ねむの蕾 (味わいミルク)
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シンプルはベストじゃない

 閑古鳥がカッコウという鳥の別名だということを最近知った。物寂しい鳴き声を持つカッコウにちなんで、「閑古鳥が鳴く」という表現があるらしい。まさにこの店内の状況そのものじゃないか。飲食店が盛況するハズの夕刻時にこうも人がいないとは。カウンターで居眠りをこくマスターも、退屈そうにテーブルを拭くバイトのタマキちゃんの姿も、この時間には見慣れた光景だ。

 

「はぁー……暇ねぇ」

 

 客用のテーブルを何周目かした後で、タマキちゃんがおしぼりを放って呟いた。タマキちゃん、閉店まであと4時間はあるんだけどなぁ。まあ規定の閉店時間まで店を開いていた例はないんだけどね。閉店間際まで客がいたこともないし。

 

「もう8時になるからね。マスター起こして夕飯にしようか」

「やったぁ、ちょうどお腹空いてたんだよね」

 

 嬉しそうに掃除用具を片付けに行くタマキちゃんを見送って、カウンターのマスターの頭上に拳を落とす。後が怖いのでもちろん蚊を潰す程度の優しさを込めて。大体この人の頭を酒が入ったボトルで思い切り殴ったところで死にはしないだろう。というか早く起きろ。

 

「んん……んー」

 

 だるそうに、この上なく迷惑そうにしかめた面を上げながらマスターが起床。快眠を妨げられた目が恨みまがしくボクを見る。アンタはずっと寝てただけだろうが。2時間近く年頃のバイトの子の恋愛事情と愚痴を聞かされたボクの身にもなって欲しいものだ。

 

「もう8時だからさ、夕飯にしようよ。タマキちゃんもお腹空いたって」

「ん?……そうか」

「冷蔵庫に賞味期限ぎりぎりの卵あるからさ、それ使ってよ」

「……じゃあオムライスにでもするか」

「卵だったら、あたしはアレが食べたいなー。何て言ったっけ、エッグ……」

 

 いつの間にか戻って来たタマキちゃんがカウンターに身を乗り出す。

 

「あのさ、マフィンの上に卵の柔らかいのとかベーコンが載ってて……」

「エッグベネディクト?」

「そうそう!それよ」

「でもあれって、どちらかというと朝食の定番みたいな感じじゃなかったっけ」

「そう?別にあたしはどっちでもいいけど」

 

 じゃあエッグベネディクトだな、と厨房に消えるマスター。さすがのマスターも若い女の子には意見出来ない。ボクもそれ以上は何も言わずにカウンターの椅子に腰かける。何故かタマキちゃんもすぐ隣に座った。

 マスターは料理が上手い。個人の飲食店を経営するくらいの腕は十分にある。ただやる気がない。作ろうと思えば作れるくせに、この店のメニューは極端に種類が少ない。かといって酒の種類が豊富かと言ってもそうじゃない。マスター曰く「仕入れが面倒」だの「保管が大変」だの理由を並べ立てているわけだけど、単に面倒臭いのである。どうりで、というか当然客が来ないわけだ。

 

「マスターさんって不思議だよねぇ。ちゃんと料理作ればきっとお客さん来るのにさ、メニューはすっごく少ないし」

「ごもっともです。やる気がないんだよ、マスターは」

「あーあ、あたしもあれくらい料理が出来るようになったらイクタさん戻ってくるかなぁ……」

 

 ボクは何も言わない。昨日別れたばかりの彼氏をダシに冗談を言ったのか、本心なのかはボクにも分からないからだ。心底下らない話だ、なんて格好つけるわけでもない。タマキちゃんくらいの年の子にとっては、男女交際のあれこれが命より重い問題であるかもしれないのだから。その心理だけはボクには理解できないけど。

 結局その後は気詰まりな沈黙が残り、出されたエッグベネディクトを黙々と飲み込む作業だけが続いた。ベネディクトに満足したのか、料理を平らげる頃にはタマキちゃんはすっかりいつも通りの調子に戻っていた。それがフリなのかはやっぱり分からない。

 

 

 

