召喚術師の僕と、不気味で美しい式 (セパさん)
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どっちが主人!?狂気の式マリー

 〝目の前の光景を説明して下さい〟 

 

 そう問われれば皆さんは、何と答えますか…?おぼろ月夜に照らされる、風に舞う花吹雪?寒気厳しい雪風に揺れる、枯れ枝葉?いろいろとありますね。

 

 しかし幾ら目を()らしても、どんなに言葉を(つむ)いでも到底(とうてい)信じられない、説明の出来ない光景が存在するのです。

 

 目の前にいる、桃色のドレスを身に(まと)った銀髪の女性が、その(うるわ)しい銀の髪を逆立てている時は特に……。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「嫌あぁぁああぁあ!大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が蛇蛇蛇蛇嫌嫌嫌嫌嫌!!!! 大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が体中に!!!!!気持ち悪い!気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い!」

 

 女性の聞くに堪えない金切声の悲鳴が辺り一面に木霊する。女性が目に恐怖を宿す先には、何も無い……。

 

 しかし何度も何度も何度も何度も………必死に虚空(きょくう)を手で払いのけるその動作は非常に切迫(せっぱく)したものであった。彼女の召喚した式である地を泳ぐ鮫も、何も無い場所へ噛み付きを行っており、酷く錯乱の様相を呈している。

 

 

 「死ぬしかない…。俺は……もぅ……駄目だ!他人を踏み台にして生きてきたんだ死ぬしかない。死んで(つぐな)うしかない…!才能だけではもう……。死ぬしか……。」

 

 そう呟くのは男性術師。王立召喚術師育成校ではトップクラスの召喚術師であり、学生にして滅びの龍と呼ばれる強力な魔物を式にしている天才マレイン=ヒューマピット。その目は(うつ)ろになり、ネガティブな独り言をつぶやいて、膝と頭を抱え座り込んでいる。

 

 そしてその式であるドラゴンといえば、まるで死んだ魚の様な目をして地面にうずくまっていた。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 2人の術師が狂気に(おちい)る中、不気味で可憐な笑い声が木霊している……。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 皆様初めまして。僕は王立召喚術師育成学園の3期生、シオン=セレベックスと申します。

 

 この学園は王都の専属近衛兵士や王族を護る近衆兵士、また都や村々での護衛・近衛兵士となる召喚術師を育成するために作られた学校です。〝王立〟と(かん)されているだけあり、卒業生には王族の護衛を任される者、主要都市で要職に就く者、魔物の知識を活かし防疫の最前線で働く者、領主管轄のお抱え術師となる者まで様々です。

 

 

 1期では召喚術のほか魔導、体術や剣術の基礎を習います。そして2期では召喚における基礎と実力を計るテストを行います。試験は厳しく挫折して留年する生徒も多いのです…。僕は赤点ギリギリだったものの、無事地獄の試験期間を乗り切り、召喚術師としての一歩を踏み出せました。

 

 そして3期生になって2ヶ月、初の生徒による本格的な召喚の儀がおこなわれました。生涯のパートナーとなる式を召喚する神聖な儀式です。…ああ、式とは自分が操る召喚獣のことです。

 

 さて、あるものは風や火の精霊を、あるものは機械仕掛けの電撃使いを、才能のあるものだと龍や剣豪、アンデットを召喚するものもいました。

 

 そして僕が召喚の儀で召喚したモノは……教師達ですら見たことのない、どんな魔物図鑑、引いては神話・悪魔辞典を紐解いても存在しない異質なモノだったのです……。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 召喚の儀が終わり3ヶ月。この時期になると実践に向けた授業として教員付き添いの元、生徒同士の模擬試合がおこなわれる。

 

 火龍は空を舞い、敵の剣豪にブレスを放つ。剣豪は向けられた炎を二つに切り裂き、同時に噛み付きを行おうとした火龍に返す刀で峰打ちを行う。

 

 別の試合では、雷鳴を轟かせる異形の機械型の魔物が、風の精霊に電撃を浴びせている。風で軌道を防ごうとしているものの、雷の力は強くかなりを苦戦している様子だ。

 

 このように様々な試合が行われる中、一際異彩をはなっている試合があった。

 

 

◇    ◇    ◇

 

 

「嫌あぁぁああぁあ!大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が蛇蛇蛇蛇嫌嫌嫌嫌嫌!!!! 大蛇が大蛇が大蛇が大蛇が体中に!!!!!気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い気味悪い!」

 

「死ぬしかない…。俺は…もぅ…駄目だ!他人を踏み台にして生きてきたんだ、もう死ぬしかない。死んで償うしかない…!才能だけではもう…。死ぬしか…。」

 

 

「終了!これまで、シオン!彼らを元に。」

 

 教員はシオンに向かって試合終了を告げたのだが…。

 

「マリー、もういいっておわり!ねぇ終わりだってー!やめてあげてよぉ…後でケーキあげるからさぁ!」

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 可憐で美しい声色に反して、不気味な笑い声を上げている人型の女。

 

 グラマラスなボディを、仕立ての良い桃色のドレスで隠し、雪のような白髪は腰まで伸びて……、そして顔を隠すように桃色のクロスをあしらった人の形が、シオンの式となった〝マリー〟であった。

 

 マリーにシオンの願いが通じたのか、はたまたケーキにつられたのか、それとも飽きたのか……。マリーが軽くかかげていた左手の人差し指をおろすと、模擬対戦の相手は瞬時に正気を取り戻した。

 

「あれ?さっきの蛇は?あ!土泳鮫(グランドシャーク)は大丈夫!?」

 

「ん?さっきまでの気分は…、なんだったんだ?おい、俺のガイアは無事か?」

 

 無事なはず、鮫の術師が見た大蛇は全て幻覚。滅びの龍をもつマレインは、やる気・希望・自信を遮断する術をかけられていた。どれもシオンの式であるマリーが操る、精神操作によるものだ。

 

 シオンは騎士道物語の童話を幼少から何度も読み返し、騎士のサポートをする一人の伝説の召喚術師に憧れた。そして親の反対や経済的な負担、王侯貴族や役人の子が入学する王立学園に農民の子供として入学するハンデ、そのモロモロをクリアして入学したのがこの王立召喚術師養成学園であった。

 

 シオンの憧れは剣を取り、敵と激闘を繰り広げる剣豪や、宵闇の皇帝ヴァンパイア、魔導に長けたエルフや精霊の召喚…。しかし彼が召喚した式は、相手の精神を直接操作するという、陰湿で強力で奇々怪々な式であった……。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 ……僕は授業のあと、学校の寮を回り対戦相手にひたすら謝り倒した。そんな中、あのマレインにはこんなことを言われた。

 

「お前みたいなガキに、いいようにやられて悔しい気持ちはもちろんある。だが結果は結果だ、受け入れる。これは試合なのだから、勝者のみが報われるのだ。…そして世間知らずの貴様に教えてやる。〝勝者が敗者に謝罪する〟ということは、敗者に対する最大の侮辱だ。次から覚えておけ!!」

 

 滅びの龍を式する学園一の天才児マレインは、そう言い残して扉を強い力でバタンと強く閉めた。

 

 

 僕はマレインの言葉にすこし悩みながらも、やっぱりあんな陰湿なものは試合じゃないという結論からもうひとりの対戦相手へ謝りに向かった。夜になり、僕は宿舎で寝そべっていた。

 

 

「はぁ……、疲れた。」

 

 僕は制服のままベットに横たわり、今まさにまどろみから眠りに変わろうとした瞬間、ある事を思い出した。

 

『 召喚獣を完全な形で手なずける方法は2つ有る。

 

1つは己の強さを誇示こじし、完全に主従を明確にすること。

 

2つめは信頼関係、俗に言う〝スキンシップ〟を怠らないでいることだ。 』

 

 これは何の授業のときだったろう、誰か先生が言ってたな……。僕はふと違和感を覚える、僕は〝思い出して〟などいない。この言葉は確実に僕の耳に、いや脳に直接入ってきたかのような言葉だ。そして、次には更なる驚きが待っていた。

 

 ふと横を見て僕は腰を抜かしそうになる。普段は僕の勉強机で脳科学や人体の解剖整理、果ては魔導や剣術の本を読むなど勉強に熱心なマリーが、いつのまにやら僕のベット…それも髪の毛が触れるほど近くに座っていたのだ。

 

『 あなたは私の主 スキンシップを怠らないのが 重要なんでしょう? 』

 

 

『 ねぇ主さま 私の秘密…知りたくない? それとも こんな化け物は嫌…? 』

 

 初かもしれないマリーからの明確な意思表示だった、これはさすがに無視はできない。それにしてもマリーの距離は僕のパーソナルスペースを完全に領域侵犯しており、女性特有の良い匂いで頭がクラクラとする。

 

「マリーの秘密…無理には聴かないよ。化け物だからとかじゃくて、実際今日もマリーがいなければ僕はグランドシャークや滅びの龍に重症を負わされてたことだろうし。…ありがとう。」

 

「うれしい。じゃあ私の秘密。主人に特別に教えてあげる…。」

 

 そういってマリーは…顔隠し、ピンクのベールをゆっくりと外した。

 

 形容する言葉を僕は持たなかった。手垢の付いた言葉で説明するならその姿はまさに絶世の美女…嶺上で開花した胡蝶乱舞する清らかな花…どんな言葉を紡いでも言い表すことのできない、見惚れる以外することのできない美しい姿だった。

 

 優しげな微笑み浮かべるマリー、今まで見てきた出るとこが出て、それでいて引き締まった体。新雪を思わせる腰まで伸びた銀髪、それらすべてが調和したマリーは、王宮の姫君と言われても納得できるほどに美しかった。

 

 呆然とすることしかできない僕に仕掛けてきたのはマリーからだった。

 

「ひゃぁ!」

 

 急に耳を甘噛みされ変な声をだしてしまう、鼓動が急スピードで高鳴っていくのが自分でも判る。

 

「スキンシップが主従関係をはっきりさせるのに必要なんでしょう?じゃあ私は女性、あなたは男性 一番簡単なスキンシップがあるじゃない。」

 

 マリーの言葉を変な方向に捉えて…いやそのつもりで言っているのだろう、ドキリとして鼓動が益々速まる。

 

「い、いや!スキンシップってそういう意味じゃ!…うっぷ。」

 

 マリーはそう僕が言い切る前に僕の制服とシャツのボタンを外し豊満な胸を僕に押しつけ僕を抱きしめてきた。

 

「主はどうされるのが好み? 私を召喚してから胸元に視線が行きそうになり、あわてて目をそらし赤くなる主はそれはそれは愛らしかった。」

 

「あひっ、やぁ、ふぁあああ…。」

 

 耳の甘噛みはいつのまにか僕の耳を舌でなめ回す動きに変わっていた。

 

「さぁ、どうされたい? 甘噛みやなめ回すことができるのは耳だけじゃない 主の好きな所を思う存分なめ回す…夜明けまでまだまだ時間がある。ただ声は抑えて…主のかわいい声は他のものに聞かれたくない…」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 想像だにしなかった展開に脳内は悲鳴をあげていた。僕も3期生にも関わらず新入生に 「クラスはどこ?これからよろしくね!」 なんていわれるほど、外見年齢は低い。だが内面は立派な男なのだ……。

 

 ましてや相手は式のマリーである。僕の目の前にいるマリーは僕がいままで見たことのないくらい美しく麗しい存在であり、そんな愛しの式が僕を誘っている。そんなまぁスキンシップと言えば… でも召喚術師として召喚した式とそんな… 。

 

 脳内で色々な葛藤・混乱がある中、マリーはあろうことか殺し文句を僕に投げつけた

 

「主は……私では嫌……?」

 

 いつもの麗しい声は呟きほどに小さくなり、それも泣きそうな、懇願するような上目遣いの表情を向けられたのだ。そんなマリーを僕は無意識に抱きしめた。マリーは嫌?そんなはずはない。

 

 ただ一つ、僕にもこだわりはある。かわいいかわいいなんて言われ、からかわれることはあったが女性経験のない僕の一つの夢。

 

 それは……キス!スキンシップならば順番的にもそれが先決だろう、マリーから香る良い匂いで頭がどうにかなりそうだ…いや既にどうにかなっているのかもしれない。

 

 マリーと僕はお互い抱き合っており。今まで使ったことがないほどの勇気を振り絞り、マリーに唇を近づけた。…その瞬間だった。

 

 

ガァン!

 

 

 近づけた唇は空を切り、ベッドの鉄で出来た柵に頭をぶつけた。…じんじんとした痛みが僕の思考を現実へ戻す。

 

 マリーが消えたことに不安も恐怖も感じなかった。こうなった以上、何が起こったかなど決まっている。

 

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 本であふれた机、マリーの定位置。その椅子に座り今まで無いほど愉快そうに笑う顔をベールで覆った犯人、これはマリーが僕にみせた幻覚だ。相変わらず陰湿なことをする…。

 

 僕は半分脱がされたままのローブとシャツを直し、マリーにデコピンをしてから床についた。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 シオンの憧れた騎士道物語にでてくる、伝説の召喚術師が住む館、テグレクト邸。伝説の召喚術師はまだ生きていた。そして式を通じ、やりとりの一部始終をみていた。

 

 同じ英雄パーティの騎士・拳闘士、魔導師が命終した今、ただひとり生き残る伝説が生物の精神・狂気を操る召喚獣の情報を得て、目を光らせていた。そしてその目の輝きは若き光栄者への目ではなく、ひどく黒い輝きを持つ暗く静かな光であった。



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伝説の召喚術師

 今日の授業は座学、非常に退屈な生態学の授業だ。座学のとき、生徒の式は授業の邪魔にならない大きさの式なら同席。マレインの滅びの龍のように、とても教室に入りきらない式は外で待機している。

 

 〝還付(かんぷ)〟と呼ばれる、式を自らの魔力の一端とする技術があるのだが、4期生で習う高等技術だ。3期生途中の僕たちには使えない。

 

 そんな訳で僕の式、誰もが魅了されそうな肉体的魅力を桃色のドレスで隠した、麗しい声そして不気味な笑いが癖の、ピンクのクロスで顔をあしらったマリーは、僕の隣に座り僕と一緒に座学の授業を受けている。

 

 マリーは読書が好きなだけあって、僕よりもノートが綺麗だ。講義に対する自分なりの考察も入れている。…テスト前に僕も読ませてもらおうかな、なんて考えが頭を過ぎる。

 

 退屈な授業も終わり、他の生徒は中庭で式を共にして友達と運動やおしゃべりを、熱心な生徒だとより強力に式を操る練習に勤しんでいた。僕も何かしていこうと思ったが、少し考えて止めた。そもそもマリーを、僕が完全に操ることは既に諦めている。

 

 マリーは人語を解し疎通がとれるので 「僕の所よりももっとマリーを活かしてくれる術師ところにいきなよ。」 と言ったことがある。しかし一瞬首をかしげた後、なにが可笑しかったのか

 

うふふ

 

 といつものより少し控えめな、可憐で不気味な笑い声をあげて、頭を優しく撫でられて終わった。マリーはちょくちょく僕を子ども扱いしてる節があと思う。はじめは嫌だったけど最近は………いや!これ以上考えてはいけない気がする。

 

 特にやることも無いので、学生宿舎に戻ると……。学園の様式とは違う、見覚えのない手紙が机に置いてあった。始めはマリーが読み、またも可憐で不気味な笑いを出してから僕にも手紙を見せてくれた。

 

 

「シオン=セレベックス殿へ。本日日没、赤の大地で待つ。これは決闘状である。」

 

 

 えらく簡潔にかかれた手紙だった、しかし僕が決闘状よりも驚いたのはその差出人であった。

 

〝テグレクト=ウィリアム〟

 

 テグレクト=ウィリアム、それは僕が召喚術師を目指した切っ掛け。騎士道物語に登場する万の式を操る、王国最高峰・伝説の召喚術師。

 

 決闘状じゃなければサインをもらい、握手を求めたい程の人物。何故なら僕が召喚術師を志した切っ掛けの人物なのだから。しかし、また何で僕がそんな伝説の召喚術師に決闘を申し込まれているのか?…考えるまでもない、理由一つしかないだろう。

 

 一学徒である僕に決闘状を送るメリットと言えば 横でピンクのベールから顔が覗かれない器用なケーキの食べ方をしている僕のパートナー。マリー目当てなのだろう。

 

「マリー。決闘状って……絶対行かないとダメなのかな?」

 

『 任せる 』

 

「テグレクト=ウィリアム様…。生きていたら150才近いけど、本物?だとしたら僕なんて数秒で消し炭だけど…。」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

『 憧れでしょ? 行けばいい 主は 私が守るから 』

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 散々迷った挙げ句、僕は決闘に応じることにした。憧れのテグレクト=ウィリアム様に会えるなら死んでもでもいい!!それが僕の出した結論だ。僕は約束の時間、日没の3時間前に馬車を使って出発した。

 

 馬車の運転手は、当然魔物がいる場所を迂回するルートを通って向かおうとしていたのだが、あろうことかマリーは銀髪を逆立て運転手を狂わせた。そして馬車を赤い大地までの最短距離にルートを設定し直してしまった、客が僕たちだけだからと無理をしすぎだ。

 

 不思議と魔物に襲われるどころか、魔物の姿も見えないまま、赤の大地と呼ばれる、騎士道物語にも登場した、赤く荒廃した岩と土の大地に到着した。

 

 騎士道物語の中で、かつて四英雄の一行がこの大地に鴉の魔物が住み着き、誰も手出しができない中、華麗に魔物を討伐し、お礼として聖女様から聖杯をもらったとされる場所だ。思わず興奮してしまう、この場所で!あの四英雄が!あの討伐劇を!

 

 僕は舞い上がってしまい、童話騎士道物語での赤の大地についての知識をマリーに熱弁していた頃……。決闘状の相手が、神鳥ガルーダに乗って猛スピードでやって来た。これほど高位の魔物…僕は初めて目にする。

 

 しかし巨大なガルーダから降り立った相手は、僕の予想とは遙かにかけ離れた人物だった。僕は目が白黒するほど混乱した。ガルーダが即座に還付され姿を消す、はためくのは黒いローブ…赤の大地の岩に佇んでいたのは、赤髪ショートの明らかに子どもの面影が残る……いや未だ子供といえる、小さな女の子だった。

 

「おまたせ、わたしはテグレクト=ウィリアム。テグレクト一族の末裔にあたるもの。」

 

 少女は凜とした顔で僕たちに名乗り挙げた。

 

「あのごめんなさい、ちょっと質問をいい……かな?マリーが目的なのはわかってる。でも僕は騎士道物語にでてくる、伝説の召喚術師様を待っていたんだけど。」

 

 

「ひいおじい…あなたの知ってるテグレクト=ウィリアムは今病床に伏せていてな。まぁ安心せい、これでも力はひいおじいちゃんとそんなに変わらぬ。…まぁ、ひいおじいちゃんが全盛期の頃には流石に負けるが…。」

「それで、僕をここに呼び寄せてどうするつもりなの?マリーはもう僕の式なんだ。」

 

「ふむぅ。これは門外不出だから本当は言えぬのだが、特別に教えてやろう。決闘での貴君が勝った場合の前払いってことで。」

 

そういって少女は、〝決闘の前払い〟を語り始めた。

 

「我々の一族…テグレクト一族は古くから、それこそ召喚術師が錬金術師や、陰陽師と呼ばれていた頃からの名門でな。一から修行をしないで、テグレクト=ウィリアムの名前を継承するだけでも、今まで先代が調伏してきた式を扱うことができる。ちなみにもしわたしが継承できたら47代目… 

 

 …でも正式な継承を行うには条件がある。テグレクト一族の更なる発展のため、召喚術の新たな研究成果、現在テグレクト一族に存在しないとされる属性をもつ式の調伏。まぁ簡単に言えば一族にふさわしいかの試練と、一族の発展を兼ね備えたシステムって訳じゃ。」

 

なるほど、何を言っているのか半分も理解出来ないがマリーを狙った理由は判った。

 

「それで私が目を付けたのがあなたの式、名をマリーだったか?女型の人形獣でも珍しいというのに、能力が精神と狂気を操ると来た。私達一族の式の中にも幻覚をみせる式ならいるが、あなたのマリーほど完璧じゃない。是非ほしい!」

 

 …僕は決闘状の価値・重みを低く見過ぎていたようだ。少女の魔力が肌にビリビリ焼き付く程強くなる。死んでも良いと決心を付けるのと、実際死を感じる程の力に直面するのでは大違いだ。

 

「さて、決闘でのわたしの前払いは終わり。いきなりで悪いがマリーをくれないか?そうすれば決闘なん無益なことをせずとも済む、わたしは無駄な殺生はあまり好きじゃないから。」

 

「せ、殺生?マリーを殺すの!?」

 

「?……何をいっておる、殺されるのはシオン、貴君だ。でなければマリーを式し直せないではないか。だから最初に言ったはずだが?〝決闘〟…と。」

 

「え、嘘そんな…嫌だ!だいたいそんな伝説の家系に僕なんかが勝てるわけ…。」

 

うふふふふふふふふふふふふふ

 

 緊迫した空気をぶち壊したのは、決闘の引き金マリーだった。何でこんな場面で笑えるのか問いたかったが、僕が殺されマリーが他の人のところに行くなんて…なんでかは知らない。でもそれはとても嫌な気持ちだった。

 

「マリー、これは決して自分の命が惜しいから言うわけじゃないことを信じて。短い間だったけどマリーといれて僕は楽しかった。向こうは召喚術のエキスパートで、僕みたいな駆け出しよりも上手くマリーの能力を発揮できるさ、だから…。」

 

 〝お別れをする覚悟はできてるよ〟

 

 

 と言いかける前に、マリーは僕の頭を優しく撫でてくれた。

 

 そして …マリーの銀髪が嫌気を帯びて逆立った。

 

 銀髪がふわりと逆立つと共に赤の大地が地割れを起こし、割れた岩は空へと飛びウィリアム(幼女)へ投擲(とうてき)されていく。

 

 マリーにそんな大地を司る能力などない、おそらくは僕とあの子に見せてる幻覚なんだろう。…多分。

 

「この!!」

 

 大岩の投擲に対し、少女が召喚したのは、茶色の光沢を放つ甲殻類に似た召喚獣だった。

 

 そして投擲される岩をその甲殻類もどきはすべて防いでみせた。しかしどんどんと大きな岩が投擲されていき、少女は水銀のようなスライムを出し投擲を防いだ。魔物の同時召喚…初めて見る高度な技術に、本当にこの少女はテグレクトの血を引く者なのだなと今更ながら考えていた。

 

「先主防衛に勝利は無い!それなら…!」

 

少女が更に召喚を行おうとした時だった。

 

 

 パチン

 

 

 マリーの術式を解く合図…、フィンガースナップの音と共に、赤の大地は元の姿に戻っていた。やはり幻覚だったんだ…。 うふふふふ とマリーは変わらず綺麗な声で不気味に笑っている。

 

 

「幻覚…!?わたしにこんなにも鮮明な幻覚をみせるなんて……。」

 

 少女は半ば絶句していた。しかしすぐに殺気を宿した目に戻り、臨戦態勢に入る。

 

「いや、だからこそ調伏のし甲斐がある。宣戦布告は受け取った、こちらも本気で行く!」

 

 少女に似合わぬ殺気を宿した瞳で、禍々しい程に魔力が高まり始める…。

 

 すると100?200?いや、どれだけ居るのだろうか。僕の目では到底数え切れないほどの、鎧をまとった騎士の霊、魔物図鑑でも高位の魔物として数えられるゴースト…高位の冒険者が果てた末、現世に仇なすモノ。そんなゴーストが甲冑を纏い剣を持ち、僕とマリーに向かって来た。

 

 

 こうなれば恥も外聞もない!いかにマリーが奇妙な術長けていても、多勢に無勢。負けるのは目に見えている。

 

