ありふれない怨霊こそ世界最愛 (白紙)
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0章.日常
1.夢


ありふれ世界に乙骨君オマージュオリ主と里香ちゃんオマージュオリ主をぶっ込んで幸せにしたいだけです。


○月○日

 

 日記を自主的につけるなんてマメな事は今の今までしなかったので、書き始めにとても迷う。下手したら小学生の夏休みの宿題以来ではないだろうか。■■ちゃんと一緒に宿題をやったのを思い出す。■■ちゃんと一緒ならなんでも楽しかったなー。

 

 ・・・駄目だ、いきなり脱線しかけた。早いうちにこの日記を付け始めた理由でも書いとこう。まず、昨日の夜に見た夢のおかげで、俺の人生における目標だとか、初心なんかをあらためて見つめ直すことが出来たから、その想いを忘れずにいつまでも覚えておけるように、と言うのが一つ。もう一つが、日々の記録をつける事で■■ちゃんの呪いを解く鍵を見つけられるかもしれないから。日記を付けてる最中でもいいし、後から見返した時でもいい。当時気づかなかったなんでもないような事から、もしかしたらヒントが見つかるかもしれない。夢から覚めた時に、どんな小さな事でもやれる事はやっておくべきだと思ったからだ。

 

 夢如きで大袈裟である、と普通は思うかもしれないし、それもまたまっとうな意見であると思う。が、俺と言う人間は夢を殆ど見ないのだ。寝つきはいい方で布団に入れば朝までグッスリだし、『呪術師』として妖怪やら呪いやら悪霊やらをしばき倒す曰く付きのバイトを日々こなしていても、それらにまつわる悪夢なんてものをついぞ見たことはなかった。夢を見たこと自体を忘れている可能性はもちろん有るけれども、まあ、どちらにせよ、そういう繊細さなんかとは無縁の体質なんだろう。自分の事ながら図太いとは思う。

 

 そんな自覚があるので、今回のように夢を見た上に、すぐさま「あ、これ夢だ」と意識することが出来たのはとても珍しい事だった。と言うか覚えている限りでは初めてだった。そして意識することが出来たその理由にもすぐ様思い立った。ーーーそれこそが、俺が日記を書くに至った最大の理由。何故なら、見ていた夢は俺にとっては掛け替えのない、初恋の記憶だったから。

 

 

 

 夢の中で最初に見たのは、初めて■■ちゃんに出会った時の記憶。父方の爺さんの見舞いに来ていた俺が暇潰しで持っていた本と、検査入院かなんかで病院にいた■■ちゃんが持っていた本が同じだったのが交流のきっかけだった。あの時に初めて一目惚れと言うものを言葉ではなく心で理解できたんだった。日記を書いている今、しみじみと若いーーを通り越して幼いーー自分の初恋のことを思い返す。そう言えば本を読む様になったのもあの時の出会いがキッカケだった。その時からずっと読書が趣味になっている辺り、我ながら単純である。

 

 だがしかしマジでよくやったなあの時の俺。暇潰しにとあの本を選んだお前の直感と判断は、今まで生きてきた約17年という短くも充実した我が半生だけでなく、これから生きていくであろう50年以上もの人生の中で最も称賛されるべきものであると断言できる。少なくとも3本の指には間違いなく入っているだろう。

 

 夢の中で、病院内で楽しそうに話していた■■ちゃんとの記憶を見ていると、突如テレビの早送りの様に思い出が流れていき、しばらくすると別の場面で再生が始まった。今度の記憶は退院した■■ちゃんが俺と同じ学校に編入して来た所。夏休み明けで、俺がボンヤリと教員の話を聞いていた所に、名前を呼ばれた■■ちゃんが転校生として教室に入ってきた所だった。■■ちゃんは、黒板に綺麗な漢字で自分の名前を書くと、教員に促され自己紹介を始めた。愕然と目を見開く俺に対し、■■ちゃんがクスクスと上品に笑っていたのが印象的だった。

 

 ・・・書いてて思ったけど、この感じだと俺がいるってわかってて編入黙ってたんじゃねーのか■■ちゃん。こうして日記を書くまで気づかなかった俺もアホだが。

 

 ■■ちゃんの自己紹介が終わると、また不意に記憶が早送りされていった。どうやら過去から現在に向けて、俺にとって印象的な部分を切り取った記憶を、ダイジェスト風に見せられるらしい。夢を見ている間は便利だなーとしか思っていなかったが、日記を書いている今改めて考えてみると、なんか走馬灯を彷彿とさせる様にも見えるため微妙に不安を煽る。

・・・日記書くの早まったかな?

 

 その後も色々と、懐かしい記憶の数々を見せ付けられた。学校内外で■■ちゃんと遊び倒した記憶やら、放課後一緒に帰りそのまま俺の家で遊んだ記憶、学校行事かなんかの遠足で■■ちゃんと同じ班で遊んだ記憶、長期休暇で■■ちゃんが俺の家に泊まり込んで遊んだ記憶ーーーって■■ちゃんと遊んでばかりの記憶しかない。ほかに友達はいなかったんだろうか、俺の少年時代は。いや違うか。コレ一目惚れした相手と遊べて舞い上がってたから印象に残っているだけだな。じゃあしゃあないな、俺だもの。というか書いてて思ったが、これ俺の思い出っていうか、■■ちゃんとの思い出じゃん。やはり出来事を日記に書いて見直すというのは効果有りの様だ。今後も続けよう。

 

 そういえば、睡眠時に見る夢は過去の記憶の整理をするための物だと言う説があるとか。とすると俺の少年時代の印象的な記憶殆どが■■ちゃんとの思い出と言う事か。マジかよ最高じゃん。よくやった俺の夢、俺の記憶。こんな夢なら毎日見たいなー。

 

 

 

 そんなこんなで夢の中で思い出(一緒に勉強会した記憶とか、■■ちゃんに『社は私がいないとダメね』とよく言われてた記憶もあった)に浸っていると、■■ちゃんが真剣な顔で俺の方を向いている場面にたどり着く。

 

 この記憶こそが、俺の人生の中で最も罪深く、しかしそれ以上に最も幸せな思い出だろう。場所は多分、近所の公園。俺と■■ちゃんはそこで2人で遊んでいたんだろう。記憶の中の■■ちゃんは、俺に向かって『大事なお願い』があると言うと、微笑みながら俺に婚約指輪を渡し、大きくなったら俺と結婚しようと逆プロポーズかましていた。■■ちゃんってば天使かな。いや女神かな?

 

 

 そして肝心の俺はと言うとーーー作った砂山にトンネル作るため、腕突っ込んだまま目を見開いて固まってた。

 

 

 これに関しては何一つ言い訳ができない。日記を書いている今でさえ苛立ちがハンパない。主に俺の間抜けさと真剣味の無さに。真面目なお願いって言ってたんだから真面目な姿勢で聞きなさいよ俺。初恋の子からの逆プロポーズだからね?もし夢の中で声を出せていたのならば、きっと脳味噌を絞り出し、記憶にある限りの凡ゆる罵倒と皮肉を人生最大の声量で吐き出していただろう。夢の中で良かった。まあ、その後記憶の中の俺は満面の笑みでOKを出していて、それを聞いた■■ちゃんも見たことないくらいの満面の笑みで喜んでくれていたので、■■ちゃんの笑顔に免じてその醜態は見逃してやろう。我ながら掌返しが早すぎるとも思うが、夢の中とはいえ、今でも心から愛している人の満面の笑みを見ることが出来たのだからしょうがない、とここに自己弁護をする。

 

 夢の中の2人はそのまま、大人になったらどうしようか、2人だけで遠くの街に旅行に行こう等、未だ見ぬ未来について、微笑ましく話し合っている。

 

 そしてーーー

「ずっとずっといっしょにいようね」

喜びで有頂天になった俺は、■■ちゃんに対して無邪気な笑顔で返しーーー

 

 その返しに目を見開いて驚いた■■ちゃんの方も『ずっとずっといっしょにいようね』と俺に対して誓っていた。

 

 そこで記憶の再生が終わり、早送りが再び始まる。次が最後だった。早送りはすぐに止まった。何せ数日後の事だからだ。

 

 早送りが終わると、記憶の再生が始まる。が、今までは僅かに色褪せながらもハッキリした輪郭のある記憶だったのに対し、今回の記憶にはノイズと雑音が混じる、不鮮明な映像のまま再生がなされていた。

 

 日記を書いてる俺自身、その日の記憶はあまり覚えてない。何よりも目の前で起こった事故が頭から離れなかったから。

 

 再生された記憶にあるのは、鳴り響いたクラクションの音。周りの人間の悲鳴。彼女を轢き、壁にぶつかって中身ごと潰れた車。そして。

 

 俺の目の前で轢かれて、頭を潰された■■ちゃん。

 

 何が起きたか分からず、呆然とたたずむ記憶の俺はーーー

 

『だいじなおねがいがあるの』

 

数日前の結婚の約束を思い出し、

 

「ずっとずっといっしょだよ」

 

俺の口から出た誓いの言葉を思い出し、

 

『ずっとずっといっしょだよ』

 

『ズットズットイッショダヨ』

 

 記憶の中の■■ちゃんの誓いと、目の前の、頭の無い■■ちゃんの体から出たナニカの言葉が重なった。

 

 

 

 

 

 以上が俺の見た夢の内容全てである。・・・なんか日記っぽくないけど書き方はこれで良いのだろうか。まあ誰にも見せないし良いか。

 

 

 

 

 

 

 ーーーこれは、俺が『呪い』を解くまでのお話。あるいは、俺が■■ちゃんを再び真に■■せる様になるまでのお話。



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2.友人たちの話①

しばらくは主人公とその周りの人間のお話です。


○月△日

 

 2日目にして早くも書くことが無い。いや、前日の夢の内容が濃すぎるのも問題なんだろうけど。今どきの高校生であり、一応ながら優等生という認識をされている俺は、必然的に1日の大半の時間を学校で過ごす訳だし、帰ってからも一人暮らしだから家族と何か出来るわけでも無い。『呪霊』やらをしばき倒すバイトも実入りは良好だが頻度は少ないし、今のところ読みたい本や欲しいゲームも無い。そのため今現在も日記に書く内容をうんうん唸りながらひねり出そうとしているところである。・・・俺の青春は大丈夫なのか、色々な意味で。

 

 

 

○月▷日

 

 日記に書くネタがなく、このままでは三日坊主以下と言う屈辱的な謗りを受ける他ない俺だったが、ふと「書くのは別に自分の事じゃ無くてもいいんじゃね?」と思いついた。なるほどそれならばと俺の周りの人間関係について考えたが、あらためて自分の交友関係の狭さに気づく。とりわけ友人と呼べるのはたった4人だけであり、その内3人が呪術関連のゴタゴタでできた友人と言うオチ。やだ、俺の友人少なすぎ・・・?

 

 無い物ねだりをしていても仕方ない。幸いにもこの4人は、付き合いがあまり宜しくない俺に対しても優しく、或いは遠慮なく接してくれる掛け替えのない友人なのだ。友人関係とは必ずしも質より量ではないとも思うので、無い物を求めるのではなく、今、俺の周りにある物を大切にしていきたい。

 

 尚、相変わらず自分の事で書くネタを見つけられなかったという事実に関しては目をそらす事にする。大切なのは俺の事じゃなくて友人4人の事だからね、仕方ないね。

 

 

 

○月▽日

 

 俺は悟った。毎日書こうとするからネタが無いのだ。何か印象的な事があった時だけ日記を書けばいいのだと。文字通りの日記では無くなるが、背に腹は変えられない。という訳で、これからは無理しないペースで日記を書いていきたいと思いまーす。・・・何かこのまま書かなくなるフラグに思えてきた。

 

 

 

○月◁日

 

 苦肉の策としてネタ探しのために、友人2人に日記を書いていることを暴露すると、その中の1人に「これって婚約者(フィアンセ)さんに見せるために書いてるの?」と、聞いてきた奴がいた。

 

 この友人2人というのは以前日記に書いた通り、呪術関連のゴタゴタで知り合った3人の内の2人なんだが、その全員が■■ちゃんが俺に取り憑いているのを知っている。全てでは無いにしろ、彼らには俺側の事情を話してはいるんだが、それでも変わる事なく俺と友人になり、今まで交友を続けてくれる辺りは感謝してもしきれない。高校の友人は一生の友人と聞くし、これからも末永い交友を願いたいものである。

 

 しかしながら、■■ちゃんに見せるため、という発想はまるで無かった。日記とは自分で記し、自分で見るものであると言う固定観念があったため、人に見せるという考えはまるで無かったな。いわゆる交換日記というものになるのだろうか。俺側からの一方通行だけど。これぞまさしく晴天の霹靂と言うやつだろう。■■ちゃんに見せるため、と考えるのであれば、日記を書く手にも熱が入ると言うものだろう。よく言ってくれた友よ。

 

 ・・・それはそれとして2人して呆れたような目でこっちを見ていたことは気になったが。

 

 

 

○月▲日

 

 ■■ちゃんに見せるため、という理由も加わった今、単に日々の出来事を日記に綴っていくだけというのは味気ない気がした。そこで、並行して俺の周りの人間についても記していこうと思う。彼ら彼女らには無断で書くことになるが、まぁ変な事や恥ずかしい事は書かないし、現状■■ちゃん以外に見せる予定ないしヘーキヘーキ。

 

 という訳で、明日からさっそく書いていこうと思う。栄えある最初の犠牲者紹介者は、わが親愛なる友人1号、南雲(なぐも)ハジメ、君に決めたゼ☆。因みに選定基準はとっても簡単、以前「これって婚約者(フィアンセ)さんに見せるために書いてるの?」と言ってくれたのが彼だったからだ。君が俺にもたらしてくれた発想については心から感謝しているよ、だが俺は悪びれない。言い出しっぺとは往々にして先陣を切るために人柱になるものだと相場が決まっている。残念ながら、■■ちゃんを楽しませるための生贄になってくれたまえよフハハハハ。

 

 

 

○月▶︎日

 

 この前日記で書いた通り、今回は俺の友人である南雲ハジメを、俺の独断と偏見で紹介したいと思う。お前さんがこの日記を見る事はないだろうが、なんか間違った事書いてたら済まんなハジメ。

 

 

 

 ーーー南雲ハジメ。俺と同じ高校に通うクラスメイトであり、4人いる友人の1人であり、俺が『呪術師』である事やその理由を知っている1人でもある。性格は温厚そのもの、人畜無害であるとは本人の弁。しかしながら人をよく見る目を持っており、友達4人の中では一番冷静なのかもしれん。

 

 それとハジメを語るのに欠かせないのが、重度のサブカル好き、所謂オタクである事だろう。なんせ父親が超一流のゲームクリエイター、母親が大人気少女漫画家であり、その教えと薫陶を愛情と共にたんまり注がれたのだからそりゃああもなるだろうな。かくいう俺も、ハジメのその知識を活かしてもらい、幾つかおススメの本を見繕ってもらった事もあるが、例外なく俺好みのモノばかりだったのでとても感心した記憶がある。今では両親の仕事すら手伝っており、その実力も一線級とか。挙句の果てには、白崎香織(しらさきかおり)という美人のクラスメイトに懸想されているという事実。なんなんだアイツは、最近流行りのラノベ主人公か。最もハジメ本人は、白崎の猛アタックに若干辟易しているようで、俺や俺と共通の友人に対して真剣に相談もしているため、俺たちの中では普通に同情されている。

 

 実の所、ハジメとの出会いは友人4人の中では最も遅いものであり、付き合いの長さで言えば3年も無い。しかしながら、そんな時間の長さなんて物は気にならない程には、俺はハジメの人格も性格も友人として心から信頼しているし、出来る限りハジメの力になってやりたいとも思っている。

 

 これに関しては今となっては笑い話にしかならないんだが、ーーー何せ勘違いとは言え、初対面にも関わらず俺を庇うために、怨霊となった■■ちゃんに立ち向かったのだから、そりゃ信用も信頼もするってモノだ。

 

 

 

 

 

追記.何か見直したら凄い恥ずかしい事書いてないだろうか。これハジメ本人に見られたら悶死しないかな、俺?まあ、見せなければ良い話か。




後でガッツリ見られます。


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3.友人たちの話②-ハジメ視点①-

「最近さー、日記を書き始めたんだよ」

 

 高校の昼休み。人気のない空き教室で2人の友人達と昼食をとりながらノンビリしゃべっていた最中。ふと思い出したかのように、僕の向かい側に座っていた(やしろ)君がポロリとそんなことをこぼした。気になったので聞いてみると、どうやら婚約者(フィアンセ)さんの夢を見たらしく、そのことについて纏めるとともに、日常を記録して、そこから少しでも解呪のヒントが拾えればいいなぁ、ということらしい。

 

 ーーー宮守(みやもり)(やしろ)君。僕こと南雲ハジメの数少ない友達の一人であり、()()()()()事情を抱えている人物でもある。彼との出会いは約2年前。中学2年生の夏、深夜の公園で血まみれになっていた彼を、僕が見つけたのが始まりだった。

 

 あの日、どうしても店舗限定品付きのゲームが欲しかった僕は、対象となる店舗を幾つも回っていた。自分の中に存在する、サブカルに対する溢れんばかりの情熱と(ほとばし)る物欲を行動力に変換し、諦めることなく電車を乗り継いでまで探し回った結果、なんとかお目当てのブツを手に入れることができたものの、そのころにはどっぷりと日が暮れてしまっていた。

 

 ある種当然ともいえるその代償に対して焦った僕は、両親に弁解の電話を入れると(遅くなった理由に対して、納得と「気をつけて帰ってこい」の声だけで許してくれるあたり、理解ある良い両親を持ったなと我ながら思う)、両親を心配させないため、そしてあわよくば帰ってからのゲーム時間確保のために帰路についた。

 

 幸いにして、終電までにはある程度時間の余裕があり、現在地から駅までの道のりは頭の中に入っていたので迷うことは無かった。無かったのだけれど、丸々1日使って、諦めかけていた目当てのものを手に入れた喜びは、僕の中で予想以上に大きくなっていた。膨れ上がった喜びは、僕を一刻も早く家に帰らせるために、頭の中の地図を無責任に信じ切り、その感情(よくぼう)にあっけなく負けた僕は、馴染みのない街中での近道(ショートカット)を決意した。

 

 自らの感情に従うまま、僕は1つ目の横道をさっさと抜け去り、2つ目の一方通行の道を早歩きで通り、3つ目の寂れた小さな公園の中を走り去ろうと足を踏み入れ、そしてーーー血濡れで佇む社君を見つけたのだった。

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時ーーーにはまだ早いが、帰宅のために公園を通って近道(ショートカット)していたハジメの眼に飛び込んできたのは、全身血濡れで佇む少年の姿だった。

 

(・・・いやいやいや、確かに全身真っ赤に染まっている様に見えるけど、だからと言って血だと決まったわけじゃーーー)

 

 と思考した直後、夏特有の生ぬるい風に乗った血腥(ちなまぐさ)い臭いがハジメの嗅覚を襲う。今まで嗅いだことはないが、独特の鉄臭さとも言うべき臭いは、ハジメにとって()()が血液の臭いであると確信させるに足るものであった。というか血液でなかったとしても、客観的に見て【悪臭を放つ真っ赤な液体まみれの少年】がいるという事実は変わらないため、どちらにせよ完全に通報案件ではある。

 

 その悪臭の原因となっているであろう少年の背丈はハジメよりも頭一つ分高いくらいで、体格はがっしりとまではいかなくとも引き締まっており、何か運動でもして鍛えているかのように見えた。服装は、血濡れで分かりずらかったが、半袖Yシャツに、おそらくは黒色であっただろうスラックスを履いていたため、もしかするとハジメと同じような、下手すると同年代の学生かもしれない。

 

 少年は先ほどからハジメがいるのとは別の方向ーーーハジメには子供たちが遊ぶための砂場しか見えなかったーーーを身動き一つ取らず見つめていた。そのためこちらには気づく様子も無い。顔は見えなかったが、肩より少しだけ先に伸ばした髪をうなじのあたりでまとめて緩く一本止めにしていた。

 

(って、冷静に観察している場合じゃない!)

 

 今まで遭遇したことのない非常事態により、数秒呆けながらも観察を行っていたハジメの意識がようやく回復。何とか冷静さを取り戻すことに成功する。が、そのせいで新たな疑問と問題が浮上してしまう。

 

(・・・この人の全身の血は他人のもの?それとも自身から流れたもの?)

 

 ここでハジメの生来の優しさが足を引っ張ってしまう。ハジメ自身には自覚があまりないが、見ず知らずの他人の心配を心からできる人間は少ない。ましてや体を張るなんて尚更だろう。しかしハジメは出来る、()()()()()()()()()()。少年の体に付いている夥しいほどの血液。これが他人のものであれば良い。いや良くはないが、感染症などの可能性はあれど、少なくとも少年の命に直ちに影響は無いだろう。しかし、これが少年の体から流れ出たものなら?もし、少年が動かないのではなく動けないのであれば?どうにか助けを呼ぼうとして、しかし力及ばなかったのだとしたら?

 

(普通に考えれば、本人の血じゃない可能性のほうが高いんだよなぁ)

 

 ハジメのサブカル知識の中には、人間が失血死する血液の量も入っている。少年の体に付いている血液量は、失血死の限界ギリギリを優に超えている様にハジメには見える。よって、他人を傷つけ害して、その返り血を浴びたままここにいる、というのは可能性の高い推測だろう。少年自身が流した血液である、というよりもよほど説得力はある。しかし、それでも、

 

(・・・声をかけてみよう。見た感じ凶器は見当たらないし、ヤバそうなら大声を上げて逃げよう)

 

 関係のない他人を見捨てるという選択が出来ないのが南雲ハジメと言う人間だった。ハジメと血濡れの少年との距離は10m弱。右手に持った荷物をしっかりと握りしめ、いつでも通報できるように、携帯の入ったポケットに左手を突っ込む。そして万が一のために逃げる方向を確認し、幾度か深呼吸。そして、声を掛けようと口を開く直前ーーー

 

 

 

目の前を「唇に目と人間の手足がついている」としか形容できない生物が横切った。

 

 

 

(・・・?・・・・・・!?!?!?)

 

 ハジメ本日2回目の思考停止(フリーズ)である。血濡れの少年も大概ではあるが、こちらのほうも負けず劣らずインパクトが強かった。というか造形(キャラ)が濃すぎた。

 

 謎生物の大きさは、大きく見ても30㎝は無いだろう。体長の半分が赤く瑞々しい唇でできており、上唇を丁度3等分した際の当分線上に人間の眼球が1対乗っている。手足は肌色で10㎝程。人間とそっくりな造形であり、手は唇の端、いわゆる口角についており、足は目と同じように、下唇の3等分線上についている。身も蓋もないが、一言で言うなら某妖怪アニメに出てくるメダ〇の親父の唇バージョンが近いだろうか。それがテクテクときれいな姿勢で歩いてくるのである。ぶっちゃけすさまじくキモイ。

 

(いやいやいやその造形と体格でバランス崩さずスムーズに歩けるとかすごすぎでしょキモいけど!どうやってバランスとってるんだろう中身どんな何だろう凄いなぁキモいけど!)

 

 先ほどまでの覚悟は遥か彼方へと消え、声を出さないようにと慌てて口元を抑えつつも、目の前の唇親父(仮)に対しての興味と興奮が隠せないハジメ。すると、唇親父(仮)がどうやらハジメに気づいたようで、お互いの目と目が合う形に。数秒の間見つめあう2人(1人と1体?)。

 

(・・・あれ?ここからどうしよ「お前さんそこで何してんの?」ーーーッ!)

 

 ハジメが唇親父(仮)と見つめあっている間に、血濡れの少年はこちらに気が付いたようだった。こちらを訝しげに見ている少年の顔には、中学生特有の幼さが残るものの、鋭い目つきと掛けられた縁無し眼鏡によるものか、子供っぽいという印象はなかった。首から上に血液がかかっておらず、髪や眼鏡から水滴が滴っているのを見るに、どうやらハジメが来る前に、既に公園の水飲み場で血を洗い流していたらしい。

 

(どうしよう、なんて答えよう。正直に「お怪我はありませんか」というべきか、それとも黙ってここから逃げようか、いやここまで喋れるのだからそこまで酷い怪我ではないのかなだったら逃げてしまってもーーー)

 

 ここからどうすべきか真剣に考えつつも、目の前の少年と唇親父(仮)の両方が気になりすぎて、()()()()()()()()()()ハジメ。その瞬間、血濡れの少年の目の色が変わる。

 

「お前さん、このクチビルもどきが見えてるのか」

 

 驚き半分関心半分の声で問われるハジメ。その言葉に疑問を持つ前に、うなずき肯定の言葉を掛けようとして、

 

 

 

 

 

 上空から飛来したナニカに、唇親父(仮)が潰された。

 

 

 

 

 

「唇親父(仮名)がっ!?!?」

 

 空から落ちてきたナニカのせいで舞い上がった砂埃を浴びながら叫ぶハジメ。そのせいで無駄に咳き込みつつも、目を凝らし唇親父(仮名)がいたところを見る。砂埃の晴れた先には、血だまりとともに、異形としか言えないような怪物(バケモノ)がいた。

 

 体長は()()()()()()2()m()はあるだろう。人間にとって顔に当たる部分が丸々蛇のものに変わっており、両目を隠すように赤黒いボロボロの包帯が巻かれている。しかし口には人と同じような歯が生え揃えられており、俗に犬歯と呼ばれる部分には、歯に重なるように蛇の牙が生えていた。頭からは黒く澱んだ墨色のしめ縄が髪のように生えており、それらを束ねるように、怪物の造形に対して唯一不釣り合いにも感じる、()()()()()()()()()()()がヘアバンドの役割を果たしていた。上半身は人間の男性のものに近いが、通常よりも肥大化している上に、皮膚が剥がれ落ち、筋肉がむき出しになっていた。腰から下は蛇の胴体そのものになっており、全長は5mはくだらなかっただろう。

 

 (ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!)

 

 本日3回目にして最大の驚きは、同時に最高の恐怖をハジメに齎した。目の前にいる怪物(バケモノ)に比べれば、血濡れの少年も唇親父(仮名)も、霞むを通り越して、記憶から消し飛ぶであろう。一刻も早くこの場を離れるべきであると、ハジメの中の生存本能が緊急警報(アラーム)をけたたましく脳内で鳴らすが、それでもまだ指一本動かせない。迫り来るであろう恐怖を直視出来ず、最後の抵抗にと強く強く目をつぶろうとするハジメ。

 

 ーーーしかし目を閉じる直前。ハジメの目には怪物(バケモノ)にゆっくりと迫られる()()()()()()()姿()が映った。

 

 怪物(バケモノ)はハジメに気が付いていないのか、少年へとゆっくり近づいていく。血濡れの少年の顔は怪物(バケモノ)に遮られて見えないが、逃げる様子が全くない。ハジメと同じ様に恐怖に足が竦み、動けないのか。はたまた全てを諦めてしまったのか。

 

(・・・今なら逃げられる?)

 

 ハジメの心中に文字通り希望の火が灯る。怪物(バケモノ)は血濡れの少年に気を取られているようで、このまま少年のほうに向かってくれるのであれば、その隙に逃げられるかもしれない。その後、少年がどうなるかは全くの未知数だが。

 

(そんなわけない、都合のいい考え方はやめろよ僕っ・・・!)

 

 自分が狙われていない、という事実に安堵して腰が抜けそうになるのを歯を食いしばって耐えるハジメ。

 

(「どうなるか分からない」じゃない!絶対碌なことにならないに決まってるだろ!)

 

 事ここに至って、ハジメの心中にあるのは、血濡れの少年に対する心配であった。怪物(バケモノ)への恐怖はいまだ消えておらず、ジクジクと音を立てるようにハジメの心を侵食しようとしている。この状況に対しても、何が何だかわからず、まったくもって理解が進んでいない。それでも尚、ハジメは、ハジメの優しさは、「少年を見捨てて逃げる」という選択肢を選ばなかった。

 

 もし相手が怪物(バケモノ)でなくそこらの不良であったら、ハジメは適当に頭を下げ、その場を収めようとしただろう。何せこの男、つい最近見知らぬ子供と老人を庇うために実際にそれをやった経験がある。

 

 しかし今回はその手段が使えない。猛獣相手に頭を下げても、そのまま食いつかれ、貪られるだけである。では、戦って勝つというのはどうか?成程、単純明快でこれほどわかりやすい手段は無いだろう。実行も実現も不可能であるという点に目をつぶれば完璧な作戦であった。それではどうするか。

 

(考えろ考えろ考えろ、僕と彼がどうやってここから逃げ切るか!)

 

 ハジメの頭の中で思考がぐるぐる回り、考えを巡らせる。集中し研ぎ澄まされていく思考は、次第に頭の中で、混乱や恐怖といった感情に割かれていた脳の資源(リソース)を奪い去っていった。それらの負の感情が少なくなったことにより、ハジメの肉体の強張りは、いつの間にか気にならない程度にまで無くなっていた。

 

 もしハジメが一人だけでこの怪物(バケモノ)と相対していた場合、ハジメは恐怖で何もできなかっただろう。今のハジメを突き動かしているのは、見ず知らずの他人に対しても心を砕くことができる、ハジメの優しさであり、それこそ誰に対しても誇れる美徳であるだろう。・・・まあ、この状況に陥ったのも、元を辿ればハジメの優しさに繋がるので、プラスマイナスゼロだろう。今は大分マイナスよりかもしれないが。

 

(後は野となれ山となれ、だ・・・!)

 

 先ほど、血濡れの少年に声を掛けようとした時よりも深く深呼吸をする。逃げるための考えを整理し、公園の出口を確かめた。首を振ることで、残った恐怖心と迷いを振り切る。覚悟を決めた時には、ハジメはもう、最初に感じた独特の鉄臭さを感じなくなっていた。そしてーーー

 

っ、わああああああああああああ!!

 

 少年と怪物(バケモノ)の両方の意識をこちらに向けるため、ハジメは声を張り上げながら怪物(バケモノ)に向かっていく。ようやくハジメの存在に気付いたのか、声に反応してこちらを向こうとする怪物(バケモノ)。その顔目掛けて、ハジメは()()()()()()()()()()()()()()、フワリと緩めの放物線を描くように手に持っていた荷物を投げる。腕を封じるための囮として投げられた荷物を、狙い通り片腕で怪物(バケモノ)は受け止めた。その隙を突き、腕が塞がっているほうを走り抜けたハジメは、その勢いのまま少年の腕を掴んで走り出した。

 

「え、何、どういう状況?」

 

 困惑の声を上げる少年。「そんな事は僕が聞きたい」という言葉をハジメは飲み込み、

 

「今は兎に角・・・逃げるんだよォォォーーーーーーーッ!」

 

 叫びながら逃げるハジメ。見知った漫画のセリフが出てきたのは、目論見が成功したことに対する興奮からか、それともつかの間の安堵から来る無意識によるものか、どちらにせよ本人に自覚はなさそうである。

 

 

 

 

 

 ハジメ達が逃げて行くのを、不思議そうに、何もせずに見ていた怪物(バケモノ)。しかし数秒後、

 

『オイカケッコガシタイノォ?イイヨ?アーソビーマショー』

 

 納得の声と共に、怪物(バケモノ)は、大きく裂けた口からクスクスと楽しそうに笑い声を発した。



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4.友人たちの話③-ハジメ視点②-

 少年の手を握り走り続けていたのは、5分か10分か。時間の感覚は無く、それを考える事もできなくなるくらいに走ったハジメは当然のようにバテて倒れ伏していた。完全に日頃の運動不足の賜物である。

 

(無事に帰れたら、少しでもいいから体を鍛えようかなぁ・・・。アレ、これ死亡フラグ立った?いや、脂肪フラグは立ってるけど)

 

 疲れと、ひとまずは逃げ切れたことに対しての安堵と開放感から、普段思わないような下らない考えが思い浮かぶ。と、仰向けに倒れているハジメの額に冷たいものが押し当てられる。思わず「冷たっ」と呟くと、液体の入ったペットボトルをハジメに押し付けながら笑っている少年の顔が目に入った。何時の間にか目を離した隙に、自販機か何かで飲み物を買っていたらしい。

 

「お茶とサイダー、どっちがお好み?」

 

「あー・・・お茶で」

 

 好みを聞かれた事で、ようやく自分の(のど)が異様に乾いていた事を自覚するハジメ。受け取ったお茶のペットボトルを開けて、そのまま中身を一気に口から流し込むと、何とも言えない爽快感がのどを流れていく。気が付けばペットボトルの中身は半分以下になっていた。

 

「おー、良い飲みっぷりで」

 

 少年の口から出た悪意の無い言葉に、何となく恥ずかしくなるハジメ。チラッと少年のほうを見ると、少年はサイダーをちびちび飲みながら興味深そうな目でハジメを見ていた。ようやく息を整えて多少なりとも落ち着くことができたハジメは、少年が息一つ乱していないのに気が付く。多少なりとも汗をかいてはいるようだが、ハジメの方は滝のような汗を流している事に比べると雲泥の差だろう。無我夢中で(ハジメなりの、と頭に付くが)全力で10分近く走っていたとは思えないほどである。

 

「なんか、余裕あるというか、全然疲れてなさそうだね?」

 

「?・・・ああ、それなりに鍛えているからな。そっちは俺が自販機行くのに気づかないくらいバテてたけどなー」

 

 ハッハッハッと笑いながらの少年の、これまた悪意のない言葉の槍。それは容赦なくハジメの心にグサリと突き刺さる。自身の体力の無さを実感し、「真面目に鍛えようかなぁ」と呟くハジメに対して、少年は面白そうに、しかし躊躇いなく核心を突く質問をする。

 

 

 

「で、なんでわざわざ俺を助けたんだ?」

 

 

 

 直球で聞かれたことに対して思わず固まるハジメ。冷静になってみれば、隣にいるのは深夜の公園で全身血濡れのまま立っていた謎の少年である。ギギギ・・・と擬音が出そうになるほどにゆっくりと首を回し、少年の顔を見ると、先ほどと変わらずに興味深そうな、しかし何処か真剣みを感じさせる目でハジメを見ていた。

 

「自分で言うのもなんだが、血塗れの中学生って確実に通報案件だろ?あるいは、通報すらせずにそのまま関わらないようにするかだ。それ自体は別に間違っちゃいない事だと思うんだよ、誰だって自分可愛さって部分はあるだろうしなぁ。勿論だからって、お前さんのやったことは責められることじゃない、()()()()()()()()とも思ってる。でもさ、これが身内やら友人ならまだしも、他人にそこまでする必要はなくないか、と俺は思うんだよ。で、俺の考えを述べた上でもう一度聞くんだけど。ーーー何故俺を助けたんだ?」

 

 先ほどまでとは打って変わって饒舌に語りだす少年。ハジメの行為ーーー彼の言葉を借りるならば、()()()()()()()()、だろうかーーーは、きっとこの少年の心の中にある大事な、あるいは重要な琴線に触れたのだろう。初対面であるハジメにもそれが分かる程には、少年は生き生きと語っていた。

 

 そして、だからこそハジメは頭を抱えざるを得ない。なぜならそんなに深く考えて少年を助けたわけではないからだ。唸りながら考えを巡らせるハジメ。怪物(バケモノ)から逃げ延びる為に使った頭脳を使うも、実りある答えは出てこない。考えて、考えて、結局出てきたのはシンプルな答えだった。

 

「僕がそうしたかったから、かなぁ」

 

 口にしたとたん、余りにも陳腐な答え過ぎてハジメ本人が苦笑した。しかし考え付かないのだからしょうがない。「善行に理由はないが、悪行には理由がある」と言う言葉を思い出すハジメ。悪行云々の下りは分からないけれど、善行に理由はない、と言う部分にはハジメは納得できた。仮に善行に理由があったとしても、それは自分がそうしたかったから、という以外に理由はないし、いらないとハジメは思ったのだから。「こんな答えでいいかな?」と言いながら、少年のほうを見ようとする、その前に。

 

ブファッフハハハハハははあはははは!

 

 酷くおかしい事を聞いたと言わんばかりに、少年の笑い声がハジメの耳に届いた。結構真剣に考えて出した答えを爆笑で返され、恥ずかしさで顔を赤くするハジメは確信する。「この人性格悪いな」と。

 

 ハジメが地味に怒りを溜めていると、いくらかして笑い声はやんだ。少年は未だおかしそうで、にやけ顔を隠さずにいた。しかし、そこにあったのはハジメに対する嘲笑ではなく、むしろ敬意を含んだような笑顔で。少年は心底楽しいと言わんばかりに、嬉しそうに。

 

「そうだよなぁ、自分がしたいからするんだよなぁ。うん、すごく共感できるわ、納得した、ありがとう」

 

 と、真剣な声でこちらに向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 

(ここまで素直に感謝されると、怒るに怒れないなぁ・・・)

 

 ハジメの中でそこまで大きくなかった怒りが急速に萎んでいく。今までの会話の中で、自分の中にある少年に対する印象が徐々に良い方向に変わりつつあるのを感じたハジメは、ふと疑問を漏らす。

 

「え、じゃあなんでそんな全身血塗れの状態なの?」

 

 それを聞いた瞬間に渋い顔をする少年。「聞いてはいけないことだったかな?」とハジメは身構えるも、少年の表情はどちらかと言えばどう誤魔化すのかではなく、どう話したらいいか迷っているような感じだった。数秒の逡巡ののち。

 

「まぁ、見えてるんなら問題ないだろ。お前さん、あのクチビルもどきみたいなの見えてただろ。」

 

 と開き直ったかのようにハジメに聞く。問いというよりは、分かった上で確認のために聞いている様だった。

 

「うん、そうだ『オイカケッコハモウオシマイィ?』ヒィッ!?」

 

 最悪のタイミングで怪物(バケモノ)が戻ってきた。ハジメは腰を抜かしそうになるも気合で耐えるが、足が縺れて尻もちをつく。立ち上がろうとするも先程の全力疾走から体力は回復しきっておらず、不意を打てる手段もない。仮にあったとしても、同じ手段が通用するかは怪しいところであり、どちらにせよ状況は絶望的と言ってもいいだろう。

 

(僕はもうまともに動けない。でも彼ならまだ余裕がありそうだった。それならーーー)

 

 もはや一刻の猶予もない、ハジメは焦るように少年に言う。

 

「いや、実「早く逃げて!」いやその「僕はもう動けないけど、君は大丈夫でしょ!?」あのですね、話を「僕のことはいいから、早く!」・・・」

 

 ハジメは叫ぶが、少年は一向に動こうとしない。と言うか、呆れたような申し訳なさそうな顔をしている。焦りと混乱で何が何だか分からなくなるハジメ。少年を急かす為、慣れない怒鳴り声を出そうとして。

 

「いや、彼女、俺の守護霊みたいなものだからね。要は味方だよ、味方」

 

 少年の言葉を聞いた瞬間、ハジメの思考が止まる。イマカレハナントイッタ?ミカタ?

 

「見てくれは、まぁ、少しばかり怖いかもしれないけどね」

 

(・・・少し?)

 

 思わず出かけた言葉を飲み込み、疲れた体に鞭打ちつつも、2人(?)の様子を見る。どうやら本当に仲間の様で、見た目とは裏腹に楽しそうに会話をしていた。

 

『■■、チャントデキタヨォ、ホメテホメテェ』

 

「あぁ、勿論だ。こっちにおいで」

 

 

 

 ーーー僕は、きっとこの光景を、何時までも忘れることは無いだろう。創作物の中でしか見られないような光景。人間と異形が、お互いがお互いを心から信頼し慈しむ様に、目の前の相手しか見えないとでも言うように抱き合っている姿。傍から見れば少年の体が、異形の腕でそのままへし折られてもおかしくはないのに。少年の背中は「そんなことは絶対に起こりえない」と何よりも雄弁に語るようで。異形のほうも、少年から向けられる愛情を微塵も疑わないように、抱き合いながら、されるがままに頭を撫でられていた。一歩間違えれば、ただでは済まない事態になるだろうに。2人の逢瀬に負の想像や感情は微塵も存在せず。只々お互いに向けて注がれる慈愛だけがあるように見えた。そんな光景を、僕はただじっと見ていたーーー。

 

 

 

「何だ、ずっとこっち見てたのか。物好きな奴め」

 

 数分後、異形は満足したのか、少年の影に溶け込むようにして消えていった。掛けられた言葉にハッと意識を取り戻したハジメ。

 

「彼女って言ってたけど。いったいどういう関係なの?」

 

 無神経だな、と思いつつも聞いてしまうハジメ。しかし分かっていても聞いてみたくなったのだ。あの、見た目恐ろしい異形に対して何故、他人であるはずの自分でさえもわかる程に、あそこまで慈愛を注げるのが。何故異形側もそれを疑いもせず当然の様に受け入れているのかを。自分のデリカシーの無さに怒られることを覚悟するハジメだが、思いのほかあっさりと少年は答えてくれた。ーーー特大級の爆弾発言で。

 

「彼女は、■■ちゃんは、俺の大切なーーー婚約者(フィアンセ)だよ」

 

 守護霊であるとか味方であるとか、今もって状況を理解しきれていなかったハジメ。何か聞こうとするも、そもそも何を聞けばいいのか分からず。とりあえず最も気になった守護霊さん(仮)との関係を聞いた矢先に帰ってきた婚約者(フィアンセ)発言。取り合えずは安心していいのかと、驚きと非日常で疲れ切った脳みそは二重の意味で適当な判断を下し。

 

 

 

「はああぁぁぁぁーーーーーーーーー!?!?!?!?!?」

 

 

 

 本日最大の叫びと共に、ハジメは気を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 ・・・懐かしいなぁ、もうあれから2年と少しも経つのか。結局あの後、気を失ったままの僕は社くんに抱えられ(ついでに僕の荷物も回収され)、社君の祖父の家でお泊りすることになった。

 

 あの時は本当に大変だった。朝起きたら全く身に覚えのない部屋で、リアル「知らない天井だ」状態だったし。僕の両親には、社君がうまく説明してくれたから、説教は免れたけど、その代わり両親は、「ハジメがお泊りする位仲が良い友達がいる!」と半狂乱状態だったし。何故か当時できたばかりだったらしい社君の義理の双子の妹ちゃんたちには、社君越しにジト目で警戒されてたし。そしてその後、色々と()()()()()()()を受けて尚、社君との交友を断つこともせず、今に至っているわけだ。

 

 僕たちの出会いについて回顧していると、社君は「日記に書くことないから、なんかネタ提供してくれない?」と言い始めた。もう一人の友達である清水幸利(しみずゆきとし)君は「日記ってそういうもんじゃなくないか・・・?」って言ってたけど社君はそれを華麗に無視(スルー)した。何となく、社君らしくないなぁ、と不思議に思っていると不意に、「日記を書く本命は、もしかして婚約者(フィアンセ)さんに見せるためなのでは?」と思いついた。

 

 我ながら冴えているのでは、と思いつつ口に出して聞いてみると、社君は目から鱗とでも言わんばかりに驚いていた。「その発想は無かった」とは、社君本人の弁。・・・僕らの前だと結構抜けてるとこあるよね、社君。

 

 その後、素晴らしい発想への感謝の印にと、僕たち2人はジュースをおごってもらった。 「気前がいいじゃねーか」と、お礼を言いながら炭酸ジュースをあおる幸利君と、遠慮がちにイチゴ・オレを口にした()()2()()を見た社君は、見るからに悪そうな笑みを浮かべ、「それ、今後俺の日記にネタとして出演するための先払い(ギャラ)だからなー、何と書かれても文句は受け付けん」ととんでもないことを口にした。ジュースを吹き出す僕と幸利君の2人。ああ、だから僕たち2人が口付けるの待ってたのね・・・。

 

「ふざけんなコノヤロー!」と罵倒する幸利君を尻目に、いつの間にか教室に戻る準備をしていた社君は即座に逃走。抜け目ないなぁ、と思いつつも、2人の友達との付き合いがこれからもずっと続くといいなぁ、と予鈴のチャイムを聞きながら僕は思った。




日常は崩れるけど友達付き合いは続くからヘーキヘーキ


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5.友人たちの話④

○月▼日

 

 本日は放課後久々に俺とハジメともう1人、清水幸利(しみずゆきとし)の3人で本屋やらゲーム屋やらゲーセンやらを回った。3人の内、2人そろって何処かに向かう事はあっても、3人揃っては久しぶりだったと思う。中学時代からよくつるんでいた仲ではあったが、高校生になってからも変わらない関係を築いていられるのは友人の少ない俺にとっては望外の喜びである。丁度良いので、第2回人物紹介の犠牲者対象者は幸利にしよう。

 

 

 

○月◀︎日

 

 ーーー清水幸利。通称ユッキー。といってもそう呼ぶのは仲間内で幸利をからかう時だけだが。こいつも俺と同じ高校のクラスメイトであり、同じ中学校出身でもあり、さらには3年間同じクラスメイトでもあるという、結構な腐れ縁の仲だった。そして俺の友人4人の内の1人であり、ハジメと同じように俺が呪術師であることやその理由を知っている1人でもある。

 

 性格に関しては、なんといえばいいのやら、後ろ向きに前向きというか、弱いのに強気というか、ネガティブな内容をポジティブに言うというか。大真面目な顔で「引きこもり万歳!!」とかしょーもないことを大声で宣言した時は思わず吹き出したが。なんにせよ一緒にいて飽きない人間である。

 

 あとツンデレ。そして結構口が悪い。特に、格ゲーやらFPSやらの通信対戦で鍛えたらしい煽りテクは、文系のテストで上位に入る程の頭脳とボキャブラリーもあり、一周回って感心する程だった。本人に会ったばかりの時は、もっと卑屈と言うか、暗かった印象があったが、いつの間にか開き直っていたらしい。

 

 特筆すべきは、幸利自身も結構なレベルのサブカル好きであるということか。それもハジメに張り合えるくらいの。ハジメを、両親から受け継いだ血筋と、幼いころから施された英才教育によって生まれたナチュラルボーンオタクとするのであれば、幸利のほうは自分の代でサブカルに目覚めた、いわば現場上がりの叩き上げオタクとでも言うべきか。2人の影響である程度詳しくなったとはいえ、俺にしてみればどちらも並大抵のオタクには見えないのだが、全くの別物である、と言うのは2人の共通した見解の様だ。なんでもハジメは様々なジャンルに手を出す、言わば雑食タイプなのに対し、幸利の方は自分の好きな物のみに深くのめり込む偏食タイプだとか。

 

 家族に関しては、両親の他、兄弟が居るとか聞いた。「兄弟なんかいても喧嘩しかしねぇよ」とは、本人の言葉だが、暗い感じではなかったので、言うほど仲は悪くないのだろう。そんなだからツンデレって言われるんだよ。言ってんの俺とハジメだけだけど。

 

 こいつとの出会いは、これまたと言うべきか、例によって呪術関連のゴタゴタを絡めたものだった。しかも厄介な事に、怨霊がらみ、よりにもよって1級相当の案件だった。詳細は、幸利の名誉を守る為にもこの日記に記すのは止めておく。が、結論だけ言えば、彼奴はその件が原因で異性への対応が苦手になった。いきなり話しかけられたりすると、固まったり敬語になったりする。特に黒いセーラー服を着たロングヘアのヤンデレ風美人が怖いらしい。完全にピンポイントでトラウマになってる。

 

 正直な所、幸利との付き合いがここまで長いものになるとは、当時の俺は全く思っていなかった。ハジメや恵理に関しては、同じように呪術絡みで付き合いが始まったといっても、正直な所、そこまで危険な案件ではなかったので、その後も縁は切れずに済んでるというのはわかる。が、幸利の際の案件は、フツーに死人が出るレベルだった。

 

 今思い返しても本当にふざけていた。なんだよ推定1級って。1級はここ200年近く出てないんじゃなかったのかよ。なんでそんな骨董品が俺と幸利の中学校に出てくんだよ。霊の強さを図る簡易呪符が、一瞬で燃え尽きたのにはマジでビビった。幸利が死ななかったのは本当に奇跡だった。まあ、その後色々あって事件を解決。結構な恐怖体験をしたであろう幸利は、しかし俺と縁を切ることなく、そのままズルズルと腐れ縁を続けたのだから人生とは分からないものだと思う。あの頃からツンデレの片鱗を見せていたのか・・・。

 

 宝くじ1等を3連続で当てるよりも珍しい、と言っても過言では無いレベルの不運に遭って大変ではあっただろうが、友人としては強く生きてほしいと願うばかりである。

 

 

 

追記.書いた後に思い出したが、この前「アレの所為で、セーラー服とかヤンデレとか出てくる恋愛ADVゲームが出来ねぇんだよ!」と血涙を流さんばかりに吠えていたため、案外大丈夫かもしれない。

 

 

 

 

 

△月〇日

 

 本日の放課後、何度目になるかわからない【南雲ハジメに白崎香織さんが絡むのをなんとかしようの会(仮称)】が開催された。

 

 今回の参加者は、俺、ハジメ、雫、恵里の4名。ハジメは当事者なので当然参加として。俺としては友人の恋バナなんて聞く気しか無いので、バイトが無い限り大体参加している。幸利も「惚気かよ!非モテの敵ですかアァン⁈」とかガラの悪い返事しながらも、なんだかんだ付き合い良いので参加頻度は俺と同じくらい多い。というかお前女の子と上手く喋れないからどっちにしろ駄目じゃね?実際問題、ハジメが困っているのは事実なので、見捨てられないのだろう。そんなだからお前はあざといツンデレ野郎って言われるんだよ、主に俺とハジメから。

 

 本来ならば、俺、ハジメ、幸利の3人でハジメの愚痴を聞きつつ駄弁っていると言う、ある意味中身スカスカな男子高校生らしい会合なのだが、本日は珍しい事に雫と恵里が参加していた。因みに、この二人の参加が確定した時点で幸利は逃げた。判断が早い。

 

 雫に関しては、親友の白崎さん絡みで迷惑かけて申し訳なく思ってたらしい。そこで対策として、ある程度ハジメ側の状況を把握しておくことにより、ブレーキ兼誘導役を試みるとか。そんな真面目な集まりじゃ無いぞ、雫よ。「ここはハジメの苦しみを共に分かち合うフリをして、それを肴に愉悦する場所だ」と言うと、ハジメは心底絶望した目で「薄々わかってたよ畜生!」と机を叩きながら吐き捨てていた。その反応が愉しまれるんだぞーハジメよ。

 

 恵里に関しては、要約すると「面白そうだったから」だそうな。相変わらず分からん奴。恵里との付き合いも何だかんだ長い筈だがイマイチ考えが分からん。俺ーーーというか■■ちゃんが持つと思われる体質や、呪術師としての感覚も、別段、恵里から悪意が感じ取れるとは言っていないし、悪い奴ではないんだろう。友人としては信用も信頼もしているつもりだしな。自由奔放な部分といい、相変わらず楽しそうにニコニコと笑っている事といい、チェシャ猫を連想させる奴だ。

 

 まあ、俺達3人では解決策も出ないし、出す気もあんまり無かった(この事実を口に出した瞬間、ハジメは崩れ落ちた)ので、この2人の助っ人は大いに役立つものになるだろう。

 

 尚、肝心の話し合いの結果が「諦めて受け入れちゃいなよYou☆」だったのはクッソ笑ったけどな。



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6.友人たちの話⑤

△月●日

 

 前回の日記に記した【南雲ハジメに白崎香織さんが絡むのをなんとかしようの会(仮称)】から数日後、俺は【白崎香織が南雲ハジメ君と仲良くなる為に頑張ろうの会(仮称)】にお呼ばれしていた。なんで?

 

 その日の放課後、雫に「今日の放課後、何時も貴方達が集まっている空き教室に来て」と言われた俺は何も考えずノコノコと指定された場所に向かい、そこにいた白崎さんと雫に捕まった。

 

 面倒ごとであると確信しつつも、2人の友人(ハジメと雫)の絡んだ問題のため仕方無しに話を聞く。何でもハジメと仲良くなる為に、ハジメと1番仲が良いと思われる俺に話を聞きたいと思ったらしい。俺を呼んだのはともかく、ハジメを異性として選ぶ辺り、白崎さんは男を見る目があるのではなかろうか。

 

 何か怪しいと感じた為に色々と聞いてみると、俺を引き込む事を提案したのは雫だとか。雫曰く「私だけが苦労するくらいなら、社の事も引き摺り込んでやるわ」との事。誰だコイツのこと真面目って言ったの。

 

 道連れじゃねーか俺を巻き込むんじゃねーよ、と言いたかったが、俺がこちらから雫と2人で白崎さんを誘導出来ればハジメも楽になるかも知れないと考え、「ハジメの味方」である事を宣言した上で参加する事にした。まぁ、雫ばっかりに何でもかんでも押し付ける訳にはいかないし、しゃーないか。

 

 で、相談に乗ったはいいけど、肝心の議題が「雫と宮守君っていつから付き合い始めたの!?」だった。なんで?

 

 

 

△月◎日

 

 そう言えば最近、俺の偏見込みの人物紹介をしていない。それだけ日記に書く内容に困っていないという事なのでそこについては喜ばしい事だと思う。しかし、数少ない友人の内、既に半分は餌食に紹介してしまっている為、ここは公平に4人全員分書こうと思う。という訳で、今回はただ1人、俺の呪術師云々の事情を知らない人間である雫の事を記そう。

 

 

 

 ーーー八重樫雫(やえがししずく)。例に漏れず、俺と同じ高校に通うクラスメイトであり、4人いる俺の友人の内の1人である。そして前述した通り、俺が呪術師であることやその理由なんかを、4()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 性格というか特徴を上げるのならば、とにかく世話焼きである事だろう。友人・知人にクラスメイトと、比較的近しい人間に対しての面倒見がとても良い為、周りの人間からは大分頼りにされている。また、その調子で後輩なんかに対しても親切だったりする為、本人の凛とした雰囲気も相まって滅茶苦茶に人気がある。主に女子にだが。聞くところによると、ソウルシスターなんて名前のファンクラブ擬きがあるらしい。それを知ったときには思わず爆笑してしまった。その後普通にシバかれそうになったが全部避けてやった。俺は悪く無い筈だからな。当たる理由なんて無い。

 

 でも、俺が割と雫の事をおちょくる所為か、俺に対してだけは必要以上に小言やら愚痴やらを言うのは止めてくれないかなー。いや別に愚痴言うのはいいけどさー。雫も大変なんだろうし、友人としては雫の手助けならば吝かでも無いしな。でも小言はなー。お前さんは俺のオカンか。無視したり聞き流すと、鉄拳制裁飛んでくるし。本人曰く「教育的指導よ」らしい。まあ、大分加減はされてるから、俺達にとってはじゃれ合いのようなものだ。俺も真面目に当たってはやらないしな!

 

 だだ、俺と雫との関わりが生まれたのも、俺が八重樫道場に通っていたという過去の事実だけでなく、恐らく俺の態度を見かねた雫からのお節介から始まったものでもある為、この辺についてはあまり強く言えないのだ。

 

 実際、あの当時の俺は呪いを解く為と、■■ちゃんに心配かけまいと強くなる事に必死だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、常人離れした五感と身体能力、類稀なる反射神経を小学生の頃から持っていた俺は、八重樫道場の大人たちに真正面から食らいついていった。形だけというわけでもなく、大人たちに渡り合うように戦えていた姿は、大人側から見ても鬼気迫るものがあったようだし、小学生から見ると恐怖以外の何物でもなかっただろう。それを見て近づいて来る物好きも雫だけだったしな。八重樫家の人々もよくもまあ俺を見捨てず鍛えてくれたものである。

 

 ・・・自分で書いててなんだけど、これでなんで雫と仲良くなれたんだ、俺?なんか決定的な一言でもあったんだろうか。全く覚えがないぞ。

 

 

 

△月△日

 

【白崎香織が南雲ハジメと仲良くなる為に頑張ろうの会(仮称)】を行った次の日から、何故か恵里が頻繁に俺に絡んでくる様になった。

 

 今までも割とお喋りやら、昼飯一緒に食ったりやらはあったんだが、最近は周りの目を気にしないと言うか、気持ち俺を優先していると言うか、気が付いたら近くにいると言うか。授業中や中休みなんかで、ふと目が合う回数も増えた様な気がする。表情もニコニコとしてはいるのだが、何処か目が笑ってない。

 

 ハジメに相談しても、「あー・・・」とか、「うーん・・・」だのと、要領を得ない答えしか返って来なかった。なのでつい「チッ、やっぱりヘタレじゃ駄目か・・・」って呟いたらキックされた。お前さんいつの間にあんな腰の入ったいいローキック打てるようになったんだ。痛みよりもそっちにびっくりしたよ俺は。

 

 幸利は恵里の名前を出した途端に脱兎の如く逃げた。なんかアイツは恵里と相性悪いらしい。何でも「お前らを見る奴らの目はトラウマを思い出す・・・ッ」だそうな。トラウマって例の1級怨霊絡みだろうに、何故それと恵里が結びつくのだろうか。同様の理由で白崎さんも駄目らしい。詳しく聞ける様子でもないため、この件については放っておこう。にしてもスタートからトップスピード入るまでが滅茶苦茶速いな幸利。もうアイツはスプリンターでも目指せば良いんじゃないかな。

 

 最後の砦兼唯一の良心と言っても良い雫に相談しようかなとも思ったが、何となく事態が悪化する気が苦労人である彼女に要らない世話を焼かせるのも心苦しい。しょうが無いので何日か様子見してから、最悪の場合本人に直接聞こうと思う。

 

 

 

△月▷日

 

 恵里の様子は未だ妙なままである。今日なんかにいたっては友人の誘いをわざわざ断り、空き教室で俺と2人だけで弁当を食べるだけでなく、おもむろに俺に向かって「あ~ん」などとやってきたのである。あれ?俺に婚約者(フィアンセ)いるの知ってるよね恵里さん?いや確かに口約束ではあるけれども。現在進行形で俺に取り憑いているけれども。なんで笑顔のままこっちに迫ってくるんですかね?なんか怖い。

 

 昼休みのおよそ1時間を丸々使った激闘の末、「あ~ん」に関しては丁重且つ断固として拒否させてもらった。しかし依然として、彼女の様子は妙なままであり、根本的な解決には至っていない。

 

 この日記を書いている最中、ふと恵里の事だけまだ日記に書いていないことに気づいた。俺の考えを整理し、出来るならば突破口を開くためにも、人物紹介も兼て恵里の事をここに書き記したいと思う。無理だったら明日直接聞こう。

 

 

 

 ーーー中村(なかむら)恵里(えり)。彼女もまた、俺と同じ高校に通うクラスメイトであり、俺の4人いる友人の内の1人であり、そして俺が呪術師であることやその理由を知っている1人でもある。

 

 性格に関しては・・・難しいな。社交的で穏やか、笑顔で毒を吐いたりする事もあるが、基本的には優しい人間ではあると俺は思う。唯、以前も書いた記憶があるが、俺達の前ではニコニコと笑みを絶やさず、かと思えば目だけが笑って無かったり、いつの間にか俺達の近くにいたりする為、俺は彼女にチェシャ猫の様な印象を持っている。前に彼女にその印象を話した所、「私は笑いだけ残して消えるなんて出来ないよ」と返された。本人は偶々知ってただけと謙遜していたが、有名であるとはいえ「不思議の国のアリス」の一節がすぐ様出て来るあたり、中々の読書家なのかと驚いた記憶がある。

 

 彼女との出会いは、例によって呪術絡みのゴタゴタである。ではあるのだが、少しばかり複雑な経緯が有る。時系列順に言えば、初めて会ったのは俺と恵里が5歳の時。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 事故が人気の無い場所で起こったものであり、恵里はともかく父親の方がまず助からない状態であったため、俺は爺さんーーー神社の神主であり、俺の師匠でも有る父方の祖父ーーーとの約束である、「自分の危機以外では呪術を使うな」を破り、2人を助けようとした。

 

 しかし当時、修行を行って1年程しか経ってない俺の『呪術』(厳密には『呪力反転』と呼ばれる、呪力で人を癒す術)では、2人を完全に治し切れるか分からなかった為、俺は『縛り』を入れる事によって出力を強化、確実に2人を救える様にした。

 

 爺さんとの約束が悪意有る人間から俺を守る為のもので有る事は、幼いながら俺にも分かっていた。その為、『誰が2人を治したかを、2人は思い出す事ができない』と言う『縛り』を課す事で『呪術』の強化と口封じを兼ねようとした。が、それは敢えなく失敗した。

 

 何故か。実はこの時、まだしっかりと意識のあった恵里が俺を忘れる事を嫌がったのだ。理由はよく分からなかったが、恐らくは事故で動転していた恵里の所に漸く助けが来たと思えば、今度は恵里自身が助けに来た俺の事を忘れてしまう、という状況に耐えられなかったのだろう。

 

 自分に課すものと異なり、他者間の『縛り』は、両者の同意のもと成立するものである。恵里達のための『縛り』でも恵里が拒否してしまうと、『縛り』は成り立たない。『縛り』を成す前から治癒をし続けていた父親の方は、なんとか返答出来るまで回復出来たものの、未だ意識が朦朧としていたため、いつ限界が来て同意が得られなくなるか分からなかった。

 

 恵里の説得の時間も無く、焦った俺は『もし同じ様な事が有れば助けに行こう。その時には、また俺の事を思い出せる』と、追加で『縛り』を出した。俺には何の得もない、リスキーな『縛り』だったが、だからこそ強い効果があるだろう。此処で漸く納得した恵里は『縛り』に同意。成立した『縛り』によって強化した呪力反転により、俺は2人を救ったのだった。

 

 その後俺は、恵里の父親の携帯を借りて119番に連絡。2人が救急車で運ばれたのを確認した後、詳しい話を聞かれる前に逃げ出したのだった。因みに今回の事を正直に爺さんに話した所、見た事ないくらい大笑いされた。その上で大袈裟に言えば、今後の俺の人生の根幹を成すとも言える言葉を頂いたのだが、それは置いておこう。

 

 そして、一気に時間が飛んで約9年後。丁度ハジメと知り合ってから、2月経たないくらいの時期。九州の方で【神隠し】が起こるという事件が発生。夏休みであった為に暇を持て余していた俺は、爺さんの紹介で旅行ついでにその事件の解決を請け負い、結果的には無事に事件を終息に導いた。

 

 いや、事件自体は割と大した事なかったのだ。文句なしの犠牲者ゼロ。不思議体験した10代の少年少女が、数十人近く量産されただけだからな。強いて言えば彼ら彼女らの親御さんが心配したぐらいだろう、言ってしまえばそれだけの事件だった。

 

 唯、偶々旅行で来ていた恵里がそれに巻き込まれ、それを助ける形で俺が事件を解決したため『もし同じ様な事が有れば助けに行こう。その時には、また俺の事を思い出せる』という『縛り』が果たされる事となり恵里と恵里の父親の記憶が戻ってしまったのだ。

 

 恵里親子2人に課せられた『縛り』は、彼女達を治した誰かを「思い出せない」というものであり、「忘れる」という『縛り』ではなかった。その為恵里の家族の中では【思い出せないが助けてくれた誰か】が確かに存在していて、「正体を明かせない親切な誰かが、それでも私達を助けてくれた」みたいな美談になってたらしい。これを初めて聞いた時には流石に目眩を通り越して目の前が真っ暗になった。冗談キツイや・・・。

 

 兎にも角にも恵里を助け出したのは良かったのだが、その後が大変だった。恵理を背負い、諸悪の根源・・・というには可愛らしすぎる存在達の居た領域から脱出したかと思えば、いつの間にか起きていた恵里が泣きだすし。泣き疲れた恵里を送り届けに行ったら、恵里の父親が「あの時私と恵里を救ってくれて本当にありがとう」って言って泣き出すし。奥さんも「夫と娘をありがとう」って泣きだすし。

 

 崩れ落ち涙を流す3人に囲まれて、俺は呆然と立ち尽くすしか無かった。何が何だかわからなかった。あの場で1番泣きたかったのは間違い無く俺だろう。

 

 兎にも角にも、そうして事件を解決した後は何故か彼ら親子と一緒に旅行の続きをすることになり。何故か帰りも一緒に帰ることとなり。事情説明のため家の神社に来てもらったところ、意外と近所に住んでいたことが判明し。あれよあれよという間に家同士のつながりに発展した。・・・うん、何かおかしいな?

 

 家ぐるみの付き合いは今でも続いていて、恵里の家族は今でも大晦日や初詣に家の神社に来てはあいさつやお参りをしてくれる。以前に「俺らの事おっかないとか思わないんですか?」と興味本位で聞いたところ「むしろ本物なんだから御利益あるでしょ?2回も助けてくれたんだから」と笑顔で旦那さんから返された。フツーにこの人カッコ良いな、と思ったのを今でも覚えている。

 

 それはそれとして、彼女に娘さんを押すのはやめてください、俺婚約者(フィアンセ)いるんで・・・。

 

 

 

△月▽日

 

 俺が痺れを切らして真正面から「何か言いたい事があるなら聞くぞ」と言うと、恵里は相変わらずニコニコと、しかし目だけが笑っていない顔で「数日前の放課後何してたの?」と聞いてきた。何故そんな事を、とも思ったが、その日は例の「白崎香織が南雲ハジメ君と仲良くなる為に頑張ろうの会(仮称)」に参加させられていたしていた事を思い出した。

 

 それを伝えようとして、しかしこの件は割とデリケートな問題でもある事に気づき話す事を迷う俺。取り敢えずハジメと白崎さんの名前を伏せ、それ以外の部分をボカしつつも正直に答えると、漸く信じてくれた様で何時ものニコニコ顔に戻っていた。

 

 最近様子が変だったのはそれが気になってたのか?と聞くと、意外にも驚かれた。曰く「気付かれるとは思わなかった」らしい。俺ってば信用無いなー、と思いつつも様子が変だった事について聞いてみると、「仲間外れにされてるかと思ったけど、不安で聞けなかった」と漏らしていた。正直スマンかった。

 

 友人の不安に気付けなかった事を謝り、償いに何か出来る事があれば言ってくれと言うと、許しの言葉と共に「放課後一緒に出かけて欲しいな」と言われたので快諾した。その後すぐに、恵里からのお誘いなら言ってくれれば断らない的な事を言ったら、珍しくニコニコ顔を崩して驚愕していた。変なことは言ってないぞ、友人以外からの誘いは普通に蹴るからな、俺は。

 

 そんな訳で放課後は恵里と連れ立ち、ウィンドウショッピングしたり、お詫びにクレープ奢ったりして帰った。誤解も解けたし本当に良かったと思う。すれ違いやらで大切な友人を失うのは馬鹿らしいからな。

 

 

 

追記.俺にしては凄い青春っぽい事してて少し感動した。

 

 

 

△月◁日

 

 例の恵里誤解事件の翌日、俺は何故か恵里に呼ばれて【中村恵里と宮守社の事をもっと知るための会(仮称)】に参加させられていた。どうして?

 

 この頭が悪くなりそうな会の名前を恵里の口から聞いたとき、俺はきっと宇宙猫のような表情をしていたことだろう。恵里がこんな会を開こうとする意味が分からなかった。前々から不思議な奴だとは思ってはいたが、此処まで突拍子もない事をする様な奴だったろうか。昨日、許してくれるといったのは俺の聞き間違いだったのだろうか。一体何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか。

 

 思わず頭を抱えそうになっていると、恵里と一緒にいた谷口鈴さんから「鈴が頼んだんだよ!」と声を掛けられた。元気良いな。

 

 聞くところによると彼女は恵里と付き合いが長く、言わば親友と言っても良い間柄らしい。恵里の方も嫌々ながら否定しなかったので、本人も満更でも無いのだろう。嫌いな奴には真顔で塩対応だろうし、キレたら笑いながら毒吐くタイプだろうしなー。

 

 さて、その恵里の親友が何故?と聞いたところ、何と恵里は俺と交友があった事を谷口さんに話していなかったらしい。正確には名前を出していなかったため、話題に上がっても俺の事だとは思わなかったのだとか。

 

 そして昨日の放課後、俺と恵里が仲良く帰っていたのを偶然発見した谷口さんは、親友の口から度々出される男子が俺の事だと気付き、急遽恵里にお願いしてこの場を設けたのだそうだ。彼女曰く「親友であるエリリンに相応しいか品定めをしてしんぜよう!」とのことらしい。多分頭で深く考えず話してるな、コレ。

 

 取り合えず連れてこられた理由には納得が行った。まあ、俺と恵里の出会いも、例によって『呪術』関係であったため、その辺をおいそれと話してしまうわけにもいくまい。恵里の方を見ると何やら予想以上に深刻な顔で申し訳なさそうにしていた為、気にすんなと返して取り敢えずこの3人でお喋りでもして親睦を深めようと提案した所、谷口さんは何やらキョトンとしていた。

 

 何でもいきなり誘ったにも関わらず、此処まで素直に対応されるとは思っていなかったらしい。俺としても唯のクラスメイトからの誘いなら断っただろうが、恵里の親友であるならばまた別の話だろう。身内・友人は大切にする主義である。

 

 とまあそんな事を言ったら谷口さんは、何かを納得した様な顔になり「でもエリリンは私のものだからね!」と言いながら恵里の胸を揉んでた。すぐ様後ろを向いた直後、パァンと言う子気味いい音と「あいたー!?」という叫び声が聞こえたが、きっと些細な事だろう、ウン。

 

 そんなこんなで、ぼちぼち雑談をした後、丁度良い時間で解散をした。去り際に「また話そうねー!」と大声で言って谷口さんは恵里と共に帰って行った。何とも明るい性格であり、何故恵里が親友をしているのかが何となく分かった気がした。

 

 それはそれとして「なんでエリリンの胸揉んでたのに後ろ向いたの?ホモなの?」とか抜かしたのは絶対許さんからな。




用語解説

呪力・・・人が持つ負の感情をエネルギーとして変換したもの。これを使い、呪術を操る人間を呪術師と呼ぶ。

縛り・・・呪術の基本の一つ。行動に制限や条件をかけることで、呪術・呪力の強化や増幅を行うこと。

呪力反転・・・呪術廻戦でいうところの反転術式。呪力は負(マイナス)のエネルギーのため、身体強化は出来ても治癒等の行為は出来ない。そこで呪力同士を掛け合わせて正(プラス)の呪力を生み出し、治癒を行う技術。(ー×ー=+の原理)。
宮守社の呪術師としての才能は、本来であれば精々秀才程度であるが、本人の体質により呪力反転等の正(プラス)の呪力生成・使用にのみ超一流の適性を持つ。


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7.友人たちの話⑥ー宮守社の友人達ー

キャラ崩壊注意、かな?後、次回から原作突入します。


1.清水幸利の友人事情

 

「それではこれより、第・・・何回目だこれ?まあいいや、【南雲ハジメに白崎香織さんが絡むのをなんとかしようの会(仮称)】開催しまーす」

 

 相も変わらずクッソグダグダな音頭の後「ドンドンパフーピューピュー」等と社のヤツが口で擬音を出しながら何時もの集まりが始まった。

 

 ・・・毎回思うんだがこの馬鹿っぽいくだりいるのか?いや、様式美とか言われたら一端のオタクである俺は黙らざるを得ねーか。そういうのはお約束としてなら尊ぶべきものだろうからな。水戸黄門の印籠然り、戦隊モノの変身シーン然り、王道というのはそれだけ多くの人間に支持されてきたものだ。訓練されたオタクであるという自負がある俺としては、その辺りを蔑ろにする訳にはイカンよな。

 

「はーい、というわけでハジメ君、前回の議題で出た【時間ギリギリまで俺達と空き教室で時間をつぶし、ホームルームギリギリで教室に入ることで、白崎さんの朝の追撃を躱そうぜ大作戦】の首尾を報告願いまーす」

 

 一人で様式美について俺が納得していると、社はとても楽しそうにハジメに報告をするよう促す。最初の音頭と言い俺たちといる時の言動と言い、教室にいる時と全然雰囲気とか態度違うじゃねーか。なんでこんなちゃらんぽらんな奴が文武両道な優等生で通ってやがるんだ。猫被っているとは言え、周りのクラスメイトも教員も見る目無さすぎじゃねーか。いや愛ちゃん先生は見抜いてるっぽいが。それで見抜けない人間に限って此奴に告白なんてしちまうんだから言葉も出ねぇよ。

 

 ・・・当の本人が1人の女の事しか眼中にないって時点で勝ち目はないのだから、その辺りは同情するがなぁ。まぁ、優等生やってんのも、本人から言わせてみれば()()()()()()()()()()()()()らしいが。

 

「いやいや、社君も幸利君も結果知ってるでしょ!午前中の授業の間にある休み時間のたびに、白崎さんてば僕のほうに来て色々聞いてきたんだからね!?そのせいでクラスメート達からの目線は痛かったし、君らに目線を向けても助けるどころか無視するし!社君に到っては僕の様子見て笑ってたじゃないか!!」

 

「いやだってハジメの顔が少しづつ絶望に染まるのが楽しかったんだよ」

 

 我慢ならんと叫ぶハジメに対して、まったく悪びれる事無く言葉を返した社。余りにも無慈悲な返答に、怨嗟の呻き声を上げながら思わず机に倒れこむハジメ。こいつホンットいい性格してんなぁオイ。こういう所を他の人間に見せれば、簡単に幻滅されそうだな。幻滅される本人に全くダメージ無いだろうけど。

 

 にしても、だ。正式名称【南雲ハジメに白崎香織さんが絡むのをなんとかしようの会(仮称)】だったか?大仰で長ったらしい名前の割に、実際の中身に関しては、俺と社、ハジメの3人で適当に集まって、喋ったり遊んだりハジメの愚痴を聞いているだけの非常に中身の無いありふれたモンだ。

 

 場所も不定期で今回は適当な空き教室の開催だったが、ファミレスだったり、図書室での勉強会も兼ての開催だったりするしな。ぶっちゃけ言えば、ハジメの悩みを出汁にして集まっているだけとも言えなくもない。

 

 それでも尚、こうして集まるってのは、俺を含め3人ともこの集まりを楽しみにしてはいるんだろうよ。・・・こんなこと口に出した日にゃこいつら2人とも鬼の首を取ったかのように「何だよやっぱりツンデレかよ」だの「男のツンデレは需要無いよ?」だの言ってくるだろうから口が裂けても言わねーけどな。ハジメは苦笑気味だったり振り回され気味だが、この集まりに関しては肯定しているし。社のヤツはハジメの恋バナとも言えないような話に興味津々だし。

 

 アイツの事情を知るものとして、以前「ある意味ずっと嫁さんと一緒にいるようなモンとは言え、ハジメの恋バナ擬き聞くとかお前大丈夫かよ?」と心配交じりにつっこんだら、「それはそれ、これはこれ」とあっけらかんと抜かしやがった。「何言ってんのお前?」とでも言いたげな、心底不思議そうな顔であったため、強がりでもなんでもなく本当に素での反応だったと思う。お前のその精神的な頑健さとか図太さに関してはマジで尊敬するぜ、俺は。

 

「いやでもさぁ、ハジメも満更でもないんじゃないの?2次元じゃない、リアル美少女に心配されんの。正直に言ってみ?ここには俺と幸利しかいないぜ?俺達はお前さんが何を言っても責めないよ」

 

 社はハジメに対して、心中を吐き出して楽になれ、と優しく諭すように言う。が、言い方に騙されることなかれ、ヤツの言葉は諭すというよりも、(そそのか)すというほうが相応しいだろう。一般的には甘言だとか悪魔の囁きでもいいがな。

 

「いや、まぁ、それは・・・。正直、その・・・ちょっとだけ、ちょっとだけね?・・・優越感あるよね」

 

 そうしてまたヤツの言葉に乗せられた哀れな犠牲者が一人ーーーっていうかハジメも嫌だ嫌だ言いながら優越感に浸ってたのかよ!!

 

「幸利裁判官。被告はこう述べていますが、判決は如何に?」

 

 有罪(ギルティ)だな。言い訳の余地はない。ここで骨となり朽ち果ててしまえ、ハジメ。

 

「さっき責めないって言ったじゃん!手のひらクルックルかよ君ら!?」

 

 叫ぶハジメの声をきいて、また笑いあう俺達。こうやって3人で雑談してると、よくもまあ社との付き合いがここまでの長丁場になったもんだと、自分でも不思議に思う。初めてこいつと出会ったときーーーいや。キチンとこいつの事を知った時か。その時の俺に、今も社とダチやってる事を伝えても、「こいつ正気か?」何て目で見られるに違いねぇや。それほどまでに、俺が中1の頃に味わった体験はイカレているものだった。

 

 ・・・この件については、俺は語る口も、思い出すべき記憶もねぇ。今でこそ、リアルの女子相手に多少ぎこちなくなる程度まで回復してはいるが、当時は女性の姿を見ることにさえ抵抗感が半端なかった。

 

 それが何とかなったのは、事件が終わった後も欠かさずフォローをしてくれた社のお陰でもある。あの件で俺が得たものがあるとすれば、それは社っつーダチ1人だけだろう。きっとそれだけ覚えていれば、今後も仲良く馬鹿な話に花を咲かせることができるだろうよ。

 

 なんてことを思いつつ、雑談をしていたその10分後、八重樫と中村が今回の集まりに参加することを知り、俺は即座に空き教室から撤退した。八重樫はともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同じ理由で白崎の事も苦手だ。白崎の場合、対象はハジメだがな。

 

 以前に社は「愛こそが最も歪な呪い」とか言ってたけど、それに関してはあの一件で嫌というほど身に染みてるんだよ。マジでその通りだった。しっかしなんであいつら愛されてる自覚ねえんだ。その姿見せられて冷や冷やすんのは俺だかんな?あの事件からどれだけ経とうとも怖いもんは怖いんだよ・・・(震え声)。

 

 

 


 

2.八重樫雫の友人評価

 

「それで?何でまた、俺を態々呼び出したんだ?」

 

 私の友人である宮守社は、訝しげな表情を隠さないまま私達に向けてそう言った。

 

 とある日の放課後、私は香織に「宮守君を紹介して欲しいの!」と頼まれた。その言葉に何故か心の中に黒いモヤモヤが溜まった気がしたけれど、続く「南雲くんと仲良くする為のヒントとかが欲しいの!」と言われると、納得と共にモヤは晴れた為気にしなかった。

 

 そして帰りのホームルームが終わった後、私から社に「少ししたら何時もの空き教室で待っててくれないかしら?」とお願いし、私達は先に向って空き教室で待機。10分後、到着した社が発したのが冒頭の言葉だった。

 

 社の発した言葉に応えるように、私の隣にいた香織が前に出て頭を下げながら「どうすればハジメ君と仲良くなれるか教えて下さい!」と口を開いた。

 

(・・・我が親友ながら、正面突破も良いところね)

 

 呆れる程に真っ直ぐで、南雲君への好意を隠さない香織。彼女に少しの呆れと羨ましさの様なものを感じつつも社の方を見ると、彼にしては珍しい事に目を見開いて驚き固まっていた。親友の私でも驚いたのだから、余り他人に興味のない社でも驚くわよね。

 

 社はすぐに我に帰ると、うなじに手をあて目を瞑った。社が昔から考え事をする時の癖の様で、彼の祖父の癖が移ったと溢していたのを聞いた記憶がある。数秒して目を開けた社は私のほうを見てため息をついた。ちょっと、何で私の方見ながらなのよ。

 

「タイムだタイム。ちょっと雫と作戦会議させてくれ。雫さんはちょっとお話があるからこっち来なさい」

 

 そう言って教室の隅に移動して私に手招きする社。これじゃ「私達は今から内緒話します」と言ってるようなものでしょ。巻き込んだの私だから強く言えないけど。

 

 言われた通り教室の隅に行くと、社はこれまた彼にしては珍しく苦虫を噛み潰した様な顔でこちらを見ていた。社は友人・身内以外への興味や関心が薄いから、他人に感情を良くも悪くも向けない節がある。感情のリソースを割かないと言っても良いかもしれない。だから今回の様に他人である筈の香織が原因でこんな顔をするのは珍しかった。

 

 ・・・親友が彼から珍しい表情を引き出した事に対して、よく分からない感情やら気がかりやらに何やらモヤモヤしてしまう私。出所の良くわからない感情に無理やりに蓋をして口から出たのは、「貴方が他人にそんな顔をするなんて珍しいじゃない?そんなに香織が気になる?」という非常に棘のある言葉だった。

 

 ーーー全然心に蓋出来てないじゃないの私ー!なんか凄い嫌味っぽい言い方じゃないかしら!?これじゃただの嫌な奴じゃないのよ!別に社が悪い訳じゃないのよ。ここは素直に謝るべきーーー

 

「そりゃそうだ。他人ならいざ知らず、雫の親友ならある程度の配慮はして然るべきだろ。彼女、お前さんの親友なんだろ?」

 

 私の謝罪よりも速く耳に届いた社の台詞に、自分の顔が耳まで真っ赤になるのが分かったので即座に顔を伏せる。見なくても分かる、社は今絶対に「ハァ?何言ってんのお前、これくらい当然でしょ?」みたいなキョトンとした顔をしている。「おーい雫さんやーい何俯いてんのー?」じゃないわよ何でアンタはそう言う事さらっと平然と言えんのよ!貴方本当にそう言うとこだからね!

 

 ・・・社は、身内や友人、他人なんかの線引きを明確に行っている。普通の人であれば多かれ少なかれ無意識にしている事だと思うけど、社は訳あって()()()()そうしているらしい。理由は分からないけど、しかし他人に対して排他的と言う訳でもなく、受け答えもしっかりしてるし出来る範囲での気遣いや親切もしている。が、それだけ。社が心を砕くのは自分の身内・友人以上なのだ。

 

 他人に親切に、しかし自分から関せず限られた身内・友人を出来る限り大切にする。要するに線を引いた上で、誰をどの位優先するかの判断が非常に上手いのだ。社が本当にタチが悪いのはそこ。線の外側にいる他人から見ると「付き合いは良くないけど、まぁまぁ親切な文武両道の優等生」と言う評価になる。なってしまう。その癖、友人・身内の視点で見ると線の内側の人間、要は私達を良い意味で露骨に贔屓しているのが良く分かるのよね。

 

 さっきの台詞もそう、社は冗談でも他人にあんな、お、お前(の友人)だから特別、何てことは絶対言わないのだ。社は線引きをしっかりして、相手をしっかり選んだ上で、言っている。それがわかっているから、社の友人は数が少ないし、私以外クセは強いけど結束は硬い。ホント特定少数を誑し込むのがでたらめに上手いんだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そういう意味では光輝と真逆なのよね。皆を、不特定多数を大事にしようとする光輝と、特定少数を大事にしている社。他人にも身内にも手を伸ばすつもりである光輝と、自分の選んだ人間のみに必ず手を伸ばす社。他人との線引きがひどく曖昧な光輝と、他人と身内や友人の線引きが明確な社。社に噛みつく光輝と、光輝を他人としか見ず興味を持たない社。どちらが良いかなんてーーー。

 

 ・・・駄目ね話が進まないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の言葉に惑わされている訳にはいかない。今重要なのは同性の親友だもの。顔の熱も取れたし、本題に入りましょう。

 

 何で呼ばれたかは分かっているかしら?と、気を取り直し改めて問う私に、「おお、復活した」と抜け抜けと(のたま)う社。誰のせいだと思っているのよ。

 

「想像はつく、大方ハジメの事だろ。で?」

 

 相変わらず友人関係では鋭い。そんな社に対して「私は顔繋ぎ。内容に関しては香織本人から聞いて」と私が返すと、成る程そりゃ道理だ、と納得の呟きと共に彼が香織の方に顔を向ける。と、すぐ様社の横顔が、何かまずいものでも見たかの様に変わる。どうしたの?

 

 私の声に答えない代わりに、社が自分の向いている方を指差す。一体何よと思い、そちらを向いた瞬間、迫ってきた香織が私の両方を強く掴んだ。

 

「どうして?」 

 

 え?

 

 俯いている為、表情のわからない香織から発せられた疑問の声に、私達2人も同じく疑問の声を出す。ほっときすぎたかしら、とそれについて謝罪しようとして。

 

「どうして、宮守君と付き合ってるのを教えてくれなかったの!?」

 

 私達2人を見て、目をキラキラさせた香織が爆弾発言した。

 

 それを聞いた瞬間に程々の強さで舌をわざと噛む事で、痛みによって顔が赤くなる事を防ぐ。何時までも同じ失態を見せはしないわよ・・・!と、自分でもよくわからない方向に意地を張っていく私。それと一応、社の反応が気になった訳ではないけれども、そう、気心が知れた友人として、お互いのことを知るために、社の方を向く。

 

 

 

 が、私の目に入ってきたのは、目を閉じて空を仰ぎながら、「うっわめんどくさぁ・・・」と呟く社の姿だった。

 

 

 

「ーーー〝雷突・崩し〟」

 

 社の思いもよらぬ反応に対して、ブチリと頭の中の線が切れるような音がした。チクリという痛みとともに心中のモヤモヤが爆発的に増加し、一気に頭に血が上る。取り合えず軽くへこませてやろうと、自分の怒りがどこから来たのかさえ考える事もなく、八重樫流体術である〝雷突〟(相手の懐に潜り込んで繰り出す肘鉄。)の変形技を加減して打ち込もうとする。がしかし、ヒョイと避けられてしまう。

 

「何してんのぉ雫さ~ん?新しい踊りかなんかかなぁ?もっと練習が必要じゃないカナー?」

 

 加減したとはいえ私の技を簡単に避けた挙句、煽るようにワザと間延びするような言い方で、小馬鹿にするように「プププ」と笑う社。・・・そう、よっぽど叩きのめされたいのね貴方は。

 

 その後ムキになった私と、それを煽る社の追いかけっこが始まり、香織に止められる迄の5分間ほどじゃれ合いは続いたのだった。なんで本題に入る前から疲れているのかしら・・・。

 

 まぁ、最終的には「南雲君の味方」であることを前提に社を巻き込むことには成功したし良しとしましょうか。何故か最初の議題が「雫と宮守君っていつから付き合い始めたの!?」だったのには頭が痛くなったけれど。

 

 ・・・ため息つくんじゃないわよ社!はっ倒すわよ!

 

 

 


 

3.中村恵里の恋愛計画

 

「エリリンの言ってた【王子様】って、もしかして宮守くんの事?」

 

 ーーー!?!?ッゲホッゴフッグフゥ!!

 

「あわわ、エリリン大丈夫!?」

 

 時刻は昼休み半ば。親友・・・と言っても良いかは分からないけど、仲の良い友達である鈴と一緒にお昼を取っていた時。何でも無い様な世間話をする様に、鈴の口から爆弾発言が飛び出した。動揺し過ぎて、思わず咽せてしまったけれど、乙女の意地で何とか口から吹き出すのは防いだ。ギリギリ、セーフかな?

 

「・・・エリリンがそこまで動揺したの初めて見たよ」

 

 アウトだった。まさか気づかれるとは思わなかった。いや確かに授業中とか、授業の合間にある中休みとかに、周りにバレない様に盗み見たり、さり気なく近付いたりは結構してたけど。それでもまさか鈴が気付くとは思わなかった。何故気づいたんだろう?

 

「だって最近様子が変だったしね。ソワソワしたり、宮守くんの方を見つめてたり。他の人は気付かないだろうけど、親友である鈴には隠せるとは思わない事だね!」

 

 ーーー抜かった。まさか最近の調子から見抜かれていたとは。色々焦っていたとは言え、少しばかり大胆だっただろうか。こう言う鋭い一面が有るのが、鈴の侮れない所だった。

 

「それもまああるけどさ、昨日見ちゃったんだ、宮守くんと一緒に帰ってるトコ。宮守君の隣でさ、エリリンが見た事ないくらい楽しそうにニコニコしてたから気になっちゃって。それで今日学校に来たら、様子が戻ってたどころか、すごいご機嫌オーラ出してたし。それで鈴はピンと来た訳ですよ」

 

 訂正。気付かれたのは鈴が鋭いからじゃ無くて、僕が分かりやすいだけだった。感心して損した気分だ。やっぱり鈴は鈴だった。

 

「それでそれで!?どうして今まで噂の王子様が宮守君だって教えてくれなかったの?何か話せない事情でもあったの?」

 

 そう言う訳ではーーーある。僕と社君との馴れ初めを正直に話すのであれば、それ即ち呪術等のあれこれも話さなければならない。それだけはダメ。たとえ鈴でも俄かには信じられないだろうし、百歩譲って信じてくれたとしても、社君には迷惑を掛けたくない。

 

 ーーー宮守社君。10年以上前に、事故に遭った()と父さんを助けてくれた恩人。彼のお爺様との約束を破ってまで、私たちを救う為に尽力してくれた、愛しい人。当時、事故に遭って動揺していた私は、私達親子を包み込む暖かで優しい光を使う彼に見惚れた。魅了されたと言っても良い。「彼の事を忘れたくない」と言う一心で彼の申し出た『縛り』を一度拒否したのは、後で考えれば酷く迷惑な事だったと反省したけれど、それ以上に私にしては会心の仕事をしたと今でも思っている。

 

 『縛り』により幼い私と父は彼の事を忘れてしまったけれど、【助けてくれた誰か】がいた事は憶えていた。父と私が助かった事を泣いて喜んでいた母も、その言葉を信じてくれて、いつかまた会えればお礼を、と言うのが家族の総意だった。

 

 そして4年前。()にとっては運命の再会となる、九州での出来事。当時中学2年生だった私は、呪術絡みの事件に巻き込まれた、らしい。らしい、と言うのも事件に巻き込まれている最中の記憶がないから。

 

 後から社君に聞いた話によると、お盆と言うある意味霊にとって居心地の良い時期に、暇を持て余した精霊やら妖やらが10代の少年少女を自身の領域(本人?達にとって都合の良い居場所の様なものらしい)に拉致。その後、特にこれといった危害も加えず、ごく普通に遊んでから解放するという何とも言えない事を続けていた、言ってしまえばそれだけの事件。ただし、期間と頻度がマズかったらしい。何でも、領域と現実では時間の流れがズレているらしく、拉致してから解放するまでの期間が最小3分、最長で何と半月であり、それが1月で数十件近く同時多発的に発生したのだ。

 

 被害者達は1人の例外無く当時の事を覚えておらず、身体検査の結果も異常なし。しかし一様に「なんか分からないけど楽しかった気がする」と証言。この事件を担当していた人達は「害は無いみたいだけど行方不明になるのは問題だし、そもそも犯人は何したいんだコレ?」とお手上げ状態であったらしい。そこで原因究明のために社君のお爺様に声が掛かり、代役として社君に白羽の矢が立ったのだとか。

 

 私が意識を取り戻したのは、社君が私を背負って領域から脱出した直後だった。社君は念の為にと背負った私を治癒し続けてくれた。目を覚ました私は、あの時よりも強く優しく、でも本質は何一つ変わる事の無い暖かな光に包まれながら、社君の声を聞いた事で全てを思い出した。

 

 私と父さんを救ってくれた人。彼にとっては何の得にもならない約束を過去に私と交わして、でもそれをその場凌ぎの嘘にせず。私がそれを忘れていようとも、約束を守るためだけに私の元に駆け付けてくれた人。本人は「唯の偶然」と言い張っているけれど、私にとっては関係ない。10年以上前のあの日から、4年前のあの時から、私の、僕の英雄(おうじさま)は社君ただ1人だけなのだから。

 

 全てを思い出した私は社君の背中で泣き出してしまい、彼を困らせた。その後、何とか私を両親の所に送り届けようとした社君は、今度は無事に合流できた私の両親も泣かせていた。何でも私と同じ時間帯に父も記憶を取り戻したらしく、それを聞いた母と共に見つかった娘を迎えてみれば、一緒にいたのは再び娘を救ってくれたという10年以上前の恩人だったんだから泣いてもしょうがないと思うな。

 

 その後、私の我がままを通す形で、御礼も兼ねて半ば無理矢理に社君と一緒に旅行を再開。社君から話を聞くと、予想以上に近所に住んでいたことが発覚。一緒に帰って、社君が住んでいる神社(一応呪い対策として、念のためご両親とは別に暮らしていたらしい。)に行き、そこで呪術関連の説明を受けた私達一家は、その後も社君一家との付き合いを深め現在に至るという訳だ。

 

 ・・・正直な所、初めて社君の事情を聞いたときに沸いた感情は、『呪術』やら怨霊やらに対しての恐怖でもなんでもなかった。社君には失望されてしまうかもだけど、僕の心にあったのは死んでいても尚ツキちゃん(社君に憑いてる怨霊のあだ名。由来は社君に憑き(ツキ)まとっているから。社君にはナイショ)が社君に変わらず愛してもらえている事に対しての、焼け付くような嫉妬と狂おしい程の羨望だった。

 

 婚約者(フィアンセ)?結婚の約束をした?ずっと一緒?---うるさい知らない()()()()。僕の運命の(愛する)相手は僕が決めるの。呪われようと、祟られようと、そこだけは絶対に譲らないと僕は自分の心に決めたのだから。

 

 社君は一途だ。きっと呪いを解いてツキちゃんを解放するまで恋愛はしないだろうし、ツキちゃん以上に愛する相手は現れないだろう。好きな人の事だから確信できる。でもそれで良い。仮に全てが上手くいき、奇跡が起きてツキちゃんと恋仲になったとしても、()()()()()()()()()()()()()()。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目論見が上手くいく目は十分にある。今の僕の社君の中での立ち位置は、身内・家族に限りなく近い友人だ。もし今彼に告白でもしようものなら、間違いなく断られる。それどころか、それ以上に仲良くなるのも難しくなる。それならいっそ、僕が社君を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、社君ともっと仲良くなればいい。それこそ、僕達からいきなり迫ったとしても、僕達を突き離せないほどに。一人称を僕に変えたのも、僕が異性であるという意識を逸らす一環だしね。

 

 社君は人間関係にキッチリ線引きする代わりとでも言う様に、身内・友人にとても甘い。下手に欲張らずにこの関係のままなら、今よりももっと仲良くなるのは難しくない。それに加えて社君は、婚約者がいると宣言した人間にわざわざ恋する様な物好きなんていない、と無意識に思っているみたいだから、僕の恋心は簡単に隠せるだろう。いや、略奪愛なんかは知識としてあるんだろうけど、僕がそんなことする筈が無いと信頼してくれている。そういう自分の線の内側にいる相手には脇が甘くなるところは、社君の欠点かな?そういう所も勿論大好きだけどね。

 

 それに社君の義妹(いもうと)である双子ーーー真理(まり)ちゃんと有理(ゆうり)ちゃんーーーと協力できるのもよかった。彼女たちも僕と同じように助けられ、彼に恋をして、思いの成就の為に僕と同じような結論に至ったみたいなので、簡単な話し合いで同盟を組むことができた。

 

 社君のお相手が増える事に思う所が無いでは無いけど、このままでは彼はツキちゃん以外に目を向けないだろう。・・・社君は、何故ツキちゃんが怨霊となったのか、呪いになったのかがわからないと言っていたけれど、僕は確実にツキちゃんが元凶だと思っている。理由は単純、何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。所謂女の勘でしかないけれど、ツキちゃんと僕はきっと同類だろうから、この勘もそう外れたものじゃないと思うな。

 

 まあ、例え呪いが解けなくても、ツキちゃんに憑かれっぱなしであろうとも、社君を愛し続けることには変わりないから良いんだけどね。僕が社君のことを異性として愛してるって、社君本人が知ったら一体どういう反応するんだろう?想像するだけで堪らないなぁ、ウフフフフ・・・。

 

 

 

 ・・・鈴?何で社君目掛けて突撃しようとしてるの?「エリリンが照れて話してくれなさそうだから本人から直接馴れ初めを聞く。」って待って、それは困るから、社君の迷惑になるから!分かったよ、放課後時間作るからそれまで待っててお願いだから!?



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8.日常の終わり

 ーーーただひたすらに面倒くさい。

 

 月曜日という恐らくはほぼ全ての労働、あるいは勉学に勤しむ人間が最も忌むべき曜日に対して、南雲ハジメと言う少年が持つ感想はそれだった。

 

(神様は一週間の内6日で世界を作り1日休んだって言うけど、何故もっと休まなかったんだ。6日働いたのだから6日休もうよ。偉大なる御身が勤勉なせいで、僕達人類も勤勉にならざるを得ないんじゃなかろうか。そもそも何故学校などという教育機関が存在しているんだろう)

 

 自らの怠惰さを棚に上げ、寝ぼけている頭で益体のないことをつらつらと考えるハジメ。学校でも仲の良い友人に恵まれたとは言えどもそこはそれ、憂鬱さが微塵も消える事は無かった。

 

 いつものように始業チャイムが鳴る10分前には教室の前に到着。扉を開けた瞬間、教室の男子生徒の()()()()舌打ちやら睨みやらを頂戴する。それ以外の男子生徒や女子生徒に関しては、ハジメには興味無い様だった。いや、一部の物好きはハジメ達を熱心に観察していた。主にBでLを好む貴腐人な方達だが。

 

 その辺を極力意識しないように自席へ向かうハジメ。しかし、毎度のことながらちょっかいを出してくる者もいる。

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。()()()()()()()ワザと聞こえる様に声を上げるのは、檜山大介(ひやまだいすけ)と言う毎日飽きもせず日課のようにハジメを小馬鹿にする生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)の3人で、大体この4人がハジメを小馬鹿にする。

 

 が、ハジメは全く気にも止めず眠たげに欠伸をする。この程度の事を気にする程、柔な性格をしてはいないのだ。友達2人に鍛えられたとも言うが。そんな態度が余計に檜山グループを煽っているのだが、ハジメ本人は気づいていない。

 

 自分の席に座りいざひと眠り、という所でハジメの友人の1人である清水幸利がハジメの席に近づいてきた。挨拶しようとするハジメに対して、幸利は(おもむろ)に顔を横に向けて耳に手を当てた。側から見るとハジメの言葉に耳をすましている様にも見える。

 

 ?マークが頭の上に浮かぶハジメ。徹夜で趣味に没頭すると言う、ある種禁断の果実とも言える味を堪能していた頭では、この友人が何をしたいのかは全く分からない。寝ぼけた頭で、幸利の行動の意味を問おうとするハジメ。しかしーーー。

 

「何?!真正面から文句のひとつも言えない上に自分よりも遥かに成績の悪いクソ雑魚ナメクジ共に、何言われようとも気にする訳ねーだろ、だって!?さすがハジメさん、俺達が思っても言えない事を言うなんて!そこに痺れる憧れるゥー!!」

 

「何言ってくれちゃってんの幸利君!?」

 

 それよりも早く、幸利から特大級の爆弾発言が飛び出した。その発言により凍り付くハジメと一部クラスメイト。「ああ、またか」と納得とともに吹き出したり笑いを堪えている生徒も居るが。

 

 徹夜だとかまだ眠いだとか、そんな生温い考えはハジメの頭の中からは完全に消え去っていた。そんな寝ぼけた事を言っている場合では無い。ハジメにとって最も親しい友人の1人は、本日付けで最も憎むべき邪智暴虐の大敵になっていた。

 

「僕そんな事言って無いよね?それ全部今適当に考えただけでしょ!朝からとんでもない事言わないでくれるかな!」

 

 声を張り上げ自分の無実を証明しようと叫ぶハジメ。その言葉で、凍り付いていた生徒がハジメに対しての興味を無くす。図星を突かれた檜山グループは敵愾心タップリだが。それを相変わらず無視して、クラスメイトの気が逸れた事に息を吐き出し胸を撫で下ろすハジメ。

 

「いやでも、お前の方が成績だいぶ良いのは事実だろぉ?」

 

「だからこそタチの悪い嘘になるんじゃないか。事実でも口に出さない方が良いこともあると思うよ僕は」

 

 ハジメの成績が良いのは事実ではある。少なくともテストの点数は上から数えたほうが間違い無く早い為、成績が良くない等とは口が裂けても言えないだろう。行き過ぎだ謙遜は唯の嫌味である。が、ハジメ自身の認識では自分の成績が良いのは自らの努力が理由であるとは思ってもいなかったので、事実であってもあまり声を大にして言うつもりはなかった。

 

「確かに成績は良い方だけど、それは君と社君が僕に勉強教えてくれるからでしょ」

 

 ハジメの成績が良い理由は、友人2人がハジメに勉強を教えてくれていたからだった。社は「友達に勉強教えるとか、優等生っぽいだろ?」とハジメに気を遣ってか冗談めかして言い、幸利は「俺達オタクは肩身が狭いんだから、何か1つ武器作って世間様から【僕達オタクでも頑張ってます!】って自己防衛するんだよぉ!」とある意味非常に現実的かつ切実な理由で、それぞれがハジメに協力していた。

 

 正直な所、将来に備えて父親の会社や母親の作業現場で働いているハジメにとって、成績の良し悪しは割とどうでも良い事ではあった。しかし、2人の善意を無碍にするのも悪いと思い勉強会に参加した所、予想外に2人の教え方は分かりやすく上手かったのだ。勉強会は本人達の趣味や雑学を交えて行われるものであったので、以外にも面白味があるものだった。

 

 ハジメの地頭も悪いものではなかった為、あれよあれよと言う間に成績が上がっていき、気が付けばクラスの平均は優に超えている状態だった。この結果を最も信じられなかったのはハジメ自身ではあったが、両親も喜んでくれたしお小遣いもアップしたので、2人には多いに感謝してはいる。

 

「ーーーそれは違うと思うぞ、ハジメ」

 

 ハジメと幸利の会話の横から、いつの間にか来ていた社が先程のハジメの発言を否定する。

 

「過程と結果は別物だろ?別々に評価するべき、でもいいけどな。どういう理由であれ、ハジメが努力したのも、結果を出してるのも事実だ。そこを否定されると、協力した俺達も悲しくなる」

 

 静かに、しかし真面目な口調でハジメに語りかける社。学校にいる間ーーー正確には、朝に校門を通ってから放課後のHRが終わる迄の間ーーー社は猫を被って優等生をやっている。優等生状態の社は()()()()()巫山戯たりせず表面上は真面目な為に、猫被りがバレてないクラスメイトからの評価は高い。一言で表すのなら「付き合いが悪いけど、親切で文武両道な優等生」と、概ねそんな評価だろうか。時たま素で天然な発言をかます事もあるが、その辺りもある種の愛嬌のように扱われているようだ。

 

「もし仮に、俺達に教えられているのだから勉強できて当たり前、なんて言う奴がいても気にするなよ?そう言う奴に限って、自分で努力出来ない性格も頭もクソな奴だからな?」

 

 ハジメ達以外の人間からは見えない絶妙な角度で、悪い笑みを浮かべる社。性格の悪さに関しては隠し切れていなかったが、社曰く「宮守社という人間でも優等生をやれるっていう証明」のために優等生をしているとハジメは聞いていた。なので極端な話、周りの人間に猫被りがバレても問題ないのだろう。友人達もそれを承知で気にしない様にしている。

 

「だから、自分の努力と出した結果に胸を張れハジメ。お前さんは、前を向き高らかに声を上げ、自分の思いを言っていいんだ。ーーー成績が僕以下のヤツに人権は無い、と

 

 ハジメのもう1人の友達は、知らぬ間に鬼畜外道か悪魔にでもなっていたようだ。優しげな声と口調で、しかし本日通算2度目の爆弾発言がよりにもよって優等生状態の社の口から炸裂した。再び凍りつくハジメと一部クラスメイト。あと先ほどよりも明らかに吹き出す生徒が増えている。幸利は爆笑していた。

 

「何でこういう時に限って社君は(普段教室では言わない様な)冗談言うのさ!?僕完全に嫌な奴じゃん!幸利君と打ち合わせでもしたの!?」

 

 動揺しつつも突っ込みを入れるハジメ。彼ら2人の爆弾発言にはよく振り回されているため、対応は中々に熟れたものになっている。

 

「いや?幸利とは打ち合わせはしていない。面白そうだから乗った」

 

「イヤイヤ、わが親愛なる親友(ブラザー)が周りに溶け込めているか、あるいは虐められないか、俺は心配で心配で夜しか眠れなくてなぁ、そのサポートってやつだよ」

 

「その理由良いな幸利。じゃあ俺もそれで」

 

「じゃあ!?じゃあって言った今!?あと幸利君、夜しっかり寝れてるじゃん!」

 

 突っ込み所しかない幸利と社の会話。ハジメにとって最も信頼しうる2人の友人は、いつの間にか最悪の敵になっていた。吹き出したり笑い声が増える中で、ハジメは【地獄への道は善意で舗装されている】という(ことわざ)がヨーロッパかどこかにあるのを思い出す。意味までは把握していなかったが、額面通りに受け止めるのであれば絶対に間違いだろう。地獄への道は悪意でもバッチリと舗装されていた。

 

「ご心配どうもありがとう!!おかげさまでクラスの皆に朝一で笑いをとれるくらいには馴染めてるよ!あと僕を現状虐めてるのは間違いなく君らだけどね!!」

 

 ハジメの突っ込みに周りから笑いが起きたところで、一時間目の授業を担当する教師が入ってくる。笑われたことに対して赤くなるハジメに、「スマンスマン」と声を掛ける社。授業の挨拶をし終えたハジメには、朝に感じていた眠気は既に無かった。・・・精神的な疲労感は大分あったが。

 

 

 

 

 

 午前中の授業が終わり、昼休憩。授業から解放された生徒たちが俄かに騒めく教室で、ハジメは一人背伸びをしながら一息つく。ふと、ここしばらく自分が授業中に居眠りをしていないことに気づく。遅刻・居眠り常習犯であり、あまり勉強に乗り気でなかった自分がここまで変わるのだから、人生は分からないものだ、と老成した世捨て人の様な事を考えるハジメ。

 

 考え事もそこそこに、いつもの昼のお供である十秒チャージのゼリーをゴソゴソと取り出すハジメ。そこにそれぞれの昼食を持った社と幸利がやってくる。

 

「毎度毎度それ食ってるの見るたび思うんだが、お前さん昼飯それで足りんの?」

 

「ハジメの事だから、弁当食うのすらめんどくせーんじゃねーか?」

 

 心配半分不思議さ半分でハジメに問いかける社に、投げやりに、しかしそう的外れでもない返答をした幸利。社の手には運動部男子であれば丁度良いサイズと言っていい大きさの弁当箱が、幸利の手には購買で買ってきたであろう幾つかのパンがあった。

 

「相変わらず社君はよく食べるね・・・。」

 

「我ながら燃費悪いとは思うんだが、食わないと午後持たないしな」

 

「そりゃあんだけ動けりゃ腹減るわな。このフィジカルお化けが」

 

 午前中にあった体育の授業で行われていたサッカーで、社が無双していたのを思い出すハジメと幸利。サッカー部相手に全く引くことなく、ハットトリック一歩手前までいったのだから文句のつけようもない。授業後、社の動きを見ていたサッカー部員達に熱心に勧誘されていたようだが、丁重にお断りしていた。社本人としては、打ち込めるだけの情熱がないから、という理由で入部するつもりはないらしい。

 

 適当な椅子と机に座り3人であーだこーだ喋っていると、ハジメの後ろから「南雲君」と呼ぶ声がした。その声を聞き、理由は異なれど動きがピタリと止まるハジメと幸利。

 

「・・・あ~っと、俺ってば用事があったんだ、ウッカリしてたわ~、悪いがちょっと席を外すぞ。ーーーだからこの手を放せやハジメ」

 

「ハハハ、死なば諸共って言葉を、まさか幸利君が知らないはずないよね?君、いつも文系のテスト満点に近いんだから」

 

 あくまで幸利の主観において、という言葉が頭につくが、特定の条件を満たす女性に対してはトラウマが発動する幸利。声の主がその特定の女性に当てはまる人物であると気づくと、座っていた椅子から立ち上がり、この場から即座に離脱を試みる。

 

 が、しかし幸利の逃亡を読んでいたハジメは、自分が逃げ切れないことを悟った上で道連れを作ることを決意。普段の様子からは想像できない様な機敏な動きで幸利の手を掴むことに成功する。お互いに表面上は笑顔を作りながらも、ハジメと幸利の間では確かに散る火花。そんなことをやっている間に、両者にとって死の宣告にも等しい発言がなされる。

 

「相変わらず3人とも仲いいね。南雲君はお昼食べたの?良かったら一緒に食べない?」

 

 先ほどのやり取りを見ても、まったく怯むことなくハジメに声を掛けてきた人物の名は白崎香織(しらさきかおり)。美少女と言ってもいい美貌と、分け隔てない優しさや責任感を持つ彼女は、学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇っている。

 

 ハジメ本人はそんな香織に対して「天は二物も三物もあたえるんだなぁ」程度の感想と興味しかなかったのだが、それに反するかのように、彼女はそこそこ頻繁にハジメを構おうとするのだ。学校中から大人気の香織が自分に構う理由も分からない上に、良くも悪くも彼女の存在は教室の注目を集める。現に今も、周りのクラスメイトはこちらを見てひそひそ声で話している。悪い噂で目立つのは本意ではない為、正直勘弁してほしいというのがハジメの素直な気持ちだったりする。

 

 ーーー実の所、クラスメイトが話しているのはハジメに関する悪い噂では無かったりする。興味本位だったり、下世話な内容はあるだろうがハジメに対して否定的なものではない。そもそもの前提として、ハジメのことを嫌っている人間は()()()()()()()()()()ほぼ存在しないと言ってもよい。理由は幾つかあるのだが、その中でも大きいものが2つ。1つ目は社の存在である。

 

 社は本人の猫かぶりの甲斐もあり、()()学校では成績優秀スポーツ万能と文武両道の優等生として通っている。顔立ちも悪くなく、身長も180㎝近くある為ルックスも十分。また、美少女剣士として有名な八重樫(やえがし)(しずく)とも昔から懇意にしているとあって、彼女たちと同様にとまではいかずとも割と目立つ。そんな社の友人をしているのだから、当然ハジメにも注目はいく。いくのだが、しかしここでハジメ本人の人の良さが目立つのだ。

 

 本人は意識していないだろうが、ハジメの持つ生来の優しさと冷静に周りをよく見る観察眼は困っている人間を見つけると放って置かない。シンプルに手助けすることもあれば、場合によっては当人も気づかない様なさりげない気遣いを見せ、しかしそれを言いふらすでもない。本来であれば見逃される様な細やかな気配りーーー要はハジメの美点と言っても良い部分が、社の注目の余波を受けて多くの人間に気づかれているというだけの話である。

 

 2点目についても内容としては単純で、白崎香織が南雲ハジメを好きであるという事、またそうなった切っ掛けを()()()()()()()()が暴露しているからである。暴露と言ってもクラスメイト全員にではなく、クラスメイトの女子相手にではあるが。

 

 ハジメの美点が気づかれるようになり、周りからの見る目が変わる中。香織本人は自分の思い人が正しく評価されることを自らの事のように嬉しく思いながらも、「自分のようにハジメに思いを寄せる異性が現れるのではないか?」と内心非常に焦っていた。困り果てた香織は親友である雫と、()()()()()()()()()に相談。結果として「いっその事、何もかも正直に話して周りの女子全部味方につけちゃえば良い(要約)」と言うアドバイスを頂戴する。

 

 このアドバイスは周りの女子を味方につける以外にも、未だ目に見えぬ恋敵候補に対して牽制をするという意味合いも兼ねていた。思春期女子にとってのある種の暗黙の了解、所謂「私が先に彼を好きになったんだから他の女子は色目使わないでね♡」と言うヤツである。

 

 その辺の事情に鈍かった香織ではあるが、助言に含まれた意味や理屈を聞くとすぐさま納得。そのままの勢いでアドバイス通り実行し、多くの女子の協力を取り付けることに成功したのであった。因みにこの時、香織はハジメに興味を持つ切っ掛けとなった【ハジメ土下座事件】についても詳しく話しており、その話を聞いたクラスメイト女子からも「やる時はやるヤツ」と、概ね好印象も持たれている。

 

 尚、周りからの見方が自分にとって良い方向に変わっている事や、香織に懸想されている事、自分の黒歴史(土下座)が結構な数の人間に周知されている事にハジメ本人は気づいていない。割とこの男、周りは見えるくせに自分がどう見られているか気づいていないのである。さらに言えば、幸利と社はこの辺の事情を完璧に把握してはいるが、ハジメ本人には伝えていない。「ハジメが自分で気づいたときにどんな顔するのか、お楽しみは取っておく」と言うのが2人の共通の見解である。

 

 香織の(幸利にとっては死刑宣告に等しい)発言に、己が逃げ遅れたことを悟り大人しく席に座りなおす幸利。その顔からは感情が完全に消え去っており、心なしか血色も悪くなっている。その姿を見て多少なりとも罪悪感が湧き出すハジメ。しかし此処で彼を逃がせば、残るはハジメと香織と社の3人。そうなった場合、優等生(猫被り)状態の社のほうも何だかんだと気を使って席を離れていくだろう。その後に残るのは自分と香織の二人だけの、針の筵と言ってもいい時間である。

 

(それだけは断固として避けたいっ・・・)

 

 内心でそこそこ酷いことを思うハジメ。強かと言うか抜け目ない性格になったのは友人2人に影響されたからか、はたまた香織の性格に似てきたか。友人たちを道ずれに、香織と向き合う覚悟を決めたーーー

 

「ごめんなさい南雲君、ちょっと社と清水君借りていくわね」

 

 ーーー瞬間。八重樫雫(香織の親友)という第三者からの全く想像していなかった追撃がハジメを襲う。何を言われたか分からず呆然とするハジメ。時間にして数秒の忘我だったが、それがいけなかった。

 

「イヤー、ヤエガシニサソワレチャコトワレナイナー(棒)」

 

「・・・すまんなハジメ。骨は拾ってやるよ」

 

 その数秒の間に、雫によって連れていかれる友人2名。後に残ったのは、何が起こったか分からず「え・・・?え・・・?」と呟くばかりのハジメと、思い人と2人きりの昼食にありつけてホクホク顔の香織。状況について行けないハジメの口から出たのは「なんでやねん・・・」という弱弱しい呟きだけだった。

 

 

 

 

 

「で、今回のお誘いは白崎さんの指金か?」

 

 雫によって社と幸利が連れてこられたのは、教室内で昼食をとっていた別の女子グループの輪の中だった。メンバーは雫、恵里、鈴の3名。幸利が恵理の姿を視認した瞬間、体を反転させ逃げようとしたのを社が難なく首根っこを捕まえ、無理やり着席させながら聞く。

 

「・・・それが無いとは言わないけれど、昼食に誘いたかったのも事実よ」

 

「フフフ、偶にはこんなメンバーでも良いよね」

 

「鈴も色々聞きたいことあったし全然オッケーだよ!」

 

 雫の言い訳じみた言葉をフォローするかのように、恵里と鈴が揃って賛同する。その発言を聞きつつチラッとハジメのほうを見ると、香織に自分の弁当のおかずを進められタジタジになっていた。哀れな友人に心の中で黙祷を捧げる社。

 

「と言うか、天之河はどうした?アイツ白崎さん関わると良くハジメに絡んでんじゃん」

 

「光輝は今龍太郎に抑えてもらってるわ」

 

 不思議そうに聞く社に、雫が簡潔に答えて指をさす。そちらを見ると、数人の男子グループ内で一緒に昼食を取っている天之河(あまのがわ)光輝(こうき)がいた。隣には光輝の親友である坂上(さかがみ)龍太郎(りゅうたろう)の姿もある。光輝はどうやらハジメ達が気になるようではあったが、一緒にいる龍太郎たちを無碍にするわけにもいかず、合間を縫ってはチラチラとハジメたちに目をやっている。

 

「人の恋路を邪魔する奴は死ね、って言う言葉を知らんのかね、天之河は」

 

「そんな言葉があるのは社のふざけた頭の中だけよ。後、光輝は香織の気持ちに気づいていないわ」

 

 社が呟いた殺意しかない造語に、辛辣なツッコミを入れつつ訂正の言葉を入れる雫。社の方はというと、雫の言葉を聞き現状を理解すると共に眉間に皺を寄せ、信じられないものを見るかのような目で光輝の方を見る。

 

「嘘だろ?白崎さん物凄くハジメ好き好きオーラ出してるじゃん。何、天之河ってば恋愛の感性死んでるの?」

 

「・・・光輝は少し子供っぽいから」

 

 その言葉に愕然とし更に無慈悲な発言をする社に、こめかみを抑えながらフォローとも言えない言葉を絞り出す雫。その顔にはありありと苦悩と苦労がにじみ出ていた。

 

 雫の苦悩を察し「・・・お、おぅ」としか返せない社。ふと横を見ると何時の間にか立ち直っていた幸利が、携帯の写真機能でハジメと香織の仲睦まじい姿を撮っていた。その抜け目のない姿に「よくやった」とサムズアップする社に、幸利もまたサムズアップで返す。言葉を交わさずとも2人の心は今、「後でハジメに写真見せてからかおう」と言う思いで繋がっていた。ハジメが本当に哀れである。

 

 

 

「んー・・・。宮守君ってさ、もしかして猫被ってる?」

 

 

 

 ーーー唐突に、雫との会話や幸利とほくそ笑む社の姿を見ていた鈴が、そんなことを口に出す。鈴本人としてはふと思いついた疑問を聞いただけのつもりなのだろう。しかしその瞬間、社と質問した鈴以外の3人の動きが止まる。

 

(・・・おいこれ、どーすんだよ?)

 

(鈴ってばホント無駄なとこで鋭いなー)

 

(私達は黙って社に任せるべきかしら・・・)

 

 等と目線で会話して打開策を練ろうとする幸利、恵里、雫。この間0.5秒の早業である。社の猫かぶりを知っている3人はどうやって誤魔化すか、いや私達は何も言わないほうがいいのでは、と再びアイコンタクトでの会話を始めようとする。が、その前に。

 

「猫?ああ、被ってるよ。」

 

 間髪入れずに鈴の疑問を肯定する声を社が放つ。あっけらかんとした発言を聞き、座っているにも関わらず、思わずズッコケそうになる3人。質問した鈴本人もこんな簡単に答えられるとは思って無かったらしく、目をパチクリしていた。

 

「いや隠さねーのかよ!?何かこう、それっぽい建前とかあるだろーがフツー!?」

 

「私は時々社が何考えているか分からなくなるわ・・・」

 

「アハハ、社君らしいね」

 

「いやだって、周りからのイメージなんてあんまり気にしてもしょうがないだろ?第一、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思わず叫ぶようにツッコミを入れる幸利に、再びこめかみを抑え頭痛を堪えるような表情になる雫、苦笑いになりながらも笑み自体は崩さない恵里。本人たちの性格が出ている三者三様の反応に対して、ある意味で身も蓋もないことを言う社。ここで猫被りを暴露されて固まっていた鈴が復活し、社の発言に引っ掛かりを覚える。

 

「・・・なんか色々と聞きたいことが増えちゃったような気がするけど!その言い方だと、何か別の理由があって、宮守君は優等生やってるの?」

 

「あー・・・それは・・・」

 

 復活した鈴からの質問に、今度は「余計なこと言った」と言わんばかりの顔で社が固まった。不思議そうに社の様子を見る鈴と雫。そんな2人とは対照的に、「俺知ーらね」とばかりに明後日の方向を向きながら静観を決め込む幸利と、社の方を向きながらある種の余裕すら感じさせる笑みを浮かべる恵里。

 

「・・・その様子だと清水君と恵里(そっちの2人)は社が猫被ってる理由知ってるのね。長い付き合いの私には、一言もそんなこと言わなかったのに。ねぇ、社?その辺り、どう思っているの?私にキッチリと説明はしてもらえるのかしら?

 

 そんな2人の様子を雫が気づかない訳が無く、社に対して笑顔で、しかし言外に隠し事など許さないという態度で問う雫。確かに笑ってはいるのだが、張り付けられた、という表現が非常にしっくりくる能面の様な笑みである。目は言わずもがな笑っていない。心なしか彼女の後ろから、何やら黒いオーラ的なものが噴き出ていそうな幻覚まで見える。その豹変ぶりに横にいた鈴が「ひっ」と短い悲鳴を上げるが、雫本人はそれに気づかない。

 

(いや、説明って言っても■■ちゃん絡みだし言えるわけないんだよな・・・)

 

 雫から予想外の突き上げを喰らい焦る社。この様子だと、中途半端な理由ではすぐに嘘だと看破されるだろう。友人のそういった鋭さに冷や汗をかきながら、何か打開策が無いかと雫を除いた頼れる友人2人に目を向ける。が、恵里は相変わらず笑みを浮かべたまま、口パクで「頑張って」と声援を送るのみ。幸利に到っては、俯いた状態で顔を手で覆っていた。恐らくは雫の豹変ぶりにトラウマが再発したのだろう。

 

(ーーー終わった。もうこれ駄目じゃね)

 

 万事休す。もはや言い逃れは不可能であり、雫から来る圧力は徐々に強くなる一方である。気のせいか空間さえも軋むような音が聞こえてくる気もする。打つ手なしか、と全てを諦めかけたその時。

 

 

 

 光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れた。

 

 

 

「ーーーは?」

 

 その声を発したのは誰だったか。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大しーーー。

 

「全員急いで教室から出ろ!!!」

 

 自分の呪力に対しての感知能力の無さにイラつきながらも、退避の言葉を叫ぶ社。しかし事態を飲み込めていないクラスメイト達が動ける筈も無く。

 

 

 

 

 魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光った後、教室には誰も残されていなかった。



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1章.異世界召喚
9.異世界より①


▲月〇日

 

 異世界転移である。いや正確には異世界召喚か。

 

 ・・・自分の中で状況を整理するために、こうして日記を書いてはいるが、正直な所俺も事情の全てを把握しきれている訳じゃあない。分かるのは、このままであれば俺達が勇者だの神の使いだのと耳障りの良い言葉に乗せられて、戦争の道具にされると言う事だけだ。

 

 

 

 だが、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 恐らくこの世界は、俺達の住んでいた世界とは全く別の文化・文明が発展している。■■ちゃんの持つ『呪力』が強力すぎるせいで、自分自身と■■ちゃん以外の『呪力』を感知する能力がザルに等しい俺ではあるが、その欠点を埋められる位には鋭い五感を備えている。転移寸前まで異常に全く気付かなかったとしても、怪しい人間や『術式』を見たら流石に違和感は覚えただろう。それが無かったと言う事は、俺達の転移に使われた技術は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()、世界の壁を超えるだけの奇跡を起こせるモノなのだろう。

 

 もし、この力をこの世界で学ぶことが出来たのなら。もし、この力の一端でもモノにできたのならば。

 

 ーーー或いは■■ちゃんを、■■ちゃんの呪いを解く手立てとなりうるかもしれない。

 

 こんなチャンスはもう二度と現れないだろう。この機会を逃すわけにはいかない。多少の無理無茶無謀は許容して、あらゆる可能性を探すべきだろう。ーーーたとえどんな手段を使ったのだとしても。

 

 

 

 

 

追記.一夜過ごして日記を見返したら、ゲームとかでよくある【悪落ち&敵対からの破滅というトリプルコンボ決める、元味方現敵が残した日記】みたいになってることに気づいた。流石に爺さんや義妹達、両親に顔向けできない様な事するのは不味いので、ほどほどに手段を選んで、じっくりと腰を据えて取り組みたいと思う。

 

 

 

▲月◎日

 

 ヤバい。この世界ヤバい。というか控えめに言ってもこの世界詰んでるかもしれない。

 

 ・・・焦ったところで事態が好転する訳でもない。冷静に、今書き出せる部分から書いていこう。

 

 今日の日付は、前回の日記を書いた日ーーーつまり転移初日の夜ーーーから約半月後。結構な間が開いてしまったが、正直日記どころでは無かった。今も、一時的に自分の周囲にのみ『(とばり)』(『呪力』を使った結界)を下ろし、その中を『(くゆ)(きつね)』の煙で満たす事で、二重のカモフラージュをしながら日記を書いている。が、これもどこまで通じるやら。

 

 取り敢えず、この半月足らずである程度この世界の事情を把握した訳だが。悲しい事に、この時点で既にここがロクでもない世界であるという確信がある。

 

 理由はいくつか有るが、まず第一にこの国、と言うよりこの世界では、教皇が王より上の立場である事。

 

 書いている最中でさえ思うことだが、コレヤバいだろ。要するに神>教皇>王ってな感じで権力を持つ事になっている訳だ。俺たちの世界ですら、神の存在するしないに関わらず、神の名の下であれば異端審問と言う形で人殺しすら許容された歴史があると言うのに、この世界では本当に神が実在している。神の名を出せば何しても良いとか言う狂信者が生まれる土壌は十二分だ。神のお告げにしたって、告げられた側の解釈一つで簡単に曲解できる不安定極まりないものだというのに、そんなもののせいで文字通り国家の行く末が変わるのだから狂ってるとしか言いようが無い。

 

 挙句、この教皇(イシュタルと言うらしい)とやらも中身が腐っている。あのハゲ教皇曰く、俺達を呼んだのはエヒト神とやらの仕業らしい。しかも、戦闘経験すら無い、この世界の事情には全く関係の無いはずの素人約30人を無許可で呼び出した上、悪びれもせずに「神のために戦え(意訳)」とか抜かしていた。頭の痛い事に、このハゲ本気で俺達が神のために戦えるのは本望であると思い込んでやがる。教皇も狂信者共も、あいつら皆、出来る限り苦しんで死ねばいいのに、クソが。

 

 次に第二の理由。それはステータスプレートなる物の存在である。

 

 これは12cm×7cm位の銀色のプレートであるのだが、表面に刻まれた魔法陣に血を垂らす事で所有者の情報が登録、表示される。登録される情報は、名前、年齢、性別の他、登録者の客観的なステータスを可視化したもの(具体的には、レベル、天職、6つの基礎ステータス、技能)の合計7種。これらがこの世界における最も信頼のある身分証明書になる。因みにすぐ下に書いたのが登録時の俺のステータスである。記録として念のため記しておいた。

 

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宮守 社 17歳 男 レベル1

天職:呪術師

筋力:300

体力:300

耐性:400

敏捷:350

魔力:10

魔耐:200

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+式神調]・全属性耐性・物理耐性・呪術耐性・剣術・剛力・縮地・先読・悪意感知・言語理解

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 ステータスが魔力を除き勇者である天之河の2~4倍である事とか、技能:宿聖樹とか[+■■■■憑依]とか、我ながらツッコミ所しかないステではあるけどそこはひとまず置いておくとして。このプレート、肝心の原理がわからんらしい。現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具をアーティファクトと呼ぶらしく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとか。

 

 

 マジざけんな。こんな明らかに、金にも権力にもなる様な物、貴族だの商売人連中が放っておく訳ねーだろ!どう考えてもタダで広く普及させる訳がねー!まず単純にプレート自身を高額で売り飛ばしても良いだろう。自らの天職を知りたい人間にとっちゃ喉から手が出るほど欲しい代物だろうし、自らの強さが知りたい、或いは誇示したい人間も同様に欲しがるだろう。数を絞れば、持っている事自体がステータスという事で自己顕示欲の強い貴族なんかにも飛ぶ様に売れるだろう。実際に機能は便利ではあるしな。

 

 或いはプレート自体を独占する事で、天職判別の専門機関を作っても良い。高額で天職判別を請け負うことで、金と信用を集めつつ、裏では自分達に都合の良い人間に、本人の望む天職持ちであると嘘の証言・証明をしても良い。その逆に都合の悪い人間に本当の天職を隠したり、嘘の天職を教える事で、最悪破滅させる事も出来る。

 

 そしてこれらが簡単に出来るのであれば、凡ゆる分野を影ながら牛耳る事も可能だろう。なんせ天職=才能であり、1番初めに行う事でありながら肝心要の部分である適性の審査という分野を完全に独占しているのだから。極端な話、嘘でもなんでも良いから、1つの分野に於いて適した天職を持つ人間の数を減らして、或いは0として申告していけば、その分野自体が衰退する可能性も有るのだ。

 

 戦闘系の天職ならまだしも、非戦闘系の天職は珍しくない場合で10人に1人位はいるらしいが、プレート自体を独占して仕舞えばそれが本当かどうかも証明できやしない。人材の確保と言うある種の生命線を握られているに等しいのだから、こんな相手には誰も表立って逆らえないだろう。俺でさえこんな事をすぐに思い付くのだから、もっと悪どい事にも間違い無く使える。しかし現実にはそうなっていない。と言う事は、また別の理由でこのセットは広まったという事になる。

 

 ・・・恐らくこのセットを広めたのは神だろう。無論まともな理由じゃないだろうがな。3つ目の理由にも絡んでくる事だが、何の関係も無いガキ共を呼び出した挙句「皆さんにはこれから殺し合いをして貰います。(意訳)」とかヤラせる神がまともであるはずがない。「バトル・ロワイアル」じゃねーんだぞこの糞神が。

 

 ではどんな理由なのか。妄想に近い推測でしかないが、恐らくはこの世界に住む人々の、個人情報の掌握の為、というのが俺の考えだ。これをこの世界全ての人間に配布し、登録を行うことが出来たのならば。このプレートに登録されている情報を()()()()盗み見ることが出来たのならば。神が持つ情報という名のアドバンテージは計り知れないものになるだろう。現実的に考えても、神のお告げとか適当に言って人間側に配った事とかにすれば丸く収まるだろうしな。というかこんな理由じゃなきゃ神にとってメリットになんぞなりゃしないだろう

 

 唯、この推測が当たっていたとして。神がそんな事をした目的までは分からない。これも妄想でしかないが、ありえそうなのは2つ。この世界を効率的に管理・支配する為か、若しくは自らの益となりうる人材の発掘か、はたまたその両方か。前者の場合は単純に監視と反逆防止が目的だろう。仮想敵、又は潜在的な敵の質と量が分かれば、管理者気取りとしては凄まじく楽だろう。完全に発想が絶望郷(ディストピア)のソレである。「シビュラシステム」でも目指してんのか。TRPGの「パラノイア」でもいいが。

 

 ただなー、なーんか本命は後者っぽいんだよなー。しかも俺が目をつけられてるっぽいし。多分、技能欄の【宿聖樹】のせいかなー。正式名称は知らなかったけど。この技能、多分俺の「()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()」としての資質の事だろうしなぁ。(うち)の家系には時たま俺のような、何がしかの依り代に特化した子が生まれるらしい。俺の五感を含めた身体能力が優れているのも、呪力反転がべらぼうに上手いのもこの体質が原因だって爺さん言ってたし。

 

 ・・・因みに何故俺が狙われている事を自覚しているかと言うと、それが3つ目の理由に繋がる。それは、この世界に悪意を向けている何者かの存在だ。

 

 先程のステータスプレートの画面にもあった技能、悪意感知。これと『式神調』の2つの技能は俺が生来持っていた物では無く、どちらも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 『式神調』の方は俺の依代としての性質と、恐らくではあるが■■ちゃんの持つ【他者の術式を模倣する術式】が混じり合った結果、俺に刻まれた『生得術式』(他人には真似できないと言う意味では合っているが、生まれながら得たものでは無いので厳密には異なる)ではないか、と言うのが師匠である俺の爺さんの見解である為、其方は今は置いておこう。問題は悪意感知の方である。

 

 ーーー悪意感知。呼んで字の如く、向けられた悪意を感知する能力である。悪意と一口に言っても様々であるが、俺の場合は害意や敵意、嫉妬に殺意など、凡そ悪感情と言えるもの全てを感知出来る。また、そういった意志の元行われた動作や物事に対しても反応ができる為、不意打ちとかに滅法強かったりする。

 

 特に、人であれ『呪霊』であれ妖であれ、誰が使おうとも『呪術』とは『呪力』を使用するものである。そして基本的には『呪力』=負の感情のエネルギーの為、それらを使う相手に対しても、ほぼ先読みできる非常に便利な感知能力である。

 

 唯、幾つか欠点も有る。まず、明確に分かるのは自分に向けられた悪意のみで、第三者に向けられた悪意は非常に感知しにくい事。感知出来たとしてもその時には既に手遅れだったりする為、俺以外の人間の危機を救う事に関しては期待できないのだ。

 

 2つ目が、分かるのはあくまで「特定の誰かから悪意が向けられている」事だけなので、悪意を向けた人物が誰か分かっても、如何なる理由でどんな種類の悪意を向けているのかの判別が出来ない事。分かるには分かるが、フワッとした感じでしか分からん。まぁ、それが分かったところでストレスにしかならないだろうし、一概にデメリットとは言えないか。

 

 で、この悪意感知。俺達がこの世界に来てから()()発動しっぱなしである。しかも何というかこの悪意、どこから向けられているか不鮮明にも関わらず、この世界に存在するあらゆる生命に対して向けられている感じなのだ。少なくとも、俺が確認した人間全てには確実に向けられている。年齢、性別、職業等も全くお構いなし、老若男女関係無くだ。勿論、教皇を筆頭に狂信者共にも向けられていた。ザマァ。

 

 で、先程も書いた様に俺は第三者に向けられた悪意は非常に感知し難く、出来たとして既に手遅れだったりする場合が多いので、ここまで悪意が感知できてるこの世界は正直終わってるんじゃないかなー、と思わざるを得ない。

 

 更に最悪な事にこの半月の間、これと同種の悪意がじわじわと俺に向けられ始めているのが分かる。具体的に増え始めたのが大体2週間前。もっと言えば、俺がステータスプレートに登録を行なった辺りからである。これもう完全に俺の事ロックオンしてますねフザケンナ死ね。

 

 しかも最初の頃は、何処に居るか分からない、それでいてなんか無機質っぽい存在からの悪意だけだったのが、最近になって教皇や教会のお偉方、一部の貴族からも似たような悪意が向けられて来ている。もう完全に神が全ての元凶じゃん。お前ら仲良しかよ。此処までくると一周回って清々しくなってくる。

 

 このまま放置し続ければ、十中八九、神若しくは狂信者共から適当な理由で拉致られて生贄にされる、なんて馬鹿げた事態に発展しかねない。神のお告げを使えば、喜んで命を捧げるゴミは履いて捨てるほどいるだろう。そうなる前に、さっさとこの国を離れることも視野に入れるべきだ。

 

 問題は何処に逃げるかだが。丁度良い事に明日【オルクス大迷宮】と呼ばれるダンジョンに訓練をしに行くらしい。所謂実践訓練を行うという話だが、この訓練の最中、どさくさに紛れて逃げてしまうのが一番良いだろう。タイミングを見計らい、ワザと迷宮内で逸れた風を装うことで、俺が死んだと思ってくれるなら万々歳だ。そしてそのまま、()()()()()()()()()()()()。恐らくこれが現状で俺が打てる最善手だろう。

 

 ・・・この計画が上手くいくと仮定して。ハジメ達にこの事を何て説明するべきだろうか。いや、いっその事何一つ話さないという選択肢もあるか。友人に対して、凄まじい不義理になってしまうが、下手に俺と一緒に居る方が危険だろうしな。話すにしたって、他の人間には聞かれないように細心の注意を払う必要もあるし。

 

 正直いくら考えても答えは出ないと思う。出たとこ勝負で行くしかないか。明日、状況を見ながら臨機応変に話す話さないは決めよう。




生得術式・・・読んで字のごとく、生まれながらにして肉体に刻まれた『術式』の事。これに『呪力』を流すことで固有の『呪術』を発動できる。他人がこれを模倣することはほぼ不可能。逆に『帳』等、『呪力』(とある程度の才能)さえあれば誰にでも使える『術式』も存在している。


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10.この世界の事情

 教室で魔方陣から放たれた光に包まれた社達。光が収まり目を見開いた彼らを待っていたのは、大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間と、そこで両手を胸の前で組んだ格好で、祈りを捧げる様に跪く30人近い人々であった。彼等は一様に白地に金の刺繍(ししゅう)がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖(しゃくじょう)のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。その姿は、ゲームや小説等に於ける一分野、所謂ファンタジー物でよくある神官のような恰好を連想させた。

 

(・・・()()()()()、悪意を向けているのは誰だ?)

 

 クラスメイト達が呆然とする中、自分を含むクラスメイト全員に向けられる悪意を感知し、即座に周囲を警戒する社。自らの常人離れした五感と、自身と■■を繋ぐ証でもある悪意を感知する能力を研ぎ澄ませて周りに注意を向ける。しかし、自分達に向けられる悪意は、少なくとも彼らから発せられるものでは無いと社は感じていた。それどころか、彼らの会話に耳を澄ませば「・・・成功だ。成功したぞ!」や「彼らが我々の救いか!」等々、驚きと喜びが込められた様な声が聞こえてくる。中には「エヒト様に無上の感謝を・・・」と言いながら滂沱(ぼうだ)の涙を流す者まで居た。

 

(悪意を向けているのは彼らじゃ無い。と言うか、彼らも俺達と同じ様に、()()()()()()()悪意が向けられている?そんなことが有り得るのか?)

 

 社の周りには悪意の発生源となり得る人物は見当たらず、それどころか確認し得る全ての人間に同一の存在から悪意が向けられている様に感じた。周囲の様子と自身の感じる悪意との差異に社が疑問を浮かべていると、法衣を纏った集団の中から70代位の老人が進み出てきた。その老人ーーー老人と表現するには纏う覇気が強く、顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ50代と言っても通るかもしれないーーーは、集団の中でも特に豪奢(ごうしゃ)(きら)びやかな衣装を纏っており、権力の高さを示すように高さ30cm位ありそうな、これまた細かい意匠の凝らされた烏帽子(えぼし)の様な物を被っていた。

 

 彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見に良く合う深みのある落ち着いた声音で社達に話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺(こうこうや)然とした微笑を見せた。

 

 

 

 現在、社達はイシュタルに案内され、10m以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。この部屋もその前に通った道も、例に漏れず煌びやかな作りになっていた。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めた物なのだろうと分かる。恐らくは晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。社とハジメ、幸利、恵里は最後方で集まっていた。

 

「・・・社君、どう思う?」

 

「さあな。ただ、どうにもキナ臭い」

 

「異世界転移なんざ望んじゃいないんだよなぁ・・・」

 

「アハハ・・・」

 

 席に着くや否や、目の前のハジメに小声で質問される社。社が持つ悪意を感知する力を知っているハジメの「この人たちは信用できるのか?」という問いに対して、遠回しに信用できないと社は返す。ハジメの隣に座って会話を聞いていた幸利は、眉間に皺を寄せ頭を抱えながら力無く呟く。社の隣に座る恵里の笑みもどこか弱弱しげであり、瞳が不安げに揺れている。

 

 ここに案内されるまで、クラスの誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げた事や、カリスマレベルMAXの光輝が落ち着かせたことも理由だろうが。尚、教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛子先生が涙目だった件については、誰一人として見なかった事にした。触れないほうが良い事実というものも往々にしてあるものである。

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。生のメイドである。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや、外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。

 

 こんな状況でありながらも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在で、クラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。最も、それを見た女子達の視線は氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが。

 

(・・・メイド達からも俺達に対しての悪意は感じない。どころか、俺達や他の神官達と同じように悪意が向けられている)

 

 社もまた怪しまれない程度にメイド達を観察していた。が、分かるのは先程と同じ様にメイド達にも同一の悪意が向けられているという事だけであった。社にとっては前例のない事態に頭を悩ませていると、隣と上座の方の2ヶ所からプレッシャーのようなものを感じ、思わずそちらに振り向く社。

 

 すると()()()()()()()()()()()()()()、いつも通りのニコニコ顔で、しかし目だけが笑っていない恵里の笑顔だった。社が気づかぬうちに、椅子ごとこちらに体を寄せていたようだ。お互いの顔が非常に近づいており、社の視界には恵里の顔しか映っておらず、恵里の方もまた同様だろう。目を逸らすなど許さないとばかりに、恵里の手が社の顔に添えられており、2人の鼻が触れるまで10㎝程しか無く、それも徐々に近づいているような気がする。

 

社君てば、何を見ていたのカナ。僕に教えてちょうだい?

 

「メイドの中に怪しい奴がいないか見てただけです。決して下心があった訳では御座いません。メイド萌えはハジメだけです」

 

「ちょっ、余計な事言わなーーーヒィッ!!?」

 

 恵里の有無を言わせぬ迫力と言動に、思わず敬語になりながら即答する社。自らに降りかかる冤罪を晴らす為とは言え、友人の性癖すら簡単に暴露する始末である。予想外の流れ弾を喰らい反論を試みたハジメだったが、突如背筋に感じた悪寒に叫び声を上げてしまう。チラリと悪寒を感じる方へ視線を向けると、なぜか満面の笑みを浮かべた香織がジッとハジメを見ていた。ハジメは目と口を閉じて、何も見なかった事にした。

 

「・・・そっか、ゴメンね社君。ちょっと勘違いしちゃった」

 

 社の言葉か態度に思う所があったのだろう。納得した様に手を離し、謝罪する恵里。社も「気にすんな」と返すと、もう一つのプレッシャーの出所を探す。すると上座の方に居た雫が、親の仇を見つけたとでも言わんばかりに社の方を見ていた。雫の隣に座っていた鈴の顔色が悪いのは、決して異世界なんて場所に飛ばされた不安だけが原因ではないだろう。何となく「面白そうだな」と言う思いつきで手を振ってみる社だが、雫の表情に変化は無い。それどころかプレッシャーが増したようにも感じる。哀れ、鈴の顔色が更に酷くなったのは言うまでもない。

 

 さて、どうしたもんかな、と社が考えていると、全員に飲み物が行き渡るのを確認したイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。簡単に要約すると、

 

・この世界の名はトータス。

・トータスには大きく分けて3つの種族があり、それぞれ人間族、魔人族、亜人族である。

・人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている。

・人間族と魔人族が何百年も戦争を続けており、魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していた。

・戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていなかったが、最近になりそのバランスが崩れつつある。

・原因は魔人族による魔物の使役。

・通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形の事を総称して魔物と呼び、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣である。ただ、この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。

・魔物は使役できても、せいぜい1、2匹程度であるという常識が崩され、人間族側の〝数〟というアドバンテージが無くなったことで、人間族は滅びの危機を迎えている。

との事。正直、知ったこっちゃない、と言うのが社達4人の意見である。

 

「貴方方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。恐らく〝エヒト様〟は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。貴方方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、〝エヒト様〟から神託があったのですよ。貴方方という〝救い〟を送ると。貴方方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。恵理が小声で「キモッ」と嫌そうに呟き、それを聞いて吹き出しそうになる社。イシュタルによれば人間族の9割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

「・・・完全にアウトだな」

 

「役満、いや厄満じゃねーかよ」

 

「誰が上手いこと言えって言ったのさ、幸利君」

 

「アハハー、この爺頭パーだね」

 

 ハジメと社達が呆れるように小声で呟く。恵里に至っては毒を隠そうともしなかった。〝神の意思〟を疑い無く、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに、社達4人が言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようって事でしょう!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年25歳になる社会科の教師で非常に人気がある。150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒の為にとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。

 

 今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる・・・」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし・・・あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっている様だ。誰もが何を言われたのか分からないと言う表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って・・・ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先ほど言った様に、貴方方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな・・・」

 

 思わず叫んだ愛子先生だったが、イシュタルの言葉を聞くと打ちのめされた様に呟き、脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

 

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 

「なんで、なんで、なんで・・・」

 

 パニックになる生徒達。が、比較的ではあるがハジメ達は落ち着いていた。

 

 勿論、全く問題無しとまではいかなかった。しかし、社との出会いで魑魅魍魎(ちみもうりょう)と関わった経験が、非日常に対しての耐性を着けていた為、恐慌状態にはならなかったのだ。またハジメや幸利はオタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。因みに、最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりする。

 

(この糞ハゲ、俺達を利用する気満々の癖に無茶苦茶悪意を向けてくるんだけど。しっかし、ずっと感じている悪意はコイツのものでも無いのか)

 

(うわぁ、「なぜこの餓鬼どもはエヒト神に選ばれたという栄光を喜べぬのだ」みたいな目をしてる。完全に狂信者染みてるなぁ)

 

 誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていたが、悪意を感じ取れる社と元々観察眼に優れるハジメは、その目の奥に込められている侮蔑の感情を見逃さなかった。

 

 

 

 結局、最後にはイシュタルに乗せられる形で、光輝がカリスマを遺憾なく発揮。それに賛同したクラスメイト達によって、愛子先生の奮闘空しく、全員で戦争に参加することになってしまった。彼らは皆、本当の意味で戦争をすると言う事がどういうことか理解してはいないだろう。これも、崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避と言えるかもしれない。

 

 戦争参加の決意をした以上、ハジメ達は戦いの術を学ばなければならない。この世界に呼ばれ規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

 

 しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

 王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神ーーー創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。

 

「・・・神が実在してる上に、国家と宗教がズブズブに繋がってるってヤバいよね?」

 

「言うなハジメ。俺は何も聞いちゃいねぇ」

 

「諦めろ幸利。現実は非情だ」

 

 現在ハジメ達がいる聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、そこから下山してハイリヒ王国に行くため、聖教教会の正面門を目指して移動しているハジメ達。その道中でイシュタルの話からサラリと出たヤバい事実を聞き逃さなかったハジメが、恐る恐る社と幸利に問いかける。反応は違えど2人共しっかりと話を聞いていた様で、現実逃避を始める幸利を、社が諦観を抱きながらも諭していた。

 

 なんとなしに戦前の日本を思い出すハジメ。政治と宗教が当然の様に密接に結びついていた時代。日本だけで無く、世界の歴史を見ても存在していた結び付きは様々な悲劇を齎した。だが、この世界はもっと歪かもしれない。なにせこの世界には異世界に干渉できる程の力を持った超常の存在が実在しており、文字通り〝神の意思〟を中心に世界が回っているからだ。

 

 

 

 凱旋門もかくやという荘厳な正面門を潜ると、そこには雲海が広がっていた。高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。ハジメ達は太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と、透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

 

 クラスメイト達の反応を見た、どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

 

 台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱えだした。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん。ーーー〝天道〟」

 

 その途端、足元の魔法陣が燦然さんぜんと輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動した様だ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る〝魔法〟に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

 

 やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。

 

(・・・これが魔法か。もし、この力を学べるのであれば。或いは■■ちゃんの呪いもーーー)

 

(演出家だなぁ。この反応も狙ってやってるのなら、やっぱり一宗教の頂点に立つ人間は一味違うのかな?)

 

 魔法という未知の力を目の当たりにし、〝この力を自分の物に出来れば〟と考える社。焦りは禁物であると分かってはいても、自らの悲願が叶うかもしれないと考えると、どうにも落ち着かない。一方、社よりも冷静に周りを見ていたハジメは、皮肉げに素晴らしい演出だと笑った。雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟という構図そのままである。ハジメ達のことだけでなく、聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。

 

 自分達の帰還の可能性と同じく、世界の行く末は神の胸三寸なのである。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、ハジメは言い知れぬ不安が胸に渦巻くのを必死に押し殺し、とにかくできることをやっていくしかないと拳を握り締め気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 王宮に着くと、ハジメ達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。ハジメ達が何者かある程度知っているようだ。

 

 ハジメと社達が最後尾をゆっくりと付いて行くと、美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着する。その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士2人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。イシュタルはそれが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。因みに社は一部の者に入っている。

 

 扉を潜った先には真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢(ごうしゃ)な椅子ーーー玉座があった。玉座の前では覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には10歳前後の金髪碧眼の美少年、14、5歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更にレッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと30人以上並んで佇んでいる。玉座の手前に着くとイシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。

 

(はーい、これで神>教皇>王の図式が成り立ちましたー。気分はどうかな、ユッキー?)

 

(神は死んだ!もういない!)

 

(シャレになってないよ幸利君。というか意外と余裕あるね?)

 

(うーん、創作とかでよくある暗黒郷(ディストピア)もの染みてきたねー)

 

(不吉なこと言わないで、中村さん。僕もそう思ったけど)

 

 それを見た社達4人は、王よりも教皇の方が立場が上であると確信する。これで自動的に国を動かすのが〝神〟であることが確定し、からかうように小声で幸利に話を振る社。その言葉を聞き、やけくそ気味にネタに走る幸利と、不吉な、それでいて決して可能性の低くないことを言う恵里に対して、ハジメが冷静にツッコミを入れていく。

 

 そこからは唯の自己紹介だ。国王は名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていた事から香織の魅力は異世界でも通用するようである。

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食と殆ど変わらなかった。偶にピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたのをクラスの女子や一部男子がやきもきしながら見ているという状況もあったが。

 

 何故か一部の女子は「このままで良いの!?」と言いたげな目でハジメを見ていたが、心当たりの無いハジメは首を傾げるだけであった。むしろハジメとしては、もしや矛先が殿下に向くのではとちょっと期待していた。と言っても、10歳では無理だろうが・・・。

 

 王宮ではハジメ達の衣食住が保障されている旨と、訓練に於ける教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれた様で、いずれ来る戦争に備え、今の内に親睦を深めておけと言う事だろう。こうして表面上は穏やかに、晩餐会の時間は過ぎてゆくのであった。

 

 

 

 晩餐が終わり、生徒達には各自一室ずつ部屋を与えられた。案内された豪奢な部屋の中、天蓋付きのベッドに寝転び、1人考えを整理する社。

 

(・・・確認できただけでも、全ての人間に同一の存在から悪意が向けられていた。俺たちは勿論、王族達や国の高官・貴族達、果ては騎士団員、文官、使用人に至るまで、誰一人例外は無し)

 

 今日だけでハイリヒ王国の主な貴族や重鎮、聖教教会の要職に出会った社達だったが、その中には社の探す悪意の持ち主は居なかった。それどころか、皆一様に同じ存在から悪意が向けられているのが確認できる始末だ。

 

(消去法だが、この悪意の持ち主として1番可能性が高いのはこの世界の神だ。〝エヒト神〟とやらか、〝魔人族の崇める神〟か。感じる悪意は1種類だけだが、どちらもロクでもなさそうだしなぁ。)

 

 社は自分以外に向けられる悪意の感知は不得手であり、よほど大きな悪感情でなければ察知することが出来ない。それなのにこの世界に来てからは、自分以外に向けられる悪意を感知し続けている。社自身の悪意感知能力がこちらの世界に来て強化されたという可能性も無くは無いが、それにしては強化された手ごたえのようなものも無い。

 

 となると、社自身信じがたい事ではあるが、ここまでの悪感情を抱くことのできる強大な存在がいることになる。現状の社の知識では、そんな存在は〝エヒト神〟と〝魔人族の崇める神〟以外存在しない。〝魔人族の崇める神〟は名前すら分かっていないが、自分達を戦争の道具にしようとする時点で〝エヒト神〟は邪神も同然だろう。

 

(そう言えば、この世界で『術式』は使えるのか?・・・今のうちに試すか)

 

 考え事を続ける社だったが、ふと自らの『術式』がこの世界でも使えるのか、という疑問を思い浮かべる。自身の生命線であるにも関わらず、ウッカリ忘れていた事に自分で呆れる社。

 

「さて、どうなるか。ーーー『式神調(しきがみしらべ) (よん)ノ番〝影鰐(かげわに)〟』」

 

 社が『呪力』を練り上げ式神の名を呼ぶと、それに応えるかのようにどこからともなく光の粒子が集まってくる。集まった粒子は徐々に形を成していき、数秒後、魚のような式神が宙を漂いながら姿を現した。

 

 〝影鰐(かげわに)〟と呼ばれた式神は子供の頭位の大きさで、全身が白く染められており、部分部分に空色の線で紋様が描かれている。胴体部分は一般的な魚類の姿を模してはいるが、頭は寧ろガビアルのような鰐に近い。「鰐の頭を持つ魚」と言うのが最も近い表現だろう。唯、黒いつぶらな瞳と、サイズがサイズであるために威圧感は全く無く、動かなければ子供用の人形と言ってもいい位には可愛らしさがあった。

 

 すり寄ってくる〝影鰐(かげわに)〟を撫でながら、社は自身の影に触れる。すると、社の手が影の中に沈み込む様に消えていく。そのまま躊躇無く手を突っ込み、二の腕の途中辺りまで沈ませる社。

 

(指輪はある。呪いを移している刀もある。・・・日記もある。大丈夫そうだな)

 

 影の中に収納していた物を確認する社。制約は幾つかあるが〝影に実体を持たせて操る異能〟こそが〝影鰐(かげわに)〟の持つ能力である。より正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、であるが。社はこの異能の応用で、自身の影を収納スペースとして扱っていた。

 

 一通りの確認をした後、社は影の中から日記と筆記用具一式を取り出す。

 

(・・・これからどうなるかは分からないが、この世界の技術があれば、きっと■■ちゃんの事もーーー)

 

 思い出されるのは、自分達を呼び出す事となった原因である教室で発動した魔方陣の光。そして神山からハイリヒ王国に向かう際に見た〝魔法〟。異世界への不安は尽きないが、それ以上に自らの願いを叶えることが出来るのでは、という期待値のほうが高い社。我ながら現金であると思いながら、日記に出来事を書き記していくのであった。

 

 尚、次の日に日記を見直して、書かれていた内容に軽く自己嫌悪したのは言うまでもない。



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11.ステータスプレート

 異世界転移から一夜明けた翌日。早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、王国の訓練施設に集まった生徒達に12cm×7cm位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、指導役である騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

 騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思ったハジメだったが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないと言う事らしい。メルド団長本人も「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。最も、副長さんは大丈夫では無いかもしれないが・・・。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 

 ハジメ達もその方が気楽で良かった。遥か年上の人達から慇懃(いんぎん)な態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具の事だ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 成る程、と頷いた生徒達は顔を(しか)めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。ハジメも同じように血を擦りつけるーーー前に、隣に居た社が眉を(ひそ)めてステータスプレートを睨んでいるのに気付いた。

 

「どうしたの、社君?」

 

「いや、原理が分からない物を使っていいのか悩んでな。まぁ、気にし過ぎか」

 

 社の『呪術師』としての主な仕事は、主に悪霊や呪物等の、人々の害となる存在の討伐・破壊であった。一見そうとは見えなくても、実は呪われた物品だった、なんて事もあった為警戒していたのだ。唯、悪意等は感じなかったので、少しの間の後、プレートの魔法陣に血を擦り付けたのであった。ハジメもそれを見た後、同様に血を擦り付けた。そして2人のプレートから一瞬の光が放たれ、ステータスが表示される。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

 

 まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、ハジメは自分のステータスを眺める。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。

 

「全員見れたか?説明するぞ?まず、最初に〝レベル〟があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない。」

 

 メルド団長の説明によれば、どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させる事もできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しい事は分かっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

 メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということは無いらしい。地道に腕を磨かなければならない様だ。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう?それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが・・・百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 ハジメは自分のステータスを見る。確かに天職欄に〝錬成師〟とある。どうやら〝錬成〟というものに才能があるようだ。

 

 ハジメ達は上位世界の人間である為、トータスの人達よりハイスペックなのはイシュタルから聞いていた。なら当然だろうと思いつつも、口の端がニヤついてしまうハジメ。自分に何かしらの才能があると言われれば、やはり嬉しいものだ。

 

 しかし、メルド団長の次の言葉を聞いて喜びも吹き飛び嫌な汗が噴き出る。

 

「後は・・・各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 この世界のレベル1の平均は10らしい。ハジメのステータスは見事に10が綺麗に並んでいる。ハジメは嫌な汗を掻きながら内心首を捻った。

 

(あれぇ~?どう見ても平均なんですけど・・・。もういっそ見事なくらい平均なんですけど?チートじゃないの?俺TUEEEEEじゃないの・・・?他の皆は?社君は?幸利君は?やっぱり最初はこれくらいなんじゃ・・・)

 

 ハジメは僅かな希望にすがりキョロキョロと周りを見る。皆、顔を輝かせハジメの様に冷や汗を流している者はいない。

 

「や、社君はどうだった?」

 

 動揺を押し殺し、震える声で隣の社に尋ねるハジメ。しかし社はハジメの声に反応せず、黙って自分のプレートを見つめている。その顔には、先程プレートに登録する事を躊躇っていた時よりも険しい表情が浮かんでいた。

 

「・・・社君?大丈夫?何かプレートに問題でも?」

 

「・・・問題しか無ぇ」

 

 再び問い掛けるハジメの声にようやく答える社だったが、反応は芳しく無い。何事かと思い、マナー違反では無いかと考えつつも横から社のプレートを覗き見るハジメ。

 

 

===============================

宮守社 17歳 男 レベル:1

天職:呪術師

筋力:300

体力:300

耐性:400

敏捷:350

魔力:10

魔耐:200

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+式神調]・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

===============================

 

 

 自らの眼がおかしくなったのだろうかと、目を擦りながら自問自答するハジメ。しかし何度見てもハジメの目に映る社のステータスは変わらない。魔力を除き、ステータスは驚きの3桁。技能の数も11個と、2つしか無いハジメとは雲泥の差である。驚きで開いた口が塞がらないハジメ。その間に、メルド団長の呼び掛けに答えた光輝がステータスの報告をしに前へ出た。

 

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

 

 まさにチートの権化。勇者の肩書は伊達ではなかった。が、数値のみで言えば社の方に2倍〜4倍近い開きがあった為、微妙に霞むステータスである。もっともハジメもどうこう言えるステータスでは無いが。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か・・・技能も普通は二つ三つなんだがな・・・規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは・・・」

 

 団長の称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62だそうで、ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだとか。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っており、社に至っては、一部ステータスが既に上回っている。成長率次第ではあっさり追い抜きそうだ。

 

 因みに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。

 

(いいや、まだだ!社君と天之河君が異常なだけで、他の人達もそうであるとは限らない!諦めるのはまだ早い!)

 

「おーい、お前らはどうだった?やっぱチートか?」

 

「社君は凄いんじゃないかなー」

 

(来たっ!僕の救世主達がっ!)

 

 絶望に沈む寸前、社と光輝が元々高スペックである事を考え、希望を取り戻すハジメ。非常に後ろ向きな決意の元、此方に近づいて来た幸利と恵里を見て、すぐに2人のステータスを確認する。

 

 

===============================

清水幸利 17歳 男 レベル:1

天職: 闇術師

筋力:50

体力:40

耐性:50

敏捷:40

魔力:70

魔耐:50

技能:闇属性適正・闇属性耐性・風属性適正・言語理解

===============================

 

===============================

中村恵理 17歳 女 レベル:1

天職:降霊術師

筋力:40

体力:40

耐性:40

敏捷:40

魔力:90

魔耐:80

技能:降霊術・闇属性適正・火属性適正・言語理解

===============================

 

 

 光輝だけが特別かと思ったら、他の連中も光輝に及ばないながら十分チートだった。余りのショックに白目を剥くハジメ。どいつもこいつも戦闘系天職ばかりなのだが・・・。

 

 訝しげな様子の幸利と恵里を放置して、ハジメは自分のステータス欄にある〝錬成師〟を見つめる。響きから言ってどう頭を捻っても戦闘職のイメージが湧かない。技能も2つだけ。しかも1つは異世界人にデフォの技能〝言語理解〟つまり、実質1つしかない。

 

 だんだん乾いた笑みが零れ始めるハジメ。報告の順番が回ってきたのでメルド団長にプレートを見せた。今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

 その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか・・・」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性は高い。メルドの言葉につられ、社と幸利がハジメのステータスプレートを覗きこむ。

 

「・・・ハジメさんや、何も異世界来てまで縛りプレイしなくてもいいんだぜ?」

 

「うるさいよ幸利君!好きでこんなクソ雑魚(ALL10)ステータスしてるんじゃないやい!」

 

「・・・あー、何だ、ほら、魔力のステータスは俺と同じだし?まあ、気にすんなよ」

 

「社君は糞チートでしょ!魔力以外は200超えてるじゃん!」

 

 幸利と社から慰めにもならない言葉をかけられて、思わず叫ぶハジメ。その叫びを聞いたクラスメイト達が騒めき、急いでメルドが社のステータスプレートを確認する。

 

「驚いた!まさか勇者よりもステータスが上だとは!天職については余り聞かないから分からんが、技能も10以上、派生技能も出てるし、文句無しだな!」

 

 社のステータスを確認したメルドが豪快に笑う。自らのステータスが、戦いを知らない(少なくともそう伝えられているであろう)子供に負けたのにも関わらず、その顔や笑い声からは嫉妬を初めとした負の感情は感じられない。寧ろ「頼もしいばかりだ!」とでも言うように、心の底から喜んでいる様に見える。

 

(騎士団長殿は人間出来てそうなのが救いだな。それに比べて・・・)

 

 心の中でメルドの評価が上がっていく一方、別の方向から悪意が向けられているのを感じていた社。そちらを見ると、光輝が社の方を険しい顔で睨んでいた。本人に自覚は無いのだろうが、自分のステータスを超えられていたのが悔しいのか、はたまた周りからの称賛が恨めしいのか、社に嫉妬している様だった。

 

(相変わらず拗らせてんな。俺の事なんざどうでも良いだろうに。異世界の他人よりも、クラスメイトの方が信用出来ないとか笑うしかない。大丈夫かよ、これから)

 

 光輝からの嫉妬の目線を軽く流しつつ、社がこれから先の事に思いを馳せていると、いつの間にか近づいていた香織と愛子先生がハジメを慰めていた。

 

「大丈夫だよ南雲君!南雲君にも良いところはいっぱいあるから!いざとなったら私が守るよ!」

 

「そのフォローは逆に心が痛くなるからやめて欲しいな白崎さん」

 

「南雲君、気にすることはありませんよ!先生だって非戦系?とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 香織からの100%善意の言葉に、へこみながらも返すハジメ。愛子先生はというと、ハジメにフォローの言葉を掛けつつ、自分のステータスを見せた。

 

 

=============================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

===============================

 

 思わず崩れ落ちるハジメ。見せられた物は、何一つ救いにはならなかった。「神は死んだ、幸利君は正しかった」と死んだ魚のような目をして遠くを見始めるハジメ。

 

 ガクガクとハジメの肩を揺さぶるりながら「あれっ、どうしたんですか!南雲君!?」と声を掛ける愛子先生。確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが・・・魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。ハジメの様にいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛子先生も十二分にチートだった。

 

 ちょっと一人じゃないかも、と期待したハジメのダメージは深い。この様子を見ていたクラスメイト達も、流石に可哀想になってきたのか、目線は同情的である。

 

「・・・ドンマイ、ハジメ」

 

「こうなりゃあれだ、ハガレンみたく、真理の扉開けるしかねぇな」

 

 反応がなくなったハジメを見て、社と幸利が苦笑いしつつ同情の言葉をかける。愛子先生は「あれぇ~?」と首を傾げており、相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。上げて落とす的な気遣いと、これからの前途多難さに、ハジメは乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 ーーー心配そうな表情の香織と、彼女に寄り添われるハジメに向けられる、嫉妬と憎しみに塗られた目線には、ついぞ誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

「さて、全員集まったな」

 

 初の訓練が無事(?)終了した日の夜。王国の自室でゆっくりしていたハジメ達を、自室に集めた社が口を開いた。

 

「そんで?なんで俺らをわざわざ夜中に集めたんだ?ご丁寧に『帳』まで降ろして。どうせ碌な事じゃ無いんだろうが」

 

「流石だユッキー。持つべき物はお前さんの様な勘の良い友人だな!」

 

「Fu○k!」

 

 社によって集められた面子は3人。その内の1人である幸利が、備え付けられているテーブルに肘を突き皮肉気に問い掛ける。この部屋に来てからずっと渋面を作っていた辺り、社に呼ばれた時から碌な事では無いと勘づいていたのだろう。自らの問い掛けを肯定されて悪態こそ吐くものの、取り乱す事はしなかった。

 

「さて何処から話したもんか。取り敢えず『帳』に関しては盗聴・盗撮防止用だ。どれだけ効果あるか分からないが、やらないよりマシだ。で、結論から言うと、この世界詰んでるかもしれない」

 

「知ってた」

 

「だよねー」

 

「「「「・・・ハァ」」」」

 

 社の口から出た、この世界の評価を端的に示した発言。告げられた内容に反して驚く程に軽い口調で出た言葉に、ハジメと恵里もまた予想していたかの様に軽く返事をする。数秒の沈黙の後、揃ってため息を吐き出す4人。

 

「取り敢えず確定しているのは、この世界に居る俺が知る限りの全ての人間に対して、同一の存在から悪意が向けられてるって事だ。誰が、何故、何処からなんて何一つわからないけどな」

 

「・・・社君、自分以外に向けられてる悪意って感知出来たっけ?」

 

「素晴らしい質問だハジメ。答えは【他人に向けられた悪意の場合、いつ行動に起こしてもおかしく無いくらい、手遅れな程に強いモノで無ければ感知出来ない】だ。あくまでも俺の経験上、だけどな」

 

「OK、把握。つまり余程強い悪意が、僕達やこの世界の皆に向けられていると。泣きたくなってきた・・・」

 

 気を取り直して、分かっている事を伝え始める社。幸利の向かいに座りながら質問の答えを聞いたハジメは、予想しているよりも酷い状況にあると知り項垂れる様にテーブルに突っ伏した。

 

「・・・ああ、だから天之河が考え無しに〝戦争に参加します!〟って宣言した時に、あの馬鹿止めなかったのか。お前の事だからなんか考えでもあんのかと思って黙ってたが」

 

「ピンポーン、正解でーす。悪意の出所が分からない以上、あの場では表面上だけでも良い顔しとく必要があったんだよなー。交渉とかが通用する相手かも分からなかったし。そういう意味ではあの場での天之河の対応はファインプレー以外の何物でも無い。問題は、天之河がそこまで考えていたかどうかだがな!」

 

「アッハッハッ、無理無理ナイナイ。あのデリカシーと配慮が皆無の男にそんな思考は出来ないよ」

 

 社の説明を聞き、納得の声を上げる幸利。社にとっての理想は「ある程度王国側に従順さを見せながら、裏で怪しまれない程度に元の世界への帰還方法を探る」というものであった。一言で言えば面従腹背(めんじゅうふくはい)と言うやつである。その為、召喚直後であっても王国や聖教教会側に疑念を持たれるのは避けるべきであり、その意味では光輝の宣言は一概に悪く言えるものでは無かった。最も、当の光輝本人がそこまで考えていたかは怪しいが。現に恵里は光輝の事を全く信用していない。

 

「現状、俺達が取れる手段は少ない。精々、常に誰かと一緒にいる事を意識して、出来るだけ1人にならない様にする位だ。王国・教会含めても、信用出来そうなのは騎士団長と直属の部下位だろう。悪いが恵理の方で、それと無く雫にも伝えておいてくれないか」

 

「それは良いんだけどねー。なんで雫ちゃん呼ばなかったの?」

 

「・・・あの肩の力を抜くのが壊滅的にヘタクソな雫に、これ以上余計な事言って負荷を掛けてみろ、絶対に途中でぶっ壊れる。ただでさえ天之河達のお守りに忙しいのに、これ以上重荷を背負わせる訳にはいかん」

 

「「「あー・・・」」」

 

 場当たり的ではあるが、少しでも各々で出来る事をしようと提案する社に、雫をこの場に呼ばない理由を聞く恵里だったが、続く社の返答に残る3人が納得の声を挙げる。異世界においても、雫の保護者としての立ち位置は変わらない様だった。

 

「まぁ、そういう訳だ。なんか不安な事とか、気になった事とか何でも良い。何かあったらまた集まって相談する感じで頼む」

 

「分かったよ」

 

「アイヨー」

 

「りょーかーい」

 

 今後もこの集まりを開く事を宣言して締め括る社に、それぞれ返事をするハジメ達。未だ帰る目処も立たず、何れは戦争にも向かわなければならない。不安の種は尽きないが、異世界であろうとも変わらない面子を見て、何処か安心した4人なのであった。



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12.模擬戦

「・・・どうしてこうなった」

 

 メルド団長をはじめとした騎士団員達と、クラスメイト達が見守る中。模造の剣をこちらに向け、自分を睨み付ける光輝と向かい合いながら、心底理解出来ないと言わんばかりに社は独り言ち、こうなった経緯を思い出した。

 

 

 

 ハジメ達が自分のステータスを知った日から2週間が経った。

 

 現在、ハジメ達ーーー面子はハジメ、社、幸利、恵里、香織、雫、鈴の7人であるーーーは、訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしていた。ハジメの手には〝北大陸魔物大図鑑〟という何の捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑がある。

 

 何故そんな本を読んでいるのかと言うと、この2週間の訓練の最中、最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられたハジメが「力がない分、知識と知恵でカバーできないか」と訓練の合間に勉強を始めたのがキッカケだった。

 

 当初ハジメは1人で勉強に励むつもりであった。しかし、(友人・身内限定で)面倒見の良い社と、何だかんだ付き合いの良い幸利が勉強会に参加。社の参加によって当然の様に恵里も合流し、何処から聞きつけたのかハジメ目当てで香織が、更には付き添いで雫と鈴まで参加する事になっていた。あれよあれよと言う間に人が増えた為、ハジメも最初の方こそ困惑していたが、1人で勉強しても気が滅入るだけと考え今ではこの状況を受け入れている。

 

 そんな訳でハジメはしばらく図鑑を眺めていたのだが・・・突如「はぁ~」と溜息を吐いて机の上に図鑑を放り投げた。ドスンッという重い音が響き、偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨む。ビクッとなりつつ、ハジメは急いで謝罪した。「次はねぇぞ、コラッ!」という無言の睨みを頂いてなんとか見逃してもらう。自分で自分に「何やってんだ」とツッコミ、再び溜息を吐いた。

 

「・・・そうだ、旅に出よう」

 

「急にどうしたんだオイ」

 

「や、だって。コレを見れば、そうも言いたくなるよ」

 

 悟った様に呟くハジメ。現実逃避と未知への期待が7:3程でブレンドされた表情から脈絡無く放たれた独り言に、正面で別の図鑑を読んでいた社が片眉を上げて反応した。するとハジメはおもむろにステータスプレートを取り出し、頬杖をつきながら机に放る。

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成、言語理解

==================================

 

 これが二週間みっちり訓練したハジメの成果である。「刻み過ぎだろ!」と内心ツッコミをいれたのは言うまでもない。ちなみに光輝はというと、

 

==================================

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読

高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==================================

 

 ざっとハジメの5倍の成長率であった。正直やってられない、と言うのがハジメの感想である。

 

「おまけに魔法の適性も無いし、そりゃ投げ出したくもなるさ」

 

「あー・・・」

 

 不貞腐れるように話すハジメに、フォロー出来ずに気まずそうにする社。トータスにおける魔法は、魔力と詠唱、魔法陣の3つの要素で成り立っている。ハジメ達が居た世界に例えるならば、魔力が電気(ねんりょう)、詠唱が魔力と魔法陣を繋ぐ電線(ケーブル)、魔法陣が家電と言えば分かりやすいか。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔法を使うかによって、正しく魔法陣を構築しなければならない。

 

 そして、魔法陣に込めた魔力の量はそのまま魔法の威力や効果の上昇に、詠唱の長さは一度に込められる魔力の上限にそれぞれ比例する。ここで重要となるのが、魔法陣の複雑さと大きさである。魔法の効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる為、基本的に強い魔法=魔法陣が大きい、と言う事に繋がる。

 

 しかし、適性が有るのならば話は違ってくる。適性持ちは程度に差はあれど、魔法陣に書き込む式を自らのイメージで省略できる。火属性であれば巻き上がる炎を、水属性であれば湧き上がる流水を、と言った具合にイメージして魔法を使えば、適正無しの人間よりも圧倒的に強く、速く、魔法を発動出来るのだ。

 

 大抵の人間は何らかの適性を持っているのだが、ハジメの場合は全く適性が無い為、非常に細かく式を書かなければならなかった。具体的には初級の火属性魔法である〝火球〟一発放つのに直径2m近い魔法陣を必要としてしまう。端的に言って、実戦で使えるような代物では無い。

 

 そんな訳で近接戦闘はステータス的に無理、魔法も適性がなくて無理、頼みの天職・技能の〝錬成〟は鉱物の形を変えたりくっつけたり、加工できるだけで役に立たない。錬成に役立つアーティファクトも無いと言われ、錬成の魔法陣を刻んだ手袋を貰っただけであった。

 

 この2週間ですっかりた唯1人の無能であると言う自覚の芽生えたハジメ。最も、社を経由する形でハジメのお人良しぶりは知られているため、クラスの人間の中にハジメを悪し様に言う人間は()()居ない。仕方なく知識を溜め込んではいるものの、何とも先行きが見えずここ最近すっかり溜息が増えた。先程の「旅にでも出てしまおうか」発言も半分位は本気であるため、大分末期である。

 

 

 

「いや、でも最近は地形の変形とかも出来る様になってきたんだろ?」

 

「変形って言ってもね・・・まだ出っ張りとか落とし穴(もど)きだし。そもそもの前提として、敵の目の前で地面に手を突くなんて事がそもそも無茶だしなぁ」

 

 社のフォローにも言葉を濁すハジメ。錬成の規模自体は少しずつ大きくなっているが、対象には直接手を触れなければ効果を発揮しない術である以上、敵の眼前でしゃがみ込み、地面に手を突くという自殺行為をしなければならず、結局のところ戦闘では役立たずである事に変わりは無い。

 

「目に見える成果が出てるなら上々だ。継続は力なりとも言うし、派生技能が出る可能性もある。諦めるのはまだ早いぞ?・・・まぁ、俺が言うのも嫌味になるかもしれないけどな」

 

「・・・そんなことないさ。そうだね、諦めるのはもう少ししてからでも良いかな」

 

 社の自虐交じりの励ましに、淡く笑いながら応えるハジメ。ハジメは、宮守社と言う人間が約10年もの間、叶うかどうかも分からない願いを抱き、それでも尚諦めずに努力していたことを知っている。それがたとえ、広大な砂漠の中で一粒のダイヤを見つけるに等しい苦行であったとしても、社は弱音一つ吐かず諦める事もしないのだろう。「自分のしたい事だから」と心底幸せそうに笑いながら、自らの愛する婚約者(フィアンセ)を解放するまで彼はきっと止まらないのだろう。

 

(・・・少しだけ、ここまで誰かを愛せる社君が羨ましい。僕にもそんな相手がーーーまぁ、できないか。それにこんな事思うのは社君に失礼・・・いや、社君普通に喜びそうだな。正直に羨ましいって言えば、「まぁな!良いだろ!」とか言いそう)

 

 社が婚約者(フィアンセ)の為に努力する姿を思い出し、自分にそんな相手は出来ないと諦めてはいるものの、そこまで愛情を注げる相手がいることを少しだけ羨むハジメ。ーーー自らの最愛にして運命の相手ともいえる吸血姫(きゅうけつき)との出会いがもうすぐそこまで来ている事を、今のハジメは知る由もなかった。

 

 

 

「因みに行くならどこ行きたいんだ?」

 

「う~ん、そうだなぁ」

 

「話は聞かせてもらった!ここは亜人の国一択だよなぁ!」

 

「うおっ幸利いつの間に。他の面子は?」

 

「別の棚で本探しだ。いやそんな事はどーでも良いんだよ!ケモミミだケモミミ!ケモミミを見ずして異世界トリップは語れんだろーが!」

 

「取り敢えず声量落とそうか幸利君。司書さんがこっち睨んでるから。もう目線で僕らの事射殺さんばかりだから」

 

 社に聞かれて旅するならどこに行こうかと、ここ2週間誰よりも頑張った座学知識を頭の中に展開しながら物思いに耽けるハジメ。そこに何時から話を聞いていたのか、テンション高めな幸利が口を挟んだせいで再び司書から睨まれる始末である。先程よりも眼力が増しており、心無しか殺意すら乗ってる様にも感じたため急いで頭を下げる3人。

 

司書さんコエーな。・・・第一候補は亜人の国だろ。イヌミミ、ネコミミ、ウサミミ、選り取り見取りじゃねーか」

 

「そうだね。でも彼等の住処って〝樹海〟の奥地なんだよね。聖教教会からすると被差別種族だから、奴隷以外では殆ど見つからないらしいし、現実的には厳しいかな」

 

 幸利の浪漫ある意見に賛成しつつも、実現は難しいと話すハジメ。ハジメの話す通り、亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツィナ樹海】の深部に引き篭っている。何故差別されているのかと言うと彼等が一切魔力を持っていないからだ。

 

 この世界はエヒトを始めとする神々の〝神代魔法〟によって創られたと言い伝えられている。現在使用されている魔法は、それに比べて劣化したものではあるものの、神からのギフトであると言う価値観が強い。聖教教会がそう教えている、と言うのが1番の理由なのだが。よって、魔力を一切持たず魔法が使えない種族=神から見放された悪しき種族、と言う理論で亜人族は差別されているのである。

 

 因みに魔物はと言うと、一言で言えば害獣扱いらしい。あくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられていないんだとか。「何ともご都合解釈な事だ」とハジメ達は内心呆れていた。

 

 尚、魔人族は聖教教会の〝エヒト様〟とは別の神を崇めているらしいが、基本的な亜人に対する考え方は同じらしい。

 

 この魔人族は全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが南大陸中央にある魔人の王国ガーランドでは、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てる様で、ある意味で国民総戦士の国と言えるかもしれない。

 

 人間族は崇める神の違いから魔人族を仇敵と定め]これも又、聖教教会の教えである)神に愛されていないと亜人族を差別する。魔人族も同じだ。亜人族は、もう放っておいてくれといった感じだろうか?どの種族も実に排他的である。

 

 国にしろ組織にしろ集団を纏め上げるのに最も簡単な方法は、共通の敵を作る事である。それを考えると、この種族単位での敵対関係も非常に何者かの悪意に満ちている様な気がしてならない社である。

 

「樹海は無理だろうから西の海に出てみようか?確か、エリセンという海上の町があるらしいし。ケモミミは無理でも、マーメイドは見たい。その辺りにも男のロマンは有るでしょ。あと海鮮料理」

 

「そうか、そっちもアリだな。悩ましいぜ」

 

「たた、こっちに行くなら【グリューエン大砂漠】を超えなきゃならないんだよねぇ・・・」

 

 ハジメの言う【海上の町エリセン】は海人族と言われる亜人族の町で西の海の沖合にある。亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族だ。因みに保護の理由は、北大陸に出回る魚介素材の8割がこの町から供給されているからである。全くもって身も蓋もない理由だ。「壮大な差別理由はどこにいった?」と、この話を聞いたときハジメは内心盛大にツッコミを入れたものだ。唯、西の海に出るには、その手前にある【グリューエン大砂漠】を超えなければならない為、険しい旅になるのは間違い無いだろう。

 

「砂漠も無理・・・となると、もう帝国に行って奴隷を見るしかないんだろうけど・・・」

 

「流石に奴隷扱いされてるケモミミを見て喜ぶ趣味はねぇぞ」

 

「だよねぇ」

 

 ハジメが最後の手段として、帝国に行く事を提案してみるも、幸利は素気無く却下する。ハジメとしてもそこまでして見たいものでは無い為、幸利に同調する。

 

 ヘルシャー帝国。この国は凡そ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりシビア且つブラックな国のようだ。

 

 この国は王国の東にある【中立商業都市フューレン】の更に東にある国で、使えるものは何でも使うという発想からか、亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。

 

 中立商業都市フューレンは文字通り、どの国にも依らない中立の商業都市だ。経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。欲しいモノがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市である。

 

「ん〜、こうして見ると、意外と行けそうなところないね」

 

「確かになぁ。折角召喚されたんだから、もうちょい俺らに役得があっても・・・?オイ、何でさっきから黙ってんだよ、社」

 

「うん?いや、ちょっとな。無粋な考えが浮かんだから黙ってただけだ。あんまり夢を壊す様な事言いたくないしな」

 

 予想外に障害が多くなりそうな旅路を思い、気落ちするハジメと幸利。ふと、ここで社がずっと黙ったままなのに幸利が気付く。話を振ると、ハジメ達の会話に入らなくても耳には入れていた様ではあるが、意味ありげに言葉を濁している。

 

「何だそりゃ。そんなん言ってみなきゃわかんねーだろ」

 

「そうだね。言ってみるのはタダだよ、社君」

 

「・・・本当に良いのか?後悔しないか?」

 

「くどい。さっさと言っちまえ」

 

 社の遠慮がちな言葉に、水臭いと言わんばかりに返す幸利とハジメ。念押しも一蹴され観念した様に社は口を開く。

 

「それじゃあ言わせて貰おうか。ーーー2人共、亜人を見るのは良いけど、誰も彼もが美男美女じゃないと思うぞ」

 

 ビシリ、と擬音が聞こえてくる様に固まるハジメと幸利。2人の反応をよそに、社は言葉を続ける。

 

「美女にケモミミ。確かに良いものだろう。イケメンでも需要はあるな。子供であれば微笑ましさもあるだろう。だが、むさ苦しい男衆だったら?ケバいおばさんだったら?今にも枯れ果てそうなご老体だったら?マーメイドにしたって、インスマス(APP3)顔がいないとも限らないぞ?」

 

「「・・・・・・・」」

 

 社の、非情であり非常に現実的な言葉に、先程の興奮が嘘の様に黙り込む2人。実際にそこまで考えが及ばなかったのだろう、2人の顔に沈痛な表情が浮かぶ。

 

「・・・訓練、行くか」

 

「・・・うん」

 

「・・・おう」

 

 居た堪れなくなった社が、訓練の時間が迫っていることに気付き、2人に声を掛ける。見るからにテンションの低くなった2人と共に、別の棚で本探しをしている女子達を迎えに行く社達であった。

 

 

 

 図書館から王宮までの道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程にも王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声、実に日常的で平和だ。この景色を見ていると、戦争の真っ最中だとは到底思えないだろう。

 

「社君。ちょっと良い?」

 

「恵里?何か用か?」

 

 訓練施設に向かう道すがら、隣に居た恵里が社の裾を引っ張り小声で話しかける。社の前では香織がハジメに質問攻めをしており、それを雫が軽く窘めている。後ろでは鈴と幸利が、ハジメと香織の関係の進展について話している様だ。幸利は女性が相手のため若干挙動不審ではあるが。社達との間にはある程度距離があり、小声でなら内緒話位は出来るだろう。

 

「社君さ、こっち来てから隠し事してるよね」

 

「そうだな、幾つか話していない事はある」

 

「・・・普通だったら誤魔化したりするから、そこから突き崩していくんだけどなぁ。社君あんまり隠し事しないよね」

 

「流石に打ち明ける相手は選んでるぞ?精々が身内と友人、合わせて10人いるかどうかだ。後、隠し事する方が面倒臭い」

 

 恵里の質問と言うよりは確認に近い言葉に、誤魔化しなどせず正直に言う社。予想通りの返答ではあるものの、思わず苦笑する恵里は更に言葉を重ねる。

 

「こっちに来たばかりの時さ、社君焦ってたでしょ。次の日には何時もの社君に戻ってたから、その時は何も言わなかったんだけどね。最近になってまた少しピリピリしてるみたいだったから、心配になってね。ちょっと聞いてみたんだ」

 

「・・・そんなに分かりやすかったか、俺は」

 

「んーん、気付いてるのは僕と雫ちゃん、南雲君と清水君かな。雫ちゃんは忙しそうにしてるから、精々違和感を感じてる位だろうけど。男子2人は、分かってて放置してるんだと思う。フフフ、男の子の友情は麗しいね」

 

「麗しいかどうかはさて置くけど、友情云々に関しては有難い話さ」

 

 恵里が自身の隠し事だけで無く、焦りすらも見抜いていた事に動揺する社。「やっと一本取れた」と面白そうに笑う恵里はハジメ達との関係を茶化すものの、社自身は2人の友情には感謝している為、恵里の言葉を否定する事はしない。

 

「・・・私には話せない?」

 

「話せないと言うか、話しても意味が無いと言うか」

 

 恵里の問いに曖昧に返しつつ、どう話すべきかを考える社。社の隠し事とは、この半月の間に社に対して悪意を向ける人間の数がジワジワと増えている事である。悪意が増え始めたのが大体2週間前。具体的には社のステータスが明らかになった後だ。そのため、恐らくは自身の体質を狙ったものであると社は当たりをつけていた。

 

「今はまだ話せない、話せるようになったら話す。・・・じゃダメか?」

 

「・・・分かった。その代わり、出来れば僕に最初に話してね?」

 

「善処する。(・・・流石に恵里達を巻き込むわけにはいかないよなぁ。狂信者じみた連中の事だから何するか分からないし)」

 

 最初の頃に社が感じたのは、()()()()()()()()()()()()()からの悪意だけであった。悪意が向けられているにも拘らず、向けている相手の居場所が分からなかった為それはそれで不気味ではあったが、不味い事に最近になって教皇や教会の上層部、一部の貴族等の権力者からも似たような悪意が向けられて来ているのだ。恐らく、神のお告げか何かで社自身について言及があったのだろう。今の所、目に見えた妨害はされていないが、最悪の場合は国を敵に回す事になると考えると、ハジメ達には不用意に話せない。

 

「話はそれだけ。さ、早く行こうか」

 

「そうだな」

 

 恵里に促され、足を早める社。どうしたもんか、と考える社の顔を、恵理は何時ものニコニコ顔で見つめるのであった。

 

 

 

 訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。ハジメ達は「自主練でもして待つか」と、各々支給された武器を取り出す。と、そんな彼等に近づく人影があった。

 

「香織に雫、こんな所にいたのか。一体今まで何をしていたんだ?」

 

 ご存知、我らが勇者の天之河光輝である。香織と雫に声を掛けている光輝だが、心配していると言うよりは「何故俺に黙って行ったんだ?」と、どことなく非難している様に聞こえる。まるで束縛の強い彼氏の様な発言だった。

 

「さっきまで、南雲君達と図書館で勉強してただけだよ?別に光輝君と約束なんてしてないよね?」

 

「・・・いや、確かにそうだけど」

 

「「「ブフォッ」」」

 

 が、香織の天然には全く効果が無かった様だった。光輝の勢いが急速に萎んでいく様を見て、思わず噴き出すハジメ達男子3人。光輝がそちらを睨むと笑い声は収まったものの、3人ともニヤケ顔は隠せていない。香織に言い負かされたからか、光輝の矛先はハジメに向く。

 

「南雲はもっと努力すべきじゃ無いのか。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?図書館で読書に耽っている暇があるのなら、少しでも強くなるために鍛錬をした方が良いんじゃないか。俺ならそうするよ」

 

「え、注意するの僕だけ?幸利君と社君は?」

 

「・・・勿論、南雲だけじゃ無い、清水も宮守も、もう少し真面目になった方がいい。図書館に居るだけじゃ強くなれないだろ」

 

「うわ、巻き添いじゃねーか。ハジメふざけんなよー」

 

「ハハハ、僕と一緒に仲良く不幸になろうよ、2人共」

 

「うーむ、ハジメも順調に良い性格になってきたな。俺達との友人付き合いの賜物か」

 

「真面目に俺の話を聞くつもりが有るのか、君達は!?」

 

「「「無い」」」

 

「〜〜〜っ!!」

 

 ハジメ達にお説教を始める光輝。しかしハジメ達は何処吹く風で光輝の善意の忠告(と本人だけが思い込んでいる)に取り合おうとはしない。まあ、香織達には注意せず、自分の気に入らない相手にだけ滅茶苦茶言ってる様なものなので、その反応も当然である。ハジメ達のふざけた態度に堪らず光輝が叫ぶが、3人同時に否定され声にならない声を上げる。

 

 今まで成功し続け挫折の経験が無かった光輝は、自らのカリスマも合わさり自分の話を聞いて貰えない、と言う状況に身を置いた事が無かった。その為、自分以上に話を聞かない(勿論光輝自身は、自分の思考や正義感を疑わない為、結果的に自らが人の話を聞かない人間であるという自覚は無い)人間に対しての耐性が無かったのである。頭を抱える光輝だったが、そこに雫の助け舟が入る。

 

「取り敢えずそこの3馬鹿は鎮まりなさい。それと光輝。私達はこれから戦う事になる魔物や魔人族の事を予習がてら調べてたのよ。これは社達も一緒。なら、私達も同罪かしら?」

 

「それは・・・」

 

「違うわよね?だったら、社達を責めるのはやめなさい」

 

「「「「「・・・オカンだ」」」」」

 

「何でそこで皆奇麗にハモるのよ!特に社!アンタ隠れて笑ってんじゃ無いわよ!はっ倒すわよ!」

 

「おっとバレた」

 

 頭を抱える光輝に優しく諭す様に告げる雫。自らを疑わず簡単に善意で暴走する幼馴染みを宥める手腕を見て、一部始終を見ていたハジメと周りのクラスメイト達は思わず呟く。が、その声はしっかり聞かれていた様で、その中でも露骨に笑っていた社にはご立腹の雫。瞬く間にワーワーと叫ぶ声が広がりーーー。

 

 

 

「あれ?でも、光輝君より宮守君の方がステータスは上じゃなかった?」

 

 

 

 香織(ド天然)の口から飛び出した呟きによって、水を打った様に周囲が静まり返る。本人に悪意は無く、光輝が放った「強くなれない」発言を聞いて、事実確認として言っただけだったのだろう。だが、周りの人間が同じ様に捉えるかと言うとそうでは無い。間違い無く面倒な事になると、社の直感は警報を鳴らしていた。社がハジメと幸利の方に目線を向けると、2人して手で目を抑えながら「やっちまったなぁ」と言わんばかりに空を見上げていた。雫はと言うと、目があった瞬間に顔ごと逸らした。香織はキョトンとしているばかり。そして。

 

「・・・宮守!俺と戦えーーー!!!」

 

「マジかよ」

 

 こうして、急遽勇者VS呪術師のマッチが開催されるのであった。




以前の話でも描写したのですが、社に付随する形でハジメ君の性格の良さがクラスメイトに気付かれているので、原作に比べてハジメ君の扱いが良くなっています。その為、思い人を狙われる可能性を考えた香織さんはハジメ君に対して、より積極的になっていたり。


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13.呪術師VS勇者

 初感想と初評価を頂きました。やったぜ。何時も返信出来るかは分かりませんが、確認はしてますので、今後とも拙作をよろしくお願いします。


「なんだかな・・・」

 

 試合前に準備体操をしつつ、突如決まった光輝との試合にやるせない気持ちになる社。香織の悪気無い発言から始まったこの一件、最初は適当な事を言ってうやむやにしようとした社。しかし誤算だったのが、メルドが光輝のワガママとも言える提案を飲んでしまった事だった。

 

(「同じクラスメイトの戦う姿を見せて、指揮を高めたい」ね。言いたい事は分かるけど、完全にトバッチリじゃねーか、俺)

 

 訓練施設に来たメルドは、事の顛末(と言っても光輝の駄々に近い)を聞くと試合形式での勝負を提案した。てっきりメルドが光輝を宥めるものかと思っていた社は、まさかの提案に思わず「ハァ!?」と声を上げた。

 

 驚く社に対して、周りの生徒達を集めたメルドは

・明日から実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く事。

・騎士団随伴で、必要なものもこちらで用意するが、今までの訓練で行ってきた魔物との実戦訓練よりも危険性は高い事。

・この試合で2人の力を見せつける事で、騎士団だけで無く、クラスメイトの中でも頼れる人間がいる事を意識させ、いざと言う時に集団で動揺したり、混乱するのを防ぎたい。

等の理由を説明。

 

 それでも渋る社だったが、メルドは「お前、こちらに来る前からかなり戦闘慣れしてただろう。少なくとも、試合中に今の光輝が暴走しても問題無く止められる位には。迷宮では俺達も最善は尽くすつもりだが、何が起こるかは分からない。どうか協力してくれないか」と言いながら頭まで下げる始末。戦える事を黙っていた後ろめたさもあり、仕方無く了承したのであった。

 

「おうハジメと中村!どっちが勝つか賭けようぜ!俺は社に賭ける!」

 

「社君一択!」

 

「え、なんか2人共声大きくない?と言うか、僕も社君が勝つと思うんだけど」

 

(聞こえてるぞ3人共。つーか、幸利と恵里はワザと天之河に聴こえる様に言って煽ってやがる。2人とも天之河の事嫌いすぎじゃね?身体張るの俺なんだけど)

 

 10m程の距離をおいて対峙する社と光輝。それを取り囲む様に騎士団員によって結界が張られ、その外側から観戦する騎士団員と生徒達。そこにいたハジメ達3人のワザとらしい会話を聞き、ゲンナリする社。因みに幸利と恵里の大声の甲斐(かい)合って、光輝にはバッチリ聞こえている。その証拠に光輝の表情は徐々に険しくなっていた。

 

「南雲君は、宮守君が勝つと思ってるんだ?」

 

「うん?ん・・・まぁね。間違い無く、社君が勝つ」

 

「そっか。じゃあ、私も宮守君に1票入れようかな?」

 

「ッ!?か、香織!?」

 

「「「ブフォッ!」」」

 

 何時の間にかハジメの隣に陣取っていたらしい香織は、ハジメが社の勝利を確信していると知るや否や、「ハジメ君がそう言うなら私もそうする☆」と言わんばかりに社の勝利に1票を投じていた。

 

 無論、香織のこの発言にも悪意は無い。彼女にあるのは「ハジメ君とお揃い♡」と思う程度の恋心(下心とも言う)であり、言わずもがな光輝に対して思う所など有る筈が無い。

 

 しかし哀れかな、幼馴染みの予想だにしない裏切りを喰らい、割と深刻なダメージを受ける光輝。そこそこ悲痛な叫びとまるで飼い主に捨てられた仔犬を彷彿とさせる表情に、思わず吹き出す社と幸利、恵里の3人。それを聞いて益々怒りのボルテージが上がっていく光輝。その向かう先は勿論、社ただ1人。不毛な悪循環である。

 

(勘弁してくんないかな、白崎さん。マジでハジメしか見えてねーのか。・・・俺が■■ちゃん見てた時もあんな感じだったのだろうか)

 

 ハジメの隣で楽しそうにしている香織を見て、眩しいものを見たかの様に目を細めると柄にも無く染み染みする社。今回の発端になった呟き然り、先程の不用意な発言然り、幾ら悪意が無かろうとも文句の一つも言いたくなる状況ではあるが、社自身も■■の前ではあんな感じだったのかと思うと、どうにも強く責める気にはなれなかった。

 

「雫ちゃんはどっちが勝つと思う?宮守君も、八重樫道場に通ってたんでしょ?」

 

「私?そうね・・・」

 

(良いぞ、雫なら空気を読んで天之河の方に着いてくれるに違いないっ!)

 

 香織に話を振られ、どちらが勝つか考え込む雫。顎に手を当てて真剣に考え込む姿を見て、これ以上天之河からヘイトを向けられたくない社は、雫に光輝の方に付いて貰おうと画策する。

 

(雫さーん、俺の事はどーでも良いんで、天之河の方を応援してご機嫌取っといて下さーい。このままじゃ天之河の理不尽な怒りが全部俺に向いちゃうんですけどー。・・・あれ?俺のジェスチャー通じてない?いやでも確かにこっちをジッと見てたよな?)

 

 天之河からのヘイト回避のため、雫に向けて打算に(まみ)れた渾身のジェスチャーを放つ社。雫に気付いてもらうまでは順調だったのだが、何故か徐々に雫の顔から表情は抜け落ちていく。その事に一抹の不安を抱えつつも、背に腹は代えられぬと必死にジェスチャーを続ける社。内容を伝え終える頃には雫は真顔になっており、返答もせずに顔を背けてしまった。あれ?と首を傾げる社は、めげずに再びジェスチャーを送ろうとして。

 

「ーーー私も社の勝ちに賭けるわ」

 

「雫サン!?」/「雫!?」

 

 信じがたい発言が社と光輝の耳に伝わり、思わず叫ぶように雫の名を呼ぶ2人。社は自分のジェスチャーが伝わらず、あろう事か火に油を注ぐ結果になったことに対して。光輝は信頼するもう一人の幼馴染にすら見捨てられた事に対して。理由は違えど2人は愕然とした表情で固まっていた。

 

「・・・あれ、雫ちゃん機嫌悪い?」

 

「いいえ、別に(ふーん、社は、私からの応援は、いらないと。ふーん。ふ~~~ん)」

 

 当の雫はと言うと、表面上は何事も無かったかの様に振る舞うものの、内心は社への文句で一杯だった。雫本人は当初、空気を読んで光輝に賭けるつもりではあった。が、社からの「お前の応援は要らん(意訳)」ジェスチャーにムカっ腹が立ち、意地になって社の勝利に賭けてしまったのである。ここに来て痛恨の擦れ違いが発生する社。

 

「宮守っ、お前何をしたっ!?」

 

「いや何もしてないからね!俺無罪よ!?」

 

「嘘をつくな!だったら何故香織も雫もお前の勝利に賭けている!?」

 

「知るかぁ!お前に人望無いだけじゃねーのか、この自意識過剰ちゃんめ!」

 

「なっ・・・!」

 

 幼馴染み2人に裏切られた(と光輝自身は思っている)ショックから立ち直り、すぐさま社に食って掛かる光輝。お得意のご都合主義が発動し、如何やら本気で社が何かしたと思っている様子。無論、社の方は心当たりなどまるで無い為、売り言葉に買い言葉で光輝に悪態を吐く。

 

「お前達、試合前にヒートアップしてどうする。言いたい事があるなら、全て試合にぶつけろ」

 

「・・・分かりました」

 

「了解でーす。・・・何か急激に面倒臭くなってきた」

 

 このまま言い争いが続くかと思われたが、メルドの取りなしにより両者共に一旦落ち着く。社は兎も角、光輝の方は納得していない様だが。場が収まったのを確認したメルドは、改めて試合内容の確認を行う。

 

「良いか2人とも!ルールは簡単。使えるのは自分の選んだ武器と、純粋な体術のみだ。技能の使用も可とするが、魔法等を使用した場合は反則負けとする。フィールドは騎士団員が張った結界の中のみ。戦闘不能と判断された時点で試合終了、審判は俺が行う!分かっているとは思うが、本番は明日から始まる【オルクス大迷宮】への遠征だ。明日以降に支障が出るような無茶はするなよ!」

 

 メルドが分かりやすくルールの説明と注意喚起を行う。要するに、武器有りの喧嘩の様なものである。

 

「では、両者構えろ!」

 

「・・・宮守、武器は如何した?」

 

「ん?あぁ、無手(ステゴロ)の方が加減し易いからな。俺の力に耐えられそうな武器も無いし」

 

 メルドの声と共に、半円状に張られた結界の中心で対峙する社と光輝。ふと、模造の剣を持った光輝が、社が無手である事に気付く。その事に言及するが、社は気にせず素手で戦うと告げる。事実、社の全力に耐えられる武器は訓練用の物の中には無いので正しい判断ではある。だが光輝は手加減されている様に感じたのか、ギリっと奥歯を噛み締め強く社を睨み付ける。

 

「その余裕がいつまで持つかな!俺はここでお前に勝って、香織と雫の目を覚まさせてみせる!」

 

「余り強い言葉を遣うなよ。ーーー弱く見えるぞ」

 

「ッ!宮守ぃ!!」

 

(あっヤベ、ついネタに走っちまった。しかも天之河には通じて無いし。あ、ハジメと幸利が腹抱えて爆笑してる。他にも何人か・・・おや、白崎さんにも通じてるとは意外。ハジメの影響かね)

 

 高らかに声を上げ、社から勝利を奪うと宣言する光輝。台詞だけなら間違い無く悪に立ち向かう正義の勇者そのものである。が、社の方はと言うとイマイチやる気が出ずボンヤリしていた所に、振りかと思える程の絶妙な発言を聞いた事で思わずネタで返してしまう。

 

 社が我に帰った時はすでに遅く、ネタ発言の通じなかった光輝は盛大に煽られていると思い込み、今にも斬りかからんとする勢いでマジギレしていた。因みに元ネタのわかるハジメ達と一部クラスメイトは堪え切れずに爆笑していた。その笑い声が更に光輝の怒りを呼んだのは言うまでも無い。

 

「メルドさん!開始の合図を!」

 

「やれやれ・・・。2人とも準備は良いな?それではーーーはじめ!」

 

「いくぞ、宮守!」

 

 試合開始を急かす光輝に、呆れながらも合図の準備を行うメルド。何も言わないのは言っても無駄だと分かっているからか、それとも光輝では社に勝てないと分かり切っているからか。2人が頷き返したのを確認し、メルドが試合開始の合図をする。直後、動いたのは光輝だった。

 

 

 

 訓練用の剣を構えて、真っ直ぐ社に向かう光輝。両者の間には10m程しか無い為、1秒も掛からず社に肉薄する。振るう技は、何のてらいもない上段からの唐竹割り。シンプルではあるが、相応のステータス(筋力:200・敏捷:200)から放たれる斬撃は、並どころか一流の冒険者すら一振りで倒せる、勇者に相応しい一撃だろう。ーーーそれを半身になりながら、ギリギリ剣に掠らない様に横にかわす社。

 

「ーーーはぁっ!」

 

「・・・」

 

 一度避けられた程度で止まる光輝では無い。両手で剣を振り下ろした状態から即座に片手持ちに切り替えると、回避した社を追う様に今度は逆袈裟に切り上げる。が、その時既に社は後退しており、光輝の刃が届かぬ場所に居た。

 

「ーーー八重樫流剣術〝水月〟ッ!」

 

「おっと、と」

 

 体制を整えた光輝は、先程よりも一段速度を上げて再び距離を詰める。先程避けられたことを意識して深く強く踏み込みながら、八重樫流の剣術〝水月〟を放つ。右手に持った剣で胴薙ぎを一閃、直後に左手に剣を持ち替えての逆胴薙ぎと往復する様に振るうも、これもまた紙一重で社には届かない。

 

 一瞬で行われた攻防に、息を呑むクラスメイト達。体術だけとは言え思っていた以上にハイレベルな動きに、騎士団員達も感嘆の唸り声を上げる。

 

「お前さん、騎士の剣を学んだのか。良くもまあ、半月足らずでそこまでモノに出来たな」

 

「当然だ。お前達が読書なんかに耽っている間、俺は努力を欠かさなかった!何の努力もせず、()()()()()()()()()()()()()()()負ける訳が無いだろう!」

 

「きゃーあまのがわくんこわーい(棒)」

 

「人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!もう手加減はしない!覚悟しろ!」

 

 光輝の剣筋や体捌きに八重樫流以外の色が混じっているのに気付く社。注意して見ると、如何やら騎士団の剣術を取り入れた様だった。半月以下という短い期間にしては破格と言って良い程にサマになっている姿を見て、素直に感心する社。

 

 一方の光輝はと言うと、社の褒め言葉を当然の様に受け止めた挙句、勘違いも甚だしい言葉を発するが、社の人を小馬鹿にする言い方に怒り心頭。手加減無用とばかりに意気込むが、社は気にした様子はない。

 

「これで終わりだ宮守!〝縮地〟!」

 

 業を煮やした光輝は、遂に技能を使用する。技能名〝縮地〟。魔力を脚部に集中した後、解放する事で爆発的な初速を得る技能である。

 

 先程までとは比べ物にならない程の加速を得た光輝は、勝負を終わらせようと再び真正面から社に突っ込む。高速の踏み込みと八相の構えから繰り出すのは、()()()()()()最速の突き。これが試合である事も忘れ、自らの勝利を確信する光輝だったが。

 

「ーーー八重樫流体術〝流転〟」

 

「何っ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()かの様な足捌きで、地面を滑るように光輝の側面に移動する社。周囲がゆっくりと動く様な引き伸ばされた感覚の中、驚きの声を上げた光輝の耳に社の声が届く。

 

「取り敢えずボディに1発だ。加減するから歯ぁ食いしばれよ、天之河?」

 

「ーーーグゴッ!?」

 

 瞬間。突きを躱されて無防備となった光輝の腹に、社の強烈なボディブローが炸裂。至近距離で爆発が起きたと錯覚する様な、腹部を突き抜けんばかりの衝撃と痛みに耐えられず蹲る光輝。

 

「これで1ダウン先取だな。・・・何で皆して静かなの?」

 

「オメーらの動きが非常識過ぎて目で追えねぇーんだよ!何したのかサッパリだよ俺らは!解説しろ解説ゥ!!」

 

「僕もまさか現実(リアル)でヤ〇チャ視点になるとは思わなかったよ・・・」

 

 光輝を沈めた後、ふと周りが静かになっている事に気付く社。不思議そうに周りに聞くと、幸利からは怒鳴り声、ハジメからは全てを諦めた様な声でそれぞれツッコミが入る。どうやらクラス一同を代表した意見らしく、他の生徒達も「そうだそうだ」と言わんばかりに頷いている。

 

「あー・・・まあ、天之河も立てない様だし説明するか。やった事は単純。天之河が〝縮地〟を使って突きを放ったから、俺はそれを避けてボディブローしただけだ。で、それが出来た理由も単純。俺も〝縮地〟は使えるから、何となくどの位加速するかが分かるというのが1つ。それと、天之河も俺も八重樫流を習ってたから、構えとか重心から技を予測出来るんだよ。後は突っ込んで来た時にタイミングを合わせて、避けながら返し技(カウンター)入れただけだ」

 

 無論、それだけが理由では無い。社の持つ技能である〝悪意感知〟によって、光輝の攻撃のタイミングを図る事が出来た事。社が己自身に課した『動作の直前に技名を口にする』縛りによる強化(ブースト)の他、念の為にと『呪力』によって五感を強化しておいた事も成功の一因だろう。最も、その辺りを正直に言うつもりは社には無いが。

 

「なんか怪物でも見た様な目で見てるけどな、今俺がやった返し技(カウンター)と同じ事、そのまんま雫も出来るからね?」

 

「ちょっと社!なんでそんな余計な事言うのよ!」

 

「俺だけ人外扱いは悲しいだろ、道連れだ道連れ。それに実際問題、雫にとっても難しい事じゃ無いだろ?なんせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

「それは、まぁ、何回か見れば出来るだろうけど・・・って、何で皆して私の事もそんな目で見るのよ!?」

 

「ハッハッハ、俺とお揃いだなぁ雫」

 

「アンタのせいでしょうが、社ぉー!!」

 

 クラスメイト達から信じられないものを見た様な目を向けられた社は、先程ジェスチャーをスルーされた恨みからか、話題逸らし(スケープゴート)として雫を引き合いに出した。元の世界でも八重樫道場で偶に実戦形式で稽古をしていた社と雫。無論、社の方は『呪力』・『術式』無しだった為、厳密には全力では無かった。しかし膂力は圧勝、速さも社に軍配が上がる中、それでも勝負になっていたのは、雫の技術が非常に優れたものであったからだろう。社に文句を言う雫だったが、咄嗟に投げかけられた問いに嘘はつけなかった為、社と同じく人外認定されてしまう。

 

「・・・まだだ、まだ終わってないぞ、宮守!」

 

「ありゃりゃ、まだ立てたか。手加減し過ぎたか?」

 

 社と雫がコント染みた言い争いをしてる中、ようやく立ち直った光輝が試合の再開を叫ぶ。多少はふらついてはいるものの、足取りは危なげなく、目に宿る意思と光も全く衰えた様子を見せない。その様子を見たメルドも続行の許可を出し、試合が再開される。

 

「さっきは油断したが、今度はそう上手くいくとは思わないことだな!ーーーセイッ!フッ!ハァッ!」

 

 再び社に突撃を敢行する光輝。最も今度は完全な至近距離戦闘(ドッグファイト)ではなく、剣と素手の長さ(リーチ)の差を生かし、絶妙な間合いを取っている。剣も大振りに振ることをせず、小さく速く、間合いを詰められない様に、よりコンパクトな攻めを意識している様だ。勇者と言えど、先程のボディブローは中々に堪えたらしい。

 

「(対応力高いと言うか、無駄にスペック高けーなー、天之河。・・・そうだ)ーーーうおっ!?」

 

「ーーー貰ったぁ!!」

 

 光輝の才能に感心しながらも、繰り出される剣技を避けつつ隙を探ろうとする社。が、光輝の絶え間無い剣舞を避け続けた結果、遂に体勢を崩してしまう。振るわれる剣を無理矢理避けようとして、上半身を後ろに思いきり倒す様な姿勢になった社に躊躇無く、剣を上段から振り下ろす光輝。

 

「ーーーなんてな。ォラァッ!」

 

 ガギンッ!!

 

 光輝が剣を振り下ろす直前。体勢を崩していた社が、一瞬で上半身を起こして右足で前蹴りを繰り出した。()()とは言え、直前まで無理な体勢をしていたとは思えない程に鋭く放たれた蹴りは、振り下ろされた刃ーーーの更に奥、(つば)の部分に命中する。人間の体をぶつけたとは思えない様な鈍い音と共に、光輝の剣が振り下ろしの反作用の如く綺麗に打ち上げられる。かなりの衝撃があっただろうに、それでも尚、剣を離さなかった光輝は流石と言って良いだろう。ーーーしかし、そこで手を緩める社ではない。

 

「防げよ天之河。ーーーもう1発、ボディ!」

 

「ぐっ、このーーーグゴあぁっ!?」

 

 文字通り無防備となった光輝に、宣言通り本日2度目のボディブローを放つ社。その言葉に反応し咄嗟に左腕で腹を守りつつ、弾かれた右手の剣で上段からカウンターを狙おうとする光輝。だが、防御される事を見越していたのか、社のボディブローは先程よりも体重の乗った強烈なものであり、光輝の腕の防御を容易くぶち抜いて1撃目と同じ所に突き刺さった。反撃する暇なく崩れ落ちて悶絶する光輝と、その様子を見下ろし満足げに頷く社。

 

「うむ。これで2ダウンだな。・・・なんか今度は鬼を見る様な目で見られてるんだけど」

 

「社君は、プロレスラーのヒール役って知ってる?」

 

「端的で分かり易い説明をありがとうハジメ。でも今欲しいのはその言葉じゃないかなー」

 

「何言っても無駄だぞハジメ。あんな曲芸染みた蹴りが出来る奴が人間なワケがねぇ。多分、新種の生物だろ。学名は、ヤシロ・ヤシロ・ヤシロとかだ」

 

「ニシローランドゴリラの学名*1っぽく言うのは止めろや幸利。スープレックスすんぞ」

 

「お、俺は暴力には屈しねぇぞ!」

 

 社の容赦ないボディブロー2連発に、社と仲の良い数名を除き若干引き気味の生徒達。悪党扱いに納得のいかない社だったが、ハジメの的確な例えにより若干気落ちする。尚、直後に放たれた幸利の罵倒には、プロレス技での報復を誓った模様。学校に居た時の様な猫被りをするつもりは現状社には全く無い。その為少しずつではあるが、クラスメイト達に社の本性がバレ始めていた。

 

「・・・まだ、まだだ。まだ、終わるわけにはいかないっ・・・」

 

「おー、強化無しとは言えそこそこ本気で打ったのに。ガッツあるな、天之河」

 

 ハジメとのやり取りの直後、光輝が剣を杖に再び立ち上がる。足は小鹿の様に震え息も絶え絶えであるが、目に宿る意思と光は全く衰えていない。こう言う所は勇者っぽい奴である。

 

「ここでっ、お前に、負ける、訳には、いかないんだ、宮守ぃ!」

 

「いや、熱くなんのは良いけどこれ練習試合だよ?何で、【瀕死の重体にも関わらず、魔王に立ち向かう勇者】みたいな構図になってんの?本番は明日以降だぞー」

 

 懸命な様子で社に立ち向かおうとする光輝。しかしあくまでこれは試合である。明日には遠征と言う本番を控えており、言ってしまえばこの試合は前座に過ぎない。従って、残念ながら頑張りどころが違うと言わざるを得ない。光輝本人も諦めない自分に酔いしれている様な雰囲気がある為に、何処か滑稽な様子が拭いきれない。龍太郎等を始めとした熱血漢からの受けは悪くない様だが。

 

「ーーーメルドさんっ、続きを、お願いします」

 

「・・・。ヤバいと思ったら、すぐに止めるからな。社も済まないが頼めるか?」

 

「・・・ここまで来たら、最後までやりますよ」

 

 光輝の頑なさに、これで最後だと念押しするメルド。申し訳無さそうなメルドに、社も諦めと共に最後まで付き合おうと腹を括る。3度、開始の宣言がなされる。

 

「ーーー今度はこちらからだ、なぁっ!」

 

「なっ!?」

 

 再開直後。『呪力』によって強化した脚力で、瞬時に光輝との距離を詰める社。ここに来て初めて自分から攻めに行く社に対し、光輝はこの特攻を予想していなかった様で、社は完璧に先の先を取る形になった。

 

「俺は負けない、負けら「ボディ!」ッーーー!?」

 

 社の速攻に動揺しつつも、決意を口にする事で自らを鼓舞し迎撃の構えを取ろうとする光輝。が、光輝の声を遮る様に、突如社も声を上げる。先程も聞いたその宣言に、都合2回のボディブローが脳裏にフラッシュバックした光輝は、反射的に胴体を守る構えをとってしまう。そしてーーー。

 

 ゴシャッ!!

 

 社から躊躇無く放たれたのは、シンプルな右ストレート。綺麗なフォームから最速で出たそれは、腹部の防御に気を取られていた光輝の無防備な顔面を真っ直ぐに捉えた。拳をモロに喰らい吹っ飛ぶ光輝と、殴り抜いた姿勢のまま固まっている社。

 

 メルドが「勝負有り!」と叫び周囲を囲む結界が解除されると、いち早く香織が飛び出し光輝の治療を行う。呆気ない決着に周りが静寂に包まれる中、試合を見ていた数名が口を開く。

 

「・・・社?」

 

「何も言うな雫。俺もまさか決まるとは思わなんだ」

 

 雫の口から社の名が呼ばれる。その一言には、社が勝利した喜びや決着への呆れ、光輝に対する同情と情け無さ等、様々な感情が綯い交ぜに込められていた。その色々な意味で深く重い一言に、社は思わず言い訳染みた事を言い出す。

 

「社君、もしかして最初から狙ってた?」

 

「いや、決まれば良いなー位だからね?まさかこんなチープな手に引っ掛かるとは予想外だったが」

 

 気まずい沈黙が続く中、ハジメからの質問に話を逸らすかの様に嬉々として乗っかる社。一々宣言通りにボディブローをしていたのは最後の一撃への布石ではあったが、ここまで綺麗に決まるとも思っていなかった、と言うのが社の偽り無き本心である。光輝のご都合主義はこういうところでも発揮される様だ。

 

「大丈夫。勝てば官軍だよ、社君」 

 

「フォローありが・・・フォロー?まあ、サンキュー恵里。あと笑い過ぎだろ幸利ィ!いや、気持ちは分からんでも無いけど!」

 

「ギャハハハハハアハハハハ、だって、おっま、こんなオチがあるかぁ!ブフーハハフハハハ!」

 

 ニッコニコと擬音が聞こえてきそうなほどにとても良い笑顔の恵里から出たフォロー?を受け取りつつ、幸利の笑い声にツッコむ社。当の幸利は光輝が吹っ飛んだ瞬間からずっと笑い転げている。余程ツボに入ったのだろう、未だに笑い声が止まる様子は無い。

 

「ま、前座はお終い、今日はここま「宮守ぃ!」うそん」

 

 取り敢えず、1名を除き無事に試合が終わった事にホッと息を撫で下ろす社。が、今1番聴きたく無い人間の声を聞き、思わず変な声が出てしまう。嫌々ながらも声のした方を向くと、ぶん殴られて気を失っていたはずの光輝が立っていた。鼻から血が垂れた跡があるものの、特に腹や顔を庇う様子も無い為、香織に治療された後なのだろう。何故だか憎しみに満ちた目でこちらを見ているが、社に心当たりは無い。無いったら無いのである。

 

「おう、お早いお目覚め「宮守!お前がこんな卑怯な手を使うというなら、こっちにも考えがあるぞ!」うーん、面倒臭い」

 

 一応、声を掛けてみる社だが、光輝は酷く興奮した様子で(わめ)き散らしていて聞く耳を持たない。如何やら先程のフェイント、光輝の中では汚い手段扱いらしい。最早御家芸とも言えるご都合主義っぷりに、思わず思考がそのまま口に出てしまう社。周りで落ち着かせようとしている香織の声も届いていない様で、最悪もう一度気絶させるのもアリか、と物騒な考えまで過ぎる社。

 

 ーーー次の瞬間、光輝から強い悪意が向けられるのを感知する。

 

「・・・何のつもりだ、天之河?」

 

「黙れ!お前の様な卑怯な奴は、俺が許さない!万翔羽ばたき、天へと至れーーー〝天翔閃〟!」

 

「ーーー馬鹿が」

 

 先程までの見るからに怠そうな雰囲気をかき消し、表情を引き締める社。経験則で光輝が何をしようとしているのか感づいてはいるものの、一応確認のために問いかけてみる。一方の光輝はと言うと社の問いにも聞く耳を持たず、それどころか魔法の詠唱まで始める始末。光輝の持つ剣が光を纏い、輝き始めたのを見たメルドが「っよせ、光輝!」と叫ぶが間に合わない。光輝によって大上段から振り下ろされた剣から、剣が纏っていた光自体が斬撃となって社に放たれた。

 

 光輝の行った突然の暴挙に、反応が出来ないクラスメイト達。先程まで生徒達を守っていた結界は、試合終了の時点で消滅している。光輝の放った曲線を描くような光輝く極太の斬撃は、未だ動けず叫び声すら上げられない生徒達を切り裂き、最悪死傷者が出る惨事をひき起こすだろう。ーーー斬撃と生徒たちの間にいる社が避ければ、だが。

 

(避けるのは論外、逸らすのも真上以外には無し。殴って止めてもいいが、失敗した時に周りを巻き込むリスクが大きい。ーーー何よりも後ろにはハジメ達がいる、絶対に巻き込めん。・・・あークソ、『術式』隠してたのにこんな形でバラす事になるとか、恨むぞ天之川)

 

 光輝が喚き出した時から、既に対処方法を考えていた社。幾つか方法を検討するも、()()()()()()()()()()()()()()()()『術式』を使うしかないと判断。自らを狙う何者かから身を守るためにも『術式』は秘匿していたかった、と後ろ髪を引かれる思いを、それでも大切な友人達を確実に守るためにと迷わず断ち切り『術式』を開帳する。

 

「ーーー『式神調 ()ノ番〝岐亀(くなどがめ)〟』」

 

 社の呼び声と共に光の粒子が現れ、即座に形を成していく。集まった光から顕現したのは、全長50㎝程の全身真っ白な、小さな(ほこら)を背負った陸亀(りくがめ)だった。現れた陸亀の顔には仙人を思わせる髭が生えており、甲羅を縁取る様に空色の紋様が走っている。

 

「あらゆる害意は(ふさ)がれて、此方(こちら)側には来ること(あた)わず」

 

 社が前方に手を突き出して、詠唱と同時に『呪力』を込めると社の周りでプカプカと浮いていた岐亀、正確には岐亀の背う祠が呼応するように空色に光り出す。すると、社が付き出した手の先に、社を簡単に覆い隠す程の大きさの正六角形の結界が現れる。結界は淡い空色の平面で厚みは殆ど無い様に見えるが、社は全く動じずにそのまま光の斬撃を結界で受け止める。

 

 社の結界と光の斬撃が衝突した瞬間、閃光と弾ける様な音が発生すると共に、周りから悲鳴が上がる。どうやら先程まで呆けていたクラスメイト達が、ようやく事態を把握したらしい。恵里や雫からであろう、悲痛な声で社の名を呼ぶ声も聞こえた。

 

 拮抗が続いたのは、たったの数秒。目の眩む光と耳をつんざく様な音が続いた後、耐え切れず押し負ける様に光輝の放った斬撃は消え去った。後に残ったのは、光の刃によって抉られた地面と、衝突前と同じ構えの社。ーーーその前に張られた薄空色の結界は、依然として健在であった。

 

「社君!」/「社!」

 

 光の刃が消え去り数秒後。社の名を呼ぶ声と共に、背後で見ていた恵里と雫が駆け寄る。その顔には心配の色がありありと浮かんでおり、必死になって「怪我は無い?痛い所は?」「誰か救急車ーーーは無い!か、香織ー!!」等と矢継ぎ早に口に出す。その様子を見て、自分たちが助かったことを自覚出来たのだろう、周りのクラスメイト達から歓声が上がる。

 

 心配そうな恵里と雫の相手をしつつも、結界を消す事無く油断せずに光輝の様子を見る社。その体には傷のようなものは見当たらず、結界にも(ひび)割れ一つ入っていなかった。肝心の光輝はと言うと、よほど自信があったのだろう、自分の魔法が簡単に防がれた挙句、傷一つ作れなかった事実に呆然としていた。その顔には、他の人間を巻き込んでしまった罪悪感等はまるで見当たらない。

 

「・・・っ宮守。今のは何ーーーガッ!」

 

「そりゃこっちのセリフだよ、天之河。俺はともかく、周りの人間巻き込むところだったんだぞ?ああ、言い訳は聞いてない。今のお前の言葉には何一つ価値が無いからな」

 

 結界を解除、念の為に式神を出したままで光輝に近づく社。へたり込み俯いていた光輝は、自分に被さる人影に気付き顔を上げると、そこでようやく社に気付く。すると、今までの意気消沈っぷりが嘘の様に消え、再び社に食ってかかろうとする光輝だったが、胸ぐらを掴まれて持ち上げられ、身動きが取れなくなる。怒髪天を突くと言う表現、正にその通りであろう。友人を巻き込まれそうになった事で、社は完全にブチ切れていた。

 

「ーーーいっぺん頭冷やせや、このボケナスがぁ!!!」

 

 今日1番の大声と共に放たれた、これまた今日1番の威力と言っていい社の拳。死なない程度にーーー本当に死なないだけで、後は如何なろうが知らんと言わんばかりにのみーーー加減されただけの拳打は、治されたばかりの光輝の顔面を綺麗に捉えた。地面を蹴った力が下半身から伝わり、腰の捻りで増幅され、そのまま胴、肩、腕と加速する様に拳に収束していく。全身で生み出した力が余すところ無く伝わる様な、およそ理想的と言って良い力の発生と伝達。そこに駄目押しとして『呪力』による肉体強化が加わった事で増幅された欧撃の威力は、殴られた天之川がきりもみ回転しながら吹っ飛ぶほどであった。

 

 数m吹っ飛び、地面に擦られながら漸く止まった光輝。倒れ伏した姿勢からピクリとも動かず、完全にダウンしている。光輝の暴走に巻き込まれそうになった恨みは大きい様で、それを見て更に歓声を上げるクラスメイト達。その声を聞いてようやく溜飲が下がった社は、踵を返して自分を心配してくれた友人達の方に向かうのだった。

*1
ニシローランドゴリラの学名はゴリラ・ゴリラ・ゴリラ




色々解説
・八重樫流体術〝流転〟
本作オリジナル体術。姿勢とか摺り足とか視線の誘導とかを組み合わせて、滑る様に移動したと相手に見せかける技。どっちかと言うと裏の八重樫流の技に近い。

・『動作の直前に技名を口にする』縛り
呪術に於いて、自分に制限や制約を課すことで、術式の出力を上げる事を『縛り』と言う。今回出た『動作の直前に技名を口にする』縛りは、相手に自分の次の行動をバラすリスクを背負う事で、技の技量や動きのキレを上げている。劇的な効果は基本望めないが、嘘を言ってもペナルティは無いし、寧ろ嘘か本当かの部分に駆け引きを生む事ができるので、ぶっちゃけ出し得な部分はある。


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14.月下で語らう者達

 この世界において【七大迷宮】と呼ばれる有数の危険地帯がある。七大とは言うものの、古い文献等で記録が残っているだけのものも有る為、全ての所在が明らかになっている訳では無い。

 

 現状、所在が分かっているのは3か所。ハイリヒ王国の西、グリューエン大砂漠に存在している【グリューエン大火山】。大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】。ーーーそして、ハジメ達が今回挑戦することになる【オルクス大迷宮】。ハイリヒ王国の南西、王国とグリューエン大砂漠の間にある迷宮である。

 

 このオルクス大迷宮、全100階層からなると言われている大迷宮であり、階層が深くなるにつれて強力な魔物が出現するようになっている。にも関わらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすい事、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は効率の良い魔法陣を作成する際の原料となる他、日常生活用の魔法具等の原動力としても使われている為、軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 因みに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。この固有魔法、詠唱や魔法陣を使えない魔物が唯一使う事の出来る魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる為、魔物が油断ならない存在である最大の理由となっている。

 

 ハジメ達はメルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があるため、そこに泊まる事になっている。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。それを見た相部屋の社が苦笑しながら声を掛ける。

 

「オイオイ、もうお疲れかよ。そんなんで明日の訓練保つのか?」

 

「いやいや、僕くらいが普通なんだって。社君の方こそ、昨日の今日で何でそんなにピンピンしてるのさ。体力お化け過ぎない?」

 

「いやぁ、俺の場合は体質もあるからな。昨日の試合だって体力そんなに使わなかったし」

 

「・・・その台詞、天之河君に言っちゃだめだよ?」

 

 社の揶揄(からか)いに反論するハジメ。しかし続く社の言葉に戦慄すると共に、少しだけ光輝に対する同情心が芽生える。

 

 昨日の訓練は最初の試合こそ問題があったものの、それ以外は特に異常無く終了した。あの試合の後、メルドから「済まなかった社。光輝の性格を読めなかった俺のミスだ。本当に申し訳ない」と頭を下げられたが、メルドには思うところも無かった為、別に気にしていない、と言う旨を伝えた社。

 

 代わりに今回の事に関してミッチリとお説教して欲しいと依頼を出すと快く引き受けてくれた為、光輝は昨夜しっかりと絞られた様だ。その事実だけでも枕を高くして眠れたので、特に社からは言う事は無かった。・・・その無関心っぷりと言うか、眼中の無さが光輝の神経を逆撫でしている事に、社は気付かない。気付いたところで治そうとするかは甚だ怪しくはあるが。

 

「正直さー。僕のこと置いて行っても良かったんじゃない?僕ってば、現状無能オブ無能じゃん、スペ〇ンカーじゃん、初期状態の人〇羅より脆いよ?」

 

「大丈夫大丈夫、人修〇だって最後の方は最強に近いから。地母の晩餐とか、至高の魔弾とか撃てるじゃん」

 

「その領域に行くまで僕は何回パトる*1んだろうね・・・?」

 

 自分の戦闘力の無さを自虐し、今更なことを言い始めるハジメ。据え置きゲームのキャラに例えて最弱っぷりを表現するも、同じような例えで返され敢え無く撃沈。枕に顔を埋めながら、全身を投げ打つ様に脱力する。

 

 明日から挑戦する事になる迷宮だが、今回は行っても20階層までらしく、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると団長から直々に教えられた。ハジメとしては面倒掛けて申し訳ありませんと言う他無い。寧ろ、王都に置いて行ってくれてもよかったのに・・・とは空気を読んで言えなかった為ここで愚痴を溢す様にしか言えなかったヘタレなハジメである。

 

 因みに本日の遠征には光輝も参加している。昨日のやらかしを考えれば自粛や謹慎も有り得ただろうが、特に罰則等も無かったようだ。教会や王国にとっては、自分たちの面子や【勇者とその一行】の称号は思いの外重要だったのだろう。その事を考えると、ハジメの要求が通ったかは疑わしい。

 

 本日の朝に光輝からクラスメイトに向けた謝罪はあったものの、当然と言うべきか光輝に向けられる周りからの目線は冷ややかなものであった。特に恵里は視線だけで光輝を殺しかねない程で、その余波でトラウマを刺激された幸利の顔が青くなっていたのが印象的だった。

 

 しばらくの間、ゴロゴロしながら雑談したり借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメと社だったが、少しでも体を休めておこうと眠りに入る事に。が、電気を消そうとした瞬間、社の「待て」と言う言葉がハジメの耳に届く。突然の発言を不思議に思うハジメに、社は部屋の出入り口の扉を指さす。その数秒後、扉をノックする音が響いた。

 

 恐らく足音か何かで訪問者のことを予期したのだろう。野生の獣を思わせる社の敏感さに、ハジメは驚きと呆れの目線を向ける。その視線に何を思ったのかドヤ顔し始めた社を無視(スルー)しつつも、突然の訪問者について思考するハジメ。少し早いと言っても、それは日本で夜更かしが日常のハジメにしてはと言うだけで、トータスにおいては十分深夜にあたる時間。怪しげな深夜の訪問者に無意識に喉を鳴らすハジメだったが、その心配は続く声で杞憂に終わった。

 

「社、起きてるかしら?八重樫雫よ。少し外で話せないかしら」

 

 なんですと?と硬直するハジメ。チラリと社の方を伺うと、彼は肩眉を上げて怪訝な様子で扉の方を見ていた。どうやら社にとっても予想外の訪問だった様だ。しかし幾許もしない内に、社は口元が裂ける様な笑みを浮かべる。

 

 さながら漫画に出てくる様な、悪役(ヴィラン)を連想させる笑みを見たハジメは「あ、絶対悪いこと考えてる。八重樫さん逃げてー!」と心の中で叫ぶも、巻き込まれるのは御免だった為、特に行動には移さず静観の構えをとる。自らの身を守る為には日和見に徹する強かさも必要であると、幸利や社との付き合いの中で学んでいたハジメ。悪影響を受けたとも言えるだろうが。

 

・・・ふむ、部屋を間違っていないかね?お嬢さん

 

「えっ、あっ嘘、し、失礼しました!」

 

(うっわぁ、僕知-らないっと)

 

 雫の呼び声に、声色をガラリと変えて他人のフリをする社。その声のクオリティは決して高くはないものの、落ち着いた老紳士の声に聞こえなくもなかった。普段の雫なら見抜けてもおかしくなかっただろうが、実地訓練を明日に控えた緊張からか、はたまた失礼を働いた動揺からか、社の悪戯に気付かず足早に去って行ってしまった。部屋から遠ざかっていく足音を聞きつつ社の方を見るハジメだったが、当の社は笑いを堪えながら悶えている始末。巻き込まれない為にも絶対に関わらない様にしよう、と自分の胸に強く誓うハジメ。

 

 そこから約数分後、今度は先程よりも強めにハジメ達の部屋の扉をノックする音が聞こえた。恐らくは雫であろうが、走ってくる足音等は聞こえなかった為、騒音で迷惑を掛けない様に周りを気遣う冷静さはあるらしい。部屋からの返答が無いと知るや、声も掛けずにドアを開けようとする雫。当然ながら鍵がかかっていた為、扉が開く訳は無い。だが、終始無言でドアノブをガチャガチャ言わせてるのは、例え誰がやっているのか分かっていたとしても、言いようの無い不安や不気味さが募る。暫くガチャガチャという音のみが響いていたが、突如ドアノブから発せられた音が止む。シンと静まり返る部屋の中ーーー。

 

「社、一旦部屋から出て来なさい?出て来るわよね?ーーーハヤクデテコイ

 

「はい只今」

 

(こっわ、八重樫さんこっわ!一連の流れが完全にホラーじゃん!)