 10時頃、結局1人も客が来なかったため2時間早い店仕舞いとなった。タマキちゃんを自宅まで送り届け、店の後片付けが終わったところで一息。マスターとカウンターを挟んでコーヒーを啜るこの時間が一番安心する、というか肩の力が一気に抜ける。午後は目一杯タマキちゃんの愚痴を聞かされたからな。いつも以上に肩が凝っている気がする。

 

「タマキちゃん、付き合ってた男と別れたらしいじゃないか」

「そうだよ……というか聞いてたんだ、てっきり寝てるのかと思ったけど」

「そのあたりはまだ起きていた」

 

 まあ、あれだけ豪快に泣いてたらね。それにしても営業時間中に居眠りをこく店長や、別れ話を愚痴りながら泣くバイトなんて、この店の店員は意識が低すぎやしないだろうか。

 

「そういえば、お前に仕事の依頼が来ている」

「は?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまったが、状況はなんとなく理解出来た。マスターの話に脈絡が無いのはいつものことだし、仕事の依頼もさして珍しくないことだ。マスターがカウンターの引き出しからやや薄汚れた茶封筒を取り出して寄越す。盛大にコーヒーを零したような跡があることについてはスルーだ。中の資料さえ読めればいいんだし、と思ったら当然封筒の中身にも染みを作っていた。ボクのジト目を無視するようにマスターがおかわりを淹れだす。

 

「……監視?」

 

 冒頭の仰々しい「監視任務」の4文字、対象の写真、数行の依頼内容。実にシンプルな内容である。それにしても対象若っ。まだ12歳になったばかりの子供だ。一応16歳であるボクも大人とは言えないけれど、写真の中の子供は良い意味で子供っぽさや、それらしさが滲んでいる。髪型や横顔の感じから男であることが窺えるけど、隣にいる同い年くらいの少年は友達だろうか?見切れていることと微妙なアングルから、そうだと判断するのは難しい。さらにハンター資格を有するプロハンターでもあるらしい。この年でなんてご立派なことだろう。

 ただこの依頼にはかなり問題がある。まず監視目的や期限に関する記載が一切見当たらないこと。目的はともかく、いつまで見張っていればいいのかが分からないのは困る。そして対象の現在地に関する詳細が明記されていないこと。ふと資料から顔を上げると、マスターがにやにや笑いながらボクを見ていることに気が付いた。この人、絶対面白がってるだろ。

 

「ターゲットは現在ヨークシンシティにいるらしいな」

「でも街のどこにいるかは書いてない。実際あれだけの巨大都市から子供1人を探すなんて、監視任務よりこっちの方が骨が折れる」

「不可能ではないんだな?」

「限りなく近いよ。それに時期が時期だしなぁ……」

「ドリームオークションか。確かあれは9月の始めの週だったな」

「街がオークションに参加するコレクターやら観光客やらで溢れ返るからね……それにあっちの“お仕事”の人達も当然いるだろうし」

 

 ただ気になることが一つ。この少年の出身地がヨークシンシティでは無いことから、何らかの目的があってこの街を訪れていることになる。滞在を始めたのが8月中旬~下旬の間。9月から始まる世界最大規模のオークションに参加するために訪れたと考えるのが自然だろう。子供とはいえ彼はプロハンターだ。オークションの参加目的などいくらでも考えられる。少々安直すぎるかな、とは思ったけれど結果オーライ。見つからなければ手段はいくらでもある。

 

「出来そうか?」

 

 マスターがさも面白そうに、決まりきった答えを求めてくる。

 

「出来るよ、なんとなく絞れてきたからね。まあ間違ってたとしても、人探しに関するツテが無いわけじゃないし」

 

 そうか、頑張れよとだけ言い残してマスターはさっさと自室に引き上げてしまった。さてと、ボクもそろそろ退散しよう。今日中にヨークシンシティ行きの飛行船の予約をしておいた方がいいだろうし。

 たった1枚の資料を片手に立ち上がり、コーヒーの染みのついた封筒はゴミ箱に放り投げておく。見たところ郵送されたものではないし、何の手掛かりもないだろう。ふと適当に糊付けされた写真が目に留まった。誰かに向かって話しかけている様子の子供。やはり横の見切れている少年は知り合いだろうか。

 

