真面目な器用貧乏 in 暗殺教室 (斗穹 佳泉)
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1時限目  真面目は理不尽に負けるが損ではない

「カンニングの噂がでているみたいだね、並盛 衆人(なみもり しゅうと)君」

「僕はカンニングなどしていません。何度も、担任の先生にもかけあったと思いますが」

「そうだね。君のような真面目な生徒がカンニングなど、私も考えたくはない。しかしだね、並盛君」

 

 

言葉を区切り、理事長は続ける。

どこまでも合理的な彼は、たった一人の真面目な生徒のために、C組全員を停学或いはなんらかの罰を与えるなどということはしない。

 

 

「火のない所に煙は立たないともいう。噂が流れた以上、下級生にも示しというものがつかない。真面目で聡い君なら、その意味がわかるだろう?」

「…………はい」

 

 

その後何も言わずに、E組行きが確定した彼は理事長室を後にした。

 

 

「……実にくだらない。世の中このような理不尽ばかりだ。善者が喰われ愚者がのしあがるなど。今ひとつ教育を施さねばならない」

 

 

一瞬光を取り戻した目は、すぐに暗くなる。彼の手帳には、B〜Dクラスへの再教育という文字が追加された。

 

 

 

 

 

 

僕が家に帰ったあとはもう、親から何時間も説教が続いた。制服のまま正座で、ひたすら両親からの罵倒を受ける。

 

 

僕はカンニングなど、していないのに。

 

 

あなたをそんな子に育てた覚えなどないとか、なんで自分で努力しなかったんだとか、お前ならそんなことする必要もなかっただろとか、親として恥ずかしいとか。

 

 

ようやく解放されたのは、帰宅から4時間がたったときだった。

シャワーを浴びて部屋に戻ると、窓をを開けて外を眺める。

僕の家は大きなマンション8階の一室であったため、夜景が綺麗に見える。

 

「はぁ……疲れるなぁ」

 

頼まれごとはなんでもやってきたし、親にも大きな期待ばかりをかけられていた。真面目なのだけが取り柄の僕にとって、結構頑張ってきたと言えるほどのこれまで。

これ以上なにを望まれてたんだろう。

 

「ここから飛ぶことができたら、きっと楽しいんだろうな、まぁしないんだけど」

 

 

1人で夜空に苦笑いを零す。

 

 

「そうですねぇ。なんなら一緒に飛んでみますか」

 

 

突然後ろからかけられた声に反応して振り返ると、黄色い触手をうねうねさせるタコが、僕の部屋に居た。

 

 

「だから、飛べたら楽しいんだろうなってはなs……え、誰!?やばっ、うわぁぁあ!!?」

 

 

驚いた拍子に、窓枠にかけていた手が滑り、僕の身体は窓の外へ滑り落ちる。

 

 

やばい、死ぬ。

 

 

ぎゅっと目を瞑りその時を待った。

 

……?

 

しかし一向にそのときは訪れず、うっすらと目を開けると、そこには先程みた黄色いタk――

 

 

「うわぁぁあ!!?」

「にゅやっ!?落ち着いてください並盛君!私は別にあなたのことをとって食べたりなどしませんから!」

「ほ、ほんとですか?じゃああれですか、僕はこのまま宇宙人になすがままされるみたいな感じですか?ていうかなんで僕のこと知ってるんですか?」

 

 

何、何なんだ?本当に。この状況なに?なんで黄色いタコと一緒に空飛んでるの?

 

 

「にゅや、おかしいですね、烏間先生から何も聞いてませんか?」

 

 

烏間、先生?少なくともうちにそんな名前の先生はいなかったはずだ。

僕が首を横に振ると、おかしいですねぇと、タコはどこにあるかわからない首を傾げる。

 

 

「きっと明日、烏間先生という人から説明があるはずです」

 

 

 

 

 

 

その後謎の黄色いタコと雑談するくらいには僕も落ち着いた。

夜空の観光は終わり、今は僕の部屋だ。

明日のことはまた明日考えよう。

……肝心なこと聞いてなかった。

 

 

「タコさん、あなたは何者なんです?」

「にゅやっ!?私はタコじゃありません!確かに雑談に夢中になるあまり自己紹介がまだでしたね。先生はみんなから殺センセーと呼ばれている、明日からあなたの担任になる先生ですよ」

 

 

にゅやっと笑い、黄色いタコ改め殺センセーはどこかに飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、朝6時30分を時計は示していた。

 

 

「……夢、だったかな?」

 

 

常識的に考えて、あんなことがありえるわけがない。黄色いタコと一緒に空を飛ぶとかどんな夢だ。

やっぱり疲れているんだ。

 

 

朝ごはんを準備し、今日のニュース(月の様子について流れてた)を見ながら食べる。両親は共働きで朝がとてもはやいので、いつも朝食は1人だ。夕食はいつも一緒だったが、今後空気は悪くなるだろう。

ちょっと憂鬱になりながら学校へ行く支度をし、鍵をしめて家をでた。

 

 

マンションから出ると、黒塗りの以下略が停まっていた。

何事かと見ていると中からスーツのイケメンな男性が出てきて、手帳を広げながら話しかけてくる。

 

 

「私は防衛省所属の烏間という者だ。君は並盛衆人君だね?」

「えと、はい、そうですが」

 

 

防衛省?僕なにかしました?

烏間……夢で名前が上がった人だ。

 

 

「国家機密を話すことになるのでこちらの車に同乗してくれ。勿論学校まで送る」

「……わかりました」

 

 

手帳も本物っぽいから、誘拐ではないだろう。そう判断して車に乗ることにした。

 

 

「まず謝罪をさせてくれ。朝から待ち伏せのようなまねをしてすまない」

 

烏間と名乗った、スーツのイケメンさんが頭を下げ謝罪してくる。

僕としては学校まで送るとのことだったので特に気にしてなかった。

 

「気にしないでください。それで、国家機密を話すことになるから、というのはどういうことですか?」

「ありがとう。まずこれを見てくれ」

 

と渡された資料には、夢のタコが載っていた。

 

 

 

夢じゃなかった!!?

 

 

 

吹き出しそうになるのをなんとか抑え、資料を凝視する。

 

 

「ん?どうした並盛君」

「……いえ、昨日の夜このタコさんに会ってまして」

「なんだとッ!?あのタコ好き勝手に出回るなと言っているはずだが」

 

 

この少しの間だけで、烏間さんの苦労がわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

「……ということで、君にはあのタコを3月までに密かに殺してもらいたい。つまりは暗殺だ」

「……わかりました。この依頼受けます。まぁ、もうC組には戻りたくないですしね」

「ありがとう。ところで何か質問やこんなものが欲しいなどはあるか?」

「そうですね……今のとこは特になにもないです。必要になるものがあったら都度お願いに行きます」

 

 

そうか、と烏間さんは資料に目を落とす。

そしてまたすまない、と謝罪をしてきた。

 

「君たちの本分は勉強だ。本当は我々大人がどうにかしなければならないが、この有様だ。最大限のサポートは約束する」

 

 

あんまり気にしないでくださいと大人に言うのもなんか違う気がする。

 

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

8時15分。

教卓には殺センセーではなく、烏間先生が立っている。

僕達は昨日、本校舎からこのクラスに転入してくる生徒がいると説明を受けていた。

隣の茅野とも、どんな人なんだろうって話をしていた。名前は聞いていないから楽しみである反面、E組に落とされたことに落ち込んでるかもしれないという思いがある。

……少し前の僕みたいに。

 

でも、今のE組は前のE組と違うんだ。

とてもいいクラスなんだって知ってもらおう。

 

 

「みんなには昨日説明したが、今日から本校舎より転入してくる生徒がいる。入ってくれ」

 

 

ガラッと扉を開けて、新しい仲間が入ってくる。

 

 

「どうも、初めまして、は挨拶としておかしいかな。今日からE組で勉強することになる並盛 衆人(なみもり しゅうと)です。みんなよろしくお願いします」

 

 

ところどころで、メガネのイケメンだ!すごい、こんだけ濃いキャラのクラスなのに被ってない!との声があがる。

 

 

「彼にはもうすでにこのクラスの担任の話してある。並盛君、このクラスの日常に驚くかもしれないが、頑張ってくれ。以上だ、あとはタコに任せる」

 

 

烏間先生は言い終えると、携帯を取り出しながら教室を後にした。

……色々と忙しいんだろうなぁ烏間先生。

 

 

「さてさて、ようやく私の出番が来たということで、質問タイ〜ム!みなさん並盛君に聞きたいことありますか!?」

 

 

はーい!とたくさんの手が上がる。

かくいう僕も、手を挙げている中の1人だ。

 

 

「ヌルフフフ、並盛君、交流も含め君が指名してみてください」

「えと、じゃあそこの、水色の髪の女の子、んと……潮田渚ちゃん?」

 

 

途端、クラスに爆笑の波が走った。

 

「ハハハッ、いやぁ君いいね。おもしろいじゃん。渚ちゃんもそう思うでしょ?」

「渚ちゃん、ぷぷっ、可愛いよ渚ちゃんっ」

「え、ちょ、並盛君違うから僕男だから!?カルマ君も茅野さんも揶揄わないで!?」

「あぁすまない潮田さん、そういう設定なんだね」

「設定とかないから!?正真正銘僕男だよ!?」

 

 

 

一通り爆笑の波が去った後、再び質問タイムに入る。

 

とはいっても、踏み入ったような質問は特になく、趣味だったり得意な科目だったりだ。

僕には不得意科目がない反面、得意と言えるような科目もない。

みんなからは不得意科目ないのすごいって言われたけど、僕からすれば得意科目があるのがすごかった。

 

 

 

ちなみに僕の席は一番後ろ、赤羽君の隣だった。

質問タイムの後ホームルームが終わり、これから授業が始まるところだ。

 

 

「並盛君、君は俺の事怖がったりしないんだね。本校舎だと俺の噂よく聞くんじゃない?」

「え?だって、赤羽君はあの時正しいことをしていたじゃないか。君が止めてなかったら僕が止めに入ってたよ。まぁ、不良行為が目立つのはそうだと思うけど」

 

 

赤羽君がE組に落とされた理由は、僕は知っている。あの理事長先生のことだ、想像すら容易にできる。

彼は目をパチクリさせてニヤッと笑う。

 

 

「へぇ、君、やっぱりおもしろいね」

「それほどでもないよ。僕の取り柄は真面目だけだからね」

「その真面目ちゃんがE組に落とされたの?」

「……そうだね。まぁでも、もう気にしてないよ。こんなに楽しそうなクラスにこれたんだから」

 

 

明るい笑顔で並盛は言う。

 

カルマはこの時の笑みが、渚の雰囲気と重なって見えた気がした。

背筋に冷たいものが走った、そんな気がした。

 

 

 

 

授業に必要なものを机に出したところで、ガラッと扉をあけ、殺センセーが教室に入ってきた。

 

 

「ヌルフフフ、みなさんちゃんと席に着いていますねぇ。それでは磯貝君、号令を」

 

 

と、そこで隣から忘れてた、と声が。

 

 

「うちの挨拶、ちょっとおもしろいよ。はいこれ並盛君、てか衆人君って呼ぶことにするよ」

 

 

差し出してきたハンドガンを受け取り、なるほど、と思いながら言葉を返す。

 

 

「ん、じゃあ僕もカルマ君と呼ぶことにするよ」

 

 

マガジンに弾が入っているかを確認し、コッキングを行う。

そこに、学級委員長の声が響いた。

 

 

 

「起立!気をつけ!礼!」

 

 

 

 

 

僕は頭の中にメモをした。

1.授業の始めに、桃色の雨が降る。

 

 

 

 




暗殺教室を書きたくなってしまった、そして書いた、それだけのお話。

どこにでもいる、真面目で器用貧乏な子が暗殺教室でどんな生活を送るのか



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2時限目  真面目は武器を振るったことに気づかない

今回ここまで書こう、と思って書き始めたら、書き終わるまでに文字数がとんでもないことに……。


「フムフム、やはり君は不得意な分野がないみたいですねぇ衆人(しゅうと)君。知識と応用力にムラがない。しかし、そこが自分の弱点、と?」

「はい、先生。僕は得意科目というものがないんです。テストの点数を見てわかる通り、どれも人並み程度の点数しかありません」

 

 

僕は視線を先生から自分の持つ答案に移す。

 

数学72点

英語74点

国語71点

理科73点

社会75点

 

5教科合計365点。可もなく不可もなく、まさしく平均のような点数だ。

 

 

「そうですねぇ。しかしそれは、裏を返せばベースアップをするだけで高得点が取れるということです。君のような真面目な子が私に相談をしてくるということは、一通りの努力はしてきたのでしょう」

「……はい。いくら勉強を頑張っても、これ以上伸びなくて。これが僕の限界ってやつなんですかね」

 

 

はぁっとため息を吐きながら僕は肩を落とす。

E組のクラスメイトや環境にもだいぶ慣れ、落ち着いてきた。そこで、これまでの悩みを殺せんせーに打ち明けてみたのだ。

 

 

「……確かに、人には能力の限界というものがあります。しかしそれは、子どもの頃には存在しないものです。大人になっても伸びる能力はあるにはありますが、それはほとんど今持っている力の応用でしかありません。今衆人君が直面している壁は、誰しもが通る道の一つです。私にも昔、その壁は現れました」

「殺せんせーにも、ですか?」

 

 

意外だった。

教えるのもうまくて、マッハ20で飛べる怪物せんせーにも、昔は僕と同じ悩みがあったなんて。

ヌルフフフ、意外でしたか?と笑って先生は続ける。

 

 

「えぇそうです。しかし、答えは誰かに聞けばすべて答えてくれるというものではありません。この教室でじっくり一年学ぶことで、答えはおのずと見えてきますよ。まぁ、その後私を殺せなければすぐに地球は爆破ですけどね。ヌルフフフ」

 

 

あ、顔に緑の縞模様……渚君に教えてもらった、なめられてる時の顔だ。

袖に隠してあるナイフを抜くか?

そう考え、やめようと自分の中で首を振る。

僕の平凡なナイフ術では、今この瞬間かすりもしない。

 

 

「……にゅやっ!?もうこんな時間!?イギリスでテニスの試合が始まってしまいます!それでは衆人君また明日!」

 

 

焦り顔で、更に早口で捲し立て、殺せんせーは職員室の窓から飛び去って行く。

……一瞬で見えなくなった。

相変わらず速いなぁ、どうやったらあの速さで動く殺せんせーにナイフ当てられるだろ?

