真剣で聖人君子(ではない) (ピポゴン)
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ここから始まる勘違い人生

ども。お久しぶりの方はお久しぶり。生きてましたねなんとか。えーっと、べるぜバブの方はもうちょっとかかっちゃったりして…。忙しいし?

まじこい小説ブーム戻ってきてくれえええ!流行れええ!再熱しろおお!ちなみに原作はもう忘れたからうろ覚えでいきます。それでもよければ


沈黙は金である。これ真理。

雄弁は銀どころか糞であり、口は災いの元である。

 

これが俺が今まで生きてきた経験により導き出した答えだ。

 

俺という人間は俺が1番理解している。基本的に人間関係のあれこれは面倒くさい部類に入る。出来れば必要最低限以外の奴らとは関わりたくないし、将来的に利用価値の無さそうな奴とは早急に縁を切りたい。

 

だというのに、俺の人生は呪われているかの様にうまくいかない。毎回なんらかのキッカケにより物事が空回りしだすのだ。理由は概ねわかっている。深い意味のない発言が誤解して取られ、それに尾ひれがついてそこら中を泳ぎまくる。これのせいで幼少期から大分悲惨な目に合ってきた。喋ることにマイナスはあっても、プラスはない。これが結論。

 

故に俺は、ある時期から極力発言は控えるようになった。

 

もう一度言おう。

沈黙とは、ダイヤである。

 

 

……………………

………………

…………

……

 

 

「なあ修吾。お前、友達いるのか?」

 

夕食後のリビングの席で、どこか言いにくそうに、しかししっかりとその目は俺を見て父さんは言った。

 

「なんで?」

 

と一応尋ねてはみるが、理由は概ねわかっている。

 

「いや、お前ももう2年生だが、父さんお前が誰かと一緒に遊んでる姿見たことなくてな」

 

「そうね。それどころかしゅう君の口から同級生の名前聞いたことないし」

 

と、ここで洗い物を終えた母さんも合流した。なるほど、やっぱり不自然に感じていたか。まあそう思われても不思議じゃない。

確かに俺の周りには友達と呼べる人はおろか、挨拶を交わす様な人もいない。音楽、体育、図工の時間でペアを組んでと言われれば決まって先生か根暗とペアになるし、休み時間には男子が外に遊び行くのを見向きもせず一直線で図書室に向かう。

 

周りから見れば完全にボッチであるし、俺もそれを否定する気は無い。担任の教師も心配したのか何度か今の父さんみたいに話しかけてきたことがある。

 

が、俺は今までそのことについて少しも寂しいと思ったことはない。気にしたことさえない。教師に『友達はいるの?寂しくない?』など聞かれるまで考えもしなかった。そしてそれは、こうして父さんに面と向かって言われた今でも変わらない。何も感じないのだからしょうがない。理由はわかっている。

 

「お前は昔から聡明な子だった。身内の贔屓目を抜きにしても、同世代の子達と比べたら頭一つ抜けて優秀だった。故にそれが原因でクラスにも馴染めないのだろう」

 

そう、これだ。簡単に言って周りのレベルが低いのだ。話してたって別に楽しくないし、唯一盛り上がれそうな下ネタ系の話でさえ奴らの言えることはせいぜい『うんこ』や『ちんこ』くらいだ。こんなののどこで盛り上がればいいのか。

女に関しても興味を引く対象にならない。いや、女には興味ある。興味しかない。が、誰が好き好んであんな餓鬼スタイルに興味を持つのか。俺はもっとjkとかそこらへんの身体を揉み揉みしたいのだ。餓鬼の身体をグニグニしたいわけではない。

 

「……やっぱり、それが原因か」

 

沈黙を肯定と受け取ったのか、父さんが神妙に言葉をもらす。もし近場に医者の息子やどっかの大金持ちの御曹司でもいれば、すぐにでも仲良くなりに近付こう。が、今のところ少なくとも同学年にはそう言った存在は見当たらないので、当分は独り身が続くだろう。

 

「母さん」

 

「ええ、そうね」

 

と、そんなことを考えていると父さんと母さんが顔を見合わせ頷いている。そして2人してこちらを向いた。

 

「修吾。お前」

 

あぁ、これはまずい流れだ。言葉でなく心で理解できる。

 

「川神院にいってきなさい」

 

嫌です。

 

__________________

 

「では鉄心さん。これからうちの息子をよろしくお願いします」

 

「うむ。任せなさい」

 

どうやら親の意向はすでに決まっていたらしく、必死の抵抗むなしく俺はこうして川神院に入ることになった。最悪である。俺は運動が嫌いなのだ。出来ないのではない。

ここで俺のスペックを言っておくと、ぶっちゃけ運動能力に関しては化け物と言ってもいい。なんせ前にチラッと見た深夜アニメのキャラ達と同じ動きができるのだ。やろうと思えばなんだってできるスペックだ。

故に、出来ないわけではない。ここは重要だ。

それに、例えここに所属したとしてもなんら変わらない。連中全員ボコボコにして終わりだ。これが原因で誰かと関わろうとは思えるはずもない。

 

_________________

 

ほらね。武とか超余裕。最初は院内の掃除やら基礎訓練やらでまともに稽古もできなかったが、頼み込むことで修行僧の1人と戦う機会を得た。んで、挑んでみたのだが、俺の余裕勝ちである。相手は20を超える大人だ。それでもやはり俺を相手取ることはできない。まあ気になったのはその修行僧がまったく足技を使ってこなかった事だけども。何故か負けても全然悔しそうじゃなかったことだけども。まあ、勝ちは勝ちである。大人でもこれなのだ。同年代では俺の相手になるやつなどいるはずもなかった。

 

______________

 

いた。なんだあいつ。なんであんな怪物が普通にいるんだ?鉄心とかいう老人が紹介してきた俺と同い年の女。名を川神百代。苗字で察する通り、鉄心の孫である。そんな彼女と稽古することになったのだが、やってらんねえクソつええ。俺も割と粘ったが最後は俺の腹に見事に正拳突きが決まりあえなくノックダウンした。

俺は基本的に特にプライドというものがない。負けたことに腹を立て、勝つまで繰り返すという不毛なことはしない。

が、今回は別だ。あいつ俺に勝った瞬間満面の笑みで「お前!なかなかやるな!」とか抜かしやがったのだ。馬鹿にしやがってこの野郎。俺は誰かを見下すことは大好きだが、誰かに見下されるのは大嫌いなのだ。これはプライドではない。断じてプライドが傷ついたからとかではない。が、予定変更だ。当初は早々に辞めて前の生活に戻ろうと思っていたが、気が変わった。この女、泣かす。

 

「また()ろうぜ。今度は俺が勝つ」

 

彼女にそう言う俺の顔は、ちゃんと笑えているだろうか。

 

 

____________

 

まじでさあ、なんなん?怪物はあの女だけかと思ったら、ここの師範代連中も大概いかれてたわ。あと、やはりあの女の血の元である鉄心老人もやばい。一発のパンチが"打つ"ではなく"抉る"なのだ。しかも速い。構えが見えたらもう遅い。次の瞬間にはクリーンヒットしている。やってられっかこんなクソゲ。

と、投げてもいいが、例の如く見下されたことにこの上ない怒りを感じたので絶対泣かす。

 

「また稽古お願いします」

 

そう言う俺の顔は、怒りに歪んではいないだろうか。

 

 

______________

 

この女、川神百代の嫌いなところを3つ。

1つ、俺より強いとこ。

2つ、ナチュラルに上から目線なとこ。

そして3つ、

 

「修吾!人助けするぞ!」

 

面倒ごとを運んでくるとこ。

聞けば一個下が遊びの縄張り争いで酷い目にあったそう。それもかなりの。それを聞いた俺の感想。ふーん、で?

どうやら彼らはどこからか川神百代の桁違いさを聞きつけ、助っ人として力を貸して欲しいんだそう。いいんじゃない。弱者のまま強者には勝てない。変な話だが強者を倒すにはまた別の強者をぶつけるのが1番手っ取り早いのだ。そういう意味でいうと川神百代はこれ以上ないくらいの適役である。なので1人で行ってどうぞ。

 

「お隣の方も先ほどの稽古見させてもらいました!あなたが来てくれれば鬼に金棒です!」

 

気が変わった。

 

「しょうがねえ。今回だけな」

 

弱者に協力してやるのも強者の役目だ。本当は嫌だが、今回だけは力を貸そう。

 

______________

 

これはやばい。何がやばいって合法的に力を振るうの楽しすぎ。まあ合法じゃないんだけど、俺くらいの歳なら子供の喧嘩として大した問題にはならんでしょう。即ち合法。

相手の勢力はこちらの数倍であり、なんと上級生まで出張ってくるという大所帯ぶりである。が、対するはこの俺である。相手になる訳がない。一方的に、常に相手より優位に立ちながら振るう武は一種の中毒性がある。まずいな。流石に相手をボコボコにして満面の笑みというのはサイコパスタ。ダメだ、笑わないようにしなければ。こらえろ。しかし。

とまあ、1人見え隠れする新たな自分に葛藤していたら、いつのまにか周りの全員をのしていた。一般市民雑魚すぎ。

このように完勝を納めた俺達、つか俺だが、何故か場の空気は少し重い。謎。

 

「修吾、私のために。すまない」

 

そして何故かそんなことを言う川神百代。いや、全く身に覚えがないが。というかお前の為とか一個下の為とか、そんな理由で何かをする訳がないだろ。俺は誰かの為に労力を使うのが 大嫌いなんだ。もちろん例外もある。この俺が喜んで、笑顔を浮かべながら人を助ける場合もあるのだ。例えば困ってる人が大金持ちの御曹司。又は超絶美女(JK以上)。この類いの人間が困っているのならばどんなことでも助けてあげよう。

ただ、今言った通りこれは本当に例外なのだ。この場にそれらの要素が1%でもあるだろうか。いやない。故に川神百代に送る言葉は1つ。自意識過剰乙。

 

それとこの一件後、俺らを頼ってきた一個下の奴らのうちの1人がこんなことを言ってきた。

 

「2人とも俺ら風間ファミリーの仲間にならねえか!?」

 

ならねえよ。まず名前が気にくわない。何が悲しくて自分より年下がリーダーをやるグループに入らなければならないのか。お前1つでも俺に勝てる要素あんのか。

それにもし俺がリーダーを張ることになったとしても、やっぱりそれはそれで断らせていただく。何故ならこいつら馬鹿に馬鹿に馬鹿に厨二病に臆病者という最弱編成なのだ。将来性皆無→つるまない。

なので俺は断っておいた。川神百代のほうはかなり乗り気だったが、リーダーは自分がやると言っていた。まあどっちにしろ入らないから興味はないが。

 

___________________________________

 

帝明修吾。奴は私の恩人であり、ライバルであり、想い人だ。

 

奴と初めて会った時のことは、今でも忘れない。当時川神院に入りたての同年代がいることは知っていたが、強者以外に興味のなかった私は、特に接触しようとは思わなかった。

が、じじいはそんな私の手を引き、強引に修吾と会わせた。どうやらじじいは同年代と鍛錬を積むことによって私に何か影響を与えたかったようだ。確かにそいつは鍛錬も真面目にやっていたし、手加減していたとはいえ修行僧の1人にも勝ったという。

しかし、それでも私の興味を引くには足りない。たかだかその程度のレベルで私の相手が務まるとは思えなかったからだ。現に、向かい合って構えるこいつからは強者の空気を感じない。合間見えて3手以内には私の勝利が確定するだろう。

 

と、そう思っていたのに。

突き出す拳の、薙ぎ払う脚の、なんと速いことか。加えて私が撃ち込んでも耐えるタフネス。喰らえば私ですらよろめくであろう攻撃力。

 

ーーああ、楽しい。

 

まさか釈迦堂さんやルーさん以外に私を楽しませる奴がいるとは。しかも同い年で。自分と拮抗した相手との戦いは、こんなにも胸踊るものなのかと。

 

結果は体力の違い。疲労によってできた隙を私がついた。その時の私は今の戦いが楽しすぎて、未だ倒れ臥すそいつに声をかけた。

 

「お前!なかなかやるな!」

 

と。しかし言った直後にすぐ後悔の念が押し寄せてきた。

思い返せばいつもそうだった。思いっきり戦いを楽しんだ後に笑顔で手を差し伸ばしてみれば、浮かべる表情は一様にーーー諦め。

 

勝てるわけがないと。戦わなければよかったと。

 

そんなの、やってみなければわからないじゃないか。何故諦める。何故追いかけてこない。何故誰も、私の隣に立とうとしないんだ。

 

思い出すのはこちらを見上げる諦めきった表情のみ。しかし、そんな記憶の中でそいつは、修吾だけは。

 

「またやろうぜ。今度は俺が勝つ」

 

まるで負けることなどありえないかのように、私など壁ではないかのように、堂々とした面持ちで笑っていた。

 

ああ、お前も楽しかったんだな。それなら本当に…よかった。

 

 

それからは私は修吾に積極的に関わる様になった。そうしてわかったことだが、修吾はかなり根性のある奴だった。私なら絶対にやらないであろう精神統一などの地味な修行もひたむきに取り組んでいたし、道場などの掃除も積極的にこなしていた。成人ですら音を上げるレベルの師範代の稽古にも耐え、終わった後は真剣な面持ちで次の稽古をお願いしたという。あの釈迦堂さんですら大した根性だと褒めていた。

深く知れば知るほど修吾という人間は裏が無くいい奴だということがわかり、私は益々修吾と行動を共にする様になった。

 

そんなある日、私の下に私より年下であろう子供が訪ねてきた。聞けば修吾と同じ学校の一個下だという。話を聞いてみればどうやら遊び場を占拠している悪ガキどもがいるらしく、それを追っ払うのを手伝って欲しいとか。一応自分たちの力でどうにかしようとはしてみたらしく、そいつらはすでにボロボロだった。

ふむ、そういった性根の歪んだ奴らに好き勝手にさせるわけにはいかない。私はすぐにその助っ人を請け負うことにした。また、そういった輩が大嫌いであろう修吾も二つ返事で了承した。

 

現場に着くといかにも悪ガキといった風貌の奴らが遊び場を占拠していた。一応最終通告ということで言葉で説得を試みてはみたが、奴らは応じるどころか、やる気満々で上級生を呼び出してきた。まあ、武力行使で来るなら当初の予定通りこちらもそれ相応の対応をする。

ということで喧嘩が始まったが、その実態は喧嘩とは名ばかりの一方的な蹂躙。当たり前だ。相手は年上とはいえ所詮は小学生。体格も私達よりは確かに大きいが、普段相手にしている大人達に比べれば大したことはない。

対するは私と修吾。川神院ですら最近私達の相手になる人は少なくなってきているのに、こんな武術をかじったこともない小学生が敵うはずもない。

結果は言わずもがな。大勢いた相手はみるみるその数を減らしていき、とうとう残ったのは敵の親玉らしきデブ。なるほど。自分は喧嘩に参加しようとはしなかったわけだ。とんだチキンだな。

まあ、こいつをサクッと倒せば全て終わる。一気に距離を詰めてぶん殴ろうとした、その時。

 

「く、くるなぁ!!」

 

そいつが急に走り出し、近場にいた女子を掴み上げた。その子は私達に遊び場を取り返して欲しいと依頼しにきた子だった。

すかさずデブは懐から小型のナイフを取り出す。サイズは玩具そのものだが、刃は付いているようだ。あんなのでも本気で斬り付けられたらかなりの傷を負ってしまうだろう。

 

………いけるか?この距離を一瞬で詰め、奴がナイフを突き付ける前に、吹っ飛ばせるだろうか。チャンスを窺うように、私は奴との距離をゆっくりと詰めていく。

が、それがいけなかった。

 

「くるなつってんだろ!!お前俺が出来ないと思って舐めてんのか!舐めてるよなぁ!?舐めてんじゃねえぞ!俺はなあ、この河原にいた子猫だってこのナイフで殺してんだよ!滅多刺しにしてな!こんな女1人だって」

 

刺激され発狂したように叫ぶデブ。だが、その発言が私の中のスイッチを押した。一瞬で頭が真っ白になった。あったのはただ奴の顔面を吹っ飛ばすことのみ。気付いた時にはもう奴は眼前におり、後は拳を叩き込むのみ。私の拳が視認も困難な程の速さで相手に迫り、そして直撃する寸前、

 

「んどぅふっ!!」

 

突如横から現れた脚にデブは吹っ飛ばされた。つい固まり、蹴りを放った張本人に目を向ける。そこには修吾が立っていた。

 

「修吾、どうして」

 

私の問いかけに修吾が答える様子はなかった。それどころか、こちらを向きもしない。

が、私はそこでハッとした。自分が今放とうとした拳は本気のさらに向こう側。正真正銘の全力である。もしこの拳が奴に当たっていたら………。

私はゾッとした。間違いなくただでは済まない。最悪の場合だって容易に想定できる。

 

そう…か。修吾は止めてくれたんだな。一時の感情に任せて私はとんでも無いことをしてしまうところだった。そういえば修吾、お前は喧嘩の最中ずっと難しい顔をしていたな。眉間にしわを寄せ、口を固く結び、まるで何かと葛藤しているかのように。ただ力を振るうことを楽しんでた私と違って、お前はきっと一方的に力を振ることを苦しんでいたんだな。でも困ってる人を放っておけず請け負って。それに付いて葛藤してたんだな。それなのに、私の為に……。

 

「修吾、私のために。すまない」

 

そして、ありがとう。

 

私の言葉に奴はこちらを見向きもせず、お前のためじゃねえと呟くだけだった。

 

 

その後、一件落着と依頼してきた子達に伝えた。すると、その中の1人からこんなことを言われた。

 

「2人とも俺ら風間ファミリーの仲間にならねえか!?」

 

ほう。なかなか面白いことを言うじゃ無いか。だが、名前が気に食わないな。

 

「いいが、私が仲間になるなら名前は川神ファミリーだ」

 

「なんだとう!?」

 

「当然だろ。私と修吾の方が歳上だぞ。それに強い!その理論でいうと私がリーダーになるのは当然だろう!」

 

「なにー!?リーダーは絶対譲らねえぞ!あんたにも、そこの修吾さんにもなあ!」

 

「勝手に俺を巻き込むな。俺はそんなものに興味ねえ」

 

ふむ、修吾はリーダーに興味ないか。まあ、そちらの方が好都合だ。ならばこの翔一との一騎打ちの勝負と行こう。

と、私はリーダーの座をかけて、勝負を持ちかけた。

 

 

 

そういえば、最後デブに拳を叩き込もうとした時。あの時の私は確かに全力だった。これまでで最速といってもいい。が、そんな私より修吾が蹴りを放つ方が早かった……。

いや、まさかな。




堂々とした面持ちで笑っていた(殺意の波動垂れ流しながら)
ちょっとだけ設定がやっぱりあるので追々出します


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やはり義務教育に生物飼育は必要

今回みたいに主人公視点と他者視点で話を区切る場合は、それぞれのタイトルが主人公視点と他者視点に対応します。

こんな投稿頻度なのは最初のうちだけね


 よく考えてたら俺は川神百代に負けてないのかもしれない。いや確かにあの時負けたは負けたが、武術の腕は拮抗していた。じゃあ何故負けたかと言えば、それは体力の差である可能性が高い。んでもそれはあいつが武術をやっているという基礎があったから生じたものだ。センス、才能、パワー、スピード、才能、才能。全て俺の方が優れている。多分。それはもう負けてないと言っていいんじゃないか?むしろ勝ってるだろそれは。が、次に戦うときはあいつの心を折るために完勝してやることに決めている。体力の差で負けたのなら、まずは体力をつける。それ以外に化け物の鉄心や師範勢に勝つために思いつく限りの修行はやろう。思い立ったが吉日だ。早速明日からジョギングでもするか。

 

__________________________

 

 と思ったが、今日のジョギングはやめておこう。何故かって、別に俺の意思が弱いとかじゃない。朝からめちゃめちゃすごい台風が来てんのよ。こんなん神がジョギングとかやめときって言ってるようなもんだろ。はい、しませんよジョギング。ぶっちゃけだるいしなぁ。うん決めた。

と、テレビを見ようとした時、同じリビングにいた母さんが喋りかけてきた。

 

「しゅう君?お友達から電話が来てるんだけど…」

 

 よし、ジョギングに行こう。男が一度決めたことを投げだしてはいけない。すぐ行こう。本当にすぐ。俺に友達なんてものはいない。それなのにそんな電話がかかってくるなんて嫌な予感しかしない。しゅう君はたった今出かけてしまいました。

 

「あら……。ごめんねー、えっと、大和君?しゅう君なんだか慌てた様子でどっかいっちゃったみたい」

 

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 うわー、外やべー。牛とか飛ばされてっけど、なんでこの街は警報とか出さんのかね。異常事態だろこんなの。超人スペックの俺からすれば微風程度だが、凡人君達にはさぞ危ないものだろうに。しかしやっぱり雨に濡れるのは不快感がすごいな。適当に走ったらすぐ帰って風呂にでも入ろ。この風じゃ家に何か被害出てないかとか気になるしなー。

ほら、今だってでかい看板が俺に向かって飛んできた。じゃかあしいねん看板ごときが。適当に蹴り飛ばしておく。雨は嫌いだけど、ここまで大規模な台風だとちょっと興奮するよね。

 

「しゅ、修吾!!やっぱり来てくれたのか!」

 

「え!?修吾さん!?大和がいうには家にはいなかったって…」

 

「俺はわかってたぜ…。来てくれるってな」

 

 ………ん?え、誰だこいつら。

 

「修吾!わかってるとは思うが手伝ってくれ!私とお前で飛来物からこいつらを守るぞ!」

 

 ………っあー!川神百代は分かっていたが、こいつらあれか。あの将来性皆無集団か!!なるほど前からグループの過半数は馬鹿だとは思っていたが、凡人のくせにこんな台風の夜に出歩いてる所を見るとまじで救いようがないな!んで、何してんだこいつら。

 

「頼む!もってくれよ竜舌蘭!」

 

 本当に何してんだ。でかい植物になんかしてんのか?あ、台風から守ってる系?謎の慈善活動。立派だねー。と、そんなことを思ってる間にも角材やらなんやらは飛んできてるわけで、俺は特に意味もなく蹴ったり殴ったりして逸らしていた。

 

「よし!終わった!!」

 

 あ、割とすぐ終わんのな。んじゃ、俺ジョギング再開しよ。と、軽めに走り出したわけだが、何故か馬鹿2人と厨二と臆病者ががついてきている。

 

「そっちは頼んだぞ修吾!」

 

川神百代はそれだけ言い残すと何人かを抱えて走り出した。え、何が?よくわからんけど何かを頼まれるのはまじでごめん被る。無視してジョギングジョギング。

 

____________________________

 

 次の日、俺は好奇心から昨日のよくわからん植物を見に行くことにした。昨日は興味なかったのであまり見ていなかったが、確か相当でかかった気がする。まあこれで行って枯れていたら多少萎えるが。が、実際その場に向かうと枯れていることよりよっぽど萎えた。将来性皆無集団がその植物を中心にワイワイやっていた。あんま好きじゃないんだよなーこいつら。遠目でそいつらを見ていたらこっちを向いた百代と目があった。うわ、見開いた。駆け寄ってきた。

 

「おーい修吾ー!お前家に電話しても出ないから困ってたんだぞー!」

 

そりゃそうだ。母さんと父さんは今外出中。俺は基本電話には出ない主義だしな。番号確認くらいはするけど。まあお前らからの電話はまず出ないから安心しろ。

 

「もうちょっとでみんなで迎えに行こうかって話してたんだ」

 

これからは必ず電話出るから安心しろ。つか、俺ん家しってんのお前だけだよな?おい絶対教えるなよマジで。分かってんだろうな?

 

「勝手なことするな」

 

「なんだよーその言い草ー。照れるなよー」

 

あ、脳回路終わってる民。まあいい。遠目でもあのでかい植物の見た目はわかった。もちろん俺は目もクソいいからな。大して綺麗でもないあの植物の葉緑体の個数すら見えるぜ。嘘だけど。とりあえずもういいし帰ろ。

 

「じゃあ写真撮るぞ!」

 

が、何故か俺は襟を掴まれ引きずられていく。何してんのこいつ。キレ散らかすよ?

 

「はい。じゃあとるわよ!3.2.1!」

 

「修吾は私の横だぞ!ほらくっついてやる!嬉しいだろ!」

 

横が相変わらずうるさいけどここは無視。

おい、折角撮るなら映えさせろよ。そこら辺うるさいぞ俺は。日光の関係から、俺は正面に対しちょっと斜めを向く感じで、いやいっそ横顔にしちゃうか?50度から55度とかがベストか?

 

「うんうん。いい写真だわ」

 

確認させろおばはん。

……うーん、いややっぱ43.7度がベストだったか…。これは映えてないな俺が。まあ、俺が持つわけでもないし、ネットにあげるわけでもないだろ。どうでもいいか。さ、帰ろ帰ろー。

 

「よーし!じゃあこのまま隠れんぼでもするか!」

 

おう、楽しんでくれ。じゃあな。

 

「もちろん修吾さんもですよ!」

 

「偶には遊びましょうぜ!」

 

アホか。俺とお前らで遊びになるわけがないだろ。俺は弱い者いじめは趣味じゃ…いや趣味だけど。うーん、趣味といえば趣味だなぁ。うーん。うん。まあ、うん。いっか!弱い者いじめしよー。

 

やるやるー俺もやるー。

 

 

 

 

 

 

 

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あの台風から少し立って、最近学校では飼育体験なるものが開始された。飼うのは魚。基本的に俺はこう見えて動物が好きだ。なんなら人間より好きまである。何故かって、だって奴らは基本人間より弱い生き物である。どんな生物も本気になった人間には勝てない。今回飼う魚という生物は特にいい。あいつら下手な動物みたく反抗してこないのだ。いつも川神勢からマウントを取られている身としては、自分より圧倒的に下の存在と一緒にいることは心の安らぎなのだ。それはもう素晴らしいと思わないか?

と、ここまで俺は動物が好きなのに……。なんで飼育するのが一年下の代な訳?

 

 

___________________

 

こうなりゃ仕方ないと、俺は放課後みんなが帰ったタイミングで魚が飼育されているクラスへ赴くことにした。水槽は教室の1番後ろのロッカーの上に置かれていた。ふむ、いたいた。優雅に浮かんでやがる。やっぱり魚ってのは何考えてるか分からんわ。そこがいいんだが。

俺は適当な椅子を一つ拝借し、水槽のすぐ近くに座った。することといえば単なる読書である。魚はほぼほぼ関係ないが、これでいいのだ。あー、日頃のクソマウンティング野郎共への憎しみが浄化されていくようだ。

と、そこで俺は水槽のやや右に、壁に貼り付けられた紙を見つけた。そこには世話焼き当番表と書かれており、3人の名前が乗っている。ふむ、日にちによって当番を変えているのか。まあ、せいぜい長生きさせてほしい。

 

________________

 

最近では放課後にチャッピーの元へ向かうのが日課になりつつある。チャッピーとはもちろん魚の名前。俺命名である。毎回行ってもやることは変わらず、ただ静かに読書をするくらい。が、今日は本当に気まぐれに餌でもあげてみたくなった。水槽の横にあった餌を適当な量振りかけようとする。が、

 

「あ、あの。魚への餌やりは決まった時間にやると決まっているので……その…」

 

やや後方からそんな声がかかる。振り返るとそこには1人の女が立っていた。あまりに周りに無関心すぎて気づきもしなかった。青髪に蒼眼。辛気くさそうな雰囲気を持つこいつは誰だろうか。十中八九この教室の人間だが、もちろん名前を知っているわけではない。違うクラスだし。つか同じクラスのやつの名前すら知らないし。

 

さて、俺の嫌いなことに実は意見されるというものがある。何か行動を起こそうとした時に意見されるのは若干腹立つのだ。が、今回チャッピーの健康を考える上では確かにあげない方がいいだろう。

気に食わないが仕方ない。俺は餌の蓋を閉じて、元の位置に戻した。そして俺も元の位置に戻り読書を再開した。

 

「クスッ」

 

するとその青髪の笑う声が聞こえた。消え入りそうに小さな声だったが、俺は聞き逃さなかったぞ。何笑ってやがんだ。馬鹿にしてんのかこの野郎。俺はその意を込めてそいつを睨む。

 

「あっ。いえ、なんでもないです」

 

するとそいつはビビったのかそそくさと教室を後にした。ふん。最初っからそうしてろっつんだ。

 

________________

 

………また居る。あのさぁ、なんでそう毎日毎日いるわけ?別に人がたくさんいるわけでもないのに教室の隅に座って静かに本を読んでいるそいつ。他でもない、あの青インキャである。

最初は気にもとめていなかった存在だが、一度注意されてから妙に俺の視界に写り込むようになった。原因はわかっている。俺に注意した挙句、勝ち誇ったかのように微笑したこいつがイラつくのだ。

 

「あっ…」

 

そいつはこちらに気づくと一瞬本から目を離し、そして本で顔を隠すように再び本へと視線を戻した。まじなんなんだこのインキャ。俺とチャッピーの空間に居座ってんじゃねえよ。俺はといえばいつもと変わらず、不本意ながらも適当な椅子を取って来てチャッピーの横に座り読書を開始する。

静まり返った空間には俺とインキャのページをめくる音、そして水槽に設置されたポンプの音だけが響く。そんな状況で俺はひたすら読書をしながら、しかしある事が気になって文字を追っていた視線をある方向に向けた。

 

そういや、このクラスにはチャッピーに餌をやる係の当番表があった筈だ。ここ最近俺は毎日来ているが、どうにも3人と言う単位で餌をやってるのを見た事がない。

………おかしい。もう1度餌やり当番表を見る。ふむ、やはり3人でバランスよく曜日ごとに分かれているはず。まさかこいつら…いやまさかな。

 

________________________________

 

大切な存在というのは、失って初めて気がつく。そんなものは馬鹿の理論だと思っていた。しかし、確かに俺はその日初めて気がついた。大切な物の存在に。

 

今日もいつもと何ら変わりのない日常。チャッピーのいる空間でゆっくり本を読む。何ら疑いなく、いつものようにチャッピーのいる教室に歩を進め、たどり着いた時、俺は信じられないものを目にした。

何故か普段より多く残っているクラスのガキ共。その奥の水槽に、チャッピーはいなかった。それどころかその水槽は、生き物の血で濁っていた。

 

「クスクス…。あーあ、椎名が飼ったせいで魚が死んじゃったねー」

 

「ほら、椎名さんが餌やってたじゃない?さかなも椎名菌に感染しちゃったんだよ」

 

「えー怖ーい。絶対移されたくないー」

 

クラスで女がそんなやりとりをしている。俺の止まっていた思考がゆっくりと動き出した。

 

「……おい」

 

「??はーい……ヒッ」

 

話していた女の1人に声をかける。

 

「お前、知ってる事全部話せ」

 

 

________________________________

 

女共から話は聞いた。なんかチャッピー以外の知らんやつの名前が出てきたが、そんな情報はどうでもいい。チャッピーは殺されたのだ。クソ野郎共に。俺はそのクソ野郎共がどこにいるかを聞き出し、速攻で現場に駆けつけた。

 

「やっぱりこいつ死んだほうがいいんじゃねー?」

 

「あ、それ賛成〜。死ねよ、お前」

 

「しーね」

 

「「死ーね」」

 

『死ーね』

 

そこには大勢のガキがいた。もっと少人数かと思ったら、こんなにグルがいやがったのか。そいつらはある方向に向かって大声で死ねを連呼している。その方向に視線を向けると、そこには不自然に盛り上がった土と、そこに刺ささった木の板。見ただけでわかる。あれはチャッピーの墓だ。何故かそこに見覚えのある青インキャもいるが、今はそんな事どうでもいい。

 

こいつら、自らの手でチャッピーを殺した挙句、死んだチャッピーにまだ死ねとほざいてやがる。

 

殺す。

 

「お前ら、何してんだ?徒党を組んで、なんの罪もなく、手も足も(物理的に)出せない奴を傷つけて楽しいかよ」

 

クズ共が。

次の瞬間、俺は手当たり次第に奴らを殴り飛ばした。弱者に一方的に振るう武は楽しい。しかし、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。ものの十数秒で周りには死屍累々が築き上げられた。

全てを殴り飛ばした俺は、気づけばチャッピーの墓を背にして立っていた。

 

チャッピー。

 

「…ごめんな。お前が辛い思いしてるの、知ってたのに」

 

おかしいと思ってた。餌やり当番は3人いるはずなのに、みるのはいつも決まった1人。チャッピーは餌を貰っていなかったのだ。辛かったろうに。腹減ってただろうに。

チャッピー…、俺は、

 

「俺は、ただ黙ってお前と同じ空間にいて、静かなお前の隣で読書するあの時間が、好きだったんだ」

 

大切な存在というのは、失って初めて気がつく。俺にとってチャッピー、お前は大切な存在だったんだな。

 

「俺は気付いた時にはいつもおせーんだ。ごめんな。助けてやれなくて、ごめん」

 

せめて、安らかに眠ってく「そんなことない!!遅くなんてない!!」

 

うわびっくりした。なんか後ろで大声出されたんだけど。首を少しだけ動かして後ろを確認すると、どうやら青インキャが喋ってるっぽかった。

 

「全然話せなかったけど…、伝わってたよ!全部、伝わってた!」

 

え、お前に何がわかんねん。チャッピーに伝わってるわけないだろ。あいつ間抜けな魚だぞ。話さなかったもクソも、言葉通じねーし。

と、そんなことを思っていると青インキャは俺の腰に抱きついてきた。そしてあろうことか啜り泣き始めた。

 

「うぅ…ありが…とう…っ!」

 

……え、なにこいつ。

 

 




京の語り的な感じで回想に突入したけど、流石にこんな痛々しい語り方はしてないよ。もっとフランクに言っているはず。


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私の恩人

前回の別視点になります


「この写真、皆さんの幼き頃のですか?」

 

「幼き頃って言うんやめて?じゃなくて、、。そうだよ、全員写ってるでしょ?」

 

クリスと由紀江と風間ファミリーで一悶着あって解決した後、由紀江は棚の大事そうに額に入れられ飾られていた写真に目が止まった。写真には当時の風間ファミリーのメンバーの身長の何倍もの大きさを持つ植物をバックにして、各々ポーズを取る風間ファミリーが写っていた。

 

「面影あるな!表情やら雰囲気やら何まで、今の皆のまんまだ!」

 

クリスは写真を屈みながら覗き込む。

 

「そうだろう?モロの卑屈さが良く出てるよな!」

 

「ガクトの暑苦しさの方が何倍も良く伝わってくるよ!」

 

「なんだとモロてめー!」

 

もはや見慣れた光景を面々は笑って眺める。

 

「お!これはしゅう先輩か!」

 

「修吾さん…。この頃からとても大人びていらっしゃいますね」

 

「おいおい…めちゃめちゃプリチーボーイじゃねーかぁ…」

 

やがて2人は写真のやや左部分に修吾を見つける。

 

「皆のやや後ろにモモ先輩といるな。いつも全員を見守れる位置にいるのはこの頃からか?」

 

「かもな!」

 

「はは、しゅうにい顔は今よりずっと幼いけど、雰囲気はそのまんまでしょ?」

 

「うむ!偶にみる少し困った時にする表情はこの頃からあったのだな!」

 

「しゅうにい昔から照れ屋だよなー!みんなで写真の時とか毎回こういう顔するし」

 

修吾は百代に腕を引き寄せられながら、少し困ったような顔でそっぽを向いていた。

 

「っく!!しゅうにいの横でしっかり腕を抱いてるモモ先輩…っ!羨ましすぎるんだ!」

 

「この頃京はしゅう好き好きガールじゃなかっただろ」

 

「確か京は一緒に竜舌蘭の為に頑張ってくれたから写真撮ったんだよね」

 

「竜舌蘭の為に頑張った?何の話だ?」

 

この写真を初見のクリスや由紀江が当然知るはずもない過去。興味を持つのは当然だった。風間ファミリーの面々は顔を見合わせた後、大和が話し始める。皆で竜舌蘭の為に頑張ったあの嵐の夜のことを。

 

……………………

……………

……

 

 

「んで、とにかくやばい嵐でさ、川神でも何人か死人が出るほどの規模だったんだ。だけどキャップがどうしても竜舌蘭を守りたいっていうから、そうすることにしたんだ」

 

大の大人も体制を崩せば飛ばされるほどの台風。オマケに夜で視界も悪い。危険性は明白だった。

 

「だから姉さんに頼ることにしたんだけど、やっぱり不安でしゅうにいの家にも電話したんだ。そしたらしゅうにいのお母さんが電話に出て、しゅう君ならたった今慌てた様子でどこかに行っちゃったってさ」

 

『ぷっ。あははは』

 

全員揃って笑う。

 

「それはかなりレアだな。あのしゅう先輩が慌てたなど。自分もいつか見てみたいぞ」

 

「でも、俺はその瞬間わかったよ。ああ、この人は俺らのことを心配してくれてるんだなって」

 

「んで、俺らの方が早く現場についてよ。そしたらそこには既に京がいたんだ」

 

京も含め、その年ならいつ吹き飛ばされてもおかしくない。実際に竜舌蘭を固定するための作業をするガクト達を百代1人で守り切るのは少々不安があった。案の定百代が気を逸らした一瞬に一子に看板が降り注ぐ。

 

「一生の不覚だ。あそこでよそ見してしまうなど」

 

「それで……」

 

「ああ、しゅうにいが来たってこと」

 

正に激突するだろうと思われた時、看板はいつのまにやら現れた修吾により蹴り飛ばされていた。

 

「ピンチの時に駆けつけるヒーローみたいでカッコよかったぜ!」

 

「そっからは作業終わるまでモモ先輩と一緒に守ってくれてさ」

 

四方八方から飛んでくる飛来物を百代と共に打ち落としていく修吾。2人のおかげもあり竜舌蘭の固定の作業は順調に進み、やがて終わった。

 

「そのあとは姉さんとしゅうにいが別れて俺らを送ってくれたんだよ。しゅうにいは結構速いスピードで走っててさ。ついていくのがやっとだったな」

 

「本人はジョギングでもしてるのかってくらい余裕そうだったけどね。僕たちと家回ってくれてさ、送ってからは何も言わずにすぐ次の人の家に送り届けに行ってたね」

 

「俺様は家に着く頃には体力の限界だったぜ」

 

修吾は飛来物を跳ね除けながらそれぞれの家を回って送り届けた。

 

「となるとこの写真は」

 

「うん。次の日に撮ったものだね」

 

次の日のカラッと晴れた朝。全員で集まり竜舌蘭の安全を喜んだ。

 

「しゅうにいに電話したんだけど、これが全然出なくてさ」

 

「その頃から修吾さんはそんな感じなのですね」

 

今と変わらない修吾に由紀恵は穏やかに微笑む。

 

「そしたらフラっと修吾が現れてな。本当に毎度タイミングがいい。この頃から奴は気配察知能力がずば抜けていたんじゃないだろうな。まあとにかく、来たはいいんだが、あいつ竜舌蘭の安否を確認したら立ち去ろうとしてな。写真撮ろうとしても『俺はいい』とかいうもんだから手引っ張って連れてきたんだよ」

 

それがこの写真だ、と、もう一度写真を見てみれば、確かにそんな情景が感じられた。

 

「改めて、いい写真だな」

 

「ですね…」

 

「ふふっ。そうか。それはあいつも喜ぶだろう。アイツにとってもそれはお気に入りの写真っぽいからな」

 

「…そうなのか?」

 

普段あまり好き嫌いがわかりにくい面相の修吾のお気に入りとは少し物珍しさが感じられた。

 

「あいつそれ撮った後な、麗子さんにカメラ借りてしばらく写真眺めてたんだよ。あいつにしては珍しく感慨深そうな顔してな」

 

誰かがまたクスリと笑う。普段は見ることのできない修吾の表情に、クリスと由紀江はほんの少しの羨ましさを覚えた。

 

 

 

「それにしても、あいつコンビニ行ったっきり帰るの遅いな」

 

「連絡でもしてみるか?」

 

「いやー、いつもの通り反応ないと思うけどなぁ」

 

「オホン。では、時間繋ぎで今度は私の初恋の体験でも」

 

わざとらしく咳払いをして、今まで静かに聴いていた京が発言する。

 

「ほほう!それは興味あるな!」

 

「うへー、俺様は嫌だぜ昔の話は」

 

「?何故だ?さっきは楽しそうにしていたではないか」

 

「いやーそれは…。とにかく京の昔の話は」

 

「そこ、静粛に」

 

「京が自分から昔の話をしたがるなんて珍しいね」

 

「あの出来事は既に私からしたら壮大なラブストーリーの序章ですから」

 

ガクトの反抗も虚しく、京は話し始める。今度は彼女にまつわる過去について…

 

 

………………

…………

……

 

 

当時の京は周囲から酷いいじめを受けていた。本人が何をしたわけでもなく、母親の影響で。家庭環境は悪化の一途を辿り、京の身なりも比例して悪くなっていった。それがより一層いじめに拍車をかけた。

それでも京が折れずにいれた理由は、竜舌蘭での風間ファミリーとの思い出、そこから少し話すようになった大和、などが挙げられるが、1番の理由はやはり"彼"であった。

 

魚を飼育し始めてから、毎日の放課後に決まって訪れる彼。来たかと思えば魚を少し見て、後は適当な椅子に座って読書をする。

最初のうちは気づかなかったが、やがて京はそれが竜舌蘭の時に風間ファミリーと一緒にいた男だと気付いた。が、同時に疑問も浮かぶ。自分の噂はクラス外にも及んでいるだろうと。

 

(私と一緒にいて嫌じゃないの…?)