 12歳でプロハンター。ぽつりと呟いて写真を指でなぞる。羨望でも嫉妬でもない複雑な感情にオーラが揺れる。写真の端に指をずらして軽くめくると、簡単に剥がれ落ちた。拾い上げた写真の裏にプリントされた『8月17日』の日付。軽く伸びをして今度こそ店内を後にした。

 

 きっと仕事の話をしたら、タマキちゃんはお土産をねだるだろうな。ヨークシンシティの有名な土産物ってなんだろう。ついでに後で調べておこう。

 



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ヨークシンシティ

一昔前まで造船産業によって栄えていたモトナシティは、ヨルビアン大陸の北端に位置する港街である。飛行船が物資の輸出入や一般の交通機関として代替するようになってから、造船だけでなく港町としての機能も衰退を辿るばかりとなった。今や当時の勢いも虚しく、ただ寂れていくだけの街である。2年程前にこの街の繁華街であった場所に、マスターと共にやってきた。そして廃墟同然のビルを買い取って今の飲食店を経営している。

 ちなみにモトナシティには飛行場が無いため、隣町から直通の便でヨークシンシティへ向かうことになった。長かった飛行船の旅を経て、現地に到着したのは5日後の昼過ぎだった。

 

「お兄ちゃん、この骨董品3点セットに興味あるかい?」

 

 昼食がとれそうな店を探して歩いていると、突然腕を掴まれて呼び止められた。タンクトップに上下革のジャンパーと何ともいかした恰好のオジサンに、ずるずると引きずられるまま青いビニールシートの上に屈み込む。シートの上にはごたごたと「骨董品らしきモノ」が置かれていて、それぞれに小さな紙が貼りつけてある。よく見ると値段と人名らしい走り書きがしてあった。しかも書かれている値段は一つだけじゃない。

 

「これって、どの値段で売ってるんですか?」

「うん?お兄ちゃんは値札競売市は初めてなのか。これは欲しいモノを見つけたら、貼っつけてある紙に自分の名前と希望の金額を書くんだ。そんでもって、規定時間を過ぎたとき一番高い額を書いてくれた人に売るってわけだよ」

「……オークションみたいなものですね」

「そうそう、ここには他にもいっぱい出店してる人がいるだろう?一般の観光客や市民も参加しやすい競売市なんだ」

 

 なるほど、と頷いて笑顔でその場を退散。よほど買い手がつかないのか、オジサンが慌てて先程の「骨董品らしきモノ」をごり押ししてくるが、人込みに紛れて適当に撒いておいた。それにしても人が多い。ただでさえ競売市のテントやシートで狭くなった道に人が溢れ返っている。熱気で蒸し返している市場を抜け、静かな通りを探して歩く。途中のファストフード店で昼食を済ませてからこれからの計画を練った。

 それなりに偵察する場所の目星はつけておいてある。最初は街の「中央広場」。石造りの大階段と教会を持つ雰囲気のある広場だ。対象の写真の背景と一致する場所であり、何度かテレビ中継で映ったこともある有名な広場だったため見覚えはあった。次に、いくつか名の知れているオークションハウスを当たろうと考えた。直接ハウスの関係者から客の情報を聞くのは無理かもしれないが、周辺の聞き込みで情報を得られるかもしれない。オークションハウスの登録履歴も一応調べておいた方がいいだろう。

 

 

 

 「はぁ……腹減ったなぁ」

 

 飛行船での5日の旅、休む暇もない捜索にさすがのボクも疲れを感じていた。中央広場の階段に座り込み、観光パンフレットを広げて近場のホテルを探す。午後の8時を過ぎてもさすがは大都会。広場は人で埋め尽くされている。ぼうっとパンフを眺めていると突然携帯電話が震えだした。画面には『マスター』と映し出されている。

 

「もしもし。マスター?」

「……ケント君、元気ィ?」

「どちら様でしょうか」

「あたしだよ、タマキ。分かってるくせにー、マスターさんから携帯借りてるの」

「ああ、タマキちゃんか。どうしたの?お土産の候補でも決まった?」

「そんなことでわざわざ電話しないよ!」

 

