

「サンド系両方買って来たんすよ!おれ、カツサンドにしたんす!」

「うん、じゃあ、ワタシのこれは野菜系のやつな。分かった」

「なんかめっちゃ高かったっす」

「はいはい、金は払うよ。もう時間無いから食うわ」

「一個、1000円すよ?高すぎっす」

「高っ!?まじ!?これ、1000円!?お前、幻のパン屋の看板に騙されすぎだわ!」

「幻のパン屋って看板は出て無いっす。ただの車っす。飲み物もちょっとあったっす」

「最近、流行ってる移動式カフェ的な?」

「移動式パン屋っすね!!」

「何処をどう見たら幻になるんだよ」

「あ、それは、急に現れて、急に消えるんす!!っていうか、おれがパン買い終わったら消えたっす!」

「…ふーん、ただのテレポートじゃねぇの?」

「…!?ミミロー先生、頭良いー!!絶対ソレっすよー!!テレポートっすよ!だって、ネイティオ居たし!!」

「うん、テレポートだな。もう食って良い?1000円払うから」

「あ、どーぞどーぞ。おれも食うっす。休憩終わっちゃう」

 

これが1000円かー、まあ、具だくさんではあるが…、と思いながらミミロップはサンドイッチにかぶりついた。

 

「…ッ!?!?」

「んんんー!?!?ミミロー先生!!これ!!」

「超パネェ!!!」

「パネェっすー!!!」

「これ1000円だわ!!美味過ぎか!?」

「幻のパン屋、パネェ!」

 

*

 

カフェのカウンターに座った男は背広を脱ぎながら言った。

 

「俺、さっきここに来る途中で幻のパン屋を見つけちゃってびっくりしましたよー」

 

椅子に背広を掛けた男はニコニコ笑いながら言った。

 

「カフェオレ下さい」

「はーい」

「…幻のパン屋、とは…」

「あ、知りませんでした?噂になってるんですよ。幻のパン屋があるって。

でも、実際に見てみると普通のキッチンカーでしたよー。店長さんがネイティオ連れてて、テレポートで気まぐれにその辺を飛びまわって売ってるそうです」

「気まぐれな販売方法ですねー、はい、カフェオレです」

「ありがとうございます!ほんと、そんなんで商売になるのかって話ですよね!」

「…店主が趣味でやっているならそれもまた良いだろう…」

「まあ、そうなんですけど。せっかくなんで買ってみたら普通のパン屋より高かったです、多少は儲けようという意思を感じました」

「パンは美味しかったですか?」

「あ、まだ食べてません。サンドイッチ系が売り切れてて、あんぱんとカレーパンしか無かったんですけど両方買ってみました。

これが一個800円もするんですよ!?詐欺ですよね!!」

「……お前が言うな、と言って良いのだろうか」

「それ言うの無しですよー!もー!せっかくの幻のパンなんで一緒に食べましょうよ~。これ切ってくれます?」

「わ~、良いんですか?」

「一個800円の高級あんぱんとカレーパンですよ!ヨルさん、食べたいでしょ!」

「相当なこだわりで作られてないと自分は800円に納得はしないぞ……」

「食べたいってことですね!今日、マスターさん居ないんですか?」

「夕方まで戻って来ない予定だそうです~」

「あー、せっかくの幻のパンなのに残念ですねぇ~。ささ!食べましょ食べましょ!」

「…切ったぞ」

「わーい、いただきまーす!」

「いただきます~」

「「「……」」」

 

もぐもぐと咀嚼しながら三人はお互いの目を見つめ合った。

 

「……こ・れ・は!!詐欺ってない!!」

「美味しいです…っ!」

「800円の価値…恐るべし……」

 

*

 

トゲキッスと二人で野生ポケモンの健診に回っていたシンヤは道に停車しているワゴンカーを見つけた。

 

「こんな所に車が停まってるなんて珍しいな」

「そうですね、…あ、故障とかじゃないですよね?」

「…一応、確認してみるか」

 

ワゴンカーに近付けば、エプロンを付けた男が車の中に居た。

近くで見るとどうやらキッチンカーだったらしく、男に「いらっしゃいませ」と声を掛けられた。

 

「なんだ店か」

「何屋さんですか?」

「パン屋です」

「お、ネイティオが居る」

 

よしよし、とシンヤはネイティオの頭を撫でた。

 

「パン屋さんですか!言われてみると確かにパンの香りですね!」

「こんな人通りの少ない場所では売れる物も売れんだろ」

「あ、僕、テレポートで色んな所を飛び回ってまして…、……っていうか、もしかして、シンヤさんですか?」

「そうだが」

 

パン屋の店主が目を輝かせた。

 

「うわー!シンヤさんに生で出会えるなんて!!ファンです!!握手して頂いても良いですか!?」

「ああ、ありがとう…」

「はぁぁ…飛び回ってパン屋してて良かった…!」

「せっかくだからパンを買わせてもらいましょう!」

「ああ、そうだな」

 

パンください、と微笑むトゲキッスに店主は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「すみません、パンは全部売り切れてしまって…」

「そうなんですか…、残念です」

「でも!実は今、食パンを焼いてまして!食パンならあります!!普段は食パンはサンドイッチでしか販売してないんですが…具がもう無いので…」

「食パン、売ってくださるんですか?」

「いえ!僕の焼いたパンをシンヤさんに食べて頂けるなら本当に本当に嬉しいので!貰ってください!!味には自信があります!」

「いや、買うぞ?」

「いやいや!貰ってください!」

 

どうぞ!と手渡された食パンはまだ温かかった。

 

「焼き立てだ…」

「良い香りですね~」

「一本まるまるとか多いですか?切ります?」

「いや、うちは人数が多いから一本が良い」

「本当ですか!何本でも持って行ってください!まだあります!」

「いや、一本だけで十分だ、ありがとう」

「ありがとうございます」

「こちらこそ!ありがとうございます!!本当にお会い出来て幸せです!!」

「今度会った時はちゃんと買うからな」

「えぇー!また来てくれるんですか!?…シンヤさん、何パンが好きですか?用意します、常に」

「気持ちだけで十分だ」

 

では、またいずれー!とブンブンと大きく手を振ってくれた店主と別れたシンヤは食パンを見下ろして呟いた。

 

「まだ回ろうと思ってたけど、帰るか…」

「そうですね…」

 

食パンは貰ってみると邪魔だった。

 

*

 

「幻のパン屋、見つからなかったぁぁ…」

 

ぐすぐす、と泣くブラッキーの背をヤマトが撫でる。

 

「何も泣かなくても良いじゃないですか」

 

エーフィが呆れたように言えばブラッキーは涙目でエーフィを睨んだ。

 

「オレは幻のパンが食べたかったのぉ!」

「はいはい」

「なんですの?その幻のパン屋って」

 

小さく首を傾げたサーナイトにヤマトが苦笑いを浮かべながら言った。

 

「噂でね、幻のパン屋があるって聞いたんだよ」

「噂は正直、信用なりませんわね」

「いや、でもレンジャー仲間に聞いたら見たことあるって人が居たんだよ。

幻のっていうより神出鬼没のパン屋らしくて、ネイティオのテレポートで飛び回っててなかなか出会えないらしいんだ」

「…面白い商売方法ですわね」

「味は美味しいんですか?」

「それが絶品らしいよ!普通のパン屋よりは値段は高いみたいなんだけど、その値段も納得の美味しさなんだって。レンジャー仲間はローストビーフサンドを食べたって言ってた」

「美味しいなら食べてみたいですわ!」

 

キラキラと目を輝かせたサーナイトの足元でブラッキーがうずくまって呻る。

 

「見つからないもん……」

「「……」」

 

ぐすぐす、と泣くブラッキーをヤマトが慰める。

そこに仕事を終えて帰って来たミミロップが部屋に入って来た。

 

「うわ…なに?ヤマト、お前何したんだよ…」

「えぇ!?濡れ衣…!!」

 

誤解だよー!とヤマトが慌てて幻のパン屋の事を説明するとミミロップが「え!」と驚きの声をあげた。

 

「ワタシ、今日食ったよ。幻のパン屋のサンドイッチ」

「はぁああ!?!?何処で!?」

「うちの清掃員が昼休憩の時に見付けたらしくて、ワタシの分も買ってきてくれた。サンドイッチ一個1000円でクソ高いクソパン屋だと思ったけど、めちゃくちゃ美味かったよ」

