俺だけレベルアップの仕方が違うのは間違っているだろうか (超高校級の切望)
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プロローグ
「オラリオの鍵?」
水篠旬は、『ランダムボックス』から出て来た『鍵』を見て首を傾げる。
つい先日『S級ハンター』に登録され、母親も目覚めた彼は日課である『デイリークエスト─強者を目指して』をこなしたあと、何時ものように報酬を受け取ったら出て来た物だ。
『アイテム∶オラリオの鍵』 入手難易度∶S 種類∶鍵 迷宮都市オラリオへと続く鍵です |
「使用場所が書かれていない鍵は初だな………」
どうやって使うのだろうか?
入手難易度はそのまま『ダンジョン』の難易度だ。しかもSとなると、悪魔の城並になる。『シークレットクエスト』をこなした訳ではないので、かなりの低確率であたったのだろう。
『影の兵士』達の数も質も十分。『S級ダンジョン』にも挑めるだろう。強くなるチャンスだが、母親が目覚めたばかり、側にいてやるべきではないか?
鍵は何時でも使えるのだし………。
「………行ってみるか」
『帰還石』なら残っている。いざとなればそれを使って帰ればいい。旬はそう決めると屋上へ移動し、『鍵』を前に突き出す。
バチリと紫電が走る。バチバチと激しい音を立てながらも、それはこの世界の物体になんの影響も与えず、やがて空間そのものが歪んだかのように蠕き、光の渦が現れる。
「………普通のゲートみたいだな」
少なくともこれまでの『鍵』で開いたダンジョンの入り口とは異なる。演出が異なる。この『システム』を考えるに、それだけで普通ではないことになる。
「と、そうだ………お前達は残れ」
『影のオーク兵』を数体、妹と母親を守るために残す。S級である自分を欲しがり家族に手を出される可能性があるからだ。
それと治安維持のために鎧をまとった『影の兵士』達も数人配置しておく。
「さて、行くか」
書き置きを残した。旬はゲートを潜り抜けた。
「……………外か」
まず目に映ったのは快晴の青空。何処かの路地裏なのか、遠くから人の気配こそするものの周りに人影はない。中世程の町並みのようだ。
ようこそ迷宮都市オラリオへ |
「………ん」
メッセージ? ダンジョンに潜れば入場しましたと報告が出るが、ようこそなどと出たのは始めてた。
此方はイベントクエストになります。内部時間をどれほど超過しようと外部時間に影響はありません |
『レッドゲート』みたいなものだろうか? あれも中の一日が外の一時間となっていた。何方にせよ、ありがたい。これで時間を気にせずに済む。
QUEST イベントクエスト∶迷宮都市で伝説となれ!
迷宮都市に新たな闇が迫っています。『約束の時』は近い。迫りくる脅威に打ち勝ちましょう
クエスト完了条件∶以下のアイテム入手 ―『精霊の分身』の魔石×3 0/3 ―『アンタレス』の魔石 0/1 ー『穢れた精霊』の頭髪 0/1 ―『黒龍』の片角 0/1 ―『ダンジョン』の最下層到達
以上の条件が満たされぬ場合帰還できません
報酬∶ ―1.全アイテムから一つ選べる ―2.ボーナス能力値30 |
「ボーナス能力値は高いけど非公開の報酬はなしか、となると難易度は悪魔の城より下、なのか? ………ん?」
条件が満たされない場合帰還できません |
「…………はあ!?」
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周辺探索
帰還が不可能と知り、一度は慌てたものの、外部時間が経過しないことを思い出しとりあえず落ち着く。
外部時間に気を使わなくてすむ『ダンジョン』は初だ。裏を返せば、『システム』がそれだけサービスする程攻略に時間がかかると言う事だろう。
数週間、数カ月、下手をすれば数年。
「………逆に言えばそれだけレベルアップの機会もあるって事だ。ここで何年修行しようが外では少しも時間が経過しない………せいぜい、頑張るか」
とはいえ、実際にそこまで時間をかける訳には行かない。十年も経てば別人のような見た目になってしまうだろうし、長くて2年を目安に頑張ろう。
そうと決まれば情報収集だ。この『ダンジョン』はどうも妙だ。時代遅れとはいえ普通の街並みが広がり、聞こえてくる声も理性と知性を感じさせる。
『エルフ』や『上級悪魔』のような知性ある『モンスター』の住処なのだろうか?
そのうち片方の『上級悪魔』のエシルやその家族なんかとはまあ友好を築けた方だろう。この世界で長居することも考えて、この世界の住人ともまずは対話した方が良いだろう。『アイスエルフ』のように残虐でなければ良いが………。
「………と、思ったがこれは中々な光景だな」
『エルフ』はもちろん『ドワーフ』や『獣人』など『人型モンスター』が、人間と全く同じ姿をした者達と共に生活している。
普通に会話も成立しているし、モンスター全てに表示されていた名前表示もない。故に強さは己の感覚でしか測れないが、基本的には一般人程度。
だが、武装している者達は『覚醒者』と変わらぬ強さを感じる。殆どが『Eランク』と変わらぬが時折『Dランク』や『Cランク』が混ざる。
武装しているという事は、彼等は戦う者なのだろう。彼らが向かったり、出てくる塔に目を向ける。そちらから強い気配を感じる。
街中の住民達は姿を晒しても襲ってこない。とりあえずは放置でいいだろう。
武装している連中に混じり塔に向かう。
塔の中に入ると、武装した者達は上に向かわず、塔の一階中央にある地下へと続く螺旋階段へと向かっていた。やる気はあまり感じられないが見張りもいる。やる気のなさは、ここを通る者は条件を満たしている者しか来ないだろうという確信。
ゲート前の雰囲気に似ている。この一定以上の強さを持つ武装した集団が、条件を満たした者なのだろう。
旬の強さは少なくともこの場にいる連中よりは上。堂々と歩くと見張りがチラリと旬を見て、すぐにそらす。このファンタジー感満載の世界では珍しい格好だが、それに反応しただけのようだ。ある程度強さを見抜けるのだろう。
「すいません」
「え、あ、はい……」
仮面で顔を隠した男は話しかけられると思っていなかったのか一瞬キョトンとするもすぐに対応する。
「この下に、何があるんですか?」
「何って、ダンジョンですけど」
「ダンジョン………?」
この世界にもあるのか。となると、クエストを達成する為にはこの下に降りる必要があるのだろうか?
この塔の下はゲート多発地域なのか?いや、そもそも文化が違う。自分の世界の常識はこの際捨てよう。
「ダンジョンって、モンスターが住んでるあの?」
「はい。そのダンジョンです………バベルの地下にあるのは、ギルドでも教えられるはずですが………」
「ギルド?」
「もしかして、貴方冒険者ではないのですか?」
「ああ、えっと………冒険者、ですか? すいません、何分遠く離れた地から来たもので」
取り敢えず人の流れを辿ってきた、という事にすると、ああ、なるほどと納得してくれる。
「いやはや、オラリオは世界の中心だなんて思ってましたけどやっぱり知らない人は知らないものですね。この地下にはですね、モンスターの湧き出すダンジョンがあるんです。彼等は冒険者、神の恩恵を得てモンスターと戦える力を得た者達です」
「神の、恩恵?」
「はい、僭越ながら自分もガネーシャ様より恩恵を得ており、この前レベル3になったんです」
「……3」
目の前の人物の強さはDと行ったところだろう。覚醒者の中の、5千人に一人程の割合。大手ギルドなら最下層に位置する強さではあるが、今まさにダンジョンとやらに向かう者達を見るに強い方だろう。
いやまて、なった? この前? この世界の住人は、強さが変わるのか? 自分と同じように。
「………それは、おめでとうございます」
元の強さがどの程度なのかは解らないが、旬も嘗ては弱者の一人、それも人類最弱兵器などと揶揄される程の弱さだった。力を手にした者に、素直な称賛を送る。
「でも貴方も結構強そうですけど…………あ、ひょっとして都市外の神の恩恵を?」
「いえ、神の恩恵は持ってないですね」
大呪術師からの祝福は得ているが、神の恩恵には心当たりがない。いや、この『システム』を司る者は、ひょっとしたら神を名乗れるような存在かもしれないが。
大呪術師カンディアルの祝福 ─持続効果∶無病長寿 あらゆる疾病と毒性及び 異常の免疫を作り 睡眠時には再生能力を 大幅にアップさせます |
「そうですか……でも、体つきなんかは俺より良さそうですけど」
「わかるもんなんですか?」
「わかりますよ。うちの主神も、筋肉大好きですから!」
ムキッとポーズを取る男。反対の男も何やらポーズを取っていた。
「そう、そして、俺がガネーシャだ!」
更になんか増えた。
「────っ」
像の仮面を被り顔の上半分を隠した男の登場に、なんか暑苦しくなって来たなと呆れたような顔をした旬だったが、彼を見て表情を変える。
強い。何かに力を制限されているようだが、内面から滲み出る強さが半端ではない。ひょっとしたら、Sランクよりも上かもしれない。
「ほう、解るか………うむうむ、良い感覚をしている」
「………どうも」
「それで、君の名前は? 俺か? 俺は! ガネーシャだ!」
自らをインド神話の神の一柱であると名乗る男。しかし、それも納得の存在感だ。
「何やら困っているようなので話しかけたぞ! ガネーシャ、人助け!」
「あ、じゃあガネーシャ様この人をギルドまで送ってあげてください。道中、冒険者の説明もお願いします」
なのになんでパシられてるんだろう、この男。
「俺に任せろ。ガネーシャ、任された!」
そしてテンション高いなこの男。
感想お待ちしております
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ウラノス
神ガネーシャの話を纏めると、この世界においてダンジョンと呼ばれる場所は一つだけらしい。
そして、街の中央に起立する塔の名はバベル。古代、人類が力を合わせモンスターが無限に沸き続けるダンジョンの上に立てた
とはいえそんな大迷惑な彼等も、何も迷惑だけを起こしたわけではない。文字通りの『神々の恩恵』を人類に与えた。
それは子供にすら大人を超える膂力を与え、本来なら精霊と契約したエルフなどしか使えぬ魔法を人々に与えた。
モンスターに十分対抗できるようになった人類は戦いが得意な者たちに迷宮でのモンスター退治を任せ、地上に残った組で塔を建設した。常人より力ある者達が建設するのだ、作業はかなりの速度で進んだ。
それからモンスターが溢れ出さぬようにダンジョンに潜り数を減らす者達を、何時しか危険に挑む冒険者と呼ぶようになった。さらに大量に手に入るようになったモンスターの核たる魔石は人々の生活に役立ち、塔の周りは魔石を求めた商人達が集う。人が集まれば飲食店も増え、1000年の時を越え今のオラリオが生まれたらしい。
「そして、当時迷宮に入る者達から得たモンスターや内部の情報の管理、魔石やドロップアイテムの換金、様々な神々が来たゆえの眷属同士の確執の仲裁それらを行う組織が今のギルドだ!」
ガネーシャに案内され、たどり着いたギルド。こちらもバベル程ではないが冒険者が出入りしている。
ガネーシャの話からして、彼等はいわば人工的ならぬ神工的覚醒者とも言えるだろう。
旬の世界の覚醒者と異なりスタート時は全員均一のため、成長も可能。羨ましい限りだ。
ガネーシャは早速入ろうとして、思い出したかのように歩みを変え本来なら職員のみが使うであろう裏口へと進む。
「裏口から入るのは、そこで隠れて様子を見ている奴が関係しているんですか?」
「ドキッ!」
ドキッって口で言ったぞこの男。しかもふざけている訳ではなく明らかに冷や汗をかいている。まあ、良い。彼の話を信じるなら、神々は地上の出来事を楽しむために降りる際力を封印しているらしいから、脅威ではない。問題は、隠密を使い隠れている何者か。
こちらも脅威とは思えないが、警戒しない理由にはならない。
『気付かれていたか、お見逸れするよ』
空間が揺らめくように歪み、人型を取り色付けされていく。現れたのは黒い影。
漆黒のローブを纏った肌の露出が一切ない、男か女かも解らぬ人物。フードの奥は闇に包まれ、その顔を伺う事はできない。Cクラスの上位程度の力を感じる。
「そう警戒しないでほしい………むしろ警戒されるべきは、突如としてこの街に現れた君の方だと思うがね」
「フェルズ、あまり彼を責めないでやってくれ。少し話しただけだがなかなかの好青年だ。真に責められるべきは街へと無断で入れてしまった俺。なぜなら、俺はガネーシャだからだ!」
「すまない、神ガネーシャ。少し黙っていてくれ」
「むう……」
フェルズと言うらしい黒衣の人物曰く、神の降臨にも似た気配を、この街で唯一僅かに神の力を扱いダンジョンを抑え、この街の平和を守っているギルドの神が感じ取ったらしい。
神の降臨と同じく世界を跨ぐ揺らぎ、しかし力を抑えるとはいえ世界を跨ぐ際にどうしても生じる神の気配はなく、代わりに何処か悍しい
ギルドの神はとある神に頼み、その異物を探してもらった。その神は神の力を使わず、人の本質を見抜けるからだ。そして、見つけたこの世界の人間とは異なる人の形をした何か………旬にガネーシャが声をかけた訳だ。敵意がありそうだった場合は、彼のホームに誘い込み彼の眷属で拘束する予定だったらしい。
「まあ軍勢というのはなんの事か俺にはさっぱりだが、危険はないと判断したぞ!
「それを誤魔化せる可能性も考慮してほしいものだがね」
「そのような不審な点はお前が見逃さないだろう?」
「…………」
ガネーシャの言葉にフェルズはカリカリと頭をかく。
「貴方が団員に慕われる理由の一端が分かったよ。まあ、何かを隠すような気配は、確かに感じなかった………その上で、まだ少し疑わしいんだ。我が主にあってもらいたい………誰よりも人間と対面してきた彼は、神の力関係なく人の本質を見抜く」
「……なんか、余計な手間を増やしてるみたいですね。すいません」
「気にしないでくれ。こちらこそ、疑ったままですまない……」
そして、フェルズの案内のもと隠し通路を使いながらギルドの神が居るらしい祈祷の間という場所に辿り着いた。
「よく来てくれた。私の名はウラノス、よろしく頼む」
祭壇のような広間。4つの松明に照らされた祭壇の中心には石の玉座に座った2メートルを超す逞しい老人が居た。側には槍を携えた美女が立っている。
これまで見てきた中で、一番強い。道門に匹敵するか、少し上と言ったところだろう。Aランクに限りなく近いBランクぐらいだろうか。
「紹介するぞ旬! 彼女はシャクティ、俺の眷属だ!」
「シャクティ・ヴァルマだ。よろしく頼む」
おそらく彼女は旬が暴れた時の為に呼んだ、彼等の中で最強の部下なのだろう。しかし、仮にもこの街の中心ならもっと強い相手を呼べるのではないだろうか?
権力を嫌うか、あるいは旬の存在を他に知られたくない理由でもあるのか。
「私以外にはその軍勢の気配を感じられぬようだ。一部を見せてやってくれぬか?」
「………………」
ウラノスの言葉に、影の軍勢を呼び寄せる。『影の兵士』『影のモンスター兵』『影の歩兵』『影の魔法兵』『影のオーク兵』を数体呼び出す。
「ほう」
「────っ!!」
ガネーシャが驚いたように声を漏らし、シャクティはその不気味な光景に思わず槍を構え、その槍が新たに影から現れたイグリットに掴まれる。
「後百体ぐらいだせます」
「なっ………は?」
その言葉に信じられないと言うように目を見開くシャクティ。自分の槍を掴むこの影は、間違いなく自分より上。下手をすればレベル7、オラリオ最強の【
たった一人で複数のファミリアを相手できるどころか、下手をすればオラリオを滅ぼせるかもしれない。そんな存在なのだ、目の前の男は。
「お前は、一体何者だ? それ程の力を、どうやって手にした」
「…………」
さて、どうするか。ここはもとの世界ではない。話しても、問題はないかもしれないがそれはもとの世界に影響がないだけで、この世界ではどのように扱われるか分からない。
「我が神名に誓い、お前の秘密を漏らさぬと誓おう」
そんな心境を見越したかのように、ウラノスは断言した。
その目を真っ直ぐ見返し、嘘はないと判断する。
「俺は、ある鍵を使いここに来ました。こことは異なる世界で………」
日本、ゲート、ダンジョン、異世界、鍵、デイリークエスト、大体の事情を話すと、シャクティはやはり信じられぬと言いたげな顔をして、逆に神々とフェルズは何やら考え込む。
「………異世界は確かに存在する。フレイヤなどは時折《混沌》と良くゲームと称し互いの駒を盤上に送るからな」
異世界の存在を他ならぬ神々が認知していた事に驚きを隠せぬシャクティ。ウラノスはしかし、と顎に手を当てる。
「本来は
それが敵意が無いことを祈るしかない。それはひとまず置いて置くとして。
「水篠旬よ、お前の地位を保証しよう。代わりに、その力を有事の際貸してはくれぬか?」
「…………断った場合は、どうしますか?」
「何も。ただ、敵対しないでくれるならそれで良い」
「……………わかりました。具体的には?」
「秘密裏に動く実行部隊になってもらいたい。我等の個人的な戦力は、下層がせいぜいなのでな。お前なら深層にすら向かえるだろう…………」
さしあたっては何処かのファミリアに所属して欲しいそうだ。冒険者の立場でないとダンジョン内での活動が難しくなるそうだ。とはいえ旬には隠密があるのだが……
「私達の所は人が多すぎるな。
「人が少ない方が都合がいいな。その上で、隠し事を容認してくれるかそうでなくとも黙っていてくれる神…………タケミカヅチかミアハ辺りが妥当か?」
シャクティの言葉にむむ、と考え込むガネーシャ。候補の2柱、うち一人は眷属が数人、安全のためと他の眷属と組まされる可能性が高い。
もう一人は、医療系。それに過去のことも考えれば、主神が危険に挑む事にいい顔をしないだろう。
「探索系ファミリアで、チームを組まされることもないであろうファミリアか……………あ」
【ヘスティア・ファミリア】を。一週間程前に出来たファミリアであり、団員1名の間違いなく最下位のファミリア。その主神ヘスティアが、唯一の団員
「喜べベル君! 入団希望者だ! いやあ、バイトしてたら話しかけられちゃってねえ。やっぱり溢れ出る僕のすごい神オーラが隠せないっていうのお?」
ふへへへ〜、と笑う黒髪ツインテールロリ巨乳僕っ娘の属性てんこ盛りの女神は得意げになっていた。ベルもベルでやりましたね! とパチパチ拍手を送っていた。
Lv.ーーー
力:ーーー
耐久:ーーー
器用:ーーー
敏捷:ーーー
魔力:ーーー
《魔法》
【】
《スキル》
【プレイヤー】
・別システムの影響を受けています。神の恩恵による効果はありません
「な、なんじゃこりゃあああああ!?」
その日【ヘスティア・ファミリア】のホームから、一柱の女神の悲鳴が響き渡ったという。
感想お待ちしております
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初めてのダンジョン
後輩が出来た。年上だけど、一週間だけとはいえ冒険者として自分のほうが先輩だ。白髪赤目の兎を彷彿させるベル・クラネルはようし、格好いいところ見せるぞお! と先輩風を吹かせる気でいた。
その様子を見て自分を慕い親のサポートを受けられる会社が設立するギルドではなく、旬が立てるギルドに入りたいと言っていたと諸菱賢太と出会った頃を思い出す。
あの時点で自分の強さはB級ハンター程度で、彼はD級。表向きにはE級だったから彼も自分が守りますよ、と言っていたか。
「………………」
強さは、駆け出しだけありE級と言ったところか。まあ最初の自分よりよっぽど強い。
が、少しあらが目立つ。背後からベルに迫っていたゴブリンの頭を蹴り飛ばす。
「あ、ありがとうございます!」
ゴブリンを倒しました 経験値を5獲得しました |
しかし大して経験値にならない。まあこれだけ弱いから仕方ないのかもしれない。と、天井から落ちてきたダンジョンリザードを短剣で斬り殺しながら自分なりにダンジョンのランクを推定していく。
無限にわき続けるというのは厄介だが、少なくとも現在の到達階層である4階層までなら金にならぬと放置され協会が請け負うことになる程度のE級ダンジョン程度といったところか。それも、人類最弱と呼ばれていた頃の自分が呼ばれるE級の中でも最下層に位置する。
しかし潜れば潜るほどモンスターも強くなるらしい。
「ベル君、ここは余裕だし、二手に別れないか?」
「え、でも…………あー、うん。そうですね………お金、早く集めたいですし」
旬の言葉に一瞬迷うベルだったが一週間とはいえソロで行動してきた経験があり、何気に旬も強かった。これならたしかに二手に別れた方が効率が良いだろう。
【ヘスティア・ファミリア】の
「それじゃあ、また夜にバベル前の広場で」
「ああ………」
中層に入ればモンスターの数が増え群れとなり、下層ともなればC級………小規模ギルドのギルドマスター程の強さの奴やB級モンスターも混じってくる。
しかし、あまりレベル上げには向かない。
黒いサイのようなモンスターを斬り殺し魔石を抜き取る。この世界のモンスターも体内に魔力の塊を持っているらしい。旬の世界のダンジョンでもモンスターが持つ魔法石と言う魔力の塊を抜き取り、それを金に変える。今や魔力で動く様々な道具で成り立っている。旬の世界も、この世界も。
とはいえ旬の世界のモンスターは魔法石を抜き取っても灰にならず、その死体も様々な使い道があるがこの世界のモンスターは魔石を抜き取ると灰に成ってしまう。
時折そのモンスターの部位で異常発達した場所が魔石を抜き取られてもなお魔力を帯び、灰にならず残るのをドロップアイテムと言うらしい。
モンスターとしても発展させる必要がある部位、牙であったり爪であったり角や皮膚、時折目玉や血なんかが残る。毒を使うモンスターだと毒を残すこともあるそうだ。
まあ、中層の物をギルドで換金するわけには行かないが………。旬は不意に恩恵を刻んだ先日の事を思い出す。
「おお、いい身体してるね〜。鍛えてたのかい?」
「はい、まあ……」
なにせ一日のノルマをこなさないと砂漠に送られ毒を持ったムカデに襲われるし。まあ、それを抜きにしても報酬のポイントで筋力を上げた結果でもあるのだが。
「さぁて、それじゃあ恩恵を刻むぜ」
そう言って上着を脱いだ旬の背中に血を垂らすヘスティア。神の力を封じた神々は、唯一許された権能を用いて人類を強化させる。それこそが眷属で、その集まりが文字通り血を分けた
「よおし、でき……………ほあ?」
が、ヘスティアが背中に描かれた【ステイタス】を見てピシリと石化した。
「な、なんじゃこりゃあああああ!?」
「ど、どうした神ヘスティア」
「神様!? 何があったんですか!?」
「おおっと、ベル君はきちゃ駄目だ!」
ヘスティアの叫び声にベルが慌てて部屋に飛び込んでくるも、ヘスティアが慌てたように追い返す。そして、呼吸を整え羊皮紙に【ステイタス】を写し手渡してきた。因みにこちらの世界の文字は読める。『アイスエルフ』達の言葉を理解できたのと同じく『システム』の影響だろう。
水篠・旬
Lv.ーーー
力:ーーー
耐久:ーーー
器用:ーーー
敏捷:ーーー
魔力:ーーー
《魔法》
【】
《スキル》
【プレイヤー】
・別システムの影響を受けています。
神の恩恵による効果はありません
「…………これは」
「少なくとも僕にはさっぱりだ…………君は、これが何を意味するかわかるかい?」
ヘスティアは嘘は許さないとばかりに旬の目を見つめる。神に嘘は通じないらしいし、素直に話すことにした。
「なるほどねえ、異世界…………いいかい旬君。そのことも、この【ステイタス】の事も他の神々に話しちゃ駄目だぜ」
元々ガネーシャに細かいことを聞かないでくれと紹介された時点で何かあるとは思っていたが、想像以上の『未知』だった。娯楽好きの神々が知れば間違いなく手を出そうとすることだろう。
「………俺を置いておいて良いんですか?」
「すでに【ステイタス】は刻んだんだ。それが君になんの力を与えてやれなくても、君はもう僕の子さ。子を追い出す親は………まあ、いなくはないけど少なくとも僕は違う」
「………………」
ガネーシャがここを紹介した理由が、なんとなく分かった。相当な善人だ。いや、善神か。
「君がそのクエスト? を終えて何時か帰るのは、寂しいけど仕方ない。けど、君をずっと手元に置こうと考える神々だっている筈さ。残念だけど僕じゃ、そんな奴らから守れない………」
なにせ構成人数たった二人だ。それこそ力を示す舞台でもあれば旬が他の神々を威圧できるだろうが、ヘスティアはそれを知らないし、今の所そんな機会もない。
「別システムの影響は、
「わかりました」
とはいえせっかく手に入れたアイテム。素材系は特に使う予定もなし、ギルトを通さずどこかのファミリアに下ろすか?
「ポイズン・ウェルミスの体液なんかは、血清の材料になるのか………」
他にも色々素材があるのだろうが、レシピがない以上旬には作れない。なのでこれは売ろう。ひとまず地上に戻る事にした。
「あ、旬さん。お疲れ様です………魔石は取れました?」
「ああ」
旬の世界でもそうだが亜空間収納系の魔法はレアだ。こちらの世界では少なくとも噂にすらなっていない事から存在していない可能性もある。故にイベントリに保管せずに袋に詰めておいた魔石や上層のドロップアイテムを見せる。
「おお〜。凄いですね旬さん!初日なのにこんなに沢山!」
「オラリオに来る前からモンスターを狩ってたからね」
「なるほど。でも、オラリオの外のモンスターは迷宮のモンスターに比べても弱いはずなのにやっぱり凄いですよ」
キラキラした瞳を向けてくるベルに少しこそばゆい気分になる。
「じゃあ換金しに行きましょうか」
「そうだな……」
「次の方〜…………あ、旬さん」
ギルドの受付嬢の一人、ミイシャ・フロットは先日自分の担当冒険者になった旬に気付き笑顔を浮かべる。今日ダンジョンンに潜るとのことだが目立った外傷はない。無事戻ってきて何よりだ。
「換金お願いします」
「は〜い。まあ初日はそんなに稼げるものじゃありませんけど、気にしな……へ?」
ドチャリと置かれた袋。中には、魔石がぎっしり。全部上層でのみ取れる質の低いものだが、それでもこの量、同じファミリアに所属しているのは一人だけ。たった二人で、この量を? と思い隣を見るがベルの持ってきた魔石は少ない。まさか二手に別れ、たった一人で集めたとでも言うのだろうか?