 

相談した内容を反芻しながら、再び悩む。

 

どうやったら先生を殺せるだろう。

その思考にフッと笑ってしまう。それはこれからみんなで悩めばいいのだから。

あ、そういえば待ってくれてるんだったっけ。

そろそろ帰るか、と席を立つと、ひらりと一枚の紙が落ちた。

 

 

「ん?なんだこれ」

 

 

身に覚えのない用紙に疑問を覚える。

さっきまでこんな紙なかったぞ。

広げて見ると、中には殺せんせーの字でこう書いてあった。

 

 

『悩む君に年長者からアドバイスを。悩む力と決断する力は、相反することを言っているように見えて全く同じです。真っ平で平凡な人間などこの世にはいません。それを胸に、日々悩むことを忘れないようにしてください』

 

 

「ははっ、アドバイスをついでかのよう置いて行ったよあの先生」

 

 

思わず笑いが漏れる。

なんだかんだ優しい先生に聞こえるかはわからないが、ありがとうございます、と言って職員室を出る。

教室には、渚君とカルマ君が殺せんせーの弱点ノートを見ながらあーだこーだ議論していた。足音を聞いていたのか、カルマ君が僕に気づく。

 

 

「あ、やっと相談終わった?衆人君」

「どうだった衆人君、悩みは解決しそう?」

「待たせてすまない、カルマ君、渚君。うん、なんとか解決しそう」

「へぇ~、ちなみに悩みってなんだったの?」

「カ、カルマ君、あんまりそういうことは――」

「そうだよカルマ君、そんなだからイケメンなのに女子にモテないんだぞー」

「へぇ、おもしろいこと言ってくれるじゃん」

「ふ、二人とも喧嘩はよそうよ……」

 

 

今日も三人仲良く下校。

本校舎だったなら、登下校はこんな楽しいものにならなかっただろう。

行きも帰りも参考書を読みながらなんて、今の僕からは考えられない。

僕は以前よりも笑うことが多くなったような気がする。

 

 

「それじゃあまた明日ね、カルマ君、渚君」

「うん、また明日衆人君」

「また明日ね、衆人」

 

 

帰り道が二人とは逆なため、山を降りて少ししたら二人と別れる。

談笑しながらゆっくり下山したせいで、今日は少し遅くなってしまった。

家に帰ると、イライラを微塵も隠す様子のない母親が待っているのだろう。

 

 

「学校はこんなに楽しいのに、家に帰るとなると憂鬱だなぁ。家にいるほうが疲れるってなんだんだろう」

 

 

家族にもE組の現状、殺せんせーのことは話すことができないため、両親は周りから聞くE組の評判しか知らない。ボロ校舎で設備などほとんどない状態、しかも碌でもない先生が教鞭を取っていると思っているのだろう。

……いやまぁ、前半は実際正しいのだけれど。

 

はぁ、とため息を吐きながらドアノブを捻る。

ガチャガチャと音が鳴り、押しても引いても開かない。

 

 

「あれ?珍しいな。まだ母さんも父さんも帰ってないんだ」

 

 

父と母は株取引や投資を行う会社を経営していて、規模は聞いたことがないけど、そこそこ大きい会社を持っているらしい。

二人共朝早くに出社し、夕方になるとどちらかが退社して家事を行うというのが僕の家のサイクルだ。

僕が学校から帰る時間には今まで必ずどちらかがいたのだけど。

もちろん、鍵を持ち歩いていないわけではないので、取り出して鍵を開け、ドアを開く。

荷物を自分の部屋に置いてリビングへ行くと、置き手紙が置いてあった。

 

 

『父さんと母さんは仕事の都合で海外に用事ができた。夏が始まるくらいには戻ってくるから、それまでにはE組を抜け出せるだけの学力を身に着けておきなさい。衆人なら必ずできるから、きちんと努力をしなさい』

 

 

手紙を読んだとき、また出たよ、魔法の言葉、と感じた。

 

 

“衆人なら必ずできる”

“きちんと努力をしなさい”

 

 

誰もが使える、人を縛る魔法の言葉だ。

とはいいつつも、やはり僕は勉強机に向かう。

 

 

「んー、やっぱり先にご飯作るか。カレーの材料くらいはあったはず」

 

 

材料とルーがあるのを確認して、手早く準備する。

作るのは一般的なカレーだ。

 

特に料理をやってきた、というわけではないので普段からしている人に比べればまだまだだが、まぁまぁ美味しく作れたのでよしとしよう。

 

その後は風呂なり洗濯なりを一通り終わらせ、勉強机に着く。

 

 

「はやく明日にならないかな」

 

独り言をつぶやきながらも、自分に課しているノルマ分の勉強を終えて、ベッドに入る。

 

なんだかんだ言いながらも、真面目になんでもかんでもするあたり、自分でも少し感心してしまうところがある。

しかし、とりあえずは、日々のお説教だったりがなくなったので、精神的には楽になるだろう。

 

 

「E組から抜け出せるだけの学力、か」

 

 

天井を見つめポツリと呟く。

E組から仮に抜けた場合、僕はどうなる?C組か?ありえない。

なんとかしないといけない。

悩み事の解決の糸口がようやくみつかったばかりなのに、また新しく悩み事を抱える羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「……あぁー、今日から来た、外国語の臨時講師を紹介する」

「イリーナ・イエラヴィッチと申します♡みなさんよろしく♡」

 

 

新しい英語教師は、すごい美人だった。

外国人を見慣れてるわけじゃないけど、たぶん、相当綺麗な方に入ると思う。

そう、綺麗だと思うんだけど……

 

(((何故ベッタベタなの……?)))

 

僕たちは何を見せられてるんだろう、黄色いタコと金髪碧眼美女が戯れる絵って……。

 

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は、今後彼女の受け持ちになる」

 

その後の詳しい話を終え、烏間先生と新しい先生は教室を後にする。

話の間中、ずっと殺せんせーにべたべたしてたのは気になるけど、本場の英語が聞けるなんてラッキーだ。

 

 

そう思ってた。

 

 

 

 

「授業?はぁ、各自適当に自習でもしておきなさい」

「……え?」

 

そういわれた時は、思わず反射で聞き返していた。

みんなも同じような疑問を持っているのか、視線が新しい先生に集まる。

 

「あのタコの前以外では、先生を演じるつもりはないわ。それと、これからは私のことはイエラヴィッチお姉様と呼びなさい」

 

 

突然の教えない宣言に僕を含めみな呆然としていると、カルマ君が声をあげる。

カルマ君の声がかかるまで、僕の頭の中は完全に『?』で埋め尽くされていた。

 

 

「それで、どうすんの?ビッチ姉さん」

「略すな!」

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチ姉さん一人でやれんの?」

 

 

カルマ君の挑発に、ビッチ姉さんは鼻で笑って大人の余裕を見せつける。

大人には、大人のやり方がある、と自信気に微笑み、殺せんせーの弱点をメモしている渚君のもとへ歩いていく。

 

 

「潮田渚ってあんたよね?」

 

 

ビッチ姉さんは自然な動きで渚君の両ほほに手を置き、ディープキスをした。

 

 

……は?

 

「「「えええ!?」」」

 

クラス全員唖然というか、面白がっているというか、羨ましがっているというか、各々そんな反応を見せる。

僕は唖然としながらも、どんまい茅野さんと心の中で祈っていた。

 

 

何かのカウントが30を数えた時、渚君はやっと解放された。

崩れ落ちる渚君をなんとか受け止め、安否を確認する。

 

「ちょ、大丈夫渚君!?」

 

身体を揺するも、反応がない。

……キスって気絶するの!?(普通はしません)

 

 

 

「後で職員室に来なさい、他にも、あのタコについて情報を持っている子は話に来なさい。イイコトしてあげるわ。女子には男だって貸してあげるし、技術も人脈も全てあるのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい。あ、そうそう」

 

 

近づいてきた三人組の男の一人から銃を受け取り、ビッチ姉さんはこう続けた。

 

「少しでも私の暗殺の邪魔したら、殺すわよ」

 

 

本物の暗殺者の、殺気。

従えてきた強そうな男性。

殺すという言葉の重み。

 

僕たちは、彼女が、本当にプロの殺し屋なんだと実感した。

 

でも、同時にクラスのみんなが体感したこと。それは、

 

 

 

ビッチ姉さんは……嫌いだ。

 

 

 

渚を保健室まで連れて行った後教室に戻ろうとすると、職員室を通りすぎたところで烏間先生に呼び止められた。

 

 

「そうだ、並盛君。君に理事長から時間があるときでいいので顔を出すようにと連絡を受けていたんだ」

「……?理事長から、ですか?わかりました、まだ授業まで時間ありますよね、ちょっと行ってきます」

 

 

上履きから靴に履き替えて、山を下り本校舎を目指す。

今更理事長先生がなんのようだろう?

E組に行くことになった件は関係ないだろうし。

 

とにかく急いでいかなければ、次の授業に遅れてしまうかもしれない。

 

でこぼこの山道をなるだけ早いスピードで駆け降りる。

 

 

「ふぅ、やっとついた本校舎」

 

 

さすがに校舎内は走れないので、涼みがてらゆっくりと理事長室へ向かう。

さすがにも元クラスメイトから何か言われるのも面倒なので、生徒は普段使わない、来客用の通路から理事長室へ向かう。

 

 

やっとついた。

地味に遠いのなんとかしてほしい。

深呼吸を何回かして、呼吸を整える。

コンコンコン、と三回ノックをし、返事を待つ。

 

「どうぞ」

「並盛衆人です。失礼します。」

 

 

相変わらず、広い理事長室だ。

無駄なものがなく、そのせいで理事長の座る席がとても大きく見える。

 

 

「速かったね、さすが真面目な並盛君だ。さぁ、その椅子にかけたまえ」

「……失礼します」

 

 

理事長先生は、この前の会話の時から、やたら真面目であることを口に出す。

どういう意図があるんだろう。

 

 

「どうだねE組は。君は唯一、“問題は何も起こしていないのに”E組に落とされた生徒だ」

「ッ!わかっているのなら最初から!……いえ、すみません」

 

 

思わず声を荒げてしまった。

すぐに頭を下げ謝る。

 

 

 

 

 

その行動を見て、理事長は、やはりこの子は真面目だ、と感じた。

真面目で、優しくて、我慢をしている生徒なのだ、と。

 

頭の片隅に、いつかの光景が蘇る。

が、それはすぐに霧散した。

 

 

「君を、A組に上げてもよいと、私は考えている」

「なっ!?どうして僕がA組に……僕の学力ではとてもついていけません」

「その点については、心配しなくてもいい。私が直接君に勉強を教えよう」

「理事長先生が、ですか!?」

「理事長という座についてから、現場からは少し離れていたが、どうだろう?」

 

 

数学72点   数学74点   数学75点

英語74点   英語73点   英語71点

国語71点   国語72点   国語74点

理科73点   理科75点   理科72点

社会75点   社会71点   社会73点

 

 

彼はこの椚ヶ丘学園のテストにおいて、多少の誤差はあれど、毎回同じ点数を取っている。

下がりもせず上がりもしない。授業態度や提出物を見ても、手を抜いている様子は見られない。壁にあたったのだろう。若い時の私にも経験はある。

私が直接教鞭をとり、ベースアップをすることができれば、間違いなくA組にもついていける生徒になるという確信が、私にはある。

彼にとっても、E組から抜け出すことができるいい機会だ。

 

 

「……理事長」

「なんだね?」

「理事長に教えていただける、というのは、僕の悩みである限界の壁を超えるのに近道だということはわかります。しかし……」

「……しかし、どうしたというのかね?」

 

 

しかし、と言葉を発したっきり、黙ってしまった彼に、理事長は続きを促す。

少しの無言が続き、その後彼はゆっくり口を開いた。

 

「……僕はまだ、あの教室で学びたいです。数週間たってやっと慣れてきて、学校って楽しいものなんだって知って、毎日笑ってしまうことばかりです。本校舎では学べなかった、多くのことを学ぶことができています。僕は本校舎ではなく、E組での授業を希望します」

「それは、ご両親もE組での受講を了承してのことかい?」

「いいえ。ただ、認めさせるつもりではいます」

 

 

真面目な者は、やると決めたことはとことんやりきると知っている。

この子の眼は、霞んでなどいない。

なるほど、私は余計なお節介を焼いたようだ。

 

 

「そうか……。急に呼び出してすまなかったね、並盛君。授業に遅れるだろう。教室に戻りたまえ」

「いえ、理事長先生からの申し出、僕にとってすごく悩むものでした。断る形になってしまい、すみません。そして、ありがとうございます。理事長はやっぱり、優しいですよね。それでは、失礼します」

 

 

彼は時計を確認しながら、そそくさと理事長室を後にした。

 

彼が去った後の理事長室では、

 

「私が、優しい?冗談も程々にしたまえ」

 

懐かしい思い出を掘り返され、手は無意識の内に、貰ったプレゼントに触れていた。

 

 

「勢いで両親にも認めさせるって言っちゃったけど、どうしよう、どういう理由を捲し立てたら納得してくれるかな?」

 

 

真面目君は心配性でもあった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、きっつ、走って上るような道じゃないって……」

 

結局走っても、授業には少し遅れることになった。

 

 

 

 

 

教室に戻ると、なにやらビッチ姉さんがイライラのご様子だった。

琴線に触れたくないので、静かに後ろの扉から入る。

 

「ねぇカルマ君、なんでビッチ姉さんあんなにカリカリしてんの?」

「あ、お帰りー衆人君。それが聞いてよ~、ビッチ姉さんがさっきね~ごにょごにょ」

「ぷっ、そんなことが……」

 

一応授業中のため、なんとか笑いは堪えた。話が聞こえていたのか、千葉君と速水さんも肩が震えている。

 

 

と笑いを堪えていると、ダァン!という音が教室に響き渡った。

 

 

ビッチ姉さんの教ダァン!である。

 

 

「あぁーもう!なんでWi-Fi入んないのよこのボロ校舎!」

 

 

ビッチ姉さんの反応を面白がるカルマ君は、これでもかと挑発を投げまくる。

そうえばさっきも挑発投げてたよね。

 

さっきまで重い空気の中にいたんだ、荒事は勘弁してくれと言いたいこところだけど、それでカルマ君が止まるなら苦労はしない。

 

「先生、授業してくれないなら、殺せんせーと交代してくれませんか?俺ら今年、受験なので」

 

委員長が先生の交代をお願いしてくれた。

授業が始まって結構たつのに、教えてもらったことは、vicの発音だけらしい。

……ビッチ姉さん、やる気あるの?