 

初日は何かの間違いかと思った彼の来訪だが、そこからも毎日彼は訪れては、適当に座り黙々と本を読む。一体彼は何がしたいのだろう。悪い人ではないのだと思う。ただ、何を考えているかがわからない。

そんな日が続いた。

 

が、ある日のこと。いつものように訪れた彼は間も無く、魚の餌を手に取った。あげようとしていることはすぐに理解したが、生憎とたった今餌をやってしまったばかり。過度な摂取は魚にとって良くない。一瞬迷った京だったが、勇気を振り絞り口を開いた。

 

「あ、あの。魚への餌やりは決まった時間にやると決まっているので……その…」

 

最後まで言えなかった。が、それでも十分に伝わったようで、彼は餌を元の位置に戻し、読書を再開した。少し拗ねたような表情を見せた彼に、京は思わず笑ってしまった。謎な雰囲気を持つ彼が、その時やけに身近に感じたのだ。だが、その直後にジトッと視線を飛ばされ、京は慌てて一礼し、教室を出ていった。

 

 

辛い日々の中で、彼とのほんの少しの放課後の時間は京にとって数少ない癒しだった。それが京の毎日の楽しみになっていた。

 

だが、そんな日も長くは続かない。結局、自分が絡むと全て台無しになる。

 

 

________

 

魚が死んだ。一見すると事故であり、証拠も何も探すことすらできない。でも、京は理解していた。それが故意にやられたことだと。

京は魚の死骸を埋めて、墓を作った。その時、背後から声がかかった。

 

「あーあ、魚死んじゃったー」

 

「椎名が飼ったから死んじゃったんだ。椎名菌のせいで」

 

「うわー!殺傷能力抜群かよ!たまったもんじゃないなぁ椎名菌は!!」

 

振り向くと、そこには自分をいじめていた面々が徒党を組んで立っていた。1人1人が京に向けるのは侮蔑の視線。

 

何も、やっていないはずなのに。

 

「やっぱり死んだほうが良くね?こいつ」

 

「うはっ!賛成!死ねよお前!」

 

普通にしていただけなのに。

 

「しーね!」

 

「「しーね!」」

 

『しーね!!』

 

「う…うぅっ!」

 

いつも周りの視線が怖かった。涙は出てくるが言葉は出てこない。当然だ。何を言っても聞いてくれはしない。助けを求めても誰も応えてくれはしない。

だが、ふと脳裏をよぎったのは、唯一色のついた思い出の、彼。

 

その時だった。

 

「お前ら、何してんだ?」

 

横から、そんな声が聞こえた。彼だった。心の奥底で待ち望んだ、彼。

 

「徒党を組んで、なんの罪もなく、手も足も出せない奴を傷つけて楽しいかよ」

 

次の瞬間、彼の姿がぶれたかと思えば、複数の生徒が宙を舞っていた。京が初めて見る、彼の激怒した姿だった。

台風の日にも思ったが、やはり彼は強い。見惚れるほど華麗な動きで相手を吹き飛ばし、いつしか京を守るように立っていた。

その最中に大和も加勢に入る。このままでも彼は勝つだろうが、大和なりの誠意の見せ方だった。

 

やがて、あっという間に全員が地に伏す。そして静かになったその空間で、彼は小さく呟いた。

 

「…ごめんな。お前が辛い思いしてるの、知ってたのに」

 

出てきた言葉は、私に対する謝罪。

 

「俺は、ただ黙ってお前と同じ空間にいて、静かなお前の隣で読書するあの時間が、好きだったんだ」

 

いつも何も言わなかった彼が、初めて見せてくれた心の内。

 

「俺は気付いた時にはいつもおせーんだ。ごめんな。助けてやれなくて、ごめん」

 

次いで出てきた言葉はまたも謝罪の言葉と、自責の言葉。彼は、自分を責めていた。何も悪くない、彼自身を。

 

いてもたってもいられなくなった。

 

「そんなことない!!遅くなんてない!!」

 

自分からこんなに大きな声が出るなんて知らなかった。でも、今は全力で彼に想いを伝えられる事が嬉しくて仕方ない。

 

「全然話せなかったけど…、伝わってたよ!全部、伝わってた!」

 

彼は毎日なんの目的でうちのクラスに来ていたのだろう。魚が、生き物が好きだから。本当にそうだろうか。

薄々感づいていた。そしてそれは今確信に変わった。彼は、私を守っていた。一度目があった事がある。彼がこちらに意識を向けていないと起こり得ない事だ。彼はどこまでも優しかった。

そして、私もまた、彼とただ黙って本を読むあの時間が、好きで好きでたまらなかった。

 

「うぅ…ありが…とう…っ!」

 

ありがとう。そばにいてくれてありがとう。気付いてくれてありがとう。

そして、助けてくれてありがとう。

 

帝明修吾。私の、初恋の人。




次回は急ぎたい!


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嫌がらせするなら、例え神様でも殺してみたい

間違ってべるぜバブの方に投稿してしまった。あっちは今8割完成。



例えばAという奴がいて、そいつをどうしても倒したかったとする。その場合はそいつより強い奴に教えを乞うのが1番だ。だが、そんな存在が周りにいなかったとする。そしたらどうすれば良いか。簡単だ、A自身に教えを乞えばいい。そいつの強みを盗み、自分の糧とする。それこそがそいつを倒す最短の道。

の筈だが、

 

「グアッ!!!」

 

まだ勝てない。全然勝てない。この俺がカエルが潰された時の鳴き声のような惨めな声を出して地面に倒れる。目前には俺を下した相手。

 

「ほー、ちったぁやるようになってやがんなぁ?俺との稽古に感謝しろよ?」

 

釈迦堂の野郎め。たかが49連勝してるぐらいで調子に乗りやがって。人を喰った表情。理不尽な強さ。どれもこれもマジムカつくぜ。クソ、見てろよ。ぜってえ吠え面かかせてやる。

 

「お、まだ向かってきやがるか。いいねぇ」

 

見下してんじゃねえぞおっさんがぁ!

 

____________________

 

例えばAを倒したかったとして、しかしそのAにAの戦闘スタイルが効かなかったとする。その場合はA以上かAと同等くらいの力を持った奴に教えを乞うのが効率的だ。より多角的に相手を揺さぶれるのは一種の強みになる。そしてさらに、A以外の奴も倒せる可能性が上がる。つまりAとBどちらからも教えを受けた場合、AとBどちらも倒すことができる。

筈だが、

 

バキィ!!

 

「ぐはっ!」

 

勝てない。まだまだ勝てない。この俺が少年ジャンプ内で殴られたかのような音を出して倒れる。目前には俺を下した相手。

 

「ンー!良くなってきてるヨ!ワタシが前に課した修行はどれも行ってるようだネ!関心関心」

 

ルーの野郎。たかが50連勝してるからって余裕ぶりやがって。堅苦しい教え。口を開けば出てくる小言。どれもこれも腹立つぜ。その余裕そうな顔歪めてやるぜ!

 

「オ!まだ立つとは!やるねエ!」

 

調子こいてんじゃねえぞ糸目がぁ!

 

________________________

 

釈迦堂もルーも鉄心も、いつか絶対に倒す。だが、俺の倒す候補筆頭はこの3人ではない。この3人はまあ歳も離れてるし、経験値もちげーしと、まあ無理矢理納得できはする。がしかし、あいつだけは、川神百代だけは絶対に泣かす。あの日の俺を見下しながらの余裕な笑み、ゼッテー忘れない。

先ほどまでの理論なら百代にも教えを乞う筈だが、それは絶対にNOだ。別にプライドがあるからとかそういう理由じゃない。ただ単にそれだけはNOなのだ。1度頼んでもないのにあいつから言ってきた時があった。

 

「なあ修吾ー。私と一緒に鍛錬しよう。その方がお前も嬉しいだろ?なあ」

 

この時点でもともとNOだったのがアブソリュートNOになった。完全に舐められてるなこれは。それとあんまに密着するな。俺に密着したくばもっとボンキュッボンになるんだな。

 

「てーれーるーなーよー」

 

後その照れるなよって何?どうしたらそんな発想に至るわけ?お前のようなもんに照れるわけないだろうが。

 

________________________________

 

基礎体力作りのために始めたジョギングだが、これが割と長続きしている。毎日飽きないためにちょっとずつルートを変更しているのも続ける秘訣だろう。通るルートは様々だ。河川敷を過ぎて橋を横断するルートや住宅街を突っ切るルート。まあ、その日の気分によって適当に走っているのでこれと言ったものは存在しない。

とまあ、それが上手く習慣に収まり今日まで続けてきたわけなんだけど、問題が一つ。

 

「ん?お!しゅうにいじゃねーか!」

 

「え、どこどこ?あ、本当だ!おーいしゅうにいー!」

 

これである。ジョギング途中で近場の公園に差し掛かったところ、なんとかファミリーとやらに呼び止められる。俺は1人も名前把握してないのに、いつのまにか相手はちゃっかり俺にあだ名をつけている。それも最近頻繁に会うのが原因だろう。

そうなのだ。いかにルートを変えようとも、こいつらはかなりの頻度、具体的に言うと3日に1回くらいのペースでコース上に現れるのだ。もはやホラーである。

にしても遊びすぎだろ。お前ら他に友達いねーのか。最近だとなんかしらんが青インキャも増えてるし。

普通にスルーすればいいんだが、実はこれがなかなか厄介なのだ。

 

「しゅうにいー。手伝ってくれよ。モモ先輩がサッカーで反則ばっかりすんだよ」

 

「反則とは人聞き悪いぞー。ちゃんとルール通りやってるだろ」

 

「1人だけ少林サッカーはもう反則だろ」

 

道端の俺に集まるそいつら。いや寄るな寄るな鬱陶しい。しかし…ふむ、サッカーか。連日止まらぬ連敗記録。鉄心に負け、釈迦堂に負け、ルーに負け……と負け続きのこの疲弊し切った心を癒すのにはいいかもしれない。サッカーが?違う、弱いものいじめがだ。

川神百代が不確定要素だが、何、問題はないだろう。スポーツの才能すら天賦の俺にかかればこんな脳筋馬鹿なんて……

 

 

 

負けた。123対124で負けた。いやしかし負けてはいない。チーム編成がまずおかしい。俺のチームなんか普通にいた青インキャと根暗臆病者と俺の3人なのだ。んで残りは全部川神百代チーム。おいふざけんなよ。足手まといでしかねーんだけど。いいよなお前らのチーム。凡人の中でもそこそこ足の速い奴いて。川神百代と俺のチームが入れ替わってたら確実に俺が勝っていた。それも圧勝だったはずだ。

クソが。こんなことになるならサッカーなんてやるんじゃなかった。そうさ、今度からは鬼ごっことかの個人競技しか参加しなきゃいい。……いやそもそもスルーすりゃ良くね?

 

 

____________________________

 

クソが。ここまでいいペースで来れてたのに。あいつらが比較的出現しやすい空き地を避け、住宅街を抜けようとした時前方になんとかファミリーのメンバーの1人である馬鹿面を発見。バックステップを踏み即ルート変換。ルートを変えて間も無く、今度は根暗臆病者を発見。これまたルートを変える。

それからも行く先々でなんちゃらファミリーの面々を発見。その度に見つかる前に身を隠していく。本当なんなんだ。なんで俺がこんな日陰者みたいなことしなきゃならねえんだ。

 

ただ、不幸中の幸いにも1番厄介な川神百代には出会さず、俺はだいぶ遠回りをした後に公園沿いに出た。住宅街にあいつらが出没したのは計算外だったが、なんとかやり過ごすことができた。

と、そう思った矢先。

 

「おーい!しゅうにいー!」

 

その声で俺は足下が崩れ去っていくような感覚を覚えた。見ると、なんとかファミリーの1人、厨二病が俺に向かって手を振っていた。側には見かけない白髪もいる。なんなんだよこいつら。ゴキブリか?なんでそこら中にいやがる。いや、しかしまだ大丈夫だ。問題はこいつではなく川神百代1人のみ。見たところ今こいつ1人でいるみたいだし、他のメンツ、特に川神百代が何処にいるかを知るのが最優先事項だ。

 

「みんな?みんなならこれから来るぜ。今は先に集まったメンツで隠れんぼしてるところだ」

 

あっぶねえ。どちらにしろ川神百代がここに来るまでに少しの猶予がありそうだ。そうとわかればさっさと退散させてもらおう。

 

「あ、何処行くんだよしゅうにい」

 

引き止めんな鬱陶しい。と、そこで俺は依然変わらず側に立つ白髪に目を向けた。俯いており顔は見えないが、立ち込める雰囲気はインキャそのもの。格好はよく見れば小汚く、謎にその手にはマシュマロが握られていた。

 

しめた。

 

俺は徐に白インキャの手を取り厨二病の方へ引っ張った。悪いが俺は早くここから立ち去らなければいけないんだ。白インキャには俺の為生贄となってもらおう。己の誘いを白インキャに押しつけ、俺は速足でその場を立ち去ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれしゅうにい。俺たちの遊びは既に定員オーバーだ。知らねえ奴をいれるなんて」

 

じゃあ俺がいなくなれば定員が空くな。はい完全な理論武装。俺はさっさと退散させてもらうぜ。

まだ何か言いたそうな厨二病を無視し、俺は足速にその場を去った。

 

 

 

______________________

 

何故俺は勝てない。ルーに、釈迦堂に、鉄心に。

以前にも言ったが俺の肉体スペックは人智を超えようとしている。凡人が描く、こうだったらいいなと言うフィクションの動きがそのままできると言えばわかりやすいだろう。まず負ける訳はないのだ。

なのに、善戦はしようとも勝利には辿り着かず。俺の中のストレスは日々積み重なっていく。

一度冷静になって考えてみた。肉体スペックは問題ない。ルーに至っては完全に俺の方が異常な身体能力を有していると言える。釈迦堂にだって鉄心にだって、身体能力に勝敗を分ける程の差があるとは思えない。ましてや川神百代など…。

ルーや釈迦堂、鉄心を相手した時、圧倒的スペックを駆使し懐に入り込んだ俺が突き出した鉄をも砕く突きは、いなされ、止められ、カウンターが叩き込まれる。

やはり、考えても思い当たる答えは1つ。

即ち、武。

身体能力の差をあってないものとする身体の動かし方。体重移動であったり、四肢の使い方であったり、相手との呼吸の合わせ方であったり。

肉体的に優っている相手に対して食らいつき、ましてや凌駕する武。

 

ああ、武とは、なんて、なんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてクソなんだ…。

ざけんなよまじで。やり方が狡いんだよ。武を極めれば例え女子供であろうと大の男をまるで赤子のように扱える様になるだ?

なんだそりゃ。才を持たない凡人が追い縋ろうとしてんじゃねえ。武なんてものがあるから凡人が調子に乗る。年月をかければ肉体的に優っている相手にも優位に立つことができる。現に俺が負けている理由が武だしな。

 

全く嫌になる。俺の身体は人生というスパンで見た時にまだまだ全盛期にあるとは言えない。俺が成人になる頃には、武の一つの頂点に昇り詰めた、所謂達人と呼ばれる奴らでさえ片手で弄べるようになるだろう。

だが、待つのか?餓鬼だからしょうがないと諦め、これからもこの敗北を受け続けるのか?

俺が出した答えは、否。肉体的に劣っている奴らが縋る武。それを、超人の俺が身に付け、そして極める。奴らの拠り所を無くす。教えてやろう。努力する天才には誰も勝てないということを。

だから俺は行きたくもない川神院に今もこうして通い、あまつさえ教えを乞い、言われたことは全てこなし、そして更に己の考えたメニューを行うのだ。

まじでいつか土つけてやる。

 

 

________________

 

俺は今、夜の森の中1人岩の上で胡座をかいている。俺は今でこそ仕方なく武を極めようとはしているが、本来ならば心技体の心なぞゴミ同然と言って切り捨てる性分だ。そんな俺がわざわざ夜時間を見つけて「心」のトレーニングなどに勤しむわけがない。

実は以前から自己のメニューに追加したものがある。それは

 

「フッ!」

 

気配察知の鍛錬。俺が目を瞑ったまま振るった手刀は微かだが何かを捉えた手応えがあった。目を開くと空中で真っ二つになりヒラヒラと地に落ちていく羽虫。

 

何故俺が本来ならば家で飯食いながらテレビを見ている時間を割いてまで、こんなことをしているか。

それは一重に、なんとかファミリーとの接触を極力避ける為。

だが、これをリアルで使うにはまだまだ難点が存在する。

羽虫すら判別する精度を誇る俺の気配察知だが、まず第一に個人の特定が出来ない。誰がどの気配であるのかがわからず、少しの違いはあれど判別できるまでには至らないのだ。

そして第二に、範囲が狭すぎる。常時発動で半径3メートル程。広げて半径6メートルいかないくらいだ。修得すればそれはいいセンサーになるが、今のところ使い道がなさすぎる。

集中せずとも日常で使えるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

_________________

 

気配察知の訓練を始めてからその練度を高める日々。範囲もクソも、まずは誰か判別できなくては話にならない。人によっての気配の違いを感じ取るのだ。

と、言葉にするのは簡単だがこれがなかなかに難しい。俺の才能が足りてないから?馬鹿をいっちゃいけない。俺の才能は全てにおいて頂点に君臨する。確証はないが。

ならば何故1つの技能を修得するのに手こずっているか。答えは単純。人の気配などすこぶる興味ないのだ。ましてや今回、興味のない人間たちを避けるためにそいつらの気配を判断しなくてはならないという、ある種のジレンマを抱えている。元々一度見聞きした事なら100%記憶できる脳の俺が、興味のない人物の顔、名前。人に限らず興味のない事柄に関してはこの脳が一切機能しなくなる。忘れるのだ簡単に言うと。

実は気配の違いだが、気配の大小などが極端ならば今のそいつの状態がわかる程度には把握できる。だがそれよりも微々たる差の時、効率重視の俺の脳はそれを記憶しようとはしないのだ。脳が言っている、そんなどうでもいい奴ら判別する必要もない。と。

 

まあしかし、そうとも言ってられない。充実した人生の為には友達付き合いを選ぶ必要があり、その為にはこの技能は必須である。

なので、俺は今日も今日とてランニングをしながら気配察知を鍛えていた。

 

と、そんな時だった。

 

ガシャアン!!!

 

夕刻の住宅街、そのハズレの方に1つポツンとある家。かなり古く外観からボロいのが伝わってくる。そんな家からけたたましい音が聞こえてきた。

 

『その笑みを消しなさい!!!』

 

次いで聞こえてくる声。叫んでいるようだが聞こえてくる音量自体は小さい。なんだ?夫婦喧嘩か?

 

『アンタなんて産むんじゃなかった!!アンタなんて!!』

 

違ったようだ。ふむ。これは巷に聞く、「穏やかじゃないな」って奴か。母親がヒステリックを起こしてるのはまず間違いないが、問題は子供だな。単純な親子喧嘩ってオチが1番ありそうだが、万が一虐待なんてこともあるかもしれない。

 

「あー、もしもし。あー事件ですかね。はい。いや俺がってわけじゃないんですけど」

 

とりあえず警察に連絡しておいた。そのままそこにいてくださいって言われたが面倒くさいのでさっさと立ち去る。まあ、大体5分から10分で到着するって言ってたし、無問題だろ。

と、ジョギングを再開しようとした俺だが、

 

………はぁ…。

 

家の中から感じる2つの気配。その1つが今まさに消えてしまうのではないかと言うほど小さくなっている。こりゃ5分も持たないだろうな。周囲で気付いてるのは恐らく俺だけ。

……クソが。俺は面倒くさいことはとても嫌いなんだよ。

 

 

 

____________________

 

家に上がると外にまで響いてた声がよりダイレクトに届いた。どうやって入ったかって、そりゃ玄関からだろ。不本意な不法侵入だ。こじんまりした家なので部屋数も多いわけではない。気配を探るまでもなく声のする方に歩を進めた。

 

引き戸を開け、リビングに足を踏み入れると発狂した声が止まった。先程から『アンタなんか』というワンフレーズしか聞こえなかったが、鼓膜を揺さぶるには十分な声量だ。鳴り止んでくれて何より。

 

「なによ…。なによアンタ…」

 

振り返ったそいつは酷くやつれた顔をしていた。とりあえず消えかけてた気配の奴の容態を見る。母子そろって珍しい白髪だ。動脈が圧迫されて危ない所だったな。呼吸もやっとって感じか。だがまあ死んではない。もし首の締め方がしっかり決まっていたらもっと早い段階であの世に行っていただろう。母親がやつれていたことに救われたな。

 

「……ぃきなさい…」

 

向き直った母親がプルプルと震える。

 

「出ていきなさい!!!」

 

そして近場に散乱していた食器の破片を俺に向けて投擲する。普通のガキにやったら間違いなく傷を負うな。まあ俺はハチドリの羽ばたきを肉眼で視認できる動体視力の持ち主だ。躱すも捌くもわけない。

 

「なんなの…」

 

ゆっくり近づいた俺は、尚も子供の首を掴んでいる母親の片手を握る。

 

「なんなのよ…」

 

こっちのセリフだ。お前らなんなんだ。虐待もDVも、殺すも殺されるも、見えないところで勝手にやってくれ。人が気配察知を覚えた瞬間認知できるところでこんな事件起こしてくれやがって。わかっちまったら、わかってるのが俺だけなら、見て見ぬ振りは出来ないだろ。

マジでなんなんだよ。俺の良心に訴えかける作戦ですか?

もし俺が今日ルートが違えば、気配察知を覚えていなければ、勝手に子供が死んで勝手に母親が捕まって、後日テレビで見た俺が「ああそうか」と思うだけだったのに。

 

全く、面倒くさいことをしてくれたな。タイミング悪く。

 

「う、うぅ…」

 

先程の怒りによる震えではなく、母親は今度は恐怖により震え始めたようだ。掴んだ手からそれが伝わる。そして、目尻に涙を浮かべ始めた。

 

 

え。いや何が?何が泣くことがあんねん。泣きたいのはこっちだ。何が悪いんだ?神か?「ほら、お前の見える所で人が死にそうだぞ?わかっていながらスルーするのか?」みたいな感じか?してやろうか?スルーしてやろうか?

 

…と、暫くそのまま静止していたらやがてパトカーと救急車のサイレンが聞こえた。

はあ、クソ面倒くさかった。俺はそこらのやれやれ系主人公のファッション面倒くさいじゃなくてマジの面倒嫌いなのだ。頼むからこれっきりにしてほしい。

事情聴取とかは流石にめんどくさいのでここいらで退散させて貰う




主人公の人間性が分かり始めるこの頃。だんだんと読者に主人公がどういう人間が理解していってほしいなって。主人公は初めて能動的に人助けをしましたね。


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私のヒーロー

あれ!?年が明けて半年以上も過ぎてらぁ!!まじすみません。
感想から意欲貰おうと読み返してたら、10/31に次話もうすぐです!的なこと言っててやばいなと思った。信用できないのは主人公ではなく俺だった


「ありがとうございました師範代!」

 

「ウン。今日もご苦労様だネ」

 

最後の門下生がお辞儀をして川神院を出て行く。それを見届けた後ルーは1人道場へと向かった。日中から夕方にかけての師範代や総代は、主に門下生の手ほどきをメインとする。そこから学びを得ることは多いものの、やはりそれとは別の鍛錬は自己を高めるには必須。誰もいなくなった道場で1人研鑽を積むのはルーの日課であった。

 

 

「フゥ」

 

「精が出るのルーよ」

 

ルーが鍛錬に集中し始めて2時間を超えたあたり、ひと段落ついたルーに見計らってたのかと思うほどのタイミングで鉄心が声をかけて来た。

 

「総代。おられたのですか」

 

「気の緩みから区切りがついたのかと思っての」

 

緊張の緩和のタイミングを瞬時に察知し現れる鉄心。常人ならば15分程で切れると言われている集中力を2時間以上維持できるルー。こんな日常の一コマからも、やはり彼らが一般人とは一線も二線も画した存在であることが読み取れる。

 

「自分の未熟さを痛感させられているようで、お恥ずかしい限りです」

 

「ルーよ。真面目なのはとても良いことじゃが、お主はもう少し息抜きを挟むべきじゃ。どうじゃ?久しぶりに」

 

そう言いながら鉄心がとったジェスチャーは手首を軸として手を軽く捻ったもの。つまりは「一杯やらないか」という合図であった。

 

「是非お供させていただきます」

 

久しぶりということもあり、ルーは二つ返事でそれに応じた。

 

 

________________

 

畳に掛け軸。障子張に盆栽と簡素だが正に和と言ったような一室に鉄心とルーは訪れた。

 

「おう遅いぜお二人さん。あまりに遅えんで酒瓶一つ開けちまうところだった」

 

そこにはすでに先客がいたようで、入って来た2人に軽く手を挙げる。

 

「釈迦堂…。お前もいるとは珍しイ」

 

「俺がいちゃ悪いってのか?寂しいこと言うなよルー」

 

川神院に2人しかいない師範代。百代と修吾がそうであるように、ルーと釈迦堂の師範代2人も自らの力をぶつけ合える年の近い存在というのはお互いだけであった。しかし意外にも、2人を知るものからしたら当然のことだが、この2人はお互いと手合わせなどは殆どしない関係であった。

 

「珍しいと言っただけだろウ。悪いなどとは言っていなイ」

 

「美味い酒が出てくるとなればそりゃすっ飛んでくるだろうよ。実はお前も同じ口なんじゃねえのか?」

 

「お前と一緒にしないで欲しいネ」

 

理由として、この2人このように反りが全く合わない。人間性の違いは個性ということで、人間関係を築いていく以上ある程度の理解はあるべきだが、この2人の人間性は全くと言っていいほど逆だった。それは例外なく武術の考えにも及んでいる。元来の性格に加え、圧倒的才能で容易く師範代になった釈迦堂と、一般人から血の滲むような努力を重ねここまで上り詰めたルーとでは、その過程からどこに重きを置くかに大幅な違いが出てくる。

 

「折角の酒盛りに空気を悪くするもんじゃないわい。どうせ釈迦堂も誘う予定だったんじゃ。ほれルーよ、座りなさい」

 

「……ならば失礼して」

 

促されるままルーは席につき、次いで鉄心も腰を下した。率先してルーが鉄心に酒を注ごうとするのを鉄心は軽く断り、逆にルーと釈迦堂に酒を注いでやった。

川神院を司るトップ3人。話が合わないわけもなく。人間性は全く交わらない様な3人。鉄心はルーにないものを釈迦堂から感じ、またその逆の釈迦堂にないものをルーから感じていた。ただ、人間性など全く違う3人だが、何をしようとも拭きれない共通点が一つ。

即ち、武を志し、一心に己を高めたこと。

そこに才能の有無は関係ない。その3人が卓を囲い、更に酒に舌鼓を打ったとなれば当然話題は一つ。

 

「所でどうじゃい。最近修行僧の方は」

 

結局は武に関連するものであった。

川神院の総代として1人1人の修行僧は鉄心とて全員把握していると自信を持って言える。しかし総代の役目は個人個人の指導というよりは、全体の統括といった方が正しい。対して師範代2人は、武の教えといった面では修行僧と比較的近い位置にいた。

 

「ハイ。とてもよく育ってきていますヨ。私としても教えがいのある毎日でス」

 

「どうもこうもねえわな。才能ねえ奴らを教えるのは骨が折れるぜ」

 

鉄心の問いに対する両者の答えはやはり正反対。半ばわかっていた結果ながらも鉄心は1人ため息をついた。先も述べた通り、いかに武にその身を捧げた2人と言えど、その道程は決して交わることなく。思考回路が正反対になるのも仕方のないことだった。

 

「釈迦堂。お前はもっと指導者としての立場を弁えるべきだヨ」

 

「事実なんだから仕方ねえだろ」

 

指導者としてあんまりな言い方にルーが苦言を呈す。が、釈迦堂は特に反省した様子はない。酒を一杯煽り、釈迦堂は続けた。

 

「ただまあ、百代と修吾。あいつらの面倒なら引き続きみてもいい」

 

天才型の釈迦堂にとって、この世の大半の武道家は凡夫でしかない。

特別な血筋でもなく、特別な環境でもない。釈迦堂は生まれながらにして、この世の頂点に君臨する武人達を鼻で笑うかの如き才能をその身に宿していた。故に指導者という立場に立って真先に感じたことは、何故この程度のことも出来ないのかという疑問。ルーからよく教え方が粗雑だの言われるが、釈迦堂からしてみればそれ以上に教え方などないのである。

修行僧に自分のやっていることを伝え、後は各々練習しろとだけ言う毎日。

と、そんな時に現れたのが百代、そして少し遅れて修吾だった。

 

「ふむ。モモと修吾のう。あの若さにして、もうあの2人を相手取れる者は川神院の修行僧に5人も居らん」

 

「全く末恐ろしい才能でス。教えたことはスポンジの様に吸収し、果ては教えてないことすらいつのまにか身につけていル」

 

正に天賦の名に相応しい才を持つ2人。一般人からしたら"天才"と評されるだけであり、事実どれ程の才を持っているか詳細には推し量れない。だが、この達人3人は件の2人の才能や技量を細かく測ることができた。

 

「経験で言ったら物心ついた時から武に身を置いてきた百代に一日どころじゃねえ長がある。実際初めて会った時の修吾は百代に惨敗したらしいしな」

 

「しかし最近直接の手合わせはないガ、確実に百代と修吾の差は縮まりつつあるヨ。それもかなりのスピードでネ」

 

「うむ。今戦えばどちらが勝つか分からぬのう」

 

それは才能故なのか、までは判断がつかなかった。心技体の地力をしっかりと固め、実践経験も行うという、バランスよく全てを高水準でこなす修吾に対し、百代は実践特化の修行を好んだ。もちろん百代が地力を疎かにしているかと言ったら、殆どの門弟はその地力ですら敵わないので口を噤むしかないが、修吾に比べて費やしている時間が少ないのは明白であった。

 

「修吾は直向きに良く頑張っていまス。課した課題はきちんとこなし、バランス良く己を高めるのに淀みがなイ。対して百代は少し組手などの実践に重きを置きすぎている気がしまス」

 

「っハ。どっちだっていいじゃねえか。強けりゃよ」

 

ルーにとって武とは道。強くなるためではなく己を高めるための志し。

釈迦堂にとって武とは力。目的ではなく手段としての道具。

武の考えを重んじるルーは百代の在り方を心配したが、百代と同じく天才として生まれた釈迦堂には百代の気持ちがよく理解できた。

 

「危うい兆候じゃ。モモは少し血の気が多すぎる。持て余すほどの才を持ったが故の気持ちなのは理解してやりたいんじゃが、うーむ。なんとか修吾の様に落ち着いてはくれんかのう」

 

百代や釈迦堂の様な人種に心技体の心の大切さを説くのは困難を極める。強さ至上主義の釈迦堂だが、自分の考えが周りと外れてるとは思ったことがあっても、間違ってるとは微塵も思ったことがなかった。

ルーや鉄心、その他多くのものは武とは考え方であり、在り方だと曰う。心技体で心が1番大事なのだと高説する。

だが百代はそれを理解したことは一度もなく、釈迦堂は納得したことが一度もなかった。心技体とほざいときながら、武での階級は全てが強さ重視。評価される物も、人を惹きつけるものも強さ。いくらでも塗り固められる心とは違い、強さとは決して偽れない純粋な物。

歴史が、世の中が、心が大事だと言う本人が、強さが重要だと証拠付けている。故に理解も納得もできない。

鉄心は身内のその現状に嘆くが、溢れ出す才能にコントロールが効かないのだと理解していた。寧ろ同レベルの才能を持った修吾があそこまで落ち着いているのが不思議と言えた。

 

「同い年の修吾に影響されて、少しでも戦闘衝動が和らいでくれたらいいんじゃがのう…」

 

そしてこの場にいない者に対し、少しの期待と申し訳なさの入り混じった声でそう言った。

 

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

 

 

「まーだっかなー。まーだっかなー」

 

休日の昼下がり。人通りの多い川神駅前で、そんな間の抜けた声が聞こえた。

 

「そう焦らなくとも大丈夫ですよユキ。修吾さんが遅刻したことはありませんから」

 

「修兄は時間にシビアだからなー。ほんと何から何まで完璧な人だよ」

 

ベンチに座りパタパタと足を揺らす小雪の傍には、冬馬が気品を感じさせるように座り、準がポケットに手を突っ込みながら立っていた。

 

「しゅーにーは完全無敵のヒーローだからねー」

 

ニコニコと笑いながら小雪がそう言う。

そう、小雪にとって修吾はヒーローだった。昔からずっと。

こうして待ち合わせで待つ時、昼寝をしている横顔を見る時、登校時の後ろ姿を見る時。その度に思い出す。自分が救われたあの日のことを。いつまでも色あせることのないあの思い出を。