「………この量だと、あっちのカウンターで計算してもらったほうが良いですね〜」
駆け出しなどはそこまでの魔石を取ってこれないため担当受付嬢が相手したりするが、この量となるとキチンと換金所に行き計算して貰ったほうがいいだろう。
「そうですか、手間をかけます」
「いえいえ。あ、それと敬語はいいですよ。旬さんの方が年上でしょ?」
「そうか? じゃあ、そうさせてもらう」
旬はそう言うと換金所に向かった。
格好いい人の担当になれた、ラッキー程度に思っていたが、将来有望の冒険者の担当受付嬢になれたこともラッキーだ。ミイシャはそんなふうに思いながら彼の背中を見送った。
そして、場所は変わり【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。旬はこちらの世界のポーションの効果に興味が出てきたので取り敢えず効果がありそうという事で高いのを選び手に取る。
『アイテム∶アミッドのエリクサー』 入手難易度∶A 種類∶消耗品 アミッド・テアサナーレが作った万能薬です。 様々な病気、毒、怪我を癒やします |
「へえ……万病てわけじゃないのか」
「ええ、残念ながら」
「……………」
思わず感想が口に出ると、店員の少女が声をかけてきた。銀髪の、小柄で無表情な少女。身体能力は低いが魔力が高い。が、攻撃的ではない。
ここが医療系ファミリアである事を考えるとヒーラーだろう。この世界のヒーラーは欠損を癒せないと聞いたが、目の前の少女は以前旬の足を治そうとしてくれた観月……魔力さえ足りれば欠損を癒せるB級ヒーラーに匹敵しうる。
「私共としてもあらゆる病に効く薬を作りたいのですが、未だ実現したことはありません」
「そうですか………」
「貴方は、見かけない顔ですが薬師ですか?」
「? 何でそう思うんですか?」
「薬を見て、鑑定していたので。ある程度知識がある方かと………もし、この街に来たばかりです、未だどこのファミリアにも所属していないのならどうでしょう、うちに来ませんか?」
薬を作れる者が増えて困ることはありませんから、と続ける少女。どうやら旬が薬の効果を当てたのを見て勘違いしたようだ。
「いえ、俺はもう探索系ファミリアに入っているので」
「そうでしたか。失礼しました」
取り敢えずこの世界のポーションの効き目を確かめるために数本購入し、ホームに帰った。
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ヘスティア・ファミリア
冒険者になって暫くたった。弱いモンスターばかりしか狩れていない為、経験値は少ないがこちらの金、ヴァリスは稼げてきた。アミッドの所で売る素材となる中層のドロップアイテムやダンジョン産の植物などをイベントリに入れ、地上を目指す。
上層あたりに来ると、複数の魔力が近付いてくるのが分かった。『
「は?」
気のせいかひどく慌てているように見えるミノタウロス達は旬の事など見えていないかのように速度も緩めず拳も斧も構えない。取り敢えず正面のをナイトキラーで切り裂いていくがその間に何匹か逃げる。
「なんで上層にミノタウロスが………って、まずい、ベル君!」
ミノタウロスは本来中層のモンスター。その力は推定Lv.2の、駆け出し冒険者では相手できない怪物。
上層の冒険者で相手できる者はまずいない。次々殺されて行き、何れはベルの下に向かうかもしれない。
『スキル∶疾走』を使用します |
速度をさらに上げ、ミノタウロス達を後ろから切り刻んでいく。しかし数も多く様々な道に逃げていく為全てを抑えることは出来ない。
7階層、6階層と登っていく。確か、ベルは担当受付嬢のエイナに2、3階層までと念を押されていたが、最近の物足りないと言いたげなあの様子だともう少し下に潜っているだろう。
感じる気配は残り3つ。うち一つが消えた。ミノタウロスを追っていた気配が幾つかあった、その内の誰かだろう。一番近くのミノタウロスの首を切り落とし、最後のミノタウロスに向かうと丁度ベルが追い詰められていた。どんだけ運がないんだ。
『スキル∶支配者の手』を使用します |
「ヴオ!?」
ミノタウロスの腕を握り潰す。突然の事に混乱するミノタウロスを引き寄せようとした瞬間、金色の風が吹く。より正確には旬とは別の方向から来た金髪の少女だ。首を捕まれ後ろに倒れかけるミノタウロスを見て不思議そうな顔を浮かべるも、即座に切り捨てる。
「…………あ」
思わず旬が声に出す。細切れにされたミノタウロスの血が飛び散り、ベルが頭からその血を浴びたのだ。
ベルはポカンと目の前の少女を見つめる。
「………大丈夫ですか?」
心配そうに声をかける少女だったが、ベルは固まったまま動かない。少女は再度問いかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「だっ───」
「だ?」
「だああああああああああ!?」
「ベル君!?」
ベルは突然叫びだし逃げ出した。少女は固まり、己の手を見る。血に染まったその手を見て、逃げた少年の背を視線で追う。
「………私って、怖い?」
「……………」
旬はさてどうすべきか、と迷う。同派閥のベルを救ってくれた少女へ礼を言うべきではあるのだが、明らかに混乱しているベルが地上に戻れるかも心配だ。
「あの………」
と、考えている間に少女が話しかけてきた。
「さっきの子、知り合いですよね? 怖がらせてごめんなさいって、伝えてくれますか?」
「………ああ、わかった。それと、あの子を助けてくれてありがとう」
「あ、その、私は……」
少女が何かを言う前に旬はベルを追う為に走り出した。その速度に、少女は目を見開き固まった。
そしてベルと合流したのはギルドの中。ベルの気配が地上に出た時点で走るのをやめ、歩いて追っていったらギルドに付いた。そして、今はエイナに二人揃って叱られている。
「良いですか旬さん。貴方がいくら外でモンスターを倒してきたと言っても、ダンジョンの外のモンスターは代を重ねる毎に弱体化していて、ダンジョンのモンスターより弱いんです。せっかく同ファミリアの団員が居るのに二人別れてソロで進むなんて………」
冒険者は冒険してはならないとは、彼女の言葉だ。常に危険が蔓延るダンジョン内で無鉄砲な行動は死に直結する。パーティーを組める相手がいるならパーティーを組み、安全第一に考えるべきと言うのがエイナの考えである。
「けど、ベル君が落ち込むし……」
実際初日、僕も今日から先輩だ! と意気込んでいたベルだったが、蓋を開ければ遥かに強い旬。自分が一匹倒せただけで大喜びで地上に戻ったゴブリンがあっという間に切り刻まれていく姿を見て、ションボリしてた。
「それでもです。安全をきちんと考えてください」
「善処する」
「それ、実行しない人の常套句ですよね?」
エイナの言葉に返答を返さずジト目で睨まれながらもホームに帰る。ヘスティアも帰ってきていた。何気に彼女も働いているのだ。神様なのに。
ベルが死にかけたと報告すると心配そうな顔をするも、大怪我してないようなので安堵していた。まあベルが出会いを求めて下の階層に向かった事には呆れていたが。因みにその時助けた金髪の少女はアイズ・ヴァレンシュタインと言うらしい。
ダンジョンなどと言う物騒な場所で出会う女が生娘な訳がないとのことだ。
「それに、アイズ・ヴァレンシュタイン、だっけ? そんな美しくてべらぼうに強いんだったら他の男どもがほっとかないよ。その娘だって、お気に入りの男の一人や二人囲っているに決まっているさ」
「そ、そんなぁ………」
「………神ヘスティア」
ショボンとうなだれるベルに声をかけようとしたヘスティアだったが、旬が口を挟む。
「知りもしない相手を、気に入らないというだけで貶すのは良くないと思うぞ」
「うぐぅ………」
旬の言葉に唸るヘスティア。とはいえ、やはりアイズ・ヴァレンシュタインが気に入らないのか不機嫌なようだ。ベルとアイズは出会ったばかりだが何かあったのだろうか?
「うう…………よし! 次は旬君の番だよ! ベル君は出てった出てった!」
旬にはレアスキルがあるという事に成っており、隠し事が苦手なベルには見せないという取り決めになっている。が、それは秘密の話をする合図でもある。
旬は此方の知識を得るために購入した本を閉じヘスティアに向き直った。
「何かあったのか?」
「…………ベル君がレアスキルに目覚めた………想いの丈で効果が向上する、成長補正だ」
「成長補正………それは羨ましいな」
「旬君は十分強いじゃないか、これ以上強くなってどうする気さ…………ああ、それにしても、想いの丈って、これって絶対ヴァレン某に惚れたって事だろ!? ちくしょーう! 僕のベル君が〜!」
うがー! と吠えるヘスティアは、やはり人間らしい。神と聞けばとある石像を思い出す旬だが、ヘスティアの在り方は好ましく思う。
「どんな形であれ、強くなろうと願う事は、強くなる事はいい事だ」
「…………旬君は、ベル君が強くなれると思うかい?」
「まだ何とも………ベル君は、まだ漠然とこのままでも強くなれると思っている。それじゃあ駄目だ………強くなるためには、何もかもしなくちゃ」
「…………今はまだ、憧れている場所に、歩いているだけで届くと思っているみたいだからね。じゃあ、それが遥か高みだと、解ったら?」
「それでもなお、手を伸ばせたなら強くなれるよ」
何せこの世界の人間は、努力すればさらなる力を手に入れる事が出来るのだ。向こうの覚醒者は持たないアドバンテージ。
ランクアップに関しては旬のレベルアップより上がり幅が大きいだろう。ただ、それがかなり時間がかかるだけ。しかし早熟するベルなら、それも覆せるかもしれない。
「ううん、僕の
ヘスティアはそう言って、頭を抱えるのだった。
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豊饒の女主人
翌日、結局エイナの忠告を無視してソロで潜ったベルと旬。ダンジョンから出た旬はふとバベルに振り返りその最上階を睨む。
ここ最近不躾な視線を感じる。ここ最近というか、ぶっちゃけるとこのオラリオに来てから毎日だ。恐らくウラノス達が言っていた本質を見通す神だろう。自分の本質は、かなり気に入られたらしい。今の所迷惑を被ってないからとりあえずは放置している。因みにこの視線、ベルと一緒にいると少しだけマシになる。
そんなベルの成長は、かなり早い。それが目覚めたスキルと、憧れの対象に対する恋慕だと知っているヘスティアはものすごく不機嫌になってしまっていた。バイト先の打ち上げがあるからと出ていったヘスティアを見て、ベルは首を傾げながら旬に尋ねる。
「僕、なにかしちゃいましたかね………」
「ベル君………」
ふぅ、と旬はため息を吐く。
「俺に聞かれてもわからないよ」
この男、看護婦に連絡先を聞かれても退院後に検査結果を送ってくるのかなとしか思わないし、妹の友達に突然下の名前で呼ばれても少し疑問に思うだけ、悪魔の貴族に娘を借りると言った際何故その悪魔が怒ったのかも理解しない朴念仁である。何処ぞの薬師の神や武神と3人合わせて会話させたら、彼等の眷属達はまずずっこけるだろう。
「そうですか………そうですよねえ。何しちゃったんだろ、僕」
そして、他人に対してなら察するのに己に関してはこの少年も、結構な朴念仁である。
「あ、そうだ。実は今朝、知り合った人に店に来ないか言われてて、旬さんも行きませんか?」
「そうだね、俺も食事を何処にしようか決めてなかったし、ご相伴与るよ。財布を忘れちゃ駄目だよ?」
「わかってますって」
ベルが会ったというシルと言う名の女性。なんでも魔石を拾ってくれた後、弁当ももらったらしい。そのまま悪いと思うなら食事に来てくれと、まあ要するに売り込みだ。その魔石は本当にベルのだったのだろうか?
たどり着いた店は2階建てで奥行きのある酒場。店の名は『豊饒の女主人』。中を除き、旬はほう、と感心する。
店員の殆どがB級覚醒者並み。女将であろう恰幅のいいドワーフの女性に至ってはS級でこそないものの今まで出会ったA級の中では一番強いかもしれない。
「………………」
因みに店員は全員女性。それを見て、ベルは赤面していた。いや、別に如何わしいわけではないのだが………。
「ベル君、行くよ」
「………はい!」
この程度で覚悟を決めた顔になられても、とは思いつつ店に入ると薄鈍色の髪をした女性がパタパタやってきた。
「ベルさんっ………此方の方は?」
「あ、えっと。同じファミリア所属の旬さんです」
「よろしく」
どうやら彼女がシルらしく、二人は席に案内された。何故かベルは大食漢と言う事になっていたらしい。ベルは無難にパスタにしていたが旬は金に困っていないのでステーキを頼んだ。あと、頼んでもない酒を出された。
『有害成分が検出されました』 |
『解毒が完了しました』 |
アルコールがすぐに分解される。残念ながら旬は酔う事はない。そのまま料理に舌鼓を打っているとシルがやってきた。楽しんでくれているか聞きにきたらしい。
まあ料理は美味い。少し高いが、冒険者に人気の店らしい。シルは沢山の人が行き交うこの店で働く内に知らない人と触れ合うのが好きになったらしい。
と、その時だった。旬が振り返る。強い気配が複数近付いてきた。まっすぐ酒場に近づいてくる気配はそのまま酒場に入ってきた。十数人の団体。強いな。
ハンタースのB攻略チームより強い。その中に見覚えのある顔があった。ベルを助けてくれたあの時の少女だ。よくよく感覚を凝らせば、彼女から感じる気配、人ではなさそうだ。ベルは顔を赤くして固まっている。そう言えば、スキルが目覚めるほど強く惚れていたのだったか。
「べ、ベルさん?」
「そっとしといてくれシル。初恋の相手と思わぬ再会で混乱してるんだ」
旬の言葉にベルは反応することもなく机に突っ伏しジッとアイズ・ヴァレンシュタインを見つめる。かなり不審だ。
その間にもアイズ・ヴァレンシュタイン含む【ロキ・ファミリア】の面々は宴を始めた。シルいわく、ここは彼らのお気に入りなのだとか。出来るだけここに来ようと心に誓ったベルはアイズを観察し続ける。失礼だが、少し気持ち悪い。【ロキ・ファミリア】はリヴェリアと言うらしい女性の胸をかけ酒飲み勝負をしてるから、そっちも少し気持ち悪い。
と、その時だった───
「そうだ、アイズ! お前あの話を聞かせてやれよ!」
「あの話?」
不意に狼人の青年が叫ぶ。顔が赤い、酔っているのだろう。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」
ベルの赤かった顔が、打って変わって青くなる。
【ロキ・ファミリア】の話を聞いているとどうやら17階層でミノタウロスの集団と遭遇し、返り討ちにしたらミノタウロス達が逃げ出したらしい。その結果上層にミノタウロスが来たのだ。
納得がいった。旬の世界に例えるならゲートを一週間以内に閉じれなかった際起こる現象、ダンジョンブレイク(ダンジョンからモンスターが出てくる状態)に状況が近い。戦えぬ者がいる場所に強力なモンスターを放ってしまったわけだ。大手ギルドや協会管轄なら謝罪会見ものの失態だ。もちろん上層にいるのは冒険者だが、Lv.1ばかり。下手したら地上進出を許していたかもしれない。
旬がそんな事を考えている間にも話は進み、狼人の男はベルがミノタウロスの血を浴びて真っ赤に染まってしまった事を思い出し笑っていた。
「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっかいっちまってっ………ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのお!」
「……くっ」
「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!」
「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない」
「…………」
「ああぁん、、ほら、そんな怖い顔しないの! 可愛い顔が台無しだぞー?」
笑い声に包まれるアチラと異なりこちらは静かなものだ。うつむくベルをシルが心配そうに声をかける。
とはいえ旬は、何も言ってやらない。言うべきではないと判断した。と、しまいには狼人はエルフの女性に諌められるのも無視してアイズに問う、自分と情けないトマト野郎、番にするならどちらか、と。
アイズはベートと言うらしいその狼人に、あなたは御免だと断る。ならトマト野郎はどうだ、受け入れるのか? ありえない。他でもないお前自身が認めない、と狼人は言う。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」
「────っ!!」
「ベル君」
立ち上がろうとしたベルは、しかし耳に通る旬の言葉に固まる。
「………彼の言葉を否定できるか?」
「………いいえ」
「そのとおりだ。俺も彼の言い分は正しいと思う」
「ちょっ、旬さん!?」
シルが何か言うが、今は無視だ。旬はベルを真っ直ぐ見つめる。
「そのうえで君は、どうしたい?」
「…………強く、なりたいです」
旬はその目を知っている。誰よりも、その目に覚えがある。
「支給品のナイフじゃ、心許ない。これを持ってくと良い」
旬はストアで購入した攻撃力+10のナイフを渡す。冒険者を足元に見ているギルドの豚が駆け出しに渡す為に選んだ低品質の安物よりよほど上等なナイフ。旬の持つナイフには劣るが強い武器だけ持たせればいいと言うものでもない。事実旬の持つ『カサカの毒牙』はよく効果を打ち消されるし。
とはいえ、普通の冒険者より成長の早いベルにギルドの支給品は質が悪すぎる。これぐらいが丁度いいだろう。
「ありがとうございます!」
ナイフを受け取ったベルは、すぐに走り出した。
「………よろしいのですか?」
と、エルフの店員が話しかけてきた。この店の中では特に強い少女だ。道門と互角だろうか?
「彼を、一人で行かせて………」
「手を貸すのは、ベル君のためにならないからな。まあ………」
と、旬は片手を何故か仲間に押さえつけられていく狼人に向ける。
「おいこら離せ! なんだってんだ!」
「もー! アイズが嫌がってたじゃんこのセクハラ狼! おとなしくしろ!」
「ああん!? るせぇ、肋があたんだよ貧相なマナイタゾネス!」
「なんだとお!? え、うひゃ!?」
ググ、と更に力を込めた褐色の少女だったが、突然狼人の身体が跳ねる。そのまま、床に落ちない。
「───!? カ、ア……? がァ!」
「ちょっ!? べ、ベート? どうしたの!」
まるで見えない何かに首を掴まれたかのように首元近くを指で掻きむしるも空を切るばかりの狼人に、誰もが困惑する。やがて彼に腕を向ける旬に視線が向かう。
「ベル君が馬鹿にされた事自体は、俺も苛立っているけどね」
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謎の冒険者
「な……何を、やめなさい! 今すぐに!」
エルフの店員、リュー・リオンは【ロキ・ファミリア】所属の【
ベートの為ではない。いや、彼とて客だが、リューがやめるように言ったのは旬のためだ。友の為に怒るのは、彼女から見ても好ましく思える美点である。しかし、ベート・ローガはLv.5の一級冒険者。殆どのものがLv.1のまま進めぬ中Lv.2になれば小規模ファミリアなら団長になれる。大規模でも、Lv.4がトップだろう。
そんな、通常ならファミリア団長クラスの猛者達すら補欠幹部にしかなれぬのが大規模にして最強候補の一つ、【ロキ・ファミリア】。その幹部を務めるベートは素行にこそ問題はあれどその実力は本物。少なくとも、この店の店員で勝てるのはミア一人しかいない。もし乱闘になれば、この街に来たばかりらしい旬では手酷くやられるだろう。相手が酔っているのもタイミングが悪い。酒は人から理性を簡単に奪う。
「げほ! かはっ……………! っ、てめぇかあ!」
旬が手を下ろすとベートが床に落ち、咳き込みながら立ち上がり酒と首を絞められた事により赤くなった顔で憤怒の表情を浮かべ旬を睨む。
「てめぇ、俺が誰だか解ってんのか!?」
「解ってるさ。上層に中層の魔物を逃して大多数を死の危険に晒しといて、反省もせず宴を開いた挙句お前等の過失が原因で死にかけたベル君を笑った【ロキ・ファミリア】だろ?」
ふん、と冷たさを孕んだ旬の言葉に、【ロキ・ファミリア】の面々の反応は様々だ。言われても仕方ないと肩をすくめる者、痛いところをつかれたと苦笑する者、気まずそうに顔をそらす者、知ったことかと怒りを顕にする者。ベートは、最後の反応だ。
「ああ? ベルだあ………? ああ、ひょっとしてトマト野郎の名前かぁ? ハハ、何だよ。お友だちを侮辱されて怒ったかあ? だがよお、悪いのは雑魚のくせにダンジョンに潜ったてめぇのお友だちだろうが。何度でも言ってやるよ、ああいう奴が俺達の品位を下げるんだよ」
「ならば私も何度でも言おう。その口を閉じろ、ベート。彼の言うとおり、我々の落ち度だ」
ベートの言葉に反応したのは一際美しい容姿をしたエルフの女性だ。魔力量だけ見ればS級に匹敵するかもしれない。この世界の魔法は強力なものほど長い詠唱が必要になるので、最上真などに比べれば脅威は劣るだろうが。
とはいえこの中ではかなり強い。幹部で間違いないだろう。事実、彼女の言葉にベート以外に敵意を見せていた者達は気まずげにしている。
「黙れババア。救えねえ奴を擁護して何になるってんだ、何度も言わせんな。ゴミはゴミだ。雑魚が強い奴に何言われても、黙るしか出来ねえなら冒険者なんて辞めちまえば良いんだよ!」
「ベート! いい加減にしろ!」
とうとう女性が立ち上がる。が───
「それに関しては俺も同意してやる」
他でもない旬が、ベートの言葉を肯定した。ベートはあぁ? と眉を釣り上げ旬を睨む。媚を売りに来たとでも思ったのだろうか?
「強ければ優位に立てる。弱ければ見下され、あっさり切り捨てられる。強い弱いってのはそういうもんだ。弱い奴が何を言おうと強い奴は気にもとめない」
だけど、と更に付け足す旬。
「ベル君が冒険者の品位を下げるという言葉を、冒険者に相応しくないという言葉は撤回しろ」
「はっ。そりゃトマト野郎に言わせろよ、まあ無理か。文句一つ言えず逃げちまう弱虫だからなあ! ギャハハハ────ハグ!?」
ゲラゲラ下品に笑うベートだが突然口でも押さえられたかのように黙る。口元の空間を指でかき、憎々しげな視線を旬に向けた。
「ベル君はお前よりよほどマシだ。弱い事を否定出来ない、今何を言っても結局口だけになってしまう、それが解ったから黙ってダンジョンに向かった。お前みたいに見下すだけ見下しておいて上を見ずあぐらをかいて酒を飲む犬っころより百倍マシだ」
「ああ!? 誰が犬だてめぇ!」
狼人にとっては犬扱いというのはかなりの侮辱だ。ましてやベートはプライドが高い。名も知らない雑魚に見下される事を嫌う。
詰め寄ってくるベートに対して、リューが友を思った青年の為にせめてもの抵抗として間を割って入るが、旬はリューの肩に手を置き後ろに追いやる。
「お前だよ」
「っ! 死ねやあ!」
ベートが旬に向かって爪を伸ばす。先んじて悲鳴が上がる。誰もが旬が死、もしくは重傷を負う姿を予想した。だが───
「っが、あ……!?」
その手はあっさり掴まれ旬の拳がベートの腹にめり込む。旬が腕を振るうとベートはまるで紙くずのように吹き飛び店の扉から外に出ていく。
「これ、飯代と迷惑料」
「え、あ………」
誰もが呆然とする中旬はリューに金の詰まった袋を渡し、店の外に出て行く。
食事中、酔っていたのもあり腹を殴られた衝撃で胃の中のものを吐き出すベートは混乱していた。ベートはLv.5。それも【ロキ・ファミリア】幹部。酔っていようと、腹にものが詰まってようと、ベートに吐き出させる事ができる者などそうそういない。
思いつくのは同じ【ファミリア】のガレスや、ヒリュテ姉妹程度。ベートにダメージを与えられる存在は、少なくともそのレベルの実力者のはずだ。そして、ならば名が知られぬ筈がない。しかしベートはその男を噂ですら聞いたことが無い。
「何もんだ、てめぇ………それだけの力、どこに潜んでやがった」
「つい先日オラリオに来ただけだ。知られていないのも当然だろ」
オラリオの外から? ありえない。オラリオの外には強力なモンスターがいない。必然的に強い恩恵持ちが育たない。育って3、超低確率で4。そんな存在が、オラリオのLv.5に拳でダメージを与え、投げ飛ばすなど出来るはずが無い。
「適当なことほざいてんじゃねえぞ!」
「本当だよ。つい先日恩恵を刻んだばかりだ」
恩恵を刻んだが、恩恵は受けていないが。とはいえその言い回しでは当然旬がLv.1と言ったと取られる。
「まともに答える気はねえってわけか」
「答えてやってるさ。まあ、お前と問答する気はないがな………俺だって人間だ。知人が侮辱されれば怒りもわく………で、なんだっけ? 弱い奴は強い奴に何言われても仕方ない? なら、俺がお前に怒りをぶつけようと後で文句言うなよ」
言外に弱者扱いされたベートは当然キレた。酔いは吹き飛んだ。油断もしない。本気で潰しにかかる。
漸く我に返り慌てて飛び出してきた【ロキ・ファミリア】の面々。彼等が止めようとするよりも早くベートは駆け出す。派閥内において最速の彼を、この距離で止められる者はいない。せめてもと制止の声が響く中、ベートは後頭部を踏みつけられ顔面を地面にめり込ませた。
「…………え」
そう呟いたのは、果たして誰だったか。ベートを叱っていたエルフの女性かもしれないし、アイズかもしれない。ベートを押さえつけていたアマゾネスの可能性もあるし、リューかもしれない。或いは、全員か。
ベートはピクリとも動かない。気絶したのだろう。【ロキ・ファミリア】の幹部を、こともなげに倒した。何者だ、とざわつく住民を一瞥した旬は、アイズと目を合わせる。
「…………ベル君は君のことを怖がってないよ。謝りたいなら、今度会いに来るといい」
「あ、えっと………はい」
それだけいうと、旬は彼等に背中を向ける。誰も何も言えない中、声をかける者がいた。
「待ってくれ………」
「………まだ何か?」
「君の言うとおり、ミノタウロスの件は我々の失態だ。被害者を放っておいて、宴を開いたことを謝罪しよう。その上、ベートの暴言………こればかりは謝罪しようがない」
「…………それを許すか許さないかは、最終的にベル君が決めるので、俺はこれで失礼します」
「今度、改めて謝罪したい。所属を教えてくれないか?」
「…………………」
声をかけてきたのは緑髪のエルフ。彼女から敵意は感じない。【ロキ・ファミリア】の面々、特にエルフからは若干不満を感じ取れるが。
「【ヘスティア・ファミリア】」
「はあ!? ヘスティアやとお!? あんのドチビ、いつの間にかこんな眷属を………!」
「ロキ………」
旬の言葉にロキと呼ばれた神が反応した。どうやらヘスティアと仲はあまり宜しくないようだ。彼等のやり取りから見てファミリアの指針の決定権は神ではなく上位3名、特にその内の2名にあるようだが、神の言葉とて無視できぬものだろう。忠告はしておくか。
「神ロキ、神ヘスティアと仲が宜しくないようだが………今回を理由に騒ぎ立てるようなら、俺もそれなりの対応を取らせてもらう」
『スキル∶殺気』を使用します |
「「「────っ!?」」」
その場の誰もが息を呑む。押し潰すような威圧感。夜の闇が、魔石灯に払われたはずの影が濃くなったかのような錯覚を覚える。
体が重くなる。
「お、おお〜。解った解った………しゃーない。今回はうち等が悪いしなあ。せやけどなあ、うち等やって都市最大派閥。今回はお互い手打ち……あんま、力で解決、なんてしないほうがええで? オラリオは兄さんが思っとるより魔境やからなあ」
「………………肝に銘じておこう」
『スキル∶隠密』を使用します |
その言葉を最後に旬の姿が闇に溶けるように消えていった。
Lv.5を圧倒する身体能力。魔法かスキルかは不明だが一方的に干渉し人一人を持ち上げる力に、姿を消す異能。オラリオでもトップクラスの実力者だろう。そんな彼が零細の【ヘスティア・ファミリア】に?
ヘスティアの善性は知っているが、何かあるのではと疑ってしまう。一番の謎は………
「恩恵を刻んだばかりっちゅー言葉に、嘘がなかったことやな」
ロキの何気ない言葉に再び騒然とする酒場。アイズは旬が消えた場所を、じっと見つめる。恩恵に依存しない力。もし、それが解れば……
「にゃー、とんでもない奴だったにゃ〜」
「特に最後のあれ………あんなの暗黒期でも味わったことないよ」
店が閉じ、店員達は思い思いに旬の事を話す。彼女達は少し特殊な事情があり、かなりの実力者が揃っている。中にはかつて暗殺を生業としていた者もいる。
都市の外から来た者達は、都市に来たばかりの頃オラリオの冒険者を甘く見て痛い目にあった経験があるが今回の旬の放った威圧感は彼女達でも味わったことが無い。
「ですがあの怒りは友を思ってのものだった。悪人ではないでしょう」
「とかなんとか言って、リューもビビってたんじゃないの?」
「? そのような事はありませんが……」
「だってリュー、肩掴まれてたのに動けなかったじゃない。普段なら拳が先に出るのに」
エシルの人気が桁違いだ!?
100超えたのでとりあえず終了
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弱者の覚悟
「ベル君………」
「ッ………旬さん」
ダンジョン6階層。ウォーシャドウの魔石を砕き灰へと返したベルを見つける。旬に気付いたベルは肩で息をしながら振り返った。
「どうする?」
「っ! …………まだ、やります!」
「…………そうか」
安心した、とでも言うように薄く笑う旬。どうやら、連れ戻しに来たわけではないらしい。いや、ここでベルが弱音を吐けば、連れ戻す気だったのかもしれない。
「一つ、アドバイスをしてあげよう」
「アドバイス?」
旬の言葉にベルは耳を傾ける。彼からすれば旬は自分より強い存在。そんな彼から受けられる助言ならば、決して聞き逃さぬという気概を見せた。
「ここのモンスターはミノタウロスより弱い」
「…………えっと、それは………当たり前じゃ」
「そう。当たり前だ………だから、よく周りを見るんだ」
と、タイミングよく壁に亀裂が走る。現れたのはウォーシャドウ。更に別の場所からも………。
さらに言えば、こんな時間に上層に来る人間などまずいない。人類の敵たるモンスター達が戦いの音に誘われ集まってくる。
その光景はLv.1で駆け出しのベルにとっては絶望的。まて、はたしてそうか?
こいつ等は、ミノタウロスよりも弱い。ベルは思い出したくない光景を思い出す。己を壁際に追い詰め興奮していた雄牛。ベルがどうやっても、絶対勝てないであろう絶望。対して、コイツ等はどうか?
ふぅー、と息を吐き出す。空気が変わる。旬が微笑む。モンスター達は、ピクリと一瞬だけ動きを止めた。
「大したことない」
「強く、なる………」
名も知らぬ女の子を守って、それをきっかけに仲良くなりたい?
弱いから、助けられたろう。
レベルを上げて、かっこいい二つ名を授かりたい?
