厄神様が通る道 (転箸 笑)
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1話

 

山の中腹で、私は旅に出る決意を固めた。

厄を集める為に、というのもある。でもやっぱり、一番大きな理由としては此処に居ることに飽きたからだろう。そもそも私は此処に執着する理由は無い。

確か最初は、人間が近づかない場所に行こうとしていた気がする。そして、天狗と鬼が支配するこの山に来たのだった、と思う。覚えていないが、まぁ私が此処に来た理由などどうでもいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー!?雛、出て行っちゃうの!?」

うん。ちょっとだけ寂しいけれど。

 

廃れた神社で、静葉にお別れを告げる。とはいえ、いつかは戻ってくるのだけど。多分近い内に。穣子が居ないけど、多分散歩にでも行ったのだろう。この二柱も立派な神様なのに、かなり人間くさい。

でも、だからこそ私も仲良くなれたのだろう。なんやかんや、私も人間が好きだから。

 

「うー、また友達が離れていくわ。まぁいいわ、元気でやってね」

うん。行ってきます。

「ちなみに、何処から巡っていくの?」

守矢神社。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて来たけど、こんなに大きかったのね。人っ子一人居ないけれど。

 

「そりゃ、こんなに寒いとねぇ。春くらいから人間が来始めるよ」

蛙なのに冬眠しないのね。

「私、別に蛙の神様じゃないよ?」

蛇だって寒いと辛そうよねぇ。時々見ていて可哀想になってくるもの。

「...本当に蛇?神奈子のこと言ってない?」

 

そういえば、二柱居ると聞いていたのだけれど。

もしかして自ら信仰集めに?でも、有り得なくは無いかなぁ。

 

「今神奈子なら地底に行ってるよ。頭が空ろな子を探してるんだって」

地底?久しく聞いたけれど、どうやってその存在を知ったの?

「そりゃまぁ、祟り神でちょちょいと」

ふぅん。まぁいいけど、あんまり面倒くさいことしないでね。

「ありゃ?貴女ってそんなだったっけ?」

私だって愛しているもの。この郷を。

「へぇぇ。ただ勘違いしないで欲しいけど、神奈子だって妙なことをしようとしてる訳じゃない。単なるエネルギー革命よ」

八咫烏、ね。

「さぁね。私もそんなに説明してもらってないから」

そう。それじゃあ、もう行くわ。風祝にもよろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...一瞬で見抜かれちゃった。厄神様って、厄介なのねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さて、山を降りようかしら。そしたら何処に行こうかな。

そういえば、私ってこの幻想郷のことを殆ど知らないのよねぇ。長いこと山に籠ってたからなぁ。見聞を広める、っていう目的もこの旅にはあるのかしら。

 

「おい、止まれ」

あら、何かしら?

「此処は我ら――天狗の土地だぞ。貴様こそ何をしている」

...若い子って、物を知らないのねぇ。それとも貴方が特別無知なだけかしら。

「...言うじゃないか、小娘。つまり、天狗を敵に回すと」

あらあら、本当に知らないのねぇ。まったく、天魔も教育がなってないわねぇ。

 

まったく、本当に腹立たしい。いくら天狗との接触を避けてきた(関わったら碌なことにならないから)といっても、まさか忘れられているとは。

私に近づいちゃ駄目だと、キツく言っておかないと。

 

「んなっ、貴様何を...!?」

いいから、暫く私に身を任せなさい。

 

囁いただけで無抵抗になっちゃうのねぇ。可愛いというより、愚かしい。

厄を吸うのではない。放出する。

 

「...ガッ」

あら?

「ゴホゴフゲホゲホエホゲホ!!?」

汚いわねぇ。血を吐きながら咳しないでよ。

「きっ、貴様ゲホッ!!」

あら、喋れもしないの?随分厄が溜まってたみたい。

「......カハッ」

 

斃れた。もう少し静かに死んでもらいたかったなぁ。ほら、もう白狼天狗が来てしまった。

でもまぁ、この子は私のことを知っているから良かった。全然近づいてこないから、私が動く必要が無いのよねぇ。

 

「...またですか、雛さん」

私は悪くないわよ。この子から言い寄ってきたんだから。

「まぁ、でしょうね。私もこの人嫌いでしたし」

椛ちゃんも言うようになったわねぇ。ちゃんと私がやったんだって言うのよ?