 

 

…………………………

………………

………

 

 

当時の小雪を取り巻く環境はそれは悲惨なものだった。

小雪の家庭は母子家庭であった。母親に稼ぐ手立ては無く、生活は貧困を極めた。が、それでもそこに愛があったのならば、団欒があったのならば、小雪にとってそんなことは些細なことだったろう。しかし、小雪を追い詰めたのは他でもないその家庭であった。

度重なる虐待は日に日に苛烈さを増していった。

何故叩かれてるか幼い小雪にはわからなかった。なので、なるべくいい子でいようと努めた。我儘は一度も言わない。常に笑顔でいようと。が、事態は収まるどころか、より激しくなっていった。

 

家に無かった居場所を、安らぎを、小雪は外に求めた。鈍痛が響くボロボロの身体を引きずって、大好きなマシュマロを抱きしめて。

何の算段もなく訪れた公園だが、そこは活気に満ちていた。自分と同じ歳くらいの子供達が笑顔いっぱいに遊んでいる。小雪にはそれが輝いて見えてしょうがなかった。自分もあの輪に入れればあんなふうに笑えるかもしれないと。

 

「ね、ねえ」

 

掠れていて思った通り声が出なかったが、相手にはちゃんと聞こえたようだ。小雪の声に反応すると少年はこちらを向いた。

 

「…なんだ?」

 

そして小雪の形を上から下まで眺めた後、訝しげにそう言った。小雪の心臓が激しく脈打った。仲間に入れてと、たったそれだけのことが喉に突っかかって出てこない。

 

「用がないならもういいか?」

 

そうこうしているうちに相手が痺れを切らしてしまった。まずい。ここで言えなかったら多分もう仲間には入れてもらえない。小雪は精一杯いつも通りの笑顔を貼り付けた。

 

「あ、あのさ!ボクも一緒に遊んでいい?」

 

言えた。おかしいところはなかっただろうか。大丈夫。ちゃんと笑えてるはず。だが、そう考えれば考えるほど自分の笑顔が引きつる気がした。

長い沈黙を経て、いや、実際は5秒も経っていないだろうが、少年は口を開いた。

 

「駄目だね。遊びなら他を当たってくれ」

 

が、その返答は小雪の望んでいたものとは真逆のものだった。その一言で身体の力が抜ける。見ている景色が酷くぐらつくように感じた。

 

「ま、待って!ほらこれ!マシュマロ!マシュマロあげるから!」

 

「いらねえ。つかしつこいぞ。遊びなら他を当たれって……ん?」

 

無慈悲にも断りながら、少年の興味は小雪から他に移った。

 

「おーい!しゅうにいー!」

 

少年は先程までの冷たい雰囲気は一切見せず、声を張り上げて今来た人物を迎えた。

小雪は喪失感からすっかり俯いてしまい、顔をあげる元気もなかった。何をする訳でもなく、ただ立ち尽くす小雪。

だが、そんな小雪の手がふと誰かに掴まれ、グイと引かれた。

 

「遊びならこいつを入れればいいだろ」

 

突然のことに状況が理解できない小雪。だが、掴まれた手からの温もり。それだけは確かに感じていた。

 

(あったかいなぁ)

 

それは小雪にとって久しぶりの感覚だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれしゅうにい。俺たちの遊びは既に定員オーバーだ。知らねえ奴をいれるなんて」

 

そこで小雪は初めて顔を上げ、自分の手を引いた少年を見た。

とても大人びていて、それでいて優しい表情をした人だった。歳は自分とそう変わらないはずなのに、それを感じさせないオーラがその少年からは漂っていた。

 

「じゃあ俺がいなけりゃ定員は空くだろ。俺なんかよりこいつと遊んでやれ」

 

こんな優しい雰囲気を持つ人だ。きっとこの少年の兄貴分なのだろう。先程まで淡々と冷たい態度をとっていた少年が、何かを言いたげに、しかし黙ってしまった。

 

それだけ言うとその人は小雪の手を離し、踵を返してしまった。

 

(あっ)

 

温もりの消えた手に寂しさを覚える。お礼を言えぬまま、その人は風に溶けるように消えてしまった。

まるで御伽噺のような光景を目にした小雪はしばし呆然とする。

 

「はぁ。言っとくけど、手加減はしないぞ。俺のこの力は容易に抑えられるものじゃないからな」

 

横あいから聞こえた少年のその言葉で、小雪はハッとする。そして少年のその言葉をゆっくり噛み砕き、それが遊びに入れてくれる意味だと分かった。

 

「う、うん!頑張る!」

 

小雪はもう1度、笑顔で応えた。今度のそれは作られたものでなく、自然と出たものであった。

 

 

 

____________________

 

久しぶりに時間を忘れた。栄養の足りていない小雪には、少しの運動でもかなりの疲労が蓄積する。帰る頃にはもうフラフラだった。

しかし、全く悪い疲労感ではなかった。誰かと全力で駆け回るのが楽しくて楽しくて、そこまで広くない公園が、まるでテーマパークのように感じた。

 

大和にとっては修吾が気まぐれで連れてきた1人の少女に過ぎなかったが、小雪にとっては違った。ある人にとってはとるに足らないことでも、また別のある人からすればかけがえのないものというのは存在する。

ただの数時間の遊びが、小雪にとってどれほどの救いになったか。辛く苦しい毎日だったが、この遊びは小雪の支えになっていた。そして、その遊びを自分に与えてくれた、あの彼の存在も。

 

だが、そんな日々も長くは続かなかった。

不安定な精神状態のまま、なんとか保っていた母が遂に決壊した。

 

「毎日毎日!!一体何がおかしいのよ!」

 

母は小雪の笑みが気に入らなかった。

突如発狂した母が小雪を弾き飛ばした。

 

「馬鹿にしてるの!?気持ち悪いのよ!!」

 

発狂した母は手元の食器を投げながら暴れている。何枚かは小雪の顔に当たっていた。

 

「その笑みを消しなさい!!!」

 

息を切らした母は、とうとうこちらに向かってきた。

 

「アンタなんて産むんじゃなかった!!アンタなんて!!」

 

そして馬乗りになり、小雪の首を締め始めた。

 

 

母がギリギリであるのは知っていた。いつからか母は笑わなくなった。だから、小雪は目一杯笑うのだ。母の分も。自分は大丈夫だと。そしていつか母が戻ってくれたら、今度こそ心の底から笑えるだろうと。

 

顔面の血が圧迫され、自然と涙が出て視界を曇らす。

意識が遠のき、切れる寸前に、ふと首を締める手が弱まった。

 

「なによ…。なによアンタ…」

 

母を見ると、母はリビングの入り口へ振り返っていた。

視界がぼやけてよく見えないが、誰かが、少年が立っているようだった。

その少年はこちらに向けゆっくりと歩を進める。

 

母が何かを投げるが、その少年が一瞬ブレるとそれは当たらなかった。

少年はそのまま歩き、やがて母と自分のすぐ目の前まで来た。

少年の顔がやっと視認できる。

 

「ぁ…」

 

それは記憶に新しい、公園で自分を助けてくれた少年だった。自分にとっては恩人である、彼だった。

彼は屈むと、小雪の首を締める母の手に触れた。優しく優しく。彼の温もりが母の手を伝染して自分に伝わるようだった。

 

「う、うぅ」

 

母は泣き崩れていた。首を閉めていた手を離し、両手で顔を覆いながら泣く。

だが、両の掌で受け止めきれなかった涙が溢れて小雪に落ちる。

その涙はなぜだかとても暖かかった。久しぶりに感じる、母の温もりだった。

 

やがて遠くからサイレンの音が聞こえた。小雪はそれを最後に聞き、ゆっくりと意識を手放した。

 

 

____________________

 

次に目を覚ましたのは何処かの病室だった。

 

『いえ、通報はあったのですが、誰が通報したかは不明で』

 

『きっと近所の住民か何かだろう』

 

病室の外では誰かが話しているようだった。

 

『それと、不可解な点で言うともう一つ。榊原家の玄関なんですが、どうもおかしいんですよね』

 

『なにがだ』

 

『いえ、金属のドアノブがですね、こう、捻じ切られていたんですよ』

 

『はあ?お前はなにを言って』『失礼。警察の方々。ここは病室の前です。もう少し患者の方々に配慮していただけると助かります』

 

『あ、ああ。すまない』

 

 

話し声は足音に変わり、スタスタと何処かにさっていく。次いで、ガラガラと病室のドアが開いた。

 

「おや、目が覚めたんですね。はじめまして。小雪さんですね。私、葵冬馬と申します。こちらは私の友人」

 

「井上準だ」

 

それは、小雪にとってかけがえのない出会いだった。

ただ、そんなことを知る由もない小雪は今、ただあの人に会いたかった。

会って一言、いや、何十回でも何百回でも、お礼を言いたかった。

 

助けてくれてありがとうと。

 

 

 




次話は急ぎます(恒例)


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背に腹は変えられない

これは早い方でしょう!


最近将来性皆無集団のいいところを見つけた。それはジャソプとマガヅンとサソデーとチャンピョンを定期購読している点だ。

ここで俺のお金について言っておくと、俺のお小遣いは月に3000円だ。少なすぎる額だ。そんな少ない額から2000円ちょい持ってかれるのはダメージがすぎる。ので、将来性皆無集団の中の根暗臆病者から借りて読んでいる。たかだか少年誌と笑うことなかれ。アイシールド21は、面白いのだ。

 

________________________

 

瞑想をして、集中力を高める。まあいらん作業なのだが、日課となった鍛錬だ。

最早気配察知は極めたと言っていい。大小構わず虫だろうと感知してしまう俺の気配察知だったが、その判別ももう慣れたものだ。やろうと思えば気配を人だけに絞ることも容易である。

そして気配察知を極めると次の段階に昇華するようだ。まあこれはまだ会得できてないのだが。

 

それにより気配察知に割いていた時間を他の鍛錬に注ぎ込めるようになった。

元々が人類最高峰の才能を持つ俺がそんなことをしたらどうなるか。

 

拳を握り、小指を立てる。それを近場の岩へ振るった。虫を払うような軽い動作だったが、岩には穴が穿られていた。

また別の岩を脚で撫でる。その岩は斜めにスライドし崩れ落ちた。

これは技ではない。いや、凡人からしたらこの一つをやるのに精一杯鍛錬し、やっと技として会得できるものだろうが。これですら俺の鍛錬の副産物でしかない。身体の動かし方さえわかれば、全ての体術はその延長に成り果てる。一つ一つの動きを技と称し鍛錬するなど、いかにも凡人の思考だ。

 

まあ川神百代との戦いで使いはしない。別に俺は殺したいわけではないのだ。ただ打倒し、あの日の屈辱を晴らす。それが目的だ。

が、事ここに至って、俺は世界がひどく小さく見えた。成長してから久しぶりに近所の公園に行ったとき、やけにそこが小さく見える様に。

アリを避けて歩かなければ殺してしまう様に、最早人は俺にとってそう見えるのだ。腕を軽く振るえば容易く殺せる。逆に殺さない様にするのに気を使うのだ。アリを摘むときの様に。

最早誰も俺に追いつけない。生物としてのレベルが違うのだ。

最早俺に勝てるものなど存在するはずもない。

 

________________________

 

と思ったらまたこれだよ。

いた。すぐにいた。

いつもの山奥で鍛錬をしていたら、年甲斐もなく金髪にしてはしゃいでいるオヤジが絡んできた。ファーストコンタクト時は確かにかなりの猛者であると思ったが、それでも俺に勝てるなど微塵も思わない。

俺に老人の話に付き合う趣味はない。適当にあしらうか。

だが、次の瞬間、絶対に聞き逃せない言葉が聞こえた。

 

「なかなかに面白い物を見つけた。しかし赤子。貴様まだセーブしているな」

 

……は?赤子……?誰が…?俺が…?まさか俺じゃないよな。こんな老い先短えクソ老人野郎にこの俺が赤子呼ばわりされるわけないよな?

あたりを見回す。

……俺しかいない。

 

……ぶっ殺す!!!人の事を物だの赤子だの言いやがって!人を呼ぶときには敬意を払えって習わなかったのかクソジジイ。

短え寿命ここで使い切らせてやる。

 

________________

 

 

負けた。なんなんだよ奴は。おかしいだろあのジジイ。いやこの世界。

最高速の新幹線に真正面からぶつかってもびくともしないこの俺が、蹴りを3発まともに受けただけで立てなくなるなんて、誰が想像できるんだよ。

 

「所々に垣間見える川神流。なるほど。鉄心の言っていた赤子は貴様のことだったか。ならばやはり揚羽様の相手は川神百代が適任だったな」

 

俺を見下しながらそう言うジジイ。別に俺は今勝つことには拘っていない。なんなら負けることでプライドが傷つくなんて馬鹿理論全く持っていない。いないが、このジジイいつか絶対ころ………

 

「意識を失ったか。しかし、見所のある小僧だ」

 

 

 

 

________________________

 

「……」

 

目が覚めた。鬱陶しく伝わる熱を感じて横を見れば、川神百代が俺を抱き枕のようにして抱きついて寝ていた。最悪な目覚めである。

見回してみるとやけに見慣れた部屋であることが分かった。ここは川神院か。

 

「…っち」

 

身体を起こそうとすると節々から鈍痛が走る。と同時に金髪のじじいの顔がフラッシュバックする。目覚めた後も最悪だ。

川神百代を引き剥がし、部屋を出る。廊下に差し込む月明かりで今が夜であることがわかった。

歩きながら気配察知をオンにする。院内に気配は4つ。そのうち2つは同じ場所に存在する。この質はさっきのジジイと鉄心だな。

俺はその場所に向け歩を進めた。

 

 

 

「ほう、小僧か。回復の速度も申し分ない」

 

「呆れた生命力じゃ。後3日は寝込んでてもおかしくなかったがの」

 

いちいち癇に障るなこいつら。強者故の余裕というのが俺は好きではないのだ。自分がやるぶんには大好きなのだが。

 

「後日にしようかと思ったが手間が省けた。小僧。貴様九鬼にこい」

 

ノーだ。

あ。あまりにムカつく態度に反射的に判断してしまった。こいつは出会い頭に急に何を言ってるんだ。

 

「貴様も薄々勘付いているだろう。この場所は確かに素晴らしいが、お前の欲する物を手に入れるには些か環境が追いついていないと」

 

「儂の前でも遠慮を知らん奴じゃ。じゃが修吾。儂に気を使うのはやめなさい。ヒュームの言うことは一理ある」

 

俺の欲するもの?そんなの金と女くらいしかないが。そりゃここにあるはずない。ここは川神百代を除けば女子自体1人もいない。毎日毎日大人の男のむさ苦しい掛け声を聞かされるこの環境は、確かに俺の欲しいものとは全く真逆であると言っていいだろう。

 

「それが九鬼ならば、いや、俺の元ならば用意できる」

 

しかし俺は環境によって何かを手に入れようとは思わない。俺ほどのスペックがあれば環境とは作るものに変わる。金も女も、いや、行く行くは欲しいものは全て自分で手に入れられるようになるだろう。わざわざ九鬼とか言うところに行かなくても……ん?

九鬼?九鬼って、九鬼財閥の九鬼?

 

……ほほう。ならまあ行ってやっても…っとあぶな。このジジイ出会って間もないが、口元のちょび髭が胡散臭さを物語っている。ここで乗ったら後で『給料?そんな話ししたか?』とか真顔で言われるに決まってる。全く危ないところだった。せめて言質取らなければ行く理由には

 

「暫く住み込みになるが休みがないわけではない。金と最低限の自由な時間は保証しよう」

 

あ行くわ。行きます行きます。金なんて興味はないが、俺は常々自分の能力をさらに高められる場所を探していたんだった。九鬼財閥程それにうってつけな場所はない。九鬼財閥ならそりゃもうたくさんの金…ではなく経験が手に入るだろう。

俺はジジイのその提案に乗った。

 

 

______________________

 

そっからの俺とジジイと動きは迅速だった。善は急げとばかりに俺は数日で荷物をまとめ親の了承をもらい、ジジイはすぐに迎えに来た。この金髪のジジイは九鬼でもかなりの位置にいるのか、受け入れの準備はかなり早く終わった。なるほど。このジジイには媚を売るのが吉か。

 

出発の日に風間なんちゃらの集団が見送りに来た。各々が俺に対し何やら言っている。その中には当然川神百代の姿もあった。

はて、俺らはいつ見送るほど仲が良くなったのだろうか。何か言うことなんてあったか?

 

「修吾!まだ私に勝ってないじゃないか!なのになんでどっか行くんだ!」

 

なるほど。どうやらただ喧嘩を売りに来ただけらしい。この野郎。わざわざ見送りに来て言うことが『んじゃあまあ私の勝ちってことでwwww』か。上等だ。

 

「いいか川神百代。お前との勝負はお預けだ。だがいつか必ず俺が勝つ。覚悟しとけよ」

 

お前へのリベンジなど忘れるはずもない。ただ今はちょっとお小遣い稼ぎが優先なのだ。黙る川神百代を背に、俺と金髪ジジイは出発した。

 

 

________________

 

「着いたぞ」

 

ヒュームのジジイの一声で車から下ろされる。九鬼財閥は知っていたが、本社が同じ川神にあるとは知らなかった。車で出発したが歩こうと思えば歩ける距離だ。つか俺のスペックならその方が速いくらいだ。

 

見上げると首が痛くなるほど高いビル。その入り口を顔パスで通る。入り口にはメイド見たいのが2人いたが、ヒュームを見るなり緊張感が数段増した。

 

「気を緩めるな。常にその緊張感でいろ」

 

「「はっ!」」

 

つくづく上からしか物が言えないジジイだ。そういうのを俺ら若い世代からしたら老害というのだ。

だが、やはりメイドの態度を見ててもわかる通り、ヒュームのジジイは相当な位にいる様だ。都合がいい。

 

「小僧。わかっていると思うがお前も気を緩めるなよ。これから会うお方には最大限の敬意を持って接しなければ突き刺すからな」

 

やかましいわジジイ。誰に会うかは知らんが財閥のトップに会うのに媚び売らないわけがない。

無駄にデカいエレベーターに乗り込み、高層に向かう。エレベーターが開けばこれまた無駄にデカい通路。無駄に高い天井。無駄に高価な装飾品などなど。

 

通路を進んで間もなく、明らかにこれだろ感のある扉の前に来た。ヒュームがそれを開く。

 

「よう。お前か。ヒュームの言ってた奴は」

 

入ってすぐ対面からそう声をかけられる。見ると、まさに玉座といった感じの椅子にどかっと構える男。白髪をオールバックにし、額にバツ印を入れている。

え、何でバツ印?とは思うが、なるほど。確かにこの男がこの組織のトップなのだと直感でわかる。

さて、脳みそフル回転の時間だ。相手は世界の九鬼財閥のトップ。なんとしても気に入られる必要がある。さて、どう動いたものか。

 

「……へえ。ヒュームの紹介だからハズレはねえと思ってたが、こりゃいいねえ」

 

いいねえという評価の低さは気になるが、まあまずまずの印象のようだ。ただここからの身の振り方の参考にはならない。絶賛されることしか頭になかったからプランの練り直しだ。

 

「俺は九鬼帝ってんだ。おいお前。名はなんてんだ?」

 

んぐっ。危ない。余りに舐め腐った態度に本能的に抗おうとしてしまいそうになった。日頃川神百代からのムカつく態度と、最近のヒュームの上から目線に慣れていなければやらかすところだった。

 

「帝明修吾です」

 

「修吾ねえ。おう。気に入った。ヒューム」

 

「はっ」

 

「お前の管轄で自由にやらせてみろ。ねえと思うが尻拭いは心配しなくていい。多少のことなら気にしねえからよ」

 

「わかりました」

 

おい待ってくれ。ヒュームの管轄…?勘弁してくれ。ただでさえ日頃の態度から気に食わないんだ。四六時中一緒とか正気か。アナフィラキシーショック何回起こせばいいんだ。

 

「帝様よろしいので?まだ尻の青い子供にヒュームの下は務まるとは思いませんが」

 

と、1人考え事をしていたら横合から妙なチャチャが入った。はぁ!?おいなんだあのアフリカ人。この九鬼にはどんだけ俺をイラつかせるメンツが揃ってるんだよ。人員最初から見直せ。

 

「黙れゾズマ。俺がいいつってんだ」

 

「…出過ぎた真似をしました。失礼致しました」

 

んで速攻怒られてんじゃねえか。スマした顔してんじゃねえ。もっと気まずそうにしろ。

 

「修吾。今日からお前はうちの従者部隊だ。ま、わかんねえことがあったら近くの従者にでも聞け。あんま構えず楽にやれよ」

 

よし。トップから直々に自由にやってヨシっの言質を頂いた。言ったからな?楽にやるからな?

 

「ありがとうございます」

 

「んじゃあヒューム。諸々の案内をしてやれ」

 

「はっ」

 

にしても、あの傲慢ジジイが自分より一回りも下のいうことにこうも従うとはな。自分より弱い立場のものには強気で、権威には膝を折るとかカッコ悪いにも程がある。

 

ヒュームに続き俺も一礼をしてさっさと退出する。

 

 

歩きながら諸々の施設のやら制度やらの説明を受ける。

ヒューム曰く九鬼の従者にはそれぞれ序列がつけられているのだそうだ。大体1000位くらいまでいるそう。もちろん位が高ければ権威も上がる。言ってはいなかったが多分給料も上がるのだろう。

そうか。んで俺は何位なんだと聞いたら1000位だそうだ。1000位。1000位?1000位って何?

 

「どの様な経緯で入ろうと九鬼は特別扱いはせん。成果を示して序列を上げることだ。そうすればお前の欲しているものも自ずと手に入るだろう」

 

九鬼でもすげえ位の高そうな人に甘い誘い文句でスカウトされたと思ったらこれだ。こんなん最早詐欺だろ。

だが、聞けば序列に考慮されるもののうち、戦闘技能はかなり大きい割合を占めるのだそう。ならば。

無駄に広い通路を通りながら、すれ違う従者を観察して思う。こいつら全員俺の相手じゃない。ヒュームなどで多少見誤りはしたが、それを差し引いても俺に敵うやつは今のところ皆無と断言できる。つか、今すれ違った奴ら全員束になっても俺をその場から一歩も動かせないだろう。

 

ただ、やはり重要なのは序列上位どもだ。ヒュームが言うには序列上位を独占しているメンツは、先程の九鬼帝がいた場所に揃っていたそうだ。どうでも良すぎて認識フィルターで妨害していたが、気は把握していた。ヒュームほどではないにしろ同レベルが何人か。

 

ならば、何も問題ではない。あの老害どもを必ず徹底的に抜かしてやろう。それにはまず序列上位に速攻で食い込む必要がある。

全ては、俺の輝かしい将来のためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

「ここにいらっしゃいましたか」

 

九鬼極東本部のとある一室。そこに現れたのは混じり気のない白髪を生やした気品の漂う老人。クラウディオ・ネエロだった。

 

「相変わらず貴様は音もなく現れるな」

 

「気づいていらっしゃった癖に」

 

「当然だ」

 

 部屋にいた男、ヒューム・ヘルシングは軽いやりとりを交わしながら、眺めていた標本コレクションを棚に収めた。

 

「驚きましたよ。もともと貴方が人材を集めてくることは珍しくありませんでしたが、今回の様に急に話を通すのは珍しいことでしたから」

 

そこらの椅子にどかっと腰をかけるヒュームに対し、クラウディオは変わらず気品あふれる姿で立っていた。

 

「アレはそれに足る」

 

「ホホホ。確かになかなかのモノでしたね。しかし貴方がそこまでいうとは珍しい」

 

「俺は過大評価も過小評価もしない。ただ俺から見たときの相対評価をするだけだ」

 

ヒュームの言動は傲慢故の過小評価だと思われがちだが、実際には少し違う。ヒュームがしているのは絶対評価ではなく相対評価。いい素質のものを見れば最低限褒めはする。ただ必ず次には自分の経験からの評価をするのだ。いかに周りに評価されていたとしても、それはそのコミュニティの中だけの話。自分と比べたとき、自分の望むラインを鑑みた時、それは取るに足らないものへと落ちる。

 

「なればこそ、やはり珍しいですね。貴方の下す評価にこそ、価値がある」

 

対してクラウディオは絶対評価を基準としている。ミスターパーフェクトと呼称される彼からしてみれば、自分と比べて素晴らしいものなどあるはずもない。しかし、クラウディオは人の素質をよく褒める。それは九鬼を、いや、世界を基準にしたときの絶対評価だ。

ただそれは、育成という面で見たとき少し残酷でもあった。

 

「出来ればどこがお眼鏡にかなったか聞いても?」

 

クラウディオが世間話以外でここまでヒュームに話を振るのは珍しいことだ。それほどまでに今回のヒュームの行動には興味があった。

 

「フッ。行く行くはお前も奴の面倒をみることになるだろうからな。いいだろう」

 

ヒュームがコーヒーでもと思った頃には、クラウディオが『私が入れましょう』と準備をし始めていた。そしてヒュームは語り出す。

 

 

________________

 

武には才能が常について回る。高みを目指せば目指すほど、己の才能の無さが枷となって足にまとわりつく。そしてその頂上付近行けるものは、世界でも類い稀なる才を持った一握りだけ。その才を、自分が敬愛して止まない九鬼帝の娘、九鬼揚羽は持っていた。

日頃の鍛錬や歩く所作、一挙手一投足に至るまで恵まれた才を感じさせる。帝に頼まれるまでもなく、ヒュームが揚羽を弟子とするのは必然と言えた。

九鬼揚羽は真面目だった。10の課題を与えたら100の努力をする。それも他の稽古と同時並行でだ。妥協などする気もなかったヒュームだが、それを見てより一層育成に励んだ。

だが、才を持った者ならば必ず直面する壁。ヒュームも若かりし頃は随分と悩まされたもの。それは、所謂孤独。揚羽も例外ではなかった。

慢心などするはずもないのは、普段の姿勢から判断できる。だが、ヒュームやクラウディオ、ゾズマなどの圧倒的強者が側にいるだけでは与えてやれない物がある。

それはライバル。

同世代で世界には自分しかいないと感じる孤独。才ある者故のそれが少しの気の緩みとなって現れる。

それを見たヒュームは兼ねてから連絡を取り合っていた鉄心に話を持ちかけた。

どうやら鉄心の所にも似た様な境遇の困った赤子がいるらしいことは聞いていた。

ヒュームの話はシンプル。ライバルがいないのならば、与えてやればいい。鉄心の所の孫と自分の弟子をぶつけようという算段だった。

話を揚羽にすると、揚羽は持ち前の向上心ですぐさま了承した。だがヒュームはその姿から、揚羽がライバルとしてではなく、何か学ぶものを見つけようとする姿勢を見た。それは自分が勝つということを勘定に入れた考えだ。

鉄心は自分と並ぶ化け物である。孫といえども武に対する評価は絶対的なものだ。故に早速揚羽を連れて行った。

 

なるほど、と。川神百代を見てヒュームは思った。似ている。

性格や姿など比較するまでもないが、ただ一点、武への向き合い方だけが揚羽と百代とでどうしようもなく似ている。

お互い軽く自己紹介を済ませ、構える。

揚羽は勝つことで何かを学ぼうと、百代は出来るだけ楽しませてくれと、ワクワクもしなければヒリヒリもしない。どちらも勝つことを疑わない。相手の実力を測れないほど未熟だというのに。

 

互角な達人同士の立ち合いならまだしも、未熟な2人の戦いなど見なくとも結果はわかる。

さて、と時間を持て余すヒューム。その時、ほんの一瞬遠方で気の揺らぎがあった気がした。大きいわけではない。ただ一般人が放つにはどこかおかしい気の揺らぎ。普通の人間は気のオンオフなどはできない。故に揺らぎも起きるはずはない。

百代と揚羽の決着にはまだ時間がかかるだろう。ヒュームはその場所に向けて足を進めた。

 

川神院からして北部にあるその山は規模として大きいものではないが、それでも一般人が登るには苦労する。気の揺らぎはその山の山道を外れた奥地で発生した物だ。最早獣道すらないその道を、ヒュームはスーツに汚れひとつつけずに軽やかな足取りで進む。

 

正体がいたのは、山の最奥だった。

 

齢で言うなら揚羽より少し下。百代と同世代くらいの少年。その少年は目を閉じて瞑想をしていた。禅を組んでいる訳ではない。姿勢はあまりにも自然体で、座ったまま寝ているのかと思うほど。だが、少年の周りの不自然な静けさがそれを否定する。

武とは励む物ではなく、委ねる物だ。日常の須くは武へと通ずる。それは瞑想であっても変わりはしない。ただの一度見ただけで、ヒュームはその少年の実力の高さを感じ取った。

それを肯定するかの様に、少年は目を開き、動き出した。

大岩の上に乗っていた少年は、スタッと重さを感じさせない所作で地面へと飛び降りた。そしてそのまま、徐に腕を軽く岩へ振う。ただ動作は軽かったが、スピードは馬鹿にならない。岩は少年の指の形に抉れていた。少年はそこから動くことなく、今度はまた別の岩へ足を振るった。振るわれた足は鞭の様にしなりながら見事な軌跡を描いた。

一見すると岩を撫でたかの様にしか見えない蹴りだったが、岩は袈裟斬りにされ斜めに滑り落ちた。

大岩を砕くだけならば百代や揚羽でも容易に出来ることだろう。それは純粋な威力による物。だがこれは違う。込められた力はせいぜい成人女性並。それを絶技により必殺へと昇華している。

 

面白い。

ヒュームは自分の口角が上がるのを自覚した。この歳でこれほどまでに高められた者がいるだろうか。

だが、一つ気になる。ヒュームはそこで初めて少年の前に姿を現した。

 

「赤子。お前まだ力をセーブしているだろう」

 

素晴らしい技術を持っているが、そこには力が乗っていない。気迫が乗っていない。歳に似合わず落ち着きのある少年だとは思ったが、それが武にも現れている。

だから、少し刺激してやる。言葉と同時にヒュームは少年に闘気を叩きつけた。全力には程遠いが、それでも本能で構えてしまう気迫だ。

だが、

 

「ほう…」

 

小さく漏らしたヒュームの感嘆の息は少年には聞こえなかったことだろう。

少年はヒュームの闘気に構えることはなく、周りを確認した。そしてあたりに誰もいないと分かると戦闘態勢をとった。

 

これほどの気を叩きつけられても冷静に振る舞ってみせるか。

異常な状況判断能力。次いで望まれてる事を汲み取り全力を出す姿勢。

これはいい。

 

ヒュームは構をせずに立ち尽くす。かかってこいという言外の意を、少年は汲み取ったと分かっているからこそ待つ。

その意図通り、少年は高速でヒュームに接近してきた。

最早一般人には消えたとしか認識できない速度。初速からこの速度を出すならば、脚力による爆発的な蹴り出しが必要となるが、少年はそんなそぶりを微塵も見せなかった。風に乗った羽の様に、音も発せず接近してくる。

0コンマの世界でヒュームに接敵した少年は、しかし拳の打ち出しの瞬間だけは激しく地面を踏み込んだ。圧倒的なスピードと踏み込みによるアシストで勢い付いた拳が、ヒュームにヒットする。

ドガン!と大砲を放った様な音が鳴り、直後2人を中心に暴風が発生する。

明らかに人の身に放つには行き過ぎた力。だが、その直撃を受けたヒュームは微動だにせずに立っていた。

 

「何を惚けている。ぬんっ!」

 

そして、驚嘆する少年に横薙ぎの蹴りをお見舞いし吹っ飛ばした。

少年は岩を何個も破壊しながら遠ざかり、やがて大木に激突して止まった。

 

「っち」

 

だが、存外タフらしい。口内の血を吐き出し、舌打ちしながら立ち上がった姿からは、まだまだ行けると言う気概を感じた。

 

「なかなかいい威力だが、俺を動かすには足りぬな。さて、次はどうする?」

 

遠方の少年は姿勢を落とす。そして今度はロケットの様に地面を爆ぜさせながら突進してくる。純粋な直線の加速。だが、ヒュームには目に追える速度だ。

しかし、眼前にまで迫った少年はその姿勢を急激に落とした。瞬間ヒュームの視界から消える。

純粋に真正面からぶつかるのが無意味だと言うことは理解しているらしい。

ヒュームは見失った少年をそのままに、視界外から迫る少年の回し蹴りを防いだ。威力も申し分ない。が、少年の攻撃はこれでは終わらなかった。ヒュームが少年を視界に捉えた頃には、また別の方向から蹴りを放ってきていた。それもヒュームによって防がれる。少年の連撃は苛烈さを増していく。一呼吸も置くことなく、ましてやますます加速していった。ヒュームはその全てに対応し捌いていくが、内心は感嘆していた。この速度で、この連撃で、一撃の重さが一向に落ちる気配がない。自分に迫る蹴りも、自分に到達するまでに様々なフェイントが織り込まれている。1秒に満たない世界で、足がまるで一つの生き物であるかの様に、自在に軌道を変える。

さらに、とヒュームは考える。

 

この赤子はわかっている。

蹴りは腕よりリーチも長く、威力も出る為使われがちだが、本来は多用すべきではない。何故ならばバランスが崩れやすく、生じる隙が大きいからだ。

達人同士のやり取りでは、1発の蹴りがお互いの勝敗を分けるなんてこともザラにある。蹴りをメインウエポンにするには、それこそ自分の様にかなりの練度が必要となる。

先程の百代と揚羽の戦いで、初手で百代は揚羽に飛び蹴りを放っていたが、それほどリスキーなこともない。まさに溢れ出る才能を赴くままにぶつけているといった感じだ。

 

だが、この赤子は、蹴りのなんたるかがわかっている。威力は乗っけても重心はぶれず、防がれはしても隙はうまない。

面白い。だが、それでも最強にダメージを与えるには、まだ甘い。

嵐の様な蹴りの連撃。視認は常人どころか、かなりの使い手であってももはや不可能。だが、その連撃を、ヒュームは蹴りの一撃で上から圧殺した。

蹴りの威力が強いのも、速度が速いのも、全て頂点付近での話。頂点にはまだまだ足りない。

終局の意味で放たれた蹴り。だが、

 

「…」

 

少年は、その蹴りを真正面から受けて立ち、その場に踏ん張っていた。足が減り込み、ガードした左腕ももう使い物にならないだろうが、そこに立っていた。

 

「ふー…」

 

少年が息を吐き切る。そしてトンと、ヒュームの鳩尾に拳をつけた。一瞬の静寂。

瞬間、少年の足元が爆ぜる。正真正銘ラストの大技。それが放たれるその時、ヒュームは少年の動きをよく観察していた。

筋肉と関節をミクロ単位で動かすことによって、足から発生した衝撃が加速をしながら、威力を増大させ身体を伝う。

 

ズガン!!

