ラビット・プレイ (なすむる)
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プロローグ
プロローグ


 ダンジョンに憧れるのは間違っているだろうか?

 数多の怪物が棲む迷宮。死と隣り合わせの非日常が生み出す狂気。

 血湧き肉躍る、現世に名を残す英雄達の如き日常。

 未だ誰も見ていない景色を求め、未踏の地への挑戦。

 

 自らの武器を頼りとし、怪物を討伐し、前途を切り開く。

 仲間と共に挑み、命からがら逃げ出すこともあるかもしれない。

 道半ばにして、散りゆくかもしれない。

 

 過去の冒険譚に憧れた、そんな子供が夢見るようなこと。

 ただただ強い好奇心を持って、挑み続けた者だけにしか与えられない特権のようなもの…発見者となることを夢見て。

 

 しかし、高い夢を見るには、それなりの実力というものも必要なのが現実である。

 

 神様、どうか、(哀れな子兎)を助けてください。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「ほぁああああああああああああああっ!?」

 

 高い夢を見た代償は有り得ないほど高く、また、即日で取り立てに来られていた。

 

 具体的には牛頭人体のモンスター(取り立て屋)、《ミノタウロス》に追いかけられている。

 Lv.1の僕の攻撃では一切ダメージを与えられない化物に、喰い殺されようとしている。

 

 詰んだ。間違いなく、詰んだ。

 

 高過ぎる夢を見た代償が、僕の命。夢見ることすら、高望みだと言うのか。未踏の地に憧れたのが愚かだったのか。

 辺鄙な村から、迷宮都市に来た時点で満足するべきだったのかもしれない。未踏の地への挑戦なんて、分不相応が過ぎたのかもしれない。

 日々数えきれない死者を出すダンジョンにそれを求めていた時点で、僕は終わっていたんだ。

 

 あぁ戻りたい。いい歳して瞳をキラキラさせながら、ギルドの冒険者登録書にサインした僕自身を殴り飛ばすために、あの時へ戻りたい。

 物理的にも僕の命運的にも、それはもはや不可能なんだけど。

 

『ヴゥムゥンッ!!』

「でえっ!?」

 

 ミノタウロスの蹄。

 背後からの一撃は体を捉えることこそしなかったものの、土の地面を砕き、ちょうど僕の足場も巻き込んだ。

 足をとられ、ごろごろとダンジョンの床を転がる。

 

『フゥー、フゥーッ……!』

「うわわわわわわわわっ……!?」

 

 臀部を床に落とした態勢で、みじめに後ずさりした。

 誰かに見られたら、恥ずかしさとみっともなさで泣きたくなってしまうような光景。恥も外聞も命あってこそだけど、どうやら、僕の冒険譚はここで終わるらしい。

 

 ドンっと背中が壁にぶつかる。行き止まりだ。

 何十もの通路を抜けて、辿り着いた広いフロア。正方形の空間の隅に僕は追い込まれた。

 

(ああ、終わった……)

 

 僕の心も諦めがついたのか、かえって泣くこともできなかった。

 眼前の化物が息を荒げて右腕を伸ばしてくる。あと少しで手が届く。握り潰された自分の姿を幻視したところで、伸びてきたミノタウロスの右腕が落ちた。物理的に。

 

「え?」

『ヴぉ?』

 

 僕とミノタウロスの間抜けな声。

 その後も、どさっ、どちゃっ、とミノタウロスの色々な部位が落ちていく。怖い。そうして、最後には首がずるりと落ちていく。

 断末魔をあげることもなく、僕から見た絶対的強者(ミノタウロス)が倒された。

 吹き出した、ミノタウロスの赤黒い血を全身に浴びながら、僕は呆然となった。

 

「……大丈夫?」

 牛の怪物に変わって現れたのは、美しさを体現したような少女だった。

 蒼色の軽装に包まれた細身の体。

 鎧から伸びるしなやかな肢体は眩しいくらい美しい。

 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸のふくらみを押さえ込む、エンブレム入りの銀の胸当てと、同じ色の紋章の手甲、サーベル。地に向けられた剣の先端からは血が滴っている。

 腰まで真っ直ぐ伸びる金髪は、いかなる黄金財宝にも負けない輝きを湛えていて。

 女性から見ても華奢な体の上に、いたいけな女の子のような童顔がちょこんと乗っている。

 僕を見下ろす瞳の色は、金色。

 

(……ァ)

 

 ━━蒼い装備に身を包んだ、金髪金眼の女剣士。

 Lv.1で駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物はわかる。

 【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。

 ヒューマン、いや異種族間の女性の中でも最強の一角と謳われるLv.5。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「…ベル、大丈夫?」

 

 大丈夫じゃない。

 全然大丈夫じゃない。

 今にも締め付けられて砕け散ってしまいそうなこの僕の脳味噌が、大丈夫なわけがない。

 さぁッと引いた血の気、何か言い訳を、とフル回転する頭、芽吹く淡い……いや、盛大な後悔。

 死ぬよりも辛いかもしれないこの後を考えて、僕は全てを放棄した。

 

 ダンジョンに憧れるのは間違っているだろうか?

 

 結論。

 

 間違えては、いないはず。 



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1章 兎は祈る、力が欲しい
1話 脱兎捕獲


脱兎の如く逃げ出そうとした僕は、十数秒後にはファミリアの先輩であるアイズさんの小脇に収まっていた。

捕まり、それでもなお逃げ出そうとする僕をギュッと抱きしめ直すと同時に「…ベル、めっ、だよ?」なんて額を小突かれたら、おとなしくするほかない。

 

アイズさんが手加減できていなかったら、僕の渾名はトマト野郎からザクロ野郎になってしまうところだったのかもしれない。

 

そうして、街行く人に色々な感情の籠もった視線でジロジロと見られながら、時たまミノタウロスの血を被ったことで真っ赤になった頭を見られてなんだあのトマト頭だとか、またトマト野郎が現れたのか、なんて言われながら辿り着いたのは『黄昏の館』。ロキ・ファミリアの本拠地で、僕が2週間ほど前からお世話になっている建物だ。

 

同じファミリアの人達にも見られながら、僕を小脇に抱えたままずんずんと進んでいくアイズさん。風呂へと投げ込まれ、身綺麗にするように言われる。手短にシャワーを浴びて、浴びた血と汗を流し出ようとすると、簡単なつくりのシャツとズボンが置いてあり、それに着替える。

 

着替えも済ませてドアを開けるとアイズさんが待っていて、無言で手を引っ張られる。このルートだと、間違いなくあそこに辿り着く。そう勘付いた僕はもう一度脱走を試みる。無駄な足掻きでしかなかったけど。

 

「……捕まえて、きた」

 

そうして辿り着いた部屋の中、目の前には麗しき女神様である、このファミリアの主神、ロキ様が。その左右には、ファミリアの幹部が3人、揃っていた。

 

小人族はしきりに親指を気にし、ドワーフは少しずつ距離を取っている。そして、エルフはその美貌に相応しい笑みを湛えている。

 

よお帰ってきた、や、ありがとうアイズ、なんて会話が少しなされた後、穏やかな笑みを湛えていたエルフが口を開く。

 

「…さて、ベル。何か言いたいことはあるか?」

 

その質問に、僕は答えられなかった。

思考も何もできないままに、時が経つ。

ふぅ、と、軽く溜息をついたエルフが言葉を続ける。

 

「ベル…私は確かに言ったはずなんだがな。まだダンジョンには潜ってはいけない、と」

「…はい」

「前回が1週間前、引率付きで一度連れていった次の日だ。その時にも同じような状況になっていたな?」

「……はい」

「…何のためにダンジョンに潜るんだ? 死にたいから、と言うのなら止めはしないという話は、1週間前にもしたな?」

「………はい」

「それで、どうなんだ? 死にたいと吐かすのなら、もう良い。3度目はないぞ(・・・・・・・)?」

「…………ごめん、なさい」

「それは一体、何に謝っているんだ? 私は謝罪を求めているわけではない、ということはわかるだろう?」

「……迷惑を、かけて、すいませんでした」

「…求めていた言葉とは違うが、まぁ良い。迷惑をかけたという自覚はあるんだな?」

 

びくりと肩を揺らしてしまう。

そう、つい1週間前、死の間際を彷徨った僕はエルフ…リヴェリア様のスキルでもって生を存えた。その時にも、今も、迷惑をかけたという自覚はある。ましてや、本来は特に気にかけるようなこともない新米冒険者を、ファミリアの一員だからという理由で気にかけてもらっているのだ。

 

「…は、い」

 

それは、重い。Lv.6の第一級冒険者だ。僕の憧れる英雄の領域に踏み込んでいるような人が、ただの新米冒険者の僕に気を遣う。

 

「…心配させて、ごめん、なさい…っ!」

 

死ぬかもと思った時にも出なかった涙が、自然と出てくる。

愛を持って接してくれている相手に、自らを蔑ろにするような状況を見せる。こんな不孝はないだろう。言うなれば、僕がお祖父ちゃんの前で崖から飛び降りるようなものだ。

 

残された者の悲しみは、知っているはずなのに。

 

泣きじゃくった僕は、ふわりと抱き留められる。

先程まで貼り付けたような笑みを浮かべていたリヴェリア様が、いつものように穏やかに笑いかけてくれる。

 

「…ああ、皆、心配した。レフィーヤが、お前がいないと館中を、街中を、探し回っていたんだぞ?」

 

えんえんと泣きながらすがりつく僕を、優しく抱き留めてくれるリヴェリア様。その背後で、流石ママじゃな、と言ったドワーフにどこからか矢が飛び込んできたのは気のせいか偶然か何かだろう。

 

「…冒険者は冒険をしてはいけない、エイナからも聞いているだろう。ベルが冒険家を目指しているのも私達は知っている。だが、冒険をするためにはまずは実力を付けてだな…」

 

ベルを抱き留めたまま、さらなる説教を始めたリヴェリアに先程まで場を眺めていただけの神が口を出す。

 

「まぁまぁ、ベルも反省してるみたいやしその辺にしといたり。ベルも今日は疲れたやろ? ゆっくり休んで明日、みんなに元気な顔見せてやらなあかんで?」

「ロキ、そうやって甘くするからこんなことに…」

「リヴェリアも、本当は甘やかしてやりたい癖に…「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に……」冗談!じょーだんや!やから詠唱やめい!」

 

そんな言い争う声を聞きながら、僕の意識は闇へと落ちていった。

 

「……助けたのは、私、なのに…」

 

そんな、悲しげなアイズの声は、誰も聞いていなかった。



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2話 冀求未知

寝てしまったベルの上着を剥ぎ取り、ベッドに寝かせて跨る神ロキ。

滅多にない経験をしたことを考慮し、ステータスの更新をしようと考えたのである。

神の恩恵(ファルナ)』、神々が眷属(子供)に与える神秘の力であり、冒険者を冒険者たらしめるものである。

背中に、神が定めたエンブレムと共に神聖文字(ヒエログリフ)によって刻まれたそれは、冒険者の証だ。

 

神の恩恵を受けた者は、それ以外の者とは隔絶した身体能力を誇る。さらに、レベルが上昇すると格段に能力は向上する。

全ての者が、はじめはLv.1、ステータス0から始まる。

そうして、数多の戦いや修練を積み重ねることによって経験値(エクセリア)を稼ぎ、ステータスを高め、神々が認める偉業を達成した者のみがその身に宿る力を昇華させるのである。

殆どの冒険者はLv.1のまま冒険者としての活動を終えてしまう。それは、道半ばにして散って行ったり、試練に挑むことなく安穏とした冒険しかしなかったりなど、理由は様々だ。

 

さて、ベルは冒険者となってからまだわずかに2週間。それも、元々戦闘能力があったわけでもないため、ほとんど戦闘らしい戦闘は行えていない。唯一、日々の雑用や訓練による経験値が入っているくらいである。

そんな彼がダンジョンに潜り、最弱のモンスターとは言え数体のモンスターを屠り、そして、ミノタウロスからの必死の逃走劇を繰り広げたのである。これはある意味良い経験になっていると感じたロキが、今更新するべきと決めたのだ。

 

「さてさて、ほんじゃまぁ見てみよか〜」

 

浮き浮きとした様子で、ベルの背中をペタペタと撫で回す。

その横で、幹部達の雑談が繰り広げられる。なかなか子兎に懐かれない剣姫がエルフの女王にコツを問う様子は、一般団員の男に見られたらベルが闇討ちされてもおかしくない、非常に危険なものであったが。

 

「なんやこれぇ!?」

 

そうして、ベルが有用な経験値を稼いでいることに満足したロキがステータスの更新を行った。その直後に出たのが、この叫びであった。

 

それを聞いて、雑談に興じていた面々が己が主神へと声を掛ける。

 

「む、どうしたロキ。魔法でも発現したか?」

「…魔法は残念ながら発現しとらん…けど、スキルが発現した…」

「…どんなスキル?」

 

エルフが聞き、神が答え、ヒューマンが聞く。

 

「わからん! 初めて見るスキルや! なんやこれ…」

「どんなスキルなんだい? 有用なスキルだといいけどね」

「何はともあれ、めでたいことではないか!」

 

神は慌て、小人は冷静に、ドワーフは酒を煽る。

 

有用なんやろうけどなぁ…そう呟きながら、神は羊皮紙へその内容を共通語へと書き直した物を渡す。

 

 

 

 

ベル・クラネル Lv.1

 

力 : I 34

耐久 : I 14

器用 : I 48

敏捷 :H 101

魔力 : I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

 

 

 

部屋の中が静かさに包まれた。

数秒、十数秒、沈黙が続く。ふむ…や、ほぉ…などと、息を漏らしただけのような声なき声がようやく出てくる。

 

そして、皆がそのスキルを理解したのか目の色を変える。

 

「これは…とんでもないスキルだね」

「ああ…早熟する、か。経験値の補正だろうな」

「ううむ…じゃがしかし、効果も曖昧じゃのう。これは、黙っていたほうが良いかもしれぬ」

 

1人、アイズだけは小首を傾げていたが。

 

「ダンジョン…楽しかったんやろなぁ…」

 

命の危険への恐怖より、未知への好奇心が上回るんか…遠い目をした主神が呟く。

これは、首輪を掛けなあかんなぁと思いながら。

 

ベル・クラネル 13歳。

今まではまだ放し飼いであったのが、脱走の前科から首輪とリードを付けられることが決まった瞬間であった。



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3話 野兎捕獲

ベル・クラネルは天涯孤独になった。

唯一身内と呼べる祖父が谷底へと落下し、ほぼ間違いなく亡くなったためである。その祖父から聞かされた数多の英雄譚が、彼の趣味嗜好、果ては人格形成に大きく影響している。

そのため、彼は胸に秘めたる思いを実現してみたいと、育った村を離れわずかな路銀を手に迷宮都市へとやってきたのである。そして、ほぼほぼ路銀を使い果たしたところでなんとか迷宮都市オラリオへとたどり着いた。

 

しかし、現実は非常である。

齢13、しかも成長期らしい成長期が未だ訪れず、実年齢より幼く見えた彼は、冒険者になろうとしてもどこのファミリアにも受け入れてもらえなかった。

 

そうなると、生活もままならなくなる。最初の数日こそなんとか手持ちのお金で腹を満たし、屋根の下で寝ることができた。しかし、一週間、二週間と経つにつれ、素泊まりの宿すら取ることができなくなり、食料を調達することもできなくなった。

 

ファミリア探しに奔走していたため、まずい、何か仕事を探さなきゃと思った時にはもう、体力が残っていなかった。そして体力が尽きた彼は、大通りからほんの少しだけ入り込んだ路地裏にひっそりと座りこんでいた。

 

そこへ、神の救いとでもいうべき手が差し伸べられたのだ。

 

「あの…大丈夫、ですか?」

 

杖を片手に、おずおずと声をかけてくる少女がいた。しかしその時、空腹と疲労で荒んでいたベルはこれが大丈夫に見えるのかと八つ当たり的な思考に陥っていた。また、単純に口を開くことすら億劫であったため、すぐに返事ができなかった。

 

「え、えーっと…君、大丈夫?」

 

すると、困惑しながらも続けて言葉をかけてくる少女。とても優しい心根を持っているのだろう。ぴょこりと山吹色の髪から覗く、特有の耳から、エルフ族であることがわかる。

 

「…なんですか」

 

そんな彼女に、愛想のかけらもなく──今思えば、まさしく警戒している野生の獣のような──感情を乗せずに、短く返事をした。その態度に少し怯んだ少女であるがその直後、くぅ、と、小さく、されどしっかりとベルのお腹が鳴ったことにより表情が優しくなる。

そうして、腰につけていたポーチの中を漁って何かを取り出す。

 

「あの…これ、もし良かったら…」

 

そう言いながら、何かが入った袋を差し出してくる。

怪訝に思いながらも、ゆっくりと受け取り中を見るとそこにはいくつかの焼き菓子が入っていた。

 

「…ありがとう、ございます」

「気にしないでください…ねえ、君、こんなところで1人でどうしたの?」

 

恵まれた手前、まだ強がるわけにもいかないかと事情を簡潔に話す。話している途中、あるファミリアの名前を出した際に幾つか質問を受けた以外は、淡々と話を進めていく。

それで、ここにいたんです。と話を締めくくると感受性が高いのか、少女━━レフィーヤというらしい━━はちょっぴり泣きそうな表情になりながらちょっと待っててください! と駆け出して行ってしまう。

 

「なんだったんだろ…あ、これ、美味しい…」

 

走り去っていった少女からもらったお菓子を一口、穏やかな甘さに癒されながら、考える。そうだ、仕事を探さないと…。

しかし、まだ体に力が入らず、立ち上がることもできないまま一口、また一口と焼き菓子を頬張る。空腹は最高のスパイスとでも言うのか、今まで食べた物の中でも1番美味しく感じられた。

 

そうして、30分ほど過ぎただろうか。袋に入った全てを食べ終わった頃、ようやく体に力が戻ってきた。

 

「よし…今日中にどこか、仕事をさせてくれるところを探そう。まだ…昼過ぎ位、かな?」

 

そう独り言ち、よいしょ、という軽い掛け声と共に立ち上がり路地裏から出ようとする。

 

━━そういえば、あの少女はどこへ走って行ったんだろう?

そんなことを思いながら、待っててとも言っていたなぁと考えて路地裏の方を振り返り足を止める。しかし、彼女が何か即効性のある案を出してくれるというならともかく。やっぱり無理でした、というような可能性の高いだろうなんらかの話の結果を待っているのは少し博打すぎると考え直し、また、大通りの方に振り返り足を進めようとする。

 

ちょうど、その瞬間。

 

「あ、良かったまだいた! ベル君、ちょっとついてきてもらえますか?」

 

先ほどの少女が戻ってきて、声を掛けてくる。

 

「あ、レフィーヤさん…えっと、僕、これから何か仕事を探さないと…」

「大丈夫、心配しないでいいですよ、君の話をしたら一回連れてきてって言われましたから!」

 

とりあえず今日は心配しなくて大丈夫だよ、と、太陽のように明るい笑みを浮かべる少女を見て、消えた警戒感が蘇ってくる。いくらなんでも話が怪しいのではなかろうか?

もしかして、ついて行ったら身包み剥がされてどこかに売り飛ばされたり…?

 

「え、えーっと…ついていくとは、どこにでしょうか?」

「…ん? あ、ごめんなさい。言ってなかったですね」

 

そう言いながら、何か、エンブレムのような物をチャリっと取り出す。

 

「私はウィーシェの森のエルフ、レフィーヤ・ウィリディス。ロキファミリアに所属する、Lv3の冒険者です!」

 

…Lv3、冒険者?

…しかも、都市最大とも言われる、ロキファミリアの?

 

「驚きましたか? 驚いたでしょう? ということで、一緒にロキ様の元に…って、無視ですか? ベル君?」

 

…ああ、そうか、やけに面倒見のいい人だと思ったけど、なるほど、そうかレフィーヤさんってエルフだもんね…少し年上のお姉さんかと思ってたけど、実年齢どのくらいなんだろうなぁ、実は100歳超えてたり…?」

 

「ベル君? ベル? 何が言いたいんですか?」

「え、あれ、僕、口に出してました?」

「ええ、しっかりと。100歳ってなんの話ですか? もしか…いや、もしかしなくても私のことですよね?」

「いえいえ、気のせいですよ」

 

ガシッと肩を掴まれながら詰問される。まずい、口に出すつもりはなかったのに。女性に年齢の話はタブーだと、あれほどおじいちゃんから言われたというのに…っ!

 

「…まぁ、いいです。では、行きますよ。私達のホーム『黄昏の館』へ」

 

じとっとした目線で見られたけど、今回は見逃しますと言わんばかりの態度で許してもらえた。そうして、彼女と共に、これから長くお世話になることになる建物へと向かうことになった。

 

「…ちなみに、私、14歳ですからね」

「1つ上!?」

「え、1つ下なんですか?! もっと年下かと…!」

 

そんな話をしながら。



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4話 眷属会議

「それでは、眷属会議を始める。今回は、非常に重大な議題があるので、各々忙しかったとは思うけどほぼ全員を招集させてもらったよ」

 

ロキファミリア団長である、『勇者』フィン・ディムナの一言で会議が始まる。ファミリア内のほとんどが集まった会議室では、滅多にない人数が集められたことでなんの話がされるのかと騒めいていた。

「まず、『遠征』の反省についてから。今回、僕やリヴェリア、ガレスやアイズに加えて他数名がいない中で37階層、階層主であるウダイオスの復活の確認を兼ねた遠征を行ってもらった。一応、前回の撃退からまだ2ヶ月と少しということで、復活していない前提の遠征だった。ここまではいいね?」

 

全メンバーが、首を縦に振る。

 

「今回に限っては今まで遠征に連れて行っていなかったメンバーにも加わってもらった。各々、学ぶことは多くあったと思う。今後もこういう機会は設けていくし、成長の糧にしてほしい」

 

若手のメンバーが、強く頷く。

 

「問題は、その後。遠征からの帰還時だね…ミノタウロスが、上層に逃げ込んだというのは、いったい何があったのかな?」

 

そして、その言葉には、誰も反応しなかった。

厳密には、出来なかった。その言葉が出た瞬間、アイズ・ヴァレンシュタインその人から放たれる『重圧』を感じたからである。

 

「…ハァ、俺が説明する…」

 

ギシリ、と椅子を軋ませながら、1人が声を上げる。

ベート・ローガ。Lv5、狼人の冒険者で、今回の遠征に参加した数少ない幹部級の1人でもある。

 

「ベート…いや、まぁいいか。じゃあ、説明して」

「チッ…発端は、休憩を終えて中層に上がった後だ。理由は分からねえがミノタウロス共が群れてたから、今回はLv1、Lv2の連中も多かったから経験を積ませようと戦闘を指示した」

 

刺々しい口調を交えながらも、しっかりと説明を行うベート。それをフィンは静かに聞く。

 

「Lv3の奴らを控えさせて、駆け出し主体で戦わせたんだが…後ろに控えている俺らにビビったのか、一部のミノタウロスがまともに戦わねえ内に離脱した。追いかけようにも、逃げ出さなかったミノタウロスと戦ってるパーティ、逃げ出したミノタウロスを追うでもなく呆然としてるパーティ、そいつらが壁になって、第一級、第二級の奴らが追いかける頃には、もうかなり上層まで登って…結局、一番上まで逃げたのが第6層でようやく仕留めた奴だ」

「…うん、説明ありがとうベート」

 

そう言いながら、ふぅ、とため息をつく団長を前に団員は緊張する。間違いなく、罰せられる問題である。運良く討伐できたから良いものの、ちょうど駆け出し冒険者がミノタウロスが逃げ出した経路上にいた場合、なす術なく殺されていた可能性が高いのだ。

 

「まずは、今回の件に関して、遠征に参加した幹部級、準幹部級に関しては後程罰則を課す。それ以外の団員に関しても、ペナルティは設けさせてもらうよ。ギルドへの示しも立たないしね。それから、ベート…さっきの最後の発言は違う。最も逃げたミノタウロスは5階層…ほぼ4階層まで上がってきていた。そこで、アイズが運良く討伐したんだ」

 

チラリと、目をアイズの方に向ける。それを受けて、剣姫はほんの少し表情を歪めながら、コクリと小さく頷く。

 

「…本当に、間に合って良かった」

 

アイズが静かに返したその言葉を聞いて、遠征に参加した面々の顔が強張る。その言い振りでは、誰か、駆け出しの冒険者が死にかけていたのではないか…その考えを、決定付ける発言が追加される。

 

「…後、数秒遅れていたら、ベルが死んでいた」

 

ヒュッ、と。息を呑み込む音が聞こえる。

そうして、場を沈黙が支配する。誰も彼もが想像したのだろう。最悪の事態を。

 

「…今回は被害はなかった。とはいえ、次があってはならない非常事態だ。各々、肝に命じるように…それで、今の話と少し繋がるんだけど、こっちが本題」

 

先程までの顔より、より一層引き締めた顔付きの面々が強く頷く。

そうして、この話より大事な本題はなんなのかと体に力を入れる。

 

「件のベルのことなんだけど…実は、誰にも告げずにダンジョンに潜っていてね。遠征で監視体制が薄くなった隙をついて、リヴェリアの座学の休憩時間に脱走したようなんだ。今回は運良く助けられたから良かったものの、また同じようなことがあっても困るからね」

 

━━誰か、正式に教育係(飼い主)をつけようかと思って。

 

その言葉に、何人かに視線が集中する。

 

『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴ

『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン

『千の妖精』レフィーヤ・ウィリディス

『大切断』ティオナ・ヒリュテ

 

ベルと親交があり、かつ、首輪をつけれる…あるいは手綱を握れそうな面々。何故か女性だらけなのは、彼が彼たるなんらかの理由があるのだろう。

男の団員は嫉妬を抱えているものも多いが、面と向かって文句を言えるような人間はいない。ベル自身いい人間であるし、その境遇に同情しているものも少なくはない。それに何より、本人に問題があるというのならともかく、女性陣のお気に入りに真っ向から文句を言える男は少ないのだ。

 

また、神ロキが目をかけている、という事実もプラスに働いている。

子供の可能性を見抜く神が目をかけているのであれば、何か光るものが間違いなくあるのだろう、と。

 

「誰か引き受けてくれる人はいないかな、と思ってね。自薦でも他薦でもいいよ。ただ、1人の人間についてもらうからには時間的にも肉体的にも拘束されるから、そのデメリットもしっかりと考えてほしい」

 

視線の集まった先程の4人が、互いに目配せし合う。本人達も、この中の誰かが適任だろうと自覚しているのだ。

その間、他の女性陣は少し惜しい気持ちを持ちながらも我関せずと視線を逸らし、男性陣は誰か1人に肩入れするわけにはいかないと存在感を消した。

 

「…私は、立場的に難しいだろう」

 

そうして、アイコンタクトでのやりとりがひと段落した時点で1人が降りる。リヴェリアである。

 

「まぁ確かに、副団長という立場の君が直接というのは流石にね」

 

そもそも、座学をほぼマンツーマンで見ている時点でどうなのかという声もあるが。

 

「…んー、私も今回は諦めるかなぁ。色々と、やらなきゃいけないことも多いし…」

 

そして、盛大に悔しそうな表情をしながらティオナも引き下がる。

 

後に残ったアイズとレフィーヤは、互いにおろおろちらちらと目線を交わしている。読み取れた限りでは、互いに相手を推しているようだ。

 

「…ちょっと残念だけど、多分、レフィーヤの方がベルにとっては良い…と、思います」

「ええ!? いやいや、私なんかよりアイズさんの方が…ほら、ベルは剣を使いたいみたいですし…」

「魔法も、使いたいって言ってたよ? …それに、私は怖がられているみたいだし…」

 

その言葉と同時に、表情が陰る。

どうやら、ファーストコンタクトから何から失敗続きで、警戒心が解かれていないのを気にしているらしい。

 

これは、レフィーヤで決まりか。大多数の人間がそう思ったところで団長の横槍が入る。

 

「なら、2人で順番に面倒を見るのはどうかな?」

 

まるで、最初からそうする予定であったかのように淀みなく告げる。

伸び悩み、力を求め、ダンジョンに潜りっぱなしのことも増えたアイズ・ヴァレンシュタインのこと。自信を持てず、自らの力を十全に発揮できていないレフィーヤ・ウィリディスのこと。

2人のことも考えた末に、ベルと共に過ごすのは何かいい影響が出るのではないかと考えていたのである。

 

こうして、ベル・クラネルはアイズ・ヴァレンシュタインとレフィーヤ・ウィリディスに鍛えられることになったのである。



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5話 子兎餌付

知らぬ間にステータスが更新されてからも眠り続け、一晩経ち、他の眷属が会議を開いている頃。

自分自身が議題になっているなど全く知らないベルは街へと来ていた。

昨日、早過ぎる時間に寝てしまったこともあり、まだ昼にもなっていない時間帯であった。

 

神ロキから、執拗が過ぎるほどにダンジョンに潜らないことを約束させられた彼は大人しく街を歩いていた。

 

「うーん…お腹空いたけど、どこかお店でも行こうかな…」

 

起きて気がついたときにはファミリアの食堂は閉まっており、朝ご飯を食べずに出てきてしまったため、てくてくと歩きながらそう呟いた瞬間である。

 

…それに、なんだか見られているような…?