 冗談のつもりだったんだけど、電話の向こうからタマキちゃんの怒った声が聞こえてくる。マスターが仕事中にこうして電話をかけてくることは滅多にないけど、タマキちゃんはこうして頻繁に電話を寄越してくれる。今日は自分の携帯電話を忘れでもしたのだろうか。

 

「ケント君がそっちに行ってからもう5日も経ってるんだよ?連絡くらい入れてよ、寂しいじゃん」

「ごめんごめん、こっちに着いてからも忙しくて」

「仕事タイヘンなの?」

「うーん、まあね。それに今回のはかなり長期になりそうだし」

「そっか……それでも時々電話くらいはしてね。ケント君はまだ子供だからさぁ……異国の地で心細くなってるんじゃないかって、お姉さんすっごく心配」

「タマキちゃんよりは大人だと思うけど」

「……あたしより2歳も年下のくせに」

「事実上は、ね」

 

 そんな下らない会話を20分程したところで、ボクは隙を見て切り上げようとした。まだ今日の寝床も見つかっていないのに、あまりゆっくりはしていられない。

 

「タマキちゃん、ボクこれからホテル探さなきゃならないからさ。そろそろ……」

「あっ、ごめんね?じゃあまた連絡よろしくね、くれなかったらあたしから電話しちゃうから!」

「はは……それじゃ」

「うん……いや、ちょっと待って!」

 

 電源ボタンに指が伸びかけていたところに、タマキちゃんの制止が入る。やれやれ、ボクは女の人がするような長電話は好きじゃないんだけどなぁ。

 

「マスターさんからの伝言、忘れてた!」

「……それが用件だよね」

「ごめんごめん!……それでね、明日の11時半にパリストンさんがケント君に会いにヨークシンへ来るみたいだよ」

「え……」

「場所は……忘れちゃったから後でマスターさんに聞いてメールするね」

「……はぁ」

「じゃっ、おやすみー」

 

 しばらく通話の切れた携帯電話を耳にあてたまま、ぼうっと考え込む。明日……“あの人”が来る。今回の仕事の件だろうか。それにしてもパリストンさんに会うのは久しぶりだ。確か1年半くらい前に開店したばかりのマスターの店を訪れて以来だろう。

 相変わらずですね君も、と笑って飲み物だけを頼んで帰って行ったあの日。マスターは渋い顔でひたすらカウンターを拭いていた記憶がある。初対面のタマキちゃんは妙にそわそわしていたし、珍しく入っていた客も彼を見るなり店を出て行ってしまった。ボクが言えることじゃないんだけど、パリストンさんは不思議な人だ。求心力と遠心力を併せ持つ人間、と言えばいいのだろうか。矛盾しているようで矛盾していない不思議な特性。

 

 相変わらずですね。ボク達が顔を突き合わせる度に、パリストンさんは決まってそう言った。マスターの次に付き合いの長いお知り合い。そしてボクとマスターのことをよく知っている人間。

 

 ぐうう……シリアスな気分に浸っていたところを、容赦なく腹の虫が現実に引き戻す。とりあえず腹ごしらえでもして、宿探しはそれからだ。

 



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パリストン=ヒル

「いやぁ、ホントにお久しぶりですね」

 

 立ち上がって挨拶しようとしたボクを、パリストンさんが手を振って止めた。

 

「遅れてすみません、随分待ったんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ、ボクもさっき来たばかりですから」

 

 ファミリーレストランのボックス席を挟んで、1年半ぶりに会う男の顔を眺めた。相変わらずにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべて、通りがかったウェイトレスに飲み物を頼んでいる。

 

「すみません、ケント君。時間を指定したのはボクの方だったのに」

「別にいいですよ。協会の仕事、忙しいんですよね?」

「まぁ、実は昨日も支部の方で会議があって……それが予想以上に長引いたせいで予約していた飛行船を逃しちゃったんですよ」

「へぇ……支部の会議にも副会長が直々に出るんですね」

「少し大きな案件についての会議ですからねぇ」

 

 楽しそうに話すパリストンさんは、副会長という役職の割にはちっとも苦労人に見えない。きっと今の状況も彼にとっては遊びの内でしかないんだろう。パリストンさんにとっての「予想以上」がそうそう起こらないことをボクは知っている。今こうしてボクと会って話すことも、彼からすればお遊びの内だ。