「え?ズイ?ズイで見つけたってこと?」

「そうだろうな。急に現れて、買ったらすぐ消えたって言ってた」

 

近くに居たんじゃぁん!とブラッキーが更に泣く。

 

「何のサンドイッチですの?」

「ローストビーフだった。美味過ぎてやばかった」

「ミミローがそこまで言うなんてよっぽどですね…」

「ワタクシも本気で探したくなってきましたわ…幻のパン屋…!」

「色んな所をテレポートで飛び回ってるんじゃ、出会えるかどうかは運だよねぇ。僕、色んなところ行ってるけど見たことないなぁ…」

「ヤマトぉ!見つかるまで探そぉ!!」

「う、うん、そうだね。頑張って探すから泣かないで…!」

 

*

 

地図を広げて、目撃場所と時間でなんとか次のテレポート地点を割り出せないものかと思考錯誤するサーナイトとエーフィのエスパー組。

仕事を終えて帰って来た、サマヨールとチルタリスが部屋の様子を見て目を丸くした。

 

「また何かやっているのか……」

「ただいま戻りました~」

 

はぁ、やれやれ、と溜息を吐いたサマヨールにサーナイトが詰め寄る。

 

「ヨルさん!ゴーストタイプ達の目撃情報はありませんの!?」

「何の、目撃情報なのか説明をしてくれなければ困るのだが……」

「幻のパン屋です」

 

キリと言い放ったエーフィの言葉に「あー、なるほどー」とチルタリスが頷いた。

 

「そんなに噂になっているんですね」

「まさか、家に帰ってまで聞くとはな……」

「え!?ヨルとチルも噂聞いてきたの!?」

「聞いたというか、お店に来たお客様が幻のパン屋さんで買ったパンをお裾分けして下さったので、ご一緒に頂きました」

「たまたま来店途中で見掛けたらしくてな……」

「まじかよ、食ったのか!!幻のパンを!!!」

 

ガシ!とサマヨールの肩を掴んだブラッキー。

表情を変えぬままサマヨールが頷いた。

 

「だから、食ったと言っている…」

「味は!どうだった!!!」

「美味かった」

「美味しかったです~!あんぱんは中のあんこが粒あんなのになめらかで、絶妙な甘さ加減で舌の上でとろけました。カレーパンは甘めのカレーでお肉がごろっと入ってて、外はカリカリ、中がもっちもちのパンで相性バツグンでした!」

「……そんな食べた感想は自分には出て来ないな……」

「え!だってあんなに中の具にこだわってるパンって珍しくてつい!!」

 

あわあわと焦るチルタリスの前でブラッキーが膝から崩れ落ちた。

 

「「!?」」

「チルが…、そこまで推すパンとか……まじ、食べたい……ツライ……」

 

ぐすぐす、とまた泣きだしたブラッキー。

 

「カフェの近くで目撃情報有り、と…」

「うーん、テレポート地点を割り出すのは難しそうですわね…」

 

ぶつぶつと地図を見下ろす本気の目のサーナイトとエーフィを見てから、サマヨールは小さく溜息を吐いた。

 

「ツキくん、大丈夫だよ、その内食べられるから」

「今食べたい~!すぐ食べたい~!」

 

聞けば聞く程、食べたくなるー!と叫ぶブラッキー。

部屋の扉を開けたシンヤは一度扉を閉めてから背後に居るトゲキッスへと視線をやった。

 

「なんか、喚いてる…どうする?外食するか?」

「え!?いや、ツキさんの話を聞いてあげましょうよ…」

「はぁ~…めんどくさいなぁ」

 

ただいま、と部屋へ入って来たシンヤとトゲキッスに視線が集まる。

 

「あ、シンヤおかえりー」

「何事なのか10文字以内に言え」

「え!?」

「パンが食べた過ぎる!」

「そうか、勝手に食べなさい」

 

ブラッキーの言葉に頷きながら返事をしたシンヤはソファに座った。

 

「パンならありますよ!食パンですが!」

「違うんだよ~!幻のパン屋のパンが食べたいのぉ~!」

「……そんな事言われても…」

 

これしかないし…、とトゲキッスがしょんぼりする。

 

「そんな事より今日の晩ご飯はどうする?」

「晩ご飯のご用意はこれからですが…」

「なんか外に食べに行くか」

「ご主人様、お腹空いてらっしゃるんですか?」

「うん」

 

すぐ食べたい気分、と頷く我らの主人。

じゃあ、外に出る用意でもするか…と動き出す面々。

 

「ミロカロスはどうした?」

「まだ帰って来てませんよ」

「……ちょっとギラティナに聞いてきてくれ」

「承知した」

 

サマヨールが部屋を出ようとした所で玄関から「ただいまー!」と大きな声。

 

「丁度、帰って来たようです…」

「晩ご飯、何食べたい?」

「主のお好きなように……」

 

再び、「ただいまー!」と部屋の扉を開けたミロカロス。

お出掛け準備完了で部屋に揃っている面々を見てミロカロスは首を傾げた。

 

「あれ?どっか行くの?」

「外食するぞ」

「わーい!外でご飯だー!!」

 

バンザーイと両手をあげて喜ぶ、ミロカロス。

あ、でも…と手に持っていた袋に視線を落とした。

 

「ジャム貰ったから冷蔵庫入れてくる」

「何ジャムですの?」

「りんごジャム」

 

また、りんごジャムか。とエーフィがぽそりと呟いた。

 

「パン屋やってるミツってやつが作ったりんごジャム、凄い美味しいんだ」

「食パンがあるので、明日の朝に食べられますよー」

 

トゲキッスが食パンを見せればミロカロスが目を輝かせた。

 

「おー!…ん?これミツの食パン?」

 

これ、袋が一緒だ。とミロカロスが自分のジャムが入った袋と食パンの袋を見比べる。

 

「パン屋の名前は知らん」

「ネイティオのテレポートで飛び回ってパンを販売してるパン屋さんです」

「ミツだ!」

 

ミツさんっていう方なんですね、とトゲキッスがミロカロスと話をしている背後でガタンとブラッキー、サーナイト、エーフィが立ち上がった。

 

「幻のパン屋ぁあああ!!!」

「ちょっと詳しくお話してくれませんこと?」

「詳細を下さい…!」

「お、落ち着いて三人とも…!」

 

健診の途中で車を見つけて~…とトゲキッスが説明するのを目をぎらつかせて見つめる三人。

その横でミロカロスが首を傾げた。

 

「ミツのパン屋探してるの?」

「そう!幻のパンが食べたい!」

「俺様、ミツの家知ってるけど?さっきまで遊びに行ってた」

「「「………は?」」」

「シンヤに付き纏うばばあ知ってる?無敵ばばあ。あのばばあの弟がミツ」

 

キョトンとする面々の中でシンヤが眉を寄せる。

 

「ばばあって言うと怒られるぞ」

 

え、待って、身近に幻が?とうろたえるブラッキー。

部屋の扉をバーンと勢いよく開けて入って来たギラティナが叫んだ。

 

「晩ご飯なに!?」

「今から外食に行くところだ」

「まじかよ!ツー呼んでくるわ!」

「さてと、出掛けるか」

「待って!パンは!?パンの話しよ!?」

「私がご飯食べたいのが優先だ!!」

 

ビシリと言い放ったシンヤの言葉にブラッキーは「はい」と大きく頷いた。

 

「シンヤがもうそういうんならしょうがないよな」

「僕、あんなに慰めてたのに…そんなあっさり…」

「シンヤがご飯食べたいんだからしょうがないだろ!!」

「………ソウデスネ」

 

 

【 幻のパン屋 】

 

 

「姉さんんん!!今日、シンヤさんに会っちゃったぁああ!!しかも、僕が作った食パン貰ってくれたのぉおお!!」

「まじでぇええ!?!?あ、さっきまで居たミロちゃんにアンタの作ったりんごジャムあげたから」

「ええええ!?ということは食パンとともに僕の作ったりんごジャムまでシンヤさんに食べてもらえるかもしれないってことぉお!?」

「やばぁああ!!アンタ、ちょっと早く食パン用意して!!同じ物を食べるわよ!!」

「オッケー!!!」

 

揃ってシンヤ信者。

 

.