 

 訂正、社の行為は結構な怒りを呼んでいた。静かな、それでいてドスの聞いた雫の言葉に思わず即答する社。ハジメも、叫び声をあげなかった自分を褒めてやりたいと思うほどにはビビっていた。おもむろに立ち上がり、覚悟を決めたような足取りでドアの前に向かう社。その後ろ姿に、覚悟を決めて粛々と処刑台に上がろうとする罪人を連想するハジメ。

 

「さて。ここじゃ何だから少し出ましょうか。ーーー異論は無いわね?」

 

「はい勿論です」

 

 観念した様にドアを開けた社に、何事も無かったかの様に声を掛ける雫。社の体が遮蔽になっている為、ハジメからは扉の前に立っているであろう雫の姿は見えないし、声に関しても平時と変わらぬ様には聞こえる。が、間違い無く雫はキレているとハジメは確信していた。社が諦め悪く抵抗する事無く、敬語のままなのが良い証拠だろう。

 

「ああ、そうだ、南雲君?」

 

「ハイッ、何でしょうか、八重樫さん!?」

 

「何で南雲君まで敬語?まぁ良いわ。少ししたら香織が来ると思うから、悪いんだけど少し相手してあげてね。頼んだわよ?」

 

「ハイッ勿論でーーーハイ?え、何て?」

 

 社が部屋から出て行き、扉が閉まった直後。緊張の糸が切れた瞬間を見計ったかの様なタイミングで、ハジメを呼ぶ雫。思わず敬語になるハジメだったが、伝えられた内容が予想外過ぎて思わず硬直してしまう。

 

 頭の中を疑問符が埋め尽くす中、2人分の足音が遠ざかって行くのを聞いてようやく我に帰るハジメ。詳細を聞こうとドアを開けてみるも既に2人はおらず。何が何だか分からないハジメの口から出た「なんでやねん・・・」と言う弱々しい言葉が廊下に虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

「いやはや、友達想いで大変結構ですな、雫さん?」

 

「仕方無いわよ、親友が不安がって居たんだもの。背中を押してあげたって罰は当たらないわ。何か文句でも有るのかしら?」

 

「いいや、至極最もかつ素敵な考えだと思うぞ。唯、そういう男前な事を誰にでもやるから、過激な 義姉妹(いもうと)ができるんじゃないかなー、と」

 

「・・・言わないで頂戴。私も好きで作った訳じゃないんだから」

 

 社が部屋から連れ出された後。雫に案内された社は、(おもむろ)に口を開いて雫を揶揄い始めた。面白がる様なその言葉についムッとなり、強めに言い返す雫だったが、返された肯定的な台詞で拍子抜けし、直後の鋭い指摘で非常に痛い所を突かれてしまう。義妹達に対して思うところが無いではないので、多少の沈黙の後に何とか言葉を絞り出した雫。

 

「いや、今はそんな事どうでも良いのよ。私が言いたいのは「その前に聞きたい事が一つ有るんだけど」・・・何よ」

 

「何で俺は雫の部屋に案内されたの?」

 

 気を取り直して本題に入ろうとする雫の出鼻を挫く様に社の声が割り込み、ある種当然とも言える疑問を口にする。言葉通り、社が案内されたのは雫と香織の相部屋であり、現在は香織が居ない為、社と雫の2人きりである。

 

「別に深い意味は無いわ。唯、周りに誰も居ない状態で、社に聞きたい事があっただけだから」

 

「・・・成る程」

 

 社の問いに、これと言った意味など無いと答える雫。だが、雫の表情は固く、口調からも真剣味が感じられた為、社の方も姿勢を正して真面目に聞く態勢に入る。テーブルを挟んでお互いが向かい合う様に椅子に座る中、先に口を開いたのは雫だった。

 

「昨日の試合中、光輝が言ったでしょう。社のステータスが一切上がっていない、って。それがどうしても気になって、ステータスとかレベルが上がらない理由をメルドさんに聞いてみたのよ。そうしたら、理由は色々あるけれど根本的な原因は経験値が足らないからだ、って。社はあの試合の後、レベルは上がったの?」

 

「いいや、レベルもステータスも上がっていない」

 

 雫の口から出たのは、社のステータスについての話題だった。意外な話題だと思いつつも何となく先が読めた社は、雫の質問にも正直かつ淀み無く答えていく。そんな社からの返答を聞いた雫は、渋い顔になりながらも更に言葉を続けていく。

 

「普段の訓練で上がらないならまだしも、昨日の試合でステータスが上がらないのはおかしいでしょう。昨日の試合、少なくとも光輝は本気だったわよ?それこそ躊躇無く魔法を放つ位には。それなのにレベルが上がらないのは、あの程度じゃ練習にすらならないってことよね?・・・今思えば、貴方と仲の良い人達も妙に落ち着いてたわよね。南雲君も清水君も貴方の勝利を疑わず、光輝の魔法を防いだ事にも驚かず、一欠片も心配していなかった。恵里も心配こそすれど、それ以外に関しては南雲君達と同じく貴方の勝利を信じていた。でしょう?」

 

「そうだな、大体はお前さんの言う通りだ。それで?何が聞きたいんだ?」

 

 普段の様子からは信じられない様子で、捲し立てる様に言葉を繋げる雫。未だ声を荒げてはおらず自制も効いているようだが、それが崩れるのも時間の問題だろう。一つ一つ確認するかのような雫の問い掛けを全て肯定し、まどろっこしいと言わんばかりに自分から本題に切り込む社。雫とは対照的な、普段通りのある種飄々とした態度でいる姿を見て、自らを落ち着かせるように瞑目した雫はキッカリ10秒後、遂に本命の問いを投げかける。

 

「社。貴方、私に何を隠しているの?」

 

(・・・何を隠している、ねぇ。隠し事してると断定してんのか。まぁ、事実だけど)

 

 静かな、しかしハッキリとした輪郭の声で、雫の口から言葉が吐き出される。それを聞き、今度は社が静かに瞑目する。社の隠し事は大きく2つ。1つ目が、自らの体質や■■の存在等を筆頭とした【呪術関連】の秘密。もう1つが、現在社が企てている【()()()()()()()()()()()】。雫が聞いているのは、前者の【呪術関連】の秘密だろう。

 

(何時かはバレると思ってたけどなぁ。まさかこのタイミングでぶっこんで来るとは)

 

 自らのうなじに手を当てながら、雫相手にどこまで話すべきかを考える社。王都からの脱出に関しては、前々から考えていた事ではあった。王国の権力者達からも悪意が向けられる様になり、自分の身が危険に晒されるのも時間の問題となった為に、近い内にタイミングを見計らって王都を出ようと考えていたのだ。そのため今回の遠征は渡りに船であり、訓練のどさくさに紛れて行方不明を装い、社は一旦王都から離れようと画策していた。

 

(脱出云々は止められるのが目に見えてるし、理由も説明出来ないから話す選択肢は無いとして。問題は、『呪術』の事を話すか否か。話す場合は、どこまで話すか・・・)

 

 王都脱出の件については、理由を説明したところで状況が進展する訳でも無く、寧ろ関係の無い友人達を巻き込んでしまう可能性が高くなってしまう為、社としては話すのは論外だろう。そうなると、考えるのは『呪術』関連の事情を話すか否かであるが。

 

(安全だの裏の事情に巻き込まない為だってのも、コッチに拉致られた時点で今更感あるし。何よりもここでシラを切って突っぱねんのは不義理が過ぎるしなぁ・・・)

 

 考え事を続けながら、目を開けて雫の方を伺う社。当の雫は先程の問いからずっと黙りこんだまま、しかしこちらから目だけは離さず微動だにしていなかった。誤魔化す事など許さない、と言わんばかりの視線は、しかし何処か悲しげな、懇願(こんがん)するかの様に見えるのは社の気のせいだろうか。

 

「(・・・友人にこんな目させてる時点で俺が悪いか)分かった、俺の隠し事を話そうか。流石に全部は話せないけど、それでも良いか?」

 

「!!・・・ええ、勿論よ」

 

 観念して自身の抱える秘密を話す事を決意する社。流石にすべてを打ち明ける事は出来ない為、それも含めて確認を取るが雫は気にしていない様だった。社がこうも簡単に秘密を打ち明けようとするのが意外だったのか、その顔には喜色と驚きが浮かんでいた。先程までピクリとも動かなかった体も急にソワソワし始め、それに合わせてポニ―テールも揺れている。お預けされた犬か、と中々に酷い感想が浮かぶ社だが、怒られるのは目に見えているため口には出さない。

 

「それじゃ今から盗聴・盗撮防止の結界を張る。無害だから気にすんな。ーーー『闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え』」

 

 社が詠唱と同時に呪力を練り上げると、頭上から黒い液状の膜が部屋を包む様に広がっていく。幾らもしない内に、黒い膜は2人のいる部屋を球状にすっぽりと包み込んでしまった。

 

「ーーー『式神調 (きゅう)ノ番〝(くゆ)(きつね)〟』」

 

 『帳』が無事に下りたことを確認した社は、次いで自らに宿る『術式』を発動させる。呼び出されたのは、全身が真っ白な体毛で覆われた狐であった。〝(くゆ)(きつね)〟と呼ばれた式神は、体長70cm、尾長40cm程のアカギツネを思わせる姿をしており、紅白の注連縄(しめなわ)を首輪の様に巻き、手足と尻尾には立ち上る煙を思わせる青い紋様が描かれていた。色々と特徴的な点は多いが、その中でも最も目を引く点は、自身の体長と同じ位の大きさの金色の煙管(きせる)を背負っている事であり、火皿*2の部分からはうっすらと白い煙が漂っていた。

 

「悪意も害も(けむ)に巻き、良き者だけが観る事叶う」

 

 社の詠唱に応える様に式神が一鳴きすると、背負った煙管の火皿から煙が噴き出した。瞬く間に部屋の中を満たす煙だったが、特に匂いがする訳でも無く、咳き込む事も息苦しくなる事も無い。

 

「これで準備完了だ。・・・お前さんの事は信用も信頼もしているけど、今から話す事は他言ーーーオイコラ雫」

 

「えっ!?いや、えっと、別に何も見てないわよ!?」

 

 念の為にと『帳』と式神の二重の防止策で準備を終え、いざ本題に入ろうとした社だったが、あらぬ方向を見たまま動かない雫に気付き声を掛ける。当の雫はと言うと、雑な誤魔化しをしつつも先程から目線が変わっていない。その視線の先には、座り込んで首を傾げる〝(くゆ)(きつね)〟の姿が。どうやら雫の可愛い物好きな部分に刺さるモノがあった様だ。眉間にシワを寄せて、ため息をつく社。

 

「・・・日を改めた方が良いか?」

 

「・・・・・・・・・いいえ、今話しましょう。その代わり、後で撫でさせて」

 

(今めっちゃ悩んだなコイツ)

 

 真面目(シリアス)な空気はいつの間にか死に絶えた様だった。式神とは言え、真っ白でツヤの有る毛並みと黒色で愛くるしい粒らな瞳を持つ狐、というのは可愛い動物を好む人間にとっては垂涎モノかもしれないが、それにしたって限度が無いだろうか。どちらにせよ、先程の重苦しい雰囲気は消え去っていた。

 

「話を戻そう。結論から言えば、俺は元の世界にいた時からこんな風に『呪術師』をやっていた。隠していたのは、言ったところで信じられないだろうと思っていた事と、万が一にも俺達の事情に雫を巻き込みたくなかったからだ」

 

「・・・そう。南雲君達は知ってたのよね?」

 

「あいつらに関しては順序が逆なんだよ。友人になってから『呪術師』の事を知ったんじゃ無くて、『呪術』関連の事件に巻き込まれる形で俺との付き合いが始まったんだ」

 

「最初から全部知っていて、友達になったって事?」

 

「大正解。それと一応言っとくけど、この事でハジメ達を責めんなよ?黙っててくれって言ったのは俺だからな。文句なら俺に言いな」

 

「別に言わないわよ。黙ってた理由も、まぁ、理解出来るものだったしね」

 

「そりゃ良かった。因みに仕事の内容は、俗に言う幽霊とか妖怪とかをしばき倒したり、呪いの品物とかを壊す事とかだな。中々に身入りはイイぞ?」

 

 グダグダになりそうな雰囲気を振り払う様に、自らの事情を語る社。簡潔な説明ではあるが、社本人から説明された事で雫の方も多少の納得はした様だった。

 

「それで、他に何か質問はあるか?今の内に聞きたい事は聞いてみな。答えられるかは分からないが」

 

「なら1つだけ。どうして『呪術師』なんてやっているの?細かい事は知らないけど、社があれだけ戦えるのは『呪術師』が相応に危険な仕事だからでしょ?そんな仕事を、何故?」

 

「あー・・・。それはだな・・・」

 

 答えに詰まる社。雫としては自分が気になった事を何となく聞いてみただけではあるのだが、この問いは社が抱える問題ーーー社本人は、自分以外に呪いの矛先が向かない限りは特に問題無いと思っているーーーの中でも最も重要かつ大切な部分を突くものであった。己の根幹、原点と言っても過言では無い存在の事を話すかどうか。互いの喋り声が消え、音が消えた部屋の中。数十秒の思案の後、社はゆっくりと口を開く。

 

「小さい頃にさ、誓いをしたんだ。」

 

「・・・誓い?」

 

 嫌なら言わなくても良いわーーーと言う言葉が喉から出掛かっていた雫だったが、社の発言を聞くとそれを飲み込み、 鸚鵡(おうむ)返しする様に呟く。

 

「そう、誓い。年齢だとか手段だとか、後悔はしないのか、本当に出来るのかとか、そう言ったどうでも良い事は全部二の次にして。当時の俺は、心の底から望んで誓いを交わしたんだ」

 

 そう語る社の表情は、友人達の中でも最も付き合いの長い雫をして見た事が無いものだった。学校で猫被りしている時の真面目な 表情(かお)でも無く、友人達と心底楽しそうに馬鹿をやっている時の 表情(かお)とも違う。小さい頃を思い出した懐かしさと、未だ心の底に残っている寂寥感。そして、その2つを上回る程の慈愛の感情。それらが綯い交ぜになった様な社の表情を見て、自分自身にも理解出来ない位に酷く動揺する雫。そんな雫に気付かずに、社は言葉を続ける。

 

「その誓いを守る為にはどうしても必要な事がある。それは俺にしか出来ない事で、同時に俺がやらなくちゃいけない事でもあって。そして何よりも俺がやりたい事なんだよ。極論、俺はその為だけにこの力を磨いてきた。これから先、何があろうともこの誓いだけは守らなきゃならないから。その為に、俺は『呪術師』なんてやってるのさ。」

 

 言葉を言い終わる頃には、社からは先程までの表情は消え去っていた。その代わりに浮かんだのは、あらゆる迷いを振り払い何があっても諦めないと己自身に誓う様な、決意に満ちた表情であった。またしても見た事の無い表情を見て、先程とはまた違う理由で動揺する雫。

 

「細かい部分は言えないけど、まぁそんな感じだ。何かフワッとした説明で悪いな。ーーー何か顔赤くないかお前さん?調子悪い?」

 

「・・・いえ、大丈夫よ、気にしないで」

 

 先程までの雰囲気は消え、いつも通りの口調に戻った社。その声に我に帰ると、動揺を押し殺し何とか言葉を返す雫だったが、正体不明の動悸が収まる事はなく、顔の赤さも隠し切れてはいなかった。そんな雫を心配そうに見ていた社だったが、ふと思いついた様に話題を変える。

 

「そういや、白崎さんは何時頃戻るか分かるか?」

 

「香織?多分、後30分位したら帰って来るんじゃないかしら?」

 

「そうか、なら丁度良いか。ーーー『呪力反転』」

 

 社の急な話題転換を不思議に思うも、隠す事でも無いので正直に答える雫。それを聞き納得すると、社は手を雫に向けて呟く。すると社の手から、空色のボンヤリとした光が放たれ、雫を包み込む。急な出来事に驚く雫だったが、光を浴びても不快感や痛みはなく、寧ろ暖かさや心が落ち着きを取り戻すのを感じる。

 

「これも、『呪術師』の力?」

 

「その通り。まぁ、これが出来る『呪術師』はかなり少ないらしいけどな。体調悪くてもこれで楽になる筈だから、白崎さんが戻って来るまではこうしてるか」

 

「・・・ありがとう、社」

 

 雫の御礼に「気にすんな」と答える社。そうして再び雑談を続ける2人。香織が部屋に帰ってくるまでの間、雫達の部屋から話し声が途絶えることは無かった。

 

 尚、自分達の部屋に戻った社は開口一番「ヤったか!?」と言いながら、親指を人差し指と中指に挟み込み握り拳を作ったので、ハジメに枕を思いっきり投げられた。

 

*1
死ぬの意。元ネタはとあるゲームの、ゲームオーバー時の演出の事。アニメ「フランダースの犬」最終回で、ネロとパトラッシュが連れていかれるシーンに酷似していた為にこの名が付いた。元ネタのゲーム自体の難易度が高い為、割とよく見る(死ぬ)。

*2
刻み煙草を詰める部分。紙巻き煙草で言うと、火をつける先端部に当たる。



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15.トラップ

 ホルアドに宿泊して一夜明けた現在、ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

 

 迷宮の入り口は、博物館の入場ゲートを思わせるしっかりした作りになっていた。受付窓口には制服を着たお姉さんが、笑顔で迷宮へ出入りする人間のステータスプレートをチェックしている。何でも戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないハイリヒ王国と、迷宮で悪さをする者達を取り締まりたい冒険者ギルドが協力して設立したのだとか。

 

「何処にでも悪さする馬鹿って居るんだね〜」

 

「それについては同感だけど、肝心の馬鹿には聞こえない様にしなきゃ駄目だぞ恵里?」

 

 設立理由を聞いた恵里は極めて自然に毒を吐く。その意見に同意しつつも嗜める社だったが、微妙に論点がズレていた。

 

「中村さんも社君もナチュラルに腹黒い事言ってるね?と言うか、2人とも余裕あるね?」

 

「そりゃそうだろ、何せハジメみたいな鼻くそステータスじゃねぇからなぁ、俺らは?」

 

「OK分かった戦争だね幸利君。元の世界帰ったら、秘蔵の〝黒髪ロングセーラー服美少女画像集 〟3ギガバイト分送ってやる」

 

「おい馬鹿ヤメロォ!俺のトラウマほじくり返すなや!」

 

 案の定ハジメからのツッコミが入るが、続く幸利からの茶々入れに対しては静かに報復を宣言する。幾ら友人と言えども、許せない事はあるのだ。

 

 迷宮を前にしても、変わらずにいつものやり取りを続けるハジメ達。雑談で良い感じに緊張を解しながら、メルド団長の後を付いていくのであった。

 

 

 

 迷宮内部にて、隊列を組みながらそこそこの広さの通路を進んで行くクラスメイトと騎士団一行。【オルクス大迷宮】には〝緑光石〟と言う発光する特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、迷宮の中は暗闇とは無縁である。

 

(さて、どのタイミングで皆と逸れるかね)

 

 迷宮内の薄明かりに照らされながら、周囲を警戒しつつもこれからの事を思案する社。

 

(1番都合が良いのが、俺が迷宮内で逸れた後、皆が迷宮を出た直後に俺がいないことに気付くってのが理想なんだけど。騎士団員達が「宮守社は迷宮内で行方知れずになった」と判断出来る状況にしたいなー)

 

 社が考えるのは、どうやってクラスメイト達と逸れるかについてである。言わずもがな逸れるタイミングも重要ではあるが、それと同じ位に社がいない事に気付かれるタイミングも重要であった。逸れてすぐに気付かれては隠れる暇も無いだろうし、遅すぎると何処で逸れたか分からず、最悪社1人を待つ為にホルアドへの滞在期間が延びかねない。

 

(その後は騒ぎにはなるだろうけど、王国にとって重要なのは天之河と愛子先生だけだろうし、俺が迷宮内で逸れたと分かっているなら、態々探し出したりはしないだろう。したとしても、俺1人の為に時間も労力も掛けられないだろうし、恐らくは1週間もしない内に捜索が打ち切られるーーーと思いたい。俺を狙ってる奴らも、流石に俺が死んだと聞いたら諦めるだろ。・・・諦めるよね?)

 

 幾ら将来有望な存在であろうとも、未だ半人前の域を出ない人間が迷宮内に単独で逸れた事が知られれば、生存は絶望視されるだろう。遺体や遺品が無いことを不審に思われる可能性も、魔物などに食い荒らされる事を考えればゼロに近い。魔族との戦争中である今、死人1人に人員を割ける余裕は王国側にも無い事は分かり切っている為、捜索も早期に打ち切られるだろうと社は予想していた。

 

(上手く逸れた後は、迷宮内に潜伏して捜査の目を掻い潜りつつ、単独で攻略に挑むと。最悪()()()()()()()()()()、後は今の俺がどこまでやれるか、この世界でどれだけ通用するのか確認しつつ、レベル上げと魔石(しきん)稼ぎを並行してやる感じかね)

 

 やらなければいけない事は多いが、兎にも角にも先立つ物は必要である。当面の間はレベリングと資金稼ぎを目的にしようと考えていた社であったが、通路を進んだ少し先に開けた場所が見えた事で思考を打ち切る。

 

 進んだ先にあった広間は、ドーム状の大きな場所で天井の高さは7、8m位ありそうだ。物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てくる。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 メルドの言葉と共に、向かってくるラットマンを迎撃する光輝、雫、龍太郎の前衛3人。その後ろに後衛として待機していた香織、鈴、恵里も魔法を発動する為の詠唱を開始した。

 

(皆結構動けてんなー。雫は最初、ネズミの気持ち悪さに引き攣ってたっぽいけど、今は動きに問題無いし。手に馴染まない剣で良くやるわ。他2人も迷いが無い。才能有るのか指導者が良いのか。・・・両方か)

 

 前方での闘いを見て、人事の様に思う社。ラットマンと呼ばれた魔物は、一言で言えば「二足歩行のマッチョネズミ」である。控えめに言っても気持ち悪いとしか言えない為、雫を筆頭に女子は顔を引き攣らせてていた。

 

 が、その程度で前方3人の動きに変調は生まれない。光輝は王国から与えられたアーティファクト〝聖剣〟を振るい、ラットマンを数体纏めて屠っている。

 

 龍太郎は天職〝拳士〟を活かす為に、アーティファクトである籠手と脛当てを付け、どっしりと構えながら見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。その姿は皆の盾となる重戦士を思わせる。

 

 雫は〝剣士〟の天職持ちであり、刀とシャムシールの中間のような剣を使っている。実家である八重樫流の抜刀術を振るっており、剣を抜き放つと一瞬で敵が切り裂かれていく。慣れない武器であろうに、剣を振るう動きは洗練されており、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ―― 〝螺炎〟」」」

 

 そして、後衛3人の準備が整う。三人同時に発動した魔法〝螺炎〟は、文字通り螺旋状に渦巻く炎を生み出し、ラットマン達を燃やし尽くす。炎が収まる頃には、ラットマン達は全滅していた。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

(・・・何か余裕過ぎないだろうか。これ抜け出す隙見つけるのも大変じゃね?)

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながらも、気を抜かないよう注意するメルド団長。その声を聞きつつ、無事に皆から逸れる事ができるか心配になる社であった。

 

 

 

 その後特に問題が起きる事も無く、交代しながら戦闘を繰り返して順調に階層を下げて行く一同。社も途中で狼の様な魔物や、出来損ないの猿の様な魔物を相手取ったが、文字通り一蹴して終わった。そして現在、20階層に辿り着いた一行は小休止を挟んでいた。

 

「よし、今から休憩に入る!ここに降りてくる際も言ったが、ここから先は複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。くれぐれも油断するなよ!ーーーカイルとイヴァンは団員を何人か連れて、斥候して来てくれ。〝フェアスコープ〟を忘れるなよ!それ以外の団員はこいつらと一緒に休憩だ!」

 

 生徒達と騎士団員に向かって声を張り上げるメルド団長。〝フェアスコープ〟とは、魔力の流れを見る事でトラップを検知する道具である。迷宮内のトラップは致死性の物も存在しているが、その殆どが魔法によって発動する為、一行が安全に進むのに半ば必需品と言っても良い。

 

 メルドの良く響く声を聞きつつ、ハジメと幸利に近付いて行く社。2人は先程まで魔物と戦闘していた様で、社に気付くと手を挙げて反応する。

 

「順調そうだな2人とも。ハジメも何だかんだ戦えてるじゃないか」

 

「本当に何とか、だけどね。僕が戦うのなら、僕の強みを生かすしかないから」

 

「謙遜するこたねーだろ、騎士団員も感心して見てたぞ?まぁ、動けなくした相手に死の黒髭危機一髪してる訳だから、絵面は惨いがな」

 

「相変わらず酷い例えを出すね!?合理的と言ってくれないかな!」

 

 ゲラゲラと笑いながら無駄に高い語彙力を駆使した例えを繰り出す幸利に対して、微妙に言い訳がましいツッコミを入れるハジメ。酷い言い様ではあるが、身動き一つ取れない状態にした魔物を死ぬまで串刺しにしたり、トゲの生えた落とし穴を作って串刺しにしたりと、確かに分かりやすい例えではある。新米錬成師はヴラド・ツェペシュ顔負けだった様だ。

 

「てゆーか、幸利君は僕のこと笑えないでしょ!?魔物同士で争わせて同士討ちさせてたし、最後の方は共食いまでしてたよ!見た目だけで言ったら完全に悪側じゃん僕ら!?」

 

「それこそお前、相手が勝手に争って減ってくれるんだから、そっちの方が合理的じゃねーか」

 

 ハジメのツッコミに悪びれず答える幸利。幸利が適正を持つ闇属性の魔法は、洗脳や暗示等といった精神に作用する魔法であった。幸利はそれを利用して魔物の動きを鈍らせたり、同士討ちを引き起こしたりしていたのだ。

 

「つーか、悪側云々言ったら社にも問題あるだろーが。何で態々魔物の手足を千切り飛ばしてんだよ?」

 

「アレはやられた方も一瞬何が起こったか分かって無かったと思うよ・・・」

 

 戦慄した様な目を社に向けるハジメと幸利。クラスメイト達が各々の武器を持つ中、社は自分に合った武具やアーティファクトを選ばず、未だ無手のままでいた。無用な心配である事は分かっていた2人だったが、一応念の為にと社が迷宮内の魔物と戦う所を見守っていた所、社の蹴り1発で魔物の腕が千切れ飛ぶのを目撃。友人の脳筋っぷりに唖然としたのだ。

 

「いやほら、メルドさんも魔石の回収を意識しろって言ってたじゃん?俺が普通に殴ったら、最悪体内で砕いちゃうかも知れないからな。それならいっそ、動けなくなる様に手足とかの末端を攻撃するのが1番だろ?」

 

「それで実際に出来んのがおかしいンだよ!つーか、シレッとサイコな事言ってんじゃねーよコエーな!」

 

「僕らの友達が想像以上にサイコパスゴリラだった件について」

 

「揃いも揃ってなんつー言い草だ!?」

 

 幸利とハジメからのあんまりな言葉に傷付き、声を荒げる社。社の考えも正しくはあるのだが、いかんせん合理的に過ぎると言うか、人によっては冷徹なまでの効率主義にも見えてしまう。現に社の戦いーーーを通り越して屠殺と言っても良いーーーを見ていたクラスメイト達は引いていた。

 

 無論これにも理由はある。社が元の世界で祓ってきた霊や妖怪、呪具と言うのは程度の差はあれど悪辣なモノが多かった。それ故、「敵と見做した相手に情けや容赦を持つべきでは無い」と言う考えが社の中には自然と根付いているのだ。勿論ハジメを筆頭とした社の友人達はその辺りに理解はある為、本気で言っている訳では無い。が、流石に何も言わずにスルーする事も出来なかった様だ。

 

「大丈夫だよ社君。()()分かってくれなくても、()()()()社君が頑張ってくれているの分かってるからね」

 

「恵里・・・。俺の味方はお前さんだけだよ・・・」

 

(・・・ダチが目の前で洗脳一歩手前の刷り込みされてるんだけど、如何するべきだと思う?つーか、中村も抜け目ねぇな)

 

(死にたくなきゃ下手な事言わない方が良いと思うよ。戦争と恋愛に於いては凡ゆる手段が許容される、とも言うしね)

 

 肩を落とす社に、いつの間にか背後にいた恵里が優しく声を掛ける。地獄に仏、と言うのは大袈裟だろうが、それでも味方がいた事に気を持ち直す社。その様子を見ていたハジメ達は、各々思う所はあるものの特に何かを言う事も無く口を噤む。誰だって馬に蹴られて死ぬ趣味は無いのだ。

 

 

 

 恵里に慰めらている社を見ていたハジメだったが、ふと前方を見ると香織と目があう。どうやら先程から此方を見ていた様で、「見守ってるよ」と言わんばかりに微笑んでいた。

 

 ーーー昨夜、社が雫の部屋に案内されていた時。入れ違いになる様に香織はハジメの部屋を訪れていた。その時に紆余曲折有ったものの、香織はハジメの事を〝守る〟と宣言し、その言葉通りに今もハジメを見守っていた。昨夜のことを思い出し、なんとなく気恥ずかしくなり目を逸らすハジメ。若干、香織が拗ねたような表情になると、それを横目で見ていた雫が苦笑いして小声で話しかけた。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

 からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織は、すぐさま怒ったように雫に反論する。

 

「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!それに雫ちゃんこそ宮守君の方チラチラ見てたでしょ!」

 

「・・・何の事かしら?」

 

「またまた、とぼけちゃって。今日は今朝から機嫌良かったし、昨日の夜に宮守君と何をしゃべってたのかな~?」

 

「・・・黙秘権を行使するわ」

 

 ワイワイキャッキャと姦しい様子の雫と香織。そんな様子を横目に見ていたハジメは、ふと視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、怖気が走るくらいには深く重い悪意が込められているような気がした。

 

 その視線を感じたのは、今が初めてという訳では無かった。今朝から度々感じていたものであり、視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、ハジメは良い加減うんざりしていた。

 

(何なんだろう、めんどくさいなぁ。僕、何かしたかな?無能なりに頑張っている方だと思うんだけど。・・・もしかしてそれが原因?「調子乗ってんじゃねぇぞ!」的な?・・・いや、でも社君が何も言ってこないし、気にするようなものじゃないのかな?)

 

 深々と溜息を吐くハジメ。昨夜の香織が言っていた嫌な予感というものを、ハジメもまた感じ始めてはいた。が、悪意を感じ取れるはずの社からの言葉が無かった為、大したものでは無いのだと気にしないことにした。

 

 ・・・ハジメは重要な事を失念していた。社が鋭敏に感じ取れるのは「社自身に向けられる悪意」であって、「第三者に向けられる悪意」には鈍感である事。加えて社自身にも未だ自覚が無い事ではあるが、この世界に向けられている悪意が強すぎるせいで、社の感覚がマヒしている為に「第三者に向けられる悪意」に輪をかけて鈍くなってしまっており、ハジメが感じる悪意に気付くことが出来ていないのだ。

 

 

 

 ハジメと社の間で致命的なすれ違いが起こったまま探索が続行され、遂に20階層の一番奥の部屋にたどり着く一行。この部屋は鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと21階層への階段があるらしい。そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりである。神代の魔法には、一瞬で長距離を移動出来る転移魔法の様な便利な魔法もあったらしいが、現代においてはそんな便利なものは存在しないので来た道を引き返して地道に帰らなければならない。若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横並びの隊列を崩し、縦列で進む一行。

 

 すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は褐色となり、2本足で立ち上がると胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ!2本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

 メルド団長の声が響くと共に、光輝達が前に出る。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。その直後。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体は無いものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。それをまんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。非常に見事な砲丸投げのフォームである。投げられた岩は咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、香織達へと迫る。

 

 香織達も向かってくる岩に怯む事無く、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

 

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「ーーーあら、よっと!」

 

 ドゴンッ!

 

 非常に鈍い音と共に、香織たちに向かっていたロックマウントの顔面が蹴り抜かれる。技能〝悪意感知〟によって岩に擬態していたのを見抜いた社が、後方から飛び出して後衛組とロックマウントとの間に割って入ったのだ。

 

 左足を軸にした、流れる様な上段回し蹴りによって撃ち落されたロックマウント。地面を這いつくばりながらもピクピクと痙攣している間に、社は追撃でしっかりと頭を踏み抜く。ゴキリッ、という太い棒をねじ切った様な音がして、ロックマウントが動かなくなったのをしっかりと確認する社。

 

「恵里達は無事「ありがとう社君!」ーーーうおっと。危ないな、恵里」

 

 念の為に後衛組に声を掛けようとした社が振り向くよりも先に、恵里が社の背中に抱き着いた。いきなりの事に多少驚きながらも、前方への警戒を緩める事無く恵里に対応する社。

 

「すまんな社、助かった。」

 

「いえいえ、俺がいなくともメルドさんが切り捨ててたでしょう?」

 

「はっはっはっ、それはそれ、だ。お前たちも、想定外の事が起こったからと言って詠唱を止めてちゃいかんぞ?」

 

 メルドに叱られてシュンとしながら謝る香織達。だが、迫りくるロックマウントは相当気持ち悪かったらしく、恵里以外は顔が青褪めていた。

 

 その後は「香織達をよくも怖がらせたな!」と微妙にズレた勘違いでキレた光輝が、模擬戦でも使った魔法〝天翔閃〟を発動。残りのロックマウントを一掃して幕引きとなった。戦闘が終わった後、当の光輝は「崩落の危険も考えず魔法をぶっ放すな!」とメルド団長の拳骨を食らっていたが。

 

「天之河君ってば、社君が僕達を助けた事に嫉妬して、思わず張り切っちゃったのかなぁ?可哀想に、いくら頑張っても香織ちゃんも雫ちゃんも振り向いてくれる筈無いのに。哀れだなぁ、ウフフ」

 

「恵里さんや。俺の背中にしがみついたままブツブツ言うのはやめておくれ。正直怖い」

 

 メルド団長のお叱りにバツが悪そうに謝罪する光輝と、それを慰めている香織達を眺める社と恵里。社は光輝に対しての興味関心が0の為、何をしていようが関係を持たない、と言うのが基本方針である。が、恵里の方はそうでもない様で、社に表情が見えないのを良い事に悪どい笑みを浮かべながら光輝を嘲笑していた。

 

 と、その時。ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「・・・あれ、何かな?キラキラしてる・・・」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものらしい。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれ、求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

(求婚ねぇ。■■ちゃんから貰った指輪につけるのもーーーいや無しだな。■■ちゃんから貰った物に手を入れるとかしたくないし)

 

「社君?今誰の事考えてたの?」

 

「うぇ?いや、別にーーー痛い痛い抱き着いた腕を絞めこまないで!?」

 

 婚約の際の贈り物と聞き、即座に■■と指輪について連想する社。だが、恵里の心を読んだかのような問いと、抱き着くように回された腕がキリキリと社の腹を締め上げる痛みで現実に引き戻される。地味な痛みに抗議の声を上げる社だったが、不貞腐れたかのように恵里は聞こえないフリをしている。

 

「素敵・・・」

 

 社達がじゃれ合っている間、メルドの簡単な説明を聞いていた香織は、頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが・・・。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。メルド団長が慌てて静止の声を掛けるが、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。檜山を止めようと後を追いかけるメルド団長。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

 

「ッ!?」

 

 しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、間に合わない。部屋の中に光が満ち、一行の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

「(油断しすぎたな、まさか俺たち全員を巻き込む規模のトラップがあるとは思っても無かった)・・・大丈夫か、恵里」

 

「イタタ。ありがとう社君」

 

 転移後も体勢を崩すことなく着地し、すぐさま周囲を警戒する社。後ろで尻餅をついていた恵里に手を貸しつつ周囲を見渡すと、クラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

 どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

 一行が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと100mはありそうだ。天井も高く20mはあるだろう。橋の下は川など無く、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

 橋の横幅は10m位はありそうだが、手すりどころか縁石すら無く、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。社達はその巨大な橋の中間におり、橋の両サイドにはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段が見える。それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。しかし、迷宮のトラップがこの程度で済む訳も無く、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは1体の巨大な魔物が出現する。

 

(あ、これシャレにならん位ヤバい奴だ)

 

 社の直感が即座に警鐘を鳴らすと同時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか・・・ベヒモス・・・なのか・・・。



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16.連携

過去話で恵里の名前が間違っていたのを修正。まさか16話目にしてようやく気付くとは思わなかった・・・。


 橋の両サイドに、社達を挟み込む様に現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は1つだけだが、サイズが10m近くある。階段側の魔法陣は1m位の大きさだが、代わりにと言わんばかりに(おびただ)しい程の数がある。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に鎧と剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩(がんか)からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に100体近くに上っており、今尚増え続けているようだ。

 

 10m級の魔法陣からは、同じく体長10m級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現した。第一印象ではトリケラトプスの様にも見える。が、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという非常に嬉しくない付加要素が付いていた。

 

(どう考えてもヤバいのは反対側だけど、ガイコツ擬きは数がいる。どっちに対応するか・・・!)

 

 社が逡巡してる間に、トリケラトプスーーーメルド団長曰く〝ベヒモス〟と呼ばれる魔物ーーーは、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?ーーーアラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も・・・」

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは65階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺(れきさつ)してしまうだろう。ーーーそうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さずーーー〝聖絶〟!!」」」

 

 2m四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節から成る詠唱、さらに3人同時発動。1回こっきり1分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現すると、純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり転倒する者が相次ぐ中、その隙を見逃す程骸骨の騎士達は甘い魔物では無い。

 

 トラウムソルジャーは本来38階層に現れる魔物であり、今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進もうとする生徒達。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はーーー。

 

 

「全員静聴!」

 

 

 ビリビリと、空間が揺れたと錯覚する程の大声が響き渡る。余りの大声にパニックを起こしていた生徒達が固まると同時に、生徒達の隙を突かんと襲い掛かろうとしていたトラウムソルジャー数体が1()()()()()()()()()

 

「全員アランさんの指示に従え!ハジメはバリケード!幸利は闇術を前に出て来るヤツにだけ集中的に!恵理は魔法の準備!」

 

 大声の主である社は、生徒達が放心している間に即座に指示を飛ばす。いつの間にかその肩には、寄り添うかの如く白毛に空色の紋様が走ったロップイヤー*1が乗っていた。

 

「ッ了解!」/「分かったよ!/「俺もかよ!?クッソ、人使い荒いなオイ!」

 

 社の指示を聞き、その意図を瞬時に理解したハジメと、社の事を微塵も疑わない恵里が即座に行動を開始。少し遅れたものの、腹を括ったのかヤケクソ気味な幸利が後に続く。

 

「アランさん!俺が前に出て注意を引くんで、その間に騎士団員の人達で皆をまとめといて下さい!」

 

 ハジメ達が動き出したのを確認した社は、投げ捨てる様にアランに叫ぶと、そのまま返事を聞かずにトラウムソルジャー達に吶喊(とっかん)する。

 

 

 

「錬成ッ!」

 

 生徒達とトラウムソルジャーとを分断するように現れるバリケード。高さ1mほどしか無いそれは、1枚だけなら何の意味も無いだろう。しかし、社が出した指示の意味を正しく理解していたハジメは、とにかく数を作る事に専念した。規則正しく並べる必要は無く、高さも不揃いで不格好。只々(ただただ)縦に横にと数を揃えただけのそれは、しかし確かに魔物達の進軍を遅延させる。

 

 今のハジメの錬成範囲は2m弱。無闇に骸骨達と近づく必要は無いが、それでも遠すぎては意味がない。ステータスは文句無しの最弱である為、何かの拍子に襲われようものならひとたまりも無いだろう。

 

 それが分かっていて尚、ハジメが迷う事は無い。力が無いのは織り込み済み。恐怖が無い訳でも無い。だが、それでも。友人の力となる為に、クラスメイトを助ける為に、ハジメは勇気を振り絞る。力が無くとも優しさで困難に立ち向かう錬成師は、30秒にも満たない僅かな、されど値千金と言える十数秒を創り出す。

 

 そんな友人の勇気に応える様に、社はバリケードを難無く飛び越える。その先では、剣を構える骸骨の騎士達が無数に(うごめ)いていた。着地と同時に振り下ろされる多数の剣撃は、しかし若き『呪術師』には擦りもしない。今代の勇者との真っ向勝負で剣の一振りも当たることの無かった社に、数が多いだけの剣を当てられる道理は無い。

 

「ーーー砕け、『木霊兎(こだまうさぎ)』!」

 

 式神の名を叫びながら、社は震脚を放つ。ダァン!と小気味良い音が響くや否や、地面を踏み締めた社の足から、増幅された振動波が放たれる。社を中心として半円を描く様に放射状に放たれた衝撃波は、地面を伝い近場のトラウムソルジャー達の足と下腿部を破壊した。

 

 倒れ伏しもがいている骸骨達にトドメを刺さず、あくまでも時間稼ぎに徹する社。転がした骸骨達を時には遮蔽に、時には蹴り上げて即席の弾にする事で、次々に迫り来るトラウムソルジャー達に対応していく。大切なものを守る為、最愛の人に呪われた『呪術師』は自らを盾とする事も(いと)わない。

 

 しかしそれにも限界はある。社が撃ち漏らす、或いは物理的に手の届かない所から、バリケードを突破しようとする魔物が現れる。恵里の詠唱は終わらず、アランも未だ生徒達を統率仕切ることは出来ていない。

 

 数に任せて無理矢理進もうとするトラウムソルジャー達だったが、その直後にバリケードを超えた数体が、凍り付いたかの様に動くのを止めた。身動きが取れなくなった骸骨達を、曲芸師もかくやと言う動きでバリケードの上を移動して来た社が粉々に砕く。

 

「あークソ、こんなとこで頑張るキャラじゃねぇんだけどなぁオイ!」

 

 再びトラウムソルジャーに向かって吶喊する社の背中を眺めながら、誰に聞かれずとも悪態を吐く幸利。骸骨達の動きが止まったのは、幸利が発動した闇属性魔法が原因だった。

 

 ハジメがとにかくバリケードの「量」を求められたのに対し、幸利に求められたのはより効果的な魔法の「質」だった。術を掛ける対象を、「バリケードを超える、或いは超えそうな魔物」のみに限定する代わりに、闇属性魔法の効力をギリギリまで高めて発動していたのだ。

 

 無論、これも簡単に出来ることでは無い。闇属性に対しての高い適正は必須であるが、それと同時に「何匹の魔物に」「どのタイミングで」「どれだけの時間」魔法をかけるかを即座に判断しなくてはならないからだ。

 

 曲がりなりにも幸利にそれが出来ているのは、闇属性魔法に天賦の才を持つというのが半分。もう半分の理由は、幸利が社の実力をこの場の誰よりも把握しているからである。

 

 幸利もハジメや恵里と同様に、『呪術』絡みの事件がキッカケとなり社との交友が始まっている。1つ異なる点が有るとすれば、それは幸利のみが、巻き込まれた事件の中で死んでもおかしく無い様な目に合っている事だろう。

 

 幸利には多少のトラウマが残ったものの、最終的には社によって事件は解決された。その際に、幸利だけは社の全力を見ているのだ。社本人を除けば、この世界で最も社の力を把握しているのは幸利である。

 

 だからこそ幸利は社の実力を疑う事も、逆に過信する事も無い。あの事件から4年近く経った今、社は以前よりも遥かに強くなってはいるが、戦い方までは大きく変わっていない。「社が取りこぼす魔物はどれか」「どのタイミングでバリケードを超えた魔物を処理しに来るか」を感覚的に把握している幸利は、綱渡りながらも際どい均衡を確かに保ち続けていた。自らに喝を入れる様に悪態を吐きながら、偽悪的な闇術師は誰よりも堅実に自らの仕事を全うする。

 

 そうしてハジメが創り出した十数秒は、社により加算され、幸利に引き延ばされ、減らされる事なく恵里に繋がれる。

 

(社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られた社君に頼られたーーー絶対に成功させる)

 

 恵里はハジメとは異なる理由で、誰よりも速く行動を開始していた。ハジメが社の指示を理解し、合理性を見出して行動したのに対し、恵里は「社に頼まれたから」と言う理由のみで即座に詠唱を始めたのだ。

 

 恵里の心の根底に有るのは、社への愛情である。好きな人に頼られたから、或いは任されたから。酷く単純明快で、戦場で抱くにはあまりにも不釣り合いに思える理由。場合によっては害悪となってもおかしく無い程の盲目的な愛はしかし、一刻を争うこの事態を打破する、最高の一手を放つ為の大きなプラスとして働いた。

 

 魔法を学び始めてから半月。仮に魔法詠唱速度の自己記録があるとするなら、それを大幅に上回る速さと正確さを叩き出して、魔法の発動準備を(こな)す恵里。発動を試みるのは、自らに適性のある炎属性の上級魔法。

 

 今のレベルでもギリギリ撃てるかどうかという魔法を、針の穴を通す様な正確さで一切の淀みなく詠唱していく。一意専心、ただ1人のことを想い続ける恵里の集中力は、過去最速最高の一撃として発動する。愛に生きると決めた死霊術師は、正しく愛の為に自らの才覚を十全に発揮していた。

 

「社君、中村さん準備出来たよ!」

 

「了解!ハジメはタイミング見てバリケード崩せ!ユッキーサポートよろしくぅ!」

 

「余裕かましてんなや!あとでなんか奢れコラ!」

 

 詠唱中の恵里に代わってハジメが合図を行う。それを聞いた社は即座に後退を決断。追い討ちをかけんとバリケードを越えようとする骸骨騎士達に対し、ハジメはバリケードを元に戻す様に崩す事で躓かせる。それでも尚諦めない数体には、幸利が闇属性の魔法で対処。そして遂に、恵里の魔法が完成する。

 

「ーーー〝炎天〟」

 

「っ!?れ、錬成!」

 

 恵理が発動した魔法の名は〝炎天〟。超高温の炎を球体として落とす事で、周囲一帯を焼き尽くす炎系上級攻撃魔法である。社達が十分に距離を取ったのを見た恵里は、トラウムソルジャー達の真上から特大の火球を落とす。余りの威力に、余波として炎熱が社達にも届きそうになるが、咄嗟にハジメが壁を錬成して事なきを得る。

 

 火球が生み出した熱風が収まる頃を見計らい、ハジメは作り出した壁を元に戻す。社達の眼前に広がったのは、火球の直撃によって燃やし尽くされたであろう骸骨の残骸と、焦げた床。ーーーそして奥から迫り来る無傷のトラウムソルジャー達である。

 

「かー、嫌になるぜクソが。あんだけやってもまだこんなにいやがるのかよ」

 

「いやぁ、さっきので数十体は消し飛んだはずだから、4割強は確実に減ってる筈なんだけどね」

 

 ゲンナリする様に呟く幸利と、倒したトラウムソルジャーの数を冷静に計算しているハジメ。どちらも多少の疲れは有る様だが、迫り来る魔物達を見てもその顔に絶望が浮かぶ事はない。

 

「もう一回魔法撃つ準備した方が良いかな、社君?」

 

「いや、もう十分だ。回復薬だけ飲んどいてくれ。ーーー助かった、ありがとう恵里」

 

「ーーーうん!どう致しまして!」

 

 社からの感謝に、満面の笑みで答える恵里。負担は大きかっただろうに、疲労を全く感じさせ無かった恵里の顔は、社の一言で全てが報われたと言わんばかりに輝いていた。先の2人だけでなく、社と恵里の顔にも諦めや絶望と言った負の感情は見られない。だが、それも当然である。()()()()()()()()()()()()

 

「・・・済まない、待たせてしまった。俺も加勢しよう」

 

「いや俺もいるからね!?忘れんなよ!?」

 

 迫り来る骸骨騎士を迎え撃とうとする社の横に、並び立つ2つの人影。〝重格闘家〟永山(ながやま)重吾(じゅうご)と〝暗殺者〟遠藤浩介(えんどうこうすけ)である。

 

「お前達!隊列を乱さず落ち着いて対処しろ!連携して当たれば、コイツらが幾らいようともお前達の敵じゃ無い!あの4人に続けぇ!!」

 

 アランの声が響き渡ると同時、体勢を立て直した生徒達と騎士団員がようやく社達と合流する。社達4人の目的は、最初から生徒達が復帰するための時間稼ぎであった。

 

 騎士団員達の指揮の下、生徒たちが持つチート染みた力量は今度こそ正しく発揮された。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことよりも後衛に敵を通さぬよう、守りを重視した堅実な動きを心がける。傷つく前衛を治癒魔法に適性のある者がこぞって癒し、魔法適性の高い者は後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。

 

 魔物達に立ち向かう生徒の表情には、既に絶望の色は無い。誰もが突然の襲撃にパニックを起こす中、たった4人で100を超える骸骨騎士に立ち向かっていった姿は、焦りと恐怖により曇っていた生徒達の目に焼き付いていた。1+1が4にも10にもなるような、まさしくお手本のような連携。流れる様に協力する4人を見守る中、しかし最も生徒達の心を震わせたのは、誰よりも無力だったハジメの戦う姿だろう。

 

 ハジメがありふれた天職持ちだと判明した時、ハジメを馬鹿にする人間は()()いなかった。それはハジメが所謂「お人よしの良い奴」である事が、クラスの中で周知の事実であったからだ。しかし、ハジメが最弱のステータスを持っていたことに内心安堵していた生徒がいなかったわけではない。人間とは自分よりも下の人間を見ると、落ち着きを感じてしまう生き物だから。

 

 騎士団員からしても、当初のハジメの評価は〝最弱〟から揺るがず、期待もされていなかった。時に命を懸けて戦わなければならない騎士たちにとって、過度な期待とは死に繋がりかねない、甘い考えであったからだ。騎士団員はメルドを筆頭に気の良い連中が集まっていた為、「まぁ、一人くらいそういうやつがいても良いだろ」くらいであまり気にしてはいなかったが。

 

 それが今やどうだろう。ハジメは社の指示を聞くや否や、真っ先に魔物達の前に立ちはだかり、怯む事なく自らの力を振るっている。自分の仕事が終わろうとも、絶えず気を張りサポートに徹する。ハジメ自身は自らを〝無能〟と卑下していたが、この姿を見てそう思う人間はほとんど存在しないだろう。

 

 光輝が持つカリスマの様な、1人の特別な存在に依存する士気の上げ方ではない。メルドの様に人柄と実績を兼ね備えた存在の、積み重ねた信頼によるものでも無い。自分達と同じか、それよりも弱い存在が死力を尽くして自分達を守る為に戦っている。ハジメ本人は意識せずがむしゃらに戦っていただけだろうが、その後ろ姿は確かに生徒達に勇気を与えていた。

 

「「「「「オオオォォォーーーーー!!!」」」」」

 

 生徒達を統率し終えた騎士団員達も加わり反撃の狼煙が上がる。意気軒高、文字通り気炎を上げて魔物達を迎撃していく一同。チート達と騎士団による強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。ここにきて最高潮まで上がる士気は、そのまま魔物達の殲滅速度という目に見えるものに変換されていく。圧倒的なまでの処理速度は、魔法陣による魔物の召喚速度を既に超えていた。

 

「お前ら!このまま団長達が退避してくるまでに此処を突破する!気を抜くなよぉ!」

 

(これでもうこっちは大丈夫だろ。後は向こうか・・・)

 

 アランの指示の下、召喚される魔物の湧き潰しを行いつつ階段前まで突破を図る一同。しっかりと連携が取れている為、召喚される端からトラウムソルジャー達は即座に叩き潰される。余程の事が無い限りこの均衡が崩れることも無いだろう。絶えず骸骨達を砕きながら、雫達の事を考える社。

 

 しかしその直後、橋を揺らす振動と共に大きな光が立ち上がる。社がすぐさま魔物達を一掃し背後を確認すると、ベヒモスに向けて極光が放たれていた。轟音と共にベヒモスに直撃した光は、白い閃光を放ち辺りを白く染め上げる。

 

 数秒後に戻った視界に映ったのは、無傷のように見えるベヒモス。全く効き目が無かった訳では無いだろうが、行動に支障は無いのか低い唸り声を上げ、光を放った光輝達をを射殺さんばかりに睨んでいる。

 

「(ヤバイ!!)済まん、皆ここ頼む!!ーーー来いっ、『狗賓(ぐひん)(からす)』!」

 

「ーーーッ、任せろぉ!!」

 

「いきなり!?いや、了解ーーーって飛んだぁ!?何でもアリだな宮守!?」

 

 前線にいた重吾と浩介に一声掛け、すぐさま別の式神を呼び出した社。2人の返事を聞く間もなく、宙に舞う式神と共に背後にいた生徒達と騎士団の隊列を()()()()()()()()と、そのまま隊列の最後尾に着地。「え、宮守君!?」と驚きの声を上げる女子生徒を無視して加速、そのまままっすぐに光輝達の所へ向かうのだった。

 

*1
兎の品種の1つ。所謂垂れ耳の兎



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17.最愛召喚

 時間は少し遡って、社がハジメ達3人とトラウムソルジャーの足止めをしていた頃。騎士団の作り出した障壁は、依然としてベヒモスの突進を堰き止めていた。

 

 ベヒモスが衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁は既に全体に亀裂が入っており、砕けるのも時間の問題だ。メルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

 

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを・・・」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得出来ないらしい。しかも「自分ならベヒモスをどうにかできる」と思っているのか、目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 

 まだ若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっている様である。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針にしたのが裏目に出た様だ。メルドとしては、社との模擬戦で上には上がいる事にも気付いて欲しかったのだが効果は無かったらしい。

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎・・・ありがとな」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。が、光輝はそれに取り合わない。それどころか、龍太郎の光輝を後押しする言葉に更にやる気を見せる。それをみて舌打ちをする雫。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん・・・」

 

「心配しなくても大丈夫だ、雫に香織。俺がいる限り、何があろうとも絶対に2人を傷つけさせやしない!あの恐竜擬きも、俺が倒してみせる!」

 

「応、その息だぜ光輝!」

 

 苛立つ様に声を荒げる雫に、心配そうな声の香織。が、やはり光輝と龍太郎は聞く耳を持たない。自分自身に酔いしれている自覚も無く、見当違いの声を掛ける光輝。

 

「〜〜〜ッ!団長さん!障壁が砕けそうになったら合図を下さい!私達で迎え撃ちます!」

 

「お前まで無茶言うか、八重樫!」

 

「無茶は百も承知です!でも、この馬鹿共は話にならない!だったらタイミングを見計らって最高火力をぶつけて、その後すぐに離脱した方がマシです!」

 

「・・・やむを得んか。お前達!話は聞いたな!?迷宮を無事に脱出したら全員説教だからな!覚悟しておけよ!」

 

「大丈夫ですメルドさん!俺ならあんな恐竜擬きもどうにか出来ます!任せておいてください!」

 

 雫の苦肉の策を聞き、歯噛みしながらも叱責を飛ばすメルド。しかし光輝は脳内でその言葉を激励に変換し、都合の良い返答を返す。その様子を見て、思わず溜息を吐きそうになる雫とメルド。

 

「ーーー作戦を説明する!龍太郎と八重樫は直ぐに撤退出来る様に待機!白崎は不測の事態に備えて、何時でも障壁を張れる様に準備しておけ!光輝は最大火力の魔法の詠唱!準備が出来次第、ベヒモスの突進に合わせて結界を解く!その瞬間に魔法を放て!もしそれで仕留め切れなければ、俺を殿(しんがり)にして直ぐ様離脱しろ!異論は認めん!」

 

 メルドの有無を言わさぬ指示に頷く光輝達。各々が準備を進めている間も、ベヒモスの突進は止まらない。メルドが結界を解くタイミングを合わせている間に、光輝は今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

「行くぞお前達!ーーー3、2、1、今だ!」

 

「ーーー〝神威〟!」

 

 何度目かも分からない障壁とベヒモスとのぶつかり合いの後、再び突撃しようとベヒモスが数歩後退した瞬間にメルドが合図を出す。それと同時に障壁が消え去ったのを確認した光輝は、自らの最強魔法を解き放つ。

 

 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながら、光の柱がベヒモスへと直進する。放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たして白く塗りつぶし、激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

 光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。先ほどの攻撃は文字通り光輝の切り札であり、残存魔力の殆どが持っていかれた様だ。

 

「これなら・・・はぁはぁ」

 

「ぃよっしぃ!流石にやったよな!?」

 

「ーーーいいや。撤退だ!」

 

 倒した手応えが有ったのか、疲労しながらも満足気に呟く光輝と一足早く喜ぶ龍太郎。そんな2人を諫めようとする雫だったが、それを遮る様にメルド団長が撤退を指示する。信じられない様な目でベヒモスがいた方向を見る光輝達。徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われたその先には、光輝達を嘲笑うかの様に無傷のベヒモスがいた。

 

 低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、その直後スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケッとするな!逃げろ!」

 

 メルド団長の叫びに、漸く無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 

 咄嗟に横っ飛びで回避する光輝達前衛組。直撃を避ける事には成功したものの、着弾時に起きる凄まじい衝撃波が彼等を飲み込もうとする。

 

「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さずーーー〝聖絶〟!!」

 

 メルドの指示で予め準備していた香織が新たに結界を作り出す。先程メルド達が張った障壁と同じものが、再び光輝達を包み込む様に広がる。だが、暴風のように荒れ狂う衝撃波は容易く結界を割り砕き、光輝達を襲った。多少は威力を殺せたようだが、それでも減衰しきれなかった衝撃波を浴びて吹き飛ぶ光輝達。

 

「ぐぅっ・・・。皆無事!?」

 

「応!俺は何とかな!」

 

「私も大丈夫!それよりも光輝君とメルドさん達が!」

 

 ボロボロになりながらも、何とか立ち上がり周りを確認する雫に、応える様に立ち上がる龍太郎と香織。香織の結界に加えて、騎士団員が庇ってくれた為にこの3人は比較的軽症であった。

 

 が、その代償に彼等を庇ったメルドと騎士団員3人、そして魔力を殆ど使い果たした状態で最前線にいた光輝は、衝撃波をもろに喰らってしまい満身創痍。呻き声しか上げられない状態だった。

 

「・・・龍太郎、光輝達と一旦退がれる?」

 

「はぁ?何を「答えて!」そりゃ出来る出来ないで言えば出来るけどよ」

 

「なら、香織と協力してメルドさん達と一緒に退避して。私が殿を受け持つわ」

 

 龍太郎に指示しながら剣を構える雫。現在ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている為、僅かながら猶予は有る。が、その後どうなるかは火を見るより明らかだ。今も香織が必死に光輝達を治療してはいるが、恐らくベヒモスの復帰には間に合わない。ならば、雫の取れる選択肢は一つ。身を挺して時間を稼ぐ事のみだろう。

 

 震える手をどうにか押さえながら、不退転の決意で挑もうとする雫。しかしここで、香織の治療を受けてどうにか喋れる様にはなった勇者が口を挟む。

 

「ゲホッ、ゴホッ、無茶だ!。雫だけで何とかなるわけないだろ!?俺も一緒に「光輝は黙ってなさい!!!」ーーーッ!?」

 

 今までに無いくらいに強い口調で光輝を怒鳴る雫。鬼気迫る様子の幼馴染みに気圧されて、光輝は思わず言葉を失ってしまう。

 

「・・・怒鳴ってごめんなさい。でもこうするしか無いわ。龍太郎、もし私に万が一があったら、後は頼むわ。ーーーさぁ、行って」

 

 後ろを振り返る事無く、淡々と光輝達に告げる雫。こうしている間にも、ベヒモスは頭を抜け出そうと藻搔いており、最早一刻の猶予も無い。

 

「・・・分かった。但し、光輝達を逃したら必ず戻ってくる。それまで絶対死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「オイ、龍太郎!?止めろ、降ろせ!雫だけ置いて行くなんてできない!」

 

 光輝を背負って待避の準備をする龍太郎。メルドや騎士団員達も何とか話せるまでは回復した様だが、今だ逃げるのすら難しい。それまでは、雫1人だけで戦う必要があるだろう。

 

(こんな所で死を覚悟するハメになるなんて、とんだ災難ね。私が死ねば少しは光輝もマトモになってくれるかしら?・・・無理ね)

 

 剣を握り締めながら、益体も無いことを考える雫。手足の震えは、疲労によるものだけでは無いだろう。今にも叫び逃げ出したい気持ちを、震える両手で頬を叩いて無理矢理捻じ伏せる。

 

 自らの半生とも言える八重樫流剣術の構えを取りながら、目を詰むって深く深く肺に空気を送り込む。身体の中の無駄な力みや、恐怖等の邪魔な感情を丸ごと出し切る様に息を吐く。狙うのは、ベヒモスの頭が抜けた瞬間。此方を認識する前に速攻をかける、言わば先の先を取る一撃。

 

 腰を落とし、何時でも切り込める様に構えながら機を伺う雫。数秒の後、橋からミシミシと嫌な音を立てて、遂にベヒモスの頭が抜ける瞬間が訪れる。それに合わせる様に覚悟を決めた雫が、ベヒモスに吶喊する。

 

 

「待った、此処(ここ)は任せろ。」

 

 

 ーーーよりも早く。吹き荒ぶ風の音と共に、雫の耳に背後からの声が届く。予想だにしなかった、しかし無意識に待ちわびていた声に、思わず硬直してしまう雫。そんな彼女と入れ替わるかの様に、白い烏を連れ添って、疾風(しっぷう)を纏いながら社がベヒモスに吶喊(とっかん)する。

 

 

 

 

 

 先程の上空からの一撃により地面に埋まっていた頭を、漸く抜き出す事が出来たベヒモス。隕石と見紛うばかりの落下攻撃は、大きな衝撃波を生み出し辺りを一掃したが、未だ鬱陶(うっとう)しい邪魔者を殲滅するには至っていない。今度こそ全員を仕留めようと、身震いする様にベヒモスが頭を振った直後。文字通り風をその身に纏った社の突き刺さる様な回し蹴りが、ベヒモスの側頭部に入る。

 

 奇しくも雫が狙っていたのと同じく、相手の行動を許さない先の先を取る一撃。直前まで視界の塞がれていたベヒモスが反応し切れない速度とタイミングで放たれた蹴りは、ベヒモスを確かに怯ませたもののその顔には傷一つ付けることは無い。

 

 然もありなん、勇者の全力の一撃にすら傷付かなかった肉体の持ち主である。幾ら『呪力』と式神による強化があったとしても、痛打を通すのは社とて至難の技。先程の不意を突く強襲も、疼痛(とうつう)を感じさせるのが関の山だろう。

 

「ーーー『式神調(しきがみしらべ) (しち)ノ番〝木霊兎(こだまうさぎ)〟』」

 

 故に社は搦手(からめて)を使う。社の呼び声により、白い烏と共に身に纏った風は消え去り、代わりに白い兎の式神が姿を現す。出て来たのは、全身真っ白なロップイヤー。両耳から頭にかけて空色の紋様が描かれており、傍から見るとヘッドホンを模している様にも見える。木霊兎と呼ばれた式神は社の肩に乗りながら、フンスフンスと鼻息を荒くして気合十分の様子だ。

 

 真正面から攻めても埒が開かない事は、先程の巨大な光の柱を無傷で凌いだ姿を見た時から分かっていた。仮に効いていたとしても、()1()()()()あれに匹敵する火力を出すのは不可能だ。よって、真っ向からベヒモスとぶつかる、と言う選択肢は最初から社の頭には無い。

 

 先程の不意打ちも、ダメージを期待したものでは無い。ベヒモスの意識に空白を作り、続く本命を確実に撃ち込むための布石。思惑通りに隙を作ったベヒモスの顔面に向けて、社は『呪力』で強化した貫手を放つ。狙うのは一点、ベヒモスの眼球である。

 

 ーーーゾブリ。

 

「爆ぜろ!」

 

 水気のある生肉を潰した様な音と共に、生暖かい感触が社の右腕を包み込む。人によっては生理的な嫌悪感を免れ無いだろう感覚を無視し、間髪入れずに叫ぶ社。その瞬間、ベヒモスの目を貫いた社の右腕が()()()

 

 キィィィン!!!

 

「ーーーグギャァァアアアアア!?!?」

 

 社の右腕から爆音が発せられると同時に、増幅された振動波が放たれる。振動波は社の腕を伝うと、ベヒモスの目を潰し、鼓膜を破り、更には頭全体を破砕せんと広がっていく。想像を絶する痛みなのだろう、何をしても効く様子の無かったベヒモスが悲痛な叫び声を上げていた。

 

「(・・・致命傷には程遠いかよ、何つータフさだ。マトモにやる方が馬鹿を見そうだな) 『式神調 (きゅう)ノ番〝(くゆ)り狐〟』ーーーほれほれ雫、何を固まってるんだ。サッサと白崎さんとこまで退がるぞ」

 

「ーーーハッ!?そ、そうね!早く戻らないとね!?」

 

「?お、おう」

 

 痛みに暴れるベヒモスに巻き込まれない様に距離を取った社は、冷静にベヒモスを観察するとダメ押しに〝燻り狐〟を召喚する。呼び出された〝燻り狐〟は背負っていたキセルから目眩しの煙を大量に吹き出し、未だ痛みに悶えているベヒモスを包み込んだ。それを確認した社は、何故か顔を真っ赤にしながら呆けていた雫を回収して、そのまま香織達のほうに向かったのだった。

 

 

 

「あのベヒモスが痛みに苦しんでいるとは・・・。本当にお前達は埒外(らちがい)だな」

 

「やるじゃねーか宮守!助かったぜぇ!!」

 

 香織の元に退がってきた社達に向けて、治療中のメルドと龍太郎が称賛の声を掛ける。言い方もテンションもまるで異なるが、どちらも喜色を隠せていない。香織の治癒も順調に進んでいる様で、騎士団員達も戦えはしないまでも自力で歩く事は出来そうだった。

 

「俺の攻撃が通用しなかったベヒモスに、どうやって?宮守、お前は一体何をしたんだ?」

 

「・・・光輝?」

 

 そんな中、1人俯きながら静かに社に問い掛ける光輝。何処か非難する様な、或いは疑う様な響きの言葉に違和感を感じた雫は、訝しげに光輝の名を呼ぶ。が、それを無視したのか、あるいは聞いていないのか。相変わらずに光輝は社の方を見ている。社は光輝から、小さいが確かな悪意を向けられているのを感じ取った。

 

「・・・お前さんが何を言いたいのかは知らんけども。一言で言えば、目をえぐり抜いた後の傷口に、ダイナマイト突っ込んで火を付けた様なもんだ。人間で言えば最低でも、眼球破裂で耳ん中グッチャグチャ、オマケに重度の脳震盪(のうしんとう)だな。」

 

「・・・いや、そこまで詳細な説明は要らないです」

 

「うっわマジか。そりゃ泣き叫ぶわな」

 

「・・・少しベヒモスに同情するわ」

 

 光輝から向けられる悪意を無視して質問に答える社だったが、それを聞いて光輝達地球組は全員揃って唖然とする。あのベヒモスが痛みで苦しむ程なのだから、相当な事をした筈であると分かってはいたのだが、実際に聞いてみると想像するだけでも痛くなりそうだった。現に光輝は思わず敬語になり、香織は痛みを想像したのか顔が青くなっていた。

 

「ーーーでも、ベヒモスを殺すには全く足りない。頭を思いきり揺さぶってやったから、今はまだ大丈夫だろうが。その内アイツはまた立ち上がるだろうな」

 

 しかし、続く社の言葉によって再び緊張が走る。人間であればまず間違い無く命に関わるであろう傷を、ベヒモスは痛みでのたうち回るだけで済ませているのだ。振動波でも内部を破壊し切れないほどに頑丈だったのか、それとも傷を無視出来るほどに耐久力があるのか、若しくは両方か。何れにせよ、このままではベヒモスを再び相手にしなければならない。オマケに怒り狂っている、と言う単語が頭につくのだ。

 

「なので()()1()()()殿をします。その間にメルドさん達は階段側の連中と合流して下さい。それを確認してから、俺も退避します」

 

「っ無茶よ!社だけを置いていけるわけないでしょ!私も残るわ!」

 

「えー、それを雫が言うのかよー?さっきお前さんも殿してたじゃん。あれって自分から立候補したんじゃないの?」

 

「それは・・・」

 

 社の呆れた様な言い草に、言葉に詰まる雫。どうにかして反論しようと言葉を探すうちに、ある程度まで回復したメルド団長が確認する様に社に問う。

 

「・・・俺達は命を掛けて、お前達を守る義務が有る。今なら十分には戦えなくても、お前達の盾になる位なら出来るだろう。それでも、やると言うのか?」

 

「勿論。何も考え無しに言ってる訳じゃ無いですよ?今までは周りを巻き込む可能性があったんで呼べませんでしたが、アイツに対抗出来そうな手段がーーー正真正銘の切り札があります。なので、その辺も考慮した上で、ご判断下さい」

 

 社の迷いの無い答えを聞いて、メルド団長は静かに瞑目して逡巡する。と、その時、一際大きなベヒモスの咆哮が響き渡る。先程までの痛みに苦しむ鳴き声では無い。自らに傷を与えた者を鏖殺せんとする、怒りに満ちた叫び。もう、迷っている時間は無い。

 

「・・・やれるんだな?」

 

「バッチリ任せて下さいな」

 

 茶目っ気すら感じさせる言い方とは裏腹に、社の瞳には決意が満ちていた。退避する面々が暗くならない様に、努めて明るく振る舞おうとする社の気遣いを感じ取ったメルド団長は、フッと笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前に命を預けることになるとはな。・・・必ず生きて返ってこい。ーーー頼んだぞ!」

 

「Sir,yes,sir!」

 

 最後まで調子を崩さない社に、再び笑みを浮かべながらメルド達は退避して行く。が、唯1人。雫だけはその場から一歩も動く様子が無い。社に背を向ける事無く、俯いたまま黙って立ち尽くしていた。

 

 社を置いて行く事に強い抵抗が有るのだろう。理性ではそれが正しいと分かっていても、行動に移せないでいる。何時もは大人びた幼馴染みの珍しい姿は、社には玩具を強請ってその場から動かない小さな子供の様に見えた。

 

「・・・昨日の夜、俺が『呪術師』をやってるのは誓いを守る為だ、って話はしたよな。照れ臭くて言わなかったんだが、実はもう一つ理由がある」

 

「・・・?」

 

 何の脈絡もなく、いきなり始まった社の話を不思議に思ったのか、漸く雫が顔を上げる。その顔は今にも泣き出してしまいそうな表情(もの)だった。

 

「世の中なんてままならない事ばっかりだ。理不尽で不平等な現実だけが、平等に降りかかる。それを全部どうにかしようなんて思わないし、する義理も義務も余裕も無い。他人が如何なろうと、俺には関係無いしなぁ」

 

 ベヒモスの方から目を離さないまま、背中越しに語りかける様に話す社。これから死地に向かうとは思えない程に穏やかな声は、しっかりと雫の耳に届く。

 

「でも、それでも。そんな理不尽が俺の身内に降りかかるのだけは許せないんだ。そんなありふれた不平等が俺の身内に襲い掛かった時、迷わずに立ち向かえる様に、理不尽を打ち払える様に。俺が『呪術師』になったもう一つの理由がそれなんだ。その身内の中には、家族とか友人とか、勿論雫も入っているんだ。ーーーだから、俺に守らせてくれよ。なぁ?」

 

「っ!!・・・バカ」

 

「そうとも馬鹿だとも。だから、行け。此処は任せろ」

 

 社の言葉が終わるとともに、雫はようやく退避を始める。足音が遠ざかっていくのを聞いた社は、依然煙に包まれたままのベヒモスから目を離さずに、式神を呼び出す。

 

「『式神調 (よん)ノ番〝影鰐(かげわに)〟』ーーーさて、影鰐。俺の影から刀と指輪を出してくれ」

 

 式神は社の指示に頷くと、そのまま社の影に潜って行く。それを見届けた後、社はこれからについて思案する。

 

(はてさて、格好つけたは良いものの、俺1人じゃかなりキツイんだよなー。『式神調』じゃ全く火力が足んないし。()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。しっかし、何で未だに使えないんだ?普通に考えれば、発動条件を満たしてないってのが1番有りえそうなんだけど)

 

 前を見据えたまま、頭の中で愚痴を零す社。現在『式神調』で呼び出せる式神は10種類。どれも実用性の高いものではあるが、いかんせんベヒモスを相手取るには火力が足りないのだ。

 

「ま、グチグチ言ってもしゃーないか。サンキュー影鰐」

 

 影鰐が自らの影から上がって来たのを見て、思考を打ち切る社。社の目の前に広がった2m程の影は、影鰐の能力によって立体化し、立ち上がる様に変形した。出来たのは、1m程の柱が2本。片方に日本刀が、もう片方にはリングケースが、それぞれの柱に収まる様に入っていた。

 

 社はリングケースを開け、中から指輪を取り出す。そして躊躇い無く左手の薬指に指輪を嵌めた。

 

「あれだけ大見得切っといて、直ぐに君に頼るなんて情けない限りなんだけど。どうか、また俺に力を貸してくれないか」

 

 左手で刀を抜き放ちながら、社は静かに語り出す。薬指にはめた指輪を、右手で愛おしそうに撫でながら。優しく、穏やかに、慈しむ様に。親愛を込めた声でお願いをする社。

 

「ーーーイイヨ、ワタシタチハ、ズットズットイッショダモノ」

 

「ーーーああ、ありがとう」

 

 そして、虚空から返事が返って来る。勘の良い者なら直ぐに確信出来るだろう。この声の持ち主は間違い無く尋常ならざるモノ。更に言えば、生あるものにとっての害悪足り得る、人ならざるモノであると。

 

 しかし社は気にも留めない。それどころか、返ってきた言葉を噛みしめるかのように微笑んでいた。そしてそこに、大きな咆哮が響き渡る。纏わり付く煙を叫び声で振り払い、遂にベヒモスが復活した。

 

 社が潰した左目を初めとして顔からは血が流れ出しているが、傷自体は深く無いだろう。それどころか、自らをこの様な目に合わせた敵を血祭りに上げんと猛り狂っている。

 

 そんなベヒモスの姿を見ても、社が動じる事は無い。社には最愛のパートナーがいるからだ。自らの愛刀を構えながら、社は高らかに自らのフィアンセを呼び出す。

 

「行くよ、■■ちゃんーーーッ!」

 

「エェ、モチロン!ーーーウフフ、アハハハハハ!サァ、アーソビーマショー!!」

 

 決してありふれる事は無いであろう最恐のタッグが、ベヒモスに向かって突撃した。



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18.予期せぬ悪意

 ベヒモスに向かって弾丸の如く真っ直ぐ突き進む社と■■。社を前衛として、縦に並んで走って来る2体の敵に対して、ベヒモスは迎撃する様に咆哮を上げる。

 

 ベヒモスの狙う獲物は、社。無論、ベヒモスとていきなり現れた異形を警戒していない訳では無い。寧ろ、魔物としての本能は真っ先に異形を殺せと警鐘を鳴らしている。

 

 しかし、先程まで虫ケラとしか見ていなかったモノに潰された左目の痛み。今も感じる痛苦がそのまま屈辱と憤怒に変換され、警戒ではなく報復をベヒモスに選ばせた。自身に迫ってくる敵を叩き潰すべく、大きく右前脚を掲げる様に上げるベヒモス。

 

「頼む、■■ちゃん」

 

「ウン。ーーー『ウゴクナ』」

 

 自らに向けられる殺意や憎しみと言った悪意を鋭敏に感じ取った社は、静かに最愛のパートナーの名を呼ぶ。それに応えるかの様に■■は社の前に躍り出ると、ベヒモスの出鼻を挫くべく『呪い』を込めた言葉を放つ。

 

 高等術式『呪言』ーーー『呪力』を込める事で言霊を増幅、対象に行動を強制する『呪術』である。非常に強力な『術式』ではあるが、強力な言霊や相手が格上の場合は消耗や反動が大きく、最悪の場合自分に返ってくる場合もある扱いの難しい力である。

 

 静かに、しかし他の音にかき消される事無くその場に響いた言霊は、ベヒモスの体を一瞬だけ麻痺させる。■■が必ず足止めを行うと確信していた社は、ベヒモスに起こった異変にも眉一つ動かさない。速度を緩めるどころか更に加速した社は、そのまま前脚の下を通り抜けた。

 

 その後すぐ様社の後方で、ドスンッ!と硬直の解けたベヒモスの脚が叩き付けられる。体重が十二分に乗っていた前脚の一撃は、音を聞いただけで当たればただでは済まない事が分かる。掠っただけでも自らの死に繋がりかねない一撃を、しかし社は全く気にしないまま更に直進、ベヒモスの股の間を通り抜ける。

 

「ーーー八重樫流剣術〝水月・細波(さざなみ)〟」

 

 と同時、社は右手の刀に『呪力』を込めて振るう。本来ならば納刀状態で体を一回転、全方位を薙ぎ払う様に抜刀する八重樫流抜刀術〝水月・(さざなみ)〟。それの変形技であり、既に抜刀した状態で同じ様に全方位を薙ぎ払う〝水月・細波〟を繰り出す。

 

 生まれ持った体質により、社は人一倍身体能力に秀でている。自らの健脚で生み出した加速を剣に乗せて、その場で回転しながら斬り払いを行う。円を描く軌跡で振るわれた刀は、ベヒモスの後ろ両脚と尻尾の肉を確かに斬り裂いた。

 

(よっし、関節なら切れる!後は隙を見て、チマチマと時間稼ぎに嫌がらせしますかね)

 

 技を放った後、社は即座にその場から離脱してそのままベヒモスの背後を取る。尻尾の方は浅くしか斬れなかったが、関節の方には確かな手応えを感じていた。その感覚を裏付ける様にベヒモスの後脚の関節からは血が流れており、それを見た社は自分の攻撃が通用している事に一先ず安堵する。

 

「ヒトリジャアブナイヨ、ヤシロ」

 

「ゴメンゴメン。さっきはサポートありがとうね」

 

「フフフ、マカセテェ」

 

 いつの間にか背後にいた■■と会話しつつも、構えを崩さずベヒモスから目を離さない社。致命傷はおろか、重傷を与えるのも骨が折れそうではあるが、時間稼ぎとヘイト集めが目的なので問題は無い。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「おーおー、随分とまあご立腹の様で。もう片目も潰してやろうか?ん?」

 

「イイネ。ヤッチャエ、ヤシロ」

 

 橋の向こうで退避している騎士団と生徒達には目もくれず、器用に巨体を反転させながら社の方を向くベヒモス。最早社以外は眼中に無いのだろう、何が何でも殺してやると息巻く様に叫びながら頭を赤熱させていた。しかしそれにも動じる事は無く、あろう事が煽りまでする社。自らの死の危険性を十分に自覚しつつ、それでも尚恐怖を感じさせずに。ありふれぬコンビは再びベヒモスに突撃した。

 

 

 

 

 

 ベヒモスから退避したメルド団長達を迎えたのは、階段前と入口を陣取る様に占拠していた騎士団員と生徒達だった。

 

 トラウムソルジャーを生み出す魔法陣は絶え間無く出現するものの、湧き出す側から潰されてその場から動く事も難しそうだ。抵抗出来る個体もいる様だが、そう言ったものも数名に囲み込まれるか、魔法により一掃されていった。

 

「無事ですか、メルド団長!?」

 

「アランか!此方は何とかな!お前達もよくぞここまで持ち堪えてくれた!」

 

 退避して来たメルド団長達を迎えるアラン達騎士団員。階段側からメルド団長達を視認出来た時点でその場を生徒達に任せて、先に騎士団員だけで迎えに来たのだ。

 

「いいえ、自分達だけの力ではありません。パニックになった生徒達を守り、勇気付けたのは彼等です。恥ずかしながら、彼等が居なければどうなっていた事やら」

 

 階段前の生徒達と合流すべく、メルド団長達を守りながら送り届ける騎士団員達。行手を阻むトラウムソルジャー達を一掃しながら、道すがらで何があったのかを勇者一行に話すアラン。

 

「そうか、アイツ等が。全く本当に頼りになるばかりだ。合流出来たら礼を言わねばな」

 

「南雲も清水もやるじゃねーか!」

 

「南雲君凄い!ね、雫ちゃん」

 

「・・・そうね。でも、その話は後。今はとにかく合流を急ぎましょう!」

 

 階段前を目指しつつアランから社達4人の話を聞き、口々に称賛するメルド団長達。その中でもやはり1番話題に上るのはハジメの名前だろう。最も弱い筈だったハジメが、最前線で勇敢に魔物に立ち向かって行った事実は、勇者達一行を鼓舞していた。ーーーその裏で唯1人、自らの無力を受け入れられず、他人の活躍も認められず。俯いたまま一言も話さない勇者の姿には誰も気付かなかった。

 

 

 

 階段前の生徒達と勇者一行の合流は速やかに行われた。予め言い聞かせていた事もあるが、隊列を崩す事無く連携をしっかりとって行われる戦闘には、当初の危なっかしさは感じられない。1人1人がしっかりと自分の役割を理解し実行している生徒達の姿は、ハジメ達4人が行っていた連携と何ら遜色は無かった。

 

 無事合流したメルド団長達を見て、真っ先に駆け寄ってくるハジメと恵里、幸利の3人。だが、肝心の社の姿が見えない事に恵理が気付く。

 

「ーーー社君は?」

 

「社は殿だ!ベヒモス相手に1人で時間稼ぎしている!」

 

「アイツ本気で馬鹿かよォ!?相変わらず息吐く様に無茶しやがんなぁ!」

 

「社君はこういう時躊躇(ちゅうちょ)しないからね・・・」

 

 メルド団長からの返答を聞くと、恵里はスッと目を細めて黙り込み、幸利は頭を抱えなら叫ぶ様に悪態を吐きだし、ハジメはそれを宥める様に呟いた。三者三様な反応だが、誰もが社の事を心配しているのは明白だ。3人の反応を一瞥した後、そのままメルド団長は声を張り上げて指示を出す。

 

「全員そのまま聞け!社が今たった一人であの化け物を抑えている!前衛組!このままソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!此方で社が離脱したのを確認次第、一斉攻撃であの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。すぐ側にはこの場から逃げられる出口があると言うのに其方には見向きもせず、彼等彼女等は再び魔物達に立ち向かって行く。

 

 この場にいる殆どの生徒は、何故自分達がここまで戦えたのかを理解している。それは実力云々の話では無い。動揺と混乱でマトモに戦う事すら出来なかった自分達の前に立ち、真っ先に魔物達に戦いを挑んでいた4人の姿が無ければどうなっていた事か。連携をとる事で容易く魔物達を処理出来る様になり、余裕が生まれ始めた今。生徒達の間でもそこまで考えが及ぶ様になっていた。

 

 恐怖は未だ消し切れず、階段への未練も完全には断ち切れていない。しかしそれ以上に「全員で生きて帰る」という強い思いが生徒達の心の内を占めていた。此方の世界に来てから流されるままに戦ってきた生徒達はここに来て初めて、明確に自分達の意思で戦いに挑もうとしていた。

 

 メルド団長の指示に従いながら、魔物達を迎え撃つ騎士団員とクラスメイト達。生徒達だけでも余裕を持って対処出来ていたのだから、そこにメルド達と勇者一行が加われば盤石(ばんじゃく)と言って良いだろう。魔物達を駆除するスピードは更に増していき、遂には片手で数えられる程になる。トラウムソルジャーを召喚する魔法陣の数も減少傾向になり、戦いの終わりも見えてきたその時。

 

 ピシャァァァン!!!

 

 橋の奥から落雷に似た轟音が響き渡る。呆気にとられ動きが止まる生徒達だが、魔物の数が激減していた事とメルド団長の掛け声により直ぐ様我を取り戻した事で被害は皆無だった。

 

「何だあれ?宮守と一緒に戦ってる奴。見るからにヤバくないか!?」

 

「いや、周りの方が有り得ないでしょ!宮守君が居る所だけ何か凄い事になってるんだけど!?」

 

 困惑しながらも体勢を立て直したクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の奥を見る。そこには刀を振るう社と全身から血を流すベヒモス、そして見た事も無い異形がいた。宙に浮きながらベヒモスに対して攻撃しているところを見るに、恐らくは社の味方なのだろう。が、文字通り異質と言えるその見た目の悍ましさは、ともすればベヒモスよりも恐ろしいものだった。

 

 そして異変はそれだけでは無い。社が戦っている周辺は今も燃えているかと思えば凍結していたり、落雷が発生したかと思えば虫らしきものが大量に湧きだしたりと、摩訶不思議な事になっていた。

 

「嘘だろ、アイツ出してやっと互角かよ!」

 

「社君・・・」

 

 (およ)そこの世のものとは思えない光景をみて、次々と疑問の声を漏らす生徒達。その中でも社の事情を知っている幸利と恵里は、■■を呼び出して尚ベヒモスを仕留め切れていない事に驚愕する。一進一退の攻防を皆が見守る中、ハジメは冷静に戦いを観察をしていた。

 

(多分、社君が手段を選ばなければベヒモスは倒せる筈。それをしないのは、橋の崩壊が怖いのかな。必要なのは足止めだから無理にベヒモスを倒す必要は無いし、下手に大火力で押して橋が崩れたりでもしたら本末転倒だから。なら、僕に出来るのは・・・)

 

 今まで社から聞いていた本人の実力と知識。そして現在の戦況を見た事で社の目論見に大凡(おおよそ)の当たりをつけるハジメ。その上で今自分達を取り巻く状況を見渡し、何をすれば良いか、己は如何すべきかを考える。全ては、この場にいる皆が誰一人として欠ける事無く迷宮から帰還する為に。

 

「ーーーメルドさん、提案があります」

 

 大切な友人に手を貸す為、もう一度だけ優しき錬成師が動き出す。

 

 

 

 

 

「ウフフ」

 

 雨が降る。

 

「ウフフ、アハハ」

 

 ザァザァと窓を叩く様なーーーなんて詩的な表現とはかけ離れた、頭の中を掻き毟る様な名状し難い音を立てて『呪い』の雨が降り注ぐ。

 

「イヒッ、ウフアハハ」

 

 逆巻く様に炎熱が。汚濁に塗れた水流が。迸る紫電が。刃の様な突風が。泥の様な闇が。目を眩ます程の光線が。血と錆に塗れた武器が。影絵の様な魑魅魍魎が。無音不可視の斬撃と衝撃が。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 我慢出来ぬと言わんばかりの哄笑と共に、特級過呪怨霊■■■■の呪詛がベヒモスの元に降り注ぐ。雨霰と降る『呪い』を受けて、苦しみの声を出しながらも致命傷を受けないベヒモスに対し、同じ様に『呪い』の雨の中を走る社が『呪力』を込めた刀で強く斬り付ける。

 

 『呪術』である事以外は何一つ共通点の無い、正に千差万別と言える『呪い』の雨はその一切が社に当たる事は無い。遠い過去『ずっといっしょにいよう』と結んだ誓いは、今尚『呪い』となって互いを縛っている。目を合わせずとも声を交わさなくとも、互いが互いの動きを手に取る様に理解出来る程に2人は強く深く繋がっていた。

 

(橋の崩壊を考えると、ベヒモスを一撃で仕留める様な大質量・大出力の攻撃は使えない。目眩しなんかで動きを止めても、破れかぶれで攻撃されて橋が崩れたりしたらそれこそ目も当てられ無い)

 

 ハジメの考察通り、社は橋の崩壊を第一に考えて戦っていた。ベヒモスが先程光輝達に繰り出した空からの落下攻撃は、石橋に少なくないダメージを与えている。もう1、2回同じ事をされれば橋は持たないだろう、と言うのが社の見立てであり、それ故に攻め手も自ずと制限されていた。唯、橋の上と言う狭い空間だからこそベヒモスも自由に身動きが取れないという側面もある為、その辺は痛し痒しだった。

 

(であれば、このまま■■ちゃんの力で削り殺すか、さもなくば俺がベヒモスの脚の一つも斬り飛ばして、追って来れない様に機動力を削ぐか)

 

 しかしそれらは何ら問題にはならない。宙に浮く■■の『呪術』に気を取られている内に、再びベヒモスの脚関節を斬る社。何度も斬り付けられた傷口からは、少なくない量の出血が見て取れる。良い加減鬱陶しいと言わんばかりにベヒモスは脚で踏み潰そうとするが、その動きも精彩を欠いている。■■の援護射撃(サポート)も有り、容易く回避して距離を取る社。

 

「さぁ、どうするベヒモス。(かんな)で削り取られる様にジワジワと斬られて死ぬか?それとも出血死を選ぶか?どちらでも好きな方を取れ。ーーー俺の身内に手を出したんだ。出来る限り苦しめ、欲を言えば死ね」

 

 悪意ある口調とは裏腹に、何の感情も宿っていない表情で告げる社。■■に敢えてベヒモスの無事な右目側を攻めさせる事で注意を引きつけ、その間に自らは死角である潰した左目側から攻め立てる。いっそ臆病なまでにヒット&アウェイに徹する姿勢は、ベヒモスからの被弾を極限まで減らす為の戦術だ。社としては愛する婚約者(フィアンセ)におんぶに抱っこ、と言う今の状況に心中複雑ではあるが、背に腹は変えられない。何方にせよ、このまま攻め続ければ天秤は社の側に傾いただろう。

 

 ドンッッッ!!!

 

「・・・本気(マジ)か?」

 

 ーーー社の誤算は唯1つ。ベヒモスが想定するよりも遥かに愚かだった事だろう。

 

 怒りによるものか常に頭を赤熱させていたベヒモスが、突如静止した。隙を見ては脚を斬り付けていた社が何事かと警戒する中、脚に力を溜めたベヒモスはその場でいきなり跳躍したのだ。

 

「馬っ鹿、こいつ本気で馬鹿じゃん!?脳味噌まで筋肉かよぉ!!」

 

 思わず叫びながら、ベヒモスの真下から退避する社。ここにきて社が大きく動揺したのには理由がある。まず1つ目に、ベヒモスの4本の脚には深い傷が付いていた事。相手の機動力を削ぐべく社が執拗に脚を斬り続けた結果、傷は深いものとなり既に結構な量の血液が流れていた。そんな重症と呼べる状態で跳躍するとは思っていなかったのだ。

 

 もう一つの理由が、この跳躍には「社を殺す」以外の悪意が乗っていなかった事である。社が祓ってきた悪霊や妖怪には、最後のイタチっ屁に道連れを狙う者もいた。が、その場合は社に向ける悪意が露骨に増す為に簡単に見破ることが出来たのだ。そして、社にとって致命傷になる程の道連れを行う『呪霊』や妖怪は基本的に賢い。最初から道連れ狙いならまだしも、自分が不利になる事をしない程度の知恵はあるのだ。

 

 翻ってベヒモスは、自分の攻撃が橋を崩してしまうかもしれないという自覚が恐らくは無い。それどころか、跳躍に失敗して橋の下の奈落に落ちてしまう危険性すら思い付いていないだろう。よって、道連れにしよう等と言うある種の悪知恵から来る悪意も生まれようが無い。4本脚は漏れなく刀傷だらけ、片目を失って平衡感覚すら怪しいにも関わらず躊躇無く飛び上がる非常にリスキーな行為。自滅の可能性すら勘定に入れられない愚かさは、ここに来て最悪の形で牙を剥いた。

 

「■■ちゃんッ!?!?」

 

『ソレロ!』

 

 1番最初に光輝達に行った時よりも、半分程の高度から行われた急降下攻撃。その分だけ威力は下がるだろうが、その事実は何の慰めにもならないだろう。数秒後、ベヒモスがヒビ割れた橋に着弾するその寸前に社が叫び、最初から距離をとっていた■■が間髪入れずに『呪言』を放つ。猛烈な地響きと共に炸裂する衝撃波は、『呪力』の込められた言霊によって社に向かっていった大半が漸減された。が、全てを消し切るには至らず、大きなダメージは回避したものの余波に吹き飛ばされてしまう。

 

 ビシリッ

 

「・・・嘘だろ?」

 

 吹き飛ばされた先、橋の淵ギリギリで何とか踏ん張り直ぐ様立ち上がろうとする社。が、そこは最初にベヒモスが急降下攻撃をした場所であり、既にボロボロの状態だった。■■の『呪言』は社に向けられた衝撃波のみを逸らしただけで、橋にかかった負荷には一切干渉していない。

 

 嫌な音と共に、丁度社がいる部分だけを切り取る様に橋の一部が崩れる。体勢を直す暇無く、■■の助けも間に合わない。引き攣った表情のまま、瓦礫と共に奈落に堕ちていく社。

 

 

 

「ーーー錬成っ!」

 

 

 

 周りの何もかもがスローモーションで流れていく様な錯覚の中。未だ聴き慣れぬ言葉と、それとは不釣り合いな位良く聴き慣れた声が社の耳に届いた。

 

「〜〜〜ッナイスだハジメェ!!!」

 

 伸びる様に錬成された橋が、社ごと奈落に堕ちるはずだった橋の一部を包み込む様に支える。誰が何をしたのかを即座に把握した社は友人に一声だけ掛けると、そちらを一瞥すらせずに再びベヒモスに吶喊する。

 

「合わせろ!■■ちゃんっ!!」

 

 怨霊(さいあいのひと)に向けて指示を出す社。脚を踏み外す事無く、上空から無事に着地を成功させたベヒモスは、またしても頭が橋に突き刺さっていた。だが先程よりも低い高度で急降下した為だろう、いつ頭が抜けてもおかしくなかった。社としてはこの隙を逃すわけにはいかない。『呪力』の強化に加えて、泣け無しの魔力で〝縮地〟を発動。更に速度を上げ、ベヒモスの懐に突っ込む様に加速して行く。狙いは、最も傷の深い左前脚の関節。

 

「斬れろぉ!!!」/『キレロ!!!』

 

 ベヒモスが橋に突き刺さった頭を抜いた瞬間、社の斬撃と■■の『呪言』が同時に命中した。『呪力』により自らの身体能力と愛刀を限界近くまで強化、〝縮地〟で生み出した加速を余すとこ無く刃に乗せた上で、技能〝剛力〟による腕力の増強を加えた社渾身の一閃。そして、それを後押しするかの如く、■■の『呪言』による斬撃がその一刀に寸分の狂い無く重なる。裂帛の気合と共に放たれた2つの斬撃は、見事にベヒモスの脚を切り飛ばした。

 

「ギギャアァァァァ!?!?」

 

 迷宮内部を揺るがす程の叫び声が上がる。体を支え切れずに崩れ落ち、痛みに悶えているベヒモスを油断なく見据えながら、社はハジメの居る場所まで後退する。

 

「何で此処まで来たとか言いたい事は色々あるけども!控えめに言って最優秀主演男優賞モノだ!俺が女なら1発で惚れてたわ!」

 

「いやいや、精々助演男優賞位じゃないかな。それと冗談でもそういう事言うのは止めてくれないかな?君の婚約者さんがジッとこっちを見てる気がするからね!」

 

「何、■■ちゃんが俺の指示無しで誰かに危害を加えた事は無いし、大丈夫大丈夫・・・多分

 

「今、多分って言ったね!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら、ベヒモスから離れる社達。因みに何故ハジメが此処まで来たのか社が聞いたところ、「社君が橋の崩壊を気にしてたのは予想がついたから、錬成師であれば万が一橋が崩れてもある程度なら直せると思ってね。後は、階段前の防衛に僕が居る必要も無かったから。その辺をメルドさんに提案して今に至るって感じかな」との事。相変わらず良く見ている友人である、と感心する社。

 

 一方のベヒモスはと言うと、目を潰された時とは比べ物にならない程の絶叫を上げながらも、何とか立ち上がろうしている。未だ殺意が衰えないのは驚嘆の一言ではあるが、流石に片脚が無い状態ではバランスが取れないのだろう、起き上がる事さえ出来ないでいた。

 

「社君があれだけやってまだ生きてるんだ・・・」

 

「呆れる位にしぶといが、あれなら暫くはまともに立つ事も出来ないだろ。念の為、俺が殿をするから先に行けハジメ」

 

「了解!社君も気を付けて!」

 

 ハジメが頷き走り出したのを確認してから、ベヒモスの方を視認しつつ同じ様に階段側に向かう社。その後、2人と入れ違う様に凡ゆる属性の攻撃魔法がベヒモスに殺到する。メルド団長が生徒達に準備させていた、足止め用の攻撃魔法である。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。社が重傷を与えていた為か、余り強く無い魔法にも苦悶の声を上げるベヒモス。どうやらしっかりと足止めになっている様だ。

 

(この分なら流石に大丈夫だろ)

 

 峠は越えたと確信しつつも、油断せず殿としての役目を果たそうとする社。そこそこ前にいるハジメは転ばないよう注意しながら、頭を下げて全力で走っている。すぐ頭上を様々な魔法が次々と通っていく光景は中々に壮観である、と余裕めいた考えすら浮かぶ社。ベヒモスとの距離は既に30mは広がっていた。

 

 しかし、その直後。()()()()()凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、明確な悪意が込められた火球が存在した。必殺の意思すら感じられる悪意の向く先は、此方ーーー否、ハジメに対してのもの。そして、その感覚を証明する様に火球がハジメを狙い、誘導される様に軌道を曲げたのだ。

 

「避けろ、ハジメッ!!」

 

 狙われた本人にも予想外だったのだろう、愕然とした様子で動きが止まったハジメに、叫ぶ様に声を上げる社。その声に我を取り戻したハジメは、咄嗟に横っ飛びに火球を避けようとする。が、それを嘲笑うかの様に、目の前で火球が弾けた。熱と衝撃波をモロに浴び、避けようとした体勢のまま橋の淵に吹き飛ばされるハジメ。直撃は避けた様で何とか立てはしたものの、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまったのか足取りが覚束ない。ーーーそして、追い討ちをかける様に再び火球が迫る。

 

「ふっざけんなぁ!」

 

 今にも倒れそうなハジメを助ける為、猛烈な勢いで走り出す社。魔力と『呪力』を限界まで振り絞り、最悪我が身を盾にしてでも助けようとなりふり構わぬ覚悟を決める。が、無慈悲な事に社よりも火球がハジメに突き刺さる方が速かった。

 

 抵抗らしい抵抗も何一つ出来ぬまま、ハジメは爆発に巻き込まれた。火球が生み出した熱と衝撃波は友を容易く飲み込み、下手人の狙い通りに橋から吹き飛ばした。社が堕ちて行くハジメに向けて手を伸ばすが、既に意識が無いのだろう、手を動かす様子すら無い。

 

「ハジメーーーーーー!!!」

 

 社の悲痛な叫びと共に、ハジメは吸い込まれる様に奈落へと消えていった。




イッタイダレガコンナヒドイコトヲ―(棒)


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19.悪意の代償

今回は多少残酷な描写があります。


 2度に渡る火球により、奈落へと吸い込まれる様に消えゆくハジメ。絶体絶命の友人に対して、指を加えたまま何もしないでいる、という選択肢は社には有り得ない。家族や友人達を含めた、自らの大切な人に降りかかる理不尽を打ち払う為ならば、若き『呪術師』は躊躇い無く力を振るう。

 

「戻れ■■ちゃん!ーーー『式神調 捌ノ番〝狗賓烏(ぐひんからす)〟』!!!」

 

 ■■を呼び出している間は 『式神調』を使う事は出来ない。よって■■を戻した後で、社は叫ぶ様に式神を呼び出す。〝狗賓烏〟の能力では自力で飛行する事は難しいが、高所からの滑空や減速なら問題無く(こな)せる。堕ちていくハジメに追いつけたのならば、クッション代わりになる事など造作も無いだろう。白い烏の式神が出るや否や、社は自らに風を纏わせるとすぐさま奈落の底へとダイブする。

 

「ダメダヨ、ヤシロ。アブナイヨ?」

 

「■■ちゃん!?」

 

 その寸前。呼び出していた〝狗賓烏〟が消え去り、突如現れた■■が丸太の様な腕で社を掴んで決死行を止める。呼び出しも無しに現れた相棒に驚く社だが、出て来た理由には心当たりがあった。

 

 ■■は基本的に社にだけは従順であり、不必要に力を振るう事は無い。ただし例外として、社に危機が迫っている場合には、その元凶を排除する為に自ら顕現する場合があった。今回は、社の無謀な行為が引き鉄になったのだろう。

 

「離してくれ、■■ちゃん!今此処で身体を張らなきゃ、俺はハジメに胸を張って友人だと言えなくなる!こういう時の為に俺はーーー」

 

「ワガママイッチャダメダヨ、『ネテテ』」

 

「ッ!・・ハジ・・メ・・・」

 

「モウ、ヤシロッタラ。ホントウニ、ワタシガイナイトダメナンダカラ」

 

 ■■の呪言により強制的に眠らされる社。意識が朦朧とする中で最後に見たのは、■■が自分を抱えて階段に向かう姿だった。

 

 

 

 

 

(今回の遠征は、大失敗だったな・・・)

 

 場所は【オルクス大迷宮】入り口前の大広場。生徒達を連れて何とか脱出を果たしたメルド団長は、忸怩たる思いで今回の訓練について考えていた。生徒達は皆疲労困憊であり、中には大の字になって倒れ込む者もいたが、一様に生き残った事を喜び合っていた。だが、一部の生徒ーーー未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、鈴、そして同じく目覚めぬ社を背負っている幸利や恵里等は暗い表情だ。

 

(坊主は自らの仕事を全うしたってのに、俺達騎士団がこの体たらく、か。どうしてこう、若いのが先に死んじまうのかね)

 

 受付へ報告に向かいながら、奈落に堕ちていったハジメの事を考えるメルド団長。ベヒモスと社の戦いが激しさを増す中、自ら志願してサポートを買って出たハジメに対して、当初メルド団長は難色を示した。

 

 しかし、出口の防衛に己の力は必要無い事、逆に橋の崩壊を少しでも遅らせる事が出来るのは錬成師たる自分しかいない等、冷静かつ論理的な説明を聞いた事で、無茶をしない事と危険を感じたら直ぐに逃げてくる事を条件にサポートを許したのだ。あの時の判断が間違っていたとは考えないが、それでもあの時許可を出さなければ、とは思わずにはいられない。

 

(社にも聞かなきゃならんことがある。切り札って言ってたが、ありゃ何なんだ。その辺の魔物なんぞ目じゃ無いーーー直感だが下手をすればベヒモスよりもヤバイと感じた。訓練の時からトンデモ無いとは思っちゃいたが、あんなモノが飛び出してくるとはな)

 

 次いで考えるのは社と、社が呼び出したであろう謎の存在について。ハジメが橋から()()()()()後、それを追う様に奈落に飛び込もうとした社はソレによって眠らされ、階段前まで担がれて来たのだ。警戒と共に生徒達を庇う様に前に出た騎士団だったが、謎の存在はそれを無視して幸利に社を差し出すと、煙の様に消えてしまった。よってじっくりと観察する暇も無かったのだが、ソイツが持つ余りの威容と迫力は忘れたくても忘れられないものだった。

 

(何方にせよ、今はゆっくりと休ませてやるべきだ。坊主に向けて放たれた魔法の件もあるが、それはまた後日だな)

 

 ハジメに向けて放たれた都合2回の火球。1度だけならまだ誤爆の可能性はあったが、2回、しかも同じ種類の魔法ともなると、同一人物による故意の可能性は非常に高くなるとメルド団長は考えていた。仮に犯人がいるとして、どんな事情があるのかすら分からないが、白黒ハッキリ付けねばならないだろう。受付で報告を終えたメルド団長は今後について考えを纏めながら、広場にいる生徒達と騎士団員達に指示を下そうとして。

 

 

 

 その瞬間、自らの死を錯覚する程の殺意が向けられた。

 

 

 

「ッ!?!?!?」

 

 驚愕と僅かな恐怖で真っ白になった頭脳とは正反対に、今まで培った経験と勘がメルド団長の肉体を淀み無く動かした。ハイリヒ王国騎士団長になるまでに磨き上げられた戦闘技能は、ベヒモスとの戦闘で消耗していた事実を感じさせずに剣を抜き放つと、殺気の主人に対して反射的に構えを取らせた。

 

「・・・社?」

 

 が、剣を向けた先にいたのは棒立ちの社だった。困惑の声を上げるメルド団長だったが、恐らく先程目が覚めたばかりで状況が飲み込めていないのだろうと判断。何にせよ、このままにする訳にはいかない為、一応構えを崩さないままに社と会話を試みる。

 

 が、突如何処からか出現した黒いナニカが、絡みつく様にメルド団長の身体を縛りつけた。

 

「なっ!?」

 

 再び驚きの声を上げるメルド団長。いきなり現れたソレの正体は、深淵を思わせる漆黒に染められた複数の人骨の腕だった。メルド自身の影から出てきた奇怪な腕に何とか抵抗しようとするものの、ぴったりと纏わり付くように固定された人骨はピクリとも動かない。唯一無事な首から上を動かして辺りを見ると、同様に抵抗しようとしていた騎士団員達も影から這い出た骨腕で身動きを封じられていた。

 

「っオイ、社!これはお前の仕業か!?何故こんな事をする!」

 

 このままでは埒が開かないと、社を問い質すメルド団長。しかしその声は全く届いていない様で、社はこちらを見向きもしないままにゆっくりと歩き始める。人骨によって身動きが封じられている騎士団員と、社から放たれる憎悪や殺意等が綯い交ぜになった悪意により声一つ上げられないクラスメイト達を他所に社は歩き続け、とある生徒の前で立ち止まった。そして、へたり込んでいた()()に対して、告げる。

 

「何故ハジメに火球を撃ち込んだ、檜山」

 

 その一言に、生徒達と騎士団員達の間に深い沈黙が降りた。社が振り撒いた恐怖によるものでは無く、言葉の意味が理解出来ない故の困惑から来る静けさ。誰一人として、社の発言の真意や意図を汲み取る事が出来ていなかった。

 

「・・・はぁ?何言ってんだ宮もーーーギャアァアアァァア!?」

 

 が、その静寂もすぐに破られた。否定の言葉が出るや否や、影から這い出た黒い骨腕が檜山の右足首を掴み、握り潰したのだ。余りの痛みに絶叫を上げる檜山だが、追加で出て来た骨腕が口を塞ぐ様に突っ込まれ、声を無理矢理に抑えた。突如として行われた凶行に、しかし誰も悲鳴一つ上げられない。社から放たれる殺意が目に見えて増したからだ。

 

「俺の持つ技能〝悪意感知〟は、基本的に俺に向けられる悪意のみを感知するもので、他の人間に向けられる悪意を感知する事は出来ない」

 

 痛みと恐怖で涙を流す檜山。何とか逃げ出そうと藻搔くものの、影から這い出た骨腕が檜山を掴んで離さない。そんな足掻きを知ってか知らずか、再び訪れた沈黙を破る様に唐突に社が口を開いた。いきなりの説明に、恐怖で思考停止していた生徒達と騎士団員は面食らう。

 

「でも、何事にも例外があってな。「ソイツを殺したい!」って思わず行動に移すくらいに強い悪意なら、他人に向けられたものでも感じ取れるんだよ。もう、ここまで言えば分かるだろ?ハジメに向けられた2発の火球には、お前の悪意が込められていたんだよ、檜山」

 

 社が語った内容に、メルド団長等の犯人の存在を確信していた一部を除いた全員が唖然とした。誰も彼もが、その事実を信じられていない。ハジメが人畜無害のお人好しである事はクラスメイト達にとっては周知の事実であり、とても恨まれる様な人間で無い事もまた知られている。今回に至っては自分達を守る為に身体を張った、まさしく功労者と言っても過言では無い人物。そんな相手を、ワザと奈落に突き落とす様な真似をする人間がいる事が信じられないのだろう。

 

「し、知らない!俺は何も悪くーーーァアァアァァァア!!!」

 

「分かってないな、檜山。俺が聞いてるのは、やったやらないの話じゃあ無いんだよ。何故やったのか、だ。俺が知りたいのはそれだけなんだよ。ーーーそれとも、手足の1、2本引き千切らなきゃ分からないか?」

 

 問いの答えを聞く為か、社の指示も無しに一人でに骨腕が檜山の口から離れた。が、ここに来て尚知らないと言い張った檜山の、今度は左足首が砕かれる。ゴリッ、という固い物が無理やり磨り潰される様な音から一拍して、先程以上の絶叫が響き渡る。だが、再び骨碗が口を塞ぐ事で檜山の叫び声を抑え、それを見た社は顔色一つ変えずに諭すように問い掛ける。無機質かつ平坦、(およ)そ感情の乗っていない声と口調ではあるが、社の表情はまさしく幽鬼染みたものであった。

 

「アイツがーーー南雲の野郎が悪いんだ!アイツが、アイツが俺の白崎に、香織に色目を使うから!だから、自分の立場を分らせてやっただけだ!」

 

 そして、今にも呪い殺されそうな程の殺気と本気の脅迫に、ついに檜山が折れた。

 

 

 

(何であんな少しばかり成績が良いだけのキモオタが、宮守にくっ付いて周るだけの金魚の糞が、白崎に構われてるんだよ・・・!)

 

 元の世界に居た時から檜山は気に食わなかった。ハジメが香織に目をかけられていた事も、クラスメイトがそれを咎めなかった事も。何故自分より下の奴が好かれているのか、何故周囲の人間はそんなヤツらを生暖かい目で見ているのか。檜山には到底理解出来なかったし、する気も無かった。

 

 だから、己の正しさを認めさせる為に、教室では大声で()()してやっていた。それなのにハジメは聞く耳持たないどころか、社の背中に隠れて檜山達を鼻で笑う始末。何一つとして許せる事等無かった。

 

 故に、此方の世界で自分が力を手に入れて、ハジメが無能であった事は檜山にとっては当然の事だった。ざまあみろ、と心中で嘲笑う檜山だったが、しかし気分が晴れる事は無かった。

 

 せっかく自分達が善意で稽古(と本人達が思っているだけのリンチ)を付けてやろうとしても、必ずと言っていい程にハジメは誰かと行動を共にしていた。挙げ句の果てには最弱の癖に自主練すらせず図書館に篭る始末。

 

 そして、トドメとなったのがホルアドの町で宿泊していた時の事。ネグリジェ姿の香織がハジメの部屋に入って行った時、檜山の不満は最高潮に達した。

 

 その場で行動に移さなかったのは、人目を気にしたからだ。自分が正しい事をしている自覚はあるが、この場で騒ぎを起こせば誰に何を言われるか分からない。期を待つ事にした檜山だが、その時は予想以上に早く訪れた。

 

 自らのミスが招いた、全員を死地へと誘うトラップ。それを乗り越える為にベヒモスを足止めする魔法の準備をしている最中、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今ならば気付かれない、と。

 

 そして、檜山は躊躇無く悪魔に魂を売り渡した。バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させたのだ。しぶとい事に、1発では仕止めきれず2発打つ事になったが、流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠も無いし分かる筈が無い。

 

 そうして檜山は自分が正しいと思う事を成したつもりだった。こうして皆の前で自らの行いがバレるまでは。

 

 

 

「ア、アイツが悪いんだ!雑魚のくせに、少しばかり活躍したからって、ちょ、調子に乗るから!俺は間違って無い、白崎のためだ!あんな雑魚に、もう関わらなくて良い様にな!俺は間違って無い!」

 

 喚く様に自身の正しさを力説する檜山。その顔には社への恐怖はあっても、反省や後悔等ありはしない。何故ならば事実がどうであれ、檜山の主観(を通り越して妄想・妄言と言って良いだろう)では真実ハジメは悪だから。香織の恋心が誰に向かっているかも、自分達の忠告が唯の嫌がらせであり独りよがりであった事も、それが周りにどう映っていたのかも理解せず、する気も無いのだ。自分がした事を隠そうとしている時点で、悪い事をしていますと言っている様なものなのだが、その矛盾にすら気付かないし、気付けない。

 

 檜山の話を聞き、呆然とする面々。ある者は檜山の狂気に顔を真っ青にし、またある者は怒りで拳を握り締めている。今、香織が気絶したままだったのは、この場にいる誰にとっても幸運だっただろう。もし話を聞いていたのなら、檜山を殺すか自死するか、或いは両方の手段を取っていただろうから。

 

「もう、良い」

 

「ヒ、ヒヒヒ、俺は悪くない、悪くーーーアァァァアァアアア!?!?」

 

 ブツブツと壊れた呟く檜山の両手首を、新たに影から湧き出た骨碗が握り潰した。三度叫びを上げる檜山だったが、今度は顔全体を覆う様に無数の骨の手が張り付いた。

 

「本当ならお前を散々に痛ぶってから殺してやりたいんだが、生憎と時間が惜しい。ーーーだから、取り敢えずお前にもハジメと同じ目にあってもらおうか」

 

「ヒッ、や、やめ、やめてくーーーギャアァアァアァァァアアアアァァァアアア!!!?!?!!

 

 社の宣言にただならぬ物を感じたのか、顔色を変えて許しを乞う檜山。だが、それを言い終わるよりも早く、檜山の全身を覆う様に抑えていた骨腕が燃え始めた。炎色反応により生まれる色とはまた異なる蒼白い炎は、黒色の骨を燃やさずに檜山だけを焼いている。生きたまま焼かれ、血を吐かんばかりに叫ぶ檜山とは対照的に、壮絶な光景を生み出した張本人である社は無表情のままだ。

 

 やがて一人でに炎が消えると、そこには全身焼け爛れた檜山が横たわっていた。不思議な事に服は全く燃えておらず、しかし肉体には余すところなく火傷を負っている。特に酷いのは頭であり、髪は燃え尽き、顔には元の面影等残っていなかった。余りの惨さに口を押さえて蹲る生徒もいる中、驚くべきはここまで焼けて尚、檜山が息をしていた事だろう。

 

「さて。聞こえているかは分らないが、俺は今からハジメを迎えに行く。正直望みは薄いかもしれないが、それでも諦めるわけにはいかないからな。ーーーもし、ハジメが遺体で見つかったのなら、今度こそお前を殺してやる。自分の焼け爛れた顔を見る度、火傷の痛みを感じる度にその事を思い出せ」

 

 事実上の死刑宣告にも等しい言葉を残し、踵を返す社。ケジメをつけた為か一応は落ち着きを取り戻した様で、先程までの憎悪と殺気は嘘の様に鳴りを潜め、それに連鎖するかの様に黒い人骨は消え去った。悪意の重圧から解放された生徒達が安堵の息を吐く中、社はメルド団長に話を切り出す。

 

「単刀直入に聞きます。ハジメのために捜索隊は出ますか?」

 

 同一人物とは思えぬ程の豹変ぶりに騎士団員達が戸惑う中、それを気にせずメルド団長に核心を突いた質問をする社。その問いの意味を正確に理解したメルド団長は一瞬目を見開くと、すぐに瞑目した。数秒後に帰って来たのは「上申はするが、十中八九出ない」という答えだった。

 

「そうですか、ではこれで」

 

「待て、社!何処に行くつもりだ?」

 

 元々期待していなかったのだろう、社は絞り出す様に返された答えにも顔色一つ変えず、淡々とした様子で広場を離れて行く。〝影鰐(かげわに)〟を呼び出して自らの影から刀を取り出し、迷いの無い足取りで向かう先は迷宮の入り口。それを見て何をするのかを薄々察しながらも声を掛けるメルド団長。

 

「何って、そりゃ迷宮にハジメを助けに行くだけですが。あぁ、力尽くで止めるなんて考えはしないでくださいね?もし邪魔をするならーーー■■ちゃん」

 

「ナァニ、ヤシロ?」

 

 メルド団長達に釘を差すため、社は少しだけ■■を顕現させる。現れたのは完全顕現時の姿に墨を塗りたくって黒一色にした様な、影絵を思わせる姿だった。サイズも2回りほど縮んでおり、若干社よりは小さいか、と言ったところ。しかし、纏う雰囲気や『呪力』に(かげ)りは見られない。凡ゆる悪意を無理矢理人型に押し込んだ様な悍しい姿の怨霊を目にして、固まった様に動けなくなるメルド団長達。だが、社はその反応に見向きもせず「何、ちょっと呼んだだけさ」と、怪物に話しかける。労わる様に気安く話す社を見て、今度は別の意味で驚愕する面々。

 

「今この場で俺と■■ちゃんが全力で暴れますので。メルド団長としてはそれは困りますよね?でしたら、ここは大人しく引いて下さいな。俺の事は適当に死んだ事にしてくれて良いので。・・・それでは」

 

 言いたい事は全て言った、とでも言う様に社はメルド団長達に背を向けて再び歩き始める。何とか説得しようとする騎士団員達だが、社に寄り添う様に憑いている化け物のせいで下手な事が出来ない。その場にいた誰もがそのまま社を見送るしかなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってくれないかな、社君?」

 

 

 

 ーーー唯1人を除けば、だが。

 

「・・・恵里」

 

「あーっと、勘違いしないでほしいんだけど、僕は止める気は無いよ?」

 

「何?」

 

 社が何か言おうと口を開くよりも早く、恵里は自分の考えを伝える。出鼻を挫かれた社は訝しげに恵里の方を見て、無言で話の続きを促す。

 

「フフフ、社君がこういう時頑固なのは分かっているつもりだよ。こう見えても長い付き合いだしね。だから、僕からの提案は1つだけ。ーーー僕も一緒に連れてってよ」

 

 恵里の口から予想外の発言が飛び出す。それを聞き、一部の生徒達から息を呑む声が聞こえる中、眉を潜めて恵里を見つめる社。その眼差しから目を逸らさずに、恵里は自分の発言の意図を説明する。

 

「前までなら、僕は唯の足手まといだったから社君の仕事を何も手伝う事は出来なかったけど、今は違う。魔法も多少は使える様になったし、皆には隠していたんだけど、実は降霊術の方も形になる程度には使える様になってるんだよね」

 

 そう言いながら恵里は魔法を発動させる。恵里の持つ杖から青白い光が灯ると、周囲を囲む様に半透明の魔物が姿を現した。陽炎の様に揺らめく姿は所謂オーソドックスな幽霊を連想させる物であり、恵里の言葉が嘘でない事を証明していた。

 

「今なら多少は力になれると思うんだ。無論、これで満足するつもりはないよ?もっともっと強くなれる様に頑張るし、何なら社君の言う事には全部従うから。社君からのお願いなら僕はーーー私は何だって聞いてあげる。だから、どうかな?私も連れてってくれないかな?」

 

 呼び出した霊達を消しながら、恵里は社に問い掛ける。軽い口調とは裏腹に、かなり重い内容の発言。自らの全てを差し出すとでも言わんばかりの、最早懇願にも近い提案を聞き、瞑目しながら考える社。いっそ永遠に近い時間が流れるのでは、と錯覚しそうな程に静寂が満ちている中、1分程で社が目を開く。

 

「ーーーーーー済まん、恵里」

 

「あ・・・」

 

 社の謝罪と同時に、一瞬だけ現れた■■が『呪言』を飛ばす。「ネムレ」と言う言葉通りに気を失い、ゆっくりと崩れ落ちる恵里を支える様に抱きとめた社。■■を戻した後数秒間恵里の顔を見つめた社は、壊れ物を扱う様に丁寧に抱き抱えると、広場にいた鈴達の方に向かう。

 

「これは俺の我がままだから、恵里は巻き込め無い。俺の言える事じゃないけど、恵里を頼んだ、谷口さん」

 

「宮守君・・・。わかったよ、恵里の親友である鈴に任せといて!」

 

「社、私は「雫は白崎さんのこと見てろ。親友なんだろ?」その言い方はずるいわ・・・」

 

 鈴に恵里を託し、一緒にいた雫にも有無を言わせず後を任せると、社は再び迷宮の入り口に向かおうとする。奈落に落とされた親友(ハジメ)をたった1人で救おうとするその背中に、もう1人の親友から声が届く。

 

「社ォ!テメェこんだけ自分勝手しやがるんだから、絶対に帰って来いよ!途中で死んだりなんかしたら一生呪ってやるからなこのバカチンがぁ!」

 

「アッハッハ、このツンデレめ。ーーー任せろ」

 

 親友からの不器用な激励を受け、振り返らずに手を挙げて答えた社は、今度こそ自分の歩みを止めるものは無いと走り出す。背後から聞こえる自らを引き止める声を無視して、迷宮入り口の受付も飛び越えて。大切な友人を連れ戻すために、再び社は迷宮に突入した。



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20.順転と反転

お待たせしました。今回は独自解釈が多数あります。


 オルクス迷宮前の広場から再び迷宮内部に突入した社。勇者に勝るとも劣らない敏捷値による全力疾走は、背後からの呼び声を簡単に振り切り、他者の半端な追随を許さない。瞬く間に地下1階へと降りる階段の前に到着した社は、背後から追手の気配が無いことを確認すると、自らの術式を発動した。

 

「ーーー『式神調 ()ノ番〝 (さと)(ふくろう)〟』」

 

 社の呼び声と共に発生した光の粒子が式神の姿を作り出す。出現したのは、30cm程のアフリカオオコノハズク。梟の一種を型取ったその姿は、他の式神と同様に染み一つ無い真っ白な羽毛に覆われており、アクセントのように眼を模した空色の紋様が羽や腹を彩っていた。顔にある紋様は式神の眼を囲む様な形で描かれているせいで眼鏡をしている様にも見える。

 

「さぁ、頼むぞ悟り梟。()()()()()()()()()()()()()。気合い入れろよ」

 

 自らの肩に止まって此方を不思議そうに眺めている悟り梟に、喝を入れる様に語りかける社。その声に込められた焦燥を感じ取ったのか、はたまた最初から今の状況を理解していたのか。返事をする様に式神が一声鳴くと、描かれていた紋様が淡く輝き、次いで社の視界が変質する。すると、朧げにしか見えなかった階下がより鮮明に見える様になり、視野角に至っては人間が持つソレを遥かに超え300度近くにまで大きく広がっていた。

 

(よし、俺達が通った痕跡が見える。これを辿って行けば罠を踏む心配もないだろ。・・・さっき広場で影鰐呼び出した時にフェアスコープくすねなくても良かったな)

 

 先程、迷宮前の広場で影鰐を呼び出した際に、社は騎士団員の荷物からフェアスコープやら魔力の回復薬やらをちゃっかりパクっていた。それらの戦利品を確認しながら階下を眺める社。悟り梟の能力で強化された社の視界には、大勢の足跡や魔物との戦闘で出来た傷等、騎士団とクラスメイト達が残した痕跡が確かに映り込んでいた。

 

「さて、痕跡が消える前にちゃっちゃと向かいますか」

 

 一人呟く様に溢した社は、式神を伴って再び走り出す。トラップを気にする必要が無くなった以上、慎重に進む必要は無い。肩に式神を止めながら、社は再び走り出した。

 

 

 

 

 

 その後、特に問題が起こる訳でも無く、社は20階層にある件のトラップの前に到着していた。此処に来るまでに魔物に襲われたりもしたが、鎧袖一触と言わんばかりに全て社に蹴散らされている。ベヒモスへの直行便である大きなグランツ鉱石の前で息を整えながら、社は徐に自分のステータスプレートを見る。

 

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宮守社 17歳 男 レベル:10

天職:呪術師

筋力:400

体力:400

耐性:500

敏捷:450

魔力:100

魔耐:300

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 トラップにより転移された先でのベヒモスとの戦いは、元の世界で呪霊や妖を祓ってきた社をして激戦と呼べる物だった。それを表すかの様に、今まで1度たりとも上がることの無かったレベルとステータスは一気に上昇している。だが、刻まれていた数値を無視して、社の目は滑る様に隅々までプレートを眺める。そして、ある一箇所で社の目が止まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+■■■■■][+■■■■][+式神調]・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

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(今の今まで順転の『術式』が使えなかったのは、ある意味で俺が幸福である事の証明だったのかもな)

 

 首の後ろに手を当てながら、安堵と後悔が混じった様な複雑な顔で思案する社。『呪術師』にとって、『生得術式(しょうとくじゅつしき)』とは文字通り己の肉体に先天的に刻まれる才能である。通常であれば4〜6歳程で自らの『術式』を自覚し始め、感覚的に使い方を把握する事が出来る様になる。しかし逆を言えば、自らの感覚に寄ってしか理解出来ないため、そこからは手探りで何が出来て何が出来ないのかを探っていく他ないのだ。最も、古くから伝わる相伝の『術式』であれば、先代達の残した記録を頼れる場合も有るが。

 

 翻って社の場合はどうか。社の肉体に現在刻まれている『術式』は、元から社に宿っていたものでは無い。社が8歳の時に怨霊と成った■■が取り憑き、そこから暫くして悪意を感知する能力と共に発現したものである。発現の仕方やタイミングに多少の想定外こそあったものの、刻まれた『術式』には強いデメリットや負荷等は存在せず、厳しい発動条件こそあれど、汎用性も高い強力と言って良い力であった。ーーー唯一つ、順転の『術式』が発動出来なかった事を除けば、だが。

 

「さて、行くかね」

 

 ステータスプレートを仕舞いながら、思考を打ち切った社は自らトラップを踏みに行く。社がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心として魔法陣が広がる。部屋全体に広がった魔法陣は輝きを増していき、部屋の中に光を満たすと再び社を罠へと誘った。

 

 

 

(流石に別の場所にランダムで転移する、なんて事は無いか)

 

 転移した後社が周りを見渡すと、其処は最初に飛ばされたのと同じ橋の上だった。違いがあるとすれば、先程のベヒモスによる急降下攻撃によって橋の一部が傷付いたままである事だろうか。

 

 そして、本来であれば欲望に駆られ罠に掛かった愚か者を抹殺すべく、今再び魔物達が召喚される。橋の両サイドに、社を挟み込む様に現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣からは無傷のベヒモスが。階段側の魔法陣からは夥しい程の〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。

 

 先刻の焼き増しの様に状況が進んでいく中、社は自らの日本刀を抜き放ちながらもその場を全く動こうとしない。そんな様子を疑問に思う事も無く、単純に距離が近かったトラウムソルジャー達が罠に掛かった哀れな愚者を切り刻まんと殺到する。しかし、そんな骸骨騎士達の事を一瞥すらせず、社はベヒモスから目を離さずに微動だにしない。そして、遂にトラウムソルジャー達の剣先が社の身体を切り裂こうとして。

 

 

 突如、社の背後から現れた巨大な黒い人骨の腕が、トラウムソルジャー達を薙ぎ払った。

 

 

 突然現れた暴威に、骸骨騎士達は何一つ抵抗出来ない。ある者は橋から叩き落とされ、またある者は衝撃で粉々にされ、黒い人骨が纏う蒼白い炎に焼き尽くされていく。片っ端から処理されて行く同族達を見て、しかし攻め手を緩める事はしないトラウムソルジャー達。ここまで力の差があれば逃げるなり恐怖するなり反応がありそうなものだが、そんな様子は見られない。アンデットとしての特性か、はたまたトラウムソルジャー達が特殊なのか。骸骨騎士達は死に対する恐怖が欠落している様だった。

 

「良い加減ウザいな」

 

 此処で漸く、社がトラウムソルジャー達の方を見る。心底呆れる様な呟きの後、社の影から別の黒い骨腕が顕現する。出てきた骨腕は魔物達に向かわずに橋に手を叩きつけると、次の瞬間蒼白い炎が噴き出した。獣が地の底を這うような動きで橋の上を駆ける炎は、社とトラウムソルジャー達とを分断する様な形で燃え上がり壁を作る。何体かの骸骨騎士達が無謀にも炎の壁を突破しようとするも、触れる先から燃え出して誰1人越えられるものは現れない。

 

 その結果を見た社は、再びベヒモスの方に目線を向ける。肝心のベヒモスはと言うと、どうやら社をーーー正確には社が呼び出した黒い骨腕を警戒しているようで、低く唸りながら何時でも突撃できる姿勢でいた。

 

「へぇ、畜生風情でもコレがお前に対する悪意から生まれたって分かるんだな?」

 

 そんなベヒモスの臨戦態勢を見て、せせら嗤いながら呟く社。普段身内や友人、或いは全く関係無い他人にすら見せる事の無い、嘲りに満ちた表情と声色。その姿は、(のろい)を持って(のろい)を制すと言う言葉通りの、一人前の『呪術師』として相応しい在り方だった。

 

「・・・本当なら、お前を無視して橋から飛び降りるのが最善なんだけどな。俺の順転術式のデメリットがどういったモノなのか、或いは周りを巻き込んでしまう可能性があるかもハッキリしない以上、お前に実験台(モルモット)になって貰う」

 

 刀を逆手に構えながら、『呪力』を精製する社。自らの内に渦巻く強烈な悪意を、否定せず拒絶せず、余す事なく『呪力』へと変換していく。そうして生み出された『呪力』は、先程のベヒモスとの撤退戦とは比べ物にならない程に練り上げられたものだった。

 

 『呪力』とは負の感情を変換して得られるエネルギーである。故に、憎悪や憤怒等の激情に駆られれば、当然『呪力』も湯水の様に湧き出すのだ。それは、大切な友人の危機を齎らした怨敵を前に、怒り心頭な社も例外では無い。が、しかしそれだけが理由でも無い。社の『呪力』がより洗練されたものになった一番の理由は、社が自らに宿る『術式』を正しく理解した上で、他者に悪意を向ける事を肯定した事にある。

 

 社は基本的に他者に悪意を向けない。それは社本人が「無駄に他人に意識を割く位なら身内を優先する」と考えている事もあるが、それ以上に「悪意を向ける事で■■が相手を呪ってしまう」事態を避ける為である。その甲斐あってか、現在に至るまで■■が無差別に誰かを呪う事は無かったが、それは同時に社が順転の『術式』を発動出来ない事を意味していた。

 

 通常、『呪術』とは『生得術式』に『呪力』を通す事で発動する異能の事を指す。自らに刻まれた法則に則り明確な形で発動する異能は、『呪力』の種類、即ち(マイナス)(プラス)のどちらを通すかによって効果が変わる。この時、通常の(マイナス)の『呪力』で発動する『術式』を〝順転(じゅんてん)〟の術式、『呪力反転』で生み出した(プラス)の『呪力』で発動する『術式』を〝反転〟の術式と呼ぶ。そうして発動する順転と反転の『術式』は、基本的に『術式』の根本を覆す物にはならない。が、元となるエネルギーが正反対の為に、効果が対になる様な、若しくは真逆の性質を持つ能力になるのだ。

 

「ーーー『術式』解放。『呪想調伏術(じゅそうちょうぶくじゅつ)』」

 

 社の『生得術式』ーーー今の今まで反転の術式しか発動出来ないというイレギュラーのせいで知り得なかった事であったがーーー正式名称『呪想調伏術』の根本は〝『呪力』と特定の感情を材料に式神を創り出す〟事。反転の術式である『式神調』は、社と特定の相手が〝()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()〟術式。そして、順転の術式は社が敵に向けた〝()()()()()()()()()()()()()()〟術式である。

 

(・・・何だかんだ理屈をつけたが、俺が此奴を痛めつけて苦しめて殺したいだけか。自分がここまで激情家だとは思わなかった)

 

 そして今、社は初めて順転の発動条件を満たした。生涯初とも言える激情と悪意でもって、自らと自らの周囲に仇成す害悪を呪い祟り殺す為、社は正しく『呪術師』としての力を開花しようとしていた。

 

「ーーー術式、順転」

 

 そして、ついに『術式』が発動する。詠唱と共に大きく広がった自らの影に向けて、社は手にしていた刀を突き刺す。すると、影ごと社を包み込む様に蒼白い炎が立ち昇った。先程放ったモノとは規模も熱量も段違いの焔は、炎の壁越しにトラウムソルジャー達を焼き尽くし、熱を使う筈のベヒモスすら怯ませるものの、如何言う訳か橋には欠片も延焼する様子は無い。そして、蒼い焔の中から巨大な漆黒の骸骨が、這い上がる様に顕現した。

 

「『怨嗟招来(えんさしょうらい)ーーー焦熱(しょうねつ)阿防(あぼう)羅刹(らせつ)馬鬼(ばき)』!!」

 

 最初に出て来たのは、人間で言う頭蓋骨の部分。平均的な頭蓋骨よりも3回り以上は大きい頭には2対の角が側頭部から生えており、眼窩や口から蒼白い炎が漏れ出している。続いて現れた上半身も、通常のサイズとはかけ離れたサイズであったが、それ以上に目を引くのが3対6本ある腕だろう。そして肋骨の内部、丁度人間で言う心臓部に、一際輝く蒼い焔の塊が輝いていた。最後に現れた下半身だが、そこはそもそも人の形を成していなかった。腰から下、本来であれば足が続く部分に、さながらケンタウロスの如く、首の無い馬の骨格が繋がっていたのだ。

 

 完全に顕現した式神が前足を掲げる様に挙げながら、歓喜の産声を上げる。その声に込められているのは、漸く誕生出来た事に対する感謝か、或いは自らに相応しい生贄を殺す事が出来るという暗い喜びによるものか。

 

「さぁ、リベンジマッチだ。出来る限り苦しませてから死なせてやるよ!!!」

 

 刀を影から抜きつつ放った社の声に、喜びの雄叫びを上げる式神。半人半馬の鬼神は目の前の獲物を縊り殺さんと、歓喜の叫びと共にベヒモスに吶喊した。

 

 

 

 自らに突進して来る敵に対し、ベヒモスが取った行動は全力での迎撃だった。眼前にいるのは、間違い無く自分の生命を脅かす事が出来る存在である。魔物としての本能が告げたその事実を疑う事無く、ベヒモスは頭部を赤熱させると同時、猛烈な勢いで黒き骸骨に突進する。その様子を見た式神も、怯むどころか寧ろ望むところだと言わんばかりに更に加速。そして遂に、橋の中央付近で両者が衝突する。

 

グルァァァァァアアアアア!!

 

 オオオォォォォオオオオオ!!

 

 衝突時に起こる轟音と衝撃波をかき消す様に、ベヒモスと鬼神の咆哮が響き渡る。あまりの高熱に真っ赤を通り越して半ば白みを帯び始めたベヒモスの頭部を、式神は暗い蒼色の焔を纏った4本の腕で受け止めていた。

 

 ベヒモスの突進を抑えながら、残る2本の腕を大きく振りかぶり殴り掛かろうとする式神。しかしベヒモスも同じ事を考えていたのか、前脚を器用に片方だけ構えると、鬼神目掛けて殴り掛かろうとしていた。

 

 直後、再び轟音が響く。ベヒモスと鬼神、お互いがお互いの拳目掛けて全力で殴り合ったのだ。ベヒモスの大樹を思わせる剛腕と、鬼神の焔を纏った2本の豪腕。ぶつかり合った両者の腕には、しかし傷一つ付く事は無い。膂力自体は互角なのだろう。両者一歩も引かぬまま、鍔迫り合いの如く拳同士を押し合っていた。

 

 ピシリ、と式神とベヒモスの足元からヒビの入る様な音が聞こえる。2体の踏ん張る力に橋が耐えられず、放射状にひび割れる様に橋に小さくない亀裂が入ったのだ。このままであれば、先程と同じく橋が崩れ落ちるのも時間の問題だろう。しかし、橋の崩落なぞ知った事かと言わんばかりに2体は変わらず押し合いを続けていた。

 

「俺は眼中に無しか?結構、結構。ーーー目ぇ覚める位キツイのくれてやるよ」

 

 そして、その均衡を崩すべく『呪術師』が動く。式神を遮蔽(しゃへい)にして、ベヒモスの死角から潜り込む様に移動する社は、右腕に纏った蒼白い焔を握り込む様に拳を作ると、ベヒモスの頭部側面に回り込んで構えを取る。そこで漸く社に気付くベヒモスだが、もう遅い。

 

「オーーーラァァ!!!」

 

 腰を落とし半身を向けながら、ベヒモスとは反対方向に右手を引き絞る様に引く、正拳突きの変型の様な構え。そこから1秒にも満たないタメの後、ベヒモスの顎をカチ上げるアッパーカットが突き刺さった。

 

 ドゴムッ!!

 

 グギャアァア!?!?

 

 激情により過去最高に漲る『呪力』を、全身に隈無く廻らせて限界まで肉体を強化。そうして放たれた拳もまた、類を見ない程に強烈な一撃として機能した。無防備な顔面を殴られたベヒモスは、確かな痛みと共に一瞬だけ意識を飛ばされる。

 

 その隙を、鬼神は見逃しはしない。主人(やしろ)の活躍により力が緩んだ瞬間、式神は打ち上げられたベヒモスの頭に、組んだ両手を叩きつける様に振り下ろした。俗にダブルスレッジハンマーと呼ばれる技により、今度は橋に顔面を叩き付けられるベヒモス。

 

 上下に振り回される様に打ちのめされたベヒモスだが、未だ致命傷には程遠い。忌々しい敵に報復せんと体を起こそうとするが、社はそれを許さない。自らの持ち手ごと蒼く燃え上がる刀で、ベヒモスの右手を地面に縫い付ける様に突き刺したのだ。

 

「これで、終わりだ」

 

 突き刺さった傷口から、刀を伝って蒼白い焔が噴き出す。右脚を貫かれ焼かれる痛みにベヒモスが悶え、社を排除する為に動こうとするが、それは叶わなかった。

 

 ズガンッッッ!!!

 

 三度、轟音が響く。社が刀を突き刺す前から動いていた式神は、自らの前脚を高く大きく掲げる様に上げていた。そして、社の刀から蒼白い焔が吹き出した瞬間に、全体重をかけてベヒモスの頭に脚を振り下ろしたのだ。ベヒモスに勝るとも劣らない膂力と体重の持ち主からの全力の踏み付け。半端な合金程度なら容易く砕くその一撃は、橋を大きく震わせ、大きな亀裂を作り出し、ベヒモスの頭を半ばまで埋め込んでいた。 

 

 角が折れ、頭も1/3が潰されたベヒモス。この状態でも尚、息があるのは驚くべき事だろう。しかし、その強靭な生命力も今となっては苦痛が長引くだけで、ベヒモスには不利益しか(もたら)さない。まだ死んでいないだけのベヒモスに向けて、式神が攻撃を再開した。

 

 そこからは一方的であった。抵抗どころか身動き1つ取れないまま倒れ伏すベヒモスに対して、鬼神は躊躇無く殴り掛かる。頭を、腕を、肩を、背を、殴り、燃やし、貫き、踏み付け、打ち据える。鬼神の暴れ方は、社の憎悪がそのまま乗り移ったが如く、一切の情け容赦が無かった。当初はベヒモスも何とかしようと足掻いていたものの次第に動く事すら出来なくなり、叫び声も弱弱しく、打撃音に掻き消される程までに小さくなっていった。

 

 オォォォオオォォオオオオオ!!!

 

 一方的な蹂躙から暫くして、怨敵を散々痛ぶって満足したのか鬼神が勝利の雄叫びを上げる。と、同時にその体が透けていき、陽炎の如く消え去ってしまった。後に残ったのは、頭が潰れ上半身が血だるま且つ襤褸雑巾のベヒモスと、戦いの余波でヒビ割れた橋。そして、酷く消耗している社だけだった。

 

(糞キッツいな・・・。まさかここまで『呪力』を喰うとか予想出来なかった。ベヒモスを倒せたのは良いが、燃費悪過ぎて笑えて来る)

 

 ハァー、ハァーと荒く息を吐きながら、周囲を確認する社。ベヒモスはどうやら完全に事切れているらしく、ピクリとも動かない。また、トラウムソルジャーを呼び出す魔法陣もいつの間にか発生していなかった。一定の数を倒したからか、時間制限か、或いはベヒモスを倒したからか。何れにせよ、一息付けるのは間違いなさそうだ。

 

「ーーー『式神調 (じゅう)ノ番 〝反魂蝶(はんこんちょう)〟』」

 

 倒れる様に座り込みながら、社は反転術式を発動する。出て来るのは、両手の平程の鳳蝶(あげはちょう)。人間1人の顔を覆える程の式神の両翅(りょうはね)は、例によって白地に空色の紋様が描かれている。

 

「善き者には祝福を、悪しき者には(あがな)いを」

 

 社が詠唱すると、肩に止まっていた式神が淡く輝く。するとその周囲から、反魂蝶と同じ色合いで2回りほど小さい鳳蝶が大量に湧き出した。数十匹は下らない鳳蝶の群れは、現れたと同時にベヒモスに集まっていき、遂には死骸を覆い尽くす程になった。白と空色が混じり合いながら淡く光る光景は、見るものに幻想的な美しさすら感じさせるだろう。

 

 が、しかしここで異変が起きる。集まった鳳蝶達がベヒモスの死骸から何かを吸い始めたのだ。それと共に鳳蝶達の輝きは徐々に増していくが、反対にベヒモスの死骸からは体温や生気等の、命の残り香とも言うべきものが急速に失われていく。やがて鳳蝶達がベヒモスの死骸から離れると、そこに残ったのはベヒモスだったものの搾りかすーーー木乃伊(みいら)とでも言うべきモノであった。

 

 ベヒモスを吸い殻にした鳳蝶達は、今度は社に向かって羽ばたくが、当の本人はそれを全く気にした様子は無い。そして遂に社の周りに鳳蝶達が纏わり付くが、ベヒモスの時とは異なり、鳳蝶達の光が社に集まり始めたのだ。先程までは顔色も悪く息も絶え絶えだった社だが、その光を浴びると顔に血色が戻り呼吸も安定していく。

 

 鳳蝶達は光を放ち終えると、1匹また1匹と役目を終える様に消えていく。そして最後の1匹が消え去る頃には、社の体調はベヒモス戦前と変わらぬ程に回復していた。

 

「予定よりも時間食っちまったが・・・。頼むから生きててくれよ、ハジメ」

 

 そう呟きながら、社は反魂蝶を戻して狗賓烏を呼び出す。橋の縁から深い深い奈落の底を眺めながら、社は風を纏うと躊躇無く暗闇へのダイブを決行した。

 



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20.5.失意と決意と教唆

今回はクラスメイト側の話です。


 ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、雫は未だに眠る親友を見つめていた。

 

 あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に5日が過ぎている。あの後、宿場町ホルアドで一泊した一行は、早朝には高速馬車に乗って王国へと戻った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、その犯行を見破り躊躇無く報復を行いながら、単独で迷宮に突入した3人目の同胞。とてもではないが迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気では無かったし、勇者の同胞が死んだ以上は国王にも教会にも報告は必要だった。王国側からしてみれば、こんな所で心折れてしまっては困るという事情もあるし、致命的な障害が発生する前に一度勇者一行のケアが必要だという判断もあったが。

 

 雫は王国に帰って来てからのことを思い出すと、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 

 帰還を果たし一連の出来事が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然とした。だが、死んだのがハジメである事、迷宮内に再び踏み入ったのが社だと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 

 王国側の殆どの人間からのハジメに対する認識は、端的に言えば〝無能〟であった。勇者一行は誰も彼もが才能豊かであるのに対して、ハジメの天職はありふれた〝錬成師〟であり、ステータスも凡俗と言って差し支えない。そんな人間に期待する者等誰1人いなかったのだ。

 

 社に関してはと言うと、最初から居なかった事にされた。理由は単純で、王国にとって社は厄介者だったのだ。最初から勇者に勝るステータスを持ち、王国に対しては反抗的では無いものの、かと言って従順でも無い。模擬戦では勇者を圧倒した挙句、魔法では無い『呪術(ナニカ)』を使う。王国としては勇者という分かり易い天職を持ちながらも、人間性の御し易い光輝を旗印にするつもりであった為、様々な意味で対照的である社は目の上のタンコブだったのだ。

 

 居なかった事にされたのは、王国の面子の為である。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬ事等あってはならない。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 

 彼等の死に安堵したのは国王やイシュタルも例外では無かった。が、しかし彼らはまだ分別のある方だった。中には悪し様にハジメを罵る者までいたからだ。勿論、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ「死んだのが無能で良かった」だの、「神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然」だの、それはもう好き放題に貶していた。

 

 まさに死人に鞭打つ行為であったが、話はそこで終わらなかった。それを聞いた()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ある者はその貴族達を半殺しまで叩きのめし、またある者は自らの得意とする魔法を使って物理的、若しくは精神的に廃人寸前まで追い詰めた。その場にいた衛兵達では全く止められず、騒ぎを聞きつけたメルド団長と騎士団員が現場に到着した時には、既に城の一部が崩壊する程であった。

 

 因みに雫も貴族達を叩きのめした人物の1人である。何時もはクラスメイト達の防波堤(ストッパー)となり得る雫が、率先して制裁を下していたのだから止める者など居ようはずも無かった。クラスメイト達が激しく抗議(物理)したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、ハジメを罵った人物達はかなり重めの処分を受けたようだが・・・。

 

 あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった1人で食い止め続けた社とハジメだというのに。後から聞けば、突然の襲撃で恐慌状態に陥ったクラスメイト達を立て直す為、ハジメは社達と共に魔物に立ち向かいもしたと言う。ーーーそんな彼を死に追いやったのは、檜山が故意に放った魔法だった。

 

 あの後、社によって全身を焼かれた檜山は、騎士団の治療を受けた。だが、回復薬を飲ませようが、魔法で治癒しようが、どういう訳か火傷は一向に治らなかったのだ。王国に帰還した後で、回復の得意な術師達総出で漸く少しづつ治って来た様であるが、それでも完治には程遠い様子である。

 

 これまでの事、そしてこれからの事に考えを巡らせている雫の耳に、コンコン、と部屋をノックする音が届いた。「どうぞ」と雫が答えてから、扉を開けて部屋に入って来たのは恵里だった。

 

「やっほー、雫ちゃん。香織ちゃんの様子はどう?」

 

「・・・駄目ね。一向に目を覚ます様子は無いわ」

 

 軽い様子で香織の様子を聞く恵里に、雫は静かに答えた。恵里の様子は、少なくとも雫の目にはいつもと変わらない様に映っている。

 

 迷宮入口前の広場で社(正確には■■)に眠らされた後、恵里は半日程目を覚まさなかった。社に向けた、自らのプレゼン(と一言で言うには非常に重い物だった)の一部始終を見ていたクラスメイトと騎士団員達は、恵里が目が覚めた後、社に拒まれた事を思い出せば半狂乱になるのでは無いか、下手すれば社の後を追いかねないのでは無いか、と心配していた。しかし、そんな皆の予想を裏切り、恵里は取り乱す事も無く、今に至るまで落ち着き払っていた。

 

「そっかー・・・。大丈夫?」

 

「医師の方が言うには、精神的なものだ、って」

 

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。医者の診断では体に異常は無く、恐らく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうと言う事だった。故に、時が経てば自然と目を覚ます、とも。

 

「フフフ、私が心配しているのは雫ちゃんの方だよ。鏡見た?今、すっごい顔してるよ?」

 

 何がおかしいのか、笑いながら恵里は雫の誤解を解く。恵里の言う通り、雫の顔はとても酷いモノだった。黒く美しい長髪は乱雑に纏められており、眼の下には濃い隈がある。表情からは喜怒哀楽の凡ゆる感情が読み取れず、眼の光も消えかかっていた。

 

「・・・私よりも香織の方が大変よ。目を覚ました後、南雲君が居ない事に気づけば「そう言えば、社君今頃どうしてるかなー」ーーーーーー」

 

 雫の言葉に聞く耳持たず、被せる様に社の話題を出した恵里。その一瞬、雫の表情が強張るが、すぐに元の無表情に戻る。その姿を見てニヤニヤしながら、恵里は更に言葉を繋げる。

 

「今頃は迷宮のかなり深い所まで行ってるのかな?それとも意外と足止め食らってるのかな?この世界の人間が到達した最高記録が60と幾つからしいから、案外そこまで行ってるかもね。それとも案外、もう南雲君と合流してるかも?雫ちゃんはどう思う?」

 

「・・・」

 

「黙ったままじゃ分からないよ、雫ちゃん。そう言えば雫ちゃん、社君が迷宮に南雲君を追って行った後から、全然社君の話しなくなったね。一体どうしたのかなー?」

 

「・・・て」

 

「うーん、前までは僕と一緒に社君について色々話してたじゃない。親友が倒れちゃって心配でそんな気分じゃ無いのかな?それとももしかして、社君の事が嫌いになっちゃった?それなら仮想敵(ライバル)が減るから、僕は嬉しいんだけどなー」

 

「・・・めて」

 

「あっ!分かった!雫ちゃんってば、社君が死んじゃーーー」

 

「やめて!」

 

 止まらない恵里が放とうとした決定的な一言を、遮る様に叫んだ雫。何の感情も映さなかった表情は崩れ、静かに怒りを堪える様な、目の前の現実を認めたくないと嘆く様な顔に変わっていく。しかし恵里の口は止まらない、止めるつもりが無い。

 

「やーだよー、やめてあげなーい。社君が死ぬならどんな感じだろうね?強くなっていく魔物に勝てなくて、食べられちゃうかな?それとも、罠にかかって抵抗する間も無くヤラレちゃうのかな?あー、でも、餓死ってパターンもあるか。何方にせよ、目もあてらーーー」

 

 ドガッ

 

 恵里の言葉が途切れる。雫が恵里の首元を掴み上げると、そのまま壁に押し付けたのだ。背中の痛みに顔を歪めながらも笑みをやめない恵里。当の雫はと言うと、俯いたままで恵里からは表情が分からない。

 

「痛いなぁ、雫ちゃん。何するのさ?」

 

「ーーーどうして」

 

 相も変わらず、ニヤニヤ顔のまま雫に問い掛ける恵里。その声は呑気な様にも、煽っている様にも聞こえる。元の世界でしていた世間話のノリで語られる恵里の言葉に、遂に雫の精神が決壊する。

 

「恵里はどうしてそんな顔が出来るの!?社の事が気にならないの!?私は、私はーーー社が死んじゃうんじゃないかって、考える度に、頭を過ぎる度に、何も出来なくなるくらいに怖くなるのに!!」

 

 今まで見た事の無い程に、声を荒げて泣き喚く雫。堰を切ったように溢れ出る嘆きを、襟を掴まれたままの恵里は眼を逸らさず黙って聞いていた。

 

「社は!南雲君を連れて戻って来るって言ったけど!それはベヒモスとか、それよりもっと強い魔物と戦うって事でしょ!?社の性格なら南雲君の事を見捨てるなんて事絶対しないけど!でも、でもーーー1人じゃ無理に決まってるじゃない!!」

 

 異世界に拉致され、右も左も分からないままに戦いを強要する王国。雫の話を聞かず、ご都合主義で全てを片付けてしまう光輝。自分達の才能に酔いしれて、現実逃避してしまうクラスメイト達。それらの現実に、真面目で責任感のある雫は無意識下でストレスを積み重ねていたが、幸か不幸か彼女の精神は思いの外強靭であり、折れる事無くギリギリの所で耐えられていた。ーーーそこにトドメを刺したのが、社の離脱である。

 

「あの時社がもう一度迷宮に向かおうとした時、私は何をしてでも社を止めるべきだった!!確かに社はあの場にいた誰よりも強かったわ!だから、社なら大丈夫、問題無いって自分に言い聞かせてきたけど、だからってこれからも無事で居られる保証なんて無いじゃない!」

 

 最初の内はまだ大丈夫だった。親友の容態や迷宮脱出後の事後処理等によって忙殺され、社の事を考える暇が無かった事も一因だろう。しかし、日が経つに連れて雫の中で不安が増していき、限界ギリギリだった心に少しずつヒビを入れていった。

 

「何よりも許せないのは、何もしなかった私自身よ!!ホルアドで、やっと社が自分の秘密を話してくれたのに!迷宮で私達を護りたいって言ってくれたのに!私はそれに甘えてばかりで、浮かれてばかりで、何も出来なかったのよ!?私は、私はーーー!」

 

 雫が思い返すのは、ホルアドの宿にて社と語り合った事。そして、迷宮内で友人達を護りたいと言ってくれた社の背中。全てでは無いにしろ、自らの秘密を「信頼出来る友人だから」という理由で教えてくれた。だが、大きな喜びは、それを失った時により深い哀しみを生み出してしまう。社から向けられた信頼に、浮かれたままで応えられなかった事を深く嘆く雫。

 

「・・・逢いたいよ、社ぉ」

 

 泣き疲れたのか、或いは最初からそんな元気すら無かったのか。恵里を掴む手を離し、崩れ落ちる雫。呟く様に溢れた本心からの言葉に、恵里はやっとニヤニヤ顔を止めて、真剣な表情で本題を切り出した。

 

 

 

「社君を助ける方法がある、って言ったらどうする?」

 

 

 

 恵里の言葉に、バッ、と顔を上げる雫。が、その言葉を信じられないのか、その表情は不安と期待の間で揺れていた。

 

「雫ちゃんは、社君の事情をどこまで知ってるの?」

 

「・・・社が元の世界に居た頃から『呪術師』だって事は聞いたわ」

 

 突然の質問に面食らう雫だが、恵里の真剣な表情を見て直ぐに問いに答える。それを聞き、数秒間瞑目した恵里は再び口を開く。

 

「社君が呼んでいた化け物は覚えてる?アレはね、社君に取り憑いている『怨霊』なんだ。アイツは基本的には社君に従順なんだけど、社君に命の危機が迫っている時だけは、他の全てを放り出してでも社君を助けようとする。ホラ、あの時社君眠らされてたでしょ?あれはね、南雲君を助けるために橋から飛び降りようとしたのを、危険と判断したんじゃないかな」

 

 恵里からの言葉を聞き、当時の状況を思い出す雫。確かにあの時、社はハジメの後を追う様に奈落の底へと飛び込もうとしていた。しかし、一度は消えた筈の化け物が再び出現し、抵抗する社を眠らせるとこちらに身柄を託したのだ。

 

「とてもとても忌々しい事に、アイツは社君の危機には必ず現れて、何が何でも助けようとする。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逆に言えば、アイツが社君を連れて戻って来ないってことはーーー」

 

「社は、まだ、無事・・・?」

 

「ピンポンピンポーン。だーいせーいかーい!フフフ、やっとヤル気になってくれたね?」

 

 雫が絞り出す様に出した結論を、おちゃらけながら肯定する恵里。か細いが確かな希望を認識した雫の目に、漸く光が灯った。友人が立ち直りかけている様を見て満足そうに笑った恵里は、雫に共闘を持ち掛ける。

 

「でもね、それは私達が社君を待っている理由にはならないよね。僕達がもっともっと強くなれば、社君の事も迎えに行けるんだから。だから、ね?社君を助ける為に、私に協力してくれないかな?」

 

「・・・そうね。こんな所で、立ち止まってはいられないわね。ーーーありがとう、恵里」

 

「どう致しまして、雫ちゃん」

 

 頬を伝う涙の跡を拭いながら、決意を新たにする雫。先程まで童の様に泣いていた姿が嘘の様に、雫は覇気を取り戻していた。

 

「う・・・ん・・」

 

「香織!?」

 

 と、その時。ベッドから香織の声が聞こえる。先程までの空気は吹き飛び、雫は呼びかける様に香織の名を呼ぶ。香織はしばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせると名前を呼んだ。

 

「雫ちゃん・・・?と、恵里ちゃん・・?」

 

「ええ、そうよ。私と、恵里よ。香織、体はどう?違和感はない?」

 

「香織ちゃん、目が覚めたんだ。それじゃあ僕はお医者さんを呼んでくるね」

 

「あぁ、そうね、お願いするわ」

 

 香織が目を覚ましたのを確認した恵里は、雫に断りを入れると部屋の外に出る。そのまま医師を呼ぶ為に待機場に向かう恵里の足取りは非常に軽く、今にもスキップしそうな程であった。

 

(フフフ。これで雫ちゃんは「社君と南雲君の片方しか助けられない」って状況でも社君を優先してくれるかな。最低でも、迷いはするよね)

 

 周りに人がいない事を確認しつつ、思考を続ける恵里。その顔には自らの目論見が上手くいった事による満足感と喜びによる笑みが浮かんでいた。

 

(香織ちゃんの事だから、南雲君が死んだなんて絶対信じないだろうし、何なら自分で迎えに行くなんて考える筈。そうしたら、香織ちゃんは必ず雫ちゃんを頼る。雫ちゃんってば友情に厚いから、親友に「協力して」何て言われたら、自分の気持ちを押し殺して南雲君を助けかねないし。それに助けたら助けたで「私は社を見捨てた」ってスッゴイ凹むだろうしなー。流石にそんな雫ちゃん見たく無いしね)

 

(でも、社君が、自分の大切な人が死ぬかもしれないって強く意識した今の雫ちゃんなら、土壇場で必ず社君の力にーーー私の共犯になってくれる。それこそ南雲君を見捨てでも。・・・南雲君と香織ちゃんには悪い事したかもしれないけど、まぁ、社君が見捨てるとは思えないし、悪い様にはならないでしょ)

 

「ーーーフフフ、待っててね、社君。感動の再会まで、もう少しだよ♡」

 

 誰もいない廊下で、陶酔した呟きが響く。愛に生きる死霊術師の言葉を聞く者は誰も居なかった。

 



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21.問答

当小説は、特定のジャンルに対して何かしらの含む意味があるものでは御座いません。


「ちくしょう、なんで無いんだ・・・。」

 

 場所はオルクス迷宮の奥深く。肩を落としながら、見るからに落胆した様子で力無く呟く人影があった。この世界の人類にとって最高到達記録である65階を優に下回る程の迷宮深部に於いて、人間がいる事自体がまず異常であるが、それ以上に彼の風貌は常人とはかけ離れたモノだった。

 

 まず、髪の色が真っ白である事。白髪混じりだとか、灰色に近いと言うレベルでは無い。仮に染料を用いたとしても考えられない程に綺麗に染め上げられた純白の髪。次いで目を引くのが、隻腕である事だろう。左腕の肘から先が存在しておらず、その断面は鋭利な刃物でスッパリと切り取られた様に綺麗なものだった。身長は180cmあるか無いかと言った所で、ボロボロになった衣服の間からは、非常に良く鍛えられた筋肉や、薄らと赤黒い線が幾本か覗いていた。

 

(俺が此処(ここ)に堕ちてから、もうどれくらい経った?時間感覚なんてあってない様なもんか。)

 

 白髪隻腕の少年ーーー南雲ハジメは、呆れる様に自らの境遇を思い出す。

 

 橋から落下していた最中、運良く壁から噴き出る鉄砲水に何度も流された事で、衝撃が殺され何とか助かった事。流れ着いた先、地上に戻ろうと迷宮内を探索していく中で遭遇した、蹴りウサギや二尾狼等の尋常では無い魔物達。それらの魔物すらも餌にしか見ていない、この階層の頂点に立つ爪熊に遭遇して左腕を喰われた事。錬成を駆使して辛くも逃げ果せた先で、たまたま〝神結晶〟と〝神水〟を見つけた為に傷を癒せた事。〝神水〟により生きる事は出来たものの、強烈な飢餓感と幻肢痛により地獄すら生温い様な苦痛を味わった事。ーーーそして、生きる為に、邪魔する全てを殺すと決意した事。

 

(上に行く階段が見付からない。まだこの階層の全てを探索したわけじゃ無いが・・・。)

 

 必ず生きて故郷に帰る為、今までの自分と決別したハジメは、蹴りウサギや二尾狼、そして自らの腕を食らった爪熊を殺した後、上階へと続く道を探し続けていた。既にこの階層の8割は探索を終えているが、見つかったのは()()への道のみだった。

 

(錬成で無理矢理上への道を作ろうにも、一定の範囲を進むと壁が錬成に反応しなくなる。神代に作られた迷宮っていうのは伊達じゃ無いな。)

 

 

 

 考え事をしながらも周囲の警戒は怠らないハジメ。溜息を吐きながら、まだ探索していない場所に向かおうと、踵を返そうとしたその時。強化されたハジメの聴覚が、聞き慣れない音を耳にする。

 

(何の音だ?蹴りウサギでも、二尾狼でも、爪熊でも無い。少なくともこの階層で見かけた魔物が出す音じゃ無いのは確かだ。・・・どこかで聞いたことがある様なーーー此方に近づいてくる!?)

 

 断続的に聞こえてくる()()()が、自分の居る方向に来ると気付いたハジメの行動は早かった。右腕に紅い稲妻を迸らせながら、自らの相棒とも言えるリボルバー式大型拳銃〝ドンナー〟を自作のホルダーから抜き放ち、何かが来るであろう通路に向けて構える。背後は行き止まりの為に逃げ道は無く、誰が来ようとも此処で迎え撃つしか無い。

 

(気になるのは、音を出している存在が何処(どこ)から来たのか、だ。仮に音の主人が上の階から来た存在の場合、魔物であれ人間であれ、此処まで来れたのなら迷宮内の魔物の凶悪さは分かっている筈。そんな奴が、こんな風に無用心に騒音を鳴らすか?この階層の魔物の強さを知っていて()()なのか、それとも他に理由があるのか。・・・下の階層から来た魔物か?)

 

 ホルダーに収められた〝閃光手榴弾〟のストックを数えながらも思考を止めないハジメ。この音を出している存在には、周囲を警戒しながら進む、という慎重さが存在していない様に感じられた。この階層の魔物の強さを知っているハジメからすれば、狂気の沙汰にも思える行動。それが意味するのは、この音の主人は爪熊等歯牙にも欠けぬ程に強い存在である可能性が非常に高い、という事だろう。

 

(ーーー上等だ、鬼が出ようが蛇が出ようが、邪魔するってんなら、殺して喰ってやんよ!)

 

 如何に爪熊よりも強かろうとも、今のハジメが怯む事はない。この階層にいた魔物は、例外無くハジメよりも強かった。しかし、その全てを乗り越えてハジメは此処に立っている。今更自分よりも強い程度の相手に、態々(わざわざ)ビビってやる必要も無い。

 

 迷いを見せずにハジメが戦闘準備を整えると同時、近づいていた音が止んだ。そして次の瞬間、通路の先から飛び込む様に駆けて来る何者かの姿がハジメの目に映った。対象とハジメとの距離は100m弱程だろうか。正確な大きさは分からないが、恐らく二尾狼よりも大きく、爪熊よりは小さい。二足歩行の様に見える魔物は如何やら人型をしている様で、真っ直ぐハジメに向かって走って来る。

 

「ーーー真っ正面からとは良い度胸だ、死ね。」

 

 敵の姿を認識したハジメの呟きと同時、右腕のドンナーから破裂音と共に弾丸が撃ち出された。燃焼石を粉末状にして火薬とし、更に〝纏雷〟によって生み出された電磁加速を加えられ、指先程の弾頭は秒速3.2kmもの超加速を得る。

 

 階層最強の爪熊すら防戦一方にならざるを得なかった、文字通り必殺の兵器。瞬きすら許されない神速必滅の魔弾は、しかしハジメに向かって来た魔物に擦りもしなかった。

 

「ーーー何だと?」

 

 疑問の声を上げるハジメだが、そこには油断も動揺も無い。何かタネがあるのか、ある場合はどうやってそれを撃ち崩すか。避けられたという事実を元に思考回路を回し、冷静に殺すべき敵を見定めながら、検証の為に続けて2発弾丸を叩き込む。が、それらもどういう訳か容易く避けられ、全く当たる様子が無い。

 

(爪熊の様に殺気を感じとって避けてる訳じゃねぇ。俺がドンナーの引き金を引くよりも、避ける動きの方が明らかに早い。にも関わらず当たらないって事は、何か予知系の能力持ちか?それとも社みたいにーーー。)

 

 ハジメの脳裏を過るのは、自らにとって大切だった友人の姿。優秀で猫被りが上手く、割と天然な所もある、変人と言って良い人間。情に厚く、自らの愛の為、怨霊となった婚約者すら笑顔で受け入れた男。

 

(今はアイツの事を考えている場合じゃねぇ!!目の前のコイツを殺す事だけ考えろ!!)

 

 自らの豹変と共に捨てた筈の未練。それらを振り払う様に殺意と闘志を燃やすハジメ。敵との距離は既に50mを切っており、依然として弾丸が命中する様子は無い。1発でも当たればただでは済まないという事は、感覚や本能で分かっている筈だろうに、この敵は恐怖で止まるどころか減速する素振りすら見せない。空になった弾倉に、片手で器用に弾を込めたハジメはドンナーをホルダーに戻すと、収納されていた閃光手榴弾を自分と敵の間に投げた。

 

 そして、きっかり3秒後。3()()()()爆音と閃光が周囲を満たした。

 

(予知系の固有魔法だか何だか知らんが、防げない様にすれば問題無いだろ。目を瞑るにしろ耳を塞ぐにしろ限度はある筈だ。俺が投げた物が何なのか知ってれば話は別だろうが。)

 

 〝錬成〟により、床を変形して作った簡易バリケードに身を隠したハジメ。耳を塞ぎ壁に身を隠しているにも関わらず、耳を(つんざ)くばかりに轟音が鳴り響き、閃光は目を焼こうとしていた。覚悟と準備をしていたハジメでさえこのザマなのだから、敵はひとたまりも無いだろう。

 

(ーーー先手必勝!)

 

 閃光手榴弾がどこまで効いてるのかも分からない以上、悠長に確認する暇すらハジメには惜しい。相手が此方(こちら)の攻撃を全て回避するのなら、行動する自由すら与えずに即座に殺す。効率的に敵を処理する為、閃光が止んでから間髪入れず、壁の前にいるであろう敵にドンナーを向けたハジメ。ーーーそれと同時に、ハジメの首元に刃が当てられた。

 

「動くな。」

 

「ッ!?(人間だと!?)」

 

 状況を打破する為にハジメが動くよりも先に、目の前の人型が言葉を喋った。目の前の敵が人間である可能性も想定してはいたものの、まさか本当にそうだとは思っておらず、動揺まではしないものの、小さくない驚きとともに機先を制されてしまう。

 

(頭部が真っ黒な布か何かで覆われている。これで閃光を防いだのか?爆音も効いてる素振りが無い以上、普通の布じゃないのか、他にも防御方法が有るのか。装備は上下共に軽装、敢えて鎧を付けず機動力を上げ、回避に徹するタイプか。ドンナーを避けきった以上、生半可なレベルじゃねぇな。この距離で当てられるかどうか・・・。)

 

 ドンナーの引き金に指を掛けながら、ハジメは相対する敵の姿形を観察する。ハジメの構えるドンナーは人型の頭部に狙いを定めており、いつでも打ち抜ける状態にある。対する人型の持つ剣もハジメの首下に添えられており、何時でも首を跳ねられるだろう。

 

 互いが互いの命に手を掛けている、ある種の膠着(こうちゃく)状態が続く中。ふと、ハジメは敵から向けられる殺意が薄くなっていくのを感じる。それを疑問に思いつつも、気を抜かずに殺意を緩めないハジメ。

 

 

 

「ーーーもしかして、ハジメか?」

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、今度こそハジメの頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

「ーーーもしかして、ハジメか?」

 

 社が友人の名を呼んだ瞬間、目の前の白髪隻腕の青年は驚きに目を見開いた。

 

((ようや)く、漸く見つかった。あー、長かったぜ・・・。)

 

 ハジメの首元に当てていた刀を下ろし、〝影鰐〟の能力で顔に巻いていた影を戻した社は、身体中の疲れを吐き出す様に大きく息を吐いた。ハジメの捜索を諦めるつもりは最初から無かったが、既に死んでいる可能性を考えなかった訳でも無い。探し当てたのが友人の遺体だった、というオチも十二分にーーーと言うか、そちらの可能性の方が遥かに高かった為、こうしてまた会えたのは社にとっては僥倖(ぎょうこう)以外の何物でもなかった。

 

 最悪の展開すら予想していた中で、しかし友人は生きていてくれた。多少身なりが変わっている様ではあるが、異形になった婚約者を躊躇無く受け入れた社にとっては、その程度は気にもならない。最も困難と言える目的を達成した今、後はハジメと共に迷宮内から脱出するのみである。

 

「しっかし、お前さんも大分様変わりーーーハジメ?」

 

 改めて気合を入れ直しつつ声を掛ける社だが、ハジメからの返答が無い。まさか怪我でもしているのかとハジメの身を心配した所で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジャキリ

 

「・・・俺の目がおかしくなったのでなければ、世間一般で言う〝銃口〟がコッチに向いてる様な気がするんだけど。」

 

「・・・お前が、俺の知る宮守社である証拠が無い。」

 

(そう来たかー・・・。)

 

 銃口を向けられながら至極真っ当な正論を聞かされ、思わず天を仰ぎたくなる社。チラリとハジメの方を見ると、眉間にシワを寄せながら、此方を射殺さんばかりに睨んでいる。が、その瞳は僅かな迷いに揺れ、殺意も若干ながら(かげ)りを見せていた。

 

(まぁ、こんなとこにずっと居たら疑り深くもなるか。廃人になって無いだけマシだわな。)

 

 今の社が知る由も無いが、橋の崩落を命辛々生き延びたハジメを待っていたのは、強力な魔物達が蠱毒(こどく)顔負けの状況で殺し合う地獄であった。何時殺されても不思議ではない状況の中、孤独と恐怖と痛みの三重苦に苛まれながらも生き残る事が出来たハジメ。しかし、だからと言って心身が無事かどうかはまた別の問題だろう。

 

「確かにその通りだ。どうしたら信じてくれるよ?」

 

「・・・・・・俺の質問に答えろ。まずは、どうやって此処まで来れた。何故俺の居場所が分かった?」

 

 ハジメが本気である事を感じ取った社の問いに、ハジメは少し考えてから質問を始めた。それを聞き、問答無用で攻撃されなかった事に安堵しながら、社は答えを返す。

 

「あの糞牛(ベヒモス)がいた橋から飛び降りた後、最初は虱潰しにお前さんを探してたんだ。でも暫くして、呼んでも無いのに〝悟り梟〟がいきなり出て来て騒ぎだしてな。で、着いて来いって言わんばかりに俺を先導するもんだから、何かあると思ってそれについて行ったらーーー。」

 

「俺が居た、と。・・・〝悟り梟〟の能力は視力・視界の強化じゃなかったか?」

 

「あー・・・。実は俺も今まで知らなかったんだが、『式神調(しきがみしらべ)』で創り出した式神達は、素材になった感情の持ち主の危機に反応するみたいなんだよなぁ。だから「待て待て待て、素材になった感情?どういう事だ?」・・・そこからか。」

 

 社の話を遮るハジメを見て、「そう言えば、術式の詳細は話してなかったっけな」と呟く社。その余りに呑気な様子に、思わず頭を抱えたくなるハジメ。真面目に詰問している自分が馬鹿みたいに思えてくるものの、警戒を解くつもりはまだ無い。

 

「俺の術式『式神調』は、術者である俺と特定の相手が互いに向けている感情から式神を創り出す呪術だ。で、ここで言う感情ってのは、友情とか敬意とか親愛とかの好感情に限定されている。」

 

「・・・成る程。つまり〝悟り梟〟は俺と社の好感情から創られた、と。」

 

「ピンポーン、正解でーす。だからまぁ、危機察知位なら出来ても可笑しくは無いんじゃないか。あと、ハジメに呼び捨てにされるのは何か新鮮だな。」

 

「・・・・・・・・・そうかい。」

 

 ハジメから銃口と殺意を向けられているにも関わらず、社からは敵意を感じないどころか、自らの呼ばれ方を気にする始末である。余りの温度差に、ハジメは頭が痛くなる気分であった。左手が無事であれば、間違い無くこめかみを揉んでいただろう。

 

 唯、これに関しては社を一概に責める事は出来ない。ハジメからして見れば目の前の相手は(疑いも晴れつつはあるが)自称宮守社である。それに比べて、社は目の前の相手が南雲ハジメであると確信している。そう判断した理由については色々あるが、最悪遺体すら見つからないと思っていた友人が、多少の問題こそあれど生きていたのだ。その喜びに比べれば、殺意を向けられるだとか、銃を突き付けられるだとかは、社にとっては些細な問題であろう。

 

「それで?疑いは晴れそうか?」

 

「・・・何とも言えないな。お前がした話は筋は通ってはいたが、真実であると言う証明も出来ない。」

 

「まぁ、そうだな。だから俺から提案がある。」

 

「?」

 

 ハジメの突っぱねる様な言葉を気にする様な素振りも無く、社はハジメに対して説得を試みる。

 

「俺が何者かが化けた偽物だと仮定して。一体どうやって偽物は宮守社の姿を取っているのか、って話になるよな。俺の知識ではこういう場合に考えられるのは主に2種類。幻覚を見せているタイプと、実際に変身しているタイプの2パターンだ。ここまでは良いな?」

 

「・・・ああ。」

 

「OK。で、前者を見破るのは比較的簡単だ。何せ幻覚だから、視覚以外で判断すれば良い。声でも感触でも良いし、話せるのならば本物しか知らない事を聞いても良い。【対象にとって都合の良い幻覚】を見せるタイプとかだったら、複数人で集まっているだけで見破れる場合すらある。なんせ、それぞれ都合なんて違うんだから、誰1人として同じ幻覚を見ないしな。」

 

「・・・問題は後者の場合か。」

 

「その通り。実際に変身するタイプは、精度にも寄るがその辺りを高確率で誤魔化せる。中でも厄介なのが、対象の記憶を読みとって変身するタイプだ。このタイプは只管(ひたすら)に面倒臭い。なんせ、記憶を読みとっている訳だからボロなんて出しようが無いからな。」

 

「・・・なら、どうするんだ。お前がそうで無いと、本物であるとどう証明する?」

 

「簡単な事さ、ハジメが知らず俺が知っている事で尚且つ、()()()()()()()()()()をすれば良い。」

 

「ハッ、そんな都合の良い話が「無論、あるんだなコレが。」ーーー。」

 

 社の理論と理屈を聞き、本物の証明の難しさを鼻で笑うハジメ。だが、その言葉に被せる様に、社は難無く証明出来ると断言した。その自信に満ち溢れた言動に気圧されるかの様に息を呑むハジメを他所に、社は昔を思い出す様に語り出した。

 

「あれは、そう。中学2年生の冬。最高学年になるまで残り1ヶ月を切った時だった。お前さんと幸利、そして別の友ーーー友達の影響でPCゲームに興味を持っていた俺は、バイトで他県に出ていた際に立ち寄った古いゲーム屋で【月の出ぬ朝に】を見つけたんだ。ハジメも名前くらいは知ってるだろ?」

 

「は???」

 

 茫然自失とは正にこの事だろう、ハジメは開いた口が塞がらなかった。今コイツは何て言った?【月の出ぬ朝に】?余りに予想外の言葉に自らの耳と、目の前の(ばか)の頭を疑うハジメだが、肝心の馬鹿(やしろ)の顔は真剣そのもの。「コイツ、遂にとち狂ったか?」と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、何とか社の問いに答えようとするハジメ。

 

「・・・確かに、知ってはいる。それが如何「新品未開封の初回限定生産版が定価で売られていたぞ、しかも2つ。」何・・・だと・・・?」

 

 何とか言葉を返したハジメを、更なる驚愕が襲った。【月の出ぬ朝に】は、元の世界で爆発的な人気を誇った()()()()()()()()()()()である。発売当初は売れ行きが芳しく無かったものの、口コミでジワジワと評価が上がってゆき、最終的にはリメイクやアニメ化等もされた程の人気作。そんな事情もあった為、初回限定版の価格は高騰(こうとう)。新品未開封ともなれば、最低でも定価の5倍は下らないだろう。

 

 そんなマニア垂涎(すいぜん)の物を、社は2つも見つけたと言う。初心者と言って良い社でさえそうなのだから、生粋のオタクであるハジメの驚愕は推して知るべしだろう。生き残る為ならば邪魔する全てを殺すと決意したハジメだが、オタクとしての誇りは捨てられなかったらしい。驚きに身を固めたハジメの反応を満足気に眺めながら、社は更に言葉を紡ぐ。

 

「それを見つけた俺は、迷わず2つとも購入する事にした。で、その後特に問題無く買えはしたんだが、店を出た後に冷静になって、買った2つの処遇に悩んでな。取り敢えず1つはさっき言った別の友達に譲ったんだが、もう1つをどうしようかなー、と考えた訳だ。」

 

「んなもん、普通に遊べば良いじゃねぇか。然るべき所で売れば高値で買い取ってくれもするだろ。」

 

「いや、俺も最初はそうしようかと思ったんだけどな。そこでふと日付を見た時に俺は気付いたのさ。〝エイプリルフール〟が近い、と。」

 

「・・・・・・。」

 

 社の口から出た〝エイプリルフール〟と言う単語。それを聞いたハジメは、生命の危機やそれに準ずる危険とはまた異なる、非常に嫌な予感を感じとっていた。話の雲行きが怪しくなって来た事を自覚しながらも、ハジメは黙って社の話に耳を傾けていく。

 

「まさに天啓だった。悪魔的発想と言っても良い。俺はこの稀代の名作にして、ある意味でかなりの問題児と言われたこれを、4月1日に俺名義で友人宛に送れば非常に面白い事になるんじゃないか、と考えた。そして実行した。宛先は勿論お前さんだ、ハジメ。」

 

「オイ。」

 

 社の一際ふざけた発言に、とうとうツッコミを入れてしまうハジメ。今までの会話の中でもツッコミどころは多々あったが、今の発言は群を抜いて如何しようも無いものだった。真面目な空気?シリアス?既に息絶えていた。

 

「待て待て待て!お前の話が本当だとして!俺の元にはそんなもの届いてないぞ!?本当に俺の所に送ったのか!?」

 

「うん。さて、ここで問題です。〝中学3年生という受験を控えた多感な時期の息子宛に、数少ない友人から「BL沼への第一歩」「BL登竜門」等と評される名作ゲームが送られて来たのを知ったご両親の反応はどんなものになるでしょうか?〟」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 南雲ハジメ、文句無しの絶句である。

 

(今コイツは何て言った?あのゲームをよりにもよって俺の両親が見つけた?マジで?嘘だろ?)

 

 ハジメの脳内を、意味の無い言葉がグルグルと回っている。【月の出ぬ朝に】は深く練られたシナリオと様々な伏線、それらを綺麗に回収した感動のエンディングが高く評価された全年齢向けゲームである。が、見る人が見れば、男性同士の絡みが非常に多く散りばめられたゲームでもあった。それもその筈、作成に携わったシナリオライターがその筋ではかなりの大御所だったのだ。

 

 それらの描写はかなり巧みに隠されており、匂わせるだけのものもあれば、シナリオの伏線になっているものもあった為、すぐに気付けたのはBL文化にズブズブの玄人(くろうと)だけだった。が、シナリオライターの魂を込めた尽力もあり、そう言った玄人達からも「下手なBLゲーより官能的(エロい)」と高評価であった。

 

 さて、ここで最初の言葉を繰り返そう。このゲーム、全年齢対象である。全・年・齢・対・象、である。先ほども言った様に、このゲームはシナリオが評価されたゲームであり、BL描写は余程慣れ親しんだ玄人で無ければ気付けないものではある。だが、その玄人達をして「下手なBLゲーより官能的(エロい)」と言わしめたのが【月の出ぬ朝に】である。それらの事実を知らない者達がこのゲームをプレイしたら如何なるか?簡単な事であるーーー性癖が歪むのだ。

 

 そもそもの話、ビジュアルノベルゲームとは一言で言えば「絵や音声が付いている小説」である。故に、活字を追うのが苦手な小学生等の低年齢層の人間や、ゲーム自体を敬遠しがちの高年代の大人達を対象としていない。このゲームがターゲットにしているのは、中学生以上大学生以下の層、特に中学〜高校生を購買層に据えていたのだ。

 

 子供から大人へ、或いは子供と大人の境界線上にいる様な学生達。そんな多感で、これからの一生すら決めかねない時期にいる人間が、このゲームをしたら如何なるか。それはもう(性癖が)歪む。盛大に歪む。玄人達からすれば、火を見るより明らかだったこの結果により、このゲームについたあだ名が「腐女子・腐男子量産機」「史上最も自然に性癖を捻じ曲げたゲーム」である。ーーーそして、このゲームに付けられたそれ等の評価を、方向性は違えども敏腕クリエイターであるハジメの両親が、知らない訳がないのだ。

 

「いや、俺も最初ハジメから何の連絡も無いなーって不思議に思ってたんだけどさ。流石に1週間しても反応が無いのはおかしいなーとハジメにそれと無く聞いてみたら、何も知らないって言われてな。もしやと思ってご両親に聞いてみたら、まさかまさかの大当たり。あ、誤解は解いておいたから安心してくれ。因みにゲーム自体は、お詫びの印に引き取ってもらったぞ。」

 

 愕然とするハジメを余所に、呆気らかんと笑いながら言う社。社によれば、ハジメの両親は最初息子(ハジメ)宛の荷物だと気付かずに封を開けてしまったそうだ。その後、中身を見た事で驚愕。慌てて送り主を確認したところ、書いてあった名前に二重に驚愕したとの事。

 

「じゃあ、あの当時2人が妙に優しかったり、俺を見る目が生暖かかったのはーーー。」

 

「間違い無くコレが原因だな。唯、ご両親もあのゲームの価値が分かっていたから、流石に俺に事情を聞くまでは取り敢えず預かっとこう、って事になったらしいけどな。」

 

 ワナワナと震えるハジメに、補足する様に話す社。下手をすれば値段にして6桁に届き得るモノを、そう簡単に受け取る訳にもいかない、というのがハジメの両親の意見だった。尚、息子の性癖が捻じ曲がる可能性については目を瞑ったそうな。息子を思い遣る気持ちと良識を持ちつつも、色々な意味で大らかな人達だった。

 

「さて、この話こそ俺が本物の宮守社であるという証明になると思うんだけど、どうだろうか。ハジメが知らず、俺だけが知っていて且つ、お前さんが納得出来るだけの内容だと思うんだがな?」

 

「・・・そうだな、確かに納得したよ。お前は、きっと本物の宮守社だろう。」

 

 ガシッ バチバチバチッ

 

「ーーーハジメさんや。そう言いつつ、俺の腕を強く掴んでいるのは何故なのかな?後、今にも電流が流れそうな不穏な音がするのは俺の気のせいかな?」

 

 さもやり遂げたと言わんばかりにドヤ顔をかました社に対して、ハジメはドンナーをホルスターにしまうや否や、目にも止まらぬ速さで社の腕を掴むと、そのまま握りしめた。自分の話を信じてもらえた喜びも束の間、不穏な空気を感じた社は、俯いたままで表情が読めないハジメに、早口で疑問を投げかける。

 

「あぁ、間違い無い。ーーーこのタイミングで、こんな馬鹿話を暴露する様な奴が偽物の訳ねぇからなぁ!!!」

 

 ミシミシと音が聞こえる程に社の腕を強く握り締めながら、叫ぶハジメ。ハジメ自身は他者の 性癖(しゅみ)に寛容なつもりである。自らもオタクと言う 少数派(マイノリティ)側である以上、互いを尊重する事こそがこの界隈では重要だからだ。が、謂れの無い 性癖(しゅみ)に対しては断固として戦う所存でもあるのだ。だからこそ、誤解とは言え自分の知らない内に両親から腐男子判定をされていた事実は、ハジメにとっては屈辱以外の何物でも無かった。端的に言えばブチ切れていた。

 

「あっれぇ!?そういう信じられ方!?ていうか、ハジメってばキレてーーー」

 

「うるせぇ、死ねぇ!!」

 

 ヴァリヴァリヴァリ!!!

 

「ギャアアアァァァ!?」

 

 ハジメの腕を伝い、紅い電撃が社を襲う。一時静寂に包まれていた迷宮内に、電撃が炸裂する音と共に情け無い叫び声が響き渡ったのだった。




恐らくありふれ二次創作史上で、ここまでどうしようもない合流は無いのではなかろうか。

追記
誤字報告してくれた方、有り難うございました。


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22.異世界より②

 <0日目(ハジメと合流した当日)>

 

    【⭐︎祝⭐︎】南雲ハジメ氏生存確定【⭐︎祝⭐︎】

 

 復ッ活ッ 南雲ハジメ復活ッッ 南雲ハジメ復活ッッ 南雲ハジメ復活ッッ

 

 書き出しから情緒がおかしいけど、これに関してはハジメが生きててくれたんだからしゃーない。『呪術師』なんて頭イカれてなきゃやってられない職種の俺にとって、数少ない友人であり、家族以外での理解者でもある存在が生きててくれたのだ。最悪遺体すら見つからない事も考えていたのだから、コレでテンションが上がらないなんて事があるだろうか?いや、ない。ーーーああ、本当に。本当に良かった。もう、俺の周りに居る人が、俺の無力で死ぬのは嫌だ。

 

 ・・・何かこのままこの話を書き続けていたら、思考の泥沼に沈みそうなので話題を変えよう。今現在俺とハジメは、この階層でハジメが拠点として使っていた場所に居る。何でもこの部屋、入口を錬成で逐一作っているらしく、他の魔物が入り込めない様になっているのだ。器用な事する奴である。

 

 何とかハジメと再会する事が出来た俺は、多少の問答(と電撃による制裁)の後、お互いの情報を交換する為に一度落ち着いて話をする事にした。そこで迷宮の探索を一時中断して、この部屋にやってきたのだ。

 

 電撃に関してはもうちょい手加減してくれても良かったと思ったんだが、ハジメに「お前は実の両親に腐男子だって誤解されるのを許容出来るのか?」と言われたら、ぐうの音も出なかった。と言うか、■■ちゃんにそんな誤解されようものなら、俺は人目を(はばか)らず(むせ)び泣く自信があったから残当だった。

 

 今はもう痛みは無いが、電撃食らって暫くは全身日焼けしたみたいにヒリヒリしていた。この感想をハジメに伝えた時「やった俺が言うのもなんだが、なんであれだけ電撃食らってヒリヒリで済むんだよ、お前は・・・」という台詞と共に化け物を見る様な目を向けられたのは非常に心外であった。腹いせに「やーい、ハジメの見た目、厨二病〜」って言ったらガチ凹みしてたのにはビックリしたが。このネタで弄るのは、武士の情けでやめといてやろう。・・・(しばら)くは。

 

 話が逸れた。部屋に着いた後、先に事情を話し始めたのは俺からだった。とは言っても、此処に来るまでの経緯を掻い摘んで話しただけだが。ハジメが橋から落とされた後、後を追おうとした俺が■■ちゃんに気絶させられた事。次に気付いた時には迷宮の外にいた事。目が覚めた俺が、ハジメを落とした犯人である檜山を拷問紛いに問い詰めた事。錯乱しながら「香織のためだ!」と妄言を垂れ流していた檜山を念入りに焼いた事。周りの静止や、恵里の頼みを断って単独で迷宮に潜った事。俺が知る全ての事情を、包み隠さずに正直に伝えた。

 

 予想外な事に、ハジメは誰が犯人が薄々気付いていた様で、檜山の名前を聞いた後も特に取り乱す事なく、黙って俺の話に耳を傾けていた。その辺りの考えを聞いてみた所「あの馬鹿に(こだわ)っている暇なんかねぇだろ」との事。発言が男前過ぎませんかねハジメさん。

 

 ・・・やはり、長い期間迷宮内部で地獄の様な状況で生き延びた事は、ハジメの精神に少なくない変質を(もたら)したのだろう。ハジメの事情を聞いた後ならば、それも仕方のない事だと思えてしまう。だが、仕方ない、の一言で済ましてしまう事もまた、俺には出来ない。

 

 幸いにして、性格と言うか、根っこの部分が変わった訳では無さそうなのは、今までの会話で分かっている。ハジメ作の拳銃(ドンナーと名付けたらしい)について話を振った時には嬉々として蘊蓄(うんちく)を語り出していたし、俺がメルドさん達に迷宮入りを止められそうになった時に「もし俺の邪魔をしたら■■と全力て暴れます」って言って黙らせた話をしたら「脅迫じゃねーか!!」ってキレキレのツッコミを見せてたからな。願わくば、少しずつハジメが余裕を取り戻してくれる事を祈ろう。

 

 俺の話が終わった後、今度は俺がハジメの事情を聞く番だった。肝心の内容についてはーーーこの日記に書くのは止めよう。それ程までに、語られた内容は筆舌(ひつぜつ)に尽くし難い物だった。

 

 (うしな)われた左手に関しては『呪力反転』を使用すれば治る可能性がある事を告げた。だが、どれだけ時間がかかるか未知数である事を理由に、治療を拒否されてしまった。今は何よりも、此処からの脱出を優先したい、と言うのがハジメの考えの様だ。

 

 この件に関しては、後悔しか生まれない。どうしようもない事だが、もう少し早くハジメの元に辿り着いていれば、という思いは消し切れない。思わずハジメに謝罪してしまったが、当の本人は「生きてるんだから問題無ぇだろ」と鼻で笑うばかりだった。その太々(ふてぶて)しい優しさに、少しだけ救われた気がした。

 

 自分の周りに居る人達だけで良い、手の届く範囲の人だけで良い、幸せになって欲しいと思うのは傲慢なのだろうか。日記を書いている今でも答えは出ない。でも、それでも歩みを止めるわけには行かないのだろう。ーーーもっと強くならなければ。もう二度と、俺の周りの人に訪れる理不尽に負けない様に。

 

 

 

 とまあ、俺はこんな心情だったわけだから、ハジメの話を聞いた後、互いのステータスプレートを見せあっている隙に、ハジメが食料に取っておいた兎とか狼とか熊の魔物肉を食べたのはしょうがない事だと思うんだ。いや、確かにめっちゃ苦しんだけども。目論見通り『呪力反転』での治癒も上手くいったし、ハジメを助けに来た筈の俺が、ハジメより弱くて足を引っ張る様じゃ話にならないしな。うん、仕方のない事だ。だから(おもむろ)に銃口をこっちに向けるのはやめて下さいお願いします。「実弾じゃ万が一があるから、後で非殺傷弾の作製も視野に入れるか・・・?」という嫌に現実的な呟きもやめて頂きたい。暴力に訴えるのは止めようか?シンプルに怖い。

 

 痛みが収まった後、改めて自分の肉体を確認してみたところ、ハジメとは違い、体格や筋肉に関してはあまり変化は見られなかった。だが、髪は無事(?)白色に変わった他、体に蒼色の線が浮かび上っていた。ハジメ曰く、魔力操作をすると浮かび上がってくる、らしい。ハジメの魔力が紅色だったのに対して、俺は蒼色の様だ。俺の呪力も紺色(反転した呪力は空色)だったから、青系統で統一されてはいるんだな。

 

 そんなこんなでハジメと同じ様に厨二病チックになった俺だったが、迷宮探索を再開する前に、しばし休息を取る事になった。今現在、俺は技能の確認がてら、こうして日記を書いている所だ。コレを書き終わったら少し眠るつもりだが、その前に今のハジメと俺のステータスを書き記そう。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17

天職:錬成師

筋力:300

体力:400

耐性:300

敏捷:450

魔力:400

魔耐:400

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

===============================

 

===============================

宮守社 17歳 男 レベル:15

天職:呪術師

筋力:450

体力:450

耐性:550

敏捷:500

魔力:150

魔耐:400

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来[+式神調]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力]・風爪・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

===============================

 

 ざっとこんな感じか。ステータスに関しては、ハジメ程の倍率では無いにしろ平均的に伸びていた。相変わらず魔力のみ値が低いが。技能に関しては、気になる点が幾つか。まず〝呪術適性〟の派生技能の表記が変化していた。名前が変わっただけだが、後で確認しておくべきだな。次に気になったのは、ハジメと異なり〝天歩〟の派生技能に〝縮地〟が無い事。ただ、こちらは元から俺が縮地を所持していたからだろうな。一応後でこっちも使用感を確かめておいた方が良いか。

 

 〝魔力操作〟の方は、今も日記を書きながら練習しているが、まぁまぁ上手くいってはいる。もう少し練習すれば、呪力の様に身体強化にも使えたり、呪力と魔力で2重の強化が可能かもしれない。急がず慌てず、されども怠けずやっていこう。

 

 

 

 <ハジメと合流してから(多分)1日目>

 

 体感時間で翌日。俺とハジメは迷宮内部の探索を行った。因みに俺は探索中は基本的に『悟り梟』か『木霊兎』を呼びっぱなしにしてある。悟り梟は視力と視界の強化、木霊兎は振動波の発生・操作による索敵振(ソナー)という形でそれぞれ探索に役立ってくれている。サンキュー恵里。お前さんとの友情は今、俺達の命を繋いでくれているぞ。

 

 ハジメ曰く、既にこの階層の8割近くは踏破済みであり、残る2割以下も直ぐに探し終わるだろう、との事。その言葉通り、半日経たずに階層全域の探索が終わった訳だが、上の階層に繋がる道は、階段も含めて見つからなかった。ハジメには「お前が此処に来る時はどうだった?」と聞かれたが、正直俺もそこまで詳しく確認していなかった。

 

 正確には「下の階層に降りた直後は確認していたが、それ以降は確認していない」だが。その旨を伝えると、ハジメは腹を括った様な顔で「下に行く」と言い出した。まぁ、それしかないわな。

 

 と、言うわけで、善は急げと言わんばかりに下の階層に直行。

 

 降りた先の階層だが、これがとにかく暗かった。今まで潜った階層とは異なり、迷宮内部を照らす 緑光石(あかり)が存在せず、通路の先が視認できない程だった。体質上五感が優れている俺で何とか、といった感じだったので、ハジメの目が慣れるのは難しそうだった。

 

 仕方無しに手持ちの緑光石を光源に進む事に。ぶっちゃけ目立つ事この上無かったが、索敵振(ソナー)にも限界がある以上仕方無い。ハジメお手製リュック(爪熊の毛皮と錬成した針金で作成した物。「流石ハジエモン」って言ったら睨まれた。)から緑光石を取り出して、俺とハジメが一つずつ持ちながら進んで行った。(ただし、ハジメの場合は右手を塞ぐわけにはいかない為、肘から先のない左腕に括りつけていたが。)

 

 で、案の定魔物に襲われた。居たのは体長2m程の灰色金眼の蜥蜴(トカゲ)、 RPG風に言えばバジリスクだろうか。俺の〝悪意感知〟と索敵振(ソナー)により不意打ちは防げたものの、蜥蜴の金眼が光ると同時、俺とハジメの肉体の一部が石化し始めた。

 

 持っていた緑光石すらも石化した事に驚く俺達。が、如何やら石化される速さに関してはかなり個人差がある様で、石化の進行がやたらに遅かった俺はそのままバジリスクに向かって吶喊。石化を使っている間は動けないのか、此方を見つめたまま動かないバジリスクの頭を、石化していない方の手で殴り潰して終わった。

 

 俺の事を「コイツ脳筋(ゴリラ)に磨きがかかってやがる」とでも言いたげな目で見るハジメと俺の石化した肉体を〝神水〟で治癒しつつ探索を再開した。石化自体は『呪力反転』でも治せそうではあったが、治療途中で他の魔物に襲われる可能性がある以上は無理出来なかった。無論、バジリスクからも忘れずに肉を剥いでおいた。

 

 その後はかなり長い間暗闇の中を歩き続けたのだが、一向に階下への階段は見つからない為、道中で倒した魔物や採取した鉱石の整理も兼ねて拠点を作ることにした。(拠点作りの手際の良さに「さすおに!」ならぬ「さすハジ!」って言ったら無視された。酷い。)

 

 そしてお待ちかね、魔物肉実食の時間である。本日のメニューは、バジリスクの丸焼き(死因:頭部破砕)と、羽を散弾銃のように飛ばしてくるフクロウの丸焼き(死因:ドンナーによる射殺)と、六本足の猫の丸焼き(死因:忍び寄って来た所を逆に不意打ち)である。クソ不味いけど調味料はない。

 

 むぐむぐと喰っていると次第に体に痛みが走り始めた。ハジメ曰く、自分よりも強い魔物を食べるとステータスが強化されるとの事。『呪力反転』で治療しながら食事を続ける俺達だったが、絵面がシュールだったは気の所為だろうか・・・?

 

 そして、此方が食事後のステータスである。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:23

天職:錬成師

筋力:450

体力:550

耐性:350

敏捷:550

魔力:500

魔耐:500

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・気配感知・石化耐性・言語理解

===============================

 

===============================

宮守社 17歳 男 レベル:20

天職:呪術師

筋力:600

体力:700

耐性:800

敏捷:650

魔力:250

魔耐:600

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来][+式神調]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力]・風爪・夜目・気配感知・石化耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

===============================

 

 なんかめっちゃステータス上がってた。技能自体も三つ増えて至れり尽くせりだったので言う事無しだろう。と思っていたら、若干ハジメは残念そうだった。理由を聞いた所、石化()()であったのが不服との事。

 

 多分、石化の魔眼的な物が欲しかったのだろうが、それ以上厨二病成分を追加してどうするのだろうか。いや、本人には言わんけども。やはり、オタクと言う人種は業が深いものなのだろう。・・・こう言う部分を見ると、ハジメの根底は変わっていないのだな、と改めて感じる。

 

 食事を終えた後は、今後の探索に向けた準備である。俺は主に獲得した技能の確認や愛刀に呪いを移したりする他、日記を書いていたりする。一方のハジメはと言うと、錬成を使用してドンナーの弾を作成している。ドンナーの弾丸は作るのに途轍も無く集中力と時間を使う為、定期的に準備期間が必要になる。ドンナーがハジメの主力である以上手も抜けない為、こうやって小まめに作業している姿を良く見ていた。

 

 俺であれば既に根を上げている自信があるが、ハジメからすれば「威力は文句無し、錬成の熟練度もメキメキと上昇していくのでなんの不満も無い」のだとか。実際、今のハジメの錬成技術は王国直属の鍛治職人と比べても何ら遜色は無いレベルなのだろう。

 

 黙々と錬成を続けるハジメを見ながら、俺も気合を入れ直す。必ず、ハジメと2人で此処から脱出する為に。

 

 

 

 <ハジメと合流してから(恐らく) 8日目>

 

 偶に消耗品補充の為に拠点で錬成する時を除き、俺とハジメの2人は常に動き続けた。広大な迷宮内を休みながらの探索では埒が開かなかったのもあるが、〝夜目〟と〝気配感知〟(半径十メートル以内なら魔物を感知できる。)により、探索効率が抜群に上がったからだ。

 

 そして、遂に念願の階下への階段を見つけ、意気揚々と下に向かったまでは良かったんだが・・・。

 

 その階層では【フラム鉱石】と呼ばれる鉱石が、辺り一面どこもかしこもタールのように粘着く泥沼のような場所だったのだ。足を取られるので凄まじく動きにくいのも問題だったが、それ以上に【フラム鉱石】の性質が厄介だった。

 

 ハジメが〝鉱石系鑑定〟を使用した所、この鉱石、タール状のときに100℃で発火し、その熱は3000℃に達する性質を持つ事が分かったのだ。

 

 コレが意味するところ、即ち火気厳禁である。発火温度が100℃ならそうそう発火するとは思えないが、仮に発火した場合、連鎖反応でこの階層全体が3000℃の高熱に包まれることになる。そんな事になれば流石に死ぬ。イヤ、■■ちゃんに守られて死なない可能性もあるか・・・?試すのは博打過ぎるからやらないけど。

 

 とまあそんな訳で、〝纏雷〟もレールガンも使用禁止である。まぁドンナーは強力な武器だし、ハジメも気にしていない様なので問題は無かった。俺は俺で特に制限は無いし、実際割と余裕はあった。

 

 唯一危険と言うか、驚いたのは〝気配感知〟が効かない魔物が居たこと位だろうか。探索を続けている最中に不意に悪意を感じたのだが、魔物の姿が見えなかった事があった。不思議に思いつつも、ハジメに声を掛けつつ周りに注意向けていると、タールの中から(サメ)の様な魔物が飛び出してきたのだ。

 

 驚きながらも襲撃者を避けた俺とハジメを他所に、鮫はドボンと音を立てながら再びタールの中に沈み見えなくなった。

 

 ・・・正直な所、最初の一撃で俺達を仕留められ無い時点で鮫の末路は決まっていた。〝悪意感知〟により、鮫が襲ってくるタイミングは何と無く分かる為、タイミングを見計らって誘い出した後、俺が刀に爪熊の固有魔法〝風爪〟を纏わせて叩き切って終わったのだった。

 

 因みに件の鮫の姿はというと、一言で表せば「デカいゴム皮の鮫」だった。別に空を飛んだりとか、頭が2つ3つあったりはしなかった。何となく物足りない気分になってしまった辺り、幸利の趣味に付き合って変わったサメ映画を観ていた影響が出ていた。

 

 その後、俺達は鮫の肉を切り取り保管してから探索を続け、遂に階下への階段を発見。早る気持ちを抑えて、拠点にて休息をとる事にした。以下が鮫肉を食べた俺とハジメのステータスである。

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:24

天職:錬成師

筋力:450

体力:550

耐性:400

敏捷:550

魔力:500

魔耐:500

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・気配感知・気配遮断・石化耐性・言語理解

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宮守社 17歳 男 レベル:20

天職:呪術師

筋力:600

体力:700

耐性:800

敏捷:650

魔力:250

魔耐:600

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来][+式神調]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力]・風爪・夜目・気配感知・気配遮断・石化耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

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 < ハジメと合流してから(きっと恐らく)16日目位>

 

 煙い。兎に角煙い。

 

 今居る階層は、迷宮全体が薄い毒霧で覆われていた。階下に下りて行く時から、薄らと霧の様な物が漂っていた時点で嫌な予感はしていたが、まさか此処まで酷いとは思わなかった。一応『呪力反転』を常時使用する事で、何とか凌げる事が分かったのが救いだった。

 

 勿論、その階層にいた魔物達も例に漏れず毒まみれだった。毒の痰を吐き出す2mの虹色に光る(ゲーミング)カエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾(見た目モ○ラだった)等、この階層に相応しい顔触れだった。本気で勘弁して欲しかった。

 

 特に酷かったのが、虹色ガエルの毒をくらった時だった。吐き出された毒痰を回避しきれず左腕に掠ってしまったのだが、途端に激痛が走ったのだ。流石に戦えなくなる程では無かったが、初めて魔物を食べた時を思い出す程には痛かった。蛙自体はハジメが撃ち殺してくれたのだが、戦闘後に当たった箇所を見たら、紫色に変色していた上、異臭と煙を上げていた。流石にこの状態では神水を使う他なかった。

 

 因みにハジメはこういった緊急時の為にと、奥歯に薄くした小さな容器を神水と一緒に仕込み、何時でも摂取できる様にしているのだとか。お前はル◯ン3世か。

 

 当然ながら、蛙と蛾は二体とも食べた。何故か蛙よりも蛾の方が美味しかった。もしかしてゲテモノの方が美味いのか・・・?後、ステータスが上昇したのは勿論有難かったが、それ以上に〝毒耐性〟と〝麻痺耐性〟を得られたのは幸いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ばなな、という言葉と共に頭の悪そうな人の落書きがかいてある。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <ハジメと合流してから20日(位?多分、きっと、Maybe)>

 

 先日はどうかしていた。美食は人を狂わせる、という話は本当だったと身をもって知った。

 

 俺達が今いる階層には、人類未踏の秘境を思わせる様な密林が広がっていた。物凄く蒸し暑く、鬱蒼(うっそう)としており、不快な階層ランキングトップタイだ。いや、だった。因みに他の候補は例の毒霧階層である。

 

 この階層にいた魔物は、巨大な百足(ムカデ)と樹だった。百足については、まあどうでも良い。突然、巨大な百足が木の上から降って来た事とか、体の節ごとに分離して襲ってきた事とか、数が多過ぎて兎に角忙しかった事とか、全て殺し切る頃には分裂した百足の紫色の体液を全身にしこたま浴びていた事とかは全てーーーそう、全て些細な事だったのだ。(この戦闘の後、ハジメはあまりの不快感から素早くリロードする技法と、蹴り技を磨くことを決意していたが。)

 

 重要なのは樹の魔物ーーーRPGで言うところのトレントに酷似していた魔物である。

 

 この魔物、木の根を地中に潜らせ突いてきたり、ツルを鞭のようにしならせて襲ってきたりするのだが、ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。

 

 この果物が、非常に美味しいのだ。甘く瑞々しい果肉は、今の今まで不味い魔物肉しか口に出来なかった俺達にとっては、麻薬でしかなかった。この果実を口にした後、俺とハジメは目を合わさずとも声を交わさずとも分かり合うことが出来ていただろう。ーーー即ち、もっと食べたい、と。

 

 そして気がつく頃には、階層内のトレンドモドキはほぼほぼ狩り尽くされていた。衣食満ち足りて礼節を知る、という言葉は真理だった。トレンドモドキを狩っていた俺とハジメは正しく蛮族だった。

 

 人の欲の果てしなさを改めて知る事になる階層だった。それはそれとしてくだものおいしい。

 

 

 

 <ハジメと合流してから?日目(もう分からん。)>

 

 俺達は今、鮫の居た階層から丁度50降りた階層にいる。日付の感覚は既に死んでいる為、どれくらいの日数が過ぎたのかはもう分からない。唯、驚異的な速度で迷宮内を進んできたのは間違いないだろう。全く終わりは見えないけどな!!

 

 で、現在俺とハジメはこの五十層で作った拠点でそれぞれ鍛錬を積んでいた。俺は主に『呪術』と固有魔法の同時使用について、ハジメは銃技や蹴り技を重点的に練習していた。

 

 この『呪術』と技能(特に魔物から得た固有魔法)の同時使用についてなのだが、率直に言って悪く無い手応えだと思う。同時使用の言葉通り、俺にかかる負担も馬鹿にならないものではあるのだが、性質が近いものであれば割と簡単に使えたりもする。

 

 1番手応えがあったのは、風を刃にする〝風爪〟と、使用者に風を纏わせる『狗賓烏』の組み合わせだろう。後は〝天歩〟(空中を蹴って進む技能)と『狗賓烏』か。狗賓烏万能説。いや、『悟り梟』と〝夜目〟若しくは〝遠目〟の相性も良かった為、鳥型の式神万能説かも知れない。

 

 それはさておき、何故わざわざこのタイミングで鍛錬なのかと言うと、実の所階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があった。

 

 そこがまたなんとも不気味な場所だったのだ。突き当りにある空けた場所には、高さ3mの煌びやかで荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の 一つ目巨人(サイクロプス)っぽい彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していた。

 

 見るからにボス部屋っぽい雰囲気だったが、案の定俺とハジメがその空間に足を踏み入れた瞬間、全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。〝悪意感知〟には引っ掛からなかった為、すぐにどうこうなる訳では無いだろうが、無謀に突っ込む訳にもいかなかった。

 

 もちろん避けて通るつもりは俺にもハジメにも毛頭ない。ようやく現れた明確な変化なのだから、調べないわけにはいかない。

 

 断言しても良いが、間違い無く厄介事だろう。式神を幾ら使っても上記の異常以外見つからなかったのも良い証拠だ。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だが、それで引く様な俺達でも無いだろう。

 

 と言う訳で遂に明日、件の部屋に突入する。やれる事はやったから、今日はもう明日に備えて寝るだけだ。最後に、今の俺とハジメのステータスを記して終わろう。

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

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宮守社 17歳 男 レベル:54

天職:呪術師

筋力:1100

体力:1230

耐性:1370

敏捷:1300

魔力:340

魔耐:980

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来][+式神調]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

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・愛刀に呪いを移す〜
基本的に『呪い』は、物に憑いている時が1番安定する。そこで社は自らに掛けられた『呪い』を刀に少しずつ移して安定化させる事で、『呪い』を掌握しようとしている。今の所、この試みは順調に進んでいる。『呪い』の総量に、終わりが見えない事を除けば。


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23.奈落の底の封印部屋

「さながらパンドラの箱だな。・・・さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

 

「パンドラの箱だと中身の99%は災厄なんで、別の例えを所望しまーす。ダグザの大釜とか、無尽俵*1とか。」

 

「どっちも箱じゃ無ぇな。ってか、それは今お前が欲しいもんだろ、俺もだけど。」

 

 凶悪な魔物蔓延(はびこ)る迷宮内部にて、緊張感の無い声で軽口を叩き合う人影が2つ。その正体は何を隠そうハジメと社である。彼等は今、例のボス部屋の前まで来ていた。

 

「あ〜、それにしてもあのトレンドモドキの果肉が恋しいぜ。」

 

「話に出すと俺まで食べたくなるから止めてくれよ。」

 

「食い物の話を先に振ったの社じゃねぇか!」

 

 先程から中身の無い話をツラツラと続けているハジメと社。そこだけを見るのであれば、その様子は2人が元々居た世界に於ける、一般的な学生達の会話風景と同一と言って良いだろう。たが、彼らの手にしている武器の存在感が、そんな普遍的な日常とはかけ離れている事を静かに物語っていた。

 

「クソがっ、地上に戻ったら美味い飯を死ぬ程食ってやる・・・!」

 

「普通なら死亡フラグって言うとこなんだろうけど、迫真過ぎて何も言えんわ。」

 

 ペラペラと回り続ける口とは裏腹に、或いは同じ様に。彼らの手付きは迷い無く淀み無く、入念に動いていく。(きた)るべき決戦の予感に向けて、己の心身を最高の状態に近づける為に。

 

「と言うか、だ。俺はいい加減ちゃんと風呂に入りたい。水浴びじゃ限界がある。■■ちゃんに「臭い」とか言われたら舌噛んで即座に自決する自信があるぞ俺は。」

 

「相変わらず嫁さんの事になると早口だな、お前は・・・。」

 

 自らの内に流れる 魔力/呪力(ちから)ーーー問題無し。

 自らが獲得した 技能/術式(のうりょく)の発動ーーー問題無し。

 自らの半身とも言える 銃/日本刀(あいぼう)ーーー問題無し。

 その他、細かな留意点ーーー問題無し。準備完了。

 

「ーーーさて、行くか。」

「あいよ。」

 

 全ての準備を整えたハジメと社は、何方(どちら)とも無くゆっくりと歩き出す。2人の目が見据えるのは、この先にある扉ーーーよりも、もっと先。

 

「俺は、俺達は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に・・・帰る。邪魔するものは、敵だ。敵にはーーー容赦しない!」

 

「まぁ、いつも通りと言えばいつも通りか。祓う(殺す)のが『呪霊』やら妖やらか、そうで無いかってだけだしな。」

 

 各々の得物を携えて、自らの身に刻む様に宣誓するハジメと社。覚悟なら当の昔に決めているが、口に出して決意を重ねる事もまた、無駄では無いはず。口元に不敵な笑みを浮かべながら、2人は歩みを止めない。自分達を止められるものなど、何も無いと示す様に。

 

 

 

 

 

「・・・何も無くない?気合い入れ損?」

 

「ま、まだ分かんねぇだろ!?」

 

 扉の部屋にやってきたハジメと社は油断なく歩みを進める。が、特に何事もなく扉の前にまでやって来れた。ヤル気満々で来たのにも関わらず肩透かしを食らった気分である。

 

 近くで扉を見てみると、やはり見事な装飾が施されている様だ。そして、中央に2つの窪みのある魔法陣が描かれているのが分かる。

 

「こんな式見たことねぇぞ。社は?」

 

「俺も無いな」

 

 ハジメと社は、王国にいた頃に学んだ魔法陣の式を思い出す。ハジメは自らの無能っぷりを補うため、社は■■の解呪に役立てるヒントが無いかを探すため、それなりに力を入れて座学に臨んでいた。無論、全ての学習を終えたわけではないが、それでも魔法陣の式を全く読み取れないというのは(いささ)か奇妙である。

 

「相当、古いってことか?・・・例の神代魔法とやらか?」

 

 ハジメは推測しながら扉を調べるが、特に何かが分かるということもなかった。いかにも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今のハジメと社程度の知識では解読できるものではなさそうだ。

 

「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」

 

「気をつけろよ、何が出てくるか分からんからな。」

 

 社が全力で扉に手をかけて押したり引いたりしてみたが、ビクともしない。なので、いつもの如く錬成で強制的に道を作る。社が注意を促す中、ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。たが、その瞬間。

 

 バチィイ!

 

「うわっ!?」

「ハジメ!?」

 

 扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐くハジメの右手を、社がすぐさま『呪力反転』で治療していると、直後に異変が起きた。

 

 オォォオオオオオオ!!

 

 突如、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡った。ハジメと社は即座にバックステップで扉から距離をとる。ハジメは腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るように、社は『呪力』を練り上げながら腰だめに刀を構え居合いの姿勢に、それぞれスタンバイする。

 

 既に臨戦態勢を整えた2人。部屋に雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「まぁ、ベタと言えばベタだな。」

 

「こういうお約束は要らないんだけどなぁ。」

 

 苦笑いしながら呟くハジメと社の前で、扉の両側に彫られていた2体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか4mはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し、無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向ける。が、その動きは今のハジメ達には鈍重に過ぎた。

 

 ドパンッ!

 

 凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石*2の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。

 

 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれた方は勿論の事、生き残っている方も何が起きたか分かっていないだろう。状況を飲み込めず、崩れ落ちていく同胞を見つめているサイクロプスは、自らの首にも既に死神の鎌がかけられている事に気付いていない。

 

「ーーー『式神調 (いち)ノ番〝薙鼬(なぎいたち)〟』」

 

 社の呼び声に『術式』が応える。光の粒子が集まり現れたのは、全長30cm弱のオコジョの様な式神。新雪の様に真っ白な体毛には、毛並みに沿う様に空色の紋様が走っており、自らの体長と変わらぬ大きさの太刀を背負っていた。

 

 シャリン

 

 金属同士が薄く擦れ合う様な音と共に、社の目の前で銀線が煌めいた。居合一閃、目にも留まらぬと表すに相応しい速さで、()()()()()()()()()()()()()放たれた抜刀術。当たれば鉄塊ですら容易く両断出来るであろう斬撃は、しかし虚空を斬るのみでーーー。

 

 ズルリ

 

 数泊後。社が放った居合と()()()()()()()()()()()()()が、目玉を2等分する形でサイクロプスの頭部を両断した。先程目を撃ち抜かれた巨人の後を追う様に、頭部を斬られた方のサイクロプスが倒れ伏す。

 

「無音・不可視の斬撃を任意の箇所に発生させるとか、チートじゃねーか。」

 

「実際に斬る動作が必要だし、距離にも限界があるから言うほどじゃ無いぞ。俺は遠距離攻撃の手段に乏しいから、かなり重宝してるけども。」

 

 式神を撫でながら、ハジメの呟きに答える社。首下を撫でられている薙鼬は、目を細めてご満悦の様だ。

 

「使える様になったって言う、順転の『術式』の方はどうなんだ?」

 

「全く使えん。多分だが、『呪力』とは別に俺自身が強烈な負の感情を抱かなきゃ呼べないみたいだ。消耗も激しいから、何にせよ簡単には呼べないな。」

 

「・・・成る程。さて、肉は後で取るとして・・・。」

 

 ハジメは、チラリと扉を見て少し思案する。そして、〝風爪〟でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。それを見た社も、自らが仕留めたサイクロプスを解体していく。互いに血濡れを気にするでもなく、二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

 

 と、魔石は窪みにピッタリとはまり込んだ。直後、赤黒い魔力光が迸ると、魔石から魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

「さぁ、何が出る?」

 

「厄介事が起こる、に幸利の魂を賭けよう。」

 

「グッド!ーーーって、やらせんなや。」

 

 軽いノリのやり取りを続けながらも、2人には油断や慢心は見られない。周囲の警戒を怠らず、そっと扉を開くハジメと社。

 

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。技能〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて、少しずつ全容がわかってくる。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって2列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

「何だ、あれ?」

 

「あん?」

 

 最初に気づいたのは、五感に優れた社。次いで、その立方体を注視していたハジメが、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのを知覚する。

 

 正体を近くで確認しようとする2人。社は前方の警戒を、ハジメは扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画よろしく入った途端にバタンと閉められたら困るからだ。しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それが動いた。

 

「・・・だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。予想外の声にギョッとしたハジメと社は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人・・・なのか?」

 

「・・・少なくとも口はきけるらしいな。」

 

 〝生えている何か〟はーーー人だった。

 

 

 

(オイ、どうするよ、社。)

 

(正直、これは予想外だった。もっと分かりやすいお宝(ご褒美)か、即死級の罠(死ぬが良い)だと思ってたからな。)

 

 コソコソと相談しながらも、謎の少女から目を離さないハジメと社。

 

 推定少女は上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま、顔だけが出ていた。長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっており、髪の隙間からルビーを思わせる紅の瞳が覗いている。年の頃は12、3歳くらいだろうか。随分とやつれているものの、美しい容姿をしていることがよくわかる。無論、擬態や幻覚の可能性もあるが。

 

「「すみません。間違えました。」」

 

 そう言って取り敢えず扉を閉めようとするハジメと社。目配せすらせずに声と行動を合わせることが出来たのは、単に2人の心が「面倒事は勘弁して下さい」という考えで一致したからである。

 

「ま、待って!・・・お願い!・・・助けて・・・。」

 

 流れる様な動きでこの場を去ろうとする2人を、金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのように小さなモノだったが、必死さだけは確かに伝わった。その声を聞き、閉まりかけ寸前だった扉の動きが()()()()止まった。

 

「・・・・・・・・・。」

 

 止まった扉に手をかけていたのは、ハジメ。苦虫を噛み潰したかの様に渋い表情をしたハジメは、眉間に皺を寄せて少女の方を睨んでいた。その様子を見ていた社は不思議そうな顔をするも、合点がいったのか次いで一瞬だけ薄く笑った。そしてすぐに表情を戻すと助け舟(おせっかい)を出す。

 

「話だけでも聞くか?俺はどちらでも良いが。」

 

「・・・そうだな、聞くだけならタダだ。」

 

「お、ツンデレか?幸利とキャラ被るぞ?ん?」

 

「ウルセェ。ーーーオイ!」

 

 社の揶揄(からか)いを一蹴しながら、ハジメは金髪の少女に声を掛ける。再び扉が開かれた事に呆然としていた少女は、自らに向けられた声に一瞬ビクッ、と反応した後、ハジメの方を見つめる。

 

「今から幾つか質問する。それに正直に答えたなら、助ける事を考えてやっても良い。」

 

「・・・分かった。・・・答える。」

 

 少女が埋まっている立方体に近づいて行くハジメと社。ハジメはあくまでも「考えてやる」と言っただけで、助ける事を確約したわけでは無い。が、それに気づけないほどには少女は必死だ。首から上しか動かせない様だが、それでも何とか問いに答えようとしていた。

 

「まず、お前は何故こんな奈落の底の更に底で封印されている?」

 

「・・・私を封印したのは・・・私のおじ様。・・・私、先祖返りの吸血鬼・・・すごい力持ってる・・・だから国の皆のために頑張った。でも・・・家臣の皆に・・・お前はもう必要ないって・・・裏切られた。」

 

「・・・・・・続けろ。」

 

「おじ様・・・これからは自分が王だって・・・私、それでもよかった・・・でも、私、すごい力あるから危険だって・・・殺せないから・・・封印するって・・・それで、ここに・・・。」

 

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら社が隣の様子をチラリと伺うと、ハジメの眉間には深い皺が刻まれたままだった。恐らくだが、少女の境遇に同情する気持ちと、少女を疑うべきであるという気持ちがせめぎ合っているのだろう。

 

(・・・ハジメの長所(やさしさ)は消えてなかったな。嬉しい誤算だ。)

 

「・・・そうか、次の質問だ。」

 

 社が己を見ている事に気付かず、少女に質問を続けていくハジメ。少女によると彼女は王族であり、不死身に近い再生能力を有し、魔力を直接操る事が出来ると言う。魔力が直接操作できるならば、身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。更に魔法適性があれば、詠唱やら魔法陣やらの下準備無しに魔法を撃ちまくる、なんて芸当も可能なのだ。正しく反則的な力と言って良いだろう。不死身の方は恐らく絶対的なものでは無いだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。

 

「・・・たすけて・・・。」

 

 ハジメと社が思索に耽る中、その様子をジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。その声を聞き、静かに目を閉じて考え込むハジメ。

 

 当初ハジメとしては、少女を助けるつもりは欠片も無かった。こんな場所に封印されている存在なんて、どう考えても厄ネタでしか無いだろう。邪悪な存在が自らの封印を解くためにハジメ達を騙そうとしている、という可能性の方が遥かに高い。

 

 だが、彼女の口から〝裏切られた〟という言葉が出た時、ハジメの心は確かに揺さぶられた。ハジメが今ここにいるのも、元を正せばクラスメイトの逆恨みに近い裏切りが原因だからだ。

 

 ハジメは、自分と少女の違いを考える。方や叔父、方や他人という違いはあれど、裏切られた側であるという共通点はある。たが、真に重要なのは、その後自らに手を伸ばしてくれる人間が居たかどうかだろう。

 

 ハジメは片目を開け、チラリと友人の方を伺う。当の社は両目を閉じて腕組みをしており、考え事をしている様だった。その表情からは何がしかの感情は読み取れない。

 

 もしハジメが目の前の少女を見捨てる選択をしたとして、社はそれに異を唱えたりはしないだろう。隣に居る友人は、自らの家族や友人といった身内を危険に晒してまで他人を救おうとはしない男だ。それを現実的な考えと取るか、それとも冷徹・冷酷な考えだと取るかは人それぞれだろう。しかしハジメを含めた社の友人達は、そんな彼の在り方を否定しない。その考えが、過去に大切な人を失った社の後悔からくるものである事を、何となしに知っていたからだ。

 

 ハジメは目を見開き女の子を見つめる。少女はハジメが目を開く前から、ずっとハジメを見つめ続けていた。2人が見つめあってから数十秒が経ち、先に目を逸らしたのはハジメの方だった。ガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、ハジメは根負けした様に呟く。

 

「・・・社。」

 

「俺の感覚では、少なくとも俺達をどうこうしてやろうって悪意は感じないな。」

 

「まだ何も言ってねぇだろ。ーーー悪りぃな。」

 

「好きにしな。手助けくらいならいくらでもしてやるさ。」

 

 ハジメの考えは、どうやら社には筒抜けだった様だ。何も言わずに自らの背を押す様に欲しい答えをくれた友人に対して、見透かされたバツの悪さに顔を顰めながらも内心で感謝するハジメ。

 

 そして、ハジメは女の子を捕える立方体に手を置いた。

 

「あっ。」

 

 女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開くが、ハジメはそれを無視して錬成を始めた。魔物を喰ってから変質した、ハジメの濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾く。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。そして、それを後押しする様に、社は式神を呼び出す。

 

「ーーー『式神調 (じゅう)ノ番 〝反魂蝶(はんこんちょう)〟』」

 

 社が呼び出すのは、白と空色で彩られた鳳蝶。社の胸にブローチの様にくっついた式神が大きく羽を羽ばたかせると、そこから広がった鱗粉が、同じ色合いの2回り程小さな鳳蝶達に変わって行く。生まれた鳳蝶達はハジメの周りに纏わりつくと、その身に宿していた蒼色の魔力をハジメに受け渡し、解ける様に消えて行く。

 

「サポートはしてやるから、気張れよハジメ。」

 

「言われなくても、やってやるよ!」

 

 友人から今も送られてくる、言葉以上に雄弁な手助け。それに応える様にハジメは更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。ハジメは受け取った魔力と共に、自らの魔力を更に立方体に上乗せする。七節、八節、そして今、九節分を超えた。それでもまだ、ハジメは魔力を流すのを止めない。

 

「・・・きれい。」

 

 目の前の光景に見惚れ、思わず溢してしまう少女。自らの戒めを解かんとする深紅の魔力と、それを後押しする紺碧の魔力、そしてそれらが混ざり合い生まれた桔梗色の光は、暗かった筈の部屋全体を綺麗に染め上げていた。暗く深い奈落の底で尚、闇に呑まれるどころか、寧ろ焼き尽くしてやると言わんばかりに一等力強く輝く紅と蒼の光は、少女が今まで目にしてきたどんな豪華な装飾や宝石よりも美しく見えた。どんどん輝きを増す紅と蒼の光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 

 そして漸く、立方体に明確な変化が現れる。女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 

「もうちょいだ、ハジメ!」

 

「応!」

 

 それを見たハジメと社は、更に強く魔力を流し始める。今や彼等自身が紅と蒼、それぞれの輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。脂汗を流しながらも、2人が諦める様子は無い。そして、遂に。

 

 

 

「・・・ありがとう。」

 

 

 

 震える声で小さく、しかしはっきりと告げられた声が、封印を打ち破った事をハジメと社に伝えるのだった。

 

 

 

 

 

「・・・どういたしまして。」

 

 地面に座り込み、肩で息をしながらぶっきらぼうに答えるハジメ。この行いは正しかったのか、或いは取り返しのつかない事をしてしまったのか、今のハジメ自身には見当もつかない。

 

 ハジメは横にいる少女の方を見る。少女はもう2度と離さないと言わんばかりにハジメの手を握りながら、此方をジッと見ていた。無表情ではあるが、感極まっているのは目を見れば分かる。その様子を見ていると、不思議と助けたのは間違いでは無いと思えてしまう。

 

 ハジメが学んだ知識が正しければ、吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。彼女がその時代の存在ならば、それだけ長くこの場所にいた事になる。仮に彼女が嘘をついていて何らかの罪を犯していたのだとしても、それだけ長い間1人孤独に封印されていたのだとしたら、もう十分だろう。

 

「・・・名前、なに?」

 

 ハジメがそんな事を考えていると、女の子が囁くような声で尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながら、ハジメは答える。

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。それでこっちはーーーなんで後ろ向いてんだお前は。」

 

「社。宮守社だ。よろしく。後、俺にはハジメと違って全裸の少女をガン見する趣味は無いからなぁ?」

 

 ハジメの疑問に、呆れ半分揶揄い半分で答える社。それを聞いた少女は、思わず自分の体を見下ろしてしまう。まごう事無くすっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。それを見たハジメは、すぐ様自らの外套を手渡す。

 

「ハジメのエッチ。」

 

「・・・。」

 

「やったなハジメ、美少女の罵倒だぞ。お前さんにとっちゃご褒美ーーー待て、ドンナーをこっち向けんな撃鉄を起こすな音で分かるから。」

 

 外套をギュッと抱き寄せ、上目遣いでポツリと呟く少女。何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメだが、続く社の減らず口には銃でもって黙らせた。やはり暴力、暴力は全てを解決してくれる。

 

 社は未だ後ろを向いており、少女には一瞥もくれていない。恐らくはフィアンセへの義理立てなのだろう。相も変わらず身内には誠実な奴である、と思うハジメ。

 

「・・・名前、付けて。」

 

 いそいそと外套を羽織り終えた少女が、不意にハジメに伝える。少女の身長は140cm程しか無いため、外套はブカブカである。

 

「は?付けるってなんだ。まさか忘れたとか?あと、良い加減こっち向け、社。」

 

「あいよー。・・・あれか、心機一転する為に改めて名前を変える、とかそんな感じかい。」

 

 長い間幽閉されていたのなら記憶喪失もあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。そして、社の口から出た予想には、首を縦に振って答えた。

 

「とは言ってもな・・・。オイ、社も何か考えろや。」

 

「オイオイ、彼女の期待する様な目が誰に向いているのか、態々俺が口に出さなければ分からないかね?ん〜〜〜?」

 

「ウッゼェ・・・。」

 

 社の言葉通り、女の子は期待するような目でハジメを見ている。社の事を後でシバくと心中で誓いながら、ハジメは少しだけ考える素振りを見せる。数秒の沈黙の後、ハジメは彼女に〝ユエ〟と言う名を告げた。

 

「ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな・・・どうだ?」

 

 自らに告げられた名前を数度口にしていた少女だが、思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、パチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「・・・んっ。今日からユエ。ありがとう。」

 

「・・・応。取り敢えず「悪いがゆっくりとお喋りする時間は無いみたいだ。」ーーー何?」

 

 ハジメの言葉を遮りながら、刀を構える社。その目線を追う様にハジメが上を見上げると、天井から這い出る様に何かが産まれようとしていた。

 

「離れるぞ。ユエさんはお前が担げ。俺が前に出る。」

 

「分かった!」

 

 神水を飲みながら、体勢を整えるハジメと社。3人が準備を整えてその場から離れたのと、真上から何かが降って来たのはほぼ同時だった。

 

 ハジメ達が直前までいた場所にズドンッと地響きを立てて降りたった魔物は、パッと見ではサソリの様な見た目をしていた。体長は5m程、4本の長い腕に巨大なハサミを持ち、8本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして2本の尻尾の先端には、恐らくは猛毒付きの鋭い針がついていた。

 

「部屋に入った後も〝気配感知〟はしていたよな?」

 

「ああ。それに引っ掛からず、今になって引っ掛かるって事は、コレの狙いはユエさんだろうな。」

 

 蠍の魔物を見据えながら、簡単に確認を取るハジメと社。2人の推測通り、このサソリモドキはユエの封印を解いた後に出てきたのだろう。それが意味するのは、コレがユエを逃がさないための最後の仕掛けである事、そして、ユエを置いていけばハジメ達は逃げられる可能性があるということだ。それに気付かない2人では無い。

 

 目の前の蠍からは、明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。まず間違い無く、ベヒモス程度では話にならない程の強さだろう。自然2人の額には汗が流れた。

 

 ハジメは腕の中のユエをチラリと見る。彼女は既に覚悟を決めている様で、凪いだ水面のような瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。これに答えられなければ、男が廃る。

 

「上等だ。・・・殺れるもんならやってみろ。」

 

「ま、いつもとやる事は変わんないよなぁ。」

 

 普段と変わらぬ調子で、しかし殺意だけを研ぎ澄ませながら構えを取るハジメと社。此処まで来ておいて引き下がる、という選択肢は今の2人には無い。

 

「これ飲んだらしっかり掴まってろ!ユエ!」

 

 ハジメは一瞬でポーチから神水を取り出すと、ユエの口に突っ込んだ。全開には程遠いだろうが、手足に力が戻ってきたユエはギュっとハジメの背中にしがみつく。ユエを担ぎ直したハジメは、ホルスターからドンナーを抜き放つ。

 

 ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。その異様に怯む事無く、2人は不敵な笑みを浮かべながら宣言した。

 

「邪魔するってんなら・・・殺して喰ってやる」

 

「良いね、過激だ。ーーー此奴を喰えば、次はどんな技能が増えるかね?」 

 

*1
元ネタは異なるが、どちらも無制限に食料が出てくる。

*2
黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。



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24.封印部屋の化物

「ーーー『式神調 (さん)ノ番〝比翼鳥(ひよくどり)〟』!」

 

 式神の名を呼びながら社は蠍の魔物に突撃する。社が遮蔽になりドンナーを撃てなかったハジメだけで無く、社達一行の不意を打てたはずのサソリモドキを含め、この場にいる誰よりも先んじて社が動けたのは、例によって〝悪意感知〟の影響に寄るものが大きい。

 

 技能〝悪意感知〟が持つ大きなメリットの一つに、悪意の先読みによる待ち伏せや不意打ちの看破がある。自らに向けられている悪意のみという制限はあるが、この力は敵意や害意、嫉妬、劣等感、殺意等凡ゆる悪意を感知することが出来る。その為、本来ならば悪意を持つ→行動に移すという段階を踏んで行われる敵対行動に対して、割り込みをかける事で()()()()()()()()()といった事が可能なのだ。

 

 無論、欠点は有る。先程も挙げた様に、自らに向けられた悪意しか感知出来ない事。誰かの悪意が介在しない事故等は先読みできない事。強烈な悪意が充満している場合、他の小さな悪意が読み取れなくなる事。また、社本人は未だ出会った事は無いが、武の達人が到達する様な無我の境地での攻撃は極端に読みづらくなる事等がある。

 

 だが、現状それらが当てはまる事は無い。社の持つ〝悪意感知〟は、そのまま(さそり)の魔物から先手を取る形で十全に機能を発揮した。

 

「分かれて片方はハジメに憑け!」

 

 呼び出した式神に指示を飛ばす社。〝比翼鳥〟と呼ばれた式神は真っ白な羽毛に覆われた双頭の鳩の様な見た目をしており、社の言葉に頷ずくと2つの頭を分かつ様に左右に裂けた。パッと見で痛々しさすら感じる絵面だが、式神にとっては痛くも痒くも無い様で、裂けた断面から空色の呪力が吹き出すと傷口を覆う様に翼を形作った。2つに(わか)たれた式神の片方が社の肩に、もう片方はハジメの方に飛んで行く。

 

 式神を呼び出しつつ向かって来る(てき)に対して、サソリモドキは迎撃する様に尻尾の針から毒々しい紫色の液を噴射した。高速で飛来する(十中八九毒)液に向けて、社は比翼鳥を伴いながら〝縮地〟で更に加速。毒液の下を潜る様に、触れるか否かというギリギリを倒れる位の前傾姿勢で躱す。

 

「ーーーシィッ!」

 

 減速しないままにサソリモドキの懐に飛び込んだ社は、呪力を込めた刀に〝風爪〟を纏わせて斬り付ける。狙いは大きなハサミ付きの、4本ある腕の内の1本。見た目からして硬そうな事は分かっている為、しっかりと関節を狙い斬るがーーー。

 

 ギィィン!

 

「硬っ!?」

 

 金属同士を強くぶつけ合った様な音と共に、刀は敢えなく弾かれた。生物の構造上、関節は柔らかくなっている筈なのだが、そんな常識(セオリー)は通用しないらしい。斬りつけた刀の方にも 刃毀(はこぼ)れ一つ無いが、普通の日本刀なら簡単に折れていただろう。驚愕の声を上げる社だが、その隙を突く様に残る3本の(ハサミ)が獲物を切り刻まんと襲いかかる。

 

《ーーー社!》

 

「おっと。ーーーッラァ!」

 

 ドパンッ!

 

 だが、サソリモドキの刃は社には届かない。1本目を刀で流し、2本目を蹴りで弾き、3本目を踏み台にする様に蹴って避けた社。その直後、ドンナーのレールガンがサソリモドキの頭部に直撃した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドンナーの射線から離れていた社は、そのまま素早く後退してハジメと合流する。

 

「良いセンスだーーーと、言いたい所だが、あんまり効いてないな。」

 

「面倒臭ぇな・・・。」

 

 苦い顔で話すハジメと社。レールガンは最大威力で放てば秒速3.9kmにも及ぶ、まさしく魔弾と言って良い代物である。そんな物が頭部で炸裂したにも関わらず、〝気配感知〟と〝魔力感知〟で感知したサソリモドキは微動だにしていなかった。

 

「こういう時はーーー。」

 

「ーーーゴリ押しだな。」

 

 そう呟くハジメと社に向けて、サソリモドキの2本の尻尾の針が、それぞれに照準を合わせた。悪意が膨らむのを感知した社とハジメが左右に分かれたのと同時、尻尾の先端が一瞬肥大化した後、凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメと社だが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

 

《ハジメ!》

 

《問題無ぇ!自分(テメェ)で如何にかする!》

 

 社は驚異的な脚力でもって難無く針の攻撃範囲から逃れるが、ハジメはユエを背負っている事もあり全てを回避するのは難しい。()()()()()()()()()()()()に応えながら、ハジメは迫り来る散弾を迎え撃つ。ドンナーで大半を撃ち落とし、残る細かな針を〝豪脚〟で払い、〝風爪〟で叩き切る。どうにか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーの残弾を発砲するハジメ。

 

「シィッーーー!」

 

 ドガゴゴゴゴッ!

 

「キシャァ!?」

 

 そして、その隙間を縫う様に社が再び吶喊する。ドンナーの弾丸がどこに飛んでくるのかを最初から分かっているかの様な動きで肉薄した社は刀を腰に()くと、呪力による肉体強化と共に〝剛力〟を発動。そのままサソリモドキの顔面を全力で幾度も殴りつける。ドンナーの弾丸に気を取られていた蠍の魔物は予想外の攻撃に驚きの声を上げるが、ダメージが入っている様子は無い。

 

《社!》

 

《了解!》

 

 ハジメが最後の1発を撃つと同時に、社はサソリモドキから後退して距離を取る。ドンナーの連射と社の殴打に耐えきった蠍の魔物は、好き勝手された報復と言わんばかりに再び散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、社と入れ違いにコロコロと転がってきた直径八センチ程の〝焼夷手榴弾〟が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カッと爆ぜる。〝焼夷手榴弾〟は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らすと、サソリモドキへと付着した。

 

「流石に3000℃の炎は効くみたいだな。」

 

「殴ってる時はあまりに硬過ぎて、どうしようか真剣に悩んだけどなー。」

 

 サソリモドキが自らに付着した炎を引き剥がそうと大暴れしている姿を見て、呆れる様に呟くハジメと社。そんな2人を見て、息を呑み静かに驚愕するユエ。

 

「・・・2人とも、何者・・・?」

 

 片や、見たこともない武器で閃光のような攻撃を放つハジメ。片や、ユエをして化け物と言えるサソリモドキと真正面から殴り合える社。自分と同じ様に魔法陣や詠唱を使用せず魔法を使える事や、不自然な程に連携が取れている事等、想像を超えた事象の数々に感情表現に乏しいユエが目を見開くのも致し方無いと言えるだろう。

 

「まぁ、当然ながらタネも仕掛けもあるんだけどな。」

 

「その辺は、あのサソリモドキを殺してからだ!」

 

 ユエの疑問を聞きながら、ハジメはドンナーを素早くリロードする。それが終わるのと、サソリモドキが纏っていた炎が鎮火するのはほぼ同時であった。

 

「キシャァァァァア!!!」

 

 絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、ハジメ達に向かって突進して来た。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながらハジメと社に迫る。

 

《装甲が薄い所を探すぞ!俺は上をやる!》

 

《あいよ!俺は足回りを崩してみようかね!》

 

 式神を伝った刹那のやり取りの後、ハジメは足を止めることなく〝空力〟を使った跳躍を繰り返す。一方社は〝縮地〟を挟みつつも地上から離れる事なく、文字通り地に足をつけて移動する。空中と地上、上下に分かれて移動する事により弱点を探しつつ、サソリモドキからの狙いを分散することが目的である。

 

「ーーー八重樫流剣術〝兜断ち・重ね手〟!」

 

 上下左右・所狭しと自由自在に動き回るハジメと社に対して、サソリモドキは上手く狙いを付けられないでいた。目論見通り、乱雑になってゆく攻撃の隙間を突き、社はサソリモドキを支える8本足の内の1つに八重樫流〝兜断ち〟の崩し技を繰り出す。

 

「オーーーラァッ!」

 

 メキィッ!

 

 本来であれば、兜に刺さっている状態の刀に鞘を叩き付けて無理矢理押し斬る技〝兜断ち〟。それの派生である〝重ね手〟は、鞘では無く拳を当てて殴り抜く様に斬る技である。例によって足の関節を狙った斬撃は弾かれそうになるものの、社の類稀なる膂力により峰を押された刀身が裁断するかの様にサソリモドキの足にめり込んでゆく。

 

「キシャァァア!」

 

「うおっ!?」

 

 予想外の痛みに、足を振り回す様に暴れるサソリモドキ。が、関節半ばまで刺さった刀身はそう簡単には抜けず、刀を握り締めたままの社もそれに振り回される。

 

 そうして隙だらけのサソリモドキの背に、ユエを背負ったハジメが降り立った。暴れるサソリモドキの上でなんとかバランスを取りながら、ハジメはゴツッと外殻に銃口を押し付けると、ゼロ距離でドンナーを撃ち放つ。

 

 ズガンッ!!

 

 凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。が、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、ハジメはドンナーを振りかぶり〝風爪〟を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。

 

「いい加減斬れろやーーーオラァッ!」

 

 先ほどからサソリモドキの足に突き刺さったままの刀をどうにか抜こうとしていた社だが、関節の中ほどまで食い込んだ刃は一向に抜ける気配が無い。痺れを切らした社は刀を握りながらサソリモドキの足に自分の片足を掛けると〝豪脚〟を発動。力づくで刀を抜くために、全力の蹴撃をお見舞いする。

 

 バキィッ!!

 

 岩石が砕ける様な鈍い音共に、サソリモドキの足から漸く刀が離れる。無事に愛刀を取り戻せた事に安堵する社だが、そこへサソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針を背中のハジメと足元の社目掛けて放った。

 

 すぐさまその場を離れる社とハジメ。サソリモドキの背中を飛び退いたハジメは、空中で身を捻ると散弾針の付け根目掛けて発砲する。狙い違わず、超速の弾丸は吸い込まれるようにして尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが・・・尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージが無い。完全に攻撃力不足だ。

 

 空中のハジメと地上の社を、四本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。社がサソリモドキから大きく離れたのを感じたハジメは、苦し紛れに〝焼夷手榴弾〟をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。

 

《どうするんだ、コレ。控えめに言ってクソゲーでは?》

 

《・・・試してないのは腹、目、口か。どうにかしてその辺りを狙うしかねぇ。》

 

 式神越しに通信しながら、辟易するように話すハジメと社。今の所サソリモドキを手玉に取れてはいるものの、2人の攻撃は未だ決定打には至っていない。このままではジリ貧になるのは目に見えている為、なんとか現状を打破する案を考えようとする。ーーーその瞬間、サソリモドキからの悪意が膨れ上がるのを社が感知した。

 

《ヤバいのが来るぞ!!》

 

《チィッ!》

 

 社の警告によりハジメが構えるのと、今までにない程のサソリモドキの絶叫が響き渡ったのはほぼ同時であった。強い怒りが込められた絶叫が空間に響き渡ると、突如周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

 

「クソがっ!」

 

 〝縮地〟で兎に角距離をとろうとするハジメと社。だが、社はまだしもユエを背にしているハジメの負担は大きい。いずれ避け切れなくなる事を悟ったハジメは悪態を吐きながら〝空力〟で空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、ユエを庇って身を捻ったため体勢が崩れてしまう。ドンナーと〝豪脚〟でどうにかいなすが、そんなハジメの視界の端で、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが見えた。

 

 思わず顔が引き攣るハジメ。次の瞬間には、両尻尾から散弾針と溶解液が空中の標的を撃墜すべく発射されるだろう。ソレを見たハジメは、防ぎ切れないと覚悟を決めるーーーその前に。()()()()()()()()()()()()

 

 〝空力〟で溶解液を躱すと、ハジメは()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。標的は己に迫りくる数十本もの針ーーーでは無く、強固な甲殻の間、僅かな隙間から覗くサソリモドキの目である。目標は今、此方に狙いを定めていた為に身動きが取れないでいる。当てるなら、今しか無い。

 

 ドパンッ!