 

次の瞬間、その衝撃はヒュームの身体を突き抜け、後ろの大岩を何個も破壊する。

明らかに人1人に放たれるべきではない威力のそれは、まさに必殺の一撃と呼ぶにふさわしい。

 

「…っ!」

 

ヒュームが初めて微笑を消し、その足を一歩下げた。

だが、やはり倒れない。常に受け身の体勢で、必殺の一撃をノーガードの急所に叩き込まれてもなお、最強は一歩下がっただけ。

それでも、最強を一歩退かせられる人間が、今この世で何人いるか。

 

「褒美だ。受け取れ」

 

一歩下がった脚をさらに後ろに下げる。少年は何かに気づき全力で防御を固めるが、もう遅い。少年の最後の攻撃は確かに世間で呼ばれる必殺の物。しかし、ヒュームにしてみればまだ足りない。

必殺は、必殺でなければならない。殺さなくとも、必ず勝てなければそれはただの技でしかない。

ヒュームのそれは、どうしようもなく必殺だった。

 

「ジェノサイド・チェンソー」

 

後ろに下げられた脚が大きく唸る。大気を震わせながら振るわれたそれは、少年をガードの上から打ち砕く。

画面端に叩きつけられた少年は、全身の力が抜けたようにその場に倒れた。

 

「所々に垣間見える川神流。なるほど。鉄心の言っていた赤子は貴様のことだったか」

 

戦いながら抱いた既視感は川神流のそれ。ヒュームとは百代と揚羽の現状について話すのが主だったが、要所要所の雑談で必ず出てきた名前が帝明修吾。それがこの少年だったのだと分かった。

ならば、やはり。

 

「揚羽様の相手は川神百代が適任だったな」

 

ヒュームが揚羽に与えたかったものはライバルだ。自分と同じ空気を醸し出し、勝利を疑わないお互い。なのに勝ちに及ばない。それが必要だった。

しかし、この赤子はレベルが違う。

圧倒的基礎訓練に基づく地力と、それを過分なく発揮できる技術。なのに慢心も油断もない。今の揚羽では歯が立たないとヒュームは見込んだ。

だが、当初求めてたものとは違くても、良いものを見つけた。修吾はヒュームの理不尽な蹴りにより体力を10割削られているはずだが、辛うじて意識を保っていた。やがては気絶したが、それでも驚くべきことだ。 

ヒュームは意識を手放した修吾を担ぎ、下山を始めた。

 

 

________________

 

「しかし、儂の一存では決めれんぞい。本人は了承するにしても家族まではわからんぞ」

 

「そこは俺が話をつける」

 

「いつになく乗り気じゃな。九鬼は有望な人材に目がないというが」

 

「少し違うな鉄心」

 

「む?」

 

「俺は確かに九鬼を第一で考えているが、今回はそればかりではない」

 

「ふむ。というと」

 

「好奇心だ。あの小僧が何処まで伸びるのかに興味がある」

 

「なるほどのう。お主にそこまで言わすか。じゃが、それは儂を含め川神院としても見届けたいところではあるのだがのう」

 

「筋が通らないのは理解している。故に、3年だ。3年であいつに足りない物を埋める」

 

「……経験か」

 

「ああ。川神院は俺を持ってしても素晴らしい練度だ。だがそれは鍛錬に重きを置いた場合だ。奴に足りないのは多種多様な相手への経験。それが九鬼ならば用意できる」

 

「………ふむ…。あいわかった。うちの者には儂から伝えておこう」

 

「感謝する」

 

「礼などよせ。むず痒いわい」

 

「ならば、話は早いほうがいい」

 

その日の夜、早速ヒュームは鉄心に掛け合った。内容は端的に言うと修吾の九鬼への引き抜きだ。ヒュームは九鬼を第一として考えるが、それでもヒュームを占める割合で武というのはかなり大きい。故に修吾へは武への興味が大きかった。

ヒュームは部屋に入ってきた修吾に単刀直入に九鬼への勧誘をした。

本人は悩んでいた。ヒュームの言う所の利点は理解しているのだろう。だが今の環境から離れることに一抹の寂しさを覚えているのだろう。ならば、とヒュームが自由時間もあることを伝えるとすぐさま了承した。

 

 

一先ずの別れの朝はすぐやってきた。

ヒュームが川上院へ修吾を迎えに行くと、そこには修吾と親交があったろう赤子達が集まっていた。別れの挨拶を一人一人済ませていく。中でも青髪と川神百代の渋がり方は相当だった。

 

「修吾!まだ私に勝ってないじゃないか!なのになんでどっか行くんだ!ずっと、ここに……。わ、私のそばにいればいいじゃないか!」

 

川神百代にとって帝明修吾はそれほどまでに大事な存在なのだろう。つい最近揚羽というライバルが出来たが、それまではずっと修吾が孤独を紛らわす唯一のよりどころだったことは想像に難くない。

一瞬の静寂の後。修吾が口を開いた。

 

「いいか川神百代。お前との勝負はお預けだ。だがいつか必ず俺が勝つ。覚悟しとけよ」

 

それは、孤独に泣く1人の少女への手向け。例え離れても、心は一緒なのだと言う修吾なりのメッセージ。

 

「…ああっ!」

 

呆然としていた百代が満面の笑みに変わる。それを確認せず、修吾は車に乗り込んだ。

 

____________

 

車での移動中や、九鬼の施設の案内中にも、ヒュームは修吾の様子を窺っていた。やはり、小学生にしては落ち着きすぎている。新しい環境や場所にも気負わず適応し、だからといって楽観しているわけでもない。気の張り巡らし方も淀みなく、すれ違う従者達の実力も細かく測っている。例えここで従者の1人が修吾に暗殺を図っても即制圧されるだろう。

 

 

そうこうしているうちに九鬼帝のいる、この九鬼で最も重要な部屋についた。修吾へ軽い忠告を済ませ、部屋へと入る。

開け放たれた両開きの扉から、ひんやりとしたプレッシャーが漏れ出す。それも当然。この中にいるのは従者の中でも許された一握りのトップだけ。意図的ではなく、常に引き締められたその気が自然とプレッシャーとなるのだ。それは例え序列二桁の猛者であろうとも、入るのに一瞬躊躇してしまうほどのもの。

だが、そんな中へ、修吾はヒュームに続き平然とした様子で足を踏み入れた。

室内に入ると部屋中の視線が修吾に集中する。そんな状況でも、修吾は変わらず毅然としていた。それを見て、探るような視線が興味深い視線へと変化した。

 

「よう。お前か。ヒュームの言ってた奴は」

 

部屋の奥に構える九鬼帝。王と呼ぶにふさわしい貫禄を携えた男が、修吾に話を振る。それに対し修吾はまだ答えない。発言を許された明確な合図がないからだろう。平然と構える修吾だが、身の振り方を最大限熟考しているのが見て取れる。

 

「……へえ。ヒュームの紹介だからハズレはねえと思ってたが、こりゃいいねえ」

 

それをマジマジと眺めた九鬼帝は、少しの間をおきそう言った。足りぬ者から見れば適当と称されそうな九鬼帝だが、九鬼帝の人を見る目は絶対だ。帝自身、それがわかっているからこそ最大限のベットを行う。

例え九鬼のトップだろうと、例え相手が子供だろうと、九鬼帝は認めた相手へは礼を欠かない。九鬼帝がまず名乗り、そこで初めて修吾の発言が許される。

 

「帝明修吾です」

 

聞かれたことに最短で最適に。我を全開で出してくる貪欲な馬鹿も帝は好きだが、修吾のような振る舞いをする者からは興味深さを感じた。

 

気に入った。

 

帝のセンサーが修吾に反応する。そして、ヒュームの管轄でならあらゆる自由を許した。ヒュームの直下など、いくら希望してもそうそう入れるものではない。名実ともに九鬼従者のトップであるヒュームはそれほどに倍率が高かった。齢10かそこらの歳には破格の条件である。それこそ周りのものが耳を疑うほど。

 

「帝様。よろしいので?」

 

苦言を呈したのはゾズマだ。九鬼のトップの1人である彼の通り名は"皮肉屋"。当然すんなり首を縦に振るわけはなく、修吾の方向にだけ威圧を飛ばした。

だが、

 

甘いなゾズマよ。それは俺が実証済みだ。

 

修吾の傍のヒュームからそんな目線が飛んできた。事実、修吾はそれに対しどこ吹く風だった。九鬼の精鋭ですら怖じけるその威圧にだ。だが、能天気なわけではない。常に隙を作らず、しかしゾズマだけに意識を向けていない。油断も慢心も浮かれも、最初からなかったと言うわけだ

 

帝に注意され、ゾズマは威圧を引っ込め軽く頭を下げ下がった。

帝が最後に軽いエールを送る。それに対し修吾はお辞儀で返し、次いでヒュームに連れられ退出した。

間違いなくとんでもない存在になる、と、そんな予感を胸にひめ、帝はそれを見送った。その口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 




毎度終わらし方が雑。
まさか1万字超えるなんて思わんやん。そりゃ最後の方早く終わらしたくなるって


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天(獄)職

そっとね…


九鬼入社から2ヶ月がたった。俺の序列は現在675位。日頃はヒュームに連れられ世界中を飛び回り、たまの帰国時にはマープルに座学を習う。怠いにも程がある。

それとつい昨日で俺のヒュームへの連敗記録が10に到達した。

おかしい。何故勝てない。動体視力も身体の反応も何も問題ではない。奴の攻撃には全て対応できるはず。なのに勝てる兆しが全く見えない。

いや、理由はわかっているのだ。俺と奴とでの決定的な違い。

それは経験。次いで少しのフィジカルだ。このジジイ、間違いなく今までの中で最強と言っていい。ルーや釈迦堂などにも引けを取らず、ましてや凌駕する俺の身体能力を、ヒュームのジジイは軽々超えていく。ルーや釈迦堂にも未だ勝てていないのに、そいつらをクリアする前にもっと強えのが出てきた。

そしてもう一つは経験。俺の武の学び方は、いつしか卓上の物となった。簡単に言えば、武術の歩法や拳の出し方などを実践しなくなり、ただ単にそのやり方が書いてある本を読むだけになった。

何故か。理由は簡単である。それだけで理解できてしまうからだ。最早俺は身体を動かしながら武を染み込ませるなど、そんな次元にはいない。必要なのはその動きが実現できる筋力や体幹、柔軟性のみ。だがそれらは元から備わっている。ならば後は知ればいい。それだけで容易にマスターできる。

つまり、俺とヒュームの武の完成度は同じ次元にある。お互い戦闘時での足運びや技の打ち出しに寸分の狂いもない。テストで言うならば常に模範解答を繰り返しているような状態だ。

だがそこで経験の差が出る。

お互い最善手ならば明暗を分けるのは読み合い。例えばフェイントなどは、引っかかってしまえばその後の対応でいかに最善手を出そうとも追いつかない。相手も最善手を出すのだから当然遅れが出る。つまり相手が次に何を狙っているかを把握し、如何に虚をつき、如何に思い通りにさせないようにするかがキーとなる。だが、その領域でもヒュームのジジイは頭一つ抜きん出ている。理由は明白。俺と奴では実践経験に差がありすぎる。

幾千、幾万のパターンが奴には染み付いている。読み合いなんてお手の物というわけだ。

となるとやはり、こいつを下すには実戦を積むしかない。

 

________________

 

そうとわかってからはひたすらに実践経験を積む毎日。ヒュームに連れられ世界中を飛び回る。ヒュームの序列は現在一位だ。これは俺が九鬼に入ってから10ヶ月、1度も揺らいだことがない。武力だけではそうも行かず、仕事に至るまで奴はクラウディオほどでは無いにしろ完璧と言える。故に連れられる全ての場所で戦闘があるわけではないが、強さ故に紛争地帯やVIPの護送など、危険の伴う任務は多い。そこでの戦闘は大抵が俺だ。初めは鬱陶しいと思っていたが、こうなってからはむしろ好都合。俺は嬉々として武を振るった。

しかし、ここで問題が浮上する。

出会う者皆全て、俺よりはるかに弱い。足運びも打ち方も全てがお粗末。一挙手一投足の全てが緩慢。これでは読み合いにまで発展するわけがない。せっかくいい肥やしが揃っていると思ったのにこれでは時間の無駄だ。ただの俺のお楽しみタイムになっている。

そこで俺は一つ策を講じた。

視界を閉ざしたのである。

相手が刃物だろうが拳銃だろうがお構いなし。読みのみで対応する。戦闘の中の一つのキーにするのではなく、読み一点で戦うのは中々にハードだった。しかし、着実にヒュームに追いつきつつある。この調子でいけば割と早くヒュームに土をつけることができるだろう。

 

____________

 

と、思っていたのだが、これまた問題が発生。視野を閉ざして戦闘する毎日に、俺のハイスペックボディは対応しつつあった。何が問題なのかというと、読みが外れ、相手の凶器が身に当たった時、その凶器が自分を傷つけるより前に反応できてしまうようになったのだ。薄皮にあたってから、それが毛細血管にたどり着く前に動けてしまう。例え視界を閉ざそうとも、見てから反応のようなことができるようになってしまった。

これでは読み合いにならない。

そして更に、それでも視野を閉ざし続けていたら、今度は発生音や反響音、果ては気流の動きでさえ相手の行動がわかるようになってしまった。これでは目を開いているのと何も変わらない。本当にうちのハイスペックボディがハイスペックすぎて申し訳ありません。

故に俺は更なる策を講じた。五感全ての遮断である。まあ味覚は遮断しなくてもいいのだが、またどうやって対応できてしまうかわからない。ここは徹底しておいたほうがいいだろう。

そうなってからの戦闘は、初めこそ前後不覚、まるで自分が宇宙空間を漂っているような気持ち悪さを覚えたが、慣れて仕舞えば戦闘するのも訳ない。

そして戦闘が終わったと思ったタイミングで五感を復活させる。最初身体に刻まれていた傷は回数を追うごとに減少し、減少し、やがては無傷で勝利を収めることとなった。

こうなってしまった俺は最早手のつけられない最強だ。次の帰国時、俺はヒュームを倒す。最強でなくなった最強に価値はない。その一位、貰うぞヒューム。

 

________________

 

負けた。忘れていた。読み合い以外に身体能力でもほんの少しのハンデがあるのだった。

1年ちょい経った今の俺の序列は326位。謎に昇格が遅くまだ上に何人もいる状態だが、実際俺と並ぶ者は5人もいない。つまり、その頂点であるヒュームを下せば事実上後は敵なしということだ。だが、前述した通り、俺と奴とでは身体能力という差がある。本来ならば、中学生の俺と、成熟したヒュームとでは埋められない差ではあるが、俺は誓ったはずだ。

肉体の差を補って余りある武を身につけると。

そうなれば後やることはシンプル。兼ねてから考えていた事を実行する時が来た。

 

 

________________

 

川神院にいた頃、釈迦堂やルー、鉄心と戦いながら、俺はある一つの違和感を覚えていた。筋肉の密度も、柔軟性も、硬度も、全て俺が上のはず。なのに身体能力で上をいかれる。身体能力を構成する物は筋肉だけのはずだ。しかし、そうなら辻褄が合わない。

俺はひたすらに考え、と言っても3分に満たないが、一つの答えを導き出した。こいつら、純粋な身体能力のみで戦ってる俺と違い、気で肉体を強化してやがる。まるで弱者が鎧を着るかの如く、こいつらの身体は気が張り巡らされていた。

つまり、こいつらは気に寄りかかり、かまけているのだ。俺も気に頼れば今より強化はできるだろうが、それでも奴等に及ぶかと言われたらまだ厳しい。

そこで俺は考えた。

なにも、俺が強くならなくとも、あいつらを弱くして仕舞えばいいんではないかと。以前川神院の蔵に訪れた時、一つの巻物を見つけた。どうやら川神流の禁じ手などが纏まっている様だった。どれもこれもが下らない物ばかりだったが、一つだけ興味深いものがあった。

名は確か『龍風穴』

効果は相手の気に制限をかけるという物だ。俺はその技についてはそこまでしか見てなく、やり方などはわからないが、そんなことは問題ではない。初見でできてしまうからこその天才だ。

とうとうその技を習得する時が来たようだ。

 

____________

 

如何なる技であろうとも、相手の気を無くすなんてことはできない。それは即ち相手を殺すのと同義だ。ならばどうするか。答えは、気を周らなくする。いや、周りにくくすると言ったほうがいいか。そこまでわかるなら、あとは実行するのみ。

実践は一回でいい。

気のコントロールを正確に、緻密に。

複雑に入り組んだ気の流れを一気に解き放つ。

瞬間、弾けた気が辺りを揺らす。だが、それ以上の何かは起きなかった。

……あれ、何も起きないが。これ成功でいいんだよな?確かに相手がいてこその技だが、にしたって掴めた感触がない。

 

………。よし、クソ技だな。

俺がミスをするなんてことはありえない。となるとこの不発感は確実に技側の問題である。まさか川神院の厳しい巻物が妄想必殺技集なんて考えもつかなかった。時間返せ。

 

考えてみたらそんなことをする必要はなかったな。この俺としたことが勝てないことに自棄になりすぎて柄にもないことをしてしまった。下らない技に頼るのではなく、今まで通り更に武を極め続ければいい。俺とヒュームの武の次元が同じなら、俺が更に抜きん出ればいいだけの話だ。

これまでのように実戦を繰り返しながら爪を研いでいこう。

 

 

____________________

 

そっからしばらく経ったある日、俺は九鬼帝に呼び出された。俺なんかしたか!?なんて思うのは自信のない無能だけだ。常に最善の行動をしていると言う自負がある俺にかかれば、それはただの朗報となる。

身だしなみを整え、完璧な立ち振る舞いで帝のいる部屋をノックする。

 

「おう」

 

中からいつもと変わらない軽い調子の返事が聞こえる。俺はそこから少し間を置き、扉を開けて中に入った。

 

軽いやりとりを挟み、帝が本題を切り出す。

 

「んで今日お前を呼び出した理由だが、実はお前に頼み事がしたくてな。修吾。お前に俺の息子の護衛を任せたい」

 

帝の話はこうだ。九鬼帝の実の息子、俺の一個下の九鬼英雄。そいつがそろそろ勉強として世界を相手に商談を始めるのだそう。九鬼といえど、いや天下の九鬼だからこそ最初は当たって砕けよ精神で数をこなして学ばせるらしい。故に初めのうちは世界各国を航る激務となるそう。

九鬼の大事な跡取り。半端なものではその身を任せられない。だからといってヒュームはヒュームで最も武力が必要とされる任務にてんてこまい。

 

そこで白羽の矢が立ったのが俺というわけだ。俺はもともと経験を積むと言う名目でヒュームについて回り世界を飛び回っていた。それがヒュームから九鬼英雄に変わろうとなんら変化ないという考えだろう。それと、どういうわけか

 

俺は話を聞きながら思った。

これは絶好のチャンスだと。

護衛となれば必然的に九鬼英雄といる時間が長くなる。それはこれからの九鬼を背負って立つ九鬼の顔とこれ以上ないコネクションを作れるということだ。

俺は二つ返事でそれを了承した。

もちろん最大の理由は今述べた通りだが、俺にとってはもう一つの副次効果も両手を上げて飛び上がるほど嬉しいものだ。それはヒュームの管理下という縛りが無くなること。

毎度毎度の上から目線。不遜な態度。どれをとっても俺の琴線に触れまくる。これからはもっと伸び伸び立ち回れる。最高の職場環境の始まりだ。

 

 

________________

 

と、思ったのだが。

 

「てめえか。ヒュームの言ってたガキは」

 

訂正。最悪な環境だ。初対面の初挨拶から最悪な先制パンチをくらった。もちろん比喩だが。

 

「はい。今日から英雄様の護衛の任につくことになりました。帝明修吾です。よろしくお願いします」

 

「っち。私1人で十分だってのに…。こんなガキよこしやがって」

 

聞こえてるんだよ。いや聞かせてんのか。俺の前で不機嫌そうに吐き捨てるそいつは、栗色の髪をショートで切り揃え、切長の目をした貧乳だった。

 

「ちゃんと礼儀の方は嗜んでるようだな。歳不相応で不気味な奴だな」

 

ヒュームとのファーストコンタクトから、その後の任務を経て、こんなに最悪な奴は居ないの思ったものだが、ここにきてその最悪が更新しつつある。初対面でどんだけ口撃してくれば気がすむんだこいつは。こんな奴によく九鬼の跡取りの護衛が務まるもんだ。おまけに、この弱さ。この10秒で2回はお前のことを殺せたぞ。

が、ここまで実力差が空くと俺の心にも大分余裕が生まれる。子供の挑発に大人が乗らないのと一緒だ。俺も成長した。この程度のことでいちいち腹を立てるほど子供ではない。

 

「こんなに言われて反応無しかよ。まあいい。これから英雄様に対面だ。失礼を働いたら素っ首落とすからな」

 

はあ?誰に口きいてんだこいつ。お前が俺の首を落とすだと?笑わせるなよ。無理に決まってるだろ。馬鹿も休み休み言え。というか、これからの九鬼のトップに失礼働くわけないだろ。頭湧いてんのか。

 

っと、あぶな。腹を立てかけた。こんなのに腹を立ててたら自分から同じレベルだと言うようなものだ。これから九鬼英雄と対面なのだ。精一杯媚びを売るためこんな奴無視だ無視。

 

と、そんな思考をしている間に忍足あずみが歩き出す。このメイドの名前だ。

忍足はある程度移動すると、明らかに従者部屋ではない豪華な扉の前で止まった。流石御曹司の部屋だ。警備トラップがありえないほど張り巡らされている。それにどれも高性能だ。俺でなければ感知できない物ばかりだろう。

忍足は扉をノックし、下がって控える。そしてこちらをチラリと見て、ボソッと呟いた。

 

「お前、英雄様に余計なこと一言言うなよ」

 

はあ?どういう忠告だ?そんなことしねえのくらいわかりそうなものだが。

と、考えてる最中に扉から帝にそっくりな男が出てきた。齢は俺より下か。だが俺はそこで、忍足の発言の意味がわかった。

 

「きゃるーん⭐︎!おっはようございます英雄様!!」

 

「うむ!おはよう!」

 

権力者にはアラサーの恥など度外視し、部下にはパワハラ全開な性悪上司。俺は、なんて職場に来てしまったんだろうか。

少しの放心のせいで、俺は英雄に挨拶するのが少し遅れた。



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新環境における精神疲労も考慮すべき

はやーいはやーい


摩耗する…。

 

「おい帝明。お前英雄様が次に出向く取引先の情報のまとめ終わらせとけよ」

 

んなもん、10件先まで終わっとるわ。そこに山のように積み重なってる資料だよ。

 

「帝明。九鬼と昔から付き合いの長いセラトミック社だが、最近何やら後ろ暗い組織と癒着関係にあるという噂がある。一回洗っといてくんねえか?」

 

なんだそれ。今気づいたのか。棚の上に崩れた紙束があるだろ。その上から34枚目に内部情報が載ってるよ。

 

「修吾。世界飛び回ってるからって疲れてねえだろうな。これからあたいと鍛錬だ。行くぞ」

 

おい嘘だろ。今南米で明日東洋だぞ。九鬼本社ならまだしも何でこんなとこまで来てそんなことしなきゃなんねえんだ。無理すぎるわ。

 

「しゅう。とりあえず今日の分は終わったな。飲み行くぞ。あ?未成年だ?関係ねー関係ねー。いつも速攻で寝やがって。たまには付き合え」

 

ふざけんな。睡眠時間もう4時間きってんだろ。明日九鬼のお得意さんとこだろ。ベロベロで行けってか。おい、引っ張んな。

 

 

精神が…摩耗する…。

英雄の所に配属されて忍足の下についてからというもの、今まで通り世界を周りながら実戦経験を積む毎日、かと思いきや、それプラスでデスクワークが増えた。もはやデスクワークというよりかデスワークだ。偶の帰国時には相変わらずマープルとクラウディオの座学だ。そして合間があろうものならヒュームと鍛錬。最近になってゾズマとかいうアフリカ人も鍛錬をつけるとか言い出した。

なんだ?ヒュームとやってる俺を見たことないのか?悪いが俺は老ぼれの暇潰しに付き合い接待するなどという作法は心得てない。足技が得意だか何だか知らんが、んなもんは上から叩き潰せばいいだけだ。

 

 

クソが。また負けた。

だが僅差だ。純粋な肉体勝負ならかなりいい線行っていた。だが懐中に入り致命の一撃をくれてやろうとした瞬間に後ろから爆ぜた衝撃を喰らった。一瞬前にゾズマがしかけた火薬だ。一瞬唖然とする俺にアイツは一言、『誰も肉体だけの勝負などとは言っていない。戦場でも言い訳できるとは思ってなかろう?』だとよ。

なるほど。よくわかった。お前は殺す。後九鬼はそろそろ人事を見直せ。こんなしょうもない奴らばっか雇うんじゃねえよ。

 

 

____________________

 

 

そういえば、九鬼に入って一年半が経ったが、明確に俺の後輩と呼べる奴らが入った。

 

「マジでファック!なーにが"遅い。気の緩みが作業に出ているぞ"だ!ノルマこなしてんだからいいだろーが!」

 

「っけ。全くだ。あたいの所にもなんかっちゅうと顔出しては小言言ってきやがって。そんな暇があんなら仕事しろってんだ」

 

「仕事より私語とは、いけませんね。ふふ」

 

「李。お前の上はクラウディオでいいよなー。わたしんらの上はあのドS金髪ちょび髭オヤジだぜ?やってらんねえよ」

 

「そういやしゅう。お前は英雄様のところに来る前まではヒュームに付いて世界を周ってたんだろ?よく耐えれたな」

 

「マジかよ!?私それ初耳だぜ!ロックだな…」

 

今もなおバーで日頃の鬱憤をマシンガントークする3人。忍足は俺の上司だが、その他の2人が俺の後輩ということになる。

 

1人は金髪ツインテきょにゅーのステイシー・コナー。日頃のテンションは非常にウザく、ロックとファックが口癖の品のない女だ。見た目で言ったらかなり好みなのだが、その煩さと偶に見せるフラッシュバックでの病みが面倒くさい。俺はメンヘラは好きではないのだ。

もう1人は黒髪のショートとセミロングの間くらい普通乳の李・静初。落ち着いてはいるが無口というわけではない。顔だけで言ったら端正なのだが、偶に見せる親父ギャグが非常にウザい。俺はつまらない女は好きではないのだ。

 

「あんなスパルタ親父のところで1年間も世界周ってたんだ。そりゃ英雄様の護衛の任にもつかされるわな。んで、実際どうだったんだ?ヒュームのところは」

 

「………」

 

「…思い出すのも嫌ってか」

 

ん?なんだ?俺に話振ってたのか。急に振ってくるんじゃねえ。全く聞いてなかったわ。毎度無理矢理連れてこられてはいるが、俺はこの時間マジで無駄だと思ってるからな。

 

「ふふ。よく頑張りましたね」

 

「んな落ち込むなって!私が励ましてやろうか?」

 

よくわからないうちに静初からは頭を撫でられ、コナーには肩を組まれ顔に胸を押し付けられた。

そう、見てわかると思うが、こいつらは俺が先輩であるにも関わらず全く敬意というものがない。入った順ではなく年齢で上下が決まるような害悪企業でいいのか九鬼。実力でいってもそうだ。こいつら2人、忍足もそうだが、経歴で言ったらどこぞの軍人やら暗殺者やらと肩書きは一丁前だが、俺からしたら凡人に毛が生えた程度だ。つまり、こいつら2人は年齢以外俺に優っている所はない。なのにこの態度だ。

俺は側にあった酒を適当に一杯煽った。

 

「お!そうだそうだ!嫌なことは酒で流し込むに限るぜ!」

 

「とことんお付き合いしますよ。しゅう」

 

「あたいも明日はオフだからな。いいぜ」

 

嫌なことは今この瞬間なんだよ。

 

 

_______________________

 

九鬼に入ってから2年が過ぎた。今の所の俺の序列は101位。おい!もう1声!いや、もう100声!人間関係は相変わらず。そしてヒュームへの連敗記録も相変わらず更新し続けている。ここまでくるともう負けることに何も思わなくなる…なんてのは負け犬根性がついた奴だけだ。明らかに回をおうごとに奴と俺の差は縮まっている。縮まってはいるのだが、後少しが永遠に感じる。まるでアキレスと亀のようだ。この攻略法はもうジョジョ6部を見るしかないのではないか。

 

だがこの期間で確かに変わったことも存在する。それは九鬼の顔の帝や、跡取りたる英雄、揚羽、紋白と関係を深められたことだ。これは俺が九鬼に入ってから1番大きい功績と言える。世界の九鬼とここまでコネクションを持てたのだ。勝ち組ルート確定だ。

まあ俺はどこで何やっても勝ち組だろうが。

それと、修行のメニューが変わった。俺の修行は今まで実際に型を染み込ませる反復運動から、それを頭で理解するだけの座学に変わったが、事ここに至ってとうとう身体トレーニングだけになった。筋力や柔軟性などはやらなければ身に付かないものであるのでしょうがない。だが、技術に限っては最早吸収することをやめた。

それは何故か。簡単である。技などというものは存在しないことが分かったからだ。川神流を筆頭に、その他の流派は全て技や型が存在する。しかし、身体の動かし方を細胞一つに至るまでに把握できれば、出来ないことは何もない。戦闘中に、その時々の最善を導き出し続ければ、そこに流派などは関係ないのだ。川神派は気の放出をコントロールするだけ。無双正拳突きも富士砕きも、要は拳の突き方がわかっていればただのパンチに成り果てる。つまり俺は全ての技と呼ばれるものがただの身体の動かし方の違いという結論に至ったわけだ。

が、そこで少し驚いたことがある。俺が最善の身体の動かし方をして思ったことは、川神流にかなり近いことだ。流石は凡流の中でも抜きん出た存在なだけはある。川神流は現存する流派の中では最も最善に近い。だがまあ、それでも最善には届いてないわけだが。

 

______________________

 

何ヶ月かに一度あるくらいの呼び出しをくらった。相手は九鬼の重役達。序列二桁以下の中でも、その最上位の存在達だ。その中の殆どはもちろん俺より能力が劣る。武力で言ったらまだ及ばない老害もいるが、仕事の能力で言ったら俺は一桁にいてもおかしくない存在だ。つか一位さっさとよこせ。

厳しい作りの部屋では端的な内容が伝えられた。俺にしては珍しく少し理解に時間がかかった。

内容は離島にいる偉人のクローンのお付きだという。

……とうとう頭をやったかマープル。と思ったが、場にいるメンツの表情は真剣そのもの。全員厨二病を拗らせた訳でもなさそうだ。つーことは、ガチだ。

クローンについて聞いて思ったことは一つ。

何余計なことしてんだこいつら。俺が地上頂点でいいんだよ。何それぞれの時代の頂点持ってこようとしてんだ。鬱陶しいだけだろ。何がしたいかわからないが、偉人を復活させようとした時点でお前らは過去に負けたんだ。

俺は違う。面倒だが、どの世界の、どの時代の偉人でもなんでも持ってこい。証明してやる。地上ではない、史上でも俺が頂点であるということを。

 

 

________________________________

 

ヘリやらフェリーやらで移動すること何時間。途中の移動は俺が個人でしたのでだいぶ時間を巻いた。

離島で何してるんだ?無人島生活か?と思っていたが、ついてみるとまあ島自体は田舎だが普通に人もいて、学校もあるようなところだった。だが、件のクローン達が住んでいるところは人気のない静観な場所だった。

 

何やら自然が豊かな道を気をたどって歩く。4つの気は平均してまあまあ高い。中でも1人の気はいい線行っていた。だが、これで偉人とは拍子抜けだな。

そんなこんなで奴らの居住地へと着いた。

 

「あ!来たみたいだ!」

 

4人中3人はどうやら鍛錬をしていたらしい。内1人の刀を帯刀したやつがこちらに気づき反応した。

 

「へー。九鬼からは新しく執事が来るとしか聞いてなかったけど、随分若いんだね」

 

「気をつけろ。まだ素性が判明したわけでもあるまい。俺たちを狙う組織の人間であると言う可能性もある」

 

「え!?そうなのか!?」

 

早くも3人中2人は大体わかった。アホと厨二病だ。錫杖を持った女は眠たげな目。

それぞれの得物から一通り武を嗜んでいるのはわかるが、1番大きい気の持ち主はこいつらではない。俺は3人から目線を外す。

 

「もー。この燕尾服は間違いなく九鬼の人のでしょ!ちゃんと挨拶しないと!」

 

パタンと読んでいたであろう本を閉じると、1人のロングヘアーの女が近づいてきた。

 

「でも、本当に若い!九鬼からはちゃんと手練れの人を用意するって聞いてたから、どんな人が来るかと思ったけど、びっくり!私達とそんなに変わらないよね!」

 

にこやかに話す女だが、気の大きさと、先程まで鍛錬をしている3人のそばで本を読む程の余裕さから、やはりこいつらのドンであることはわかる。

その女とアホ女が一声かけると、それぞれ自己紹介をしてきた。

なるほど、弁慶に与一に義経か。源氏と言えば勉強してないものでも知っている名だろう。だが、この葉桜清楚とは誰のことだ。クローンは確かに4人と聞いた。誰かはその場で聞けばいいと言われたが、どこの歴史にも葉桜清楚という偉人は存在しない。俺が言うのだから間違いはない。

偽名か。まあどこの誰であろうと俺には関係ない。必要なのは勝利だけだ。

 

「こんにちは。従者の帝明修吾です。よろしくお願いします」

 

順位は伏せておく。舐められたら腹立たしいからだ。

 

「これから一緒に生活するんだ!敬語はよしてほしいと義経は思う」

 

お前は敬語使え。

 

「…ああ。それじゃあわかった。改めてよろしく」

 

「ふふ。うん。そっちの方が似合ってる。いいお友達になれそう」

 

なれないぞ。なる気がないからな。

とりあえず今日のところは挨拶も済ませたしとっととホテルに行こう。

 

「そうなの?一緒の家に住むもんだとばかり思ってたけど」

 

終始緩くそう話す弁慶。いや、嫌なんだが。俺は誰かと一緒だと安眠できないタイプだ。仕事とプライベート一緒にされてたまるか。ということでお暇するわ。

 

「待ってくれ。じゃあ夜ご飯だけでも一緒にどうだろう!」

 

「お、それはいいね。客人がいると夕飯が豪華になる」

 

ふむ。定時にはまだ時間がある。飯食って仕事したことになるなら丁度いいか。食ってくか。

 

「よーし!じゃあ頑張っちゃお!」

 

そういうと葉桜清楚は家へと向かっていった。

 

 

________________________

 

そういえば、俺の学校のことなのだが、本来義務教育期間だが、九鬼での教育で義務教育期間のものはとっくに終えている。更にはマープルからのだるい教えと自習で、もはや大抵の科目ならば極めたと言える域にいる。だからこちらにきてもわざわざクローンと同じ学校に行くことはないのだが、仕事の一環として通う必要がある。面倒なことこの上ない。だがそれでもヒュームや忍足のところにいた時よりはだいぶマシだ。仕事量の温度差で風邪を引きそうなくらいだ。

が、遠い日にヒュームや川神百代を筆頭に、復讐することを誓ったことを忘れてはいけない。俺は暇さえあれば自己鍛錬に励んだ。そして学校が終わってからは、無いよりはマシということでクローン組と鍛錬を積む。

今はその真っ最中だ。

 

「はっ!せや!」

 

義経が模擬刀にて蓮撃を繰り出す。なるほど。悪い速度ではないがまだまだ足りない。無手と武器あり。一見するとどうしようもなく崩せない差に思えるが、自分の身体の動きと相手の呼吸をミクロ単位で理解できれば、その程度のリーチ差は容易に覆せる。どころか、こちらの土俵で戦えば、逆に武器有りの方が不利になりうる。

相手の呼吸とリズムを乱し、縫うように接敵して拳を放つ。本来防ぎ用のないタイミングなのだが、流石に多少心得があるだけはある。義経は無理に両腕を戻しギリギリでガードした。だが、その反動が祟って次点の動きだしがワンテンポ遅くなる。俺にとっては詰みに等しい隙だ。だが、攻めない。何故ならそんなことをせずとも既に相手は負けを認めたからだ。

 

「ぐ…う。やはり修吾さんは凄いな。こちらの刃が後一歩届かない。だからといって更に一歩詰めるとカウンターを貰う」

 

達人ともなれば自分のリーチを把握できないことはまずない。だからズラす。基本相手の刀は俺には届かない。スピードではなく、足運びによってそれを可能にする。だが、それを続けられた相手は、そのずらしを読んでもう一歩踏み込む。と同時に俺も踏み込む。要は懐に入り込むのだ。刀や槍などは懐に入ればないも同じ。後はどうとでもだ。

 

「にしても凄いねえ。まさかウチの主が手も足も出ないとは」

 

そりゃそうだ。なんたって相手は俺だからな。飲み込む速度は流石に凡百とは違うが、それでも俺の成長速度には敵わない。何故お前らが過去に英雄として名を残せたと思う。それは同じ時代に俺がいなかったからだ。

 

「みんなー。そろそろご飯だよー」

 

そうこうしているうちに葉桜から呼びかかる。クローン達と鍛錬をするようになってから少し経つが。未だに葉桜が鍛錬をしているところを見たことがない。基礎トレーニングレベルはやっているようだが、それも基礎の基礎といった感じだ。なのに相変わらず気で言えばクローンの中で1番に大きい。やはりこれらの行動は余裕から来るものか。どちらにせよ、あまり図に乗らない方がいい。俺からしたらお前ら4人はどんぐりの背比べ程度の違いしかないのだから。

 

毎度のことで、夕飯は一緒に食う。というのも、実質的な定時の前に出てくるのだ。仕事内容が飯を食うことだと思えばこれ以上に楽なことはない。

 

「今日は修吾くんの好きなハンバーグだよ」

 

厳密に言えばここで出てくるものの中で好きなだけだ。俺はもっと高級なステーキやらイタリアンやらが食いたいのだが、こんな離島じゃなかなかに準備が難しい。なので肉の品質の差をある程度カバーできるハンバーグがマシなのだ。

 

「与一。その目玉焼きいらないなら私が貰うよ」

 

「あっ!そりゃないぜ姉御!」

 

「弁慶!はしたないぞ!」

 

にしても、こいつら本当に歴史に名を残す英雄なのか。ただの中坊にしか見えないんだが。飯すら黙って食えないとは、源氏というよりかは原人だな。

不満げな那須与一を見て、ちょうどいいと思う。俺はこのハンバーグの上に乗っている目玉焼きが好きではない。卵自体は嫌いではないのだが、半熟目玉焼きは基本食わない。

適当に目玉焼きを那須与一に渡してやる。

ほら、これでいいだろ。黙って食え。

 

________________________

 

休日にも、俺の仕事が解かれることはない。平日は学校にいればいいので時間を潰せるが、こうも投げ出されるとやる事がなく困る。それもそのはず、俺はこの2年以上激務に身を置いてきた。故に何もない日に対する耐性が薄れているのである。将来のためとは言え、社畜根性が備わってきているのはいかがなものか。ここいらで暇な日の時間の使い方に慣れておかなければならない。

俺は即席で作った釣竿を手に海岸へと向かった。偶には1人でゆったり釣りもいいものである。

 

____________________

 

という俺のプランは、あっさり打ち砕かれた。

 