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恋に理由など不要




ポケモンセンターでナース服を着て働く彼女を見て、絶対に同種族だと思った。

緑色の髪に赤い目、間違いだったら素直に謝ろう。そう決心しておれは彼女に声を掛けた。

 

「あの、すみません」

「はい、なんでしょう?」

「あなたはポケモンですか?」

 

キョトンとした彼女を見て、やっぱり違ったのだろうかと思った。

 

「ワタクシはポケモンですわ。相談ごとですの?」

「っ!?はい!!そうなんです!」

 

やっと、おれのキルリアと同じ。人の姿になれるポケモンと出会えた!

 

*

 

ポケモンセンターの隅の席に座った、サーナイトとニケと名乗った男。

飲み物は?と聞いたサーナイトにニケは首を横に振った。

 

「では、お伺いしますわ」

「ありがとうございます!実は、おれのポケモンのキルリアの事なんですけど…」

「ええ」

「オスのポケモンなんですが、可愛すぎて可愛すぎて、もう好き過ぎてどうにかなりそうなんです!!人の姿になってからなんてもう感情を抑えられなくて!!」

「……え?ワタクシは何を相談されてるんですの?」

「おれが言っても聞かないので、同じポケモンからキルリアに言って欲しいんです。もうそれ以上可愛くならないで欲しいって…」

「は?」

「オスなのに可愛すぎてもうめちゃくちゃ好きなんですよ!おれのこの気持ち分かりませんよね!?オスなんですよ!メスならまだしもオス!いや、メスでもポケモンなんでアウトなのは重々承知ですが!!」

「はぁ…」

「お願いしますぅ…もう、おれには頼れるのはサナさんしか居ないんです。サーナイトなんですよね?」

「ええ、サーナイトなのはサーナイトなんですが…ワタクシもオスですのよ?」

「…………、サーナイトのオスでこんなに美人ならもう進化したらおれは爆発しますが!?!?」

「勝手に爆発すれば良いんじゃないですの?」

「オスのポケモンを好きになんてなってはいけないこと!そうでしょう!?」

「………そう言われても、ワタクシは別に良いと思ってますけれど…」

 

身近に性別も種族も越えたカップルが居るサーナイトにとっては特に気にするような事でもなかったが、助けてくれと懇願されては見捨てるわけにもいかない。

 

「ワタクシのトレーナーをご紹介しますわ」

「え…、人間ですよね?おれ、ボロクソに罵倒されるだけなんじゃ…」

「絶対にありえないので大丈夫ですわ」

 

半泣きになっているニケに笑みを返し、サーナイトはすぐにシンヤへと連絡を取った。

家に居たらしい、シンヤはすぐにポケモンセンターへとやってきて、サーナイトに肩をおされニケの前の席に座らされた。

 

「シンヤさん…!?ほ、本物!?」

「理由も知らされず、何故か知らない人間と対面して座らされるとは…。私、まだ仕事が残ってるんだが…」

「簡潔にワタクシが説明しますわね。こちらニケさん、手持ちのオスのキルリアが可愛すぎて欲情するのでどうにかしてほしいそうですわ」

「欲情するとはまでは言ってませんが!?」

「でも、そういうことでしょう?」

「いや、まあ、はい……」

 

そうですね、と口籠るニケを見てシンヤは首を傾げた。

 

「どうしろと?」

「いや、おれはですね!同じポケモンであるサナさんにうちのキルリアにそれ以上可愛くなるな!と忠告して欲しいんです!おれが襲っちゃうかもしれないので!」

「キルリアはもともと可愛いから言ったところで無理だろ」

「見た目はそうなんですけど!性格とか、まあ、もっと素っ気なくしてくれればおれの熱も冷めるだろうし。仕草とかいちいち可愛くて…その辺を注意してもらえれば、な…って…」

「素っ気なくされても結局可愛いのでは?」

「そうなんですけどぉおお!!」

 

本当にそれなんですけどぉ!とテーブルに突っ伏したニケ。

小さく溜息を吐いたシンヤは眉を顰めた。

 

「まあ、つまり可愛くなければ良いと?」

「…はい」

「可愛くなければ別に欲情することもないから、どうにかしてほしいと」

「はいっ!」

「じゃあ、めざめいしをやるから、エルレイドにしてしまえ」

「………その手があったか…っ!!!」

 

今、手元に無いから後日郵送する。とシンヤに言われてニケは何度もお辞儀をして住所を残して帰って行った。

ニケが帰った後にサーナイトが溜息を吐いた。

 

「全く、人騒がせな人でしたわね」

「そうだな」

「まあ、でもあっさり解決してくれて良かったですわ。仕事に戻れますもの」

 

さーて仕事仕事と戻って行くサーナイトを見送ってから、シンヤも席を立つ。

ギラティナが繋げてくれている鏡の前に立ってから、うーんと首を傾げた。

 

「…やっぱり、可愛くなくなったところで、な気がするが…。まあ良いか」

 

そして、数週間後。

ポケモンセンターにイケメンを連れたニケがやってきた。

サーナイトはそれを見て、解決したお礼でも言いに来てくれたものだと笑みを浮かべた。

…が、

 

「シンヤさん、呼んでくれます…?」

「ど、どうしたんですの!?」

「可愛かったキルリアをエルレイドにしたら、可愛さの欠片も無いイケメンになったんですが…。イケメン過ぎて好きになっちゃってぇ…」

「……」

「イケメン過ぎて、ときめきが止まらないんです……。助けて下さい…。」

「爆発してろ、ですわ」

 

 

【 恋に理由など不要 】

 

 

ポケモンセンターにやって来たシンヤの足元で土下座をしているニケ。

それを見下ろしてシンヤは溜息を吐いた。

 

「じゃあ、もう野生に戻せば良いんじゃないか?」

「それは嫌ですぅううう!!」

「なら、もう諦めろ。重症だ」

「でも!でも!オスだし!イケメンだしぃ!!」

「嫌いなのか?」

「めちゃくちゃ好きです!」

「末永くお幸せに」

「待ってぇぇ!どうにかしてぇ!!」

 

.



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言えないこと

スパイ


朝、気分良くモーニングを食べて煙草をふかす。

テラス席に座った俺の横を忙しそうなスーツ姿の男がぞろぞろと通り過ぎていく。

のんびり朝食も食べられないとは安月給は大変だな、と煙を吐きながら思った。

コツコツとヒールの音を立てながらスーツの女が俺の横を通り過ぎる。シュッと俺のテーブルに投げられた真っ黒のカードが一枚。

テーブルの上を滑るカードを指で止めて、通り過ぎた女の背をチラリと見送る。

せっかく気分の良い朝だったのに。

煙草を灰皿に押し付けて、胸ポケットにぶら下がっていたメガネを掛ける。

メガネのフレームの横に付いている極小のスイッチを押せば、カードに文字が浮かび上がる。

 

< リイチ、任務だ >

 

へいへい、とカードを裏返して内容を確認する。

 

< 詳細不明のポケモンレンジャーが試験的に創ったタマゴを持ち去った。すみやかに回収せよ。ポケモンレンジャーが辿ったルートを添付する。失敗は許されない。尚、このカードは確認後処分するように。 >

 

タバコを一本咥えて、ライターを取り出す。

カードに火を点けて灰皿に落としてからタバコにも火を点けて、大きな煙を吐いた。

メガネを外し胸ポケットにぶら下げる。

あーあ、また悪いことしちゃって、悪いことするならするで、もうちょっとまともなガード付けろっつーの。

心の中で思った悪態は煙として吐き出した。

灰皿にタバコを押し付けて、カードの燃えカスをぐしゃぐしゃと押し潰す。

 

「さて、行くかー…」

 

*

 

タマゴを持ち去ったポケモンレンジャーの映像が残されている監視カメラを全てチェックする。

どうやらキャプチャせずに相棒にブラッキーを連れているようだ。それも人の姿になれるポケモン。

ポケモンレンジャー内のデータに潜り込み、レンジャーの情報を確認する。うーん、流石に相棒にしているポケモンの情報までは保存していないか。

監視カメラの映像の解像度を上げて、レンジャーの一人一人の顔写真をチェック。

髪型と頭にバンダナ、何人かには絞れるが、どいつもこいつも同じような顔しやがって。男の顔なんて眺めていても楽しくない。

 

「うーん…」

 

こっちのブラッキーの方を調べるかぁ?と同じように解像度を上げて見る。

普通にイケメンだな、マジで普通にイケメン。

どうしたものか、と頭を抱えれば、マグカップをテーブルに置かれた。

甘い香りに横を見ればパソコンの画面を見つめるロズレイド。

俺がガキの頃から育てたスボミーは立派なロズレイドになって、いつの間にか人の姿になるようになっていた。

ずっとスボミーで居てくれたら可愛かったのになぁ。兄貴が勝手にひかりのいしで進化させてしまったせいな気がする……。

まあ、過去には戻れないのでしょうがない事だな。と思い、テーブルに置かれたマグカップを手に取った。

 

「んー…、ロゼ、お前…これまた、バラティー淹れたろ?」

「ローズヒップティーよ」

「お前と同じ匂いになるから、マジやめてほしい」

「良い香りでしょ、文句言わないで」

 

もうお前の体臭でお腹いっぱいですぅ、と言うと怒ってしびれごなを食らわされるから黙ったまま、バラティーをゴクゴクと飲み干す。

たまには砂糖とミルクたっぷりのカフェオレが飲みたい。紅茶だけというなら甘ったるいミルクティーでも良い。

小さく溜息を吐いてロズレイドに視線をやる。ロズレイドは未だにパソコンの画面を見ていた。

 

「何?こういうイケメンが好きなのか?」

「違うわ。でも、このブラッキーの彼…、レシアの所で見たわよ」

「……え?兄貴のところ?」

「ええ」

 

その情報が確かなら大手柄なんだが!?