「解ってますよ。で、こんな下まで降りてきて何を?」

旅に出るの。いや、もう出てるのかしら。

「......旅、ですか」

大丈夫よ、ちゃんと気をつけるから。今回は特別なの。

「果たしてそんな理屈が通じますかねぇ」

此処は幻想郷なのだから、通じないことなんて無いわ。残酷に受け入れなさい。

「...まぁ、良い旅を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さて、何処に行ったものだろうか。とりあえず真っ直ぐ行こうかな。私なら大丈夫だろうし。

そんな考えのもと適当に歩いていたら、森に着いた。妖怪の気配もなく、なかなかに静かな森。纏わりつく胞子は少し鬱陶しいけど、そこまで気にはならない。

それにしても、気配が一つしか感じられない。多分前に会った子かしら?

 

...『なんかします』。霧雨魔法店。

 

つまり、此処にはあの人間が居るのかしら。

コンコンコン、と三回ノック。返事が無いわ。中でただの屍になっているのかしら。

再度コンコンコン、とノック。やっぱり返事が無い。もう一度、とやろうとしたらドアが開いた。

髪はボサボサで、下着にキャミソールだけの恰好。色気がまるで感じられないわね。

 

「何だ、客か?」

...折角綺麗な髪なのだから、整えてきたら?

「いいんだよ、これが私流だ。というか、お前誰だよ」

覚えてないのね。少し前に会ったばかりなのに。

「んん?」

 

目つきを鋭くしながら覗き込んできた。じろじろと観察して、ようやく私のことを思い出したようだ。

 

「お前、山に居た奴だな。なんで出てきたんだよ」

色々思うところあってね。

「依頼が無いなら帰ってくれよ。私は忙しいんだからな」

今の今まで寝入ってたくせして。

「だから寝かせてって言ってるんだ。道案内ならいつかしてやるよ。おやすみ」

おやすみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、私どうしよう?

 

 

 




雛ちゃんを主人公にしてみました。
最初は何となく思いついただけだったのですが、思ったより主人公適正があるんですよね雛ちゃん。
この会話方法については、実験みたいなもんです。それでは、またいつか。


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2話

森を抜けて少し歩くと、広がった地に着いた。

辺りにはよく分からない物が散乱している。妖怪達が彷徨っているし、あまりいい場所では無いなぁ。

それでも何かないかと目を凝らしながら歩くと、とある妖怪がこちらに背を向け座り込んでいた。どうも何かを食べているようだ。回り込むように動いて、妖怪が何を食べているのか確認する。

ジロッ、と妖怪が睨んでくる。その手には大きな肉塊が握られていた。

 

そんなに睨まなくていいじゃない。

別に盗ったりしないわよ。

 

そう言ったものの妖怪は私の観察を止めず、それでもひたすらに肉塊を噛み千切っては呑んでいた。襲い掛かってこないだけマシなのだろう。他の妖怪もまた私の姿を認めても襲ってはこなかった。

そして妖怪が食べ終わるまで見ていようと腰を下ろすと、ようやくその肉塊が人間のそれであることが判った。

天狗達は人間を食べない(少なくとも食べているのを見たことが無い)ので、すこし新鮮な感じだ。どうやら食事シーンを見られるのが嫌だったようで、妖怪はもそもそと適当に齧ってからその肉塊をぽい、と捨てて何処かに行ってしまった。

私はその肉塊を手に持ってみる。子供の身体だったようで、かなり小さい。顔は無く、かろうじて繋がっている右腕と右上半身だけが残されていた。皮膚と筋肉の断面から、それなりに太っていた子だったのだろうと推測する。

 

襲ったのなら残さず食べなさいよね。

 

妖怪が食べ残して去っていったことに、少々の怒りを覚える。折角殺してその肉を手に入れたというのに、全くもって勿体ない。

私は肉塊に手を合わせ、また森の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さて、またしてもこの静かな森へと戻ってきてしまった。