「マリー!逃げよう!このままだろ二人とも死んじゃう!マリーとも会えたのにここで死ぬのは嫌だ!あそこの崖まで登れば。あれだけの重装備だから逃げられるかもしれないだからさぁ…。」

 

 僕の情けない逃げ口上に対して、口を塞いだのはマリーの抱擁だった。マリーの豊満な胸に抱きしめられる形でしゃべることはおろか息もできない。

 

「もがもが…も。ふぃぁ。」

 

 はじめは驚いて言葉を繋ごうとしたが、あまりの心地よさにそのままマリーの胸の中に埋まってしまった。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

マリーはほんの少しだけ不気味さの押さえられた優しい笑い方をしていた。

 

 マリーに抱擁されるのは初めてではない、イタズラで何度か、そして僕がマリーほどの強力な魔物にふさわしい術者じゃないからと一緒にいるのが嫌いじゃないマリーに元の世界に戻るよう相談したときもこんな笑い声をあげながら抱擁をしてくれた。

 

 マリーの胸の中で抱きしめられるとすごく安心してしまう。これもマリーがもつ幻術のひとつなのだろうか?頭が働かなくなってそのまま眠ってしまいそうな………

 

「そんな場合じゃなかった!!」

 

 今の状況を思い出し、後ろを振り返ろうとした時、マリーは僕にとても短い言葉を伝えた。

 

『 終わった 』

 

 

 振り向くと、さっきまで僕たちに襲いかかってきたゴースト騎士団は装備だけ残した鉄屑になり、テグレクト=ウィリアムを名乗る少女のみが赤の大地で倒れ込んでいた。

 

「ちょっとマリー何したの?…って今はいい!!」

 

 僕は少女の元へ駆けつける。さっきまで殺されそうになっていたことなど忘れて、彼女の元へ一直線に。

 

 少女は横ばいになり、肩で呼吸をしている状態だった。ぼくは少女を楽になりそうな体勢にして、羽織っていた学生ローブを彼女の下に一つと、ローブに入っていた小さなタオルを枕代わりに一つ。

 

 僕はシャツだけの姿になって少女を看病をした。マリーが今までこんなに相手を痛めつけたことはない。よほど苦戦する相手だったのだろう。当たり前だ、学校で行う模擬試験とはレベルが段違いだった。

 

 そして少女は目を覚ました。目にさっきまでの殺気は感じられない。しかし目を覚ました少女からは、僕の想像を超える反応が待っていた…。

 

「ここ、どこ?ねぇおにぃちゃん!わたしどこにきちゃったの?やだこわい!おうちに帰りたい。おにぃちゃん…うううぅ、えぇぇぇえええぇぇぇぇぇっん!!」

 

 急に子供のように振る舞い、泣き出したのだ。たしかに見かけ通りの少女がこんな荒廃した大地にきたらこんな反応をするだろうが…

 

 うふふふふふふふ

 

恐らく元凶であろうマリーも、いつのまにか僕の隣にいた。

 

「マリー!この子になにをしたの!?」

 

 いつもは不気味な笑いで一蹴される僕の質問だったが、今回マリーは彼女にかけた術を教えてくれた。

 

『 記憶能力一部 を 削除 認知機能低下処置 及び 幼児退行化 』 

 

 ……僕には何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

「えぇぇええぇえん!えぇぇぇええん!いやだーー、こわいぃ!!」

 

 目の前で泣きじゃくる幼い赤髪の少女は、王国の英雄の一人にして伝説の召喚術師の曾孫を名乗っていた。

 

 数え切れないほどの高位の式の同時召喚と還付の能力、マリーの見せた幻覚とはいえ、投擲される大岩を全て防ぎきった防御の腕前をもつ少女は…今ぼくの袖にしがみついて泣いていた。

 

 僕が一目散に逃げようとした所をマリーに抱きしめられ、マリーの胸の中で視界が遮られている間にマリーはこの少女に何かをしたようだった。

 

「大丈夫?なんでここにきたか覚えてる?」

 

「わかんなぃ」

 

「名前は?」

 

「なまえ…わかんなぃ」

 

「ここがどこかわかるかな?」

 

「わかんなぃい!わぁぁぁん!」

 

 駄目だ、マリーは彼女の記憶を消したと言っていたがどこまで消してしまったのだろう。そして僕が逃げる以外の選択肢が見あたらないほどいた騎士団たちは、どのようにあんな鉄屑に変わったのでろうか。

 

 マリーの言っていた

 

 『 記憶能力一部 を 削除 認知機能低下処置 及び 幼児退行化 』

 

 ……それはマリー曰く、子ども返りをさせてついでに記憶喪失にしたという事らしい。

 

 あの騎士団はマリーが僕に見せた幻覚だとは思えない。というかマリーの胸に埋もれている間は僕の感覚では数分だったと思うが、もう日があがろうとしているあたり、よほど時間がかかったのかもしれない。

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 マリーがどんな激闘を繰り広げていたのか凄く気になるのだが、傷一つ無くいつも通り不気味で可憐な笑い声をあげているマリーに何があったか聞いてみた。

 

しかし返ってきた返答は…

 

『 この子の名前は アムちゃん にしましょう 』

 

 ……という、とんでもなくどうでもいいことだった。というかこの子連れて帰るつもりなの!?

 

 

 赤の大地でしばし野営をして、日もあがったころ。僕はマリーに抱かれている間に寝ていたのか妙に冴えた頭で赤の大地を離れ、学校へ向け再び馬車に乗り込んだ。マリーはアムちゃんと勝手に改名させられた少女に膝枕をして綺麗な声で笑いながら頭を撫でている。

 

 始めは泣き止まず支離滅裂なことをいうアムちゃんだったが、マリーと僕にすこし懐いてくれたのか、一緒に学校にくるか聞くと「うん!おにいちゃん、おねえちゃんといっしょにいく!」と笑顔の返答が返ってきた。

 

 さっきまで僕を殺そうとしていた、僕の遥か先を行く召喚術師に「おにいちゃん」と呼ばれたのはなんだか複雑な気分だった。

 

 幸い今日は授業のない日なので今後アムちゃんをどうするか、マリーが何をしてこんなことになったのか詳しい説明を聞こう。マリーの主としてそのくらいはさせてもらいたい

 

 

 学生寮に戻ったのが昼前、椅子に座るマリーに 正気だった頃のアムちゃんがゴーストの騎士団を召喚してからの経過を聞いた。

 

マリーはなにやら体術についての本を読みながら片手間に答えてくれた。

 

『あなたは 私が守った 騎士団は 自我があったので 恐慌状態・混乱・幻視で自滅させた。』

 

 …マリーのめちゃくちゃさは模擬試合でも感じていたがなんでもありなのだろうか、僕の式は。

 

『 そのあと アムちゃんは 金色龍王を5体ほど同時召喚しようとしていた 出されると面倒

 

 その前にアムちゃんを 記憶喪失にした すごく 混乱してた 』

 

 

『 あとは簡単 年の割に高かった精神年齢を 肉体のレベルまで低下させた わたしがしたのはそれだけ 』

 

 そういってマリーは僕のベットですやすやと寝息を立てている少女に視線を向けた。

 

『 このほうが かわいいと思わない ? 』

 

 急な質問返しに僕は一瞬焦りながらも無言を貫いた… マリーがいなければ僕はこの子に殺されていたのだろう。でも帰る家もあり伝説の系譜(けいふ)、テグレクト一族を名乗る少女をこんなにまでする必要はあったのだろうか?

 

「彼女を元に戻す方法はないの?なるべく僕が殺されない方法がその…いいな」

 

『 ない …ことはないけれど危険 時間をかければ すこしすこし 思い出すはず 』

 

「少しずつかぁ、その方が彼女のためになるもんね」

 

『 明日から あなたの学校で 授業きかせれば? 面白いことに なるかも 』

 

 うふふふふふふふふ

 

そういってマリーは不気味で可憐な笑い声をあげ、読書へ戻っていった。 



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アムちゃん初めての学校

 伝説の召喚術師の館、テグレクト邸。テグレクト邸の一室で、テグレクト=フィリノーゲンは焦りや不安を押さえられずにいた。

 

 自分よりも召喚術に長け、46代目テグレクト=ウィリアムである曾祖父から目をかけられていた弟。その弟が47代目を継ぐにあたって課せられた試練に赴いて、既に10日が経つ。

 

 曾祖父は既に肉体は朽ち果て、病床で寝たきりとなっている。自身の肉体を凍結させ精神を解離させ、自分の精神を具現化し召喚することでのみ疎通がとれる。かつては伝説の四英雄のひとりに数えられた曾祖父の命はもう長くない。…というよりも、己の行える施術を最大限に行使して命を繋げている状態だ。

 

 そうなったのもテグレクト=ウィリアムの名を継ぐほどの才能を持ったものが、ここ100年現れなかったためだ。……フィリノーゲンとその弟が生まれるまでは。

 

 勝つにしろ負けるにしろ何か反応はあるはず。もし弟が敗れたならば、曾祖父が魔導陣よりあらわれ、47代目にふさわしい人間を再度指名し、再び試練を課すはずだ。しかしそうならないということは、弟は生きているということ。しかし勝利の報告も、敗北による逃走もない。

 

 

 5歳にして召喚と調伏、7歳で魔物の同時召喚および還付・憑依 9歳にして金色龍王の調伏までして、テグレクト一族の秘伝の全てをマスターしてみせた弟は、一族の掟に従い最後の試練というべき新魔の調伏・魔獣の生態研究までたどり着いた。「研究なんてめんどくさい!珍しい魔物に心当たりがある!」と笑いながら家を出て行った弟。

 

 その弟にいったい何があったのか、何かあったとして弟よりも力の弱い自分になにができるのか。兄の知らぬ間に、「アムちゃん」とあだ名を付けられていることも知らないフィリノーゲンは、深いため息をついて弟の帰りを待っていた。…待つことしかできなかった。

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

「がっこー?」

 

 47代目テグレクト=ウィリアム候補ことアムちゃん【命名:マリー】は、間の抜けた声で質問した。

 

「僕が通ってる召喚術師を養成するところなんだ、もしよければアムちゃんも見学してみないかなと思って…。」

 

 僕はあまり乗り気ではない提案を、目の前の幼い少女におこなった。何しろ目の前にいるのは僕の式マリーを強奪しようとした張本人。怒りが無いわけではないが、マリーの術であまりにも変わり果てたその姿には怒りをぶつける気にもならない。

 

 マリーはアムちゃんが元の記憶を取り戻し、僕やマリーのことを諦めさせるためには時間をかける必要があると言っていた。そしてマリーは僕の通う学校の授業を一緒に見学させると良いとも言っていたが、仮にも王立の名門学校に年齢が二桁いっているかも怪しい子をいれるのはどうかと僕は思ったのだが…。

 

「〝がっこー〟にいってみたい!おにいちゃんたちといくー!」

 

 目を輝かせる少女を前にすると、嫌とは言えなかった。マリーも乗り気のようだし、おそらくマリーの術で誰も違和感を抱かず授業を受けることができるのだろう。

 

 そしてアムちゃんを連れた初の授業は実技講習であった。小型の固定魔導陣を使用し、既存の魔物の召還でも調伏した魔物の行使でもなく、召喚獣そのものを術者が1から作り上げる基礎演習だったのだが…。

 

『 一部の記憶を消して 精神年齢を下げた わたしがアムちゃんにしたのはそれだけ 』

 

 マリーが言っていた言葉を、もっとよく考えていればよかったと反省するのは、この授業が始まってすぐの事だった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 今日のカリキュラムは、新技術の基礎訓練となっている。

 

「それでは本日みなさんが学ぶのは、召喚術師には欠かせない秘術の一つです。シオン君、召喚術師が召喚獣を扱うために必要な3つの方法を述べて下さい」

 

「はい!

 

1つ目は、召喚の儀で魔物を召還し手なずけること。

2つ目は、魔物を調伏し召喚獣とすること。

3つ目は、錬成融合により魔物を錬成して一から召還術師が育て上げることです!」

 

 先生は僕の回答に、笑顔で「正解です。」と答えてくれた。

 

「しかし錬成・融合は、魔物の同時召喚・還付に次いで高等な技術です。媒介もなく単体で行うのは、今の皆さんでは不可能でしょう。そこで補助用の魔方陣を用意しております。皆さんの目の前にある小型の固定魔方陣がその役目となっております。」

 

 先生の長い話しが続いている間、マリーはアムちゃんを抱いて頭を撫でている。

 

「そしてこちらが、媒体として利用する鉄・黄麻・粘土・天然スライム・芥子です。今回は基礎なのでこちらでおこなってください」

 

 生徒分の融合材料がそろったところで各自、思い思いに材料を手にとって錬成を行う。

 

 僕も魔導陣に粘土2:鉄3:天然スライム4:芥子1を混ぜた媒体を置き渾身の力を込めた…。

 

「だめだぁ、光って形はできたけど…」

 

 できあがったのはヘンテコで、ヘトヘトになった半透明な跳鳥だった。ほかの生徒も形は違えど似たようなヘンテコでフラフラなとても式として使えそうにないものばかり。

 

「今日は基礎ですので、錬成できただけ皆様十分です。さすが3期まであがって来れただけありますね。」

 

 先生の励ましも虚しく、生徒一同意気消沈である…、そんな中だった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 轟音・爆音と共に女生徒の悲鳴が響き渡った。

 

 

 そこでぼくが目にしたモノは…、クレヨンで描かれたような真っ黒な球体が、これまたヘンテコな大砲や見たこともないグニャグニャな兵器のような何かを無数にとりつけた物体だった。

 

 大砲は壁を撃ち抜き、別の筒から連続して弾丸が発射されて壁に無数の穴をあけていた。その正体に気がついたのは先生ただ一人だったようだ。

 

「エビルコア!?そんな、あんな材料でこれだけの式を作る生徒なんて…。」

 

 先生が驚きながらつぶやいていた。これが幻覚じゃなければ、そんなことのできる人間は一人しか知らない。

 

「皆さん!!実験室から避難を!至急支援を要請して参ります。」

 

 先生がそう言うと、他の生徒は一目散に部屋から避難した。僕とマリー、アムちゃんを除いてみんなだ。

 

 

「お兄ちゃ~ん!わたしもやってみた~!みてみて~。」

 

 …アムちゃんは無邪気に僕の袖を引っ張り、エビルコアを自慢している。

 

「あの…その、すごいね。」

 

 言葉が出てこなかった。記憶は消され幼児退行しているが、目の前の女の子は、本当に伝説の召喚術師の系譜であることを実感させられる。

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 マリーはこの状況を楽しんでいるらしい。

 

「マリー、あれなんとかして!死人が出る前に!」

 

 壁に開いた大穴を見て、現状を思い出した。エビルコア、高位のダンジョンの最上階でも中々お目にかかれない高位の魔物だ。いくらクレヨンで描かれたようなデフォルメをされていようと、力は本物のはずだ。

 

 そしてマリーはこんな絶望的な一言を伝えてきた

 

『 わたしの 能力は 精神操作と狂気 機械相手に 通じると 思う? 』

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 そう僕に伝えて、いつものように不気味で可憐な声で笑い始めた。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 幼児が黒のクレヨンで太陽を描いたらこんな形になるのだろう。

 

 そんな異形の塊は、ポンッポンッビー と間抜けな音を出しながら、砲弾や光線で実験室の備品を容赦なく破壊していった。形はマヌケだが、この黒い塊はエビルコアという高位の魔物、作り出したのは伝説の召喚術師の血を引くテグレクト=ウィリアム継承候補であり、マリーの術により幼児退行をさせられているアムちゃんなのだ。

 

 「やっほーい!やっちゃえー!」

 

 陽気にはしゃぐアムちゃんは、悪戯っ子の表情を浮かべている。

 

 そうだ!エビルコアを止められ無いのなら、その召喚者アムちゃんを止めればいいじゃないか。

 

「マリー!エビルコアをマリーがなんとかできないなら、アムちゃんを眠らせるなり何なりして止めて!」

 

『 あんなに 楽しそう なのに ? 』

 

「 … ……」

 

 思わず眉間にシワが寄った。命の危機に際しているのに、どうやらマリーは動じていないようだ。

 

『 怒らない 』

 

「うっぷぅ」

 

 何度目だろう、僕はマリーの胸に抱きすくめられた。僕の苛立ちを察したのだろう。そして苛立ちも不安感も、恐怖心もマリーの抱擁の中に溶けていく。温かい。眠い。優しい。幸せな…

 

 ……って違う!ダメだここは威厳を!この場で頼りになるのはマリーで、僕はその術者なんだ。なんとか僕がリードしないと…。ダメだ、頭が混乱してきた。

 

 うふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 堪えられないとばかりに、マリーが僕を抱えたまま笑い始めた。

 

『 遊びは 終わり 』

 

 マリーは僕を放してエビルコアへ視線を向ける。そして銀髪を逆立て指をくすぐるように軽く動かすと…。

 

バッビッバババババババババッ

 

 エビルコアは急激な振動を起こし、黒い煙と目映い火花を散らし、やがてドロドロと黒い蝋(ろう)のような液体となり、地面に溶けていった。僕は目の前の光景を見ている事しかできなかった。

 

「うぅ…ぐぅ…ううう。」

 

 マリーはそんな僕を構わず、おもちゃを失って、泣きそうになっているアムちゃんを抱きしめ慰め始めていた。

 

『 さっきの答え 機械相手に私の術は通じるか? 』

 

 

「え?」  

 

 咄嗟のマリーからの質問に僕は困惑する。

 

 

『 答えは通じる 脳に電気が走るように 機械にも行動の過程がある 』

 

『 覚えて おいてね 主様 』

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 僕は自分が呼び出した召喚獣の恐ろしさに、そして召喚術師の道の難しさに欠片だけ触れられた気がした。備品は壊れ、穴だらけの実験室。そこに僕とマリーとアムちゃんだけが残された。



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継承の儀





 王宮にも匹敵する召喚術師の宮殿、テグレクト邸。その中でも一層豪勢な一室で、ミイラのような老人が青白い光を発しながら眠っていた。既に息絶えている様にも見えるが、時折思い出したかのように深い呼吸を行う。老人の眠るベットの側には魔導陣が設置されている。

 

 魔導陣は突如強い青光を放ち、同時に老人を包む光も強さを増した、そして…。 

 

 魔導陣から半透明の少女のような幼い少年が姿を現した。

 

「はぁ はぁ はぁ はー………、やっとできたか…。しかし今度は童の姿か、限界が近いな。これで最期になるやもしれぬ。」

 

 伝説の召喚術師テグレクト=ウィリアム、彼は平均寿命50年という王国の中で160年という時を生きていた。否、どのような手を使ってでも延命をせねばならなかった。自身が父より受け継いだテグレクト=ウィリアムの称号を後生へ伝承していないためだ。

 

 本来ならば才能のある子孫を弟子にとり、修行を行わせてから継承の儀式に移るのだが、全盛期に東西戦争へ英雄として駆り出され、15年に渡る東王国討伐の旅に出ていたテグレクトはそれができなかった。そして戦争に勝利し、王国へ戻った頃には息子は成人し、まもなく孫も生まれようとしてていた。

 

 しかしどちらも、とても厳しい召喚術の修行に耐えられる才能を持っていなかった。そして時は流れ待望の才能を持つ曾孫が生まれた、はじめは長兄であるフィリノーゲンに目を付けていたが、その7年後に生まれた次男はテグレクト一族でも類を見ないほどの才能に恵まれていた。

 

 言葉を覚えると同時に詠唱を覚え、5歳で召喚・還付を習得。テグレクト自身成人…17歳になってようやく習得出来た魔物の同時召喚・憑依を7歳にしてやってのけ、10才で魔物の最高峰とも言われる金色龍王を7体も調伏までしてみせた。あとは継承の儀を行い自身は冥府に旅立つのみと思っていたが、継承の為には姿を現さねばならない。

 

 死神の調伏や、癒しの女神の息吹さえ操れるテグレクト=ウィリアムの力を持ってしても老いには勝てず、20年前より魔導陣へ自身の精神を召喚を行うことも難儀(なんぎ)になっていた。

 

「もはや誰かを呼ぶ力も残されていないか……。」

 

 テグレクトは一室で誰かが訪れるのをひたすら待ち続けていた、そして3時間後。

 

「おじいさま!お姿を…、お待ちしておりました!」

 

 現れたのは長兄フィリノーゲン、テグレクトにとっては曾孫にあたる高度な修業に耐えた召喚術師だ。

 

「ああ、来てくれてよかった。童の姿ですまない。この姿になるのに時間がかかってしまってな。それよりも次期候補…ジュニアを呼んで来てくれたまえ、これより継承の儀に移ろう。」

 

「次期候補…ジュニアですか、実は弟なのですが。」

 

 フィリノーゲンはこれまでの流れを大まかに説明した。曾祖父が姿を現さない以上、おそらく最後の試練が終わっていないからに違いないと新魔の調伏に赴いたこと、そして旅だって13日帰ってこないことを……。

 

「なんと!いや、私の責任だ…。10歳にして金色龍王を調伏までした時点で継承は既に決まっていたのだが…。姿を現すまで時間がかかってしまったのでな。だが困った、私は童の姿を作り上げるまでにこれほど時間がかかるほどに力を失っている。やもすればこれが最期なるかもしれぬ。そうなればテグレクト一族は衰退するのみだ。」

 

 どうやら自分が現れないことをなにか深読みされてしまい、事態がややこしくなっている事を察したテグレクトは少考して一つの結論を出した。

 

「フィリノーゲンよ、お主もテグレクト=ウィリアムの称号を継承するにふさわしい才能と能力をもっている。厳しい修行にも耐え既に同時召喚・憑依・還付・調伏や一族の秘伝を身につけているのであろう。今回は特例であるが、お主に47代テグレクト=ウィリアムの継承を行う。」

 

「そんな!おじいさま、私などまだまだ未熟であります!次期継承者には修行がまだ…。」

 

「これはテグレクト一族の衰退を防ぐためだ、特例ではあるが精進せよ。継承によって得られるものはなにも名前だけではない。これまで1000年にわたり先人が調伏した式達、能力も継承されることは知っておろう。その力に溺れることなく、より一層の一族の繁栄を。お主ならばできる。」

 

 曾祖父に押される形でフィリノーゲンの継承の儀は始まった。少年の姿をした伝説の召喚術師は曾孫に手をかざし力の全てを注ぎ込んだ。目映いほどの青い光がフィリノーゲンへと移っていく。

 

「これで私の役目も終わった。一族の繁栄と貴殿に神の加護を。」

 

 笑顔でそういい残し少年は……伝説の召喚術師は姿を消した。

 

 残されたのはかつて王国の英雄と称された老躯の屍と、唐突感じたことのない力に戸惑うフィリノーゲンのみであった……。



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VS伝説の系譜

 テグレクト一族長兄テグレクト=フィリノーゲンは曾祖父の弔いを行い、代々一族が弔われる石碑に遺骨を埋葬した。フィリノーゲンは47代テグレクト=ウィリアムとなった己の力を未だ信じられずにいた。高位魔物はおろか神・神獣・悪魔に至るまでの同時召喚・還付・憑依すべてが行える。

 

 

「まずジュニアを探しに行かねば…、赤の大地に行くと言っていたな。その周辺からか。」

 

 フィリノーゲンは無数の八咫烏と、人と意思疎通を図れるエルフを式として飛ばし、情報を得ることにした。

 

 ◇   ◇   ◇

 

 「なんとこの子があのエビルアイを錬成したというのか!」

 

 僕とマリー、アムちゃんは校長室へと呼び出しをくらっていた。なんとアムちゃんは、召喚の授業開始の早々に高位の魔物エビルアイを召喚。錬成実験室をメチャメチャにしたのだ。当然お叱りの言葉か、下手をすれば謹慎や退学処分まで考えていた。しかし僕を受け入れた校長の表情は至って柔和なものだった。

 

 校長にほめられ嬉しいのか、アムちゃんはニヒヒと笑って見せた。

 