「にしても、よくそんなに釣れるね。前に私が興味本位でやったときには餌ばっか持ってかれたもんだけど」

 

釣竿を持って数分歩いたあたりで、まさかの人物に遭遇した。基本休日には部屋でダラダラ過ごすことを信条にしている筈なのに、今日に限ってタイミング悪く出てきたのは、俺の横で一升瓶を持ちながら欠伸をかく、武蔵坊弁慶である。

 

「お、また1匹上りー」

 

ここは鯵の群生地だ。時々メジナなんかも釣れるが。釣りを餌を入れたらあとは待つだけだと思っている奴らはど三流だ。魚には、いや魚に限らず生物には呼吸がある。それが理解できる俺からすれば魚に上手く餌を食わせることなど雑作もない。

ほら、また1匹だ。

 

「凄いね。醤油持ってきて大正解。出来れば捌いてくれると嬉しいんだけど?」

 

なるほど。ついてきた理由はそれか。何の理由もなしに外に出るなんて事こいつがするわけないよな。抱えた一升瓶からお猪口に注ぎ準備万端になっている弁慶。そんな弁慶に俺は魚を放り投げ、空中で刺身にした。ついでに弁慶の前にあった大きめの石を横に切っておく。空中で一口サイズの刺身になった鯵は、そこらの皿より綺麗に平らになった石の上に並んだ。

 

「いいねえー」

 

流石に箸は持参していないのか、武蔵坊は醤油を垂らした刺身を指で摘むとパクりと食べた。ズボラだな。

 

「くぅー!やっぱり魚は鮮度だね。酒によく合う」

 

そして持ってた一升瓶からお猪口に酒を注ぐとクイっと飲み干した。そういうのは持参してるんだな。ほら、満足したならどっかいけ。

 

「まだ沢山あんじゃん。ね、もうちょっとだけ」

 

おい枝垂れかかってくるな。幸い俺は釣りが目的であって食うこと自体は二の次なので、やることは気にしていない。適当に何匹かやったらどっか行くだろ。

ほらよ武蔵坊。

 

「うわー最高っ。でもその武蔵坊ってのやめてよ。弁慶の方で呼んで」

 

え、別にどっちでも良くね。

 

「良くない。武蔵坊って可愛くないじゃん」

 

そんなことを気にするやつには思えなかったがな。弁慶だって可愛くはないと思うが、本人の希望ならいいだろう。

 

「ほら、しゅうも飲みなよ。いつも働いてるんだから偶にはいいでしょ?」

 

いや、早くどっか行って欲しいんだけど。

 

________________________

 

しばらく生活してて思ったことだが、葉桜はどのタイミングでも鍛錬というものをしない。それどころか武術をやっていれば意図的に隠そうとしなければ出てくる日常の癖も、あいつからは感じない。どういう意図だ。奥底に隠すようにしてある気と関係があるのか。葉桜がもし実力を隠しているのならば、これほどまでの徹底ぶりはなかなかだ。源氏組は現に気付けていないだろう。だが、相手が悪かったな。俺にはどんなに隠そうともお見通しだ。

 

「あ、しゅうくん。そこの調味料とって」

 

そんなことにも気付いてなさそうな葉桜は現在、謎に俺と料理を作っている。

……こいつ、仕事の範囲内なら何お願いしてもいいと思ってないか?2年半エリート会社の超エリートとして働いてきた俺だが、ここにきて一つ決定的なミスを犯したことを悟った。それはクローン組のお目付役を任命された時、詳細に仕事の幅を明確化させなかったことだ。付き人というのが、どこまで従事しなければならないのかがわからない。これ幸いと思い切り手を抜きたいところだが、そんなことをして今までの成果やら築き上げてきたものが下方修正食らったら溜まったものではない。故にこの葉桜の料理を一緒に作ろうという謎のお願いも断れないのだ。

 

料理は好きだった。一時期ハマり色々な料理をマスターし、またアレンジを加えて楽しんでいたが、ある時から正解がわかってしまい、そこからはただの作業になった。人の好みにより左右するが、調味料の黄金比、特に俺の好みに合わせたものは0コンマ数mgまで調整できる。料理が楽しむのにも、ある程度までの才能まででいいのだなとわかった。

 

「みんな今日も疲れてるだろうし、いっぱい作るぞー」

 

葉桜は一般的に料理がうまいのだろう。手際の良さや調味料の塩梅でわかる。だが俺が見ているとどうしても数gのズレを感じてモヤモヤする。まあ、その程度の味の違いにわかる奴も稀有なので杞憂ではあるが。

 

「しゅうくんはさ、味が濃い方が好みかな?」

 

「いや、適量が1番だ」

 

「ふふ。一緒。しゅうくんと結構いるけど、料理の話をするのは初めてだね」

 

知らね。俺は記憶力は全人類でトップを自称しているが、興味のないことは記憶しない主義なのだ。

 

「なんか、凄く長いこと一緒にいる気がするけど、実はまだ一年も経ってないんだね」

 

「そうだな」

 

本当にその通りだ。長すぎる。あと何ヶ月この生活なんだ…。以前の業務に比べて悪くはないが、それでもやることが明確化されていない仕事というのは、やることが決められた激務より精神を消耗することがある。

 

「そういえば、しゅうくんはさ。その、料理が出来る女性とかって、どう?」

 

そりゃ出来ないよりは出来る方がいいな。出来ることによってマイナスはないだろう。だが、この"どう?"という抽象的質問には困るな。普通に「いいと思う」としか感想がないので、適当にそう返しといた。葉桜はそれを聞くとこちらを見ずに「そっか、そっか。ふふ。いや、何でもないよ」とアタフタしながら料理を続けた。返されて困る質問なら最初からしないで欲しいが。にしても、今日はやけに眩しい夕焼けだな。窓から入った夕焼けは、葉桜の横顔を真っ赤にしていた。

 

______________________

 

久しぶりの連絡業務でクラウディオと話した。俺の序列は今39位だそうだ。大分上がったな。まあそれでもまだ妥当ではないのだが、序列が2桁になってからは以前のようなペースでは上がらないと思っていた。何故そんな上がり方をしたのかクラウディオに聞くと少し困ったような顔で笑いながら言った。

どうやら俺が抜けた後の本部での仕事の停滞具合で評価されたらしい。なるほど、クラウディオが言いにくそうにするわけだ。評価を成果からではなく抜けた穴で判断するなど、天下の九鬼からしたらありえないミスだ。

以前から薄々感じていた、高位の老人どもの若者嫌いがそのミスを誘発したのだろう。それに気づいたら少しは人員構成を見直すことだ。これを機に若者にでも実権を握らしたらどうだ。若者つか俺に。その意図を遠回しにクラウディオに伝えておいた。

それとこの業務の任期もそろそろだそうだ。以前飛ばされる時はかなり急だったからな。事前に言ってもらえるとこちらも動きやすくなる。

なんだかんだ言ってもう一年が経つのか。最初は仕事としてでしかなかったアイツらとの絡みも、もう終わるとわかると少し感慨深いものが………あるわけないな。冷静に田舎すぎた。都会人はよく田舎に住みたいとかいうが、それは都会に住んできたが故の一時の儚い夢でしかないことがよくわかった。お陰でこの一年で俺の娯楽はすっかり自然との戯れしか無くなった。心残りがあるとすれば2ヶ月前に釣ったチャッピー2の産卵が見れないことくらいだ。業務が終わったら早く都会に戻りたい。

 

 

________________________

 

業務が終わり、別れることをアイツらに伝えた。反応はそれぞれだったが、弁慶でさえも別れを惜しんでるのには少し驚いた。

 

「そうかよ」

 

与一に関してはそれだけ言うと部屋を出て行ってしまった。愛想もクソもねえやつだ。少しは別れを惜しみやがれ。

はあ…。業務の終わりは近いが、まだ俺はこいつらの付き人だ。このまま放置するわけにもいかないか。

俺は与一の後を追っかけ部屋を後にした。

 

 

 

「与一君、悲しそうだったね」

 

「与一は与一なりにしゅうに懐いてたからね。学校でのいじめがあった分、拠り所にしてたんだろう。普通に泣きつけばいいのに」

 

「与一は不器用だからな。しゅうにいさんならわかってるはずだ」

 

 

________________

 

「ここか与一」

 

「…なんだよ。お得意の気配察知で位置でも割り出したのか」

 

「必要ねえよ。何かあると決まってここくるだろお前」

 

「……っけ」

 

夕陽が見える丘に2人は並び立った。与一は不器用で、誰かに悩みを打ち明けるなど素直なことはできない子供だった。学校などで何かあった時は、決まってこの丘に来て海を眺めていた。そんな与一に修吾が黙って隣に立つことも一度や二度ではなかった。

 

「学校はどうすんだ。兄貴はこっちのには進学しねえんだろ」

 

「ああ。あっちに戻ってする」

 

「そうかよ。せいせいするぜ。もともと九鬼からきた執事の1人だしな」

 

与一は表情を見せることはなかった。2人の間にまた沈黙が流れる。それを破ったのは修吾だった。

 

「与一。俺はお前らのことを一度も特別だと思ったことはねえ。クローンだろうと何だろうと、俺からすりゃあお前らはただの年相応のガキだ」

 

与一は壁を張った。自分と修吾は元々それ以上の関係ではないと、思ってもないことを口にした。だが、それを破ったのは修吾だった。多くは語らない修吾が口にしたのは、聞こえ方によっては酷い物言いであるが、与一には全く違って聞こえた。

もともと人と違う出生の与一はどの環境でも馴染めなかった。そう生まれたことを後悔などするはずも無いが、そのズレは与一の心に鉛としてまとわりついていた。だが、修吾はそれを取っ払った。出生など関係ない。与一と自分はただの対等な人間だと、そう言ったように与一は感じた。

 

「なんだそれ。自分だって俺らと一個しか変わんねえじゃねえか」

 

修吾はいつもそうだった。多くは語らないが、一言で与一の悩みをとっぱらう。

今のもそうだ。別れを惜しむ与一に、修吾は執事とクローンの関係ではない、対等な関係だと伝えた。それは、例えこの任期が終わろうとも、変わることのない関係の証明だった。

ならば、と与一は腕で目元を擦った。もう別れの言葉は貰ったのだ。不安や寂しさはない。何故なら離れても何も変わることはないからだ。

 

夕日に照らされた二つの影は、その日があたりを照らし終えるまで、動くことなく海を見つめていた。




次回から原作突入かなあ!何も考えてないから長くなるなあ!


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将来を案じるのは弱者である蟻の理論

お久しぶりです。たまーに久々に感想をもらうとブーストがかかりますね。ありがとうございます。もう一つの方はもうちっとだけ時間がかかります。生きてました。


目が覚める。時刻は時計を見なくてもわかる。朝6時だ。アラームや朝日などなくとも、俺のこのボディは起きたい時間を意識するだけで自動的に目が覚める。別に3年間の九鬼での生活のおかげでは無い。もともと生まれた時からそうなのだ。

学校まではまだ時間がある。いつもの通り日課のトレーニングをこなす。ここ2年間は変わらず肉体を維持することに徹底している。流石の俺もスタミナや柔軟さ、筋力に関してはある程度トレーニングしなければ躍進的な成長は見込めない。全速力でのフルマラソンやジムに置いていないレベルの重量上げなどを高ペースでこなしていく。

殆どの達人と呼ばれる者達は、必ず常軌を逸した才能と、血の滲むような鍛錬で達人へと至る。ここで言う達人とは俺基準だ。まあ一部例外は存在する様だが。しかし、達人へと至った者はそれで終わりではない。その実力を維持しておくためにも、また厳つい労力を必要とする。それは基礎トレーニングもそうだが、身体の動かし方の確認、内在エネルギーのコントロールなどが主である。川神鉄心やヒュームなども、この鍛錬は毎日と言っていいほど行っていた。

だが、弱者の理論だ。俺に必要なのは先程も述べた通り基礎トレーニングだけ。技や身体の動かし方の確認。増してや気のコントロールなど、その時の状況によって最善を叩き出せばいいだけだ。

 

一通りのトレーニングが終わると手短に風呂と朝食を済ませ、支度を整える。

さて、憂鬱の始まりだ。

 

________________________

 

3年間の九鬼での任期を終え、日常生活へと戻ることになった俺の元に残ったのは、それはもう莫大な資金だった。結局最後までジジイ共から一勝も奪えなかった。特にヒュームとゾズマは負ける度に一言、おつまみサイズの煽りを入れてくるので、最後の方は自我を失わぬ様に気をつけたものだ。だがまあ、最後の追い込みで順位もかなり上がり、給料もはねあがったことで、労働して少しは良かったと思えた。終わり側には九鬼英雄やら揚羽やら、紋白やらにかなり渋られ、万が一再就職するに当たりコネも作れた。

と、ここまで聞くといいこと尽くめだ。だが、ここからが問題だった。

 

進学するに当たり俺は煩わしさの無い一人暮らしを強く望んだのだ。貯金は余りある。3年間の一人暮らしなど、これでもかと贅沢をしてもなんら問題では無い。だが、そこでうちの両親の待ったがかかった。

何やらその金は将来の為に取っておけだそうだ。うちの親は心配性なのか、本当に必要な時が出てくるかもしれないので、それまで手をつけずに取っておくことを勧めた。この俺だ。そんなものはどうやっても稼げるし、金に困る時など来るわけがないのだが、親の言うことも無碍にはできずにやむなく了承した。

しかし一人暮らしが出来ないとなると、一つの問題が生じる。家から進学先の川神学園まで遠いということだ。俺のハイスペックボディならば散歩で着く程度だが、親はそこを案じたらしい。俺の知らぬ間に、勝手に寮への登録を済ませていた。昔の川神院への入院を彷彿とさせる手際だった。人と私生活を共有するのは嫌いなのだが、渋々OKしたのだ。後悔したのは少し先。まさか、まさかあのなんとかファミリーの馬鹿の寮だとは思わなかった。

それからというもの、位置が割れ、以前よりアクセスしやすくなった俺の元になんとかファミリーの連中が押し寄せる様になった。最悪の序章である。だが、弩級の最悪はここからだった。

入学し、煩わしく学校に通うこと一年。つまり去年だが、なんとかファミリーがこぞって川神学園に入学してきた。それに伴い、なんとこの俺のいる寮にもあいつらが入ってきたのだ。嗚咽がする。そこから1年間。良く耐えたものだ。精神は擦り減り最早ボロ雑巾。朝から晩まで付き纏われる生活が始まったのだ。

 

 

________________________

 

「やべー寝坊した。またしゅう兄に先行かれちゃったぜ」

 

「しゅう兄ほんと朝早いからね。もたもたしてるとすぐ置いてかれるから」

 

「俺様もしゅう兄見習って早起きしようとすんだけどなー。ゲームやっちまって上手くいかねえんだよ」

 

眠そうに目を擦る大和に風間ファミリーの面々が話しかける。彼らは小学生からの付き合いであり、一時は親の事情で離れた京を加え、晴れて川神学園へと全員で入学を果たした。実力至上主義の川神学園で、彼らは最下位の、問題児とすら称される2-Fに所属している。例外があるとすれば修吾だけだ。修吾は対極の学園最上位の3-Sへ所属していた。

 

「まあどうせいつもの場所で合流できるでしょ」

 

「あの人も毎日大変だよなー」

 

いつも通り駄弁りながら通学路を進んで行く。少し歩き、彼らは川にかかる大橋に差し掛かった。

 

「やっぱりな」

 

大和が軽い調子でやれやれと溜息を吐く。橋は川神でも有数の珍スポット。市内の変態どもが何かに吸い寄せられる様にこぞってこの橋に訪れることから、名付けられた名は変態大橋。耐性があるものでなければ寄り付こうとしない。

その橋が、やけに賑わっていた。

大橋の両端に学園の生徒が集っている。河川敷を見下ろしている様だった。大和達はその人集りの片方へと向かう。

 

「よう葵。それと井上と榊原」

 

そしてその一角の3人に声をかけた。

 

「ああ、おはようございます大和君」

 

「んで、今日はどっちがどっちだ?って、聞くまでもないか」

 

大和はそう言って人だかりを見回す。橋の両端に人が集っているが、良く見ると男女比が違う。大和達や葵冬馬などがいる方は比較的に女子が多い。対して対面の人だかりは男子の割合が多かった。

 

「ええ。今から始まるところですよ。まあ、どちらも一瞬で終わってしまうので両方見ることは叶いませんが」

 

大和達は聴きながら河川敷を見下ろす。するとそこには、大量の他校の男子に囲まれた男が1人。スラっとした高身長は制服すらも高級スーツの様に着こなし、しかし首元とネクタイを緩めたスタイルは男の大和も魅了する大人っぽさを醸し出す。捲った腕からは鍛えていることが一瞬でわかる筋肉が露わになっている。そして、顔。テレビに出ている俳優も顔負けな甘いマスク。どれをとっても完璧。見紛う事などありえない。それは正しく、彼らが慕って止まない帝明修吾だった。

囲んでいた集団から、1人の男がズイと出てくる。改造された制服のデザインの違いから判る様に、この者らのリーダーの様だ。

 

「おいてめえ。先日はどうもなあ。ヤスちんをやってくれたそうじゃねえかよ」

 

無駄に張り上げた声は見物人にも容易に聞こえる。対して修吾の方は興味なさげな視線を向けていた。

 

「ヤスちんは俺の大事なダチでよ。それをぶっ飛ばされて黙ってたとあっちゃあ、ダチの名が廃るんだわ」

 

それに、と言って男は付け加える。

 

「武帝と呼ばれるてめえをぶっ殺しゃ、俺らの名も上がるってもん」「うるせえよ」

 

声を張り上げて話していた男に対し、修吾の発した声は凛とした美声。声量は大したものではなかったが、それでもその声はその男以上に響き渡った。

 

「喋ってねえでかかってくんならささっと来いよ」

 

構えることはしない。だが、その言葉が開戦の合図だった。

 

「スカしてんじゃねえよたんカスがあ!!」

 

怒号と共に四方八方から修吾に踊りかかる。全員が凶器を携え修吾に殴りかかる。

 

が、それらが修吾に当たることはなかった。スッと修吾が位置をずらすと、まるで避けているかの様に凶器が修吾を素通りした。これだけの手数。それはまるで針の穴に糸を通す様な技。

大振りを避けられ、体勢がぐらついた。先頭の複数人に対し、修吾は円を描くように蹴りを放つ。体幹がズレることなく、静かに放ったその一撃は、彼らの意識を容易く刈り取り、その場に伏せさせる。

後続の者達がそれを意に介さず突っ込んでくる。が、修吾は一歩を踏みしめるごとに、男達の間を縫い進み、通りすがりに拳を掠め男達をのしていく。

 

「綺麗…」

 

観客の誰かがそう呟いた。

 

「綺麗…ですか」

 

応えるように冬馬が呟いた。風間ファミリーと葵冬馬達は謎に誇らしくなる。そう、修吾の武はとてつもなく綺麗なのだ。まるで武というより、舞の様な。本当にあの百代と同じ流派かと疑いたくなるほどに。

 

「百代さんのが全てを蹴散らす嵐の様な動とするならば、修吾さんのは小河を行く流水の様な静。どちらも見応えがありますね」

 

対面では何人もの男が空へと吹き飛び消えていく。百代が暴れているのだろう。あちらは大歓声が飛び交うが、こちらは声を発する者は1人としていない。みなオーケストラでも見る様に釘付けになっている。

 

「どっちも半端じゃないけど、しゅーにいの方が凄い。百代先輩の方は私みたいな目の長けてる人にしか見えないけど、しゅーにいのは誰でも目で追うことができる。多分あのやられてる奴らでも。それでも対応できない。相手が動く前に行動を開始してるし、力の流れを見てるから、見えてたとしても身体がついていけない」

 

京は風間ファミリーといる時もだが、修吾に関係するとやけに饒舌だ。いつもの寡黙さが嘘の様に嬉々として喋る。

 

「京がそういうんじゃそうなんだろうが、俺達じゃあどっちもすげえとしか思えねえぜ」

 

「だよねえ。片や視認できない速度で相手を殴り飛ばしていくモモ先輩と、片や見えても回避不能な動きで相手を圧倒するしゅう兄。どっちも凄いことくらいしかわからないなあ」

 

そう駄弁っていると、修吾が最後の1人の意識を刈り終える。向こうでも歓声が上がり、百代の方も今終わったのだろう。

2人が軽やかに1跳びで橋上に戻る。橋上で向かい合った2人に今日1の歓声が上がった。

 

「相変わらず凄い人気だね」

 

「2人とも学園を代表する有名人だからな。また連絡増えるんだろうなあ。めんどくせえ」

 

「大変ですね。そんな大和君を私が癒やしてさしあげましょうか?」

 

「いや、遠慮しとく。さ、俺達もさっさと2人に合流しようぜ」

 

「うげ、百代先輩には謎に殴られからやなんだよな。俺らはしゅう兄とだけ合流出来りゃいいんだが」

 

うだうだ言いながらも大和らは進む。渦中の2人へと。

肩を並べて歩く2人に群衆は避けていく。そしてその後を追っていく。

並んだ2人は先程までの戦いからは予想がつかぬ美男美女。3-F所属。戦うことにおいては世界を見渡しても相手になるものすら稀有な存在であり、齢20も行かない段階で、最強の称号である武神の名を継いだ川神百代。

3-S所属。外見はもちろん、内面、この世のありとあらゆる文武全てに精通し、その全てをこなす完璧超人。彼の武神と唯一渡り合える実力を讃え、自然と武帝と称えられることとなった帝明修吾。

 

彼等が、川神学園が誇る最強の2人である。




少なめです。あとキンクリしました。
あ、それと九鬼従者のメインの人達の序列覚えてる方いらっしゃいますか。俺はもうダメです


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この場合で言うなら王は神より強い

お久しぶりです。2ヶ月経ってないくらいの投稿なら早いと感覚が麻痺してきている自分がいます。なんかもう京極が人をどうやって呼んでたとか、細かいスケジュールとか、無印のイベントとか忘れてますが、まあノリで


登校をクソ早くしているのに、百代には探知され、挙句何とかファミリーの奴らも変態大橋で何やらかんやらしているうちに合流してきやがる。これじゃあ意味ねえじゃねえか。

ならば喧嘩なぞ買わなければいいという話だが、これは数少ない俺の癒しなのだ。弱者に圧倒的武を振るう。これ以上に幸せなことがあるか。とまあ、いつもご機嫌で出ていくのだが、最近ではそれもストレスの要因になることが多い。それは何故か。

 

「さっすが武帝様!今回もカッコ良かったです!!」

 

「武帝殿のあの足捌き。畑は違えど拙者も見習うところが多い次第です」

 

「カッコよかったじゃないのー武帝ちゃん。今夜どう?」

 

これだ。通学中なのに囲まれる俺。それ自体はいいのだ。偶にエロい女混ざってるし。ならば何かといえば、この、"武帝"呼び。

おいふざけんなよ。なんで川神百代が武神で俺が武帝なんだよ。神と帝て。完全に下に見られてるじゃねえか。しかも語呂も悪いし。あんな火力ブッパより俺が下だと?クソが。鉄心の許しさえありゃ今すぐどちらが下か教えてやるものを。

加えて、

 

「なー修吾ー。さっきの乱闘で私疲れちゃったにゃーん。おぶってくれてもいいんじゃにゃいかにゃん?」

 

首に手を回しすだれかかってくるこの女。川神百代。この滲み出る余裕感が気に食わない。

この何年間で川神百代は驚異的な発育を遂げた。見た目は俺の好みのボンキュッボンドストライク。だが、この性格がいけない。性格はデッドボール寸前のボールだ。性格だけは何年経っても成長しないらしい。

というか、纏わりついてグダグダすんじゃねえ。俺はさっさとこの場から離れてーの。じゃねえと

 

「しゅーにい今日もとってもカッコよかった。あ、襟少しだけ乱れてるよ。直すね。ん」

 

「しゅーにーおはよう。学校まで一緒にいこ〜」

 

ほら詰んだ。またいつものパターンだ。俺の右側にピトリと身を寄せ、彼女ヅラで襟元を直してくる青インキャと、左にサッと回り込み、俺の左手を強引に握る白インキャに捕まった。

 

「お疲れーしゅう兄。相変わらずモモ先輩としゅう兄の戦いは相手が可哀想になるね」

 

「もう早速来てるよ…。メールラッシュ。そろそろ断るのも面倒くさくてさ。しゅう兄の連絡先渡したりしたらダメ?」

 

「ダメだよ大和。そういう尻軽女はしゅーにいが嫌いなタイプだから」

 

「そうだぞ弟。余計なことするなー」

 

「ちぇっ」

 

「いーなーしゅう兄モテモテでよお!おい大和!何人かくらい俺に回してくれよ!出来ればエッロイ見た目のお姉さんタイプ!」

 

「では私もよろしいですか。私は誰でもいいので」

 

「却下だ。それにガクトはあり得ないとして、葵は紹介されなくても引くて数多だろ」

 

うるせえええ!

詰みの理由はこれだ。捕まったら話は早く、ぞろぞろと何とかファミリーの連中が集まってくる。強いて言うならば、葵冬馬、井上準、白インキャの3人はまだいいのだ。葵冬馬は医者の息子であり、将来もその後継として確約されている。仲良くしといて損はない。それに、九鬼英雄と仲が良い。付き合っていくならばこういう人間だ。ただ、こいつの偶に向けてくる怪しい視線だけはずっと慣れない。

だが、この何とかファミリーはこの歳になってもまだ将来性が見えない。俺が言うのもなんだが、お前ら大丈夫なのか。

 

「しゅーにー。ボク新しい紙芝居作ったのだ。後で読んであげるね」

 

「おやユキ。新作ですか。私達も一緒に拝見しても?」

 

「もちろん。冬馬と準にも見せてあげる」

 

目まぐるしく移ろう会話。というか、冷静に考えてみろ。俺一言も喋ってないぞ。いい加減壁と会話すんのやめろ。いや話す気もないんだが。

そうこうしているうちに学園に到着する。下駄箱からは、やっと少ない俺の時間が確保される。

 

 

 

 

俺が川神学園へと入学してから割り振られた教室は1-Sだった。そしてあの川神百代は1-F。同じ学園という絶望的な縛りはあるが、それでもクラスを分けられたのは非常に大きい。と、入学して間もない頃は思ったものだ。しかし、それは大きな間違いだった。

 

「それでな、じじいが言うんだよ。お前はもっと精神鍛錬を積むべきだーって。全く、いい歳して女子高生のブルマ追っかけてる奴が言うことか?」

 

休み時間の度に、周りの目など気にすることなく3-Sへ来ては俺の席の前を陣取り、こうしてくっちゃべる川神百代。これは俺が入学してからほぼ毎日と言っていいほど続けられた。

3-Sは基本的に好かない。Fなど比べるまでもないが、SクラスはSクラスでプライドだけ増長した無能どもが蔓延っている。こいつらの何がタチ悪いって、分野によってはワンチャン俺に勝てると思っている点だ。これからの日本を担うお前らと、これまでもこれからも世界にナンバーワンとして君臨する俺が同列なわけがないだろうが。

そんなプライドの塊であるSクラスの奴らが、本来Fクラスの川神百代の入室を是とするわけがない。が、

 

「むー。無視するなよー。うりゃ」

 

この鬱陶しくも俺の頬をついてくる川神百代には、なんのお咎めもなしである。だから嫌いなのだこいつらは。長い物には巻かれるタチなのが見て取れる。だが、先ほども述べた通り、俺がこのクラスを好かないのは基本的な話である。一応例外は存在する。

 

「それぐらいにしておけ。帝明が困っているぞ」

 

「お、京極か」

 

こいつだ。唯一の例外、京極 彦一。そこまで話す間柄ではないが、他と比べれば比較的話す方に入る。というのも、こいつはこのように、俺が厄災に絡まれているときに助け舟を出してくれる。良いところの出だが、根拠のないプライドは持たず、思ったことはいいことも悪いことも口に出すたちだ。どうやら奴の言葉には魂が宿り、ある程度の影響力をもたらすようなので、積極的に喋るようなタイプではないのだが。

 

「修吾は困ってなんかないぞー。こいつはいつもこんな感じだ」

 

いつも困ってるんだよ。

 

「ふむ、なるほど。しかし、もうそろそろ授業も始まる。すぐに戻ったほうが良いのではないか?」

 

「本当だ。こんな時間か。じゃあ修吾、また後でな」

 

とまあ、こんな感じで追っ払ってくれるのだ。少しは感謝もするものだ。

サッと立ち上がり、教室を出ていく。それに次いで、先程まで何処ぞに座っていた元々の席の持ち主が戻ってきて腰掛ける。このモブAも可哀想なもんだ。言う度胸がないこのモブに同情はできないものの、確かにこいつは川神百代の被害者と言えよう。

 

「ふ、ふふ。ほのかに香る残り香。いい」

 

いや、そんなこともないようだ。気持ち悪こいつ。

 

「帝明。余計なことをしたか?」

 

俺が全力で引いていると、横で立っていた京極が声をかけてくる。

 

「いや、んなことねえ。毎度悪いな」

 

「なに、同じ学び舎に通う学友のためだ。気にするな」

 

授業は下らない時間だが、自分1人の時間と考えると嫌いではない。予鈴がなり、京極も席へ戻った。

 

________________________

 

「しゅう兄!ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」

 

安らぎの時間である授業を終えるとすぐにこれだ。教室に入り、俺の席まで進んできたなんとかファミリーの臆病者がそう声をかける。厄介なのは川神百代だけではないのだ。俺の休み時間は毎度なんらかの要因によりほぼ潰される。休み時間だつってんだろ。休み中だ帰れ。

 

「実は賭場でイザコザが起きててさ」

 

よしいこう。賭場は好きだ。1度仕事でラスベガスに行った時はカジノを赤字にしてやった。それに、金が制限されている俺にとっては学園の賭場は荒稼ぎできるパラダイスに等しい。入りたての頃は良く顔を出したものだが、2年に上がる頃には誰も俺とやることはなくなった。もっと馬鹿に気づかせないように上手く立ち回るべきだった。

しかし、この要請が入ったということは、相手は既に確約されている。どんな勝負でも受けよう。

 

俺は席を立ち、別棟の賭場に向かった。

 

「やった!ありがとうしゅう兄!」

 

 

________________________

 

ことの発端は2-Fの福本が賭場で大負けしたことから始まる。本人曰く、賭場で2-Sの不死川心に大敗した挙句、散々口汚く罵られたので仇を取って欲しいとのこと。本来ならば賭場での負けなどは摂理なのだが、その際Fクラスのことも酷く言われたらしく、懲らしめるために大和と師岡に要請が来たという形だ。

福本に連れられ、大和が訪れた賭場では、件の不死川心が上機嫌に麻雀を打っていた。

 

「やい団子女!さっきはよくもやってくれたな!」

 

先程大敗した時の情けない泣き面とは打って変わり、大和を連れてきたことで福本は強気に出る。

 

「んん?なにやらキーキーキーキーうるさいと思ったら、さっき此方に負けて尻尾巻いて逃げた山猿ではないか。どうしたのじゃ?金融機関にでも行ってリベンジしにきたのか?おっとすまん。山猿に金を貸す数奇者の金融機関など、あるはずもないのじゃ」

 

にょほほほほと高笑いをする不死川を見て、大和は予想以上の煽りに呆れていた。

顔を真っ赤にした福本が負けじと好戦に出る。

 

「そーやって調子に乗ってられんのも今のうちだ!次こそ絶対ヒーヒー泣かせて、許してください何でもしますからーって言わせてやる!」

 

いうと同時にグッと大和の袖を掴み前に出す。大和としても、ここまでいいように言われて引く気もさらさらないので、されるがままである。何かあった時のサポート係として師岡も同行していたのだが、すぐ合流するとだけ言い残し、駆け足で何処かに行った。ので、1人での参戦である。

 

「なんじゃ、同族の敵討ちか。山猿は仲間意識だけはあるのう」

 

「そんじゃ、その山猿にあんたが負けた時は、あんたは山猿以下ってことになるなあ」

 

大和が煽り返す。途端に不死川はその視線をキッと険しくした。

 

「此方が山猿以下じゃと!?卓につけ!高貴なる此方にそのような舐めた口を聞いたらどうなるのか、思い知らせてやるのじゃ!」

 

大和は肩をすくめると、席につく。勝負は変わらず麻雀だが、麻雀は打つにしても最低三人必要だ。1人は佇んでいる男でいいとして、4麻を打つならもう1人は欲しいところである。誰かいないかと大和が賭場に視線を巡らせた時、

 

「おーい大和」

 

入り口からよく知った声が響いた。

 

「モロ。何処行ってたんだ?」

 

モロは大和に呼びかけた後、大和の問いかけに応えるように入り口から体を退かした。奥から出てきたのは、帝明修吾であった。

 

「しゅう兄!」

 

大和は驚きと同時に、少しの憂いがあった。それは、手間をかけさせてしまったなという思い。今回もそうだが、師岡は事あるごとに修吾に頼る癖があった。あの完璧超人だ。なんでもどうにかしてくれる安心感はあれど、今回は大和は自身の力で解決したい所存であった。故の複雑さである。

とはいえ、嬉しいのは事実。修吾が来たことにより、大和は絶対の安心を覚えた。

 

「にょわわわわわ。てててて帝明修吾なのじゃ…。賭場に何の用があるのじゃ…」

 

対して、修吾が現れてからの不死川は面白いくらいに動揺していた。目は点になり、カクカクと揺れていた。

師岡に案内されるまま修吾は歩を進め、卓につく。

 

「ひっ!まさか一緒にやるというのか?こ、此方は別に山猿に喧嘩を売られたからこてんぱんにしただけで、帝明君と戦うつもりは微塵も」

「どうした不死川。あれだけ大口叩いておいて、しゅう兄が現れた瞬間随分と弱気じゃないか。まさか、高貴な御身分で、勝負から逃げる訳じゃないよな?」

 

余裕がなくなった不死川を場に止める為、大和はあえて煽る。

 

「な、何を!いいのじゃ。帝明君には悪いが、高貴な此方に負けはないのじゃ!やってやるのじゃ!」

(そうじゃ。いくら武帝といっても勝負は麻雀。武力は全く関係ないのじゃ。麻雀なら東大卒と毎週打っておる此方に1日どころじゃない長があるのじゃ!)