そう、ベルが感じ取ったその瞬間。

 

「あの、すいませんっ」

 

背後から声をかけられた。振り返ると、とても可愛いウエイトレス姿の少女が何かを手に持ち、こちらを見ている。

きょろきょろと、周りを見るが自分以外に近くに人はいない。

 

「…? 僕ですか?」

「えっと、これ、落としました…よ? 貴方のですよね?」

 

そう言いながら、手に持っていた何かを差し出してくる。

…魔石…?

 

「えっと、僕、魔石なんて持ってなかったので違うと思いますけど…」

「ええ!? そんな、話が違う…」

 

昨日手に入れたいいくつかの魔石は、袋ごとファミリア内に預けてきている。

少女は驚いた後に、何かモゴモゴと小さく呟いてうぅーっと声を漏らしている。可愛い。

 

「あの…僕、行きたいところがあるのでもういいですか?」

 

しかし、この街は何があってもおかしくないので、判断がつかないことからは逃げるが吉と、離れようとする。そんな彼に、少女は慌てて縋ってくる。

 

「うぅ、わかりました。これは貴方のではないんですね? それはそうと! ちょっとお話ししたいことがあるんですが!」

 

発言をスルーされたのか、距離を詰めつつ…って近い、近いよ!?

 

「ちょ、ちょっとお姉さん、近いです!」

「え…っあ、ごめんなさい!」

 

パッと距離を離して、再度向き合う。

 

「えーっと、それで、何でしたっけ…あ、そうそう。お腹が空いているとさっき仰っていましたよね? もし良かったら、私、あそこのお店に勤めているんですが、お食事して行きませんか?」

 

あぁ、なんだ、客引きか…ええと、あそこのお店…『豊穣の女主人』?

 

「食堂…みたいな感じですか?」

「夜は酒場ですけど、朝と昼はそうですね! オラリオ1とは言いませんが、かなり美味しいですよ! その分、値段も少し高いですけど…」

「申し訳ないんですが、僕、手持ちがあまりなくて…」

「お昼はそんなに高くないですから…具体的には、これから、このくらい」

 

そうして差し出されたのが、3本の指から、8本の指。30…から80ヴァリス?そのくらいなら、まぁなんとか手持ちは…お小遣いとしてもらった1000ヴァリスくらいあったかな。勿論、無駄遣いはできないけど。

 

「…じゃあ、ちょうどお店探していたところだったし行ってみます」

「ありがとうございます! じゃあ、こちらへどうぞ!」

「あっ、ちょ、お姉さん?!」

 

ぎゅっと、手を握ってくるお姉さん。そのまま、引っ張られるようにお店の方へと連れていかれる。

まずい、この勢い、やっぱり何か裏があったのではなかろうか。もしかして、お姉さんみたいに綺麗な人がいっぱいいて、たらふく飲み食いさせられて、出るときには法外な値段が請求されるとか?

あの視線は、カモを探していたお姉さんの視線か!?

おじいちゃんからも都会にはそういう危ない店があるって聞いたことがあるし…っ! というか、いつの間に腕組み態勢に移行していたんだこのお姉さん!

 

「お客様一名、ご来店でーす!」

「…あっ」

 

悪い予感が当たっていたんだと、僕は身包みを剥がされる覚悟をした。ごめんなさいレフィーヤさん、貰ったお小遣い、もうなくなるかもしれません。

そこに立ち並んでいたのは、美人、可憐、綺麗。方向性に違いはあれど、美少女ばかり。

 

「…シル? その方は…」

「お客様ですよ、お客様! えっと…あ、自己紹介がまだでしたね。私はシル・フローヴァ。このお店で店員をしています!」

「…なんだか、悲壮な覚悟を決めたような顔をしていますが…私はリュー・リオン。同じくこのお店で雇っていただいています。それと…シルからどのような説明をされたのかわかりませんが、まだ準備中でして」

「えっと、ベル・クラネルです。ロキファミリアに所属しています」

 

美人なエルフの店員さんが、自己紹介をしてくれる。って、準備中? ぐるりと店内を見回すと、食堂らしくメニュー表や壁に張り紙がされている。良かった、真っ当なお店のようだ。本当に良かった。

ホッとした。

 

「あれ、まだそんな時間だっけ…って、後5分だけじゃない!」

「…ところで、クラネルさん、貴方はどうしてそんな表情を? シル、まさか何か騙して連れてきたのではないでしょうね」

「あはは、いや、その…ここってそういうお店ではないんですよ、ね?」

「…? そういう、とは?」

「いや、フローヴァさんもリオンさんもお綺麗ですし、結構強引な客引きだったから…その、接客をするようなお店なのかなぁと少し疑って」

「ベル君!? そ、そんなお店じゃないですからね!?」

「あはは…身包み剥がされる覚悟をしてただけですよ」

「…それは、申し訳ないことを。ですが、安心してください。確かに価格はそれなりにしますが、味は保証します」

 

そんな会話をした後に、カウンター席に通される。オープンと同時にたくさんお客さんが入ってきたことから、本当に人気のあるお店だったらしい。

 

「あんたがシルのお客さんかい? アタシはミア。このお店の…まぁ、女将みたいなもんだよ。随分と可愛い顔してるじゃないか。あんたみたいなのが冒険者になるとはねぇ…」

「うぐぅ…ベル・クラネルです。顔については、自覚してます…」

 

奥から出てきた女将さんが、いきなり精神にダメージを与えてきたけど。

 

「それで、注文は何にするんだい? おすすめはこれとこれだけど、好きなもんがあったら言ってみな!」

「…あ、じゃあ、このセットをお願いします」

「あいよ! ちょっと待ってな!」

 

奥へと下がったミアさんが、早速と言わんばかりにじゅうじゅうと良い音を響かせる。きゅるる、と、お腹が空腹だと主張し出した。これは楽しみだと待っていると、するりと真横に人が来る。

 

「さっきはごめんなさい、ベル君。そうですよね、怪しかったですよね、私…」

 

少し沈んだ表情をしながら、フローヴァさんが隣にやってきた。

遠くで猫人の店員さんがサボるんじゃねーにゃ!とかなんとか言っているが、完全に黙殺している。

 

「いえ、気にしないでくださいフローヴァさん。僕が警戒しすぎていただけですから! お互い様というか…」

「…ふふっ、ありがとうございます。ところで、その呼び方なんですけど」

 

微笑みを浮かべたのを見て、安堵する。

 

「出来れば、名前で呼んでくれると嬉しいんですけど…どうでしょう?」

「えーと、じゃあ、シルさん?」

「はい、なんですか? ベル君」

 

そう言われたので名前で呼ぶと、パァッと笑みを浮かべて呼び返してくる。可愛い人だなぁ…。

 

「イチャイチャしてねーで、さっさと仕事に戻るニャ!」

 

そうしていると、笑みを浮かべたシルさんの頭にお盆が叩きつけられた。

 

「いっ! たぁぁい…」

「ミア母さんの拳骨じゃないだけ感謝するニャ! 少年、シルは返してもらうニャ!」

「あ、はい、シルさん。お仕事頑張ってください」

 

嵐のように猫人の店員が離れていく。そんなタイミングで、ちょうどミアさんがトレイを片手に戻ってくる。

 

「あいよ! 今日のおすすめセットお待ちどう様! うちの馬鹿娘が迷惑かけたね、こっちはサービスだから、たんと食べな」

「ありがとうございます、いただきます!」

 

そうして目の前に置かれたのは、とんでも無くボリュームのあるモーニングセットと、サービスで置かれたデザート…のようなもの。

お礼を告げると、満足そうにまた中へと入っていった。

 

料理もデザートもとっても美味しかったけど、お値段は80ヴァリスととてもお求め易い値段でした。これからも定期的に来よう。

ちなみに、帰り際にリューさん(こちらも、できれば名前で呼んでほしいと伝えられた)が教えてくれたけど、夜は5〜10倍近い値段設定のものが多いらしい。

 

うん、来るなら昼ご飯だけにしよう。そう心に決めて、次の目的地へと足を進めた。



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6話 都市探訪

腹を満たしたベルは、また街を探索する。

なんだかんだ、この都市に来たのは最近であり余裕もなかったため、どこに何があるのか把握しているものは少ないのだ。

ふらふらと、それでいて本拠地からは離れすぎないように。人通りの少ないところは行かないように道を選ぶと、ほとんどメインストリートを歩くだけになるが、それでも新鮮さがあった。

 

北区の本拠地から、ギルドがあるためよく訪れ、歩き慣れている北西を超えて、西地区で腹を満たした。見慣れない多くの建物を見、怪しげな物を見る。それは、とてつもなく楽しい時間であった。恐らく、もう一歩踏み込めばさらに好奇心を煽るものがあるのだろうが、今の自分では危険だと思い返し、欲求を理性で封じ込める。

さて、次はどこへ行こうか…南の方にはあまり近寄るな、と言われているし、東にでも行こうかと踵を返す。

途中、屋台や露店で買い食いをし、武器屋で武器を眺めたりしながらもてくてく、てくてく、歩く。

 

さて、一方その頃、眷族達の会議は終わり、三々五々に散らばりある者は外へ、ある者は本拠地内で食事を取ろうとしていた。

そこで、レフィーヤとアイズは自室で休養しているはずのベルを昼食に誘い、先程の会議の結果と明日以降の話をしようと思い彼の部屋の前に来ていた。

 

コンコン、コン、と扉を叩き声を掛ける。

 

「ベル? もうそろそろお昼になりますから、一緒に食事に行きませんか? ついでに話したいことが…ベル?」

「…どうしたの、レフィーヤ?」

「あ、いえ、返事がなくて…まだ寝てるのかな? ベル、開けますよ?」

 

そうして、ゆっくりとドアノブを回すと鍵がかかっているでもなく抵抗なく開いていく。中を見た2人は、唖然とする。

もぬけの殻となっており、彼がダンジョンに行く際に使っている小さなポーチも無かった。もしや、考えにくいがまたダンジョンに行ったのでは…そうじゃないにしても、身体も本調子でないだろう今、付き添いもなく外に出るのは…と焦った少女達は、執務室へと飛び込む。

悪戯好きの神は、彼の目覚めも、彼が街に出掛けたことも伝えることなく自身も外へと出掛けていた。

 

「ベルがいなくなった…? フィン、何か聞いているか?」

「いや、僕の方は何も…ロキと一緒にどこか食事にでも行ったのかな?」

 

フィンもリヴェリアも何も聞いてない。その答えが返ってきた瞬間、執務室に入った時以上の速度でアイズが外へと走り出す。いくら彼でも流石にダンジョンには行っていないだろう。もし、外に行くとしたら…と当たりをつけて、彼女は西の方へと走り去って行く。レフィーヤも、そんなアイズを茫然と眺めながらも悩みつつ、当てがあるので行ってみますと東の方へ向かう。

 

「…流石に、そこまで心配いらないと思うが…過保護な姉だな。ベルも苦労するかもしれない」

「ふふ、でも、いいことじゃないか。あのアイズがこんなにも過保護になるとは思っていなかったけど…」

「まぁ、成長をありがたく思うことにしよう」

 

そんな風に話を区切るが、彼ら彼女らも十二分に過保護であることを自覚はしていない。

 

 

 

「…ここにも、いない…」

 

アイズは、北西区にあるギルド周辺の冒険者御用達の店舗を巡る。

しかし、白髪赤目の少年を見なかったか、と問うても答えは否、否、否。ギルドにも顔は出していないと、エイナから聞いた。

もしかして、バベル? そう思い、後十数M先にあったファミリアの行きつけのお店に寄ることなく、進路を変える。

重要な情報源をスルーしてしまった彼女は、その後、日がかなり傾いてくるまでバベルの近辺を捜索することになる。

 

 

 

 

「ううん、ベルのことだから散歩しているとするとこの辺りだと思うんですけど…あ、いた」

 

方や、レフィーヤはあっさりとベルを見つけていた。

南の方には近寄るな、と言われている(自分も言った)彼が街の中で行くとなると、ギルドがある北西か露店の多い東の可能性が高い。ただ、ダンジョンに行くことは考えにくいため、休日だと割り切り遊びに東へ来ているだろうと考えたのだが、ずばり当たっていたようだ。

 

「ベル」

 

そう背後から声を掛けると、ピクッと肩を揺らす。くるりと振り返ると、声をかけた私の顔を見て安心したように身体から力を抜く。なんか、警戒してますね? 何かありました?

 

「あ、レフィーヤさん。どうしたんですか?」

「それはこっちのセリフなんですが…身体はもう大丈夫なんですか?」

「はい! ロキ様からも、ダンジョンに潜るのは許可できないけど、街に気晴らしに行くくらいならって許可ももらいました!」

「そうですか…」

 

これは後で、リヴェリア様に報告ですね。そう決心しながら、ベルの頭を数回撫でる。

 

「ふぁっ!?」

「リヴェリア様とアイズさんから話は聞きました。よく頑張りましたね、ベル。それで、ちょっと話があるのですが…ベル?」

 

急にもじもじと、何やら落ち着きなく急に挙動不審になるベルに声を掛ける。一体、どうしたのだろうか。もしかして、頭を触られるのは嫌?

 

「あ、あの、なぜ頭を…?」

「…? 人族の子供を褒めるときは、こういう風にすると良いとリヴェリア様から聞いていたのですが何か問題でもありましたか?」

「……問題は…ないですけど…………子供………」

 

一瞬、頬を朱に染めたかと思うと一転して肩を落とす。

いつでも感情表現が豊かな男の子だと、エルフの中では感情を表に出す方のレフィーヤですら思う。

 

「あぁ、でも、勘違いしないでくださいよ? 私とてウィーシェの森の誇り高きエルフ。誰彼構わず触れるわけではありません。ベルだから、ですよ?」

 

そうさらに告げると、また、真っ赤になる。何か琴線に触れるような発言でもあっただろうかと思い返すも、特には思い当たらない。

 

「ぅ、ぁ、はい…」

「…まぁ、これくらいにして、話の続きですが…ベルはもう、お昼は取りましたか? もし良ければ、どこかで一緒に食べようかと思ったのですが…ついでに、先程までの会議で決まった話を伝えようかと」

「あっと、2時間くらい前に朝昼兼用で…」

 

そう言いながら、軽く腹をさする。その様を見るに、あまりお腹は空いていないようだ。

 

「仕方ありませんね、近くにお気に入りのカフェがありますのでそこに行きましょうか。育ち盛りでしょうし軽食くらいはいけますよね?」

「はい、そのくらいなら…」

「では、行きましょうか」

 

買い物をしようか悩んでいたところで声を掛けたのでレフィーヤは見ていなかったが、彼は相当な量を食べ歩き、気のいい店員達から食べさせられていた。彼は、またも腹をさする。

大丈夫とは言ってしまったがお腹壊したりしないかな、大丈夫かなぁと思いながら、前をいく少女の後を追う。



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7話 直情径行

レフィーヤさんの後をついて歩いていく間、会話はなかった。

そのため、周りの会話がよく耳に聞こえてきた。

 

「うちの新人なぁ、みんなで可愛がってたんだけどいきなりゴブリンに片腕吹っ飛ばされてトラウマになっちまってよ…治りはしたんだが、もうモンスターの前にゃ出れねえってんで退団しちまったよ…」

「災難だったな、俺んところも何年か前にあったな…若い野郎ほど、やらかすんだよな」

「どこだったかな、新人のミスで他のやつも危険になって、強制的に退団させられたって問題もあったけど本人にとっても周りにとっても早いうちに対処しといたほうがいいこともあるんだろうな」

「まぁ、生きてりゃなんとかなるからな!」

 

なんて笑いながら通り過ぎる冒険者達の話を聞いてどきりとする。なんだか、聞き覚えも見覚えも、身に覚えもある話だなぁ、と。

少し身体を小さくしながら、歩き続ける。ここですよ、というレフィーヤの声がかかるまで、無意識にずっと地面を見ていた。

 

「…なんか、すごい建物ですね。まるで森の中にいるような…」

 

連れてこられた建物は、内外装共に自然の力を感じるものだった。

 

「エルフ向けのカフェですからね。各種族に合わせた特徴あるお店は意外と多いんですよ? ドワーフの酒蔵という居酒屋は、まさに炭鉱の中の隠れた酒場のような様相でしたね…」

 

何それ、秘密基地みたいでちょっと気になる…。

 

「ベルはぜっっったいに行ってはダメですよ? 良くて酔い潰されて、悪ければそのまま襲われかねません」

「わかりました…」

 

最近、レフィーヤさんもそうだけどリヴェリアさんやらエイナさんやら、エルフの人は心の中を読めるんじゃないかと思うんだけどどうなんだろう。

 

「さて、何を注文しましょうか…むむ、今日のケーキはナッツとグリーンですか…。よし、決めました。ベルの分も私が決めていいですね?」

「はい、大丈夫です」

 

しかし、直接ダメと言われてしまえば逆らうわけにはいかない。これ以上無茶をしたら、ファミリアから追放されたり…あれ、そういえばさっきレフィーヤさん、会議で決まった話があるって。僕に関係することだよなぁ。

 

も、もしかして…?

 

…先ほど聞いた冒険者の話が脳裏に蘇る。

 

強制退団

 

その四文字が、強く印象付いている。

 

「そ、そういえばレフィーヤさん、話「お待たせいたしました、こちら、森林パスタとナッツケーキのセットのパスタです」「あ、私です。ありがとうございます」し…」

「? 今、何か言いましたか、ベル?」

「あ、いえ、なんでもないです…」

 

なんて間が悪いんだろう、僕ってやつは。

黙々と食べるレフィーヤさんを眺めながら、遅れること数分。

ペロリとパスタを平らげた辺りで、また店員さんがやってくる。

ナッツケーキをレフィーヤさんの前に。そして、もう一つの皿を僕の前に。

 

「こちら、グリーンケーキです」

「ありがとうございます…」

 

見たこともない、とても美味しそうなパンケーキのようなものが出てきたのになぜか喜べない。きっと僕も強制退団なんだろうな。入団から僅か2週間、冒険者史上最速の強制退団、『世界最速兎(笑)』とか言われるんだろうか…。

 

カチャ、と音を立ててフォークを持つも、食べる意欲が出てこず手が動かない。そんな僕を見て、レフィーヤさんはため息を吐いて、パスタを絡めていたフォークを置く。あぁ、とうとう話を切り出されるのか…。レフィーヤさんも、僕を連れて行った上でこんな結果なことに迷惑してるだろうなぁ。

 

…あ、やばい、涙が出てきた。

 

「…ベル? なんで泣いて「レフィーヤざん、おぜわになりまじだ!」えっ、ちょ…え?」

「この2週間のごどは、いっじょうわずれません!」

 

店内がざわめく。何? 別れ話? へぇ、可愛いヒューマンじゃない。エルフの方から振るっていうのも珍しいわね。あの年頃のエルフを一度落としただけでもすげえよ…。可愛いは正義ってやつか?なんて色々な声を背中で聞きながら、レフィーヤは狼狽る。いやいやそもそも付き合ってもないですし!? と思いながら。

そして、ベルはもうただただ泣くばかりである。状況は、混沌と化していた。

 

 

 

店主の厚意により、奥の個室を借りてまずはベルを宥め、話を進めようとするたびに泣き出すベルにゆっくりと話を進めること数時間ほど。ようやく話の全体を飲み込み落ち着いたベルは今度はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げる。

 

「早とちりして迷惑かけて、ごめんなさい!」

 

いや、既に叩きつけていた。ガヅン、と、それは鈍い音が響く。

こめかみに手をやりながら、目を瞑り、深くため息をつくレフィーヤ。

 

「…ここのお店でのことは、まぁ、いいです。それより、何故追放されるなんて発想に至ったのか気になるんですが…」

「…その…みんなに迷惑ばっかりかけてるから…」

「…はぁ…」

 

下げたままのベルの頭を、優しく撫でる手。

 

「いいですか? ベル。確かに、2週間前までは私達は他人でした。ええ、それはもうなんの接点もない。もしその時に貴方が私に触れようとしてきたら、つい吹っ飛ばしてしまうくらいに」

 

撫でられている頭が少し逃げようと動く。逃すまいと、後頭部辺りに手を添えてぐっと力を入れる。

 

「でもですね、今の私達はもう家族なんです。同じ家で、同じ()の元で暮らす子供(眷属)です。だから、迷惑なんかじゃありません」

 

その言葉に、ベルの動きが止まる。撫でくり回す手は、勢いを強める。

 

「家族なんだから、助け合うのは当たり前でしょう? 兄や姉(先輩)弟や妹(後輩)を助けずにどうするんですか。私も入りたての頃からそれなりの強さはありましたが、助けられるばかりでした。でも、そうですね…ベルがそれで納得いかないというのなら、早く、私をピンチから助けられるくらいの一人前の冒険者になってくださいね?」

 

ぽん、と、最後に軽く頭を叩いて話を区切るレフィーヤ。その声は慈愛に満ちていて、リヴェリアを彷彿とさせるものだった。

 

「…僕、頑張ります」

 

ベルは、この時、夢を持った。

いつかこの自慢の家族達と一緒に、世界の果てを…見てみたいと。

 

おでこを真っ赤にして、キリッとした顔でそんなことを滔々と語るベルにレフィーヤはつい笑ってしまった。

 

ベルは拗ねた。

 

その頃、アイズは捜索を諦めて肩を落としながらホームへと帰って行った。



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8話 胸中待望

落ち着いたベルが、レフィーヤと共に館へ帰ったところ。

先に戻っていたロキはリヴェリアからの説教を受けていた。

悪戯に問題を増やそうとするんじゃない、といつになく真面目な顔で説教をされていたロキだが懲りる様子もなく笑っている。

 

説教の内容を聞くにつれ、ベルの中でロキに対しての罪悪感に加え自分自身が怒られているかのように感じて意気消沈としていく。

 

「わ、悪いのは僕なんです! どうしてもじっとしていられなくて…」

 

そして、説教に割り込む。む、と一言呟いたリヴェリアはベルと、隣にいるレフィーヤの姿を横目に見てため息をつく。

説教を続けたいところではあるが、ロキには効かない上にベルに効いてしまうだろうし、止めざるを得ないかと思いながら。

 

「…おかえり、ベル、レフィーヤ」

「おかえり~、聞いたでー二人とも。なんやデートしてたんやって?」

「「してません!」」

 

神の一言により、ベルの雰囲気が戻る。わたわたと顔を真っ赤にして否定する。

レフィーヤさんとデート…デート? と頭に浮かべたところで今日のことを思い返す。

カフェで女の子と二人、食事をするのは立派なデートなのでは…と思いつつ、その後の自爆による羞恥心がこみ上げてきてますます顔を真っ赤にする。

レフィーヤは全く…と呟きながらため息一つで顔色を戻すが、横にいるベルの様子がおかしい。耳まで真っ赤にして、落ち着きなくもじもじとしている。

 

「ははーん…一体何があったんや?」

 

にやにやと寄り付いてくるロキに、なんでもありません! と叫んで逃げ出す。ドアを開けようとドアノブを掴むその瞬間、ドアノブが手から離れていった。

え、と思う間もなく開いたドアから人が入ってくる。

 

「…見つけられなかっ…ベル?」

 

それは、ベルのことを見つけられずに諦めて帰ってきた『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインその人で。

Lv5冒険者の力であれば避けることもできただろうが、避ければつんのめった様子のベルが頭をドアか廊下に強かにぶつけてしまうだろう。

そこまで、このわずかな時間で考えたのか考えることもなくその手段を取ったのかはわからないが、彼女は彼を受け止めた。

 

転びそうになり、頭の位置が下がっている彼を全身で受け止めたのである。具体的には、今日、固いところに叩きつけられた不運なおでこが柔らかいものに包まれている。

 

 

「ほぁああぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?」

「良かった、ベル、帰ってきてたんだ…おかえり」

 

そんな彼の頭を、ぎゅっと抱きしめて撫でまわす。

 

「!?!?!?」

 

顔面を胸元に完全に抱え込まれた彼は、脱出の糸口を探す。段々、ギリギリと締め付けられる頭に痛みが増すにつれて焦りだすも、アイズの腕が解かれることはない。

 

ロキは爆笑、リヴェリアは頭痛を感じたのか頭を押さえ、レフィーヤはどちらを怒るべきか悩んでいた。

 

「ベル!? 何をおとなしくしているんですか! そんなに胸がいいんですか!?」

 

結局、憧れの先輩に怒気を向けるわけにもいかず、哀れ捕らえられた兎へと怒りが向かう。若干、怒り方はそれでいいのかと思わなくもないが。

 

「!、!?!?」

「でももだってもありません!! いいから早く離れなさい!!!」

「なんで伝わってるんやあれ」

「私にもわからん」

「!?、!!……きゅう」

「…え? あ、アイズさん、締まってます! 呼吸できないのは流石にダメです!」

「…あ、つい」

 

今日もまた、自らの意識の及ばぬところで眠りにつくことになったベルの姿がそこにあった。

 

意識のないうちに、もしかしたら途中で目が覚めるかもというアイズによって食堂へと背負われていった彼には男性陣からの嫉妬が飛び交い、膝枕で寝かせられている様子には殺気が飛んだ。

結局、その日目を覚ますことはなく、また、知らぬ間に朝を迎えることになった。

 