 

 

「はぁ?あなたたち、あの凶悪生物に教わりたいのぉ?地球の危機と受験を比べられるなんて、ガキは平和でいいわねぇ」

 

 

みんながみんな、僕も含めて嫌な気分になる。

というか、E組のみんなを馬鹿にするのはやめてほしい。

僕に、学校の楽しさを教えてくれた、かけがえのないクラスメイトを、馬鹿にしないでほしい。

 

 

それに、と見下す笑いを浮かべてビッチ姉さんは付け足した。

 

 

「聞けばあんたたちE組なんてこの学校の落ちこぼれだそうじゃないの。勉強なんて今更しても意味ないでしょ?そうだ、じゃあこうしましょ?私が暗殺に成功したら、一人500万円分けてあげる。それで――」

「ねぇ、出て行ってくれませんか?」

 

 

 

 

その言葉は、自然と僕の口から飛び出していた。

 

 

 

 

 

教室がシン、と静まり返る。

この瞬間だけ、この教室の重力が何倍にも増やされたような、そんな圧力が放たれていた。

 

 

 

並盛衆人その人から。

 

 

 

僕が振り返ると、彼は笑っていた。

その笑顔は普通に、いつも彼が見せてくれる笑顔で、なんら変わりはない。

だけど、なんでだろう、彼の笑みを見ていると、足が震える。

本当に笑顔なのに、背中にナイフを突きつけられているような、そんな感覚。

ビッチ先生も面食らって言葉を発せないでいる。

他のみんなは衆人君から放たれる圧に気づいていないのか、不満の眼をビッチ先生に向けたままだ。

 

 

 

その空気の中、トンと音が響き、張り詰められていた空気が崩れる。

衆人君が投げた消しゴムが、黒板に当たって落ちた音だ。

 

 

「出て行ってよ」

 

 

次の衆人君の一言を皮切りに、ビッチ先生に不満を持つみんながブーイングの嵐を巻き起こす。

その頃には衆人君から感じた圧はなくなっていた。

 

「そうだよ出てけ!クソビッチ!」

「授業しないなら殺せんせーと変わってよ!」

「な、なによあんたたち急に!?殺すわよ!?」

「上等だやってみろ!」

「そうだそうだ!巨乳なんていらない!」

「えぇ、そこ!?」

 

 

その後ムキー!といいながら、教室に現れた烏丸先生によって連行されていった。

 

 

それにしても、さっき僕が感じた衆人君からの圧は、いったいなんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

職員室in

 

 

「なんなのよったくあのガキども!こんないい女とおんなじ空間にいられるのよ!?ありがたいと思わないわけ!?」

「ありがたくないから、軽く学級崩壊してるんだろうが。……さっきの殺気はなんだ?」

「あら、烏間にしてはユーモアのセンスがあるじゃない」

 

 

ピキッと怒りマークが烏間先生の額に浮かぶ。

今にも噴火しそうな烏間先生をなんとかおさえ、ビッチ先生は質問に答えた。

 

 

「……あれは私も正直ビビったわ。並盛衆人、あのガキ……彼が、私に向けて放ったものよ。最も、殺気は分散していたから、ビビるで済んだわ。もし彼が完璧に殺気を私に向けていたら、反射的に撃っていたかもしれない。そのレベルのものよ」

 

 

あの殺気の質は、鍛えれば私の師匠をも上回るかもしれない。これはビッチ先生にとって素直で正直な感想だった。

その様子に驚いた烏丸先生は、意外だったと声を出した。

 

 

「彼にそんな才能があったのか。普段は、真面目で優しい性格の彼が?」

「私たちの世界の人間からすれば、殺気はむしろ、優しい性格の人の方が大きく、質はよくなるわ。私たち人間って、固定観念?ってのがあるでしょ?あの人は怒ったらこれくらい怖いとか、この人は優しいから怒らないとか、要するに思い込みよね」

 

 

優しい人の怖いところは、怒ることがほぼないから、どれくらいで怒るのか想像をしていない。怒ること自体を想像していないから、実際に怒った時、より怖く感じる。

殺す時にでる殺気など、怒るときの比にならないほどの量と質になる。

 

 

「彼はきっと、様々な理不尽に耐えてきたんでしょうね。あの年であの殺気が出せるくらいには。殺し屋の私が断言するわ。彼はこの教室で唯一、あのタコを文字通りの意味でビビらせることができる存在よ」

 

 

苦々しい顔でビッチ先生は言葉を紡ぐ。

ガキから彼呼びになったということだけで、烏丸先生には嫌々ながらも生徒を認め始めていることを実感した。

……認め始めたのがまだ一人なのが問題だが。

 

 

「と、とにかくよ!私は殺し屋!先生なんて経験ないの!あのタコを殺しに来たんだから暗殺に集中させてよ!」

「はぁ……」

 

 

少しこいつに関する認識を改めようとしていた矢先。

本当にこいつは溜め息を吐くことばかり言ってくれる。

 

「仕方ない。ついてこい」

 

 

あのタコがこの教室で何をやっているのか、生徒たちがどう頑張っているのか、見せてやろう。

 

 

職員室out

 

 

 

 

 

「いやぁーしかし、よく言ってくれた衆人!お前が先陣斬ってくれたおかげで散々言い放題だったぜ!」

「僕がやってなくても陽人君ならやってたと思うけどね。ありがとう」

「ねぇースッキリしたよ、ありがとね衆人君!」

「ひなたさんもありがと。その内先生に蹴りを繰り出しそうで僕は怖いよ」

「ちょ、さすがに私も先生には蹴りかまさないから!?」

「本当に蹴りそうでウケる」

「へぇ?ねぇ、蹴ってほしいならそう言ってくれればいいのに前原君っ」

 

 

逃げろ逃げろ~と陽人君が逃げ回る。

それをみんなで見て笑っていると、磯貝委員長が暇になったみんなにクラスの方針を示してくれる。

 

 

「さて、みんな、ビッチ先生はとりあえず職員室に戻ったみたいだ。烏間先生もいて僕たちに何も連絡がないということは、この時間は好きに使っていいってことだろう。そこで、この前烏間先生に教わった、暗殺バドミントンをしようと思う。もちろん自由時間だから、勉強だったり教室で過ごしたいって人はそれで構わない。異論はあるか?」

「「「「ない!」」」」

 

 

全会一致で可決され、みんなは各々がやりたいことをやり始める。

委員長含めクラスの半分くらいはグラウンドへと飛び出していった。

 

残ったクラスメイトは、読書だったり雑談だったり、自由時間を有意義に使っている。

 

 

「えと、ちょっといい?衆人君」

「ん?どうした渚君」

 

 

渚君が遠慮がちに声を掛けてくる。

どうしたんだろう?

 

僕の質問に、どうした?と答える衆人君からは、さっきみたいな殺気は感じられない。

ただ単に怒った衆人君を見たことがなかっただけなのかも。

 

 

 

人は一旦そうかもしれないと思うと、それ以上の追求は避ける傾向がある。

自分で導き出した答えに、これがあっているかもしれない、自分が考えて答えを出したんだから間違っていないと、期待をかけるからだ。

 

 

 

「ううん、なんでもないよ。それにしても僕は意外だったかなぁ。衆人君が先陣を斬るとは思ってなかったよ」

「いくら真面目だからって、まともに授業しない先生にはさすがに物言うよ」

 

 

明るく笑いながら衆人君は僕に言葉を返した。

それはやっぱり優しい笑顔で、さっきのは気の所為だったんだろう。

 

 

「ねぇ渚渚〜、ちょっとこれ一緒に見てよっ」

「はーい、なに?茅野」

 

 

『☆殺せんせー暗殺レシピ☆』と表紙に書かれたノートを手に目をキラキラさせる茅野のもとへ、渚は苦笑いしながら足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

その後みんなガヤガヤ好きなことをしていると、外で遊んでいた暗殺バドミントン組が帰ってきた。

思っていたより早い帰還に、何かあったのかと衆人は尋ねる。

 

 

「あれ、委員長どうしたの?まだそんな時間たってないけど」

「あぁ、さっき烏間先生に教室に戻っておくように言われてね」

「烏間先生が?」

 

 

なにか連絡事項でもできたんだろうか。

疑問に思っていると、教室の扉が開き、ビッチ先生が入ってくる。

チョークを手に取り、黒板に文字を書き始めた。

 

カシュカシュという黒板とチョークのあたる音に反応して、固まってしゃべっていたみんなは席に着き始める。

それでも僕を含め、みんなの頭には『?』が浮いている。

 

「Your incredible in bed. Repeat」

「「「ゆ、ゆあーいんくれでぃぶる いんべっど」」」

 

 

どうしたんだ?とみんな顔を合わせながらリピートする。

 

 

「これは私があるVIPを暗殺した時に、まずそいつのボディーガードを色仕掛けで誘ったわ。これはその時に言われた言葉よ。意味は『ベッドでの君は、スゴいよ』」

 

 

中学生になんて文読ませるんだ!?

クラス全員の心が繋がった気がした。

 

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのがいいとされているけど、あなたたちにはそんな時間すらないわ。だけど私は仕事上、そのやり方で新たな言語を身に付けてきた。……だから私の授業では、外国人の口説き方を教えてあげる」

 

 

外国人……。

中村さんと岡島君からそんな声が漏れる。

中村さんは確か、英語が得意なんだったっけ。

岡島君は……考えなくても分かる。

 

 

「受験に必要な勉強なんて、あのタコに教わりなさい。私が教えてあげられるのは、あくまで実戦的な会話術だけ。……もし、あなたたちがそれでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は、暗殺を諦めて出ていくわ。……そ、それなら文句ないでしょ?」

 

 

そこで一息おき、ずっと僕たちから逸らしていた眼を、僕たち一人ひとりに向けた後、身体をもじもじさせながら続けた。

 

 

「……あと、悪かったわよ。……いろいろ」

 

 

その、ビッチ“先生”の姿に、みんなは眼を合わせる。

こうまで言ってくれる“先生”に、何の文句があろうか。

 

 

「「「はははははっ」」」

「はははっ、何ビクビクしてんのさ、さっきまで殺すとか言ってたくせに」

「んなぁっ!?」

 

 

うるさいわよくそガキ!

ビッチ先生が再び怒鳴るが、笑いが起きる。

さっきまでのビッチ姉さんの時とは大違いだ。

 

 

「なんかもう、普通に先生になっちゃったなぁ」

「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」

「そうだな、先生になってくれたんだから、呼び方を変えないと」

 

 

陽人君とひなたさんのふたりがう~んと首をかしげながらいい案がないか模索してるみたい。

ふと、ひなたさんががぽつりと、おそらく一番しっくりくるであろう案を落とした。

 

 

「じゃあ、ビッチ先生で」

 

 

陽人君は指をパチンと鳴らして声を張る。

確かに、僕もそれしかないと思った。

 

 

「それだッ!異議ある人?」

 

「「「ない!」」」

 

全会一致で可決されました。

 

 

 

会話の流れからビッチ呼ばわりされなくなると思い込んでいたビッチ先生は、ビッチの部分を変えようと提案するが

 

 

「でもなぁ、すっかりビッチで定着しちゃったし」

「うん。しかもほら、全会一致で可決されちゃったし」

「イリーナ先生より、ビッチ先生の方がしっくりくるよなぁ。なぁみんな」

 

「「「うん」」」

 

「そんなわけで……よろしく、ビッチ先生」

「授業始めようぜ、ビッチ先生」

「早く外国人と仲良くなれるしゃべりを教えてくれよ、ビッチ先生」

 

先生を置いてけぼりにして勝手に話を進めるみんな。

そうだ、ついでに謝っておこう。

ちゃんと先生をしに帰ってきてくれたんだから。

 

 

「出て行ってよなんて言ってごめんなさい、ビッチ先生」

 

 

「ムキィイー!!あんた達なんか嫌いよ!」

 

 

 

その日の六時限目の英語の授業は、チャイムが鳴るまでずっとガヤガヤが止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中のメモ

1授業の開始は、桃色の雨が降る

2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇

 




理事長先生は、ほんとは優しいと思う。
というか良い生徒はこんな感じで引き抜きそう。
すべて勝手な私の妄想なのであしからず。


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3時限目  真面目に分かる訳がない

「じゃあ私たち、殺せんせーの手伝いに行ってくるね」

「岡島、前原、三村、頼むぞ」

 

 

委員長コンビが理科実験室を後にする。

岡島君達は再度シュミレーションをして、奇襲の形を体に刻み込んでいるようだ。

三人の暗殺に邪魔にならないよう、他のみんなは各自の席に着席する。

 

 

「殺せるかな、この手の三人同時奇襲は初めてだけど。どう思う?奥田さん」

「えと、そうですね。これまでの殺せんせーを見てると、奇襲、主に想定外のことに弱いところがあるから、もしかしたら……」

 

 

理科実験の時の隣は、カルマ君ではなく奥田さんだ。

彼女は理科が得意で、実験の時よくお世話になっている。

お返しといってはなんだが、定期的に国語の勉強を教えたりもしていた。

 

 

 

奥田さんが言い終わると、廊下から聞こえてきてた話声と足音が止まる。

ガラッと扉が開いた瞬間、三人が交互に飛び掛かり、ナイフを突き出していく。

 

 

結果は、まぁ、三人がへとへとになって座り込んでいる姿を見れば、一目瞭然だ。

しかも、三人の暗殺を避けながら、各テーブルに実験材料を並べていってたし……。

 

 

「やっぱそれくらいの不意打ちじゃ、ダメでしょ」

 

 

向かいにすわるカルマ君が殺せんせーを見ながら零す。

もちろん、ナイフも一緒に振るっているが、簡単に躱されている。

 

 

「ヌルフフフ、さぁ、授業を始めますよ」

 

 

チャイムがなり、委員長達も含め全員が席に着く。

号令がかけられ、授業が始まった。

 

今日は理科実験だから、BB弾は飛び交わない。

 

 

 

 

 

「お~、確かに真っ赤だ。着色料ってこんな簡単に取れるんだなぁ」

 

 

実験は滞りなく行われ、もうすぐ終わりだ。

今回は、奥田さんの手を煩わせずに済みそうだ。

一方その奥田さんは、考え事をしているようで、彼女の前には、お菓子以外に、水酸化ナトリウム・酢酸タリウム・濃塩酸・濃硝酸が並んでる。

聞いたことのない名前から、明らかに知ってる危ない名前まで、化学のオンパレードである。

 

 

「え、お、奥田さん、どうしたの、その薬品たち」

「え、これですか?殺せんせーにあげる毒の材料たちです。どこから持ってきたのかは、企業秘密です。それで、この水酸化ナトリウムが――」

 

 

輝くようなスマイルで自慢の武器たちを説明し始めた。

それを聞きながら、ほんとに奥田さんは化学が好きなんだなぁと実感しながらも、人間を軽く殺せる劇薬を笑顔で調合する姿は、ちょっと怖いと感じた。

 

調合がおわり、奥田さんが持つフラスコや試験管には、人は軽く殺せる武器ができあがった。

間違っても、人にのませたり、かけたりしてはいけない。

すると突然、明るい笑顔だった奥田さんが暗くなる。

作り終わるまでは笑顔だったのに。

どうしたの?と僕が質問すると

 

 

「……作ったはいいんですが、私、どうやって殺せんせーに上げるかまでは考えてなかったんです。私の国語力では、並盛君も知っての通り、騙して、なんてできません」

「そうかな。奥田さんの国語力は、以前よりあがっていると思うよ。しかもほら、ここは教室なんだから、間違っても先生が教えてくれる。もっと自信を持ってって言いたいけど、そんな無責任なことは僕は言えないから。自分を信じてやってみて?」

 

 

本気で悩んでいる人に、頑張れ!とか、お前ならできる!とか、そういうことを言ってはいけない。

そんな、そこ以外の道をすべて閉ざすような、“縛る”言葉は、使ってはいけない。

 

 

僕の言葉を聞いて、奥田さんは強くうなずいた。

彼女の眼は、決心した眼だ。

 

 

 

 

 

 

その後授業は、殺せんせーが最後に綺麗に着色料を取り出してみせ、終わりを迎えた。

 

 

「はい、これにて、今回のお菓子から着色料を取り出す実験は……」

 

 

教室内に突風が巻き起こった。

殺せんせーの手元には、僕たちがこの実験のために用意したお菓子がぎっしり。

 

 

「これで終了、あまったお菓子は先生が回収しておきます!」

「「「えええ!?」」」

 

 

クラス全員の声がハモった。

もちろん僕もその一員だ。

 

僕の好きなお菓子だったのに。

 

 

一瞬殺せんせーの姿が消えたかと思うと、僕たちのお菓子は殺せんせーの手から消えていた。

おそらくどこかに置いてきたのだろう。

 

 

ところどころで抗議の声があがるが、クラスの内半数はすでに呆れていた。

そういえば、給料日前だったな、と。

 

 

「給料日前だからって、授業でお菓子調達していやがる」

「地球を滅ぼせる怪物が、なんで給料で暮らしているのよ……」

 

 

陽人君と片岡さんの呆れ声が、僕の席まで届く。

 

クラスがガヤガヤとする中、奥田さんは立ち上がって、フラスコたちを持って先生に近づいていく。

 

 

ガヤガヤしていたクラスの注意が、立ち上がって殺せんせーに近づく奥田さんに向けられる。

 

 

「にゅ?」

 

 

殺せんせーがどうしましたか、と尋ねると奥田さんは一瞬だけ、僕の方を見た。

その後深呼吸し、先生に向き直った。

 

 

「あ、あの、えと、さっきの着色料で色づけして作ったジュースです、色ごとに味が違うので、飲んでみてくれませんか?真心込めて作ったんです!」

 

 

 

(毒だ)

(毒ね)

(毒だわ)

(毒か)

(ジュース作れんの!?)