弱い奴が何を言ってる。
馬鹿にされたくない? トマト野郎なんて不名誉なあだ名はゴメンだ。
弱ければ撤回も出来ない。
あの人の横に立ちたい。今度は自分が、あの人を守れるようになりたい。
「だったら、強くなるしかないだろ! 強くならなきゃ駄目だろ!」
動きを止めるもすぐに動き出したモンスターの群に、ベルは叫びながら走り出す。
「僕は、強くなるんだ!」
限界が来たのか、ドサリとベルが倒れる。ある程度数が減ったモンスター達が、今のうちにと言わんばかりに襲いかかり、細切れにされた。魔石も切り裂かれ、灰となり散っていく。
『隠密Lv.1』*1を解いた旬がモンスター達を処理したのだ。
「よく頑張った。君は強くなってるよ」
ベルを肩に担ぎ頭を撫でる旬。その姿が消える。『隠密』ではない。単純に、速く動いただけだ。それでも、この階層でその動きを追えた者はいない。
「と・に・か・く! 今後こんな事は二度とないように!」
帰宅後。二人揃ってヘスティアに叱られた。こんな時間にダンジョンに潜ったのだから当然だ。ベルはボロボロだし、旬はベルが気絶するまで放っておいたというではないか。
「だいたいなんで旬君はベル君を止めなかったんだい! 無茶なのは誰が見ても明らかだろう!」
「…………少し前の俺に、似てたから」
「へ? 僕が、旬さんに?」
ベルは首を傾げる。自分は間違いなく弱いが、旬は強い。こんな情けない自分と旬の、どこが似てると言うのか。
「少し前までの俺のあだ名は「人類最弱兵器」だったんだよ」
「凄いじゃないですか! 「人類最
「違うよベル君。最
「…………へ?」
最終兵器と言う呼び方は最上真*2のものだ。旬のものではない。
「俺は誰よりも弱かったからね」
旬の世界においてゲート*3が現れたの時と同時期に、呼応するように現れた覚醒者と呼ばれる魔力を持った人間達。旬もその一人だが、魔力量が10と言う一般人に毛が生えた程度の覚醒者だった。因みに最低ランクのE級の平均は70。
「旬さんが、弱い」
「ああ。だけど、戦えば強くなれるようになった」
ベルはその言葉を聞いて恩恵を得たのかな? と考える。あれ、でも旬は眷属としては後輩だ。
「だからまあ、頑張った。ダ──モンスターの巣に入って、モンスターを倒し続けて、俺よりもずっと強い巣のボスに挑んで………あの時は死ぬかと思った」
まああの時以外にも死にかけた事は何度もあるが。特に一番最近だと『悪魔の城』*4のラスボス『悪魔王バラン』戦。あれは悪魔城で知り合ったエシルが居なければ危なかった。
「旬さんは、そんな危険を乗り越えたんですね…………あの、旬さん!」
「団長にならならない」
ベルの言葉を先んじて止める旬。ベルはでも、と不満そうだ。現状、たった二人の【ファミリア】であり、上下関係などないに等しいがそれでもギルドに【団長】として登録されているのはベルだ。
「でも………」
「まあ旬君にも事情があるんだよ……」
「………まあ、とにかくだ。ベル君も、強くなろうと頑張れば、ちゃんと強くなれるよ」
「…………はい!」
旬の言葉に元気よく頷くベル。彼が頑張っていたのは他でもない旬が知っている。きっと彼は強くなれるだろう。
「ま、話はこれで終わりにしようぜ! 3人仲良く寝ようじゃないか!」
「そうですね、僕も、少し寝てたけどまだ眠いです」
3人寝るにはベッドが少し小さかったが、真ん中のヘスティアが子供のようなサイズでベルに至っては普通に子供なのでなんとかなった。旬は誰かとこうして寝るのは久しぶりの体験だな、と顔を綻ば去るのだった。
翌日、ベルの【ステイタス】を更新したヘスティアは不機嫌になっていた。上がり幅が大きい。これはつまり、ベルの想いの丈が上昇したに違いないからだ。
これ、バレたらまずい。ベルが目をつけられ、旬も目をつけられ、果たして自分のような弱小ファミリアが生き残れるのか? 最悪旬はヘスティアの恩恵などなくとも生きていけるし何ならガネーシャのところで世話になれる。大派閥である【ガネーシャ・ファミリア】内で目立ち過ぎることを危惧して【ヘスティア・ファミリア】に来たのだ。目立ってしまったなら手元に置いたほうが確実だ。
つまり現状優先すべきはベルの成長。如何に旬が強くとも、遠く離れたベルを守ることなど出来ないだろう。
「………よし!」
まずベルに必要なのは武器だ。これから急激に成長するベルは階層に合わせて武器を変えなくてはならない。階層が異なればモンスターの強さも異なる。頑強ささえ違う。強い武器がいる。
「ベル君、旬君、ボクは今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」
「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」
「いや、行く気はなかったんだけど友神の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりに皆の顔を見たくなったんだ」
「いいんじゃないか。これだけ【ステイタス】が上がったなら暫くは慣らしも必要だろうし」
「はい。どうぞ楽しんできてください」
ベルは再びダンジョンに向かった。あの様子なら今日は無理をしないだろう。旬は本屋に向かう。
精霊や黒龍、アンタレスなどの情報を集めるためだ。
後ついでに、この世界に『こだまの森』と呼ばれる森がないか調べてみよう。あれば、また『命の神水』*5が作れるかもしれない。前回制作時にできた個数は6。うち一つは母に使ったから残り5。
身内が不治の病にかからぬとは言い切れぬ以上、出来るだけ材料を確保しておきたい。
「水篠さん?」
「ん? ああ、テアサナーレさんか………こんにちは」
「アミッドと、呼び捨てで構いませんよ。敬語も結構です……本日はダンジョン探索はお休みですか?」
本屋で薬学書が置かれたコーナーを見ていると不意に声をかけられた。振り返るとアミッドが居た。治療院の格好のままということは、休憩中だろうか?
「まあ、たまには」
「そうですか。休息は大事です………ところで、薬学に興味が?」
「ああ、母が、寝たきり目を覚まさない病にかかってたから」
「そのような病が………よろしければ、私が診断しましょうか?」
「いや、もう治ったよ。なんとかね」
「それは、おめでとうございます」
無表情だが、多分喜んでくれているのだろうとなとなく雰囲気で察する。良い人間だ。
「アミッドと知り合いになれてよかった」
「っ………それは、どういう───」
「観月さん、昔の知り合いを思い出して懐かしい気持ちになれるな、って」
「……………女性ですか?」
「ん? ああ、そうだけど………」
「………………はぁ」
アミッドは呆れたようにため息を吐く。旬は不思議そうに首を傾げる。アミッドは理解した。この人は、とある薬師の神と同系統だ。
「ところで、アミッドは『こだまの森』を知らないか?」
「こだまの………? 申し訳ありません。心当たりが」
「そっか………なら、毒性を中和させる水については?」
確か、バランを倒した際に手に入れた『命の神水』最後の材料『浄化された悪魔王の血』の説明文に薬剤として使用する為には毒性を中和させる『世界樹の破片』と『こだまの森の涌き水』が必要と書かれていた。ならば毒性を中和さえ出来るなら何でもいいのかもしれない。
「毒性を中和する事で薬になるものも確かにありますが………もしやお母様の回復になにか関係が?」
「それは………いや、そうだな。話しておこう」
アミッドはこの世界最高のヒーラーらしい。薬剤師としての腕も一流だ。『こだまの森の涌き水』がこの世界になくても、毒を中和する方法が分かるかもしれない。
「では、場所を変えましょう。ここでは店の迷惑になります。お昼がまだでしたら、個室のある店などいかがでしょう?」
「構わないが、いいのか? 休憩中なんじゃ………」
「? いえ、今日は非番ですが?」
「…………非番でも制服なのか?」
「何時でも治療院に向かえるように、と」
非番とは………。
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バックストーリー
「溺睡症?」
「それが母さんの患った病気だ。覚めることのない眠りにつく病気………治療法は未だ確立されていない」
「そのような病気が………」
アミッドのおすすめだという薬膳料理の店で会話する旬達。眠り、二度と目覚めないと聞いたアミッドの顔は暗い。彼女は人が病に、怪我に脅かされるのを嫌う。ましてや、そこに居るのに二度と言葉を交わらせられぬなどと、残された者からしたら死よりも辛い。
「ですが、旬さんのお母様は目覚められたのですよね。毒性を中和するか、中和した結果の毒が関係しているようですが」
「ああ、これなんだけど………」
そう言って旬がイベントリから『命の神水』を取り出す。イベントリとは『プレイヤー』である旬のみに見えるシステムの通知やメッセージを知らせる半透明な文字盤と同じく『システム』の機能の一つ。
空中ディスプレイのように浮かんだそれに、様々なものを出し入れできるのだ。
当然イベントリを見えないアミッドからは突然瓶が現れたようにしか見えず、少し驚いたが不治の病を治すと聞き興味が勝ったのかおずおずと手を伸ばしてくる。
「中身を確認しても?」
「もちろん」
蓋を開け、中の液体を見つめるアミッド。ほんの少しだけ指を濡らし舌で舐めとる。
「なるほど。
ブツブツと己の中にある薬の材料となる素材の知識を総動員して再現する方法を模索するアミッド。旬は、今度は『世界樹の破片』と『浄化された悪魔王の血』を取り出す。
「これが3つ材料のうち2つだ」
「これが…………っ!?」
アミッドは鑑定士としても店に立つことがある。そのアミッドをして、入手難易度不明の2つの素材は規格外だったらしい。
「すごいですね………こちらの木片は、ただ削っただけでも最高級の杖に匹敵するでしょうし、こちらの液体は………毒性が強いですがそれさえ抜ければ様々な用途に………お母様を治したのは、こちらから毒性を抜いたものですね?」
「そうだ」
「素晴らしい腕ですね。こちらから、完全に毒性を中和するなんて……」
まあシステムの『CRAFT機能』で、旬の腕ではないのだが。そこは説明が長くなりそうだし、出来るだけ隠すように言われているから黙っておく。
「アミッドには出来そうか?」
「…………いえ、こちらの材料だけでは足りませんし、少なくとも私が知る限りの素材でも、毒性の完全除去は不可能かと………」
「…………そうか」
「申し訳ありません」
「いや、気にしてない」
もともと入手難易度∶Sの薬品だ。材料が足りない今、作れる可能性があればいい程度にしか思っていない。
「ですが………」
が、アミッドは更に続ける。その瞳に宿るのは、昨日のベルとは違う、だが良く似た熱。
「これは私が求める到達点の一つ。かならずや、この薬に匹敵する薬を、作り出して見せます」
「………そうか、楽しみにしてるよ」
「ええ」
旬は『命の神水』を一つプレゼントすることにした。彼女なら、サンプルさえあれば近いものが作れるだろうと思ったからだ。
店を出てアミッドと別れた旬。まだベルはダンジョンだろう。ヘスティアは留守だし、また本屋にでも寄ろうかとした時、少し大きな気配を感じて振り返る。
「シャクティさん……」
「………少し良いか」
「俺が、ガネーシャだ!」
シャクティについていくとガネーシャが元気良く自己紹介してきた。その後ろには、巨大なガネーシャ像。股間が扉だがまさかあれ、建物なのだろうか?
「あれは、ガネーシャだ!」
「………
「え、ホーム?」
遠慮せず入れ! と叫ぶガネーシャ。入りたくないのだが………と、シャクティがぽんと肩叩く。
「大丈夫だ。所詮はただの建物。実物を通るわけではない」
自分に言い聞かせる様に聞こえるのは気のせいだろうか。何か遠くを見てる。
股間の左右で待機している門番達が哀れでならない。
「ガネーシャ様、団長、こちらの方は?」
「うむ! 客人だ! シャクティと俺を含めた3人で大事な話をする!」
「は、はあ………見かけない顔ですが」
「おい馬鹿! お前、
「え!? マジ、団長だぞ!?」
「だけどわざわざこんな場所に来るぐらいだ、相手も本気なんだろう」
「「?」」
何の話をしてるのだろうか? 旬とガネーシャは首を傾げた。シャクティは頭が痛いというように額を抑えた。
中は案外、いや、本当に意外にも普通だった。てっきりボディビルダー見たいなポージングをしたガネーシャ像が立ち並ぶのではないかと、初めてインスタンスダンジョン*1に挑んだ時より覚悟が必要だった。
因みに、後に旬は神こそ違えど己の像で廊下も広間も団員の私室も風呂場も主神だらけの館を目にする事になる。
「ここが俺の部屋で、そして俺はガネーシャだ!」
「本題に入るぞ旬、昨晩、【ロキ・ファミリア】とやらかしたらしいな……」
「ああ………」
昨晩というのは狼人を地面にめり込ませたあの出来事だろう。
「まあマズイか………」
この世界において恩恵受けたては旬の世界で言うE級覚醒者扱い。それがA級覚醒者を倒したようなものだ。恩恵受けたてが、Lv.5の上級冒険者に勝利したというのは間違いなく話題となり、娯楽に飢えた神々が動くかもしれない。
「そういう訳で、お前のバックストーリーを用意した」
そう言ってシャクティが渡して来た羊皮紙に目を通す。
要約すると、旬は都市の外の神の恩恵を得てLv.4まで上り詰めた存在。様々な希少スキルや魔法に目覚めた英雄候補で、主神が自分の所ではこれ以上強くなれないと判断しオラリオに送り出す。その後神ヘスティアと偶然出会い彼女の作ったジャガ丸くんに感銘を受け眷属入りした、とのことだ。
「Lv.4?」
「それぐらいなら、スキルさえあればLv.5に勝てなくもない。と、【ロキ・ファミリア】以外になら思わせられるだろう」
逆にベート・ローガの実力を良く知る【ロキ・ファミリア】なら疑う。彼は間違いなくランクアップ間近。Lv.6に至るまで1年とかかるまい。同じLv.5で、それなりに【ロキ・ファミリア】とも交友があるシャクティだからこそ、この情報では不完全だとは思う。
それでも、他の神々の目は多少マシになるだろうし【ロキ・ファミリア】だって吹聴はしないだろう。
「すでにギルドで公式発表させてもらった。事後承諾で悪いとは思うが………」
「いえ、こちらこそ手間をかけさせてしまい申し訳ありません」
「構わんさ。こちらとしても、厄介な仕事を押し付けることになるかもしれないわけだしな………それと、敬語はいい」
シャクティはなれている、とでも言うように笑う。話は終わった、出口まで案内しようと言うシャクティに、裏口はないのか聞く。
「…………後ろにある」
「………前の方が、マシか」
エイナ・チュールはダンジョンの入場履歴を見て眉根を寄せる。あれだけ忠告したのにベルはまた
「うーん、でも、仕方ないのかなあ………」
ギルド上層部から来た通達を見て、エイナはため息を吐く。
Lv.4。第2級冒険者の中でも上位に位置する第1級冒険者手前の存在。都市の外にそれほどの人材がいたなど、それこそ数十年に一度だ。ベルと足並みを揃えるのは難しいだろう。
本来なら真っ先に都市外で恩恵を刻んだか聞くべきなのだが恩恵持ちがわざわざ零細ファミリア……それも発足したばかりのファミリアに入る訳がないかとミイシャが確認を怠った結果なのだが、何故か上からミイシャのお咎めはなしと通告された。ミイシャは安堵していた。
「すまない、少しいいか?」
「はい、なんで…………リ、リヴェリア様!?」
不意に声をかけられ我に返るエイナ。声をかけてきた人物を見て、慌てて姿勢を正す。
リヴェリア・リヨス・アールヴ。言わずと知れた【ロキ・ファミリア】所属の魔導師で、世界最強の魔導師。それ以上に
「ほ、本日はどのような───!」
「落ち着け。少し聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ、他所のファミリアの事だから、本来なら尋ねていい事ではないのだが………【ヘスティア・ファミリア】について聞きたいのだ」
「【ヘスティア・ファミリア】ですか?」
丁度、つい先程まで考えていたファミリアだ。しかし、何故?
まさか旬がLv.4であることを知りスカウトでもしに来たのだろうか? 都市外で、あの若さでLv.4。欲しがる神も多いだろう。
「ミノタウロスの件は話したろう? 巻き込んでしまった冒険者の中に、そのファミリアの者が居たらしくてな」
「………あ」
そう言えばベルがミノタウロスに殺されかかってた。というかあの時ベルのアイズ・ヴァレンシュタインについて教えて欲しいという熱意に押されて流されてしまったが、本来ギルドから【ロキ・ファミリア】に伝えるべき案件だったのでは?
まあ、だからと言ってホームの場所を教えていい理由にもならない。
「そういうことでしたら、そちらのファミリアの団員は私と私の友人の担当なので、話を通しておきましょうか?」
「そうか? なら、頼む」
感想お待ちしております
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師弟
ヘスティアが友人が開いたというパーティーから帰って来ずに二日目の朝。今日はベルの探索に旬もついていくことにした。
爆発的な【ステイタス】の上昇が行われるベルは、他の冒険者に比べ感覚を慣らす回数が多い。旬も最初は己の能力値に振り回されたものだ。
先日調整は完了したと言うので、今回はベルの戦いぶりを見てアドバイス出来るならアドバイスするつもりだ。人類最弱兵器と呼ばれていた頃の旬は金がないのもあるが安く済む短剣をその頃から使っていた。まあ何度か折れるうちに買うのをやめたが、その頃は足りない身体能力を補おうと技術を磨こうとしていた。まあモンスター相手に小手先の技術など役に立たなかったが。
それでも、プレイヤーになってからは短剣が主武装になったし、それを使い強敵とも戦った。我流ではあるが素人に毛が生えた程度のベルに教える事はできる。
とりあえずダンジョンに潜る事をギルドに報告しに行く。ダンジョン内での死者、行方不明者を調べるための手続きだ。前回ベルはそれを怠りダンジョンに飛び込んだが………。
「あ、ベルく……クラネル氏、水篠氏、丁度良かった」
「? どうかしたんですか、エイナさん」
「うんと、実はね。【ヘスティア・ファミリア】に会いたいって人がいるんだけど、今日空いてる?」
その言葉にベルと旬は顔を見合わせる。ギルドが仲介するなら滅多な事はないだろうが、今はヘスティアも居ない状況だ。【ヘスティア・ファミリア】として会いたがっているならヘスティアも居るべきだと思うが、向こうも本来多忙の相手。出来ることなら今日会って欲しいとのことだ。
「えっと、じゃあ夕刻には戻るので、その時に」
「解りました。そう伝えておきます………あ、でも会う前にシャワーを浴びてね? だからちょっと早く帰ってきてくれると助かるな」
「わかりました」
ギルドからダンジョンに向かう途中、ベル達は『豊饒の女主人』による。何でもベルはここの店員のシルから弁当を貰っているらしい。
「弁当を? そうか、優しい子なんだな」
「ですね!」
店の奥から数人が転ぶような音が聞こえてきた。テーブルを拭いていた猫人はすっ転んで額を机にゴン! とぶつける。
「水篠さん………」
と、不意にエルフの店員が旬に声をかける。確か、リューと呼ばれていた女性だ。
「ここ最近、クラネルさんはソロで潜っていたようですが、貴方は手を貸さないのですか?」
公式的には旬はLv.4。リューもそう思っているので、ベルと足並みを揃えるのは旬にとっても、ベルにとってもキツイと解る。それでも、安全を考えてともに潜ってほしい。
「心配してくれているのか? 優しいやつだ」
「………私は、優しくなどありませんよ」
と、どこか自虐するように言うリュー。過去に何かあったのかもしれない。旬はリューの頭を手を置く。
「心配するな。俺は死なないし、ベルだって生きて戻ってくる……死んだらもう強くなれないからな」
「強くなるより、生きることの方が大切です。冒険者はそれこそ予期せぬ怪我で、冒険者生命を絶たれることがあるのですから」
経験則なのだろう。彼女は明らかにB級覚醒者と同等。その中でも道門に近い実力者。こちらの世界でその強さを手にするという事はそれだけ経験を積んできた証拠。きっと様々なものを見てきたのだろう。
「またここの飯を食いに来る。それでいいか?」
「そうですね。ここ、少し高いけど、その分美味しいですから何度だってきますよ」
その言葉にシルは微笑み、リューは身長差から上目遣いで旬を見つめた。
「…………では、またのご来店をお待ちしています」
「ああ」
「旬さんって、彼女さんがいたことあるんですか?」
ダンジョンでシルから渡された弁当を食べながら、不意にベルが訪ねてくる。旬は居たことないが、なぜそんな事をと問返す。
「いや、ほら、リューさんの頭撫でたり、あんまり女の人との距離感を開けないから女の人に慣れてるのかなあ、って」
「……………」
そういうものなのだろうか?
旬は意外と、女性に対して距離が近い。妹の同級生の頭を撫でたり出会ったばかりの悪魔の娘を案内役として借りる際、娘の父親の前で肩を抱いたり平然と行う。
「うーん、そんな事無いと思うけどなあ。俺彼女居たこと無いし、女の人の知り合いだって、普通に仕事仲間ぐらいだしなあ。あ、でも妹がいるから、それで距離感が違うのかも」
「妹さんがいらっしゃったんですね」
「ああ、オラリオには居ないけどね………と、追加だ」
ダンジョンは自動修復までするが、修復中はモンスターが生まれない。故に破壊しておいた周囲の壁が、直る。そして、再び亀裂が走る。
「ベル君、闇雲に振り回さないように。短剣は深い傷を与えるには向いてない。浅くとも、数を当てることを優先するために腕は短く構えろ」
「はい!」
旬の支持にベルは短剣を構え、モンスターに向かって駆け出した。
「………あれ?」
ダンジョンから地上に向かう途中、ベルは妙なもの見つける。巨大なカーゴだ。
「モンスターが入ってるな………強くてC……Lv.3って所かな」
「え、モンスター!?」
旬の何気ない言葉に驚くベル。バベルとは、冒険者とはモンスターが地上に出ぬようにする為の存在だ。そんなモンスターを、わざわざ地上に?
それも、こんなに堂々と………と、よく見ればギルド職員もいる。と言うことは、モンスターの運搬は冒険者を管理するギルド公認?
「研究でもするのかな……」
「ああ、そういう………ことなんですかね?」
「さあ? でも、ギルドが関係してるなら俺達が口出しできる事じゃないよ」
二人はシャワーを浴びて、ギルドに向かった。
「おかえりなさいベル君、旬さん………あちらの談話室でお待ちです」
と、エイナに案内されギルドの中を歩く。換金以外でギルドに来たことがないベルは少し落ち着かない様子だ。
エイナが扉をノックすると、入れと返事が帰ってきた。どうやら女性のようだ。扉が開けられ、二人の女性が姿を表す。片方は緑の髪の美しいエルフ。もう一人は、金色髪をした少女。
リヴェリア・リヨス・アールヴと、アイズ・ヴァレンシュタインだ。話とは酒場かミノタウロスの件のことだったのだろう。
「…………あ」
「ん? ベル君……?」
と、ベルから絞り出すような声が聞こえた。振り返るとアイズを見て、顔を真っ赤にして固まっている。アイズがベルを見て、あ、と声を漏らし立ち上がる。
「あの………」
「───う」
「う?」
「うひあああああああああああっ!?」
ベルは逃げ出した!
ポカンと固まる一同。Lv.1とは思えぬ速度で駆け出したベルの叫び声はだんだんと小さくなりやがて消えた。最初に状況を理解したのはアイズだった。
少年が、逃げた。自分を見て。アイズは逃げられたのだ、顔を合わせただけで!
ガーン、と言う声が聞こえてきそうな顔をするアイズ。エイナも正気を取り戻しベル君!? と叫び、リヴェリア達に一礼して駆け出す。
「……………わ、私………怖がられてる?」
「…………っく」
「………ふ、ふふ」
「!!」
リヴェリアがたまらないと言うように吹き出し、旬も釣られて笑い出す。アイズはそんな二人の反応に目を見開いた後、リヴェリアをドン! と突き飛ばし旬を睨むが、二人の笑い声は止まらずむー、と頬を膨らませる。
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美の女神
「すまないな、うちのベル君が……」
「気にしないでくれ。しかし、ふふ………」
旬の謝罪に別に良いと返すリヴェリア。部屋の隅で膝を抱えて落ち込むアイズを見て再び吹き出すと、アイズがジロリと睨んでくる。が、微笑ましいというように笑うばかりだ。睨んでも意味がない、むしろ笑われるばかりと悟ったのかアイズはプイ、と顔をそむける。
「ハハ、すまんアイズ。拗ねるな拗ねるな………まあ、残念だったな。次の機会に謝れるといいな。さて……」
と、リヴェリアは旬に向き直り、頭を下げた。
「ミノタウロスの件と、酒場の件、貴方の仲間を危険にさらし、傷つけた。謝罪しよう」
「俺は別に………ベル君も気にしてないよ」
「でも、私のこと怖がってた………」
アイズは自分の言葉にさらに落ち込む。リヴェリアはハァ、とため息を吐く。
「本来なら、本人に主神を含めた謝罪をしたいところだったのだが」
「ベル君はあの調子だし、神ヘスティアは今留守にしてる。悪いな、大手ファミリア、暇ではないだろうに」
「構わんさ。責があるのはこちらだからな………本来なら武器か防具などで、謝罪しようと思っていたのだが」
「ああ、それは多分、ベル君が受け取らないかなあ」
「そうなのか? となると、どうするか…………」
「俺もベル君も、ダンジョンに関しては素人だし、戦闘に関しては俺も経験があるが人に教えられる程じゃないから、それを教えてもらえると助かるかな」
「むぅ、中々難しい注文だな………」
知識も技術も、ダンジョンに潜る者たちにとっては黄金に等しい財産だ。それを他派閥に教えるとなると………。
「取り敢えず、フィン達にも相談はしてみるが………とはいえ肝心な本人があれではな」
「まあいずれ落ち着く………と、思う」
「そうなってくれると助かる」
ベルに逃げられ落ち込み床に指で円を描くアイズを見て、肩をすくめるリヴェリア。エルフと言えば旬の世界においてはダンジョンモンスターの一種で、残虐な性格をしている。特にアイスエルフなどは人間にとって過酷な環境で襲撃してくる故に
「場を設けてもらったのにすまないが、今日は解散するとしよう。肝心の本人が逃げてしまってはな」
「いや、ベル君には俺から言っておこう」
「ああ、頼む。ほら、アイズ元気を出せ。明日はロキと
「モンスターフィリア?」
聞き覚えがない単語に旬は首を傾げる。リヴェリアはおや? と反応した。
「ああ、そういえば都市に来たばかりだったか。オラリオの行事の一つだ。ギルド主催の【ガネーシャ・ファミリア】が執り行う………」
ギルドとガネーシャ………この2つの関わりとなると、旬に頼むかもしれないと言っていた表向きには出来ない任務などに関係する裏の事情があるのだろうか?
「簡単に言えば、モンスターを
「テイム?」
モンスターを手懐けるということだろうか? そんな事が可能なのか?