次の日の話、とやらは結局まともに聞くことができなかった彼を待ち受けていたのは、地獄のような日々の始まりであった。

リヴェリアからは今までの倍近い授業が。レフィーヤからは理不尽ともいえる程の魔法に関する訓練と教育が。アイズからはもしやサンドバッグだと思われているのかと疑うほど苛烈な組手が。

メキメキとステータスこそ伸びていったものの、毎日ぼろ雑巾のようになっている彼に他団員は深く同情した。

これを乗り越えれば迷宮に入れるという熱い思いを胸に、なんとか毎日を乗り切る。

 

そんな時間が二週間ほど過ぎ、ようやく迷宮入りを解禁された。それは奇しくも、ファミリアを挙げての遠征を行う日であった。




ちなみに時系列(ベル目線)
1日目 オラリオ到着、ファミリア探しに奔走。
    エイナさんはこの時点で心配していたが、中小ファミリア(探索・生産系含む)の一覧を渡した後来なかったことからどこかに入団できたんだと安心する
16日目 レフィーヤに拾われる、ロキファミリア入団
17日目 レフィーヤに伴われて冒険者登録に、エイナ、キレる
23日目 ダンジョンに初めて入る
24日目 勝手に一人でダンジョンへと入る、死にかける
31日目 再度、勝手にダンジョンへ一人で入る(プロローグ)
32日目 シルと出会う、レフィーヤとデート(本編)
33日目 地獄の始まり
~   地獄の中、なお、膝枕は実装されている模様
48日目 ダンジョン解禁、なおステータスは軒並みE~

まあ、正史より一年前ですし。問題は特に起きていない状態
代わりに、正史と違い魔導書は手に入らず、リリとの出会い、ぴょん吉との出会いがなかった

ここまで冒険者登録からおよそ一か月


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9話 疾風勁草

『グギャギャッ!!』

「ほぁああああっ!?」

 

僕が以前入った時には全然出くわさなかったモンスターに、今日はなぜかよく出会う。

モンスターとの出会いは求めていないから、できればあまり出てこないでくれると助かるんだけど…。そうも言っていられない。

 

ほとんどの団員が『遠征』に赴いた中、僕は3階層までという条件付きで迷宮に潜っていた。

すると、普段ならよく見かけるだろう冒険者は見かけず、以前あまり見かけなかったモンスターはうんざりするほど現れた。

 

レフィーヤさんから言われたように、アイズさんから教えられたように、リヴェリアさんから学んだように立ち回り、討伐していく。

順調に進んでいた矢先、またみっともなく叫び声を上げることになってしまった。

 

大きな部屋に入って索敵、モンスターがいないのを確認して、休憩を取ろうと腰を下ろした瞬間。狙いすましたかのように四方八方から産み出されたゴブリンに襲われたからだ。

 

「このぉっ、なんで今日に、限って!」

 

飛び上がり、ギルドの武器庫から借りたロングナイフを振るう。アイズさんとの訓練で扱えそうな武器を試した結果一番しっくりときたものだ。武器としての品質は、駆け出しの僕が持っていても不思議じゃないくらいのそれなりのもの。僅かに、モンスターと打ち合ったことで刃こぼれが出来ているが切れ味はかなりいい。

 

「…っぐぅ!」

 

左右同時に振るわれた攻撃の片方を躱し、片方を受け止める。かなり無理をした体勢になったところで、正面からも突きが来る。

 

「っがぁ!?」

 

必死に体を動かすも、脇腹あたりに一撃を食らう。

レフィーヤさんがオレンジっぽい色とずいぶん迷ってから買ってくれた、緑色の戦闘衣が血に染まる。

いくらステータスが高くなっても、武器を当てられれば傷もできるし痛みもある。

 

「っりゃあ!」

 

動きを止めてはダメだと、半ば反射的に力任せに薙ぎ払う。モンスターが怯んだすきにバックステップで距離を取り、呼吸を整え、ポーションを脇腹にかける。

気が付けば、部屋の出入り口から最も遠い壁際まで来ていた。

 

「ハッ、ふぅ、ふぅ…どうすれ、ば…」

 

ポーションは、もう残り少ない。武器はこのナイフしかないし、とてもじゃないけど僕一人で全てを討伐するのは厳しい。

ミノタウロスの時よりは、やりようがあるかもしれない。それだけを胸に折れずに戦っているけど、それでも厳しい状況には変わりない。

 

思考を止めてはダメだと、リヴェリア様に学んだことの中から打開策はないか考える。

動きを止めてはダメだと、アイズさんから学んだことの中から突破口はないか考える。

 

考え、捌き、思い、躱し。こんな時に魔法が使えたらとあり得ないことまで頭を回す。

 

限界に近い戦闘を行うこと、十数分。袋小路での戦闘音を聞きつけた他のモンスターまで集まりだし、モンスターの巣のような様相になっていた。

 

「く、ふぅ…っ!」

 

全身、返り血なのか本人の血なのか。真っ赤に染まっている。綺麗な白い髪の毛もどす黒く染まり、もうスタミナは尽きている。

ギギャグギャと笑うゴブリンたちは、かろうじて止めを刺せて倒した以上のペースで増えており終わりが見えない。

それでも、それでも。折れることなく戦い続ける。

今日が初めての実戦とは思えないほどの動きを見せる。

しかし、それでも所詮はルーキー。死と身近にありながらの戦いは初めてである。精神的にすり減り、体力的に削られる。

そんな死闘の最中

 

(あ、ヤバ…)

 

一瞬の眩暈。体力的にも精神的にも限界を迎えていたベルにとって、それは致命的だった。脚がもつれ、どうっと倒れる。それでもなお、武器は手放さず、近寄るゴブリンに倒れながら突き出す。グギャ、という潰れた声が聞こえたその刹那、『風』が吹いたのを感じながらベルは意識を落とした。

その体を、外套をまとった冒険者が支える。周りのゴブリンを吹き飛ばしながら。

 

「…クラネルさん、貴方は…いえ、とにかく、シルの頼みは果たしました。帰りましょう」

 

血まみれの少年を抱える、顔を隠した女性らしき冒険者。事案発生である。

バベルから出た後、西の方へと歩き去った冒険者の話は同じく迷宮帰りの冒険者によって面白おかしく広められた。

 

 

 

 

「…ベルが帰ってこーへん」

 

昼過ぎには探索を切り上げて帰還、ギルドに行くように話をしたはずの神は眉間にしわを寄せる。

もう日も落ち始め、遅くともこの時間には帰ってこれるはずだという想定していた時間から遅れること既に一時間。寄り道をするようなお金もないはずなのに、いくらなんでも遅すぎる。またぞろなんかトラブルか、と思いながらとりあえずはギルドに確認を取ろうと腰を上げる。

そうして、ギルドに行ったロキはベルの担当アドバイザーであるエイナに話しかけ、返ってきた答えに呆然とする。

 

「…ベル君なら、今日もギルドには来ていませんが」

「…ほんまに?」

「ええ、嘘をつく理由もありませんし、そもそも神ロキなら嘘は見抜けるでしょう?」

 

嘘は、ついとらんなぁ…。てことは、ギルドに寄らずに迷宮に入りおったんか。これは、後でお説教やなあ。

 

「…今日からダンジョンに入ってええよって伝えたから、多分ダンジョンに行ったと思うんやけど、まだ帰ってこないんや…」

「ええ!? …これは、後でまた説教しないと…。あ、失礼しました。ですが、間違いなく今日はギルドには顔を出していません」

「そか…参ったなあ」

 

お通夜のような雰囲気になる。もしや…と悪い想像が頭をよぎるが、ぷるぷると払い除ける。

 

「…とりあえず、捜索依頼をかけましょうか? この時間帯からですと、受けてもらえる可能性は低いですが」

「せやな、うちには今動ける眷族がおらんし…そんなんでも動かんよりはマシ…「おい聞いたか? バベルに、血まみれのガキを抱えた冒険者がいたってよ」…!?」

 

そんな二人の間に、冒険者の会話が飛び込む。

 

「ああ、俺もさっき見たぜ? ありゃ女エルフだろうけど、ガキとはいえ男を抱えてるなんて珍しくてな」

「あれ男だったのか、ずいぶん可愛い顔つきだったから女かと思ったんだが…てことは、前に見たトマト野郎もあれか? 似た背格好だったような…」

「ありゃロキファミリアの『飼い兎』だろ、前にも『千の妖精』とデートしてたって話だし、エルフキラーだな」

 

『飼い兎』ここ最近、街中ではリヴェリア、アイズ、レフィーヤと言った有名な女冒険者といる姿ばかり見られるベルに向けられた嫉妬混じりの蔑称を聞き、ギラりとロキの目が向けられる。ちなみに、エルフキラーという言葉を聞いてエイナも反応していた。

 

「ちょぉ~~っとええか? そこの冒険者たち」

「あん? なんか用…って、神ロキ!?」

「せやで~? 今、なんか話してたやろ〜? ちょ〜っと教えてほしいことがあるんやけど…」

「ひっ!? は、はい、大丈夫ですよ…な、なぁ?」

「ほぉん…まぁええか。んで、抱えられてたっちゅーのはほんまにうちのベルなんか? 白髪赤目の兎みたいな?」

 

色々と言いたいこともあるけれど、呑み込んで話を聞く。もしかしたら、一分一秒を争うのかもしれないと考えて。しっかりと、相手がどこのファミリアかを確認するのは怠らないが。

 

「あぁ! あれは間違いなくロキ様のところの…その、ベル? でしたよ。ヘマでもしたのか、血塗れになってただけで…抱えてた女エルフも慌てた様子じゃなかったから、ただ気絶してただけだと思いますけど」

「抱えてた、女エルフ…か。どっちの方に行ったかはわかる?」

 

女エルフなぞ、ベルの人間関係内ではファミリア内とギルド内を除いて思い浮かぶものが…あった。

 

「西の方に行きました…けど」

「…わかったわ、あんがとな。あんたらの主神の名はちゃーんと覚えとくわ」

 

そう、ニッコリと笑っていない笑顔を向けると、冒険者達は顔面蒼白になり逃げ出した。

 

「ちゅーわけで、とりあえず心配いらなそうや。明日、顔出すように伝えとくからよろしくな〜」

「あ、はい、わかりました。では…」

 

ロキは、ギルドを出て西へと向かう。

向かうは『豊穣の女主人』、脳裏に思い浮かべるは、美を司る女神の悪戯な笑み。

 

「なんぼなんでも、ベルは渡さんぞぉ? アイズたんが怖いし…」

 

お気に入りの玩具を取られた子供の暴れようを考えて、神は身震いする。

 



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10話 眠兎夢風

…柔らかく、暖かな追い風が背中に当たる。辺りは、草原のような、森のようなよくわからないイメージを覚える。

どことも知らぬ場所にいるはずなのに、何故だかすこぶる落ち着く。

ふわふわとした感覚に身を委ねると、体がぐんぐんと上昇していくような気持ちになる。

 

風が、頭を撫でる感覚が一つ。そういえば、僕はゴブリンに襲われていたのではないか。最後に吹いた『風』は一体…と考えたところで、夢から現実へと意識が移る。

 

「っ!?」

 

目を開けた瞬間、見知らぬ天井と、こちらに手を伸ばしたまま固まるリューさんの姿を見て僕も固まる。

 

「…え、あれ、リューさん?」

「…クラネルさん、目が覚めたんですね」

 

ピタリと動きを止めたままのリューさんに声をかけると、すい、と、こちらに伸ばしていた手を自然な動作で膝元に下げて、何もなかったように話しかけてくる。一体、何をするつもりだったのだろうか。

 

「はい、ええと、ここは…?」

「お店の奥の部屋です。迷宮で倒れていたクラネルさんを偶然見つけて、こちらで寝かせていました…まだ、寝ていてください。貴方は血を失いすぎた」

「倒れてた…っ、あ、あの、ゴブリンは!? 僕、ゴブリンに襲われて…」

「…私が貴方を見つけた時には、既に十重二十重に囲まれていました。これでも私はLv4の元冒険者ですから…あの程度なら問題ありません。一番奥まった区画ですし、周囲に他の冒険者がいなかったので集まってきたのでしょう」

 

と、そこまで聞いてようやくリューさんが助けてくれたのだと気が付く。

 

「あの…ありがとうございました。あのままだと僕…っ」

「…ええ、間違いなくその命を散らしていたでしょう。シルに感謝してください、嫌な予感がするから貴方を助けてあげてと頼み込んできたのですから」

「シルさんが…? はい、必ず!」

「…では、落ち着いたところでこちらを。失った血を回復させるためにもまずは栄養あるものを食べなければ」

 

手で示された、ふつふつと良い匂いを放つ小さな土鍋。

ベッド近くの備え付けのテーブルに置かれたそれを開けると、ほわりと湯気が出る。

 

「お粥と言う東方由来の病人食だそうです、ミア母さんが用意してくれました」

「ありがとうございます…後で、お礼を言わないと」

「そうしてください、では、口を開けて」

 

スプーンのようなものにお粥をすくい、こちらへと差し出しながらそんなことを言うリューさん。

 

「へ?」

「…1人では食べられないでしょう?」

 

その言葉を聞いて、起き上がろうと力を入れる…起き上がらない。

せめて腕だけでもと持ち上げようとして…動かしにくい。

 

「…はい…」

 

結局、親鳥から餌を貰う小鳥のように全部口元に運んでいただきました。もう少しこう、自分が病気になって…とかならまだ良かったけど、モンスターに襲われて挙げ句の果てに助けられて、助けられた相手にされるとなんか…惨めというか…。いや、嬉しいんだけど。

 

 

 

「…ごちそうさまでした」

「お粗末様でした、とは言うわけにもいかないので、どういたしまして」

 

腹が満ちると、気を張っているはずなのにどうにも抗えないほどの眠気が訪れる。

いけない、すでに部屋を借りている身なのにまた寝てしまうわけには…。

 

「…眠くなってしまいましたか? 遠慮せず、眠ってしまっても構わないのですよ?」

 

穏やかなリューさんの言葉を耳にすると、余計に眠くなっていく。また、怪我をしたから心配してくれているのもあるのだろうけど、甘言ともいえる言葉は耳に毒だ。

 

「…これ以上迷惑かけるわけにもいかないですし、それに、ロキ様に心配させたくないので」

「…そうですか、では、送っていきましょう。もう日も暮れますし、今の貴方一人ではあまりにも危ういですから」

 

女性に送られる、その事実に葛藤していると手早いノックの後返事も聞かずにドアが開けられる。

 

「リュー! ベルさん! ロキ様がお店に来てるよ!」

「ロキ様が!?」

 

飛び込んできたシルさんが、主神の到来を伝えてくれる。

 

「…心配しなくても、大丈夫そうですね。クラネルさん、立ち上がれますか?」

「…それも、まだ厳しそうです」

 

しかし問題は結局解決しておらず、身体が思うように動かせない。ポーションを使ってくれたのか怪我こそ治っているけれど、血を流しすぎたのだろう。気怠く、力が入らない。

 

「…仕方ありません、触れますよ?」

「へ? うひゃあっ!?」

 

リューさんの細い腕が、僕の腰辺りと太もも辺りに差し込まれてそのまま持ち上げられる。こ、これ、この抱き上げ方は…っ!

 

「こっこっこっこっこ」

「ベルさん、鶏の物真似ですか…?」

 

シルさん絶対わかってて言ってますよね!?

 

「こっ、これ、お姫様抱っ…」

「緊急事態です。恥ずかしいかもしれませんが、我慢してください」

「そもそもベルさん、バベルからもその格好でうちまで連れて帰ってこられたんですから今更ですよ?」

「…恥ずかしぃ」

 

羞恥に悶えていると、ドタドタと足音が近づいてくる。

バターン! と激しくドアが開くと同時、聴き馴染みのある声が響く。

 

「ほほぉー、ベル、随分気に入られとるんやなぁ、ん? まさかリューとそこまで親しくなるなんてなぁ…他のエルフが見たら卒倒もんやで」

「うぇっ、あ、ロキ様!?」

「そう思いますよね!? 私もそう思うんですけど、リューは否定するし…ベルさん、実はエルフの女の子だったりしませんか?」

「れっきとしたヒューマンの男ですよ!?」

「そうですよ、シル、それはあまりにもクラネルさんに失礼です…それに、貴方は先程証拠を見たではありませんか」

「…え、それ、言っちゃうのリュー…?」

 

シルさんが、少し頬を朱に染めながら遠慮がちに言う。僕には聞かせたくなさそうな雰囲気を醸し出して。

 

「証拠を見たってどういうことですか!? え、ちょっとシルさん? シルさーん?」

 

僕の問いかけに、シルさんは可愛らしく両手を頰に当ててぷるぷると頭を振りつつ、顔を逸らしていく。くっ、ずるい!

どうやって聞き出すべきか、そう考えているとまたもリューさんが口を開く。

 

「? どういうことも何も、血塗れの貴方をシルがシャワーに入れたのですから…その、不可抗力です」

 

その言葉に僕は羞恥から再度気絶しかけた。

確かに、血塗れになっていたはずの体はさっぱりとしていて、着ている服も見覚えのないものになっていることにようやく気がついた。

 

シルさんに…見られた…?

 

「それで、さっきシルから話は聞いたけど…良くベルを助けてくれたわ。今度改めて礼に来るってミアかーちゃんにも伝えといてくれるか? んで、ベル? いつまで抱かれてるん? いや、めっちゃ似合ってるけど」

「ほぁっ!?」

「クラネルさんは、1人で歩くのが辛いようなので…もし良ければ、送って行きますが?」

「…いや、うちが持ってくわ。今日はほんまにありがとうな」

「わかりました、では…どうぞ」

 

そ、そんなペットを抱っこさせるかのように軽々しく…!

 

「ん、じゃあうちらは帰るわ。それからベル、明日はちゃんとギルドに行くんやで?」

「ぇ…ぁ…忘れてました……」

「エイナ、怒っとったぞぉ? 明日が楽しみやなぁ」

 

ニマニマとする神様の笑顔は、哀れな罪人を見送る愉悦に浸っているようだった。

 

「うっ…はい、明日必ず行きます…またお説教かなぁ…あ! えっと、リューさん、シルさん、今日は本当にありがとうございました!」

「あ、いえ、気にしないでください…ベルさんが無事で良かったです」

「ええ、また、お店に顔を出してください。では」

 

 

この後、ホームに帰ってから1時間ほどロキ様の説教を受け、僕の迷宮探索1日目が終わった。




ベル・クラネル Lv.1

力 : E 402
耐久 : D 575
器用 : D 481
敏捷 : C 622
魔力 : I 0

《魔法》
【】

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上

熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減

アイズとの訓練では基本的に躱すか吹っ飛ばされるかで、敏捷と耐久が高め。

新スキルの効果について簡単に言うと

・正の感情に応じて能力が強化
・負の感情に応じて能力が減少

つまりは、危機に臆すれば能力が減少し、危機に怯むことなく立ち向かえば能力が強化されるという当たり前のようなスキル。

効果欄に出ていない隠れた効果が

・精神汚染に対する超抵抗

それから、割と触れてくる系エルフ(リヴェリア及びレフィーヤ)と接しているせいで、リューの行動に関してベルのみがそこまで疑問を持っていません。


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11話 叱咤激怒

「な、に、を、考えているのかな? ベル君?」

翌日、朝からギルドへと訪れた僕を待ち受けていたのはハーフエルフの女性…僕の担当アドバイザーであるエイナ・チュールさん。

 

顔を見せたと同時、いつも以上の笑顔で出迎えてくれたことに八割の警戒と二割の嬉しさを持って近付くと、即座に首根っこを掴まれてギルド内の個室へと連行された。

 

その第一声である。

 

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!」

「何に謝っているのかな? 私はこーんなに笑っているって言うのに」

 

更にニコニコとなりつつ、怒っているオーラも増していく。

 

「あの…本当は昨日顔を出すつもりだったんですけど…」

「ダンジョンに行けるのが楽しみすぎて忘れちゃった、と? へー、ダンジョンなんかに負けて忘れられちゃうくらいなんだ、私。しかも何、血塗れになって女の子にお姫様抱っこされてダンジョンから帰ってきたんだって? それじゃ顔も出せないよねえ!」

「ひぅ…」

 

おじいちゃん、冒険者にはなれたけど、ハーレムどころか女の人には怒られてばかりです…。綺麗な女の人が怒ると、とっても怖いです。

 

「…はぁ、本当にベル君は…ところで、今回は何が原因だったの? 二週間前の件についてはロキファミリアからギルドへ報告があったから聞いたけど、また深く潜ってミノタウロスにでも襲われた? それとも一回目みたいにコボルド?」

 

ようやく、元の雰囲気(ベル目線)に戻ってくれたようで、その目には怒りと心配がないまぜになっているような雰囲気を感じ取れた。

 

というより、2週間前に5階層まで潜ったことを遠回しに、されど明らかに責められている。

 

「…ごめんなさい…あ、でも、今回は…今回も本当に自業自得で…」

 

今回は、と言い訳しそうになった瞬間気配が変わったのを察知して言い直す。それを聞いたエイナさんは全く…と呆れたように呟きながら、こめかみを抑える。

 

「…まさか6階層まで行きました、とか言わないよね?」

「階層的にはまだ3階層だったんですけど…大きな部屋を見つけたので、休憩しようと腰を下ろしたら四方八方からゴブリンが湧いてきて」

「…ん?」

「慌てて戦闘を始めたら、入り口の方からも集まってきて、手に負えなくなっちゃって」

「…んん?」

「それで、最後気絶する寸前に助けが入ってなんとか」

「…ねぇベル君、最初に教えたことなんだけどね?」

「…? はい」

 

テーブルの上に揃えられているエイナさんの拳に、力が込められているように錯覚しながら相槌を打つ。

 

「迷宮内で休憩を取るときは、小さな部屋で、かつ、壁に傷をつける。そうすることによってダンジョンは修復に時間がかかってその近辺でモンスターが生まれにくくなり、入口のみを警戒すれば良い…って教えたと思ったんだけどなー」

「…………」

 

記憶を探る。

そういえば、教わったような。

 

というより、リヴェリアさんからも割と最初の段階で教わったような。

ましてや、レフィーヤさんも遠征直前にダンジョンで必ず守ることとして言っていたような気がする。

真面目で誇り高く、高潔であるというエルフ達の叡智から再三学んだことを実践せず死にかけ、それこそなんの因果かエルフに助けられる…。

今日は暑くなく、とても過ごしやすい気候のはずなのに汗がダラダラと流れてくる。これはまずい、と強張ってきた顔を気力で笑顔へと持ち直す。

 

「も、もも、勿論、覚えてましたよ!?」

「へぇー、ふぅーん、じゃあなんで大部屋で休憩してたのかなぁ?」

「そ、それは、偶然にも小さな部屋が見つからなくて…!」

「ちゃんと壁は傷つけたのかなー?」

「も、もちろ…」

 

ん、と言い切ろうとしたその瞬間、スッとエイナさんが真顔になる。

 

「本当に?」

 

これは嘘をついたら大変なことになる、生存本能がそう告げていた。

そして、こういうときは嘘が間違いなくバレると学習していた。

 

「…ごめんなさい、忘れてました」

「…はぁ」

「…」

 

沈黙が続く、エイナさんはジッとこちらを見ているし、僕はその視線を受け止めきれなくて視線をふらふらとさ迷わせるばかり。

キリキリと胃が痛くなるような、無言での詰問が続く。

その目に耐えられなくて、これだけは言わなきゃいけないと思ったことを告げる。

 

「…今度からは、気を付けます」

「まあ、とりあえずいいでしょう。でもねベル君? 一回目のコボルドも二回目のミノタウロスも、今回のゴブリンだってたった数秒助けが遅れていたらベル君は死んでいたんだよ?」

「…それは、十分わかってるつもりです」

 

なんとか及第点をもらえたようで、話が続く。

目をそらしていたわけではないけど、なんとなく、自分自身のことなのに現実味の薄かった話をじっくりと脳味噌に焼き付けられるような感触。

 

「実際、そんなことで? って言われちゃうようなことで命を落としている冒険者は毎日のようにいるの。私が担当を受け持った冒険者でも、毎週毎月、駆け出しベテラン問わず姿をパタリと見せなくなることも、冒険者をやめていく人もたくさんいる。…そんな中で君が生き残っているのは、奇跡に近いということを理解してほしいな。君は、ものすごーく恵まれているんだよ?」

「…はい」

 

自分へのやるせなさと、恥ずかしさがこみ上げてくるような気がする。エイナさんの語るその言葉には現実という重みが込められていて、僕の見ているふわふわとした夢が簡単に殴り飛ばされているイメージが浮かんだ。

 

「冒険者は冒険をしてはならない…矛盾してる、って感じたでしょ。それは確かにそう。でも、安全じゃない冒険は…勝ち目の薄い博打に出るのは、ただの蛮勇。長く冒険を続けるには大切なことなんだよ。ベル君は、見たいんでしょ? ずっとずーっと冒険したその先にあるものを」

「…」

 

無言で、首を縦に振る。

 

「なら、命は大切にしないと…ね?」

 

その言葉を最後に、エイナさんは今日のお話はこれでおしまい! と、元気よく立ち上がる。

 

見送られた僕は、最後に、エイナさんの方をパッと振り返って叫ぶ。グルグルしていた考え事は、とりあえず一旦何処かへ放り投げた。

 

「エイナさん!心配してくれてありがとう!大好きー!」

「はえっ!?」

 

そして、衆人環視の中で何を言ってしまったのかと我に返り、疾風の如く逃げ出した。




各人物ベル評
ロキ:眷族の中でもお気に入りリスト入り、大成するやろなぁ
フィン:ファミリア内の新たな追い風となってくれることを期待
ガレス:ちっと軟弱すぎる気もするが、気合いだけは良し!
リヴェリア:アイズより手が掛かるかもしれん…
アイズ:少し気になるし動きが可愛いけど、なぜか避けられて悲しい
ベート:子兎野郎、動きは…ちっとマシになったか
ティオネ:それなりに筋は良さそうね?
ティオナ:趣味が合う!可愛い!
レフィーヤ:手が掛かるけど可愛い弟≒ペット的な存在
エイナ:担当してる駆け出しの中でも一際手が掛かる子

エルフ勢からの意見が一致
(((手が掛かる…)))


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12話 呆然自室

リヴェリアさんから怒られたこと、ロキ様から怒られたこと、エイナさんから怒られたこと。それらを頭の中でぐるぐると考えながら僕は一人、ほとんど人がおらず静かな黄昏の館の自室のベッドの中にいた。部屋の入り口には、箪笥や棚を置き、誰も…というより、ロキ様が入れないようにして。

 

僕のやりたいこと、目指していること。最終的なそれはまだ見えないけど、目の前の小さな好奇心と、人生の命題ともいえる目標を頭の中で考えて天秤にかける。

 

ほんの少し運が悪ければ僕はもう3…いや、4回、死んでいた。それをよくよく身に染みるように考えると、急激に血の気が下がっていった。

 

いやだ、死にたくない。だって僕はまだ…まだ…なんだ?