(おいしいなら私も後でもらおうかな……)

 

 

教室の後ろからみんなの反応を見ていると、概ねほとんどの人が毒だと気づいているようだけど、一部は味の方を気にしているみたいだ。

 

ほら、ちゃんと成長してるよ、奥田さん。

 

 

「これはまた嬉しいですねぇ。先生ちょうど喉がかわいていたので、どれどれ」

 

 

殺せんせーが一本目を飲み干した。

 

「ぬぉおお!これは……!」

 

 

「毒が効いているのか……?」

「まさか……?」

「え、あれジュースじゃねぇの!?」

 

 

ところどころで驚きの声があがる。

僕も、まさか本当に?と無意識の内に言葉にしていた。

 

 

「ぬぅうう……にゅっ」

 

 

黄色い顔が水色になり、短いツノが二本、にょきっと生えた。

いや、どういうこと!?

あまりの予想外に、席を立つ人もいれば、どうツッコめばいいのかわからずどうしようもできない人もいた。

ちなみに僕は後者で、純粋な驚きも交じっている。

 

 

「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが、先生には効きません」

「そうなんですか……」

「あと二本あるんですね?さて、こちらはどんな味のジュースでしょうか。それでは」

 

 

いや毒とわかったのに飲むんかい!?

 

ツッコみを入れたい衝動を抑えて、僕たちは結果を見守る。

 

 

「にゅぁああ、ふにゅうう、ぬぐぅうう……にゅにゅっ」

 

 

殺せんせーに羽が生えた。

……いやだからなんで!?

 

 

「酢酸タリウムですね。これもまた、私には効きません。さて、最後の一本」

 

 

殺せんせーは、ポンッといい音を出しながらコルク栓を抜き、中の液体を流し込んだ。

濃塩酸と濃硝酸を合わせてつくられる液体。

僕が知っている中で最も危険な薬品、王水だ。

 

ツノ、羽ときたら次は何が来るんだ……?

 

 

「かっ、にゅぉおおお、ぐぉおおお!……」

 

 

……真顔になった。

ツノや羽も全て消え、真っ白な顔、殺せんせーの真顔になった。

変化の方向性がまったく読めない。

 

 

「これは、王水ですね。これもやはり、私には効きません。よく調合しましたね、さすが奥田さんです。ですが」

 

 

そこで少し言葉を区切る。

あ、真顔から黄色い顔になって、いつもの殺せんせーになった。

 

 

「奥田さん。生徒一人で毒を作るのは、安全管理上見過ごせませんよ」

「はい……すみませんでした」

「この後時間があるのなら、一緒に先生を殺す毒薬を研究しましょう」

「えっ、え、はい!」

 

 

ターゲットと一緒に作る毒薬って、それ効くの?

素朴な疑問を浮かべながらも、笑顔で戻ってきた奥田さんに話しかけられ、疑問を振り払う。

 

 

「並盛君のおかげで、私成長できているかもしれません。さっきはありがとうございました」

「気にしなくていいよ、奥田さん。僕も理科ではお世話になってるからさ」

 

 

今日の理科実験は、これにて終業だ。

 

……というかスルーしてたけど、王水で溶けないの?

王水って金すら溶かす薬品じゃなかったっけ。

どんな体の構造してるんだろ、殺せんせー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後の理科実験室。

私は今、先生に効く毒薬を作るために、殺せんせーに作り方を教わっている。

 

「ヌルフフフ、ではそこにエタノールを入れてみましょう。あぁ、気体を吸わないよう気を付けて」

 

はい!とエタノールを気体を吸わないように注意して入れる。

入れ終わると、先生の方をみて指示を待っていると、先生はゆっくり話し出した。

 

 

「君は、理科の成績は素晴らしいんですけどねぇ」

 

 

その言葉に、実験器具を一度机に置いて、答える。

 

 

「……でも、それ以外がさっぱりで。E組に落とされても、仕方ないです。特に……国語が」

 

 

言葉の良し悪しや、人間の複雑な感情表現とか、私には何が正解かよくわからなかった。

私が理科を好きになったのも最初は、数式や化学式は絶対に正解が決まっているからだった。

 

「私には、気の利いた言葉遊びも、細かい心情を考えるのも、必要のない、考えれなくて構わない、そう思っていたんです」

「そうですね。では――」

「でも、私は並盛君のおかげで、その考えはただ自分の弱さに逃げているだけだと考えることができるようになりました。彼が教えてくれる国語は、なんで国語を理解できないのかわからない私にも、わかるように……?あれ、なんていうんでしょう、こう、理解できるように?う~ん、違うなぁ」

 

 

どういう風に言葉に表したらいいんだろう。

こういう時言葉にできないところも、私にまだ国語力が足りていないからだろう。

 

 

「並盛君は真面目で優しい生徒ですからねぇ。彼ならきっと、奥田さんによいアドバイスをくれたでしょう」

「そうなんです!教えてくれたから頑張ろう!って気持ちになるんですけど、並盛君は、無理に頑張らなくていいんだよって、そうやって言葉の力で自分を縛るのはよくないって言うんですよ」

「並盛君らしいですねぇ。彼は、言葉による“縛り(のろい)”をよく理解している」

「のろい?ですか?」

「いえいえ、奥田さんにはその心配は杞憂のようなので、気にする必要はありませんよ。おっと、奥田さん、そろそろ薬品がちょうどよい位です。次はこれをこうして――」

 

 

話はそれで終わり、残りの時間は毒を作ることに集中した。

その後はなんとか、毒を完成させることができた。

後は仕上げだけ。

なんでも、この毒は一晩寝かせなければならないみたいで、宿題として薬品の管理をすることになった。

もちろん、毒薬の取り扱い方についてのプリントは、いつものクオリティだった。

 

 

「……さすが殺せんせーです、漫画もわかりやすいです」

「ヌルフフフ、その手のものなら朝飯前です。さぁさ、実験器具を片付けて帰る用意をしますよ。暗くなる前に下山する必要がありますからね」

「はい!」

 

 

テキパキと後片付けをし、毒を持ち帰るために包装して、帰る準備は終わった。

下駄箱で靴を履き替えていると、職員室から殺せんせーが見送りに来てくれる。

まだ日は沈んでいないので、急いで降りれば日没に間に合うかも。

 

 

「あぁ、そういえば、奥田さん」

「なんですか?殺せんせー」

 

 

何か忘れ物でもあったのでしょうか。

振り返ると、にゅやっとした笑みを浮かべた殺せんせーが私を見ていた。

 

 

「並盛君のどこが好きなんです?」

 

 

な、なんで殺せんせーがそのことを!?

 

言葉にはしなかったけどたぶん、私の顔にはそう書いてあっただろう。

それはもちろん、教えてくれる時の優しい感じとか、一緒にいて会話に困らず、無言の状態になっても居心地がいいとか、そういうのもあるけど、なにより、あの優しい笑顔に惹かれたんだ。

 

 

「せ、先生には関係ありません!この話並盛君に絶対しないでくださいね!?それじゃあ先生、また明日です!」

 

 

たぶん顔は真っ赤だろう。

 

私は走って校舎を後にした。

 

 

 

 

 

 

まさか本人に気づかれてる、なんてことはないよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルフフフ、青春ですねぇ。ただ、並盛君は、恋愛という観点から見れば、“いい人すぎる”。結構な難関ですよ。しかも、あの手の性格の人は鈍感すぎて、いったいどうなることやら……考えるだけで面白いですねぇ」

 

 

生徒の恋路を、傍から見て茶化すくそ教師の図である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中のメモ

1授業の開始は、桃色の雨が降る

2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇

3給料日前はお菓子の盗難に注意

 

 




もちろん未だにオリ主×未定である。

真面目で優しい人に対して、好意を伝える時に、察してと言ってはいけない。
察する時必ず、自分は好かれているという選択肢は消えてなくなるのだから。


いやまぁ、上の二行はこの話と関係ないのであしからず


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4時限目  真面目な優しさは無自覚である

昨日の奥田さんの毒薬の件は、やはりというべきか、失敗に終わった。

 

いやまぁ、ターゲットから教えられた毒薬で殺せるとは思ってなかった(少しは可能性を感じた)けど、結果的には奥田さんのためになる暗殺だった。

 

殺せんせー流体化の騒ぎから落ち着き、みんなが席に着き始める。

昨日の放課後、残って毒を作ったことに労いを込めて、奥田さんに笑いかけた。

 

 

「どんまい、奥田さん。でもこれで、新しい目標ができたね。結局あの毒薬、なにが入ってたの?」

「はい!先生にも国語力は着実に育っていると褒められちゃいました。今回の暗殺は、疑う、ということも私に教えてくれたんです。本当にこれも、並盛君のおかげです」

 

 

奥田さんは明るい笑顔でそう返してくれた。

 

 

何も疑うということが全て悪ではない。

全てを疑わずに、疑問を持たずに何かを為すことは、信じているのではなく、妄信しているのだ。

 

それが今回の暗殺での、殺せんせーからの教えだった。

 

 

僕は大したことはしてないよ、と返すと奥田さんは少し不満げな顔を見せたが、すぐに笑顔になって言葉を紡いだ。

 

 

「あの毒はですね!殺せんせーの粘液を基に、濃塩酸と硝酸、他にも酢酸カルシウムに――」

 

 

奥田さんのマシンガンはゴリゴリと僕の耐久値を削っていった。

なんか、聞いたことのない薬品の名前がずらりと。

まぁ、奥田さんが楽しそうだから僕はそれでいいんだけど。

その後、奥田さんのヒートアップは、授業が始まり殺せんせーに注意されるまで続いた。

 

 

目をキラキラさせて語る奥田さんを見て僕は、少し羨ましいなとも思った。

僕には、これが一番好きだって言える教科はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衆人君、そろそろ行かなきゃ間に合わなくなるよ」

 

授業が終わり昼休みに入ると、渚君が体育館に急がないとと言ってきた。

今日は僕がE組に転入してから初めての全校集会だ。

E組の生徒は他の生徒よりも早くに体育館に集合し、整列していなければならない。

僕が初めてだから、気を使ってくれて教えてくれたのだろう。

そうだったね、ありがとう、と渚君にお礼を言う。

しかし僕は、

 

 

「烏間先生に用事があるから、先に行ってて。僕はあとで走って追いつくよ」

「うん。じゃあ僕は茅野や杉野たちと先に行ってるね」

 

 

みんなが教室を出ていくのと入れ替えに、烏間先生が入ってくる。

以前から約束していたことを、教えてもらうために僕は残った。

 

 

「烏間先生、約束のあれ、教えてください」

「いいだろう。ただし、俺が危険だと判断したら、即中止にするからな。その時は走って追いつくぞ。荷物があるから、メモできるものを持ってついてきなさい」

 

 

はい!と返事をして烏間先生の後についていく。

これを覚えることができたら、たぶん、集会の日も昼休みをもう少し満喫できるだろう。

 

 

 

 

 

「おっと、確かにこれは、難しいですね。だけど楽しいです」

「君は新兵よりも使えるかもしれんな。ラペリングは見た目から簡単だと思われがちだが、かなり高度なスキルを要求される……のだが」

 

 

言葉を区切って、横をラペリング降下する烏間先生は僕を見る。

たぶん、降下中の姿勢を見られてるんだ。

 

 

「たった30分、講習と実演だけでそこまでできる人はなかなかいないぞ」

 

 

純粋に褒められた。

烏間先生は空挺部隊にいたことがあるんだっけ。空挺部隊といえば、エリート中のエリートだ。

そんな人に褒められて、嬉しくないわけがない。

 

 

褒められたことが嬉しくて、そのせいで一瞬姿勢がブレる。

 

 

「……まったく、褒めるのは早すぎたか。しかし、まぁ及第点だろう。まだ1人ではやらせるわけにはいかないがな」

「す、すみません、気をつけます」

 

 

姿勢がブレたことを一瞬で察知した烏間先生に支えられて、なんとか体勢をたてなおす。

 

 

その後気をつけながら降下し、なんとか下までたどり着いた。

 

場所は、以前カルマ君が飛び降りたらしい崖の真下だ。

ここから直線でまっすぐ降りれば、20分とかからずに本校舎に辿り着き、下山できる。

授業終わってすぐに下山しなくてもよくなるんだ。

初めてのラペリング降下ということもあり、崖下につくまで5分ほど時間を使ってしまった。

それでも、講義の分の30分を余裕をもってカバーできる時間だ。

 

 

「俺はまだ下山中の他のみんなのところへ向かうから、君は装備を片付けて本校舎に向かいなさい」

「わかりました、僕の我儘に付き合ってくださって、ありがとうざいました」

 

 

頭を下げ一礼する。

烏間先生は、気にするな、これも俺の仕事だ、と装備を一瞬で片付けて走って行ってしまった。

 

 

「ほんとかっこいいよな、烏間先生。あの人弱点とかあるんだろうか」

 

 

もしかしたら殺せんせーより弱点ないかもしれない。

いや、殺せんせーは多すぎるだけかも……?

 

 

「やば、とにかく装備片付けなきゃ。渚君達に追いつかないと」

 

 

ラペリングに使ったカラビナなどの装備を取り外す。

ロープを纏めようとして、木にひっかかっていることに気づいた。

 

 

「ん?何に引っかかってるんだ?」

 

 

そこそこ強く引っ張っても、中々引っ掛かりが取れない。

思いっきりロープを引くと、引っ掛かりは取れたが、原因となっていたものが落ちてきた。

それは人の頭より更に大きくて、ブブブブと羽音を響かせ、甘い香りが漂うものだ。

 

 

「え、えと、本当に、ごめんなさぁああい!!!」

 

 

僕はその場から猛ダッシュで逃げ去った。

 

こんな大量の蜂に追いかけられる経験などなくても、捕まって刺されたらまずいことくらいわかる。

 

 

「うわぁあ!!!」

 

 

悲鳴をあげてしまうのも、こんな時は許されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?悲鳴!?」

 

 

杉野が後ろから聞こえてきた悲鳴に驚いて振り返る。

僕もそうなんだけど、この声……もしかして並盛君?

 

 

何事かと、僕達は身構えるが、その後すぐ現れた並盛君と、その背後に迫るものを見た瞬間、回れ右をして走り出した。

 

 

「ば、馬鹿!なんてもん連れてきてんだ衆人!」

「これなにやったらこんな蜂に追われるんだ!?」

「ご、ごめん杉野君、菅谷君、みんな!これには深いわけが!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!すぐ逃げよう!」

 

 

 

 

 

 

みんながみんな、悲鳴を上げながら走る。

ごめんみんな、僕が蜂を引き連れてきてしまったばっかりに……。

しかも、今は知っている道は、木の根がうねうね飛び出す足場が悪い道だ。

このままのペースで走ってたら誰かころぶかもしれない。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

まずい、神崎さんがころんじゃった!

最後尾を走っていた僕は、羽音からすぐ近くまで近づいていることについ焦って行動を起こした。

 

 

「ご、ごめん神崎さん!少し耐えて!」

「え!?ちょ、ちょっと待って並盛君!」

 

 

 

 

それはいわゆる、お姫様抱っことかいうやつである。

だが勘違いしないでほしい。

彼は焦っていたし、すぐ後ろには大量の蜂。

彼の真面目で優しい性格から、神崎さんを見捨てるという選択肢など端からなく、かといって足を挫いたかもしれないので、手を差し出し立たせても、すぐに走り出せるかわからない。

おんぶという選択肢は、蜂が近くまで来ているためできなかった。

 

断じて、好意を持っていたとか、女子に触れるからといった不純な理由でお姫様抱っこに至ったわけではない。

 

その証拠に、

 

 

(ごめん杉野!本当にごめん!ジュースでもなんでも奢るから今回は目を瞑ってくれ!)