旬の世界では、まず不可能だ。非難殺到間違いなしだし、そもそも死体が消えない旬の世界では殺して素材を剥ぎ取ったほうが効率的。ふとある男との会話を思い出す。
旬の世界においてはダンジョンに住まう者は例え理性があろうとモンスターで、そんなモンスターの言っていた言葉。
『我々には声が聞こえる。人間を殺せと』
おそらく旬の世界のダンジョンのモンスターは全てその命令を受けているのだろう。故に人が手懐けるなどまず不可能。召喚獣などはいるが、あれはそもそもダンジョンモンスターではない。
てっきりコチラのモンスターも似たようなものだと思っていたが、手懐ける事が出きるのなら違うのだろう。
(いや、でも………)
この世界のモンスターが人間に敵意を持ってるのは間違いないと思う。なにせ、旬の世界のダンジョンではモンスター同士殺し合いなどをして縄張りを確保したり食料にするのに対し、この世界のモンスター達は種類関係なく
因みに旬は縄張りに入らない限り襲いかかられたことはない。ベルといる時などは人間の仲間と判断されるようだが生まれたてはチラリと一瞥したあと何処かに行った。この世界のダンジョンもまた旬を人間と認識していないのだろう。プレイヤーであることが影響しているとは思うが………。
「難しい顔をしてるな。確かに、モンスターを
命令を超える恐怖を植え付けるということだろうか? この世界のダンジョンによる支配力は、意外と弱いのだろう。それこそ案外、モンスター達は母の命令としか認識していないのかもしれない。
「興味あるのなら、案内しようか?」
「良いのか? 騒がしいのは嫌いなんだろう?」
「現状【ヘスティア・ファミリア】に返せる謝罪が存在しない以上、その程度で誠意を示せるなら安いものだ」
「……………」
旬としては別に良いのだが、向こうとしても形だけでも示しておきたいのだろう。
モンスターの調教………あまり興味は無い。そもそも旬は使えそうなモンスターが欲しいと思えば
外国の祭りでさえテレビで放送されれば何となく見る気になる。文化どころか世界の異なるこの地で行われる祭り。
「そうだな、ならオラリオの特産品なんかを頼む」
「ジャガ丸くん、小豆クリーム味」
「…………ん?」
「美味しい………」
旬の言葉に何故か答えたのは、アイズだった。
「ジャガ丸くん、好きなんでしょ?」
そういえば旬はジャガ丸くんの味に感銘を受けヘスティアの眷属になったという設定だった。
翌日、祭りが始まる。
可愛らしい白兎に逃げられ落ち込んでいたアイズも何とか元気を取り戻し、ロキに連れられある店による。不思議な雰囲気だ。時が止まったかのような静けさ。
それはこの店に物静かな者達が集まる、という訳ではなく、たった一人の存在に空気を支配されているから。
いや、たった一
「よぉー、待たせたか?」
「いえ少し前に来たばかり。あら、そちらは…」
初めて聞く声だ。ロキが挨拶するように行ってきたので、軽く挨拶をする。そして相手の顔を見て、目を奪われた。同性のアイズすら魅了しかねない美貌を持った女神………衰えぬ容姿を持った神々の中でも殊更美しさを持つ『美の神』がそこに居た。
噂で知っていたが、それ以上だ。これが、【ロキ・ファミリア】に並ぶ最大派閥が一つ【フレイヤ・ファミリア】主神、美の女神フレイヤ。
神も人も関係なく、彼女こそ一番の美貌の持ち主だと言う。とある女神はそれを認めていないが……、少なくともアイズは己の記憶している容姿で一番の美貌であると断言する。
「これからアイズたんとデートするんや。時間が惜しいから率直に聞くで? 最近自分、妙に動き回っとるようやけど…………男か」
まあこの女神が動くとしたらそれぐらいしかないだろう、とロキは確信していた。もちろん、僅かだが女の可能性もあるがようは
フレイヤは気に入った下界の子供達を見つければすぐにでもアプローチをかけ
今回フレイヤが目をつけたのは、恐らく別の【ファミリア】。実は先日の神々の宴、滅多に参加しないフレイヤが来ていた。目的はたまたま見つけたその子供がどこのファミリアか調べるためだったのだろう。
「で、どんな奴や今度自分の目にとまった子供ってのは?」
「どっちも素敵な子よ」
「なんや、しかも二人なんか………」
けっ、とロキは喉を鳴らす。男癖の悪さは知っていたがまさか二人同時に狙うとは。
「片方は、とてもとても真っ黒な色をしていたわ」
「なんや、お前綺麗なのが好きなんやなかったんか」
「汚れている訳じゃないわ」
自分が見初めた相手を馬鹿にされたと思ったのか、むっと可愛らしく顔を歪めるフレイヤは、しかし恋する乙女のようなとろけた表情を浮かべ虚空を見つめる。
「黒いというよりは、暗い、かしら。果てのない闇が広がっていた……その闇の中で、必死に手を伸ばすの。光を求めて、光り輝く場所に、居場所を求めて。もうとっくに、闇の一部に、闇を己の一部にしてしまっているのに」
闇と聞くとなんとなくマイナスなイメージを持つが、果たしてどんな人間なのか。
「もう一人は、その子の側にいた子よ。強くはないわね、貴方や私の【ファミリア】の子と比べても今はまだとても頼りない。少しの事で傷付いて、簡単に泣いてしまう………そんな子。でも綺麗だった、透き通っていた」
先程もそうだが、目をつけたという人物の話をする時この女神は慈しむような声から、段々と熱を孕む。
美しい笑みを浮かべながら、外を見つめる。
「窓の外を見つけたのは偶然、さっきの子を見てたら、たまたま視界に………」
その一瞬、銀瞳が驚いたようにある一点で止まる。
「ごめんなさい、急用ができたわ」
「はぁっ?」
「また今度会いましょう」
フレイヤはそれだけいうと立ち上がり、店から去っていった。
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怪物祭
ニコニコ漫画で最新話を読んで思ったのけどあの魔族の男の特殊能力持ちの嫁達を影の兵士にして魔族の男殺させたら最高に愉悦な予感
異世界の祭り、と言っても雰囲気はあまり変わらない。まあテレビで映す外国の祭りも、結局はメインの部分を写すから文化が違って見えるだけで屋台の方は地元の味以外は変わらないのだろう。綿飴とか売ってるし。
「確か、ああ、ここだ………」
リヴェリアが案内した店は、どうやらコロッケのような食材………ヘスティアが良くバイトの賄いとして持ってくるジャガ丸くんの屋台のようだった。
「好きなんだろう、思わず【ファミリア】に入ってしまうくらい」
仕方のない奴だ、とでも言うような親の顔をしている。知人にジャガ丸くん好きでもいるのかもしれない。というか、多分アイズだろう。
そういえば昨日、妙な味があると言っていた。
「ジャガ丸くん、小豆クリーム味で」
「はいよ」
食べてみた。甘かった。
不味くはないが、コロッケの食感の和菓子のような味………。
「なんとも不思議な味だ………」
同じものを注文したリヴェリアも、ふむ、と眉を寄せる。とはいえ不味いわけではないから残すつもりもない。
と、旬は周囲に目を向ける。
「気のせいだろうか、エルフの連中に睨まれている気が」
「ああ、皆私を敬うのだ。その私が異性と共に歩くから、神経質になっているのだろう。何、気にするな。流石に手は出してこない………と、思う」
「それは良かった」
仮に敵意を向けられたら、システムが反応する前に気絶させなくては殺す必要が出てくる。
その後もこの世界特有の果実や野菜、ダンジョンで稀に取れる高級食材などを購入し腹を満たす。
「……………ん?」
リヴェリアは騒がしいのが嫌いで、旬も調教に興味がなかったので闘技場にこそ入らなかったが人気店などは闘技場の周りに集まる。故に闘技場近くに来ていたのだが、何やら【ガネーシャ・ファミリア】の団員が慌てているように見える。その中に見知った顔を見つけた。
「原因究明は後だ、今は民衆の安全を第一に動け! 犯人が何らかの妨害をしてくる可能系も考慮し複数で迎え!」
「「「はっ!!」」」
「シャクティ……」
「なんだ!? っ………旬か………」
部下に命令を出し終わったタイミングで話しかけると、シャクティ本人も飛び出そうとしたので振り返りながら叫ばれる。が、旬の姿を確認したシャクティは幾分か落ち着きを取り戻す。
「何かあったのか?」
「モンスターが脱走した」
「何!?」
シャクティの言葉にリヴェリアが目を見開く。ダンジョンと違い、地上には恩恵を持たぬ一般人が多く居る。そんな彼等からすれば如何なるモンスターも危険極まりない。
「すまないが詳しい説明はあとだ、力を貸してくれ」
「何匹だ?」
「9匹だ」
「解った。出て来い………」
シャクティにモンスターの数を聞き、旬が何かに命じるように呟く。リヴェリアは当然その行為を理解できないが、シャクティは知っている。
ゾワリと旬の影が面積を増す。
「───っ!?」
面積だけではない、体積も増え、平面の筈の影が、実態を持って顕現する。闇が溢れ出すような禍々しい光景に周囲の誰もが目を奪われる中現れたのは9人の漆黒の騎士達。肌の露出など一切ない、そもそも中身などあるのか解らぬ、闇をそのまま騎士の形にしたかのような、ダンジョンのウォーシャドウを連想させる騎士達は旬に対して恭しく膝をつく。
「行け」
その言葉と同時に各々様々な方向に向かって飛び出した。その動きは速く、恐らくは第2級………それも、Lv.4クラス。それを、複数。何だ、その無茶苦茶な力は。
公式Lvは4。もちろん【ロキ・ファミリア】は疑っていた。幾ら変わった魔法やスキルを持っていると発表されたところでベートを圧倒している事から、恐らくLv.6だろうとリヴェリアやフィン達は考えていた。方法はわからぬがオラリオで名が知られていない以上、都市外で至った稀有な存在。そう、思っていた。
旬はシャクティに数を聞いてから影の兵士を呼び出した。つまり、数は更にいる可能性がある。第2級冒険者クラスを複数呼び出し使役する。それは果たして、Lv.6で出来ることなのか?
「どうした、リヴェリアさん?」
「お前はいったい………」
シャクティはこの力について知っていたようだ。そもそも知り合いらしい。旬の情報操作には、【ガネーシャ・ファミリア】も関わっている? と、リヴェリアが困惑していると不意に旬が顔を上げる。
「どうした………」
「一体やられた」
「なんだと? そんな馬鹿な、放たれたモンスターの中に今の連中を倒せる者がいるなど……っ! 今度は何だ!」
旬の言葉にシャクティが困惑した瞬間、爆音が聞こえてきた。それなりに離れている。二人はすぐさま持ち前の身体能力を活かし闘技場の上に移動する。
「………蛇?」
「何だ、あのモンスターは………」
「脱走したモンスターじゃないのか?」
「知らんぞ、あんなの!」
と言う事は【ガネーシャ・ファミリア】とは別口なのだろうか? だが、そうなると一つしかないダンジョンの入り口の、ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の監視をどう潜り抜けたのか。いや、考えるのは後にしよう。
「イグリット」
『────』
旬の言葉に新たな影の騎士が現れる。マントを羽織り、兜飾りの付いた高身長の影の騎士は、明らかに他の影の騎士達とは強さの桁が違う。
「それなりに強そうだ、向こうは任せた」
「向こう?」
「影の兵士を倒したのはあれじゃない。まだ一匹残っている」
そう言うと旬は駆け出す。同時にイグリットと呼ばれた影の騎士も、緑色の蛇に向かって駆け出した。
影の兵士がやられている場所へと向かう旬。影の兵士達は旬の魔力にて何度でも再生する不滅の兵団だ。故に魔力が減ればやられたと言うこと。現在進行形で減り続けているのは、相手が『影の歩兵』よりも強い、第1級冒険者クラスということ。
「………ほお」
近づいた事により気配を感じ取る。中々強い。S級覚醒者に片足を突っ込んでいる。白川大虎と言うS級ハンターと対面した時の旬ぐらいだろうか? あの時点ではまだ旬の方が弱かったが、世間的に見ればトップクラスの実力を得ていた。
場所はダイダロス通りという地上に存在する迷宮。実際は街の一角なのだが区画整理を行いすぎて迷路のようになっている場所だ。
「ん? あれは、ベル君?」
最短距離である建物の上を掛けていると白い巨大な猿に黒いナイフで挑むベルの姿が見えた。助けに行くべきか、そう思ったがベルの目を見て、無粋と判断。『影の歩兵』を倒し続ける何者かに接触することにする。
「………………」
『────!』
大剣を持った男の一撃により、『影の歩兵』は切り裂かれる。しかしまるで黒い煙の様に揺らめき復活する。
『影の歩兵』を何度も切り裂いている人物、オッタルはそれを見て眉間にシワを寄せる。
何なんだ、コイツは? 人ではないのは明らか。だがモンスターでもあるまい。魔石は存在せず、何度切り裂いても死なない。この世に不滅など神々しかいないだろうに、当たり前のように復活する。
決して強くはないが………。
疑問に思うことは多々あれど、全て無視することにした。今はただ、主神に与えられた命令。己の敬愛する女神が目をつけた少年の試練を邪魔する者を足止めするのみ。と、その瞬間だった───
「────!?」
Lv.7まで至った莫大な経験が、危険を知らせる。目の前の漆黒の騎士を無視して大剣を盾のように構え、次の瞬間突如現れた人影が大剣を殴りつける。ミシリと鉄が軋む音が聞こえ、次の瞬間には大剣が砕け無数の破片がオッタルの皮膚を裂き、拳が腹にめり込む。
「がっ──!」
内臓が飛び出るのではないかと思うほどの衝撃!
足が地面から離れ、積まれていた放置された木材にぶち当たる。
「っ! が、かは! ───? な、何者だ!」
深層ならばともかく地上でここまでのダメージを与えられるなど何時以来か。僅かに混乱しつつも立ち上がり襲撃者を睨む。と、見えない何かに肩を押さえつけられたかの様に肩に重圧がかかり、耐えきれずその場に膝をつく。
「それはこちらの台詞だ。狙いはベル君か? 何者だ、お前」
その声に聞き覚えはなかったが、その人物に見覚えはあった。己の主が目をつけたもう一人の存在、名を水篠旬。漆黒の騎士は彼の影へと吸い込まれるように消える。彼の魔法か、スキルだったのだろう。
「………………」
「答えろ」
「───」
オッタルが答えないのを見ると、目を細め再び尋ねてくる。重圧が、肩から全身に広がる。威圧、ではない。目には見えないが何らかの物理的干渉。オッタルには、それが防げない。地面が罅割れ、僅かに沈み込む。
「その子はオッタル、私の眷属よ」
それでも主のために黙秘を貫き、旬が更に力を込めようとしていると不意に旬の背後から美しい声が聞こえてきた。
旬が振り返るとそこには一柱の神が立っていた。オッタルが耳を澄ませると歓声が聞こえてくる。少年はモンスターに勝ったのだろう。
「…………貴方は?」
「私はフレイヤ。ごめんなさいね、あの子が頑張ってる姿を見たくなってしまって」
『バフ∶免疫』の効果で脅威が除去されます |
不意に旬にシステムからメッセージが届く。
免疫とは言うが疾病や毒性のみならずあらゆる異常を取り除くバフが発動した。この女神、なにかした。しかし敵意は感じない。悪意も………おそらくあり方が人に異常を与えるのだろう。
「あの子………ベル君か?」
「ええ、貴方もあの子に強くなってほしいのでしょう?」
「それでこれか。やりすぎだな………ギルドに突き出される覚悟はあるか?」
「構わないわ。別に、痛くもないから」
「……………」
【フレイヤ・ファミリア】と言えば都市最大派閥の一つ。冒険者達からの憧れで、彼等や【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】があるからこそ人々はモンスターがすぐ地下にいるこのオラリオで安心して過ごせる。その一角が、騒動の原因…………もみ消されるだけか。
旬は舌打ちして『支配者の手』を解く。体に自由が戻ったオッタルは直ぐにフレイヤを守るように移動する。
「目的は何だ?」
「言ったでしょう? あの子に、強くなってもらいたいのよ」
「……………」
おそらく嘘はないだろうと、なんとなく確信する。何故かは解らぬがこの女は自分に対して全て正直に話す、そんな気がした。
「本当は、貴方も力を求めているみたいだから強くしてあげようと思ったのだけど、必要なかったみたいね」
そう言って微笑み、細待った瞳に言い知れぬ何かを感じる。怖いわけではないが、服を超え、皮膚を超え、肉も骨も内臓すら無視して魂すら見通してきそうなその瞳に見つめられるのは、何となく嫌だ。
「……シャクティの所に謝罪の品を送っておけ。それで、今回は見逃す」
「あら、嬉しい」
「さっさといけ」
「また会いましょう、旬」
フレイヤがそう言って手を振るとオッタルがフレイヤを抱え走り去る。ベルも、そして自分も何故かわからないが変なのに目をつけられたようだとため息を吐いた旬に、また別の気配が近付く。
イグリットだ。その手にはハエトリグサのようなモンスターの首が3つ。それを旬の前に置くと膝をつく。
「……だから、こう言うのは良いって」
イグリットを追ってきたのだろう、また別の気配が近付いてくる。この気配は、アイズだろうか?
鉢合わせになる気はない旬は『隠密』で姿を消しその場から去った。
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冒険者依頼
「黒い騎士を影から呼び出す、か………アイズ、その騎士達はLv.4程度だったんだよね?」
「最後の以外は………」
「そしてリヴェリア、その騎士達は【ヘスティア・ファミリア】の水篠旬が呼び出していたんだね」
「ああ、『出て来い』という号令に従うように、9体影から現れた」
ふむ、とフィンは考え込む。
「その9体の中に、アイズの言う個体は居なかったが、彼等が闘技場に登った後影が2つ飛び出した、と………間違いなくアイズが見た個体だね。アイズ、その強さは?」
「本気を出してなかったと思う。けど、私より強いかもしれない」
ザワ、っと会議室に集まった僅かな団員達がざわつく。特にレフィーヤなどそんなことありません! と叫び出した。
「ロキ、神の目線から見て、どうだい? 自分と同レベルの分身を複数生み出した上で、上のレベルを生み出す。そんな事が可能な【ステイタス】なんてあるのかな?」
「ない、とは言い切れんなあ。せやけどあるとはもっと言えん。リヴェリア見たいな魔法特化やったら自分とおんなじレベルか少し超えた前衛を魔法で生み出すことは出来るかもしれへんが、身体能力はベートを圧倒………まずありえんわな」
「………けっ」
苦い思い出があるベートはロキの言葉に喉を鳴らす。酔っていたとは言え殴り飛ばされ、酔が冷めた後も勝負にもならなかった。身体能力が少なくともフィン以上で、未知の魔法により第1級、第2級冒険者相当の戦力を生み出す。
たった一人で今のオラリオの勢力図を書き換えかねない。
「でもさあ、モンスターから街の人守ってくれたわけだし、この前のだってベートが悪いんだし悪い人じゃないんじゃない?」
「まあガネーシャんとこは把握しとるみたいやしなあ」
ティオナの言葉にロキもうーむ、と唸る。【ガネーシャ・ファミリア】全体かどうかは知らないが、少なくとも団長であるシャクティが知っていることから主神であるガネーシャも知っていると見ていいだろう。
その上で都市に入れたならまあ、悪人ではないのだろう。所属は【ヘスティア・ファミリア】だし………。
だが、そこが一番謎だ。何故【ヘスティア・ファミリア】なのか………。手元に置かない理由はなんだ?
おそらくだが、団員にも打ち明けられない何かを頼むためだろう。ヘスティアの性格から考えて子供がよほど危険なことをしない限り、隠し事には本人の意志を尊重するだろうし、団員も少ない。というか二人……隠すにはもってこいのファミリアだ。では何を隠しているか、これがわからない。
「ねーねー、リヴェリアはデートしてきたんでしょ? その人の事どう思ったの?」
「デッ!? デートではありませんわ! ティオナ、その発言を取り消しなさい!」
「そ、そうですそうです! その男が図々しくもリヴェリア様に街の案内などを頼んだだけで、断じてデートなどではありません!」
「そのとおりだ! リヴェリア様がヒューマンの男となどと!」
ティオナの言葉にエルフ達が騒ぎ立てる。ティオナはうー、と煩そうに顔をしかめる。リヴェリアは、王族扱い故の異性との関わりに過剰に反応するエルフ達にはぁ、とため息を吐く。
「今回のデートで思ったことは、彼は少し世間を知らないと言ったところか」
「リヴェリア様!?」
リヴェリアがデートであることを認めたことによりエルフ達に動揺が走る。
「お、お考え直しを! リヴェリア様は聖女セルディア様と同じく、穢を知らぬ我等が誇り!?」
「私は私だ」
「はいはい。みんなひとまず落ち着けー………んで、リヴェリア。世間を知らないちゅーんは?」
「オラリオの特産品のみならず、果物や料理、オラリオの外でも見かけるそれらを物珍しそうに見ていた」
「ほーん。どっかの田舎者ってだけやないの?」
「かもしれんが………何、少し気になっただけだ」
身長はリヴェリアより高いのに、一々色んなものを見て感心するさまは子供のようで、少し可愛いと思った。
「ベルを見てくれてありがとう」
「いえ、シルの未来の伴侶である以前に、傷ついた者を助けるのは当然のことです」
【ロキ・ファミリア】が旬という謎の人物について話し合う中、渦中の旬は『豊饒の女主人』に来ていた。フレイヤと別れ、シャクティに全てのモンスターを倒したことを報告したあとにベル達を探していると旬を探してくれていたリューに出会ったのだ。
「しかし神ヘスティアは過労か……一体何をしていたのやら」
「クラネルさんの得物が新しくなっていましたから、それ関連だと思われます」
「ああ、あのナイフか……」
旬が触れてみたところ、ナイフの銘は『ヘスティア・ナイフ』。入手難易度はAで、ヘスティアの恩恵を持つ者のみ使えるナイフだ。旬の場合刻まれこそすれ影響を受けないので使えない。
「水篠さんも、モンスター討伐お疲れ様です」
因みにベル達は既に帰ってた。入れ違いで、旬も帰ろうとしたがミアが今回と事件の功労者だからと食事を出してくれたので厚意を受け取ることにしたのだ。
「今回、モンスターは複数逃げたと聞きます。さらには、未知のモノまで………その全てを倒し市民を守った事を、私は素晴らしく思います」
「別に、俺が何かしなくても怪我人は出なかったろ………」
何せあのモンスター達は、周りの目を惹きつけるためだけに放たれた囮。事実として旬の行動は少し遅れていたにも関わらずベルや【ロキ・ファミリア】のエルフを除き被害報告は受けていない。
モンスター騒動から数日。何時ものように一人で下層を潜ってきた旬は上層や中層の魔石やドロップアイテムをギルドに売ると素材系をアミッドに売りに行く。と、前方に見知った真っ白な髪を見つける。
「ベル君」
「あ、旬さん! お疲れ様です!」
ベルは真っ白な防具を着ていた。片手のプロテクターだけ色合いが違う。別々に買ったのだろうか?
「いい鎧だね」
「ありがとうございます。エイナさんが、新しい階層に潜るならこれぐらいは、と………」
受付嬢からのアドバイスだったのか。まあ確かに、下に下がるほどモンスターの数も増える。防具は必要だろう。
因みに旬も防具はつけている。『システム』が用意した『転職クエスト』という、旬にある職業を与えたダンジョンに出て来る敵がリビングメイル系で、それを倒して手に入れた防具だ。何故か透明化して、服とかにも影響がない。
「………ん?」
「………」
と、その時だった。路地裏の奥から何やらバタバタと駆ける音が聞こえてくる。数は、二人。ベルも足音から人数把握できるぐらいには成長しているらしい、不安に流されながらベルが曲がり角をのそわこうとした瞬間、ベルの足に子供ほどの人影が引っかかる。
「あうっ!」
「え?」
とても小さい。おそらくはパルゥムという種族だろう。ベルが駆け寄り声を駆けると栗色のまとまりのない髪の、幼い顔立ちが顕になる。どうやら少女のようだ。
「追いついたぞ、この糞パルゥムが! もう逃さねえからな!」
ベルが少女に手を貸そうとした時、道の奥から一人のヒューマンが現れる。大きな剣を背中に差した男は悪鬼の如き表情で少女を睨み、ベルが反射的に少女を庇うように青年の進路に立ち塞がった。
「あぁ? ガキ、邪魔だ、そこをどきやがれ」
ベルより少し強いか同じ程度だろう。だが、対人戦の経験など無いベルは怒りに染まった人間というだけで及び腰で、それでも立っていた。
「あ、あの……今からこの子に、何をするんですか……?」
「うるせえぞガキっ! 今すぐ消えねえと、後ろのそいつごと叩っ斬るぞ!」
その言葉に、ベルは涙目になりながらもどかないと決意したようだった。バックパックを旬に渡してくる。
「ガキ……! マジで殺されてえのか!?」
「そ、その、一回落ち着いたほうが……」
「黙れっ、何なんだよテメエ等!? そのチビの仲間なのか!?」
「しょ、初対面です」
「じゃあ何でそいつを庇ってんだ!」
「……ぉ、女の子だから?」
「何言ってんだよテメエ!」
「何言ってるのベル君………」
旬からも呆れたような声に、うっ、と詰まるベルだったが男の方は限界が来たようで剣を抜いた。
「いい、まずはテメエからブッ殺す」
ベルも反射的にナイフを構えると、パルゥムの少女がそのナイフを見つめる。
「…………?」
妙に思いながらも、旬はひとまず勇気ある少年に助け舟を出す事にする。
「その辺にしておけ」
「るせぇ! テメエも叩っ斬るぞ!?」
「………俺に殺気は、向けないでくれるか……?」
『スキル∶殺気』を使用します |
「─────っ!?」
瞬間、場の空気が変わる。男は目を見開き固まる。
『アクティブ』 殺気 必要マナ100 −強力なオーラで指定した相手を一分間恐怖のどん底に突き落とします −複数の相手を指定することが出来ます −効果『恐怖』∶すべての能力値−50% |
旬の持つスキルの一つ。旬より高い能力値か、強靭な精神力があれば無効化可能なデバフ魔法のようなもの。
恐怖に震えるようでは戦う資格を持たぬというようなこのスキルに、男は抗えるほど強くなかった。
「ひ、ひあ…………ひゃああああああ!!」
剣を放り投げ涙と鼻水、涎を撒き散らしながら逃げ出す。脚をもつれさせ転び、うまく起き上がることもできず這うように逃げていった。
「…………た、助かりました旬さん………君も大じ………あれ?」
ベルが少女に声をかけようとするも、少女は何時の間にか消えていた。
「お見事です」
「あ、リューさん」
「どうも」
「はい、どうも……」
「あ、あはは………情けないところ見せちゃいましたかね」
ベルとしては少女を守るために立ち塞がったは良い物の、結局旬に助けられた形になり知人の女性に見られたことを恥ずかしそうに頬をかく。
「いえ、あなたの行動は立派だ。事を済ませたのは水篠さんとはいえ、貴方も同じぐらい称賛される権利がある」
「そうだね。立ち向かったのは立派だったよ、ベル君」
二人の言葉にベルは今度は照れくさくて顔を赤くしたのだった。
リューとベルと別れ、アミッドのもとで素材を換金した旬は、そのまま人通りのない裏通りにへと入っていく。
「何か用か、フェルズ」
その言葉に、誰もいなかったはずの場所にフェルズが現れた。
「君に早速
「クエスト?」
「30階層の最奥、
そう言ってクエスト発注用の羊皮紙と30階層の地図を渡してくるフェルズ。マークが書かれている広間が
「そこにある『宝玉』………同士達は触れないほうが良さそうなのでね。それを18階層である人物に渡してほしい」
「ある人物?」
「合言葉を教えておく。それを君に尋ねる者がそうだ………前金として、こちらを渡しておこう」
そう言ってフェルズはヴァリス金貨が入った袋を渡してくる。それなりに重い。
「成功報酬はその倍を渡そう」
「解った。その依頼、引き受けた」
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謎の女
30階層は下層と呼ばれる領域。並の冒険者ではまず単身では近づかない。第2級冒険者でも、Lv.4でなければ殆ど来ないだろう。
そんな階層で、走る黒い巨大な影。タンクと言う名の旬の影の軍勢の内一体だ。
通路が広くなって来たから彼に乗ることにしたのだが、正解だった。
道中なぜか中層のモンスターの筈のアルミラージと言うウサギ型モンスターが「きゅっ!?」と悲鳴を上げて頭を抑え姿勢を低くしていた。やけに人間臭い動きだったが何だったのだろうか?