どうしたものだろうか。やっぱり元来た道を通って森を出ようか。

 

...あら。

 

薄暗い森の中で、すこし明るい場所があることに気づいた。知らず知らずのうちに、さっきの子の所まで戻ってきたのだろうか。

いや、それは無い。先程とは違うルートを通ったはずだ。なんにせよ、行って確かめるのが一番だろう。

虫のように、明かりに向かって歩く。

隣に生えている木が少なくなってきて、丸く光が差し込んでいる場所に出た。そして、その中央に一軒の家がある。

 

もしもーし。

 

訪問してみる。コンコン、と二回ノックすると住人であろう人が顔を出した。端麗な顔に不思議そうな表情が浮かんでいる。

 

「何方かしら?」

ただの厄神よ。

「...ああ、貴女が」

聞いたことが?

「ちょっと知り合いからね」

 

厄神だと名乗ると、わかりやすく距離を置かれる。まぁ、いつものことで、当然のことだ。

本当は歓迎してもらいたかったし、中に入れて欲しかったのだけれど。いや、流石にこれは我が儘か。厄神を歓迎する者などそうは居ない。

 

色んな所を見てみたいの。何か知らない?

「そうね...」

 

顎に手を当てて考え込んでいる。差し詰め、私が行っても大丈夫であろう場所を探しているのだろう。

 

「...ごめんなさい。私、あまり出歩かない性質だから...」

いいのよ、気にしないで。いきなり来て悪かったわね。

 

そうして、結局何も情報を得ぬままに森の出口が近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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森と外の境界線かのように、道があった。

甃で出来た、恐らくは参道。

 

森のすぐ側に、参道...?

 

どうせだから、と行ってみることにした。それにしても、今までの旅路でそれなりに移動したのではないだろうか。

コツコツ、と足音を立てて甃を歩いていると、ブーツの底が擦れ始めているのを思い出した。長いこと履いているからなぁ。

そんな事を考えていると、長い石段が映った。ブーツなんだから勘弁して欲しいのだが。

 

 

 



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3話

 

階段を上がるにつれて、厄が感じ取れるようになってきた。上に居る誰かが非道い厄に見舞われているのだろう。いや、最早この厄の濃さは穢れだ。

ようやく登りきると、そこには縁側で話している二人の人間が見えた。

 

「少し前の事です。黒い手が、私の、娘を...」

「なるほど」

 

前に山で会った巫女はちら、と私を一瞥だけして話に戻った。男の方は私に気が付いていないようだ。

 

「...なので、お願いします。どうか娘の仇を...」

「でも其処は人里では無かった」

「...確かにそうです」

「なら私には何も出来ない。私はあくまで人里の住人を守るに過ぎないから」

「そんな...」

 

巫女の言葉に、男は頭を抱えた。話から察するに、娘が妖怪にでも殺されたのだろう。穢れが渦を巻いている。

ここまで濃いとなると専門外ね。もはや私が受け取れる厄を超過している。

 

...くだらない。

「...は?」

 

しまった。考えがつい口を出てしまった。しかも男に聴こえてしまったようで、血走った目で此方を睨んでくる。

 

「いったい何がくだらないんだ?」

聞き間違いよ。私はそんな事言ってないわ。

「...ふざけるな、そんな言い訳が通じると思うなよ。何がくだらないって?」

...じゃあ言わせてもらうけど。

 

売り言葉に買い言葉。とは少し違うけど、こうも詰め寄られては言わないという選択肢は無かった。

 

人間なんて、遅かれ早かれいつかは死ぬわ。貴方も、そこの巫女も。貴方の娘は()()早く死んだだけ。

たったそれだけの事なのに仇討なんて...本当にくだらないわ。

「......」

 

男は黙っている。判らないけど、恐らくは怒っているのだろう。凄い目つきをしている。

 

「あんた、謝りなさい」

私が?