 

「それで、今日はボクに何の用ですか?」

 

 ただボクも結構な負けず嫌いだ。遊ばれていることが分かっていて、素直に手綱を取らせたりはしない。少しの、ほんの僅かな緊張をオーラにのせて揺らめかせる。さすがのパリストンさんも口元では笑いながらも、目尻は元の位置に戻った。つまり目は笑ってないってことだ。

 

「そうですね……もうちょっと引っ張ろうと思ったんですけど、ケント君も忙しいようですから用件を済ませちゃいましょう」

 

 ボクの目の前に一枚の紙が差し出された。といっても何か書かれているわけでもなく、写真が真ん中に貼り付けてあるだけだった。もちろん見覚えのある写真だ。ヨークシンシティの中央広場と、アップで映されている子供。

 

「……ボクの仕事の話ですか?」

「まぁそうとも言えます。一応単刀直入に聞きますが、この依頼は誰から受けたものですか?」

「誰って……それは」

 

 言いかけたところで、思わず口ごもる。これはパリストンさんがボクに依頼したことではないのだろうか?今の今までそう思い込んでいたから、マスターにも依頼人についての事情を聞かなかったのだ。

 

「もしかして、ボクからの依頼だと思ってました?」

 

 ……ぐ、読まれてる。

 

「実は違うんですよ……マスターは話さなかったのかな?」

「そう、ですね。ボクはただ依頼書を渡されただけですから。よく考えてみれば協会の依頼にしてはおかしい点がいくつもあったんですけど」

「そんな怪しい依頼をすんなり受けたんですか?」

「重要なのは依頼そのものではないんです。これはマスターを経由して頼まれたものですから」

「……なるほど。ただマスターとケント君には問題が無くても、こちらからしたらそういうワケにはいかないんですよね」

 

 ウェイトレスが運んできたアイスコーヒーを受け取りながら、パリストンさんがにこやかにボクを見つめた。こういう時にあえて笑顔で迫られると、妙なプレッシャーを感じる。頬を赤らめて去っていったウェイトレスには分からないだろうが、ボクにとって今のパリストンさんの笑みは脅迫めいているようにしか見えない。

 しかし言いたいことは分かる。マスターとボク、そしてパリストンさんは言うなれば雇用主と雇用者の関係にあるのだ。「ハンター協会」の副会長であるパリストンさんから、マスターを仲介して仕事を請け負うのがボクだ。といってもボクが受けるのは余った仕事のおこぼれくらいだけど。本来は協会専門のハンター達に仕事を仲介するのがマスターの役目だ。現在経営している飲食店もその仲介所として使われている。

 

「これって契約違反……になるんですか?」

「いやいや、そんな大層なコトにはしませんよ。知っての通りマスターには協専のハンター達への仲介という仕事を任せています……ただ、あえて言うならボクは彼に仕事を与えている立場です」

「…………」

「この仕事は協会にとってもボクにとってもかなり大きいモノです。そんな重要な仕事をハンター資格を有さない人間に任せている……それはボクがマスターを信頼しているからです」

「要は自分の知らない所で何の許可も得ずに、マスターが勝手に依頼を受けていたことが問題だというわけですか」

「……それだけではありません。ケント君、君はハンター資格を持っています。もちろん間接的にボクの下で働いているわけですから、私的に依頼を受ける場合はきちんと話を通してもらわないといけません」

 

 確かに……反論のしようがない。しかしパリストンさんは一つだけ嘘をついている。マスターと彼の間にあるのは「信頼」関係ではない。

 

「パリストンさん……すみません。でも頼まれた以上は依頼を断るワケにはいかないんです」

「もちろん受けてしまった以上、今回のことは目をつぶっておきます。次からはちゃんとボクに相談して下さいね」

「……はい、分かりました」

 

 意外にもあっさりとその件に関しては引き下がってくれた。どうやらボク達の上下関係への念押しが今回の目的だったようだ。依頼についてパリストンさんはどこまで知っているのだろうか。テーブルの上の写真を手に取って、それとなくボクは聞いてみた。

 