 

甘い、練乳に砂糖をぶちこんだような甘ったれた…それを、池に混ぜたかのような薄っぺらな夢。その程度の思いで僕のことを家族だと言ってくれる人たちを心配させ、迷惑をかける。そんなのは冒険者でも冒険家でもない…ただの我儘を言う、何も後のことを考えない子供じゃないか。

 

結局は僕自身、死んでいないから。死んでしまえばどうなるのか分からないから、甘く考えていたんだと思う。それを思えば、死と触れたことのある人達がどれほど心を痛めていたのかわかる気がする。

 

なぜか、涙が止まらなくなり、体は動かなくなり、いつしか布団をかぶって小さくなっていた。思考は僕の感情の整理が追いつく前に次々と勝手に悪い未来を想像してしまう。

 

途中、ロキ様が部屋に訪れたような気もするけれど、とてもじゃないけど出ることができなかった。こんな顔を見せるわけにはいかない。

 

そうして、僕は悪夢と現実の間をさ迷い続けていた。

 

時間の感覚も曖昧になり、自分が起きているのか寝ているのか、今感じているこの感情は現実のものなのか夢が見せているものなのか。それすらも理解できなくなり、息は浅くなり、涙もとうに枯れていた。

 

 

 

どれほど時間が経っただろう。

 

 

 

枯れたと思っていた涙が一滴、零れた。

それを契機に、目が覚めた。今自分が何をしているのか。心配させたくない、迷惑をかけたくないと思っていながらこの有様。子供より悪い…そう、自分を嘲笑うかのようなゆがんだ笑みを浮かべようとしても顔が引きつるばかりであった。

 

自分の心の中のもやもやにようやく整理がついた気がする。

思えば、おじいちゃんが亡くなってからここまで、深く考えずにその場の勢いで過ごしてきていたのはきっと、命の重さに触れる勇気がなかったからだろう。

 

ロキ様が心配しているだろう、この館に今、一人で残っているはずのロキ様の顔が浮かぶ。うまく纏められないけど、思ったことを話せば苦笑とともに何か言葉をもらえるだろう。

 

それを思うと、体に少し、力が湧いてくる。部屋を出よう、そうして、ありったけの感謝を伝えて、明日からまた頑張ろう。そうだ、以前レフィーヤさんとカフェに行った時に見た小さな夢。それを、笑われるかもしれないけど…心配してくれた皆に話してみよう。

そう思って立ち上がり、バリケードと化してる棚を除けようとしたその瞬間

 

『これ以上おとなしくまってらんっ、なぁーっいっ!!!』

『ちょっと、ティオナさん!?』

 

盛大な破砕音と同時に、拳を振り抜いた格好の少女が飛び込んでくる。

手を添えていた棚が、箪笥と衝突し共にはるか彼方へ吹き飛んでいく。

窓ガラスを割り破り外へと落ちていく。

 

「ティ…オ、ナさん?」

「…あれ、ベル?」

「…なんでいるの…?」

 

まさかまだ夢の中…? と思った瞬間に、ティオナの額に青筋が立つ。

 

「遠征から帰ってきたからだよ!? ベルが部屋から出てこないってロキが泣きついてきたから様子見に来たのに、ずいぶんな物言いだね!?」

 

その言葉に、色々と足りてなくて回転しない脳味噌をフル回転させる。

 

確か今回の遠征は、1週間程度の予定だったよね?

つまり…え、6日間も閉じこもってたの?

 

「…え、僕、1週間近く閉じこもってた…?」

「なにその不思議そうな顔!? こっちが聞きたいくらいなのにぃ! 何があったのさ!」

「あ、あの、ティオナさん。そのくらいにして…ベル、これ、お水…飲めますか?」

「…あ、レフィーヤさん…ありがとうございます」

「あーもーこんなに痩せ細っちゃってさぁ! せーっかく少しお肉ついてきたと思ってたのに!」

「ちょ、ちょっとティオナさん…?」

 

怒涛の勢いで僕の身体を弄るティオナさんに若干引きながら、レフィーヤさんが水を渡してくれる。1週間飲まず食わずでよく死ななかったな僕…と思いながらちびちびとその水を飲む。

 

「とりあえずほら! ロキのところ行くからね! …リヴェリアも待ってるから、ちょっと覚悟しといた方がいいかも」

「あ、あはは…ベル、水が飲めたならこれも…ポーションです」

「…はい」

「…あ、その前にお風呂いこっか」

「それもそうですね…」

「……はい」

 

ふらふらとする身体を支えてもらいながら、いつかと同じようにお風呂場を経由してからみんなが待つ部屋へと歩いていく。でも、今日はなんだか、自分から行きたくなるようなそんな感情が湧いていた。

 

 

 

「…そか、悩んでたんやな、ベルも」

「…本当に、この2ヶ月間、心配ばかりさせてごめんなさい。でも、僕、もう大丈夫…だと思います」

「…まぁ、私からは何も言うことはない。言いたかったことも、色々と理解してくれたのだろうしな」

「僕もそれには概ね同意かな。とは言え、そうか…君の夢は…ふふっ、途方もない夢だ。生を全うしないと達成できないくらいにね?」

「…はい、だから、もうあんな無茶はしません。一歩一歩…ゆっくりかもしれませんけど、進んで行きます」

 

そうして、微笑ましいものを見るような目で見る主神、団長、副団長の3人。少し、目配せし合うと何かを決めたかのように頷く。

 

「…では、明日からの方針についてはこちらで考える。明日の…そうだな、昼前にまたここに来てくれるか?」

「はいっ! あの、ところで、相談があったんですけど…」

「? 何かまだ話したいことでもあったのかい?」

「まぁ言うだけ言うてみ? ほれほれ、どないしたん?」

「あの…僕、今日はどこで寝ればいいでしょうか…」

「…は?」

 

部屋の惨状を告げる白兎の話を聞くうちに、副団長の顔に怒りと笑顔が浮かぶ。団長は苦笑し、主神は笑い転げそうになって、向けられそうになった怒気に反応しすぐに居住まいを正す。

 

「…こほん、空いてる部屋なんてあったかな?」

「いや、今は人が住めるような状態の空き部屋はないはずだ」

「せやったら、誰か相部屋できるような広さのところはないんか?」

「…男の部屋で相部屋となると…ないかな。ベートのところは1人だけど、元より部屋の作りが狭い」

「………女の部屋まで考えるなら、それなりにあると思うがそれは流石にまずいだろう」

 

それからも、この大きな黄昏の館内の部屋を思考の海の中で探るが、誰も良い案は出ない。

 

「…ベル、宿賃を渡すから申し訳ないけど今日のところは街の宿で一晩過ごしてくれるかな…」

「は、はい! わかりました!」

 

結局、都合の良さそうな部屋は思い当たらずに街の宿を取ることになる。ベルにとっては久方振りの外泊である。この街に来たての時に取った宿の女将さんにもそういえば心配をかけてたなと、そこへ泊まりに行こうと心の中で決めた。

 

「じゃあ、そろそろ食堂へ行こうか、もういい時間になるしね」

 

そうして、久しぶりに固形物を口に入れたベルはそのあまりの美味しさに終始笑顔であった。本日のベルのご飯は、レフィーヤ特製野菜たっぷりショートパスタ入りスープ。今日の調理担当でもないレフィーヤがわざわざベルのために用意した食べやすく消化に良いメニューである。

隣に座るレフィーヤも、機嫌良さそうにしっかりと食べてくれていることにホッとし、本当に手の掛かる子だなぁと優しげな瞳で見つめていた。

 

 

 

その間、ティオナは食事の席のため雑談程度とは言え、リヴェリアやティオネからじわじわと針で刺すような説教をされて気落ちしていた。




ベル君、実はおじいちゃんの死を全く持って受け入れきれてませんでしたというお話です。その為、口ではああ言って、頭ではそう思っていた未知への希望も心の底では案外薄っぺらなものでした。

これが思ったほどステータスが上昇しなかった理由。

ふわふわとした、死と生の境界の感覚が薄いままに、残されていた好奇心と死への恐怖を天秤にかけたときに大体好奇心が優っていた感じ、故に生き残れている感じもあるけども、判断は難しいところ。

また、そんな絶望的な心理状態である為、もう一つのスキルのせいで能力が軒並みドン底まで落ちているような状態になってしまってました。

本文中でうまく表現できなかったため、実力不足が忌々しいですが補足として後書きに書き残しておきます。

と言うわけで、シリアス風味はここまでになります。全く話が進まないここまででお気に入りが500件超えたのは非常に嬉しいです。
次話からようやく本編スタート的な感じになりますので、よろしくお願いします。


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13話 謝罪行脚

久々に腹がくちくなったベルは、一晩分の━━無事だった━━荷物をまとめて部屋から出ていく。館内でそれを見る団員は、幸か不幸かいなかった。皆、この時間は自室に戻り武器の整備を行ったり、汗を流したりと自由に動いているからだ。誰にも見られることなくホールの扉を開け、外へと出ていく。

そうして、正門横に備え付けられた通用口から出ていくベルの姿を、たった1人、アイズ・ヴァレンシュタインだけが窓から見ていた。

 

「…ベル?」

 

館に戻ってきた際に聞いたベルが部屋から出てこない、と言う情報を最後に、その後についての情報が更新されてない彼女はどう言うことかと考える。

もしかして…家出? と。

 

そのため、彼女は心配し後を追いかけることにした。戦闘衣から私服に着替えてはいるが、剣帯と一振りの剣のみを持って出る。

 

今日、ベルの部屋が無残にも破壊され宿を取ることを知っているのは主神であるロキを筆頭にフィン、リヴェリア、ガレスの主要幹部たち。

それから、破壊した本人であるティオナと付き添っていたレフィーヤ、リヴェリアから話を聞いて食事の席で共にティオナを説教していた姉のティオネだけであるからそれも仕方がないこと。アイズは、もしかしてベルがいなくなっちゃうかも…と勘違いしたのである。

 

そうして尾行を続けること数十分。西区の方へとやってきていた.

ふらふらと、かなり危なげな足取りではあるが何処かへとまっすぐ進むベルを見て考えすぎだったかなと思うも、一応、ここまで来たからには最後まで追おうと行動を続ける。

 

そうして、馴染みの酒場『豊穣の女主人』の前をベルが通り過ぎる…その時である。

 

「ベル君!? こんな時間にどうしたんですか!」

「はえっ!?」

 

酒場の店員である、シルが店内からベルを見つけたのか声を掛ける。

 

「あ、シルさん、こんばんは」

「はい、こんばんは…ではなくてですね! ここ最近顔を見せないと思ったらこんな時間にどうしたんですか? それに、その荷物は…」

「あ、ちょっと今日は宿に泊まることになって…」

 

ベルがそう告げると、彼女は顔を暗くする。

 

「ま、まさか…冒険者を辞めたのですか…?」

「え? な、なんでそうなるんですか!?」

「…だってそんな、荷物を抱えて…ロキファミリアを追放されたわけじゃないんですか?」

「そんなことされてませんよぉ!」

 

涙目になるベルを見て、どうやら勘違いだと気が付いて咳払いを一つ。表情が戻る。

 

「良かったぁ…そんな荷物を抱えてこんな時間にトボトボ歩いてたら、勘違いされちゃいますよ?」

 

されちゃいますよって…勘違いしたのはシルさんでしょ、とベルは心の中で思ったけどもそれを口にすることはない。

 

「あはは、心配してくれてありがとうございます。ちょっと、色々とありまして…」

「ベル君が元気なら、良かったです…かれこれ1週間、姿を見ることもありませんでしたからね」

 

先程までの表情から一変、つーん、と顔を逸らしながら頬を膨らませて言う。

 

「リューがまた店に顔を出してって言ったのに、1週間も来ないから落ち込んじゃって大変だったなぁ…怖がらせてしまったでしょうか、やはり私などに触れられるのは嫌だったのでしょうか、なーんて。見てて可哀想だったなぁ…」

「うぐっ」

「私もまぁ近いうちに元気に顔を出してくれるかなぁって思ってたのに一向に来ないですし? それに…随分窶れましたね?」

「はうっ」

 

ジリジリと詰め寄られながら、言葉で責められ脇腹を弄られる。

変な感覚に陥りながらも逃げ出せない、動けない。

 

「まぁ、いいです…では、明日以降で構いませんので予定が空いていれば早めにいらしてくださいね? リューに顔を見せてあげてください」

「…はいっ、あ、それと、リューさんから聞いたんですけど、リューさんが助けに来てくれたのはシルさんのおかげだって聞いて…あの、ありがとうございました!」

「…もうあんな無茶はしないでくださいね? ベル君が死んでしまったら…私、とっても悲しいですから…」

「必ず…必ず生きて戻ってきます!」

「約束…ですよ? では、今日はもう戻らないといけないので…」

「はいっ、明日、また来ます!」

 

別れの挨拶をして、店内へと戻っていくシルさんの姿を見送る。

明日訪れよう、それからギルドにも行かなきゃ。そう決めて、今晩の宿へと向かう。

 

話を聞いていたアイズは、問題ないと判断して館へと帰っていった。何か都合があるのだろう、あまり干渉してまた避けられても嫌だし、と多少の打算をしながら。

 

 

 

宿へとついたベルが女将に一晩の宿をお願いすると、久しぶりに顔を見たベルのことを覚えていたようで色々と心配してくれた。なんとかファミリアに所属することが出来たことを話すと喜んでくれたが、あまりに痩せこけている体を見て次は虐待されているのではないかと勘違いされてしまったのには焦った。基本的に人がいい女性なのである、年端もいかない少年がここまで窶れているなんて…と。

 

恥ずかしい話はしたくなかったのでボカしつつも説明し、なんとか納得してもらえたところでようやく部屋へと案内されて一息つくことができた。なんだか、久々に本当に1人だなと心細く思いながらも、体力のない体はすぐに睡眠を求めた。

 

 

 

翌朝、起きた時にはもう日がある程度昇っていた。体調はほぼ万全、レフィーヤさんのご飯に何が入っていたのか疑問に思うほど、1週間飲まず食わずでいたというのに調子が良い。

 

危ない薬とか植物とか入ってないよね…?

エルフの稀に━━結構━━常識に疎いことがあるところを思い出して腹をさする。

 

宿から出て、露店で朝ご飯を調達し齧りながら歩く。今日の朝ごはんはじゃが丸君抹茶クリーム味…うん、美味し…美味しい?

 

まだ朝早いし、先にギルドへ向かおう。

そう決めて、ギルドへと進んでいく。

 

 

 

「エイナさぁーんっ!」

「…あっ、ベル君!?」

 

書類に何かを書き込んでいた様子のエイナさんに声を掛けると、こちらを見て驚いた様子を見せる。

 

「はい! 昨日まではちょっと色々あって来れなかったんですけど…今日からまた、ギルドに顔を出すと思いますので挨拶に来ました!」

「…そっか、良かった。また来なくなったからどうしたのかなって思ってたの。この1週間は何をしてたの? ロキ様もギルドには来なかったし、ファミリアの他の人は遠征中だったでしょ?」

「えっと、ちょっと色々と…あはは…心配させて、すいませんでした」

「…また何かやってたのね、まぁ、今回はダンジョン絡みじゃなさそうだし…うん、頑張ってね?」

 

ニコッと笑いかけてくれる…うーん、機嫌の良さそうなエイナさん、久々に見た気がするけどやっぱり美人だよなぁ。いや、機嫌悪そうにさせるのは僕が原因なんだけど…。

 

「はい! 今日はちょっと他にも行かなきゃいけないところと…フィンさんから何かお話があるみたいなので、明日からまたダンジョンに行こうと思います!」

「うん、じゃあ明日また待ってるから、ちゃんと寄って行ってね?」

「はぁい! じゃあまた明日!」

 

手を軽く振りながら見送ってくれるエイナさんに手を振り返しながらギルドを後にする。さて、次はシルさんとリューさんのところに行かないと!

 

 

 

「ご心配とご迷惑を、おかけしましたぁ!」

 

酒場『豊穣の女主人』に来た僕は、シルさんが目敏く見つけてくれて準備中の店内へと招き入れられた。ちょっと待っててね、そう言って、シルさんが奥からリューさんを引っ張り出してくる。目と目があった瞬間、そこでの第一行動が両手・両膝・額を地に着く…いわゆる、土下座であった。

 

「あ、あの、クラネルさん?」

 

出会い頭にそんなことをされたリューさんは、完全に困惑している。

普段の凛とした表情を崩し、オロオロと困惑している。

 

「…シルさんから話を聞きました。本当に、すいませんでした」

「兎に角、頭を上げて立ってくださいクラネルさん。それと、シルから…? シル、一体何を話したんですか」

 

その言葉で頭を上げて立ち上がると、シルさんの方を見て詰問するリューさんの姿。そんなリューさんに、シルさんはふふっと笑って指を口元に持ってくる。

 

「…内緒っ!」

 

テヘペロ、と言わんばかりにあざとい表情を作る。僕に向けられたわけでもないのに、横から見てるだけでドキッとしてしまった。

 

「私は酒場の阿呆な客と違ってそんなものでは誤魔化されませんよ!」

「あ、あほ…」

 

たった今、その顔に胸を動かされた僕の心にクリティカルヒットを残しなおもシルさんへとリューさんが詰め寄る。

 

「まぁまぁ、大したことは話していませんよ。ねえ? ベル君?」

 

ココデヨケイナコトヲイッタラワカッテルヨネ?

そう言いたげな目でニコッと見られた僕は、即座に首を縦に振り肯定の返事を返す。

 

「ほら、ベル君もこう言ってますし」

「待ちなさいシル、今、明らかにおかしなやりとりがありました」

「あ、あの…」

「ほらほら、ベル君が困っていますよ? いいんですか?」

「くっ…この話は後にしましょう。それと、クラネルさん。貴方が無事で良かった…貴方は私の同僚の伴侶となる方なのだから、無茶はあまりしないで欲しい」

「「はいっ!?」」

 

意趣返し、と言わんばかりに爆弾を投げ込んでくるリューさんに、僕とシルさんが同時に驚く。何という危険な冗談だろうか、ここが夜の酒場だったら僕の意識はもうとっくに無くなっているだろう…襲われて。

 

「もう! 私は仕事に戻るからね!」

 

そして、シルさんが頬を少し赤くしながら厨房へと走り去っていく。き、気まずい…。

 

「…えっと、それで、改めてリューさんにお礼を言いたくて来たんですけど…」

「…礼は、受け取りましょう。それでこの1週間、何をなさっていたのですか?」

 

目を瞑り、軽く頷くリューさん。そうして、ゆっくり目を開けると今度はジトっとした目でこちらを注視してくる。嘘は許しません、と言わんばかりのその目は、他の知り合いのエルフの人達が良くする目に似ていた。

 

「…お恥ずかしい話なんですけど…なんて言えばいいのか、その、『死』という概念が怖くなって…それで、考えているうちに体が動かなくなってしまって」

「………呑み込まれなくて良かった。クラネルさん、死を恐れるのは当たり前のことですが、恐怖に呑み込まれてはいけません。それは、咄嗟の時に判断を鈍らせる原因です。それに…身近な人の死を契機に折れた冒険者も数多くいます」

「…はい、でも、どうにか立ち上がれました。これからは、変に焦ったり軽く考えたりせずにゆっくり頑張ろうと思います」

 

そこまで言うと、もう一度静かに目を瞑るリューさん。

次に見せたのは、誰もが見惚れるような優しい微笑と、暖かな眼差し。

 

「…貴方は、それでいい」

 

ああ、僕の周りにいるエルフの人達は何だってこんなに優しいのか。

顔を真っ赤にした僕を、リューさんは怪訝な目で見ていた。

 

その後、再度シルさんとリューさん、それから、ミアさんにお礼を伝えた僕は『黄昏の館』へと戻ってきていた。



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14話 探索準備

「ベル、ということで今日…いや、明日からはレフィーヤと共にダンジョンに潜ってもらうよ。それから、お目付役として…明日はティオナかな。手の空いている前衛職を一緒につけて2週間くらいは実践的に学びながらダンジョンに入ってもらう」

「ええっ!?」

「なんだ、ベルはレフィーヤと一緒に潜るのは嫌か?」

 

フィンさんに話を聞きにきた僕に告げられたのは、まさかの対応。

い、いくらなんでも駆け出しの僕の面倒を見るために…。と思っていると、リヴェリアさんからは嫌がられていると思われたのか、わざとなのか、苦笑混じりに質問が投げられる。その質問に、同席していたレフィーヤさんがムッとした顔を見せる。

 

「い、いや、それ自体は嬉しいんですけど…なんか、申し訳ないなぁって…僕なんかのためにわざわざ」

「…嬉しいんだ…」

 

何か小さく呟いたレフィーヤさんが表情を戻すが、そっちに気を回す余裕がなかった僕はその変化にほぼ気付かなかった。

フィンさんもまた、苦笑いをして言葉を返す。

 

「まぁ、今回は君の入団時期が運悪く遠征シーズンに重なっていたからできなかったけど、本来は高レベル冒険者の指導のもとでダンジョンに潜るのがうちの鍛え方だからね。そんなに気にすることではないよ」

「それに、安全性も段違いだからな。今回は運良く同胞が助けてくれたようだが…しかし、ベル。お前は随分と悪運が強いな」

「何回も死にそうな目に遭ってる時点で、不幸だと思うんですけど…それからベル、同胞の方について後でちょっと…」

「と、とりあえずわかりました。えっと、じゃあ、レフィーヤさん。よろしくお願いします!」

「むっ…ええ、明日から…まずは今日は装備を整えて、明日に向けて準備をしましょうか。私が選んであげます!」

 

そう言うと、微妙な表情を作る団長と副団長のペア。

まぁ…いいか、と呟いたリヴェリアさんが、何かをレフィーヤさんに差し出す。

 

「…そうだな、そうするといい。レフィーヤ、武器庫の鍵だ。()()()()()()()やるんだぞ?」

「駆け出しに見合った装備にしてあげてね? 君も少し、過保護なところがあるから…余りに強い武器は、才能を腐らせてしまう」

 

そんな3人の言葉にはてなを浮かべる。

武器庫? そう言えば、僕がゴブリン相手に使っていたロングナイフは…

ああ、そう言えば最後に手放したような…と考えたところでレフィーヤさんに手を引かれる。

 

「ほら、さっさと行きますよ。全身きっちり揃えましょう!」

「は、はい…あ、でも、僕、装備の良し悪しなんて分からないんですけど…」

 

そう言うと、ピタリとレフィーヤさんも動きを止める。ぎこちなく振り返り、僕の目を見て、不安げに揺れた後に通り過ぎ、フィンさんとリヴェリアさんに目を向ける。

 

「わ、私も近接戦闘の装備なんてわからないんですけど…」

 

それを聞いた2人は、悪気はなかったのだろうけど笑い出してレフィーヤさんが顔を真っ赤にし、結局、一頻り笑った後にわざわざ呼び出してくれた休暇中のティオネさんとティオナさん、それから、アイズさんが一緒に選んでくれることになった。

 

 

 

「主武器は、やっぱり短剣がいいかしらね?」

「うーん、ベルならやっぱダガー? あんま重たいと使いにくいよね」

「……両刃と片刃なら、両刃の方が便利」

「刃渡りが長すぎても持て余すでしょうし、この辺かしら」

「それならこっちはー? 軽いし扱いやすい…ん? これ、ミスリルかな」

「…これ、オススメ。アダマンタイトが入ってるから少し重いけど、硬い」

「あんたらねぇ…駆け出しにミスリルやらアダマンタイトやら、扱わせるわけにいかないでしょうが!」

「このくらいが丁度いいって! そんなナマクラ、すぐダメになるよ!」

「ナマクラって…このダガーも中層レベルなんだけど」

「…モンスターの攻撃を受けることも考えたら、それじゃ少し心許ない」

「だからって最初からこんな武器渡したら、上層のモンスターなんてバターよバター!」

「…うーん、じゃあ切れ味だけなんとか落とせないかな…」

「…硬さは、譲れない…」

「この過保護(ブラコン)達は…っ!」

 

ギャーギャーと言い合いながらベルの武装を選ぶ近接戦闘タイプの猛者達を尻目に、レフィーヤさんがこれはどうだあれはどうだと軽鎧を持ってきてくれる。体に合わせながら着てみると、合う物が少なく、何個かの候補を残して悩んでいた。

 

「うぅん、このあたりですかね?」

「そうですね、他のは大きすぎてつけられそうにないので…」

「ですよね…ベル、小さいですし

「? 今、何か言いました?」

「いえ、なんでもありませんよ。…これにしましょうか」

 

最後まで悩んだ末に選んだのは、真っ白な軽鎧。首回りと、動きを阻害しない程度に肩・胸・関節部を守る軽装。その中に緑色の戦闘衣を着る。

血が滲んでしまっている箇所やほつれてしまったり破れてしまった箇所があったが、まだ着れるし折角贈ってくれたものだから…と頼んで修繕してもらったのだ。

 

「…うん、いいんじゃないですか?」

「そう…ですかね?」

「ええ。冒険者っぽく見えますよ」

 

それ、褒め言葉じゃないです…そう、肩を落としたところに背後から声がかかる。振り向くと、2本のダガーを持ったティオナさんが手招きしているので近寄っていく。

 

「ベルー、これ、ちょっと振ってみて」

「…合金製だけど、かなりいいダガー」

「…駆け出しに持たせる装備じゃない………ベル、それ、相当高いから壊すんじゃないわよ」

「うえっ!? は、はい!」

 

ティオナさんとアイズさんの言葉に嬉々として受け取り、武器を握った瞬間、ティオネさんの忠告が聞こえてくる。Lv5の冒険者が相当高いって言うなんて…と手が震えるが、良く馴染むその武器の感触に、震えは消し飛んだ。

 

ヒュン、ヒュン、と持ち替えながら、両手でその2本の武器を振るう。わずかに、片方が扱いにくい感じがした。

 

「…こっちの黒いダガーは少し扱いにくい気がします…」

「…それはアダマンタイトが入っているから、少し重たいのかも」

「アダマンタイト…!? で、でも、こっちの白いダガーはかなり扱いやすいです!」

「じゃあそれで決まりだね! 多分そっちはミスリル合金かなぁ」

「ミスリル…!?」

「…ベル、悪いことは言わないから当分これを使いなさい」

 

そうして、頭を抱えるティオネさんからそっと渡されたのは無骨なショートダガー。鋼製で、名のある鍛治師の作ではないがゴブニュ・ファミリアの名を冠することは許されている作品だそうだ。これでも上層の敵には勿体無いくらいとのこと。

 

振ってみると、一番馴染む感じがした。

…先入観も大いに関わっている気がするけど。

 

「…お二人には悪いんですけど、僕、これを使おうと思います…」

 

不満気な2人を横目に、ティオネはほっとした顔をしていた。

無論、レフィーヤ同様駆け出しに見合った装備を、との団長からの言葉を貰っているからだ。

それでも、ティオネもティオネなりに心配して更に程度の低い…それこそ、駆け出し冒険者くらいしか用のない短剣もある中からその装備を選んだのであるが。

 

 

「だから、上層でハイポーションなんて必要ないでしょうが!」

「…万が一があるかも…」

「マジックポーションはなんの意味があるの!? ベルは魔法を使えないのよ!?」

「……億が一が…」

「あるわけないでしょ!!!」

 

その後、街に出てポーションや携帯道具を買うたびに言い争いが起きながらも、装備をなんとか整えたベルは一端の冒険者のような装備に身を包むことができていた。

 