「と、ここか………」
やがて大きく開けた場所に出る。モンスター達の栄養となる液体が出ると聞いていたが、モンスターの影はない。だが、大量の灰がある。
モンスターの死骸があたり一面を覆っていた。特に
複数のモンスターのものではないだろう。大型、それも超大型のモンスター…………。
「…………『起きろ』」
18階層。階層全体がモンスターの生まれぬ
緑の森林が広がり、草原もある。そして湖畔には大島が浮かんでおり、なんと街まで存在する。
旬はその街で宿を取ることにした。因みに街の名はリヴィラの街。
「思いがけない収穫だった」
『アイテム∶精霊胎児』 入手難易度∶A 種類∶消費アイテム
モンスターに食われダンジョンに取り込まれた精霊種の力の欠片。 魔石は存在せず、モンスターに寄生させ魔石を与え進化を促すことで『 |
クエスト達成に必要なアイテム、『精霊の分身の魔石』。文献を調べても『穢れた精霊』も、『精霊の分身』も一切謎のままだったがようやく手掛かりを得た。
とはいえこちらは依頼品。力の欠片ということはまた目にする機会もあるだろう。その時は完成品であることを祈ろう。
「と、ここか………ええっと……昨日予約してた者だが」
「……………」
一見ふざけたような内容に、店主は目線だけである席を指定する。旬がその席に座ると店員に何かを命じる。外に出て行ったことから、荷物を受け取るという運び人でも呼びに行ったか。
適当に腹に詰めていると褐色肌の
「─────」
周りに聞こえない程度の声で、ボソリとフェルズから聞いた合言葉を言う女。旬は女に『精霊胎児』を渡す。これで今回の仕事も終わり。食事を終え、店から出る。
宿はどこか安いところ………できるだけ、宿の
「おい、そこのお前………」
「……………」
「私を買え」
その言葉に振り返ると、ローブを頭からかぶった女だった。兜を脱がすまで性別がわからなかった何処かの悪魔と違い、ローブ越しでも解るプロポーション。
周りの男達が羨ましそうに旬を見る。
「聞いているのか」
「おいおいなんだよ姉ちゃん、こんなところで体売ってんのか? なら俺が、そんなひょろっちい奴より金積んでやるぜ」
旬が話しかけ女に対して、宿を何処にすべきか考えていると酔っ払った男が女に近づく。女が舌打ちしたのを見て、旬は仕方なく女の肩を掴み引き寄せ、女に伸ばされた男の手を掴む。
「ああ?」
「この女は俺が買う。悪いが次の機会にしてくれ」
「おいガキ、てめぇあまり舐めた口聞くと────っ!?」
『殺気』は発動しない。ただ、少し睨むだけだ。だが、男は顔を青くして固まる。
「おいおいどうしたモルド〜、ビビってんのか〜?」
「っ! う、うるせえ!」
仲間のからかうような声に我に返った男は腕を振り払うと早足で去っていく。
「おい、この辺にいい宿を知らないか?」
「あ〜、この辺ならヴィリーの宿だな。あっちだ……」
街の住民に宿の場所を尋ねる。ちょうど人の気配が殆どないので、丁度いいとばかりに旬はそちらの宿に向かう事にする。
「行くぞ」
「………ああ」
旬が肩から手を離し歩き出すと女もその後に続く。
たどり着いた場所は洞窟をそのまま宿にしているらしい。店主は獣人。彼がヴィリーだろう。客は、いない。
「らっしゃい」
「貸し切りで頼む」
大量の魔石の詰まった袋をカウンターに置くとおお、と嬉しそうな声が返って来て、しかし来た客が男女であると気付きチッ、と舌打ちしてくる店主。
ここにいる時点で冒険者だから、正規の宿などに比べガラが悪いのは仕方ないとしてもあんまりな対応だ。
「貸し切りにでもなんでもしてくれ。あーあ、やってられっかちくしょう!」
そう言うと出ていった。酒でも呑みに行ったのだろう。貸し切りなので部屋は適当に選び、ベッドに腰をかける。
荷物をそのへんに置くと女の視線は一瞬だけそちらに向いた。
「お前もさっさと脱げ」
「あー………こういうのは初めてでね、勝手がわからないんだ」
スルリとローブを脱ぎ捨て艶めかしい肢体を顕にする女。赤く、長い髪がするりと解ける。顔は、かなりの美人だ。身体付きも並の男なら貪り付きたくなりそうなほど。旬が何もしないのを見ると目を細め、押し倒す。
「ならばされるがままにしていろ」
獲物を甚振る猫のように、嗜虐的に目を細める女。白魚のような指が這うように旬の頬を撫でる。
「悪いが、それは無理だ」
「何───っ!? ぐ、が……!」
『スキル∶支配者の手を発動します』 |
旬の言葉に女が僅かに目を見開いた瞬間、女性の喉が見えない手に掴まれたかのように歪む。
触れることなく事物に影響を与える、マナ消費なしのアクティブスキル。女は何が起きたか分からず混乱しつつも旬を睨みつけてくる。
「お前の狙いは、30階層のあれだろうな。なら、聞きたいことがある。『穢れた精霊』は何処にいる」
「────っ!?」
旬の問いかけに何故そのことを知っていると言わんばかりに目を見開く女。再び睨みつけてくる。
「…………?」
その反応に、旬は違和感を覚える。目の前の女は確かに旬に殺意を抱いている。だというのに『システム』が一向に『緊急クエスト』を発行しない。旬に殺意を抱いている者が入るのに発行してこないなど、それこそ相手がモンスターの時ぐらいだ。この女、何者だ? 強さとしては、Sに近いA級といったところか。
「話すと、思うか」
「なら死ね」
「────っ!!」
旬が女に向かって拳を振るう。咄嗟に腕を交差させガードしようとしたが意味はなく、腕を圧し折り腹に拳がめり込む。壁を砕きながら吹き飛ぶ女。
思っていたより、硬かった。もう少し強めに殴っても良かったか。その場合宿が完全に崩落し、街にもっと被害が出ていたかもしれないが。
「…………」
宿から出ると顔を狙い瓦礫が飛んでくる。飛んできた瓦礫を弾き、女を見れば確かに折ったはずの腕が治っていた。
「ちぃ!」
実力差は明確。それでも、向かってくる女。よほど『精霊胎児』が大切なのだろう。振るわれる拳は、一撃一撃が冒険者にとっても必殺の一撃。耐久と力の値が高いが、それでも旬より下だ。速さも、力も。
全てガードし、膝で脇腹を蹴り吹き飛ばす。
「なんだなんだ!?」「すげえ音がしたぞ!」「あっちだ!」
と、バタバタと慌てた足音が聞こえてくる。騒ぎになり過ぎたか。
「……………!」
「逃がすか!」
地面を砕く勢いで踏み込み駆け出す女。人質でも取るつもりなのか集まっきた冒険者達の元に向かい、小柄なアマゾネスの少女の腕を掴むと、踵を返し旬に向かって振り下ろす。
「ひ、いやぁ!」
「チッ!」
衝撃が逃せる様に優しく受け止めるも、明確な隙が生まれる。女はその隙を逃さんとばかりに旬の顔を殴りつけ、骨が砕ける音が響く。
「づぅ!?」
しかしそれは女の拳。旬は頬に触れた拳を掴むと女を投げ飛ばした。理外の膂力により一気に街の外まで吹き飛ばす。途中いくつかの家が巻き込まれて壊れた。
「あ、あの………ありが………」
アマゾネスの少女の言葉を無視して旬も飛び出す。街の外で体勢を整えていた女に向かって、足を落とす。女がぎりぎり避け、地面が砕ける。
「っ! 貴様、何者だ。Lv.6、7………いや、もっとか」
「それはこっちの台詞なんだがな………お前、何者だ? 名前は」
「名前だと?」
「お前を手に入れた後、名付けるのが面倒なんだ」
「手に入れる、だと? ふざけた事を………!」
「…………?」
何故か怒りが増したような?
まあ別にどうでも良い。殺して終わりだ。
「───!?」
と、まさにその瞬間だった。旬に向かって高速で矢が飛来する。咄嗟に受け止める旬だったが冷気をまとった氷の矢は旬の腕を凍らせる。
「何………?」
矢を放った存在をすぐに見つける旬。だが、本来ならあり得ない、いるはずがない存在に一瞬思考が固まる。
「おおおっ!」
「───!!」
女が全力の蹴りを放つ。下から上へと押し上げるような蹴りに踏ん張りが効かず、吹き飛ばされる旬。地面に足がつくと同時に駆け出そうとすれば二人の間に無数の氷の矢が突き刺さる。
「…………レヴィスだ」
その時点で旬の興味は女から失せていた。そんな旬を横目で見た女は、撤退しようとしていた足を止め、呟く。
「お前は私が必ず殺す」
今度こそ撤退を選ぶ女、レヴィス。追うべきかと思った瞬間再び矢が飛来する。今度は複数。イベントリから『カサカの毒牙』を取り出し全て叩き落とす。矢を放った影は、既に消えていた。旬は忌々しげに舌打ちをした。
おそらくこの階層に残っていれば、再び襲撃してくるだろう。その時を待つことにする。リヴィラの住人は、当然街を半壊させた旬が戻ってくると睨んできたが大量の魔石やドロップアイテム、事前にフェルズから貰っていた前金を渡すと掌を返して手厚くもてなしてきた。
感想お待ちしております
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白鬼
「あれ〜、何か人が集まってるよ?」
17階層。本来ならゴライアスと言う階層主が生まれるが、それ以外のモンスターは生まれないだだっ広い階層にて、大勢の冒険者達が集まっていた。
「ゴライアス討伐戦の後、ではなさそうだね」
「何かあったんでしょうか?」
通常彼等はこの下の階層である18階層にリヴィラの街を立て暮らす。誰が好き好んで神々の言う『ボスキャラ』が生まれる『ボス部屋』に集まるというのか。
「ふむ、まあ聞いてみればわかるさ。おーい、少しいいかい?」
「ん? あ、【ロキ・ファミリア】!?」
酒などを飲むの者達もいる様子から、一時的な避難だろうが理由がわからなかったフィンが近くの人物に尋ねる。当然とし最大派閥の団長や幹部達の顔は有名で、ぎょっと一人が叫べなんだなんだと視線が集まる。
「こんなところでどうしたんだい? 随分とくつろいでいるようだけど」
「ああ、気前のいい人が深層の魔石やドロップアイテムなんかもくれてな。一時的に上層に避難するように言われたんだが………ま、この階層程度ならこんだけいりゃ寛げるだろ?」
「避難? 何かあったのかい?」
「あー、第一級クラスの連中が暴れてなあ。おーい、ヴィリー! お前が話してやれ!」
と、その言葉に獣人の男が面倒臭そうにやってくる。相手がフィン達であるのを見て、仕方なく話し始めた。
「俺は宿を経営してるんだ。洞窟をそのまま宿にして、帳が扉代わりの宿なんだが、昨晩男女の二人組が来て貸切らせてくれって来たんだよ」
「たった二人で宿を? あぁ……そういうことか」
フィンが納得したように呟けばアイズが首を傾げレフィーヤの顔が赤く染まる。
「家の宿にゃ扉なんて大層なもんはねえからよ、ちょいと喚けば洞窟中にだだ漏れだ。貰えるもんもらえたなら良いか、そんときゃそう思ったんだが………宿が吹っ飛んだ」
「うん?」
「男曰く女の方が命を狙って近付いてきたらしくてな。撃退するためにぶん殴ったら洞窟の壁が吹き飛んで、近くの建物がぶっ壊れた。そのまま男と殺し合いよ。ありゃあ俺等じゃ介入できなかったろうよ。んで、勝機がねえと思ったのか女の方が近くの冒険者捕まえてそれで殴りかかってよお、男は怪我させないように受け止めたんだが周りに人がいるとやりにくいと思ったのか女を掴んで街の外までぶん投げたんだよ」
その時多くの建物が巻き込まれて壊された。暫くすると片腕が凍りついた男が戻ってきて、何処に持っていたのか大量の魔石と深層のドロップアイテムを渡して来て謝罪したあと、また来るだろうから避難してろ、と命令してきた。
深層のモンスターを倒せるなら間違いなく第一級だろうし、相手の女もそうだろう。そんな戦いに巻き込まれるのはゴメンだ。特に女は容赦なく人質を使う。ならば金も貰えるのだから避難しよう、というのかリヴィラの住人。
「そのまま男は女を一人だけ側において草原に移動してたなあ」
「女を? その女性のLvは?」
「さあなあ。ま、昨夜女が結局殺しに来ただけだし、代わりを探してたんじゃねーの?」
ぎゃはは! と下品に笑う男達。フィンはふむ、と考え込む。
「どうする、皆。向かうかい? それとも、用事とやらが終わるまで待つ? まあ、そのまま素通りするのもありだけど」
「ダンジョン内で起きたことなら無関係とは言えまい。それに、第一級冒険者クラスというその女も気になる」
「確かにね。特徴はわかるかい? ファミリアは?」
「さあなあ。赤い長い髪をした、いい女ってしか」
「ああ、ありゃいいもんをみたなあ! なんせ、素っ裸だったもんよ!」
まあそういう手段で男を油断させようとして、男も女を油断させるために敢えて誘いに乗ったならそういう姿にもなるか。男達は手で孤を描きながら下世話な話を続け、女性陣の目が絶対零度のものとなっていった。
「なぁ〜、やっぱり私が帰ったほうがいいんじゃないか?」
「なら『宝玉』だけおいていけ。俺の知らないところで取られてもかなわない」
「うぅ……」
旬から荷物を受け取った女、ルルネ・ルーイは旬が危険から遠ざけるために『精霊胎児』を返還するように言ったが、聞き入れなかった。
死人が出れば反応も違ったのだろうが、生憎と旬はあの程度の相手なら死なない。問題は、もう一人。
「うー、お金は惜しい。けど、やっぱりちょっとなあ〜」
「まあ、安心しろ」
「ん?」
「お前は俺が守ってやる」
「あ、え………は、はい………ありがとうございます」
と、急にルルネが大人しくなった。それ以降愚痴を言ってこない。理由は謎だが少し楽になった。と、その時………
「誰か来たな」
「えっ!?」
「落ち着け、敵意はない」
上の方から来たということは、リヴィラの住人から何があったか聞いたはず。その上で来たということはよほど腕に自信があるのだろう。
手伝う気があるなら手伝ってもらうか? と考えていると6つの人影が現れる。
「やあ、君だったか……」
【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ティオネ・ヒリュテ、ティオナ・ヒリュテ、アイズ・ヴァレンシュタイン、レフィーヤ・ウィルディスの男女比1∶5のパーティーは、フィンが代表らしくにこやかに話しかけてくる。
「酒場以来かな?」
「リヴェリアとアイズ以外はな………事情は聞いているだろ? 手伝ってくれるって事で良いのか?」
「まあ、詳しい話を聞かせてもらってからね」
「…………極秘だからな。話せないこともある。それでも良いか? 嫌なら帰ってくれ」
「てめぇ! 団長が手伝ってくれるってのになんつー態度を!?」
「落ち着け、ティオネ。極秘の
「助かる」
旬は早速『精霊』に関してを隠しながら、話す。
30階層であるものを手に入れるように依頼を受けたこと。中継役であるルルネに物を渡した後、殺気を隠しながら近づいて来た女に声をかけられ、宿屋を貸し切りにした後撃退したこと。そのまま殺す気だったが、別の介入者が現れ取り逃がしたこと。
「なるほど、しかし、特徴を詳しく聞いても…………やはり心当たりがないな」
このオラリオにおいて強さはそのまま名を広める。だが、そのような特徴な人物に心当たりがない。
「おまけに美人ともなれば、男神達が間違いなく目をつける。全くの無名ってことにはならないと思うんだけど、本当に美人だったのかい? 誰が、知り合いと比べるとどうかな」
「リヴェリアの次ぐらいには」
「なら、君の美醜の感覚が狂っているということはなさそうだ」
ちなみにリヴェリアはんぐ!? と咽ていた。
アイズが母親を心配する娘のように大丈夫? と声をかけ、大丈夫だ、と返す。
「ちなみに、その介入者の方は?」
「俺の故郷では白鬼と呼ばれていた、残虐な性質を持ったモ………種族だ。通常の個体の強さは、Lv.4から5と言ったところか。だが、長は桁外れに強い。前見た時よりも、強くなっていた………っ!!」
と、旬が口を止め、無造作に石を投げつける。その石は空中で弾かれた。
「「「───!?」」」
誰もが驚愕する中、
「くく。相変わらず、良い勘をしている」
「………
現れたのは高身長の男。なぜか寒冷地の民族衣装を着込んだ男の顔立ちはひじょうに整っており、その耳は長く横に伸びている。その時点では確かにエルフのようだ。だが、その肌は異様なほど青い。
「レヴィス、水篠旬は我が獲物だ。お前はあの
「………………」
男の言葉に、レヴィスと呼ばれた赤い長髪の女は忌々しげに男を睨む。が──
「恨むなら己の弱さを恨め」
「…………チッ」
反論できず、視線をポーチを持つルルネに向けた。瞬間、レヴィスの姿が消えた。少なくともルルネにはそう見えた。
「────っ!?」
目の前で火花が散る。レヴィスが振り下ろした大剣を旬が短剣で受け止めていた。そのまま、レヴィスの腹を蹴りつけ吹き飛ばす。
吹き飛ばされたレヴィスは血を吐きながらも、草笛を鳴らす。それと同時に、森から、湖から、無数の食人花が現れる。
「【ロキ・ファミリア】、そっちは頼む」
「任された! リヴェリア、彼の援護をしてやってくれ!」
まさか相手がこれほどの数を操る
対処は可能、とフィンは旬の知り合いらしい未知の敵に対して後衛を残す。
「久しぶりだなバルカ………何故生きている?」
「さて、な。我が身は気が付けばこの地にいた。この地はいい………モンスター共を狩り、胸の石を食らえば強くなれる」
「なに、それは……」
バルカと呼ばれた男の言葉にリヴェリアが目を見開く。今、この男はなんと言った? その言葉が事実なら、まるで………。
「強くなった、か………で? そんなのこちらも同じだ。それに、この数を相手にする気か?」
ズォ、と影が広がり、まるで血の池から這い出てくる亡者のように100を超える影の兵士が現れる。
鎧姿の影の歩兵、ローブ姿の影の魔法使い、熊型の影のモンスター兵に、オーガ型の影のモンスター兵。
数多の影の軍勢を召喚した旬に、リヴェリアは目を見開く。なんと不吉な魔力か。これが、人の魔力か?
「数では圧倒的な不利だぞ?」
何時だか、バルカから言われた台詞をそれに対し、バルカはニヤリと笑う。
「不利? 不利とはどちらだ……?」
バキリと地面に無数の亀裂が走る。モンスターが生まれぬはずのこの階層ではあり得ぬ現象。さらにあり得ぬのは、現れたモンスター達。いや、果たしてモンスターなのだろうか?
バルカと同じく寒冷地の民族衣装に見を包んだ青い肌のエルフ達。なんと武装までしている。
「負けた事に、悔しさはあれど恨みはない。だがこうして再びまみえたのだ、もう一度戦おう!」
エネミーボスが『戦士の領域』を発動しました |
システムの音声と文字が無機質にそれを伝える。同時に、バルカを中心に吹雪が吹き荒れる。
「ひゃあっ!? さっぶい!」
「今度は何よ!?」
比較的薄着なアマゾネス達が突然の寒波に悲鳴を上げる。
領域効果『寒冷』により速度、筋力、感覚−40% |
『バフ∶免疫』の効果で脅威が除去されます |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
アイスエルフの能力値が50%アップします |
ピロンピロンピロンと鳴り響くシステムメッセージ。アイスエルフ………白鬼達はニタリと笑う。
「その程度で、なめるなよ」
『スキル∶君主の領域』を使用します |
旬の影が、旬を中心に広がる。流れ出る魔力が影の兵士達に力を与える。
使用者の影の上で戦う影の兵士の能力値が50%アップします |
数週間ぶりの黒と白の戦士の戦いが幕を開けた。
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残虐なる白雪の鬼
果たしてこれは現実なのか?
リヴェリアは目の前で繰り広げられる戦いを見て、直ぐに現実を受け入れる事ができなかった。
黒い熊が爪を振るい青い肌のエルフを吹き飛ばし、青い肌のエルフが放った矢を黒い騎士が弾く。
黒衣の魔法使いが火の玉を放てば氷の矢が相殺する。
青い肌のエルフが影の軍勢の腕を切り飛ばすと、切り飛ばされた腕は煙のように解け再び持ち主に集まり腕となる。頭が吹き飛ばされても、同様だ。
あれだけの力を持ち、更に不滅とでも言うのか?
無茶苦茶だ。オラリオの勢力図どころか、世界の勢力図を塗り変えかねない。
「シャア!」
「っ!?」
と、青い肌のエルフ達がリヴェリアにも襲いかかってくる。一体一体がLv.4上位。Lv.6とはいえ後衛のリヴェリアではこの数は……。と、敵が一瞬で細切れにされる。
斬ったのは、旬だった。
「あ、ありがと………」
旬の後方、つまりリヴェリアの近くに居たルルネが礼を言う。旬が見たのはルルネだけ。リヴェリアは、ついでのようだ。
そもそもここはダンジョン、命の危険は自己責任。他所の【ファミリア】であるリヴェリア達を守る義務は存在しない。あくまで約束したのはルルネだけなのだ。それで見捨てるほど薄情でもないが、いざとなればルルネを優先する。
「カイセル、彼女達を守れ」
「クオオオオォォォォッ!!」
「───!?」
旬の言葉に現れたのは黒いドラゴン。いや、見た目はワイヴァーンに近い。だが、感じる力はその比ではない。
カイセルと呼ばれた飛竜は鋭い爪で敵を切り裂く。胸が切り裂かれた個体が灰となり崩れ、砕けた魔石が残る。やはりモンスター………!
「水篠旬! こいつ等はなんだ!?」
「こいつ等はアイ………白鬼、俺の故郷でも上位のモンスターだ」
旬は律儀に答え己の近くにいる白鬼の首の骨を握り砕き、応えた。そして、一気にバルカへと距離を詰める。
「ぬぅ!」
ギィーン! と金属音を響かせ、つもり始めた雪が吹き飛ぶ。嘗てバルカは旬より格上だった。しかし今では、旬の方が強い。
「ふっ───!」
「ぐう!」
短く息を吐き、蹴りを放つ。バルカが吹き飛び、爆発魔法でも使ったかのように轟音が階層全体に響き渡る。並の相手ならそれで勝負がつく。少なくとも【ロキ・ファミリア】の前衛だろうと、あの一撃を食らったあとに動けるのはガレスぐらいだろう。故に、リヴェリアは勝負ついたと思った。だが……
「やってくれる!」
雪煙の向こうから傷は負っているが、まだまだ動けそうだ。下手をすればガレス以上の耐久力かもしれない。
エネミーボスの能力値が50%アップします |
バルカが地面を蹴り迫る。バルカの持つ短剣と旬の短剣がぶつかり合う。二人の腕がかすみ、金属音が連続で響き渡り火花が散る。
「くっ!」
槍を振るい、白鬼というらしいエルフ型モンスターを吹き飛ばす。
やりにくい。一体一体が第二級上位、時折一級もいる。とはいえ、Lv.5の成りたて程度。数こそ多いがLv.6のフィンなら、なんとか対処できる。筈だった………。
突然の環境変化。話に聞いた59階層のようだ。あそこは、【ゼウス・ファミリア】の冒険者ですら、動きを鈍らされた。第一級冒険者である自分の動きすら凍てつかせる寒気。
ただ寒いだけではない。おそらく
「カカッ!」
「ハハハハ!!」
「ふっ!」
「がっ!?」
白鬼達はモンスターらしく言葉を発さず、ただただ笑うだけ。しかし動きは確かな理性を感じさせる。
フィンですらこれだ。アマゾネスや、ロキの趣味のせいで露出の多く、Lvも下のアイズ達にはよりキツイだろう。
「シャアア!」
「っつう!! こんにゃろー!」
「オオオオオオッ!!」
「うわっ!? つー!!」
降り積もる雪に足を取られ、食人花の弦が当たる。そこまで痛くない筈なのに、霜の張った肌は痛みを敏感に感じ取る。
寒さで悴んできた手に力が入っているのかわからなくなってくる。寒い。
「ティオナ!」
「っ!?」
背後から蹴りが放たれる。バランスを崩したティオナに、白鬼達が接近する。
「【アルクス・レイ】!!」
レフィーヤはすぐさま詠唱を完成させていた魔法を放つ。戦場が混沌としすぎて、Lv.3のレフィーヤは魔法を放てなかった。しかし白鬼達が好機とばかりにティオナを狙えば、そんな隙を晒したなら当てられるはずと魔法を放ち、躱された。
「え………?」
ニィ、と嗜虐的な笑みを浮かべる白鬼達は突然の魔法に驚く事もなく、むしろこの時を待っていたと言わんばかりにレフィーヤに向かって駆け出す。
「っ!? 誘われた!? モンスターが!?」
初めて見る魔法は、当然どんな魔法かわからない。周囲一帯を吹き飛ばす魔法かもしれないし、前方のみの魔法かもしれない。ならば味方が近くなら放てない。放てるとしたら一直線に進む魔法か回復魔法。そして、発動してしまったら最後。再び詠唱を唱えなくては魔法が放てない。
白鬼達は見抜いていた。少女がこの中で誰よりも弱く、しかし魔力だけは緑髪の同族に似た女の次に高いことも。
先に始末しようにも彼女の仲間達に邪魔され魔法は完成して。魔法がどのようなものかわからぬうちは不用意に近づけない。ならば、撃たせればいい。
「カカカカ!」
確かな知性を持った白鬼が作り出した、致命的な隙。レフィーヤはモンスターの策というありえぬ光景に固まってしまう。いや、動けたとしてもレフィーヤでは白鬼達の動きに対応できない。
「────!!」
「こん、のおおおお!!」
ただ、一人、己の命を刈り取らんとしていた白鬼達が一斉に失せ、動けるようになったティオナが走る。その踏み込みに、雪が吹き飛ぶ。
白鬼達はたしかに強い。この寒気の中、【ステイタス】が落ちたティオナ達からすればきつい相手。だが、それでも機会があれば一年以内に『ランクアップ』出来そうなほど【ステイタス】が溜まっているティオナ達が僅かに上に行く。筈だった………
レフィーヤを突き飛ばし、ウルガを振るう。受け止められた。目を見開くティオナの眼前で、白鬼が馬鹿にするように舌を突き出す。その舌に僅かに付着するのは魔石の欠片。
次の瞬間ティオナの右腕が切り飛ばされた。
白鬼達は本来は旬の世界のモンスターですがオラリオのダンジョンモンスターとして生まれてきたので魔石で強くなる強化種です。しかも魔石は質が良いのが周りにたくさん
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第二の決着
鮮血が舞う。褐色の腕が、白い雪の上に落ち赤く染め上げる。
「てめえらあああああああ─────!?」
切り飛ばされた肩を押さえる妹を見て、ティオネが叫ぶ。憎悪に染まった獣のように、怒りに飲まれた猛獣のように。
ティオネ・ヒリュテが |
ティオネ・ヒリュテの攻撃力が17%アップします |
ティオネ・ヒリュテの攻撃力が34%アップします |
連続で響くティオネの攻撃力が上がったというシステムメッセージ。現在進行形で上がり続けている。恐らく怒りなどによる効果向上なのだろう。
ティオネの拳が、白鬼を吹き飛ばした。
一撃を持って肉片へと変えられる白鬼。今のティオネの一撃は、間違いなくLv.を超えた、理外の一撃。
「てめえ等全員ぶち殺してやらああああ!!」
圧倒的な個が現れた事により、押し返し始める。だが、白鬼達もただではやられない。飛び散った魔石を喰らい、噛み砕く。
「つ、うぅぅ…………」
ティオネが暴れた事により黒の戦士以外と戦っていた白鬼達はそちらに向かう。脅威と判断したのだろう。ティオネが如何に強くなろうと一度に相手できる数には限りがある。ましてや敵は無限に湧く。回収する暇もない魔石を喰らい、時には足を失い動けなくなった同胞の胸を刳り魔石を喰らい強化していく。
このままではいずれフィンにも匹敵する個体が生まれるだろう。そんな状況で、前衛の一人が片腕を失った。
「ティオナ!」
アイズが白鬼達を相手にしながら叫ぶ。数が、多い。質も、高い。【ロキ・ファミリア】二軍程度だが、それは冒険者の平均から見ればかなり上。
「
詠唱をアイズに魔力が風となり顕現する。この吹雪の中、風を起こすなど悪手だ。仲間に寒波が向かわぬように意識を裂きながらも白鬼達を押し出すのに成功する。
すぐさま親友のもとに駆寄ろうとするアイズに、背後から迫る赤い影。
「ッ!?」
咄嗟に防御するも、その場から吹き飛ばされる。視線の先には剣と剣がぶつかり合い起きた衝撃波で窪んだ雪の上に立つ赤い長髪の女。レヴィスと呼ばれていた女が緑色の瞳を細めアイズを見つめる。
「今の風、そうか………お前が『アリア』か」
ドクンと一際強く心臓が跳ねる。金の瞳が大きく見開かれ、喉が詰まったかのようにヒュウとか細い吐息が漏れる。
何故、その名を知っている。この風を見て、何故その名を出せる。僅かな沈黙の中、周囲の音が離れたかのように感じる錯覚の中その声はやけに鮮明に響いた。
『───アアアアアアアアァァァァァァ!!』
「え!? うわ、な、何だ!?」
ルルネのポーチから甲高い叫び声が響く。レヴィスの意識がそちらに向くのを見て、焦燥を顕にする。
「させない!」
「ちぃ!」
ルルネではレヴィスに迫られればなすすべがないだろう。そうはさせぬとアイズが剣を振るう。一瞬、ルルネとリヴェリアを守るように佇む黒い龍を見て黒い炎が灯りかけたが、それでも仲間を傷つけた彼らの思い通りにはさせられない。
「アイスエルフ共! 目的のものはこちらの女が持っている!」
アイス……
疑問を覚えつつもアイズが速度を活かした連撃を放つが、レヴィスの守りは固く突破できない。レヴィスが逆に攻撃してくれば、アイズは後方へと押しやられる。
「うわわ! き、来た! ちくしょう!」
ルルネが短剣を構えるが、白鬼達相手には意味がないだろう。それが解っているのかゲラゲラと笑いながら迫る白鬼達。カイセルが相手どれる数にも限界があるだろう。と………
「ギア!?」
「ガ!」
彼等に矢が突き刺さる。氷の矢だ。放ったのは、リヴェリア。
「いい拾い物をした」
カイセルが相手取った白鬼が持っていた弓を持ち呟くリヴェリア。モンスターの一部扱いらしく、魔石が砕かれたり抜かれれば灰と成って散る中残っていた弓だ。
現状攻撃力の高い魔法は仲間を巻き込み、しかし生半可な魔法では意味をなさぬ相手にせめて仲間たちへの手助けのために取った弓だが、思いの外とんでもない効果があった。
白鬼達が扱う矢を拾い放とうとしたが、矢を拾う前に魔力が吸い込まれる感覚がしたと思いきや氷の粒子が吹き出し反対の手で矢を象った。
矢切れのない弓。弓を扱う者として、これほど理想的なものはない。
「幸い魔力量には自信がある。我等の仲間を傷つけた罪、その命を持って償うが良い!」
リヴェリアがエルフの森に住んでいた頃の趣味は狩だった。神の恩恵により感覚が強化されたリヴェリアの弓は正確無比に白鬼達に当たる。
自身等の武器が似ているだけの別種族に使われているのが癇に障ったのか顔を歪め、短剣や矢を放ってくる。
全方位からは巨体を持つカイセルでも防ぎきれないが、それでもこの数ならルルネでもギリギリ対処できる。そう、ギリギリ………
「あ!?」
ルルネのポーチを回転しながら飛んできた短剣が切り裂き、中から布に包まれた球体が出てくる。その布の隙間から、
ギョロリと大きな目を持った、髪を持つ緑の胎児。不気味なその姿にルルネが思わず回収しようとした手を引っ込めると、胎児はアイズに向かって跳躍する。
「っ!?」
「ちい!!」
アイズが咄嗟にかわし、レヴィスが手を伸ばすも遅く、胎児は雪に埋もれかけていた瀕死の食人花に
『オオオオオオオオオオオオッ!?』
胎児が体表と同化していき、血管が浮き出るかのように赤い脈状の線が駆け巡り、肉が隆起する。
女の形のような輪郭を形成しながらモンスターが暴れる。アイズも白鬼もレヴィスも距離を取る。特にレヴィスは忌々しそうにモンスターを睨む。
「ええい、全て台無しだ!」
別の食人花を取り込みながら成長したモンスターは女体を象った極彩色の上半身と蛸足のように集まった無数の食人花の足と言う姿を取る。
しかし魔力に反応する食人花の性質は変わらぬのか階層全体を覆う吹雪を生み出したバルカと自身の兵を強化する領域を生み出した旬に向かって突っ込む。
「邪魔だ」
が、旬が片手を女性型に向けた途端、体がねじ切られる。それでもなお動く女性型に無数の黒の兵士が殺到しあっという間に殺し尽くした。
「チィ! よそ見とは余裕だな!」
「まあな」
ギィン! とバルカの攻撃が弾かれる。確かにバルカは強くなった。嘗てのバルカとは雲泥の差だ。しかしそれでも、『戦士の領域』で能力値を上げようと、旬が上回る。
白鬼の中でも力をつけた強化種たちが殺到するが、多少の足止め程度にしかならない。
「っぅ〜………!」
「ティ、ティオナさん………そんな、わ、わた………私のせいで………」
戦場が間違いなく終結に向かう中、レフィーヤはただただ申し訳ない気持ちで一杯になった。なんの成果も上げていない。むしろ、足を引っ張るだけの役立たず。
変わりたいと願ったはずなのに、並びたいと願ったはずなのに。何も変わらない。
「あ、あはは………だいじょーぶだいじょーぶ………落ち着いて、レフィーヤ」
「だ、大丈夫なわけが────ッ!?」
レフィーヤに向かって飛んできた氷の矢を掴み取るティオナは手が凍る前に矢を腕の切断面に押し付ける。すぐに傷口が凍りつき、血が止まる。この低温下の中で一部を凍らせるなど自殺行為だが、血を流し続けるよりもマシだ。
「大丈夫、だから………さ。レフィーヤも、特大のお願い!」
「え、きゃあ!?」
「え、わ、わあ!?」
ティオナはレフィーヤをルルネとリヴェリアの方へぶん投げた。ルルネが慌てて受け止める。リヴェリアは氷の矢を放ちながらレフィーヤを見る。
「何をほうけているレフィーヤ、詠唱を唱えろ」
「で、でも、私の魔法なんか……」
「やるしかないだろう? こうも混戦していては、私も手が回らぬ…………ふっ!」
迫ってきた白鬼のうち一体の額を穿ったリヴェリアは、すぐさまフィンと戦っている個体に向かって一度に3本の矢を放つ。
隙が出来た個体の胸をフィンの槍が貫く。細かく砕けた魔石は雪にまじり姿を消す。
「でいりゃあああああ!」
と、赤い息吹を吐き出したティオナが白鬼達を相手どる。
片腕を失うという特大
しかしフィンと異なり戦い方が雑なティオナが殺した白鬼から別の白鬼が魔石を取り出し食らう。
今はまだ押しているが時間の問題。
「レフィーヤ、アイズ達と並びたいと言うのなら、この程度で折れるな!」
「────っ!!」
『死の七日間』と呼ばれる一週間があったらしい。多くの神々が天に返り、多くの人々が、冒険者が殺された凄惨な事件。アイズは、その頃から、まだ幼い頃から戦っていた。
レフィーヤは、平和になったオラリオにやってきた。だから、差があるのは仕方がない。
(いいえ、仕方なくなんか、ない!)
