さいかさんといっしょ! (愛愛愛)
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1話
僕の名前は雛月歩。まあ、名前なんてどうでもいいんだ。どうせ死んだらまた別の名前を貰うことになるんだし。
今生ではもう……三桁までは覚えてるんだけどな、それぐらいの数の転生を超えて、久しぶりに何にも特殊設定の無い日常の世界に転生した。
転生特典もなく、それでいて物語の中央に巻き込まれるような立ち位置にされてきたから、最初の頃はもう、それはそれは凄い数死にかけてきた。最近では立ち回りを覚えたからエンディングも見ずに死ぬ、ということは無くなってきたが……一番の懸念は裏切りなんだよなぁ。あれだけはどうしようもない。
いやいや、こんな穏やかな日差しの似合う日常でこんな血生臭い思考は合わない。思考を切り替えよう。
何について語ろうか。そうだな、今世で親しくしている彼女たちの事について語ろうか。多分、
まず、幼馴染の文月華憐。長い黒髪の、大和撫子って言葉が似合う優等生。学園では常に上位の成績を取って、穏やかな物腰が先生生徒関係無くいい印象を勝ち取っている。幼い頃から続く自宅訪問と、朝の目覚ましイベントは最早恒例だ。母さんもあっちの親も、将来の結婚を前提として期待されている。同居しているらしい文月おじいさんは、会う度に「曾孫の顔を見たい」と揶揄ってくる。
次に、同じ部活の柏木遥だ。長い前髪をヘアピンで留めている、口下手な可愛い同級生。文芸部員の彼女は、イメージ通りに大人しく、奥ゆかしい。本がとても好きで、暇さえあれば読んでいる。授業中も読んでいるらしい。料理の腕もよく、この前貰ったチョコはとても旨かった。お返しにクッキーを作ったが、もう少し真剣に料理を習おうかと考えた。僕が知るのは極限下での生き延び方のみであり、虫や雑草の食し方などは知っていても美味しくする方法はさっぱりだ。僕に出来ないことができるという点と、本に対する熱意には敬意を払っている。
そして、頼れる後輩美月満。元気一杯でボーイッシュな下級生。どこから仕入れてくるのか分からないけれど、色々な情報を仕入れて教えてくれる。その度に外食を強請られるが、まあかわいい後輩の為なら財布の紐も緩んでしまう。運動部であるからか、カロリーを気にしない食べっぷりは見ていてとても気持ちが良いものだ。ただ少し胸焼けがするのが難点だな。
最後に、先輩の神無月八雲先輩。余裕と気品に満ち溢れた上級生。生徒会に所属する傍ら、弓道部も熟すハイスペックな先輩。それでいて勉強でもいい成績らしいのが凄いところだ。そんな先輩の弱点は、ずばり料理。良い舌は持っているらしいが、調理技術はからっきしらしく、作る物は焦げだらけのボロボロになる。まあ、かわいい欠点だ。どうやら良家のお嬢様らしく、時折街で見かける時は高そうな私服を着ている。
この四人が今生での付き合いの深い女子だ。お零れ狙いか何だか分からないが、嫉妬心もなく付き合う男子も大勢いて飽きない毎日を送っている。
特に親しいと言えるのが坂本宗次。眼鏡で情報通で運動ができて訳の分からないコネがあって……なんて、訳の分からないハイスペックを持つ変人。何を気に入ったのか、しょっちゅう僕とつるむ。人を煽って楽しむ癖があり、その時は混ぜてもらっている。学校の成績は極普通だが、地頭の良さを見るとわざと手を抜いているようにしか見えない。或いは、目立たないように平均を狙っているのか。
携帯の電話帳機能を流し見てそんなことを考える。
クーラーの利いた自室に、ビデオデッキと古いテレビを設置。片手間に携帯を弄りながら暇潰しをしている。
時刻はそろそろ正午を過ぎた頃だ。流石にもう届いてるんじゃないかと思って、玄関まで行って郵便ポストを覗く。
……あった。
そこには四通の盛り上がった紙封筒が放り込まれていた。中の物が壊れていたいか不安になるが、まあ、心配は無いだろう。きっと。
四通の封筒には僕宛てであることが書かれている旨が書いてあり、裏には知らない名前と住所(恐らく男ではないだろうか?)が書かれていた。
部屋に持ち帰って破ると案の定。驚くことでもないが、ビデオレターが入っていた。
内容を大体予想しながら、まず「文月華憐」と書かれたビデオレターをビデオデッキに差し込み、再生する。