 

 今まで何度も聞いた、自らの愛銃の咆哮。極限の集中から放たれた魔弾は、主の定めた狙いに忠実な軌道で怨敵を食い破るべく突き進みーーー寸分違わず命中した。

 

「グゥギィヤァアア!?」

 

 若き錬成師による決死の弾丸は、蠍の魔物に確かな痛打を与えた。それを証明する様に、サソリモドキの絶叫には明確な苦悶の響きが含まれている。そうして快挙を成し遂げたハジメだが、その身には当然の代償が迫っていた。

 

 本来であれば、回避出来ないと直感した時点でハジメは防御を固めるべきだっただろう。ドンナーと手で覆う様に急所を守り、魔力の直接操作で身体を限界まで強化すれば、無傷とまでは言わないものの重傷程度で被害は抑えられた筈だ。そして、その程度ならば〝神水〟を使えば容易に回復できる。しかし、無防備な状態で針を喰らうとなれば話は別。この攻撃は、急所に当たればハジメですら殺しうる。

 

 確かにサソリモドキには今日1番のダメージを与えられただろう。だが、その代価が死では割に合わない。「肉を切らせて骨を断つ」と言えば聞こえは良いが、勢い余って骨まで断たれてしまっては元も子もない。ハジメは、判断を間違ったのだ。ーーーただし、それはあくまでハジメが1人であれば、の話だ。

 

 ドンナーを放った姿勢のまま空中で無防備を晒すハジメ。数秒も立たず、その体には数多の針が突き刺さるだろう。子供でさえも簡単に想像できる未来に、ユエは思わず目を瞑る。だが、ハジメの目は見開かれたまま、恐怖の色に染まる様子はまるで無い。何故ならば、その両目には既に自らを救うために駆ける友の姿が映り込んでいたから。

 

 

 

 

 

「ーーー無茶苦茶すんなぁ、オイ!」

 

 サソリモドキが空中にいるハジメに狙いを定めた瞬間、ハジメの意図を式神越しに知った社はすぐ様反転。ハジメのフォローをする為に、地面から突き出る槍の中を突き進む決意をする。

 

 〝比翼鳥〟の持つ能力は「他者との意識の同調」。2羽に分たれた〝比翼鳥〟が憑いた者の間では、目を合わさずとも声を聞かずとも、相手が何をしたいのか何を伝えたいのかが瞬時に分かる様になるのだ。

 

 使用する者同士の相性によってどれだけ深く同調出来るかが決まる為、誰に対しても使用出来る訳ではないが、極まれば五感を含んだ全ての感覚すら共有出来る能力。自らの背を預ける程に信頼し合っているハジメと社が、その前提をクリアしていない訳が無い。

 

 地面から飛び出してくる槍を、避けながら飛び越えながら、社はハジメに向かって駆け続ける。サソリモドキはハジメを狙うのに集中している様で、先程よりも槍の発生は緩やかになっていた。

 

 今まで使っていた呪力による身体強化を、魔力と呪力の両方を使用した強化に切り替える社。爆発的な強化が見込めるものの、肉体的に頑健な社でさえ「シンドイ」と溢すほどに反動が大きい為、使用のタイミングを見計らっていた切り札。奈落に堕ち性格が変質して尚、自分に命を託してくれた友人の信頼に応える為に、社は躊躇いも無く使用を決断する。

 

「ッーーー!!」

 

 ミシミシと、体の内側から軋みを上げる音がする。怪我に強い筈の肉体が、痛みに悲鳴を上げている。走り続ける脚は負荷に耐え切れず、皮膚が裂けて血塗れになって行く。しかし、社がその程度で止まる様な事は無い。自分の身体が人一倍強く産まれたのは、大切な誰かを助ける為なのだと。そうでなければこの身体に価値は無いと言わんばかりに、社は加速し続ける。ーーーそして。

 

「ッだぁぁぁあああ!!!」

 

 ハジメとユエに針が突き刺さる、刹那すら超えた須臾の間。地上から跳躍した社が〝空力〟を使用して2段ロケットの如く更に加速。 針散弾の攻撃範囲から2人を抱えて脱出する事に成功した。

 

「・・・私達、無事?」

 

「喋ると舌噛むぞ、ユエさん!」

 

 何が起こったのか分からず、目をパチクリするユエ。そんな彼女に注意しながら社は綺麗に着地、2人を抱えたままサソリモドキから距離を取る。幸いにして目を撃たれたサソリモドキは痛みに悶えている様で、暫くは余裕がありそうだった。その隙にと『呪力反転』を使用して自らの治療をする社。

 

「〜〜〜イッテェェ・・・。無茶振りしすぎじゃねぇかな、ハジメ。」

 

「出来たんなら、無茶振りじゃねぇな。ーーー助かった、相棒。」

 

「・・・調子良いねぇ、お前さん。」

 

 身体中の痛みに顔を顰めながらも文句を言う社だが、ニヒルな笑みを浮かべたハジメから返された軽口を聞き、満更でも無い様に笑っていた。そんな2人の様子を見ていたユエがポツリと零す。

 

「・・・どうして?」

 

「あ?」/「うん?」

 

「どうして逃げないの?どうしてそこまで出来るの?」

 

「「・・・・・・・・・。」」

 

 言葉足らずではあるが、ユエが何を言いたいかは2人には理解できた。自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解している筈なのに、彼等は逃げる事をしない。それどころか、闘いの中でハジメは自らの命を躊躇無く託し、社はそれに確かに応えた。そんな強く固く、目を焼く程に眩しい信頼関係を、ユエは殆ど目にしたことが無かったのだ。そんな驚きや羨望が混じった問いに対して、ハジメと社は互いに顔を見合わせて黙り込む。

 

「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ。」

 

「俺はハジメが助けたいって言うから手伝ってるだけだが。まぁ、半端に諦めるくらいなら最初から助けてないわな。」

 

 やがて2人が口にしたのは、そんな言葉。ハジメも社も経緯は異なれど、敵との戦いでは情けも躊躇も容赦も持たないと決めている。闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯や嘘等、使えるものは何でも使う主義である。

 

 だが、好き好んで外道に落ちたい等とは思ってはいない。通すべき仁義くらいは弁えている。弁えることが出来ている。社にとっては家族や友人、そして■■の存在が己のブレーキになっている。一方でハジメが手離しかかっていたそれらを思い出させたのは、取り戻させたのは、他ならぬ社とユエである。

 

 ユエがハジメに己を預けると決意したその時に、下したハジメの決断こそが、ハジメが外道に落ちるか否かのターニングポイントだった。そんな友人の下した決断を社が汲まない筈が無い。だからこそ、ここで助けたユエを見捨てるという選択肢は2人には無い。

 

 ユエは、2人にーーー特にハジメに言葉以上の何かを見たのか納得したように頷き、いきなり抱きついた。

 

「お、おう? どうした?」

 

「お?お?」

 

 状況が状況だけに「いきなり何してんの?」と若干動揺するハジメ。社の方はと言うと、何故だか目をキラキラさせてその様子を見ている。何時までサソリモドキが悶えたままか分からない以上、早く戦闘態勢に入らなければならない。だが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。

 

「ハジメ・・・と社・・・信じて」

 

 そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。

 

「ッ!?」/「ヒューッ、やるねぇ。」

 

 否、キスではない。噛み付いたのだ。驚くハジメと、口笛を吹いて賑やかす社。因みに社がここまで余裕なのは、ユエから悪意を感じない事とは別に、他にも理由があるのだが今は割愛しよう。

 

 ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じると共に、体から力が抜き取られているような違和感を覚える。咄嗟に振りほどこうとしたハジメだったが、ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出し、吸血されているのだと理解する。

 

 〝信じて〟ーーーその言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。或いは、ハジメと社の様な信頼関係に憧れたのか。

 

 そう考えてハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬ピクンッ、と震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。その光景をニヤニヤと笑いながら見ていた社だが、不意に真剣な表情に戻るとサソリモドキの方を見る。

 

《ハジメ。》

 

《ああ、任せろ。》

 

「キィシャァアアア!!」

 

 サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら目を失った痛みから回復したらしい。ハジメですら感じられる殺意と共に、再び地面が大きく波打った。こちらの位置は把握しているようで、片目を失っているにも関わらず正確に槍が此方に向いている。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。

 

「だが、それなら俺の十八番だ。」

 

 ハジメは地面に右手を置き錬成を行った。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメ達3人を囲むように形成される。周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。どうやら錬成速度はハジメの方が上の様だ。錬成範囲は3mから増えていないので頭打ち、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりも出来ないが、守りにはハジメの錬成の方が向いているらしい。

 

「・・・ごちそうさま。」

 

 ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐めるユエ。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。髪は艶やかさを、肌は潤いと赤みを取り戻している。一連の変化は、正しく蛹からの羽化、と言う表現が当てはまるだろう。先程までとは別人と言われてもおかしく無いほどに、ユエは美しく変貌していた。

 

 徐に立ち上がったユエは、サソリモドキに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がる。彼女の魔力光なのだろう、染み一つ無い黄金色が暗闇を薙ぎ払った。神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらと靡かせながら、一言呟いた。

 

「〝蒼天〟」

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。

 

 だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリモドキを追いかけ・・・直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。目を射抜かれた時以上の、泣き叫ぶと言っても良い悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメと社は腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリモドキの姿があった。

 

「アレで死なないのか。・・・いや、当然か。」

 

「アレくらいで死ぬ様じゃ、ユエの封印を守る番人なんて出来ねぇだろうな。」

 

 摂氏三千度の〝焼夷手榴弾〟でも溶けず、社の殴打や斬撃を弾き、ゼロ距離からレールガンを撃ち込まれてもビクともしなかった化け物の防御を僅かにでも破ったユエの魔法を称賛すべきか、それだけの高温の直撃を受けて表面が溶けただけで済んでいるサソリモドキの耐久力を褒めるべきか、ハジメと社としては悩むところである。

 

 ふと背後からトサリと音がした。ハジメが驚異的な光景から視線を引き剥がしてそちらを見やると、ユエが肩で息をしながら座り込んでいる姿があった。どうやら魔力が枯渇したようだ。

 

「ユエ、無事か?」

 

「ん・・・最上級・・・疲れる。」

 

「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺達がやるから休んでいてくれ。」

 

「ん、2人とも頑張って・・・。」

 

「アイアイマム。本日のMVPはユエさんかー。」

 

 ハジメは手をプラプラと振りながら、社は軽く返事をしながら〝縮地〟で一気に間合いを詰める。サソリモドキは未だ健在で、外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近して来る2人に散弾針を撃ち込もうとする。

 

《防げよ、社!》

 

《あいよ!》

 

 ハジメは素早くポーチから〝閃光手榴弾〟を取り出し頭上高くに放り投げる。次いでドンナーを抜き、飛んできた散弾針が分裂する前に撃ち抜いた後、電磁加速させていない弾丸で落ちてきた〝閃光手榴弾〟を撃ち抜き破裂させた。

 

「キィシャァァアア!?」

 

 眼前で放たれた突然の閃光に、悲鳴を上げ思わず後ろに下がるサソリモドキ。だが、片目を潰された影響か、目視には余り頼っていなかった様で、光に塗りつぶされた空間でも何とかハジメ達の気配を探し当てようとしていた。

 

 しかし、いくら探してもお目当ての気配は無い。サソリモドキが2人の気配を見失い戸惑っている間に、ハジメはサソリモドキの背中に着地する。

 

「キシュア!?」

 

 声を上げて驚愕するサソリモドキ。それはそうだろう、探していた気配が己の感知の網をすり抜け、突如背中に現れたのだから。ハジメは〝気配遮断〟により閃光と共に気配を断ち、サソリモドキの背に着地したのだ。

 

 赤熱化したサソリモドキの外殻がハジメの肌を焼く。しかし、そんなことは気にもせず、表面が溶けて薄くなった外殻に銃口を押し当て連続して引き金を引いた。本来の耐久力を失ったサソリモドキの外殻は、レールガンのゼロ距離射撃の連撃を受けて、遂にその絶対的な盾の突破を許す。その結果に焦ったサソリモドキは、自分が傷つく可能性も無視して2本の尻尾でハジメを叩き落とそうとする。

 

「おっと、そいつはやらせない。」

 

 ハジメと同じ様に〝気配遮断〟を使っていた社が、刀で薙ぎ払う様に尻尾を斬り裂く。ユエの魔法によって焼け爛れていた外殻を貫き、浅く無い手応えと共に2本の尻尾が斬り払われる。

 

「これでも喰らっとけ!」

 

 その隙にハジメはポーチから取り出した〝手榴弾〟をドンナーで開けた肉の穴に腕ごと深々と突き刺し、体内に置き土産とばかりに埋め込んでおく。ハジメの腕が焼け爛れるがお構いなしだ。そして、サソリモドキに攻撃される前に2人は〝縮地〟で退避した。サソリモドキが離れていくハジメ達に再度攻撃しようと向き直る。が、もう遅い。

 

 ゴバッ!!

 

 そんなくぐもった爆発音が辺りに響くと同時に、サソリモドキがビクンと震える。動きの止まったサソリモドキとハジメ達が向き合い、辺りを静寂が包む。やがて、沈黙を破る様にサソリモドキがゆっくりと傾き、そのままズズンッと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 

「指差()確認、ヨシ!」

 

「ヨシ!」

 

 ハジメと社はピクリとも動かないサソリモドキに近づき、頭に刀を突き刺したり、口内にドンナーを突き入れて2、3発撃ち込んでからようやく納得したように頷いた。現場猫宜しく、態々指差し確認までする念の入れようである。「止めは確実に!」というのは2人に共通したポリシーだった。

 

「ハジメ。」

 

「応。」

 

 パァン!

 

「「Yeah!」」

 

 難敵を打ち倒した喜びにハイタッチを交わすハジメと社。2人が振り返ると、無表情ながらどことなく嬉しそうな眼差しで女の子座りしながらハジメ達を見つめているユエがいた。迷宮攻略がいつ終わるのか分からないが、どうやら頼もしい仲間ができたようだ。

 

「案外、ハジメの例えは当たってのかね。」

 

「・・・かもな。」

 

 パンドラの箱には厄災と一握りの希望が入っていたという。社の言葉により自分がこの部屋に入る前に出した例えを思い出すハジメ。中々どうして、己の言葉は的を射ていたらしい。そんなことを思いながら、ハジメは社と共にゆっくりと彼女の下へ歩き出した。 




〝兜断ち・重ね手〟・・・本作オリジナル技であり、八重樫流剣術の技の1つ。技の詳細に関しては本文に書いた通りであるが、社の膂力では普通の日本刀は簡単に折れてしまう為、実質呪物化した刀専用の技になっている。


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25.ゆっくり語らい

 サソリモドキを倒した後、ハジメ達はサソリモドキとサイクロプスの素材やら肉やらを拠点に持ち帰った。その巨体と相まって運搬には物凄く苦労するかと思いきや、素の腕力が凄まじい社と、ハジメの血を飲んだ事で見事な身体強化による怪力を発揮してくれたユエの2名により、割と簡単に運び込む事が出来た。

 

 そのまま封印部屋を使うという手もあったのだが、ユエが断固拒否した為にその案は没となった。曰く「何年も閉じ込められていた場所など見たく無い」との事。全くもって正論である。ドンナーや手榴弾等の消耗品の補充もあり暫く身動きが取れないことを考えれば、拠点に移動する事になったのは当然の成り行きだろう。

 

 そんな訳で、現在ハジメ達は消耗品を補充しながらお互いの事を話し合っていた。

 

「記録だと吸血鬼族は300年くらい前の戦争で滅んだ、って書いてあったんだが、その頃から生きてたのか?それとも、落ち延びた一族でもいたのか?」

 

「・・・私は、前者。」

 

 パチンッ パチンッ

 

「・・・そうすると、ユエって少なくとも300歳以上なわけか?」

 

「・・・マナー違反。」

 

 パチンッ パチンッ

 

 ユエが非難を込めたジト目でハジメを見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。ユエ自身、長年物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚は殆ど無いそうだが、それくらい経っていてもおかしく無いと思える程には長い間封印されていたのだとか。20歳の時に封印されたというから、大体300歳ちょいである訳だ。

 

 パチンッ パチンッ

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

 

「・・・私が特別。〝再生〟で歳もとらない・・・。」

 

 パチンッ パチンッ

 

 聞けば12歳の時、魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも200年くらいが限度なのだそうだ。因みに、人間族の平均寿命は70歳、魔人族は120歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者もいるとか。

 

 パチンッ パチンッ

 

「・・・先祖返りで力に目覚めてから・・・私は数年で当時最強の一角になった・・・。戦争で得た功績で・・・17歳の時に吸血鬼族の王位にも就いた・・・。」

 

「成る程。そりゃあんな魔法をほぼノータイムで撃てるんなら、最強と言われるのも当然だろうな。しかも、ほぼ不死身の肉体付きなら尚更だろ。」

 

「・・・でも、裏切られた・・・。」

 

 パチンッ パチンッ

 

 欲に目が眩んだユエの叔父は王位を簒奪すべく、彼女を化け物として周囲に浸透させ大義名分の下殺そうとしたらしい。だが〝自動再生〟により殺しきれなかった為、やむを得ずあの地下に封印したのだという。

 

 パチンッ パチンッ

 

「って事は、あのサソリモドキとか封印方法とか、どうやって奈落(ここ)まで連れてこられたかとかはーーー。」

 

「・・・分からない。当時の私は、叔父の裏切りが信じられなかった・・・。本当に突然だったから・・・凄く混乱してて・・・気がついたら、あの部屋にいたから・・・。」

 

「そうか・・・。」

 

 パチンッ パチンッ

 

「「・・・・・・・・・。」

 

 チラリ、と2人の目線が音の発生源に向かう。先程から聞こえていた謎の音の主人(あるじ)である社は、何故か床に向かって一心不乱にデコピンをしていた。態々指を『呪力』で強化してまで、である。

 

「・・・お前は何してんだ、社。」

 

「ん?ああ、ちょっとな。俺の事は気にせず話を続けてくれて良いぞ。内容自体は聞いてるからな。」

 

「お前なぁ・・・。」

 

 社の言葉に呆れる様にぼやくハジメ。この友人が時たま突拍子も無い事をするのは長い付き合いの中で知っている為、面倒臭くなったハジメは放置する事を決める。無意味な事をする性格でも無い為、何があれば口に出すだろ、位には信頼してもいるからだが。しかし、ここで意外な人物が口を挟む。

 

 パチンッ パチンッ

 

「・・・社は、私の事避けてる・・・?信用ならない・・・?」

 

 パチンッ

 

 ユエの言葉に、床を叩いていた音が止んだ。ハジメが社の方を見ると、当の本人は片目を閉じて眉を(ひそ)めながら、うなじに手を当てて考え事をしていた。微妙な沈黙が降りる中、数十秒その姿勢で固まっていた社が漸く目を見開いてユエの方を見る。

 

「正直に言えば、ユエさんにあまり近づかない様にはしている。」

 

「・・・それは「でも、それはユエさんに原因がある訳じゃ無い。」・・・?」

 

 社の言葉に悲しげに俯くユエ。自分が吸血鬼である事が受けつけ無いのか、それとも封印されていた身であるから簡単には信用出来ないのか。諦めずに新たに言葉を紡ごうとするユエだが、しかし被せる様に放たれた社の言葉を聞くと不思議そうに首を傾げた。アニメであれば頭上に見事なハテナマークが浮かんでいるだろう。

 

「原因と言うか、理由と言うか。何にせよ、ユエさんに非がある訳じゃ無いよ。様子を見て大丈夫そうなら普通に接するしね。」

 

「・・・その理由は、聞いても良い・・・?」

 

「ん〜・・・。」

 

 ユエの疑問に唸りながら考え込む社。社がユエとの接触を控えている理由は、主に2()()。■■関連の事情と、もう一つが社の()()に関する事情である。どちらも話す事自体に大きな抵抗があるわけでは無い。が、■■関連の話は雫には話しておらず、友達の方の事情は友人達の誰にも話した事は無かった。最も友達云々は話す機会が無かったと言うのもあるが。

 

(雫にも話してない事を知り合ったばかりのユエさんに話すのは、不義理な気もするが・・・。緊急時だし、しょうがないか。罪悪感もあるしなぁ。)

 

 チラリと、ユエの方を見る社。ユエの目はジッと社の方を向いていた。相変わらず無表情にも見える顔には、若干の不安や悲しみが浮かんでいる様にも見えた。

 

「OK、分かった。事情を話そう。」

 

「・・・良いのか?」

 

「まぁ、しょうがない。話さない事で何かある方が嫌だしな。それに俺達はユエさんの事色々聞くのに、俺達だけ隠し事するのも公平(フェア)じゃないだろ。」

 

 ハジメの言葉に、肩をすくめながら答える社。実際問題として、話す事で生じるデメリットは(社の思い付く限りでは)無い。これからどう転ぶにせよ、長い付き合いになるのは目に見えている。今の内に腹を割って話すのも悪い事では無い、と前向きに考える事にする社。

 

「さて、まずは誤解を解くか。さっき近づかない様にしているって言ったが、厳密にはユエさんを避けてるんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「・・・?どう違う・・・?」

 

 社の言葉に、更に困惑が深まるユエ。今まで殆ど無表情だったユエの顔に、ここに来て戸惑いが明確に表れていた。その顔を見た社は「そりゃそんな顔になるわな」と苦笑しながら、更に言葉を続ける。

 

「結論から言えば、俺は幼い頃に死んだ婚約者(フィアンセ)に呪われている。この呪いは基本的に無害なんだが、俺に強い危害が加えられそうになると俺の意思を無視して発動して、その元凶を排除しようとする。もし、仮にユエさんの吸血が〝強い危害〟と見做されたなら、最悪ユエさんが祟り殺されかねない。」

 

「・・・!」

 

 社の言葉を聞き、驚愕に目を見開くユエ。彼女の予想通りの反応に苦笑しつつ、更に言葉を続ける社。

 

「とは言ったものの、■■ちゃんーーー呪いが俺の周りの人を故意に傷付けた事は無いから、心配しすぎだとは思うんだけどね。後は、()()()()()()()()色々あるんだけど、そんな感じだから俺から血を飲もうとするのは諦めてくれ。ハジメの血ならいくら飲んでも良いから。」

 

「・・・分かった。」

 

「オイコラ勝手に決めんな。」

 

 社の言葉に納得したのか、素直に引き下がったユエ。因みに社が話さなかった方の理由に関しては、()()()()()()()()()()が絡んでいる。話す事自体に問題は無かったが、此方の世界では吸血鬼は滅んでいる為、その辺り説明がややこしくなるのを避ける為に話すのはやめた。面倒臭くなったとも言う。

 

「俺の事情はそんな所だ。だから、もし気になる様なら程々に距離を取る事をお勧めするぞ。」

 

「・・・別に、気にしない。殺されたところで、再生するから・・・。」

 

「おや本気(マジ)か。流石戦場(げんば)叩き上げの王族様は懐がデカいな。」

 

 ユエの発言に今度は社が驚いた。今の言葉だけでなく、呪い関連の話を聞き終わった後も、ユエから社に悪意が向けられる事は無かったからだ。そのまま拒絶される事も想定していたので、■■(じつぶつ)を見せていないとは言えここまでキッパリと断言されるとは思っていなかった、というのが社の正直な感想である。

 

「ま、俺の事情に関してはそんなところだ。他に聞きたい事があれば、話せる範囲で話すよ。勿論俺達からも聞くけども。」

 

「・・・ん。分かった・・・。」

 

 社の話が終わった後は、ユエの力についても話を聞いた。それによるとユエは全属性に適性があるらしく、ほぼ無詠唱で魔法を発動できるそうだ。ほぼ、と言うのは癖で魔法名だけは呟いてしまうから、との事。魔法を補完するイメージを明確にするために何らかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れない様だ。〝自動再生〟については一種の固有魔法に分類できるらしく、()()()()()()()()()()()一瞬で塵にでもされない限り死なないらしい。つまり封印解除直後、長年の封印で魔力が枯渇していたユエはサソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたという事になる。

 

「なんだ、そのチートは・・・。」

 

「・・・でも、接近戦は苦手・・・。身体強化して逃げながら・・・魔法を連射するくらいしか、出来ない・・・。」

 

「高機動・連射可能・破壊不能な魔法砲台とかどう対応しろと・・・?」

 

 ユエの話に呆れるハジメと社。幾ら近接戦が苦手だとしても、それを補って余りある程に魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていない。対戦ゲームであれば即調整(ナーフ)ものである。

 

(しかし、話を聞くにユエさん相手でも、手を尽くせば殺し切る事は出来たはず。何で彼女の叔父は封印だけに留めたんだ?無駄に争って被害が大きくなる事を嫌ったのか、封印し続けて魔力が切れた頃にサソリモドキを投入するつもりだったのか、それとも他の思惑があったのか・・・。)

 

「それで・・・肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか?他に地上への脱出の道とかは?」

 

「・・・分からない。でも・・・この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる。」

 

「「反逆者?」」

 

 ユエの唇から出た不穏な響きの言葉に思わず反応してしまうハジメと社。社の持った疑問をハジメが気付いていないというのは考え難いが、今はそれどころでも無いのだろう。思考を打ち切りユエの話に耳を傾ける社。ハジメもまた、錬成作業を中断してユエに視線を転じる。

 

「反逆者・・・神代に神に挑んだ神の眷属のこと。・・・世界を滅ぼそうとしたと伝わってる。」

 

 ユエ曰く、神代に神に反逆し、世界を滅ぼそうと画策した7人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮と言われているらしい。この【オルクス大迷宮】もその1つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「・・・そこなら、地上への道があるかも・・・。」

 

「成る程。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないって事か。」

 

「やっと希望が見えてきたな。」

 

 齎された可能性に頬が緩むハジメと社。ユエの話を聞き終えた2人は、再びそれぞれの作業に戻る。ハジメは視線を手元に向けて錬成作業に入り、ユエはそんなハジメの様子をジーと見ている。

 

 パチンッ パチンッ

 

「いや、だからお前は何をしているんだ、社。」

 

 指に『呪力』を流しながら、再び床にデコピンをし始めた社に対して、顔を上げたハジメがツッコミを入れた。流石に1度目はスルーしたが、未だ止めないところを見るに社の中ではそこそこ重要度が高い行為なのだろう。が、側から見れば奇行以外の何者でも無かった。ハジメを凝視していたユエの目も、不思議そうに社を捉えている。

 

「これか?〝黒閃(こくせん)〟の練習。」

 

「あん?〝黒閃〟?何だそりゃ。」

 

 鸚鵡返しのように耳に入った単語を口にするハジメ。社の持つ『術式』については、迷宮内で合流した際に大まかに内容や効果を聞いていた。今後作戦を練る時や連携を取る際に混乱しない様に、という配慮によるものだ。が、先の〝黒閃〟と言う単語はその時の話には出ていなかった。

 

「簡単に言えば、『呪術師』にとっての必殺技みたいなモンだ。俺もまだ出せた事は無いが、もしサソリモドキとの戦いの時に使えていればあの硬い甲殻もブチ抜けてたかもな。」

 

「「ーーー!」」

 

 社の言葉に息を呑むハジメとユエ。社自身は何でも無い様に言ってはいたが、ドンナーのレールガンでさえも軽く凌ぐ程の堅牢さを誇ったサソリモドキの甲殻を砕けるのであれば、正しく切り札になり得るだろう。

 

「そんな技が簡単に出来る様になるモンなのか?」

 

「正直、狙って出すのは不可能に近い。だが、これが出来れば間違い無く俺の火力も上がる。ハジメも火力不足を実感してるから()()造ってるんだろ?」

 

「まあな。」

 

 社の言葉を肯定するハジメの手には、幾つかのパーツが握られていた。1mを軽く超える筒状の棒や、縦10cmはある赤い弾丸、その他細かな部品等々。これらはドンナーの威力不足を補うために開発した、ハジメの新たな切り札となる兵器だ。

 

「ーーー対物(AM)ライフル・レールガンVer、名付けて〝シュラーゲン〟!あのクソ忌々しいサソリモドキの甲殻を利用して作り上げる、化物銃と言っても過言では無い逸品だ!装弾数は1発と心許無いが、その弾丸はタウル鉱石の上にシュタル鉱石*1をコーティングしたフルメタルジャケット製!こいつが完成すれば理論上では最大出力のドンナーを裕に超えて、何と10倍の威力が出る計算だ!それに相応しいだけの反動も生まれるが、今の俺の肉体なら問題無ぇ。コイツがあれば、今ならサソリモドキでも蜂の巣にしてやれる!」

 

「そっかー。・・・で、コレは誰が持ち運ぶんですかね。」

 

 早口で男の浪漫を語るハジメの言葉を軽く聞き流しつつ、社は肝心の部分を聞いてみる。今は作成途中と言うこともあり全容は見えてこないが、全長・重量共に間違い無く生半可な物では無いだろう。社の至極真っ当なツッコミに、突如固まって動かなくなるハジメ。

 

「・・・・・・〝影鰐〟で影の中に仕舞っておくとか出来ませんかね?」

 

「言うと思った。ま、構わんよ。」

 

「ッシャァ!」

 

 社の許諾にガッツポーズを決めるハジメ。数刻前までの激闘が嘘の様な気楽な雰囲気を漂わせる2人に対して、思い出したかの様にユエから疑問の声が上がる。

 

「・・・ハジメと社、どうしてここにいる?」

 

「「・・・・・・・・・。」

 

 ユエからのある種当然とも言える問いを聞き、顔を見合わせるハジメと社。ここは奈落の底。正真正銘、人外魔境である。魔物以外の生物が居て良い場所ではない。

 

 ユエからの疑問は、尽きる事は無い。何故、魔力を直接操れるのか。何故、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。何故、魔物の肉を食って平気なのか。ハジメの左腕はどうしたのか。そもそも2人は人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。

 

「・・・良いな、社。」

 

「勿論。」

 

 社に確認を取り、ハジメはユエの疑問に1つ1つ答えていく。面倒そうな素振りも見せず、律儀にユエの話に付き合うハジメ。そんな様子を見て、社は密かに安堵していた。

 

(何だかんだ言っても、ハジメが優しいのは変わらんなぁ。甘過ぎる気がしないでも無いが、まぁ冷酷過ぎるよりは余程マシだろ。)

 

 ツラツラとこの世界に来てから今に至るまでの経緯を話すハジメと、その話を一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けるユエ。2人を見ながら「意外と良いコンビなのかもなぁ」と心中で呟く社。やがて大凡の事情を話し終えると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

 

「・・・ぐす・・・ハジメと社・・・つらい・・・私もつらい・・・。」

 

 ハジメが流れ落ちる涙を拭きながら何事かと尋ねると、ユエはどうやらハジメと社のために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「気にするなよ。もう檜山のことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いし、何より社がケジメを着けてくれたからな。そんな事より、全員で生き残る術を磨いて、故郷に帰る方法を探す事に全力を注がねぇとな。」

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「・・・帰るの?」

 

「うん?元の世界にか?そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。・・・色々変わっちまったけど・・・故郷に・・・家に帰りたい・・・。」

 

「俺もゴタゴタを片付けて、さっさと帰りたいかなー。」

 

「・・・そう。」

 

 ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「・・・私にはもう、帰る場所・・・ない・・・。」

 

「「・・・・・・。」」

 

 そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメはカリカリと自分の頭を掻いた。

 

(ハジメさんや、男の見せ所ですぜ?助けたのなら、最後まで面倒見るのが〝助けた側の責任〟てヤツだ。)

 

(・・・分かってるさ、俺も腹を括る。)

 

 社の言葉に意を決するハジメ。ハジメはユエが自分を新たな居場所として求めている事を薄々察していた。新しい名前をハジメに求めたのもそういう事だろう。だからこそ、ハジメと言う居場所を再び失う事をユエは悲しんでいるのだ。

 

「あ~、なんならユエも来るか?」

 

「え?」

 

 ハジメの言葉に驚愕を露わにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干早口になりながら告げる。

 

「いや、だからさ、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しか居ないーーー事も無い世界だし、戸籍やら何やら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど・・・今や俺と社も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし・・・あくまでユエが望むなら、だけど?」

 

「何でそこで疑問系になるんだ、このヘタレめ。」

 

「ウルセェ殺すぞ。」

 

「ーーーいいの?」

 

 ハジメと社の軽口に挟む様に、ユエが尋ねる。遠慮がちではあったが、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながらハジメは頷く。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。その笑顔に思わず見蕩れてしまうハジメ。暫くして、背後からニヤニヤと嫌らしい視線に気付くと慌てて首を振った。

 

「ヒューッ、良いねぇ。お前さんといい幸利といい、肝心な時に格好良く決めるのは流石の一言だなぁ?」

 

「良い加減黙れこのアホ!鬼の首取ったかの様に騒ぎやがって!」

 

「取ったのは吸血鬼の心臓(ハート)では?」

 

「微妙に上手い事言ってんじゃねぇ!ーーーもう良い、飯だ飯!さっさとサソリモドキとサイクロプスの肉喰うぞ!お前も手伝え社!」

 

「あいよー。」

 

 話し合いが一段落した(させたとも言う)ハジメと社は、サイクロプスやサソリモドキの肉を焼いて食事の準備を始める。が、その手はすぐに止まった。理由はユエの食料事情についてである。

 

「・・・ユエが魔物肉食うのはマズイよな?いや、吸血鬼なら大丈夫なのか?」

 

「本人に聞こうぜ。ーーーと、言うわけだけどその辺りどうなのユエさん?」

 

「・・・食事()いらない。」

 

 ハジメと社が揃って目線を向けると、ユエは首を振って答える。その言葉に一応の納得をするハジメだが、社は何となく発言に引っ掛かりを覚えた。

 

「・・・食事()?」

 

「・・・そう。それよりも、もっと美味しいもの・・・。」

 

「ああー・・・。」

 

 ユエはそう言って、真っ直ぐにハジメを指差す。感じ取った違和感が解消されて納得の声を上げる社。

 

「ああ、俺の血か。ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」

 

「・・・食事でも栄養はとれる。・・・でも血の方が効率的。」

 

 吸血鬼は血さえあれば平気らしい。ハジメから吸血したので、今は満たされている様だ。成る程、と納得しているハジメと社だが、何故かユエがペロリと舌舐りをしている。その視線は、先程からハジメの方を見つめたまま微動だにしない。

 

「・・・何故、舌舐りする。」

 

「・・・ハジメ・・・美味・・・。」

 

「び、美味ってお前な、俺の体なんて魔物の血肉を取り込みすぎて不味そうーーーおい、社。テメェどこ行くんだ。」

 

「オイオイ、友人の気遣いを無駄にするなよ。今からユエさんが食事するってんだから、席を外してやろうと思っただけさ。」

 

「ふざけんな!体よく逃げただけじゃねーか!」

 

「・・・ハジメの血は、熟成の味・・・。」

 

「待てユエ落ち着け。」

 

「うーん、何故だか背徳的な雰囲気が凄い。見た目は幼いからだろうか。」

 

「冷静に分析してんじゃねーよ馬鹿!」

 

 ユエも交えてギャアギャアと騒ぎ合うハジメと社。火を囲んで各々の食事を取りながら、3人は親睦を深め合うのであった。

 

 

 

 

 

「今だから言うけど、一般に公表されてないだけで俺たちの世界にも吸血鬼はいるぞ。」

 

「何ィ!?」

*1
魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石。サソリモドキから剥ぎ取れた物。〝錬成〟が効いた為、そこに気付ければもっと楽にサソリモドキを殺せた事実は3人を大いに凹ませた。




基本的に無害(当社比・個人の感想)


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26.ユエの実力

「だぁー、ちくしょぉおおー!」

 

「・・・ハジメ、ファイト・・・。」

 

「ユエさんってば大分気楽だね!?」

 

 現在、ハジメはユエを背負いながら、社と共に猛然と草むらの中を走っていた。周りは160㎝以上ある雑草が生い茂り、ハジメの肩付近まで隠してしまっている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

 そして、必死に逃走するハジメと社の背後には、彼らに追いすがんとする200近い数の魔物が迫っていた。

 

 

 

 

 

 ハジメ達が準備を終えて迷宮攻略に動き出した後、10階層程は順調に降りることが出来た。ハジメ達の装備が充実してきた事や、〝技能〟の熟練度が上がってきたというのも理由の一つではあるが、最も大きな要因はユエの魔法が凄まじい活躍を見せた事だろう。

 

 全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し、的確にハジメと社を援護する。魔法の手段が乏しいを通り越して皆無であった2人にとって、ユエの魔法は痒い所に手が届く有難いものであったのだ。〝自動再生〟により無意識に不要と判断しているからか、回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしいが、社の『呪力反転』や〝神水〟があるので何の問題にもなっていない。

 

 そんなこんなで3人が降り立ったのが現在の階層である。10mを超える木々が鬱蒼(うっそう)と茂っており、空気はどこか湿っぽい。以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くは無いが、それでもかなりの規模の樹海であった。

 

 問題が発生したのはハジメ達が階下への階段を求めて探索していた時だった。突然、ズズンッという地響きが響き渡り、何事かと身構える3人の前に巨大な爬虫類を思わせる魔物が現れた。見た目は完全にティラノサウルスであったのだが、何故か頭に一輪の可憐な花を生やしていた。

 

「・・・うん?」

 

 鋭い牙と(ほとばし)る殺気が議論の余地なくこの魔物の強さを示していたが、社は別の部分に違和感を感じ取る。ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動いていた。かつてないシュールさに反応に困るハジメ達であったが、そんなことはお構いなしにとティラノサウルスが咆哮を上げハジメ達に突進してくる。社は刀を、ハジメは慌てずドンナーを抜こうとして、それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。

 

「〝緋槍〟」

 

 ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔。そのまま頭を貫通し、周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。

 

「・・・今の俺達って世間一般で言う役立たずとか、ヒモってやつなのでは?」

 

「言うな社。悲しくなる。」

 

 社のしみじみとした言葉に思わず遠い目をしてしまうハジメ。ここの所、ユエ無双が激しい。最初はハジメや社の援護に徹していたはずだが、何故か途中から2人に対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を瞬殺するのだ。その為、ハジメと社は最近出番がめっきり減っていた。

 

「あ~、ユエ?張り切るのはいいんだけど・・・最近、俺達あまり動いてない気がするんだが・・・。」

 

 ハジメは抜きかけのドンナーをホルスターに仕舞い直すと、苦笑いしながら話しかける。肝心のユエはと言うと、2人の方を振り返って無表情ながらどこか得意げな顔をしていた。

 

「・・・私、役に立つ。・・・()()()()パートナーだから。」

 

「いやぁ愛されてるねぇハジメ。やっぱりあの時口説いたのが決め手だったか。」

 

「そんな意図はねぇよ!」

 

 社の揶揄(からか)いにツッコミを入れるハジメ。社の言うあの時とは、ユエが魔力を枯渇するまで魔法を使い戦闘中に倒れてしまった時の事だ。そのせいで少しばかり窮地に陥ってしまったものの、ハジメと社の尽力で何とか挽回は出来たのだが、ユエはその事を酷く気にしていた。それを見かねたハジメは慰める意味を込めて色々と口走ったのだ。具体的には「俺達は一蓮托生のパートナーだ」「お互いに助け合おう」等々。それらの言葉は思いのほかユエの心に深く残ったようで、頼りになるパートナーとして役立つところを見せたいのだろう。

 

「・・・目下のライバルは、社。・・・負けない・・・。」

 

「ほぉ・・・。俺も負けてはいられんな!」

 

「社は悪ノリしてユエを煽んな!ユエももう十分に役立ってるって。魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛は俺達の役目だ。」

 

「・・・ハジメ・・・ん。」

 

 ハジメに注意されてしまい若干シュンとするユエ。どうにもハジメの役に立つ事にこだわり過ぎる嫌いのあるユエに苦笑いしながら、ハジメは彼女の柔らかな髪を撫でる。それだけで、ユエはほっこりした表情になって機嫌が戻ってしまうのだから、ハジメとしてはもう何とも言えない。

 

「大分手慣れてきたなハジメ。やはりお前さんにはタラシの才能があったか。」

 

「やはりってなんだ、やはりって。」

 

 社の軽口に答えながらも、ユエを撫でるのを止めないハジメ。ユエに懐かれる事自体はハジメも悪い気はしないものの、依存して欲しいわけではないので所々で注意が必要だろう、と気を引き締める。

 

「さて、イチャイチャしてる所悪いが団体客のお出ましだ。」

 

「ああ、こっちも感知した。」

 

 2人がイチャついていると、まず社の〝悪意感知〟に、次いでハジメの〝気配感知〟に続々と魔物が集まってくる気配が捉えられた。数は凡そ十体程、統率の取れた動きで取り囲むようにハジメ達の方へ向かってくる。

 

「囲まれる前に突破する。社!」

 

「あいよ。殿は任せな!」

 

 数的不利を覆す為、ハジメ達はすぐに移動を決意する。自分達を円状に包囲しようとする魔物に対して突破口を開く為、ハジメはその内の1体目掛けて自ら突進。生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長2m強の爬虫類、例えるならラプトル系の恐竜の様な魔物がいた。但し、頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせていたが。

 

「・・・かわいい。」

 

「・・・流行りなのか?」

 

「・・・ん〜?」

 

 ユエが思わずほっこりしながら呟けば、ハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。社はと言うと、先程から謎の違和感が拭えずしきりに首を傾げていた。

 

「シャァァアア!!」

 

 ラプトルが花に注目して立ち尽くすハジメ達に飛びかかる。その強靭な脚には20cmはありそうなカギ爪が付いており、ギラリと凶悪な光を放っていた。

 

「散開!」

 

 社の言葉と同時、3人はばらける様に飛び退き回避する。それだけでは終わらず、ハジメは 〝空力〟を使って三角飛びの要領でラプトルの頭上を取ると、そのまま頭のチューリップを撃ち抜いてみた。

 

 ドパンッという発砲音と同時に頭上の花が四散する。ラプトルは一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。静寂が辺りを包みこむ中、ユエもトコトコとハジメの傍に寄ってきてラプトルと四散して地面に散らばるチューリップの花びらを交互に見やった。

 

「・・・死んだ?」

 

「いや、生きてるっぽいけど・・・。」

 

 ハジメの見立て通り、ピクピクと痙攣した後ラプトルはムクッと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけるとノッシノッシと歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。

 

「え~、何その反応、どういうこと?」

 

「・・・イタズラされた?」

 

「そんな背中に張り紙つけて騒ぐ小学生じゃ「いや、ユエさんの当たりかもだ。」・・・嘘だろ?」

 

 ユエの冗談とも取れる発言を社が肯定した事に半信半疑のハジメ。一方のラプトルは一通り花を踏みつけて満足したのか、喜びを表すかの様に天を仰ぎ鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたようにハジメ達の方へ顔を向けビクッとする。

 

「今気がついたのかよ。どんだけ夢中だったんだよ」

 

「・・・やっぱりイジメ?」

 

「結果的にはイジメにもなってるな。」

 

 ハジメがツッコみ、ユエと社が同情したような眼差しでラプトルを見る。ラプトルは暫く硬直したものの、直ぐに姿勢を低くし牙をむき出しにして唸ると一気に飛びかかってきた。

 

 ドパンッ!

 

 お馴染みの発砲音と共に、ハジメの構えたドンナーから電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が放たれた。弾丸は一筋の閃光となって大きく開かれたラプトルの口内に命中、後頭部を粉砕しそのまま頭部を貫くと背後の樹すら貫通して樹海の奥へと消えていった。

 

「ホント、一体なんなんだ?」

 

「・・・イジメられて、撃たれて・・・哀れ。」

 

「いや、イジメから離れろよ。絶対違うから。で、一体どういう事だ、社?」

 

 跳躍の勢いそのままにズザーと滑っていく絶命したラプトル。ユエが何とも言えない顔でラプトルの死体を見やり、ハジメは社に疑問を投げかける。魔物達による包囲網が狭まってきていたので移動しつつ、だが。

 

「あのラプトルからはどういう訳か、2体分の悪意が感じられた。1つは間違い無くラプトルのものだったけどな。で、ハジメが花を撃ち抜いた際にもう片方の悪意が消えたんだよ。」

 

「・・・つまり・・・?」

 

「ラプトルを操るなり、指示するなりしている奴がいるって話だろ。」

 

「多分な。で、どうする?」

 

「何方にせよこのまま逃げてたら埒が開かねぇ。迎え撃つまでだ。」

 

 迫り来るラプトル達から逃げながら、今後の方策を出し合うハジメ達。程なくして直径5mはありそうな太い樹が無数に伸びている場所に出た。隣り合う樹の太い枝同士が絡み合っており、まるで空中回廊のようだ。

 

 ハジメと社は〝空力〟で、ユエは風系統の魔法で頭上の太い枝に飛び移る。ハジメ達はそこで頭上から集まってきた魔物達を狙い撃ちにし殲滅するつもりだ。

 

 ハジメ達が木の上に陣取ってから、5分もかからず眼下に次々とラプトルが現れ始めた。3人は各々の方法で迎撃しようとするが、しかし魔物達の数が増えていくのを見るにつれ、その動きは固まっていく。

 

「ーーーなんでどいつもこいつも花つけてんだよ!」

 

「・・・ん、お花畑。」

 

「しかも見た感じ全部違う種類の花じゃないか?お洒落さんかよ。」

 

「2人とも呑気過ぎだろ!」

 

 ハジメ達の言う通り、現れた10体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。思わずツッコミを入れてしまったハジメの声に反応して、ラプトル達が一斉にハジメ達の方を見た。そして、そのまま襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。

 

「これでも喰らってろ!」

 

「〝薙鼬(なぎいたち)〟!」

 

「〝緋槍〟」

 

 ハジメは〝焼夷手榴弾〟を投げ落とすと同時に、その効果範囲外にいるものから優先してドンナーで狙い撃ちにしていく。社も〝薙鼬(なぎいたち)〟を呼び出すと斬撃を飛ばし、ユエも〝緋槍〟を使ってラプトル達を仕留めていく。

 

 そしてきっかり3秒後、群れの中央で〝焼夷手榴弾〟が爆発し、3000℃の燃え盛るタールが飛び散り周囲のラプトルを焼き尽くしていった。この階層の魔物にも十分に効いているようだとハジメは胸を撫で下ろす。やはり、あのサソリモドキが特別強かったらしい。結局10秒もかからず殲滅に成功した。

 

「これで一先ずは終わりか。」

 

「ーーーいや、寧ろここからが本番だ。」

 

「あん?何だとーーーマジかよ!」

 

 ハジメが緊張を解こうとしたその時、社の〝悪意感知〟が再び魔物達の敵意を捉えた。全方位からおびただしい数の悪意が向けらており、〝気配感知〟で更に詳細を調べようとする2人。ハジメと社の〝気配感知〟範囲は20mといったところだが、その範囲内において既に捉えきれない程の魔物が一直線に向かってきていた。

 

「ユエ、ヤバイぞ。30、いや40以上の魔物が急速接近中だ。まるで誰かが指示してるみたいに全方位から囲む様に集まってきやがる。やっぱり、黒幕が居やがるな。」

 

「・・・逃げる?」

 

「俺とハジメが先陣切れば無理矢理押し通れはするが、なぁ。」

 

「この密度だと振り切るのも一苦労だ。一番高い樹の天辺から殲滅するのがベターだろ。」

 

「ん・・・特大のいく。」

 

「おう、かましてやれ!」

 

「俺は広範囲攻撃無いから、こういう時はユエさんが羨ましいなー。」

 

 相談した3人は高速で移動しながら周囲で一番高い樹を見つける。そして、その枝に飛び乗り、眼下の足がかりになりそうな太い枝を砕いて魔物が登って来にくいようにした。

 

 ハジメと社はそれぞれの得物を構えながら静かにその時を待つ。と、ユエがそっとハジメの服の裾を掴む。手が塞がっているので、ハジメは代わりに少しだけ体を寄せてやると、ユエの掴む手が少し強くなった。それを見た社がニヤニヤとし始めたがハジメは無視した。

 

「来たな。」

 

「ああ。ラプトルだけじゃねぇ、ティラノもいるな。」

 

 そして第1陣が到着する。ティラノはハジメ達の居る樹に体当たりを始め、ラプトルは器用にカギ爪を使ってヒョイヒョイと樹を登ってくる。

 

 ドパパパパンッ

 

 シャリリリン

 

 そんな魔物達を歓迎するかの様に、破裂音と金属が擦れ合う様な音が連続で聞こえた。その音に追随する様に放たれた紅い閃光と見えない斬撃は、眼下の魔物達を鏖殺せんと降り注ぐ。紅い尾を引く弾丸は樹にしがみついていたラプトルを次々と撃ち抜き、不可視の銀閃はギロチンの様にティラノの首を落としていく。

 

「随分と器用なことするな、ハジメ。」

 

「伊達に隻腕になってねぇよ。」

 

 ドンナーの弾切れ手前で〝焼夷手榴弾〟を投合、爆発した直後にドンナーからシリンダーを露出させると、クルリと手元で一回転させ排莢し、左脇に挟んで装填。そして、再度ドンナーを連射する。流れる様な一連の動きを片手で熟すハジメを見て、驚嘆の声を上げる社。褒められたハジメはぶっきらぼうな口調で返すが満更でも無い様だ。

 

「・・・俺のリロードはレボリューションだ!って「言わん。」ちぇー。」

 

 しょうもない軽口を叩き合う2人だが、その手が止まる事は無い。既に20体は屠ったハジメ達だが、その事実にも特に満足感は無い。眼下には30体を超えるラプトルと4体のティラノがひしめき合い、ハジメ達のいる大木をへし折ろうと、或いは登って襲おうと群がっているからだ。

 

「ハジメ?」

 

「まだだ・・・もうちょい。」

 

 ユエの呼び掛けにラプトルを撃ち落としながら答えるハジメ。ユエはハジメを信じてひたすら魔力の集束に意識を集中させる。そして遂に、眼下の魔物が総勢50体を超え、事前の〝気配感知〟で捉えた魔物の数に達したと思われたところでハジメはユエに合図を送った。

 

「ユエ!」

 

「んっ!〝凍獄(とうごく)〟!」

 

 ユエが魔法のトリガーを引いた瞬間、ハジメ達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていき、魔物に到達すると花が咲いたかのように氷がそそり立って氷華を作り出していく。

 

 魔物達は一瞬の抵抗も許されずに、その氷華の(ひつぎ)に閉じ込められ目から光を失っていった。氷結範囲は指定座標を中心に50m四方。まさに〝殲滅魔法〟と言うに相応しい威力である。

 

「おぉ〜・・・壮観だな。ユエさんお見事。」

 

「はぁ・・・任せて・・・はぁ・・・。」

 

「お疲れさん。流石は吸血姫だ。」

 

 周囲一帯、まさに氷結地獄と化した光景を見て混じりけのない称賛をユエに贈るハジメと社。ユエは最上級魔法を使った影響で魔力が一気に消費されてしまい肩で息をしている。恐らく酷い倦怠感に襲われている事だろう。

 

 ハジメは傍らでへたり込むユエの腰に手を回して支えながら、首筋を差し出す。吸血鬼としての種族特性なのか、神水よりも血を飲ませた方が遥かに魔力回復の効率が良いのだ。

 

 ユエはハジメ達の称賛に僅かに口元を綻ばせながら照れたように「くふふ」と笑いをもらし、差し出された首筋に頬を赤らめながら口を付けようとした。

 

「ハジメ。ユエさんに血を飲ませながらで良い、ここから離れるぞ。」

 

「あ?今度は何だーーー!!」

 

 だが、それを急かす様に社がハジメに促す。怪訝な顔をするハジメだが、社の言葉の意味は即座に理解出来た。ハジメの〝気配感知〟が更に100体以上の魔物を捉えたからだ。

 

「さっきの倍か。幾ら何でもおかしい。たった今、全滅したって言うのにまた特攻・・・確定だな。」

 

「・・・寄生。」

 

「ユエさんも同意見か。」

 

 ハジメと社の推測を肯定するようにユエがコクンと頷く。ラプトル達の特攻は、自分達の生死を明らかに度外視したものだった。

 

「・・・本体がいるはず。」

 

「だな。あの花を取り付けているヤツを殺らない限り、俺達はこの階層の魔物全てを相手にすることになっちまう。さっさと本体を探し出さないと「本体の居場所ならついさっき分かったぞ。」ーーーはぁ!?」

 

 社の発言に驚きの声を上げるハジメ。ユエも声には出さないものの、両目を見開いて驚いていた。

 

「俺達が魔物を一掃したのが大層お気に召さなかったらしい。さっきまであやふやだった本体らしき奴からの悪意が、明確に増した。さっきよりも本腰入れて俺達を殺しにかかるだろうがーーー。」

 

「ーーーさっさと本体を叩いちまえば良いって事だ。」

 

「そう言う事。」

 

 ハジメ達は物量で押しつぶされる前に、魔物達を操っているのであろう黒幕の下へ向かう事を決意する。今の状況では、とてもでは無いが階下探しなどしていられないからだ。幸い社の〝悪意感知〟で本体の居場所に目星はついている為、後はそこまで真っ直ぐ進むだけである。

 

 座り込んでいるユエに吸血させている暇は無いので、ハジメは代わりに神水を渡そうとする。しかし、ユエは何故かそれを拒んだ。訝しむハジメに向けて、ユエは両手を伸ばして言う。

 

「ハジメ・・・だっこ・・・。」

 

「お前はいくつだよ!まさか吸血しながら行く気か!?つーか社は他人事だと思って笑ってんじゃねーよ!」

 

「ウワハハハハ!いや、だって他人事だしな!アハハハハ!」

 

「・・・だっこ・・・。」

 

「コイツ等はぁ・・・!!」

 

 高笑いする社を他所に、ユエのお願いについて吟味するハジメ。確かに不測の事態に備えるならば、神水よりも効率の良い吸血で回復させるのは悪い手では無い。しかし、自分が必死に駆けずり回っている時にチューチューされるという構図に若干抵抗を感じるハジメ。背に腹は替えられないと分かってはいるが・・・。

 

「ええい、ままよ!」

 

「・・・ハジメ・・・素敵・・・。」

 

「良いぞー、ブフッ、それでこそだ、クヒヒッ。」

 

「社は後で覚えておけよ・・・!」

 

 結局了承してユエをおんぶしたハジメは、社に笑われながら本体探しに飛び出していった。

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。ハジメ達は現在、200近い魔物に追われていた。草むらが鬱陶しいと、吸血は済んでいるのにユエはハジメの背中から降りようとしない。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 背後からは地響きを立てながら魔物が迫っている。背の高い草むらに隠れながらラプトルが併走し四方八方から飛びかかってくる。それを迎撃しつつ、社の先導で本体が居ると考えられる場所に向かいひたすら駆けるハジメ。背中のユエも魔法を撃ち込み致命的な包囲をさせまいとする。

 

 カプッ、チュー

 

「方向は合ってるみたいだな!妨害が激しくなってるのが良い証拠だ!」

 

(やっこ)さんも焦ってるんだろうさ!〝(くゆ)(きつね)〟、もう一度煙に巻け!」

 

 社も〝(くゆ)(きつね)〟を呼び出し、目眩しに煙を吐き出させてラプトル達を足止めする。社が目星をつけたのは樹海を抜けた先、今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。草むらに隠れながらというのは既に失敗しているので、ハジメと社は〝空力〟で跳躍し、〝縮地〟で更に加速しながら移動する

 

 カプッ、チュー

 

「・・・ハジメに背負われながら飲む血は美味しいかい、ユエさん?」

 

「・・・風を感じながら、血を飲むのも・・・風情(ふぜい)がある。」

 

「ユエさん!?さっきからちょくちょく血を吸うの止めてくれませんかね!?」

 

 こんな状況にもかかわらず、ハジメの血に夢中のユエ。元王族なだけあって肝の据わりかたは半端ではないらしい。

 

「・・・不可抗力。」

 

「嘘だ!ほとんど消耗してないだろ!クッ、社!式神で分身出してユエを運べ!」

 

「いや、ユエさんの魔法に頼る以上、魔力切れを起こさない為にも今のままがベストだと思うぞ。」

 

「クソッ、こんな時だけ正論吐きやがって・・・!」

 

「・・・社。(グッ)」/「任せてくれ。(グッ)」

 

「示し合わせたかの様にサムズアップしてんじゃねーよ!いつの間に話つけたんだお前等はぁ!!!」

 

 そんな風に戯れながらもきっちりと迎撃しつつ、ハジメ達は200体以上の魔物を引き連れたまま縦割れに飛び込んだ。

 

 

 

 縦割れの洞窟は大の大人が2人並べば窮屈さを感じる狭さだった。ティラノは当然通れず、ラプトルでも1体ずつしか侵入できない。何とかハジメ達を引き裂こうと侵入してきたラプトルの1体がカギ爪を伸ばすが、その前にハジメのドンナーが火を噴き脳天を吹き飛ばした。そして、すかさず錬成し割れ目を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう。」

 

「おう、お疲れさま。」

 

「本当にな!ユエもそろそろ降りてくれねぇ?」

 

「・・・むぅ・・・仕方ない。」

 

 ハジメの言葉に渋々、本当に渋々といった様子でハジメの背から降りるユエ。余程、ハジメの背中は居心地が良かったらしい。

 

「さて、あいつらやたら必死だったからな、ここでビンゴだろ。油断するなよ?」

 

「ん。」

 

「分かってるさ。」

 

 錬成で入口を閉じたため薄暗い洞窟を3人は慎重に進む。しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いており、恐らくあの奥が階下に繋がっているのだろう。2人の〝気配感知〟に敵の姿は映らないが、気配を殺せる魔物もザラにいる為に油断は禁物である。

 

「来るぞ!2人とも気を付けろ!」

 

 ハジメ達が部屋の中央までやってきた時、社が叫んだ。その声にハジメとユエが構えたのと、全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのはほぼ同時だった。

 

「〝岐亀(くなどがめ)〟!」

 

 ハジメ達は一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。優に100を超える数の攻撃に対して、社は〝岐亀(くなどがめ)〟を召喚。『呪力』を練り上げ前方に空色の結界を張る。ハジメは錬成で石壁を作り出す事で防御に徹し、ユエは速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃している。

 

「威力自体は大した事無さそうだな。」

 

「ああ。こいつは恐らく本体の攻撃だ。2人は本体が何処に居るか分かるか?」

 

「この広間の更に奥側。そこから悪意が来てるから、十中八九そこだろうな。」

 

 2人に本体の位置を把握できるか聞いてみるハジメ。社は言わずもがな〝悪意感知〟による逆探知が、ユエは吸血鬼の鋭い五感による索敵と、ハジメとは異なる観点で有用な能力を持っているのだ。

 

「よし、それじゃ片付けるか。・・・ユエ?」

 

「ーーー離れろハジメ!」

 

 しかし、ハジメの質問にユエは答えない。訝しみユエの名を呼ぶハジメだが、ユエからの返答よりも速く、社がハジメの腕を掴んでその場から離れた。

 

 ヒュバッ!

 

 社がハジメと共にユエから離れた直後、空気を切り裂く音と共に2人が居た場所を強力な風の刃が通り過ぎる。驚きながらも体勢を立て直したハジメが目にしたのは、自分達が居た場所に向け魔法を放った直後の、ユエの姿だった。

 

「ユエ!?」

 

「・・・寄生されたか。」

 

 まさかの攻撃にハジメは驚愕の声を上げるが、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。ユエの頭の上にも、ラプトル達の様に花が咲いていたのだ。皮肉にもユエ本人によく似合う真っ赤な薔薇が。

 

「くそっ、さっきの緑玉か!?」

 

「面倒だな。」

 

 ハジメは自身の迂闊さに自分を殴りたくなる衝動を堪えながら、社は現状をどうやって打開するかを冷静に考えながら、ユエの風の刃を回避し続ける。

 

「ハジメ・・・社・・・うぅ・・・。」

 

「意識があるのか?肉体の主導権だけ奪われるタイプか。」

 

「何方でも構わねぇよ、花を撃てば終いだ。」

 

 ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。それを見た社は敵の特性に当たりを付け、ハジメはユエの花に狙いを付けると引き金に指を掛ける。

 

「ーーーチッ、厄介だな。」

 

「ま、そう来るよな。」

 

 が、発砲できない。敵はユエを操ると、花を庇う様に動かし始めたのだ。偏差射撃も出来なくは無いだろうが、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまう。ならばと、社は直接花を切り落とすべく接近しようとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。言外に、近づけばユエ自身を自らの魔法の的にすると警告しているのだろう。

 

「・・・やってくれるじゃねぇか・・・。」

 

「・・・。」

 

 ハジメは悪態を吐き、社は黙り込むとスッと目を細める。ユエは確かに不死身に近い。が、それも己の魔力ありきだ。上級以上の魔法を使い一瞬で塵にされてなお〝再生〟出来るかと言われれば、否定せざるを得ないだろう。そしてユエは、最上級魔法ですらノータイムで放てる。特攻など分の悪そうな賭けは避けたいところだ。

 

 2人の逡巡(しゅんじゅん)を察したのか、漸く本体が奥の縦割れの暗がりから現れる。出て来たのは、アルラウネやドリアード等と言った、人間の女性と植物が融合した様な魔物だった。元の世界の神話では美しい女性の姿で敵対しなかったり大切にすれば幸運を齎すなどという伝承もあるが、目の前のエセアルラウネにはそんな印象皆無である。

 

「うわキモッ。」

 

「性格の悪さがそのまま外面に出てるな。」

 

 思わず感想が口から漏れてしまうハジメと社。確かに見た目は人間の女性なのだが、内面の醜さが反映されている様に醜悪な顔をしており、無数のツルが触手のようにウネウネとうねっていて実に気味が悪い。その口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。

 

 ハジメはすかさずエセアルラウネに銃口を向ける。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。社が刀を抜こうとしても、その瞬間にユエが自らの手を頭に当てて牽制する。

 

「2人とも・・・ごめんなさい・・・。」

 

 悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足手まといになっていることが耐え難いのだろう。口は動く様で、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しいためか、呪縛を解くためか、或いはその両方か。

 

 ユエを盾にしながらエセアルラウネは緑の球をハジメと社に打ち込む。ハジメはドンナーで、社は拳でそれぞれ球を打ち払う。球が潰れ、目に見えないが花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。

 

 しかし、ユエのようにハジメの頭に花が咲く気配は無い。ニタニタ笑いを止め怪訝そうな表情になるエセアルラウネ。ハジメと社には胞子が効かないらしい。

 

(多分、耐性系の技能のおかげだろうな。・・・社は体質もあるのかも知れんが。)

 

(俺はともかくハジメにも効かないとなると、この胞子は分類的には毒なのかね。)

 

 2人の推測通り、エセアルラウネの胞子は一種の神経毒である。そのため、〝毒耐性〟によりハジメと社には効果がないのだ。つまり、ハジメ達が助かっているのは全くの偶然で、ユエを油断したとは責められない。ユエが悲痛を感じる必要は無いのだ。

 

 エセアルラウネはハジメ達に胞子が効かないと悟ったのか、不機嫌そうにユエに命じて風の刃を発動させる。ラプトル達の動きが単純だったことも考えると操る対象の実力を十全には発揮できないのかもしれない。

 

(不幸中の幸いだがーーー。)

 

(人質取られた時点で、こうなるのは目に見えてたな。)

 

「「〝金剛〟」」

 

 2人が風の刃を回避しようとすると、エセアルラウネはこれみよがしにユエの頭に手をやる。()()()()()()()()()()()()()万が一もある為、2人は回避を断念。サイクロプスから得た技能〝金剛〟を発動する。

 

 〝金剛〟は魔力を体表に覆うように展開し固めることで、文字通り金剛の如き防御力を発揮する技能である。まだ未熟な為、恐らくサイクロプスの10分の1程度の防御力だが、風の刃も鋭さはあっても威力は無いので凌げている。社に至っては素の防御力が桁違いの為に痛みすら感じていない様だ。

 

「で、どうするんだ。やり辛いなら俺がやるが。」

 

「んー・・・後が怖いしな・・・。焼夷手榴弾でも投げ込むか?」

 

 式神を呼び出しながら告げる社に、ハジメは後が怖いと言いつつ物騒な事を言い出す。2人がこの状況を打開すべく小声で相談していると、ユエが悲痛な叫びを上げる。

 

「2人とも!・・・私はいいから・・・やって!」

 

「あ。」

 

 何やら覚悟を決めた様子でやってと叫ぶユエ。2人の足手まといになるどころか、攻撃してしまうぐらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな意志を込めた紅い瞳が真っ直ぐ2人を見つめる。が、オチが見えた社は思わず声を上げた。

 

「え、いいのか?助かるわ。」

 

 ドパンッ!!

 

 ユエの言葉を聞いた瞬間、何の躊躇いもなく引き金を引いたハジメ。銃声が響き渡った後には、広間を冷たい空気が漂い静寂が支配する。そんな中、くるくると宙を舞っていたバラの花がパサリと地面に落ちた。

 

 ユエとエセアルラウネが揃って目をパチクリとする。両者共に、何が起きたのか分かっていない様だ。ユエは分かりたくないだけかも知れないが。

 

 ユエがそっと両手で頭の上を確認するとそこに花はなく、代わりに縮れたり千切れている自身の金髪があった。エセアルラウネも事態を把握したのか、どこか非難するような目でハジメを睨むがーーー。

 

 シャリン

 

 社が居合抜きすると同時、〝薙鼬(なぎいたち)〟により発生した斬撃がエセアルラウネの首を綺麗に両断する。緑色の体液を撒き散らしながら、ボチャリと音を立ててエセアルラウネの頭部が落ちた。残った体もグラリと傾くと手足をビクンビクンと痙攣させながら地面に倒れ伏す。

 

「で、ユエ、無事か?違和感とか無いか?」

 

 気軽な感じでユエの安否を確認するハジメ。だが、ユエは未だに頭をさすりながらジトっとした目でハジメを睨む。

 

「・・・撃った。」

 

「あ?そりゃあ撃っていいって言うから。」

 

「・・・ためらわなかった・・・。」

 

「そりゃあ、最終的には撃つ気だったし。狙い撃つ自信はあったんだけどな、流石に問答無用で撃ったらユエがヘソ曲げそうだし、今後のためにならんだろうと配慮したんだぞ?」

 

 ハジメとしては、操られた状態では上級魔法を使用される恐れが低いと分かった時点でユエに対する心配は殆どしていなかった。ユエの不死性を超える攻撃などそうそう無いからだ。

 

 しかし、躊躇い無く撃ってギクシャクするのも嫌だったので、戦闘中に躊躇うという最大の禁忌まで犯して堪えたのだ。それなのに一体何がそんなに不満なのかとハジメは首を傾げる。その様子を見てますますヘソを曲げ、ユエはプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「・・・ちょっと頭皮、削れた・・・かも・・・。」

 

「まぁ、それくらいすぐ再生するだろ?問題無し。」

 

「うぅ~・・・。」

 

 ユエは「確かにその通りなんだけど!」と言いたげな顔でハジメのお腹をポカポカと殴る。確かに撃てと言ったのは自分であり、足手纏いになるぐらいならと覚悟を決めたのも事実だ。だが、ユエとて女。多少の夢は見る。せめてちょっとくらい躊躇って欲しかったのだ。いくらなんでも、あの反応は軽すぎると不満全開で八つ当たりする。

 

「まぁ何だ、頑張って機嫌取るんだな、色男?」

 

「ふざけんな、お前も同罪だろうが!?」

 

「俺が狙ったのはエセアルラウネの方でーす。ユエさんの事は狙ってませーん。」

 

「その言い訳は汚ねぇぞ!さっきもやり辛ければ俺がやるって言ってたじゃねーか!」

 

「はて、記憶にございませんなぁ。気の所為では?」

 

「テメェ・・・!」

 

 あくまでもしらばっくれる社に対して、額に青筋を浮かべるハジメ。社としても、ユエに配慮してエセアルラウネを斬らない、と言う選択肢は初めから頭には無かった。すぐ様行動に移さなかったのは、ハジメと同時に動くタイミングを見計らっていただけである。そうなった経緯は異なれど、躊躇や容赦の無さ等の戦いに対する心構えは非常に良く似た2人。或いは、そういった部分が有るからこそ、奈落に堕ちた後も変わらずに友誼を結べているのかも知れない。

 

「はぁ・・・。もう良い、これ以上お前に構ってたら、またユエが拗ねちまう。どうやってご機嫌取りするかね・・・?」

 

「アッハッハ、世界が変わってもこういう問題は尽きないもんだな。」

 

「笑ってないでお前も考えるんだよ婚約者(フィアンセ)持ちがぁ!!」

 

 笑う社を引っ叩きながら、ハジメはどうやってユエの機嫌を直すか思案し始める。それは、エセアルラウネの攻略より遥かに難しそうだった。



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27.最奥のガーディアン

 エセアルラウネの寄生花を問答無用で撃ち抜き、ユエの機嫌を損ねた日から随分経った。あの後、気絶するまで血を吸われたハジメはその甲斐あって何とかユエの機嫌を直すことに成功し、再び迷宮攻略に勤しんでいた。

 

 そして遂に、次の階層でハジメが最初にいた階層から100階目に当たるところまで来た。その1歩手前の階層でハジメ達は装備の確認と補充をしている所である。

 

「さて、いよいよ通算100階目まで来た訳だが。今のお気持ちをお聞かせ下さいハジメ君?」

 

「もう良い加減陽の光が恋しいんだが?」

 

「わーお目が笑ってない。全面的に同意するけども。そう言えば、ユエさんって陽の光とか大丈夫なの?俺の世界の吸血鬼は、種族と言うか氏族によってその辺バラバラだったけど。」

 

「・・・問題無い・・・。」

 

 社の疑問に答えながらも、ハジメの作業をーーーと言うよりかは作業をしているハジメを見つめているユエ。今もハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしており、その表情も迷宮には似つかわしく無い程に緩んでいる。

 

「いやぁお熱いねぇ。良いよ良いよー、そう言うのもっと頂戴。」

 

「ええい、喧しい。作業中位は静かにしてろ。」

 

 最近、ユエはハジメに露骨に甘えてくる様になっていた。特に顕著(けんちょ)なのが拠点で休んでいる時で、暇さえあれば必ずと言って良い程にハジメに密着していた。横になれば添い寝の如く腕に抱きつき、座っていれば背中から抱きつく。吸血させる時はハジメと正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとせず、ハジメの胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情で寛ぐのだ。

 

「ハジメってば、ユエさんにここまで擦り寄られてドキドキしないの?と言うか、ぶっちゃけムラムラしないの?」

 

「するかボケェ!見た目完全にOUTだろうが!」

 

「・・・むぅ・・・。」

 

 社の問いに思わず叫ぶハジメ。幾ら歳上とは言え、ユエの外見は12、3歳相当である。元の世界で言えば、ギリギリ中学生に成るか成らないかと言った所。そんな相手に欲情したと知られれば弄られるのは目に見えている為、ハジメは割と必死に弁解する。

 

 唯、ユエはユエで時々歳上の魅力を見せつけるかの様に妖艶になったりもする為、ハジメは内心頭を抱えていた。未だ迷宮内である事や社が近くに居る為に耐えてはいるが、地上に出て気が抜けた後ユエの大人モードで迫られたら理性を保てる自信はあまり無かった。

 

「ハジメ・・・いつもより慎重・・・。」

 

「うん?ああ、次で100階層だからな。もしかしたら何かあるかも知れないと思ってな。一般に認識されている迷宮も100階だと言われていたから・・・まぁ念のためだ。」

 

「と言いつつも、確実になんかあるよなぁ。」

 

 ハジメが最初にいた階層から80階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時と各階層を踏破してきた感覚から言えば、通常の迷宮の遥か地下であるのは確実だ。

 

 銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。社に関してもそれは同様だろう。そう簡単にやられる事は無いと考えてはいるものの、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。

 

 故に、怠る事無く出来る時に出来る限りの準備をしておくのだ。因みに今の2人のステータスはこうである。

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1980

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

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===============================

宮守社 17歳 男 レベル:80

天職:呪術師

筋力:2720

体力:2610

耐性:3120

敏捷:3050

魔力:990

魔耐:2060

技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟転式][+式神調]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・金剛・威圧・悪意感知・念話・言語理解

===============================

 

 ステータスは初見の魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔法はそれほど増えなくなっていた。その階層における主級の魔物ならば取得する事もあるが、通常の魔物ではもう増えないようだ。魔物同士が喰い合っても相手の固有魔法を簒奪しないのと同様に、ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。

 

「よし、準備は整った。」

 

「んじゃ、行きますか。」

 

「ん・・・。」

 

 しばらくして全ての準備を終えたハジメ達3人は、階下へと続く階段へと向かった。

 

 

 

 

 

 記念すべき100階層目は、荘厳と言うに相応しい無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の1本1本が直径5m程で、螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱は規則正しく一定間隔で並んでおり、天井までは30mはありそうだ。地面も綺麗に整えられた綺麗なものであり、総じて制作者の拘りを感じさせた。

 

 ハジメ達はしばしその光景に見惚れつつ、部屋に足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。警戒するハジメ達を余所に、柱は3人を起点に奥の方へと順次輝いていく。

 

「・・・社、〝悪意感知〟には何か引っ掛かるか?」

 

「いいや、今の所は何も。唯、警戒だけはしておいた方が良い。〝悪意感知〟は便利だけど万能じゃ無い。」

 

 ハジメの確認に否を返す社。暫く様子見をしても特に変化や異常は見られなかった為、感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。そして200mも進んだ頃、前方に巨大な扉を見つけた。全長10mはある巨大な両開きの扉には、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「・・・これはまた凄いな。もしかして・・・。」

 

「・・・反逆者の住処?」

 

「確かにそれっぽい感じはするな。」

 

 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。未だ感知系技能には反応が無いものの、迷宮内で磨かれた第六感とも言える感覚は、この先に未だかつて無い危険があるとハジメ達に告げていた。

 

「最深部に待ち受ける番人とか、お約束過ぎて笑えてくるな。」

 

「ハッ、最高じゃねぇか。漸くゴールにたどり着いたってことだろ?」

 

「・・・んっ!」

 

 本能が鳴らす警鐘を無視して、ハジメと社は不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようともやるしかないのだ。ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

 

 そして、3人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えたその瞬間。扉とハジメ達の間30m程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

「あの糞牛(ベヒモス)の時と同じタイプの魔法陣か。」

 

「大きさも構築された式も、比べ物にならないがな。しっかし、デカ過ぎないか?マジでラスボスかよ。」

 

「・・・大丈夫・・・私達、負けない・・・。」

 

「・・・そうだな。」

 

 目の前に現れた魔法陣は以前ベヒモスを呼び出した物の凡そ3倍程の大きさで、構築された式もより複雑で精密なものとなっていた。ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さず、寄り添う様にハジメの腕をギュッと掴む。その光景に、眩しいものを見た様に目を細め薄く笑う社。

 

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする3人。光が収まった時、そこに現れたのは体長30m、6つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら6対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。

 

「ーーー散れ!」

 

 と同時、悪意を察知した社が声を荒げる。その直後、赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放つ。炎の壁と言うに相応しい規模の火炎を、その場を飛び退く様に避けた3人は反撃を開始する。

 

 初手を担うのは、ハジメ。構えたドンナーが火を吹き、電磁加速された弾丸が超速で赤頭を狙い撃つ。号砲一発、反撃の号令を下すかの様に発砲音が響き渡り、放たれた弾丸は狙い違わず赤頭を吹き飛ばした。

 

 だが、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫ぶと、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかの様に赤頭が元に戻る。白頭は回復魔法を使えるらしい。

 

 ハジメに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばし、社は青い紋様持ちの頭を殴り飛ばすが、同じく白頭の叫びと共に回復してしまう。その光景を見ていたハジメは舌打ちをしつつ〝念話〟で2人に伝える。

 

〝2人共、あの白頭を狙うぞ!キリがない!〟

〝あいよ!〟

〝んっ!〟

 

 復活した青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながら3人が白頭を狙う。

 

 ドパンッ!

 

「〝緋槍〟!」

 

 赤く尾を引く閃光と燃え盛る槍が白頭に迫る。しかし、直撃するかと思われた瞬間、黄色の文様の頭が射線に入ると自らを一瞬で肥大化させる。そして淡く黄色に輝き、盾となってハジメのレールガンとユエの〝緋槍〟を受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいて、ハジメ達を睥睨(へいげい)している。

 

「ちっ!盾役か。攻撃に盾に回復にと実にバランスの良い事だな!」

 

「だが、俺には関係無い。〝薙鼬(なぎいたち)〟!」

 

 社の呼び声と共に、白い鼬を模した式神が現れる。複数の頭から放たれる魔法を避け続けていた社は、そのまま足を止める事無く愛刀を腰だめに構えると、『呪力』を込めて強化された居合い斬りを放つ。

 

 ズバンッ!

 

「クルァン!?」

 

 社の狙い通り〝薙鼬(なぎいたち)〟によって発生した斬撃は、盾となっていた黄頭に防がれる事無く、白頭を直接斬り付ける事に成功する。不意を突かれ痛みと驚きに叫びを上げる白頭だが、致命傷には程遠い。

 

〝チィッ、浅い!ハジメ!〟

〝任せろ!〟

 

 回復される前に畳み掛けるべく、ハジメはドンナーの最大出力で白頭目掛けて連射する。ユエも合わせて〝緋槍〟を連発し、社も〝薙鼬(なぎいたち)〟による斬撃で更に追い討ちをかける。

 

 黄頭はハジメとユエの攻撃を尽く受け止めるが、〝薙鼬(なぎいたち)〟の斬撃はその防御をすり抜け、白頭に確実にダメージを与えていく。混乱しつつも如何にか斬撃を防ごうとする黄頭だが、ハジメとユエの攻撃を無視する訳にもいかず、徐々に傷だらけになっていく。

 

〝俺とユエはこのまま黄頭を釘付けにする!社はそのまま白頭をやれ!〟

〝あいよ!ーーーヤベッ!?〟

 

 すかさず白頭が黄頭を回復しようとするが、社が斬撃を飛ばす事で妨害を行う。すると、赤、青、緑の3頭が一斉に社の方に狙いを定めた。斬撃を飛ばしていたのが社であると判断し、集中攻撃をして先に始末する腹積りなのだろう。

 

 ヒュドラの悪意を感知し焦る社だが、3頭が魔法を放つ寸前に白頭の頭上で燃え盛るタールが撒き散らされた。隙を見てハジメが〝焼夷手榴弾〟を投げ込んでいたらしく、摂氏3000度の炎に巻かれたヒュドラ達は苦痛に悲鳴を上げながら悶えている。

 

〝ナイスフォローだハジメ!〟

〝気にすんな!それより今がチャンスだ!このままーーー〟

 

「いやぁああああ!!!」

 

「「ユエ(さん)!?」」

 

 このチャンスを逃すまいとハジメが〝念話〟で合図を送り、3人同時攻撃を仕掛けようとした直前。先程まで黄頭を釘付けにすべく魔法を放っていたユエが突如絶叫した。咄嗟(とっさ)にユエに駆け寄ろうとするハジメだが、それを邪魔するように復帰した赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。

 

「ーーー行け、ハジメ!こっちは俺が相手しておく!」

 

「スマン、任せた!」

 

 未だ絶叫を上げるユエを見るに、何か良くない事が起こっているのは明白だった。ヒュドラと付かず離れずの距離を保ちつつ妨害に徹していた社は、ハジメをユエの下に向かわせると、〝縮地〟で一気に距離を詰めて赤頭を殴り飛ばす。

 

 『呪力』で強化された拳は赤頭を一撃でダウンさせるが、残った青頭と緑頭が氷塊と風刃を放ち社を迎撃する。先んじて悪意を感知していた為すぐ様離脱して攻撃範囲から逃れるが、その隙に白頭が赤頭の傷を癒してしまう。

 

(厄介極まりないな。魔力も無限では無い以上、此方の攻撃も全くの無意味では無いだろうが・・・。このまま削り合いを続けていたら先にバテるのはこっちだろうな。)

 

 その様子を眺めながら思考を回す社。チラリとハジメの方を伺うと、黒い紋様の頭をドンナーで撃ち抜き、ユエを抱えて退避する姿が映った。何とか無事に救出は出来た様で、それを見て小さく安堵の息を吐く社。

 

「ここが正念場か。ーーー行くよ!■■ちゃんッ!!!」

 

「エェモチロン。ーーーウフアハハハハ!サァ、アーソビーマショー!!」

 

 ハジメ達が部屋の端、柱の影まで引っ込んだのを確認した社は惜しみ無く■■(切り札)を切る。社の呼び声に汚泥の様な漆黒の『呪力』を噴き出しながら、さも当然と言わんばかりに特級怨霊■■■■が応える。その声に歓喜の色が含まれていたのは、社に頼られた喜びからか、はたまた好き勝手に出来る玩具(ヒュドラ)を得た暗い悦楽によるものか、傍目には分からない。

 

 今まで社が■■を呼ばなかったのは、彼女には敵味方の区別がつかないからだ。■■が正確に認識出来るのは、社唯1人。彼女の目には社しか映らず、それ以外は全て有象無象にしか見えない。そんな状態で周りを巻き込まずに戦うのはまず不可能だ。

 

 だが、ハジメとユエがこの場から離れた今、周りに配慮する必要は無い。この世界に来てから2回目、正真正銘最悪の■■(かいぶつ)が、化け物(ヒュドラ)を呪い殺す為、迷宮の最奥で再び完全顕現した。

 

 

 

 

 

「「「「「「クルルゥアァッ!!」」」」」」

 

 完全顕現した■■を見て、ヒュドラの頭達が一斉に社の方に向き直る。如何やら■■の危険性をすぐ様感じ取った様で、6つの頭が仲良く並んで社達を威嚇していた。

 

「アハハハハ!ナニイロガスキィ?アカ?アオ?ミドリ?フフフ、スキナイロデオケショウシテアゲルワァ!」

 

 ■■の言葉と共に、圧倒的なまでの『呪力』が炎の如く巻き上がる。河川の氾濫を思わせる程に際限無く湧き出す『呪力』は、■■の持つ『術式』により多種多様の『呪術』に変換され、ヒュドラ目掛けて打ち出されていく。

 

 ベヒモスを相手にした時とは異なり、手加減無しに発動する色取り取りの『呪術』は、例外無くその全てに明確な殺意が乗せられていた。それに対抗する様に、赤・青・緑の3頭がそれぞれに対応した魔法を使って迎え撃つ。目の前の敵を滅ぼす為に放たれた魔法/『呪術』は、丁度両者の中間地点で激突。白い光を放ちながら、お互いを打ち消す様に対消滅していく。

 

(全力の■■ちゃんと互角かよ!マジでとんでもないな!)

 

 頭上で火花が散るのを感じながらヒュドラに突っ込む社。出力自体は両者互角、術の多様性では■■に軍配が上がるが、3つの砲塔ならぬ()()とそれらをサポートする白と黄色の頭の存在が互角の戦況を作り出していた。逆に言えば、ヒュドラの頭の内のどれか1つでも欠けさせてしまえば、この均衡は崩せる。

 

 ヒュドラ自身も今の状況に気付いているのだろう。向かってくる社を近づけさせまいと赤頭が炎を吐こうとするが、■■が雨霰と呪術を放ち余所見を許さない。他の頭も■■の相手で手一杯になっており、その隙を突いた社は跳び上がると〝空力〟で足場を作製、緑頭の横っ面を殴り抜く。

 

「ーーーラァッ!」

 

 ドゴムッ!

 

「クルァン!?」

 

 生物を叩いたとは思えぬ音と共に、短い叫びを上げるヒュドラ。殴られた緑頭は全身から力が抜けた様にグッタリしており、起き上がる様子は無い。緑頭が抜けた穴を埋めるべく赤頭と青頭が必死に魔法を放つが、徐々に傷だらけになっていき、白頭もその2頭の回復を優先している所為で緑頭まで手が回っていない。

 

(このまま押し切る!)

 

 均衡が崩れかけているのを察知した社は、他の頭を潰そうと更なる追撃を試みる。肉体を魔力と呪力の2重強化に切り替え、このまま勝負を決める為に残る頭を潰そうとしてーーー。

 

「アアアァアァアアアァアァアアア!?!?!?」

 

「■■ちゃんッ!?ーーーグゥッ!」

 

 突如、■■が悲鳴じみた金切声を上げた。怨霊となってから聞いた事が無い程の叫び声に、動揺しながらも■■の名を呼ぶ社。だが、その言葉も届かぬまま■■は辺り一体に『呪術』を撒き散らす。無軌道且つ無差別に放たれる『呪術』は、ヒュドラと社に見境なく降り注いでしまう。

 

「痛っ・・・「クルゥアアア!!!」ッーーー〝金剛〟!」

 

 〝空力〟で飛び上っていた所を撃ち落とされてしまった社。2重の肉体強化により大きなダメージにはなっていないが、その隙を逃す程番人は甘く無かった。〝悪意感知〟によりヒュドラの攻撃を察知した社は、避けられないと知るや『呪力』により肉体強化をした上で〝金剛〟を発動する。社が防備を固めたのと、黄頭が肥大化した自分自身を振り抜いたのは同時だった。

 

 ドゴムッ!!!

 

 最も分かりやすく喩えるなら、ゴルフのフルスイングと言うのが1番的確だろう。空中で身動きが取れない状態の社に対して、黄頭は大きく振り被った頭を躊躇い無く振り下ろす。ダンプカーと正面衝突した方がまだマシに思える程の轟音と衝撃は、社をいとも簡単に吹き飛ばした。

 

「ーーーガハッ!」

 

 碌に減速することも出来ず、強かに壁に叩き付けられた社。防御が間に合ったとは言え、普通の人間であればミンチを通り越して壁のシミになっていてもおかしく無い所を、未だ5体満足でいられるのは流石の頑健さだろう。

 

(・・・何とか骨まではイッて無いか。しっかし、まさか■■ちゃんがやられるとは。一体何された?怪しいのは黒頭だが・・・。)

 

 怪我の具合を確認しながら思考を巡らせる社。ヒュドラの方を見ると、■■の姿は既に無かった。如何やら既に戻ってしまったらしい。

 

〝目と耳塞げ、社!〟

〝ーーーッ、了解!〟

 

 突如聞こえた〝念話〟の声に従い、目と耳を塞ぐ社。その数秒後、部屋全体を包み込む強烈な閃光と音波が発生してヒュドラを怯ませた。ハジメ特製〝閃光手榴弾〟と〝音響手榴弾〟の仕業である。

 

 〝音響手榴弾〟の材料は80層で見つけた超音波を発する魔物から採取したものだ。その魔物は体内に特殊な器官を備えていたのだが、その器官自体が鉱物だったので、ハジメが錬成で音響爆弾に加工したのだ。

 

「ーーー『式神調べ (きゅう)ノ番〝(くゆ)(きつね)〟』!」

 

 ヒュドラが悶えている隙に社は〝(くゆ)(きつね)〟を召喚。怯んでいるヒュドラを煙に巻いて時間稼ぎをしながら、ハジメ達が隠れている柱の陰に向かう。

 

「無事か、社。」

 

「何とかな。そっちは?」

 

 ハジメ達と合流した社は互いの無事を確認すると、手短に情報交換を行う。内容はユエの安否と、ヒュドラが持つ黒い紋様の頭についてである。

 

「・・・成る程、黒頭は精神に作用する魔法の使い手と。幸利と同タイプか。」

 

「ああ。ユエの話を聞くに、不安を掻き立てる様な幻覚を見せて恐慌状態を引き起こす魔法だろう。本当にバランスの良い化け物だよ。」

 

 ハジメの悪態混じりの説明を聞いて納得の声を上げる社。社は真正面からのぶつかり合いで■■が敗北する所を今まで見た事が無かった。それ程までに圧倒的な『呪力』と『術式』を持つ■■を倒すのならば、確かに馬鹿正直に戦うよりは搦手を使う方が余程成功率は高いだろう。問題は■■が何を見せられたのか分からない事だが。

 

「嫁さんの方は?」

 

「さっきから呼びかけているが反応は無い。この戦いではこれ以上の活躍は無理かもな。・・・ユエさんは?」

 

「ん、何時でもいける。」

 

「あっれ、ピンピンしてるね?しかも凄いやる気満々。何があったの?」

 

 良い意味で予想を裏切る返答を聞き、思わずハジメとユエを見比べる社。ハジメから聞いた話によれば、ユエが見たのは〝ハジメに見捨てられて再び封印される光景〟だったらしい。ところが今のユエの様子は、ともすれば過去最高に戦意が満ちている様にも見えた。

 

 先程ユエが発した絶叫と■■が一発で倒された事実を(かんが)みるに、黒頭の精神作用魔法は生半可なものでは無い筈だ。そんな代物を食らって心が折れかかっている状態からここまで持ち直すには、ユエが持つ不安の全てを取り除く位はしなければならないはずだが・・・。この短時間でそれを成す方法は社には思いつかなかった。

 

「・・・それは「い、今はそれどころじゃねぇだろ!社は早いとこ〝影鰐〟呼んでシュラーゲン出せ!」・・・ハジメの照れ屋・・・。」

 

(ほほーう、ユエさんがハジメを見る目が熱っぽいな。んー本当に何したんだろ?愛の言葉でも囁いたのかね。気になるなー。)

 

 両手で顔を挟みウットリするユエと何かを誤魔化す様に焦るハジメを見て、訝しみつつも言われた通り〝影鰐(かげわに)〟を出す社。割と良い線を突いている友人(やしろ)の内心など知らないハジメは、咳払いをして気を取り直しつつ2人に作戦を告げる。

 

「ユエ、社、シュラーゲンを使う。連発できないから援護頼む。」

 

「・・・任せて!」

 

「了解。後でハジメが何したか、コッソリ教えてねユエさん!」

 

「オイコラ社!テメェ背中に気を付けろよぉ!?」

 

 いつもより断然やる気に満ち溢れているユエを見て、後で絶対に聞き出す事を固く心に決める社。囮となるため真っ先に柱の陰から飛び出すと、ハジメ達から離れる様に大きく回り込みながらヒュドラに向かって走り出す。それに続くようにハジメとユエも柱の陰から飛び出すと今度こそ反撃に出る。

 

 ヒュドラは中々晴れない視界に苛立っていた様だが、風魔法で無理矢理煙を吹き飛ばすと猛り狂う様に咆哮を上げ、ハジメ達に向けて炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んでくる。■■が居なくなった今、ヒュドラの優先順位はユエに切り替わったようだ。

 

「〝緋槍〟!〝砲皇〟!〝凍雨〟!」

 

 ユエはハジメを援護すべく、威力よりも手数を重視した魔法を弾幕の如く撃ち放つ。陽炎を生み出す炎の槍が。螺旋に渦巻く真空刃を伴う竜巻が。鋭い針の如き氷の雨が。有り得ない速度で続々と構築されると一斉にヒュドラを襲う。

 

 ユエの〝蒼天〟ならば、黄頭ごと白頭を吹き飛ばす事も不可能では無いだろう。だが、最上級魔法を使うとユエはその後行動不能になる。吸血させれば直ぐに回復するが、生き残りの頭がいた場合を考えるとそう簡単に博打を打つわけにもいかない。

 

 攻撃直後の隙を狙われた赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが、白頭の方をハジメと社が狙っていると気がついたのかその場を動かず、代わりに咆哮を上げる。すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となった。どうやらこの黄頭はサソリモドキと同様の技が使えるらしい。

 

 だが、その程度の壁など今のユエの前では無意味に等しい。ユエの魔法はその石壁に当たると壁を爆砕し、後続の魔法が次々とヒュドラの頭に直撃した。

 

「「「グルゥウウウウ!!!」」」

 

「ナイスだユエさん!」

 

 悲鳴を上げのたうつ赤・青・緑の3頭。その隙を逃さず、距離を保っていた社が急転換してヒュドラの背後から奇襲する。と、ここで襲撃に気付いた黒頭が向かってきた(てき)の姿を眼に捉え、恐慌の魔法を行使する。

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 ノイズ交じりの、しかし幻影と断じるには鮮明すぎる映像が社の頭の中に流れ込んでくる。()()()()()()幼い社の首に、皮膚の剥がれ落ちた大きな腕が掛けられる。腕の持ち主はそのまま社の肉体を軽々と持ち上げるが、幼い社は何故か全く抵抗するそぶりを見せない。そしてそのまま大きな掌が、社の首を締め上げる様に握りしめてゆきーーー。

 

「ーーー■■ちゃんが俺にそんな事する訳無いだろうがぁ!!舐めてんのかこの糞蛇がぁ!!!」

 

 瞬間、激高した社の肉体から荒れ狂う程の『呪力』が噴き出した。黒頭の見せた幻影は、非常に的確かつ強烈に社の逆鱗を踏み抜いた。愛する人を侮辱された憤怒は、肉体を覆いつくす程の『呪力』へと変換され、そのまま社の右手に収束していく。

 

「死ねや!!!」

 

 技術のぎの字もへったくれも無い、怒りに任せた大振りで乱雑な右ストレート。雫辺りに見られればため息を吐かれかねない隙だらけの拳(テレフォンパンチ)は、しかし今までとは比較にならない量の『呪力』によって、正真正銘の一撃必殺の拳(ジョルトブロー)へと昇華された。

 

 ズドン!!!

 

 恐慌魔法を食らったのが嘘の様にノータイムで動いた社に、黒頭は全く対応出来なかった。右腕を引き絞る様に構えたまま全身の力と体重を込め、床面から両足を離す様に跳び上がると社は渾身の殴打を放つ。対空砲もかくやという轟音が響き、殴られた黒頭は悲鳴の1つすら上げられない。余りの衝撃に黒頭の顔面は原型を保っておらず、無惨にも首の根本は半ば程まで引き千切られていた。

 

〝今だ、離れろ社!〟

〝ーーーっ、了解ィ!〟

 

 怒り心頭の社にハジメから〝念話〟が届く。ユエと社がヒュドラの相手をしている間に、確実にシュラーゲンを当てられる距離まで近づけた様だ。回復を受けた赤・青・緑の3頭の魔法をユエは尽く相殺して足止めし、黒頭も社が完全に沈めた今がチャンスだろう。冷水を浴びせられた様に我を取り戻した社は、その言葉に返答しながらヒュドラから体を離す。

 

 ドガンッ!!!

 

 その直後。大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共に、深紅に染まった極太のレーザーがヒュドラを穿った。かつて光輝がベヒモスに放った〝神威〟が、まるで児戯に思える程の光量と熱量。タウル鉱石にシュタル鉱石をコーティングしたフルメタルジャケットの赤い弾丸が、敵の命を喰らうべく目にも止まらぬ速さで撃ち出されたのだ。

 

 迫り来る紅い閃光に対して、黄頭は白頭の盾になる様に前に出た。だが、弾丸は黄頭の防御を紙屑の様に突き破ると、背後の白頭ごとあっさりと貫通、余波で黒頭さえも焼き尽くすとそのまま背後の壁を爆砕した。余りの衝撃に、階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。

 

 チンッと薬莢が地面に落ちる音が、残心の様に響く。後に残ったのは、頭部を根こそぎ吹き飛ばされた3つの頭と、どこまで続いているか分からない位に深い穴の空いた壁だけだった。

 

 一度に半数の頭を消滅させられた残り3つの頭が、呆然とハジメの方を見る。何が起きたのか信じられない様子である彼等だが、相対している敵は眼を離して良い相手では無かった。

 

「〝天灼〟」

 

 天性の才能を持ちながらも、恐れをなした同族により奈落に封印された吸血姫。一騎当千、自らに並び立つ者等居ないと言わんばかりの無双の力が、天罰の様にヒュドラに降り注ぐ。

 

 ユエの詠唱と同時、残りの3頭を取り囲む様に6つの放電する雷球が空中に現れると、次の瞬間球体同時が結びつくように放電を互いに伸ばして繋がり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

 ズガガガガガガガガガッ!!

 

 中央の雷球が弾けると、絶大な威力の雷撃がヒュドラを焼き尽くさんと撒き散らされた。残りの頭が堪らず逃げ出そうとするが、6つの雷球が壁の役割をしている様で雷の範囲から抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。

 

 そして、10秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、3つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 

 

 

 

 

 魔力枯渇で荒い息を吐きながら、ペタリと座り込むユエ。無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿すと、「やったぜ!」とでも言いたげにサムズアップする。それを見たハジメも頬を緩めながらサムズアップで返すと、シュラーゲンを担ぎユエの元に歩き出してーーー。

 

「まだだ!ヒュドラからはまだ悪意が消えちゃいない!」

 

 その直後、社の切羽詰まった怒号が飛んだ。ギョッとしたハジメとユエが視線をヒュドラに向けると、ボロボロの胴体部分から7本目の頭がせり出してハジメ達を見下ろしていた。

 

 7つ目の頭ーーー輝く銀色の頭は、スっと視線をユエに向けた。その瞬間、全身を悪寒に襲われたハジメと社は同時に飛び出していた。魔力枯渇で動けないユエに対して、銀頭は予備動作抜きで目を焼く程の極光を放つ。先程のハジメのシュラーゲンに匹敵するレーザーが瞬く間にユエに迫り、庇おうとしたハジメと社ごと3人を飲み込んだ。




ヒュドラ戦は、ハジメ&ユエペアと社&■■ペアの2組に分かれる案もありました。が、本作は「乙骨君オマージュオリ主と里香ちゃんオマージュオリ主によるリベンジ」を目標としているので没にしました。よって、全体的に原作ありふれよりかはイージーモードになっております。・・・基本的には。


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28.もう一度、誓いを

「・・・何処だここ?」

 

 何時の間にか地面に横たわっていた体を起こしながら、心底不思議そうに呟く社。先程まで眠っていた様だが、今自分がいる場所には見覚えが無かった。

 

(あれ、俺何してたっけ。王国に拉致られて、ハジメが堕ちて、合流して、ユエさん加入して、1番下でーーーっ!!!」

 

 寝惚けた頭で現状を思い出そうとして、すぐさま何が起きたのかを把握する社。死に体の筈のヒュドラから出現した銀の頭がユエに向けて極光を放ち、悪寒を感じたハジメと社はユエを庇うように射線に立ったのだがーーー。

 

(流石に〝岐亀(くなどがめ)〟で受け止めるのは無理があったか。)

 

 ユエの盾になる様に、ヒュドラの放った極光を受け止めようとしたハジメ。そんな友人を庇う様に更に前に立った社は〝岐亀(くなどがめ)〟の結界を展開した筈だが、そこから先の記憶は無かった。

 

(2人はどうなった?ヒュドラは?と言うか、本当にここは何処だ?)

 

 気になる点は幾つもあるが、目下の問題は今自分が居る場所が何処なのか分からない事だろう。現在社がいるのは、ヒュドラと戦っていた100階層の部屋では無く、かと言って訪れた記憶どころか心当たりすら無い場所であった。

 

(・・・何処かの城の大広間、っぽいか?ハイリヒ王国の城とも、神山の大聖堂とも違う感じだな・・・。)

 

 現状を把握すべく、社は警戒しながら周囲を観察する。社が倒れていたのは、西洋の城内を思わせる煌びやかな大広間だった。豪勢なシャンデリアや美しい紋様が描かれたカーペット等、美術品に疎い社ですら一目で高価と分かる調度品が惜しげもなく使われており、豪華絢爛(ごうかけんらん)の一言に尽きる様相であった。

 

「何というか、シンデレラとか美女と野獣に出てきそうな城だな。」

 

 余りにも()()()城内を見て、社は呟く様に感想を漏らす。思わず口に出た言葉は、そのまま誰に聞かれる事無く消える筈だった。

 

「えぇ、良い趣味でしょ?これでも女の子ですもの。こういった風景に憧れがないわけじゃ無いのよ?」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 ドクン、と社の心臓が跳ね上がる程に脈打った。声の主は気付かない内に背後に立っていた様だが、そんな事を気にする余裕はとうに消えていた。何時も聞いていた、どこかノイズが混じった声では無い。片時も忘れる事は無かった()()()()()()肉声。意識せず握りしめた拳は、力を込め過ぎて指が白くなっている。ゆっくりと、恐る恐る振り返ろうとする社。自分の後ろにいる誰か(かのじょ)の姿を見るだけのはずなのに、その動きは緩慢極まりない。それでも彼女は急かす事無く、その場で待ち続けていた。そして。

 

「久しぶり、と言うのが正しいのかしらね、社?」

 

「・・・そうだね。久しぶり、で良いんじゃないかな、■■(あい)ちゃん。」

 

 誰よりも近く、そして誰よりも遠くに居た2人が、異世界で再会した。

 

 

 

 

 

「あー・・・それで、■■(あい)ちゃん?」

 

「あら、さっきみたいに■■(あい)って呼び捨てしても良いのよ?昔の社も可愛かったけれど、今みたいに強く名前を呼ばれるのも、必死に求められているみたいで悪くないもの。」

 

 クスクスと、柔らかな笑みを浮かべながら社を揶揄う■■(あい)。愛しい彼女の笑顔を見て色々と込み上げてくるものの、何とかそれらを振り切って社は話を進めようとする。

 

「えー・・・それはまたの機会にして。それで、ここは何処なんだ?」

 

「ここ?ここは私の生得領域(しょうとくりょういき)*1の中よ。私が()()()()()()()()()()()()()()()()だったって、お祖父様から聞いていたのでしょう?」

 

「・・・まあね。」

 

 ■■(あい)が死んで怨霊となり社に取り憑いた後、社の祖父は何故彼女がここまで強大な呪いになったのかを知る為に■■(あい)の血筋を調査したのだ。その結果、■■(あい)の実家は何代も前に没落した呪術師の名家である事が判明。■■(あい)は無自覚ながらも呪術師として類稀なる才能を受け継いでいたのではないか、というのが社の祖父の推察であった。

 

「全く社ったらすぐ無茶をするんだから。私が何とか術式で相殺したから良いものの、1歩間違えれば死んでいたのよ?本当に、私がいないとダメなんだから。」

 

「面目次第も御座いません。」

 

 腰に手を当てて頬を膨らませながらお説教をする■■(あい)。プンプン、と言う擬音が聞こえてきそうではあるが、見た目小学生なので迫力は皆無である。寧ろ微笑ましさすら感じるその様子に思わず笑ってしまいそうになるも、拗ねられるのも困る為何とか我慢しつつ謝る社。

 

「それで、何だが。ここから出るにはどうすれば良いんだ?」

 

「社がここから戻りたいって強く願えば出られるけど・・・もう行くの?少し位ここに居ても良いんじゃないかしら。ここに居る間は、現実では殆ど時間が経たないの。暫くは2人っきりでゆっくり過ごせるわよ?」

 

「・・・・・・・・・非常に、非常に魅力的な提案なんだけれども!普段なら間違い無く飛び付いているはずだけれども!ーーー今はダメだ。友人(ハジメ)が今もきっと戦っている。それなのに、俺だけが美味しい思いなんて出来ない。」

 

 蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべる■■(あい)からの提案(ゆうわく)を、断腸の思いで断る社。最初に短くない間があったのはご愛嬌である。何せ9年ぶりの再会であり、今にも飛び上がりたい程には浮かれているのだから。それをしないのは、(ひとえ)にハジメ達の事が気掛かりだからである。

 

 社にとって最も大事で大切なのは、間違い無く■■(あい)である。だが、優先すべき事態を見誤るつもりも社には無かった。今ここで■■(あい)の提案に乗る形で自らの欲望に従ってしまえば、ハジメ達を見捨てる事になってしまう。目の前にいる大切な人をみすみす死なせる様な事は2度としないと、社は呪術師になると決めた時に誓ったのだから。

 

「・・・そう。社らしい、と言えば社らしいのかしら。ーーーねぇ、社。もし、彼等を助ける手段があるって言ったら、どうする?」

 

「そんな方法あるのか!?教えてくれ■■(あい)ちゃん!俺に出来る事なら何でもするから!」

 

 社の言葉に納得した様な声を出した■■(あい)は、すぐに悪戯っ子の様な笑みを浮かべると予想外な事を言い出した。予想だにしない言葉を返されて、思わず食い気味に答える社。

 

「簡単よ。私との契約を切れば良いの。」

 

「却下。論外だね。」

 

「・・・え?」

 

「嫌だよ、そんな方法。俺にとっては考える価値すら無い。」

 

 迷う事無く、躊躇う事無く。何を当たり前の事を、と言わんばかりに断言した社。種類は異なれど、今まで笑みしか浮かべてなかった■■(あい)の表情がここに来て初めて大きく変わる。驚愕と困惑が入り混じった顔の■■(あい)とは対照的に社の表情は特に変化しておらず、それが余計に■■(あい)の混乱を助長していた。

 

「・・・今の私達は昔に約束した『ずっとずっといっしょにいる』って『縛り』で繋がっているの。私には才能があったけど当時の社は呪術師として未熟だったし、何よりも『縛り』として貴方の同意を得た訳じゃ無いから、この縛りは不完全な物なのよ。怨霊になっている私ならともかく、今この場にいる私と社、両者の同意が有ればこの契約は破棄出来る。そして、今まで私達が一緒にいた期間に溜め込んだ呪力の全てを使えば、あんな蛇如きは一蹴できるわ。だからーーー「■■(あい)ちゃん何か誤解してないかな。」・・・?」

 

 理解を促す様に、或いは未練を断ち切る様に。分かりやすく、伝わり易く説明を続けていた■■(あい)の言葉を、社は優しく遮った。自分の想いが少しでも伝わる様にゆっくりと、しかし確かな意思を込めて、社はずっとずっと伝えたかった本心(おもい)を打ち明ける。

 

「俺は別に■■(あい)ちゃんに取り憑かれた事を、唯の1度も不幸だなんて思った事は無いよ。それは今も昔も、そしてこれから先の未来でも変わらない。もし■■(あい)ちゃんと俺が離れる時が来るとすれば、それは■■(あい)ちゃん自身が心底俺から離れたいって思った時だけだよ。・・・■■(あい)ちゃんは今、俺から離れたいって思うかい?」

 

「・・・それは。」

 

 社の言葉に、酷く動揺した様子の■■(あい)。先の言葉通り、社は■■(あい)に憑かれた事をただの一度も不幸であると感じたことは無かった。『ずっとずっといっしょにいる』ーーー幼稚で未熟だった頃の自分達が、それでも自分たちなりに本気で心から守りたいと誓った約束。死んで怨霊となって尚、その約束を守り続けてくれた■■(あい)に対して、社が喜ぶ事はあっても悪感情など抱く筈も無かった。

 

「だったら、その案は無しだ。それよりも1つ、今の会話で試したい事が出来たんだけど、良いかな?」

 

「・・・?何かしら?」

 

 口ごもる■■(あい)にそう言って、社は思い付きの仔細を話す。だが、説明を進めるたびに■■(あい)の顔は険しくなっていった。

 

「・・・・・・出来る出来ないで言えば可能でしょうね。上手くいけばこの状況も打開できるかもしれないわ。でも、私は反対。そんな事をしたら、怨霊の私が何をするのか全く予想出来ないのよ?最悪貴方は死ぬーーーいや、死ぬより酷い目に合うかもしれない。それでも、本気でやるつもりなの?」

 

 ■■(あい)の言う通りこれから社が行おうとしているのは、常人であれば自殺に等しい暴挙と言って良いものであった。確かに()()()()()()理に適った行動なのかもしれないが、得られるリターンに対して背負うべきリスクがまったく釣り合っていなかった。そんな大博打を自身の命を賭けてまでする価値があるのかと、■■(あい)は社に問いかける。

 

「勿論。ーーー■■(あい)ちゃんは知ってるとは思うけどさ。俺は俺が死ぬよりも、何も出来ずに身内が死ぬ方が怖いんだ。目の前で大切な誰かが死ぬ事に比べたら、自分の命を賭けた方がまだマシなのさ。」

 

 そんな■■(あい)の不安や心配を笑い飛ばす様に、社は自分の想いを語る。■■(あい)が目の前で事故に合い死んだあの日、社は自分が何も出来なかった事を強く深く悔やんでいた。当時10にも満たない子供になにが出来たのかと口にするのは簡単だったが、しかし社はその言葉で自身を納得させられなかったのだ。

 

 幸い(と言って良いかは意見が分かれるであろうが)■■(あい)は死して尚社の下に戻ってきてくれたが、こんな奇跡は2度も起こらないだろう。もしまた似たような事が起きたら?それが自分にとって大切な人だったら?ーーーそう考えてしまった社が力を求めて呪術師となったのは、当然の帰結だったのだろう。

 

「・・・もう。それを言われたら私は何も言えないじゃないの。」

 

「アッハッハ、ゴメンね■■(あい)ちゃん。ーーー名残惜しいけど、もう行かなきゃ。」

 

 恨みがましく拗ねる様に呟く■■(あい)。そんな子供らしい姿を見た社は笑いながら謝ると、別れを切り出した。時間はほとんど経過してないとは言え、これ以上ハジメ達を待たせるわけにもいかない。

 

「ーーーそれじゃあ、またね■■(あい)ちゃん。」

 

「ーーーええ、また会いましょう、社。」

 

 お互いに再開の言葉を残し、社の体が透ける様にして消えてゆく。数秒もしない内に社は消え去り、後に残ったのは■■(あい)唯1人。

 

 

 

 

 

「ーーーあら、今更のこのことやってくるだなんて、一体どういう了見かしら?」

 

 

 

 

 

 否。■■(あい)がそう呟いた瞬間、大広間の雰囲気が一変する、

 

 煌びやかだった筈の城内が、鍍金(メッキ)が剥がれ落ちるが如く変性する。豪勢な作りだったシャンデリアが、罅割れて今にも崩れ落ちそうなほどにボロボロになっていく。美しいかったカーペットは血や泥の様な染みで彩られ、壁に掛けられていた絵画は見るも無残に朽ち果てる。美しく磨かれていた床や壁は錆び塗れの廃墟の様な色合いに様変わりし、美しかった大広間は1分も立たずして亡霊や怪物の住処と言うに相応しい様相に変化していた。だが、その程度の変化はまだ可愛い方であった。

 

「ヤシロォ!ドコニイルノ!?ヤシロォ!!」

 

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!」

 

 周囲の変化が霞む程の呪詛と共に、虚空より2体の怪物が現れる。出現した一方は、今も社に取り憑いている特級怨霊としての■■(あい)。そしてもう一方は、先程社と話していた生前の■■(あい)と瓜二つの、しかし纏う雰囲気だけが決定的に異なる()()()()()()姿()()■■(アイ)

 

「どうしても何も、ねぇ。貴女じゃ社を殺しかねないじゃないの。」

 

「ーーーーーーーーー!」

 

「ハッ、よく言うわね。()()()()()()()()()()()()()()、まだ自分が好かれてるとでも思っているのかしら。頭の中お花畑なの?・・・怨霊の方もさっさと戻りなさい。社が呼んでるわよ。」

 

「ホントォ!?ワカッタァ!」

 

 社に必要とされていると聞くや、先程まで泣き(わめ)いていたのが嘘の様に嬉々として大広間から消え去る怨霊。その様子を見て溜息を吐く■■(あい)だが、気を取り直してもう1人の■■(アイ)のほうに向き直る。その顔には嘲笑(ちょうしょう)侮蔑(ぶべつ)等、分かり易く負の感情が浮かんでいた。

 

「貴女も怨霊の私の様に聞き分け良くなってくれないかしら。正直、貴女の顔を見るのも嫌なのよ。」

 

「ーーーーーーーーー!!」

 

「五月蝿い、消えろ。社はお前の物じゃない。お前如きが口にするのさえ烏滸(おこ)がましいわ。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 スウ、と最後に何かを呟いた■■(アイ)が消え去る。美しかった面影は消え去り、怖気の走る様な姿に変わってしまった大広間の中で■■(あい)だけが変わらず佇んでいる。

 

「・・・フン、貴方が何を思おうとも全て無駄よ。ーーーそれにしても、本当に社ったらお馬鹿さんなんだから。」

 

 先程まで■■(アイ)に向けていた悪意が嘘の様に、穏やかな親愛を込めた笑みと声で■■(あい)が囁く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、無意識で社を縛ったと思っているのかしら。自らの才能に無自覚なままだったら、きっと貴方の事も呪ってしまっていたわよ?」

 

 それは社も社の祖父も知り得ない、■■(あい)だけが知り得る真実。

 

「私の両親も血族も古臭くてカビの生えた、何の役にも立たない塵芥(ちりあくた)ばかりだったけれど。私を才能溢れる身体に産んでくれた事だけは感謝しても良い気分ね。社のお祖父様は私の術式を『条件付きの術式模倣(コピー)』と考えていた様だけど・・・流石に()()()()()()()()見抜けなかったみたいね。」

 

 社に聞こえないと確信しているのか、或いは聞こえてしまっても良いと考えているのか。声色から彼女の内心を伺う事は出来ない。

 

「フフフ、社ってば格好良くなってたなぁ・・・。私のために、だなんてあんな事言われたらーーーメチャクチャにしてやりたくなるじゃない。それとも、もしかして分かっててやってたのかしら?」

 

 クルクルと、ご機嫌な様子で1人踊る様に回る■■(あい)。その顔には、見る物全てを(とろ)かす様な魔性の笑みが浮かんでいた。

 

「また、近い内に会いましょうね、社。」

 

 願望の様にも断言する様にも聞こえた呟き。それが果たされるかどうかは、今は誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

「ぐぅっ・・・ここ、は・・・。」

 

 うめき声と共に目を覚ました社。■■(あい)の生得領域からは無事に戻って来れた様だが、未だ周囲の状況を把握しきれてはいない。ハジメ達がどうなったかを知る為に、ボヤけた視界のまま体を起こそうとするがーーー。

 

「痛っ!?やっぱ怪我して・・・うっわグロッ。」

 

 身体に走る激痛の原因を探ろうとした社の目に飛び込んで来たのは、酷く焼け爛れた己の右半身だった。ヒュドラの放った極光に対して、半身になり右腕を突き出す様にして結界を張ったからだろう。熱傷深度で言えば文句無しのⅢ度。「痛い」だけで済んでいるのは、社が人一倍頑健である事だけが理由では無いだろう。深い火傷は、痛みや温度を感じ取る感覚受容器すら焼くのだから。

 

 特に酷いのは、やはり突き出した右腕の指先から二の腕にかけて。火傷を通り越して半ば炭化しており、辛うじて原型を留めている程度だった。感覚も完全に死んでおり最早肘から先は無いも同然、通常なら再起すら不可能だろう。

 

(こりゃヒデェや。・・・ハジメ達は何処だ?)

 

 怪我の確認もそこそこに周りの様子を伺う社。今現在社がいるのは、ヒュドラが現れた部屋の壁に程近い場所だった。どうやら極光を食らった衝撃で大きく吹き飛ばされた様で、そのまま気を失っていたらしい。

 

 ズガガガガガッ!

 

(っ!あの柱の裏か!ヤバいな、時間が無い。)

 

 直後、何かを削る様な音が部屋に響く。音の発生源を辿ると、ヒュドラの銀頭が1本の柱に向けて次々と光弾を撃ち出していた。恐らくあの柱の裏にハジメとユエが退避しているのだろうが、あの様子では柱を削り切るまで1分と保たないだろう。

 

「ーーー■■っ!来れるか!?」

 

「ナァニ?ヤシロ。」

 

 社の呼び声に間髪入れず顕現する怨霊の■■(あい)。危機的な状況であろうとも、いつもと変わらずに自分の呼び声に応えてくれる■■(あい)の声を聞いて、自らの焦燥感が収まっていくのを感じる社。

 

(・・・思えば何時だって、■■(あい)ちゃんは俺に応えてくれた。彼女がいなきゃ俺はとっくの昔にくたばっていただろうしなぁ。・・・そんな俺が■■(あい)ちゃんを信じないってのは、嘘だろ。)

 

「■■ちゃんに『大事なお願い』があるんだ。」

 

「・・・?」

 

 過去を思い出しながら、社は覚悟を決めるーーー否、覚悟は当の昔に決まっていた。自分にとっての原点(はじまり)を思い返しながら、社は決定的な一言を伝える。

 

「もう一度、約束して欲しいんだ。『ずっとずっと一緒にいよう』って。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 それは、9年前にした誓いの言葉。微笑みながらプロポーズしてくれた■■(あい)に、社が返した精一杯の答え。そして、その言葉こそが今の今まで社と■■(あい)を繋いでいた鎖でもあった。

 

 生得領域で■■(あい)に語った社の思い付きとは、自身と■■(あい)を繋ぐ『()()()()()である。■■(あい)の言葉通り、2人を繋いでいた『縛り』は様々な理由から不完全な物であった。当時の社が呪術師として未熟であった事もそうだが、他者間の縛りは両者の明確な同意があってこそ成り立つものである。社は『ずっとずっといっしょにいる』誓いを、『縛り』であるとは意識せずに約束した為に『縛り』自体が不完全な物になってしまっていたのだ。

 

 そんな不完全極まりない『縛り』が何故成立していたのかと言えば、それこそ■■(あい)の才覚が並の術師を寄せ付けぬ程に隔絶(かくぜつ)したものであったということなのだが・・・。ともかく、今現在結ばれている不安定な『縛り』は■■(あい)の才能あってこその物である。社はこれを今一度明確に『縛り』として結びなおそうとしていた。

 

 もし『縛り』を正しく結べたのであれば、生まれるメリットは計り知れない。不安定だった社と■■(あい)の繋がりが健常化するのであれば、■■(あい)呪術(ちから)をより効率的に、効果的に振るうことが出来る様になるだろう。不完全な『縛り』を保つために割かれていた■■(あい)才能(リソース)も解放され、今度こそ十全な力を思う存分発揮出来る筈だ。

 

 だがそれ以上に、今回行う『縛りの更新』には多大なデメリットが付きまとう。正常な『縛り』を結ぶということは、社と■■(あい)の結びつきがより強く深くなる事を意味する。唯でさえ呪いの塊と言って良い怨霊、それも特級を冠する程の存在に憑かれる事が肉体にどれほどの影響をもたらすのか。今までは社が持つ依り代としての特性と頑健さでどうにかなっていたかもしれないが、今後どうなるのかは全くの未知数と言って良いだろう。だと言うのにーーー。

 

「・・・ホントニ?イイノ?」

 

「勿論。この場を打開出来る様な力が欲しいとか、そういう下心も有るけれど。一番の理由は、俺が■■(あい)ちゃんと一緒に居たいからさ。」

 

 恐る恐るといった様子で聞き返す■■(あい)に苦笑しながら答える社。ヒュドラを倒すだけであるなら、不安定な『縛り』を破棄した上で溜め込んでいた呪力を使うのが最も安全で賢い選択なのだろう。しかしその選択は■■(あい)との別離を意味してもいる。いずれ必ず訪れる結末であろうとも、社には今はまだその選択は選べない。少なくとも己の都合で■■(あい)を切り捨てるような真似だけは絶対にしないと、社は固く己に誓っていた。

 

「ーーーウレシイワウレシイワウレシイワ!!!ヤシロガズットズットイッショニッテ!!!ズットズットイッショニイラレルッテ!!」

 

「あぁ、そうだ。俺達は、ずっとずっと一緒だ。」

 

 歓喜に震えながら、歓びの声を上げる■■(あい)。子供の様にはしゃぐ彼女を宥める様に、社もまた誓いの言葉を繰り返す。そして。

 

「エェエェーーーワタシタチハズゥットズゥット、イッショダヨ?」

 

 その言葉と共に■■(あい)の体が崩れて液状化していく。輪郭がボヤけ徐々に泥々になっていく姿は、さながらグロテスクなスライムを連想させる。そして、体積の半分程が蠢く粘液になったところで、突如■■(あい)は社の体に覆い被さる様に降りかかった。側からは捕食にも見えるだろう行為を、しかし当事者の社は声一つ上げる事無く目を瞑って静かに受け入れた。

*1
一言でいうのなら心の中。生まれながらにして獲得している、術師の心を具現化した領域の事。



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29.決着

ヒュドラ戦決着です。まさか3話もかかるとは思わなかった・・・。


 時は少し遡り、社がハジメとユエの盾となり吹き飛ばされた後の事。ハジメと社の2名が割って入ったおかげで極光の直撃を避ける事が出来たユエは、社の姿が見えない事に最悪の結末を想像しつつも、同じように極光に呑まれたハジメを抱えて柱の裏に退避していた。

 

 そんなユエとハジメを追い詰める様に、ヒュドラは光弾の雨を次々と撃ち込んでいく。直径10㎝程の光弾は機関砲(ガトリング)もかくやといった速さと手数でありながら、一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている様で、柱を削りきるのも時間の問題だろう。

 

 とにかく時間が惜しいとユエは神水でハジメの治療を試みる。ハジメの容態は酷いもので、今も少なくない量の血が流れ出ていた。また、指や肩、脇腹が焼け爛れている他、一部骨が露出している箇所もあった。

 

 社の結界に加えてサソリモドキの外殻で作ったシュラーゲンを咄嗟に盾にし、その上で〝金剛〟を発動したのにも関わらずこの有様である。もし、どれか1つでも欠けていたら死んでいたかもしれない。

 

 ユエは急いで神水をハジメの傷口に降り掛け、もう一本も口移しで無理やり流し込む様に飲ませる。だが、何故か治療が上手くいかない。止血自体は出来ている様だが、遅々として傷の修復が始まらないのだ。

 

「どうして!?」

 

 ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの神水をありったけ取り出した。今のユエ達は知る由も無いが、ヒュドラの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれていたのだ。若干ではあるが毒による溶解を神水の回復力が上回っているため、時間をかければ治りそうではある。問題はその時間が残されていない事であるが。

 

 柱はもうほとんど砕かれ、ハジメが動けるようになるまではとても持ちそうにない。ユエは決然とした表情でハジメを見つめるとそっと口付けをして、ドンナーを手に取り立ち上がった。

 

「・・・今度は私が助ける・・・。」

 

 決意の言葉を残し、ユエはボロボロになった柱を飛び出していった。魔力は僅か、神水は既に使い切り、頼れるのは身体強化を施した吸血鬼の肉体と、心もとない〝自動再生〟の固有魔法、そしてハジメのドンナーだけだ。

 

 柱から飛び出たユエを、ヒュドラの銀頭は睥睨(へいげい)し光弾を連射する。ユエは現在魔力が少ないため魔法で相殺するわけにも行かず、ハジメの様にドンナーで撃ち落とすことも出来ないので、ひたすら走って躱していく。だが、元来体術を始めとした近接戦は不得意なユエ。直ぐに追い詰められていく。

 

 そして、遂に光弾の一発がユエの肩に直撃した。

 

「あぐっ!?」

 

 痛みに呻き声を上げながら、吹き飛ぶ勢いそのままに立ち上がり駆けるユエ。痛みで動きが止まった瞬間、畳み込まれると分かっているのだ。ユエの〝自動再生〟が始まるが、回復は目に見えて遅い。極光の付加効果は〝自動再生〟にも有効のようで、更に魔力が削られてしまう。このままでは身体強化に使う魔力も直に無くなるだろう。

 

 焦燥と痛みが心身を苛むが、ユエの瞳に諦めの色は映らない。自分の敗北は即ちハジメの死を意味するからだ。挫ける事無くユエはヒュドラの隙を探そうとする。

 

「・・・?」

 

 突如、光弾の雨が止んだ。訝しみ足が止まるユエだったが、それも一瞬の事。時間を稼ぐべくハジメを寝かせていた場所とは別の柱の裏に退避するが、いつまで経っても追撃の光弾が放たれる事は無かった。

 

 柱を遮蔽にしつつ、慎重に顔だけを出してヒュドラの様子を伺うユエ。しかし、肝心のヒュドラは見当違いの方向を見て威嚇する様に唸り声を上げていた。

 

 死にかけのお前達等眼中に無いと言わんばかりの態度に怒りが湧くユエだったが、今がチャンスであると思い直すとドンナーを構える。両手で銃把(グリップ)を握りしめ、照準を合わせると残り少ない魔力を雷系統の魔法に変換して電磁加速を発生、そのまま銀頭を撃ち抜こうとする。

 

 だが、それよりも速く銀頭は光弾の連射を再開した。慌てて柱の影に引っ込むユエだが、どういう訳か一向に光弾は放たれない。いや、射出音がする為放たれてはいるのだろうが、ユエに向けてはいない様だった。

 

 もしやハジメ狙いか!?と焦るユエはハジメが居る方向を見やるが、光弾の向かう先はそちらでも無い。意を決して柱の影から覗き見ると、ヒュドラが光弾を撃ち出していたのは2人が居る場所とは別の方向であった。

 

「・・・社・・・?」

 

 ボソリ、と疑問を呟く様に名を呼ぶユエ。ヒュドラが光弾を打ち出していたのは、自身に迫り来る人影に対してだった。小さな、それこそヒュドラからすれば取るに足らない大きさの相手に対して狂った様にばら撒かれる光弾の数々を、人影はゆらりゆらりと余裕を持って躱して行く。

 

 決して素早いとは言えない動きで、しかし確実にヒュドラとの距離を詰める人影。その動きに焦れたのか、大きな咆哮を上げて極光を放つ銀頭。それを見たユエは叫び声を上げて人影に注意を促そうとして。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ヒュドラの胴体で黒い火花が閃いた。

 

 

 

 

 

「クルゥアアアア!?!?!?」

 

「おぉ!?人生初の黒閃!?やっぱ■■の加護がーーーってヤベッ!?〝(くゆ)(きつね)〟!」

 

 しぶとく生き残るヒュドラに対して、一矢報いる事に成功した社。肉体の凡そ3割が吹き飛び苦悶の絶叫を上げる銀頭だったが、辺り一体にヤケクソ気味に光弾をばら撒く姿を見た社は急いで式神を召喚。ヒュドラの周囲を煙で包んで目眩ましをしてからユエと合流する。

 

「社・・・なの・・・?」

 

「Yes!説明は後でするからハジメと合流しよう!場所は?」

 

「・・・あの柱の裏・・・。」

 

「了解!悪いけど時間無いから抱えていくわ!」

 

 ヒュドラが痛みに悶絶している間に、ユエを抱えた社はハジメが居る場所まで移動する。ヒュドラから放たれる悪意が消えていない以上、すぐにでも体制を立て直す必要があった。

 

「・・・ハジメ!気が付いたの!?」

 

「ついさっきな。見てたぞユエ、ナイスファイトだった。」

 

 ボロボロになった柱の裏では、満身創痍のハジメがフラつきながらも立ち上がっていた。荒い息を吐いているハジメを見た社はすぐ様『呪力反転』による治療に移る。

 

「うっわハジメってば血塗れじゃねぇか。・・・立ってて大丈夫なのか。」

 

「お前達だけに無茶させる訳にはいかねぇだろうが。」

 

 ハジメの怪我はほとんど治っておらず、それに気付いた社は深刻な顔で問う。実際、ハジメは気力だけで立っているようなものだった。だが、ハジメは感極まったように抱きつくユエをあやしながら、不敵に笑って答える。

 

「それよりも、だ。お前の姿こそ何なんだ。()()は、本当に大丈夫なのか?」

 

「・・・社。」

 

 ハジメとユエの視線が社に突き刺さる。その眼には社を(おもんばか)る様な、若しくは心配する様な感情はあっても、嫌悪や忌避(きひ)感は微塵も込められていなかった。その事に内心感謝しながらも、どう説明したものかと頰を掻く社。

 

 『縛りの更新』の直後、ゲル状となった■■は溶け込む様に社の肉体と一体化していた。社の顔を、胴体を、手足を、皮膚を、余すとこ無く染め上げる様に、■■の呪力はスキンの如く癒着していた。健康的な肌色だった皮膚は(くす)んだ灰色へと変色し、両脚の膝から下と左腕の肘から先、そして焼け爛れた右腕を作り直す様に、濁った黒色の呪力が鎧の如く再形成されており、そうして形作られた暗く黒い手甲と足甲には、社の魔力と同じ蒼に煌めく輝線が走っていた。

 

「そんな心配そうな目で見なくても大丈夫さ。少なくとも今すぐどうこうなりゃしないから。それよりも、今はアッチが先だろ。」

 

「・・・後で説明しろよ。」

 

 あいよー、と軽く返事をする社に、毒気を抜かれた様にため息を吐いたハジメ。緩みかけた気を引き締めると、3人はボロボロの柱越しにヒュドラの様子を伺う。だが、肝心のヒュドラはハジメ達を狙い撃つ事もせずに、その場でジッとしていた。目眩しの煙は晴れかけているのにも関わらず、である。

 

「・・・?何か光ってる?」

 

「おや、本当ーーー嘘だろ、呪霊じゃねーんだぞ。」

 

「チッ、自己回復持ちか。面倒ここに極まれりだな。」

 

 ヒュドラの様子を訝しむ3人だったが、その理由はすぐ分かった。ヒュドラの肉体が淡く輝いていたかと思うと、社が与えた傷が巻き戻る様に治癒されていたのだ。ハジメ達の処理よりも自らの治療を優先している甲斐あってか、全快に至るのも時間の問題だった。

 

「・・・今のうちに、攻撃する・・・?」

 

「いや、半端な攻撃じゃ焼け石に水だ。ヤツが回復に専念しているうちに、俺達も作戦を考えるべきだろう。」

 

 ユエの提案をやんわりと否定しながら、眉間に皺をよせて考え込むハジメ。『呪力反転』による治療は今も続いており、ある程度調子を取り戻してきた様だ。

 

「社、さっきの黒い一撃、もう一度打てるか。」

 

「黒閃の事か?んー・・・半々って所だな。後、今さっき気付いたんだが『式神調』で呼べる式神が増えたみたいだ。少なくとも2体までなら安定して呼べそうだから、何か案があるなら言ってくれ。」

 

 呪力の手甲で覆われた掌を眺めながら答える社。ハジメの目から見ても、姿形が変わった事を除けば、社に大きな変化は見られなかった。最も、変化が見られない事の方が問題なのかも知れないが。

 

「・・・分かった。お前が黒閃を撃てるか否かで作戦を変える。〝影鰐〟呼んで保管していた手榴弾を全部出しといてくれ。ユエは俺の血を吸って魔力を回復しろ。どちらの作戦で行くにしろ、トドメはお前の魔法にかかってる。ーーーやるぞ、2人共。俺達が勝つ!」

 

「勿論!」

 

「・・・んっ!」

 

 強靭な意志の宿ったハジメの言葉に、ユエと社もまた力強く頷く。この場の誰1人として無傷の者などいないというのに、目に宿る戦意は微塵の衰えも感じられない。迷宮の先でどんな物を手に入れようとも、或いはこの繋がりに勝るものはないのかも知れない。そう思わせる程には、3人はお互いを信頼し合っていた。

 

 

 

 

 

「・・・以上が俺の考えた作戦だ。異論や質問は無いな?ーーー行くぞ!」

 

 ハジメの掛け声と共に、柱の影から飛び出す人影が2つ。1つはヒュドラに向かって真っ直ぐ突き進む社。もう1つの影は〝空力〟で宙に飛び上がったハジメである。ハジメの肩には比翼鳥(ひよくどり)が止まっており、背にはユエが、そしてユエの背にはパンパンに膨れた革袋が背負われていた。

 

「クルゥアア!!」

 

 威嚇する様に鳴いたヒュドラが、周囲に浮かべていた光弾を地上の社と空中のハジメに向けて撃ちまくる。だが、放たれる光弾の数には大きな違いがあった。

 

《予想通り、社を集中的に狙うつもりか。》

 

《みたいだな。回復が中断したのはラッキーだが。》

 

 比翼鳥(ひよくどり)越しに通話しながら、光弾の嵐の中を踊る様に避けていくハジメと社。先程の一撃は大層効いたのだろう。ハジメの言葉通り、生み出された光弾の凡そ7割程が社に放たれていた。

 

 雨霰と降り注ぐ光弾の数々。だが、その悉くがハジメはおろか社にも擦りはしない。ゆらりゆらりと光の弾幕を紙一重で躱していく2人の動きは、まるで光弾自らが2人を避けている様にも錯覚させる。

 

(・・・これマジで便利だな。)

 

 視界の全てがモノクロに染まる光景に内心で感嘆する社。死に瀕した体験からか、或いは■■との融合を果たしたせいか。社とハジメの身には新たな技能が宿っていた。

 

 2人が得た派生技能の名は〝瞬光〟。〝天歩〟の最終派生技能でもあるこの技能の効果は2つ。1つは〝天歩〟及びその派生技能の強化。そしてもう1つが、知覚機能の拡大による擬似的な超加速である。

 

 周囲の全てが色褪せスローモーションの様にゆっくりと動く中、自分だけが普段通りに動けるのだ。肉体に相応の負荷が掛かる為乱用は出来ないだろうが、それを加味してもお釣りが来るほどには強力無比な技能だった。先程ヒュドラに決めた黒閃も、この技能を使用して発動したものだった。

 

(この調子で近付きながら、もう一度黒閃を入れられれば!)

 

 光弾を避けながら、圧をかける様にジワジワとヒュドラとの距離を詰める社。空中にいるハジメも隙を見てドンナーを撃ち込んでおり、大きなダメージとはいかないまでも銀頭の集中を妨げるには十分な効果を発揮していた。

 

(来た!)

 

 幾ら光弾を撃っても当たらない事に苛立ったのか、社に向けて銀頭が極光を放つ。だが、そんな分かり易い一撃が今の社に当たるはずもない。アッサリと極光を躱した社は〝縮地〟で一気にヒュドラとの距離を詰めた。

 

「なっ!?」

 

 だが、次の瞬間。極光を放っていたはずの銀頭が、懐の社に向けて既に狙いを定めていた。

 

(フェイントかよ!)

 

 銀頭の目に嘲りの色が宿るのを見て内心で毒吐く社。今までの極光の平均発動時間は5秒程で、その間銀頭は硬直していた。先程の社はその隙を突く形でヒュドラに一矢報いたのである。

 

 だが、直前に放たれた極光の発動時間は凡そ1秒程。実際に当たったわけでは無いので断言は出来ないが、威力自体も5分の1を下回っていただろう。仮に命中したとして致命傷には至らないであろう攻撃は、しかし愚かな獲物を嵌める囮として十二分の役割を果たした。ここに来て、ヒュドラの策が社の思惑を上回る。

 

 直後、今度は本気の極光が銀頭から放たれる。照準を合わせられた社は、既に拳を打ち込む体勢に入っている為に避け切れない。再度放たれた極光に、社は呆気なく飲み込まれて。

 

 

 

《ーーー行け!社!》

 

《ーーー応!》

 

 

 

 比翼鳥(ひよくどり)から伝わるハジメの声を合図に、()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ヒュドラに向かって駆け出す社の肩には比翼鳥(ひよくどり)が止まっており、左の二の腕には双頭の白蛇が巻き付いていた。

 

 銀頭が仕留めた筈の獲物の存在に気付くが、もう遅い。呪力による肉体強化と〝縮地〟を併用した社は、瞬く間にヒュドラの懐に潜り込んでいた。

 

「〝瞬光〟」

 

 社の呟きと共に世界から色が失われる。自分以外の全てが減速していく中で、構えをとりながら呪力を練り上げる社。

 

(黒閃を成功させてから、自分の中を流れる呪力が手に取る様に分かる。爺さんが言ってた「呪力の核心に触れる」ってのはこういう事か。)

 

 『黒閃』ーーー打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に、生じる空間の歪みが呪力を黒く光らせる現象。発生した場合の威力は()()()通常の打撃の2.5乗と爆発的な強化が見込めるが、その難易度の高さより狙って出せる術師は存在しない。だが、『黒閃』を経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地程の差がある。

 

(「世界の全てが自分を中心に廻ってる様な全能感」ーーー確かに、この感覚はそうとしか言えない。今なら何でも出来そうな気がする。)

 

 そして、重要な点がもう一つ。一度『黒閃』を発生させた術師はアスリート等で言うところの超集中(ゾーン)に入った状態になる。この状態の術師は自らの潜在能力(ポテンシャル)を120%引き出せる様になるのみならず、連続で黒閃を放つ事すら可能になるのだ。

 

 目を瞑り、迷い無く構えを取る社。腰を落とすと左手を地面と垂直になる様に下ろし、右手を脇の下に畳む様に引き絞る。少しでも格闘技に対する知識があるならば誰にでも分かるであろう技ーーー正拳突きの構えである。

 

 拳を構えたままの社の驚異的な集中力は、五感に入ってくる筈の全ての情報を遮断していた。ただ一つ社が感じ取っていたのは、己が身を混ざり合う様に流れる自身と■■の2つの呪力。常人であれば猛毒である怨霊(フィアンセ)の呪力を感じて、社は微かに笑みを浮かべる。

 

 ーーーここに、条件は揃う。技能〝瞬光〟の知覚機能拡大による身体操作能力の強化(ブースト)。一度『黒閃』を決めた事による超集中(ゾーン)への到達、及び120%の潜在能力(ポテンシャル)発揮。そして、■■との融合により社自身の呪力操作が()()()()()()()()()()上達した事。上記した様々な要因の全てが、黒閃を放つ為の追い風(プラス)として働いた。

 

「ーーーシッ!」

 

 社の体感時間にて数秒、実時間では1秒と経っていないだろう。目を見開いた社が、短く息を吐き出しながら正拳突きを放つ。腰の回転ーーー俗に言う腰を入れるーーーを入れながら、拳を半回転させて真っ直ぐ対象(ヒュドラ)に撃ち込む。何の捻りも無い、否、小手先の技術も気を衒う必要も無い程にシンプルに力強い一撃。それがヒュドラの脚に吸い込まれる様に命中し。

 

【黒 閃】

 

 今一度、黒い火花が咲き誇った。

 

《プランA続行だ!離れろ社!》

 

《了解!》

 

 社渾身の『黒閃』により右脚を根刮(ねこそ)ぎ吹き飛ばされ絶叫を上げる銀頭。バランスを崩して倒れ込むヒュドラに対して、社は何故か追い打ちをかけずにその場を退いた。すると入れ違いになる様に、パンパンに膨れた袋がヒュドラに投げ込まれる。

 

「ナイス遠投だ、ユエ。」

 

 ドパンッ!

 

 ハジメの呟きと共に聞き慣れた発砲音が響いた直後。目を焼く閃光と、耳を(つんざ)く爆音、そして紅蓮に燃える炎がヒュドラを包み込んだ。袋の中にはありったけの手榴弾が詰め込まれており、ユエに投げ込ませたのをハジメがドンナーで撃ち抜いて起爆させたのだ。

 

 再度、ヒュドラの絶叫が響き渡る。爆発が起きたのは左脚の付け根付近。胴体の左側は焼け爛れ、何とか肉体を支えていた左脚も辛うじて原型を保っている程度であり、回復には相当な時間がかかるだろう。だが、ここまでされて尚、ヒュドラの戦意は衰えていない。

 

「チッ、流石にしぶとい!」

 

 痛みで悶え身動きも取れないヒュドラが、怒りの叫び声を上げながら再び光弾を撒き散らし始めた。正解な狙いこそ付けられない様だが、その威力は折り紙付きだ。ユエを背負って再び回避に徹するハジメ。

 

 ガンッ!ドゴンッ!ドガンッ!

 

 空中を泳ぐ様に動き回る(ハジメ)と、如何にか撃ち落とそうとするヒュドラ。そんな彼等とは離れた場所から何かが砕かれる様な音がする。その音を聞きひび割れる様な悪い笑みを浮かべるハジメとは対照的に、銀頭は何の反応も示さない。

 

 然もありなん、先程投げ込まれた袋の中には〝焼夷手榴弾〟の他〝閃光手榴弾〟と〝音響手榴弾〟も有るだけ入っていたのだ。焔による激痛も相まって視覚と聴覚を潰されたヒュドラに、離れた場所の様子が、社が何をしようとしているかなど分かるはずもなく。

 

「オーーーラァ!!!」

 

 社の裂帛の気合いと共に、ヒュドラの真上から20m程の石柱が叩き込まれた。

 

《悪い、少し頑丈で手こずった!これで良いなハジメ!》

 

《俺から言っといて何だが馬鹿力過ぎんだろ!だが良くやった!》

 

 先程の破砕音は社が部屋内部の柱を叩き折ろうと殴っていた音だった。材料が特別なのか柱は中々に頑丈な様で、社が全力で叩き付けられたにも関わらず表面にヒビが入っただけであった。

 

「仕上げだ。〝錬成〟!」

 

 頭を思い切り石柱で打ちのめされ目を回す銀頭を尻目に、ハジメは最後の一手の準備をする。石柱を錬成して大きな鎖を複数作り出すと、倒れ込んだヒュドラを押さえ込む様にして先端を地面に突き刺し、錬成で床と一体化させた。即席の拘束具兼檻の完成である。

 

「ユエ!」

 

「んっ!〝蒼天〟!」

 

 ハジメの呼び声を引き鉄にして、ユエが最上級魔法を発動する。現れた青白い太陽が、身動きの取れない銀頭を拘束具ごと融解させていく。

 

「グゥルアアアア!!!」

 

 銀頭が断末魔の絶叫を上げる。何とか逃げ出そうと暴れるが、両脚を潰された上で拘束されている為に移動も出来ない。極光も撃ったばかりで直ぐには撃てず、苦し紛れに光弾を乱れ撃とうとする。

 

「良い加減死んどけ。『式神調 (ろく)ノ番〝 双子夜刀(ふたごやと)〟』。」

 

 だが、それよりも早く社は術式を発動する。社の腕に巻き付いた双頭の白蛇が空色に淡く光ると、社と瓜二つの分身が現れる。そして目配せ一つする間も無くヒュドラに突っ込んだ分身は、自らが燃える事すら厭わずに銀頭を殴り飛ばした。

 

 ドゴンッ!

 

 本物の社が殴ったのと変わらない快音を響かせて、銀頭を殴り飛ばした分身はそのまま焔に巻かれて消えていく。そして殴られた銀頭も漸く力尽きたのか、為す術なく高熱に融かされていった。

 

「・・・やったか?」

 

 恐る恐るヒュドラの死を確認するハジメ。ジリ貧になるのを避ける為に、持てる手は全て出し尽くしていたのでこれ以上の戦いは御免だった。慎重かつ念入りな確認を行う3人。

 

「少なくとも感知系技能からの反応は完全に消えた。悪意感知にも反応は無い。つまりーーー。」

 

「・・・今度こそ、終わり・・・?」

 

 そして遂にヒュドラが死んだのを確信した3人。実感が湧かないのか、誰も声を上げようとはしない。守護者を失った部屋の中を静寂が支配する。そして。

 

「・・・決着ゥーーーッ!!」

 

「6部の真似とか無駄に元気あるなお前は!!」

 

「・・・疲れた・・・。」

 

 3人同時に仲良く倒れ込んだのだった。




色々解説
・プランA
黒閃が発動した場合の作戦。機動力を削いでヒュドラに回復する隙を与えず畳み掛けるプラン。別名はリソース全ブッパ。ゴリ押しとも言う。
・プランB
黒閃が発動しなかった場合の作戦。社を囮にしつつ原作通りにヒュドラを殺す作戦。どちらにせよヒュドラは死ぬ

・■■との融合
見た目のイメージに関しては、TOX2の骸殻を参照。現在は段階的にはクォーター程度。デメリットに関しては・・・。

・ヒュドラの脚
web版だとあんまり描写されてなくて、アニメ版だと無いっぽくて、漫画版だと明確に有るので、今作では有ると言う事にしました。


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30.真の歴史

本来なら2話分あったのを詰め込んだので少し長めです。


「ん・・・ここは・・・?」

 

 全身を包む温かさと柔らかな感触を感じながら、微睡みから目覚めたハジメ。自分達は迷宮内に居た筈だと寝起きの頭を回そうとするが、己がベッドで寝ている事に気付き、今までの経緯を思い出した。

 

(・・・そうか。ここは反逆者の・・・。)

 

 ヒュドラを撃退した後、疲労困憊の3人が仲良くぶっ倒れていると突然扉が独りでに開いたのだ。すわ新手か!?と警戒したもののいつまでたっても特に何かが起こるわけでも無く。時間経過で少し回復したユエと最も重傷なハジメをその場に残して、いつの間にか元の姿に戻っていた社が確認しに扉の奥へ入ったのだ。

 

 神水の効果(ヒュドラ戦の後、影鰐(かげわに)の能力で保管していた神水も飲ませた)と『呪力反転』で大分回復しているとは言え、ハジメが重傷であることに変わりは無い。ユエと社もハジメ程では無くとも消耗していた為、そんな状態で新手でも現れたら一巻の終わりである。そのため、多少の無理を押してでも確かめなくてはならなかった。

 

 そうして踏み込んだ扉の奥にあったのは、反逆者の住処だった。

 

 内部には広大な空間に住み心地の良さそうな住居があり、罠や魔物等の危険が無いことを確認した社はユエとハジメを呼ぶと、寝室に案内して休ませたのだ。幸いな事に部屋は幾つかあった為、1人1部屋という贅沢っぷりである。

 

「ふぁ〜・・・久々に良く寝たぜ・・・。」

 

 大きな欠伸をしながら、ベッドの上で背伸びをするハジメ。純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッドは寝心地抜群であった。爽やかな風が寝起きのハジメの頬を優しく撫でる。部屋の中も上品な造りになっており、空間全体が久しく見なかった暖かな光で満たされている。

 

 どこか荘厳さすら感じさせる光景に浸っていたハジメだが、ふと社とユエがどうしているのか気になり、部屋を出る事にした。服を脱いだ覚えが無いにも関わらず全裸だった事に何故か身震いを覚えたが、幸い着替えはドンナー等の装備一式と共に目に付く所に置いてあった為すぐに身に付ける。ユエか社のどちらかが用意してくれていたのだろう。

 

 

 

 

 

「しかし、何度見てもとんでもないな・・・。」

 

 ベッドルームから出たハジメは、宙に浮く太陽を眺めながら感嘆の声を上げる。

 

 無論、本物では無いだろう。ここは地下迷宮の最奥であり、日光が入る余地など無い。ハジメの頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのだが、僅かに温かみを感じる上に蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず〝太陽〟と称したのである。

 

 感心するハジメの耳に心地良い水音が届く。天井近くの壁から大量の水が流れ落ちる音だ。ヒュドラを倒した後、開いた扉の先の部屋はちょっとした球場くらいの大きさの空間が広がっており、更に奥の壁は一面が滝になっていたのだ。

 

 滝から流れ落ちる水は川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。よく見れば魚も泳いでいるようで、もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 

 川から少し離れたところには大きな畑もあった。と言っても今は何も植えられていないようだが。その周囲に広がっているのは、家畜小屋だろうか。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

 ハジメは川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を進める。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

 

 石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメには少し眩しいくらいだ。どうやら3階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 

(感知系技能には反応が2つ・・・。社とユエか?取り敢えず中を探してーーーッ!?)

 

 いざ住居の中に参らん!と入り口のドアを開けようとしたハジメの背に、特大の悪寒が走る。生命の危機ーーーでは無い。何者に害意や殺意を向けられたわけでも無い。だが、迷宮内の死闘で培った勘と経験が、この先にハジメにとって良く無いものがあると警鐘を鳴らしていた。

 

(・・・中から社とユエの声が僅かに聞こえる。2人がこの先に居るのは間違い無い。)

 

 ハジメが耳を澄ますと扉の先から声が聞こえる。声色から判断するならば十中八九ユエと社である筈だが、防音性が高いのか内容までは聞き取れない。他に物音はしない為、戦闘しているわけでも無いだろう。

 

(ええい、ままよ!)

 

 思考する事数秒。ハジメはドアノブを握り締めると、意を決して扉を開け放つ。この先に何が待っているのか分からないが、覚悟だけはしっかりと決める。そして。

 

「・・・黒頭にやられて絶望の淵にいた私に、ハジメは優しくキスをして。一緒に故郷に帰ろうって、プロポーズしてくれた・・・。」

 

「はぁ〜〜〜何だよハジメの奴、やる事やってんじゃん!ここぞという場面でバッチリ120点叩き出すのは流石としか言いようがないな!」

 

 目の前で繰り出される会話に、決めた筈の覚悟が粉々になった。

 

(・・・・・・何でやねん。)

 

 2人の会話を聞き、その場で彫刻の様に固まるハジメ。確かにユエにはキスした。その後で「一緒に生きて帰ろう」的な事も言った。全て事実ではある。客観的に見てプロポーズかと言われれば、まぁ半々くらいだろうが。

 

 ハジメ自身、早まったかと思わないでも無かったが、後悔は微塵もしていない。ヒュドラの放った精神作用魔法を跳ね除ける為、という理由は有ったものの、ユエに向けた言葉には嘘偽りなど無かったからだ。だが、それをこんなにも早く社に知られるとは思いもしなかったのだ。

 

 無論、ユエ自身には悪意など欠片も無い。ぶっちゃけただの惚気である。が、友人の恋話に関して興味津々なのが社と言う男である。プライバシーも有るため根掘り葉掘り聞き出そうとはしないが、相手から話してくれるのであれば嬉々として耳を傾けるつもりだったので、結果的には全てを知られる事になってしまった。

 

「うん?おや、ハジメ。目が覚めたのか。」

 

「・・・ハジメ?ーーーハジメ!」

 

「うおっ!」

 

 羞恥と混乱で固まっていたハジメの存在に、漸く気付いた2人。片手を上げ軽い返事をする社とは対照的に、ユエは感極まって押し倒す様にハジメに抱き付いた。

 

「わりぃ、随分心配かけたみたいだな。」

 

「んっ・・・心配した・・・。」

 

「ま、元気そうで何よりだ。」

 

 胸に顔を埋めぐすっと鼻を鳴らすユエと、彼女の頭を優しく撫でるハジメ。そんな2人の様子を生暖かい目で見守る社。暫し穏やかな時間が流れたが、社の目線に気付いたハジメは照れを誤魔化す様に咳払いをしながら話題を振る。

 

「俺はどのくらい寝ていたんだ?」

 

「正確な時間は分からん。俺とユエさんが起きたのも1、2時間前だしな。」

 

「そうか。・・・ユエと2人で探索してたのか?」

 

「ああ。神水と『呪力反転』で粗方治ったとは言え、1番重傷だったのはハジメだったからな。お前さんの怪我が酷くなってないか(主にユエさんが)確認した後、念の為周囲の警戒がてら探索してたんだよ。おかげで色々と見つける事が出来た。」

 

 そう言うと社は説明を始める。今現在ハジメ達が居るのは、3階建の内の1階にある所謂リビングらしき場所である。この他にも台所やトイレ等も発見していたため、ここに長く人が住んでいたのは確定だろう。

 

「で、気になる点が幾つか。1つは、どの部屋も長年放置されていた割に綺麗過ぎる事。人の気配はしないし感知系技能にも反応は無いから誰か住んでる感じでも無いんだろうが・・・。まぁ、俺達を襲うタイミングなら幾らでもあったから敵ではないだろ。で、2つ目は入れない部屋が幾つかある事。扉の表札を信じるなら書庫と工房なんだが、開けようとすると同じ紋様が浮き出てくるから、共通して開ける方法があるんだろう。念の為後で錬成で開けられるか試してくれ。そして最後3つ目何だが・・・これに関しては実際に見た方が早そうだ。案内するから来てくれ。」

 

「分かった。場所は?」

 

「3階の奥の部屋だ。つっても1室しか無いけどな。」

 

 そう言って立ち上がる社とユエを見て、ハジメも頷きながら2人の後を追ったのだった。

 

 

 

 

 

「ところで・・・何故俺は裸だったんだ?」

 

 3階へと案内されている最中、ハジメは気になっていた事を聞く。何となく聞いておかなければならない気がしたのだ。

 

「そりゃ、血やら埃やらで汚れてたからな。そのまま寝かせるのも不味いと思って身綺麗にしたのさ、ユエさんが。気になるなら後で風呂に入ると良い。探索してた時に見つけたんだが、かなりデカかったぞ。」

 

「マジか!風呂なんて何ヶ月ぶりーーー待て。今なんて言った?」

 

 喜びも一瞬、真顔になって聞き返したハジメ。確かに風呂は大事である。心の洗濯という言葉もある通り、日本人には必要不可欠な要素だろう。ハジメもその例に漏れはしないが、今はそれよりも引っかかる言葉があった。

 

「うん?ああ、安心しろ。俺はその場に居なかったからな。ユエさんが何をしたかなんて見ても聞いても無いさ。」

 

「心配してんのはそこじゃねぇ。クソッ聞き間違いじゃなかった!」

 

「・・・ふふ・・・。」

 

「まて、何だその笑いは!俺に何かしたのか!っていうか舌なめずりするな!答えてくれませんかユエさん!?」

 

 思わず敬語になりながらも激しく問い詰めるハジメ。だが、ユエは妖艶な眼差しでハジメを見つめるだけで何も答えなかった。

 

「・・・まあ良い。それよりもユエは何でそんな格好なんだ?」

 

 楽しそうな表情で一向に答えないユエに、色々と諦めて別の質問をするハジメ。奇妙な事に、ユエの服装は上質な1枚の布で全身をすっぽりと覆う様な格好だった。遠目から見れば雨合羽に見えなくも無い。

 

「・・・似合う?」

 

「・・・ノーコメント。で、どういう事だ社。」

 

 心なしか期待する様な目を向けるユエから顔を逸らしながら、社に矛先を向けるハジメ。因みに社の服装は白のカッターシャツに黒のスラックスと非常に手抜き、もといシンプルな格好である。

 

「いや、単純に女性用の服が無くてな。男物の服を無理に着ようとしてもサイズがブカブカで合わなかったんだとさ。」

 

「それにしたってもうちょい何かーーー。」

 

「で、何故かカッターシャツ1枚で済ませようとしたから慌てて止めたんだよ。」

 

「ーーー良くやった社。お前はいつだって“正しいことの白”の中に居る!」

 

 清々しい迄の掌返しである。別にハジメとてユエが嫌いな訳では無い。寧ろ好みの部類に入るだろうが、今回に限ってはそれが問題なのだ。今は社という第三者がいるからまだ良い。が、もし隙を見て2人きりになろうものなら、その時にカッターシャツ1枚などという扇情的な格好で誘惑されたりでもしたら。ハジメの理性は音を立てて崩れ落ちるだろう。少なくともハジメ自身は我慢出来る気がしなかった。

 

(ユエの誘惑に負けるのはまだ良い。だが、それを社に知られたら俺は恥ずかしさで死にたくなる!変に揶揄ったりはしないだろうが、あの生暖かい目で見られるのは屈辱的だ・・・っ!)

 

 男の子には意地があるのだ。社に童貞卒業がバレた時の事を想像しながら、自分の理性に喝を入れるハジメ。だが、そんなちっぽけな覚悟は、ユエの前には余りにも無力だった。

 

「・・・因みに中には何も着てない・・・ハジメなら脱がして確かめても、それ以上でも、良い。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 ハジメの耳元で強請(ねだ)る様に囁くユエ。理性が削られる等と言った話では無かった。削岩機を通り越してダイナマイト級の衝撃発言に、頭が真っ白になるハジメ。そんな姿を見たユエは、先程の妖艶さをそのままに薄く無邪気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

「此処が問題の3つ目だ。」

 

「・・・成る程な。」

 

 案内された部屋の中央には、直径7、8m程の非常に精緻で繊細な魔法陣が刻まれていた。一種の芸術と言っても良いほどに見事な幾何学模様である。

 

 しかし、それよりも注目すべきなのは魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影ーーー否、白骨化した死体であろう。死体は黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っており、永く放置されていたであろう割には薄汚れた印象は無かった。

 

 その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか・・・。

 

「・・・怪しい・・・どうする?」

 

「ユエさんの言う通り、何があるか全く予想がつかなかったからな。この部屋に関しては殆ど手付かずのまま、碌に調べてない。」

 

 ユエと社もこの骸に疑問を抱いている様だ。おそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが、苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようである。

 

「まぁ、地上への道を探すなら、怪しい場所は全て調べるしか無いだろ。俺の錬成でもびくともしなかった書庫と工房の封印もある。調べない訳にはいかない。」

 

「デスヨネー。じゃ、2人は待っててくれ。1番頑丈な俺が試すから何かあったら頼むわ。」

 

「ん・・・気を付けて。」

 

 社はそう言うと魔法陣へ向けて踏み出した。そして、社が魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

 眩しさに目を閉じる3人。直後、何かが社の頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

 

 やがて光が収まり、目を開けた3人の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

 魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。中央に立つ社の眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く3人。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか・・・メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。・・・我々は反逆者であって反逆者ではないということを。」

 

 そうして始まったオスカーの話は、ハジメ達が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

 それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

 神代の少し後の時代、人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。領土拡大、種族的価値観、支配欲、何よりも〝神敵〟である事を理由として。だがそれは、神々が仕組んだものであったのだ。

 

 神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。神託という形で人々を巧みに操り戦争へと駆り立て、殺し合う様を見て楽しんでいたのだ。

 

 その事に気付き立ち上がったのが、〝解放者〟ーーー今伝わっている呼び方をするならば〝反逆者〟だった。

 

 彼らは皆例外無く神代から続く神々の直系の子孫であった。そのためか〝解放者〟のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまい、その所業に耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

 力を付け仲間を集めた彼等は、〝神域〟と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。〝解放者〟のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑もうとするがーーーその目論見は破綻してしまう。

 

 神は人々を巧みに操り、〝解放者〟達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、〝解放者〟達は〝反逆者〟のレッテルを貼られ討たれていった。

 

 最後まで残ったのは中心の七人だけ。世界を敵に回し、自分達ではもはや神を討つことは出来ないと判断した彼らは、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにした。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

 長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。・・・君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを。」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、社の脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。やがて痛みは収まり、魔法陣の光も消えていった。

 

「おい無事か、社?」

 

「ああ、問題無い。にしても予想通りと言うか、何というか。やっぱりこの世界の神は碌でも無い糞だったか。」

 

「・・・ん・・・どうするの?」

 

 ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと2人に尋ねる。

 

「うん?別にどうもしないぞ?元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないし。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それだけだ。」

 

 一昔前のハジメなら何とかしようと奮起したかもしれない。しかし、変心した価値観がオスカーの話を切って捨てた。お前たちの世界のことはお前達の世界の住人が何とかしろと。

 

「俺もハジメと同意見かなー。ただ、神が俺達を黙って見過ごす程甘くなければ、また話は変わるけどね。」

 

 社の価値観に関しては元の世界に居た頃から変わらない。家族・身内・友人が最優先であり、その優先順位を崩さない程度に他人に親切にする。「他人に疎まれず、かと言って利用されない程度に親切にするのが敵を作らないコツよ」とは生前の■■からの教えだった。

 

 だが、ハジメを含む友人達がこの世界の事情に巻き込まれた時点で、他人に親切にする余裕は無くなった。もし仮にクラス全員とこの世界に住む全ての生物のどちらかを選べと迫られたのならーーー社は迷いなくクラスメイト達を選び、この世界を切り捨てるだろう。

 

「・・・ユエは気になるのか?」

 

 どこか慮る様に、ハジメはユエに問い掛ける。ユエはこの世界の住人だ。彼女が放っておけないというのなら、ハジメも色々考えなければならない。既にハジメにとって、ユエとの繋がりは軽くないのだ。そう思って尋ねたのだが、ユエは僅かな躊躇いもなくふるふると首を振った。

 

「私の居場所はここ・・・他は知らない。」

 

 そう言って、ハジメに寄り添いその手を取る。ギュッと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ。

 

 その牢獄から救い出してくれたのはハジメだ。無論社にも感謝はしているが、ユエにとっての1番はあくまでもハジメである。だからこそハジメの隣こそがユエの全てなのである。

 

「・・・そうかい。」

 

「お、照れてやんのー。何だよもうデレデレじゃないかチョロインかよーーーOK、俺が悪かった。だから静かに、ゆっくりと、俺に向けたドンナーを降ろして下さい。朗報があるんです。」

 

「おう、額に風穴開けたくなけりゃ早く言えや。」

 

 若干照れくさそうなハジメを揶揄う社だったが、銃口を向けられた途端に平謝りをする。そして、話を逸らす様に衝撃の事実をさらりと告げる。

 

「何と、新しい魔法ーーーそれも神代魔法ってのを覚えたみたいだ。」

 

「・・・マジか?」

 

「・・・ホント?」

 

 信じられないといった表情のハジメとユエ。それも仕方ないだろう。何せ神代魔法とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔法である。ハジメ達をこの世界に召喚した転移魔法も同じ神代魔法である。

 

「この床の魔法陣が、神代魔法を使えるように頭を弄るみたいだ。迷宮内に居た時の記憶を読み取って、合格判定が貰えれば良いらしいな。」

 

「・・・大丈夫?」

 

「あぁ、問題無さそうだよ。しかもこの魔法、ハジメのためにあるような魔法だ。」

 

「ほぉ・・・どんな魔法だ?」

 

「魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法らしい。名前もまんま生成魔法だとよ。」

 

 社の言葉にポカンと口を開いて驚愕をあらわにするハジメとユエ。

 

「それが本当ならーーー。」

 

「・・・アーティファクト作れる?」

 

Exactly(その通り)!」

 

 そう、生成魔法は神代においてアーティファクトを作るための魔法だったのだ。まさに〝錬成師〟のためにある魔法である。実を言うとオスカーの天職も〝錬成師〟だったりする。

 

「ハジメは勿論だけどユエさんも折角だから覚えたら?と言っても適性があるみたいで、どれだけ使い熟せるかは人によって違うっぽいけど。」

 

「・・・錬成使わない・・・。」

 

「まぁ、ユエはそうだろうけど・・・せっかくの神代の魔法だぜ?覚えておいて損はないんじゃないか?」

 

「そうだなー。俺も錬成使わないし、生成魔法の適性も実はほぼ無かったんだけど。でも、その辺を加味しても()()()()()()使()()()()()()()()だからな。取っといても良いと思うよ?」

 

「・・・ん・・・2人が言うなら。」

 

 2人の勧めもあり、ハジメと共に魔法陣の中央に入るユエ。魔法陣が輝きハジメとユエの記憶を探る。そして、試練をクリアしたものと判断されたのか・・・。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスry・・・。」

 

 またオスカーが現れた。何かいろいろ台無しな感じだった。ハジメ達はペラペラと同じことを話すオスカーを無視して会話を続ける。

 

「どうよ2人共。無事修得出来た?」

 

「ん・・・した。でも・・・アーティファクトは難しい。」

 

「そっか。ハジメはーーー聞かなくても良さそうだな?」

 

「ああ。こいつは正しく俺のためにある様な魔法だ。適性も十二分にある。」

 

 手に入れた新たな力を噛み締める様に、口角を吊り上げて笑うハジメ。そんなことを話しながらも隣でオスカーは何もない空間に微笑みながら話している。すごくシュールだった。後ろの骸が心なしか悲しそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

 

「あ~、取り敢えず、ここはもう俺等のもんだし、あの死体片付けるか。」

 

 ハジメに慈悲はなかった。

 

「ん・・・畑の肥料・・・。」

 

 ユエにも慈悲はなかった。2人の声を聞いたのか、風もないのにオスカーの骸がカタリと項垂れた気がする。

 

「・・・墓石位は立ててやるかね。」

 

 呪術の師匠でもある祖父が神社の神主の為、社だけは死者に対して慈悲があった。・・・無いよりはマシ、程度ではあるが。

 

 オスカーの骸を畑の端に埋め、墓石を建てた後。埋葬を終えた3人は封印されていた場所へ向かった。オスカーが嵌めていたと思われる指輪に十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

 

 この指輪が鍵なのでは、と当たりをつけた3人は指輪を封印に近づける。すると紋様は光を放ちながら消えた。推測通り、指輪自体が部屋の鍵の役割をしていた様だ。

 

「最優先は、地上への帰還方法ーーーで良いんだよな。」

 

「あぁ。兎に角此処から脱出しなきゃ話にならねぇからな。先ずは書斎だ。」

 

 ハジメの声を皮切りに、3人は書斎を漁り始めた。一番の目的である地上への道を探らなければならないからだ。書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。すると。

 

「ビンゴ!あったぞ、2人共!」

 

「おお、意外とアッサリ。」

 

「んっ。」

 

 ハジメから歓喜の声が上がる。見つけたのは、この住居の施設設計図らしきもの。どこに何を作るのか、どのような構造にするのかがメモのように綴られたものだ。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。

 

「・・・清掃機能付きの自律型ゴーレムに、太陽光と同質の光を放つ球体、か。オスカーはマジモンの天才だったらしいな。」

 

「神の系譜って言うのは伊達じゃ無かった訳だ。工房の方も期待できそうじゃないか?」

 

 そう言ってニヤリと笑うハジメと社。設計図によれば、工房には生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。是非とも譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

 

「ハジメ・・・これ。」

 

「うん?」

 

「これは・・・手帳?」

 

 ハジメが設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いた物の様である。

 

 その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

 

「・・・つまり、あれか?他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

 

「可能性はあるな。上手くいけばーーー。」

 

「・・・帰る方法見つかるかも。」

 

 手記によれば、オスカーと同様に六人の〝解放者〟達も迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったがユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔法という世界を越える転移魔法は神代魔法なのだから。

 

「だな。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう。」

 

「あいよ。」

 

「んっ。」

 

 明確な指針ができて頬が緩むハジメ。思わずユエの頭を撫でるとユエも嬉しそうに目を細めた。そして、その様子をニヤニヤと眺める社と、視線に気づき顔を赤らめるハジメ。・・・このやり取りは暫くテンプレートになりそうであった。

 

 それからしばらく探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

 

「さて、それじゃあ次はいよいよお待ちかねのーーー。」

 

「ーーー工房探索だな!」

 

 書斎をあらかた調べ終え、3人が次に向かったのは工房である。中には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。小部屋内部には様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

 

 ハジメは、それらを見ながら腕を組み少し思案する。そんなハジメの様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

 

「・・・どうしたの?」

 

 ハジメはしばらく考え込んだ後、ユエと社に提案する。

 

「2人共、暫くここに留まらないか?さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが・・・せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

 

 ユエは三百年も地下深くに封印されていたのだから一秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、ハジメの提案にキョトンとした後、直ぐに了承した。不思議に思ったハジメだが・・・。 

 

「・・・ハジメと一緒ならどこでもいい。」

 

 そういうことらしい。ユエのこの不意打ちはどうにかならんものかと照れくささを誤魔化すハジメ。

 

「おいおいおいおい、そこは「俺もだぜ、ユエ」って言ってあげるとこだろー。好意ってのは口に出して伝えるものだぞ?」

 

「ウルセェ!外野は引っ込んでろ!」

 

「・・・ハジメは、言ってくれない・・・?」

 

「あぁ、いや、そうじゃ無くてだなーーー社っ!テメェ他人事だからってゲラゲラ笑ってんじゃねぇ!」

 

 先程までの真剣な空気は霧散し、再び騒ぎ始めるハジメ達。結局、3人はここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。



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31.異世界より③

予想より長くなったので分割しました。まさか16000字を超えるとは思わなかった・・・。


 隠れ家生活 初日(0日目)

 

 ハジメの提案により、暫くの間オスカーの隠れ家に滞在する事になった。期限については厳密に決めてはいないが、工房でのハジメの浮かれ具合を見ると最抵でも1月はかかるだろう。何と言うか、此方の世界に来てから初めてと言って良い程に目の輝きが違っていた。

 

 話を聞くにオスカーの残した素材や設計図を見た事で、創作意欲が大いに刺激されたらしい。今まではハジメの頭の中にのみあった空想が、努力次第で現実に作り出せるかもしれない所まで来たのだから、確かにテンションが爆上がりするのも理解出来る。

 

 だが、ハジメは気付いていない。オスカーの残した物に夢中になる余り、構って貰えなくて不機嫌になっていく人物がいる事を。何を隠そうユエさんである。

 

 ユエさんの性格上、ハジメの作業の邪魔をするとは考え難い。余り我儘を言うタイプでは無さそうだし、ハジメに迷惑を掛けるのも本意では無いだろう。どちらかと言えば、ハジメがユエさん自身に興味を向けたくなる様な言動をするタイプの筈だ。それらの事実が意味するのは、即ち()()()誘惑である。

 

 今の今まで、ユエさんは恐らく本気でハジメを誘惑しようとはしていなかった。・・・いや、この言い方だと語弊(ごへい)があるか。ハジメに向ける気持ちは本物だったろうが、そこまで()いではいなかっただろう。迷宮内ではいつ何処で危険が待ち受けているか分からなかったし、何よりも俺が居たしな。

 

 だが、今は違う。ユエさんを遮る諸々の事情は既に無いに等しい。彼女は満を辞して獲物(ハジメ)を捕食しようとするだろう。肝心のハジメがユエさんに見向きもしない現状も、最早一種のスパイスにしかなっていない。

 

 現に先程ユエさんから「・・・今夜仕留める」と短くも覚悟の込もった御言葉を頂いた。要するに俺に静観していてくれと言いたいのだろうが、真正面から堂々と伝えに来るとは恐れ入る。ユエさんマジ男前。

 

 恋する乙女を邪魔する権利など、俺は持ち合わせていない。よって「了承したーーー健闘を祈る」とサムズアップしながら即答した俺は間違っていない筈だ。その言葉を聞いたユエさんも一瞬大きく目を見開いたものの、俺の意思が伝わったのか「・・・ありがとう」と一言残し、去って行った。向かう先は唯一つ、ハジメがいる大浴場だろう。彼女の後ろ姿に、己が身一つで戦場に向かわんとする歴戦の戦士の姿を幻視した。

 

 ユエさんは言わずもがな、ハジメにしたってユエさんを憎からず想っているだろう。ならば、助言やらを乞われるまでは俺の様な外野は黙って見守るに越した事は無いと思う。2人の事なのだから、2人で決めるべきだろう。誰かが望んだ幸せを、何の関係も無い他人が否定するのは許されない事だと思うから。

 

 

 

 と、まぁそれっぽい事を書いたものの、今夜一晩でハジメが堕ちるとは思っていない。いや、時間の問題ではあるだろうが。ただ、元の世界で白崎さんに大なり小なりアプローチ(空回り気味だったが)されていたにも関わらず、袖にしていたのがハジメという男である。口説き落とすのは中々に骨が折れるだろう。

 

 俺の予想では、最速で半月持つか持たないかと言った所だ。本能に負けるその日まで、ハジメの理性がどこまで保つか見ものである。

 

 

 

 隠れ家生活 1日目

 

 ハジメは既に陥落していた。即堕ち2コマかな?

 

 その事実に気付いたのは本当に偶然だった。オスカー作の人工太陽(何と時間経過で月に変わるシロモノ)から降り注ぐ朝日を浴びて目覚まししていたハジメに、俺は鎌掛けをしたのだ。内容は単純、某有名RPGの台詞「ゆうべは お楽しみでしたね」と言っただけである。

 

 普段なら呆れた目で見られるか鋭いツッコミに切り捨てられるだけの一言は、しかしこの場に置いては致命の一撃となった。タイプ一致+効果は抜群+急所に当たった、と言えば分かる人には分かるだろう。

 

 その言葉を聞いた瞬間、ハジメは見た事も無いくらいに耳まで顔を赤くして、凄まじく狼狽(ろうばい)したのだ。その反応を見た俺も、まさか本当にユエさんがヤッちまっていたとは思っていなかった為、二の句が告げなかった。正しく嘘から出た真、瓢箪から駒だった。

 

 事ここに至って漸く、俺はユエさんを舐めていた事を自覚したのだ。決してハジメの理性がクソ雑魚ナメクジだったのではーーーいや、それも原因の1つではあろうが。真に称賛すべきはユエさんの果断さと狡猾さだろう。

 

 見た目的には12、3歳と、決して大人びているとは言えない外見から繰り出される、歳上が持つ妖艶さ。俺自身、■■が居なければ何度か見惚れていたかもしれない艶やかさは、そのギャップ効果も含めてハジメにクリティカルヒットしていたのだ。

 

 重要なのはそこだけではない。昨日の日記で「ユエさんは本気でハジメを誘惑しようとはしていなかった」などと書いていたが、それも正しくは無かった。今まで本気に見えなかったアプローチは、迷宮内で気を張っていたハジメに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。来るべき大一番に向けて、ユエさんは虎視眈々と牙を研いでいた。

 

 成程、幸利から借りた漫画に描かれていた「合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結」という台詞は非常に的を射ていた。恋愛と言う名の合戦において、ユエさんは怠る事無く最善の選択を積み上げてきたのだろう。脱帽である。

 

 閑話休題(それはともかく)、俺が鎌をかけた事に気づいたハジメがドンナーを抜き放つのと、俺が背を向けて走り出したのはほぼ同時だった。発砲音を背に全力疾走する俺と、羞恥やら怒りやらで頭に血の昇ったハジメとのリアル鬼ごっこ開幕である。

 

 いや、マジでおっかなかった。d◯dの生存者(サバイバー)側の気分だった。普段大人しい奴が怒ると怖いってのは本当だと身をもって知った。今のハジメに大人しいなんて評価は間違っても下せないが。

 

 そんなこんなで始まった追いかけっこは、昼過ぎにユエさんが起きて来るまでの間ずっと続いていた。初日からこんなんで大丈夫なのか俺達。

 

 

 

 隠れ家生活2日目

 

 本日から本格的に準備期間に入った。ハジメはオスカーが残したアーティファクトや設計図を元に、生成魔法を駆使して色々と創り出そうとしている。ユエさんはその付き添いだ。

 

 俺もハジメに頼み事があったりするんだが、優先順位は低いから後回しで良いだろう。それよりも、俺は俺で色々確かめなきゃいけないことがある。下記に記すのは、今の俺のステータスだ。

 

===============================

宮守社 17歳 男 レベル:99

天職:呪術師

筋力:4530 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

体力:4400 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

耐性:4820 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

敏捷:4050 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

魔力:2020

魔耐:4100 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

技能:宿■樹[+被憑依適性][+■■■■憑依][+憑依装殻]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転][+黒閃]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来][+式神調][+複数召喚]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・金剛・威圧・悪意感知[+範囲上昇]・念話・言語理解

===============================

 

 ステータス値に関してはもう突っ込まない。レベルの上限は100までとメルドさんは言ってたが、魔物肉を食べた俺達にその理屈が通用するかは分からないしな。ヒュドラ戦前と比較して大きく変わったのは下記の通り。

 

 ①宿聖樹⇒宿■樹への変更(変質?)

 ②派生技能[+憑依装殻(ひょういそうかく)]の追加と、それに伴う[+憑依装殻時 最大1.25倍]の表記。

 ③派生技能[+黒閃]の追加

 ④派生技能[+複数召喚]の追加

 ⑤派生技能[+瞬光]の追加

 ⑥派生技能[+範囲上昇]の追加   以上、6点である。

 

 我が事ながら、どこから手を付けたものかと頭を抱えたくなる。取り敢えず分かり易く整理しよう。③の[+黒閃]と、⑤の[+瞬光]はヒュドラ戦で派生した技能だろうから取り敢えず除外して良い。

 

 ④の[+複数召喚]については、後々検証が必要だろう。ヒュドラ戦で2体までしか呼ばなかったのは、()()()()()()制御出来そうな上限が2体までだったからだ。が、この書き方だとそれ以上呼べる様にも見える。色々試さなきゃならない。

 

 問題は残りである。①及び②それと⑥の技能は、■■との『縛り』が正常化した際に発現したものだろう。■■との繋がりがより強固なものになった結果、俺の肉体に分かり易い変化として現れたのだと思う。

 

 怨霊となった■■に呪われて早10年弱。爺さんには「お前の身に何が起きても不思議では無いのだから気を付けろ」と口酸っぱく言われていたので、この変化を見ても特に動揺は無い。正直な所、今更感が強いと言うか、その辺りは最初から覚悟していた事でもあるからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際問題、少なくとも俺が知覚出来る範囲では異常は起きていない。今日1日、軽く調子を確かめたが肉体に違和感は無く、呪力操作や術式に関しても変化は無い。それどころか何時にも増して調子が良くなっている気がする。

 

 これが『黒閃』をキメたからなのか、それとも一時的とは言え■■との融合を果たしたからなのかは俺には判断がつかない。この辺りは手探りで少しづつ確かめるしか無いだろう。

 

 

 

 隠れ家生活 3日目

 

 本日・・・と言うか当面の課題は主に2つ。〝複数召喚〟で何がどこまで出来るのかの確認と、〝憑依装殻〟使用時のメリット・デメリットの確認である。後者に関しては本当に未知数である為、慎重に確認する事にして。取り敢えず危険性の少なそうな〝複数召喚〟の方からやっていく事にした。

 

 その前に簡単におさらいしよう。『呪想調伏術(じゅそうちょうぶくじゅつ)』と名付けた俺の術式は、呪力と特定の感情を素材として式神を創り出す能力を持つ。今回実験に使用したのは、反転の術式である『式神調(しきがみしらべ)』のほうである。

 

 順転の術式である『怨嗟招来(えんさしょうらい)』は、呪力とは別に俺が持つ大きな負の感情を必要とする為、任意での発動が難しい。その分威力はお墨付きだが、俺がマジギレする程の負の感情を抱くと言う事は、十中八九俺と近しい人間が傷付けられているだろう。俺としては、この力を再び振るう時が来ない事を祈っている。惜しく無い、と言えば嘘になるが身内が傷つくよりはマシだ。

 

 話が逸れた。一方で『式神調』の方はと言うと、俺が『呪力反転』を得手とするからか非常に扱い易い能力をしている。式神の作製には「俺と特定の相手がお互いに一定以上の好感情を向けている」必要があるが、出来上がるのはどれも粒揃いの、非常に強力な式神になっている。

 

 無論、弱点がない訳では無い。まず、()()()()()()()()()()()()()。式神単体では能力を振るえず、必ず術師からの呪力供給が必要なのである。某有名TCGで例えるなら、装備カード扱いと言えば分かり易いか。

 

 そしてもう1つの弱点が、■■も含めて複数召喚出来ない事だった。呼び出せる式神はその殆どが特化型と言うか、役割がハッキリしていた。その為、状況をしっかりと把握した上で、その場に即した式神を呼ぶ必要がある。

 

 コレに関しては欠点と言うか、俺の落ち度だろう。折角の強力な式神でも俺が使い熟せないのなら意味は無い。元の世界ではその辺りどうにかしようと腐心した覚えがある。

 

 が、今回の件で複数召喚が可能になるならば話は変わる。例えば特化型の式神と汎用性の高い式神をそれぞれ呼び出せるのなら、それだけで対応力やら柔軟性は非常に高くなる。同時使用による相乗効果も見込めるので、戦術的な価値は非常に高くなるだろう。

 

 と、言う訳で百聞は一見にしかず。色々と試行錯誤した結果、()()()()()()2()()()()()()確実に俺の言う事を聞いてくれた。式神同士の組み合わせにも問題は無し。俺が式神調で呼び出せる壱から拾の式神の内、どんな組み合わせであっても問題無く能力を使用出来た。

 

 呪力消費に関しても想像より少なかった為、実戦使用のハードルも大分下がっていた。この子達マジ優秀。ただし、■■を呼び出している間は相変わらず呼び出せなかったが。まぁ、■■が強過ぎるので大した問題にはならないと思う。

 

 しかし、予想外の問題・・・いや、問題かコレ?別に危険性は無いっぽいんだけど。どうコメントすれば良いのやら。明日以降はこれについて調べなきゃならん。

 

 

 

 隠れ家生活 6日目

 

 前回日記を書いた所から丸3日たった。先日見つけた問題点・・・と言え無くも無い件について、大まかな内容が把握できたので記す。

 

 気付いた切っ掛けは、俺が「式神を3体以上呼び出した時」である。検証の為に3体目の式神を呼び出した所、先に呼んでいた〝狗賓烏(ぐひんからす)〟は俺の頭に座りこんでピクリともしなくなったのだ。

 

 声を掛けても反応しなかった為、不思議に思いつつも頭から下ろしてみた俺は自分の目を疑った。なんと狗賓烏は見事な鼻提灯を作ってスヤスヤ眠っていたのだ。まごう事なき爆睡である。お前は野比の◯太君か。

 

 余りにも予想外の反応に、オイオイ嘘だろと何とも言えないやるせ無さに包まれた俺。だが、ふと狗賓烏の元になった奴も凄まじいまでにグータラな奴だった事を思い出した。

 

 そこからは早かった。ものは試しと式神を呼び出すと、あろう事か1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてその全てが、俺の指示を聞く事なく自由に行動を取り始めたのだ。

 

 呆気に取られながらも式神達を観察したところ、俺が制御出来る数を超えて呼び出された式神達は、元となった人物を想起させる行動を取る事が分かった。

 

 1番人柄が出てたのは〝薙鼬鼠(なぎいたち)〟と〝影鰐(かげわに)〟だった。前者は雫の好感情が元になっており、背負った刀を口に咥えて素振りをしていた。真面目かよ。〝影鰐(かげわに)〟は特定の式神ーーー恐らく元となった人物が女性の式神ーーーを露骨に避けて日陰に引きこもっていた。言わずもがな幸利の好感情が元になっている。そこは似なくてもよくない?

 

 で、俺に反抗的なのが〝(くゆ)(きつね)〟だった。いや、別に害がある訳じゃ無いんだけど。なんかこう、若干距離を取りつつそっぽ向いてツーンとしてる。「お前の事なんか興味有りませんけど?」みたいな声が聞こえてきそうだった。その癖放っとくと耳と尻尾が力無くへにゃる。あの妖怪狐はこんな面倒臭いツンデレ染みた愉快な奴だったっけか?

 

 逆に、俺から頑なに離れようとしない式神もいた。〝 双子夜刀(ふたごやと)〟と〝木霊兎(こだまうさぎ)〟、〝反魂蝶(はんこんちょう)〟がそれに当たる。

 

 コイツらは兎に角距離が近い。俺の肩やら胸やら首やらにくっ付いて離れる気配がまるで無い。なんなん、俺の事止まり木(パーチ)か何かと勘違いしてんの?

 

 しかも何かビミョーに仲がよろしく無さそうにも見える。嫌な沈黙というか、静かに牽制し合っている様な気がするし。何時の間にやら近づいて来た燻り狐と狗賓烏もそこに混じって睨み合ってるし。君ら皆女の子じゃないの?なんでそんなギスってんの。怖。〝薙鼬鼠(なぎいたち)〟もチラチラこっち見る位なら俺の事助けてくれないかなー?

 

 因みに残った式神である〝岐亀(くなどがめ)〟と〝 比翼鳥(ひよくどり)〟、〝 (さと)(ふくろう)〟の3体は暢気にフヨフヨ浮いていた。〝 (さと)(ふくろう)〟はハジメが元になっているからともかくとして。〝岐亀(くなどがめ)〟と〝 比翼鳥(ひよくどり)〟はそれぞれ俺の祖父と両親の感情が元になっているのだから、俺に助け舟の1つや2つ出してくれても良くない?なんでそんな我関せずなの。

 

 ペットショップを彷彿(ほうふつ)とさせる状況に四苦八苦しつつ、式神達には引っ込んでもらったが、呼ぼうと思えば全員呼べるのは非常に喜ばしい事ではある。俺の術師としての腕前が上がれば、それだけ制御出来る式神の数が増える可能性が高いからだ。伸び代があると分かったのなら、後は実際に伸ばすだけである。

 

 

 

 隠れ家生活 15日目

 

 本日はハジメに頼まれて、開発品の試験を行った。

 

 約2週間という短い時間に、ハジメは義手(オスカーが残した物にハジメが手を加えた代物)のみならず、ドンナーとは異なるもう1丁のリボルバー拳銃(名をシュラークと言うらしい。)、そして神結晶を素材とした特殊な片眼鏡(モノクル)(此方は魔眼鏡(まがんきょう)と名付けたとか。)を作り上げた。好きこそ物の上手なれとは言うが、ここまで来ると最早完全な一芸になっている。

 

 今回はそれら3点の試運転と言う事で、俺には動く的になって欲しいとの事。いや、別に良いんだけどね?弾は魔力だから当たっても痛いだけで傷付かないし。ただ、ユエさんに応援されたからって余計に気合いを入れるのはヤメロ。被害は全部俺に来るんだぞ。

 

 そんな俺の内心など知らぬとばかりに試験は開始された。ハジメは如何やら基本戦術をドンナー・シュラークの2丁拳銃によるガン=カタに決めたらしく、2つの銃口は左右の違和感無く俺に狙いを定めていた。

 

 義手の方も見た感じでは違和感無く動いていた。後で聞いた話によると、魔力の直接操作で本物の腕と同じように動かすことが出来る他、色々とギミックを仕込んであるらしい。不謹慎だが少しカッコいいと思ってしまった。

 

 そして片眼鏡(モノクル)ーーー魔眼鏡(まがんきょう)についてだが。此方もなかなかに意地の悪い仕様になっていた。この魔眼鏡(まがんきょう)、神結晶を使っている所為か複数の技能が付与されており、かなり特殊な視界を保持している様だ。

 

 具体的に言うと、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核(魔法の発動を維持・操作するためのものらしい。)が見えるようになったとか。

 

 相手が放つ魔法の種類や威力を事前に知ることができる上、核を撃ち抜く事で魔法を破壊することが出来ると聞いた時には驚いた。核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要らしいが、一方的に魔法を打ち消せるのは大きなメリットである筈だ。頑張って習得してくれハジメ。銃弾パリィは夢と浪漫が溢れているぞ。

 

 一通り試験が終わった後、ハジメには俺用の武器の製作を依頼した。近接武器のみではあるが、ハジメが思い付く限りの様々な種類の武器を作って欲しいと頼んだのだ。

 

 片眉を上げ訝しげに俺を見るハジメだったが、事情を話すと快くOKを出してくれた。持つべき者は理解ある友人である。

 

 尚、最後にボソッと「多少なら趣味に走っても良いよな・・・?」と呟いたのは聞かなかったことにした。俺は信じてるからなハジメ!

 

 

 隠れ家生活 17日目

 

 作製する武器の細部をハジメと粗方詰めた後。出来上がるのを待つ間、俺はいよいよ〝憑依装殻〟の使用に踏み切った。

 

 身体能力を初めとした魔力以外のステータスや、呪力の出力・総量・操作等が格段に上昇する以外は全くの未知数であるこの技能。ハジメやユエさんには難色を示されたが、流石にこのまま放置する訳にもいかなかった。

 

 これから先この技能を使うにしろ使わないにしろ、メリット・デメリットを把握しておくのは必須である。ならば、余裕のある今の内に試しておいた方が良いだろう。

 

 呪力の消費は?肉体的な負担は?回数制限は?ON/OFFは?この状態で術式に大きな変化はあるのか?どれだけ長くこの状態を保てるのか?肉体の一部のみの変化は可能か?パッと考えつくだけでもこれだけあるのだ。重大な欠点を見過ごした結果、肝心な所で役立たずになるのを防ぐ為にも、念入りに調べなければ。

 

 

 

 ・・・なんて、大層な事をつらつらと書いてみたが。実際は新しく出来た■■との繋がりを俺が手放したくないだけだ。我ながら女々しい気もするが、同時に俺らしいなとも思った。



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32.異世界より④

これにて1章は終了です。


 隠れ家生活 24日目

 

 前回の日記から1週間ほど期間が空いた。この間〝憑依装殻〟について色々と試してみたが、現在に至るまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず、どれだけ〝憑依装殻〟を発動していても呪力の消費が無い。ほぼ0とかでは無く、本当に消費していないのだ。肉体的な負担も「少し疲れる・・・かな?」位でほぼ無いに等しい。凡そ半日程〝憑依装殻〟を発動してこうだったので、時間経過によるデメリットも無いものと考えて良いだろう。

 

 術式の使用も問題無し。威力自体は上がっているものの、消費呪力もほぼ据え置きである。手脚の一部のみの発動も可能であり、文句の付け所などまるで見当たらなかった。

 

 まだ1週間ほどしか試していないが、結果だけを見るならば〝憑依装殻〟は是非とも使うべき技能であると言う結論になる。なるのだが・・・ハジメ達はやはり良い顔をしなかった。まぁ、妥当と言うか、残当な反応ではある。ここまで分かり易く強力な力が、ノーリスクで使えると考える方がおかしいだろう。

 

 俺自身は理屈的にも心情的にも「全く持って問題無いな!」と大船に乗ったつもりでいる。■■ちゃんは俺の意思に反することはしても、危害となった事は今まで一度たりとも無かったからだ。〝憑依装殻〟使ってる間は■■ちゃんの機嫌も良い気がするしなー。

 

 だが、ハジメ達が俺の事を心配してくれているのを無碍にも出来ない。こんな言い方は非常に心外且つ誠に遺憾であるが、俺の思考そのものが■■ちゃんによって縛られている可能性もまた、否定出来ないからだ。

 

 結局俺達3人で話し合いを行い、「〝憑依装殻〟を使うかどうかは社に委ねるが、緊急時以外は極力使わない様にする」と言う結論で落ち着いた。

 

 因みにこの結論、俺的には不服は無い。最終的には俺の判断に任せてくれた訳だし、余りハジメやユエさんに心配掛けるのも悪いしなぁ。この位は甘んじて聞き入れるべきだろう。

 

 

 

 隠れ家生活 31日目

 

 ハジメに武器の製作を頼んでから約2週間。「一通り武器を作り終えたから確認して欲しい」とハジメに言われた俺は工房に向かった。

 

 今回俺がハジメに武器の製作を頼んだ理由は3つある。1つ目は〝憑依装殻〟発動時に使う武器が欲しかった事。2つ目が〝 双子夜刀(ふたごやと)〟で作り出した分身にも武器を持たせようと思った事。3つ目が()()()()()()を試すためである。

 

 1つ目については割と単純な理由で、〝憑依装殻〟を発動すると指輪と刀が俺に吸収される様に消えるからだ。何方(どちら)も俺と■■ちゃんを繋ぐ物である為、〝憑依装殻〟発動には必須なのだろう。2つ目も似た様な理由だ。生み出した分身は俺を模した姿になるが、武器まではコピー出来ないからだ。

 

 そして本命の3つ目に関しては、俺の生成魔法の適正が絡んでくる。ハジメはおろかユエさんにすら劣る程に、俺自身の生成魔法の適性は低い。が、ただ1つだけ付与が可能な技能があった。ーーー〝呪力生成〟である。

 

 基本的に『呪具』とは(特殊な事情が絡まない限りは)永い時を経て生まれる物である。人為的であるにしろ自然発生的な物であるにしろ、そこは余り変わらない。最も簡易的な作り方は「定期的に己の呪力を流す」事であるが、これも非常に時間がかかる。要するに根気が必要なのだ。

 

 だが、今回はその例外に当たる。俺の生成魔法で〝呪力生成〟を付与出来れば、その辺りの常識を無視してあっと言う間に『呪具』の完成だ。上級の『呪具』であれば術式が付与されている物もあるらしいが、そこまでは求めていない。今俺が欲しいのは、宿った呪力がそのまま破壊力に変わる様なシンプルイズベストな『呪具』である。

 

 その辺りの事情を話し、ハジメには様々な武器を製作してもらった。武具に宿した呪力がどの様に作用するかまでは分からなかったし、俺としても初の試みだったので1つ2つの用意では不安だったからだ。

 

 ・・・うん、確かに俺はそう言った。色々試したいから、ハジメの知る限りで沢山の種類を作ってくれとも言った。ああ、認めるとも。でもあれはやりすぎじゃね?

 

 どことなく楽しそうなハジメの背中を追い、工房の扉を潜った俺を待ち受けていたのは、ハジメの趣味満載の武器群だった。

 

 いや、普通の武器もあったよ?片手剣(ショートソード)長剣(ロングソード)短剣(タガー)両手剣(クレイモア)、ソードブレイカー、日本刀etc・・・。刀剣だけでもかなりの数あった。

 

 他にもハンマーやら斧やら旋棍(トンファー)やら三節棍やらメイスやら。これらもまだ良い。玄人向けだが、八重樫道場で色々仕込まれた身としては扱えない事も無いからな。うん、ここまでは良かった。ここまでは。

 

 いや、俺も頼んだ側としてはあまり文句は言いたく無かったんだけど。流石に蛇腹剣とか鞭は使い熟すの無理だからね?某獣狩りゲーの如き仕掛け武器を推すのもやめなさい。確かに浪漫は有るけど、変形機構は壊れ易くて論外だからな。

 

 ・・・結局、すったもんだの末に俺はハジメの作った武器全てに〝呪力生成〟を付与する事になった。いや、俺としては2、3個あれば十分かなーと思っていたんだが、選ばれなかった武器達をハジメが未練がましく見ていた為に押し切られてしまったのだ。うーむ、これだから雫に「身内・友人に甘すぎる」と言われるんだろう。直す気なんざさらさら無いけど。

 

 

 

 隠れ家生活 34日目

 

 今日も今日とて〝呪力生成〟を付与していく俺。やる事は単純なのだが、いかんせん数が多い。作業中のハジメや暇を持て余したユエさんと喋りながらじゃなきゃ、とてもでは無いがやってられない。

 

 話すネタは意外と事欠かなかった。「元の世界では何してた?」とか、「此方の世界で美味いものある?」とか。中身の殆どが世間話だったが、話題が尽きる事は無かった。ただ、ユエさんが「私とハジメが目の前で仲睦まじくしてるのは、辛い・・・?」と聞いて来たのには驚いた。一瞬煽られてんのかと思ったわ。

 

 無論そんな事も無く。真意を聞くと、如何やら俺と■■ちゃんの事を配慮してくれていたらしい。そう言えば簡単に説明しただけで、詳しい事は何も言ってなかった。

 

 良い機会なので、ユエさんには俺と■■ちゃんとのアレコレを全て打ち明けた。と言っても内容はこの日記の最初に書かれている事だが。それと同時に、俺の事を気にする必要はないとも伝えた。

 

 俺の話を最後まで聞いたユエさんはと言うと、顔をクシャクシャにして泣いてた。出会ったばかりの頃、俺とハジメがここに来た経緯を話した時も泣いていたのを考えると、意外と感情移入するタイプらしかった。アシ◯パさんの変顔を思い出したのは内緒だ。

 

 微妙に罪悪感が生まれたので「■■ちゃんが死んでもまだ一緒に居られるのは俺にとって幸福である」「だから、俺を理由に遠慮される方が悲しい」と言った旨を伝えた所、納得はしてくれた。

 

 ユエさんとの交流で、ハジメは大分人間味を取り戻した様に見える。奈落の底で再開した時は、周りの全てが敵に見えているかの如く刺々しい態度だったのが、今では随分と丸くなったものである。そんな2人の仲を引き裂くなど、俺に出来ようはずも無い。俺の事は気にせず、思う存分イチャコラして欲しいものである。

 

追記.ナニがとは言わないが、マンネリ防止に〝比翼鳥(ひよくどり)〟の貸し出しも考えるべきか。ナニがとは言わないが。効能は俺の両親が太鼓判を押していたから問題は無い筈だ。後でハジメに聞くべきか。

 

追追記.聞いたら頭を叩かれた。おのれ。

 

 

 

 

 隠れ家生活 37日目

 

 問題がおきた。予想外も予想外だった。変な時間に起こされたせいで目が冴えてしょうがない。寝るのは諦めて日記を書く事にした。

 

 事が起きたのはついさっき。体感で深夜2時ごろか。自室で眠っていた俺に、何者かが襲いかかって来たのだ。扉が破られた音で瞬時に飛び起き構えた俺だったが、襲撃者の姿を目にして驚愕した。俺を襲ったのが、呪力を宿した武器だったからだ。

 

 何が何だか分からなかったが、このまま好き勝手されるのも困ると考えた俺は、襲いかかる2つの呪具を避けると部屋を飛び出した。逃げながらハジメとユエさんが居る部屋の扉を見たが、特に傷付いた様子も無かったので、呪具達は真っ先に俺を狙った様だ。

 

 呪具達が2人に矛先を向けない様に、俺は付かず離れずの距離を保ちながら家畜小屋の方に向かった。あそこなら広いし遮蔽物も無いからな。

 

 逃げるのをやめた俺に対して、2つの呪具はひと息吐く間も無く襲いかかって来た。元の世界で戦ってきた敵の中にもコイツらの様な呪具ーーー所謂「曰く付きの品」は結構いた。が、ここまで戦闘に特化した物も珍しかった。

 

 俺を襲う2つの呪具達は、目に見えない何者かに振るわれるかの様に動いていた。片や、刀身が自在に伸縮する上に、蛇腹剣よろしくバラけて物理法則を無視した動きをする日本刀。片や、(じょう)、三節棍、旋棍(トンファー)と変幻自在に変化する鈍器。何方も甲乙付け難い程に殺意マシマシである。と言うか、こんな変態武器に見覚えないんだけど。どこから沸いて出たんだ?

 

 この世界に来る前の俺ならば、即座に■■ちゃんを呼んでいただろう。それ位には強力な呪具だったが、この世界で魔物を喰らって来た俺を殺すには至らない。時間にして10分も経たない内に2つともボロボロにした。生物基準なら9割殺し、このまま放置すれば間違い無く死ぬレベルだ。

 

 眠いしさっさと壊そうと拳を握り締めた俺だったが、ふと呪具達から漏れ出す呪力が安定したのに気づいた。先程まで荒れ狂っていた呪力が、凪いだ水面の様に落ち着いていたのだ。

 

 訝しむ俺を他所に、2本の呪具はその場で地面に突き刺さった。ご丁寧に持ち手を俺に向けながら、である。多分「俺達を使え!」って言いたかったんだろう。

 

 正直、かなり悩んだ。内包する呪力のみであそこまで威力を出せるのだから、俺の呪力と膂力を上乗せ出来ればかなりの戦力になる筈だ。だが一方で、自立して他者を襲う様な呪具を信用して良いものか、悩ましい所である。

 

 結局、俺は2つの呪具を破壊しない事にした。呪具達からは悪意を感知出来なかったし、俺がその場で破壊しようとしても抵抗しなかったからだ。強力な武器になるのは違い無いし、また暴れ出してもその時考えれば良いだろ。問題の先送りとも言うがな!

 

 

 

 隠れ家生活 38日目

 

 今朝、ハジメとユエさんに昨日(厳密には今日か)の深夜に起きた事を一通り説明した。「何故起こさなかったのか」と問われたので、「俺1人でどうにかなりそうだったからなー」と言ったら2人に怒られた。曰く「だとしても、仲間なら頼れ。逆の立場ならどうする?」との事。ぐうの音も出ない正論だった。

 

 10割方ハジメ達が正しかったので素直に謝ったら、「・・・次はねぇぞ」ってツンデレ台詞吐きながら許してくれた。ユエさんからも「・・・私達は、一蓮托生」と優しい口調で言われた。こう言ってくれる友人達もいる事だし、少しは肩の力を抜いても良いのかもしれない。ありがたい事だ。

 

 一通り謝罪を終えた俺達は、一旦工房の様子を見に行く事にした。俺達が作っていた呪具未満の武器は、工房の一室に纏めて保管してあるからだ。見覚えは無いにしろ、ハジメが作り俺が〝呪力生成〟を付与した武器群は無関係である、と考える方が不自然だろう。

 

 俺達が工房に入ると、そこには見るも無残な光景が広がってーーーいなかった。被害があったのは、意外にも入口の扉と武器群を保管していた一室のみだった。が、その一室の中が問題だった。

 

 武器群を保管していた部屋の内部は、激しい戦闘があったかの様に酷くボロボロになっていた。のみならず、保管していた筈の呪具未満の武器は例外無く壊された上、あろう事か宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その光景を見た時、変な違和感を感じた。今の状況と似た様な経験を元の世界でもした様な・・・。日記を書いている今でもしこりの様な違和感が残る。その内思い出すと良いが。

 

 軽く工房を調べたが、上記以外で壊された物も無かったので、直ぐに後片付けに入れた。幸いな事に、壊れた武器も錬成で分解・再利用出来るから問題無い、とハジメは言っていた。・・・趣味全開の武器が壊されてしまった事には若干凹んでいたが。ドンマイ。

 

 

 

 隠れ家生活 45日目

 

 本日は3人揃って実践訓練を行った。と言っても、3人で模擬戦を行った訳では無い。今回俺達の相手となるのは、迷宮内部の魔物である。

 

 と言うのも、オスカーが残した魔法陣は迷宮の外だけで無く迷宮内部の各階層にも繋がっていたのだ。ハジメが調べた所、オスカーの指輪を持っていて且つ生成魔法を使える(つまり、オルクス大迷宮を踏破したと認められた)存在だけが使えるらしい。

 

 多分、いきなり生成魔法を得ようとズルをする人間対策なんだろうが、俺達には関係無い。ハジメは開発した兵器群を試す為に、俺は獲得した呪具(ボロボロだったが俺の呪力を吸収すると自己修復した)の肩慣らしの為に、ユエさんはハジメ作の〝魔晶石シリーズ〟(神水が取れなくなった神結晶を利用した魔力タンク)と名付けたアクセサリーの使い勝手を調べる為、再び迷宮内部に転移した。

 

 その結果、起こったのは唯の虐殺だった。

 

 然もありなん、最深部の守護者たるヒュドラを斃した俺達が、今更迷宮内部の魔物に苦戦する訳なかった。いや、今回は試運転に近いから別に良いんだけど。

 

 ハジメは自分が開発した兵器を試せてご満悦だった。口径30mm、回転式6砲身で毎分12000発もの弾丸を吐き出す電磁加速式機関砲:メツェライ。長方形の砲身と12連式回転弾倉付き、連射可能且つ複数種の弾を撃ち出せるロケット&ミサイルランチャー:オルカン。何方も趣味と実益を兼ねて開発したらしく、実に夢と浪漫に溢れている。的になった魔物達の臓物もそこかしこに溢れていたがな!

 

 しかし、ドンナー・シュラークの2丁拳銃で空中リロードかますとは思わなかった。何でも〝宝物庫〟(オスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている1cm程の紅い宝石内部の空間に物を保管して置ける)内部から弾丸を空中に転送、〝瞬光〟を一瞬だけ使用して知覚能力を増大する事でこの神業を行っているのだとか。

 

 いや、文句無しにクッソカッコ良かったけども。これやるのに1月特訓したと言うんだから笑うしか無い。いや、マジでイカしてたけども。幸利が見ていれば歓声を上げていただろう。

 

 一方の俺はと言うと、呪具を片手に魔物の群れに突っ込んでは殺し、突っ込んでは殺しを繰り返していた。自分でやって何だが大分バイオレンスだった。

 

 こちらも予想通りと言うか、新たに得た2つの呪具は非常に強力な武器となっていた。ベースが日本刀と思しき呪具〝天祓(あまはらい)〟(命名は俺)は刀身を脇差程から物干し竿まで自由に変えられるだけで無く、刀身を分割・分裂させる事で蛇腹刀としても運用可能である。

 

 杖がベースの呪具〝流雲(りゅううん)〟(同じく命名は俺)は、杖・三節棍・旋棍(トンファー)の3形態を自由に切り替えられる。〝天祓〟程のリーチは無いが、その分呪力が破壊力に振り分けられている様だ。

 

 この結果には思わず俺もニッコリだった。ふと視線を感じたので振り返ると、ハジメも目をキラッキラさせていた。変形機構がお気に召したらしい。そう言えば変形武器作ってたな。

 

 そんな感じで乗りに乗った俺達は、再びヒュドラに挑む事になった。結果?攻撃のネタも割れている以上、特に苦戦はしなかった。銀頭は出て来た瞬間、復活したハジメのシュラーゲンと、ユエさんの最上級魔法連打で呆気なく沈んだ。酷いハメ技を見た。

 

 そんな感じで仕留めたヒュドラの肉を回収しながら、俺達は帰還した。迷宮を踏破した事で戦闘力自体はかなり上昇した筈だが、肝心の神に届くかどうかは未だ未知数だ。油断だけはしないでおこう。

 

 

 

 隠れ家生活 52日目

 

 先日、作りかけの呪具が全て壊されていた時に感じた既視感の正体が分かった。

 

 きっかけは工房でのハジメとの会話だった。兵器開発も粗方終わり、移動用の足である魔力駆動の二輪と四輪車を作成していたハジメが、天祓と流雲について興味を示したのだ。

 

 会話の詳しい内容は割愛するが、大雑把に言えば「『呪具』とは何ぞや?」と言った話だった。その会話の中でハジメは「1人でに動く呪具があるなら、保管してた奴らも蠱毒宜しく壊し合いでもしたのかもな」と言ったのだ。

 

 電流走る、とはこの事だろう。その言葉を聞いた俺は、元の世界で敵対した呪詛師の術式を思い出した。

 

 確か名前はまんま『蠱毒呪法』だったと思う。術式効果は「一定以上の呪力を持つモノに殺し合いを強要させて、最後に残ったモノを従わせる」とかだった筈だ。

 

 この説明だけなら割と強そうだが、実際はそうでも無い。まず対象には直接触れてマーキングを行う必要があり、対象の呪力が多ければ多い程マーキングには時間がかかる為、強い呪霊や術師、妖を術式対象に選ぶのは難しい。

 

 仮にその条件をクリアしてマーキングに成功しても、更なる問題が発生する。最後に生き残った1体は殺した別個体の呪力や術式を一部引き継ぐらしいが、最終的には術師が生き残りの個体をタイマンで調伏しなければならないからだ。

 

 自分でも倒せる弱さに抑えてしまうと調伏出来ても使い道が無く、強くしすぎると倒せない所か殺されてしまう。その塩梅が難しい、とあの呪詛師はボヤいていた。

 

 最終的には鬼蜘蛛とか鵺を作りたいとか言ってたが、まぁ無理だろう。と言うか、んなもん出て来たら間違い無く1級以上の案件になるわ。つくづくあの場で死んでくれて良かった。

 

 術式の内容については『術式の開示』の観点から見て嘘はない筈だ。従えていたキメラもどき達もその直後にパワーアップしていたから、間違いない筈。まぁ、■■ちゃんに蹂躙された挙句、呆然としていた所を俺が首をスッ飛ばして終わったがな。

 

 話を戻そう。恐らく天祓と流雲には、この術式が使われている。コイツらの見た目に覚えが無かったは他の武器の性質を受け継いだ所為であり、俺に襲い掛かって来たのも完成後に行われる調伏の儀式だった訳だ。

 

 勿論、俺は『蠱毒呪法』なる術式なんて持っていない。術式の模倣は、■■ちゃんしか行えない。問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 直接聞こうにも、■■ちゃんはこちらの質問には答えてくれない。何気ない会話やお願いは出来るのだが、術式や『縛り』に関連する事を聞くと、不思議そうに首を傾げるだけで何も答えてくれなくなる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 推測になるが、■■ちゃんは俺のためを思って術式を使ったんだと思う。俺の危機に反応して自動で顕現したりするから、そこは良い。だが、俺の知る限りオスカーの隠れ家で■■ちゃんが勝手に顕現したことは無いし、■■ちゃんの残穢*1も確認してはいない。

 

 幾つか推測は立てられるが、どれもこれも決定打に欠ける。そもそもの話、■■ちゃんが持つ術式ですら『術式の模倣(コピー)』が出来る事以外は詳しく分かっていない。思考放棄は論外だろうが、もう暫くは答えは出ないだろう。

 

 それと、もう1つ。ヒュドラと再戦した時に思い出した事がある。最初にヒュドラと戦った際に、俺は黒頭から幻覚を見せられた。内容は「幼い俺の首に、怨霊となった■■ちゃんの手が掛けられる」と言ったものだ。

 

 取り敢えず、再戦した時に黒頭はしばき倒したから良いとして。気になったのは俺の立ち位置だ。幻覚を見せられた時の俺の視点は、幼い俺では無く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが偶々なのか、それとも他に理由があるのかは分からない。そして、何よりも。あの時■■ちゃんは黒頭にどんな幻覚を見せられたのだろうか。もし、俺とは異なる幻覚を見ていたのだとしたら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 隠れ家生活 68日目

 

 遂に明日、俺達は地上に出る。長かった様な、短かった様な。振り返ってみると何だかんだで感慨深い気持ちになる。

 

 俺もハジメもユエさんも、出来る限りの準備はした。これ以上この隠れ家に留まっても、得る物は少ないだろう。

 

 迷宮を脱出した後、俺達はそのまま他の大迷宮に挑むつもりだ。出来れば幸利や恵里、雫には無事を知らせたかったんだが、王国が微塵も信用出来ない以上、下手に接触する訳にもいかない。人質にされる可能性も低く無いからだ。

 

 最後に、俺とハジメのステータスを書いて終わろう。・・・改めて見ると、王国に来てからのステータスと比べると雲泥の差だった。自分の成長が実感出来るのはステータスプレートの利点だと思う。

 

 

===============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:10950

体力:13190

耐性:10670

敏捷:13450

魔力:14780

魔耐:14780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

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===============================

宮守社 17歳 男 レベル: ???

天職:呪術師

筋力:14610 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

体力:18520 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

耐性:17290 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

敏捷:16880 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

魔力:6610

魔耐:17220 [+憑依装殻時 最大1.25倍]

技能:宿■樹[+被憑依適性][+■■■■憑依][+憑依装殻]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転][+黒閃]・呪術適性[+呪想調伏術][+怨嗟招来][+式神調][+複数召喚]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・悪意感知[+範囲上昇]・生成魔法・言語理解

===============================

 

 


 

 

 三階の魔法陣を起動させながら、ハジメはユエと社に静かな声で告げる。

 

「社は分かってるだろうが、俺達の武器や力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう。」

 

 1つ1つ確認する様に話すハジメ。その真剣な雰囲気に同調する様に、ユエと社もハジメに頷きを返す。

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい。教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん。」

 

 ハジメの言ってる事は決して誇大妄想などでは無い。現実として、王国の人間が干渉、無いし敵対する可能性は十分にある。

 

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな。」

 

 最悪を想定するならば、文字通りこの世界の全てと戦う事すらもあり得るだろう。〝解放者〟達と言う前例もある以上、一笑に伏すことも出来ない。だが。

 

「今更・・・。」/「今更じゃね?」

 

 重なる様に放たれた2人の言葉に思わず苦笑いするハジメ。真っ直ぐ自分を見つめてくるユエのふわふわな髪を優しく撫で、社には強い意思を込めた眼差しを向ける。気持ちよさそうに目を細めるユエと、薄く笑いながら頷きを返した社を見て、ハジメは一呼吸を置いて宣言する。望みと覚悟を言葉にして魂に刻み込む為に。

 

「俺がユエと社を、ユエは俺と社を、そして社は俺とユエを守る。それで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えよう。」

 

「んっ!」/「あいよ。」

 

 ハジメの言葉に、揃って返事をする2人。例えこの先何が待ち構えていようとも、3人ならきっと越えられる。そんな予感を胸に、ハジメ達はオスカーの隠れ家を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「・・・なんか、打ち切りエンドみたいじゃ無い?俺達の戦いはこれからだ!みたいな。」

 

「折角綺麗に纏めたのに余韻が台無しじゃねーか!」

 

*1
呪術や呪力を使用した際に残る痕跡の事。




宮守社が居る事によるありふれ原作との主な違い一覧(本編でまだ描写していない部分は透明にしてあります。見たい方だけドラッグして下さい。)

トータス転移前
・社の『呪力反転』により、中村恵里の父が健在。
小学生時代の八重樫雫のやっかみ回避。(但し、雫本人はそれを知らない。)
中学時代の清水幸利のイジメ被害及び登校拒否の解消。(本人達的にはそれどころでは無かったとも言う。)
・クラスメイト達(一部を除く)のハジメに対する評価が上がっており、それにつられてクラス内部の雰囲気もだいぶ良くなっている。

トータス転移後
・檜山がハジメを奈落に落とした事にクラスメイト達が気付いており、社は報復を行った。
・社が奈落の底にまでハジメを追いかけて来た事により、誤差レベルながらハジメの性格が柔らかくなっている。
・ハジメの右目が欠損していない。
社の『呪力反転』により神水の節約が出来たので、原作よりもストックが増えている。具体的には試験管型保存容器12本分→24本分になっている。

現時点までの■■■■の謎。(こちらは全て本編で描写済みですが、念のため透明にしておきます。見たい方だけドラッグして下さい)
■■(あい)の本当の術式とは?
何故、生得領域内部に複数人の■■(あい)が居たのか。
■■(あい)と鏡写しの様にそっくりな■■(アイ)とは何者なのか。
■■(あい)は本当に自分の才能に無自覚だったのか?
■■(あい)が言っていた「社を殺しかけた前科」とは?
怨霊の■■(あい)が黒頭に見せられた幻覚の内容はなんだったのか、社が見せられた幻覚と関係あるのか?
何故『聖なるモノの依り代』として特化している社に、特級怨霊である■■(あい)が憑りつけたのか?
■■の目的は?


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2章.第2の迷宮
33.ライセン大峡谷と残念なウサギ


今回から2章突入です。後、前話の後書きにて社がいた事による原作との変更点を1つ書き忘れていたので追加しました。まだ描写していないので透明にしておきますが、内容としては「『呪力反転』により神水の節約が出来たので、原作よりもストックが増えている。具体的には試験管型保存容器12本分→24本分になっている。」です。


 ーーー【ライセン大峡谷】。谷底への平均深度は1.2km、幅は900mから最大8kmと、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する、まさに大地の傷跡とも言うべき場所。断崖の下はほとんど魔法が使えないにも関わらず、多数の強力にして凶悪な魔物が生息しているこの地は、この世界に住む人間にとっては地獄に等しい場所でもあった。

 

 そんな過酷過ぎる環境である事から、大罪人の処刑場としても使われてるライセン大峡谷。その谷底にある洞窟の入口から、複数の人影が現れた。我先にと飛び出した3つの人影は呆然とした様子で空を見上げると、暫しの間固まった様に動かなくなる。そして。

 

「よっしゃぁああーー!!戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

 

「んっーー!!」

 

「Yeahhh!!」

 

 ハジメとユエ、社の3人が思い思いに歓声を上げた。

 

「ちゃんと地上に繋がっててマジで良かった!魔法陣が繋がってた先が洞窟だった時は泣きたくなったからな!」

 

「ユエの言う通り、秘密の通路なんだから隠しとくのは当然と言えば当然なんだがな・・・。」

 

「・・・ん・・・隠すのが普通。」

 

 心底安堵したと言わんばかりにため息を吐く社とハジメ。オスカーの魔法陣に転送された先には、別の洞窟が広がっていた。その光景を見たハジメと社は落胆に膝を突きかけたのだが、ユエの言葉を聞いて気を持ち直したのだった。

 

 洞窟内部は灯1つ無い真っ暗な状態であり、道中には幾つか封印が施された扉やトラップもあった。が、3人とも暗闇をものともしない上に、罠や封印はオルクスの指輪が反応して全て勝手に解除されたので、問題にはならなかった。

 

 拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進んで行った先で、一行は遂に光を見つける。その瞬間、3人は思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出しーーー待望の地上へと出たのだった。

 

 

 

(あー長かった。何ヶ月ぶりだよ?よくもまぁ生きて帰れたもんだが・・・。)

 

 地の底とはいえ頭上の太陽は燦々(さんさん)と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。自分達は確かに地上に居るのだと実感しながら、社は違和感の正体を探る。

 

(・・・この世界に来てから奈落の底に堕ちるまでずっと感じていた、推定〝神〟からの悪意が感じられない。今感じ取れるのは・・・恐らくはこの谷に住む魔物達が、俺達3人に向ける敵意だけか。)

 

 小柄なユエを抱きしめたハジメは、喜びを表す様にくるくると廻る。はしゃぎ回る2人を微笑ましく思いながらも、社は周囲への警戒を強める。

 

(迷宮深部にまでは悪意が届かなかっただけかも知れないが・・・〝神〟は俺達が生きている事を認識出来ていないのか?神と言えども全知全能では無いのか・・・今の所は気付かれてなさそうだが、まぁ時間の問題かね。)

 

 そう結論付けて、一旦思考を打ち切る社。社が新しく得た〝悪意感知〟の派生技能である[+範囲上昇]は、自らだけでなく周囲の人に向けられる悪意すらも感じ取れる様になる技能だった。〝悪意感知〟の欠点の1つである「自分以外に向けられた悪意は、手遅れになるまでに強いものでなくては気付けない」を克服した事になる。

 

 尚「これが最初からあれば、ハジメは奈落に堕とされずに済んだかなー」と地味に凹んだ社に対して、「奈落に堕ちなきゃユエにも会えなかったから気にすんな」と言ったハジメに、ユエと2人揃って「トゥンク・・・」したのは余談である。

 

 

 

「おーい、2人共。イチャイチャすんのは構わないけど、お掃除が先だぞー。」

 

 武器を取りながらハジメとユエに声をかける社。一方の2人はと言うと、社の声にイチャつくのを止めてすぐ様臨戦体制を整える。その切り替えの余りの速さに、声をかけた社自身が苦笑した。

 

「おう、了解。全く無粋なヤツらだな。・・・確かここって魔法使えないんだっけ?」

 

 ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメと社は、ここが【ライセン大峡谷】であり碌に魔法が使えない場所である事を理解していた。

 

「・・・分解される。でも力づくでいく。」

 

「うーん、この強キャラ感よ。ユエさんまじ頼もしいわー。」

 

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろんそれはユエの魔法も例外では無い。が、ユエはかつて最強の名を欲しいままにした吸血姫。内包魔力は桁違いな上に、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持しているのだから、魔力を分解される前に大威力を持って殲滅する事も不可能では無い。

 

「力づくって・・・効率は?」

 

「・・・十倍くらい。」

 

 どうやら初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしく、射程も相当短くなるようだ。ゴリ押しにも限度はあったらしい。

 

「あ~、じゃあ俺と社がやるからユエは身を守る程度にしとけ。」

 

「うっ・・・でも。」

 

「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ?任せてくれ。」

 

「ユエさんも言ってたけど、俺達は一蓮托生なんでしょ?だったら、少しくらい任せてくれて良いよ?」

 

「ん・・・わかった。」

 

 ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持(きょうじ)が傷ついたようで、唇を尖らせて拗ねている。そんなユエの様子に苦笑いするハジメ。

 

「後で俺の分までフォロー入れといてくれよ?」

 

「お前に言われるまでもねぇよ。」

 

「ワオ即答。彼氏らしさが板について来たなぁオイ。」

 

 社と軽口を叩きながら、ハジメはおもむろにドンナーを発砲した。相手の方を見もせずにごくごく自然な動作でスっと銃口を向けると、ジリジリと距離を詰めて来る魔物の一体に向け、これまた自然に引き金を引いた。

 

 あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、ハジメ達を取り囲もうとしていた魔物の一体が何の抵抗もできずに頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのか分からずに凍り付いている。

 

「レールガンも一応撃てるのか。魔力の消費は?」

 

「ユエの言う通り、体感で10倍くらいだな。さて、奈落の魔物とお前達、どちらが強いのか・・・試させてもらおうか?」

 

 スっとガン=カタの構えをとり、ハジメの眼に殺意が宿る。それにつられる様に、社もまた殺意を宿して刀を抜き放つ。2人の眼を見た周囲の魔物達は無意識の内に一歩後退っていた。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまった事を、本能で感じ取ったのだろう。

 

 常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

 

「ガァアアアア!!」

 

 ジャララララ!!

 

 しかし、それと同時。チェーンを振り回す様な音が響き渡ると、空に鈍色の線が走り複数の魔物の肉体が綺麗に両断される。社が振るった日本刀型呪具〝天祓(あまはらい)〟が蛇腹剣宜しく刀身を分割・伸縮し、周囲の魔物を切り裂いたのだ。

 

「・・・やっぱり変形機構は浪漫があるな。」

 

「それは同感。ーーーさっさと殺っちまおうか。」

 

 そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達はただの一匹すら逃げることも叶わず、頭部を吹き飛ばされるか五体を斬り刻まれて骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに3分もかからなかった。

 

 ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。その傍に、トコトコとユエが寄って来た。

 

「・・・どうしたの?」

 

「いや、あまりにあっけなかったんでな・・・ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って。」

 

「・・・ハジメと社が化物。」

 

「それについては否定出来ないねー。」

 

「ひでぇ言い様だがな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか。」

 

 そう言って肩を竦めたハジメは、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らすと、2人にこれからの方針について話す。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが・・・どうする?ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

 

「・・・なぜ、樹海側?」

 

「いや、峡谷抜けていきなり砂漠横断とか嫌だろ?樹海側なら、町にも近そうだし。」

 

「成る程そりゃそうだ。」

 

 ハジメの提案に、ユエと社も頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ハジメと社の持つ〝空力〟やユエの風系魔法を使えば絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。

 

 ハジメは右手の中指にはまっている〝宝物庫〟に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。運転手のハジメが颯爽と跨ると、その後ろにユエが横乗りして腰にしがみついた。社はと言うと、着脱可能なサイドカーに座り込む。こちらもハジメが凝りに凝って作成したので、長い間座っていても疲れづらい一品となっている。

 

「良いなー。俺も運転したいなー。また後で貸してくれよ。」

 

「散々オスカーの隠れ家で運転してたじゃねーか。つーか何で俺よりも運転上手かったんだお前は・・・。」

 

「そりゃ爺さんに教わったからな。」

 

 バイクを駆りながら雑談するハジメと社。この自動二輪、魔力の直接操作によって車輪関係の機構を動かしているので、魔力操作が可能なら誰でも運転出来る。最も、魔物を除けばそんな事出来る人物はこの世界に殆ど存在しないだろうが。当然エンジンも燃焼機構を使っている訳では無いので、速度調整は魔力量次第、運転駆動音も非常に静かである。ハジメとしてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。

 

「・・・社の、お爺様?」

 

「そーそー。俺の実の祖父で、呪術師としての師匠でもある人。」

 

「あの人からバイクの運転を?厳格そうな人に見えたんだが、人は見かけによらねぇな。」

 

「あー、それは猫被ってるだけだ。あの爺様、今時の若者には寡黙で渋くてダンディな方がウケが良いと本気で思ってるからな。ハジメ達の前でなければ結構ファンキーなジジイだぞ。」

 

「ウッソだろ!?お前ら一族揃いも揃って猫被り上手かよ!!」

 

「・・・お茶目な人?」

 

 ギャアギャアと騒ぎながら、ハジメは軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので、揺れや振動も無く実に快適である。

 

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖のため脇道等は殆ど無い。道なりに進めば樹海に到着するので迷う心配も無く、3人は迷宮への入口らしき場所を探すのに集中する。もっとも谷底には魔物がウヨウヨいる為、襲われる度にハジメと社が蹴散らしているのだが。

 

「ーーー2人とも、この先に大物がいる。心の準備だけしといてくれ。」

 

 暫く魔力駆動二輪を走らせていると、〝悟り梟(視覚強化)〟と〝木霊兎(ソナー)〟を使っていた社が反応する。その後すぐにそれほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧感である為、少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。

 

「接敵まで30秒ほどーーーおや。」

 

「あん?どうした社?」

 

「ーーー魔物達に追いかけられている人間がいる。」

 

 魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。その見た目を一言で表すならば、双頭のティラノサウルスモドキだろう。だが、真に注目すべきは双頭ティラノでは無く、その魔物に追われている2()()()の存在だろう。

 

 2人組の片割れはウサミミを生やした少女である為、耳が飾りでないのなら亜人ーーー兎人族なのだろう。半泣きになりながら今も必死に逃げ回っている。もう片方は顔を包帯か何かでぐるぐる巻にしているので、種族はおろか性別すらも分からない。逃げ回りながらも隙を見てはティラノに蹴りを入れているが、効いた様子も無く焼け石に水の状態だった。

 

「何だあれ?」

 

「・・・兎人族?」

 

「片方は多分そうじゃないかな。もう片方は分からんけど。」

 

「なんでこんなとこに?兎人族って谷底が住処なのか?」

 

「・・・聞いたことない。」

 

「じゃあ、あれか?犯罪者として落とされたとか?処刑の方法としてあったよな?」

 

「・・・悪ウサギ達?」

 

 魔力駆動二輪を止めた3人は首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女達を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想は無いらしい。ウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したーーー訳ではない。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。

 

 ハジメは既にこの世界自体を見捨てている。ユエの時とは違い、少女達にシンパシーなど感じてもいない。メリットも見当たらない以上ハジメの心には届かない。助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。

 

 一方の社だが、基本的に優先すべきは身内・友人という考えなので「2人が助けたいならそうしようかなー」位にしか思っていない。無論例外もあるが、今の所はハジメとユエの意見に合わせるつもりである。

 

 しかし、そんな呑気な3人をウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうぼうの体で逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。

 

 そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。・・・ハジメ達の方へ。それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。

 

「だずげでぐだざ~い!ひっーー、死んじゃう!死んじゃうよぉ!だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

「ちょっ、姉さん!?」

 

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくるウサミミ少女と、一瞬迷いながらもそれに並走した包帯グルグル巻きの人物。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて、今にもウサミミ少女達に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女達は喰われてしまうだろう。流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメ達もーーー。

 

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな。」

 

「おぉ、これが俗に言うMPK*1か。初めて見た。」

 

「・・・迷惑。」

 

 やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。ハジメ達が必死の形相で見つめてくるウサミミ少女から視線を逸らすと、助ける気が無い事を悟ったのか、少女の目からぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。

 

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い!おねがいですぅ~!!」

 

「姉さんマジであの人達なんスか!?アタシ達の事見捨てる気にしか見えないんですケド!?」

 

「そうですっ、予知で見たのは、確かにあの人達でした〜!」

 

 ウサミミ少女が更に声を張り上げる。が、ハジメには全く助ける気がないので、このまま行けばウサミミ少女は間違いなく喰われてしまう筈だった。ーーー双頭ティラノが、ウサミミ少女の向こう側に見えたハジメ達に殺意を向けさえしなければ、だが。

 

「「グゥルァアアアア!!」」

 

「アァ?」

 

「・・・ありゃりゃ。喧嘩売る相手は間違っちゃ駄目だろ。ーーー来てくれ、〝薙鼬(なぎいたち)〟。」

 

 逃げるウサミミ少女達の向かう先にハジメ達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げる双頭ティラノ。対するハジメは、自らに浴びせられた明確な殺意に敏感に反応した。その様子を見た社もまた、呆れ混じりに静かに立ち上がる。

 

 双頭ティラノがウサミミ少女達に追いつき、両方の頭がガパッと顎門を開く。このまま2人を纏めて飲み込む算段だろう。ウサミミ少女達の瞳に、絶望の色が写る。が、次の瞬間。

 

 ドパンッ!!

 

 シャリン

 

 聞いたことの無い様な乾いた破裂音と金属同士が擦れる様な音が、同時に峡谷に響き渡る。恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜け、包帯を巻いた人物の背後には一筋の銀閃が煌めいた。閃光は片方の頭の口内を突き破ると後頭部を粉砕しながら貫通し、銀閃はもう片方の頭をギロチンの如く綺麗に切り落とした。

 

 2つの頭を失い即死した双頭ティラノは、バランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。その衝撃で再び吹き飛ぶウサミミ少女だが、その軌道は狙いすましたかの様にハジメの下に向いていた。

 

「きゃぁああああー!た、助けてくださ~い!」

 

 眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。たとえ酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

 

「アホか、図々しい。」

 

 しかし、そこはハジメクオリティー。一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。

 

「えぇー!?」

 

 ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

 

「・・・面白い。」

 

本気(マジ)で?いや、遠目に見てる分にはそうかもだけど。あんまり関わり合いになったらいけないタイプじゃ無いかなぁ。」

 

 ユエがハジメの肩越しにウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。社も社でかなり辛辣な評価を下していた。と、ここで包帯巻きの人物がハジメ達に合流した。

 

「姉サン無事!?なんかモロ地面にダイブしてたケド!?」

 

(・・・呪力?包帯巻きの方は呪術師か?てっきりこっちの世界には呪術師はいないと思ったんだが。)

 

 ウサミミ少女を介抱している包帯巻きの人物を見て、少しだけ驚く社。■■と言う特大の呪力の塊が近くにいるからか呪力の感知は不得手の社だが、流石に目の前の相手が呪力を纏っているかどうか位なら間違えない。包帯巻きの人物は、確かにその身に呪力を宿していた。

 

 そうこうしてる間に、今度は別方向から咆哮があがる。ハジメ達がそちらに目を向けると、頭を失ったティラノの側に別個体の双頭ティラノが居た。先程殺したものと番だったのだろうか、その眼には烈火の如き怒りを宿していた。

 

 と、ここで痙攣していたウサミミ少女が跳ね起きた。意外に頑丈というかしぶとい様で、あたふたと立ち上がったウサミミ少女は再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。

 

 あくまでハジメ達に頼る気のようだ。まぁ、自分達だけだとあっさり死ぬし、ハジメ達が何かして双頭ティラノを倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが。

 

「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ!何勝手に盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻してこい!」

 

 ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません!としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。後ろの席に座るユエが、離せというように足先で小突いている。

 

「い、いやです!今、離したら見捨てるつもりですよね!」

 

「当たり前だろう?なぜ、見ず知らずのウザウサギを助けなきゃならないんだ。」

 

「そ、即答!?何が当たり前ですか!貴方達にも善意の心はありますでしょう!いたいけな美少女達を見捨てて良心は痛まないんですか!」

 

「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ。」

 

「あと、本当にいたいけな子は、自分の事いたいけって言わない。」

 

「な、なら助けてくれたら・・・そ、その貴方達のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」

 

 頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。が、目の前にいる男達は生憎と普通ではなかった。

 

「いらねぇよ。ていうか汚い顔近づけるな、汚れるだろうが。」

 

 どこまでも行くは鬼畜道。慈悲?情け?あぁ、良いヤツだったよ。社に至っては眉ひとつ動かさない。いや、本人からしてみれば、婚約者(フィアンセ)がいるのだから反応する方が問題ではある。

 

「き、汚い!?言うにことかいて汚い!そっちの人は目すらも合わせてくれないですし!あんまりです!断固抗議しまッ「グゥガァアア!」ヒィー!お助けぇ~!」

 

 ハジメの言葉に反論しようと声を張り上げた瞬間、てめぇら無視してんじゃねぇ!とでも言うようにティラノが咆哮を上げて突進しようと前傾姿勢を取る。

 

「兄サン方も取り敢えず逃げません!?あんなんマトモに相手する方がバカ見るデショ!?」

 

 双頭ティラノが構えたのを見て、慌てた様に叫ぶ包帯巻きの人物。が、ウサミミ少女は情けない悲鳴を上げて無理やりハジメとユエの間に入り込もうとする。流石にユエもイラッときたのか、魔力駆動二輪に乗ろうとするウサミミ少女を蹴り落とそうとゲシゲシ蹴りをかますが、ウサミミ少女は頬に靴跡を刻まれながら「絶対に離しませぇ~ん!」と死に物狂いでしがみつき引き離せない。包帯巻きの人物も、それを見てあわあわしてるだけである。

 

(うーむ、少しでも俺達を利用してやるとか考えてるなら、斬り捨てても良心は痛まないんだけど。何故か悪意は殆ど無いっぽいんだよなぁ。んー・・・どうするべきかね。)

 

 一連の光景を眺めながら物騒な事を考える社。悪意は無いが実害はあると斬って捨てるべきか、はたまた実害はあるが故意では無いと親切心を出すか。悩ましいところではあるが、生憎魔物は待ってはくれない。

 

 ウサミミ少女の茶番劇(恐らく当人は必死ではあるのだろうが)を見てコケにされていると感じたのか、双頭ティラノはより一層怒りを宿した眼光でハジメ達を睨むと突進を開始する。

 

「取り敢えず、お前は死んでくれ。」

 

 シャリリン

 

 ーーーその、直前。再び金属音が響くと共に、社の刀が虚空を切り裂いた。都合2回振るわれた斬撃は〝薙鼬(なぎいたち)〟により空間を飛び超えて、向かって来ようとしたティラノの双頭を迎撃する。

 

 ズルリ

 

 濡れた重量物を引き摺る様な音と共に、上顎と下顎を分断する形で双頭ティラノの頭が落ちる。血飛沫を撒き散らしながらティラノは呆気なく絶命、地響きを立てながら前のめりに崩れ落ちた。

 

 その振動と音にウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、おそるおそるハジメの脇の下から顔を出してティラノの末路を確認する。

 

「し、死んでます・・・そんなダイヘドアが2頭共一撃なんて・・・。」

 

「・・・マジで?嘘デショ?」

 

 ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。包帯巻きの方も表情は見えないものの絶句していた。どうやらあの双頭ティラノは〝ダイヘドア〟というらしい。

 

 呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、その間もユエに蹴られ、ハジメにしがみついたままである。さっきから長いウサミミがハジメの目をペシペシと叩いており、いい加減本気で鬱陶しくなったハジメは脇の下の脳天に肘鉄を打ち下ろした。

 

「へぶぅ!!」

 

「ね、姉サン!?」

 

 呻き声を上げ、「頭がぁ~、頭がぁ~」と叫びながら両手で頭を抱えて地面をのたうち回るウサミミ少女。それを冷たく一瞥した後、ハジメは何事もなかったように魔力駆動二輪に魔力を注ぎ先へ進もうとする。

 

 その気配を察したのか、今までゴロゴロ地面を転がっていたくせに物凄い勢いで跳ね起きて、「逃がすかぁ~!」と再びハジメの腰にしがみつくウサミミ少女。やはり、なかなかの打たれ強さだ。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました!私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです!取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

 そして、なかなかに図太かった。ここまで来ると一周回って清々しい程である。現に社は感心していた。

 

「おぉ。この流れで自己紹介と要求をするのか。怖いもの無しかな?」

 

「他人事だからって暢気な事言ってんな社!?テメェも良い加減離れろやクソ兎!」

 

「嫌です!絶対にーーー痛いっ!?そこの金髪の子!さっきから執拗に蹴るのはやめーーー痛い痛い!!」

 

「・・・・・・チッ。」

 

「えーっと、あの・・・なんかスミマセン。」

 

 酷いカオスだった。奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事。これから先が思いやられると、深い溜息を吐くハジメと社だった。

*1
Monster Player Killerの略。元はMMO RPG等でモンスターを利用して別のプレイヤーの操作するキャラクターを死傷させる事を意味する。



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34.ハウリアの事情

ちょくちょく以前の話を更新していますが、全部誤字修正ですので気にしないで下さい。大幅な修正が必要な場合はその都度前書きか後書きにて報告します。


「私達の家族も助けて下さい!」

 

 峡谷にウサミミ少女改めシア・ハウリアの声が響く。よほど必死なのか、先程から相当強くユエに蹴りを食らっているのだが、頬に靴をめり込ませながらも離す気配がない。あまりにも必死に懇願するので、ハジメは仕方なくーーー〝纏雷〟をしてあげた。

 

「アババババババババババアバババ!?」

 

「おー、容赦無いな。」

 

 叫びを上げるシアを眺めながら、他人事の様に呟く社。出力は調整してある様だが、しばらく動けなくなる位の威力はあるだろう。幾ら悪意が無いとは言え(あくまで一般人基準でだが)凶悪な魔物の(なす)り付けを行ったのだから、この位されても文句は言えないだろう。ハジメが〝纏雷〟を解除すると、シアはビクンッビクンッと痙攣しながらズルズルと崩れ落ちた。

 

「・・・え、何、今の!?姉サン無事!?」

 

「全く、非常識なウザウサギだ。2人とも、行くぞ?」

 

「ん・・・。」/「あいよー。」

 

 突然の凶行に唖然としていた包帯巻きの人物(声で判断するなら少女だろうか)だったが、シアが倒れ込むのを見て我を取り戻すとすぐに駆け寄った。一方下手人であるハジメは何事もなかったように再びバイクに魔力を注ぎ込み発進しようとする。しかし・・・。

 

「に、にがじませんよ~。」

 

 包帯巻きの少女に介抱されていたのも束の間、シアはゾンビの如く起き上がりハジメの脚にしがみつく。流石に驚愕したハジメは思わず魔力注入を止めてしまう。

 

「お、お前、ゾンビみたいな奴だな。それなりの威力出したんだが・・・何で動けるんだよ?つーか、ちょっと怖ぇんだけど・・・。」

 

「・・・不気味。」

 

「こんな頑丈なら、俺達の助けなんていらなかったんじゃ無い?亜人の人ってみんなこうなの?」

 

「うぅ~何ですか!その物言いは!さっきから肘鉄とか足蹴とか、ちょっと酷すぎると思います!断固抗議しますよ!お詫びに家族を助けて下さい!」

 

 ぷんすかと怒りながら、さらりと要求を突きつけるシア。案外余裕そうである。このまま引き摺っていこうかとも考えたハジメだが、何か執念で何処までもしがみついてきそうだと思い直す。血まみれで引きずられたまま決して離さないウサミミ少女・・・完全にホラーである。

 

「ったく、何なんだよ。取り敢えず話聞いてやるから離せ。ってさり気なく俺の外套で顔を拭くな!」

 

「・・・良い性格してるなぁ。」

 

 外套を汚されてイラッと来たハジメが再び肘鉄をシアに食らわせる。「はぎゅん!」と奇怪な悲鳴を上げ蹲ったシアを見ながら、社は呆れた様に皮肉を飛ばす。

 

「ま、また殴りましたね!父様にも殴られたことないのに!よく私のような美少女をそうポンポンとーーーもしや殿方同士の恋愛にご興味が!?だから先も私の誘惑をあっさりと拒否したんですね!お相手はそこの眼鏡の方ーーー」

 

 ガツンッ!!!