「実験室のことは心配ない。過去にも何度か爆弾蜘蛛の錬成やら、タイフーンのモンスターの錬成があってな、よく壊れるんじゃあそこは…まぁここまでの規模は初めてであるが。」

 

 どうやらマリーの術を使うことなく事が収まりそうな僕は、胸をなで下ろして安堵のため息をついた。

 

「しかしエビルアイとは、流石飛び級で3期まであがっただけの事はある。良き召喚術師となるだろう。そしてシオンよ、君もじゃ。ワシでも知らぬ式をよく手なずけておる。今後王国の発展のため君たちの成長に期待しておるぞ。」

 

校長は笑顔でそう話しを締めくくった。

 

「それでは失礼致しました。」3人で礼をして校長室を出る。

 

バタン

 

「うむ、よき生徒たちじゃ。…しかし今日はカラスがうるさいのぉ。」

 

 

            ◇      ◇     ◇

 

 

「あ~本当に心臓に悪かったよ。校長室なんて初めて入った。」

 

「私のおかげだね!お兄ちゃん♪」

 

「アムちゃんのせいって言うんだよ…。」

 

 それにしても飛び級と校長は言ってたけど、アムちゃんは転校生ってことになってるのか…。多分マリーがなんらかの改変の呪いを掛けたのだろう。…本当にマリーといると自分の五感が信じられなくなる。

 

「ってあれどうしたのマリー?」

 

 いつもなら僕の机で読書をしているはずのマリーは、僕の声かけにも応じず窓を眺めていた。

 

「なにか見えるの?うわぁ、すごいカラス…なんか不吉だね。」

 

『 凶兆 』

 

「カラスがここまでいるのは初めてだよ。この辺じゃそんなに見ないの……にぃ!?」

 

 突如無数のカラスが、糸の切れた人形のように下へボトボトと落ち始めた。下を覗いてみるがカラスは身動きもしない。

 

『 眠らせた 』

 

 マリーは僕に伝えてきた。察しの悪い僕でも判るあれはただのカラスじゃない、そしてあんな大量のカラスを式にできる系統には心当たりは一つしかない。

 

「アムちゃん?」

 

 僕のベットの上で絵本を読んでいる伝説の召喚術師の系譜、マリーによって精神年齢と肉体年齢を同期させられ、おまけに記憶喪失となった少女。

 

 そうだ、なにもテグレクトの一族はアムちゃんだけではないのだ。それに僕がやっていることは成り行きとはいえ誘拐だ、黙っているはずがない。

 

『 気づかれた 厄介 』

 

いつもの可憐で不気味な笑い声のないマリーに、僕も緊張が増す。

 

「その~、なんていうか。どのくらい強いの?さっきのカラスを操っていた人は…。」

 

『 伝説レベル 』

 

「マリー…、勝てそう?」

 

マリーは少し考えた上でこう僕に伝えた。

 

『 五分 五分 』

 

 これこそマリーの見せてる幻覚だったらどれだけよかったか。しかし現実の様だった

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

〝魔物の力に溺れるべからず。召喚術師にとって召喚獣は騎士にとっての剣、魔法使いにとっての魔力である。五体のごとく飼い慣らす主となるべし〟

 

 

 テグレクト=フィリノーゲンは、テグレクト邸の鍛錬場に飾られた家訓を見つめながら思考していた。式として飛ばしていた八咫烏から通信が途絶えた。殺されたわけでもないので、おそらく気絶させられたか通信を遮断させられたのだろう。

 

 最後に見た光景は、栗色髪をした童顔の見習い召喚術師と、その式と思われる顔を隠した銀髪の女、そして絵本を読みベットでくつろぐ弟という何がなにやらわからぬものだった。とりあえずの弟の無事に、フィリノーゲンは兄として安堵した。

 

 しかし同時に恐怖も感じた。式の視界を通しものを見る技術はテグレクト一族の秘伝ともいうべき秘術である。それに気が付き、かつ迅速に対処してきた不気味な女。おそらく弟が調伏に行くと言っていたのは、通信が途絶える最後に見たドレスの女だ。容量が量れない、見たことも聞いたこともない魔物だ…いや魔物かどうかも怪しい。曾祖父より受け継いだ47代目という称号がフィリノーゲンに重くのしかかる。

 

 弟のミスにより敗北したことはしかたがない。しかしそのまま終わらせてはテグレクト一族の沽券に関わるのだ。なんとしても、弟を取り戻さねばならない。

 

「場所…時間…、使う式は…。」

 

 八咫烏の視察と、エルフの聞き込みで情報はある程度集まった。

 

 シオンという見習い召喚術師が召喚の儀で出した式が、マリーという女型の召喚獣であり、精神と狂気を操る能力を持っていること。シオン自体は一般的な王立学校の3期生で、同時召喚・還付どころかマリー以外の式は操れないこと。そして弟はなぜか王立学園の3期生徒に飛び級で入学したことになっていること…。

 

「精神……操作……そうだ!!」

 

 フィリノーゲンは書庫へ走り、一つの本を取り出す。それは太古の帝国が一人の女によって皇帝が籠絡され、女が実質の独裁者となったという史実書だ。

 

「白面金毛の魔獣、九尾の狐……。」

 

 万の時を生き、神として崇められる神話の魔物である。だが自身の遥か上を行く弟を倒した魔物で、精神を操作するものなど他に考えられない。

 

 気がついてからのフィリノーゲンの行動は早かった。計画を立て、その上で弟を奪還する式を選び出し、インクと紙を取り出した。

 

 

 

 ◇     ◇     ◇

 

 

「カラスいなくなったね…。」

 

 辺境ではありえぬほど大量にいたカラスはどこかへ消えていた。おそらく目的が終わったのだろう。つまり僕とマリー、そしてアムちゃんの存在がバレたと言うことだ。

 

「部屋もばれたってことだよね。いきなり襲ってこないかな。夜も眠れないよ」

 

『 多分 無い 』

 

「でも寝込みを襲うって結構常套手段なんじゃないの?」

 

『 向こうは最後に この部屋で3人を見た 』

 

「じゃあ余計…ああ、そうか式だけで部屋ごと破壊したらアムちゃんも被害を食らうのか」

 

『 それに私の能力も ある程度知られてる 奇襲は成功しない 』

 

 …知られたところでそんなに不利になるような能力じゃないと思うんだけど、いつもの可憐な笑い声のないマリーを見ていると僕も不安になる。そしてつい

 

ぽふっ

 

 僕は初めて、自分からマリーの胸に埋まった。

 

ふふ…ふふふふふ…うふふふふふふふふふふふ。

 

マリーがいつもの笑い声を上げてくれた。

 

「マリーは今後どうなると思う?」

 

『 多分…決闘 それも場所を指定して 決闘状が送られるはず 』

 

「アムちゃんを返して、ごめんなさいじゃすまないかな?」

 

『 伝説の威厳と まだ私を諦めてない 』

 

「ってことは……。」

 

『 下手をすれば あなたは 殺される。 』

 

 背筋が凍った。そりゃそうだ、マリーの主は僕なのだから責任は僕が負う。テグレクト一族の次期継承者にこんな真似したのだ、黙ってごめんねで済むはずがない。

 

マリーが僕を胸から放して窓を見つめた。

 

『 いい タイミング 』

 

一羽のカラスがまるめた羊皮紙を窓際において、そのまま去っていった。

 

【果たし状 貴殿との決闘を申し込む。 明日の日没 テグレクト邸にて待つ】

 

「マリーの言ったとおりになった!!やっぱりすごいなぁ。…アムちゃんは置いていこうか。」

 

『 同意する 』

 

 

「僕、マリーと一緒にいたい。マリーを信じてるよ!」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 僕がそんな事をいうと、マリーは可憐な声で不気味に笑い始めた。その不気味さを含んだ笑い声に僕は安堵感を覚えた。

 

 日没まで僕は作戦を考えることも、神に祈ることもしなかった。ただただマリーを信じていた。

 

 

 そして当日の日没。アムちゃんを寝かせた後、僕とマリーは夜間馬車に乗って、テグレクト邸へと向かった。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 テグレクト邸。東西統一王国よりも歴史ある、伝説の召喚術師が住まう館。

 

 その前で、僕とマリーは最初で最後の作戦会議をした。……いや、僕はマリーに頼るしかないのでマリーに今後の予想を聞いただけなのかも知れない。

 

「ねぇマリー、入ったら罠でドラゴン100匹くらいにいきなりブレスを食らったりしないかな。」

 

『 それなら楽 全部混乱・恐慌・幻視の呪いで崩壊させる そんな愚策はしない 』

 

「向こうはマリーの能力に察しがついてる…、やっぱりマリーはすごいや!勝負は五分五分って言ってたけど、僕だけを殺そうとしたら多分瞬殺だよ?邪魔にならない?」

 

 一応剣を腰に差して来たが、とても役立つとは思えない。相手はアムちゃんを凌駕するテグレクト一族長兄なのだ。

 

『 あなたが 必要 主 でしょ? 』

 

そういってマリーは僕の頭を撫でながらそういった。

 

『 あなたは 私が 守る 』

 

「うぅ、あとマリー。いまここで聞くのは変かもしれないけど…」

 

『 …? 』

 

「どうして僕のところに召喚されたの?」

 

『 … 』

 

マリーはしばらく沈黙して…

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

『 かわいかった から 』

 

 思わず顔が赤くなってしまった。そんな理由で、王国一の召喚術師が狙うほどの式を得たなんて…。

 

「さて、日没だね。また学校で体術教えてよマリー。」

 

『 また 抱っこさせてね 』

 

そういって僕たちは、テグレクト邸の門を開いた。

 

 

 ◇    ◇     ◇

 

 

 門を開けて現れたのは、タキシード姿の老紳士だった。

 

「お待ちしておりました。シオン=セレベックス様そしてマリー様ですね?お話しはフィリノーゲン様より伺っております。

 

 それではこれより決闘の舞台へお連れ致しますすすすすすすすすすすすすすすすすすすすううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううずずずずずずずずずずずずず…  」

 

 老紳士は突然けいれんを起こし、泡を吹いて倒れ込んだ。マリーの銀髪が逆立っている、なんらかの呪いを掛けたのだろう。

 

「おじいさん!?ちょっと!」

 

『 不意打ち 愚策 』

 

「え?」

 

 泡を吹いた老人は、目映い光を放ち徐々に姿を大きくして…煌びやかな宝石を纏う竜の姿になった。

 

「ジュエルドラゴン!?」

 

 老人のいた場所には魔術・魔導の類が一切が通用しないと言われる魔竜、ジュエルドラゴンがビクビクと痙攣しながら倒れていた。

 

 呆然とする僕の前に突如大きな青白い鳥に捕まり、屋敷の頂上から一人の青髪の青年が舞い降りた。

 

「ふむ。やはり、魔導や魔術によるものでないな。安心してくれ、今のはテストだ。これで確定した。目的はなんだい?女狐さん。」

 

 ジュエルドラゴンを還付し、代わりに姿を現したのは青白い光を放つ神鳥を引き連れた、膨大な魔力を感じる青年。ジュエルドラゴンと神鳥の同時召喚、ジュエルドラゴンを人に変異させる能力…、どれもお伽噺の世界。この青年は考えも付かない高見にいる。

 

『 黒幕 登場 』

 

「えっと…アムちゃんのお兄さん?」

 

 赤の大地でまだ正気だった頃のアムちゃんに匹敵…もしくは陵駕する力、即ち僕ごときでは手も足も出ないほどの膨大な力を感じ背筋が凍り付き冷や汗が出る。

 

「ジュエルドラゴンにはあえてハルシオンの加護をかけておかなかった。マリーとやらの幻術の元は魔導や魔力によるものじゃない。力の根源は生きる者の生命力を悪用したものだ。」

 

『 … 』

 

「言い方を悪くするなら、魔物というより邪神・疫病神と言ったところかな。流石に神と対峙する日が来るなんて夢にも思わなかったよ。目的はさっぱりわからないけどこっちは身内…大事な弟をやられてるんだ。相手が神でも本気で挑ませて頂く!!」

 

 青い神鳥はハルシオンというらしい。これほど明確に殺意を放っていながらマリーがなにもしないということは、マリーの術などを防ぐ神鳥なのだろうか。

 

「じゃあ、決闘を始めよう。」

 

 アムちゃんのお兄さんが手をかかげると、槍を持った無数のアンデットの集団が僕たちを包囲した。

 

「自我を持たない、生命力のないアンデットに、波風や精神・波長を安定させるハルシオンの加護をかけた。これで完璧。長槍にはトラウマがあるはずだろう?九尾の狐さん。そろそろ姿を現したらどうかな?」

 

『 … 』

 

 マリーは動かない、僕たちは完全に包囲されている。九尾の狐?マリーはマリーだ、なにを言ってるんだこのお兄さんは、マリーの術で既に頭がおかしくなっているのだろうか。というか死ぬ。もうダメだ。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 ずっと沈黙を続けていたマリーは、我慢の限界とばかりに急に笑いはじめた。

 

 

  ※     ※    ※

 

 古代最上にして最高の美を誇った古帝国。しかしその煌びやかな帝国に悲劇が襲った。13代アムス皇帝の時代にヨーキと名乗る異国の美女がメイドとして就任。アムス皇帝はこのヨーキというメイドに入れ込み、ついに側室としてヨーキを受け入れた。その直後からアムス皇帝は変わった。まず帝国の全権力を皇帝に集約させ、実質の独裁者となった。

 

 帝国の市民は奴隷労働を強いられ、帝国の公費は市民に還元されず皇帝の娯楽に消費された。そしてついに痺れを切らした市民によって革命がおきアムス皇帝は処刑された。

 

 帝国の力によって平穏がもたらされていた諸国に、戦争の嵐が吹き荒れた。そして同時に処刑されるはずであったヨーキという側室は姿を消し、捜索が行われた。当時革命軍の最高戦力である長槍部隊は、宝を持ち逃げるヨーキを発見。

 

 捕まえようとしたところ、突如ヨーキは九つの金色な尻尾をもつ巨大な狐に姿を変えた。革命軍は長槍による攻撃で深手を負わせるも、幻術に対抗仕切れず逃れられてしまう。そして現在の東王国と西王国による大陸の統一まで戦国の時代が続くのであった。 

 

                      参考文献:古帝国の繁栄と衰退

 

  ※    ※    ※

 

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 長槍を持ったアンデットが徐々に近づいて来る、ハルシオンとかいう神鳥の性か不気味なほど静かなテグレクト邸の中にマリーの笑い声だけが響き渡る。

 

 僕は思わずマリーの腰に抱きついていた。当然怒りも感じている。自分の式を疫病神と罵った目の前の青年に。しかし力の差は歴然で、僕ごときが逆立ちしても勝てそうにない。主としての不甲斐なさに涙がでてくる。悔しさからか唇を噛みしめ血が流れてしまった。

 

『 見当違い 』

 

「え?」

 

『 私 は 私 』

 

 マリーは僕にしか見えないよう文字を写す。いつもの脳内に響く声でなく、器用な幻術を用いた空中文字だ…。

 

あれ?

 

「マリー、あの鳥のせいで力が使えないんじゃないの!?」

 

『 制約はされる。 波長は狂わせられない でも 打つ手は無限にある 』

 

「うっぷ…。」

 

 僕は吐き気を押さえながら、マリーに抱きつく力を強める。槍を持ったアンデット達がお互いを長槍で刺し始めた。アンデットが叫び声を上げて復活し、長槍が折れれば手足で、手足が折れれば噛みついて決死の同士討ち・自滅を続けている。

 

「これは…幻覚?」

 

 アムちゃんのお兄さんも目の前の光景が信じられないようだった。呆然とアンデットの自滅を見つめている。

 

「ハルシオンの加護はムダか。では…」

 

 そういってハルシオンとアンデットを還付し、新たに召喚をしようと呪文を唱えようとしたときのことだった。アムちゃんのお兄さんは突然痙攣を起こし、嘔吐のような…声が裏返るほどの絶叫をあげた。

 

「うごぉぉおおおぉおぉおぉぉおおお!?」

 

 そして再びハルシオンを瞬時に召喚した。額には尋常でない汗が浮かび、呼吸は荒くなっている。

 

「なんだ今の感覚は…、貴様何をした!!」

 

『 惜しかった 勘違い 見当違い 致命的 』

 

 マリーはこれ見よがしに幻術による文字を見せつけた。神鳥ハルシオンではマリーの幻術は抑えられないぞ、と暗に告げているのだろう。

 

『 九尾の狐? 何それ? 』

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 そして僕にも言った言葉を、アムちゃんのお兄さんにも見せつけた

 

『 私 は 私  私 は マリー 』

 

「僕の生命の波長を狂わせたのか!?ハルシオンを常に呼ばないといけない呪いを!?」

 

『 自業 自得 』

 

 どうやらハルシオンを還付し瞬時に召喚したのは、恐らくジュエルドラゴンに使った生命の波長を狂わせる術をアムちゃんのお兄さんにも掛けていたかららしい。つまり神鳥の加護がなくなれば、ジュエルドラゴンのように痙攣を起こし泡を吹いて倒れてしまうということ…。

 

『 私の主を 殺そうとした 許さない 』

 

 マリーの雪のような銀髪が逆立つ、静寂と夜の暗闇の中ハルシオンの青白い光とマリーの淡い光だけが屋敷を照らす。ぼんくらな僕にも判るくらいマリーが呪いを強めている。波長を狂わせる呪いの倍掛けだ、ハルシオンの加護を突き破るほどの…。

 

「もういいよマリー!やりすぎだって!」

 

 思わず叫んでしまう。ここまで殺気立ったマリーは初めて見る。

 

「すみません。テグレクト…何さんでしょう?」

 

「フィリノーゲン…テグレクト=フィリノーゲンだ。第47代テグレクト=ウィリアムを仮にも継承している。」

 

「フィリノーゲンさん、すこし話し合いはできませんか?」

 

「…いいだろう。話し合いの余地があるだけありがたい。」

 

 そして僕はフィリノーゲンさんにアムちゃんとの決闘のいきさつ。王立召喚術師学校入学に至るまでの経緯、現在記憶の一部が消えており、精神年齢と肉体年齢が同期したこと。消えた記憶はすぐに戻すと危険なため様子観察中であることも一緒に説明した。

 

「そうか…、やはり弟は敗れたのか。兄弟揃って決闘に敗れたわけか。曾祖父に申し訳が立たないな。」

 

「え?」

 

 フィリノーゲンさんの一言に違和感を覚えた。弟?アムちゃんが?あのアムちゃんだよね?

 

「あの…アムちゃんって本名は?あと弟って…。」

 

「テグレクト=ウィリアム・ジュニア 生まれもって異常な才能に恵まれていてな。次期継承がほぼ決まっていた、言葉を覚えると同時に召喚の呪文を覚えるほどだったからな。」

 

「弟って…。」

 

「弟は弟だ。それがどうした?」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

マリーが間を割るように笑い出した。

 

「いえ…なんでもないです。僕の意見を言っても良いですか?」

 

「…なんだ。」

 

「アムちゃん…今記憶喪失になってるジュニアさんに予定通り47代目を継承させることは可能ですか?」

 

「曾祖父より私が承ったが、緊急事態だと言っていた。本来受け継ぐべき弟が受け継ぐならそのほうが良いだろう。」

 

「なら記憶が戻るまで学校で過ごして、記憶が戻ったら正式にここにまた訪れて継承の儀式をするのはどうでしょう?僕たちも、いえ僕はテグレクト=ウィリアム様に憧れて召喚術師の道に進んだ者です。敵対した関係でいるのは嫌なんです。弟さんの記憶が戻るまで学校で一緒に学ばせて下さい。」

 

「式の八咫烏を通じて君たちを見た。」

 

「…はい。」

 

「弟は兄である僕が見たこと無いくらい楽しげだったよ。楽しい事なんてなにも知らず。ただ魔物を調伏し続けていた弟とは思えないくらいにね。僕も負けた身だ、弟の帰還を待つ。」

 

 そしてフィリノーゲンさんはハルシオン以外の召喚獣を全て還付した。マリー曰く、波長を狂わせる呪いは一度かけたら解くことができないらしく、フィリノーゲンさんもハルシオンに依存した生活になることを承知でそのままでいいと言った。

 

 フィリノーゲンさんはあくまで僕とマリーのすさまじさを讃えてくれて握手までしてくれた。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 僕たちは朝日が昇る時間にはテグレクト邸から学校宿舎までの馬車にゆられていた。

 

「マリー、あんな勝負でよかったのかな…。」

 

『 死ぬよりは 』

 

「なんかこう…もっと爽快に勝負する方法ってなかったかなって。でもごめんね、マリーが命を救ってくれたのに」

 

『 … 』

 

「あとさ、マリー」

 

『 ? 』

 

「アムちゃんが男だって、…いつから気づいてた?」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 マリーは本に顔を落としたまま面白そうにつぶやいた。

 

『 最初から 』

 

 

 



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3期生実習試験 

 陰湿な結末をむかえ、すっきりとしない気分で、僕とマリーは学校宿舎に戻った。扉を開くと笑顔のアムちゃんに迎えられた。

 

「おにいちゃんたちおかえり~!」

 

 まさか〝君のお兄さんと死闘をしてきたばかりだよ〟となどと言う訳にもいかず、有耶無耶に言葉を誤魔化した。そして馬車で仮眠も取れなかった僕は眠い目をこすって徹夜で授業に参加するはめになった。

 

 まもなく4期生の卒業シーズン。王立学校では騎士・魔導師・召喚術師の育成を目的としており、卒業の際には卒業記念祭典が開かれる。騎士であれば模擬試合やパレード・魔導師であれば魔導を用いた卒業アートや魔術 錬成の研究発表・召喚術師であれば召喚獣を用いた演舞などが人気だ。

 

 どれも王侯)貴族や各都市の領主様も参加する盛大な式典であり、保護者は無料で参加できるが、市民の参加にはかなり高価なチケットが求められる。丁度先輩である4期生の皆も、演舞の練習に取り組んでいるころだ。仲の良い先輩からは「卒業試験と同時にやらないといけないから来年は覚悟しろよ」と言われている。

 

 3期生も残り僅か、実技試験や学科試験で100人の元いたクラスメイトは37人にまで減って、留年し下に降りた先輩もいれて今のクラスは58人になっている。そして今日の授業は10日後から始まる21日にわたる実習試験のオリエンテーションだった。

 

「それでは、10日後から始まります、初めての実習試験について説明します。教員と実際に王宮に勤めている王国召喚術師の指導の下、王国召喚術師の仕事を肌で体験して頂きます。模擬(もぎ)ではありますが、式の手なずけ・不法侵入や反逆者、魔物の襲来・警邏・負傷者への看護治癒・王侯貴族への接遇…… 

 

 ……これら6項目を21日の日昼夜に渡って実力が試されます。先輩からも聞いているかもしれませんが、これは3期生で一番落第の出やすい試験です。安心して眠れる時間は21日間皆無と思って下さい、常に我々教員や指導者が目を光らせています。」

 

 生徒一同に緊張が走る。滅びの龍を召喚した天才児マレイン=ヒューマピットだけが、余裕そうに落第して3期に降りてきた先輩達を一瞥し鼻で笑っている。僕も今までの試験をギリギリで合格し続けてきた身だ、3期をまたやり直しなんて考えたくもない。…そもそも召喚獣の躾けって時点でマリーを躾けられる自信がない!