 

 

何度も、彼は心の中で杉野に謝っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?ちょ、ちょっと待って並盛君!」

 

私の声は、彼には届いていないようだった。

それはもちろん、私が転んだのがいけないんだし、後ろからは蜂がたくさん来てるけど……。

 

けど……お姫様抱っこは恥ずかしい!!

絶対今の私の顔真っ赤だ。

だ、だってこんな経験ないもん!

 

並盛君に見られないように、両手で顔を隠す。

チラリと指の間から彼を覗くと、時折後ろを振り返りながら必死な顔を見せ、それでも、足は大丈夫だった?と優しい笑顔を見せてくれた。

 

恥ずかしさで声が出せなくて、コクコクと頷くしかできなかったけど、彼は良かったと言ってまた前を向いて走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫様だっこの状態で少し走った後。

後ろから羽音以外の、人間の悲鳴が近づいてきていることに気づいた僕は、足元に注意しながら後ろを見た。

 

 

「うぉおおおお!!!!」

 

 

 

その悲鳴の主は、ズブ濡れで蛇を身体に巻き付け全力疾走してくる岡島君だった。

岡島君は僕たちをあっさりと追い抜き、僕たちを追っていた蜂さえも引き連れて、見えなくなってしまった。

 

 

「「「お、岡島―!!!」」」

 

 

みんなして彼の名を叫んだ。

そういえば、ラペリング降下中も二回ぐらい『岡島ー!』という山びこを聞いた気がする……。

 

 

岡島君が蜂を受け持ってくれたおかげで、なんとか僕たちは足を止めて休憩することができた。

一息ついて、ゆっくり神崎さんを降ろす。

 

 

「大丈夫?神崎さん」

「う、うん。ありがと、並盛君」

 

 

その神崎さんの答えに笑顔で答えて、みんなにも怪我がないか確認する。

渚君や茅野さん、杉野君、菅谷君、奥田さんみんな刺された場所もないようで、本当によかった。

 

 

「それにしても、あいつ、なんかすごいことになってたけど……大丈夫かな」

「確かに……岡島君には悪いことをした……」

 

 

杉野君の言葉に、うっと心をえぐられながら、岡島君の冥福を祈った。

 

 

「「「いや、死んでないから!?」」」

 

 

 

 

 

 

そこから少し進み少し開けた場所に着く。

ようやく、腰を下ろして休憩できる。

 

 

「やぁあ~もう、蜂とか勘弁してぇ~」

「でも岡島が大半を受け持ってくれたおかげで助かった」

 

 

うっ、ごめんなさい茅野さん菅谷くん……。

僕は再び心にダメージを受けた。

 

 

「大丈夫か」

「烏間先生」

 

 

ガサガサと、木の枝を避けながら烏間先生がやってきた。

……え?もう、一度校舎に戻ってから引き返してきたの……?

 

驚きのあまり口をあんぐり開けていると、今度はドッタドッタ大きな足音を響かせながら、ビッチ先生が木々の間から飛び出してきた。

 

 

「あ、あんたたち、はぁ、昼休みから、はぁ、移動だなんて、聞いてないわよ!」

「ははっ、だっらしねぇなぁビッチ先生」

「ヒールで走ると倍疲れるのよ!」

 

 

杉野君の呆れ声に、ビッチ先生はまたムキィイー!と騒ぐ。

なんかもう、E組の恒例行事になってきたな……。

その光景、基ビッチ先生に溜め息をついて、烏間先生は僕たちに言う。

 

 

「さぁ、本校舎までもう少しだ、行くぞ」

「「「はぁーい」」」

 

 

腰を下ろして休んでいた僕たちは立ち上がろうとした時、

 

 

「痛っ」

「どうした?神崎さん、やっぱり怪我、してた?」

 

 

神崎さんが立とうとしてよろめいた。

すかさず支え、もう一度ゆっくり座らせる。

よく見ると、右膝のスカートの部分に、血が滲んでいる。

さっき転んだ時に擦りむいていたのかな。

 

 

「ほんとだ!神崎さん大丈夫!?」

 

 

茅野さんが心配そうな声を上げる。

烏間先生やビッチ先生も心配そうにしていた。

 

 

「ちょっと傷見せて?僕消毒液と綺麗な布、あと絆創膏と軟膏も持ってるから」

 

「「「いやドラ〇もんか!?」」」

 

 

みんなから同時にツッコまれた。

え、僕がおかしいのか……?

普通、ブレザーの内ポケットに入れておくよね?

え?普通じゃない?

 

 

「……これでよしっと。先生たちから見ても、これで大丈夫ですか?」

「そうだな、それくらいの傷であれば、並盛君の今の処置で問題ないだろう」

「あんた、本当に大体なんでもできるわね……」

 

 

大体、がミソですねとビッチ先生の言葉に笑って、神崎さんに手を差し伸べる。

 

 

「本当は保健室に行った方がいいんだけど、本校舎だとグチグチ何言われるかわかんないから、後で殺せんせーに見てもらおっか」

「うん。ありがとね、並盛君」

 

 

神崎さんが僕の手をつかみ、立ち上がる。

歩けない、ということはなさそうだけど、少しぎこちない。

 

……それと、さっきから杉野君からの殺気が凄まじい。何故俺が衆人より動かなかったという思い(自責の念8割、羨ましい2割)も一緒に伝わってきている。怖い。

 

……そうだ!

 

 

「どう?神崎さん。少しぎこちなさそうだけど」

「少し、歩きにくいかな。でもだいじょ――」

「なら杉野君に支えてもらいなよ、烏間先生じゃ支える、というよりは抱える、になっちゃいそうだし、僕はずっと走ってきたからヘトヘトなんだ」

 

 

僕がそう言った瞬間、杉野君からの殺気が霧散した。

ふぅ、死ぬかと思った。

 

 

「そうだな、確かに俺だと支えるのは難しいかもしれん。杉野君、俺からも頼めるか?」

「は、はい!」

 

 

僕は支える邪魔にならないように、杉野君と入れ替えに渚君のもとへ足を運んだ。

杉野君からすれ違い様にウィンクを受ける。

……ごめん杉野君、男の子からのウィンクはいらないかも。

 

 

神崎さんよりもぎこちなくなった杉野君が神崎さんを支えながら、僕たちが本校舎までの道を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらみんな、急いで整列しようぜ」

 

 

なんとか時間に間に合うように下山し終わり、みんなへとへとになっている中、委員長が呼びかける。

磯貝君が委員長でよかった、人柄もいいし、この人にならついて行ってもいいと思わせる力がある。

 

磯貝君の呼びかけで、はぁ~い、とバラバラに休んでいたみんなは、体育館に向かって歩き始める。

 

 

「あ、あの、さっきは――」

「さぁ、神崎さん、行こう!」

「あ、ちょっと――」

 

 

神崎さんに声をかけられ、振り返るが、当の神崎さんは杉野君に引っ張られ、先に進んでいってしまった。

なんだったんだろう?とはてなを浮かべつつも、僕も遅れないように体育館へと足を進めた。

 

 

 

 

 

もうすぐ時間だ。

ぞろぞろと本校舎の生徒が姿を見せる。

E組になって初めての全校集会だ。

どんなくだらない催し物が準備されているのだろう?

 

 

「な~ぎさく~ん~。山の上からこっちに来るの、大変だったでしょ~。あははは」

 

 

前の方では、渚君が元クラスメイトらしい人に馬鹿にされていた。

自分個人ならまだしも、友達、クラスのみんなを馬鹿にされるのは、イライラするものなんだな。

 

しかしそれでも、僕は耐えなければならないことを、理解できている。

理解できてしまっているからこそ、更にイライラするんだ。

 

この学校のこのシステムが、非常によくできたものだと理解できているから。

僕は、馬鹿にされるのはしょうがないことなのだと、自分に言い聞かせた。

 

 

その内集会が始まった。

校長先生の、ありがたい長いお話だ。

 

 

「えぇ~要するに、君たちは全国より選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。が、油断していると、ど~しようもない誰かさん達に、なっちゃいますよ~」

 

 

あははははと、体育館中が笑いに包まれる。

E組を除いては。

 

本当にくだらない。

 

 

ふと、一番先頭に(委員長を除いて)赤い髪が見えないことに気づいた。

 

 

「あれ、寺坂君、カルマ君知ってる?」

「あぁ?知らねぇよそんなん」

「赤羽君?それなら私、旧校舎出る時に、屋根で寝ているのを見たわ。きっと、サボって罰を受けても、何も思わないからだと思うけど」

「カルマ君サボってたのか……ありがとう、速水さん」

 

 

寺坂君に機嫌悪そうに返されたのを見兼ねてか、速水さんが教えてくれた。

速水さん、結構視界広いよね。

まるで某名探偵漫画の主人公みたいな視野してる。

 

 

「……はっ!?誰かが私を呼んだ……?」

 

 

僕の右後ろで不破さんが反応した。

いったいどうしたんだろう、突然。

 

 

長い校長先生の話が終わり、次は生徒会からの発表に入る。

少し時間がかかるようで、まわりは少しざまめきだしている。

 

E組のみんなも暇なようで、各々近くの人とおしゃべりをしたいた。

 

 

「可愛いのはいいが、ここで出すな!他の生徒には、暗殺の事は秘密なんだぞ!」

「「は、はぁ~い」」

 

あ、中村さんと倉橋さんが怒られてる。

 

ナイフケースデコるとかいう発想、僕にはまったくなかった。

女子の発想力恐るべし。

 

すると、列の後方側の生徒たちが、一斉にざわめき始める。

なんだろう、と思って後ろを見ると、優雅に歩くビッチ先生がいた。

 

さっきまで、あんなにへばっていたのに、見栄っ張りなんだね。

 

……ん?渚君に近づいていくぞ。

何か話してるみたい。

 

何を話しているかは聞こえなかったけど、突然渚君の顔がビッチ先生の谷間に収まる。

 

……ビッチ先生!横で茅野さんが見てる!見てるよ!?

 

あ、ビッチ先生が烏間先生に引っ張られていった。

助かってよかったね、渚君、ビッチ先生。

 

 

「えぇー、今みなさんに配ったプリントが、生徒会行事の詳細です」

 

 

……待てど暮らせどプリントは回ってこない。

前の方でつっかえてるのかな?

 

 

「すみません、E組の分、まだなんですが」

 

 

待っていると、磯貝委員長が手を挙げてそう言った。

あぁ、なるほど。くだらないやつか。

はぁ、とため息を吐いて委員長の質問に対する返答を待つ。

 

 

「えぇ、ない?おっかしぃなぁ~。ごめんなさぁい、3-Eの分忘れたみたい~。すいませんけど、全部記憶して、帰ってくださぁい。ほらぁ、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし」

 

 

どっと体育館中が笑いに包まれる。

さすがのビッチ先生も、しかめっ面だ。

……ん?

 

 

ふわりと空から降ってきたプリント。

僕たちの列にだけ巻き起こった旋風。

それだけで、気が楽になった。

 

 

「磯貝君、問題ないようですねぇ。手書きのコピーが人数分あるようですし」

 

 

殺せんせーの登場に、みんなの雰囲気が一気に明るくなる。

 

 

「あぁ、プリントあるんで、続けてください」

「えぇ!?え、嘘……なんで!?誰だよ笑いどころつぶしたやつ!あぁ、いや……ゴホン、では続けます」

 

 

プリントを流し読みしながら、殺せんせーの方を見る。

……関節、あきらかに怪しいよね?

殺せんせー、本当に完璧だとでも思っているのかな……?

 

あ、ビッチ先生がちょっかい出し始めた。

すぐに烏間先生がビッチ先生を取り押さえ、連行していく。

……うわ、あれ痛そう。

 

その様子に、E組のみんはつい笑ってしまう。

僕だって、あんなものを見せられて笑うなっていう方が無理だ。

 

初めての集会は、少し、楽しいものになった。

 

 

 

 

 

 

集会が終わると、猛ダッシュである自販機の元へ向かう

渚君たちには、すぐに戻ると言って、本校舎側の自販機までやってきた。

悲しいかな、C組のすぐ近くの自販機だけど、戻ってくるまでにすぐ買って、渚君たちのところへ帰れば問題ない。

 

ここにしか、僕の好きな飲み物、抹茶オレがないんだ。

慣れた手つきで小銭を入れて、ボタンを押す。

これにはまった理由は、なんとなく教室の近くにあって、なんとなく飲んでみようと思った、それが始まりで、気づけば毎日のように飲んでいた。

E組になってからは、中々買える機会がなかったから、少し楽しみにしていたんだ。

 

 

落ちてきた抹茶オレを取り出し、走って戻ろうとした時、そいつは現れた。

 

 

「やぁ、並盛君。楽しそうな学校生活を送れているようでなにより、だよ」

「……委員長、まだなにか僕にご用で?」

 

 

笑顔を取り繕う。

本校舎のいたるところには、理事長が防犯対策と銘打って監視カメラが多数配置されている。

ここで何か問題を起こして、E組のみんなに不利益なことが起きてはいけない。

こんな個人的なことで、みんなに迷惑をかけてはいけない。

 

 

「へぇ、まだそんな笑顔ができるんだね。僕に向かって。さすが、真面目で優しい並盛君だ」

「……分かってるなら、僕もう行っていいかな?友達を待たせているんだ」

「これは驚いた。カンニング魔の君に友達ができたのか。まぁ、E組のやつらなんて所詮その程度だろうよ」

 

 

僕の中に、怒りという感情が溢れる。

なんとか蓋をして、ひび割れそうな笑顔を保って、言葉を紡ぐ。

 

 

「そうやって煽って、僕に問題を起こさせようっていうのが、君の魂胆でしょ?残念だけど、その目的は達成されないよ」

「だろうね。君は真面目で優しいんだろうから、クラスの仲間が、友達が馬鹿にされても、何も言い返せないんだもんなぁ。いよっ、さすが真面目君!」

 

 

抹茶オレを握りつぶしそうになるのをなんとか抑えて、僕は笑顔を保たせた。

 

 

「ありがとう、誉め言葉として受け取っておくよ。じゃあね」

 

 

 

まだ何か聞こえた気もしたが、これ以上は、我慢できない。

僕は足早にそこから抜け出した。

 

 

 

深呼吸を何度か繰り返し、みんなのところへ戻ろうと早足で向かっていると、渚君が二人の男子生徒から凄まれているところを発見した。

 

 

「……どいつもこいつも」

 

 

はぁ、と自分を落ち着かせるための溜め息を吐き、渚君、大丈夫?と声をかけようとした時、

 

 

「殺そうとしたことなんて、ないくせに」

 

 

渚君の声を聞いた瞬間、身体が震えた気がした。

それは、普段の暗殺からは感じられない殺気だった。

 

 

渚君につっかかっていた男子生徒二人は、その殺気に怖気づいたのか、渚君に道を開ける。

 

 

「あ、並盛君!ごめんね、待たせちゃった?」

「あぁいや、僕も今買ってきたところだよ」

 

 

早く戻らなきゃね、と笑って渚君は言う。

僕はそうだね、と返して、抹茶オレにストローを差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、どうやって僕たちに追いついたの?ていうか、なんで蜂とおいかけっこをしていたの……?」

「あぁ、それは、烏間先生に頼んで、ラペリング降下の講義をしてもらってたんだ。ほら、渚君が教えてくれた、カルマ君が飛び降りた場所ってあったでしょ?」

 

 

僕の説明を聞いて、渚君は、ラペリング降下って、難しいやつなんじゃない?と若干引いていた気もするが、30分もゆっくりできる時間が増えるなら僕も教えてもらおうかな、とやはり時間の誘惑には勝てなかったようだ。

 