「どんな考えを持ってようが知ったこっちゃ無いけど...それで傷つく人も居んのよ」

成るほど。解ったわ。

 

改めて男に向き直る。私はしっかりと目を合わせて謝った。

 

ごめんなさい。私のせいで、貴方を傷つけてしまった。

「......」

 

男は黙ったまま、私の方を見ていた。少しは怒りが収まってくれただろうか。それからぶつぶつと何かを囁きながら、階段の方へと向かっていった。

怒っているせいなのか、不安定でふらふらとした歩き方をしている。やる気の無さそうな足が石に当たってはよろけていた。

 

「あっ」

 

そんな情けない声が男の最後の言葉になった。

最初の一段目で足がもつれたようで、石段を転げ落ちていった。時々ゴンッ、と鈍い音が鳴って、最後は滑っていくようなジャリジャリ、とした音になった。

 

あっ。

 

私もまた男のような情けない声を出してしまった。

縁側でぼんやりとしていた巫女が、男の姿が落ちたと見えるとすぐに飛んで行った。私も石段の上まで行き、下を覗き込む。

見えたのは、ボロボロになった男の死骸に手を合わせる巫女の姿だった。私も手を合わせておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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私が原因かしら?

「どうかしら。全部が全部あんたのせいでは無いだろうけど」

 

それでもあんな事は言わない方がいい、とキツく注意された。出来るだけ言わないようにしよう。

それにしても、神社だというのに驚くほど神性が散らばっている所だ。どうしてこんなに点在しているのだろう?

 

ねぇ、此処って何の神様かしら?

「何の神様でもないわ。こんなのポーズみたいなもんよ」

 

流石にこれは驚いた。神社なのに何も祀っていないなんて。

...あら?そういえばこの神社って何時から在ったかしら?私が山に行った時には既に在ったはず...

でも、まだ結界が

「及ばない物は考えない方が良い」

耳元で突然聴こえた囁き声。私は飛び退きながらも後ろを見た。

 

...やっぱり貴女か。

「どうしてこんな場所に居るのかしら?」

少し旅に出ているだけよ。それとも、それすら許されないのかしら?

「いいえ、私は何も否定しませんわよ。それよりも」

何よ。

「結界は在ったし、今も在る。当然、神社も。それだけでいいじゃない」

実に都合のいい考えね。納得出来ないといえば出来ないわ。

「納得してもらわなくとも。受け入れてくれればそれで良いのです」

 

成るほど。

賢者にとって、結界については触れられたくないらしい。そのくせ考える余地は与えるのだから性質が悪い。

考えるだけ考えさせて、結局何の答えも得られない。

 

「ここの生活には慣れたかしら?」

何よ、今更その質問は。

「少しね。貴女がまた余計な事を考えそうだったから」

...ねぇ、初めて会ってもうどれ位になるかしら?

「さぁねぇ。もう覚えてないわ」

私、今が一番貴女のこと嫌いよ。

「そう」

 

言うだけ言って帰られた。久しぶりに来て何を言うのかと思えば、くだらない警告だとは。

 

 

 




ちょっとオリ要素出ちゃったかな?一応原作寄りにしてるんですが(地霊殿のちょっと前)。

結界について考えるの禁止。何となく幻想郷ではありそうです。
雛ちゃんも神様ですし、こんな考えしててもいいかなと。
それでは、またいつか。


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4話

...あら。

 

神社の周りを見て回っている途中、空から何か──言ってしまえば厄のようなもの──が感じ取れた。その方向に目を向けた時、私は絶句した。

 

緋色の雲、ですって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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私がそれなりに急いで神社へと戻ると、其処には。

 

「......」

 

倒壊した神社を眺めながら立ちすくんでいる巫女の姿が認められた。いったいどういう事だろう。まるで()()()()()()()()()()()かのような、酷い崩れようだ。

だが、私は何も感じなかった。ここまで大規模な地震なのに、近くに居た私が感知出来ないという事が起こりうるだろうか?