 

「それでは、実習のペアを決めますのでクジを引いて下さい。21日間の相棒となりますので心して引くように。」

 

 マレインとだけはペアになりませんように!そう願いながら僕は箱に入れられたクジを引いた。

 

「あ、シオン君私と一緒だね。21日間よろしく!」

 

 僕がペアになったのは風の妖精を式とするレイチドという女の子だった。

 

「あ、はい。シオン=セレベックスです、よろしくお願いします」

 

「堅苦しいよぉ、レイチドって呼び捨てでいいからね。」

 

 レイチドさんは元3期生、つまり去年のこの実習で一度落第した先輩なのだ。

 

「21日間本当に地獄だった~、またやるのは嫌だけどしょうがないよね。でもシオン君でよかった、大きな声で言えないけどマレイン君だったら絶対喧嘩になってた!間違いなく性格悪いよあの子。それにシオン君の召喚獣学園中で噂だよ、すごい神話の世界の召喚獣生き物だって。」

 

 ちらりとレイチドさんが、机に突っ伏して盛大に眠っているマリーを見る。

 

「たまたまです。それに失礼かもしれませんが実習の色々お話し聞かせて下さい…。」

 

 

「おい!クジ引きもう一回だ!なんでこんなガキとペアを組まないといけない!!」

 

 教員に抗議の声を飛ばしているのは噂のマレインだった。

 

「クジは公平です。やり直しは出来ません。どうしても嫌と言うならば来年また引いてください。いいですか?マレイン君。」

 

 その教師の言葉に軽く舌打ちをして席へ戻っていった。

 

「え~、このひとわたしももいや~!」

 

 なんと驚くなかれ、マレインとペアになったのは、おそらくマレイン以上の天才児、伝説の系譜テグレクト一族が末裔(まつえい)、テグレクト=ウィリアム・ジュニアことアムちゃんだった。

 

 

  ◇    ◇    ◇

 

 

 3期生最後にして最難関の実習試験前夜、僕とアムちゃんは明日王都へ遠征する準備と21日間生活できる分の着替えや保清品、金銭を準備していた。アムちゃんはやたらとお菓子や関係のない本を詰め込んで、まるで遠足の気分でいるようだ。

 

 といってもまだ声変わりもしていない年でマリーの手で幼児退行させられているのだ、仕方ない。マリーは変わらず僕の机で吸血鬼の生態についての本を読んでいる。

 

「わたしマレインきらい~ぜったいいや~。おにぃちゃんとがよかった!」

 

「まぁ、クジだから仕方がないよ。…くれぐれも喧嘩したらだめだよ?」

 

 マレインとアムちゃんの本気の喧嘩、すなわち〝滅びの龍VS伝説の神獣〟など王都でおっ始めようものならば、この学園そのものが廃校してしまう恐れすらある。幾ら幼児退行しているとは言え、模擬試合の授業で千を超えるフェアリーの群れや神鳥ガルーダ、はては古代の自律駆動兵器ジェノサイダーにスティンガーまで召喚しているのだ。

 

 滅びの龍など霞むほどのアムちゃんの能力に、マレインは大分嫉妬を募らせている様で、先行きがかなり不安である。

 

 実習の21日間は指導者の王宮召喚術師に付き添い、仕事を共に行う。その中で一挙一足動がみられ、突発的に模擬的な襲撃への対応試験や、負傷者への治癒看護などの試験が行われるらしい。常にペアとなった生徒と行動し、チームワークも採点基準となる。

 

 …マレインとアムちゃんは本当に大丈夫なのだろうか。

 

 そういえば、マリーを〝式〟として扱う学校行事は、この実習が初になる。マリーは僕の中で既に召喚獣や〝式〟というカテゴリーに入っていない。かといってどこに入っているか?なんて聞かれても反応に困る。マリーはマリー。テグレクト邸で本人が言っていたことではないが、僕も同じ考えだ。

 

「マリー、実習大変みたいだから頑張ろうね。」

 

『 死にはしない 安心 』

 

 マリーのそっけない本を読みながらの返答に、おもわず苦笑してしまう。確かにマリーと会ってから生き死にの狭間を漂い過ぎた…、その殺そうとした張本人が目の前で僕をお兄ちゃんと呼び、同じ実習に参加しているのも不思議だが。

 

「模擬試験だから変な幻術や呪いみたいなことしたらダメだよ。」

 

『 場合 に よる 』

 

「あとさ…。」

 

『 ……? 』

 

「ペアの子がレイチドって女の子だからいつもみたいに抱きかかえたり、胸に埋めたりは…恥ずかしいからやめてね。」

 

『 ……ぷっ 』

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

マリーは笑って僕の提案への返答をしなかった。

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇

 

 

 記憶が溶け辻褄を失う………。僕の耳朶を打つ声は怨嗟と恐怖に満ち、そして正気を失った者独特の怒声。

 

「おのれ!姿を現せええええ現現現ええええええええええええ」

 

「王都の騎士として!ここっこここここっここ王都都王都都都都っ都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都」

 

「東の残党か!召喚かあああ東東東東東東東東東東東東東東東じゃなあああああになもにもんにものだ」

 

 僕はマリーの胸に抱擁され前は見えない、しかし目は隠されようと耳から伝わるのは兵士達の怒号、パチパチと燃える炎、崩れ落ちる崩壊の音……すべてが異常なものだった。思わずその様子を見ようと後ろに目を向けようとするとマリーに強く抱擁され止められた。

 

『 あなた が 壊れる 』

 

 何が起こったのだろう。最後に見た物はなんだったか、僕は辻褄を失い混迷する頭で必死に思い返していた。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 馬車にゆられること5時間、3期生58人は実習先である王都王宮へと通され、召喚術師の鍛錬場へ案内された。

 

「では、シオン=セレベックス。レイチド=キャンドネスト。前へ」

 

「「はい!!」」

 

「あなた達の式を説明しなさい。」

 

「私の式は 風の精霊 名前をレシーと言います。」

 

「僕の式は 名前はマリー えっと… 幻術とかが得意… みたいです。」

 

 僕とレイチドは、指導者である宮廷召喚術師の前で、自己紹介兼式の説明を求められた。指導者は女性で王国の象徴、繁栄の神と精霊の勲章を佩用する制服の上から赤い縁取りの着いた黒いローブを羽織り、凛々しい顔つきをした目力の強い人であった。僕とレイチドはその目力に既に精神をやられそうになっている。

 

「シオンさん、自分の式たるもの〝みたい〟などと曖昧な言葉は慎むように。それではこれから21日間あなたたちの指導を承ります。パラプラ申します。今後王国を担う召喚術師として相応しく無いと判断した場合、合格は出しませんのであしからず。」

 

うふふふふふふふふふふふふふふ

 

 マリー!空気読んで、笑うな!

 

 パラプラさんは、マリーの不気味な笑い声に顔をしかめつつ、お叱りの言葉は出なかった。

 

「では初日はオリエンテーションも兼ねて、王都における警邏、そして王宮召喚術師の大まかな役割について同時に説明をします。2人とも、まず馬車へ。」

 

「「はい!」」

 

 パラプラさんと周る王都は僕の故郷や学園のある田舎と違い、とても発展した絢爛豪華なものだった。すべてのスケールが僕のいた村と比べものにならないのは当然として、覚えのある栄えた町と比べても一回り二回りも違っていた。

 

「授業で習ったとは思いますが、召喚術師は元は錬金術師・陰陽師とよばれる有魔力者から派生した職となります。当時はまだ魔力が今ほど一般的でなく、古帝国の衰退・崩壊からおこった戦乱の時代に魔導師と召喚術師に分岐したと言われております。

 

 ……ではシオンさん、王宮魔導師と召喚術師の役割の違いはなんですか?」

 

 突然の質問攻撃である。

 

「はい、王宮魔導師は魔導を用いた研究の他魔導による治癒・護衛により王都の発展に寄与する役割を持ち。召喚術師は式の使役によって負傷者の治癒から反逆者や犯罪者の取締・そして未知なる魔物の生態研究を主として活動するものです。」

 

「60点です。我々は召喚という専門技術により遠方から神界までを含むあらゆる世界へと通じることが可能です。その力で未知の厄災に対し、対応を任せられることもあります。」

 

「はい…。」とりあえずは乗り切れたようだ。

 

 そしてたびたび質問攻撃を受けながらも馬車は王都を一回りして、再び王宮に戻った。

 

「では、本日は門番の役割を私と共に行っていただきます。くれぐれも油断しないように!」

 

 どうやら話しには聞いていたが眠る時間はないようだ。一日目にして既に疲れた…、あと20日も続くのかと思うと心が折れそうになる。

 

 夜も深くなり、眠気がピークに達している。というかレイチドさんは何度か眠り掛け僕が起こしている状態だ。マリーは… ベール越しで顔が見えないことを良いことにぐっすりと寝ているようだ。

 

「あら、学生さん。お疲れ様です。大変ですね♪」

 

 そう声を掛けてきたのは黒髪にメイド服という可愛らしい少女であった。

 

「はい、ありがとうございます。」

 

「ふふふ、私もここに来たばかりですので毎日大変ですが、頑張って下さいね!」

 

そう言って、ウインクをして去っていった。少し癒しがあるだけで嬉しいものだ。

 

『 不穏 』

 

「うぉあ!」 

 

 いつのまにかマリーが起きていて僕に不吉なことを話す。

 

『 あの女 危険 なにもの 』

 

 マリーが何時に無く真面目だ。こういう時のマリーの感は侮(あなど)れない。

 

「すみません。パラプラさん、さっきのメイドさんっていつ頃来たのですか?」

 

「ん?ああ、彼女か。60日前はだったろうか?よく働いてくれる。たしか…ヨウコとかいったかな?」

 

『 … 』

 

 マリーは何を考えているのかわからない。ただマリーの沈黙が、僕には不吉に思えて仕方がなかった。

 

 朝日が登り始め、初日の実習は問題なく終了しそうであった。門番と言っても夜中に王宮を襲う賊も現れず。来客もない。とにかく眠らせず、体力の限界を見定めている様だった。

 

「お疲れ様です。それでは2日目の実習に入ります。」

 

 パラプラさんは同じように徹夜で門番をしたとは思えない、相変わらずの目力で僕らを馬車に乗せた。

 

 マリーは昨日のメイドが気になるらしく、かなり不穏な空気を発している。…マリーがここまで気になるあのメイドは何者なのだろう。

 

「本日は、1日私の付き添いの元、警邏を行い王都の様子をレポートで提出していただきます。よく王都の様子を観察しておくように。」

 

 そういって馬車に乗り警邏が行われた。何事も有りませんようにと願ったのだが…、僕の願いは瞬時に裏切られた。

 

「ひったくりだ!!誰かあいつを捕まえろ!!」

 

 叫んでいるのは裕福な身なりをした中年男性だった。そして逃げているのはローブで身を隠した魔導師のような格好の女性だ。

 

プレパラさんは召喚の呪文を詠唱する。そしてメデューサを召喚し、賊に向けたところ。

 

「あばばばばばばばばばばばっばっばっばあばっばばばばばばばばば……」

 

 ロープ姿の女性は痙攣を起こし倒れ込んだ。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

「んな!私の術よりも早く……。」

 

「あ、すみません多分の僕の式です。」 

 

 こんな芸当ができるのは、僕の知る限りマリーしかいない。生命の波長を狂わせる呪いなどマリー以外できるものはいないだろう。

 

「とにかく治療をしましょう!捕まえるのはそれからに。」

 

「ああ、しかし恐れ入った。学生とは思えぬ手腕だ。」

 

 プレパラさんはメデューサを還付し、癒しの精霊を召喚して盗賊の女をひとまず治療。その後お縄に付けた。

 

「おそらく魔導士の成れの果てだろう。盗賊に身を(やつ)すとは……。ひとまずシオン殿ご苦労であった。加点項目としておく。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 その後夜まで警邏を行い、その晩はレポートを書く時間に充てられた。僕はおよそ2時間ほどで終わったのだがレイチドさんは式を使った場面の記述に苦戦しているらしくアドバイスをおこなった。

 

「あら学生さん、今日は門番じゃないのね?」

 

 ヨウコというメイドが再び僕たちの元へやってきた。マリーの言葉があったばかりなので少し身構えてしまう。

 

「今日はレポート?大変ねぇ。頑張ってね。」

 

 そういって去っていく姿を見送ろうとしたとき…ヨウコは先ほどの笑顔を消し、再び僕たちに振り向いた。

 

「ねぇ、あなたの召喚獣から殺気を感じるの。どうしたのかしらぁ?」

 

 さっきまでの陽気な振る舞いとは違う、笑顔ではあるが、あきらかに敵意を含んだ、突き刺すような言葉だった。僕もレイチドさんも思わず口を(つぐ)む。

 

『 あなた 何者 ?』

 

 沈黙を破ったのはマリーだった。

 

「私はただのメイドよ?それがどうかしたのかしら?」

 

『 何を (たくら)む ? 』

 

「……あなたの式ちょっとおかしいのかしら?」

 

 ヨウコさんはそう言って頭の横で指をくるくると回した。

 

『 あなたの 本を 読んだ 3度目 』

 

「……」

 

『 白面金毛九尾の狐 戦乱と混乱と動乱を(つかさど)る……神又は悪魔に最も近い神獣 』

 

 その瞬間、僕はマリーの豊満な胸に抱き寄せられた。柔らかな感触と張り付くようなマリーの胸で前が見えない。

 

「3度目ってことは、東王国の事も察しがついてるのね。誤魔化してもしかたないかなぁ」

 

「そう、それは不覚だったわ。私平和って嫌いなの。つまんないじゃない、それだけじゃだめ?」

 

「あなたの主?ちょっとからかっただけじゃないの。」

 

 ヨウコというメイドはケタケタと笑いながらマリーと話しをしているようだ。

 

 どうやらマリーはヨウコというメイドと会話しているようだが、マリーはメイドにしか神経伝達を送っていないらしく、抱きかかえられた僕にはマリーが何を伝えているのかわからない。マリーのドレスが光を放つ。徹夜で疲れたからか、急に眠気と心地よいだるさが襲ってくる。そしてマリーはやっと僕に話しかけた。

 

『 あれ が 正体 』

 

 僕は恐る恐るマリーに抱えられながら後ろを振り向く。ヨウコと名乗った少女のいた場所には、妖艶な見たこともない衣装を着た妙齢の美女がいた。その姿はどこか艶めかしく怪しげな魅力をもっていて…頭の位置を超えるほど大きな金色の尻尾が9本生えていた。

 

『 幻術 私も 気づかなかったほど 』

 

「あら、それでお怒り?なら見逃してくれない?謝るから。」

 

『 いづれ 主に 仇なすだろう 』

 

「古帝国 東王国 あとはこの西王国さえ籠絡できれば、面白いことになりそうと思ったんだけど。なんだか面倒になっちゃったわね。私力づくって嫌いだけど…苦手じゃないのよ?」

 

 そういうとヨウコ…九尾の狐は城全体にわたるほどの、渦の様な紅蓮の炎を巻き上げた。

 

「あ、これ幻術じゃないから♪死なないでねぇ。」

 

「なんだ?…火事だ!緊急出動を!」

 

 城から一斉に騎士団、近衛魔導師、近衛召喚術師が現れる。ボヤの予兆もなく現れた突然の業火に戸惑っている様子だ。

 

「あー、鬱陶しいわぁ。」

 

ヨウコが何かを口ずさもうとすると…

 

 ポフっ

 

再びマリーは僕を抱きかかえて僕の目を塞いだ。

 

「おのれ!姿を現せええええ現現現ええええええええええええ」

 

「王都の騎士として!ここっこここここっここ王都都王都都都都っ都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都都」

 

「東の残党か!召喚かあああ東東東東東東東東東東東東東東東じゃなあああああになもにもんにものだ」

 

 幻術だ、マリーに匹敵するほどの。僕はマリーの加護で正気を保っているのだろう。だが、マリーが仕掛けた喧嘩だ。勝算はあるはず。ぼくはマリーを信じるしかなかった。

 

 

 マリーの胸の中で僕は不安…、は不思議と感じていなかったが違和感はあった。

 

 マリーは今まで身にかかる火の粉を振り払うようなことはしていたが、自分から戦いを仕掛けるのは初めてだったからだ。もしあの九尾の狐が本物ならば王国の危機であることは間違いない。しかしそれをマリーがわざわざ救う理由もない。

 

「マリー、なんだかあの魔物ヤバイよ!勝てそう?」

 

『 私だけなら 五分 五分 』

 

嘘でしょ… そんな勝算もないのに戦いに望むなんて。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

『 ここには 誰がいる ? 』

 

 マリーが僕に質問をしてきた。ここにいるのは王侯貴族・王宮の騎士・魔導師・召喚術師そして僕とレイチドさん、そして他のクラスメイト56人だ。

 

『 あのブラコンが 黙ってると思う? 』

 

 …僕はしばらく長考して

 

「アムちゃん!?」

 

 そうだ、マレインとペアを組んで今王都にはアムちゃんも一緒にきている。そして、その兄フィリノーゲンさんは現在47代テグレクト=ウィリアムを継承中の身だ。来てくれればこれほど頼もしいものはない。ただ……。

 

「でも来てくれる保証なんて…。」

 

『 ご登場 流石はブラコン お早いこと 』

 

「はい!?」

 

 そこに現れたのは青白い神鳥を引き連れた、精悍な顔つきの現テグレクト=ウィリアム継承者。青髪の青年テグレクト=フィリノーゲンさんその人であった。

 

「式を通じて弟を見ていたら、大変な事態に巻き込まれているようだったからね。ハルシオンを飛ばしてきたよ。」

 

 

「あらぁ?また邪魔者?…ってあれぇ?」

 

「賊め!何を企む!」「東王国の残党か!」「姿を現したか…、少女の姿に油断した。王に申し訳がない…。」

 

 フィリノーゲンさんの登場によって、幻術で狂気に陥っていた王宮の兵士たちが正気を取り戻した。そうだ神鳥ハルシオンは元々九尾の狐対策にフィリノーゲンさんが選んだ式だ。

 

「九尾の狐は貴様だったか。マリーよ疑って済まなかった。そして女狐、貴様の狂気は魔導によるもののようだな。残念ながらこのハルシオン、魔導による混乱・狂気を平坦させる能力を持つ。」

 

 九尾の狐は苦い顔をして、フィリノーゲンをにらみつける。炎の渦には既に王宮魔導師・召喚術師によって鎮火させられており、王宮の精鋭によって囲まれている。あとはお縄に付くだけに思えた。

 

 騎士は剣・ランスを用い九尾に挑みかかり、魔導師は炎・氷・雷・風の魔術で、召喚術師は様々な式を用いて九尾に挑む。そんな中九尾を中心として辺り一面に真っ白い霧が包み込んだ。

 

「雷!!?やめろ私は味方だぞ!」「痛!ちょっと、なにしてんのよなんで私に剣を。」「誰かジェノサイダーを止めろ!こっちに死人がでるぞ!」

 

 九尾の狐に与えたはずの攻撃がなぜか王宮の兵士たちの自滅に繋がっていた。周りにはまっ白い霧が立ち籠めている。

 

そして、攻撃をやめた頃には。

 

「な!?どこにいった…。」

 

 九尾の狐は完全に姿を消していた。…あれほどの兵士や王都の精鋭が囲む中を逃げ切った、やられた、逃げられてしまったのだ。

 

「フィリノーゲンさん!九尾は?」

 

「わからん。いや未熟ですまない。気が付けば霧に紛れて見失っていた…。」

 

 フィリノーゲンさんは誰よりも悲痛な面持ちでそう答えた。

 

 前代未聞の出来事に僕たち学生は、実習試験所では無くなっていた。まず第一発見者である僕とレイチドさんが、近衛兵士より調書をとられた。

 

 幸い死者はいなかったが、負傷者27名という惨事、それに九尾の炎によって王宮の一部が崩壊している。この事件は王都の象徴、王宮で起こったのだ。学生の実習どころでないのは当然だ、王宮魔導師が総出で王宮に幻術に対抗する魔導を展開し、近衛兵士の数も物々しいほど増えている。

 

 緊急事態のため学生を受け入れる余裕が無いということで、クラス58人は学園への帰還を余儀なくされた。補習としての追加実習は追って説明があると教員から説明された上だが見通しがまるで立たないと教師の一人がボソリと嘆いていた。

 

 帰りの馬車で僕は未だに納得できない疑問をマリーにぶつけてみた。

 

「ねぇ、あの九尾の狐…なんでマリーから戦闘を仕向けるようなことしたの?」

 

『 あなたを壊そうとした 』

 

「?」

 

 まるで検討がつかない。僕がされたのは軽い挨拶だけだ。

 

『 あなた は 知らなくてもいい 』

 

 そういってマリーは沈黙し、ハルシオンに乗せられて喜んでいるアムちゃんを一瞥した。

 

 

「それでねお兄ちゃん!私学校で一番だったんだよ!!」

 

「そうか、さすがテグレクト一族の系譜だ……。」

 

 フィリノーゲンはハルシオンの上で複雑な顔をしながら、見た目通り子供のようにはしゃぐ弟と会話していた。

 

 



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岐路

「あのムカつくマレインと離れられて清々した!やっぱおにいちゃんといるのがいい♪」

 

 王都から帰還した僕たちは、学生宿舎で自粛を余儀なくされていた。本来は実習だったため、授業をする予定もなく教師達も頭を悩ませている。そして学生宿舎に客人が一人、マリーに波長を乱す呪いをかけられハルシオンを常に召喚せざるえない状態にさせられたテグレクト=フィリノーゲン。アムちゃんの兄である。

 

「私は仮にも46代続いた召喚の奥義を継承し、ドーピングに近い形で最強に並ぶ召喚術師となっている。しかしあの女狐が逃げるときには、その気配すら感じ取れなかった。あれはただ者じゃない。」

 

 フィリノーゲンさんはアムちゃんにほっぺを抓られながら真面目な口調で語る。

 

「そういえばマリー、3度目って言ってたけど古代帝国の他に東王国の衰退にもあの狐が関係してるの?」

 

 東王国オリハルオンといえば、僕が召喚術師を目指した切っ掛け……騎士道物語では悪の王国として登場する、東西戦争の切っ掛けとなった国である。

 

『 恐らく 』

 

 マリーの言葉にみんな沈黙する。混乱と狂気を(つかさど)るマリーと違い、九尾の狐は時代そのものを混乱に(おとし)めることを目的としていた。そして残った大国。この王国が瓦解(がかい)すれば、再び戦乱の世になることは目に見えている。

 

「シオン君、突然の話しだが驚かないでよく考えて僕の質問に答えてくれ。」

 

そういったのはフィリノーゲンさんだった。

 

「は、はい。」

 

「学校を退学してくれないか?」

 

「へ?」

 

 突然過ぎる申し出に僕は混乱した。教師に言われるならまだしも、伝説の召喚術師とはいえ他人。その人にいきなり退学を勧められたのだ。

 

「君の式は、僕たちテグレクト一族でも類を見ないものだ。正体を今更探る気はない。ただ、その式を君が呼び出したことは何か理由があるはずだ。簡単に言おう。君を〝門外不出〟のテグレクト家の〝門の中〟に入れようと僕は考えている。勿論弟…ジュニアも含めてね。」

 

「……。」

 

 あまりに豪華なプレゼントをもらうと躊躇(ちゅうちょ)をしてしまう。そんな感覚が今の僕だった。召喚術師を(こころざ)した切っ掛けである伝説の召喚術師、その元で修行をおこなわせてくれるというのだ。答えは決まっている。

 

「是非、お願いします!」

 

うふふふふふふふふふふふふふ

 

    ◇    ◇   ◇

 

 僕は退学はせず、休学という形をとりテグレクト邸でお世話になることになった。伝説の系譜の修行、どんなものかはとても想像できない。マリーは特に緊張もなく、執事に紅茶とケーキを遠慮なく頼んでいる。これから修行が始まる。そう決意を新たにしたとき…

 

 部屋に異様な殺気が漂った。そしてその殺気の主は、すぐにわかった。

 

「ここは!? 私はどこに? 」

 

 そう半ば叫んだのはアムちゃん……いやアムちゃんではない、赤の大地で見た殺気立った少女のような少年だ。

 

「調伏は失敗か!?だが!」

 

 瞬間ケーキを食べていたマリーの銀髪が逆立つ。そして……

 

ドサッ

 

 なにか呪文を詠唱しようとしていたアムちゃんは、その前にそのまま眠ってしまった。

 