「依頼のこと、もう知ってるんですか?」

「簡単に調べさせてもらったくらいですよ。ケント君も詳しい内容はまだ分からないんじゃないですか?」

「そうですね……不確定要素だらけって感じです」

「助けが必要な時はいつでも言って下さい、出来る限りのことは協力しますよ」

 

 パリストンさんが伝票を掴んで立ち上がる。話すことはもうない、ということだろう。ボクも黙って店の入り口に向かう。自動ドアの外に出ると、一気に熱気が押し寄せてきた。

 

「ホントはケント君の話をもっと聞きたかったんですけどねー。ボクも仕事があるので、この辺で失礼します。マスターにはよろしく言っておいて下さい」

「はい……あと飲み物、ごちそうさまでした」

「ああ、遅刻のお詫びだから気にしなくていいですよ」

 

 別れの挨拶もそこそこに、パリストンさんは去って行った。夕方からまた支部での会議があるらしい。彼の後ろ姿を見送って、ボクも次の目的地を目指して歩き始めた。昨日の捜索でターゲットが現れそうな場所には目星がついている。あと数日もすれば直接顔を拝めるだろう。

 それにしても、この仕事の依頼人は一体誰なんだろう。パリストンさんは心当たりがあるような素振りは見せたけれど、案の定教えてはくれなかった。マスターも知っていてボクに隠していたことになる。そんなことは今までになかった。何とも言えない疎外感を感じてボクはふて腐れる。とりあえず手っ取り早いのは本人自身に確認することだ。気怠い熱気の下、ボクは上着のポケットから携帯電話を取り出した。

 



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遭遇

さて、どうしたものか。ターゲットであるゴン=フリークスの監視を始めて三日目。ボクは重大な選択を迫られている。このままゴンの監視を続けるか、それとも強引に保護をするか。まったく、迷い犬の捜索にでも来た気分だ。

 ……もしかしたら昨日までが上手く行き過ぎたのかもしれない。目撃情報を頼りに張り込んだ広場でゴンとその仲間を発見し、24時間の徹底マークのおかげで彼らがヨークシンに来た目的や動向も探り出せた。ただ一つ問題があるとすれば、ボクの体が大分限界を来していることだろう。そういえば今日は朝から何も食べていない。

 

 ……とりあえず現実に戻ろう。いや、出来ることなら目を逸らしたいんだけど。たった今ターゲットの命が今まさに危険にさらされている。もちろん他人事じゃない。ついでに言えばボクの命も風前の灯である。事の発端は今日の昼頃、突然どう見てもタダ者じゃない2人組をゴン達が尾行し始めた所から始まった。ボクの主観から言えば、ゴン達が追っているのはかなりヤバい奴らだ。まず、一つ一つの動作が素人のソレではないこと。そして身に纏うオーラが追跡者の実力を遥かに上回るものであること。平時なら極力関わりたくない相手だが、監視対象を放っておくわけにもいかない。

 汗ばむ額を拭うついでに、ちらりとゴンの姿を視界に捉える。前を歩く2人組を建物の上から追っているようだ。周りを全く気にしていない様子から、恐らく自分がどれだけ危険なことをしているのか分かっていないらしい。近くの草むらに潜むもう一人の仲間も、まだこの状況に気づいていない。

 

 呆れたものだ。本当に気づいていないのだろうか?……自分達が「二重尾行」をされていることに。

 

 これはただの推測だが、二重尾行をしている人間も怪しい2人組の仲間だろう。先程から背中に感じる気配は2人組と同じものを感じる。つまり相当な実力者であるというわけだ。そして偶然なのかこちらも2人組。計4人の敵を相手にしていることになる。少なくともこのまま追跡を続ければ、待っているのは捕縛か死の二択だろう。

 

「……どうする?」

 

 ぽつりと自分自身に問いかけてみる。迷っている間にも2人組は人気の無い路地へと入っていく。そしてそれを愚直に追う追跡者。……ボク自身の選択肢は二つ。任務を放棄してこの場から離脱すること。ボク1人なら確実に逃げられるだろう。そしてもう一つ。この状況の中で自分の身を危険にさらしてまで彼らを助けること。