そんな事を考えていると、茫然自失としていた巫女がわなわなと怒りに震え出した。

 

「何処のどいつよ、こんな巫山戯た事をした奴は!?」

 

そして、巫女がそんな怒声を上げると同時に─辺りが一気に晴れだしたのだった。

 

...いったい何が起こってるのかしら。

 

私はそうぼやくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あのまま神社に留まっていると巻き添えを食いそうだったので、とりあえず神社と逆の方向へと飛んで行った。

そういえばさっきから妙に暗いのだが、どうも私の周りだけが暗くなっているようだ。動くとこの暗闇もついてきて、何処となく不気味である。

 

...あら?

 

空から竹林を覗くと、ひっそりとした建物が在った。ひっそりと、とは言ってもそれなりに大きい建物で、あくまで雰囲気が寂れていた。

こんな建物があったか?

まずそこに至った。竹林自体は前から在ったと思うのだが、その中にこんな建物が存在していた記憶が無い。

 

まぁ、行けば何か解るでしょう。

 

そして建物へ向かおうとすると、風切り音と共に矢が飛んできた。

それは私の頬を少し掠めて、そして失速した後に重力にしたがって落ちていった。

 

「まさか外すとはね。でも次は当てるわ」

ずいぶんなお出迎えだこと。

「貴女程に穢れが多い者を、此処に近づけたくはない」

穢れ...

 

よく解らないが、女性の言う穢れというのは恐らく私が纏っているこの厄のことだろう。

言われてみると、この建物は非常に厄が薄い。まぁ、その周りは厄だらけだが。

立て続けに放たれる矢を避けながら、下をちらりと見る。いつの間にか妖怪兎が集まって見物していた。

 

厄が、多い...

 

下に居る妖怪兎からは、かなり濃い厄が感じ取れる。まぁ、兎など短命だし身を護る武器を持たないしで厄だらけなのが常だが。

そんな事に気を向けていると、矢が目と鼻の先に迫っていた。

 

わっ、とっ、と。

 

咄嗟に弾幕を出して難を逃れる。弾に命中した矢は、焦げながら落下した。

 

「小癪な...そうまでして此処に来たいのかしら?」

 

新たに矢をつがえる女性だが、それが発射されることは無かった。

 

「永琳、騒がしいわよ」

「あら、輝夜」

 

廊下を歩いて来た少女が、女性の攻撃を中断させたのだった。

私は少し面食らった。その少女には、驚くほどに厄が無かったから。

 

「あれも立派な客人よ。お通ししてあげて」

「そのように」

 

再度女性の目が私を捉える。そしてハンドサインで私に来いと命令した。

 

「...それにしても、妙に暗いわね」

 

ぽつりと少女が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうして貴女は此処に来たの?」

まぁ、色々と。

「隠さなくたっていいじゃない。私以外誰も聴いてないんだから」

本当に色々在ったのよ。ええ、色々と。

 

この少女は楽しいお話を求めているようだけれど、私にはそんな高等な話術は無い。なんなら話の種も無い。

 

「なぁんだ、結局私が話す方に回るのか」

私としてもその方が楽だし楽しいわ。

「じゃあまず、自己紹介からしようかしら」

 

かぐや姫?たしかちょっと前に聞いた気がしないでも無いけど、この子がそうなのね。

あの頃は人間の厄も多かったなぁ。

 

「私の話はこれで。次は貴女」

私からも話さないと?

「勿論」

 

うーん、と唸る。自己紹介といっても、面白い身の上話なども無し。簡素な自己紹介でもいいのだろうけど。

 

ひゃあ。

「小さい反応ねぇ。もっと驚いてくれていいのに」

 

耳に吐息がかかり、こそばゆい。

気がつくと、少女が私の背中にのし掛かっていた。

 

何してるの?

「貴女ったら、長く考えこむんだもの。暇しちゃうわ」

 

ぴん、ときた。たまには悪戯するのも悪くないだろう。

 

じゃあ、退屈しないようにしましょうか。

「え?」

 

くるり、と反転して少女と向かい合う。

はてな、という表情をした少女を柔らかく抱き寄せた。その小さな身体は、見た目以上に抱き心地が良い。

 

これで、少しは気も紛らわせるかしら。

「ええ。とっても」

 

てっきり恥じらうかと思ってやったのに、少女は余裕綽々という感じ。やっぱり慣れないことはしない方がいいなぁ、と思った矢先。

 

「で、次はどうなるのかしら?」

え?