早速、兄貴がやっている花屋へと電話を掛ける。儲けの無いしょぼくれた花屋だと思っていたが、ここ最近は忙しいらしく。そこそこ儲けているらしい。

金の亡者の兄貴がホクホク顔で電話してきたのを思い出して、また腹が立つ。

 

<「お電話ありがとうございます。フラワーショップ・アルノルディーです」>

「あ、レシア?俺、リイチ」

<「リイチ?何か用?」>

「俺の今、調べてる奴をそっちで見掛けた事あるってロゼが言うんだけど」

<「お客さんならいっぱい来るけど」>

「人の姿になるブラッキーって来る?」

<「……言ったら、どうなるの?」>

「あー、大丈夫大丈夫。ほぼ接触せずに用だけ済ませるから。想像してるような事はしない」

<「……本当ね?」>

「俺が嘘吐いた事ある?」

<「………どの口が言ってるの?」>

「ははは、良いから教えろって」

 

暫くの沈黙が続く。

兄貴の所のラフレシアはクソ生意気な毒舌メスポケだが、こうも渋ってる所を見るとどうやらブラッキーとは親しいらしいな。

 

「あんまり素直に言ってくれないなら、花屋のありとあらゆる所にカメラ設置しに行くけど?」

<「…やめて。言うから。人の姿のブラッキーはよくお店を手伝いに来てくれるわ。良い子なの。傷付けたりしないで」>

「だーかーらー、今回は接触しないって」

<「……」>

「そのブラッキーと一緒にポケモンレンジャーも来るか?」

<「いいえ、来ないわ」>

「そうか…、じゃあ、ちょっとそっちにアルバイトに行くから!よろしく!」

<「え……」>

 

ブチ、と一方的に通話を終わらせてパソコンの電源を落とす。

さてさて、今回はまず優しいお花屋さんからやりますか。

 

「ロゼ、お花屋さんごっこしに行こうぜ」

「はぁ…」

 

何故か不満気なロズレイドを連れて俺は兄貴の所へと向かった。

 

*

 

花屋に着けば、小さな花屋にはお客が数人。本当にそこそこ儲けてんだな。と思いつつ店内のバックヤードに向かう。

 

「兄貴ー、手伝いに来たよ」

「リイチー、レシアから聞いてる。アルバイトに来てくれたんだってな!身内だからバイト代は出ないぜ!」

 

バチコーンとウインクと共に何故かポーズを決めるクソ兄貴。

 

「人の姿のブラッキーどれくらいの頻度で来んの」

「ツキくんだろー、関わるのやめた方が良いぜ。シンヤの手持ちだから」

「は?シンヤ?マジ?ポケモンレンジャーと一緒に居たんだけど」

「そんな事知るかよ。手伝いしてくれる子だから、ポケモンレンジャーの手伝いもしてるんじゃねぇの?まあ、シンヤの知り合いであるのは確実だけど」

 

前にシンヤの情報売って金にしようとしたんだけどさー、と聞いてもない事をベラベラと喋りだす兄貴。当然、無視。

とりあえず、ブラッキーが店に来るまで優しい花屋のアルバイトでも演じておこう。

 

「いらっしゃいませー、お客様、そちらのお花プレゼント用でございますか?」

 

ニコニコと愛想を振りまく俺。少し不満気なロズレイドは黙々とラフレシアと花束を作っていた。アイツは毎日毎日、何が不満なのか知らんが。愛想が無い。

 

「おわっ、レシアちゃん!そちらの超絶美人はどちら様ですか!美しすぎてヤバイな!」

「いらっしゃい、ツキくん。この人はロゼ。忙しいから少しお手伝いに来て貰ってるの」

「ロゼちゃん!オレ、ツキー!よろしくね」

「ええ。よろしく」

 

アルバイト3日目。お目当てのブラッキーがとうとう来た。

何やらロズレイドの周りでキャッキャッとハシャいでいるが、ブラッキーが店を出た後を尾行する為にバックヤードに戻りエプロンをゴミ箱に投げ捨てて服を着替える。

 

「兄貴、来たから消えるわ。まあ、ちまちまと花の世話でもして頑張れよ」

「なんかちょっと馬鹿にしてない?結構、儲かってるって言ってんだろ。花屋なめんな」

「あ、兄貴。あのブラッキーにGPS付けて来て」

「あーい」

 

いそいそと店内に出て、ブラッキーに近付く兄貴。

ツキくーん!手伝いに来てくれてありあがとうー!なんて言いながらブラッキーの肩に手を回して鎖骨辺りの服の襟にGPSが付けられた。

見た目は小さなくっつき虫。ただの雑草だし、まあ、構わねぇけど。可能ならうなじ側の方が良かったな。

上下、スポーツウェア。ランニング途中です、な恰好。メガネを掛けてフレームのスイッチを押せばサングラスに早変わり。

サングラスになったメガネのフレームのスイッチを押してGPSが作動している事を確認。

花屋の裏口から外に出て花屋周辺を軽くランニングする。

 

手伝いのロズレイドが居る為か人手が足りてると判断したのだろう。一時間程の滞在でブラッキーは花屋を出た。

サングラスに映るGPSの発信先が移動するのをランニングしながら追う。

ブラッキーを追って行けば、ポケモンセンター内に入って行く。ポケモンセンターなら後を追いやすい。そのまま後に続いてポケモンセンターに入った。

ブラッキーは受付を素通りして、ポケモンセンターに備え付きのソファの方へと向かう。

 

「こんにちは。回復ですか?」

「こんにちはー。いえ、ランニング途中でお手洗いをお借りしたくて…すみません」

「そうなんですね。お疲れ様です。どうぞお使い下さい。休憩もしていって下さいね」

「ありがとうございます」

 

受付のジョーイと会話を交わした後、ブラッキーの後を追う。

ソファで休憩でもするなら、俺も近くに座って休憩でもしようか。と思ったがブラッキーは真っ直ぐポケモンセンターに備え付きの姿見に向かっていき。鏡の中に入ってしまった。

おっとぉ…、これはやっかいなポケモンが関わってるぞぉ。

鏡に比較的近いソファに座り、鏡に背を向けた状態で考える。

深く溜息を吐いた。

こういう異常現象の時は大体、伝説のポケモンが絡んでるんだよなぁ。俺がブラッキーの後を追って鏡の中に入るのは不可能だろう。

さてさて、どうしたものか。と思っていれば、背後で人の気配。チラリと確認すれば、白衣を身に纏った男が鏡から出てきたようだ。

受付へ向かった男の動向を見守る。

 

「ジョーイさーん。ツバキ博士がポケモンセンター受け取りにした荷物届いてます?」

「あら、エイゴくん。荷物届いてるわよ。珍しいわね、ポケモンセンター受け取りにするなんて」

「なんかエンペラー先輩にバレたくない物らしいです」

「うふふ。中身がこわいわね」

「女性向けの大人の玩具だったらどうします?」

「あらー、なら是非、使用感を聞いてきてね」

「あー、ジョーイさんマジ強いわァ。退散しまーす」

「お疲れ様」

 