教室に帰った後も、渚君と同じことをみんなに聞かれ

 

 

「「「ずるい!!!どうして俺(私)たちに教えてくれなかったの!?」」」

 

 

と、よくそんな方法見つけた!という賞賛なのか、一人だけずるい!という思いからなのかわからない反応を貰った。

 

 

次回の集会までに、全員がラペリング降下を学ぶみたいだ。

烏間先生は頭を抱えて、僕を一睨みしてきた。

その目には、『みんながみんな君みたいに高いところが大丈夫ってわけでもないし、一通りなんでもできるってわけじゃないんだぞ!』と書いてあった気がする。

 

 

全員習得できた際には、女子→男子の順で降りることになるだろう。

全員一緒に降りても問題ないくらい崖の幅はあるのだが、岡島君がしようとしていることは目に見えているので、その時になったら進言しよう。

 

 

ちなみに、神崎さんの怪我の件は、殺せんせーからも花〇を貰った。

先生は今、医術も勉強しているようで(先生にもまだ学ぶことはあるんだと思った)神崎さんの怪我は、先生の細胞を使って穴埋めし、綺麗さっぱりなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

その後授業も終わり、帰る時間となった。

 

僕は用があるから先に帰ってて、と渚君とカルマ君に伝え、ほとんどみんなが教室からいなくなってから、教室を出た。

 

 

下山する道ではなく、少し山を登ったところにある小さな沢を通り過ぎ、普段は誰も立ち入らない場所まで歩く。

そこは、的当て用の空き缶が吊るしてあったり、殺せんせーを模した案山子がおいてある、僕が作った練習場みたいなところだ。

 

 

 

 

 

荷物を下ろし、周りを確認してから、銃を取り出して引き金を引く。

 

 

 

 

 

「……あぁ、イライラするイライラするイライラする!くそ、誰があんな不正行為などするもんか!巫山戯るな!……あぁ、イライラする。こんなことにイライラしてる自分にイライラする。しかも、僕だけならともかく、E組のみんなまで馬鹿にするなんて、イライラする。それを、本校舎では取り繕わないといけないと理解できている自分にも、イライラする」

 

 

そこは、僕が周りに見せない本音を吐露する場所でもあった。

今まではそんな、本音を吐露するようなことはなかったのだが、カンニング冤罪の件で、それまで我慢していたものが蓋から少しずつ溢れてきているんだ。

 

 

悪態を吐きながら引き金を引き続け、すぐにスライドにストップがかかる。

マガジンのBB弾が切れた合図だ。

正確には数えていなかったが、体感約6割強が命中。

こんな時でも平均か、と自分の力を嗤う。

 

 

すぐに二丁目を取り出し、今度は左手で引き金を引き続ける。

溜まったものを吐き出しながら、引き金を引き続ける。

結果は、右手と同じだった。

 

 

 

 

 

 

真面目な人ほど溜め込み、優しい人ほど呑み込んで。

周りから見れば、ただ普通に笑っているようにしか見えない、損する性格。

なまじ全てのことが人より少しできたことも、彼には自分を縛る(呪う)理由に成りえた。

 

 

 

 

 

 

二丁とも撃ち終わり、マガジンを荒々しく交換しているとき、僕が来た道からガサッと音がして。

 

 

「並……盛……君?」

 

 

声の主は、神崎さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ろうとしたときに、一人で山へと歩いていく並盛君を見つけた。

どこに行くのだろう、と疑問符を浮かべたけど、特に理由もなく後を尾けるのはなんだか気が引けて、気にはしなかったんだけど……。

 

そうだ、さっきのお礼もちゃんと出来ていなかったし。

……思い出しただけで顔がすぐ赤くなった。

でも、お礼はちゃんと言わなきゃね、とやっぱり気になったため、後を尾けることにした。

 

少し山を上ったところにある小さな沢を越え、少ししたところ。

並盛君はそこにいた。

そこで聞いた言葉は、『意外』その一言に尽きた。

 

 

 

「……あぁ、イライラするイライラするイライラする!くそ、誰があんな不正行為などするもんか!巫山戯るな!……あぁ、イライラする。こんなことにイライラしてる自分にイライラする。しかも、僕だけならともかく、E組のみんなまで馬鹿にするなんて、イライラする。それを、本校舎では取り繕わないといけないと理解できている自分にも、イライラする」

 

 

 

その言葉は、普段から彼がどれだけ色々なことを我慢しているか、あの真面目さと優しさの裏には、どんなことがあってきたのか、それを私が想像するには、十分すぎた。

彼は根っからの真面目で、優しい人で、これまで吐き出す機会もなく誰かに吐き出すこともできなかったということを。

 

勝手に足が一歩踏み出したときに木の枝に触れてガサッと音が鳴った。

 

 

「並……盛……君?」

 

 

音に反応して振り返った並盛君は、驚きの顔をして、すぐに笑顔を私に向けた。

 

 

「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「並……盛……君?」

 

 

音と声に反応して振り返ると、そこには神崎さんがいた。

 

……聞かれたか?見られたか?

 

とにかく、いつもの僕に戻ろう。

 

正直ここに神崎さん(神崎さんじゃなくてもクラスメイト)がいることには本当に驚いたが、なんとか笑顔を保つ。

 

 

「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」

 

 

笑顔は、保てているだろうか。

不自然なものじゃないだろうか。

いつもの、真面目な僕だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、どうしたの?神崎さん、こんなところまで」

 

 

並盛君の笑顔は、いつも通りの笑顔だった。

そう、いつもの、優しい笑顔。

だけど今の私には、無理して笑っているように見えた。

 

……何も見なかったことにしてくれ、と、そう笑っているように見えた。

 

 

彼の問いになんて答えるべきか迷い、結局何も見ていない、聞いていなかったことにして答える。

 

 

誰にでも、触れてほしくないことはある。私にだってそれはあるんだから。

 

 

「一人で山に入っていくのを見かけたから、どうしたんだろうと思ってね。それに、昼休みの、ほら、あ、あの……ぉひめさま抱っこの……お礼も、ちゃんとしてなかったし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もじもじと言いづらそうにしていたことに最初は、見られていて聞かれたと思っていたが、その後の神崎さんの言葉で、ただ恥ずかしがっているのだと気づいた。

 

 

 

そりゃ、まぁ、お姫様抱っこは……される方も、恥ずかしいよね。

 

 

 

「そ、そっか。ごめんねこんな奥まで連れてきちゃって。それに、僕はあの時、神崎さんを守らなきゃって思ってやったことだし、お礼だなんて気にしないで?」

「ひゅえっ!?そ、それは、それで問題というか……(うぅ、どうしてそんな恥ずかしいセリフを当たり前かのように言うかなぁ)」

 

 

……?

僕は何かしたのだろうか?

どうしたんだろ、急にまた神崎さんがもじもじしだした。

 

 

「と、とにかく!助けてくれてありがとうね!そ、それじゃまた明日ね!並盛君」

「え、あ、うん。また明日ね、神崎さん」

 

 

それだけ言って、神崎さんは来た道を戻っていった。

結局、何にもじもじしていたのかは、わからずじまいで。

突然の神崎さんの登場により中断してしまった自分の中のイライラの整理をするか悩み、普通に射撃練習をすることにした。

あんなことの後では、吐き出せるようなことはない。

それは誰かに見られているかも、という、そんなものではなく。

純粋に、クラスメイトと話して気分が収まったからだった。

 

もう一度、銃を構えてターゲットを狙い、引き金をスライドがストップまで引き続ける。

……体感、7割弱。

 

 

「お、さっきより少し多く当たってる。やっぱり、集中した方が当たるな、これは」

 

 

今回の射撃に満足して、片付けを始めた。

 

 

「……あ、あのぉ」

「うわぁあ!?はい!?……って神崎さん、帰ったのかと思ってたよ」

 

 

突然後ろからかけられた声に、心底驚いて飛び上がった。

僕の後ろには、さっき帰ったと思い込んでいた神崎さんの姿があった。

 

……いったいいつの間に後ろに。

 

 

「ご、ごめんなさい並盛君!驚かすつもりはなかったの。ただ、その……道がわからなくて」

 

 

今度はもじもじ、というか、そわそわしだした神崎さん。

なるほど、確かにこの場所は、少し入り組んだ場所にあるから。迷ってしまったのだろう。

 

 

「そういうことか。なら丁度よかった、僕もこれから帰ろうとしていたとこなんだ。僕についておいで」

 

 

と、手を差し出す。

この辺は、かなり足元の地面がよろしくない。

木の根が走っていたり、湧き水による水たまりができていたり、結構自然なトラップが多い。

場所の関係上、日が沈んだら結構暗くなるから、少し急がないとだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことか。なら丁度よかった、僕もこれから帰ろうとしていたとこなんだ。僕についておいで」

 

 

笑顔で並盛君は手を差し伸べてくれる。

え、いや、えっと……無意識でやってるなら、相当だよ、並盛君。

しかし、また転んだりして怪我をしては、再びお姫様抱っこ、なんてことになりかねないので、

 

 

「え、え……うん、ありがと」

 

 

差し伸べてくれた手をつかむことにした。

 

 

「じゃあ、行こうか。足元に気を付けてね」

「う、うん。昼休みみたいには転ばないように気を付ける」

 

 

私の言葉に、彼は、う~んと少し悩むようなそぶりを見せて、

 

 

「転んだら、その時はまたお姫様抱っこなりなんなりして、僕が連れて行くよ。あ、だからって転んでもいいとかじゃないぞ。しっかり足元見て歩くようにね」

 

 

 

しっかりと注意するあたり、本当に無意識なんだろうなぁと感じつつ、うん、わかったと私は言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

残念ながら帰り道は、私は転ぶことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中のメモ

1授業の開始は、桃色の雨が降る

2ヴィッチ先生✖ ビッチ先生〇

3給料日前はお菓子の盗難に注意

4僕の筋力ではお姫様抱っこはキツい(要筋トレ)

 




友達に見せたら、「原作要素半分以下で草ァ。内容おもしろくて草ァ」と言われた。うれしい。ちなみに読んでくれた友達の名前はフシギダネです。(あだ名)




お気づきの方はいるとおもいますが、アニメを基に作っています。




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4.5時限目 真面目な暗殺は素朴な疑問から

 

 

「千葉君、菅谷君、吉田君ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」

 

 

ある日の放課後、僕は3人を呼び止め協力を呼びかけた。

吉田君は寺坂君に、わりぃ、先行っててくれと断りを入れてやってきてくれる。

普段から絡みがあるという訳では無いけど、勉強を教える機会が何度かあって、そのおかげかもしれない。

千葉君と菅谷君とは日常的に絡みがあるから、すんなりと応じてくれた。

この3人は、僕が計画した暗殺に必要不可欠な存在だ。

 

「ん、どうした?並盛」

「手伝って欲しいこと?普段勉強も見てもらってるし、別に構わないぞ」

「なんだ、頼み事なんて珍しいな」

 

千葉君と菅谷君、吉田君は快く引き受けてくれた。

 

 

殺せんせーはすでに外国へと飛び立った後で、この準備に気づくはずがない。

 

 

僕が三人に話したのは、暗殺の計画と『対殺せんせー弾を当てれば細胞壊れるなら、別に銃じゃなくてもいいよね?』という素朴な疑問だ。

 

 

「確かに、そこは盲点だった。了解、図面は任せろ」

「うっへぇ〜、俺の仕事量半端ないな。なんとかするわ」

「ラジコンのリモコンを応用すれば、確かにやれそうだな」

 

 

内容を3人に説明すると、千葉君は驚き、菅谷君はきつそうだとげんなりし、吉田君はすでに構想を考えてくれている。

 

 

「僕も手伝うから、よろしく頼むよ」

 

「「「おう!」」」

 

 

その日から僕らは、暗殺の準備をしていることに気づかれないように、密かに行動を行った。

 

 

 

 

 

 

そして、その日がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せんせー、暗殺するんでちょっと待ってもらっていいですか?」

 

 

授業が終わり、僕は先生を呼び止めた。

 

クラスのみんながざわつきだす。

初めて僕がメインの暗殺をするからだと思う。

これまで僕は、サポートばかりだったからね。

 

 

「おや、並盛君から暗殺を受けるのは初めてですねぇ。君ほど真面目な生徒です、どんな暗殺をしてくるかお手並み拝見とまいりましょう。ヌルフフフ」

 

 

殺せんせーは持っていた教科書を教壇に置き、いつでも来なさいと笑う。

 

 

「その前に先生、一つ質問いいですか?」

「にゅや、なんですか?並盛君」

「先生は、殺されそうなほど追い詰められたら、この教室の外まで逃げますか?」

 

 

僕の質問に、殺せんせーは緑の縞模様顔になって言う。

 

 

「ヌルフフフ、いいでしょう。先生はこの教室から出ることなく、君の暗殺を潜り抜けてみせますよ」

「よかった」

 

 

僕は自分の席から、教室の真ん中まで足を進める。

みんなには、各々自分の席についてもらってる。

少しでも先生の逃げ場をなくすためだ。

自然と笑顔になった僕の口からは、次の言葉が飛び出した。

 

 

 

 

「それなら、殺せます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せんせー、暗殺するんでちょっと待ってもらっていいですか?」

 

 

僕は筆記用具を片付けていた手を止め、並盛君の方を見る。

並盛君はこれまで暗殺のサポートしかしてこなかったから、突然の暗殺宣言に驚いた。

 

 

並盛君の質問に、殺せんせーは縞模様になって答える。

舐めきっているときの顔だ。

 

 

 

「ヌルフフフ、いいでしょう。先生はこの教室から出ることなく、君の暗殺を潜り抜けてみせますよ」

「よかった」

 

 

並盛君は笑って、片手に銃を持って教室の中心に向かって歩く。

 

 

その後の彼の一言と笑顔に、僕はいつか感じた殺気を思い出した。

にこやかで、いつもの、普通の明るい笑顔で、並盛君は言葉を綴った。

 

 

 

 

 

「それなら、殺せます」

 

 

 

 

 

その言葉を皮切りに、片手をポケットに入れ、片手で銃を構える並盛君は、引き金を引いた。

 

 

 

バシュッ!

ビチビチッビチビチッ

 

 

その瞬間、殺せんせーの触手が1本、弾けた。

 

切れた触手が床をのたうち回り、音をたてる。

 

 

僕や殺せんせーも含めクラスのみんなは何が起こったのかわからなかった。

いや、みんなというのは違うかもしれない。

千葉君と菅谷君、吉田君はガッツポーズをしていたのだから。

 

 

一部を除きクラス全員が唖然とする中、並盛君は笑ってまた、引き金を引いた。

 

 

「殺せんせー、避けなくていいんですか?ほら〜、次は頭かもしれませんよ?教室内だけで逃げ切ってくれるんですよね?そこに留まっていると、また触手が弾けちゃいますよ?」

 

 

 

……カルマ君直伝の煽りだ。

このためにこの前、カルマ君に殺せんせーの煽り方を教わってたんだ。

……それに、言葉遣いが丁寧な分、余計に嫌味に聞こえる。

しかもそれを、いつもの優しい笑顔で言うのだから、言われる側の殺せんせーからしたら相当なものだろう。

 

 

 

すぐに、緑の縞模様は消えていつもの黄色い顔に戻る。

額にピシッと怒りマークができるのを見ると、並盛君の挑発は聞いているみたいだ。

 

僕達は並盛君の触手破壊に驚きこそすれ、席に座っていて欲しいという彼からのお願いを守るために、首を動かして見守り続ける。

 

 

破壊された触手を見て、殺せんせーは教室の後ろに猛スピードで移動した。

教室の後ろに移動した殺せんせーに向かって、再び並盛君は銃を向ける。

 

 

「駄目だよ殺せんせー。そこも、僕の射程圏内」

 

 

バシュッ

ビチビチッビチビチッ

 

 

2本目の触手が弾ける。

 

 

「にゅやっ!?並盛君、いったい何を……?」

「ははっ、教えるわけないじゃないですか。ほら、また当てちゃいますよ?」

 

 

殺せんせーを狙う時も、引き金を引くときも、終始並盛君はにこやかな笑顔で、それでいて、少し怖かった。

 

 

 

 

その後も殺せんせーが移動した先々で、並盛君が引き金を引くと触手が弾けた。

 

 

すでに、6本もの触手を撃ち抜いている。

何度か外したのか、触手が撃ち抜かれることがなかった時があったけど、それでも、徐々に並盛君は殺せんせーを追い詰めていっていた。

 

このまま殺せるんじゃないか?

