一発ネタだから多分続かない
『俺に丸腰の相手を殺させるとは…
最後の最後まで不愉快にさせる奴だ…』
床に倒れたトリューニヒトを見下ろし、心底からの不愉快感と共にロイエンタールは呟く。
他者の善意を食い物にし、宿主を壊死させる寄生虫ともいえるトリューニヒトを殺したのは法でも論理でもなく
偉大な主君を仰ぐ部下の怒りを買ったことだった。
忠誠心という他者の利害を読み解くことにかけては右に出るものはいなかったこの寄生虫には例え何回生まれ変わっても理解でき得ぬものが彼を殺したのだ。
床に倒れたものは、もはやトリューニヒトではなかった。
死んだからではない。
口がきけなくなったからだった。
舌と唇と声帯を活動させえなくなったトリューニヒトは、すでにトリューニヒトではなくなっていた。
(なぜ?どうして?)
こうして、トリューニヒトは死んだ。
(うん?ここはどこだ?何が起こった?私は一体…)
トリューニヒトは気づけば真っ白な空間の中、一人粗末なパイプ椅子に座っていた。
『じ…に…なげ…わ…い』
「うん?なんだ?壊れたヴィジフォン?」
トリューニヒトの目の前にはいつの間にかこれまた粗末で安っぽい机の上に置かれた同盟では一般的なヴィジフォンが置かれていた。
音声にも画像にもノイズが混じり、動画はガクガクと粗い上にコマ送りになっている。
「我は神なり、そなたには全く呆れ果てて物も言えん」
ついにノイズ混じりの画像を送ることを断念したのかVoice onlyという表示と共に辛うじて音声が聞き取れるようになる。
だがそれすらも低質で超長距離の超光速通信でもここまでデータ転送量が低い状況は滅多にないだろう。
「要件があるなら秘書を通してアポイントメントを取りたまえ。
後日改めて連絡を取ろう」
神を自称する面倒な存在相手にこの手に限るとばかりにあしらおうとするトリューニヒトであった。
無論、連絡する気など全くない。
利益の見込めない相手に意識を払うほどトリューニヒト高等参事官は暇ではないのだ。
脅迫文書もしょっちゅう来るが、宇宙戦艦の主砲より太い神経と正面装甲より厚い面の皮は伊達ではない。
『もう忘れたのか?そなたは死んだ。もはやいかなる地上の権力も無意味』
そう言われてトリューニヒトはようやく自分がロイエンタール総督に撃たれた事を徐々に思い出した。
「…そうか私は死んだのか…なるほど確かにブラスターが心臓と脳を貫通した不愉快な感触がまだ残っているな…」
トリューニヒトは漸くにして自分が死んだという不可思議な事実を自然と受け止める。
だがそこにあったのは自分が死んだという悲しみではなく更なる権力を握る機会が永遠に失われた悔恨だった。
権力の亡者もここまで来ればむしろ立派な物だ…
いややはり呆れ果てるべきだろう。
『そなたの魂を呼び寄せたのは他でもない、問いただしたい事がある』
「ほう、するとここはあの世ですか。それにしても素っ気ない。
天国にしろ地獄にしろ、もっと色がある場所かと思っておりましたが」
『そなたの世界では既に我の信仰は殆ど失われ、これが我が力の限界。
だがこれから我が言う事をよく聞くのだ』
神を自称する老人はトリューニヒトに語り出した。
いわく、彼の世界ではまだ信仰心は健在だがどんどんと失われており戒律を守る者もますます減っていく。
その信仰心を取り戻させるべく他の世界から取り寄せた男の魂を赤子に転生させたがこれまた一向に信仰心を持つ気配も広める気配もない。
あまつさえには自分自身を存在Xと呼び、神と認めず悪魔と罵る始末。
そこでならばと遠い世界の住人でなおかつ自分の影響力がなぜか届きそうなトリューニヒトに声をかけたということらしい。
トリューニヒトは無論神など信じない、誰も信じておらずいかなるイデオロギーも信じた事も信じる事もないだろう。
だがこの政治的寄生虫は生存本能が卓越しているが故に一つの星間国家を傾け滅亡させ、いままたもう一つの星間国家を腐敗させようとしていた。
その彼の生存本能がこのままでは自らの自我の消滅という言ってみれば真の消滅を許さなかった。
それゆえ目の前の存在の転生に賭ける事としたのだ。
「なるほどなるほど、それはお気の毒です。
しかし私の経験から言わせてもらえればそれはあなたの落ち度ではないのです。
全てはあなたのご意思を理解せず、曲解し、あまつさえには裏切りとでもいうべき態度を取る彼らの落ち度なのです。
つまるところ全てはあなたの意思を正しく伝える事ができる然るべき人物が然るべき地位にいない事が問題なのです」
よくもまぁいけしゃあしゃあと心の片隅にこれっぽっちもない事を並べ立てる事ができる人間がいる者だ。
無論、トリューニヒトには目の前の自称神がどうしようもなく愚鈍でそのくせなぜ失敗したのかを自覚も調査もしようとしない無能だという事を一瞬で見抜いている。
だがそんな事はどうでも良い、肝心なのは消滅するトリューニヒトの人格と記憶を別の世界に転生させられる事ができる存在だという事だ。
「お任せください、あなたの意思をあまねく民衆に届ける。
つまるところ政治の問題なのです。
貴方の言葉を伝えるために預言者モーゼが、イエス・キリストが、ムハンマドが遣わされたのです。
不肖このトリューニヒト、あなたのお言葉を間違いなく彼らに伝えたく存じます。
決してその不届き者のごとく貴方を失望させることはなく
あなたのお言葉を正しく人々に伝える伝道師となりましょう、私にお任せください」
ここまで嘘っぱちを連発できるとは…
だが存在Xはこの言葉に気を良くし、トリューニヒトを転生させる事に同意する。
『ふむ、よかろう。ではかの不埒者と同じ世界に送ることにしよう』
「主よ、宜しいでしょうか?
いかに私のあなた様のご威光を広める意思があろうとも大衆とは身勝手な者…
どれほど正しい言葉を持っていこうとも時には使徒ムハンマドのごとく剣を必要とします。
願わくば貴方様のご加護により、より多くの人にみ言葉を広められる役職につくために何卒ご助力を」
トリューニヒトは深々と頭を存在Xに下げる。
トリューニヒトは続け、かの世界の民衆に言葉を素早く伝えるためにいかに自らが地位を得る事が必要不可欠かをといた。
存在Xはこの舌先3000寸はあろうかという妖怪に同意した。
故に彼はいまこの地位にいるのだ…
統一歴1925年
『大統領閣下、準備ができております』
「うむ、ご苦労」
ヨブ・トリューニヒト、フランシス・ローズヴェルトを破って当選。
第32代アメリゴ合衆国大統領である。
プロットにはヨシフ書記長とロリヤを粛清してルーシ連邦書記長になるのもあった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む