 

少女の黒い目が、私の目を覗く。それは見た目にそぐわない老獪さと重厚さを感じさせた。

 

「えい」

 

肩を軽く押されて、とさりと床に倒れる。仰向けになった私に、少女が跨がっている形だ。

 

ちょ、ちょっと待って。

「いいわよ。ちょっとだけね」

 

こんな風になるとは想定していなかった。

私の上でころころと笑う少女は、邪気など感じられない。でも、このからかわれてる感じは得意じゃない。

 

まずはこの状況を何とかしなければ。

 

 




今回から緋です。つっても、雛ちゃんは関わりませんが。

最近キャラが勝手に動くので参りますね。輝夜ちゃん何してんの。
雛ちゃんは何と無く誘惑しただけなのに、相手が悪すぎました。

じゃ、またいつか。


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5話

やっぱ厄神様は書くのムズいっすは。
はっはっは。


とりあえず、退いてくれるかしら?

「ここからが楽しいのに?」

いいから。

 

不満そうにしながらも素直に退いてくれた。

解放された私は上身だけ起こす。押し倒されたのは初めての経験だった。

 

「それじゃあ、どうする?」

...さぁねぇ、どうしましょうか。

 

既にこの屋敷から出て別の所へ行くという選択肢が私の中で出ていた。

だがそれは礼儀知らずというものだろう。折角迎えてくれたのだし。

 

何かやりたい事はないの?私もお手伝いするから。

「うーん...特にやりたい事は無いのよね。暇が潰せればそれで」

百人一首でも?

「さすがに飽きちゃったわ。...あ、そうだ」

 

ずい、とかぐや姫の顔が近寄る。いやに意識してしまうのはさっきの事件故か。

芳香なんかも感じ取れて、非常によろしくない。

 

「この暗さは貴女が何かしたの?」

暗さ?

 

かぐや姫が空を指差して言った。

確かにちょっと前から妙に暗かった気がする。しかも私の周りだけが。

でも、特に何かした訳じゃない。むしろ私の方が知りたいのだ。

 

「ふーん、そうなの」

そうなのよ。

「そうなの...ね...」

あら?

 

かくかく、と船を漕ぐかぐや姫。目がとろんとして可愛らしい。

じゃなくて、眠いのだろうか?

 

もう寝るのかしら?

「...うん...寝る」

 

のそのそと押入れまで歩いて蒲団を取り出そうとしているが、眠いからなのか上手く取り出せないでいるようだ。

私も押入れまで行って蒲団を出す。

 

敷いてあげるから、机どかして。

「うん」

...はい。それじゃあお休みなさい。

「...お休みなさい」

え?

 

ぐい、と引っ張られたかと思うと、気づかぬ間にかぐや姫の抱き枕にされていた。

抜け出そうと試みるが、思ったよりつよく抱き締められていて不可能そうだ。

現状を理解して受け入れると、実はかなり拙い状況だと解った。

私を抱き締める細い腕は、殆ど体験したことが無かった温もりを伝えてくる。それはとても鮮明で、じんわりと体に染み込んでくる。

胸に頭を擦り付けられる感触はあまり良くないけど、この温もりに免じて許そう。

ぽん、ぽん、と背中に当てられる手。否応もなく安心してしまい、此方まで眠くなってきた。

 

「にゃむ」

...ふふ。

 

胸の間で猫のような声を出すかぐや姫。あまりに可愛くて、私の方からも抱き締め返した。

 

お休みなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

「師匠、姫様遅くないですか?」

「寝ているのかしらね。見てきてくれる?」

「それなら私が行くよ」

 

晩ごはんの並べられた卓袱台を囲む三人。

それは湯気を立ち上らせ、自分は今作られたばかりで今が一番美味いと言っているかのようだ。

やがてその三人の中から一人──因幡てゐが残った一人の様子を確かめに行った。

 

 

「てゐ、おかえり。輝夜は?」

「......」

「てゐ?どうしたの?」

 