差があるのは当たり前だ。だが、何もせずに追い付けないのはもっと当たり前だ。追いつきたいと、隣に立ちたいと真に願うのならば、折れるな! 立ち続けろ!
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」
レフィーヤの
「ぬっ、ちぃ!」
「はぁ!」
飛んできた氷の矢を払い落としたレヴィスにアイズが最大威力の
「【同胞の声に応え矢を番えよ】」
隻腕になったため、ただでさえ足を取られやすい雪の上でバランスを崩したティオナをフォローすべく背後に迫った白鬼を殴り飛ばす。
「あんたは休んでなさい! 片腕なくなってんのよ!」
「大丈夫だって! ティオネがいるもん!」
「こんの馬鹿ティオナ!」
ティオネは叫びながらもティオナに迫る白鬼を殴り殺しティオナは背後を気にせず目の前の敵を殺す。
「【帯よ炎。森の灯火。撃ち放て妖精の火矢】」
長年の付き合いからフィンの動きは予想できる。スレスレを通過する矢は決してフィンに当たらず白鬼達の動きを阻害する。
「部下もだいぶ減ったな………」
「だが、お前が死ねば他の奴らなどどうということはない!」
バルカと旬は高速で短剣を打ち合う。バルカがこの世界に来て初めて与えられた命令は『強くなれ』。
方法が分かったからそれに従った。部下を呼び出し、共にモンスターを狩り、魔石を喰らう。部下の力が溜まってきたら部下に魔石を献上させる。
そうして育ったバルカの戦闘能力は深層モンスターすら歯牙にかけぬ程。適正Lvを図ることも不可能だろう。少なくとも、現オラリオにおいて匹敵する存在はいないのだから。
だが、悪魔の城にて悪魔の王を殺した旬は、そんなバルカすら上回る。
バルカの両腕が切り飛ばされた。武器はない。喉元に死が迫る。
二度目の敗北。前回なら、実力では自分が
「クソ……!」
『強くなれ』という声がやんだと思えば訳もわからぬ連中を手伝えと来た。大して強くもない女に調子乗った骨、姿を見せず暗躍する何者かとそれに従う気に入らない正体不明。
戦士として、弱者と肩を並べるのも裏でコソコソする連中とつるむのも、本音を言えばゴメンだった。もしまた『次』があるのなら、せめてこう言った強者と共に戦場を駆け巡りたいものだ。
「【雨の如く降り注ぎ、蛮族共を焼き払え】!!」
「水篠旬! 下がれ!」
リヴェリアの叫びにバルカの首を切り落とした旬は後方へと跳び、影の兵士達に残りの白鬼達を一箇所に吹き飛ばさせる。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」
直後放たれる火の雨。燃え上がる鏃型の魔力弾は宙に孤を描き、白鬼目掛け殺到。燃焼音と風切り音を轟かせながら突き刺さり、炎上。爆砕した。
エネミーボスを討伐しました |
レベルがアップします レベルがアップします |
アイテム∶氷魔の弓×15を見つけました |
アイテム∶氷魔の短剣×21を見つけました |
アイテム∶バルカの短刀×2を見つけました |
アイテム∶バルカの魔石を見つけました |
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新たな影の兵
自身と同じ、短剣二刀の超近接ダメージディーラー。部下の援護に、能力値低下効果はないとはいえ生物に影響を与える寒波。
時間はそれなりにかかった。此方等はともかく、【ロキ・ファミリア】の被害は大きい。
30階層で手に入れた
「お〜、終わったぁ? あー、つっかれたあ!」
ドサ、と雪に腰を落とすティオナ。赤い吐息は消える。そのまま上半身も雪の上に倒す。
物凄く冷たいが火照り過ぎた身体には丁度良い。
「レフィーヤ、アイズ! ティオナの腕を探すの手伝って! 今ならまだアミッドが繋げられるはず!」
ティオネの叫びにアイズ達が応える。フィン達も雪をかき分けていく。旬は、ティオナに近付く。
「飲めるか?」
「あ、ポーション? ありがとお兄さん………あー」
飲ませてと言わんばかりに口を開けるティオナに、旬はポーションの蓋を開け飲ませる。
「ありが………お? おお!」
ゴクリと飲み込むと、ティオナの体が光に包まれる。特に傷口あたりに光が集中しキラキラ輝きながら傷が消えていく。それだけではない、腕の切断面に光が集まり、光が腕の形成される。光はゆっくりと光量を落としていき、やがてそこには傷一つないティオナの腕があった。
「治った〜!」
「あった!」
ティオナの嬉しそうな声とティオネの嬉しそうな叫びが同時に響く。雪の中から半ば凍りついた妹の腕を見つけたティオネが振り返れば嬉しそうに
え? と固まり己の手にある腕と、ティオナの両腕を見比べる。
「ティオナ、その腕は……どういう………」
リヴェリアも混乱しながらティオネの持つ腕とティオナの腕を見比べる。
こちらの世界では欠損は再生しないのが常識だ。アミッドなら新しく腕を作り治せるらしいが、少なくとも治癒魔法やポーションで治せるたぐいではない。
逆に旬の世界においてはA級ヒーラーがいれば生きてる限りハンター活動を続けられると言われている。実際、ハンタースのヒーラーは腕を切り落とされた仲間の腕を繋げるのではなく新しく生やしていたし。
「んー、なんかね、お兄さんがくれたポーション飲んだら生えた」
その言葉に、旬に視線が集まる。ただ唯一、ティオネだけはティオナに抱き着いた。
「おわっ!? ちょ、ティオネ!?」
「………良かったっ………本当に、良かった………!」
「……………」
雪の上に倒れ込み抗議の声を上げるティオナだったが、その言葉に目を見開き、微笑みティオネを抱きしめ返した。
「………うちの団員を救われた。感謝しよう」
「俺が時間をかけ過ぎたというのもあるから気にしないでくれ………礼をしたいと言うなら、ポーションの出処を聞かないという事で頼む」
「探索系【ファミリア】である僕たちからすれば喉から手が出る程欲しい情報なんだけどね…………いや、わかったよ。ただ、念の為アミッドに診せるから彼女とうちの主神には話しても良いかな?」
「………………まあ、良いだろ」
話が広まれば間違いなく探索系のみならず医療系、商業系ファミリアも殺到してくるだろう。
「取りあえずドロップアイテムを分けようか?」
「いや、転がっているのは全部あんたらが倒したモンスターのドロップアイテムだ。俺は良い」
「? 何故わかるんだい?」
旬には光の柱が見える。それに触れるとアイテムを得るのだが、既に影の兵士達に回収させた。残っているのは旬以外が倒したモンスターのドロップアイテムだろう。
「魔石はもらうが………」
魔石はこの世界特有だからか回収できないようだ。いや、バルカは出来た。違いはなんだ? そういえばバルカはシステムにエネミーボスと設定されていたが………。
それに、バルカの部下はダンジョンから生まれていたがバルカ自身は解らない。そもそも旬の世界のモンスターがいる時点でシステムが何らかの介入をしているのは明らか。だがまあ、利用できるものは全て利用する。
「水篠旬?」
白鬼達の死体である灰の下に歩み寄る旬。旬の目には、灰から立ち上る黒い煙のような影が見えていた。苦痛を訴えるように、助けを求めるように蠢く影に、旬は命じる。
「『起きろ』」
次の瞬間、低いうめき声が聞こえてくる。灰の山や灰にならずに原型を保った死体から漆黒の腕が藻掻く様に天に伸びる。
【ロキ・ファミリア】の面々が息を呑む黒い手は地面に手を付き、自ら体を引っ張り上げた。
「なっ!?」
白鬼達が生き返ったのかと警戒するリヴェリアだったが、影から現れた黒いエルフ達は彼女達に目を向けず旬を見つめる。旬はそちらを一瞥したあと、目の前の影をみる。
バルカの影だ。ジッと旬を見つめたあと、気のせいかニヤリと笑ったような気がした。そして、その場に跪く。ほぼ同時に他の影達も跪く。
『影の弓兵Lv.1』 精鋭級 |
影の弓兵と表示された白鬼の影達。生前の魔石摂取量の違いか、Lv.1のものから5までと様々。
そして、目の前の影は………
ナイト級より上の兵士には名前をつけられます |
『バルカ』にしますか? |
名前をつける。イグリットと同じく、生前の名前でいいだろう、
バルカLv.1 精鋭ナイト級 |
前回は能力値の差ゆえに手に入れられなかったバルカの影。今回は無事手に入れた。満足げに笑った旬は新参者達と共に影の兵たちを己の影にしまった。
「………その力、そうか、それが君の魔法………君は、死者を引き連れるのか」
「悍しいか?」
「………まあ、怖いといえば怖いかな。けど、君が無作為に人を殺し己の軍勢に加えるようならオラリオから上級冒険者が、君の来た日に消えているよ」
だから、とりあえずは信用する。そう笑うフィン。その目に映る僅かな打算を、旬は見逃さなかった。
かつてはE級。それも毎回怪我をするお荷物。せめて相手の顔色をうかがっていなければハンターなど続けていられなかった。だから解る。フィンは、一つカードを手に入れたつもりだ。
まあ相手は【ロキ・ファミリア】。現存するファミリアで最も深く潜っているファミリアだ。仲良くなっておいて損はない。互いに互いを利用する関係、悪くはないだろう。
「じゃあ俺は今回の
「うえ、やっぱり失敗なのかあ………」
目的のものは怪物になったし、破壊されたし。仕方ないか〜と俯くルルネに対して、シュンは思い出したように女体型の灰に近づく。
「起きろ」
再び影が現実世界に滲み出る。
精霊の分身(幼体)Lv.1 精鋭級 |
どうやらこのモンスターは精霊の分身扱いだったらしい。ただし幼体。おそらくはクエストには無関係。ただ、質量はそのままそれなりの強さとなるのでこちらも保管。
Lv.を上げて成長させれば成体になるだろうか?
「…………ん?」
「どうしたの?」
「………レヴィスの影がない」
あの後、18階層の出来事はギルドにより混乱を避けるためと箝口令がしかれた。
人類と同じ姿をして、人類の様に文明を操るモンスターの存在など混乱どころの騒ぎでは収まらぬだろうし、当然の判断だ。特にエルフなどが騒ぐことだろう。
「死体から影を取り出し操る、なぁ………しかも詠唱と思わしきもんは『起きろ』たった一言。いやあ、短文詠唱のくせにヤバすぎやろ」
「因みに、それは魂だと思うかい?」
フィン達の報告を聞いたロキは、んー、と顎に指を当てる。モンスターに魂はあるのか? それを聞けばロキは無いと答えるだろう。少なくともモンスターの魂など天界には流れてこない。
「宿っとる魔力を生前の形に再現してるんちゃう? つーかうちはダンジョンから現れたちゅー青いエルフみたいのに興味あるんやけど。なんやねん、人型だけでなく武器まで持っとるモンスターって」
「赤髪の女、水篠旬いわく逃げた
リヴェリアがふん、と鼻を鳴らす。モンスターが人類の仇敵であり脅威であるこの世界において己の種族の名がつけられるなど侮辱以外の何者でもない。しかし、それでも端正な顔立ちと長い耳はリヴェリアとて同胞ではないかと思った。
「アイズに匹敵する赤髪の女、か。そいつもその白鬼みたいにダンジョンモンスターと考えるべきかもしれんな。名が知られないなどありえんし……」
同様にアイズの名を間違えた……厳密にはアイズをアリアと呼び今までその存在を知らなかったような言い方も気になる。アイズの名は世界にも知れ渡る名。
ましてやオラリオで何かをなそうとするなら第一級冒険者の名や顔を調べるべきだろう。
「まあ、そういう意味じゃ田舎から来たと自称しながら僕達について全く知らなそうなのが一人居るけどね」
「そういやデュオニュソスも疑っとったなあ。突如現れた間違いなくランク詐称の冒険者、やのにギルドからの調査はなしで、
「だが、少なくとも極彩色のモンスターの方とは無関係だろう。間違いなく本気の殺し合いだったし…」
「フィンはどうすべきやと思う?」
「幸い彼自身か彼と同じファミリアの少年のためかはしらないが、ダンジョンの知識を欲しがってる。現状それを一番持っているのは僕達だ」
それを交換条件にすれば、あるいは同盟を結べるかもしれない。見極めるためにも側に置きたい。情報の漏洩? 敵にするなら近くに置こうと遠ざけようと危険度に差はない。
「今頃、どこで何をしているのだろうな………」
リヴェリアはそうつぶやき窓の外を眺めるのだった。
「報告感謝する。こちらは約束の金だ」
「良いのか?」
ギルド、祈祷の間にてフェルズから渡された金を受け取りながらも受け取っていいのかと困惑する旬。
「構わぬ。もとよりあれが何か知れた………モンスターを進化させる、モンスターの上位存在。お前はそれを精霊の分身と呼んだな?」
「システムが教えてくれたからな。『穢れた精霊』とやらの力のかけらだ」
ウラノスはそうか、と目を伏せる。
精霊とはこの世界において神の分身。神に最も愛された子供。『穢れた精霊』それが、モンスターと融合した結果だとウラノスは推理した。
「報告感謝する。何かあれば、追って依頼しよう………我々に何か要求はあるか?」
「ふむ………では、アンタレスというモンスターについて何か知らないか?」
「………アンタレスだと? その名をどこで………いや、良い。解った……」
『エルソスの遺跡』。深い深い森の中に存在する人に忘れ去られた遺跡の中で、ピロンと軽快な音が響く。
プレイヤーが個体名∶アンタレスの情報を手に入れました |
プレイヤーのレベルが予測値を超えています。これよりアンタレスの強化を開始します |
アンタレスの眷属作成能力を強化 それに伴い派生スキル眷属強化を習得します |
アンタレスのエナジードレインを強化します |
月の大精霊の残滓を確認。アンタレスに付与───成功 |
ピロンピロンと鳴り響く不気味なまでに規則的な音。地下深くで、うめき声が響く。それは己のあり方を変えられた怒りの声にも、新たなる強さを得た歓喜の声にも聞こえた。
『エルソスの遺跡』を異界化。ダンジョンに再設定しました |
皆様に一つ謝罪を。
今宮さつきはヒーラーではなく魔法使いでした。なんの活躍もないから忘れてました
感想お待ちしております
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豊穣の女神
アンタレスの情報は得た。ただし旬の扱いはオラリオの上級冒険者。1日2日なら誤魔化せるが数日かかるエルソスの遺跡を往復させるには、手続きがいるとのこと。
仕方ないので暫くはオラリオに留まることにする。とりあえずクエスト終了の報告をヘスティア達に──
と、そこで旬が立ち止まりすれ違ったパルゥムの
「おい……」
「………何でしょう」
旬は彼が咄嗟に隠したナイフを並外れた動体視力にて確認し、微かな怒気を滲ませる。
「そのナイフをどこで拾った」
「なんのことでしょうか、これは私のものです」
「違うな。それはベル君の物だ……お前、彼に何をした───」
「────!?」
場が軋む。思わず駆出そうとした男だったが、目の前に黒い騎士が突如現れる。旬の影が男の足元に伸びていた。
いいや、影が蠢いていた。路地裏ゆえに薄暗いその場所を更に暗く染める。壁に、地面に広がる影。その影の中に、
ヒュウ、と喉が細まる。心臓が早鐘をうち知らず知らず涙が流れる。
逃げなければ、でも、どうやって?
少しでも動けば、影の向こうに潜む何かが飛び出して来てすぐにでも引き裂かれる。そんな恐怖が襲う。
歯を鳴らすことすら出来ず固まる男に、旬が一歩近付いた、その時だった。
「あ、旬さん!」
「ベル君?」
「───っ!!」
何方にとっても聞き覚えのある声が聞こえてくる。途端に、旬の影が元の大きさに戻る。男はガクリと膝をつく。
「旬さん、この辺で僕のナイフを見ませんでした!?」
「ああ、それならその男が───」
「え? あ、リリ!」
ベルの声に膝をついていた
「どうしたの、大丈夫?」
「あ、あの………ベル様、これ………」
「あ、僕のナイフ! リリが拾っていてくれたんだね!?」
ベルは半泣きして、ガシリとリリと呼ばれた少女のナイフを持つ手を両手で包み込む。
「ありがとうっ!! 本っ当に、ありがとう!!」
「あ、あの、ベル様困ります………お礼なんて、リリはただのサポーターですし」
「関係ないよ、本当にありがとう!」
「!?」
ベルの言葉に困惑するリリ。旬は目を細めそんな彼女を見つめる。
「………知り合いか、ベル君?」
「あ、はい。実は今日手伝ってもらったサポーターの子で。すごいんですよリリ! モンスターにも詳しいし、モンスターに会わずに済む道も知ってますし、とっても頼りになるんです!」
ベルが自分の事のようにすごいすごいとまくし立てれば、その分少女が困惑していく。
旬はベルのキラキラした瞳を見て、はぁとため息を吐きベルの額を指で弾く。あぅ、と短い悲鳴をあげ興奮しすぎていたことに気づき顔を赤くする。
「すまない……えっと、リリさん。てっきりベル君のナイフを盗んだのかと」
「いえ………リリも、ベル様のお知り合いと思わず」
旬の謝罪を、リリは素直に受け止める。
「じゃあ、帰ろうか………」
「はい! 旬さんも、
そう言うと踵を返すベル。旬はベルが少し離れるのを待って、リリに近付くようにしゃがむ。
「サポーターとしては優秀みたいだから、見逃す。次はないと思え」
「ヒッ──!」
忠告をすると、旬はベルを追ってその場から立ち去った。
「おっかえりー! 旬くん! 大丈夫だったかい? 怪我とかしてない?」
ヘスティアは帰ってきた旬に駆け寄る。ベルに恋愛を向けているとはいえ、旬にもきっちり親愛を向けているのだ。怪我がないことを確認して、良し! と満足そうに頷く。
「神ヘスティア、大丈夫ですよ俺は」
「君が強いのは知ってるさ。でも、君は僕の
「………」
そう言えば、目覚めたばかりの母親に自分がハンターであることをまだ話していなかった。心配させるからと黙っていたわけだが、やはりヘスティアのように心配してくれるのだろう。
「すいません……いえ、ありがとうございます」
翌日、再びベルはサポーターと共にダンジョンに潜ったらしい。旬はヘスティアの頼みでヘスティアの知り合いの神の手伝いだ。
少しは安全な地上でおとなしくしてくれとの事だ。ついでに美味しい野菜をもらって来てくれとの事だ。
多分そこが本音なんだろうなあ。
「あらぁ、アナタがヘスティアのところの旬ちゃんねえ。今日はよろしくねえ」
ヘスティアにも劣らぬ豊満な胸部をした、蜂蜜色の髪をした女神が旬を見てニコニコ笑う。オラリオの内外の畑で麦や野菜、果物を育てている商業系ファミリアの主神、デメテルだ。
ヘスティアとはだいぶ仲がいいらしい。同郷なのだとか。
「今日は休ませていた土地をまた使うの。耕すのを手伝ってほしいのよ」
土は疲弊する。それを回復させるにはクローバーなんかが有効だ。一面クローバー畑になっている土をひっくり返すらしい。
「鍬は何本使っても良いですか?」
「え? ええ、構わないけど。Lv.4の力が強いって言っても両手でやった方が」
「もちろん両手でやりますよ」
「…………?」
こてん、と首を傾げるデメテル。見た目は綺麗な女性だが、そのさまは中々どうして可愛らしい。
「こうするんですよ……」
旬の言葉と同時に、影から現れる無数の影の兵士。イグリットや騎士達は大きさが人とさして変わらぬゆえに鍬を普通に取るが、オーガ兵達にとっては小さく少し握りにくそうだ。熊たちは
影の兵士となって初めての仕事が畑いじりのバルカ班は気のせいか不満そうに見えた。もちろんそんな視線無視して旬も鍬を持つのだった。
「ありがとね旬ちゃん。おかげで数日早く種が植えられるわぁ………」
作業が終わり、デメテルは夕食を食べていってくれと家に招きキッチンに向かった。出された紅茶は大変美味しく、蜂蜜と混ぜると良いと言われたので入れてみる。
甘みと、僅かな苦味を持つ蜂蜜はなるほど確かに紅茶に合う。
暫くすると【デメテル・ファミリア】で作られた小麦を使ったパンや野菜を使ったスープ、最近畜産を始めたという独立した眷属から貰った肉や卵で使ったベーコンエッグなどが出てくる。
「ん、美味しいですね。お店とか出せそうです」
「あらあら、もう、アナタもルノアもすぐに褒めちゃって。駄目よ? 私、すぐに調子にのっちゃうから」
あらあらうふふ、と頬に手を当て、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに頬を染めるデメテル。知り合いと呼べる女神はヘスティアとフレイヤぐらいだが、目の前の彼女が一番女神らしい。
「…………ねえ、旬ちゃん」
と、不意にデメテルの声色に真剣さが宿る。その瞳は下界の子供達の全てを見抜くかのような、神の瞳。デメテルという女性としてではなく、デメテルという、女神として話しかけているのだろう。
「旬ちゃんの影の子達、あれは一日どの程度出せるの?」
「質問の意味が良く………」
「あ、ごめんなさい。その、少し借りたくて」
「…………畑仕事、ではないですよね」
「………ええ、そうね」
旬もまた、全てを見通そうとするかのように鋭い視線を彼女に向けた。その視線に折れたわけではないだろう。己が彼に話を聞くなら、自分も話すのが道理と考えたのであろう彼女は落ち着かせるように大きく息を吸って、口を開く。
「
「ええ……」
「私はね、ある神を疑ってるの。確証がないから、誰にも相談できない………それでも、何かあるんじゃないかって…………けれど、深入りしすぎても私には力がない。向こうには少なくともLv.3がいて、私には居ない」
「だから、俺の影を借りたいと?」
「ええ。厚かましい願いなのは分かっている………だけど、どうか……お願い………」
頭を下げてくるデメテルに、旬はわかりきっている問いかけを一つした。
「貴方にとって、
「いとしい愛しい、私の子よ。永遠を生きる私達にとって、たとえまた逢えるとしても、本当は寿命でだって死んで欲しくない、大切な子達」
その言葉には嘘はなかった。その瞳には強い決意があった。子を真に思う母に、旬は弱い。旬の母がそうだったから。
バルカを除いた白鬼の影でも、とりわけ強い奴をリーダーに2体の白鬼、6体のオーク兵を影から呼び出す。上位ファミリア相手でも十分時間を稼げるだろう。時間が稼げれば、旬が間に合う。
「貴方にこいつ等への命令権を与えます。俺以外の影にも隠れられるので、こいつを自分の影に、他をあなたが狙われたら困る場所に配置してください」
「…………ありがとう、旬ちゃん」
「俺はどうにも、母親という存在に弱いだけですよ」
「お母さんが、大好きなのね」
「ええ、隠し事をするような、親不孝者ですが………」
ハンターで有る父が行方知れずになり、泣いていた母を知っている。故にまだ己がハンターになった事を言えていなかった。悲しませるかもしれないから。
と、そんな旬を見て何を思ったのかテーブルを挟んで向かいに居たデメテルが立ち上がり旬の元まで歩いてくる。
「………あの、神デメテル?」
「良い子良い子〜♪」
相手はものすごい年上であることは解るが、それでもこの年になって抱きしめられながら頭を撫でられるなど小恥ずかしい。
「大丈夫よ、旬ちゃんは、お母さんに心配かけたくないだけでしょう? きっと解ってくれるわ」
「何故、そう言い切れるんですか?」
「だって………ふふ。旬ちゃんみたいに良い子を育てられるお母様なんですもの」
旬「影を数体貸しましょう」
都市の破壊者「………え?」
感想お待ちしております
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保護者目線
それを見抜くアリーぜさんも。
てか今更だけど初期設定ではレヴィス=アリーゼだったんだなあ。
予想はしてた。けどアリーゼのビジュアル見て勘違いかと思ったらある意味読み間違いではなかった!
ベルが魔法を覚えた。何でも『豊穣の女主人』でシルに渡された本が
読むだけで魔法を得られる破格の魔道具はしかし一度見れば効果を失う、物によっては億は下らぬ希少道具。それを、読んでしまった。つまり残ったこれはただの本。
ベルは素直に謝ろうとしたがヘスティアは猛反対。当然だ、返せる宛などない。旬ならあるいは稼げるかもしれないが、ベルはこれは自分の責任だからと『豊穣の女主人』に走っていってしまった。
店主のミアはそんなものを忘れるものが悪いと言って忘れろとの事だ。
「………」
とはいえ、やはり気になる。そんな希少な物を忘れるだろうか? そもそもそんな物を持って何故酒場へ? 購入した帰り?