 

「ッ〜〜〜〜!?!?」

 

「HAHAHA、面白い事を言うお嬢さんだ。ーーー次言ったら兎鍋にするからな?」

 

 何やら不穏当な発言が聞こえたので、蹲まるシアの脳天目掛けて鞘を思い切り落とした社。大切な婚約者(フィアンセ)がいるにも関わらず同性愛者扱いされるのは、社にとっては屈辱以外の何者でも無かった。

 

「むぅ・・・。最大の好敵手(ライバル)は、やっぱり社・・・?」

 

「待って?お願いだから変なとこでライバル意識出さないでねユエさん?」

 

「社の言う通りだからな、ユエ。おいウザウサギ、お前の誘惑だがギャグだが知らんが、誘いに乗らないのはお前より遥かにレベルの高い美少女がすぐ隣にいるからだ。ユエを見て堂々と誘惑できるお前の神経が分からん。」

 

「俺の場合は単に君が好みでは無いだけだよ。正直無いわ。臭そう。」

 

「臭っ!?!?」

 

 社の言葉にショックを受けるシアを他所に、ユエはハジメの言葉に赤く染まった頬を両手で挟み、体をくねらせてイヤンイヤンしていた。人外の美貌(APP18)、絶世の美女と言って良い美しさを持つユエ。傾城傾国の美しさは、(社の様な特例を除けば)見る者を虜にする魅力を放っていた。

 

 格好も、その美貌に相応しい物となっている。フリル付きの純白のドレスシャツに、黒色ミニスカート。その上から純白に青のライン入りロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。オスカーの衣服に魔物の素材を合わせて、ユエ自身が仕立て直した逸品である。高い耐久力を有する防具としても役立つ衣服である。

 

 因みにハジメは黒に赤のラインが入ったコートを始めとして、黒と赤で構成された衣服を纏っている。当初、ユエはハジメにも白を基調とした衣服を着せてペアルック気味にしたがったのだが、流石に恥ずかしいとハジメが懇願した結果、今のスタイルに落ち着いた。

 

 社はオスカーの隠れ家に居た時と同じく、白のカッターシャツに黒のスラックスと非常にシンプルな格好である。本人曰く「動き易さ重視」らしい。

 

 そんな可憐なユエを見て「うっ」と僅かに怯むシア。が、先の評価はあくまでもハジメの主観が多分に入った意見である。客観的に見ればシアも負けず劣らずの美少女ではある。具体的にはAPP16ほどか。すれ違った10人の内、8人は確実に振り向くだろう。・・・枕詞に黙っていれば、と付くが。

 

 青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって神秘的な容姿と言えるだろう。ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は、ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。

 

 そして、何よりユエには無い巨乳(もの)がある。ボロボロの布切れのような物を纏っているだけなので殊更強調されてしまっている凶器(ソレ)は、彼女が動くたびにぶるんぶるんと揺れ、激しく自己主張している。

 

 要するに、彼女が自分の容姿やスタイルに自信を持っていても何らおかしくないのである。むしろ、普通にウザそうにしているハジメと無関心極まりない社が異常なのだ。ハジメは変心前なら「ウサミミー!!」とル○ンダイブを決めたかもしれないが。それ故に、矜持を傷つけられたシアは禁忌(タブー)に触れてしまう。

 

「で、でも!胸なら私が勝ってます!そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

 峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊する。恥ずかしげに身をくねらせていたユエがピタリと止まり、前髪で表情を隠したままユラリと二輪から降りた。

 

 ハジメは「あ~あ」と天を仰ぎ、無言で合掌する。社も実家が神社の癖に、胸の前で十字を切った。ウサミミよ、安らかに眠れ、と。社に対してのホモ発言と言い、シアは人の地雷を踏むのが得意な様だ。

 

「・・・お祈りは済ませた?」 

 

「謝ったら許してくれたりーーーあぁ!許す気なんて微塵も無いと目が訴えてますぅ!!死にたくなぁい!死にたくなぁい!!アル!お姉ちゃんを助けて下さい!!」

 

「今のは10:0(ジュウゼロ)で姉サンが悪い。」

 

「嫌ぁ!お姉ちゃんを見捨て「〝嵐帝〟」アッーーーー!!」

 

 懇願虚しく、突如発生した竜巻に巻き上げられ、錐揉みしながら天に打ち上げられるシア。彼女の悲鳴が峡谷に木霊し、きっかり10秒後、グシャ!という音と共にハジメ達の眼前に墜落した。

 

 まるで犬○家のあの人のように頭部を地面に埋もれさせ、ビクンッビクンッと痙攣している。神秘的な容姿とは相反する途轍もなく残念な少女である。百年の恋も覚める姿とはこの事だろう。「黙っていれば美人」を地で行く人物だった。

 

 一方でユエは「いい仕事した!」と言う様に、掻いてもいない汗を拭うフリをするとトコトコと戻ると、二輪に腰掛けるハジメを下からジッと見上げた。

 

「・・・おっきい方が好き?」

 

 実に困った質問だった。ハジメとしては「YES!」と答えたい所だったが、それを言えば残念ウサギの二の舞である。仲良く犬○家は勘弁して欲しかった。

 

「・・・ユエ、大きさの問題じゃあない。相手が誰か、それが一番重要だ。」

 

「・・・社?」

 

「うん?ハジメは巨乳好きだよ?」

 

「社サン!?!?」

 

 ユエの確認にノータイムで答えた社。目にも留まらぬ裏切りは、まさに神速と呼ぶに相応しい。親友に対する配慮や気遣い等は絶無だった。ユエが冷気を纏った視線でハジメを射抜く。

 

「・・・ハジメ?」

 

「待て待て待て!!ユエさん待って!?ーーーオイコラ社!余計な事言ってんじゃねぇよ!?」

 

「いやいや、ここで誤魔化しちゃ駄目だろ。ハジメが巨乳好きなのは本当の事だしな。だけどその上でユエさんを選んだのは、ハジメがユエさんに心底惚れ込んでいるからだと思うよ。そう言うところで嘘つく様なヤツじゃ無いからね。俺なんかに言われるまでも無く、ユエさんも分かってる事でしょ。」

 

「・・・ん。」

 

 社の発言に、ユエは納得した様に頷くと無言で後席に腰掛けた。こう言う場合は得てして容疑者(ハジメ)よりも第三者(やしろ)の意見の方が説得力があるからだ。内心冷や汗を流していたハジメは、無事に修羅場を乗り越えた事に安堵する。

 

「流石だ親友!俺は信じてーーー」

 

「あぁ、それとメイド服萌えだから、後で使っても良いかもね?」

 

「ーーー秒で裏切るんじゃねぇよォ!!」

 

 俺の安堵を返せと言わんばかりに叫ぶハジメ。ハジメは忘れていた。コイツは安心した頃合いを見計らって、躊躇無く背中を刺しに来る様なヤツだった事を。「呪術師なんて性格悪い奴ばっかに決まってんだろー?」と元の世界でも良くほざいていたのだ。まさにその通りだった。

 

「うぅ~ひどい目に遭いました。こんな場面見えてなかったのに・・・。」

 

 と、涙目で意味不明なことを言いながら、シアがハジメ達の下へ這い寄って来た。ハジメ達3人が騒いでいた間に地面から頭を抜き出したのだろうが、見た目がグチャグチャの所為で和製ホラー顔負けだった。

 

「うおっ、いつの間に!?本気でゾンビみたいな奴だな。頑丈とかそう言うレベルを超えている気がするんだが・・・。」

 

「・・・・・・・・・ん。」

 

「亜人って凄いんだな・・・。」

 

 3者3様の反応を返すハジメ達。自分達の事を棚に上げた発言ではあるが、それはそれである。少なくとも、ハジメ達の見た目はシアほどグチャグチャに汚れてはいない。

 

「はぁ~、お前の耐久力は一体どうなってんだ?尋常じゃないぞ・・・何者なんだ?」

 

 ハジメの胡乱な眼差しに、ようやく本題に入れると居住まいを正すシア。バイクの座席に腰掛けるハジメ達の前で座り込み真面目な表情を作るが、もう既に色々と手遅れ感がある。

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘、シア・ハウリアと言います。で、こちらが妹のーーー。」

 

「・・・どうも、アル・ハウリアです。見た目に関しては、気にしない方向で。」

 

 ペコリ、と一行から少し離れた位置にいた包帯巻きの少女が目礼する。シアとは異なる簡素な作りの長袖長ズボンを着用しており、首元のストールが口元を覆い隠している。顔全体の他、手足の末端に至るまでを包帯で巻いており、徹底的に露出を無くしているのが印象的である。

 

「んもう!何でアルはそんなぶっきらぼうなんですか!もっと愛想良くしなきゃ駄目ですよ!?」

 

「・・・いや、言ってる場合じゃ無いでしょ、姉サン。」

 

 プンスカ、と擬音が聞こえて来そうなシアに対して、呆れた様な口振りで先を促すアル。どうやら2人は姉妹らしい。騒がしい姉に対して、静かでしっかり者の妹といった風だ。

 

「むぅ、まぁ良いです。私の事を説明するのであれば、まずは私達兎人族について語らなければなりません。」

 

 そう言って、自分達の事情について語り始めたシア。彼女の話によると、シア達兎人族は【ハルツィナ樹海】にてひっそりと暮らしていたらしい。兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、温厚な性格も災いし亜人族の中でも格下と見られる傾向が強かったが、本人達はそれを気にする事なく暮らしていたのだとか。

 

 そんな兎人族の一つであるハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪で、しかも亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る術と固有魔法まで使えたのだ。

 

 一族は大いに困惑した。兎人族、否、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば、間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵だからだ。また亜人自体、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達を迫害する人間族や魔人族に対しても良い感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

 それが分かっていて尚、ハウリアは彼女を捨てなかった。百数十人全員を1つの家族と称する程に、兎人族は情の深い種族だったのだ。故に、彼等は女の子を隠し、16年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。未開地ではあるが、山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。しかし彼等の試みは、人間により潰えてしまう。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。兎人族は総じて容姿に優れている為、帝国では愛玩用の奴隷として人気の商品となる。一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

 そして案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い・・・。

 

「・・・気がつけば、60人はいた家族も、今は40人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。どうやらシアはハジメ達と同じ、この世界の例外というヤツらしい。特にユエと同じ、先祖返りと言うやつなのかもしれない。話を聞き終ったハジメは特に表情を変えることもなく端的に答える。

 

「断る」

 

(・・・まぁ、今のハジメならそう答えるよなぁ。)

 

「・・・まぁ、そうっすよネー。」

 

 ハジメの端的な言葉を、今まで黙っていたアルが静かに肯定した。一方で何を言われたのか分からない、といった表情のシアは、ポカンと口を開けた間抜けな姿でハジメをマジマジと見つめた。そしてハジメが話は終わったと魔力駆動二輪に跨ろうとしてようやく我を取り戻し、物凄い勢いで抗議の声を張り上げた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!何故です!今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ!安心しろ!!俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ!流石の私もコロっといっちゃうところですよ!何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか!って、あっ、無視して行こうとしないで下さい!逃しませんよぉ!アルも早くお姉ちゃんを手伝って下さいよ!!」

 

「えぇ・・・?つっても、アタシらが言ってんのは要するにタダ働きしろってことだし。兄サン方に渡せる報酬なんて何も無いでしょ。残念美人とは言え姉サンのカラダでも首を縦に振らなかったんだから、どうしようもなくない?」

 

「アルはどっちの味方なんですか〜!?」

 

(何ともまぁ姉妹間の温度差の激しい事。妹さんの方は現実的と言うか、悲観的と言うか。まぁ、正論ではあるが。)

 

 シアの抗議の声をさらりと無視して出発しようとするハジメの脚に再びシアが飛びつく。さっきまでの真面目で静謐な感じは微塵もなく、形振り構わない残念ウサギが戻ってきた。足を振っても微塵も離れる気配がないシアに、ハジメは溜息を吐きながらジロリと睨む。

 

「お前の妹の言う通りだ。帝国から追われているわ、樹海から追放されているわ、お前は厄介のタネだわ、デメリットしかねぇじゃねぇか。仮に峡谷から脱出出来たとして、その後どうすんだよ?また帝国に捕まるのが関の山だろうが。で、それ避けたきゃ、また俺を頼るんだろ?今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってな。」

 

「うっ、そ、それは・・・で、でも!」

 

「俺達にだって旅の目的はあるんだ。そんな厄介なもん抱えていられないんだよ。」

 

「そんな・・・でも、守ってくれるって見えましたのに!」

 

「・・・さっきも言ってたな、それ。どういう意味だ?・・・お前の固有魔法と関係あるのか?」

 

 一向に折れないハジメに涙目で意味不明なことを口走るシア。そう言えば、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点も疑問である。その辺りのことも関係あるのかとハジメは尋ねた。

 

「え?あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか?みたいな・・・あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど・・・そ、そうです。私、役に立ちますよ!〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし!少し前に見たんです!貴方が私達を助けてくれている姿が!実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

 シアの説明する〝未来視〟は、任意発動か自動発動するかで効果が変わる。任意発動する場合は、仮定した選択の先の未来が見えるというものだが、これには莫大な魔力ーーー1回で魔力枯渇寸前になるほどーーーを消費してしまう。一方自動の場合は、直接・間接を問わずシアにとって危険と思える状況で発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく3分の1程消費するらしい。

 

 どうやらシアは元いた場所で〝未来視〟を任意発動、結果、自分と家族を守るハジメの姿が見えたようだ。そしてハジメを探すために飛び出し、それを追う形でアルがついて来たらしい。こんな危険な場所で単独行動しようとするとは、よほど興奮していたのだろう。

 

「そんなすごい固有魔法持ってて、何でバレたんだよ。危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて・・・。」

 

「バレた時、既に使った後だったと・・・何に使ったんだよ?」

 

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして・・・。」

 

「ただの出歯亀じゃねぇか!貴重な魔法何に使ってんだよ。」

 

「うぅ~猛省しておりますぅ~。」

 

「やっぱ、ダメだな。何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが。」

 

 呆れたようにそっぽを向くハジメにシアが泣きながら縋り付く。ハジメが、いい加減引きずっても出発しようとすると、何とも意外な所からシアの援護が来た。

 

「・・・ハジメ、連れて行こう。」

 

「ユエ?」

 

「!?最初から貴女のこといい人だと思ってました!ペッタンコって言ってゴメンなッあふんっ!」

 

 ユエの言葉にハジメは訝しそうに、シアは興奮して目をキラキラして調子の良い事を言う。次いでに余計な事も言い、ユエにビンタを食らって頬を抑えながら崩れ落ちた。

 

「もしかして、樹海の案内して貰うの?」

 

「・・・正解。」

 

「あ~。」

 

 社の問いに、ユエが頷きハジメは納得の声を上げる。樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強いだろう。最悪、現地で亜人族を捕虜にして道を聞き出そうと考えていたので、自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。が、シア達はあまりに多くの厄介事を抱えている。迷うハジメだったが、ユエは真っ直ぐな瞳を向けて逡巡を断ち切るように告げた。

 

「・・・大丈夫、私達は最強。」

 

 それは、奈落を出た時のハジメの言葉。この世界に対して遠慮しない。3人が互いに守り合えば最強であると。ハジメは自分の言った言葉を返されて苦笑いするしかない。

 

 兎人族の協力があれば断然、樹海の探索は楽になるのだ。それを帝国兵や亜人達と揉めるかもしれないから避けるべき等と〝舌の根も乾かぬうちに〟である。もちろん、好き好んで厄介事に首を突っ込むつもり等さらさらないが、ベストな道が目の前にあるのに敵の存在を理由に避けるなど有り得ない。道を阻む敵は〝全て薙ぎ倒す〟と決めたのだ。

 

「そうだな。おい、喜べ残念ウサギ達。お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ。ーーー社もそれで良いな。」

 

「勿論。異論ナシだ。」

 

 ハジメの確認に、社もまた同意する。言っていることがヤクザ紛いではあるが、そこはご愛嬌だろう。言い方はどうあれ、峡谷において強力な魔物を片手間に屠れる強者が生存を約束した事で、シアは飛び上がらんばかりに喜びを顕にした。

 

「あ、ありがとうございます!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~。」

 

「・・・本気(マジ)かこの人達。」

 

 ぐしぐしと嬉し泣きするシアと、信じられないと言わんばかりに絶句したアル。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。

 

「あ、あの、宜しくお願いします!そ、それでお三方のことは何と呼べば・・・?」

 

「ん?そう言えば名乗ってなかったか・・・俺はハジメ。南雲ハジメだ。」

 

「・・・ユエ。」

 

「俺は社。宮守社。社でも宮守でも、どっちでも好きな方で呼んでくれ。」

 

「ハジメさんと社さんとユエちゃんですね。」

 

「・・・さんを付けろ。残念ウサギ。」

 

「ふぇ!?」

 

 ユエらしからぬ命令口調に戸惑うシアは、ユエの外見から年下と思っていたらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。どうもユエはシアが気に食わないらしい。理由は・・・神のみぞ知る(おっぱいデカイから)と言ったところだろう。

 

「で、移動はどうする?まさかこの2人は走りとか言わないよな?」

 

「・・・・・・流石にそこまで鬼畜じゃねぇよ。四輪を出すから、取り敢えず残念ウサギ達も後ろに乗れ。」

 

「今、若干間があったな?・・・俺だけ二輪に乗って「却下だ。」ちぇー。」

 

 社の我儘を一刀両断しながら、〝宝物庫〟に二輪をしまい四輪を出すハジメ。その光景を見て目をパチクリさせるハウリア姉妹。凶悪な魔物を瞬殺した事や、見た事も無い乗り物、そしてそれらがいきなり現れたり消えたりした事と、余りの情報量に頭がパンク寸前なのだろう。

 

「オイ、何呆けてるんだ、早く乗れ。」

 

「うぇっ!?り、了解ですぅ!」

 

「俺は荷台で周囲の警戒しとくぞ。〝念話〟も繋がり難いみたいだから、念の為荷台の窓開けといてくれ。」

 

「応、任せた。」

 

 ハジメに促され、恐る恐る後部座席に乗り込むシア。ユエは既に助手席に座っており、それを見たハジメも運転席に乗り込んだ。索敵の為、社は荷台で〝 (さと)(ふくろう)〟と〝木霊兎(こだまうさぎ)〟を呼び出すが、ふと視界にアルの姿が映る。先程からアルだけはその場でジッと動かずにいたのだが、今度は社の方を見て目を見開いていた。

 

「・・・乗んないの?」

 

「え、いや、えっと・・・じゃあ、失礼します。」

 

(今、式神を見てたか?やっぱり彼女も術師・・・いや、そうか。■■ちゃんみたいに自覚が無いパターンもあるか。)

 

 アルの目線に気付かないフリをしながら、乗車を促した社は考えを巡らせる。出会った当初からずっと、()()()()()()社達に向けられている微弱な悪意は、社の経験上「警戒」とか「不信」とでも言えるレベルであり、特段気にする様なモノでは無かった。

 

(と言うか、姉ウサギさんから悪意が感知出来ない方がおかしく無いだろうか。〝未来視〟で見たとは言え、無用心が過ぎないかね。)

 

「凄いですよアル!座椅子がフカフカです!」

 

「姉さん、五月蝿いーーーうわ、ホントだ。指で簡単に沈む。」

 

(・・・駄目だ。警戒する方が馬鹿らしいわ。俺らが彼女達を騙そうとするかも、とか微塵も考えてねぇや。)

 

 シートの柔らかさにキャッキャと騒ぐハウリア姉妹に、社は完全に毒気を抜かれていた。一方シートの製作者であるハジメは、自慢の一品を褒められた事に少しだけ機嫌を良くしながら魔力駆動四輪に魔力を注ぎ込む。ゆっくりと発進した四輪をみて、更に驚きの声を上げたハウリア姉妹。その姿に更に気を良くするハジメだが、助手席に座っていたユエのジト目に我に帰ると運転に集中する。ハジメは既に立派に尻に敷かれていた。

 

 自覚しないまま、ハジメと社に対してある意味で完璧な対応(パーフェクトコミュニケーション)をとったハウリア姉妹。その姉であるシアはハジメの座席越しに疑問をぶつける。

 

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが・・・この乗り物?何なのでしょう?それに、3人共魔法使いましたよね?ここでは使えないはずなのに・・・。」

 

「あ~、それは道中でな。」

 

 そう言いながら、ハジメは魔力駆動四輪を一気に加速させる。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアとアルが悲鳴を上げた。地面も壁も流れるように後ろへ飛んでいく。

 

 谷底では有り得ない速度に目を瞑っていたハウリア姉妹だったが、しばらくして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。ハジメがカーブを曲がったり、大きめの岩を避けたりする度にシアはキャッキャッと騒いでいる。アルも声には出さないものの、窓の外を食い入る様に見つめていた。

 

 ハジメは道中、魔力駆動四輪の事や自分達が魔法を使える理由、ハジメの武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明した。すると、2人は目を見開いて驚愕を露わにした。

 

「え、それじゃあ、お三方も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると・・・。」

 

「ああ、そうなるな。」

 

「・・・ん。」

 

「そうだね。」

 

 しばらく呆然としていたシアだったが、突然何かを堪える様にアルの胸に顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

 

「・・・いきなり何だ?騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり・・・情緒不安定なヤツだな。」

 

「・・・手遅れ?」

 

「手遅れって何ですか!手遅れって!私は至って正常です!・・・ただ、私達だけじゃなかったんだなっと思ったら・・・何だか嬉しくなってしまって・・・。」

 

「・・・姉サン。」

 

「「「・・・・・・。」」」

 

 シアの台詞に、ハジメ達3人が揃って沈黙する。どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分達があまりに特異な存在である事に寂しさを感じていたようだ。家族だと言って16年もの間危険を背負い、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる一族から、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。だからこそ〝家族とは異なる自分〟に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 

 シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。ハジメには何となく、今ユエが感じているものが分かった。恐らくユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において〝同胞〟というべき存在は居なかった。

 

 だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアには居た。それがユエに嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。

 

 そんなユエの頭をハジメはポンポンと撫でた。日本という豊かな国で何の苦労もなく親の愛情をしっかり受けて育ったハジメには、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。ハジメに出来る事は〝今は〟孤独では無いと示す事だけだ。

 

 奈落の底で変貌したハジメにも、身内にかける優しさはある。ユエと出会っていなければ、或いは社が迎えに来なければ、それすら失っていたかもしれないが。ユエと社はハジメが外道に落ちるか否かの最後の防波堤とも言える。2人がいるからこそ、ハジメは人間性を保っていられるのだ。

 

 そんなハジメの気持ちが伝わったのか、ユエは無意識に入っていた体の力を抜いて、ハジメの手を取りほおに擦り寄せた。まるで甘えるように。

 

「あの~、私達のこと忘れてませんか?ここは「大変だったね。もう1人じゃないよ。傍にいてあげるから」とか言って慰めるところでは?私、コロっと堕ちゃいますよ?チョロインですよ?なのにせっかくのチャンスをスルーして、何でいきなり2人の世界を作っているんですか!寂しいです!私も仲間に入れて下さい!大体、お二人はーーー。」

 

「「黙れ残念ウサギ。」」

 

「・・・はい・・・ぐすっ。」

 

「完全に芸人枠だね、姉ウサギさんは。」

 

 泣きべそかいていたシアがいきなり前に身を乗り出して騒ぎ始めたので、思わず怒鳴り返すハジメとユエ。何とも不憫なシアではあるが、社は明確にハジメ達の味方なので口を挟まない。「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ」と元の世界でも言われていたのだから。

 

 ただ、シアはシアで打たれ強かった。怒鳴られヘコ垂れつつも、内心では既に「まずは名前を呼ばせますよぉ~せっかく見つけたお仲間です。逃しませんからねぇ~!」と新たな目標に向けて闘志を燃やしていた。

 

「つーか、何で明らかに相手の居る俺に言うんだよ。兎人族では略奪愛が流行りなのか?」

 

「失敬な!兎人族は純愛主義です!私がハジメさんに擦り寄るのは、〝未来視〟で一目見た時からビビッと来たからですよ!」

 

「早々に本心を隠さなくなりやがったこのウサギ!?」

 

「それと、社さんに関してはアルが気になってるみたいなので!」

 

「姉サン!?!?!?」

 

 流れ弾どころの話では無かった。最早玉突き事故、完全なる不意打ちである。大切な家族から鮮やかな裏切りを食らったアルは、見るからに慌てふためいていた。それを知ってか知らずか更に追撃するシア。

 

「良いですか、アル。恋愛において最も大事なのは押しです。誰かを好きになったら、後は押して押して押しまくるのです!()()()()()()()()()()()()()、ソレを受け入れてくれる人も絶対に居るはずです!」

 

「いや何トチ狂った事言ってんの姉サン。頭ん中お花畑なの恋愛脳なの?魔物達に吹き飛ばされ過ぎて頭打っちゃったの?幾ら見た目が良くても頭パーなら相手にされないよ?」

 

「酷い言われ様!?で、でも、さっきからチラチラ後ろを気にしてるじゃ無いですか!あれは社さんを見てたんじゃ無いんですか?」

 

「・・・イヤ、それは・・・。」

 

 シアの問いに口籠もってしまうアル。無論、アルの心中には恋心と言った感情(モノ)は微塵も無い。無いが・・・社が持つ力には強い興味が向いていた。自分が持つ()()とは似ても似つかぬ様に見えるのに、何故か同じ力だと自身の肉体が肯定している様な。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「相変わらずモテモテだな社?昔っからお前は地味に女子に人気あったよなぁ?初対面の女の子の心を射止める気分はどうだ?ん〜?」

 

「お前さんさっき性癖バラしたの根に持ってるだろ!?クッソ、ここぞとばかりに弄りやがって・・・!」

 

 微妙に気まずい沈黙が降りる中、それを破る様にハジメが社を揶揄(からか)った。暗に「婚約者(フィアンセ)が居るのに良いのかね?ん?」と煽っているのだ。ハジメと社が出会った当初は、こんな冗談は間違っても飛ばせなかったが、培った信頼と友情は2人から遠慮と言う柵を取り払っていた。何時までも友人に気を使われるのも辛い為、こう言ったハジメや幸利の良い意味での容赦の無さは、社にとっては非常に有難いものだった。

 

「ぐぬぬ、後で白崎さんにもお前さんの性癖ーーー見つけた!此処から約200m先を曲がった少し先で、兎人族達が魔物達に追われてる!俺は先行して向かってるぞ!」

 

「了解!こっちも飛ばして直ぐに追い付く!後、白崎に余計な事言ったらお前から殺すからな!」

 

 言うが早いか社は〝木霊兎(こだまうさぎ)〟を引っ込めて〝狗賓烏(ぐひんからす)〟を呼び出すと、荷台から飛び上がり〝空力〟で足場を作製して空中を跳ね回る様に突き進んだ。

 

 

 

 

 

「・・・白崎ってだれ?」

 

「Oh・・・。」

 

 最後の最後で社が落とした爆弾はキッチリ作動した様だ。



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35.合流

 ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると20人と少し。見えない部分も合わせれば40人といったところか。

 

 そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。〝ハイベリア〟の名で呼ばれるこの魔物、姿は俗に言うワイバーンが一番近いだろう。体長は3~5メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

 全部で6匹いるハイベリア達は、獲物の品定めをするかの如く兎人族の上空を旋回していたが、その内の1匹が遂に行動を起こす。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると、空中で1回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけたのだ。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

 

 ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは2人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に、男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

 

 周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には2人の家族が無残にもハイベリアの餌になると想像しただろう。しかし、それは有り得ない。何故ならここには彼等を守ると契約した、奈落の底より這い出た化物達がいるのだからーーー。

 

「自分の身を顧みず、動けない子供の盾になるーーー聞いた話より大分格好良いですね?」

 

 ズドンッ!!

 

 聞き慣れぬ声からの称賛と共に飛来した突風を纏う何かが、今まさに二人の兎人族に喰らいつこうとしていたハイベリアを叩き落とした。蹲る二人の兎人族の少し手前で墜落したハイベリアの背には、何者かが剣を突き立てている。信じられない事にこの人物、飛行中のハイベリアに飛び乗ると剣を突き刺して地面に叩きつけた様だ。

 

 シャリン

 

 直後、謎の人物が突き刺さっていた剣を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで振るう。何も斬ってはいない筈の峡谷で何故か金属同士が擦れた音が響き、一条の銀閃が空を断つ。

 

 すると、後方で何かが落ちる音が響いた。呆然とする暇も無くそちらに視線を転じる兎人族が見たものは、首を刎ねられて大量の血を吹き出しながら息絶えたハイベリアの姿。すぐ近くには腰を抜かしてへたり込む兎人族の姿がある。恐らく先の1頭に注目している間に、そちらでも別個体の襲撃を受けていたのだろう。

 

「な、何が・・・。」

 

 先程子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら、目の前で墜落死したハイベリアと、その背に乗った男を交互に見ながら呟いた。理屈は全く分からないが、彼がやったのだろうか。

 

 上空のハイベリア達が仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。キィィイイイという甲高い蒸気が噴出するような音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、高速でこちらに向かってくる見たこともない黒い乗り物と、そこから身を乗り出している2つの人影。

 

 ドパンッ!!ドパンッ!!ドパンッ!!ドパンッ!!

 

 4発の乾いた破裂音が響くと同時、向かってくる人影の1つから四条の閃光が放たれた。虚空を走る閃光は仲間の死に激昂していた空中のハイベリアの内2匹をいとも容易く貫いていく。翼や胴体をぐちゃぐちゃに粉砕されたハイベリア達は、バランスを失って地面に叩き落とされてしまう。

 

 混乱の極みにいた兎人族だったが、もう一方の人影には見覚えがありすぎた。今朝方に突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子の内の1人。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さは鳴りを潜めて思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのでは、と心配していた矢先の失踪だ。つい慎重さを忘れて捜索し、ハイベリアに見つかってしまったのが運の尽きで、彼女を見つける前に一族の全滅も覚悟していたのだが・・・。

 

 その彼女が黒い乗り物の側面から身を乗り出して、手をブンブンと振っている。その表情には普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族達。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

 その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

「チッ、流石に運転しながらだと狙い難いな。」

 

 ハジメは魔力駆動四輪を高速で走らせながら舌打ちをする。レールガン1発でハイベリア1体を確殺出来るだけの威力はあるのだが、いかんせん高速の四輪を運転しながら身を乗り出しての射撃では命中に難がある。故に、無理に急所を狙わずに、確実に当てる事だけを考えて弾丸を放った訳である。ハジメ本人はこの結果に不満である様だが、1発も外す事なく命中させた手腕は見事と言う他無い。

 

 ここで漸く、ハイベリア達の頭に「逃走」の2文字が浮かぶ。先程まで獲物を狩っていた筈の自分達が、方法すら分からず瞬く間に半壊させられた事実。弱い魔物であればこの時点で脇目も降らず逃げていただろう。しかし、この峡谷では強者に位置していたハイベリア達は、戦うべきか逃げるべきかを一瞬だけ迷ってしまった。ーーー故にこの一瞬が、彼等の生死を分けた。

 

「遅い。」

 

 ジャララララ!!

 

 その隙を、迷いを。見逃す程社は甘くは無い。滞空するハイベリア達の下まで〝空力〟で跳び上がると、社は〝天祓〟を蛇腹刀にして振り回した。製作に使われたのが社の呪力だからか、或いは完成時の調伏によるものか。〝天祓〟は社の意思に忠実に、まるで意思持つ生物の様に動き回り、残るハイベリア達を細切れにした。

 

 断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、バラバラになって地に落ちていくハイベリア達。シアを襲っていた双頭のティラノモドキ〝ダイヘドア〟と同等以上に、この谷底では危険で厄介な魔物として知られている彼等が、何の抵抗も出来ずに瞬殺された。有り得べからざる光景に硬直する兎人族達。

 

「全員無事ですか?」

 

「え、ええ、この場にいる者は。何人か怪我した者も居ますが、動けない程ではありません。」

 

「左様で。」

 

 周囲を警戒しながら、兎人族の1人に確認する社。声を掛けられた男性はビクッ!と驚きながらも、迷い無く返答する。周りを見ても苦しげにしている兎人族は居ない為、どうやら全滅は免れていた様ではある。

 

「おう。ご苦労だったな社。首尾は?」

 

「死傷者・重傷者無し。怪我人も軽いのだけで問題無し。そっちもーーー・・・姉兎さんは額押さえてどうしたの?」

 

 社が現状の確認をしていると、四輪を近くに停車させたハジメ達が近づいて来る。が、アルが他の兎人族達に直ぐ様駆け寄ったのに対して、シアは額を抑えて蹲っていた。

 

「このバカウサギ、車ん中でギャーギャーうるさいわ、後ろの座席から運転席揺らすわでウザかったんでな。思わずゴム弾で撃ち抜いちまった。」

 

「Oh・・・。つーか、それで良く魔物を撃ち落とせたもんだ。義手と言い射撃の腕と言い、マジで山猫(オセロット)染みてきたな?」

 

「ハッ、良いセンスだろ?」

 

 社の賞賛にノリ良く答えたハジメ。シアに使った弾丸は、炸薬量を減らした上で先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングした非致死性弾だ。一度社相手に試し撃ちした際は、あろう事が素手で掴まれてしまったのでテストにならなかった。が、シアの様子を見るにそれなりの威力はある様だ。

 

「うぅ~、私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたり、社さんみたいに仲良くしたいですよぉ~。」

 

 しくしくと泣きながら抗議の声を上げるシア。シアはハジメに対して恋愛感情を持っているわけではない。ただ、絶望の淵にあって〝見えた〟希望であるハジメを不思議と信頼していた。全くもって容赦のない性格をしているが、交わした約束を違えることはないだろうと。しかも、ハジメはシアと同じ体質である。〝同じ〟である事は、それだけで親しみを覚えるものだ。そして友情か愛情かの違いはあれど、ハジメはやはり〝同じ〟であるユエと社を大事にしている。少なくとも、この短時間でも明確にわかるくらいには。正直、シアは3人の関係が羨ましかった。それ故に〝自分も〟と願ってしまうのだ。

 

 ボロボロになった衣服を申し訳程度に纏い、額を抑えながら足を崩してシクシク泣くシアの姿は実に哀れだった。流石にやり過ぎた・・・とは思わず、鬱陶しそうなハジメは宝物庫から予備のコートを取り出し、シアの頭からかけてやった。これ以上、傍でめそめそされたくなかったのだ。反省の色が全くない。

 

 しかし、それでもシアは嬉しかったようである。突然に頭からかけられたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。ユエがハジメとのペアルックを画策した時の逸品である。

 

「も、もう!ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、ユエさんとお揃いだなんて・・・お、俺の女アピールですかぁ?ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~。」

 

 モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たハジメは無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

 

「はきゅん!」

 

 衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっていると兎人族がわらわらと集まってきた。

 

「シア!お前も無事だったか!」

 

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。社の懸念*1は正しかった。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間にシアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後にハジメの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿と、社殿で宜しいか?私はカム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか・・・父として、族長として深く感謝致します。」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ?それより随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族には良い感情を持っていないだろうに・・・。」

 

 シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にも関わらず、同じ人間族であるハジメ達に頭を下げ、しかも助力を受け入れると言う。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えない事に疑問を抱くハジメ。だがカムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから・・・。」

 

 その言葉にハジメは感心半分呆れ半分だった。1人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人が良いにも程があるというものだろう。

 

(・・・・・・・・・やっっっべぇ。カムさんもカムさん以外からも、一切合切微塵も悪意を感じない。〝悪意感知〟が壊れたーーーいや、アルさんだけは若干警戒してるっぽいのが分かるから、異常がある訳じゃーーーああ、でもそれも薄まってきてる!?マジで?嘘だろ?あれ、これ万一兎人族を見捨てる展開になった時の事も考えたら、下手に他者間の『縛り』入れない方が良い?ここまで疑いを知らないなら、俺達を裏切るなんてしないだろうし・・・いや、流石にそこまで考えんのは強か通り越してクズ過ぎる。イヤでもーーー。)

 

 一方の社はと言うと、絶賛混乱中だった。この世界に来てから1番の驚き様と言えばその驚愕ぶりが如何程のものか伝わるだろうか。社の経験上、人間とは大なり小なり悪意を持つものである為、悪意を向けられる事について悩んだ事は無かった。それが他人であれば尚の事である。・・・幾ら他人とは言え、悪意を向けられて平然としていられる事自体、社が呪術師向きである(イカれてる)事の証左ではあるが。

 

 閑話休題(それはともかく)、良くも悪くも向けられた悪意を感知する事が常だった社にとって、これだけ大勢の人間が居るのにも関わらず感知できる悪意が絶無なのは初めてと言って良い体験であった。得意の猫被りで表情こそ変わらないものの、内心では動揺しっぱなしである。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、美少女の顔を傷モノにする様な酷い人ですけど!約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです!ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

 

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ。」

 

 シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しでハジメを見ながら、うんうんと頷いている。ハジメは額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

 

「・・・ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋。」

 

「ユエ!?ーーーええい、このままグダグダしてる暇はねぇんだ!さっさと行くぞお前ら!オラ、社も突っ立ってないで早く行くぞ。」

 

「お?おう。そうだな。ハジメはツンデレだからな。これがデフォルトだから皆さん慣れて下さい。」

 

「何でお前は脈絡無くバグってんだよ!お前まで壊れたら収拾つかないだろうが!」

 

 余りの自由さに頭を抱えるハジメだったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。目指すはライセン大峡谷の出口である。

 

 

 

 

 

 ウサミミ42人をぞろぞろ引き連れて、ハジメ達は峡谷を行く。当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で頭部を粉砕されるか、首を跳ね飛ばされるかのどちらかである。

 

 乾いた破裂音と共に閃光が走り、金属が擦れる音が響けば銀閃が煌めく。気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為す術なく絶命していく光景に、兎人族達は唖然とし、次いでそれを成し遂げている人物であるハジメと社に対して畏敬の念を向けていた。

 

 もっとも小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るう2人をヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言で発砲した。

 

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

「あわわわわわわわっ!?」

 

 ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

 

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて・・・シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か・・・。」

 

 すぐ傍で娘が未だに銃撃されているのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

 

「いや、お前等。この状況見て出てくる感想がそれか?」

 

「・・・ズレてる。」

 

 ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 

「・・・・・・あの。」

 

「うん?どうかしたの妹さん?」

 

 一行の先頭でハジメ達がカルチャーギャップを感じている中、最後尾に居る社にアルがおずおずと話し掛ける。社も余り興味を持たなかった為触れはしなかったが、思えばこの少女も中々に謎の多い存在だった。この世界では初となる、社でも感知出来る程の呪力の持ち主である事。他の兎人族の女性とは異なり、徹底的に露出を避けた服装をしている事。頭の包帯の隙間から覗く、()()()()()毛髪。そして、それら全てを当然の様に受け入れている他の兎人族達。逐一挙げればキリが無い位にはツッコミ所は多かった。・・・ハジメ達3人は全く気にしていなかったが。

 

「腹芸とか出来ないんでストレートに聞くんですケド。肩に止まってるソレって、一体何なんスか?」

 

 疑問の声と共に鋭い眼差しが向けられたのは、社の肩にいた〝薙鼬(なぎいたち)〟と〝(さと)(ふくろう)〟だった。が、真剣な様子のアルとは違い、式神達は呑気に欠伸をしたり不思議そうに首を傾げたりとマイペース極まりない。その様子を見て、若干気勢を削がれた様子のアル。

 

「別に答えるのは構わないんだけど、もう少し具体的な内容を言ってくれるとありがたいかな。何でそんな質問をしたのかーとか、その辺りを。」

 

「・・・単純な、興味本位です。アタシと姉サン以外、その動物?がハッキリ見えなかったんで。他の皆は全く見えなかったり、ボヤけて見えたりとまちまちだし。」

 

(・・・やっぱりか。式神達ーーーと言うか、呪力全般が関わる現象を確実に知覚出来るのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。・・・これ元の世界に戻ってからも絶体面倒臭い事になるな。)

 

 アルの話を聞き、自分の推測が当たっていた事を知る社。元の世界に於いては、一定以上の呪力を持たなければ見えなかった筈の式神達。だが、この世界で元々魔力を持っていた人間達と、此方に来てから魔力に目覚めたクラスメイト達は、式神の存在をさも当然の様に知覚していた。もし、元の世界に戻っても変わらずに認識出来てしまうのなら、恐らく厄介な事になるだろう。

 

(呪霊・・・は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。問題は怨霊とか高位の妖やら土地神やらに目を付けられた場合か。魔力の有無が彼等の目にどう映るか分からないが、()()()()()()()()もあるし・・・碌な事にならないだろうなぁ。)

 

「・・・大丈夫っスか。何か頭痛そうにしてますケド。」

 

「ん?あぁ、大丈夫。気にしないで、こっちの話だから。」

 

 アルの心配そうな声で我に返った社は、先の事を考えてもしょうがないと気を取り直す。どうあれ、元の世界に帰る方法を見付けなければ話にならないのだから。

 

「で、式神(コレ)についてだったっけ。コイツらは式神。俺が持ってる『術式』から生み出された、『呪術』だ。」

 

「・・・呪・・術・・・?」

 

 アッサリと、何でも無い様と言わんばかりに返された言葉に、掠れた声で鸚鵡返しをするアル。表情は包帯で隠されたままだが、その上からでも分かるほどに呆然としていた。その様子を知りながらも、敢えて言葉を続ける社。

 

「そう。人が持つ負の感情から生まれる負のエネルギー。それらを総じて『呪力』と言うんだけど、その『呪力』を『術式』に流して発動する力を『呪術』と呼ぶんだ。『術式』は基本的には生まれながらにして持つ物だから、効果は千差万別なんだけどね。で、俺の場合はコイツらの様な『式神を創り出す』事に特化した『術式』を持っている訳だ。・・・ついて来れてる?」

 

「・・・えっと、一応・・・?」

 

「そっか。・・・それで、他に聞きたい事はある?」

 

「・・・じゃあ、1個だけ。さっき『呪力』は負のエネルギーだって言ってましたケド。アタシには、その式神()達が負のエネルギーから生まれた様には見えないんスよね。」

 

(・・・へぇ。)

 

 アルの的を射た質問に内心で感嘆する社。予想ではもう少し混乱するかと思っていたが、それに反してアルは冷静に話を理解していた。頭の回転や飲み込みの速さは、社の思う以上に良い方らしい。

 

「その通り。実は『呪力』には2種類あってね。通常の(マイナス)の呪力とは別にもう一つ、(プラス)の呪力が存在している。コイツらは、(プラス)の呪力で出来た存在だ。」

 

 そう言って、式神を撫でる社。首元を指で擽られた〝薙鼬(なぎいたち)〟は、身じろぎしながらも甘える様に社の指に擦りよる。確かにこの光景を見れば、式神達が(マイナス)の呪力から生まれたとは到底思えないだろう。

 

「『術式』は(プラス)(マイナス)、どちらの呪力を流すかで効果が変わる。まぁ、『術式』の根本から逸れる様な能力にはならないけどね。・・・後は(プラス)の呪力であれば、怪我とかを治せたりするーーー」

 

 ゾルゥッ

 

「ーーーそれ、本当ですか。」

 

 不意に。アルから感じられる呪力が、目に見えて増加した。今の今まで上手く蓋をされていたのであろう力が、アルの感情の昂りにより耐え切れず噴き出したのだ。濃密な深緑色の呪力は、辺りに漏れ出し目に見えぬ圧となって放出される。

 

「・・・ああ、本当だ。自分の体だけだったり、他人の体も治せたりするかは人それぞれだけどな。それよりも、周りの子達が怖がってるぞー妹さん。」

 

「ッ!?あ、えっと、その・・・皆、ゴメン。ちょっと、興奮した。・・・社サンも、スミマセン。すこし頭、冷やして来ます。」

 

 社の声にすぐ様我を取り戻したアルは、バツが悪そうにして一行から距離を取る。先程溢れていた呪力は嘘の様に収まっており、峡谷を再び静寂が包み込む。

 

「アルも社さんも大丈夫ですか!?」

 

「何があった、社。」

 

「・・・無事?」

 

 先程の圧を感じてか、先頭に居たハジメとユエ、シアが社の下に集まって来た。傍目には分かり難いが、ハジメとユエは何時でも戦える様な体勢だった。

 

「おや、3人とも。騒がせてスマンね。ちょっと気になることがあったから、彼女の質問に答えてたんだけど、どうやら驚いちゃったみたいでね。姉ウサギさんには悪いけど、妹さんのフォロー頼めるかい?」

 

「了解です!任せて下さい!」

 

 社の端的な説明とお願いを直ぐ様理解したシアは、そのままアルに向けて突撃して行った。体よくシアから距離を離す事に成功した社に、ハジメとユエは〝念話〟で事情を聞く。

 

〝妹の方は大丈夫なのか。〟

 

〝正直分からん。自分の力に無自覚っぽい感じと、それとは別に変な違和感があったから、(ワザ)と色々話して反応を見たんだが・・・『術式』も未知数な上、呪力量も予想以上だった。今は無意識に制御出来てるんだろうが・・・アレが暴走したら、最悪兎人族は全滅するかもな。〟

 

〝姉妹共々、仲良く爆弾を抱えていた訳か。それで?〟

 

〝え?何が?〟

 

〝・・・どうするの?〟

 

〝・・・・・・。〟

 

 ユエの問いに沈黙した社。2人が聞いているのは、具体的な方策ーーーでは無い。いざその時が訪れた際に、社がどうしたいかを聞いているのだ。ハジメ達が請け負ったのは「樹海を案内して貰うまで、ハウリア達の命を保証する」事。それ以降にどうなろうが知ったこっちゃ無い、と思うのは今のハジメ達なら自然な考え方ではある。だが、それを分かったうえで尚、2人は聞いているのだ。社はどうしたいのか、と。

 

「大丈夫でしたかアル!?何か不安な事でもありましたか!?お姉ちゃんに何でも相談して良いんですよ!?」

 

「や、何でも無いから大丈夫。少し驚いただけ「いーえ!こう言うときのアルの大丈夫は信用出来ません!」何でそんな張り切ってんの圧がクソ強何だケド。」

 

 社の視線の先では、シアがアルを強引に構っていた。あんな風に詰め寄られればウザがられても仕方ないとは思うが、アルの方は呆れつつも満更でも無い様子だった。アルの呪力に圧倒されていた周りの兎人族達も、その姿を見て安堵の溜息を吐く。

 

(周りの兎人族の誰1人として、妹さんに悪意を向けてはいなかった。恐れも嫌いもせず、ただただ純粋に彼女を案じていた。・・・こんな人達が居るんだな。義妹(あの子)達にも、こんな家族が居ればーーーいや、栓無い事か。俺や爺さん達がこんな家族になれば良いんだから。)

 

 思い出すのは、双子の義妹(いもうと)である真理(まり)有理(ゆうり)。紆余曲折を得て引き取った彼女達には、ハウリア達の様な家族は居なかった。それに比べればシア達は恵まれているーーーなんて、絶対に言わないし思わないが。それでも義妹(いもうと)達には、ハウリア姉妹の様に笑っていて欲しいと思う社。

 

〝・・・ま、やるだけやってみるさ。ハジメだって、ハウリアの人達に樹海を案内させた後、そのままハイさよならするつもりは無いんだろ?〟

 

〝勘違いすんな。そこまで面倒見てやるのが契約だと思っただけだ。それにそうでもしなきゃ、またウザウサギが付き纏うに決まってるからな。〟

 

〝何て純度の高いツンデレ。過去最高では?〟

 

〝・・・ベットの上以外でも、照れ屋?〟

 

「よーし!喧嘩だなお前ら!そこに直れバカども!」

 

「え、何いきなり叫んでんの、コワッ。情緒不安定?それとも更年期?小魚食べよ?」

 

「ーーーコロス。」

 

「オイ待て待ってそれ実弾ーーーうおっマジで撃ちやがったぁ!?」

 

 本来ならば絶望しか無いはずの峡谷で、騒がしい叫び声が響き渡る。予想以上の大所帯となりながら、ハジメ達は和気あいあい?と出口目掛けて進むのであった。

*1
社の「ウサミミ付いてる人達がみんな美形とは限らん。(要約)」発言が元。詳しくは12.模擬戦参照。




色々解説
・社の口調について。
見知らぬ相手、若しくは他人の場合:基本的に丁寧語で、言い回しや口調は柔らかい。同年代の場合、丁寧語(ですます口調)は抜ける。愛子先生含むクラスメイト達や、シアとアル含む兎人族が該当。

親しい相手(女性)の場合:言い回しは柔らかいが、歯に絹着せぬ言葉や揶揄い混じりの言動が増加。恵里や雫等が該当。(ユエも該当するが、歳上でありハジメの彼女枠でもある為、少しだけ口調が丁寧。)

親しい相手(男性)の場合:言い回しは雑。隙あらば揶揄い、ツッコミと悪態が飛び交う。ハジメと幸利が該当。

・他者間の『縛り』
自身に課す『縛り』と異なり、他者間の『縛り』は破った際に明確な(ペナルティ)が発生する。(自身に課す『縛り』の場合は、破ったとしても『縛り』で得ていた力を失ったりするだけ。)
発生する(ペナルティ)の内容は様々で、『縛り』を結んだ当人に害が発生する場合もあれば、身内や家族、所属する団体を巻き込む形で発生する場合もある為、基本的に破る事は非推奨。

・今作の『呪霊』について。
本作の世界観は「ありふれ」原作をベースに、呪術廻戦の設定が一部反映される形になっています。当然2つの原作とは大小様々な差異が生まれているのですが、その中でも大きな差異の1つとして()()()()()()『呪霊』の数と質が本来よりも低くなっています。それどころかトータスには『呪霊』は()()()()()()()()。無論どちらにも理由はあるので、その辺りの事情はおいおい本編で説明されます。と言うか、ありふれアフターを読めば分かるのですが、ありふれ世界の地球も割と大概と言うか、魔境です。


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36.各々の心情

 ワイワイと騒ぎつつも向かって来る魔物達を片っ端から薙ぎ倒していたハジメ達は、遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着く。〝(さと)(ふくろう)〟と〝遠見〟の技能を併用した社の目には、岸壁に沿う形で壁を削って作られた階段が映っていた。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見え、ライセン大峡谷の出口から徒歩で半日くらいの場所が樹海になっている様だ。と、同じく〝遠見〟で樹海を見ていたハジメに、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

「ん?どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが・・・。」

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら・・・お2人は・・・ハジメさんはどうするのですか?」

 

「?どうするって何が?」

 

 質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵・・・人間族です。ハジメさんや社さんと同じ。・・・敵対できますか?」

 

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

 

「はい、見ました。・・・ハジメさんの姿だけでしたが、確かに帝国兵と相対していました・・・。」

 

「だったら・・・何が疑問なんだ?」

 

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと・・・。」

 

 シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きでハジメ達を見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも、不穏な空気を察してか大人達とハジメを交互に忙しなく見ている。しかしハジメと社は一度顔を見合わせると、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのけた。

 

「「それがどうかしたの(か)?」」

 

「えっ?」

 

 疑問顔を浮かべるシアに、ハジメは特に気負った様子もなく世間話でもするように話を続けた。

 

「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ。」

 

「そ、それは、だって同族じゃないですか・・・。」

 

「お前らだって、同族に追い出されてるじゃねぇか。」

 

「それは、まぁ、そうなんですが・・・。」

 

「大体、根本が間違っている。」

 

「根本?」

 

 さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

 

「いいか?俺はお前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じてお前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

 

「うっ、はい・・・覚えてます・・・。」

 

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ。なぁ?」

 

「そうだな。俺も概ね同意見だ。」

 

「な、なるほど・・・。」

 

 何ともらしい考えに、苦笑いしながら納得するシア。〝未来視〟で帝国と相対するハジメを見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが〝自分のせいで〟という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ。」

 

 カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

 

 

 一行は階段に差し掛かるとハジメを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、殆ど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

 

〝社。帝国兵の相手は俺がする。〟

 

 と、その最中。先頭にいたハジメから、不意打ち(バックアタック)警戒の為最後尾にいた社に向かって〝念話〟が飛んだ。唐突なハジメの言葉を不思議に思い、疑問を返す社。

 

〝それは会話と戦闘、どっちの事を言ってるんだ?〟

 

〝どっちもだ。お前は流れ弾に備えて、兎人族達を守っててくれ。〟

 

〝・・・理由は?〟

 

〝人間を相手にした時に必要な、ドンナーや技能の出力の調整とーーー人を殺した時に俺が何を思うかの確認だ。〟

 

 淡々と。感情の籠っていない声で、酷く端的な内容が聞こえて来る。ハジメは冷静なフリをしているのか、或いは本当に何とも思っていないのか。表情も見えない為、余計に判断が難しかった。が、どちらであれ社の返す答えは変わらない。

 

〝分かった。〟

 

〝・・・反対しないのか。〟

 

 社の答えは、ハジメにとって予想外のものだったらしい。先程とは打って変わって分かりやすく驚いているハジメに苦笑しつつ、社は自分の考えを話す。

 

〝思うところが無いとは言わない。だが、状況はそれを許してくれないだろ。お前さんが心から決めた事なら異論は無いさ。人殺し、と言う点では俺も変わらないしな。〟

 

 社が力を求め呪術師になったのは、■■の呪いを解く事の他に、周りの人間に降りかかる理不尽を跳ね除ける為と言う理由があった。その一環として、人に仇なす者達を殺した事もあった。友人が手を汚さなければならない事態も理不尽(その中)に含まれはするが、それと友人の覚悟を踏み躙るかはまた別問題だろう。必要に迫られたからとは言え、ハジメは戦うことを自分で選んだのだから。

 

〝・・・悪いな。〟

 

〝言いっこなしだろ。さぁ、もう頂上だ。そっちは任せたぞ。〟

 

〝ああ。そっちもな。〟

 

 各々のやる事を決めあった2人は、自らの仕事を果たす為に気合を入れる。そして遂に階段を上りきり、ハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。登りきった崖の上、そこには・・・。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~。こりゃあ、いい土産ができそうだ。」

 

 30人近くの帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服と共に剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。だがそれも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長!白髪の兎人もいますよ!隊長が欲しがってましたよね?」

 

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ?こちとら、何もないとこで3日も待たされたんだ。役得の1つや2つ大目に見てくださいよぉ~。」

 

「ったく。全部はやめとけ。2、3人なら好きにしろ。」

 

「ひゃっほ~、流石、小隊長!話がわかる!」

 

(モラル低っ。ドン引きする位ケダモノじゃん。穏便に事を済ますのは無理そうだな。・・・どうせ殺すなら、こっちの方が後腐れなくて良いか。)

 

 帝国兵の言葉に、呆れ半分軽蔑半分の表情になりながらも物騒な事を考える社。世界は変われど、こう言う輩は消える事は無いらしい。帝国兵は兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けていた。

 

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやくハジメ達の存在に気付く。

 

「あぁ?お前誰だ?兎人族・・・じゃあねぇよな?」

 

「ああ、人間だ。」

 

「・・・兎人族の人達。恐らく戦闘になるので、ハジメが帝国兵達と話している間に俺の後ろに下がって下さい。」

 

 ハジメが代表して小隊長らしき人物と会話している内に、社は兎人族達に指示を出す。帝国兵の視線に怯えて震えていた兎人族だったが、社の声にハッとなると直ぐに指示に従った。

 

「はぁ~?なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ?しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か?情報掴んで追っかけたとか?そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ。」

 

 勝手に推測し勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。ーーー当然、ハジメが従うはずもない。

 

「断る。」

 

「・・・今、何て言った?」

 

「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺のもの。あんたらには1人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする。」

 

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「・・・小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰か分からないほど頭が悪いのか?」

 

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな。」

 

 ハジメの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメ達を睨んでいる。その時、小隊長がハジメの後ろから出てきたユエに気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、ハジメの服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ。」

 

「あ、死んだなこりゃ。・・・兎人族の皆さんは子供達の目と耳を塞いであげて下さい。心臓が弱い人も同様です。今から非常に教育に良くない絵面になるので。」

 

 これから何が起こるか確信した社は、兎人族達に再び指示を出した。小隊長の言葉を聞いたハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかりに、ユエが右手を掲げよう(魔法を放とう)とした。が、それを制止するハジメ。訝し気なユエを尻目にハジメが最後の言葉をかける。

 

「つまり敵ってことでいいよな?」

 

「あぁ!?まだ状況が理解できてねぇのか!てめぇは、震えながら許しをこッ!?」

 

 ドパンッ!!

 

 苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られるより早くにその頭部が砕け散った。眉間に大穴を開けながら後頭部から脳髄を飛び散らせ、そのまま後ろに弾かれる様に倒れる小隊長。何が起きたのかも分からず呆然とその様子を見ている兵士達に、躊躇無く追い打ちが掛けられる。

 

 ドパァァンッ!

 

 1発しか聞こえなかった銃声に反し、6人の帝国兵の頭部が吹き飛んだ。何の事は無い、ハジメの射撃速度が早すぎて射撃音が1発分しか聞こえなかっただけであり、実際にはしっかり6発撃ち切っている。

 

「ーーーあらゆる害意は塞がれて、此方側には来ること(あた)わず。」

 

 ハジメが攻撃を開始するのと同時、社は〝岐亀〟を呼び出すと結界を展開した。拳程の大きさをした正六角形の結界は、鱗状に広がる様に増殖すると、兎人族達を丸ごと包み込む様に半円の形に展開した。

 

 一方、突然小隊長を含め仲間の頭部が弾け飛ぶという異常事態に、兵士達は半ばパニックに陥るものの、直ぐ様前衛と後衛に分かれてハジメ達に武器を向けた。過程は分からなくても原因は分かっているが故の、中々に迅速な行動だ。流石は帝国兵、実力は本物らしい。が、ハジメ達に比べれば、その程度の実力は誤差でしか無い。彼我の実力差は、そのまま一方的な蹂躙劇へと変わっていく。

 

 ドガァンッ!!

 

 魔法発動の詠唱を開始した後衛組の足元に転がってきた黒い筒状の物体が、轟音と共に炸裂した。燃焼粉を詰め込んだ〝手榴弾〟ーーー金属片が仕込まれている為、〝破片手榴弾〟でもあるーーーの爆発である。地球産と比べても威力が段違いなのは、燃焼石という異世界の不思議鉱物をふんだんに使用しているからだ。

 

 この一撃で密集していた10人程の帝国兵が即死、無いし四肢の欠損か内臓破裂を負って絶命。更に7人程が巻き込まれ苦痛に呻き声を上げた。背後からの爆風に思わずたたらを踏んだ突撃中の前衛は、何事かと背後を振り向いてしまった直後に頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちた。血飛沫が舞い、それを頭から被った生き残りの1人の兵士が、力を失ったようにその場にへたり込む。

 

 彼等は決して弱い部隊ではない。むしろ上位に勘定しても文句が出ないくらいには精鋭だ。それがほんの一瞬で殲滅されたのである。心が折れるのも当然と言える。そんな彼の耳に、これだけの惨劇を作り出した者が発するとは思えないほど飄々とした声が聞こえた。

 

「うん、やっぱり、人間相手だったら〝纏雷〟はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ。燃焼石ってホント便利だわ。」

 

「正直この結果は見えてたろー。手榴弾まで使ったのは勿体無い気もするが。」

 

「お前、 ラストエリクサー症候群(貴重な薬最後まで使えないタイプ)だろ。」

 

「何故バレたし。」

 

 戦いーーーと言えるかは疑問符が付くーーーが終わったのを見計らって、社はハジメの方に近づいて行く。ハジメはドンナーで肩をトントンと叩くと、軽口を返しながらゆっくりと兵士に歩み寄る。黒いコートを靡かせて死を振り撒き歩み寄るその姿は、さながら死神だ。少なくとも生き残りの兵士には、そうとしか見えなかった。

 

「ひぃ、く、来るなぁ!い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か!助けてくれ!」

 

 命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。ハジメは冷めた目でそれを見下ろし、おもむろに銃口を兵士の背後に向けると連続して発砲した。

 

「ひぃ!」

 

「おー、全弾命中(フルヒット)。残るはコイツだけか。」

 

 兵士が身を竦めるが、その体に衝撃はない。ハジメが撃ったのは、手榴弾で重傷を負っていた背後の兵士達だからだ。社の言葉に生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、今度こそ隊が全滅したことを悟った。と、振り返ったまま硬直している兵士の頭にゴリッと銃口が押し当てられる。再びビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。

 

「た、頼む!殺さないでくれ!な、何でもするから!頼む!」

 

「そうか?なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが・・・全部、帝国に移送済みか?」

 

 ハジメが質問したのは、100人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

 

「・・・は、話せば殺さないか?」

 

「お前、自分が条件を付けられる立場にあると思ってんのか? 別に、どうしても欲しい情報じゃあないんだ。今すぐ逝くか?」

 

「ま、待ってくれ!話す!話すから!・・・多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから・・・。」

 

 〝人数を絞った〟。要するに、老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に悲痛な表情を浮かべる兎人族達。社はスッと目を細め、ハジメは兎人族達をチラッとだけ見やり、直ぐに視線を兵士に戻すと瞳に殺意を宿した。

 

「待て!待ってくれ!他にも何でも話すから!帝国のでも何でも!だから!」

 

 ドパンッ!

 

 兵士の必死な命乞いへの返答は、1発の銃弾だった。息を呑む兎人族達。あまりに容赦のないハジメの行動に完全に引いているようである。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったのか、おずおずとハジメに尋ねた。

 

「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは・・・。」

 

 はぁ?という呆れを多分に含んだ視線を向けるハジメに「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。ハジメが言葉を発しようとしたが、その機先を制するようにユエが反論した。

 

「・・・一度、剣を抜いた者が、結果、相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎ。」

 

「そ、それは・・・。」

 

「・・・そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をハジメに向けるのはお門違い。」

 

「・・・。」

 

(ユエさんの怒りもごもっともではある。価値観の違いはデカイな。・・・最も、()()()()()()()()()()()()()()。)

 

 ユエの静かな怒りに兎人族達がバツが悪そうな表情をしている最中、社は唯一の例外の方に目を向ける。ただ1人、アルだけはハジメに対して負の感情を向けず、先程からずっと帝国兵の残骸を見つめ続けていた。

 

「ふむ、ハジメ殿、申し訳ない。別に貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな・・・少々、驚いただけなのだ。」

 

「ハジメさん、すみません。」

 

 シアとカムが代表して謝罪するが、ハジメは気にしてないという様に手をヒラヒラと振ると、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。

 

「ハイハイハーイ!馬車は四輪で引いて、俺が二輪に乗りつつ先行するのが良いと思いまーす!」

 

「どんだけ乗りてぇんだよ。却下だ却下。魔力にも限りがあるんだ。」

 

「えー。」

 

 暗くなった雰囲気を吹き飛ばす様に、社が努めて明るい声で発言する。その提案をすげ無く拒否したハジメは、魔力駆動四輪を〝宝物庫〟から取り出して馬車に連結させると、馬に乗る者と分けて樹海へと進路をとった。無残な帝国兵の死体は、ユエが風の魔法で谷底に落として処理し、後には彼等が零した血だまりだけが残されたのだった。

 

 

 

 

 

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメが魔力駆動四輪で牽引する大型馬車2台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

 四輪はハジメを運転手としてユエが助手席に、後部座席にはシアとアル、見張りの為荷台に社が乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として四輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。アルに関しては、姉の付き添いで乗っていると言う面が強かった。シアを1人にするのが心配だったのだろう。どちらが姉だかわからない姉妹である。

 

 シアとしては、初めて出会った〝同類〟である3人と、もっと色々話がしたい様だった。後ろの座席から運転席のハジメにしがみつき上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのは四輪の座席かハジメの後ろか・・・。場合によっては手足をふん縛って引きずってやる!とユエは内心決意していた。

 

「・・・ハジメ、どうして一人で戦ったの?」

 

「ん?」

 

 ユエが言っているのは、帝国兵との戦いのことだろう。あの時、魔法を使おうとしたユエを制止して、ハジメは1人で戦うことを選んだ。ユエが参加しようがすまいが結果は〝瞬殺〟以外には有り得なかっただろうが、どうも帝国兵を倒した後のハジメは物思いに耽っているような気がして、ユエとしては気になったのだ。

 

「ん~、まぁ、ちょっと確かめたいことがあってな・・・。」

 

「・・・確かめたいこと?」

 

 ユエが疑問顔で聞き返す。シアも座席越しに興味深そうな眼差しを向けており、アルも窓の外を見つつもしっかりと聞き耳を立てている様だ。

 

「ああ。一言で言えば〝実験〟だ。レールガンやら技能やらの出力調整とーーー俺が殺人に躊躇いを覚えないかどうかの、な。」

 

 先に社にも伝えていた通り、ハジメが単独で全ての帝国兵を相手取った理由は2つ。自身が持つ力の調整と、殺人を経験した際に変調が出るかどうかを確かめる為である。

 

 前者に関しては、主に周囲への被害を鑑みた時の予防策のためだ。街中等で戦闘になった際、暴漢相手にレールガンを放とうものなら間違いなく周辺にも被害は出る。敵は殺しても良いが、流石に何の関係もない人々を無差別に殺す気は無い。流石のハジメもそこまで堕ちるつもりは無かった。なので、どの程度の炸薬量が適切か実地で計る必要があったのである。実験の甲斐あって結果は上々。威力の微調整にも具体的な見当がついた。

 

 後者に関しては、自分が殺人に躊躇いを覚えないか確かめる為だった。すっかり変わってしまったハジメだが、人殺しの経験は未だ無かった。それ故に、殺す前も殺した後も動揺せずにいられるか試したのである。結果は〝特に何も感じない〟だった。やはり、敵であれば容赦なく殺すという価値観は強固に染み付いている様だ。

 

「とまぁ、初の人殺しだったわけだが、特に何も感じなかったから、随分と変わったもんだと、ちょっと感傷に浸ってたんだよ・・・。」

 

「・・・そう・・・大丈夫?」

 

「ああ、何の問題もない。これが今の俺だし、これからもちゃんと戦えるってことを確認できて良かったさ。」

 

 あれだけ容赦なかったハジメが、実は初めて人を殺したという事実に内心驚くハウリア姉妹。同時にシアは、ハジメの僅かな変化に気がついたユエの洞察力(おそらくハジメ限定)にも感心していた。どこか寂しげに笑うハジメの手を、慰めるように掴んだユエ。甘い空気が漂う中、ふと思い出したようにユエが社に聞いた。

 

「・・・社は、もしかして知ってた?」

 

「まあね。峡谷から出る直前に、ハジメから〝念話〟で釘刺されてた。」

 

「むぅ・・・社だけ・・・。」

 

 あっけらかんとした社の言葉に、どことなく不満気なユエ。別に社の事を責めるつもりは毛頭無い。無いがそこはそれ、ユエにとっては社も信頼できる仲間で有る為、自分だけ蚊帳の外なのは気に食わなかった様子。そんなユエの内心を見抜いた様に、ハジメと社は苦笑した。

 

「そう膨れなさんな。俺は元々敵を殺す(そういう)のを率先してやる立ち位置だったから、ハジメが予め伝えてたってだけさ。元の世界(その辺り)の事情も、ハジメを交えておいおい話そうか。」

 

「・・・なら、白崎って人物について、詳しく。」

 

「オイ馬鹿止めろ2人共!」

 

 社のフォローに乗っかったユエの発言に、今度はハジメが焦りだす。疚しい事など無いと断言できるはずのハジメだが、この話題(白崎関連)になると何故か背筋が寒くなる気がしていた。

 

 途端にワイワイと騒がしくなる車内。ここだけ見るのであれば、先程の蹂躙劇を引き起こした人物が居るとは到底思えないだろう。それを眺めていたシアは、改めて自分は3人の事を何も知らないのだなぁと少し寂しい気持ちになる。

 

「あの、あの!ハジメさん達の事、教えてくれませんか?」

 

「?俺達の事は話したろ?」

 

「いえ、能力とかそういう事ではなくて、なぜ、奈落?という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、お三方自身の事が知りたいです。」

 

「・・・聞いてどうするの?」

 

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。・・・私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で・・・もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は自分を嫌ってはいませんが・・・それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして・・・だから、私、嬉しかったのです。お三方に出会って、私()みたいな存在は他にもいるのだと知って、はみだし者なんかじゃないって思えて・・・勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて・・・だから、その、もっとお三方の事を知りたいといいますか・・・何といいますか・・・。」

 

「・・・・・・・・・姉サン。」

 

「「「・・・・・・・・・。」」」

 

 シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になってハジメの背に隠れるように身を縮こまらせた。そう言えば出会った当初も随分嬉しそうにしていたとハジメ達3人は思い出し、シアの様子に何とも言えない表情をする。あの時はユエの複雑な心情により有耶無耶になった挙句、すぐハウリア達を襲う魔物と戦闘になったので、谷底でも魔法が使える理由など簡単な事しか話していなかった。きっとシアは、ずっと気になっていたのだろう。

 

 確かにこの世界で、魔物と同じ体質を持った亜人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。かと言ってハジメやユエの側が、シアに対して直ちに仲間意識を持つ訳ではない。が・・・樹海に到着するまで、まだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうとハジメ達3人はこれまでの経緯を語り始めた。その結果ーーー。

 

「うぇ、ぐすっ・・・ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんも社さんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて・・・うぅ~、自分がなざけないですぅ~。」

 

 号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そしてさり気なく、座席越しにハジメの外套で顔を拭いている。どうやら自分は大変な境遇だと思っていたら、ハジメ達が自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。しばらくメソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

 

「ハジメさん!ユエさん!社さん!私、決めました!お3方の旅に着いていきます!これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にお3方を助けて差し上げます!遠慮なんて必要ありませんよ。私達は仲間なんですから、共に苦難を乗り越え望みを果たしましょう!」

 

「ちょっ、姉サン!?」

 

 勝手に盛り上がっているシアに、驚きの声を上げたアル。一方、ハジメとユエは実に冷めた視線を送り、社に到っては何一つ聞かなかった風を装っていた。結構な塩対応だった。

 

「現在進行形で守られている脆弱ウサギが何言ってんだ?完全に足でまといだろうが。」

 

「・・・さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている・・・厚皮ウサギ。」

 

「な、何て冷たい目で見るんですか・・・社さんは反応すらしてくれないし・・・心にヒビが入りそう・・・というかいい加減、ちゃんと名前を呼んで下さいよぉ。」

 

 意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。だが、そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「・・・お前、単純に旅の仲間が欲しいだけだろう?」

 

「!?」

 

 正鵠を射たハジメの言葉に、シアの体がビクッと跳ねる。

 

「一族の安全が一先ず確保できたら、お前、アイツ等から離れる気なんだろ?そこにうまい具合に〝同類〟の俺らが現れたから、これ幸いに一緒に行くってか?そんな珍しい髪色の兎人族なんて、1人旅出来るとは思えないしな。」

 

「・・・あの、それは、それだけでは・・・私は本当にお三方を・・・。」

 

 図星だったのか、しどろもどろになるシア。シアは既に決意していた。ハジメの協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。自分がいる限り、一族は常に危険にさらされる。今回も多くの家族を失った。次は、本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。

 

「・・・()()()()()が言うのも難だケド、義父さん達は反対すると思うよ。それは姉サンが1番よく分かってるでしょ。」

 

「・・・それでも。これ以上一緒には居られません。」

 

 シア自身の考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが〝それでも〟と決めたのだ。最悪1人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。しかし、圧倒的強者であるハジメ達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も〝必死〟なのである。

 

 もちろん、シア自身がハジメ達に強い興味を惹かれているというのも事実だ。ハジメの言う通り〝同類〟であるハジメ達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。一族のことも考えると、シアにとってハジメ達との出会いは正に〝運命的〟だったのだ。

 

(家族の為、か。その思いには心底共感出来るんだけどなぁ・・・。)

 

「別に、お前を責めているわけじゃない。だがな、変な期待はするな。俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ。恐らく、奈落と同じで本当の迷宮の奥は化物揃いだ。お前じゃ瞬殺されて終わりだよ。だから、同行を許すつもりは毛頭ない。」

 

「・・・・・・。」

 

(まぁ、ハジメの言った事が全てだわな。)

 

 ハジメの全く容赦ない言葉に、シアは落ち込んだように黙り込んでしまった。ハジメもユエも社も、特に気にした様子が見えないあたりが更に追い討ちをかける。シアとアルはそれからの道中、大人しく四輪の座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。

 

 それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、社殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お三方を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

 

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな。」

 

 カムがハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った〝大樹〟とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

 ハジメ達は当初【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨っている魔境に、亜人達が住める筈も無い。なので【オルクス大迷宮】と同じく真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた〝大樹〟が怪しいと踏んだのである。カムはハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメ達の周りを固めた。

 

「ハジメ殿、出来る限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です。」

 

「ああ、承知している。俺もユエも社も、ある程度なら隠密行動は出来るから大丈夫だ。」

 

 ハジメはそう言うと社と共に〝気配遮断〟を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。

 

「ッ!?これは、また・・・ハジメ殿、社殿。出来ればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

 

「ん?・・・こんなもんか?」/「此方も調整しましたが、如何(いかが)ですか?」

 

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや全く、流石ですな!」

 

 元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら奈落で鍛えたユエと同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。しかしハジメと社の〝気配遮断〟は更にその上を行く。普通の場所なら一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

 

 カムは人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。シアはどこか複雑そうだった。ハジメの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

 

「それでは、行きましょうか。」

 

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。道ならぬ道を突き進むと、直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

 順調に進んでいると突然カム達が立ち止まり、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然、ハジメ達も感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、ハジメが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら持前の優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。と、突然ハジメが左手を素早く水平に振った。微かにパシュ、という射出音が連続で響いた直後。

 

 ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

 

 3つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして慌てたように霧をかき分けて、腕を4本生やした体長60㎝程の猿が3匹踊りかかってきた。その内の1匹に向けてユエが手をかざし、一言囁くように呟く。

 

「〝風刃〟」

 

 魔法名と共に風の刃が高速で飛び出し、空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。その猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。

 

 残り2匹は二手に分かれた。1匹は近くの子供に、もう1匹はシアに向かって鋭い爪の生えた4本の腕を振るおうとする。シアも子供も、突然のことに思わず硬直し身動きが取れない。咄嗟に、シアの近くに居たアルと、子供の側に居た大人が庇おうとするが・・・無用の心配だった。

 

 パシュ!

 

 シャリリン

 

 先程と同じ射出音と共に、金属が擦れる音が響く。するとシアへと迫っていた猿の頭部に10cm程の針が無数に突き刺さり、子供に迫っていた猿は十字に裁断されて絶命したからだ。

 

「・・・やっぱカッコイイよな、それ。」

 

「だろ?作って正解だったぜ。」

 

 ハジメの左腕を見て、〝薙鼬(なぎいたち)〟を引っ込めた社は目を輝かせる。ハジメが使ったのは、左腕の義手に内蔵されたニードルガンである。かつて戦ったサソリモドキからヒントを得て、散弾式のニードルガンを内蔵したのだ。射出には〝纏雷〟を使っており、ドンナー・シュラークには全く及ばないが、それなりの威力はある。射程が10m程しかないが静音性には優れており、毒系の針もあるので中々に便利である。暗器の一種とも言えるだろう。樹海中では発砲音で目立ちたくなかったので、ドンナー・シュラークは使わなかった。

 

「あ、ありがとうございます、ハジメさん。」

 

「お兄ちゃん、ありがと!」

 

 シアと子供(男の子)が窮地を救われ礼を言う。ハジメと社は気にするなと手をひらひらと振った。男の子のハジメと社を見る目はキラキラだ。シアは、突然の危機に硬直するしかなかった自分にガックリと肩を落とした。その様子にカムは苦笑いしていたが、ハジメから促されると先導を再開した。

 

 その後もちょくちょく魔物に襲われたが、ハジメ達3人は静かに片付けていく。樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

 

 しかし樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

〝社。悪意感知に引っ掛かりは?〟

 

〝直前まで無かった。悪意を持って俺達を探していたんじゃなくて、見回りの部隊に偶然見つかったんだろう。〟

 

〝・・・面倒。〟

 

 〝念話〟により何となく相手の正体が掴めたハジメ達3人は、面倒臭さを隠そうともしない。だが、同じく正体を掴んだカム達は、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。そして。

 

「お前達・・・何故人間といる!種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人達が姿を表した。



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37.ハルツィナ樹海と片鱗

 ーーー樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られており、周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いている様だ。

 

「あ、あの私達は・・・。」

 

 カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族・・・だと?貴様ら・・・報告のあったハウリア族か!?亜人族の面汚し共め!長年同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員かッ!?」

 

 ドパンッ!!

 

 虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメの腕が跳ね上がった。銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし、樹海の奥へと消えていく。

 

 理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間の様にに耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に、誰もが硬直している。

 

 そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。〝威圧〟という魔力を直接放出する事で、相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ。」

 

「な、なっ・・・詠唱がっ・・・。」

 

(まぁ、初見ならそんな反応だよな。奈落で合流した時も、〝悪意感知〟無かったら蜂の巣にされてたし。)

 

 詠唱無しで強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明する様に、ハジメは自然な動作でシュラークを抜くと、とある方向へ銃口を向けた。その先は、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

 

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな・・・唯の一人でも生き残れるなどと思うなよ。」

 

 威圧感と共にハジメが殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込む。

 

(冗談だろ!こんな、こんなものが人間だというのか!まるっきり化物じゃないか!)

 

 恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかと言う様に、ハジメがドンナー・シュラークを構えたまま言葉を続ける。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由も無いからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか。」

 

 虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙する事を。その場合、万に一つも生き残れる可能性は無いだろう。

 

「ーーーハイハイそこまで。ハジメも亜人の皆さんも、取り敢えず落ち着いて。俺達は貴方方に敵対する為に、態々樹海まで来た訳じゃ無いんですから。」

 

 と、今まで(だんま)りを決め込んでいた社が、両手を叩きながら仲裁に入る。それを見たハジメが〝威圧〟を解いた事で重圧から解放された亜人達だが、誰1人動く事は出来ない。ハジメの放った弾丸が、明確な脅威として目に焼き付いているからだ。その間に会話の主導権を握るべく、社は隊長格らしき虎の亜人に話しかける。

 

「お初にお目にかかります。私の名前は宮守社。貴方が彼等の纏め役でよろしいですか?」

 

「っ!?・・・ああ、そうだ。フェアベルゲン第二警備隊長の、ギルだ。」

 

 予想外に丁寧な対応に面食らいつつも、それを顔には出さずに答えたギル。社の読み通り、ギルと名乗った虎の亜人は警備隊の隊長だった。彼等はフェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事であり、その最中にハジメ達を見つけたのだ。

 

「この度は突然大勢で押しかけてしまい、申し訳ありません。ですが、我々は貴方方、ひいてはフェアベルゲンと敵対するつもりは有りません。」

 

「・・・何だと?」

 

 社の言葉を聞き困惑するギル。ハジメ達の目的が、亜人を奴隷にするため等の自分達を害するものだと思っていたからだ。ギルを初めとした警備隊の面々は、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、ハジメ達の目的次第ではここを死地と定めて身命を賭す覚悟もあった。もしフェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ない、と不退転の意志を持って。

 

「私達の目的は、樹海の深部にあると言う大樹の下ーーー貴方方が〝ウーア・アルト〟と呼ぶ樹の下に行く事です。私達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしているのですが、その内の1つがハルツィナ樹海の〝大樹〟にあるのではと目星をつけたのですよ。ハウリア族は、そこまでの案内役の為に雇ったのです。」

 

 だが、その覚悟も社の言葉を聞いて、より深い困惑に変わってしまう。〝大樹〟は亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎない。神聖視はされているものの大して重要視はされていない為、目的と言われても納得出来ないのだ。

 

「〝大樹〟だと?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ。」

 

「いえ、その点がそもそもおかしいのですよ。大迷宮というのは〝解放者〟達が残した試練なのです。亜人族ならば簡単に樹海の深部へ行けると言うのであれば、樹海自体は試練になってはいない。樹海だけが大迷宮と言うのはおかしいんです。そして、そう断じる理由がもう1つ。樹海の魔物は大迷宮に居るものとしては、弱過ぎるんです。少なくとも【オルクス大迷宮】の深部にいた魔物とは比較にならない程に。故に、私達は本当の大迷宮を探す為に〝大樹〟の下へと向かいたい、と言う訳です。」

 

「・・・・・・。」

 

 社の話を聞き終わって尚、虎の亜人は困惑を隠せなかった。社の言っている事が分からないからだ。解放者とやらも、迷宮の試練とやらも、樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の深部というのも・・・聞き覚えの無い事ばかりだ。普段なら〝戯言〟と切って捨てていただろう。

 

 だがしかし、今この場において適当な事を言う意味は無いのだ。圧倒的に優位に立っているのは社達の方であり、言い訳も丁寧な対応も必要無いのだから。本当に亜人やフェアベルゲンには興味が無く大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうが良い。

 

 ギルはそこまで瞬時に判断した。しかし、彼等程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は完全に自分の手に余るという事も理解している。その為、ギルは社に提案した。

 

「・・・お前達が国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行く位は構わないと俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな。」

 

 その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中に侵入して来た人間族を見逃すという事が異例だからだろう。

 

「だが、一警備隊長の私如きが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前達に本当に含むところが無いと言うのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ。」

 

 冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくるギルの言葉に、社とハジメは少し考え込む。虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は社達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、且つ社達という危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

 

〝社、どうだ?〟

 

〝俺達を騙そうとするなら悪意が増す筈だが、そんな反応は無い。恐らく本心からの提案だ。いやはや判断が早いと言うか、果断な事で。〟

 

〝・・・そうか。なら決まりだな。〟

 

 〝念話〟で確認をとったハジメと社は、この場で亜人達を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛け、後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そこまで見越すなら、フェアベルゲンの許可があった方が都合が良いだろう。最終的に敵対する可能性も大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索は酷く面倒そうだからだ。

 

「・・・承知しました。くれぐれも、先の言葉を余さず伝えて下さいね?」

 

「無論だ。ザム!聞こえていたな!長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

 虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。ハジメはそれを確認すると、構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納める。あっさり警戒を解いたハジメに訝し気な眼差しを向ける虎の亜人達。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。だがーーー。

 

 ヌルッ

 

「駄目ですよ、折角話が纏まったんですから。伝令の方が戻って来た時に、貴方方が全滅しているのを見せたいなら話は別ですが。」

 

 人の良さそうな笑みと丁寧な口調のまま、今度は社から『呪力』が吹き出した。亜人達は明確に『呪力』を認識出来てはいないが、それでも脅威は感じとれるらしく再び周囲に緊張が走る。ハジメの〝威圧〟とは異なる、歪で悍ましさすらある圧力は、亜人達をその場に釘付けにするのに十二分の役割を果たす。

 

「・・・いや、やめておこう。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない。」

 

「ええ、勿論です。」

 

 包囲はそのままだがようやく一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線はハジメ達に向けられるものよりも厳しく、居心地は相当悪そうである。

 

 しばらく重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエがハジメに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするハジメに、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中でいきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)ハジメに呆れの視線が突き刺さる。

 

「・・・何か、緊張感無くてすみませんね。彼等は何時もああなので、余り気にしないでいて下さい。」

 

「・・・・・・いや、問題無い。」

 

 居た堪れなくなった社は、警備隊長の亜人に思わず謝ってしまう。職務に忠実故に、自分達の様な爆弾を見張らなければならないと思ったら、何故かイチャつき始めたのだからあんまりと言えばあんまりだろう。警備隊長の方も何か言いたげな間はあったが、それでも平静を保っていたのは流石と言えた。

 

 

 

 亜人達が伝令をとばしてから1時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ!ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。場に再び緊張が走り、シアの関節には痛みが走る。

 

 霧の奥から、数人の新たな亜人達が現れた。中でも目を引くのが、彼等の中央にいる初老の男だろう。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌には幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族ーーー所謂エルフなのだろう。ハジメと社は、彼こそが〝長老〟と呼ばれる存在なのだろうと当たりをつける。

 

(・・・妹さんがあのエルフに敵意を向けた?知り合い・・・にしては、凄い中途半端な悪意だな。)

 

 と、ここで社の〝悪意感知〟が、アルから推定〝長老〟のエルフに向けた悪意を感知する。知り合いに向けるとするなら大きいが、敵に向けるとするなら小さい、非常に半端な悪意だ。表情を変えないままアルを見る社だったが、当の本人は特に反応を見せない。

 

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね?名は何という?」

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。で、こっちがーーー。」

 

「・・・社。宮守社です。貴方は?」

 

 話を振られ、思考を打ち切った社。ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を!と憤りを見せる。社が丁寧だから余計に目立つのだろう。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さん達の要求は聞いているのだが・・・その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

 

「?〝解放者〟ですか?私達が〝解放者〟の事を知ったのは、オルクス大迷宮の奈落の底にある、オスカー・オルクスの隠れ家でですね。」

 

 目的などではなく解放者の単語に興味を示すアルフレリックに、違和感を覚えながらも返答する社。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。何故なら〝解放者〟という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

 

「ふむ、奈落の底か・・・聞いた事が無いがな・・・証明できるか?」

 

 或いは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、社に尋ねるアルフレリック。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身達の強さくらいだ。難しい顔で首を捻るハジメと社にユエが提案する。

 

「・・・ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」

 

「ああ!そうだな、それなら・・・。」

 

 ポンと手を叩いたハジメは〝宝物庫〟から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石を幾つか取り出し、アルフレリックに渡す。

 

「こ、これは・・・こんな純度の魔石、見たことがないぞ・・・。」

 

 アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

 

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが・・・。」

 

 そう言ってハジメが見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど・・・確かに、お前さん達はオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが・・・よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな。」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に猛烈に抗議の声が上がる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ。」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度はハジメの方が抗議の声を上げた。

 

「待て。何勝手に俺達の予定を決めてるんだ?俺達は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題無いなら、このまま大樹に向かわせてもらう。」

 

「いや、お前さん。それは無理だ」

 

「何だと?」

 

 あくまで邪魔する気か?と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは10日後だ。・・・亜人族なら誰でも知っているはずだが・・・。」

 

 アルフレリックは「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメと社を見た後、案内役のカムを見た。ハジメと社は聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば・・・。

 

「あっ。」

 

 正に今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かび、社はうなじを手で抑えながらため息をついた。

 

「「カム(さん)?」」

 

「あっ、いや、その何といいますか・・・ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか・・・私も小さい時に行った事があるだけで、周期は意識してなかったといいますか・・・。」

 

 しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、ハジメとユエと社のジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

 

「ええい、シア、アル!それにお前達も!なぜ、途中で教えてくれなかったのだ!お前達も周期のことは知っているだろ!」

 

「なっ、父様、逆ギレですかっ!私は父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って・・・つまり、父様が悪いですぅ!」

 

「や、アタシはてっきり義父さん話してると思ってたんだケド。」

 

「アルの言う通りですよ、僕達も、あれ?おかしいな?とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって・・・。」

 

「族長、何かやたら張り切ってたから・・・。」

 

 逆ギレするカムにシアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながらさり気なく責任を擦り付ける。心優しい種族とは一体何だったのだろうか。

 

「お、お前達!それでも家族か!これは、あれだ、そう!連帯責任だ!連帯責任!ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

 

「あっ、汚い!お父様汚いですよぉ!1人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

 

「族長!私達まで巻き込まないで下さい!」

 

「バカモン!道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう!1人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

 

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等はぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか・・・流石シアの家族である。総じて残念なウサギばかりだった。

 

「・・・えっと、ウチの家族が重ね重ねスミマセン。」

 

 いつの間にかハウリア達から離れていたアルが、ハジメ達に小さく謝罪する。相変わらず包帯で表情は見えないが、それでも心底申し訳無さそうにしているのは分かる。青筋を浮かべていたハジメだが、アルの殊勝な態度と言葉に溜飲を下げるーーー訳も無く。

 

「・・・ユエ。妹ウサギ以外だ。」

 

「ん。」

 

「え?」

 

 ハジメの呟きに、一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。名指しされ呆気に取られたアルを除き、ユエに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん!やるなら父様だけを!て言うか、アルはいつの間にそちらに!?お姉ちゃん達を見捨てるのですか!?」

 

「や、取り敢えず謝っただけ何だケド・・・。流石に申し訳なくて・・・。」

 

「はっはっは、アルもいつの間にか世渡り上手になったな!皆も見習うと良い!」

 

「何が見習うと良いだぁ!原因は族長じゃないか!」

 

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

 

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

 喧々囂々と騒ぐハウリア達を他所に、ユエは薄く笑うと静かに呟いた。

 

「〝嵐帝〟」

 

「「「「「アッーーーー!!!」」」」」

 

 天高く舞い上がるウサミミ達の悲鳴が、樹海に木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

 

 

 

 

 

 フェアベルゲンに向けて、濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進んで行く。ハジメとユエ、社、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に1時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だった様だ。

 

 しばらく歩いていると突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけではあるが。よく見れば、道の端に誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半ば埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいる様だ。ハジメが青い結晶に注目していることに気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出てくれる。

 

「あれはフェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが。」

 

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな。」

 

 どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。10日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエも霧が鬱陶しそうだったので、2人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

 

「・・・社の力に、似てる?」

 

「うん?・・・ああ、もしかして正の呪力(コレ)の事?」

 

 ユエの言葉に思い当たった社は、掌に纏わせる形で『呪力反転』を行う。見比べて見ると、確かにフェアドレン水晶が放つ光と、社の放つ(プラス)の呪力は似た様な色合いをしていた。

 

「・・・霧にも、効く?」

 

「いやぁ、流石に効かないかな。別に霧が消える訳じゃ無さそうだしね。」

 

 ユエの問いに苦笑気味に返す社。(プラス)の呪力を纏った手を振ってはみたものの、特に霧が晴れる様子は無い。色合いが似ていたのは偶然だろう。

 

「おー!空色に光って綺麗ですね!」

 

「・・・コレが、前に言ってた(プラス)の呪力ってヤツですか。」

 

 と、ここでハウリア姉妹が話に入ってくる。魔力持ちか呪力持ちかの違いはあれど、社の呪力を明確に認識出来る2人は、社の手に宿る空色の光を興味深そうに見ていた。

 

「コレって触っても大丈夫ですか?」

 

「うん?ああ、大丈夫「では失礼します!」・・・話は最後まで聞こうね、姉ウサギさん。」

 

 社が言い切る前に、シアは掌を躊躇なく(プラス)の呪力に翳した。押しの強さ、或いは考えの無さと言うべきか。初対面の時からシアの警戒心の無さは変わらない様だった。

 

「何かポカポカする気がーーーおお!?さっきユエさんに吹っ飛ばされた時の傷が治っていきます!?」

 

「・・・そうだね。後、声がデカいかな。」

 

 シアを注意しながら、社はさり気無く周囲の気配を探る。今の話を聞いたであろう、幾人かの亜人達が反応していたからだ。

 

(治癒能力持ちは、亜人達にはやっぱり貴重か。フェアベルゲンで難癖つけられないと良いんだが。)

 

「ああ、スミマセン社さん。ほら、アルも如何ですか?暖かくてホッコリしますよ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 無言。シアの声に応える事なく、しかしゆっくりと手を翳そうとする動きだけが、アルが話を聞いていた事の証左だった。社の掌で淡く揺らめく空色の光が、包帯巻きのアルの掌を優しく照らす。包み込む様な温かな光に触れ、アルの目が揺らぎーーー。

 

 

 

「■■■ーーー■■■■。」

 

 ズオゥッ 

 

 

 

「ーーーは?」

 

「・・・え?」

 

  アルが何かを呟いた直後。社が手に纏っていた(プラス)の呪力が、跡形も無く消え去った。何の予兆も無く起こった事態に、間抜けな声を上げてしまう社とシア。

 

(今、何が起きた?状況だけを見るなら、妹さんが何かしたっぽいが・・・悪意は全く感知出来なかったから、故意では無い、か?)

 

 (プラス)の呪力が消え去った掌を、まじまじと見つめる社。〝悪意感知〟に反応は無かったので、誰がやったにせよ、この行為に社を害そうとする意図は無かった事は間違い無い。だが、それなら何故このタイミングでいきなり?と疑問は残る。真っ当な善意からか、或いは本人も予期せぬ事故だったのか。取り敢えず1番原因に近そうなアルの方を見た社。しかし。

 

「・・・妹さん?」

 

「・・・っ。あ・・・違・・・ア、アタシは・・・そんな、つもり、じゃ・・・。」

 

「アル!?大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」

 

(・・・事故の方かよ。しかも妹さん的には禁忌(タブー)に近い認識なのかね。)

 

 社の目に映ったのは、酷く怯えた様子のアル。瞳は焦点が合う事無く揺らめいており、伸ばしていた筈の腕は小刻みに震えている。そして何よりも顕著なのが、アルの纏う呪力。徐々に漏れ出している深緑色の呪力は、ともすれば噴火寸前の火山すら思わせる。妹の異変に気づいたシアが声を掛けるが、それも耳に届いていない様だ。

 

(この感じだと、暴走するかは五分五分か。術式にもよるが、あの時感じた呪力量を考えれば、俺達以外は全滅しかねないな。)

 

 『呪力』とは感情から生み出されるエネルギーである。その為、精神が不安定であれば、それに引っ張られる形で呪力も不安定になるし、術式の発動も覚束無くなる。その上、社の見立てが正しければ、アルは自分の術式の掌握すら出来ていない。こんな状態で術式が暴発でもすれば、ハジメとユエと社の3人以外全滅するだろう。無論、暴走したアルも含めて。

 

(仮に俺達3人以外が全滅したとして、まず間違い無く長老殺しの嫌疑は俺達に掛かる。ここまで来てそれは流石にメンドイ。それに何より、暴走して死んだ妹さんは()()()()()()()()。その時真っ先に矛先が向くのは、生き残りの俺達だろうな。故に放置は論外。 1番楽な対処法は、今ここで妹さんを即座に殺す事だが・・・。)

 

 自分の身内を最優先する社の思考が、いっそ冷酷と言って良い解答を弾き出す。呪術師の怨霊化を防ぐ最も簡単な方法の1つが、呪力を込めた攻撃による殺害だからだ。今後の事も考えるのならば、今ここでアルと言う不発弾を処理してしまうのも、案としては有りだろう。

 

「姉ウサギさん、そのまま妹さんを支えて。ーーー『呪力反転』。」

 

 だが、社はそれを選ばない。シアに指示を出しながら、社は即座に『呪力反転』を行使する。手に纏っていたのとは段違いの量の(プラス)の呪力が、ハウリア姉妹を優しく照らす。だが、先程の焼き増しの様に、(プラス)の呪力は消え去ってーーー否、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(・・・成る程、消えるんじゃ無くて、根刮ぎ持っていかれる感じか。ーーーだが、この程度なら問題無い。)

 

 内心で呟いた直後、社は更に『呪力反転』の出力を上げた。呪術師としては異質であろう、『呪力反転』を最も得手とする社に生み出された荒れ狂う程の(プラス)の呪力は、しかし誰かを害する事無く只々優しく姉妹を包み込む。勢いを増した(プラス)の呪力に、アルの吸収が次第に追い付かなくなってゆく。

 

 社の狙いは2つ。(プラス)の呪力によるアルの持つ呪力の中和と、アルの精神の鎮静化だ。前者は、アルの持つ(マイナス)の呪力が暴走をする前に、(プラス)の呪力をぶつけて打ち消し合う事を目的とした、言わば時間稼ぎの策。本命は後者。他人の肉体すらも治癒出来る(プラス)の呪力は、当たり前の様に精神にも作用する。方向性の違いはあれど感情から生まれたエネルギーであるのだから、それも当然と言えよう。

 

「・・・あ、れ・・・?」

 

「お、意外と速く落ち着いた。大丈夫かい、妹さん?」

 

 実時間で30秒程経った頃。起こり得る危険性に反して、実にアッサリと正気を取り戻したアル。呪力も落ち着いたところを見るに、暴走の危険性も今はもう無いだろう。

 

「・・・えっと、アタシ「アル!元に戻ったんですね!良かった!」オグゥッ!?ねえざ、ぐるじぃ、ぐびが。」

 

「その調子なら大丈夫そうだ。ーーーお騒がせしました!案内を再開して下さい!」

 

 シア達ハウリアにもみくちゃにされるアルを見た後、社は前方に声を張り上げた。呪力を認識出来はしないものの、何かが起こった事を感じ取った亜人達が警戒態勢を取っていたからだ。

 

 警戒しつつも、社の言葉を聞いて案内を再開する亜人達。その中でただ1人、アルフレリックだけが鋭い眼差しでハウリア達を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の10mはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも30mはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。

 

 ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。恐らくその辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

(中々の数の敵意だ。俺達は世界レベルで関係無いってのに、嫌な話だ。)

 

 感知出来た悪意の数に、若干辟易する社。だが、そんな鬱屈した想いを吹き飛ばす様な光景が目の前に広がった。門の先には直径数m級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも20階くらいありそうである。

 

 ハジメ達3人がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメ達はそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな。」

 

「ん・・・綺麗。」

 

「ハイリヒ王国の王宮なんて比べ物にならない位に素敵ですね。」

 

 掛け値なしのストレートな称賛に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

 ハジメ達はフェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かったのだった。




色々解説
・社が途中でハジメと亜人達の仲裁に入った理由
簡単に制圧出来るくらいには実力の差があったが、戦闘になればハウリアを巻き込む可能性があったのと、戦闘になった際に「此方側は話し合おうとしたが、問答無用で攻撃されたので仕方無く反撃した」と建前だけでも言い訳を作っておくため。最初から話し合いをしなかったのは、所謂「怖い警察、優しい警察」的なあれそれ。砲門外交はいつの世も効果的である。

・呪力の中和
(マイナス)の呪力の塊である呪霊に対して、原作で「反転術式と同質のエネルギーが特攻となる(意訳)」と言う台詞があったので、本作では(プラス)の呪力と(マイナス)の呪力は互いに打ち消し合う性質がある事にしました。虚式?あれはあくまで順転と反転の術式の組み合わせだし、そもそも五条先生自体が規格外なので・・・。


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38.長老会議

「・・・なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か・・・。」

 

 現在、ハジメ達3人はアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、ハジメ達がオスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟や神代魔法の他、自分が異世界の人間である事や、七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれない事等だ。

 

「随分あっさりと、我々の話を信じるんですね。特に〝神〟に関しては、下手をすればこの世界の根幹を揺るがす様な話だと言うのに。」

 

「フェアベルゲンには聖教教会の権威も届かんし、〝神〟への信仰心も無い。あるとすれば自然への感謝の念くらいだ。それにーーー。」

 

「・・・それに?」

 

「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ。」

 

 社の疑問に、深い諦念が刻まれた苦笑を浮かべたアルフレリック。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないという事らしい。

 

「俺達の事情は話した。今度はそっちの番だ。」

 

「そうだな。先ずは、お前さん達を招いた詳しい理由から話そうか。」

 

 ハジメに促されたアルフレリックは、苦笑を消すと説明を始めた。彼の話によるとハジメ達をフェアベルゲンに招いたのは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者のみに伝えられる掟が関係していた。曰く、「この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたら、それがどのような者であれ敵対しない」、そして「その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行く」との事。

 

 この2つの掟は、【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事(解放者が何者かは伝えなかったらしい)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が、延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もない事を知っているからこその忠告だ。そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に7つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の1つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、俺達は資格を持っているというわけか・・・。」

 

 アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではない筈なので、今後の話をする必要がある。

 

 ハジメとアルフレリックが話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がろうとして。

 

「あん?社は何処行った?」

 

「・・・む?」

 

 何時の間にか、居なくなっていた親友に気付いた。

 

 

 

(・・・悪意を持った集団が近づいてくるな。)

 

 時は数分前まで遡る。アルフレリックの話を聞いていた社は、自分達とハウリアに悪意を向けた集団が近づいて来るのを感知した。

 

(恐らくは、アルフレリックさん以外の長老なんだろうが・・・随分と悪意が濃い。コレ下の階に居るハウリアの人達、問答無用で殺されるんじゃ無いか?)

 

 フェアベルゲンに入国した際に、人間であるハジメ達や忌み子を匿っていたハウリアの存在を知った亜人が、既に他の長老達に報告していたのだろう。社の感知した悪意は、何時爆発してもおかしくない程に膨れ上がっていた。

 

(はぁーメンド。ここまで来てコレとか、マジ勘弁して欲しいんだが。)

 

 内心で愚痴を吐きながら、社は〝気配遮断〟を使用する。悪意や殺意が込められているのであればハジメも発動に気付けただろうが、社がそんなモノを向ける筈も無く。索敵を得意とする兎人族すら潜り抜ける〝気配遮断〟を使い、誰にも気付かれる事無く階下に向かった社。

 

「ーーー何故、裏切り者の兎人族だけで無く貴様の様な人間族がここに居る!!」

 

(うわ、やっぱりこうなった。)

 

 そして、今現在。下の階に居たハウリアと合流した社は、直後に入って来た長老達の1人であろう大柄な熊の亜人に絡まれていた。

 

「仰りたい事は色々あるでしょうが、一度矛を納めてもらえないでしょうか?我々を招いたのは、貴方方と同じ長老であるアルフレリック氏です。一度、彼の話をーー「巫山戯(ふざけ)た事を言うな!貴様らも忌み子を匿っていた兎人族も、処刑に決まっているだろう!」・・・はぁ。」

 

 ハウリア達を庇う様に前に立った社は、出来る限り丁寧な態度と物腰で説得を試みる。が、興奮しきっている熊の亜人は全く聞く耳を持たない。ため息を吐きながら他の長老と思しき亜人達に目を向ける社だが、予想通り誰1人として彼を諌めようともしない。

 

(俺達がどうなろうとも別に構わない訳か。それに関しては俺達も同じだから人の事は言えないが・・・。)

 

 入ってきた亜人は、5名。先程から物凄い剣幕で怒鳴っている熊の亜人族の他、虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族がおり、皆一様に剣呑な眼差しでハウリアと社を睨みつけていた。

 

「ーーー何の騒ぎだよ、コリャ。」

 

「・・・社も、居る。」

 

「お、ナイスタイミング。」

 

 と、ここでハジメ達3人が階段から降りてくる。知らせ通り人間を伴っているアルフレリックに対して、彼等は一斉に鋭い視線を送ると、代表する様に熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック・・・貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど・・・返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ。」

 

 ハウリアや社に向けるモノよりは幾分か落ち着いた声ではあるが、それでも必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りワナワナと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。だが、当のアルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

 

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行された事など無いではないか!」

 

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけの事だ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする。」

 

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

 

「そうだ。」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そしてハジメ達を睨む。フェアベルゲンでは種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針や決めるらしく、裁判的な判断も長老衆が行うそうだ。今、この場に集まっている亜人達が当代の長老達なのだろうが、口伝に対する認識には差がある様だ。

 

 アルフレリックは口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。亜人族の平均寿命が100年程のところ、 200年程が平均寿命だったとハジメ達は記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分価値観にも差があるのかもしれない。現にアルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならない様だ。

 

「・・・ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 いきり立った熊の亜人が突如、目の前の社に向けて殴りかかった。余りに突然の事で周囲は反応出来ていないし、出来たとして他の長老衆は止める気も無いのだろうが。唯一冷静だったアルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。身長2m半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、社に向かって振り下ろされた。

 

 亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。ハジメとユエ、シア達ハウリア以外の亜人達は、社が数瞬後には肉塊となる事を疑わない。

 

 ズドンッ!

 

 だが次の瞬間、目の前の有り得ない光景に凍りついた。衝撃音と共に振り下ろされた拳は、あっさりと社の左腕に掴み止められていたからだ。

 

「一族を代表する長老とも在ろうお方が、話し合い1つせず殴りかかってくるとは。一体どう言った了見なのでしょう?」

 

 そう言った社がゆっくりと握力を込め始めると、熊の亜人の腕からメキッと音が響いた。驚愕の表情を浮かべながらも危機感を覚え、必死に距離を取ろうとする熊の亜人。

 

「ぐっう!離せ!」

 

「えぇ、構いませんよ。」

 

 やけに素直に従って腕を離した社に、熊の亜人はたたらを踏みながらも後退し、怒りと殺意と疑問が無い混ぜになった目を向ける。周囲の長老衆は、未だ社が五体満足である事を信じられず唖然としていた。彼等に余計な口出しをされる前に、社はとある提案をする。

 

「我々の力量が信じられない、との言い分はごもっとも。故に、力を試すべきである、と言うのも理解出来ます。そこで、ルールを定めませんか?」

 

「・・・ルールだと?」

 

「えぇ、そうです。例えば、互いに殺害を禁じる、何て如何(いかが)でしょうか。貴方方は一族の代表と言う、ある意味で替えの効かない存在です。そんな人達に何かあれば当然他の亜人達は黙っていないでしょうし、私達も無闇矢鱈と貴方方の恨みを買いたくは無いのです。どうでしょう、悪い話じゃあ無いと思うのですが。」

 

 社の口から出た言葉に最も驚いたのは、アルフレリックだった。人間族とは思えない程に亜人に配慮した言葉を聞き、本当に別の世界から来たのだと心底理解したのだ。だが、そう考えた長老はアルフレリックだけだったらしい。

 

「フン、笑わせるな!貴様の命が惜しいだけでは無いか!そんなくだらん決まりなど、必要無い!」

 

「・・・成程。他の方も同意見ですか?沈黙は肯定と受け取りますが。」

 

「「「「・・・・・・。」」」」

 

 腕を抑えて社から離れた熊の亜人を筆頭に、誰も異論を唱える長老は居なかった。それだけ人間族に対する怨恨は深いのだろう。最も社からすれば、八つ当たり以外の何物でも無いのだが。

 

「待て。力量を試すのであれば、それこそ長老会議でーー「黙れアルフレリック!これ以上の問答は不要だ!」ーージン!」

 

 アルフレリックの静止を振り切り、社に向かって突進するジンと呼ばれた熊の亜人。再度、丸太の様な豪腕が社に向けて振り下ろされる。先程の殴打も加減はされていなかったが、今度の一撃はまごう事なき全力である。恨み骨髄と言わんばかりに叫びながら、殴りかかるジン。

 

「ーーー残念です。」

 

 ヒュンッ

 

 落ち着き払った呟きと共に、社は拳が掠めるギリギリを後退しながら、右腕を跳ね上げる。行き場を失ったジンの拳は空を切り、文字通り風を斬る音が響く。

 

 ドチャッ

 

「ギィァアアアアアア!?!?」

 

 直後。何かが落ちた音に一拍遅れる形でジンが叫び声を上げた。「何事か!?」と長老達がジンを見やり、絶句した。ジンの右腕が、肩の付け根からスッパリと綺麗に切断されていたからだ。

 

 刃物など影も形も見当たらないが、勿論、種も仕掛けもある。〝風爪〟の技能を使って腕に風の刃を纏わせた社が、カウンターの要領でジンの腕を手刀で斬り飛ばしただけの事。無論、そんな事知るよしも無い亜人達は、何が起こったのか欠片も理解出来ないだろうが。

 

「貴方方の総意であれば仕方ないですね。熊の長老殿には、力量の証明として死んで頂きましょう。」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 社の言葉に、アルフレリックとジン以外の長老衆が我を取り戻した。血が吹き出す傷口をもう片方の手で抑えながら、息も絶え絶えのジンにトドメを刺すべく歩み寄る社。

 

「待て!貴様の実力は十二分に把握した!これ以上戦う意味はない筈だ!」

 

「いいえ、ありますとも。そこで情け無く蹲っている彼も、高みの見物をしていた長老方も、俺達が死んでも良かったからルールを設けなかったのでしょう?それなのに自分達が負けそうになったら横紙破りなんて、認められる訳無いでしょう。素晴らしい程に恥知らずですね。」

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

 

 ドワーフらしき亜人の言葉を封殺する社。長老達に伝わる掟を守らず、その癖掟に託けて社を襲った挙句、殺害を優先して自分達を守る為のルールすら作らない。そんな相手に掛ける情け容赦など社は持ち合わせていない。悪意を感じ取れる社にとって、「明確な悪意を持って害を為す存在」とは、それ即ち殺すべき敵であるのだから。

 

「宮守社。少しだけ話を聞いてくれないか。」

 

「おや、アルフレリックさん。何か御用で?」

 

 呼び掛けに答える社の声は、平時と全く変わらない調子だ。本当に、心の底からジンを殺す事を何とも思っていないからだ。他の長老達がその様子に戦慄する中、アルフレリックだけが毅然とした態度で社に向かう。

 

「私がするのは提案だ。求める物は、ジンの殺害の取り止めと治療。お前さんなら腕をくっ付けるとまではいかなくても、ジンの一命を取り留めることくらいなら出来るだろう?」

 

「ふむ、代価は?」

 

「お前さん達が試練に挑む際に、出来る限りの支援をしよう。具体的な内容までは話を詰めなければならないが・・・樹海の素材を使った貴重な薬の融通や、大樹までの道案内などを考えている。これでどうだろうか。」

 

 アルフレリックの言葉に、その場に居た全員が驚愕する。予想以上の譲歩にギャアギャアと喚き出す長老衆を尻目に、社は〝念話〟でハジメとユエに相談する。

 

〝どーするよ。案内云々はハウリア居るから良いとしても、支援は有難いから俺的にはアリだが。〟

 

〝あぁ、俺も異論はねぇよ。貴重な薬とやらにも興味があるしな。・・・てか、社は長老共がルール作らないの分かってただろ。〟

 

〝うん。どいつもこいつも悪意満々だったからな。それを逆手に言質を取った訳だが、正解だったろ?〟

 

〝・・・社、腹黒い?〟

 

〝そこは(したた)かって言って欲しいなー、ユエさん。〟

 

 阿鼻叫喚の長老衆とは違い、〝念話〟では気の抜ける様な会話が繰り広げられていた。然もありなん、ハジメとユエからしても、ジンはまごう事無き敵だからだ。もし殴りかかったのがハジメかユエだったとしても、恐らく似た様な目に合っていただろう。

 

「アルフレリックさん。我々はその提案を飲もうと思いますが、どうしますか。」

 

「此方も問題無い。今回の1件、非が有るのは私達長老衆だ。強く文句を言える立場では無い。」

 

 アルフレリックの背後では、長老衆が苦虫を噛み潰した様な表情で沈黙していた。自分達の発言(実際は沈黙の肯定だが)を逆手に取られ、盟友であるジンを半殺しにされた挙句、要求まで通されたのだから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 

「成程。では、今度こそ話し合いをしましょうか。」

 

 血に塗れた腕を払いながら、ニッコリと笑顔で言う社に、文句を言える亜人は1人も居なかった。

 

 

 

 

 

 熊の亜人の片手を切り落とした後、社達は長老衆に対して他者間の『縛り』を結んだ。長老衆は『ハジメ、ユエ、社の3人がハルツィナ樹海の迷宮に挑む際には、長老衆の権限で出来る限り支援する』事を。社達は『今回のみジンの生命を保証し、治療を施す』事を条件とした『縛り』だ。

 

 勿論、『縛り』によるメリット・デメリットは説明してある。その際に再び長老衆から反対の声が上がったが、「早く決めないと熊の長老殿、殺しますよ?」と言う社の鶴の一声で直ぐ様鎮火した。

 

 そうして無事?に『縛り』を結んだ社は、『呪力反転』によりジンを治療した。最も、傷口を塞いだだけで腕をくっ付けた訳では無いが。完璧に治してしまっては見せしめにならないし、『縛り』の内容にも可能な限り治療する、とまでは入れて無いからだ。やってる事は詐欺師に近いが、先に喧嘩をふっかけて来たのは向こうなので特に良心の呵責は無い。

 

 そして現在。当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメ達と向かい合って座っていた。ハジメの傍らにはユエと社、カム、シアが座り、その後ろにアル達ハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では1、2を争う程の手練だった熊の亜人が、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのだから無理もない。

 

「さっきも言ったが、俺達は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対するつもりも無い。だが・・・亜人族としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいか分からないのは、あんた達的には不味いだろう?殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺達はお人好しじゃないぞ。」

 

 ハジメの言葉に身を強ばらせる長老衆。言外に、亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込められていることに気がついたのだろう。

 

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか・・・それで友好的になれるとでも?」

 

 グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。社がジンにトドメを刺そうとした時も、真っ先に止めたのはグゼだったところを見るに、彼等は仲が良かったのだろう。だが、その台詞を聞いた社が嘲笑う様に返す。

 

「先に手を出したのはそちら。ルールを決めようと言ったのを無視したのもそちら。にも関わらず、自分達が被害者面とは。貴方方、誇りとかプライドは無いので?」

 

「き、貴様!ジンはな!ジンは、いつも国のことを思って!」

 

「それが、曲がりなりにも客として招いた相手を問答無用で殺していい理由になるとでも?」

 

「そ、それは!しかし!」

 

「そもそもの話、貴方方が冷静であればあんな事をする必要も無かったのです。要するに、ジン殿がああなった責任は貴方にもあるのですよ?貴方は彼と懇意にしていた様ですがーーー如何ですか?御自分の浅慮で友の腕を落とした気分は?」

 

「貴様ァッ・・・!」

 

 人間族に対する彼等の怨みは根深いのだろうが、それらは全てこの世界の人間に向けられるべき物だ。他の世界から来た社達にぶつけられても、それは八つ当たりにしかならないし、黙ってぶつけられてやる程、社達は聖人君子でも無い。

 

「グゼ、気持ちは分かるが、そのくらいにしておけ。彼等の言い分は正論だ。」

 

 アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込むと、そのままむっつりと黙り込む。

 

「確かにこの少年達は紋章の1つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけの事はあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ。」

 

 そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目でハジメを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。

 

「南雲ハジメと、宮守社。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達を口伝の資格者として認める。先の『縛り』もある故に、お前さん達と敵対はしないというのが総意だ・・・可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。・・・しかし・・・。」

 

「絶対じゃない・・・か?」

 

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな・・・。」

 

「それで?」

 

 アルフレリックの話しを聞いてもハジメ達の顔色は変わらない。これまでもこれからも、成すべき事を成すだけだという意志が、その瞳から見て取れる。アルフレリックはその意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

 

「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい。」

 

「・・・殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

 

「そうだ。お前さん達の実力なら可能だろう?」

 

「あの熊野郎が手練だというなら、可能か否かで言えば可能だろうな。だが、殺し合いで手加減をするつもりはない。あんたの気持ちはわかるけどな、そちらの事情は俺達にとって関係のないものだ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやれ。」

 

 奈落の底で培った、敵対者は殺すという価値観は根強くハジメの心に染み付いている。殺し合いでは何が起こるか分からないのだ。手加減などして、窮鼠猫を噛む様に致命傷を喰らわないとは限らない。その為、ハジメ達がアルフレリックの頼みを聞くことは無かった。

 

「・・・話は終わりだな?なら、俺達は引き上げさせてもらおうか。支援物資は後で俺達の拠点に持って来い。オラ、行くぞハウリア共。」

 

「ーーー待て、それは許されん。」

 

 立ち上がろうとしたハジメが、訝し気な表情で発言者の方を見る。ハジメを呼び止めたのは、虎人族の長老であるゼルだった。

 

「ハウリア族は、フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与えるべき罪人だ。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている。」

 

 ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めた様な表情をしている。だが、この期に及んで尚、ハウリアの誰もがシアを責めようともしない。

 

「長老様方!どうか、どうか一族だけはご寛恕を!どうか!」

 

「シア!止めなさい!皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度も無いのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めた事なのだ。お前が気に病む必要はない。」

 

「でも、父様!」

 

(・・・この人達は、本当に。)

 

 社の〝悪意感知〟には、ハウリアからシアに向けられる悪意は全く感じられ無かった。上辺だけでは無い、本当に本心からシアが悪いとは思っていないのだ。一族の破滅すら厭わない、いっそ愚かしいとまで言える情の深さは、しかし社には心底尊ぶべき感情(もの)に見えた。大切な人の為に強さを求めたのは、誰であろう社自身なのだから。その想いを否定する事だけは、社には出来ない。

 

「既に決定した事だ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ、忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな。」

 

 土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦は無かった。ワッと泣き出すシアを、カム達は優しく慰める。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。恐らくは忌み子であるという事よりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える為、何とも皮肉な話ではある。あるがーーーそんな簡単な一言で切って済ませる気は、社にもハジメにも無かった。

 

「そういう訳だ。貴様達を資格者として認めはしたが、ハウリアは別ーー「お前、アホだろ?」ーーな、何だと!」

 

 心底呆れた様なハジメの物言いに、目を釣り上げるゼル。シア達も思わずと言った風にハジメを見る。ユエと社はハジメの考えが分かっているのかすまし顔だ。

 

「俺達は、お前らの事情なんて関係ないって言ったんだ。俺達からこいつらを奪うってことは、結局、俺の行く道を阻んでいるのと変わらないだろうが。」

 

 ハジメは長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、ハジメを見上げるシア。

 

「俺から、こいつらを奪おうってんなら・・・覚悟を決めろ。」

 

「ハジメさん・・・。」

 

 ハジメにとって今の言葉は、単純に自分の邪魔をすることは許さないという意味で、それ以上では無いだろう。しかし、それでも、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

 

「本気かね?」

 

「当然だ。」

 

 アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光でハジメを射貫く。しかし、ハジメは全く揺るがない。そこには不退転の決意が見て取れる。この世界に対して自重しない、邪魔するものには妥協も容赦もしない。奈落の底で言葉にした決意だ。

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言った筈だが?」

 

 ハウリア族の処刑は長老会議で決定した事だ。それを、言ってみれば脅しに屈して覆すことは国の威信に関わる。故に、アルフレリックも簡単に譲る訳にはいかない。しかし、ハジメは交渉の余地など無いと言わんばかりにはっきりと告げる。

 

「何度も言わせるな。俺達の案内人はハウリアだ。」

 

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう。」

 

 アルフレリックの言葉にハジメは面倒そうな表情を浮かべつつ、シアをチラリと見た。先程からずっとハジメを見ていたシアはその視線に気がつき、一瞬目が合う。すると僅かに心臓が跳ねたのを感じた。視線は直ぐに逸れたが、シアの鼓動だけは高まり続ける。

 

「約束したからな。案内と引き換えに助けてやるって。」

 

「・・・約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか?峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう?なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう。」

 

「問題大アリだ。案内するまで身の安全を確保するってのが約束なんだよ。途中で良い条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ・・・。」

 

 ハジメは一度、言葉を切って今度はユエと社を見た。ユエもハジメを見ており目が合うと僅かに微笑む。社はニヤリと口角を上げただけで何も言わない。それに苦笑いしながら肩を竦めたハジメは、アルフレリックに向き合い告げた。

 

「格好悪いだろ?」

 

 闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリ。殺し合いにおいて、ハジメはこれらを悪いとは思わない。生き残るために必要なら何の躊躇いもなく実行して見せるだろう。

 

 しかし、だからこそ、殺し合い以外では守るべき仁義くらいは守りたい。それすら出来なければ本当に唯の外道である。ハジメも男だ。奈落の底で出会った傍らの少女と、迎えに来てくれた親友がつなぎ止めてくれた一線を、自ら越えるような醜態は晒したくない。

 

 ハジメに引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。しばらくの間静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

 

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。・・・既に死亡と見なしたものを処刑はできまい。」

 

「アルフレリック!それでは!」

 

 完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

 

「ゼル。わかっているだろう。この少年達が引かない事も、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか・・・長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん。」

 

「しかし、それでは示しがつかん!力に屈して、化物の子やそれに与する者を野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

 

「だが・・・。」

 

 ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。やはり、危険因子とそれに与するものを見逃すという事が、既になされた処断と相まって簡単には出来ない様だ。悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜など様々な思惑があるのだろう。だがそんな中、ハジメが敢えて空気を読まずに発言する。

 

「ああ~、盛り上がっているところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

 

 ピタリと議論が止まり、どういうことだと長老衆がハジメに視線を転じる。注目を浴びたハジメは、おもむろに右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行った。すると右腕の皮膚の内側に薄らと赤い線が浮かび上がり、さらに〝纏雷〟を使用すると右手にスパークが走る。長老衆は、ハジメのその異様に目を見開くと、詠唱も魔法陣も無しに魔法を発動したことに驚愕を露わにする。

 

「俺もシアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエと社もな。あんた達のいう化物ってことだ。だが、口伝では〝それがどのような者であれ敵対するな〟ってあるんだろ?掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな。」

 

 しばらく硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である南雲ハジメと宮守社の身内と見なす。そして、資格者である南雲ハジメと宮守社に対しては敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする・・・以上だ。何かあるか?」

 

「いや、何度も言うが俺達は大樹に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ。」

 

「・・・そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが・・・。」

 

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろアンタが理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ。」

 

 ハジメの言葉に苦笑いするアルフレリック。他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ!という雰囲気である。その様子に肩を竦めるハジメは、ユエやシア達を促して立ち上がった。

 

 ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなくハジメに合わせて立ち上がった。社も2人に倣う様に席を立つ。しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。

 

「おい、何時まで呆けているんだ?さっさと行くぞ。」

 

 ハジメの言葉に、ようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行くハジメ達の後を追うシア達。アルフレリック達も、ハジメ達を門まで送るようだ。シアが、オロオロしながらハジメに尋ねる。

 

「あ、あの、私達・・・死ななくていいんですか?」

 

「?さっきの話聞いてなかったのか?」

 

「い、いえ、聞いてはいましたが・・・その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか・・・信じられない状況といいますか・・・。」

 

 周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

 

「・・・素直に喜べばいい。」

 

「ユエさん?」

 

「・・・ハジメに救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい。」

 

「・・・・・・。」

 

 ユエの言葉に、シアはそっと隣を歩くハジメに視線をやった。ハジメは前を向いたまま肩を竦める。

 

「まぁ、約束だからな。」

 

「ッ・・・。」

 

「あらヤダ、カッコ良い。」

 

「ウルセー、お前もどうせ同意見だろうが。」

 

 シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けたハジメとの約束だ。

 

 元々、〝未来視〟でハジメが守ってくれる未来は見えていた。しかし、それで見える未来は絶対ではない。だからこそ、シアはハジメの協力を取り付けるのに〝必死〟だった。交渉の材料など、自分の〝女〟か〝固有能力〟しかなく、それすらあっさり無視された時は、本当にどうしようかと泣きそうになった。

 

 それでもどうにか約束を取り付けて、道中話している内に何となくハジメ達なら約束を違えることはないだろうと感じていた。それは自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだろうが、それはあくまで〝何となく〟であり、確信があったわけではない。

 

 だからこそ、今回はいくらハジメでも見捨てるのではという思いがシアにはあった。帝国兵の時とはわけが違う。言ってみれば、帝国の皇帝陛下の前で宣戦布告するに等しいのだ。にも関わらず、一歩も引かずに約束を守り通してくれた。例えそれが、ハジメ自身の為であっても。ユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

 

 先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも別の何かなのかは分からないが、それでもシアは素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにした。

 

「ハジメさ~ん!ありがどうございまずぅ~!」

 

「どわっ!?いきなり何だ!?」

 

「むっ・・・。」

 

 泣きべそを掻きながら絶対に離しません!とでも言う様にヒシッとしがみつき、顔をグリグリとハジメの肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。それを見たユエが不機嫌そうに唸るものの、何か思うところがあるのか、ハジメの反対の手を取るだけで特に何もしなかった。

 

(ほーん、ユエさんにも思うとこがあるのかね?)

 

「・・・兄サン方は、何で・・・。」

 

「ん?何か言った、妹さん」

 

「・・・イエ。」

 

「???」

 

 喜びを爆発させハジメにじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。それを眺めていた社の近くで、アルが小さく呟くが、それは誰の耳にも入らなかった。

 

 一方で、ハウリア達の様子を何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

 

〝なぁ、ハジメ。ちょっと賭け事しようぜ。俺達がどのタイミングで亜人達に襲撃されるかで。〟

 

〝笑えねぇーよ、馬鹿。〟

 

 ハジメと社はその全てを把握しながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだと〝念話〟を通して苦笑いするのだった。



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39.誰が為の刃か

「うーむ、死屍累々とはこの事か。」

 

「・・・ホントに死んでないっスよね?」

 

 ハウリア達が死体の様に地面に寝そべる姿を見て、社とアルはどうしてこうなったのかに思いを馳せていた。

 

 

 

「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う。」

 

 事の発端は、ハジメのこの一言だった。フェアベルゲンを追い出されたハジメ達は、一先ず大樹の近くに拠点(と言っても、フェアドレン水晶を使って結界を張っただけの簡素な物だが)を作ったのだが、それに一段落着いたタイミングでの発言だった。

 

「俺達がハウリアの皆さんと交わしたのは、案内が終わるまで守る、と言った内容の約束です。案内が終わった後はどうするのか、皆さん考えてました?」

 

 ハジメの唐突な宣言に当然疑問を呈したハウリア達だったが、社から返ってきた台詞を聞くと沈黙してしまう。漠然と不安は感じていたのだろうが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていた様だ。或いは、考えないようにしていたのか。

 

「まぁ、考えていないだろうな。考えたところで答えなど無いだろうしな。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れる事しか出来ない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺達の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ。」

 

 ハジメの言葉には一片の慈悲も無いが、それ故に全く持って正しい。冷徹な正論を聞いたハウリア族達は、皆一様に暗い表情で俯いてしまう。そんな彼等を知ってか知らずか、ハジメは更に言葉を紡ぐ。

 

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ・・・それでいいのか?弱さを理由に淘汰されることを許容するか?幸運にも拾った命を無駄に散らすか?どうなんだ?」

 

「ーーーそんなの、認められる訳が無い。」

 

 ハジメの言葉に誰よりも速く反応したのは、アルだった。決して大きな声では無いが、それでも強い意志が込められた言葉。それに触発された様にハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

 

「そうだ。ならば、どうするか。答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい。」

 

「・・・ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません・・・とても、そのような・・・。」

 

 兎人族は弱いと言う常識がハジメの言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦うことなど出来ない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。だが、ハジメはそんなハウリア族を鼻で笑う。

 

「俺はかつての仲間の中では〝最弱〟だった。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。戦闘では足でまとい以外の何者でもなく、故に〝無能〟と言われてもおかしくは無かった。」

 

「・・・流石に〝無能〟呼ばわりする奴は(檜山みたいなクソゴミを除き)居なかったですが。ハジメが〝最弱〟だったのは事実ですよ。」

 

 ハジメの告白と社の補足に、ハウリア族は例外なく驚愕を顕にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を苦もなく一蹴したハジメが〝無能〟で〝最弱〟だったなど誰が信じられるというのか。

 

「だが、奈落の底に落ちて俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないかなんて頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てをかけて戦った。・・・気がつけばこの有様さ。」

 

 淡々と語られる、しかし余りにも壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。一般人並のステータスという事は、兎人族よりも低スペックだったという事。その状態で自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たと言うのだ。最弱でありながら、そんな化け物共に挑もうとした精神の異様さにハウリア族は戦慄する。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を負け犬同士で傷を舐め合ってすごせばいいさ。」

 

 それでどうする?と目で問うハジメに、ハウリア族達は直ぐには答えられなかった。理屈の上では、自分達が強くなる以外に生存の道が無い事は分かる。だが、そうと分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案はまさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。ハジメの様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。ーーーそれでも、やはりと言うべきか。真っ先に答えを出したのはハウリア姉妹だった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください!もう、弱いままは嫌です!」

 

「ーーー姉サンに同じく。何も出来ないのは、もう嫌なんで。」

 

 樹海の全てに響けと言わんばかりのシアの大きな叫びと、静かだが確かに届いたアルの宣誓。好対照な2人の宣言には、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容出来ないと、強い意志が込められていた。

 

 不退転の決意を瞳に宿したシアとアル。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、1人、また1人と立ち上がっていく。そして、全てのハウリア族が立ち上がったのを確認すると、カムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿、社殿・・・宜しく頼みます。」

 

 言葉は少なく。だが、そこには確かに、襲い来る理不尽と戦おうとする意志があった。

 

「分かった。覚悟しろよ?あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺達は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は霧が晴れるまでの10日だ・・・死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから。」

 

 ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 

 

 

 

「・・・それで、この有り様かー。」

 

「南雲の兄サンも、大分スパルタっスね。」

 

 現在の時刻は、訓練開始から3日後の夕暮れ。疲労困憊でぶっ倒れているハウリア達と彼等を介抱するアルを見て、どうしたもんかと溜息を吐いた社。正直な話、ハウリアの訓練は順調とは言えなかった。

 

(・・・筋は悪くない。身体能力に秀でた亜人族なだけあって、動き自体にはキレがある。ハジメが作ったナイフの扱いも、初心者にしては上々だった。)

 

 ハジメと社が最初にハウリアに仕込んだのは、武器を持った上での基本的な動きだった。社は八重樫道場で培った経験を元に、ハジメは奈落の底で数多の魔物と戦い磨き上げた〝合理的な動き〟を、それぞれハウリアに叩き込んたのだ。ハウリア族の強みは、索敵能力と隠密能力。最終的には奇襲と連携に特化した集団戦法を身につければ良い、と2人は考えていた。だが、訓練開始から2日目にして、大きな問題にぶち当たったのだ。

 

(魔物を殺せば酷く悲しみ、虫や草花を気にして思う様に動けない・・・ハウリアの人達の情の深さを舐めてたかね。)

 

 予想以上にハウリア達の動きが良かった事で、ハジメと社は早めに実戦経験を積ませる事にした。ハウリア達が死なない程度の魔物をけしかけて、戦わせたのだ。一応結果から言えば、彼等は魔物の討伐に成功した。したのだが・・・。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~。」

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 と、こんな感じで魔物を殺すたびに、無駄に壮大なーーー具体的には火曜サスペンス的なーーードラマが生まれていた。それに加えて道端に草花や虫を見かけると、いちいち踏まない様に歩幅や進路を変える始末。生死がかかった瀬戸際で〝お花さん〟だの〝虫さん〟だのに気を遣うのは、割と正気の沙汰では無い。

 

 当然、その光景を見せられたハジメはキレた。それはもう烈火の如くブチキレた。ドンナーの銃撃(一応、非致死性のゴム弾を使用)をハウリアや草花にばら撒き、兎人族特有の精神から叩き直す事にしたのだ。ご丁寧に〝ピッー〟音混じりの暴言を放つハー◯マン方式で。その結果、出来上がったのが社の目の前の惨状だった。

 

(多分このままなら、10日後にはそれなりの出来になってる筈。でも、その時にハウリアの人達に良心が残っているか分からないしなぁ。)

 

 兎人族特有とも言える呆れる程の情の深さを、社自身は好ましく思っていた。彼等からすれば家族を大切にするのは当然の事なのだろうが、しかしそれを当然と思えるところに、社は敬意にも似た感情を抱いていた。

 

(それにハート◯ン方式は、()()()()()()()がな。効果的と言えば、効果的なんだろうが。・・・取り敢えず、今は治療が先決か。)

 

「ーーー『式神調 (じゅう)ノ番 〝反魂蝶(はんこんちょう)〟』」

 

 気を取り直した社が、術式を発動する。詠唱と共に呼び出された〝反魂蝶(はんこんちょう)〟が鱗粉を撒き散らすと、それが多数の小さな鳳蝶に変わり、倒れ込んだハウリア達に群がってゆく。

 

「善き者には祝福を、悪しき者には(あがな)いを。」

 

 社が呟くと同時、ハウリア達に止まっていた鳳蝶達が空色に輝き始めた。鳳蝶達に込められた正の呪力が解き放たれ、傷だらけの身体と精神(こころ)を癒してゆく。

 

「・・・・・・・・・。」

 

(スッゲー眼力。気になるのは分かるけども。)

 

 その様子を食い入る様に見ているのがアルだった。ハウリア達に指導する傍らで、社はアルに対して呪術に関する基本的な知識を教えていた。その中でも彼女が食い付いたのが、『術式』と『呪力反転』についてだった。

 

(妹さんも術式持ちっぽいが、何か根が深そうなんだよなぁ・・・。ゆくゆくは自分の術式とも向き合わなくちゃならないだろうし、マジでどうしようか。)

 

 社がそう判断した理由は、呪術の説明をしていた時の出来事にあった。『術式』について説明した時にアルから悪意を感知したのだが、その向き先が問題だった。アルから感じた悪意は、あろう事か()()()()()向けられていたのだ。自己嫌悪、或いは自己憎悪だろうか。彼女自身、自らに宿る力を好ましく思っていないのかもしれない。

 

「おお?何か元気が湧いてきますな。この蝶は社殿が?」

 

「・・・ええ。横になったままで大丈夫ーーー待って皆さんもしかして反魂蝶見えてます?」

 

 一旦思考を打ち切り、起きあがろうとしたカムを静止した社は、焦った様に周りのハウリア達に聞く。正の呪力を浴びてある程度活力を取り戻した彼等は、社が取り乱す様を不思議に思いながらも全員首を縦に振った。

 

(ハウリア達に会ったばかりの頃は、見えていなかった筈。・・・まさか、訓練で死ぬ様な目に遭ったからか?)

 

 基本的に、呪力に纏わる現象は一定以上の呪力を保持した者でなければ認識出来ないが、幾つか例外も存在する。その内の1つが、生命の危機に瀕する事だった。自身に死が近づく事で、そう言ったモノが認識出来る様になる例がある、と社は祖父から聞かされていた。

 

(ハウリアの人達、耐えられるかなぁ。時間が無いから、ハジメのやり方は間違っちゃ無いんだけど。)

 

 反魂蝶による治癒を続けながら、周囲を観察する社。ハウリア達の顔色は先程よりも大分マシになってはいるものの、どこか不安そうな表情を隠せないでいた。

 

「戦うのは、まだ怖いですか?」

 

「っ!?・・・ええ、情け無い限りですが。」

 

 社にいきなり話を振られ、驚きながらも言葉を返すハウリアの青年。その手にはハジメ作のナイフが、所在なさげに握られていた。手が僅かに震えているのは、疲労だけが原因では無いだろう。

 

「・・・少し、練習をしましょうか。」

 

 チャキ

 

 そう言って社は、立ち上がると刀を抜いて青年に突きつけた。何の説明も無いままに始まった社の行動に、周囲のハウリア達は目を白黒させる。

 

「今の俺を、貴方を狙う帝国兵に見立てて下さい。俺を放っておけば、貴方は殺されるか、はたまた捕らえられて奴隷にされるでしょう。さぁ、貴方はどうしますーーーいや、どうするべきでしょう?」

 

 社の言葉を聞き、目の前の青年の顔が歪む。如何に争いを好まない兎人族と言えど、何をすべきかは分かる。立ち上がり、目の前の帝国兵(やしろ)を打倒すれば良いのだ。ここ数日の訓練で、既にやり方は教わっているのだから。

 

「・・・成る程。やはり、立ち上がる事すら出来ませんか。」

 

 だが、青年には出来ない。ナイフを持つ手だけでなく、立ち上がろうとする足すらも小刻みに震えていた。目の前に居るのは、魔物では無く人間である。兎人族(じぶんたち)と同じ姿形をしたモノを殺すのは、真っ当な倫理観があれば多大なストレスが生じる。変わると誓ったとは言え、心優しいハウリアには未だハードルが高かった。

 

「では、こうすれば如何でしょう。」

 

「・・・何、を・・・?」

 

 呟いたのは、誰だったのか。少なくとも、その場にいた社以外の全員の心中を代弁してはいただろう。青年も、周りのハウリア達も、アルすらもが。社の行為に目を疑った。社が刀の切先を、ハウリアの子供に向けたからだ。

 

帝国兵(おれ)が狙うのが、貴方では無くこの子だった場合。貴方は、どうするべきでしょう?」

 

 社が再び、青年に問い掛ける。刃を向ける先が異なった以外は、先程と全く変わらない状況。殺気は微塵も無い為、恐らく本気でない事は分かる。だが、社の真意を理解出来る者はおらず、重苦しい沈黙が降りる中で、やはり誰一人動く事は儘ならない。

 

「・・・ああ、やはり。」

 

 ーーー否。酷く酷くゆっくりとした、非常に緩慢な動きで、社の目の前に居た青年が立ち上がる。手足の震えは止まらず、歯の付け根からはガチガチと音が鳴っている。額からは冷や汗を流し、握ったナイフは不安定に揺れて切先を社に向ける事すら叶わない。しかし、それでも、目だけは。涙を滲ませながらも、しっかりと社を捉えていた。

 

「・・・俺が強くなりたいと力を求めたのは、凡そ9年前。俺が8歳位の頃でした。」

 

 刀を鞘にしまいながら、いきなり語り始めた社。突然の身の上話に、ハウリア達の頭には疑問符が浮かんでいる。

 

「当時の俺には、既に他者を癒す力がありました。この力を使って、家族の怪我を治す事もありました。調子に乗っていたつもりは無かったけれど、家族の力になれるのは純粋に嬉しかった記憶があります。ーーーでも、そんな力があっても、目の前で1番大切な人が死んだ時、俺は何も出来なかった。」

 

 何でも無い様に語られる話に、ハウリア達が息を呑む。峡谷の魔物を軽々と斬り伏せ、熊人族の長老すらも歯牙にかけなかった人物の原点(オリジン)は、想像以上に重い物だった。

 

「家族の為ならば、立ち上がれるし刃も握れる。それ自体はとても素晴らしい事だと思います。でも、それでも。それだけでは駄目なんです。自身に迫る危機に立ち向かえないまま、死を迎えてしまった時。1番辛いのは死んだ本人なのかも知れませんが・・・1番悲しむのは、きっと置いてかれてしまった人達なのだと俺は思っています。貴方の家族は、貴方の死に何も思わない人ですか?」

 

「ーーーいいえ。僕の家族は、皆優しいですから。きっと、僕が死ねば悲しむと思います。」

 

 社の問いに、明瞭な声で明確な否定を返した青年。いつの間にか、彼の身体から震えは消えていた。

 

「なら、戦う事を厭わない事です。自分を傷つける相手に立ち向かえ無いのなら、自分が傷つく事を嘆く家族の為に戦って下さい。自分の死に立ち向かえ無いのなら、自分の死に悲しむ家族の為に戦って下さい。それでも尚、誰かを傷つけるのが怖いのであれば・・・家族の為以外には刃を振るわないと、自分と家族に誓って下さい。そうすれば、もし道を間違えたとしても、貴方の家族がきっと貴方を引き戻してくれる筈です。ーーー大丈夫、きっと貴方達なら出来ますよ。」

 

「・・・何故、そこまで断言出来るんですか?」

 

 社の優しくも自信に満ち溢れた言葉を、青年は信用出来ない。いや、正確には信じられないのは己自身の方であるが。死の淵まで追い詰められて尚、戦う事を選べないかも知れないと自身を卑下する青年を見て、社は思わず苦笑してしまう。

 

「そりゃ、断言出来るに決まってるでしょう。ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ーーー!覚えて、いたんですか。」

 

「勿論。あの時貴方に〝格好良い〟と言ったのは、お世辞ではありませんとも。」

 

 社の言葉に、目を見開いた青年。シアが信用したという理由のみで、社達を信用した事。アルが暴走しかけた際に、誰も彼女に悪意を向けなかった事。シアが原因で長老衆から死刑を言い渡された時、誰1人として彼女を責めるハウリアが居なかった事。そのどれもが、社の精神(こころ)に良い意味で衝撃を与えてきた。だが、1番最初に社がハウリアと言う種族に興味を持ったのは、目の前の青年が一族の子供を迷わずハイペリアから庇うのを目にしたからだった。

 

「貴方達は、既に家族を喪う辛さを知っている筈です。ともすれば、自分が死ぬより辛いと言う方も居らっしゃるかも知れません。だからこそ、貴方達は戦わなければならないんです。他の誰でも無い、喜びも悲しみも等しく分け合える様な、大切な家族の為に。自分が流す血では無く、家族が流す血を止める為に。自分が流す涙では無く、家族が流す涙を減らせる様に。もし、貴方にそれが出来るのならば。きっと貴方が流す血も涙も、貴方の家族が拭ってくれる筈です。もう一度、言いましょうか。ーーー大丈夫、貴方達ならきっと出来ます。貴方達は、決して1人では無いのですから。」

 

 社の言葉に促される様に、ハウリア達は自分の周囲を見やる。性別も年齢も体格もバラバラで、共通するのはウサミミと濃紺の髪位だろうか。否、シアやアルも含めれば、その2点すらも崩れるだろう。だが、そんな事を気にしない一族であるのは、他でも無いハウリア達が1番分かっている。

 

「さて。話をしてる間に治癒も終わった事ですし、明日も早いですから、今日はもう休んだ方が良いでしょう。泣いても笑っても後7日。悔いの無い様に、頑張って下さいね。」

 

 反魂蝶を戻した社が、ハウリア達に背を向けて立ち去って行く。自分達から遠ざかる社の背を見つめていたハウリア達の目には、戦う事への怯えが消えつつあった。

 

 

 

 

 

「中々の名演説だったじゃねぇか。」

 

「うっわ、聞いてたのかよ。良い趣味してんなー。」

 

 ハウリア達からは少し離れた場所に作られた寝床で、合流したハジメと社。ニヤニヤと笑う口元とは裏腹に、放たれた言葉に皮肉げな響きは無かった。ハジメとしては本心から褒めているのだろうが、それはそれでむず痒い為社は皮肉で返すしかない。

 

 因みに、今この場にユエは居ない。シア専属の教師として、魔法の訓練をしているからだ。亜人でありながら魔力持ちの上、直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使える筈だからだ。時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調の様だ。

 

「しっかし、大分ハウリアに入れ込んでるじゃねーか。情でも移ったか?」

 

「それは否定出来ない。この世界に来てから碌な人間に会ってなかったからな。まさか、あそこまで家族想いな一族とは思わなかったんだよ。」

 

 シアの年頃の娘さんとは思えない汚い必死な悲鳴をBGMに、ハジメの問いを素直に肯定する社。ハイリヒ国王を始めとした王国の上流階級しかり、教皇イシュタルを筆頭とした聖堂教会の信者達しかり。誰も彼もが社達が自分達の為に戦う事を当然と捉え、元の世界から無理矢理拉致されてきた事に関しても罪悪感の欠片すら無かった。リリアーナ王女等を含めた極々一部の貴族や、メルド達騎士団員はその限りでは無かったのは救いだったが、もし彼らの様な存在が居なければ社はもっと手段を選ばなかっただろう。

 

「前々から、お前はそう言うのに弱かったしな。例の義妹達も、そんな感じで引き取ったって話だったか。・・・重ねたか?」

 

「ハジメにはバレバレか。理由の半分はそれだな。」

 

「・・・半分は?」

 

 ハジメの言葉に図星だった社は、諦めた様に両手を挙げた。だが、ハジメは片眉を上げると訝し気に社を見る。暗に残りの理由を話せと言っているのだろう。

 

「ハジメは【フルメタル・ジャケット】って映画知ってるか?」

 

「あ?あぁ、ハートマ◯軍曹が出てるやつだろ?」

 

「なら話は早い。じゃあ、軍曹のオチについても知ってるな?」

 

「あ?そりゃ、お前・・・・・・ああ。」

 

 いきなり映画の話を振られて困惑したハジメだったが、続く台詞に漸く納得言ったと声を漏らす。社の懸念が理解出来たからだ。

 

「成る程。俺がハウリア達に()()()()()()()()()()()()()()()と考えたのか。映画の中の軍曹の様に。」

 

「そこまでは言わんし、実際戦って負けるとも思ってないけどな。ただ、万が一暴走しかけた時、彼らの中にブレーキを作っといた方が良いと思ったんだよ。」

 

 映画【フルメタル・ジャケット】は、アメリカとイギリスの合作映画であり、ベトナム戦争を題材とした所謂戦争映画と言われるジャンルにあたる。ハートマ◯軍曹は作中では非常に厳しい訓練教官として描かれているのだが、彼の最期は狂ってしまった自らの教え子による銃殺だった。

 

「軍曹は教え子に殺され、下手人である教え子もその後を追う様に自決。教え子がイカれたのは軍曹だけが原因じゃ無いが、軍曹に全く原因が無いわけでもない。流石にハウリアがああなるとは思っちゃ無いが、念には念をと言うやつさ。・・・余計だったか?」

 

「いや、俺もやり過ぎた時の事は考えてなかった。気を遣わせて悪かったな。」

 

「その辺はお互い様だろ。ーーーで、話は変わるが、姉ウサギさんはどうなのよ?」

 

「魔法は今んとこダメダメだとよ。ただーーー・・・。」

 

 互いに苦笑し合うと、気になっていた事を話し合うハジメと社。3日目の夜はこうして静かに更けていくのだった。尚、余談ではあるが。次の日の朝の訓練から、ハウリア達が情け無い叫び声を上げる回数は少しだけ減ったとか。

 

 

 

 

 

「そういや、お前良く【フルメタル・ジャケット】なんて知ってるな。アレ結構古い映画だろ。」

 

「ああ、例によって幸利に誘われて映画鑑賞会してた。海外のB級サメ映画2、3本見た後だったから、情緒が死ぬかと思った。」

 

「食い合わせ考えろよ・・・。」



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40.アル・ハウリア

お待たせしました。某狩ゲーにどハマりしてました。


 1番最初に彼等を見た時の印象は「ヤベーぞこの人達」だった。

 

 姉サンの存在がフェアベルゲンにバレてしまい、アタシ達は捕まる前にハウリア族総出で樹海を脱出した。途中で帝国兵に見つかりながらも必死に逃げまわり、命辛々ライセン大峡谷に着いた矢先。今度は姉サンが何かを見つけたかの様に突然飛び出したのだ。

 

 今思えば〝未来視〟を使って未来(さき)を見た結果なんだろうケド、それにしたって一族の誰にも言わず飛び出すのは如何(いかが)なモノだろうか。偶々アタシが気付いて後を追っかけたから良かったものの、凶悪な魔物が蔓延る峡谷をたった1人で動き回るのも危険すぎると思う。・・・イヤ、アタシに何が出来たのかって言われればその通りなんだケド。

 

 閑話休題(それはともかく)、案の定ダイへドアに追われる事になったアタシ達を(そんなつもりは無かっただろうケド)助けたのは、皮肉な事に人間族だった。

 

 白髪に片眼鏡(モノクル)を掛け、左腕を丸々義腕にした南雲ハジメサン。流れる様な金髪と紅い双眸を持つ、文字通り人形の様な美しさを持つユエサン。南雲さんと同じ白髪で、でも前の2人と比べると少しだけ特徴に欠けている所為で地味にも見えた宮守社サン。・・・でも、そんな印象は直ぐに覆った。

 

 ダイへドアを始めとしたライセン大峡谷の中でも上位に位置する魔物達や、峡谷の入口でハウリア族を待ち伏せていた帝国兵を、彼等は歯牙にも欠ける事無く屠っていた。道端に生えた雑草を摘み取る様な、或いは群れを成していた蟻を踏み潰す様な、酷く淡々とした様子で。戦う力の無いハウリア族を40人近く抱えながら、圧倒的な力を振るう姿は今尚アタシの目に焼き付いている。

 

 でも、だからこそ。アタシは彼等が理解出来なかった。

 

 何も差し出せるモノが無かった姉サンが、対価に自分の身体を渡そうとした時、南雲サンと宮守サンは心底興味無さそうにソレを拒んでいた。姉サンが自分達の身の上話をしても、彼等は眉1つ動かさずアタシ達への助力を拒んだ。・・・正直な話、そこまでは当然だと思った。彼等とアタシ達は無関係な他人で、対価を払えないアタシ達を助ける義理も義務も無いんだから。

 

 雲行きが怪しくなったのは、ユエサンの提案からだった。彼女曰く、ハルツィナ樹海の案内人を探しておりハウリアなら丁度良いのでは無いか、との事。その話を聞いた時に、目の前の人達は頭がオカシイのかと思ってしまったアタシは悪く無い筈。イヤ、一応の恩人に対してかなり失礼ではあっただろうケド。

 

 だって、本当に意味が無いのだ。南雲サンが言った通り、帝国から追われているわ、樹海から追放されているわ、姉サンとアタシは厄介のタネだわと、アタシ達は疫病神でしか無いのだから。そもそもの話、そこまでの力が有るのなら、アタシ達に態々恩を売る意味なんて無い。それこそ、アタシ達を1人2人位にまで間引いて、力づくで従わせれば良い。帝国と戦うのを避けたいのなら、売れ残りそうな何人かだけを案内人として引き取り、残りは受け渡せば良かったんだから。

 

 でも、あの人達はそれをしなかった。アタシでも簡単に気付く様な事を、彼等3人が全く気付かないなんて事は無いだろう。だから、帝国兵を躊躇無く処理する姿を見て、アタシは彼等が本気で約束を守るつもりなんだと理解出来た。

 

 それでもやっぱり、アタシの中に有った「ヤベーぞこの人達」と言う印象は変わらなかった。初めて出会った時も。魔力で動く乗り物の中で彼等の事情を知った時も。魔物や帝国兵を一蹴したのを目にした時も。樹海の中でアタシが暴走しかけた時に止めてくれた時も。フェアベルゲンの長老達にケンカを売ってまでアタシ達を生かしてくれた時も。勿論、心から感謝はしているし、有難いとも思ってはいたけれど。彼等の中にある理屈に対して、理解や納得がいく事は殆ど無かった。

 

 ・・・多分、アタシが本当のハウリアであれば、ここまで考え込む事は無かったのだと思う。実の親の顔すら知る事無く捨てられたらしいアタシは、ハウリア族の皆の様に素直に喜ぶ事が出来なかったから。

 

 そして、南雲サン達がハウリア達を鍛えると言った時も、アタシは彼等を信じ切る事が出来ないでいた。・・・自分の弱さを棚に上げたまま、その提案に1番最初に飛びついたのはアタシ自身だと言うのに。

 

 訓練が始まってからハウリアの皆と特訓する傍で、アタシは宮守サンから『呪術』に関する知識を教えられていた。『呪力』の事、『術式』の事、『呪力反転』の事、『順転と反転の術式』の事、『呪霊』の事、etc。当然自分の事なのだから真剣に耳を傾けはしたけれど、やっぱり心の何処かで目の前の人の事が理解出来ない気持ちがあった。

 

 アタシと同じ呪い(ちから)を宿すと言う宮守社サン。アタシと違って肌を隠す素振りも無く、振るう力は似ても似つかないのに、アタシの身体は同じ呪い(ちから)だと確信を持っている様な、不思議な感覚。でも、ともすれば南雲サンやユエサン以上に、アタシは宮守サンの事が理解出来なかった。

 

 南雲サンがハウリア族(アタシ達)を助けたのは、「そう約束したから」だ。自分でした約束に責任を持つ為、若しくは自分の中での譲れない一線を守る為、南雲サンはアタシ達をフェアベルゲンの掟から守った・・・のだと思う。多分きっと、恐らく、余り自信は無いけど、そんな理由なら理解は出来る。ユエサンは長老達の前では何も言わなかったけど、それはアタシ達に興味が無かった・・・と言うよりかは、南雲サンが決めた事なら文句無いってカンジに見えた。傍目から見ても2人はラブラブだから、ユエサンの理由にもある程度理解は出来た。

 

 でも、宮守サンはどこか違った雰囲気があった。多分、アタシ達を助ける事に異論は無かったんだろうケド。その理由は南雲サン達とはまた違ったモノなんじゃないか、とアタシは感じていた。『呪力』や(推定ではあるけれど)『術式』が暴走しかけた時も、宮守サンはアタシに何も言わなかった。予め『呪術』に関する知識があったからかも知れないけれど、それを踏まえても宮守サンの在り方は不気味ーーーとは言わないまでも、得体が知れないとアタシは感じていた。宮守サンがアタシを見る目は、何処かアタシを見ていない様にも感じたから。

 

「ーーーでも、そんな力があっても、目の前で1番大切な人が死んだ時、俺は何も出来なかった。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 結論から言えば、アタシの懸念は全て無駄だった。訓練開始から3日目の逢魔ヶ時、宮守サンがアタシ達に話したのは自分が力を求めた理由、その原点(オリジン)だった。

 

 目の前に立ったハウリア族の1人を見据えて、敬意と優しさとほんの少しの哀愁を込めて語る宮守サンの言葉は、アタシが今まで聞いたどんな言葉よりも説得力があったと思う。南雲サンよりもユエサンよりも、宮守サンはアタシ達に近い想いを抱いていたから。唯一つ違ったのは、その想いを抱いた後にどうしたか。

 

 南雲サンから「奈落の底で生き残る為に、手段を選ばず強くなった」と聞いた時。アタシも他のハウリア族も慄きはしたケド、共感はしなかったーーーイヤ、出来なかったと思う。南雲サンの語った経験が、強くなった理由が、余りにも壮絶だったから。

 

 でも、宮守サンは違った。大切な人を失うって言う酷く悲しくて、でも世界にはありふれた悲劇を、宮守サン自身が許せなかったから強くなったと聞いた時。アタシは漸く、宮守サンがアタシ達を助けた理由が分かった。特別な理由なんて、初めから無かった。宮守サンは家族の為に身体を張れるハウリア族に、唯共感していただけだったのだから。

 

 アタシ達は家族を失う辛さを知りながら、武器を手に戦う事も強くなる事もしなかった。そこが、宮守サンとアタシ達の唯一にして絶対の違いだった。でも、宮守サンはそこを指摘する事もせず、只々アタシ達を静かに励ましていた。自分の為に戦うのではなく、自分の大切な家族の為に戦え、と。貴方達にはもう、それが出来ているのだから、と。

 

 姉サンが宮守サンでは無く南雲サンに惹かれる理由も、何となく分かった。勿論、〝未来視〟で見たのが南雲サンだったからと言う理由もあるんだろうケド。南雲サンが重視していたのは「シア・ハウリア(姉サン)との約束」で、宮守サンが重視していたのは「ハウリア族の在り方」だったのだから。南雲サンは姉サンを見ていない様でその実、根底にはしっかりと姉サンとの約束が有って。宮守サンは姉さんやアタシを見ている様で見ていなかった。宮守サンはアタシ達姉妹ではなく、ハウリア族全体を見ていたのだから。

 

 南雲サンと宮守サン、どちらの見方が正しいかは意見が分かれるとは思うし、或いは正しさを決める事自体が間違ってるのかも知れないケド。アタシが好ましいと思ったのは、宮守サンの見方だった。面と向かってなんて照れ臭くて言えないけれど、アタシの大切で大好きな家族達(ハウリア)の在り方を肯定してくれるのは、とても嬉しい事だったから。

 

 宮守サンの話を聞いて、ハウリア族の皆も思う所はあったんだと思う。少なくとも、前みたいに怯えた目をしなくなったから。だから、今度はアタシの番だ。良い加減、自分自身の体質に向き合わなきゃ、姉サンにも義父サンにも家族達(ハウリア)にも、合わせる顔が無くなる。その為にも、まずは宮守サンに打ち明けるべきだろう。アタシ自身の事を。

 

 

 

 

 

 ーーー話したい事があります。

 

 訓練開始から4日目の朝。アルからそう告げられた社は、彼女に連れられて人気の無い場所まで案内されていた。と言っても、仮の拠点からそこまで離れている訳でも無く、精々ハジメ達やハウリア族の目につかない程度であるが。

 

「・・・アタシがハウリア族に拾われたのは、凡そ15年前。アタシは全く記憶に無いんですケド、未だ物心つく前ーーーそれこそアタシが産まれてから1年経つか経たないか位の頃だったらしいっス。」

 

 社が理由を問うよりも早く、アルが語り始めた。昨日、社がハウリア達に語った様な唐突さで自分の出生について話すアルの言葉を、社は遮る事無く黙って耳を傾ける。

 

「食料を探していたハウリア族の1人が、妙な場所を見つけたんス。生き物が豊富な樹海の中で、ポツンと、何にも無い空白みたいな場所を。」

 

(・・・?包帯を、解いている?)

 

 自分の過去を語るアルから、スルスルと衣擦れの音がする。社達と出会ってから一切解こうとしなかった包帯を、意を決した様に社の目の前で緩めていくアル。

 

「もっと正確に言うなら、1人を除いて全ての生き物が死に絶えていたらしいんデス。草花は枯れ果て、虫達の鳴き声1つ聞こえず、動物はおろか魔物までもが干からびる様に死んでいたとか。そして、その空間の中心に居たのがーーー。」

 

(これは・・・。)

 

 徐々に露わになっていく手足を見て、社の眉間に深い皺が刻まれる。隠されていた筈の素肌は包帯を取り去って尚、全く目にする事が出来ない。健常な人間であれば無い筈のモノが、アルの素肌を覆っていたからだ。

 

「ーーーこんな、元の種族も分からない様な、アタシでした。」

 

 最後に頭を覆っていた包帯を取り切って、アルは自嘲する様に呟いた。その顔には捩れ曲がった角や、灰色に硬質化した皮膚、長く尖った耳、そして爬虫類の鱗の様なモノが生え揃ったーーー人型の合成獣(キメラ)とも言うべき容姿をしていた。

 

 

 

「・・・成る程、ね。」

 

 アルの話を聞き、吐き出す様に納得の声を上げた社。

 

(これなら確かに、今までの行動にも説明つくわな。)

 

 今の今まで余り触れはしなかったが、アルの見た目や行動には不可解な点が幾つかあった。包帯から覗いていた錦糸の様な毛髪然り、微弱ながら社達に警戒心と言う名の悪意を向け続けていた事然り、最初から兎人族っぽく無い点は幾つかあった。(尚、この件に関しては疑心1つ無いハウリア族が頭オカシイ、もとい例外に近い為、特に問題では無いが。)

 

 社の力、特に『呪力反転』に興味を示したのも、自分の体質の事があったからだろう。肉体の治癒が出来る『呪力反転』の力であれば、或いは自分の肉体も元に戻せるのでは、と考えてもおかしくは無いからだ。

 

(んー・・・。しっかし、どうしたもんかな。十中八九、彼女の『術式』絡みでこんな風になったんだろうけど・・・何がどうなったらこうなるんだ?)

 

「・・・・・・あの。」

 

 1人で思考に耽る社に、オズオズとアルが声を掛ける。何処か気まずそうな、所在無さげな様子でいるアルを見て、社が我に帰る。

 

「ん?ああ、ゴメン、考え事してた。」

 

「いや、それは良いんすケド・・・・・・。え?それだけ?いや、もっと、こう、なんか無いんスか。」

 

「え?いや、別に。」

 

「えぇ・・・?あれぇ、アタシがオカシイの・・・?」

 

 社の酷く端的な否定に、アルは拍子抜けしつつも頭を抱えたくなる。家族以外には見せた事の無い秘密を、全くの他人に打ち明ける。この時点でアルにとっては非常に勇気がいる行為であったし、その上内容が内容の為、最悪罵倒や暴力が振るわれる可能性すら考慮した上での賭けだったのだ。にも関わらず、余りにも軽い反応であった為、アルの内心は困惑で一杯だった。

 

 一方、社の内心はと言うと、誤解を恐れず表すのであれば、アルの見た目に関しては「割とどうでも良い」のだった。別に悪意を持って突き放している訳では無い。この男、唯只管(ひたすら)単純(シンプル)に、■■以外の美醜に興味が無いだけである。

 

 社にとっての最愛は■■である。この時点で既に、他の女性の容姿が真の意味で社の目に映る事は無い。例えばユエを見て「やーい、ハジメの彼女、超美人〜」等と軽口を叩く事はあるだろうが、それは綺麗な風景を見た際に抱く感想とさして変わらない。社にとっての1番は、■■である故に。

 

 と言うか、肝心の■■が現状(社としてはあくまでも客観的に見ればの話ではあるが)悍ましい化け物であるのにも関わらず気にしていないのだから、それ以外の見た目など気にする筈も無かった。・・・もし仮に、この想いを突き崩す方法があるとすれば。友人として社の懐に完璧に入り、社が簡単に切り捨てられ無くなる程に親しくなったタイミングで、異性として愛していると告げる他無いだろう。

 

 閑話休題(話を戻そう)。社にとっては半ば無自覚ではあるが、アルの見た目に嫌悪を示さない理由がもう1つある。それは、社の中にある〝敵か否かを見分ける基準〟の存在だった。悪意を明確に感じ取れる社は、その分だけ他人よりもハッキリとした形で、目の前の存在が敵か否かを見極める明確な基準を持っていた。具体的に言うと〝一定以上の悪意の有無〟、〝一定以上の実害の有無〟、そして〝それら2点が自分の身内に向くか否か〟の3点。この3つの内どれをどこまで満たすかによって、社の対応は露骨に変わっていた。

 

 そして今この場で重要なのが、先に挙げた3点では()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()。〝悪意感知〟を持つ社にとって、幾ら見目麗しい存在だろうと悪意があれば好ましく思う事は無いし、幾ら醜悪極まりない存在であっても悪意が無ければ嫌う事は無い。「悪意の多寡のみを重視する」と言う一点に於いて、社はどこまでも公平と言えた。・・・その所為で身内以外からは突拍子も無い事やる様に見えたり、そんな在り方を気に入った妖怪やら土地神やら吸血鬼やらの所謂影の住人達に好まれたりもしたので、プラマイ0だろうが。

 

「ああ、そうだ。じゃあ、折角だから1つだけ聞こうかな。」

 

「ッ!?あ、えっと・・・何スか?」

 

 丁度今思い付いた!と言わんばかりに軽い調子で声を掛けた社に、自問自答していたアルはビクゥッ!?と体を震わせて向き直った。アルとしては、何を言われるのか気が気ではないのだろう。社としてはそこまで緊張する様な事を聞くつもりは無いが、それを言ったところで無駄な事は目に見えている為、下手なフォローを言う事なく本題に入る。

 

「いや、ただ単純に、どうして今俺に打ち明けたのかなって。」

 

「・・・え?そんな事っスか?」

 

「・・・えぇ?自分でそんな事って言っちゃうの?妹さん的にはかなり重要な事なんじゃ無いの、ソレ?」

 

「いや、まぁ、そうですケド・・・。」

 

 社の質問にアルが拍子抜けし、アルの返答に社が呆れると言う、よく言えば緩んだ空気が、悪く言えば凄まじくグダグダな空間が広がっていた。とは言え、アルからしても社の疑問は最もであると感じられた。

 

「ーーーいや、ヤッパリ訂正します。アタシの体質は、()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「・・・へぇ。」

 

 アルの迷い無い言葉に、社は感心した様な声を漏らした。先程の陰鬱な様子が嘘の様に、アルの目には決意が秘められていたからだ。

 

「アタシにとって1番大事なのは、ハウリア族なんデス。こんなフザケタ見た目で、しかも周りの生き物を干からびさせて殺すなんてフザケタ力を持ったアタシを。拾って、育てて、愛してくれた、そんな家族が何よりも大切なんスよ。」

 

(・・・ああ。あの時酷く怯えていたのは、自分の家族を傷付けるのを恐れたのか。)

 

 社が思い出したのは、ライセン大峡谷でハウリア族と合流した少し後の出来事と、フェアベルゲンへの道中での出来事。前者は感情の昂ぶったアルが呪力を溢れさせてしまい、後者では『術式』を暴走させかけていた。何方の時も、アルは何かを酷く恐れていた様子だったが・・・きっと彼女は、自分の力で家族を傷付けてしまう事を心底恐れたのだろう。

 

「そんな家族が腹決めて死に物狂いで頑張ってるって言うのに、アタシだけが何にもしないなんて、そんなのはアタシが1番許せない。ーーーだから、アタシに出来そうな事は、何でもしてやるって思ったんスよ。」

 

「・・・そっか。」

 

 アルの決意を聞いて、静かに瞑目する社。アルが覚悟を決めた理由は、酷くありきたりで、それでも社には他のどんな理由よりも納得できるモノだったから。

 

「じゃあ、頑張んなきゃな。」

 

 目の前に居る家族思いな兎人族(アル)と、何よりも自分自身に向けて。静かに気合いを入れる様に、社は呟いたのだった。



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41.術式解明に向け

説明会なので、あんまり話は進まないです。後、術式に関する独自解釈も入っていますのでご了承下さい。


「ーーーと、言う訳で!こちら、頼もしき協力者1号と2号です!」

 

「応、何も言わずに来てやったんだから、良い加減説明してくれ。」

 

「・・・ハジメに同じ。」

 

 現在時刻は正午過ぎ。アルから自身の過去や体質について打ち明けられた社は、お昼休憩でハウリア族達が休んでいるタイミングを見計らい、ハジメとユエを呼び出していた。突然呼び出され億劫そうな態度のハジメと、不思議そうな表情のユエを尻目に、手っ取り早く話を進める事にする社。

 

「さて、理由を話す前に。妹さん、来てくれ。」

 

「・・・了解ッス。」

 

「ん?妹ウサギも居たーーー。」

 

「・・・?他のハウリアはーーー。」

 

 木の影から現れたアルを見て、ハジメとユエが仲良く固まった。それもその筈、今のアルは姿を隠す為の包帯をしていない。無論、アルには事前に説明と承諾を得た上での呼び出しだが。

 

「・・・通りでコソコソやってた訳だ。それで、俺達に何をさせようって言うんだ?」

 

「・・・ん。魔法が必要?」

 

「話が早くて助かる。ユエさんには察しの通り治癒魔法を、ハジメには〝神水〟の使用許可が貰いたいんだよ。流石に貴重品だからな、非常時でもなきゃ俺の独断では使えん。」

 

 数秒の間の後に再起動した2人の言葉を聞き、仲間達の頼もしさを再認識する社。ハジメとユエを態々呼び出したのは、アルの肉体を本来あるべき姿に復元する為ーーー()()()()。今から行うのは、アルの持つ『術式』を解明する為の試みである。

 

「さて、順を追って説明しよう。妹さんが強くなるには、自分の肉体に宿る『術式』の掌握は必要不可欠だ。その為にも自分の『術式』はどんな力を持ち、どういった事が出来るのかを把握しなきゃならない。」

 

 アル曰く、社の呪力を吸い取った力は任意での発動が出来ないらしい。魔物に襲われる等、自らに危機が迫った時には発動する事もあったが、その時は周囲に居た他の生物の生命力まで根刮ぎ吸収し、ミイラ化させてしまったのだとか。幸い、近くにハウリアは居なかったので巻き込む事は無かったが、それ以来積極的に『術式』を使おうとも思わなかったらしい。

 

 一方、肉体の変質についてだが、此方もアルの意思では如何にも出来ていない様だ。角や鱗等、明らかに人には備わる筈の無いモノから、猿や鹿等の哺乳類に近いモノの体毛が生えていたりと、様々な生物の特徴がアルの身体には見受けられた。ただ、全く共通点が無い訳でも無く、これらの特徴は全て【ハルツィナ樹海】に住む魔物や生物が備えているモノだった。以前アルを心配したハウリアの女性陣が身体を調べた結果、判明したとの事。

 

「本来なら自分の『術式』に目覚めた時点で、感覚的にだけどある程度は『術式』を使えている筈なんだ。だが、どう言う訳か妹さんはその辺りの自覚が無い。だから、先ず『術式』の本質について調べなきゃならん。」

 

「妹ウサギの話を聞くに〝吸収〟とか〝奪取〟なんかは普通に有り得そうだがな。肉体の変質は『術式』の副作用・・・いや、〝変身〟とかの可能性も有るのか?」

 

「お、鋭い。妹さんの『術式』の効果は十中八九〝吸収〟の方だ。」

 

「ハイ!?」

 

 社の断定する様な口調に、思わず声を上げて目を見開いたアル。長年自分を悩やませてきた原因が早々に断言されたのだから、その反応も止む無しではあった。そんなアルの様子を見ながらも、落ち着いた様子で説明を続ける社。

 

「まずは俺がそう考える根拠から話そうか。現状妹さんの話で分かっているのが、

1.相手の生命力や呪力と言った、エネルギー的な物を吸収出来る事。

2.自分以外の生物の特徴が肉体に反映される事。

の2点だ。今のところ、この内の何方(どちら)かが『術式』の本質で、もう片方が副産物だと考えられる訳だが、此処までは良いな?」

 

「ああ。」/「ッスね。」

 

 社の確認に、ハジメとアル、ユエの3人が頷いた。アルは自分の事であるのだから当然ではあるが、ハジメも存外に興味を惹かれているらしく、真剣な顔で話に聞き入っていた。

 

「この2点だけなら、『術式』の断定はまだ出来ない。ハジメの言った通り、生命力なんかを〝吸収〟した結果肉体が変質したのか、或いは自分の肉体を〝変身〟させた結果として吸収能力を得たのか、判別が付かないからな。」

 

「・・・あー、例えば、相手のエネルギーを吸収出来る〝固有魔法〟を持つ魔物の肉体を、アタシが自分の『術式』で再現した所為で、見た目が変わった上に吸収も出来る様になったってパターンも有るんスか。」

 

 此処とは全く別の世界の話で有り、社達が知る由も無い事では有るが。人が人を恐れ、憎み、恨む感情(のろい)から産まれたとある呪霊は、〝魂の形を自由に変えられる〟『術式』を持っていた。この術式で魂の形を変えられると、それに連動する形で肉体も変形してしまうのだが、何も知らない状態であれば〝肉体の形を自由に変えられる〟『術式』であると誤認してもおかしくは無かった。今回のアルの様に『術式』の本質を見極めるのは、非常に大切な事なのだ。

 

「そう言うことだね。で、術式の効果を〝吸収〟と〝変身〟の何方かだと仮定した場合、〝変身〟の方だと不可解な点が幾つか出てくるんだよ。その1つが、〝魔力の有無〟だ。妹さん、()()()()()()()()()()()()?」

 

「?ええ、そりゃ当然じゃないスか。」

 

「・・・ああ、そうか。そう言う事か。」

 

 社の発言に、何を当然の事を?と言いたげに返したアルと異なり、ハジメは漸く得心がいったと溜息を漏らした。

 

「ハジメは気付いたか。妹さんの『術式』で生命力や呪力を吸収出来るなら、当然魔力も吸収出来ると考える方が自然だ。でも、彼女からは一切魔力を感知出来ない。魔物の持つ変質した魔力は人間にとっては猛毒に等しいから、恐らくは無意識に魔力を吸収していないんだろうけどーーー。」

 

「自分の身体を魔物の肉体に〝変身〟させられるのなら、態々魔力だけを吸収しないなんて手間は必要無い、と。」

 

 魔物の肉が人間にとって猛毒で有る事は、ハジメも社も身を持って知っていた。では何が猛毒なのかと言うと、それは魔物の体内で浸透・変質した魔力が原因だった。

 

 魔石という特殊な体内器官を持つ魔物は、体内で魔力を巡らせて肉体を頑丈にする。この時に肉や骨に浸透・変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。摂取した人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。事実、過去に魔物の肉を喰った者は例外なく体をボロボロに砕けさせて死亡したとの事だ。

 

 だが、魔物同士の共食いではそんな事例は起きない。アルの『術式』が魔物や他の生物への変身を可能にする物であるなら、魔力だけを吸収しないなんて必要は無い。自分の体質を魔物に近づけてしまえば良いだけなのだから。それをしないと言う事は、彼女の『術式』が〝変身〟では無く、〝吸収〟かそれに準ずる力ではないかと社は考えたのだ。

 

「で、それともう1つ。妹さんの『術式』が〝変身〟では無いと考えた理由がある。それがーーー妹さんにはウサミミとウサ尻尾が無い事だ。」

 

「「「・・・・・・・・・。」」」

 

「待って。3人して「何言ってんだコイツ?」みたいな冷たい目で見ないで。ふざけてないから、ちゃんと理由有るから。説明するから待って?」

 

 先程の感心や尊敬が入り混じった視線から一転、3人から注がれる冷ややかな視線に地味に心に傷を負いながらも、社はアルに質問する。

 

「今更な話なんだけど、妹さんってハウリアと言うか、兎人族じゃ無いよね。」

 

「・・・そうっスね。アタシの本来の種族は森人族ーーーらしい、デス。小さい頃は、まだ見れた外見してたんで判別はついたんスよね。今はもう、尖った耳位しか面影は無いですケド。」

 

 苦笑しながら自虐混じりに答えたアル。幼い頃は手足に小さな鱗や棘が生えていた程度で、今程では無かったらしい。それが酷くなったのは、彼女が6歳頃のこと。一般的に『生得術式』を自覚するのは4〜6歳なので、その例に漏れず彼女の『術式』が本格的に目覚め始めたのもその頃からなのだろう。ハウリアに拾われる前後に『術式』が発動したのは、恐らく生命の危機を感じた本能的なモノだったのだろう。

 

「そっか。で、もう1つ質問。自分にもウサミミ生えてたらなー、とか思った事は無い?」

 

「ハイ?一体何を仰っているんで?」

 

「いやいや、真面目な質問だよ?出来れば真剣に答えて欲しいな。」

 

「・・・イヤ、マァ、ソリャ?兎人族(かぞく)皆がウサミミ生やしてるんデスから、アタシにも生えないかなーなんて子供心に思った事も無くはーーーアッ。」

 

「お、気づいた?自分の『術式』が〝変身〟なら、自力でウサミミ生やせてもおかしく無いって事に。」

 

 ハウリアに拾われるきっかけとなった出来事を始め、ライセン大峡谷で呪力を溢れさせた事然り、ハルツィナ樹海で社の呪力を吸い取った事然り、アルは感情が昂った際に自分の呪力や術式(ちから)を本能で使っている節があった。無意識ではあるのだろうが、否、無意識で有るからこそ、そう言った形で振われる呪術は、得てして術師の欲望を叶える形で発動し易いのだ。故に、アルに分かり易い家族の証(ウサミミとウサ尻尾)が生えていない事は、ある種の証明になる。

 

「ぶっちゃけウサミミ生やしてない時点で、〝変身〟みたいな『術式』の可能性は低いと思ってた。もし〝変身〟なら、無意識にウサミミ生やしたり出来てたでしょ。妹さん、兎人族(かぞく)大好きなんだから。」

 

「イヤ、別に言うほどじゃ無いっスから。・・・否定は、しないですケド。」

 

 社の言葉にそっぽを向く様に顔を背けるアル。その所為で顔色までは見えないものの、耳まで赤くなっている為照れているのは隠せていない。

 

(まぁ、妹さんの『術式』が〝吸収〟だと考えた理由は、()()()()()()()()。『術式』の判別も出来てないし、今は良いか。)

 

 そんなアルを微笑ましく見守りながらも、誰に言うでも無く脳内で独りごちた社。その言葉通り、社がアルの『術式』に検討を付けたのは、また別の理由が存在した。もしこの考えが正しいのであれば、アルは社の想定以上に『術式』の制御が出来ている事になるのだが・・・未だ推測の域を出ない為、口に出すのは憚られた。

 

「と、ここまで自信満々に語った訳だが、俺達も想像出来ない様な未知数の『術式』である可能性も否定は出来ない。妹さんの『術式』が〝吸収〟だった場合、1つ有効そうな方法も思いつきはしたんだが・・・下手に決め付けてかかって、いざと言うときにしっぺ返しを喰らうのだけは避けなきゃならないしな。そこで、一先ず『術式』の解明は後回しにする、と言うか、より安全そうなアプローチを考えた訳だ。」

 

「成る程。此処で最初の話に戻る訳か。」

 

「その通り。〝神水〟や強力な治癒魔法が、妹さんの肉体にどんな影響を齎すのか、或いは齎さないのか?その辺りが分かれば、『術式』解明の取っ掛かりになるんじゃないかと思ってな。仮に『術式』が俺達の予想を超えたものでも、これくらいなら悪影響が出るとは考え難いしな。・・・で、協力してくれるかい、お2人さん?」

 

「あぁ。〝神水〟も多少ならストックがあるし、1、2本は構わねぇよ。」

 

「・・・任せて。」

 

 一通りの説明を終えた後、社のお願いを快諾するハジメとユエ。と、事前知識の共有が終わった所で、顔を背けていたアルが口を開く。

 

「そう言えば、お2人もアタシの見た目、あんまり気にしないんスね。」

 

「ん?あぁ、まぁな。ぶっちゃけ興味が無い。」

 

「まあ、南雲サンは何となくそんな気してました。ユエサンもッスか。」

 

「・・・それも有る。けど、それだけじゃ無い。」

 

 ユエの言葉に社とアルが揃って首を傾げる。そんな2人とは対照的にハジメは理由が分かっているのか、特に反応する事無く〝宝物庫〟から〝神水〟を取り出す準備をしていた。不思議そうにハジメとユエを見比べる2対の目線に、吸血姫は涼やかな微笑を浮かべながら理由を口にする。

 

「・・・社を、社の判断を、信頼してるから。私もそうだけど、ハジメも。・・・ね?」

 

「ま、そうじゃなきゃ、態々貴重な〝神水〟の使用許可までださねぇよ。」

 

「「ーーーーーーーーー。」」

 

 ほんの一言二言の台詞には、しかしアルと社を心底驚愕させるに足り得る信頼が込められていた。言葉を重ねずとも多くを語らずとも、伝わる物は確かに有るのだと、ユエとハジメの表情は言葉以上に雄弁に物語っていた。

 

「・・・ハジメはまだしもユエさんの返しは予想外だったわ。かの吸血姫にそう言われるとは恐悦至極。その期待に答えて見せましょうとも。」

 

「お前、照れると言い回しが仰々しいっつうか、芝居がかってくるよな。」

 

「内心を見透かすのはヤメロ。もっと照れ臭くなるだろ。」

 

「・・・フフフ。」

 

「ユエさんも笑いながら生暖かい目で見ないで?凄い居た堪れなくなっちゃう。」

 

(姉サンがこの人達の輪の中に入りたがる理由も、何となく分かるかな・・・。)

 

 途端に騒がしくなるハジメ達を見て、ふと自らの義姉の事を考えるアル。亜人では有り得ぬ筈の魔力持ちだったシアは、ハジメ達一行に酷く入れ込んでいた。〝直接魔力を操作出来る〟と言うシアと同じ共通点を持つ彼等が、自分の家族(ハウリア)に負けぬ程に強い絆で結ばれているのを見て羨ましくなったのだろうと、アルは義姉の心情に当たりをつける。

 

「ハイハイ、この話はもう良いだろ!今は妹さんが先決だ!悪いんだけど、ユエさん頼めるかい?」

 

「・・・ん。分かった。」

 

 無理矢理話を打ち切った社は、ユエに回復魔法の使用を促した。本人も自覚している事ではあるが、ユエは回復魔法の行使が苦手である。が、それはあくまでも比較的と言うだけで、並みの術師を軽く上回る腕前はある為、十分な効力を持っている。もしアルの肉体が元に戻らなくとも、魔法が弱すぎたから等と考える必要は無いだろう。

 

「〝焦天〟」

 

「ッ!・・・スゴッ。」

 

 立ち上がる魔力に、アルが思わず呟きを漏らした。ユエが発動したのは、光属性の回復魔法である〝焦天〟。単体のみにしか効果が無い代わりに高い治癒効果を持つこの魔法、位階としては上級に位置する魔法であり、通常であれば発動すらも難しい。それを無詠唱で即座に発動出来るのだから、やはりユエもハジメや社に並ぶ埒外の強者だった。

 

「・・・効果無し?」

 

「特に見た目に変化はねぇな。」

 

 だが、アルの様子に変わったところは見られない。そのまま5秒、10秒と経過し、30秒を超えて魔法をかけ続けても変化は見られずじまいだった。

 

「うぅむ・・・ユエさん、別の回復魔法って出来る?傷の治療じゃなくて、毒とか麻痺とかを治せるやつ。」

 

「・・・ん、やってみる。ーーー〝万天〟」

 

 次いでユエが発動したのは、光属性の中級回復魔法である〝万天〟。こちらは社が頼んだ通り、状態異常を治癒する効果を持つ魔法だ。だが、先程の〝焦天〟同様、30秒程かけ続けたもののアルの肉体に変化は見られない。その後、幾つか別の回復魔法をかけてみたものの、全て空振りに終わってしまう。

 

「良し、気を取り直して次行こうか。と、言う訳で妹さん、コレ飲んで。」

 

「了解ッス。・・・コレがさっき言ってた〝神水〟ってヤツですか。」

 

 社から手渡された試験管型の容器を、繁々と眺めるアル。傍目には普通の液体にしか見えない為、本当に効果が有るのか話を聞いた後でも半信半疑なのだろう。

 

「一応言っとくが、そこいらの回復薬(ポーション)と一緒にするなよ?それ飲めば全身骨折だろうが内臓破裂だろうが1発で治る。然るべき所で売れば、数百万は下らないからな。」

 

「ハイ?イヤイヤ、幾ら何でも盛りすぎ・・・エ、マジで?」

 

 ハジメの言葉を信じ切れず周りを見るアルだったが、社とユエが至極真面目な顔で頷いたのを見ると、徐々に顔色が悪くなっていく。心無しから全身が小刻みに震えている様にも見える。

 

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!?そんなモノ持たせないで下さいよ!?アタシが使って良いものじゃ無いデショ!?」

 

「おー、良いリアクション。これ妹さんが飲んだ後に言っても面白かったんじゃ無い?」

 

「・・・確かに。」

 

「チッ、惜しい事したな。」

 

「ンゥーーー!温度差!!こう言うトコも規格外ですか!!!」

 

 自分以外が余りにも暢気な事に、思わず声を荒げてしまうアル。尚、ハジメが「数百万は下らない」と言ったが、それはれっきとした間違いである。いや、回復薬(ポーション)としての価値のみを見るのであればその評価は妥当であるが。問題は〝神水〟には宗教的な価値が付随している事だ。

 

 ハジメ達は知らない事であるが、〝神水〟は飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、それ故に不死の霊薬とも称されている。では何故その様に信じられているのかと言えば、神代の物語にてエヒト神が〝神水〟を使って人々を癒す姿が語られているからだ。

 

 そんな宗教的な意味で由緒正しい物を、聖堂教会の信者に見せたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだろう。恐らく数千万、下手すれば億を超える値が付けられてもおかしくは無い。或いは、過激派の狂信者達が〝神水〟を巡って殺し合いを始める可能性すら否定出来ない。

 

 そもそもの話、〝神水〟を生み出す元となる〝神結晶〟自体がトータスの歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物なのだ。大地に流れる魔力が千年という長い時をかけて結晶化したものであるので、そこまでの価値と希少性が有るのも納得出来るが。

 

「もう諦めて飲んじゃえば?さっきも言ったけど予備はあるし、ヘーキヘーキ。」

 

「もうメッチャ投げやりっスね!?ーーーえぇい、ここまで来たらヤケだ!」

 

「・・・良い飲みっぷり。」

 

 周りに背中を押され、一気に〝神水〟の入った容器を煽ったアル。数秒もしない内に中身を飲み切ると、プハーと息を吐いた音が響いた。が、その後1分程待ってみたものの、外見的な変化は訪れない。

 

「〝神水〟でも効果無し、か。」

 

「簡単に行くとは思っちゃいなかったけど、ここまで無反応とは。妹さんは何か違和感とかあった?」

 

「ンー・・・イヤ、アタシが気付く限り特には。」

 

 社の問いに、暫し考えたものの否定を返したアル。予め、余り期待しない方が良いと言い含めていた事もあってか、ショックを受けた様子も無いのが唯一の救いだろうか。

 

(『生得術式』は自分の肉体に刻まれた才能だ。生まれ持った体質ーーー極端な話、髪とか肌の色と同じなのだから、魔法やら〝神水〟やらで治ると考える方が間違ってたかね。)

 

 うなじに手を当て、考え事に浸る社。分かってた事ではあるが、〝神水〟も万能では無い。生半可な傷なら即座に治癒出来るが、ハジメの様に腕を丸ごと欠損してしまえば治す事も不可能だ。

 

「ハジメさーん!ユエさーん!社さーん!アルー!何処ですかー!?」

 

「・・・残念ウサギの声。」

 

「もうこんな時間か。これからお前はどうするんだ、社?」

 

「ま、効かないなら効かないでしゃーない。当てが無い訳じゃ無いし、後は俺の方で何とかやってみるわ。妹さんも、この程度で諦めるつもりは無いでしょ?」

 

 そう言って立ち上がりながら、社はアルに問い掛ける。疑問と言うよりも再確認に近い問いだったが、やはりと言うべきかアルの目には欠片も諦めは写っていない。我ながら愚問だったな、と苦笑を浮かべる社。

 

「勿論です。お2人も、態々ありがとうございました。貴重な〝神水〟無駄にしちゃったのは、申し訳なかったっすケド。」

 

 アルの謝罪を聞き、ハジメは手をヒラヒラさせて、ユエは「・・・気にしない」と呟いて流すと、そのままシアの声がする方に向かって行く。そんな2人を見て、「・・・他にも頑張る理由、出来たかなぁ」と溢したアルは、今一度気合いを入れ直すのだった。

 

 

 

 

 

「・・・因みに、何ですケド。宮守サン、アタシは南雲サンの事、義兄(ニイ)サンとか呼ぶべきっスか?」

 

「それ言うと、漏れなく吸血姫(ユエ)さん敵に回すから止めときな?」



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42.一世一代の勝負

 ドゴムッ!グシャッ!ガキーン!バキバキバキィッ!!

 

「さてハジメさんや。お前さんの愛しい彼女と、お前さんを慕う女の子が出す破壊音について、何か言う事はあるかね?」

 

「ユエなら一向に構わん。駄目ウサギは知らん。」

 

「南雲サンは清々しい程にブレないっスね。」

 

 訓練開始から早10日。樹海の奥から聞こえるユエとシアの戦闘音をBGMに、ハジメと社、アルの3人は雑談に興じていた。そこそこ距離があるにも関わらず、時折響いて来る轟音は戦いの激しさを如実に物語っているのだが、ハジメ達は特に気にする様子も無い。

 

「しっかし、ユエさんと姉ウサギさんが勝負ねぇ・・・。一体ダレノコトデ争ッテイルンダー。」

 

「ニヤニヤしながらコッチを見るな。別に俺の事だと決まった訳じゃないだろ。」

 

 実にワザとらしい棒読みと意味深な目線を向ける社に対し、ハジメは目を逸らしながら言い逃れをする。事実、ハジメが聞かされていたのは「この10日間でシアとユエが何かを賭けて勝負している」事のみであり、勝負の内容や何を賭けたのかまでは教えられていなかった。

 

「つってもなぁ、姉ウサギさんは兎も角、ユエさんがムキになるならハジメ絡みなのはほぼ確定だろう?妹さんは何か聞いてないの?」

 

「え?イヤ、エット、アタシはーーーあうっ。」

 

 社に話を振られ、何故かワタワタしたアルの右側頭部から突如、ニョキッと角が生えた。外観はガゼルの角に近い様に見えるが、半ば程で三叉に分かれている。恐らくコレも樹海に潜む動物か魔物が持つ特徴と同一のモノだろう。

 

「ハイ、妹さんアウトー。」

 

「ムゥ・・・結構良い感じだったと思ったんですケド。」

 

「実際悪くないと思うよ?呪力操作も最初の頃よりは、見違える程上手くなってるしね。」

 

 生えた角を手で(さす)りながら悔しがるアルを、社はお世辞抜きで褒めていた。()()()()()()()()()()()()、社の想像以上にアルは呪術的な才能に秀でていた。『術式』の発動は未だぎこちないものの、それを差し引いても呪力操作等のセンスには光るものがあったのだ。

 

「そっちの訓練は順調そうだな?」

 

「ああ、嬉しい誤算だ。・・・そりゃ、今の姿を見れば分かるか。」

 

 ハジメと社の視線の先では、アルが頭に生えた三叉の角を、四苦八苦しながらも何とか引っ込めようとしていた。流れる様な金髪を、緩いツーサイドアップで纏めた彼女の顔や手には、既に異形の証は無い。獣を思わせる体毛や爪も、爬虫類の様な鱗や牙も。少なくとも見える範囲に限れば、アルの肉体からは跡形も無く消え去っていた。

 

「しかし、こんなアッサリ治るとはな。」

 

「気を抜くと戻っちまうから、まだ完全にって訳じゃ無いんだけどな。それなのに、ハウリアの人達と来たら・・・。いや、気持ちは分かるんだけど。」

 

 酷く疲れ切った表情で呆れる様にこめかみを抑える社。事の発端となったのは、3日前の夕暮れ時の事。一時的とは言え元の姿を取り戻せる様になったアルを、ハウリア達にお披露目した際の事だった。

 

 流石は情に深い兎人族と言うべきか、元に戻ったアルの姿を一目見た瞬間、ハウリア達は直ぐに彼女の正体に気付いた。兎人族(かぞく)が自分の事を見抜いてくれた事に嬉しいやら困惑やらで戸惑っていたアルを、ハウリア達は直ぐに取り囲むと心底嬉しそうに喜びや祝いの言葉を掛けていた。彼等彼女等の中には涙ぐむ者も一定数おり、カムとシアに至っては周りを気にせず号泣していた為、当のアルが1番焦っていたのが印象的であった。・・・ここで終わってくれたならば、社の感想も「異世界でも家族の絆は美しいものだなー」で済んだのだが、そうは問屋が下さなかった。

 

「あー、この前のアレか。つうか、何でお前は逃げ回ってたんだ。俺は腹抱えて笑ってたが。」

 

「ハジメってば薄情過ぎない?俺割と必死じゃなかった?」

 

「ああ、だから笑えた。」

 

「クソァ!」

 

 問題はその後だった。ハウリア達が 一通り落ち着いた(アルを揉みくちゃにした)後、その矛先が今度は社に向いたのだ。然もありなん、アルにとってハウリアが大事な家族である様に、彼等にとってもアルは大切な家族だった。兎人族(じぶんたち)を救うだけでなく、家族(アル)の長年の悩みを解決してくれた社に対して、何かお礼をと考えたのは当然の流れではあった。

 

 が、社はそれを丁重に拒否した。社からすれば己のやりたい様にやった結果が、偶々ハウリア達の益になっただけなのだから。そこにお礼を求めるのは筋違いだと、社はハウリアを説得しようとする。だが、そんな言い分で情深いハウリア達が納得する筈も無く。

 

「ウサミミ付けた40人近い集団が一斉に俺を見たと思ったら、コッチに向かってにじり寄ってくるんだぞ?そりゃ逃げたくもなるだろ。オマケに逃げたら逃げたで、連携とって人海戦術で俺の包囲網作ろうとしてくるし。」

 

「成る程、ちゃんと訓練の成果は出てる訳だ。」

 

「ツッコむのはそこじゃ無いよな?俺の事もっと労って?」

 

 ハジメの余りの他人事さに、思わず遠くを見てしまう社。ジリジリと距離を詰めるハウリア達を見て、社は迷わず〝気配遮断〟全開で逃走した。だがハウリア達も()るもので、気配を追えないと視るや数に任せたローラー作戦を決行。痺れを切らしたハジメがハウリア達にドンナーを乱射するまで、無駄にレベルだけは高い鬼ごっこが続いたのだった。ハジメと社の目論見通り、ハウリア達は索敵能力と隠密能力を駆使した〝奇襲と連携に特化した集団戦法〟を身に付けた訳だが、まさかこんな形で実感するとは社も思ってなかった。

 

「それで、実際の所妹ウサギはどうなんだ?まだ暴発はしてるみたいだが。」

 

「ん?ああ、元の姿に戻れる時間はかなり伸びてる。今は集中してなきゃダメかもしれないけど、呪力操作が自然と出来る様になれば、『術式』に振り回される事も無くなるだろうな。」

 

 社がこの7日間でアルに教え込んだのは、たった1点。呪術師の基本にして基礎である〝呪力操作〟の方法だった。『術式』がどう言うものであれ『呪力』の制御は出来るに越した事は無いし、最悪『術式』の効果が分からなくても、『呪力(でんき)』の制御さえ完璧ならば『術式(かでん)』は動かないからだ。

 

「結局、妹ウサギの『術式』は何だったんだ?」

 

「ん〜・・・。妹さん、ハジメに君の『術式』話しちゃっても良い?」

 

「へ?別に良いっすケド・・・。何で態々聞いたんスか?」

 

「いや、人の『術式』勝手に話すのはマナー違反だって師匠(じいさん)に教わってたからね。妹さんもあんまり他人に言っちゃ駄目だからね?」

 

 『術式』とは、呪術師にとっての要であり、最も信頼出来る武器の1つであり、そしていざと言う時まで秘すべき切り札でもある。初見殺しの能力なら言わずもがな、術式開示の『縛り』*1も有用である為、仮にタネが割れていたとしても周りに吹聴する様な真似は控えるべき、と言うのが社の祖父の教えだった。

 

「・・・宮守サン、アタシに自分の『術式』の事、フツーに教えてくれませんでした?」

 

「そりゃ、呪力操作の感覚を伝えるのに〝比翼鳥〟を使うつもりだったからね。少しでも効率を上げるために、術式開示の『縛り』を課す為に話しただけさ。それに『術式』の具体的な例があった方が、自分の『術式』のイメージもしやすいでしょ?」

 

 社がアルの訓練に採用したのは、〝比翼鳥〟により呪力操作の感覚を共有する手法だった。〝比翼鳥〟の持つ「他者との意識の同調能力」を利用する事で、説明の難しい部分を丸ごとすっ飛ばして、呪力を操作する感覚を文字通り感じ取ってもらおうとしたのだ。

 

 態々術式開示の『縛り』を課したのは、感覚を共有する者同士がどれだけ互いを信頼し合えるかで、同調出来る深さが決まるからだ。社もアルも互いに悪い印象を持っている訳では無いので〝比翼鳥〟の使用に問題は無いが、念には念をと言うやつである。

 

「それで、妹さんの『術式』はーーーと、向こうは終わったみたいだな?」

 

「ん?ああ。いつの間にか音も止んでたしな。・・・こっちに来るな。」

 

 樹海の奥から聞こえる破壊音が止み、暫くしてシアとユエの気配が近づいて来た。全く正反対の雰囲気を纏わせているユエとシアを訝し気に思いつつも、ハジメは片手を上げて声を掛ける。

 

「よっ、二人共。勝負とやらは終わったのか?」

 

「お疲れ様ー。・・・この雰囲気だと、賭けは姉ウサギさんの勝ちかい?」

 

 ハジメと社の言葉に、トロフィーの様にハジメ作の大槌*2を掲げてドヤ顔するシアと、それとは正反対に気まずそうに目を逸らすユエ。何方が勝者で敗者なのかは、一目瞭然だった。

 

 2人の反応を見て、素直に驚くハジメ達3人。ハジメと社は奈落の底での経験から、ユエとシアが戦っても十中八九ユエが勝つと考えていた。いくら魔力の直接操作が出来るといっても、今まで平和に浸かってきたシアとは地力が違うからだ。アルも付き合いは短いとは言えユエの規格外さは知っていた為、義姉の勝利は難しいと考えていたのだが・・・ハジメ達の予想は、見事に覆された様だ。

 

「ハジメさん!社さん!アル!聞いて下さい!私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いや~、ハジメさん達にもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ!?」

 

「・・・義姉さんはもう少し、自重って言葉を覚えた方が良いんじゃナイ?」

 

 身振り手振り大はしゃぎという様相で戦いの顛末を語るシアだったが、調子に乗りすぎて、ユエのジャンピングビンタを食らい錐揉みしながら吹き飛ぶとドシャと音を立てて地面に倒れ込んだ。よほど強烈だったのかピクピクと痙攣して起き上がる気配は無く、そんな義姉をアルは呆れてジト目で眺めている。

 

「で?どうだった?」

 

「あ、それ俺も聞きたい。一体何やらかしたの、姉ウサギさん。」

 

 フンッと鼻を鳴らし更に不機嫌そうにそっぽを向くユエに、ハジメと社は苦笑いしながら尋ねる。勝負の結果というよりも、その内容についての問いだ。どんな方法であれ、ユエに勝ったという事実は俄には信じ難い。ユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。ユエは話したくないという雰囲気を醸し出しながらも、渋々といった感じで2人の質問に答えた。

 

「・・・魔法の適性は2人と変わらない。」

 

「ありゃま、宝の持ち腐れだな・・・で?それだけじゃないんだろ?あのレベルの大槌をせがまれたとなると・・・。」

 

「・・・ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル。・・・社程じゃ、無いけど。」

 

「まぁ、俺は例外だろうけども。ハジメやユエさんと比べてどうよ?」

 

 ユエの評価に目を細めるハジメと、興味深そうに耳を傾ける社。正直、2人の想像以上に高評価であった。珍しく無表情を崩し苦虫を噛み潰したようなユエの表情が、何より雄弁にその凄まじさを物語っている。ユエは社の質問に少し考える素振りを見せると、ハジメに視線を合わせて答えた。

 

「・・・強化してないハジメの・・・6割くらい。」

 

「となると、6000近い数値になるのか。中々じゃないか、姉ウサギさん。」

 

「ん・・・でも、鍛錬次第でまだ上がるかも。」

 

「おぉう。そいつは確かに化物レベル・・・化け物レベルだよな?社の所為で感覚麻痺ってるが。」

 

「いや、十分すぎるだろ。伸び代も考えれば、期待値は大分高い筈だぞ。」

 

 ユエから示された化物ぶりに、ハジメと社はシアに何とも言えない眼差しを向けた。宮守社と言う狂った前例(ゴリラ)の所為で多少霞んではいるものの、シアのステータスも十分にぶっ飛んでいる。今のハジメ達は知る由もないが、天之河光輝(天職:勇者)が現時点で出せる時限付き・デメリット有りの全力が平均で3000弱。要するにシアは本気で強化した勇者の2倍の力を持っている事になる。まさに〝化物レベル〟というに相応しい力だろう。曲がりになりもユエに土をつけることが出来た訳である。泣きべそをかきながら頬をさすっている姿からは、とても想像できない。

 

 と、ここでシアがハジメ達に呆れ半分驚愕半分の面持ちで眺められている事に気が付く。彼女はいそいそと立ち上がると、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメと社の下へ歩み寄った。背筋を伸ばし、青みがかった白髪を靡かせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事ーーー否、告白をするのだ。緊張に体が震え表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむ2人の眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。

 

「ハジメさんに、社さん。私を貴方達の旅に連れて行って下さい。お願いします!」

 

「断る。」/「・・・・・・。」

 

「即答!?社さんに至っては相変わらず無反応!!」

 

 まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳には「いきなり何言ってんだ、こいつ?」という残念な人を見る目でシアを見つめるハジメの姿と、片眉を上げた以外は無表情のままの社が映っている。「もうちょっと真剣に取り合ってくれてもいいでしょ!?」と憤慨するシア。

 

「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、それをあっさり・・・。社さんも何か言ってくれませんか・・・?」

 

「んー、姉ウサギさんの理由による、としか俺は言えないかなぁ。」

 

 社としてはシアの同行を拒む理由は無いが、受け入れる理由も無い。更に言えば、社達は今後間違い無くこの世界の自称〝神〟を筆頭とした厄介事に巻き込まれる。その時の事を考えれば、着いて来ない方が良いのでは?と言うのが社の意見だった。言ってしまえば、消極的反対の立場だ。

 

「社の意見は兎も角として、だ。大体、カム達どうすんだよ?まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」

 

「ち、違いますよ!今のは私だけの話です!父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど・・・その・・・。」

 

「その?なんだ?」

 

 何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて、上目遣いでハジメの方をチラチラと見ている。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。傍らのユエがイラッとした表情で横目にシアを睨んでいる。社は変わらず無表情のままだったが、その様子を見ている内に何かに気付いたのか目を見開くと、事態の推移を見守るべく黙りを決め込んだ。

 

「その・・・私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって・・・。」

 

「はぁ?何で付いて来たいんだ?今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし。」

 

「で、ですからぁ、それは、そのぉ・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 モジモジしたまま中々答えないシアにいい加減我慢の限界だと、ハジメはドンナーを抜きかける。それを察したのかどうかは分からないが、シアが女は度胸!と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」

 

「・・・・・・は?」

 

「Foo!マジかよやるねぇ姉ウサギさん!」

 

「・・・社、煩い。」

 

 言っちゃった、そして噛んじゃった!と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。何を言われたのか理解が追いついていない様子だ。

 

 一方、直前に予想出来たとは言え、余りにも真っ向勝負な告白を披露されテンションが上がりまくる社。別にハジメやユエの気持ちを蔑ろにするつもりも、横恋慕や掠奪愛を推奨している訳でも無い。無いがそこはそれ、他人に言えないものの婚約者(フィアンセ)が居る身からすれば、アルの漢気、もとい 漢女(おとめ)気は社にとっては手放しでの賞賛に値するもの。ユエの八つ当たり苦言もなんのその、社の心中に置いてシアの株はストップ高だった。

 

「いやいやいや、おかしいだろ?一体、どこでフラグなんて立ったんだよ?自分で言うのも何だが、お前に対してはかなり雑な扱いだったと思うんだが・・・まさか、そういうのに興奮する口か?」

 

 数十秒後、何とか再起動を果たしたハジメは、まさかとは思いつつも自分の推測を口にすると、ドン引きしたように一歩後退る。言ってる事はまぁまぁ酷いが、それだけハジメが動揺している事の証左でもあった。

 

「誰が変態ですか!そんな趣味ありません!っていうか雑だと自覚があったのならもう少し優しくしてくれてもいいじゃないですか・・・。」

 

「いや、何でお前に優しくする必要があるんだよ・・・そもそも本当に俺が好きなのか?状況に釣られてやしないか?」

 

 シアの猛然の抗議に対して、ハジメは未だ彼女の好意が信じられないのか、所謂吊り橋効果を疑った。今までのハジメのシアに対する態度は、誰がどう見ても雑だったので無理も無い。だが、自分の気持ちを疑われてシアはすこぶる不機嫌だ。

 

「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を何度も救われて、同じ体質で・・・長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし・・・ただ、状況が関係あろうとなかろうと、もうそういう気持ちを持ってしまったんだから仕方ないじゃないですか。私だって時々思いますよ。どうしてこの人なんだろうって。ハジメさん、未だに私のこと名前で呼んでくれないし、何かあると直ぐ撃ってくるし、鬼だし、返事はおざなりだし、魔物の群れに放り投げるし、容赦ないし、鬼だし、ユエさんばかり贔屓するし、社さんにも優しいのに私には優しくしてくれないし、鬼だし・・・あれ?ホントに何で好きなんだろ?あれぇ~?」

 

「・・・まぁ、蓼食う虫も好き好きって言うしね。姉ウサギさんの想いも、おかしいものじゃ無いでしょ。」

 

「おう、後でそのニヤケ面凹ましてやるから覚悟しとけよ社。」

 

 話している間に自分の気持ちを疑いだしたシアと、愉快そうな表情を隠し切れていない社に、ビキビキと青筋を浮かべながらドンナーに手を掛けるハジメ。言っている事は間違いではないが、シアもシアで大概だった。

 

「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れて行くつもりはない。」

 

「そんな!さっきのは冗談ですよ?ちゃんと好きですから連れて行って下さい!」

 

「あのなぁ、お前の気持ちは・・・まぁ、本当だとして、俺にはユエがいるって分かっているだろう?というか、よく本人目の前にして堂々と告白なんざ出来るよな・・・前から思っていたが、お前の一番の恐ろしさは身体強化云々より、その図太さなんじゃないか?お前の心臓って絶対アザンチウム製だと思うんだ。」

 

「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですか!うぅ~、やっぱりこうなりましたか・・・ええ、分かってましたよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました。」

 

 突然、フフフと怪しげに笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。社もシアがここからどんな手を打つのか、興味深そうに眺めていたのだが。

 

「こんなこともあろうかと!命懸けで外堀を埋めておいたのです!ささっ、ユエ先生!お願いします!」

 

「は?ユエ?」/「ユエさん?」

 

 完全に予想外の名前が呼ばれたことに目を瞬かせるハジメと社。「してやったり!」というシアの表情にイラッとしつつ、ハジメは傍らのユエに視線を転じる。ユエは、やはり苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情で、心底不本意そうに2人に告げた。

 

「・・・・・・・・・ハジメ、社、連れて行こう。」

 

「いやいやいや、なにその間。明らかに嫌そうーーーもしかして勝負の賭けって・・・。」

 

「・・・無念。」

 

(確かに、姉ウサギさんが直接ハジメに頼んだところで望みは薄いし、仮にハジメを納得させても、ユエさんの一言で全部パーにされる可能性もある。だから、ユエさんを味方につけるってのは理屈的には大正解なんだけど・・・マジで凄いな、姉ウサギさん。)

 

 ガックリと肩を落とすユエに大体の事情を察したハジメと社は、もはや呆れやら怒りを通り越して感心した。正しく、言うは易し行うは難し、だろう。〝命懸け〟というのも強ち誇張した表現では無い筈だ。生半可な気持ちでユエを納得させることなど不可能なのだから。この10日間、殆ど彼女達を見かけなかったが、文字通り死に物狂いでユエを攻略しにかかったに違いない。つまり、それだけシアの想いは本物ということになる。

 

 社がユエの方をチラリと見ると、不本意そうではあるが仕方ないという様に肩を竦めている。この10日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ていたからこそ、そして、その上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、旅の同行は認めるつもりのようだ。元々、シアに対しては、ハジメの事を抜きにすれば、其処まで嫌いというわけではないという事もあるのだろう。

 

 そもそもの話として、ユエが何のメリットも無いシアの賭けに乗ったのは、身も蓋も無い言い方をすれば〝同類意識〟と〝女の意地〟が原因だった。自分とは異なり比較的に恵まれた環境にあることに複雑な感情を覚えつつも、ユエは心の何処でシアに対して〝同類〟であるという感情が湧き上がったことは否定出来なかった。

 

 そんな曲がりなりにも〝同類〟と思ってしまった相手が、自分と共通の想い人に追い縋ろうと、凄まじい集中力と鬼気迫る意気込みで鍛錬に励んでいたのだ。そんな風にシアの想いの深さを突きつけられたユエは、ハジメの恋人として黙ってはいられなくなったのだ。

 

「・・・ユエさんがノーと言わない以上、俺は反対出来ないね。後はハジメ次第かな。」

 

「社さん!?」

 

 社の思わぬ発言に、シアは思わず驚きの声を上げた。シアがユエの説得のみに注力していたのは、ハジメは何だかんだでユエには甘い事を見抜いていたのと、社はシアの味方にも敵にもならない、謂わば中立に近い立位置なのではと予想していたからだった。

 

 シアはハジメへの想いとは別に、ユエや社に対しても近しい存在にーーー有り体に言えば〝友達〟になりたいと本気で思っていた。この世界でも極僅かな、自分の〝同類〟であることが多分に影響しているのだろう。だが、それが叶うのもハジメ達に旅の同行を許されればの話である。故に、この10日間でハジメや社と仲良くなるよりも、一先ずはユエに認められようと必死に頑張ったのだ。

 

 社は中立に近い、と言うのはあくまでもシアの見立てではあったが、その考えは当たらずも遠からずだ。ハジメとユエがOKを出せば、余程で無い限り社はNOとは言わないし、その逆もまた然り。故に、このタイミングでの援護射撃は、シアにとっては良い意味で予想外であった。

 

「・・・どういう風の吹き回しだ、社。」

 

「どうもこうも無い。ハジメとユエさんの何方が嫌がるなら、俺も反対に回るけど、そうで無いなら構わないってだけさ。それに・・・。」

 

「・・・それに?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「・・・・・・・・・。」/「?」

 

 社の言葉に静かに瞑目するハジメと、発言の意味が分からずに頭に疑問符を浮かべるシア。叶うかどうかも、届くかどうかも分からない己の愛の為に戦う。この一点に於いて、社は他者を笑えないし、否定出来ない。それらは全て己に返ってくるからだ。故に、シアの事もまた、肯定はせずとも否定する事だけは出来ない。

 

 社の意思を汲み取り、気を取り直すようにハジメはガリガリと頭を掻いた。別に、ユエや社が認めたからといって、シアを連れて行かなければならない理由はない。社の言う通り、結局の所はハジメの気持ち次第なのだから。

 

 一方、シアの方はユエに頼んだときの得意顔が一転し、不安そうでありながら覚悟を決めたという表情だ。シアとしては、正に人事を尽くして天命を待つ状態なのだろう。

 

 ハジメは一度深々と息を吐くと、シアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアも静かに、言葉に力を込めて返した。

 

「付いて来たって応えてはやれないぞ?」

 

「知らないんですか? 未来は絶対じゃあ無いんですよ?」

 

 それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。

 

「危険だらけの旅だ。」

 

「化物でよかったです。御蔭で貴方について行けます。」

 

 長老方にも言われた蔑称。しかし、今はむしろ誇りだ。化物でなければ為すことのできない事があると知ったから。

 

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

 

「話し合いました。〝それでも〟です。父様達も分かってくれました。」

 

 今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだ。」

 

「何度でも言いましょう。〝それでも〟です。」

 

 シアの想いは既に示した。そんな〝言葉〟では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。

 

「・・・・・・。」

 

「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね?」

 

「勝ちってなんだ・・・・・・。」

 

「私の気持ちが勝ったという事です。・・・ハジメさん。」

 

「・・・・・・何だ。」

 

 もう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを。

 

「・・・私も連れて行って下さい」

 

 見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。そしてーーー。

 

「・・・・・・・・・はぁ~、勝手にしろ。物好きめ。」

 

 その瞳に何かを見たのか、やがてハジメは溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。

 

 樹海の中に一つの歓声と、不機嫌そうな鼻を鳴らす音が響く。その様子に、ハジメと社はいろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。

*1
手の内(この場合は術式の効果)を敢えて晒す事で、術式効果を底上げする

*2
「ユエに勝つ為の武器が欲しい」と言うシアの真剣な頼みにより作成された大槌。ユエも止めなかった為、ハジメが作成した。見た目に違わず超重量。



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43.ハウリアの豹変?

お待たせしました。


「えへへ、うへへへ、くふふふ~。」

 

 同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。先程ハジメと問答した際の真剣な表情が嘘の様な、酷く残念な姿である。

 

(これが残念美人ってやつか、ハジメも愛されてんなー。俺も■■ちゃんの前なら、こんな感じだったーーーいややっぱココまで酷くはならねーわ。)

 

 それを見て色々思う所はあるものの、敢えて口には出さなかった社。未だスタートラインに立っただけではあるが、シアからすれば大きな一歩に違い無く、その喜び様も仕方ないものなのだろう。更に言えば、自分の(エゴ)を貫く為に戦うと言うのは、少なからず社が強くなった理由にも通じるものがある。それ故、無粋な事は言うべきでは無いと考えていた。・・・別に、下手な事を言ってダル絡みされるのを見越した訳では無い。無いったら無い。

 

「・・・キモイ。」

 

(ユエさん直球すぎでは?)

 

 が、ユエはそうは考えなかったらしい。ボソリと呟かれた毒は、舞い上がっていたシアの優秀なウサミミにしっかりと捉えられた。

 

「ちょっ、キモイって何ですか!キモイって!嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、ハジメさんの初デレですよ?見ました?最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~。」

 

「うわキツ。」

 

「社さん酷い!?」

 

 調子に乗りまくっているシアの余りの酷さに、思わず本音と言う名の毒を吐いてしまう社。その一方で、ハジメとユエは声を揃えてうんざりしながら呟いた。

 

「「・・・ウザウサギ。」」

 

「んなっ!?何ですかウザウサギって!いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~。・・・まさかこの先もまともに名前を呼ぶつもりが無い、とかじゃあないですよね?ねっ?」

 

「「・・・。」」

 

「何で黙るんですかっ?ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア。社さんも何とか言ってくれません?」

 

「2人が呼ばないなら俺もパスで。」

 

 必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを尻目に、今後の予定について話し合いを始めるハジメとユエ。それに「無視しないでぇ~、仲間はずれは嫌ですぅ~」と涙目で縋り付くシア。旅の仲間となっても扱いの雑さは変わらないようだった。

 

「で、単刀直入に聞くけど。妹さん、姉ウサギさんの事知ってたでしょ。」

 

「・・・やっぱ、バレますよねー。」

 

「姉ウサギさんが何言おうと、不自然なくらい無反応だったからね。」

 

 社の質問、と言うよりは断言に、アルは気まずげに目を逸らすと頰を掻いた。社の言う通り、アルは訓練初日の夜に他のハウリア達同様、シアの決意をあらかじめ聞かされていたのだ。

 

「君ら家族の事情に首突っ込むつもりは無いけど、良かったの?」

 

「・・・分かんないっス。義姉さんのやりたい様にやれば良いんじゃナイ?って気持ちもあれば、危ない事はやめときなよって気持ちもあるんで。」

 

 難しい顔をしながら、ハジメ達の方を眺めるアル。彼女の視線の先では、シアがハジメとユエの間に力づくて割り込もうとして、2人から心底ウザがられていた。にも関わらず、シアは一切めげないどころか、嬉々として2人に絡み続けていく。心臓だけで無く、精神まで世界最高硬度(アザンチウム)だと言われても不思議では無い。

 

「でも、普段あんまり我儘言わない義姉さんが、珍しく譲らなかったんスよね。諦めるもんかー、ってカンジで必死に家族(ハウリア)を説得して。なもんで、アタシ達もそこまで言うなら応援するよ、って送り出したんスよ。」

 

 ハジメとユエから早くも居ない者扱いされているシアだが、その顔には笑みが浮かんでいる。その表情は、きっと兎人族(かぞく)の存在だけでは引き出せなかったもので。義妹(アル)としては心配事が多々あるものの、大事なのは義姉(シア)の幸福である為、その道を邪魔する事はしたくないのだ。

 

「成る程ねぇ。で、妹さんはどうすんの?ハジメとユエさんからOK貰ってるけど。」

 

「アー・・・。」

 

 社が聞いているのは、アルの今後についてだ。目処はついたとは言え、アルは未だ『術式』を掌握し切れてはいない。呪術師としては半人前も良いとこな腕前のまま放り出すのは無責任である、と社は考えていた。故に、アルが望むのであれば、彼女を旅に連れて行くのに否は無かった。無論『術式』の制御が出来る様になれば、ハウリア達の下へ戻って貰うが。

 

「・・・『術式』を完全に制御出来る様になれば、アタシはもっと強くなれますか?」

 

「想定する敵にもよるだろうけど、ライセン大峡谷にいた帝国兵達とか、俺が腕を斬り飛ばした熊人族の長老辺りなら、軽く一蹴出来る「分かりました、行きます。」即決かい。・・・その心は?」

 

 食い気味に返答したアルに対して、再度問いかける社。何処か試す様な冷たい響きのある声に、アルは怯む事無く自分の思いを正直に伝える。

 

「アタシは姉さんみたいに、皆サンに何処までも着いて行く気概は無いですケド・・・それ以上に、もっと強くなりたいんスよ。出来る事なら自分の身だけじゃなくて、家族の事も余裕で守れる位に。」

 

 アルにとって、自身の体質の克服は諦めかけた夢であった。治らなくとも生きていけると思いながら、しかし心の何処かで常に残っていた未練は、何の因果か別の世界の人間の協力により叶おうとしていた。

 

 普通であれば、自身の悲願が叶うのは手放しで喜べる事だろう。だが、アルにとってはそうではなかった。それだけでは駄目なのだ。アルにとって本当に大切なのは、自分の体が治る見込みが生まれた事では無く、それを我が事の様に喜んでくれた家族の存在なのだから。

 

「宮守サン達に着いて行けば、きっとそれだけ強くなれると思うから。なんで、その、厚かましいカモですケド、『術式』の制御が完璧になるまでは、お世話になっても良いですか?」

 

「良いと思うよ?ハジメー、妹さんも同行するってさー。」

 

「軽っ。」

 

 社が軽く即答した事に思わずツッコむアル。期間限定の同行(術式の制御が出来るまで)とは言え、自分に対しても何かしら試験の様なものがあると身構えていたので、拍子抜けと言うか肩透かしを喰らった気分だった。

 

「まあ、別に構わないが。その代わり、ちゃんと社が最後まで面倒見ろよ?」

 

「あれ、もしかしてペット扱い?そっスかぁ・・・。」

 

 訂正、何かしらの試験がある方がマシだった。悪意は無いのだろうが、ハジメの台詞はまんま「犬が飼いたい子供に向けて親が言いそうな台詞」だった。それを聞いたアルの眼から光が急速に消える。

 

「いや、俺にもハジメにもそんな意図は無いーーー。」

 

愛玩奴隷(ペット)扱い!?そんな如何わしいマネ、お義姉ちゃん許しませんよ!あ、でも、ハジメさんがどうしてもっていうなら、私が特別に一肌ぬぶべうらっ!」

 

「・・・調子に乗らない。」

 

「つーか、亜人族(おまえら)愛玩奴隷(ペット)云々はブラックジョークすぎて笑えねぇよ。」

 

 社のフォローよりも早く、色々と勘違いしたシアが妄想を垂れ流し切るよりも更に早く、ユエの流れる様な右ストレートがシアの顔面に突き刺さる。小柄な肉体をものともしない、お手本の様な美しい拳だった。ハジメの至極最もな発言も耳に届く事無く、アッサリと地面に沈むシア。

 

「目の前の惨状を見た上で念の為にもっかい聞いとくけど、本当に俺達に着いてくるの?」

 

「・・・・・・・・・・・・えぇ、勿論っスよ。」

 

「思いっきり声震えてるけど?」

 

 

 

 

 

 そんな風に(主にシアが)騒いでいると、霧をかき分けて数人のハウリア族がハジメ達の下に戻って来た。彼等はハジメと社から特定の魔物の討伐を課題として出されていたのだが、様子を見るに無事成功したらしい。

 

 一方で、シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として()()会っていなかったのだ。たった10日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのためシアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

 

 早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、話しかける寸前で、カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がつく。歩み寄ってきたカムはと言うと、シアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして・・・。

 

「ボス、先生。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

 

「ボ、ボス?せ、先生?と、父様?何だか口調が・・・というか雰囲気が・・・。」

 

 父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。それらは全てこの樹海に生息する魔物が持つ体の一部であり、更に言えば樹海の中でも上位に位置する魔物達のものでもあった。

 

「おぉー、やりますね皆さん。」

 

「いや、感心してる場合じゃないだろ、社。俺達は1体でいいと言ったと思うんだが・・・。」

 

 ハジメ達の課した訓練卒業の課題は、上位の魔物を1チームにつき1体狩ってくる事だった。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に10体分はある。ハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。

 

「ええ、そうなんですがね?殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして・・・生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ?皆んな?」

 

「そうなんですよ、ボス、先生。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした。」

 

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

 

「ウザイ奴らだったけど・・・いい声で鳴いたわね、ふふ。」

 

「見せしめに晒しとけばよかったか・・・。」

 

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

 不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメ達に物騒な戦闘報告をする。それを呆然と見ていたシアは一言。

 

「・・・誰?」

 

 

 

 

 

「ど、どういうことですか!?ハジメさん!父様達に一体何がっ!?」

 

「お、落ち着け!ど、どういうことも何も・・・訓練の賜物だ・・・。」

 

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!?完全に別人じゃないですかっ!ちょっと、目を逸らさないで下さい!こっち見て!」

 

 樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。先ほどのやり取りの後、他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が何というか、控えめに言ってワイルドになっていた。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。変わり果てた家族を指差しながら凄まじい勢いで事情説明を迫るシア。

 

「・・・別に、大して変わってないだろ?」

 

「貴方の目は節穴ですかっ!見て下さい。彼なんてーーー。」

 

 どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を躱わしていたハジメ。だが、突如シアからの追及の手がピタリと止んだ。それどころか、あらぬ方向を見て固まっている。不思議に思ったハジメがシアの視線の先に目をやると。

 

「はーい、今回の訓練で怪我した人は、治療するんで潔く前に出て来て下さーい。以前のパル君の様に“カッコ悪いから”なんて理由で隠そうものなら、拳骨落としまーす。はい、ヤオさん、小さな怪我でも関係ありません、感染症とか毒とかもあるので素直に治療を受けてください。おや、イオさん物足りないんですか。なら後で俺かハジメと組み手でもしますか。え、死ぬ?大丈夫、ギリギリの見極めはオレもハジメも得意なんで。はぁ、ミナさん、何故俺に抱きつくので?え?セクシーか?・・・ハニトラの練習は俺以外で試して下さーい。」

 

「・・・はぇ?え?あれ?私を差し置いて、何か凄い仲良くなってません?」

 

 目の前に広がる予想外の光景に、先程までの剣幕が嘘の様な気の抜けた声を出すシア。久しぶりに会った家族が見るも無惨に豹変していたかと思えば、何故だか自分以上に社と仲良くなっており、一部女性陣に至っては妙に距離が近い気もする。訳も分からず呆然とする義姉の様子を見かねてか、アルが今までの経緯を話し始めた。

 

「宮守サンがアタシの面倒見てくれてたのは、義姉さんも知ってたと思うケド。それ以外の時間では、宮守サンずっと兎人族(みんな)に付きっきりで訓練見ててくれたんだよ。」

 

 ハウリアに自分の身の上を語った翌日から、社はより熱心にハウリア達を指導する様になった。理由は言わずもがな、ハウリアが家族の為に刃を取る覚悟を示したからだ。

 

 訓練とは言え、自分の家族に向けられた刃を退ける為、震えながらも刃を握ったハウリアの姿は、彼等の強さ(優しさ)を何よりも雄弁に語っていた。“大切な家族の為に”強くなろうと決意したハウリアを、“大切な■■(ヒト)の為に”強くなった社が見捨てる訳は無かった。

 

「効果的な体の動かし方とか、武器の持ち方だとか。他の皆んなが挫けそうになったり、しくじりそうになっても、根気良く何回も教えててさ。南雲さんはハチャメチャに厳しかったポイけど、宮守サンは厳しいだけじゃなくてかなり親身になって教えてくれてたから、それで余計にじゃないかな。」

 

 ハジメがハウリア達全体を指導する傍らで、社は個別にハウリアを指導していた。それは例えば訓練の厳しさに心が折れそうな者だったり、或いは一部の技能が上手く習得出来ない者だったり。兎にも角にも、訓練から脱落してしまいそうなものを見つけては根気良く指導したのだ。

 

 効率だけを考えるならば、素質のある者を選定して訓練した方が余程良いだろう。だが、ハウリア達の望みは、家族を守る為の力を得る事だ。ならば、家族の誰かに戦いを押し付けるのでは無く、自分達全員が強くなるべきだろう。そう考えた彼等に、社が惜しみ無く協力した結果がコレである。

 

 尚、社が分かりやすく慕われているだけで、ハジメが嫌われている訳では無い。現にハウリア内部では“ハジメに厳しく指導して欲しい派”と“社に優しく親身に教えて欲しい派”がほぼ5:5で分かれている。無論、ハジメと社は知るよしも無い。

 

「成る程。それなら納得ーーーいや、出来ませんよ!?さっきから一部のハウリアがナイフを見つめたままウットリしてーーーあっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた!ナイフに名前つけて愛でてますよっ!普通に怖いですよ!?」

 

「ヤ、あれは一時的なものだから。訓練が終わった直後でハイになってるだけで、直ぐに元の優しい皆んなに戻るから。」

 

「その台詞、お義姉ちゃんの目を見てもう一度言えますか?」

 

「・・・(スッ)」

 

「思いっきり目を逸らしてるじゃないですか〜!もう良いです!父様達に直接聞きます!」

 

 アルとの問答では埒があかないと判断したのか、シアの矛先がカム達に向かった。

 

「父様!みんな!一体何があったのです!?まるで別人ではないですか!さっきから口を開けば恐ろしいことばかり・・・正気に戻って下さい!」

 

 縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩めいつも通りの温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。だが・・・。

 

「何を言っているんだ、シア?私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。ボスと先生のおかげでな。」

 

「し、真理?何ですか、それは?」

 

 嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「この世の問題の九割は暴力で解決できる。」

 

「やっぱり別人ですぅ~!優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~!うわぁ~ん!」

 

 ショックのあまり、泣きべそを掻きながら踵を返し樹海の中に消えて行こうとするシア。しかし、霧に紛れる寸前で小さな影とぶつかり「はうぅ」と情けない声を上げながら尻餅をついた。小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。

 

「あっ、ありがとうございます。」

 

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ。」

 

「あ、姐御?」

 

 霧の奥から現れたのは、未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。シアは、未だかつて〝姉御〟などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを〝シアお姉ちゃん〟と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。

 

 そんなシアを尻目に、少年はスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

 

「ボス!手ぶらで失礼します!報告と上申したいことがあります!発言の許可を!」

 

「お、おう?何だ?」

 

 少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少しやり過ぎたかもしれないと若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。

 

「はっ!課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

 

「あ~、やっぱ来たか。速攻で来るかと思ったが・・・成る程、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。・・・で?」

 

「はっ!宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

 

「う~ん。カムはどうだ?こいつはこう言ってるけど?」

 

 話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

 

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか・・・試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ。」

 

 族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。社は気にせず治療に専念していた。

 

「・・・出来るんだな?」

 

「肯定であります!」

 

 最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは一度瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け!ハウリア「ちょい待ち、ハジメ。」ーーーオイ。」

 

 が、激励を飛ばそうとした瞬間に、社に水を注されてしまう。折角気合いを入れたと言うのに出端を挫かれてしまったハジメはジト目で社を見遣る。が、当の社はその視線に見向きもせず、真剣な様子でハウリア達に向き直る。

 

「俺からは1つだけ。ーーー誰の為に刃を握るのか。それだけは忘れないで下さい。それさえ出来るのならば、きっと皆さんなら大丈夫ですから。」

 

「「「「「「「「「「ーーーはいっ!!」」」」」」」」」」

 

 社の言葉に、ハウリア全員が景気良く返事をする。先の様な好戦的なだけの笑みでは無い。家族を守る為戦う事への覚悟を宿した、勇ましくも凛々しい笑み。正しく勇気凛々と言う言葉が似合う顔に、今度は良い意味で驚愕するシア。

 

「良かったですぅ〜。やっぱりどれだけ見た目や雰囲気が変わっても、皆んな私の家族に変わりない「んじゃ、後はハジメ頼むわ。」え・・・?」

 

 が、社がハジメにバトンタッチした瞬間、猛烈に嫌な予感がシアの直感に突き刺さった。常日頃から〝未来視〟の技能を使用する事で鍛え上げられた第六感とも言うべき感覚が、ハジメを止めないと後悔することになると悲鳴を上げた。その本能に逆らう事無くハジメを止めようとしたシアだったが、一歩遅く。

 

「聞け!ハウリア族諸君!勇猛果敢な戦士諸君!今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する!お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない!力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる!最高の戦士だ!私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ!奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん!唯の〝ピッー〟野郎どもだ!奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ!生誕の証だ!ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

 

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

 

「答えろ!諸君!最強最高の戦士諸君!お前達の望みはなんだ!」

 

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

 

「お前達の特技は何だ!」

 

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

 

「敵はどうする!」

 

「「「「「「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」」」」」」

 

「そうだ!殺せ!お前達にはそれが出来る!自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

 

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

 

「いい気迫だ!ハウリア族諸君!俺からの命令は唯一つ!サーチ&デストロイ!行け!!」

 

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

 

「盛り上がんのも分かりますけど、先ずは治療が先ですからね?後から来た人達は、俺の方に必ず来て下さいねー。」

 

「うわぁ~ん!!!やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~!!!」

 

 ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。暫くして社による治療を終えた者も、速く先行隊に追い付けと言わんばかりに後を追った。温厚で平和的、争いが何より苦手・・・そんな種族など居なかった。

 

 “変わり果てたと思っていた家族が、実は変わらず優しいままだったーーーと思ったら、自らの想い人に人格改造されていた。”言葉にすると全くもって意味不明過ぎる。落とされた後に持ち上げられ、その後更に深く落とされ崩れ落ちたシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する。流石に見かねたのか、ユエとアルがポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。

 

「あれ?妹さんのお披露目の時も会って無かったっけ?」

 

「その時はアルの体が治った嬉しさが上回って、それどころじゃなかったんですよー!」

 

 ハウリア達の治療を終えた社のふとした疑問に、叫びながら答えるシア。アルのお披露目の際にも会うには会ったが、その時はアルの体が元に戻った嬉しさで家族の変化に気付いていなかったらしい。号泣するシアだったが、その隣を少年が駆け抜けようとしたところを咄嗟に呼び止めた。

 

「パルくん!待って下さい!ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ?君まで行かなくても・・・お姉ちゃんとここで待っていませんか?ね?そうしましょ?」

 

 どうやら、まだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。何故花で釣っているのかと言えば、この少年こそが訓練の最中で道端の草花や虫を踏まない様に歩幅や進路を変えていたハウリアの1人だったからだ。

 

 シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年、もといパル少年(11歳)は「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。

 

「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身。花を愛でるような軟弱な心は、もう持ち合わせちゃいません。」

 

「ふ、古傷?過去を捨てた?えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」

 

「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは。」

 

「そんな、あんなに大好きだったのに・・・。」

 

「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ。」

 

 ニヒルな笑みと共に、今年で11歳とは思えない言葉を返したパル。厨二病にしては早過ぎるが、この世界がファンタジーそのものである為、何ともコメントしづらかった。

 

「それより姐御。」

 

「な、何ですか?」

 

 〝シアお姉ちゃん!シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシアだったが、パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ。」

 

「誰!?バルトフェルドってどっから出てきたのです!?ていうか必滅ってなに!?」

 

「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」

 

「あ、こらっ!何が〝ではっ!〟ですか!まだ、話は終わって、って早っ!待って!待ってくださいぃ~!」

 

 恋人に捨てられた女の如く、崩れ落ちたまま霧の向こう側に向かって手を伸ばすシア。答えるものは誰もおらず、彼女の家族は皆、猛々しく戦場に向かってしまった。ガックリと項垂れ、再びシクシクと泣き始めたシア。既に彼女の知る家族はいない。実に哀れを誘う姿だった。

 

 そんなシアの姿を何とも言えない微妙な表情で見ているユエとアル。ハジメと社はどことなく気まずそうに視線を彷徨わせている。ユエはハジメ達2人に視線を転じるとボソリと呟いた。

 

「・・・流石ハジメと社。人には出来ないことを平然とやってのける。」

 

「いや、だから何でそのネタ知ってるんだよ・・・。」

 

「その内 WRYYYYYYYYYY(ウリィィィィィィィィィィ)ーーーッ、とか言わないよね?」

 

「・・・闇系魔法も使わず、洗脳・・・すごい。」

 

「・・・正直、ちょっとやり過ぎたとは思ってる。反省も後悔もないけど。」

 

「ハジメに同じく。ま、彼等なら大丈夫さ。・・・幸利が居れば、もうちょっと楽が出来たんだけどな。」

 

「それな。」

 

「・・・あの、皆さん、そろそろ義姉さん宥めんの、手伝ってくれません?」

 

 ハウリア族が去り静まり返った森の中で、アルのツッコミとシアのすすり泣く声が虚しく響き渡るのだった。




当小説オリキャラの見た目イメージ。一応反転しときます。
宮守社:『相州戦神館學園八命陣』 より、 幽雫宗冬(くらなむねふゆ)
アル・ハウリア:『プリンセスコネクト!Re:Dive』より、エルフの『クロエ』


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44.刃を握る理由

祝 呪術廻戦映画化!!


「ほらほらほら!気合入れろや!刻んじまうぞぉ!」「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」「汚物は消毒だぁ!ヒャハハハハッハ!」

 

「ちくしょう!何なんだよ!誰だよ、お前等!!」「こんなの兎人族じゃないだろっ!」「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ!」

 

「・・・良し、訓練の成果はキチンとでてるみたいだな。」

 

「言いたい事はそれだけですかハジメさん!?」

 

 樹海の奥深くで、ハウリアの哄笑と共に熊人族達の悲鳴が響き渡る。他の獣人達が見たら目を疑うであろう惨状を見て満足気に頷くハジメの首元を、涙目になりながらシアは思い切り揺さぶった。今現在ハジメ達一行は、ハウリア達と熊人族の戦闘を影ながらに観戦しているところだった。

 

「イヤ、何つーか、 兎人族(みんな)強くなりすぎじゃないッスか?」

 

「いや、そうでも無いかな。見た感じ単純なスペックだけなら、熊人族の方がまだ上みたいだ。ただ、ハウリアはそれを踏まえた上で、スペック差を封殺する戦法を取ってるから一方的に見えるけども。」

 

 ハジメがシアに揺さぶられている横で、社がアルの疑問について解説する。社の言う通り、ハウリアの個々の力量は熊人族のそれには未だ及んではいない。実際に1対1で真正面から戦った場合も、十中八九熊人族に軍配が上がるだろう。だが、単純なカタログスペックのみで勝敗を決められる程、今のハウリアは甘くない。

 

「初手の奇襲で戦いの主導権を奪い、密な連携と撹乱に徹する事で下手な行動を許さず、隙を見せた相手から確実に仕留めていく、と。控えめに言って完璧では?」

 

「やだ、アタシの家族、強すぎ・・・?」

 

 腕力等の単純な力で勝てないのは百も承知。だからこそ、ハジメと社はハウリアの持ち味を生かす為に、この10日間訓練してきたのだ。

 

 元々、兎人族は熊人族は愚か、他の亜人族に比べても低スペックだった。その上、争いを嫌う性格の為に戦う事すらままならない始末。そんな彼等一族が今まで生き残れていたのは、一重に危機察知能力と隠密能力が群を抜いて優れていたからだった。

 

 ハウリア達は敵から逃げ隠れする時にしか使っていなかったが、この能力は見方を変えれば敵の存在をいち早く察知し、気づかれない様に奇襲するのに非常に適していた。端的に言えば、彼等一族は非常に暗殺者向きの才能があったのだ。・・・生来の気質により争いを好まないと言う一点を除けば、であるが。

 

 ハジメと社が施した訓練は、戦いの技能を教える以外に、彼等の闘争本能を呼び起こす為のものでもあった。苛烈且つ過酷な訓練は、今まさに社達の目の前で確かに実を結んでいた。・・・若干、やりすぎた感は否めないが。

 

 敵に対して躊躇いのない攻撃性を身に付けた彼等は、熊人族相手であっても高い戦闘力を発揮した。一族全体を家族と称するだけあって連携は最初からかなり高いレベルであり、気配の強弱の調整が上手く攪乱や奇襲をより高度なものにしていたのだ。

 

「ハジメが用意した武器も良い感じに役立ってるな。」

 

「ん?ああ。子供用に見繕ったんだが、あそこまで狙撃に適性があるとは思ってなかった。ハウリアの索敵能力は伊達じゃ無いな。」

 

 そこにダメ押しとして、ハジメ製の強力な武装が加わっている。非力な兎人族の攻撃力を引き上げるべく、奈落の底で採取した鉱石や魔物の一部を素材として作り上げた特別性の武具である。ハウリア全員に支給された極薄の小太刀二刀*1や投擲用ナイフの他、体格に恵まれない子供用にスリングショットやクロスボウ*2まで作製してある。如何に熊人族相手であろうとも、コレらを相手に無傷で過ごすのは不可能だろう。

 

 兎人族対熊人族達の戦いは、圧倒的に兎人族優勢のまま進んでいる。この調子でいけば、大きな被害を出す事無く勝てるだろう。にも関わらず、どこか納得出来ない表情で戦いを眺めている者がいた。何を隠そうシアである。

 

「・・・・・・むぅ〜。」

 

「あん?何を難しい顔して唸ってんだ。似合わないぞ。」

 

「・・・唸り方があざとい。」

 

「2人共酷い言い草ですね!?私の様な美少女が悩んでいるんですから、もうちょっと、こう、優しい声のかけ方があるんじゃ無いですかね!具体的には「何が心配なんだ、話してごらん?」みたいな!」

 

「「えー、やだ。」」

 

「ハモる程ですか!?」

 

 ハジメとユエの塩対応にショックをうけるシア。だが数秒もすると直ぐに真面目な表情に戻り、再びハウリアと熊人族達の戦闘を食い入る様に眺め始める。普段のおちゃらけた雰囲気ではない真剣な様子を見て、ハジメも訝しんだのか声を掛ける。

 

「家族が心配なのは分からないでも無いが、アイツらもそんなにヤワじゃない。一体何が気になるんだ?」

 

「それは・・・。」

 

「ーーー大丈夫だよ、義姉さん。」

 

「・・・アル?」

 

 ハジメの問いに、迷う様に言葉を濁すシア。普段の快活さとはかけ離れたシアの姿を見て、思わず顔を見合わせるハジメ達。だが、そんな義姉の悩みを見抜いていたのか、誰よりも速くアルが断言する。

 

「義姉さんが何気にしてるのかは分かるよ。見てて不安になるのも。でも、もう少しだけ待ってて。・・・大丈夫、どれだけ強くなっても、アタシ達の大切な家族は、誰も変わってなんかいないから。」

 

 

 

 

 

 

「ーーーさて、粗方肩が付いたが。何か言い残すことはあるかね、最強種殿?」

 

 周囲に力尽きた熊人族を転がしながら、カムが酷く冷徹な表情で、淡々と言葉を投げかける。以前のカムからは考えられない顔と台詞だ。

 

「ぬぐぅ・・・。」

 

 カムの物言いに悔しげに表情を歪めたのは、レギン・バントン。熊人族最大の一族であるバントン族の一員である彼は、次期族長との噂も高い実力者であり、そして今回ハジメ達とハウリアに対して報復を企てた張本人でもあった。

 

 社がフェアベルゲンにて腕を切り落とし、殺しかけた熊人族の現長老であるジン・バントン。彼は豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最上位の実力の持ち主であり、それ故にレギンを含めた熊人族、特に若者衆の間で絶大な人気を誇っていた。

 

 そんな自分達の心酔する長老が、1人の人間に為す術もなく再起不能にされたと聞いた時、レギンはタチの悪い冗談だとしか思わなかった。だが、医療施設で片腕を無くし力なく横たわるジンの姿を見た瞬間、レギンは変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。

 

 現場にいた長老達から事情を聞きだして全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝えると、若者達を煽動して報復へと乗り出した。長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てる事は出来なかったが、それでもジンを特に慕っていた者達が50人程集まった。

 

 そして仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として、大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい!と。

 

 レギンの認識では、ハジメ達や兎人族がジンを倒せたのは、不意打ち等の卑怯な手段を使ったのだと解釈していた。故に、樹海の深い霧の中での奇襲なら、感覚の狂う人間や脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。怒りで頭が茹っていたものの、レギンの考えは基本的に間違ってはいなかった。ただ1つ、相手がそんな常識など一蹴出来る実力の持ち主であったのが運の尽きだった。

 

 戦いの火蓋を切ったのは、ハウリアの逆奇襲。大樹の前で待ち構えていた熊人族達に対して、兎人族が奇襲をかけたのだ。

 

 それだけならば、驚きはしたものの何とか対応出来ただろう。少なくとも、良く訓練された熊人族ならばどうにでもなったはずだ。だが、ハウリア達はそこで手を緩めなかった。体制を立て直そうと焦るレギン達に、霧の中から正確無比な弓や石が、首や足首などの人体や戦闘の要になり得る箇所に降り注ぐ。かと思えば、巧みな気配の断ち方と高度な連携を駆使して自分達を惑わし、両手に持った小刀で隙を見せた者の首を刈り取る。一連の流れる様な動きは非常に洗練されたものであり、それらの技を狂った様に笑いながら振るうハウリア達は、熊人族達を恐慌させるには十分であった。端的に言って地獄である。

 

 当然、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抵抗するなど出来る訳も無い。ここに至って漸く現実が見えてきた熊人族の1人が、レギンに一時撤退を進言したものの、未だ怒りで頭の冷えぬレギンが判断を迷って逡巡した隙を、ハウリア達は見逃さなかった。

 

 撤退すべく殿を買って出た熊人族のこめかみを撃ち抜くと、動揺して陣形が乱れたレギン達に、好機と見たカム達が一斉に襲いかかったのだ。

 

 霧の中から矢が飛来し、そちらに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれる。辛うじて避けたとしても、斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。そして、トドメと言わんばかりに背後から致命の一撃が放たれる。十重二十重に張り巡らされた殺人技巧は、着実に熊人族達の命を摘み取っていく。

 

 しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり、武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。レギンをはじめとした数名は気丈にもカム達を睨みつけるが、生き残りの殆どは既に心が折られたのか、頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。決着は着いた。熊人族の完璧なまでの敗北である。

 

「ふむ、その様子だと、特に言い残す事も無いか。それでは「待ってくれ。」・・・何だ?」

 

 カムの言葉に被せるように、レギンが呟いた。先程まで怒りに曇っていた瞳が、今はある程度落ち着いていた。ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。次期族長と称されるだけあり、平時ならば優秀なのだろう。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚もあるのかも知れないが。

 

「・・・俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい。」

 

「なっ、レギン殿!?」

 

「レギン殿!それはっ・・・!」

 

 レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「黙れっ!・・・頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人・・・いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい!この通りだ。」

 

 武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 いつ首を落とされても不思議ではない状況で、レギンは決して頭を上げる事はしなかった。そのまま十数秒、数十秒と時間が経ち、ふとレギンは周囲に静けさが戻っていた事に気付く。いつの間にか、ハウリア達の罵声や哄笑がピタリと止んでいた。

 

「ーーー良いだろう、貴様らを見逃してやる。無論、首魁である貴様もだ。」

 

 先程まで戦闘があったとは思えない程に静まり返った樹海で、カムの言葉が響く。と、同時、熊人族を取り囲んでいた兎人族の内の一部ーーー彼等の逃げ道を塞いでいた数名が、道を空ける様に包囲を緩める。その他の熊人族を取り囲んでいた者や離れて狙いを定めていた者達も、武器を構えたままいつでも動ける態勢ではあるが、追撃を行おうとする者もまた居なかった。

 

「・・・何故だ?」

 

 顔を上げて呻くように声を搾り出し理由を問うレギン。族長であるジンが倒された事に始まった一連の出来事は、レギン達にとって予想外の連続であった。しかし、今この場で自分も含めて見逃すと言う発言は、他の何よりも理解出来ない。自分の首を差し出すと言う宣言に嘘偽りなどないが、しかし本当にそれだけで済むかどうかは賭けだった。故にこそ、聞かずにはいられない。

 

「お前達への報復は、お前達の家族を殺した事で十分に済んだ。これ以上は余分だろう。それに・・・。」

 

「・・・それに?」

 

「我らが刃を手にしたのは、我らの家族を守る為だ。ーーー家族の為に自らを差し出す男の首を断つ刃を、我らは持ちえない。」

 

「!」

 

 カムの答えに、レギン達熊人族が目を見開いた。〝家族の為に〟。実にシンプルでありきたりな、しかしだからこそ多くの人に共感される理由。情に厚い亜人族であるならば尚更である。自分を圧倒する程に強くなった兎人族からの言葉に思うところがあるのか、瞑目し黙り込んでしまうレギン達熊人族。

 

「・・・ならば「と、言うのが我々の総意なのですが。如何しますか?ボス、先生。」む?」

 

 少しの沈黙の後。意を決した様に発言しようとしたレギンを遮る様に、カムが自身の背後に声を掛けた。すると全く気配が無かったにも関わらず、霧の奥から兎人族以外の集団が現れた。ハジメ達一行である。

 

「まさか気付いていたとはな。何時からだ?」

 

「いえ。訓練を終えたとは言え、未だ我々ではお二人の〝気配遮断〟を捉える事は出来ませんよ。」

 

「?なら、何故俺達が居ると分かったんです?」

 

「訓練の時は何時も我々の事を見てくれていましたからね。今回もそうなんじゃないかと、カマをかけただけですよ。」

 

「・・・揃いも揃って良い性格になりやがって。」

 

 一杯食わされた事に苦笑するハジメと社を見て、ニッコリと良い笑みを見せるカム達兎人族。その顔には戦う事への恐れは勿論、他者を虐げる事への悦びも一切見当たらない。

 

「さて、ハウリアの事は置いといて。肝心のコイツらについてだが。」

 

「ハウリアが許したからといって、逃げるにはまだ早いですよ皆さん?」

 

 ハジメ達がハウリアと話している間に、どうにか逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認していた熊人族。だが、ハジメと社の2人から同時に〝威圧〟を浴びせられると、途端にガクブルしはじめる。ハジメはレギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口を押し当てた。

 

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

 

 ハジメの言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。自分達で言い出した事ではあるが、まさか本当に通るとは思っていなかったのだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案ではある。社の方を見ても特に何も言わない辺り、2人の意見は同じ様だ。

 

 レギンも意外そうな表情でハジメと社を見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男達だと確信していたので、その男達が情けをかけるとは思えなかったのだ。

 

「・・・どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

 

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな。」

 

「条件?」

 

 あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろでシアとカム達が「もしや、頭を強く打ってしまわれた・・・?」「頭を殴れば正気に戻るでしょうか・・・?」と悲痛そうな目でハジメを見ながら、割とマジな表情で話し合っていた。ここらで1発キツイ仕置が必要かもしれないと、額に青筋を増やすハジメ。尚、社はそれを聞いて笑いを噛み殺していた。社も敵には容赦無いが身内には甘々なので、「見逃す」発言をしてもハウリア達には驚かれないのだ。

 

「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え。」

 

「・・・伝言か?」

 

 条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。

 

「俺達と()()()()()それぞれ〝貸一つ〟だ。」

 

「ッ!?それはっ!」

 

「で?どうする?引き受けるか?」

 

 言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。言葉の裏をすぐに読み取れる辺り、やはり優秀な人物ではあるのだろう。ハジメと社はどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟ーーー要するに、今見逃してやるから何時か借りを返せということだ。

 

(彼等にとっては屈辱以外の何者でも無いだろうし、かなり足元見た条件ではあるが・・・まぁ、自業自得だしな。残念ながら慈悲は無い。)

 

 レギンが苦悩する様を見ながら、ハジメの提案について考える社。ハジメ達(正確にはハウリア)が樹海の警備隊に見つかった事から始まった今回の一件、結果だけ見ればフェアベルゲンは凄まじいまでの損害を被っている。長老の一人を再起不能にされ、ジンを殺さぬ代わりに迷宮に挑む際の支援を確約され、挙句に長老会議の決定を実質的に覆される。まさに踏んだり蹴ったり、長老達もやっていられないだろう。ハジメ達と不干渉を結びたくなるのも頷ける。

 

 が、今回ハジメ達がレギン達を見逃せば、長老衆は無条件でハジメ達の要請に応えなければならなくなる。客観的に見ればレギン達は一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上で命は見逃してもらったという事になる。自分達から不干渉を結んでおいてこれなのだから、長老会議の威信にかけて無下には出来ないだろう。無視してしまえば唯の無法者であるし、今度こそハジメ達が牙を向くかもしれない。

 

 つまりレギン達が生き残る=自国に不利な要素を持ち帰るという事だ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる。しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還・・・ハジメの言う通りまさに生き恥だ。分かり易く表情を歪めるレギンにハジメが追い討ちをかける。

 

「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな。」

 

「ぐっう。」

 

 ハジメと社がこのような条件を出したのは、フェアベルゲンに貸しを作る為ーーーでは、無い。ハジメ達の狙いは、()()()()()フェアベルゲンへの貸しを作らせる事だった。フェアベルゲンとは絶縁したハジメ達だが、七大迷宮の詳細が未だわからない以上、彼の国に用事が出来る可能性はある。だが、それ自体に問題は無い。社が既に『縛り』を結んでいるからだ。

 

 社が長老衆と結んだ『縛り』は『ハジメ、ユエ、社の3人がハルツィナ樹海の迷宮に挑む際には、長老衆の権限で出来る限り支援する』事だった。これにより、フェアベルゲンからの助力は確保したも同然と言える。だが、問題はこの『縛り』の中には不戦の取り決めーーーもっと言えば、()()()()()()()()()()()()が入れられていないのだ。

 

 今でこそ特訓の甲斐もあり、熊人族すら圧倒する戦闘力を手に入れたハウリアだが、それでも数にして40人強程しかいない。接近戦が出来ない子供達を除けば、真正面から戦える人数は更に減るだろう。

 

 先程の戦いでは人数差を技術と連携と戦術でひっくり返せたが、もし仮にフェアベルゲン総出でハウリアを潰す事にでもなれば、戦力差は倍では効かないだろう。無論、そうなったらなったでハウリア達も別の戦い方をするだけだろうが、今回の様に被害0とまでいくかは分からないのだ。

 

 長老衆にも面子はある為、余程がなければフェアベルゲンとハウリアの全面戦争にはならないだろうが・・・少なくとも、社はアルフレリック以外の長老衆を信用していなかった。現にこうして熊人族の一部が暴走しているからだ。

 

 そう言う意味では、今回の一件は社にとって悪いものでは無かった。ハウリア達の実力を披露して釘を刺しつつ、フェアベルゲンに貸しを作る。これだけすればハウリア達も暫く安泰だろう。尚、この考えを話した際にハジメには「だから身内にダダ甘って言われんだろ」と言われたが、何時もの事なのでスルーした。

 

 内心で満足気に頷く社だったが、一方で深く悩むレギンにハジメがゴリッと銃口を押し付けた。側から見ればどちらが加害者で被害者なのかまるで分からない。

 

「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。〝判断は迅速に〟。基本だぞ?」

 

 そう言ってイーチ、ニーと数え始めるハジメにレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。

 

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

 

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら・・・。」

 

 ハジメと社の全身から、強烈な殺意が溢れ出す。物理的な圧力すら伴っているのでは無いかと錯覚しそうな空間で、ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。

 

「その日がフェアベルゲンの最後だと思え。」

 

 どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。もっとも、キツイお仕置きは確定だが。とうとう我慢出来ずに吹き出した社も同罪である。

 

 

 

「ほら、ね?大丈夫だったデショ、義姉さん。」

 

「・・・そうですね、アルの言う通りでした。」

 

 ハウリア族により心を折られ、悄然(しょうぜん)と項垂れて帰路につく熊人族の背を見送りながら、アルの言葉に頷いたシア。その顔には分かり易く安堵の色が浮かんでいる。

 

 シアがこの戦い(と呼ぶには少々一方的だった)で心配していたのは、カム達の身では無く精神の方だった。ハウリア達が熊人族を嗤いながら、囲んで、射抜いて、斬り刻む様子を見たシアは、自分の家族が他者を虐げる事に愉悦を覚えていないか不安になったのだ。その在り方は、自分達を奴隷にしようとした帝国兵と同じものだったからだ。最も、それも杞憂だったが。

 

「我らが刃を手にしたのは、我らの家族を守る為だーーーなんて。何時も優しい父様が、あんなカッコいい台詞を言うとは思ってなかったですぅ。アルは皆んなを信じてたのに、私だけ信じてなかったなんて、お姉ちゃん失格かもですね。」

 

「あー・・・それは・・・。」

 

「?」

 

 寂しそうに苦笑しながら自虐するシアに対して、どう説明したものかと言葉を濁すアル。ハウリアが過酷な訓練を乗り越えて尚、手にした力に酔いしれず「家族を守る為に」と言う考えを貫き通せたのは、十中八九、社の演説があったからだとアルは考えていた。

 

 シアはユエとマンツーマンの特訓中だった為、社がハウリアに伝えた言葉を知らない。なので、今ここでその内容を話してしまえば、シアも納得はするだろうが・・・。

 

(アタシが宮守サンの事ペラペラ話すのも、あんまり良く無いしナァ。)

 

 社がハウリアに話したのは、社自身の身の上話。しかも自分の大切な人が目の前で死んだ、と言う非常に重い話である。幾ら家族といえど簡単に話していいものか、アルは頭を悩ましていた。実際の所、死んだ相手は怨霊となり社に取り憑いているので、当の本人はそこまで気にしてはいない。それを今のアルは知る由も無いが。

 

「宮守サンが色々、皆んなの世話を焼いてくれてたんだ。だから、マァ、大丈夫かなって。宮守サンのプライベートに深く突っ込む話だから、アタシから詳しくは言えないケド。・・・何、その目。」

 

「いーえー?いつの間にか仲良くなってるみたいで、お姉ちゃん嬉しいなーって思ったんですぅ!」

 

「イヤ、そんなんじゃ無いから。・・・良い人だなー、とはおもうケド。

 

「おやおやおや〜、なんか小声で聞こえましたね〜?良いんですよ、アル。恥ずかしがらず、私に包み隠さず思いの丈をぶつけてしまっても!」

 

「チッ、ウザ。」

 

「私への罵倒を包み隠していない!?」

 

 余りにもアレな反応をするシアに対して、思わずムカつきが口から出てしまうアル。彼女の心が、想いが、何方に傾くのかはーーー未だ誰にも分からない事だった。

 

 

 

 霧の向こうに熊人族達が消えていくのを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。だが、俯いていて表情は見えず、何故か異様な雰囲気を醸し出している。それを見てシア達ハウリアが「あれ?なんかヤバくね?」と冷や汗を流している。

 

 ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。が、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。間違い無くキレていると確信したカムが恐る恐る声を掛けた。

 

「ボ、ボス?」

 

「うん、確かに。短期間である程度仕上げるためとは言え、俺はお前達に非常に厳しい訓練と態度を強いてきたな。」

 

「い、いえ、そのような・・・我々は一同、心から感謝して・・・。」

 

「いやいや、いいんだよ?俺自身が認めているんだから。大丈夫、分かっている。日頃の俺の態度がそうさせたのだと。しかし、しかしだ・・・このやり場の無い気持ち、発散せずにはいれないんだ・・・分かるだろ?」

 

「い、いえ。我らにはちょっと・・・。」

 

 冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退るカム。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを躊躇無く肉盾にしている辺り、ユエとの特訓で強かさも鍛えられた様だ。

 

 ドパンッ!!