 

不死川が良く賭場に訪れるようになったのは1年の終わり頃のこと。故に、知らない。修吾が、この男が賭場でどれ程かっさらっていったのか。

 

「悪いねしゅう兄。わざわざ借り出しちゃって。勢いで麻雀になっちゃったけど、しゅう兄って麻雀できたっけ?」

 

「問題ねえ。麻雀でもポーカーでもブラックジャックでも、何でも持ってこい。なんなら100%の運ゲーでもいい」

 

「聞く必要なかったね」

 

大和は今まで、修吾が出来なかったものを見たことがない。完璧超人とは彼の為にある言葉だ。器用貧乏ではなく器用万能。そんな彼に出来るかなど愚問であった。

 

先程目についた暇そうな生徒を1人巻き込み、4人揃った所で勝負は開始した。

 

________________________

 

(やっぱおかしいよなあ…この人)

 

勝負は進み、不死川と生徒Aの親が過ぎ、修吾に親が回ってきて暫く、大和は状況を見てそう思った。麻雀は殴り合いのような単純な実力差だけの話ではなく、そこに運も多少絡むものである。如何に修吾と言えども、一生自分の望む牌が引けず、また落ちなければ、負けはしなくとも勝ちはない可能性がある。しかし、この男、開始2回を速攻ツモ上がりし、自分に親を回してからはツモ上がりか不死川へのロンを繰り返している。

麻雀が上手いのは間違いない。現に状況により鳴きを使用したり、門前で上がったりと使い分けをしているのはわかる。ただ、それ以上に運が良すぎる。最初の運ゲーでもいいという発言はこういうことかと、大和は実際に見て分かった。

 

「う、うう。此方が…」

 

不死川はロン続きで余程ビビっているのか、安牌を切るのに必死だ。あれではまともに役を揃えるのは厳しいだろう。だが、大和は観察してて思うが、修吾が特段おかしいだけで、不死川もやはり強い。言うだけはあり、まともにやり合えば大和とて勝てるかはわからない。しかし、大和はこの卓を通して不死川の人間性の弱点を見抜いた。大和の強い点はまともにやりあわないところにある。

 

(このままだと不死川は負けるが、俺も大差ない結果になっちまう。そうなれば不死川は負けたのはしゅう兄にであって山猿ではないとかいいそうだ。最後に何か、明確に不死川を負かす必要がある)

 

大和は策を練り、実行する。十中十修吾にはバレるであろうが、修吾ならば見逃してくれる算段で動く。

狙うはスピード重視の、しかし安上がりではない徹底的勝利。となれば、役は必然的に見えてくる。不死川と、念の為生徒Aにバレないようにイカサマをしていく。

そして、

 

「ロンだ。大三元」

 

「にょわああああああああ!!」

 

修吾に気をつけ過ぎて、こちらに意識が向いていないことが幸いした。イカサマで聴牌まで持っていき、不死川が落とした白にロンをする。これにより不死川が飛び、修吾が一位で大和が二位となった。それも、ビリの不死川と圧倒的差である。

 

「そ、そんな。帝明君にだけでなく、山猿にも…。う、うう、覚えておるのじゃああああ!!」

 

マニュアル通りの三下セリフを吐き、不死川は賭場を後にした。きっちり精算は済まし。残った生徒Aにはマイナスにならないように精算をした。大部分は修吾が持って行った訳だが。

 

「しゅう兄、ありがと。見逃してもらえたおかげで見返すことができたよ」

 

大和の感謝の言葉に修吾は何も返さず、スッと席を立ち去る。この男はいつもそうなのだ。困っているときに駆けつけ、鮮やかに解決すると恩を着せることなく、まるで感謝の言葉などいらないと言ったふうにすぐに去る。故に憧れる。この学園には、修吾に感謝しているものが沢山いる。

 

「やっぱすごいねしゅう兄。大和もお疲れ様」

 

「サンキュー大和!見たかあの女の去り姿!あんな高慢な女がにょわー!って言って泣きながら去ってったぜ!でも、あれはあれで良かったなあ」

 

師岡と福本に労いの言葉をかけられながら、大和はもう一度修吾に感謝した。

 




この作品は地の文のほとんどが主人公主観です。故に実はそこに主人公の主観や感情が多大に入り込んでおり、信憑性は必ずしもあるわけではないのです。故に初期と比べて変化していることや、行動と地の文が矛盾していることがあります。でもそれは読者の皆様に読みながら気づいていただきたいので、いつかのタイミングで書こうと思っております。


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人は中身が大事

このスパンでの投稿は絶対病気


早朝になり、目が覚める。身体を起こそうとして、すぐさま違和感を覚える。っち、今日はこの日か。

 

「んぅ」

 

視線を横に移すと、青インキャが俺を抱き枕のようにして寝ていた。これは週に何度か起こる謎現象だ。この青インキャは何故か事あるごとに俺の彼女面をしているが、たまにこの様に倫理的にありえない行動をする。こういった事があるたびに、俺は青インキャに止めるように伝えているが、その度に「いけず」と言い、改善される見込みが一向にない。無敵かこいつ。

サッと緩い拘束を抜け、身体を起こす。起きる様子のない青インキャを見下ろす。

服装はTシャツにショートパンツとラフな部屋着だ。ショートパンツからは肉付きの良い素足があらわになっており、生地の薄いTシャツは腕に挟まれた胸をこれでもかと強調している。

確かに、見た目はいいと言える。俺の好みはボンキュッボンのエロい年上なのだが、こいつのスタイルもかなりエロいと言えよう。例えば酔ってる時に同じ事をされたら、間違って手を出してしまうくらいの可能性はある。こいつもストライク圏内なのだが、やはり性格が難ありだ。何故こうも、俺の周りの女は性格に難を抱えているのだろうか。

 

手短に着替え、青インキャを残し部屋を出る。外に行くにはキッチンを経由する必要があるのだが、そこでは既に後輩の帯刀インキャが料理をしていた。

 

「あ、ししゅうごさん。お、おおおはようございます!」

 

こいつも難あり系女子の1人だ。こいつ、人と話す時に高頻度で謎言語を発するのだ。加えて、

 

「きょ、今日はいつもより少し遅いんですね。はっ!今の発言ではまるで私がいつも修吾さんの起きる時間を把握しているやばい後輩のようでは!?」

「大丈夫だまゆっち!まゆっちはいつもここで料理してんだから起きる時間くらい把握しててもおかしくないぜえ!」

「で、ですよね松風」

 

この様に物に擬似人格を付与し1人で会話する事が多々ある。やばい。人生柄多種多様な人物を見る機会は多かった。しかしこのタイプは初めて見る。忍足あずみもかすってはいるが、あれは単純に二面性という奴だ。これとは根本が違う。

しかし、この帯刀インキャには多少なりとも評価する点がある。それは料理が限りなく正解に近いという事。正確に言うと、俺の好みである正解に近い。

 

「ああああの!えっと…その……あの…。これ余り物で作ったお弁当です朝の鍛錬にどうぞ!い、いえあの!余り物とは言ってもしっかり作っていていらないものとかでは」

 

また謎言語を喋っているが、俺は弁当を受け取る。メインはおにぎりか。俺は他人が握ったおにぎりは基本受け付けない主義だ。他の料理ならまだしも、他人がベタベタ触ったものなど食いたくないと言うのが人情だろう。

しかし、先程言った通り、この帯刀インキャは料理のセンスだけは俺と酷似している。だから受け取る。

 

「ありがとな」

 

「いえ…その…。どう…いたしまして」

 

こいつと喋るならば通常の3倍は時間が取られると見ていいだろう。なので返事は聞かず野外へ出る。とは言っても庭だが。

 

朝露で湿った草を踏み、深呼吸を一つする。そして普段最低限にしている気配察知を全開にした。俺の今の気配察知の練度だが、暫く前から他の追随を許さないレベルにまで到達している。広範囲の生物ならば全て知覚できる。そして、いつか気づいた事だが、それを詰めていくと新たな領域に足を踏み入れる。

知覚領域を狭めていき、そこに気を張り巡らせる。気を薄く伸ばして体積を増やし広げてると言うイメージだ。こうする事で何が出来るか。簡潔に言うと気配だけでなく、領域内の全ての生物、物体の動きが知覚できる。これはどういうことか。

俺は歩き出し、側にある木まで近づくと、徐に手を出した。すると、少し後にそこに葉が一枚降りてきた。

 

つまり、どれほど領域を狭めるかによるが、半径5メートル程なら、石ころの個数、木に付いてる葉の枚数、果ては葉についている露の状態まで把握できる。そろそろ離れるであろう葉を把握することなど容易いということだ。

この領域を形にするのも、凡人には、いや、そんなものではない。歴史上例えどんな天才がいたとしても到底不可能だろう。気は身体を離れるとかなりの速度で霧散していく。川神流に川神波などがあるが、あれは霧散していく気を、その消費スピードを上回る勢いで次から補わなければならないので、大量の気を消費する。また、気を留めるのも並の天才では無理な話だろう。川神百代はそれを宇宙まで飛ばすが。

そして、気とは体外への放出と、体内への留めの両立が非常に難しいものである。川神百代の人間爆弾が本人も傷つく様に、気を放出する際、気によるガードなどは弱まる。川神百代はその辺が粗雑なので、皆無と言ってもいい。俺ならばそれを最大効率で行えるが、それでも通常より自身の気の巡りは疎かになる。

完全に見えるこの領域も、上記の二つの弱点が存在する。霧散していく気を最低限留めてはいるが、それでも無くなっていく気を補うために放出し続けなければならないので、気の消費量が半端ではない。また、その間俺自身の防御力は通常より落ちる。

 

「…ふう」

 

と、そのうち疲労感を感じてくる。体力とはまた違ったスタミナの消費だ。これも当たり前のことを当たり前にこなすだけなので技とは呼称しないが、この訓練を始めて暫く経つ。精度は回数を重ねるたびにますます上がっていくが、気の総量が一向に増えない。ただバカスカ気を使っていれば増えるというものでもないらしい。そこらへんは何処にも書いてなく、また考えても答えが出ないので俺の課題となっている。

 

「きついな」

 

暫く経って、大分気も切れてきた。訓練をやめ、帯刀インキャの弁当を食う。ふむ、やはり飯は美味い。俺ならばという改善点が非常に少ない。早々に弁当を食ったら次はランニングに出かける。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

「では入れ、転入生!」

 

「グーテンモルゲン。諸君」

 

『お、おっさん!?』

 

この日、以前から噂されていた転入生がFクラスに来るということで、朝からFクラスは浮き足立っていた。それもそのはず。聞いたところによると転入生はドイツのリューベックから来るらしい。女子は金髪爽やかイケメンを想像し、男子は金髪グラマラス美女を妄想し、それぞれ期待に胸を膨らませた。

しかし、梅子に言われ入ってきた人物を見て、全員が一様に驚嘆の声を上げた。それもそのはずである。

入ってきたのは、彫りの深い顔に白髪を携え、軍服を着こなしたナイスミドル。

要素が多すぎて多角的なパンチを喰らった気分であった。

 

「え、て、転入生って…このナイスミドルが!?」

 

発したのは師岡であった。本人はあまりこういう場で出しゃばって喋る気質ではなく、個人的には呟いたくらいの気持ちであったが、そこに多大な驚嘆が乗っかった為、存外大きな声となってしまった。

 

「ほお、嬉しい事を言ってくれるね少年」

 

そしてそれはこの初老の軍服にも聞こえていた様で、答えが返ってくる。

 

「しかし安心したまえ諸君。私も人生を通して学び続ける身であるが、転入生は私ではない。さて、そろそろくる頃だろう」

 

白髪軍服が腕時計を確認しそう呟く。次いで、窓側の生徒が声を上げた。

 

「おい!馬!」

 

訳の分からない発言だったが故に、殆どの生徒が外に目を向けた。目に入るのは広々とした校庭…を、馬に乗りながら突き進んでくる1人の人物。

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ!推参!!」

 

その人物は器用に馬を乗りこなし、高らかとそう宣言した。

 

 

________________________

 

 

どうやら、2年の代に転入生が来たらしく、その転入生が決闘をするというので、興味本位で観察しに来た。決闘というと殺伐として聞こえるが、これは別の呼び方で歓迎制度といい、交友を深めると言った感覚で決闘をする。つまり殺伐としている。

かくいう俺も川神学園にきてから一度だけ歓迎という物をやったことがある。心は全く歓迎などしていないが、体良く武力を振るえる口実を用意してもらえるのは便利ではあった。その歓迎だが、やった身からすると何が歓迎なのかはさっぱりわからない。俺がやられる立場だったとして、まったく有り得ない事だが例えば俺が負けたとして、はい歓迎ですなどと言われたらキレる自信がある。あの時川神百代に歓迎なぞ言われなくてよかった。自分でもどうしてたかわからない。

 

「東、川神一子」

 

「はい!」

 

「西、クリスティアーネ・フリードリヒ」

 

「ああ!」

 

「いざ尋常にはじめぃ!!」

 

西の方が転入生か。まさか国外とはな。戦闘スタイルと見た目からして西洋であることはほぼ確実だ。そして相手は一子か。苗字こそ川神だが、実子ではない。詳しい事は知らないが、養子として引き取られたそうだ。

 

「えい!!」

 

「やぁ!!」

 

一子が薙刀で上段切り下ろしを仕掛け、転入生の方はそれを逸らし突きをいれるが、それもまた一子の薙刀の持ち手の部分で防がれる。ふむ、見る価値のない戦いだな。そもそも観戦した理由が転入生の実力を測るためだが、そんなものは(なり)を見ればまあまあ把握でき、所作を見れば殆ど理解でき、一合を見れば完璧に解析できる。歯牙にかける程の実力ではない。

2人の実力は拮抗してはいるが、一子の重心に違和感を感じる。何やら体に負荷をかけながら戦っていることは間違い無い。試合に手を抜いて挑むなど、愚の骨頂だ。そういうのは俺のような真の最強だけがしていいことだ。拮抗した相手にハンデを背負って戦っているので、この試合は一子の負けの線が濃い。しかし、心情でいえば応援はしたい。一子は可愛い。タイプで言えばお話にもならないが、所作がいちいち可愛いのだ。故に勝って欲しいというのが本音だが。

 

「うぐぅ!!」

 

「そこまでぃ!クリスティアーネ・フリードリヒの勝利!」

 

まあ、こうなる。実力差が裏返りうるのはどう言った時か。諸説ある。弱い2人こそ裏返りやすく、強者2人の立ち合いでは数ミリの実力差が絶対となる。またはその逆か。

時と場合によるなど、議論がされていたこの議題に俺が終止符を打つ。答えは圧倒的に後者だ。俺は別格として、達人同士こそほんの何かのズレで少しの実力差は裏返る。

つまり何が言いたいこと言うと、一子と転入生の、この2人如きの実力では、実力差は埋まらないのだ。

眼前では負けた後に自爆する黒幕が如く、含みのある笑いを仕出す一子。そして腕をまくりつけていたリストバンドを外した。凡人からすると、そこそこの重さのものをつけていたようだ。再戦を希望した一子は、しかし鉄心により却下された。

 

「うー、お姉様としゅうお兄ちゃんが見てたのに負けちゃったわ」

 

「最初っから全力出さないからだぞーワンコ。勝てない相手じゃなかった」

 

「これも鍛錬だーって思ったんだけど…。しゅうお兄ちゃんはどうだった?」

 

俺にも振られるか。どうだったとはつまりアドバイスを求められているのだろう。通常アドバイスなんて物を人にすることはない。当然だ。なんで俺が人が成長する手助けをしなきゃならない。俺は得るものはないのに、相手は得るものがあるなど、そんな不公平な話はない。逆なら歓迎だが。

しかし、一子相手ならば話は別だ。吸収できるかは別として、改善点を言うのになんの憂いもない。

 

「レイピア使いはスピードに特化している傾向にある」

 

おっと、つい喋り過ぎたな。突きは速いくらいで纏めて良かったな。長々と話すと返って伝わりにくい。

 

「えっと…つまり?」

 

と、このように理解されない場合がある。

 

「突きは速いってことだ」

 

ちゃんとアドバイスするのも一子くらいだ。当初の目的は果たしたことだし、俺はそろそろ教室に戻ろう。

 

 

____________

 

「あ、行っちゃった」

 

「え、なになに?どゆこと??」

 

修吾が一言二言喋り去った後、取り残された一子は頭上にハテナを浮かべていた。

 

「突きが速いのはそりゃ知ってるけど。転入生の突きは特別速いってこと?」

 

修吾は武の、いや全ての天才だ。それは地上最強と思われる姉に技術のみで対抗出来る程。その修吾に実戦を見てもらうという、破格の高待遇の機会はそうそう無い。故に絶好の機会だと思いアドバイスを求めた一子だが、返ってきた答えは余りにも短く、意図を読み取れないでいた。

 

「うーん、つまりだな。突きに特化したレイピアに対し、薙刀はリーチは長いもののスピードでは及ばない。試合中では顕著には出なかったが、もっと緻密なやりとりを行う際は、さっきの様な大振りを前提とした立ち回りはやめた方がいい。ってところだろうな」

 

あまりにも端折った言い方に、修吾と同じ次元にいる百代が言葉を足した。

 

「なるほど!流石お姉様だわ!私ちっともわからなかったわ」

 

「凹むことないよワンコ」

 

まだまだ修吾と百代に対して差がある様に感じた一子は少しシュンとする。それに京が頭を撫でながら言った。

 

「しゅー兄完璧だけど、口数少ないから教えるのには向いてないから」

 

励ましも兼ねての謎の彼女面である。

 

「まあな。修吾は無口だからな。口で伝えるより行動で示す派だ。そこがこう、なんともキュンとくるんだが」

 

「ザ背中で語るタイプだよね」

 

「背中で語る?しゅうお兄ちゃんは背中で喋れるの?」

 

『……』

 

あと少し放置していたら、百代と京での修吾の女アピール合戦が始まっていたが、一子のアホ発言によりそれは始まる前に終戦した。

 

 

 

 

 

 




短いですが、原作でどうしても踏まなければならないイベントは最低限だけ押さえていくつもりなのでこうなっちゃいます


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好物は刺身

火は消える瞬間が1番燃え盛る様に投稿スピードが速いです。がんばれーおれー


島津寮で焼肉をするから俺も来ないか、と誘いがあったのが今朝だ。もちろん全く行く気にない。と断定しかけたときに、伝えてきた厨ニ病がポロっと言葉をこぼした。

 

「姉さんが川神院から肉パクってくるらしいから、時間は夜くらいになるけど」

 

非常に悩ましいところだ。焼肉をするならばどこか。以前言った通り、俺は貯金残高ならばそこらの学生など比較にもならないが、心配性な親により貯金に手をつけられない生活を送っている。ならばと、親からの仕送りもあるはずだが、それは俺から断った。親は全然甘えていいというが、この歳になって親に金をせびるほど情けない話もない。故に俺はバイトをして生活費を稼いでいる。だからといって接客業の様な、低賃金のくせ求められるサービスだけ一端なバイトなどするはずもない。そこらへんは要領よく稼いでいるので使える金はそこそこにある。ただ、焼肉の話に戻るが、1人で焼肉行く際に贅沢なところに行くかと聞かれれば、それも難しい話だ。

焼肉は好きだ。肉を焼くだけの飯は肉の品質がそのまま旨さになるため、他の味に口出ししてくる要因が極端に少ない。故に俺もそこそこ楽しめる。しかし安い店だとその肝心の肉の品質が限りなく落ちる。

川神院からパクってくるならば上質な肉だろう。あそこは育成に重きを置いている。品質の良い肉はそのまま良い栄養となる。

つまりこれは品質の良い肉が食えるがやかましい他のメンツがついてくるか、1人で焼肉が食えるが品質は悪いかの択になる。

これは非常に悩ましい。

 

____________________

 

「それにしてもよくこんだけの量をパクってこれたよねえ…」

 

「今頃川神院では学園長が怒髪天に来てる頃だろうな」

 

「普通にどっかの法にひっかかんじゃねえか?」

 

「いいんだよ。院の物は私のもの。私のものも私のものだ」

 

「こんなにジャイアン構文似合う人見たことないよ…」

 

「なんだーお前ら。ぶつくさ言うなら肉やらないぞ。肉は用意した私と修吾と、妹特権でワンコで独占してもいいんだぞ」

 

「はい。なんでもないです。ありがとうございます」

 

「それにしてもしゅう兄もお肉買ってきてくれたんだね。お陰ですごい豪華になったよ」

 

選択を間違えた。結局悩んだ末、俺は肉の品質を取った。だが、蓋を開けてみればこの状況だ。肉を焼くどころか、その前に存分に喋り倒す現状。それと、俺が買い足した肉だが、お前らにやるつもりはないぞ。これは万が一肉が足りなかった時の救済処置として、俺が俺用に買ったものだ。少ない肉で多くの白米をつつくなんて慎ましい食い方、俺はしたくないからな。

 

「じゃあまあ、全員揃ったし肉焼くか!」

 

やっとか。焼肉するのにいちいちプロローグ挟まなくていいんだよ。

 

 

 

 

 

 

やはり、大人数焼肉などするものではない。

 

「しゅー兄。器空いてるよ。よそっとくからね」

 

「修吾。肉だ。ハラミが好きだったよなお前」

 

両サイドに陣取った川神百代と青インキャが俺の飯の面倒を見る。勘弁してくれ。俺は飯は自分のペースで食いたいんだ。飯に関しては俺はガチだ。例え世話を焼いてくれる人物がグラマラスエロお姉さんだとしても、飯では遠慮するだろう。

それと川神百代。俺は確かにハラミが好きだが、それは肉の品質の差がそこまで出ないから好きなのだ。良質な肉になればなるほど、脂身も旨くなる。ハラミがいつでも好きな訳ではないんだよ。

 

「余計なことすんな」

 

「ふふ。大丈夫私もちゃんと食べてるから」

 

「口に油ついてるぞ修吾」

 

「勝手なことすんな」

 

「はは。照れてるのか?」

 

まじでなんなんだこいつら。人数が多くテーブルがでかいことから、俺の位置からでは肉を焼いている鉄板にまではリーチが足りない。故に近場の臆病者や厨ニ病が焼いているのだが、それも勘弁してほしい。俺の肉に手をつけてないところを見るに、常識はある程度弁えている様だが、俺は肉は自分で焼きたい派だ。

 

「この肉もうやけてるよ。食べてない人ー」

 

馬鹿が焼きすぎだ。さっきの肉は焼かなすぎだ。だから大人数焼肉は嫌なのだ。折角うまい肉なのに、食う度に少しのズレを感じちまうだろうが。せめて近場に座っている帯刀インキャに焼かせろ。あいつならある程度上手くできるはずだ。

 

「あ、あの、後輩の私が焼きますので、どうぞ大和さんは食べることに集中を」

 

ほら、本人もこう言ってるんだから早く代われ。

 

「ありがとう黛さん。でも大丈夫。結構俺拘りある派だからさ。気にせず食べて」

 

ちっげえよ。遠回しにお前の焼きテクは駄目だから代われってことだろ。何が拘りある派だ。お前に0.1mm単位での焼き加減の判断つくのか?今どれくらいの質量の油分が肉から出たか目算できんのか?

 

「なら俺にやらせろ」

 

「しゅう兄。ありがとう。でもほら、前に麻雀の時助けてもらったし。それに、しゅう兄には色々と助けられてるからこんな時くらい俺にやらせてよ」

 

何がありがとうなんだ?強いて言うならすみませんだろうが。それと、麻雀の時の助けとは何のことだ。確かに最近こいつを交えて麻雀はしたが、あれがなんだ。この厨ニ病は捨て牌を弄ったりと色々とやっていたが、それで完成する役でも俺には到底及ばなかった。俺は相手が何するのも、やれるところまでやらす。当然だ。それでも俺には勝てないのだから。つまり、あの時も、それ以前も、俺はこいつを助けたことはない。さあ、これでお前が肉焼く権利を持つ免罪符はなくなったな。

 

「今まで助けたつもりなんてねえよ」

 

ので、さっさと鉄板ごとこっちに渡せ。

 

「ははっ。そうだね。しゅう兄はそう言うね」

 

そいつはそれだけ言うと黙々と肉焼きを続けた。……は?何が?

 

「ふふ」

 

「可愛い奴め」

 

そして肉を焼けなかった俺を嘲笑うかの様に、周りの奴が俺をみて微笑んでやがる。陰湿すぎるだろこいつら。

しかし、お前ら勝った気でいるんじゃないだろうな。ここは耐えの時期だ。まだ俺の買った肉は全て残っている。こいつらが落ち着いたら粛粛と焼いてやろう。

 

____________

 

クソが。最悪だ。腹いっぱいになっちまった。結局俺は自分の買ってきた肉に一度も手をつけることなく限界を迎えた。必要最低限のエネルギーで最大効率を発揮するこのハイスペックボディが、今回悪い方向に働いた。

大打撃ではないが、それでも割とな額を掛けたんだぞ。これじゃあ何のために買ったかわからねえ。

 

「このお肉食べていいの?」

 

「ああ。俺は満足した。腹減ってるなら食べていいぞ」

 

何でお前がそんなこと決めてんだ。ふざけんな。それは適当に取っておいて明日にでも

「わーい!しゅうお兄ちゃんありがとー!」

 

……まあいい。どうせ次の日になったら品質は落ちているんだ。消費するなら早いほうがいい。

 

 

 

________________________________

 

 

後日、また召集をかけられた。舐めるな。以前の焼肉で俺はほとほと懲りた。一度の失敗ですら珍しい俺が、2度同じ失敗をするわけがないだろうが。

 

「なんでも、あの後輩が焼肉のお返しに手料理を振る舞ってくれるそうだよ」

 

……なに?帯刀インキャか。ふむ。焼肉よりはマシな結末になるだろう。なんせ、今回は俺がわざわざ買いだすこともない。飯の種類上川神百代と青インキャがしつこく世話を焼いてくることもないだろう。

 

________________________

 

どうやら今回は俺の予想は正しかった様だ。テーブルの上には新鮮な旬の食材を使った料理がズラリと並んでいる。一見しただけでわかる懲り様だ。

 

「わー。美味しい。黛さん。これ食材費大丈夫だった?相当買い込んでるみたいだけど」

 

そこで何品か手をつけた臆病者がそんなことを言った。アホかこいつ。見た目や味からこの辺の食材でないことは一目瞭然だろう。特に魚や野菜はその辺が出やすいのだ。つまり、これは十中八九贈り物だろう。そして魚の味や鮮度を見るに、北陸のものだ。多分身内かなんかからだな。

 

「いえ、これは父からの贈り物でして」

 

ほらな。この質の野菜と魚が売っているスーパーはこの辺にはないのだ。かなりいいものを使っている。

やはりこの帯刀インキャは料理に関してはかなり正解に近い。和食は洋食とは全く別のテクニックを必要とするが、よくおさえられている。揚げ物の加減も申し分ない。

しかし、この中で俺が1番気に入ったのは刺身だ。

刺身は好きだ。鮮度がそのまま旨味に直結する刺身は、焼肉よりもさらに味に口出す要因が無い。皆無と言っていい。故に俺は飯の中でも刺身はかなり好きな部類に入る。好物と言ってもいい。これだけの物を揃えられるのだ。育ちがいいのは明白だろう。

 

談笑しながら食べると言う、帯刀インキャに比べ育ちの悪さがあからさまな何とかファミリーの傍で、俺は黙々と箸を進める。

 

 

________________

 

「ああああの!!私も!その……。皆さんの仲間に入れてくださいお願いしますっ!!」

 

やがて食べ終えたと言うタイミングで、急に帯刀インキャが声を張り上げ土下座した。相変わらずのヤバ人である。そうだ。忘れちゃならないのが、こいつもその他女子勢と同じく性格難有り系女子だった。少し目を離すとすぐにやば行動を取る。油断も隙もあったものではない。

 

「どう思うしゅう兄」

 

なにが?何を求められた?この現状における感想を言えってか?この帯刀インキャがお前らの仲間になろうがならまいがどうでもいいに決まってるだろ。小山の大将としてお前が判断することだ。俺を巻き込むな。

 

「決めんのはお前だろ」

 

「はは。そうだよな」

 

それだけ言うと小山の大将は帯刀インキャに向き直り、何やら申し出を保留にしていた。

そもそも、俺は仲間という物を理解していない。それはこいつらに限ったことでなく、そう言った括りの必要性を感じないのだ。人との関わりが必要ないと言っているわけではない。

例えば鉄心老人やルー、釈迦堂は仇だ。過去の俺の仇。九鬼の上は上司。後輩は部下。九鬼英雄や葵冬馬は未来のビジネスパートナー。京極は知り合い。

この様に、関係性というのはそれに適した明確な言葉が既に定義されている。いはしないが、親しい関係ができたらそれを友人と呼ぶのだろう。つまり、仲間などという概念がフワフワした物は理解出来ない。

お前らの関係性はなんだと聞いた時、仲間だと答えられたら、具体的になんだと問いたくなる。それは友人とは違うのか。先輩後輩とは違うのかと理解に苦しむのだ。故に仲間などという言葉は、馬鹿が使う常套句だ。

 

「それにしてもまゆまゆ。お前相当強いだろ」

 

「い、いえ。私などまだまだです」

 

「軽くパンチするから避けてみろ。行くぞ!」

 

どう言った思考回路でそうなるのかわからない。言うと同時に川神百代は帯刀インキャにラッシュをお見舞いした。初絡みの奴に突然ラッシュなど、俺でもしないことだ。する場合は相手に何かしらの問題がある。

確かに、軽くと言ったように緩慢な拳だ。しかし凡人ではかわせないだろう。

 

「あわわわわわ」

 

帯刀インキャは拳の須くを躱し、時に逸らした。まあ、そうだろうな。しかし何があわわだ。躱すことなど容易だろうに。自分を卑下するというタイプの新しい煽りか?そういうのは全てにおいて頂点の俺がやるから嫌味になり、煽りになるんだ。さっさと過去のしがらみどもを倒し、「僕なんてまだまだです」という最大の煽りをお見舞いしてやりたい。

 

「な、なかなかだな」

 

「う、うん。やるわね」

 

「も、百代さん。急な殴打はびっくりします」

 

「悪いな。でも流石だ。実力はクリスより少し弱いくらいか」

 

は?何を言っているんだ。お前ら揃いも揃って節穴か。

俺は基本他人の強さに対して、どの程度強いのかなど興味のかけらもない。武術界にこの人ありと、頂点の座に居座る物は全員、俺か俺以外かに分けられる。…まあ何人かの例外はいるが、それもいずれは俺以外に分類してやる。俺の前ではほとんどの人間が多少の誤差でしかない。端数みたいなもんだ。

 

しかし、興味がないのとわからないは違う。俺に限って、実力の差異を読み取れないなどあり得ない。

武術において、実力が最も出るのはどこか。気。筋肉。段位。

どれも違う。答えは、所作だ。それは歩き方であったり、姿勢であったり様々だ。帯刀インキャをまじまじと見たことなどある訳もないが、重心の置き方と姿勢、歩き方を一目見れば実力を測ることができる。

帯刀インキャがクリスティアーネ・フリードリヒより弱いだと?仮にも武神などという大層な二つ名を持っておきながら、そのお粗末な観察眼か。

クリスティアーネ・フリードリヒでは、100度連戦しようとも、帯刀インキャには勝てない。それ程までにこの誤差は大きい。

 

「ここいらで自己紹介しとくか」

 

と、そんなうちに自己紹介に入った様だ。一体どういう順序で物事を運んでるんだ。馬鹿の思考は理解できない。

 

「川神百代3年、武器は拳1つ。好きな漢字は誠だ」

 

後特技はダル絡みも付け足しておけ。

 

「川神一子二年よ!武器は薙刀!勇気の勇の字が好き!」

 

ハキハキしてて偉い。元気が1番だからな。

 

「2年椎名京。弓道を少々。好きな言葉は仁。女は愛」

 

お前はもっとハキハキしろ。

 

「2年クリスだ。武器はレイピア。義を重んじる」

 

お前は知らん。というか、この自己紹介の形式はなんなんだ。武器と漢字て。それで何を紹介できるというんだ。つか好きな漢字の項目が当たり前の様に進行しているが、それはなんだ。そんなものあるもんか?漢字に好きも嫌いもないが。まさかこいつら、自己紹介の下になることを理解して予め考えてきてたな。狡い野郎共だ。

 

「黛由紀江です。刀を使います。礼を尊びます」

 

お前もか帯刀インキャ。好きな漢字など考えたこともないし、考えたところであるはずもない。ないが、強いて言えばなんだ。やはりあらゆる分野で最強という意味で"最"か。いや、語呂が悪いな。いや、絶対的存在故"絶"か。そこだけ聞いたら意味わからないな。ふむ。ここはやはり、頂点を意味する"頂"か。しっくりくる。これで行くか。いつでもいけるぞ。

 

「後はあのバンダナが風間翔一。私達のリーダーだな」

 

「弱々しいのが師岡卓也。優しくはある」

 

「むさ苦しいのが島津岳斗。頼りになる時が稀にある」

 

「んであれが直江大和。頭はいい」

 

「そして帝明修吾。所謂完璧超人だ。口数は少ないが優しい奴だから、困った時は頼るといい」

 

てめえ川神百代。何サクッと片付けてんだ。漢字の紹介させろ。考え損じゃねえか。いや、そもそも俺が一員の様に紹介されることがおかしい。馬鹿馬鹿しい事に思考を使った。さっさと部屋に戻るか。

 

「あいやまたれい男子諸君。女子が強い時代だからこそ男子が立ち上がる時。今こそ男子の強さを見せようぞ!」

 

「ほーう?面白い。それではその男子の強さとやらを見せてもらおうか?」

 

「ぐえ!」

 

「軍師が捕まった!」

 

「た、助けてくれ皆の衆」

 

なんだ。唐突に茶番が始まりやがった。

 

「撤退」

 

下らな。付き合ってられるか。さっさと戻ろう。

 

「情けない。何が男の強さ」

 

「仲間を助けようともしないのか」

 

………。その男の分類に、まさか俺も入ってやしないよな。こいつらが何を言われようが知ったことではないが、俺を含めての発言なら許せるはずもない。

 

「しゅう兄!助けてお願い!」

 

…しかし、コイツのお願いを聞くというのも尺だ。やはり関わらずさっさと戻った方が

 

「姉さんに対抗できるのしゅう兄だけだから!」

 

しょうがねえな。今回だけだぞ。

 

「ふ。やはりお前は来るか。修吾」

 

________________________

 

「修吾先輩は武を嗜んでいるのか?」

 

椅子からスッと立ち上がり、こちらを向いた修吾を興味深げに見て、クリスが言った。

 

「嗜むなんてもんじゃないぞ。警戒しないと一息にやられるぞ」

 

海を越え、海外にもその名が轟く武神。その武神が視線も逸らさず、全神経を目の前の男に注いでいる。ほんの戯れの気持ちで乗っかってみた事だが、クリスは己の血が滾るのを感じた。

 

「しゅうお兄ちゃんと立ち会えることなんて滅多にないわよクリ!」

 

「立ち姿から相当な腕前であることは伺えます」

 

「しゅーにい凄いから、遠慮せず思い切り打ち込んでいいと思うよ」

 

相手は生身だとか、そんな遠慮は一切必要ないらしい。己も認める武者達が一様に緊張感を張り巡らせる。戯れとは思えぬ、ピンとした空気が場を包んだ。クリスも武に身を置いた人物だ。先程までの少しの油断が嘘の様に警戒心を強める。

 

修吾が一歩踏み出した。その一歩で、クリスや由紀江は目の前の男が只者ではないと察した。最大限の警戒を持って、相手の一挙手一投足を全神経を注いで注視していなければ見逃すほど自然な歩み出し。

 

「ハッ!」

 

「てりゃ!」

 

クリスと一子の仕掛けるタイミングが重なった。クリスは上段蹴りを、一子は中段突きを放つ。鋭く、軽やかな一撃だ。

しかし、遠く及ばない。修吾は重心の移動とごく僅かな体勢の変化だけで、その二つをすり抜ける様に躱した。

 

「んなっ!」

 

「えっ」

 

見えていなかったわけではない。むしろ、見易かった。特殊な動きはしているが、速さ自体は日常の所作かの様に自然なもの。なのに、対応できなかった。

 

「速さ自体は二人の方が速かったよ。でも、しゅーにいはこっちの動き始めで先に行動してる」

 

「加えて、動作の中のほんの一瞬、どうしても行動のキャンセルが出来ないタイミングを縫って攻撃してくる。私にも真似できない神業だ」

 

見えているのに対応できない動き。実際に体験すると名称しがたい気持ち悪さを覚える。

クリスと一子を過ぎ、修吾がまた一歩踏み出す。

 

「ハント。えい」

 

「胸をお借りさせていただきます」

 

続いて由紀江と京が仕掛けてくるが、例の如く京は躱され、由紀江は拳をいなされ通り抜けられた。

 

「また触れなかった」

 

「凄い。これ程とは…」

 

百代の様な並外れた身体能力ではない。たった今自分達を、まるで散歩でもするかの様な気楽さで素通りしていったのは、究極にまで洗練された技術一つのみ。それは一体どれほど修練を積めば手に入るのか。どれほど隔絶した実力差があるのか。事前に修吾を良く知る京と一子に対して、クリスと由紀江の衝撃は多大だった。こんな人物が知らぬ所でまだ存在したなど、すんなり飲み込める程軽い事実ではなかった。

 

「流石だな修吾」

 

最後には、百代と修吾が向き合い佇む。百代の左手で襟を掴まれている大和も、その緊張感に喉を鳴らした。

なんだかんだで、百代と修吾の対決を見たことのあるものはここにはいない。どちらも推し量ることのできない、絶対的強者。

片や最強。片や完璧。その二者の立ち合いが、今、始まるのだ。

 

「彼の武神と立ち会うのかっ」

 

「お姉様としゅうお兄ちゃん!どっちが勝つのかしら!」

 

「気持ち的にはしゅーにいが勝って欲しいけど、こればっかりはわからない」

 

最早武士娘達は修吾を止めると言う当初の目的など度外視し、目の前の頂上決戦に夢中であった。

 

「ふー」

 

短く修吾が息を吐いた。百代は抑えきれない闘志が口元に現れた。

そして、

 

「せやぁ!!」

 

声を発したのは百代だけだった。よく見る、不良に絡まれた時の様な雑な殴打ではない。正真正銘武神の一撃。対し、修吾は空気の壁を突き破りながら迫りくるソレに、手の甲を横から合わせ受け流した。

まだ百代の拳が伸びきらないタイミング。拳を戻すには一瞬足りない、その極僅かな時の狭間に、今度は修吾が拳を出した。脱力からの急加速。その一突きは蝶の様に華麗だ。しかし込められた威力は蜂の様に鋭い。

堪らず百代は左手を大和から離し、ガードした。

その瞬間。

 

「今だ!」

 

この場にいないはずだった第三者のそんな声。同時に室内をモクモクと煙幕が包む。

 

「こら男ども!空気を読まないか!」

 

固唾を飲んで見つめていたクリスの集中力が一気に消し飛ぶ。

それに対して煙幕の中から返答が上がった。

 

「何言ってんの!この二人がこんな所で戦い始めて良いわけないでしょ!」

 

それはその通りだった。実は全員が心の奥底で思っていた。「え!?こんな所でこんな理由でやるの!?」と。二人を長年知るものからすれば、この二人のマッチは、武に携わったものならばいくら払ってでも見る価値のあるものだ。こんな所でヒョイと始めていいわけがない。それに、この二人が仮にヒートアップした場合、鉄心が飛んでくる数秒の間で周りの何もかもが消し飛ぶ。

そんなことはわかっていたのだ。しかし、彼女らはそれを止めるよりも、今目の前で起こることへの好奇心がかった。故に静観を決め込んだのだ。

 

「ありがとうしゅう兄!おかげで1番厄介な人から大和を引き剥がせた!」

 

その声で武士娘達は当初の目的を思い出す。ああそうだった。自分達は何故かはわからないが、大和を捕獲していたのだ。と。

 

早急に気配を探り、煙の中を蠢く者達へ正確に攻撃を繰り出す。その度に聞き覚えのある声で短い断末魔が聞こえるが、肝心の大和のものがなかった。

 

やがて煙が晴れた時、そこに大和と修吾の姿はなかった。

 

________________________________

 

危なかった。当初の目的を忘れ、ついやりあっちまう所だった。謎に茶々が入ったことにより興が削がれ辞めたが、川神百代の挑発めいた顔に苛立ち、拳を出しちまった。しかし悪いのは先に手を出したあいつの方だ。俺は悪くない。

それに、こんな場じゃ無いよな川神百代。俺がお前の上に立つのは、こんな場じゃ相応しくない。然るべき時に然るべき場所で、お前にリベンジを果たす。だから、それまで首を洗って待っていろ。川神百代。

 




毎度欠かさず感想をくれる方や、誤字修正をしてくださる方。感謝しています。
飯食うだけの会かと思ってたんですが、相変わらず主人公がよく喋ります。


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後悔は先に立たない

感想が来たら書くしかない!