答えは簡単だ。ボクはそっとその場を離れ、草むらの中に身を潜めた。視界からゴンの姿が消える。そして気配を殺したまま、身を屈めてゆっくりと足を進めた。ボクが進路を変えたことは、後ろの追跡者には既に気づかれているだろう。しかしここまで来てしまった以上もう関係ない。

 

「……キミ、大人しくしてね」

 

 茂みに隠れて移動していた小さな追跡者の口を塞いで囁く。一応念のため、首元にはサバイバルナイフを突きつけておいた。驚いて下手に騒がれると困るからだ。突然身動きを封じられた少年が殺気を滲ませた目でボクを見る。冷静すぎる対応にこちらの方が驚かされたが、頬を伝う汗と握り締めた手の震えだけは隠せなかったようだ。彼の緊張を和らげるために、なるべく優しい声で淡々と事実を告げる。

 

「キミとお友達は二重尾行されている。恐らくキミ達が追っている2人組の仲間だろう」

 

 少年が大きな目をさらに見開いた。やっぱり気づいてなかったか。

 

「ボクは君達の味方だ……だから今からキミとお友達をここから逃がす」

 

 ボクを見る彼の目に、疑いの色が浮かぶ。……まあこんな状況じゃ当然か。サバイバルナイフを首元から離して、口を覆っていた手も外す。これで無駄に抵抗でもされたらボクの逃走計画は台無しだ。信用を得るための一か八かの賭け。しかし彼がボクに発した言葉は予想だにしないものだった。

 

「分かった、アンタを信じるよ」

「……よし、今からボクがキミ達を抱えてここから逃げる。キミはただ大人しくしていてくれ」

「オレ達を抱えて逃げる……?そんなこと」

 

 彼が何か言うより早く、ボクは少年を抱え上げて草むらから飛び出した。異変を察知した前の2人組が一瞬にしてボク達の姿を捉える。いち早く飛び出したチョンマゲの男があっという間にボク達との距離を詰めた。

 

「……追いつかれるッ」

 

 抱えている少年がボクの腕を強く掴んだ。しかし振り向いている余裕はない。コンマ数秒遅れてもう一人が、そして背後の追跡者達の気配が近付いてくる。絶体絶命。後ろのチョンマゲの叫び声が随分近くに聞こえる。

 

―――――チョンマゲの抜いた刀がボクの首筋に届く寸前。視界に再びゴンの姿を捉えた。仲間が捕まったと思ったのだろうか、ボクの腕の中の少年を見て飛びかかって来る。

 

姿くらましの白(インビジブル・ホワイト)

 

 

 刹那、指の先から放たれたオーラの玉が頭上で弾けた。光がお互いの姿を包み隠し、チョンマゲの刀は虚しく空を切る。ボクはというと向かってくるゴンの鳩尾に容赦なくカウンターをかまし、空いている方の手で気絶した彼をキャッチした。

 

「くそッ!何なんだよ!何も見えねえッ!」

「落ち着きな!敵はまだ近くに……」

 

 後5秒程で辺りを照らす光も消えてしまうだろう。怒り狂う敵の声を背中に、全力疾走でその場を離れた。

 



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接触

ぎりぎりで逃げ切ったボク達は、ビジネスビルらしき建物のロビーに身を隠した。先程からひっきりなしに人が出入りをしているが、誰もボク達に目を留めるものはいない。市街地に入ってしまえば、奴らもこの人混みの中からボク達の跡を辿るのは不可能だろう。

 

「…………あのさ」

 

 ソファーの上で縮こまっていた少年が、ボクを見て何か言いたそうに視線を向けてくる。その隣では気を失ったままのゴンが静かに寝息を立てていた。

 

「どうしたの?」

「……さっきはどうも」

 

 ……どうやらお礼を言いたかったらしい。その割には怒ったような顔をしているのが気になるけれど。

 

「いいよ、あの時はボクの命も危なかったしね。キミ達はついでだよ」

「…………」

「……キミ、名前は?」

「キルア……キルア・ゾルディック」

「キルア君か」

「別に呼び捨てでいいよ」

「……アンタは?」

「ボクはケントだ」

 

 キルアは相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたまま、素っ気ない言葉を返してくる。……ちょっと可愛げのない子供だ。まだ助けられたことを気にしているのだろうか。