黙ったままのてゐに、もう一人の兎が問いかける。

そして質問の答えはこうだった。

 

「アレを壊すなんて無粋なこと、私には出来ないわ」

「はぁ?」

「......」

 

一人は返ってきた答えに対して思わず聞き返すが、もう一人は顎に手を当て何かを考え始めた。

そして考えがまとまったのか、音もなく立ち上がる。

 

「師匠?どうしました?」

「優曇華、貴女も来なさい」

「はぁ...了解です」

 

そして残った一人は、先程よりほんの少しだけ冷めた晩ごはんを食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「......」

「......」

 

二人は静かに、それでいて殆ど手付かずだった晩ごはんの事を忘れる程に目に入るものを観賞していた。

 

艶やかな黒髪と赤いリボンが絡んでいる。

そしてその持ち主である二人は、しっかりと抱きしめ合いながら一つの蒲団で眠っていた。

 

一人の蓬莱人は、この記憶と永遠を共にしようと、目の前の風景を脳に刻みつけた。

そして兎は、頬をすこし赤らめながらもそれ以上に紅い目でそれを見据えた。

 

とどのつまり二人の寝姿があまりにも美しかったのだ。

 




かぐ雛とかいう新境地(ペンギンである)。


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6話

「なるほど、紅魔館ね。いいんじゃない?」

まだ一度しか行ってないから。それじゃあ、またね。

 

お見送りは一人だけ。まぁそれも仕方ない、みんな忙しいのだろう。

かぐや姫に送られながら、私は紅魔館へと飛び立った。思わず何日か滞在してしまったが、中々面白い体験だった。

 

「おろ」

あら。

「誰かと思ったら厄神か。こんな所でとは珍しい」

死神ね。出来れば会いたくなかったわ。

「そんな非道いこと言うなよ。あたいはそんなに持ってないんだからさ」

そりゃ、船頭ならそうでしょうけど。で、何してるの?

「ちぃと永遠亭までね」

あら、私が今まで居た所よ。

「ほう」

 

鎌を持ち直す死神。

じっ、と此方を覗き込んでくるが、何か見えるのだろうか。

 

「あんたは極夜だね」

きょくや?

「宵に覆われ、陽の光は届かない。晴れない厄を持ったあんたにゃぴったりだ」

...もしかして罵られてるのかしら?

「光を浴びないという事は、陰ができないということ。筋の通った奴だね」

あら、誉められてるのかしら?

「ただの気質の話だよ」

 

よく解らない。まぁ、どうでもいいことだ。私は紅魔館へ行くのだから。

死神も暇ではないのだろう、ぱっ、と居なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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湖の中に建っている紅魔館を眼下におさめる。

前に来た時は、パーティーに招待されたから来たんだった。

降りると、門番が壁によりかかって寝ていた。

 

もしもーし。

 

返事がない。どうやら本当に眠っているようだ。

どうせだからと肩を突っつくが、反応なし。帽子を取るが、反応なし。ほっぺをむにむに。反応なし。

いい加減入ろうかな。

勝手に門を開ける。反応なし。

中々に広い庭園をぷらぷら見て回る。妖精は一人も居なかった。

 

「お客様ですか?」

ええ、そうです。

 

パーティーの時に会ったメイドさん。いつの間に来たのだろう。

恭しく一礼したあと、

 

「どうぞごゆるりとお楽しみください」

 

そして居なくなった。目の前に居たのに、まったくタネが見えなかった。

お楽しみください?

どういう意味だろうか。

 

「む、来たか」

 

背後から声を掛けられた。

振り返ると、吸血鬼がパラソルテーブルの下でワインを飲んでいた。

 

来たか、って私が来るのが分かっていたの?