 

 が、それらは全て無駄。一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。

 

「はきゅん!」

 

 ハジメの銃技の一つ〝多角撃ち〟が、シアのケツを狙い撃った。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。突き出したお尻からはシュウーとお尻から煙が上がっており、シアは痛みにビクンビクンしている。

 

 痙攣するシアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ。

 

 何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。

 

「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」

 

「待って、ボス、落ち着いてーーーグペッ!」

 

「ああっヨルがやられたっ!先生、どうかボスを止めてーーーって居ない!?」

 

「あの人シアが逃げるよりも先に居なくなってたぞ!兎人族(おれら)よりも遥かに危機察知能力高いーーーヒデブッ!」

 

「エ、待って、コレアタシも巻き込まれるカンジ?ウソでしょ?」

 

「言ってる場合じゃ無いわよアル!」

 

「「「「「うわぁああああーー!!」」」」」

 

 蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出すハウリアと、一人も逃がさんと後を追うハジメ。社はハジメの悪意(いかり)を感知した瞬間に真っ先に逃げている。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと。

 

「・・・何時になったら大樹に行くの?」

 

 すっかり蚊帳の外だったユエの呟きだけだった。

*1
精密錬成の練習過程から生まれたもの。タウル鉱石を使っているので衝撃にも強い。

*2
奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用している。



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45.異世界より⑤

 ■月◯日

 

 兎人族が熊人族達をしばき倒し、ハジメVSハウリア&俺で突発的な鬼ごっこをこなした後、俺達はカムさん達の案内で大樹に向かった。深い霧の中を迷い無く案内するハウリア達は、真剣な表情も相まって酷く頼もしく映った。この姿を見れば、彼等が元最弱の種族だったなんて誰も信じないだろう。これで全員コブやら青タンやら無ければ格好ついたんだけどなー。

 

 因みに俺は無傷で逃げ切った。魔力以外のステータスがハジメの約1.5倍はある上、〝悪意感知〟まであるのだから、本気であっても全力では無いハジメから逃げ切るのは容易い。「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そして何よりもーーー速さが足りない!」とか「何で負けたか明日までに考えといて下さい」なんて煽りが脳内を過ったが、そんな事言えば今度こそマジで追われるのでやめといた。俺は退き際が分かる男である。■■関連以外では。

 

 そんなこんなで撃たれた尻を摩りながら泣き言を言う姉ウサギさんとか、俺だけ逃げ切った事に若干恨みがましい視線を向ける妹さんを無視しながら、無事に目的地の大樹〝ウーア・アルト〟に着いた・・・までは良かったんだが。どうやら今のままでは迷宮に入れないらしい。

 

 先に聞いていた通り、大樹〝ウーア・アルト〟は見事なまでに枯れていた。周りの木は青々と生い茂っていたので、確かに異様な光景である。その代わりと言えば良いのか大きさに関しては途轍もなく、目測ではあるが少なくとも直径50mはあったか。

 

 カムさん曰く、「大樹はフェアベルゲン建国前から枯れているが、朽ちることもない」「周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点から、いつしか神聖視されるようになった」「と言っても特徴はそれだけなので亜人からすれば観光名所みたいなもの」との事。

 

 取り敢えず近くで調べて見ようと俺達が大樹の根元まで進んでみると、アルフレリック氏が言っていた通り石板が建てられていた。石版にはオルクスの部屋の扉や指輪と同じく、七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた他、裏側にはそれらに対応する様に同数の小さな窪みが開いていた。

 

 そこでハジメが手に持っているオルクスの指輪を、石板の表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めたところ、石板が淡く輝き文字が浮き出始めたのだ。以下は、その文章の写しである。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

 以上、原文ママである。方向感覚を消し去る樹海と言い、指輪を嵌めると文字が浮かび上がる仕組みと言い、ここに来て本格派RPGっぽさが止まる事を知らない。ゼ◯ダの伝説かな?

 

 で、俺達とハウリアであーでも無いこーでも無いと話し合ったり試した結果、

・〝四つの証〟→他の迷宮の証?

・〝再生の力〟→〝再生〟に纏わる神代魔法?それを使って大樹を再生する?

・〝紡がれた絆の道標〟→亜人の案内人、若しくは協力者を得られるかどうか?

では無いか、との結論に。要するに「七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来い」って事らしい。うーむ、クソめんどい。

 

 と、そんな理由もあって他の大迷宮から先に攻略する事にしたんだが、その旨をハウリア達に伝えたところ、何と「我々もお供します!」とか言い始めた。それを聞いた姉ウサギさんや妹さんもかなり驚いてたので、2人も初耳だったんだろう。

 

 別れの挨拶をすべく気合いを入れていた姉ウサギさんをガン無視し、俺達ーーーと言うか、ハジメについて行きたいとごねるカム達ハウリア。そのうちの半数位は俺の方を見ていた気がしないでも無いが、気の所為だろう。「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし!()()()()()()部下であります!是非、お供に!これは一族の総意であります!」とかカムさんもほざいていたがこれも幻聴の筈だ。俺は何も聞かなかった。

 

 とは言え俺もハジメも答えはNoだった訳だが。ハジメも言っていたが、幾ら強くなったとは言え、ハウリア達と俺達では未だ歴然とした実力の差がある。正直足手纏いにしかならないだろう。それに今後旅を続けていく中で、俺達は間違い無く〝神〟及びそれに連なる者達と敵対するだろう。下手をすれば、この世界の全てを敵に回すかもしれない。姉ウサギさんの様に覚悟を決めたのならまだしも、ハウリアの人達をそんな旅に巻き込む訳にはいかない。彼等は家族を守る為に刃を取ったのであって、世界に挑む為に刃を取ったのでは無いのだから。

 

 そんな感じでカムさん達には説明したんだが、それでも諦め切れない様子。結局、ハジメの「次に樹海に来た時までにもっと強くなってれば、部下として考えなくも無い(意訳)」の鶴の一声により、どうにか説得したのだった。

まぁ「許可を得られなくても勝手に付いて行きます!」とまで言ってたから、これも必要な犠牲(コラテラルダメージ)と言うヤツだろう。本当に町とかにまで付いてこられたら、それだけで騒動になるのは目に見えてる。しかも「嘘だったら、人間族の町の中心でボスと先生の名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」と逃げ道まで塞ぐ徹底ぶり。うーん、この鬼畜っぷりは今のハジメに通ずるものがあるな。

 

 尚、ハウリア達が盛り上がっている傍で、姉ウサギさんが地面にのの字を書いていじけていたのは見なかった事にした。妹さんも慰めていたし、励ますとしても俺じゃなくてハジメで良いだろうしな。

 

 そんなゴタゴタがありつつも何とかハウリア達を説得した日の夜。()()()()()()()()()()()()()()()()()。目的は色々あるが、大きく2つ。俺達を襲った熊人族がキチンと約束を守ったのかの確認と、アルフレリック氏に今後の予定を伝える為だ。

 

 下手人である熊人族達を見逃した際に、俺は彼等との間で『縛り』を設けなかった。これは別に熊人族達を信用したとかでは無く、下手に彼等に『縛り』をかけた場合、先に俺達がフェアベルゲンの長老衆と結んだ『縛り』に抵触する可能性があったからだ。

 

 例えば『俺達とハウリアに二度と関わらない』と言う『縛り』を設けたとしよう。この場合、長老衆と結んだ『ハジメ、ユエ、社の3人がハルツィナ樹海の迷宮に挑む際には、長老衆の権限で出来る限り支援する』『縛り』に十中八九引っ掛かる。こう言った意図しない部分で制限ができてしまうのが、他者間の『縛り』の厄介なところでもある。

 

 何よりも怖いのが重複してこんがらがった『縛り』を、誤って()()()()()破ってしまいかねない事だった。他者間の『縛り』は破った際の代償(ペナルティ)が酷く不透明で、俺だけに災難が降りかかるならまだしも、ハジメやユエさん達を巻き込む形で発生したら目も当てられない。『縛り』の穴を突く様な内容にすれば良いのかも知れないが、それでも絶対大丈夫とは言えないし、そこまでするのも面倒だったので彼等と『縛り』は結ばなかったのだ。

 

 後者については、ハルツィナ樹海の大迷宮攻略を延期する事、その間に長老衆達主導でポーションやら希少な薬やらを用意しておいてくれと依頼する為である。釘刺しとも言うが。対象をアルフレリック氏に限定したのは、他の長老衆では色々な意味で話にならないからだ。最悪、再び血を見る事になるだろう。流れるのは亜人達の血だけだがな!

 

 話が逸れた。てな訳で、単独でフェアベルゲン潜入を試みた俺。ハジメと一緒でも良かったんだが、生憎と()()()()()()()()をしていたので、1人寂しくアルフレリック氏のお宅にお邪魔する羽目になった。

 

 で、特に問題無く潜入成功。道中?常時〝気配遮断〟全開の上、〝影鰐〟でちょくちょく影の中に隠れていたので誰にも見つからなかった。「熊人族の若者達が兎人族にボロクソにやられた」と騒ぎになり、注意がそちらに向いていたのも大きかっただろう。熊人族達は約束を守った様だ。

 

 自室に侵入してきた俺を見て目をひん剥くアルフレリック氏だったが、事情を話すとそれはもう深い溜息と共に耳を傾けてくれた。物分かりが良いと言うか、人間出来てるエルフだった。諦めが良いとも言う。

 

 その後、これからの予定をアルフレリック氏に告げた俺は、再び〝気配遮断〟全開でフェアベルゲンから脱出した。無論、帰りも見つかるなんてヘマは犯さない。文句無しの未発見(ノーアラート)未殺害(ノーキル)。これはもうBIGB○SSを名乗っても良いのではなかろうか。俺が忠を尽くすのは俺自身と身内・友人、そして何よりも■■ちゃんに対してだけだが。

 

 ・・・ただ、気になる事が一点。俺がアルフレリック氏と会話していた時、彼はハウリアと言うか、(アル)さんを気にする様な発言をしていた。俺も下手な事は言わなかったが、もしかしたら彼女が森人族(エルフ)である事に気付いているのかも知れない。悪意は感じなかったから、直ぐにどうこうはならないと思うが、一応覚えておこう。

 

 

 

 

 ■月△日

 

 今現在、俺達はブルックと呼ばれる町の宿屋に宿泊している。次の目的地である【ライセン大峡谷】にあると言われる大迷宮に向けての前準備の為である。

 

 大樹に着いてから一夜明けた次の日。樹海の境界でカムさん達の見送りを受けた俺達5人は、魔力駆動四輪に乗り込んで平原を疾走していた。運転手ハジメ、助手席ユエさん、後部座席にハウリア姉妹、俺が荷台で周囲の警戒である。

 

 荷台と言っても、固定されたクッション付きの座椅子があるので、特に苦では無い。それに二輪と同じく車体底部の錬成機構が悪路を整地しながら進むので、揺れや振動もほぼ0だしな。態々夜なべして後付けの椅子を作ってくれたハジメにはツンデレムーブが板についてきた感謝しかない。

 

 冒頭でも書いたが、俺達の次の目的地は【ライセン大峡谷】にあると言われる大迷宮だ。現在、確認されている七大迷宮は【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】の2箇所。なので確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきではある。が、シュネー雪原はバッチリ魔人国の領土なので、対策無しで行けばまず間違い無く戦闘になる。よって目指すべきは大火山一択となるのだが、丁度その道中にライセン大峡谷があるので、ついでにソッチにも寄っていこう、となった訳だ。

 

 ついででライセン大峡谷を渡ると聞き、ハウリア姉妹は頬を引き攣らせていた。やはり一般的にライセン大峡谷は地獄にして処刑場という認識らしい。いや、君ら姉妹は魔力と呪力の違いはあれど、肉体強化出来るんだから問題無いのでは?ハジメやユエさんも呆れていたぞ。まぁ、彼女達一族もあわや全滅といったところまで追い詰められた場所なのだから、しょうがないと言えばしょうがないのか。

 

 快適な車内で雑談しつつ、草原を走る事数時間。そろそろ日が暮れるという時間帯になり、漸く御目当ての街が見えてきたので、良い所で徒歩に切り替えた。流石に四輪車に乗ったまま街に乗り付けて騒ぎを起こす訳にもいかないしな。

 

 徒歩で町に向かう道中、俺達はハウリア姉妹の今後の身の振り方ーーーと言うのは少し大袈裟かも知れないがーーーについて、話し合いを行った。簡単に言えば「ハウリア姉妹の立ち位置」についてだ。

 

 突然ではあるが俺の中で最も素敵で愛しい女性は、言うまでもなく■■ちゃんである。未来永劫何があろうとも間違い無くそこは変わらないと断言出来る。それを踏まえた上で、あくまでも一般的な価値観として見た場合に、ハウリア姉妹もまた美少女と断言して良い見た目をしている。

 

 問題は彼女達が亜人である事だ。この世界に於いて、亜人は被差別種族ーーー身も蓋も無い言い方をすれば人権が無い。軍事国家で実力至上主義を掲げている【ヘルシャー帝国】に至っては、奴隷として取引している始末。そういう世界なのだと言われればそれまでだが、ハウリア達に加担した身からすると何とも言えない気分になる。

 

 そんな価値観が(まか)り通る世界で、奴隷でも無い亜人がいきなり人里に現れたらどうなるだろう。まして愛玩用に人気のある兎人族と森人族であり、姿形は文句の付け所が無い程に見目麗しいお嬢さん達である。確実に厄介事が起こるだろう。コーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実である。

 

 そこで考案されたのが、彼女達を俺達が所有する奴隷として扱う事だ。と言っても建前上だけであり、特に何かを制限するわけでも無い。彼女達は既にお手付きであり所有物であると対外的にアピールする為だけの、文字通り形だけの扱いである。そうすれば無闇と彼女達にちょっかいを出す人間は減るだろうし、仮に強引な手を使う奴が現れても所有者としての正当性を盾にボコせばいいだけだしな。

 

 1つ問題があるとすれば、ハウリア姉妹の心情だった。仮とは言え奴隷扱いされるのは嫌がるだろうから、どう説得したもんかと考えていたんだが、事情を説明したところ、ごねる姉ウサギさんとは対照的に妹さんはアッサリとOKを出してくれた。

 

 思わず「不満じゃ無いの?」と聞くと、妹さん曰く「アタシ達を守る為ってのは理解してるつもりデス」との事。うーむ、凄い素直。ちょっと心配になる。姉ウサギさんも最初こそ嫌がってたが、ハジメから「容姿もスタイルも抜群なお前が奴隷の証も無しに人前に出れる訳が無いし、奴隷じゃないとばれて襲われても見捨てたりはしない(意訳)」、ユエさんから「大事なのは大切な人が自分を知っていてくれる事(意訳)」と励まされ納得してくれた様だ。好きな相手(ハジメ)からの言葉も後押しになっただろうが、やはり色々経験しているだけあって、ユエさんの言葉にも相応の重みと説得力があった。褒められて調子に乗った姉ウサギさんを殴り飛ばした拳にも、確かな重さはあったが。

 

 話が纏まった後で、ハウリア姉妹には首輪が預けられた。姉ウサギさんは黒色、妹さんは白色を基調とした首輪で、目立たないが小さな水晶の様な石が付けられているお揃いの首輪である。一定量の魔力を流す事で簡単に取り外しできる他、念話石*1と特定石*2が組み込んである特別仕様である。妹さんは現状では使えないから、取り外しは姉ウサギさんにやってもらうしか無いが。

 

 尚、「なるほどぉ~、つまりいつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいというハジメさんの気持ちというわけですね!もうっ、そんなに私の事が好きなんですかぁ?」と懲りずに調子に乗った姉ウサギさんは、またしてもユエさんにしばかれていた。・・・俺が心配する事じゃないんだけど、姉ウサギさんは真面目にハジメにアプローチするつもりある?もしや、最初は同性の友達みたいなノリで距離を詰めた後、ふとした拍子に女を見せて意識させるなんて高等テクを駆使するつもりなのだろうか。・・・いや、初めて見つけた仲間(どうるい)との旅が楽しくてはしゃいでるだけか。微笑ましいが道は長そうである。

 

 姉ウサギさんを筆頭に騒ぎながら進んでいた俺達は、遂に街の門まで辿り着いた。門番ーーーと言っても革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者風ーーーもキチンと居て、町が中々の規模だと分かる。

 

 門番に呼び止められた俺達は、身分証代わりにステータスプレートと街に来た目的を話し、問題無く通行を認められた。俺とハジメのステータスプレートは偽装済み*3(ハジメは忘れかけてたので俺が予め言っておいた)、ユエさんはステータスプレートを紛失、ハウリア姉妹は奴隷扱いですんなり通った。

 

 ただ、予想外と言えば良いか案の定と言えば良いか。俺達の様子を伺っていた門番はユエさんとハウリア姉妹にガッツリ見惚れていた。然もありなん、ユエさんも姉ウサギさんも妹さんも、タイプは違えど相当な美少女である。客観的に見てそこに異論を挟む余地は無い程に美形だ。・・・改めて書くと顔面偏差値が怖いくらいに高いな、女性陣。クトゥルフTRPGなら、度を過ぎた美形は地雷(じゃしん)案件なんだけど。

 

 そんな3人を連れている訳だから、羨望と嫉妬の入り交じった視線を門番から頂戴した俺とハジメ。まぁ、肩をすくめるだけで何も答えなかったが。前もって建前上とは言え奴隷扱いしといて良かった。コレ最悪所有されていると分かっててもちょっかい出す奴現れそうだ。

 

 その後、門番に道を聞いた俺達は、樹海で得た素材を換金すべく冒険者ギルドに向かった。町中は露店からの呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒で賑わっていた。オルクス大迷宮があったホルアドほどではないが、それでもこういった騒がしさを聞くと何となくテンションが上がる。元の世界の縁日を思い出すからだろうか。■■ちゃんと行った夏祭りの露店、楽しかったなー。

 

 ハジメやユエさん達(姉ウサギさんは物珍しそうに、妹さんはおっかなびっくり周囲をキョロキョロしていた。対照的な姉妹である。)と共に町の雰囲気を楽しみながら、メインストリートを歩いていくと、数分もしない内に冒険者ギルドに到着した。看板には一本の大剣が描かれており、ホルアドの町でも見たのと同一だったので、デザインは共通らしい。最も、ギルドの規模はホルアドに比べて二回りほど小さかった。

 

 重厚そうな扉を開き中に踏み込むと、入口正面には受付が、左手は飲食店になっていた。ゲームとか創作物だとギルドは荒くれ者達の溜まり場だったり、暗い雰囲気の薄汚れた場所だったりするんだが、店内は清潔さが保たれていた。

 

 俺達がギルドに入ると、食事を取ったり雑談していた冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない5人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線がユエさんとハウリア姉妹に向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増していた。中には見惚れ過ぎて恋人らしき女冒険者に殴られている奴もいた。こう言うとこは俺達の世界と変わらんなぁ。

 

 意外だったのは、無駄にちょっかいを掛けてくる奴が居なかった事だ。まぁ、誰も彼もがライセン大峡谷で会った帝国兵みたいな、ヒャッハー属モヒカン種みたいなお猿さんでは無いのだろう。書いといて何だがどんな世紀末だ。

 

 カウンターには受付嬢らしき、ふくよかなオバチャン(後で知ったがキャサリンさんと言うらしい)がいた。ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべてはいたが、抜け目無く俺達を観察してもいた。それも全員が不快に感じず不自然にも思われない程度に、だ。俺達の様な奇抜な集団を見ても大きな反応を見せなかった事と言い、中々やり手のおばちゃんらしかった。

 

 俺がキャサリンさんの手腕に感心していると、開口一番ハジメがやんわり嗜められていた。どうやら美人の受付嬢を期待していたらしく、アッサリとキャサリンさんに見抜かれていた。ユエさんと姉ウサギさんからは、露骨に冷たい視線を向けられていた。親友(とも)よ、オタク魂が囁くのは分からんでも無いが、恋人の前では自重しとけ。

 

 チラリと周囲を見ると、冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ていた。冒険者達が大人しいのはキャサリンさんが原因らしい。冒険者なんて大なり小なり荒くれ者だろうに、曲がりなりにも纏められるキャサリンさんの手腕はかなりの物なのだろう。

 

 雑談もそこそこに、素材の買取をしてもらう事に。その時の会話で知った事なのだが、予め冒険者としてギルドに登録した上でステータスプレートを提示した場合、買取額が1割増になるのだとか。他にもギルドと提携している店や宿だと料金から1〜2割引いてくれたりするらしい。

 

 冒険者贔屓かと思われるかも知れないが、生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は、冒険者が取ってくるものが殆どだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くのも危険な為、それに見合った特典がついてくるのはある種当然だった訳だ。

 

 上記の様にメリットしか無かったので、俺とハジメは登録しておいた。ユエさんとハウリア姉妹はステータスプレート持って無いし、発行したらしたで間違い無く種族とか技能欄とか固有魔法をキャサリンさんに見られるので作成は見送った。自分達から騒ぎの種を作る必要もあるまい。

 

 残念ながら持ち合わせが無かったので、素材の買取額から差っ引いてもらい、今回は1割増は諦める事にーーーと思いきや。キャサリンさんのサービスでちゃんと上乗せしてくれる事に。イケメンならぬイケオバだった。

 

 登録が終わり戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いていた。

 

 青色の点は、現時点でのランクだ。この世界では冒険者の等級を色で分ける仕組みになっている。・・・いるのだが、この色分け、この世界の貨幣価値と全く同じ色分けになっているのだ。

 

 この世界の通貨、名をルタと言い、トータス北大陸の共通通貨として使用されている。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜて色を変え、特殊な方法で刻印して造られているのだが、単位がそれぞれ(1)(5)(10)(50)(100)(500)(1000)(5000)(10000)ルタとなっている。硬貨と紙幣の違いはあるが、貨幣価値は日本と同じだ。鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので持ち運びにも困らない優れものである。

 

 で、冒険者ランクもコレと同じ様に上下する。下から順に、青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と、こんな感じ。つまり青色の冒険者とは「お前は1(ルタ)程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われている訳だ。異世界ならではの世知辛さだ。この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。

 

 因みに、非戦闘系天職の冒険者は黒色が上限らしい。天職有りで金に上がった者より、天職なしで黒に上がった者の方が拍手喝采を浴びると聞いた時点で、どれだけ難しいかが分かる。

 

 冒険者登録が終わったのち、直ぐに買取品の査定に入った。鑑定人はなんとキャサリンさん。この人マジで優秀な人なのでは?不思議に思いつつも査定を待つと、キャサリンさんが驚愕の表情で声を上げた。

 

 何事かとそちらを見ると、どうやら樹海の魔物から取れた素材である事に驚いたらしい。やはり樹海の魔物の素材は十分に珍しい物らしい。奈落の魔物の素材を出さなくて大正解だった。

 

 と、ここでまたハジメがキャサリンさんに嗜められていた。若干呆れ混じりで。どうせハジメの事だから、ラノベのテンプレみたいにチヤホヤされないかなー、とか考えていたんだろう。ユエさんと姉ウサギさんから先程よりもだいぶ冷たい視線が刺さっていた。うーん、擁護出来ねぇ。

 

 樹海の素材が珍しいのは、人間族だと感覚を狂わされ一度迷えば二度と出て来れずにハイリスクだかららしい。亜人の奴隷持ちなら金稼ぎに入れるが、売るならもっと中央に近い町で売るのだとか。そちらの方が幾分か高く売れるし、名も上がりやすいとの事。

 

 そう言いながらキャサリンさんの視線は、ハウリア姉妹に向けられる。恐らく、彼女達の協力を得て樹海を探索したと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、姉妹のおかげで不審には思われなかったようだ。

 

 全ての素材を査定したキャサリンさんが提示した買取額は、48万7000ルタ。結構な額である。中央ならもう少し高くなるとも言っていたが、この額でも十分だろう。通貨を受け取った俺達は、この町の地図を受け取り、ギルドを後にした。手渡された地図は店や宿の情報が分かり易く記されている便利な物だった。端的に言って金出しても買う人は居るレベル。聞けばなんと〝書士〟の天職持ちであるキャサリンさん作だそうな。マジで何者だったんだろう、あのオバチャン。謎が尽きない人である。

 

 それは兎も角。去り際、キャサリンさんは「治安が悪い訳じゃ無いけど、その3人なら暴走する男連中も居るだろうし、良い所泊まりな(意訳)」と言っていた。悪意は感じなかったが、周囲の冒険者達も明らかに3人に注目していた事もあり、その辺りを吟味した上で俺達は割と良い目の宿を取った。名前は〝マサカの宿〟。料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるんだとか。その分少し割高だが、必要経費だろう。金ならある。

 

 宿の中は1階が食堂になっているようで、複数の人間が食事をとっていた。俺達が入ると、やはりユエさんとハウリア姉妹に視線が集まる。先程もそうだったが妹さんは割と視線を気にしている様で、若干居た堪れない様子。姉ウサギさんは周りの視線なぞ知った事かとガン無視しているので、本当に対照的な姉妹である。

 

 周りの反応を無視してカウンターらしき場所に行くと、15歳くらいの女の子が元気よく挨拶しながら現れた。彼女が受付の様でテキパキと宿泊手続きを進めてくれたのだが、ここで問題が起きた。宿泊部屋をいくつ取るかについてである。

 

 現在この宿で空いていたのは、2人部屋と3人部屋の2種類。俺の構想ではハジメとユエさんで2人部屋1つ、ハウリア姉妹で2人部屋1つ、俺単独で2人部屋1つだった。ハジメとユエさんの邪魔なんてもっての外だし、ハウリア姉妹と俺で3人部屋取るのも論外。故に2人部屋3つがベターである、との結論が出た訳だ。

 

 が、ハジメは違ったらしい。あろう事か「3人部屋1つと、2人部屋1つで」とか抜かしやがったのだ。この返答に耳を疑った俺だったが、よくよく話を聞くと男女別で分けたつもりだったらしい。つまり2人部屋1つ(俺とハジメ)3人部屋1つ(ユエさんとハウリア姉妹)である。

 

 成る程、それなら納得ーーーなどウチの女性陣がする訳が無い。最初にハジメの声に待ったをかけたのは、ユエさん。静かな、しかし通る声で「私とハジメが同室。そこは譲らない」と言い切ったのだ。

 

 その言葉を聞き、途端に周囲がザワつく。ちょっと好奇心が溢れている受付の女の子はまだしも、食堂にいる客達まで興味津々だった。ユエさんもハウリア姉妹も美人ではあるが、それにしたって限度が無い・・・いや、こんなもんなのか?俺自身、人と感性がズレている自覚はあるので、何とも言えない。

 

 俺が周囲の反応を呑気に眺めている内に、更に事態は進んでいく。「私もハジメさんと同室がいいですぅ!」と抗議する姉ウサギさんに、ユエさんが「シアが居ると、気が散ってハジメとナニが出来ない」と涼しい顔で言ってのけたのだ。何というカウンターパンチャー。剛の拳よりストロングな柔の拳。マジで強すぎる。

 

 ユエさんの言葉を聞き、受付の女の子とハウリア姉妹が顔を真っ赤にしていた。それだけならまだよかったのだが、話を聞いて余りの羨ましさに絶望していた男連中が、次第にハジメに対して嫉妬の炎が宿った眼を向け始めていた。俺は巻き込まれるのが嫌だったので、口は挟まなかった。こんなクソ面白そうな事止める訳ねーだろ人の恋路を邪魔しては、地獄に堕ちても文句は言えないからな!

 

 ユエさんにどデカいカウンターを食らった姉ウサギさん。このまま正妻の圧力(オーラ)に屈するのかと思いきや、「だ、だったら、ユエさんこそ別室に行って下さい!ハジメさんと私で一部屋です!」と宣言。姉ウサギの覚悟を決めた様子に嫌な予感がしたのか、ハジメが止めようとするも手遅れ。姉ウサギさん渾身の「そ、それで、ハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」発言が飛び出した。

 

 あねウサギ から いてつく はどうが ほとばしった!

 

 雰囲気的にはこんな感じである。誰一人、言葉を発することなく、物音一つ立てない静寂が舞い降りた。嘘である。俺だけ腹を抱えて爆笑していた。無論馬鹿にしている訳ではなく「ブラボー!おお・・・ブラボー!!」と混じりっ気の無い称賛故の笑いである。まあ、それ以外の全員が例外無くハジメ達に注目、もとい凝視していたが。厨房の奥に居たであろう女の子の両親と思しき女性と男性まで出てきていた。妹さんは姉ウサギさんの発言を聞くと、手で顔を覆って俯いていた。耳まで真っ赤になってたので、身内として余程恥ずかしかったらしい。

 

 姉ウサギさんの覚悟は確かにハジメに届いただろう。が、それはユエさんの逆鱗に触れる事と同義だ。瞳に絶対零度を宿しながら凄まじいプレッシャーを放つユエさんと、震えながらも背中に背負った大槌に手をかける姉ウサギさん。これから始まる修羅場を想像し、誰もが固唾を飲んで見守りーーー始まる前にハジメが拳骨で2人を止めた。知ってた。

 

 結局、取る部屋は3人部屋1つ、2人部屋2つになった。内訳はハジメとユエさんと姉ウサギさん、妹さん、俺である。尚、何故かこの人数割りを聞いた受付の女の子が、思春期にしても行き過ぎた妄想を膨らませトリップしていたが見なかった事にした。代わりに宿泊手続きをしてくれた父親も「うちの娘がすみませんね」と謝罪しつつ、ハジメを見る眼に「男だもんね?わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っていた気がした。きっと翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。俺も前に言ったから気持ちは分かるこの町の住人、もしかして皆ヤバい?

 

 急な展開に呆然としている客達を尻目に、未だ蹲っているユエさんと姉ウサギさんを肩に担いだハジメは、そのまま3階の部屋に逃げるように向かった。俺も笑い疲れてヒーヒー言いつつ、顔を手で覆ったままフリーズしていた妹さんに声を掛けて3階に向かった。暫くして我を取り戻したのか、階下で喧騒が広がっていたが、気にせず部屋に入ってゆっくりする事に。

 

 刀に呪いを移したり日記を書いていたら、夕食の時間になったとハジメにお呼ばれした。そのままユエさんやハウリア姉妹を伴って階下の食堂に向かった俺だったが、食堂の中を見た瞬間に思わず吹き出してしまった。チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいたからだ。

 

 再び爆笑し始める俺とは異なり、冷静を装ってはいたがハジメは頬が引き攣りそうになっていた。妹さんは先程の騒ぎを思い出したのか、また耳まで赤くなっていた。1番静かだった子が1番恥ずかしい思いしてるとはこれいかに。

 

 給仕に来た子も初っ端からめちゃくちゃ顔を赤くしていた。と言うか、最初に受付していた女の子だった。「先程は失礼しました」と謝罪してはいるが、瞳の奥の好奇心は隠せていない。まぁ、悪意も無いし騒いだのも俺達だししゃーない。注文した料理は確かに美味かったし、俺的には満足である。

 

 その後は普通に風呂に入って、普通に部屋に戻って寝た。別にアクシデントやらラッキースケベやらは起きちゃいない。あくまでも俺は、だが。2時間借りた風呂の内、俺と妹さん以外の割り振りがフワフワだったり、ハジメが風呂に向かった後、間髪入れずにユエさんや姉ウサギさんが風呂場に向かった事実なんて俺は知らない。例え何かが起こっていたとしても、観測していないならそれは俺の中では起こっていないのと一緒であるからだ。

 

 久々に横たわったベッドは、俺に素晴らしい快眠を齎してくれるだろう。

*1
生成魔法により〝念話〟を付与された鉱石。

*2
生成魔法により〝気配感知[+特定感知]〟を付与された鉱石。魔力を流すと特定の気配だけを捉えるのでビーコンの様な役割を果たせる。

*3
ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能がある。



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46.異世界より⑥

 ■月●日

 

 <悲報>ブルックの町は変態の巣窟だった<倫理とは>

 

 久々の柔らかいベッドで目覚めた俺はハジメ達と朝食を平らげた後、迷宮攻略に向けた買い出しをする事になった。本当なら全員で行く筈だったんだが、ハジメは作りたいものが幾つかあると宿に残る事になった。てっきり昨夜の内に全て終わらせたもんだと不思議に思っていたら、当のハジメはジト目でユエさんと姉ウサギさんを見つめており、2人は露骨に話を逸らしていた。予想以上に昨夜は色々あったらしい。やっぱりお楽しみだったんじゃないか。

 

 唯、以前俺が頼んだ物はもう既に完成させていたのだとか。以前にも作った事があるとは言え、仕事が速いのは流石である。後はこれを姉ウサギさんに渡して、ちょっとした頼み事をするだけ・・・だったんだが。何を勘違いしたのか姉ウサギさんは「社さんのお気持ちは嬉しいんですけど・・・私にはもう心に決めた人が居るので!ごめんなさい!」とか血迷った事抜かしてた。

 

 渡した物のデザインがデザインなだけに、そういった誤解も止むなしーーーな訳があるか。余りにもふざけた勘違いだったので、思わず本気でデコピンした俺は悪くない。俺が■■ちゃん以外にアプローチかける訳無いでしょうに。その辺りの事情はまだハウリア姉妹には話していないが、そこはそれ、俺にも譲れない部分の1つや2つはあるのだ。バツン!と人体から出るとは思えない音と共に、叫びながら額を押さえて崩れ落ちる姉ウサギさんを見たら少しは溜飲下がったけど。

 

 余りの痛みに悶絶していた姉ウサギさんだったが、渡した物の用途を説明して協力を仰いだところ「もちろんですぅ!」と快諾してくれた。やはり自分の家族が関わる事象であれば、とても真剣かつ真摯に取り組んでくれるらしい。そういった部分を見せてけば、ハジメもちゃんと見直すんじゃないかなー。

 

 そんな一幕もありつつ、ハジメを除いた俺達4人は町に繰り出す事に。目的は食料品とポーション等の医療品、そしてハウリア姉妹の衣服である。特にハウリア姉妹の服は結構年季入ってるので、一通り買い替えてしまうそうな。武器・防具類はハジメがいるので必要無し。仲間内(パーティー)に戦闘も十全に熟せる生産職がいるとか、RPGならぶっ壊れも良いとこだった。

 

 武器と言えばで思い出した。今現在俺の所有している呪具の内、〝 ■■ちゃんの『呪い』を移している刀〟を除いた〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟の2つには、定期的に俺の呪力を流している。俺の呪力を馴染みやすくするとか、呪具そのものを少しでも強化出来たら良いなーくらいの気持ちでやってるんだが、その際にちょっぴり違和感があった。

 

 天祓と流雲に俺の『呪力』を流すと、呼応するかの如く元々宿っていた『呪力』が俺に干渉しようとする・・・気がする。何と言うか、指向性を持つと言うか、まるで()()()()()()()()()()()()()()()感じだ。

 

 まぁ、『呪力』≒負の感情なので、天祓と流雲に意思が宿っても不思議では無いだろう。付喪神とか割とメジャーだしな。問題があるとすれば、自我を持った際に「下克上じゃー!」と再び俺を襲う可能性があるくらいか。まぁ現状この2本から悪意は感知出来ないし、俺の『呪力』を流すのに抵抗する様子も無いので、多分大丈夫だろう。意思を持つ武具(インテリジェンスウェポン)とか浪漫あるしな。本当に意思が宿ったらハジメに自慢してやろう。間違い無く羨ましがる。

 

 閑話休題(話が逸れた)。宿のチェックアウトまで数時間しか無いので、時間帯による混雑と効率を考えた結果、まずは衣服から揃える事に。ハジメから〝宝物庫〟を預かっているユエさんと、〝影鰐(かげわに)〟で影に品物保管できる俺とで別行動しても良かったんだが、何か妙な悪意がユエさんとハウリア姉妹に向けられている気がしたので、念の為団体行動する事にしたのだ。蓋を開ければしょーもないオチだったけどな!

 

 キャサリンさんから貰った地図を頼りに、俺達は冒険者向きの衣服店に足を運んだ。他にもいくつか候補は有ったんだが、機能的な服の他、普段着もまとめて買える点が決め手だった。

 

 店に入った俺達を迎えてくれたのは、店長であるクリスタベルさん(♂)。身長2m強、筋肉モリモリな恵体の持ち主であり、弁髪の先端をピンクのリボンで結んだ、正に絵に描いたような漢女(オカマ)だった。一言で言えば「北斗◯拳の画風(タッチ)で書かれた、女装したラーメン◯ン」みたいな人。パワーワードが過ぎる。

 

 そんな人がクネクネと身を捩りながら、語尾にハートマーク付けて話しかけてくるもんだから、女性陣は完全に硬直していた。姉ウサギさんに至っては意識が飛び掛かっていたし。第三種接近遭遇かな?こんな未知との遭遇は嫌すぎる。

 

 仕方無いので、俺が代表して話を通す事に。俺達に向ける悪意は微塵も感じられなかったし、真剣に話を聞いてくれてもいたから悪い人では無いんだろう。普段と変わらない様子でクリスタベルさんと話す俺に、女性陣は畏怖と畏敬の視線を向けていた。気持ちは分からんでもないが、失礼なのでやめて差し上げて。

 

 と言うか、元の世界で『呪霊』やら妖やらを祓ってきた俺に言わせれば、あからさまに人外染みた見た目をした奴よりも、美形だったり美人だったりする奴等の方が邪悪且つ凶悪且つ悪辣だった記憶がある。正確に言うのならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺が■■を躊躇無く呼ぶ様な奴らは、総じて見た目が良い奴ばっかりだったしな。比例する様に腹ん中悪意で満ち満ちてたりもしたが。

 

 無論、皆が皆そうでは無かった。俺の『式神調(じゅつしき)』で式神を作れる程に仲良くなれた人外達も美形だったが、皆気の良い奴だったし。とある仕事(バイト)の際に知り合った吸血鬼なんかは、一族全員が例外無く頭脳明晰、美男美女と来て、更には凄まじく強いにも関わらず、何故だか人類と友好的な関係を築いている。態々世界的な大企業を作ってまで、である。「下等な人類は我々が支配するべきなのだ!」とか言うトンチキは(少なくとも彼女の氏族に限っては)生まれて来ないらしい。マジで謎過ぎる。

 

 また話が逸れた。極論、俺にとっては俺と身内に悪意が向いてさえいなければ良いのだ。そしてクリスタベルさんが俺達に向ける悪意が皆無である以上、彼女の容姿が如何なる物でも俺にとっては瑣事(さじ)である。露骨なオネエキャラは良キャラの証だってハジメと幸利も言ってたし。

 

 実際、クリスタベルさんの目利きは見事な物だった。色々な意味で躊躇していたハウリア姉妹から巧みに要望や好みを聞き出し、少なくない品揃えの中から彼女達に見合う服装をキチンと見立ててくれたのだから。最初こそ屠殺場に向かう家畜が如き目をしていたハウリア姉妹も、この結果には満足だった様で素直にお礼と謝罪をしていた。クリスタベルさんも気にせず「また来てねん♥」と良い笑顔で返していた。やさしい世界だった。

 

 因みに、姉ウサギさんは比較的露出の多目な服を、妹さんは露出皆無な服をそれぞれ見立てて貰っていた。『呪力』のコントロールも上達してきたので、余程でなければ妹さんに見た目の異常は出ない筈ではあるが、まだ何となく素肌を隠さなければ不安らしい。この辺りは気長にやってくしかないだろう。姉ウサギさんはその事を知ってか何も言わなかったが、それでもいつか必要になった時のためにと、妹さんに内緒で洒落たスカート等を見繕って貰っていた。こういった細やかな気遣いを見ると、同じく義妹を持つ身としては素直に姉ウサギさんを尊敬する。いつの日か妹さんが気にせずオシャレできる日が来る事を祈ろうかね。

 

 と、ここで終わってくれたなら「麗しい姉妹愛だなぁ」で済んだんだが、そうは問屋が下さなかった。問題が起きたのは店を出た後、道具屋に向かって歩みを進めていた時の事。他愛の無い雑談をしていた俺達を、妙な悪意を向けた集団が取り囲んだのだ。

 

 俺達を取り囲んでいたのは、数にして30人強の男達。冒険者風の男が大半だったが、中には店番放って来たのかエプロンをしている男もいた。変な奴らがいる事には俺も気付いてはいたんだが、彼等には悪意は有っても敵意が無かった。俺とユエさん達女性陣とで向ける悪意の種類が異なっていた、と言うべきか。それ故、一先ず様子見に徹していたのだ。

 

 訝しむ俺達の前に、男衆の内の一人が前に進み出た。今にして思えばあの男、俺達がキャサリンさんと話している時に冒険者ギルドにいた1人だったんだろう。ユエさんとハウリア姉妹の名前を確認する様に聞くと、他の男連中達も覚悟を決めた目でユエさん達を見つめていた。何が起こっても良い様に、怪しまれない範囲で迎撃体制を整える俺をよそに、男衆はそれぞれユエさんとハウリア姉妹の前に出た。そして。

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シア/アルちゃん!俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

 男衆が声を揃えて叫びやがった。予想の斜め上を突き抜けた答えを聞き、思わずズッコケそうになった俺。シリアスさを返して欲しい。大の男が真っ昼間から大勢で何してんだマジで。

 

 とは言え、こうなるのはある種予定調和ではあったのだろう。方向性は違えど*1美少女と言って良い3人が集まっているのだから、こういった奴等が集まるのも止む無しだったのかも知れない。元の世界ーーー特に日本ではまずあり得ない事態ではあるが、そもそも価値観が違い過ぎてその辺りを論ずるのも無駄だろうしな。

 

 ユエさんとハウリア姉妹で口説き文句が異なるのは、亜人か否かの違いだろう。本来なら奴隷の譲渡は主人の許可が必要である筈だが、ハジメに声を掛けない辺り、昨日の宿での仲睦まじい(ハジメは否定するだろうが)やり取りが知れ渡っているのだろう。一先ず奴隷側から説得しよう、とでも考えたのかね。

 

 だが生憎と、そんな話を馬鹿正直に聞く面子はウチには居ない。誰一人反応を返す事なく、彼等をシカトして歩き続ける女性陣。文字通り眼中に無い感じである。うーん、強い。

 

 それでも諦めが悪い奴は居る者で「なら力づくで俺のものにしてやるぅ!」と雄叫びを上げた男を中心に、他の連中も俺達を逃さない様に取り囲んで、ジリジリと迫ってきた。いい歳した男衆が顔を赤らめ鼻息荒くして迫ってくる絵面は、シンプルにキモかった。

 

 その内に我慢出来なくなった男の1人がユエさんに飛びかかったんだが、俺が迎撃するよりも速く、首から下を瞬時に凍らされて敢えなく墜落させられていた。人目に着く場で詠唱無しの魔法を使うのヤバいか?とも思ったんだが、周囲の反応を見るにセーフっぽかった。「事前に呪文を唱えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか聞こえたので、良い感じに解釈してくれたらしい。

 

 その後ユエさんは氷漬けにした男の元に歩み寄ると、何故か氷を溶かし始めていた。それを見て「俺の想いが伝わったのか!」とめでたい勘違いをしていた男だったが、しかしユエさんの真の狙いに気付いて顔を青くした。氷を溶かしたのが下半身の一部分ーーー所謂男の象徴がある場所であり、そこに狙いを定めていたからだ。

 

 そこから先は地獄だった。ユエさんの指先から風の礫が放たれる度に、大の男の酷く情けない悲鳴が響き渡る。一撃で仕留めるのでは無く、意識を奪わず最大限に痛みを与える為にされた 威力調整(てかげん)は正に神業の一言。無駄に洗練された無駄の無い無駄な魔法とも言う。

 

 永遠に続くかと思われた集中砲火(みせしめ)は、男の意識(と象徴)の喪失により終わりを告げた。人差し指の先をフッと吹き払い「・・・漢女(おとめ)になるがいい」と呟いたユエさん。彼女は第2のクリスタベルさんでも生み出すつもりなのだろうか。

 

 隙あらば飛び掛かろうとしていた他の連中も、目の前で行われた処刑の余りの惨さに及び腰になっていた。関係ない野次馬やら近くの露店の店主やらも股間を両手で隠していたのは正直可哀想ではあった。気持ちは痛いほど分かる。流石にここまでやられたら周りの連中も諦めるーーーかと思いきや。今度はコイツら、俺の方に絡んで来やがったのだ。

 

 このタイミングで何故俺が標的に?と訝しんだんだが、ふと気が付いたら妹さんが何故か不安そうに俺の後ろに隠れていた。その様子を見て、思わず「え?何してんのこの子?」的な目線で妹さんを見てしまう俺。言い方悪いがこの程度の有象無象、今の君なら一蹴出来るでしょうに。

 

 そんな俺の視線に気付いたのか、ワタワタと慌てながらも弁解を始めた妹さん。彼女曰く「家族(ハウリア)以外に素顔を見られた時は化物(バケモノ)呼ばわりされてたんデ、こんな大勢に見つめられるのはチョット・・・」との事らしい。想像以上にゲロ重な事情だった。

 

 ハウリアは元々亜人の魔力持ち(姉ウサギさん)と言う例外が居た為、 兎人族(どうぞく)以外とは極力交流を断っていた筈。フェアベルゲンでも妹さんに対する言及は特に無かったので、(アルフレリック氏は怪しいが)誤魔化せてもいた筈だ。だが、それでも運悪く他の亜人と遭遇してしまい、素顔を見られる事もあったのだろう。全て推測に過ぎないが、当たらずも遠からずだと思う。

 

 一族から捨てられ、他の亜人からは化物(バケモノ)呼びされた彼女が、多少ぶっきらぼうとは言え家族想いな性格に育ったのは、(ひと)えにハウリアの愛情の賜物だろう。優しさだけで全てが解決出来る程、亜人にとって余裕のある世界では無いだろうに、それでも家族とした相手に愛を注ぎ続けたハウリアの人々には脱帽である。

 

 と、そんな事を話している内に、心折れた筈の男衆が再び立ち上がろうとしていた。その目に爛々と嫉妬の炎を燃やしながら、である。彼等の品の無い言い分曰く「見た目クール系美少女が心細そうにしているギャップに庇護欲が湧き、頼られつつもイチャイチャしているアンタには嫉妬しか湧かぬ!!(意訳)」だとか。目ん玉ガラス玉でも詰まってんのか。後「同じ男だし、ユエさんみたいな股間攻撃(ほうふく)はしないよね?」みたいなビビリがあんのも透けて見えたからな、ヘタレ共め。

 

 しかし「ハウリア姉妹のそれぞれどちらを俺とハジメの奴隷にするのか」までは気が回っていなかった。設定上とは言え、人の奴隷(もちもの)に手を出す為にここ迄の人数が出張るとは思ってもみなかったからだ。この場で「妹さんは俺の奴隷ではありませんよ」「彼女の主人はハジメです」と言うのは簡単だが、解決方法としては下の下だ。ハジメは今この場には居ないから証明は出来ないし、それでコイツらが納得するとも思わない。最悪「この子達は奴隷じゃ無いのか!?」なんて勘違い(大当たりではあるんだが)されたなら、それこそ本当に大騒ぎになる。目の前の馬鹿共は間違い無く調子付くに違い無いしな。

 

 そんな風に考えを巡らせている内に、醜く叫ぶ男衆を見て軽くビビった妹さんは余計に俺の後ろに隠れるし、それを見て血の涙を流さんばかりに気炎を挙げる男衆。喧しいし、舐められたままなのもこれからの買い物に支障が出る。良い加減面倒にもなってきたので、男衆が行動するよりも速く、ユエさんが処刑した男の腰から剣を拝借。「ここでやるつもりか!?」と身構える男衆の前で、(おもむろ)()()()()()()()()()()()()()()

 

 唖然とする男衆を尻目に「これ、何だと思います?ーーー10秒後の貴様らの姿だ」と笑顔で凄んだところ、彼等は仲良く血の気を失って土下座していた。規格外(ユエさん)(つる)んでいる時点で、その周りも規格外である可能性には至らなかったらしい。そこまでするなら最初から無体を働くなと言いたい。今更だがハジメがあの場に居なくて良かった。最悪インスタント血の池地獄が錬成される所だった。と言うか、此方の世界にも土下座あるんだな。

 

 「次に絡んで来たら手足の1、2本は覚悟して下さいね?」としっかり念押しして、俺達はその場を後にした。その言葉を聞いて、取れんばかりの勢いで首を縦に振った男衆。あの様子ならもう無駄に絡んでは来ないだろう。俺達の目の前にいた奴らが、道を開ける様にズラッと左右に移動したのは少し笑いそうになったが。

 

 畏怖の視線を向けてくる男達の視線を無視して、俺達は買い出しの続きに向かった。その後は特に問題が起きる事も無く、平穏無事に宿へと帰還。そのままチェックアウトしてブルックの町を後にしたのだった。・・・買い物の道中で町の女の子達が「ユエお姉様・・・♡」とか呟いて熱い視線を向けてたり、どこで聞いたのかユエさんとハウリア姉妹のファンらしき人々が見送りに来てたのは見なかった事にした。どこか甘ったるい様な、ネットリした悪意を感じたのでユエさんとハジメには一言報告しておいたけど。

 

 後、魔導四輪でライセン大渓谷を目指す道中、ハウリア姉妹に謝罪とお礼を言われた。妹さんは無意識とは言え俺を盾にした事について、姉ウサギさんは自分の義妹を庇ってくれた事について、である。これに関しては彼女達が悪い訳では無いので、特に謝る事も無いよと返しておいた。悪いのはどう考えても男衆だったしな。

 

 それと同時に、仮初とは言え妹さんの主人である事を否定しなかった事も、説明と共に謝罪しておいた。今後誰かに問われた時は、姉ウサギさんがハジメ、妹さんは俺の奴隷であると明確に受け答えしてくれとも。致し方無かったとは言え、年頃の娘さんを奴隷扱いしてそのままなのは、少しばかり良心が欠けている。異世界では俺達の常識や道徳が通用しない為、多少なりとも強引な手段に出ざるを得ない時もあるだろうが、俺の両親や義妹、爺さんに顔向け出来ない事はあんまりしたく無い。尚、俺の良心が適応されるのは、身内に友人、精々が俺の身内に害の無い他人までである。敵?敵は人扱いしません。某檜山とか檜山とか檜山とか。

 

 有難い事に、ハウリア姉妹は名目上の奴隷扱いに気を悪くした様子は無かった。何だかんだ言いつつもしっかり話せば分かってくれる辺り、ハウリアの人の良さは受け継がれていた。・・・姉ウサギさんは「何でこんな紳士的な人がハジメさんの親友やっているんですぅ?」とハテナマーク浮かべてたが。言いたい事は分かるけど、あんまり言わないであげて。ハジメも色々あったんだ。俺も俺でハッチャケる時はハッチャケるし、何より「女の子には優しくするものよ」と■■ちゃんも言ってたしな。「特に私には1番優しくしてね?」とも。

 

 妹さんに関しても「少しずつ慣れていけば良い」的な事を言ってフォローしておいた。・・・薄々自覚していた事ではあるが、どうにも妹さんには対応が甘くなってしまう。その理由もハッキリしてはいる。ハウリア達が予想以上に家族思いで、悪意とは無縁の善人達だったのも理由の1つではあるが。1番の原因は、俺の家で引き取った義妹達と重ねてしまっているからだ。

 

 親も身寄りも無かったあの子達は自分の『呪い(ちから)』を持て余した結果、迫害一歩手前な目に合っていた。俺が仕事(バイト)先であの子達に会わないままであれば、いずれ村総出で虐待が始まってもおかしく無かっただろう。それ故に、俺は口八丁手八丁に加えて■■まで呼び出し、村の人々をペテンにかけ『縛り』を結んで彼女達を助けたのだから。ハッタリをかます為に腹に刀をブッ刺したのは流石にキツかったが、血みどろになりながらも必死さに溢れた俺の演技(すがた)を見た村人達は、コロッと騙されていた。

 

 その後双子の姉妹を実家に連れ帰る道中で改めて事情を話し合い、帰宅後に両親並び爺さんに開幕土下座をかまして「俺の仕事(バイト)代と貯金全部突っ込むから、彼女達を家で面倒みてもよろしいでしょうか!」と叫んだのは懐かしい記憶である。最も、二つ返事でOK貰えた時は己の耳と家族の正気を疑ったが。金銭的には余裕あるの知ってるけど、それにしたって器大き過ぎないかな、俺の家族。そう言うところはカッコいいと常々思っているけど。

 

 ・・・あの村に居た人々が悪人だったのかどうか、俺には未だに判断が付かない。邪悪では無かったのだろうが、何の罪も無かったあの子達を寄って集って悪様に言う姿は、俺の目には只管(ひたすら)に醜悪にしか映らなかったからだ。そして、少なくとも義妹(あのこ)達は醜悪でも邪悪でも無く、何を言われようともお互いを想い合うだけの被害者だった。村の人々は自分達を助けた(実際に呪霊から被害を受けてはいたので、その意味では正しい)俺に悪意を向けなかったから、彼等は俺の敵では無いと見る事も出来なくは無いし、義妹(あのこ)達は見ず知らずの俺にすら強い悪意を向けていたのだから、義妹(あのこ)達こそ敵と判ずるべきであったのかも知れない。

 

 それでも結局、俺はあの子達を見捨てる事が出来なかった。或いは、無意識に義妹(あのこ)達を■■ちゃんと重ねたのか。何の罪も無いのに不運な事故で死んでしまった■■ちゃんも、村人達の自己保身の為だけに傷付けられ続けた義妹(あのこ)達も、きっと正しさや正義なんてものでは救えなかったのだから。・・・こう考えてみると、幼少の頃に恵里と恵里の父親を助けた時から、俺の精神性は余り成長していないのかも知れない。何だかんだハウリア達にも大分肩入れしちゃったし。

 

 爺さんの伝手を頼り義妹(あのこ)達を正式に家に迎えた後、俺にしては珍しく暫くの間色々と悩んでいた記憶がある。「本当にあの村の住人助ける価値あったか?」とか、「もうちょい義妹(あのこ)の為になるやり方あったんじゃね?」とか。今思えばまぁまぁ面倒臭い悩み方してたなと思わずにはいられない。最終的には他人のーーー知り合った直後で名前すら聞いてなかったハジメの「僕がそうしたかったから」*2なんて一言でどうでも良くなったのだから。1人で悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなったとも言う。ハジメの言う通り、俺もそうしたかったから義妹(あのこ)達 を助けたのだ。そこに悔いは無い事だけは、胸を張って言える。

 

 妹さんも含め懸念事項はまぁまぁあるが、俺1人で気負い過ぎても肝心な時にポカやるだけだろう。ハジメやユエさん達を頼りつつ、上手くやって行こうと思う。

 

 

 

 ■月◎日

 

 ブルックの町を出立し、ライセン大峡谷に突入してから早5日が経過。今のところ、ライセン大迷宮(仮)が見つかる様子は無い。【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されていた洞窟も2日前には通り過ぎており、このまま見つけられずに通り過ぎてしまう可能性も高くなってきた。大火山に行くついでなのだからと言われればそれまでなんだが。

 

 谷底には相変わらず多種多様な魔物達が生息しており、どいつもこいつも俺達に気付いた途端に襲い掛かってくる。無論、全て撃滅しているが。異なるのは死因くらいか。銃殺、斬殺、圧殺、焼殺、撲殺・・・レパートリーだけは豊富。

 

 この世界の基準で言えばまぁまぁ上位に位置する強さの筈だが、やはりオルクス攻略組(ハジメとユエさんと俺)では全く相手にならない。このまま俺達が轢き潰しても良いんだが、折角なので練習がてらハウリア姉妹達に積極的に戦ってもらう事に。

 

 最初はおっかなびっくり戦ってたハウリア姉妹だったが、自分達の力が通用するのに気付くと、少しずつ積極的な動きが増え始めた。流石に複数体の相手は覚束ないが、1対1(タイマン)なら危なげなく勝ちを拾えている。経験を積めば、多人数戦も問題無くこなせる様になるだろう。

 

 姉ウサギさんは強化した身体能力でもって、ハジメ謹製の大槌型アーティファクト:ドリュッケンを豪快に振り回す戦闘スタイル。このドリュッケン、待機状態だと「ハンマー部分が不自然に大きいトンカチ」にしか見えないが、魔力を流す事で格納されていた取っ手が伸縮し、大槌の名に相応しい見た目になるのだ。しかも幾つかギミックが隠されているとか。何それかっこいい。

 

 勿論それに見合った重量はあるみたいだが、それを苦にせず姉ウサギさんはバッタバッタと魔物をミンチにしていく。「硬い?デカい?知るか死ね」と言わんばかりの一撃必殺っぷりは、端的に言って凄い男心を擽る戦い方だった。何せ「見た目は華奢なウサミミ美少女が」「容姿にそぐわぬ剛力で」「身の丈以上の大槌を振り回して」「同じく身の丈以上の敵を」「一撃で薙ぎ倒していく」のである。浪漫てんこ盛りを通り越して、属性の過剰搭載と言えるだろう。だがそれが良い。

 

 一方で妹さんは『呪力』による肉体強化を駆使して魔物達をどつき回していた。基本戦術はヒット&アウェイで攻撃を掻い潜りつつ、隙あらば強化された脚力で敵を蹴り抜くカウンター型である。流石に姉ウサギさんよりも肉体の強化幅は小さい様だが、その差を埋めるべく相手の機動力を削いだり、急所を躊躇無くぶち抜いているので見劣りは全くしない。攻め手に容赦が無いのは非常にgoodである。

 

 後、やはりと言うべきか、妹さん自身が持つ『()()()()()()()()()()()()。■■程では無いが、少なくとも俺の『呪力』量は軽く超えているだろう。爺さんは「(おれ)の『呪力』量は中々のもの」と言ってたので、それを優に上回る妹さんの『呪力』量は正に埒外と評するべきだろう。

 

 妹さんの容姿が変化していたのは、不完全とは言え『術式』の発動が原因だった。彼女の身体に魔物の特徴が表れたのは幼少の頃であり、今まで収まる事なくずっと続いていた。それはつまり『術式』の維持に使用して尚、余りある程に規格外の『呪力』を持っていた事の証左でもあった。良くもまあ、脳が焼き切れなかったもんだ。・・・逆説、彼女の『呪力』が簡単に使い切れる量であれば、もっと早くに『術式』の制御や解除が出来ていたと考えると皮肉でしか無いが。

 

 因みに、彼女は姉ウサギさんの様に特注のアーティファクトは作られていない。流石にそんな時間は無かったし、俺達の旅にずっとついてくる訳でも無いので仕方ない。その代わりと言っては何だが、脚甲(プロテクター)をハジメに作成して貰った。軽くて丈夫、動きも阻害しないとシンプルだが有用な武具だった。ゴテゴテしたのも派手で良いが、飾り気が無いのもまた無骨な感じがして良いものである。

 

 妹さんが脚技メインなのは『術式』との兼ね合いがあるからだ。『術式』を発動する場合、対象に素手で直接触れるのが1番効率が良いらしい。触れていなくても出来なくは無いが、少しでも距離を取ると途端に効率が悪くなるのだとか。あくまでも感覚的なモノと言ってはいたが、恐らく間違い無いだろう。・・・依然として、妹さんは『術式』の発動がぎこちない。出力を一定に保ったり下げるのは非常に上手いんだが、逆に一定以上に上げようとすると途端に下手くそになる。普通は逆の筈なんだが・・・。念の為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、いざと言う時に使えるかは五分五分だろう。

 

 谷底から月(らしき星)を眺めつつ、野営の準備をする俺達。テント張ったり晩飯の準備してると、キャンプでもしてる気分になり少しだけワクワクする。最も、道具は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりするので、快適さは段違いだが。

 

 野営テントは〝暖房石〟と〝冷房石〟が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれるし、冷房石を利用した〝冷蔵庫〟や〝冷凍庫〟も完備されている。骨組みには〝気配遮断〟が付加された〝気断石〟を組み込んであるので、敵にも見つかりにくくなっている。調理器具には流し込む魔力量で熱量を調整できるフライパンや鍋、〝風爪〟が付与された切れ味鋭い包丁の他、なんとスチームクリーナーモドキ迄ある。相変わらずの凝り性っぷりだった。便利だから文句なんて無いけど。

 

 後驚いたのは、姉ウサギさんが料理上手だった事だ。俺も1人暮らししていたのである程度は出来るが、比べるのが烏滸がましいレベル。今日の夕食だったクルルー鳥*3のトマト煮も、非常に美味でした。妹さんと一緒にお代わりまで貰ってしまった。

 

 満足度の高い食事を終え、日記も纏めたので後は見張り番を立てつつ寝るだけーーーだったんだが。姉ウサギさんが何かを見つけたらしい。取り敢えずそれだけ確認して寝る事にする。

*1
CuteだったりPassionだったりCoolだったり

*2
4.友人たちの話③-ハジメ視点②-参照

*3
空を飛ぶ事以外は、味や見た目がほぼ鶏なこの世界の鳥




・社の日記について
割と今更な説明になりますが、題名に「異世界より」と入っている話は、社が書いた日記になっています。また、この日記は100%社の主観なので、必ずしも正しい事が書いてあるとは限りません。

・社の義妹について
話の流れとしては、
①村人達に害を為す『呪霊』が存在。②村人達は『呪霊』を認識出来ず、災いの原因が双子の女の子達であると盲目的に断定、迫害開始。③村人の悪意から生まれた『呪力』と、義妹達が元々持っていた『呪力』を吸収して呪霊はより強力に。④それに比例する様に被害が大きくなり、更に迫害が強くなる悪循環が生まれる。とこんな流れ。そこに祖父から修行がてら仕事を任された社が介入、紆余曲折を得て家で保護した感じです。『呪術廻戦』本編で詳しく描写された訳じゃ無いけど、夏油一派の美々子&菜々子と境遇的には同じイメージ。

 唯、社は夏油程精神的に追い詰められてもいなければ、真面目でも無いのでどう頑張っても闇堕ちはしない。と言うか、身内・友人にバリバリ非術師が居るので「悲術師(さる)は皆殺し」なんて発想には絶対至らない。恐らく社が『呪術廻戦』本編のキャラで最も相性が悪いのが呪詛師堕ち後の夏油。(呪霊操術による数のゴリ押しをされるとトータス転移前の社では近付けず、性格的にも呪術師である社に夏油は悪意を向けない為、奇襲を感知出来ない。)

・村人達について
↑で書いた通り、社は「悲術師(さる)は皆殺し」なんてファンキーな考えには至らないので、村人達を誰1人殺害無いし危害を加えたりはしていません。ただし、『義妹達は今回の様な危害を村人達に加えない代わりに、村人達も義妹達と故意・偶然に関わらず2度と関わらない』と言う『縛り』を結んでいます。・・・勘の良い方なら気付くと思いますが、この『縛り』、村人の方にしかリスクがありません。今回の事件で義妹達は村人達には危害を加えていないので、何しても『縛り』に抵触しません。なので、復讐しようと思えば簡単に出来るし、恐らく社も止めません。義妹達が復讐したいと思っているかは別ですが。


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47.ライセン大迷宮

「・・・どう思う、社。」

 

「どう思うって言われてもなぁ・・・。」

 

 ハジメの呆れた様な声を聞き、うなじに手を当てながら煮え切らない反応を返す社。今現在ハジメ達は、ライセン大峡谷の谷底にて発見した謎の空間に居た。人目を避ける様に大岩で隠されていたこの部屋を、就寝前のお花摘み(暗喩)に外へ出たシアが偶々見つけたのだ。

 

 最も、ハジメ達の頭を悩ませているのは空間そのものでは無い。2人の目線の先にある、壁面を掘って作られた看板ーーーそこに掘られている文字こそが彼等を悩ませている原因であった。

 

〝おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

 見事な装飾の看板とは不釣り合いな、女の子らしい丸みを帯びた字体と記号は、見た者に胡散臭さと馬鹿馬鹿しさを抱かせるだろう。だが、1つだけある無視出来ない要素が、ハジメ達を考え込ませていた。

 

「ユエさんは、本物だと思う?コレ。」

 

「・・・・・・・・・ん。」

 

「長ぇ間だな。根拠は?」

 

「・・・ミレディ・・・。」

 

「やっぱそこだよな・・・。」/「だよねー。」

 

 ハジメ達が〝ミレディ・ライセン〟の名前に反応したのは、オスカーの手記に〝解放者〟達の1人として記されていたからだ。トータスに於いては一般的に〝解放者〟達の名は伝えられておらず、逆説、その名が記されているこの場所こそ、本物のライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。書いた人間の軽薄さが滲み出る文体と字体だったので、イタズラ書きの線も捨て切れないでいたが。

 

「何でこんなチャラいんだよ・・・。」

 

「・・・案外ワザとかもな。何も知らない奴にはイタズラ書きにしか見えないが、〝解放者〟達の真意や名前を知る者には本物だと分かる様に書いた、とかな。」

 

「・・・ありそう。」

 

 七大迷宮が造られたのは、〝解放者〟達が負けた(正確には戦う事すら出来なかった)後だ。神の策略により望まぬまま世界の全てを敵に回した〝解放者〟達が、悪辣な神の介入を避ける為に慎重になるのも無理は無いだろう。若干、方向性が間違ってる気がしないでも無いが。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね?奥も行き止まりですし・・・。」

 

「チョ、義姉(ネエ)サン、もっと慎重に動こう?南雲サン達からオルクス大迷宮の話聞いてたデショ?」

 

 オルクス攻略組(ハジメとユエと社)が話している間、シアは入口を探そうと辺りをキョロキョロ見渡したり、壁面をペシペシと叩いたりしている。そんな義姉の不用心な行動に、アルが注意を促そうとするが。

 

 ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

義姉(ネエ)サン!?」

 

 時すでに遅く、シアの触っていた壁が突如グルンッと回転した。どうやら壁に仕込まれたスイッチか何かを起動してしまったらしい。床ごと巻き込む様に回転した扉は、さながら忍者屋敷の仕掛け扉の如く、シアを連れ去ってしまう。

 

「あのラクガキは本物だった訳だ。・・・マジかぁ。」

 

「テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜。」

 

「棒読みの上、目が死んでるぞ、社。」

 

 ハジメと社の現実逃避気味な一言が、空間に虚しく響く。入口らしきものを発見したことで、一気に看板の信憑性が増した。恐らくここがライセン大迷宮なのだろう。奈落の底で死闘を繰り広げた身からすれば、ふざけた看板やら遊園地染みた入口の存在には、頭を痛くする一方だったが。

 

「取り敢えず、早く義姉(ネエ)さん追いかけないッスか?」

 

「おっと、そうだった。扉の大きさ的に4人一気には無理かね。取り敢えず、様子見で俺が先に行くわ。」

 

「任せたぞ。」/「・・・気をつけて。」

 

 アルの言葉に気を取り直した一行の内、最も頑丈で悪意の感知も出来る社が先行して回転扉に向かう事に。ハジメ達に見送られながら、社がシアと同じように回転扉に手をかけると、仕掛けが作動してすぐに扉の向こう側へと送られる。

 

「・・・真っ暗だな。おーい、姉ウーーー。」

 

 ヒュヒュヒュ!

 

 回転扉が回り切った直後、無数の風切り音が響いたかと思うと、暗闇の中から複数の矢が社目掛けて飛んできた。恐らく大迷宮に挑む者を試す為の罠なのだろう。だが、部屋自体に光源が無い上、光を反射しない様に漆黒色に塗り潰されている矢が20本近く放たれる辺り、殺意が高かった。

 

「ーーーあっぶね。」

 

 が、社の反応も軽かった。技能〝夜目〟により矢自体は見えていたし、速度も大したものでは無かったからだ。最も、ハジメや社の基準で言えばなので、一般の冒険者なら漏れなく串刺しだろうが。

 

 迫り来る矢の数々を、社は埒外の身体能力でもってキャッチしていく。毒が塗られている可能性も考慮し、(やじり)には一切触れず()*1の部分だけを器用に取りながら、である。身も蓋もない言い方をすれば、肉体スペックに任せたゴリ押しだった。

 

「ニ指真空ーーーいや、指2本じゃないから駄目か。・・・十指真空把?」

 

 社が全ての矢を掴み落とすと、再び静寂が部屋を満たす。軽口とは裏腹に社が警戒を解かずに居ると、周囲の壁がぼんやりと光って辺りを照らし出した。

 

(・・・あれ?姉ウサギさん居なくね?)

 

 明かりが灯った事で部屋全体を見渡せる様になったのだが、何故かシアの姿が見当たらない。社が居る部屋は大きさが縦横約10m程であり、隠れられそうな場所は無い。一ヶ所、奥へと真っ直ぐ続く通路がありはしたが、シアが1人で勝手に進むとも考えづらい。部屋の中央には石版があるが、シアが隠れるには大きさが足らないだろう。

 

「もしかして、入れ違いに「ガコンッ!」ーーーおお?」

 

 もしやと思いつきを口に出した瞬間、再び回転扉を起動する音が部屋に響いた。社がそちらに目を遣ると、ハジメとユエが扉を通って来ていた。

 

「無事か、社。」

 

「まぁな。傷1つない。姉ウサギさんは?怪我してんなら治すけど。」

 

「あー・・・アイツは・・・。」

 

 社の問いに対して、何故か口を濁したハジメ。割と言いたい事はハッキリ言う性格の友人(ハジメ)にしては、中々レアな態度ではある。声や表情が固かったりする訳ではないので、シアの命に別状は無いのだろうが・・・。

 

「・・・・・・触れないであげて。」

 

「・・・OK、了解した。」

 

 ユエの何とも言えない表情と同情が込められた言葉に、社は深く突っ込む事を止めた。多分、これ以上知ったところで誰も幸福にはならない、と直感したからだ。昔、■■に「女の子の隠し事を暴き立てる様な事はしちゃダメよ?」と言われたのも理由の1つだろう。危機察知能力が高いとも言える。

 

 数分後、再び回転扉が起動すると、ハウリア姉妹が隣の部屋からやって来た。シアは何故だか服を着替えており、これまた何故だか顔を赤らめていたが、社は見て見ぬ振りをした。部屋の中央にあった石板の煽り文*2を見た瞬間、シアがドリュッケンで石板を執拗に叩き潰した事も。砕けた石板の跡に別の煽り文*3が彫られており、「ムキィーー!!」と発狂しながら更に激しくドリュッケンを振い始めた事も、少し無理はあったが全て見て見ぬ振りをした。触らぬ神に祟り無し、である。

 

 

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな。」

 

「・・・ん、迷いそう。」

 

 シアがどうにか落ち着きを取り戻した後、部屋の奥の通路を進んだハジメ達を待ち受けていたのは、「広大で立体的な迷路」としか表せない空間だった。唯広いだけでは無く、複数ある階段や通路、出入り口が縦横斜めの区別無く絡まる様に繋がっていたのだ。遠近感も滅茶苦茶な為、方向音痴な人にとっては地獄であろう。

 

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

 

「気持ちは分かるケド、義姉(ネエ)サンもそろそろ落ち着いて。また罠に引っ掛かるよ?」

 

 未だ怒り心頭のシアを、アルがどうどうと宥めている。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、ハジメは「さて、どう進んだものか」と思案する。

 

「・・・ハジメ。考えても仕方ない。」

 

「ん~、まぁ、そうだな。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進むしかないか。」

 

「やっぱ迷宮探索と言えばマッピングは定番だな。世界樹◯迷宮でもやってた。」

 

「F.O.Eが出てくるのは勘弁だがな。」

 

 社と軽口を叩きつつ、〝マーキング〟を開始するハジメ。リアル・フィクションに関わらず、迷宮探索でのマッピングは基本である。この複雑な構造の迷宮でどこまで正確に作成できるかまでは未知数だが、それでもやらないよりはマシだろう。

 

 尚、〝マーキング〟とは、ハジメと社の持つ〝追跡〟の固有魔法の事である。この固有魔法、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟を行い、その痕跡を追う事が出来るのだ。この〝マーキング〟、生物・非生物問わず付けられる上、可視・不可視のON・OFFも出来ると、中々に融通が効く。今回は迷宮の壁に可視化した魔力を〝マーキング〟することで、ユエやハウリア姉妹にも分かる様に通った場所の目印にするつもりだ。

 

 ハジメ達は早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に進む事に。通路の幅は2m程で、レンガ造りの様に無数のブロックが組み合わさって出来ていた。また、壁自体が淡く輝いている為、視界は意外にも良好だった。

 

「オルクス大迷宮と同じで、壁自体に光る鉱石が使われてんのか。」

 

「ああ。〝鉱物系鑑定〟で調べたら〝リン鉱石〟って出た。オルクスの緑光石とはまた違うみたいだが、空気と触れることで発光する性質があるみたいだな。」

 

 ガコンッ

 

「え?」/「は?」/「ん?」/「ふえ?」/「エ?」

 

 ハジメと社が会話していた途中、足元から奇妙な音が鳴った。一行が音の鳴った方をみると、ハジメの片足が床に沈んでいた。どうやら床のブロックの一つを踏み抜いてしまったらしい。

 

 シャァアアア!!

 

 と、その瞬間、刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックの隙間から高速回転・振動する丸鋸(サークルソー)が飛び出してきた。首と腰を両断するのに丁度良い高さで、前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「「回避!」」

 

 ハジメと社は咄嗟にそう叫びつつ、仲良く後ろに倒れ込みながら(マ◯リックス避けで)2本の丸鋸を回避する。ユエは元々背が小さいのでしゃがむだけで回避出来た様だ。「はわわ、はわわわわ」とシアの動揺する声が聞こえてきたが、苦悶の叫びでは無かった為、後列に居たハウリア姉妹も何とか避けられたらしい。

 

 丸鋸はハジメ達を通り過ぎると、何事もなかったように再び壁の中に消えていく。第二陣を警戒してしばらく注意深く辺りを見回すハジメだが、数秒が経っても何も無いのを見ると、どうやら今ので終わりーーー。

 

「上だ!ハジメ!」

 

 ではなかった。ホッと息を吐き後ろを振り返ろうとしたハジメの耳に、社の短い叫びが届く。社の声に一切の疑問を挟む事なく、ハジメはユエとシアを回収して前方に、社はアルを抱えて即座に後方に身を投げ出す。直後、今の今までハジメ達がいた場所に、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出された。刃の群れは先程の罠と同様に高速振動しており、その切れ味を証明するかの様にスムーズに床にスっと食い込んだ。

 

「・・・完全な物理トラップか。魔眼鏡じゃあ、感知できない訳だ。」

 

 足先数cmに落とされた刃を見つめ、冷や汗を流すハジメ。抱えられていたユエとシアも、突然の事に硬直している。

 

 ハジメの持つ片眼鏡(モノクル)型アーティファクト〝魔眼鏡〟は、魔力に関わる事であればほぼ全てを視界に捉える事が出来る。逆に言えば、魔力の絡まない事象に関しては感知出来ない。今回の様な魔力に頼らない罠であれば、後手に回らざるを得ないのだ。今までのトラップーーーオルクス大迷宮に存在した罠は殆どが魔法を利用したものだった為、先入観にハマってしまったのもギリギリまで気付けなかった一因だろう。

 

「いや、助かった、社。・・・社?」

 

 第三陣を警戒しながら、体制を立て直したハジメが社に声を掛けるが、反応が無い。訝しみながら友人の方を見るハジメだったが、当の社は呆然としたアルを抱えたまま、厳しい表情で通路の奥を見つめていた。もしや怪我でもしたのか!?と思うハジメだったが、見た感じ外傷らしき物も見当たらない。

 

「・・・・・・いや、何でもない。それよりも、だ。ハジメとユエさんは、魔法、使えるか?」

 

「あ?ああ・・・正直、かなり厳しいな。〝空力〟や〝風爪〟みたいな、体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は、全く使えない。レールガンの要の〝纏雷〟も。大分出力が下がっちまってる。」

 

「・・・私も、上級魔法は無理。中級以下も、射程が落ちる。・・・無理矢理発動も出来なくは無い、けど・・・。」

 

「消費が馬鹿にならない、か。」

 

 社の様子を疑問に思いながらも、答えを返したハジメとユエ。どうやら【ライセン大迷宮】内部は、ライセン大峡谷の谷底より遥かに強力な分解作用が働いている様だ。先程の罠も迎撃しなかったのでは無く、出来なかったのだ。無論、魔力を蓄えた魔晶石シリーズや、各種ポーション類も準備してはいるが、ここぞと言う場面まで温存しなければ、すぐに枯渇してしまうだろう。

 

 幸いだったのは、外部に魔力を放出しないタイプの魔法ーーーもっと言えば、物体の内部に作用するタイプの魔法は通常通り使える事だ。先程使った〝マーキング〟の様な、物理的な接触を必要とする魔法の他、魔力の直接操作による肉体強化が該当する。

 

 体外に放つ魔法が軒並み封じられた今、この大迷宮では身体強化が格段に重要になってくるだろう。故に魔力による身体強化の幅が大きいシアと、膨大な呪力により肉体を強化出来るアルにとって、この迷宮は独壇場とも言える。・・・本人達には、余り自覚が無さそうだが。

 

「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。ていうか、ハジメさん!あれくらい受け止めて下さいよぉ!何のための義手ですか!」

 

「いや、あれ相当な切れ味だと思うぞ?切断まではされないだろうが、傷くらい入れられたかもしれん。今は〝金剛〟使えないからな。」

 

「き、傷って・・・装備と私、どっちが大事なんですかっ!」

 

(姉ウサギさんも中々に逞しい。普通はもっとビビるはずなんだけど。)

 

 漸く我を取り戻したかと思えば、掴みかからんばかりの勢いでハジメを問い詰めようとするシア。その姿は、先程含め2回も命の危機に晒されたとは思えない程に、元気が有り余っていた。一周回ってヤケクソになっているだけかも知れないが。

 

「妹さんはどうする?戻るなら今の内だと思うけど。」

 

「・・・お気遣いどうもッス。でも、こんなトコでアタシだけ挫けてなんかいらんないんで。まぁ、助けて貰ったばっかなんで、格好つかないですケド。」

 

「・・・そっか。(うーむ、妹さんも予想以上にガッツ入ってる。似てない様で似てるなぁ、この姉妹。)」

 

 ハジメ達の旅に着いて来るシアと異なり、アルは大迷宮を攻略する必要性は薄い。彼女が力を求めるのは家族を守る為ではあるが、それは『生得術式』を完全に掌握出来さえすれば事足りる。それでも尚、足掻けるところまでは足掻くつもりなのだろう。文字通り、命を賭けてでも。理由は違えど、ハウリア姉妹の覚悟の程には感嘆する他無い。

 

「・・・お漏らしウサギ。死にかけたのは未熟なだけ。」

 

「おもっ、おもらっ、撤回して下さい、ユエさん!いくらなんでも不名誉ーーーじゃなくて!何で社さんの前で言っちゃうんですか!?黙ってれば、バレる事なかったじゃないですか!」

 

「何言ってんだ、お前のお漏らしなんて最初からバレてんぞ。社が気を遣って何も言わなかっただけだ。」

 

「人の心をお持ちで無いの親友???」

 

「〜〜〜!!!」

 

 ハジメの死刑宣告に等しい指摘に、声にならない悲鳴を上げるシア。先程社が回転扉に入ったのと入れ替わる様に、シアはハジメ達の前に戻っていた。幸いにして矢の罠も避ける事は出来たのだが、かなりギリギリだった為、壁に矢で磔にされてしまい、緊張が緩んだ瞬間にダムが決壊(比喩)してしまったのだ。

 

「もういいです!社さんにバレたのは諦めます!ですから、社さんの気遣いとか優しさを、ハジメさんも私に分けて下さいよぉ!」

 

「断る。俺の気遣いも優しさも、最優先はユエだ。」

 

「・・・。(ドヤァ)」

 

「ハァ〜〜〜!見て下さいよ、あのユエさんの優越感に浸った顔!社さんとアルも何とか言ってやってくれませんか!?」

 

「仲良くで何よりじゃないかな。」

 

「アタシに振らないでよ、義姉サン。」

 

「チクショウ、味方が居ないですぅ!!」

 

 大迷宮にシアの切実な叫びが虚しく響き渡る。扱いがまぁまぁ酷いが、かと言って少しでも甘やかせば調子に乗るのは目に見えている。そう言った意味では、このパーティーで最も性格が理解されているのはシアだろう。それが良いか悪いかはまた別問題だが、少なくともムードメーカーとしては役に立っていた。

 

「で、実際に義手で罠は防げそうか?場合によっちゃ、今まで以上に慎重にならざるを得ないが。」

 

「問題無い。咄嗟に避けはしたが、さっきの丸鋸位なら義手でも銃身でも止められた。」

 

 シアとユエがギャアギャアと騒いでいるのを尻目に、社とハジメは罠の威力について話し合っていた。先程の丸鋸然り、ギロチン然り、唯の人間を殺すには明らかに過剰な威力の為、常人ならば罠を回避する以外に生き残る道は無い。

 

 だが、ハジメ達ならば、そうそう大事には至らないだろう。ハジメは基礎ステータスが埒外の上、奈落の底で得た魔物の革や鉱物で、コートやプロテクターを作成・装備している。ユエには〝自動再生〟がある為、致命傷を受けても直ぐ様復活出来る。社は動きにくさを減らす為に防具は着けていないが、ハジメを超えるステータスと、『呪力反転』による回復がある。よって、必然的にヤバイのはハウリア姉妹だけとなる。独壇場とは一体。

 

「一応、妹さんは俺の方である程度フォローするつもりだけど?」

 

「・・・まぁ、ユエも駄目ウサギの事を気に入ってるみたいだしな。最低限でも面倒見てやるか。」

 

「ハーイ、ツンデレ発言頂きましたー。ユエさん的には今の何点?」

 

「・・・私の為に、って部分は、高評価。85点。」

 

「はっ倒すぞお前ら。」

 

 社とユエの無駄に息の合った揶揄いに突っ込みつつ、これから先待ち受けるであろう嫌らしい罠に、既にウンザリ気味なハジメであった。

*1
矢の鏃と羽が付いてある場所を除いた本体部分。シャフトとも。

*2
〝ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして、ニヤニヤ〟〝それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?・・・ぶふっ〟

*3
〝ざんね~ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟



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48.管理者

  最初の罠があった(サークルソー&ギロチン)通路をハジメ達が通り過ぎて、早数時間が経過した。その後幾つかの部屋と通路を踏破した後、一行は安全を確保した場所で休息を取っていた・・・のだが。

 

「ったく、どうなってるんだ、この迷宮は。」

 

「・・・ミレディは、性悪。」

 

 吐き捨てる様に出たハジメの呟きに、ユエが短くも的確な感想を返す。ハジメは勿論の事、普段は無表情なユエさえもが嫌そうな表情を隠していない辺り、如何にこの迷宮にウンザリしているかが分かる。

 

 と言うのも、ハジメ達が進もうとする通路や辿り着く部屋の尽くに、悪辣な罠が待ち受けていたからだ。階段が突如タール濡れのスロープになり、蠍だらけの穴に滑落しそうになったり。部屋の中心に来た途端、全方位から毒矢が放たれたり。刺激臭のする溶解液がたっぷり入った落とし穴に落とされそうになったり。アリジゴクの様に床が砂状化した挙句、中央でワーム型の魔物が待ち受けていたり。天井が落ちてきて押し潰されそうになったりと、バリエーションだけは豊富だった。だが、ハジメ達の精神を削っていたのは罠だけでは無い。

 

「ユエさんの言う通りですぅ!わざわざ罠の近くにウザい文章を書いとくなんて、性根がひん曲がってるんですよ!」

 

「・・・・・・マジでダルい。」

 

 怒り心頭と言った様子で叫ぶシアと、そんな義姉を宥める元気すら無いアル。ハジメ達をイラつかせていたのは、ミレディが残したと思われる煽り文も原因だった*1。罠に掛かった者達を嘲笑う文章は、ハジメ達の精神を見事に逆撫でていた。今の所、全てのトラップとセットになって書いてあった為、今後も見る事になるのはほぼ確定している。

 

「叫んでないでキッチリ 魔力回復薬(ポーション)飲んどけよ。肉体強化はお前の生命線だろうが。」

 

「う〜、了解ですぅ。・・・あれ、ハジメさん、もしかして私の事、心配してくれました?」

 

「んな訳無いだろ。寝言は寝て言え、駄目ウサギ。」

 

「酷い!?」

 

 寸劇を繰り広げつつ、 魔力回復薬(ポーション)を口にする一行。魔力のへの強力な分解作用があるこの迷宮では、必然的に魔力の消費量も増大する。ハジメと社、ユエは〝高速魔力回復〟*2の技能を持ってはいたが、全く役に立たなかった為、小まめな補給は必要不可欠だった。魔晶石から蓄えた分の魔力を補給する手もあるが、後々の事を考えると意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要があり回復にも時間が掛かるポーションを先に使用すべきでもあった。

 

 唯一救いだったのは、ライセン大迷宮内部でも問題無く『呪術』関連の技能が使えた事だろう。『呪力』による身体強化は勿論、『術式』や『呪力反転』も発動可能だった為、楽に回避出来た罠も幾つか存在していた。

 

「それで?さっきから、何が気になってんだ、社。」

 

「・・・考え事?」

 

 口を開かず静かに辺りを伺っていた社に、ハジメとユエが声を掛ける。最初の罠を回避した後から、社は必要最低限以上に口を開かず、周囲を警戒し続けていた。トラップへの対応も難無く熟していたのでハジメ達も放置していたのだが、一向に様子が変わらない為、聞き出す事にしたのだ。

 

「んー、話すのはもう少しだけ待ってくれ。少なくとも()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「ふぇ?罠にかかる前じゃ駄目なんですか?」

 

「ちょっと確かめなきゃならない事があってね。」

 

 違和感を感じたシアが疑問をぶつけるものの、社は誤魔化す様に会話を打ち切ると、うなじに手を当てて再び黙り込む。その態度は言外に「今はこれ以上話すつもりは無い」と語っていた。その様子を見て「ムムム」と唸りながら、更に詳しく話を聞こうとするシア。

 

「分かった。」/「・・・ん。」

 

「そこで納得しちゃうんですか!?」

 

 だが、それよりも早くハジメとユエが引きさがった事で、シアは驚きと共に出鼻を挫かれてしまう。話を聞いていたアルも声には出さないものの、ハジメ達があっさり納得したのには目を(またた)かせていた。

 

「元の世界に居た時からの付き合いだからな。(コイツ)は馬鹿も阿呆も無茶苦茶もやるが、無駄な事はしねぇ。」

 

「・・・社が私達に黙ってるなら、それなりの理由がある筈。・・・ハジメよりも、短い時間だけど・・・それくらいには、信頼してる。」

 

「我ながら信頼が厚い。こりゃ下手打てねぇや。」

 

 ハジメとユエの言葉を聞き「敵わないな」と苦笑いする社。長い付き合いのハジメは勿論の事、共にオルクス大迷宮を乗り越えたユエに対しても、社は強い友誼を感じていた。そんな2人に曇り一つ無い信頼を向けられたのだから、否が応にも気合いは入ると言うものだろう。

 

「くぅっ、これが共に苦難を乗り越えて来た者同士の絆ですか!羨ましいですぅ!私も入れて下さい!」

 

「・・・それは、これからの活躍次第。」

 

「言いましたね、ユエさん!私のキュートな2本のうさ耳で、しっかりと聞きましたからね!後になって忘れたなんて無しですよ!ーーーさぁさぁ、皆さん、何時まで休憩してるんですか!ちゃっちゃとこんなふざけた迷宮クリアして「パァン!」ハキュン!?」

 

「ウルセェ、駄目ウサギ。先は長いんだ、しっかり静かに休憩してろ。」

 

「現金だねぇ、姉ウサギさん。」

 

「・・・・・・ハァ。」

 

 キレたハジメにゴム弾を撃たれて目を回すシアと、その横で額に手を当てて溜息をついたアル。何だかんだ、余裕が有る一行だった。

 

 

 

 

 

 休憩を終えて探索を再開したハジメ達が、多種多様な罠(と付随する煽り文)を潜り抜けて暫く進むと、この迷宮に入ってから一番大きな通路に出た。道の幅は6〜7m、結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。恐らくは螺旋状に下っていく通路なのだろう。

 

「全員警戒を怠るなよ。こんな如何にもな通路に、罠が無いなんて「ガコンッ!」言ってる側からかよ!」

 

「で、でも、誰もスイッチ押してないですよ!?」

 

 ハジメの警告を他所に、既に嫌と言うほど聞いてきた作動音が響く。だが、シアの言う通り誰もスイッチを押した形跡は無い。自覚出来ない内に作動させてしまったのか、それとも形だけスイッチ音が鳴っただけなのか。判断は出来ないが、少なくともミレディ・ライセンの性格の悪さだけは窺える。

 

「チッ、今度はどんなトラップだ?」

 

「?皆さん、何か聞こえませんか?」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

 シアの言葉を聞いて一行が耳を澄ますと、確かに音が聞こえて来た。場所は頭上、それも明らかに何か重たいものが転がってくる音である。

 

「「「「・・・・・・。」」」」

 

 5人は無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げたものの、スロープの上方はカーブになっているため見えない。その間にも異音は大きくなっていき・・・遂にはカーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。

 

「嘘デショ馬鹿ナノあたおかかよクソミレディーーー!!!」

 

「キャラ崩れてますよアルーーー!!!」

 

 ハウリア姉妹の悲痛な叫びを合図に、踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとするユエ、シア、アルの3人だが、少し進むと直ぐに立ち止まった。ハジメと社が付いて来ないからだ。

 

「・・・ん、ハジメ?社?」/「何してんスか、2人とも!?」

 

「ハジメさん!?社さんも!早くしないと潰されますよ!」

 

「ん?ああ、大丈夫、大丈夫。ーーー俺がやろうか?」

 

「いや。俺にやらせろ。いい加減頭きてるんだ。」

 

 女性陣の呼びかけに答えたものの、2人は逃げる素振りを見せない。ハジメに至ってはその場で腰を深く落とし、右手を大岩に向けて伸ばしている。照準を合わせる様に右の掌を向ける姿は、まるで今から大玉を迎撃すると言わんばかりだ。

 

 キィイイイ!!

 

 力を溜める様に限界まで引き絞られていたハジメの左腕から機械音が響く。徐々に徐々に大きくなっていく駆動音は、義手が咆哮を上げている様にも聞こえる。その間にも大玉は轟音を響かせながら迫ってくるが、ハジメは怯むどころか獰猛な笑みを口元に浮かべていた。

 

「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ!性に合わねぇんだよぉ!」

 

 凄まじい破壊音を響かせながら、大玉とハジメの義手による一撃が激突する。大玉の圧力に耐える為に滑り止めのスパイクを錬成したハジメは、そのまま大玉を破砕すべく左腕を駆動させる。

 

「ラァアアア!!」

 

 ハジメ渾身の気合と共に、左肘から衝撃波が噴き出した。元から〝豪腕〟を発動して強化されていた左腕に更なる加速が加わった事で、辛うじて拮抗していた大玉の耐久力を、ハジメの拳の威力が大幅に上回る。そのまま左腕を振り抜いた先で、大玉は轟音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。

 

「カッコ良!マジカッコ良!!何て浪漫技だよ完璧にシェルブ◯ットじゃん!!ファースト◯リットかよ!!」

 

「うおっ、ウルセッ。だが、気持ちは分かる。自分で作っといて何だが、マジでイカす出来だろ?ま、義手に負担掛かるから、多用は出来ないがな。」

 

 テンション高めの社に絶賛され、満更でも無い様子で義手に異常が無いか確かめるハジメ。ハジメの左肘から放たれた衝撃破の正体は、肘から発射できるショットガンである。本来はドンナー・シュラークを撃ちながら後方の敵を迎撃する為の物だが、今回の様に内蔵されたショットシェルの激発の反動を利用して推進力にすることも出来るのだ。

 

 それに加えて、魔力を操作・振動させることで義手自体を共振、対象を粉々にする振動破砕も使用した。難点は義手への負担が大きい事だが、迷宮の罠やらウザい文やらでストレスが溜まってたらしく、我慢出来なかったらしい。

 

「ハジメさ~ん!流石ですぅ!カッコイイですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」

 

「・・・ん、すっきり。」

 

「マジで何でも有りっスね。」

 

「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道「いや、まだだ。」・・・は?」

 

 随分とスッキリした表情で、合流した女性陣3人の称賛に気分よく答えるハジメ。しかし、その言葉は途中で社に遮られた。そしてーーー。

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

 頭上から非常に聞き覚えのある音が、5人の耳に届く。笑顔のまま固まるハジメとシア、無表情ながら頬が引き攣っているユエ、「嘘デショ」と言わんばかりに顔を青くするアル、そして何か確信を得た様な表情の社。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたハジメの目に映ったのはーーー黒光りする金属製の大玉だった。

 

「うそん。」

 

 ハジメが思わず笑顔を引き攣らせながら呟く。先程破砕した大玉よりも、見るからに頑丈そうだ。だが、そこに追い討ちを掛ける様に、シアとユエがある事に気付く。

 

「あ、あのハジメさん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような・・・。」

 

「・・・溶けてる。」

 

 件の金属製の大玉は、表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきていた。しかも液体が付着した場所からは、シュワーと実にヤバイ音が聞こえてくる。

 

「ワー、あれなら硬いモノでも簡単に潰せるっスねー。(白目)」

 

「現実から目を背けちゃ駄目ですアル!ハジメさんも早く逃げなきゃですよぉ!」

 

「あ?問題ねぇよ。くそ、最初から社に任せときゃ良かった。」

 

「え?」

 

 大玉から逃げるべく皆を急かすシアだったが、何故かハジメは落ち着いたままだ。否、ハジメだけでは無い。今度はユエすらもが、迫り来る大玉を避けようともしない。まるで当然の様に、2人は社が罠を防ぐと確信していた。

 

「あらゆる害意は(ふさ)がれて、此方(こちら)側には来ること(あた)わず。」

 

 詠唱と共に空色の光が迸ると、正六角形の結界が道を塞ぐ様に、複数枚重なる形で展開される。1枚1枚が極薄の平面に近い結界は、幾ら重ねた所で厚みが目に見えて増す事は無く、大玉の威容には明らかに目劣りしてしまう。しかしーーー。

 

 ガツンッ!

 

 予想を裏切り、多重六角形の結界は容易く大玉を受け止めた。重なり合った結界は最前列の1枚目にすらヒビを入れる事なく、溶解液をものともしていない。

 

「・・・お見事。」

 

「加速が乗り切る前だったからね。いやはや、お前さんが有能な式神で何時も助かってるよ、〝岐亀(くなどがめ)〟。」

 

 ユエの称賛に答えながら、社は式神の甲羅を労る様に撫でる。社が呼び出した〝岐亀(くなどがめ)〟は『呪力の消費に応じた強度・大きさの結界を創り出す』能力を持つ。光輝との決闘騒ぎで魔法を防いだ時や、ハウリア達を帝国兵の流れ弾から守ろうとした時の様に、こと守護に関しては『式神調』の中でも随一と言って良い式神であった。

 

「社の結界が食い止めてる内に、さっさと降りちまうぞ。次の罠が来ないとも限らねぇからな。」

 

 ハジメの言葉に頷いた一行は、ゆっくりとスロープを降りて行く。念の為にとハジメが〝遠見〟の技能で先を確認しながら進むと、暫くして出口を発見した。出口の先は相当大きな空間に繋がっているらしく、部屋の中を完全に見渡す事は難しそうだ。

 

「出口は確認出来たが、どうにも先の見え方がおかしい。社、確認頼めるか。」

 

「了解。来てくれ、〝(さと)(ふくろう)〟。」

 

 ハジメの違和感を確かめるべく、社は別の式神を呼び出した。社の声に応えたのは『視力・視界の強化と拡張する』能力を持つ〝悟り梟〟。それに加えて〝遠見〟の技能を併用する事で、格段に強化された社の眼は容易く通路の先を見通した。

 

「・・・・・・・・・成る程。」

 

「?何が見えたんスか?」

 

「影◯シリーズやってる気分。死のピタゴラスイッ◯でも可だね。」

 

「◯牢シリーズて。罠に掛かんの俺達じゃねーか。」

 

「「「???」」」

 

「あー、ゴメン、ユエさん達には伝わんないか。ま、自分の目で見た方が早いかな。」

 

 ハテナマークを浮かべたユエ達と異なり、社の言葉が理解出来たハジメは、頭痛を堪える様にこめかみを抑えていた。その様子を見て更に謎を深める女性陣だったが、歩みを止めずに通路の先に辿り着いた事で、疑問が一気に氷解する。

 

「・・・これは酷い。」

 

「ひゃ〜〜〜。」

 

「ウッワ、趣味悪。」

 

 三者三様の反応ではあるが、絶句している点は一致している。それもその筈で、通路の先の空間には足場が無く、代わりに並々とヤバげな液体で満たされたプールになっていたからだ。大玉に潰されてもアウト、大玉を防いでも溶解液に触れればアウト、頑張って通路の先に逃げ切っても、どうにかして下のプールを避けなければアウトと言う、悪辣極まりない罠だった。

 

「コレ、どうやって次の部屋行くんですぅ?一応、先の方に出口らしき物もありますけど。」

 

 シアが指差す方向を見ると、確かに別の部屋に通じる出口らしきものはあった。が、そこに向かうための道は影も形も見当たらない。

 

「義姉サンの全力ジャンプでなら、届く・・・カモ?」

 

「イヤイヤイヤ!流石に無理ですよ!?て言うか、落ちたら1発で終わりなんですから、出来そうでもやりたくないですよぉ!」

 

 アルの疑問形な発言を、必死に否定するシア。如何に肉体強化に特化しているとは言え、酸のプールの上を跳躍する勇気は無いらしい。そんな2人を見て、溜息をついたのはハジメだった。

 

「んな馬鹿な事しなくても、普通に渡れば良いだろ。さっき結界張ってたの、忘れたのか?」

 

「「あ。」」

 

「そう言う事。また頼むぞ、〝岐亀(くなどがめ)〟。」

 

 社の呼び掛けと共に〝岐亀〟の背中の祠が輝くと、正六角形の結界が足元に現れた。結界はハジメ達5人を乗せても余裕のある大きさであり、足場代わりにするには十分だろう。

 

「1枚1枚階段状にして結界を張るから、落ちない様に気を付けてな。」

 

 そう言って先導する社の後を、ゆっくりとついて行く一行。結界自体は頑丈なので踏み抜く心配は無いが、透き通った空色をしている為、割と真下もハッキリ見える。ジュウジュウ、ボコボコと素敵な音をたてる、溶解液のプールが、である。落ちたらひとたまりもないのは言わずもがなだ。それ故、普段は騒がしいシアさえもが、口を開かずに恐る恐る慎重に進んでいた。

 

「『式神調 (さん)ノ番〝比翼鳥(ひよくどり)〟』」

 

 と、ここで先頭を歩いていた社が別の式神を呼び出しだ。突然の事に社以外の面子が訝しむが、〝比翼鳥〟はそれを意に介さず2匹に分裂、片方が社に、もう片方がハジメの肩に止まった。

 

《いきなりどうした、社。》

 

《単刀直入に言おう。この迷宮、明確な意志を持った誰かが管理している可能性がある。》

 

《・・・続けろ。》

 

 〝比翼鳥〟から伝わる社の言葉に、ハジメの片眉が吊り上がる。余りにも唐突な意見に聞こえるが、ある程度根拠が有っての事なのだろう。式神越しに堂々と内緒話を始めた2人に周囲(特にシア)は何か聞きたそうではあったが、社は「しーっ」と指を立てて騒がない様に促すと、歩みを止めないまま説明を続ける。

 

《ハジメは知ってるだろうが、俺の〝悪意感知(ぎのう)〟で感知出来る悪意は、何も人から人に向けられたものだけに限らない。より強くより明確に残されているなら、物や場所に込められた悪意も感知出来る。》

 

 社の持つ〝悪意感知〟は、一定量以上の悪意ならば鋭敏に捉える事が出来る。例えそれが当人から物理的に離れていたり、多少時間が経過していたとしても、何の問題にもならない。悪意さえ込められているのならば、五感では捉えられない罠であっても事前に察知出来るのだ。

 

《そうだな。だが、それにも限度はあった筈だ。現にお前の〝悪意感知〟では、オルクス大迷宮に張られた罠を見破れなかった。》

 

 ハジメの言葉通り、社の〝悪意感知〟にも限界はある。世界の裏側程に距離があれば流石に感知する事は出来ないし、永い時を得て悪意が風化してしまえば、此方も同様に感知出来なくなる。オルクス大迷宮の罠を見抜けなかったのは、迷宮自体が試練として造られた為そもそもの悪意が薄く、その上永い時を得た為に元から薄かった悪意が風化してしまったからだ。

 

《お前さんの言う通りだ。だからこそ、この迷宮に存在する罠から悪意が感知出来るのはおかしい。最初は気の所為かとも思ってたんだが、さっき大玉を防いだ時に確信した。この迷宮内にいる誰かが、明確な意志(あくい)を持って俺達を試そうとしている。》

 

 新たに齎された厄介な情報に、眉間に皺を寄せるハジメ。迷宮内部の罠だけでも厄介なのに、更にはそれを掌握している何かすら存在していると言うのだから、苦い顔の1つもしたくなるだろう。態々社が〝比翼鳥〟を呼び出したのは、その何者かに対しての防諜対策でもあった。

 

《だが、肝心の何者かに対しては、全く心当たりが無い。分かっている事があるとすれば、()()()()()()()事。そして微量ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()事位か。》

 

《・・・この迷宮の管理者は、単に俺達を試そうとしてるだけで、殺そうとまでは思って無いから悪意が薄い、と。社にのみ悪意が強いのは・・・『呪術』なんて得体の知れない力を使っているからか?だとすると、俺達が迷宮を攻略している様子も筒抜けか。》

 

《完全にバレてる、って訳でも無いだろうがな。現に『呪力』で肉体を強化しているだけの妹さんには、俺の様に悪意は向いていない。》

 

 ハジメ達一行に向けられる悪意は、実の所大した量では無い。だが、それこそ社が管理者(推定)の存在と、監視されている可能性に気付くのに遅れた理由でもあった。にも関わらずアルが社の様に警戒されていないのは、アルが『生得術式』を使用していないからだろう。

 

《一番無難かつ有り得そうなのは、俺達に先んじてこの迷宮をクリアした奴が、〝解放者〟達の真実を知ってその後を継いだ、って可能性か。最も、無駄に信心深いこの世界の住人が、神敵扱いされた〝解放者〟達の言い分を信じた、ってのはどうにもしっくりこないが。》

 

《だなー。これなら、実はミレディ・ライセン本人が生きてました、って言う方がまだあり得るんじゃね。》

 

何方(どちら)にせよ、厄介な相手であるのは変わりねぇな。》

 

 あくまでも敵対する事を前提とした考えではあるが、社の感知した悪意の持ち主がミレディ・ライセンだった場合、間違い無くこれまでに無い程の難敵になるだろう。仮にも大陸1つを束ねる宗教の神に、あろう事か真正面から喧嘩売った人々の代表である。弱いなんて事はまず有り得ない。ハジメの言った通り、先んじてライセン大迷宮を攻略して〝解放者〟達の後を継いだ人物であっても、同様に強敵となり得るだろう。罠だらけの迷路を踏破する力量に加えて、十中八九〝神代魔法〟も手に入れているからだ。

 

《だが、やる事は変わらない。誰であろうと、俺達の邪魔をするなら容赦しない。神だろうがなんだろうが、蹴散らすまでだ。》

 

《まぁ、それもそうか。差し当たっては、後ろの子達なんとかしないとな。》

 

《あん?・・・あ。》

 

 社に言われて振り返ったハジメが見たのは、自分達をジト目で見つめるユエとハウリア姉妹だった。

 

 

 

 

 

 その後、社が〝比翼鳥〟経由で全員と意思疎通を図りつつ(その間ハジメはユエを構い、シアはハジメにちょっかい出してしばかれてた)、〝岐亀〟の結界で足場を作って進み続け、漸く新たな部屋に辿り着いた。広く深い奥行きがある部屋の1番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か?それなら万々歳なんだが・・・この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

 

「HAHAHA、俺もだ。本物のさまようよ◯いなんて、見た事ーーーいや、何回か似た様なのぶっ壊した事あったわ。」

 

「こんなとこで呪術師(ほんしょく)っぽさ出すなよ。」

 

 ハジメと社が口にしているのは、部屋の壁の両サイドにある窪みに収められた像に関してだ。騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した像は、2m程の大きさで今にも動き出しそうな迫力に満ちていた。

 

「・・・大丈夫、お約束は守られる。」

 

「それって襲われるってことですよね?全然大丈夫じゃないですよ?」

 

「へー、異世界(こっち)でもホラーな定番ネタってあるんだ。」

 

「宮守さんは余裕有りすぎじゃないっスか?」

 

 ガコン!

 

「「「「「・・・・・・。」」」」」

 

 和気藹々と談笑していたハジメ達が、部屋の中央部でピタリと立ち止まった。ユエの言う通り、確かにお約束は守られた。全く嬉しくは無い。

 

 ガシャガシャガシャガシャ

 

 5人が「やっぱりなぁ~」と内心で思いをシンクロさせつつ周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして金属の擦れ合う音を立てながら、窪みから騎士達が抜け出てくる。その数、総勢50体。騎士達はスっと腰を落とすと、盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に、騎士達が現れた時点で既に包囲は完成している。

 

「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか。まぁ、今更の話か・・・やるぞ、全員準備は良いな?」

 

「あいよー。」/「んっ」

 

「ホント、ユエサンも宮守サンも余裕綽々ッスね。」

 

「か、数多くないですか?いや、やりますけども・・・。」

 

 ハジメの合図と共に、全員が戦闘態勢に入る。ハジメが使うのは、ドンナーとシュラークの2丁拳銃。機関砲のメツェライによる一掃も有りではあるが、下手に弾丸をバラ撒いて罠を作動させてしまっては目も当てられない。故に、様子見も兼ねたガンカタ(いつもの)スタイルである。

 

 気の抜けた返事とは裏腹に、油断無く構える社が自らの影から取り出したのは、杖型の呪具〝流雲〟。一対多数を想定するならば、伸縮・分裂機構のある〝天祓〟の方が適しているが、周囲の仲間を巻き込んでしまっては本末転倒である。故に、破壊力に特化した〝流雲〟を選択したのだ。

 

 ユエはこの迷宮内で、自分が最も火力不足である事を理解している。だが、ハジメのパートナー兼社の戦友たる自分が、この程度の悪環境如きで後れを取るわけにはいかない。それに加えて、万に一つ未満の可能性ではあるが、恋敵になるやもしれない弟子(シア)もいるのだから余計無様は見せられない。

 

 一方、ハウリア姉妹はと言うと、これまた反応が対照的であった。この迷宮内では最も影響なく力を発揮できる2人ではあるが、実質的な戦闘経験は不足気味だ。まともに戦ったのは谷底の魔物だけで、それも僅か五日程度。故にシアの腰が少々引け気味であったのは、ある意味仕方ないのだろう。だが予想外な事に、アルは静かながら呪力を漲らせると、臆する事無く騎士達を見据えている。その姿に、怯む様子は欠片も無い。

 

「ホラ、義姉サン。ビビってないで、構えなきゃ。南雲サンもユエサンも宮守サンも見てるよ。」

 

「何でアルはそんな余裕あるんです!?ーーーええい、女は度胸!皆さんの前で、カッコ悪いとこ見せらんないですぅ!!」

 

(妹さんってば全く物怖じしてないな。結構繊細かなーとも思ったんだが、腹くくんのは早いのか。・・・割と呪術師向き(イカれてる)かもなぁ。)

 

 シアはユエとの模擬戦を、アルは『呪力操作』と並行して社に体術を習ってはいたが、合わせても二週間ちょっとの戦闘経験しかない。にも関わらずここまで差が出るのは、種族の差か、或いは個人の素質の差か。最も、シアも気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点で、かなり根性があると言えるだろう。

 

「お前の義妹の言う通りだ。俺達も見ててやるし、何よりお前は強い。それは俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手な事考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる。」

 

 緊張したシアの背を押す様に、ハジメは声を掛ける。どことなく、普段より柔らかい声音だった。少なくとも、シアにはそう聞こえた。

 

「・・・ん、弟子の面倒は見る。」

 

「無茶はなるたけしない事、それと最後まで諦めない事。この2つを忘れない様にね。それが出来るなら、俺達もフォローしやすいから。」

 

 シアはハジメ達の言葉に思わず涙目になった。単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑ーーー自業自得の面も多々あるがーーーだったので、付いて来た事も迷惑に思っているんじゃと、ちょっぴり不安になったりもしたのだが・・・杞憂だったようだ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。それに何より、可愛い可愛い義妹の前で、カッコ悪いところは見せられない。シアは全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

 

「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ!社さんも応援してくれるみたいですし、ユエさんに下克上する日も近いかもしれません!」

 

「「・・・調子に乗るな。」」

 

「んー惜しいなー!そこでしおらしく甘えられる方が、ハジメの好みだと思うなー!ユエさんはよくやる手なんだけどなー!」

 

「余計な事言ってんじゃねぇよブッ殺すぞ社ォ!!」

 

「・・・照れる。」

 

「グッダグダじゃないですか。」

 

 調子に乗るシアもアレだが、悪ノリする社も大概だった。駄兎(シア)馬鹿(やしろ)、天然と愉快犯の組み合わせに、思わず頭を抱えたくなるハジメだが、その間にも騎士達はジリジリと包囲を狭めてきている。

 

「ったく、オラ、早く構えんだよ馬鹿共!舐めた戦い方したら、後ろから撃ち抜くからな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 緩い空気を吹き飛ばす様にハジメが吼えると、他の面子もすかさず応える。ふざけていたのは表面上だけで、いつでも戦える準備は整っていた。そんな様子を知ってか知らずか、総勢50体のゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。

*1
例.〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

*2
読んで字の如く、魔力の自然回復速度が上昇する



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49.取り敢えずミレディは(ころ)す。

 強力な敵が持つ特徴は?と聞かれた際、一般的に如何なる答えが返ってくるだろうか。無論、答えは人によって異なるだろう。そもそも敵の定義が曖昧なのだから、それも当然ではある。だが、分母を増やし得られる答えを集めていけば、ある程度の偏りが生まれる。

 

 例えば「大きさ」。肉体の大きさは、そのまま質量と射程の長さに繋がり、何よりもそれだけの肉体を支える膂力がある証拠になる。特に真正面からぶつかった場合、大きさとは(イコール)脅威度であり、見た目にも分かり易い為、シンプルに強いと言える特徴だろう。

 

 例えば「速さ」。速さとは、相手にどれだけ先んじて動けるか、或いはどれだけ行動を許さずに動けるか、の指標となり得る。戦闘中の手数や撹乱に使えるのは勿論、接敵時に先制攻撃をする際や自分達が奇襲された場合の立て直しや反撃、いざとなれば逃げ足にもなる為、攻防一体の強さだと言える。

 

 例えば「数」。用意するのに手間が掛かると言う1点を除けば、数の多さはそのまま力になる。1人で10人分の働きをする精鋭も、20人相手には敵わない。無論、ある程度の質や連携は必要であるが、それも()()()()程度で良いのだ。古今東西、たとえ世界を跨ごうとも、数で押し潰す戦法は間違い無く有効である。この世界有数の強者であった〝解放者〟達も、言ってしまえば数で負けたのだから。

 

 では、目の前のゴーレム騎士達はどうだろうか。

 大きさーーー人型で身長は2m強。屈強な騎士と呼ぶに相応しい巨体であり、対人を想定するならば十分なサイズと言えるだろう。

 速さーーー見た目に似合わず俊敏である。身に付けた鎧や剣盾の重さをものともしない身の動きは、疲れを知らないゴーレムならではだ。

 数ーーー総勢50体の人形達は、自分達の数の利を生かす様に連携して動いている。1体1体に知性があると言うよりも何者かに操られている風ではあるが、だからこそ個々の動きは統率されており、何より迷いが無い。

 

 総評するのであれば、間違い無く「強い」。系統としては、以前ベヒモスと共に出て来た骸骨騎士(トラウムソルジャー)が近いが、総合力は段違いだ。仮に並の冒険者がゴーレム兵の相手をする場合、優に3〜5倍の数は必要だろう。そしてこの想定も、あくまでゴーレム兵にのみ焦点を当てただけの概算である。迷宮内で様々なトラップにさらされ、疲労困憊の状態でこの部屋に来た人間がどれだけ戦えるかは、推して知るべしだろう。

 

 

 ーーーそれら全てを加味した上で尚、奈落の底を這い出た彼等には通じない。

 

 

「シッ!」

 

 短く息を吐く様な声と同時に、社が騎士の1体に(じょう)形態の〝流雲(りゅううん)〟を振るう。仗、と言えば聞こえが良いが、姿形は唯の棒だ。旋棍(トンファー)形態の様に受けや防御に特化している訳でも無く、三節棍形態の様に攻撃に特化している訳でも無い、言わば2つの中間ーーー器用貧乏になりかね無い立ち位置。にも関わらず社が仗形態を選んだのは、その2つよりも出来る事の幅がとても広いからだった。

 

 横凪で振るった流雲が騎士の胴体に命中するが、ヒビどころか傷一つ入らない。それ程までにゴーレム騎士が頑丈ーーーな訳では無い。社が速さを重視しただけで、打ち砕く気が無かったからだ。攻撃を受け切ったゴーレム騎士は、そのまま眼前の敵を叩き斬ろうと剣を振り上げる。

 

「あらよっと。」

 

 瞬間、気の入らない声と共に流雲に『呪力』が流される。紺色の呪力を纏った流雲で、社は騎士の胴を打ち砕くのではなく、振り抜く様に思い切りスイングした。

 

 ズドンッ!!

 

 繊細な力加減により真っ二つを免れたゴーレムは、その代わりに形を保ったまま砲弾顔負けの速度で吹っ飛ばされる。人型大の質量弾と化したゴーレムは、背後や周辺にいた他のゴーレムを綺麗に巻き込んで、そのまま壁際に打ち付けられると轟音を響かせバラバラになった。

 

「ストライクーーーおっと。」

 

 流雲を振り切った姿勢の社の横から、新たなゴーレム騎士が現れて剣を振り下ろす。だが、残心を解かずに居た社は、そのまま流雲で振り下ろされる剣の側面(はら)を叩くと、そのまま流す様に切先を逸らした。

 

 ガギィン!

 

 振り下ろしをいなされた結果、嫌な衝撃音と共に剣を強かに地面を打ち据える事になったゴーレム騎士。だが、その動きに異常は見られない。人間なら反作用で腕が痺れる事請け合いだが、痛覚を持たない人形には関係無い。敵を駆逐すべく、再び剣を振おうとするゴーレム騎士。

 

「俺も姉ウサギさんの真似しようか。」

 

 だが、それよりも速く、ゴーレム騎士の胴体に流雲が突き刺さる。先程と異なり加減無しに放たれた刺突は、胴を突き抜け背中まで貫通する程の威力だ。衝撃にたたらを踏みそうになるゴーレムだが、しかし動きまでは止まらない。人間なら間違い無く致命傷となる傷も、やはり人形にとっては痛くも痒くも無いからだ。腹を貫かれたまま構わずに剣を振るおうとしてーーーゴーレム騎士の姿がブレる様に掻き消えた。

 

「これぞ、ドリュッケンMk-Ⅱ!」

 

 周囲のゴーレム達が、社の振るう()()()()()()()()流雲によって薙ぎ倒されていく。ハジメが聞けば、心底不服そうな表情と態度を隠さないだろう。何せ社が振るっているのは、流雲を持ち手の柄に、突き刺したゴーレム騎士を頭に見立てた、即席過ぎるハンマー・・・ハンマー?である。誰だって、自分の作った作品をこんな推定鈍器(オモチャ)と一緒にされたくはあるまい。更に言えば、絵面が余りにも惨い。対象がゴーレムだから良いものの、これを人間相手にやればとんでもない事になる。ハンマー擬きに叩かれた方は勿論、ハンマー擬きになっている方も仲良くミンチである。流雲の先でジタバタともがく騎士の両腕は、先程の同士討ち(直喩)により既にもげていた。

 

 だが、余りにもシュールな見た目に反比例する様に、即席鎚の威力は洒落にならない。頭となるゴーレム騎士の重量がおよそ数100kg。それを社は片手で楽々振り回せるのだ。当たれば終わるし、掠っても半身は持ってかれる。迷宮の管理者が見ていれば「ふざけてんの!?」と叫んでいたかもしれない。

 

「あ、壊れた。・・・まぁ、代わりは幾らでも居るか。」

 

 数度の全力殴打の後、流雲の先で哀れにも砕け散ったゴーレムを見て何の感慨も無く呟いた社。群がる騎士達を体の良い使い捨ての消耗品くらいにしか見ていない。相手が意思を持たない人形でなければ、完全に外道そのものな発言である。

 

(他はどうなってんだろ。)

 

 四方八方から迫り来るゴーレム達を打ち払いながら、他の面子の様子を探る社。ハジメやユエの射線に入らない様に少し離れて戦っていただけなので、彼等の姿はすぐに見つかった。

 

 最も危なげないのは、やはりハジメ。左右の手に握り締めた二丁拳銃から放たれるレールガンは、普段の半分以下の出力しか出せていないが、それでも対物ライフルの数倍の威力はある。絶えず撃ち放たれる二条の閃光は、狙い違わずゴーレム騎士の頭部を撃ち抜き、隊列と包囲を崩していく。中には味方を盾にして無理矢理迫ろうとするゴーレムもいるが、いざ剣を振るおうとすると銃身で簡単に流され、カウンターにゼロ距離射撃を貰い即座に撃ち抜かれている。

 

 続いてこの迷宮に最も影響を受けているユエだが、こちらも実に安定した戦いぶりだ。彼女が行使している魔法は、水系の中級魔法〝破断〟。本来ならば空気中の水分を超圧縮、ウォーターカッターとして撃ち放つ魔法なのだが、ハジメお手製の大型水筒に予め貯蔵していた水を使用する事で、魔力消費を抑えている。水自体には魔力を含まない為、分解作用により弱体化する事もない。正しく水のレーザーと呼ぶに相応しい水流が、襲い来るゴーレム騎士達を刃物よりよほど鋭利に切断していく。

 

 そして、肝心のハウリア姉妹だがーーー。

 

 

 

「でぇやぁああ!!」

 

 ドォガアアア!!

 

 気合1発、超重量の大槌を大上段に構えて飛び上がっていたシア・ハウリアの、問答無用の一撃が振り下ろされる。限界まで強化された身体能力から打ち下ろされた大槌ドリュッケンは、凄まじい衝撃音を響かせながら、盾を構えたゴーレム騎士をペシャンコに押しつぶす。生半可な防御など無駄だと言わんばかりだ。

 

 大技後の硬直を見て別のゴーレムが大剣を振り(かざ)すが、シアがドリュッケンの柄に付いている引き鉄(トリガー)を引くと、ドガンッ!と言う破裂音が響き、地面にめり込んでいたドリュッケンが跳ね上がった。仕込んであったショットシェルの反動を生かしたまま、周囲を一掃する様にドリュッケンを振り回すと、ゴーレム騎士達は紙屑の如く吹き飛んでいく。所々でハジメやユエのフォローが入ってはいるものの、立派に戦えているのはシアの努力の賜物であった。

 

「シッーーー!」

 

 獅子奮迅、ハジメ達に負けず無双しているシアとは別の場所で、アルもまたゴーレム達に果敢に立ち向かって行く。今現在、この部屋の戦いで()()()()()()のはアルだ。本人もその事実はシッカリと認識しているにも関わらず、彼女が恐怖に怯える様子は感じられない。鋭く息を吐く音と共に、アルの下段回し蹴りがゴーレム騎士の1体に突き刺さる。コンパクトに纏められたローキックは、しかし出の速さや後隙の無さと引き換えに威力を大きく減じてしまう筈だった。だが、そんなある種の等価交換(あたりまえ)など嘲笑うかの様に、アルの身から溢れる『呪力』が横紙破りを敢行する。

 

 バキィッ!

 

 アルの狙い通り、膝裏を狙った鋭い一撃は関節部分を砕き、膝から下を吹っ飛ばす。バランスを崩して思わず片膝立ちになるゴーレムだが、まだ動けると言わんばかりに片足で立ち上がろうとする。ゴーレムならではの力技だが、一瞬で立て直すのは不可能であるし、何よりもアルの攻撃はまだ終わっていない。

 

「トドメ!」

 

 片足を失い低くなった騎士の頭を、間髪入れずに放たれたアルの中断回し蹴りが刈り取った。膝を蹴り抜いた勢いのまま軸足で1回転して振り抜いたミドルキックは、死神の鎌の如く綺麗にゴーレムの頭を砕ききる。

 

「フーーー・・・ヨシ、次。」

 

 その後、倒した騎士の側から間髪入れず離れたアルは、周囲から孤立気味な別のゴーレムに向かっていく。アルが複数を相手取る事をせず、ここまで慎重に立ち回る理由は実に 単純明快(シンプル)。ゴーレム騎士達に囲まれた時点で()()()()()()()()()からだ。

 

 5人の中で唯一、アルは騎士達を一撃で壊す術を持たない。『術式』の発動は不安定、『呪力』による身体強化は目を見張るものがあるが、それでも2、3発は打ち込まなければならない。これは囲まれた際に、シアの様な埒外の一撃による一点突破と離脱が出来ない事を意味している。

 

 またハジメや社の様な頑健さも、ユエの様な治癒能力も無い為、ゴーレム達の攻撃を下手に喰らうわけにはいかない。痛みや怪我で足が止まれば、すぐに包囲されるのは目に見えているからだ。故に、最も立ち回りには気を使う必要があったのだ。

 

 気を緩める事無く、アルはゴーレムの手足を確実に蹴り砕いていく。一撃では倒せない故に、彼女が狙うのは武器を振るう腕か、機動力となる足の2択になる。実際問題、殺しきれずとも戦闘不能にすれば良いのだから、この戦い方も合理的ではあった。

 

 アルにとって幸運だったのは、社が教えていた戦い方が対人に重きを置いていた事、そしてゴーレム騎士達の動きや戦い方が人間の延長線上にあった事だろう。社がアルに対人戦闘を教えたのは、他種の亜人や帝国兵を仮想敵としていたからだが、此処に来てそれが思わぬ形で生きていた。

 

「ーーーゲッ。」

 

 しかしここで、無理せず丁寧にゴーレムを処理していた筈のアルの表情が明確に引き攣った。自分が今目の前で相手をしているゴーレム騎士の背後10m程に、別のゴーレム達が並んでいたからだ。距離があるにも関わらず、剣やら盾やらを持った手を大きく振りがぶって、である。完全に投擲体勢(スローイング)に入っている。

 

(味方ごと?嘘デショ?仲間意識皆無ーーーコイツら人形だから関係無いジャン!)

 

 前方に居る同類(ゴーレム)すら巻き込む動きだが、アルを仕留められればそれで良いのだろう。寧ろ、1体の犠牲で済めば安いと考えていてもおかしく無い程に動きに躊躇が無い。一連の流れを見て直ぐに退避しようと判断したアルは間違いでは無かったが、少しばかり周囲への注意が足りて無かった。

 

 ガシッ

 

「ハ?」

 

 横っ飛びで投擲の範囲から離れようとしたアルの足を、何かが掴んで止めた。突然の事に頭が真っ白になりながらも、アルが掴まれた足の先を見ると、そこにはゴーレム騎士が這いつくばっていた。先程アルが仕留めた内の1体が、何時の間にか這い寄っていたらしい。

 

(何で腕が!?ちゃんと砕いたハズーーー。)

 

 アルの記憶では確かに両腕を砕いていた筈だが、現実として片腕は残りアルの足を掴んでいる。腕を砕くのにも、目の前のゴーレム騎士を処理するのにも、数秒も要らない。だが、それよりも投げられた剣や盾がアルに命中するほうが早いだろう。避けるのはほぼ不可能、それでも急所だけは守るべく、アルは目の前のゴーレムを処理すると、重点的に『呪力』を流して防御しようとする。

 

 が、突如、投擲物を放つ寸前のゴーレム騎士達の上半身が、轟音を立てて爆砕した。突然の出来事にアルが唖然としつつも目を向けると、残されたゴーレム騎士の下半身と共に、紺色の『呪力』を纏った黒金色の仗が落ちていた。

 

「無事かー、妹さん。今みたいな時は、転がしてたゴーレム達を即席の盾にするのも有りだよ。」

 

「アー、成る程その手が。危ないトコをどうもッス。」

 

 足を掴んでいたゴーレムの頭を踏み砕きながら、〝流雲(りゅううん)〟を回収した社に礼を言うアル。投擲直前のゴーレム騎士達を砕いたのは、社が投げた仗形態の〝流雲(りゅううん)〟だった。「突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 仗はかくにも 外れざりけり」と言う古歌にもある通り、仗は原始的故に様々な使い道のある武器だ。三節棍形態は剣を逸らす等の防御に向かず、旋棍(トンファー)形態はリーチが無い為に多数を薙ぎ払うのに向かず、投げるに至っては両方共が向いてない。今述べた全てをこなせたのは、仗だからこそであった。

 

「義姉サン達はどんな感じで?」

 

「ほぼほぼ問題無しかな。唯それとは別の問題が「社!妹!集合!」了解!行こうか、妹さん。」

 

 名前を呼ばれた2人はハジメと合流すべく即座に動き出す。絶えず襲撃して来るゴーレム騎士達をかわしたり反撃しつつ掻い潜ると、5人全員が再び一同に集まった。先程とは違い互いに付かず離れずの距離を保ちながら、周囲のゴーレム騎士達を薙ぎ倒して行く一行。

 

「俺達を呼んだのは、ゴーレム達が再生してるからだよな?何か掴めたか?」

 

「話が早くて助かる。コイツら、体内に核が無い。〝感応石〟*1って言う特殊な鉱石を使って、外部から遠隔操作されてる。単にぶっ壊しただけじゃ幾らでも復活しやがる。」

 

 通常、ゴーレムは体内に動力源となる核を持っている。この核は魔物の魔石を加工して作られており、文字通り心臓部を担っている為にそこを破壊するのが対ゴーレム戦でのセオリーであった。だが、ハジメが魔眼鏡越しで確認しても核は見当たらず、代わりに〝鉱物系鑑定〟でゴーレムを調べた結果、ゴーレムに使われている素材そのものが特殊な鉱石で出来ている事が判明したのだ。

 

「成る程。だから色々壊し方を試しても、核も無ければ数も減らなかったのか。」

 

「ああ。その上、部屋自体にも〝感応石〟が使われている。直す材料には事欠かないだろうな。」

 

「冷静ですね、お2人とも!?このままじゃキリがないですよぉ!」

 

 戦いの手を止めないまま現状について話し合うハジメと社に、焦ったシアのツッコミが飛ぶ。どれだけ倒しても意味が無いと知った今、ジリ貧になるのは目に見えているので、シアが叫ぶのも無理は無い。だが、それに反してハジメと社、ユエは冷静なまま、特に焦った様子もなく思考を巡らせつつゴーレム騎士達を蹴散らしている。この辺りは経験の差というやつだろう。この程度の逆境、奈落の底では何度も味わったものだ。むしろ、あの頃より遥かに強くなった今は余裕すらある。

 

「全員聞け!今から強行突破するぞ!祭壇に向かえ!」

 

「んっ。」/「了解!」

 

「と、突破ですか?了解ですっ!」/「了解ッス!」

 

 ハジメの合図を聞き即座にユエと社が、一泊遅れてハウリア姉妹が一気に祭壇へ向かって突進する。ハジメがドンナー・シュラークを連射して進行方向の騎士達を蹴散らし隊列に隙間をあけつつ、後方から迫ってきているゴーレム騎士達に向かって手榴弾を二個投げ込んだ。背後で大爆発が起こり、衝撃波と爆風でゴーレム騎士達が次々と転倒していく。

 

 シアと社はハジメの空けた前方の隙間に飛び込むと、各々の武器を振るい力づくで周囲のゴーレム騎士達を薙ぎ払った。前線を押し上げる2人に盾や大剣を投げつけようとするゴーレム騎士達はユエの〝破断〟が切り裂き、生き残りや撃ち漏らしの数体をアルが確実に仕留めて行く。

 

 ハジメは殿を務めながら後方から迫るゴーレム騎士達にレールガンを連射した。その隙に一気に包囲網を突破したシアと社が祭壇の前に陣取り、その後に続いてユエとアルが祭壇を飛び越えて扉の前に到着した。

 

「ユエさん!アル!扉は!?」

 

「ん・・・やっぱり封印されてる。」/「ウッワ、メンド。」

 

「あぅ、やっぱりですかっ!」

 

「封印の解除はユエに任せる!それ以外の奴等は此処を死守しろ!」

 

「ん・・・任せて。」

 

 ハジメの言葉を聞いたユエは2つ返事で封印解除に挑み、それ以外の全員が再びゴーレム騎士達と戦い始める。見るからに怪しい祭壇と扉なのだから、封印されている位は想定の範囲内。ゴーレム騎士達相手に面倒な殲滅戦などしたのは、こう言った事態を勘定に入れていたからでもある。

 

 ハジメの〝錬成〟であれば強引な突破も不可能では無いだろうが、それでも途轍もない魔力と多大な時間を消費するだろう。それならば正規の手順で封印を解く方が手っ取り早いと踏んだのだ。おあつらえ向きに、祭壇と黄色の水晶なんてそれっぽいギミックがあったのも理由の1つではあった。

 

「再生するならするで、戦い方を変えるだけだ。ーーー『式神調 (しち)ノ番〝木霊兎(こだまうさぎ)〟』」

 

 新たな式神を呼び出した社は、群がる騎士達に真っ向からぶつかる。自らに向けて振われる剣戟をいなし逸らし、敵陣の真っ只中に斬り込んだ社は一回転する様に流雲を振り回す。正しく埒外の剛力から繰り出された胴薙ぎは、抵抗する暇すら与えず、周囲のゴーレムの上半身と下半身を容易く泣き別れさせる。

 

「爆ぜろ!」

 

 キィィィィン!!

 

 その直後。甲高い金切音と共に、流雲に食いちぎられたゴーレム騎士の上半身が粉微塵となった。〝木霊兎(こだまうさぎ)〟により増幅・強化された振動波が、流雲を経由して撃ち込まれた後、時間差で爆ぜたのだ。

 

「ここまでやれば、即復活とはいかないだろ。」

 

 社が残された下半身を確認すると、既に再生が始まってはいたものの、それも酷くゆっくりしたものだった。原型すら残さず爆散させてしまえば、いくら補填出来ると言っても流石に時間が掛かるらしい。狙い通りの結果に満足した社は、他のゴーレム騎士に向けて再び突貫する。

 

「相変わらず何でもそつ無く熟しやがる。」

 

「むーん、流石ですねぇ。それはそうとハジメさ~ん。さっきみたいにドパッと殺っちゃってくださいよぉ~。」

 

 そんな仲間の姿を見て、呆れ半分頼もしさ半分で呟くハジメ。一方でシアはゴーレム騎士達のしぶとさに辟易しながらハジメに手榴弾の使用を請うが、溜息と共にすげなく却下されてしまう。

 

「阿呆。あれはちゃんとトラップが確実にない場所を狙って投げたんだ。階段付近は、何が起こるか分からないだろうが。」

 

「こんだけゴーレムが暴れてるし、今更じゃないッスかね?」

 

「いやぁ、性悪なミレディの事だし、ゴーレムにだけ反応しない罠とかありそうじゃない?」

 

「うっ、否定できません・・・って、社さんにアル。」

 

 雑談を交わしながらゴーレム騎士達を弾き飛ばしていくハジメとシアの下に、階段下で騎士達の相手をしていた社とアルが合流する。最初は際限の無さに焦りを浮かべていたシアも、ハジメ達が余裕を失わず冷静である様子を見て落ち着きを取り戻したようだ。1体、また1体とゴーレム騎士を叩き潰し蹴り飛ばしながら、シアがポツリとこぼす。

 

「でも、ちょっと嬉しいです。」

 

「あぁ?」/「ふむ?」

 

「ほんの少し前まで、逃げる事しか出来なかった私が、こうしてハジメさん達と肩を並べて戦えていることが・・・とても嬉しいです。」

 

「・・・・・・ホント物好きなやつだな。」

 

「と言いつつも、満更でも無いハジメなのであった。」

 

「黙らっしゃい。茶々入れんじゃねぇよ、社。」

 

「えへへ、私、この迷宮を攻略したらハジメさんといちゃいちゃするんだ!ですぅ!」

 

「お前も何脈絡なく、あからさまな死亡フラグ立ててんだよ。悲劇のヒロイン役は、お前には荷が重いから止めとけ。それと、ネタを知っている事についてはつっこまないからな?」

 

「それは『絶対に死なせないぜマイハニー☆』という意味ですね?ハジメさんったら、もうっ!」

 

「意訳し過ぎだろ!最近、お前のポジティブ思考が若干怖いんだが・・・下手な発言できねぇな・・・。」

 

「いや、もう、なんか、ウチの義姉がスンマセン、ホント。」

 

「気にする事はないぞー妹さん。ぶっちゃけ見た目だけなら、姉ウサギさんハジメの好みにドストライクだからなー。」

 

「それ本当ですか社さん!?ヒャッフゥ希望が見えてきましたよぉ〜!!」

 

「だから!余計な事を!!言ってんじゃねぇよこの馬鹿!!!収拾つかねぇだろうが!!!」

 

「えー、でも奈落に落ちる前に会ってたら?」

 

「・・・・・・・・・・・・今はユエ一筋だ!!!」

 

「メッチャ間があったッスね。」

 

 ユルユルな雑談を続けながらも、彼等の動きは一瞬たりとて止まる事は無い。気楽な雰囲気のまま、迫り来る騎士達をちぎっては投げちぎっては投げる事数分。遂に仕掛けを解いていたユエが合流する。が、何やら様子がおかしい。無表情が常なユエにしては珍しく、頬を膨らませながらジト目を一点に向けていた。言わずもがなハジメである。

 

「・・・いちゃいちゃ禁止。後、ハジメは、さっきの発言について、詳しく。」

 

「待ったユエ誤解だ!別にイチャイチャもしてなかっただろ!」

 

「ぬふふ、そう見えました?照れますねぇ~。」

 

「お前もう黙ってろよ!?」

 

「いやぁ、モテる男は辛いーーーあっぶねぇ!?おま、このタイミングで後ろから撃つぅ!?」

 

「安心しろ、ゴム弾だ。次は物理的に黙らす。」

 

「イヤイヤイヤ、何で今のノールックで避けれるんスか。」

 

「え?勘。」

 

「えぇ・・・。やっぱこの人達あたおか・・・?」

 

 控えめに言って混沌(カオス)だった。戦力的には1人増えて更に楽になる筈なのに、何故か負担が倍増している気がするハジメ。正直、騎士達の相手よりもこの場を収める方が面倒臭かった。

 

「で?ユエさん、扉の方は?」

 

「・・・開いた。」

 

 社が聞くと、少し得意気なユエから任務達成を伝えられる。ハジメがチラリと後ろを振り返ると、扉が開いているのが確認できた。奥は特に何も無い部屋になっている様だ。

 

「早かったな、流石ユエ。全員下がれ!」

 

 即座に撤退を呼びかけたハジメは、自らも奥の部屋に向かって後退する。最初にユエが、続いてハウリア姉妹が扉の向こうへ飛び込み、両開きの扉の両サイドを持っていつでも閉められるようにスタンバイする。

 

「おかわりだ。貰っとけ!」

 

 最前線にいた社がゴーレム騎士を吹っ飛ばして退くのを確認したハジメは、置き土産にと手榴弾を数個放り投げて自らも奥の部屋へと飛び込んだ。ゴーレム騎士達が逃がすものかと殺到するが、手榴弾が爆発し強烈な衝撃を撒き散らす。バランスを崩したたらを踏むゴーレム騎士達。その隙に、ユエとハウリア姉妹が扉を閉めた。

 

「全員無事か?一応聞くけど、取り残された人とかいないよね?」

 

「大丈夫ッスね、クッソダルかったッスケド。・・・てか、この部屋何も無くないッスか?」

 

 誰も欠けていない事を確認した後、一行は部屋の中を見渡した。しかし遠目に確認した通り、中には何もない四角いだけの部屋だった。ミレディ・ライセンの部屋、とまではいかなくとも何かしらの手掛かりや進展があるのでは?と考えていたハジメ達は少し拍子抜けしていた。

 

「これは、あれか?これ見よがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか?」

 

「・・・ありえる。」

 

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「おぉ、凄い。妹さんの目が急激に濁ってる。」

 

 ガコン!

 

「「「「「!?」」」」」

 

 5人が一番あり得る可能性にガックリしていると、突如、もううんざりする程聞いているあの音が響き渡る。次いで、部屋全体がガタンッと揺れ動くと、ハジメ達の体に横向きのGがかかる。

 

「っ!?何だ!?この部屋自体が移動してるのか!?」

 

「・・・そうみたッ!?」

 

「うきゃ!?」

 

「イッ!?」

 

「マジで出来の良いアトラクションじゃねーか!」

 

 ハジメが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかかる。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるしている。シアは転倒してカエルのようなポーズで這いつくばっており、それを見たアルはすぐにしゃがんで転倒を防いでいた。

 

 部屋はその後も何度か方向を変えて移動していたらしく、1分弱程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。ハジメは途中からスパイクを地面に立てて体を固定、社も咄嗟に流雲を床に突き刺して支えにしていたので、急停止による衝撃にも耐えられた。が、シアは部屋が方向転換する度に、あっちへゴロゴロ、そっちへゴロゴロと悲鳴を上げながら転がり続けた挙句、何度か頭を強打していたので顔色が大分悪い。因みにユエは最初の方でハジメの体に抱き付き、アルは咄嗟に社が腕を伸ばして引き寄せたので問題無かった。妹は姉よりも要領が良かったらしい。

 

「ふぅ~、ようやく止まったか・・・ユエ、大丈夫か?」

 

「・・・ん、平気。」

 

 ハジメはスパイクを解除して立ち上がった。周囲を観察するが特に変化は無い。先ほどの移動を考えると、入ってきた時の扉は別の場所に繋がっているのだろう。

 

「ハ、ハジメさん。私に掛ける言葉はないので?」

 

 青い顔で口元を抑えているシアが、ジト目でハジメを見る。ユエだけに声を掛けたのがお気に召さなかったらしい。

 

「いや、今のお前に声かけたら弾みでリバースしそうだしな・・・ゲロ吐きウサギという新たな称号はいらないだろ?」

 

「当たり前です!それでも、声をかけて欲しいというのが乙女ごこっうっぷ。」

 

「ほれみろ、いいから少し休んでろ。」

 

「うぅ。うっぷ。」

 

「大丈夫?背中さするからね、義姉サン。宮守サンも頼めますか?」

 

「はいよー。『呪力反転』。」

 

 今にも吐きそうな様子で四つん這い状態のシアを、アルと社が介抱している間に、ハジメとユエは周囲を確認していく。しかし、分かり易い変化も見当たらず、結局扉へと向かう事に。

 

「さて、何が出るかな?」

 

「・・・操ってたヤツ?」

 

「その可能性もあるな。ミレディは死んでいる・・・かは分からんが。一体誰が、あのゴーレム騎士を動かしていたんだか。」

 

「・・・何が出ても大丈夫。ハジメは私と社が守る・・・ついでにハウリア姉妹も。」

 

「聞こえてますよぉ~うっぷ。」

 

「意外と元気だね姉ウサギさん。回復要らない?」

 

「いえ、このままお願いします。さもなくば私の尊厳は見るも無惨に砕け散りますよ!良いんですかーーーうぶっ。」

 

「義姉さんバカなの?新手の自爆なの?死ぬなら1人でね?」

 

 いつも通りの真っ直ぐな言葉に頬を緩めたハジメは、優しい手付きでそっとユエの柔らかな髪を撫でる。ユエも甘えるように寄り添い、気持ちよさそうに目を細めている。背後で行われている漫談はガン無視されていた。

 

「・・・前から言おうと思っていたのですが、唐突に2人の世界作るの止めてもらえませんか?何ていうか、疎外感が半端ない上に物凄く寂しい気持ちになるんです、うっぷ。社さんとアルがいるからまだマシですけど。うぶっ。」

 

 吐き気を堪えながら、仲間はずれは嫌!と四つん這いのまま這いずってくるシア。小さい子が見たら間違い無く泣き出す絵面だ。大人であっても暗闇からいきなりコレが現れたら、相当にビビり散らかすだろう。

 

「そう言えば元の世界でも、こんな感じの呪霊やら妖怪が居たな。懐かしい。」

 

「エ、嘘デショ?宮守サンが居た世界(トコ)、人外魔境か何かで?」

 

「んな訳があるか。社もこんなモン見てノスタルジーに浸んな。・・・前から言おうと思っていたんだが、時々出る、お前のそのホラーチックな動き止めてもらえないか?正直、背筋が寒くなる上に夢に出てきそうなんだ。」

 

「な、何たる言い様。少しでも傍に行きたいという乙女心を何だと、うぷ。私もユエさんみたいにナデナデされたいですぅ。抱きしめてナデナデして下さい!うぇ、うっぷ。」

 

「今にも吐きそうな顔で、そんなこと言われてもな・・・しかもさり気なく要求が追加されてるし。」

 

「・・・シアにハジメの撫ではまだまだ早い。」

 

 シアが根性でハジメ達の傍までやって来て、期待した目と青白い顔でハジメを見上げる。ハジメはそっと、視線を逸らして扉へと向き直った。背後で「そんなっ!うぇっぷ」という声が聞こえるがスルーする。社とアルも大丈夫と判断したのか、シアを放置して扉の側に近づく。この先はミレディの住処か、ゴーレム操者か、あるいは別の罠か・・・先頭のハジメは「何でも来い」と不敵な笑みを浮かべて扉を開くと、そこにはーーー。

 

「・・・何か見覚えないか?この部屋。」

 

「・・・物凄くある。特にあの石板。」

 

「マジで?【振り出しに戻る】とか、糞ゲー待った無しーーーおぉう、また妹さんの目が澱んでる。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「最初の部屋・・・みたいですね?」

 

 呆然と部屋の中を見つめていた4人に対し、後ろから追い付いたシアが思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。だが確かにシアの言う通り、此処は最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋だった。よく似た部屋では無い。それは、扉を開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

 

〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

 

〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?どんな気持ちなの?ねぇ、ねぇ〟

 

「「「「「・・・・・・。」」」」」

 

 ハジメ達の顔から表情がストンと抜け落ちる。能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。5人全員が微動だにせず無言で文字を見つめている。すると、更に文字が浮き出始めた。

 

〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

 

〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

 

〝嬉しい?嬉しいよね?お礼なんていいよぉ!好きでやってるだけだからぁ!〟

 

〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

 

〝ひょっとして作っちゃった?苦労しちゃった?残念!プギャァー〟

 

「は、ははは。」

 

「フフフフ。」

 

「フヒ、フヒヒヒ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「『呪力』漏れてるぞ、妹さん。だが、まぁーーー悪意が無くても、やっちゃいけない事ってあるよなぁ?」

 

 三者三様、ならぬ五者五様の壊れたリアクションが辺りに響く。その後、迷宮全体に届けと言わんばかりの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。最初の通路を抜けて、ミレディの言葉通り、前に見たのとは大幅に変わった階段や回廊の位置、構造に更に怨嗟の声を上げたのも言うまでも無い事である。

 

 何とか精神を立て直し、再び迷宮攻略に乗り出したハジメ達。が、やはり順風満帆とは行かず、特にシアが地味且つ陰湿なトラップ(金たらい、トリモチ、変な匂いのする液体ぶっかけ、etc)の尽くにはまり、精神的にヤバくない?というほどキレッキレッになったりと、厄介な事に変わりはなかった。

*1
魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することが出来る。




・今はユエ一筋だ!
恋人になってからは寝ても覚めてもユエの事を大切にしているし、その愛に翳りは微塵も無いけど、自分の過去を知る親友からの問いには嘘をつけなかったので出た言葉。決して図星を突かれたとかそんな訳では無い。社も社でこの程度ならば2人の間に亀裂なんて入らないし、何ならイチャイチャする理由や夜のスパイス(意味深)になる事請け合いなので、こんな感じの揶揄いは確実に続く。後、自分達(社と■■)に気を遣わなくても良い様に、ワザと言ってる部分もあったりなかったり。割合的には揶揄い:気遣い=9.5:0.5くらい。ぶっちゃけ誤差。

・感想欄からの質問「ユエからの感情を基に式神は作れないのか?」
一応、ある程度先の話で可能か不可能かの理由を話します。早めに知りたい方は、下に透明化して理由を書いとくので、ドラックして見て下さい。
結論は不可能。『式神調』で式神を作る場合に必要なのは、『社と対象がお互いに一定量以上の好感情を向けている事』と『両者が持つ呪力』になります。本来ならば呪力量が少なくても時間をかければ式神は作れますが、トータスの生物は基本的に『呪力を持っていません』。魔力とのトレードオフの関係になってます。社が魔力少ないのもコレが原因。


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50.分断

呪術廻戦0映画観て来ました。
マジで凄かった。特に映画オリジナルシーン。


「こっちは問題無い。〝悪意感知〟にも反応は無いし、暫くは休めるだろ。」

 

「そうか、こっちも特に異常は無しだ。」

 

 壁から放たれる青白い仄かな光に照らされながら、周囲の状況を報告する社とハジメ。彼等は今、安全を確認した部屋で仮眠と休憩を取っていた。

 

 ハジメ達がライセンの迷宮に入ってから今日でちょうど一週間になるが、未だに迷宮の最奥へは到達出来ていない。後一歩のところでスタート地点に戻される事7回、致死性のトラップに襲われる事48回、全く意味のない唯の嫌がらせ169回。悪辣な罠々に最初こそ心の内をミレディ・ライセンへの怒りで満たしていたハジメ達だが、4日を過ぎた辺りから「何かもうどうでもいいやぁ~」と投げやりな心境になっていた。

 

「食料に余裕がある事だけが救いだ。こんなとこで飢えて死ぬとか、マジ勘弁してほしい。」

 

「それな。だが、〝マーキング〟のお陰で迷宮の変形パターンも把握しつつある。もう少しで突破出来るだろうよ。」

 

 壁に寄り掛かりながら、迷宮に対する愚痴を溢す2人。身体スペック的には早々死にはしない為、ここ数日は休息を取りながら少しずつ探索を進めていたのだ。その結果、迷宮の構造変化には一定のパターンがあることが判明。後はそれに合わせて上手く移動するだけであった。

 

「やっと光明が見えてきた訳だ。・・・でぇ?両手に華とは良い御身分ですなぁハジメくぅん?どう言った心境の変化なのか、俺に教えてくれても良いのよ?」

 

「チッ、ウッゼ、マジウッゼ。」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる社に舌打ちしつつ、ハジメは自分の両隣に目を向ける。今現在ハジメの右側にはユエ、左側にはシアがそれぞれ座り込んでおり、スゥースゥーと寝息を立てている。 2人はハジメにもたれ掛かりながら、肩を枕替わりに睡眠をとっていた。

 

「ったく、人の気も知らず気持ちよさそうに寝やがって・・・ここは大迷宮だぞ?」

 

 ハジメの苦笑混じりの囁きが響く。社同様、見張り役だったのでずっと起きていたのだ。ハジメが抱きしめられている腕をそっと解いてユエの髪を撫でると、僅かに頬が綻んだように見えた。それにつられてハジメの目元も僅かに緩む。

 

「ンフフフ、お熱いねぇ。見てるこっちが火傷しちまいそうだ。」

 

「フン、よく言うぜ。お前もお前で揶揄いのネタにして楽しんでるんだろうが。」

 

「そりゃ勿論。友人の恋愛事情に首を突っ込む事でしか得られない栄養素があるからな。」

 

「未知数すぎる(ブツ)を生み出すな。」

 

 寝ているユエ達に配慮して小声ではあるものの、ハジメと社の軽口の叩き合いは止まらない。オルクス大迷宮でユエが加入、その後も何だかんだとハウリア姉妹もパーティー入りして一気に大所帯となった為、男2人のみで話す機会は激減していた。別にそれ自体悪い事では無いのだが、偶には野郎のみで馬鹿話に花を咲かせるのも良いだろう。

 

「それでぇ?姉ウサギさんには何かしてあげないのぉ?」

 

「しねぇよ。つーか、その間延びした喋り方止めろ。地味に腹立つ。」

 

「へーい。でも、姉ウサギさん、頭撫でてほしいとか言ってなかったっけ。ハジメもウサミミ気になってんじゃないの?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 図星を突かれたハジメは、社から目を逸らす様にシアに視線を転じる。想い人とその親友の話題に上がっていたとは思いも知らぬシアは、ハジメの肩に盛大によだれを垂らしながらムニャムニャと口元を動かし、実に緩んだ表情で眠っている。ハジメがそっとシアの髪(とついでにウサミミ)をなでてみると、唯でさえだらしない事になっている表情が更にゆるゆるになってしまった。実に安心しきった表情だ。ハジメ達が見張り役をしている以上、いや、もしかしたらハジメが傍にいるだけで安心なのかもしれない。やわらかな青みがかった白髪やウサミミを撫でながら、何とも複雑な表情をするハジメ。

 

「まったく、俺みたいなヤツの何処がいいんだか・・・こんな所まで付いて来やがって・・・。」

 

「異性観やら恋愛観なんてのは、それこそ人それぞれだろうけど。それでも自分の恋心だけでここまで食らいついてきてんのは、心底尊敬する。」

 

 社にとって、シアの在り方は多少空回り気味ではあるものの、十分に敬意を抱けるものであった。家族の為、そして自分の恋の為と言う理由は、社にとっても身に覚えがありすぎるから。面と向かって言えば確実に調子づくので口には出さないが、シアの真っ直ぐさは社にとって好印象でしかなかった。

 

 ハジメも似たような感想を抱いているのか、悪態は付いているが眼差しは柔らかい。シアが求めるような、ユエに対するものと同じ感情を抱けるとは今のところ思えないが、それでもシアのポジティブな考え方や明るさ、泣き言を言いながらも諦めない根性は、結構気に入っていた。自然、撫でる手付きも優しくなる。約1名、その様子を見てニヤニヤしていたが、ハジメは努めてそちらに目を向けぬようにしていた。視界に入らなきゃ居ないのと同じである。と、その時、シアがムニャムニャと寝言を言い始めた。

 

「むにゃ・・・あぅ・・・ハジメしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、・・・皆見てますよぉ~。」

 

「・・・。」

 

「ンブフォッ。」

 

 余りにもあまりなタイミングに思わず吹き出す社。一方で、ハジメは優しい目つきはそのままに瞳の奥から笑みが消えていた。ハジメはそのまま流れる様に優しい手付きで、そっとシアの鼻を摘み口を塞ぐ。穏やかだったシアの表情が徐々に苦しげなものに変わっていくが、全く気にする様子は無い。

 

「ん~、ん?んぅ~!?んんーー!!んーー!!ぷはっ!はぁ、はぁ、な、何するんですか!寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 

 ぜはぜはと荒い呼吸をしながら目を覚まし猛然と抗議するシアに、ハジメは冷ややかな目を向ける。

 

「で?お前の中で、俺は一体どれほどの変態なんだ?お外で何をしでかしたんだ?ん?」

 

「えっ?・・・はっ、あれは夢!?そんなぁ~、せっかくハジメさんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であッへぶっ!?」

 

 聞いていられなくなったハジメの強化済みデコピンを額に叩き込まれ、シアは衝撃で大きく仰け反った挙句、背後の壁で後頭部を強打し涙目で蹲った。やはり残念キャラは変わらないらしい。

 

「うーん、コレがカルチャーギャップってやつか。亜人の人達も中々に業が深い。」

 

「・・・イヤ、んな訳無いッスからね?そんな疑い掛けられたら、亜人総出で訴訟も辞さないッスよ。」

 

 シアの逞しい妄想を聞き、亜人、ひいては異世界での文化的差異について考える社に、寝ぼけ眼を擦りながらアルがツッコミを入れる。先程までシアの隣で丸くなって寝ていた筈だが、いつの間にか起きていたらしい。

 

「ん〜?何となく、幸せな気持ちになったのですが、気のせいでしょうか?社さん見張りで起きてましたよね、何か知りません?」

 

「・・・・・・いやぁ、俺にも分からないかなぁ?」

 

「そうですかぁ・・・。」

 

(すまんな、姉ウサギさん。俺もハジメが凄く優しげに頭を撫でてたって、言ってあげたいんだけども。ハジメからの無言の圧が強くて無理だ。)

 

 後頭部をさすりながら不思議がっている辺り、シアも無意識にハジメの撫でを感じてはいたのだろう。だが、それを言えばシアは間違い無く調子に乗る。それはそれで面白そうではあったのだが、ハジメの余計な事言うなオーラが強すぎた為、素直に口をつぐんだ社。後が怖かったとも言う。

 

 ハウリア姉妹も起きたところで、ハジメはユエを優しく揺さぶり起こす。ユエは「・・・んぅ・・・あぅ?」と可愛らしい声を出しながら、ゆっくりと目を開いた。そして、ボーとした瞳で上目遣いにハジメを確認すると目元をほころばせ、一度、ハジメの肩口にすりすりすると、そっと離れて身だしなみを整えた。

 

「うぅ、ユエさんが可愛い・・・これぞ女の子の寝起きですぅ~、それに比べて私は・・・。」

 

 今度は落ち込み始めたシアに、ユエは不思議そうな目を向けるが、〝シアだから〟という理由で放置する。方向性はどうであれ、信用値は高かった。

 

「ほれ、戦力(じょしりょく)で圧倒されていることは最初からわかりきったことだろ?落ち込んでないで探索開始だ。」

 

「・・・優しさって、どこかに落ちてないですかね?」

 

「・・・?ハジメは私にも社にも、ドロップしてくれる。」

 

「ぐすっ、どうせお2人だけですよ。ちくせう。」

 

「道のりは険しいねぇ。妹さんは準備OK?」

 

「大丈夫ッス。」

 

 シアが少々やさぐれた様子で立ち上がる。他の4人は既に準備万端だ。今度はスタート地点に戻されないことを祈って、ハジメ達は迷宮攻略を再開した。

 

 

 

 

 

 再び降りかかる嫌らしいトラップとウザイ文の数々を、菩薩の心境でクリアしていく一行。そして遂に、再びゴーレム騎士達の居る部屋に戻って来た。最初にスタート地点に戻して天元突破な怒りを覚えさせてくれた、忌々しい記憶の残る部屋である。ただし、今度は封印の扉が最初から開いており、その奥は部屋ではなく大きな通路になっていた。

 

「ここか・・・また包囲されても面倒だ。扉は開いてるんだし一気に行くぞ!」

 

「んっ!」/「はいです!」

 

「あいよ。」/「これで最後にしたいッスね!」

 

 ハジメの号令と共に、全員がゴーレム騎士の部屋に一気に踏み込んだ。部屋の中央に差し掛かると、案の定、ガシャンガシャンと音を立ててゴーレム騎士達が両サイドの窪みから飛び出してくる。が、それを読んでいたハジメが、出鼻を抉くべく前方のゴーレム騎士達を銃撃し蹴散らしていく。そうやって稼いだ時間で、ハジメ達は更に加速し包囲される前に祭壇の傍まで到達。ゴーレム騎士達が猛然と追いかけるが、全員が扉をくぐる方が明らかに速い。逃げ切り勝ちだとほくそ笑むハジメ。だが・・・。

 

「イヤ、何かフツーに部屋超えて追いかけて来てんスケド!?」

 

「ハァ!?チッ、迎え撃つーーー天井を走ってるだと!?」

 

「・・・びっくり。」

 

「重力さん仕事してくださぁ~い!」

 

 部屋を跨いだのにも関わらず、ゴーレム騎士達の追跡は止まらない。それどころか、重力を完全に無視する様に壁やら天井やらを走る始末である。度肝を抜かれつつもハジメが、咄嗟に通路に対して〝鉱物系鑑定〟を使うが、材質は既知のものばかり。重力の中和や吸着等、目の前の状況を説明出来る性質を持つ鉱物は一切検知できなかった。

 

「どうなってやがるんだ?」

 

「あの重量で飛ぶのは反則ーーー皆気を付けろ!ゴーレム共が何かしてくるぞ!」

 

 ハジメの疑問を他所に、微弱ながら悪意を感知した社が警告を飛ばす。その声に釣られて背後の騎士を振り返ったハジメ達は、更に度肝抜かれることになった。天井を走っていたゴーレム騎士の1体が、まるで砲弾のように凄まじい勢いで、進行方向ーーーハジメ達に向けて宙を飛び突っ込んで来たのだ。

 

「んなっ!?くそったれ!」

 

「リアルロケット頭突きは洒落になんねぇ!?」

 

 驚愕の声を漏らしながらもハジメはドンナーを連射、社は腰に佩いていた〝 天祓(あまはらい)〟を抜き〝薙鼬(なぎいたち)〟を召喚して迎撃する。放たれた弾丸と斬撃は飛んできたゴーレム騎士をバラバラにするが、砕き切れなかった四肢や持っていた大剣や楯等の武具は地面に落ちることなく、そのままハジメ達に向かって突っ込んでくる。

 

「回避だ!」/「全員回避ィ!」

 

 猛烈な勢いで迫ってきたゴーレム騎士の残骸を、屈んだり跳躍したりとどうにかして躱していく。ハジメ達に命中する事無く通り過ぎたゴーレム騎士の破片は、そのまま勢いを減じること無く壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「おいおい、あれじゃまるで・・・。」

 

「ん・・・〝落ちた〟みたい。」

 

「重力さんが適当な仕事してるのですね、わかります。」

 

「念の為聞くけど、やっぱり異世界(トータス)でもあり得なかったりする?」

 

「無いッスね。」

 

 ユエやシアの言葉が一番しっくりくる表現だった。どうやらゴーレム騎士達は重力を操作できるらしい。何故、前回使わなかったのかは不明だが。あの部屋では使えないのか、今ハジメ達が居るこの通路で無ければ使用出来ないのか、はたまた別の理由が存在するのか・・・。

 

 そんな推測もゴーレム騎士達がこぞってハジメ達に〝落下〟して来た事で中断された。中には大剣を風車のように回転させながら迫ってくる猛者もいるが、ハジメの銃撃やユエの〝破断〟で遠距離攻撃しつつ、接近してきたものを社とシアが打ち払う事で、足を止めずに先へ進んでいく。だが・・・。

 

「むぅ・・・ハジメ。」

 

「ああ、分かってる。まぁ再構築できるなら、そうなるわな。」

 

「は、挟まれちゃいましたね。」

 

 ハジメ達の目の前には、ゴーレム騎士達が隊列を組んで待ち構えていた。ハジメ達へと落ちたゴーレムが、道の先で再構築したのだろう。盾を前面に押し出し腰をどっしりと据えて壁を作っている。ご丁寧に2列目のゴーレム騎士達は盾役の騎士達を後ろから支えていた。

 

「ほーん、ただ並ぶだけじゃ一蹴されるって分かってると。やっぱり誰かが操ってるのは確定か。」

 

「ちっ、面倒な。ーーーまぁ良い、全部ぶっ壊せば同じだ。」

 

「ん?おぉ!遂に浪漫武器が!」

 

 ハジメは舌打ちをするとドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまい、〝宝物庫〟からある兵器を取り出した。奈落の底で創り出した兵器群の1つーーーロケット&ミサイルランチャー:オルカン*1である。

 

「全員、耳塞げ!ぶっ放すぞ!」

 

「Sir,yes,sir!」/「ん。」

 

「えぇ~何ですかそれ!?」/「義姉サン!言う通りに!」

 

 オルカンを脇に挟んで固定したハジメが、口元を歪めて笑みを作りながら指示を出す。初めて見るオルカンの異様にシアが目を見張る中、ユエ、社、アル(それ以外の3人)は走りながら人差し指を耳に突っ込んだ。シアのウサミミはピンッと立ったままだが、お構いなしにハジメはオルカンの引き金を引く。

 

 バシュウウ!

 

 特徴的な推進音と共に火花の尾を引きながらロケット弾が発射され、狙い違わず隊列を組んで待ち構えるゴーレム騎士に直撃。次の瞬間、轟音と大爆発が発生した。通路全体を激震させながら、大量に圧縮された燃焼粉が凄絶な衝撃を撒き散らす。ゴーレム騎士達は、直撃を受けた場所を中心に両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されている。再構築にも暫く時間がかかるだろう。その間に、ハジメ達は一気にゴーレム騎士達の残骸を飛び越えて行く。

 

「ん〜〜〜Marvelous!素晴らしい!やはり火力こそ正義!火力は全てを解決する!この調子で全てを焼き尽くす暴力(オーバー〇ウェポン)とか創ろうぜ!」

 

「お前ホントにロマン武器好きだよなぁ。だが気持ちは分かる。」

 

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

 

「何でよりにもよって1番敏感な義姉サンが耳塞いで無かったの。」

 

 浪漫兵器を見てテンションがブチ上がる社とは対照的に、ウサミミをペタンと折りたたみ両手で押さえながら涙目になって悶えているシア。兎人族は亜人族内で最も聴覚に優れた種族である故、この結果は予定調和ではある。

 

「だから、耳を塞げって言っただろうが。」

 

「ええ?何ですか?聞こえないですよぉ。」

 

「・・・ホント、残念ウサギ・・・。」

 

 ハジメとユエが呆れた表情でシアを見るが、悶えるシアは気がついていなかった。

 

 

 

 

 

 再び落ちて来たゴーレム騎士達に対処しながら、駆け抜けること5分。遂に、通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、10mほど先に正方形の足場が見える。

 

「全員飛ぶぞ!」

 

 ハジメの掛け声に各々(シアは聴覚回復済み)が頷く。背後からは依然、ゴーレム騎士達が落下してくる。それらを迎撃・躱しながらハジメ達は通路端から勢いよく飛び出した。身体強化されたハジメ達の跳躍力は、オリンピック選手の記録を優に超えている。人類の限界を超えた身体能力で眼下の正方形に飛び移ろうとするハジメ達。だが、思った通りにいかないのがこの大迷宮の特徴。何と、放物線を描いて跳んだハジメ達の目の前で、正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

 

「何ぃ!?」

 

 この迷宮に来てから何度目かの叫びを上げるハジメ。目測が狂いこのままでは落下する。チラリと見た下は相当深い。咄嗟にアンカーを撃ち込もうと左手を掲げた直後、社の声が響いた。

 

「〝岐亀(くなどがめ)〟!」

 

 式神を呼び出した社は、直ぐ様着地予定地点に結界を展開。墜落しかけていた一行の足場の確保に成功する。

 

「ナ、ナイスだ、社。」/「・・・GJ。」

 

「社さん、流石ですぅ!」/「マジ頼りになるッスね。」

 

「ハッハッハ、任せなーーーってやってる場合じゃねぇ!後ろからゴーレムが飛んで来てる!」

 

 墜落せずに済んだことに思わず笑みを浮かべ、口々に社を賞賛する面々。だが、そんな和やかな雰囲気は空飛ぶゴーレム騎士達によって遮られた。恐らく重力を制御して落下方向を決めているのだろう。凄まじい勢いで結界の上に居るハジメ達に接近して来る。

 

「皆早く前のブロックに飛び乗れ!」

 

「社サンはどーすんスか!?」

 

「ここで足止め!結界(あしば)なら自由に張れるから、直ぐに追い付ける!来い、〝薙鼬(なぎいたち)〟!」

 

「分かった!俺達も飛び移ったら直ぐに援護する!」

 

 ハジメ達がブロックの方に跳躍するのと同時、社は天祓を抜き放つと〝薙鼬(なぎいたち)〟を呼び出して、宙を浮くゴーレム達に斬撃を飛ばしていく。縦横無尽に宙を動いて迫り来るゴーレム騎士達を、社は1体1体確実に切り落としていく。

 

(さっきよりもゴーレム共の動きが冴えている。この部屋に何か仕掛けがあるのか・・・まさか操作している奴が近くに居るのか?)

 

 元の世界の『呪術師』や妖、『呪霊』の中には、生物非生物問わず何かを使役する力を持つ者も一定数居た。それは例えば『生得術式』によるものであったり、或いは多少の下準備は要るものの誰でも扱える汎用式神だったりと千差万別だった。だが、そう言った力には、ある程度共通した法則(ルール)も存在していた。例えば『一定の距離でしか操作出来ず、距離が遠いほどに精度も落ちる』等だ。無論例外も存在するが、もしこの理屈が目の前のゴーレム達にも当て嵌まるのだとすれば。

 

「こっちは全員無事だ!お前も早く来い、社!」

 

「了解!」

 

 思考を回していた社の背後から、発砲音と共に幾条もの閃光が走りゴーレム騎士達を撃ち落としていく。無事にブロックに飛び移る事が出来たハジメからの援護射撃だ。時間稼ぎが成功した事を知った社は直ぐ様反転、結界の淵からハジメ達の元に向かおうと全力で跳躍した。その、直後。

 

(ーーー!!このタイミングで妨害が入んのかよ!?)

 

 社の〝悪意感知〟がこの迷宮内で初めて、今までの希薄な物とは異なる明確な悪意を感じ取った。余りのタイミングの良さに歯噛みする社だが、跳躍直後の為に直ぐ様回避には移れない。

 

 ギュゥウウン!!!

 

 悪意に晒され身構える社の周囲に、漆黒の球体が複数個現れる。大きさは直径で30cm程、それが数十個ほど逃げ道を塞ぐ様に社を取り囲んでいた。迷宮内部で初めて目にするギミックだが、他の罠同様に当たれば禄でも無い事になるのは目に見えている。

 

 ドパパァン!!

 

 ジャラララ!!

 

 突然の事態にも関わらず、ハジメと社は即座に黒玉の迎撃を行う。ハジメは二丁拳銃による射撃で、社は天祓を蛇腹剣状にして振り回す事で周囲の黒玉を削っていく。だが、それでも撃ち漏らした黒玉の幾つかが社の肉体に命中してしまう。

 

「?何だーーーッ!〝岐亀(くなどがめ)〟!!」

 

 自らの身体に吸い込まれる様に消えていくだけで、痛みや衝撃が来ない事を訝しんだ社。だが、それも一瞬の事。自身が()()()()()()()()のを理解した社は、落下方向へと結界を展開して何とか足場にする事に成功する。だが、その周囲には再び黒玉達が生成されていた。何とか体勢を立て直し天祓を振るう社だが、1つまた1つと僅かな隙間を縫う様に黒玉が命中してしまう。

 

「社!」

 

「先に行けハジメ!変わってるのは重力の向きだけじゃない!この黒いのに当たる度に、俺自身の重さが増している!どの道そっちには渡れない!」

 

 最近のハジメにしては珍しい焦りの声を聞き、先に進む様に促す社。無理矢理突破しての跳躍も不可能では無いが、どこまで自重が増えるか不明な為、部の悪い賭けになるだろう。よしんば上手くハジメ達の下へ跳べたとして、増えた重みで足場のブロックを壊さないとも限らない。かと言って周囲に結界を展開した所で、そのまま全方位を埋め尽くされるだけだ。現状、社が合流するのは不可能に近い。そうこうしてる間に、社の重さに耐え切れなくなった結界にヒビが入る。

 

「さっき悪意を向けられて分かった!黒玉(コイツ)を生み出している本体は直ぐそこだ!俺を助けるつもりがあるなら、そいつを叩いた方が速い!」

 

「ーーー分かった。その代わり、死んだら殺すからな!」

 

「その台詞をまさか現実(リアル)で言われるとは思ってなかったなぁオイ!」

 

 ハジメが逡巡する様に瞑目したのは一瞬だった。何時もの様に憎まれ口を叩いたハジメは、社に背を向けると浮遊していた別のブロックに飛び移った。この部屋に入った直後は気付かなかったが、この空間は非常に広大な作りになっており、内部を様々な形状・大きさのブロックが浮遊し、不規則に移動していた。

 

「ちょ、良いんで「・・・早く行く!社の覚悟を無駄にしない!」〜〜〜はいですぅ!!絶ぇ〜〜〜っ対にぃ、戻って来ますからねぇ社さぁん!!!」

 

「・・・こっちは、任せて。」

 

 アッサリと社を見捨ててしまうーーー実際はそうでは無いと頭では分かっているもののーーー事に思わず声を上げてしまうシア。だが、ユエの本気の叱責に理不尽を無理矢理飲み込むと、大声で叫びながらハジメのいるブロックに飛び移った。それを見届けたユエも、シンプルながら確かな信頼の籠った台詞を残して跳躍をする。

 

(さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。落ちてからのお楽しみかね。)

 

 蜘蛛の巣状にヒビ割れていく結界越しに、社は自分が落ちる先を確認する。社の落下先、正しく重力を受けているのであれば真横に当たるはずの壁には、何時の間にか穴が空いていた。1辺2m程の正方形の穴は、社を飲み込まんと迷宮が大口を開けている様にも見える。

 

(若干とは言え俺にだけ悪意が強かった時点で、目をつけられてんのは分かってたが、まさかこんな強硬手段を取るとはなぁ。『呪術』がこっちの世界じゃそれだけ異質なのか、それとも()()()()()()()()()()()。)

 

 既に腹は括っている為、特に慌てず別の事象に思考を割く社。考えるのは、こうまでして自分とそれ以外を分断しようとする(推定)管理者の思惑について。『呪力』や『術式』が珍しいから、と言う理由ならまだ良い。だが、もしそれ以外の理由があるのならば。

 

「ーーーっと、と。ウッワ、ホントに重くなってる感じがする。乙女の敵だ。」

 

「本当になー。うら若き淑女(レディ)の体重に干渉するなんてーーー何で???」

 

 社の思考が一気に現実に引き戻された。代わりに脳内を占めるのは「は?何故に?Why?」等の疑問の声のみだ。それもその筈、社の乗っている割れ掛けの結界にアルが飛び移って来たからだ。そして、その衝撃で遂に結界の限界が訪れた。

 

「ええい!取り敢えず『呪力』全開で身体強化!落下の衝撃に備える事!」

 

「了解ッス!」

 

「返事だけは良いね!もう何時落ちてもーーー。」

 

 バリンッ!

 

 社が言い終わる暇も無く、綺麗に結界が割れた。通常よりも速い速度で落下して行く社達が最後に耳にしたのは、「アルゥゥゥ!?!?」と言うシアの叫びだった。

 

 

 

 

 

「くっそ、ヒデェ目にあった。」

 

「イテテ・・・上下の感覚マヒりそうッス。」

 

 無事?に落下した先の空間で、何とか立ち上がる社とアル。2人が落ちたのは、この1週間1度も辿り着いた覚えの無い未知の部屋だった。

 

「体重が元に戻ったのだけは救いか。妹さんは怪我は無い?」

 

「大丈夫ッス。体重(ソッチ)も元通りッスね。」

 

 アルを気遣いながらも、周囲の警戒は怠らない社。横向きにかけられていた重力は既に正常な形に戻っている。この部屋に入った瞬間に重力と体重が元に戻ったのを考えると、黒玉の操作及び効力はあの部屋限定なのかも知れない。最も、まんまと分断させられた事を考えると欠片も喜べないが。

 

「それにしても、此処何処なんスかね。真っ暗で何も見えないんですケド。」

 

「さてね。取り敢えず〝夜目〟と〝(さと)(ふくろう)〟で周囲をーーー妹さん避けろ!!!」

 

「ッ!?!?!?」

 

 頭が疑問を浮かべるよりも速く、アルの肉体は反射だけで跳び上がった。その直後、大きな何かがコンマ1秒前にアルの居た場所を薙ぎ払った。あのままなら、間違い無く直撃コースだったろう。

 

「イィッ!?何アレ「まだだ!〝岐亀(くなどがめ)〟!」ーーーエ?」

 

 瞬間。別角度から放たれた何かが、アルを守ろうとした〝岐亀(くなどがめ)〟の結界を紙屑の様に破りーーー宙に居たアルの両足を裁断した。

*1
長方形の砲身と12連式回転弾倉付き、連射可能且つ複数種の弾を撃ち出せる代物。ロケット弾は長さ30cm、弾頭には生成魔法で〝纏雷〟を付与した鉱石が設置されており、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火・爆発する。



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51.芽吹き

 ハジメ達が社に背中を押されて、ブロックを飛び移りながら進んで行く事少し。一行の目の前に現れたのは、宙に浮く20m程の超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままに右手が赤熱化(ヒートナックル)、左腕にはフレイル型のモーニングスターを装備しており、その威容はこれから始まる戦いこそ本当の試練だと理解させるに相応しいものだった。

 

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~。」

 

 にも関わらず、放たれた第一声は耳を疑う程にふざけた挨拶だった。張り詰めていた筈の雰囲気が、一気に霧散しかけるのを感じつつも、無言のまま警戒だけは解かないハジメ達。だが、その反応はゴーレム(の中の人)には面白くない物だったのだろう。巨体ゴーレムは不機嫌そうな女性の声を出した。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ?全く、これだから最近の若者はーーーうわわわわわ!?」

 

 ズガァアアアン!!

 

 だが、巨大ゴーレムの台詞を遮る様に連続した爆音が発生した。問答無用と言わんばかりにハジメがオルカンからロケット弾を発射、火花の尾を引く破壊の嵐がゴーレムに直撃したのだ。空間全体を振動させる程の轟音と、もうもうとたつ爆煙がその威力の凄まじさを物語っている。

 

 だが、この程度で終わるとはハジメ達も思っていない。案の定、煙の中から現れたヒートナックルが横薙ぎに振るわれ煙が吹き散らされると、大して堪えた様子の無いゴーレムが現れた。両腕の前腕部が多少砕かれてはいたものの、ゴーレムは近くを通ったブロックを砕いて、欠けた両腕の材料にして再構成する。

 

「もぉ〜〜〜!!人が喋っている時は邪魔しちゃいけないって、両親に教わら「ユエ、シア。あのゴーレムの核は、心臓と同じ位置だ。あれを破壊するぞ!」んなっ!何で、分かったのぉ!?」

 

 先制攻撃にヒヤリとしつつも、健在で有る事をアピールして会話の主導権(イニシアチブ)を取ろうとする巨大ゴーレム。彼女としては待ちに待った迷宮攻略者(候補)であり、更に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そうでなくとも自分達の力を託す事になる訳だから、相手の性質を見定める為にも会話は必須だった。だが、ハジメに自分の(コア)があっさり見抜かれた驚愕に、その目論見もご破産となる。

 

「ま、待った待った!もうちょっと余裕を持たないかな若人達!?私に聞きたい事、たくさん有るでしょう!?例えば自我を持つゴーレムなんて聞いた事無い!とか、何でこんな迷宮を造った!とか、お前がミレディ・ライセンな訳無いだろ!とか!質問によっては、答えてあげなくも「ウルセェ、黙れ粗大ゴミ。それは全部テメェをスクラップにした後、ゆっくり尋問して聞いてやる。」何でそんなバーバリアン染みてるの!?ほら、隣の女の子達も何か言ってーーー無言で殺気バリバリ!?嘘でしょ〜〜〜!?!?」

 

 全くと言って良い程に会話が成立しない事に、本日何度目か心底から驚愕する巨大ゴーレム。数百年ぶりとなる他者との交流に内心では狂喜乱舞していたのだが、その期待はものの見事に裏切られる事になった。最も、話を聞いて貰えないのはハジメ達3人の思考が、「試練をさっさと終わらせて社とアルを救助したい」方向性で完全に振り切れているからで、その原因も巨大ゴーレムにある為に自業自得ではあった。

 

(う〜〜〜ん。試練の内容が嫌らし過ぎたかなぁ?それとも、仲間の子と分断された事に怒ってるのかなぁ。でもなぁ、森人族の子は兎も角、あの眼鏡の少年はなぁ・・・。思わず〝オシオキ部屋〟に送っちゃったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、どう考えてもヤバイかったしなぁ。この子達は気にしていないのか・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかな。)

 

「さっさとブッ壊れろよ!図体だけの、木偶の棒が!」

 

「残念ながら、そう簡単にはいかないよぉ〜?余りミレディさんを舐めて貰っちゃ困るのさぁ〜。」

 

 対話拒否されて微妙に悲しくなりつつも、気を取り直して武器を構えた巨大ゴーレム。余りにも異様な雰囲気を放っていた少年が気にならないと言えば嘘になる。だが、今は目の前の挑戦者達に集中すべく、彼女は思考を打ち切るとハジメ達に向けてモーニングスターを振り下ろした。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね。」

 

 右手を(うなじ)に当てながら、誰に聞かせるでも無く独り言を呟いた社。ハジメ達と分断された上、未知の部屋に閉じ込められたにしては随分と呑気な物言いである。しかし事実として、社は今自身が置かれている状況に困ってはいたものの、焦りを感じてはいなかった。

 

(部屋の大きさは目測で100m位の正方形。俺と妹さんがこの部屋に入って、少ししてから壁面に灯がついたから、視界自体も良好。今のところ罠が発動する気配も、発動した形跡も無し。悪意も感じ無いから、多分迷宮の管理者からの邪魔は入らないと見て良い・・・まぁ、コイツが居るからそんなもの要らないんだろうが。)

 

 部屋の壁を背もたれにしながら状況を整理した社は、自分達が居るのとは反対側の壁の方を見つめる。その視線の先には、この部屋に唯一つだけあった出口らしき扉と、その前で門番の如く宙を浮く巨大なゴーレム騎士がいた。

 

(いや、デカ過ぎでは?幸利がみたら「デカァァァァァいッ説明不要!!」とか言いそうだが・・・あの質量は流石に洒落にならんなぁ。それに・・・。)

 

 一旦思考を打ち切った社は、徐に拳を地面に叩きつける。恐らく〝感応石〟で出来ているであろう床に、蜘蛛の巣状のヒビが広がると共に衝撃で破片が飛び散った。その中で手頃なサイズの石を握ると、社は『呪力』を込めながら大きく振りかぶって巨大ゴーレム騎士に投げつけた。

 

 筋力値15000、埒外の怪力から繰り出された真っ直ぐ(ストレート)は、凄まじい速度で巨大ゴーレム騎士に向かっていく。もし人間に当たりでもすれば、付与された『呪力』も相まって間違い無く死ぬ。当たりどころが悪ければ、光輝(勇者)ですらも即死は免れないだろう。

 

 ヴオオォォン!!

 

 だが、そんなお手軽極まりない凶器は、見事に撃ち落とされる。巨大ゴーレム騎士が空気を切り裂く音と共に振るった、これまた巨大な剣によって。

 

(範囲内に入ったものは、何であれ自動で迎撃される訳だ。俺達がこの部屋に入った直後に襲われたのも、アレの射程距離内だったからか。)

 

 眉を顰めながらも、巨大ゴーレム騎士の観察を続ける社。ゴーレムの大きさは全長30m程で、オルクス大迷宮にいたヒュドラと並んでも見劣りはしないサイズと言えばその大きさは伝わるだろう。鎧の意匠自体はこの部屋に来る前に見た通常のゴーレム騎士達とさほど変わらないが、両脚は存在せず常に地面から1m程浮いている状態である。周囲に風が巻き上がったり排気音がしないところを見るに、恐らくこちらも重量を操作して浮いているのだろう。そして極め付けは阿修羅像宜しく6本の腕を持ち、それぞれの腕に15mはある大剣を手にしている事だった。先程社達を襲いアルの両足を斬り飛ばしたのも、この内の1本だった。

 

(ラッキーだったのは、あのジオ◯グ擬きがあそこから動かない事。そして決められた範囲内に入らなければ、攻撃もしてこないことか。そうじゃなきゃ、今こうしてのんびり妹さんの治療なんて出来なかった。)

 

 隣で横たわるアルを視界に入れながら、ゴーレムに対しての考察を深めていく社。この部屋に入った直後、両足を断ち切られ意識を失ったアルを抱えた社は、即座にゴーレムとは反対側に向かって退避した。背負ったアルを『呪力反転』で治癒しつつも社はゴーレムから目を離さなかったのだが、当の巨大ゴーレム騎士は追撃はおろか2人の後を追うそぶりすら見せ無かった。

 

 その後数分が経過してもゴーレムに動きが見られ無かった為、アルを床に寝かせた社は彼女の両足の回収も兼ねて、巨大ゴーレム騎士の起動条件や攻撃範囲を調べるべく、幾度かちょっかい(と言う名の威力偵察)を出していた。その結果、【ゴーレムは決まった範囲内でしか動かない】事、そして【その範囲内に侵入した物にのみ攻撃を行う】事が判明したのだ。

 

 あくまでも社の推測でしか無いが、恐らく巨大ゴーレム騎士にはそこまで複雑なAIは搭載されていない。或いは、迷宮に挑む者向け用として(ワザ)と隙を作っているのか。何方(どちら)にせよ、単純(シンプル)な命令を幾つか守る事しか出来ないのだろう。

 

(この部屋にはあのデカブツと扉以外には何も無い。多分真っ向勝負でゴーレムをぶっ壊さなきゃならないんだろう。ゴーレムの攻撃を潜り抜けて、扉を開けるって選択肢もあるが・・・今までの経験からして、そう簡単にはいかんよなぁ。)

 

 今までの部屋に比べて、この部屋の造りはかなりシンプルだ。出口らしき扉と、それを守る守護者(ゴーレム)の構図。だからこそ、搦手染みた解決法は期待出来ないだろう。例えば守護者(ゴーレム)を倒さなければ出口は開かない、程度ならまだ可愛らしい。最悪、ゴーレムを無視して扉を開けようものなら、ズルをしたペナルティ等と言う名目で更なる罠が発動してもおかしくは無い。

 

(ハジメ達の救助を待つって手も無くは無いが、この状況がいつまで続くか分からんし、罠が追加されないとも限らない。つくづく妹さんへの奇襲を防げなかったのが痛かったな。直接操ってたり指示してたならまだしも、自動操縦(オートマチック)なゴーレムに悪意なんてないから、攻撃(悪意)先読み(感知)なんて出来ん。)

 

 打開策の無い現状に大きなため息を吐いた社は、一旦アルの容体を確認する。ハジメ達を待つにしろ、罠を承知で出口の扉を開けるにしろ、正攻法でゴーレムを撃破するにしろ、アルの復帰は必須事項だ。不幸中の幸いか、アルの斬られた両足の断面は酷く滑らかであり、『呪力反転』での治療は容易では無いが不可能でも無かった。

 

「・・・大丈夫そうだな。」

 

 アルの容体が安定してるのを見て、安堵の息を吐く社。(プラス)の『呪力』を掛け続けていた甲斐あって、青白くなっていた顔は血色を取り戻し、浅かった呼吸も安定している。斬られた両足の傷口も、多少血が滲んでいるものの繋がってはいた。何時目を覚ましても不思議では無いだろう。

 

「さて。それじゃあ、今の内にやるだけやりますかね。来い、〝岐亀(くなどがめ)〟、〝狗賓烏(ぐひんからす)〟。」

 

 アルに背を向け立ち上がった社は、2体の式神を召喚する。そしてアルの周囲を結界で覆うと、全身に風を纏いながら再び巨大ゴーレムへ向けて突撃した。

 

 

 

 

 

「妹さんってさ、何でそんなおっかなびっくりなの?」

 

「・・・ハイ?なんの話ッスか?」

 

 それはハジメ達がライセン大迷宮の攻略に乗り出すよりも前の話。生き残るために強くなると決意したハウリア達に、ハジメと社が戦いのイロハを叩き込んでいた時の事だ。彼等の訓練と並行してアルに『呪術』の指導をしていた社が、唐突に問いかけたのがきっかけだった。脈絡の無さすぎる質問を投げられて、思わず『呪力操作』の訓練を中断して聞き返してしまうアル。

 

「ごめん、言い方が悪かった。正確には『()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「・・・・・・・・・どうして、そう思ったんスか。」

 

 だが、アルの疑問は端的かつ非常に痛烈に、図星を突く形で返された。余りにも自然に自分の悩みを見抜かれたアルは、喉が干上がる様な感覚を無視して何とか絞り出す様に声を出した。一方の社はと言うと、そんなアルの様子を気にする事も無く淡々と答えていく。

 

「前にさ、俺達がフェアベルゲンに案内されてた時に、妹さん『術式』暴走させかけてたよね。」

 

「・・・ハイ、その節はご迷惑をお掛けしました。」

 

「いや、別に気にして無いし、責めるつもりもないんだ。唯、俺の(プラス)の『呪力』を吸収する直前、自分が何を言ったかって覚えてる?」

 

「?アタシ、何か言ってましたっけ?」

 

「成る程、やっぱり無意識だったと。」

 

 納得した様に目を瞑った社を見て、アルの焦りは徐々に困惑へと変わっていく。てっきり、『術式』が暴走した当時の事を責められると思っていたからだ。だが、実際に社が気にしていたのは『術式』が暴走した事では無く、暴走直前に自分(アル)が何を言ったのか。しかし当の本人は全く覚えていない為、碌な答えは返せそうに無い。だが、その発言を誰であろう社は確かに耳にしていた。

 

「妹さんね、俺の『呪力』を見つめながら『良いなーーー欲しいな』って呟いてたんだよ。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 社の言葉に、アルは大きく目を見開いた。絶句と言う表現がまさに当てはまるだろう。余りにも受け入れ難い事実に、血の気が引いたアルの顔が真っ白になる。この反応も無理は無い。「無自覚・無意識で振われる『呪術』は、得てして術師の欲望(ねがい)を叶える形で発動する」と、自らの体質を打ち明けた際にアルは社から学んでいた。要するに『術式』が暴走した原因は、「アルが自分の欲望を抑えきれなかったからだ」と言われた様なものだ。

 

「あー待った待った、何か誤解がある!大丈夫、ちゃんと妹さんは自分の『術式』をコントロール出来てるよ。」

 

「エ・・・イヤ、デモ、ならなんで『術式』が暴走なんて・・・?」

 

「ん〜、ここからは推測になるんだけど、君の『術式』発動が不安定()()()理由は主に2つ。まず1つ目が、君自身が持つ『呪力』を始めとした力に対する認識と知識の不足だ。ぶっちゃけこれはしょうがない。で、問題はもう1つの方。『術式』の影響で君の肉体が魔物の様に変質していた事だ。」

 

 生まれ付き『呪術師』が持つ『術式(さいのう)』ーーー『生得術式』は、術師の肉体に直接刻まれている。種類にもよりけりではあるが、自らの五体を使用して発動する*1『術式』も存在する以上、『生得術式』と術師の肉体は非常に密接な関係にあると断言して良いだろう。

 

 アルの場合『術式』の副作用だったとは言え、肉体そのものが様々な魔物のキメラと言える程に変質してしまっていた。その所為で『生得術式』までもが変質し、発動が覚束無くなったとしても何ら不思議な事では無い。

 

「そもそもの大前提として、『術式』の暴走って簡単に押さえられ無いんだよ。それが出来るならそもそも暴走しないし。で、あの時君は確かに俺の(プラス)の『呪力』を吸い取ったかも知れないけど、それも手に纏っていた分だけで無理矢理搾り取る様なものじゃ無かった。つまり君は、無意識に『術式』を発動させていたにも関わらず、ほぼ完璧に『術式』の制御が出来ていた事になる。」

 

 社がアルの『術式』に当たりを付けたのも、この暴走(未遂)が原因だった。しかし、『術式』の発動は事故に近かった割に、『術式』の制御自体は出来ている様にも見えた為、混乱を避ける為にも口を噤んでいたのだ。正直な所、あの場でアルが『術式』の制御を手放していたら、恐らくハジメ達3人以外は全滅していただろうが。

 

「此処で漸く、最初の話に戻るわけだ。君は既に『呪術』に対する最低限の知識と使い方を学び、その結果として元の素敵な身体を取り戻す事も出来た。にも関わらず『術式』の発動は不安定なまま、それでいて発動後の制御は既に完璧と言って良い。此処まで来たら、後はシンプルな答えしか残らないよ。『術式』を発動するの嫌なんでしょ、妹さん。」

 

「・・・・・・。」

 

 社の推測を聞いて、俯き無言になるアル。「沈黙は金、雄弁は銀」と言うが、アルの沈黙は何より雄弁に社の推測が当たっている事を物語っていた。

 

「ま、別に良いんだけどね。俺も根掘り葉掘り聞くつもりないしねー。」

 

「・・・ハイ?」

 

 何か言うべきか、何を言うべきか、と悩んでいたアルの耳に届いたのは、今までの真面目な雰囲気が消え去る様な気の抜けた声。顔を上げたアルが目を丸くしているのを見て、社は肩をすくめて苦笑すると更に言葉を繋げる。

 

「別に俺が教師役だからって、妹さんが何もかも話さなきゃいけないわけじゃないさ。俺はあくまでも使い方を教えるだけ。『術式(それ)』を使うかどうかは、君自身で決めると良いさ。」

 

「・・・そんなモンッスか。てっきり〝怖いなんて甘えた事言うな!〟とか言われるかと思ってました。」

 

「言わない言わない。君が持つ力も、考えや在り方も、何をしたいのかも。全部全部君が決めるべき物だよ。俺個人としては〝家族の為に〟って理由はとても好ましいものだけどね。」

 

 社達とアル達とでは、余りにも多くのものが違い過ぎる。人種に性別、周囲の環境や文化に価値観、そして文字通り住んでいる世界すらも違うのだ。ここまで異なると共通点を見つける方が難しいだろう。今回は〝『呪力』が扱える〟と言う非常に珍しい共通点があったが、それも本当に偶々なのだ。そこまで違いがある相手に己の価値観を押し付けるのは、余りにも悪手だと言わざるを得ない。少なくとも社はそう考えていた。

 

「唯、そうだね。その上でアドバイスが有るとするなら・・・優先順位を間違えない事かな。」

 

「?と言うと?」

 

「簡単な話さ。例えば妹さんが自分の大切な人の重大な危機に直面したとして。果たして、君自身は『術式(ちから)』を使うべきなのか、或いは使いたくないで終わらせるべきなのか。ーーー出来れば、この選択だけは間違えない様にね。自分の無力で大切な人が死ぬのは、文字通り死ぬ程堪えるよ。」

 

「!」

 

 世間話の様な気軽さで呟かれた言葉にハッとするアル。肝心の社は「ま、そんな状況にならない様にするのが、1番良いんだけどねー」と軽い感じで締め括ってはいたが、先の発言に込められた重みは本物だった。少なくとも、アルはそう感じていた。

 

 

 

 

 

 ギィィィィン!!

 

「・・・う、ぐ・・ぁ・・・?」

 

 遠くから聞こえる耳障りな音と両足から感じる違和感が、深い眠りについていたアルの意識を浮上させる。思わず漏れた声は、己のものとは思えない程に低く掠れていた。

 

「こ・・・こ、は・・・ッ(ヅウ)ッ!?」

 

 目覚めきれないまま現状を把握するべく、不用意に動いたアルに灼ける様な激痛が走る。不意打ちに涙目になりつつも、痛みの大本を探ったアルの目には、血が滲みながらも繋がり掛けた両足が映った。着けていた筈の脚甲(プロテクター)は原型も無い程に砕かれており、アルの身に起きた惨状を静かに語っていた。

 

 ギャリギャリギャリギャリギャリ!!

 

(・・・そ、っか。アタシは、いきなり斬られて、それで・・・。)

 

 痛みが気付けとなり意識を覚醒させたアルは、直ぐに気絶までの経緯を思い出した。よくよく見れば、自身の身体を覆う様に(プラス)の『呪力』が広がっている。社が治療の為に掛けてくれたのだろう、と推察するアル。だが、当の社の姿は周囲には見えない。

 

 ヒュガッ!!!

 

「ッ!?何ーーー宮守、サン?」

 

 と、ここで部屋全体が揺れたと錯覚するほどの轟音が響く。痛む足を庇いながら音の発生源を探すアルが見たのは、目も眩むほどの大きさのゴーレム騎士。そして、それに真っ向から立ち向かう社の姿だった。

 

「っし、『黒閃』決めたしこのままーーーあっぶね!?クソ、武器まで再生するとか面倒過ぎだろ!」

 

「・・・・・・(スゴ)。」

 

 悪態を吐きながらも巨大なゴーレム騎士と見事に渡り合う社。〝岐亀(くなどがめ)〟による結界で即席の足場を作りつつ〝狗賓烏(ぐひんからす)〟で風を纏いながら空を駆ける社に、巨大ゴーレム騎士は攻撃を当てるどころか掠る事さえ出来ていない。一方、社の攻撃は巨大ゴーレムの武器や鎧を順調に壊していくものの、暫くすると砕けた破片が集まり元通りに再生されてしまう。部屋から材料を補充していると言うより、()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな印象を受ける。

 

(・・・何か、アタシが居なくても、大丈夫っぽい。)

 

 パッと見では互角、体力差を考えれば消耗の見えないゴーレム側が有利だろう。だが、それにしては社に余裕がありすぎる様にアルの目には見えた。恐らく、本気を出していないか、未だ見せない奥の手があるのだろう。何方(どちら)にせよ、自分の出る幕は無いと無意識に安心したアルは目を瞑った。

 

 バシィィン!!

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!ッ(タァ)ァ〜〜!!!」

 

 その直後。アルは間髪入れずに()()()()()()()()()()()()()()

 

(違う!何安心してんだフザケんな!!そうじゃないだろ!!!アタシは何で此処まで来た!?アタシは、アタシはーーー大事な家族(みんな)を守れる程に強くなる為だろうが!!!)

 

 自分に課した(いたみ)を噛み締めながら、アルは己の情け無さに怒りが湧き上がる。この場を社に任せる事自体は、そこまで悪い手では無い。下手に手を出して足手纏いになるくらいなら、最初から割り切って任せるのもアリだし、何よりも社は未だ切り札を切っていない。■■の召喚や〝憑依装殻〟を使う程に追い詰められてはいないし、ハジメ達なら大丈夫だろうと言う信頼もある*2。アルも負傷しているが容体は落ち着いている為、社からすれば急いでゴーレムを倒す必要性はあまり無いのだ。だが、それらは何1つ、アルにとって戦わなくても良い理由にはならない。

 

(アタシが宮守サンに着いてきたのは、万一『術式』が暴走した時に宮守サンならアタシを止められるからーーー都合良く甘えただけだろ!!それなのに、肝心なトコだけ任せて、ジッとしてる?その方が利口?ーーーフザケんなクソが!!!)

 

 社の指摘通り、アルは己の『術式』を使う事に未だ恐怖を感じていた。『呪力』を制御出来る様になった今でも、恐怖(それ)は変わらず心の底で澱みの様に溜まっている。だが、それは得体の知れない力に振り回されるのが嫌だとか、自分の身体が再び醜く変わるかも、等の理由では無い。アルが心底から恐れているのは唯1つ。自分の家族を己の『術式(のろい)』に巻き込む事だけだった。

 

 アルは幼少のみぎりに樹海の一角で兎人族に拾われたのだが、問題はその時の周囲の状況だった。ハウリア達が赤子だったアルを発見した場所は、アルを中心とした半径数mには動植物が一切存在せず、まるで最初から何も無かったかの様な状態だった。この現象自体は「当時幼かったアルが防衛本能により『術式』を発動、その結果周囲の生命力を根刮ぎ喰らい尽くした」で説明がつくので、それは良い。問題だったのは、術式対象とした生命が何だったのかーーー否、『術式』に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アルの『術式』は、人魔問わず生命を対象にする時が最も本領を発揮出来る。その気になれば生命力を奪い尽くし木乃伊(ミイラ)化ーーー果てには塵と化す事さえ難しくない、対生命特化の凶悪無比な『術式』。幼児だったアルが何故樹海の片隅に捨て置かれていたのかは未だに謎のままだ。だが、詳細を知らなかったとは言え、自分の持つ『術式(ちから)』を何となく把握していたアルが、実の両親や兄弟を殺した可能性に気付かない訳が無かった。・・・それでも尚、アルが自死を選ぶ程に絶望しなかったのは、一重に掛け替えの無い兎人族(かぞく)が居たから。

 

(義姉(ネエ)さんは強くなった。家族に迷惑を掛けない為に、そして叶うかも分からない自分のキモチを届ける為に。義父(トウ)さん達も皆も強くなった。大切な家族を、義姉(ネエ)さんや、アタシを守れる様に。それなのにーーーそれなのに、アタシは?)

 

 アルが社達と巡り会うよりも、ずっとずっと前の話。己の家族に手を掛けた可能性に気付き、何もかもが嫌になり命すら投げ出そうとした時も。未制御の『術式』の影響で魔物(キメラ)の様な姿を見られ、偶然出会した亜人に「化け物!」と叫ばれ逃げられた時も。1人で居た時に運悪く出会した帝国兵達に「家族を差し出せば見逃してやるぜぇ?」と下衆に笑われ、()()()()()()()()()()()()()()()()。アルの姿に何かを察した兎人族はいつも通り何も言わずに、けれでも少しだけ優しく過ごしてくれたのだ。それにどれだけ、アルが救われたか。

 

(自分達が死ぬ可能性を知った上で、アタシが本当に化け物かも知れないのが分かってて、それでもアタシを育ててくれた家族(ハウリア)に甘えたままなんてーーー誰が許しても、アタシ自身が許せる訳が無いジャン!!!)

 

 家族(ハウリア) が注いでくれた無償の愛に、今度こそ報いる為に。全身全霊でアルは『呪力』を練り上げる。自らが持つ悪感情ーーー情け無い自分に向けた怒り、自分に刻まれた『術式(ちから)』に対する苛立ち、心の底にこびり付いていた家族を巻き込むかも知れない恐怖。そしてそれらを上回る程に大きな、家族(ハウリア)に向けた執着と言う名の()い。それら全てを余すとこ無く変換され生まれた『呪力』は、決して少なく無い筈の社の呪力量すら優に超えていた。だが、それでも尚()()()()と。アルは貪欲に力を求めていく。

 

(そんな無能なままなら、ここまで図々しく着いて来た(クセ)して弱いままならーーーそんなアタシはここで死んでしまえ!!)

 

 唯でさえ尋常で無かったアルの生み出す『呪力』の量が、()()()()()()()()()()。勿論、種もあるし理屈も実にシンプル。『この場で何も出来ず、足手纏いのまま終わるなら死ぬ』と言う『縛り』を己に課しただけ。「術師にとって最も簡単(インスタント)に能力を底上げする方法は、命を懸けた『縛り』である」と、アルは社に、社は師である祖父に教わっていた。最も、教えた理由は「こういった使い方は基本的にしてはいけない」と言う、典型的な悪例としてだったが。

 

(・・・コレ、貰っといて良かった。準備まで良いとか、至れり尽くせり過ぎ。ホント、感謝しなきゃ。)

 

 荒れ狂う感情を『呪力』として吐き出す事で若干ながら落ち着きを取り戻したアルは、血の滲む傷口と痛みを無視して無理矢理立ち上がると、首に掛けたネックレスに触れた。銀色のチェーンの先には2重になったリングが通されており、側面には兎の耳を象った彫りが入っている。繋がる様に重なるリングを指で触り、淡い笑みを浮かべるアル。

 

(お願い、シア義姉(ネエ)さん。アタシに、力を貸して。)

 

 祈る様に、願う様に。何もせず嗤うだけの神では無く、自分の信じる大切な家族に向けて。アルはリングを握りしめると『術式』を発動して。

 

 

 

 次の瞬間、部屋を光で満たすほどの莫大な()()が溢れ出した。

*1
手を叩く、原形の手で直接対象に触れる等。言葉に呪力を乗せて発声する『呪言』も該当する。

*2
アルは知らない事だが、〝悟り梟(ハジメの分身)〟が騒がない為、今のところハジメも無事だと確信があるのも理由の1つである。




・〝オシオキ部屋〟
本作オリジナル要素。迷宮を攻略中の存在が管理者視点で邪悪判定(仲間を躊躇無く盾にする、奴隷を使いつぶす等)を受けた場合や、万一神の使徒かそれに準ずる存在が侵入してきた場合に送られる部屋。今回は社の雰囲気があまりにも異質だった為に送られた。部屋内部に居るゴーレムについての解説は次話で。


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52.開花

 ヴオオォォン!!

 

「ーーーシィッ!」

 

 空気を切り裂く音と共に振るわれる巨大剣を半身になって紙一重で避けながら、社は返す刀で仗形態の〝流雲(りゅううん)〟を振るう。狙うは今まさに避けたばかりの巨大剣の側面(はら)。〝岐亀(くなどがめ)〟による結界を宙へと浮かぶ足場とし、〝狗賓烏(ぐひんからす)〟の力で風を身に纏った社は渾身の力を込めて流雲を振るう。

 

 バキィッ!

 

 快音と共に巨大ゴーレム騎士の巨大剣が半ば程から砕け散る。もしこの戦いを観戦する者が居れば、社が打ち勝った驚きと一矢報いた快挙に歓声を上げるだろう。だが、肝心の社の表情は優れない。

 

「そう簡単には、近寄らせて貰えないか。」

 

 武器破壊をして直ぐ様距離を詰めようとした社。だが、残る5本の巨大剣が続け様に振るわれて、出口どころか巨大ゴーレム本体にすら近寄れない。そうこうしている間に十数秒も経つと、壊した筈の巨大剣が新品同様に直されてしまう。社は既に同様のやり取りを7回程繰り返していた。

 

(チッ、幾ら壊しても無駄か。修復とか補充ってレベルじゃ無い。まるで壊れる直前まで時を巻き戻すみたいだ。もっと別次元のーーー恐らく、神代魔法が使われている。)

 

 社の推測は実の所大当たりだったりする。この巨大ゴーレム騎士は元々〝解放者〟達が、対エヒト神及び神の使徒用に作り上げた決戦兵器の1つだった。それ故に、社達が知り得ないものも含め、複数の神代魔法が惜しげも無く使われていた。最もこのゴーレム、エヒト神を攻め滅ぼす為の刃では無く、エヒト神から無辜の民を護る為の盾として作られたのだが。

 

 本来ならば「高度な自律思考を有し、庇護対象を臨機応変に護り抜く」がコンセプトだったのだが、頼みの自律思考の作成が難航。逆転の発想で「守護対象を守り切る」事のみに思考を割り振り、「単純な思考が問題にならない程に強く硬く早くすれば良い」と言う脳筋な暴論実践的な思想により作られたのがこの巨大ゴーレム騎士だった。

 

(このデカ物からは悪意を一切感じない。つまり、此奴(こいつ)は誰かに操作されてるのでは無く完全に自律してる事になる。なら、何処(どこ)かに心臓部となる核がある筈。・・・多分、さっき胸で光ったやつだろうけど、傷はもう塞がれてるしなぁ。)

 

 一旦ゴーレムから距離を取り、警戒しつつも頭を悩ませる社。先程威力偵察(ちょっかい)をかけていた時にゴーレムの胸部に運良く『黒閃』を決めたのだが、その際剥がれた鎧の隙間から魔力光が漏れ出していた。恐らく、あれが核だろう。〝流雲〟+『黒閃』で鎧が半壊した為、そこから更にもう一撃加えればいける筈、と言うのが社の感覚だった。最も「直される前に」と言う枕詞(まくらことば)がつくが。

 

(・・・切り時かな。ハジメとユエさんには悪いけど、しょーがないか。)

 

 『黒閃』は最初の1撃を放つのが最も難しい。だが、それさえ決められれば、その日の内なら2発、3発と連続で打つ事も不可能では無い。そして、社には切り札の1つである〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟がある。デメリットが不透明と言うリスクはあるが、魔力を除いた基礎ステータスを1.25倍するこの技能を使って『黒閃』を決められたのならば、或いは1撃で終わらせる事さえ可能かも知れない。

 

「背に腹は変えられないわな。来い、〝影鰐(かげわに)〟ーーー」

 

 ゴゥッ!!!

 

「ーーーは?」

 

 ■■との繋がりである刀を取り出すべく〝影鰐〟を呼ぼうとした社が固まった。異変が起きたのは、社の背後。まるで何の予兆も無しに目の前で火山が噴火したかの様な、自然災害と見紛う程の勢いで『呪力』が発生したのだ。

 

(待て待て待て何が起きた!?何だこの『呪力』量!?まるで■■ちゃんーーー・・・いや、この感じ、妹さんか?)

 

 圧倒的なまでの『呪力』量に動揺を隠せない社だったが、ふと『呪力』の質がアルのものに近い事に気付く。だが、元々『呪力』が多いアルだとしても、この量は異常としか言いようが無い。不可解な出来事に社が困惑しつつもアルの方へ向かおうとした瞬間、同じ場所で今度は()()()()()が迸った。

 

(マジで何してんの妹さん!?このタイミングで()()使うのかよ!?)

 

 数秒前の『呪力』と変わらぬ勢いで溢れ出す魔力を見て、直ぐ様アルの下へ向かう社。だが先程とは異なり、この現象には心当たりがあった。十中八九、社が渡した物が原因だろう。

 

「フゥ。何とか、上手くいった。」

 

「いやいやいや、マジで何し、てーーー・・・。」

 

「ン?あぁ、宮守サン。足の治療、ドーモッス。」

 

 案の定と言えば良いか、膨大な『呪力』と魔力の発生源はアルだった。彼女の身体は今、溢れんばかりの深緑色の『呪力』と、透き通る様に光る翠色の魔力の両方を纏っていた。

 

「その魔力は、姉ウサギさんのか。」

 

「そうッスね。宮守サンが渡してくれた、この〝魔晶石〟のリングネックレスに、義姉(ネエ)サンが込めてくれたのを吸収しました。」

 

 ネックレスに付いたダブルリング型の魔晶石を指で弄るアル。『術式』で魔力を吸収出来る可能性については、アルや社も早々に気が付いていた。生命力なんてあやふやな物を吸収して己の物に出来る性質上、魔力等も同様に扱えても不思議では無いからだ。故に、社はハジメに〝アル専用魔晶石〟の製作を依頼、その後出来上がった物にシアの魔力を込める様お願いしたのだ。

 

 最も、狙いとしては「魔力を自在に吸収・運用出来る様にする」のでは無く、「仮に魔力を吸い過ぎても問題無い」練習台としての役割が強かったので、まさかこんな土壇場でやらかすとは思ってもなかったのだ。しかも見る限り、シアは溜め込める限界ギリギリの魔力を込めていたらしい。義妹(アル)にダダ甘な義姉(シア)だった。

 

「まぁ、そっちは良い。問題はその『呪力』量だ。妹さん、君は一体何をーーーいや、どんな『縛り』を課した?」

 

「・・・マァ、バレバレッスよね。アタシが課したのは、『この場で何も出来ず、足手纏いのまま終わるなら死ぬ』って『縛り』ッスね。」

 

「・・・・・・嘘だろ正気か?」

 

 あっけらかんと白状するアルとは対象的に、社は眉間に皺を寄せると頭痛を堪える様にこめかみを抑えた。確かに、内容的に必ずしも死が確定する訳では無いが、それでも自らの命を懸けている事には違いないので、この強化率も理解は出来る。だが、それとこの行為に納得出来るかは別である。

 

「別に君がこんなとこで命懸ける必要無くない?それこそ、君が死んだら元も子も無いだろ。姉ウサギさんやハウリアが、君の死を悲しまない訳無いと思うけど。」

 

「そうッスね。全くもって仰る通りで。でも、だからこそなんスよ。義姉(ネエ)さんも義父(トウ)サンもハウリアの皆も。どんなに辛くても苦しくても、諦めずに強くなったんです。それなのに、アタシだけが肝心なトコでヘタレたまま何も出来ないなんて、皆が許してもアタシ自身が許せない。今此処で命を張れなきゃーーーアタシは(ハウリア)に胸を張って家族だと言えなくなる。」

 

「!」

 

「今此処で身体を張らなきゃ、俺はハジメに胸を張って友人だと言えなくなる!」

 

 アルの言葉に驚きで目を見開く社。アルの覚悟が想定以上に決まっていた事もそうだが、何より彼女の口から出た言葉に覚えがあったからだ。ある意味で全ての始まりーーーハジメが奈落の底に堕とされた直後、後を追おうとした己を止めた■■に、社が咄嗟に放った台詞と同じ。自分の身勝手な欲望(ねがい)である前提の下に、大切な誰かに報いようと己の命を懸ける誓い。

 

(・・・まさか、こんな形でブーメラン帰って来るとはなぁ。文句言えなくなったよチクショウ。)

 

 やけくそ気味に頭を掻きながら、社は諦めた様に大きくため息を吐いた。『呪術』を教えた者としての責任感やら文句やらも無いではないが、今はそれらを全て黙って飲み込む。『呪術』を教えた師匠として社にも罪はあるし、何よりもアルの言葉を欠片も否定できないからだ。例え過去に戻れたとして、社は何度でもハジメや身内を助ける為に身体を張るだろうから。

 

「OK、分かったよ。やっちまったのはしゃーない。俺と君とで、あのデカブツをスクラップにしちまおう。後、ハジメ達と合流したら、君がやった事姉ウサギさんにも伝えるから覚悟しておくように。」

 

「ゴーレムに関しては了解ッス。義姉(ネエ)さんには、アー、その、黙ってて貰えません?」

 

「駄目でーす。大人しく俺と一緒に怒られときな。」

 

「・・・ハーイ。」

 

 先程1人死にかけていたとは思えない程の緩さで、たった2人の対巨大ゴーレム騎士攻略戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

「来い、〝比翼鳥(ひよくどり)〟、〝 双子夜刀(ふたごやと)〟。」

 

 巨大ゴーレム騎士が起動するギリギリの範囲外まで近づいた社は、次いで2体の式神を呼び出した。その内の〝比翼鳥(ひよくどり)〟は2体に分裂すると、それぞれ社とアルに1体ずつ取り憑いた。

 

《それじゃあ妹さん、手筈通りに。3、2、1ーーー行け!》

 

《ッーーー!》

 

 〝比翼鳥(ひよくどり)〟越しに伝わるカウントを聞いて、社とアル、そして〝 双子夜刀(ふたごやと)〟で生み出した社の分身が、3方向からゴーレムの射程範囲内へと同時に走り出す。その直後、反応を検知した巨大ゴーレムが起動、侵入者を迎撃すべく巨大剣を叩き付ける。

 

《ッアッブな!?》

 

《無理すんなよ妹さん!君はまだ無理に近寄らなくて良い!直ぐに此奴の敵対心(ヘイト)が俺の分身に向く筈だ!》

 

 鈍重そうな見た目とは裏腹に高速で振われる巨体剣を、強化された身体能力でかわしていく2人(と分身)。だが、時が経つに連れて、ほぼ平等だった攻撃の頻度が、徐々に社の分身へと偏ってくる。

 

《やっぱり、出口の扉に近づこうとする奴を優先的に攻撃して来るわけだ!妹さん、隙を見て剣を攻撃!》

 

 比翼鳥越しに指示を出しつつ、向かってくる2本の巨体剣を避け続ける社は、最前線にいる己の分身に目を向ける。アルが目覚める前、ゴーレムの威力偵察をしていた社は、ゴーレムの攻撃頻度に若干のムラがある事に気付いた。その後、幾度かの検証を得た結果、「出口に近い対象程、攻撃が苛烈になるのでは?」と仮説を立てたのだ。今現在、最も出口の扉に近い分身が優先して攻撃されているのを見るに、推測は当たっていたらしい。

 

 〝 式神調(しきがみしらべ)〟 で全10種居る式神の内の1体である〝 双子夜刀(ふたごやと)〟の能力は『呪力を消費して実体のある分身を生み出す』事。分身は1体だけしか呼べず、『術式』も使用不可。それに加えて分身自体が半透明の水色をしている為、本物との見分けも簡単で知性有る相手に囮として使うのも難しい。しかし、それら全ての欠点を覆す程の価値が今の〝 双子夜刀(ふたごやと)〟にはあった。

 

《なんか、分身なのに、アタシより余裕、無いッスか!?》

 

《そりゃ、『呪力』を込めればそれだけ強くなるからね。最高値は俺の8割強*1だし。》

 

《ハァ〜〜〜!?やってらんねぇんスケド!!!》

 

《結構地が出て来たね妹さん。キレ方ヤンキーかな?》

 

 投げやり気味に叫ぶアルだが無理もあるまい。何せ分身は交互に迫る3()()()巨大剣を、避けるだけとは言え難無く熟しているのだから。最も、アルも1本だけとは言え、器用に回避しつつ武器にカウンターを入れていた為、一概に何方(どちら)が凄いと比較は出来ない。

 

「こ、のぉっ、良い加減、折れろッ!」

 

「オ、ラァッ!」

 

 バキキィッ!!

 

 裂帛の気合いと共に振るわれた蹴撃と〝流雲(りゅううん)〟が、巨大ゴーレム騎士の振るっていた巨体剣を打ち砕いた。半ば程から折られた刀身が、クルクルと宙を回転しながら地面に突き刺さる。しかし、何もしなければ10秒もしない内に再び元通りになってしまうだろう。

 

《今だ、妹さん!()()()()()()()()()()()!》

 

《了解ッス!》

 

 だが、それをいちいち待ってやる社達では無い。叩き折った刀身を割り抜く程に強化した握力で引き抜いた社とアルが、そのまま巨大ゴーレム目掛けて全力で投げつけたのだ。狙いは、折れた剣を持つゴーレムの腕関節。

 

 ズドォォン!!

 

 轟音と共に、社とアルが放った刀身が巨大ゴーレムに突き刺さった。狙い通り折れた刀身は関節に突き刺さり、背後の壁まで貫いてゴーレムを縫い留めている。何とか剣の刺さった腕を動かそうと巨大ゴーレムが足掻くが、かなり深く食い込んでいるらしくビクともしない。

 

《ヨッシ!アレなら再生出来ないッスよね!》

 

《ヘタにゴーレムの材料が特別なのが仇になったな。》

 

 巨大ゴーレム騎士に使われている鉱石は〝感応石〟と比べ非常に頑丈な物らしく、元から高ステータスの社や『縛り』で超強化(ブースト)した上で魔力・『呪力』の2重強化をしているアルでも破壊するのに手間取っていた。だからこそ、部屋に使われている〝感応石〟を使った補修をせず、時を巻き戻す様な特殊な修復を行っていたのだろう。直す筈の刀身が腕に突き刺さっている現状では、それが完全に裏目に出ていた。

 

《それじゃ、この調子で他の剣もーーー》

 

 ガコンッ!ガコンッ!

 

《折る・・・へ?腕が取れた?》

 

《自分で分離(パージ)したのか?》

 

 腕2本の無力化に成功し、このまま一気に押し切ろうとする社とアル。だが、そんな2人の出鼻を挫く様に、巨大ゴーレム騎士が縫い留められていた腕を2つとも切り離した。と言っても、無理矢理力づくで引きちぎったのでは無く、最初から分離(パージ)機能が付いていたかの様なスムーズな動きだ。

 

 バチバチバチバチ!!

 

《なーんか、どっかで見た事ある様な反応な気がスンのはアタシの気の所為ッスかね。》

 

《いいや、俺にも見覚えあるね。奈落の底で毎日の様に見てたんだ、間違う訳が無い。・・・この音と光、()()()()だ。2重強化は負担デカイだろうけど、そのまま何時でも動ける様に構えてな、妹さん。》

 

 邪魔な腕を切り離した巨大ゴーレム騎士の変化は更に続く。左右に2本ずつ残っていた筈の腕が重なる様に密着すると、どこか覚えのある光と音を放ち始めた。重なった腕は徐々に融けだすと、握っていた剣ごと癒着する様に1つに成っていく。そのまま十数秒が経過し光と音が止んだ後には、丸々腕2本分太く頑健になった1対の腕と、全長20m強の巨大双剣が姿を表した。特に変化が顕著なのは巨大双剣で、核から直接魔力で強化されてるのか、薄らと魔力光を纏っていた。

 

 (ザン)ッ!!!

 

《・・・宮守サン、式神ってどのくらいのヤツ作ったんスか?》

 

《変形前のゴーレム相手に、回避優先なら結構保つくらい。具体的には7割強位のやつ。》

 

《・・・何か、1発で消し飛んだッスケド。》

 

《そう見えた?奇遇だね、俺もだ。》

 

 風を切り裂く等と言う表現が生易しく感じる程の、最早振るった剣圧だけで人が死んでもおかしく無い程の速さで巨体剣が振るわれた。狙われた式神が辛うじて反応し防御体勢を取ろうとするも、抵抗虚しく一刀の下切り捨てられた。余りの剣速に纏っていた魔力の光が追い付かず、剣の軌跡に尾を引く様に余韻を残す姿は、一周回って幻想的にすら見える。

 

「ーーー撤収!」

 

「ガ、合点(ガッテン)!」

 

 式神の散り様を見て間髪入れずに大声で戦略的撤退の指示を出した社。その声に釣られハッとしたアルも直ぐ様反転して駆け出した。両者共に比翼鳥の通信機能が頭から抜け落ちている辺り、如何に巨大ゴーレム騎士の変貌が予想外かを物語っている。

 

《取り敢えず、ゴーレムの反応する距離の外まで退避!後の事はそれから考えようか、妹さん!》

 

《分かッーーー何かそのゴーレムが範囲内(ライン)ブッチしてこっち来てんデスケドォ!?》

 

《デスヨネー!知ってたよチクショウ!》

 

 背後を確認したアルの驚愕を比翼鳥越しに受け取り、ヤケクソ気味に毒を吐く社だが、先程のゴーレムの変身程には動揺していない。古今東西、現実(リアル)だろうが創作(フィクション)だろうが第2形態になると理不尽さが増すのはお約束である。ハジメや幸利に存分に染められたとも言えるだろうが。

 

 恐らく、最初の形態もその気になれば自由に部屋の中を動けた筈だ。それを態々制限として儲けたのは、「範囲外に逃げれば大丈夫」と考える攻略者の不意を撃つ為だろう。つくづくミレディの思考は腐っていたのだと思わざるを得ない。

 

《チッ、面倒だがやるしか無いか!》

 

《ヘ!?何か妙案が!?》

 

《無い!だけど、逃げ回っても埒が開かないし、何より壁際まで追い込まれたら本当に逃げ場が無くなる!なら、少しでも開けた場所で逃げ道を確保した上で迎え撃つ!俺が双剣を押さえ込むから、妹さんは隙を見て胴体に駆け上がれ!》

 

 アルの返事を待たずに社は反転、迫り来る巨大ゴーレム騎士に真っ向から相対する事になる。30m強の巨体が一直線に向かってくる光景は、心臓が弱い者ならそれだけで息絶えそうな程の迫力に満ちている。にも関わらず、殆ど無音の状態で移動して来るのだから、そのチグハグさが返って恐怖を生み出していた。

 

「また、俺に力を貸してくれ、■■ちゃん。ーーー〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟!」

 

 だが、今更そんなものに尻込みする社では無い。双子夜刀と入れ違う様に影鰐を呼び出した社は、影から指輪と日本刀を取り出すと遂に切り札を切る。ハジメとユエから「緊急時以外は使わないで欲しい」と言われた禁忌の力を、「今がその時である」と社は躊躇いも無く発動する。

 

 直後、指輪と日本刀が宙に溶け込む様に消え、何処からとも無く現れた汚泥の如き『呪力』が、社の身体を球状に満遍無く包み込んだ。グネグネと痙攣するスライムを思わせる有り様は、側から見れば意思を持った『呪力』が社を念入りに味わいながら咀嚼(そしゃく)している様にも見えた。

 

 だが、その変化をゴーレムが悠長に待ってくれるはずも無い。社に狙いを定めた巨大ゴーレム騎士は、既に巨大剣を振り上げている。もう幾許(いくばく)も猶予は無く、社は未だ(まゆ)の様に得体の知れない『呪力』に包まれたままだ。

 

 (ザン)ッ!!!

 

「ーーー〝瞬光〟」

 

 そして遂に巨大剣が振り下ろされる直前、全身を■■の『呪力』で覆われた社が〝瞬光〟を発動。視界に映る全てがモノクロに包まれ、あらゆる動きが緩慢で緩やかな速さになる中、社だけが平常通りに動き出す。

 

 ゆっくりと、しかし確かに社を斬るべく振り下ろされる巨体剣を見据え、社は静かに構えを取る。丈形態の流雲を刀代わりに、黒く濁った手甲を纏う両手で、灰色に染まった顔の横まで掲げる様に持つ。音に聞く次元流、その中でも一際有名な〝蜻蛉(とんぼ)の構え〟に酷似した一撃必殺の装いでもって、社は巨体を迎え撃つ。

 

「八重樫流・体捨(たいしゃ)ノ型・崩しーーー」

 

 今から放つ技をあえて口にする事により、社は『動作の直前に技名を口にする』『縛り』を己に課す。嘘を吐いたところで技の威力が下がる訳では無い代わりに、劇的な威力(リターン)も望めない、言わば初心者向けの『縛り』。だが今回はそれに加えて『技名と異なる動きをした場合、1分間行動不能になる』縛りを追加した。

 

 この場で1分間何も出来ないのは、自殺と変わらない。■■と交わした『他者間の縛り』に出来るだけ抵触せず、それでいて命を賭けるに等しい重さを持たせる事にした、言わば抜け道の様な『縛り』。家族を守る力を得る為に、命を賭けると決めたのは弟子(アル)の意思だ。だが、その方法を教えたのは間違い無く師匠(やしろ)でもある。故に、アルの覚悟を無駄にはしないと、己も命を賭けるべきだと社は判断したのだ。

 

 擬似的に命を賭けた『縛り』を課した社だが、しかしその身体から立ち昇る『呪力』量はおろか、魔力量にすら変化は見られ無い。それもその筈、社が求めたのは『呪力』の強化では無く『呪力操作』精度の向上だ。〝憑依装殻(ひょういそうかく)〟による『呪力』の操作精度上昇に加え、命懸けの『縛り』による更なる補正(ブースト)。そして何より、()()()()()1()()()()は既に突破(クリア)済みだ。此処までお膳立てをされて、黒い火花が微笑まない筈が無い。

 

「ーーー〝雲耀衝(うんようしょう)〟!!」

 

 「『黒閃』を狙って出せる術師は存在しない」と言う定説を真っ向から嘲笑うかの様に、黒い火花が異世界で再度咲き誇った。振り下ろした流雲と巨体剣が衝突すると同時に轟音、一拍遅れて衝撃波が周囲に飛び散り、黒き閃光が辺りを染め上げるかの様に広がりーーー巨大ゴーレム騎士の巨体剣の根元までヒビが入ると、ガラスの様に砕け散った。

 

(いよっし!後はもう1本を叩き割ったら、2人掛かりでーーー。)

 

 流雲に傷が無いことを素早く確認した社は、残心を解かずに巨大ゴーレム騎士からの弍ノ太刀を警戒する。予想通り、ゴーレムはもう片方の巨体剣を振り下ろそうとしていた。だが、それは社に対してでは無い。社より前に出ていた、アルに向けてだ。予想外の事態に目を丸くする社。

 

《何してんの妹さん!?》

 

《アタシの『術式』でトドメ刺すんスよね?仮に宮守サンが双剣砕いたとしても、即直されたら意味無いし。中途半端に近寄ってたらそれこそアタシがヤバイッス。だったら、アタシが1本折る前提で最初からゴーレムに近寄ってる方が上手くいく!》

 

《そりゃ正論(そう)だけど無茶だろ!?大体、魔力と『呪力』の2重強化でもう身体ボロボローーー・・・?》

 

 確かにアルの言葉は正しいが、それは蛮勇を許容する理由にはならない。無理無茶無謀を通すのは、本当に最後の最後であるべきだろう。アルの元に駆け寄りながら説得を試みる社だが、既に巨体剣は振り下ろされていて間に合いそうには無い。軌道を少しでも逸らすべく、巨体剣に流雲を投げ込もうとした社だが、ふと奇妙な違和感を抱く。

 

《大丈夫ッス、勝算はちゃんと有るんで。だから宮守サン、()()()()()()()()()()()()()()()()。》

 

 違和感の正体には直ぐに気付いた。〝瞬光〟を発動中にも関わらず、社の視界に映るアルの動きーーー正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも、その精度が尋常では無い領域(レベル)だ。何時も通りどころの話では無い、社がアルと出会ってから過去最高と言って良い程に上達している。

 

(比翼鳥越しに〝瞬光〟の知覚機能の強化と拡大(スローモーション)を共有しているのか!でもそれで『呪力操作』がいきなり上手くなるとはーーーまさか。)

 

 奈落の底での実験中に、ハジメやユエに対して比翼鳥による〝瞬光〟の部分的な共有が出来たのは確認済みだ。それ故、アルに同じ事が出来ても不思議では無い。だが、それが目の前の現象に繋がるかと言われれば、首を傾げざるを得ないだろう。だからこそ、社の脳裏に浮かび上がったのは、全く想定していなかった別の1つの可能性。

 

 呪術師の成長曲線は、必ずしも緩やかでは無い。確かな土壌と、一握りのセンスと、想像力。後は些細なキッカケで人は変わる。だが、アルが持っていたのは、人よりも優れた、しかしそれ以上に歪な『呪力(ちから)』と『術式(さいのう)』だけだった。

 

「フーーー・・・。」

 

 大きく息を吐き『呪力』と魔力を等しく身体に巡らせるアル。人の成長は時に花に例えられる事がある。人の才能が開いた姿が、花が美しく咲くのに似ているのも理由の1つだろう。だがそれ以上に、人の才能も花も多様な条件が必要でありながら、どれか1つでも欠ければ育たない場合があるからだ。

 

 アルと言う術師(はな)には確かな土壌(けいけん)も、『呪力(ちから)』に対する理解も、『術式(さいのう)』に対する想像力も、何かもが足りていなかった。しかし、もし仮にそれらを十二分に満たせたのであれば。アルの『呪術師』としての才能は、何時花開いてもおかしく無い程に優れた物でもあった。

 

 軸足である左足を前に、振り抜く為の右足を後ろに置いた構えは、実に分かりやすい蹴りの体勢。迫り来る巨体剣は、迎撃に失敗すれば今度こそアルを殺すだろう。それこそ、雑草の命を容易く刈り取る鎌の如き気軽さで。それでも、アルの心は凪いでいる。不必要な恐怖(おもい)は、全て必要な『呪力(ちから)』に変えたから。

 

 全身に巡らせていた『呪力』と魔力を一気に下半身に収束させたアルは、迷わずに右足を蹴り上げる。狙いは、今まさに自らを排除(ころ)すべく振るわれたゴーレムの巨体剣。この部屋に来る前なら、きっと為す術無く敗れていただろう、文字通り恐るべき1撃。だが、今は違う。もう、花開く条件は全て揃った。

 

 僅かな間で、しかし確かに積み上げた土壌(けいけん)。荒削りながらも必死に磨き上げた感覚(センス)。『呪力(ちから)』に対する理解と、『術式(さいのう)』に対する想像力。偶然の産物である〝瞬光〟の部分的な共有。そして誰もが予想してなかった、本当の想定外(イレギュラー)ーーー今尚比翼鳥を通して感じる、()()()()()()()()()()()()()()。これら全てを得て何も変わらない程、アルは非才では無かった。

 

「折れろォォォォ!!!!!」

 

【黒 閃】

 

 異世界から来た『術師(やしろ)』では無い、正真正銘この世界(トータス)で産まれた『術師(アル)』の誕生を祝うかの様に。黒き閃光が闇夜を美しく飾る花火の様に咲き誇った。拮抗は一瞬、約2.5乗まで超強化された蹴撃(けり)が、アルの体長を遥かに超えた巨体剣を見事に砕き切った。

 

 ズドン!!

 

 直後、何かを撃ち貫く様な音と共に、双剣を折られたゴーレムの巨体がよろめいた。アルが音のした方を見ると、ゴーレムの胸元に丈形態の流雲が突き刺さっている。アルが『黒閃』を決めた後、社が間髪入れずに投げ込んだのだ。

 

《妹さん!》

 

《ーー!了解!》

 

 比翼鳥を通して瞬時に伝わる社の思考。それを読み取ったアルは、即座に次の行動に移る。武器の修復も別の何かをする猶予も時間も与えずに、ゴーレムを今此処で(ころ)し切るために。痛みに悲鳴を上げる身体を無視して、全速力でアルが向かうのはゴーレムーーーでは無く、何故か蹴りの構えを取っている社の居る方向。

 

《 《せーぇのぉ!!》 》

 

 比翼鳥越しに掛け声を合わせた2人が、同時に動き出す。構えていた社が繰り出したのは、腰の入った鋭い回し蹴り。本来ならば何も無い空を切る筈の1撃に、社に向けて跳躍したアルが完璧なタイミングで飛び乗った。両者共に『黒閃』を決めた直後、比翼鳥で意識・思考を最高深度まで同調した上で、120%の潜在能力(ポテンシャル)を引き出したからこそ出来る芸当。即席の大砲と化した社がアルと言う砲弾を全力で蹴り撃つ、正真正銘の荒技。

 

 ズドンッ!!!!!