少々の時間を置き、ブラウン管のテレビに暗い部屋が映る。中央には白いシーツのベットが置いてあり、画面端ぎりぎりにパイプ製の柵が見える。
画質はお世辞にも良いとは言えないが、安かったのだから仕方がない。この程度の事に一々高いテレビなんぞ買ってられないからね。
そもそも五、六回くらい前のような科学力があればくっきりと映るテレビも安く買えただろうになぁ。まあ、無いもの強請りは止めよう。
画面の外から、文月華憐が出てきて、ベットの中央に座った。実にお淑やかな仕草だ。ご丁寧にスカートを整えて座っている。意味無いだろうに、良くやるもんだ。
にっこりとこっちに(というかカメラだろう)微笑み、その可愛らしい小さな口を開いた。
「こんにちは、歩君。急になんなんだって思うだろうけど、最後まで見てって貰いたいな――――――」
喋り始めた文月華憐を視界に収めながら、片手でお茶を入れて煎餅をパリポリする。
「ええっとね、私が今まで歩君が好きなのは知っていると思うけど――――――」
お、これ旨いな。どこのだっけ……
破ったパッケージの裏面を見ながら、同時にテレビから流れ出る声も聞く。実に器用だと、自分でも思う。
「ふふっ、ごめんね。やっぱりご主人様の○んぽには逆らえないの」
さいですか。
噛み砕いた煎餅を緑茶で流し込み、歯に挟まった欠片を舌で取ろうと試みる。
「――――――でね、やっぱりご主人様の○んぽが――――――」
ん、取れた。
「で、本題に入るんだけれど。今日はご主人様の命令でビデオを撮ることになったんだ」
緑茶で口の中をリセット。ついでに新しく入れなおす。
「――――――ああっ! 文月華憐はご主人様の[自主規制]になることをここに誓いますっ!」
なんでいつもビデオレターで送ってくるんだろーなー。こういうの。
せめてデータ化の時代ならメールに添付してくれればいいのに。そうすればわざわざテレビとか買わずに済むのに。
画面端から黒いマスク(銀行強盗がつけていそうなあれ)を被った男が下半身裸で出てくる。
近い近い近い。見えてるから。ドアップで汚ねぇもん見せんなや。
男は手に持っていたらしい首輪を文月華憐の首に嵌め、首輪に繋がった鎖で手前に引っ張って体勢を崩させ、低くなった頭を踏みつけた。
で、此処から先は恒例の18禁シーンだし、早送りでもいいだろ。
中々にマニアックなプレイを交える彼、彼女達を眺めながら緑茶を啜る。
そしてビデオは終わった。大体二時間分だろうか。勿論殆どが18禁シーンである。途中から四倍速にしたが、なんか凄い気持ち悪い動きをしているのがちょっと面白かった。
内容自体は六点だな。シチュエーションも見せ方も分かっているけど、もう少しカメラを動かしてもよかった気がする。
さて、次のだ。
適当に拾い上げたのには「美月満」と書き殴られていた。
順番は守らないといけないよな。「美月満」と書かれたそれを一旦置いて、「柏木遥」と書かれたのを探す。
……あった。ボールペンで弱弱しく「柏木遥」と書かれている。恐らく本人の筆跡だろう。
それをビデオデッキに差し込み、再生を始める。
そろそろお気づきだろうが、この状況は所謂「寝取られ」というやつで間違いない。本来なら泣いたり悔しがったりと反応を見せるべきなのだろうが……うん、慣れすぎてしまった。
なんせ転生した世界ほぼ全てでこういう目に合うのだ。ホモに落ちた時も寝取られたことを思い出せば、これはもうどうしようもない「宿命」というやつなのだろう。邪魔しようとはしたが、何故か毎回寝取られる。
一回、自分と彼女以外の全人類が滅べば寝取られないだろうと思って実行したが、唐突に宇宙人が襲来してきた。で、ご丁寧にビデオレターに残してくれた。
なんで宇宙人がビデオ持ってんだとか、タイミング良すぎないかとか思った。
しかも何故か都合良く生きた電気とテレビとビデオデッキがあった。いやもう直に見たから再生しなくていいだろとは思ったものの、謎の強制力に急かされて手元から飛び込むように挿入されたビデオが再生された。
この時点でもう、僕は寝取られないことは諦めた。
「こんにちわ、歩くん。えっと、今日はね、大事なお話があるんだ」
おっと再生が始まった。
背景はさっきと同じ暗い室内……そっくりすぎないか? 同一犯?