「マ、マリー? いまのは?」

 

『 アムちゃん 』

 

「そうじゃなくて、なんか前に戻ってるようだけど……。」

 

『 いずれこうなる と 思ってた 』

 

 僕の中に 疑問符 がいっぱいに浮かぶ。

 

『 解離性同一体 目が覚めれば 子供に戻る 』

 

「ごめん、マリーわかりやすく説明して!?」

 

『 二重人格 』

 

テグレクト邸での修行は、予想以上に波乱に満ちていそうな予感がした。

 

◇  ◇  ◇

 

「では、シオン=セレベックス君。これから君に〝門外不出〟である、テグレクト一族の修行を行ってもらう。仮にも王立の3期生だ、素質がないとは思わない。ただ、テグレクトの一族でも挫折することの多い修行であることを承知してほしい。」

 

〝魔物の力に溺れるべからず。召喚術師にとって召喚獣は騎士にとっての剣、魔導師にとっての魔力である。五体のごとく飼い慣らす主となるべし〟

 

 そう書かれた鍛錬場の前で、僕とマリーはフィリノーゲンさんの言葉を聞いていた。

 

 

「シオン君、きみはマリー…さんを召喚したときどうやった?」

 

「召喚門を描き、術をかけました。」

 

「教科書通りだな…、僕たちはきみと対峙したとき見たようにわざわざ紋章は描かない。このように。」

 

 フィリノーゲンさんは手のひらを軽く上にかかげ鴉天狗を召喚してみせ、瞬時に還付した。

 

「全身を魔力で覆って、魔物のいる地域や異世界と通じる。そして召喚をおこなうんだ。格好がつくから手でやってるだけさ、本当は足でも肘でもいい。これが調伏していない魔物を召喚するテグレクト家の技術だ。」

 

 あまりのレベルの違いに感嘆の声しかでない。自分がここまでの高みへいけるなんて想像がつかない。

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 そんな僕の気持ちを察したのか、マリーは僕を見て笑う。ここはすこし拗ねてみるべきなのだろうか。

 

「すぐには出来っこないさ。僕だってできたのは3年前の16才の時、修行を初めて5年後だ。弟は5歳の時に3ヶ月でやってのけたけどね。まずは魔力を高め、紋章に頼らず世界と通じることだ。といっても実際に行うのはかなり難しい。」

 

 僕はフィリノーゲンさんのマネをしようと、魔力を全身に集中させてみた。高まる魔力を押さえるのが精一杯で、とても召喚どころじゃない。魔力が暴走しクラクラする。いけない、倒れる。

 

 

 

 ……倒れそうになった僕を支えたのは、柔らかい手だった。そしてその手に引き寄せられ抱きしめられる。

 

『 あなた は 主 』

 

 マリーの声がする。…声?僕は目をつぶっている。いつもの可憐で美しいどこか安らぐ魔性の声だ

 

 

『 私 は 私 』

 

 

『 あなた は 私 』

 

 

『 私 は マリー 』

 

 全身が羽毛で包まれたような安らぎに包まれる。魔力の強ばりがほぐれていく、雲の上で寝ているようなそんな感覚。神経が液体のように溶けて、グルグルとしていた視界が正気を取り戻す。体の足指先まで自分の思うがままに動ける感覚。謎の万能感と頭の冴え渡り、マリーの胸にうもれた時の何倍もの安心感。…僕は瞳をあけた。

 

 

 「あれ、マリー?」

 

 目の前にマリーはいなかった。倒れかけた僕を救ってくれたのがマリーだとばかり思っていた僕は、少し不安を覚える。目の前ではフィリノーゲンさんが比喩でなく、開いた口がふさがらない状態で立ちすくんでいた。

 

憑依(ひょうい)……。」

 

「はい?」

 

「君は、マリーさんを憑依したんだ。文字通り魔物と一心同体となって、術者が魔物の力を自分の力として使う技術だ。僕が今教えた召喚技術を一足…いや6足くらい飛ばした高等技術だ、僕でも天狗や鎧武者といった下級から中級での魔物でしかできない。」

 

〝〝うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ〟〟

 

「うわっ!」

 

マリーの不気味な笑い声が脳内に響き渡る。

 

『 やって みて 』

 

「はい?」

 

『 召喚 さっきの 』

 

「あ、うん」

 

 見る目を変えたフィリノーゲンさんの目の前で、僕は全身に魔力を集中させる。さっきと違い暴走することはなかった。全身に僕と、おそらくマリーの膨大な魔力を宿しす。見えた物は荒廃した土色の大地、そこにフードをかぶった魔物が見える。視界で迫るようにそのフードの魔物を捉え、手のひらに召喚するイメージを持つ。

 

すると…

 

ォォオオォォォォオォオォォォォォォォォォオォオォォオォォォォォォォォオオ

 

「「死神!?」」 

 

おもわず僕とフィリノーゲンさんの声がハモった。

 

 錆びた大鎌を持ち、土色のフードをかぶった黒い瘴気の塊があらわれた。よく死神として召喚術師がつかうドクロ姿のまがい物じゃない、本物の死を司る神だ。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 マリーだけが僕の脳内で、可憐で不気味に笑っていた。

 

◇  ◇  ◇

 

ォォオオォォォォオォオォォォォォォォォォオォオォォオォォォォォォォォオオ

 

 

 錆びた大鎌を持ち土色のフードをかぶった黒い瘴気の塊、本物の死を司る神。純正品の死神

 

 召喚術師が〝死神〟として召喚するモンスターは大抵は骸骨のモンスター、スケルトンに気絶スタンや痺れ・高位のものでも即死の魔術を付加させたまがいものである。しかし目の前にいる死神はそんなものではない、むせかえるほどの瘴気が部屋に漂い、死の臭いと不安の臭いが入り交じって吐き気を催す。

 

「まさかいきなり死神をよびだすとは…。やはり君とマリーさんのペアは鉄板と言っていい。では次は召喚した魔物を操る術だ。君はマリーさんしか式したことがないようだから説明しておこう。調伏でも1から錬成した魔物でもない召喚によって呼び出された魔物は操るには、すこしコツがいる。既に上下関係、主と式という関係は成立しているのだが… シオン君!?どうした!大丈夫か??」

 

 

 僕はフィリノーゲンさんの説明の半分も頭に入っていなかった。震えが止まらなく。冷や汗が滝の様に出て体が寒い。

 

そして直後、全身に生爪を剥がされた様な異常な痛みが僕を襲った。

 

「ウアアアアァァァアァアアァァァアッァァァァァァァッァァアッァアッァアアアァアア!!!!」

 

 

「乖離したのか…、いきなりマリーさんほどの強力な式を憑依したのだ。当然と言えば当然だが。」

 

 僕は痛みによる荒い呼吸を整え、死神の瘴気にムセながらも僕から解離したマリーを見つめた。

 

「マリー、ありがとう。なんか…すごいことができたみたい!」

 

 嘘偽りのない本音だ。

 

『 わたしも 』

 

「?」

 

『 あなたと一緒になることで 魔力を得た 』

 

 そうだ、マリーには魔力がない。おそらく死神を呼ぶときに暴走しなかったのは、僕の魔力をマリーが調整して増大させたからだ。

 

『 そんなことより 一大事 』

 

 マリーがはたまた不吉なことを言い始める。

 

 土色のフードを被った死神が、ゆらゆらとフィリノーゲンさんに近づいていった。

 

「ちょっと!こら、あれ?」

 

『 式の契約 は 解かれた あれは既に ただの遊歩する死神 』

 

 そうだ、純正の死神を式にするなんてことができたのは僕がマリーを憑依したからだ。その憑依が解ければ、当然死神を縛っていた鎖はほどける。

 

 目の前のフィリノーゲンさんは神鳥ハルシオンのほかに達人武者、アンデットドラゴンを召喚していた

 

「ハルシオンを携えながら本物の死神相手は少しきつい、時間は稼げる。なんとかしてくれ!」

 

 

「マリー!僕たちの責任だ、早く倒そう!」

 

『 … 』

 

マリーは無言のままだった。そして解離したままでマリーと手をつないでいた僕はいままでで一番恐ろしい体験をした。

 

マリーが手に汗をかいていた。仮面に隠れて顔は見えないが、雰囲気が重い。

 

「マリー?もしかして…絶体絶命?」

 

『 あの死神 生命力がない 瘴気の塊 私の術は あまり通じない 』 

 

 「うぐ…!」

 

 フィリノーゲンさんは死神の錆びた鎌を肩から袈裟切りにくらい、そのまま地面に突っ伏した。直後アンデットドラゴンがブレスで死神を吹き飛ばし、致命傷はさけられた…ようにみえた。

 

 袈裟切りにされたはずのフィリノーゲンさんの体には傷はない。だが、まったく起き上がる様子がない。

 

「フィリノーゲンさん!?」

 

「ああ、生きてる。ただ左手と首以外、体が言うことを聞いてくれない。おそらく切られた場所の神経が死んだのだろう。心臓にくらえば即死だ。」

 

 アンデットドラゴンは、死神を相手に何度か即死の一撃を食らうも再び復活してなんとか時間を稼いでいる。だが僕になにができる?マリーの術も通じない、テグレクト=ウィリアムの継承者ですら時間を稼ぐのが精一杯。このままでは全員死神の餌食となってしまう。

 

 直後、マリーが笑い始めた。こういう時のマリーの笑いは頼りになることを経験上知っている。

 

「マリー!なんとかなりそうなの?」

 

『 奥 の 手 』

 

 するとマリーは指をパチンと鳴らした。…何もおこらないように見えたが。

 

 

「兄上になにをする!!!」

 

 そんな叫び声と共に飛んできたのは、弾丸のように飛ぶ殺人跳鳥の軍勢と純銀の剣を携えたエルフ4人、そして瘴気を食らうと言われる白い猫又だった。

 

これほどの同時召喚、この場で出来る人間といえば一人しかいない。

 

 死神の前に勇ましく佇んでいたのはアムちゃんであって、アムちゃんでなかった。顔つきは精悍になっており、女の子の様な見た目に似合わぬ殺気を含んだ目をもつ。11歳のスーパールーキー、召喚術の申し子、テグレクト一族でも類を見ない天才児テグレクト=ウィリアム・ジュニアだった。

 

「兄上、また不覚ですか。本当に使えない無能な兄上だ。」

 

「ああ、すまないな」

 

「あの死神の調伏、兄上がやります?」

 

「いや、いまの僕に選択肢はないだろう。はやく片づけてくれ。」

 

「兄上は本当にセンスがない。瘴気の神に瘴気の魔物を合わせてどうするんです。そんなだから私に47代目の継承がまわってきてしまうのですよ。」

 

「いや、お前は天才だ。なにも悔しさはないさ。」

 

「ふふぅん、まぁ私が天才なのは認めるけどね」

 

 そういってジュニアは、ニヒヒと笑って見せた。あの笑い方、幼児退行してるからじゃなくて癖なんだな。などと、どうでもいいことを僕は考えていた。

 

 そしてアムちゃん…テグレクト=ウィリアム・ジュニアは、殺人跳鳥の大砲のような弾幕を縫って、猫又に瘴気を食べさせつつ、エルフの銀の剣で死神の瘴気をすこしづつ削っていく。死神も鎌を振るうが殺人跳鳥が倒れるだけで肝心の猫又やエルフには届かない。そして

 

「はぁ!」

 

 アムちゃんのかけ声と共に、死神のに赤い大きな紋章が入る。赤の紋章は徐々に魔導陣の形を成していき、死神はアムちゃんの魔力へと吸収されていったのだが…

 

「惜しい!ちくしょー!本物の死神の調伏なんて滅多にできないのにぃ!」

 

 死神は自分の劣勢を察したのか、姿を消してしまった。アムちゃんは地団駄を踏む。…癒しの女神の息吹によって、死んだ神経を回復させたフィリノーゲンさんがほっとため息をつく。ひとまずは、絶体絶命回避といった所だろう。

 

「で?」

 

アムちゃんの殺気を含んだ目が、僕とマリーに向かう。

 

「あんた達、兄上を助けようとしてたわね。なんの役にも立たなかったけど。何が目的?そして私を赤の大地で倒したあとどうしたの?」

 

 当然の質問である。

 

 僕は大まかに、マリーの手で記憶を消して幼児退行の呪いをかけられたこと。フィリノーゲンさんは47代テグレクト=ウィリアムを継承していること。

 

 ぼくの憧れであり二人の曾祖父は、継承の儀が終わると共に命終したこと。フィリノーゲンさんも、ハルシオンという波風を安定させる神鳥を召喚しつづけなければならない呪いを受けたこと。そして、王宮での九尾の狐騒動と、その後テグレクト家での修行を行わせてもらっていること。それらを簡単に説明した。

 

 

「兄弟揃ってあんたに負けたってわけね。でも記憶は戻ってるし、前と変わってる気はしないわ。」

 

「あの、それなんだけど…」

 

ぼくは非常に言いにくいことを、アムちゃんに伝えた

 

「2重人格?」

 

「マリーは解離性同一体とかいってたけど、その解釈であってるとおもう。寝て起きたらまた子供に戻ってしまう…みたい」

 

 アムちゃんは眉間にシワを寄せて何か言おうとしたが、そのまま不機嫌そうに床に座り込んだ。

 

そんなお堅い空気を崩したのはフィリノーゲンさんだった。

 

「ジュニア、曾祖父からの遺言を伝える」

 

「ひいおじいちゃんから?なに?」

 

「僕が47代テグレクト=ウィリアムになったのは、お前がいなかったための緊急事態だったからだ。もしお前がその気なら、これからでも継承の儀に移りたい。」

 

「兄上より更に強くなるのにいいのぉ?」

 

「かまわないさ、お前は僕のかわいい弟だ。その弟が更なる高みへ行こうとしているんだ。止める兄はいない。」

 

「わかった。元々私の予定だったし、あのマリーを私のものにするくらい強くなるから。」

 

そうして、継承の儀が始まった

 

 

             ◇   ◇   ◇

 

 継承の儀は流石にぼくらには見せられないということで、食堂でお茶を飲みながらマリーとくつろいでいた。

 

「ねぇマリー、あの〝憑依〟っていつでもできるものなの?」

 

『 時間はかかる できても 短時間 』

 

 そうだ、僕は魔力の暴走をマリーに支えられてやっとできたんだ。それも死神を召喚してから数分もしないうちに憑依は解けてしまった。

 

「じゃあ修行がいるなぁ。そうだ、それににしても、マリーにも勝てないモンスター…まぁあれは神だけど、いるんだね。マリーの能力なんて、めちゃくちゃで敵無しと思ってたよ」

 

『 そうでもない 欠点は ある 』

 

『 でも 』

 

『 あなたとなら 』

 

そういってマリーは紅茶を口にして安堵のため息をついた。



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マリーとデート 狂気のルーレット

 テグレクト邸はカリフという街の近くにある。統一王国5大都市に数えられ〝魔導と召喚術の街〟の異名をもつ、王国屈指の栄えた街だ。

 

 

 テグレクト一族の修行には安息日というものが設定されている。過酷な修行を休みなく続けることは、心身を破壊してしまう。そのため6日に一度はなにもせずに5日間の疲労を取り除き次の修行へ移るという目的で設定されているとのことだ。

 

 丁度安息日であった僕たちは、カリフの街を見て回ることにした。マリーも乗り気の様子で、雪のような銀髪に、宝石をあしらった髪飾りをつけている。……マリーにもお洒落心なんてあったんだ。などという失礼な発言は飲み込んだ。

 

 

「でもマリー、やっぱりその姿の方が綺麗だよ、かわいい。」

 

 

 うふふふふふふふ

 

 

『 デートだもの 』

 

 

 マリーはそんなことを言って、僕を赤面させた。たしかに僕は女性と町を二人きりで歩くなんて初めてだ。初デートの相手がマリー……なんだか悪い気はしなかった。

 

 

 そもそもカリフが召喚術と魔導に盛んなのは、1000年の歴史を持つテグレクト邸の城下である影響が大きい。また四英雄の一人にして東西戦争終結後、謎の失踪を遂げた伝説の魔導師イリー=コロンが終の住として魔導の研究に勤しんでいた……。

 

 なんていう噂ともつかない都市伝説まである。そのため王立学園の卒業生達が、カリフの街で働きながら魔導や召喚術の研磨や研究を行うことも珍しくない。

 

 

 街は召喚術師と魔導士の町ならではの店であふれていた。

 

 

【ゴーレムによる建築・解体業務承ります】

 

 

【業界一、精霊を利用した清掃業務。顧客満足度年間1位!】

 

 

【日中夜警備万全。式にて、夜盗・泥棒を瞬時に察知!】

 

 

 

 などなど様々な看板が掲げられている。

 

 

 僕とマリーはひとしきりウインドウショッピングを楽しんだ。学校を停学してから親からの仕送りが止められている僕にとって、買い物は慎重にしなければならない事項。テグレクト邸の名前で私物を買うのは流石に気が引ける。

 

 

 そんな中、マリーが有る場所で立ち止まった。

 

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 

 そして突然いつもの不気味で可憐な笑い声をあげはじめた。

 

 

 

『 私の好きな 気配がする 』

 

 

 

 そう僕に伝えマリーが指さした先は〝カジノ〟であり、僕は思わず眉をひそめる。

 

 

「無理だよマリー、今の手持ちだとギャンブルなんてできないし、マリーの精神操作でお金増やすのは泥棒みたいなものだし。」

 

 

『 見るだけ みせて 』

 

 

 一度興味を持ったマリーを止められる者はこの世にいないのではないか。そのことを知っている僕はしぶしぶカジノの中へ入っていった。

 

 

 カジノの中は魔導士であふれていた。そして僕でも知っているルーレットやコイントス、カップ&ボールなどのありふれたギャンブルが行われており、ディーラーも含めた魔導士は魔力を使い、本来偶然の輸贏(ゆえい)であるはずの結果を魔力でねじ曲げあっていた。

 

 

 ここはタダのカジノではない、魔導師がお金を賭けて自分の魔力を競い合っている場所だ。言ってみれば拳闘場の魔導師バージョンなのだろう。

 

 

 マリーはいつの間にか僕の財布から抜き取った銀貨一枚を握りしめてルーレットへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 召喚術と魔導の街、カリフの一角に構えられたカジノ。半数以上の客が魔導師でルーレットやコイントス、カップ&ボールといった比較的単純なギャンブルがおこなわれている。そこで行われているギャンブルは偶然に支配された賭けではなく、魔導師が自分の魔力を使い、本来偶然であるはずの結果をねじ曲げお金を掛け合う、いわば拳闘場の魔導師バージョンのような場所だった。

 

 

 ほかの魔導師でない客もそれを理解しているらしく、ディーラーを含めた有力な魔導師のどの人物が勝つかを賭けの対象としている。

 

 

 ルーレットの上で転がるボールは本来曲線に回るはずの軌道がぐにゃぐにゃと曲がり挙げ句宙を舞い再び盤面に落ち、再び盤面を踊るように廻り始め、ついにポケットへ落ちていった。

 

 

 

「24の黒です。結果はディーラーの総取りとなります。失礼致しました。」

 

 

 青髪の若い魔導師が勤めるディーラーは客たちに爽やかな笑みを浮かべ結果を伝え、客の賭けていたチップを回収していった。少なくとも爪の先に火を灯す魔導しか使えない僕にはどうしょうもできない世界であることだけはわかった。

 

 

 僕からいつのまにか銀貨一枚を拝借したマリーはその銀貨をチップに変え、青髪の若い魔導師のいるルーレットへ向かっていった。

 

 

「マリー!今の見てたでしょ?マリーも魔導は使えないんだし、幻覚で結果を変えても後でバレるよ。そうなったら牢獄行きなんだよ!」

 

 

 カジノは大抵、結果が記録されるようにプログラムされており、マリーが幻覚によって〝6の黒〟を〝7の赤〟へ見えるよう幻覚をかけても最終チェックで不正がばれてしまう。カジノのルールにも「掛けられる魔導は盤面を廻る球体のみ」と明記されている。

 

 

 

 マリーが幻覚で結果を変えるのは、拳闘場で対戦相手の花道へ事前に落とし穴を掘るような行為だ。そしてマリーは無機物である銀の球体にまで狂気の呪いはかけられない。

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 

『 では 楽しみましょう 』

 

 

 

 マリーは僕の心配をよそにルーレットの席へと座った。

 

 

「ご新規様ですね。ご来店ありがとうござます。お名前とご年齢をお願いします。」

 

 

『 マリー  24 』

 

 

「畏まりました。ルールは既にご説明を受けておりますね?ではゲームを始めさせていただきます。皆様こちらのご婦人マリー様はご新規のお客様です。皆様よろしくおねがいします。」

 

 

 

 青髪のディーラーはそう慣れた口上を述べ、賭けを開始した。……というかマリーの年齢は絶対嘘なのだろうなぁ。

 

 

『 黒 』

 

 

 そしてマリーは銀貨一枚分相当の青いチップを黒に賭けた。……そのとき僕はマリーの銀髪が軽く逆立ち、ディーラーの男に何らかの呪いをかけたのを見逃さなかった。

 

 

 そして赤と黒のポケットのついた盤面にボールが投げ込まれた。テーブルに椅子は6つ内魔導師は3人、ディーラーを含め4人の魔導師によって銀球は不規則な軌道を描いて盤面を動き回る。そして、各自の魔力が拮抗し合い最終的にポケットへ落ちていった。

 

 

「24の黒です。マリー様2倍付け。アデラ様は3倍付けとなります。おめでとうございます。」

 

 

 僕は胸をなで下ろした、どうやらマリーが掛けた術は幻覚などではないようだった。だが、なにをどうやったのか……。マリーの主たる僕にもさっぱりわからなかった

 

 

 

『 黒 』

 

 

 

 次のゲーム、マリーはチップ2枚。すなわち先ほどの勝ちの全額を再び賭けた。

 

 

 そして再び盤面で銀球が踊り始める。しかし、一つ変化があった。なにかを感じ取ったのだろう、テーブルにいた客の3人の魔術師が魔力を止めた。銀球はいままでと違い綺麗な曲線を描いてポケットに落ちていく。

 

 

 

「…24の黒です。 マリー様・ジーノ様2倍付けです。おめでとうございます。」

 

 

 3度連続で24の黒にボールが落ちたのだ、魔力の勝負であるから確率など当てにならないだろうが、異常なことであることだけはわかる。

 

 

『 黒 』

 

 

 マリーは4枚のチップを黒にかけた。他の客は探るように少額を24にかけていた。

 

 

 再び盤面で銀球が踊る。

 

 

「……24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様36倍付けです。おめでとうございます。」

 

 

 

 

 

「………24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様・タナド様36倍付けです。おめでとうございます。」

 

 

 

 

 

「………24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様・タナド様36倍付けです。おめでとうございます。

 

 

 

 

 

「…………24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様・タナド様36倍付けです。おめでとうございます。

 

 

 

 

 

「……………24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様・タナド様36倍付けです。おめでとうございます。

 

 

 

 

 

「……………に、24の黒です。 マリー様2倍付け、アデラ様・ジーノ様・ミラン様・ユキ様・タナド様36倍付けです。おめでとうございます。

 

 

 

 その後もマリーの座るルーレットの卓は異常さを極めていった。結果マリーが坐る前を合わせると13連続で〝24の黒〟のポケットに銀球が落ちたのだ。

 

 マリーのチップは2048枚になっている。そして他の客もかつて無いほどの大勝をしており一度支配人のチェックもあったが異常はないとのことだった。そして次のゲーム。すでに青髪のディーラーは涙目で手元が震えている。

 

 

『 赤 』

 

 

 12連続黒に賭け続けていたマリーはチップを2枚残し2046枚を赤に賭けた。他の客もマリーの異常性に気がついたのだろう。皆24に賭けるのをやめマリーに便乗しほぼ全額を赤にかけた。テーブルが高額のチップの山で埋め尽くされている。

 

 

 そして盤面で銀球が踊りはじめる。

 

 