 

 部屋に響いたのは今日1番の大轟音。巨大ゴーレムの胸元に向けて放たれた砲弾(アル)のドロップキックが見事に命中した。余りの衝撃に空を浮いていた巨大ゴーレムの身体が大きく傾き、世界最高硬度(アザンチウム)の装甲には大きなヒビが入っている。そして、その隙間からハッキリと、ゴーレムの核が顔を覗かせた。

 

《核見っけ!サッサと砕いてーーー鎧直んのハッヤ!?》

 

 だが、それも一瞬の事。露出した核を覆う様に、砕いた鎧の傷が再び塞がろうとしていた。要となる心臓部を守る場所なのだから、他よりも優先して直る様になっているのかも知れない。(いずれ)にせよ、数秒もしない内に核は再び隠れてしまうだろう。だが、社もアルも落ち着いている。核に近づけた時点で、既に勝ちは確定していたからだ。

 

《やれるよな?妹さん。》

 

《モチロン。》

 

 短い応答の後。ゴーレムに突き刺さっていた流雲を足場にしたアルが、直っていく鎧の隙間に躊躇無く手を突っ込んだ。勿論、核には触れないどころか擦りさえしない。ともすれば、このまま鎧の修復に巻き込まれ、最悪取り込まれてしまうだろう。だが、それで良い。アルの『術式』は、この距離ならば確実に逃がさない。

 

「全部、アタシに寄越(ヨコ)せぇぇぇーーー!!」

 

 〝術式順転・(どん)

 

 アルの叫びと共に塞がる筈だった鎧のヒビから、目も眩む程の魔力光が放たれる。と同時、ゴーレム内部に存在していた膨大な魔力が()()した。巨大ゴーレム騎士の全身を巡り動かしていた魔力(けつえき)が、無理矢理(しんぞう)へと集められていき、アルの腕を通して根刮ぎ奪われていく。

 

 〝魔力の強奪〟と言う制作者達さえも予想出来なかった突破法に、今まで機械的な反応しか見せなかったゴーレムが無秩序に暴れ出した。恐らくゴーレム自身も身体の操作が覚束無いのだろう。アルを振り払う様に腕を振り回す姿は、出来損ないの人形劇を思わせた。

 

《もうちょい、もうちょいで全部ーーー。》

 

 後僅か、ほんの数秒も有れば全ての魔力を奪い尽くせる。そこまで来たアルを叩きのめす様に、巨大ゴーレム騎士の手が迫る。身体の自由が効かない現状を打開すべく、暴れたゴーレムの悪足掻きの1撃。幾ら強化しているとは言え、今のアルに当たれば重傷は免れない。だが、それが分かっているにも関わらず、アルはその場で『術式』を発動し続けている。それはやけっぱちでも、気付いていないのでも無い。比翼鳥から伝わる意志を、信じているからこその選択。

 

「残念、そいつはやらせない。」

 

 『術式』を使い続けるアルの盾となる様に、〝岐亀〟の結界を足場とした社が、迫るゴーレム騎士の掌を殴り飛ばした。『黒閃』直後、〝憑依装殻〟でステータスを強化した今の社であれば、この程度ならば造作も無い。そして。

 

 ズズゥゥン!!

 

 アルにより全ての魔力を奪い尽くされた巨大ゴーレム騎士は、操り糸が切れた様にゆっくりと地面に堕ちたのであった。

*1
社の現在のスペックならば理論上、魔力を除いたステータスが凡そ10000越え、魔力も5000近くの分身を出せる。勇者涙目である。




色々解説
・アルについて
実はハウリアを巻き込んだり(ハウリアに)忌避されるのを酷く恐れていただけで、敵をぶっ殺す事自体には特に罪悪感を覚えていなかった系ガール。ハジメが帝国兵を虐殺した際も「アタシにも力があればこんな風に戦えるのかなー」とか思ってただけで、別段帝国兵の末路にはカケラも興味無かった。恐らく、ハウリアが心身共に戦える様になった事を最も喜んでいる人物。今回の1件でキッチリ覚悟決めて『術式』も掌握したので、今後は帝国&家族に手を出す奴ら絶対コロス系ガールにジョブチェンジする。

・八重樫流剣術〝体捨ノ型・崩し・雲耀衝〟
本作オリジナルの剣術。体捨ノ型は八重樫流に於いて、防御を考え無い(良く言えば攻撃偏重、悪く言えば捨て身の)構え・及び技の総称。本来は刀を使うので崩しの一文は入らず、名前も雲耀()になる。名前の由来はタイ捨流から。

・〝比翼鳥〟
トータスに来る前からチートだった式神その1。比翼鳥を他の『呪術師』との間で使ったまま『黒閃』を決めた事が無かった為、『呪力』の核心に触れた感覚すらも伝わる事を社は知らなかった。片方が『黒閃』決めればもう片方も確変入るので、敵から見ればまぁまぁ糞ゲーになる。最も、タイマンでは使い道皆無の為、万能では無い。

・〝双子夜刀〟
トータスに来た後にチートになった式神その1。トータスに来る前なら精々2級呪霊を何とか祓える程度の分身しか作れなかったのに、こっちに来て社の元々の肉体強度が上昇したので、比例する様に分身も強くなった。挙句消費『呪力』は据え置きなので、此方もやっぱり敵にとっては糞ゲー待った無し。ナルトで言うガイ先生やリーみたいな体術特化型が影分身したらヤバいよね、を地で行く式神。呪術廻戦本編の過去編に出て来た『本体と入れ替わる分身を複数作る術式』の完全下位互換ではある。


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53.異世界より⑦

2章最終話前編。これから章の終わりは日記風になるかも


 ■月◇日

 

 いやぁ、ライセン大迷宮は強敵でしたね。・・・いや、ネタ抜きでクッソ怠かったので、正直もう2度と行きたくはない。攻略に掛かった日数はオルクス大迷宮の半分未満の筈だが、精神的な疲労は比べ物にならないくらいライセン大迷宮の方が酷かった。案の定ミレディの野郎も生きてたし、余程の事が無い限り再び足を踏み入れる事は無いだろう。・・・無いよね?フラグ立って無いよね?

 

 さて、今現在俺達が居るのは、ブルックの町にある〝マサカの宿〟。ライセン大迷宮へ挑む前に泊まったのと同じ場所に宿泊している。迷宮内で逸れたハジメ達とも無事に合流し、誰1人欠ける事無く全員が新たな〝神代魔法〟を手に入れる事が出来たので、結果だけを見れば正に文句無しであると言えよう。

 

 迷宮攻略中、最深部まで後1歩と言うところで俺はハジメ達と分断させられ、別の部屋(ミレディ曰く〝オシオキ部屋〟)に飛ばされてしまった。その後、部屋の守護者たる巨大ゴーレム騎士を、何故か一緒に着いて来た妹さんと共に撃破した俺は部屋を脱出(因みに出口は一見壁にしか見え無い箇所が開いた。ゴーレムが守っていたのはダミーだった。Fu◯k)。その先で待っていたのは、爆心地かと思われる程に荒れ果てた部屋(後で聞いたところ、脱出際にハジメが手榴弾投げたらしい。GJ)と、そこを泣く泣く掃除する小型のゴーレムーーーミレディ・ライセンその人だった。

 

 詳しい原理は分からんが、ミレディは自分の魂をゴーレムに移し替えて生き延びていたらしい。恐らく〝神代魔法〟に魂かそれに準ずる物質に干渉する魔法が有るのだろう。残念ながら今回手に入ったのは〝重力魔法〟であり、俺自身の適性も皆無だったが、もし目当ての〝神代魔法〟が手に入ったのなら、きっと怨霊化した■■ちゃんにも干渉出来る筈。期待し過ぎるのも不味いと頭では分かってるが、希望が見えた今やはり気合いも一入(ひとしお)と言うものだろう。

 

 と、〝神代魔法〟の継承も無事に完了し、諸々の説明を受け終えた俺はそんな事を考えていたのだが、ふとミレディが此方(こちら)をジッと見ている事に気付いた。今までの様なふざけた所作(しょさ)では無い、真剣な眼差しで此方を観察する様子を見兼ねた俺がミレディに用件を聞くと、彼女から「貴方から感じていた色濃い死の気配が消えている。一体、何をしたの?」と言われた。

 

 無論、全く身に覚えが無ーーーい訳でも無かったので、取り敢えず詳細を聞いたところ、どうやらミレディから見た俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。何でもミレディは〝解放者〟になる前に処刑人をやっていたらしく、そう言った気配にはとても敏感なのだとか。俺を〝オシオキ部屋〟に送ったのもそれが理由らしいが、どう言う訳か今はその気配を感じないらしく、故に困惑しつつも直接俺に聞いたらしい。

 

 あくまでもミレディの主観である為断言は出来ないが、気配の持ち主は恐らく■■ちゃんだろう。元々、■■ちゃんの気配は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様になっていた。これは■■ちゃんが俺に取り憑いてからずっと変わらない法則(ルール)の1つであり、特に俺の身内や友人等の近しい人間に対しては違和感すら持たれない程だ。ハジメ達はまだしも歴戦の術師である祖父さんすら、■■ちゃんが顕現するまで気配を全く感じ取れなかったのだから、その精度はかなりのものだろう。ミレディが今現在■■ちゃんの気配を感じ取れないのは、俺のミレディに対する認識が敵から中立の存在へと変わったからで説明はつく。

 

 最も、何故こんな仕様になっているのかは分からない。恐らく■■ちゃんが俺に取り憑いた際、俺と■■ちゃんの間で結んだ複数の『縛り』が原因なのだろうが・・・肝心の俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。俺が覚えていたのは「目の前で事故死した■■ちゃんが怨霊化した事」、「■■ちゃんと俺の間で複数の『縛り』を結んだ事」、「結んだ『縛り』を元に■■ちゃんが俺に取り憑いた事」の3つだけだったのだから。

 

 記憶が欠落しているのは、■■ちゃんとの他者間の『縛り』の影響だろう。『縛り』の内容は恐らく『結んだ縛りの詳細を記憶出来ない』辺りだろうか。〝詳細を記憶から消した上で、複数の『縛り』を破らない様に守り続ける〟。我が事ながら全く持って正気の沙汰では無いと思うが、しかしここまでしなければならない理由にも心当たりはあった。

 

 以前日記にも記したとは思うが、ウチの家系には時たま何がしかの依代に特化した子が産まれる場合がある。それは俺自身も例外では無く、俺の場合は()()()()()()宿()()()()()()()()()()()としての資質を有している。この資質のおかげで、人並外れた膂力やら頑健さやら『呪い』への耐性やらを持ってる他、『呪力反転』や『術式反転』等の(プラス)の『呪力』の扱いが上手かったりするのだが、この体質は怨霊と化した■■ちゃんとの相性は最悪である。これに加えて、恐らく幼少の俺は「家族に迷惑を掛けたくない」「怨霊となった■■ちゃんに俺の家族を傷つけて欲しくない」等の都合の良い欲望(ねがい)を『縛り』に幾つも盛り込んだだろう。記憶は無いが俺の事だから、後先考えずそれ位やるのは目に見えてる。その結果、無駄にハイリスク且つ詳細不明な数多の『縛り』と特大の『呪い』で雁字搦めになった現状に繋がるわけだ。いや、微塵も後悔して無いから良いんだけど。10年近く刀に『呪い』を移し続けてるのに、一向に終わりは見えないけどな!

 

 閑話休題(話が逸れた)、取り敢えずその辺りの事情をミレディに簡単に説明した後、折角なのでこの世界に於ける『呪術』に対する認識を聞いてみたところ、何と〝解放者〟達が生きていた時代には極々少数ながら似た様な力を使う者も居たらしい。最も、誰一人例外無く〝神の使徒〟に優先的に狩られてしまったとも言っていたが。理由は分からないが、エヒト神にとって『呪力』持ちは大層都合が悪い存在らしい。最悪、この世界を脱出する前にクソ神の抹殺を視野に入れるべきかも知れない。

 

 と、まぁそんなこんなで大体の説明が終わって、ミレディから「伝えるべき事は君達の仲間にも伝えたし、迷宮の外に送ってあげる」との申し出があった直後。俺は抜き身の〝天祓(あまはらい)〟をゴーレムミレディに向けた。かなり突拍子も無い事をした自覚はあったが、どうしても今此処でミレディ本人に問い(ただ)さなければならない事があったからだ。

 

 俺の突然の凶行に慌てる妹さんとは対照的に、ミレディは落ち着いたまま悪意を向けるでも無く何のつもりか聞いてきた。今にして思えば、ミレディ自身も何を聞かれるか分かっていたのでは無いだろうか。動じないミレディに俺が投げた問いは実に単純(シンプル)。「もしこの世界の人達がエヒト神に扇動され俺達の敵になった時、俺は彼等を躊躇無く殺すだろう。その時に、貴女はどうする?」と言うものだ。これだけはどうしても、ミレディ本人の口から答えを貰わねばならなかったから。

 

 近い将来、俺達は聖教教会から神敵、或いは異端認定されるだろう。それ自体は避けられないだろうからまだ良い。問題はそれを信じて俺達に向かってくる信者達だ。この際、そいつらが善人だとか悪人だとかは関係無い。俺にとって大事なのは身内・友人であり、理不尽な異世界の事情や他人に忖度する気もさらさら無いので、例え鏖殺したとして心は痛まない。痛まないのだが・・・その結果ミレディがどう出るかは未知数だった。

 

 俺は〝解放者〟達が何を思って七大迷宮を遺したのか、上辺だけの理由でしか知らない。守るべき人々に裏切られて尚、この世界の為に尽くそうとしたであろう彼等彼女等の気持ちを、きっと俺は理解出来ても納得は出来ないだろう。俺が〝解放者〟の立場なら仲間を討たれた時点で、扇動された人々も敵だと断じていただろうしな。そしてそれはミレディ達も同じだろう。「守るべき人々に罪は無い、力を振るう訳にはいかない」と散っていった〝解放者〟達にとって、俺の考えは乱暴且つ幼稚に映る筈だ。無論、どっちが正しい等と比較しようも無いが、だからこそ相容れないだろう。それこそ、今此処でミレディとの殺し合いが始まってもおかしくない程には。

 

 俺の問い掛けから数十秒が経過した後。最初に沈黙を破ったのはミレディだった。返ってきた答えは「君達の思うままにすると良いよ」と言うもの。想定通りと言えば良いか、予想外と言えば良いか。そう答えるんじゃないかと予想しつつも、何故だと思わずにはいられない答え。俺のやり方は〝解放者〟達の努力を台無しにしかねない筈なのに。

 

 困惑しつつも構えを解かない俺を見かねたのか、ミレディは「世界を変えられず後世に託すしか無かった私達が、今を生きる君達の邪魔をする事は出来ない」と答えた。それがミレディの本心から出たのか、若しくは唯の建前で他にそうするだけの理由があるかは分からなかった。だが、その後俺と『宮守社とその仲間達の邪魔をミレディは直接・間接問わずしない』と言う他者間の『縛り』を躊躇無く結んでいたので、少なくとも嘘は無いのだろう。・・・こうして日記を書いている今も、ミレディの考えは理解出来ても納得は出来ないし、真似するつもりも毛頭無い。だが、誰かの為に世界を良くしようとした〝解放者(ひとたち)〟が居た事を、頭の片隅で覚えていても良いのかも知れない。

 

 唯、その直後に「湿気(しけ)った雰囲気はミレディちゃん苦手だから、換気も兼ねて水に流しちゃお〜☆」とかほざいて俺と妹さんを無理矢理退出させたのはまじ許さんからな。いや、悪意も全く感知出来なかったから、100%照れ隠しの可能性もあるが。流される寸前腹いせに〝木霊兎(こだまうさぎ)〟+震脚(しんきゃく)のコンボで床を壮大に踏み砕いてやったので、今頃あの部屋は浸水しているだろうけどな!幾らゴーレムと言えど水浸しの寝床は辛かろうフハハハ。

 

 と、まあ、そんな感じでライセン大迷宮をウォータースライダー宜しく排出された俺と妹さんは、地下水脈を経由してブルックの町から1日程離れた泉の(ほとり)まで流れ着き、同じ様に流されていたハジメ達と合流。偶々通り掛かっていたクリスタベルさん率いる冒険者達の馬車に相乗りさせて貰い今に至る訳だ。ハジメ達と合流して最初に目にしたのが、ハジメと姉ウサギさんのフレンチ・キス(誤用にあらず)だったのは呆然としたが。やりおるな、姉ウサギさん。後、妹さんがその光景をガン見してたのには笑った。ムッツリ姉妹かな?

 

 後々話を聞いてみたところ、大迷宮から排水中に姉ウサギさんが溺れてしまい、ハジメが止む無く人工呼吸したのをキスされたと勘違いしたらしい。此方の世界には救命行為的な概念は無いのか。まぁ、ハジメも本当に嫌なら人工呼吸なんてしないだろうし、姉ウサギさんも迷宮攻略に大分貢献したとの事なので、それ位のご褒美はあっても良いのでは無かろうか。・・・実際の所、心肺停止状態で最も重要なのは心臓マッサージであり、人工呼吸は感染症の観点からすると必ずしも必須では無いのだが。武士の情けでハジメには黙っといてやろう。

 

 積もる話もそこそこ有ったのだが、皆疲労が溜まっていたので明日以降に持ち越しとなった。残りの大迷宮は後5つ。出来れば精神的に疲れない試練だと良いんだが。

 

 

 

 ■月☆日 ブルックの町 滞在初日

 

 ブルックの町に滞在してから一夜明け、今後の方針を話し合った結果、俺達は諸々の事情から1週間程この町に滞在する事になった。以下にその理由を纏める。

 

 ① ハジメの武器・弾薬補充&新たな兵器開発

 ②〝重力魔法〟の習熟

 ③シアさん及びアルさんの戦闘訓練

 

 以上、3点である。俺が直接関わるのは③位であるが、それ以外にもやる事はある為、備忘録(メモ)代わりに日記に記しておく事としよう。

 

 まず①について。これは単純にハジメが迷宮攻略に使用した弾薬やら手榴弾やらの消耗品を、時間がある内に製作・補充しておこうと言うものだ。ハジメの場合、事前準備に費やした物量と時間がそのまま火力に繋がる為、こういった作業を怠る訳にはいかない。

 

 それに、何時でも作業時間が取れるとも限らない。ミレディから他の大迷宮の所在地を聞いていた俺達は、次の目的地を【グリューエン大砂漠】にある大迷宮【グリューエン大火山】に定めた。試練内容までは推察出来ないものの、砂漠に火山と過酷な環境である事は間違いなく、そんな場所で悠長に精密作業が出来る訳も無い。

 

 よって、比較的時間と場所(場所についてはキャサリンさんの好意でギルドの1室を間借り出来た。)に余裕のある今の内に物資を補充しつつ、新たなアーティファクトなんかも作ってしまえ、となった訳だ。物資が無いなら無いでどうにかするだろうが、有るに越した事も無いので必要経費だろう。ハジメの力には色々助けられてるしな。

 

 次、②について。正直、これについて俺が手を出せる事はほぼ無い。何故なら俺に〝重力魔法〟の適性が皆無だから。〝生成魔法〟を習得した時もお世辞にも適性があるとは言えなかったが、その時の比では無い。ミレディも「君も悲しいくらい適性無いねぇ〜」とかほざいてやがったので間違い無い。その後、「森人族ちゃんは魔力無いのに適性あるねぇ〜?宝の持ち腐れ?」と真顔で煽られた妹さんと共に、ミレディでサッカーしたのは記憶に新しい。サッカーしようぜ!お前ボールな!

 

 話を戻そう。結論から言えば、〝重力魔法〟に適性が有ったのはユエさんと妹さんの2名のみ。よって、習熟もこの2名が中心となり進める事となった。最も、〝重力魔法〟と他の魔法の組み合わせを模索するユエさんと、まず他者から魔力を受け取らなければならない妹さんでは、出発点(スタート)がまるで異なるが。

 

 因みに、俺とハジメと姉ウサギさんは仲良く適性皆無だったが、姉ウサギさんは体重の増減位は可能、ハジメは〝生成魔法〟で〝重力魔法〟の付与が可能との事。よって得た物が最も少ないのは俺だった。悲しみ。

 

 最も、ミレディは「適正に関係無く、全ての〝神代魔法〟を集めなさい」と言っていたが。真意は謎のままだが悪意は感じなかったので、恐らく善意からの助言だろう。性格の悪い善人とか1番どうしようもない気もするが。ヘタレでビビりだが善人(イイやつ)で、此処ぞと言う時はバッチリ決める幸利を見習え。奴は呪殺される筈だった3000人近い人間を救ったぞ。正直幸利の方が天之河より勇者に相応しいと思う。

 

 尚、ハジメが善人かは現在審議拒否である。今のところ座右の銘が見敵必殺!(サーチ&デストロイ)になってるし。何だかんだ身内判定入った人には優しいし、この世界では優しいだけでは生きていけないので、この変化も悪いものではないと思うけど。

 

 次、③について。これも内容としては単純で、今後の大迷宮攻略に向けてハウリア姉妹の鍛錬を継続して行おうと言うだけである。と言っても、俺達に着いてくるのは姉ウサギさんだけなので、妹さんはそのついでとなるが。妹さんは『術式』の掌握も無事に出来た事だし、ハウリアを守る分には充分過ぎる程に強くなったので、俺達について来る必要も無いだろう。この町でお別れとなるか、何なら俺達でフェアベルゲンに送り届けても良いしな。

 

 妹さんと言えば、彼女が己に課した『この場で何も出来ず、足手纏いのまま終わるなら死ぬ』『縛り』は無事に解かれていた。俺の助力込みとは言え、あの巨大ゴーレム騎士を倒したのは間違い無く妹さんだ。客観的に見てもそれは事実である為、『縛り』が達成されるのも納得ではある。

 

 正直な所、俺単独では巨大ゴーレム騎士を倒せなかったかと聞かれれば、Noと答えざるを得ないが・・・それでも大分楽が出来たのも事実だ。間違い無く、MVPは妹さんだろう。無論、その辺も込みで無茶な『縛り』も含めて、包み隠さず姉ウサギさんに経緯を伝えた訳だが。妹さんの無茶を聞いた涙目の姉ウサギさんからの説教を、気まずい表情で聞いていた妹さんは中々に印象的だった。尚、俺に助けを求める様な視線を向けていたのは無視(スルー)した。残念ながら庇ってはやれんよー。

 

 兎にも角にも、やるべき事が明確なのはありがたい事である。残り6日間、やれるだけの事をやろう。

 

 

 

 ■月δ日 ブルックの町 滞在3日目

 

 ブルックの町に滞在してから、期日である1週間も半ば折り返し地点に来ているが、基本的には順調に事が進んでいる。基本的には。

 

 いや、本当に準備自体は順調そのものである。ハジメの武器・弾薬補充&新兵器開発も滞り無く進んでいる様だし、ユエさんも〝重力魔法〟を掌握しつつあるし。ハウリア姉妹も精力的に訓練に取り組んでいるので、順風満帆と言って差し支え無い筈なのだ。・・・あくまでも、俺達の内情だけならば。問題はそれ以外、ブルックの街に生息している変態共にあった。

 

 この町に辿り着いてから今日に至るまで、俺達は多種多様な馬鹿共に絡まれっぱなしだった。姉ウサギさん→ハジメ←ユエさんと言う美少女2人を絡めた3角関係に興奮したのか、事あるごとに覗きを敢行するマサカの宿の看板娘(ソーナ嬢)。何故かハジメに向けて性的な意味で酷く好意的な目線を向けて迫る服飾店店主兼漢女、クリスタベル氏(♂)。以前の様にユエさんやハウリア姉妹に対してアプローチを掛けようとしたり、俺やハジメに彼女達を賭けた決闘を迫ろうとする男衆と、馬鹿と変態の見本市になっていた。

 

 まぁ、実害があったかと言われれば微妙だったけど。看板娘(ソーナ嬢)は俺かハジメが気付き次第、女将さんに突き出してお仕置きさせれば良い(ついでに宿代も負けてくれてラッキーだった)し、クリスタベル氏は俺には被害来ないし本気でハジメをどうこうしようとは思っていないだろう。多分。で、男衆に至っては数が多いだけの有象無象だったので、相手になる訳もなかった。ハジメも最初は無視してたけど余りにしつこいから、最終的には「決闘しろ!」のけの字も言い終わらない内に、相手の眉間をゴム弾で撃ち抜いていたしなー。

 

 俺もハジメみたいに一蹴する事も考えたのだが、敢えて止めておいた。この機会を利用して、トータスに於ける冒険者の平均的な実力を知るべきだと考えたからだ。純然たる事実として、俺達は信じられない程に強くなった。それこそ、トータス基準でも元の世界基準でも、だ。それ自体は良い事なんだが、一般的な強さの基準や目安が無いのもそれはそれで困るのだ。もっと言えば、その辺り擦り合わせなければ容易に死人が出る。と言うか俺達が出しかねない。俺も手加減は得意な方だが、万が一が無いとも限らないしな。

 

 と、言う訳で片っ端から男衆の相手をした。この時に大事なのは「相手と決闘を行う事に頷かない」事である。戦うのは相手が「決闘だ!」と声を上げ突撃してからで、決闘をする事自体には絶対に是非を返さない。こうすれば、億が一負けた際に「俺が返事する前に襲い掛かって来たから、迎撃しただけですが?」としらばっくれる事が出来る。まぁまぁ苦しいが一応筋は通っているし、そもそもいきなり決闘吹っかけてくる相手の方が悪いしな。

 

 勿論きっちり全勝したし、終わった後は相手の身包み剥いだけど。偶に文句言う奴も居たが「自分から決闘吹っかけておいて、負けたら何も無いなんて許されると思うのか?」で通したので、こちらもやはり問題は無い。もし仮に「金は無い」等と誤魔化そうとしても、俺には〝悪意感知〟があるので無駄である。そう言う奴は念入りにボコったので、再犯や模倣犯も出ないだろう。ぶっちゃけ極道やらマフィアのやり口だが、相手が悪いと諦めてもらおう。敵対する『呪術師』相手に『縛り』である事を明確にせず、口約束で済ます方が悪い。

 

 そんなこんなで都合の良い木偶人形(でくにんぎょう)もとい、実験体(モルモット)もとい、良いカモ善意の協力者を多数得た俺は、満足いくまで手加減の練習をしたのだった。因みに、稼いだ金(武器防具や金品はギルドで呆れた目をしたキャサリンさん鑑定の下、買い取って貰った。)は、俺と妹さん、そして必需品の購入費にと3等分して山分けした。妹さんは凄くビミョーな顔をしていたが、俺の意思では無いとは言え彼女の名前を餌にしたみたいな部分はあるので、半ば無理矢理手渡した。もう直ぐフェアベルゲンに帰るとは言え、ポケットマネー位あっても良いだろう。姉妹で豪遊してきたまえ。

 

 変態共と言う不安要素こそあれど、暫くぶりの穏やかな時間なのだ。このまま何事も無く英気を養える事を祈ろう。




色々解説
・■■との他者間の『縛り』について
基本的に怨霊の■■は社に従順だし社の周囲を傷付けた事も無いが、だからと言ってそうそう都合の良い話なだけでは無く、代わりに複数の『縛り』を設けていたと言うお話。その中には『縛りの内容を覚えておけない』縛りもあると社は推測している。やってる事は目隠しして地雷原でブレイクダンスしてるのと大差無い。

・ミレディの感じた死の気配
本当に■■のものかは不明。

・呪殺される筈の推定3000を超える無辜の人々を救った、現代に於ける英雄(ヒーロー)清水幸利君(当時14歳)
恐らく1番の原作改変要素。詳しい事はいずれ本編で。唯、この事件こそ社と幸利が友人になったきっかけであり、当作品の幸利が女性恐怖症を患った直接的な原因。事件を解決したのは社ではあるが、社単独だった場合3000人は道連れに呪殺されていた可能性が高かった為、比喩では無く誇張抜きに英雄と呼んで差し支えない。尚、当の幸利はその事を知らないし、知ったところで自慢も吹聴もしないだろう。1番救われて欲しい人は、既に亡くなっていたから。


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54.異世界より⑧

これにて2章終了です。


 ■月φ日 ブルックの町 滞在5日目

 

 変態が 編隊組んで やって来た。(季語無し)

 

 俺はこの世界の人間の事を舐めていた。この町の変態達の業の深さを甘く見ていたのだ。何なんだ「ユエちゃんに踏まれ隊」って。日中の往来で土下座する程の事なのか。度し難いにも程が無いか?「シアちゃん/アルちゃんの奴隷になり隊」は最早奴隷制度に真っ向から喧嘩売ってないか。亜人族は被差別種族じゃなかったのか?マジでどうなってんだ。

 

 ・・・イカン、少し冷静では無かった。結論から言えば、決闘騒ぎそのものは激減した。ハジメに即銃撃されてたのもそうだが、何より俺が身包み剥いでたのが効いたのだろう。相変わらずユエさんやハウリア姉妹に見蕩れていたり、俺やハジメに羨望と嫉妬の視線を向ける奴等は減らないが、あくまでもそれだけだ。下心やら何やらの悪意を持って近付こうとする輩は大分減ったのだ。・・・そう、悪意を持った輩は。代わりに、屈折した好意を隠さない馬鹿共が台頭して来やがった。

 

 世間話をしたクリスタベル氏曰く、ブルックの町には既に4大派閥が出来ており日々(しのぎ)を削っているらしい。前述した「ユエちゃんに踏まれ隊」、「シアちゃんの奴隷になり隊」、「アルちゃんの奴隷になり隊」、残る最後が「お姉(ユエ)さまと姉妹になり隊」である。それぞれ文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。嘘だろ。

 

 あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団に、俺達はドン引き以外の反応を許されなかった。何がヤバいって、基本的にこの集団悪意が殆ど無いのだ。ほぼほぼ100%純然たる好意で行動していやがる。よって、〝悪意感知〟による先んじた回避とか出来ない。何てこった。

 

 深く考えると思考が汚染されそうだったので、出会えば即刻排除が俺達の間の基本且つ鉄則になっている。深淵を除く時、深淵もまた俺達を覗いているのだ。深淵と書いてヘンタイと読むのが余りにも救いが無い。

 

 唯、明確な悪意の下、実力行使に出て来る奴がいない訳では無かった。「お姉(ユエ)さまと姉妹になり隊」とか言う奴らは、ユエさんに付き纏う女性のみの集団なのだが、俺やハジメが邪魔者に見えていたらしい。何で俺までと思わなくも無かったが、所謂(いわゆる)過激派、同担拒否とか厄介強火オタクとかそっちの畑の人なんだろう。

 

 まぁ、妄想するのは人の勝手だし、俺も実害がなければ放って置いたんだが。流石に「お姉さまに寄生する害虫が!玉取ったらぁああーー!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来るのは、弁解の余地無くアウトである。無謀にもハジメと俺に特攻して来た少女には、持っていたナイフの使い方を念入りに()()()()()()()()()()()()教えてあげたので、再犯は有り得ないだろうけど。

 

 勿論、最終的には傷1つ残さず帰してあげたし、手引きをした子や未遂の模倣犯にもしっかりと教えてあげたので、近い内に過激派は自主解散するだろう。俺の身内に手を出してタダで済ますはずが無いやはり一罰百戒(みせしめ)一罰百戒(みせしめ)は全てを解決する・・・!

 

 俺の対応は即座に集団内部で伝わったのだろう。その後、俺達に向けられる悪意と過激な行動は激減した。ここまですれば、流石にもう馬鹿な事をしようとする奴も居なくなるだろう。やっと枕を高くして眠れそうである。

 

 

 

追記:翌日「社様に酷い事され隊」が結成されていた。どうして。

 

 

 

 ■月γ日 ブルックの町 滞在6日目

 

 問題が発生した。と言っても、(くだん)の変態集団の事では無い。そっちも大分問題ではあるんだがそちらはまだ良い。いや良くは無いが、この町を出るまでの辛抱なので一先ず置いておこう。今はそれよりも重要な事がある。

 

 問題が発覚したのは今日のお昼過ぎ。きっかけは物資補充と新兵器開発を粗方終わらせたハジメから、「〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟にも〝重力魔法〟付与してみるか?」と聞かれた事だった。

 

 何でもハジメ曰く、「武器に付与する形にすれば、適性の無い社でも〝重力魔法〟が擬似的に使える様になる」との事。技能の複数付与が出来るかはハジメの腕前と付与する物の材質に依存する為、こればかりは試さなければ分からないらしい。また『呪具』に本格的に干渉するのも初の試みなので、それも含めて色々試したいのだとか。

 

 非常に魅力的な提案ではあったが、それと同じくらい何が起こるか分からない危険性も秘めていた。調伏の儀式とは言え1度俺を殺そうとしたし、何より意志らしきモノを持ち始めている〝天祓〟と〝流雲〟が、何を考えているか知りようも無かったからだ。依然としてこの2本から俺達に悪意を向ける素振りは感じられないが、慎重を期すに越した事は無いだろう。

 

 最終的には俺とユエさんがその場に立ち会う事を条件として、〝重力魔法〟を付与してもらう事になった。少なくともこの3人なら遅れを取る事も無いだろうと言う判断である。ハウリア姉妹も弱い訳では無いのだが、戦闘になった際シンプルに殺傷能力の高い〝天祓〟と〝流雲〟相手に、自力での防御か回復手段が無いのは結構辛い為今回は遠慮して貰う事にした。姉ウサギさんは少しションボリしていたが、信用してない訳じゃ無いから気にしないでおくれ。

 

 で、問題が起きたのはその後だ。準備を整えたハジメに〝天祓〟と〝流雲〟を手渡そうとした瞬間、俺の手から『呪具』が2つとも落ちたのだ。上手く手渡せなかったのでも、ハジメが掴み損ねたのでも無い。持っていた2つの『呪具』の()()()()()()()()()()からだ。

 

 直後に響いたドゴンッ!と言う落下音に俺とハジメは暫し呆けていたが、ユエさんに声を掛けられ我を取り戻すと直ぐに〝天祓〟と〝流雲〟を調べた。その結果、「〝重力魔法〟は付与されていないが、それに近い機能が備わっている可能性がある」事が判明。具体的には、『()()()()()()()『呪具』本体の重量の増減が可能になっていたのだ。

 

 何故こんなフワッとした説明なのかと言えば、ハジメが『呪具』に込められた技能を読み取れなかったからだ。元々〝生成魔法〟に適性のあったハジメは、物質に付与された技能を読み取る事が出来たのだが、〝天祓〟と〝流雲〟に限っては完璧には読み切れなかったらしい。宿った『呪力』がノイズになっているのか、はたまた他の原因があるのか・・・。依然として詳細は不明である。

 

 で、その後直ぐに関係者会議と相なった訳であるが、此方(こちら)でもやはり(かんば)しい成果は得られ無かった。兎にも角にも情報が足りなさ過ぎるのだ。今現在断定できるのは、『呪具』達に〝『呪力』を消費して重量を増減する〟機能が付いた事のみ。これが意味するところは、即ち『呪術による〝重力魔法〟の限定的な模倣』であるのだろう。果たしてそんな事が可能なのか、俺には全く理解不能だが。

 

 1番最初に思い付いたのは、■■ちゃんが持っているであろう『術式を模倣する術式』との関連性だが・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?異世界の全く異なる法則(ルール)に基づき振るわれる超常の力を、無条件で自らの力に出来る?如何に■■ちゃんとは言え、そんな事が可能なのだろうか。

 

 或いは、何かしらの代償を払ったのならばどうだろう。俺と■■ちゃんの間で結んだ『縛り』が健常化したから、より強力な力を振るえる様になったのか。若しくは、俺との間で結んだ数多の『縛り』により、■■ちゃんの元々所持していた『術式』が変質・強化されたのか。一応、前例はあるのだ。幸利と友人になるキッカケを作ったあの事件。忌々しい記憶だろうにそれでも決して『縛り』による記憶の喪失だけは頑なに拒んだ幸利にとって、因縁深い元凶とも言うべき怨霊の持っていた術式(チカラ)

 

 あれの主犯であった怨霊は、酷く限定的な『縛り』を複数己に課していた代わりに、条件に該当する対象を『時間・距離の概念を無視して、強制的に墜落死させる術式』を保持していた。咄嗟とは言え■■ちゃんの防御(ガード)をぶち抜き、半分しか条件を満たしていない筈の俺の膝から下を文字通りミンチにしたのだから、その威力は押して知るべしだろう。『呪力反転』使えなきゃマジで死んでたわ。

 

 閑話休題(話がズレた)。先も書いたが余りにも判断材料が少な過ぎる。上記の推測以外にも、考えられる理由は複数あるからだ。〝天祓〟と〝流雲〟を生み出したであろう『蠱毒呪法』に、拡張機能(アップグレード)的な機能があった可能性。〝生成魔法〟による『呪力生成』の付与が、何らかのバグやイレギュラーを生み出した可能性。〝天祓〟と〝流雲〟が意志を宿し始めた事にも関連性が無いとは言えない。俺が〝重力魔法〟を得た事とも無関係では無いと思うが、だからと言って劣化だとしても〝重力魔法〟を『呪術』で再現出来るのか。考える程にキリが無い。

 

 更に言えば、原因が〝神代魔法〟側に無いとも言い切れないのだ。ミレディは「全ての〝神代魔法〟を集めなさい」と言っていた。その際彼女から悪意は感じなかったが、その理由を教えてくれた訳でも無かった。〝神代魔法〟を全て集めれば分かる事ではあるが・・・或いは、その辺りに今回の事件の原因がある可能性も否定出来ない。

 

 結局、何も答えが出る事も無く話し合いは終了。2つの『呪具』は経過観察を行い、何かあったら直ぐに俺から報告する事になった。尚、〝重力魔法〟の、と言うより技能全般の付与は無期限中止となった。残当である。必要が無くなったと言うのもあるが、何よりも得体が知れなさ過ぎるからだ。俺だけならまだしも、ハジメにまで被害が及ぶ可能性まで考えれば妥当過ぎる。正直俺も(推定ではあるが)■■ちゃんが関わっていなければ、この2本の使用は躊躇っていたとは思う。現実として■■ちゃんが製作に携わっているのはほぼ確定しているので、嬉々として使っている訳だが。

 

 ハジメ達は微妙に釈然としないだろうが、それでも■■ちゃんが俺の為に作ってくれたとあれば、手放すなんて出来る筈も無いのだ。まして、原型は無いが元となる武器達を造ったのはハジメである。愛する婚約者(フィアンセ)と大切な親友が作り上げてくれた物を俺が手放すと思ったら大間違いである。

 

追記.↑で書いた様な事をハジメに言ったら呆れつつもツンデレてた。今のハジメと幸利を合わせたらどうなるのだろう。男のツンデレ同士、ミラーマッチとか起こったら間違い無く腹を抱えて笑う。

 

 

 

 ■月θ日 ブルックの町 滞在7日目

 

 ブルックの町に滞在する事早1週間、明日の早朝にはこの町を出る予定だ。急ぐ旅でもない為、商隊の護衛依頼を受けながらゆっくりと【グリューエン大砂漠】ーーー厳密にはその途中にある【中立商業都市フューレン】に向かうつもりである。あるんだが・・・何と妹さん、改めアルさんが()()()()()()()()()()()()()

 

 いやぁ、頼もしい味方が増えてめでたし、めでたしーーーで終わる訳は無く。俺はてっきりこの町でお別れするものだと思っていたから、アルさんがいきなり「皆さんの旅について行っても大丈夫ッスか?」と言い始めた時は耳を疑った。ハジメやユエさんも同じ反応だった為、2人も予め聞いていた訳では無いらしい。唯一、姉ウサギさん、もといシアさんには話していたみたいだが。

 

 取り敢えずアルさんの真意を問うたところ、「もっと強くなりたいンスよ」との事。もう充分強くなってないか?「I need more power(もっと力を)」とか言い出すのは闇堕ちフラグじゃなかろうか。原作的に言い出すのは姉、もとい兄だけど。いや、貪欲なのは悪い事じゃないが、何と言うか今思い出しても変な感じだった。嘘は言ってないけど、本当の事も話してない様な雰囲気と言えば良いか。

 

 似た様な事をハジメとユエさんも感じ取っていたのか、2人の視線も訝しげな物だった。取り敢えずこのままでは話が進まないので、1番の問題である「アルさんの帰りを待つハウリアの人達に説明どうすんの?」案件を聞いてみたところ、今度は何故かシアさんが説明を始めた。

 

 何とシアさん曰く、アルさんが兎人族の下に戻らず俺達の旅について来る可能性が高い事を、旅に出る前にハウリアに伝えていたのだとか。用意が良いと言うか何と言うか。

 

 何でも俺達がハルツィナ樹海を出立する前夜に、アルさんが俺達の旅に着いてきたらどうなるかを〝未来視〟で見ていたらしい。で、その結果場所や時間までは分からないものの、とても楽しそうに笑う姿が見えたのだとか。その結果を兎人族に伝えたところ、「アルがついて行く事を選ぶなら」とカムさんは快諾したらしい。俺達に対する信頼度が無駄に高い。

 

 で、昨夜アルさんから相談を受けたシアさんは、〝未来視〟で見た事を話しつつ、真正面から伝えるのが1番良いとアドバイスを送ったらしい。それが今の状況に繋がった訳である。

 

 まぁ、事情は分かったが、それはそれとして俺とハジメ、ユエさんの3人は困惑する様に顔を見合わせていた。割といきなりだったのもあるし、言っては何だがそれだけの理由で着いて来るのも危うい気がしたからだ。俺達はいずれ神や神の使徒、或いはそれに準ずる相手と敵対する事になる。そして、その戦いが死闘になるのは言わずもがなだ。ハジメへの想いに殉ずる覚悟のあるシアさんは兎も角、アルさんが着いてくるのは余りにもリスキーだと思う。

 

 そんな俺達3人の視線に居た堪れなくなってきたアルさんと共に、何故かシアさんがユエさんを連れて「女子だけで作戦会議しますぅ!」と突然席を離れた。何が何だか分からないまま連れて行かれる吸血姫と、その後ろ姿を眺めるしか無い男子2名。混沌(カオス)此処に極まれりだった。

 

 そして10分も経たない内に女子3人が戻ってきたのだが、何と開口一番ユエさんが「・・・アルも、連れて行こう」と言い出したのだ。これには俺もハジメも酷く驚いた。一体どんな説得が行われたのだろうか。気にはなったが、最後まで内容を教えてもらう事は出来なかった。

 

 しかし、相変わらずシアさんは誰を味方に着ければ良いかの判断が上手い。相手を身構えさせない人懐っこさも含めてだが、恐らくは天性のモノだろう。シアさんの天職はネゴシエーターとかで良いんじゃなかろうか。

 

 兎にも角にもこれで3票。パーティー内の過半数が賛成に回った事と、男子2名にも特に反対意見が無かった事から、アルさんは正式にパーティー加入が決定した。で、その後、直ぐにハウリア姉妹で模擬戦をする事に。無論、アルさんがどこまで出来るのか、ハジメとユエさんが見定める為である。アルさんの実力に関しては俺の方で太鼓判を押している為、そこまで不安視はしていないだろうが、それでもしっかり確認しておくのは必要な事だろう。俺としても、ライセン大迷宮を乗り越えたシアさんの実力を目にしておきたくもあった。それ故の姉妹対決である。

 

 で、結果から言えば、勝ったのはアルさんだった。

 

 試合開始直後、始まったのは真っ向からのぶつかり合いだった。片や、魔力による身体強化を駆使してドリュッケンを振り回すシアさん。片や、膨大な『呪力』に物を言わせて身体強化するアルさん。何方(どちら)もこの世界基準で超一流の冒険者を難無くしばき倒せるだけの潜在能力(ポテンシャル)を秘めているだけあり、2人の戦いは十二分に見応えのある物となっていた。

 

 予め話を聞いていたとは言え、アルさんがシアさんに渡り合えているのを見たハジメとユエさんは驚いていた。然もありなん、アルさんの才が本当の意味で目覚めたのは、巨大騎士ゴーレムに『黒閃』をキメたあの時だ。見違える程と言う表現そのままに、アルさんは比べ物にならない位に強くなっていた。

 

 だが、何も強くなったのはアルさんだけでは無い。徐々に徐々にではあるが、形勢がシアさんの方に傾いて来る。ドリュッケンを使っているのもあるだろうが、何よりも身体強化の出力が出鱈目(でたらめ)も良いとこだ。強化率だけで言えば、俺やハジメを優に超えている。いや、それに喰らいつけるアルさんの『呪力』量も頭おかしいレベルなんだけど。

 

 少しずつだが確実に押され気味になってきたアルさん。このまま勝負が着くのかと思われたが、アルさんがシアさんに向けて手を(かざ)した瞬間、何とシアさんの体勢が急に崩れたのだ。余りに急な事にアルさん以外の全員が驚愕に固り、その隙を付いたアルさんがシアさんに接触(タッチ)。日常生活に問題無い程度に魔力を奪い取って試合終了である。

 

 魔力を奪われ目を回すシアさんを介抱した後、俺達はアルさんに合格を伝えた。いや、余程酷い結果で無ければ着いて来るのを拒んだりはしなかったが、しかし想定以上の結果を出したのも事実である。シアさんに油断が無かったと言えば嘘だろうが、しかしアルさんの力を予想しろと言うのも無理がある。なのでユエさん、小さな声で「・・・もっとシゴきが必要」なんて言うのはやめたげて。シアさん(うな)されてたから。

 

 その後数分が経過してシアさんが目を覚ましたのを確認したアルさんは、俺達に旅の許可について礼を言うと、『術式』の詳細について話してくれた。『術師』にとって『術式』は生命線だと教えはしたんだが、それでも話しておくべきだと思ったのだとか。うーん、義理堅い。かく言う俺もこの後、諸々の事情含めてハウリア姉妹に話したんだけど。

 

 アルさんから『術式』の詳細を聞いたハジメとユエさんは、この日1番の驚愕と共に納得もしてくれた。ハジメは「初見殺しなんてレベルじゃ無い、近距離型の天敵じゃねぇか」とコメント。それには心底同意見だった。相手に触れさえすれば格上すら殺し切れるとか、強者殺し(ジャイアントキリング)も良いとこだった。

 

 後で聞いた話だが、シアさんの体勢を崩したのは『術式』を使用してシアさんの周囲の重力を吸収、無重力に近い状態にしたからなのだとか。何でも『術式』で吸収出来るエネルギーはアルさんの認識により吸収出来るか否かが決まるらしく、〝重力魔法〟の取得ーーー正確に言えば〝重力魔法を運用するのに必要な、重力に関する知識〟を得た事により認識が明瞭化、重力すらも吸収出来る様になったとか。

 

 本人はサラッと言っていたが、コレ滅茶苦茶に凄い事である。アルさんの認識1つで吸収の可否が決まるのなら、それこそ吸収出来るエネルギーに際限は無いだろう。『術式』の扱いを極めたなら、凡ゆる魔法を吸収・無効化出来る様になる可能性すらある。

 

 俺の式神の1つである〝反魂蝶(はんこんちょう)〟も似たような事は出来るが、凶悪さで言えばアルさんに軍配が上がるだろう。反魂蝶の能力は『エネルギーの吸収・譲渡が出来る鳳蝶を無数に作り出す』事だが、吸収出来るエネルギーは魔力、『呪力』、生命力の3種類しか無く、作り出した鳳蝶自体が非常に脆い為、戦闘中にはとてもでは無いが使えない。エネルギーの譲渡はアルさんの『術式』との差別化にもなっているが、ほぼほぼアルさんの『術式』は上位互換と言って良いだろう。

 

 そんなこんなで模擬戦が終わり何処と無く気の抜けた雰囲気が漂う中、俺は「これから一緒に旅を続ける上で、話さなければならない事がある」と前置きして、ハウリア姉妹に■■ちゃんの事を隠さずに打ち明けた。折を見てシアさんには話そうと思っちゃいたんだが、アルさんも旅に着いて来る以上、このタイミングがベストだと思ったからだ。

 

 俺が話した内容は、以前オスカーの隠れ家でユエさんに話したのとそう変わらない。俺に■■ちゃんと言う婚約者(フィアンセ)が居る事、事故死した■■ちゃんが怨霊となり俺に取り憑いている事、如何にかして■■ちゃんの『呪い』を解けないか色々試している事等etc。包み隠さず知る限りの全てを伝えた。同時に、「もし気になる様なら、俺とは程々に距離を取る事をお勧めする」とも。

 

 そんな感じで俺が抱える諸々の事情をハウリア姉妹には伝えたのだが、肝心の反応は予想外も良いとこだった。特にシアさんはなんかもうこっちが引くくらい普通に号泣していた。

 

 ユエさんに宥められながら涙と鼻水、もとい乙女の尊厳を垂れ流すシアさんは「社さんも婚約者(フィアンセ)さんも辛すぎですよぅ〜、私で手伝える事があれば何でも言って下さいぃ〜」と泣きながら、それでも迷わずに言ってくれた。そんな姉とは対照的にアルさんは特に感情を表に出す素振りは見せなかったが、しかし「・・・アタシも、義姉(ネエ)サンと一緒のつもりッスから」と、静かに、しかし確かに言ってくれた。

 

 俺の身の上話をする中で、2人には■■ちゃんの姿を見てもらっている。周囲への影響を考慮して下ろした『(とばり)』の中で、正しく怪物と言ってよい姿と雰囲気を放つ■■ちゃんを、2人は確かにその目で確認したのだ。にも関わらず、ハウリア姉妹からはとうとう俺や■■ちゃんに対する悪意を感知出来なかった。・・・その時の俺の心情をどう表せば良いのか、日記を書いてる今でも分からない。分からないが、少なくともこの繋がりを手放す事だけはしてはいけないと思う。異世界に来て尚、人の縁に恵まれたのは間違い無く幸福な事だろうから。

 

 若干雰囲気が湿っぽくなりつつあったが、「■■ちゃんが死んでもまだ一緒に居られるのは俺にとって幸福である」「だからあんまり気にしないで」的な事を言ってフォローしつつ、本日はお開きとなった。明日の朝には此処を出るし、ハウリア姉妹も疲れを癒す時間が必要だろうしな。

 

 明日からはまた旅を再開する。今度はどんなーーー

 

 

 

 

 

 コンコンコンッ

 

「・・・ん?どうぞー。」

 

 草木も眠る丑三つ時ーーーと言う程では無いが、良い感じに夜も更けてきた頃。日記を書いていた社の部屋のドアをノックする音が響いた。不思議に思いつつも社が入室の許可を出すと、キィィと控えめに軋む音を鳴らしながらドアが開く。

 

「おや、予想外のお客さん。まさかアルさんだとは。」

 

「ドーモッス。今、大丈夫ッスか?」

 

「別に良いよ。日記書いてただけだし。」

 

 深夜の来訪者はアルだった。この時間帯に己の部屋を訪れる人物と言えば、ハジメか精々が宿屋の人間辺りだと考えていた為、社の予想は外れる事となった。

 

「アルさん1人か。お姉さんどうしたの?」

 

「アー、義姉(ネエ)サンは、その・・・。」

 

「?」

 

 アルを部屋に招き入れた社は備え付けの椅子を差し出すと、アルが態々1人で来た事について話を振る。だが、アルは言いづらそうに言葉を濁すと、目を泳がせながら何とも言えない微妙な表情になった。何処と無く、頑張って言葉を選んでいる雰囲気がある。

 

「・・・ヒラヒラの、ネグリジェ来て。南雲サンのトコに・・・。」

 

「OK、把握。何でそんなストロングスタイルなんだ、シアさん。」

 

 十数秒後、アルの口から返って来た言葉を聞き社は全ての事情を察した。義妹(アル)の視点で端的に語るのならば、「義姉(シア)想い人(ハジメ)の部屋に下着姿同然で向かった」である。しかも「既に恋人(ユエ)がいる部屋」にだ。単なる事実を羅列しただけにも関わらず、字面が余りにも酷い。控えめに言って頭が痛くなるだろうし、言い淀む気持ちも良く分かる。何が悲しくて身内の男女のアレコレを説明しなければならないのか。勿論、シアの目的はハジメだけでは無いだろうが、だとしてもアルの苦悩が偲ばれた。

 

「まぁ、その辺はハジメが上手くやるだろ。それで、アルさんの用件は?」

 

「大分お待たせしたッスケド、名前決まったンで。報告に来ました。」

 

「名前?・・・ああ、『術式』のか。」

 

 色々と愉快複雑な恋模様を展開している親友(ハジメ)に全てを丸投げした社は、アルの用件を聞いて納得の声を上げた。アルの『術式』ーーー『手で触れた対象から、術師(アル)が認識したエネルギーを強奪する』能力を持つ、強力無比と言っても過言では無い『術式(ちから)』。命名には中々苦戦していたと社は記憶していたが、漸く名前が決まったのだろう。

 

「態々悪いね。それで、何て名付けたの?」

 

「アタシの『術式』名はーーー腹飲(ふくいん)呪法に決めました。」

 

「・・・・・・それは、また、何とも。」

 

 あっけらかんと告げられた名前に、社の顔は思わず引き攣ってしまう。ふくいん、フクイン、腹飲ーーー()()。偶然なのか、はたまた二重の意味(ダブルミーニング)なのか。己の『術式(ちから)』を酷く疎んでいた筈のアルがこんな皮肉の効いた名付けをするとは、社は欠片も想像していなかった。

 

「イヤ、別に皮肉とか嫌みだけじゃ無いッスからね!?その辺狙って名付けた部分はありますケド!」

 

「あ、やっぱ(わざ)とか。・・・何でまた、って理由は聞いても?」

 

「勿論ッス。その為に来たんスから。」

 

 キッパリと言い切るアルの姿には、気負いや後ろ暗い感情は見当たらなかった。嘘や建前では無く、本当に本心から自分の術式(ちから)と向き合う事が出来たのだろう。その様子を見た社は一先ず安堵すると、話の続きを促した。

 

「もう知ってるとは思うんスケド、アタシはアタシの姿も『術式(ちから)』も生まれも種族も全部嫌いでした。何でアタシがこんな目に、なんて思うのはしょっちゅうで、ぶっちゃけ何もかんも投げ出して居なくなりたいって思った事もありました。でも、結局、アタシには出来なかった。義姉(ネエ)サンと義父(トウ)サンと、ハウリアの皆がいたから。」

 

 アルの口から吐露されたのは、兎人族(ハウリア)にも話した事の無いアルの本心だった。大切な家族だからこそ、話す事の出来なかった本音。それを聞けば、優しい兎人族(ハウリア)の皆は悲しんでしまうと分かりきっていたから。それを今、社に話したのはアルなりに自分自身と折り合いが付いたからだろうか。

 

「アタシがどれだけ自分を嫌いでも、ハウリアの皆はアタシの事を好きでいてくれた。血の繋がらないどころか、兎人族ですら無いアタシが生まれた事を、祝福してくれた。だから、今度はアタシの番なんスよ。アタシの力が皆の役に立つ様にーーー兎人族(ハウリア)にとっての福音になる様に。そんな願掛けを込めて、名付けました。・・・どうッスかね?」

 

 自信無さげな言い方とは裏腹にアルの表情に迷いは無い。ライセン大迷宮で命を懸けた『縛り』を結んだ時から、既にアルは迷う事を止めたのだろう。他でも無い、何よりも大切な兎人族(かぞく)の為に。降り掛かる理不尽を、何もかも打ち払う為に強くなろうと。その想いは、社にとっても馴染み深いモノだった。

 

「良いんじゃないかな。とても素敵な理由だと思うよ。」

 

「アハハ、そう言って貰えるなら、光栄ッスね。・・・じゃあ、夜も遅いんで、そろそろ戻ります。義姉(ネエ)サンも多分、南雲サンとこから追い出されてると思うし。」

 

「はいよ、お休みなさい。」

 

 社の褒め言葉を聞いたアルは少しだけ早口になりながら、椅子から立ち上がるとそそくさと部屋を後にする。照れ隠しなのは分かりきっていたし、若干耳も赤くなってはいたが社は気付かないフリをした。流石にそれを指摘する程、社は野暮でも無かった。これがハジメや幸利相手の場合は間違い無く煽り倒していただろうが。

 

「ーーー・・・ああ、それと、言い忘れてました。」

 

 ドアノブに手を掛け部屋から出る寸前で、思い出したかの様にアルが立ち止まる。「他にも何かあった?」と首を傾げる社にアルは「大した事じゃ無いッスケド」と前置きして振り返り。

 

「これから、宜しくお願いしますね。ーーー()サン。」

 

 はにかむ様に、薄く笑うのだった。 




色々解説
・決闘騒ぎとナイフ少女の対応の違い
決定的なのは感知出来る悪意の差。決闘騒ぎを起こしていた人達はやり口は強引だったものの、ハジメや社の命まで奪おうとまでは考えておらず、(社に巻き上げられたとは言え)対価も払っていた。ナイフ少女の方は割とマジの悪意込みであり、特に払うべき対価も持ち合わせていなかった為、対応の温度差がとんでもない事になった。自業自得とも言う。後、刃を向けたのが社だけじゃ無かったのも不味かった。

()サン呼び
・・・親愛ですよ?


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3章.再会
55.ブルック出立


 ブルックの町に滞在してから1週間、諸々の準備を終えたハジメ達は次の目的地であるフューレンに向かうべく、商隊護衛の依頼の為に早朝から正門前に集まっていた。正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは、商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達。どうやらハジメ達が最後らしい。

 

「お、おい、まさか残りの奴らって〝スマ・ラヴ〟なのか!?」/「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」/「おい待てあの2人が居るって事はーーーやっぱり取り立て屋(ヴァルチャー)もいんぞ!?」/「勘弁して下さいもう払えるもんは無いんですだからこれ以上毟らないで。」/「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

 

「何て言われ様だ。理不尽な事は何一つしてないのに。」

 

「全くだ。俺達は何処にでもいる唯の冒険者だってのになぁ。」

 

 いけしゃあしゃあと口にする社とハジメに戦慄の眼差しを向ける冒険者達。彼等が口にしていたのは、ブルックに滞在していた間に付けられたハジメ達の渾名である。ユエとハウリア姉妹を巡る決闘騒ぎにて、問答無用で対戦相手を(ゴム弾で)撃ち抜いた〝決闘スマッシャー(ハジメ)〟と、同じく相手の股間を魔法で撃ち抜いた〝股間スマッシャー(ユエ)〟。2人合わせて〝スマッシュ・ラヴァーズ〟ーーー略して〝スマ・ラヴ〟である。

 

 取り立て屋(ヴァルチャー)と言うのは社についた渾名だ。ハジメとは違い決闘をしっかり受けはするが、代わりにきっちり身包み剥いでいたからだろう。社が容赦無かったのは事実だが、人を禿鷹(ハゲタカ)呼ばわりする辺りブルックの町の住民も中々に良い根性をしていた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

 

「ああ、これが依頼書だ。」

 

 商隊のまとめ役らしき人物に声を掛けられたハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認した男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ。」

 

「もっとユンケル?・・・商隊のリーダーって大変なんだな・・・。」

 

「いや、何でそんな疲れた目をーーー・・・ああ、ハジメは良く飲んでたのか。(しゅう)さんとか(すみれ)さんの手伝いの時に。」

 

 日本の有名栄養ドリンクを思い出させる名前を聞いたハジメの眼が同情を帯びたのを見て、社はハジメの両親を思い出す。父である南雲愁は敏腕で名を馳せたゲームクリエイターであり、母である南雲菫は大人気少女漫画作家であった。サブカルチャー界隈では有名極まりない2人は時折納期のデーモンに襲われる修羅場を迎える事があり、ハジメは偶にバイトとして両親の仕事を手伝っていたのだ。

 

「まあな。特に修羅場が近い時なんかは、中毒者(ジャンキー)みたいに飲んでた。いや、懐かしいな。・・・迫る締切の中、ネームすら描かれていない真っ白な原稿用紙。デスマーチ中に降り掛かる無慈悲な仕様変更。2徹3徹は当然の雰囲気の中、怨嗟の声すら響く余地の無い地獄の窯の底の様な作業環境で、目から光が消え去って逝く作業員(スタッフ)の方々。・・・あぁ、駄目だよ母さん、此処で寝たら原稿落としちゃうよ・・・父さん、既存のバグを直したら、新しいバグが倍見つかったよ・・・。」

 

「ハ、ハジメ・・・?」/「ハ、ハジメさん?」

 

「ヤッベ、地雷踏んだ。」

 

 ブツブツと呟きながら急速に目を濁らせるハジメを見て、社は己の失言を悟った。奈落へと堕ちて豹変したハジメでさえ背中が煤けている辺り、想像を絶する修羅場だったらしい。ユエとシアが軽く引いていた。

 

「・・・彼は大丈夫なのか?」

 

「えぇ、問題ありません。少なくとも期待は裏切らないつもりです。」

 

 死んだ目で虚空を見つめるハジメをユエとシアが慰めている間に、社はモットーに自己紹介と依頼内容の確認を行う。護衛の期間や馬車の台数、依頼料に相違は無いかの確認である。と、その途中でモットーの視線が社から逸れる。

 

「・・・ところで、そちらの兎人族と森人族・・・売るつもりはないかね?それなりの値段を付けさせてもらうが。」

 

 モットーの視線が値踏みするようにシアとアルを見る。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女と、綺麗な金髪の同じく超が付く美少女である。商人の性として珍しい商品に口を出さずにはいられないのたろう。付けていた首輪から奴隷と判断した上で売買交渉を持ちかける辺り、中々に抜け目無い。

 

 その視線を受けたシアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。アルは特に気にした様子は無いが、若干『呪力』が漏れ出しているので苛ついてはいるらしい。ユエのモットーを見る視線が厳しいが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族=奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前の事でもあった。モットーが責められる謂れは(一応は)無い。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな。持ち主には中々大事にされているようだ。ならば私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 

「・・・ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし・・・答えは分かるだろ?」

 

 ハウリア姉妹、特にシアの様子を興味深そうに見ていたモットーが、復活したハジメに交渉を持ちかける。が、ハジメの対応は酷くあっさりしたもの。モットーもハジメが手放さないだろうと感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。だが、そんな意図も読んでいたハジメは揺るぎない意志を込めた言葉をアッサリと放つ。

 

「例え、()()()()()()()()()()手放す気は無いな・・・理解してもらえたか?」

 

「・・・成程。念の為お聞きしますが、そちらの森人族もですかな?」

 

 ハジメの言葉を聞いたモットーは、次いで社に交渉を持ち掛ける。アルの持ち主が(便宜上とは言え)ハジメでは無く社であると見抜いている辺り、優秀な商人ではあるのだろう。

 

「勿論です。()()()()()()()()ですね。」

 

「・・・・・・えぇ、ならば仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細はそちらのリーダーとお願いします。」

 

 ハジメの発言(とそれを否定しない社の言葉)は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印(らくいん)を押されかねないからだ。歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在する*1ので、直接聖教教会にケンカを売る言葉ではない。だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故にモットーは潔く手を引いたのだ。すごすごと商隊の方へ引き下がるモットーを見ていたハジメだったが、ふと再び周囲が騒ついている事に気が付いた。

 

「すげぇ・・・女1人のために、あそこまで言うか・・・痺れるぜ!」/「自分の女に手を出すやつには容赦しない・・・ふっ、漢だぜ。」/「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ。」/「いや、お前、男だろ?誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」

 

「相変わらずブルックの人は性格(キャラ)濃いなー。」

 

「その一言で済ませて良いモンなんスか?」

 

 愉快な護衛仲間による愉快な発言にズレた感想を抱く社に、困惑しながらツッコミを入れるアル。ブルックの町に居た人々はハジメや社の迷惑を考えず暴走する一方で、ハウリア姉妹ーーー亜人に対する差別的な発言や対応は皆無だった。土地柄なのかは分からないが、良くも悪くも細かい事を気にする人が少ないのだろう。故に社も細かい事を気にするのをやめたのだ。諦めたとも言う。

 

「・・・いいか?特別な意味はないからな?勘違いするなよ?」

 

「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~。」

 

 ブルックの町中での出来事を思い出し遠い目をしていた社とアルを余所に、ハジメとシアはいつの間にかイチャついていた。ハジメを後ろからシアが抱きしめており、真っ赤に染まった顔をハジメの肩に乗せご満悦の表情である。ハジメの背中は今頃〝むにゅう〟と素晴らしい巨乳(かんしょく)を堪能しているだろう。

 

「オイ、社。お前からも何か言ってやれ。」

 

「そうだなぁ・・・いつか刺されない様に気を付けろよ?親友が痴情のもつれでザックリ、なんて笑うーーー悲しいからな。薄手の防刃チョッキとかどうよ?」

 

「誰が具体案出せって言ったよ!俺にじゃなくてシアにだ!つうかお前は人の事言えんのか!?」

 

 あくまでも「身内を捨てるような真似はしない」という意味であって、シアを〝自分の女〟であると宣言したつもりは無かったハジメ。最もシアにはまるで伝わっておらず、社には分かっててすっとぼけられたが。シアからしてみれば惚れた男から〝神にだって渡さない〟と宣言されたので、どのような意図であれ嬉しい言葉である事に違いは無いだろう。手っ取り早く交渉を打ち切るための発言が、いろんな意味で〝やりすぎ〟だった事にやっちまった感を出すハジメ。

 

「ん・・・カッコよかったから大丈夫。」

 

「・・・慰めありがとよ。」

 

 心情を察してフォローしてくれたユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるユエと、背中に密着しながら喜びを隠さないシア。商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。

 

 早朝の正門前、多数の人間がいる中でウサミミ美少女と金髪紅眼の美少女を纏わりつかせるハジメに突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。但し、先程から心底愉快そうに此方を見ている社は除く。近い内に必ず報いを受けさせるとハジメは心に誓った。

 

 

 

 

 

 唐突な話題ではあるが、この世界に於ける冒険者達の食料事情について説明しよう。肉体が資本となる冒険者達にとって、食事とは当然ながら欠かせないものである。と同時に、(ハジメ達の世界に比べれば)比較的娯楽の少ないこの世界ではストレスを解消する為の数少ない手段、又は趣味になる物でもある。

 

 その一方で、任務中に冒険者達が満足いく食事を取れる機会が訪れるのは稀だ。今回の様な商隊の護衛依頼となると凝った料理を準備する時間も惜しいし、何より荷物が増えて邪魔にしかならないからだ。いざと言う時に荷物が邪魔で動けないでは話にもならない。故に、基本的には嵩張(かさば)らない酷く簡易的な食事で済ませてしまうのだとか。

 

 そしてその簡易的な食事も、保存性を優先した物であり決して美味しくは無い。味気ない乾パンや硬い干し肉など「まぁ、食べられない事も無いよね」程度の品になる。その代わり、町に着いて報酬を貰ったら直ぐに美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。つまり、何が言いたいのかというと。

 

「カッーー、うめぇ!ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん!もう亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」/「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる!シアちゃんは俺の嫁!」/「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ?身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう?もちろん、俺のおごりで。」/「な、なら、俺はユエちゃんだ!ユエちゃん、俺と食事に!」/「ユエちゃんのスプーン・・・ハァハァ。」/「と言うか、アルちゃん良く食うなぁ・・・。」/「ア、アルちゃん、こっちのお肉、美味しいよ。こ、こっち来て一緒に食べないかい・・・?」

 

「ヤベェな、蝗害(こうがい)かよ。」

 

「俺は肉の塊にピラニアが群がる絵面を思い出した。」

 

 シア手作りのシチュー(っぽい料理)を貪る冒険者達を見て、若干引きつつあるハジメと社。ブルックの町を出発して3日目の夜、野営の準備を終えた一行は食事を取っていた。ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約6日程の為、およそ半分は進んだ計算になる。これまでの道中では特に問題が起きる事も無く、ハジメ達も実に長閑(のどか)な旅を楽しんでいたのだが。

 

「いやぁ、流石にあんな物欲しそうな目で見られちゃうと、流石にいたたまれなくなっちゃいました。」

 

「・・・シアの料理は美味しい。こうなるのも無理は無い。」

 

「流石に目の前で美味そうに食い過ぎたかね。実際美味しいしなぁ。」

 

「うふふ〜、ありがとうございます、ユエさん、社さん。」

 

 2人からお世辞抜きの賞賛を貰い、照れながら笑みを浮かべるシア。他の冒険者達に料理のお裾分けを提案したのは、他でも無いシアだ。野営中、他の冒険者達が味気ない携帯食を食べている横で、ハジメ達は〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い出来立て熱々の料理を美味そうに食べていたのだ。

 

 当然ながらその光景は他の冒険者の目に留まり、彼らは涎を滝のように流しながら血走った目でハジメ達の食事風景を凝視するという事態に発展。物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果が今の状態である。

 

 当初、ハジメ(と社とアル)は周りの視線なぞ欠片も気にせず平然と飯を食べていた。もちろんお裾分けするつもりなど皆無である。だが、野営中の食事当番を率先して受けてくれたのはシアであり、更に言えばハジメ達の中で最も料理が上手いのもシアだ。そんな彼女からお裾分けを提案されては、流石に否とは言えなかった。見事に胃袋を掴まれている。

 

 それからというもの、冒険者達はこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がって来ていた。最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、今では事ある毎にユエとハウリア姉妹を軽く口説くようになったのである。

 

「お裾分け位なら良いんスケド、飯くらいは静かに食いません?箸が進まないンで。」

 

「いやアルさんさっきから黙々とめっちゃ食ってるよね???」

 

「それはそれ、これはこれッスね。義姉(ネエ)サン、おかわりー。」

 

「ワーオ、ここに来て食いしん坊キャラまで追加されんのか。・・・あれ?もしかして、うちのパーティーってイロモノ枠しか居ない?」

 

 変わらずにスプーンを動かすアルを見た社は、改めてパーティーメンバーに想いを馳せる。奈落に堕ちた結果、身内以外は躊躇無く切り捨てる錬成師(ハジメ)。奈落に数百年封印されていた、先祖返りで不死身の肉体を得た吸血姫(ユエ)。亜人では有り得ない筈の魔力持ちである兎人族(シア)。この世界生まれでは現状唯1人の『呪術師』である森人族(アル)。こうして列挙すれば改めて異様さが際立つと言うものである。最も、社は社で『特級過呪怨霊(特大の不発弾)』を抱えている為、全く人の事は言えない。

 

 社が目を逸らしたくなる事実に気づいた間もぎゃーぎゃーと騒ぐ冒険者達だが、ここで遂にキレたハジメが無言で〝威圧〟を発動する。熱々のシチュー(モドキ)で温まった筈の体が、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は青ざめた表情でガクブルし始める。

 

「で?腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

 

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー。」」」」」

 

 ハジメの小さくも妙に響く問いに、見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。ハジメよりも年上だとか冒険者としてベテランであると言う事実は、今この場では何の役にも立たなかった。ハジメから受ける〝威圧〟が半端無いのもあるが、ブルックの町での所業を知っているので逆らおうという者は居ないのである。

 

「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」

 

「そんなことはどうでも良い。」

 

「はぅ!?」

 

 はにかみながら、さりげなくハジメにアピールするシアだったが、ハジメの一言でばっさり切られる。

 

「・・・ハジメ。」

 

「ん?・・・何だよユエ。」

 

 咎めるようなユエの視線に、ハジメは少し怯む。ユエは人差し指をピッとハジメにつきつけると「メッ!」した。以前約束したように、もう少しシアに優しくしろと言いたいのだろう。ハジメとしては未だシアに対して恋情を抱いていないので、身内への配慮程度でいいだろうと思っていたのだが・・・ユエ的にアウトらしい。

 

「ユエさん意外とシアさんに甘いよね。」

 

「・・・ん。調子に乗りやすいのは玉に(きず)だけど・・・シアは良い子。」

 

「目線がもう完全に親か保護者。」

 

 ユエからシアへの対応は、辛辣な物言いはあれど比較的甘いと断じて良いだろう。少なくとも恋敵候補に対する態度ではあり得ない。ハジメから1番に愛されていると言う自信か、或いはシアに見事に絆されたか。はたまた元々そんな恋愛観を持っていたのか・・・少なくとも、認めた相手には酷く寛容なのだろう。

 

「ハジメさん!そんな態度取るなら、〝上手に焼けた〟串焼き肉あげませんよぉ!」

 

 そして最近、更にへこたれなくなったシア。ハジメのツンな発言にも大抵はビクともしない。衝撃を受けても直ぐに復活して強気・積極的なアプローチを繰り返すようになっていた。

 

「・・・何故そのネタを知って「あ、それ教えたの俺。」オイ。・・・いや、良い。さっさとその肉を寄越せ。」

 

「ふふ、食べたいですか?で、では、あ~ん。」

 

「・・・・・・。」

 

「シアさーん、熱いだろうからフーフーしてあげるとハジメ喜ぶと思うよー。」

 

「お前はホントに余計な事しか言わないな社ォ!」

 

「・・・フー、フー・・・。」

 

「ユエまで!?」/「流石ユエさん判断が早い。」

 

 シアが頬を染めながら上手に焼けた串焼き肉をハジメの口元に差し出す。チラッとユエを見ると、串焼き肉を手に取って既に待機済みだ。シアの「あ~ん」の後に自分もするつもりなのだろう。冒険者達の視線を感じながら、ハジメは溜息を吐くとシアに向き直り口を開けた。シアの表情が喜色に染まる。

 

「あ~ん。」

 

「・・・・・・。」

 

 差し出された肉をパクッと加えると無言で咀嚼するハジメ。シアは「ほわぁ~ん」とした表情でハジメを見つめている。と、今度は反対側から串焼き肉が差し出された。

 

「・・・あ~ん。」

 

「・・・・・・。」

 

 シアから差し出された串焼き肉を無言でパクッとして咀嚼するハジメ。既に次弾は反対側のシアが準備済みである。口内の肉を飲み込んだハジメにシアが再び「あ〜ん」をするーーーその、直前。

 

「・・・ん。ハジメ、口に付いてる。」

 

 ペロッ

 

 瞬間、ユエ含む僅か数人を除いた周囲の全てが凍りついた。当事者の片割れであるハジメ、串焼き肉片手に「あ〜ん」の体勢を取っていたシア、周囲から視線を向けていた冒険者達。〝ハジメの唇に付いた串焼き肉のタレを、ユエが舌で舐めとった〟ーーー唯それだけの事象が、彼等彼女らの時を止めたのだ。

 

「ユエさん・・・やったのか!今・・・!ここで!」

 

「大胆ッスねー、ユエさん。(モグモグ)」

 

 ユエの行為に辺りが静まり返る中、実に楽しそうにネタ発言を(ベルト◯トごっこ)する社とマイペースに食事をし続けるアル。社はハジメとユエのイチャイチャをオルクス大迷宮に居た頃から見慣れている為、アルは単純に食い意地が張っている食べる事に集中していた為、理由は違えど動揺していなかった。逆に言えば、平然としていられたのは2人だけとも言えるが。

 

「やりやがった、やりやがったぞあの2人!」/「余りにも速いペロペロ、俺で無くとも見逃さないね。」/「あんな自然(ナチュラル)に舐めとるなんて、まさか常日頃からやり慣れてる・・・ってコト!?」/「嫌だぁぁ!!俺のユエちゃんがぁぁぁぁ!!!」/「頭が、割れるっ、まさか、これが脳破壊(NTR)・・・?」/「アタシもあんな事出来る男が欲しいわ・・・。」/「ハッハッハ、ロックマウント顔負けのお前じゃ無理イィィィ!?腕はそんなに曲がらないのぉ!関節壊れちゃうゥゥゥ!?!?」

 

「ウルセッ!?いきなり何騒いでんだコイツら。」

 

「ズルいですよユエさん!ハジメさん、こっち向いて下さい!今度は私が、ぺ、ペロッてしてあげます!」

 

「・・・駄目、シアにはまだ早い。」

 

 喧々諤々、シアを筆頭に(にわか)に騒がしくなる面々。特に突然恋人同士のいちゃつきを見せられた冒険者達はかなり興奮しており、先程ハジメに〝威圧〟された事すら頭から抜け落ちている様子だ。自分達とは縁の遠い、恋人同士の逢瀬に目と脳を焼かれたとも言う。自分達を置いてヒートアップしていく周囲の状況に「これから先が思いやられる」と、元凶である事を棚上げして溜息を吐くハジメなのであった。

 

 

 

 

 

「因みに、唇ペロッ、をユエさんに教えたのも俺だ。」

 

「よーし、お前を殺す。」

 

「え?嬉しくなかったの?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「お前さんのそういう正直なとこ好きだよ俺は。」

*1
現に魔人族も違う神を信仰している



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56.不穏

評価バーが赤色で目を疑った作者です。

感想共々、凄い励みになってます。


 ユエの大胆な行動から乱痴気騒ぎになった『スマ・ラブ脳破壊事件(仮)』から2日が経過した。フューレンまで残すところ後1日に迫る中、遂に長閑(のどか)な旅路を壊す無粋な襲撃者が現れる。

 

「敵襲です!数は100以上!森の中から来ます!」

 

 最初に異変に気が付いたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「社、〝悪意感知〟は?」

 

「直前まで反応無し。待ち伏せとかじゃなくて、偶々かち合ったんだろうな。・・・多分?」

 

「何でそんな自信無さげなんだ。」

 

「いや、なーんか変な感じするんだよなぁ。魔物の群れにしちゃぁ()()()()()()()()()()()()()気がする。群体って言うか、1つの生物みたいな。」

 

「ふむ・・・超個体*1みたいなモンか?」

 

(ん〜?何か、どっかで感じた事がある様な・・・気にしすぎか?)

 

 ハジメと社が思考を巡らせている間、警告を聞いた冒険者達の間で一気に緊張が高まる。商隊が現在通っている街道は、森に隣接してはいるがそこまで危険な場所では無い。何せ大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全はそれなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くものの、せいぜいが20体前後、多くても40体位が限度の筈なのだ。

 

「くそっ、100以上だと?最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 護衛隊のリーダーであるガリティマはそう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は全部で15人。ユエとハウリア姉妹を入れても18人*2。この人数で商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかとガリティマが考え始めた時、それを遮るように提案の声が上がった。

 

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 

「えっ?」

 

 まるで「ちょっとコンビニ寄るか」的なノリと気軽い口調で信じられない提案をしたのは、他でもないハジメである。ガリティマはハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返す。

 

「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど?って言ってんだよ。」

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが・・・えっと、出来るのか?このあたりに出現する魔物はそれほど強い訳ではないが、数が・・・・・・。」

 

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな。」

 

 ハジメはそう言って、すぐ横に佇むユエの肩にポンッと手を置いた。ユエも特に気負った様子も見せず「楽勝だ」と言わんばかりに「ん・・・」と返事をした。

 

 ガリティマは少し逡巡する。彼も噂でユエが類稀(たぐいまれ)な魔法の使い手であると言う事は聞いている。仮に言葉通り殲滅は出来なくても、ハジメ達の態度から相当な数を削れるだろう。ならば戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅出来なくても数を相当数減らしてくれるなら問題無い。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。皆、分かったな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。どうやら、ユエ1人で殲滅できるという話はあまり信じられていないらしい。100体以上の魔物を1撃で殲滅出来る様な魔法使いなぞ、そうそう居るものでは無い。寧ろユエ1人に丸投げせず即席で状況に対応しようとする辺り、ガリティマ達の優秀さが伺える。

 

「こうやって見てると、ユエさん達ナンパしようと馬鹿やってたとは思えないくらいしっかりしてるよな。」

 

「良くも悪くもギャップが(ヒデ)ェな。」

 

 商隊の前に陣取り隊列を組む冒険者達をみて、思わず呟いた社とハジメ。緊張感を漂わせながらも覚悟を決めた良い顔つきの彼等に、食事中などでふざけていた雰囲気は微塵もない。道中で冒険者としての様々な話を聞いてはいたが、こういう姿を見ると確かにベテランと言うに相応しいと頷かされる。

 

「ユエ、一応詠唱しとけ。後々面倒だしな。」

 

「・・・詠唱・・・詠唱・・・・・・?」

 

「・・・エ?もしかして詠唱分かんないんスか。それであんだけ魔法撃てるとかマジ?」

 

 素で頭に〝?〟を浮かべているユエを見て戦慄するアル。ハジメがフリだけでもユエに詠唱を求めたのは、周囲に追及されるのが面倒だったからだ。ユエの方は元々詠唱が不要だったせいか、碌に覚えていなかった様だが。最悪、小声で唱えていた事にでもすれば良いので、特に問題にもならないだろう。

 

「・・・大丈夫、問題無い。」

 

「いや、そのネタ・・・おい、社。」

 

「いや、俺は今回ノータッチだからね?」

 

「接敵、10秒前ですよ~。」

 

 ユエの発言に不安を抱きつつも、入れ知恵の前科がある社をジト目で睨むハジメ。どう見てもユルユルな雰囲気だった。100に近い魔物達が一斉に迫り来る絵面は中々に迫力がある筈なのだが、どうにもハジメ達の空気は締まらない。潜り抜けてきた修羅場の質が違う為、仕方無いと言えば仕方無いが。そうこうしている内にシアから報告が入ると、ユエは右手をスっと森に向けて掲げると透き通るような声で詠唱を始めた。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれーーー〝雷龍〟。」

 

 ユエの詠唱が終わり魔法のトリガーが引かれた瞬間。詠唱の途中から立ち込めていた暗雲より雷で出来た巨大な龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

 

「・・・な、なんだあれ・・・。」

 

 それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れが迫っているにも関わらず、誰もが天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様に唖然としている。護衛隊にいた魔法に精通している後衛組すら、見た事も聞いた事も無い魔法に口をパクパクさせて呆けていた。ーーーだが。

 

(オイオイオイオイ、魔物共は〝雷龍(アレ)〟が見えないのか?全くビビらずこっち来るじゃん。どうなってんだ?)

 

 どうにも違和感が消し切れない社は冷静に魔物達を観察する。驚愕に包まれていた味方とは対照的に、森の中から飛び出して来た魔物達は〝雷龍〟を一瞥(いちべつ)すらせずに真っ直ぐ商隊に向かって来る。感じ取れる殺意に(かげ)りは無く、獲物を喰らいつくす気概に満ち溢れている。うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍にさえ、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 社の抱く疑念が大きくなる中で、遂に魔物達に裁きが下される。ユエの細く綺麗な指タクトに合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍が魔物達へと顎門を開き襲いかかった。

 

 ーーーゴォガァアアア!!!

 

「うわっ!?」/「どわぁあ!?」/「きゃぁあああ!!」

 

 雷龍が凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、何とその場にいた魔物の尽くが自らその顎門へと飛び込んでいく。そして一瞬の抵抗も許されずに雷に飲まれると滅却され消えていく。

 

 ユエの指揮に従い雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。雷撃の壁に逃げ場を失くした魔物達の頭上で、落雷の轟音を響かせながら雷龍が再び顎門を開くと、魔物達は一切の抵抗を許されず吸い込まれる様に雷龍に飲み込まれていく。瞬く間に全ての魔物を喰らった雷龍は、最後にもう一度落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。

 

 連続する轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦めていた冒険者や商隊の人達が、薄ら目を開けて前方の様子を見る。だが、そこにはもう何も無い。とぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。

 

異世界(まかい)の王族で金髪。電撃魔法が得意で必殺技は雷龍(バオウ)、おまけに治癒能力持ち(体が頑丈)・・・ユエさんは優しい王様だった?」

 

「・・・ん、元女王。」

 

「確かに共通点多いな。しかしユエ、あんな魔法、俺も知らないんだが・・・。」

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ?ハジメさんから聞いた龍の話と、例の魔法を組み合わせたものらしいです。」

 

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか・・・ていうかユエ、さっきの詠唱って・・・。」

 

「ん・・・ハジメとの出会いと、未来を詠ってみた。」

 

「隙あらばイチャつくんスねー2人とも。」

 

 無表情ながら「ドヤァ!」という雰囲気でハジメを見るユエ。我ながら良い出来栄えだったという自負があるのだろう。苦笑いしながら優しい手付きでユエの髪をそっと撫でるハジメ。態々詠唱させて面倒事を避けようとしたのが全くの無意味だったが、自慢気なユエを見ていると注意する気も失せる。

 

 ユエのオリジナル魔法〝雷龍〟。これは〝雷槌〟と言う上級魔法と重力魔法の複合魔法である。空に暗雲を創り極大の雷を降らせる〝雷槌〟を、重力魔法により纏めて任意でコントロールする非常に強力な魔法だ。雷龍は口の部分が重力場になっており顎門を開くことで対象を引き寄せる事も出来る他、魔力量は上級程度にも関わらず威力は最上級に比肩する、まさに大魔法と呼ぶに相応しい逸品である。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ?何なんですか、あれっ!」/「へ、変な生き物が・・・空に、空に・・・あっ、夢か。」/「へへ、俺、町についたら結婚するんだ。」/「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが。」/「魔法だって生きてるんだ!変な生き物になってもおかしくない!だから俺もおかしくない!」/「いや、魔法に生死は関係ないからな?明らかに異常事態だからな?」/「何ぃ!?てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!?アァン!?」/「落ち着けお前等!いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

 

「「「「成る程!」」」」

 

 と、此処で漸く、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。そして猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。余程衝撃だったのか「ユエさま万歳!」とか言い出す者もいる始末だ。そんな中で唯一正気を保ったリーダーであるガリティマが、壊れた仲間達に対して盛大に溜息を吐くとハジメ達の下へやって来る。

 

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た。」

 

「今は仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」

 

「・・・ん、仕事しただけ。」

 

「はは、そうか・・・で、だ。さっきのは何だ?」

 

 ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。無理も無い、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在せず、ましてそれを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能*3なのだから。

 

「・・・オリジナル。」

 

「オ、オリジナル?自分で創った魔法ってことか?上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

 

「・・・創ってない。複合魔法。」

 

「複合魔法?だが、一体、何と何を組み合わせればあんな・・・。」

 

「・・・それは秘密。」

 

「ッ・・・それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな・・・。」

 

 深い溜息と共に追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしく、肩を竦めると壊れた仲間を正気に戻しにかかった。このままでは〝ユエ教〟なんて新興宗教が生まれかねないので、ガリティマには是非とも頑張って貰いたいと考えるハジメ。

 

「・・・ん?社は何処行った?」

 

「社さんならアルと一緒にあっち行きましたよ?」

 

 シアが指差したのは先程雷龍に魔物達が飲み込まれた場所だ。黒く焼けた土地は未だ熱を放っており、地表からは陽炎が揺らめいている。余熱とは言えまだまだ熱いだろうに、社とアルはそれを厭わずしゃがみ込んだ状態で何かを探している様だ。

 

「どうよアルさん。何か残ってた?」

 

「いや、何も無いッスね。流石にさっきの〝雷龍(アレ)〟食らったらしゃーなしッスケド。」

 

「探し物は魔物の残骸か。魔物達が全く怯んで無かったのが気になるのか?」

 

「おやハジメ、大当たり。どうにも気掛かりと言うか、既視感があってな。アルさんにも手伝ってもらってた。」

 

 社とアルの下へ合流するハジメ。2人が探していたのは商隊を襲撃した魔物達の残骸だった。通常の倍以上の数が同時に現れた事、異なる種であるにも関わらず悪意が統率されていた事、そして雷龍を見ても一切怯えを見せなかった事。それらの奇妙な点が『呪霊』や妖相手に(しのぎ)を削り培われた社の警戒心を刺激していた。

 

「ま、雑魚ばっかだったし、考え過ぎかも知れないけどな。」

 

「いや、元の世界も含めれば1番戦闘経験が有るのは社だ。そのお前が何となくでも気になったってんなら、確かめる価値は有る。」

 

「だと良いんだがーー「それっぽいの見つけたッス!」ーーマジかでかしたアルさん!」

 

 朗報を聞いた社とハジメは直ぐにアルの下へと近寄る。駄目で元々、余り期待はしていなかったのだが、その予想は良い意味で裏切られた。2人が近寄るとアルは掌を上に差し出して見せる。どうやら、見つけた物は文字通り掌サイズらしい。

 

「「・・・何だコレ?」」

 

「マァ、そんな感想になるッスよねー。」

 

 アルの掌を覗き込んだハジメと社が揃って疑問の声を上げる。アルの掌にあったのは直径3cm程の薄い膜の様な物だった。雷龍により若干焦げ付いてはいるものの、運良く燃え切らなかったのか色や形が少しばかり残っている。特に目を引くのは色合いで、様々な色が入り混じる濁った極彩色に染まっている。

 

「雷龍食らって焼け残ってる辺り十中八九あの魔物共の残骸何だろうけど、コレだけじゃ全く分からんな。」

 

「〝鉱物系鑑定〟にも反応は出ない。少なくとも無機物では無いんだろう。」

 

「ンー・・・?イヤ、でもなぁ・・・?」

 

「?どしたのアルさん、何か気になってる?」

 

 首を捻りながら小さく唸るアルを見た社が声を掛ける。アルの悩み方は全く見覚えが無いと言うより、見覚えがあるからこそ悩んでいる様に見えたからだ。それを裏付ける様にアルは「気のせいかも知れないッスケド」と前置きし、自身の考えを述べる。

 

「何かの花びらっぽく見えないッスか?」

 

「そう言われてみれば・・・。」

 

「見えなくも無い、か?」

 

 アルの考えを聞いた社とハジメは改めて魔物の残骸に目を向ける。言われてみれば確かに派手な色合いと言い大きさと言い、丁度花の花弁に見えなくも無い。最も色合いが余りにも派手な為、お世辞にも綺麗とは言えないが。

 

「つっても多分気のせいッスね。こんな()()()()()()()()()()()()なんて、ハルツィナ樹海でも見た事無いし。」

 

「「・・・・・・・・・。」」

 

「エ、何スかその反応。まさか居るんスか。」

 

 アルの何気ない言葉を聞き顔を見合わせるハジメと社。2人の脳内を過ぎったのは、オルクス大迷宮で出会ったとある存在。他の生物に自らの胞子を浴びせ、花を寄生させる事で対象を操る厄介で嫌らしい力の持ち主だった魔物ーーーアルラウネモドキ。

 

「魔物共の頭に花は咲いていなかったよな?」

 

「ああ、俺の方でも見ていない。そもそも、アルラウネモドキ自体がオルクス大迷宮深層の魔物だ。王都で読んだ図鑑にはのって無かったし、そもそもあれだけ厄介な魔物が地上に居たとして有名にならない筈が無い。」

 

 アルラウネモドキが厄介だったのは操る対象が魔物に限らない点だった。実際、迷宮攻略中に胞子を浴びたユエは花を寄生させられ操られている。幸い〝毒耐性〟持ちのハジメと社には効果が無かったが、他の人間が都合良く耐性を持っている可能性も低いだろう。そんな状況でアルラウネモドキが地上に現れているならば、騒ぎになっていない方がおかしい。

 

「まだ、俺達の知るアルラウネモドキと決まった訳じゃ無い、が・・・。」

 

「何処ぞの誰かが、〝解放者〟達と同じ発想に至らない保証も無いよなぁ。」

 

 迷宮に居る魔物の幾らかは、試練の為に〝解放者〟達が神代魔法を用いて造ったのだとオスカーの手記に記されていた。造られた魔物が何なのか、何の神代魔法を使用したのかまでは分からなかったが・・・。もし、魔物を強化・生産できる様な神代魔法が有るのならば。もし、それを手に入れた者に適性があったならば。もし、それが人類に敵対的な存在だとしたら。

 

「警戒するに越した事は無いだろうな。」

 

「チッ、面倒なこった。」

 

 厳しい表情を崩さないハジメと社。全ては推測でしか無いが、楽観視出来る内容でも無い。商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線に晒されながら、ハジメ達一行は旅を再開するのだった。

 

 

 

 

 

「よっし、UNO(ウノ)ですぅ!」

 

「ゲッ。義姉サン早くない?」

 

「・・・むむむ。」

 

「おー、今回は言い忘れなかったね。」

 

「流石にあれだけやれば覚えるだろ。」

 

 シアのリーチを聞き、馬車の屋根でワイワイと騒ぐハジメ達。ユエが商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、ハジメ達の懸念を裏切る様に何事も無く中立商業都市フューレンに到着していた。今は商隊の持ち込み品チェックの為、フューレンの東門前で入場受付をするべく順番待ちをしているところである。

 

「それにしても、前回の襲撃から何も起きなかったな。」

 

「何も起きないなら、それに越した事は無いんだがなぁ。」

 

 順番に手札を捨てながら、商隊を襲撃した魔物について話すハジメと社。平穏なのは良い事ではあるのだが、職業病と言うべきか社はどこか釈然としない様子だ。束の間の平穏、或いは嵐の前の静けさと言うべきか。あくまでも勘でしか無いが、社はそれに近いものを感じていた。

 

「うーん、考えすぎだったかねーーーおっと残念、ドロー4だ。」

 

「あ、アタシもドロー4ありまーす。」

 

「・・・同じく。」

 

「なーーーっ!?もう少しで上がれましたのにぃ〜〜〜っ!?」

 

「気にする割には随分と楽しんでんな?」

 

「それはそれ、これはこれだ。それにこれも立派な勉強の一貫さ。」

 

 シアの悲鳴をBGMにしつつゲームを進めるハジメ達。今やってるUNOは社が〝影鰐(かげわに)〟の能力で此方の世界に持ち込んだ物である。順番待ちの暇潰しも兼ねてはいるが、本命はアルが『術式』についての理解を深める為だ。

 

「基本的に術式ってのは明確な法則(ルール)の中で振るわれるモンだが、逆に言えば原則を外れさえしなければ酷く応用が効く場合もある。その辺は術師の解釈だったり発想次第な部分があるから、こうやってルール付きのゲームしながら感覚を養おうって訳だ。自分の術式に応用出来なくても、敵の術式を見破る場合に使える事もあるしな。」

 

「成る程。」

 

 社の説明を聞き納得した様に頷くハジメ。『術式』と一口に言っても、その効果は千差万別だ。至極単純な法則(ルール)で分かり易い効果を齎すものもあれば、その逆もまた然り。中には既存の物やルールが絡んでくる『術式』もある為、こう言った訓練は必要不可欠だった。

 

「お楽しみのところ申し訳無いのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「うん?あぁ、あんたか。」

 

 馬車の屋根で遊ぶハジメ達に声を掛けたのは、商隊のリーダーであるモットーだった。何やら話が有るらしく、ハジメは軽く頷いて屋根から飛び降りた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みハジメ(と社)に対する嫉妬と羨望の目、そしてユエとハウリア姉妹に対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。特にハウリア姉妹に対しては値踏みする様な視線も増えている。流石大都市の玄関口だけあり、様々な人間が集まる場所ではユエもシアも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているらしい。

 

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ。」

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は・・・。」

 

 肩を竦めるハジメに苦笑いしつつ、さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットー。だが、「その話は既に終わっただろ?」と言うハジメの無言の主張に、両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「そんな話をしに来たわけじゃないだろ?用件は何だ?」

 

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか?商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたい物ですからな。」

 

 落ち着いた口調とは裏腹にモットーの目は一切笑っていない。〝最悪、殺してでも奪い取る〟と考えていてもおかしくない程だ。最も〝宝物庫〟さえあれば商品の安全を楽に確保し、且つ低コストで大量輸送出来る様になるのだからこの反応も無理は無いのだろう。

 

 交渉自体もこれが初めてでは無い。野営中ハジメが〝宝物庫〟から色々取り出している光景を見た時から、モットーは文字通り目の色を変えて売買を持ち掛けてきた。あまりにしつこかった為、最終的にはハジメが軽く殺気をぶつけて無理矢理引き退らせたのだが、やはり諦めきれないのだろう。ドンナー・シュラーク共々、何とか引き取ろうと再度交渉を持ちかけてきた様だ。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな。」

 

「しかし、そのアーティファクトは1個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ・・・例えば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーが狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるユエとハウリア姉妹に視線を向けた瞬間、壮絶な殺気と共にゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられる。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

 静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの隻眼はまるで深い闇のようだ。この状況、周囲は誰も気が付いていない。馬車の影になっている事、そしてハジメの殺気がピンポイントでモットーにのみ叩きつけられているからだ。

 

「ほほう、俺達の力量を見た上で喧嘩売るとか中々に良い度胸してらっしゃる。・・・そう言えば、〝宝物庫〟って人の死体も入んのかな。ユンケルさん試してみます?」

 

「ッ!?!?」

 

 ハジメの殺気を浴びて全身から冷や汗を流していたモットーの後ろから、突然社の声が届く。いつの間にか背後に回っていたらしい。話す内容は物騒極まりないがハジメの様に殺気をぶつけるでも無く、その声も自然体のままだ。だが、そのチグハグさが返って得体の知れない不気味さを演出していた。モットーが今尚叫びもせずに立って居られるのは奇跡に近い。

 

「ち、違います。どうか・・・私は、ぐっ・・・貴方方が余りに隠そうとしておられない・・・ので、そう言う事もある・・・と。ただ、それだけで・・・うっ。」

 

 モットーの言う通り、ハジメはアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりは無かった。ちょっとの配慮で面倒事を避けられるならユエに詠唱させたりもするが、逆に言えば〝ちょっと〟を越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。ハジメはこの世界に対し〝遠慮しない〟と決めているのだ。敵対するものは全て薙ぎ倒して進む。その覚悟があるからだ。

 

 社は戦術的な面で実力を隠すつもりは有ったが、同時に力を振るう事を躊躇するつもりも無かった。社の基本的な優先順位はハジメ達を含む身内>>>この世界の人間だ。それを侵す存在を許すつもりは毛頭無い。これだけは絶対に揺るがないし、揺らがない。

 

〝どうだ、社?〟

 

〝悪意は(俺達への恐怖以外は)感じないから、嘘は言ってないな。〟

 

「・・・そうか、ならそう言う事にしておこうか。」

 

 〝念話〟で社に悪意の有無を確認したハジメは、ドンナーをしまい殺気を解いた。同時に、殺気から解放されたモットーがその場に崩れ落ちる。大量の汗を流し肩で息をする姿は、九死に一生得たと言わんばかりだ。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。或いは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。唯、敵意をもって俺の前に立ちはだかったなら・・・生き残れると思うな?国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる。」

 

「ま、簡単に言えば、次は無いってだけですよ。」

 

「・・・はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな・・・。」

 

 未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーはやはり優秀な商人なのだろう。道中の商隊員とのやり取りを見ても、かなり慕われているようであった。ここまで強硬な姿勢を取らせる程の魅力が、ハジメのアーティファクトにはあったのだろう。

 

「ま、今回は見逃すさ。社の言う通り、次が無いと良いな?」

 

「・・・全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは・・・。」

 

 〝竜の尻を蹴り飛ばす〟とは、この世界の諺で竜とは竜人族*4を指す。彼等はその全身を覆う鱗で鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近に鱗が無く弱点となっている。防御力の高さ故に眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、それを実行して叩き潰された阿呆が居た為、そこから因んで「手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者」という意味で伝わるようになったらしい。

 

「そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは余り知られぬが良いでしょう。竜人族は教会からは良く思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが。」

 

 何とか立ち上がれるまでに回復したモットーは、服の乱れを直しながらハジメに忠告をした。中々、豪胆な人物だ。たった今、場合によっては殺されていたかもしれないのに、その相手と普通に会話できるというのは並みの神経ではない。

 

「そうなのか?」

 

「ええ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう。」

 

「なるほどな。つーか、随分な言い様だな。不信心者と思われるぞ?」

 

「私が信仰しているのは神であって、権威を笠に着る〝人〟ではありません。人は〝客〟ですな。」

 

「・・・何となく、あんたの事が分かってきたわ。根っからの商人だな、あんた。そりゃ、これ見て暴走するのも頷けるわ」

 

 そう言って手元の指輪をいじるハジメに、バツの悪そうな表情と誇らしげな表情が入り混じる実に複雑な表情をするモットー。先ほどの狂的な態度はもう見られない。ハジメの殺気に、今度こそ冷水を浴びせられた気持ちなのだろう。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は我が商会を是非ご贔屓に。貴方方は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ。」

 

「・・・ホント、商売魂が逞しいな」

 

「思ったより随分良い性格してますね、ユンケルさん。」

 

「商人とはそう言う生き物ですからな。では、失礼しました。」

 

 ハジメから呆れた視線を、社からは何処か感心した様な目を向けられながら、踵を返し前列へ戻っていくモットー。ユエとシアには未だ、否、むしろより強い視線が集まっている。モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がユエ達を指差しながら何かを話しかけている。物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、ハジメ達が思っていた以上に波乱が待っていそうだ。

*1
簡単に言うと統率された複数の個体が、1つの個体の様に振る舞う生物の事。蟻や蜂、珊瑚が該当する。

*2
シアとアルを戦力に勘定しているのは、ブルックの町で「シアちゃん/アルちゃんの奴隷になり隊」の一部過激派による行動にキレたハウリア姉妹が、拳1つで湧き出る変態達を吹き飛ばした逸話が畏怖と共に広まっている為。

*3
一般的には〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と評される

*4
五百年以上前に滅びたとされる種族。〝竜化〟という固有魔法を使えた為に魔物と人の境界線を曖昧にし差別的排除を受けた、半端者として神により淘汰された等色々な説があるが、滅びた理由は不明。



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57.商業都市フューレンにて

 中立商業都市フューレンーーー高さ20m、長さ200kmの外壁で囲まれた大陸一の商業都市は、その巨大さから幾つかのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類等を生産・直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区の4つである。

 

 東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近い程信用のある店が多いと言うのが常識らしい。逆にメインストリートからも中央区からも遠い場所は闇市的な店が多く、その分時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達がよく出入りしている様だ。

 

「そういう訳なので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから。」

 

 中央区の一角にある冒険者ギルド・フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら、案内人*1であるリシーの話を聞くハジメ達。モットー率いる商隊と別れた後、冒険者ギルド・フューレン支部にて無事に依頼達成を認められたハジメ達は、街にある宿や施設を調べる為に専門の案内人を雇っていた。

 

「成る程な、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

 

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから。」

 

「そりゃそうか。そうだな、飯が美味くて、あと風呂があれば文句は無い。立地とかは考慮しなくていい。あと責任の所在が明確な場所が良いな。」

 

 にこやかにハジメの要望を聞いていたリシーが首を傾げる。最初の2つは良く出される要望だった故、直ぐに脳内でオススメの宿をリストアップ出来た。が、最後の1文は余り聞き覚えが無かった為に少し引っ掛かったのだ。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

 

「ああ、例えば何らかの争いごとに巻き込まれたとして、こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について誰が責任を持つのかだな。どうせなら良い宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ。」

 

「え~と、そうそう巻き込まれることは無いと思いますが・・・。」

 

「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。まぁ、あくまで〝出来れば〟だ。難しければ考慮しなくていい。」

 

 苦笑いするハジメの言葉を聞いたリシーは、すぐ隣でうまうまと軽食を食べるユエとシア、そして隣のテーブルで社と座り軽食を貪る摘むアルに視線をやると納得したように頷いた。確かにこの美少女3人は目立つ。現に今も周囲の視線をかなり集めており、特にハウリア姉妹に至っては亜人だ。他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、しつこい交渉を持ちかける商人やハメを外して暴走する輩がいないとは言えない。最も、アルに関しては食べている量が既に3人前を越えていたので、別の意味で注目を集めても居たが。軽食とは一体。

 

「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは?そう言う事に気を使う方も多いですし、良い宿をご紹介できますが・・・。」

 

「ああ、それでも良い。唯、欲望に目が眩んだヤツってのは時々とんでもないことをするからな。警備も絶対で無い以上は最初から物理的説得を考慮した方が早い。」

 

「ぶ、物理的説得ですか・・・成る程、それで責任の所在な訳ですか。」

 

 ハジメの意図を完全に理解したリシーは、あくまで〝出来れば〟で良いと言うハジメに案内人根性が疼いたらしく、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。そしてユエとハウリア姉妹、社の方に視線を転じ、他にも要望が無いかを聞き始めた。出来るだけ客のニーズに応えようとする辺り、リシーも彼女の所属する案内屋も当たりの部類なのだろう。

 

「・・・お風呂があれば良い。但し混浴、貸切が必須。」

 

「えっと、大きなベッドがいいです。」

 

「ゴハンが美味しいトコで。(モグモグモグモグ」

 

「マジブレねぇな君ら。あ、俺は大丈夫でーす。」

 

 少し考えてそれぞれの要望を伝える一同。なんて事ない要望だが、ユエとシアが付け足した要望を組み合わせると自然と意図が透けて見える。リシーも察したようで「承知しましたわ、お任せ下さい」とすまし顔で了承するが、頬が僅かに赤くなっている。そしてチラッチラッとハジメとユエ達を交互に見ると更に頬を染めた。すぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中は「視線で人が殺せたら!」と云わんばかりにハジメと社を睨んでいたが、すっかり慣れた視線なので普通にスルーしている。

 

「・・・ハジメ。」

 

「ああ、分かってる。言ったそばからコレだ。」

 

 そのまま他の区について話を聞いていると、不意に社が悪意を感知する。次いで感じたのは強い視線。特にシアとハウリア姉妹に対しては、今までで一番不躾でねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしない女性陣だが、余りに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰めている。・・・訂正、アルのみは食事に集中し過ぎて全く意に介していない。

 

 ハジメと社がチラリとその視線の先を辿ると・・・ブタ(直喩)が居た。体重が軽く100kgは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔と豚鼻、そして頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にも分かる良い服を着ている。そのブタ男がユエとハウリア姉妹を欲望に濁った瞳で凝視していた。

 

 ハジメと社が「面倒な」と思うと同時に、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐハジメ達の方へ近寄ってくる。リシーも不穏な気配に気が付いたのか、傲慢な態度でやって来るブタ男に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。

 

(リシーさんの反応を見るに碌な奴じゃ無さそうだ。さて、何をしでかすやら。)

 

 社の思考をよそにブタ男はハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとハウリア姉妹をジロジロと見やり、ハウリア姉妹の首輪を見て不快そうに目を細めた。そして今まで一度も目を向けなかったハジメに、さも今気がついたような素振りを見せる(社に至っては全く眼中に無いらしく、目すら合わさない)と、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、100万ルタやる。この兎と耳長を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い。」

 

(この言い分で通ると思ってるとか正気か?交渉としても下の下じゃねーか。ここまで綺麗に死亡フラグ立てられるとか笑うしか無い。)

 

 ドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げてユエに触れようとするブタ男に、社は一周回って感心する。彼の中では既にユエは自分の物になっている様だ。無論、そんな無体をハジメが許すはずも無く、その場に凄絶な殺意の乗った〝威圧〟が降り注ぐ。

 

 直接殺気を受けたブタ男は「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始める。

 

「随分と加減したな?」

 

「本気でぶつけたら失神するだけで見せしめにならねぇだろ。お前ら行くぞ。場所を変えよう。」

 

「・・・ゴハンが。」

 

「そんな世界の終わりみたいな顔するアルさん?持ち帰り(テイクアウト)すれば?」

 

 汚い液体が漏れ出しているブタから離れるべく、ハジメは皆に声をかけて席を立つ。本当は即射殺したかったのだが流石に過剰防衛だろうし、殺人犯を放置する程都市の警備も甘くないだろう。基本的に正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようとハジメと社は考えていた。

 

 席を立つハジメ達にリシーが「えっ?えっ?」と混乱気味に目を瞬かせる。然もありなん、リシーだけはハジメの〝威圧〟の対象外*2だったからだ。リシーからすればブタ男が勝手な事を言い出したと思ったら、いきなり尻餅をついて股間を漏らし始めたのだから混乱するのは当然だろう。

 

 周囲にまで〝威圧〟を振り撒いたのは(わざ)とだ。周囲の連中もそれなりに鬱陶(うっとう)しい視線を向けていたので、序でに警告したのだ。〝手を出すなよ?〟と。周囲の男連中の青ざめた表情から判断するに、これ以上無い程に伝わっただろう。

 

 だが、〝威圧〟を解きギルドを出ようとした直後、ブタ男とは違う意味で100kgはありそうな大男がハジメ達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。その巨体が目に入ったのか、ブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。

 

「そ、そうだ、レガニド!そのクソガキを殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!嬲り殺せぇ!」

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや。」

 

「やれぇ!い、いいからやれぇ!お、女は、傷つけるな!私のだぁ!」

 

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ。」

 

「い、いくらでもやる!さっさとやれぇ!」

 

 どうやらレガニドと呼ばれた巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。ハジメから目を逸らさずにブタ男と報酬の約束をするとニンマリと笑った。珍しい事にユエやハウリア姉妹は眼中に無いらしい。見向きもせずに貰える報酬にニヤついている様だ。

 

「おう、坊主。悪ぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は・・・諦めてくれ。」

 

 レガニドはそう言うと拳を構えた。長剣の方は流石に場所が場所だけに使わない様だが、周囲がレガニドの名を聞いて騒めく。

 

「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」/「〝暴風〟のレガニド!?何で、あんなヤツの護衛なんて・・・。」/「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

 周囲のヒソヒソ声で大体目の前の男の素性を察したハジメ。天職持ちなのかどうかは分からないが冒険者ランクが〝黒〟ーーー即ち上から3番目のランクであり相当な実力者と言う事だ。

 

 にやけ顔を崩さないレガニドから闘気が噴き上がる。それを見たハジメが「これなら正当防衛を理由に半殺しにしても問題ないだろう」と拳を振るおうとした瞬間、意外な場所から制止の声がかかった。

 

「・・・ハジメ、待って。」

 

「?どうしたユエ?」

 

 ユエは隣のシアを引っ張ると、疑問に答える前にハジメとレガニドの間に割って入った。訝しげなハジメとレガニドに、ユエは背を向けたまま答える。

 

「・・・私とシアが相手をする。」

 

「えっ?ユエさん、私もですか?」

 

 シアの質問はさらりと無視するユエ。だが、ユエの言葉にハジメが返答するよりも、レガニドが爆笑する方が早かった。

 

「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって?中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ?夜の相手でもして許してもらおうって「・・・黙れ、ゴミクズ。」ッ!?」

 

 下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に風刃が襲い掛かりその頬を切り裂いた。プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。かなり深く切れた様で、レガニドはユエの言葉通り黙り込む。ユエの魔法が速すぎて、全く反応できなかったのだ。心中では「いつ詠唱した?陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析している。その間にユエは何事も無かったかの様にハジメと未だに意図が分かっていないシアに向けて話を続ける。

 

「・・・私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる。」

 

「ああ、成る程。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね。でもそれならアルも・・・いえ、やっぱり大丈夫です。アルはそのまま食べてて下さい。代わりにお義姉ちゃん頑張っちゃいます!」

 

 アルが満ち足りた顔で持ち帰り様の軽食を頬張る姿を見て、つい甘やかしてしまうシア。ユエの理屈で言えばアルも戦える事を知らしめておくべきではあるが、可愛い義妹の幸せそうな表情を見てしまい姉馬鹿が発動してしまったらしい。最も、レガニド相手に3人も要らないだろうが。

 

「・・・アルは置いといて。せっかくだから、レガニド(これ)を利用する。」

 

「まぁ、言いたいことは分かった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でした、なんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし・・・うん、良いんじゃないか?」

 

「・・・猛獣はひどい。」

 

 ユエの言葉に納得したハジメは、苦笑いしながら一歩後ろに下がった。ユエは隣のシアに「先に行け」と目で合図を送り、それを読み取ったシアは背中に取り付けていたドリュッケンに手を伸ばすと、まるで重さを感じさせずに1回転してその手に収める。

 

「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ?雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」

 

「腰の長剣。抜かなくていいんですか?手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」

 

「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん!わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」

 

(・・・コイツ本当に上から3番目の〝黒〟(ランク)なのか?ハジメやユエさんがヤバいのは分かりきってんだから、シアさんにも何が有ると考えるのが普通だろうに。)

 

 レガニドはシアには大して気にせずユエに気を配りながら、未だ近くでへたり込んでいるブタ男に一言断りを入れる。流石にユエ相手に無傷で無力化は難しいと判断した様だ。

 

 だが、その認識は余りにも足りないと言わざるを得ない。愛玩奴隷という認識が強い兎人族が戦鎚を持っている事、相応の実力が垣間見えるハジメとユエが初手を任せた事、社やアルに至ってはレガニド如き全く眼中に無くシアの心配を欠片もしていない事。どれか1つにでも違和感を抱けたなら、まだマトモに戦えていたかも知れない。

 

「ーーー行きます!」

 

「ッ!?」

 

 シアの掛け声と共に戦いの火蓋が切って落とされる。直後、未だ余裕をかましていたレガニドの眼前へ、ドリュッケンを腰だめに構えたシアが一気に踏み込んだ。驚異的な加速でもって肉薄するシアを見て、レガニドの顔が驚愕に染まる。

 

「やぁ!!」

 

 可愛らしい声音に反して豪風と共に振るわれた超重量の大槌が、レガニドの胸部に迫る。直撃の寸前、レガニドは辛うじて両腕を十字にクロスさせて防御を試みるがーーー。

 

(重すぎるだろっ!?)

 

 踏ん張る事など微塵も敵わず、咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がそうとするもスイングが速すぎて殆ど意味は無さない。結果「グシャッ!」と言う酷く生々しい音を響かせながら、レガニドは勢いよく吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。

 

「ンン?何か、手応えなさ過ぎじゃ無いッスか?〝黒〟ランクって結構上の方だったと思うんスケド。」

 

「そこそこ腕は立つ方だと思うよ?ブルックに居た冒険者達の平均は軽く超えてるだろうしね。唯、俺達の基準が大分ぶっ飛んでるだけで。」

 

 いつの間にか軽食を平らげていたアルの感想を聞き、社は自分なりの分析を語る。実際のところ、レガニドはこの世界基準ならば決して弱くは無い。ブルックの町に居た冒険者達を越え、精鋭揃いのハイリヒ王国騎士団の面々と比べても何ら遜色は無いだろう。片や変態共をしばく為、片や王国での訓練の為、理由は異なれど社は両者と戦った経験があるので、その見立てもかなり精度の高い物になっている。

 

 最も、それでハジメ達に通用するかと言われれば間違い無くNoだ。レガニドを吹っ飛ばした張本人であるシアすら、手応えの無さに拍子抜けしている。ハウリア姉妹が強くなっているのは頼もしいが、「何処かしらで基準の矯正をかけた方が良いか?」と内心思う社。敵を過小評価するのは論外だが、過大評価するのもそれはそれで問題だからだ。

 

 と、社達が話していた間にレガニドが再び立ち上がる。が、その様子はお世辞にも無事とは言えない。特に酷いのはガードした右腕であり、ひしゃげたように潰れている。何時倒れてもおかしく無い怪我ではあるが、それでも立ち上がったのは〝黒〟としての意地だろうか。

 

(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ・・・。)

 

 引き攣る様な笑みを浮かべ内心で盛大に愚痴るレガニド。既に満身創痍の己の目の前には、シアとバトンタッチしたユエが氷の如き冷めた目で右手を突き出している。

 

「舞い散る花よ、風に抱かれて砕け散れーーー〝風花〟。」

 

 詠唱と共に放たれた魔法によって、レガニドは生涯で初めて〝空中で踊る〟という貴重で最悪な体験をする事になった。ユエのオリジナル魔法第2弾〝風花〟ーーー風の砲弾を飛ばす魔法〝風爆〟と重力魔法の複合魔法である。

 

「うわエグ。」

 

「あらら、容赦無いですねぇ、ユエさん。」

 

「シアは人の事言えないだろ。ま、自業自得だ。」

 

「お前は磔刑(たっけい)だーーー!」

 

「ここぞとばかりにボケるな社。ユエは覚悟狂いの神父じゃねぇ。」

 

 宙吊りのままボコられているレガニドを見て、それぞれの感想を述べる一同。重力場を宿した複数の風の砲弾を自在に操る事で、目標を宙に浮かせて(はりつけ)にしながらサンドバックにし続ける、と言うえげつない魔法だ。例の如く詠唱は適当である。

 

 数十秒にも及ぶ空中での一方的なリードによる私刑(ダンス)を終えると、レガニドはそのままグシャと嫌な音を立てて床に落ちピクリとも動かなくなった。最初の数撃で既に意識を失ってはいたが、ユエはその後も容赦無く連撃ーーー特に股間を集中的に狙い撃っており、周囲の男連中の股間をも竦み上がらせた。

 

 あり得べからざる光景の2連発。そして容赦の無さにギルド内が静寂に包まれる。よく見ればギルド職員らしき者達が争いを止めようとしたのか、カフェに来る途中でハジメ達の方へ手を伸ばしたまま硬直している。様々な冒険者達を見てきた彼等にとっても衝撃の光景だったようだ。

 

「で?アレはどうするよ。()っちゃう?」

 

「そうだな・・・。」

 

 誰もが身じろぎ1つ出来ない中、静寂を破ったのは社とハジメだ。2人が見ているのはこの騒ぎの元凶であるブタ男。「次は何が起こるのか」とギルド内にいる全員の視線がハジメと社に集まる。と、ここでハジメがブタ男の方に歩いていく。

 

「ひぃ!く、来るなぁ!わ、私を誰だと思っている!プーム・ミンだぞ!ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

 

「・・・地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが。」

 

 ハジメはブタ男の名前に地球の代表的なゆるキャラを思い浮かべ盛大に顔を顰めると、尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけた。

 

「プギャ!?」

 

 文字通り豚のような悲鳴を上げて顔面を靴底と床にサンドイッチされたプームは、ミシミシと音を立てる自身の頭蓋骨に恐怖し悲鳴を上げる。が、無様に泣き叫ぶ程に顔面に掛かる圧力は増していく。顔は醜く潰れ、目や鼻が頬の肉で隠れてしまっている。やがて、声を上げるほど痛みが増す事に気が付いたのか大人しくなり始めた。単に体力が尽きただけかもしれないが。

 

「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな・・・次は無い。」

 

 プームはハジメの靴底に押しつぶされながらも、必死に頷こうとしているのか小刻みに震える。既に虚勢を張る力も残っていないらしく、完全に心が折れている。しかし、その程度であっさり許すほどハジメは甘くは無い。殺しの選択が得策でない以上、代わりにその恐怖を忘れないように刻まねばならない。

 

「ちょい待ちハジメ。念の為『縛り』入れとくわ。」

 

「あ?あぁ、その手があったか。」

 

 再犯予防に心的外傷(トラウマ)を刷り込もうとしたハジメが、酷くアッサリとプームの顔から足を離した。漸く解放されたと安堵するプームだがそれも一瞬の事、今まで感じた事の無い不気味な『呪力(ナニカ)』を纏いながら笑顔で近づく社を見て再び悲鳴を上げる。

 

「さて、プームさんとやら。アンタに残された選択肢は2つ。1つ、此処で俺達に殺される。1つ、『この場では命を取らない代わりに、今後一切如何なる方法でも俺達に関わらず危害も加えない』と縛る(誓う)。俺達はどっちでも良いけど、どうする?」

 

 得体の知れない圧力を放つ社に対して、「ち、誓うっ、誓うぅ!」と倒れ伏しながらも必死に答えるプーム。殺すと言うのは(ブラフ)だが、どうやら信じてくれたらしい。最も、誰にもバレないならハジメも社も処理する腹積りだったので、全くの出鱈目でも無いが。

 

「オッケー、これで『縛り』は成立だな。それじゃあ、()()()()()()。」

 

 社の満足気な声に、今度こそ解放されると感じたプームの顔が再び絶望に染まる。目の前に広がるのは、先程自分の顔面を押し潰した靴底ーーー否、何時の間にか剣山の様にスパイクを生やしたそれが、自分の顔を踏み潰さんとする光景。数秒後、己がどうなるかを嫌が負うにも理解させられて。

 

「ぎゃぁああああああ!!」

 

 錬成により靴底からスパイクを出したハジメが、再度勢いよくプームの顔面目掛けて思いっきり踏み付けた。突き刺さったスパイクはプームの顔面に無数の穴を開けており、特に片目からは大量の血を流している。痛みで直ぐに気を失い、苦しまずに済んだのはプームにとっては幸運だったかも知れない。少なくとも、しっかり心的外傷(トラウマ)にはなっただろう。

 

 見るも無残な顔*3になった血塗れのプームを捨て置き、ハジメはどこか清々しい表情でユエ達の方へ歩み寄る。ユエとシアは微笑みでハジメを迎え、社とアルもスカッとしたと言わんばかりの表情である。そして何事も無かったかの様に、ハジメはすぐ傍で呆然としている案内人リシーにも笑いかける。

 

「じゃあ、案内人さん。場所移して続きを頼むよ。」

 

「はひっ!い、いえ、その、私、何といいますか・・・。」

 

 ハジメの笑顔に恐怖を覚えたのか、しどろもどろになるリシー。その表情は明らかに関わりたくないと物語っていた。至極当然の反応である。最も、既に両脇をユエとシアに挟まれているので、逃げるのは不可能である。ハジメ達の意図を察して「ひぃぃん!」と情けない悲鳴を上げるリシー。が、そんな彼女にフォローが入る。

 

「本来は関係の無い貴女を怖がらせてしまい申し訳ありません、リシーさん。確かに私達も()()やり過ぎた嫌いはありますが、見ての通り彼等は恋人同士でして。愛する人に手を出されて抑えが効かなかったのです。私達と関わりたくない気持ちも良く分かりますが、同じ女性としてあんな豚に目を付けられた彼女達の気持ちも汲んでは貰えませんか?」

 

「うっ・・・いや、でも・・・。」

 

 リシーに向き合い説得を試みる社。この騒ぎの後で新しく案内人を探すのは面倒だし、このまま無理に連れて行くよりかは納得した上で案内してもらう方が良いと判断したからだ。対するリシーもプームに絡まれた事については同情的なのか、先程よりも拒絶は弱まり悩ましげに唸っている。もう少しで押し切れる、と感じた社は懐から切り札を取り出す。

 

「あぁ、そうだ。話は変わるのですが、貴女にチップを渡していませんでしたね。依頼料があの程度だったので・・・この位で、如何でしょうか。」

 

「ーーー是非、ご案内は私にお任せ下さい!引き続き皆様の快適な観光をサポート致しますわ!」

 

「ええ、こちらこそ宜しくお願いしますね。」

 

((((うわぁ・・・。))))

 

 一部始終を見ていた社以外の4人の心境が完璧に重なった。女性陣が豚男に言い寄られた事を引き合いに出す事で同情心を促すと共に警戒を薄れさせ、その上でチップをチラつかせて明確なご褒美(メリット)を提示する。何をどう言い繕っても100%純然たる買収である。余りにも露骨過ぎて、最早鮮やかさすら感じさせる手口に呆れる他無いハジメ達。

 

「手慣れ過ぎだろお前。詐欺師かよ。」

 

「何言ってんだ。リシーさんは臨時収入が入ってハッピー、俺達は引き続き案内をしてもらえてハッピー、皆ハッピー*4で万々歳じゃあないか。」

 

「本音は?」

 

「お祖父ちゃんは言っていた・・・『時には迷わず金を積め』、と。」

 

「トンデモない不良爺じゃねぇーか!?厳格そうに見えたのはマジで猫被りだったのな!」

 

「アタシらが知らないだけで、これが正しいお金の使い方・・・?」

 

「血迷っちゃいけませんアル!完全にアウトローな使い方ですからね!?」

 

 不意打ち気味に知らされた新事実に思わず叫ぶハジメ。社の祖父にして呪術の師であるのだから一癖も二癖もあるのは当然と言えば当然なのだが、それにしたって限度は無いかと思わずには居られない。因みに、今回リシーのチップに支払われた(ルタ)はブルックの決闘騒ぎで社が冒険者達から巻き上げた物なので、実質タダである。

 

「それに生前の■■ちゃんも『味方を作る時は同情を引いて、明確なメリットを提示すると良い』って言ってたしなぁ。」

 

「ーーーは?」

 

 染み染みと昔を思い出す様な社の呟きに、強い違和感を覚えるハジメ。昔に本人から聞いた話によれば、社が生前の婚約者(フィアンセ)と過ごせた期間は約2年。年齢的には8〜10歳位の筈だ。そんな年頃の子供が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(女子は男子に比べて精神的に早熟なんて聞くが、それにしたって限度はあるだろ。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()?俺の考え過ぎ、か?)

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います。」

 

「あん?」

 

 ハジメの思考を遮る様に声を掛けて来たのはギルドの男性職員だった。他にも3人の職員がハジメ達を囲む様に近寄っており、遠回しに逃がさないと言っていた。これで全員腰が引けて無ければ格好は着いただろう。もう数人はプームとレガニドの容態を見に行っている。

 

「そうは言いましても、私達に答えられる事はありませんよ?そこで倒れているプーム氏が私達の仲間を無理矢理奪おうとし、断りを入れたら逆上して襲って来た為に已む無く返り討ちにしただけなのです。そうですよね?リシーさん。」

 

「えぇ、彼の言う通りです。彼等に雇われた案内人として、しっかり証言させて頂きます。こう言った不慮の事態に対する対応も、私達の信用に関わって来ますので。」

 

((((・・・金の力って怖!!!))))

 

 社とリシーの酷く白々しい遣り取りを見て再び内心が一致する4人。社がリシーを買収した姿は、周囲をハジメ達が囲っていた為にギルド職員達には見られていない。それ故、パッと見では「困っている客を職務への責任感が強い女性が助けている」様にしか見えないのだ。既に袖の下が支払われている等、職員達は思いもしないだろう。

 

「・・・その辺の男連中も証人になるぞ。特に近くのテーブルに居た奴等は随分と聞き耳を立てていた様だしな?」

 

 思考を打ち切ったハジメがそう言いながら周囲の男連中を睥睨すると、目があった彼等はこぞって「首がもげるのでは?」と言いたくなるほど激しく何度も頷いた。先の威圧は大層効いたらしい。

 

「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので・・・規則ですから冒険者なら従って頂かないと・・・。」

 

「当事者双方・・・ねぇ。」

 

「公正、公正ね。俺達が絡まれている間、何一つ仕事しなかったギルドが、公正、ねぇ?」

 

 嫌味を言いつつハジメと社はチラリとプームとレガニドの2人を見るが、当分目を覚ましそうには無い。ギルド職員が治癒師を手配しているらしいが、恐らく2、3日は目を覚まさないのではないだろうか。

 

「あれが目を覚ますまで、ずっと待機してろって?被害者の俺達が?」

 

「もういっその事、無理矢理引っ叩いて起こすか。何、死ななきゃ安い。」

 

 ハジメに非難がましい視線を向けられたギルド職員が「そんな目で睨むなよぉ、仕事なんだから仕方ないだろぉ」という自棄糞気味な表情になっている一方、社は身を翻してプーム達の方へと歩き始めた為に他の職員が慌てて止めに入っている。お役所仕事と言えばそれまでだが、この対応には2人も若干苛ついていた。

 

「何をしているのです?これは一体、何事ですか?」

 

 社と同様にハジメもプーム達を叩き起こすべく歩み寄ろうとし、それを職員が止めようと押し問答していると、突如、凛とした声が掛けられた。声のする方を見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目でハジメ達を見ていた。

 

「ドット秘書長!良いところに!これはですね・・・。」

 

 職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは職員達から話を聞き終わると、ハジメ達に鋭い視線を向けた。まだまだ解放には程遠いらしい。

*1
一言で言えば街のガイド役。フューレンが巨大であるため需要が多く、社会的地位もそれなりに有る職業なので信用度も高い。

*2
モットーにだけピンポイントで〝威圧〟した時の逆バージョンである。

*3
元々無残な顔だったと言うツッコミはごもっとも。

*4
プーム?レガニド?知ら管。




色々解説
・社の祖父の『時には迷わず金を積め』発言について
社の祖父は若い頃から『術師』であり実力も十分伴っているのだが、その分まぁまぁイカれており、『術師』を目指すと決めた社に対して上記の様な割と笑えない事を結構吹き込んでいたりもする。唯、それは酸いも甘いも噛み締めた人生経験から、少しでも社が後悔しない様にする為の助言である。社に似て身内には甘い人物。

・■■ちゃん語録
以下、本作品内に出て来た()()()()()の発言。
『社は私がいないとダメね』 1話
『だいじなおねがいがあるの』 1話
『ずっとずっといっしょにいようね』 1話
『他人に疎まれず、かと言って利用されない程度に親切にするのが敵を作らないコツよ』 30話
『女の子には優しくするものよ』 46話
『特に私には1番優しくしてね?』 46話
『女の子の隠し事を暴き立てる様な事はしちゃダメよ?』 48話


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58.支部長からの依頼

「初めまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、ユエ君、シア君に、社君、アル君・・・でいいかな?」

 

 簡潔な自己紹介と共にハジメ達の名を確認しているのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの30代後半位の男性ーーーこのギルドの長であるイルワだ。今現在ハジメ達はとある事情からギルド内にある応接室に案内されていた。

 

「ああ、構わない。名前は手紙に?」

 

 代表してイルワと握手を交わしながら、情報源について聞き出すハジメ。(プーム)を叩きのめした後、ハジメ達はギルド職員から事情聴取を受けていた。幸いにしてリシーや他の冒険者達等、証人には事欠かなかったので一先ずお咎め無しにはなったのだが、今度はギルドから身元証明を求められたのだ。

 

 本来であればステータスプレートが身元証明の代わりになるのだが、ユエとハウリア姉妹はステータスプレートを持っていなかった。作ろうにもプレート作製時には必ず隠蔽前の技能を見られてしまうからだ。固有魔法は勿論の事、今なら神代魔法すら表示されるだろう。大騒ぎになるのは目に見えていた。

 

 さて、どうするか?と頭を悩ませたハジメ達を助けたのは、ブルック支部のキャサリンから受け取った手紙だった。ブルックの町を出る間際に「ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれない」と言われ受け取ったのだが、ダメ元で確認してもらったところ職員の表情が一変、そのまま応接室まで通されたのだ。

 

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている・・・と言うより注目されている様だね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ。」

 

「トラブル体質・・・ね。確かにブルックじゃあトラブル続きだったな。まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ?それで問題無いのか?」

 

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせる程だし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ。」

 

 キャサリンからの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立ったらしい。随分と信用がある上に、キャサリンを〝先生〟と呼んでいる事からかなり濃い付き合いがあるように思える。ハジメの隣に座っているシアはキャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

 

「ん?本人から聞いてないのかい?彼女は王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の5〜6割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。」

 

 イルワ曰く、キャサリンはその美しさと人柄の良さから、当時は男衆のマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だったらしい。余りの人気っぷりに、結婚発表時はギルドどころか王都が荒れたなんて逸話まで残っているのだとか。その後は「子供を育てるにも田舎の方が良い」とブルックの町のギルド支部に転勤したのだとか。

 

「はぁ~、そんなにすごい人だったんですね~。」

 

「そりゃ、荒くれ者の冒険者達を纏められる訳ッスね。」

 

「・・・キャサリンすごい。」

 

「人に歴史有り、ってやつか。」

 

「只者じゃないとは思っていたが・・・思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに・・・今は・・・いや、止めておこう。」

 

 聞かされたキャサリンの正体に感心するハジメ達。想像していたよりずっと大物だったらしい。最も、ハジメは若干時間の残酷さに遠い目をしていたが。

 

「まぁ、それはそれとして、問題無いならもう行っていいよな?」

 

 元々は身分証明のためだけに来たので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。しかし、イルワは瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」とハジメ達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメと社に対し、イルワは隣に立っていたドット室長*1を促して1枚の依頼書を差し出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、1つ依頼を受けて欲しいと思っている。」

 

「断る。」

 

 イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。他の面々も続こうとするが・・・。

 

「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな?聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが・・・。」

 

「「・・・・・・。」」

 

 続くイルワの言葉に思わず足を止めるハジメと社。言外に「話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ?」と言いたいのだろう。リシーを始めとした周囲の人間による証言で、ハジメ達がプーム達にした事で罪に問われる事は無くなった。が、いささか過剰防衛の嫌いもあった為、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。結果、ハジメ達に非が無いと言う事にはなるだろうが、逆に言えば結果の分かりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないと言う事でもある。そしてこの手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗る訳だ。今後、町でギルドを利用するのが途轍もなく面倒な事になるため、出来れば避けたい事態である。

 

(どうするよハジメ?取り敢えず話だけでも聞くか?)

 

(・・・〝悪意感知〟は反応しているか?)

 

(いや、無反応だ。この件で俺達を嵌めようとは考えて無いんだろうな。)

 

 イルワを睨みながら小声でやり取りするハジメと社。2人の想定する最悪は、イルワが依頼を建前としてプームへの仕打ちに対する報復を行う事だった。片や貴族のボンボン、片や大都市のギルド支部長と、権力者同士の横の繋がりがあっても不思議では無いからだ。最もイルワやドットからは悪意を感じられず、今回の件も〝依頼を受ければ〟ではなく〝話を聞けば〟と言っている事から、その心配も杞憂だった様だ。話を聞く位なら、と思い直し再び座席に座るハジメ達。

 

「聞いてくれるようだね。ありがとう。」

 

「・・・流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ。」

 

「君達も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻って来なかった為、冒険者の1人の実家が捜索願を出した、と言うものだ。」

 

 事の発端は、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられた事だった。北の山脈地帯は1つ山を超えると殆ど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没する。よって、ギルドはそれに見合う高ランクの冒険者達に調査を依頼したのだが・・・実はこの時、本来のパーティーメンバーに加えて、ある人物が少々強引に同行を申し込んでいた。

 

 この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物だった。クデタ伯爵は家出同然に「冒険者になる!」と飛び出していった息子の動向を密かに追っていたが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員諸共に消息が不明となり慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は家の力で独自の捜索隊も出している様だけど、手数は多い方がいいとギルドにも捜索願を出した。それがつい昨日の事だ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処出来ない何かがあったとすれば並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているという訳だ。」

 

「前提として俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう?生憎俺も社も〝青〟ランクだぞ?」

 

「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう?それに・・・ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

 

「!何故知って・・・まさか手紙に?」

 

「だとしても、キャサリンさんにはそこまで話していない筈だが。」

 

 イルワの断定にも近い口調に少なからず驚くハジメと社。ハジメ達がライセン大峡谷を探索していた事は誰にも話しておらず、イルワがそれを知っているのならば手紙に書かれていたから以外には有り得ない。だが、ならば何故キャサリンがそれを知っていたのかという疑問が残る。頭を捻るハジメと社だったが、その答えは直ぐに見つかった。

 

「あー・・・スイマセン。アタシらが話しちゃいました。」

 

「アルさんが?」

 

「そうッス。南雲サンと社サンが居ない時に、キャサリンさんに色々聞かれちゃいまして。アタシが気付いた時には義姉サンが結構喋っちゃってたんで、ヘタに誤魔化すよりは、ってある程度話しちゃいました。」

 

 気まずそうな表情で社に答えるアル。確認がてらシアとユエの方を見ると、2人もバツの悪そうな顔で目を逸らしていた為、漏らしたのは3人で間違い無いらしい。

 

「一応、言い訳を聞こうか、ユエにシア?」

 

「え~と、つい話が弾みまして・・・てへ?」

 

「・・・キャサリンが聞き上手だったから、仕方ない。」

 

「2人共お仕置き確定な。」

 

(・・・どこまで話したの、アルさん。まさかとは思うけど、迷宮や神代魔法の事まで話した訳じゃないよね?)

 

(そこは義姉サンにも予め念押ししてたんで大丈夫ッス。あくまでもライセン大渓谷で探索してただけ、としか伝えてないんで。キャサリンさんもどっちかと言うと、アタシらが「奴隷とは言え理不尽に扱われていないか」が気になってたっぽくて、そこまで深くツッコまれなかったッス。)

 

 ハジメのお仕置き宣言に冷や汗を掻くユエとシアを尻目に、アルから詳細を聞き出す社。アルの口が比較的とは言え硬かったのは、社から『術式の開示』を始めとした『縛り』について教わっていたからだった。自らが知る情報を敢えて開示する事で呪いの出力を上げる『縛り』は、『呪術師』にとっては手頃且つ身近な手法であり、それを学んでいたアルは情報の扱いに慎重になっていたのだ。

 

「アルさんの話を聞く限り、取り敢えずはセーフかな。今回は見逃しても良いんじゃない?」

 

「お前は相変わらず甘いな、社。まぁ、良い。今度からは気を付けてくれよ。」

 

「・・・ん。」/「了解ッス。」

 

「了解です!・・・ハジメさんも社さんみたく私に甘々でも良いんですよ?」

 

「前言撤回、反省の色が見えねぇ。シアはお仕置き2倍だ。」

 

「イヤーーー!?」

 

「何で態々見えてる地雷踏みに行くのシアさん?」

 

 途端に騒がしくなるハジメ達を見て、目を丸くするドットと苦笑いするイルワ。先程プームとレガニドを躊躇無く再起不能にしたとは思えない程に、今のハジメ達は年相応の少年少女にしか見えない。そんな一同を興味深く観察しながら、イルワは話を続ける。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、出来る限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 

(あー、繋がりがあったのは豚の方じゃなくてコッチか。)

 

 懇願するようなイルワの態度を見るに、クデタ伯爵とは良い友人同士であるのだろう。もしかすると行方不明となったウィルとも面識があるのかもしれない。個人的にも安否を憂いているのだろう。

 

「そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう。」

 

 だが、そんな事情はハジメ達には関係無い。名前しか知らない貴族の三男の生死など心底どうでもいいのだ。それ故に躊躇無く断りを入れるハジメだが、それを見越していたのかハジメ達が席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。

 

「報酬は弾ませてもらうよ?依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい。」

 

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから・・・。」

 

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

 

「大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」

 

 ハジメの皮肉げな言葉にイルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。

 

「彼に・・・ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題無いと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは貴族は肌に合わない、と昔から冒険者に憧れていてね。だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍でそこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて・・・だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに・・・。」

 

 イルワの独白を聞くに、思っていた以上にウィルとの繋がりは濃いらしい。先程まですまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。無茶な報酬を提案したのもイルワが相当焦っている証拠なのだろう。

 

〝お前はどう思う、社。ランクは兎も角、後ろ盾についてはアリだと俺は思うが。〟

 

〝概ね同意見だ。何時狂信者共が俺達を異端扱いするか分かったモンじゃ無い以上、教会以外の権力との繋がり(コネ)は幾らあっても損は無いだろうさ。〟

 

 〝念話〟で報酬について意見を話し合うハジメと社。ハジメ達が聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、そう遠くない内に異端認定を受ける事はほぼ確定している。その場合、少なくとも教会の息の掛かった町では極めて過ごしにくくなるだろうが、コネでその辺りをクリア出来るなら大分楽になる。大都市のギルド支部長なら権力的にも充分と言えるだろう。

 

〝あのクソ神に覗かれている可能性がある以上、ユエさん達の身元証明にステータスプレート作んのも難しかったし、イルワさんに身元保証してもらうのもアリかもな。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?〟

 

〝・・・・・・ああ。〟

 

〝なら、イルワさんに言うだけ言ってみたら良いんじゃね。向こうの返答次第で依頼受けるか決める感じで。かなり足元見てるし、通るかは怪しいがな。〟

 

 社は以前「ステータスプレートは神がこの世界に於いて有用な人材や害悪となる人物を見つける為にばら撒いたのでは?」と仮説を立てていた。これは社が王国の貴族達から悪意を向けられ始めたのが、ステータスプレートに登録したタイミングと一致したからであったのだが、問題はユエが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だった。

 

 今のところ、神と思わしき存在からハジメ達に向けられる悪意は感知出来ていない。だが、もしステータスプレートを神が自由に覗けるのであれば、ユエが登録した瞬間に認識されてしまう可能性も十分にあった。何時かはバレてしまうだろうが、自分から見つかる可能性を高める必要も無いだろう。

 

 そう考えればこの際、自分達の事情を教えた上で『縛り』を結んで口止めをしつつ、不都合が生じたときに改めてイルワ達を利用させてもらうのも選択肢としては十分にアリだろう。ウィルとは随分懇意にしていたようだから、仮に生きて連れて帰ればそうそう不義理な事もできないし、仮に罠に嵌めようとも社の悪意感知で簡単に見破れる筈だ。

 

「そこまで言うなら考えなくもないが・・・2つ条件がある」

 

「条件?」

 

「ああ、そんなに難しいことじゃない。ユエとシア、アルの身元についてアンタの権限で身元を保障してくれ。もう1つがギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って俺達の要望に応え便宜を図る事。この2つだな。」

 

「それは余りに・・・。」

 

「出来ないなら、この話は無しだ。もう行かせてもらう。」

 

 席を立とうとするハジメ達に、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。1つ目の条件は特に問題無い。が、2つ目に関しては実質フューレンのギルド支部長が1人の冒険者の手足になるのと同義だ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。

 

「何を要求する気かな?」

 

「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ?唯、俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられるーーーいや、これから先、確定で目をつけられるだろう。その時に伝手があった方が便利だと思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。指名手配とかされても施設の利用を拒まない、とかな。」

 

「指名手配されるのが確実なのかい?ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが・・・。そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見た事も無い魔法を使ったと報告があったな・・・その辺りが君達の秘密か。そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと。大して隠していない事からすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上、か。そうなれば確かにどの町でも動きにくい、故に便宜を、と。」

 

 流石は大都市のギルド支部長だけあり、頭の回転は早い様だ。暫く考え込んだイルワは、意を決したようにハジメに視線を合わせる。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、出来る限り君達の味方になることは約束しよう・・・これ以上は譲歩出来ない。どうかな。」

 

(え、コレが丸々通んのか。幾らキャサリンさんのお墨付きとは言え、俺達を信用し過ぎじゃないか?こうまで警戒されない訳が・・・何か、他にも独自の根拠があるのか?)

 

 表情には出さないものの、自分達の要求がほぼ飲まれた事に驚愕する社。幾ら世話になったとは言え、キャサリンの手紙だけでここまで自分達を信用するとは思えない。悪意は無い為、罠に掛けよう等とは考えていない様だし、支部長として人を見る目があると言われればそれまでではあるが・・・。

 

(ギルドなら冒険者達のリスト・・・それこそ良い意味でも悪い意味でも注目すべき冒険者達はベテラン・新人問わずリストアップしている筈。俺達の様にいきなり頭角を表す例も無いでは無いだろうが、それにしたって俺達は悪目立ち過ぎる・・・いや、だからこそ多少色を付けてでも繋がりを持ちたいのか?)

 

 思考を回す社の脳裏に浮かんだのは、ブルックからフューレン行きの商体護衛にて知り合ったユンケル・モットーだ。生粋の商人であった彼もまた、ハジメ達を「特異な人間」と称して繋がりを求めていた。それ故、ギルド支部長であるイルワが同じ様に考えても不思議では無い。だが、その推測も直ぐに社自身が否定する。

 

(いや、ユンケルさんの時とは状況が違う。あの時は商隊の護衛として俺達の身元はギルドに保証されていたが、今回はそもそも俺達の身元がイルワさん達には全く分からない。ステータスプレートを作らず、身元も不明、にも関わらず腕前だけは一流・・・そんな存在がここまで警戒されない訳がーーーあ゛。)

 

 そんな都合の良い存在なんて居る訳ーーーと考えた社に、1つだけ。たった1つだけ、それら全てを解決し得る答えが浮かび上がる。「そんな馬鹿な」と思わずには居られない社だが、しかし確かに1番しっくり来る予想でもある為、内心で完全には否定し切れない。

 

(どうするかなぁ。イルワさんもドットさんも信用出来そうだし、話しちゃっても大丈夫・・・の筈。最悪『縛り』を結ぶ事も視野に入れてーーー。)

 

「オイ、社。何時までボケッとしてんだ。行くぞ。」

 

「うぇっ!?あ、もう交渉終わったのか。」

 

「いや、聞いてなかったのかよ・・・。」

 

 何時の間にかハジメとイルワの話し合いは終わっていたらしい。周囲を見ると社以外は既に談話室から出る準備を終えている。社のマイペースっぷりに呆れつつも「報酬は依頼が達成されてからで、持ち帰るのはお坊ちゃん自身か遺品辺りだ」と補足してくれるハジメ。

 

〝OK、依頼については了解。で、話は変わるんだが、少なくともイルワさんは、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()みたいでな。〟

 

〝いや突拍子無さすぎんだろお前!?ったく、考え込んでたのはそれか。で、根拠は?〟

 

〝俺達に対する疑念や警戒なんかの悪意が余りにも薄いからだ。多分、独自のルートで、神の使徒が行方不明になってる事を知っている。そして、それが俺達だってのもな。〟

 

〝・・・俺達は不必要に身分を隠し、それ以上に出鱈目な実力を身に付けている。にも関わらず警戒されないのは、行方知れずになった神の使徒との特徴が一致するからか。〟

 

〝ああ。で、ここからが本題。もしかしてイルワさんなら、王国に居る神の使徒ーーー()()()()()()()()()()幸利達の事も何か知っているかもしれない。〟

 

 〝念話〟越しに考えを話し合うハジメと社。オルクス大迷宮を脱出した後、社は行く先々で王国に居る〝神の使徒〟ーーー幸利や恵里、雫達クラスメイトについての噂を調べていた。余り目立つ訳にもいかないので、精々が街の住人や冒険者達にそれとなく聞き込む程度だったのだが、それを加味した上でもクラスメイトの噂は不自然な程に集まらなかったのだ。

 

〝神の使徒降臨!なんてセンセーショナルな話をあのクソ狂信者共が吹聴しないのは、檜山(クソゴミカス)の裏切りと俺達が迷宮内部で行方不明になったからだろう。あのゴミどもなら「神の使徒は完璧で無ければならない!」とか言って、俺達の死を隠蔽してもおかしく無いだろ。アイツら全員苦しみ抜いて死ねば良いのに。〟

 

〝恨み骨髄だな、オイ。・・・だが、その不信な点に気付かないバカだけじゃ無い。その例が、イルワって訳か。〟

 

〝その通り。で、いっその事、その辺り聞いてみるかなぁ、と。・・・聞いても良いか?ぶっちゃけまぁまぁリスクはあるけど。〟

 

 社がハジメに態々許可を取ったのは、イルワに王国について聞く事自体にリスクがあったからだ。イルワを通して王国にハジメ達の存在がバレる事も勿論だが、もしクラスメイト達を気にかけている事が知れれば、最悪人質として利用すらされかねない。その辺りの事情を考慮した上での相談である。

 

〝好きにしな。俺も幸利や白崎の事が気にならないと言えば嘘になる。最悪、俺達に多少不利な条件でも、イルワ達に『縛り』を結ばせれば良いだろ。〟

 

〝そうだな、サンキューハジメ。・・・白崎さんより先に幸利の名前が出る辺り、ヒロイン力で負けてんな、白崎さん。〟

 

〝早よ聞けバカちん。〟

 

 〝念話〟越しに悪態を吐いたハジメは、踵を返すと再びイルワに向かい合って座る。突然なハジメの行為に目を白黒させる女性陣とドット達とは対照的に、イルワは実に興味深そうにハジメと社を見据えている。

 

「ふむ・・・まだ、何か話す事があったかな?」

 

「えぇ、イルワさん。あ、別に報酬についてイチャモンつけたい訳じゃ無いんです。唯、幾つか聞きたい事がありまして。」

 

「君は社君だったか。私に答えられる事なら構わないよ。」

 

「では遠慮無く。正直、腹の探り合いなんて面倒なんで、単刀直入に聞きますけどーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「・・・・・・ほう。」

 

「・・・本当に、気付いてたのか。食えないオッサンだ。」

 

「「「「?」」」」

 

 社の問いに殆どの者が首を傾げる中、明確に周囲と異なる反応をしたのは2人。予め話を聞いていたハジメと、表情を変えないまま、しかし感心した様な声を上げるイルワ。明らかに、社の言葉を正しい意味で理解出来ている。

 

「うん、そうだね。私は君達が〝神の使徒〟では無いかと疑ってーーー否、殆ど確信していたね。最も、確かな証拠が揃っていた訳では無いから、強いて言えば一ギルド支部長としての勘が主だった訳だけど・・・当たっていたらしいね?それで、態々私に聞いたと言う事は、欲しいのは王国・・・と言うより〝神の使徒〟達の情報かな。それ位なら報酬の前払い、と言う形で君達に渡そうか。ドット、私の部屋から〝神の使徒〟関連の資料を持って来てくれ。」

 

「え・・・は、承知しました!」

 

 あっけらかんと、世間話をするかの如く社の言葉を肯定するイルワ。それどころか社達が欲する情報にすら目を付けた上で、先払いすると言う気前の良さすら見せつける始末だ。ドットに資料を取りに行かせた事すら、或いは重要な話が始まると察して人払いを済ませたのかも知れない。

 

「・・・マジモンの狸め。さっき報酬の話で困り果ててたのも演技かよ。」

 

「まさか。君達に話した内容に、嘘は全くありはしないよ。これはギルドの信用の問題でもあるしね。狸呼ばわりについては、褒め言葉と受け取っておこう。私も支部長の端くれだから、これ位出来なくては、ね。」

 

 人好きのする笑みを浮かべながら、綺麗なウィンクをするイルワ。何処と無くその仕草がキャサリンを彷彿とさせる辺り、本当に心から慕っていたのだろう。優秀さだけで無く茶目っ気もキャサリン仕込みらしい。

 

「さて、細かい事はドットの資料に書いてあるから、それを確認してもらうとして、だ。大まかに私の口からも説明しておこう。察しているかも知れないけど、教会が〝神の使徒〟の情報を伏せているのは、肝心の〝神の使徒〟が行方不明になってるからだ。」

 

「やっぱり、俺達が原因か。しっかし、敬虔な信者が真っ向から隠蔽工作するとか終わってんな。」

 

「今更だろ。中身グズグズに腐り切ってんだよ、あのカス共。」

 

「・・・いや、君達だけが原因とは限らないよ。」

 

 躊躇無く教会の悪口を言うハジメと社に苦笑いしつつ、イルワはハジメの言葉を否定する。頭上に?マークを浮かべる2人に対して、イルワは予想だにしなかった事を告げる。

 

「ーーー行方不明になっている〝神の使徒〟は、()()()6()()との話だからね。」

*1
ハジメ達の事情聴取をした職員。キャサリンからの手紙をイルワに渡したのも彼。




色々解説
・恨み骨髄な社。
王国内で貴族共によく悪意を向けられていたと言うのも有るが、1番は明らかにハジメを無能と見下す視線が多かったから。後、無理矢理拉致して戦わせてるのにも関わらず、無責任且つ無自覚に雫を慕っていたメイド共にも大分苛ついていた。詳しくは事は後々。
・ドット・狸・イルワ(30代)
ありふれ原作を見て「良い人だけど食えねぇ〜人じゃね?」と言う作者の偏見から、新たに狸属性が生えた。報酬もキチンと支払うつもりだし、ウィルに対する友好や心配も本心だし、ハジメ達を陥れるつもりも微塵も無いし、何なら『ハジメ達との会話を他言無用にする』『縛り』も結ぶけど、それはそれとして代わりに『命を賭けない範囲でウィルの捜索に最善を尽くす』『縛り』を盛り込むし、聞かれなければ〝神の使徒〟関連の話題を口にするつもりも無かった。ある意味で〝悪意感知〟の天敵みたいな性格と能力してる人。


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59.Why done it?

 広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられる事で自然と雑草が禿げて道となっただけのものだ。この世界の馬車にはサスペンション等は無いので、きっとこの道を通る馬車の乗員は、目的地に着いた途端に自らの尻を慰めることになるのだろう。

 

 そんな整備されていない道を有り得ない速度で爆走する影がある。黒塗りの車体に4つの車輪を付けて凸凹の道を苦もせず突き進むのは、ハジメ作の魔力駆動四輪である。かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走しており、時速80kmは出ているだろう。魔力を阻害するものも無いので、魔力駆動四輪も本来のスペックを十全に発揮している。座席順はいつもの通り、運転手ハジメ、助手席ユエ、後ろの席にハウリア姉妹、荷台の座席に社が座っている形である。

 

 あの後、ギルドから正式にウィル・クデタ捜索依頼を受けたハジメ達は、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、フューレンの街を出立していた。

 

「さて、他にも色々抱えていそうな辺り、本当に君達の秘密が気になってきたが・・・それは依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい・・・ハジメ君、ユエ君、シア君、社君、アル君・・・宜しく頼む。」

 

 社達と『此処での会話は他言無用にする代わりに、命を懸けない範囲で依頼達成に最善を尽くす』『縛り』を結んだイルワは、そう言ってゆっくりと頭を下げてハジメ達を送り出していた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる等、そうそう出来る事ではない。キャサリンの教え子というだけあって、能力だけで無く人の良さもにじみ出ていた。・・・ちゃっかり自分の要望も『縛り』に盛り込んでいた辺り、相応に抜け目無い人物でもあったが。

 

「ん〜、良い風ですねぇ〜。」

 

「同感だけど、何回乗ってもこの速さは慣れなくナイ?」

 

 四輪の窓から吹き込む風を浴びて、各々の感想を語るハウリア姉妹。天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、まさに絶好のドライブ日和と言えるだろう。

 

「それはそうとユエさん、帰りは場所交換しませんか?」

 

「・・・ダメ。ここは私の場所。」

 

「え~、そんなこと言わずに交換しましょうよ~!私もハジメさんの隣が良いですぅ!」

 

 後ろの座席からテンション高めに助手席をねだるシアを、言葉数少なく一刀両断するユエ。ハジメにシアを蔑ろにするのは「メッ!」するが、それはそれとしてそう簡単に隣を譲る気は無いらしい。複雑な乙女心だった。

 

「お前が隣に座ったら、十中八九運転の邪魔するだろうが。俺はこんなとこで事故って心中するつもりは無い。」

 

「さすがの私もそんなことしませんよ!?私のこと何だと思ってるんですかハジメさぁん!」

 

「お前、ライセン大峡谷の移動中に車ん中でギャーギャー騒ぐわ、はしゃいで後ろの座席から運転席ガンガン揺らすわ、散々邪魔したの忘れたのか?」

 

「・・・・・・テヘペロ☆(・ω<)」

 

(イラッ)

 

 反省0のシアに、ハジメの額に思わず青筋が浮かぶ。何が腹立つって、自分の見た目の良さを完全に自覚してやっている事だった。少しだけ、本当に少しだけ可愛いと思ってしまった事に、己への苛立ちすら感じるハジメ。

 

「・・・・・・・・・。」

 

「何がそんなに気になってんスか、社サン。」

 

「うん?あぁ、いや、イルワさんから貰った資料でちょっとね。」

 

 報酬の前払いで受け取った〝神の使徒〟ーーークラスメイト達についての資料を真剣に読み込む社に声を掛けたのはアルだ。車内の会話に加わらず荷台で黙々と資料を読んでいる姿を見て、何となく気になってしまったが故の行動だった。

 

「やっぱ、王国に居るオトモダチが心配スか?」

 

「ん〜、心配してない訳じゃ無いけど・・・俺の友人は皆、何だかんだで肝が据わってるから大丈夫じゃないかな。」

 

「?なら、何でそんなムズい顔してんスか?・・・関係無いアタシには、話せないっスか?」

 

「あぁ、いや、そうじゃない。どうにも、分からない事が多すぎてね。」

 

 微妙にネガティブな事を言い出したアルに対して、慌てて言葉を付け足した社。曖昧な言い方になってしまったのは、資料を読んだ事でより多くの謎が生まれてしまったからだった。分かりやすく頭上に?マークを浮かべるアルを見て、苦笑しつつも社は説明を続ける。

 

「イルワさん達から貰った資料によると、今現在行方不明になっている〝神の使徒〟は6人。その内の2人は俺とハジメだから除外するとして、残るは4人な訳だけど・・・じゃあ、この4人は()()()()()()()()()()んだろうね?」

 

「誰が、とか何処で、じゃ無くて、何故、ッスか?」

 

 社の言い方に違和感を持つアル。普通、行方不明になった相手を気にするならば、まずは【誰が】消えたのか、そして【何処で】消えたのかを気にするものだろう。しかし社が気にしたのは【何故?】と言う理由の方だ。或いは、その辺りに社の気になる点があるのだろうか、と考えるアル。

 

「まず、誰が、についてだけど、これは流石にギルドの情報網でも分からなかったみたいだから一先ず除外しよう。王国が1番隠したい部分だろうし、ギルドも王国や教会を敵に回すつもりも無かっただろうから、無理に調べなかっただろうしね。で、次は、何処で、だけど・・・俺は()()()()()()()()()()()()じゃないかと思ってる。」

 

「???社サンと南雲サンがオトモダチの皆サンと逸れたのは、オルクス大迷宮ッスよね?だったら、この4人も同じ様にオルクス大迷宮で行方不明者になったんじゃ?」

 

 アルの疑問は至極最もだ。まず大前提として、この世界(トータス)に呼ばれたクラスメイト達のステータスは、そこらの冒険者とは比べ物にならない程に高い。それこそ少し努力すれば、一流の冒険者とも渡り合えてしまう程に。そんな彼等彼女等に危害を加えられる者は、それこそベヒモスの様なイレギュラーを除けばそう簡単には現れない。

 

 そして、そんなクラスメイト達を庇護しているのがハイリヒ王国、引いては聖堂教会だ。有無を言わさず拉致られたと言う点はあるものの、彼等はエヒト神に選ばれた〝神の使徒〟。謂わば、特別待遇のVIP扱いである。そんな彼等を守りこそすれど蔑ろにする人間は、王国や教会には基本的には存在しない。・・・実際には〝神の使徒〟の一員であるにも関わらず、ハジメを役立たず扱いした愚かな貴族も居た訳だが、今は割愛しよう。

 

 この条件下でクラスメイト達が行方不明になるのは中々に難しい。自主的にしろ誰かの手引きにしろ、少なくとも「〝神の使徒〟を見張っている王国・教会の目と守護を掻い潜り」、その後に王国が出すであろう「〝神の使徒〟捜索隊の捜索範囲から逃れる」の2点をクリアしなければならないからだ。それ等を比較的簡単に満たせそうなのがオルクス大迷宮なので、アルの疑問は非常に正しいものと言える。通常であれば。

 

「うん、俺も普通はアルさんの考え方は正しいと思うよ。でも、この4人が行方不明になったのは、俺とハジメがオルクス大迷宮で行方不明になった後なんだよね。〝神の使徒〟をこれ以上失いたくない王国が、そう簡単に二の舞を踏むかね?」

 

 資料から目を離さないまま、アルの疑問に返答する社。資料によれば、王国は社達が行方不明になった後も、クラスメイト達に強くなる事ーーー戦う事を強要していたらしく、オルクス大迷宮への遠征も定期的に行われている事が記されていた。王国の貴族や教会の信者共が心底腐り切っている事に、内心でキレ散らかしそうになりながらも、社はアルに推測の続きを語る。

 

「王国も教会も、これ以上〝神の使徒〟って言う付加価値(ブランド)を失う事だけは何としてでも避けたい筈。となれば、今まで以上に迷宮攻略は慎重になる。そんな状態で、また大迷宮で行方不明者が出るとは考え難いんだよね。」

 

 オルクス大迷宮に向かうクラスメイト達の引率は、今も引き続きメルド達王国騎士団員が行っているらしい。ハジメが堕ちた後はほんの2、3回言葉を交わしただけであったが、それでもメルドが酷く気に病んでいた事は社にも分かっていた。そんな彼等が再び同じ過ちを繰り返すとは到底思えない。

 

 そもそもの話、ハジメが奈落の底に堕ちる原因を作ったのは檜山だ。檜山が居なければクラスメイト達が罠に掛かる事も無く、例え他の理由で罠に掛かっていたとしてもベヒモス達からは逃げ切れていた、と言うのが社の見立てだった。メルド達騎士団員に全ての責任があるとは、口が裂けても言えないだろう。

 

「俺達を指導してた騎士団員達は皆、王国の人間にしては珍しく実力も人格も信用出来る人達だった。だから、彼等の目が黒い内は、まず行方不明者は出ないと思うんだ。」

 

「成る程・・・じゃあ、その騎士団サン達でも、如何にもならない相手が現れたって可能性はどうスか?メッチャ強い魔物とか、魔人族とか。」

 

「その場合、メルドさん達は〝神の使徒〟を身を挺してでも庇おうとするだろうね。少なくとも、俺達が罠に掛かった時はそうしてたよ。」

 

 上から命令されたと言うのも勿論あるだろうが、それ以上にメルド達はハジメ達〝神の使徒〟に入れ込んでいた。全く関係無い世界から無辜の若者達を、自分達の事情で戦いに巻き込んでしまう事に罪悪感もあったのだろう。騎士団の長として、国防の要として見るならば、その姿勢は必ずしも正しくは無い。だが、それが分からないメルドでは無いし、そう言った善性が彼の部下やクラスメイト達に慕われていたのも事実だ。それを多少なりとも感じ取っていたからこそ、社もまた騎士団員達だけは信用していたのだから。

 

「もしアルさんが言う通り〝神の使徒〟を狙う強大な敵が居たとして。メルドさん達は間違い無く自分達の命を盾にしてでもクラスメイト達を守るだろうね。でも、今のところ王国騎士団の訃報は聞こえてこないから、その線は無いと考えて良い。仮にそんな相手が本当に居たとして、行方不明者が4人だけって言うのも少なすぎるしね。」

 

「あぁ、そっか。そんなスゴい相手なら、たった4人で終わらすハズが無いって事ッスか。・・・その騎士団員サン達が死んでるのも隠されてる可能性は?」

 

「それも無いかな。寧ろ大々的に発表して世論戦(プロパガンダ)に使いそうだ。〝魔神族の卑劣な罠から勇者達を守る為、騎士団員達は名誉の殉死を遂げた!彼らの想いを無駄にしてはいけない!〟みたいな感じで。」

 

 メルド達王国騎士団員は、王国内部でも結構な花形役職だ。そんな彼らが死んだとなればそれなりに衝撃も大きいだろうが、それすら利用してクラスメイト達〝神の使徒〟を前面に押し出す位はやるだろう。王国騎士の死を乗り越え、勇者達は前に進むーーーいかにも権力者や信者共が好みそうな英雄的(ヒロイック)な展開だ。「故人を偲び、王国の皆を鼓舞して欲しい」等と言えば、演説の1つや2つ、ノリノリでするだろう。主に天之河とか、天之河とか、天之河とかが。

 

「で、騎士団員達が無事なら、彼等の目が届く範囲ーーーオルクス大迷宮と迷宮に向かう往復の道で行方不明になる可能性は、今のところはかなり低いと俺は見てる。」

 

「え?じゃあ、社サンのオトモダチは、何処で?」

 

「消去法になるけど、まぁ、ほぼほぼ()()()()でだろうね。」

 

 あっけらかんと、酷く軽い感じで話す社とは対象的に、信じられないと言った様子で目を見開くアル。社の発言はそれだけ驚くべき内容であるし、何より王国の実情に詳しく無いアルですら、王国が〝神の使徒〟に期待している事は今までの会話で分かり切っているのだ。クラスメイト達に対する不埒な真似を、王国が許すとは到底思えない。

 

「ハァ!?イヤイヤイヤ、あり得なくないッスか?」

 

「まぁ、魔人族とか外部の犯行は現実的では無いかな。クラスメイト達に監視が付いてないとは考え難いし、何より王都には大結界がある。アレを割るのは至難の技みたいだし、万一割れたとしても派手に目立つだろうから、大騒ぎになるのは確定だしね。」

 

「そうッスよ。余り詳しく無いアタシでもムズイって分かるんスから、外から侵入するなんて無理じゃーーー・・・いや、まさか。居るんスか、裏切り者が。」

 

「ピンポーン、正解でーす。景品に飴ちゃんをあげよう。」

 

 半信半疑の推測を肯定されて、ピシッと固まるアル。そんな彼女のリアクションを「良い反応するなー」等と呑気に見やりながら、社は〝影鰐(かげわに)〟を召喚。影から【おやつ袋】と書かれた袋を取り出し、包装紙に包まれた飴をアルに手渡す。

 

「あぁ、ドーモ・・・ん、美味しーーーじゃねぇンですケドォ!?ハァ!?よりにもよって内部犯の仕業ッスか!?」

 

「おぉ、良いノリツッコミ。でも、内部犯なら全部説明がつくんだよね。王国の内情を知っているなら、見張りの目を盗む事も可能だし。内通者なら余り派手な事は出来ないから、行方不明者が少ないのも、その4人以外に被害が出ていないのも納得だし。」

 

「いやでも、〝神の使徒〟なんスよね?王国の連中なら、何より社サン達を優先するハズでしょ?」

 

「そうだね。では、ここで更に問題です。信者達にとって〝神の使徒(俺達)〟よりも明確に優先度が高い相手は誰でしょーか?」

 

「・・・それこそ〝神〟そのものって訳ッスか。」

 

 険しい顔で答えたアルを見て満足げに頷く社。アルの言う通り、〝神〟そのものは信者達にとって何よりも優先されるべき存在なのだ。それは〝神の使徒〟相手であっても変わらないだろう。信者にとって〝神〟は絶対なのだ。肝心の〝神〟が信者達をどう思っているかすら、彼等には関係無いのだろう。

 

「実を言うと、俺も王国に居た頃からそれっぽいのに目を付けられてたんだよね。結局、アクション起こされる前に、ハジメが奈落に堕とされたからそれどころじゃなかったんだけど。」

 

 社が思い出すのは、王国貴族の何名かから向けられた悪意。そして、出所の分からない、それでいて一定且つ全く揺らぐ事の無い・・・まるで無機質な人形を思わせる様な、酷く奇妙な悪意だった。今にして思えば、あれこそ神直属のーーー本当の意味での〝神の使徒〟だったのかも知れない。

 

「王国の中身、ズタボロじゃ無いッスか。社サンのオトモダチ、マジで大丈夫なんスか?」

 

「俺の友人達なら大丈夫の筈。出来る限り1人では過ごさない様に言っておいたし、何より『式神調』で創った式神が無反応だからね。・・・唯、他の面子に関しては、今はどうしようもないかな。」

 

 出したままの影鰐を撫でながら、『式神調』の仕様について答える社。『創り出された式神は、基となる好感情の持ち主の危機に反応し、その場所を指し示す』ーーーこの仕様こそが、大切な友人達の危機かも知れない事態を前に、社が落ち着ついている最大の理由だった。

 

 友人達の無事が確信できる現状、気になるのは他のクラスメイト達であるが・・・誰が居なくなったかも分からず、王国からは距離もあるので今のところ自分に出来る事は無い、と社は割り切っていた。「見捨てるつもりは無いが、自身の命を懸けるつもりも無い」と言うのが社のクラスメイト達に対するスタンスだった。*1

 

「そう言えば、元になった感情の持ち主の危機に反応するって話だったッスね。でも、なら何でちょっかい掛けてきてんスかね?」

 

「問題はそこなんだよね。内通者が〝神〟の手先だったとして、じゃあ何で態々〝神の使徒〟を拉致ったの?って話になるから。ぶっちゃけ目的が見えないんだよね。」

 

 〝解放者〟達の遺した記録を信じるならば、〝神〟は神託という形で人々を巧みに操り、殺し合う様を見て楽しんでいたらしい。そして〝解放者〟もまた、煽動された信者達に追い詰められ討ち取られた訳だが・・・気になるのは何方も〝神〟が直接的には手を下していない点だった。

 

「勇者の召喚自体が、神による梃入れだったとして・・・これ以上の干渉をする何らかの理由が神にあったのか、あったとして何なのか?そもそも、直接的な干渉を控えていたのは何故なのか?態とか、それとも干渉出来ない理由があったのか。それに、何でこのタイミングで、何で4人だけなのか・・・うーん、全く分からん。」

 

 資料を影の中にしまいながら投げやりに締め括る社。これ以上を求めるには流石に情報が足りない。どうにも手詰まり感が強かった。アルに自分の推測を話したのも、誰かに話す事で気付きを得られるかと考えたからだが、そう上手くいく訳も無かった。

 

「・・・あの、スゲー今更何スけど。()()()()()()()()()()()()()可能性は無いんスかね?」

 

「それも考えてはみたんだけどね・・・やっぱり、どうしても問題が山積みだからねぇ。」

 

 王国からの脱走。己の身を狙われた社自身、似た様な事を画策していた事もあり、クラスメイト達も同じ様にする可能性は割と最初から考えていた事ではあった。しかし、社が脱走しようとしていた時と、今とでは余りにも状況が異なる。

 

「王国は〝神の使徒〟を失う事に過敏になっているだろうから、良くも悪くも見張りの目は増えてると思うんだよね。突発的にしろ計画的にしろ、脱走は上手くいかないんじゃないかな。」

 

 王国内で行方不明になった場合、国王を始めとした権力者達は凡ゆる手を使ってクラスメイト達を捜索するだろう。そしてその中には、周辺の町への捜索隊やギルドへの連絡も含まれる。最悪、指名手配すら有り得るだろう。そこまでされては幾らステータスが優れているクラスメイト達でも、見つかるのは時間の問題だ。逆説、今尚見つからない4人は、何某かの強い力が働いている可能性が高い訳だが。

 

「仮に成功したとしても、脱走した後どうすんの?って話だし。だから、衣食住が保障されてる王国から自発的に離れるとは考え難いんだよね。」

 

「?イヤ、自発的に離れる理由ならあるじゃないッスか。」

 

「え?」

 

 自力での王国脱出は厳しい。そう結論づけようとした社に対して、困惑した様な口ぶりで否を返したアル。思わず気の抜けた声を出してしまう社だが、しかしその理由には思い当たるフシがない。「何かあったっけ?」と頭を悩ませる社。だが、続くアルの言葉を聞き、思わず絶句する事になる。

 

「イヤ、社サンと南雲サンを助けに、王国から離れて迷宮攻略に向かう可能性があるじゃないッスか。」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

 完全なる不意打ち、思いもよらない角度からガツン!と頭を殴られた気分だった。端的に言って青天の霹靂である。十数秒に渡る思考停止(フリーズ)の後、何とか復帰した社は震える声で反論を試みる。

 

「い、いやいやいや、有り得ない有り得ない。そんな危険を冒してまで、迷宮に挑もうとする馬鹿はいないでしょ。」

 

「イヤ、社サンこそ南雲サン追ってオルクス大迷宮突っ込んだんデショ。同じこと考える人が居てもおかしくないんじゃ?」

 

「・・・迷宮の攻略自体は続いてるんだから、焦らずゆっくり挑むべきでは無いだろうか。」

 

「寧ろ、攻略ペースがゆっくりになったから、無理にでも攻略しようとしてんじゃ無いッスか?社サンもソレ見越して南雲サン助けに行ったんデショ。」

 

 が、駄目。反論する尽くが綺麗に叩き潰されてしまう。そもそもの話、先に挙げた例は全て社に当てはまっている。己の事を引き合いに出されれば、黙る以外の選択肢は無かった。完全にブーメランである。

 

「・・・そ、そもそも!俺達の為にそこまでしてくれる奴が、4人も居る、居る訳、居る訳が・・・・・・。」

 

「・・・心当たり、あるんスね?」

 

「・・・居るかもしんない・・・4人ピッタリ・・・。」

 

 アルの何処か生暖かい物を見る様な視線もどこ吹く風で、社は心当たりの人物を内心でリストアップする。面子は丁度4人。恵里、幸利、香織、そして雫である。

 

(先ず恵里だ。俺がオルクス大迷宮に突っ込む時は無理矢理止めたけど、あの様子なら諦める可能性は低い。で、幸利の場合は多分恵里よりは冷静だろうけど、一回腹括ったら平気で無茶苦茶やりかねない。アイツ前科あるし。白崎さんは未知数だけど、そう簡単にハジメを諦めるとは思えないし、唯一制御役(ストッパー)になり得る雫も白崎さんに請われたらきっと断り切れないだろうしーーーヤベェ、よりにもよってピッタリ4人いるよ畜生!?)

 

 思わず頭を抱えてしまう社。可能性としては極々低いものではあるが、しかし決して有り得ないとも言い切れない。そして何よりも問題だったのは、この4人なら騎士団員を出し抜いた上で、迷宮攻略も不可能では無い点だった。

 

(オルクス大迷宮で訓練するって名目でホルクスの町に宿泊してるなら、王国の目からは一先ず逃れられる。メルドさん達も一緒だろうが、寝ている隙に幸利が闇魔法使えばそのまま気付かれずに昏倒させる事も出来る。見張りもステータスを上げた雫なら不意打ちでどうにでもなるだろうし、最悪バレても恵里が降霊術使って周囲にパニックを起こせば、騎士団員は対処に掛かり切りになる。・・・このパーティー、バランス良すぎじゃね?)

 

 社の背中を冷や汗が伝う。やるやらないは別として、この4人なら騎士団員達を高確率で出し抜けると気付いてしまったのだ。更に言うと、個々の役割がハッキリしてる為、1つのパーティーとして見ても高水準なのだ。

 

 具体的には前衛に雫を置き、中衛に幸利、後衛を恵里と香織が務める。一見後ろに偏っている様にも思えるが、恵里の降霊術ならば陽動・撹乱はお手の物だろうし、その隙に幸利が闇魔法で敵を操る、無いし動きを止めてしまえば、前衛の少なさは如何様にでも埋められる。そもそもの話、雫単独でも十二分に前衛は務まるので余り問題にはならないだろう。攻撃魔法にしても、幸利が〝風属性〟、恵里が〝炎属性〟、香織が〝光属性〟に適性を持っている為バランスが良く、回復・防御についても香織が天職:治癒師(プロフェッショナル)なので問題は無いのだ。

 

「・・・どーすっかなぁ、やっぱり1回見つかるの覚悟で王国戻るべきか?」

 

「え?今からッスか?」

 

「いや、流石にそりゃ無理だね。イルワさんとの『縛り』もあるし、ハジメに相談してからになるけど、早くてもこの依頼が終わってからかなぁ。」

 

 ハジメ達は現在、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に1番近い町まで後1日弱程の場所まで来ている。このまま休憩を挟まず一気に進めば、恐らく日が沈む頃には到着するだろう。その後、町で1泊して明朝から捜索を始める予定だ。

 

「そう言えば、南雲サンはよく支部長サンと『縛り』を結ぶ気になったッスよね。あんまり他人に興味なさげなタイプなのに。」

 

「『縛り』を結ばなくてもやる事は変わらないからね。どうせ依頼を受けるなら、ウィルさんを生かして返した方が恩を売れるし。」

 

 これから先、王国や教会との面倒事は嫌と言う程待ち受けているだろう。その時に盾になる相手がいればある程度は楽になる筈、と言うのがハジメと社の出した結論だった。それに比べれば、多少急ぐ程度は苦労の内にも入らないだろう。実際、イルワという盾がどの程度機能するかは未知数であるが、保険は多いほうが良い。

 

「兎にも角にも、この依頼をこなしてからだね。それまでは、取り敢えず保留で良いんじゃないかな。後1日もかからないだろうし、アルさんもゆっくり休んどきな。」

 

「了解ッスー。」

 

 そう言って、後ろに流れていく景色に目を向けながら、雑談を続ける社とアル。・・・この数時間後、思いもよらない再会が待っているのだが、今の社等には知る由もないのだった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、これから行くウルの町は湖畔が近くて水源が豊からしいね。名物は米料理だってさ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「・・・無言&真顔で手持ちのお金を数えるのはやめようか、アルさん。普通に怖い。」

*1
当然その中に檜山は入っていない。



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60.湖畔の町での再会

「はぁ、今日も手掛かりは無しですか・・・そう簡単に見つかるとは思ってないですが・・・彼等は一体どこに行ってしまったんですか・・・?」

 

 悄然(しょうぜん)と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩く影が1つ。150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせた女性の正体は、地球から召喚されたハジメ達の教師である畑山愛子だった。普段の快活な様子は鳴りを潜め、不安と心配に苛まれた陰鬱な雰囲気を漂わせている。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ。」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。アイツらの部屋だって荒らされた様子は無かったんです。自分達で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください。」

 

 元気のない愛子に声を掛けたのは、()()()()護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも護衛隊の騎士と生徒達がおり、口々に愛子を気遣うような言葉を掛けていた。

 

 

 

 

 

 さて、彼女達が何故こんな所にいるのか?それを説明するには、まず最初に畑山愛子と言う人物について語らなければならない。

 

 畑山愛子。年齢25歳。社会科担当である彼女にとって、教師として1番大事なのは生徒達の〝味方である〟事だと考えていた。より具体的に言うのであれば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で在りたかったのだ。それは彼女の学生時代の出来事が多大な影響を及ぼしているのだが・・・兎に角、家の外に出た子供達の味方である事が、愛子の教師としての信条であり矜持であり、柱でもあった。

 

 それ故に、大切な生徒達を戦争に向かわせる事になったのは、愛子にとっては不満の極みだった。異世界召喚?選ばれた〝神の使徒〟?愛子にとってそれらは何ら重要な事では無かった。何をどう言い繕ろうとも、大切な生徒達を死地に追いやる事には違いないのだから。

 

 だが、何度説得したところで、生徒達の歩みを止める事は出来なかった。良くも悪くもカリスマを持った光輝が「王国に協力する!」と〝流れ〟を作ってしまい、それを利用したイシュタル達も聞く耳を持たなかったからだ。

 

 ならば、せめて傍で生徒達を守る!と決意した愛子だったが、保有する能力の希少さ、有用さから戦闘とは無縁の任務(農地改善及び開拓)を言い渡される始末*1。必死に抵抗するも生徒にまで説得され、愛子自身も適材適所という観点からは反論のしようがなく引き受けることになってしまった。

 

 毎日遠くで戦っているであろう生徒達を思いながら、聖教教会の神殿騎士やハイリヒ王国の近衛騎士達に護衛され、各地の農村や未開拓地を回る愛子。だが、漸く一段落ついて王宮に戻った彼女を待っていたのは、生徒同士による裏切りと報復。そして、その原因となった1人の生徒の訃報だった。

 

 この時愛子は「どうして強引にでもついて行かなかったのか!?」「何故生徒の心変わりを見抜けなかったのか!?」と自分を責めに責めた。結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら、自分は流されただけではないか!と。特に檜山の凶行に関しては「自分がもっと気を配っていれば、そうなる予兆にも気付けたのでは無いか?止められたのでは無いか?」と、周囲が心配する程に憔悴さえしていた。・・・非常に皮肉な話ではあるが、この1件が教師たる畑山愛子の目を覚ますきっかけとなった。

 

 まだ守るべき生徒達は残っている、と言う一念で持ち直した愛子は直ぐ様行動を開始した。〝死〟と言う圧倒的な恐怖を感じて心折れた生徒達に、教会・王国関係者は尚も訓練や戦闘の続行を望んでいたのだが、愛子は自分の立場や能力を盾に、「私の生徒に近寄るな、これ以上追い詰めるな」と声高に叫んだのだ。

 

 結果、何とか勝利をもぎ取る事に成功し、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。最も、そんな担任教師の頑張りに心震わせ、戦争には参加出来なくともせめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は、彼女にとっても予想外だった。

 

 無論、愛子にとっては本末転倒でしか無いので、「戦う必要はない」「派遣された騎士達が護衛をしてくれているから大丈夫」と説得し、生徒達を思い止まらせようとはした。が、そうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。結局、最後には押し切られ、農地巡りに同行させることになり、「また流されました、私はダメな教師です・・・」と四つん這い状態になってしまったのだが。

 

 尚、愛子は全く知らない事ではあるが。生徒達が最も危惧していたのは、道中の賊や魔物では無く、愛子専属の騎士達の存在だった。それもその筈で、全員が全員、凄まじいイケメンだったからだ。これは愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるための上層部の作戦ーーー要はハニートラップみたいなものだったのだが、それに気がついた生徒の一人が情報を共有し「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」を結成したのだ。*2

 

 だが、ここで生徒側にも1つ誤算が生じていた。それはミイラ取りがミイラになっていた事実を知らなかった事だ。それも1人2人では無く、愛子専属護衛隊ーーー正式名称、神殿騎士専属護衛隊ーーーの全員が、見事に堕とされていたのだ。

 

 この事実を知った時、生徒達は「一体何があった!?こいつら全員逆に堕とされてやがる!」と驚愕と畏怖を露わにしていた。然もありなん、愛子がハニートラップに引っかかるのでは?とやきもきしていたのが、いつの間にか逆ハーレムもかくやと言う状況だったのだ。意味不明すぎる。

 

 尚、彼等と愛子の間に何があったのかというと、話が長くなるので割愛するが、持ち前の一生懸命さと空回りぶりが、愛子の誠実さとギャップ的な可愛らしさを周囲に浸透させ、〝気がつけば〟愛子の信者になっていたらしい。狙ってやってたら、魔性の女以外の評価はつけられ無い程のタラシっぷりだった。

 

 その後、事態を正しく理解した生徒達は、「馬の骨に愛ちゃんは渡さん!」という精神で、愛子の傍を離れようとはしなかった。そんなこんなで現在では、【オルクス大迷宮】で実戦訓練をつむ光輝達勇者組、王国での居残り組、愛子の護衛組に生徒達は分かれたのだった。

 

 そして現在、愛子達農地改善・開拓組一行は新たな農地の改善の為、湖畔の町ウルに来ていた。最も、それ以外にも目的はあったのだが。

 

 

 

 

 

 次々とかけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴りつけた。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配である事に変わりはない。しかし、それを表に出して傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも自分はこの子達の教師なのか!と。愛子は一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。彼等は皆優秀です、きっと大丈夫。今は無事を信じて出来る事をしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達はその様子を微笑ましげに眺めた。

 

 カランッカランッ

 

 愛子達が宿の扉を開けると上品なドアベルの音が鳴り響く。彼女達が宿泊しているのは、ウルの町で1番の高級宿である〝水妖精の宿〟だ。昔、ウルディア湖から現れた妖精を1組の夫婦が泊めた事が名前の由来で、ウルディア湖はウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖である*3

 

 〝水妖精の宿〟は1階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。所謂〝老舗〟であり、歴史を感じさせる宿だった。

 

 当初、愛子達は「高級すぎては落ち着かない」と他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟或いは〝豊穣の女神〟*4とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を、普通の宿に泊めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定したのだ。

 

 元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子も生徒達も次第に慣れ、今ではすっかりリラックス出来る場所になっていた。農地改善や行方不明の生徒の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ。」

 

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな・・・いや、ホワイトカレーってあったけ?」

 

「いや、それよりも天丼だろ?このタレとか絶品だぞ?日本負けてんじゃない?」

 

「それは玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ?ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ。」

 

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ。」

 

 1番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ面々。極めて地球の料理に近い米料理に、毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのもウルの町の料理の質を押し上げている理由の1つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 

 美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、60代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか?何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください。」

 

「あ、オーナーさん。」

 

 愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます。」

 

 愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間にはその表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが・・・香辛料を使った料理は今日限りとなります。」

 

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル*5食べれないってことですか?」

 

「はい、申し訳ございません、園部様。何分、材料が切れまして・・・何時もならこのような事がないように在庫を確保しているのですが・・・ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行く者が激減しております。つい先日も調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するか分かりかねる状況なのです。」

 

「あの・・・不穏っていうのは具体的には?」

 

「何でも魔物の群れを見たとか・・・北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、態々山を越えてまで此方には来ません。ですが、何人かの者がいる筈の無い山向こうの魔物の群れを見たのだとか。」

 

「それは、心配ですね・・・。」

 

 愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ。」

 

「どういうことですか?」

 

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません。」

 

 愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

 愛子達がデビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、2階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。2人の男の声と、3人の少女の声だ。何やら少女の1人が男に文句を言っているらしい。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら今の内がよろしいかと。」

 

「そうか、分かった。しかし随分と若い声だ。〝金〟にこんな若い者がいたか?」

 

 デビッド達騎士は脳内でリストアップした有名な〝金〟クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干困惑したように顔を見合わせた。そうこうしている内に、5人の男女は話ながら近づいてくる。

 

 愛子達のいる席は三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が〝豊穣の女神〟と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多かった。今日も、例に漏れず閉めてはいたが、カーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私達を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」

 

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか。」

 

「んまっ!聞きました?ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ。」

 

「・・・〝ハジメ〟・・・メッ!」

 

「へいへい。」

 

「何と言うか、我が義姉ながら不思議な関係築いてるッスねぇ。」

 

「本人達が幸せそうなら良いんじゃない?野暮な事言って馬に蹴られるのも馬鹿らしいしねぇ。」

 

「違いないッスね。」

 

 その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。彼女達は今何と言った?少年を何と呼んだ?少年達の声は〝居なくなった彼等〟の声に似てはいないか?愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 

 それは愛子に着いてきた他の生徒達も同じだった。彼等の脳裏に、凡そ4ヶ月前に奈落の底へと消えた2人の少年が浮かび上がる。クラスメイト達に〝異世界での死〟というものを強く認識させた少年と、そんな彼を助けようと無謀にも単独で迷宮に挑んだもう1人の少年。良くも悪くも目立っていたが、しかし決して嫌われていた訳では無い2人。

 

 尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが誰一人として反応しない。騎士達が一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「・・・南雲君と、宮守君?」

 

 無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻す。愛子は椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

 シャァァァ!!

 

 存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる5人の少年少女。愛子は相手を確認する余裕もなく、大切な教え子の名前を叫ぶ。

 

「南雲君!宮守君!」

 

「あぁ?・・・・・・・・・先生?」

 

 愛子の目の前にいたのは、白髪に片眼鏡(モノクル)を掛けた白髪の少年だった。声を聞く限りでは彼が南雲ハジメだろう。だが、愛子の記憶の中のハジメとは、姿も雰囲気も大きくかけ離れている。愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格のーーー時たま、幸利や社に対し痛烈な毒を吐く事はあったがーーー大人しい少年だった。

 

 だが、目の前の少年は鷹の様に鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っていた。余りにも記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲ハジメだとは思わなかっただろう。だが、声はほぼ変わってないし、よくよく見れば顔立ちも記憶のものと一致する。大切な生徒の事なのだ、見間違う筈も無かった。

 

「うん?おぉ、愛子先生じゃん。チーッス。」

 

「その声は、宮守君ですね?南雲君だけで無く、君も姿や雰囲気がーーー・・・いえ、見た目はまだしも、雰囲気は余り変わって無いですね・・・?」

 

「この姿見て出てくる第一声がそれってマジです?流石は俺らの担任教師、相変わらずよく見てますねー。」

 

 そして、愛子の姿を見て驚きつつも声を掛けてくる、もう1人の少年。ハジメと同じく白髪になりながら、しかし纏う雰囲気は全く変わってない様に見えるのが社だった。元々、社が猫被りをしていたのは愛子も気付いており、学校の外では割と愉快な性格をしていた事も察してはいた。とは言え、ハジメと比べると見た目以外の変化が余りにも薄い為、それはそれで面食らってはいたが。

 

「宮守君が一緒と言う事は、君はやっぱり南雲君なんですね?生きて・・・本当に生きて・・・。」

 

「・・・・・・・・・はぁ〜、そうだ。久しぶりだな、先生。」

 

 静かな、しかし確信をもった声音で、此方に真っ直ぐに視線を合わせながら問う愛子に、ハジメは観念したと言わんばかりに、頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定した。どうせ確信を得ている以上、誤魔化したところで何処までも追いかけて来るだろうと見越した上での解答だった。

 

 一方で生徒達はハジメと社の姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。生きていた事は勿論、外見と雰囲気の変貌も信じ難いと言った様子である。どう反応すれば良いか、何を言えば良いかも分からず、唯呆然と愛子とハジメを見つめていたーーーのだが。

 

「うん?何だ、他の面子も一緒じゃん。もう此処の飯食った?あ、玉井、何かオススメある?」

 

「うぇ!?え、えーっと・・・ニルシッシルとかは異世界版カレーって感じで、後はこの天丼っぽいやつも美味かったぞ・・・?」

 

「へー、良いな、楽しみだわ。」

 

「イヤイヤイヤ、玉井は呑気に答えてる場合か!?宮守も今はメニュー決めてる場合じゃなく無いか!?」

 

「ん?相川か。いやだって、腹減ってんだもん。この後色々話すにしたって、飯は食っといた方が良いだろ。」

 

「何てマイペースな・・・て言うか、宮守君なんか性格違わない?」

 

「あぁ、俺学校では猫被ってたからね。こっちが素だぞ園部さん。恵里とか雫に後で聞いてみな。」

 

「ちょっと待って?急展開過ぎるから、もう少し私達に状況を整理する時間をくれない?」

 

「情報が、情報量が多い・・・!」

 

 一瞬で騒然となるクラスメイト、改め〝愛ちゃんをイケメン軍団から守る会〟*6の面々。何かもう色々と台無しだった。少なくとも、先程までの気まずさは完全に吹き飛んでいる。俄に騒がしくなるクラスメイト+1名を尻目に、愛子はハジメに語り掛ける。

 

「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね・・・生きていて、くれたんですね・・・。」

 

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ。」

 

 ハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦める。愛子やクラスメイト達との再会は予想外であったし、特に愛子に見つかった時は内心かなり焦っていたものの、冷静に考えれば今後の予定に影響が出る訳でも無い。何より、()()()()()()()()()のだ。ハジメとしても、心配させたのは「まぁ、悪い事したかな」位には思っていなくも無かった。

 

 が、それはそれとして大迷宮の攻略、引いては地球への帰還が最優先なのは変わらない。今この場のやり取りで、愛子の担任教師としての琴線に触れる様な事を言ってしまえば、間違い無く彼女に粘着、もとい食い下がられるのは火を見るより明らかだ。よって、今大事なのは如何にしてこの場を適当にやり過ごし、今後の動きを邪魔されないかだった。愛子をどう言いくるめるべきか、思考を巡らせるハジメ。だが。

 

 ポタッポタポタッ

 

「・・・先生?」

 

「ーーー・・・あれ?えっと、良かった、本当に、良かったって思ってるんですよ?でも、おかしいな、嬉しいのに、もっと言わなきゃいけない事があるのに、私、私ーーー。」

 

 訝しむハジメの目の前で、愛子の目から流れ落ちる涙が床を濡らす。死んだと思っていた教え子達と奇跡のような再会をして安心したのか、拭っても拭っても涙腺が決壊したかの如く止まる様子は無い。「今まで何処にいたのか」、「一体何があったのか」、「本当に無事で良かった」。言いたい事は山ほどあるのに言葉にはならず、その代わりにとでも言わんばかりに尽きる事無く涙が溢れ出していき。

 

「うっ、ぐずっ、ゔわぁ〜〜〜ん!な゛く゛も゛く゛ぅ〜〜〜ん゛、み゛や゛も゛り゛く゛ぅ〜〜〜ん゛、ぶじでよがっだでずうぅぅ〜〜〜!」

 

「ちょ、うわ、先生!?」

 

 とうとう耐えきれなくなった愛子が、わんわんと大声で泣き出した。へたり込み両手で目元を拭うその姿には、最早教師や大人の威厳なぞ皆無である。だが、それはハジメ達の無事を心から喜んでいる事への証左でもあった。

 

「おい、どうしーーーうわ、愛子先生ギャン泣きじゃん。何したのハジメ。」

 

「いや、何もしてねーよ!?・・・俺達が無事だった事に、感極まって泣いてんだよ、この先生は。」

 

「・・・あらら。なら、俺も同罪かね。ご心配をお掛けしました、先生。」

 

 愛子の泣き声を聞きつけた社とクラスメイト達が近寄ってくる。愛子が幼子の様に泣き喚く姿を見て、どうしたもんかと苦笑するハジメと社。そんな2人の以前と変わらぬ様子を見て、クラスメイト達もまたハジメ達が生きて戻って来たのを実感したのか、何処か安心した様子だ。護衛騎士達も漸くハジメ達が4ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察したらしく、今のところは静観している様だ。

 

「・・・ぐずっ、ひっく、良いんです。2人が無事なら、ひっく、本当に、良かった、ひっく。」

 

「・・・ハンカチ、使って。」

 

「大丈夫です?立てますか?」

 

「見せもんじゃ無いッスよ。蹴り飛ばすぞ、野次馬共。」

 

 未だに涙の止まらない愛子に、ハンカチを差し出すユエと、気遣う様に手を差し伸べたシア。アルもまた愛子を庇う様に、野次馬に来ようとしている他の客に殺気をぶつけて散らしている。噂の〝豊穣の女神〟が酷く泣いている声を聞き好奇心に負けたのだろうが、アルから『呪力』混じりの殺気を浴びると顔を真っ青にして戻っていく。

 

 女性陣(ユエとシアとアル)は愛子の事をよく知っている訳では無いが、ハジメと社が気にかけている時点で、愛子をフォローする理由としては十分だった。ハジメと社の無事を知り、人目を憚らず泣き出した事もまた、印象としてはプラスに働いていただろう。・・・頼れる大人を目指す愛子としては、ある意味心外ではあるだろうが、そう言った面も愛子の魅力なのかも知れない。

 

「ひっく、ありがとう、ひっく、ございます。えっと、3人は、南雲君達の・・・?」

 

 未だ涙は止まらずともある程度落ち着いたのか、余裕の出来た愛子の注目は自分に気を遣ってくれたユエ達に向けられる。よくよく見れば3人中2人が亜人であり、更には全員が方向性の違いはあれど、まごうこと無き美少女なのだ。気にならない方がおかしいだろう。愛子の後ろの生徒達や護衛騎士達も興味を隠せないらしく、ハジメ達の解答に耳を傾けている。

 

 ハジメと社が視線をユエとハウリア姉妹に向けると、3人は頷いて自己紹介を始めた。

 

「・・・ユエ。」

 

「シアです。」

 

「ハジメの女。」/「ハジメさんの女ですぅ!」

 

「ーーーーーーーーー。」

 

「ウッワ、絶句してんジャン。あ、アタシはアルって言います。社サンの弟子みたいなもんで・・・あー、ダメだ、皆聞こえてない。どーすんスか、この惨状。」

 

 ユエとシアのカミングアウトに、〝豊穣の女神〟陣営が一斉に騒ついた。特に酷いのが愛子で、アルが目の前で手を振っても反応せず、石化したかの様にピクリとも動かない。後ろの生徒達も困惑した様に顔を見合わせており、男子生徒に至っては「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。その表情は、明らかに彼女達の美貌に見蕩れていた。

 

「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」

 

「そんなっ!酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」

 

「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれは救命行為だって言ったろうが!」

 

「実はだな、ハジメ。心肺停止状態で最も重要なのは心臓マッサージで、人工呼吸は感染症のリスクも考えると必須では無いらしいぞ?」

 

「何で!それを!今!この場で言った社ォ!お前ホント、本当にそう言うところだからなぁ!!」

 

「なるほど、つまりーーー合意と見てよろしいですね!?!?!?」

 

「んなわけあるかぁ!この駄目ウサギ「グスッ」ーーー、先生?」

 

 馬鹿共(社&シア)の暴走にツッコミを入れていたハジメの背に嫌な汗が流れる。例えるなら噴火寸前の火山、或いは決壊寸前のダムが目の前にある様な、そんな悪寒だ。発信源はハジメの目の前に居る、愛子。いつの間にか俯いており、その表情は窺う事は出来ない。「何かしら手を打たないと、不味い事になる」。そう確信したハジメが愛子に声を掛けるが、既に遅く。

 

「ーーーゔわ゛ぁぁん!!南雲くんが、な゛く゛も゛く゛ん゛がグレたぁ〜!!女の子の、ひっく、ファーストキス奪って、し、しかも、2股なんてぇ!前は、前はそんな生徒()じゃなかったのにぃ〜!これも、これも私が、ひっく、着いてあげられなかったから、ひっく、ゔわ゛あ゛ぁぁぁ〜〜〜ん!!!」

 

 再び、愛子の涙腺が決壊する。シアの〝ファーストキスを奪った〟という発言で、遂に脳の情報処理が限界を迎えたらしい。愛子の頭の中では、ハジメが2人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されている様で、そうなるのを防げなかった自分に責任を感じているらしかった。

 

「待て待て、落ち着けよ先生。その辺誤解があるんだって。ーーークソッ、こんな泣かれるんなら、怒られる方がまだマシだった。」

 

「あわわ、ごめんなさい、ハジメさんの、えっと、先生さん?泣かせるつもりは無かったんですぅ。いや、さっきのは嘘でもなんでも無いんですけど。」

 

「ーーーゔわ゛ぁぁん!南雲君が、女ったらしにぃ〜!」

 

「・・・火に、油注がないの、シア。」

 

「イヤ、どう収拾つけんスか、この地獄。」

 

「うーん、もういっその事、スッキリするまで泣かせてあげた方が良い気がする。先生も色々大変だったろうしなぁ。」

 

「何で俺だけが先生宥めてんだ社ォ!お前もさっさとこっち来て宥めんの手伝うんだよ社ォ!早くしろお願いしますぅ!」

 

「あいよー。」

 

 男子生徒達からは羨望と嫉妬を、女子生徒達からは侮蔑の視線をぶつけられながら、どうにかギャンギャンと泣き喚く愛子の誤解を解こうとするハジメ。どうしてこうなった?と内心の疑問を吐き出す様に、ハジメは深い深い溜息を吐くのであった。

*1
愛子の天職:作農師は非常に希少且つ、こと農業に置いて万能に近いスペックを誇る。

*2
スローガンは「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」

*3
具体的には琵琶湖の4倍程。

*4
愛子の二つ名。農地改革を推し進めた結果、巷で噂になる程に広まっている。

*5
異世界版カレー

*6
今この場にいるのは、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史の6名。




色々解説
・ハジメ→愛子&クラスメイト達への対応について。
本作だと、色々(主に社と香織が原因)あってハジメの性格とか親切とかお人好しっぷりがクラスメイト達に知れ渡っているので、原作に比べてクラスメイト→ハジメの好感度が(一部を除き)比較的高い。で、それに釣られる形でハジメ→クラスメイトの好感度も比較的高くなり、豹変後も社がいたので若干ながら余裕があり、その結果態度が軟化してる。最も、クラスメイト達の好感度が高くなったせいで、ハジメが奈落に堕ちた事による精神的なダメージも大分悪化してる。ハジメ達が生きてると知れれば大分持ち直せる。

・愛子がギャン泣きした理由
一言で表せば心労の差。原作では迷宮で「死んだのはハジメ1人」のみで、その後時間を経て「清水が離脱」する事になるので、実質2コンボ。ところが、本作だと「檜山の裏切り」で「ハジメが死に」、「檜山に報復した社が」「単独で迷宮に特攻」。その後今度は「4名もの生徒が同時に失踪する」と言う5コンボ+『黒閃』(クリティカル)食らってるので、割と精神的にヤバかった。今回ハジメ達が生きてると知れて大分持ち直した。


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61.話し合い

お待たせしました。サンブレイクにどハマりしてました。


「・・・え〜、先程は醜態(しゅうたい)を晒してしまい、大変ご迷惑をお掛けしました。以後はこういった事の無い様、努めたいと思っていますのでーーーどうか皆さんその微笑ましいもの見る目をやめて下さい!完全に幼子(おさなご)扱いじゃないですか!?」

 

 愛子ギャン泣き事件(仮)から約10分後、何とか愛子を落ち着かせたハジメ達は、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内されていた。各々がメニューを頼み終えた後、未だ顔の熱が引かない愛子が周囲に向けて主張するが、彼女の言う通りにする人間は誰1人居らず、それどころか生暖かな視線は強まるばかりだ。残念ながら、慕われる事と威厳がある事は愛子に関しては別らしい。

 

「と、取り敢えず、この話は置いておきましょう。南雲君、今から貴方達に聞かねばならない事があります。・・・答えて、くれますね?」

 

「あぁ、俺達も最初からそのつもりだ。あくまでも()()()()()()()()、だけどな。」

 

「・・・えぇ、分かりました。ではまずーーー。」

 

 愛子が口火を切ると、様々な質問がハジメ達に投げかけられる。一度落ち着いた事で、気になる点が幾つも出て来たのだろう。愛子だけでなく他の生徒達からも怒涛の質問責めを食らうハジメと社だが、当の本人達は目の前のニルシッシルを食べながらマイペースに答えていく。

 

「・・・確かに、話せる範囲で良いとは言いました。ですが、こうも話せない事があるとも思っていませんでした。南雲君に宮守君、真面目に答える気はありますか?」

 

 粗方質問を終えた愛子が難しい顔で2人を問いただす。他の生徒達もまた、納得出来たとは言いずらい表情だ。とは言え、愛子達の反応も致し方無いものではある。何せハジメ達はオルクス大迷宮で知り得た事、及びそれに関連する出来事についてを()()()()()()()()。愛子達が最も気になっているであろう「迷宮内部で何があったのか」、「何故姿や雰囲気が変わってしまったのか」、「何故迷宮を脱出した後、直ぐ王国に帰って来なかったのか」等の質問全てに、「それは話せない」の一点張りで通したのだから、愛子の疑念も最もだった。

 

「真面目に決まってるだろ、先生。そもそも、まともに話す気が無いなら、俺達はとっくにこの宿から出ている。ここにいる全員を撒くなんて造作も無いからな。」

 

「・・・宮守君は、どうですか?」

 

「概ねハジメと同意見です。が、先生の言い分も理解出来ます。そっちからすれば、ふざけてる様にしか聞こえないでしょうしね。でも、それを理解した上で尚、俺達の答えは変わりません。少なくとも、今、この場では〝話せない〟んです。」

 

 愛子の問いをはぐらかしながら、言外に理由がある事を仄めかす社はチラリと別のテーブルに目を向ける。視線の先には隊長のデビッドをはじめとした愛子専属護衛隊の面々がおり、ハジメ達に胡乱な目線を向けていた。

 

(気に食わないのは俺達の対応か、それともシアさん達亜人か・・・いや、両方か。ったく、マトモな騎士はメルドさんとこだけかよ。)

 

 ハウリア姉妹への侮蔑の視線を隠さないデビッド達を見て、内心ため息を吐く社。感じる悪意の質的に、大方「亜人如きが汚らわしい」とでも考えているのだろう。彼らの対応は王国や教会の人間にとっては当然(デフォルト)であるのだろうが、それは社達にとっては不愉快なものでしかないし、少なくともメルド達ならば頭ごなしに否定はしないだろう。クラスメイト達の指導係がメルド達で良かったと、つくづく思わずにはいられない。

 

(今この場で「お前らの信じる神は頭がイカれていて、人々を殺し合わせる事に愉悦を抱いているゴミクズだ」なんて言ったら、間違い無く殺し合いになるだろうしなぁ。もし真実を伝えるとしても、先生1人だけにすべきかね。)

 

 仮にデビット達と戦いになったとして、社達が負ける事は有り得ない。だが、その場合愛子やクラスメイト達を巻き込む事にもなる為、迂闊な事を言う訳にもいかなかった。極々一部(ハウリアとか)を除いたこの世界の人間がどうなろうとも知った事では無いが、クラスメイト達を見捨てる選択肢は流石に社も持ち合わせていない。

 

(問題はその辺りを汲み取って、先生がこの場を引いてくれるかどうかだが・・・意外と大丈夫そうだな?やっぱ俺達の事よく見てるなー、先生。)

 

 社達の返答を聞いた愛子は、眉間に皺を寄せながらも何かを考え込むかの様に唸っていた。ハジメ達の真意を彼女なりに汲み取ろうとしてくれているのだろうか。良い意味で変わらぬ様子の担任に感心する社だが、そこに空気を読まない声が響く。

 

「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ!」

 

 大声を上げてキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだった。愛する女性が蔑ろにされている(様に見える)事に耐えられなかったのだろう。完全に見当違いなのだが、恋は盲目なのか拳をテーブルに叩きつけ怒鳴る始末である。

 

「食事中だぞ?行儀良くしろよ。」

 

 が、それを意に介さず、溜息を吐きながらデビットに注意するハジメ。全く相手にされていない事が丸分かりの物言いであり、それを理解したデビットの顔が真っ赤に染まる。が、何を思ったのか、のらりくらりと明確な答えを返さないハジメから矛先を変えたデビットの視線がシアに向く。

 

「ふん、行儀だと?その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ?何方(どちら)も少しは人間らしくなるだろう。」

 

 侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれ、ビクッと体を震わせるシア。ハジメや社からすれば、デビットの発言は聞く耳を持つ価値の無い戯言(たわごと)でしか無い。が、シア達にとってはハジメ達と旅に出てから初めての、明確な亜人族に対する差別発言だった。*1

 

 有象無象の事など気にしないと割り切ったつもりだったが、外の世界に慣れてきたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあったらしい。シュンと顔を俯かせるシア。

 

(・・・・・・・・・。)

 

(あーあー、アルさんもブチ切れ寸前じゃん。しかも自分じゃなくてシアさんが馬鹿にされたほうに切れてるし。・・・まぁ、気持ちは分かるから、結界張る準備だけしとくか。)

 

 アルから少しづつ殺意と『呪力』が立ち昇るのを見て、周囲にバレない様にテーブル下に〝岐亀(くなどがめ)〟を呼び出す社。無論、デビット達近衛騎士を守るのでは無く、愛子やクラスメイト達が万一にも巻き込まれない様にする為である。

 

 デビット達神殿騎士は聖教教会や国の中枢に近い人間だ。それは信心深い人間であるのと同時に、亜人族に対する差別意識が強いと言う事でもある。何せ、差別的な価値観を聖教教会と国が許しているのだから。が、だからと言ってハウリア姉妹がそれに納得する必要など無いのだ。究極、アルがここでデビット達を皆殺しにしたとして、社は止める気なぞさらさら無かった。

 

 ギュッ

 

「・・・ユエさん?」

 

 あんまりな物言いに思わず愛子が注意をしようとするーーーよりも早く、俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向けた。最高級のビスクドール染みた美貌の少女に、体の芯まで凍りつきそうな冷たい眼を向けられて一瞬たじろぐデビット。だが。

 

「何だ、その眼は?無礼だぞ!神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

 見た目は幼さを残した少女であるユエに気圧された事に逆上するデビット。普段ならここまでキレやすい人間では無いのだが、愛しい愛子から非難がましい視線を向けられて軽く我を失っている様だった。思わず立ち上がるデビッドを副隊長のチェイスは諌めようとするが、それより先にユエの言葉が彼等の耳に届く。

 

「・・・小さい男。」

 

 たった一言、だがそれは痛烈にデビットを嘲笑う言葉だった。「たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線1つに逆上するお前の器の小ささが知れる」と、デビットの無様さを嗤うユエ。唯でさえ怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。が、キレていたのはデビットやユエだけでは無い。

 

「本当の事言うのはやめてやりなよ、ユエさん。ああいうタイプは大した能力も無く、コネで立場を買うもんだから自分に自信が無いんだ。だから、自分より弱そうに見える奴を見下さなきゃやってられないんだよ。」

 

「・・・それにも、限度はある。」

 

「しょうがないね。彼は如何に自分が格好悪いかに自覚が無いんだ。きっと鏡すら見た事無いブ男だろうから、寛大な心で許してあげようよ。ーーーなぁ、見下す事でしか自分を良く見せられない自称騎士様ぁ?」

 

 ニタニタと酷く悪い笑みを浮かべたまま、ユエと共にデビットを嘲笑(あざわら)う社。放っておけばそのままゲラゲラと笑い出しそうな程に、その顔には悪意がありありと浮かんでいた。然もありなん、元々王国や教会に対して良い感情を抱いていなかった社である。たかだか教会騎士如きに仲間を侮辱されて黙っている様な性格はしていない。

 

「ーーー貴様らぁ!!獣共々に地獄へ送ってやる!!」

 

 激昂しながら傍らの剣に手を掛けるデビッド。突然の修羅場に生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。その瞬間。

 

 ドパンッ!!

 

 乾いた破裂音が〝水妖精の宿〟全体に響き渡ると同時、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。デビッドはそのまま背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。

 

「何だ、実弾じゃないのか。てっきりそのまま額をブチ抜くのかと。」

 

「あんな馬鹿共の血に塗れたまま、飯を食いたくはねぇな。って言うか、お前もちゃっかり先生達に結界張ってやる気満々じゃねぇか。」

 

「いや、アルさんがキレて自称騎士達をブチのめしそうだったから。流石に先生達まで巻き込むのは悪いしなぁ。」

 

「・・・アタシが暴れンのは、止めないんスね?」

 

「まさか。寧ろ、良く我慢したと褒めるとこさ。俺がアルさんの立場だったら、とっくに全員どつき回してんじゃ無いかな。」

 

「師匠の過激さがしっかり弟子に引き継がれてやがる。呪術師ってこんなんばっかりか。」

 

「そう言う訳じゃ無いが、この世界は割と人の命が軽いからなぁ。自衛の為に躊躇無く暴力振るえる方が良いだろ?」

 

「・・・確かにな。」

 

 突然の事態に硬直する愛子達を尻目に、呑気に会話するハジメ達。あれだけ分かりやすくデビットを挑発したのは、相手に先に手を出させる事も目的の1つだった。「自分達は自衛しただけだ」と言い張れば多少やり過ぎても言い訳はつくし、何より愛子達の騎士達に対する不信感も煽れるからだ。あまり王国や教会を信用されすぎるのは、社達にとっても愛子達やクラスメイトにも良くない。

 

「皆さん、如何なさいました!?大きな音がしましたが、怪我人は!?」

 

「あ、フォスさん。いえ、大丈夫です。誰も怪我人は居ません。ですが・・・。」

 

 大きな破裂音を聞きつけたフォスがカーテンを開けて飛び込んで来たのを見て、愛子達が我を取り戻した。気絶しているデビッドに向けられていた視線は、破裂音の源ーーーハジメの持っていた〝拳銃(ドンナー)〟へと自然に引き寄せられる。

 

「総員、抜tーーーぐぅっ!?」

 

 詳細は分からずとも攻撃したのがハジメであると察した騎士達が、副隊長チェイスの掛け声の下、殺気を放ちながら一斉に剣に手を掛ける。が、その直後、騎士達とは比べ物にならない凄絶な殺気が、立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせる。ハジメの〝威圧〟混じりの殺気である。

 

「・・・っ、南雲、君っ・・・。」

 

(・・・ハジメの〝威圧〟を浴びても、目だけは逸らさないか。このまま俺達にビビって、先生達の方から離れてくれるのが1番なんだけど・・・さて、どうするかね?)

 

 〝岐亀〟の結界に包まれているとは言え、殺気混じりの〝威圧〟を浴びるのは愛子とクラスメイト達にとっては中々の負担だろう。実際、彼等は満足に口を開く事さえ出来ていない。だが、それでも愛子だけは、ハジメから目を逸らそうとはしなかった。

 

「俺は王国や教会に興味が無い。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりも無い。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。あんたらが何処で何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはするな。今みたいに敵意をもたれちゃ・・・つい殺っちまいそうになる。」

 

 ドンナーを(わざ)とらしく音を立てながらテーブルの上に置くハジメ。「何時でも撃てるぞ?」と言外に威嚇しているのだ。そして、自分の立ち位置と王国・教会に求める立ち位置を明確に宣言する。視線を向けられたチェイス達騎士はのし掛かるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だ。

 

「悪いが、先生達とも此処でお別れだ。互いに不干渉でいこう。」

 

 ハジメは続いてクラスメイト達にも視線を転じるが、愛子は何も言わなかった。迸る威圧感に呑まれているのもあるが、ハジメの言葉を了承するのは教え子を放置してしまう事に他ならない。それは愛子の教師としての矜持が許さなかった。

 

 ハジメは溜息を吐き肩を竦めると〝威圧〟を解いた。なんとなく愛子の心情を察して諦めたとも言う。凄まじい圧迫感が消え去ると騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐き、愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。ハジメは何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアに話しかけた。

 

「おい、シア。これが〝外〟での普通なんだ。気にしていたらキリがないぞ?」

 

「はぃ、そうですよね・・・分かってはいるのですけど・・・やっぱり他の人間の方にはこの耳は気持ち悪いのでしょうね。」

 

 自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。やはり、差別的な扱いはシアの心に根深く刻まれている様で、その表情は晴れない。だが、そんな彼女を放っておくほど、薄情な人間はこのパーティーにはいない。

 

「あんなブ男の戯言なんて、聞く必要無いデショ義姉サン。」

 

「そうだぞー、シアさん。見てみなよ俺のクラスメイト達を。どいつもこいつも、君らに見惚れてるぞ。あんまり気にするもんじゃないさ。」

 

「・・・シアのウサミミは可愛い。」

 

「皆さん・・・そうでしょうか。」

 

「あのな、こいつらは教会やら国の上層に洗脳じみた教育されてるから、忌避感が半端ないだけだ。兎人族は愛玩奴隷の需要では一番なんだろう?それはつまり、一般的には気持ち悪いとまでは思われちゃいないって事だ。」

 

 皆に褒められてもまだ自信無さげなシアに、今度はハジメが若干呆れた様子でフォローを入れる。ユエに「メッ!」されることが多くなってから、シアに対する態度が少しずつ柔らかくなっているハジメの精一杯の慰めだった。

 

「そう・・・でしょうか・・・あ、あの、ちなみにハジメさんは・・・その・・・どう思いますか・・・私のウサミミ。」

 

 ハジメの言葉が慰めであると察して少し嬉しそうなシアは、頬を染めながら上目遣いでハジメに尋ねる。ウサミミは「聞きたいけど聞きたくない!」と言う様にペタリと垂れたまま、時々、ピコピコとハジメの方に耳を向けている。

 

「・・・別にどうも・・・。」

 

「別にどうもぉ?王国に居た頃は幸利と一緒にケモミミ談義してたよなぁ?ハジメの一押しはウサミミだったろぉ?」

 

「何でお前はそう言うどうでも良い事ばっかり覚えてやがる社ぉ!」

 

「・・・シアのウサミミはハジメのお気に入り。シアが寝てる時にモフモフしてる。」

 

「ユエまでッ!?それは言わない約束だろ!?」

 

「ハ、ハジメさん・・・私のウサミミお好きだったんですね・・・えへへ。」

 

 社とユエ渾身の裏切りに思わず声を上げてしまうハジメ。一方で、ハジメに己のウサミミが気に入られてると知ったシアは、赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンとユルユルな笑みを浮かべていた。ふにゃりと力無く垂れていたウサミミも、今や喜びを表現する様にわっさわっさと動いている。

 

「あれ?不思議だな。さっきまで南雲のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや・・・。」

 

 男子生徒の1人である相川昇が、ハジメ達のラブコメちっくなやり取りを見てポツリとこぼす。ついさっきまで「護衛騎士達が皆殺しにされるのでは?」と錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今彼等の前に広がっているのは砂糖を吐くと錯覚する程の桃色空間なのだ。愚痴の1つも言いたくなるだろう。

 

「お前もか。つーか、あの3人、ヤバイくらい可愛いんですけど・・・どストライクなんですけど・・・なのに、目の前にいちゃつかれるとか拷問なんですけど・・・。」

 

「・・・南雲と宮守の言う通り、何をしていたか何てどうでも良い。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは聞き出したい!ーーー昇!明人!」

 

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

 

 グツグツと煮えたぎる嫉妬を込めた眼で、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男勢三人。先程までハジメの〝威圧〟に当てられ萎縮していたとは思えない立ち直りっぷりである。遅れて調子を取り戻した女生徒達が、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていた。

 

「南雲君で良いでしょうか?先程は隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関する事になると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい。」

 

〝おいハジメ。分かってるとは思うが、コイツら謝る気ゼロだぞ。敵意が全く隠せてない。〟

 

〝ああ、お前の様に悪意感知が無くても、それ位は分かる。面倒が起きる可能性もあるし、一応、社の方でそのまま先生達を結界で囲んどけ。〟

 

 場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、他の隊員をデビッドの治癒に当たらせるたチェイスがハジメに謝罪する。その顔には微笑が張り付いているが、心の奥に警戒心と敵意を押し殺しているのが丸分かりだった。〝念話〟で会話しながらも、ハジメと社は一切警戒を解かない。

 

「別に構わねぇよ。お前らがどうなろうと、どう思おうと興味は無い。当然、次は無いが。」

 

 心底どうでも良いと言わんばかりの態度に、チェイスの眉が一瞬ピクッと動くが、微笑のままポーカーフェイスは崩れない。そしてチェイスはそのまま、目の前のアーティファクトらしき物に目を向けると話を続ける。

 

「そのアーティファクト・・・でしょうか。寡聞(かぶん)にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にも関わらず、魔法の様に詠唱も陣も必要ない。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

 

 微笑んでいるがチェイスの目は笑っていない。チェイスの見立てでは、先程のやり取りの中で魔力が使われた様な気配が無かった。つまり、弓の様に純粋な物理機構が用いられている可能性があるのだ。それが意味するのは、即ち量産が可能でありながら、誰でも使えるかも知れない強力で汎用性のある兵器であると言う事。コレ1つで戦争の行く末すら左右しかねない為、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。

 

「そ、そうだよ、南雲。それ銃だろ!?何で、そんなもん持ってんだよ!」

 

(そこは嘘でも黙っておこうぜ、玉井。・・・まぁ、しゃあないか。)

 

 ハジメがチラリとチェイスを見て、何かを言おうとしてーーーしかし、興奮した声に遮られた。男子生徒の1人、玉井淳史だ。その叫びにチェイスが反応する。

 

「銃?玉井は、あれが何か知っているのですか?」

 

「え?ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな。」

 

〝玉井・・・玉井淳之、聞こえますか・・・今、貴方の脳内に、直接語りかけています・・・。〟

 

「え?うわ何だ!?頭の中から宮守の声が!?」

 

〝貴方に、伝えなければならない事があります。ーーー余計な事言ってるんじゃ無いよこのお馬鹿。「沈黙は金、雄弁は銀」て金言を知らんのか?〟

 

「うおぉ!?なんか良く分からんけどすまん!?俺はお前等や清水みたいに国語の成績良くないんだよ!」

 

「だ、大丈夫ですか、玉井君?何かありましたか?」

 

 玉井の言葉に目を光らせたチェイスを見て、〝念話〟を飛ばす社。玉井が余計な事を言ってしまったのは事実だが、その辺りの事情も考えて話せと言うのも酷だろう。それ故、社は特に怒っていた訳では無いが、それはそれとして釘刺しと揶揄いも兼ねて、〝念話〟を飛ばす事に抵抗も無かった。シンプルに性格が悪い。

 

 頭の中に響く声に困惑する玉井と、それに若干驚きながらも宥めている愛子を尻目に、チェイスは改めてハジメに問いかける。

 

「つまり、この世界に元々あったアーティファクトでは無いと・・・とすると、異世界人によって作成されたもの・・・作成者は当然・・・。」

 

「俺だな。」

 

(あ、そこは素直に答えるのか、ハジメ。〝玉井、すまん。さっきのは嘘だった、忘れてくれ。〟)

 

「え?嘘!?俺は一体何を信じれば良いんだ、宮守!?」

 

「お、落ち着いて下さい、玉井君。宮守君はさっきから一言も喋っていませんよ?」

 

 ハジメがあっさりと自分が創り出したと答えた事に、チェイスと社は意外感を表にした。チェイスはハジメに秘密主義者という印象を抱いていた為、社は適当にはぐらかすと思っていたからである。一方で、玉井は完全に遊ばれていた。

 

「あっさり認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか?それは・・・。」

 

「この世界の戦争事情を一変させる・・・だろ?量産できればな。大方、言いたい事はやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ?当然、全部却下だ。諦めろ。」

 

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得る事が出来ます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がる事でしょう。貴方が協力する事で、()()()()()()()()()()()()()のですよ?ならばーーー。」

 

 取り付く島も無いハジメの言葉だが、チェイスも諦め悪く食い下がる。遠距離から一方的に敵を殺す兵器ーーー銃はそれだけ魅力的だったのだ。それ故に、言葉を尽くしてどうにか説得を試みるチェイス。だが、それは結果的に彼にとって最悪の一手になってしまう。

 

「ーーーそれは、俺達への脅しと受け取って良いんだな。」

 

 瞬間、社から〝威圧〟と『呪力』が吹き出した。余りに突然の事に、チェイスを含めた騎士達は勿論、愛子やクラスメイト達も一切反応する事が出来ていない。最も、反応出来たとして、何か行動に移せたかは怪しいが。それ程までに、社から放たれる圧は強く不気味な物だった。

 

「っ、申し訳、ありません。何か、気に障る「チェイスさん。あんた今、〝愛子先生やクラスメイト達を人質に使えば、言う事を聞かせられるかも。〟と思ったろ。」ーーー!?」

 

 今まで感じた事の無い悍ましい『呪力(ナニカ)』を浴びながらも、何とか弁解しようとするチェイスの言葉に被せる様に、社は端的に事実を口にする。その言葉を聞き、目を見開くチェイスと、信じられない様なものを見る目でチェイスを見る愛子達。徐々にチェイスの方へと近寄りながら、社は話を続ける。

 

「な、何をーーー「俺の持つ技能〝悪意感知〟は、悪意限定なら大抵の事は見破れる。それこそ、大それた悪事から、小さな嘘までな。・・・〝お友達や先生の助けになる〟だったか?よく言うよ、先生達を心配するつもりで、遠回しに俺達への人質に取ってた訳だ。いやぁ、中々の役者だよ、チェイスさん?」ーーーっ。」

 

 何もかもを見すかした様な社の言葉に、チェイスは絶句するしか無い。社の言葉が概ね、チェイスの考えを見抜いていたからだ。ハジメ達は尋常ならざる力を持っており、力付くの説得は不可能と考えたチェイスは、代わりにハジメ達の情を揺らそうと考えた。無論、真正面から人質扱いでは反感しか生まない為、如何にも愛子達やクラスメイト達を心配しています、と言う風を装ったのだがーーーその結果、チェイスは社の唯一にして絶対の逆鱗に触れてしまう。親友(ハジメ)を救う為に奈落の底へとダイブした社が、他の親友達(幸利や恵里や雫)を人質にされてブチ切れ無い理屈は無かった。

 

「ま、待ってーーー「聞く耳は持たない。語る口も無い。何方にせよ、あんたは俺達〝神の使徒〟を脅したんだ。覚悟は出来てるよな。」ーーーまっ、ぎぃぁああああああ!?!?」

 

 喚くチェイスの首を掴んで持ち上げた社は、そのまま〝纏雷〟を放つ。レールガンを多用するハジメと違い、社の〝纏雷〟には[+出力増大]*2の派生技能は付いていないが、だからこそ痛めつけるのにはもってこいでもあった。

 

「ハジメも言ったがな、あんたらが何しようが俺達にとってはどうでも良い。だが、言葉には気を付けろよ。ーーーアンタらとの殺し合いを、避ける理由も無いからな。

 

 黒焦げになったチェイスを投げ捨てた後、周囲を睥睨しながら告げる社。他の護衛騎士達も、社の圧力に負けて頷く事しか出来ない。先程ハジメが〝威圧〟を放ったのと同じ焼き増しの様な状況の中、最も素早く立ち直った愛子が口を開く。

 

「チェイスさんの件についても、言いたい事は多々有りますが・・・南雲君達は、本当に戻って来ないつもり何ですか?」

 

「ああ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る。」

 

「・・・そう、ですか。」

 

(俺達を問いただす様な真似はしない、か。俺達にビビったか、それとも・・・。)

 

 悲しそうにハジメを見やる愛子だが、しかし無理にハジメから理由を聞こうとする素振りは無い。他のクラスメイト達もまた、余波とはいえ社の『呪力』混じりの〝威圧〟を受け、顔を青くしたまま動かないでいる。その内にハジメが席を立ち、それに続く様にユエやハウリア姉妹もまた席を立つと、一行は2階への階段を上っていってしまった。

 

 後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。死んだと思っていたクラスメイト達が生きていたのは嬉しい。だが、以前とは比べ物にならない程強くなっていた彼等は、自分達の事などまるで眼中に無かった。一体、何があったのか、自分達はどうすれば良いのか、疑問だけが心中を渦巻いていた。

 

 愛子自身も、怒涛の展開と教え子の変貌に内心激しく動揺してはいた。だが、ハジメ達の言い方、そして多少なりとも芽生えていた王国や教会への不信感が、「ハジメ達にも何か事情があり、それを私達に伝えるのは不味いのでは無いか?」と言った考えを強くさせていた。

 

 食事はすっかり冷めてしまい、食欲も失せている。一体何があれば人はああも変わるのか、あの時檜山が放った〝攻撃〟をハジメはどう思っているのか、ハジメと社は今、自分達をどう思っているのか・・・そんな考えが脳内をぐるぐると巡り、皆一様に沈んだ表情でその日は解散となるのだった。

*1
ブルックの町では友好的な人達が多く、フューレンでも蔑む目は多かったが他人の所有物と認識されていた為、直接的な言葉を浴びせかけられる事が無かった

*2
読んで字の如く、〝纏雷〟の出力が上がる。ハジメ曰く「何時の間にか生えてた。」



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62.〝愛ちゃん護衛隊〟

 夜中。時刻は既に深夜を周り、〝水妖精の宿〟に居る殆どの人間が眠りに着いた頃。人気の無い筈のレストランVIP席に、ランプの光が灯っていた。ぼんやりと辺りを照らすランプの光は、引かれたカーテンに6人分の影を写し出している。

 

「はぁ〜・・・何つーか、怒涛の1日だったな。」

 

「それな。」

 

 玉井の呟きに答えたのは相川だ。今この場にいるのは〝愛ちゃんをイケメン軍団から守る会〟ーーー園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史ーーーの6人だった。通称〝愛ちゃん護衛隊〟の彼等彼女等は、皆一様に眠れぬまま気を紛らわす為に集まって雑談をしていた。

 

「でも、本当に何があったんだろう。宮守君も南雲君も、あの変わり様は・・・。」

 

「そうね。きっと、私達じゃ思いもつかない事があったのかもね。」

 

 菅原の呟きに園部が返すと、部屋に再び静寂が広がる。今の彼等が1番気になっている人物達の話題ではあるが、しかし誰1人として明確な答えなど持っていない故の沈黙であった。

 

 クラスメイト達が再会したハジメと社に対して感じたのは、驚愕と恐怖もあるが、何よりも大きかったのが困惑だった。少し変わった所はあれど優等生だった社、そして誰にでも優しく親切だったハジメの変貌は、クラスメイト達をして余りにも予想外過ぎた。ハジメ達があの場から去って尚、彼等は正確に事実を飲み込む事が出来ないでいた程だ。

 

「はぁ〜〜〜、あの2人が生きてたのは良かったけど、一体清水達に何て言えば良いんだよ。アイツ等が今の南雲達見たら、気絶するんじゃないか?」

 

「いやぁ、ハジメは兎も角、俺に関しては大丈夫じゃないか。ぶっちゃけ俺は元からこんな性格だし、幸利達にはバラしてるし。」

 

「そういや猫被ってたって言ってたっけな。・・・あれ、今、宮守の声しなかったか?」

 

「え、まだ頭の中に宮守君の声が聞こえるの?大丈夫、玉井君?」

 

「いや、そうじゃないんだけど・・・あれぇ?宮守?実はその辺に隠れてたりしない?」

 

「おう、何か呼んだ?」

 

「「「うわぁあああ!?」」」/「「「きゃぁあああ!?」」」

 

「うおっ、ウルセッ。」

 

 突然の渦中の人物の登場に悲鳴を上げる〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。この世界に来て戦闘訓練を受けた彼等は、元の世界に居たときよりも他人の気配に敏感になっていた。にも関わらず社の気配は全く感じ取れなかったので、驚きも一入(ひとしお)だった。

 

「ビックリした、マジでビックリしたっ・・・!」

 

「し、心臓止まるかと思った・・・。」

 

「おいおい、宿の人に迷惑だろー。もっと声量落とせー。」

 

「あぁ、うん、そうね。気をつけるわ。・・・宮守は、どうして此処に?」

 

「俺?何となく目が覚めて、何となくブラブラしてたら、明かりがついていたから何となく寄ってみただけだけど。」

 

「そんな灯りに集る虫じゃ無いんだから・・・。」

 

「マイペース過ぎる・・・。」

 

 社の答えにおもいっきり脱力するクラスメイト達。ハジメ達について悩んでいたのが酷く馬鹿らしくなった気分である。否、ハジメの方は大分根が深そうだが、少なくとも社の方は特に問題無いらしい。

 

「まぁ、何も無いなら良いわ。じゃあなー。」

 

「っ、待って、宮守。貴方に、聞きたい事があるの。」

 

 立ち去ろうとする社を思わず呼び止めたのは、〝愛ちゃん護衛隊〟のリーダー格である園部優花だ。彼女が社を引き止めたのを見て一瞬ギョッとする他の面々であったが、社達が気になるのは全員同じらしく園部を止める事は無かった。

 

「聞きたい事、ねぇ。檜山やらチェイスさんやら、気に入らない奴を躊躇無く半殺しにする人間に?下手な事を聞けば、自分達も同じ目に合わされるとかは考えないのかい、園部さん?」

 

「それは・・・。」

 

 社の何処か小馬鹿にした様な言い様に、しかし即座に言い返す事が出来ないクラスメイト達。檜山しかりチェイスしかり、彼等側に非があったとは言え、あれ程の報復が必要であったのかと聞かれれば園部達は言葉に詰まる。少なくとも、社の行いを無条件に肯定する事は彼等には出来ない。

 

「・・・・・・・・・そう、ね。確かに、それを考えなかったと言えば嘘になるわ。でも、それでも、貴方達が私達を理由無く傷つける事はしないって、皆思ってたわよ。」

 

「へぇ。その心は?」

 

「簡単よ。だって、オルクス大迷宮で体を張って私達を助けてくれたのは、他の誰でも無い、貴方達だったじゃない。それを忘れる程、私達は薄情じゃないわよ。」

 

 園部の言葉を聞き、肯定する様に頷きを返す〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。ハジメや社の殺気に怯えた事も、余りの変わり様に困惑した事も、クラスメイト達にとっては誤魔化しようの無い事実であった。それらの想いは未だ心から拭い切れていないし、整理なんてつけられる筈も無い。だが、それでも。ハジメ達が自分達を助けてくれたからこそ、今こうしていられると言う思いもまた、クラスメイト達の紛れも無い本心だった。ハジメ達の死を感じて戦えなくなった彼等だからこそ、ハジメ達に守られたという事だけは良くも悪くも心に刻まれていた。

 

「南雲や宮守に何があったのかは分からないし、もしかしたら理由があって私達に何も伝えないのかも知れない。それは分かっているつもりだけど・・・でも、それでも、少しでも良いから、私達に何か話せない?どうしても話せないのなら、せめて私達に何か出来る事は無いか、教えてくれない?」

 

「・・・どうして、そこまで気にするんだ?」

 

 園部の願いを聞いた社は、先程とは打って変わって真剣な表情で問い掛ける。クラスメイト達が、そこまで必死になる理由が分からなかったからだ。

 

 社は元々、クラスメイト達を様々な意味で戦力として見ていなかった。唯、それは彼等を見放したとかそう言う事では無く、単純に斬った張ったの殺し合いに適性が無いと考えていたからだ。己を殺そうと襲い来る敵に対して、即座に迎撃、無いし殺し返そうと動ける人間はまずいない。ハジメの様に死の淵から生還するか、社の様に適性がある(イカれている)か、或いはメルド達の様に長く厳しい訓練を経る事で戦士としての心身を作っていくか。何れにも当て嵌まらないクラスメイト達が、戦えると思える方がおかしいだろう。今まで生きてきて命懸けの戦いなどした事は無かったのだから、社の評価も至極当然のものであり、決して間違った判断では無い筈だった。今の、今までは。

 

「何もかも、誰かに任せきりにするのはもう沢山なのよ。私達を守る為に、南雲や宮守達が必死に体を張って。南雲達が居なくなった後、怖くて戦えなくなった私達を、愛ちゃん先生が王国の人達から庇ってくれて。貴方達が死んだかも知れなくて怖い筈なのに、清水や中村さんはまだ迷宮で戦っていて。皆みたいに何が出来るかなんて今も分からないし、私達は戦うのが怖くなって逃げ出したけど・・・それでも、もう何も出来ないままなのは嫌なのよ。」

 

「・・・・・・他の奴等は?園部さんと同意見か?」

 

 言いたい事を言い切ったからか、園部の顔からは迷いが消えていた。社が他のクラスメイト達に問いかけると、彼等も覚悟を決めた様に表情を引き締めると迷わずに頷く。どうやら社達が居ない内に、とっくに腹を決めていた様だ。嬉しい誤算の様な、そうで無い様な複雑な思いを抱き、ため息を吐く社。

 

「お前さん達が此処に集まっているって知ってるのは?」

 

「え?えーっと、私達が眠れない事を知ってVIP席を貸してくれたフォスさんだけ、かな。他の護衛騎士の人達には、黙って集まったから。」

 

「成る程、それは好都合。『ーーー闇より出でて闇より暗く、その穢れを禊ぎ祓え』」

 

 園部の答えに満足気に頷いた社は、『呪力』を練り上げると『帳』を展開する。半径10m弱の『帳』はVIP席を丁度すっぽりと包み込むと、光一つ漏らさずに外と内とを遮断する。

 

「え!?ちょっ、何よこれ宮守!?」

 

「防音兼盗聴防止用の結界。害は無いから気にしなくて良い。『式神調 (きゅう)ノ番〝(くゆ)(きつね)〟』」

 

 園部の疑問をいなしながら、社は次いで燻り狐を召喚。『帳』内部が燻り狐の背負う煙管(キセル)から出る白煙で満たされるが、不思議と嫌な匂いは全くしない。いきなりの事に困惑するクラスメイト達を見据えながら、社は酷く真剣な声で本題を切り出す。

 

「さっきも言ったが、オルクス迷宮で何があったのか、何を知り得たのかをお前さん達に言うつもりは無い。だがその代わり、俺達が何を考え、何を目指して動くつもりなのかを伝える事は出来る。ーーーこれを話すのであれば、もう色んな意味で後戻りは出来ない。今ならまだ、何も聞かなかった事にして部屋に戻れるが・・・その様子だと、聞くまでも無いか。」

 

「勿論。ここで尻込みする様なら、宮守を引き止めたりしないわよ。」

 

「男前過ぎんだろ、園部。」

 

「黙りなさい。引っ叩くわよ、仁村。」

 

 社の最後通告を聞いて尚、クラスメイト達は揺るがない。恐怖心が消え去った訳では無いだろうに、それでも自分達の出来る最善を尽くそうとする姿勢は、トータスに来てから培かわれた物だろう。異世界に無理矢理拉致され戦争への参加を強要されると言う類を見ない災難が、この世界で生きていく為の力に成ろうとしているのは皮肉でしかない。

 

「皆の意志は分かった。まずは俺達の目的を話そう。俺達の最終目標は〝自力での地球への帰還〟だ。その前準備として、七大迷宮全ての攻略を目指している。」

 

「あー、成る程。この世界の戦争に本格的に巻き込まれる前に、逃げちまおうって魂胆か。」

 

「いいや、違う。この世界の戦争が終わったところで俺達は間違い無く帰して貰えないし、そもそも戦争自体が終わらない様に出来ている。」

 

「「「「「「はぁ!?!?!?」」」」」」

 

 余りにもしれっと落とされた特級の爆弾に、声を揃えて驚愕するクラスメイト達。然もありなん、幾ら覚悟していたとは言え、大前提であった〝戦争に勝てば地球へ帰れる〟が元から白紙同然だったのだ。結論から語るのは確かに効率的ではあるが、園部達からすれば最初からクライマックスも良いとこだった。

 

「いやいやいや!?お前等が生きてたんだから、今更有り得ないなんて言わないけどよ!言い切るだけの理由はあるんだよな!?」

 

「あるぞー?例によって話す気は無いけどな。」

 

 焦りを隠さず詰め寄る相川に飄々(ひょうひょう)と返す社。『戦争が終わったところで帰しては貰えないし、恐らく戦争自体が終わらない』と言うのは、あくまでも社とハジメが立てた仮説でしか無い。が、今まで得た情報を加味すれば、この世界の神が心底腐り切っているのは明白だ。何の関係も無い若者を拉致した挙句、無理矢理戦争に参加させようとする奴が、ハジメ達の苦労に報いてくれるとは到底思えない。

 

「もしかして、その証拠とか根拠自体が、聞いたら不味いヤツなのか?」

 

「おっと、玉井鋭い。ほら、良く漫画とか映画で一足先に真相を知った脇役が『お前は知り過ぎた』って殺されるじゃん?あれあれ。少なくとも、俺やハジメを殺すのには躊躇しないだろうな。」

 

「嘘でしょ?そんなヤバい状況なの・・・?」

 

 社から矢継ぎ早に語られる事実に、驚愕を隠せない園部達。次から次へと語られる内容は、どれもこれも信じ難いものばかりだ。それでも、驚きこそすれどこの世界に呼び出された時の様に恐慌状態に陥らない辺り、彼等が決めた覚悟もまた生半なものでは無かった。そんなクラスメイト達の姿に感心しながらも、社は説明を続ける。

 

「ああ、少なくとも、俺とハジメはそう考えてる。で、今その話せない事情ってやつを、ハジメが愛子先生に話してるとこだ。」

 

「ちょ、それ大丈夫なの!?下手しなくても愛ちゃん先生が危ないんじゃ!?」

 

「正直な所、危なくはある。だが、俺達が知り得ている秘密は、今は話せないってだけで、何れはお前さん等に必要になるかも知れない。そんな時、誰も真実を知らないままってのは少し不味い。その点、愛子先生は秘密を教えておく相手として的確なんだよ。信用出来る大人としても、俺達の担任としてもな。」

 

 愛子の行動原理は、異世界に来る前も来た後も、常に一貫して生徒が中心となっている。それは言い方を変えれば、異世界の事情に囚われず生徒のために冷静な判断が出来ると言う事でもある。そんな彼女の言葉なら、万が一真実がクラスメイト達に知られても大事には至らないだろう、とハジメと社は考えていた。

 

「さて、此処からが本題だ。俺とハジメが元の世界への帰還方法を探る間、皆にやってほしい事がある。まず1つ目が、愛子先生に近づく怪しい奴を見逃さない事。王国・教会関係者かそうでないか関係無しにな。そしてもう1つが、俺とこうして会話した事や内容を、他の誰にも話さない事。愛子先生は例外として、その他の誰にも話すのは止めてくれ。」

 

「愛ちゃんの護衛は今もやってるし問題無いけど、もう1つは何でなの?」

 

「簡単な話だよ、菅原さん。俺達と関わってると知れれば、君らにも被害が出る可能性がある。」

 

 社にとって最大のアキレス腱は、清水達を始めとした身内・友人を人質として取られる事だった。かつて〝解放者〟が味方である筈の人々を操り敵対させられた事を見ても、自称神が陰険な手段を得意としているのは明らかだ。そんな相手が、社にとって大切な人々を見逃がすとは思えない。

 

「俺達とは出会わなかった、と言うのは護衛騎士の連中も居たし流石に無理だろうが、それでも第三者から不仲に見せる事は出来る。もし、俺やハジメについて聞いてくる人がいれば、出来る限り俺達を悪く言っといてくれ。俺達とお前さん達は、可能な限り無関係であると知られておきたい。」

 

「いや、理屈は分かるけどよ、それは無理じゃないか?」

 

「は?何でだ。なんかおかしい事言ったか、俺。」

 

「いや、だって宮守、夕飯の時に愛ちゃん先生と俺達を人質にしたっつって、チェイスさんの事丸焦げにしてたじゃんか。」

 

「・・・・・・・・・・・・あ。」

 

 仁村に図星を突かれ、思わず固まる社。確かに表向き不仲・無関係を装うならば、あの場でチェイスに対して激昂した事は余り良いとは言えなかった。唯、あの場で釘を刺さなければ、護衛騎士達は今後もハジメ達やクラスメイト達に対して、好き勝手な言動を繰り返していただろうと言う確信が社にはあった。少なくとも、その辺りの悪意を読み違えた事だけは無かったからだ。

 

「・・・宮守。お前、実は意外と行き当たりばったりだな?」

 

「待って、弁解させてくれ。確かにカッとなったのは認めよう。唯、ぶっちゃけた話、皆にこうして俺達の目的を話す事自体、予想外だったんだよ。だから、行き当たりばったりだとか、そんな事は、無い、筈。多分、きっと、メイビー。」

 

「もう既に語尾が怪しい。・・・え?なら、勝手に私達に色々話しちゃったって事?南雲君から何か言われないの?」

 

「あ、それは大丈夫だ、宮崎さん。予想外ではあったけど、想定内でもあったから。最初から、誰にどこまで話すか、ハジメと予め決めといたんだよ。」

 

 ハジメと社にとって1番予想外だったのは、このタイミングで愛子とクラスメイト達に出会った事だった。が、それ以外について、例えば愛子に自分達の知り得た真実を話すか否か、と言った事については既にハジメと社で話し合って決めていた。

 

「俺達が考えていた案では、俺とハジメが(わざ)と威圧して愛子先生と皆をビビらせた後、①愛子先生と皆が両方共俺達を避ける②愛子先生だけはビビらずに俺達に向かってくる③愛子先生と皆、両方共俺達にビビらずに向かってくる④皆だけが俺達にビビらずに向かってくる、の4パターンを想定してた訳だ。で、今回はパターン③だから、先生には真実を、お前さん達には俺達の目的を話した訳さ。因みに、可能性が高いと思ってたのは①→②→③→④の順だな。」

 

「成る程。だから、予想外だけど想定内なのね。」

 

 社の説明に納得の声を上げる〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。身も蓋も無い言い方をすれば、最も楽なのはパターン①だった。愛子達に邪魔される事無く、引き続き大迷宮攻略に全力を注げるのはハジメ達にも、回り回って愛子達にもメリットになり得る。そうしなかったのは、偏に愛子達の覚悟がハジメ達の予想を上回っていたからだった。

 

「いや、ここまで腹括ってるのも予想外だが。それより、よくもまあ俺達の話を聞く気になったよな。」

 

「それは、まあ、色々あったんだよ。面倒見てもらってなんだけど、王国の人達も信用出来なさそうだし・・・。」

 

「うん?何があったのか?」

 

「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」

 

「え?全員(だんま)り?マジで何があったのよ。」

 

 先の張り詰めず緩過ぎない、程よい雰囲気から一転して重苦しい沈黙が降りる。完全にお通夜ムードだった。本当に何があった?と、真剣に考える社。誰かの地雷を踏んだにしては激昂する様子も無く、誰かが死んだにしては恐怖や悲しみが無い。どちらかと言えば、感じるのは社やハジメに対する気遣いと、それとは別の存在に向けた怒りーーー〝悪意感知〟が捉えたのは、クラスメイト達から王国に対する憤りだった。

 

「・・・・・・ははぁ、さては貴族とかメイド共が、俺達の悪口を言ってたな?『死んだのが役立たずの錬成士で良かったですなぁ』とか、『あんな得体の知れない呪力(チカラ)を使って、幾ら神の使徒と言えど罰が当たったのでしょう』とか、そんなとこか。」

 

「ちょ、おまっ、宮守!折角、気を使って黙ってたのに!」

 

「あれ、違ったか?」

 

「大当たりだよ、この仮面優等生!」

 

「いや、なんかもう、見てきたかの様にズバリだね・・・。」

 

「と言うか、そんな気にしてない感じ?」

 

「そりゃそうだ。そもそもの話、別の世界から拉致ってきた若者の事情すら全く考えず、あろうことか我々の為に戦って当然みたいな反応する屑どもだぞ?そんな奴らの良心なんて最初から期待してないさ。」

 

「「「「「「あぁ・・・。」」」」」」

 

 社の指摘に思い至る事があったのか、何とも言えない表情になる〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。勿論、全ての貴族やメイド達が良心の欠片も無い屑な人間性の持ち主では無かったが、それでも死んだ(と思われていた)ハジメ達に対して言いたい放題の人間が居たのもまた事実。王国や教会の信用はストップ安も良いとこだった。

 

「つーか、その後も大変だったんだぞ。お前や南雲の悪口聞いて、清水や中村がブチ切れて貴族達をボコボコにしちまうし。何時もはブレーキ役の八重樫まで暴走するもんだから、メルドさん達が慌てて止めに来る始末だし。」

 

「確かに、あの時の八重樫さん、凄い怖かったよね。自業自得だし、スカッとしたから良いんだけど、ね。」

 

「うわぁ、よりにもよって雫切れさせたのかよ。馬鹿ばっかりか、王国の貴族共はーーーってそうじゃない、忘れてた!聞かなきゃなんない事があるんだよ!」

 

「え?ちょっと、いきなりどうしたの?」

 

 唐突に声を荒げた社に対して、驚きつつも詳細を聞き出そうとする園部。この場に来て初めて焦った様子を見せた社に対し、他の〝愛ちゃん護衛隊〟の面々も、怪訝な様子で顔を見合わせている。

 

「今から言う事に正直に答えてほしいんだがーーークラスメイト達から出た4人の行方不明者って誰の事だ?」

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

 社の口から出た思わぬ質問に、〝愛ちゃん護衛隊〟の面々は思わず硬直してしまう。それは「社が行方不明者が出た事を知っている」事に対する驚きからでもあったが、何よりも彼等にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。ともすれば、先程よりも重苦しい空気が蔓延していた。一方で社はと言うと、〝愛ちゃん護衛隊〟の反応が予想とは異なる事に面食らっていた。

 

「あれ?もしかして、行方不明者って幸利達じゃないのか?雫とか恵里も無関係か。」

 

「え?え、えぇ。清水も八重樫さんも、中村さんも全員無事よ。今もまだ、貴方達2人が生きてると信じて、オルクス大迷宮に挑んでいるわ。」

 

「そう、か。それなら一応、一安心か。・・・え?なら何でこんな重い雰囲気なんだ?」

 

「それは・・・。」

 

 社の何気ない問いを最後に、再び沈黙が降りる。予想とは違ったものの、清水達が無事なのは、社にとって朗報以外の何物でも無い。故に、本来なら安堵で胸を撫で下ろしている所なのだが・・・園部達の表情が、どうにも引っ掛かる。

 

(・・・魔法的な何かで口止めされている様子は無い。誰かに言うなと脅されてる感じも無いし、そもそもそんな悪意は感知出来ていない。唯、単純に俺には言いづらいだけ、か?いや、本当に誰が居なくなったんだ。別に、行方不明者が出たからって、俺がそれを理由に園部さん達に切れる筈ーーー・・・!!!)