ヒラヒラと手を振ってジョーイと別れたエイゴという男。

白衣姿。ツバキ博士、エンペラー先輩。鏡を通り抜けられる人間……。

ツバキ研究所の研究員見習いという所だろう。

これは使えそうだ。

再び鏡の中へ入って行ったエイゴという男を見送ってから、俺は受付のジョーイさんにお礼を言ってポケモンセンターを出た。

 

花屋に戻って服を再び着替え、花に水やりをしていたロズレイドに声を掛ける。

 

「ロゼ、行くぞ」

「…ええ」

 

ロズレイドを連れて、ツバキ研究所へと向かう。

どうやらあの鏡は特定の場所に繋がるようになっているらしい。すでに研究所に居たエイゴという男を確認し、ロズレイドに指示を出す。

 

「ロゼ、あの男、上手く連れ出せ。ああいうイケメンは好きだろ?」

「全く好みじゃないわ」

 

フン、とそっぽを向いてからポケモンの姿に戻り、研究所へと入って行くロズレイド。

エイゴという男の前で慌てたように動き、外へと引っ張りだす事に成功したロズレイドはエイゴを連れて研究所から離れていく。その後を静かに追った。

 

「ロゼェ!」

「えー?マジなに?こっち?仲間でも怪我した感じ?」

 

ここ、ここ、と草の茂みを指し示すロズレイドに誘導されてエイゴは茂みを掻き分け覗き込んだ。

そのエイゴの背後からロズレイドはねむりごなをかける。

流石、俺のロズレイド。タマゴから孵った時から使えたねむりごなはいつだって万能だ。

ぼす、と草の茂みに埋まって眠った男を引っ張り上げて地面に横たわせる。

 

カバンから毎度お役立ちのメタモンマスクを取り出す。

このメタモンマスクは相手の顔に押し付ければその顔に変身する優れもの。顔全体をメタモンマスクで覆い被せて、エイゴの顔と髪型になったそれを被る。

エイゴから白衣を拝借して、ロズレイドにエイゴの見張りを頼んで研究所へ、エイゴとして戻った。

 

「ねえ、それ何買ったの…」

「なーいーしょー!」

 

何やらバチバチと喧嘩をしているツバキ博士と男。おそらくエンペラー先輩なんだろう。

その二人を無視して研究所内にあった鏡の前に立つ。

そっと、手を鏡に当てれば手はずぶ、と鏡に埋まった。

そのまま鏡を通り抜ければ、そこは天地が逆転した世界だった。

この様子から見て、ここはギラティナの支配する反転世界で間違いないだろう。

 

「あれ?エイゴ、お前まだ何か用だったのか?」

 

一般人より体格の大きい金髪の男に声を掛けられた。おそらく大型のポケモンだろう。もしかするとコイツがギラティナかもしれない。

 

「いやー、ツバキ博士に荷物届けたんだけどォ、もう一個あるとか言われちゃってー」

「ふーん」

 

もう一回行ってきまーす、とにこやかに言えば金髪の男は納得したらしく、頷いた。

まあ、どの道がポケモンセンターに行くかは知らないが、とりあえず、どう見ても人が住んでいるであろう家が見えるのでそこへ向かう。

玄関から入って、リビングを覗けば人の姿のブラッキーと水色の髪の男がソファに座って談笑中。

見渡す限り、タマゴは無い。

静かに2階へと上がれば、一室に洗濯物をたたんでいる途中の体格のいい男。白髪に赤と青のメッシュ…。ポケモンかなぁ?

でも、俺の勘が言っているコイツは絶対に良い奴。都合が良さそうだ、と。

 

「あれ?エイゴさん、どうしたんです?」

「なんかァ、ツバキ博士にタマゴがどうとか言われたんですけどォ、こっちにあります?」

「ああ!ヤマトさんとツキさんが持って帰って来たタマゴですね!シンヤが調べる為に部屋に持って行ってますよ」

「あ、マジ?シンヤさん、居る?」

「今はミロさんと出掛けてますよ」

「ツバキ博士にタマゴの写真撮って来てって言われたんで、シンヤさんが留守でも写真だけ撮って良い感じですかねェ?」

「でも、ツバキ博士がなんでタマゴの事を知ってるんですか?」

「あ、ヤマトさん、うち来たんで」

「そうなんですね!良いと思いますよ!」

「一人で部屋入るのアレなんで、一緒に来てくれる?」

「はい、良いですよ」

 

カバンからカメラを取り出して、ニコニコと笑う白髪メッシュの男の後を歩く。

コイツ、クッソちょろい。純粋系のポケモンなんだろうなぁ。

 

「エイゴさん、今日は大きな荷物持ってますね」

「だろォ?お遣いの物も入ってんのよ」

 

あはは、と白髪メッシュの男を談笑しつつ、シンヤの部屋へと到着。

ドアを開けてくれた白髪メッシュの男、「ありがとォー」と気だるげにお礼を言って部屋へと入る。

大きな本棚にびっしり本が詰まっている。シンヤは勤勉だなぁ。

机の上には孵卵器に入ったタマゴ。

任務内容と共に添付されていたタマゴの柄と間違いない。

パシャパシャ、とタマゴの写真を撮る。

 

「うーん…」

「どうしました?」

「孵卵器越しだと、ちょっとボヤける…。ちょっと出して良い?」

「あ、そうなんですね。大丈夫だと思います」

 

孵卵器の蓋を開けてタマゴを取り出す。

 

「持ってるから写真撮ってー」

「分かりましたー」

 

白髪メッシュの男は素直にカメラを受け取って写真を撮ろうとしてくれる。なんて良い子なんだ。

 

「あれ?押せない」

「ちょっとそれ古いから引っ掛かるんだよなァ、爪でカリカリしたら戻るから」

「分かりました」

 

うーん、と唸りながらカメラに夢中な白髪メッシュの男。

俺は静かにカバンから同じ柄に染色したタマゴを取り出して、入れ替えた。染色したタマゴは育て屋でパクッて来た普通のタマゴ。

 

「どう?」

「あ、押せそうです!」

「撮って撮ってー」

「はい!」

 

パシャパシャ、と数回撮影して貰い。俺は染色したタマゴを孵卵器に戻した。

 

「じゃあ、帰りまーす」

「はい、お疲れ様です」

 

ヒラヒラと手を振って普通に玄関から外に出た。

そして、ツバキ研究所へと戻る為に最初に通って来た場所に戻る。

 

「エイゴ、お前、ポケモンセンター行ってねぇじゃん。どうした?」

 

あ、通ったか通ってないのか分かるのか。

 

「あー、ポケモンセンター行こうと思ったんだけど、家の前でツキさんに会ってー、荷物代わりに受け取ってくれてたっぽい。いやァ、通りでさっき行った時、荷物一個だったわけだー」

「……ふーん。お前、ツキの事、ツキさんなんて呼んでたか?」

「え?そんなん気分よ」

「そういうもんなのか…」

 

まあ、いいや。と興味を無くしたらしい金髪の男を通り過ぎてツバキ研究所へと戻る。

あぶねぇあぶねぇ。呼び方とか一人称とか分からない事はやっぱり口に出すもんじゃねぇな。

研究所へと戻れば、エイゴが持ち帰った箱を引っ張り合いながらまだ言い争いを続けている、ツバキ博士とエンペラー先輩。

それを無視して研究所の外へと出る。

ロズレイドの待つ場所へ戻ればエイゴはまだ眠っていた。

 

「一回でも起きた?」

「いいえ、起きてないわ」

「オッケー」

 

メタモンマスクをベリベリと剥がしてカバンに突っ込む。

エイゴに白衣を着せて、メガネを掛ける。顔認識阻害モードに切り替え。眠るエイゴの肩を揺らした。

 

「大丈夫ですか!しっかりして下さい!」

「…んァ?」

 

眠たげに目を覚ましたエイゴが辺りを見渡す。

俺の横にはポケモンの姿のロズレイド。

 

「あれ?そのロズレイド、なんだったんだァ?」

「すみません。何のポケモンか確認出来なかったんですが、俺がしびれごなを食らって動けなくなっていたもので……。手持ちのロズレイドが助けを求めに行ったようなんです!ご迷惑をお掛けして申し訳ない!」

「あー、マジ?じゃあ、私もねむりごな食らったってこと?」

「恐らく、そうだと思います…」

 

私、ダセー…なんてブツブツ言いながら立ち上がったエイゴ。

 