明日からまた迷宮に潜ることができるベルは、楽しさと怖さに挟まれながらも、みんなと買い物に出たことで緊張をほぐすことができていた。




ちなみにステータス

ベル・クラネル Lv.1

力 : E 402→435
耐久 : C 575→601
器用 : E 481→492
敏捷 : C 622→634
魔力 : I 0

《魔法》
【】

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上

熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減


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15話 迷宮探索(1)

迷宮まで辿り着きません。
フラグ確認回…のようなもの。


「今日は、よろしくお願いします! レフィーヤさん! ティオナさん!」

「しっかり頑張ってくださいね?」

「こっちこそ、よろしくねー…そういえば昨日言い忘れてたんだけど、部屋のことは本当にごめんね?」

「…アハハ、気にしないでください。荷物は無事でしたし、代わりの部屋もすぐ貰えましたから…それよりあの後は大丈夫でしたか? リヴェリアさん、すごく怒っていたように見えたんですけど…」

「…………聞かないで」

「い、一体何が…」

 

興味本位で聞いたことを軽く後悔するような、盛大に顔を引きつらせているレフィーヤさんの姿と、いつもの太陽のような、向日葵のような明るさを一瞬で失ったティオナさんの姿。

 

「…と、ところで、これからダンジョンへ行くんですよね?」

「…うん、そうだけど?」

「…はい、そうですよ?」

 

これは不味い、と話題を変えようとする。特に話すことが思い浮かばなかったため、本題へと突入する。それを察した2人も、気持ちを立て直して話を進める。

 

 

 

前の日に打ち合わせた通り、朝食後に館の中庭で待ち合わせた3人が集まっていた。軽装に、一応と言わんばかりに持っている杖と何やらトートバッグのようなものを持っているレフィーヤ。手ぶらに普段着のように見えるが一応戦闘衣らしいティオナ。完全装備のベルと、とてもではないがこれから同じ地へ向かうとは思えない3人組である。

 

「あの、ティオナさんいつもの武器は…というより、手ぶらでいいんですか?」

「え、あーウルガ? うん。あれ戦わない時は邪魔だし…上層くらいなら、素手で十分かなって」

「そ、そうですか…」

 

冒険者は見た目ではない、分かっていたことだけど目の前の少し年上の、姉のような存在の少女の強さに少し腰が引けた。

アイズさんに額を小突かれた時もそんなことを考えたけど、ちょっと強く抱き締められたら僕気絶するかもなぁ…。そう思いながら。

 

「私は一応、杖を持って行きますけど基本的には手は出しませんからね!」

「そだよー、今日はベルの冒険なんだから。あんまり危なかったら、助けに入れるようにはしておくけどね」

「…っ、わ、わかりました! 頑張ります!」

「うんうん、じゃ、しゅっぱーつ!」

 

ティオナの掛け声に、小さく、おー、と仲良くレフィーヤとベルが答えてから3人揃って館を出る。歩きながら、ベルが雑談混じりに質問をしていく。

 

「まずは一度ギルドに寄ってからダンジョンに潜るんですよね?」

「ベルのアドバイザーさん…エイナさんに伝言をしてから、ですね。生存確認という点でも、大事ですから」

「夜になってもホームに帰ってこないけど、ダンジョンに潜ったのかどうかもわからない…ってなったら困るからね〜」

「はうっ…」

 

質問したことに対しての解答と、更には心当たりのある例を持ち出されて小さくダメージを受ける。言った本人であるティオナはあっけらかんとしていて、悪気がないのはわかるがそれ故に当たり前のことを自分は疎かにしていたのだということが突き付けられる。

 

 

 

ギルドへ訪れたベルを待っていたのは、ニコニコ笑顔のエイナさんであった。

 

「おはよう、ベル君。約束通り来てくれたのね? ダンジョン、無理しないように頑張ってね」

「はい、おはようございますエイナさん! 頑張ってきます!」

 

そして、スッと表情を戻してベルの斜め後ろで待っていた2人へと顔を向ける。

 

「ティオナ・ヒリュテ氏にウィリディス氏、おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「「対応が違いすぎる!?」」

 

その余りの対応の違いに、なんなら間違いなくベルよりも付き合いが長いはずの彼女に対する驚きか、揃って声を上げる。

その声に驚いたベルを、レフィーヤが腕を掴んで引き寄せる。

 

「ベル、ちょっと…なんであの人、あんなにベルには優しいんですか」

「えっ、誰にでもあんな感じじゃないんですか…?」

「私達から見たらめちゃめちゃ真面目な人! って感じだけだったよ…」

 

…見なかったことに。そう決めた2人は気を取り直してエイナへと向き合う。

 

「今日はベルの付き添いです。ダンジョンでの教育も含めて3人でパーティを組みますので、その報告を」

「今日は私だけど、日によって変わるからもしかしたら違う人のこともあるかも?」

「かも、というより、前衛職は日替わりで付き添ってもらうのでほぼ毎日変わると思います」

「かしこまりました。くれぐれも、駆け出し冒険者であるクラネル氏を危険な領域まで連れ込まないようご注意願います」

「もっちろん! ベルに変な傷なんてつけさせたら…次は何されるか…あぅぅ」

「あはは…とりあえずは、潜っても5階層までと決めていますので」

「わかりました。では、そのように周知しておきます」

 

その後も、いくつかの事務連絡を行いギルドを後にした。

バベルの方へと向かう…前に、昼食を用意しておこうと、少し遠回りをしながら屋台や露店が立ち並ぶ辺りへ行こうとする。

すると、ベルが急に辺りに視線を向ける。

なんだか、呼ばれた気がする、と。

それを聞いた2人も振り返る。

 

しかし、レフィーヤもティオナも何も聞き取れなかったために、気のせいじゃないの? と軽く流しまた前へと歩く。気のせいかな…と訝しがるベルも、まあいいか、と前を向いたその瞬間。

 

「はぁッ、はァ、あのっ、ベル君!」

 

完全に呼ばれた、そう思って振り向くと、息を切らせたシルがそこにいた。少し後ろには、悠然と歩くリューの姿もある。

 

「はい!? って、シルさん? リューさんも?」

「おはようございます、クラネルさん」

「おはようございます、ベル君!」

「あ、お、おはようございます…? あの、どうしてお二人がここへ?」

 

その質問に、少し目を逸らしながらリューが答える。

 

「…偶然貴方を見かけたシルが、挨拶したいと走り出したのです」

「ああ、それで息を…」

「リューが先に気付いたくせに…」

 

ボソリ、とリューにしか聞こえないように呟くシル、それを聞いたリューはたじろいだ。

 

「…な、何か言いましたか、シル? ところでクッ、クラネルさん、今日はダンジョンへ潜られるのですか?」

「えっ、あっ、はい!」

 

いきなり慌て出したリューに自分も慌てながら返事を返す。

その言葉に、優しい眼差しになると同時、後ろにいるレフィーヤとティオナに目を向ける。

 

「…心の強い人ですね、クラネルさんは。『千の妖精』と『大切断』は付き添いですか?」

 

心の強い人、そう言いながら、ぽふ、とベルの頭に手を置いたリューの姿に、二つ名で呼ばれた2人が目をこれでもかと言うくらいにゴシゴシと擦る。

 

えっ、あれ、あのウエイトレスさんってだって同胞の、えっ。

うっそ、嘘でしょ。この人ももう絆されてるの? えっ、マジ?

 

そんなことを思いながら、今も感触を楽しむかのようにベルの頭を撫で回すリューのことを凝視する。ベルは満更でもない顔で撫でられているが、それがどれだけ他人にとってあり得ない光景なのか、全く理解できていない。

 

返答がないことに怪訝な顔をしたリューだが、何か考えていることでもあるのだろうかとスルーを決め、とりあえずベルの頭を撫でることにした。

 

2人の付き添いがパニックに陥っている間、シルもベルを撫でくり回すことにした。2人がかりで撫で回されたベルの髪の毛は、酷く癖が出ていた。方や本当に上に横を下へと撫でくり回す手と、方や手櫛で整えるかのように一定方向に撫でる手。シルが触っていた右側は悲惨なことに。リューが触っていた左側は癖も薄まりストレートとは言わないが多少のウェーブで済む程度に。

 

 

 

そろそろ戻らないと、ミア母さんに…という2人を見送ってからも十数分。付き添い者が別の世界から帰ってこず、ベルは街中で1人途方に暮れていた。



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16話 迷宮探索(2)

「あの〜、ティオナさーん? レフィーヤさーん?」

 

先程お店へと戻っていったシルさんとリューさんを見送った後、既に20分ほど経過していると思うけど未だにティオナさんとレフィーヤさんが僕の声に反応することはない。

ティオナさんはもうファミリアの外にまで…なんて呟き、レフィーヤさんは何がどうなってそうなったのか、この子はもしかして実はエルフの女の子なのでは…と呟いている。その言葉、前にもシルさんから聞いた記憶があるけど、一体何が原因なんだろうか。

 

「ティオナさ〜ん? レフィーヤさ〜ん? ダンジョン、行きましょうよぉ…」

 

ゆさゆさと肩を揺さぶっても、反応はない。

段々、通り行く人が僕を見る目も気になってくるけど、ここで1人でダンジョンに向かえばまた説教されるだろうしそういう訳にもいかない。

途方に暮れていると、ようやく意識が現世に戻ってきたレフィーヤさんがにっこりと笑顔になって僕の両肩を掴む。

 

「ベル、後でリューさん…でしたね。私の同胞の方との関係について、ちょっと詳しく教えていただけますか?」

「ひゃいっ!?」

「まぁ、後ででいいです。それから…ベルは、ヒューマンの男の子ですよね? エルフの女の子じゃないですもんね?」

「当たり前じゃないですかぁ!?」

「…今度、フィルヴィスさんと引き合わせてみましょうか…いや、でも逆に最初から受け入れられたとしたらそれはそれで…なんか…」

 

余りの剣幕と勢いに押されながら、叫ぶように答えると、ガックリと肩を落として何やら呟いた。エルフ特有の長い耳も、へにょりと垂れ下がったように見えた。

もう何度見たかもわからない、呆れたような顔でため息をつくとティオナさんにも声を掛けてこちらを向く。

 

「…ティオナさんも、考えるのは後にしましょう。これ以上、ベルを焦らしてもかわいそうですし」

「…はッ!? あ、あぁ〜そうだね。うん、いこっか…」

「あはは、じゃあ、何を買っていきましょうか」

「じゃが丸くんとかでいーんじゃなーい? アイズの好物だよ?」

「…まぁ、何個か適当に買っていきましょう。余れば後で食べてもいいですし」

 

そんなこんなで、ようやく再起動した2人と共に幾らかの食料を買ってダンジョンへと足を向ける。

 

ここまでで、既にベルは疲労を感じていた。

 

 

 

ダンジョン、1階層へと入る。

そこは、ベルですら既に何度か通り、見慣れた道。

通り行く人の中には、見た目も凄まじい高レベルの冒険者達も多くいる。そんな中で、一際凄まじい存在感を示す杖を手に歩く冒険者がいた。その人を見て、ベルがポツリと呟く。

 

「…やっぱり、強そうな人ってみんな凄いもの装備してますよね」

「あの人の杖は、凄まじいですね…材料も製作技術も。今の私では手が出るものではありません…」

「私のウルガも高いけど、それ以上じゃないかなーあれ。多分、一族の秘宝とかそういうレベルだと思うよ」

「でも、ベルの武器だって駆け出しには勝ちすぎている武器ですよ? もっといいのが欲しかったら、頑張って稼いでくださいね…ティオナさんの武器って1億ヴァリスくらいでしたっけ?」

「1億2千万だったかなぁ、まだローン終わってないよぉ…」

「い、いちおくにせん…!?」

 

その金額に、ベルの顔が強張る。

 

「そのくらいはふつーだよ、ふつー。命預けるんだからね」

「素材の値段も加工の手間も相当ですし…ベルもヘファイストスファミリアの1級品の武器、眺めていたでしょう?」

「…ちなみに、ティオナさんとアイズさんが勧めてくれたダガーってどのくらいするんですか?」

 

そういえばと思い返して、武器庫にあった二振りのダガーを思い出す。

すると、刀剣類は全く気にしたこともないレフィーヤはわかりませんと首を振り、ティオナは片頬に指を当てながら首を傾げる。

 

「…んー、500…いや1000万…くらいかなぁ」

「…そ、そんな高いものだったんですか…」

「多分だけど、そのくらいだと思うよ。まぁ、みんな使ってないみたいだしベルがあの武器にふさわしい冒険者になったら貰っちゃえば?」

「えぇ!? そんなことできませんよ!」

「いいっていいって、どうせ放置されてるだけだし…レフィーヤ、あれ誰かの武器だっけ?」

「いえ、使われているのは見たことありませんが…ティオネさんに聞いてみたらわかるんじゃないですか?」

「んじゃ、帰ったら聞いてみよ。それより、そろそろ行こ?」

 

そんな風に、3人、円になって会話をしていたところからティオナがくるりと横を見やる。目の先には、ダンジョンの入り口。

三度入って、三度死にかけて意識もなく出てきたそこへ、ベルの意識が向かう。

 

「…そう、ですね。行きましょうか」

「ええ、そうしましょうか。今日はリヴェリア様から教えられたことを確認しながら、ゆっくりと進んでいきましょう」

「じゃあ行こ。まずはベルの剣捌き、しっかり見せてもらおうかな!」

「はい!」

 

ベルを先頭に、3人はダンジョンへと入っていく。

 

 

 

「ふぅん、やるじゃんベルー。その調子でどんどん行こー!」

 

2〜5体の群れで襲ってくるゴブリンやコボルドをしっかりと相手取るベルの様子を見ながら、ティオナが褒める。

ベルは冒険者になってまだ一月程度とは思えない立ち回りを見せている。実際にモンスターと戦うところを見るのはこれが初めてのティオナとレフィーヤは想定以上の動きに感心していた。

 

「あ、ありがとう、ございますっ!」

 

前回、ルームで襲われ囲まれて嬲られた苦い記憶を持つベルは、以前より意識と思考が洗練された一撃離脱戦法を主軸に良く戦っていた。

 

全てをまとめて立ち向かうなんていう無茶はせず、最大でも2体までを自分の射程内に置く…つまりは、その他の敵からの射程外にいることを徹底した。囲まれないよう、対応できない数を抱えないようにする。一度瓦解すれば、忽ち囲まれてしまい、前回の敗北と同じような状況に陥ることは想像するにた易い。

 

そうして、モンスターの攻撃を捌きながら無理攻めをせず、立ち位置を常に確認し、敵同士の位置を確認しながら行うその戦闘技能は既にLv1の中では上位に位置すると言っても良いほどであった。これが、前から、横から、死角から攻めてくるアイズにボコられた成果である。

 

「…でも、そろそろ1回休憩にしようか。レフィーヤー、ご飯ちょうだい」

 

そう言いながら、壁に拾った石を投げつけるティオナ。

たったそれだけで壁が大きく傷付く。

 

「あ、はい。えっと…どれがいいですか?」

「レフィーヤお手製のサンドイッチとじゃが丸くんの塩味ー」

「はい、どうぞ」

「あ、じゃあ僕も…」

「その前に、ちゃんと血と汗を一回拭いてくださいね。はい」

「あ、ありがとうございます」

 

レフィーヤが手に持っていたバッグから、包まれた食べ物や敷き布、手拭いなどが出てくる。この少女、まるでピクニックかのような所持品であった。礼を言いながら受け取ったベルは、それを水で濡らして体を拭う。

 

その後、休憩を済ませた3人は3階層まで潜ったダンジョンを逆に上へと登っていく。時間的にも今日はここで切り上げて、ギルドへ寄りましょうというレフィーヤの言葉からだ。

 

そうして、エイナへの報告をしっかりと行い、明日も訪れることを約束してホームへと帰っていく。

明日はティオネがついてきてくれるらしく、顔を合わせたついでにティオナがあの二振りのダガーの所持者を聞いたがやはり使われていないとのことであった。

高揚感に包まれたまま、二、三、話をして各々一度別れる。

 

その後、ベルはフィンの元を訪れて今日の報告を行った。報告を聞いたフィンは、ベルがようやくまともに迷宮探索ができたことを祝い、予想以上の成長に喜んだ。それが、ベルにはとても嬉しかった。

 

今日は楽しかったなぁと良い気持ちのまま自室へ戻ることができたベルを待ち受けていたのは、レフィーヤであった。勿論、ベルは盛大に慌てた。具体的には、自室の扉を開けて視界にレフィーヤが入った瞬間に一度閉め、周りを確認し、自室であることを確認し、もう一度開け、レフィーヤと目が合い、狼狽して転びそうになるほどに。

 

「…あの、何をそんなに慌てているんですか?」

「な、なな、なんでレフィーヤさんが僕の部屋にいるんですか!?」

 

それを聞いて、レフィーヤは顔をムッと顰める。

 

「さっき、ベルの部屋で待ってるって伝えたじゃないですか!?」

「…え?」

「なーんか、ポケーっとしているとは思いましたけど、話を聞いていませんでしたね!?」

 

そう、先程各々が別れる前に話していたことの中で、少し話があるのでベルの部屋に行きます、とレフィーヤはしっかりと伝えていたのである。それを、戦闘の高揚感とダンジョンでの興奮が醒めないままいたベルは聞き逃していた。

 

「…ごめんなさい、聞いてませんでした」

「はぁ、本当にベルのそういうところが心配です。まぁ、いいです。今日のところは疲れたでしょうし、許します。それで、聞きたいことだったんですけど…」

「あ、はい、えっと、朝言っていたことですよね?」

「ええ、あのお店のウエイトレスさん…リューさんとはどういった関係なんですか?」

 

その言葉に、ベルは口籠る。顔も少し赤くしてもじもじとしているその様子は、少女の目にはベルが実際に抱えている感情とは何か別のものに見えた。

それに思い至ったレフィーヤは、顔を赤くしながら声を荒げる。

 

「…まさか、恋仲ですか!?」

 

それを聞いたベルはぽかんとする。こいなか? こいなか…濃い仲? ってなんだろうと。別に、ベルに性知識や男女交際に関しての知識が全くないわけではない。だがしかし、その言葉回しに聞き覚えがなく、脳内で恋仲という変換がされなかっただけである。

 

「あの…こいなかってなんですか?」

「それは…その…男女の間で親しい仲というか…お付き合いしている関係と言いますか」

「あぁ、なるほど………ダァあエェッェエッ!? 僕とリューさんはそんな関係じゃありませんよ!? あの、恥ずかしい話ですが、色々と助けてもらったことがありまして…」

 

そうして、答えを聞いたベルはそれを飲み込み、やがてレフィーヤから尋ねられた内容を思い起こして叫び声を上げる。それを聞いたレフィーヤはとりあえずほっと一息落ち着く。

 

「…そうですか、随分と親しくしているようでしたから、てっきりそういう関係なのかと」

「まだ出会ったばっかりですよ!? ロキ様も同じことを言ってましたけど…」

「それだけ、エルフが触れ合いを許すというのは大きな意味を持つことをベルは理解してください、特に彼女は、同胞達の中でも潔癖性の高い方ですから」

 

そういえば、他のエルフが見たら卒倒ものだとかなんだとか、言っていたような、とベルは思い返す。

 

「そ、そうなんですか…でも、レフィーヤさんもリヴェリアさんも、アリシアさんもリューさんもエイナさんもそんなことなかったと思うんですけど」

 

そこで出てきた名前に、レフィーヤがまた反応する。

というより、この少年に対して同胞達が総じて甘い気がするが、何かそういうスキルでも持っているのではないかと訝しみながら。

 

「…アリシアさん?」

「? はい」

「うちのアリシアさんですか? アリシア・フォレストライトさん?」

「はいっ!」

 

ここに住むことになりたての時に、よそ見しながら歩いていて廊下の角でぶつかって転んだ時に手を貸してもらって、謝られながら床にぶつけた頭を撫でられたんです。と言うとレフィーヤは非常に形容しにくい表情を作る。

 

「うむむむむむ…まぁ、うん、まぁ…あの人は優しいですし…とにかく! 話はわかりました。疲れているでしょうに、お邪魔してすいませんでした。明日もまた、よろしくお願いしますね?」

「こちらこそ、お願いします!」

 

その言葉を最後に、レフィーヤはベルの部屋から出て行った。

なんだったんだろう、と、疑問に思うベルに答える者はいない。




ベル君がその時アリシアさんに見惚れていたのは裏設定
ちなみに、しれっと都市に来てから初めてベルの頭を撫でたのがアリシアさん。

面と向かってしっかりと撫でたのはレフィーヤ(6話)、次いで気絶中にアイズ(8話の膝枕時)、リヴェリア(8話後の講義中に)、多分この辺で他にも数名。ティオナ、アナキティ辺りとか。飛んでリュー、シル(15話)、まぁリューは10話でも実は…。この頃には撫でられ耐性がついているのか満更でもなく受け入れるように。

きっとベル君の好みのはず、アリシアさん。

感想、返信はしてないですけど読んでいます。
感想と評価は創作の燃料ですありがたやありがたや。


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17話 迷宮探索(3)

総合評価1000Pt到達、ありがとうございます。


それから2週間ほど、フィンやガレス、ティオナ・ティオネにアイズ、時にはアナキティやラウルなどと共に迷宮へと潜り続けた。

 

現在のベルの到達階層は11階層。

 

迷宮に潜り始めて4日目には6階層、ウォーシャドウとの戦闘を難なくこなし、6日目には7階層のキラーアントの群れも撃退した。

10階層では周囲を覆う霧に困惑しつつも、3日ほどかけてオークとの戦いに慣れ、安定して探索することができていた。

 

そして、昨日。何日か挑戦し続けていた11階層へのアタックにようやく成功。12階層の目前まで到達する。

上の層までとはガラリと変わったモンスター達…ハードアーマードには刺突系の技と弱点を突く技をフィンから学び、シルバーバック相手には敏捷の高い相手への駆け引きをティオネから学んだ。既に、ベルはLv1の冒険者の中では最上位と言っていいほどの能力を身につけていた。

 

今日、珍しく1人でダンジョンへと潜ったベルは12階層を目指していた。

 

 

 

「いいですか、ベル。今日は私の都合で申し訳ありませんが、ついていくことができませんので無理はしないと約束してくださいね?」

「はい!」

「…なんか、怪しいですけど…はぁ。ベルのこと、信じてますよ? どうして今日に限って、空いている人がいなかったんだろう…うう…」

 

朝、いつも通りに集まったレフィーヤさんが深刻な顔をしてポショポショと用事が出来たことを告げる。曰く、いつも素っ気ない同胞から珍しくお誘いがあったので行きたい、と。それに加えて、今日はベルに付き添える暇のある団員がいなかった、と。

先程の会話は、それなら、今日は僕1人で…と返事をした後のことだ。

 

信じてますよ、と言う言葉の裏に、無茶したらわかってますよね? という言葉が見えた気がする。

それを聞いた僕は、ただただ首を何度も縦に振ることしかできなかった。

 

 

 

そうして僕は、久しぶりにソロでダンジョンへと潜った。

 

 

 

そして、今、僕は息を潜めている。

 

 

なんで、なんでなんだ。

 

なんで、お前がまた、こんなところにいるんだ…ッ!

 

7階層、正規ルート。8階層へと続く道もある広間。その、8階層への道の方に一頭の猛牛が陣取っていた。

この近辺を探索するLv1の冒険者では、まず敵わない相手、ミノタウロス。だがしかし、何か違和感を覚えた。

 

「…弱ってる?」

 

動きが悪い、威圧感も薄い。5階層で出会って恐怖した、ミノタウロス程の威圧感を感じない。それに何より

 

「…角が片方折れてるし、武器も持っていない…」

 

それでも、相手はLv2にカテゴライズされている怪物。とてもではないが、真っ向からソロで戦って駆け出し冒険者(ベル・クラネル)が敵う相手ではない。

しかし、一度死の恐怖を叩き込まれた相手を前に、脚が縮こまるどころか、戦意が湧いてくる。それでもやはり怖いものは怖い。それに…レフィーヤさんとの約束もあるし…。

 

そう考えて、そーっと引き下がろうとした瞬間。悲鳴が聞こえる。

 

「う、うァァァァっあっ!? な、なんでこんなところにミノタウロスが!?」

 

それを聞いたミノタウロスが、ゆっくりとそちらへ顔を向ける。

ブフゥッ、と息を一つ。獲物を見定めた怪物が、動き出す。

ミノタウロスが見たのは、8階層側の道の方。今まさに下での探索を終えた冒険者のパーティーが、上がってきたのだ。

 

満身創痍の様相の冒険者達の姿が、目に入った。

 

「くっ、くそっ! おい! 走れるか!? 俺が時間を稼ぐ、だから、お前らは逃げろ!!」

「そんな!?」

 

先頭を歩いていた男が、長剣を構えながら叫ぶ。パーティメンバー達は少しのやりとりをした後、涙を浮かべながらミノタウロスの横を通り過ぎようとする。それを見た怪物は、逃がさんとばかりに腕を振るうが、長剣を携えた男が割り込む。

 

「グゥっ…重てぇ…っ! いまだ、行け! 行けぇっ!」

 

切り結ぶ、防ぐ、受け流す。ミノタウロスの攻撃を幾度となく防ぐ男に、他のメンバー達が振り返ることなく走り去ろうとする。

 

その光景を、僕は黙って見ていた。

 

身体が、動かなかった。

 

 

 

己の命を賭けて、仲間を救う男の姿に、僕は、英雄の姿を見た。

 

 

 

次の瞬間、僕の脚は動き出した。

ちょうどルームから出る男のパーティメンバー達が、今まさにルームに入る僕にすれ違い様に待てっ! ミノタウロスがいる! と警告してくれる。それを聞いて、いい人達だなと思う。普通なら、見捨てる…もしくは、僕を犠牲にして彼を助けようとするだろうに。

 

笑みが出る。ああ、今、僕は、冒険している!