ベットは少し湿り気があるように見えるな。やっぱ同一犯なのだろうか。
「――――――で、その時ご主人様が乱暴に私を押し倒してね。すっごく怖かったんだけれど、今から思えば――――――」
辛っ!!?
何気なく手に運んだ煎餅を食べた直後に、耐え切れない痛みが口内を暴れて涙目になる。
何だこれ? 真っ赤だぞ。
えーと? 麻婆味? 何だこれ。
ケホケホと咳込みながら緑茶を飲み干し、尚収まらない辛さに負けてリビングまで牛乳を取りに行くことにした。
「その時のご主人様の――――――が――――――で、―――――――」
後でもう一回再生するべきだろうか? 等と悩みつつ、母さんの料理する姿を尻目に、冷蔵庫から牛乳パック(2L)を取り出す。
ガラスのコップを取って、牛乳を入れ、口に含む。心なしか、辛さが増してきた。
「あら、どうしたの?」
「煎餅がバカ辛かった」
「ふーん。あ、今度華憐ちゃん呼ぶの忘れないでよね」
「ああ、華憐なら寝取られたよ」
「そうなの……え゛っ?」
母さんの奇声を背に、僕は部屋に戻っていった。
「あっ、あっ、あっ!」
既にぐちょぐちょシーンに突入していた。倍速で再生して、流し見る。
うーん。珍しく特殊なプレイが無いな。まあ、体位は様々だったけど、割とまともな性癖なのかな?
総合評価は……うん、七点だ。ある程度全体に普及しやすいという点で高評価だな。
次、先程間違えた「美月満」のビデオを手に取る。
まあ、またも暗い室内が背景だった。さっきまでのとまったく同じだ。やっぱ同一犯だろこれ。
でも上手くいけばシリーズに出来そうだよなー。なんて、馬鹿なことを考えながら前者二人と似たり寄ったりの告白を聞いてく。
「聞いてください、先輩! 実は私、マスターに本当の喜びを教えて貰ったんです!」
うんうん、牝の喜びってやつだよね。よくあるよくある。もう少し凝った表現できないのかな?
「――――――それで強引に組み伏せられて、ガンガン突かれたんですよ。先輩の事を考えながら涙目で――――――」
んー、寝取られ対象の事を出すのは割といいな。「先輩」なら実名じゃないし、このまま売っても通用する。良い作品だ。役者(演技ではない)が良い。至高ではないが。
「――――――ということで、今日は先輩にマスターの物になるのを見てもらいたいんです。もうマスター無しじゃいられないんですっ!」
運動部故のはきはきした口調も聞き取りやすいな。元気もあるし、これは期待できる。
そしてそのまま濡れ場に突入。但しベットシーツは既にびしょびしょだ。
少しアブノーマルなプレイも交じっているが、前準備ができていて、文月華憐の時のような見苦しさが無い。いいぞ、これはいいぞ!
これならかなりの高評価になる! がんばれ! そのまま知って失点なく走り切れ!
「―――――――ふう、ふう。じゃあ、これでさよならです」
excellent!!
素晴らしい! 素晴らしいよっ! ここまで出来のいいのを見るのは割と珍しい! 文句なしに9点をくれてやろう! 将来性を見込んで、敢えての満点から一点引く! これからの活躍に期待するよ、美月満っ!!