 みんな魔術を使うことなく銀球を目で追いかける。綺麗な曲線を描きながら徐々に惰性を失ったボールはポケットに落ち、ディーラーは結果を震えながら伝える。

 

 

 

 

「…………に、24の黒です。結果はディーラーの総取りとなります。大変失礼致しました。」

 

 

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 

 客の皆は呆然としていた。そんな客を尻目にマリーは笑いながら僕の元へもどってきた。

 

 

 

『  チップ 一枚 勝った 』

 

 

 

 チップを銀貨2枚に換金し、僕はマリーが勝った銀貨一枚分で喫茶店に入った。マリーは早速置いてある本を読み優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 

 

「ねぇマリー、種明かししてよ。」

 

 

 

『 ? 』

 

 

 

「さすがにマリーが座ってから13連続も24の黒にボールが入るなんてあり得ないし、マリーが何らかの呪いを掛けたことくらいは僕でもわかったよ。」

 

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 

『 強迫性観念 及び 不安性侵入思考 』

 

 

 

「マリー…、毎回だけどわかりやすく説明してほしいな。」

 

 

 

『 あの中で 一番魔力が 強いのは 青髪 』

 

 

 

「それは僕もなんとなく気がついてた。一人ずば抜けてたね。」

 

 

 

『 彼に 自分の意思に反して 同じ行動を取らねば という 術をかけた 』

 

 

 

「つまり、マリーが座る前に賭けてた 24の黒 にボールを入れる魔術を〝繰り返さないといけない!〟って思い込んじゃうってこと?」

 

 

 

『 簡単に言えば こだわりや癖 抗えない とても強力な 』

 

 

 

「でも、最後は結局マリーが来る前くらいにチップが戻ったね。なんだか泥棒してるみたいで気がきじゃなかったからよかったよ。」

 

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 

『 楽しかった 』

 

 

 

 マリーはそう言って、ギャンブルによって領地も財産も家族も失った貴族の物語をクッキーを食べながら読んでいた。



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初めての〝冒険〟①

※  ※  ※

 

 各地に点在する秘境・洞窟・魔物の巣・埋蔵金のあるとされる廃墟・古城、それらをトレジャーハンターや冒険者は〝ダンジョン〟と称して闘争を続け、幾多の成功と敗北による逃走、そして屍を生み続けてきた。〝ダンジョン〟の難易度は魔物の強さや環境に支配されており、高位の魔物のいない場所でも迷宮のように入り組んだ森や断崖絶壁、空気の薄い高地なども難易度の高いダンジョンとされている。

 

 そしてそのダンジョンの最上位にして最難関と呼ばれるのが〝絆の城〟である。かつて古帝国において生存して還った者すらいない秘境・洞窟・魔物の巣・古城を〝悪魔の城〟として立ち入り禁止の命令を出していた。しかしその立ち入り禁止令は冒険者やトレジャーハンターに対して逆効果にしかならず、制覇を求めた勇敢なる猛者達が次々と悪魔の城の餌食となり生還者すら報告がでなかった。

 

 そして東西戦争の時代。四英雄により、悪魔の城の一つ常闇の古城が初めて制覇されたことにより〝悪魔の城〟は四英雄の絆の象徴として〝絆の城〟と名前を変え、西デラス王国の誇りの象徴にもなった。しかし〝悪魔の城〟の危険度が低下したわけではなく、今日も〝絆の城〟もとい〝悪魔の城〟は勇敢なる冒険者を喰らい続けている。

 

   参考文献:絆の城 考察と一覧

 

 

※  ※  ※

 

 

 吹雪に囲まれ前も見えず、コンパスも狂いクルクルと指針を失っている。空気が薄く意識が遠のく感覚が僕を襲う。

 

『 下がってて 』

 

 白雪と猛風が立ち籠め前も見えないほどの吹雪の中、マリーは僕を火龍から庇い両手をかかげ銀髪が逆立つ。

 

 火龍は咆吼をあげ、狂ったように雪山の氷に何度も頭をぶつけ、牙を立てる。そして火龍の鋭利な牙の1本が折れたのを確認し、マリーは火龍を痙攣させ泡をふかせ倒した。仰向けになった火龍に素早く近づいて折れた牙を手に取り、マリーは熟練の狩人のように火龍の柔らかな腹から皮を剥ぎ取り、恐ろしいブレスの元となる胃液とそれを生み出す胃石をぬきとる。まずは、ぼくに龍の皮を被せてくれ、その後自分にも同じように火龍の皮を被せ暖を取る。

 

『 火 』

 

「え?」

 

『 火 を 灯して 』 

 

 僕の気づかぬ間に、火龍の胃石と胃液でつくられた簡素な焚き火の準備がなされていた。僕は唯一できる魔導、爪の先に小さな火を灯す詠唱を行う。そして焚き火に小さな火を近づけると、ものすごい勢いで着火し炎柱があがる。

 

「あち、でもあったかい、死ぬかと思った。」

 

『 まだ 油断しない 』

 

 焚き火にあたり、僕にくっついて暖を取るマリーに活を入れられる。

 

 火で灯される雪山の中、現在地不明。この傾いた斜面を下っていったら山を下りられるのだろうがどれほどかかるのだろうか。道を踏み外せば瞬く間に命を落とす山の道、生命を保つ者の体温を奪う雪の中、二つの関門が僕とマリーを襲っていた。

 

 命の危機は些細なことから訪れる、それを僕は今まさに肌で感じ取っていた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

  二度目の憑依以降、徐々に憑依の失敗は少なくなってきた。……未だマリーにリードされてだが。

 

 フィリノーゲンさんは自身の鍛錬と共に、僕たちにもかなり気を掛けてくれている。まるで数ヶ月前死闘をおこなったと思えないほどだ。そしてひとしきり基礎訓練を終えたフィリノーゲンさんは、僕たちにある提案をした。

 

「ダンジョンの攻略ですか?」

 

「ああ、本来は未熟な者は行くべからず!……といいたいところだが、憑依も行えよになってきたし、何より君にはマリーさんという強力な式がいる。そろそろ実践に向けた訓練をおこなうことも必要と考えたんだ。僕も初めてダンジョンに挑んだのは君くらいの年だった。」

 

 そして、フィリノーゲンさんは机に剣と鋼鉄のナックルサックをおいた。

 

「召喚獣に頼ってばかりでは成長しないからね。蔵から持ってきた。仮にもテグレクト邸のものなので能力は保証する。まぁダンジョンへ赴く君たちへのプレゼントだ、どちらがいい?」

 

そう、問われると僕より先に何故かマリーがナックルサックを手に取った。

 

「ははは、マリーさんは幻術だけじゃなくて格闘もできるのかい?じゃあシオン君、君にはこの剣を授けよう。僕からの餞だ。」

 

「はい、なにからなにまでありがとうございます。」

 

 受け取った剣は思ったよりも軽い諸刃のミスリル製で余計な装飾はなく、錆び一つないものだった。

 

 ダンジョンは元々洞窟や廃墟となった城に魔物が住み着き、そこに支配者たる強力な魔族や魔物、悪魔が住み着いて出来たと言われている。魔物が集めた財宝や、哀れにも命を落とした冒険者の宝や装飾品が多くあるため、トレジャーハンターや冒険者のパーティーが好んで挑む場所だ。僕は少し覚悟を決め結論を話した。

 

「では、行って参ります!」

 

 

 フィリノーゲンさんに勧められ本格的に向かうダンジョン。僕は行き先に頭を悩ませていた。

 

 

 僕は冒険というのがそもそも初めてである。学校の教員もいなければ、フィリノーゲンさんもいない。僕とマリーの二人で魔物や過酷な環境と戦わないといけないのだ。

 

 もちろん冒険には憧れている、騎士道物語を読み〝こんな冒険ができたらどれほど楽しいだろう〟と心を躍らせ僕は王立学校に入学したのだ、だが学校を3期で停学して一人前になる前に挑むことになるのは予想外すぎた。

 

 テグレクト邸の近くには多くのダンジョンがあり、カリフの街にもトレジャーハンターや冒険者が多くいる。ざっと徒歩で行ける距離だけでもドラゴン・殺人跳鳥の巣、人食花の生えた森、地下迷宮、古帝国時代の残頭台跡地と様々だ。馬車や泊まり込みを考えれば候補は枚挙に暇がない。

 

 ダンジョンの難易度と達成した報酬は必ずしもイコールでない、高位のダンジョンを制覇し最深部にたどり着いた頃には、既に宝は誰かに取られた後だった……など、ありふれた在り来たりな話しだ。

 

 今回は鍛錬が目的のためその辺は気にしない。ならば焦点は〝どこが一番経験値になるか〟である。

 

「ねぇマリーはどこがいいと思う?」

 

『 私 は どこでも 』

 

「う~ん、モンスターの巣とか行ってもなぁ。」

 

「シオン、なにをそんなに悩んでおる?」

 

 会話に入ってきたのは11歳に似合わぬ貫禄と風格を持つ、本来のアムちゃんだった。マリーによれば人格の統合にはまだ時間がかかるらしく、子供のようになる日と第48代テグレクト=ウィリアムに相応しい人格になる日が交互にやってきている。僕はアムちゃんに経緯を説明した。

 

「ふむぅ、修行の為にダンジョン…、マリーの弱点を克服できるような所を私なら考えるが。」

 

「マリーの弱点?」

 

「マリーは狂気を操る。実質私も兄上も手足が出ないほどにな。だが大自然相手ではどうだ?吹雪の雪山や火山の噴火口近くなど、厳しい環境に晒されれば流石のマリーも手足がでまい。」

 

「なるほど…、それは確かに経験になるね。」

 

「この季節だと山がいいぞ、丁度寒い季節だ。頂上までいかなくても死なない程度に登って戻って来れればそれでよいではないか。」

 

「そっか、マリーはそれでいい?」

 

『 あなた は 主 まかせる 』

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 そうして、僕たちの初めてのダンジョンは雪山へ決定した。

 

……僕たちはまだ本物の〝ダンジョン〟の恐ろしさを知らなかった。 

 

   

 ◇    ◇    ◇    

 

 

 僕とマリーの二人による初めての冒険。ダンジョンは雪山になった。

 

 といっても、なにも頂上まで行くわけではない。適度に山道の歩き方、山での魔物との戦いを学ぶために赴くのだ。僕は厚いコートを、マリーも普段の桃色のドレスの上にモコモコとした厚着を着ている。そしてコンパスと路銀を持ち山に向かって歩いていった。

 

 2回ほど野宿をする予定なので寝袋ももっていく。おもったよりも大荷物で、既にばてそうだった。道途中のモンスターはリザードマンから跳鳥程度で、マリーの術や僕の稚拙な剣で簡単に片づいた。

 

 そして予定通り2回の野営の後目的の山へ到着した。

 

「近くに来ると大きいねー。獣道だからはぐれない様にしようね。」

 

うふふふふふふふふふ

 

「じゃあ、よろしくね。マリー」

 

『 死なない ようにね 』

 

「…。」

 

 冬靴の足跡が付く程度の雪道、魔物も冬眠しているこの時期。山道はなだらかで至って平穏だった。途中冬眠し損ねた魔物の屍が転がっている。山頂まで道という道はなく、冬育の木々が生い茂っていた。2度の野営をしてまできた冒険と考えるとやや拍子抜けするほど、何も起こらず僕たちは2合目付近まで訪れた。

 

「マリー!洞窟だ、ちょっと入って休憩しようか。」

 

 とはいえ初の山道、まったく疲れないわけがない。寒さもあり、雪風の当たらない場所で体を休めたかった。丁度よい場所に洞窟ともつかない穴蔵があり、僕はやや駆け足で洞窟へ急いだ。

 

「マリー、どうしたの?入らないの?」

 

『…』

 

マリーは沈黙して、洞窟の前にたたづんでいた。

 

『 油断 した 』

 

マリーが洞窟の前で僕に伝える。

 

「 油断? 」

 

『 解呪 不可能 魔法によるもの 』

 

「どうしたのさ、マリー。」

 

僕は様子のおかしいマリーに僕の不安が募る。僕は洞窟をでてマリーに話しを聞こうとした。

 

その瞬間だった。

 

 洞窟からでると、出てきたはずの洞窟は岩肌に変わっていた。景色が一片し前も見えないほどの吹雪が吹き荒れている。ホワイトアウトした五感、足下は急斜面に傾いており、僕は思わずバランスを崩して転倒した。

 

 

僕が入った洞窟はそれ一つが大きな転移の魔導陣だった。



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初めての〝冒険〟 ②

 フィリノーゲンは自分の犯したミスに戦いていた。雪山の環境で簡易なダンジョンと紹介したケイディ山。そして雪道と山の歩き方を指南・教授してシオンたちを出発させた。本当に信じられないほど初歩的で僅かで些細なミス、地図の道が一本ずれている。

 

 シオンとマリーが向かっている山はリブドー山、雪と山の神が住まうとされる高位のダンジョン。自分でさえ無事制覇できるかという難易度のダンジョンで初めて冒険に赴くものが向かう場所ではない。

 

「マリーさんが異常に気がついてくれればいいのだが……。」

 

 しかし、出発して既に3日。今から式を飛ばすにも遅すぎるし第47代テグレクト=ウィリアムの称号を弟に継承し弱体化した自分ではどうすることもできない。

 

 シオン君にはマリーさんという強力な式がいる。彼女とシオン君を信じて帰還を待つほかない。フィリノーゲンは幼児退行化している弟を見てそう結論を出した。

 

「生きて帰ってきてくれよ……。」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 吹き荒れる猛吹雪、手足の感覚もなくなるほどの寒さ、バランスを失う急斜面の山道に吹雪で途切れた視界。そしていつも側にいてくれたマリーがいないという環境。僕は転移の洞窟に入り雪山の高所まで転移させられた…。〝絶望〟の二文字が頭をよぎる。さっきまであった洞窟は既に岩肌になっており、吹雪から身を隠す術もない。

 

「そんな……。」

 

 その瞬間、触っていた岩肌からのるりと人影が見える。銀髪は吹雪で翻り、厚着のコートを着た仮面の女性。僕の召喚獣マリーだった。おそらくマリーも僕の後に洞窟に入り転移してくれたのだろう、マリーのことだ…危険を承知で。

 

『 おまたせ 』

 

そういって僕を抱きかかえる。麻痺した手足に血流が戻っていく感覚がする。

 

「ありがとう、そしてごめん!」

 

『 過ぎたこと 私も 遊びが すぎた 』

 

マリーは僕を慰めるようにそう伝えてくれた。

 

『 まずは 暖 召喚を 』

 

「召喚?」

 

『 憑依の準備 』

 

「え?今から?うん。」

 

『 火の魔物が 望ましい 』

 

 そして僕はマリーに抱えられたまま、魔力を高める。テグレクト邸でやったときの様に、焦らずにマリーと同期するように……。

 

 暗闇の中一匹の赤い龍が眠っているように見える。その龍を自分の体に寄せるイメージを持つ。もっと近くに、もっと具体的に、もっと迫るように

 

 ……突然の環境の変化からか雪山に似合わぬ一匹の火龍が跳ね起き咆吼をあげる。瞬時にマリーは僕との憑依を解く。式の契約を解かれた火龍は怒り狂い、ブレスの準備をおこない炎を放つ。

 

 火龍のブレスは雪山の肌を滑るように走り、雪を氷に変化させた。

 

『 下がってて 』

 

 白雪と猛風が立ち籠め前も見えないほどの吹雪の中、マリーは僕を火龍から庇い両手をかかげ銀髪が逆立つ。

 

 火龍は咆吼を挙げ、狂ったように雪山の氷に何度も頭をぶつけ、牙を立てる。マリーの得意の幻術だ。そして火龍の鋭利な牙の1本が折れたのを確認し、マリーは火龍を痙攣させ泡をふかせ倒した。

 

 仰向けになった火龍に素早く近づいて、折れた牙を手に取り、マリーは熟練の狩人のように火龍の柔らかな腹から皮を剥ぎ取った。そして恐ろしいブレスの元となる胃液とそれを生み出す胃石を抜き取る。まずは、ぼくに龍の皮を被せてくれその後自分にも同じように火龍の皮を被せ暖を取る。

 

『 火 』 「え?」 『 火 を 灯して 』 

 

 僕の気づかぬ間に、火龍の胃石と胃液でつくられた簡素な焚き火の準備がなされていた。僕は唯一できる魔法、爪の先に小さな火を灯す魔導を行う。勢いよく着火し炎があがる。

 

「あち、でもあったかい、死ぬかと思った。」

 

『 まだ 油断しない 』

 

 焚き火にあたり僕にくっついて暖を取るマリーに活を入れられる。

 

 

 そうだ、まだ何も解決していない。麻痺していた頭と体が暖によって冴えていく。

 

『 選んで 』

 

 マリーが尋ねる

 

『 快楽の夢の中命終する か 今の現実を一緒に戦う か 』

 

 マリーがいつもの笑い声も挙げずに言う。もし死ぬのならば僕に幻術を見せそのまま死んだことすら判らず息絶えるのだろう。マリーの幻術ならそれは可能なことだ。逆に言えばマリーを以ってしても下山するのはそれほど過酷という意味を含んでいるのだろう。

 

「マリー、一緒に山を降りよう。」

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 その一言を聞いてマリーはようやく笑ってくれ、僕を胸の中へ押し込めた。火龍の衣とマリーの抱擁、山に来て初めての温かな時間。しかしその時間をずっと享受しているわけにもいかない。

 

 マリーは余った火龍の皮と髭でなにかを作っていた。鱗を牙で剥がし、軽く穴を空け髭を通し堅く結ぶ。鱗のはがれた皮はツルツルとしており、髭によって取っ手がついた一見バックの様に見える。

 

『 ソリ 』

 

「そり?」

 

『 雪道を 滑る 乗り物 』

 

  ◇     ◇      ◇

 

 そして焚き火が消えた頃合いを見計らい。マリーは僕を抱えるように二人でソリに乗った。

 

『 覚悟 は いい? 』

 

「う、うん」

 

 ほぼ断崖絶壁に近い角度の急斜面、それをこのソリで一直線に駆け下りようとしている。マリーが足を離すと、僕らを乗せたソリは直滑降に発射して雪道と吹雪の中を駆け下りる。

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 僕は体験したこともないスピードと浮遊感に近い天地が逆転するような体への負荷で悲鳴すらあげられずにいた。マリーだけが楽しそうに笑いながらソリを運転している。右へ曲がり、左へ曲がり、雪塊を跳ね飛び上がり、ソリは更に加速する。

 

 顔面に痛いほどの吹雪の粒を受けながら滑走していくソリは、あっという間に平たい雪面にたどりついた。吹雪は少し収まり、やや視界を取り戻す。山頂が雲に覆われ、まだまだ下はほど遠い。やっと6合目付近といったところだった。

 

「死ぬかと思った…。」

 

 

 僕たちは埋もれそうなほど積もった雪の中を、ソリをつかって本当に埋もれないよう歩いていく。……マリーはどこでこんな知恵をつけたのかすごく気になった。読書家だから本で読んだのだろうか。

 

 

 冬育の木々が淡い光りを放ち、幻想的な光景を見せる。まもなく日没、洞窟でもなんでも見つけないと凍えて死んでしまう。そんな中雪原で異様な光景を目にした。

 

 青白い奇妙な衣装に身を包んだ女性がちょこんと座っている。柔和な笑みを浮かべ僕たちに会釈する。思わずその笑みにゾッとしてしまう。何事かわからないが、タダの人ではない。

 

「あら、珍しい。お客人だなんて。お寒い中、大変でしたでしょう。火にあたっていきませんか?」

 

何もない雪原の中、青白い女性はそう言った。思わずマリーを見る。

 

『 聞かれてるわよ? 』

 

 うふふ

 

 マリーが軽く笑い答える。

 

 

「え?あ、はい。」

 

 僕は異様な女性と恐る恐る会話をする。

 

「では、こちらの焚き火へどうぞ。狭い家ですがおくつろぎ下さい。」

 

 

 女性の手をかざす先には焚き火はおろか、何もない……。雪が広がるばかりだ。

 

 これは本格的にヤバい。魔物?いや意思の疎通のとれる魔物なんて、僕が生きてきた中でみたことあるのはマリーと九尾の狐くらいだ。つまり目の前の青白い女性は2人に匹敵するほどの能力をもつ、神に近い存在か神そのもの…

 

 おそらく僕がなにも見えないのはマリーが幻術を遮断しているからだ。マリーから離れれば焚き火と家でも見えるのだろう。ここは探る様に演技をするべきなのか、マリーが笑っているのことだけが頼もしい。僕はマリーに聞かれた。

 

 幻術の中楽に死ぬか、現実を見て生きるか。僕は後者を選択した。ならば、僕がこの場でこの女性に話すことは一つだけだ。

 

 

「す、すっみません。雪しか見えないのですが。あなたは…何者ですか?」

 

 青白い女性から、一瞬で笑顔が消えた。

 

そして ふぅ と溜息をついた。

 

「おかしいとは思ってたわ。横の女、何者じゃ?」

 

 女性は突然口調を変え厳しい低い声で尋ねてきた。

 

『 私 は マリー 』

 

「…この山の宝樹が目当てでは無さそうじゃな。何故この山へ来た。山荒らしならば命を取ろうと思っていたがそんな気配もない。おい童や、お前に聞いておる。返答次第ではタダでは済まさぬ。」

 

厳格な、氷の様な表情で青白い女性が尋ねる。

 

「し、修行に来ました。山の歩き方と雪道の歩き方を学びに」

 

「…」

 

女性は僕の正直な返答を聞いてしばし沈黙し…

 

 

「ぷっ…ふうふふふ…あはははあははははあはははははははははははははははははは!!!!」

 

大笑いされた。

 

「このリブドー山に?雪山の歩き方を?お前のような童がか!馬鹿か!?あははははは。」

 

 

「えーと、リブドー山?僕たち違う山に行くつもりだったのですが…」

 

 

「はぁはぁ、面白い童じゃ。おい横の女、お前ほどの者。この童の目的と違うことくらい気がついたであろう。遊んだな?冬育の宝木が目的でないのに、この山を登らせるなど非道い女に引っかかったな童や」

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 マリーが笑う。マリーは最初からここが目的地のケイディ山じゃない事に気がついていたようだった。

 

 

「斧も持たぬ童と恐ろしい力を感じる女が来た時は、何事かと思っておったわ。宝樹の森へ登らせ、火龍の召喚をみてやはり山荒らしかと探ってみれば、この山の吹雪は避ける挙げ句に儂の術も通じぬときた。本物の山荒らし…〝とれじゃーはんたー〟とか言ったか?、ならば儂も決死の覚悟で臨まねばならなかったが、無益な争いは好まん。山を降りたくば降りるがよい。」

 

青白い女性がそう言うと、突然割れるように直線の雪道ができた。

 

「その火龍の皮で滑れば直ぐに下へ着く。女、見事な雪山の対応じゃった。もう一度聞くが何者じゃ?」

 

『 私 は 私 』

 

「……童は?」

 

「ぼ、僕はシオン=セレベックスです。召喚術師見習いです!」

 

「シオンとマリーか、面白い童と不可思議な女として覚えておく。儂はリブドー山第82代首領、生憎名前は持ち合わせておらん。この山と宝樹の管理を代々しておる。…もうよいか」

 

青白い女性がそう言うとさっきまでの吹雪が嘘のように収まった。

 

「童、せっかくリブドー山に来て無傷で帰れるのじゃ。良い修行になったじゃろう。刺札代わりにくれてやる。持って帰れ」

 

 そういってこの山の首領を名乗る女性がくれたのは宝石のような実のついた淡い光りを放つ木の枝だった。

 

「吹雪で折れた枝じゃ、どうせ土に還る。童やお前に儂から良いこと教えてやろう。」

 

「はい。なんでしょう。」

 

女性は顔を引きつらせ笑いを堪えながら言った。

 