 

「ところで、さっきは悪かったね。首、怪我したりしてない?」

「気にしてないよ。オレが驚いて騒がないようにするためにやったんだろ」

「まあね。……でも正直驚いたよ、あんなにあっさり信用してくれるとは思わなかったからさ」

「……別にアンタを信用したわけじゃない。二重尾行されてるって知ったのはあの時だったし、アイツら相手じゃオレ達だけで逃げ切るのは無理だから……アンタが敵でも捕まることには変わりないって思った。だったらアンタが味方で、オレ達を逃がしてくれる方に可能性を賭けただけだよ」

「へぇ……そっか。子供のわりには頭が回るんだね。尾行には気がつかなかったみたいだけど」

 

 思わぬ反撃にキルアがイラついた様にボクを睨む。……おっと、お互い様だろう。キミの言い分にはボクも少しばかりムッとしたからな。

 

「というかアンタは何であの場にいたんだよ」

「それはまあ……偶然……かな」

「んなワケないだろ!……アンタ、念能力者だろ?アイツらもアンタの存在には最後まで気が付いていなかった……それに逃げる時いきなり辺りが真っ白になって、何も見えなくなった!あれは偶然じゃない。アンタの能力か何かだ!」

 

 しらを切るボクに苛立ったのか、キルアが大声でまくし立てた。

 

「……落ち着きなって。あんまり大声出すと奴らに気づかれるかもよ」

 

 キルアがびくっとして辺りを見回したが、にやにやしているボクに気が付くと顔を真っ赤にして俯いてしまった。妙に大人びているけれど、意外と子供っぽい一面もあるらしい。

 

「ちなみに、キミ達はなんで彼らを追っていたの?」

「……アンタには関係ないだろ」

「……関係なくは無いんじゃないかな。キミ達のおかげでボクは随分危険な目にあったわけだし」

「別に助けてほしいなんて頼んでないけど」

 

 ……うーん、本当に可愛くないな。ボクはにこやかに笑いながら、キルアの顔に向かって人差し指を突き出した。

 

「……何?」

「さっきの質問に答えてあげようかなって」

「は?」

「ボクの能力を知りたがってたみたいだから」

 

 警戒心を露わにしたキルアが、ゴンを庇うように身を乗り出した。今度こそ剥き出しの殺気を向けられているのが分かる。

 

「アンタ……一体何なんだ?」

 

 ただならぬキルアの様子に、通り過ぎていく人達がちらちらとボク達を気にしている。しかし緊張状態も束の間、間の抜けた声がその場の空気をぶち壊した。

 

「んんー……あれ?キルア、どうしたの」

 

 目を覚ましたゴンがきょろきょろと辺りを見回している。思わず呆気にとられて目を逸らしたキルアの額を、ボクは指先で軽く小突いた。

 

「なーんて、冗談だよ。冗談」

「え?このお兄さん……誰?」

 

 1人状況が呑み込めない様子のゴンが、困ったようにボクとキルアを交互に見ている。そして何かを思い出したように突然叫んだ。

 

「ああっ!そういえば奴らは!?」

「……色々あって取り逃がしたよ」

「えっ、そうなの?というかオレは何で寝てたんだっけ?……それにここは?」

「そのことなら、そこのオニーサンが話してくれるよ……ケントさんだっけ」

 

 わざとらしく首をかしげるキルア。もっと強く小突いてやればよかったな。ゴンに状況を説明するついでにボク自身の情報も引き出そうというワケか。なかなかずる賢い子だ。

 

 

「ところで、キミの名前は?」

 

 

 もちろん知っているが聞かないワケにもいくまい。何せボク達は初対面なんだから。

 

「ゴン=フリークス!お兄さんは……えっと……」

 

 監視対象との接触。こんな失態は初めてだが、まあ仕方ない。むしろこのまま好印象を与えておけば監視もしやすくなるだろう。後はどうやってこの2人に取り入るか。行動を共に出来るぐらいの関係になれば、当初の予定に支障は出るが任務の成功率は上がる。

 

「ケントだよ、よろしく」

 

 表情筋が吊りそうなぐらい、にっこりとボクは微笑んだ。

 



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