興奮しながらビデオを取り換え、最後の神無月八雲と丁寧な文字で書かれたビデオを再生する。
ぶっちゃけもう消化試合だろうと思いつつ、余韻に浸りながらテレビを見ると、やはりそのには先程までと同じような背景だった。
うん、同一犯だな。
でも何故神無月八雲がいないんだ?
そう疑問に思った瞬間、画面の外からベットに何かが放り込まれた。
ちらりと見えた拘束から見るに、今回は物扱いのプレイか? 家にバレたらこいつら殺されるんじゃね? とも持った次の瞬間、僕は自分の目を疑った。
黒い革の拘束具。締め付けられた贅肉が周囲に寄り、数多の山を作り出している。
しかし、拘束されているのは神無月八雲ではなく――――――
――――――豚のような全裸男だった。
何?
何、だと!?
驚きのあまり口から煎餅が零れ落ちるのも構わず、画面を凝視する。
画面の外から、コツコツとヒールの音を響かせながらボンテージの襄王がご登場なされた。
顔を隠しているが分かる、あれ、神無月八雲先輩だ。
手に持った鞭で豚のような男をしばきながら、彼女はこう独白する。
「――――――ずっと、そう、彼に無理やり襲われたときから考えていたわ。犯されるのは気持ちが良いけれど、私が望んでいるものとは何かが違う、と」
ピシャッ、ピシャッ。
鞭の音と共に、豚男の喘ぎ声が聞こえる。逃げようにも手足を一纏めに後ろで拘束されていて、逃げようがない。
「自分のプライドとか、そういう感じのものが壊されていく中で考え続けたわ。私は何を望んでいるのかと」
そろそろ鞭の痕から血が滲み出そうだが、神無月八雲先輩はそれに構わずに独白を続ける。鞭を握る手は加速していく。
「そして気付いたの。ああ、私は、誰かに壊されるのも、誰かに壊されるのも大好きなんだと」
半月に歪んだ口元を見るに、絶好調らしい。
先輩、色々溜まってたんだなぁ……
そして後半になり、遂に豚男が拘束を破り(もとから切れ目でも入っていたのだろう)、神無月八雲から鞭を奪って手を拘束し、レ○プを始めたのを見ながら、僕は考えていた。
「あっ、あっ、ああ! ごめんなさい! ご主人様ぁ!」
「くそっ、この雌豚がっ! よくもこんなに――――――」
これ何なんだろう、と。
まっ、いっか。
予想外の内容と、主役のはっちゃけ具合。それに本能のままに行動しつつもカメラを気にしていた理性を考慮して……うん十点満点としよう。
正直理解できない流れだが、良い感じにはっちゃけていたので良しとする。楽しそうだったな。
さて、最後まで見終えた今になって、更にするべき作業がある。
それは何か? 勿論、編集作業である。
この寝取りビデオ、割と高く売れるんだよな。いつだったか忘れたけれど、これ考え付いてからは小遣い稼ぎに良くやっていた。
あ、そういや肖像権の侵害とかにならないよな。調べておこう。
どうやら少し不味そうなので、裏口で流すことにする。
ああ、コネ作りは問題ない。対人に関しては無敵に近い性能を誇る切り札があるからだ。
それがこれ、僕の長い転生の中、唯一付き添ってくれた正ヒロインとでも呼べるような存在。
(愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛して愛す愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛――――――)
人類愛こと、妖刀「
魂にこびり付くように、転生しても引き継がれる彼女は、僕の唯一の癒しである。
「愛してる」とか言われてるし、こっちも愛してるんだから相思相愛だよねっ!
まあ、それはともかく。
これで切った相手は罪歌に思考を支配されて、僕の言いなりになる。つまりこれでヤーさんとか切ってあげればコネなんて簡単にできるんだ。
それでできたお金がこちらになります。
¥100,000.