「お前には女難の相がでておる。精々気をつける事じゃな。」

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 そして僕たちは雪道をソリで直滑降にスベり降り、ブリドー山から下山した。初のダンジョンは予想以上の難易度への挑戦となり、それこそ神の気まぐれで生き延びることができた。

 

「でも…改めてみるとすごく綺麗な樹だね。」

 

 僕は刺札…名刺代わりにともらった宝樹の枝を見る。

 

 

『 遊びが過ぎた 私の責任 』

 

「そんなことないよ!雪山の攻略もマリーがしてくれたし、僕だけ転移されてあのままマリーが来てくれなかったらそれこそ死んでたのは間違いないんだから。」

 

 どうやらマリーは目的地と違うことに気がつきながら、そのまま登らせたことを責任に思っているようだ。だが目的の経験値という点ではこれでもかというほど付いた。

 

「そうだ、マリーちょっとかがんで。」

 

『 ? 』

 

 僕は宝樹の枝の荒れている部分を火龍の皮をヤスリ代わりにして削り丸くする。そしてマリーの綺麗な銀髪に差してみた。

 

「わぁ!思ったより似合うよ。髪飾り、僕からのお礼。」

 

『 … 』

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 僕はマリーにそのまま抱きしめられた。疲れからか僕はそのまま眠ってしまいそうだった。そして再び2日の野営の後、テグレクト邸へ帰り。僕らの無事とマリーの髪飾りを見てテグレクト兄弟に大いに驚かれた。

 

 こうして僕らの初めての冒険はなんとか〝生還〟でおわった。

 

 

◇   ◇   ◇

 

 リブドー山第82代首領にして冬を司る神は、式である雪女を使いやや荒れた山を片づけていた。

 

「まったく火龍の骨で焚き火なんぞしおって、片づけまでが登山の掟じゃと伝えるべきだったかの。」

 

 火龍の骨とその肉片を雪に埋め、自分が眠りにつく夏までには土に還る様に処理せねばならない。

 

「それにしてもあの女…本当に何者じゃ?」

 

 仮にも四季の一つを司る自分の力と同等…あるいは上回っていた恐ろしい女を思い出し、そんな女があんな童に執着していることに首をかしげた。



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拳闘場の町ノボラ

 僕らの目の前にあったのは2枚のチケット「拳闘場入場券」と書いている。

 

「ああ、知り合いから兄弟で行ってこいともらったのだが次の安息日には予定があってね。もしよければ二人で行ってみないか?拳闘場のあるノボラの町へ行くならば、僕がガルーダを召喚させよう。そうすれば次の修行までには帰ってこれるだろう?」

 

 チケットをくれた張本人フィリノーゲンさんはそう僕らに説明した。拳闘士の聖地ノボラ、四英雄の一人マーク=アミンがかつて無敗を誇った拳闘場にして、唯一王立学校がない拳闘士・ファイターの登竜門。もちろん興味はある。僕は快諾し、深いお礼を言ってチケットをいただいた。

 

「マリー、拳闘場っていったことある?」

 

『 ない 』

 

「そっか、じゃあ二人とも初めてだね。ちょっと楽しみ!」

 

『 どちらかと言うと 参加したい 』

 

「いや、それは……やめておいた方が良いと思う。」

 

 不吉なことを言い出すマリーに僕は一応静止した。相手は己の肉体のみで成り上がりを目指すファイター達だ、そこに謎の女性がやってきて変な幻術で負けたのではあまりにも可愛そうすぎる。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 安息日前の修行が終わり、ガルーダの背に乗ってひとっ飛び、朝方にはノボラの町へ着いた。英雄の町というだけあってかなり栄えた町だった。

 

 あちこちにマーク=アミンの肖像画や銅像が建てられ、祀られている。軽い朝食を食べようと入った軽食屋では、3人前はあるのではないかという肉にパンという朝からかなり重い過食を強いられた。

 

 「ファイターの町だからね。食事は小盛りでも食べきれないって旅の人がたくさんいるのさ」と店主は笑っていた。

 

 ……マリーは外着用のピンクの顔隠し・宝樹の枝の髪飾りという可憐な姿からは考えられないほど軽快に重い朝食を食べきって見せ、僕の残した分まで食べてもらった。

 

 拳闘場は基本的に日の出から日没までの間、試合が行われる。僕たちのもらったチケットは、チャンピオン戦という中でも人気の高い試合のチケットだった。他にもファイター見習いや駆け出しの行う試合は立ち見なら無料、席のあるチケットでも朝の食事ほどの値段で売られている。

 

「チケットの試合まで時間があるし、折角だから他の試合も見ようよ!」

 

『 まかせる 』

 

 拳闘場での試合は熱狂とはいかないまでもかなり盛り上がっていた。駆け出しのファイター同士が己の技を出し切っているさまは中々心が踊るものだった。

 

 試合では黒髪の長身が回し蹴りを行う、その隙をついて金髪がカウンター気味にタックルをかます。バランスを崩した黒髪が倒れぬよう地面に手をつき起き上がろうとした最中金髪は後ろから黒髪の首を絞めた。たしかチョークスリーパーとかいう技だ。

 

 〝ギブアップです!勝者は柔術のセロト選手!!〟ナレーションと共に会場から拍手があがる。

 

 

「へー、拳闘場って言っても殴り合いだけじゃないんだね。」

 

『 魔導・武器以外なんでもあり それが ルール 』

 

 

 そう言ってマリーは、どこで手に入れたか拳闘場のパンフレットを読んでいる。……なにやらそわそわしているのは気のせいだろうか。まさか本当に出場したいなんて言わないよ……ね?

 

 

『 1回 だけ ダメ? 』

 

「マリーがケガしたら嫌だよ!それに幻術なんて使うのは高みを志すファイターさんに失礼だし。」

 

『 術は一切使わない これ 』

 

 

 マリーが見せたのは 飛び入り参加可 と書かれた、トーナメント式の試合だった。なんでよりにもよって今日開催なのだ。一度やりたいと執着したマリーを止める術を知らない僕は、ケガだけはしないでねと言って送り出した。

 

 マリーの参加によって8名が揃ったトーナメントは即刻開始となった。他の7人はいかにも研磨を積んでいる歴戦のファイターから駆け出しまで。女性はマリーを含めて2人。

 

〝それでは第3試合!放浪の拳闘士、アリジン選手! そして対戦相手は素性不明!謎の女性マリー選手の対戦です!〟

 

 第1第2試合が終了し、マリーの出番となった。ほかの試合はどちらもレベルの高いものだった。本当にマリーは無傷で帰れるのだろうか……

 

『 では 楽しみましょう 』

 

◇   ◇   ◇

 

 アリジンという筋骨隆々で歴戦の傷があちこちに見える拳闘士、目はマリーが女であることなど気にもしない殺気に満ちあふれたものだった。

 

 試合のゴングが鳴る。

 

 アリジンは構えを整え、マリーは至って普段通りに立っている。アリジンが一直線に左ジャブを放つ。マリーはそれを察していたかの様に細腕で払い、返す刀で放った手刀はアリジンのアゴに入り込んだ。その後もアリジンはジャブ・ストレートからフック・アッパーに至るまで拳闘の技を繰り広げるもすべてマリーの細腕でいなされ、ツバメ返しのように急所へマリーの手刀が返ってくる。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 どう考えても挑発にしか聞こえない笑い声をあげて、マリーは息も切らさずに立っている。対戦相手は既に、心が折れているようにも見える。アリジンはほぼタックルに近い、体を丸めての連打に入った。マリーはそれをかわし、パンチで伸びきった腕の関節を取る。

 

 男の丸まった体が立ち上がりそれでもマリーに攻撃を加えようとしたところ、マリーは急にかがんで腕と両足の間に手を掛けた。アリジンの勢いの余った体勢はマリーを中心に半円を描くように回り、顔面を地面に叩き付けられた。それから男はぴくりとも動かない。

 

 試合終了のゴングが鳴る。

 

〝な、なんと!勝ったのは謎の女性!まるで奇術や魔導でも見ているような鮮やかな技!準決勝進出はマリー選手です!!!〟

 

 僕はマリーの勝利よりもまだ試合が続くのかという不安でいっぱいだった。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 試合が終わりいつのまにか僕の隣に座っているマリーに少し驚く。

 

「その、なんだろう……。とりあえずおめでとう。」

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

「マリーが素手でも強いのは知ってたけど拳闘場に通じるほどとは思わなかったよ」

 

『 未熟な人 ばかりだから 』

 

 マリーはあくまで謙虚にそう言った。さっきの対戦相手は少なくとも、未熟には見えなかったが。

 

 そして第4試合、これもまた異常な試合だった。

 

 女性のファイターが逆立ちをして、まるで独楽(こま)のように回り始めた。相手は駆け出しのファイターのようでやや動揺している。そして男が恐る恐るローキックを放つとその足をつかみ取り、手で足を登り男の顔面に強烈な蹴りを入れた。

 

 ふらふらとする対戦相手に一瞬の隙も与えず遠心力を目一杯につけた後ろ回し蹴りの一閃で、男は完全に動かなくなった。

 

〝ノックアウトー!勝者は南方よりやってきた足技使いエドサー氏です!ここにきて準決勝4人の内女性2名!前代未聞のトーナメントです!優勝ははたして誰の手に!〟

 

「うわぁ、かっこいい!」

 

僕は思わず口に出して感嘆していた。

 

『 …… 』 

 

 マリーはその試合の様子に沈黙していた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

〝それでは準決勝!出場者の紹介です!!

 

 まさに変幻自在!拳から柔術まで幅広い技の使い手、ラジン選手! 

 

 愚直に鍛え上げた拳に砕けぬものなし、予選では一撃で相手を倒したキット選手!

 

 未だ正体不明、その細身で可憐な姿のどこに力があるのだ?与えた攻撃が気がつけば自分に返ってくる摩訶不思議な技の使い手、マリー選手!

 

 そして女性は一人じゃない!予選では華麗なまでの独特な足技で相手を仕留めたこれまた可憐な女性エドサー選手

 

 以上4名による準決勝を開始いたします!〟

 

 客席から歓声があがる。駆け出したちの試合とは思えないほどの濃い試合内容に、いつの間にか噂となり、予選のときよりも観客が3倍近く増えている。

 

 そして準決勝のクジがはじまり、マリーはキット選手と対戦することになった。キット選手は予選のパフォーマンスで、岩塊を拳で砕くほどの実力者だ。マリーの幻術を封印した奇怪な技はみたが、それでもマリーがケガをするところなんて、僕は間違っても見たくない。

 

  ◇    ◇    ◇

 

・準決勝第一試合 マリーVSキット

 

 そんな僕の心配をよそに、試合のゴングが鳴り響く

 

 キット選手は予選のマリーの奇怪な技を見たのだろう。距離をおいて、マリーの様子を観察してる。マリーは予選と変わらず、町でも歩いてるかのように構える様子すらなく自然体だ。お互いに攻撃がない、というかマリーは対戦相手に自分から仕掛けにいくことはしなかった。

 

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 

 挑発にしか聞こえない笑い声をあげる。始まってからまったく攻防のない試合に観客からもヤジが飛ぶ。だがキットは気にも止めずマリーから距離を置き自慢の一撃を叩き込む隙を探している。

 

 そしてキットは左の肘鉄をマリーに振り下ろす。マリーはそれを難なくかわす、キット選手から肘鉄と同時と錯覚する速度で素早く右のストレートが放たれた。

 

 マリーは平然と岩塊をも破壊する右ストレートを細腕でいなし、がら空きになったアゴに掌底を入れ、流れるような動作で同時に足払いを行い、キット選手のバランスを崩し転倒させた。

 

 アゴに食らった掌底が効いているのか、フラフラと立ち上がろうとするキットにマリーはトドメとばかりに踵蹴りをアゴに放った。

 

〝ノックアウトー!!!!なんという番狂わせでしょう!新人にして謎の女性マリー、こいつはいったいなにものなんだー!!!!!決勝進出はマリー選手です。〟

 

 登竜門杯の優勝記念に、チャンピオンとの対戦権があるのを見て流石に辞退してほしいな……と、僕は頭を抱えながら考えていた。

 

 ◇    ◇    ◇

 

 ・準決勝第二試合 エドサー選手VSラジン選手 

 

 エドサー選手の試合……。いままではマリーが心配で試合を楽しむどころではなかったが、拳闘場の熱狂に釣られ僕もかなり心を踊らせて試合を見つめていた。

 

 エドサーは予選と同じようにまるで逆立ちし独楽(コマ)の様に回り始めたかと思うと、腕の力で宙を飛び着地までに回し蹴り・二段回転蹴り・直蹴り・後ろ回し蹴り・踵落としをしながらの着地という数秒で5回の技を披露してみせた。観客からは喝采が鳴り響き、対戦相手は冷や汗を流している。

 

 対戦開始のゴングが鳴る。

 

 エドサー選手は全身の軸を回転させながら、ラジン選手との距離を文字通り一足飛びで縮める。ラジン選手が打撃戦では勝てないと察したのかタックルの構えにかかるのだが……。エドサー選手はまるで関係ないとばかりに、がら空きになった顔面に体ごと回転するような回し蹴りを食らわせ、ラジンはそのまま倒れ込み、一切動かなくなった。

 

〝ノ、ノックアウトー なんと可憐な技でしょうか!!試合開始から僅か4秒でのノックアウト!このトーナメントでの最短記録となるでしょう! 決勝進出はエドサー選手です!!〟

 

 

 ついに決勝、そしてマリーがあのエドサー選手に挑む…… ぼくはとても気が気ではなかった。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

〝ノボラ杯トーナメント 登竜門杯 ついに決勝です!8名いた参加者の内なんと決勝進出はどちらも女性!

 

 方や、アグレッシブな動きで蹴り技を駆使する南から来た女性エドサー選手!ノボラにきてわずか半月という駆け出しファイターながら、歴戦の男達を叩きのめし決勝の舞台に立ちました!

 

 方や、詳細は一切不明。奇怪な技で攻撃をいなし、気がついたら相手が倒れている!摩訶不思議な謎の女性 マリー選手です

 

 決勝は以上2名によっておこなわれます!〟

 

 拳闘場のナレーションと共に、熱狂した観客が歓声をあげる。マリーのわがままで参加したのだから、どうなっても知ったものか。…と薄情になれるほど僕はマリーが嫌いじゃない。

 

 ただ得意の幻術や精神操作を封印して拳闘場に入ったマリーは猛者を相手に2連勝をしてみせた。だが相手も同じく2試合連続K,O勝ちの見たこともない武術をつかう女性だ。主として気が気ではない。

 

〝それでは決勝戦!選手の入場です!!〟

 

 髪を幾つも束ね、独特な髪型をしている女性らしかぬ筋肉質な体に、褐色肌の女性。エドサーがなにやら。黒色のボールをもって入場した。そして、逆立ちしそのボールを足でまるでジャグリングするように操って見せた。そのパフォーマンスに観客が沸く。そして最後に高く放りあげたボールを後ろ回し蹴りで粉々に粉砕した。

 

 そしてマリーは特にパフォーマンスなどすることなく、庭を散歩でもするかのように平然と入場してきた。

 

 色々な意味で対象的な二人の女性。その二人がこれから戦いに赴く。

 

 僕はマリーのことで頭がいっぱいだった。マリーの強さは知っているし、未だ得体の知れない部分だらけだが、悪戯心が豊富で、結構抜けたところがあるのは、この短い付き合いで知っている。

 

 〝それでは、待望の決勝戦!優勝賞金とチャンピオン戦への出場切符をかけた最後の戦い!勝つのはどちらの女性か!試合スタートです〟

 

 試合を告げる銅鑼が轟く。

 

 エドサーが回転し更に加速しながらマリーに近づく。そして全体重を目一杯にか、け伸びるような回転蹴りを放つ。

 

 ……いままですべての攻撃をこの拳闘場でいなしてきたマリーの顔に、その蹴りが当たり盛大に吹き飛ぶ。僕は他の観客の歓声など目もくれずマリーに向かって叫んでしまう。マリーは立ち上がる気配が無い。

 

〝ノックアウトーーーーーー!!!わずか3秒!エドサー選手準決勝の最短記録をさらに更新!優勝は蹴り技の使い手エドサー選手です!〟

 

 無情にもアナウンスが流れ、マリーは担架で運ばれる。エドサーのどこか苦い顔を片目で流しながらマリーのいるであろう医務室へ走る。

 

 拳闘場の入り組んだ廊下、人づてで医務室の場所を聞いてマリーのいるであろう場所に一直線に…。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 焦り走り回る僕に、いつもの可憐で不気味な笑い声が聞こえる。

 

「マリー!?大丈夫ケガはない?」

 

『 楽しかった 』

 

「楽しかったじゃないよ!どこもケガしてない?顔……はみせてくれないからどうしょうもないけど他は?」

 

『 チケットの試合 もうすぐでしょ? 』

 

「そうだけど、それどころじゃ……。」

 

 僕とマリーのやりとりに。凄まじいスピードで走り割って入る女性が現れた。独特な髪型の女性らしかぬ筋肉質な体に褐色肌の女性、決勝でのマリーの対戦相手エドサー選手その人だ。

 

「見つけた……トロフィーも表彰状もその場で割ってやったよ。」

 

『 …… 』

 

「このわたしが、手応えの有無もわからないボンクラな使い手に見えたか?なんであんな試合をした?」

 

うふふふふふふふふふふふふ

 

「私の蹴りをいなすなんて流石だよ、ただなんで起きてこなかった。ダメージなんて毛ほどもなかったはずだ。」

 

『 …… 』

 

「答えろ!!!」

 

 エドサーさんの怒髪天が宿った蹴りは凄まじく、頑丈な石作りの壁面は陥没し大きなヒビが入った。

 

「あの、すみません。このマリーは僕の……式なんです。粗相があったのならごめんなさい。」

 

 僕は怒り心頭のエドサーにとりあえず謝ってみた。だがその言葉は華麗に無視された。

 

『素手では あなたに 勝てない から』

 

「戦ってまだ3秒だ、何故わかる」

 

『 あなたは強い 制約された私の力では 勝利は不可能 』

 

 マリーがそう言うくらいだ、目の前の女性はそれくらいの強さを持っているのだろう。

 

「なるほど、なるほ……ど。じゃあ、なにか?制約がなければこの私に勝てると……そう言いたいわけだ。」

 

 エドサーさんがマリーの言葉で殺気立つ。

 

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 同じくして、マリーの銀髪が逆立った。

 

「な?」

 

 エドサーさんは驚愕した顔をして、回るような蹴りを廊下中に放ち始めた。蹴りは全てが空を切る、僕には何も見えていない。明らかに異常な光景だった。

 

「貴様の特技は召喚か?…くぅ、何故倒れない!!アンデット風情が!?」

 

 マリーの幻術だ。エドサーには周りに無数のアンデットが見えているのだろう。そこにマリーがエドサーの目と鼻の先まで近づいて、指を鳴らす。

 

  パチン

 

 正気に戻ったエドサーは一瞬全身を強ばらせて、先ほどとは違う恐ろしい怪物を見るような目でマリーを見る。

 

 

『 これが私 私はマリー チャンピオン戦 頑張って 』

 

「すみません、マリーが無理を言って出た大会で不快な思いをさせてしまい……。」

 

 主として僕も謝罪する。

 

「幻術?馬鹿な!?私はこれでも魔導への耐性の呪術を受けている…。」

 

「その……僕もよくわからないのですがマリーの幻術は魔導によるものじゃないらしい……です。」

 

『 私の記憶 消す? 』

 

 マリーはこれからチャンピオン戦に挑むであろうエドサーにそんな声をかける。

 

「……いや、やめておく。敗北の苦渋は受け止めて成長するもの。それが我が一族の家訓だ。その力を使わずに決勝までくるとは見事だった。戦っていれば私も無傷ではなかっただろう。エドサー=パーマネンティ、南黒石族出身 私の技は一族伝統の武術だ。君たちは?」

 

「僕はシオン=セレベックス。召喚術師見習いです!」

 

『 私 は マリー 』

 

「なんと、マリーは召喚された従者か。なぜまたこんな……まぁいい。では、また会うかわからないがそれまでに私も技を磨く。」

 

そういってエドサーさんは去っていった。

 

「マリー……攻撃受けたように見えて受けてなかったのか」

 

『 そう 無手で あなたとの約束を守っていたら 勝てない相手 』

 

「でも試合の間に幻術使わなかっただけよかったよ。それこそ反則だもの。」

 

『 意識及び神経感覚変性 又は 前頭葉連合神経交叉変性 』

 

「 ? 」

 

『 あなたが 幻覚と呼ぶ 私の術 』

 

 マリーのさっぱり判らない説明の後、僕たちはチケットでの試合を見に行った。

 

  ◇     ◇     ◇

 

 登竜門杯とは比べものにならないほどの観客で賑わっており、立ち見の観客のため寄りかかる柱すらない状態で、チャンピオン戦は始まった。

 

 挑むのは登竜門杯以外から他の試合で実績を作った3人とシードの現チャンピオン。チャンピオン以外の4人は再びトーナメントで争いその勝者が現チャンピオンとの防衛戦に挑むという内容だ。

 

〝第二ブロック勝者は唯一の女性!エドサー選手ーーーーーーー!なんという華麗な技でしょうかまさに変幻自在な足技、寝技に持ち込もうとしたラリット選手を地面に伏したまま意識を蹴り落としてしまいました!!!〟

 

 

〝決勝勝者は登竜門からのダークホース、エドサー選手ーーーーーーーーーー!この勢いはだれも止められないのか!?空中からの踵落としに流石のビリー選手も為す術無し!チャンピオン戦権獲得はエドガー選手に決定しました!!〟

 

 

 トーナメントは、エドサーさんの圧勝だった。足にスティンガーでも仕込んでるのではないかと思うほど、どんな姿勢からでも飛び出す蹴り技にどの選手も翻弄され遂にはやられていた。そして現チャンピオン、マークレンとの戦い。

 

 マークレンはマーク=アミンの再来と言われるほどの実力者であり、現在56回の防衛を果たしている猛者だ。僕は無意識にエドサーさんの応援をしていた。

 

 

 流石のエドガーさんもマークレン相手には苦戦しており、何度も強烈な蹴りや殴打が入る。顔を腫らしながらも目から闘気は失せていない。そしてマークレンの回し蹴りを避け、腹部に強烈な直蹴りを放つ。そしてそのお腹を踏み台にするように膝蹴りを一撃。

 

 酔歩するチャンピオンを踏み台にして宙を舞い、一回転し全体重を掛けた踵落としを後頭部に食らわせた。そして……

 

〝ノ、ノックアウトーーーーー!なんとなんとマークレン選手がノックアウトです!なんという番狂わせの連続でしょう。登竜門杯のトロフィーをいらぬとばかりに破壊した異国の武道家はついにチャンピオンまで倒してのけました!もはや彼女を駆け出しファイターなどと呼び者はいないでしょう!新チャンピオンの誕生です!!!!!!〟

 

 観客たちから大きな歓声が沸く。ぼくも行儀悪く大声でエドサーコールをしていた。

 

〝新チャンピオンおめでとうございます!今のご感想は?〟

 

「まだまだ、私が未熟だとわかりました。いつかどんな敵でも己の技で倒しのける武術家を目指します」

 

 そんな優勝インタビューとは思えない言葉を残し、いつから気がついていたのか僕の横で揚げコーンを食べるマリーを睨んでいた。

 

 チャンピオン戦が終わり帰路につく観客。僕たちもフィリノーゲンさんの召喚してくれたガルーダに乗り、テグレクト邸へ帰還していた。

 

「マリーってさ、好戦的なのか戦いが嫌いなのかわからないよね。拳闘場にでるなんてただ事じゃないよ。」

 

『 気分 楽しそうなら なんでも 』

 

「でもケガがなくてよかった…なんか敵が一人増えた気もするけど。」

 

 うふふ

 

 マリーは笑いながら僕との憑依で無理矢理だした光りの精霊の光りで【世界の武術百科】を読んでいた。

 