 

 思考を回していた社の脳内に閃きが走る。社の考えは前提から違っていた。園部達が酷く答えづらそうにしていたのは、社にとって親しい誰かが行方不明になったからでは無かった。寧ろ、その逆。社にとっての仇ーーー憎むべき相手が行方不明になったからこその沈黙だったのだ。

 

「居なくなったのは、檜山か・・・!」

 

 大きなため息と共に吐き出されたその言葉を、否定する存在はこの場には誰も居なかった。



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63.山脈への道中

 朝靄が立ち込め、漸く空が白み始めた頃の早朝。旅支度を終えていたハジメ、ユエ、シア、アル、社の5人は〝水妖精の宿〟を出て、ウルの町の北門に向かっていた。北の山脈地帯に続く街道を進み、ウィル・クデタの捜索を再開する為だ。

 

「山脈まで結構距離ありそうッスケド、どのくらいで着くんスかね?」

 

「フォスさん曰く馬で丸1日らしいから、四輪で飛ばせば4時間掛かんないんじゃない?」

 

「・・・こう言う言い方アレッスけど、生きてんスかね。」

 

「まぁ、全滅してない方が不思議だろうけど、俺やハジメの例もあるし一概には断言出来ないかなぁ。」

 

 ウィル・クデタ達が北の山脈地帯に調査に入り、消息を絶ってから既に5日。生存は絶望的であり、ハジメ達もウィル達が生きている可能性は低いと考えていた。が、社とハジメはオルクス大迷宮を生還した(不可能を乗り越えた)側であり、万一があると言うのも否定出来ない。それにウィルを生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろう。それ故、出来るだけ急いで捜索するつもりだった。幸いなことに天気は快晴であり、搜索にはもってこいである。

 

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進むとやがて北門が見えてきた。何やら見覚えのある集団も一緒に、である。彼等は何故か北門の側にたむろしており、何処となく人を待っている様にも見える。

 

「・・・何となく想像つくけど一応聞こう・・・何してんの?」

 

 ハジメが半眼になって視線を向けると、一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子。北門の前に居たのは、愛子と〝愛ちゃん護衛隊〟の6人ーーー園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人ーーーだった。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうが良い筈です。」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る。」

 

「な、何故ですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ。」

 

 毅然とした態度を取り、真正面からハジメと向き合う愛子。だが、ハジメは愛子の言葉など全く意に介していない。暖簾に腕押し、糠に釘もかくやと言った態度だが、その程度で諦める愛子では無い。

 

「まぁ、愛子先生がああなるのは予定調和だとして、だ。俺、昨日言ったよなぁ?出来る限りで良いから、愛子先生を抑えといてくれって。おっかしいなぁ、ちゃんと伝わらなかったかなぁ?何か言い訳があるなら聞くが?」

 

「いや、ごめんて・・・。」

 

 社の意地の悪い言い方に、気まずそうに顔を背ける〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。元々、愛子はハジメを早く待ち伏せすべく、夜明け前に宿を出ようとしていたのだが、それを読んでいた社は園部達に愛子を抑える様に頼んでいたのだ。

 

「真面目な話、俺達の旅はお前さん達の思ってる以上に危険だ。それに愛子先生や皆を巻き込む訳にはいかないから、愛子先生のブレーキ役を頼んだってのは伝えたよな?」

 

「マジですまん。一応、俺達も努力はしたんだよ・・・。」

 

 最初こそ社のお願いに半信半疑のまま愛子の部屋を見張っていた面々だったが、旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を見ると、顔色を変え必死に愛子を止めたのだ。が、愛子は全く聞く耳を持たず、それどころか危険だからと逆に園部達に宿に留まる様に説得する始末。すったもんだの末、折衷案として愛子と園部達が一緒に行動する事になったのだ。

 

「愛子先生も随分と頑固だな。それで、騎士団の奴等は?」

 

「そっちは大丈夫。置き手紙で留守番してもらう事にしたから、すぐにどうこうはならない筈よ。大人しく待っててくれるかは分からないけど。」

 

「面倒な連中だ。・・・いっそ、バレない様に始末するか?」

 

「オイ馬鹿やめろ!?今の宮守が言うと洒落になんねぇ!」

 

「冗談だよ、冗談。・・・半分は。」

 

「もう半分は本気だったのね・・・。」

 

「マジで優等生はガワだけなのな。」

 

 シレっととんでもない事を言い始める社に、呆れ返るしかない〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。社が優等生の仮面を被っていたのは、文字通り学校の中だけであり、一歩でも学外に出れば跡形も無く消え去る物でしかない。加えて本人が隠すつもりも無い為、バレる時はあっさりバレるものでしか無かったが、やはり中々慣れるものでも無いらしい。

 

「オイ、何時まで喋ってるんだ、社。もう行くぞ。」

 

「あいよー。愛子先生達はどうするよ。」

 

「不本意だが連れて行く。下手に突き離して滅茶苦茶やられたら困るし、流石にまた泣かれるのも勘弁して欲しいからな。」

 

「き、昨日の事は忘れて下さいっ、南雲君!!」

 

 揶揄う様に言うハジメに向けて、顔を真っ赤にしながら声を荒げる愛子。空回り気味ではあるものの、愛子の行動力は目を見張るものがある。何せ、生徒達のためと言う一念で、一国の王や貴族達に直談判する程だ。加えて今の愛子は〝豊穣の女神〟としての名声や、護衛騎士を筆頭にした数の暴力さえ所持しているのだ。愛子がそれらの力を悪用するとは思っていないが、この状態でゴネられるのも避けたかった。

 

「そうと決まれば時間も惜しい。さっさと出発するぞ。」

 

「待ってよ南雲。私達は馬を用意してるけど、貴方達はどうやって移動するのよ?」

 

「馬なんて使わねぇよ。コレがあるからな。」

 

 ハジメが園部の疑問に答えるのと同時、〝宝物庫〟により虚空から魔力駆動二輪と魔力駆動四輪が出現する。突然現れた異様にギョッとする愛子達。魔力駆動二輪と四輪の重厚なフォルムは、凡そ異世界には似つかわしくない存在感を放っている。

 

「それで、誰がどっちに乗るんだ?ハジメは四輪の運転手としても、この人数じゃ全員は乗れないだろ。」

 

「運転する気満々で二輪(バイク)(またが)ってる奴の言う台詞じゃねぇな。ったく、女性陣は四輪の中、野郎は荷台だ。それでも狭いなら、誰か二輪のサイドカーに乗れ。」

 

「・・・なら、アタシが乗りまーす。」

 

「了解。足元に気をつけて乗ってくれ、アルさん。・・・何で相川は血眼でこっち見てるんだ?」

 

「シンプルにお前が妬ましいんだよ宮守ぃ!そんなイカした単車(バイク)乗りながら、サイドに美少女乗せるとかバイカーの夢でしか無いだろ!クソ、羨ましいっ!!!*1

 

「え、何でイキナリ叫んでんスか。社サンの知り合い、コワ・・・。」

 

「いや、あんなんばっかじゃないから。後、自然に俺を盾にするのはやめてくれ?他の男子の目線が凄いから。もう嫉妬で人が殺せるレベルだから。」

 

「何騒いでんだ、お前らは。オラ、さっさと乗り込め、出発するぞ。」

 

 

 

 

 

 山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマー*2に似た魔力駆動四輪が爆走している。街道とは比べるべくも無い酷い道ではあるが、特製のサスペンションが大抵の衝撃は殺してくれる上、錬成による整地機能が付いているので、車内は勿論の事、車体後部の荷台*3に乗り込んでいた男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。そしてその後ろを、サイドカー付きの魔力駆動二輪が追走していた。

 

「おぉ、このおにぎり美味いな。流石高級宿、腕も食材も一流か。具材は何か分からんけど・・・アルさんの方は中身何だった?」

 

「モグモグモグモグモグーーーハイ?」

 

「いや、ごめん、何でもない。・・・俺の分、1個食べる?」

 

「良いんスか!?是非!!」

 

 魔力駆動二輪ーーーハジメ命名、シュタイフに乗りながら、おにぎり*4を頬張る社とアル。本来ならバイクの運転中に食事など自殺行為ではあるが、魔力駆動二輪(シュタイフ)は魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かすことが出来る。その気になればハンドル操作だけで無くアクセルやブレーキも魔力操作で行えるので、片手が使えない程度は問題にもならなかった。

 

「モグモグ、ゴクンッ。それにしても社サンの式神、メッチャ便利ッスよね。〝狗賓烏(ぐひんからす)〟でしたっけ?」

 

「まぁね。こいつも含めて、どれも俺には勿体無いくらい有能な式神さ。」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()を浴びながら、〝狗賓烏〟を見つめるアル。高速で走るバイクは、本来ならそれに見合っただけの風を感じるものだ。或いはその風を切る感覚こそ醍醐味と言う人間も居るだろうが、おにぎりを頬張っている今は邪魔でしかない。平和な朝食を取ると言う割としょーもない目的の為に、社は躊躇無く〝狗賓烏〟を呼び出していた。

 

「『呪力を消費して、周囲に風を発生・操作する』式神って聞いてた時は、正直ピンと来なかったッスケド。こんな使い方もあるんスね。」

 

「何も馬鹿正直に、戦いだけに『術式』を使う必要は無いからね。アルさんも色々試してみると良いよ。」

 

 社が(くちばし)の下を撫でると、〝狗賓烏〟は気持ち良さに目を細めて大きな欠伸をしていた。こう言う呑気で寝坊助な反応は、式神の大元になった感情の持ち主にそっくりだった。伝承の天狗と言えば、傲慢だったり潔癖だったり、守り神だったり魔物だったりする訳だが、どうにもアイツにはぐうたらなイメージしか無い、と懐かしく思う社。

 

「・・・そう言えば、話は変わるんスケド。社サン達の、えーっと、愛子先生サン?を連れて来て良かったんスか?なんか適当に突き離すみたいな事、言ってませんでした?」

 

「あー、最初はそうする予定だったんだけど、少し事情が変わってね。・・・アルさんには、檜山って奴の話はしたっけ?」

 

「ヒヤマ?・・・・・・あ、もしかして、南雲サンにワザと魔法を当てたって言う、あの?」

 

「そう。その塵屑(ひやま)。前にさ、フューレンで俺とハジメ以外にも〝神の使徒〟から行方不明者が出てるって話はしたよね?その面子って言うのが檜山と、檜山と仲の良かった3人組だったんだ。」

 

 園部達から聞いた話によれば、行方不明になった4人の内、檜山を除いた3人、斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)は、全員が死の恐怖に心折れた脱落(リタイア)組だった。更に言えば脱落(リタイア)組の中でも特に荒れていたらしく、かと言って積極的に他者と交流しようとする気配も無かったのだとか。そんな彼等が同時期に姿を消したのだから、王国では中々の騒ぎになったらしい。

 

「愛子先生としては、行方不明になった4人を探しつつ、出来ればハジメと俺のメンタルケアもしたいんじゃないかな。都合良く護衛の王国騎士達とも離れたから、俺達と関わっても邪魔されないしね。」

 

「・・・生徒思いの良い先生サンなんスね。」

 

「本当にね。この世界に呼ばれた大人が愛子先生だったのは、俺達にとって数少ない幸運の1つだった。」

 

 現状、王国に居る〝神の使徒〟は大まかに3グループに分かれている。1つが天之河達を主としたオルクス大迷宮攻略組。1つがご存じ〝愛ちゃん護衛隊〟。そしてもう1つが、ハジメの死と檜山の凶行に心折れた脱落(リタイア)組だ。ここで注目すべきは、脱落(リタイア)組が戦いを拒否して部屋に引きこもっている()()()()()()()()()()事だった。

 

「王国で引き篭もってる奴等が、鬱になったり発狂してないのは、多分愛子先生のお陰だろうなぁ。何を置いても生徒第一っぽいし、かなり親身になってるんだろうさ。」

 

 意外と言えば意外かも知れないが、この世界に来て最も多くの人間を救った〝神の使徒〟は愛子だった。それは天職:作農士の力を生かした農地改革によるものであり、〝豊穣の女神〟と言う二つ名からも分かるだろう。愛子はこの世界では富と名声を思うがままに出来る程の力と才があったのだ。事実、王国はそれに加えて(外見は)魅力的な異性らをチラつかせて愛子を懐柔しようともした。だが、愛子にはまるで通じなかった。彼女はずっとずっと、片時も生徒の事を忘れる事は無かったのだ。

 

「又聞きになるし狙ってやってるかも分からないけど、ハジメが奈落に堕されてからの愛子先生は、割と最善手と言うか、妙手ばかり打ってると思うんだよなぁ。天職を活かして周囲に味方を増やしたり、発言力を増やした上で王国に直談判して生徒達を守ったり。その上で、引き篭もった生徒達のメンタルケアまで(こな)してるんだから、そりゃ心酔する奴もでるだろうさ。」

 

 国を、或いは世界すら牛耳れる才能を持った愛子は、しかしその力を生徒を救う事を第一として使っていた。愛子自身は「担任としてこれくらいは当たり前です!」と無い胸を張りながらも謙遜するだろうが、クラスメイト達の心が未だ壊れずに済んでいるのは、間違い無く愛子のーーー彼女自身が己の理想たらんとする、大人としての誇るべき功績だった。

 

「なんか、聞いてた話と随分違うような気がするんスケド。本当に同一人物ッスか?」

 

「ところがどっこい、同じ人なんだがなーこれが。王国に恵みを(もたら)す〝豊穣の女神〟が、実は俺達の無事を知りギャン泣きした愛子先生でしたー、なんて出来過ぎた話に聞こえるだろうけどね。」

 

 或いは、そう言ったギャップこそが魅力なのかも知れないと思う社。実際、デビット率いる愛子専属護衛隊の面々は、その辺りのギャップに心を撃ち抜かれていたので、社の考察もあながち間違ったものでは無かった。もし狙ってやっているのであれば、愛子は傾城傾国の女すら目指せたかも知れない。

 

「話がズレたね。後は愛子先生から直接聞いたわけじゃ無いから、俺の推測にしか過ぎないんだけど、俺やハジメより先に檜山を見つけたいんだろうね。最悪でも、一緒にその場に居られれば、とか考えてるんじゃないかな。」

 

「?・・・あぁ、南雲サンとか社サンが、報復するのを止めたいンスね。」

 

「それもあるだろうけど、檜山の奴が俺達を傷付けようとする可能性も考えてるんじゃないかな。檜山如きに出来るかどうかは別として。」

 

 愛子が檜山を見つけた時、どうするつもりなのかは分からない。愛子の中に明確な答えなんて存在しないのかも知れないし、そもそも社の推測が当たっているかも分からないのだ。それでも、愛子は止まらないのだろう。生徒のためにと突き進む一途さは、良くも悪くも彼女が担任するクラスには知れ渡っていた。

 

「さて、ここまでは愛子先生側の事情だ。ここからは、俺達側の事情になる。」

 

「と言う事は、先生サンを同行させるメリットがあった訳ッスか。」

 

「うーん、その辺は何とも言えないんだよね。結論から言うんだけど、檜山の狙いが()()()()()()の可能性があるからなんだけど。」

 

「・・・・・・・・・ハ?」

 

 突如切り出された物騒な話に、全く頭がついて行かなくなったアル。先程まで生徒達に対して一生懸命な先生の話を聞いていただけに、温度差が酷い事になっていた。

 

「アァ、南雲サンが言ってた、社サンはたまに突拍子も無い事言い出すから気を付けろってのは、この事ッスか・・・。」

 

「え、そこ納得しちゃうの?ま、まぁ、檜山の狙いが俺やハジメの命の可能性もあるから、こうやって一緒にいるのはある意味で賭けみたいなとこもあるんだけどね。愛子先生と一緒なら守る事も出来るけど、俺やハジメしか狙っていないなら、無駄に巻き込む事になるし。だから、ハジメも最初は先生の事突っぱねたんだろうし。」

 

「イヤ、その前にどうしてその結論が出たか説明くれません?100歩譲って南雲サンやら社サンやらが狙われンのは、マァ、逆恨みでしょうケド。先生サンは狙われる理由、無くないッスか。」

 

 アルの言う通り、仮に檜山が逆恨みの復讐をするならば、その相手は香織の目が向いていたハジメか、自身の犯行を暴き私刑にした社、若しくは自分の事など眼中に無い香織辺りが妥当だろうか。そう言う意味では檜山には愛子を狙う理由が無い様にも思える。

 

「そもそも、そのヒヤマって人、どうやって王国を抜け出したんすか。社サン、ソイツの事『術式』で念入りにボコしたって言ってたッスよね。そんな簡単に回復するモンなんスか?」

 

「いいや?少なくとも、そんじょそこらの回復魔法では不可能だろうね。治癒師みたいな回復特化でも厳しい筈だ。」

 

 社の順転術式である『怨嗟招来(えんさしょうらい)』は、使用するのに大量の『呪力』と深い負の感情の2つが必要だ。それ故に燃費は最悪と言っても良いが、その分作られた式神の火力や効果も絶大である。檜山を焼いたのは式神から漏れ出た焔だったが、それだけでも回復の阻害や呪詛による苦痛は焼き付いているだろう。それこそ『呪力反転』で生み出されたプラスの『呪力』でも無ければ、治癒の見込みは無い筈だった。

 

「園部達にも聞いたけど、檜山は完治どころか回復の兆しすら無かった。その状態で王国から抜け出せるほど、俺の『術式』は甘くない。逆に言えば、王国から脱走出来た以上、檜山は何らかの方法で傷を癒す事が出来たんだろう。そして、傷を治してくれた奴の手引きで、王国を脱走した訳だ。・・・俺が残した呪詛を癒し、且つ厳重に見張られている〝神の使徒〟4人を王国にバレずに拉致出来る連中なんて、1つしか考えられない。」

 

「・・・成る程、神の仕業ッスか。」

 

「と、俺とハジメは考えている。で、もし仮に檜山が神の手先になっていた場合、愛子先生を狙う目が普通に出てくるんだよな。神として愛子先生が邪魔!とかじゃなくて、自分の生徒に殺されて絶望する姿が見たい!とかそんな理由で。」

 

「ウワァ、有り得ないって言い切れないのがイヤッスね。」

 

 社の考察を聞き、納得半分ドン引き半分の声を上げたアル。この世界の神が陰険で陰湿で性悪なのは、既に社達には周知の事実だ。そんな糞を煮詰めた様な性格の神なら、面白いもの見たさで生徒に先生を殺させる事も平気でやるだろう。

 

「そんな訳だから、俺達としても愛子先生単独で檜山を見つけられるのは色々と怖いのさ。だから、一時的にでもこうして一緒に行動してる訳だね。それに予想が正しければ、今の俺達は檜山からすればカモネギだろうしね。さっさと襲って来ないかなー、とも思ってはいる。」

 

「神から標的にされた先生サンと、恨みのある南雲サンや社サンが一緒にいるからッスか。・・・因みに、そのヒヤマって人が怪しいってのは、先生サンには伝えてあるんスか?」

 

「それもハジメの方から伝えている筈だよ。・・・それでも、愛子先生は諦めないだろうけど。」

 

 愛子の頑固さは筋金入りだ。幾らハジメが説得したところで、檜山を、生徒を諦める事など出来ないだろう。そこが愛子の良い所でも有り、悪い所でもあった。最も、そう言った善性は社としては基本的に好ましい物だったが。

 

「他の3人は、多分檜山に唆されたんじゃないかな。あいつら仲良かったっぽいし。逆恨みで恋敵を殺そうとする奴に、着いてく気は知れないけど。」

 

「そのヒヤマって人を人質にされた可能性は無いんスか?若しくは、治してやるから協力しろ、みたいな事は?」

 

「うーん、あいつらハジメが堕とされてから、ずっと引き篭もりっぱなしの上、凄い荒れてたらしいからなぁ。仮に友情的な物があっても、それを優先する余裕があったかね。それなら、甘言を吹き込まれて唆されたって方がまだ納得出来るんだよな。」

 

 アルの最もな問いに、否定的な意見を返す社。実の所、檜山率いる4人組ーーー仮称、小悪党組の評価は社の中でかなり低い物だった。元の世界に居た頃から、彼等はハジメをオタクだ何だと馬鹿にしていた。その癖、いざ社が近くに居ると途端にちょっかいを出すのを止める小心者っぷりなのだから良い印象を持てる訳も無く。こちらの世界に来たら来たで、手に入れた力に酔いしれ尊大な態度を取っていたりと悪印象しか無かった。端的に言って、人格や性格に全く信用を置いていなかった。

 

「何か、社サンの知り合いでもどうしようも無い奴っているんスね。」

 

「そりゃそうだ。唯のクラスメイト、言ってしまえば赤の他人だしね。いや、檜山はそれ以下か。・・・見つけたら、どうしてくれようか。」

 

(何でこの社サンを敵に回す様な事出来たん?自殺願望あったの?出来る限り苦しんで死にたかったの?ヒヤマって人、ドM?)

 

 怨み骨髄な社を見て、アルは内心で檜山のやらかしに呆れ果てていた。未だ付き合いが長いとは言えないアルでさえ、社が身内・友人を大切にしているのは酷く分かりやすかった。敵と見做した相手に一切の容赦が無くなるのも、その裏返しであろう。そんなアルからして見れば、檜山の行いは自殺行為以外の何物でも無かった。

 

「ま、今は檜山の事より、ギルドの依頼の方が先だ。山脈の麓まではもうちょい掛かるだろうから、もし眠かったら寝てても良いよ。」

 

「お気遣いドーモッス。・・・折角なんで、社サンのお友達の事とか、色々聞いても良いッスか?」

 

「ん?別に良いよ。何が聞きたい?」

 

「えーっと、じゃあ、先ずは南雲サンと社サンの両方が仲良いって言ってたーーー・・・。」

 

 檜山の話題もそこそこに、元の世界や友人の事で盛り上がる社とアル。正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない程に、穏やかな時間が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

「あぁ、そうだ。もし仮に檜山達と敵対しても、アルさんが配慮する必要なんて無いからね。下手に手加減でもして、アルさん達が傷つく方が嫌だし。」

 

「・・・・・・・・・社サン、お友達から良くクソボケと言われなかったッスか?。」

 

「何故バレた?」

*1
相川は元々バイク好き。

*2
平たく言えば軍用の四輪

*3
態々荷台を取り付けたのはハジメの趣味。ガトリングによる走行中の車上射撃とかやりたかったらしい。

*4
移動しながら食べられるようにと、フォスが朝食として用意してくれたもの。




色々解説
・〝狗賓烏(ぐひんからす)〟の基になった人物について
種族は天狗。性別は女性。元の世界に居る社の友達の1人であり、特級過呪怨霊となった■■の解呪方法を探る為に、祖父の伝手で鞍馬山の隠れ里を訪れた際に出会った。その後、紆余曲折を得て友達になり、以後はまめに連絡を取り合う仲に。非常にぐうたらで、目を離せば居眠りをこく様な怠惰っぷり。その癖、術の扱いは天才的と典型的な有能な怠け者だった。又、筋金入りのオタクであり、社が以前購入した【月の出ぬ朝に】*1の初回限定生産版の片方を送った相手でもある。その際は狂喜乱舞してた。本編には出て来るかは未定。出るとしても地球帰還後。
・愛子について
2次創作ではアンチ気味だったりそうでなかったりするけど、この作品では彼女なりに色々そつなくやってるので評価は高め。多分、原作でもこまめに生徒達の心身のケアとかやってたと思う。と言うか、原作でも描写されて無いだけで王国から懐柔策とかたくさんあっただろうに、見向きもせず生徒達の為に動こうとしてた辺り、現代日本の教師としては大分当たりな人だとも思う。王国と教会が糞なだけとも言う。
・小悪党組について
原作ではハジメが堕とされてからも迷宮攻略組に参加していたが、今作では檜山のやらかしが即座にバレた挙句、社の報復を見た事で完全に心折れてしまった。今後どうなるかは・・・。

*1
詳しくは21.問答 を参照



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64.捜索

 北の山脈地帯ーーー標高1000mから8000m級の山々が連なるそこは、北へ北へと幾重にも山々が重なっており、未だ全容が明かされていない弩級の山脈だ。現在確認されているのは4つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域になっている。とある冒険者がその先を目指した事もあるそうだが、山を越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので途中で断念したらしい。

 

 また、どう言う訳か生えている木々や植物、環境がバラバラで規則性が無く、日本の秋の山の様な紅葉が見られたかと思えば、真夏の木の様に青々とした葉を付けていたり、逆に枯れ木ばかりだったりと、ある意味非常に異世界らしい様相が広がっているのも特徴だった。

 

 今回ハジメ達が訪れたのは1番手前の山脈であり、地理的にはかの【神山】から東に1600kmほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見する事が出来る、ウルの町が潤うのも納得の実り豊かな山である。

 

「悪くない景色だ。ギルドの依頼さえなきゃ、もっとゆっくり観光したいとこだが。」

 

「本当になー。・・・何で愛子先生ってば、そんな顔真っ赤なんです?」

 

「な、何でもありません。気にしないで下さい、宮守君。*1

 

 山脈の麓に四輪を止め、見事な色彩を見せる自然に見蕩れるハジメ達。正しく天然の芸術とも言える風景を眺めながら、ハジメは四輪を〝宝物庫〟に戻すと、代わりに指輪と全長30cm程の鳥型の模型を幾つか取り出した。

 

「出たな、ファン◯ル!しかも脳波コントロール出来る!」

 

「モチーフは(ラフレシア)じゃなくて鳥だがな。いつかはビーム兵器も載せたいけどな。」

 

 はしゃぐ社を尻目にハジメは指輪ーーー鳥の意匠に小さな石が嵌め込まれているーーーを嵌め、鳥型の模型を4つほど放り投げる。そのまま地に落ちるかと思われた贋作の鳥達は、しかし予想を裏切り宙に浮かぶと、ハジメ達の頭上を幾度か旋回した後に音も無く山の方へと飛び去って行く。

 

「あの、南雲君、あれは・・・?」

 

「うん?あぁ、鳥型のゴーレムを遠隔操作してる。俺達の世界風に言えば、無人偵察機だ。」

 

 ハジメの言葉に驚きで息を呑む愛子達。ハジメが〝無人偵察機〟と呼んだ鳥型の模型ーーーハジメ命名〝オルニス〟は、ライセン大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、ミレディから巻き上げた貰った材料から作り出したものだ。重力石*2を核として、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に遠透石*3を頭部に組み込む事で偵察機としての役割を持たせたのだ。ハジメは右眼の 魔眼鏡(モノクル)にも遠透石を組み込む事で、〝無人偵察機(オルニス)〟の映す光景を見る事が出来るようになっていた。

 

「最大で何体操作出来るんだ?」

 

「見回りさせる位なら、4機同時が限界だ。1機だけなら俺も全力で動きながら精密操作出来るし、〝瞬光〟使ってれば7機まで増える。・・・ミレディはどうやって、あれだけのゴーレムを操ってたんだか。」

 

 ゴーレムの操作数の限界は、そのまま脳の処理能力の限界でもある。〝瞬光〟に覚醒してからはハジメと社の脳の処理能力も上昇していたが、それでも50近い数のゴーレムを操っていたミレディとは雲泥の差だ。神代魔法の適性や練度の差か、他に何か理由があるのか。或いは、それこそが「神代魔法を全て集めろ」と言った理由に繋がるのか。ミレディに敵対する意思は無いのだろうが、それを差し引いても何とも謎の多い人物だった。

 

 

 

 

 

 魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、6合目から7号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーもその辺りを調査した筈である。そう考えたハジメ達はゴーレムを先行させながらハイペースで山道を進み、凡そ1時間と少しで6合目まで到着していた。

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか・・・けほっ、はぁはぁ。」

 

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか・・・愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー。」

 

「うぇっぷ、もう休んでいいのか?はぁはぁ、いいよな?休むぞ?」

 

「・・・ひゅぅーひゅぅー。」

 

「ゲホゲホ、南雲達は化け物か・・・。」

 

 息も絶え絶えに言葉を絞り出しているのは、愛子達である。この世界基準で一般人の数倍のステータスを誇る愛子達は、本来なら6合目までの登山如きでここまで疲弊することはない。だが、それも通常のペースで登山すればの話だ。速すぎるハジメ達の移動に追い着くべく、殆ど全力疾走しながらの登山となった愛子達は、四つん這いになり必死に息を整えていた。

 

「先生達の体力を計算に入れてなかったな。」

 

「休憩も兼ねて、この辺調査するか。休めそうな場所はあるか?」

 

「近くに小川がある。ウィル達が休憩に寄った可能性も高いし、そこで良いだろ。」

 

「あいよー。じゃあ、先に行っててくれ。俺は愛子先生達が復帰するのを待ってるわ。」

 

「・・・じゃあ、アタシも付き合いますよ。」

 

「あ、そう?サンキュー、アルさん。」

 

 完全にバテ切った愛子達に若干困った視線を向けつつ、無人偵察機からの情報を基に、ハジメとユエとシアの3人は近くの川を目指して森の中を分け入って行く。残ったのは未だに息も絶え絶えの愛子達と、息一つ切らしていない社とアルだった。

 

「な、何で、宮守達は、ゼェ、そんな余裕なんだ、ハァ・・・。」

 

「そりゃ、鍛え方が違うしなぁ。むしろ、バテ気味とは言え、俺達に着いて来れた相川達に驚いたぞ、俺は。」

 

「ゼェ、そりゃ、着いて来たいって言ったのは、俺達だし?ハァ、逸れる訳にも、いかねぇし・・・。つうか、それが分かってんなら、もう少し、加減してくれよ・・・ゼェ。」

 

「あぁ、だから、全力では飛ばして無かったろ?」

 

「嘘でしょ・・・?」

 

「清水がゴリラ呼ばわりしてたの、今なら納得しかねぇや・・・。」

 

 信じられない、と言った様子で社を見る愛子達一同。この世界(トータス)に呼ばれて身体能力の上がった彼等をして、ハジメ達の体力は規格外と評して良いだろう。「幾らハジメ達の方が強くても、流石に全く追い付けないなんて事は無いだろう」と言う考えは、甘かったと言わざるを得ない。

 

「ハァ、ハァ、フーーー・・・やっと、落ち着いて来た。・・・それで、ずっと気になってたんだけど、そこの子とはどう言う関係なの、宮守君?」

 

「え?アタシッスか。」/「いきなりどうした、菅原さん?」

 

 脈絡の無い急な質問に、仲良く首を傾げる社とアル。が、この話題を気にしていたのは菅原だけでは無かったらしく、気が付けば愛子と〝愛ちゃん護衛隊〟の全員が社とアルに注目していた。

 

「いや、だって南雲君がめちゃくちゃに綺麗なお人形さんみたいな子と、すごいカワイイ亜人族の子の三角関係(ハーレム)築いてたから、てっきり宮守君にもお相手がいるのかなーって。」

 

「そうだそうだ!南雲も宮守も、何で周りが美少女だらけなんだ!チクショウ羨ましいぞこの野郎どうかコツがあったら俺達にもご教授下さいませ!!」

 

「「お願いします師匠!」」

 

「男子共は悪態吐くか下手に出るかどっちかにしろ。後、地味に距離を詰めてくるのは止めろ。必死過ぎてキモい。」

 

「えっと、アルさんで良いんだよね。私は菅原妙子って言うんだけど、ズバリ宮守君とはどんな関係なの?唯のお仲間?それとも、まだお友達?馴れ初めは?」

 

「ちょっと妙子、少し落ち着きなさい。いきなりごめんなさいね、アルさん。私は園部優子、南雲と宮守のクラスメイトよ。・・・因みに、貴女の好みは南雲みたいなタイプ?それとも、宮守みたいなタイプ?」

 

「イヤ、た、唯の恩人ってだけで、別に異性としては・・・ちょっ、社サン、助けて・・・。」

 

 疲労困憊だった先程までとは打って変わって、キャイキャイと盛り上がる〝愛ちゃん護衛隊〟一同。社とアルは知らない事だが、魔力駆動四輪に乗っていた時も、女生徒達はシアを相手に恋バナ(と言う名の質問責め)をしていた。異世界で、しかも異種族間の恋愛など、花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。やはり、何時の世でも男女のあれこれはホットな話題らしい。

 

「あまり生徒の恋愛に口を挟みたくはありませんが、節度を持った付き合いを心掛けて下さいね、宮守君。」

 

「そりゃ勿論。ハジメの様にハーレム作る度量なんて、俺にはありませんよ、愛子先生。後、アルさんは唯の仲間ですよ。」

 

「そう言う意味で言ったのでは無いのですが・・・。」

 

「?」

 

 求めていたのとは何処かズレた答えを返され、言葉を濁す愛子。まだまだ若手とは言え教師である愛子は生徒をよく見ていたし、この世界に来てから色んな人物と相対した事で、観察眼はより確かなものへと磨かれていた。その愛子の目から見て、社が一切嘘を言ってないのは直ぐに分かったが、それとこれとは話が別だ。社にその気が無くても、周囲まで同じとは限らないからだ。愛子が知る限りでも、社を憎からず思う生徒は()()()2()()いる。元の世界でなら言わずもがな、この世界でそんな人物が増えない保障など何1つ無かった。

 

(南雲君といい、宮守君といい、白崎さんといい、私の生徒達は異性関係で苦労する定めなのかもしれませんねぇ。)

 

 園部達に押され気味なアルを、助けるでも無く呑気に眺める社。そんな良くも悪くも変わっていない元優等生を見た愛子は、教え子達の未来を憂いて遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 

 約10分後、息を整えた愛子達を連れた社とアルは、小川へと向かいハジメ達と合流した。周囲の索敵は無人偵察機とシアが済ませており、魔物の気配も無い様だ。川のせせらぎが耳に心地良く、液面も澄んでいて日光をキラキラと反射している。社達を待つ間に息抜きをしていたのか、ユエとシアは裸足で川に足を浸していた。

 

「「「び、美少女の素足と、水浴び風景・・・!此処が天国(パライソ)か・・・!!」」」

 

「そんな下心丸出しだから、あんた等は彼女ができないのよ。」

 

「マジレスで腹を殴るのはやめてくれないか、園部。」

 

「余り事実を口にするなよ、俺達の心は弱いぞ?」

 

「あれ、おかしいな、目から汗が止まらないや・・・。」

 

 園部から放たれた、正論と言う名の致命の一撃(クリティカルヒット)が、玉井達男子生徒を見事撃沈する。その間に、玉井達の視線に気が付いたユエ達も川から上がっていく。・・・その光景を何処か口惜しそうに眺めている辺り、玉井達も中々に図太かった。

 

「気持ちは分からんでも無いが、ガン見すんのは止めとけ。モテたいなら少しは余裕と紳士さを身に付けた方が良いんじゃねぇかなぁ。」

 

「その余裕の持ち方を、是非俺達にも教えて欲しいんですけどぉ!つーか、何で宮守は、あんな美少女達を前にして表情1つ変えないんだ!?」

 

「そりゃあ、こう見えて婚約者(フィアンセ)のいる身だしな。他の女の子に(うつつ)を抜かすなんて不義理は出来ないだろ。」

 

 玉井のヤケクソ染みた嘆きに、淡々と返す社。小さい頃の約束だとか、自分に取り憑いているだとか、化け物染みた外見に成っているだとかは、社にとっては些細な事でしかない。愛する■■を裏切りたくないーーーその一点こそが最も重要で大切な真実なのだから、他の女性に目移りするなどもっての外だった。

 

「成る程なぁ。そりゃ婚約者(フィアンセ)が居るなら、下手な事は出来なーーーなんて???」

 

「き、聞き間違いじゃなけりゃ、今、フ、婚約者(フィアンセ)が居るって、言ったか?」

 

「え?うん。」

 

「「「「「「はぁ!?!?!?」」」」」」

 

「おっと、ハジメが呼んでるみたいだから行くわ。お前さん達もしっかり休憩しとけよー。アルさん、行くよー。」

 

「了解ッス。」

 

「おい待て待ってくれ!?一体どこまで本当(マジ)なんだ!?まさか本当に婚約者居るのか!?」

 

「行っちゃったんだけど!?とんでもない爆弾を落とすだけ落として、宮守君さっさと行っちゃったんだけど!?このモヤモヤどうすれば良いの!!」

 

「あ、あの若さで、もう相手が居るのですか?それに引き換え、私は彼氏の1人すら・・・い、いえ、今の私は教師なのです。まだまだ精進が足りないのに、色恋にかまける暇なんて・・・。」

 

 社の婚約者(フィアンセ)発言に、騒然とする愛子プラス〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。約1名は若干方向性が異なるが、それでも驚き具合は変わらず大きいものだった。一方、そんな彼等の心境を知ってか知らずか、〝念話〟で呼び出された社は、ハジメが感じとった違和感について話していた。

 

「魔物の姿が、一向に現れない?」

 

「ああ。移動した可能性も考えて、さっきから川の上流に無人偵察機(オルニス)を飛ばしてるんだが、魔物の1匹すら現れやしない。此処まで来る道すがらに会わなかったのも偶々だと思っていたが、こうも見当たらないとなるとキナ臭いものがある。」

 

 ハジメ達は現在、7合目の半ばほどで休憩を取っている。この山脈は山を越えさえしなければ比較的安全と言われているが、だからと言って魔物が全く居ない訳でも無い。弱い魔物ならそれこそ群れていてもおかしく無いのに、影すら見当たらないのは異常としか言い様が無い。

 

「残念ながら、〝悪意感知〟にも反応は無い。このまま慎重に進むしか無いな。・・・ところで、ユエさんとシアさんはさっきから何してるんだい?」

 

「・・・ん。ハジメ成分を補給中。」

 

「私はユエさんが羨ましくなって、イチャイチャに混ぜてもらいにきました!」

 

「そこまで欲望に素直だと、一周回って潔く見えてくるッスね。」

 

 社の問いに満面の笑みで答えるユエとシア。現在、手頃な岩に腰掛けたハジメの膝にユエが乗り、後ろからはシアが全体重を掛けて抱き着いていた*4。要するに、ユエとシアでハジメをサンドイッチしている構図である。一般的な思春期の男子なら垂涎物の状態だろう。その光景に川岸で水分補給に勤しんでいた愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒達は黄色い声を上げ、玉井達男子達は血涙を流さんばかりにハジメを睨んでいた。

 

「まごう事なき美少女2人に挟まれてる気分はどうだい、親友?」

 

「うるせぇ、黙れ。ゴーレムの操作に集中させろ。」

 

「へーい。・・・ねぇねぇ、ユエさん。その状態でハジメはおっきしてないの?いや、ハジメって言っても、ハジメの息子(ハジメ)の方なんだけど。」

 

「俺に話しかけなきゃ良いって意味で言ったんじゃねぇよこの馬鹿!つか、お前は何を突然トチ狂った事聞いてやがる社!!」

 

 怒鳴りながら親友(やしろ)の頭を引っ叩くハジメ。本来、と言うか今までの社なら、女性相手に露骨な下ネタを言う事は無かった。それは雫や恵里に対しても同様であり、ユエやハウリア姉妹にも同じだとハジメは考えていたのだが、どうやら違ったらしい。少なくとも品性と紳士さは欠片も無い。

 

「ったく、油断も隙もねぇな。お前、女子相手に下ネタ言うタイプじゃ無いだろ。少なくとも俺は聞いた事ねぇぞ。」

 

「それはそうだけど、ユエさんなら良いかなって。割とその辺りは寛容だし、何よりハジメの反応が面白いし。ーーーで、どうなの?」

 

「・・・ん。」(ポッ)

 

「待てユエ。そこで顔を赤くされると、俺がとても困るーーー社も他人の下半身事情を追求すんのは止めろ!ドタマカチ割るぞ!?」

 

「そんな!?ハジメさんの雄は、私の巨乳ではおっきしてくれないんですか!?」

 

「何でこのタイミングで割って入ろうとしたシア!頼むから今はちょっと黙ってろよ!」

 

「・・・あの、義姉(ネエ)サン。ちょっと、声大きいから・・・社サンのクラスメイトさん達にも聞こえるから・・・。」

 

「オラ、全員良く見ろハウリア妹の恥じらう姿を!貞淑にとは言わないが、せめて少しは恥じらいを持ってーーーあん?」

 

 怒涛のボケ倒しにツッコミと言う名の悲鳴を上げていたハジメの表情が、怪訝なものへと変わる。それに気付いた社達も騒ぐのを止めると、邪魔にならない様にハジメからの反応を待つ。

 

「これは・・・剣に盾、か?鞄も・・・。」

 

「ん・・・何か見つけた?」

 

「ああ、ある程度川の上流を遡ったところに、デカい戦闘の痕跡があった。・・・取り敢えず、向かってみよう。全員、行くぞ。」

 

 異変を発見したハジメ達は阿吽の呼吸で立ち上がると、すぐに出発の準備を始めた。愛子達も疲労が抜けきった訳では無いが、何か手がかりを見つけた様子となれば動かない訳にはいかず、猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随して行く。

 

「着いたぞ、此処だ。」

 

「おぉう、これまた派手にやったな。」

 

 十数分後、ハジメ達が到着した場所には、無人偵察機で確認した通りの大規模な戦闘の痕跡が残されていた。周囲の木々は無惨に切り裂かれており、自然本来の美しさは見る影も無い。地面は所々が抉られたり、余程の高温で焼かれたのか焦げついており、それに加えて冒険者が持ち込んだと思われる物が散乱していた。

 

「ハジメさん、この盾とか鞄って、やっぱり探してる人達が使ってたやつでしょうか?盾なんか、金属製なのにもの凄いひしゃげちゃってますけど。」

 

「多分な。シア、社。2人共、全力で周囲を探知してくれ。何か手がかりが残ってるかも知れない。」

 

「了解です。」/「あいよー。」

 

 ハジメに指示され、索敵に秀でた2人を筆頭に注意深く周囲を見渡す一行。周囲の破壊痕の中には爪や牙で切り裂いたのか数mを越えた大きさのものもあり、どう見ても人間業で無いのが分かる。恐らくは、ウィル達冒険者と争った魔物が付けた傷なのだろう。

 

(このサイズの魔物が居たとして、俺達に全く見つからないなんて事があるのか?この山で未だに魔物1匹見当たらないのと、何か関係があるのか・・・。)

 

「社サーン、ちょっと良いッスかー!?」

 

「ん?アルさんの方で何かあったー?」

 

「見てもらいたい物があるんスケドー!アタシだけじゃ判断つかないンで来てもらいたいッスー!」

 

 社は思考を打ち切ると、声がする方へと足を進める。向かった先でアルが見ていたのは、薙ぎ倒されていた木々の内の1本だった。直径70cm程のそれは真ん中ほどから折られており、此処で起こった戦闘の激しさを物語っている。だが、アルが気にしていたのはそこでは無かった。

 

「この木、傷痕もおかしいんスけど・・・コレ、『()()()()()()()()()()()()?」

 

「・・・・・・本当だ。僅かにだけど、残穢(ざんえ)が残ってる。」

 

 折られて剥き出しになった木の断面は、どう言う訳が()()()()()()()()()()()()()が付いており、そこには僅かながら残穢(ざんえ)が残っていた。試しに溶解されたと思わしき部分を触ってみても、質感は完全に木のままである為、一体どうやったのかは見当も付かない。十中八九、『術式』によるものだろう。

 

「一体、誰の仕業ッスかね?」

 

「分からない。冒険者達の中に『術師』が居たのか、それとも『呪術』を使える魔物が居るのか・・・。アルさん、似た様な痕って他にもあった?」

 

「何本か、似た様な事になってる木や植物がありました。」

 

「うん?その言い方、もしかして溶けた様な痕があるのって植物限定?」

 

「・・・そう言われればそうッスね。アタシが見た限りでは、溶けた様な痕と残穢がセットで残されてたのは、全部草や木だけッスね。」

 

(・・・この場でウィル達冒険者と何者かの戦闘があったのは、周囲の遺留品や状況から見てもほぼ確定だろう。問題は『術式』を使ったのが俺達の敵か否か、そしてどんな『術式』が使われたかだ。誰が『術式』を使ったかは分からないから、そこは一先ずは置いておくとしても・・・多分、そう単純な『術式』じゃ無いんだろうな。)

 

 アルの答えを聞き、暫し考え込む社。目の前の結果だけを見るならば、使われたのは『植物に作用する』『術式』になるが、そう考えるのは早計だろう。『術式』の対象にもよるだろうが、例えば広義での『生命』を対象とする様な、『植物にも作用する』パターンや、『植物にのみ作用する代わりに出力を上げる』『縛り』を課しているパターンもある。一概に決め付けるのは危険だった。

 

「もう少し、この辺を探索しようか、アルさん。何か気付いたら教えてくれる?」

 

「了解ッス。」

 

 再び手分けして周囲を探索する社達。奥の方に進むに従い、冒険者達の遺品らしき物や、戦いの痕跡が幾つも見つかっていく。先程の様に『術式』で半ばから溶かされたらしき木や、踏みしめられた草木、更には折れた剣や血が飛び散った痕もあった。人の死が感じられる生々しい痕跡を見つける度に、愛子達の表情が強ばっていく。彼女達には少々刺激が強かったらしい。

 

 その後も探索は続き、一段落着いた頃には既に日もだいぶ傾いており、野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

「そっちの成果はどんなもんだ、社。」

 

「ハジメか。大した物は見つかって無い。一応、身元の特定に使えそうな物は拾っちゃいるが。」

 

「そうか。こっちも似た様なもんだ。写真入りのロケットなんかも拾ったが、誰の物かも分からん。そろそろ、引き上げ時かもな。」

 

 一度集合し、各々の成果を伝え合うハジメ達。夜になり効率が悪くなると言うのもあるが、それ以上に野生動物以外の生命反応が無い事にハジメ達は警戒していた。ウィル達を襲ったらしき魔物どころか、それ以外の魔物すら1匹たりとも感知されなかったのだ。今ハジメ達が居るのは、大体八合目と九合目の間であり、山は越えていないとは言え、弱い魔物の1匹や2匹出てもおかしくない筈である。にも関わらず、全く魔物と遭遇しないのは、えも言われぬ不気味さがあった。

 

「ま、しゃあないか。日が暮れる前に、さっさと下山して「いや、それは少し待ってくれ。」ーーー・・・ハジメ?」

 

 そそくさと撤収準備に入ろうとした一同の動きが止まる。ハジメの声色が真剣味を帯びており、何かを見つけたのが容易に想像できたからだ。ハジメの邪魔をしない様に、黙ったまま固唾を飲んで見守る事数十秒、ハジメの口から凶報が告げられた。

 

「魔物の群れを見つけた。・・・数十匹なんてモンじゃない。少なくとも300は優に越えている。」

*1
運転席のハジメに膝枕されて爆睡していた。ユエは拗ねた。

*2
生成魔法により、重力魔法を付与された鉱物。重力を中和し、宙に浮く性質を持つ。

*3
同質の魔力を注ぐ事で、遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映す事が出来る。ゴーレム騎士達の目に使われていた鉱物で、ミレディもこれでハジメ達の細かい位置を把握していた。

*4
所謂、あすなろ抱き。




社が残穢に気付かなかったのは、膨大な『呪力』の塊である■■に取り憑かれているせいで、『呪力』感知がザルも良いとこなレベルになってるからです。なので今回の様に呪術の痕跡を見つけたい場合は、現状では完全にアルに頼りきりになります。


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65.寄生花

過去話を見て設定の整合性を取ろうとするけど、そのたびに誤字を見つける悲しみと戦っています。


「どれだけ数いるんだ、コレ。」

 

「さぁな。ざっと見て500近いんじゃないか。」

 

 ウンザリした表情で、呆れ混じりに呟いたハジメと社。それもその筈、今彼等の目の前には、様々な種類の魔物が所狭しと並んでいた。普通の冒険者なら裸足で逃げ出す事請け合いの、悪夢の様な光景である。

 

「幾ら山を歩き回っても魔物1匹見当たらなかったのは、此処に集まってたからッスか。」

 

「そうだとしても、この数は異常すぎますよぉ。」

 

「・・・ん。多すぎ。」

 

 魔物達から少し離れた林の中で観察しながら、多すぎる魔物に辟易するユエ達。現在ハジメ達が居るのは、〝無人偵察機(オルニス)〟で魔物の群れを発見した場所から、南東に500m程離れた地点。ハジメ達が休憩していた場所よりも大きな川のあるそこは、先程までの静けさが嘘の様に魔物で溢れていた。周囲一帯の魔物全てが集められていると言われても不思議では無い数であるが、異常はそれだけに留まらない。

 

「魔物達の身体に咲いてる花に見覚えあるのは俺だけじゃないよな。」

 

「あぁ。フューレンに行く途中、襲って来た魔物が落としたやつとそっくりだな。」

 

「・・・咲き方も、アルラウネモドキの花と似てる。」

 

 彼等を悩ませている問題は2点。その内の1つが、魔物達の身体に大きな花が咲いていた事だ。咲いている場所こそ手足だったり腹や背だったりとまちまちではあるが、毒々しい極彩色をした花はフューレンに向かう途中で馬車を襲って来た魔物が落とした花弁と、非常に良く似た色合いをしていた。恐らくは同一の物だろう。全ての魔物に咲いている訳では無いが、それでも3割近い数が花を咲かせていた。

 

「やっぱり、そう見えるよな。当然そっちも問題だが・・・あの霧は何なんだ?」

 

「分かんね。『呪力』が感じられるから、何らかの『術式』が使われているんだろうがな。アルさんは何か感じる?」

 

「分かんねッス。見た感じ、魔物達は霧の中に入れないっぽいスケド。」

 

 そして、もう1つの問題が、『呪力』の込められた霧が発生していた事だ。魔物達が密集している川の下流側より先を覆い尽くす様に漂う霧は、広範囲に広がっており全貌が窺えない。何より不思議なのが、魔物達は霧の周りを彷徨(うろつ)きこそすれど、霧の中には一切入ろうとしない点だ。入れないのか、それとも入らないのか理由は定かでは無いが、霧そのものが魔物の侵入を拒んでいる様にも見える。

 

「いや、呑気に話してる場合じゃなくないか!?これだけの数の魔物、俺達じゃどうしようも無いだろ!」

 

「でも、だからって、このままにするのは・・・。どうしよう、愛ちゃん先生。」

 

「・・・・・・今この場で、私達だけで相手をするのは余りにも危険過ぎます。一度、町に戻って応援を呼びましょう。」

 

 目の前に広がる魔物の軍勢を見てあたふたする生徒達に対して、愛子は顔色を悪くしながらも冷静な判断を下す。幾ら生徒達がチート染みたステータスを持っているとは言え、これだけの数を相手にするのは無謀だ。しかし、だからと言ってこの事態を見過ごす訳にもいかない。生徒達の安全を第一に考えた上で、それ以外でも出来得る限りの最善を尽くす。色々な意味で愛子らしい決断だったが、そこにハジメが待ったをかける。

 

「悪いが先生、それは却下だ。」

 

「・・・理由を聞いても?」

 

「あぁ。説明する時間も無いから簡潔に言うが、こいつらは特殊な魔物に操られている可能性がある。問題は、その特殊な魔物が人間すら操れる事だ。応援なんて呼んだら、最悪同士討ちで全滅もあり得るだろうよ。」

 

「そんな・・・。」

 

 ハジメの説明に顔を真っ青にする愛子と〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。ハジメの言う特殊な魔物ーーーオルクス大迷宮に居たアルラウネモドキは、花粉を吸い込んだ対象に花を寄生させて操る能力を有していた。もし、それと同種か近い能力を持った魔物が居た場合、操れる数や範囲にも寄るだろうが、単に数を揃えただけでは被害は大きくなる一方だろう。ハジメが語ったのは可能性の1つ、仮定に仮定を重ねた物でしか無いが、それにしては類似点が多いし、何より推測が当たった場合の被害が大きくなり過ぎる。決して無視出来る予想では無かった。

 

「と言っても、今話したのは唯の推測だ。当たってる保証も無い。だが、最悪を想定しないのは論外だ。」

 

「では、どうするのですか?」

 

「簡単だ。今、此処で出来る限りぶっ潰す。()るぞ、お前ら。」

 

 屈んでいたハジメが号令と共に立ち上がると、それに続く様に社、ユエ、シア、アルが即座に臨戦態勢をとる。いきなりの事に目を白黒させる愛子達を尻目に、ハジメ達は手早く奇襲の段取りを決めていく。

 

「手筈はどうするよ?」

 

「〝毒耐性〟持ちの俺と社が前衛だ。派手に動いて出来る限り魔物を惹き付けろ。ハウリア姉妹は中衛だ。無理に攻めなくて良い、後ろに魔物を通さない事を意識しろ。アルラウネモドキっぽい姿が見えたら即下がれ。ユエは後衛兼、先生達の護衛を頼む。結界を貼りつつ、露払いに専念してくれ。基本は火属性以外で頼むが、アルラウネモドキは見つけ次第燃やして良い。最悪、山火事になっても構わない。」

 

「「「「了解。」」」」

 

「全員、逃げる魔物は捨て置けよ。兎に角、数を減らさない事には始まらない。ーーー初手はユエだ。派手にかましてくれ。」

 

「・・・ん。〝嵐龍〟」

 

 右手を真っ直ぐ伸ばしたユエの呟きと共に、上空に緑色の豪風が集まり球体を作る。と、次の瞬間、球体から孵化する様に一匹の龍が顕現する。文字通り嵐で創られた龍は眼下の魔物達を睥睨すると、顎門を開いて哀れな獲物達を喰らい尽くさんと飛びかかった。

 

 ビュォォオオオ!!

 

 吹き荒ぶ竜巻と獣の咆哮が入り混じった様な独特の音を鳴らし、〝嵐龍〟は魔物の群れを片っ端から飲み込む様に蹂躙していく。〝嵐龍〟は風の最上級魔法と〝重力魔法〟を組み合わせた、ユエオリジナルの魔法だ。全身が鋭い風の刃で覆われた龍が、引力で周囲を引き寄せ飲み込みながら、片っ端から裁断していくのだ。ユエの意思一つで自由自在に動く、指向性を持った嵐と評しても良いだろう。

 

 そんな災害が突如現れた事に対して、魔物達の対応は様々だった。呆気に取られ反応すら出来ない魔物、いち早く危機を察知して我先にと逃げ出した魔物、全く怯む様子を見せずに〝嵐龍〟に立ち向かおうとする魔物ーーーその一切を分け隔て無く蹴散らし細切れにする姿は、正しく嵐の龍の名を冠するに相応しい魔法だろう。数十秒掛けて魔物達を切り刻んだ〝嵐龍〟は、最後に群れのど真ん中で雄叫びを上げると、先程までの暴れっぷりが嘘の様に掻き消える。下手に密集していたのが良く無かったのだろう、500近く居た魔物も半分以上が擦り潰されていた。

 

「流石ユエさん!強靭!無敵!!最強!!!」

 

「私達、要らなくないですぅ?もう全部ユエさん1人で良いんじゃないですか?」

 

「・・・駄目。制御も甘いし、まだまだ練度不足・・・本当なら、最後は風刃を全方向に撒き散らして、爆散する予定だった・・・。」

 

「やっぱり、腕っぷしで女王様に成り上がった人は一味違うっスね。」

 

「騒ぐのも良いが、まだ数が残ってる。全員気合い入れろよ!」

 

 目の前の惨状を見て感想を語る社達に喝を入れながら、ハジメは魔物の残党を狩るべく突貫する。魔物は残り200強、ユエの制御が甘かった*1ために運良く〝嵐龍〟から逃れた魔物もいるが、生き残った多くは元から強靭な肉体や凶悪な〝固有魔法〟を持った強力な個体ばかりだ。通常なら苦戦は免れないどころか、死すら覚悟すべき群勢を相手にしたハジメ達は、しかし誰1人躊躇う事無く真正面から立ち向かっていく。

 

 ドパパパパァン!!

 

 ジャララララ!!

 

 限り無く人災に近い天変地異に見舞われた魔物達に、次なる災禍が降り注ぐ。破裂音が撃ち鳴らされる度に、ハジメの両手に握られた二丁の拳銃(ドンナー&シュラーク)から閃光が迸り、金属鎖(きんぞくさ)を乱雑に打ちつけ合う様な音が鳴り響く度に、社に振り回される蛇腹刀形態の〝天祓(あまはらい)〟が銀の軌跡を宙に残す。襲い来る魔物達の視界を数多の閃光(きん)刀身(ぎん)が埋め尽くし、そのまま何1つ抵抗させずに物言わぬ骸へと変えていく。

 

「とぉりゃぁぁあ!!」

 

「シィッ!」

 

 最前線(ハジメと社)から少し下がった場所で、ハウリア姉妹もまた魔物達を迎撃している。ハジメ達の背後や戦えなさそうな愛子達を狙おうとする狡猾な魔物達は、一見して華奢なシアとアルに悉く薙ぎ払われていく。埒外の魔力量と強化率を持って大槌(オルカン)を振り回すシアと、膨大な『呪力』と異形の『術式(ルール)』を手繰りながら戦うアル。中途半端な知恵持つ獣達を「小賢しい」と言わんばかりの圧倒的な暴力でもって蹂躙する姿は、形は異なれど確かに姉妹なのだと主張している様にも見える。

 

「・・・邪魔。」

 

 ヒュパパパッ!

 

 ユエが小さく呟きながら腕をタクトの様に振るうと、目に見えぬ風の刃が音も無く魔物達を両断する。最後方、ユエと愛子達の居る場所は他2ヶ所と異なり、殆ど魔物の襲撃を受けていなかった。ハジメと社が大立ち回りを演じた事で魔物がそちらに集中し、愛子達を狙おうとした魔物達もハウリア姉妹が蹴散らしたおかげで、ほぼ辿り着かないのだ。

 

「うわ、すっげぇ。あんな強そうなのが、真っ二つかよ。」

 

「しかも無詠唱で連発とか、本当にとんでも無いね・・・。」

 

 偶に運良くハジメ達から逃れられた魔物が居るとしても、ユエが貼った結界はそう簡単に破れる物では無いので簡単に処理されてしまう。最初はハジメ達の突撃に動揺していた愛子達も余りの無双っぷりを見て絶句し、今ではハジメ達の戦いを眺めながら雑談出来る程度には落ち着いていた。

 

「・・・・・・・・・。」

 

「・・・南雲が心配?愛ちゃん先生。」

 

「ふわぁ!?べ、別に南雲君だけでは無いですよ、園部さん。私は生徒達皆の事を気にかけていますとも。」

 

「いや、それは分かってるつもりだけど。でも、やっぱり、南雲の変わりっぷりは気になってるんでしょ?」

 

「・・・・・・そう、ですね。」

 

 何も出来ないもどかしさを感じながら、最前線の戦いを見つめる愛子と生徒達。彼等の目の前で魔物達と相対しているハジメ達は、〝神の使徒〟と呼ばれた愛子達でさえ比べ物にならない程に強い。それこそ、今手助けしようと飛び出しても、間違い無く足手纏いになると分かってしまう程度には実力が離れていた。

 

「一体、どんな目に合えば、あの南雲君があそこまで変わってしまうのか・・・。きっと、私達では想像すら出来ない、変わらざるを得ない程の何かがあったのでしょうね。」

 

「絵に描いた様なお人好しだったのに、今じゃ二丁拳銃振り回してガンカタやってるんだもんなぁ。しかも、さっきは流れる様に作戦立てて、指揮までとってたし。」

 

「あの銃も車も南雲君が作ったって事は、天職は〝錬成師〟のままだよね?それであれだけ強くなったんだから、きっと必死で努力したんじゃ無いかな。」

 

 誰もが一騎当千の実力者であるのは間違い無かったが、それでも最も愛子達を驚かせたのは、やはりハジメだろう。社は最初から〝勇者〟に迫るステータスを持っていたので、今でも変わらず強いのはまだ理解できる。他の面々(ユエやハウリア姉妹)については詳しく知らないが、異世界ならそう言う事もあると納得出来る。だが、ハジメだけは〝錬成師〟と言う異世界ではありふれた天職とステータスを持ちながら、社に匹敵する程の戦いぶりを見せているのだ。性格が変化しているのも含め、驚くなと言う方が難しいだろう。

 

「どれだけ変わろうとも、南雲君達は私の生徒に違いありません。先生として、私は彼等に接し続けるだけです。」

 

 そう呟いた愛子に引かれる様に、生徒達の視線も再びハジメ達に向けられる。変貌した同級生の姿を見る彼等の目が、逸らされる事は無かった。

 

 

 

 

 

「これでーーー。」

 

「ラストォ!!」

 

 前線に残っていた最後の魔物が、ハジメと社により討伐される。ユエの〝嵐龍〟により開戦の狼煙が上がってから約十数分後、周辺の魔物は綺麗さっぱり駆逐され尽くしていた。逃げていった魔物達も戻って来る様子は無い為、一先ず安全は確保されたと見て良いだろう。

 

「そっちはどうだ、シア!」

 

「問題ありませ〜ん!ぜぇんぶぶっ潰してやりましたぁ!」

 

 手の代わりに大槌(オルカン)をブンブンと振りながら、満面の笑みで答えるシア。遠目ではあるがアルの方も怪我をした様子は見られないので、姉妹共々上手く立ち回ったのだろう。・・・血塗れの大槌(オルカン)を振り回している絵面は、少しどころでは無く凶悪だったが。

 

「シアさんには悪意は無いんだろうけど、血塗れの凶器振り回してんのはスゲー猟奇的(ヤンデレ)に見えるな。」

 

「本人の性格(キャラ)的には1番遠いとこにいるだろ。むしろ、好きな人を傷付ける訳無いですぅ!とか素面(しらふ)で言いそうだ。・・・何だ、その意外そうな目は?」

 

「いや、理解あるカレピッピムーブを、まさかシアさんにするとは思わなかった。」

 

「目ん玉くり抜いてやろうか?」

 

 軽口を叩き合いながら、ハジメと社は改めて周囲を見渡す。当然と言えば当然だが、辺り一体は戦闘の余波で酷く荒れ果てていた。深く抉られた地面や切り刻まれた木々、そこかしこに転がっている魔物の死骸が、先程までの戦いの激しさを物語っている。

 

「予想よりも魔物の死体の数が多いな。てっきり、操られてるのは群れのリーダー格だと思ったんだが。」

 

 魔物の死骸を観察しながら、眉間に皺を寄せるハジメ。身体に花を咲かせていた魔物の数は確認出来ただけで約3割程だが、残っている死骸の数は優に6割を超えていた。ハジメ達との圧倒的な力の差を、弱肉強食の世界で生きている魔物達が分からない筈が無い。それでも尚戦う事を選んだのは群れを統率するリーダー格が操られているからで、そのリーダーさえ倒せば他の魔物も逃走するとハジメは推測していた。

 

「いいや、そうでも無いらしい。こっちの死骸を見てみろ。」

 

「ん?何かあったーーー・・・コイツは。」

 

「あぁ。見ての通り、()()()()()()()()()()。多分、フューレン行きの道中で襲って来たのも、このタイプだろう。」

 

 社の目の前にあった犬型の魔物の死骸は、〝天祓〟によって腹を大きく切り開かれており臓器が露出していた。件の極彩色の花は血に濡れながら腹の中に紛れる様に咲いており、良く観察してみると臓器の周りには(つた)が絡み付いている。

 

「・・・厄介だな。身体の外に咲くタイプならまだしも、身体の中に咲くなら一目で見分けがつかねぇ。もし人間にも寄生出来るなら、尋問にスパイ、暗殺だの自爆テロだのやりたい放題じゃねぇか。」

 

「それもあるが、頭に咲くタイプも厄介そうだ。ハジメは魔物達の個体差が大きかったのには気付いたか?」

 

「あぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だろ。優れた能力を持つ魔物に花を寄生させた、って訳じゃ無さそうだ。恐らく、身体に花を咲かせた魔物は能力が上昇するんだろ。花を撃ったら弱体化したしな。」

 

「ま、そう考えるのが妥当だよなぁ。強化幅は俺達にとっちゃ誤差だが、その辺の冒険者には脅威的だろうし。これ作った奴、絶対性格悪いぞ?」

 

 仮に〝身体の外に咲いて能力を上げる花〟をAタイプ、〝身体の中に咲いて存在を隠匿する花〟をBタイプとしよう。どちらも寄生した宿主を操る機能は同じだろうが用途は真逆だ。分かり易く強力な代わりに対処法も明確なAタイプ。目に見えた強化はされない代わりに寄生された事そのものが見抜けないBタイプ。方向性は異なれど、厄介極まりない事に変わりはない。

 

 何よりタチが悪いのは、Aタイプに限って〝咲いている花さえ散らせば、ある程度弱体化する〟と言う分かりやすい解答が用意されている事だろう。明確に弱点が見える事が、目に見えないBタイプを更に分かり難く隠蔽している。或いは、その為に態とAタイプを派手にしたのかも知れない。

 

「救いがあるとすれば、寄生手段が限られてるだろうって事かね。」

 

「全ての魔物に寄生させていない以上、アルラウネモドキみたいに胞子をばら撒いて一気に寄生させる、なんて真似は出来ないんだろう。〝悪意感知〟に反応は?」

 

「微弱だがあった。アルラウネモドキと同じ、悪意が2重になってる感じだ。距離が離れてたら流石に分からんが、目の前にいるなら間違えないだろうよ。」

 

「それなら、まだ何となるか。一旦、ユエ達と合流しよう。」

 

「悪いが先に行っててくれ。ちょっと霧が気になる。」

 

「分かった。直ぐに戻って来るから先走るなよ?」

 

「あいよー。」

 

(本当に分かってんだろうな、コイツ。)

 

 疑わしげにジト目を向けるハジメにひらひらと手を振りながら、社は霧に近づいて行く。薄らと『呪力』を帯びている霧は、直撃していないとは言え〝嵐龍〟に吹き消される様子も無かった。まず間違い無く、何らかの『術式』により生み出されたものだろう。

 

「来てくれ、〝(さと)(ふくろう)〟、〝木霊兎(こだまうさぎ)〟。」

 

 得体の知れない霧にいきなり入るのも無謀だと考えた社は、『式神調』を発動して式神を呼び出した。〝(さと)(ふくろう)〟による視力・視界の強化と、〝木霊兎(こだまうさぎ)〟の振動操作による反響測定により、外部からの観測を試みる算段である。

 

(・・・?なんか普通に見通せるし、〝索敵振(ソナー)〟も問題無く通ったな。霧が濃いのはオマケで、『術式』の効果はまた別にあるーーー・・・いや、狙いは()()か。)

 

 すんなり霧の内部を確認出来た事に肩透かしを喰らう社だったが、それも直ぐに警戒へと変わる。社が見つけたのは、葉や枝が枯れて今にも朽ち果てそうな木ーーーそれも1本や2本では無く、霧の中にある全ての植物が、まるで酸性雨に晒された様にボロボロになっていたのだ。

 

(視界と〝索敵振(ソナー)〟で確認した景色に差異は無いから、少なくとも幻覚では無い筈。五感の全てに干渉する『術式』とかなら話は変わってくるが・・・俺は霧の中に入ってないから、『術式』の効果が適用されているとは考え難い。霧の中に居る動物には影響が無いみたいだし、対象は植物のみか?)

 

 警戒しながらも思考を回し続ける社。魔物達が霧の内部に入らなかったのを見るに、恐らく『術式』の発動条件は〝霧の中に入るか、それに近い行動をとる〟で間違い無いだろう。術式効果も、恐らくは『対象を腐食・溶解させる』と考えれば、寄生された魔物達が入らなかったのにも頷ける。

 

(目的不明且つ、かなり()り手の『術師』か、厄介だな。魔物達を操っている奴等とは敵対してるっぽいのが救いか。・・・試しに色々と投げ入れてみるか。)

 

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、社は周囲の物を拾い集めると片っ端から霧の中に投げ入れる。魔物の体外と体内に咲いていた2種の花を始め、折れた木の枝、魔物の死骸や、魔物に食われたらしき動物の死体等、目に付くものを次々と霧の中に放り込む。粗方の物を投げ入れてから数秒後には、分かり易い変化が現れた。

 

(思った通り、霧が反応してるのは植物だけか。見た感じ、酸とか毒に近いか?)

 

 ジュワジュワと白煙を上げながら溶けていく植物を観察する社。他の物には一切反応しない為、植物限定なのか、それとも『術式』対象を植物のみにする『縛り』により効果を高めているかは謎だ。どちらにせよ、ここまで大規模に『術式』を広げられるのだから、並大抵の『呪術師』ではあるまい。

 

(取り敢えず、試しに指先だけでも霧の中に突っ込んでみるか。ヤバそうなら最悪、〝天祓(あまはらい)〟で手首ごと斬っちまえば良いしなぁ。)

 

 首の後ろに手を当てながら、割と物騒な事を考える社。色々と試してはみたが、眼前の霧が生きている動物ーーーもっと言えば、人間を対象としているかは未だ分からない。1番重要とも言える点が分からないのは少々不味いので、出来るならば試しておくべきだろう。その場合、最も適任なのは頑丈で治癒能力持ちである社だ。万一に備え、何時でも手首を斬り落とせる様に〝天祓〟を呼び出した社は、ゆっくりと指先を霧の中に差し込んでいく。

 

 ガツンッ!!

 

「イッテェ!?」

 

「何してんだよ、この馬鹿が。」

 

 その直前。社の頭に衝撃が走る。何時の間にか背後にいたハジメが、社の後頭部を義手で引っ叩いたのだ。痛みに頭を摩りながら社が振り返ると、既に他の面々も集結しつつある。

 

「先走んなっつったよな?言い訳があるなら聞くぞ。」

 

「(指の)さ、先っちょだけ、先っちょだけだから!(霧の)中まで入ろうとはしてなかったから!」

 

「そうか、遺言はそれで良いな?」

 

「すみませんでした。」

 

 ハジメにドンナーを向けられ、即座に謝罪する社。〝天祓〟を睨んでため息を吐いていた辺り、いざとなったら自分の手首ごと切り捨てるつもりだった事もハジメは見抜いていたのだろう。つくづく良く見ている友人だ、と反省しつつも内心で舌を巻く社。

 

「と、取り敢えず色々と試したが、霧が反応するのは植物だけみたいだ。魔物が花に寄生されてる事を見抜いて、対策する為にばら撒いたんだろう。」

 

「となると、『術師』はこの霧の中に居る可能性が高い訳か。・・・無視するのも手ではあるが。」

 

「本命はウィルさん達の捜索だからなぁ。冒険者の中に『術師』が居る可能性もなくは無いが、イルワさんからは特殊な技能持ちが居るとは聞いてないーーー全員、構えろ!空から悪意を持った奴が来るぞ!」

 

 謎の霧について話していたのも束の間、何者かからの悪意を感知した社が声を張り上げた。突然の事に惚ける愛子達とは対象的に、ハジメ達は即座に構えをとった。社の焦り方から、生半可な相手では無いと感じ取ったのだ。

 

「ーーー見つけた。あそこだ!」

 

「俺の方でも補足した。・・・随分とデカくねぇか。」

 

 最初にそれを捉えたのは〝悪意感知〟に加えて〝悟り梟〟を呼んでいた社だった。次いで〝魔眼鏡〟越しにハジメが空から近づいて来る存在を捕捉する。最初は小さな黒い点にしか見えなかったそれは、段々と肉眼でも見える程に大きくなっていく。元からサイズが大きいのもあるが、それ以上に物凄いスピードでハジメ達に近づいて来ているのだ。そして。

 

「グゥオオオオァアアア!!!」

 

 全身を漆黒の鱗と蔦、そして極彩色の花で彩った金眼の〝竜〟が、天空から翼をはためかせながら咆哮した。

*1
あくまでも超一流の魔術師であるユエの自己申告。普通は発動すら出来ない。




色々解説
・司令塔役(をやらざるを得ない)ハジメ
原作よりも人数に余裕あるのと、ハジメ以上に前衛に適性がある社が居るので、本作ではハジメが遊撃兼司令塔をやってる。と言うか、社はフィジカルに任せて雑に敵に突っ込んで蹴散らしていくし、それ以外の面子も司令塔の適性無いのでハジメがやらざるを得ない。
・愛子とクラスメイトがハジメに比べてあんまり社を心配してない理由
ハジメに比べてステータスが高いと言うのもあるが、何より性格がほぼほぼ変わって無かった事や、優等生なのが猫被りで図太い精神してるのがバレているので、ハジメ程には心配されてない。むしろ社と比較すると、よりハジメの変化が如実に見えるので、余計にハジメが心配されている。
・ハジメ達が目を離した隙にリストカット(真)しようとする社。
効率的だとか『呪術師』としてイカれてるだとか自己治療出来るとか仲間にやらせるよりはとか色々理由がある為、社は割と身体を張る事に関して躊躇が無い。ハジメ達も薄々気付いてはいるが、■■が目の前で死んだ事も理由の1つにあるので、長い目で見て矯正させるつもりではある。それはそれとして無茶をしたらキレもするし殴りもする。


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66.VS黒竜

投稿時間をミスってしまい、一度消してしまいました。読んでくれた方は、申し訳ありません。投稿前後で違うのは、後書きだけですね。


 上空より現れた黒竜の体長は約7m。オーソドックスな西洋の竜を思わせる手足には5本の鋭い爪が、背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見える事から魔力で纏われている様だ。空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻いている。

 

 だが、何より印象的なのは、身体中を覆っている蔦と極彩色の花々だろう。本来であれば黒く艶のある鱗に覆われているであろう竜の身体は、燻んだ緑色の蔦と澱んだ極彩色の花々に汚される様に寄生されていた。唯一、夜闇に浮かぶ月の如く輝く黄金の瞳だけが、かつての美しさを残している様にも見える。

 

 その黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨していた。低い唸り声が黒竜の喉から漏れ出しており、爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は剣呑に細められている。その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも一般的な認識では厄介な事この上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べればまるで小鳥だ。その偉容はまさに空の王者というに相応しい。

 

 キュゥワァアアア!!

 

 不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。黒竜がおもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだしたのだ。

 

「ッ!退避しろ!」

 

 ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。黒竜から感じる魔力から、生半可な攻撃では無いと直感したからだ。それは他の者も同様だったらしく、ユエやハウリア姉妹も直ぐに付いて来た。だが、そんなハジメの警告に全員が反応出来る訳では無い。

 

(クソッ、先生達が動けてねぇっ!)

 

 直前まで己が居た場所を振り返りながら、内心で舌打ちするハジメ。愛子や生徒達は、未だに硬直したまま一歩もその場を動けていない。突然の事態に体がついて来ないと言うのもあるが、それ以上に黒龍の放つ威圧感に呑まれてしまっているのだ。逡巡したのも束の間、愛子達の盾となるべく〝縮地〟で一気に元いた場所に戻ろうとするハジメ。だが、その直前にある事に気付き目を見開くと、信じられない指示を出した。

 

「ーーー()()()()()()!全員であの竜を迎撃しろ!」

 

「え!?ちょっ、良いんですか、ハジメさん!?」

 

「・・・了解。」

 

「え、ユエサンも本気ッスか!?」

 

 ハジメから出された指示を聞いて、即座に魔法の準備をするユエとは対照的に、少なからず驚愕するハウリア姉妹。このまま何もしなければ、黒竜の攻撃が愛子と生徒達に直撃するのは明白だ。にも関わらず、ハジメが愛子達を庇おうとする素振りは無い。ハジメは愛子達を見捨てるつもりなのか、それとも他に考えがあるのか。真意を問おうとするシアとアルだが、ここで漸く、何の反応もせずに姿が見えなくなっている人物に気付く。

 

「ったく、突っ走んなって言ったばかりだろうが。まあ良い、目に物見せてやれ、社。」

 

「勿論だ。ーーー残念だが、そいつはやらせない。」

 

「!?」

 

 その声を聞き、最も驚愕したのは黒竜だろう。眼前の有象無象を消し飛ばそうとした寸前、目の前にいきなりその中の1匹が現れたのだから。〝悪意感知〟により大規模な技を繰り出すのを察知した社は、黒竜が息吹(ブレス)の準備に頭部を仰け反らせ、視界からハジメ達を外した一瞬の隙に〝縮地〟を発動して直下まで移動。〝空力〟を使用して垂直に飛び上がる事で、あたかも突然黒竜の目の前に現れたかの様に見せたのだ。

 

「オ、ラァア!!!」

 

 ドゴムッ!!!

 

「ギュウウッ!?!?!?」

 

 魔力の充填(チャージ)が完了し今まさに顎門から息吹(ブレス)が放たれようとした瞬間、社の全力の前蹴りが黒竜の顔面を跳ね上げた。埒外の身体能力(筋力値16000 Over)に加えて『呪力』による身体強化、ダメ押しに〝豪脚〟を発動した社渾身の蹴撃(けり)である。オルクス最下層に居たヒュドラの首すら引き千切る一撃は、黒竜の頭部ごと意図も容易く息吹(ブレス)の軌道を捻じ曲げた。

 

「先生達は今の内にこの場から離れろ!巻き込まない保証は無いぞ!」

 

 黒竜に向けてドンナー&シュラークを構えながら、愛子達へ退避する様に声を張り上げるハジメ。社により上空へと逸らされた黒竜の息吹(ブレス)は、遠目に見ても凄まじい熱量を感じる代物だった。こんなものが直撃すれば、ハジメ達ならまだしも愛子達はまず間違いなく跡形も残らないだろう。

 

「皆さん、怪我はありませんね?南雲君の言う通り、この場から離れます!」

 

「南雲達を置いてくの、愛ちゃん!?」

 

「流石にそれはーー「今の私達は南雲君達のお荷物でしかありません!なら、せめて邪魔にだけはなってはならないのです!」ーーっ、ごめん、愛ちゃん。」

 

 愛子の血を吐かんばかりの叫びに我を取り戻す生徒達。愛子にとってはハジメも社も大切な教え子であり、そんな彼等に強力な魔物の相手をさせる事への迷いや葛藤は当然存在する。だが、それはあくまでも愛子が目指す理想の教師の姿、言ってしまえばこだわりでしかない。勿論それも大切ではあるだろうが、生徒達の命とは比べるべくも無いのだと、愛子は正しく自覚していた。

 

 愛子は既に幾度も間違えた。ハジメの危機を救えず、檜山の狂気を見抜けず、社の報復を止められず、未だに行方不明になった生徒達の足取りすら掴めない。愛子に責任があったと一概には言えない状況だったが、それでも悔やまない日は無かった。だからこそ、今度はもう間違えたくはないと、断腸の思いで決断した愛子は血が滲むほどに両手を握りしめながら、今にも泣きだしそうな表情で叫ぶ。

 

「南雲君!宮守君!皆さん!ここはおまかせします!どうか、どうか無事に戻って来て下さい!!」

 

「ハッ、この程度の魔物なんざ、幾らでも相手してきたさ。すぐに終わらせるから、さっさと逃げな。」

 

「了解、愛子先生!そっちも気を付けて!」

 

 どこか余裕を感じさせるハジメと社の返事を聞き、愛子は後ろ髪を引かれながらも生徒達と共に走り去っていく。愛子達が離れていくのを感じ取りながらも、ハジメと社は黒竜から一寸たりとも目を離さない。目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、奈落の底に居た()()()()()()()()()()()()()()と直感していたからだ。

 

(本気で蹴ったんだが、首ごと持ってくどころかダウン1つ取れないかよ。黒竜(こいつ)自身も相当固いが、周りの蔦がクッションになりやがる。耐久面だけなら過去最高の敵。さて、どう攻めるかね。)

 

 目を覚ますかの様にフルフルと首を振る黒竜を見ながら攻め手を考える社。社が蹴りをお見舞いする寸前、黒竜に巻き付いていた蔦が増殖し、クッションの様に顎を覆っているのが見えた。本体の防御力も含めると半端な攻撃では疼痛すら感じさせられないだろう。

 

(何にせよ、此奴を叩き落とすのが先決か。)

 

「堕とせ、ユエ!」

 

「ーーー〝禍天〟」

 

 ハジメの掛け声と共にユエが魔法を発動した瞬間、黒竜の頭上に直径4m程の黒く渦巻く球体が現れる。見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色の球は、そのまま黒竜を押し潰すように落下すると地面に叩きつけた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

 豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらも何とか脱出を試みる。しかし、渦巻く球体は抵抗を許すどころか、無駄な足掻きだと言わんばかりに圧力を増していき、黒竜を地面に陥没させていく。

 

 〝禍天〟ーーー渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す、ユエの重力魔法である。重力方向を変更する事も可能でありる為、応用も効く強力な魔法だ。

 

 重力魔法は術者以外ーーー物体や空間、他人を対象とする場合や重力球自体を攻撃手段とする場合、消費する魔力量が跳ね上がる。今のユエでさえ最低で10秒の準備時間と多大な魔力が必要になる程だ。最も、ユエ自身もまだ完全にマスターした訳ではないので、これからの鍛錬次第で発動時間や魔力消費を効率良くしていく事も可能だろう。

 

「トドメですぅ〜!」

 

 地面に(はりつけ)にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。そこに追い打ちをかけるべく、天からウサミミを(なび)かせたシアが雄叫びを上げてドリュッケンと共に降ってきた。激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。

 

 ドォガァアアア!!!

 

 インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けた様にクレーターが出来上がる。ドリュッケンの主材である圧縮されたアザンチウムに、ハジメが新たに重力魔法で〝加重〟する性質を付与した故の破壊力だった。注いだ魔力に合わせて理論上は無限に重量を増していく一撃は、直撃すれば深刻なダメージを免れない筈だがーーー。

 

「グルァアア!!」

 

 ドリュッケンにより舞い上げられた粉塵の中から、高速の火炎弾がユエに迫る。咄嗟に右に〝落ちる〟事で緊急回避するユエだが、代わりに重力球の魔法が解けてしまう。

 

「今のを避けるんですぅ!?」

 

 火炎弾の余波で晴れた粉塵の先には、地面にめり込むドリュッケンを紙一重で躱している黒竜の姿があった。直撃の瞬間、竜特有の膂力で何とか回避したらしい。黒竜は拘束の無くなった体を高速で一回転させると、ドリュッケンを引き抜いたばかりのシア目掛けて大質量の尾を叩きつける。

 

「合わせて、アルさん!」

 

「合点!」

 

 シアに迫る黒竜の尾に対して、社とアルが選んだのは真っ向からの迎撃。『式神調』により呼び出された〝比翼鳥〟を通し、2人の『呪術師』は瞬時に意識を同調。そのまま盾となる様にシアの前に立つと、漆黒の薙ぎ払いを全力で迎え撃つ。

 

「オ、ラァッ!」/「シィッ!」

 

 樹齢数百の大木すら叩き割る一撃と、鏡合わせの様に構えたアルと社の背撃(はいげき)が轟音を立てて衝突する。鉄山靠(てつざんこう)ーーー本来であれば、足を掛けた相手に背中から体当たりする言わば投げに近い筈の技は、しかし2つの世界(地球とトータス)でも指折りの『呪術師』達により必殺の威力へと昇華される。地面を容易くひび割る程の踏み込みと共に、社とアルは真正面から黒竜の尾を弾き飛ばした。

 

「大丈夫?義姉(ネエ)サン。」

 

「問題ありません!ありがとうございます、2人共!」

 

「気にしない、気にしない。まさかアレ避けるとは思わないしねぇ。」

 

 元気良く立ち上がったシアを気遣いながらも、社とアルは黒竜から目を離さない。思わぬ反撃にたたらを踏みながらも、黄金の瞳からは未だ戦意が衰えておらず、油断無く此方を見据えている。どうやら先の一撃も大したダメージにはなって無いらしい。

 

 ドパパパァンッ!!!

 

 体勢を立て直そうとする黒竜に追い討ちをかける様に、幾条もの閃光が襲来する。ハジメのドンナー&シュラークによる連射だ。唯でさえ回避の難しい光速の弾丸を、不安定な体勢で避けられる筈もなく、破壊の嵐の直撃を受けた黒竜は大きく吹き飛ばされる。

 

「ナイスショットだ、ハジメ。」

 

「あれだけ図体デカいんだ、目を瞑ってたって当たる。余り効いちゃいない様だがな。」

 

「・・・頑丈。」

 

 黒竜が吹き飛んだ方を睨みつけながら、ハジメとユエも合流する。レールガンの連射により派手に吹き飛んではいるが、それも見かけだけで大したダメージにはなっていないだろう。身体に絡みつく蔦や花は多少千切れたり焼けたりしている様だが、黒竜の体表面には大きな傷が見られないからだ。ここまで硬いのは、ユエを封印していた部屋に居たサソリモドキ以来だろう。

 

「どうしましょうか?先に蔦を狙います?」

 

「いや、チマチマやってたら埒が開かない。俺がシュラーゲンでーー「全員気を付けろ!デカいのが来るぞ!」ーーチィッ!」

 

 膨れ上がる悪意を感知した社が、ハジメの指示を遮る様に声を張り上げる。その直後、ハジメと社の〝魔力感知〟が特大の魔力を感知した。原因は言わずもがな、吹き飛ばされた先で忌々しげに此方を睨む黒竜。濃密な魔力の発生源は黒竜の全身ーーー正確には黒竜に絡みついている蔦と花が、光り輝く程の魔力を発していたのだ。

 

「全員、俺の背後に!社は結界!」

 

 警鐘を鳴らす本能と直感に従うままハジメが叫んだのと、黒竜に咲く花々から無数のレーザーが発射されたのは、ほぼ同時だった。黒竜の全方位、360°を覆う様に放たれるレーザーは周囲の凡ゆる物を見境無く焼き尽くしていく。

 

「生身で全方位攻撃用パル◯キャノン(マルチプルパ◯ス)ぶっ放すとか想定外にも程がある!」

 

「先生達逃しといて正解だったな!流石に守り切れねぇ!」

 

 〝宝物庫〟から取り出した2m程の大盾に〝岐亀(くなどがめ)〟の結界を被せながら、レーザーの嵐を耐え忍ぶハジメ達。1つ1つは先の息吹(ブレス)よりも細く威力も劣るだろうが、何よりも数が多い。流石にこの状況で愛子達を庇うのは至難だったので、先に逃したのは英断だったと言える。

 

「ハジメさん!ここからどうしますぅ!?」

 

「この中を掻い潜る・・・のは流石にキツいッスよねぇ!」

 

「そこまで無理する必要はねぇ!確かに避け続けるには辛い数だが、威力は然程じゃない!あの黒竜の魔力だって無限じゃない、このまま落ち着くまで耐久するだけだ!」

 

 義手(左腕)に接続された大楯を構えながら、冷静な判断を下すハジメ。柩型の大楯はタウル鉱石*1を主材にシュタル鉱石*2を挟んでアザンチウム鉱石*3で外側をコーティングした、ハジメが作成した物の中でも最高強度を誇る大楯だ。更に〝金剛〟の派生技能である[+付与強化]*4を使う事で防御を固めており、社の〝岐亀(くなどがめ)〟による結界も合わせれば、まさに盤石と言って良い守りの筈だった。

 

 キュゥワァアアア!!

 

「イヤイヤそれマ?嘘デショ?」

 

「あの状態から息吹(ブレス)撃てるんですかぁ!?」

 

 鎌首をもたげた黒竜の顎門に、再び魔力が集束していくのを見て唖然とするハウリア姉妹。ふざけた冗談にしか見えない光景だが、高まる魔力の奔流が決して嘘ハッタリでは無い事を証明していた。

 

「ユエ!さっきの〝禍天〟(デカいの)準備!」

 

「・・・了解。最低でも10秒は欲しい。」

 

「分かった、死ぬ気で持たせる!手を貸せ社!ハウリア姉妹は黒竜の攻撃が止んだら突っ込め!」

 

「あいよ!」/「了解ですぅ!」/「合点!」

 

 矢継ぎ早に指示を出しながら大楯を備え付けの杭で地面に固定するハジメと、それを支える様に持つ社。ユエは既に〝禍天〟の準備に入っており、ハウリア姉妹もいつでも飛び出せる構えだ。誰もが自分(ハジメ)の指示を信じて、力を尽くそうとする。奈落の底で1人だった頃に比べて何と頼もしい事か、とハジメはほんの少しだけ口を緩ませると、眼前の黒竜を睨み付ける。

 

「来るぞーーー!」

 

 バシャシャシャ!!!

 

「ルォオォオオ!?」

 

「「「「「は?」」」」」

 

 予想だにしない展開に少々間抜けな声を上げてしまうハジメ達。それもその筈、今まさに漆黒の息吹(ブレス)が放たれんとした所で、黒竜の側面から殴りつける様に大量の水球が直撃したのだ。直径1m程の透明な水球は、特段速い訳でも無く黒竜に当たると儚く弾けてしまうが・・・。

 

「・・・悶えてる?」

 

「あれだけ頑丈だったのにですか?一体、何で?」

 

「社サン、あの『呪力』は。」

 

「あぁ、間違い無い。あの霧を生み出した『呪術師』のと同じだ。狙いは黒竜じゃなくて、寄生してる植物の方みたいだが。」

 

 水球が弾けて水飛沫が舞う度に、ジュゥウウと灼ける様な音と煙を立てて黒龍に寄生していた蔦と花のみが溶けていく。黒竜自身には特に被害は見当たらないので、理由は不明だが寄生花のみに対象を絞っているのだろう。いずれにせよ、この好機を逃す訳にはいかない。

 

「全員手筈通りに!さっさと終わらせるぞ!」

 

 大楯を〝宝物庫〟に戻したハジメは再び全員に指示を出すと、入れ替わる様に虚空からシュラーゲンを取り出した。鎧となり得る蔦も4割程が溶解しているとは言え、黒竜の竜鱗を貫くには二丁の拳銃(ドンナー&シュラーク)では心許無い。必要なのは一発で全てをひっくり返す一撃。ならば、シュラーゲンこそ打ってつけだろう。

 

 3m近い凶悪なフォルムの兵器が〝纏雷〟により紅いスパークを(ほとばし)らせる。それに目敏く反応した黒竜も、すかさず魔力を貯めながら顎門の矛先をハジメに向ける。開始はほぼ同時だが、花や蔦の分の魔力を回している為か黒竜の方が充填(チャージ)が速い。たったの数秒だが、その差はハジメがシュラーゲンを撃つよりも速く、息吹(ブレス)が直撃する事を意味していた。

 

「今度こそ、当てますよぉ!」

 

「来い、〝影鰐(かげわに)〟、〝木霊兎(こだまうさぎ)〟!」

 

 当然、それを黙って見過ごす者はこの場には居ない。黒竜の息吹(ブレス)を妨害すべく、大槌を振りかぶったシアと三節棍形態の〝流雲(りゅううん)〟を携えた社が左右から攻め立てる。シアと社の何方(どちら)かが一撃でも当てられれば、ほぼ確実に妨害出来るだろう。そして、そう考えていたのはハジメ達だけでは無かった。

 

 ヒュゴゥゥゥウッ!!

 

「あわわわわわ!?」

 

「チィッ!」

 

 社とシアが肉迫した瞬間、黒竜を中心とした全方位への強烈な暴風が発生した。咄嗟に各々の武器を地面に突き刺し、重量を増加する事で支えとする2人だが、一向に風は止まずその場に釘付けにされてしまう。社とシアを助けるべく、再び魔法の準備を開始するユエ。だが。

 

「ーーーッ!ユエさん!霧の逆側(3時の方向)、地上と空から魔物の群れが来る!ハジメを守ってくれ!」

 

「・・・了解。」

 

「このタイミングでおかわりですかぁ!?都合良過ぎません!?」

 

「伏兵とは、味な真似してくれるじゃねぇか!」

 

 突然の警告に驚きつつも、ユエはハジメを守護するべく魔物達へ向けて魔法を連射し始めた。〝悪意感知〟が遅れたのは、魔物達の悪意を消していたーーー恐らくはギリギリまで休眠に近い形で周囲に伏せていたからだろう。黒竜にそんな意図は無かっただろうが、結果として見事な〝悪意感知〟対策になっていた。悪意の質が先程狩り尽くした魔物と似通っている為、普段のハジメ達なら一蹴出来るだろうが、今接近を許してシュラーゲンの充填(チャージ)の邪魔をされてしまえば、ハジメは無防備に黒竜の息吹(ブレス)を受ける事になる。それだけは避けなければならなかった。

 

「ふぬぬぅ〜!!息吹(ブレス)だけじゃなく魔法まで使えて、しかも魔物まで従わせるなんてアリですかぁ〜!?」

 

(此処まで多彩な奴は、それこそオルクスにも居なかった!此奴、本当に唯の魔物か?)

 

 吹き飛ばされない様に堪えながら、内心でシアに同意する社。息吹(ブレス)に全方位へのレーザー、頑健な竜鱗に飛行能力、寄生花を宿した魔物の操作、果ては今発動している風魔法と、黒竜の強さはオルクス最深部の魔物を凌駕している。更には、シュラーゲンの危険性を見抜いた上で事前に用意していたであろう伏兵を呼び寄せるなど、高い知能すら有しているのだ。寄生花の強化があるとは言え、そこらの魔物とは一線を画し過ぎている。

 

「来な、黒竜。これで終いにしてやるよ。」

 

 社の疑問を他所に、膨大な魔力を顎門に貯める黒竜に向けて不敵な笑みを浮かべるハジメ。周囲に暴風を展開したせいで僅かに遅れた魔力の充填(チャージ)に、ハジメのシュラーゲンの充填(チャージ)が追い付いたのだ。直後、示し合わせたかの様に極大の閃光が同時に放たれると、黒と紅の極光が両者の中間地点で激突した。

 

「ハッ、これも食い止めるかよ!」

 

 衝突した際の凄まじい衝撃波に耐えながら、悪態を吐くハジメ。黒竜とハジメ、両者共に持ちうる中での最高火力を誇る技であるが、威力だけで見るならば()()()()()()()()()()()()()()()。それでも尚、拮抗してるのはシュラーゲンの弾丸が一点突破の貫通特化仕様だからだが・・・それ以上に厄介だったのが、息吹(ブレス)の出力が一向に衰えない事だった。シュラーゲンと拮抗する威力を持ちながら、ここまで継続性に優れているのは驚異的としか言い様が無い。このままでは、10秒も立たずに拮抗は崩れ、ハジメは息吹(ブレス)に飲まれるだろう。

 

 

 

 

 

「ーーープハッ、ハイ、接触(ターッチ)。」

 

 

 

 

 

 地面からーーー否、()()()()()()()()アルが、黒竜に触れた瞬間に『術式』を発動した。『腹飲(ふくいん)呪法』・術式順転〝(どん)〟ーーーアルが理解した凡ゆる力を、触れた対象から根刮ぎ奪い取る凶悪無比な『術式』。〝影鰐(かげわに)〟によりアルを影に隠していた社は、黒竜が息吹(ブレス)を放った隙に影を延長、黒竜の足元まで伸ばしてアルを輸送したのだ。

 

 黒竜にとって最も優先度が低いのはアルだ。何故なら、それ以外の4人は自分を傷つけ得る火力があるからだ。謎の閃光(レールガン)を連射するハジメ、頭を蹴り上げ息吹(ブレス)を捻じ曲げた社、竜の巨体すら押し潰す魔法を使うユエ、地面を容易く砕き割るシア。この4人に比べてアルのみが黒竜(おのれ)を傷付けるだけの力が無いーーーそう考えた黒竜の思考を、ハジメ達は突いたのだ。

 

「ッッッ!?!?!?」

 

「今まで隠れてたんでね、そろそろ仕事しなきゃなんスよ。だからーーー絶対に逃がさない。」

 

 膨大な『呪力』でもって限界まで身体強化したアルが、黒竜の鱗を砕かんばかりに握りしめる。幾度と無く強者との死闘を乗り越えてきたオルクス攻略組(ハジメとユエと社)の3人をして「格上殺し(ジャイアントキラー)」と言わしめた『術式(チカラ)』が、黒竜の身体から魔力を無慈悲に搾り取っていく。

 

 『術式』発動後、1秒経過ーーー黒竜の周囲を吹き荒ぶ暴風が止んだ。

 

 2秒後ーーー蔦と花が見る見る色を失い、ボロボロに枯れ始める。

 

 3秒後ーーー放たれていた息吹(ブレス)が半分近くまで細くなり、シュラーゲンの弾丸と共に相殺し合って消滅し。

 

「良くやった、アル、おまえら。ーーーこれで、トドメだ。」

 

 既に2発目を装填し終えたハジメが、無防備を晒す黒竜に紅い閃光を撃ち放った。

*1
黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。

*2
魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石。

*3
トータスに於いて世界最高硬度を誇る鉱石。薄くコーティングする程度でもドンナーの最大威力を耐え凌ぐレベル。

*4
魔力で体表を覆う様に展開する〝金剛〟を、他の物質に付与する技能




色々解説
・対強化黒竜
2名(社とアル)分戦力が増えているので、あまり苦戦していない様に見えるが、仮に愛子達を逃がさなかった場合、かなりキツい防衛戦になってた。どう転んでも最終的には倒せていたが、最悪愛子達が全滅するルートもあったので、素直に避難してくれたのは誰にとっても最善だった。
・〝影鰐(かげわに)〟について
トータスに来た後にチートになった式神その2。能力は『自分の影に物体を出し入れできる』と言うもの。影はある程度操作出来るが物理的な防御力は皆無で、精々膜の様に貼る事で音や光を防げる程度。これだけなら十種影法術の劣化も良いとこだが、影に入れる物の条件が『術師(社)が両手で持ち運べる重量・大きさである事』で、しかも生物・非生物問わない上に本家の様に入れた物の重量は加算されない為、半ば4次元ポケットと化している。挙句、トータスに来てからは社の膂力は上がる一方の為、日に日に入れられる物が増えている。弱点としては、影の中に酸素は無いので味方を長時間は入れられない。


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67.竜人族

お待たせしました。今年最後の投稿となります。

皆様、良いお年をお過ごし下さい。


「全員気を抜くなよ!まだ終わってない!」

 

 シュラーゲンの次弾を装填しながら周囲に警告を飛ばすハジメ。その言葉を裏付けるかの様に、黒竜は満身創痍となりながらもハジメを睨み付けていた。首から右肩までの肉を竜鱗ごとごっそり抉られ、片翼は千切れ飛び、全身血塗れになっても尚、戦意に翳りは見られない。

 

(充填(チャージ)が足りなかったってのもあるが、寸でのところで逸らしやがった。一体、何処にそんな魔力が残っていた?)

 

 ハジメがシュラーゲンの最大充填(フルチャージ)を待たなかった理由は2つ。黒竜にこれ以上の抵抗を許したくなかったのと、最大威力で無くてもギリギリ仕留められると踏んでいたからだ。しかし予想に反して黒竜は純粋な魔力のみで爆風を生み出すと、ギリギリでシュラーゲンの弾丸を逸らしたのだ。アルの『術式』でかなりの量の魔力を奪われていたにも関わらずである。

 

「だが、どの道これで終いだ。くたばれ黒竜。」

 

 魔力の出所は気になるが、それ以上に戦闘を長引かせるのは悪手だと考えたハジメが、再びシュラーゲンを黒竜に向ける。今度こそ確実に敵を仕留めるべく、紅い雷が黒鉄の砲身に迸り、殺意と共に充填(チャージ)されていく。

 

 ザッパァァァン!!

 

「!?チッ、またか!」

 

 だが、シュラーゲンを放つよりも先に、黒竜の周囲の地面から間欠泉の如く水が吹き出した。射線を遮る様に吹き出した水流は、まるで蛇がのたうつ様に黒竜に纏わり付くと、そのままドーム状になり黒竜を閉じ込めてしまう。水流に巻き込まれない様に黒竜から距離を取ったハジメは、そのまま社達へと合流する。

 

「無事か、ハジメ。」

 

「あぁ。そっちも大丈夫そうだな。」

 

「・・・ん。全員、無事。」

 

 ユエの返事と共に全員がしっかり頷いたのを確認しつつ、ハジメは黒竜を見据える。水で出来た檻に閉じ込められた黒竜は、酸素を求めて苦しそうにもがいている。先程の様に暴風や息吹(ブレス)を使えば抵抗出来るだろうが、既に魔力は底を突いているのだろう。身体に纏わり付いた蔦や花も、シュワシュワと泡立ちながら溶かされていく。このままであれば、確実に溺れ死ぬだろうが・・・。

 

「この水は例の『術師』の仕業か。一体、何が目的だ?」

 

「?何って、黒竜にトドメを刺したいんじゃないですか?」

 

「・・・それなら、ハジメの邪魔をする必要は無い。」

 

「社サンは、どう思います?」

 

「さてねぇ。〝悪意感知〟には()()反応が無いから、単純に黒竜を殺したい訳じゃ無いのかもね。」

 

 黒竜への警戒を緩めないまま、ハジメ達は未だ姿を見せない『術師』に対して疑念を募らせる。植物のみを溶かす霧と言い、ハジメ達を援護した水球と言い、最初は寄生花を弱らせるのが目的かと思われたが、ここに来て何故か黒竜を仕留める邪魔をしている。無論、全て結果論ではあるが、どうにも『術師』の目的が見えて来ない。

 

(この『術師』は一貫して寄生花にのみ攻撃している。寄生された魔物にはそれが最も効率的だったから、俺達も特に違和感は感じなかったが。・・・黒竜を寄生花から解放したいのか?だが、何のために?第一、感じとれた悪意はーーー。)

 

「噂をすれば、だ。あれが例の『術師』みたいだな。」

 

 どこか違和感を拭えないまま思考を回していた社の意識が、ハジメの呟きによって現実に引き戻される。ハジメの視線を追った先には、此方に近づいてくる人物が1人。霧の中から出て来たのを見るに、十中八九、件の『術師』だろう。

 

「何かメイドさんみたいな格好してますねぇ?」

 

「みたいな、じゃなくてそのものだろう。この場には不釣り合いも良いとこだがな。」

 

 此方との距離が近付くにつれ、推定『術師』の容姿がハッキリとしてくる。性別は女性。伝統的(クラシカル)なロングスカートのメイド服に身を包んでおり、遠目で見ても断言出来る程の美女だ。腰程まである長い銀髪を三つ編みのハーフアップで束ねており、小走りながらも忙しなさは感じさせない歩みで向かって来る。従者として見苦しくない走り方をしていると言うより、ハジメ達に警戒されないギリギリの速度を保つ為の動きだろう。十数秒もしない内にハジメ達の下に辿り着いたメイドは、優雅さを崩さないまま挨拶を始めた。

 

「お初にお目に掛かります、皆様。不躾である事は承知の上でお訊ねしたいのですが、皆様が()()()()()()()()()()()()()()()で宜しいでしょうか。」

 

「・・・・・・そうだ、と言ったら?」

 

 両手でスカートの裾を持ち上げて綺麗な膝折礼(カーテシー)*1を披露したメイドの核心を突いた問いに、警戒を一段階引き上げながらハジメが答える。

 

「時間がありませんので手短に。霧の向こうの洞窟に、皆様が探しているであろう貴族のご子息様と、その護衛の方々がいらっしゃいます。衰弱を避けるため仮死状態で保護しておりますが、全員無事に生きておられます。」

 

「・・・何故、俺達が捜索隊だと?」

 

「保護した方々の中に1人だけ、冒険者に似つかわしくない雰囲気の方がいらっしゃいました。(わたくし)職業(メイド)柄、そう言った雰囲気には覚えがございます。恐らくは高名な貴族のご子息様では無いか、であれば捜索隊が出てもおかしくは無いのでは、と考えた次第です。」

 

「そいつの名は聞いたか?」

 

「えぇ。詳細まではお聞きしていませんが、名をウィル・クデタ様と。」

 

「名前まで知ってるなら、もう当たりじゃないですぅあ痛ぁっ!?何で太もも叩いたんですユエさん!?」

 

「・・・余計な事、言わない。やり口は幾らでもある。」

 

「今のは義姉(ネエ)サンちょっと迂闊。」

 

「まぁ、素直なのはシアさんの美徳だとは思うよ。」

 

「怪しまれるお気持ちも重々承知しております。ですが、ウィル様達のご容態も決して良いとは言えません。(わたくし)があの黒竜を抑えておきますので、どうか迅速にこの場をお離れ下さい。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 メイドの流暢な受け答えに、眉間に皺を寄せて考えるハジメ。今のところ、メイドの発言に目立つ矛盾は無い。所々気になる点はあるが、今気にするべきでは無いだろう。問題は1つ、メイドがハジメ達の敵か否か。幾ら筋が通った言い分とは言え、鵜呑みには出来ない。タイミングが良過ぎるのもあるし、何より魔法と言う超技術が有る世界なのだ。幾らでも誤魔化しは効くだろう。

 

〝社。悪意感知に反応はあるか?〟

 

〝少なくとも、俺達に向けた悪意は殆ど無い。感覚的に俺達への警戒とか、その辺りだろう。〟

 

〝そうか。なら、シロか?〟

 

〝多分な。唯、ちょっと試したい事があるから協力してくれ。それによっては即戦闘に入る事になる。気を抜かないでくれ。〟

 

〝了解。〟

 

 ハジメと〝念話〟で手早く打ち合わせた社は、改めてメイドの方に向き直る。メイドの身体から薄らと立ち昇る『呪力』は、先程見つけた『残穢(ざんえ)』と一致している。彼女こそが植物を溶かしていた『術師』で確定だろう。向こうも社の『呪力』には気付いていたのか、少しだけ目を見開いて驚いていた。

 

「貴女の言葉を信じましょう、メイドさん。念の為聞きますけど、あの霧は俺達が触れても大丈夫ですか?」

 

「ええ、あの『毒』の霧は植物のみに作用しますので。まさか、こんな所で『呪術師(どうるい)』と相見(あいまみ)えるとは思いもしませんでしたが。」

 

「そうですね、それは俺も予想外でした。それで1つ聞きたい事があるんですがーーー撃て、ハジメ。」

 

 ドパンッ!

 

 社の合図と同時に、ハジメが()()()()()()発砲した。乾いた炸裂音が響くが、しかし何時もの様に弾丸は放たれない。大きな音が鳴っただけーーー要するに唯の空砲である。だが、それを知るのはハジメと社だけだ。異世界の人間が、地球の銃器の仕組みを知る筈が無い。ハジメ達の戦いを眺めていた彼女には「大きな音と共に閃光が撃ち出されていた」位にしか見えていなかっただろう。

 

 ズドドドド!!

 

 空砲の音に釣られて、地面から無数の土の壁が迫り上がる。弾丸が本当に放たれていたのなら丁度その射線上に、まるで黒竜を庇う盾の様に見えただろう。勿論、黒竜が生み出したものでは無い。感じる魔力は、ハジメ達の目の前にいるメイドのものと同一だ。どう見ても、彼女が黒竜を庇ったのは明白だった。

 

「さっきのは空砲、言ってしまえばハッタリです。さて、一応お聞きしますが、貴女は一体どの勢力の人間なんでしょう。あの寄生花を生み出した勢力ですか?それとも、黒竜側の勢力ですか?若しくは、魔人族側ですか?ーーー或いは〝狂った神〟側だったりしますか?是非、お答え頂きたい。」

 

「・・・・・・おやおや、(わたくし)とした事が、鎌掛けに引っかかってしまいました。まだまだ精進が足りませんね。」

 

 更に警戒を強めるハジメ達とは対照的に、クスクスと愉快そうに笑うメイド。してやられたと言う割には、社達に対する悔しさや怒りは微塵も感じられない。余裕を崩さない得体の知れない相手に対して、ハジメ達は既に何時でも動ける体勢に入っている。一触即発の空気が広がる中、先に口を開いたのはメイドだった。

 

「失礼致しました、皆様。先程の問いに答えるならば、(わたくし)はあの寄生花でも、魔人族でも、ましてや狂った神の勢力に与している訳でもありません。(わたくし)はあの黒い竜ーーー哀れにも寄生花に操られ、現在進行形で醜態を晒している竜人族の姫様にお仕えしているメイドに御座います。」

 

「・・・竜人族?本当に?」

 

「確か、何百年か前に滅びたって言う、あの?」

 

「えぇ、その竜人族で相違ございません。皆様を謀ろうとした事については、平にご容赦を。我々は嫌われ者ですので、無用な諍いを避けたかったので御座います。*2

 

 メイドの言葉に色々な意味で驚く一同。中でもユエは特に驚いた様で、珍しく瞳に好奇の光が宿っている。吸血姫のユエにとっても竜人族は伝説の生き物である。自分と同じ絶滅したはずの種族の生き残りとなれば、興味を惹かれるのも頷ける。

 

「その竜人族が、何故こんなところに?」

 

「話せば長くなりますので、お嬢様を介抱してからでも宜しいでしょうか?もうそろそろ、寄生花も溶かし終えてーーー。」

 

 ドパァァァン!!

 

「・・・おやまぁ、まさか〝水牢〟*3を振り払うとは。誤算でしたわ。」

 

「言ってる場合ッスか!?結構余裕あるッスね、メイドさん!つーか、どんだけ底無しなんスかあの黒竜!アタシ無茶苦茶魔力搾り取ったハズなんスケド!?」

 

 あくまでも余裕を崩さないメイドに対して呆れながら、アルが驚愕と共に叫ぶ。然もありなん、自身を覆う水のドームを吹き飛すべく、黒竜は再び純粋な魔力による爆発を起こしたのだ。アルに魔力を根刮ぎ奪われた上、シュラーゲンを防ぐために黒竜は限界まで魔力を使い切っていた。どこにそんな力が残っていたのかとハジメ達が疑問に思うのも当然だった。

 

 グギュッ、ルゥ、ルゥアアァァーーー。

 

「そんなにボロボロなのに、まだ戦うつもりですかぁ!?」

 

「・・・もう、動くのも辛い筈。まだ、操られてる・・・?」

 

 全身を血に染め悲痛な叫び声を上げながらも、未だ動こうとする黒竜を見て悲しげな顔をするユエとシア。溺死寸前まで追い込まれ半死半生となりながらも、黒竜は傷だらけの身体を引き摺りもがいていた。敵であれば容赦すべきでないと頭では分かっているものの、余りの痛々しさに2人は悲痛な表情を隠せない。

 

「妙ですね、体を覆う寄生花は全て溶かしました。口からもかなりの量の『毒』を飲ませたので、体内にも残っていないと思うのですが・・・。」

 

「いや、まだ生き残ってる。ハジメ、〝魔眼鏡〟で見えるか?」

 

「あぁ。さっきまで周りの寄生花が邪魔だったが、今なら見える。不自然に魔力が集中してる場所があるな。」

 

 ユエ達とは異なり全く表情を変えないメイドを訝しみつつも、社とハジメは最後の寄生花を見つけ出す。黒竜を覆っていた蔦と花を溶かした事で、体内に隠れていた核となる花が持つ悪意と魔力を感知したのだ。

 

「細かい場所までは俺には分からんが、多分ラス1だよな。」

 

「あぁ。それに、尽きない魔力の絡繰りにも納得がいった。あの寄生花、()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「あー、やっぱりか。そんな気はしてた。」

 

「「「「!!」」」」

 

 ハジメの無慈悲な断定に、社以外の全員が目を見開いた。ハジメがその事実に気付けたのは、〝魔眼鏡〟により読み取った不自然な魔力の流れが、ハジメが得た技能〝魔力変換〟の挙動とよく似ていたからだった。

 

 〝魔力変換〟は魔力を別の物ーーー具体的には魔法や身体強化等に使用する際の変換効率が上がる常時発動(パッシブ)型の技能である。そして〝魔力変換〟が派生すると[+体力]や[+治癒力]と言った様に、魔力を別の物に変換できる様になるのだ。黒竜の不自然な魔力発生は、これらの派生技能と非常に似通っていた。

 

「南雲サンは兎も角、何で社サンは分かったんスか?」

 

「大抵の場合、無法な力ってのは無法な代償が付き物だ。『呪術』やら『縛り』うんぬん関係無くね。だから、あぁなるのも納得してるだけさ。・・・で?どうするよ?」

 

「どうするって、何がだ。」

 

「あの黒竜をこのままブチ殺すのか、それとも助けるのかについてだ。因みに俺は助けるのもアリだと思ってる。」

 

「はぁ?」

 

 突拍子の無い社の発言を聞き、「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの表情になるハジメ。相変わらずいきなり過ぎる発言に呆れつつも、さっさと説明しろと促す視線をハジメが向けると、社は苦笑しつつも説明を続ける。

 

「まずメイドさんに聞きたいんですけど、貴女のお嬢様が誰にどうやって寄生されたのかって知ってます?」

 

「いいえ。情報収集のために、別行動していましたので。完全に裏目に出てしまいましたが。」

 

「・・・つまり、現時点で寄生花の正体に1番近いのはあの黒竜で、どうにか生かせれば下手人の正体を探れるかも知れない、と。」

 

「その通り。」

 

 社の意見を聞き、ハジメもまた黒竜を生かす事のメリットを考える。メリットは先程社が言った様に、一連の寄生花騒動の下手人が分かるかも知れない事だ。寄生花を生み出した存在は、十中八九人類に敵対的な存在だろう。これからも敵対する可能性は決して低く無いため、今の内に正体を暴いておくのは悪い話では無い。メイドが嘘を吐いている可能性も、悪意を読める社が指摘しない以上、考えなくて良いだろう。だが。

 

「俺達が、そこまでする必要があるか?理由はどうあれ、此奴は俺達を殺す気で襲って来ただろう。俺は殺すべきーー「・・・私は、反対。」ーーユエ?」

 

 それでも尚、黒竜にトドメを刺そうとするハジメに待ったをかけたのはユエだった。ごくごく自然にハジメに抱きついたユエは、上目遣いになりながら真っ直ぐにハジメの目を見て言葉を紡ぐ。

 

「・・・ハジメも、分かってる筈。黒竜は、一度も殺意も悪意も向けなかった。」

 

「それは、そうだが・・・。」

 

「・・・自分に課した大切なルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。黒竜を殺すことは本当にルールに反しない?」

 

 ユエが最も懸念していたのは、ハジメが〝敵〟以外を殺す事で壊れていく事だった。ユエとて、ハジメの〝敵は全て殺す〟スタンスは知っている。だが、だからと言って〝敵〟となり得る者全てを殺してしまえば、ハジメは何時かきっと壊れてしまうだろう。

 

「・・・あの黒竜は、きっと〝敵〟じゃない。私は〝敵〟じゃない相手をハジメに殺して欲しくない。」

 

 元吸血鬼族の王であって、手痛い経験もあるユエの人を見る目は確かだ。そのユエの眼が、今の黒竜が〝敵〟には見えなかった。無論、殺し合いの最中にまで配慮しろとは言わないが、余裕のある今ならまだ生かす道もあるとユエはハジメに告げていた。

 

「・・・分かったよ。シアとアル、お前らもそれで良いか?」

 

「勿論ですぅ!正直、戦ってる最中ならまだしも、あんなに苦しんでいる相手に追い討ちをかけるのはちょっと嫌でした!」

 

「アタシは、まぁ、どっちでも。皆サンに合わせるッス。」

 

 ハウリア姉妹も黒竜を生かす事に否は無いらしい。ハジメは片腕でユエを抱きしめたまま溜息をつくと、最愛の人の言葉に従おうと決める。大切なパートナーや仲間達の意見を無視してまで、黒竜を殺そうとする気はハジメには無かった。

 

「・・・決まりか。オイ、メイドもそれで良いな。」

 

(わたくし)にとっては願ってもない事ですが、本当に宜しいのですか?」

 

「お前がウィル達を保護してた分を返すだけだ。後、助けるのが無理そうなら躊躇無く殺すからな。」

 

「えぇ、お嬢様も(わたくし)も覚悟の上です。皆様の慈悲に、心より御礼申し上げます。」

 

(・・・なぁんか、イマイチ読めないメイドさんだな。黒竜を助けたいってのは、本心っぽいが。さっき黒竜に悪意を向けていた様に感じたのは気のせいだったかね?)

 

 フワリと、先程よりも深い膝折礼(カーテシー)を決めるメイドに対して、微妙な引っ掛かりを覚える社。今のところ、メイドはハジメ達に警戒以外の悪意を向けていない。ウィル達を人質として使った交渉等もしてくるかと予想していたが、そう言った様子も無い。黒竜を助けると決めたハジメ達に対する感謝も、悪意を感じない以上は本心だろう。教会に正体がバレるリスクを背負ってまでウィル達を保護していた事も加味すれば、少なくとも目の前のメイドは「常識と良識を兼ね備えた善人」と言う評価になる。唯一、気になるのはメイドが黒竜にむけて()()()()()()()()()()()()()事だった。

 

(うーむ、分からん。今まで出会った事の無いタイプだ。)

 

「それで、方針が決まったのは良いんですが、どうやって黒竜さんを助けます?そもそも、体内にある寄生花って具体的にどの辺りにあるんですぅ?」

 

「・・・場所が分かったところで、取り除く方法が無ければ同じ。」

 

「生命力を魔力に換えてるってンなら、あんまり時間も無いッスよね。」

 

「難しく考える必要はねぇ。寄生花の場所も対処方も、もう思いついてる。おい、メイド。()()に寄生花を殺していた毒を塗れ。」

 

「それは構いませんが、一体何処からお出しになりましたのでしょう。メイド驚愕の収納術で御座いますね。」

 

 ハジメが〝宝物庫〟から取り出したのは、直径20cm・長さ1.2m程の大きな杭だった。その正体は義手の外付け兵器、〝パイルバンカー〟より射出する為の弾丸だ。〝圧縮錬成〟により4トン分の質量を圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした、文句無しに世界最高重量且つ硬度の杭である。

 

「それでは失礼して。ーーー『術式』起動。」

 

 いきなり虚空から現れた杭に驚きながらも、メイドは『術式』を発動する。すると、メイドの周囲に直径5cm程の透明な水球が現れる。次第に数が増えていく水球は次々と杭に纏わりつくと、杭の表面を満遍なく濡らしていく。30秒も経てば、杭の表面は余すとこなく綺麗にコーティングされていた。

 

「コイツで外側から黒竜ごと寄生花を貫く。シンプルで分かりやすいだろ?」

 

「おいマジか、ハジメが脳筋(オレ)みたいな解決策出しやがった!」

 

「嬉しそうな顔してんじゃねぇよ。寄生花が黒竜の生命力を奪っているなら、下手に時間はかけられねぇだろ。俺が寄生花をブチ抜いたら、お前が『呪力反転』で黒竜を治せ。」

 

 ハジメの〝魔眼鏡〟ならかなり正確に寄生花の位置を見抜ける為、刺し間違いはまず起こり得ない。猶予がどれほど残されているか分からない以上、手段を選ぶ時間さえ惜しい。やり方が酷く乱暴である点を除けば、ハジメの提案は酷く合理的であった。

 

「まぁ、それが一番手っ取り早いか。悪いけど、メイドさんもそれで良いですね?」

 

「勿論で御座います。最終的に救えるのであれば、多少の無茶も折り込みずみですわ。」

 

(・・・何かまた黒竜に愉悦を感じてないか?いや、でも黒竜を助けたくない訳でも無さそうだし・・・良く分からんな、このメイドさん。)

 

「他の面子は念の為黒竜の周囲で待機!黒竜が抵抗してきたら、力づくで抑えろ!」

 

 メイドの悪意に後ろ髪を引かれつつも、社はハジメと共に黒竜に近づいて行く。未だ寄生花の支配下にある黒竜はどうにかしてハジメ達を迎撃しようとするが、既に身体の自由が効かないのか身じろぎしか出来ていない。ユエ達が固唾を飲んで見守る中、ハジメと社は遂に黒竜に触れられる位置まで近づいた。

 

「そう言えば、寄生花の位置って何処なんだ?」

 

「目の前だが。」

 

「・・・・・・成る程、尻尾か。」

 

「何処見てんだよ、尻尾じゃなくて尻だ、尻。尻の中に寄生花が居やがる。」

 

「よりにもよって(ソコ)かー。何でまた、そんなとこにーーーいや、外部から体内に種を埋め込んだと考えれば、寧ろ自然な選択肢ではあるのか?」

 

 寄生花がどういった過程(プロセス)を経て魔物に取り付くか分からない為断言は出来ないが、アルラウネモドキと同じように胞子を吸わせる場合、かなりの量が必要になった筈だ。体内に取り込ませると言う点を考えれば、口だけでなく尻からも吸収させるのは、方法としてはアリなのかも知れない。

 

「あの〜、ユエさん?私の気のせいじゃなければ、ハジメさん、黒竜のお尻目掛けて構えてません?」

 

「・・・・・・ん。社が直すから、大丈夫。多分。きっと。」

 

「そう言う問題なんスかねぇ!?なんか社さんも止める気無いっぽいスケド!アレ、良いんスか、メイドサン!?」

 

「・・・・・・えぇ、まぁ、お嬢様には良いお灸になるでしょう。」

 

「えぇ・・・。」

 

 ユエ達も寄生花の場所を察し、ハジメがしようとしている事に顔を引き攣らせる。最も、誰も本気で止めようとはしない辺り、黒竜に対する躊躇いは欠片も無かったが。

 

「俺達の手を焼かせた挙句、態々助けてやるんだ。何も知らないじゃ済まさねぇからな。」

 

「・・・安らかに眠ってくれ、黒竜さん。」

 

 毒でコーティングされた杭を担いだハジメは、黒竜の尻尾の付け根の前に陣取ると槍投げの様な構えを取った。ご丁寧に〝豪腕〟も発動しており、確実に(あくまでも寄生花を)仕留めるつもりなのだろう。黒竜の末路を想像した社も、流石に同情を禁じ得なかった。

 

「さぁ、お注射の時間だ。歯ぁ食い縛れ!」

 

 そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜のお尻目掛けて勢いよく突き込まれた。ズブリと音を立てて突き刺さる様は、思わず目を背けたくなる程に完全にOUTな絵面である。

 

 グ、グギャアァアァァァアアア!?!?!?

 

「・・・まだ、寄生花生きてないか?悪意が消えないんだが。」

 

「ん?あぁ、結構奥まで入り込んでるみたいだからな、まだ完全に殺し切れて無いんだろ。もうちょい押し込むか。」

 

 ドゴムッ!!

 

 〜〜〜〜〜ッ!?!?!?

 

「うわぁ、エッグゥ。」

 

 杭の入りが足りないとみるや、ハジメは躊躇無く拳で杭を押し込んでいく。ズムズムと生々しい音を立てて杭が入り込む度に、黒竜は声に鳴らない悲鳴を上げながら痙攣している。いっそ殺してあげた方が良いのでは?と言う考えがハジメ以外の頭を()ぎる。そして。

 

「おっ、手応えありだ。このままブチ抜いてやる。」

 

 ドゴムッッ!!

 

〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟

 

 一際力強くハジメが杭を殴り込んだと同時、黒竜の口から明確な悲鳴が発せられた。漸く寄生花の支配から脱したのだろう。その証拠に寄生花の持つ悪意や不自然な魔力の流れは跡形も無く消え去っていた。

 

〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~。アヒィン♡〟

 

「ったく、手間取らせやがって。まぁ、これだけ騒ぐ元気があるなら問題無いだろ。

 

「・・・本当に大丈夫だろうか、色々な意味で。」

 

 黒竜の悲しげで切なげで、それでいて何処か興奮したような声音をBGMに、「またハジメが苦労する予感がする」と不吉な事を思いながら、社は『呪力反転』で黒竜の治療を開始したのだった。

*1
目上の相手に対して、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて背筋を伸ばしたままする礼。

*2
〝竜化〟という固有魔法を使えた為、魔物と人の境界線を曖昧にし差別的排除を受けた、半端者として神により淘汰された等、様々

な説があるが、教会からは一律で良く思われていない。

*3
本作オリジナルの水属性の中級魔法。対象の周囲に水の膜を発生させる、本来なら防御用の魔法。




色々解説
・本作オリジナル魔法〝水牢〟について
本作オリジナルの水属性の中級魔法。注釈にも書いた様に、本来は対象の周囲に水の膜を発生させる防御用の魔法。今回は生み出した〝水牢〟に『毒』を混ぜた上で、膜の内部を水で満たして溺れさせた。黒竜を弱らせつつ『毒』も飲ませられるので妙手ではある。必要以上に黒竜が苦しむ点に目を瞑れば。

・〝魔力変換〟について
原作にて詳細な説明が(作者が探した限りでは)無かったので、本小説では魔力を使用する際の効率が良くなる常時発動(パッシブ)型の技能と定義。尚、寄生花が行っていた様な生命力→魔力の様な変換を、ハジメと社が出来る様になるかは不明。

当小説オリキャライメージ画像
宮守社(画像はストイックな男メーカーより)

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アル・ハウリア(画像は妙子式2より)

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竜人族のメイド(画像は妙子式2より)

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68.とんぼ帰り

 北の山脈地帯からウルの町に向けて、陸地を高速で移動する物体が2つ。獣道よりはマシ程度の荒れた道をものともせず突き進むのは、ハジメ作の魔力駆動四輪と魔力駆動二輪である。

 

〝この調子で飛ばしたとして、ウルの町まで2時間くらいか。深夜になる前には着くかね。〟

 

〝ああ。魔物共の速度からして、少なくとも丸1日は掛かる。俺達が着いた頃には手遅れ、なんてのは有り得ない。〟

 

 それぞれ二輪と四輪を運転しながら〝念話〟で連絡を取り合うハジメと社。彼等が今、全速力でウルの街に向かっているのは、魔人族の企みーーー魔物の軍勢がウルの町に向けて進軍しているのを知ったからであった。

 

〝滅んだ筈の竜人族に、魔人族側の切り札らしき寄生花に、万を超える魔物の大群。挙句の果てには()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。いやぁ、フルコース過ぎてお腹一杯になるわ。〟

 

〝あの駄竜を態々助けた甲斐はあったらしいな。〟

 

 ハジメに打たれた注射*1により、黒竜ーーーティオ・クラルスと名乗った彼女は、無事?に寄生花から解放された。その後、社の『呪力反転』により怪我を治療されたティオの口から語られたのは、竜人族たる彼女達がこの地に来た経緯と、自らを操った下手人達の目的についてだった。

 

 ティオによると、事の発端は数ヶ月前に竜人族の隠れ里にて異常な規模の魔力が感知された事だった。竜人族の中でも魔力感知に優れた者が、特大の魔力の放出と共にこの世界以外から来た何者かーーーつまりハジメ達がこの世界にやって来た事を感知したのだ。

 

 竜人族には〝表舞台には関わらない〟と言う掟もあったが、彼等は「未知の来訪者達を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味い」と結論付け、議論の末に異世界からの訪ね人達の調査に踏み切った。その調査員と言うのが、ティオとお付きの従者(メイド)ーーーフィルル・フマリスの2人であった。

 

 彼女達は山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族である事を秘匿して情報収集に励む予定だった。が、万が一竜人族である事を見抜かれた時の事も考え、先にフィルルだけがウルの町に潜り込んだらしい。そしてその間、ティオは休息を摂るべく1つ目の山脈と2つ目の山脈の中間辺りで休んでいた。「下手な魔物は歯牙にも欠けず、寧ろ警戒すべきは人間族である」と考えてフィルルを先行させたティオが浅慮だったとは言えない。事実、北の山脈地帯には彼女達を傷つけ得る存在は皆無だからだ。だが、結果的にこの判断は間違っていた事になる。

 

 ティオは休息中、竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜形態になっていた。これは周囲の魔物に寝込みを襲われまいと考えたからであったが、唯一の問題点として滅多な事では起きられなくなってしまう。それこそ(ことわざ)にもある様に、尻を蹴り飛ばされでもしない限りは。〝竜化〟した竜人族は肉体的にも精神的にも強靭である為、本来ならそれでも問題なかったのかも知れないが、今回はその隙を突かれてしまう。

 

 睡眠状態に入った黒竜(ティオ)の口に、何らかの種らしき物ーーー恐らく寄生花の種を埋め込んだのは、黒いローブを頭から被った2人組だったらしい。ティオの魔力を養分として体内で花開いた寄生花は、眠ったままのティオの思考と精神を徐々に蝕んでいき、丸1日も経つと完全に身体を支配してしまった。が、幸か不幸か支配された後も意識は残っていた為、黒ローブ達のやり取りも聞こえていたらしい。

 

 黒ローブの男達の目的は、寄生花で支配した魔物の軍勢でもって人間族の町を襲撃する事だった。寄生花に支配された黒竜(ティオ)はローブの男達に従い、2つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたらしい。そしてある日、1つ目の山脈に移動させていた魔物の群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇した。「目撃者は消せ」と命令を受けていた魔物達はウィル達に襲いかかり、その内の一匹がローブの男達に報告を行うと、「万一、自分達が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味い」と万全を期して黒竜(ティオ)を差し向けたのだ。

 

 魔物達から逃走していたウィル達を見つけたティオは、命じられたままに彼等を襲おうとして、しかし失敗した。冒険者達を襲撃する寸前、間一髪のところでフィルルが黒竜(ティオ)を妨害したのだ。

 

 フィルル本人に聞いた話によると、ウルの町で「北の山脈地帯がきな臭い」との情報を聞き、念の為に急いでティオの下に戻ろうとしたところで、黒竜(ティオ)がウィル達に襲いかかる場面に遭遇したらしい。どう見ても正気では無かった黒竜(ティオ)を静止すべく、フィルル自身も〝竜化〟して応戦。戦いの最中に『術式』で寄生花を殺せる『毒』を作ったフィルルは、寄生花により強化された黒竜(ティオ)を痛み分けに近い形で撃退したそうな。

 

 黒竜(ティオ)が寄生花に操られていた事、そしてウィル達を執拗に狙っていた事から、傷を癒した黒竜(ティオ)が再びウィル達を襲撃するのは目に見えていた。そこでフィルルは一部始終を見ていたウィルと冒険者達を『術式』により昏倒・仮死状態で保護した後、近くの滝の裏にある洞窟に(かくま)い、周囲を『術式』で作成した霧で覆ったのだ。尚、ウィルの名前は彼が持っていたハンカチに刺繍されていたのを見たのだとか。

 

 その後はハジメ達も知っての通りである。寄生花に支配された黒竜(ティオ)を、ハジメの尻への名状し難い衝撃と刺激(ダイレクトアタック)により正気に戻し。ティオから「黒ローブの男達が集めた魔物は、3〜4千近くも居る」と聞いたハジメが無人探査機(オルニス)で周囲を捜索した結果、既に万を超える数の魔物がウルの町の方角へと進軍しているのを知り。ウルの町へと詳細を伝えるべきだと考えたハジメ達は、仮死状態のウィル達冒険者を〝宝物庫〟に収納し、黒竜から逃がしていた愛子達を回収して今に至る訳である。

 

〝愛子先生達の様子はどうよ?〟

 

〝問題無いとは言わないが、今は落ち着いてる。てっきり、俺達にどうにかしてくれ、なんて泣き付くかとも思ったがそれも無しだ。他の奴等もな。〟

 

〝ほーん。色々考えてんのかもなぁ。〟

 

 ハジメ達の無事を知り喜んだのも束の間、事のあらましを伝えられた愛子と〝愛ちゃん護衛隊〟の面々は揃って顔を蒼白に変えた。然もありなん、どれだけ彼等が優れていようとも、数万の魔物の群れをどうこう出来る道理は無い。何より、クラスメイト達は未だトラウマを払拭できていないのだ。・・・それでも尚、誰1人として強者側のハジメ達に縋らないのは、未だ現実を飲み込めていないのか、それとも別の理由があるからだろうか。

 

〝大丈夫そうなら、それで良いか。・・・それで?車体に括り付けられて、滅茶苦茶に揺らされてるにも関わらず、何故か恍惚としてる竜人族のお姫様について、我が親友たるハジメくんはどうお考えで?〟

 

〝・・・・・・・・・知らん。〟

 

 社が話題を変えた途端、露骨に声のトーンが下がるハジメ。〝念話〟である為に表情は見えないが、間違い無く嫌な顔をしていると断言出来る口ぶりだった。が、その程度で会話を打ち切る優しさは社には無い。

 

〝いやそりゃ無理あるだろ。今だって、ハジメに向けてすっごい悪意向けてんだぞ?主に色欲っつーか、ドマゾい劣情だけど。絶対、尻に杭ぶち込んだのが原因だって。イケナイ扉開かせちゃったんだって。〟

 

〝知らんったら知らんっ!クソッ、何で俺はあの時、あんな血迷った真似をしちまったんだ、チクショウ!!〟

 

 不可抗力に近いとは言え、厄介な変態を誕生させてしまったかも知れない事実に戦慄するハジメ。そんな親友に憐憫を抱きつつ社が四輪の天井を見やると、やはりと言うべきかティオはうっとりと頬を染めながら嬉しそうにビクンビクンしていた。見た目は酷く艶かしい美人*2なのだが、この光景を見ると百年の恋すら冷めそうである。

 

 因みに、何故ティオが四輪の天井に括り付けられてるのかと言えば、単純に座る席が無かったからだ。行きでさえ人数ギリギリであったのに、更にそこへ竜人族を2人乗せるスペースは無かったのだ。整地機能が追いつかない程に速度を出している為、天井に磔にしたティオと荷台の男子生徒はミキサーの如くシェイクされているが、ティオにとっては問題無いらしい。未だハジメ達から受けたダメージは抜け切っていない筈だが、ここまで来ると何らかの技能が発動しているのでは?と疑いたくなるレベルである。

 

「世の中には、色んな性癖(モノ)があるんスねぇ。」

 

「そんな低俗な理由で世界の広さを知らなくても良いんじゃ無いかな。と言うか、フマリスさん的にはアレって大丈夫なんです?」

 

 何処か遠い目で悟った事を言うアルに突っ込みつつ、社はサイドカーに乗せていたフィルルに話を振る。今現在、社にとって最も目を当てられない*3のはティオであるが、最も気にしている相手はフィルルだった。

 

「?それはティオお嬢様の事でしょうか。」

 

「ええ。クラルスさんって、良いとこのお嬢様なんでしょう?それが事故に近いとは言え、あんな風になってるんで。何かあるかなぁ、と。」

 

「・・・お嬢様も既に成人なされてから、幾久しく経ちます。で、あるならば、ご自分の進む道はご自分で決められるでしょう。そこに従者である(わたくし)が口を挟むなど、烏滸(おこ)がましい真似は出来ませんわ。」

 

 四輪の天井で悶えるティオを見ながら、従者として模範的であろう答えを返すフィルル。言葉だけ見れば「主人を信じる忠誠心の高い従者」の台詞であるが、何処か定型文(テンプレート)と言うか、機械的な受け答えに聞こえなくも無い。

 

「ンー、要するに、自己責任だから干渉はしないって事ッスか?」

 

「平たく言えば、そうなりますね。」

 

(・・・嘘は言ってない。騙そうとしたり隠そうとする素振りも無い。俺の考え過ぎか?)

 

 〝悪意感知〟に()()反応が無い以上、フィルルが社達に悪意を持って接しているとは考えづらい。それ故に、社の考えも杞憂である可能性は十分にある。だが、社が先程から気にしていたのは、フィルルが社達に悪意を持つ事では無く、フィルルがティオに悪意を向けていた事だった。

 

(何でフマリスさんは今のクラルスさん見て〝()()〟っぽい悪意向けてるんだ?微量過ぎて、断定は出来ないけど。さっきドンパチやってた時は、苦しむ黒竜(ティオ)さんみて愉悦ってたが、それにしては仲悪そうな感じもしないしなぁ。)

 

 本来であれば、社はここまで他人の悪意に頓着しない。〝悪意感知〟で様々な悪意を読み取れる関係上、気にし過ぎればキリが無いし、何より「人間誰しも大なり小なり悪意は持つものである」と社は認識しているからだ。にも関わらず社がここまで考えているのは、フィルルの悪意が社にとって未知数だったのと、ハジメ達を巻き込まないかを心配しているからであった。

 

(駄目だ、全然分からん。ハジメ達に実害無ければ良いか。竜人族の内ゲバなんざ、どーでも良いしなぁ。)

 

「・・・(わたくし)の力について、気になりますか?」

 

「へ?いきなりどうしたんスか?」

 

「いえ、宮守様が考え事をしている様でしたので、(わたくし)の力についてだと邪推したのですが。どうやら違ったみたいですね。」

 

 フィルルからの突然の話題に、少しだけ面食らう社とアル。どうやら、社が黙り込んだのを見て誤解したらしい。最も、社がフィルルについて考えていたのは事実の為、彼女の勘違いもそう的外れでは無かったが。

 

「気にならないと言えば嘘になりますが、聞くつもりはありませんよ。」

 

「?何故でしょう?」

 

「例え親しい仲であっても、『術式』を無理に聞き出すのは『呪術師』的にはマナー違反らしいッス。アタシも聞き齧りッスけどね。」

 

「・・・成る程。」

 

(・・・『術式』や『呪術師』って単語には反応しないか。竜人族の里では『呪術師』が珍しくないのか、それとも何らかの資料やらが代々受け継がれているのか?いや、それなら迂闊に自分の『術式』について話そうとはしないか。)

 

 何処か納得のいかない表情のフィルルを見る限り、『呪術』に関する知識はある様だが、『呪術師』特有の不文律は知らなかったらしい。あれだけ『術式』を操れるにも関わらず、持っている知識がチグハグであるのは妙な違和感があった。

 

「社サン、社サン、ちょっと良いッスか?」

 

「ん?何?アルさん。」

 

「イヤ、話変わっちゃうんスケド。さっきからずーっと、アタシらメッチャ睨まれてません?」

 

「あー・・・やっぱり、気になるよねぇ。」

 

 アルに耳打ちされた社は、渋々ながらも自分達を見つめている相手に目を向ける。社達を射抜かんばかりの視線は、前を走る四輪の荷台から飛んできている。具体的には、人数オーバーの為に仕方無く後ろに乗せられた〝愛ちゃん護衛隊〟が1人、相川昇が発生源だった。

 

(わたくし)の気のせいでなければ、この二輪(バイク)とやらに乗る前から、ずっと此方をご覧になられていた様ですが。余りの熱視線に従者(メイド)ビックリで御座います。」

 

「やっぱ、ずーっとコッチ見てたッスよね?アタシら何かやらかしちゃいましたっけ。心当たりあるッスか、社サン。」

 

「うん、いや、あると言うか、寧ろ心当たりしか無いと言うか。ぶっちゃけ、今この状態が原因だろうね。」

 

 社の微妙に要領を得ない答えに、横に座っているフィルルと、()()()()()()()()()()()()()が揃って首を傾げる。現在、二輪の運転手を社が務めているのだが、サイドカーにはフィルルが、そして社に抱き付く形でアルが後ろに乗っていた。サイドカーに美女、背中には美少女を乗せた単車乗り(バイカー)である。バイク好きの相川から嫉妬の視線を貰うのは、半ば必然だった。

 

「このまま睨まれてんのも良い気分しないだろうし、ここは1つ穏便に話をすませようかね。」

 

「とか言いつつ、ワルワルな笑顔なのが少し怖いんスケド。」

 

 不安がるアルを余所に、社は二輪を加速させて四輪に近づいて行く。荷台に乗っている男子生徒達は、地面からの振動をダイレクトに食らっている為か顔を青くしてグッタリしていた。それは相川も例外では無かったが、目だけは爛々と血走っており、嫉妬の念と共に社を睨み付けている。あの様子では、まともな話にはなりそうも無いが・・・。

 

「『式神調 (しち)ノ番〝木霊兎(こだまうさぎ)〟』」

 

「ハ?イヤイヤ、式神まで呼んで何するつもりッスか、社サン。」

 

「おや、これはまたユニークな『術式』でございますね。」

 

 片や困惑、片や興味と反応は別れつつも、態々式神を呼んだ社の狙いは、アルとフィルルには見えて来ない。「一体何をするつもりだろう」と2人が頭上にハテナマークを浮かべた次の瞬間。

 

「ウェ〜イ、相川君見てる〜?俺は今、美人さん達と一緒に楽しく相乗り(タンデム)してま〜す。」

 

「「「「ーーーーーーーーー。」」」」

 

「おやまあ。」

 

 何をどう言い繕っても、擁護出来ない外道がそこに居た。〝木霊兎(こだまうさぎ)〟により振動(こえ)を増幅、拡声器のように音量を上げると言う手間を掛けてまでやった事が、唯の煽りである。信じられない物を見る目で荷台の生徒達とアルが絶句し、フィルルが何故か感心した様な声を出す。数秒間、車体が風を切る音だけが周囲を満たしーーー。

 

「■Φ★死●dieμ▲殺⬜︎ーー!」

 

「昇が壊れたぁ!?おっま、みや、宮守ぃ!お前、このタイミングでなんつー事口走ってんだよぉ!」

 

「おい馬鹿、落ち着け!あんまり激しく暴れると酔いが酷くーーーウップ。」

 

「頼むから耐えてくれよ、明人!クソッ、これが本当の煽り運転ってか!?喧しいわボケが!!!」

 

 相川の豹変を皮切りに、四輪の荷台で阿鼻叫喚の惨劇が形成された。視線と悪意(嫉妬)鬱陶(うっとお)しかったのは事実だが、それはそれとして面白そうだったからと相川を揶揄(からか)ったのは、実に『呪術師』らしい性格の悪さである。先程までの静寂が嘘の様に騒がしくなったのを見て、満足気に頷く社。

 

「相川も揶揄(からか)い甲斐のある反応してくれるなぁ。」

 

「インスタントに地獄作っといて、反応がソレだけって本気(マジ)ッスか?ちょくちょく鬼畜な時あるッスよね、社サン。」

 

「あらあら。中々に愉快な方々でいらっしゃいますね。」

 

 素晴らしい反応を見せてくれた相川にご満悦の社と、それをジト目で眺めるアル、そしてクスクスと上品さを崩さずに笑うフィルル。目と鼻の先で繰り広げられる惨状を前に三者三様の反応を見せる『呪術師』達だったが、ここで突然四輪のサンルーフ*4が開くと愛子が顔を出した。前方に向けて必死に手を振る愛子を見た社は、何事かとハジメに〝念話〟で問いかける。

 

〝ハジメ、愛子先生何してんの。〟

 

〝前から愛子先生の護衛騎士の奴等が来てる。んで、四輪に攻撃しようとしてるから、今必死に止めてんだよ。〟

 

〝へー。意外と早かったな。〟

 

 ハジメの端的な説明を聞き、納得しながらも興味を失う社。現在地がウルの町と北の山脈地帯の丁度中間辺りである事を考えると、愛子が居なくなったと知り、直ぐに出発する準備を始めたのだろう。園部達が残した書き置きも余り意味をなさなかったらしい。

 

「一体どうしたンスか、先生サンは?」

 

「愛子先生を追って来た護衛の連中が四輪を攻撃しようとしてるから、それをどうにか止めようとしてる。」

 

「ウゲェ、アイツらがぁ?」

 

 護衛騎士に対して心底嫌そうな顔をするアルに苦笑しながら、社は〝(さと)(ふくろう)〟を呼び出すと〝遠見〟を発動する。式神と技能により格段に強化された視界の先では、デビット達護衛騎士が四輪を迎え撃つべく魔法の準備をしていた。この世界の住人にしてみれば、四輪なんて未知数過ぎる物体だ。魔物と勘違いしてしまうのも何ら不思議では無い。

 

「デビッドさーん、私ですー!攻撃しないでくださーい!」

 

 デビット達護衛騎士の魔法を止めるべく、声を張り上げる愛子。攻撃されたところで簡単に傷付く様な柔な作りはしていない為、極論このまま突っ切ってしまっても問題は無い。が、荷台の生徒達やティオに当たる事も考えれば、愛子的にはそうもいかないのだろう。そんな愛子の必死さが通じたのか、何時の間にかデビット達は魔法の発動を中止していた。

 

〝何であいつら、あんなうっとりしてるんだ、気持ち悪い。〟

 

〝愛子先生と感動の再会(笑)ができて、嬉しいんだろうさ。当の本人には全く相手にされてないってのに、哀れな奴等だよ。〟

 

 デビット達の恍惚とした表情を見て、呆れた様にウンザリするハジメと社。愛子との再会が余程嬉しかったのか、護衛騎士達は1人残らず満面の笑みと共に両手を大きく広げている。まるで「さぁ!飛び込んでおいで!」と言わんばかりである。良い年した大人が揃って同じ事やってる絵面は、中々にキツいものがあった。

 

〝で、どーするよ?〟

 

〝説明が面倒だ。このまま突っ込む。〟

 

〝了解。「関係無い、行け」って事ね。〟

 

 手短に〝念話〟を済ませたハジメと社は、魔力を思いっきり注ぎ込み二輪と四輪を加速させた。社に至っては〝岐亀(くなどがめ)〟を呼び出して二輪の周囲へデビット達を轢いても問題無い様に結界を張る周到っぷりである。愛子を見つけて歓喜していたデビット達は、加速した二輪と四輪にギョッとすると慌てて進路上から退避する。その後数秒も経たない内に、二輪と四輪は笑顔で手を広げるデビッド達の横を素通りした。

 

〝チッ、惜しい。避けやがったか。〟

 

〝お前はホント、身内の敵に容赦ねぇよな。〟

 

〝シアさんとアルさんを馬鹿にした挙句、逆ギレして剣を抜こうとしたあの屑供が悪い。こちとら天職『呪術師』だぞ?やられた恨みは晴らすまで根に持つに決まってる。〟

 

〝お前が味方で良かったよ、本当に。〟

 

 ハジメと社が〝念話〟会話している間にも、デビット達との距離はどんどん離れて行く。愛子の「なんでぇ~」という悲鳴染みた声がドップラーしながら流れていき、それを聞いたデビッド達は我を取り戻すと、猛然と四輪を追いかけ始めた。「愛子ぉ~!」と叫びながら迫る姿は、実態は兎も角として、まるで無理やり引き裂かれた男女の悲恋物語を思わせた。

 

「さぁて、ウルの町まで後半分だ。それまではもう少し単車(バイク)の旅を楽しもうか。」

 

「さっきフツーにアイツら轢こうとしてた人とは思えない爽やかさッスね。イヤ、別に良いんスケド。」

 

「・・・ク、クフ、ウフフフフ、本当に、皆様は面白い方ばかりですわね。」

 

(今笑うとこあったか?)/(笑いのツボが謎ッスね?)

 

 魔物の大群と言う弩級の災害を背後に抱えながら、一行は急ぎウルの町に戻って行く。多くの者が命を懸けるべき鉄火場は、もうそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 尚、町に着いた際、憧れの竜人族であるティオの醜態ーーー具体的には四輪の振動をボロボロの身体で受けて〝感じていた〟ーーーを知ったユエは、珍しくショックを受けた表情になっていた。現実は非情である。

*1
精一杯の穏当な表現

*2
見た目は20代前半で身長は170cm近く、腰まである長く艶やかなストレートの黒髪と金眼、更にはシア以上の巨乳を持つ抜群の美女である。

*3
誰にとっても、の間違いである

*4
開くタイプの車の屋根。




色々解説
・ティオが既に駄竜呼ばわりされている件
原作ではティオのドMっぷりが発覚するのはもう少し後だが、本作だと〝悪意感知〟経由でハジメに向けた劣情が伝わっているので、既に扱いが雑になってる。尚、それにより一番得しているのはティオなので、余り意味は無かったりする。

・社→デビット達護衛騎士に対する反応
シアやアルに正式に謝罪した訳でも無ければ、彼女達が許すと言った訳でも無いので、普通に好感度は最低値のまま。社的にはほぼ敵扱いの為、今度何かやらかしたら愛子達の目に入らない場所でそのまま処理される可能性大。


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69.異世界より⑨

今回は色々と、独自解釈が多めです


 ★月◯日 ウルの町・ギルド支部の一室にて

 

 クラルスさんから魔人族の企みを聞き、ウルの町にとんぼ帰りしてから色々と話し合った結果、俺達はウルの町で魔物の大群を迎撃する事になった。その為の準備は明日の朝から始めるとして、情報の整理も兼ねて日記を書こうと思う。

 

 ウルの町に戻った俺達ーーーと言うか愛子先生達は、真っ先に町長の下へと向かった。町の人々がどうするかはさておき、兎に角時間が惜しいと考えたのだろう。焦りも多分にあるだろうが、別世界の他人にそこまで親身になれるのは純粋に凄いと思う。

 

 足を(もつ)れさせる勢いで走る先生達を見送った俺達は、ウィルさんと冒険者達を救護院(この世界に於ける病院)に叩き込んだ後、適当に屋台の串焼きやら何やらを摘まんでいた。何を呑気な、と思われるかも知れないが、腹拵えは出来る時にしとくべきであるし、何より今後の方針ーーー迫り来る魔物の大群と戦うべきか否か、話し合う必要があると考えたからだ。

 

 ぶっちゃけた話、俺達がウルの町の為に魔物の大群と戦う必要は無い。俺達がウルの町に来たのはウィルさん達の捜索を依頼されたからで、そのウィルさん達が見つかった以上はこの町に拘る理由も無いからだ。そもそも、今回の1件は人間族と魔人族の対立から端を発するものであり、この世界に生きる人達が解決すべき事情でもある。別世界の住人である俺達が首を突っ込む義理は欠片も無い。

 

 更に言えば、この町で大立ち回りを演じる事で俺達の存在が教会やらにバレて、面倒事が降りかかる可能性も一気に高くなる。もう既に愛子先生の護衛騎士には無駄に絡まれているので手遅れ感はあるが、不用意に目立つ必要も無いだろう。先日の様にまた王国に居る友人達をダシに使われでもしたら、俺は今度こそ加減なんて捨て去る。少なくとも貴族連中を片端からブチ殺す自信がある。

 

 たらればの話は置いておこう。ハジメが見た限りでは、魔物の数は6万近くまで膨れ上がっていたらしい。もし、魔物の質が北の山脈地帯で戦った魔物と大差無いのであれば、俺達なら犠牲を出さずに撃退出来るかもしれないが・・・見ず知らずの他人の為だけに身体を張るつもりは全く無かった。戦える力がある事と、戦わなければならないのは必ずしも(イコール)では無い。と言うか、他人の為に命を懸けるのを強要されたら、真っ先に暴れる自信があるぞ俺は。アメコミのヒーローになったつもりも無いしな。

 

 と、これで済むなら話は早いのだが・・・魔物の軍勢を俺達が迎え撃つ理由やメリットも無いでは無いのだ。まず第一に、黒ローブの男達ーーー正確にはその片割れ、魔人族と組んでいるらしき人間族の男の方だが。此奴が檜山達、王国脱走組である可能性が捨て切れない点だ。

 

 神による扇動を除けば、主に宗教観の違いで対立している人間族と魔人族だが、実に皮肉な事に幾つか似ている点があったりする。その1つが、自分達以外の種族に差別的である事だ。戦争してるんだから当然っちゃ当然なんだが、そんな中で魔人族が人間族と手を組むだろうかと考えると、恐らく答えはNo。仮に手を組んだとして、片方がもう片方を使い捨てる様な、力関係の歪なーーー対等な関係にはならないだろう。だからこそ、クラルスさんの記憶の中で、寄生花を前にして対等でいた(少なくともそう見えた)黒ローブ達はおかしいのだ。

 

 寄生花は恐らく魔人族側の切り札だろう。そんな秘密兵器と言える物を(人間族側から見た)裏切り者だったり、使い捨てる予定の奴に見せたり説明する訳が無い。逆説、見せるのならそれなりの理由がある筈だ。そう考えると、裏切った人間族が檜山達である可能性は低くない。いや、檜山達の人間性を考えると、決して信用も信頼もして良いとは言えないが。今重要なのは、檜山達が〝神の使徒〟と呼ばれるだけの力はある事。そして、檜山を王国から連れ出したのが推定〝神の眷属〟である事だ。

 

 人間族の信仰するエヒト神と魔人族の信仰する神は、同一、或いは協力関係にあると見て良い。ボードゲーム染みた感覚で戦争を眺めて楽しんでるのを止めないんだから、これは確定だろう。で、その場合、使いっ走りである〝神の眷属〟は、人間と魔人、両方の種族に顔がきく事になる。檜山達を紹介しても、魔人族に背後関係を全く疑われない可能性があるのだ。檜山達が高いステータスを持っている事も、説得力を補強する材料になるだろう。

 

 何より、これなら〝狂った神の勢力〟が何故檜山達を連れ去ったのかも説明がつく。要するに、呼び出した〝神の使徒〟同士の殺し合いが見たかったのだろう。どっちが勝っても良し、中心人物である天之河か愛子先生を殺せても殺せなくても良し。どう転んでも〝狂った神〟的には美味しいのだろう。マジでクソだな。何にせよ、檜山達が関わっているならば、俺達も知らぬ存ぜぬでは居られない。何よりハジメが生きていると知れば、檜山はハジメにも狙いを定めるだろう。今更檜山がハジメをどうこう出来るとは思わないが、それとこれとは話が別だ。先生には悪いが、檜山が関わってると知れた時点で奴は殺す。次は見逃さない、確実に仕留める。これが俺達の戦う理由その①である。

 

 ・・・これ書いてて思ったんだけど、檜山達が魔人族側に来たから寄生花作った疑惑あるな。元から魔物を操れる魔人族が、態々魔物を操れる様になる機能の為に寄生花を開発するとは考え難いし。いや、檜山達と魔人族が合流したタイミングにも寄るが、流石に開発から完成が速過ぎるか。・・・もしかして魔物じゃなくて人間、それも俺達〝神の使徒〟を操れる様に前々から準備していた?考えすぎか?でも、クラルスさんを操れた以上は・・・一応、ハジメ達にも報告しとこう。

 

 取り敢えず話を戻そう。戦う理由その②は、敵の狙いが愛子先生の可能性が高い点だ。檜山達が関わっている・いないに関わらず、魔人族側が愛子先生を狙っている可能性は割と高い。これは〝神の使徒〟云々では無く、単純(シンプル)に〝豊穣の女神〟としての名声が高過ぎるのだ。

 

 愛子先生の天職である〝作農師〟は、こと農業に於いては万能に近いスペックを誇っている。俺も本人に詳しく聞いた訳では無いので断言出来ないが、恐らく本当に何でも出来るのだろう。でなければ、結構な宗教国家であるハイリヒ王国で、女神なんて大層な二つ名を付けられる訳が無いからだ。そしてそれ程までに生産に特化した力ならば、大した問題も無く大量の食糧ーーー兵站すら容易に準備出来るだろう。

 

 兵站。言ってしまえば、軍隊が使う色んな物を纏めてそう呼んでるだけらしい。俺達の世界だと一口に兵站と言っても、食料に武器弾薬、整備に、兵士達の補充や衛生と、大雑把に後方支援で纏められるそうな。幸利からのマニアックな知識による情報なのでうろ覚えであるが、そんな感じらしい。

 

 翻って、人間族と魔人族の兵站事情であるが、恐らく俺達の世界とは大分事情が異なる。あくまでも俺の予想にしか過ぎないが、その内訳は食料が結構な割合を占めているだろう。根拠は唯1つ。彼等の凡ゆる技術と価値観が、魔力と魔法によって成り立っているからだ。

 

 この世界では、複雑な事をしようとすると大体魔法か技能が絡んでくる。いや、実際使えれば本当に便利なのは分かるので、別にその2つに依存するのは否定しないけど。逆に言えば、魔法や技能が使える人間さえいれば大体の事が解決してしまうのだ。俺達の世界ならば専用の道具や機械、燃料を消費して進める工程を、個人の力量のみで成し得てしまえるーーー俺達の世界の様に武器弾薬や燃料やらを集めて前線に送る、なんてしなくても良いのだ。戦いも移動も整備も治療も衛生も、全て適した魔法や技能が使える人材を送れば良いのだから。

 

 無論、それで何もかも上手く回る訳では無いだろう。だが、俺達の世界の兵站よりは余程単純化される筈だ。極論、戦地に(おもむ)く人達の食糧だけ用意すれば良いのだから。そして、それを支えるのが〝作農師〟たる愛子先生な訳である。そりゃ、目端の効く奴なら真っ先に殺そうとするわな。因みに、食糧以外だと恐らく魔石なんかも重要視されている筈だ。ほぼ万能と言って良い燃料なんだから、妥当っちゃ妥当ではある。

 

 それから、戦う理由③。魔人族の軍勢が、亜人達ーーー否、ハウリアの人達を襲わない保証が一切無い点だ。

 

 此処で魔物の大群をスルーしたとして、連中はウルの町を破壊し尽くすだろう。問題はその後、矛先が何処に向かうかだ。あれだけの大群を、そのままにしておくなんてのは有り得ない。絶対にウルの町程度では満足しないだろう。その場合、次の目的地が何処になるかは不明だが・・・まぁ、ハルツィナ樹海には向かわないだろう。地理的にキツ過ぎるし、何よりあの軍勢でライセン大峡谷を越えるのは無理がある。

 

 が、それも今だけだろう。このまま魔人族が勢力を広げていけば、まず間違い無く、侵略の手はハルツィナ樹海にも届く。そうなった場合、魔人族は亜人族を容赦無く排除するだろう。話を聞くに魔人族も選民思想と言うか、排他的な感情は強そうだった。最悪、「目障りだから」なんて理由で亜人属を襲いかねない。

 

 俺は正直、この世界の殆どの人間がどうなろうと構わないが、ハウリアだけは別だ。底抜けにお人好しで、愚かしい程の善人で、草花すら踏み潰せない臆病者で、悪意なんて欠片も抱けない癖に。それでも、家族を守る為だけに刃を取った彼等を、俺は見捨てるなんて出来そうに無いのだ。彼等に害を及ぼすならば、数万程度の魔物共を相手取っても良いと思える程度には、俺はハウリアの人達が好ましかった。

 

 ・・・まぁ、俺の感想はいいか。後は、此処で魔物の大群を相手にするメリットとして、ウルの町を盾に出来る点がある。仮に俺達が物量で押し負け敗走するとなった時、態とウルの町に魔物を引き込んでから火を着けて燃やす事で、魔物を殺しつつ逃げる時間を稼ぐなんて戦術も取れるのだ。所謂、焦土戦術と言う奴だが、相手が寄生花であるので結構効果的なのでは無いだろうか。かの信長公も「敵をとり篭めて火ぃ着けるのは気分が良い」なんて言ってたから間違いないだろう。

 

 と、そんな感じで戦う理由も戦わない理由もそれなりにあるのだ。少なくとも、俺1人の意見で決めるべき事柄では無い。なので、その辺も踏まえて腹拵えついでに話し合いを提案した訳だ。

 

 屋台巡りもそこそこに、大きめのカフェテーブルに腰を落ち着けた俺達は今後の方針について話し始めた。ウルの町で魔物の軍勢と戦う事のメリット・デメリットを一通り伝えた後、真っ先に戦うことを選んだのは意外にもクラルスさん達竜人族組だった。

 

 割と予想外な参戦だったので、本人達に聞いてみたところ「人間族だろうと竜人族だろうと、無辜の民が傷付くのを黙って見過ごせる程、我らは達観も諦観も抱いてはおらんよ」との事。さっきまで痛みで恍惚としていた変態の台詞か?これが・・・ぐうの音も出ない程に出来た人の御言葉だった。

 

 あの場では突っ込まなかったが、クラルスさんの言葉は全部が全部本心では無いだろう。初めてクラルスさんに出会った時から、彼女の中には誰に向けているのか分からない程に僅かな悪意が燻っていた。どれだけ痛みで喜び色欲に濡れていても、一切消えずに残っていたのを見るに根の深い恨みなのか、それとも無意識に寄る想いなのか判断は付かないが。兎も角、彼女は彼女で俺達には伝えていない目的があるのだろう。

 

 だが、だからと言ってクラルスさんが悪人であるかと問われれば、それもまた違うだろう。彼女達もこの世界の住人である以上、魔人族の企みについて他人事では居られないだろうが、それとウルの町を見捨てない事は別なのだから。自分達が竜人族だとバレるリスクを承知の上で、それでも見ず知らずの他人を救うために力を惜しまないと言うのだ。亜人だ何だと差別し、盲目的に神の言いなりになる自称騎士共よりも、クラルスさん達の方が余程真っ当なヒトに見える。

 

 クラルスさんと同様に、フマリスさんも魔物達の迎撃に参加するつもりらしい。・・・この人は本当に考えが読めない。別に、俺達に悪意を向けたりしている訳では無いから、気にし過ぎだとは思うんだが。腹に一物抱えてそうなのは別に良いとしても、何処か違和感が拭えない。言語化するのも難しいのだが、強いて言えば「ありったけの消臭剤をぶち撒けて、無理矢理に消臭した部屋」みたいな変な雰囲気を感じる。行動自体には変なとこは無いのが、余計に謎めいていた。

 

 竜人族が参加表明した一方で、ハウリア姉妹からは「どちらでも良いです(ッス)」と一歩引いた意見が出てきた。これは興味が無いとか無責任な発言とかでは無く、「魔物達をぶっ飛ばすにはハジメやユエさんの力が必須だから、ハジメやユエさんの意見に合わせるよ!皆と一緒なら魔物達をぶちコロがしても良いし、さっさと逃げても良いよ!」って事らしい。実際、ハジメやユエさんの火力抜きで数万の大群を撃退するのは無理ゲー待った無しなので、現実見えてる意見ではある。

 

 続いてユエさんに意見を求めると、彼女は何も答えぬ代わりにジィッとハジメの顔を見つめていた。ユエさんもまた、ハジメが一緒ならどちらでも良いのだろう。彼女の場合、ハジメがどんな道を選んでも、共に寄り添い進む覚悟があるからだろうが。この一途さは是非俺も見習いたい。

 

 無言の、しかし確たる意思を宿したユエさんの視線に釣られる様に、皆の注目がハジメに集まる。口に出して決めた訳では無いが、俺達のリーダー(暴走しがちな面々を抑える手綱とも言う)はハジメだ。最終的な判断が委ねられたのも必然ではあったのだろう。何かを考え込む様に瞑目していたハジメだったが、ゆっくりと目を開くと迷わずに「この町で魔物共を迎え討とう」と答えた。勿論、今更反対意見なんて挙がる訳も無く、満場一致で魔物共を殲滅する事になった訳である。

 

 正直な話、ハジメが此処で戦いを選ぶかは五分五分だった。戦う理由はあれど強制では無いし、命懸けの戦いになるのは確定しているのだから尚更だ。それでもハジメが戦う事を選んだのは、偏にユエさんとシアさんが居たからだろう。

 

 奈落の底で俺がハジメを見つけた時、ハジメの精神は壊れかけていた。不幸中の幸いと言うべきか、それ以上壊れる事だけは何とか防げたが、代わりに治す事も俺には出来なかった。だが、そんなハジメの擦り減った心を、ユエさんは全てを包み込む愛で、シアさんは持ち前の明るさと一途さで、少しずつ癒してくれたのだ。

 

 ハジメにとってこの世界は牢獄でしか無く、この世界に生きる人や物事に心を砕けと言うのも無理な話だ。と言うか、俺もそんな気はさらさら無い。だが、〝大切な人の為ならば〟と動き、そのついでに周りも助ける程度なら・・・今のハジメにも難しくは無いのだろう。本当に、ハジメの心を癒してくれたユエさんとシアさんには感謝の念が堪えない。

 

 そんなこんなで話も纏まり、町の役場へ向かった後はトントン拍子で話が進んだ。町長を筆頭にギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達と重役が愛子先生達を問い詰めていた所に割って入り。「俺達なら魔物の大群も撃退出来る」と、半信半疑の重役達を〝神の使徒〟にして〝豊穣の女神〟たる愛子先生の言葉で信用させ。再び騒然となる周囲を放置して「話し合いは先生に任せた」と丸投げしてその場を後にしたのである。

 

 因みに、ウルの町行きの車中でハジメと愛子先生が話し合った結果、クラルスさん達の正体と、人間族の裏切り者が檜山達である可能性については伏せる事にしてある。クラルスさん達に関しては「竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しい」と本人に頼まれたため、檜山達に関しては愛子先生が「未だ可能性の段階に過ぎないので不用意な事を言いたくない」と譲らなかったかららしい。ハジメとしても事態がややこしくなるだけだったので、普通に了承したのだとか。

 

 その後は何かあった際にすぐに動ける様にと、ギルド支部の部屋を借りて男女別で宿泊する事に。例によってハジメと寝たい(意味深)ユエさんとシアさんで一悶着あったが、明日も早いので流石に2人の意見は通らなかった。で、そろそろ寝るかと灯りを消す直前に、部屋の前に人の気配が。誰だ?とハジメと首を傾げていると、部屋の扉をノックしたのは愛子先生だった。

 

 驚きつつも愛子先生を部屋に招き入れ話を聞くと、「南雲君と宮守君にどうしても言わなければならない事があり、その為に会議を抜けて来た」との事。ハジメと顔を見合わせつつも話の続きを促すと、何と愛子先生は「無理に魔物達と戦う必要はありません、町の住民達と一緒に逃げても良いのです」と言い始めたのだ。

 

 突然の提案に面食らいつつも、言い方に引っ掛かりを覚えたので「愛子先生はどうするんですか?」と聞くと、「黒ローブの人間が檜山君達かを確かめたいので、ギリギリまで町に残る」と答える先生。曰く、少しでも自分の生徒である可能性があるのなら、先生たる自分が確かめなければならない、との事。なんか変な方向で覚悟がガンギマリしてた。

 

 正直、その時点で色々と言いたい事はあったのだが、愛子先生の表情が真剣を通り越して悲痛だったので、言葉を飲み込みつつ「なんでいきなりそんな事を?」と聞いた。すると、愛子先生は「貴方達がこの世界に生きる人の為に戦おうとする気持ちはとても尊い物です」「でも、それは2人が命を懸けてまでする事では無いのだとも思うのです」「この世界から帰還して、元の世界と生活に戻るのはゴールではありません。貴方達が再び自分の道を歩む為のスタートなのです」「だから、どうか命を懸けるべき時を見誤らないで下さい」と、今にも泣きそうな顔で語ったのだ。

 

 ・・・多分、この世界に来る前の愛子先生なら、俺達が(結果的にではあるが)この町の為に戦う事を止めなかったと思う。勿論、自分の生徒を死地に追いやる事に罪悪感を覚えない人では無いので、大なり小なり葛藤もしただろうが。それでも、愛子先生は善良で生徒をよく見ている教師であると同時に、割と理想家な面もあったので〝誰かの為に戦う〟事を肯定的に見ていた筈だ。それが変わったのは間違い無く、檜山がハジメを突き落とした一件があったからだろう。

 

 あの一件、誰が悪いかと言われれば、それはもう絶対確実に100%ぐうの音も出ないくらい完璧に檜山が悪い。が、その一方で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と問われれば、それは檜山であり俺でありハジメの3人なのだ。否、厳密に言えば、完全な被害者であるハジメを除き、先生の心を傷つけた加害者は檜山と俺なのだ。

 

 無論、俺は檜山への報復を微塵も後悔してないし、同じ場面を何度繰り返そうとも全く同じ選択肢を選ぶ自信があるのでそれは良い。が、先生にとってはそうでは無いのだろう。檜山がハジメを突き落とした事も、俺が檜山を灼いた事も、きっと先生は等しく心を痛めたのだ。ここで「檜山はそれだけの事をした」だとか「ハジメの方がもっと痛い目に遭ってる」なんて言っても無駄だろう。それを十二分に理解した上で尚、先生にとってはハジメも俺も檜山も大切な生徒なのだろうから。その結果が、先程の「逃げても良い」と言う言葉に繋がるのだろう。

 

 一頻(ひとしき)り語り終えた愛子先生は、暗い表情で俯いたまま顔を上げなかった。ウルの町が終わると分かっていて、それでも俺達を優先しようと決断するまでに、きっと散々悩み抜いたのだろう。或いは、檜山の一件があってから、もし似た様な事態が起きたら、とずっと考え続けていたのかも知れない。先生の内心を反映したかの様な重苦しく痛々しい雰囲気が部屋を包む中、耳が痛くなりそうな沈黙を破ったのは、ハジメの「ありがとう、先生」と言う言葉だった。

 

 ハジメの台詞に顔を上げた愛子先生は、虚を突かれた様にポカンとしていた。その何処か呆けた表情に苦笑しながらも、ハジメは「俺達が生きていたと知り、泣いてくれた事も。俺達が何も話そうとしなかった時に、何も聞かないでいてくれた事も。俺達がどれだけ変わろうとも、先生と生徒として接しようとしてくれる事も。先生にとっちゃ、当然の事かも知れないが・・・俺はそれが少しだけ嬉しかったからな」と若干照れ臭そうに、しかしハッキリと先生に向けて答えていた。

 

 目を見開き驚きを隠せない先生に対し、ハジメは「俺達が戦うと決めたのは、他の誰でも無い俺達がそうすべきだと考えたからだ。それでもまだ先生が納得出来ないと言うなら、どんなやり方でも良いから、先生なりのやり方で俺達を助けてくれ。愛子先生が俺達の先生であり続けてくれるのならーーー俺達も、生徒として応えられる程度には努力するからよ」と答えていた。・・・今思い返してみても、多少ぶっきらぼうな言い方ではあったが、完璧に先生の心にクリティカルヒットしていたと思う。俺や檜山と違い完全な被害者であるハジメの言葉だから、と言うのもあるだろうが、やっぱタラシの才能あるんじゃなかろうか。大丈夫?ユエさん拗ねない?

 

 で、案の定と言うべきか、ハジメの言葉を噛み締める様に聞いていた愛子先生は、その数秒後にギャン泣きし始めた。滝の様な涙を流しながら「な゛ぐも゛ぐぅん゛ーーー!」とか「な゛に゛も゛でぎながっだ私を、まだ先生どよ゛んでぐれ゛るんでずがぁ〜」と泣き叫ぶ愛子先生を、四苦八苦しながら宥めようとするハジメ。もう、重苦しい雰囲気は吹き飛んでいた。因みに俺はハジメの「お前も宥めんの手伝え」って視線を無視し続けて「イイハナシダナー」と2人を眺めてほっこりしていた。俺は空気を読める男である。その後しっかりハジメに引っ叩かれたけど。

 

 暫く泣いていた愛子先生だったが、ある程度まで落ち着いた後は、俺達と明日の簡単な打ち合わせをしてから会議に戻っていった。「ハジメと同意見なんで、止めても無駄ですよ」と答えた俺に対しても「南雲君程には心配していませんが、宮守君も私の大切な生徒なのです。どうか無茶だけはしないで下さいね」と強い目で言っていたので、多分大丈夫だろう。「清水君や八重樫さん達も心配していますから。皆さんを悲しませる様な事は駄目ですよ?」と続けた辺り、生徒(おれ)への理解度と言うか、釘の刺し方が上手くなってたのには困ったが。なんか(したた)かになってますね先生?

 

 そんな平和な一幕もあったものの、明日が決戦なのは変わらない。願わくばーーーいや、神がクソなんだから願ってもしゃあないか。俺達の誰もが無事に乗り越えられる様に努力するとしよう。




色々解説
・トータスの兵站事情について
完全に作者の妄想の産物。唯、人間族が魔法や魔石に生活や文化を依存している事を考えると、種族レベルで魔法が上手く、且つ魔物達の餌まで準備しなきゃならない魔人族は、余計に兵站の食料の割合が高いんじゃないか、と考えてこうなった。多分、魔人族側に〝作農師〟が居たら本格的にヤバかった。

・愛子が防衛戦に後ろ向き&ハジメが前向きな理由について
以前後書きで書いた通り、本作だと「檜山の裏切り」や「ハジメの死亡に限り無く近い消息不明」、「社が檜山へ報復」等々、愛子を追い詰める要素が原作より多いので、生徒が戦う事に忌避感を抱いている。黒竜(ティオ)とハジメ達が戦った時は、四の五の言ってる余裕が無かったので何とかなってただけだったり。
ハジメに関しては、原作にもあった様にユエとシアの存在が大きかったのに加えて、オルクスで社との早期合流が出来たので心の回復が早く余裕ができている。具体的には敵への対応は据え置きで、敵では無い人物への対応が大分軟化していたり。社本人はして当然だと思っているが、ハジメ視点だと「親友が己の身を顧みず、手を差し伸べに来た」のが事実なので、その点が大分影響している。


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70.〝豊穣の女神〟降臨

「此処に居たか、ハジメ。」

 

「ん?社とアルか。何か問題でもあったか?」

 

 自分を呼ぶ聞き慣れた(しんゆう)の声に、〝外壁〟に腰掛けていたハジメが振り向いた。何かを考える様に遠くを見ていたハジメの傍らには、静かに寄り添う様にユエとシアも居る。彼等が今居るのは、ウルの町の外周を取り囲む様に建てられた()()の上だった。

 

「いいや、寧ろ色々と順調だったからこっちに来たんだが。・・・この城壁も即席にしちゃ大分立派だよなぁ。一夜城顔負けだな?」

 

墨俣城(すのまたじょう)建てるんなら川が必須*1ーーーいや、そう言えばこの町、水源が豊富だったな。」

 

 ハジメと軽口を叩きながら〝外壁〟の造りを確かめる様に足で踏み締める社。高さ3m弱の〝外壁〟は、ハジメが魔力駆動二輪の機能を利用して、地面から〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作り上げたものだった。ハジメの錬成範囲が半径4m程で限界なのでそれ以上に高くは出来ず、大型の魔物ならよじ登ることも容易だろう。最も、そんな隙を与えるつもりはハジメには無いが。

 

「住人の様子はどうだ?」

 

「予想以上に落ち着いてる。愛子先生の演説が効いたんだろ。流石は〝豊穣の女神〟様だな。」

 

 昨夜から町の重鎮達により続けられた議論の結果、魔物の軍勢による襲撃は明け方には住民達に伝えられていた。当然、ウルの町は大混乱に陥ったが、それを落ち着かせたのが誰であろう愛子だった。護衛騎士達を従えて、恐れるものなど何も無いと高台から声を張り上げる愛子の姿を見た住人達は、元から高かった〝豊穣の女神〟としての知名度も合わさって一先ずの冷静さを取り戻していた。

 

 現実を見つめる冷静さを取り戻した人々は2通りに分かれた。即ち、「故郷は捨てられない」と、町と運命を共にするという居残り組。そして当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組である。

 

 居残り組は愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝える事は何かないだろうかと既に動いている。その多くは〝豊穣の女神〟一行が何とかしてくれると信じてはいるが、その上で「自分達の町は自分達で守るのだ!出来る事をするのだ!」と言う気概に満ちていた。

 

 避難組は夜が明ける前には荷物をまとめて町を出ていた。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着する事が予測された為、女子供を中心に早めに避難させようとした訳である。町には夫だけが残り、妻や子は先に避難させたと言う家族も少なくない。

 

「てっきり、我先にと逃げ出すもんかと思ってたんだがなぁ。中々どうして逞しいと言うか、諦めが悪いと言うか。」

 

自分(テメェ)らの町だって意地があるんだろ。半分くらいはヤケになってるかもだがな。」

 

 ウルの町を眺めながら、何処か呆れた様に呟いた社とハジメ。すっかり人が少なくなったにも関わらず、ハジメ達の目にはウルの町がいつも以上の活気に包まれている様にも見えた。魔物の群勢と言う弩級の災害を前にして、何の力も持たない人間が逃げ出さずに立ち向かうのは、賢い選択とは言えないだろう。だが、そんな彼等の無謀とも言える行動を、ハジメも社も笑う気にはなれなかった。

 

「南雲君に宮守君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」

 

「いや、問題ねぇよ、先生。」

 

「俺の方も特にはーーーん?何だ、玉井達まだ居たのか。」

 

「言い方ぁ!別に邪魔してる訳じゃないから良いだろ!?」

 

 町の準備が一段落したのか、愛子と生徒達、竜人族主従(ティオとフィルル)、デビッド達数人の護衛騎士がハジメ達の下へとやって来る。愛子へのおざなりな対応にデビット達が眉を釣り上げるが、ハジメはガン無視、社も意に介さず生徒達と話し始める。

 

「悪い、別に文句があった訳じゃない。唯、お前さんらも避難組と一緒に逃げるもんだと思ってたからな。」

 

「・・・いや、まぁ、愛ちゃん先生には避難してくれって言われたし、正直、今すぐにでも逃げだしたいくらいにはビビってるけどよ。」

 

「愛ちゃん先生が残るって言うのに、私達だけ逃げ出す訳にもいかないでしょ。護衛騎士(アイツら)だけに任せたら、何するか分かんないし。」

 

 微妙に不安げな表情を隠せない玉井と、開き直ったのか男前な事を言う園部。対照的な反応だが、命の危険があるのは2人とも百も承知の筈だ。それでもウルの町に残る事を選んだあたり、彼等彼女等もまた人知れず覚悟を決めたのだろう。一方、そんな生徒達の成長の一因となった愛子はと言うと。

 

「おい、貴様。愛子が・・・自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら貴様の持つアーティファクトやーー「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」ーーうっ・・・承知した・・・。」

 

 ハジメの態度が気に入らず、食ってかかったデビットだったが、愛子に遠回しに〝黙れ〟と言われ、シュンとした様子で口を閉じる。その姿は、まるで飼い主に怒られた忠犬だった。ニッコリと良い笑顔でデビットと周囲の護衛騎士を黙らせた愛子は、改めてハジメに本題を切り出した。

 

「南雲君。黒ローブの男の事ですが・・・。」

 

「正体を確かめたいんだろ?見つけても、殺さないでくれってか?」

 

「・・・はい。ですが、無理にとは言いません。生徒だと確定した訳では無いですしーー「取り敢えず、連れて来てやる」ーーえ?」

 

「黒ローブの人間を、だよ。先生は先生の思う通りにすれば良い。俺もそうしてるからな。」

 

「・・・ありがとうございます、南雲君。助けられてばかりの私が言うのも何ですが、どうか無理だけはしないで下さい。」

 

 ハジメが素直に協力してくれる事に少し驚きながらも、愛子はお礼と共に心配の言葉を掛ける。黒ローブの男の正体を確かめたい気持ちあるが、だからと言ってハジメに危険を冒して欲しくも無い。二律背反であるが、どちらも愛子の嘘偽り無い気持ちだった。

 

「ふむ、そろそろ、良いかな。妾もご主・・・ゴホンッ!お主に話が・・・というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「あ?お前まで何の様だ、ティオ。」

 

「おふっ、こ、こんな風に雑な目線と口調で呼ばれるのも、ハァハァ、新鮮で良いものじゃな・・・。」

 

 愛子の話が終わったのを見計らって、今度はティオが前に進み出てハジメに声をかけた。が、ハジメには話の内容に全く心当たりが無い上に、ティオがマゾヒストに目覚めかけた変態である事はバレている。それ故に、割と雑な対応になってはいるのだが、ティオは寧ろそれが良いと言わんばかりに頬を染めて若干息を荒げていた。

 

「んっ、んんっ!えっとじゃな、お主はこの戦いが終わったら、ウィル坊を送り届けてまた旅に出るのじゃろ?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「うむ、頼みというのはそれでな・・・妾達も同行させてほしーー「断る」ーー・・ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主・・・コホンッ!勿論、タダでとは言わん!これよりお主を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうーーー。」

 

「帰れ。寧ろ土に還れ。」

 

 両手を広げ恍惚の表情で奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見る様な眼差しを向けるとばっさりと切り捨てた。が、ティオはそれにまたゾクゾクしたように体を震わると、頬を薔薇色に染めあげている。黒地に金の刺繍が入った着物を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒す黒髪金眼の美女(ティオ)は、しかし文句の付けようが無い領域(レベル)の変態だった。周囲の者達もドン引きしており、特に竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちた能面の様な顔になっている。

 

「そんな、酷いのじゃ・・・妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに・・・責任とって欲しいのじゃ!」

 

 極一部を除いたほぼ全員の視線が「えっ!?」と言う様にハジメを見る。流石にとんでもない濡れ衣を着せられそうなのを放置する訳にもいかず、ハジメは青筋を浮かべながらティオを睨みつける。が、そんな己を射殺さんばかりの視線も気持ち良さに繋がるのか、ティオはビクンビクンと体を震わせつつ説明を続ける。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で・・・ハァハァ・・・ごくりっ・・・その、ほら、妾強いじゃろ?里でも1、2を争う程でな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられる事も、痛みらしい痛みを感じる事も、今の今まで無かったのじゃ。」

 

「と、本人は言ってますけど。実際のところ、クラルスさんとフマリスさんの本来の強さってどの程度なんです?」

 

「そうですね・・・寄生花に操られていたお嬢様を10とするならば、本来のお嬢様は7から8程度だと思って頂ければ。(わたくし)も同程度で御座います。」

 

 竜人族の事情を省略してポツポツと語るティオを横目に、社はフィルルに竜人族の強さについて聞いていた。やはりと言うべきか、ティオもフィルルも竜人族の中では限り無く上澄みに近い腕前の持ち主らしい。だからこそ、2人だけの行動が許されたのだろう。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳!嫌らしいところばかり責める衝撃!体中が痛みで満たされて・・・ハァハァ。」

 

「あぁ、おいたわしや、お嬢様。大旦那様が見られたら、余りの悲しみに咽び泣く事でしょう。ヨヨヨ。」

 

(嘘くせー、フマリスさん、滅茶苦茶に嘘くせー。この感じだと、クラルスさんが変態化した事も本当に気にしてないみたいだし。クラルスさんを心から敬愛してるのか、それとも()()()()()()()()()()()()()のか・・・。)

 

 1人で盛り上がるティオを見て、悲しそうに両手で顔を覆うフィルル。一見すると、敬愛する主人の変貌に酷く心を痛めている従者(メイド)にしか見えないが、社の〝悪意感知〟はフィルルには一切反応していない。社の経験上、こう言った場合は2パターンしか考えられない。即ち悪意を微塵も抱かない程に好意的か、はたまた()()()()()()()()()()()()()()か、である。

 

(まぁ、俺達に被害無いならいいか。首突っ込む必要も無さそうだしなぁ。)

 

 社がフィルルに感じた違和感を一瞬で投げ捨てた*2一方、彼女達を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかの様な視線をハジメに向けている。然もありなん、客観的に聞けば完全に婦女暴行である。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオに悲痛さが欠片も無いからだろう。寧ろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「・・・・・・つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様無しではダメなのじゃ!」

 

「・・・きめぇ。」

 

 ユエが「嫌なものを見た」と表情を歪ませ、ハジメもドン引きしながら本音を漏らす。ハウリア姉妹も言葉を失って徐々に距離を取り始めており、他の面々も分かりやすく顔を引き攣らせていた。だが、そんな彼等の内心は、直後のティオの発言により全て吹き飛ぶ事になる。

 

「それにのう・・・・・・妾の初めても奪われてしもうたし。」

 

 両手をムッチリした自分のお尻に当てて、恥じらうようにモジモジし始めたティオの口から特大の爆弾が落とされた。その言葉に全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられる。ハジメは頬を引き攣らせながら「そんな事していない」と必死に首を振るが。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ。じゃが、里にはそんな相手おらんしの。敗北して組み伏せられて・・・初めてじゃったのに、いきなりお尻でなんて。しかもあんなに激しく・・・もうお嫁に行けないのじゃ。じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ。」

 

 お尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。騎士達が「こいつやっぱり唯の犯罪者だ!」と言う目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」との発言に戦慄の表情を浮かべる。愛子はまるで世界の終わりを目撃したと言わんばかりに絶望の表情をし、生徒達は信じられない様な、責める様な目でハジメを睨んでいた*3。ユエとハウリア姉妹ですら「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。唯一、頼りになりそうだった社も「嘘は言ってないなぁ」と肩を震わせ必死に笑いを堪えており、迫り来る大群を前にハジメは四面楚歌の状況に追い込まれていた。

 

「お、お前、色々やる事あるだろ?その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか。それから、社は絶対にブン殴ってやるから覚悟しとけよ。」

 

 ユエ達にまで視線を逸らされてしまい、苦し紛れに〝竜人族の調査〟とやらを引き合いに出すハジメ。

 

「うむ、問題無い。ご主人様の傍にいる方が絶対効率良いからの。正に、一石二鳥じゃ。ほら、旅中では色々あるじゃろ?イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ?ちょっと強めでも良いんじゃよ?ご主人様にとって良い事づくしじゃろ?」

 

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ。後、テメェは何時まで笑ってんだ社ォ!」

 

「ウワーハハハハハ!!誤解解くのは後でなぁアハハハハハハ!!」

 

 縋るティオをバッサリ切り捨てつつ、社にツッコミを入れるハジメ。後でじゃなくて今手伝えよ、とハジメは本気で頭を抱えたくなっていた。護衛隊の騎士達はティオの扱いに憤り、女子生徒達は蛆虫を見る目をハジメに向け、男子生徒は複雑ながら異世界の女性と縁のあるハジメに嫉妬し、愛子は涙目になりながらも不純異性交遊について滔々(とうとう)と説教を始める始末だ。そんなカオスな状況が町の危機にも関わらず繰り広げられ、ハジメが「まず社をシバこう」と考えた時、遂にそれは来た。

 

「!・・・来たか。オイ、良い加減、笑うのヤメロ。」

 

「ヒィーッ、わ、悪い悪い。フゥーッ・・・来てくれ、〝(さと)(ふくろう)〟。」

 

 ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向け、眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼鏡〟には〝無人偵察機(オルニス)〟からの映像がはっきりと見えていた。それに釣られる様に呼吸を整えた社も式神を呼び出すと、〝遠見〟を併用する事で魔物達の全容を見定めようとする。

 

 果たして強化された視界に入ったのは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタール*4の様な人型の魔物の他に、体長3、4mはありそうな黒い狼型の魔物、足が6本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、4本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は山で確認した時よりも更に増えているようだ。8万か9万、下手すれば10万に届こうかと言う大群である。

 

 何より特徴的なのが、その魔物の殆どが身体に植物の蔦や花を咲かせていた事だろう。フューレン行きの道中や北の山脈地帯で襲って来たのと同じ、寄生花に汚染された魔物だ。大群の上空にはプテラノドンモドキとでも言うべき飛行型の魔物も複数おり、その中でも一際大きな個体の上には薄らと人影らしき者が見える。恐らくは、黒ローブの男と見て間違い無い。

 

「・・・ハジメ。」

 

「ハジメさん。」

 

 雰囲気の変化から来るべき時が来たと悟るユエとシアが、ハジメに呼びかける。ハジメは視線を2人に戻すと頷き、そして社とアルにも目配せすると、後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで30分ってところだ。数は10万弱。複数の魔物の混成だ。」

 

 魔物の数を聞き、更に増加している事に顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題も無い。予定通り、万一に備えて戦える奴は〝壁際〟で待機させてくれ。まぁ、出番は無いと思うけどな。」

 

「心配するのは分かりますが、先生はドーンと胸を張って構えていて下さいな。あんまり不安そうにしてると、他の人達まで不安が伝染(うつ)っちゃいますよ。」

 

 何の気負いも無く「任せてくれ」と言うハジメと社に、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「分かりました。君達を此処に立たせた先生が言う事では無いかもしれませんが・・・それでも、どうか無事に帰って来て下さい。」

 

「俺達じゃ南雲達の足手纏いにしかならねぇから、キツいとこを任せる事になっちまうけど・・・頼むから無理だけはすんなよ!」

 

「クラスメイトが死ぬなんて、もう懲り懲りだもの。ヤバそうになる前に逃げて来てね!」

 

 愛子はそう言うと、護衛騎士達の「ハジメ達に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」と言う意見に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達もまた、思い思いの言葉をハジメと社に託すと、愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、ハジメ達一行と竜人族主従だけだ。

 

「お前達まで残って良かったのか?竜人族は今回の件とほぼ無関係だろ。」

 

「余り見くびらないで欲しいのぉ、ご主人様。昨夜も言ったが、異なる種族であれど、無辜の民が理不尽に傷付くのを黙って見過ごせる程、我等は乾いてはおらぬのじゃ。出来得る限り、助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし、竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

(わたくし)もお嬢様の従者として恥ずかしく無い様に、微力を尽くさせて頂きます。」

 

 竜人族は教会から半端者と呼ばれている様に、亜人族に分類されながら魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣とまでにはいかないが、適性のある属性に関しては無詠唱で行使できるらしい。

 

「そうか。なら、好きにしな。お前とメイド、火力が高いのはどっちだ?」

 

「む?それなら妾の方じゃが。」

 

「そうか。じゃあ、お前がコレを使え。」

 

 自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは魔晶石の指輪を放り投げる。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様、戦いの前にプロポーズとは・・・。妾、勿論、返事はーーー。」

 

「違ぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。後で絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」

 

「・・・成る程、これが黒歴史。」

 

 思考パターンが変態と同じである事に嫌そうな顔で肩を落とすユエ。ハジメの否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオを極力無視していると、遂に肉眼でも魔物の大群を捉えることが出来るようになった。〝壁際〟に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

「愛子先生に演説でもかましてもらうべきかねぇ。」

 

「いや、それより俺に良い考えがある。」

 

 万が一にも民衆が暴走するのを防ぐべく、愛子の演説を提案する社。だが、ハジメには妙案があるらしく、前に出ると錬成で地面を盛り上げながら即席の演説台を作成した。

 

「何するつもりなんスかね、南雲サン。」

 

「さぁてね。悪い事にはならないと思うけど。」

 

 社達が見守る中、ハジメは壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて住民達を睥睨する。突然自分達を見下ろし始めた白髪眼帯の少年に、住民達も困惑していたが、十数秒もすると全ての視線が演説台の上に集まった。それを確認したハジメはスゥと息を吸い込むと、天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」

 

 いきなり何を言い出すのだ、と隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「何故なら、私達には女神が付いているからだ!そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

 その言葉に皆が口々に「愛子様?」「豊穣の女神様?」と騒つき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子が、ギョッとした様にハジメを見る。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!私達は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいと言う思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせーーー引き金を引いた。

 

 紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数km離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。

 

 ハジメはそのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を次々と駆逐していく。その熱量と怒涛の勢いに、住民達は何一つ言葉を発する事が出来ない。やがて赤い閃光と轟音が鳴り止み、我を取り戻した住民達が空を見やると、そこにはあれだけ居た筈の空の魔物が全て消え去っていた。

 

「「愛子様、万歳!」」

 

 ハジメと、その意図を察した社が、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、呆然としていた民衆達が騒めきを取り戻し、次の瞬間ーーー。

 

「「「「「「愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!」」」」」」

 

 ウルの町に、今までの様な二つ名としてでは無い、本当の女神が誕生した。どうやら不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に希望に目を輝かせ、愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くでは愛子が民衆達に向けて手を振って、中々胴に入った女神っぷりを見せている。よく見ると首から上が真っ赤であるし、緊張からかプルプル震えてもいるが、その辺りはご愛嬌だろう。

 

「アドリブだったし、先生には文句の1つでも言われると思ったんだが。社、何かしたのか?」

 

「あぁ。ハジメが何をしたいのか、何となく分かったからな。演説の途中に〝念話〟でお願いしといたんだよ。〝貴女にしか頼めないんです。この世界の罪無き人達、引いては俺達生徒の為に、どうか一肌脱いで頂けませんか、愛子先生。〟って言ったら一発だった。」

 

「チョロくないか、先生・・・?」

 

 将来、悪い男に騙されないかと若干心配になりつつも、ハジメは再び魔物の大群に向き直った。ハジメがここまで愛子を前面に押し出したのは、住民達が同士討ちを起こさない様に落ち着かせるのも理由の1つであるが、それ以上に愛子の〝豊穣の女神〟としての発言権を強める為だった。

 

 近い将来、教会や国はほぼ確実にハジメ達の敵になる。その時、クラスメイト達〝神の使徒〟が王国からどんな扱いを受けるか分からないが、愛子はきっと生徒達を守ろうとするだろう。その時に、人々が支持する女神としての名声があれば、それは大きな武器となる筈だ。単に国にとって有用な人材と言うだけでなく、教会であっても下手に手出しがしにくくなるだろう。

 

 後は、〝豊穣の女神〟がこれだけ大きな力を持っている、と言う牽制の意味合いもある。悪意を持ち愛子を利用しようとする存在は、この力をみて尻込みするだろうし、そうでない人間も自分達の支持する女神様の(もたら)した力だと思えば、不必要に恐怖や敵意を持たなくなるだろう。要は、色んな意味で愛子に旗印になってもらおう、と言う訳である。

 

「それで、黒ローブの男は何処に落ちた?(わざ)と外して余波でぶっ飛ばしたから、生きているとは思うが。」

 

「見た感じ、群れのど真ん中だろう。今はもう、魔物達に紛れて見えないけどな。」

 

「先生には悪いが、そこまで気を遣う余裕は無い。捕縛はあくまでも無理の無い範囲で、だ。」

 

 背後から町の人々による魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、「何だよ、あいつら結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、黒ローブの男について言及するハジメと社。出来る限り愛子の願いに沿うつもりではあるが、それを理由に仲間達に無理させるつもりも無い。優先順位を変えるつもりは、ハジメにも社にも無かった。

 

「今更なんだが、作戦はどうするんだ?」

 

「兎に角、数を減らすのが最優先だ。戦力の逐次投入は論外、出し惜しみせずに初手で全火力をぶつける。ある程度数を減らした後は、状況に応じて指示を出そう。お前らもそれで良いな!」

 

「・・・ん。」/「了解です!」/「承ったのじゃ。」/「あいよー。」/「了解ッス。」/「承知致しました。」

 

 全員の返事を確認したハジメは〝宝物庫〟から取り出した2門のメツェライ*5を、両肩に担いで前に進み出る。その右隣にはいつも通りユエが、左隣にはハジメが貸し与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立つ。

 

「まさか、アタシと義姉(ネエ)さんが人間族の町を守る為に戦うなんて、人生何が起こるか分かんないもんスねぇ。」

 

「そう言われると、割と激動の人生送ってるね、アルさんは。」

 

「社サン程じゃ無いと思うんスケド???」

 

「意外と皆様、余裕がお有りになるご様子で。頼もしくて何よりですわ。」

 

 ハジメ達の少し後ろで、社達『呪術師』組も静かに準備をしていた。ウルの町へと一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている中で、しかし誰1人として恐怖に揺らぐ様子は無い。全員の準備が終わったのを確認したはハジメは、視線を魔物の大群に戻すと笑みを浮かべて、何の気負いもなく呟いた。

 

「じゃあ、やるか。」

*1
切り出した木材を、川に流して移動させて建てられたとされる為。

*2
ハジメ達には一貫して悪意を向けてないので、本気でどうでも良いと思ってる。

*3
「ティオが操られていた黒竜だった」程度に省略した話しかしてないので、ハジメがお尻にパイルバンカー打ち込んだ件は全く知らない

*4
RPGで言うところのオークやオーガの事。大した知能は持っていないが、群れで行動し〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っている為、一般的には中々の強敵として知られている。

*5
口径30mm、回転式6砲身で毎分12000発もの弾丸を吐き出す電磁加速式機関砲(ガトリング)



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71.3度目

誤字報告してくれた方、ありがとうございました。


「僭越ながら、一番槍は(わたくし)が務めさせて頂きます。」

 

 優雅な膝折礼(カーテシー)を披露して、宣言と共に一歩だけハジメ達の前に出るフィルル。流れる様な所作は実に瀟洒(しょうしゃ)で、ティオに伍する美貌と着こなしたメイド服が合わさると、一瞬、此処が戦場である事を忘れてしまいそうになる。

 

「『術式』起動ーーー〝氾禍浪(はんかろう)〟。」

 

 フィルルから立ち昇る魔力と『呪力』が、反発する事無く溶け合う様に混ざり合った直後。迫り来る魔物達を軽々と飲み込む巨大な津波が発生した。〝氾禍浪(はんかろう)〟ーーー水属性の上級に分類されるこの魔法は、本来であれば10〜20m程の高さの津波を生み出す魔法である。だが、今目の前に広がるのは高さ50m超、幅は何と1kmに届かんばかりの弩級の大津波だ。豊富な水源による強化(ブースト)有りとは言え、この規模は規格外でしかない。

 

 突如目の前に現れた大災害に、魔物達は成す術が無い。叩き付けられる水量の暴力が、平等に分け隔て無く全てを飲み込み尽くす。土煙を立てて濁流の如くウルの町へと進軍していた魔物達が、自らの命運ごと洗い流されていく。初手としては上々過ぎる成果だが、これで終わりではない。此処からがフィルル・フマリスと言う『呪術師』の本領である。

 

 グギャアァァアアア!?

 ギィイィッ!!

 ルゥオオオ!?!?!?

 

 最前線に居なかったから。他の魔物を盾に出来たから。防御力に秀でていたから。魔法や水に耐性があったから。或いは偶々、運良く直撃しなかったから。様々な要因で津波をやり過ごせた魔物達が、死んだ同胞の亡骸を踏み越えて再び進軍しようとした瞬間、苦痛に満ちた絶叫を上げ始めた。よく見ると、そこかしこで魔物の身体がジュウジュウと音を立てて溶け崩れている。余りの痛みなのか、溶けた箇所を手や口で千切ろうとする魔物も居る程だ。

 

「ウッッッソだろマジかよ凄いなフマリスさんちょっと今のどうやったんですもう1回やってみせてくれません!?!?!?」

 

「あ、あらあら?今までに無いくらいの食い付きっぷりで御座いますね。従者(メイド)、ちょっと予想外ですわ。」

 

 社の豹変とも呼べる反応の良さに、目をパチクリさせて困惑するフィルル。魔物達が苦しんでいるのは、十中八九フィルルが持つ『毒』の『術式』の効果だろう。だが、社の目にはフィルルが魔法と『術式』を同時に発動したのでは無く、魔法と『術式』を融合した様に映ったのだ。技能と『術式』の併用なら可能だが、両者を混ぜて使うのは社にもアルにも不可能だ。勿論、フィルルの『術式』が特別な可能性もあるが・・・。

 

「気になんのは分かるが、今はそれどころじゃ無いだろうが。」

 

「・・・・・・・・・・そうだな。」

 

 ハジメに嗜められて我を取り戻した社だが、その表情は見るからに未練たっぷりだ。然もありなん、社にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるのだ。黙って見過ごせと言う方が難しかった。

 

「珍しいッスね、社サンが取り乱すの。」

 

「いやいやアルさん、忘れがちかもだけど俺も人間だからね?それと、失礼しましたフマリスさん。少し興奮しちゃいました。」

 

「いいえ、お気になさらず。それよりも、皆様お気をつけ下さい。寄生花に完全に支配された場合、2()()()()()()()()()()()()可能性が出てきました。」

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

 フィルルの言葉に、その場に居た全員が驚愕を露わにする。そのまま誰かに先を促されるより早く、フィルルは己の所感を話し始める。

 

(わたくし)の『毒』は、効果の底上げに『寄生花以外には効かない』『縛り』を課しています。ですので、本来ならば寄生された宿主には無害なのです。ですが現実として、(わたくし)の『毒』は魔物達にも効いている様子。つまりーーー。」

 

「〝寄生された魔物達も寄生花と見做されている〟。クラルスさんが操られていた時みたいに意識が残らず、完全に乗っ取られてるって訳ですか。そしてそれは、寄生花を除去しても戻らない、と。」

 

「恐らくは。」

 

 フィルルの簡潔な説明に溜息を漏らす社。寄生花の仕様がこの短期間で変わったのか、それとも寄生された時間や宿主の強さによって変わるのか。条件までは分からないが、少なくともティオを助けられたのは運が良かったのだろう。本人も理解しているらしく、ティオの顔色は心なしか青白くなっていた。

 

「安心しろ、もう対策は準備済みだ。後でちゃんと渡してやるから、今はなるだけ数を減らす事を考えろ。」

 

 動揺したティオを見兼ねたーーーかは定かでは無いが、何時もと変わらぬ調子で答えたのはハジメだ。2門のメツェライを構え魔物達を見据える姿は、欠片の恐怖も抱いていない。自信と自負に溢れる背中は、何よりも雄弁に皆の心を鼓舞していた。

 

「・・・くふふ、良い男子(おのこ)じゃのう、ご主人様は。」

 

「でしょう?自慢の親友なんですよ、アイツ。」

 

「・・・私は、そんなところにも惚れてる。」

 

「さり気無く優しいのも、ハジメさんの良いところですよねぇ。」

 

「オラ、何時までお喋りしてんだよ!さっさと動けや!」

 

「・・・照れてる。」/「照れてますね!」/「照れてるのぅ。」/「やーい、照れてやんのー。」/「照れてるッスねぇ。」/「照れておりますね。」

 

「何で!こんな時だけ!!綺麗に一致団結するんだよお前らは!!!」

 

 打ち合わせたかの様な揃ったリアクションをされ、声を張り上げるハジメ。緊張感が無いにも程があるが、長期戦になるのは確実なので固くなり過ぎるのも問題だ。そう考れば、此処で緊張を解せたのは決して悪い事では無い。そう思わなきゃやってられない、と言うのもハジメの紛れも無い本音であったが。

 

「魔法使える奴らは全員準備!ふざけた真似した奴から、先に蜂の巣にするからな!」

 

 ハジメの飛ばした檄に応える様に、各々が戦う準備を整えた。先程までの緩い空気は吹き飛び、残るは高まった戦意のみ。今此処に、7対9万と言う有り得ない数差の防衛戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

「なんて気合入れたのは良いんだけど、俺達の出番はまだ先なんだよなぁ。」

 

「アタシらの得意な戦闘距離(レンジ)、大体近距離ッスからねぇ。」

 

 城壁に腰掛けながら、のんびりと世間話をする社とアル。凄まじい場違い感が隠せていないが、今の段階で2人に出来る事はほぼ無い。アルの言葉通り、遠距離攻撃と範囲攻撃の手段に乏しいから、と言うのが1つ。そしてもう1つがーーー。

 

 ドゥルルルルルルルルル!!!

 ドゥルルルルルルルルル!!!

 

「ヤベーッス、南雲サン、マージでヤベーッス。語彙力が死に絶える程にヤベーんですケド。え?あの人がアタシの義姉(アネ)の旦那さん候補(仮)ってマ???」

 

「HAHAHA、見ろぉ、魔物共がゴミの様だぁ!・・・本当に、ゴミの様に死んでいくんだよなぁ。」

 

 W(ダブル)メツェライの発砲音と魔物達の悲鳴の二重奏(デュオ)を聞きながら、魔物達が跡形も無く消し飛んでいく様を見て、何処か遠い目をして呆れた様に呟く社とアル。この2人が戦場に打って出ない最大の理由は、他の面子の攻撃に巻き込まれるのを防ぐ為であった。

 

「いや、他の人らも大概ヤベーんですケド、南雲サンだけ頭1つ抜けてません?あのメツェライもそうッスケド、義姉(ネエ)サンに渡したオルカンとか言うのもヤバヤバじゃないッスか。南雲サンは国と戦争でもする気なんスか?」

 

「重火器に関してはハジメの好みだろうなぁ。思わず浪漫が溢れたと言うか、趣味と実益を兼ねているのは確かだろうけど。」

 

 社とアルが話している間にも、魔物達は次々と命を散らせて逝く。ハジメが持つ2門のメツェライは、毎分12000発もの弾丸を吐き出すと魔物達を肉片を通り越して血煙へと変えていき、その隣ではオルカンを担いだシアがありったけのロケットランチャーと焼夷弾*1を撃ち込んでいる。圧倒的なまでの火力は魔物達にとっては絶望そのものであり、瞬く間に屍山血河が築き上げられていく。

 

 シアの左隣では、ティオが突き出された両手の先から黒い極光を放っている。竜化状態でも放たれていた息吹(ブレス)と同一のソレは、射線上の一切を瞬く間に消滅させる。ティオはそのまま腕を水平に動かすと、漆黒の砲撃で凡ゆる障害を薙ぎ払っていく。フィルルも同じ様に息吹(ブレス)を放っており、ティオ程の威力は無いものの片端から魔物が溶かされている為、十二分な戦果を上げていた。

 

「ワーオ、竜人族の人らも負けず劣らず火力ハンパ無いッスねぇ。・・・ところで、ユエサンは何するつもりなんスかね?イヤ、魔力をあんだけ練り上げてるンスから、並大抵の魔法じゃないんでしょうケド。何か聞いてないンスか?」

 

「いいや?多分、重力魔法を使うとは思うんだけど。ユエさん、意外とお茶目と言うか、サプライズ好きだからねぇ。きっとハジメにも内緒なんじゃないかな。」

 

「サプライズには物騒過ぎないッスか?」

 

 皆が攻撃を開始する中で、ハジメの右に陣取るユエは未だ瞑目したまま静かに佇んでいた。高まる魔力からして尋常では無い魔法を使おうとしているのは分かるが、社やアルには心当たりが無い。そうしている間に、右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、逃げ場を求める様に集まると右翼から攻め込もうと流れ出す。我先にと密集して突進して来る魔物達とウルの町との距離が、遂に500mを切った瞬間。ユエはスっと目を開くと徐に右手を掲げ、魔法名(トリガー)を呟いた。

 

「〝壊劫(えこう)〟」

 

 それは、世界の法則(ルール)に干渉する力。ミレディ・ライセンより授けられた〝星に宿る力〟を手繰る魔法。7つある神代魔法が1つ〝重力魔法〟が、歴代最強と名高い吸血姫によって、その一端を顕にする。

 

 ユエの詠唱と同時に魔物の頭上に渦巻く闇色の球体が出現する。が、球体(ソレ)は直ぐに薄く薄く引き伸ばされると、そのまま魔物達の頭上で500m程の立方体を形造る。太陽の光を遮る様に広がった闇色の天井は、一瞬の間の後で眼下の魔物達目掛けて一気に落下しーーー大地ごと魔物を陥没させた。

 

 右翼に殺到していた魔物達は何が起きたのか理解する暇も無く、均等に押し潰されると地の底で大地の染みとなった。術の境界線上にいた魔物達も、体を寸断されて臓物を撒き散らし死に絶えてゆく。たった一撃で、二千もの数の命が文字通り磨り潰された。更に後続の魔物達が次々と巨大な穴の中へと転落していき、上から降ってくる同族に潰されて圧死していく。端的に言って地獄絵図である。

 

「ユエさんってば〝雷龍(バオウ)〟だけじゃ飽き足らず、バベ◯ガ・グラ◯トンまで!?スゲー!!!」

 

「な、何でそんなお目目キラキラではしゃいでるンスか?南雲サンと言い、不思議なトコにスイッチあるッスね、社サン・・・?」

 

 思いも寄らぬ大技に社が少年の心を刺激される間も、魔物達への攻勢は止まらない。ドミノ倒しの如く数千体の魔物が大穴に落ちたのを確認したユエは、魔晶石から取り出した魔力を使って再び重力に干渉。魔物の死体の上に更に魔物の死体を積み上げていく。

 

 息吹(ブレス)を打ち尽くしたティオも、指に嵌めた魔晶石の指輪にキスを落とすと魔力を補充して再び迎撃に移る。担当範囲の魔物を粗方片付けたからか、今度は息吹(ブレス)では無く数十mの火炎の竜巻を呼び出しており、哀れにも巻き上げられた魔物達は、地面に叩き付けられる前に灰燼と化している。高熱で赤く揺らぐ竜巻は、ある種幻想的な姿のままで存分に戦場を蹂躙していた。

 

 大地に吹く風が戦場から生臭い血の匂いを町へと運んでいく。それは本来なら忌避されるべき死の匂いではあるが、それを塗り潰す程に町の人々は湧き上がっていた。現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟もそうだが、何よりも自分達の町が守り切れるかも知れない、と希望が見えてきたからだ。

 

「それで、話は変わるンスケド。さっきメイドサンの力に食い付いてたのって、お嫁サン関連ッスか?」

 

「・・・・・・俺ってそんなに分かりやすかった?」

 

「それもあるッスケド。社サンがあれだけ取り乱すとなると、あの場ではお嫁サンの事くらいしか無いかなぁ、と。」

 

 背後からの歓声をBGMに屠殺場と化した戦場を眺めながら、社は気まずそうに目を逸らす。アルの言葉が完璧に図星を突いていたからだ。目を泳がせながらどうにか誤魔化そうと考える社だったが、アルの無言の圧力(ジト目)に根負けすると、渋々と言った様子で白状する。

 

「バレてるんなら、俺もぶっちゃけちゃうけどさ。今のままだと■■ちゃんの『呪い』、解くのに滅茶苦茶時間かかりそうなんだよね。」

 

「そうなんスか?どの程度かかる見積もりで?」

 

「正確には分からない。でも、10年近く刀に『呪い』を移し続けているのに、一向に底が見えないからね。どう少なく見積もっても、最低でもう10年はかかるんじゃ無いかな。」

 

「・・・・・・・・・マジッスか。」

 

 サラッと返された内容が、想定以上に重かった事に思わず絶句するアル。■■が取り憑いてから今現在に至るまで、社は毎日欠かさず刀に『呪い』を移してきた*2。にも関わらず、未だに■■の『呪い』は全容すら掴めないのだ。無論、諦めるつもりなど毛頭無いが、埒が明かないのも事実。だからこそ社は『呪術』以外の可能性にも目を向けようとしていた。

 

「恐らくだけど、フマリスさんは魔法と『呪術』を掛け合わせて発動している。多分、そう言う系統の技能持ちなんだとは思うんだけど・・・。」

 

「社サンに真似出来るかは兎も角、解呪のヒントとか取っ掛かりだけでも良いから欲しかった訳ッスか。」

 

「ピンポーン。ハジメには速攻でバレて窘められちゃったけどね。」

 

 この世界に住む多くの生命が持つ〝魔力〟、そして固有の異能とも呼べる〝魔法〟を見た時から、社はずっとその2つをどうにか解呪へ転用出来ないかと考えていた。〝魔力〟と『呪力』ーーー性質に法則(ルール)、操作や運用方法も異なる2つの異能の掛け合わせ。一見すると無理難題も良いとこだが、社は異世界(トータス)に来た早い段階で糸口を見つけていた。

 

「アルさんは俺の式神の〝反魂蝶〟って覚えてる?」

 

「白い蝶のやつッスよね?確か『呪力』とかを吸収したり、受け渡したり出来る。」

 

「その通り。で、この〝反魂蝶〟、魔力を対象に出来る様になったのはこの世界に来てからなんだ。最初は〝反魂蝶〟が特別なだけと考えもしたんだけど、アルさんの『腹飲呪法』を見て確信した。『術式』の種類に依らず魔力に直接干渉が出来るなら、その逆ーーー魔法による『術式』や『呪力』へと直接干渉する方法もあり得ると。」

 

 社の〝反魂蝶〟やアルの『腹飲呪法』の様にピンポイントで魔力も対象に出来る『術式』がある以上、魔法や技能に『呪術』のみを対象としたものがあっても何ら不思議では無いだろう。魔法の応用力や汎用性も考えれば、『呪術』全般に対する特効(メタ)持ちの魔法だってあるかも知れない。もし、それを知る事が出来たのならば、或いは■■の解放も夢では無くなるのだ。

 

「・・・だからフマリスさんにやり方とか詳しく聞きたかったんだけどなぁ〜〜〜でもなぁ、今はそんな場合じゃ無いからなぁ〜〜〜・・・。クッソ、魔人族め、余計な事しやがって。下手人は絶対にブチのめしてやる。」

 

「なんかもう清々しい程に100%私怨ッスね。」

 

 頭を抱えて身を捩りながらブツブツと恨み言を溢す社。魔人族側からすれば言い掛かり甚だしいが、人間族の町に攻め込んで来ているのは事実なので自業自得だろう。

 

「何をそんなクネクネしてるんだ、お前は。」

 

「ん?ハジメーーーうおっ、メツェライが煙吹いとる。ブッ壊れたか?」

 

「冷却が間に合って無いだけだ。流石に撃ち過ぎた、暫くは使えない。」

 

 プスプスと白煙を上げる2門のメツェライを〝宝物庫〟に戻しながら、二丁の拳銃(ドンナー&シュラーク)を手に取るハジメ。仮にメツェライにガタが来ても修復は可能だが、モノがモノだけに精密作業になる。今この場でそんな事してる暇がある訳も無く、攻撃方法を切り替えるのは妥当と言える。

 

「むぅ、妾はここまでの様じゃ・・・もう、火球1つ出せん・・・すまぬ。」

 

「申し訳ございません。残念ながら、(わたくし)もここまでの様です。」

 

 と、ここに来て遂にティオとフィルルの2人が魔力枯渇でダウンする。10万近い魔物達を相手取った代償としては当然であり、寧ろこの程度で済んでいるのは破格と言って良いだろう。特にティオの顔色は青を通り越して白くなっており、魔晶石の魔力と共に自身の魔力も枯れ果てるまでに絞り尽くしたのが見て取れる。名も知らず種族すら異なる他人を守る為に死力を尽くした姿は、「竜人族は誇り高い」と確かな敬意を抱かせる程の高潔さに満ちていた。

 

「・・・十分だ。変態にしてはやるじゃねぇの。後は任せてそのまま寝てろ。」

 

「ご主人様が優しい・・・罵ってくれるかと思ったのじゃが。いや、でもアメの後にはムチが・・・期待しても?」

 

「そのまま死ね。」

 

 血の気の引いた死人のような顔色で、ハジメの言葉にゾクゾクと身を震わせるティオ。苦労が報われたと言わんばかりの満ち足りた表情は、ティオの献身と高潔さの全てを無に帰していた。色々と台無しである。ハジメは「嫌なものを見た」と舌打ちしながら魔物の群れに視線を戻す。

 

「ティオ達も燃費切れだし、そろそろ攻め方を変えたいーーーと言いたいところだが。流石にまだ数は残ってるか。」

 

「大分減らせはしたんだがなぁ。つーか、この感じだと、ほぼ全ての魔物が操られてるな?」

 

 ハジメ達の尽力の甲斐あって、魔物達の数は既に半分以下にまで数を減らしていた。その数、実に3万弱と言ったところか。最初の大群を思えば壊滅状態と言って良い程の被害だが、魔物達は犠牲を省みる事無く猪突猛進を繰り返していた。恐らく、ほぼ全ての魔物を寄生花によって支配しているのだろう。

 

「これが群れの親玉だけを寄生花で支配しているとかなら、ソイツだけ始末すれば良かったんだろうが。そう甘くは無いか。」

 

「チッ、面倒だな。ユエ、魔力残量は?」

 

「・・・ん、残り魔晶石2個分くらい・・・重力魔法の消費が予想以上。要練習。」

 

「充分過ぎないッスか?戦略兵器でも目指してるので???」

 

 微妙に不満気な表情で答えたユエに対して、心底不思議そうにツッコむアル。ユエ単独で2万以上の魔物を処理している為、貢献度で言えばぶっち切りのトップであるのだが、ユエ的には満足いかないらしい。頼もしすぎる恋人に苦笑しつつもハジメは〝宝物庫〟を発動。中からある物を取り出すと、この場にいる全員に配った。

 

「腕輪とマスク、ですか?」

 

「・・・もしかして、これが寄生花対策?」

 

「正解だ、ユエ。マスクの方には〝毒耐性〟が、腕輪の方には〝纏雷〟が付与してある。」

 

 シアとユエの疑問に答えながら、新たなアーティファクトの説明をするハジメ。元々、オルクス大迷宮でユエがアルラウネモドキに操られた経験から、ハジメは毒に対する対抗策を幾つか準備していた。マスクと腕輪も、その対策として発案されたアーティファクトである。

 

「俺達は以前、寄生花と似た様な魔物(アルラウネモドキ)と戦ったが、そいつは毒の胞子を吸わせた対象を操る能力を持っていた。寄生花も同じ様な能力を持っているかは分からないが、念には念を入れて着けておけ。」

 

「成る程〜。それで、こっちの腕輪はどう使うんです?〝纏雷〟って、ハジメさんが良くレールガンに使ってるやつですよね?」

 

「こっちは寄生花が種を植え付けるタイプだった時の保険だ。避けるのが1番だが、もし万が一食らったら〝纏雷〟で焼け。多少痺れるだろうが、ティオみたいに支配されるよりはマシだろう。」

 

 ティオが寄生花に支配されたのは、黒ローブの男達に直接寄生花の種を埋め込まれたからだ。あの時はティオが黒竜の姿で眠っており無抵抗だったのが、寄生を許した最大の要因だろう。戦闘中にそんな隙を晒すハジメ達では無いが、対策は1つでも多いに越した事は無い。寄生され支配されれば、その時点で終わる可能性もあるのだから。

 

「さて、これから俺達は魔物共を直接叩きに行く。竜人族主従(コンビ)は休んでろ。ユエは此処で援護を頼む。俺、社、ハウリア姉妹で前線にーー「ちょい待ち、ハジメ。」ーーあん?」

 

 男子2名を除く全員*3がアーティファクトを着けた事を確認したハジメが、改めて作戦を伝えようとしたところで社の待ったが入る。

 

「俺達で突貫する前に、ちょっとやりたい事がある。と言っても、■■ちゃんを呼び出して魔物共を迎撃してもらうってだけなんだが。」

 

「「「「!」」」」

 

「「?」」

 

「・・・・・・反対だ、危険過ぎる。第一、お前とそれ以外の区別すらつかないんじゃなかったのか。」

 

 事情を知らない竜人族主従(ティオとフィルル)以外の間で驚愕と緊張が広がる中、いち早く反応したのはハジメだった。ハジメとて、■■の召喚を考えなかった訳では無い。彼女の力なら、群れるだけの烏合の衆など容易く蹂躙出来るだろう。が、様々な意味で余りにもリスキー過ぎるのだ。ともすれば、■■は目の前の魔物の大群よりも手に余る可能性があるのだから。

 

「その点については大丈夫だ。時間制限付きだが何とかなりそうでな。幾ら減らしたって言っても、流石にこの数を真っ向から蹴散らすのは辛いだろ?だったら、俺達に任せるのも1つの手だろ。」

 

「・・・・・・無茶はしない、と約束出来るか。」

 

「■■ちゃんに誓って、必ず。」

 

「余計に信用できなくなったが・・・そこまで言うなら任せる。ヤバそうなら、力づくで止めるからな。ーーー全員、社から離れろ!」

 

 苦渋の決断と言った様子で社から離れるハジメ達。社が信頼出来る事と、■■が信頼出来る事はまた別だ。それでも止めなかったのは、社の意見が一理あった事、そしてどれだけ得体が知れなくても、■■が社を悲しませる様な事はしないだろう、と言う信用があったからだ。

 

「ーーー『闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え』。」

 

 ハジメ達が離れたのを確認した社は、自分の周囲に『(とばり)』を降ろす。半径2m程のごく小さい『帳』は、■■の気配や『呪力』を外に漏らさない事を目的として張られた結界である。その中で社は〝影鰐(かげわに)〟を呼び出すと、影の中から指輪と刀を取り出した。

 

「やぁ、■■ちゃん。今日はまた■■ちゃんにお願いがあるんだけど、大丈夫?」

 

「モチロン、イイヨォ。ヤシロノオネガイナラ、ナァンデモカナエテアゲルゥ。」

 

 指輪を嵌めた社が語りかけると同時、虚空より■■が出現する。未だ不完全な顕現であり、まるで立体的な影絵の様な姿ではあるが、悍ましい雰囲気と異質過ぎる『呪力』は完全顕現時と何ら遜色が無い。にも関わらず、社は壊れ物を扱う様な優しい手付きで■■を撫でると、心底愛おしそうな声でお願いをする。

 

「ありがとう、■■ちゃん。それで、お願いっていうのがーーー。」

 

 

 

 

 

「・・・・・・意外と、遅い?」

 

「まだ5分も経っておらぬがのぅ。直ぐには戻って来ぬか。」

 

 社が張った『帳』の外で、そう呟いたのはユエとティオである。現在、城壁の上に居るのは、社を除けばユエとティオ、フィルルの3名だけだ。ハジメとハウリア姉妹(シアとアル)は、時間稼ぎも兼ねて既に魔物達へと打って出ている。

 

「しかし、宮守様は何をなさるおつもりなのでしょう。この『帳』も、内部を見せない事に特化させている様ですが。」

 

「・・・社にも色々ある。今は、気にしなくても良い。」

 

「ふぅむ。なら、大人しく待つとーー「唯・・・。」ーーむ?」

 

「・・・中から何が出て来ようとも、攻撃しちゃダメ。例え、何であろうとも・・・絶対に。」

 

「「?」」

 

 強く念を押すユエに、顔を見合わせるティオとフィルル。要領を得ない答えだが、ユエの酷く真剣な様子を見るに余程大切な事なのだろう、と辺りを付けた2人は黙って従うと決める。と、その直後、『帳』の中から社の声が響いた。

 

「ごめん、待たせた。今はどんな状況?」

 

「・・・ハジメとシアとアルは、時間稼ぎに前線(まえ)で魔物の相手を。私と、竜人族の2人は此処に待機。」

 

「その声はユエさんか、了解。今から外にでるから。少しだけ離れてて。」

 

「・・・分かった。2人も、こっちに。」

 

 社が言うが早いが、ユエは即座に『帳』から離れる。ティオとフィルルもまた、ユエに促されると『帳』から距離を取った。依然として『帳』の内部が観測出来ぬまま、十数秒が経過する。そして。

 

 

 ーーー公式記録

 

 

「さぁ、行こう。■■ちゃん。」

 

 

 ーーーウルの町 郊外 未明

 

 

「ウン、イッショニ、イコウ。」

 

 

〝豊穣の女神〟と〝女神の剣〟による、後世に於いては〝ウルの町防衛戦〟と語られる戦いにて。観測史上初、非公式であれば、都合、3度目となるーーー

 

 

 

 

特級過呪怨霊 ■■■■(ヒイラギアイ)

 

完 全 顕 現

 

 

 

 

 

 異世界(トータス)に来てから、三度。史上最強最悪の特級過呪怨霊が再び姿を現した。

*1
焼夷手榴弾と同じく、フラム鉱石から抽出した摂氏3000度の燃え続けるタール状の液体が、豪雨の如く降り注ぐ代物。相手は死ぬ。

*2
『呪い』は無機物に宿る時が1番安定する為。

*3
当然ながら、ハジメも社も〝毒耐性〟と〝纏雷〟を取得済みの為。



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72.降臨

「こ、れは・・・なんとーーー。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 社と共に現れた■■(異形)を前に、言葉を失うティオとフィルル。ユエから念押しされ覚悟はしていたが、予想を遥かに上回る圧倒的な『呪力』と悍ましい気配は、歴戦の竜人族でさえ硬直させていた。最も、無闇に取り乱しもせずに、「攻撃するな」と言うユエの言いつけを守れている事こそが、皮肉にも2人の実力の高さを証明しているのだが。一方、そんな竜人主従を他所に、社は背後を見やると満足気に頷く。

 

「・・・うん。ちゃんと隠せてるみたいだ。後はーーーと、その前に。■■ちゃん、俺の友人達を呼んでくれないかな。」

 

「ハァーイ。」

 

 パン パン パン

 

「うおっ!?」/んぶべぇっ!?」/「キャッ!?」

 

 ■■が裏拍手*1をした途端、前線で魔物達の足止めをしていた筈のハジメ達が、突如、城壁の上に現れた。突然の事に動揺したのも束の間、社と■■が居るのを見たハジメは、大きな溜息を吐くと構えていたドンナーを下げる。

 

「本当に何でもありだな、お前の婚約者(フィアンセ)は。後ろの民衆が騒いでいないのも、何か絡繰(カラクリ)があるな?」

 

「相変わらず良く見てるよなぁ、ハジメは。■■ちゃんには〝かくれんぼ〟してもらってる。折角広めた〝豊穣の女神〟様の名が傷付くのは、流石に不味いだろ。」

 

 社の言う通り、■■の持つ雰囲気や力は凡そ健常とは言い難い。どれだけ社本人が気にしていなかろうと、それを他者に強要できる筈も無く。愛子に迷惑をかけないためにも、社は■■にウルの町の住人から隠れてもらう様に頼んだのだ。

 

「無事に婚約者(フィアンセ)さんを呼べて何よりです社さん!それはそれとして、婚約者(フィアンセ)さんにもう少し優しく運んでくれる様に頼んでくれませんか!私、頭から地面にダイブして地味に痛かったんですぅ!ハジメさん、可哀そうな私を優しく慰めて下さい!」

 

「嫌だ。」

 

「一言でバッサリ!?潰れたカエルみたいな声出しちゃった女の子は嫌ですか!?アルみたいにキャッ!?て可愛い乙女みたいなニャンニャン声出せば良かったんですかチクショウですぅ!」

 

「何で今アタシまで刺したの義姉(ネエ)サン!!!」

 

「・・・これ、妾達がおかしいのかのぅ、フィー?」

 

「・・・どうでしょう・・・?」

 

 俄かに騒がしくなるハジメ達を見て、ポカンとしてしまうティオとフィルル。数百と余年もの長きに渡り生きてきたティオ達をして、■■の存在は異質に過ぎる。にも関わらず、ギャイギャイと騒いでいるハウリア姉妹を始めとして、その場に居る誰もが■■の事を気にしている様には見えないのだ。

 

「クラルスさんにフマリスさん、驚かせてすみませんね。時間も無いので説明は省きますが、彼女は味方なので気にしないで下さいね。」

 

「・・・ふむ、あい分かった。フィーも良いな?」

 

「承知致しました。」

 

 社の端的と言うには端折りすぎた説明に、何も聞かずに引き下がるティオとフィルル。理解も納得も殆ど出来ていないだろうに、それでも何も言わずに黙っていてくれるのは、彼女達も竜人族と言う秘密を抱えているからか、或いは単にお人好しなだけか。何方にせよ有難い、と社は内心で礼を言いつつ、再び■■に向き直る。

 

「それじゃあ、■■ちゃん。〝かくれんぼ〟の続きだ。向こうに隠れている人間が何処にいるか、教えてくれないかな。」

 

「イイヨォ。」

 

 リィィィーーー・・・ン

 

 ■■からーーーより厳密に言えば■■の喉元から、澄み渡る様な鈴の音が鳴り響く。静かで物寂しげで、染み入る様に耳に残る音色は、それでいて迫る魔物の軍勢に掻き消される事無く、確かに戦場に響き渡る。

 

「ミィツケタ。アソコニイルヨ。」

 

「流石は■■ちゃん。ハジメ。」

 

「もう飛ばしてる。ーーー居た。1人だけだが、黒ローブの男だ。」

 

 ■■が魔物の軍勢の一角に向けて指を差すと、そこにマーカーの如く赤い線が地面と垂直になる様に立ち上がる。意図を察したハジメが直ぐ様〝無人偵察機(オルニス)〟を飛ばすと、赤い線の真下には下手人であろう黒ローブの男が居た。男にも赤い線は見えているらしく、マーカーに向けて風属性らしき魔法を放ってはいるものの、全く消える様子が無い。

 

「後、30秒位か。寂しいけれど、最後のお願いを頼めるかい?」

 

「ウン、マカセテェ。」

 

 ゴゥッ!!

 

 名残惜しさを隠さない社の言葉に応える様に、■■の身体から莫大な量の『呪力』が吹き出す。余りにも歪で悍ましい、ともすれば冒涜的なまでの『呪力』は、しかし社の願いによって周囲の人間には一切影響を及ぼさない。

 

 社が■■に望んだ願いは3つ。1つ、「ウルの町の住民に■■の気配を悟られない様にする事」。2つ、「魔物の軍勢側に居る人間を探し出す事」。そして、本命たる3つ目が「眼前の魔物達を全力で迎撃する事」。ランプの魔神と言い表すには余りにも邪悪過ぎる特級過呪怨霊(かいぶつ)が、唯1人の為だけに持ち得る全てを吐き出さんとする。

 

「ヤシロガキライナラ、ワタシモキラァイ。ソンナモノ、ゼェンブ、イナクナレバイイヨネェ。」

 

 無邪気な殺意が魔物達に向けられたと同時、■■の『呪力』が何かを形作る様に集まっていく。最初は半透明のボヤけた(もや)でしかなかった『呪力』の集合体は、しかし直ぐ様輪郭を伴って色付いていくと、確かな実体を持つ()()へと変化する。

 

「・・・・・・オイオイ、冗談キツくないか。」

 

 引き攣った笑みを浮かべながら唖然とするハジメ。他の面々も似た様なもので、目の前に広がる光景に言葉を失っている。■■の『呪力』によって創り出された物が、全く理解出来ないーーー否。寧ろ、ハジメ達は良く理解出来ているからこそ、一層信じ難いと感じていた。

 

 ーーーゴォガァアアア!!!

 

 雷鳴を咆哮代わりに空へと現れたのは、5()()()()()〟。ユエが発動するのと何ら遜色の無い〝雷龍(ソレ)〟は、しかし纏った『呪力』によって漆黒に塗り潰されていた。その真下には20m級の魔法陣が10門発生し、そこから半透明のーーー恐らくは竜化したティオを模した頭部が出現。更にその下、ハジメ達が居る城門の上には、迎撃兵器よろしく都合20門ものメツェライが起動状態で現れる。

 

「ヤシロノジャマシチャダメダヨォ。ミィンナ、キエチャエ。」

 

 子供らしい一途さと残酷さが入り混じった死刑宣告と共に、魔物達にとっての地獄が再現された。

 

 

 

 

 

(・・・有り得ねぇ。どんな『術式』なら、こんな真似が出来るんだ。)

 

 一方的過ぎる殲滅戦ーーー最早、戦いとすら呼べぬ虐殺を前に、目付きを鋭くするハジメ。黒い〝雷龍〟達は大きく顎門を開くと片っ端から魔物達を飲み込み、纏う雷の余波で大地ごと周囲を焼き尽している。魔法陣から現れた竜は口元に魔力を溜めると、代わる代わる息吹(ブレス)を撃ち込んでは射線上の魔物を蒸発させていく。運良く城門近くまで近付けたものも、自動で動く20門のメツェライによって悉くが処理されてしまう。天災どころの話では無い、世界の終わりか、はたまた終末すら想起させる光景だった。

 

(百歩譲って魔法を再現出来るのは良い。物質を0から創り出せるのも、ぶっ飛んでやがるがまだ良い。だが、何で()()()()()()()()()()()()()()()!?何で魔法が『呪力』を纏っている!?何で『模倣(コピー)』が本物(オリジナル)の出力を超えている!?)

 

 ■■の圧倒的な力を目の当たりにして、ハジメの思考の冷静な部分がけたたましく警鐘を鳴らしていた。■■の持つ『術式』が単なる『模倣(コピー)』で無い事は、社もハジメも理解していたつもりだった。断言は出来ずとも「条件付きで『模倣(コピー)』も出来る『術式』である」と予想もしていた。だが、それは全くもって甘い見積もりだったと思わざるを得ない。それ程までに、今の■■の力は他と隔絶したものだった。

 

(さっき社は「後、30秒位」っつってたから、時間制限有り、その後も暫く呼び出せないって『縛り』辺りは結んでそうだが・・・それにしたって無法過ぎる!出力も範囲も桁違いだろ!?)

 

 通常、社が■■を呼び出す場合、少なくとも()()()()()()()()()代償は発生しない。その代わりと言っては何だが、呼び出された■■は社以外の個人の区別が付かず、何より社を第一に考えていた為に言う事を聞いてくれない場合があった。だが、今回の完全顕現では、それらのデメリット*2を丸ごと無視しているのだ。どう考えても『縛り』と効果が釣り合っていない。

 

(そもそもの話、『縛り』の1つや2つ課したところで、こんな無茶苦茶をいきなり出来る様になる訳がーーーいや、まさか・・・『縛り』の健常化が原因か!?)