「なあ。修吾先輩とは、一体どんな人なのだ?」

 

場所は2-F。時刻は朝方一限前。クリスは大和にそう投げかけた。

 

「ん?どうしたんだよ突然」

 

確かにクリスの問いは何の脈絡もなかった。普通に登校を済ませ、大和がクラスの誰かしらとでも談笑を始めようとした時に、クリスはやってきたのだ。

 

「いいから答えてくれ」

 

先日のご飯会の一件で、クリスは初めて修吾をちゃんと認識した。

それまでのクリスの修吾への印象は、口数が少なく、どこか目立たない様な人物だった。しかし、そんな印象はガラリと変わった。

何が目立たない人物か。武に身を置いてきた自分を容易く凌駕し、圧倒する実力。その腕たるや、彼の武神すら警戒するほど。

クリスは俄然興味が湧いた。自分がやっとたどり着いた領域の、更に向こう側に存在する男。その男は一体どんな人物なのかと。

 

「どんな人か…。あの人は凄すぎて、とても一言じゃ表しきれないけど、まあ強いて言うなら"度を超えて優しい人"かな」

 

「優しい…」

 

少なくともここ数日間を身近で過ごした身としては、優しいと言う感情は抱かなかった。しかし、人を見る目に定評のある大和は彼を優しいと評する。このズレをクリスは度々経験する。風間ファミリー内での彼への評価と、自分が見えている実際の彼に差異を感じるのだ。

自分の中にスッと落ちてくるような評価ではなかったが、長い年月を修吾と過ごしてきた大和がいうのだからそうなのだろうと、クリスは納得はしないが理解はした。

 

それからクリスは修吾に深い関わりのあるものに手当たり次第に聞いて回った。

 

「しゅう兄?なんつーかなあ、兄貴って感じかな。いつもはすげえ頼りになるんだけど、いざと言うときは俺に任せてくれるんだ」

 

風間翔一がそんな風に誰かのことを思うなど、普段からはあまり想像のできないものだった。そういえば、と、クリスはご飯会の時を思い出した。後輩である黛由紀江が頭を下げて風間ファミリー入りを懇願した際、翔一は様子を見るようにメンバーへと視線を向けていたが、意見を聞いたのは修吾へだけだった。それに対し、修吾は翔一に任せることを選択した。リーダーである翔一のことを立てたのだろう。

翔一の言っていることは、まだわかる気がした。

 

 

「しゅう兄かー。そりゃもう完璧超人だよ。しゅう兄がいてくれたら何が起きても大丈夫っていう安心感があるんだ」

 

師岡卓也の言葉は、修吾がどういう人かと言う質問には少しズレている気がした。少なくとも、クリスが聞きたかった印象とは違っていた。クリスが聞きたいのは人間性の話だった。

しかし、完璧超人か…とクリスは修吾を想起する。まだ人間性を図るには期間が余りにも浅く、故にこうして聞き回っているわけだが、少なくとも出会ってからの修吾を見るに、確かにこれといった弱点や苦手なことは見受けられなかった。修吾に意識を向けてから少し、それは細かい一つ一つの所作にも出ていた。

 

「しゅう兄か。ザ・漢って感じだな!正に完璧超人だぜ!」

 

それさっき聞いた。漢の場合はザではなくジではないか。

 

「しゅうお兄ちゃんね!とってもすごいのよ!お姉様と並んで私の憧れだわ!」

 

これも要領を得ない発言だった。クリスは若干このファミリーの知能指数が心配になった。自分を棚に上げて。

が、全員に共通して言えることがあった。それは全員決まって良い言葉しか出てこないということ。これが例えば岳斗の印象だったなら、全員褒めはするだろうが、そこに少しの馬鹿にする発言があるはずだ。しかし修吾の場合、全員が明るく良いことしか言わない。かくいうクリス自身も、修吾について話そうとした時に悪いことは一つも出てこなかった。

 

「しゅー兄がどういう人間か?なんでそんなこと聞くの?まさかラブ?」

 

唯一京だけは最初敵意に似た感情を向けて来た気がした。それもその筈。京は声を大にして修吾への好意を口にする訳ではないが、偶の会話や細かい所作に修吾への愛が現れている。故にライバルが現れることに敏感なのだろう。

 

「いや、そうではない。純粋な興味だ」

 

「……嘘じゃなさそう…」

 

クリスが誤解を解くように言うと、京はボソッと呟き、少し考え喋り始める。

 

「とっても愛に溢れてる人。困ってる人をほっとけなくて、絶対に助けてくれる。でもそれを恩に着せることは絶対にしない。本人からしたら当たり前のことみたい」

 

「そうなのか…」

 

「わからなくても無理ない。しゅー兄自体なかなか話さないし、話したとしても否定ばかり。でも、その行動は常に人を見ていて、大切にしてる。みんなで歩く時、しゅー兄は必ず1番後ろを歩くの。なんでかわかる?」

 

確かに、少しの付き合いだがその修吾は何度か見たことがある。しかし動機など考えたこともなかった。クリスはわからない意を沈黙で返す。

 

「みんなをいつも見守るためだよ。本人に言っても鬱陶しいだけだとか言って返すだろうけどね」

 

いつもの京と打って変わり、修吾のことを話すときはツラツラと言葉が出てくる。

まだ続けて話そうとする京に対し、クリスは長くなりそうな予感がし、手短に礼を言い足早にその場を離れた。確かに聞くことを望んだのは自分だが、これ以上放置していると聞いてもいないことまで喋り出しそうだった。

 

 

最後に向かったのは百代の所だった。なんだかんだ百代は風間ファミリーで1番修吾と付き合いが長いと聞く。ここまでで修吾の為人は大方理解できたが、やはり付き合いが1番長い百代ならではの話が聞ければとクリスは思った。

百代も京と同様、好きが所々の所作に現れるタイプの人間だった。故にクリスは百代からもまた長々とした話が来るものだと覚悟していた。しかし、

 

「修吾か。あいつは…優しい奴だ」

 

意外にも、現に百代から出た言葉はその一言だった。普段から何処か適当な節のある百代。今回も例の如くだと思い更に話を聞き出そうとしたクリスだったが、その行動は止まった。窓の外に視線を向け、何処か眩しいものを見るように目を細める百代の顔が、どうしようもなく慈しみで溢れていたから。

 

 

________________________

 

放課後。クリスは1人、島津寮への帰路で物思いにふけていた。クリスが思考するのはやはりあの男。帝明修吾である。彼に近しい人物からの話はある程度聞けた。百代の後に数名聞きに行ったが、やはり聞こえてくる話はいいものばかり。

勿論、それを当てにしない事はない。自分よりもずっと長い時間を修吾と過ごしてきた人物達だ。きっと言っていることは合っているのだろう。しかし、それでもクリスは修吾が他人に対して無関心に見えていた。

 

 自分が会ってからも、気付かないだけで優しい場面はあったのだろうか…。

 

だとしたら、クリスにとって修吾の優しさとは難しいものになる。クリスが知る優しさとは、もっと簡単なものであった。見えにくい優しさは、物事を額面通り受け取るクリスにとっては難解なのだ。

 

「なんなんですか貴方達!」

 

と、そこまで考えて、クリスの思考は強制的に打ち切られることになる。

突如聞こえてきたその声。目視は出来ないが、近場でトラブルが起きたらしい。クリスの実力では一般の人間ほどの気を細かく識別することはできない。なので手当たり次第に探すしかない。

幸い、声が聞こえるほど近かったこともあり、トラブルの出所はすぐに見つけることができた。

 

「川神院呼びますよ!」

 

「いやぁ、そんな大きな声出すなって。普通に遊びたいだけじゃん」

 

「そうそう。なんも怖いことしないからさ」

 

「苦しんでる人がいるから助けてほしいって言ってたじゃない!どこにそんな人いるんですか!」

 

「あ、それ俺。君達がとっても可愛くて胸が苦しいってね」

 

「きっつ」

 

大きな道から逸れた狭い路地裏。そこで2人の男が2人の女子に迫っていた。女子の方は1人は視線を低くして目をぎゅっと瞑っている。もう1人がその子を庇うように、気丈に男たちに立ち向かっていた。制服を見たところ、川神学園の生徒の様だ。

 

「そんなこと言われたら俺傷ついちゃうなあ」

 

「俺らが優しいうちに頷いた方がいいよ?」

 

「きゃっ!」

 

等々痺れを切らしたのか、1人の男が女子の手を強引に取る。

 

(不届き者が)

 

それがクリスの逆鱗に触れた。男達に突貫しようと、衝動的に一歩を踏みしめた。

その時、

 

「え…」

 

それはクリスから出た言葉か、はたまた男達か怯える女子か。或いは全員だったかもしれない。

クリスの前方。男達とクリスを挟む様に、1人の男が立っていた。

いつからそこにいたのか。あり得ないと分かっていつつも、最初からいたのではと錯覚しそうになる。

そんな訳はないのだが、ならばどこから現れたのか。路地は一本道。奥は男達、手前はクリスがいる。もしここに現れるには、どちらかの横をすり抜けるしかないが、一般人とは一線を画した実力を持つクリスの目をも騙す必要がある。

そんなことを可能にし得る存在を、クリスは2人しか知らなかった。

一方は世界がその名を知る文句なしの最強、川神百代。

 

そしてもう1人は、直近でその存在を知ったばかりではあるが、その百代との一合いで嫌と言うほど実力を見せつけた男、

 

「修吾先輩…」

 

帝明修吾。

 

「て、てめえ何処から現れやがった!」

 

突如として現れた修吾に、男達は少し焦った様子で、しかし威勢よく吠える。

 

「なんだなんか文句でもあん……んぇ?あれこいつって」

 

「なんとか言ったらどうだてめえ!」

 

「待てキョーちゃんこいつやべえ奴だ!こいつ武帝」

「颯爽と現れたはいいもののビビってだんまりか!?」

 

「ちょちょちょ!まじで武帝だって逃げた方が」

「ムカつくツラしやがって!俺はてめえみてえなスカした面が大嫌いなんだよ!おいタクチン!いったるぞこいつ!」

 

「ああもうなんでもいいや!」

 

何もせず、何も発せず、しかしそこに立っているだけで重苦しいほどの空気を感じさせる修吾に、とうとう耐えきれなくなった男達は拳を振り上げ突撃する。

 

そこからは予定調和。

修吾は自然に、まるでただただ道を歩くかの様に歩を刻む。日常の中の緩慢な動き。しかしその動きを、クリスは食い入る様に見ていた。

 

また、アレだ。自分が、武に生きてきたクリスが、攻撃を掠らせることもできなかったあの動き。

あの時は何が何だか分からなかったが、こうして俯瞰して見ると見えてくるものがある。

 

男達が接近し、修吾にパンチを放つ。対する修吾は変わらず歩を進めるのみ。

修吾ほどの実力となれば、この程度の攻撃回避するまでもなく、食らってもノーダメージか。それは、半分正解で、半分不正解である。

たしかに、当たっても何のダメージにもならないだろうが、

回避はすでに行なっている。

 

クリスは傍目で見ていたからこそ気づいた。修吾の動きは確かに緩慢だが、相手がパンチを放つ瞬間に、既に相手との軸をずらしている。注視していてやっと微かにわかる、あまりにも自然な不自然。

 

腕を突き出した男のその無防備な顎は、修吾の手の甲によって軽く撫でられた。男達は糸が切れた様にその場に倒れ、動かなくなった。

一瞬の攻防で見せる絶技。クリスは男の顔が置いてあった修吾の手に吸い寄せられた様にすら見えた。

 

「あ、え、あの、帝明先輩ですよね!ありがとうございます!」

 

「へ、あ、ありがとう…です」

 

何が起こったかも分からぬ様子の女子2人だったが、それでも助けられた事は理解できた様だった。

 

「……ああ」

 

対する修吾は女子の方を一瞥し、それだけ言うと踵を返してクリス側に歩いてきた。

 

「修吾先輩!お見それした!誠に見事だった!修吾先輩はとても素晴らしい方なのだな!」

 

「何言ってんだお前」

 

興奮醒めやらぬと言った調子で話しかけるクリスに、修吾は冷たくそう一言だけ言った。そしてそのままクリスを一瞥だけすると、まるで何事もなかったかの様に歩き去る。

一見なんとも無愛想に見える態度。これが初見であれば、クリスは修吾の礼儀の無さに多少なりとも憤慨した事だろう。

しかし、クリスは今日一日で聞いて回った事で知っていた。修吾の優しさはとても不器用だと。そして、今なら全員の言って居ることがわかる気がした。

言葉は少なく態度は淡白。しかし、その行動だけは誰よりも人を気遣う優しさがある。

 

「修吾先輩…。修吾さん?いや、しゅう先輩だな!」

 

なんの打算もない、純粋な人助け。

その姿は、まるで己が憧れた大和丸とそっくりであった。

 

________________________

 

トントントンと、軽快か包丁の音が聞こえる。早朝に起き料理をする。それが黛由紀江のルーティーンだった。

主に作っているのは、由紀江の住んでいる島津寮のメンバーの朝食。

そして、

 

「お、おおおおおはようございます修吾さん!」

 

「ああ」

 

こちらも毎日早朝に起きてくる修吾の軽食である。

いつから日課になったのか、明確なラインは覚えていない。しかし、毎朝自分より少し後に起きてきて、鍛錬に勤しむ修吾に、何か軽く食べられるものでもと用意したのが始まりだった。

自分がこの寮に入ってから、修吾は毎朝欠かさずに早朝の鍛錬を行なっている。きっと自分が入るずっと前、修吾がこの寮に入ってからこの日課は続いて居るのだろう。

武に生きる由紀江をして、それは半端なことではないと思う。

一度修吾の鍛錬の一部、庭でのその様子を覗き見たことがある。

それは、凄まじいの一言。

鍛錬の内容で言えば至って単純。気の放出をし続けるというもの。しかし、そのバランスが神がかっていた。

気の放出と留め。それを両立するのは至難の業だ。例えるならば力みと脱力を同時に行えと言っている様なもの。それを均等に50対50で行うことの難しさは、武を嗜んだ者ならば容易に理解できる。

それをまるで、当たり前のことの様に修吾はこなしていた。

 

「ああああの!これ軽いお弁当ですよよよかったらどうぞ!」

 

いつもの通り修吾に弁当を渡す。相変わらず緊張して上手く喋れていない。

 

「ありがとう」

 

がしかし、修吾はそれをなんら気にする様子なく受け取った。

 

「あ…はい」

 

朝のほんの一コマのやりとり。ただ弁当を渡し、受け取るだけの時間だが、由紀江はこの時間が好きだった。

口数も少なく、態度も淡白な修吾だが、その中に何処か暖かさを感じる。

健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿ると言うが、修吾はまるでそれを地で行っている様であった。

前回の食事会の時に初めて明確に目撃した修吾の実力。由紀江は、あそこまで綺麗な武を初めて目にした。慢心など出来ようはずもないが、それでも武と共に生きてきた自分が、一合と言えどもまるで子供扱い。打ち込んでも全く手応えがなく、自分の横を悠々と通り過ぎていく様は、まるで空気や流水を相手にしている様。自分の思い描く武の到達地点を見た気がした。




由紀江の方が短すぎる…。書くことがなさすぎる…


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時給制より歩合制

筆がノリノリになればこんなにも早い。しかし乗らねば1年は空く。
感想に支えられています。


度々言ってはいるが、俺の貯金はそれはもう潤沢にある。暫くは遊んで暮らせる額だが、親の意向により学生の間は手をつけない様にしている。であれば、学生の間の最低限使える額は稼がねばならないわけで、しかしこの俺がたかだか時給1000円程度の接客業を今更する訳がない。

やるならば完全歩合制だ。その方が短時間で手際良く稼げる。そうなると俺のバイトは自ずと決まってくる。

一つは宇佐美の営んでいる何でも屋での外注だ。何でも屋という特性上定期的とはいかない筈だが、川神は叩けばホコリでもなんでも無限に出てくる街なので、ほぼ定期的に割りのいい案件が舞い込んでくる。大丈夫なのかこの町は。

もちろん割りがいいというのは俺でなければ言えないことだ。凡人では対処できないからこそ、それなりの額がついて依頼が来る。しかし、俺に対処できないことなどない。どんな案件でも秒で済ませば、時給換算で言えば九鬼よりも稼げる場合もある。

 

そしてもう一つ。

 

「帝明さん!お疲れ様です!」

 

「お久しぶりでございます帝明さん!」

 

「ああ」

 

俺は今、休日に九鬼本社に来ていた。入り口前の警備を担当している従者がハキハキと挨拶をし、お辞儀をする。ふむ、しっかりと上下は理解できている様だ。しかし、以前俺がいた頃と比べ、少し従者の実力が下がったか。いくら知った顔とはいえ、警戒心が浅い。付け入る隙をそう何箇所も増やすものじゃない。

 

そう、偶にしか入らないが、単価で言えば何でも屋とは雲泥の差であるこの依頼。

依頼内容は、端的に言えば従者の育成である。

 

「時間通りだな。…ふむ、鍛錬は毎日欠かさず行っている様だ。見ぬ間に少しでも腑抜けていたら串刺しにするところだったが、その必要はないらしい」

 

最悪だ。迎えがコイツか。相変わらず瞬間移動の様に現れるコイツ。今も昔も俺のストレスのもとの一因である金髪ちょび髭クソジジイだ。

なんなんだこいつ。1日100回は煽りを入れなければならないというカルマでも背負っているのか。串刺しにする必要がない?アホが。出来ないの間違いだ。お前と最後にやり合ったのは2年も前になるが、昔の敗北を忘れちゃいない。俺は毎秒大幅アップデートが来るんだよ。次にやり合った時こそ、必ず土をつけてやる。

つか、何故迎えがコイツなんだ。一応コイツ序列最上位じゃなかったか。最上位の仕事が迎えとか、暇なのか?知らんうちに実質リストラみたいなイジメにでもあったのか?だとしたら俺としては願ってもないほどのざまあみろなんだが。

 

「場所はいつも通り修練場だ。赤子どものウォームアップは既に済んでいる。貴様のウォームアップの時間も必要であれば取るが、いらないだろう」

 

それに関しては正しい。雑魚が相手だからとか、そんな理由ではなく、いや雑魚が相手なのは間違いないのだが、俺の身体は常にフルコンディションだ。常人が行う準備運動。筋肉をほぐし、腱を伸ばし、関節を柔らかくする。そんなものは俺に必要ではない。どんな時でも常に、例え睡眠中に爆撃に見舞われようとも最上の動きが出来る。それが俺だ。

 

エレベーターを降り、相変わらず無駄に広い施設を歩く。やがて、地下修練場についた。

 

「おや、来ましたね。お久しぶりですね修吾。今日はお時間をとっていただいてありがとうございます」

 

修練場に入ると、従者たちの視線がこちらを向く。その中の1人、クラウディオが話しかけてきた。クラウディオは物腰も柔らかく、嫌いではない。何度コイツ直属になれたらと思ったか。

 

「ようしゅう。久しぶり、でもねえな。学校で会うしよ。だがこうやって一緒に鍛錬をするのは久しぶりだな。今日こそ負かしてやるぜ」

 

「私らは久しぶりだな。今日こそ蜂の巣にしてやんぜ!」

 

「そうですね。もっと九鬼に顔を出してもいいんですよ。みんな喜びます」

 

対してコイツらは相変わらず人を舐めてるな。実力主義であるならばコイツら全員俺に敬語だろ。つかそうあるべきだ。

それにしても、

 

「お久しぶりでございます。今日は胸を借りさせていただきます」

 

「初めまして!シェイラちゃんです!噂はちょくちょく伺ってますよー!」

 

俺は先ほどヒュームに聞いた序列と従者を照らし合わせていく。どいつもこいつも、明らかに順位に対して実力が伴っていない。聞いた話、どうやら俺が抜けてすぐに、若手育成計画みたいなもんが立ち上がったらしく、若手の従者の順位が軒並み上がったのだ。なんで俺が抜けてから?嫌がらせか?

過去に俺がその順位にいた頃と照らし合わせても、誰一人俺に追随している奴はいない。まず己の戦術を隠そうともしていないフォルム。桐山で言うのならば露骨に足と腰回りに筋肉が偏っている。これでは蹴りに自信がありますと公言しながら歩いている様なものだ。

コロンボにしても、筋力が足らなすぎている。指標の全てではないが、戦闘力が順位にかなりの影響を及ぼす中で、この順位と筋力を照らし合わせると、単純な戦闘能力ではなく、何かしらの絡め手を使うのは明白だ。

何が来ても問題無い俺に対し、何をするのかを公言しながら攻撃を仕掛ける。言うまでもなく愚の骨頂だ。

腐れ皮肉アフリカ人のゾズマも足技や爆弾と言った絡め手を使う輩ではあったが、どれかに頼り切った戦術やフォルムはしていなかった。特技を伸ばすことと、それに頼り切るのとでは意味が大きく異なる。そこら辺をヒュームやクラウディオは教えていないのか。

 

「それでは鍛錬を開始します。想定状況は帝様に対する刺客の排除。従者後方に置かれたマネキンを帝様と仮定し、従者の皆様には修吾からそのマネキンを守っていただきます」

 

まあ実際こんなヨーイドンで刺客が正面切ってくるわけもないが、用は単純な戦闘訓練も兼ねてのものだろう。実際に九鬼帝に対する刺客を想定するのであれば、俺は姿を見せず、全員の気が逸れたコンマ0何秒かの隙を塗って攻撃するが。

 

「それでは始めさせていただきます。開始」

 

「ロックンロール!!!!」

 

言うと同時にコナーの銃撃が始まる。おい今少しフライングしてたぞ。

俺に降りかかるゴム弾の雨。だがその実、俺の身体に当たるルートを通っているものは極端に少ない。少し身体にひねりを加えてやれば更に数は減り、そこに歩みが合わされば、当たる玉は片手で数えられるほどにまで減る。そして、残ったものの一つを指で逸らせば、ビリヤードのように連鎖し弾き合い、やがて。

 

「うっそだろ。当たりもしねえって」

 

当たり前だ。俺はマシンガンを持つ相手を、自分の五感を遮断し無傷で制圧できる。つかした。

コナーが銃を持ち換えるその一瞬、俺の周囲には従者達が展開し、各々の攻撃を仕掛けてくる。

だが、その囲みの判断が一瞬遅い。それは確かに一瞬だが、俺からしてみればどうしようもなく長い時間だ。

さて、俺はマネキンを攻撃すればいいのか。

 

攻撃を繰り出すまでのそのラグ、完全に囲みきれていない隙を縫って、俺は一瞬でマネキンまで迫り、

 

スッ。

 

その首を手刀で撫でた。

ゆらりと揺れて、地面に転がり落ちるマネキンの頭。

 

「…そこまでですね…」

 

開始2秒と少しで、終了の声がかかった。

 

「だから俺は言っただろうクラウディオ。この条件では些か赤子どもに不利すぎると」

 

まあ、どの条件でやろうとも俺を相手にしたら不利になるんだがな。しかし攻め手に対し、何かを守りながら応戦するのは困難を極める。単純な実力がかけ離れている中で、そんな条件での鍛錬は成立しない。流石はブラック企業のパイオニア九鬼だ。

 

「各々が持ち味を活かそうとした立ち回りをしていました。そこは流石ですが、今回皆様に与えられた任務は護衛です。相手の実力に気が早やり、各々が制圧に意識を向けすぎていました。第一は護衛だと言うことを念頭に置いていれば、また違った立ち回りになったことでしょう。言うまでも無いですが、もしこれが実戦であったのならば、帝様は現在ああなっているということです」

 

クラウディオがマネキンの頭を指さす。全員沈黙を貫いていた。クラウディオやヒュームが醸し出す、そこはかとない失望感が余計に響いているのだろう。そう、これがパワハラのパイオニア九鬼だ。

まあ、俺は今関係ないしな。さて仕事は終わりだ。今日は早々に終わったな。やはり歩合制は最高だ。実力があればこんなにもすぐに終わるのだから。

今日はこの後何も予定を入れてなかったが、どうせ時間がたっぷり余ったのならばやりたいことでも探すか。

 

 

________________

 

「それでは、本日2度目の鍛錬を開始します。今回仮定する護衛対象は存在しません。単純な制圧訓練、つまり戦闘訓練ということです」

 

クソが。るんるんで帰る気だったのに、謎に第2R始まったぞ。このままじゃアレなんで第二回頼むわじゃないんだよ。俺仕事終わらしたろ。

 

「では始めます。開始」

 

おい絶対この分追加で払えよ。

 

始まると同時に、今度は顔面に対する静初の小刀による牽制。左右には桐山と忍足、背後にはコロンボが展開している。

忍足はクナイによる腹部への殴打。桐山は重心と筋肉から見るに、左足のハイキックだ。

そして背後に回ったコロンボ。この匂いはラトロトキシンか。なるほど。絡め手は毒だったか。

俺は毒が効かない体質だが、だからといって食らってやるわけがない。

 

正面に向かって来た小刀を躱す際に、こぶしで掠らせ軌道を変え、コロンボに向かわせる。そして忍足を掴み上げ、桐山のハイキックの軌道上に置くようにする。

 

「しまっ」

 

「きゃっ!」

 

「ぐっ!」

 

コロンボは小刀を間一髪で弾き、忍足は桐山の蹴りが当たり吹っ飛ばされた。

崩れた陣形を戻そうと静初とドミンゲスが駆けるが、まあ間に合うわけがない。

コロンボの前腕の橈骨を軽く叩き、同時に桐山の軸足の内腿に前蹴りを入れた。

 

「ぐっ」

 

「いっ!」

 

軸足の力が抜けた桐山だったが、膝を折る程度で崩れることはなかった。だが、そちらの足を軸にするのはもう厳しいだろう。足のスイッチをしている間にどうとでもできる。

対してコロンボの方はダメだな。かなりの激痛と痺れが来たろうが、獲物を取り落として仕舞えばトドメをさしてくださいと言っているようなものだ。まあ、こいつに関しては順位3桁で、なおかつ明らかに戦闘向きでなく暗殺向きだ。この場に駆り出されていること自体がおかしい。

コロンボと桐山をここでリタイアさせることは容易いが、変に瞬殺しすぎて、ほんじゃ第3R頼んますわなんてことになったらたまったものではない。ある程度満足するくらいには戦闘をしといてやった方がいいだろう。

 

と、直後に静初とドミンゲスが新たに陣形に加わる。少し離れたところから忍足とコナーがこちらに駆けてきている。桐山が軸足を切り替え、コロンボは叩かれたのとは逆の手に毒を分泌し始めた。

 

しかし、こいつら連携度が上がってきているな。初っ端の連携はひどいものであった。

実力差を人数がひっくり返すというのはイメージがつきやすいし、良く目にするものでもある。例えば10という戦闘力の人物に対し、戦闘力7の2人が同時に襲い掛かれば、ほぼ確実に勝てる。しかしこれは戦闘力がかけ離れていけばいくほど、そう単純じゃなくなってくる。仮に戦闘力10000の人間に対し、戦闘力1000の人間を12人当てたとする。結果は1000側の惨敗。それも絶望的な差でだ。しかし、6000の人間を2人当てたとすると、結果はわからなくなってくる。

総合の戦闘力が上回ってたとしても、単身での戦闘力が低い者達では、単純な足し算では実力差は覆せないと言うことだ。

ならばどうすればいいか。

 

「ハァ!!」

 

「ヌゥン!」

 

桐山は先程の失敗を繰り返さないために、中断の突き刺し蹴り。ドミンゲスは大振りのテレフォンパンチ。コロンボは麻痺毒を射出。静初は小刀による切り上げを仕掛けてきた。

 

そう。連携力を上げるしかない。お互いの邪魔をしない様に、しかし最高の攻撃を仕掛ける。偶には回避行動を潰すための置き攻撃も必要な時がある。自分ではなく、誰かが致命傷を与えるためにサポートに徹する。

タイミングをより緻密に、繊細に。まるで全体で1つの生き物であるかの様に動く。それが出来れば、ジャイアントキリングがあり得る。

この俺にすら、届き得る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳が、無いだろうが。

 

『がっ!』

 

半歩に満たないバックステップを踏み、行うのはミクロ単位の力のコントロール。

桐山の蹴りを静初へ。ドミンゲスのパンチをコロンボに。桐山の蹴りは静初の腹に突き刺さり、ドミンゲスのパンチは麻痺毒を打ち消し、コロンボの交差した腕に当たった。吹っ飛ぶ2人。

 

どう頭を捻っても、何を工夫しても、俺には勝てない。うさぎがいくら群れても、熊には勝てない。ましてや、相手は武の極地の俺だ。如何に完璧に思える連携をしたとしても、針の穴程の隙から致命的な損害を与える。もし無ければ作る。

今回の様に、本来ならばメリットになるはずの複数人が、俺にかかればデメリットと化す。

 

コロンボと静初はもうリタイアだ。

食らいつこうと忍足とコナーが合流する。

 

「火遁の術!」

 

「ロォォオック!!」

 

「レッグストライク!」

 

「ハァ!」

 

忍足が俺の眼前で爆破。自分や仲間が軽傷を負うより、外敵である俺を仕留めることを優先した一撃だ。

コナーは至近距離によるヘッケラーのモデルガンの乱射。

桐山は俺の頭部を狙う三日月蹴り。

ドミンゲスは麻痺していない方の腕の関節を外し、遠心力により振り回すぶちかまし。

威力だけで言うならば、1番高いのはドミンゲスだ。関節を外し、腕を三節棍の様に使用し、威力の乗った先端の拳をぶち当てる。

だが、お粗末だ。

そういうのはな、こうやるんだよ。

威力を出しすぎると最悪殺してしまうため、今回は肘先からにしとくか。

 

肘から先の骨に、硬度を保ったまま柔軟性を加える。瞬間的に腕を大きく振る。腰、胸、肩、肘は緻密な連携はさせていないが、それでも伝わってきた力が肘に直結する。

そこからは細胞単位の力の伝わり。細胞一つ一つが連携し、筋肉と骨が波打つ。

爆発的な力の濁流を、地面へと振り下ろし、衝突寸前、先端の指を翻した。

瞬間。

 

ズパアアアンッッ!!!!

 

解き放たれたエネルギーは、俺に肉薄していた全ての攻撃を弾き、囲んでいた奴らは遥か後方へと吹き飛ばされた。

通常これほどの威力を放てば、放った本人がまず無事では済まないのだが、ジェット機が自身のソニックブームで壊れない様に、ウルトラマンが自らの衝撃波で真っ二つにならない様に、俺の強度が無傷を可能にしている。この程度気でガードする必要もない。

しかし少々難点があるとすれば、服が衝撃に耐えられず、ある程度破損してしまうこと。今回は地面に放ったからこうなってしまう。本来は相手の方向に向けて放つため、毎度今の様に上半身をはだけさす訳では無い。

 

「そこまでです。お疲れ様でした。従者の皆さん。特に最後の攻撃を受けた4名は必ず救護室に行って治療を受ける様に」

 

本来ならばすぐに戦闘のフィードバックがあるはずだが、流石のクラウディオもちょび髭爺も治療を優先させるつもりの様だ。

と言っても、大半は気を失っているだろうから、言っても届いていないだろうが。

クラウディオが隅に控えていた従者2人を一瞥すると、従者は気絶している人員を運び始めた。

 

____________

 

戦闘後、クラウディオや金髪髭爺に聞かれた改善点を話し、現地解散になった。早々に金髪髭爺は次の仕事へと出かけていった。あいつ、俺と戦闘するの怖くなって足早に逃げたな。俺も上着の変えをもらって着替え、退出した。

仕事が長引いたのは面倒だったが、やはり一方的な蹂躙は楽しい。こう言うイベントは俺のストレス発散の為に定期的にやっておきたい。

 

「おー!修吾ではないか!久しいな!フッハハー!」

 

と、エレベーターを上り、また無駄に広い通路を歩いていると、正面からやってきた九鬼紋白と遭遇した。

マジで血は争えない。紋白と英雄と揚羽。この三兄弟はその性格から振る舞いから、全てが似ている。おまけに笑い方まで一緒だ。九鬼には笑い方のマニュアルでもあるのか?九鬼帝がこの笑い方をしないことから、九鬼帝自身が子供をマニュアルで育ててる説が濃い。

 

「お久しぶりです」

 

「うむ!!今日は従者達の訓練か。協力感謝する。しかし、だ。何故来るならば事前に我に連絡せんのだ!」

 

しないだろ。

 

「それで、従者達はどうであった?」

 

なんで俺が何度もフィードバックを言わなければならないんだ。まあ相手は九鬼の跡取りの1人だから、丁寧には扱うが。先程クラウディオに伝えた事をそのまま言えばいいだろ。

 

「距離が近かったです」

 

隙を与えない様に常に四人以上でマークしていたが、逆にそれが裏目に出ていた。お互いがお互いの攻撃の射程圏内ならば、少しズラすだけでそれは互いを潰し合う攻撃となる。もっと立ち回りを考えるべきだ。

 

「紋様を御守りするには足りないかと」

 

「ふむ…」

 

九鬼紋白は少し難しい顔で考えていたが、少しして顔を上げた。

 

「若手の従者達は粒揃いだ。きっと近いうちに相応の力を身につけるだろう」

 

そうか?見どころのある奴なんて特に見当たらなかったがな。

 

「しかし、それまで我を任せられないと言うのであれば…修吾。お前が我を守ってくれれば良いのではないか…?」

 

まあ別に悪い提案じゃないんだがな。給料は最高ランクだし。しかし、いかんせんブラック企業すぎる。いつ戻ってきてもいいと言われているんだ。金が必要になったら適当に戻るとしよう。なのでここは耳障りのいい言葉で誤魔化しておく。社交辞令という奴だ。

 

「光栄でございます。しかし未だ学業に身を割く時分。然るべき時に、まだ紋様の御心が変わらない様であれば、その時こそよろしくお願いいたします」

 

「うむ!我の心は変わらん!待っておるぞ!」

 

よし。とりあえずの保険はゲットだ。

将来なんの気力も湧かなかったとしても、とりあえず九鬼で時間潰しはできるか。

 

 

 

 

________________________

 

九鬼ではここ数年のうちに、組織構成が大きく変動した。見込みありと判断された若者が軒並みその順位を大きく繰り上げ、今まで上位にいた老人達は、少人数を除いて順位が落ちた。中には首を切られたものもいる。

その人員の大幅な変動により、これまで他支部にいた従者が本社勤務になったり、また新人雇用が活発化した。

それにより本社の新参者が増え、これまでの九鬼を知っているものの割合は減った。

 

そしてそれ故に、新参者達の中ではある謎が広まっていた。

それは、日夜順位変動が巻き起こる九鬼の中で、全く動かない順位があること。

それ自体は珍しいことではない。現に0位のヒュームや2位のクラウディオ。マープルやゾズマなどは、若手育成計画が立ち上がるまで何年も、己の順位を不動のものとしていた。

では何が謎かと言えば、問題はその順位が空席であること。

 

序列5位。

 

若手育成計画の筆頭に立てられた忍足あずみ。老兵であるが圧倒的実力者のヒューム達を除けば、最高位に位置する序列である。

全員が野心を持ち、少しでも高い地位を手に入れようと邁進する中、その順位だけは2年以上もの間空席。

もっと謎なのは、それに対し圧倒的実力主義の序列上位陣が、当然の如く受け入れていること。更には従者外の、九鬼自体のトップ陣。九鬼揚羽、英雄、紋白、局、果ては九鬼帝に至るまで当たり前のこととしている。

まるで、そこに収まるべき人物がいないかの様に。

当然新人達からしたらそんなものは話題の種だ。

昔からの九鬼従者のトップ。若手育成計画の代表であるあずみという2つの異例を抜けば、実力的に実質トップ。

 

曰く、実力トップなどという明確な位置は設けず、従者の中で切磋琢磨し合えというメタファー。

曰く、実は組織内で存在しているが、隠密主体の従者の為情報が秘匿されている。

曰く、最下位の武田小十郎が実力を隠していて、本当は5位。

曰く、過去に5位だったものがあまりにも優秀で、その後釜が存在しない。

 

若手の従者達は各々の考察を語り、酒の肴にした。

 

「では、お二方は医療班として付き添いをお願いします」

 

それは、この日クラウディオにより、修練の医療班を任せられた2人も同様であった。

修練場につき、2人は少なからず驚嘆した。それは、修練場にいた者達の顔ぶれ故に。

若手の中なら文句なしの

序列1位 忍足あずみ。

 

戦闘の一点のみでその地位に座る

序列11位 チェ・ドミンゲス

 

若手トップ層の

序列16位 李静初

序列17位 ステイシー・コナー

 

足技だけなら達人クラスと言われる

序列42位 桐山鯉

 

入り立てで上記の者らより序列は低いが、実力ならば並ぶ

序列184位 シェイラ・コロンボ

 

おまけに重役の化け物ども

ヒューム・ヘルシング

クラウディオ・ネエロ

までも同席している。

一国をも滅ぼし得る戦力だ。主に重役2人がメインだが。

 

若手従者の2人は今回の詳細をそこまで知らないが、どうやら外部からの人間を招いた訓練らしい。

そこに少なからずあった違和感が、益々大きくなった。九鬼の訓練は、主に内部の従者間のみでやる。重役達が訓練に参加しないとしても、これほどのメンツを相手にできる人物はかなり絞られる。まず間違いなくマスタークラスでないといけない。

しかし、これまでそんな外部コーチのような者を九鬼が取った記憶はない。

九鬼は外部の者に腹を見せないからだ。

 

「そろそろ時間ですね」

 

クラウディオが懐中時計を開き、そう呟く。

少し間を置いて、修練場の扉が開かれた。

入ってきた人物に、2人は少しの間停止した。

スラっとした高身長に、俳優顔負けの美丈夫。その姿は、先程まで修練場にいたはずのヒュームが当たり前の様な顔で修練場に入ってくるという、謎現象にも勝る衝撃だった。

 

この人物が、今からここにいる猛者達を相手取るのか。

見た目は若い。若すぎる。ここにいる誰よりも。

 

入ってきた人物は、クラウディオにより修吾と呼ばれていた。

修吾は序列上位陣、自分達が話すたびに緊張する程の面々と、軽く挨拶をしていっている。まるで旧友、同僚、先輩後輩の様に。

殆どのものが親しげに話している。それは、若手従者の2人からしてみれば、なかなか見ぬ異様な光景であった。特に忍足あずみなどは、職務中は常に気を張っており、どこか人を寄せ付けない雰囲気があるのだが、今のこの光景からでは想像もつかない。

 

「では始めさせていただきます」

 

クラウディオの一声。途端に、先程までの空気が一転。現場に張り詰めた空気が充満する。2人は理解した。訓練という名目ではあるが、その実ここはまるで戦場。参加をしていない自分達でさえ、気を抜いたら命は無いと錯覚させるほど。

 

「開始」

 

クラウディオの声と同時に、ステイシー・コナーが銃を乱射した。ほぼ不意打ち。序列上位陣でさえ、備えていればいざ知らず、不意打ちによる銃撃を躱すのは困難を極める。

しかし銃撃が終わってみれば、そこには全くの無傷の修吾が立っていた。そこには弾があった形跡も、大きく動いた後もない。

状況により分かっていたつもりではあったが、この目で視認するとより深く実感する。

やはりこの男は尋常では無い。

 

そこからは、若手2人からは一瞬の出来事であった。

 

「そこまで」

 

何が起きたか一瞬理解できなかった。気付いたら先程まで修吾がいたところに従者が密集しており、しかし件の男はそこにはいなかった。

修吾はいつの間にかマネキンのすぐ側に接近しており、その首を落としていた。

 

寒気がするほどの実力。誰も彼も修吾の動きを視認できなかった。つまり、もしこのメンツの誰かに自分が命を狙われたのならば、気付くこともできずに命が絶たれているということ。そしてその誰をもってしても、修吾の動きに対応できないということ。

 

一体どれほど強い。ここは世界の九鬼、その本社。九鬼従者の上位陣は、そのまま世界の上位陣を指す。それに対し、これほどの実力差があっていいのか。

 

その答えは、次の瞬間には明らかになる。

第2ラウンドと銘打って、今度は従者部隊と修吾との純粋な戦闘訓練が始まる。

 

「開始」

 

そこからは到底一部始終を目で追えるものではなかった。辛うじて、要所要所の事実が受動的に目に入ってくるのみ。それはいつか見たバトルアニメそのものであった。

そしてその終わりは、唐突であった。

 

ズパアアアンッッ!!!!