「お怪我は無いですか?」

「ああ、大丈夫」

「ご迷惑をお掛けしました。お怪我が無いようでしたら失礼します」

「あー、はいはい。人の事言えねーけど、気を付けてな」

「ありがとうございました」

 

ペコペコとエイゴにお辞儀をしてからエイゴに背を向けて歩いていく。

顔認識阻害モードを解除。

そのままメガネを掛けたまま、タマゴをポケモンショップの袋に移し替えた。

 

人通りの多い道を歩き、目当ての青い作業服を着た清掃員に声を掛ける。

 

「ナマモノですが、回収して下さい」

「はい、分かりましたー」

 

清掃員はタマゴの入ったポケモンショップの袋をそっとゴミ箱の中に入れて運んで行く。

自販機の傍にあるベンチに座りタバコを一本咥えて火を点けた。

ぷかー、と煙を吐き出して、横に座った人の姿のロズレイドの肩を抱く。

 

「今日、外食でもする?」

「はぁ……、今日も捕まらなかった」

「お前、俺を牢屋にぶち込む事ばっかり考えやがって。頭の足りない兄貴と一緒にすんなよな」

「もう、こんな危険な事はやめましょうよ」

「やなこった」

 

携帯の電源を入れて、口座に入金されたのを確認して俺はにっこりと笑った。

 

「んー、上々。飯行こうぜ?」

「要らないわ。レシアの所に行って来る」

「なんだよ、可愛くねーの」

 

*

 

花屋にやって来たロズレイドを見て、ラフレシアは顔を顰めた。

ポロポロと涙を零すロズレイドをラフレシアは抱きしめる。

 

「泣かないで、ロゼ」

「辛いわ…、あの人は変わってくれない…」

「……」

「誰か、気付いて欲しい…。どんなに上手に化けたって、あの人はいつだってバラの香りがするって事に…」

「……」

「レシアが羨ましい……」

「……」

 

ラフレシアは更にぎゅっとロズレイドを抱きしめた。

タマゴから孵った頃、私達は優しい彼らに愛されていた。

ナゾノクサを愛で、スボミーを大切にし、穏やかな生活を送っていたのに。

 

私達の大好きなご主人様は二人共、悪の道へと向かった。

 

「愛してほしい…っ!」

「……、」

 

 

【 言えないこと 】

 

 

「お、タマゴからペロッパフが生まれた」

 

誰にも気付かれない。

それがお仕事。命がけのお仕事。

 

「は?私が写真撮ったァ?」

「撮ってましたよ、俺もお手伝いしたじゃないですか」

「はぁー?知らねェ」

「えー???」

 

*



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裏切りの花

設定:研究員


母は有能だと言われる博士で、父はその有能な博士の助手で。

将来有望確実、生まれながらに他の子供とは着眼点も違う天才的な少年だと言われ育った。

 

ただ、

 

大人になっていくにつれて気付く。

自分が天才などでは無く、ただの凡人なんだと。

ポケモンの生態を調べさせれば、自分よりも幼馴染達の方が得意だった。

世話をするのも強く育てるのだって、全て幼馴染達の方が上だ。

それは何故か?僕は考えた。

幼馴染達は人間とポケモンのハーフだからではないか。僕はそう考える。

父親は人間で、母親はユキメノコ。人の姿になるポケモン。世間には未だ公表されていないこの事実。

人間とポケモンのハーフは普通の人間より優れているのではないか、と。

非凡な才能。ポケモンの力を全く持っていないわけじゃない。

身近に父親がサーナイト、母親がジョーイ。その血筋故に彼女もジョーイとして働いているが、彼女の髪や目の色はサーナイトと同じ。

そして、ポケモンの言葉も分かるし、エスパーポケモンの血か、簡単なエスパー技を使用出来る。

ただ、この能力は他の者達から見ればただのサイキッカーだ。珍しい能力ではあるが、非凡な”人間”が持っている能力だと周りには認知されるだろう。

 

僕は考える。彼女は本当に”人間”なのかと。

 

幼馴染達は”人間”じゃないから、優秀なブリーダーにトレーナーになっているのではないだろうか……。僕はそう思う。

この現状で、母や父は何故、人の姿になれるポケモンを公表しないだろうか。

人間とポケモンのハーフが生まれた事自体がまさに世紀の大発見なのではないのか?

何故、人の姿になれるポケモンの存在を黙認せねばならないのか。

 

…何故、この世界の中心人物について研究しないのかも……。謎でならない……。

アルセウスと同じ姿を持つ彼の存在。

僕が生まれた頃から変わる事なく、永遠にその姿のままだという不老の存在。

何故、研究しない?何故、彼のもとに集う伝説を調べない?何故、彼は特別なのか。

 

納得が出来ない。

 

+

 

僕を置いて研究会に出掛けてしまった母と父。

僕をいい加減に研究会に参加させろ、と言っているのにあの二人は僕を研究会に参加させない。

まだ早い、と首を横に振る母親。

何が早い?勉強する事が早くて何が悪い?知りたいこの欲求を満たしたい。もっと、早く。

 

いや、そもそも、研究対象が身近に居るのに何故、解明しないのか。

 

ポケモンの生態研究会?そんなもの勝手にやってれば良い。

僕はもっと有意義な研究をしたい。

ミュウからミュウツーが創れたように、あの人から別のポケモンが創れるんじゃないの?アルセウスと同じ姿の彼を研究した方が早いんじゃないの?

 

なんで、駄目なの……?

 

考え込んでいた僕の背後からテーブルにマグカップが置かれた。

驚いて振り返れば、深紅の髪と目の男。綺麗な顔で僕に微笑みかける。

 

「何、難しい顔してんだよ」

「……、はぁ、びっくりさせないで」

「眉間に皺寄ってんぞー」

 

ニヤニヤと笑う男、シキ。

コイツはポケモンだ。母の手持ちだった色違いのミロカロスとメタモンの間にいつの間にか誕生したタマゴから生まれた。正真正銘のポケモン。

周りの環境からか、生まれた時から既に人の姿になれていたという特殊なポケモンでもある。

昔…、僕が小さい頃。

ポケモンだと知らなかった頃は、ただただブサイクな兄ちゃんだと思っていた。いつも小汚い恰好で、僕の面倒を見ると周りをウロチョロしていた。

買い物に行く時も小汚い恰好で僕の手を引いて歩くものだから、恥ずかしくてたまらなかったのを今でも覚えている。

ヒンバスから進化した今では、昔の面影など微塵も無い。綺麗でイケメンな男だ。

 

「なんだよ?オレの顔になんかついてる?」

「……、ぶさいくの面影が貼り付いてるよ」

「はぁー?」

 

こんなにイケメンなのに?と自分の頬をさすりながら窓ガラスに映る自分の顔を見るシキは毎回アホだと思う。このナルシスト野郎め。

そんなアホを眺めた後に、僕は提案してみる。

 

「研究したいからさぁ」

「うん?」

「シンヤさんのまつ毛とかむしって来てくれない?」

「むしるなよ。痛ぇだろ。やめてやれよ」

「ミュウのまつ毛からミュウツーが創れたなら、シンヤさんのまつ毛からもアルセウツーが創れるでしょ?」

「アルセウツー…!!」

 

僕は本気で言ってるのに、何が面白いのかゲラゲラと笑うシキ。その顔面殴って歪めてやろうか。

ひとしきり笑った後、シキがキリリと僕に視線をやった。

 

「シンヤさんを悪用するとママンとパパンに怒られるぜ?」

「だから、なに?研究会にも行かせてくれないクソ親なんて知らないね。僕は僕だけの有意義な研究をしたいんだよ。協力してよ」

「えー…、まあ、協力してと言われるとしないわけにはいかないけど、シンヤさんはなぁ…」

「僕とシンヤさん、どっちが好き?」

「ええええええ……!!!困るぅ……」

 

意外にも困られた。幼い頃から面倒見てるだけあって僕にもシンヤさんに負けないほど情があるらしい。

うーん、と悩んだ後にシキは頷いた。

 

「分かったよ。シンヤさんのまつ毛、むしりに行くか」

「早く行ってきて」

「え!?オレ一人で!?」

「だって、僕、怒られたくないもん」

「オレだけ怒られるの!?」

「当然でしょ」

「当然なの!?」

 

その後も一人で行きたくない、とごねるシキ。

仕方ないので僕が折れることにした。

シンヤさんなんて僕が生まれた瞬間から面倒見てくれてるんだから、まつ毛むしった所で怒りはしないだろう。それだけ、僕に情を持ってくれてるはず。

基本的に優しいし。

 