 

「助太刀、しますっ!」

 

太腿につけているホルスターから、()()()()()()()を取り出す。

レフィーヤさんから、今日は念のためにこれを装備していけと推されたためにつけてきた、以前、ティオナさんが勧めてくれたミスリル合金のダガー。

男に気を取られているミノタウロスの腕を斬りながら、男の横に立つ。

男は唖然とした目で僕のことを見て、叫ぶように声を上げる。

 

「おいおい、お前もLv1だろう!? 死にに来たのかっ!?」

「いいえ、生きて帰るためにきました!」

「馬鹿野郎だな! ダンジョンの中での馴れ合いは身を滅ぼすぜ!?」

 

そう言った彼の声は、どうしようもなく喜色が滲んでいた。

 

「…それでも、目の前で死のうとしている人を放っておけなかったんです」

 

それを聞いた男は、一拍置いて笑い出す。

 

「ハッハッハッ! 青臭えガキだな! だが、嫌いじゃねえ! その白髪に赤目、お前、ロキ・ファミリアの飼い兎だろ?」

「うぐっ、は、はい…」

 

あまり嬉しくない異名(?)で呼ばれる。

 

「お前に何かあったと知れれば、うちみたいな零細ファミリアは何されるかわからんからな! 無事に家族(飼い主)のもとに返してやるよ!」

「あはは…ええ、生きて帰りましょう!」

「…それで、兎。悪いが、俺の武器じゃ奴に攻撃を通せねえ。…行けるか?」

 

ガラリと雰囲気を変えて、真剣に聞いてくる。

その言葉に、僕もグッと気を引き締めて腰につけているホルスターから()()()()()()()を取り出して、二刀を構える。

こっちも、念のために持ってきていたものだ。アイズさんの勧めてくれた、アダマンタイト合金のダガー。

 

「…ええ、頼りになる姉達から預かった武器がありますから」

「…奴の攻撃は俺が防ぐ。腕が千切れてもお前を守ってやる。だから、お前はただ一点、魔石を狙え」

 

警戒からか、その場に止まっていたミノタウロスが動き出す。

返事をする間もなく、戦闘が始まった。

 

『ヴヴォァァアァっ!!!』

「ッらァァァァっ!!」

 

振り下ろされた拳を、男が長剣で弾くように受けた刹那、僕はミノタウロスのガラ空きの懐に潜り込む。

 

「セアぁぁぁっ!」

『ヴォルォ!?』

 

右手の黒いダガーを突き上げるように首を狙うが、避けられて肩へと刺さる。それでも、深く刺さりダメージは与えられたようだと判断し離脱する。

 

その瞬間、振り下ろされた頭が僕のいた場所を貫く。パラパラとダンジョンの床が崩れていく。受けていれば、即死もあるような威力だ。

 

その後も、何度も切り結び、時に回避しきれない傷を受けながらも、互いに血を流していた。

恐怖を塗り替えるような高揚感を胸に、果てしない戦いへと身を投げた。

今まで培ってきた技を、勘を、全てを出し尽くすような戦い。

 

じわじわと、僕らのスタミナが切れていくと同時、ミノタウロスもかなり生命力が削られたのかフラフラとしている。かと思ったその時、両手を床について、こちらへと鼻息荒く顔を向ける。

 

「突進が来るぞ! 下がれ!」

 

男の声に、一度下がる。ミノタウロスは男を標的に定めたのか、爆発的な加速をしながら男へ襲い掛かる。

 

「ッルォォォオっ!!」

『ヴァッ、ヴォオオオっ!』

 

そのまま突き上げるように頭を振り回すミノタウロスに、男が斬りかかる。頭を狙った剣は、ミノタウロスの片角と衝突する。

両手両足を地につけ押し切ろうとするミノタウロス。

脚を地にめり込ませながら、耐え切ろうとする男。

ギチギチと競り合うが、しかしそもそも男ではミノタウロスに突進に耐えられるはずもなかった。男が力負けすると同時、ミノタウロスが片手を床から離し、力を込めて腕を振る。強かに、男の脇腹を殴りつけると、吹き飛ばされた男は回転し、背中から床へと着地する。

不安定な体制から殴ったため、大した威力は乗っていなかったようだがそれでもLv2の一撃である。男がふらつく。

 

「グぉ…利いたぜオイ、だが…」

 

その隙を逃すほど、僕は甘くない。

 

突進が一瞬でも止まった、その直後から動き出していた僕は腕を振り抜いたミノタウロスの体勢を観察する。頭は上に上がり、右腕は左肩の方へと振り抜かれている。左腕も、床に手をついて男の剣と力比べをしていたため、どうしようもなくガラ空きの…その胸に。

 

渾身の、ペネトレイトを撃ち込んだ。

 

ピシリ、と、紫色のその結晶に届いた感触。

最後、断末魔のように今までで最も高く鳴いたかと思うと、がむしゃらに腕を振り回したそれに吹き飛ばされる。最後に見たのは、怪物が、灰になっていく姿。

 

「…勝った…」

 

そう呟いた後に、僕の体はダンジョンの壁に叩きつけられ、僕は意識を落とした。




戦闘シーンを書く才能がないので、あっさり

もう出ることはありませんが…チョイ役でしたけど、ちょうどいい原作キャラがいなかったので名無しの男さんに出て頂きました。
ちなみにこの後のステータス(変化前は数日前の更新時)

ベル・クラネル Lv.1

力 : B 561→723
耐久 : A 667→881
器用 : A 595→807
敏捷 : S 721→902
魔力 : I 0

《魔法》
【】

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上

熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減


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18話 本拠帰還

「………ちょっといいか? すまねえ、こいつを預かってくれねえか。傷は治っているはずだ」

 

ロキ・ファミリアの本拠である黄昏の館。その門前に満身創痍の冒険者のパーティが来ていた。傷こそ、ポーションで癒したのか大きなものはないが装備から衣服から何から何までもがボロボロだ。間違いなく、迷宮探索から帰ってきたパーティに違いない、が、自分達の本拠へ帰らずここにいるのはどういった用事だと、門番達は訝しんでいた。

 

先頭の男が、背負っている冒険者の顔が門番に見えるように身体を捩りながら話しかけてくる。

 

「…ベル!?」

 

その顔を見て、怪しげな冒険者達に胡乱気な眼差しを向けていた門番の1人が顔色を変える。

一番の新入りである少年が、気を失って他所のファミリアの冒険者に背負われて帰ってきたのだ。心配にもなる。

 

「いったい、何が…申し訳ないが、事情を聞いてもいいだろうか?」

「なんてこたねえよ、俺らはこいつに助けられた。それだけだ…今日は流石に無理だが、明日にでも俺らの主神と一緒に礼と事情説明に来るから団長か主神に伝えておいてくれないか?」

 

ベルが、Lv1冒険者である彼が、明らかにLv2に近いであろう目の前の冒険者を助けたという話はにわかに信じられなかったが、しかし、当の男がそういうのであれば事実なのだろうと首を縦に振る。どの道、起きてからベルの話を聞かねばならないだろうし、と考えて。

 

「…わかった、必ず、団長にも伝えておく」

 

そう言いながら、ベルを受け取る。もう1人の門番に二、三言伝えると、館の中へと入っていく。

 

「…じゃあ、俺らはこれで、あの兎にも、起きたら礼を伝えておいてくれ。今度、何か困ったことがあったら声を掛けてくれ、とも」

「わかった、伝えよう」

 

それを最後に、男達は離れていった。

 

 

 

ガバッと、飛び上がるように起きる。夢すら見ることもなく、ただただ意識が飛んでいた。自分でそう自覚すると、咄嗟に手は太腿を探る。

そうして、武器がそこにないことに戸惑うと同時、周囲の様子に気がつく。僕は、ベッドに寝ていた。

 

「…僕の、部屋?」

 

自分が今いる場所に気がつくと同時に、疑問が生まれてくる。僕は、どうしてここに? 確か、ミノタウロスを倒して…気を失ったはず。

と、いうことは…届けてくれたのか。きっと、あの人が。

 

「…目が、覚めたようだね」

 

落ち着いた声が、部屋に響く。パッとそちらを振り返ると、僕のベッドのすぐそばに、椅子に座って本を読む団長の姿があった。

 

「フィンさん!?」

 

そう声を出すと、パタン、と手に持っていた本を閉じて、側の机に置く。

そうして、こちらをしっかりと見て腕を組み、話しかけてくる。

 

なんでも、1人でダンジョンに潜った日から2日経過しているとのこと。時間は昼近いらしい。朝から潜って、昼前にはミノタウロスと戦ったから、ほぼ丸2日寝ていたようだ。

 

「…話は、君が助けたという冒険者達から聞いたよ。なんでも、7階層に現れたミノタウロスと戦ったんだってね?」

「は、はい」

「…事実だったか。いや、まずは君が生きて帰ってこれて良かった」

 

普段の穏やかな雰囲気を見せないフィンの姿に、身体を強張らせながら答えて行く。

 

「…まずは、ミノタウロスを倒したことを褒めておこう。君は間違い無く、偉業を果たした。格上殺し、ジャイアントキリングを成し遂げたんだ」

 

ベルが、緊張にゴクリと喉を鳴らす。フィンは、それに応じたかのように、だが…と続ける。

 

「だが…君のしたことは、手放しで褒められることではない。他の冒険者のパーティに助太刀とはいえ介入するのは、問題に発展することもある。それに、君が一太刀入れたのをこれ幸いと、君を囮に逃げ出していたかもしれない。そうなった場合、君はどうするつもりでいたんだい? …いや、どうなると思っていた?」

「…っそれでも、僕は…」

 

反論をしようと、顔を歪めながらも声を出したベルを見て、フィンが顔を緩める。

 

「君の言いたいことは、もちろんわかっているさ。それに、それも一つの正しさだ。最後まで話を聞いてくれ、ベル…君は今、生きているからこそ褒められる。ただ、ほんの少し違っていたら、君は今頃、数多いた道半ばにして果てた冒険者に仲間入りだ」

 

話の途中から、また真剣味を帯びた顔つきになったフィンが続ける。

 

「リヴェリアが、ガレスが、アイズが、ティオナが、レフィーヤが、他のみんなも、そして僕も、ロキも。あのベートだってこれ幸いと君を見殺しにした彼らを許すことはないだろう。恨みも、憎みもするさ。わかるかい? 僕達はみんな、死を覚悟して迷宮に潜っている…君も、身に染みているだろう? だけど、故意の…悪意の擦りつけは、冒険者の生きる方策とは言え、やられた方から見たら間接的な殺人行為だ。そして、君が死んだら悲しむ人がたくさんいる。それを、君には覚えていてほしい」

 

…でも、物語の英雄が英雄たる所以は、そういった死地を跳ね返すことができたからなんだろうけど。と締めたフィンは、じっとベルの眼を見る。

 

「…それでも、僕は、目の前の助けられるかもしれない命を、見捨てることができませんでした」

 

眼を逸らして、俯きながら、思いの篭った小さな声が響く。

 

沈黙が生まれる。フィンも、ベルも、眼を合わせることもなくただただ沈黙する。

 

「…君は、若いな」

 

ふぅ、とため息をつきながら、フィンが言葉を発する。

 

「…君の想いはわかった。僕は、それを否定も肯定もしない。ただ…そうだね………一つだけ、今僕が君に言うとするならば、覚悟を決めた方がいい」

「…覚悟、ですか?」

 

それを聞いたベルは、首を傾げる。迷宮に潜る以上、死は覚悟している。死という概念とその恐怖を自身の中にしっかりと落とし込んだベルは、それこそ、覚悟は済んでいる…気でいたのだ。

 

「ああ、僕も男だからね。君のような夢も、希望も、感情もわかる。理想を追い求める気持ちもね。でもね、ベル。それは言ってしまえば、男の意地、男の浪漫のようなものなんだ」

「…? はい」

 

しかし、話の流れは思っていた方へは行かない。どうやら、予想していたのとは違う覚悟が必要なようだ。

なんだろう、裏切られる覚悟とかかな? 確かに、助けたと思った相手に裏切られたりしたら、ショックで動けなくなるかもしれない…と考えているベルに、フィンが顔を引きつらせながらベルにとって予想外の、想定外の、射程外からの致命的一撃を与えてくる。

 

 

 

「…………………そう、女の子には考えられないし、理解できないことなんだよ……………………レフィーヤが、今までに見たことがないくらい、怒っている」

 

 

 

━━━ベルのこと、信じてますよ?━━━

 

 

━━━無理はしないと約束してくださいね?━━━

 

 

━━━無茶したら、わかってますよね?━━━

 

 

 

ダンジョンに潜る直前の、最後に交わしたレフィーヤとの会話を思い出す(最後は、ベルの想像でしかない言葉であるが)。そうして、サァっと血の気が引く。顔を真っ青にしたベルに、フィンはご愁傷様、とでも言わんばかりに肩をポンと叩く。

 

声にならない声で、フィンに話しかけようとするが何も言葉が出てこない。出てくるのは、呻き声のような何かだけである。

 

だが、しかし、それだからこそベルが助けを求めていることは100人見れば100人が理解できた。しかし、100人いても誰も助けられるものはいないのだ。これは、完全にベルの自業自得なのだから。

 

「ンー、助けを求めてくれているのに申し訳ないけど、僕には何もできないなぁ…」

 

苦笑混じりに、諦めろと伝えるフィン。それを聞いて、ガクリと肩を落とすベル。怒ったエルフが恐ろしいことは、このファミリア内ではほぼ全ての団員が知っている。

 

その元凶であるハイエルフは、愛弟子とも言えるエルフの余りの怒り具合に自身が持っていた怒気を消し飛ばされ、逆に宥める側へと回っている。

 

 

 

兎にも角にも、ベルが無事に眼を覚ましたことはその後全団員に伝えられた。だがしかし、それを聞いた者達も誰1人彼の部屋に近寄ることはなかった。

 

 

 

━━━山吹色の暴風が吹き荒れることを、皆が予感していた━━━



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19話 柳眉落雷

その日、『黄昏の館』に一条の雷が落ちた。

 

 

 

「………………………………」

 

ノックも無しに、扉が開いていく。静かに、音も立たず。

その扉が開いた室内では、白髪が床にめり込んでいると思わせる程に頭を下げている少年がいた。と言うより、土下座をしている僕のことだった。

 

僕が目覚めたことを団員に伝えに行く、と言ってフィンさんが部屋を出て行ってから十数分ほど。僕は、この体勢のまま固まっていた。

待ち人は、とうとう来た。

 

「…………」

「…………」

 

額を床に擦り付けているため、周りの状況は全く見えないが、それでもわかる。目の前に、レフィーヤさんが立っている。

その距離、50Cほど。1歩踏み出せば、僕の頭を踏めるような位置。

 

「……………………」

「……………………」

 

たらり、と汗が出る。僕から言葉を発するわけにはいかないだろうと待っているが、あちらからも話を切り出す気配はない。

 

カチ、カチ、と、机の上に置いてある時計が時を刻む音が、なんだか酷く大きく、そして、遅く聞こえる。無限にも思える時間が過ぎてゆく。

気が遠くなりかけた、その時。

 

「……………ふッ!」

 

ガヅんッ!

 

レフィーヤさんが、力を込めた息を吐いた次の瞬間、僕の耳を掠めながら、何かが床に突き立てられる。髪の毛が数本、その勢いで千切れた気がする。

背中から、額から、首から。冷や汗が滝のように流れ出る。

 

「…色々と言いたいことも聞きたいこともありますけど…ベル」

 

いつもの優しい声ではない、まったく感情のこもっていない声に、僕はなぜか泣きそうになった。

 

「…はい」

「私の心配は、無意味なものでしたか?」

 

刺々しい声に、キュウっと胸が締め付けられる。

ハッと顔を上げて、レフィーヤさんと目を合わせる…その目には、色々な気持ちが綯交ぜになっているように見えて、僕の目を見ているのに、僕を見ていないような…そんな感覚に襲われた。

 

「私が貴方のことを思って言った、無理をしないでと言うお願いは、貴方にとって邪魔なものでしたか?」

「そ…」

 

れは、ちがいます、と答えようとして、僕は答えられなかった。

確かに。確かに僕は、その言葉を無視して行動したのだから。

そんな僕を見て、目を細める。

訥々と、声を振り絞るように紡ぐ。

 

「…貴方の気持ちは分かりました。でも、分かりません…貴方が何を、考えているのか…っ! いえ、そもそも考え方が違うんでしょう。言っても無駄なら…私はもう、何も言いたくありません」

 

それは、何かを悔やむような、そんな声で。

違うと、邪魔なんかじゃなかった、嬉しかったと。言おうとするのに、喉がひりついて声を出せない。

 

「冒険者は冒険をするな…とまでの言葉は言いません。それでも、安全を確保することもできたはずの状況でわざわざ一番危険な選択肢を選ぶ貴方のことが! 私は! 理解できません! どれだけ、どれだけ心配したと思っているんですか!?」

 

息を荒げながら、レフィーヤさんが言葉を発する。

 

言葉を出そうとしているのに、口は意味もなく開閉するだけで、一切の音が出てこない。

 

レフィーヤさんが目を瞑り、首を小さく振る。

…手を差し伸べたのが、そもそもの間違いだったのでしょうか。

その言葉が聞こえた時に、僕の目は決壊した。涙が溢れてきた。

それだけは、思わせてはいけないことだろうと。

 

言ったレフィーヤさん自身も、それは言ってはいけないことだと思ったのか、完全に僕が悪く、それに対して怒りを向けている最中だというのに罰の悪そうな顔をする。

泣き出してしまった僕に一瞬、狼狽えながらも首を振るって口を開ける。

 

「私は…貴方にも怒っています。でもそれ以上に、自分自身に怒っています! 私は、貴方のことを分かったつもりでいた。もう、危険な目に遭わないように行動してくれると、信じていた! 何度も何度も! 私が知る限りでもう4回も死にかけて! …貴方は、きっと冒険者なんかになるべきじゃなかった!」

 

きっと、僕が冒険者になっていなければ、1人の女の子をこんなにも泣かせるような今も、何度も死にかけるような今もなかったんだろう。

冒険者になれなくて死にかけていた僕を、何度も死にかける冒険者にしてしまったことを悔やんでいたのだろう。僕にとってあれは、神の救いだったというのに。

 

なんで、命を大切にしてくれないんですかぁ…泣きそうになりながら、レフィーヤさんがそう言いながら、僕の横に突き立てた杖を取り落とし、膝を突く。そして、僕の頭に拳骨を落とす。一切力のこもっていない、形だけ握り拳を作ったような。

その甘さと優しさに、胸を打たれた。

 

「なんで…なんでもっと…なんでぇ…私じゃ、貴方には寄り添えませんか…?」

 

ぐすぐすと、涙ぐむ彼女の顔を見る。目が、赤く腫れていた。

きっと、僕が寝ている間に泣いてくれていたんだろう。

恐らく、僕を1人にしたそのことで自分を責めて。

 

僕は、自然とレフィーヤさんに近寄り、縋り付いていた。

 

「ごめん、なさい…ごめんなさい……ありがとう」

 

もっと言いたいことがあったのに、ようやく絞り出せた言葉はそんな言葉で。それでも、十分に気持ちを汲み取ってくれたのからレフィーヤさんは薄く微笑んでくれる。

 

「謝るくらいなら…グスッ、もう…っ」

 

そんな僕に、彼女もギュッと抱き寄せてくれる。

優しい姉の、その体温を感じながら2人して泣きじゃくる。

2人、涙でぐちゃぐちゃな顔のまま笑みを浮かべる。

そのまま、立ち膝で僕のことを抱きしめていたレフィーヤさんが後ろに倒れる。抱き締めあったまま、僕もそれに引っ張られて覆い被さるように倒れた。

目の前に、エルフ特有の耳が見える。

ぽそっと、耳元に呼吸を感じて、こんな状況なのにどうしようもなく恥ずかしくなる。

 

「…生きて帰ってきてくれて、良かった」

 

囁くようなその声に、僕は、心の底から反省した。結局は、ただただ心配してくれていた。2ヶ月前まで、ただの他人でしかなかった僕のことをこれほどまでに想ってくれていることに感謝しながら、もう目の前の少女を泣かせてはいけないと、そう思った。彼女の泣いている姿は、もう見たくないと。

 

しかし、その怒りも本物だったのだろう。落ち着いて、2人とも泣き止んで抱き締めあったままポツリポツリと会話を始める。何があったのか詳細を聞かれて答えていくと、じわじわと背中に回されている腕に力が込められてきた気がする。というより、すでに僕の身体は痛みを感じていた。

 

「…ベルは、馬鹿です。大馬鹿です。世界一の馬鹿です。信じられないほどの馬鹿です。これはもう、手綱をつけるしかありません。団長からも貴方の教育を頼まれているのですから、これは正当な躾です」

「れ、れふぃーやさん、くる、くるし」

「…ふふ、なかなか言うことを聞いてくれない不出来な弟には、姉として罰をあげましょう…ベルには、首輪が似合いそうですね?」

「ぎぶ、ぎぶぅ…」

「嫌ですね、ベル、あげるのは私の方ですよ? 貴方はもらう方です…そうだ、せっかく首輪をつけるならケモミミ型のカチューシャなんてのもいいですね…ふふふ…」

 

…怒りと、心配と、その他様々な感情が止め処なく濁流のように溢れたレフィーヤが一時的に壊れたのと引き換えに、ベルはレフィーヤに今まで以上に可愛がられることとなったが、この時の記憶は幸か不幸か互いに薄くしか残っていなかった。やりとりを見たメンバーもいないため、何かがあったことは間違い無いが、薮蛇を恐れて誰も聞き出せずにいることになる。

 

 

 

どれほど時間が経っただろうか、数人が目撃していた無表情のレフィーヤがベルの部屋へと歩いていったのが、昼前。

今はもう、太陽もそのほとんどの姿を隠している。

 

流石に、魔法を撃つことはないだろうが…とみんなのママであるリヴェリアが心配しながら自室の中を意味もなくウロウロとしていた。

いやでも、さすがにこの時間までベルも出てこず、レフィーヤも戻ってこないのは…とベルの部屋へと向かう。

すると、部屋の前に幾人かが集まっているのが見えた。

 

ラウルやアナキティを筆頭に、ベルとレフィーヤの双方とそれなりに交流があるメンバーだ。

 

「…どうした?」

 

背後から声をかけると、その全員がビクッと肩を揺らす。

 

「…あ、リヴェリア様。いや、ベルを呼びに来たんすけど…その」

「…レフィーヤと抱き合ったまま寝ちゃってて…起こした方がいいのか、そっとしておいた方がいいのか…」

 

皆が身を引いてドアの隙間を指し示す。それを受け、中を覗き込むと互いに背中に腕を回し、すやすやと寝ている2人の姿が見える。

 

「…レフィーヤのことを考えると、何も見なかったことにしておいた方がいいだろう…」

 

パタン、と、ドアを閉じる。

年頃の少女である、そして、エルフである。

相手もまた、幼く見えるが同年代の男であるのだからそこにエルフとして抱える性質を考えると色々と問題があるだろう。個人間なら、レフィーヤが折り合いをつけるだろうが他人に知られるというのはまた別の問題である。特に、この少女は同胞達の中では一際に感情を表に出す。

 

今回とは違った意味で爆発する恐れがあるものに、むざむざ手を出すのもいかがなものかと放置することに決めた。

 

「…そろそろ夕食の時間だろう、行くとするか」

 

リヴェリアが食堂に歩き出すのを見て、皆がついていく。

 

何も見なかった。何も見ていない、と、自分自身に言い聞かせるようにして。

 

 

 

━━━それから、十数分後。目の覚めたレフィーヤが、自分に覆い被さるように寝ているベルに気が付く。ましてや、豊満とまでは言えないがエルフとしてはそれなりに膨らみのある胸元に顔を埋めている。先程まで何をしていたのかに思考を巡らせる前に本能で動き出す。

 

━━━貞淑なエルフに、乙女に、なんてことをしているんですかこの子は!?━━━

 

自分から抱き締めて、自分から床に倒れてベルのことを引っ張ったというのに酷い言い分である。しかし、それを諫める人間も諌められる人間もこの場にはいなかった。いるのは、哀れな兎が1匹だけ。

 

というより、先程の記憶は薄らとだがもちろんある。あまりの感情の濁流に記憶はハッキリとはしていないが、それでもぼんやりと自分からしたことも覚えている。

 

それでも、ネガティブな感情が薄れた彼女を今支配しているのは、羞恥。先程まで怒りで赤く染まっていたその顔は、今、羞恥心で真っ赤に染まっている。

 

起き上がり、ドンとベルを突き放す。床に強かに後頭部を叩きつけたベルが、情けない声と共に起きる。

 

立ち上がるレフィーヤが、落ちていた杖を拾う。

紡がれるは、高速詠唱。

 

『解き放つ 一条の光━━━

 

目を回しているベルの前で、彼女の得意魔法であるアルクス・レイの詠唱が滞りなく詠われていく。

 

━━━穿て 必中の矢』

 

そこまで来てようやく、ベルは事態に気がつく。

脳内で警鐘が鳴り響く。まずい、まずい、まずい、何故かはわからないが、先程までの比でないほどに怒っている? なぜ、なぜ、なぜ?