 

耳をつんざく破裂音。鼓膜が張り裂ける気さえした。その瞬間4つの影が吹っ飛び、壁に激突する。後には、上半身をはだけさせた修吾だけが残っていた。

 

爆発物の使用。いや、そんな素振りや持ち物は一切なかった。ましてや、この男ほどの実力者がそのような者を所持しているのは違和感を覚える。

 

何かした。明確に何かは到底わからないが、この男は信じられない何かをしたのだ。

そしてその瞬間、若手2人は理解した。

 

この男だ。

2年以上もの間空席と言われる序列5位。その考察はさまざまなものが飛び交うが、その中に事実はあった。

この男が元序列5位。確かに、こんな化け物がいたのでは、後釜が存在するわけがない。いつか帰ってくるであろう男の為に、実質最上位の序列の席は用意されている。

修吾の後釜は、修吾しか存在しない。

 

明らかに時代の傑物たる人物。その男を前にして、負傷者を運び出す2人は、どうにかして連絡先欲しいなと思っていた。




マジでこの小説最古参読者勢が毎話欠かさず即感想くれるんですよね。もう3年経つこの小説。3年経って14話しか無いこの小説をずっと待ってくれている方々。誠にありがとうございます。
次は何年後だ!?(懲りない)


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女将とアパレル店員と美容師のお節介は嫌がらせでしかない

実はこの話自体は2ヶ月前くらいにできていたんですけど、次の話が全く思いつかず、投稿するのを止めていました。
というか俺今5つの小説が同時進行していて、一つ一つの執筆が亀より遅いんです。生き方下手すぎる。
べるぜバブの方にもコチラの小説を読んでいる方からチラホラ感想が来ていまして、執筆再開し始めてます。
やはり感想は偉大。古事記にもそう書いてある。


唐突だが、俺の1日のスケジュールをざっくり公開する。

早朝、5:00に目が覚める。そこから1時間半鍛錬。もちろんやりたいわけがない。川神百代やらなんやらを打倒する為に仕方なくやっている。早朝に起きるのも、もう少し遅いと俺の朝食の時間に寮の人間が起きてくるからだ。

 

7:00。奴らが起きてくる前に寮を出る。道中出会う雑魚敵に度々絡まれる。

 

8:00。煩わしい奴らが川神橋で合流。

 

以後学校中は休み時間は川神百代が襲来。昼休みは稀になんとかファミリーが絡んでくる。

 

18:00 帰宅。以後寝るまでなんとかファミリーが絡んでくる。

 

 

ディストピアだ。普通の人間だってここまで1人の時間がないとストレスで精神がおかしくなりそうなものだ。ましてや俺は1人の時間が大切であり、邪魔してくるのは俺の人生において全くの無益のボンクラどもだったりする。このままでは俺は鬱病まっしぐらだ。そんな俺は偶にある雑魚ボコしイベントでストレスを発散するしかない。しかし、それも積み上がる膨大なストレス量に比べれば、微々たるものだ。おまけに、最近雑魚敵を相手にするのが日常になりつつあり、ストレスの軽減度合いが減っていっている。

これは非常に良くない。

早急に解決策を講じなければ。

八方塞がりな現状に見えて、一応の大まかな算段はつけられる。

一つは新たな癒しを見つけること。

これはもし見つけることができたら非常に俺の精神衛生上良い。一般的に鬱病や認知症回避には、何か趣味となるものがあればいいとされている。

しかし、これは長期的にみたら非常に有効な策と言えるが、短期での解決策とはなり得ない。加えて、新たに趣味を見つける労力は想像を絶する。基本俺はなんでも出来てしまうからだ。

 

そこで考えたのがもう一つの策だ。こちらは単純。長期的な解決こそできないものの、短期間で見たならば効力がありそうだ。

つまり、日常生活で1人の時間が取れないのならば、日常外で無理やり休みを取ってしまえばいい。

それができないから困っているのではないか。いや、それは少し違う。

何故ならば、何者にも縛られない、素晴らしい時間がやってくるからだ。

 

ゴールデンウィーク。

 

全ての学生、社会人にとっても至福の時間だろう。しかし断言できる。世界で一番この時間を重宝しているのはこの俺だ。週に必ず訪れる休日程度では、あのなんとかファミリーを撒くことはできない。まじであいつらはエンカウントしたら終わりの概念能力者なのだ。まるでデウスエクスマキナだ。

そんな即死イベント持ちの奴らも、流石にプチ休暇まで俺をハントすることは叶わない。

フラッと何処かへ行って仕舞えば、1人の休暇の始まりだ。まさに黄金体験。ゴールデンとはよく言ったものだ。

 

さて、そうと決まれば実行あるのみ。俺は放課後に早々に寮へと戻り、いそいそと旅路の支度を始めた。寮ならば本来なんとかファミリーの接触は必須だ。もしこんな支度をしているところを見られたら、あれよあれよと旅行先までついてくるだろう。ノートリアス・B・I・Gかあいつら。

しかし現在ならば大丈夫。この時間、この瞬間だけは俺の世界に静寂と平穏が訪れるのだ。何故ならば、今日この日はなんとかファミリーが廃ビルに一同に会してるらしい。奇跡だ。つまり俺の支度が誰かに発見されることもないわけだ。

小〜中サイズのアタッシュケースの荷物をまとめ、まだ暗くなりきっていない外に繰り出す。気分はウキウキだ。

さて、どこへ行こうか。

俺は基本好きなとこは特にないのだが、ことここに至って1人の恋しさを知った。1人になり、落ち着いて優雅に過ごしたい。ならば自然は必須だ。そうだな。森林浴なんかがいい。昼は木々に囲まれ、夜は温泉宿にでも泊まって露天風呂で一杯。いいじゃないか。

となると温泉が有名なところがいいな。まあ北西か北東に向かえば温泉なんかはいくらでも名所があるだろう。考えのは後ででとりあえず出発するとするか。

 

 

 

________________________

 

軽くジョギングをしたので、その日の夜には目的地周辺までつくことができた。このまま目的地までノンストップで行ってやろうかと思ったのだが、俺はその思考に待ったをかけた。何もこんな日にまで効率重視で動くこともあるまい。近場のバス停に目を止めてみれば、奇跡的にもう少しでバスが来るみたいだ。こういう無駄な時間を過ごすのも、旅の醍醐味だろう。

やがて定刻通りにバスは来て、俺は乗り込むことにした。乗客は俺しかいないようだ。流石田舎だな。運転手は帽子を深く被り、全くこちらを見向きもしない。愛想もクソもないな。そこは田舎であれよ。

 

そういえば、この旅に九鬼帝や葵冬馬、ハゲや白インキャを誘おうかとも思った。何故なら、奴らは風間なんとかの奴らとは違い、将来が確約されたメンツだ。仲良くしとくことに越したことはない。

しかし問題点一つ目として、まず十中十で忍足がついてくるだろう。ただでさえ仕事中鬱陶しかったのに、プライベートでも上司の相手とか嗚咽モノだ。

そして第二に、そもそも俺は1人の時間が欲しいのだ。そこにメンツの良し悪しは存在しない。ビジネスライクを振り撒くのもストレスなのだ。

まあ、上記の理由から俺はやはり1人を選択したわけだ。

 

と、そんなことを考えているとバスが停留所で停車する。俺の目的地ではない。ふむ、こんな時間にこんな所で乗り込む奴もいるのか。俺は視線を窓の外に向ける。が、誰もいる様子はない。

しかし、何処にいたのか、1人の髪の長い女が乗り込んできた。格好は所々が汚れた白のワンピース。ワンピースのくせに華やかさがひとつもない。しかも裸足だ。その女は金を払うわけでもなく、一直線に歩いてきて俺の後ろに座った。

こんだけ空いてんのにわざわざ俺の後ろとか、社会性無さすぎるだろ。

バスは何事もなかったかのように出発。そういえばこのバス、バス停の名前を一度も言わないな。まあ夜だしオフモードなのだろう。

 

かなり時間が経ち、やがて目的地のバス停についた。ふむ、たまの旅くらいこういう無駄な時間があってもいいな。

俺は荷物をまとめて席を立とうとする。そういえば、あれから一度も振り返っていないが、乗ってきた女も一度も降りていないということは、ここが目的地なのだろうか。と、ふと気になったところで、

 

「やっぱり見えないか」

 

すぐ後ろでそんな声が響いた。俺は振り返ったが、そこには誰もおらず、しかしシートはびしょ濡れになっていた。

流石田舎だな。

 

ともかく、俺は早々に降りて、先に見える宿に向かった。

 

「あら、ようこそお越しくださいました!大変だったでしょう?この時間バスもタクシーも出てないから」

 

よく喋る女将だが、それを抜けばとてもいい宿だ。内装も綺麗だし、なんといってもあのパンフレットの温泉が素晴らしい。やはり、温泉といえば箱根だろう。

 

「それにしてもお客さん惜しいわね。さっきまでお客さんだけだったんですが、つい先ほど明日から団体客の予約が入りましてね」

 

まあ、大浴場に人がいるのは少し嫌だが、そこまで贅沢も言ってられない。時間をうまくずらせば十分だろう。

通された部屋も申し分ない。近場には川が流れ、空気も澄んでいる。

今日から俺の素晴らしい3泊4日が始まるのだ。

 

 

 

________________________________

 

……なっ。あっ。がっ。

なっ…マジなんなんだ…。

何故バレ…いや、違う。何故いるんだ。

 

「お前は本当に可愛いな。偶に茶目っ気を出して。なんだ?驚かしたかったのか?」

 

「しゅーにいが珍しいくらいにはしゃいでんのは分かったけど、どうせなら一緒に行きたかったよ?今度からは私にだけでも声かけてね」

 

「前日乗り込みすんなら教えてくれよなしゅう兄!!俺も行きたかったのによー!」

 

「昨日全く顔出さないし、連絡も取れないからどうしたのかと思ってたけど、流石にこれは考え付かなかったなあ」

 

「しゅう兄ってたまに凄い行動力あることするよね」

 

アガ。あり得ない。あり得ない。

マジ…あ。な、え、マジなんなんだ。そういえば昨日女将が言ってた団体客って、こいつらのことだったのか。マジなんなんだ?GPSでも埋め込まれてるのか?いやしかし俺の身体に何かしているのであれば、例え砂粒1つ程度の大きさでも気付くはずだ。ということは、携帯端末に何かされたのか?いや、買った時から重量は増えていない。システム的なものか?一度ハッキングしてみるか?

 

「でも実際びっくりしたな。キャップが当ててきたのは昨日だろ?一体いつの段階で情報を得たんだ?」

 

は?何被害者ズラしてんだ。逆だ。一体どの段階で俺の情報を得たんだ。両親にも場所は伝えておらず、電車などの交通機関も使ってない。ましてや気などはオフにしている。特定されるはずなどないのだ。…いや、今は原因の特定よりも目先の解決だ。幸い部屋は別だ。最低限の安らぎをそこに求めれば精神的に壊滅は

 

「あらま、お知り合いで前泊でしたの?ではお部屋一緒にしておきますね」

 

女将いいぃぃ!!!

 

 

 

 

____________________________

 

とりあえずまず1日を通してわかったことがある。それは、こいつらに落ち着いた旅など不可能ということだ。部屋を無理やり一緒にされてから、俺は出来る限り1人の時間を作ろうと奮闘した。しかし、その悉くを邪魔された。

窓際で風を感じながら読書をすれば、川神百代が横にもたれかかってくる。

外を散歩しようとすればアホどもが探検と称してついてくる。

川辺で釣りをすれば青インキャがピタリと寄り添ってくる。

こんなのは俺の理想とした休日ではない。俺が追い求めたものは1人の優雅な時間だったはずだ。しかし蓋を開けてみれば常に誰かと一緒のアンハッピーセット。しかも極め付けはこれだ。

 

「自分はお前のいちいち狡いところが嫌いだ。色々と大義名分を打ってはいるが、正直しゅう先輩のような本物の義に生きるものと比べると言い訳にしか見えない」

 

「自分の大切なものを守るためだ。義を通すだけでは守りきれないものもある。結局のところクリスが掲げているものはただの詭弁だ。耳障りのいい机上論を述べて悦に浸っているだけだ。誰も彼もがしゅう兄の様に完璧なわけじゃない」

 

こいつら、まさかの旅行中に揉め始めたのだ。普通の思考回路があったらまずそうはならない。勝手に俺の旅行に陣取り始めて、挙げ句の果てに揉め事を起こすなど、いったい俺になんの恨みがあってするんだ?

 

 

「しゅう先輩はどう思う?」

「しゅう兄の率直な意見が聞きたいんだけど」

 

知らねえよ勝手にしろ。つかその隙を見て人を巻き込む根性をどうにかしろ。そんなもんはなんとかファミリー同士で仲良くやってろ。

 

「認めさせる相手は俺じゃねえだろ」

 

「……確かにそうだ」

 

「どうやら一度決着を付けなきゃいけないみたいだな」

 

つか周りのやつもいい機会だみたいな顔してんじゃねえよ。組織はお互い補い合えないならば組織である意味がないんだよ。そんなんだからお前ら将来性皆無なんだ。

俺は何やら話しているなんとかファミリーを置いて1人早風呂へと行った。

 

 

______________________________

 

次の日、俺は流石に現状に耐えかね、早朝にそそくさと外出した。当たり前だ。奴らが起きてくれば昨日の二の舞。またチープ・トリックの如く付き纏われ、俺の1日が無駄になる未来しか見えない。

暫くぶらぶらと歩きやることを探したが、こういう時過去のクローン組と過ごした離島での経験が役立つ。自然に囲まれ、他は何もない様な簡素な所ではやることは基本的に決まっている。

俺はそこら辺から材料を集め、簡易的な釣竿を作る。

そう、水辺なのが幸いした。水辺ときたらとりあえず釣りだ。俺は離島にいた時の暇な時間の過ごし方といったら基本鍛錬か釣りだった。しかし、釣りが好きなのかと問われればyesとは言い難い。結局魚の動きを理解し、水の流れを理解し、魚の好みを把握していればただの作業に成り果てるだから。なので俺にとっての釣りはあくまで暇な時間の潰し方と言った認識だ。

 

 

 

 

 

しかし、少し時間が経ち、それすらも邪魔する輩が出てきた。

 

「おい貴様。ここで何をしている」

 

川魚を釣ってはリリースし、釣ってはリリースしを繰り返していたところ、背後から声がかかった。まあ、この森に散らばる20人の気配は感じてはいたが、歯牙にかける程でもないので無視をしていた。が、その羽虫程度の奴等の中で、少なくとも1番気の多い奴が話しかけてきた様だ。近づいてきてはいるなと思っていたが、振り返る労力すら使いたくなかったので確認しなかったのだ。しかし、明確に話しかけられるとは少し予想外だ。

 

振り返り、そいつの形を確認する。

深紅のロン毛に、眼帯に、軍服。そしてトンファーを所持している。

 

そうか。

俺は首を戻しそのまま釣りを再開する。

 

「こちらの問いが聞こえなかった様には見えませんでしたが。ここら一帯は我々猟犬部隊がテリトリーを張っている。偶然ならば悪いが、運が悪かったと思いなさい。即刻ここから立ち退きなさい」

 

淡水魚は淡水魚で中々に処理が面倒くさい。俺は食い物の中なら刺身がダントツで好きだが、川魚は刺身に向いていない為、食すのに適さない。勿論捌いて火にかければ十分に食えるが、その手間と得られるメリットを足し引きした際に、メリットが手間を超えて来ないのでやっていない。

 

「貴様。聞こえなかったではすみませんよ。最後の忠告だ。即刻ここから立ち退きなさい」

 

となるとやはり海の方が釣りは適しているかもしれない。海は純粋に釣りを楽しみ、川は釣りをしながら場の雰囲気を楽しむ様な感覚だ。俺でいう純粋に釣り楽しむというものの中には、偶には魚を食うことも入っている。海の魚は偶に寄生虫などが潜んでいるが、そんな下等な虫如きが俺の目を掻い潜れるわけもなく、一振りで全てを取り除ける。

 

と、そんな思考をしていた最中に、背後で人が踏み込む振動が発生した。その振動は微弱だが、この俺の触覚には対象との距離、一撃に込められた威力、速度などを雄弁に伝えてくる。

 

ヒュオッ!!!

 

次いで、気流が動き、何かが背骨のやや右に突きを放ってきた動きを知覚する。気流の動きにより得物のリーチ、鋭さ、距離がより明瞭になる。

そして、俺のシャツを押しながら背中の皮膚に当たる感覚。踏み込みの段階で躱す事など容易だが、例え皮膚まで到達してようと、この程度で俺に攻撃を当てるなど不可能だ。

俺は当たると同時に、座っていた状態から身体を捻り、背後からの得物、トンファーの突きを前方に受け流した。

俺と突きを放ってきた赤髪が向かい合う。

ほう、少し予想外だ。大抵の者なら勢いに引っ張られ川に落ちていてもおかしくない。しかし、目の前のこいつは重心の置き方を少しは心得ているのか、体勢は傾きつつも大きく崩れることはない。

まあだからと言って、人が折角見つけた貴重な1人の時間、メタルスライムよりもレアなこの時間を邪魔したことを許そうとは思わないがな。

 

______________________________

 

「なっ!!」

 

あまりの驚嘆により、赤髪ロングの眼帯女、マルギッテから思わず声が漏れる。

自分の尊敬する上司であるフランク中将の娘、敬愛するクリスが学友と旅行すると言うので、フランクの命もあり、その護衛として部隊丸ごと旅行先に乗り込んだ。現在マルギッテは護衛の一環として、周辺の警戒を行なっていたところだった。とはいっても、警戒対象は主に熊などの野生生物。なので、見回り中に偶発的に目にした青年など、はなから眼中になかったのだ。

威圧感を持って立ち退く様に言う。が、意外だったのはこの青年が一度振り返った以降、こちらを見向きもせずに釣りを続けたことだ。歳で言ったらクリス達とそう変わらないが、クリス達が行動しているのはここから川をかなり上ったあたりである。学友であるならば1人でここにいるのはおかしい。

それに、自分の威圧感を持ってしても全く反応することのないその背。その不可解さにより、なんでもなかった青年への警戒心が微かに上がる。

 

少しでも懸念があるならば、やはり野放しにはして置けない。

 

それは軍人としての常識と、過剰なほどのクリスへの愛に満ちたマルギッテの行きすぎた行動だった。

尚も返答のない青年に、言葉での警告を止める。呑気に釣りを続ける青年の背に、トンファーによる突きを繰り出す。急所を外す様に、しかし生半可ではない威力が込められた突きは、青年を容易く突き飛ばし、流れる川へと落とす。

その筈だった。

 

「貴様、一体何者だ」

 

放たれた突きは、まるで中空に放ったかの様に完璧に受け流された。確かに背に放ったのに、何も触れた気がしなかった。

凡そ、人の動きに思えなかった。

普通の、気の抜けた様にすら見えた背中から一変、こちらに向き直る端正な顔立ちの青年。

油断していたわけではないが、警戒心をマックスまで引き上げる。

 

強い。

 

青年、修吾が全く隙の見えない佇まいのまま、初めて口を開く。

 

「まずお前が誰だよ」

 

「…。ドイツ軍特殊部隊所属。マルギッテ・エーベルバッハ。警告は先程行った故、貴様を不穏分子として排除させて頂きます」

 

「人の時間邪魔してんじゃねえよ」

 

この際誰かはどうでもよかった。こちらの問いに応えないのは確認済み。ならば最悪の場合この青年が危険分子だった時のリスクを排除する。

マルギッテはジリジリと間合いを詰める。わかっている。無駄なことだとは。どの角度から攻める想定をしてみても、一切の隙がない。ならば、せめて一蹴りで間合いを詰めることができる距離まで近づく。幸いトンファーにより僅差でこちらの方が間合いは広い。故にギリギリの間合いを見極められれば戦える。それに、相手は背後がすぐ川な為、闘いながらの後退の選択肢がない。戦闘において、明確に選択肢を排除できるのは圧倒的アドバンテージとなる。

 

間合いが縮まり、縮まり。

 

(ここ!!)

 

マルギッテが地を蹴って接近する。修吾との距離が一瞬にして縮まるが、修吾が構えを取る素振りは見えない。

ギリギリこちらが有利な間合い。それをモノにしたマルギッテは手首でトンファーを回転させ、先端を修吾の顎に放つ。岩をも粉砕する威力だが、マルギッテは修吾を相手にそんな懸念をしている余裕はなかった。

先端の速度は常人が視認できない程だ。

しかし、その一撃は、修吾の顎を擦り抜けた。いや、マルギッテからそう見えただけだ。正確には、直撃の寸前微かに顎を上げただけ。掠りそうなほどギリギリの回避であった。

驚嘆はしたが、隙を見せるわけにもいかない。マルギッテは攻撃のブランクが空かないように、左右で猛攻を仕掛けた。一瞬でも隙を生んで仕舞えば、そこでカタが付いてしまうと直感で理解していたからだ。

そして、その判断は正しい。

 

相手が修吾という事に目を瞑れば。

 

後退という選択肢を封じられて尚、修吾に攻撃が当たることはなかった。速度の速い攻撃は、いかに重さが乗っかっていようと外部からの力に容易く影響される。

マルギッテの放った攻撃は、その悉くが修吾の添えられた手によってあらぬ方向へと飛んでいった。

 

「はあっ!!」

 

焦りによりマルギッテがこの攻防で1番の威力をのっけた打撃を放つ。それは、どうにか修吾に隙を生ますための攻撃。だがそれは、相手が修吾だということを考慮すれば、あまりにも安直で、危険な選択だった。

 

放たれた突きに、修吾の手が添えられる。しかし、修吾はそれを逸らすわけでも、増してや止めるわけでもなかった。修吾は逆に威力をのっけたのだ。渾身の力を乗っけた突きに、更に外部からの力が加わる。

加速したその攻撃は、目的を外れ大きく空振りをした。予想外の威力に引っ張られ、マルギッテの芯が大きくブレる。

瞬間、マルギッテを凄まじい悪寒が襲った。と、同時に、

 

ズガンッ!!!!

 

凡そ人が出したとは思えない程の音と共に、猛烈な衝撃がマルギッテを打った。トンファーでのガードが間に合ったのは完全に奇跡だ。偶々打たれる場所に置いてあっただけ。それがなければ、マルギッテはこの一撃で沈んでいた事だろう。

その余りの事実にマルギッテは冷や汗をかく。実力の高さは覚悟していた筈だった。しかし、現在修吾が放った一撃。マルギッテが知っている、世の達人の必殺の一撃の威力だった。しかしそれらは、明確に技として確立されており、その一撃を放つのは完璧なる型の一致が必要となるので、当たり前に時間を有する。

それを、世の中の誰よりも最短に、正確に。血の通っていない様な完璧な動き。まるで理論値そのままの動きをしたかの様な正確性だった。

 

「…っぐ!」

 

ガードした左腕に鈍痛が走る。後どれほど機能するかわからない。

マルギッテは状況を整理しながらも、目の前の修吾から一瞬も目を逸らさなかった。

が、

 

「ぐあっ!!」

 

瞬間、マルギッテの腹に衝撃が走った。

 

(な、何が…っ!!)

 

混乱の中、マルギッテはそこで初めて気付く。マルギッテのすぐ目の前には修吾が立っており、衝撃の走った腹には修吾の拳が突き刺さっていた。

視認すら出来ない速度。いや、そうではない。マルギッテには確かに見えていた筈なのだ。しかし反応できなかった。反応しようと思えなかった。

 

例えば鳩。例えば羽虫。人間がただ近くを通るだけでは反応すらしない。しかし、これがもし人間が意識を向けたとすると、生物は途端に回避行動を取る。人間も同じだ。

戦闘中、果ては日常の中でも、人間は無意識に対象からの意識を察知している。だが、もし意識を向けずに、純度100%の自然体で近づくものがいたのならば、鳩や羽虫と同じ様に、人は反応ができない。

 

つまり、目の前の修吾は、意識的に超自然的無意識を作ることができる。

なんという脅威的な精神コントロールか。

明確に見える、敗北のイメージ。だが、敬愛するクリスの安全のために、負けるわけにはいかない。

 

(奥の手でしたが、仕方のない)

 

マルギッテは力を振り絞り修吾から距離を置くと、自身の眼帯を取った。

 

「Hasen jagd」

 

______________________________

 

「Hasen jagd」

 

やっと見つけた俺の1人の時間を不躾にも邪魔してきた目の前の赤髪女がそう言った。

おい。お前今ウサギ狩りって言ったろ。確かに聞いたぞ。誰がウサギだ?まさか俺じゃないよな。この期に及んで自分が狩人の位置にいると思っているとか、そんなわけないよな。

 

「確かに貴様の、いえ、敬意を評して貴方と呼びましょう。貴方の武術は底が知れない。断言できる。私が今まで見たどの武人よりも緻密で、正確で、美しい。しかし、今の私は先程までより3倍は強いと思いなさい」

 

嘘ではない。確かに眼帯を外してから気が若干大きくなった。身体能力は3倍とまではいかないが、身体能力の向上は戦闘力の大幅な向上につながる。元々そのカラクリには気が付いていたが、俺はやれることはなんでもやらせ、その上で叩き潰すタイプだ。なので、今回も自由にさせてやる。

 

「貴方の技術は確かに神がかり的だ。しかし、運動能力までそうと言うわけではない。今の状態の私ならば、少なくとも身体能力は貴方を大幅に超えている」

 

なるほどな。確かに一理ある。俺の戦闘中の身体能力は、21歳男の平均的なそれと同等にしてある。今のこいつの身体能力と比べると、いや、先程までのこいつと比べてもかなり劣る。こいつはあの攻防の際にそれに気がつき、勝機があるとすればそこだと結論を出したのだろう。

はあ、なんて哀れなんだ。身体能力ならば俺を超えられる?バカが。元々俺は身体能力(そちら)側だ。お前くらいの運動能力なんぞ、10年以上前にはもう備わってたっつんだよ。ただ戦闘中に使う必要がないだけだ。俺は非効率なライオンとは違う。うさぎを狩るなら、最低限の力だけで足りる。慢心ではなく効率的なだけだ。そしてそんな俺を見て、身体能力がカスだと勘違いしてしまったのか。

まず気に食わないことが、身体能力さえ覆せれば、この俺に勝機があると思ってしまっているところだ。こう言う手合いには、何をしても及ばないと武を通して分からせるのが一興だ。

だが、今回はもっと許せないことがある。それは、身体能力ならば俺を超えられると思っているところだ。慢心を通り越して傲慢。

特段こいつに恨みはない。いや、多少なりともあるが、いつの日か俺に土をつけたあいつらほどじゃない。しかし、その傲慢さは許せない。

お前が身体能力に一抹の希望を見出し、そして縋ると言うのならば、身体能力のみでそれを超えてやろう。お前のその傲慢、上から叩き潰してやる。

 

俺は佇まいを直す。それは改善ではなく改悪。隙だらけの棒立ち。これが案外難しいのだ。俺の身体は放っとくと勝手に最善の佇まいを選んでしまう。それを意図的に解除するのだ。誰だって意識して同じ方の手と脚を出して歩くのは難しいだろう。

 

「……くっ!!それは侮辱ですか!!」

 

「どっちが。俺からすりゃお前の方が侮辱している」

 

「……後悔なさい」

 

それも、お前の方がだ。

先程までより少し速くなった女が俺に突貫してくる。ほらな。傲慢だ。先程の間合いコントロールはどうした。こちらが構えを解いたとしても、武を封じたとしても、それでもお前と俺との差は絶望的だ。

突っ込んでくる赤髪女はインパクトの瞬間を今の俺の位置にしている。だから、俺は型もクソもない動きで赤髪女に接近し、ボディに横払いの蹴りをお見舞いする。

 

「なっ!ぐぁっ!!!」

 

赤髪女は当然の如く弾き飛ばされる。先行で動いた訳ではない。後出しで、先に攻撃を当てる。それも赤髪女より遥かに出が遅い大振りの蹴りでだ。

技術も何もない。ただ純然たる身体能力。速さと言う一点のみで、不恰好なキックをお見舞いしてやった。

 

「そんな……まさか…。貴方はどこまで」

 

どこまでもだ。まだまだ序の口だが、本気を出して仕舞えば何か起こったかも分からないうちに殺してしまう。ので、大体こいつの2倍ほどの身体能力に固定している。

 

「腹だ。ガードしろ」

 

咄嗟にトンファーをクロスしガードしようとする女。俺が言ってからの行動だが、俺も駆け出している。俺の拳を出すのと、ガードが間に合うのはほぼ同時。それほどの差がある。打ち出す拳はただのテレフォンパンチ。当然だ。この状態で武まで並列したら内臓にダメージを与えてしまう。関節の連結はせず、1番威力の乗るタイミングは意図的に避け、素人の様な拳を放つ。

だが、それでも十分だ。

 

「がああ!!!」

 

女の両腕は弾かれ、トンファーが宙を舞う。勢いは殺しきれずに数メートルは後ろに吹き飛んだ。

 

「こんな…ことが…。まさに…怪…物…」

 

理解したか。何に縋っても無駄だ。身体能力も、武術も、過去俺に土をつけた何人の足元にも及んでいない。増してや、俺はそいつらをとっくに凌駕している。ああすれば勝てるとか、こうすればもしかしたらなんて、あるはずがないんだよ。

 

煩わしい奴はそのまま意識を手放した。

何はともあれ、一件落着だ。

冷静に考えるとこれは大分理不尽だった。俺は1人の時間を求めただけなのに、この赤髪女はなぜかそれを邪魔してきたのだ。俺が人目を忍んで釣りをしていることに、外野にとやかく言われる筋合いはない。公園とかでここは自分の縄張りだと主張する奴と同じくらいやば人だ。

 

まあいい。多少時間は無駄にしたが、1日はまだまだ長い。俺は釣りに戻るとしよう。

 

と、そんな時、1人の足音を感知した。探知を切っていたので少々気付くのが遅れたか。

 

「はあ…はあ…。あれ、しゅう兄?そうか、ゴールのお出迎えはしゅう兄か…」

 

……どこまで…お前らはどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ?シフト制か?俺の邪魔をするバイトでもしているのか?

探知をオンにすれば、ここに複数の人間が集ってきている気配がする。まさか、あいつらなのか。そんな、まさか。

これは…夢だ…この俺の貴重な時間が潰されるなんて…… きっと…… これは「夢」なんだ……。

 

 

 

 

____________

 

もちろん夢ではなかった。

どうやら厨二病とクリスティアーネ・フリードリヒはなんらかの勝負を経た末に和解したようだった。赤髪眼帯女の交代制で俺を邪魔してきたこいつらは、しかし一件落着の様な雰囲気を醸し出している。

そいつは良かったな。ところで、俺のゴールデンウィークがもう後半戦に入り、終わりかけてるんだが、誰か責任取れる奴いるか?

俺の精神は限界を突破し、今は一種の落ち着きを見せている。ことここに至って、冷静に気になるんだが、お前らは1人の時間とかいらない人種なのか?その方が明らかに人間的に欠陥があると思うんだが。

まあいい。結果的に1人の時間はあまり確保できなかったが、自然は堪能できた。これならばゴールデンウィーク明けのあのデススパイラルもなんとか乗り越えられる………

 

 

訳ねえだろふざけんな。自然でまったりできると思ってた故に、そのギャップでいつもより一層疲れた気がするわ。本当に最悪だ。多分今俺は世界で1番可哀想だろう。このゴールデンウィークは俺にとって謂わば生命線だったのだ。

何故なら、九鬼から最近ある話を聞いた。全貌はまだ不確定要素が多すぎる為伝えられていないが、それでも俺の日常を、ただでさえ侵食されて濁り切ったこの俺の日常を、更に妨害し得る可能性のある話だ。それに備え、少しでも英気を養っておかなければならなかったのだ。

なのにこいつら…。

 

「どうしたんだ修吾。ほら、お前刺身好きだろ?アーンしてやる」

 

「しゅうお兄ちゃん!私の走り見てくれた!?」

 

「しゅーにい。私頑張ったんだ。色々話聞いてほしいな」

 

「しゅう兄ほんといつもどうしてベストな場所にベストなタイミングでいるんだろうな。誰かしゅう兄にゴール地点伝えたか?」

 

「いんや!朝には既にいなかったからな!俺はてっきりモロが伝えたと思ってたぜ」

 

「あはは。伝えてなかったけど僕は知ってたよ。しゅう兄なら必ず最後を見届けるところにいるってね」

 

「しゅう先輩。どうやらマルさんと揉めた様だが、勘違いだった様だ。迷惑かけて申し訳ない」

 

「わ、私今回何もしてないです…」

 

「しゅう兄。俺、勝ったぜ。柄にもなく熱くなったけど、やばそうな時はしゅう兄の背中を思い浮かべたんだ」

 

うるせええええええ!!!!




プロット?うちにはないよそんなの。


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