クラスのみんなの中にそんな雰囲気が漂い始めた中、殺せんせーが納得したように笑いだした。

 

 

「……ヌルフフフ。なるほど、ようやくわかりました。さすがですねぇ、並盛君。設計は千葉君、作成は菅谷君と吉田君ですか。よく、私に見つからずに作り上げましたね」

「ッ!……ごめん、みんな。押し切れなかった」

 

 

 

並盛君がお手上げだと言って、銃を下ろして座り込む。

同時に、暗殺に関わっていたらしい3人も、悔しそうに下を向いた。

 

何もわからずじまいの、おいてけぼりの僕達は、殺せるかもしれないという興奮から少しずつ冷め始める。

 

その後はすぐに、並盛君達にどうやって触手を撃ち抜いたのか質問攻めだった。

まぁ、すぐに殺せんせーが瞬間移動でなにか抱えて現れたから、質問攻めはほとんど行われなかったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルフフフ、まさかこんなものを天井裏に設置しているとは、気づきませんでした」

 

 

みんなからの、僕達暗殺に関わった4人への質問攻めを止めるために、殺せんせーが瞬間移動して、対殺せんせーBB弾が入った容器と、そこから伸びるチューブを大量に持ってきてくれた。

 

……残念、完璧に見破られていたか。

 

 

「よい着眼点です、並盛君。私は、対殺せんせーBB弾に、『触れるだけ』で細胞が壊れてしまいます。この道具を天井に設置し、この暗殺のために開けた小さな穴から落とす。並盛君が持っていた拳銃は空砲のダミーだったわけですね」

「……?え、でもそれじゃ、好きなとこにBB弾を落とすのって、無理じゃない?」

 

 

茅野さんが首を傾げて疑問を口に出した。

最もな質問だと僕は思う。

殺せんせーの触手を行く先々で破壊するためには、ただ開けた穴からBB弾を落とすのでは無理がある。

そもそもどこに行くのかわからないのだから、ピンポイントで当てることなんてできない。

だって別の場所に落としちゃったら、さすがに先生にすぐ気づかれちゃうじゃんというのが茅野さんの疑問だ。

 

 

「確かに、茅野さんの疑問通り、それでは先程の暗殺の答えとしては不十分です。並盛君、ポケットに入っているものを見せてくれますか?」

「はい、どうぞ」

 

 

いつの間にか名探偵コスをしている殺せんせーに、左ポケットに入れてあるリモコンを差し出す。

僕も含め、誰も殺せんせーのコスプレにおかしいと思わないあたり、殺せんせーにだいぶ毒されてきていた。

 

 

「彼はこのリモコンを使って、自分の好きなところにBB弾を落としていたんですよ。彼はこの教室の中心に立って暗殺を始めました。おそらく、その場所を中心点として座標を管理していたのでしょう。その証拠に、彼は暗殺が始まってから1歩も動いていません」

 

 

うんうん、確かにとクラスみんながシンクロする。

 

 

僕の答えとしては、まったくその通り、だ。

僕は千葉君に頼んで座標を設定してもらい、天井に小さな穴を開けてまわった。

中心点を0として、教室の正面黒板側をA、廊下側をB、背面黒板側をC、運動場側をDとして設定し、それぞれに5ずつメモリを設定する。

 

 

例えば1回目に僕が殺せんせーの触手を破壊した時の座標は、(A5)。

この場所は、教壇と黒板の間、つまり最初に先生が立っていた場所になる。

2回目に破壊した時の座標は、僕の席より後ろ側で少しカルマ君寄りだったので、(C5,B2)だ。

 

座標を入力して決定すると、容器からチューブにBB弾が1発流れ、その座標の位置で開けた穴を通って落ちてくる、という仕組みだ。

 

菅谷君には、容器の作成とチューブの配置、吉田君には座標を入力するためのリモコンとチューブにBB弾を送る仕組みをお願いしていたんだ。

 

 

リモコンはABCDのボタンが1つずつ、リセットボタンが1つ、決定ボタンが1つというシンプルなものだ。

後は僕が殺せんせーを任意の座標に誘導して煽りながら、タイミングを見計らって空砲の銃を撃つだけでいい。

……とはいっても、目測で座標を打ち込まないといけないため、かなり神経を張っていた。

煽るとは言ったけど、しゃべりで座標を打ち込む時間を稼いでいたんだ。

 

 

「ヌルフフフ、どうですか並盛君、この私の完璧な推理!」

「……完璧ですよ。はぁ……結構頑張ったのになぁ。千葉君、菅谷君、吉田君、協力ありがとう」

 

 

手伝ってくれた3人に感謝を述べて、僕の初めての暗殺は終了した。

 

ね?ね?完璧だったでしょう!と何度も食らいついてくる先生に、ちょっとだけウザイと思ったことのは、胸の奥にそっと置いておくことにした。

 

 

「ヌルフフフ、並盛君達にに続いてみなさんも、どんどん暗殺してきてくださいね?」

 

 

緑の縞模様に再びなった殺せんせーは、笑いながら教室を後にした。

 

 

 

その後、僕たちはみんなに、最高記録だよ!六本も触手を破壊した人なんて他にいないよ!と賞賛を受けた。

 

殺せなかったのは残念だったけど、これでやっと僕も暗殺に貢献することができただろう。

 

 

 

やっとみんなと肩を並べて暗殺できる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の殺せんせーは、教室に入る度に天井を1回は見回すようになった。

きっと僕たちの暗殺のせいだ。

これで、天井に何かするっていうのは難しくなっちゃったなぁ。

仕留めきれなかったことは今でも悔やまれる。

でも、心のどこかで、まだ殺せんせーから学びたいという思いもある。

 

 

「ヌルフフフ、今日もみなさん、元気に暗殺をやりましょう!」

 

 

先生が天井を見まわして教室に入ってくる。

 

なにはともあれ、今は目の前の授業だ。

僕は鞄から筆記用具と教科書ノートを取り出して、委員長の号令を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、教室の扉の桟にBB弾が何発か置かれるようになり、殺せんせーは足下もこれまで以上に注意するようになったそうだ。

 

 

 

 





今回は、衆人がE組に転入してから1、2週間くらいのことを想定して書きました。
何気寺坂グループにも勉強を教えていたあたり、クラスの真面目君は引っ張りダコのようです。


息抜きと思っていただければ、と。


対殺せんせー用のBB弾に触れるだけで細胞壊れるなら、銃で撃たなくてもいいのでは?という、素朴な疑問からヒントを得た暗殺でした。

作った装置については、ガバガバです。そんなんじゃ作れねぇよみたいな意見は、まぁ、作ったお話の中なのでここは一つ。


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5時限目  真面目は人前では喜ばない

 

 

「さてみなさん、

 

 

 

 

始めましょうか!」」」」」

 

 

授業が始まると、殺せんせーが始めましょうかと声を掛けた。

 

……全員分の分身を出しながら。

というか、この前までそんなに分身できなかった気がするのだけど……。

 

 

「「「「いや……何を?」」」」

 

 

さすがに超生物に慣れてきた僕たちも、疑問の声を抑えることはできなかった。

先生が突然クラス全員分の分身を出して、始めましょうかと言われても……。

 

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

「そうそう」

「そんなわけでこの時間は……」

「「「「テスト直前超高速強化学習を行います!!」」」」

「先生の分身が一人ずつマンツーマンで」

「それぞれの苦手科目を徹底して復習します!」

 

 

う、うん。することはわかったけど、分身一人ひとりが喋っているの、なんかすごいな。

高速移動して分身を出しているんだよね。

さっきの言葉も、『せそんれせぞいれののぶにんがしてんかがもひくとをりてずっつてマいンしツてーふマくンしで』みたいに、交互に1文字ずつずらして喋っているのかな?

……だめだ、考えるだけで頭パンクしそう。

 

 

「並盛君は、そうですねぇ。どの科目を勉強したいですか?先生個人的には、理科を教えたいんですけどねぇ」

 

 

頭がパンク仕掛けた僕に先生が話しかけてきてくれる。

分身した先生はみんな、何かしらの科目の鉢巻をしているけど、僕のだけまだ何も書かれていない。

苦手科目がないのだから、それはそれで正しいのかも。

 

 

「はい、じゃあ理科でお願いします」

 

 

あ、鉢巻に理の文字が入った。

僕が言った瞬間に、僕の殺せんせーの分身が鉢巻を変える。

いつのまにか理科の教科書も手に持っていて、相変わらずとても速い。

 

 

国語6人、数学8人、社会3人、理科5人、英語4人、……ナルト1人。

 

本当に少し前までは、4~5人くらいが限界だったのに、先生も僕たちと同じで成長しているのかな?

 

 

「にゅゃっ!?」

 

 

殺せんせーの叫び声に、何事かとノートから視線を先生に向けると、顔が変形していた。

……え、なに?どうしたの?

 

何があったのか目をパチクリさせていると、隣から邪悪な笑い声が聞こえてきた。

あぁ、カルマ君のせいなんだね。

 

 

「急に暗殺しないでくださいカルマ君!それ避けると残像が全部乱れるんです!あ、ちょ、言ってるそばからナイフを刺そうとしない!」

 

 

グニャグニャと殺せんせーの顔が変形していき、さすがに授業ができなくなってきたので、

 

 

「カルマ君、それくらいにしとこう。楽しめたし」

「そうだね~、俺も結構楽しめたし、静かに授業受けるよ」

 

 

よかったよかった、これで授業に集中できる。

……ん?

カルマ君が、静かに授業を受ける?

そんなことがあるんだろうか。

 

 

「そんなに驚いたような顔しなくていいじゃんか衆人君。今数学の教わってるとこ、楽しくて俺好きなんだよ」

 

 

ニヤリと笑って言うカルマ君は、教科書を見て先生の説明を聞きながらノートに問題を解いていく。

その姿を見て、素行不良なだけで、やっぱり真面目な人なんだと改めて思った。

 

 

「さぁ並盛君、人のことばかり気にしていないで、君は君の勉強を始めましょう」

「あ、ごめんなさい殺せんせー。えっと、じゃあこの部分のことなんですが」

 

 

今日の授業の内容は、とても濃いものになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

今日の授業も全て終わり、そしてやはり、いつものように殺せんせーは殺せなかった。

暗殺のターゲットのはずなのに、授業がわかりやすくて、普通に先生してるところが、いつか僕達の壁になるかもしれない。

とにかく、今は考えても仕方ないから、日々を楽しく過ごそうと思う。

 

 

 

「ちょっとトイレ行ってくるね」

「ん、俺も行くよ〜」

「じゃあ僕待ってるね」

 

 

 

僕とカルマ君がトイレに行ってる間、渚君は待ってくれるみたいだ。

あんまり待たせるわけにもいかないから、少し早足で向かう。

 

 

 

「そうだ、前々から聞こうと思ってたんだけど、よくあんな暗殺思いついたね。俺も確かに、手に対殺せんせー用ナイフ切ったのを貼り付けてとかしてたけど、あの考えは斬新だった」

「ありがとう。僕も最初は、みんな殺せんせーに銃を使ってたから、ある程度の速度で当てないと細胞を壊せないと思ってたんだけど、ほんとにそうなのか疑問に思ってね」

 

 

なるほど、それで千葉や菅谷、吉田を使って暗殺の準備をしたわけか。あいつらの才能はとがってるもんな。と、カルマ君は納得したようだ。

 

 

 

 

トイレから教室に戻っていた時、理事長先生とすれ違った。

珍しい、この校舎に足を運ぶなんて。

殺せんせーの様子でも見に来たのかな?

 

 

僕達は会釈をして通り過ぎようとすると、理事長先生から声をかけられる。

 

 

「やぁ、並盛君に赤羽君。中間テスト、期待しているよ」

 

 

それだけ言って理事長先生は旧校舎を出ていく。

期待しているよ、と言った理事長先生の笑顔は、貼り付けたような笑顔ではなく、本当の笑顔のように感じた。

それはカルマ君も同じように感じたみたいで、

 

「へぇ、理事長先生も案外いいとこあるのかもね」

「案外って……理事長先生はなんだかんだ優しい人だよ」

 

 

 

カルマ君の言うことに苦笑しながら、僕は教室の扉を開いた。

 

 

 

 

途端に感じた違和感。

いつも通りの放課後の風景なのだけど、みんなの雰囲気に、どことなく違和感を感じた。

 

 

 

カルマ君は気にしていないようだけど、さっきまでと比べて少し、クラスの雰囲気が暗い気がする。

 

 

「じゃあ、帰ろっか。行くよ、渚君、衆人君」

 

 

すでに荷物を取り、廊下に出ようとするカルマ君の声で、違和感にはとりあえず蓋をして荷物を手に取る。

 

 

「うん、今行くよカルマ君」

 

 

僕の気の所為だったかな。

 

 

 

 

 

 

 

2人を教室で待っていると、ガラッと扉が開いた。

あまりに早かったから、殺せんせーが忘れ物でもしたのかなと思っていたけど、

 

 

「やぁ、E組の生徒達」

 

 

教室に入っきたのはまさかの人物で、教室に残っていた僕達は唖然とした。

 

 

「こ、こんにちは、理事長先生」

 

 

磯貝君が僕達を代表して挨拶をした。

理事長先生は磯貝君にニッコリと微笑んで、僕達に向き直る。

 

 

「今年のE組には、私が才を認め、期待をしている生徒が“2人”も在籍している。彼らはきっと、勉強面で君達にも良い影響を与えているだろう。中間テスト、期待しているよ」

 

 

 

理事長先生はそれだけ言って、教室を出ていった。

 

 

僕達に向けられた、理事長先生の貼り付けたような笑み。

 

それは僕達を、暗殺者から一瞬でエンドのE組生徒に引き戻した。

 

理事長先生が、『2人』を強調したことも、僕達にとってはダメージとなった。

 

 

理事長先生が教室を出て行ったことにより、空気が和らいだせいか、みんな少しずつ明るい雰囲気を取り戻し始める。

 

 

 

少しすると、先程と変わらない放課後の景色になった。

 

 

するとすぐに、また教室の扉が開いて、並盛君とカルマ君が入ってくる。

 

 

「じゃあ、帰ろっか。行くよ、渚君、衆人君」

「う、うん。今行くよカルマ君」

 

僕はカバンを手に取って席を立つ。

カルマ君と並盛君はカバンを手に取り、ほら帰るよとすでに廊下で待っている。

 

 

……理事長が期待している2人は、きっとこの2人なんだろう。

 

 

なんとも言えない感情になったけど、2人と話をしていると少し気が楽になる。

 

E組はやはり楽しい。けど、E組はE組だ。

 

カルマ君や並盛君のように、何かしらの事情があってきたのではなく。

 

成績不振のためにやってきた僕を含め他のみんなには、理事長の言葉と貼り付けたような笑みが突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

 

「おはようございます、みなさん」

「「「「「「今日は先生、更に頑張って増えてみました!」」」」」」

 

 

……いや、増えすぎだと思う。

マンツーマン以上に増えて、どうやって僕たちに教えるつもりなんだ殺せんせー。

 

 

「「「「「「さぁ授業開始です!」」」」」」

 

 

しかも、残像もかなり雑になってる……。

髪の毛が生えたり眉毛が生えたりするの、残像にいったいどんな現象が起きているんだ……?