 

 ハジメの脳裏で閃いたのは、社と■■が結んでいる『縛り』が健常化した事だった。オルクス大迷宮の最深部にて最後の番人たるヒュドラと戦った際、社は■■の生得領域らしき場所で再び『縛り』を結び直した。その結果、社は〝憑依装殻〟を獲得、辛くもヒュドラを撃退するに至ったのだ。あの戦いは間違い無く死闘と呼べるものであり、手段を選んでいる余裕も無かったが・・・。

 

(『縛り』の健常化が原因なら、俺達が思っている以上に社は無茶苦茶な『縛り』を結んでいる。それこそ、自分の命すら懸けている可能性も十分に有り得る。・・・何で、(コイツ)婚約者(フィアンセ)はそれを飲んだ?本当に、()()()()()()()()()()()()?)

 

 社と■■が結んだ『縛り』の内容は、依然として不明なままだ。何せ、社本人がどんな『縛り』を結んだかを覚えていないのだから。社が■■を繋ぎ止めるには、それだけリスクを背負う必要があったのかも知れないが・・・或いは、■■が何らかの思惑を持って(わざ)とそうした可能性も捨て切れないのだ。

 

(今考えても、詮無い話ではあるが。一度、社と腹を割って話す必要がありそうだ。)

 

 社の事情を知る者達(ハジメ、幸利、恵里の3名)の間では、■■に関する話は触れてはならないーーーとまではいかないものの、積極的に出す話題でも無かった。それは例えば気遣いだったり、単純に苦手意識だったり、或いは敵対心にも似た対抗意識だったり。三者三様の理由はあれど、暗黙の了解になっていたのだ。だが、■■が社にとって明確な害になる可能性が浮上した今、悠長な事を言ってる訳にもいかなくなった。友達が大事なのは、何も社だけでは無いのだから。

 

(・・・切り替えろ。今は、目の前の戦いに集中だ。まだ、何一つ終わっちゃいない。)

 

 逸る思考を打ち切り、一先ず目先の戦いへと意識を向けるハジメ。その顔には、迷いない覚悟が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「もう時間か。またね、■■ちゃん。」

 

「バイバァイ、マタネェ。」

 

 手を振って見送る社に対して、■■は手を振り返すと陽炎の様に消え去った。終末じみた光景を生み出した極大の力とは裏腹に、酷くアッサリした退場である。■■の姿が見えなくなって若干気落ちする社に、背後から声が掛けられる。

 

「身体の具合はどうッスか?何かおかしいトコとかありそうッスか?」

 

「ん?いや、特に無いよ。」

 

 何処となく不安げなアルに、問題無い事を告げる社。今までと同様、今回の■■の完全顕現も社の身体には何1つ異変を起こしていない。魔力は勿論、『呪力』すら欠片も消費していないのだ。或いは、何の代償も無い事を問題視すべきなのかも知れないが。

 

「それなら、良いッスケド。・・・あんま、心配かけさせないで下さいよ。

 

「心配かけちゃったか。悪かったね、ありがとう、アルさん。」

 

「そこは都合良く聞こえないフリしてくれないッスかね!?」

 

 儚げな笑みを浮かべながら礼を言う社に、顔を赤くしてそっぽを向くアル。見て見ぬフリをする優しさも無いでは無いが、それ以上に仲間の心配を無碍にするつもりは社には無かった。

 

「気を取り直して、と。さぁーて、魔物共は・・・おぉ、ごっそり減ったな。」

 

「何でやらかした片割れがそんな呑気なんだよ。」

 

 他人事の様に呟く社に対して、ジト目でツッコむハジメ。顕現時間はたった1分、実際に力を振るったのは僅か30秒強にも関わらず、■■が魔物側に齎した被害は甚大極まりなかった。3万弱は居た筈の軍勢は、既に5千を割り2千から3千と言ったところ。最初に10万弱居た事を考えれば、残りは2〜3%程だろう。もし魔物側に指揮官が居れば、「責任を取れ」と自害すら命じられるかも知れない。

 

「これだけ減らせば、後はどうにでもなるだろ。全員、準備は良いな?」

 

「勿論です!後は直接殺れば良いんですよね!」

 

「・・・いや、まあ、そうだが。何て言うか、お前逞しくなったなぁ・・・。」

 

「当然です。ハジメさん達の傍にいるためですから。」

 

 にぱっと笑みを見せるシアに、苦笑いしつつもどこか優しげな笑みを返すハジメ。だが、直ぐに表情を引き締めてると、ドンナー・シュラークを抜き構える。魔力を使い果たしてグロッキーなティオとフィルル以外の面々も、それぞれの武器を手にすると、迫る軍勢に何時でも飛び出せる様に構える。

 

「行くぞ!ユエ、援護を!」

 

「〝雷龍〟」

 

 ハジメと社、ハウリア姉妹の突撃を援護する為に、ユエが魔法を発動した。即座に立ち込めた暗雲から激しくスパークする雷の龍が、落雷の咆哮を上げて前線を右から左へと蹂躙する。大口を開けた黄金色の龍が魔物の群れを片端から滅却するのを見て、ハジメ達もまた一気に群れへと突撃する。

 

 ドパパパパパパンッ!

 

 〝縮地〟で大地を疾走しながら、ドンナー&シュラークを連射するハジメ。我先にと迫り来る魔物達を、撃ち放たれた死の閃光が一切の区別無く骸へと変えていく。犠牲を顧みず只管に進軍する魔物は、本来なら恐るべき敵であろうが、今のハジメには物の数では無い。

 

 目の前で同胞が死んでいるにも関わらず、魔物達は浮き足立つ事も無く襲いかかって来る。と、不意にその内の1体の頭上に影が差す。咄嗟に天を仰ぎ見た魔物の眼には、ウサミミを靡かせ巨大な戦鎚を肩に担いだ少女(シア)が、文字通り空から降ってくる光景が飛び込んできた。

 

「りゃぁああああ!!!」

 

 可愛らしい雄叫びと共に、変形縋(ドリュッケン)を構えたシアが猛烈な勢いで落下する。〝重力魔法〟により体重を一気に数倍まで引き上げ、ドリュッケンの引き金を引いて激発の反動を利用して更に加速。その上で身体強化を最大まで施した、今出来る最大の一撃。落下の勢いを減じぬまま、破壊の権化とも言うべき鉄槌を叩き付ける。

 

 ドォガァアアアア!!!

 

 繰り出された渾身の一撃は、さながら隕石の如く。直撃を受けたブルタール型の魔物は、頭から真っ直ぐ地面へと圧殺され凄絶な衝撃に血肉を爆ぜさせた。付近に密集していた魔物達も、ドリュッケンの齎した圧倒的な衝撃と散弾の如く飛び散った土石により、肉体を吹き飛ばされて瞬く間に無惨な姿へと変えられる。

 

 作り出したクレーターの底で、地に埋もれたドリュッケンを引き抜いたシアはそのまま魔物達に襲い掛かる。流石に懐に潜り込まれたまま好き勝手させる甘くは無い様で、魔物達は数で圧殺するかの如くシアを取り囲もうとする。だが、シアはドリュッケンの柄を更に1m程伸ばすと、激発と強化した怪力でもって高速回転を行った。独楽と言うには余りにも物騒なソレは、迫り来る魔物達をピンポン玉の様に軽々と吹き飛ばしていく。

 

 見た目は華奢な少女が、自分の数倍の巨躯を誇る魔物を一方的に薙ぎ倒すのはまるで冗談の様な光景だ。シアは回転運動から体勢を戻すと、今度は別の集団を襲撃すべく踏み込みの体勢に入る。

 

 と、その瞬間、右後方より新手が高速で接近する音をウサミミが捉える。シアは慌てず最適のタイミングで体ごと回転させて迎撃(カウンター)を試みるが、新手ーーー黒い体毛に4つの紅玉の様な眼を持つ狼型の魔物は、それを予期していた様に寸前で急激に減速。見事にシアの一撃を躱すとそのままドリュッケンに飛び掛かり、その強靭な顎と全体重で地に押し付ける様にして封じたのである。

 

「んなぁっ!?」

 

 黒い四目狼の予想を裏切る動きに、驚きの声を上げるシア。通常の魔物なら、シアが武器を振りきって隙の生まれた所を襲うだろう。実際、シアもそうするだろうと読んで身体強化を足に集中し、踏み込んできた瞬間頭部をカチ上げてやるつもりだったのだ。先の回避と言い、シアの動きを読んでいるかの様な攻め方である。

 

 勿論、たかが魔物の1体、シアの膂力ならどうと言う事は無い。が、それでも意表を突かれて、一瞬動きを封じられた事に変わりは無く。そこに完璧なタイミングで、シアの後方から同じ魔物が牙を剥き出しにして眼前まで迫っていた。眼を見開いたシアは咄嗟に足に集中させた身体強化を解除、防御すべく全身に回す。

 

「ーーーホント危なっかしいなぁ、義姉(ネエ)サンは!」

 

 あわや、狼の牙がシアを血濡れにさせるかと言う瞬間、横合いからアルが四目狼を蹴り付ける。潤沢な()()により強化された蹴撃(けり)は、四目狼の体をくの字に折り曲げると、勢いそのままに蹴り飛ばしてしまう。哀れ、即席の弾丸となった四目狼は他の魔物に衝突、諸共粉々になる。

 

 ズドンッ!!

 

 アルの援護に遅れて、シアの背後で発砲音が聞こえた。シアが音の方を振り返ると、ドリュッケンに喰らい付いていた四目狼が腹部と頭部を撃ち抜かれて絶命している。その近くでは2つの十字架らしき金属製の物体ーーー縦60cm、横40cm、中心部分にラウンドシールドが取り付けられているーーーが浮遊しており、銃口らしき部分から白煙が上がっていた。

 

〝シア、油断するな。魔物の中に明らかに動きの違うヤツがいる。寄生花に支配されているにしては、動きが単調じゃ無い。お前ら姉妹にはクロスビットを2機ずつ付けておくから、上手く使え。前線はユエが後5分は持たせてくれる。〟

 

 〝クロスビット〟ーーー〝無人偵察機(オルニス)〟と同じ原理で動く十字架型の浮遊物体は、ハジメの作成した攻撃特化型ビットである。内部にライフル弾や散弾が装填されており、感応石付きの腕輪で操作しているのだ。表面を覆う鉱石には生成魔法により〝金剛〟が付与されており、感応石の魔力に反応して強固なシールドにもなる優れ物である。

 

〝了解です!それと、助かりました。有難うございます!〟

 

〝おう、気をつけてな。〟

 

 ハジメから届いた〝念話〟により、ハッと我を取り戻したシアは気を引き締め直し、首元のチョーカー*3の念話石を通して返事をする。

 

「・・・ふふ、最近、ハジメさんの態度がドンドン軟化していますぅ。既成事実まで後一歩ですね!」

 

「そこで調子乗るからダメなんじゃないの、義姉(ネエ)サン。」

 

「正論で殴るのはやめてくれませんか、アル!?」

 

 自分を守るように周囲を浮遊する〝クロスビット〟に頬を綻ばせたシアに、無慈悲なツッコミを入れるアル。和気藹々(わきあいあい)とした姉妹の交流ではあるが、そこには油断も慢心も無い。互いに背を預けながら、2人は魔物達を狩り尽くすべく再び動き出した。

 

 

 

 

 

「ふぅ、相変わらず、どっか危なかっしいんだよな、アイツ・・・。」

 

 呆れた口調とは裏腹に、猛烈な勢いで魔物を駆逐していくハジメ。ハジメの周囲にも1機の十字架が浮遊しており、ドンナー・シュラークと併用する事で文字通り弾丸の嵐を繰り広げている。

 

「アルさんも居るし、大丈夫だろ。何処かの誰かさんは、態々クロスビット飛ばしてあげたみたいだがなぁ?」

 

「ウルセェ、ニヤつくな、頬に風穴開けんぞ。」

 

 背中合わせに軽口を叩きながら、社もまたハジメと共に魔物達を処理していく。蛇腹刀にした天祓に〝風爪〟を纏わせ、更に〝狗賓烏〟の風を操作する力で強化した刃は、魔物の硬度や数を無視して全てを切り刻んでいく。ハジメが弾丸の嵐なら、社は突風を纏った刃である。過程は違えど魔物達の死と言う結果は変わらず、瞬く間に死体の山が築かれていく。

 

「しかし、シア以上に、妹の方が集団戦に向いてるとはな。継戦能力はピカ(イチ)か。」

 

「『術式』の性質を考えると、当然と言えば当然なんだがな。」

 

 アルの『腹飲呪法』は〝触れた対象のエネルギーを奪う〟性質上、どうしても触れればほぼ勝ち(ジャイアントキラー)と言う部分に目を奪われがちだ。勿論、それも間違いでは無いが、アルの『術式』が最も真価を発揮するのは一対多数の戦いだった。

 

「敵は山程いるから魔力は奪い放題。『呪力』は『術式』の発動にしか使わない上に、そもそも量が桁違いだから『呪力』切れも起こらない。身体強化は奪った魔力で充分、と。いや、敵に回したらマジで厄介だな、アルさん。」

 

「その上、『術式』の一撃必殺(ワンチャン)も警戒しなきゃならないんだろ?有り得ない強化幅のシアと言い、姉妹共々ネジが外れてやがる。」

 

 感心半分、呆れ半分と言った様子でハウリア姉妹の居る方を見遣るハジメと社。尚、一般人視点だとハジメ達は誰もがブッ飛んでるし、その中での2トップは何を隠そうハジメと社なので、完全におま言う案件である。

 

「まぁ、味方にする分には頼もしいーーー見つけた。7時の方向、黒ローブの男だ。」

 

「こっちも今確認した。やっぱり隠れてたか。」

 

 〝狗賓烏〟と共に〝悟り梟〟を呼んでいた社が、視界の端で黒ローブの男を捉える。それを聞いたハジメが〝遠目〟を発動すると、遠くの方で喚いている人影が見えた。間違い無く件の人間族だ。黒ローブの男は癇癪を起こす子供の様に喚くと、植物の茎や枝が絡み合った極彩色の杖を翳して何かを唱え始める。

 

「ハジメ。」

 

「分かってる。」

 

 ドパンッ!

 

 何をするかは不明だが、そのまま詠唱の完了を待ってやる義理は無い。ハジメは片手間でドンナーを発砲すると、極彩色の杖を半ばから吹き飛ばす。余波でもんどり打って倒れこむ黒ローブの男だが、それと入れ替わる様に今度は黒い四目狼が一斉に飛び出して来る。

 

「今更逃げられても面倒だ。社、先に行って黒ローブの奴を確保しろ。」

 

「それは良いんだが。お前1人で相手するのは面倒じゃないか?」

 

「所詮は烏合(うごう)、四目狼も精々が二尾狼*4程度だ。問題ねぇよ。」

 

 社の懸念を鼻で笑い飛ばすハジメ。四目狼は特異な攻撃こそ持たないが、時折知っていたかの様に攻撃を躱す事があった。恐らくは〝先読〟系の固有魔法を持っているのだろう。連携も二尾狼とタメを張るレベルの為、低層とは言え奈落にいても何らおかしくない魔物ではある。何故、そんな魔物が此処に居るのか、と言う疑問もないでは無いが・・・。

 

「どの道、下手人に吐かせれば良い話だ。さっさと行って捕まえて来い。」

 

「それもそうか。じゃ、此処は任せた。」

 

 ハジメの言葉に納得した様に頷いた社は、魔力で強化した両足で飛び上がると〝空力〟を発動。〝狗賓烏〟の風を纏いながら、迫り来る12体の黒い四目狼を飛び越して、黒ローブの男の下へと飛び立っていく。主人が危ないと察したのか何匹かが反転して社の後を追おうとするが、ハジメはドンナー&シュラークを連射すると、四目狼をその場に釘付けにする。そして。

 

「見〜つけた。」

 

「ヒィィッ!?」

 

 黒い四目狼に(またが)り、今まさに逃亡を計ろうとしていた黒ローブの男の下へ、社が辿り着いた。外敵を排除すべく、四目狼が飛び掛かろうとするがーーー。

 

「邪魔だ。」

 

 社の握る天祓により、容易く真っ二つにされる四目狼。自慢の手下が呆気なく殺されたからか、はたまた目の前の現実を受け入れられないのか、黒ローブの男は尻餅をついたまま動かない。刃に付いた血を振り払うと、社は黒ローブの男に語りかける。

 

「ここまで好き勝手やっといて、危険が迫ったら尻尾巻いて逃げ出すなんて、許される訳ないよなぁ?」

 

「ヒッ、来、来るなっ、ば、化け物!」

 

「オイオイ、元クラスメイトに向けて、何て言い草だ。俺だって傷付くんだぜ、()()()()君?」

 

 態とらしく悲しむ社の口からその名前が出た瞬間、黒ローブの男がビクンッと反応する。中野信治ーーーハジメ達と共にこの世界(トータス)に拉致された〝神の使徒〟であり、何者かの手を借りて王国から脱走したと思しき4人の内の1人。社にとっては忌々しい檜山(ゴミクズ)と仲が良かった筈の人物。今回の騒動の下手人の1人は、紛れも無く社達の同郷だった。

 

「観念しな。もう、お前に逃げ場はーーー・・・?おい、中野。お前、その身体は、ッーーー!!!」

 

 腰を抜かしたのか、這いずりながらも逃げようとする中野。その姿を見て妙な違和感を感じ取った社が、中野を問い詰めようとした瞬間、全身が総毛立つ程の悪寒に襲われる。〝悪意感知〟が反応しなかった事に疑問を抱く暇も無く、中野の首根っこを掴んだ社がその場を離脱した数秒後ーーー天空より()()()()が降り注いだ。

 

(見境無しかよ!いや、そんなもの気にする連中じゃ無いか!)

 

 敵の徹底振りに内心で毒吐く社。月の光を思わせる銀の光は、逃げ遅れた魔物達を大地ごと飲み込むと、跡形も無く消し飛ばしていた。草1つ残らぬ攻撃に最大限の警戒をしつつ、社は空に居る()()()()()()()()()()に向けて天祓の切先を向ける。

 

「まさか、お前まで居るとはな。王都のクソ貴族共の扇動はもう良いのか?ーーー(ゴミ)使い(パシリ)が。」

 

 

 

 

 

「・・・宿木(やどりぎ)とは言え、口が過ぎますよ。その身体、早急に我が主に献上なさい。」

 

 佳境に差し掛かる戦場に、銀に耀(かがや)く翼と大剣を携えた真の〝神の使徒〟が降臨した。

*1
手の甲を打ち付ける拍手。滅茶苦茶に縁起が悪いので絶対やっちゃ駄目。

*2
それでも、■■を使役する代償としては破格としか言い様が無いが。

*3
シア的には断じて〝首輪〟ではない。

*4
オルクス迷宮深部に居た魔物。〝纏雷〟の固有魔法持ち。



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73.VS〝神の使徒〟

 一対の銀翼を背に生やし、大剣を携えて戦場に現れた真の〝神の使徒〟。ドレスと甲冑の合いの子の様な白い装束を纏う姿は、RPGに出てくるワルキューレを彷彿とさせる。煌めく銀髪は神秘的で、美しい(かんばせ)や一流の彫像めいた肉体は見る者を虜にする魅力に溢れていたが、唯一点、何の感情も映さない無機質な瞳が、それら全てを台無しにしていた。

 

〝無事か社!何があった!?〟

 

〝クソ神直属の使徒(パシリ)が来た。黒ローブ、もとい中野は捕まえたから、回収にクロスビットを飛ばしてくれ。〟

 

 中野の首根っこを掴んだまま、ハジメからの〝念話〟に端的に返す社。急な回避で振り回されたからか、中野は既に気を失っている。流石に邪魔者を抱えたままで戦える程、目の前の敵は甘く無いだろう。

 

「・・・全ては我が主の為に。」

 

「チィッ!」

 

 氷の如き冷たさを帯びた瞳が社に向けられた瞬間、〝神の使徒〟から空間を軋ませる程の銀色の魔力が吹き出した。現時点でのユエを越え、ハジメにすら届き得る程の魔力。「一筋縄ではいかない」と舌打ちした社が全力で中野を明後日の方向に投げたのと、〝神の使徒〟が大剣を構えて突撃して来たのはほぼ同時だった。

 

 ザンッ!!

 

 振り下ろされた2m級の大剣を、〝天祓〟で受け止めずに身を捩って回避する社。大剣には魔物達を消滅させた力は込められていなかったが、それでも剣圧のみで地面に亀裂が入ったのを見ると、やはり膂力も並大抵では無いらしい。

 

〝ハジメは中野を回収したら、引き続き魔物達の相手を頼む。他の誰もこっちには近寄るなよ!〟

 

〝お前1人でやる気か!?〟

 

〝まだ魔物は山程残ってる!寄生花の増え方が分からない以上、1匹たりとも町の方に行かせる訳にはいかない!〟

 

 ハジメ達全員に〝念話〟を飛ばしながら、〝神の使徒〟の大剣を避け続ける社。対策の甲斐あってかハジメ達は誰も寄生花に寄生されていないが、寄生の条件や方法まで判明した訳では無い。もし、寄生花が簡単に仲間を増やせるのであれば。もし、魔物達が1匹でも包囲網を突破したならば。もし、寄生された対象を救う方法が見つからなければ。どれも仮定に過ぎないが、最悪、生物災害(バイオハザード)顔負けの阿鼻叫喚が生まれてもおかしくは無いのだ。愛子達や町の住民を、不用意に戦わせる訳にはいかない。

 

〝何より()()()使()()()()()()()()()()()此奴(こいつ)の相手をしている間に先生達を()られたら、それこそ俺達の負けだろうよ!〟

 

〝ーーーあぁ、その通りだよ、クソッたれが!全員聞いたな!?社の方には加勢に行くな!魔物共を殺し尽くす事だけ考えろ!〟

 

 ハジメの怒りを噛み殺した〝念話〟が途切れたのを確認した社は、大剣の大振りを躱すと仕切り直しと言わんばかりに大きく後ろに後退する。一方の〝神の使徒〟も、剣が全く当たらない状況に辟易したのか、追撃をせずに大剣を構え直した。

 

「・・・流石は、主の興味を引くだけの事はありますね。」

 

「知るか。お前らの感想なぞ、どうでも良いわ。」

 

 油断無く〝神の使徒〟を見据えながらも、社は別の事象について考えを巡らせていた。使徒が魔物達の進軍と同時にウルの町を襲撃していた場合、今とは比べ物にならない程厄介な状況になっていただろう。それをしなかったのは、社達との遭遇自体が想定外(イレギュラー)であり、何より〝神〟そのものが社達の動向を捕捉出来ていない事を意味している。目の前に居る〝神の使徒〟を従えている事も含め、〝神〟を名乗るに相応しい力はある様だが、全能と言う訳でも無いのだろう。

 

「しっかし、宿木(やどりぎ)ねぇ。未成年の身体に興味津々とか、お前らのご主人様はとんだド変態だな。〝神〟は〝神〟でも変態の神か?どうなのよ、変態の(ワン)ちゃん?」

 

「・・・知る必要はありません。貴方は此処で終わるのですから。」

 

「ハッ、やってみろよ使徒(パシリ)如きが!」

 

 更に情報を得るべく〝神の使徒〟を煽るものの、肝心の使徒は眉1つ動かさずに再び斬りかかって来る。元々期待もしていなかった社は即座に〝天祓〟を腰に佩くと、高速で迫る〝神の使徒〟を迎撃する。

 

「ーーーシィッ!」

 

「・・・・・・。」

 

 始まったのは、先程の焼き増しの様な戦い。〝神の使徒〟が振り回す大剣を回避しながら、社は隙を見て反撃(カウンター)を狙う。変わり映えの無い光景は、しかし高速で行われる故に一流の冒険者ですら目が追い付けない領域まで至っていた。

 

(王国に居た時もそうだったが、相変わらず悪意が薄くて読み辛いな。魔物を消し飛ばした魔法も得体が知れないし、どう攻めたもんかね。)

 

 数多の斬撃を掻い潜りながら次の1手を考える社。王国に滞在していた頃に感じた無機質な悪意は、ほぼ間違い無く目の前の〝神の使徒〟の物だろう。だが、悪意と呼ぶには余りにも平坦で起伏の無いそれは、結果的に〝悪意感知〟をすり抜けて、初動を読ませないステルスの様な働きをしていた。とは言えその程度で支障が出る訳も無く、ましてや攻め手を緩める程、社も温い修羅場は潜っていないが・・・。

 

(見た感じ、銀の光に当たった魔物は死骸1つ残さず消し飛んでる。〝焼却〟・・・は熱を感じなかったから多分違う。〝消滅〟か〝分解〟辺りかね。何にせよ当たるべきじゃないな。)

 

 社が未だに攻め切れない理由のもう1つが、正体不明の魔法についてだった。魔物達に一切の抵抗を許さず消し去った銀の砲撃は、社の経験上、絶対に当たってはいけない攻撃に分類される。いざとなれば被弾覚悟で突っ込むし、何なら手足の1、2本も差し出す覚悟だが、流石に時期尚早だろう。やるにしても、もう少し手の内を見切ってから、と言うのが社の考えだった。

 

(・・・何と言う身体能力。主から聞いていた通り・・・いや、それ以上ですか。肉体の精度だけなら、私すらも凌駕している。)

 

 社が消極的な立ち回りに終始している中、使徒もまた内心で舌を巻いていた。社は知る良しも無いが、〝神の使徒〟は〝狂った神〟が作り上げた自律式人形(オートマタ)とでも評すべき人形であり、文字通り神の手足に相応しいだけの能力を有している。空を自由に駆ける〝銀翼〟と、ユエと同じ全属性の魔法適正、全てを塵と化す〝分解〟の力。更に使徒本体はステータス換算で、筋力体力耐性敏捷魔力魔耐、その全てにおいて12000と言う脅威の数値を叩き出している。合計すれば60000と破格の能力を持つ〝神の使徒〟。本来であれば敵無しの彼女は、しかし未だ社に剣先の1つも掠らせてはいなかった。

 

(今の私が一方的に攻勢に出ていられるのは、宿木(やどりぎ)が私の魔法を警戒して無理に攻めて来ない故。今は均衡を保っていますが、いつ崩れてもおかしくは無いでしょう。さて、どう対処するか・・・。)

 

 無論、〝神の使徒〟である彼女にも幾つか切り札はある。だが、それは社も同様だろう。先に手札を晒して主導権(イニシアチブ)を握るか、或いは伏せたまま凌いで後の先を取るか。お互いがそれぞれの理由で、手札を切るべき時を見極めようとする。

 

 グォオオォォォ!!

 キシャアァア!!

 

 均衡を破ったのは、第3者の介入。千日手に近い状態に陥った社と〝神の使徒〟の戦いに、魔物達が割って入ったのだ。大幅に数を減らしたとは言え、寄生花に支配された〝花付き〟はまだまだ数が居る。乱入されない訳が無かった。

 

「・・・邪魔です。」

 

「!良いねぇ。」

 

 ある意味では予定調和とも言える邪魔者に、しかし2人の取った対応は真逆。迫り来る魔物達を次々と薙ぎ払う〝神の使徒〟に対して、社は魔物達をあしらうばかりで一切攻撃を行わない。だんだんと包囲網を築く〝花付き〟に対して悪手でしか無い行動に、〝神の使徒〟が若干の困惑と共に綺麗な眉を顰めた瞬間。軍勢に巻き込まれる様に()()姿()()()()()()()()()()

 

「?宿木(やどりぎ)は、何処にーーーガッ!?」

 

 〝花付き〟達を捌いていた〝神の使徒〟の真横から、社渾身のボディブローが放たれる。よろけながらも即座に大剣を薙ぐ使徒だが、社は再び魔物達の間に溶け込む様に紛れてしまう。

 

「〝気配遮断〟系統の技能ですかっ。小賢しい真似をーーーグゥッ!?」

 

 〝神の使徒〟が魔物を処理する狭間を縫って、社は着実にダメージを通していく。寄生花付きの魔物が使徒まで襲ったの見て、戦況を変えるべく〝花付き〟すら利用しようと考えたのだ。敵すら躊躇無く戦術に組み込む姿勢は、良くも悪くも『呪術師』らしい狡猾さと言えよう。

 

「・・・ならば、全て斬り払うだけの事。」

 

 心無しか不快げな表情を浮かべる〝神の使徒〟のガントレットが光り輝くと、もう1振りの大剣が現れる。身の丈を超える大剣を二刀流に構えた使徒は、更に銀の魔力を刀身と両翼に流し込むと、襲い来る〝花付き〟を脅威的なスピードで消し飛ばし始めた。

 

(凄いな、触れた端から何もかも消し飛んでる。・・・何故、大技で纏めて排除しないんだ?)

 

 少し離れた場所で〝気配遮断〟を発動しながら、使徒の力を見て疑問を抱く社。〝分解〟の力が込められた大剣は、熱したナイフがバターを斬るかの如く容易く魔物を裁断しており、同じく両翼からは〝分解〟を宿した白銀の羽根が舞い散ると、恐るべき魔弾となって掃射されている。何方も当たればタダでは済まないと社も理解しているが、どうにも見立て以上に出力が弱いとも感じていた。

 

(さっきから一向に魔力が減らないところを見るに、多分〝神〟から魔力の供給を受け続けるなりしてるんだろう。でも、それなら燃費の悪さとかで大技を出し渋る理由も無いしなぁ。)

 

 切り札を隠すと言うならまだ理解出来るが、今の社には〝神の使徒〟が手を抜いている様にしか見えなかった。出会い頭に放たれた銀の砲弾然り、最初に感じた銀の魔力の圧力(プレッシャー)然り、間違い無く過去最高の死闘を覚悟させる物だった。にも関わらず、使徒は全力を出している様には見えず、酷くコンパクトに戦っていた。

 

(最初にデカいのブッ放してるから、何らかのデメリット付きって線も薄い。となると・・・ちょっと、試してみるか。)

 

 ふと閃いた小さな思い付きを試すべく、社は魔物達の群れへ再び紛れ込むと、そのまま〝神の使徒〟に近づいていく。一定の距離まで接近した社は、使徒の手により次々と駆逐される魔物を眺めながら、静かにタイミングを待つ。そして。

 

「ハァイ、使徒(パシリ)ちゃん。さっきぶり。」

 

「っ!?」

 

 気軽に声を掛けながら姿を現した社に、目を見張り驚愕する〝神の使徒〟。先程までの鉄面皮は跡形も無く、心底予想外なのが簡単に見てとれる。だが、その反応もやむなしだろう。何故なら、社が現れたのは使徒と魔物の間であり、今まさに振り下ろされた大剣が直撃する間合いだったのだから。

 

 ブォォン!

 

 グギャアアァ!!

 

 鋭い風切り音と共に断末魔が響く。使徒の振るう大剣が、社ごと魔物を仕留めたーーーのでは無い。魔物を斬り伏せたのは、社が背後に振るった〝天祓〟だ。使徒が振るった大剣は、何も無い空を切っただけ。紛れも無い使徒自身が、社から切先を逸らしていたのだ。

 

「っ、宿木(やどりぎ)、貴方まさかーーー。」

 

「『式神調 (きゅう)ノ番〝(くゆ)(きつね)〟』」

 

 自身の狙いを気取られたからか焦りの声を上げる〝神の使徒〟を尻目に、社は〝(くゆ)(きつね)〟を召喚。『呪力』を練り上げて白煙を生み出すと、周囲一面を瞬く間に白く包み込んでしまう。

 

「・・・今度は目眩しですか。小手先の技でどうにかなるとーーー。」

 

「「思ってるから、やってんだよなぁ!」」

 

「なーーーガァッ!?」

 

 同時に聞こえた2つの声に驚いたのも束の間、左右から与えられた衝撃に苦悶の声を上げる〝神の使徒〟。混乱しつつも現状を把握しようとする使徒の目には、社本人と何時の間にか腕に巻き付いていた〝双頭の蛇(双子夜刀)〟、そして半透明の分身らしき存在が映る。

 

宿木(やどりぎ)の身で、忌々しき『呪い』の力をーーーグゥッ!?」

 

「「何言ってるか聞こえねぇよ、使徒(パシリ)ぃ!」」

 

 体勢を立て直す隙を与えぬまま、社は呼び出した分身と共に使徒を滅多打ちにする。先程までとは打って変わって強気に攻め続ける姿は、〝分解〟の危険性(リスク)を度外視している様にしか見えない。無理矢理、埒を開ける為の無謀な特攻ーーー否。社は〝神の使徒〟が無闇に〝分解〟を使えない理由を察していた。

 

(恐らく此奴は〝神〟に「俺の身体を傷付けない、もしくは殺さない様に連れて来い」と命じられている!1番最初、これ見よがしに銀の砲弾をブッ放したのは、その命令を俺に悟らせない為の(ブラフ)!)

 

 〝神の使徒〟が初回以外に銀の砲弾を使わなかった事や、出力を絞っていた様に感じた事は、社にとっては無視出来ない違和感だった。社が試しに態と大剣に当たりにいった際も、案の定と言うべきか使徒は驚愕の表情と共に自分から太刀筋を逸す始末だ。生死や傷の有無をどれだけ気にしているかまでは分からないが、〝神〟が社の身体を欲しているのは確定と見て良いだろう。

 

(俺を何に使いたいのか知らないが、そっちの都合で手加減するなら、当然足元見られても文句無いよなぁ!)

 

 見た目だけは良い〝神の使徒〟を、分身と2人がかりで躊躇無くボコる社。光輝(勇者)辺りが見れば、問答無用で社に斬りかかる程度には非人道的な絵面だが、その様な些事を気にする社では無い。寧ろ「敵の弱みは徹底的に突け」と祖父に教わっている為、その拳打には一切の情け容赦が無かった。

 

(・・・予想以上です。まさか、ここまでやるとは。)

 

 社と分身、2人の攻勢を何とか捌きながら、内心で歯噛みする〝神の使徒〟。社の読み通り、使徒は〝神〟から〝宿聖樹〟ーーー 宿木(やどりぎ)たる社の捕獲を命じられていた。〝神〟の命令は絶対であり、そこに油断や慢心を持ち込む機能は使徒には無い。だが、そんな思惑を嘲笑うかの様に、社の力量は〝神〟達の予想を遥かに超えていた。一手し損じれば、或いは〝神の使徒〟さえ食い破れる程に。

 

(・・・この様子だと、我々の狙いはバレているでしょう。ですが、大きな問題とはならない。まずは、厄介な分身から片付ける!)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、分身を処理する事を決めた〝神の使徒〟は、銀翼と2本の大剣に〝分解〟の魔力を込める。幸いにして分身は半透明の水色をしている為、容易に見分けが付く。間違って本体を傷付ける心配はまず無い。狙うのは、被弾覚悟の反撃(カウンター)

 

(ーーー今!)

 

 より確実に、一撃で仕留める為、分身の蹴りを受け切ってから大剣を振り下ろす〝神の使徒〟。肉斬骨断の一振りは、半透明の身体を容易く切り捨て、跡形も無く消し去るーーー筈だった。

 

「次は、宿(やどり)ーーーギッ!?」

 

「「ハズレだよ、馬鹿が!」」

 

 尾を引く様に残像を纏いながら、斬られた筈の分身と共に〝神の使徒〟を殴り付ける社。2人が発動したのは〝気配遮断〟の派生、[+幻踏]と呼ばれる技能だ。気配を遮断する際に、ほんの数秒だけ元いた位置に遮断前の気配を残す事で、今もその場に居る様に錯覚させる技能である。

 

 最も、手品のミスディレクションに近い技術である為、注意深く観察すれば比較的簡単に看破は出来る。だが、コンマ数秒が勝敗を分ける戦いにおいてはその限りでは無いし、戦闘巧者は気配に敏感な傾向がある為、額面以上に有用な技能なのだ。その上、社は幾つかの小技を合わせる事で、効果を最大限にまで引き上げている。

 

(一瞬だけ気配を残し、目眩しをする技能・・・!しかも、本体だけで無く、()()()使()()()()()()()・・・!)

 

 現れては消える複数の気配に、見事に翻弄される〝神の使徒〟。社本体と分身、そして[+幻踏]で残される気配により、使徒は最大4つの気配に手を焼かされていた。それに加えて厄介なのが、社と分身が残された気配に被さる様に立ち回っていた事だ。

 

(こうも入れ替わられては、分身だけを狙って消すのは至難・・・!)

 

 本体の残した気配に分身が、分身の残した気配に本体が重なる様に動く事で、社は分身が狙われるのを妨害していた。〝神の使徒〟が本来の能力を発揮すれば、全てを〝分解〟するのも不可能では無いが、それを出来ない事さえ折り込み済み。元の世界に居た頃、醜悪な『呪霊』や『怪異』と殺し合う中で培われた戦闘経験は、トータスでも存分に発揮されていた。

 

(このまま決まれば楽で良いんだがな。)

 

 防戦一方の使徒を、ここぞとばかりに攻め立てる社。〝双子夜刀〟で呼び出せる分身は1人のみで『術式』も使えないが、最大で本体の8割の性能と〝技能〟を使用する事が出来る、文字通り「量より質」を体現した式神だ。〝神の使徒〟もかなり頑丈だが、分身と2人がかりで殴り続けたダメージは確実に蓄積している。このままジリ貧に追い込めば、楽に決着をつける事も可能だろうが・・・。

 

(ま、そう上手くはいかないよな。)

 

 銀の魔力が膨れ上がるのを感知した社は、分身を〝神の使徒〟に突っ込ませると、〝(くゆ)(きつね)〟の生み出した煙幕から脱出する。その直後、煙の隙間から銀色が漏れ出したかと思うと、眩い光が辺りを照らして白煙が霧散する。

 

「オイオイ、そんなに派手に力を使って良いのか?俺の事、大事な大事なご主人様に渡すんだろう?もしかしたら、怪我しちゃうかもだぜ?もっと大切に、蝶よりも花よりも丁重に扱えよ。お使いすら満足に出来ない人形なんて、捨てられるだけだろうに。」

 

「・・・戯言はそこまでです。もう、容赦はしません。」

 

 社の煽りに憮然とした表情で返したのは、全身に銀の魔力を纏った〝神の使徒〟。煙が晴れ銀幕の如き光が晴れた先、使徒の身体は致命傷には至らずとも既にあちこちがボロボロで見るも無惨な状態だ。にも関わらず、痛みすら意に介さぬと剣を構える姿は歴戦のヴァルキリーの様で、神々しさに翳りは全く見られない。

 

「ハイハイ、出た出た〝本気でやります〟宣言。〝今までは手を抜いていた〟ぁ?〝ここからは思う通りになると思うな〟ぁ?俺1人にそこまでバカスカ殴られてる癖にみっとも無ぇ言い訳だな、オイ。言葉は正確に使えよ、〝自分(テメェ)の見積もりが甘かったですゴメンナサイ!〟だろうが。」

 

「・・・何と言おうと無意味です。我々〝神の使徒〟に感情はーーー。」

 

「あぁ、そうか、分かったぞ。お前、何だかんだ言い訳並べて、俺に殴られたかった訳だ。生粋のドMか?いやぁ、未成年の身体に興味津々の主人(カミ)と、未成年に殴られて悦んじゃう従者(しと)!世も末ーーー。」

 

 ザンッ!!!

 

「無意味だと言っています、宿木(やどりぎ)!」

 

「眉間に皺寄ってんぞ、使徒(パシリ)が!」

 

 〝神の使徒〟が2本の大剣を振り下ろしたのを皮切りに、再び戦い始める2人。先程と異なるのは、使徒と社、両者の身体能力が爆発的に上昇している事だろう。使徒は〝神〟から無制限に供給され続ける魔力を用いた全力の強化、社は虎の子である〝限界突破〟*1を使った、互いに全身全霊の真っ向勝負。

 

「・・・まだ、こんな手を残していましたか。」

 

「〝神の使徒〟相手に一対一(タイマン)張ろうってんだから、切り札くらいあるに決まってんだろ。やっぱり目ん玉節穴だな?ーーー〝(くゆ)(きつね)〟!」

 

 超高速の至近距離戦闘(ドッグファイト)を行いながら、表面上は淡々としている〝神の使徒〟と、白煙を撒き散らしつつ隙あらば煽る社。既にこの世界有数の強者ですら、理解出来ない規模(スケール)の戦いになっている。一瞬が数十倍に引き延ばされた様な感覚を味わう2人だが、その一方でこの戦いの決着が近い事も悟っていた。

 

(・・・ここまでは見事、と言っておきましょう、宿木(やどりぎ)。ですが、貴方に打てる手はもう無い。)

 

 式神から発生する白煙を〝分解〟しながら、自身の勝利が揺るがない事を確信する〝神の使徒〟。社に絶え間無く斬りかかりながらも、使徒は極めて正確に戦況を分析していた。

 

(・・・触れれば〝分解〟されるのが分かっていて尚、真っ向から挑む胆力。我々の狙いを読み取った上で、それを逆手に取る狡猾さ。適切なタイミングで手札を切る判断力。・・・認めましょう、貴方は確かに過去最高の敵となり得た。)

 

 煙に紛れて不意を突こうとする社だが、その殆どが使徒に見破られ不発に終わってしまう。ここまで来て社が攻めあぐねてしまうのは、互いの身体能力がほぼ互角になったから、では無い。〝(くゆ)(きつね)〟の干渉を、偶然ながら使徒が跳ね除けた事が原因だった。

 

(・・・〝分解〟を身に纏う事で、漸く気付きました。この煙こそ、宿木(やどりぎ)の本命。僅かずつ五感を狂わせ、気付かぬうちに蝕ませる『呪い』を振り撒くのが狙い。)

 

 〝(くゆ)(きつね)〟が出すのは、社の敵にのみ効果を表す『呪い』の白煙。遅効性故に直ぐには効果が出ないが、だからこそ致命的になるまで気付かない悪辣さ。それを使徒は〝分解〟を鎧の様に纏った事で、遮断する事に成功したのだ。

 

(・・・我等に伍する程の強化術も驚異としか言い様がありませんが、代償も大きい筈。そう長くは持たない、無理せずとも時間は我々の味方だーーーと思わせておき、白煙の『呪い』をギリギリまで染み込ませ、最後の最後で不意を突く。・・・やはり、主の仰った通りです。『呪術師』を、侮ってはならない。)

 

 体内に染みた『呪い』は既に〝分解〟済みであり、何時でも全力で動く事が可能だ。しかし、だからこそ使徒は、敢えて『呪い』の影響に気付かぬフリをして社を迎え打とうと考える。

 

(・・・もし、仮に私に『呪い』が効いていないと知られれば、宿木(やどりぎ)が何をしでかすか分からない。ならば、勝ちの目がある、と偽りの希望を持たせた上で、行動を制限させた方が良い。)

 

 過去に〝神〟や〝神の使徒〟に歯向かったこの世界(トータス)の『呪術師』達は、力の強弱はあれど、いずれも大なり小なりイカれていた。中には『自身の死を前提とした』『縛り』を課して『怨霊』と成り、少なく無い被害を齎した者も複数居た。社がそうしないと言い切れる根拠は無く、寧ろ嫌がらせの為だけに命を捨てる可能性すらあるのだ。それを考えれば、寸前まで社の策に乗ってやるのも悪い手では無い。

 

(・・・何時でも、何処からでもどうぞ。どんな手段を取ろうとも、結果は変わりません。)

 

 煙を巻いても無意味だと判断されない様に、それでいて不自然にならない程度に白煙を〝分解〟しながら、社が最後の特攻に来るのを待ち構える〝神の使徒〟。小細工は全て叩き潰すと言わんばかりに、使徒は堂々とした態度で白煙の中を佇む。

 

(・・・来た。)

 

 そして遂に、決着の時が訪れる。銀の魔力を帯びた2つの大剣を構える〝神の使徒〟に対して、白煙をその身で切り裂いて真正面から突っ込む社。放たれた矢の如く突き進む姿は、乾坤一擲の気迫に満ちている。

 

(・・・貴方の行動は、全て悪足掻きに過ぎない。完璧に対応して見せましょう。)

 

 腰を落とし銀翼をはためかせながら、使徒は社の一挙手一投足から目を離さない。何をしても、何をされても無慈悲に返してみせると、全身を魔力で満たした〝神の使徒〟は迎撃体勢をとる。

 

 

 

 ダンッ!!

 

 

 

「・・・は?」

 

 それでも使徒が惚けた声を上げたのは、社が全く無意味な行動を取ったからだった。

 

(・・・何故?何故、このタイミングで跳び上がる!?)

 

 社の行動に意味を見出せず、脳内が疑問で満たされる〝神の使徒〟。それもその筈、彼我の距離が10mを切った所で、社はいきなり跳んだのだ。使徒の攻撃を避けるでも無く、社自身が攻撃の起点にするでも無い。意表を突いてはいるが、唯それだけの謎跳躍(ジャンプ)。どんな行動も無意味に帰すつもりではあったが、最初から無意味な行動をしてくるとは読めなかった。

 

(・・・ここまで来て、無駄な事をする訳が無い。理由が分からないならば、尚更宿木(やどりぎ)から目を離してはいけない!)

 

 予想外の行動に固まりかけた思考を、しかし直ぐ様回し始める〝神の使徒〟。硬直は一瞬、即座に上を見上げた〝神の使徒〟の視線と、前方宙返りの姿勢で上下逆さになった社の目が合った。

 

(・・・何だ、何を見て・・・()?それに、肩の()はーーー。)

 

 

 

 

 

 ドガンッ!!

 

 

 

 

 

 白い煙を振り払い、真紅の稲妻を纏った弾丸が、〝分解〟の鎧ごと〝神の使徒〟を穿ち貫いた。

 

(ーーーな、にが・・・?)

 

 胴体を丸ごと貫かれ下半身と泣き別れさせられた〝神の使徒〟は、薄れゆく意識の中で飛んできた何か(弾丸)の方角に目を向ける。果たして、強化された視界の先には、数百mは離れた地点に巨大な大砲(シュラーゲン)を抱え、先程社の側に居たのと同じ鳥ーーー〝比翼鳥(ひよくどり)〟の片割れを伴う(ハジメ)がいた。

 

(・・・私を見ていたのは、私の場所をあの狙撃手に伝える為・・・!宿木(やどりぎ)の言動は全て、この一撃を当てる為の(ブラフ)・・・!)

 

 1番最初に社がハジメからの応援を断ったのは、いざと言うときに〝神の使徒〟の中から「社の仲間が援護してくる」可能性を消す為だった。態とらしく煽り倒していた事も、〝(くゆ)(きつね)〟の煙を撒き続けていた事も、「挑発して行動を単純化させる」「『呪い』を吸わせて鈍らせる」と目的を錯覚させて、ハジメの援護射撃を悟らせない為の偽装。意識外から必殺を当てる、言わば必中必殺の策だった。

 

「流石はハジメ、良い仕事だ。ーーーお前みたいな相手に、態々一対一(タイマン)する訳が無いだろう。良い加減、死ね。」

 

(・・・主、もうし、わけ、ありまーーー。)

 

 最期に視界に映ったのは、己を嘲笑しながら刀を振り翳す社。主に謝罪しながら、使徒の意識は今度こそ闇へと消えた。

*1
自身の身体能力を3倍まで引き上げる技能。ただし、時間制限付き、且つ肉体に相応の負担が掛かる。




(本話を書き終わった後、見直してみて)主人公側の戦い方じゃない・・・。


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74.末路

長らくお待たせしました。話の展開に悩みながら、ハイラルを救ったり悪魔4にどハマりしていました。次回からは投稿ペースも元に戻る・・・筈。


「・・・ハァ〜、中々にしんどかったな。」

 

 残心を解いた社は、緊張をほぐす様に肩を回すと大きな溜息を吐いた。地面に横たわる〝神の使徒〟は、上半身と下半身を分かたれた上で〝天祓(あまはらい)〟により首を斬り落されており、完全に機能停止している。流石にここから動き出す事は無いだろう。

 

(しっかし、結構な綱渡りだったな。ここまで上手くいったのは、我ながらラッキーだった。)

 

 〝限界突破〟の反動で軋む身体を『呪力反転』で治しながら、使徒との戦いを振り返る社。魔力残量は約3割、『呪力』も半分以上残っており、細かい怪我もあれど全て軽傷と、同格以上の敵と戦った事を考えれば言う事無しの戦果。だが、今回は様々な要因が自分にとって有利に働いていたのを、社はキチンと自覚していた。

 

(本気を出すのが遅かったってのもあるが、1番は俺達の実力を見誤っていた事か。推定〝神〟からの悪意は感じないから、多分、使徒が敗れた事はまだ知られていないだろうが・・・次もこう上手くいくとは考えない方が良いだろうな。)

 

 〝神の使徒〟は社の確保を第一に考えていた為、最後の最後になるまで本気を出していなかった。今回はその油断を突いた事で比較的容易く勝利を得られたが、今後も同じ手段が通じるとは思わない方が良いだろう。〝神〟はまごう事無いクソ野郎だが、同時にそれ程甘い相手でも無い。

 

(■■ちゃんが呼べなかったのは仕方無いとして、■■ちゃん抜きだと範囲攻撃も超火力も無いのがネックか。少なくとも、俺単独で〝分解〟をブチ抜けるだけの火力は確保出来なきゃ話にならない。)

 

 今回、■■の顕現に際して社は『言う事をある程度聞いてもらう』代わりに、『顕現時間は1分のみ、且つその後最低でも24時間は呼び出せない』『縛り』を課していた。魔物の残滅に必要だった為『縛り』そのものを後悔している訳では無いが、問題は社自身の火力不足が浮き彫りになった点だろう。今後も〝神の使徒〟との戦いが予想される以上、〝分解〟の防御を貫く火力は必要不可欠なのだから。

 

(本格的に〝神〟陣営と戦う前に、課題を知れて得したと考えよう。何時までもハジメの火力に頼りっぱなしも良く無いしなぁ。・・・使徒の身体、パクっとくか。ハジメが分析か何かに使うだろ。)

 

 自身の弱点を認識出来たと前向きに捉えながら、社は〝影鰐(かげわに)〟を呼び出すと〝神の使徒〟の残骸を影の中に収納していく。伸縮する影が使徒の身体や大剣を飲み込んでいくのを眺めていた社だったが、不意に〝比翼鳥(ひよくどり)〟越しにハジメから連絡が入る。

 

《そっちはどうなった、社?》

 

《っと、ハジメか。こっちは大丈夫だ。今〝神の使徒〟の残骸を回収中。いや、本当に助かった。俺だけじゃ割とジリ貧だったからな。》

 

《なら良いが。ったく、こっちに〝比翼鳥(ひよくどり)〟が飛んで来た時は何事かと思ったぞ。》

 

 社が〝比翼鳥(ひよくどり)〟を飛ばしたのは、〝(くゆ)(きつね)〟の白煙に紛れた使徒の座標を正確にハジメに伝える為だった。白煙の中に居る存在は、術者である社には手に取る様に分かる。その感覚を〝比翼鳥(ひよくどり)〟でダイレクトに伝えたのだ。

 

《他はどんな感じだ?こっちは粗方片付いてるが。》

 

《何処も殲滅はほぼ終わってる。今、町外れで先生達と集まって、中野が目を覚ますのを待っているとこだ。》

 

《あらら、俺がドベか。りょーかい、直ぐにそっち行くわ。・・・それから、気を付けろよ。()()()()()()()()()()()()()()。》

 

《・・・そっちも〝魔眼鏡(まがんきょう)〟で確認済みだ。念の為、先生達とは距離も取らせてある。良く分かったな?》

 

《妙な悪意があったからな。どう転ぶかまでは、分からないが。》

 

 世間話の様な軽さでシレッとトンデモない事を語る社。最も、特に驚きもしない辺り、ハジメの方も大概ではあるが。抜け目無い親友(ハジメ)に頼もしさを抱きつつ、社は街の外れへと足を向ける。裏切り者の末路を半ば予見しながら。

 

 

 

 

 

「ちーっす、お待たせー。全員無事かー?」

 

「軽っ!?いや反応かっるいなオイ!?1番大変だったの宮守だって話だったんだが!?」

 

「心配かけまいと(わざ)と軽く言ってんのか、それとも素なのか判別がつかねぇんだよなぁ・・・。」

 

「南雲君とは別方向に振り切れてるよね、宮守君。」

 

 社の余りにも軽過ぎる帰還に、思わずツッコミを入れる〝愛ちゃん護衛隊〟の面々。真なる〝神の使徒〟改め〝神の眷属〟云々まで話していないものの、ハジメから「1番ヤバい奴の相手してる(意訳)」と聞かされていた為、割と気が気では無かったのだ。尚、当の本人はピンピンしていたので、良くも悪くも肩透かしを食らった模様。

 

「無事で何よりッス、社サン。例の相手(ヤツ)は?」

 

「キッチリ()ったから、詳しくは後で話そうか。アルさんも無事で何より、ユエさん達も大丈夫かい?」

 

「・・・問題無し。お疲れ、社。」

 

「私もバッチリ無事ですよぉ〜。お疲れ様です、社さん!」

 

 社の呼び掛けにそれぞれの反応を返すユエ達。多少の疲労は見られるものの、誰も大きな怪我を負っている様子は無い。一先ず、危機は乗り越えたと考えて良いだろう。

 

「お疲れ様の一言で済ませるのは、余りにも傲慢ではありますが・・・それでも、南雲君共々よく帰ってきてくれました、宮守君。」

 

「いーえ、それ程でもありませんよ。と言うか、先生はこれからが本番なんですから、泣き出すのは早いですよ。」

 

「えぇ、分かっています、分かっては、いるのですが・・・グスッ。」

 

 努めて軽く振る舞う社に対し、愛子は既に涙ぐみ鼻を啜っていた。1生徒(今回の場合はハジメと社だが)に対して、これ程までに入れ込むのが正しいのかどうか、社には判断が付かない。少なくとも、賢い方法では無いのかも知れないが・・・それでも、愛子なりの誠実さを感させるあり方は、社も嫌いでは無かった。

 

「ハジメは何処に?」

 

「・・・向こうで、中野君を見張っています。」

 

 愛子の指差す方を見ると、錬成で作られたであろう柱に縛られた中野と、その近くで見張るハジメが居た。そこから少し離れた場所には町の重鎮が幾人かと護衛隊の騎士、更に離れた場所にティオとフィルルが居る。万が一を考え、中野からは距離を取っているのだろう。帰還報告をすべく、社はハジメの方へと歩み寄る。

 

「よう、ハジメ。お前さんも無事みたいだな。」

 

「そりゃこっちの台詞だよ、馬鹿野郎。相変わらず、息を吐く様に無茶しやがって。」

 

「素直に助けを求めたんだから、そこは許してくれ。」

 

 欠片も悪びれない社に、呆れてジト目を向けるハジメ。だが、その視線も直ぐに別の方向を向くと、酷く真剣な眼差しへと変わる。ハジメの視線の先には、縛られたまま動かない中野が居た。

 

「率直に聞くが、何とかなるのか?」

 

「・・・・・・難しいな。癒着(ゆちゃく)なんてレベルじゃ無い。一体化とか、融合に近いな。力づくで引き剥がそうものなら、何が起きてもおかしく無い。」

 

 柱に縛られ気絶している中野は、見るも無残な姿に成り果ててーーーはいなかった。社に放り投げられた後、クロスビットに回収された中野はそのまま町の外れへと運ばれて今に至る。流石に今回の襲撃の首謀者を町中に連れて行く訳にもいかず、愛子が対話を希望した事もあり、この場に運ばれたのだ。

 

「先生は知ってるのか。」

 

「一通りは伝えてある。だが、〝それでも私が話さないと〟だとよ。周りが止めても聞く耳持ちやしない。」

 

「頑固だねぇ。」

 

 ティオの証言通り黒いローブを着ていた事や、何より戦場から直接連行された事から、中野が襲撃犯の1人であるのは確定だ。そんな危険人物との対話に当然デビッド達護衛騎士は反対したが、愛子は頑なにそれを拒否した。その後、擦った揉んだの末、中野を拘束した上でハジメと社が立ち会う事を条件に、愛子の対話が認められたのだ。「きちんと対話をするなら、拘束もすべきでは無い」と愛子は最後まで不満気だっだが、中野の状態が未知数である以上、拘束を外す訳にはいかなかった。

 

「では、いきます。・・・中野君。起きて下さい、中野君。」

 

「・・・う、うぅ・・・。」

 

「私が誰だか分かりますか?貴方の・・・担任の、畑山愛子です。」

 

 縛られている中野の目を覚ますべく、愛子は歩み寄ると中野の肩に触れ揺り動かす。少しだけ語り口に間があったのは、自分が担任と言う肩書きに相応しいのか、愛子自身、不安に駆られたのかは定かでは無いが・・・。

 

 そのまま愛子が呼び掛ける事数度、やがて中野の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡したかと思えば、ハッと気を取り戻した中野は咄嗟に立ち上がろうとする。だが、上半身は鎖で雁字搦めにされており、支えとなる柱はいくら引っ張ってもビクともしない。

 

「な、何だよ、これ!どうなってんだ!?何で縛られてるんだ!?」

 

「ほぉ、自分(テメェ)には縛られる理由が一切無い、とでも言うつもりか?」

 

「そこまで頭パーになる程、乱暴に扱った記憶は無いなぁ、中野くぅん?」

 

 ガチャガチャと自らを縛る鎖を鳴らしながら、ヤケ気味に叫んでいた中野がピタリと身動きを止める。そのままゆっくりと顔を上げた中野の目の前には、拳銃(ドンナー)を構えるハジメと〝天祓〟の切先を向ける社が居た。それを見て漸く自分の置かれた状況が把握出来たのだろう、中野は冷や汗を垂らすと顔色を真っ青に染める。

 

「2人共、今は抑えて下さい。中野君も、落ち着いて下さい。誰も貴方に危害を加えるつもりはありません。先生は中野君とお話がしたいのです。どうしてこんなことをしたのか、一体貴方達に何があったのか・・・どんな事でも構いません。先生に中野君の話を聞かせてくれませんか?」

 

 下手に言い訳されない様に凄むハジメと社を宥めながら、愛子は膝立ちで中野の目をしっかり見つめて語り掛ける。ウルの町を危機に陥れたと考えれば酷く甘い対応であるが、愛子はあくまでも先生と生徒として話をするつもりなのだろう。

 

「っ・・・じ、実は、魔人族に、大介*1達を、人質にーーー。」

 

「はいダウト。言っとくが、嘘は全く通じないからな。俺が檜山の誤魔化しを見抜いたの、忘れた訳じゃ無いよなぁ?」

 

 社に冷たく一蹴され、言葉を詰まらせる中野。他人の悪意を見抜ける性質上、社の〝悪意感知〟は虚偽や虚飾まで容易く見抜く事が出来る。無論、そこには相手を騙したり謀ろうとする悪意を持つ事が前提ではあるが、逆に言えば嘘だと見抜けた以上、中野には愛子達を騙そうとする悪意があったとも言える。

 

「別に本当の事を話さなくても良いが、その場合は少しだけ手荒な真似をする必要が出てくるなぁ。・・・檜山みたいに、丸焼きにはされたく無いだろ?」

 

「ヒィッ!わ、分かった!話す、話すから!な、何から聞きたいんだ!?」

 

 社の本気が嘘ハッタリで無いと感じ取ったのか、中野は慌てた様子で何度も頷いた。恫喝染みたやり口に若干非難がましい視線を向けながらも、愛子が代表して質問を始める。

 

「なら、先ずはどうやって王国から逃げ出したのかを、教えて貰えますか?」

 

「あ、あぁ。つっても、俺達も良く分からない。俺達が王国で引き篭もって何日かしたら、深夜にいきなり銀髪のシスターと傷が治った大介が部屋に入って来たんだよ。それで〝貴方達は選ばれた〟とか、〝こんなクソみたいな国より、俺達に相応しい場所がある〟とか言い始めて・・・2人の話を聞いてたら、俺も良樹(よしき)礼一(れいいち)*2も不思議と乗り気になってたから、〝全員で着いて行く〟って答えたら、気が遠くなって・・・何時の間にか、知らない場所に居たんだよ。」

 

 ポツポツと、記憶を遡りながら当時の事を話す中野。〝悪意感知〟に反応が無い以上、中野が嘘を並べている可能性は限り無く0に近い。意識や記憶が操作されている場合は術者の悪意が残っていたりするが、そんな様子も無い為、中野は少なくとも今のところ嘘1つ吐いていないらしい。

 

(檜山の傷が治ってたって事は、やっぱり〝狂った神〟は『呪術』への対抗策があるのか。オスカーの隠れ家にあった記録は、全くの出鱈目でも無かった訳だ。神は間違い無く、『呪力』の排除ーーー『()()()()()()()()()()〟を目論んでいる。)

 

 愛子と中野の話を聞きながら〝神〟の狙いについて考える社。()()()()()()()()()()()()()()()()()然り、ミレディから聞いた話然り、〝神〟が『呪力』持ちを忌々しく思っていたのは確実だ。その理由まではまだ分からないが、少なくとも社やアルにとっては面倒ごとの種にしかならないだろう。

 

「それで、その後はどうしたのですか?」

 

「そのままシスターに連れられて、【神山】にあった【聖教教会】みたいなデカい神殿に連れてかれて・・・そこで会ったんだよ、魔人族に。最初は俺達も驚いたけど、大介もシスターも〝大丈夫〟って言うし、色々と話をしてみたら、俺達にメチャクチャ同情してくれて。それで、魔人族のお偉いさんに掛け合ったら、条件付きで魔人族側の勇者として迎え入れても良い、って。」

 

「その、条件とは何ですか?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 愛子の質問に素直に答えていた中野が、ここで初めて言葉に詰まる。ハジメと社が両隣で睨みを効かせていて尚、(だんま)りを決め込む辺り余程言いたく無い事なのだろう。目を泳がせどうにか誤魔化そうとする中野だが、ハジメと社が万力で締め上げる様に少しずつ〝威圧〟をかけると、観念した様に口を開いた。

 

「・・・・・・人間族の町の、襲撃だ。〝魔物と魔物を操る方法は用意するから、魔人族側の信用を勝ち取りたいなら君達が成し遂げろ〟ってさ。」

 

「それだけでは、ありませんね?・・・私を、殺す様に言われましたか?」

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

(確かに、先生が狙われている可能性は伝えたが・・・。)

 

(まさか直接、真っ向から問い詰めるとは。肝の座り方が半端じゃ無いなぁ、先生。)

 

 愛子の爆弾発言に周囲が俄かに騒つく中、ハジメと社もまた内心で少なからず驚いていた。檜山達が行方不明となったのが〝神の眷属〟の手引きだった場合、〝狂った神〟の狙いは教え子(檜山)恩師(愛子)を殺させて愉しむ事だとハジメ達は考えていた。その推測が正しいかはさておき、愛子には予め檜山達が敵となる可能性についても伝えていたが、まさかここまで愛子の肝が据わって居るなどとは思いもよらなかったのだ。

 

 一方、図星を突かれたと言わんばかりに目を逸らす中野を見た〝愛ちゃん護衛隊〟の面々は、憤りながら中野に詰め寄っていく。

 

「あれだけ俺達を庇ってくれた愛ちゃん先生を狙うとか、何考えてんだ!」

 

「そうよ!挙句、魔物を率いて町を襲うなんて・・・どれだけ多くの人が犠牲になるか、分からない訳無いでしょ!?」

 

「ハァ?揃いも揃って馬鹿かお前らは。1番最初に俺達の事情を無視したのは、こっちの世界の奴等だろうが!そんな奴等がどうなろうと、知った事かよ!第一、先生にしたって俺達の担任で、しかも大人なんだから、俺達を庇うのは当たり前だろ!寧ろ、俺達を助ける為なら、率先して犠牲になるべきだろうが!」

 

「アンタねぇ・・・!!」

 

 詰め寄られ反省するどころか、さも当然の様に「自分は悪くない」と開き直る中野を見て怒り心頭となる生徒達。その癖、ハジメや社とは全く目を合わせようとしない辺り、相変わらず小物臭い部分は変わっていないらしい。そんな舐め腐った態度に、〝愛ちゃん護衛隊〟の面々が更にヒートアップする寸前、それを遮る様に愛子が中野の前に一歩でた。

 

「・・・何だよ、先生。アンタも、俺にお説教か?俺達に何も出来なかった、駄目な大人のアンタが?」

 

「いいえ。中野君の言う通り、私は何も出来なかった、駄目な大人でしたから。」

 

「ハッ、だったらーー「ですから、これは唯の初心表明の様なものです。」ーーあぁ?」

 

 愛子の努力を嘲笑う中野を、しかし取り乱す事無く否定しない愛子。その様子を怪訝に思いつつも何かを口走ろうとする中野に、愛子は誓いを立てる。

 

「これからもきっと、私は魔人族に狙われ続けるでしょう。敵対している魔人族からすれば、〝作農師(わたし)〟は目の上のタンコブでしょうから。ですが、それで良いのです。私が活躍すればする程、王国も教会も私の生徒達を大切にしてくれる。私が目立てば目立つ程、魔人族は生徒達では無く私を狙う様になる。もしかしたら、死ぬより酷い目に合うかもしれませんが・・・それらも全て覚悟の上です。ーーーもう、何も出来ない大人で居るのはやめました。生徒達を守る為なら、私は、私の持ち得る全てを使うと決めたのですから。」

 

「・・・っ。」

 

 一欠片の迷いも無い真っ直ぐな物言いに、中野を含めた愛子の周りの人々が気圧される。〝天職〟の効果でも、まして〝魔法〟や〝技能〟を使ったのでも無い。唯単純に己の覚悟と気迫のみで、愛子は周囲の全てを圧倒したのだ。この世界に拉致された直後、右往左往していただけの未熟な教師の姿はもうそこには無い。今此処に居るのは、生徒を守る為ならば〝豊穣の女神〟として祭り上げられる事も、命の危機に晒される事すらも厭わない、強い覚悟を抱いた1人の大人の姿だった。

 

「そして、その生徒達の中には当然、貴方も入っているのですよ、中野君。私も含めて、誰もが過ちを犯します。中には取り返しの付かない過ちもあるのかも知れませんが・・・それでも、貴方はまだ戻って来れる。どうかまた、此方側にーーーいえ、私にチャンスをくれませんか?頼りない先生かも知れませんが、今度はもう間違いません。お願いします、もう1度だけ、私を信じて下さい。」

 

 再び膝をつき目線の高さを合わせた愛子は、呆然とする中野の目を真っ直ぐに見つめて語り掛ける。責める事もせず、只管(ひたすら)に誠実に想いを伝えようとする愛子の姿に、生徒達だけで無く護衛騎士や町の重鎮達も、固唾を飲んで事態を見守っていた。

 

「・・・イカれてる。頭おかしいんじゃねぇのか、アンタ。」

 

「それで大切な生徒達が守れるなら、安いものでしょう。」

 

 信じられない者を見たと悪態を吐く中野にも、愛子は全く揺らがない。それどころか一向に目を逸らさない様子を見て、中野は忌々しそうに舌打ちすると観念した様に項垂れ再び口を開いた。

 

 ゴボッ ビチャ

 

「・・・中野、君?」

 

 だが、中野の口から出て来たのは、望んだ返答では無く大量の血液だった。

 

「・・・あ?んだよ、これーーーオゴッ!?ア、アアァアァア!?!?」

 

「全員、今すぐ俺達の後ろに下がれ!」

 

「結局こうなるかよ!ユエさん、結界頼む!」

 

 呆然とする愛子を直ぐに抱えたハジメは、社と共に周囲に指示を出して中野から即座に距離を取る。柱に縛られたままの中野は血を吐きながら悶え苦しんでおり、体内からは()()()()()()()()()を中心として大量の魔力が渦巻くのが感じられる。

 

「・・・キツいだろうけど、貴女も結界を。ーーー〝聖絶〟」

 

「問題ありませんわ。ーーー〝水牢〟」

 

 要請を受けたフィルルとユエが、中野とそれ以外の人間を隔てる様に結界を張る。輝く光と薄く圧縮された水、2属性が重なる防壁は眩く煌めいているが、生憎と見惚れている時間は無い。中野の体内の魔力は何時暴発しても不思議では無い程に膨れ上がっている。

 

「皆さん何を!?南雲君も離して下さい!あれでは中野君が!」

 

「駄目だ先生。言っただろ、もう手遅れだ。」

 

 腕の中で暴れる愛子を抑えながら、端的に事実を伝えるハジメ。中野が体内に寄生花を埋め込まれているのは、ハジメも社も気付いていた。それ故に、愛子が中野と話をしていた時も、下手に会話に入らず寄生花に変調は無いかを注視していたのだ。唯一つ、寄生花を埋め込まれたのが中野自身の意思なのかだけは分からなかったが、この様子だと最初から捨て駒扱いだったのだろう。

 

「中野君ーーー中野君!!」

 

「オゴォォアアアァ!?!?」

 

 届かないと分かっていて尚、結界越しに見える中野に手を伸ばそうとする愛子。ハジメに抑えられながら、それでも中野の名を呼ぶ声は余りにも悲痛だが、当の本人は叫び声を上げるだけで碌な反応を返せない。そのまま、中野の身体からはどんどん魔力が溢れていきーーー。

 

 ドガァァァン!!

 

 遂に、魔力が爆発した。閃光と轟音、次いで衝撃が結界を揺らし、生徒達や町の重役が悲鳴を上げる。だが、2層に重なった結界にはヒビ1つ入らず、爆風を見事に防いでいた。

 

「・・・中野、君・・・。」

 

 ハジメに腕を掴まれたまま、悲しげに目を伏せる愛子。結界の周囲を漂っていた黒煙が晴れた後には、焼け焦げた地面以外には何も残っていなかった。爆弾と化した中野の遺体は勿論、身体の一部はおろか遺品となりそうなものすら跡形も無く消え去っていたのだ。両手で顔を覆い崩れ落ちる愛子に、生徒達や護衛騎士達も掛ける言葉が見つからないでいる。

 

「ーーー結界をそのまま維持っ!まだ先生が狙われてる!」

 

 その直後。愛子に向けられた悪意を感知した社が、声を張り上げた。爆発を防ぎきり無意識に気が緩んだ隙を狙い澄まして、確実に愛子を仕留めんとする濃密な殺意。突然の事態に、それでも社の力を知るハジメ達が即座に動く。

 

「〝(さと)(ふくろう)〟、〝岐亀(くなどがめ)〟!」

 

 愛子の前に立ちはだかった社は、式神で強化した視界により悪意の大本を見つけ出すと、突き出した腕の先に多重の結界を張って盾となる。ユエも即座に、フィルルも一拍遅れて魔力を練り上げると、爆発ですり減った結界の強度を上げて出来うる限りの防護を固める。

 

 パリィィィン!!

 

 即席にしてはほぼ最善の守り。それを複数の蒼色の水流(レーザー)が容易く貫いてしまう。

 

「あらゆる害意は塞がれて、此方側には来ること能わず!」

 

 複数の水流(レーザー)ーーー恐らくは〝破断〟に近い魔法がユエとフィルルの結界を貫いたのを見て、社は後出しで詠唱を追加する。ある程度は威力が減衰されていたのか、幾本もの水流(レーザー)は〝岐亀(くなどがめ)〟の多重結界を半分ほど割ったところで押し止められたが、未だに本数も勢いも衰えない。このままであれば、直ぐに押し切られる。

 

「ハジメェ!」

 

「分かってる!」

 

 更なる『呪力』を結界に注ぎ耐える社の声に応える様に、二丁拳銃(ドンナー&シュラーク)の照準を合わせるハジメ。〝遠見〟で水流(レーザー)の射線を辿る事で、既に射手の姿は捉えている。黒服で耳の尖ったオールバックの男ーーー魔人族は、植物の茎や枝が絡み合った極彩色の杖を構えながら、大型の鳥の様な魔物の上に乗り、他の鳥型魔物と共に此方を攻撃し続けていた。

 

 ドパパパパパパパァン!!!

 

 連続する炸裂音と共に、深紅の閃光が殺意を乗せて魔人族に殺到する。だが、魔人族の男は騎乗する魔物に回避を任せ、時には他の鳥型魔物を盾にしながら、尚も愛子に向けて執拗に水流(レーザー)を撃ち続けていた。レールガンの威力は充分理解しているだろうに、それでも死を恐れず愛子を狙い続けるのは凄まじい執念である。

 

「チッ、四目狼と同じ〝先読〟系の固有魔法持ちがいるな。」

 

 苛立たしげに舌打ちしながら、牽制がてらレールガンを連射するハジメ。幾ら数百m離れているとは言え、秒速3.2kmもの弾丸を見てから回避するのは不可能だ。逆説、それが出来ていると言う事は、相手に〝先読〟系の固有魔法持ちが居るのだろう。流石に何発も撃たれては回避に専念するしか無いらしいが、それでも逃げる素振りを見せない辺り、諦めるつもりも無いのだろう。

 

「逃げられて、情報を持ち帰られるよりかはマシだが・・・。」

 

「折角、相手が意地張ってくれてるんだ。このまま仕留めちまおう。」

 

「それがベストか。何か案でもあるのか、社?」

 

 レールガンの狙撃を続けるハジメに、結界を張り続けながら悪い笑みを浮かべる社。「コイツまた無茶苦茶ヤル気だな」と内心呆れながら先を促すハジメに、社は表情を引き締めると全員に策を話す。

 

「ハジメはこのまま、レールガンで相手を釘付けにしてくれ。ユエさんとフマリスさんは魔力がシンドイだろうけど、俺の代わりに結界を頼む。アルさんとクラルスさんは念の為、先生を守っていて欲しい。それでシアさん、君はーーー。」

 

 

 

 

 

「・・・まさか、ここまでとは。」

 

 巨大な鳥型魔物に騎乗しながら、苦々しく呟いた魔人族の男。彼こそが魔物達を率いてウルの町を襲撃した張本人であり、更には〝豊穣の女神〟抹殺の使命を帯びた、魔人族特殊部隊の精鋭であった。

 

(簡単な任務になるとは思っていなかった。だが、まさかここまで誤算(イレギュラー)が重なるとは。)

 

 レールガンを必死に避けながら、魔人族の男は自らに与えられた任務を思い返す。今回、男に与えられた使命は3つ。1つ目が、魔物に寄生して強化・意思の統率を可能とする寄生植物型の魔物〝寄生花(パララント)〟の実戦導入。2つ目が〝神の使徒〟より授けられた異界の住人が、本当に使()()()()の確認。そして3つ目が〝豊穣の女神〟の抹殺であった。

 

(暗殺が失敗した時点で、私は即座に撤退する手筈だった。だが、アレを見てしまえば、そうも言ってられない。我が命に替えても、此処で息の根を止めなければ・・・!)

 

 命令違反に忸怩(じくじ)たる思いを抱きながらも、それ以上の危機感が男から撤退と言う選択肢を消し去っていた。我が身を顧みず、必ず殺すと男が不退転の決意で持って睨むのは、しかしハジメでも社でも、ユエやハウリア姉妹でも、まして竜人族主従でも無かった。

 

(アレは駄目だ。アレはーーー〝豊穣の女神〟は間違い無く、今以上に我等の脅威と成り得る!独力で兵站を担えるだけでは無い、住人を纏め上げるカリスマだけでは無い。あの女は〝寄生花(パララント)〟に()()()()()()()()()()()()!)

 

 本来であれば、魔人族の男は愛子が中野に近付いた時点で〝寄生花(パララント)〟を起動、即座に自爆させるつもりだった。それで愛子が死ねば良し、万一生き残っても怪我は免れず、そこを狙撃して仕留める算段だったのだ。だが、予想に反して〝寄生花(パララント)〟の起動と自爆は大幅に遅れ、結果的には容易く防がれてしまった。〝寄生花(パララント)〟の有効距離や爆発速度は完全に掌握していたにも関わらず、極々僅かだが確かに支配権を奪われたのだ。そして、その力を無意識に行使したのは、植物の生産に特化した〝作農師〟たる畑山愛子に他ならない。

 

(軍の一部では〝寄生花(パララント)〟を〝豊穣の女神〟に寄生させて我が国の兵站を担わせる案も出ていたが・・・無理だ。あれを見た後では、最悪〝寄生花(パララント)〟の支配権すら奪われかねない。しかも、数万規模の大群を蹴散らし、あまつさえ〝使徒〟様すら退ける力の持ち主が複数存在している事実!やはり、情報を持ち帰る事に専念すべきか・・・?)

 

 現状、男が持つ情報は魔人族にとって値千金と言える物ばかりだ。〝作農師〟が〝寄生花(パララント)〟の天敵足り得る可能性については勿論の事、〝寄生花(パララント)〟の実戦運用から取れたデータや、ハジメや社を筆頭にした人間族側に属する特級の戦力達。これだけの事を事前に知れたのは、ともすれば数万の大群を失った事を差し引いてもお釣りが来るだろう。

 

(ーーー否、もし人間族側が〝寄生花(パララント)〟の戦略的価値に気付いた場合、〝豊穣の女神〟の守護は増し始末するのが更に困難になる!それだけは、それだけは避けなければ!)

 

 だが、それを分かっていて尚、魔人族の男は撤退を選べない。〝寄生花(パララント)〟は、魔人族が新たに得た()により作り出された、戦争の切り札と成り得る魔物だ。その情報が漏れるどころか、無力化されかねない可能性を見過ごせる程、男は状況を楽観視出来なかった。

 

(例え、この場で私の命が潰えようとも〝豊穣の女神〟だけは必ず仕留める!)

 

 決死の覚悟を胸に抱いた男は、懐に手を伸ばすと黒色の塊を取り出した。親指サイズの植物の種らしきそれを、男が躊躇無く飲み込むと変化は直ぐに現れる。男の皮膚に緑色の毛細血管の様な痣が広がると共に、膨大な魔力が溢れ出したのだ。

 

「我が身命を賭してでも、この場で貴様をーーーッ!?」

 

 溢れる魔力に任せて再び魔法を放とうとした男を、最大級の悪寒が襲う。訳も分からぬまま、本能に任せて騎乗する魔物に回避を命じたのと、上空から風の刃が降ってきたのはほぼ同時だった。

 

「オイオイ、今のは当たる流れだろ。」

 

「その容姿、〝使徒〟様を退けた者か!」

 

 驚愕する男の前に現れたのは〝比翼鳥(ひよくどり)〟の片割れと〝狗賓烏(ぐひんからす)〟を従えた社である。抜き身の〝天祓(あまはらい)〟を片手にニヒルに笑う社とは対照的に、男は忌々しげな表情を隠さない。

 

「貴様、気付かれずにどうやって此処まで!」

 

「正直に話すかよ、馬鹿が。」

 

 男の疑問をバッサリと一蹴する社。とは言え、社がやったのはそこまで複雑な事では無い。シアがフルスイングした変形槌(ドリュッケン)射出台(カタパルト)にして、文字通り風を纏って飛んで来ただけである。下手を打てば大事故待った無しであるが、〝比翼鳥(ひよくどり)〟で意識を同調すればタイミングは外さない。接近されるまで気付かれなかったのは、男の意識がレールガンに向いていたのと、社が〝気配遮断〟を発動していたからだった。

 

「それよりも、話してる余裕なんてあるのか?」

 

「クッ、またか!」

 

 嘲る社の声が合図になった様に、再びレールガンの掃射が男を襲う。地上からの閃光が敵を撃ち抜かんと降り注ぐが、男は魔物達を指揮しながらギリギリのところで避けていく。

 

「私を逃さない為に来たのだろうが、元よりその気は無い!それに、この閃光が撃ち出される間、貴様は私に近づけーーー。」

 

「るんだよなぁ、コレが!」

 

「なぁっ!?」

 

 数多の閃光をものともせず斬りかかって来る社に、魔人族の男は開いた口が塞がらない。誤射を恐れていない等と言う次元では無い、社は自分達に向け放たれるレールガンを一瞥すらしていないのだ。社の視界に映るのは、目の前に居る魔人族の男ーーー己が殺すと決めた敵のみだった。

 

「差し違えてでも、私を殺すつもりかっ。」

 

「お前如きと心中なんて、御免被るなぁっ!」

 

 悪態を吐き合いながら、互いの息の根を止めるべく殺しあう2人。魔法をばら撒きながら周囲の鳥型魔物を(けしか)けて距離を離そうとする魔人族に対し、社は〝飛爪〟*3を飛ばしながら魔人族を追い掛ける構図。側から見れば互角の状況だが、追い詰められているのは魔人族の男の方だった。

 

(強い!〝使徒〟様を倒し消耗した身体で尚、〝寄生花(パララント)〟で強化された私を圧倒するか!)

 

 男が撃ち出される幾条もの水流(レーザー)を、縦横無尽に空を飛び跳ねて回避する社。単純な飛行能力を比較するのであれば、男が騎乗する鳥型魔物に軍配が上がるだろう。だが、社が使用している〝空力〟は、魔力で自在に足場を作れる技能だ。そこに社の脚力も合わされば最早翼など必要無い。急加速や急停止、360度全方位を自由に駆け巡る社は、空中での小回りと言う一点に於いて鳥型魔物を圧倒していた。

 

(余力を残して勝てる相手では無い!魔力を惜しまず短期決戦で決着を着ける!)

 

 逡巡もせずに今一度覚悟を決め直すと、男は全力で魔力を練り上げる。地上まで数百mは下らない以上、致命傷を受けずとも空への足を失った時点で墜落死は免れない。その上、未だに地上から散発的に放たれているレールガンが、墜落死の可能性を余計に跳ね上げている。周囲の鳥型魔物も数えられるまでに減った今、これ以上の継戦は不利にしかならないと言う判断だ。

 

(魔法の威力(キレ)が上がったか。さっさと決着(ケリ)つけるつもりだな。)

 

 男の攻撃が激化したのを見て、表情を変えないまま更に加速する社。〝比翼鳥(ひよくどり)〟で意識を同調している為、ハジメが誤射する可能性は低いが、いかんせん距離があるので全くの0でも無い。早期決着は望むところである為、社もまた雨霰と降り注ぐ魔法を掻い潜ると、決着を着けるべく魔力と『呪力』を練り上げる。

 

 キュアァァァ!?

 

「しまった!?」

 

「ナイスだハジメェ!」

 

 加速する攻防の中で最初に限界を迎えたのは、男が騎乗していた鳥型魔物。右翼の一部をレールガンに撃ち貫かれ、墜落とまではいかずとも大きくバランスを崩してしまったのだ。その余波で騎乗していた男がよろけた隙を見逃さず、社は連続で〝飛爪〟を飛ばしながら真っ直ぐに吶喊する。

 

「ーーー舐めるなぁ!」

 

「チッ、捨て身かよ!」

 

 そして遂に〝飛爪〟の1つが男の片腕ごと極彩色の杖を切り裂いた。だが、男の闘志は衰えぬまま、逆に社を迎撃せんと魔法陣を展開する。防御を捨て去り、その分の魔力を全て回した捨て身兼渾身の一撃。今までの水流(レーザー)と同一の魔法陣だが、注がれた魔力は並々ならぬ量だ。喰らえば社とて唯では済まないが、ここまでの至近距離で外す程、男は柔では無かった。

 

「死ね、人間族!」

 

 男の叫びと共に、狂った勢いで水流(レーザー)が発射される。確実に殺せる様に頭を撃ち抜く軌道で放たれた水流(レーザー)は、苦し紛れに盾とした社の左腕をあっさり貫き、吸い込まれる様に額へと命中した。どれだけ頑丈だろうと関係無い必殺の一撃に、勝利を確信した魔人族の口角があがる。

 

「ーーーまだ、まだぁっ!」

 

「馬鹿なっ、今のを受けて何故生きているっ!?」

 

 肉の削がれた額と穴の空いた左腕から血を流し、それでも社が死なない事に戦慄する男。水流(レーザー)を避けられないと悟った社は、即席で『頭と〝天祓(あまはらい)〟を握った右腕以外の守りを捨てる』『縛り』を課し、残った魔力と『呪力』をその2箇所に回す事で集中的に防御。水流(レーザー)を無理矢理耐えぬき稼いだ数秒で、〝狗賓烏(ぐひんからす)〟で風を操作すると力付くで水流(レーザー)の軌道から身体を逸らしたのだ。

 

(焦るなっ、痛手を与えた事に違いは無い!奴の一撃を躱し、今度こそ確実に仕留める!)

 

 驚愕と焦燥を捩じ伏せて、残る魔力を振り絞る魔人族の男。社が死ななかったのは誤算だが、深手を負わせたのも事実。死に体で放たれるであろう風の刃を躱して、返す刀でトドメを刺す。その為に男が取った手段は、至極単純なものだった。

 

 トンッ

 

 血塗れの社の放った〝飛爪〟が、()()()()()()()()()()()を過ぎ去った。この土壇場で男が選んだのは、空への投身。たった1度だけ社の攻撃を避けられれば良いと考えた最後の大博打。空中で身動きが取れない我が身を斬り刻まれるより早く、社を魔法で撃ち抜く事に賭けた、文字通り身体を張った男の策。

 

(致命の傷すら物ともしない覚悟は見事ーーーだが、勝つのは私だ!)

 

 刀を振り切り無防備な姿を晒す社に、男は過去最高の集中力でもって狙いを定める。先程防がれた点、そして的が大きい点を考慮し、水流(レーザー)の照準は胴体ーーー心臓を目掛けて狙い澄ます。内心で社の奮闘を称賛しながら、男は魔力を魔法陣に流し込む。

 

 シャリン

 

「ガッーーー。」

 

 最後の魔法が放たれようとした直前。金属同士が薄く擦れ合う様な音と共に、男の身体が袈裟懸けに切り捨てられた。肉を斬り内臓を割かち、骨すら断ち切る見事な一太刀。予測不可能の斬撃を浴びせられた男が驚きと共に目を向けた先には、鳥型魔物を斬り伏せながらも此方を油断無く見据える社と、何時の間にか消えていた〝比翼鳥(白い鳥)〟の代わりに、肩に寄り添う〝薙鼬(白いイタチ)〟が居た。

 

(飛ぶ斬撃を複数・・・土壇場まで伏せていた、か・・・。)

 

 ぼんやりと薄れゆく視界の中で、何処か他人事の様に思考する魔人族の男。趨勢(すうせい)は決した。逆転の目は無く、男の敗北は必定である。それでもまだやれる事があると、男は最期の足掻きに出る。

 

(・・・おさらばです、フリード様、親愛なる同志達よ。一足先に神の下に逝く事を、お許し下さい。)

 

 祈る男の身体のあちこちから、血液と共に魔力と光が漏れ出す。今も落下し続けている為、距離が離れた社を巻き込めるかは半々だが、最悪自分の死体を残さなければ良い。その為の自決兼自爆機能なのだから。

 

「アルヴ様、万歳ッ!我が祖国に、栄光あれッ!」

 

 瀕死の身体とは思えぬ程に声を張り上げる男。それと同時に、光と魔力の高まりは最高潮を迎えーーー大爆発を引き起こした。

*1
檜山の本名。

*2
檜山と仲が良かった小悪党組の2名。斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)

*3
〝風爪〟の派生技能。風の刃を飛ばせる。




色々解説
・〝オスカーの隠れ家に残されていた手記〟について
奈落の底、オスカーの隠れ家に隠されていた()()()()()()()について記されていた手記。渇いた血に濡れたそれは、とある事情から内容含めてハジメと社しか存在を知らない。以前、社とハジメが話した「ユエに見せていない記録(意訳)」と同一の物。*1

・中野信治について
栄えある本作での異世界組初の犠牲者にして、最後まで生かすか死なせるか(主に筆者を)悩ませた人物その1。やった事は間違い無く悪だし言ってる事もほぼ無茶苦茶だが、この世界に拉致されて歪んだのも事実なので、そう言う意味では加害者兼被害者とも言える。尚、〝寄生花(パララント)〟には精神を一切操られていないので、発言は全て彼の本心からのものである。

・魔人族の男について
本名はレイス。本作での魔人族初の犠牲者にして、最後まで生かすか悩んだ人物その2。原作でもかなり優秀な軍人で、右腕を犠牲にしたとは言えハジメから見事に逃げおおせた数少ない人物。尚、本作では優秀過ぎた為に愛子の危険性を見抜いてしまい、欲をかいた結果社に始末された。『縛り』が無ければ社の頭も高い確率でブチ抜けてたので、相手が悪かったとも言う。

*1
〝58.支部長からの依頼〟参照



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75.異世界より⑩

後書きに筆者のメモ書きが残っていたので消去しました。見てしまった方はお目汚し失礼しました。話が進めば言及する内容なので、見ていない方も気にせずにおいて下さい。


 ★月□日 ウルの町・〝水妖精の宿〟より 滞在初日

 

 数万にも及ぶ魔物の軍勢と、その他諸々を片付けてから早くも1日が経過した。本来なら俺達はとっくにウルの町を出立して、商業都市フューレンに向かっていた筈なのだが・・・色々な理由が重なり、数日程はウルの町に滞在する予定である。

 

 魔人族の男の自爆ーーー道連れ目的と言うより、遺体を検分されない為の証拠隠滅に近いのだろうーーーを見届けた俺は、『呪力反転』で怪我を治癒しながらハジメ達の下へと帰還した。幸いな事に傷跡1つ残らなかったものの、少なくない量の出血により服が血でベットリだったので、合流直後は割と本気めに心配させてしまった。特に血を見慣れていない愛子先生とクラスメイトの皆は、顔面を蒼白にして取り乱していたので悪い事をしたかも知れない。正直スマンかった。

 

 肝心のウルの町の住民はと言うと、俺達が魔人族率いる軍勢を退けた後も半信半疑のまま暫く呆けていた。まぁ、こんな絶望的な状況で住民どころか町すらも壊されず助かったのだ。気持ちが追いつかないのも分かる。だが、ハジメが〝外壁〟の一部を元に戻し魔物達が消え去ったのを直接目にした事、何より愛子先生が民衆に向けて勝利宣言をした事で、現実感が戻ったのか少しずつどよめきが広がり最終的には莫大な歓声が上がった。

 

 その後、日が登っている内に復興作業(町中に侵入された時の為のバリケードやらの片付け)が行われた。後で聞いた話によると、愛子先生と共に園部さん達〝愛ちゃん護衛隊〟も復興のお手伝いをしていたらしい。戦場に直接立たなかったとは言え、迫り来る数万もの魔物を目にしたのは耐え難いストレスが掛かっただろうに、それでも甘えず出来る事をしようとする精神性は本当に高潔だと思う。・・・そんな美点があるからこそ、偽りとは言え〝神の使徒〟として呼ばれたと考えると凄まじく皮肉が効いているが。

 

 意気揚々とウルの町の住民が復興作業を進めていた一方で、俺達は残党である〝寄生花〟付きの魔物、改め〝花付き〟狩りをする事に。粗方殺し尽くしたとは言えまだ生き残りが居ないとは限らないし、何より野生化&繁殖なんてされようものなら悪夢でしか無い。後々の禍根とならない様に、文字通り芽を摘んでおこうと言う訳である。〝花付き〟は特殊な悪意を持っているから、俺なら簡単に見分けがつくしな。

 

 で、結論から言えば〝花付き〟の生き残りは居なかった。居なかったのだが・・・それは逃げ出した奴が皆無だとか、俺達で全ての〝花付き〟を狩り尽くせたからでは無い。〝寄生花〟が取り付いた魔物の全てが、()()()()()()で見つかったからだ。

 

 変死と言っても今の所分かっている事は少ない。精々が〝寄生花〟と一緒に枯れたミイラの様な死骸になってたのと、他に目立つ傷が見当たらなかったから変死と判断しただけだしな。だが、何故そうなったかは分からなくとも、何時(いつ)そうなったかは分かっている。俺が魔人族の男と戦っていた最中、より厳密に言えば俺が魔人族の腕ごと極彩色の杖を切り裂いた時だろう。地上に残っていた悪意がゴッソリ消えたタイミングと丁度重なるので間違い無い。中野も同じ杖を持っていたので、恐らくその2本を壊した事が〝花付き〟達の全滅に繋がったのだろう。

 

 仮に〝寄生花〟を子機とした場合、中野達が持っていた杖は親機に当たる物なのだろう。あれだけの数の魔物を強化・支配するのだから専用のデバイスがあっても不思議では無いし、親機を壊されれば子機も使えなくなる位のデメリットがあるのも当然だとは思う。シンプルに考えれば「親機を壊しさえすれば〝花付き〟達は一掃出来る」事は俺達にとっては朗報でしか無いが・・・問題は、この仕様が『縛り』に近いものである可能性がある事だった。

 

 大前提として〝花付き〟の魔物達含めた中野や魔人族、そして〝神の眷属〟からは一切『呪力』を感知していない。『呪力』の感知が苦手な俺だけで無く、アルさんやフマリスさんも感じなかったと言ってたから、そこは間違い無いだろう。よって、もし『縛り』かそれに近い技術が〝寄生花〟に使われていた場合、魔人族は()()()()()()()()()()()()()()()()事になる。

 

 我ながら発想の飛躍が過ぎるんじゃないかと思わないでもないが、筋が通らない訳でも無いのだ。何せ魔人族側から見て、親機を壊されるデメリットが余りにも大きいからだ。どれだけ大量の魔物を強化・支配出来るからと言って、親機を壊されたらそこで終わりなんてのはリスキーが過ぎる。こんな分かりやすい欠点を直さないとは流石に考え難いので、恐らくは『縛り』に近い型でデメリットとして組み込み、強化や支配の幅を底上げしているのだろう。〝寄生花〟の仕様上避けられない欠点である可能性もあるが、そんな半端な物を実践投入するとは考え難いしな。

 

 問題は一部だけとは言え魔法で『呪術』の再現が出来るかと言う点だが。まぁ、これは出来ても不思議では無いだろう。何せ■■ちゃんが『呪術』で魔法の再現を行なったのだ。その逆が出来ない道理は無いし、何より魔法は『呪術』とは比較にならない程に汎用性・応用性に優れている。それを考えれば、『縛り』の再現も不可能では無いのだろう。

 

 常々思っていた事ではあるが、魔法と言う技術は汎用性の一点に於いて圧倒的に優れている。それこそ『呪術』では足下にも及ばぬ程にだ。『呪術』の場合『術式』は勿論の事、『呪力』の量や操作精度に出力等、個々人の才覚で結果にムラが出るので、兎に角安定しないと言うか平均化が難しい。ところが魔法の場合、魔法陣と魔力さえあれば誰でも魔法が使えるのだ。多くの人が使えると言う事は、それだけ技術が進歩し易い・磨かれ易いと言う事でもある。分母の多さがそのまま強みになっている典型だろう。

 

 とは言え、『呪術』が魔法に劣っているかと問われれば、それも違うと言えるだろう。色々と違いはあるが、分かり易いのは『呪力』そのものが持つ攻撃能力。そして『術式』の種類にもよるだろうが、時として魔法以上に理不尽な能力を発揮する事だろうか。

 

 魔力はこの世界の凡ゆるエネルギー源として使える性質上、明確な指向性を持っていない為にそれ単体だとほぼ無害である。いや、燃料やらに使うエネルギーが簡単に燃えたり爆発したり毒化したりするのは危険だから、それは良い事ではあるんだけど。ハジメがドンナーで魔力を撃ち出しても、痛いだけで身体に傷一つ付かないのはそれが原因だろう。痛み自体も撃ち出された魔力と体内の魔力が干渉しあった結果であり、純粋な魔力そのものは害になり難い様だ。

 

 一方、『呪力』は負の感情から生み出されるだけあって、力の方向性が破壊や殺傷など敵を害する方向に振り切れていたりする。その代わり魔力よりも安定性は無いが、それを補って余りある程の威力が『呪力』そのものにあるのだ。『呪力』を纏って殴るだけで並の魔法と同等以上の破壊を生み出せるのだから、その力は推して知るべしだろう。

 

 で、『呪術師』の要となる『術式』についてであるが。先も述べた様に、『術式』は時として魔法以上に理不尽な結果を齎す事が多いと個人的には感じている。アルさんの『腹飲(ふくいん)呪法』なんかは正に典型的な例で、恐らく魔法でも再現が不可能か、若しくは出来ても割に合わない程に魔力消費が激しくなったりするのではなかろうか。

 

 この2つの違いについてもある程度推測は出来ている。オスカーの隠れ家に残っていた記録とミレディの話を統合するに、〝神代魔法〟は世界の法則(ルール)に干渉して結果を引き出す魔法である。そしてそれが通常の魔法にも当てはまる物だと仮定すれば、魔法とはある意味では〝世界の法則(ルール)に則る、或いは反し過ぎない力〟と言い現して良いだろう。魔法の発動や齎す結果が良くも悪くも安定的なのは、世界の法則(ルール)を背景にしているからなのかも知れない。

 

 翻って『呪術』は、あくまでも俺個人の解釈だが〝『術式(術者)』の法則(ルール)を無理矢理押し付ける力〟なのでは無いかと考えている。昔祖父に「『術式』とは自らの世界そのものである」と教えられたのもあるが、『呪術』は世界では無く独自の法則(ルール)に沿って発動している節があるからだ。術者の認識と解釈次第で幾らでも『術式』の可能性が広がるのは、『術式』そのものが術者に等しいからなのかも知れない。魔法にそれが出来ないのは、世界の法則(ルール)が個人の認識で変わる事など無いからだろう。長所と短所は表裏一体とはよく言ったものである。

 

 閑話休題(話を戻そう)。魔物狩りが終わった後、ミイラ化した死骸と共に回収された〝寄生花〟は愛子先生が調べる事になった。何でも先生曰く「〝寄生花〟には外的な要因が加えられており、幾つかは〝作農士〟の能力で解析出来るかも」との事らしい。目の前で中野に死なれたのは愛子先生にとって辛い出来事だったろうに、それでも強い目で「やるべき事をやるのです」と語る姿は〝豊穣の女神〟の名に負けないものだった。あの性格が終わっている護衛騎士共も女性を見る目だけはあったらしい。

 

 恐らく〝寄生花〟は魔人族側の切り札だ。これからも俺達の前に立ちはだかるであろう事を考えれば、その情報には値千金の価値がある。解析時に何が起きるか分からないので俺やハジメに立ち会う事を求められたが、その程度ならお安い御用である。

 

 片付けやら明日以降の予定の打ち合わせが終わり日も暮れた後は、ウルの町の広場で祝勝会が開かれた。あんまり派手なのは愛子先生を筆頭に遠慮したらしく、キチンとした宴(正式に町の祝日にするらしい)は退避した住民が帰って来てから改めて行うのだとか。

 

 愛子先生が始まりの音頭を取ると、喜びの声と共にあちこちで乾杯したり料理を味わうウルの町の人々。先に避難した住民は本当に最低限の荷物しか持っていかなかったので、食料なんかも結構な量が余っていた。このままでは悪くなりそうな物がチラホラあったと言う事情もあり、大盤振る舞いされた訳である。

 

 あんまり目立つのもガラじゃ無いと思い、愛子先生を生贄矢面に立たせた後、俺はアルさんやフマリスさんと共に壁の花に徹していた。が、10分もしない内に普通に他の住民達に捕まって、そのまま揉みくちゃにされる事態に。やんわりと「愛子先生の方に行ってくれません?」的な対応はしたのだが全く聞き入れては貰えず、寧ろ遠慮してると思われたのか片っ端から料理を勧められる始末である。いや、美味しかったけども。アルさんとかは目を輝かせて次々と平らげていたけども。フマリスさんもマイペースに色々飲み食いしていたけども。俺自身、他人の為に戦う人間では無いので、こうも悪意無く純粋に多くの人にお礼を言われるのはどうにも慣れないものがある。

 

 料理を食べつつ他のメンバーの方に目を向けると、皆それぞれ住民達と交流をしていた。料理に舌鼓を打ちつつ、周囲の人々を面倒くさがりながらも邪険にしきれないハジメ。その隣で同じ様に料理を味わいながら、偶にハジメと食べさせ合いっこをするユエさん。反対側でハジメにちょっかいを出しつつ、時折料理のレシピを住民に聞いているシアさん。そんなハジメ達のあれこれを、その更に隣で微笑ましそうに見ているクラルスさん。何とも平和な一幕であった。宴が始まる前はシアさんやアルさん達が亜人族である事を理由に何か言われるかとも思ったが、杞憂だったらしい。

 

 ハジメが住民の人達を無視しきれないのは、善意10割で代わる代わる感謝を伝えられ困惑しているからだろう。この世界に来てからと言うもの、俺達は数え切れない程の敵意や悪意に晒されてきた。ハウリア族なんかの例外もあるが、善意や好意を向けられた回数は圧倒的に少なかったのだ。自分達の行いが必ずしも他者の感謝に繋がる訳では無いが、それでも誰かの為に成した事は感謝として返って来るのだと、今のハジメには身に染みて伝わっている筈。少しずつで良い、ハジメの心に余裕が出来る事を祈っておこう。

 

 

 

 ★月δ日 ウルの町・同じく〝水妖精の宿〟より 滞在2日目

 

 本日〝寄生花〟の解析を行なった結果、「〝寄生花〟は未知数の魔法によって創造、無いし改良された魔物である」と言う結論が出た。1日でそこまで分かるのかと言う疑問はごもっともだが、そこは生産チートの〝作農士〟だけあって()()()()()()()()()()()()は割とスムーズに解析出来ていた。

 

 何でも先生曰く「〝作農士〟が持つ技能では不可能且つ有り得ない程に、複雑な改良が幾度も行われた形跡があった」らしく、「〝作農士〟の技能では再現や復元は不可能である」のだとか。〝作農士〟の技能による過度な干渉も難しく、基となった植物は何なのか、或いは一から生み出された全く新しい植物なのかも未知数らしい。

 

 恐らく、と言うか十中八九、〝寄生花〟の創造に使われたのは〝神代魔法〟だ。ミレディから七大迷宮の在処を聞いた際、魔人族領にも迷宮が存在すると言われていたので、魔人族の誰かが攻略に成功したのだろう。流石にどんな魔法が手に入るかまでは分からないが、察するに生物に干渉出来る魔法だろうか。魔物を操れる魔人族が魔物を強化する術すら手に入れたのだから、中々に厄介である。

 

 幸運だったのは〝寄生花〟の寄生方法も判明した事だ。どうやら〝寄生花〟は種子を直接植え付けた上で、宿主の魔力をある程度吸わせる必要があるらしく、個人差はあれど支配されるまで結構な時間が掛かるらしい。その間に種子を取り除くなり何なり出来れば支配はされないので、その点は間違い無く朗報である。愛子先生マジでGJ。

 

 そんな感じで〝寄生花〟についてある程度の事が判明した訳であるが、今後の事を話し合う段階で少し意見が割れた。具体的には「〝寄生花〟の情報を()()()()()()()()()」についてである。

 

 今回こそ被害らしき被害を出さずに撃退する事が出来たが、〝寄生花〟は今後間違い無く人間族側にとって脅威となるだろう。或いは、俺達の知らない水面下で既に被害が出ている可能性すらある。それ故、今回の一件で手に入った情報は一刻も早く王国やギルドを経由して伝達すべきではあるのだが・・・問題は、〝寄生花〟を解析したのが愛子先生である事だった。

 

 解析を行なったのが愛子先生である事自体は何の問題も無い。寧ろ、〝豊穣の女神〟として社会的な知名度と実績と信用を持ち合わせている先生だからこそ、王国やギルドも〝寄生花〟の情報を真剣に扱ってくれるだろうからそこは別に良い。問題は愛子先生の戦争に於ける重要度が上がってしまうーーー身も蓋も無い言い方をすれば、愛子先生が危険視される可能性が格段に上がってしまう事だった。

 

 もし〝寄生花〟を解析したのが愛子先生だとバレた場合、魔人族側は間違い無く愛子先生を最優先して殺そうとするだろう。唯でさえ希少価値の高い〝作農士〟でありながら、虎の子である〝寄生花〟の解析さえこなしたと言うのだ。先の魔人族の男の様に、執拗且つ手段を選ばずに愛子先生を殺そうとするのは、火を見るより明らかだろう。

 

 魔人族側が〝作農士〟と〝寄生花〟の関連性に気付いているかは分からない。が、王国や各ギルドに情報を伝えた場合、愛子先生の仕業だと100%バレるだろう。人の口に戸は立てられないと言うし、何より人間族側に裏切り者が居ないとは口が裂けても言えない。特に王国のカス共は〝神の眷属〟辺りに聞かれればホイホイと有る事無い事喋り出すだろう。マジで塵屑ばっかだな。人間じゃなくて神の家畜を名乗れば良いと思う。

 

 先程も述べたようにメリットもあるのだが、それ以上に愛子先生の身が危険に晒されるリスクが高い。その辺りの事情もしっかり伝えたのだが、「生徒が命を懸けているのに、どうして私だけが危険を冒さずいられるのでしょう」「私が命を懸ける事で、皆さんから狙いが逸れるのなら寧ろ好都合でしょう」と先生は頑なに意思を曲げようとしなかった。うーん、マジで覚悟決まってる。

 

 その後も先生や〝愛ちゃん護衛隊〟の面々と色々話し合ったのだが、結局〝寄生花〟の情報は〝豊穣の女神〟名義で王国や各ギルドに伝達される事となった。正直、人間族側でどれだけ対策が出来るかは未知数だが、事前知識の有無だけでも大分違ってくるだろう。しっかり自衛して〝寄生花〟に支配されるなんて無い事を願おう。

 

 

 

 ★月Φ日 ウルの町・同じく〝水妖精の宿〟より 滞在3日目

 

 諸々の予定が予想以上に手早く片付いた事もあり、俺達は明日の朝にはウルの町を出る予定である。問題の半分位は未解決だったり謎が増えただけだったが、今の所どうしようも無いので切り替えていくべきだろう。下手な考え休むに似たりだ。開き直りとも言う。

 

 本日、日記に記そうと思うのは2点。まず、1つ目が〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟が俺の夢に出演して来た事についてだ。正直、何言ってんだと言われてもおかしく無いが、俺の主観だと事実なのでしょうがない。

 

 と言っても、別に襲われたりちょっかい掛けられた訳では無い。文字通り俺が寝ている時に夢を見て、その夢に〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟が出て来て文句とか不満を伝えてきただけである。・・・こうやって文字に起こしても意味不明だな。取り敢えず1つずつ書いていこう。

 

 夢だとは分かったのは、自分の居る場所に見覚えが無かったからだ。周囲の風景や雰囲気は俺の実家の神社のそれに良く似ていたのだが、本殿(ほんでん)ーーー所謂、神社そのものが有る場所が大きく異なっていた。本来なら本殿(ほんでん)が有る筈の場所には、見た事無い程大きな大樹が生えており、更にこれまた大きな樹洞(うろ)の中に埋め込まれる形で立派なお堂が入っていたのだ。以前にフェアベルゲンで見た〝大樹と町が美しく共生している〟姿とも異なり、なんかもう完全に大樹とお堂が一体化・融合している感じだった。こんなのを現実でみたら間違い無く記憶に残っているので、消去法で夢だと断定した訳だ。

 

 で、そのまま「夢を見るのも久しぶりだなー」と呑気に構えていると、俺の目の前にいきなり〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟が現れた。余りに唐突だったので反応が遅れた俺に対し、2つの『呪具』は何と意思疎通を図ってきたのだ。

 

 とは言うものの、〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟が言葉を喋った訳では無い。将来的には出来る様になる可能性もあるらしいが、今は夢を通して思念波的なものを俺に伝えられる程度なのだとか。

 

 何でそんな事が出来るのかと聞けば、何でも〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟を調伏した際に俺との間に繋がりができたらしく、俺の『生得領域』内部であれば今の状態でも意思疎通が可能である、らしい。今回はたまたまそれが夢の中であっただけなのだとか。

 

 説明もそこそこに〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟は同時に俺へと思念を飛ばして来た。思念を汲み取るなんて経験は初だったので『呪具』達の感情を読み取れるかは分からなかったのだが、今回に関しては完全に杞憂だった。何を隠そう、この2振りの『呪具』達は凄く分かりやすく()()()()()のだ。

 

 斜め上に予想外な展開に俺がポカンとしていると、『呪具』達は地団駄を踏む様に自身で地面を叩きながら更に思念を飛ばして来た。俺も慣れないながら頑張って意思疎通を取り続けた結果、要約すれば「私達をもっと使えよ!」との事らしい。

 

 思わず「いや、十分使ってるじゃん」と俺が口を滑らせると、「〝神の眷属(デク人形)〟には使わなかったー!」「トドメは遠い親戚(シュラーゲン)だったじゃんかー!」的な思念を飛ばした『呪具』達は『呪力』を滾らせ暴れ始めた。・・・いや、正直、暴れたと言う表現すら相応しくない。より正確には駄々を捏ね始めたのだ。

 

 〝天祓(あまはらい)〟は刀身と鞘を出し入れしてチャキチャキ言わせながら「ヤダヤダー!!」と言わんばかりに威嚇するし、〝流雲(りゅううん)〟は旋棍(トンファー)形態になったと思えばカンカン打ち鳴らして「もっと使えよー!!」と言わんばかりに喧しいし。もうなんか誰が見ても言い訳しようが無い程に駄々捏ねる子供だった。お前らそんなキャラだったの?調伏の儀で俺の事殺そうとしてたよな?持ち主に似たなんて言われたら、俺立ち直れないんだけど???

 

 投げやりになる気持ちを何とか抑えつつ、「頼りにしてるのは事実」「これからはもっと頼らせてもらう」的な感じで言いくるめた宥めた結果、〝天祓(あまはらい)〟と〝流雲(りゅううん)〟は取り敢えず納得したらしく俺の影に吸い込まれるようにして消えていった。夢の中だと言うのに、何故か疲労感が半端無かった。・・・書いてて思ったんだが、もしかしてその内現実でもこんな事やりだすのだろうか。今は無理、と言うのがどこまでを意味しているのか。別方向に不安が募るばかりである。

 

 そんなこんなで朝一から非常に濃ゆい体験をした訳であるが、残念ながら『呪具』達との対話は前座に過ぎなかった。結論から言えば、俺はその後ハジメ達に尋問される事になったからだ。

 

 いやもう普通に油断してた。皆で朝飯を食べた後にハジメから「話がある」と言われて席に着いた瞬間、何処からともなく鎖が巻き付いて椅子ごと雁字搦めにされたのだ。

 

 ユエさん達が何だ何だと様子を見に来たのも束の間、俺の向かい側に座ったハジメは「良い加減、お前が知る婚約者(フィアンセ)の全容について話をしなきゃと思ってな」と答えた。何でも先日の■■ちゃんの力が余りにも埒外過ぎて、俺がまた無茶苦茶やらかしたと考えたらしい。ごもっともである。

 

 とは言え、ハジメには俺と■■ちゃんのアレコレは包み隠さず伝えてある。不思議に思いつつもその旨を伝えると、ハジメは酷く真剣な顔で「お前の知る真実だとか、分かっている事実じゃねぇ。不確定な推測も含めた、()()()()()()()()()()()()を全部話せ」と返してきた。

 

 よりにもよってこのタイミングでか、と思わないでも無いがハジメとしては今ここを逃すと誤魔化されると踏んだのだろう。実際その通りではあるので、全くもって反論出来ないが。一対一(タイマン)では無いのも、周囲を巻き込んで俺の逃げ道を無くす為だろう。相変わらず友人への理解度が高い奴である。

 

 騙し討ちに近い形でここまでされたなら普通は頑なになるかも知れないが、ハジメ達が俺への心配10割でやってるのは流石に分かる。なので、誤魔化さず洗いざらい正直に全てを話した。「俺の体質と怨霊である■■ちゃんの相性は最悪であり、詳細を思い出せない事も含め、かなり無茶な『縛り』をしているであろう」事。「刀に幾ら『呪い』を移しても底が見えず、正攻法ではどれだけ時間がかかるか分からない」事。そして、恐らくはと前置きをした上で「2()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い」事も含め、全て隠さずに伝え切った。

 

 肝心のハジメ達の反応だが、意外にも反応は真っ二つに分かれた。と言うか、見るからに動揺していたのはハウリア姉妹だけで、ハジメやユエさん、クラルスさんとフマリスさんの4人は割と冷静だった。特にハジメなんかは「あーコイツまぁたやらかしてやがる」と言わんばかりに呆れた目で俺を見ていたし。

 

 ハジメ曰く「あれだけ無法な力を振るえるのだから、何かしらの代償があるのは察していた」との事。ぐうの音も出ない程の正論だったので思わず「デスヨネー」と軽口を叩いたら、割とマジで肩パンされたが。何時の間か尋問は拷問に変わっていたらしい。

 

 ユエさんからは「・・・私達で解決方法を見つけるだけ」と無表情ながら力強いお言葉を頂いた。俺1人であっても諦めるつもりは毛頭無いが、それでもこうして惜しみなく力を貸そうとしてくれる人が居るのは望外の幸運だろう。本当に、ハジメは良い人を見つけたと思う。

 

 意外と言うのは失礼だが、1番動揺していたのはアルさんだった。シアさんが最初こそ動揺していたものの、ハジメやユエさんの宣言を聞いて「私も当然協力しますよ〜!」と持ち直したのとは対照的に、アルさんは上の空と言うか心ここに在らずと言った感じだった。まぁ、それも少しの間で、すぐに気を取り直すと「アタシも、諦めないッスから」と静かに協力を約束してくれた。・・・端的な物言いとは裏腹に、沸々とした覚悟を感じたのは少しだけ気になったが。「覚悟とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だっ!」と言い出しても不思議では無い凄味があった様な・・・?まぁ、気のせいだろう。

 

 今更言うのも何だが、本当に俺には勿体無い仲間達だと思う。彼女達と知り合えたのは、この世界に拉致られた事を差し引いてもお釣りが来る程に価値がある事だと改めて感じる1件だった。それはそれとして神は絶許だが。

 

 で、その流れのまま俺はフマリスさんに〝魔法と『呪術』の融合〟について聞いてみた。シリアスな雰囲気が良い感じに纏まった矢先にこれなので、一同から「コイツマジか・・・?」みたいな視線を向けられたが全て無視した。俺は俺の事で真剣になられるのが苦手だからね、仕方ないね。

 

 それで結論から言えば、フマリスさんから核心に至る様な話は聞けなかった。と言っても、話すのを拒否されたとかでは無く、フマリスさん自身も感覚的にしか把握できていないのだとか。曰く「実っkーーーもとい、鍛錬を続けていたら、何時の間にか出来る様になっていた」らしい。肝心な部分が聞けなかったのは残念だが、鍛錬で発現したのであれば十中八九〝派生技能〟だろう。本来なら増える事の無い〝技能〟では無い為、俺でも手に入る可能性があるのだ。ありがたい話である。

 

 ・・・こう書くのも失礼な話ではあるが、フマリスさんは本当に良く分からないタイプの人だ。俺がハジメ達のみならずクラルスさん達にも■■ちゃんの話をしたのは、2人が俺達の旅に着いて来る事がほぼ確定したからだ。そこに二心がある訳では無いし、お涙頂戴なんて欠片も思っていなかったが・・・クラルスさんがじんわりと憐憫や同情を俺に向けていたのに対して、フマリスさんは一切俺に悪意を向けていなかったのだ。

 

 俺や■■ちゃんが全く眼中に無い・・・訳では無いだろう。互いに深く踏み込んではいないが、『呪術』に関する話はアルさんも含めて3人で結構盛り上がったし。フィクション特有の上位種に有りがちな「人間風情が」的な見下す感じもしない。かと言って俺や■■ちゃんに対して哀れみや悲しみを感じるでも無い。本当に謎である。まぁ、誰かに悪意を向けてる訳でも無いし、〝悪意感知〟自体がズルみたいなものなので気にするべきでは無いだろう。これから旅の道連れになろうとする人達に失礼を働くわけにもいくまい。

 

 色々と予想外が重なったウルの町の滞在だったが、収穫も多かった。不安要素もないでは無いが・・・変わらず前に進むしか無いだろう。悠長に立ち止まっている時間など、俺達には無いのだから。



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76.帰りの車内にて

お待たせしました。今回は繋ぎ回なので少し短めです。


 北の山脈地帯を背に魔力駆動四輪が南へと街道を疾走する。何年もの間、何千何万という人々が踏み固めただけの道であるが、北の山脈地帯へ向かう道に比べれば遥かにマシだ。サスペンション付きの四輪が錬成で道を舗装し、振動を最小限に抑えながら快調にフューレンへと向かって進んでいく。

 

「む〜、私は二輪の運転でも良かったんですが・・・。」

 

「お前は運転荒いから駄目だ。」

 

 窓を全開にして風を浴びながらウサミミをパタパタさせるシアを、運転席で呆れた様に嗜めるハジメ。シアとしては四輪より二輪の方が好きらしく若干不満気だ。何でもウサミミが風を切る感触や、ハジメにギュッと抱きつきながら肩に顔を乗せる体勢が好きなのだとか。

 

「あのぉ~、本当に良かったのですか?」

 

「ん?ウィルか。何の話だ。」

 

 後部座席から少々身を乗り出しながら、運転席のハジメに気遣わしげに話しかけてきたのはウィル・クデタだ。北の山脈地帯で保護された彼は、数日の療養の甲斐あってある程度の調子を取り戻していた。流石に激しい運動は無理だが、それでも日常生活には問題無いとの事で世話になった冒険者達と別れを済ませ、ハジメ達と共にフューレンに向かっているところである。

 

「愛子殿の事です。今更ですが、一緒に行動しなくても良かったのですか?愛子殿も名残惜しそうでしたが・・・。」

 

「別に良いんだよ。あれ以上、俺達がウルの町に居ても面倒な事にしかならない。それに先生があの調子なら俺達が居ても居なくても、間違った決断なんてしないだろうしな。俺達にも目的があるし何時までも一緒って訳にはいかない。」

 

「それは、そうかもしれませんが・・・。」

 

「・・・人が良いと言うか何と言うか・・・他人の事で心配し過ぎだろ?」

 

 ハジメの言葉を聞いても尚、心配そうな表情をするウィルにハジメは苦笑いだ。王国の貴族でありながら冒険者を目指すなど随分変わり者だと考えていたが、まさかそれを通り越して心配になるぐらいお人好しであるとは思っていなかったのだ。フューレンのギルド支部長であるイルワが「冒険者の資質が無い」と評していたのは、こう言った性格も理由なのだろう。

 

 最も、ウィルからすればハジメ達は他人どころの話では無い。遭難した自分達を助けてくれただけで無く、ウルの町を襲撃した魔物の大群を退け見事に無辜の人々を守ったのだ。前者は『縛り』込みの依頼であり、後者は結果的にそうなっただけであるが、ウィルの視点ではハジメ達は返し切れない程の恩人であり、最新の英雄でもあるのだ。お人好しな性格も相まって余計に気になるのだろう。

 

「余り気にするべきでは無いじゃろうよ、ウィル坊。それにご主人様の言った通り、あのまま滞在すれば面倒な連中に絡まれていただろうしのぉ。お主も分かっておろう?」

 

「・・・僕としては、それもやり切れません。確かに問いたくなる気持ちや言い分も分からなくは無いですが、だからと言って町を救った皆さんにあんな失礼な言い方は・・・!」

 

「ああいう手合いは、何時の世でも一定数存在するものだと存じます。お嬢様の仰る通り、ウィル様が気にする事では御座いませんわ。」

 

 不安気な表情から一転、プリプリと怒り出したウィルを宥めるのは、同じく後部座席に座っているティオとフィルルである。彼等が話題に上げているのは、愛子専属護衛騎士であるデビット達の事だ。ハジメ達が魔物の軍勢を撃滅した後、彼等は懲りずにハジメ達にアーティファクトの提出や製造方法の開示を求めていた。その時はたまたま居合わせた愛子にキツく叱られていた為、ハジメ達も特に相手にせず居たのだが、それでもウィルは溜飲が下がらないらしい。

 

「でも、その後はサッパリ絡まれなかったッスよね。てっきり出発前とかに、空気読まず突っかかって来るかと思ってたんスケド。先生サンがよっぽどミッチリ怒っといてくれたんスかね?」

 

「いいえ、アル様。かの護衛騎士の方々は、愛子様に見つからぬタイミングを見計らっていただけの様です。最も、それを見越した南雲様と宮守様から徹底的に打ちのめされておりましたが。」

 

「何スかそれ社サンアタシ聞いてないんスケド???」

 

「真顔で迫るのはやめてくれないかなぁアルさん。怖いから。」

 

 フィルルの補足を聞き、荷台の座席でアルに詰め寄られる社。車内は定員オーバーとまではいかずとも、全員が座れる程の余裕も無かった為*1、社は見張りも兼ねて荷台の座席に座っていたのだが、何故かアルも一緒に荷台に乗っていた。社としては「気を遣ってくれたのかなー」程度にしか考えていなかったが、今の状況では完全に裏目に出ている。

 

「町を出る少し前に、態々俺とハジメに絡んで来たんだよ。で、余りにもしつこいから適当にシバいたってだけさ。」

 

「言っとくが殺しちゃいないからな。適当にボコした後、湖に叩き込みはしたが。」

 

 ウルの町を出発する少し前、デビット率いる愛子専属護衛隊の騎士達は、ハジメと社の2人に対して()()を試みていた。要求は相変わらずアーティファクトの現物や製造方法の開示であったが、力づくは無理と判断したのか金品や教会からの名誉をチラつかせて物で釣る方向へとシフトしていた。・・・説得と言う割に完全武装だったり、無言ながら「ここまで言ってやってるんだから断らないよな?」的な傲慢さが滲んでいた辺り、根本的なところで反省はしていない様だったが。

 

 勿論、ハジメも社もそんな物に興味が無い上に、教会そのものを信用していないので早々に話を切り上げようとした。だが、そんな2人の態度に業を煮やしたデビット達は徐々にヒートアップ。やれ「〝女神の剣〟と呼ばれて良い気になるなよ!」だとか、「〝女神の騎士〟は我々こそが相応しい!」*2等と嫉妬心丸出しで叫び始めたのだ。結局、無駄に騒ぎ始めた騎士達を外に連れ出した2人は、拳で黙らせる羽目になったのである。

 

「愛子先生にはチクッといたし、今頃たっぷりお説教されてるだろ。良い気味だ。」

 

「恋は盲目とは言うが、愛子先生もたらし込む相手は選んで欲しいもんだ。」

 

 ケケケと悪い笑みを浮かべる社とは対象的に、ハジメは呆れた様に呟いて溜息を吐く。愛子本人が聞けば顔を真っ赤にして反論するだろうが、たらし込んでいるのは事実なだけに否定も難しい。

 

「・・・愛子は、魔性の女?」

 

「ユエさんが言うと、なんだか説得力がありますねぇ〜。」

 

「妖艶代表みたいなユエサンに言われるとか、先生サンもよっぽどッスね。」

 

「ふぅむ、先生殿には人を惹きつける魅力がある様じゃなぁ。」

 

「人は見かけによらぬもの、で御座いますね。」

 

 ユエの疑惑を皮切りに〝愛子人たらし〟説がハジメ一行の間で確度を上げていく。一応、愛子の名誉の為に付け加えるならば、彼女が狙って男性を落とした事は無い。恋愛経験が皆無と言う訳でも無いが、見た目や言動の愛らしさに反して本気の恋愛とは縁が極めて薄いのが実情だったりする。理由は単純で、日本には見た目10代前半の少女である愛子に本気になる人間は、大抵〝紳士(ロ◯コン)〟だからだ。愛子の中身を知り「良いなぁ」と思う男も多く居るが、大抵が良い友達で終わっている。

 

 尚、「デビット達は〝紳士(ロ◯コン)〟の変態なのでは?」と言う疑問もあるだろうが、この世界(トータス)では10代前半で嫁ぐのは珍しくもなんともないので、愛子が童顔低身長な少女の見た目でも気にする者は居ない。故にデビッド達も本気ではあるのだが、愛子自身の恋愛経験の少なさが災いして「私の様なチンチクリンに興味を持つ男なんて居ない」と割り切ってしまっている為、ラブコールに一切気が付かないのだ。

 

「愛子先生の魔性っぷりは一旦置いておくとしてだ。オイ、そこの竜人族主従(コンビ)。」

 

「む?」/「はい?」

 

「お前らは本気で俺達の旅に着いて来るつもりか?」

 

 恩師への謂れ無き(とも言い切れない)風評被害を逸らしながら、今一度ティオとフィルルに確認を取るハジメ。

 

「前にも話したが、異世界からの召喚で中心となったのは天之河ーーー〝勇者〟の天職持ちだ。俺と社も色々特殊だが、向かうのならそちらじゃ無いか?」

 

「それも考えたんじゃがのぉ・・・フィーとも話し合ったが、我々の求める物に最も近いのは、やはりご主人様達だと結論が出てな。竜人族の役目を果たす為にも、旅に付いて行かせてもらおうと思った訳じゃ。」

 

「そうか。で、本音は?」

 

「勇者とやらがどんな奴かは知らんが、ご主人様より無慈悲で容赦無いお仕置きをしてくれるとは思えん!大体、妾は既に〝ご主人様〟と崇める相手を決めたのじゃ、気分で主人を変える様な尻軽とは思わないで欲しいのじゃ!」

 

「どうせそんな事だろうと思ったよクソが!!」

 

 余りにも(主にハジメにとって)救いようの無い本音を聞き、思わず全力で叫ぶハジメ。他の面々も性癖を全く隠そうとしないティアにドン引き気味であり、ユエに至っては竜人族への憧れが消え去っていたにも関わらず、ショックを受けて片手で目元を覆ってしまっている。

 

「安心せい、ご主人様。妾はご主人様であれば、どのような愛でもしかと受けきってみせる。だから・・・もっと乱暴にしても良いんじゃよ?もっと激しくしても良いんじゃよ?」

 

「黙れ変態。身を乗り出すな、こっちに寄るな。オイ、ウィル。そこのドアを開けて今すぐソイツを突き落とせ。俺が許す。」

 

「ッ!?ハァハァ・・・何処までも弁えたご主人様め・・・じゃが断る。妾はご主人様に付いて行くと決めたからの。竜人族としての役目もそうじゃが、何より責任をとってもらわねばならんしの。別れる理由が皆無じゃ。ご主人様がなんと言おうと付いて行くぞ。絶対離れんからな。」

 

 変態発言を連発するティオを無表情で冷たく突き放すハジメ。だが「寧ろそれが堪らん」とティオは更に表情を蕩けさせながら、しかし断固とした意思でもって譲らない。

 

「ふざけんな。何が責任だ。あれは唯の殺し合いの延長だろうが。殺されなかっただけありがたいと思え。」

 

「そこは否定せんし感謝もしておる。じゃが、それはそれとしてご主人様と離れるのは嫌じゃ。絶対に嫌じゃ。何処に逃げても追いかけるからの?あちこちの町で妾の初めてを奪った挙句、あんな事やこんな事をしてご主人様無しでは生きていけない体にされたと言いふらしながら、ご主人様の人相を伝え歩くからの?」

 

「お前なぁ、手段を選ばないにも程がーーーオイコラ社ォ!!テメェ、他人事だからってゲラゲラ笑ってんじゃねぇよ!はっ倒すぞ!!」

 

「ウワハハハハ!いやだって、親友が何時の間にやら美女・美少女を侍らせる1級フラグ建築士になってたんだぞ?これはもう笑うなって方が無理じゃんかよぉアハハハハーーー」

 

 ドパパパンッ!!

 

「ーーーッブネェッ!?!?いきなりドンナーぶっ放すなよ!?」

 

「ウルセェ!人の心の痛みが分からないなら、物理的に分からせるしかねぇなぁ!変態に好かれる苦しみをお前も味わえ!」

 

「ず、狡いのじゃ!妾も、妾にも痛みを分けて欲しいのじゃ!出来ればご主人様手ずから、丁寧にじっくりと理解(わか)らせて欲しいのじゃ!」

 

 荷台で笑う親友(やしろ)に向けて容赦無くゴム弾を撃ち込むハジメ。運転中でありながら〝多角撃ち(バウンドショット)〟による跳弾すら利用して、あわよくば流れ弾(おこぼれ)にあずかろうとするティアに1発の誤射も許さない腕前は見事と言う他無い。が、いかんせん状況が状況なので評価する人物も居ない。ぶっちゃけ才能の無駄使いである。

 

「・・・・・・・・・ハァ。」

 

「だ、大丈夫ですってユエさん!きっとティオさんが特別変わってるだけで、他の竜人族の人はもっと真っ当ですよ!だから、気を強く持って下さい!」

 

「其方のお姫様、本当に大丈夫なんスかフマリスサン。さっきから色々とんでもない事口走ってるんスケド。」

 

「どうぞ、お気軽にフィルルとお呼び下さい、アル様。以前にも申し上げましたが、お嬢様も成人して久しい身で御座います。であれば、御自身の道は御自身で決められるでしょう。そこに進言こそすれど口を挟もうなどと、出しゃばりな真似をするつもりは(ワタクシ)にはありませんわ。」

 

「み、皆さんはこの状況で良く平然とされてますね?やっぱり、英雄ともなればこの程度は気にしないものなんですね・・・!」

 

 俄かに騒がしくなる車内だが、特に気にする様子も無く世間話を続ける女性陣と、そんな彼女達に尊敬の眼差しを向けるウィル。非殺傷とは言え銃弾が飛び交う中でも平然とお喋りが出来るのは、ハジメの腕を信用しているからか、それとも変態(ティオ)に関わるのを無意識で避けている為か。いずれにせよ、肝が座っている事には違いないだろう。

 

「チッ、実力を伴う変態がここまで厄介だとはな。同行を許したのは間違いだったか・・・?」

 

「まぁ、性格と能力が釣り合わないなんてのは良くある話だしなぁ。」

 

 ドンナーをしまいながら変態(ティオ)の厄介さに目を細めるハジメと、呆れながらも何処(どこ)か納得した様に頷く社。ハジメとしてはティオが実力者である点は勿論の事、フィルルが()()()()()()()()()()()点も加味した上で、自分達の邪魔をしない事を条件として同行を許したのだが、早くも後悔しかけていると言うのが偽り無い本音だった。

 

 一方の社であるが、実の所ティオの変態性については余り気にしていなかったりする。〝悪意感知〟によりティオに悪意が無い*3のは把握している為、「異世界にもそう言う趣味の人が居るんだなぁ」程度にしか考えていないのだ。〝悪意を持って害を与えようとする〟相手には酷く冷酷な対応を取る反動か、それ以外での許容範囲は割と広めな社である。

 

「そう嫌そうな顔をするでない、ご主人様よ。妾達は役に立つぞ。ご主人様達の様な規格外では無いが、力量は証明は出来ているじゃろ?何を目標としておるのかは分からんが、妾達にもお供させておくれ。ご主人様、お願いじゃ。」

 

「メイドは兎も角、お前は生理的に無理。」

 

「ッ!!!?ハァハァ・・・んっ!んっ!」

 

「これは酷い。無敵かな?」

 

 全く話の流れを汲まないハジメの言葉に、両腕で何かを堪えるように自分の体を抱きしめ股をモジモジさせるティオと、その様子を見て何処か感心した様に呟く社。ハジメとしてはいっその事、記憶を無くすまで殴り続けるのも有りかと思うのだが、頑丈さは折り紙つきである以上、記憶が飛ばなければ更に取り返しがつかないほど喜ばせそうなので気が進まない。現状では打つ手無し、詰んでいるに等しいと言えた。

 

「・・・ハァ〜・・・もう良い。俺達の邪魔をしないってんなら、好きにしろよ。俺にはもうお前をどうこうする気力自体が湧かない・・・。」

 

「お?おぉ~、そうかそうか!うむ、では、これから宜しく頼むぞ、ご主人様、ユエ、シア、社、アル。妾のことはティオで良いからの!ふふふ、楽しい旅になりそうじゃ・・・。」

 

「色々とご迷惑をお掛けしてしまうと思いますが、何卒宜しくお願いします、皆様。」

 

「・・・むぅ。」/「よ、宜しくお願いしますです。」

 

「お願いしまーッス。・・・ホントに大丈夫なんスかね?」

 

「2人とも宜しくお願いしまーす・・・さぁねぇ?」

 

 ティオとフィルルの挨拶に、各々の反応を返す一同。新たな仲間を迎えたハジメ達は、一抹の不安を抱えながら中立商業都市フューレンへと向かうのだった。

*1
運転手がハジメ、その隣にユエとシアが座っており、後部座席はティオとウィルとフィルルが座っている為。

*2
町を救ったハジメ達は、住民達から〝女神の剣〟や〝女神の騎士〟等と称されていた。勿論、女神枠は愛子である。

*3
ハジメへの劣情を除く




色々解説
・ティオとフィルルの正体について
ウィルには普通に竜人族バレしている。が、原作と異なりウィルや冒険者達に被害を出していないのと、街を救う為に協力していた事で普通に尊敬されている。勿論、変態性については見なかった事にされている。
・ハジメとシアのデート
原作ではシアが身体を張って愛子を庇ったので、ご褒美にハジメとデートを取り付けた。本作では社達の尽力もあり愛子も無事だった為、デートはお流れーーーと言う訳でも無く、ちょっとした諸事情もあり普通にデートはする事になる。具体的には次かその次の話で。
・社の無意識の許容範囲。
身内や友人、他人に対する優先順位はかなりしっかりつけている反面、許容範囲については結構ガバガバ。〝悪意感知〟により悪意の有無を見抜ける事や、「悪意を持たない人など居ない」事を知っているのも原因だが、何よりも大きいのが最愛の女性が怨霊となって自分に取り憑いている点だったりする。ぶっちゃけ、特級過呪怨霊となった■■を普通に受け入れている時点でその辺の感覚が大分マヒしている。他にも変態に振り回されるハジメを見るのが楽しいと言うのもあるだろうが。


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77.フューレン再び

 中立商業都市フューレンーーー経済力と言うある意味で最強の力を最大限に活用し、どの勢力にも依らず強かに中立を貫く都市は、変わらぬ活気に満ち溢れていた。都市を囲う高く巨大な壁の向こうからでも町中の喧騒が外まで伝わり、門前には入場検査待ちの人々が長蛇の列を成して自分達の順番を首を長くして待っている。そんな入場待ちの人々の最後尾に、のんびりと話すハジメ達の姿があった。

 

「相変わらずの活気だな」

 

「中立商業都市の名は伊達じゃ無いんだろうさ」

 

 車内で凝った身体を伸ばしながら、魔力駆動四輪のボンネットに腰掛けるハジメと、その荷台で目を細めて欠伸を噛み殺す社。門までの距離を見るに後一時間位は待つ事になるだろう。その間車中にいても体が凝るだけなので、ハジメ達は一旦外に出てのんびりしていた。魔力駆動四輪は魔力を直接操作して動かしている為、運転席に座らなくても操作難度が上がるだけで普通に動かす分には問題無いのだ。

 

「・・・既に散々思い知った事ですが、本当に皆さん肝が座っていますよね。周囲の目線とか気にならないんですか?」

 

「周りなんて一々気にしてたらキリが無いだろ。気にするだけ無駄だぞ、ウィル」

 

 周囲の人々から突き刺さる好奇の目を全く意に介さないハジメ達に、何度目かも分からない苦笑で返すウィル。とは言え、周囲の人々からすれば見た事も無い魔力駆動四輪(高速で動く黒い箱)が街道を爆走して来たかと思えば、その中から紛れも無い美女・美少女が複数出てきたのだ。目を奪われるなと言う方が無理だろう。今もまだそこかしこから、ユエ達を見て感嘆の溜息を漏らす音が聞こえてくる。

 

「イヤ、確かに南雲サンの言う通りではあるんスケド、だからってイチャイチャし過ぎじゃ無いッスか?」

 

「言っても無駄だと思うよアルさん。あの程度、ハジメ達はイチャついてる自覚すら無いだろうし」

 

「仲良き事は美しきかな、で御座いますね」

 

 自然(ナチュラル)にイチャつき始めたハジメ達を、呆れ半分感心半分の心境で眺める呪術師3名(社とアルとフィルル)。凝りを解す様に首を回すハジメの後ろには、その肩を揉んでマッサージしながらイチャつくユエが、ハジメの傍には寄り添う様に座り込んだシアが腕に抱き付いており、正しく両手に華と表すに相応しい状況である。尚、巨大な胸を強調しながらハジメの腕に縋り付こうとしたティオは、当のハジメにビンタをされ崩れ落ちていたが、物凄く幸せそうな表情だったので特に問題では無い。

 

「それはそうとハジメさん。四輪で乗り付けて良かったんですか?出来る限り、隠すつもりだったのでは?」

 

「ん?もう、今更だろ?あれだけ派手に暴れたんだ。一週間もすれば、余程の辺境でも無い限り伝播しているさ。何時かはこう言う日が来るだろうと思っていたし・・・予想よりちょっと早まっただけの事だ」

 

「・・・・・・ん、ホントの意味で自重なし」

 

 シアの疑問に肩を竦めて答えるハジメ。今までは「僅かな労力で避けられる面倒は避けるべき」と言う方針だったが、ウルの町での戦いが瞬く間に広まる事を考えればもう無駄だろう。無論、戦術的な側面から手札を隠すーーーアーティファクト類を見せない努力はするが、それ以外では自重無しで行く事に決めていた。

 

「う~ん、そうですか。まぁ、教会とかお国からは確実にアクションがありそうですし確かに今更ですね。愛子さんとか、イルワさんとかが上手く味方してくれればいいですけど・・・」

 

「そっちはあくまで保険だ。上手く効果を発揮すれば良いなぁ、程度のな。最初から何とだって戦う覚悟はあるんだ。何かあれば薙ぎ払って進むさ。そう言う訳だから、シアとアル。お前達ももう奴隷のフリとかしなくていいぞ?その首輪を外したらどうだ?」

 

 国や教会の面倒事関連の話を適当に切り上げたハジメは、自分の首元を指差しながらハウリア姉妹に問い掛ける。もう面倒事を避ける為に遠慮する必要は無い、と言うハジメなりの気遣いなのだろう。しかしシアはそっと自分の首輪に手を触れて撫でると、若干頬を染めてフルフルと首を横に振った。

 

「いえ、アルは兎も角、私はこのままで。一応、ハジメさんから初めて頂いたものですし・・・それにハジメさんのものという証でもありますし・・・最近は結構気に入っていて・・・だから、このままで」

 

 目を伏せて俯きがちに恥じらうシアの姿はとても可憐だ。ウサミミが恥ずかしげにそっぽを向いてピコピコと動くのも、いじらしさを感じさせる。ハジメの視界の端では、数名の男が鼻を抑えた手の隙間からダクダクと血を滴らせる程だ。

 

「・・・そうか。なら、少しデザインを変えるか。動くなよ、シア」

 

「へっ!?は、はいっ!」

 

 ボソッと呟くや否や、俯くシアの顎に手を当てたハジメは、首輪を〝錬成〟し直すべくそっと上を向かせた。想い人(ハジメ)からの突然の接触にますます頬を紅く染めるシアを他所に、ハジメは〝宝物庫〟から幾つかの色合いの綺麗な水晶を取り出すと、シアの着けている首輪を〝錬成〟で手直ししていく。

 

 シアの首輪はハジメの奴隷である事を対外的に示す為に無骨な作りになっており、〝念話石〟や〝特定石〟も目立たない様に取り付けられている。元々、町でトラブルを起こさない為に作った*1のでデザインは度外視だったからだ。

 

 しかし、シアが気に入ってずっと付けているのならば話は変わる。本人に自覚があるかは不明だが、この首輪を贈った頃に比べればハジメのシアへの感情は相当柔らかいものとなっていた。それもあり、ハジメはシアに似合うように仕立て直そうと考えたのである。

 

 結果、出来上がったのは神秘的な雰囲気のチョーカーだった。黒の生地に白と青の装飾が幾何学的に入っており、正面には神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さな十字架(クロス)が取り付けられている。もう、唯の拘束用の首輪とは言えないだろう。

 

「前々から思ってたが物作りのセンスあるよなぁ、ハジメは」

 

「〝God is in the detales(神は細部に宿る)〟ってな。着け心地とかデザインはどうだ、シア?」

 

 社の称賛とチョーカーの出来栄えに満足気な表情を浮かべたハジメは、シアに鏡を渡すと具合を確かめる様に促した。一方、首を撫でるハジメの指の感触にうっとりしていたシアはハッと我に返ると、いそいそと鏡で首元を確かめる。そこには神秘的で美しい装飾が施されたチョーカーが確かに顔を覗かせており、神結晶の十字架(クロス)がシアの蒼穹の瞳とマッチしていて実に美しく輝いていた。

 

「んふふふふ〜〜っ、ありがとうございますぅ、ハジメさぁん!」

 

「・・・お気に召した様で何よりだよ」

 

 にへら~と実に幸せそうな笑みを浮かべてハジメの腕に抱き着くと、額をぐりぐりと擦りつけながら礼を言うシア。ウサミミもスリスリとハジメに擦り寄っているのを見るに、余程嬉しかったのだろう。シアの幸せそうな表情にハジメは肩を竦め、背中のユエも僅かに口元を緩めながら擦り寄るウサミミをなでなでしている。・・・ちゃっかり忍び寄ってきたティオには再度ビンタを喰らわせていたが、やはり本人(ティオ)が嬉しそうなので問題は無いだろう。

 

「ハジメさぁ、俺に身内に甘い云々で文句言えなくなぁい?何だかんだで、釣った魚に餌はやるタイプだったか?シアさんは違うけど、悪い女に騙されないか親友としては心配なんだが?」

 

「その本気で俺を心配する様な目線と語り口は止めろ、無駄に腹立つ。それより、アルの方はどうする?嫌ならこの場で首輪を外すが」

 

 社の追及を誤魔化す様にハジメは話の矛先をアルに変える。いきなり話を振られたアルは顎に手を当て数秒間考え込むと、チラリと社の方を見た後で意を決した様に答えを返す。

 

「そうッスね、折角なんでアタシも首輪(コレ)弄って貰って良いッスか?それと、出来ればで良いんスケド・・・デザインは社サンが決めてくれないッスか?」

 

「え、俺?何故に?俺にはハジメ程のセンス無いよ?」

 

「・・・・・・駄目ッスか?」

 

「いや、別に駄目じゃ無いけど・・・んー、分かった。ちょっと考えるから待って」

 

 アルの不安げに揺れる眼差しを見て、理由は分からずともお願いを聞いてしまう社。何だかんだアルに甘い対応をしてしまうのは、アルの事を仲間として信頼している事の他にも、社の実家に居る義妹(いもうと)達と重ねて見てしまっているからだろう。ハジメから「人の事甘いとか良く言えたな、お前」と言わんばかりのジト目を努めて無視しながら、社は真剣にアルのチョーカーのデザインを考えていく。

 

「大まかな部分はシアさんと同じで良いんじゃないかな。ベースの色が白だから差し色は緑と金色にして、結晶部分は・・・四つ葉のクローバーにするのはどうだろう」

 

「四つ葉の、クローバー・・・」

 

「そう。俺達が居た国で、恐らくは最も有名な幸運の象徴(シンボル)の1つ。アルさんに天下無敵の幸運をーーーとまではいかないかも知れないけど、君とハウリア達に幸福を齎せる様に、と願う分にはアリじゃないかな」

 

「!・・・じゃあ、是非ソレでお願いします、南雲サン」

 

 社から由来を聞いた後、荷台から降りたアルは直ぐ様ハジメの元へと駆け寄って行く。余りの即決っぷりに戸惑いを隠せない社を置いてきぼりにしつつも、ハジメの手によってアルの首輪は新たな形に生まれ変わる。

 

 社の提案通り、アルのチョーカーは色合いこそ異なるものの、シアの物と良く似たデザインで作られていた。白と青に代わり緑と金色が幾何学的に装飾として入っており、正面には小さな十字架(クロス)の代わりに緑に金縁の四つ葉のクローバーが取り付けられている。幸運の象徴としてもアクセサリーとしても文句無し、シアの物に勝るとも劣らない出来映えだった。

 

「ありがとう、ございます。メッチャ大事にします」

 

「俺は提案しただけだけど、気に入ってくれたなら良かったかなー」

 

「別に構わねぇよ。シアに作って、お前に作らないのは不公平だしな」

 

 照れを隠す様に顔を背けながら礼を言うアルに、それぞれお構い無くと返すハジメと社。アルとしては隠せているつもりらしいが、耳まで真っ赤な為照れているのは丸分かりだ。指先でクローバーの縁をなぞりながら口元が緩んでしまっている辺り、しっかり気に入ってくれた様だ。

 

「フフフ、宮守様も隅に置けませんね?」

 

「はて、何の事やら。それよりも、面倒な奴等に絡まれなければ良いんだがな」

 

 フィルルの揶揄いをすっとぼけつつ、不自然にならない程度に周囲を警戒する社。未知の物体と超美少女&美女達の登場と言う衝撃から復帰した人々が、今度は様々な感情を織り交ぜて自分達に注目し始めたからだ。女性陣はユエ達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか、熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半なので放置で良いだろう。一方、問題の男達はユエ達に見蕩れる者、ハジメと社に嫉妬と殺意を向ける者がおり、目敏い商人等はハジメのアーティファクトやシア達に商品的価値を見出して舌舐りをしていた。

 

(ブルックの町の変態共みたいな奴等ならまだ良いーーーいや、良くは無いが。それでも、前にフューレンで絡んで来た豚貴族なんぞよりは余程マシだろう。今回もそんな馬鹿が居なければ良いんだが。今のハジメが似た様なことされたら、普通にブチ切れるだろうしなぁ)

 

 脳内で非常に確度の高い未来予想を浮かべながら、呆れる様に周りの人々を眺める社。誰にとっても幸運な事に、今の所直接ハジメ達に向かってくる自殺志願者は居ない様だ。商人達も他の者と牽制し合っていて話し掛けるタイミングを見計らっているらしい。

 

 と、そんなある種の緊張状態の中、ハジメ達の前に並んでいた男が無謀にも近寄って来た。中心に居るのは実にチャライ感じの男であり、両脇にはこれまたケバい女性2人を侍らせている。だが、チャラ男は両隣の女には目もくれずユエ達を品定めする様に見回すと、実に気安い感じでハジメを無視してユエ達に声を掛けた。

 

「よぉ、レディ達。良かったら、俺とーー「何、勝手に触ろうとしてんだ?あぁ?」ーーヒィ!!」

 

 直後、ハジメから濃厚な殺気が噴き出した。チャラ男が事もあろうに、無遠慮にシアの頬に手を触れようとしたからだ。声を掛けるだけならまだしも、流石にいきなり肌に触れようとするのは幾らイケメンでもアウトだろう。チャラ男は気付いていなかったが、シアは冷たい視線を向けて触れられる前に対処しようとしていた。が、それよりもハジメの腕がチャラ男の頭を鷲掴みにする方が速かった。

 

 一瞬で身を竦めて情けない悲鳴を漏らしたチャラ男を、ハジメは街道の外れに向かって投擲した。地面と水平に豪速でぶっ飛んだチャラ男は30m先で地面に接触、顔面で大地を削りながらシャチホコばりのポーズで更に10m程爆進、一瞬頭だけで倒立をした後にパタリと倒れて動かなくなった。

 

 チャラ男が有り得ない軌道で飛んでいく一部始終を目の当たりにした周囲の人々は、唖然とした面持ちでハジメに視線を転じた。チャラ男が侍らせていた女2人が恐る恐るハジメを見ると、絶対零度の眼差しで周囲を睥睨(へいげい)する姿に震え上がり悲鳴を上げながら何処かへと消えていった。先程まで互いに牽制し合っていた商人達も、今や互いに譲り合いをしている始末である。言わずもがな、睥睨するハジメの眼差しが「次はどいつだ?」と如実に語っていたからだ。

 

「はぅあ、ハジメさんが私のために怒ってくれました~、これは独占欲の表れ?既成事実まであと一歩ですね!」

 

「・・・シア、ファイト」

 

「ユエさぁ~ん。はいです。私、頑張りますよぉ~!」

 

 自分に触ろうとしたチャラ男にハジメが怒った事実に、身をくねらせながら喜ぶシア。実際、シアの許可無しに我が物顔で彼女に触れようとする事をハジメも許すつもりは無かったので、独占欲があった訳では無かったが、シアが大切故の行動である事に違いは無く敢えて訂正はしなかった。

 

「ふぅむ、何だかんだでシアが大切なんじゃのぉ~。ご主人様よ。妾の事も大切にしてくれていいんじゃよ?あの男みたいに投げ飛ばしてくれても良いんじゃよ?」

 

 パァン!!

 

「あぁん!」

 

 期待した様な目で擦り寄ってきたティオを、容赦無くビンタで迎え撃つハジメ。艶かしい声を上げながら幸せそうに崩れ落ちるティオに対して、ハジメは実に冷めた目を向けていたが、それすら快感へと変わるのかハァハァと荒い息を吐いて興奮する変態っぷりである。さしものハジメも盛大に溜息を吐くと、諦めの境地で意識から追い出すしか無かった。

 

「ハジメさん達は前々からこんな感じだったんですか?正直、蚊帳の外と言うか、アウェイ感が強過ぎて居場所が無いんですけど・・・」

 

「HAHAHA、残念ながら対処法はありません。諦めて下さい、ウィルさん」

 

「社サンは凄いッスね、アタシなんか見てるだけで胸焼けしそうッス。イヤ、義姉(ネエ)サンが幸せそうなのは良い事なんスケド・・・」

 

「ウフフフ、お嬢様も愉しまれている様ですし、温かく見守るのも良いかと存じますわ」

 

(((あの痴態を見て、出てくる感想がそれだけだと!?)))

 

 ハジメ達のイチャイチャ(一部例外有り)を眺めながら、『呪術師』3名+ウィルで和気藹々と話していると(にわ)かに列の前方が騒がしくなった。どうやら先程の騒ぎを聞き付けた門番が駆けて来ている様だ。

 

 簡易の鎧を着て馬に乗った男が3人、近くの商人達に事情聴取しながらハジメ達の方へとやって来る。その内の1人は隊長格らしき男の指示でチャラ男の方へ駆けて行き、残った男2人が四輪のボンネットの上で寛ぐ(イチャつく)ハジメ達の眼前まで寄って来た。

 

「おい、お前!この騒ぎは何だ!それにその黒い箱?も何なのか説明しろ!」

 

 若干険しい目つきで高圧的に話しかけてくる門番の男2人。危険かも知れない相手に、舐められない様に毅然とした態度を示しているーーー訳では無く、単純に男として嫉妬しているだけだろう。その証拠に視線がユエ達にチラチラと向かっている。

 

「これは俺のアーティファクト。あのチャラ男は連れに手を出そうとしたから投げ飛ばした。信じられるか?いきなり抱きつこうとしたんだぞ?見てくれ、こんな怯えちまって・・・門番さん、まさかあんな性犯罪者の味方なんてしないよな?そんな事になったら、連れはもうフューレンには来れねぇよ・・・男に襲われても守られるどころか逆に犯罪者扱いなんて・・・なぁ?」

 

(南雲サンと言い、社サンと言い、何でアドリブであそこまで適当言えるンスか?)

 

(俗に言う〝類友〟ってやつだね。〝朱に交われば赤くなる〟でも良いけど)

 

 ペラペラと嘘八百を並べ立てるハジメを見ながら、門番には聞こえない声量で話す社とアル。客観的に見ればシアは怯えてすがりついている様に見えなくも無いが、実際はハジメに甘える為にくっついているだけである。表情を歪めて切に訴えるハジメを、荷台のウィルや周りの商人達が何か言いたげな目で見ているが綺麗に無視されていた。

 

 しかし現実とは無慈悲なもので、明らかにチャライ感じの男と美女・美少女側の人間の言葉、どちらを信じるかと言われれば答えは言わずもがなだろう。門番達は「そいつは災難だったな」と碌に取調べる事無く、ハジメ達の言い分をあっさり信じてしまった。

 

「・・・ん?・・・君達、君達はもしかしてハジメ、ユエ、シアという名前だったりするか?」

 

「ん?ああ、確かにそうだが・・・」

 

「もしかして、イルワさんから通達でも?」

 

「あ、あぁ、その通りだ。君達が戻った際は、優先して連れて来る様に指示があってな。此方について来てくれ」

 

 どうやらイルワから門番達には話が通してあるらしく、順番待ちを飛ばして入場させてくれる様だ。四輪を走らせ門番の後を着いて行くハジメ達は、列に並ぶ人々の好奇の視線を尻目に悠々と進み、再びフューレンの町へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「おや、美味しい。やっぱりギルド支部長ともなると、お茶菓子1つでも良い物揃えてるなぁ」

 

「ふぅむ、やはり食文化に関しては、里の外の方が進んでおりますわ。どれも甲乙付け難い位に」

 

「どれ食べてもメッチャ美味いんスケド・・・!」

 

 現在、ハジメ達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。出された如何にも高級そうなお茶と茶菓子をバリボリ、ゴクゴクと遠慮無く貪りながら待つこと5分。部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、ハジメ達にウィル救出の依頼をしたイルワ・チャングだ。

 

「ウィル!無事かい!?怪我は無いかい!?」

 

 以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てたイルワは、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認している。それだけ心配だったのだろう。

 

「イルワさん・・・すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を・・・」

 

「何を言うんだ・・・私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった。本当に良く無事で・・・ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ・・・2人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげると良い。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

 

「父上とママが・・・分かりました。直ぐに会いに行きます。ハジメさん、皆さん、この度は本当に有難う御座いました。また、改めてご挨拶に伺わせて貰います」

 

 両親に会いに行く様に促されたウィルは、捜索に骨を折って貰った事をイルワに感謝すると、ハジメ達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。ハジメとしてはこれっきりでも良かったのだが、きちんと礼をしないと気が済まないらしい。

 

 ウィルが出て行った後、ハジメ達と向き合う様に座ったイルワは、穏やかな表情で微笑むと深々と頭を下げた。

 

「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

 

「生き残っていたのは、ウィルの運が良かったからだろ」

 

「ふふ、そうかな?確かにそれもあるだろうが・・・何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?〝女神の剣〟様?」

 

 にこやかに笑いながら、ハジメ達に付けられた二つ名を呼ぶイルワ。どうやらギルド支部長には、ハジメ達の移動方法よりも早い情報伝達手段がある様だ。

 

「・・・随分情報が早いな。」

 

「ギルドの幹部専用だけど、長距離連絡用のアーティファクトがあってね。それを私の部下に持たせて、君達に付いてもらったんだけど・・・あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていた様でね。彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

(監視員が付くのは支部長(トップ)として当然の判断だろうから良いとして、俺やハジメだけで無く気配に聡いシアさんすら気付かない技量の持ち主か。遠藤の〝暗殺者〟みたいな、気配を隠す事に長けた〝天職〟持ちか?どっちにせよ、子飼いでそのレベルが居るとなると、やっぱり侮れないなこの人。)

 

 苦笑いするイルワを横目に、無表情のままイルワへの評価を一段上げる社。〝悪意感知〟に反応が無かったのは、監視員に社達を害する意思が無かっただけだろう。だが、それを差し引いてもハジメ達に気取られる所か一切の痕跡すら残さないのは、諜報員として非常に優秀であると評価せざるを得ない。

 

「それにしても大変だったね。まさか北の山脈地帯の異変が、大惨事の予兆だったとは・・・二重の意味で君達に依頼して本当に良かった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど・・・その前に、報酬を払おうか。人数分のステータスプレートで良かったかな?」

 

()()()()()()()()()()。先に俺達が見た物を話そう」

 

「良いのかい?」

 

「あぁ。ついでと言っちゃ何だが、俺と社のステータスプレートも見るか?証拠とまではいかないだろうが、説得力は増すだろ?」

 

「おや、気前が良いね。では、拝見させてーーー」

 

 ハジメと社からステータスプレートを受け取ったイルワの表情が、微笑を浮かべたまま瞬時に固まった。然もありなん、本来であればステータスの平均が300、技能も5つあればこの世界でもトップクラスと評価されるところを、ハジメと社はステータス平均1万越え、技能数も10を裕に超えるバケモノぶりである。流石のイルワもここまでとは想定していなかったのだろう。

 

 数十秒後、漸く我に帰ったイルワに、ハジメは事の顛末を語って聞かせた。普通に聞いただけなら一笑に付されるだけの内容でも、ウルの街からの報告やステータスプレートの数値と技能を見ている以上は信じざるを得ない。イルワはすべての話を聞き終えると、一気に10歳位は年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「・・・道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。ハジメ君と社君が異世界人であるのは知っていたが・・・実際は、予想の遥か上をいったね・・・」

 

「・・・それで、支部長さんよ。アンタはどうするんだ?俺達を危険分子だと教会にでも突き出すか?自称とは言え〝神の眷属〟も殺した訳だが」

 

 身も蓋も無いハジメの質問に対して、イルワは非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。

 

「冗談がキツいよ。出来る訳無いだろう?君達を敵に回すなんて事、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ。大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。それを私が忘れることは生涯無いよ」

 

「・・・そうか。そいつは良かった」

 

 ハジメは肩を竦めると「試して悪かった」と視線で謝意を示す。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は上の方も議論が紛糾して君達に下手な事はしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど・・・事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに〝女神の剣〟という名声があるからね」 

 

「何から何まで悪いな。それで話は変わるんだが、〝寄生花〟についてはーーー」

 

「ああ、そっちに関しても聞いているよ。今の所ーーー」

 

 粗方の経緯を話し終えた後も、まだまだ話さなければならない事は山程ある。今後の対策や方針について、ハジメ達は再びイルワと話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

「お〜、見て下さい、凄い景色ですよ!下の人があんなに小さく!」

 

「・・・ベッドやソファもふかふか。シアのウサミミとはまた違った(おもむき)

 

 VIPルームの内装を見て楽しそうに(くつろ)ぐシアとユエ。数時間の話し合いの後でイルワと別れたハジメ達は、フューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームで寛いでいた。広いリビングの他に個室が4部屋付いた部屋は、その全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、更には観光区の方を一望出来るテラスもあった。そんな部屋を2つも貸してくれた上に、フューレンに居る間は自由に寝泊まりしても良いとまで言うのだから、イルワの本気っぷりが伺える。

 

 他にもイルワの家紋入り手紙まで用意してくれるなど、色々と大盤振る舞いである。今回の依頼のお礼もあるが、それ以上にハジメ達とは友好関係を作っておきたいと言う事らしい。ぶっちゃけた話だが、イルワとしては隠しても意味が無いだろうと開き直っている様だった。

 

「ウィルさんの両親も、大分まともな人で安心したよ、俺は」

 

「流石に全ての貴族が腐ってる訳じゃ無いんだろ。ウィルがあんなお人好しなんだから、両親が同じでも不思議じゃない」

 

 社とハジメが話題にしているのは、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人についてだ。ハジメ達がVIPルームに着いて暫くした後、ウィルを伴って態々お礼の挨拶に来たのだ。且つて王宮で見た腐り切った貴族とは異なり随分と筋の通った人の様で、特にグレイル伯爵はしきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案した程である。最終的には、過剰なお礼を固辞したハジメ達に「困った事があれば、出来得る限りどんな事でも力になる」と言い残し去っていったが、その言葉にも嘘は無いのだろう。

 

「取り敢えず、今日はもう休もう。明日は消費した食料とかの買い出ししなきゃな」

 

 大型のソファーに寝転びながら、ユエに膝枕されたハジメが翌日の予定を口にする。髪を撫でてくるユエの手の感触に気持ちよさそうに目を細めながら、珍しいリラックスモードである。と、そこに待ったの声を掛ける人物が居た。

 

「あのぉ~、ハジメさん。その件について、ちょっとお願いが・・・」

 

「ん?何だ、シア」

 

 ハジメの足元に腰掛けていたシアが、おずおずと横たわるハジメの体を揺さぶった。素直なシアにしては珍しく遠慮がちな態度に、訝しみつつも真面目に話を聞こうとするハジメ。

 

「実はですねーーー明日、私とデートして下さいっ!」

 

「断る」

 

「即答っ!?もう少し考えてくれても良くないですかっ!私、最近頑張ってますよね!?本当は私の〝処女(ハジメテ)〟を貰ってもらうつもりだったのに、そこを譲歩してデートを願ったんですよっ!そんな慎ましくいじらしい私に、少しくらいご褒美をくれても良いとは思いませんか!」

 

「えぇい、(やかま)しい。駄々を捏ねるんじゃ無い」

 

 真面目に取り合って損したと話を切り上げるハジメを見て、予想はしていたものの余りに雑な対応に涙目になるシア。ハジメとしては既に心から愛する恋人(ユエ)がいる以上、他の女性を優先しないのは至極当然の事ではある。シアの事は嫌いでは無いし、内心では仲間として大事にしたいとも思っているが、それはそれとしとてユエと同列に扱うつもりも無かった。「ムゥ〜」と唸り声を上げるシアを見なかった事にするハジメだが、思わぬところで横槍が入る。

 

「・・・・・・買い物は私達が済ませておくから、行ってあげて、ハジメ」

 

「ユエ?」/「ユエさん!?」

 

 予想だにしないユエからの援護射撃に、驚くハジメとシア。ユエは柔らかな手でハジメの両頬を挟み込むと、優しげに目を細めてハジメを見つめていた。

 

「・・・ハジメが私を特別にしてくれるのは嬉しい。でも、シアも大切・・・報いて欲しいと思う。だから、町で一日付き合う位は・・・ダメ?」

 

「ユエさぁ~ん」

 

 ハジメを諭す様にお願いするユエに、シアは感極まりながら甘える様にグリグリと顔を押し付けている。最近、本当にシアに対して甘いユエである。深い友情故かとも思っていたが、この様子を見るに困った妹の為に世話を焼くお姉さんの様だ。しかも、かなり重度のシスコンの。

 

「・・・ハァ〜、分かった、分かったよ。それにユエに頼まれたからってんじゃ、シアも微妙だろ?明日は丸一日、ちゃんとシアに付き合うよ」

 

「本当ですか!?よ〜しっ、そうと決まれば明日のデートで行くところを決めましょうっ!そして、ゆくゆくはハジメさんに〝処女(ハジメテ)〟をっ!!」

 

「ホント、お前って奴は・・・」

 

 全くめげないシアに複雑な表情をしつつも、デートの申し込みを了承するハジメ。ハジメ自身、既にシアが大切な存在である事に変わりは無いので、ユエに頼まれたからでは無く、日頃の頑張りに報いようと本心から了承していた。傍らのユエが、優しげな表情で「わ~い!」と喜びを表にするシアの頭を撫でている。

 

「・・・俺にとっての1番は、変わらずユエのままだからな」

 

「・・・ん、分かってる。だから・・・」

 

「?」

 

 若干、複雑そうな表情で宣言するハジメに、ユエは勿体つける様に言葉を濁すと、優しげな表情をスっと妖艶な表情(もの)に変えながらチロリと舌舐りして。

 

「・・・今夜は沢山愛して」

 

 ハジメの耳元に顔を寄せて、囁く様に誘惑するユエ。痛恨の一撃なんて話では無い、正しく一撃必殺と呼ぶに相応しい一言である。さしものハジメも、片手で顔を覆って「・・・ん」とユエの様に返すのが精一杯だった。迷宮最奥のガーディアンにさえ勝てる自信があるハジメだが、多分一生、ユエには勝てそうに無い。そして、そう思える事は、きっと途方も無く幸せな事なのだろう。

 

「・・・気が付けば、ごく自然に二人の世界が始まる・・・流石ユエさんパないです」

 

「ふむ、それでもめげないシアも相当だと思うがのぉ。まぁ、妾はご主人様に苛めてもらえれば満足じゃから問題無いが・・・シアは苦労するのぉ~」

 

 シアはユエの手練手管に「流石師匠ですぅ」と尊敬の目を向け、ティオは互いに嫉妬の感情を感じさせないシアとユエの関係に興味深げな視線を送る。その後、ユエの不意打ちに理性が飛びかけていたハジメも何とか正気を取り戻し、皆であれこれ雑談しつつその日の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

「・・・いやはや、(わたくし)達が目に入らぬ程に仲睦まじいご様子。お嬢様も、難儀な方に懸想された様で」

 

「早めに慣れた方が楽だよ、フィルルさん。隙あればあんな感じなんで。・・・いざとなったら、隣の部屋にさっさと逃げようかなぁ」

 

「それが正解ッスねー。・・・義姉(ネエ)さんも、まさか南雲サンとユエサンのエ、エッ・・・だ、男女の営みに乱入なんてしないだろうし・・・*2

*1
尚、ブルックの町では効果は薄かった模様

*2
尚、ティオも巻き込んで思いっきり出歯亀はする模様




四つ葉のクローバーの花言葉
『幸運』
『約束』
『私の事を考えて』
『私のものになって』
『復讐』


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78.フューレンの長い1日 前編

「凄い今更なんだけど、女性4人の中に(オレ)1人って肩身狭くないかなぁ」

 

「おや、社でもそう言う事を気にするんじゃのぉ」

 

「それはどう言う意味かな、ティオさん?」

 

 ティオの心底意外そうな反応を見て、ニッコリと圧をかける様に笑う社。イルワに勧められたVIPルームで一晩を過ごした社達は、食料や消耗品を補充すべくフューレンの商業区へ買い物に出ていた。と言っても〝宝物庫〟には蓄えがまだ十分入っている為、旅中で消費した分を早々に買い終えた社達は店を幾つか冷かした後、宿で勧められたオープンカフェで休憩していた。

 

 大通りから道2つ外れた場所にあるこのカフェは、静かでゆったりした雰囲気が特徴的な所謂(いわゆる)穴場的な場所だった。店内からは紅茶の上品な香りが漂っており、日当たりも良く人通りも余り無い。喧騒から離れて静かに休憩するにはうってつけと言えた。

 

「今頃は義姉(ネエ)サン達も、楽しくデートしてる頃ッスかね。ホント、大丈夫かな・・・」

 

「何だかんだ言ってもハジメの事だから、ちゃんとエスコートはしてるだろうし、アルさんもそんな心配しなくて良いんじゃない?」

 

「イヤ、どっちかって言うと、心配なのは義姉(ネエ)サンの方ッス。張り切り過ぎて空回りしないかなぁ、って」

 

「・・・・・・大丈夫。ハジメは、その程度でシアを見捨てたりしない」

 

「出来れば空回りしないって方を否定して欲しかったッス、ユエサン」

 

 各々が注文した飲み物を口にしながら、この場に居ない2人の話をする社達。前日の約束通り、ハジメとシアは今朝から観光区へデートに出かけている。何時もの丈夫な冒険者風の服では無く、可愛らしい乳白色のワンピースと黒いベルトで着飾りながら(はしゃ)ぐシアの姿は、誰の目から見ても微笑ましいものであった。

 

「ふむ。それにしてもユエよ。本当に良かったのか?」

 

「?・・・シアとハジメのデートの事?」

 

「うむ。もしかすると今頃、色々進展しているかもしれんよ?ユエが思う以上にの?」

 

 ティーカップを優雅に傾けるユエに、何処か揶揄(からか)う様に質問したのはティオだ。言外に「余裕ぶっていて良いのか?足元を(すく)われるかもしれないぞ?」と(ほの)めかしているのだ。とは言え、ティオもユエに喧嘩を売っている訳では無い。ハジメ達3人の関係性に興味があったのも事実であり、何よりこれから共に旅をする以上、1度腹を割って話してみたかったのだ。

 

「・・・実を言うと、アタシも気になってたんスよね。幾らユエサンが義姉(ネエ)サンに甘いからって、デートにOK出すのは予想外でしたし。義妹(イモート)的には有難いんスケドね」

 

「やはり、アルの目から見ても不思議であった、と。では、社はどう考えておるのじゃ?我等よりもユエ達と付き合いの長いお主の考えも、是非聞かせて欲しいのぉ」

 

「え、このタイミングで俺に聞くんだ?・・・ん〜、ユエさんが良いんなら良いんじゃないかな。こう言う時に1番大事なのは、本人達の納得だと思うし」

 

「ほう、意外と素っ気無いと言うか、ドライな意見じゃな?」

 

「恋愛事なんてデリケートな話だから、無闇に首突っ込んで引っ掻き回すのもね。それにティオさんも言ってた通り、ハジメもユエさんもシアさんも短く無い付き合いだから、酷い事にはならないって信頼してるし」

 

 急に話を振られて若干面食らいながらも、自分の考えを述べる社。ユエが何を思ってシアを受け入れようとしているかを、社は理解出来ていない。だが、それ以上に社はハジメとユエとシアを仲間として信頼している。それ故、3人の内の誰かに請われるまでは、中立に徹すると決めていたのだ。

 

「無関心故の放置では無く、信頼故の静観であるか・・・して、ユエよ。肝心のお主はどう考えておるのじゃ?」

 

 社の意見に納得したティオとアルから、疑問と共に視線を向けられるユエ。だが、肝心の吸血姫は動揺の欠片も無く、2人にチラリと目を向けると肩を竦めた。どうやら本当に、何の危機感も持っていない様だ。

 

「・・・進展しているなら、嬉しい」

 

「嬉しいじゃと?惚れた男が他の女と親密になると言うのに?」

 

「・・・他の女じゃない。シアだから」

 

義姉(ネエ)サンだから、ッスか?」

 

 頭上に?マークを浮かべながら首を傾げるティオとアルに、ユエはティーカップを置くとゆっくりと話を続ける。

 

「・・・最初は、ハジメにベタベタするし・・・色々下心も透けて見えたから煩わしかった・・・」

 

「エーット、その節は我が義姉(アネ)ながら、大変なご迷惑をお掛けしたッス」

 

「・・・ん、アルも気にしないで良い。それに、あの子を見ていて分かった。あの子は何時も全力。一生懸命。大切なものの為に、好きなものの為に。良くも悪くも真っ直ぐ」

 

 亜人族にあるまじき難儀な体質でありながら、そんな苦労を感じさせず笑顔を絶やさないシアは、ハジメ達のパーティでは貴重なムードメイカーであった。まだ若い故に色々残念な所や空回る時もあるが、それも引っくるめて愛嬌に出来るのはシアの人徳あっての事だろう。実際、ティオもシアのそう言う所は気に入っていた。

 

「ふむ。それは見ていて分かる気がするの・・・だから(ほだ)されたと?」

 

「・・・半分は」

 

「半分?もう半分は何じゃ?」

 

 しかし、それでも唯一無二の恋人とデートさせる理由としては些か弱いと感じたティオが確認すると、やはり他にも理由があったらしい。興味津々のティオに対して、ユエは初めて口元に笑みを浮かべて答えた。

 

「・・・シアは私の事も好き。ハジメと同じ位に。意味は違っても、大きさは同じ・・・可愛いでしょ?」

 

「成る程。あの子には、ご主人様もユエもどちらも必要と言う事なんじゃな。混じり気の無い好意を邪険に出来る者は少ないからのぉ。それがあの子の魅力でも有る訳かの」

 

「それに、ちゃんとハジメと区別しているけれど、シアは社の事も好き。・・・そう言う、義理堅い所も可愛いから。でしょう、社?」

 

「そうだねぇ。俺としても、シアさんは()()()()()好ましく思ってるよ。・・・勿論、アルさんの事もね」

 

「い、いい、いきなり何スか。ア、アタシの話はして無いッスよ」

 

「・・・シアとは違うけど、アルも十分に可愛い。・・・特に、自分の名前も呼ばれないかソワソワする所とか、照れると耳まで真っ赤になる所とか」

 

「〜〜〜ッ!?!?!?(ボッ)」

 

「オヤオヤ、見事な撃沈っぷりでございますね」

 

 ユエの一言が図星だったのか、声にならない声を上げて机に突っ伏すアル。社もユエも嘘偽り無い本心からの言葉ではあるのだが、いかんせんアルにとっては火力過多(オーバーキル)だったらしい。正しく顔から火が出ると言わんばかりに真っ赤になるアルを見て、フィルルはあらあらと微笑を浮かべていた。

 

「ふむ、ユエのシアへの思いは分かったが・・・ご主人様の方はどうじゃ?心奪われるとは思わんのか?あの子の魅力は重々承知じゃろ?」

 

「・・・フフフ」

 

 ティオの問いに対して「それこそ馬鹿馬鹿しい」と肩を竦めたユエが、妖艶な笑みを見せた。目を細め、頬を染め、チロリと舌が唇を舐める。少女の様な幼い見た目と相反する様な溢れ出る色気に、数少ない周囲を歩く者達が男女に関係無く足を止めて目を奪われている。隣に居るティオの色気溢れる豊満な肉体ですら霞む程で、当のティオだけで無くフィルルやアルすらも思わず見蕩れてしまう程だ。

 

「・・・ハジメには〝大切〟を増やして欲しいと思う。でも・・・〝特別〟は私だけ・・・奪えると思うなら、やってみれば良い。何時でも何処でも誰でも・・・受けて立つ」

 

 〝貴女に出来る?〟そう言外に言い放ち微笑むユエに、言い知れぬ迫力を感じて顔を引き攣らせるティオ。数秒間、2人は目を逸らさずに互いを見つめていたが、ふとティオは苦笑いしながら両手を上げて降参の意を示した。

 

「まぁ・・・喧嘩を売る気は無い。妾は、ご主人様に罵ってもらえれば十分じゃしの」

 

「・・・変態」

 

 呆れた表情でティオを見るユエに、本人はカラカラと快活に笑うだけだった。態々こんな話を始めたのも、自分達との関係を良好な物にする為なのはユエも既に察している。憧れだった竜人族のブレない変態ぶりには深く絶望したが、それでも上手くやっていけそうではあった。

 

「ユエ様の魅力が、まさかここまでの物とは。皆様とご一緒していると、予想外の連続で全く飽きが来ませんね」

 

「予想外過ぎて、心臓止まるんじゃ無いかって時もあるッスけどね。・・・アタシとしては、ユエサンに一切見惚れなかった社サンに驚きッスケド」

 

「いや、綺麗だなーとは思ったよ?感想として、それ以上が無いだけで」

 

「何と言うか、お主も筋金入りよのぉ」

 

「鏡なら幾らでも貸してあげよう、ティオさん」

 

 和気藹々とブーメランを投げ合いながら親睦を深めていく一行。幸いな事に、話す内容については事欠かない。ハジメと社が元居た世界の話から始まり、ユエやハウリア姉妹との出会い、繰り広げて来た冒険の一部始終等、短くとも濃密な体験談は場を賑やかせるのに一役も二役も買ってくれていた。

 

「・・・1つ、社に話さなきゃならない事があった」

 

「?はいはい、何かあった?ユエさん」

 

 世間話に華を咲かせていた最中、ユエがふと思い出した様に社に話を振った。気負った様子の無いユエの声に、心当たりこそ無いものの軽い調子で反応した社。

 

「ーーーハジメと社が、私に隠している事について」

 

 いつもと変わらぬ普段通りの態度と声色で、ユエが本題を切り出した。

 

 

 

 

 

 ユエから突如として放たれた断定に近い問い掛け。控えめに言っても大きくはない声量にも関わらず、染み入る様に広がったユエの一言は場に確かな静寂と緊張を齎した。言葉の意味は分からずとも、ユエが真剣に言っている事だけは伝わるからこその自発的な沈黙。それを打ち破ったのは、ユエの視線の先で僅かに苦笑する社だった。

 

「・・・・・・うん、まぁ、バレるよね」

 

 話し声が途絶え静けさが広がる中、誤魔化す事など出来ないと確信した社は、ユエの問いを素直に認めた。元々、何時かはバレると覚悟していた事もあり、アッサリと認める姿にはある種の潔さも感じる程だ。

 

「・・・やっぱり、社は正直。そう言う有耶無耶にしない所は、美点」

 

「マジで?ユエさんに言われると自信付くわ〜」

 

「・・・お主ら、やるならやるで先に言ってくれんかのぉ。少し冷や冷やしたぞ」

 

 先の張り詰めた空気が嘘の様に霧散するのを感じたティオが、社とユエに呆れる様にジト目を向ける。短いながらも緊迫した雰囲気が広がったのだから、小言の1つも言いたくなるのは当然と言える。ティオ達に一通り謝罪した後、社は改めてユエと向き合う。

 

「ごめん、ごめん。さて、お褒めの言葉を貰った矢先に申し訳無いんだけど、俺とハジメの隠し事はまだ話す訳にはいかないんだ」

 

「ユエサン絡みって事は、もしかしてアタシらお邪魔ッスか?」

 

「ん?あぁ、いや、アルさん達が居る事は余り関係無いかな。これに関しては、中々に面倒な事情があってね」

 

 アルの心配をやんわりと否定しながら、社は言葉を濁す。2人の隠し事は【オルクス大迷宮】の最深部、オスカーの隠れ家で見つけた()()()()()に纏わる事柄だった。その手記を最初に見つけたハジメは、そこに記された内容と持ち主を知った後、ユエでは無く社に相談を持ち掛けた。その後、話し合いの末に2人は「来たるべき時まで、ユエには黙っておくべき」と結論を出したのだ。

 

「だから悪いんだけど、ユエさんにはもう少し我慢してもらう事になりそうかな」

 

「・・・構わない。そもそも、私が言いたいのはそこじゃない」

 

「?なら、何を?」

 

「・・・私が言いたいのは、逆。ハジメと社の隠し事を、()()()()()()()()()

 

「ーーーーーーーーー」

 

 ユエからの予想だにしない発言を聞き、驚愕に目を見開く社。隠し事がバレる事も、それについて問いただされる事も予想はしていた。仮にどうしてもユエが知りたいと言うのであれば、隠していた理由を伝えた上で全てを打ち明けるつもりでもいた。だが、隠し事がバレた上で「話さなくても良い」と言われるとは思いもしなかったのだ。余りの予想外っぷりに絶句する社を見て、ユエはクスクスと上品に笑うと言葉を続ける。

 

「・・・ハジメと社が私に話さないのは、私に話さない方が良いか、若しくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()から・・・どちらにせよ、私のためなのは分かってる・・・それを無理に聞き出す程、私は野暮じゃない」

 

「・・・・・・本当に、ハジメは良い女性(ヒト)を見つけたもんだ」

 

「フフフ・・・それ程でも、ある」

 

 首筋に手を当てながら「参りました」と言わんばかりに苦笑する社を見て、酷く愉快そうに笑みを浮かべるユエ。切った張ったの領分ならば、社とてユエに遅れを取るつもりは無い。だが、今回の様にユエに大人の余裕を出されてしまうと、流石に勝てる訳は無かった。何せ、文字通り人生経験が違い過ぎるからだ。

 

「良し、決めた。ハジメとシアさんが帰ってきたら、少し相談してみるよ。その結果次第で、ユエさんには改めて俺達が隠していた事を話そうと思う」

 

「・・・本当に?無理はしなくて良い」

 

「別に大丈夫だよ。さっきユエさんも言ってたけど、俺達が黙ってたのは()()()()()()()()()()()()からだしね。それに、ユエさんみたいに当事者に近い人が、何時までも何も知らされてないってのは筋が通らーーー・・・」

 

「・・・?社?」

 

 ユエの心配を笑い飛ばそうとした社の言葉が、突如として途切れた。不思議に思った女性陣が社の方を見ると、肝心の社はこれと言った反応を返さず、あらぬ方向へと視線を向けている。先程まで社を手玉に取っていたユエも、流石に困惑していた。

 

「社サン?何かあったッスか?」

 

〝ちょっと面倒な事態になりそうだから、このまま何事も無いフリをして聞いて欲しい。結論から言うと、どうやらユエさん達4人が狙われているみたいだ〟

 

「「「「!」」」」

 

 社の〝念話〟を通して伝わった情報に、少なからず驚きを見せるユエ達。だが、それも一瞬の事。直ぐに平静を取り戻すと、自然に振る舞いながら社の次の言葉を待つ姿勢になった。そんな仲間達の姿を見て頼もしさを感じながら、社は自分の感じた悪意について話し始める。

 

〝ついさっき、俺以外の4人に向けて、大勢から同時に悪意が向けられたのを感知した。俺にも向いてない訳じゃ無いが、比べ物に無らない位にそっちの方が多い。ほぼ間違い無く4人が本命だ〟

 

〝アタシらが?いきなり何でッスか?〟

 

〝悪意の質からして、多分奴隷とかの売り物にするつもりじゃないかな。まぁ、見目麗しい美人さん達が、ボディーガードすら碌に着けずにほっつき歩いてるんだ。良からぬ事を考える奴からすれば、鴨がネギ背負ってる様に見えるんじゃない?〟

 

〝・・・・・・美人とか、サラッと言うのズルくないッスか〟

 

〝いや、でも事実だからねぇ〟

 

〝アル様。先程の発言は、宮守様に美人だと言わせるフリの様に聞こえましたよ?〟

 

〝・・・変な所であざといの、シアに少し似てる〟

 

〝ウグゥ!?!?〟

 

〝危機感薄いのぉ、お主ら〟

 

 ユエとフィルルから揶揄われて、再び耳まで真っ赤にしながら机に突っ伏して悶えるアルと、緊張感が無いのを見て呆れるティオ。最も、そこらの人間が束になっても絶対に敵わないと言い切れる面々なので、余裕があるのも当然と言えば当然だった。

 

〝あくまでも俺の経験則だけど、悪意の広まり方と数からして、相手はそこそこ大規模な組織だと思う。多分、皆の似顔絵とか情報が共有されて、そこから一斉に悪意が向けられたんじゃないかな〟

 

〝1つ疑問なのですが、ギルドから情報が流れた可能性は無いでしょうか?〟

 

〝んー、ギルドは多分白かな。少なくとも、イルワさん含めて俺が会った事のある職員は全員大丈夫だね。まぁ、内通者(スパイ)が居る可能性も0じゃ無いから、通報はしない方がベターかなぁ〟

 

 フィルルの指摘に否を返す社。悪意の数からして敵が大規模な組織なのは確定であり、そこまでの大きさならギルドが把握していない訳が無い。問題はギルド内部に内通者(スパイ)がいる可能性だったが、少なくとも社が感知出来る範囲ではそれらしき人物は居なかった。

 

〝で、これからの方針なんだけど。取り敢えず、ハジメとシアさんの2人と合流するのが優先で良いかな〟

 

〝この感じだと、義姉(ネエ)サンも狙われてそうッスもんね〟

 

〝だね。で、その後はハジメと相談してからになるけど、多分敵のアジトを片っ端から潰していく事になると思う〟

 

〝簡単に言うのぉ。アジトと一口に言っても、そう簡単に場所は分からんじゃろ?〟

 

〝それについては、俺が悪意が固まってる場所を辿れるから問題無いよ〟

 

〝聞けば聞く程、とても便利な力で御座いますね〟

 

〝まぁね!■■ちゃんも良い物くれたよ、本当に〟

 

 〝悪意感知〟を褒められて、満更でも無い気分になる社。本人としては愛する婚約者(フィアンセ)から貰った物の為、損得抜きに大事にしている訳で有るが、敵対者からしてみればこれ程厄介極まりない能力も無いだろう。何せ奇襲の先読みに索敵や尋問*1等、凡そ悪意の絡まる物事であれば万能に近い感知性能を持つのだ。もし仮にミステリー小説なんかで出ようものなら大顰蹙(だいひんしゅく)待った無しの力である。

 

「それじゃ、方針も決まった事だし、お会計してハジメ達を探そうか」

 

「そうッスね。義姉(ネエ)サンは、ちょっとだけ可哀想ッスケド」

 

「・・・また、デートの機会はある」

 

「そうじゃのぉ。しかし、ご主人様達も何処に居るやら」

 

「観光区の方に行くとシア様が仰られていましたので、一旦そちらにーーー」

 

 ドゴオオォォォォン!!!

 

「「「「「・・・・・・・・・」」」」」

 

 遠くから響いた破壊音を聞き、一斉に黙りこむ社達。音の発生源を見ると、結構な高さのある建物が粉塵を巻き上げながら倒壊する真っ最中であった。方角的には、観光区の方だろう。こんな派手な事をやらかすのは、この場に居ない2人しか有り得ない。

 

「我が親友ながら、巻き込まれるの早過ぎないか」

 

「・・・過激なハジメも、素敵」

 

「デート台無しにされて、義姉(ネエ)サンへこんでなきゃ良いケド」

 

「誰も2人の心配しとらんのぉ。まぁ、要らぬか」

 

「恐らくは」

 

 軽口を叩きながら、会計を済ませた一同は倒壊した建物の方へ向かっていく。この調子ならば、直ぐにハジメ達に再開できると全員が内心で確信していた。

*1
悪意有る嘘を見抜ける為



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79.フューレンの長い1日 中編

「おー、これまた派手にやってんなぁ」

 

「・・・素晴らしい容赦の無さ。流石ハジメ」

 

 見るも無惨に半壊した建物を見て、感心半分呆れ半分で呟く社とユエ。カフェを出た一行は道中で特に邪魔や妨害が入る事も無く、スムーズに観光区へと辿り着いた。その後、倒壊する建物から離れようと避難して来る人々を目印に、ハジメ達が暴れているであろう建物を目指した訳であるが、結果はご覧の通りである。今も尚、建物の内部からは壮絶な破壊音が響き渡っており、その度に建物は激しく揺れ、外壁はひび割れ砕け落ちていた。

 

「何か、もう既に死屍累々っぽいンスケド。もしかして、コイツらが例の?」

 

「恐らくは」

 

 建物の周囲で倒れ伏す人相の悪い男達を見て、その正体に当たりをつけるアルとフィルル。数にして十数人は居る男達は、手足を奇怪な方向に曲げたままビクンビクンと痙攣しており、いずれも再起不能まで追い込まれている。いっそ一思いにトドメを刺された方が楽になれるかも知れない。

 

「見知った気配が近づいて来ると思ったら、やっぱりユエ達か」

 

「あれ?皆さん、どうしてこんな所に?」

 

 何とか原型を保っている建物の中から、粉塵をかき分けてハジメとシアが現れる。デートに出かけた時の格好そのままに、2人はそれぞれお馴染みの武器を携えてユエ達の下へと寄って来た。特に、可愛らしい服を着ていながら、肩に凶悪な戦鎚を担ぐシアの姿はとてもシュールである。

 

「そりゃこっちの台詞だ。まるで、人身売買してる裏組織に喧嘩でも売られたみたいだな?」

 

「何でお前は見てきた様にズバリ当てられるんだよ!?・・・いや、〝悪意感知〟か?」

 

「ピンポーン。つっても、半分は適当に言ったつもりだったんだが。まさか当たるとはなぁ」

 

 まさかの正解に、うなじに手を当てながら天を仰ぐ社。ユエ達美女・美少女が大規模な悪意に狙われている時点で碌でも無い輩が居るのは分かっていたが、まさか直球でテンプレートな悪の組織が現れるとは社自身も予想外であった。

 

「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが・・・ちょっと成り行きでして・・・。社さんの言う通り、人身売買している裏組織の関連施設を潰し回っていました」

 

「一体、何があればその様な事になるんじゃ?」

 

「移動しながら説明すっから、手伝ってくれないか?割とキリが無くてな」

 

 ドンナーをホルスターに仕舞いながら、地面に転がる男達を通行の邪魔だとでも言う様に瓦礫の上に放り投げていくハジメ。積み重なっていく男達を尻目に、ハジメはユエ達に何があったのか事情を説明し始めた。

 

 

 

 

 

「始まりは、俺が地面の下から子供の気配を感知した事だった」

 

 シアとのデート中、ハジメは〝気配感知〟*1により、地面の下から人の気配を感じ取った。本来なら下水道を管理している職員のものだと考えるのが道理なのだが、問題は気配の小ささと弱さがまるで衰弱した子供の様に感じられた事だった。

 

 その事実を知った2人ーーー特にシアは、衰弱した子供を救ける事を即決。ハジメの〝錬成〟により地面に開けた穴に飛び込むと、あっと言う間に子供を救出したのである。

 

「そんな感じで、助けたまでは良かったんだが。問題はその子供が〝海人族〟でな」

 

 〝海人族〟は西大陸の果てにある【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している亜人族だ。彼等は種族の特性を生かして、大陸に出回る海産物の実に8割を産出している為、亜人族でありながらハイリヒ王国から(おおやけ)に保護されている特殊な種族なのだ。差別しておきながら使えるから保護すると言う、王国の凄まじく現金且つ汚れた部分が見える話である。

 

 そんな保護されている筈の海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れている等有り得ない。隠し切れない犯罪の匂いを感じたハジメ達は、下水道から人目の付かない裏路地に繋がる穴を〝錬成〟して脱出、子供を保護したのだった。

 

「幸い、救けて直ぐにその子は目を覚ましてな。即席で〝錬成〟した風呂に入れたり、服やら薬やら食べ物やらを買ってきて介抱した後、色々事情を聞いてみたんだが・・・結果は案の定だ」

 

 目を覚ました〝海人族〟ーーーミュウと名乗った女の子を介抱したハジメ達が事情を聞いた所、予想通りと言うべきかミュウは海岸線の近くを泳いでいた際に母親と逸れてしまい、彷徨っていた時に人間族の男に捕らえられてしまったらしい。その後、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られてからは、薄暗い牢屋の様な場所に入れられて過ごしていたのだとか。

 

 牢屋の中には他にも幼子達がおり、その中には人間族も数多く居たらしい。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は毎日数人ずつ連れ出され戻ってくる事は無かったと言う。恐らくは、商品として売買されていったのだろう。

 

 そしていよいよミュウの番になった日に、偶々下水施設の整備でもしていたのか地下水路へと続く穴が開いていたらしい。3、4歳の幼女に何か出来る筈が無いとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったミュウは懐かしき水音を聞いて咄嗟にその穴へ飛び込んだ。汚水への不快感を我慢しながらも懸命に泳いだミュウは、幼いながらも海人族としての特性を生かして何とか追手を振り切った。

 

 だが、誘拐されて長旅を強要され、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かると言うストレス極まる悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったのである。

 

「大体の事情を聞いた後は、ミュウをどうするかって話になったんだが・・・結局、保安署*2に預ける事になってな。駄々ごねるミュウとシアを説得して、保安署に引き渡したんだよ」

 

義姉(ネエ)サンはまだしも、ミュウって子まで駄々コネてたんスか?」

 

「食べ物渡したり風呂上がりに髪乾かしてやったら、異様に懐かれてな。髪引っ張られたり眼帯引っ掻かれたり、大変だったんだぞ?」

 

「ハジメさん、面倒見良かったですからねぇ〜。ミュウちゃんの相手をするのも、別に嫌じゃ無かったんでしょう?」

 

 アルの問いに答えながら若干疲れた表情を見せるハジメと、想い人(ハジメ)の優しい一面をみてご満悦なシア。ハジメがミュウを保安署に預けると伝えた時、シアは当然の様に反対した。同じ亜人族として、捕らえられ奴隷に落とされる恐怖や辛さが良く理解出来ているからだろう。シア自身、既に家族を奪われているからこそ、自分達でどうにかしたいと言う気持ちもあった筈だ。

 

 だが、それ以上にミュウを勝手に連れて歩く訳には行かなかった。迷子を見つけた際に保安署に送り届けるのは正規の手順であるし、何よりミュウは犯罪組織に拉致られた被害者なのだ。勝手に連れて行ってしまうと、今度はハジメ達が犯罪者になりかねない。それらの事情を加味した上で、保安署に預けると言う選択肢が最も無難(ベター)だったのだ。

 

「公に認められてる海人族を、裏のオークションに掛けようなんて大問題だ。ミュウも手厚く保護されるだろうし、正式に捜査が始まれば他の子もいずれは保護される。こう言っちゃ何だが、保安署に丸投げするのが俺達にもミュウにとっても最善だった」

 

「【グリューエン大火山】の大迷宮にも挑まなきゃならんし、尚更ミュウって子を連れて行く訳には行かないからなぁ」

 

 全力で不満を露わにするミュウをあやしながら、保安署に到着したハジメ達は保安員に事情を説明した。ミュウに顔や髪の毛を引っ張られるハジメを見て最初は目を丸くしていた保安員だったが、事情を聞くと表情を険しくしながらもミュウを手厚く保護する事を約束してくれた。予想通り大きな問題らしく、本部からも応援が来るそうで、ハジメ達もお役御免と引き下がったのである。

 

 それでも、ミュウだけは最後まで納得しなかった。ウルウルと潤んだ瞳で「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」と上目遣いされた際は、さしものハジメも罪悪感に駆られ、最終的には見兼ねた保安員達がミュウを宥めながら少しだけ強引にハジメ達と引き離し、保安署を後にしたのだった。

 

「成る程。思う所はあれど、これにて一件落着ーーーとは、ならなかったので御座いますね?」

 

「あぁ。奴等、あろう事か()()()()()()()()()()()

 

 最後まで悲しげな表情と声のミュウに後ろ髪を引かれつつも、保安署から離れたハジメとシア。特にシアは「他にも出来る事があったのでは?」と気落ちしており、そんな彼女を見兼ねてハジメが声を掛けようとした直後。背後から爆発音が聞こえたのだ。

 

 驚き振り返ったハジメ達の視線の先では、保安署から黒煙が上っていた。最悪の事態が脳裏を(よぎ)り、互いに頷くと直ぐ様保安署へと駆け戻るハジメ達。保安署の内部は派手に窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっていたものの、建物自体はさほどダメージを受けていない様子で、保安員達も大なり小なり怪我をしていたものの命に関わる怪我はしていなかった。

 

 が、やはりと言うべきかミュウが見つかる事は無く、その代わりに見つかったのが「海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて来い」と言う言葉と指定された場所の書かれた1枚の紙だった。どうやら何らかの方法で保安署のやり取りを聞いていたらしく、ミュウを人質として利用した上で、レアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたのだろう。

 

 ハジメも当初はミュウを危険な旅に同行させる気が無い以上、さっさと別れた方が互いに傷付かないと考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせる事になるからだ。だが、再度拐われたとなれば話は変わる。窮地にある幼子を助けられるのに放置するのは、ハジメに僅かばかり残っている良心に(もと)るし、何よりそんなあり方は自分を大切に思う人達に顔向け出来ない生き方だろう。

 

 それに今回、相手はシアをも奪おうとしている。己自身(ハジメ)の〝大切〟に手を出そうと言うのなら、優先して排除すべき〝敵〟でしかない。彼等はハジメの触れてはならない逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃ居てミュウ自身は居なかったんだよ。多分、最初から俺を殺してシアだけ頂く気だったんだろうな。取り敢えず数人残して皆殺しにした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが、知らないらしくてな。拷問して他のアジトを聞き出して、を繰り返している所だ」

 

「どうも私だけじゃなくて、ユエさんやアル、それにティオさんとフィルルさんについても誘拐計画があったみたいですよ。それでいっその事、見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうという事になりまして」

 

 移動しながらハジメとシアの説明を聞くユエ達。社から自分達が狙われている事を聞いていた故にそこまで大きな驚きこそ無いが、ここまでトラブルに巻き込まれているのを見ると、一周回って感心せざるを得ない。

 

「俺が言うのも何だけど、本当にトラブル体質だな。帰ったら一度、ウチの神社でお祓いでもするか?」

 

「・・・マジでお前の祖父(じい)ちゃんに頼むのも有りかもな」

 

 割と真剣な社の提案に、これまた割と真剣な表情で考えるハジメ。『呪術師』兼神主である社の祖父であれば、実力も御利益もある程度保証される筈だ。逆説、そんな祖父に諦めた様に首を振られでもしたら、本当にどうしようも無くなる訳だが。

 

「・・・それで、ミュウっていう子を探せば良いの?」

 

「ああ。聞き出したところによると、結構大きな組織みたいでな。関連施設の数も半端ないんだ。手伝ってくれるか?」

 

「ん・・・任せて」/「勿論ッス」

 

「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非も無いの」

 

(わたくし)も、微力を尽くさせて頂きます」

 

「言うまでも無いだろうよ。それと、奴等の本拠地は大体目星付いてるぞ。何せ悪意が1番濃いからな」

 

「お前の〝悪意感知(それ)〟、本当に便利だな・・・。それなら、俺達も別行動といくか」

 

 躊躇う事無く了承する仲間に頼もしさを感じながら、ハジメは別れて行動する事を提案する。最も敵が多く、且つミュウが居る可能性の高い本拠地にハジメとユエとシアが。ハジメが場所を把握している拠点にはティオとアルが。未だに場所が判明していない拠点は、〝悪意感知〟を持つ社とフィルルが担当する事に。

 

「そっちで何か見つけたら、社かアルが〝念話〟で連絡しろ。下っ端でも逃したら面倒だ、残らず再起不能にしちまえ。ーーー任せたぞ!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 ハジメの号令と共に、3方向に分かれる面々。この瞬間、フューレンに巣食う人身売買組織〝フリートホーフ〟壊滅のカウントダウンが開始された。

 

 

 

 

 

「と、意気込んだは良いものの、やっぱり碌な手掛かりが無いな」

 

「幹部ならまだしも、下の構成員に証拠となる物を持たせる程、甘くはありませんね」

 

 そこそこ質の良い調度品が置かれた部屋の中で、机や棚を漁りながら話す社とフィルル。2人が今居るのはフューレンに点在している裏組織の拠点の1つであり、そこの管理を任されていたリーダーの執務室である。とは言え、組織から見れば中間管理職に近い立場だったらしく、書類は数あれど重要そうな内容の物は1つとして見つからない。

 

「此処もハズレと。本命はハジメ達の方とは言え、こっちはあんまり期待出来そうに無いか」

 

「アル様達からも連絡が来ていないとなると、彼方(あちら)も難航しているのかも知れませんわ」

 

 喋りながらも捜索の手を止めない社とフィルル。室内からはガサゴソと書類や家具を漁る音や2人の喋り声が響いてくるが、それを咎める者は居ない。それどころか、拠点の中は2人の居る部屋以外からは一切の音が消え去っている。まるで社達以外には誰も居ないと錯覚する程の不自然な静寂であった。

 

「仕方ありませんわ。粛々(しゅくしゅく)と、(わたくし)達の務めを果たすと致しましょう」

 

「それしか無いか。じゃ、次にいきますかね」

 

 書類を粗方探し終え、社とフィルルは足早に執務室を後にする。大した成果を上げられなかったにも関わらず、2人の表情に落胆の色は無い。それもその筈、2人に割り振られた役割は情報収集では無い。

 

「さて、次の拠点はーーーおっと、増援だ」

 

「おやおや、お早い事で」

 

 ふと階下から聞こえてきた怒号と足音を聞き、「手間が省けた」と言わんばかりに笑みを浮かべる社とフィルル。足音と気配からして数は30人強、廊下の両端にある階段から2手に分かれて登っているらしく、社達を挟み撃ちするつもりなのだろう。有用な情報が無かった以上、先の執務室の窓から飛び降りるなりしてさっさと逃げるのも手ではあるが。

 

「じゃあ、そっちはお任せで」

 

「承知致しました。一匹残らず始末しておきます(ゆえ)

 

 言葉少なく背中合わせに別れながら、社とフィルルは迷い無く構成員の迎撃を選ぶ。然もありなん、2人に課せられた役割は、殲滅。再起など出来ぬ様に、報復なぞ思い付かぬ程に、徹底的に片を付ける為に。頭から末端まで、1人残らず全てを叩き潰すつもりなのだ。

 

「居たぞ!アイツらだ!」/「何処のどいつか知らねぇが、よくも好き勝手ーーー」

 

「次が(つか)えてる、さっさと死ね」

 

 怒号と共に廊下を駆けて来る男達に対して、社は瞬時に肉薄しながら〝流雲(りゅううん)〟を三節棍へと可変させる。3つに分たれた棍の真ん中を握りしめながら『呪力』を流し込んだ社は、武器を構える構成員の群へ突貫しながら力任せに〝流雲(りゅううん)〟を振り回す。

 

 ゴガガガガガッ!!

 

 人体を叩いているとは思えない、まるで刃の鈍いミキサーを無理矢理動かしたかの様な音が鳴り響く。社の速さに全く対応出来ない構成員達が、片っ端から薙ぎ払われているのだ。抵抗など持っての他、運良く武器で防御出来てもボロ屑の様に引きちぎられる始末。吹き飛ばされた男達は壁や床をブチ抜くと、そのまま誰1人として動かなくなっていく。

 

「ヒッ、な、何だこの化け物!?」/「こんなのが居るなんて聞いてねぇぞ!?」

 

「もっと早く気付けよ、間抜け」

 

 構成員の半分程を瞬く間に処理した社を見て、今更力の差を自覚したのか逃げ出そうとする男達。この階に上がって来るまでの道中、社とフィルルが始末した構成員の死体を散々見てきた筈だ。にも関わらず、「自分達の力が及ばない手練れが居るかも」と僅かでも考えが及んでいなかったのは、愚かとしか言い様が無い。

 

「あら、よっと」

 

 ドゴムッ!!

 

 我先に階下へ向かおうとする男達を放置した社は、気が抜ける様な掛け声と共に三節棍形態の〝流雲(りゅううん)〟を力の限り床に叩きつけた。人体すら容易く引きちぎる程の衝撃は木造の床に容易く大穴を開け、社を支えていた足場ごと階下へと崩れていく。

 

「なっーーー」/「に、逃げーーー」

 

「生かして返すつもりは無い。観念しな」

 

 上から降って来た社の殺意と無慈悲な宣言に、パニックに陥る男達。超えてはならない一線を超えた裏組織の連中を赦す程、社も甘く無い。逃げ惑う男達に向けて淡々と〝流雲(りゅううん)〟を振るい続けた社は、1分足らずで残りの構成員全てを沈黙させた。

 

(さて、後はフィルルさんの方がどうなってるか。・・・まぁ、あの調子なら大丈夫だろうけど)

 

 〝流雲(りゅううん)〟に付いた血を振り払った社は、その場で跳躍すると通路に開けた大穴を通って上の階へと飛び上がる。フィルルの実力ならば万が一も起こり得ないだろうが、取り逃しが出ないとも限らない為、早々に合流すべきであろう。最も、社が気にしているのは別の事案であるが。

 

「見事なお手際ですわ。此方はもう少々と言った所です」

 

「・・・・・・・・・それは、まぁ、見れば分かるけど」

 

 戻って来た社を満面の笑みで迎えるフィルル。だが、肝心の社は片眉を上げて怪訝そうな表情を隠そうともしない。社にしては珍しいおざなりな対応ではあるが、原因は目の前に広がる光景ーーー否、惨状にあった。

 

(魔法で作った水の玉を、頭に被せて窒息させているのか)

 

 床に這いつくばりながらもがき苦しむ男達を、冷静に観察する社。彼等の頭には一様に直径30cm程の水球が張り付いている。恐らくは、水属性の初級魔法である〝水球〟*3だろう。たかが水の玉と侮るなかれ、人間は水深10㎝もあれば溺死するし、まして大人の頭を丸々包み込める大きさの水球である。どうにか足掻くべくバシャバシャと水球を叩く音も聞こえるが、その程度で壊れる程脆くはない。抵抗も空しく、構成員の男達は次々と陸の上で溺れていく。

 

「さっきから、何故こんな回りくどい方法を?」

 

「魔力の節約で御座います。(わたくし)はティオお嬢様やユエ様程に、魔力が潤沢ではありませんので。こうして最小限の魔力で効率的に処理をしているのです」

 

「・・・・・・左様で」

 

 笑みを崩さないまま指先に小さな〝水球〟を作り出すフィルルを見て、何とも言えない顔をする社。裏組織の支部を潰し始めてから、フィルルはずっと〝水球〟による窒息死戦法を取り続けていた。

 

(いきなり呼吸を邪魔されて平気な人間はまずいない。仮に持ち直しても〝技能〟や魔法の発動は少なからず阻害出来るし、悲鳴やら叫び声やらで他の奴らに気付かれるのも防げる。フィルルさんが殆ど消耗していない所を見るに、燃費もかなり良い筈。・・・確かに、合理的ではある)

 

 支部や構成員の数が分からない以上、出来るだけ魔力を節約すべきだとするフィルルの考えは戦略上間違い無く正しい。呼吸が出来なければ動きは鈍るし、口を塞ぐ事で魔法の詠唱や助けを呼ぶ事も妨げている為、初手で防げなければほぼ詰みだろう。流石に一定以上の実力者には効かないだろうが、数が多いだけの格下を処理するのなら効率的な手段と言える。だが。

 

(・・・どう見ても、()()()()()()()よなぁ)

 

 呼吸困難に陥り、痙攣やチアノーゼ*4を引き起こす男達の様子を、食い入る様に見つめ続けるフィルル。万が一が起こらない様に、油断無く目を光らせているーーー訳では断じて無いだろう。その証拠にフィルルの目は恍惚に爛々と光り、愉悦の滲んだ口元は裂け目の様に歪んでいる。〝悪意感知〟を使うまでも無い、誰の目から見てもフィルルが男達の死に様に悦楽を感じているのは明白だった。

 

(前々から引っ掛かってた違和感の正体はこれか)

 

 周囲に生き残りの気配が無いかを探りながら、頭痛を堪える様に眉間に皺を寄せる社。ティオとは異なり、フィルルは以前から考えや悪意が読み辛い事があった。無論、その程度なら個性の範疇な為、社も気に留めてはいなかった訳であるが、此処に来てまさかのトンデモ癖の開示である。社で無くとも頭を抱えたくなるだろう。竜人族には2人しか出会っていないが、マトモな人物は居ないのかも知れない。

 

(いやでも、何でこのタイミングで俺にバラしたんだ?とうとう我慢が効かなくなった・・・いや、悪意が膨れる予兆も無かったし、その線は薄いか。本性を隠すのが面倒になったのか、何かキッカケでもあったのか・・・駄目だ、分からん)

 

 社が元の世界で戦って来た『呪詛師』や『呪霊』、妖の中には確かに他者を虐げて快楽を得る者も居た。だが、そう言った連中は好みの獲物を選別する事はあれど、痛めつける対象そのものは凡そ無差別であり、悪意も自分本位の無軌道な傾向が強かった。

 

 翻ってフィルルは、他者を痛めつける事に暗い悪意(愉悦)を感じている事には違い無いが、それにしては悪意の出力や方向性が安定し過ぎている様に感じられた。獲物を選り好みしていただけの可能性もあるが、それにしては普段の悪意が大人し過ぎる。様々な悪意を読み取って来た社をして、今までに見た事の無いタイプであった。

 

(・・・・・・・・・一旦放置で良いか。今はそんな事考えている場合じゃ無いし)

 

 思考する事数十秒、社はフィルルに対する考察を明後日の方向にぶん投げる事に決めた。問題の先送り、或いは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変(行き当たりばったり)に、と言うやつである。フィルルの考えは未だにハッキリしないが、それとは別に「少なくとも、今の所は問題無い」と()()()()確信が持てる程度にはフィルルに対する信用もあったからだ。

 

〝社さんにアル、聞こえますか?〟

 

〝聞こえてるよ、義姉(ネエ)サン〟/〝どしたの、シアさん〟

 

〝ハジメさん達と本拠地に乗り込んだ結果、ミュウちゃんの居場所が分かりましたので、私達はそっちに向かいます!ハジメさんからは「俺達のバックアップは必要無い。アルと社達はそのまま別個で他の支部を出来るだけブッ潰せ」って指示が出てるので、皆さんはその通りにお願いします!〟

 

〝了解〟/〝あいよー〟

 

「?もしや、他の所で進展が?」

 

「あぁ、ハジメ達がミュウちゃんの居る場所に当たりを付けたらしい。そのまま向かうから、俺達には引き続き支部を潰して欲しいってさ」

 

「おやおや、それは朗報で御座いますね♡」

 

「・・・・・・ウン、ソウダネ」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべるフィルルとは対照的に、頰を引き攣らせながら棒読みで返す社。いたいけな幼子を助けられる事に喜んでいるのか、はたまた自分の欲望を満たせる事に悦びを感じているのか。深掘りした所で碌な事にならないのは目に見えている為、社は一切突っ込まない事に決めた。どうせ、被害に遭うのは犯罪集団の一味なのだ。自業自得と割り切って貰うしかないだろう。

 

「・・・それじゃあ、気を取り直して次に行きますか」

 

「えぇ、えぇ♡世の為、人の為、(わたくし)達も尽力致すとしましょうか♡」

 

 語尾にハートマークが浮かんでいるのでは?と思う程にルンルンなフィルルと、呆れながらも歩みを一切止めない社。いずれにせよ、裏組織の構成員達の末路は決まり切っていた。

*1
社の〝悪意感知〟と同様、常時展開している

*2
地球で言う警察機関。

*3
本作オリジナルの魔法。文字通り、水の球を生み出す魔法。風属性の初級魔法〝風球〟や、火属性の初級魔法〝火球〟と同系列。

*4
血中の二酸化炭素濃度が上昇し、肌が紫色になる現象。



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80.フューレンの長い1日 後編

あ、あけましておめでとうございます・・・(震え声)

長くなってもエタるつもりは無いので、どうぞ長い目でお付き合い下さい


「倒壊した建物22棟、半壊した建物44棟、消滅した建物5棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員157名、再起不能66名、行方不明者209名・・・で?何か言い訳はあるかい、君達?」

 

「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔も無い」

 

「はぁ~~~~~」

 

 冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にハジメを睨むイルワ。だが、槍玉に挙げられた筈のハジメは全く気にする様子も無く、出された茶菓子を呑気に摘んでいる。そんなハジメの膝の上には、海人族の幼女ーーーミュウが乗っており、これまた美味しそうに茶菓子を食べていた。こんな状況で無ければほっこりする絵面ではあるが、今後の対応を考えるとイルワとしては溜息しか出てこない。

 

「おいハジメ、そこは嘘でも反省するフリしとこうぜ。そっちの方が多少なりともウケが良い。ですよね、イルワさん?」

 

「本人を前にそんな遣り取りするなんて、相変わらず良い性格しているね、君達は。・・・まぁ、その子が無事だったのは良かったけれど」

 

 結論から言えば、ミュウの救出は驚くほど速やかに行われた。シアからの情報を元に裏のオークション会場を突き止めたハジメとユエは、売り出される直前だったミュウを瞬く間に救出。即座に脱出すると、オークション会場を含めた裏組織(後で聞いた話によると、フリートホーフと言う名前らしい)の主要設備を〝雷龍〟により爆破解体したのだとか。一応、無関係の人達*1は一切巻き込んではいない為、イルワも絶妙に文句が言い難いらしい。

 

「・・・まさかと思うけど、水族館(メアシュタット)の水槽やら壁やらを破壊して人面魚(リーマン)が空を飛んで逃げたという話は・・・関係無いよね?」

 

「・・・ミュウ、これも美味いぞ?食ってみろ」

 

「あ~ん」

 

(メアシュタットって、シアさんとのデートで行く予定だった水族館じゃなかったか?一体何したんだ?)

 

 ハジメは平然とミュウにお菓子を食べさせていたが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワと社は見逃さなかった。理由は分からないが、ほぼ間違い無くハジメ達が原因だろう。*2深い、それはもうとても深い溜息を吐いたイルワの片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットがさり気なく胃薬を手渡していた。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね。今回の件は正直助かったと言えば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きは真っ当な商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね。はっきり言って彼等の根絶なんて夢物語と言うのが現状だった。唯、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね・・・はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

 

「元々その辺はフューレンの行政が何とかする所だろ。今回は偶々身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし・・・」

 

「唯の反撃で、フューレンに於ける裏世界三大組織の1つを半日で殲滅かい?ホント、洒落にならないね」

 

 フリートホーフの構成員は首領と幹部達は勿論の事、末端の構成員に至るまでが軒並み始末されていた。生き残りによる報復の防止と見せしめを兼ねて、社とフィルルがある種執拗なまでに狩り尽くした結果である。が、イルワとしては今後の事も考えると、純粋に喜んでもいられないのだろう。苦笑いしながらも一気に老け込んだ様に見えるイルワを見て、流石に可哀想だと思わない訳でも無いハジメは、社とアイコンタクトを取ると1つ提案をする。

 

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さない様に、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も俺らの名前使ってくれて良いんだぞ?何なら支部長お抱えの〝金〟だってことにすれば・・・相当抑止力になるんじゃないか?」

 

「おや、良いのかい?それは凄く助かるのだけど・・・そういう利用される様なのは嫌うタイプに見てたけれど?」

 

 ハジメの言葉に、若干ながら意外そうな表情を見せるイルワ。だが、その瞳は「えっ?マジで?是非!」と雄弁に物語っている。イルワにしては分かり易い反応に、苦笑いしながら肩を竦めるハジメ。

 

「まぁ、持ちつ持たれつってな。世話になるんだし、それ位は構わねぇよ。支部長ならその辺の匙加減も分かるだろうし。俺らのせいでフューレンで裏組織の戦争が起きました、一般人が巻き込まれましたってのは気分悪いしな」

 

「・・・ふむ。ハジメ君、少し変わったかい?初めて会った時の君は、仲間の事以外どうでも良いーーーとまでは言わないけれど、それに近い考え方を持っている様に見えたのだけど。ウルで良い事でもあったのかな?」

 

「・・・俺としても、悪い事ばかりじゃ無かったよ」

 

 流石は大都市のギルド支部長。相手の事を良く見ているらしく、ハジメの微妙な変化にも気が付いたらしい。イルワからしても好ましい変化だったので、ハジメからの提案を有り難く受け取ってくれた様だ。

 

 因みに、その後フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他2つの組織は、イルワの牽制の甲斐あって大きな混乱を起こす事も無かった。唯、イルワが余りにも効果的にハジメ達の名を使ったせいか、〝フューレン支部長の懐刀〟とか〝白髪眼帯の爆炎使い〟とか〝幼女キラー〟とか色々二つ名が付くことになったが・・・ハジメの知った事では無いだろう。後々、その二つ名を聞いて爆笑した社はハジメにシバかれる事になるが、それも今はまだ関係の無い話である。

 

「話は変わりますが、理由があるとは言え俺達を無罪放免で済ませるとは思ってませんでした。それこそ、今回の騒動を不問にする代わりに、名前を使わせてくれ位は言われるものかと」

 

「それも考えたけれど、今回の1件は元を辿ればフューレンの問題だからね。多少強引だったとは言え、解決の立役者となった君達にこれ以上要求するのは実務的にも心情的にも良く無いと思ったのさ。それに、日頃から裏組織のやり方に腹を据えかねてる人達も多かったからね」

 

「あぁー、さっきの男臭いおっちゃんとかか」

 

「そうだね。因みに彼は保安局の局長だよ」

 

「成る程。だから、あんなご機嫌で入って来てサムズアップしてった訳ですか」

 

 大暴れしたハジメ達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたのと、他でも無い保安局が正当防衛として不問としてくれたので特に問題にはならなかった。イルワの言う通り、保安局としても一度預かった子供を、保安署を爆破されてまで奪われたのが相当頭に来ていたらしい。そんな不倶戴天の相手を壊滅させてくれたハジメ達への対処が甘くなるのも、当然と言えば当然なのかも知れない。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど・・・」

 

 イルワの視線の先には、両手でお菓子を食べるミュウが居た。エメラルドグリーンの長い髪を揺らしながら頬をクッキーで膨らませる姿は、整った顔立ちも合わさって可愛らしさに溢れている。乳白色のフェミニンなワンピースも良く似合っており、着替えを選んだシアのチョイスが光る一品だろう。耳の部分には扇状のヒレが、小さな指の間には薄い膜が付いており、どんなに小さくともミュウが海人族である事を示していた。自然と周囲から視線が集まり、それに気付いてビクッと反応するミュウ。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか。それとも君達に預けて依頼という形で送還してもらうか・・・2つの方法がある。君達はどっちが良いかな?」

 

「俺達が送っても問題無いのか?」

 

「勿論。今回の君達の暴れっぷりも、ミュウ君の保護が目的だったろう?それに、今後の事で私達も忙しくなる。それなら、いっその事、任せても良いんじゃないかと言う話になってね」

 

「ハジメさん・・・私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に・・・お願いします」

 

 イルワの話を聞いて、いの一番にシアがハジメに頭を下げる。どうしても、ミュウが家に帰るまで一緒にいたい様だ。他の面々はハジメの判断に任せる様で、沈黙したままハジメを見つめている。

 

「お兄ちゃん・・・一緒・・・め?」

 

 自分の膝の上から上目遣いで「め?」とか反則である。と言うより、ミュウを取り返すと決めた時点で「本人が望むなら連れて行っても良いか」とハジメは考えていた。結論は既に出ている。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな。ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」

 

「ハジメさん!」/「お兄ちゃん!」

 

 満面の笑みで喜びを露わにするシアとミュウ。【海上の都市エリセン】に行く前に【大火山】の大迷宮を攻略しなければならないが、「まぁ、何とかするさ」とハジメは内心覚悟を決める。

 

「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか?普通にハジメで良い。何と言うか。むず痒いんだよ、その呼び方」

 

 喜びをそのままに抱きついてくるミュウに、照れ隠し半分にそんな事を要求するハジメ。元(と言うより今も)オタクなだけに〝お兄ちゃん〟という呼び方は色々とクルものがあるらしい。

 

 ハジメの要求にミュウはしばらく首を傾げると、やがて何かに納得した様に頷きーーーハジメどころかその場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

 

「・・・パパ」

 

「・・・・・・・・・な、何だって?悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」

 

「パパ」

 

「・・・・・・そ、それはあれか?海人族の言葉で〝お兄ちゃん〟とか〝ハジメ〟という意味か?」

 

「ううん。パパはパパなの」

 

「うん、ちょっと待とうか」

 

 希望的観測が潰え、思考が止まったハジメが目元を手で押さえ揉みほぐしている内に、いち早く復帰したシアがおずおずとミュウに理由を聞いてみる。

 

「え、えーと、どうしてハジメさんが〝パパ〟なんです、ミュウちゃん?」

 

「ミュウね、パパいないの・・・ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの・・・キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのに、ミュウにはいないの・・・だからお兄ちゃんがパパなの」

 

「何となく分かったが、何が〝だから〟何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ17歳なんだぞ?」

 

「やっ、パパなの!」

 

「オイオイ、こんな小さな子のお願いを断るのか?良いじゃあ無いか、こんな可愛い子供が出来たら、きっと(しゅう)さんとか(すみれ)さん*3は喜ぶぞぉ?」

 

「確かにあの2人なら大はしゃぎーーー違う、今はそう言う話じゃない!分かった、もうお兄ちゃんで良い!贅沢は言わないからパパは止めてくれ!」

 

「やっーー!!パパはミュウのパパなのーーー!!!」

 

 その後、あの手この手でミュウの〝パパ〟を撤回させようと試みるハジメだったが、ミュウ的にはお兄ちゃんよりしっくり来たらしく意外な程の強情さを見せて拒否していた。結局、撤回には至らず「エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかない」と、渋々ハジメは引き下がった。「奈落を出てから1番ダメージ受けた顔してた」とは社の弁である。

 

 

 

 

 

「それで?こんな時間に態々俺だけ呼び出して、一体何の用だい?フィルルさん」

 

 時刻は深夜。日本で言えば草木も眠る丑三つ時に、テーブルを挟んで向かい合う1組の男女。一見すれば恋人同士の密会にも思える光景ではあるが、生憎とそんな甘い雰囲気が漂っている訳では無い。少なくとも呼び出される心当たりの無い社は、怪訝そうな表情を隠していなかった。

 

「そう警戒なさらないで下さい。別に取って食べよう等と考えている訳では御座いませんよ?」

 

「別にそこまでは思って無いけど・・・」

 

「であれば、少々お付き合い下さいませ。今、寝付きの良くなるお茶をお淹れしていますので」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながらお茶の準備をしているフィルルを見て、より困惑を深める社。2人が居るのは、先日より宿泊している2つのVIPルームの内の1つである。他の面々はミュウたっての希望で全員同じ部屋で川の字になって眠っており、図らずも空いた部屋に社は呼び出されていた。

 

(・・・緊急の相談では無さそうだし、気を張る必要も無いか)

 

「お待たせしました。どうぞ、お召し上がり下さいませ」

 

「どうも。・・・おぉ、凄い不思議な香りと味。初めて飲んだけど、美味しいわ」

 

 勧められるままに口にしたお茶の味に目を見開く社。元の世界で言う所のハーブティーの様な物だろうか。透き通る様な紅色をしたお茶は、柑橘類に似た香りとは裏腹に酸味が無く、アッサリした甘味と僅かな渋みが調和した飲み易い味わいだった。社も詳しい訳では無いが、恐らくは異世界(トータス)固有の植物を使った物だろう。

 

「お口に合った様で何よりですわ。こう見えて(わたくし)、園芸が趣味でして。竜人の里でも色々育てているのです。料理に合う香草や、傷や解熱に効く薬草でしたり。後は、そうーーー良く効く()()()()幾つか御座います」

 

「色々手広く育ててる訳だ。この茶葉もフィルルさんの手作り?」

 

「・・・・・・えぇ。我ながら良く出来た一品であると自負しております」

 

(今一瞬、変な間があったか?)

 

 フィルルの反応に違和感を覚えつつも、他愛(たあい)の無い会話を続ける社。話の種が尽きない*4事もあり、時折笑い声が響く穏やかな時間が流れていく。そのまま数十分が経つ頃には、「もしや、初めからこうして世間話をする事が目的だったのでは?」と社は己の考え過ぎを疑い始めていた。

 

「竜人族の里を旅立った際は、一体どうなる事やらと不安もありましたが・・・フフフ、まさかこんな愉快な旅路になるとは思ってもいませんでした」

 

「愉快の一言で済ませるには中々に問題が無いだろうか。主に貴女のご主人様とか」

 

「お嬢様のアレは、まぁ、放置でよろしいかと。隠れ里と言う性質上、余り目立つ訳にもいかず刺激に飢えていた事も原因でしょうし。南雲様には申し訳ありませんが、暫くはお付き合いいただくしかありませんわ」

 

「あのドマゾっぷりをそんな適当に流すの???」

 

 余りの素っ気無さに唖然とする社だが、一片の曇りも無い笑みを浮かべて首肯するフィルルを見るに、ティオのドM化に関しては本当に何とも思っていないらしい。以前より何度か話題に上げてはいるものの、こうまで放任気味なのは社としても驚く他は無かった。

 

「さて、このまま談笑するのも魅力的では御座いますが、貴重な睡眠時間を削って頂いている手前、そろそろ本題に入りたいと思います。と言っても、今から幾つか質問をするので、それにお答えして欲しいだけなのですが。宜しいですか?」

 

「・・・構わないよ」

 

 フィルルの放任主義っぷりに停止していた思考を無理矢理起こした社は、背筋を正して向き直る。切羽詰まった雰囲気では無いものの、それでもフィルルが真剣な態度と表情をしているのが良く分かったからだ。この場でそれを茶化そうとする程、社も空気が読めない子供では無い。

 

「ありがとうございます。では、1つ目の質問です。(わたくし)がフリートホーフの拠点で、構成員達が悶え苦しむのを愉しんでいた事について、どうお考えでしょう?」

 

「正直に言えば、どうとも考えていない。俺は身内・友人に害が無ければ、他人がどうなろうと気にしないタチだし。無関係の善人ならまだしも、殺されて当然の悪人なら尚更ね」

 

「・・・・・・即答なさるのですね。(わたくし)が聞こうとしていた事はお見通しでしたか」

 

「そこまででは無いけど、まぁまぁ分かり易かったかな」

 

 自嘲する様に微苦笑するフィルルに対して、ヒラヒラと手を振りながら事も無げに答える社。夜遅くに別の部屋へ呼ばれた時点で、人に聞かれたく無い話をするつもりなのは何となく分かっていた事だった。加えて呼ばれたのが社のみであった事も加味すれば、話題の中身も想像がつき易いと言うものだろう。最も、何故そんな質問をしたのかまでは分からないが。

 

「確かに露骨ではありましたか。・・・それならば、(わたくし)が彼等を(ワザ)と苦しめて愉しんでいた事を、()()()()()()()()()()()()()(わたくし)が明らかに愉悦していたのは、社様も分かっていたと存じますが」

 

「・・・強いて言えば、言う必要が無いからかな。フィルルさんの遣り方が効率的だったのは本当だし、自分の楽しみを優先している様にも見えなかった。仕事をキッチリ(こな)していた以上、俺の口からとやかく言うつもりは無いよ」

 

 2つ目の質問にも淀み無く返答する社に対して、真剣な表情で顎に指を添えて考え込むフィルル。返答に若干の間が空いたのは、どう答えるべきかに悩んでいただけで社が答えそのものに迷う様子は無かった。この質問もまた、社にとっては想定内であったのだろう。

 

「・・・では、次の質問です。もし、社様が今飲んでいるお茶に、毒が盛ってあると言ったらどうなさいますか?」

 

「おぉっと、その質問は予想外。んー・・・多分、ナイスジョークって言って笑うかな」

 

「疑いもせず、と。何故でしょう?」

 

「何故、と言うと?」

 

(わたくし)が愉悦の為にそう言った事をやりかね無いと言うのは、今までの様子を見ればご理解いただけたかと思うのですが。それでも社様には(わたくし)がやる筈が無いと言う何かしらの確信がある様に見受けられます。それは一体、何故なのでしょう。是非、(わたくし)にご教授いただきたいのです」

 

 何時に無く饒舌なフィルルに、多少なりとも面食らう社。常に慌てず騒がず、余裕を持って優雅に従者(メイド)としての務めを果たしていたフィルルにしては珍しい様子だ。とは言え、幸か不幸か彼女からは焦燥やら不安やら悲壮感やらの悪感情は全く感じられない。社に分かるのは、唯々フィルルが真剣に答えを求めていると言う事だけだった。

 

「んな事言われてもなぁ。そもそもの話、俺としてはフィルルさんを疑えって方が難しいし。・・・もしかして、自覚無い?」

 

「・・・何の、でしょう?」

 

「いや、フィルルさんはこれまで1度も、()()()()()()()()()()()()()()()だろう?そんな相手に、警戒をしろって方が無理じゃないか?」

 

 さも当然の様に社の口から出た言葉に、目をパチクリさせながら呆気に取られるフィルル。どうやら彼女にとっては心底予想外な答えだったらしく、そのまま目を泳がせたりティーカップを無意味に掴んだり戻したりする姿からは、何時もの余裕ある瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気が消え去っていた。「中々珍しいものが見れたなぁ」等と呑気に思いながら社が待つ事(しば)し、一応の落ち着きを取り戻したフィルルが疑問を露わにする。

 

「・・・・・・(わたくし)が、ですか?本当に?」

 

「少なくともこのタイミングで嘘を吐く程、俺の性根は腐ってないつもりだけど。と言うか、本当に自覚が無かったのか」

 

「・・・えぇ、恥ずかしながら。社様の事も疑ってはおりませんが・・・」

 

「性格には一定量以上の悪意を向けていない、と言うべきかな。何方にせよ、何かやらかすんじゃ無いかって程の悪意は感じてないから、俺から何か言う事は無いよ」

 

 社の経験上、極端に悪意を抱きにくい人間は居ても、悪意を全く抱かない人間は居ない。それ故、社が重要視しているのは悪意の有無では無く、〝一定量以上の悪意の有無〟と、それに付随する〝一定量以上の実害の有無〟、そして〝それら2点が自分の身内に向くか否か〟だった。それら全てをフィルルは今まで1度足りとも満たしておらず、そんな相手を疑う理由は社には無かった。*5

 

 社の答えを聞き、目を瞑り再び考え込むフィルル。形の良い眉を曲げて真剣に悩む姿は、正しく〝絵になる〟と言う表現に相応しい魅力的な姿であった。惜しむらくは、それを見ていたのが「美人だと悩んでる姿も様になるんだなぁ」程度の感想しか抱けない社だった事だろうか。そのまま静寂が部屋を包む事数分、目を開けたフィルルが口を開く。

 

「・・・・・・長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。質問は以上となります」

 

「そっか。ご馳走になった分くらいは力になれたかな?」

 

「えぇ、とても。(わたくし)にとっては、望外の幸運と言っても過言ではありませんでした。その上で、1つ社様にお願いが出来たのですが・・・聞いていただけますか?」

 

「構わないよ。ここまで来たんだ、満足するまで付き合うよ」

 

 更なる相談事を持ちかけるフィルルに、最後まで向き合う事を快諾する社。表情から険しさが取れたのを見るに、彼女の中の疑念は無くなったーーーとまではいかずとも、一応の決着がついたのだろう。終ぞフィルルが何に悩んでいたのかまでは分からなかったが・・・問題が解決したのであれば、それに越した事は無い。「最低限の役目は果たせた」と少しの安堵と共に肩を回す社だったが。

 

「では、お言葉に甘えましてーーー是非、(わたくし)のご主人様になっていただけないでしょうか?」

 

「成る程、フィルルさんのご主人様にーーーなんて???」

 

 予想だにしない爆弾発言に、思わず間抜けな顔を晒してしまう社。然もありなん、社からしてみれば完全なる予想外、晴天の霹靂も良いところである。会話の流れをブッタ斬る斜め上の発言に思わずフィルルの顔を凝視する社だが、当のフィルルは至って真剣な様子。間違っても伊達や酔狂で言っている様には見えない。

 

「・・・・・・ごめん、よく聞こえなかった。もう一度言ってもらっても?」

 

「申し訳ありません、混乱を招く言い方をしてしまいました。より正確にお伝えするならば、社様に(わたくし)従者(メイド)として侍らせていただき、フィルル・フマリスと言う人物を()()()()いただきたいのです」

 

「?????????」

 

 フィルルの説明を聞き、宇宙猫宜しく脳内が疑問符で埋め尽くされる社。より詳細な説明を聞いたは良いものの、フィルルが何を言ってるのかサッパリである。恐らく先程の問答が原因ではあるのだろうが、それにしたって出力の仕方が意味不明過ぎた。頭を抱えたくなる気持ちを無理矢理抑え込んだ社は、フィルルの真意を問うべく恐る恐る質問する。

 

「OK分かった。取り敢えず1つずつ聞いていこう。まず初めに、その見定めるってのは?」

 

「言葉通りで御座います。(わたくし)の事を、社様に見定めて欲しいのです」

 

「フィルルさんの事を?どうやって?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。貴方様が持つ常識や倫理、価値観ーーー極端な話、偏見でも構わないのです。貴方が持つ秤でもって、どうか(わたくし)の事を見極めて欲しいのです」

 

 どうにも要領を得ない答えに口を噤んでしまう社。フィルルの言葉は抽象的且つ曖昧であり、ともすれば口八丁で煙に巻くのが目的だと思われかねないものだ。だが、そんなものは邪推でしか無いと確信できる程に、フィルルの言葉には切実な思いが込められている様にも感じられる。

 

「・・・念の為聞くけど、見定めて欲しい理由ってのは?」

 

「申し訳ありません。今は未だ、(わたくし)の口から理由を語る訳にはいかないのです。それを話してしまえば、(わたくし)に対する見定めが歪むかもしれませんので。いずれ必ずお話しますので、どうか平にご容赦下さい。・・・その代わりと言ってはなんですが、対価として(わたくし)の事をどうぞご自由にお使い下さい。望むのなら『縛り』を結んでも構いません。社様の思うまま、文字通りどんなご命令にも従います故」

 

「・・・・・・・・・」

 

 深々と頭を下げるフィルルに対し、社は押し黙る事しか出来ない。曰く「見定めて欲しい」との事だが、それがフィルルにとってどれほどの意味を持ち、どんな目的で何を求めているのかを一切推し量る事が出来ていないからだ。フィルルに悪意が無いのは確かだが、自己申告の通り愉悦の為に何かを企む可能性も0とは言えない。

 

 そもそもの話、対価としてフィルル自身を差し出されても、婚約者(フィアンセ)持ちである社には色々な意味でどうしようも無い。フィルルの願いを叶えるメリットはほぼ皆無であり、逆にデメリットは未知数。ハッキリ言えば手を貸す理由は無いのだが、それが分かりきっていて尚、社はフィルルに否を突き付けられ無かった。

 

(・・・祖父さんや八重樫の人達には、■■ちゃんに憑かれた俺がこんな風に映っていたのかね)

 

 社が思い出すのは■■に取り憑かれて暫くした後の自分自身。「■■ちゃんをどうにかして助けたい」と我が身を顧みず我武者羅(がむしゃら)に力を求めた己を見て、社の祖父の紹介とは言え八重樫の人達は当初強く困惑していた。にも関わらず、彼等は最後まで社からは深く理由を聞こうともせず、確かに手を伸ばしてくれたのだ。未だ『呪い』は解けず、これまでの努力が水泡に帰すとしても、彼等が手を差し伸べてくれたと言う事実は社の中から消え去る事は無い。

 

「・・・・・・・・・分かった、『縛り』を結ぼう。但し、内容は変えてもらう」

 

 先程とは立場が逆になった様に、長い長い沈黙を貫いた後で漸く口を開いた社。フィルルの望みが一体何処にあるのか欠片も見当は付いていないが、それでも自分だけが手を差し伸べて貰ったままと言うのは余りにも筋が通らない。それに、フィルルが自身の願いに懸ける思いと覚悟は社にも否定出来ない。我が身を躊躇無く差し出す程の願いは、社にも十二分に覚えがあったから。

 

「畏まりました。とは言え、(わたくし)が払える物などこの身体以外はありませんし、ご満足いただけるか・・・」

 

「いや、別にそんな無茶言わないから。俺がフィルルさんに対価として望むのは唯1つ。貴女が持つこの世界(トータス)の『呪術』の知識を、出来る限り俺と()()()()に貸す事だ。・・・どうだろう?」

 

 社の要求を聞き、呆気に取られた様に目をパチパチと瞬かせるフィルル。どんな要求でも呑むつもりだったのが、予想以上に軽い内容で肩透かしを食らったらしい。

 

「・・・・・・それなら、先程言った様に(わたくし)を自由にお使いいただく『縛り』でも宜しいのでは?」

 

「いや、別にそこまで望んで無いし・・・そんな『縛り』結ぶ程、鬼畜な男になりたく無いし・・・って、何でそこで笑う?」

 

「クフフッ、いえ、つい可笑しくなってしまって。やはり(わたくし)の目に狂いは無かったと、自画自賛していただけで御座います、フフフフフ」

 

「???」

 

 先程までの真剣な表情が嘘の様に、心底愉快そうに笑うフィルル。一体、今の会話の何処が彼女の琴線に触れたのだろうか。相も変わらず掴めない従者(メイド)である、としきりに首を傾げる社。暫く上品に笑い続けていたフィルルだったが数十秒程も経てば流石に落ち着いたらしく、居住まいを正すと何事も無かった様に再び話し始めた。

 

「さて、(わたくし)としても『縛り』の内容に異論は御座いません。社様は兎も角として、ユエ様の事まで『縛り』に組み込むのは流石に予想外でしたが。・・・(くだん)の、南雲様と社様の隠し事に纏わる事でしょうか?」

 

「そうだね。近い内にハジメからユエさんには伝えるだろうから、まだ何とも言えないけど・・・恐らく、フィルルさんの知識が必要になると思う」

 

 人身売買裏組織(フリートホーフ)を叩き潰した後、VIPルームに戻ってきたタイミングで社は「ユエに隠していた事がバレている」事、そして「ユエはそれを話すかどうかを2人に委ねる」事をハジメに伝えていた。何もかもが恋人に筒抜けだった事実に苦笑したハジメは、最終的にユエに全てを話す事を決意し、何があってもユエを支えると改めて覚悟を決めていた。あの調子ならば、きっとユエは何を見ても乗り越えられるだろう。それが例えユエを封印した叔父、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であろうとも。

 

「そして社様が求めているのが、コレですか」

 

「正解。まぁ、ウルの街でアレだけ分かりやすい反応してればバレバレだよなぁ」

 

 フィルルから机の上を滑らせる様に渡された薄い板を、社は受け取ると興味深く見つめる。手のひらサイズの銀色をした板ーーーイルワからの報酬であるステータスプレートには、社が求めて止まない可能性が映っていた。

 

===============================

フィルル・フマリス 540歳 女 レベル:82

天職:呪術師

筋力:1080[+竜化状態6840]

体力:730[+竜化状態4380]

耐性:840[+竜化状態5040]

敏捷:1000[+竜化状態6000]

魔力:2860

魔耐:3500

技能:竜化[+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転][+魔呪渾一]・呪術適性[+呪毒操術][+呪毒生成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・水属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・土属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

===============================

 

魔呪渾一(まじゅこんいつ)・・・きっと、コイツこそが()()()()()()()()の根幹となる技能なんだろう。〝派生技能〟である以上、俺にも習得は可能の筈だ。フィルルさんにはその為の手伝いを頼みたい」

 

「謹んでお受け致します。代わりにどうか、(わたくし)の事を社様の秤でもって見定めて下さいませ」

 

「分かった。俺なりのやり方にはなるけど、出来る限り真剣に見定めると約束しよう」

 

「えぇ。こちらこそ是非、宜しくお願い致しますわ」

 

 お互いの答えを聞き、何方(どちら)とも無く差し出した手を交わす社とフィルル。密会と言うには色気は皆無であるものの、2人にとっては実りある話し合いになったのだった。

 

 

 

 

 

「因みにですが、今後の呼び方はどうされますか?ご主人様、我が主人(あるじ)、旦那様、マイロード等々・・・お好みで変更できますが」

 

「確実に厄介事になるんでやめて下さい」

*1
無論、その中にはオークションに参加していた客は含まれていない。

*2
社達は知らない事だが、〝念話〟が使えるために見せ物にされていた人面魚(リーマン)は、ライセン大迷宮脱出時の排水により湖から吹き飛ばされたのが原因で捕まっていた。要するにハジメ達が原因。

*3
ハジメの両親の本名。

*4
数時間前すら〝誰がミュウのママと呼ばれるか〟紛争や、〝ミュウがハジメと誰に挟まれて寝るか〟抗争が起きていた。尚、前者は本物のママがいる為却下に、後者はハジメの独断でユエになった。

*5
裏組織の構成員達に向けた悪意は中々のものではあったが、社としては「いたいけな子供食い物にしてたんだから自業自得だろ」程度にしか考えていない為、ノーカンである。




色々解説
・実は原作より酷い目にあってるフリートホーフ
社とフィルルが見せしめ兼報復を封じる為に、構成員の被害人数が原作よりも増えている。が、その上でハジメ程派手にやった訳では無いので、厨二病な渾名が付いたのはハジメだけだったりする。ハジメは泣いていい。

・フィルルが構成員を苦しめ愉しんでいた事実をハジメ達に話さない訳
フィルルに話した事も本心ではあるが、それ以外にもユエに気を遣って言わなかった面もある。憧れの竜人族が方向性の違いはあれど、2名とも変態疑惑があるのを知ればユエがショックを受けるのは目に見えているので。

・フィルルの〝見定め〟について
具体的には今後語られる予定。この辺は割とフィルルの根幹に関わる部分なので、いずれしっかり描写します。


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