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レイチドのシオン捜索

「ですから!王都が学生を受け入れられない以上、カリフなりコトボなり召喚術の盛んな町で召喚術師の仕事を肌で感じてもらえばいいではないですか!」

 

「王立魔導師育成校では、医療と薬学の街コトボや魔導や召喚術の街カリフへ学生が赴き魔導を研鑽することは珍しくないですが……。」

 

「あんな商売人に成り下がった術師を見てなんの学習になります!我々召喚術師は、魔導師なんていう自分勝手な人種と違うのです!王立の二文字をお忘れですか!?」

 

「だが、王都が受け入れ不可能な今実習を例年通り行うのは不可能だ、模擬的なものでは実習試験の意味がない」

 

「ですから私は先ほどから対案を出しているでしょう!それとも3期生56人全員を実習試験もなしに4期に上がらせる気ですか!?それこそ学園の恥です!それくらいならば3期を全員もう一度やってもらい王都が落ち着くのを待つべきです!」

 

 教員室では王都による学生の実習指導試験、召喚術師の仕事を肌で感じてもらうという目的の試験が行えなくなりそれに変わる対案を見いだせずにいた。

 

 

 

 ……そこに聞き耳を立てている一人の少女がいた。

 

「はぁ……何日同じ議論してるのよ。」

 

 レイチド=キャンドネスは王宮での〝九尾の狐騒動〟以来自習ばかりになった教室に嫌気がさし、教室を抜け出して職員室で情報収集をしていた。10日ほどたつが結論はでていない。このまま全員留年という意見まででている。

 

 それに気になることがある、シオンとアムちゃんの急な停学だ。みんなは〝九尾の狐騒動〟をもろに実感した張本人たち2人が召喚術師という職業が嫌になったのではないかと言っているが、レイチドはそうは思わなかった。元々好奇心と洞察力が強い彼女は、シオンという生徒の性格をよく見ていた。

 

 

 能力こそ平凡だが、召喚術師に対する憧れは学園で1、2を争うほど強い少年があんなことで心が折れるとは思わなかったし、なにより彼はマリーという異質な式によって危機を回避している。あの時の目はとても召喚術師が嫌になった目ではない

 

 そして飛び級で入ってきたアムという少年。かつて学園一と証されたマレインの遥か高見を行く少女のような彼もまた学園に入学する必要性がないのではないか、と思うほど既に立派な召喚術師だった。その2人が同時に学校を休学するということには違和感しか抱けない。

 

「2人で秘密の修行?そういえば、王宮で青い神鳥を連れたお兄さんがきてたわね。あれで皆混乱がおさまってた…ハルシオンといえばガルーダ以上の神鳥…どう考えても普通の召喚術師じゃないわ。」

 

 それからのレイチドの行動は早かった。学校に30日の休学届けを提出し、散策の旅に出た。シオンに対する恋心などは微塵もないが実習試験で苦楽を共にした仲、なにより違和感からあふれ出る好奇心を抑えきれなかった。

 

「カリフ、コトボ、王…都…どこからいこうかしら。」

 

 召喚術師として研磨を行える場所と言えば王国広しといえどこの3つくらいしか候補がない

 

「……そういえば、ハルシオンを連れたお兄さん〝弟が騒動に巻き込まれて〟って言ってたわ。シオンにお兄さんはいるけど召喚術師じゃない……アムちゃん?そういえば姿は似てないけど雰囲気はそっくりだった。」

 

 レイチドは長考し、仮説を組み立てる

 

「アムちゃんのお兄さんがハルシオンを呼べるほどの高位の召喚術師なら、アムちゃんのあの異常な能力も納得できる。もしかしてシオンの式……マリーが絡んでるのかしら……。」

 

 マリーの能力もまた異常なものだ、幻をみせる能力と他の学生や教師は認識していたがあの不気味さはそれだけではない。下手に近寄れば精神に異常を来すのではないかと思うほどの存在だ。彼女が絡めば自分の思考や考えすらねじ曲げられてしまうだろう。その能力をアムに使ったと考えれば、あの凄まじい召喚の能力と精神年齢の低さのアンバランスも納得できる。

 

 「兄弟揃ってあの召喚の能力……シオンとマリーの失踪……。もしかして?いやまさか!?」

 

自分の立てた仮説に信じられないとばかりにレイチドは一人大きく驚いた。

 

「テグレクト=ウィリアム?あの伝説の家系?」

 

 レイチドは地図を見直す。

 

「だとしたらまずはカリフの町で聞き込み、そこにシオンが修行してるかもと考えても私だけだと門前払いだろうし……。」

 

 そして3泊の野営の後カリフの町へ到着する。テグレクト邸の近くにあり召喚術と魔法の盛んな町だ。

 

「うわぁ、召喚術師や魔導師だらけねぇ。」

 

 町でテグレクト邸に関する情報を得る。弟子入りの志願者は執事によって門前払いされるということ、客として招待される方法はなにか功績を作ったときなどだということ。

 

「とにかく…いるかどうかまだ不明だけどシオンの姿さえ見えればなんとかなりそうね。」

 

 どうやら正攻法で入るのは不可能と判断したレイチドは搦め手で侵入することを決めた。

 

   ◇     ◇     ◇

 

 豪華な屋敷に門番としてガーゴイルが設置されたテグレクト邸の門の前に立つ。手に持つのは白紙の紙、しばらくまつと執事らしき男が尋ねてきた

 

「失礼、お嬢様。何ぞ御用時でしょうか?」

 

「はい、紹介状……、いえ手紙を頂いたので訪問したのですが、どう入って良いかかわらず……。」

 

「紹介状をお持ちでしたか、拝見させていただけるものですか……?」

 

 執事の柔和な笑みに、レイチドは急事に戸惑う少女の演技をみせ、紹介状という名目の白紙の束を後ろに隠す。

 

「すみません、この書類は直接フィリノーゲン様と〝例の客人〟に見せるよう仰せつかっております。紹介を受けた方についても〝そう言えば相手も理解する〟とも話されておりまして、わたくしも急な出来事の連続で恐々としているのですが、フィリノーゲン様に直接お話を願います。私はレイチドと申します」

 

 もちろんハッタリである。しかし、テグレクト邸……英雄の末裔たる術師に回ってくる仕事となれば一人の執事が手に負えるものではないであろうし、門前払いもできないだろう。下手を打てば首が飛ぶ博打だ。

 

「畏まりました。ただいま主人に確認してまいります。」

 

 そういって執事が出て行って半時もせず……

 

(ビンゴ!!)

 

 シオン、マリー、そして顔つきがなにやら精悍となった転入生アムちゃんが、かの有名なテグレクト一族長兄フィリノーゲンの後ろについてきた。

 

 かくしてレイチドはテグレクト邸の〝客人〟となった。



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テグレクト一族〝秘伝〟の伝授

「うむ、召喚まで4秒 還付まで7秒か…流石だ思ったよりも上達が早い。では今日はもう一度錬成の修行を行う。マリーさんを使わず調伏に成功したらテグレクトの秘伝を教えよう。」

 

 フィリノーゲンさんは僕が魔司祭(プリーストン)を錬成したときと同じ材料と魔方陣の準備をしてくれた。

 

「では、君のセンスで選んでくれ。僕は口をださない。」

 

 …2度目の1からの魔物の錬成。仮に成功してもその後は調伏のための戦いが待っている。

 

 

 僕は緊張ながらも 芥子2:魔鉱石1:肉実の木の種2:黄麻の粉3:一角獣の角2 を魔方陣に置きありったけの魔法を掛ける。

 

 

 魔方陣が青く光り出し、徐々に錬成の元は集まり姿を変えていく。そして魔方陣が今度は真っ赤に光り出した。光りが止み錬成された魔物が姿を現す。僕は思わず腰を抜かしてしまう

 

「マッドブル……。」

 

 僕の錬成した魔物はよりにもよって、精密に操れさえすればガーゴイルなどの高位の魔物に匹敵する力をもつとされる。敵味方関係無く攻撃する狂い牛、マッドブルだった。

 

「ほう、マッドブルか。狂気を操るマリーさん、回復を操る魔司祭(プリーストン)。君に欠けていた物理攻撃を担当するには丁度良いじゃないか。」

 

「ですが、僕だけでマッドブルに挑むなんて…」

 

「とにかくやってみることだ、剣をとれシオン君。」

 

 僕は剣をとり血走った目のマッドブルと対峙する。マッドブルは一直線に僕に突進し、僕がそれをよけた後魔方陣の中をグルグルと回り始める。

 

 そうだ、マリーの力を借りさえしなければいいのだ。そう考え魔力を集中させプリーストンを召喚する。

 

 ランタンを片手に持った神に仕える魔物が姿を現す。僕はマッドブルが混乱している隙にこめかみに剣を一差しし、マッドブルはブオオオォオォォオと怒りの鳴き声を上げ僕に向かって来る。

 

 大振りな突進と角での攻撃。剣で防いだつもりだったが当然のように吹き飛ばされた。瞬間プリーストンが呪文と同時にランタンをかかげる、吹き飛ばされた時の擦り傷や打撲は回復して疲れが取れたように感じる。

 

 

 そうだ、これを繰り返せれば…そう考え突進を避け剣の一撃を食らわせる行動を繰り返す。攻撃をモロに食らわないようにだけ気をつけ吹き飛ばされたらプリーストンに回復してもらう。もう半刻以上それを繰り返していたときだった。

 

ブオオオォオォォオォォォォォォォォオッォォォオォォォォォオォォ

 

 マッドブルは断末魔のいななきと共に淡い光りを放ちだした。魔司祭(プリーストン)の時と同じだ、僕は還付に似た吸収の魔力を使う。マッドブルは完全に光りとなり魔方陣と共に僕の魔力の一部となった感覚。成功だ!

 

 

「フィリノーゲンさん!やりました!」

 

「挑むよう促しておいてなんだが…本当にマリーさんの助力なしにマッドブルを調伏するなんて。」

 

 フィリノーゲンさんは魔司祭(プリーストン)の時のようにマリーが介入すると思ったのだろう。信じられないといった顔をしていた。

 

「約束は約束だ、テグレクト一族の〝秘伝〟を教えよう。まずマリーさん以外の魔物をすべて還付してくれ、この技は調伏した魔物が2体以上いないとできない。」

 

 そう言われ、僕はプリーストンを還付した。

 

「君は不思議に思わなかったかい?僕たちが魔力を高めるわけでもなく、一瞬で魔物を召喚することに。」

 

 思えば、アムちゃんといいフィリノーゲンさんといい魔力を高めるのは一度召喚をしてからで、アムちゃんに至ってはそんな気配もなく一瞬で魔物の群れを出している。

 

 

「それは〝圧射出(トップショット)〟という技術を使うんだ。このように……」

 

 

フィリノーゲンさんは魔力を高める様子もなく一瞬で体から飛び出すようにハーピーを召喚してみせた。

 

「今はわかりやすいようにゆっくりやったが、熟練すると相手には一瞬で魔物を召喚したように見える。魔物の同時召喚は知ってるね?」

 

「はい、もちろんです。」

 

「これは、その技術の応用だ。同時召喚ができなくても出来る。シオン君無理でも良いから魔司祭(プリーストン)とマッドブルを同時召喚してみてくれ」

 

「は、はい」

 

 僕は魔力を高め、2体の僕の中にいる魔物を同時に召喚しようとする。しかしお互いの魔力がぶつかり合い魔力が暴走し始める。

 

「もういい!」

 

 暴走を察したフィリノーゲンさんの声で僕は魔力を弱める。

 

「さて、次はマッドブルだけに意識を注いで同時に召喚してみてくれ」

 

「は、はい」

 

 再び魔力を高めマッドブルを召喚させるイメージを強く持ち、ついでに魔司祭(プリーストン)にも召喚の術をかける。

 

 その瞬間だった。

 

 ポンと飛び出すように勢い良く魔司祭(プリーストン)が召喚された、かかった時間は2秒弱。

 

「え?あれ?」

 

「これが〝圧射出(トップショット)〟、調伏している一番力の強い魔物の魔力を借りて、下位の魔物を押し出すように召喚する技術だ。初めてにしては上々、訓練を積めばまるで相手は何の魔力も使わず式を召喚したように錯覚するだろう。素晴らしい。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「あはは、何だか釈然としない顔だね。そう、秘伝というのは、案外タネは簡単なものなんだ。だが王立学園でこんな技術は習わなかっただろう?本当に我々にしか出来ない、誰にも真似できない事ならば秘する必要なんてないものさ。」

 

「そういうもの……なのですかね。」

 

 少なくとも【継承の儀】は誰にも真似できそうになかったけれど……。かくして僕はテグレクト一族の〝秘伝〟の一つを教わった。

 

 マリーはそれを祝福してくれたのか、自分の出る幕がなく寂しかったのか僕を抱擁した。

 

「もっと、修行を重ねないと……」

 

 〝秘伝〟をより学べるよう僕は改めて修行の決意をした。

 

「やはりマリーさんが君を選んだのは偶然ではないのかもしれないな。素晴らしい。では何度か、といいたいところだがまずは休憩だな。2時間ほど休息してまた開始としよう」

 

 フィリノーゲンさんがそう言ったときだった。

 

 コンコン  とノックの音がする。同時に執事が入った

 

「鍛錬中失礼致します。お客人が見えているのですがどうも見覚えが無く確認に参りました。」

 

「客人?予定はないが、名前は?」

 

「はい、レイチドと名乗る緑の髪を束ねた少女でした。」

 

 思わず僕が固まる。レイチドは僕の一個年上の同級生にして王都実習のパートナー……。つまり王立召喚術校の生徒だった。



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母校への帰還

「うわぁ、凄い立派なお屋敷。あ、初めましてシオン君の同級生でレイチド=キャンドネストと申します。風の精霊を式しております。」

 

 

屋敷の入り口にいたのは停学前、実習を共にした同級生レイチドだった。

 

「停学したシオン君が心配でさぁ、てっきりあの事件以来召喚術師が嫌になったのかと思ってたんだけど、まさかあのテグレクトの一族と修行してるなんて流石だね!」

 

 たしかに停学の理由は話していない。周りからすれば、僕の急な停学は不思議に思うことだろう。

 

 

「まあ外でお話しもなんですから、どうぞ中へお入りください。」

 

フィリノーゲンさんはあくまで客人としてレイチドをもてなし、客室へ案内した。

 

 客室で遠慮なくお茶やお菓子をたべるレイチドに学校の様子を聞いた。

 

「それが実習ができなくなってから教師も天手古舞い、このままだとまた3期をやり直し!なんて話しもでてるわ!冗談じゃないわよ2回も留年なんて洒落にならないし、このままどこかに就職しようかなとも思ってたの。それにアムちゃんも急にいなくなったじゃない?マレインったら〝ヤツとはまだ決着がついてない〟だの大騒ぎ!正体を知ったら驚くでしょうねぇ。」

 

そう言ってアムちゃん、第48代テグレクト=ウィリアムを見る。そして一緒に話しを聴いていたアムちゃんも答える。

 

「へぇ、あの生意気な男まだ私に未練があるの。実力の差を見せつけてやろうかなぁニヒヒ」

 

「あれ?アムちゃ…ジュニア君は学校での記憶あるの?」

 

「記憶はないわ、ただ過去を映す鏡でみただけ。あんたらにアムちゃんって呼ばれてる姿も、だだっ子みたいになってる姿も、あんたらをお兄ちゃん呼ばわりしてたのも全部みたわ。今生の恥とはこのことね」

 

 アムちゃんは顔を恥ずかしさからか赤く染めそう言った。レイチドは様子が変わっているアムちゃんに驚いているようだった。

 

「アムちゃんってあんなに大人びた性格だったの?それにテグレクト=ウィリアムの継承者だったなんて…通りで学生じゃ手足もでないわけね。」

 

「まぁ私自身学校での記憶がないからそう言われてもね…」

 

そしてアムちゃんは何かを考えている様子で、瞬時に結論がでたのかガルーダを召喚した。

 

「決めた!学校にいきましょう!シオンも母校がどうなってるか気になるでしょ?私もあの生意気なマレインとかいう男に力の差を見せてあげるわ」

 

マリーと同じくらい一度決めたら意見を曲げないアムちゃんに連れられ僕たちは母校へ戻ることとなった。

 

      ◇     ◇     ◇

 

 ガルーダには僕・アムちゃん・レイチド・マリーの4人が乗り、フィリノーゲンさんは自分で召喚した風龍に乗って学校を目指す。

 

「マレインってやつ、〝滅びの龍〟なんて召喚したもんだから調子に乗っちゃったのね。確かに神話に登場するドラゴンだけど、普通のドラゴンよりブレスの範囲が広いだけの中級の魔物。〝滅びの〟だの〝神話に出て来る〟って名目で変に祭り上げられてるだけなのにね。だいたい模擬試合でマリーにも負けてるのにあの傲慢な態度はなんなの?あげく私を〝こんなガキとペアなんて邪魔だ〟なんて言って」

 

 アムちゃんはマレインに対しそんな辛辣なことを言う。恐らく実習前のやりとりをみたのだろうその場では僕も冷や汗をかいた発言だったが、正気を取り戻したアムちゃんが聞けば腹が立つと言ったらないことだろう。

 

「 それになんでか知らないけどマレインって名前聞いたら直ぐに顔が浮かんだわ、生意気な顔したあの鴉天狗の鼻も翼ももぎ取ってやるんだから」

 

 

 そしてガルーダに乗せられた僕たちは半刻とせず学校へ到着した。一応3期生4期生以外は授業中であり、いきなりの神鳥をひきつれた僕たちを何者かと窓越しに騒いでいた。期待を胸に入学した生徒たちだいきなりガルーダほどの神鳥が校庭に現れたらそれは驚くだろう。

 

「さて、それじゃあまずマレインがつけたがってる〝決着〟とやらをつけてあげましょう。」

 

 そう言ってアムちゃんはニヒヒと子供らしく笑った。

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 本来ならばテグレクト邸から3度は野営が必要な距離にある母校、召喚術師育成校へはガルーダによって半刻で到着した。アムちゃんやレイチド、フィリノーゲンさんを連れて戻った僕たちは、まず下級生にあたる1期生2期生に囲まれ……

 

「うわぁ、ガルーダに風龍!本物だ!」「本でしか見たことないけどでっけぇ!」「私も来年召喚できるかしら?」「いや無理だよ、あんたならできて跳鳥がいいとこ。」

 

 皆、わいわいがやがやと、テグレクト兄弟の召喚した神鳥とドラゴンにあつまって驚嘆していた。

 

 そうなると2人共還付するのも気が引け、テグレクト兄弟は肩をすくめてそのまま2体を召喚していた。一応授業中なので教師からお叱りもあったが、その教師もアムちゃんと僕に気がつき停学以降姿を消していたことに心配していたようで下級生の群れの中に駆け寄ってきた。

 

「アムさん、シオン君大丈夫でした!?あの王宮での実習以来召喚術が嫌になってしまったとばっかり思っていたのですが…こんなガルーダまで引き連れて。…3ヶ月なにをしていたの?」

 

〝レイチドさんにはばれているから今更だが、テグレクトの名前はなるべく出さないでほしい。いらない混乱や弟子志願が学園から殺到されると面倒だ〟

 

 というフィリノーゲンさんの言葉に従い僕は言葉を有耶無耶に誤魔化した。

 

 ……レイチドは召喚術師としては良い成績でなかったが探偵や捜索者の才能でもあるのではないだろうか。

 

 

 そして3期生は自習もしくは宿舎での待機をしているということだったが、いち早く駆けつけた学生がいた。

 

「アム!突然停学などで逃げやがって、実習では私の能力の方が認められたのが気にくわなかったか?」

 

 ……噂のマレインが血相を変えてやってきた。幼児退行の状態で王宮へ実習しにいったのだ、そりゃマレインの方が指導者に好かれるだろう。

 

 

「ふぅん、あまり興味ないんだけど何だかあなたに下に思われるのがムカつくの、なんだか〝決着〟を付けたいんだって?」

 

「ふん、お前のようなガキに本気になるなど大人げないが躾けは必要と思っただけだ」

 

「あっそ、なら模擬試合でもする?本当の戦いでもいいけど死なれても困るしぃ!」

 

お互いに挑発しあって険悪な空気が流れる。

 

「いいだろう。おい、下級生校庭を空けろ!直ぐにだ!このガキに召喚術師のしつけをしてやる」

 

 

 アムちゃん…第48代テグレクト=ウィリアム相手に啖呵を切ったマレインは直ぐさま式である滅びの龍を召喚した。どうやら自習期間の3ヶ月の間に還付まで身につけていたようだった。

 

「俺の式、ガイアだ。滅びの龍とまで呼ばれる伝説の魔龍、とくとご覧に入れよう」

 

「わー、すごいすごーい」パチパチ

 

アムちゃんは挑発するように棒読みでまるで褒め気のない拍手をした。

 

 

そして僕に近づいて一つ耳打ちをした。

 

「ねぇシオン、あんた兄上から〝トップショット〟教わったんだって?」

 

「あ、うん。まだ訓練の段階だけど」

 

「ニヒヒ、じゃあ私が本物のトップショット見せてあげる。よく見てなさいよ!知らない人がみれば本当に召喚術どころか魔法以上に不可思議な現象なんだから」

 

「うん、勉強させてもらうね」

 

僕とアムちゃんのヒソヒソ話が終わり、ついにアムちゃんはマレインと対峙する。

 

 

 

「じゃ、私も召喚しちゃうかな。」

 

…その台詞とどっちが早かったか、魔力も高めず召喚の呪文を唱える事も無くマレインと対峙した瞬間に何千何万という 殺人蜂キラービーの群れが一瞬で姿を現した。

 

 

 

「!!???」

 

 流石のマレインも言葉が出ないようで、ポカンと口を開けている。観客の様に周りを囲んでいた下級生からも感嘆の声が上がる。教員も何が起こったか判らず目と口を開いていた。

 

 

 自身の魔力でなく調伏している高位の魔物の強い魔力を力を借りて、押し出すように下位の魔物を瞬時に召喚するテグレクト一族の秘伝〝トップショット〟。アムちゃんほどの使い手だとこれほど鮮やかにできるのかと僕も驚愕した。たしかにタネをしらなければ一瞬で何の魔力も召喚の呪文も使わず何千何万という 殺人蜂の群れが現れたように見えるだろう。というかタネを知ってる僕でもそうにしか見えなかった。

 

 

 下級生の歓声と殺人蜂のけたたましい羽音だけが校庭に響き渡る。既に決着はついているように感じるが、マレインは諦めていないようだった。

 

 

「……焼き払え!ガイア!」

 

 その瞬間、滅びの龍は強力なブレスを放つ準備をして…口にポッポッと炎を宿した姿のまま固まった。

 

「殺人蜂の毒で痺れさせちゃったぁ!それとも即死の毒の方がよかった?ニヒヒヒヒヒ」

 

滅びの龍にまとわりつく殺人蜂によって滅びの龍は既に戦闘不能になっていた。

 

 

「あっ、がぁ……。」

 

 マレインの顔から血の気が失せていく。天狗の鼻を折られたどころか顔面ごと陥没させられた有様だ

 

「決着でいい?あきらめが悪いなら折角の滅びの龍が死んじゃうよ?」

 

「……俺の負けでいい、鍛錬を積む。一つ聞かせてくれ。君は何者だ?」

 

周りの下級生や教員も感じている疑問をマレインが代表して聞く。

 

「私?私はねぇ、え~と……」

 

  テグレクト=ウィリアム と言うわけにもいかないことはアムちゃんも判っている様だった。

 

そして試合の様子を笑いながら見ていたマリーを一瞥いちべつしてこんなことを言った

 

 

 

「 わたし は アムちゃん 」

 

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ

 

 アムちゃんのジョークにツボったのかマリーが声を上げて笑い出した。

 

 かくしてマレインとアムちゃんの〝決着〟はアムちゃんの圧勝で終わった。

 



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