「よし、むしりに行こう」

「絶対にブチ切れられると思うけどなー」

「可愛い僕にそんなに怒ったりしないよ、多分」

「いや…まあ、うん…シンヤさんはな…」

 

 

+ + +

 

 

反転世界へとやって来て、庭でお茶会をしていたシンヤさんの前に立つ。

 

「まつ毛、頂戴!!!」

「……えぇ…」

 

手の平を出して言った僕にシンヤさんが情けない声を漏らした。

シンヤさんの向かいでマフィンをむさぼっていたギラティナが立ち上がりブチ切れてくる。

 

「ダリアァアア!!!変な事企んでんじゃねぇええ!!!」

 

やっぱり、ブチ切れたと、シキが溜息を吐く。

怒るのはこっちだったか。

 

「ミュウからミュウツーが創れたように、僕もシンヤさんからアルセウツーを創るから。頂戴」

「「アルセウツー…!!」」

 

シンヤさんの横でミュウツーがコーヒーを噴き出して、白い服を茶色に汚していたがどうでも良い。

 

「僕の研究に協力してよ」

「私のまつ毛から、アルセウツーとやらを創るのは無理だから諦めなさい…」

「でも、何かしらは創れるでしょ!?」

「無理に決まってんだろ!!」

 

馬鹿か!とギラティナに罵られる。

それをなだめるシキ。大きな溜息を吐いてからシキがシンヤさんに向かい合う。

 

「シンヤさん、ダリアは言ったらもう聞かねぇから、まつ毛の一本や二本、あげて?」

「えー…。まつ毛をわざわざ抜けと?髪の毛じゃダメなのか?」

「髪の毛でも良いよ!あと血液と唾液と精液もくれるなら、全部頂戴!!」

「お前ええええええええ!!!!」

 

飛び掛かって来たギラティナをシキが止める。

 

「……髪の毛だけで、良いか?」

「まあ、良いよ」

 

小さく溜息を吐いた後、シンヤさんはぷつぷつと髪の毛を3本ほど抜いてくれた。

それを受け取ってハンカチに包みポケットにしまう。

 

「これで、新しいポケモンを創れる」

「うん、無理だけどな」

 

呆れたようにシンヤさんに言われたが、僕は納得しない。

怒るギラティナに中指を立ててやれば、ギラティナは更に怒って暴れていたが、シキが頑張って抑えていた。

 

「じゃあ、帰る」

「お茶でも飲んでいけばどうだ?」

「また今度ね」

「ギラティナさん、マジでごめんなー…」

「お前ら二度と来るな!!」

 

ギラティナの怒声を背に、僕達は研究所へと戻った。

 

+

 

そして、数時間。

僕はシンヤさんの髪の毛を調べ尽くしたが、ただの普通の人間の髪の毛だった。

 

「……どういうことなの」

「いや、最初から分かってたろ?」

「分かってないよ!なんで!?普通の人間なわけないでしょ!?」

「ディアルガさんに時を止められてるだけで、普通の人間だって……」

「普通の人間は時を止められて半永久的に生きるなんて出来ないから!!!」

 

はぁ、すぐ怒る。とシキに目の前で大きな溜息を吐かれた。

納得がいかない!ムカツク!机の上に並べてあった物を全て両手で机の下に流し落とす。

盛大に響く音にシキが顔を歪めた。

 

「もぉぉ…、ダリア…」

「納得いかない!!!」

 

ダンダンと強く机を叩いた所で母親が部屋へと入って来た。走って入って来た所を見る限り、音にびっくりして来たんだろう。

部屋に入って来るなり、怒りの表情へと変わる。

 

「オオイ!!何やってんの!?なんで、こんなにしたの!?物にあたるの止めなさいっていつも言ってるでしょ!?」

「誰かさんが研究会に連れて行ってくれないから!!」

「そうやってすぐムキになるアンタにはまだ早いって言ってんでしょ!こんなに散らかして!片付けなさい!!もう子供じゃないんだから!」

「怒らせてるのはそっちでしょ!」

「こっちのセリフじゃボケェ!!」

 

片付けなさい!と怒る母親にシキが頭を下げて謝りつつ、床に落ちた本を拾っていく。

それを無視して、シンヤさんのDNAの結果を母親に突き付ける。

 

「ねえ!なんでシンヤさん、普通の人間の結果しか出ないの!?」

「は?……はぁ!?なんでDNA調べてんの!?」

「髪の毛貰って来た」

「何やっとんじゃ!!やめんか!!!」

 

僕からDNAの結果の書かれた紙をひったくった母親はその紙をびりびりに細かくちぎって投げ捨てた。

 

「シンヤさんを調べるのはダメって言ってるでしょ!?なんで言うこと聞けないの!!」

「なんでダメなの!」

「なんでもクソも無いわ!!シンヤさんの気持ちを考えなさい!あの人は普通じゃなくても普通の人なの!普通の人を研究対象にして良いわけないでしょ!?」

「普通じゃないんだから、調べたって良いはずでしょ」

「普通なの!普通の人間なの!」

「普通じゃない!」

「普通じゃないけど、普通なの!」

 

何が普通!?何処か普通!!

 

「なんで調べちゃいけない事ばっかりなの!?ポケモンが人の姿になれるのは何で公表しちゃいけないの!?なんでポケモンと人間のハーフを調べちゃいけないの!?」

「常識的に考えなさいよ…。空気読めない子だな、ほんとに…」

 

育て方間違ったわ、と母親に大きな溜息を吐かれた。

ああ、ムカツク。常識的に考えても研究しない方がおかしいんじゃないの?僕のこの好奇心が間違ってるとでも?

 

「もういい、出てく」

「はー?家出?はいはい、勝手にしなさいよ」

「二度と戻らないから!」

「シンヤさんを調べるのはダメだからね!」

「うるさい!」

 

自室に戻り荷物をかき集めて研究所を出ればシキに慌てて止められた。

 

「ダリア!待てって!」

「もう出てく。考え方が根本的に違う、僕は僕なりの研究をする」

「落ち着けって、な?お前はムキになり過ぎなんだよ。冷静になろうぜ?」

「僕が間違ってるって言うの?」

「…うーん、間違ってるっていうか…、別にそこに触れなくて良いじゃん?って所をな…調べようとするからさ…」

「なんで触れないの」

「なんでって…!それは…、ほら、シンヤさんでもさ、人の姿になれるポケモンとか、ハーフのダイナとかもさ!研究対象にして調べるって、なんていうか失礼っていうか、気が引ける感じしない?」

「しないね」

「えー……、いや、オレは別に調べてもらっても良いけど、ダイナとかはさぁ、普通の人間として暮らしてるわけだし、な?」

「普通じゃない方が良いと思うけど」

「えー……」

「普通じゃない方が良いよ!だって、僕はこんなに普通なのに!羨ましすぎる!!生まれながらに特別なのになんで公表しないのか理解出来ないね!」

 

僕の言葉にシキは驚いた顔をした後、黙り込んだ。

もうこれ以上、話をしたって無駄だろう。僕は、普通じゃない、研究員になりたいんだよ。

研究所を背に歩き出した僕をシキは追いかけて来たけど、僕は何を言ったってもう帰らないから!

 

+

 

「…え?ダリアが悪の組織の研究員になった?」

 

育て屋に掛かって来た電話の画面の向こうで困った顔をするシキを見てダイナは眉を顰める。

 

「それで?何の目的で?…はぁ?普通じゃない研究者に?…はぁ、自分が普通過ぎるから?…はぁ…?」

 

あたふたと説明するシキを画面越しに見つめて、ダイナは何度目か分からない溜息を吐いた。

 

「いや、そもそも、アイツの何処が普通なの?」

 

首を横に振り、分からないー!と悲鳴を上げるシキにダイナはまた溜息を吐いた。

 

「もう、ダリアの事は見捨てて帰って来ればいいじゃん。ほっとけよ。……はぁ…、ああ、うん…、いや、…うん、まあ、じゃあ、好きにすれば?うん」

 

あのおバカな所が可愛くて愛してるんだもん!と泣き喚くシキにダイナはうんうんと頷いた後にニコリと笑った。

 

 

 

『裏切りの花』

 

 

 

「付き合ってらんねー、仕事忙しいから切るわ!正月くらいは帰って来いって伝えといて!じゃ!」

 

 

.