いや、高くて数億、安くても数千万する物を購入したあとに酒場などによるものか。金銭的にではなく、精神的に。
という訳で現場にやってくる。そして、初めて来た時ベルと共に座っていた席に、誰かが居た。それ自体は、別段不思議でもない。だが、店の中にはその客とミア、シル以外の誰も居なかった。
「あら、こんにちわ。偶然ね、相席していかない?」
「偶然、ね………」
銀色の髪をした、美しい女神は旬を見てニコリと微笑む。旬は胡散臭げに彼女をジロリと見つめ、ため息を吐くと対面するように席に座る。
「あの子は気に入ってくれたかしら?」
何を、とは言わないし、旬も何が、とは尋ねない。
「そうだな。夜の内に飛び出して、ダンジョンに潜って気絶するまで魔法を撃つほど喜んでたよ」
「それは良かったわ。でも、少し悪い事をしちゃったわね。あの子を運ぶのは大変だったでしょう?」
「俺がその場にいたわけじゃない。アイズが守っていたって、リヴェリアに聞いたんだ………何だその顔」
旬は夜の内抜け出したベルには気づいていたが、帰りが遅く、心配して迎えに行ったら出会ったリヴェリアからアイズに膝枕されていると聞いた時のことを思い出しているとフレイヤは半眼で頬を膨らませていた。
「気になる男の子が、美人と噂の女と話していたと聞いたのよ? それも、派閥以外の男とはまず話さない
「? ベル君は彼女と話してないと思うが………」
「…………ふ、ふふ。何だか怒る気も失せちゃったわ」
旬の言葉に態度を一変させクスクス微笑むフレイヤ。旬にはやはり理由が分からず首を傾げる。
「しかし、意外だな。仮にも美の神。自分の容姿には絶対の自信があるだろうし、事実それに相応しい容姿をしているのに、嫉妬なんかするなんて」
「そうね。自分でも、子供らしいと思うわ………」
楽しそうに笑うフレイヤに、旬は目を細めた。
「ベル君をストーキングするのは勝手だが、あまり迷惑をかけないように」
「迷惑をかけると言うなら、最近あの子のそばに良くない子が居るみたいだけど?」
リリのことだろう。最近側に、よりも、良くない子、と言う単語の方にこそ旬は確信した。
「汚れ切ることも出来ない中途半端な子。相手が悪人である事を望むくせに善人にすがりたい愚かな子」
「悪人であることを望む、ね。自分がやってる悪事を正当化したい訳か。悪いのは冒険者って……」
「でしょうね………」
「ならこの数日で、ベル君が分かったはずだ。その上でやるなら、俺は情けをかける気はない」
「そう。まあ、私は
別れ際頭を撫でようとしてきたフレイヤの手を払い、デメテルにはさせたくせにと剥れるフレイヤに何処で見てたと苦々しい顔をした旬だがフレイヤは答えず去っていった。
旬は日替わりランチセットを頼み、食べ終わると店から出ていった。
そしてその日の夜、旬は母を癒せる『命の神水』や『悪魔の君主の指輪』などを手に入れた事で確認が疎かになっていた戦利品の整理をしていた。バルカを倒し新たに手に入れた新たな『バルカの短刀×2』。それもあり手持ちを整理する事にしたのだ。悪魔王の武器、とんでもないチートだった。
「あ、あの、神様、旬さん………」
と、何やらいつ口に出そうか、いやだけどと迷っている様子だったベルが意を決した様に声をかけてきた。ヘスティアと旬は、当然そんな反応をするベルの話を適当に聞くことなどない。
「その、最近一緒のサポーターの女の子が、厄介事に巻き込まれているみたいで………ここで保護してあげる事って、出来ないでしょうか?」
詳しく聞くと、彼女を嵌めようと提案してきた冒険者がいるらしい。だから、保護したいとか。なかなか無理を言っているのは理解しているのだろう。2回目の言葉はだんだんの尻込みしていく。
「ベル君。そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」
「え………」
ヘスティアの言葉も最もだ。なにせベルはそのサポーターを雇った日にナイフを落とし、そのナイフはサポーターが持っていたという。
拾ったのを報告せず、地上に戻った。勿論地上に戻り解散した後落として、リリが偶然見つけた可能性とてあるが、そんなもの前者の可能性に比べれば低い。それでも、ベルにとっては後者の可能性のほうが高かった。
ヘスティアの言葉を理解し、ベルが反論しようとテーブルに乗りだそうとする前に、旬が口を開く。
「俺は思えない」
「旬さん!?」
「直接会って、見て、思った。俺はそれなりに人の顔色をうかがっていた時期があったからね。まあ、あの連中に比べればだいぶマシだが、あれは人を己の為に利用する者の目だ」
旬の世界では、『トカゲ』などと呼ばれるハンター。『しっぽ切り』と言う、囮に使い切り捨てるから名付けられた連中がいる。旬はそいつらの標的にされた事があるし、その悪意に満ちた目を覚えている。
リリの目は、己の行為に罪悪感を覚えながらも相手が悪いと言い聞かせ、己の為に他者を利用できる目だった。
「そのリリさんを嵌めようと提案してきた冒険者って、以前パルゥムの女の子を追い掛けてた冒険者じゃなかった?」
「え、あ………はい。でも、何で解ったんですか?」
「君はその時点で、その冒険者が弱い者を嵌めてお金を巻き上げる冒険者と、そう思った?」
「は、はい………」
「本当に?」
「………………」
その言葉にベルが黙り込む。何かを言う前に、旬が視線をヘスティアに向ける。神の前では嘘は通じないと暗に言っているのだ。
「彼女にも理由はあるのかもしれない。でも、その理由を盾に人を貶める理由にはならない」
「……………その通りだと、思います」
「…………ベル君」
人の善意を信じている彼には、辛い選択をさせると思う。それでも、あの娘とは縁を切ったほうがいい。それが旬の素直な感想だ。
「それでも、僕は彼女を信じたいんです」
「─────」
だが、ベルはそんな旬とは真反対な意見をいう。
「お願いします。僕に、一度だけ彼女を信じる機会を、彼女の行動を許す機会をください………」
「……………俺はあの日、ベル君のナイフを取り返した時に彼女を見逃した。既に一度、チャンスはやった………」
「そこを、なんとか………」
「旬君、僕からもお願いしていいかい?」
ベルの言葉を擁護したのは、まさかのヘスティアだった。彼女もリリを疑っていたはずなのだが。
「ベル君はこうなったら頑固だぜ? それに、ベル君は人を見る目があると、僕は思ってる」
「改心できるはずだから、今回の悪事やこれまでの悪事を見逃せと?」
「傲慢なのはわかってます。今回の件はともかくこれまでの事を見逃すなんて、僕が言えたことじゃないとも…………でも!」
はぁ、と旬はため息を吐いた。
「…………彼女にはチャンスを上げた」
「っ! 旬さん、そこをなん────」
「だから君にもチャンスをあげよう」
「…………え?」
「君が、彼女を信じるチャンスを………」
「あ、ありがとうございます!」
旬は以前、諸菱やエシルなどネジが一本抜けてる相手とうまくやれるのではないかと思ったが、ベルもその抜けてるタイプだったらしい。
翌日、流石にダンジョンに潜る気にもなれず街を歩く旬はふと地下から複数の、この都市では上位の強さの人間を筆頭にそこそこの強さを持った者達が複数人で動いているのを感知する。というか、この気配は
「…………?」
「どうかしたのか? 水篠旬」
と、不意に声をかけられる。振り返るとリヴェリアが居た。
「………地下でお前のところの団長が動いてるみたいなんで」
「…………驚いたな。解るのか」
と、リヴェリアが微かに目を見開く。
「まあ、お前も事情を知る者か…………ここで話すのはなんだ。場所を変えよう」
「食人花の調査?」
リヴェリアいわく、
祭りの後【ロキ・ファミリア】で調べたところ、下水道にて食人花を見つけたらしく、新たな手がかりを探して再調査しているらしい。
「そちらはなにか有力な情報はないか? フィンの気配を感じ取れるぐらいだ、何か違和感を感じたなら教えてほしい」
「オラリオの下水道は魔石灯や魔石を使った浄水装置のせいで魔力が読みにくいからなあ。Lv.4程度あれば多少離れていても感じ取れるが、祭で現れたのは打撃耐性を除けばLv.3程度だし………」
「…………そうか」
ならば仕方ないか、とリヴェリア。
コーヒーを一口飲むと、極彩色の調査をしていた『ロキ・ファミリアの副団長』としての顔ではなく『リヴェリア』としての顔を出す。
「時に、下を見る前から何やら考え込んでいたようだが、何かあったのか?」
「…………」
「何、お前ほどの男でも悩むことがあるのかと、個人的に興味があってな」
話したくないなら話さなくていい、と微笑むリヴェリア。
「………少し、ファミリアの子の事でね。教育方針、というわけでもないけど、彼の我儘を、尊重すべきか否定すべきか………」
「ああ、なるほど…………危険なことか?」
「それはまだ。どの程度やるのか分からないからな」
「人間関係というわけか………ふむ、まあ考えなしに進まれると、見ているコチラとしては不安で仕方ないか」
懐かしむような遠くを見つめるリヴェリア。過去に似たような経験でもあるのだろうか。
「信じてやれ。その上で見てられないと思ったら、ひっぱたいてでも止めればいいさ」
「経験則か?」
「ああ。今では、親子のようになれたと思っているよ」
「……………子育ては大変ってことか」
「おい、お前まで私を
むっ、と顔を顰めるリヴェリア。何か癇に触ったのだろうか? 母親がどうの言ってるし、母親扱いされるのが嫌なのだろうか? まあ年寄り扱いに取られたのかもしれない。
「そういう意味じゃ無かったんだが………そう取られたなら謝罪しよう」
「む、いや……すまんな。敏感になりすぎた」
旬の謝罪に、リヴェリアも素直に謝った。
どちらも同時に吹き出した。
「なかなか楽しい一時だった。この店は私が奢ろう」
リヴェリアはそう言って先を立つと、ああそうだ、と振り返った。
迷宮の中で、男達が懸命に走る。走ったからだけでなく、興奮したように息を荒げていた。
「へへ、まさか魔剣まで手に入るなんてなあ………!」
「おい、良いから行くぞ! 俺達まで蟻共の餌になっちまう」
「なぁに、アーデの奴が餌になってくれてるさ」
「違いねえ!」
ゲラゲラと笑う男達。そろそろ良いだろうと、走るのをやめ歩き出す。
金時計に魔石に、魔剣。そして大金となる宝石が入っているであろうノーム金庫の鍵。魔剣は、勿体ないから自分のものにしよう。あとは全部金に変える。そうすれば、また
「ひひ………アーデぇ、お前のぶんも味わってやるからなあ」
「えー、必要なくないっすかぁ?」
「バカ言うなお前ら。感謝してやれよ、俺らの為に金稼いでくれたんだからなあ」
「あー、まるで働き蟻でしたねえ。今頃虫けらどうし仲良くやってるでしょうね」
「新しい蟻見つけねえとですねえ」
上機嫌で、自分は今後も付きまくるに違いないと笑う男。カヌゥと言うその男は、不意に目の前に人影が現れたことに気付く。
降りてきた冒険者だろうか? 世界に祝福された気になっているカヌゥ達はふん、と鼻を鳴らし脇に避ける事もせず歩く。相手にどけと言わんばかりにズンズンと………が、相手は足を止めるものの横に退く事はなかった。
カヌゥは苛立ったように舌打ちすると目の前の男に向かって叫んだ。
「おい邪魔だ! さっさとどけ! ぶっ殺されてえのか!?」
「どいても良いぞ」
鎧も来てないような、頭のおかしいかよっぽど貧乏なのかの何方かとしか思えない相手に強気になったカヌゥ立ったが帰ってきた声はとても落ち着いていた。
「ただ、内の団員についてたサポーターから奪った金目の物を全て返したらな」
「………………」
その言葉に、カヌゥ達の表情が変わる。
「なんの事ですかい? あっしらにはさっぱり………」
「口封じ、とかは考えない方がいい。今ならギルドに報告もしないでやる」
その上から目線の言葉に、絶頂だったカヌゥ達の顔にカッ! と血が登る。
一人二人、殺したところで一緒だ。大して金になりそうな装備も持ってないくせにいきがりやがって!
「死ねやあ!」
カヌゥが魔剣を振るうと炎が飛び出し、爆ぜる。劣化しているとはいえ魔法は魔法。カヌゥ達からしたら、それはどんな相手にも通用する最強の攻撃に思えた。
「…………え?」
だから、傷一つなく立っている男を見て、頭が真っ白になる。
「警告はした………」
男、旬は目を細めながらバルカの短刀を装備する。カヌゥはひっ! と喉を鳴らし後退る。
「ま、待てお前! こんな事していいと思ってんのか!?」
「アンタの団員はめたのは、アーデの奴で!」
「お、俺達を殺す気かよ!? ひ、人殺しなんてして、【ガネーシャ・ファミリア】が黙ってねえぞ!」
「警告したと言ったろ?」
緊急クエストが発生しました |
『緊急クエスト∶敵を倒せ!』 プレイヤーに敵意を持つ者達が現れました。 全員倒し身の安全を確保してください |
これに従わない場合心臓が停止します |
残り人数∶3人 倒した人数∶0人 |
一歩一歩近付いてくる旬に、カヌゥ達の顔は青ざめる。それでもせめて強がろうと、叫ぶ。
「──────!!」
叫んだつもりだった。パクパク動く口から、声が漏れることはない。何せ、肺から切り離されてしまったのだから。
残り人数∶0人 倒した人数∶3人 |
クエスト完了 『緊急クエスト∶敵を倒せ』をクリアしました |
クエスト報酬 報酬を選んでください 次の中から選べます 報酬1.能力値ポイント+3 |
危険度が少なかったからだろう。報酬もしょっぱい。旬は鍵を回収するとその場から姿を消した。
カフェにてヘスティアと面談するリリを、旬は横目で見る。旬にまだトラウマがあるのかリリはチラチラ見ては震えていた。ベルは席が足りなかったので取りに行ってる。
「素直に聞くよ。サポーター君、君はまだ打算を働かせているかい?」
嘘は許さぬと、嘘は通じぬとヘスティアは目で語る。リリは神の持つその雰囲気に押されながらも、ヘスティアの目をまっすぐ見つめ返し、答えた。
「ありえません。リリはベル様に助けられました。もう、あの人を裏切る真似なんかしたくない」
「……うん、わかった。君のその言葉は、まず信じよう」
ヘスティアが、その言葉を本心だと認めた。もし謝罪したいと心から望むなら今後も態度で示せと神様らしい事を言っていたヘスティアは、しかしベルが戻ってくるとこれみよがしに抱きつきベルと自分の関係をアピール。そのままリリもベルに抱き付き睨み合ったので旬は助けを求めるベルを無視してその場から離れた。
「鍵は………俺が判断できてからでいいか」
旬はそう言うと鍵をイベントリにしまう。
そして、代わりにある手紙を出す。
「【ロキ・ファミリア】
リヴェリアから渡されたものだ。リヴェリアはある程度察してか、落ち着いたらで良いと言っていたが、リリの件がひとまず片付いたというのに渡すタイミングを失った。
まあ夜になれば流石に落ち着くだろうからその時に話せば良いだろう。後ベルには内緒にしとこう。絶対恐れ多いですよー! なんて叫んで逃げる。
感想お待ちしております
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黄昏の館
黄昏の館。
都市最大派閥のうち1つ、【ロキ・ファミリア】のホームだけあり、なるほど壮観だ。隣でベルがソロリソロリと逃げようとしていたのでアイアンに捕まえさせる。
2メートルを超える漆黒の巨人に捕まったベルは今夜の晩御飯になる兎のようだ。
「し、旬さん〜、僕なんかがここに来るなんておこがましいですって!」
「じゃあ何時になったらふさわしくなるんだ?」
「え、えっと………アイズさんに、並んだら?」
「待てないね」
そう言って歩き出す旬。アイアンもベルを抱えたまま歩き出す。
「うむむ〜………」
ふと隣を見ればヘスティアも難しい顔をしていた。
旬が昨夜手紙を見せても断る! などと叫ぶほど神ロキと相性が悪いらしいヘスティアだ。旬に通常じゃ起こり得ない速度で成長するベルには【ステイタス】を使いこなせる技術が必要だから、【ロキ・ファミリア】との接点はありがたいことだと説得されなんとか了承したものの、納得しきれていないのだろう。
「ここにヴァレン某が………ベル君は渡さないぞ!」
どうやら納得しきれていないのは、そちららしい。何故こうもアイズとベルの仲を引き裂きたいのか………。旬にはコレガワカラナイ。
アイアンが怖いのかすっかりおとなしくなったベルを連れ門まで移動すると門番がギョッ、とアイアンを見る。
「もう逃げませんからおろしてくださいよ………」
「はいはい」
アイアンを影の中に戻し、旬は固まっている門番に手紙を渡すと、その手紙を見た門番はお慌てで走り去った。しばらくすると、Lv.4であろうヒューマンの男がやってきた。
「いやあ、お待たせして申し訳ないっす。自分、ラウル・ノールドと言います。今から御三方を案内するっすね」
Lv.4とは、オラリオから見れば上位陣というのに、なんだろうか。目の前の彼から下っ端臭がする。頑張っているはずなのに大成出来なさそうな気配だ。
まあ、この世界は強さが最初から定まった旬の世界と違い、努力で壁を超えることは出来るはずだから彼もまた強く先を願えばランクアップ出来るだろう。
「こちらです」
ラウルが開けた扉の向こうは、面談室なのだろう。ソファーで挟んだ大きな机。部屋の奥のソファーにはフィン、リヴェリア、ロキが座っている。ロキは正確には背もたれに腰を掛けていた。
「お〜、よく来たなあ旬、後、ベルやったか? そんでドチビ〜」
「だぁれがドチビだこの絶壁めえ!」
「なんやとお!?」
「やるのかい!?」
「「上等だ、表出ろ!」」
「ロキ……」
「神ヘスティア」
早速いがみ合った女神達だったが己の眷属の言葉にうぐ、と黙り大人しく席に座る。
「まずははじめまして、ベル・クラネル。改めて、ミノタウロスの件はすまなかった。【ロキ・ファミリア】を代表して謝罪させてもらう」
「い、いえそんな! 助けてもらいましたし!」
「助けたんだから危険に巻き込んでも謝罪しなくて良い、なんてことは無いんだよ。だというのに僕等は被害者を調べもせず宴を開く始末。本当に申し訳ない」
「そ、そんな……! 頭を上げてください!」
トップファミリアの団長の謝罪に困惑してしまうベル。
ハンター協会トップや五大ギルドのギルドマスター達に敬語こそ使えど話を聞かずに去っていく旬とは大違いである。いや、ハンター協会会長とは話はしたが。
「こちらとしては、何かお詫びの品を渡せたら良かったんだけど」
「う、受け取れませんよ!?」
「ああ、君がそういう性格だと聞いている。だから提案なんだが………僕等から技術を学ばないかい?」
「…………え?」
「それは、【ロキ・ファミリア】の財産の一つを渡すという意味かい?」
ジトッとヘスティアが胡散臭げに睨むとフィンはやはり笑みを浮かべる。
「そういう事になるね」
「ええ!? そ、そんな、僕なんかが恐れ多い!!」
「そんな事はないさ。君は、もう10階層に到達したのだろう? それは、僕達の誰一人として成し遂げられなかった偉業だ。君の速度を間近で見せるのは、うちの団員にもいい刺激になると思う」
どうやって知ったのか、ベルの到達階層まで知っているらしい。
「でも本命は、僕等と友好的な関係を築いていざという時に旬君の力を当てにしたいんだろう?」
「………流石、神には隠し事ができないか」
フィンはそう言って肩をすくめる。
「僕は団長だからね。どんな事をしても、団員を守る義務がある。無論、僕達は最大派閥で、それを誇りに思っている。だが、極彩色の魔物、そしてそれを操るレヴィスと言う
なんでも、アイズが謎の人物から
アイズもランクアップしていたが
そして、オリヴァスと言うその昔オラリオを恐怖で満たした
この事から、レヴィスもまた胸に魔石を持つとおもわれ、怪物の人の特性を持ち合わせた彼等を
「よく逃げられたな」
「ベートが君に負けて以来、一人でダンジョンに潜り続けていてね。アイズとは異なる方法で、ランクアップしていたんだ。その上で、相手が爆発的に上がった力を使いこなせず辛勝………次会う時は更に強くなってると考えると、負ける気は無いが、多くの死者を出す」
「そんな危険な相手に僕の旬君を………他所の【ファミリア】を使おうってのかい?」
「「「─────っ!!」」」
ヘスティアが神威を放つ。
もとよりヘスティアはオリンポスと呼ばれる神々の集団の長の姉であり、司る権能の中に『不滅』も混じった天界でもトップクラスの神格持ち。
神格よりも策謀により名を馳せているロキとは、本来格が違う。久方ぶりのその神威に冷や汗をかくロキは、しかし引くつもりはない。
「ああ、そうや。旬の桁外れの力でうちの子を守って欲しい」
空気が変わる。誰もが言葉を失う程の威圧感に満たされた空間で、動いたのは旬だった。
「神ヘスティア、俺は別に構わない」
「旬君!?」
「強い相手。むしろ望むところだ……」
レベルアップの糧となるし、なんならそのまま軍勢の強化にも使える。
乗り気な旬を見て、ヘスティアははぁぁ、とため息を吐く。
「本人がこう言ってるなら、僕はもう止めないよ。けど、君達の目的が旬君だとしても鍛えると言った以上きちんとベル君とも向き合うんだ」
「勿論。そちらに手を抜くつもりはない」
話し合いが終わり、解散。フィンとリヴェリアの案内の元、出口に向かう。と、不意にベルが視線を感じる。
ここ最近、何者かに見られているような気がして感覚が鋭くなったのだ。そして、振り返り見つける。
「………あ!」
「あ!?」
「ん? ああ! ヴァレン某!」
柱の影から顔を覗かせたアイズと目があったベルは、固まる。ヘスティアが恋敵の出現に敵意を醸し出す。
「あ、えっと………あ、あの…………」
「だああああああああ!!」
突然の事に、流石のフィン達もキョトンと固まり、アイズはガーンとショックを受ける。ヘスティアはそのまま逃げ切れと応援する。
リヴェリアが正気に戻った!
「アイズ、追え!」
「───!」
リヴェリアの言葉にアイズははっ! と正気に戻る。逃げていくベルの姿が曲がり角に消える。通りかかったラウルがうひゃ!? とスッ転ぶ。
に、逃がすものかとアイズも駆け出す。物凄い速度だ。立ち上がろうとしたラウルが発生した風により再び転ぶ。
Lv.1とLv.6。速度で、勝負になるはずが無い。壁を蹴りベルの前に降り立ったアイズはそのまま両腕を広げる。限界以上の速度を出したベルは止まることが出来ず、アイズの胸に飛び込み抱き締められた。
翌日早朝、ベルは黄昏の館の訓練上で空を舞う。
「あ、ご、ごめん………」
あの後ベルが【ロキ・ファミリア】から訓練を受けられると知ったアイズが、立候補したのだ。その結果、実践が一番という理由でアイズにボコボコにされている。
「あの、大丈夫……?」
「だ、大丈夫です!」
フラフラになりながらも惚れた相手に情けない姿は見せたくないと立ち上がるベル。アイズはじゃあ、続きをしようと構える。
「やはり、駆け出しとは思えんな」
「大方10階層に行ったという話を聞いた時点で予測はしてるんだろ」
「まあね、確証はないというか、確信したくないというか………けどまあ、そういうスキルだろう?」
「確信したくないだと、何故だ?」
「そんなの簡単だろ。強くならなきゃいけないって思いが、劣るとか、偽物とか言われた気分になるからだ」
「はは、まあそのとおりなんだけどね……」
そんな二人のやり取りを見つめる
「ふっふーん! あんなに容赦しないなんて、さては脈がないと見た! って、ああ〜!? な、何してるんだいヴァレン某!」
「なななな!? こ、この、そこの無礼なヒューマン! 今すぐアイズさんの膝の上からどきなさーい!」
「アイズたーん! それうちにもやってぇ!」
別の場所では主神2柱+αが何やら騒いでいる。アイズが気絶させてしまったベルの頭を己の膝に乗せたのだ。リヴェリアがため息を吐くと折角ダンジョンに潜るばかりだったアイズに訪れた変化の邪魔はさせぬと3人を捕らえ何処かに行った。
「ベル君の方は大丈夫そうだな。俺はもう行く」
「何処に?」
「ランニング」
10キロ走り終えた旬は朝早くからやってた屋台のジャガ丸くん(塩味)を朝飯代わりに購入する。今日は特に予定もなく、ダンジョンでレベリングでもしようかとバベルに向かう途中、フェルズが現れた。
「待たせたね水篠旬。都市外に数ヶ月、外に出る申請が漸く済んだ」
「そうか、助かる……」
「このままエルソスの遺跡に向かうのか?」
「そのつもりだ」
「なら、このファミリアと合流してくれ」
そう言って羊皮紙を渡す。片方ら地図で、片方は
「【アルテミス・ファミリア】?」
「都市外を活動するファミリアさ。時折、ランクアップの為にオラリオによる事はあるがね。その際に
そう言って渡されたのは、水晶のついた首飾りだ。
「一々戻ってきてもらうのを待つのや、モンスターが現れたと聞けば移動する彼女達を追うのは効率が悪くてね。すぐに追えるようにあるアイテムを渡しておいた。これはそのアイテムの位置を教えてくれるアイテムだ」
魔力を込めてみてくれと言われ、やってみる。光の線が虚空に向かって伸びた。
「その先に【アルテミス・ファミリア】が居る。彼女達、というよりは神アルテミスはアンタレスと因縁があるのでね。合流し、向かってくれ」
「わかった」
「馬は既に手配した。エルソスの遺跡までは、一ヶ月程───」
「必要ない」
と、旬が飛び上がる。足元から影が溢れ出し、飛竜を形作る。
「空路で行く」
「そうか…………アンタレスは、古代力のあるモンスター。人を殺す為ではなく、滅ぼす為の強大なモンスターだ。健闘を祈る」
「ああ……」
バサリとカイセルの翼が空気を捕らえ、一気に上昇する。そのままオラリオの外へと飛び出した。
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接触
【アルテミス・ファミリア】の主な活動は狩猟だ。とはいえ、狩るのはもっぱらモンスター。要するに地上で繁殖したモンスターの子孫を討伐しているのだ。
地上のモンスターは魔石を切り分け子孫に与える。強いモンスターほど魔石は良質になるので、逆説的に魔石の小さいモンスターは弱くなる。
それでも元が強力ならそれなりの強さを持ったモンスターになるし、一般人からすれば驚異以外の何物でもない。故に、その日もモンスターを狩りに向かう。
「標的は山に住み着いた竜だ。今のところ、家畜にしか被害は出ていないが相手はモンスター。何時人を襲うか解らない。速やかに殲滅するぞ」
「「「はっ!!」」」
「はーい!」
一人だけズレたのはランテだ。天真爛漫で、ムードメーカーだが流石にギロリと睨まれる。
「地上で繁殖したとはいえ、ドラゴンだ。油断はするな。気を引き締めろ」
「はい」
団長のレトゥーサに叱られシュン、と落ちこむランテ。まあ、今回の相手は竜種だ。最強種の一つ。警戒しておいたほうがいい。
「? なんか、騒がしいですね」
竜の住まう山へ近付くと、何やら確かに騒がしい。人ならざる、かと言って獣でもない叫び声。
「別の群でも来たか、ボスの座をかけた決闘でも行われているのか……どちらにせよ気が立っている。皆気を引き締めろ」
と、アルテミスが警戒するように注意した時だ。ガサガサと音が響き枝や葉が落ちてくる。
「下がれ!」
即座に後ろに飛ぶアルテミスとその眷属。枝をへし折りながら落ちて来たのは、青黒い鱗を持つドラゴン。その首筋に噛み付くのは一匹の漆黒の熊。
「な、なに!? キラーグリズリー!?」
「いや、でかいぞ!?」
既知のモンスターの名を叫んでみたが明らかに違う。サイズが知ってるモンスターの倍近くある。
ミチミチとドラゴンの首に牙を食い込ませ、ブチンと首を千切り取った。強い、地上で繁殖した個体とは思えぬ程に。
「はああああ!」
真っ先に我に返った団員がハルバードを振るう。しかし、弾かれる。熊はジッと【アルテミス・ファミリア】の眷属達を眺め、すぐに興味でも失せたかのようにドラゴンを咥えると踵を返す。
「…………な、なんですか………あれ」
「わからん。が、人里近くに竜をも喰らう怪物が出た以上放任はできない。獲物を持って帰ったのは、巣があるやもしれん。考えたくはないが、群の可能性も」
「………目は、貫けるかもしれません」
地上のモンスターとして異常なまでの耐久力を持つモンスター。それが数匹の可能性に顔が青くなる一同だったがレトゥーサの言葉に可能性を見出す。
「今の装備では心許ない。流石に、縄張りを手に入れて一日二日で人里に降りてくるとは思えない。今日は巣の位置の確認。その後、村で警戒しつつ装備を整える」
「はい!」
そして、熊が歩んだ跡、折れた枝や倒された木々を目印に進んでいくと、無数に積まれたドラゴンの死体があった。その眼前に立つのは、一人の青年。
「『起きろ』」
たった一言。その一言に、アルテミスは目を見開き飛び退いた。
「アルテミス様?」
「……なん、だ………あれは? 何故、
彼女が慌てる姿など、初めて見たかもしれない。一体何が起きるのかと振り向けばドラゴンの死骸からズルリと無数の黒い靄が溢れ出す。それは竜の爪や翼、牙を型取り古い肉体を捨てるかのように顕現する。
「カルルル」
「クアアアア!」
無数に現れる漆黒の竜種。それ等は、たった一人の人間に跪く。
「それで………そこに隠れているのは誰だ?」
「「「────!?」」」
上級クラスの眷属である【アルテミス・ファミリア】達をして、ギリギリ五感で捉えられる距離。それをあっさり察知し振り返る男。眷属達が動揺しているとアルテミスが飛び出す。
「アルテミス様!?」
「…………君は………人間、か?」
「ああ………」
「……………………」
アルテミスはじっと青年を見つめ、周囲の黒いモンスターを見回す。
「………君は、間違いなく人間だ。だが、その力は我々に近い………一体何者だ?」
「…………【ヘスティア・ファミリア】で世話になっている、水篠旬」
「ヘスティア? 君は、ヘスティアの眷属か!?」
「ええ、一応……」
旬と名乗った青年の言葉にアルテミスは顎に手を当て考え込む。
「嘘は、ない………無い事が、解る。ならやはり人間? ううむ………」
これが【アルテミス・ファミリア】と水篠旬との出会いだった。
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【アルテミス・ファミリア】
「改めて自己紹介しよう。私はアルテミス。【アルテミス・ファミリア】の主神で、君の主神であるヘスティアの神友だ」
「【ヘスティア・ファミリア】、水篠旬」
焚き火を囲い、【アルテミス・ファミリア】の面々と旬が話し合う。旬がギルドからの依頼書を持ってきたことを伝える。
「エルソスの遺跡か。私にとっても無関係ではないな………しかし、君も来るのか?」
「俺としてもアンタレス討伐を個人的に行いたいので」
「アンタレスは古代の力ある魔物だ。君が思うより、余程凶悪だ」
「なら………」
「…………?」
と、旬は【アルテミス・ファミリア】の面々を見回す。ランテは首を傾げながら笑顔で手を振ってきた。
「…………言いたい事は解る。君一人の方が、私の眷属全員より強いのだろう」
「!!」
自らの主神に個人ならともかく総合力ですら劣ると言われ動揺する一同。いや、確かにあの規格外の強さを持つ黒いモンスター達の強さを思えば。
「我が子達を劣っていると言うつもりはないが、慢心されても困る。君個人ですら、私の眷属達が得意とするこのような森の中で戦おうと討ち取れまい」
「アルテミス様……それは……」
「気を悪くしないでくれ。私とて、お前達は自慢の子だ。だが一旦とはいえ主神クラスの
「…………主神? アルカナム?」
言葉の意味は察するがそれが自分に向けられた意図を察せぬ旬に、アルテミスはムッ?と首を傾げた。
「君は、自分の力が何なのか知らないのか?」
「ああ………叶うなら、知りたい。俺がこれからどうなっていくのかも」
システムを超える為に、システムが定めたであろうレベル差も無視してケルベロスに挑んだ。悪魔の王も倒した。だが、システムを理解したかと問われれば、否と答える。
目の前の女神はその答えを知っている? ならばと尋ねる旬に、アルテミスの口が開いた瞬間だった………
許可された情報量をオーバーしています。 会話を遮断します 許可された情報量をオーバーしています 会話を遮断します |
「がっ!?」
突如、頭が割れるような頭痛が走る。
「■■■■■■!?」
アルテミスの言葉が、確かに聞こえるはずなのに何処か遠くから聞こえるよう聞き取れない。代わりに響くのはシステムのメッセージ。
「■■い……おい! 大丈夫か!?」
「あ、ああ………収まった」
「…………なる程、また厄介な呪いを………いや、祝福を与えるための制約か? すまないが、どうやら私の口から話す事は出来ないようだ」
「前にも、似たような事があった………あの時は、相手側だったが」
悪魔の少女を思い出しながら頭を振る旬が。その言葉にアルテミスはふむ、と顎に手を当てる。
「正直言って、その力の持ち主が私に干渉するのは容易いだろう。だとするなら、その相手が最初から君に力を与えている何かの支配下にあったと考えるべきだ」
あの悪魔の少女やバルカはシステムの支配下?