そう書かれた小切手が手元に残っていた。
いやー、随分と良い値段でしたね。足元を見られたとはいえ、神無月家の令嬢の物もあるし、脅しにも使えると踏んだのだろう。たかが四人分にしちゃあ、随分と高値だった。
何時からだろうか。他人を愛せなくなったのは。それはきっと、傷つかない為の自己防衛措置で、でも誰も愛さずに生きるには、僕の心は弱すぎた。
何時のことだったろうか。賑やかな池袋の街で、それに出会ったのは。
不穏な空気の漂う情報屋の誘導で出会った人物の所持してたそれは、愛に疲れていた僕の興味を引いた。
誰の愛も手元に留めて置けない中、
一度斬られて分かった。僕だけを愛してくれないのは不満だが、そんなところも含めて僕は彼女に惚れた。
母の様に、途切れぬ愛を与えてくれる存在。それは生みの親ですら寝取られていった僕からすると、まるで救世主のような存在だった。妖刀であろうが構わない。絶えずに愛を向けてくれる彼女は、僕の中で一番の存在となった。
彼女を買い取るために何でもした。街を幾らか潰して脅したり、裏社会の勢力図を一夜で塗り替えたりした。あの情報屋は冷や汗をかいていたが、彼女を紹介してくれたのは彼だ。最後まで付き合ってもらうことにした。
そして彼女を買い取った。
地獄の中に垂らされた蜘蛛の糸。所詮一時、今生限りの付き合いでも、砂漠の中で見つけたオアシスに縋りつかずにいられなかった。
そして、そんな僕の想いに応えるように、彼女は次の生でも寄り添ってくれた。その次の生でも、次の次の生でも。
いつしか、僕は人ですらない、愛を囁き続けるだけの妖刀に心の底から惚れていたのだ。
だから、彼女との仲を引き裂くような奴は、八つ裂きにされても文句は言えねぇよなぁ?
「なあ、お前に言ってんだよ」
そう言って、足元の肉塊を蹴り上げる。ついでに手に持った日本刀、つまり罪歌でもう一度切りつける。腹いせだ。
血塗れで、ボロボロ布のを纏ったそれはまだ息をしていた。
此処は廃ビルの一角。周りに転がっているのは十人。
なんて事は無い。彼女を奪い取ろうとしたヤクザの鉄砲玉だ。
僕の力を望もうとするのは良い。でも、彼女を奪おうとするならば、それは、もう――――――
――――――死、あるのみ。だろう?
「ぐ、うう……」
呻き声が聞こえるが、知らない。僕と彼女を引き裂こうとした方が悪いのだから。
さて、帰るか。と思った瞬間に、カランと音が響いた。
恐らく入り口付近の空き缶だろう。つまり、誰かが僕の犯行を見ていたのだ。
足音を忍ばせて廃ビルの一室を出る。埃塗れの廊下の先には、九人の男女の姿があった。
文月華憐達だ。寝取り相手達だ。廃ビルに入っていく僕を見て、目の前で寝取りを知らせてやろうとでも考えたのだろうか。思いの外平然としているから、ビデオレターを見ていないとでも思ったのだろうか。
関係ないな。見られたのなら、殺すだけだ。警察に知られたらどれだけ面倒になる事か、それを思えば、彼ら、彼女らはここで始末しなければいけない。
「見たんだね」
フルフルと首を振る文月華憐。神無月八雲の後ろに隠れる豚男。カメラを掲げながら後退する帽子男。等々……思い思いの方法で僕から逃れようとするが、残念。
「ひぃっ!? な、なんだよこれ! さっきまでこんなの……!」
罪歌は別に日本刀の形しか取れないわけではない。やろうと思えば、ワイヤーみたいにもできるんだ。できる女だよね。
ニィッっと嗤って、九人の犠牲者を追い詰める。恐怖に追い込まれた彼らの命乞いを一蹴し、日本刀の罪歌を振りかぶる。
(――――――愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛)
罪歌も、嬉しそうに震えた。
最後に彼らの脳裏に焼き付いたのは、彼岸花のような“
続くな
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さいかさいかさいかさいかさいか
ぽたぽたと血が滴っている。
(――愛してるわ)
ああ、僕もだよ。