「当たり前だ。私が呼んだからな」

 

大仰に首を傾げるが、吸血鬼はただ笑うだけだった。

手に持ったワイングラスを掲げる。

 

「お前は今日の珍客だ。とっとと此方に来い」

 

仮に私が本当にスペシャルゲストだったとして、その態度はどうなのか。

まぁ吸血鬼はこんなものか、と思い直す。

私が向かいに座ると、吸血鬼が直々にワインを注いだ。

 

「秘蔵の銘醸だ。美味いぞ」

いただきます。

 

くい、とグラスを傾ける。仄かな渋みと酸味。それに、圧倒的な甘味。

喉を通った後の残り香は、華やかにして優美だった。度数は高めだろうが、スーッと飲めた。

 

美味しい。

 

気づけばそう言っていた。それに気をよくしたように、グラスにおかわりが注がれた。

つまみが無いな、と思っていたら先程のメイドさんがチーズを持ってきた。

 

「お口に合うか判りかねますが」

 

それは少し辛子の風味があって、ワインと絶妙に合わさっていた。

吸血鬼はワインばかり飲んでいたが、恐らく辛いのが苦手なのだろう。

 

 



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7話

厄神は更新が難しい


 

あら。

 

庭に怨霊が。普通こんな地上には居ないはずなのだけれど。もしかして、前に言ってた八咫烏と関係があるのかしら?

まぁいいか。仮にそうだとしても、此方から出向くのは無理だし。

 

ん?

 

目の前に、ぽつん、と小さな影ができた。それは見る見る内に大きくなっていく。

 

「何でお前が居るんだよ?」

私のが先に来てたもん。

 

いつかの魔法使いが、箒に跨ってやって来た。

 

「まぁいい。それよりパチュリーだ」

 

せっせこと行ってしまった。パチュリーって誰だろうか?

それに何の用で来たんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いたところ、この館には図書室があるらしい。

行ってみると、壮観だった。壁が殆ど見えず、どこに目をやっても本がある。

紫の服を来た少女が変な機械と話していた。

 

「......聞こえるかしら?私の声」

『何だ?何処から聞こえてくるんだ?』

 

返ってきた声は魔法使いのものだった。もしかして前に河童が言っていた通信機械ってコレのことかしら?

少女が唇に指を当てた。今は話しかけてくれるな、と暗に言っている。

 

『おお? 人間とは珍しい』

 

今度は違う声。さっきの魔法使いより小さく聞こえるのは何でだろう。

 

「気を付けて。地底の妖怪は私達とは異なるから」

『何だ?見た感じは同じだけど......』

 

地底って言ったのかしら、今。

もしかしてあの魔法使いが地底に行った?でもいいのかな其は。

暫くしたら機械から声は聞こえなくなり、代わりに爆発音やらが聞こえるようになった。

 

ねぇ、あの子は地底に行ったの?

「確かに魔理沙は地底に行った」

それって大丈夫かしら?

「...あの本取って」

 

鎮座したまま私に指図する少女。まぁいいけど。

多分これの事かな。こんな館の中の図書館には似合わない、純日本風の本だ。かなり重い。

 

はい。

「うん」

 

ペラペラリと受け取った本を繰る少女。何かを探しているのか、机に置いていた眼鏡をかけた。

 

『ほんとだ、体に悪そうだな』

「地底には忌み嫌われた妖怪ばかり。心してかかりなさい」

 

機械の方は向かず、本を見ながら返事する少女。

ようやく探し物が見つかったのか、ページをめくる手が止まった。

 

『地底の妖怪は体に悪いって、地底そのものが体に悪そうだが』

「さっきの妖怪の事を調べたわ。さっきのは土蜘蛛。人間を病に冒す困った妖怪」

土蜘蛛!?

 

思わず大きな声を出してしまった。だが機械の向こうには届かなかったようで、魔法使いは特に反応しなかった。

少女は私に何かを言おうとしたが、その前に機械が喋った。

 

『もしかして人間? 人間が地底の調査に来たって言うの?』

『ああそうだ。きっとそうに違いない』

 

土蜘蛛なんて、地上からは完全に忘れられてしまった。

地底にはそんな者がいたのか。確か流れていった鬼達も大半は地底に住んだんだっけ。

 

ああ、地底なんて行くもんじゃないな。

 

ぽつりと言ったけど、今度は少女にも聞こえていないようだった。

 

「ねぇ、メモ取って」

私は字書くの苦手よ?

「違う。ソレ」

 

あ、置いてあるこれか。

 

 

 

 

 



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