目の前の女神がそうでないと言うことは、やはりここは根本的にインスタンスダンジョンとは異なるのだろう。
(そういえば、バルカとエシルの時は質問内容は別だったが………システムの管理人と自然発生するダンジョンの管理人に繋がりはあるのか?)
痛みが引いていく額に手を当てながら考え込む旬。
システムはまだ解らないことが多い。
「力になれずすまない」
「気にしなくて良い」
「しかし、君は一体何者なんだ? ………いや、辞めておこう。君が話す事とて、何が先の再現になるか解らない。ただ、これだけは答えてほしい」
月と貞潔と狩を司る弓の女神が、正しく射抜くような視線を旬に向ける。
「ヘスティアの眷属だけでなく、ヘスティアとも関わっているのか?」
「………?」
質問の意図が解らなかったが、直ぐに気付く。旬は己が眷属であるか微妙だと思って【ヘスティア・ファミリア】で世話になっていると言った。これはたしかに、眷属と関わっていても主神と関わらない、なんて状況でも使える言葉だ。
「ああ。彼女は、良くしてくれている。感謝しかない……貶めるつもりも、利用するつもりも………いや、異常性を隠す為に、利用しているとは言えるかもしれないが」
「それをヘスティアは知っているのか?」
「ああ………」
「なら良い。あの子は抜けているしぐうたらだし、放っておくと何をしでかすどころか何もしないような子だが、人を見る目は間違いなくある。彼女の親友である私が言うと、いささか自慢のようになってしまってる気がするがね」
ふふ、と何処か誇らしげに語る様は、本当にヘスティアが好きなのだろうと思わせる。ランテと言うらしい眷属はむむむ、と頬を膨らせていた。
「俺はヘスティアの交友関係をあまり知らないけど、仲の悪いロキも嫌いこそすれ邪悪であるとは思ってないし、貴女を見るとなるほど、確かに自分を自慢したくなる」
「そうか……」
旬の諧謔に微笑みを深めるアルテミス。
「で、あるならお互い確執は晴れたと思おう。眷属の生存率も上がるんだ。同行は、むしろ此方から頼む」
「こちらこそ」
アルテミスが片手を差し出し、旬もその手を握った。その後は他愛ない会話を始める。
「そういえば……先日、街に買い出しに行った際、ランテが通りかかった男と、口にするのも憚れるやり取りを……」
「ほへっ!?」
レトゥーサの言葉にランテがビクリと肩を揺らし奇声を上げた。
「ランテ……」
「ち、違うんですよアルテミス様!? 先を歩いていた殿方が林檎を落として、拾ってあげただけで!? 背が高いなーとか、渡す拍子に指が触れ合って『あ、これ運命だわ』とかしか思ってませんから!?」
「………? 指が触れて、運命? なんの?」
眷属の何名かが「マジかこいつ」と言いたげな顔で旬を見た。
アルテミスの目は、どんどん鋭くなっていく。
「……お前達に私の掟を押し付けるつもりはない。もし伴侶を求めるというのなら、【ファミリア】から抜けろ。止めはしない」
男子禁制のファミリアとは聞いていたが、恋人も作れないらしい。なかなか厳しいのだな、と旬は他人事のように眺める。
「アルテミス様は、どうして男女の愛を忌避するんですかっ?」
「おい、ランテ!」
「お願いです、教えてください! 私、気になります!」
レトゥーサが咎めるように言ったがランテは言葉を続ける。そんなランテの言葉にアルテミスは暫し言葉を選ぶように考え込む。
「………私であるから、としか言えない。私は『貞潔』を司る神、『美』を司る神々とは対局の位置にいる。もし、それを認めてしまえば……私は私でなくなってしまうのだろう」
「…………へえ」
旬は以外だ、とでも言うように声を漏らした。
「全知全能で、神の力が使えない地上でも好き勝手………って思ったけど、神様も案外窮屈なんだな」
「………窮屈?」
「とは、違うか? ただ、己の在り方を変えられないっていうのは、中々不便だな、と」
「私自身不便、窮屈だとは感じたことは無いが……神とは確かにそうかも知れないな。ヘスティアも処女神だ……男性との距離のとり方も大変だろう」
「? ヘスティアはベル君と一緒のベッドで横になるけど?」
「……………へ?」
ポカン、と固まるアルテミス。
「え、寝てる? あ、いや流石に言葉通りの意味だとは解るが………え、同じベットで?」
「ああ……」
「え……ええ〜…………」
以外だったのか、アルテミスは毅然な態度が問われ完全に困惑していた。
「あの子が………弟に頼んで誰にも求婚されないようにしてた、ヘスティアが………そうか。彼女も、変わったのか……」
「それはきっと『恋』です! ヘスティア様は恋をしたんですよ!」
「ヘスティアが恋か。いや、でも相手は誰だ? いつも店長が女性の店のバイトで忙しいはずだけど………」
「……………」
「マジで言ってんのかこの人」と言いたげな視線を向ける一同。旬の鈍感さで張り合える存在など、極東の武神か貧乏の薬神ぐらいしかいない。
「アルテミス様も『恋』をした方が良い! 『恋』は、素晴らしいものです!」
『恋への情景』を宿した瞳で熱く語る。言葉のとおり、『恋』は素晴らしいから、どうか知ってほしいと……。
女子はやはりこういった話題が好きなのか、ランテの演説とも思える『恋』のなんたるかを聞きキャーキャー色めき立つ。
「……レトゥーサ。お前もそう思うか?」
「わ、私は、そのっ…………いいえ、はい、そうですね。恋をする前と、後では、私達は変わる。それは確かな事です」
「旬、君は? 男としての意見を聞かせてくれ」
「俺はまだ、誰かに恋したことはない。でも、両親を見てたら、それが素晴らしいものだとは思う。男女が恋に落ちて、愛を深めて、俺達子供達が生まれる訳だから。恋をせず……好きにならず、増える為に子をなしただけなら、それは機械と変わらない」
その言葉にアルテミスは夜空を見上げる。困惑するように、憧れるように。
「不変である
「変われます! きっと!」
「そうか……お前達がそこまで言うのなら……『恋』とはかくも素晴らしく、尊いものなのかもな。私は、決して現を抜かす事は出来ないが夢みることは、許されるのかもしれない」
顔を戻し、アルテミスは笑っていた。ランテはそれで満足のようだ。
「長くなってしまったな。もう寝よう。明日からは秘境巡りだ」
「望むところです! ダンジョンだろうが竜の谷だろうが乗り越えてみせます!」
「調子に乗るな、ランテ」
笑い声が響く。アルテミスも笑う。月の光が、優しく彼女達を照らしていた。
ズチュッと音を立てタマゴ型の物体の頭部が開いていく。ヌラヌラとした液体と共に落ちてくるのは黒い巨大な蠍。
キシキシと身を震わせ、不気味な肉塊を思わせる床を歩く。
ボトリ、と新たな蠍が生まれる。ボトリと何処かで音が響く。ボトリボトリと不気味で不吉な音が連続する。
その最奥。一際巨大な人型を思わせる上半身を持った異形のサソリは単願を一つの卵に向ける。森の命を食い尽くし、我が子等が持ってきたただの人類や神の匂いのする、その蠍が知る時代には無かった餌から取り込んだ生命を濃縮した卵。
強い兵士がいる。来たるべき戦いに備え。
クオオオオオォォォォォォォォ
不気味な音が響く。月光のような光を纏った異形は備える。自身を封じた忌まわしき存在の、その根源の接近を感じながら。
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色褪せぬ旅路
陸路ならばまだ半月はかかる距離。しかし、旬にはカイセルがいる。【アルテミス・ファミリア】達の分も、現地で調達出来た。
「おお〜! すっごいすご〜い! 竜の背に乗るなんて初めて!」
基本的に、モンスターは人類の敵だ。ごくごく稀に歌で諌める少女や、ドラゴンの背に乗り空を掛ける英雄もこの世界の英雄譚に存在こそするが旬の世界に比べ、その手の話は少ない。
そんな物語の登場人物になったかのような今の現状に、ランテは大興奮している。
熊の乳で育てられたらしい彼女は割と本能的に生きているのか他の団員が警戒する中真っ先に『私この子!』と竜を選んでいた。見た目は、この世界では竜より弱いワイヴァーンに似ているはずのカイセルを……。
かつては悪魔の王を乗せていただけあり、プライドがあるのか乗せたくなさそうに身をよじっていたが旬の手前拒否もできないでいたので、旬が代わりに竜の群れのボスだった影を紹介した。
今はそれに乗っている。
「このドラゴン達は休憩挟まず飛べますが、どうします?」
「我々はそうも行かない。降りる時は言う」
旬の言葉にレトゥーサはそう返す。
「綺麗ですね! アルテミス様!」
その言葉には旬も同意する。
現代日本の景色とはこれまた別の、自然豊かな森林が陽光に照らされている光景を空から眺めるのは、なるほど確かに美しい光景だ。
「ああ、きれいだな。生命に満ち溢れている………天界のように、停滞という名の毒に侵されることもない」
「停滞?」
「君も言っていたろう? 神は不自由だと。皆、己の本質を変えようとしなかったのさ」
「でも神ヘスティアは変わったんだよな?」
「…………うむ。まさか、男と同衾してるなど。不潔な、などと言う気はないが……ヘスティアにまさか恋人が出来るなど」
「あ、ベル君は別の女性が好きだし神ヘスティアの事も、多分神様としてしか見てないぞ」
「不潔な!!」
前言を速攻で撤回し叫ぶアルテミス。周りの眷属達がビクリと震える。
「その子供もその子供だ! 好いた女が居るのなら、共に寝る事の意味もわかるだろう!」
「? 別に、同じ布団で寝るだけなら良いのでは?」
「………………………へ?」
「「「………え」」」
首を傾げる旬にアルテミスが固まり、眷属達もギョッと振り返る。ランテだけはお〜、と謎の感嘆の声を上げていた。
「え、あ……え? いや、だって同じ布団で」
「俺も良く妹と寝ていたけど?」
父が居なくなって暫くの間や、母が寝たきりになってしまった時も、お互いの存在を確かめるように。それと、旬がハンターになったばかりの頃も。
「…………もう一人の眷属も、同じような考えだろうか?」
「まあこの年ともなると恥ずかしい、とは言ってたかな」
「………まさか………まさかヘスティアめ! 無垢な子供に漬け込んで、そんな破廉恥な行為を!? ヘスティアめ、アフロディーテに影響されたか? これは、今回の
何処かで美の女神がぶえっくしょい! とクシャミをしたとかしてないとか。
「すまない、一度降りて食事にしたい。アルテミス様も、少し落ち着ける場所にいたほうが良さそうだ」
「解った」
レトゥーサの言葉に旬は水辺付近に降りる。鏡の様に雄大な山や青い空を移す鏡のような泉の端だ。
「みてみてアルテミス様! 魚が泳いでる。釣りしましょう、釣り!」
「釣り竿がない………だが、魚を食べたいと言うのなら」
と、アルテミスは弓を構える。弓には紐も結ばれている。
「ふっ───」
空を切り突き進んだ弓は、水面に漂う虫をくおうとした魚を射抜く。
「………弓って、魚をとるものでしたっけ?」
「弓は獲物を仕留めるものだ。空を舞う鳥も、地を走る獣も。ならば魚も大差あるまい」
「ええ……そうかなあ」
ランテの何とも言えない言葉に旬はふと思いつきで『氷魔の弓』を取り出す。
「これ使える?」
「む? ふむ、いい弓だ………どれ……」
と、試そうと矢に手を伸ばそうとした時氷の矢が反対の手に現れる。
「……ほう、これは便利な」
マジマジと矢を見たあと、今度は空に向かって放つ。
矢に貫かれ、刺さった場所が凍った鳥が落ちてきた。
「食材の保管に使えるかもしれんな」
「とはいえ、もう少し取ってきたほうが良さそうですね」
少数精鋭とはいえ数人はいる【アルテミス・ファミリア】。旬も何か取ってくるか、と動こうとした時茂みが揺れる。
「熊?」
確か、手は珍味。などと言ったことを思い出していると熊がアルテミスに近付く。短剣を取り出す旬。今の所、敵意は感じない。
「あ、大丈夫ですよ」
「グルルウ」
と、ランテが旬を止める。熊は、湖の中に入ると暫くジッとして、魚を湖から叩き出す。
「…………………」
「くれるのか?」
その魚をアルテミスに渡した。そのまま鼻先を擦り付ける。
「……懐いて、いる?」
「アルテミス様は、動物にモテるんです」
その言葉通り動物達が集まってきた。鳥や鹿、狼などが木の実や死んだ兎、狩られた鳥なんかを置いていく。
旬は日本の漫画で神様の元にマッチを持参してくる七面鳥を思い出した。
「食料、集まったな」
「ふふん、アルテミス様がいれば私達は森の中で餓死なんてしませんからね!」
「何故お前が得意げなんだランテ………」
と、呆れるレトゥーサ。彼女を含め、団員の誰も驚いていない。つまりはよくある光景なのだろう。
「どうですかどうですか? アルテミス様、神々しいでしょう?」
「ああ。美の女神にはあった事はあるけど、俺としては彼女の方が綺麗だと思う」
まあ、自分が
「……自分が言ってる意味、解ってます?」
「? 何か変なことを言ったか?」
「あ………噂に聞く、神ミアハや神タケミカヅチと同類なのか〜」
呆れたように肩を落とすランテ。妹の同級生、病院のナース、元同僚、悪魔の娘などにモテるくせにモテている自覚のない旬は終ぞ気付かなかった。
「エルソスの遺跡まではそろそろだ。正直、助かった。君の影がなければもう少し時間を要したろう」
空の旅も終わりに近付く。なかなか無い体験だった。やはり下界は神々を飽きさせない。竜の背に乗る、など今後あるかないかの体験だった。
「よし、じゃあ競争しましょう!」
「……………は?」
名前をつけていないので旬も直ぐには違いがわからぬ影の竜を毎回毎回同じ個体を一発で見つけるランテは勢い良く提案した。
「………ランテ?」
「こんな機会、もう二度とないかもしれませんもん! だったら行くべき! 行くよ、ドラ吉! 目指すはあの大っきな木!」
『グオオオオ!!』
バサリと翼を羽ばたかせ速度を上げる。それを見て、アルテミスは仕方ないというように微笑む。
「勝負となっては仕方あるまい、行くぞ!」
「神アルテミス?」
「すまないな、水篠旬。アルテミス様は、挑まれた勝負事は真剣に行う。眷属である我等は、従うのみさ」
そう言うと眷属達も次々速度上げていく。旬が立っているカイセルもキュイ、と鳴く。
「……そうか。好きにしろ」
『キシャアアアアア!!』
王の騎馬である誇りからか、先を行く竜達に負けてられぬと速度を上げる。当然とは言えば当然だがあっと言う間に他の龍を抜かした。
「う、おええええ! き、気持ち悪いぃぃ」
3回転ひねり、急降下、急上昇、蛇行、螺旋。
無駄に極まった無駄のない無駄な動きをしてすっかりドラゴン酔いしたランテ。レトゥーサ達が呆れたように見ていた。
仕方なく、大きな島が浮かんでいる湖に降り立った。森深くだ、モンスターも居るだろうから火は多めに焚くこととなった。
「これは、すっご」
「モンスターの、骨?」
湖を見に行こうとかけだしたランテは直ぐに大慌てで戻ってきた。ついてきてくれと言うから何かと思えば、湖に浮かぶのは小島でなく巨大な翼竜の骨だった。
「恐らくダンジョンから進出し、ここで息絶えた古代のモンスターの骨……いや、ドロップアイテムだろう」
「骨丸ごとなんて……相当強かったんでしょうね。それこそリヴァイアサンみたいに」
「今はメレンのロログ湖の中だっけ?」
モンスターの死体は魔石を抜くと灰へと変える。ただし例外がある。それは、モンスターの中でも異常発達した部位だ。魔石を失ってなお、存在を独立させる濃密な魔力。旬はジッとその亡骸を見つめる。
「けど、なんか……」
「ああ、自然と一体化していて。荘厳で美しいな」
神であるアルテミスも認める、どこか神秘めいた光景。骨の上には苔が生し、その死体を栄養にしているのであろう花々が咲いている。
「……水篠旬?」
と、旬がその骨に手を向ける。
「『起きろ』」
死者を支配する王の絶対的な命令。周囲に満ちた魔力がザワリと震える。
「っ!?」
「何を……!?」
〘影の抽出〙に失敗しました |
あと2回 抽出可能です |
骨をドス黒い魔力が多い、しかし弾ける。それと似た光景を、【アルテミス・ファミリア】は見た事がある。そう、山に住み着いた竜で行っていた。まさか、明らかに何十年……いや、噂にならなかった事を考えれば数百年は昔の死体だ。
「そうではない」
と、旬が再び口を開こうとしたが、アルテミスが伸ばした手に触れ止める。
「君の力は
「……………」
やり方が違うというアルテミスに、旬は驚いたように視線を向けた。
「完全に
「………………」
目を閉じ、魔力を感じる。旬の魔力が骨を包み込み、旬の号令と共に骨に宿る何かを抜き取ろうとしている。
それを、アルテミスの言うように動かす。
「『起きろ』」
旬の魔力が骨に宿る何かの中に沈み込むように溶け合う。徐々に形をなしていくそれを、現実に引き避けるように動かす。
『グオオオオオオオオ!!』
大気を揺する咆哮。目を開ければ、骨の上に巨大な漆黒の飛竜が存在した。
「ふむ……すまない、力になれなかったようだ」
「…………いや」
しかし、その飛竜の輪郭が揺らぎ、崩れていく。
〘影の抽出〙に失敗しました |
影が無の世界へと旅立ちました |
死亡してから長時間経過したため これ以上の抽出は不可能です |
どうやら失敗したらしい。後に残されたのは元の静寂と、弱いモンスターを寄せ付けぬ魔力だけが残された。
「さて、では改めて休息を取るとしよう。この速度なら、明日の昼にはつく。そこでもう一度休憩を挟むが、今のうちにも出来るだけ休んでおけ」
「はい」
アルテミスの言葉に眷属達がテントを張ったりと野営の準備をする。手伝いながら、旬は先程の言葉を思い出していた。
──骨丸ごとなんて……相当強かったんでしょうね。それこそリヴァイアサンみたいに。
──今はメレンのロログ湖の中だっけ?
ロログ湖、メレン。帰ったら調べてみよう。
DVD特典によるとさ、倒す方法が確定してたとはいえアンタレスよりダンジョンの暴走をこそ警戒してたらしいんだよ。矢が放たれても、ダンジョン深層は残ったの
かね
ところで旬の【黒の心臓】ってワートリで考えると先代影の君主のブラックトリガー
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エルソスの遺跡
恐らく最後の空の旅。もちろん、帰路を旬に頼めば乗せてくれるだろうがランテ曰く目的を果たした後のそれは旅ではない、との事だ。神の中には旅は帰るまでが旅と言う者もいるようだが。
「ん? 何あれ、黒い………森?」
と、ランテが地上を見て首を傾げる。眼下には、葉も幹も枝も地面に生える草花に至るまで黒く染まった森が見えた。それを見たアルテミスは目を見開く。
「森が、死んでいる……」
触れただけで崩れる木に触れ、エルフは顔を歪める。
「アンタレスの仕業だ。この辺りの生命を、全て食い尽くしたのだろう」
それはつまり、封印が解けたか解けかけていると言う事だろう。
「明日、すぐにでも遺跡に向かおう。夜は、十分警戒してくれ。封印は私にしか解けないのに行方不明者が出ているとなると、アンタレスの眷属が生まれているのだろう」
「眷属?」
「神の眷属とはまた別だ。モンスターが繁殖するのは知っているな? 本来なら魔石を切り分けて繁殖するのだが、アンタレスは食らった生命力を魔力に変換し、魔石を持ったモンスターを生み出す、ある意味では動くダンジョンとも言える怪物だ」
その言葉にアルテミスの眷属達は僅かに動揺する。
彼女達とて実力者であることは疑いようがない。しかし、地上とダンジョンでは、モンスターの強さは別物だ。
「相手の強さも解らないうちに、任せろとは言えないが俺がこの中では一番強いから、一応出来るだけ守ってみる」
「元気づけてるつもりかそれは………いや、そうだな。頼りにさせてもらおう」
旬の言葉にふふ、と微笑むレトゥーサ。十分な休息を取り、日の出と共に出発した。
「ここがエルソスの遺跡」
「アルテミス様は昔訪れたんですよね?」
「ああ、封印のほころびがないか確かめにな」
石造りの遺跡の一部を貫き木が生え、根が瓦礫に絡みつく。木の幹に埋まるように弓矢を構えた女神像が存在するその遺跡を見て、旬は目を細める。
「…………?」
「……………」
違和感を覚え門を眺める旬。アルテミスも何かを感じ取っているのか眉根を寄せ、しかし明確な答えが浮かばず困惑していた。
「はわ〜、きれい」
遺跡の通路は青い輝きが壁や天井に張り巡らされていた。
「封印の光だ。これを施したのは私に類する精霊達。私の最初の眷属とも言える………」
「私達の大先輩って事ですね!」
ランテがそんな事を言いながら、進む。やがて大きな門の前にたどり着いた。
出っ張った石版に描かれるのは弓に見立てた月に添えられた矢。【アルテミス・ファミリア】のエンブレムにも似た、紋様。アルテミスが手をかざすと、光が彼女を包み込み、紋様が向きを変え、石版が沈み込む。門がゆっくりと開き始め……。
「───っ!?」
旬が目を見開いた。門の奥から、赤い光が溢れ出す。
「なんだ、これは!?」
「す、吸い込まれる!?」
門の中へ空気が吸い込まれる、訳ではない。空間そのものごと、引き寄せられる。
〘ダンジョン〙に入場しました |
旬の脳内で、無機質な電子音と女の声のメッセージが響いた。
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蠍の群
「今のは? ………皆、無事か?」
アルテミスの言葉に眷属達が頷く。旬は周囲を見回す。薄暗い洞窟の中。張り巡らされた肉の管が不気味に鼓動する。光源は、精霊の光とやらだろう。
「これは、まさかアンタレスが? 馬鹿な、
「っ! アルテミス様!」
アルテミスが何やら考え込んでいると、洞窟の奥から黒い蠍が現れる。
「でか!?」
ランテの言うとおり、その蠍は3メドル程の大きさがあった。獲物を見つけ走ってくるその速度は、一級冒険者に匹敵するほど。
「ふっ!」
が、今の旬にとっては遅い。『悪魔王の短剣』で細切れにする。
(B級って所か? ただ、奥から流れてくるこの魔力……)
カル………キバの生前のダンジョンより上かもしれない。正直、【アルテミス・ファミリア】の面々では……。
「キシャアアアア!!」
「チッ、イグリット!」
次々に溢れてくる蠍の群れ。旬はイグリットに【アルテミス・ファミリア】を守るように命じ、歩兵、ハイオーク兵、モンスター兵、弓兵、飛竜兵を呼び出す。
「これは……何が起こっている!?」
「アルテミス様、一度引きましょう!」
「っ! それは、無理そうだ」
予想外の敵の数。レトゥーサが退却を打診するがアルテミスは苦虫を噛み潰したような顔で否定する。入り口は、閉ざされていた。妙な光の膜。軽く触れただけで弾かれる。
「これは……」
まるでインスタンスダンジョンのようだ。そんな旬の考えを肯定するように、メッセージが届く。
ダンジョンに入場しました |
「……………」
キチキチカチカチと硬い外装を擦り合わせながら現れるサソリの群れ。昆虫じゃ無いくせにまるで昆虫の様に前体と頭が別れている。それにより前体を持ち上げられるようになり、牙による攻撃範囲が増えている。
いや、牙だけでなくハサミも同様だ。本来なら顔の横に生えているはずなのに、腹部あたりから伸びている。
「…………強いな」
サソリを無理矢理戦いやすい形に作り変えたかのようなモンスターの群れ。最低でもB級モンスター並。
バルカは【ヘスティア・ファミリア】を守るように残していたが、連れてくるべきだったか。
空間に淀んだマナが満ちています。影の招集、交換が行えません |
〘影の交換〙ーー時間ーー分ーー後に使用できます |
が、その選択肢は消える。影の交換の使用可能時間表記も、数字が消えていた。
バルカを呼ぶのは無理か。手持ちの影でどうにかするしかない。というか、これは中でも転移できないのか。なら【アルテミス・ファミリア】と離れぬように……
「っ!?」
そう思った瞬間、光が旬に襲いかかる。
月の光を濃縮したかのような蒼白い光の矢。旬の規格外の耐久を突破し、ダメージを与える。
「水篠旬!?」
地面が砕け、落下する旬。レトゥーサが手を伸ばすが、遅い。瓦礫と共に奈落に落ちる。
「今のは、精霊の………一体何がおきている!?」
アルテミスが困惑する中、なおも襲い掛かる蠍の群。イグリット達がそれを切り捨てる。
『…………………』
崩れた地面を見たあと、しかしアルテミスの肩を揺すりサソリを顎で示す。
「っ! ああ、わかっている。この兵士達が無事なら水篠旬は生きている! 今は、アンタレスの討伐を優先する。アンタレスの分体は子を埋めない、アンタレスさえ倒せば、これ以上増えることは無い!」
「はい!」
気がかりは、旬を襲ったあの光の
アルテミスは男女の恋愛を忌避すれど否定はしないし、ヘルメスのような連中はともかく男嫌いという訳でもない。ここにいるはずのその存在も同じはずだ。いや、下界に長い間住み、性質が変わった可能性はあるがそれでもこんな時に味方を攻撃するような浅慮だとは思いたくない。ならば、敵に回った? 何故?
「いや、考えても仕方がない。今は目の前のことに集中する」
正直、この世界を舐めていた。S級に匹敵するのは最強とされるオッタル一人。そのS級の中でも特別強いという訳ではない。故に心の何処かでこの世界の存在は弱いと考えてしまっていた。
「今の攻撃、バランより強いかもな」
腕の肉は吹き飛びむき出しの骨が焼けていた。デイリークエストの報酬である〘状態の回復〙を使用して傷を癒やす。
「悪いけど、その失態の結果は俺の命だけでは収まらないんだ」
〘悪魔王の短剣〙を取り出した旬の周りに集まる
「そこをどけ、急いでいる」
一人なら影の兵士として使える戦力が増えたと喜ぶところだが、今は余裕がない。睨みつけられた蠍達が怯えるように僅かに下がる。が、主命を果たす為に襲いかかった。
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