思考に気を取られ、体が動かない。必中の魔法が自らに向けられていることに恐怖し、身を竦める。

 

━━━アルクス・レ

 

頭を抱えて、防御態勢を取り小さくなるベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、また、部屋の扉が吹き飛ばされる。 

 

「イッ、きゃあッ!?」

「へブっ!?」

 

魔法は詠唱を紡れ完成したその瞬間、制御の手から逃れた。

 

「レフィーヤ、やり過ぎだ馬鹿者! …は?」

 

放たれた魔力の波動に気が付き、慌てて向かってきたリヴェリアがベルの部屋の扉を突き破りながらレフィーヤを止めようとした。Lv3の冒険者の魔法の一撃。それは、Lv1の冒険者にとって必死の一撃である。

 

リヴェリアの全力疾走という、珍しいもののおかげもあってベルに魔法が放たれることはなかった。

 

しかし、魔法の発動自体を止めるには1歩遅かった。吹き飛ばされたドアの破片はレフィーヤに当たり、それにたたらを踏んだレフィーヤがベルに覆い被さるように転ぶ。

意図せぬ衝撃に、ベルは耐え切れず潰れて、鼻を打つ。

 

そして、窓枠ごと窓を消し飛ばして走っていった一条の光が、『黄昏の館』の主塔、その先端を…貫いた。

 

轟音と共に。




多分、レフィーヤは本気で怒ると何故か感情が昂って泣いてしまうタイプの人間。
ちなみに、話を聞いた最初はリヴェリアにヴァース・ヴィンドヘイムの使用許可を取りに行って(その際、いつになく真顔で声も固かった)、あまりの表情に本気でやりかねんと思ったリヴェリアが必死に宥める。

一回死ねば…ベルも流石にわかるんじゃないですか? とか言い出したレフィーヤを前に、リヴェリアは盛大にたじろいだとか。

その後、情緒不安定になりつつも自責の念から怒ったり泣いたり精神的に不安定な1日を過ごす。一貫しているのはベルが心配だということ。無事ポンコツエルフにジョブチェンジ。


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20話 暴風一過

「な、な、ななななな…」

「む、むむー、むー!」

「あいったぁ…くぅぅ…」

 

目の前で起きてしまった現象を処理し切れないリヴェリア。

潰されており、声を出せないベル。

後頭部を木片に、腹をベルの頭にやられてダメージを受けたレフィーヤ。三者三様の反応をとっている中、館内から怒号や悲鳴が起き上がる。

 

バタバタと駆け回る足音が外から聞こえてくる。ロキは無事か!? という声が響く中、何人かがこの部屋に入ってくる。

 

それは、アリシアを筆頭にしたエルフ達であった。先程リヴェリアが魔力を感じると言って走り出した時点で、彼女らも周囲を警戒はしていたのだ。その直後のこの破壊音である。慌てるのも無理はない。

 

「リヴェリア様! 主塔が謎の攻撃を受けたようです! 犯人は不明ですが………は?」

 

そして、部屋の惨状を見る。ポッカリと(物理的に)開放感のある、かつて窓だった場所を見て、その先に臨く主塔を見る。ちょうど、今見ているところから遠距離攻撃が直撃したかのような崩れ方をしている主塔を。

床でもがいているレフィーヤとベルを見て、頭を抱えてふらふらとしているリヴェリアを見て、アリシア達も得心がいった。

 

…やりやがったな、この馬鹿。

 

それぞれ若干、罵り方や文句の付け方に個性はあったが総じてそのような気持ちを心中に浮かべていた。

 

 

 

「…本当に、申し訳ございませんでした…」

 

ロキとフィンの前で、ベルがやっていた土下座を敢行するレフィーヤ。

顔は真っ青を通り越して真っ白。唇は震えている。誇り高きエルフの一族が額を床に擦り付けるほどに謝罪の気持ちを示していると言うのは、中々見られない光景でもある。

あの後、すぐに犯人の情報は全団員に伝えられた。そのままアリシアに首根っこを引っ張られて、呆然とするロキと団長の前にレフィーヤは1人置かれた。ベルは、原因は僕にもあるので…とついてこようとしたがそれはそれ、これはこれとアリシアに言われてとどめ置かれた。勝手に動かないように、見張りまで置いて。

 

「…ほんま、危なかったわ…神生で一番ドキドキしたかもしれへん…」

 

そんな状態のレフィーヤを見ながら、笑みを浮かべようとするが、どうしても引き攣っているような顔にしかならないロキ。

 

「ンー、まずは人的被害がなかったことに感謝しよう。ただこれは…修繕にどれだけ費用がかかるか…」

 

その声に、2人には見えていないがレフィーヤの眼が揺れに揺れる。

間違いなく恐ろしい金額になるだろうとの確信がレフィーヤにはあった。なんだかんだ言って、ファミリア内で目を掛けてもらって準幹部級のような扱いを受けてはいるがLv3の冒険者。日々の出費や装備の整備にかかるお金を考えたら、懐が豊かと言うわけでない。

Lv5であるティオナですら自慢の武器のローンに悩まされているのだ。

 

「か、必ず! 必ず迷宮で稼いで一生掛けても返します!」

「そんなんええって、家族の住む家なんやからみんなで返していこう、な?」

「いや、でも…私が暴走したせいで…」

 

やりすぎたと言う気持ちはもちろんある。と言うより、主塔が犠牲になっていなければベルは今頃消し炭になっていただろう。それを思うと、内心良かったと思っている自分もいる。家と違って、人は元に戻すことなどできないのだから。

 

「…まぁ、ちょっと予定より早くリフォームするだけさ。そこまで思い詰めた顔をしなくてもいい…ただ、他の団員に示しもつかないから罰は必要だね」

「せやなぁ、ここで甘々な対応を取ったら、レフィーヤだから贔屓されてるって言われても後々面倒やしなぁ…」

「…本当に、ごめんなさい…」

 

しゅんとして、耳もへんにゃりと垂らすレフィーヤの姿に2人が苦笑する。

以前から、エルフとしては珍しく感情を露わにする方ではあったが、自分に自信がなく引っ込み思案だった彼女がここまでの大暴走を見せるとは誰も思っていなかったのだ。

アイズにも言えることだが、間違いなくきっかけとなっている彼の姿を思い浮かべながらフィンは罰の内容を考える。

 

「ンー、そうだね…じゃあ、まずはアイズ()の接触禁止。君がアイズを慕っているのは、みんな知っているからね」

「はうっ」

「それから、私は暴走して主塔を壊しました、って札を普段、首から下げてもらおう」

「ひうっ」

「せや、暴走した原因でもあるベル()の接触禁止もなー。今のレフィーヤがベルと顔合わせたら、また何するかわからんし…」

「くうっ」

「…後は、当面は迷宮探索の分前は減らさせてもらうかな。他のみんなに実害の見えるペナルティも与えないといけないからね。まぁ、レフィーヤは後衛だから出費も少ないし大丈夫だろう。もし、困った時には僕かリヴェリアに声を掛けるといい」

「…はぃ」

 

呻き声を上げながらも、罰として見れば軽すぎるそれらを聞きながらレフィーヤは顔を上げることができずにいた。今この状況で、こんな顔を見せられないと伏せていた。

 

「…そろそろ顔上げえや、レフィーヤ」

「…っ、は、い」

 

しかし、それをしっかりと理解しているロキが、不意に優しい声でレフィーヤへ呼び掛ける。

それに、反駁する余地はなかった。ゆっくりと顔を上げる。力を込めても、表情を取り繕うことはできなかった。

 

「…ん、()()()しとるやないか」

 

そう微笑んだロキの前にある少女の顔は。

申し訳なさに塗れながらも、一歩何かを進んだ、そんな顔をしていた。

 

 

 

夜も更け、団員総出での主塔の残骸掃除が一息ついた頃。

ベルは、話があるとロキに呼ばれていた。大人しくついていくとそこにいたのはフィンとリヴェリアとガレス。何度目になるか分からない、幹部揃い踏みである。

 

まずは、今回は部屋をすぐ用意できたことを伝えられ、新たな部屋の場所を教えられる。

 

その後、フィンやリヴェリアから雑談混じりに今回の件についてベルにお咎めはないことと、レフィーヤへの罰に関しての話をする。

 

「…そうそう、レフィーヤについては流石にペナルティを与えたんだ。と言っても、君に関わることは一つだけだけど」

「な、なんですか…?」

「そんなに心配そうな顔をしなくても、レフィーヤ()()君に接触することの禁止、たったそれだけだよ」

 

フィンが、不安に揺れた少年の目を見て苦笑しながら告げる。

 

()()()接触しない限りレフィーヤは君には近寄れないと言うことになっているから、もし彼女が恋しくなったら君の方から甘えに行くといいさ」

「そ、そそ、そんなことしませんよ!?」

 

甘えるなんて…僕もう子供じゃ…とモニョモニョと言うベルに、フィンは笑い、リヴェリアは苦笑し、ガレスとロキは大笑した。

 

「とまぁ、そのくらいさ。それと、君だけを呼んだのはステータス更新をするためにね。君はミノタウロスを討伐した…話によると、共闘したと言う彼はランクアップを果たしたらしい。もしかしたら君も…と思ってね」

「もし、ベルがランクアップ可能であればアイズの持つ1年という記録を大幅に抜いての最短記録だ。無論、ランクアップを保留すると言う選択肢もあるがな」

「…らんく…あっぷ…」

「ちゅーわけで、ほれ、早よ脱いだ脱いだ、さっさと終わらせるでー」

 

そのロキの言葉に、身につけていた上着を脱いでベッドに横たわる。よいせ、と背中に乗ってきたロキの手つきに身体を震わせながら、ステータスの更新を待つ。

 

「…能力値の伸びこそとんでもないけど、ランクアップは…できんな。けど………」

 

その言葉を聞いてそれぞれがそれぞれに反応する。

ダメだったかぁと落ち込むベル。

偉業と認められないほどの潜在能力があるのかと驚くフィン。

ロキの態度から魔法でも発現したのかと眼を輝かせるリヴェリア。

ミノタウロスでもランクアップできないとなると何を成せばいいのかと疑問に思うガレス。

 

「……ま、魔法が…発現しとる…」

「…へぇ」

「やはり、そうか」

「ふぅむ、まぁ不思議ではないか」

「へっ? えっ!? ええええぇぇえ!?」

 

ピラリと、ロキが共通語に書き直した紙をみんなに見せる。

 

 

 

ベル・クラネル Lv.1

 

力 : B 561→723

耐久 : A 667→881

器用 : A 595→807

敏捷 : S 721→902

魔力 : I 0

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 (ストック数 0 / 10)

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減

 

 

 

これを見た全員が、固まる。

 

…これは、レフィーヤさんの…。魔法って確か、その人の想いとか、感情とかが影響することが多いって…、と言うことは…。

 

「…ベル、私が言うのもなんだが、少々レフィーヤに染められすぎではないか? いや、他のメンバーも入ってはいるが…」

「ンー、光り輝く英雄って言うのはちょっと恥ずかしいけど、僕のことかな?」

「色々要素は入っておるのう、じゃが、最も影響しておるのはレフィーヤに間違いない」

「なぁベルたん、うちはどこなん? なぁなぁ、うち、神様やで?」

「ほら、神々よって言っているじゃないか」

「すっごい範囲広いんやけど!?」

 

いじり倒されて、顔に熱が溜まっていく。これ、毎回詠唱しないと使えないんだよね…? ぜ、絶対からかわれる…っ!




レプス=ラビット
オラシオ=プレイ

直訳すると兎の祈りになります、ようやくタイトル回収。兎遊びじゃないですよ?

ちなみにレプス=ウサギ座は南天、オリオン座の下に位置します。神話的に言うとオリオンの獲物だとかオリオンの舟だとか言われてます。ネタバレというわけでもないけど、アルテミス様は私が一番好きな神様です。



あと、魔法をお披露目したわけでもないのにびっくりするくらい要素が食い込んでる酒場の方のポンコツエルフ。多分、後々魔法を披露したあとベル君の教えてください攻撃が始まり困惑、第一詠唱を聞いて動揺、第二詠唱を聞いて狼狽する予定。


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2章 兎は走り、何を思うか
21話 魔法訓練(1)


あの後、解放された僕は顔に熱さを感じながらなんとか部屋に行き眠りについた。次の日、リヴェリアさんと共にダンジョンで魔法の練習をすることを約束して。

 

 

 

そして朝、僕はリヴェリアさんと共にレフィーヤさんの部屋の前に来ていた。迷宮で魔法の練習をする為の練習相手兼魔法の効果を分析する為の付き添いを頼むためだ。

 

「ほ、本当にレフィーヤさんも一緒に行くんですか…?」

「ベルの魔法の効果を考えたら、最も適任なのはレフィーヤだろう?」

「で、でも…」

 

あの詠唱を、本人に聞かれるってことですよね…と、小声で伝えると、リヴェリアさんが喉を震わせるように笑い、それに顔を赤くしているとポンと頭を撫でられて笑ってすまないと謝られる。

 

「まぁ、仕方あるまい。発現してしまったものはどうしようもないし、だからといって使わないという選択肢も勿体なさすぎるだろう」

「うぐ…は、はい…」

「まぁ慣れるしかないな、ほら、早くレフィーヤを誘い出してダンジョンへ行くぞ」

「はぁい…レフィーヤさーん、いますかー?」

 

コンコンコン、とドアをノックしながら問い掛ける。

 

「…べ、ベル…ですか…?」

 

ドアは開けずに、応えがあった。

 

「はい、実は頼みたいことがあったんですけど…」

「頼み事、ですか…それなら…あ、でも…」

「な、何か用事でもありましたか?」

「いえ、特に用事はありませんが…でもその、うぅー」

「そ、そうですか…あの、レフィーヤさんにしか頼めないことなんです。どうか、力を貸してくれませんか?」

「わ、わたしにしか…そ、それなら仕方ないですかね…いやでも…」

 

何か、激しく葛藤している様子である。横のリヴェリアさんに目を向けると、苦笑いだ。

 

「…レフィーヤ、今回の件に関してはお前が一番適任だと私が判断した。無論、フィンもロキも把握済みだ。出てきてはくれないか?」

「へあ!? リ、リヴェリア様!? わかりました! 少々お待ちください!」

 

しかし、そんなリヴェリアさんが語り掛けるように告げると態度が一変、慌ただしい音が聞こえてすぐにレフィーヤさんが部屋から出てきた。

 

「おはよう、レフィーヤ」

「おはようございます、レフィーヤさん」

「おはようございますリヴェリア様。おはようございます、ベル、その、昨日は色々とすいませんでした…つい感情が抑えられなくて、ごめんなさい…と言うより、後半の方は本当に全部私が悪いんですけど…コホン。それで、頼みたいこととはなんでしょうか?」

 

朝の挨拶を交わし、さっそく本題へ…の前に、レフィーヤさんから謝られる。謝ったことで話を終えたかったようだけど、そこに僕が待ったをかける。

 

「レフィーヤさんが謝ることなんて何もないです! ぼ、僕がレフィーヤさんとの約束を破ったのが原因で…」

 

僕が、原因は僕にあると主張してもレフィーヤさんは力なく首を横に振る。

 

「それでも、悪いのは私です。ベルは頑張ったのに、その、褒めることもせずに怒ってばかりで…もしリヴェリア様が来なかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれません。本当に、ごめんなさい」

 

目も耳も垂らしてレフィーヤさんが言う。その姿に、罪悪感が芽生えてくる………いつもの元気なレフィーヤさんでいてほしいとそう思った。これからはなるべく、できるだけ、可能な限り、極力、状況が許せば、レフィーヤさんに心配をかけないように無理せず、安全を心掛けて行動するように気を付けよう。もう、できれば僕のせいでこんな顔はさせたくないから。そう心に決めてアタフタと会話を続ける。

 

互いに譲らず、謝り合い。責任の押し付け合いではなく、責任の引っ張り合い。謝りたいという気持ちで会話しているのに、ムキになって怒り出すという悪循環。そんな僕達を、リヴェリアさんは呆れた目で見ていた。

 

「だから! 私が悪いんですってば、ベルも意地っ張りですね!」

「違います! 僕が全部悪いんです! レフィーヤさんも頑固ですね!」

 

論戦を続ける僕達。頭痛を抑えるようにこめかみに手を添えていたリヴェリアさん。ため息を一つつくと、僕とレフィーヤさん、両方の頭に手をやって撫でながら声を掛けてくる。

 

「謝り合いは、その辺にしておいた方がいい。互いに自分を責めても、どちらも得をしない…何より、謝っているのにもう、ほとんど喧嘩しているようなものではないか…」

 

その言葉に、僕もレフィーヤさんもハッとしながら、気まずさと苦笑いを浮かべる。

 

「…ええと、では、ベル。最後に…昨日はすいませんでした。無事に帰って来てくれて、ありがとうございます」

「…こちらこそ、約束を破ってすいませんでした。心配してくれて、ありがとうございました」

 

言葉を交わして、目を合わせて。ふふっ、と、にへらっ、と。笑みを浮かべ合って、ようやく気持ちが楽になった気がした。

 

 

 

「実は、ベルが魔法を発現させてな。系統的にレフィーヤの魔法が一番近いから指導と効果の検証に付き合ってもらいたいのだ」

 

落ち着いた後、それで、本題だが…とリヴェリアさんが枕詞を置いて話し出す。その発言にレフィーヤさんは最初、オウムのように繰り返したが少し繰り返したところで意味を理解したのか、叫び声を上げながら、僕の方を見て質問をしてくる。

 

「へえ、ベルが魔法を発現させえぇぇぇぇぇっ!? ど、どういうことですか何があったんですかまさかランクアップですか!?」

「ひ、ひへはいへふ」

 

掴みかかるような勢いで…実際に頬に掴みかかってきたレフィーヤさんに少し逃げ腰になりながら答える。そんな僕達に、リヴェリアさんは呆れながらも話を続ける。

 

「ランクアップこそしていないが…やはり、ミノタウロスを討伐した経験は大きかったようだな。発現した魔法を見るに、それでも力不足を嘆いているようだが、な」

「…へぇ…わかりました、私の魔法と系統が同じと言うと…射撃系の魔法ですか。でも、人間種族の前衛で射撃系の攻撃魔法だと扱いにくいのでは…」

「まぁ、お披露目してからのお楽しみだな。では、行くぞ」

「「はいっ!」」

 

そうして、僕達は魔法の練習のためにダンジョンの浅い階層で、程よく広く人のいないフロアへと向かった。

 

 

 

「ではベル、早速だが詠唱を開始してくれ。発動待機状態まで行ったところで、私が魔法を使ってみよう」

「はい、わかりました!」

「ん? え、リヴェリア様が魔法を使うってどう言う…」

 

丁度良いフロアを見つけると、早速と言わんばかりにリヴェリアさんからの指示が飛ぶ。理解していないレフィーヤさんは困惑しているが、見せた方が早いだろうと僕も詠唱を始め…ああ、恥ずかしい…始める。

 

「━━我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。」

「…あれ、長文詠唱ですか…? というより…」

「光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。」

「…あれ、これ…いや、まさか」

「紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。」

「…え、でもやっぱりこの詠唱…」

「先程から…静かにしていろ、レフィーヤ。ベルは初めて魔法を使うのだ、動揺させて魔力爆発でも起こしたらどうする」

「ぅぐっ、は、はぃ」

「届け、この祈り。━━どうか、力を貸してほしい」

「んんんんんんんんん!?」

「よし、ベル…これから、私が詠唱する。事前に教えたこの魔法の詳細と詠唱文は把握しているな? 発動時に合図をするから、ベルも魔法を発動してくれ」

 

声を出すと、集中が途切れそうなのでコクリ、コクリと頷いて返事とする。途中途中のレフィーヤさんの反応に、動揺しながらだったけど…大丈夫そうな予感というか、なんとなくわかるというか、そんな不思議な感じがする。

 

「━━吹雪け、三度の厳冬━━我が名はアールヴ」

 

そんな感覚に浸っていると、リヴェリアさんの詠唱が終わったようで、一つ、頷いて合図を送ってくる。僕もそれに頷き返し、魔法を発動する。

 

「━━レプス・オラシオ」

「━━ウィン・フィンブルヴェトル」

 

その直後、僕の胸の辺りから出てきた緑色の光がリヴェリアさんの魔法を吸い込むように呑み込んだ。普通なら、極寒の吹雪を呼び起こすそれが、今は艶やかな水色の球体に収まっている。それを、身体が半ば勝手に動くのに従って触れると、霧散していった。

 

でも、わかった。確かに今僕は、この魔法を身体の中に収めたということが。

 

「…ふむ、これでストックは成功、ということか? よし、ではベル。私の魔法を発動してみてくれ」

「…はい」

 

すぅっと、深呼吸をする。オラリオ一の魔導師である、気高きハイエルフの魔法。そんなものを僕が扱う日が来るなんて…と歓喜しながら、詠唱を始める。

 

「野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。━━レプス・オラシオ」

 

唱えると、頭の中に自然と先程の、艶やかな水色の球体が脳裏に浮かぶ。他に、9個の真っ白…透明? のような球体も見えた。恐らく、これがストックされている魔法ということなんだろう。

 

驚愕しているレフィーヤさんの顔を横目に見て、次なる詠唱を紡ぐ。

 

「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ」

 

━━ウィン・フィンブルヴェトル━━

 

唱えた瞬間、凍て付く銀線が迷宮内を貫く。忽ちに辺りを凍り付かせながら猛威を振るったその銀線を見て、2人が驚きの声を上げる。

 

 

 

2人のエルフは、わかっていたこととはいえ驚きを隠さなかった。

 

「…確かに、私の魔法だな」

「…すごい…ベルの二つ名、何になりますかね?」

「さぁな、しかし、これは鍛え甲斐がありそうだ」

「それよりベル、平気なんですかね。リヴェリア様の魔法を放つの、私でも結構厳しい時があるんですけど…」

 

自他共に認める魔力馬鹿であるレフィーヤの言葉に、リヴェリアが少し悩む。

ウィーシェの森、魔力の高い者が生まれ育ちやすい地の中でも、一際強大な魔力を携えたレフィーヤだ。血筋と才能に加えて、長年の研鑽で培われたリヴェリアの魔法を扱うことができる彼女が希有な存在であることは間違いない。

 

そんな彼女でも、かなり消耗するのだ。況や、Lv1で、人間種族で、初魔法という条件のベル。なんなら3()()()立て続けに魔法を発動している。どうなるかは、推して知るべし。

 

自分のやったことに驚いて動きを止めているのかとも思ったが、前提条件が揃えば答えるのは容易い。

 

「…動かないと思ったが、もしかして精神疲弊(マインドダウン)か?」

 

その気づきを待っていたのか切っ掛けにしたのか、ベルの体が傾いていった。



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22話 魔法分析

「つまり、私の魔法とは違って一度覚えた魔法を無制限に扱えるわけではなく、ストックに応じて一発限りの使い捨てということですか?」

「恐らくそうなるであろうな。でなければ、わざわざ他者が行使した魔法を吸収するような段階は踏まないだろう」

 

マインドダウンにより気絶したベルは、レフィーヤによって受け止められそのまま膝枕で寝かされていた。

リヴェリアは壁に寄り掛かりながら、レフィーヤとベルの魔法についての分析を行なっていく。

 

「…ストック数、10でしたよね? むむむ、中々悩ましい数字ですね。一度の日帰り探索に使うなら十二分な量ですが、遠征時に使うとなると…」

「その辺りは、18階層や50階層で改めてストックする他あるまい。その手間を差し引いても、破格な効果なのは間違いない」

「ですね…前衛職としてアイズさんの付与魔法や団長の魔法、後衛職としてリヴェリア様や私の魔法。サポートとしても回復魔法をストックしておけば…」

「ああ、本人の成長にもよるが集団の足りていないところを埋めるユーティリティな冒険者になれる可能性を秘めている」

 

頭を悩ませてる人間が顎や額に手をやるように、無意識下でレフィーヤはベルの髪の毛を弄ぶ。

  

「っと、ところで…」

「ん?」

 

はたと、何かを思い出したようにレフィーヤが声を詰まらせる。

顔はほんのりと赤みが刺している。

 

「べ、ベルの魔法の詠唱なんですけど…あれは、その」

「ああ、お前の魔法に()()()()()()な」

「そ、そうですよねーアハハ…あれ、どうしてなんですか…すっごく恥ずかしいんですけど…」

「さぁ…細かいことはわからないが、今わかることとしてはまず間違いなく、ベルがレフィーヤに強く影響されている証だろうな」

 

それが愛情なのか憧れなのか、何か他の感情なのかはわからないが、と。それを聞いたレフィーヤの顔は赤みを増していく。

 

「…な、なんか…恥ずかしいですね。普段から懐いてくれているのはわかりますけど、こうやって形にされると…」

「アイズ辺りは拗ねそうだけどな。あの詠唱を思うに、影響されている順番はレフィーヤ、私、フィンか?」

「…山に吹く風、森に棲まう精霊、光り輝く英雄…でしたか。あ、でも、もしかしたら…」

「? 何か心当たりでもあるのか?」

「いえ…いや、はい。あの、豊穣の女主人のウエイトレスさんなんですけど…あの、同胞のリューさん…でしたか」

「…ああ、なるほど。風か。ふむ…そう言えば、あの者の魔法の詠唱は…なるほど。いや、確かに影響されているかもしれないな。となると、レフィーヤにあの者にフィンか? ロキの話によるとベルを助けたのはあの者だそうだし、危機を救われたお姫様が、王子様に好意を抱くのは不思議ではあるまい…まぁ、配役が逆だが…」

 

あの少年はとことん、我が同胞達に好かれる体質のようだと1人納得したリヴェリア。しかしベルが好意を抱いているのを別にしても自ら異性の頭に触れるようなエルフはそうそういない。

その事実を思い出し、レフィーヤはやっぱりあの人も…と戦慄する。

穏やかな顔で意識を飛ばしている少年に、やけに苛ついた感情を覚えてこの愛され兎めと頬をつねる。拾ったのは私なのに…と小さな独占欲が顔を出すが、ぷるぷると首を振ってそれを払い除ける。

いけないいけない、ベルはペットや何かじゃない、1人の人間なんだから自由を縛る権利はないと。

 

「それでもやっぱり、なんか納得いかない…」

 

入団してから2日。表情こそコロコロ変わるが、それ故に目に見えて警戒しまくる野兎に苦心しながら世話をし、ようやく警戒が少し解かれた。

更に2日。ダンジョンについての教育をリヴェリア様達とともに行い、ようやく甘える様子が見え隠れしてきた。

更に3日。初めてダンジョンに潜ったベルは興奮を隠せない様子で、目を輝かせていた。そんな姿に、その無邪気さに絆された。

 

そして翌日、死にかけて帰ってきたベルに、説教をした。

何を考えているのか、と。怒って怒って…慰めた。

リヴェリア様からも治療後に特大の怒りを受けたベルは、ぐずぐずと泣き腫らしていた。そんな彼を、1歳下の少年だというのにそれよりも幼く━━具合的には、10歳に満たない幼子のように━━見えて、あまりのいたたまれなさに慰めた。

 

次の日、照れからか恥ずかしさからか、顔を合わせた瞬間、真っ赤に染まるベルから、戦い方の指南を頼まれた。とは言え、後衛職である自分ではできることも少なく…団長に話を通し、訓練相手をあてがってもらった。主に、アイズ・ヴァレンシュタインその人が多かった気がする。なんて羨ましい。そこで、意外なほどに戦えているベルの姿を見て、驚いた。

リヴェリア様の座学でも、前提知識が全くない、田舎出身という割には想定以上の速度で飲み込んでいくその姿は、他団員から見ても頑張っていると思わせるものだった。その期間、ようやくベルはレフィーヤやリヴェリア様など、一部の相手に頼る姿を見せるようになった。アイズさんに対しては、吹き飛ばされまくって若干の恐怖を覚えたのか訓練以外ではあまり近寄ろうとしなかったが。

 

そして1週間が経ち、また死にかけて帰ってきたベルの教育係に正式に着くことになった。

 

2週間、みっちりと魔法についての指南━━別に、魔法を扱えないベルに遥か高みから意味のないことを教えるのではなく、魔法のような未知の攻撃に対しての対応などを教えた━━をした。

ここまでしてようやく、ようやく懐かれているのだ。いきなり好感度の高い、しかも同胞が出てきたとあっては心穏やかにいられない。

 

というより、納得がいかない。私の苦労が…。

 

そんなことをレフィーヤが脳内で高速で思考している間にも、リヴェリアはベルの魔法について考えを巡らせていた。

 

そんな中、ベルが身動ぎをする。それを横目に見たリヴェリアは、起きたか。と一言呟いてベルの方に近寄る。

身動ぎに反応したレフィーヤも、ベルの顔を覗き込むように見る。薄らと、真っ赤な瞳が開けられる。ぼんやりとした表情で、ベルが口を開く。弱く、甘えるような声で呟く。

 

「…れ、ふぃー?」

「ん゛ん゛っ!?」

 

レフィーヤの胸の奥に、一撃を与えた。

名前から、一文字が抜けただけ。それなのに、何故か特別感を覚えた。

今度からはそう呼んでもらいましょう。そう思いながら咳払いを一つ。ベルの頭をポンポンと叩く。

 

「こほん、はい、レフィーヤですよ? ベル、起きれますか?」

「…ここ…っ!?」

 

そうして、今の自分の状態に気が付いたのか、跳ね上がるように飛び起きる。辺りを見渡して、ダンジョンの中であることを理解すると顔色を変える。

 

「ぼ、僕、気絶しちゃってたんですね…」

「ああ、マインドダウンを起こしてな。精神力を消耗し過ぎたのだろう。いきなり私の魔法を使わせるべきではなかった。これは、私の責任だ」

 

リヴェリアが、短くすまんと謝る。そんな彼女の姿を見てベルは首を横に振る。

 

「い、いえ! その、リヴェリアさんの魔法を撃てたのはとても嬉しかったですから…」

「…ありがとう、優しいな、ベルは。ところでベル、私の魔法はまた使えそうか?」

 

そう尋ねると、ベルは目を瞑る。なんとなく、自分の内側にある魔法を探ると、ぼんやりと見えたのは透明な球体が《10個》。あの艶やかな水色の球体は無くなっていた。

 

「…あ、いえ、ダメそうです…」

「ふむ、やはりそうか…扱いは難しいが、これはフィンとも一度相談した方がいいかもしれないな」

「うーん…なんか、こう、もっとわかりやすい魔法だったら良かったんですけど…」

 

実際に使ってみて尚、微妙な顔をするベル。そんな彼に、リヴェリアは苦笑する。

 

「ははは、不満か?」

「…なんだか、自分の力じゃないような感じが強くて…」

 

そして、その言葉にレフィーヤがムッとする。同系統の召喚魔法。その希少さと性能に因んで『千の妖精』と二つ名を付けられた彼女が遠回しに自身の魔法を否定されたと思ったのである。

 