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私達はみんな、主人公だった

設定:新聞配達員


最近はもう新聞を読んでる人は少ない。

ネットニュースが定番化されて、ゴミになるものと新聞は人々の手元から離れつつあった。

もっと年数が経てば、無くなってしまうかもしれない。

本だって、スマホロトムひとつで様々な物が読めるものだから本屋も少なくなって来た。

でも、まだ今じゃない。

インターネットの中で、初期化すれば跡形も無く消えてしまうものとは違う。手元に永遠に残り続ける財産だと、わたしは思っている。

紙の厚み、インクの香り、たまに指先を切りながらも束ねた新聞を、一部だけ引き抜いた。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 

頬にインクを付けた若者が白い歯を見せて笑った。

 

「今日で、定年でしたよね」

「ああ、長い事勤めたが…今日でこの小さな店ともお別れだ」

「……おれも就職したものの、おれが定年するまでこの新聞屋残ってるんスかねぇー」

「ははは、まだまだ新聞は消えんよ」

「だと良いんですけどー」

 

お互いに苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。

ニッと白い歯を見せた若者が深く頭を下げてくれる。

 

「お疲れ様でした!」

「ありがとう」

 

新聞を束ねていた数人の仲間達が若者と同じように頭を下げてくれる。

みんなに頭を下げて、わたしは店を出た。

振り返り、店の佇まいをまじまじと眺める。

就職した10代の頃から変わらないボロボロっぷり。

ここはずっとボロボロだ。そしてこれからもボロボロだろう。

新聞を抱えてキノガッサと一緒に走ってたあの頃が懐かしい。今でも早朝のこの空気は変わらない、隣にはいつでもキノガッサが居てくれてる気がする……。

 

仲間達に手を振ってから、新聞を一部だけ握りしめて走る。

毎日、走って、走って、走り続けたコースだ。キノガッサは先にいってしまったが、わたしもその内、追い付くだろう。

息を切らし、ポケモンセンターへと着いた。

今日でこのコースともお別れだ。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

ジョーイさんに挨拶をして、わたしは姿見の前に立つ。

ああ……、わたしも大分、年を取ったものだ。隣に立ったジョーイさんが微笑む。

 

「今日で、定年でしたよね。お疲れ様です」

「ああ、今日で最後だ」

「……」

「息子達には最後まで言えなかったよ」

「……そうですか」

「言おうとは何度も思ったんだけどね。新聞屋はやはり儲からないから、継いでほしいとは、ね……。なかなか難しかった」

「……」

「父さんは残念がるだろうな……。わたしが不甲斐なくて」

「…そんなことないですよ」

 

思わず目から涙がこぼれそうになった。

新聞を握りしめた右腕の袖で涙を拭う。

ジョーイさんがわたしの肩をそっと撫でてくれた。

 

「ずっと、届けてあげたかったんだ」

「……」

「新聞くらいね」

「……」

「父さんもきっと望んでただろうけど、わたしが言えなかったばっかりに……」

 

姿見に映る自分の顔が、くしゃくしゃの皺だらけの顔が更にくしゃくしゃになった。

 

「申し訳ない…っ」

「そんなことないです、そんなことないですから」

 

背中をさすってくれたジョーイさんにお礼を言う。

 

「最後の仕事でちゃんと謝ってくるよ!」

「謝らなくたって良いんですよ」

「いやいや、謝りたい」

 

困り顔のジョーイさんに苦笑いを返してから、わたしは姿見に足を踏み出した。

毎日、通った世界だ。

この新聞を届けたら、明日からはもうこの世界に新聞を届けに来る者はいなくなる。

毎日歩いた道を進み、毎日ノックした扉をノックして開けた。

 

変わらない玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いて、リビングへの扉を開けた。

 

「おはよう」

「……おはよう、おじさん」

 

ソファに座っていたおじさんがずっと変わらない姿で微笑んでくれていた。

新聞を握りしめたまま、おじさんの傍に近づいて、抱きしめる。

 

「おじさん、ごめんなさい。今日で、最後なんだ」

「知ってるよ、長い間ありがとうな」

「おじさんのこと、言えなかったんだ」

「ああ、構わないよ」

「ずっと届けるって約束したのに…」

「ずっと届けてくれただろ?」

「もっと、ずっとのつもりだった……」

「気持ちだけで十分だ」

 

変わらずに優しいおじさん。

コーヒーと読書が好き。新聞も毎日欠かさずに読んでいる。

インターネットはあまり得意じゃない。手元にずっと残る本が、新聞が大好きだから。

ずっとずっと、わたしが届けてあげたかった。

 

兄さん達がポケモンブリーダーにポケモントレーナーになっていく中で、わたしはおじさんに新聞を届けることを選んだ。

選んだ時は勿論、結婚して子供が出来たら、子供にも新聞配達をしてもらって、孫にも新聞配達をしてほしかった。

現実はそう甘くはなかった……。

 

「ごめんなさい…」

「今までありがとう。ヨハン」

「おじさん…!ごめんなさい!」

 

よしよし、と頭を撫でてくれるおじさんにわたしは何度も何度も謝った。

本当に、ずっとずっと届けたかったんだ。

妻にも息子達にも言えなかった、わたしの大馬鹿者め……。

 

+

 

良いか、お前達。よーく聞け?

お父さんの兄ちゃんはな?お前達のおじさん!おじさんはな、年を取らないんだ。

ずっとこの姿のままなんだ。

ヨハン。お前はまだ小さいから分からないだろうけどな。大事な事なんだ、よだれを拭いてこっちをちゃんと見なさい。そう!

おじさんはこのままおじいちゃんになる事なく、ずーっとこのままなんだ。

ちょっと特別な存在なんだよ。ちょっとだけな。

だから、お前達がおじいちゃんおばあちゃんになっても忘れずに、変わらずにおじさんを大事に思っていてほしい。

おじさんの事好きだろ?な?

大人になっていけば分かる。お前達がどんな大人になってくれるのか父さんは楽しみにしてる。

どんな大人になるのも自由だ。父さんはお前達に好きな事をして生きてほしい。悪いやつになっても怒らない!良い!

でも、約束。おじさんの事はずっと大好きでいて、守り続けること。

 

これだけは、絶対に約束だ。

 

お前達、将来の目標を挙手で言ってみろ!はい!一番目はダイナ!

 

「はーい、おれはシンヤ兄ちゃん大好きなのでー!ずっと一緒に居まーす!永遠にくっついてまーす!目標は特に決まってないけど、くっついてる!」

 

「わたしは~、可愛く生まれたし、目立つことやりたいな~って思ってる!」

 

「おれは…、なんだろ…。とりあえずトレーナーになりたいかなぁ…」

 

「キサラは、まだギラティナのお嫁さん狙ってる!」

 

「わたしはスイお兄ちゃんと一緒でトレーナーになりたいかなー!」

 

お前ら…、オレの子って感じだな…。

もうちょっと頭良く生まれてほしかったぜ…!!特にキサラはそろそろ諦めろ。

 

「わたし!わたし!」

 

お?ヨハン。お前もなんかあるのか?

 

「おじさんのよろこぶことするー!」

 

おおおおー!!ヨハンー!!お前が一番賢いぞー!!母親似だなー!!

 

+

 

そうあの日、父さんと約束した。

兄さん達と笑いあい、自分が一番、おじさんの役に立ってみせると、あの日、確かに思ったんだ。

だから、兄さん達がポケモンブリーダーにポケモントレーナーになっていく中で、わたしはおじさんに新聞を届けることを選んだ。

 

大好きなおじさんに、大好きな新聞をずっと読んでいてほしかったんだ。

 

 

『私達はみんな、主人公だった』

 

 

新聞の需要が薄れていくにつれて思ってしまった。

この仕事では食べていけないと、子供達にはもっと良い仕事に就いて欲しいと。

父さんのようには言えなかった。良い仕事に就いて、良い大人になりなさい、と、わたしは子供達に言ってしまったのだ。

手元に永遠に残り続ける財産だと、わたしが一番思い、言い聞かせていたのに、一番信用してないのも、わたしだった。

 

もっと年数が経てば、無くなってしまうかもしれない。

そう、最後まで、おじさんの存在を信用してなかったのもわたしだった。

 

だって、本当に変わらないなんて、信じられなかったんだ……。

 

ごめんなさい。おじさん。

ごめんなさい。父さん……。

 

約束を守れなくて、ごめんなさい……。

 

.



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