 

むしろ騒がしくて、少し集中が散りそうだ。

そんな中でも、きちんと教えてくれるところは、純粋にすごいと思った。

昨日の倍くらいの分身はいるから、きっとしゃべる時ものすごく頭を使っているのだろう。

殺せんせーの脳って、どんなふうに出来てるの?

 

 

 

 

 

 

長いようで短かった、騒がしい時間の終了を告げるベルがなった。

終業のベルが鳴った瞬間に、殺せんせーは教壇にもたれかかる。

やっぱりすごく疲れたみたい。

昨日マンツーマンでも少しきつそうだったのに、今日は倍以上に増えていたからなぁ。

 

 

「さすがに相当疲れたみたいだな」

「今なら殺れるかな?」

 

 

前原君が少し呆れながら、中村さんは嬉々としてナイフを構える。

 

 

「な~んでここまで一生懸命先生をすんのかねぇ」

「ヌルフフフフフ、全ては君たちのテストの点を上げるためです。そうすれば」

 

 

岡島君が零した疑問に、先生は笑って、答える。

……殺せんせーの目が輝いている。

そうすれば、いったいなんなんだろう。

「――となって殺される心配もなくなり、先生にはいいことづくめ」

 

……結局巨乳だった。

ピンクの顔でにゅやにゅや笑う殺せんせーは、1ミリもぶれない先生みたいだ。

 

 

その先生に僕も含め、みんなため息を漏らす。

僕のは呆れのため息だった。けど、みんなのは違った。

 

 

「いや、勉強の方はそれなりでいいよなぁ」

「うん、なんたって暗殺すれば賞金100億だし」

「100億あれば、成績悪くてもその後の人生バラ色だしね」

 

 

勉強はそれなりでいいという言葉に、みんなが言葉を漏らし始める。

 

え、せっかく先生がわかりやすく教えてくれてるのに、自分から学ぶことを諦めるの……?

 

しかも、それじゃあ、以前のビッチ先生と同じじゃないか。

 

暗殺があるから他は疎かにしていいなんて、ビッチ先生が反面教師になってくれた意味がなくなる。

あの時ビッチ先生を非難した正当性がなくなってしまう。

 

 

「にゅやっ!?そういう考えをしますか!?」

「俺たちE組だしよー?」

 

 

E組だから、と言い始めるみんなに、さすがに見過ごすことができなかった僕は口を挟むために息を吸い込む。

それ以上E組であることを悲観して、暗殺だけに頼ってはだめだ。

殺せんせーはターゲットである前に、僕たちの先生なんだ。

 

 

「え、ちょ、待とうよみんな!殺せんせーのおかげでみんな少しずつ学力上がってきてるよ?このまま殺せんせーに教えてもらえるなら、もっと勉強も上を目指せるよ!」

「並盛君の言う通りですよ!あなたたちはまだまだ上を目指せます!」

 

 

僕の言葉に殺せんせーは大きく頷いて言葉を発したけど、みんなには響かない。

 

 

「そりゃ、確かに殺せんせーの教え方も、並盛の教え方もわかりやすくてマジで感謝してるよ」

 

 

陽人君が僕の言葉に反応して返してくれるが、僕の言葉は届いていないようだ。

陽人君は、でもなぁ、と言葉を続けてひなたさんを見る。

パスを受け取ったひなたさんは、うんと頷いて、言葉を紡ぐ。

 

 

「うん、カルマ君や並盛君は元々点数とれてるからすぐ成果が見えるけど、私達はもとが悪いからさ」

「うちらにとっちゃ暗殺は、勉強やテストよりも、身近な選択肢でチャンスなのよ」

 

 

ひなたさんの言葉に中村さんも乗っかる形で意見を口にした。

違和感の原因はこれか……?

みんな、やたらとエンドのE組であることを強調し、そんな自分には勉強なんかより暗殺のほうがチャンスだと口にする。

 

 

昨日、トイレから教室に帰るときに、理事長先生とすれ違った。

もし、理事長先生がなんらかの話をみんなにしたならば、今の状況にも少し納得がいく。

昨日までは、みんな勉強を諦めてなどいなかったのに。

クラスのみんなの言葉を聞いて、下を向いた殺せんせーは、静かな声で言葉を発した。

 

 

「……なるほど。よくわかりました」

 

 

殺せんせーの怒ったような、それでいて優しいような、そんな声だ。

 

 

「今の君たちには、暗殺者の資格がありませんねぇ。全員校庭へ出なさい」

 

 

殺せんせーの顔は、暗い紫に☓印。

僕たちが間違えたときの顔だ。

 

先生に言われるがまま、僕たちは教室を出て校庭へと向かう。

みんながざわざわと、しながら校庭へ向かう中、

 

 

「君にはとばっちりでしょうが、連帯責任ということで、私のお説教は右から左に聞き流しておいてください」

 

 

僕にだけ聞こえるように、殺せんせーはそう囁いて、校庭のど真ん中へとにゅるにゅる歩き始める。

 

 

「急に校庭に出ろなんて、どうしたんだ殺せんせー?」

「さぁ、いきなり不機嫌になったよねぇ」

 

 

なんでなんだろとみんなは首を傾げているようだ。

 

 

 

「な~んかさ、昨日まではエンドのE組だってこと忘れて楽しく勉強なり暗殺なりなんなりやってたのに、みんなどうしちゃったんだろうねぇ」

 

 

カルマ君がぽつりと独り言を漏らした。

カルマ君はどうやら昨日の雰囲気の変化に気づいていたみたいだ。

そのときは興味がなかったから話題にしなかったんだろう。

 

 

「なんなのよ、急に来いって」

「殺せんせーがイリーナ先生も呼べって」

 

 

ビッチ先生を呼びに行っていた片岡さんが帰ってきた。

これでこの教室の全員が出揃ったことになる。

 

 

「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、あなたはいつも仕事をする時、用意するプランは1つですか?」

「いいえ、本命のプランなんて、思ったとおり行くことのほうが少ないわ。不足の事態に備えて、予備のプランをより綿密に作っておくのが、暗殺の基本よ」

 

 

「では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

「第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では、第一撃は高確率でかわされる。その後の第二撃、第三撃を如何に高精度で繰り出せるかが、勝敗を分ける」

 

 

その殺せんせーの質問で、殺せんせーがみんなに言いたいことが、なんとなくわかった気がする。

単に勉強を諦めたからお説教をしているのではなく。

暗殺だけを自分の主軸としていたら、殺せんせーが他の誰かに暗殺されたり、この教室からいなくなってしまえば、残るのは、心の底に根付くE組という枷だけ。それを危惧して殺せんせーは怒っているんだ。

 

 

「結局何が言いたいんだ?」

 

 

陽人君のつぶやきに応えるように、先生はくるくる回転しながら言葉を紡ぐ。

次第に竜巻のように風が先生に集中して、砂ぼこりが巻き上がる。

 

ヒューと口笛をカルマ君が鳴らす中、僕はサッと眼鏡をポケットに入れ、顔と目を覆う。

こうしなきゃ、眼鏡に砂がついて、後で洗いに行かなくちゃならない。

ていうかカルマ君、呑気に口笛なんて吹いてないで顔とか手や袖で覆った方がいいと思うよ!?

 

 

 

「先生方のおっしゃる通り、自信を持てる次の手があるから、自信に満ちた暗殺者になれる。対して君たちはどうでしょう。俺達には暗殺があるからいいやと、勉強の目標を低くしている」

 

 

竜巻のように、から竜巻そのものになり始めたあたりで、いよいよまずいんじゃないかと思い始める。

突然山に竜巻が出現するなんて、ネットニュースなんかに取り上げられちゃったらどうするつもりなんですか殺せんせー……。

 

 

 

「それは、劣等感の原因から目を背けているだけです!もし、先生がこの教室からいなくなったら?君たちには、E組であるという劣等感しか残らない!」

 

 

そんな危うい君たちに、と先生はより一層竜巻を成長させながら、僕たちにアドバイスをくれた。

目とか口とか覆ってるから、音でしか周りの環境がわからない。

 

 

 

『第二の刃を持たざる者は……暗殺者の資格なし!!』

 

 

 

その言葉と共に、竜巻が消える。

 

風の音が消え去り、薄っすらと目を開けると、雑草だらけで何もなかった校庭が、サッカーゴールや朝礼台まで整備され、おまけに綺麗にライン引きまでされている。

一瞬で先ほどまで見ていた光景が塗り替えられたことに、超生物に慣れたと思っていた僕たちは、大きな衝撃を受けた。

そして、改めて認識する。

先生は来年、地球を破壊する超生物であることを。

 

 

「校庭に雑草やでこぼこが多かったのでねぇ。手入れしました。先生の力があればこんなこと、朝飯前です。もしも君たちが、自信を持てる第二の刃を示せなければ、先生の相手に値する暗殺者はいないとみなし、校舎ごと平らにして、先生は去ります」

 

 

 

「第二の刃……いつまでに?」

 

 

渚君の疑問に、先生はいつもの顔に戻って、いつもの声で告げる。

 

 

「決まっています。明日です」

 

 

その後告げられたクラス全員50位以内という無理難題に、僕らは唖然とする。

全員50位以内……?

僕だって、いつも70位とかなのに、取れるのかな……?

 

 

僕たちの不安を感じてか、先生はアドバイスを僕らにくれた。

 

 

 

私は君たちに、きちんと戦えるだけの刃を育ててきました。自信を持ってその刃を振るってきなさい。ミッションを成功させ、恥じることなく胸を張りなさい。自分たちがアサシンであることに、E組であることに、と。

 

 

 

先生のその言葉で、みんなの、僕らの眼が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

そして、中間テストの日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

テストは全校生徒が本校舎で行う決まりだ。

普段立ち入らない教室でテストを受けることになるため、僕達は完全にアウェーでの解答を強いられる。

 

 

不安は、ない訳じゃない。

でもテストのために、殺せんせーにたくさんのことをわかりやすく教えて貰ったんだ。

 

旧校舎で待つ殺せんせーに、50位以内手ごたえありですという報告がしたい。

 

トントントントンと、僕らの集中を乱すように、担当の先生が音を立て続けるが、気にせずに問題に取り掛かる。

 

 

みんなもカリカリと答案用紙に答えを書き綴り、問スター達を、教えて貰った刃で切り倒していく。

 

 

問10まで答えを書き終わった時、僕達は背後から、見えない問スターに殴られた。

 

 

なんだ、この問題。

 

 

その問題に、僕の頭はフリーズする。

 

明らかに、知らされていたテスト範囲外の問題だ。

 

 

まずい、ここで落としたら、とても50位なんて入れない。

 

思い出せ、ここは、殺せんせーが個別授業の時にさらっとついでに教えてくれたはず。

 

記憶を引っ張り出しながら、なんとか解答していく。

 

 

なんとか最後まで解答することはできたけど、自信はない。

 

なんとか部分点を取れないかと、いろんな角度から切り刻んでみたけど、望み薄だ。

 

みんなは問10で止まってしまった人がほとんどらしい。

次の教科も、この調子だったらまずい。

 

 

 

不穏な空気が流れる中、次のテストの開始を告げるベルが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……教室の空気は、かなりというか、すごく暗い。

みんな中間テストの答案を返されたところだった。

 

 

 

烏間先生が抗議の電話をしに職員室へ向かったけど、理事長先生のことだ、きっとなにも変わらない。

 

教室全体が暗い空気の中、扉が開いてにゅるにゅる、いつもよりゆっくりと殺せんせーが入ってくる。

教壇の前で止まると、そのまま黒板を向いて、言葉を発した。

 

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。君たちに顔向けできません」

 

 

みんなは下を向いて、点数の変わるはずのない答案とにらめっこを続けている。

 

そんな中で、トントン、と机の隅をつつくカルマ君が、にやりと笑って僕に答案を見せつけてくる。

 

 

僕はその点数に、驚きのあまり声を発せずにいると、カルマ君はナイフを取り出し、殺せんせーへと投げた。

 

 

「にゅやっ!?」

「いいのぉ~?顔向けできなかったら、俺が殺しに来んのも見えないよ?」

「カルマ君!先生は今落ち込んで――なっ!?」

 

 

先生の言葉を遮って、カルマ君は教壇に自分の答案を教壇に雑に置く。

その点数はほぼ満点で、数学に至っては100点満点だ。

 

 

「俺問題変わっても、関係ないし」

 

 

おぉ、すっげぇ。

数学100点かよ。

えぇー!?すごい!

 

 

クラスのみんなが席を立ってその答案をのぞき込む。

そのせいか、教壇周りには人だかりができた。

 

 

「俺の成績に合わせてさぁ、あんたが余計な範囲まで教えたからだよ。だから出題範囲が変更されても、対応できた。けど、俺はこのクラスを出る気はないよ。前のクラスに戻るより、暗殺の方が全然楽しいし」

 

 

そこで言葉を区切ったカルマ君は、邪悪な笑みをにやりと浮かべて、先生の顔を覗き込む。

……なるほど、カルマ君らしいや。

 

 

「で?どうすんのそっちは。全員50位以内に入んなかったって言い訳つけて、ここから尻尾巻いて逃げちゃうの?それって結局さぁ、殺されるのが怖いだけなんじゃなぁ~いの?」

 

 

わかりやすい挑発に、殺せんせーはすぐ乗っかる。

渚君が持ってる弱点ノートに書いた弱点を突いた、カルマ君らしい煽り。

その意図をくみ取った片岡さんが陽人君を肘で突く。

暗かったクラスの雰囲気は、殺せんせーを除いて全員が、明るくなる。

みんなしてにやりと笑顔を浮かべて、カルマ君に続いて煽り始めた。

 

 

「なぁ~んだ、殺せんせー殺されるのが怖かったのかぁ」

「それなら正直に言えばよかったのにぃ~」

「ねぇ~、殺されるのが怖いから逃げたいって」

 

「……ムキィ、ムキムキムキィ!にゅやぁああ!逃げるわけではありません!」

 

 

みんなの挑発兼煽りに、殺せんせーは顔を真っ赤にして、しかも大量の怒りマークを浮かべて叫んだ。

 

 

「へぇ~、じゃあどうすんの~?」

 

 

カルマ君が面白そうにそれを見ながら、煽り口調で言う。

 

 

「決まっています!期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!!」

 

 

「「「「あはははは!!」」」」

 

クラス中が笑いに包まれた。

にゅやぁあ!?笑うところですか!?と殺せんせーが言うも、それすらも可笑しく感じてしまって、みんながみんな心の底から笑いだす。

 

かくいう僕も、そのみんなの一員だ。

本当に、E組に来てから笑うことが多くなった。

 

 

殺せんせーが言ってくれたように、ここでなら僕は、壁を越えられるのかもしれない。

カルマ君が、にやりと笑みを向けてきた。

僕はいつもの笑顔で返し、また笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

並盛 衆人(なみもり しゅうと)

 

数学76

英語77

国語78

理科80

社会79

総合390

 

総合順位 186人中50位

 

 




これまでまったく伸びなかった成績が、初めて少し伸びを見せた。
その喜びはものすごいものだったと思います。


なんとかここまで書き終わりました。
これからは、楽しい楽しい修学旅行のお話しです。







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