だから、僕だけを見てくれよ。僕だけを感じて、僕だけを愛して、僕だけを――
っていうのは、押しつけがましいかな、はは、ごめんね。
「えいっ」
ぐしゃりと右手に持った日本刀を振り下ろす。逆手に握ったそれは僕の右腿を貫通して刃先を朱色に染める。
手に握る罪歌から、傷口に刺さった罪歌から、震えあがる歓喜が伝わる。
(好き。好き。愛してる。筋繊維を絶った時の、プチプチした貴方が。神経を引き裂いた時の、ブルリとした震えが。肉をかき分ける中で掠めた、官能的な大腿骨が。ああ、愛してるわ。愛してるわ。もっと、もっと)
「うん、わかってる。だから、他の奴らの味何て忘れてね?」
ぐしゃり、ぶしゅり。無造作に振り下ろす手は、びくびく痙攣する右足に間断なく突き刺さっていく。血は垂れ流しというレベルじゃない。もう手遅れだと確信するほどの勢いで、命が抜けていく。脳を焦がすような痛みが恐怖を生む。
その全てが、罪歌への愛で快感に昇華されていく。
ああ、罪歌を喜ばせられてる。罪歌とこんなにも交わっている。この痛みが愛おしい。この寒気が狂おしい。
もう、僕は死ぬだろう。構うものか。罪歌が僕以外に振り向くなんて、それこそ死んでも嫌だ。
死んでも嫌だ。
死んでも死んでも、嫌だ。
死んでも死んでも、死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも――
――罪歌がいないくらいなら、世界が滅びた方がましだ。
「ふ、くは、あはは」
ああ、自分が罪歌へ向ける愛に酔い痴れる。脳内麻薬が酔い痴れさせる。
ぐさぐさ振り下ろす感覚も、もう感じない。手の感触すらしない。だけど、罪歌が喜んでいるんだ。きっと振り下ろされているんだろう。
そろそろ死ぬということが、経験からわかる。こうやって死ぬのは珍しくない。罪歌を信頼しきれていない僕が悪いのだ。罪歌の愛が、簡単に他に移るなんて疑っている僕が悪いのだ。だから仕方ない。
「ん……さぁ……」
罪歌をワイヤー状にばらけさせる。
罪歌は人類への愛で出来た妖刀で、刀の形を持っているのは「妖刀」と定義されているからなのだ。本来は不定形。普段は与えられた形をなぞっているだけで、頼めば他の形にも変わってくれる。
そもそも罪歌は人の作った物じゃない。自然発生した、世界のバグの様な物なのだ。だからそんなものに形は無い。ああ、そんなものじゃないか。
まあ、何て言っているのかというと、罪歌ならこういうこともできるという事なのだ。
ワイヤー状にばらけた罪歌が鉄条網となって空間に球体を描く。半球状に広がった後は、中心――つまり僕に向かって勢いよく収束する。しているはずだ。
すると、僕はボンレスハムの様に網目状に罪歌に包まれて、チューブから押し出されるひき肉の様に体が引き裂かれていくはずだ。
ぎちぎちと熱を持って包んでくれる罪歌に、僕は暖かさを感じてうれしくなる。
ああ、罪歌。次の世界でも一緒だよ。
「あい、してる」
(――愛してるわ)
あはは。
それだけで。この言葉だけで。
僕は、満たされる。
そして世界は朱に染まる。
罪歌の愛に染まるのだ。
この世界には僕と罪歌だけ。
次の生でも、また愛し合おう。
そう考えて、僕は安らかに眠りにつく。
『――次のニュースです。昨日、上野動物園の――え? ああ、はい』
『ここで臨時ニュースです。都内某所の廃ビルで男性十四名。女性四名。性別不明の遺体が一名発見されました』
『性別不明の死体は遺体が激しく損傷しており、執拗なまでに細切れに切り刻まれているという有り様から、怨恨による犯行が有力視されています』
『また、現場の他の死体は全て失血死であり、傷口は長い刃物、或いはワイヤー状のものでつけられた痕跡が見られます』
『男性十名の遺体から、地本の広域指定暴力団に属している証拠品が見つかったため、武力抗争が起こった可能性もあるとして警察は捜査を――』
お粗末様です。
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