「なんですか、ベルは私と似た魔法は嫌ですかそうですかそうですか」

 

その声に、ベルはビクリと身体を揺らす。

ジトーっと見るレフィーヤの視線から逃げるように、ゆっくりと身体を後退らせ、顔を逸らす。

 

「い、いや、ほら、レフィーヤさんの魔法は自由に使えるかもしれませんけど…僕のは他力本願と言うか…その…」

「…ふん」

 

そうして、レフィーヤも顔を逸らす。

ああ、また機嫌を損ねてしまった…と悄然とするベルを他所に、レフィーヤはああ、またやってしまった…と消沈していた。どうしてベルに対してはこんなに突っかかってしまうのか…と。

 

そんな2人の考えていることを大凡読み取ったリヴェリアはまた頭を抱える。この2人は本当に、ある意味で相性が悪いとそう思いながら。

 

思ったことを全て直球で投げ、受け取った球は素直に受け止めるベル。

 

思いと裏腹に変化球を投げてしまい、受け取った球ですら疑いを向けるレフィーヤ。

 

2人が互いに素直になれる日は来るのだろうかと、みんなのママは頭を悩ませていた。

 

 

 

今日のところは一度マインドダウンを起こしたことだし、と迷宮から引き上げた3人は本拠へと帰っていた。自然と元通りに話すようになった2人を連れてロキの元へと向かうリヴェリアは、ベルの成長がどのくらいになるのか予測しながら歩いていた。

 

仮にも、オラリオ1の魔導士であるリヴェリアの魔法を扱ったのだ。それなりの魔力の上昇は見込める…そう考えながら。

 

 

 

そして、レフィーヤとリヴェリアが見守る中でロキに服をひん剥かれ、顔どころか上半身も真っ赤にしたベルの姿に、レフィーヤは男の子なんだからそんなに恥ずかしがらなくても…と内心で苦笑していた。そんなことを言えば、ベルが更に赤くなるのは間違い無いので、表には出さなかったが。

 

「さぁて…おお、これは…」

 

 

ベル・クラネル Lv.1

 

力 : B 723→728

耐久 : A 881→892

器用 : A 807→821

敏捷 : S 902→907

魔力 : I 0 → 54

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 (ストック数 0 / 12)

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減

 

 

「ん…ほれ」

「ストック数が増えてる…」

「あの一発だけでここまで伸びるか…」

「あ、あの、僕にも見せて欲しいんですけど…」

 

自分のステータスだと言うのに、真っ先に他2人に見せられているベルは抗議の声を上げるが無視される。その間、ロキはずっとベルの背中に上にいた。たまに滑らされる手によって、ベルはビクビクと身体を震わせていた。




ちなみに、後々本編でも解説しますけどベルの魔法ストック数の増加は以下のような感じになります。

計算式がちょっとわからない(文系なもので)
ですが、今現時点での考えでは
10 20 30 40 50 60 70 80 90 100…とストック数が増えます。前回のストック数が増えた以前の数字は無視されます。
つまり、実際にストック数が増えるのは
10 30 60 100 150 210 280 360 450 550 660 780 910…可能であれば1050となります、これは、ランクアップを果たすとリセットされ、最大でLv1毎に13〜14個ストックを増やせる可能性があります。

Lv1で23〜24個
Lv2で36〜38個
Lv3で49〜52個
Lv4で62〜66個
Lv5で75〜80個
Lv6で88〜94個
Lv7で上限の100個という考えでいます。


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23話 魔法訓練(2)

明くる日も、ベルはレフィーヤとリヴェリアと共にいた。

まずは、()()()軽い魔法であるレフィーヤのアルクス・レイの扱いを覚えさせようと考えたのだ。もちろん、魔力の向上も狙いつつ。

 

広い中庭で何度かレフィーヤのアルクス・レイをストックする。その為に、幾度となく魔法を詠唱することになったベルの顔は、時折館内から覗いていた他の眷属や神から囃し立てられるたびに真っ赤になっていた。それを受けるレフィーヤも、顔を赤くする。

明らかに、その詠唱、その魔法は誰が聞いてもパッと思い付く。レフィーヤに憧れを持ったから発現されたのだと。

 

誰が言ったか、飼い兎(ペットラビット)。事実無根ではあるはずのそれを、否定する有力な材料は既になくなり外堀が埋められつつある。このままでは真っ当な、対等な関係など築けそうにない、あるのは、ペットと飼い主としての上下関係になってしまうだろう。

 

それは嫌だ、と少年は奮起する。いや、既に尻に敷かれているというか、あまりこの眼前の少女に逆らえる未来は見えないのだけれども。

 

 

 

ある程度魔法の扱いに慣れてきた頃。精神力をかなり使った頃には昼前になっていた。後30分もすれば、正午の鐘が鳴るだろう。先に、用事があると抜けていたリヴェリアは置いておいてレフィーヤはまだまだ余裕がありそうだが、それを受け止めるベルの方が既に限界である。一旦お昼にして、午後からは座学ですね。けろっとした顔でそうのたまう姉貴分に、ベルは顔を引きつらせた。

 

…もう結構、限界なんですけど。

 

しかしその言葉は呑み込んだ。それを言えば、仕方ありませんねと休ませてくれただろうに。言わなかったが為にこれから巻き起こる試練から逃れる術を失った。

 

「…昼前に最後にもう一度だけ、やりましょうか。その前に少し休憩を取りましょう」

 

レフィーヤが中庭から離れていく。飲み物でも取ってきますね、と一言残して。

 

一人残され、中庭の草っ原の上にへたり込んだベルの近くにレフィーヤが離れるのを待っていたかのように、すとっと何かが舞い降りる音が聞こえた。少し下げている視界に入ってくるのは、眩い金糸。

ゆるりと顔を持ち上げると、ずいっと近付いてきた『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインその人の顔が目前にある。

 

「な、なななぁっ!?」

 

不意打ち気味に近付かれて、心臓が高鳴る。

そんな彼に、追い討ちをかけるように更に距離を詰めるアイズ。

カチコチと固まる彼に向かって、口を開く。

 

「…レフィーヤばっかり、ずるい」

「へ?」

「…魔法、私のも、教えてあげる」

「へえ!?」

 

そこから始まったのは、先程まで囃し立てて遊んでいた他の眷属達が目を逸らすような悲惨な光景。無事、アイズの魔法を発現できた、そこまでは良い。それだけなら、皆もベルの可能性に強く心を惹きつけられて終わっただろう。しかし、そんな彼ら彼女らの視界に飛び込んできた、それは

 

「そぎゅるぶっ!?」

 

━━自らが纏った暴風に内から、アイズが纏った暴風に外から、切り刻まれるように錐揉みしながら吹き飛んで行くベル。その身体が、中庭の芝生に頭から突き刺さった━━

 

その光景に、皆がそっと目を閉じて幼き少年の冥福を祈った。

 

「し、しぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅううぅぅう!?!?」

 

ガバリと、吹き飛んだ少年が叫び声を上げながら身体を起こす。

 

良かった、生きてたと何人かが胸を撫で下ろす。しかし、間には入らない。あそこに飛び込むほどの勇気はない。散り散りになっていく眷属達の中、何人かは暴走する彼女を取り押さえられる者に助けを求めに行った。

 

その後も、制御が甘い。風が薄い、もっと全身に纏って。と、アイズは本人の中では純然たる100%の善意から指導を続ける。

 

(れ、レフィーヤさぁん…早く帰ってきて、アイズさんを止めてぇ…)

 

目に涙を溜めながら、容赦の無い扱きに耐えるベルの姿がそこにはあった。

 

 

 

「な、何をやっているんですかアイズさん!?」

 

それから、魔法の発動が10回に届くかと言った時、求めていた蜘蛛の糸はようやく垂らされた。この地獄から抜け出す、一条の希望が齎されたのだ。

その言葉に、アイズは首を傾げる。

 

「…何って…魔法の、指導?」

「虐めているようにしか見えませんけど!?」

 

少女が敬愛する相手とは言え、自らが気にかけて導いている少年がボロ雑巾のような━━よりも酷い━━状態にされているのだ。流石に、口を挟まずにはいられなかった。

 

しかし、善意の塊での指導である。心外だと言わんばかりにムッと口を尖らせたアイズは反論する。

 

「…レフィーヤばっかり、ずるい。私だってベルの教育係なんだから…これは、正当な指導」

「だからってあそこまでやる人がいますか!? 完全に伸びてるじゃないですか!!」

 

吹き飛ばされたのか、中庭の木にぶつかり、逆さまになったまま目を回しているベルを指差して、叫ぶ。

 

「…ちょっと、気絶してるだけ。いつものこと。ベルは、すぐ気絶するから」

 

それに、静かに返すアイズ。

確か、アイズさんも教えていた最初の1週間ではそんな光景は見なかった…とレフィーヤは記憶を振り返る。そして、その後の2週間に目を向けて…そう言えば、ベルはいつも衣服こそ着替えてから来ているのかそれなりに綺麗だが、くしゃくしゃになった髪や、元気のない顔で私のところに来ていたような…と思い出す。その時は、そんなになるまで()()()()()()()()()のだと思っていたけど…。

 

リヴェリアの講義を、あんな格好で受けられるわけがない。一際に礼儀やしつけに煩い高貴な人物だ。それなりに身嗜みを整えてからベルも赴いているはず…これは、午前の早い時間だ。

昼を跨いで、アイズさんとの鍛錬、その時に…ボロッボロになってから、夕方近く、私のところに来ていたのだろう。

 

その為、レフィーヤは尋ねる。

 

「…アイズさん、手加減とかって…得意ですか?」

「? …あまり、得意じゃないけど…どうして?」

「あぁ…」

 

この人、能動的に動くと結構ポンコツだ…敬愛する先輩に、そんなことを思ってしまったレフィーヤは悪くないと誰もが思うであろう。

 

「…はぁ…とりあえず、アイズさん、私と話しても埒が明きませんから一緒にリヴェリア様のところに行きましょう…」

 

こうなれば、丸投げだ。レフィーヤに彼女の考えを矯正することはできないし、可愛い弟分を無用な危険から避ける為には、憧れの相手とは言え売り飛ばすことに躊躇はできない。

 

「……………それは、いや」

 

だらだらと冷や汗を流しながらもアイズは断る。

レフィーヤが怒っているのはわかる。そして、リヴェリアを引き合いに出され、この状況。アイズの疎い常識でもわかる。

 

━━私、ちょっとやりすぎた?

 

それでもなお、この程度の考えであったが。

 

「嫌じゃないですよ!? ほら、行きましょう!」

 

そう言って、手を取り引っ張ろうとするレフィーヤ。振り払うわけにもいかず、駄々をこねる子供のように抵抗するアイズ。レベル差が、筋力差が如実に現れ一歩も動かないアイズにどうしようかと困るレフィーヤ。そこに、声が響く。

 

「…レフィーヤ、それには及ばない。さてアイズ、お説教の時間だ」

「「ひうっ!?」」

 

怒気を感じさせる母の声に、愛弟子も、娘も、悲鳴を上げる。

 

3階から偶然ベルが吹っ飛んでいくところを見たラウルが、リヴェリアの元に走っていたのだ。あのままじゃベル君が死んじゃうっす!? と駆け込んできたラウルから事情を聞き、すぐにこの場に訪れたリヴェリア。

 

母は強し、アイズは背後にどんよりとした空気を背負い、大人しくリヴェリアの前へと行く。幼いアイズが、心の中で「悪いことしてないもん…」と言っているし、アイズ自身、魔法を教えていただけだと言うがそんなものは母には関係ない。

悪気があろうがなかろうが、側から見たらやっていたことはただの虐めである。

 

ガミガミクドクドと説教されるアイズの姿が、中庭にあった。

昼飯も取らずに都合3時間、延々と説教されるアイズの背中はひどく小さく見えた。

 

 

 

日が落ちて、夜。ベルの目が覚めた。見覚えのある光景に、医務室かと当たりをつけて身体を起こす。

リヴェリアの説教から解放されたアイズは、自らがやったこととは言えベルを心配して付き添っていた。

 

「…あ、ベル…起きた…?」

 

動き出したベルを見て、アイズが声をかけながら手を伸ばす。

 

「ぴっ!?」

 

そして、気絶する寸前の記憶がバッチリしっかりくっきりと残っているベルは、手を伸ばすアイズから逃げるように後ろへ下がる。それはまるで、捨てられた猫が人間から逃げるような。

そんな姿を見て、アイズは背後に何本もの真っ黒な線を落としたかと思うほどに落ち込む。

 

「…そ、その、ごめん…ね?」

 

その姿に、やはりやりすぎていたのだとショックを受ける。

 

「い、い、いえ…」

 

沈黙が続く。ベルはこれ以上ないほどに逃げて、壁に背中を当てて身体に力を入れているし、アイズは目を逸らさずにベルのことを見ている。まるで、蛇に睨まれた蛙…いや、獅子に睨まれた兎のような光景が広がる。

 

「…その、私、手加減とか…苦手で」

「…」

「あの…意地悪とか、じゃ、なくて…」

「……」

 

小声で話し出すアイズに、ベルは少し警戒を解いて話を聞く。

曰く、人に教えたことがないから加減がわからなかった。

曰く、本当に悪気はなかった。

曰く、私もベルに色々と教えたかった。と。

 

それを聞いてようやく、あの2週間の地獄のことにも納得が行った。訓練中、言葉少なにぶっ飛ばしてくるだけのアイズの気持ちを、ベルは理解していなかったのだ。その後も、ベルが避けていたこともあって誤解し続けていたことに気が付き、ここでも謝り合いが起きた。

 

天然お人好しvs天然非常識、その終わりなき謝罪合戦はここに幕を広げた。

 

ようやく落ち着いたのは、アイズがほんのりと笑みを浮かべながらベルは…優しいね、と綺麗に微笑んだ時。それに見惚れて、一瞬で茹蛸のような色に顔を染め上げたベルが、負けたのだ。

 

この時、ベルは今までのアイズへの忌避感をぶち壊された。




ようやくアイズのターン(予定)

感想、返信したいと思う時もあるんですがなかなか良い返信ができず見送ってます。でも全部読んでますので…マイページに新着感想って出てたら物凄く嬉しいので…


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24話 魔法訓練(3)

その後、顔を真っ赤に染めたまま会話もままならなくなったベルにアイズは再び困惑した。…怒ってる? と、勘違いしながら。リヴェリアが以前、アイズの余りの暴走に怒ろうとしても言葉が出てこずただただ息を口から吐き出していたことを思い出したのだ。

 

「…やっぱり、嫌だったよね。ごめんね?」

 

だから、重ねて謝る。そんな姿を見て、いっ、ちっ、あっ、と何とか声を紡ぐベル。言葉には成っていない。

それでも、口下手同士のシンパシーだろうか。ベルが怒っているわけではない、と理解したアイズは雰囲気を和らげる。

 

それでようやくベルも落ち着きを取り戻せたのか、今もなお紅潮したままの顔ではあるが、話し始める。

 

「その、僕の方こそ、誤解してました。最初は、なんでこんなに吹っ飛ばされるんだろうとか、その、膝枕されてたのも、何か意味があるのかな、とか…色々と考えて…」

「…力加減ができなかっただけ、ごめん…それから、膝枕は……私がしたかった、から?」

 

その言葉にますます顔を赤くする。膝枕をしたかったってなんだ、と強く思いながら。

 

「怖かったのと、恥ずかしさとで、アイズさんのこと…正直、ほんの少し避けてました」

「……うん、訓練以外で、あんまり話せなかった…ティオナとは、本を見ながら話したりしてて…ちょっと羨ましかった」

 

同じく、その時々でお世話になっているティオナとは趣味の本、英雄譚について語ったりしたこともある。最初にダンジョンに潜ってから1週間での訓練の頻度はアイズとそこまで変わらなかったのに、だ。

無論、その時にも無表情で吹っ飛ばされており、その時点で恐怖を覚えていたという事実が全てなのだが。

 

その後、2週間ほどの訓練期間においても少ないながらとはいえ生まれた自由時間となれば1人で本を読んで過ごすか、リヴェリアに話を聞かせてもらったり、レフィーヤから色々と教えてもらったり、ティオナと色々話したりと、アイズと共に過ごすことはほぼなかった。この時には、アイズは正式に教育係となっていたのに。

 

一度、そう、都市を散策していたベルを見つけられず背を落としながら帰ったその日。ロキに報告しようと行ったその場所から飛び出してきたベルを抱きしめた際に力加減を誤って気絶させてしまった時に行った膝枕と、もふもふな髪の毛の感触。そして何より、自分からあれこれ理由をつけて逃げていかないベルに味を占めたアイズの過激な訓練が、さらに平時のベルを遠ざけさせていたという語られない真実もそこにはあった。これを知る者はいない。何故なら、その期間の訓練は珍しく意見を主張したアイズによって目立たない、人気のない場所で行われたからである。

 

割と、いや、ほぼ、いや、完全に自業自得である。

猫に構いすぎて嫌われるのと同じだ。

 

「…そ、その! これからは…もっと話せると良いなぁって…あの…」

「…うん、よろしくね?」

 

しかし、疑うことをあまり知らないチョロい兎ことベルが意を決してそこまで言うと、自然と出たふわりとした微笑をアイズが浮かべる。先程の笑みに勝るとも劣らないその微笑に、普段の無表情とのギャップに、ベルは再び撃沈した。

 

ちょうどその時、医務室のドアが開く。

入ってきたのは、複雑な表情を浮かべるレフィーヤ。それから

 

ベルが…い、いや、アイズさんが…いや、でも…いやどっちも…いやそれはでも…ううう、私はどうすれば…選べない…っ。

 

そんな風に変に悩んでいるレフィーヤの姿を横目に呆れるリヴェリア。

 

「…レフィーヤ、東方の諺…まぁ、言い伝えでいいものがあるんだがな? 『二兎を追うものは一兎をも得ず』と言うらしいぞ?」

「…ベルがアイズさんがベルをアイズさんを……はっ、ど、どう言う意味ですか?」

「言葉の通りだが…同時に二つの獲物を狙う欲張りな狩人は、一つの獲物すら取れずに逃してしまう、という意味だ。ああ、漁夫の利なんて言葉もあったな。当事者同士が争っている間に、第三者が獲物を掻っ攫っていくんだとか」

 

思い出したことを、レフィーヤにだけ聞こえるように距離を詰めて囁くその言葉に、レフィーヤは頭を抱える。憧憬の相手と可愛い後輩…どちらかなんて選べない…と。

 

しかし、ここでベルを疎かにすれば酒場のウエイトレスやギルドのアドバイザー辺りに取られてしまうかもしれないという恐怖が。アイズを疎かにすればあの粗暴な狼人や…ベルにアイズさんを取られる…?

 

そこまで考えて、レフィーヤは思案する。二人が仲良くする…ということは、必然的に二人と仲の良い私もその輪に入れるのでは? そうなれば、有象無象は入りにくい眷属内の輪になる…ここに割り込めるのは、精々ティオナやアリシア、アナキティくらいのものだろう、と。

 

前・中衛にティオナとアイズとベルにアリシア、後衛に自分。指揮官にアナキティ。完璧なパーティでは?

 

いや待て待て、というより、あの暴走の罰としてアイズさんとの接触は禁じられているのに、こうしてここにきて良かったのだろうか? そもそも、昼間にベルとの間に割り込んできたのはアイズさんからだし…リヴェリア様が何も言わないということは問題ない…はず。

 

そんな妄想と思考が繰り広げられていることを知ってか知らずか、リヴェリアが深くため息をつく。

それから、ベルを見て言葉を告げ

 

「…まぁ、2人が打ち解けたようで良かったが…アイズ、今後ベルへの訓練は禁止だ」

 

その途中、アイズへと目をやりその宣言を口にする。

 

ズガーン、と雷が落ちたかのように目を丸くするアイズ。そんな、今、ようやく仲良くなれそうなところなのに…と目で訴えている。今がチャンスなの! と言わんばかりに小さなアイズが心中ではしゃいでいるが、リヴェリアの眼差しは冷たい。まるで彼女の魔法のように。

絶対零度の眼差しのまま、ゆっくりと目を瞑って思案するリヴェリア。その姿は、まさに死刑宣告寸前というような緊張感を孕んでいた。

 

「…加減というものを覚えれば再開しても良いが?」

「…頑張り、ますっ!」

 

目を開けながら紡がれたその言葉と共に雪解けが訪れた。

アイズの目は輝いた。

 

これにより、今後、迂闊にアイズに戦闘の秘訣を聞きに行った冒険者がことごとく中庭で吹き飛ばされる現象が目撃されるようになることを今はまだ誰も知らない。Lv4ですら吹き飛ばして気絶させてしまうのでは、一体いつになればベルを相手にまともに訓練できる日が来るのか。

神々ですらわからない。

 

 

 

思惑渦巻く黄昏の館は、今日も平和であった。

 

 

 

翌日、マインドダウン+物理的気絶というダブルノックアウトを喰らったこともあり、完全休養日にしろとリヴェリアに言われ1日自由な時間が空いたベルは部屋を片付けたりして朝から時間を潰し、昼前から街へと繰り出していた。レフィーヤはアイズとティオナと共に、買い物に行っているらしい。一緒にどうかと誘われたが、行きたいところがあったために今日は断りを入れた。

なんやかんや2週間のダンジョン探索で、お金は稼げている。

 

生活費に困ることはない。なんて言ったって最大手ファミリアだ、稼ぎ頭はたくさんいる。勿論、だからといってLv1の冒険者がおんぶに抱っこで甘えているわけではなく、稼ぎのうちいくらかを納めてはいるがそんなものはほとんど誤差である。

 

自由にできるお金、というものを久方振りに手にしたベルは、まず、うきうき気分でご飯を食べにいくことにした。

 

 

 

行き先は豊穣の女主人、目的は可愛いウエイトレスさ…ごほん、美味しいご飯。目も口も腹も癒しに行こうと、真っ直ぐそこへ向かう。

 

「いらっしゃいま…ニャ! いつぞやの若白髪!」

「白髪じゃなくて地毛なんですけど!?」

 

入店と同時、飛び出す罵倒。即座に異議を唱えるが気に留めていないのか、すぐに客かニャ? それともシルかリューに用事? と聞きながら席に案内される。客かどうか聞いておきながら、すでに料理を頼ませる気満々であった。苦笑いしながら答える。

 

「えっと…あ、どっちもあったんですけど…」

「少年は欲張りだニャあ、シルもリューもだニャんて…」

「そ、そういう変な意味じゃないですから…その、ちょっと聞きたいことがありまして」

「まぁ、声は掛けといてやるニャ…というより、少年が来た瞬間には厨房に居たはずのシルがそこに来てるから、ミャーは厨房に入るニャ、注文はシルが来るから、シルに頼むニャ」

「え!? あ、ほんとだ…は、はい!」

 

首を回すと先程までホールにいなかったシルさんが、さりげなく近くにいた。確かに、いなかったはずである。

 

「うふふ、いらっしゃいませ、ベル君…アーニャ、あまり恥ずかしいことは言わないで」

「今更そんなことで……っ!? あ、謝るニャ! 謝るからそのことは黙っておいて欲しいのニャ…」

 

アーニャさんが、シルさんに呆れた目を向けながら何かを言った直後、僕に対してにこやかな笑みを浮かべていたシルさんが背中を向けてアーニャさんに何かを見せながら耳元で囁く。

その光景は、とっても、何かこう、いけないことをしているのを見ているような気分でドキドキした。

 

しかし、見る見る内に顔を蒼ざめさせたアーニャさんの顔を見て、僕は少し恐怖した。一体、何を言ったんだろうシルさんは。

 

じゃあ、よろしくね。そう完璧な笑みを浮かべながら言うシルさんに、最敬礼するアーニャさんの姿を見て、それに対して庇うでもなく知らぬ存ぜぬ触らぬ神に祟りなしと無視を決め込む他の店員さんたちを見て、僕はこの酒場のNo.2が誰であるかを理解した。



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25話 少女乱心

「それでは改めて…いらっしゃいませ、ベル君。今日はどうしたのですか? アーニャとの話では、何か用事もあるような言い方でしたけど…」

「あ、あの…リューさんにちょっと話がありまして…」

 

逃げるように厨房に去っていく猫人の少女を見送り、くるりと半回転。その辺の男が恋に落ちてしまうような素晴らしい笑みを少年に向けて浮かべた少女は、殊更に優しげな声で話しかける。

 

明らかに、一般の客に対する声音ではない。

 

しかし、それも束の間。少年の返答が面白くなかったのか、ムッと、顔に薄らとではあるが不快感を露わにする。それもそうだろう、2週間近く訪れなかったまだ出会ったばかりとはいえお気に入りがようやく来たと思えば、お目当ては別の人だとハッキリと言うのだ。今こうして対応している自分が蔑ろにされているような印象を覚えるのも仕方がない。

 

いやしかし、ここであからさまに不快感を示すのは良い女のすることではない。ましてや相手は13の子供だ。機微を察せよというのも難しいし、その不満を突き付けられるのは思春期の少年にとってとてつもなく恥ずかしいことだろう。子供とはいえ男。既に知る限りの交友関係ではほぼほぼ年上の女性に囲まれているのだ、男としての意地を砕かれては、自信を喪失してもおかしくない。そんなことは望んでいない。

 

少年に自身の不満を感じ取られる前に、表情を取り繕う。ここは、しっかりと少年の願いを聞いて手助けしてあげるのが良い女、ひいては年長者の振る舞いだろう。

 

「わかりました、では、リューに声を掛けておきますね? 注文は何になさいますか?」

「ありがとうございます! えっと、じゃぁ、本日のおすすめパスタでお願いします!」

 

少女の言葉に、ニパッと、花が咲くような少年の笑み。それだけでも癒される気持ちがある。とりあえず満足だ、と今日のところは引き下がることを決意する。後は彼の御目当ての妖精に任せよう。面白くはない、全く以て面白くはないが…彼の周りに普段からよくいる人達の人種からしても、我が店が誇る妖精は声を掛けやすい相手なのだろう。助けられた恩もあることだし、懐くのはわかる。ベル君を助けるようお願いしたのは私なのに…と思わなくもないけど、やはり直接助けたというアドバンテージは大きいのだろう。

 

エルフの女性で高レベル冒険者に声を掛けるなど、世間一般的にはチャレンジャーもいいところなのだが。そこはロキ・ファミリアの飼い兎。周りに最低でも3名、高いレベルも知名度も有するエルフがいるのだ。

 

というより、もしやベル君、ただのエルフ好きなのではと思わなくもない。

 

「かしこまりました、では、料理ができる前にリューに声を掛けておきますね?」

 

くるりとスカートを翻し、少しでも印象を残してその場を去る。

厨房に入ると注文をミアに伝え、奥で食器洗いをしていたリューに声を掛ける。先程までシルがしていた材料の下拵えはアーニャが代わりに入っている。今は他に客もいないし、ここでシルとリューが仕事を入れ替わってリューがベルに付いていても問題ないだろう。

 

ほんの少しの茶目っ気と、ほんの少しの八つ当たりを兼ねて、言葉を放つ。

 

「リュー、ベル君が話したいことがあるって。すっごく真剣な顔だったよ? 告白されちゃうかもね!」

 

盛大な破壊音が鳴り響く。普段から大して表情を変えないエルフの、若干慌てた顔がそこにあった。

 

「シッ、シル!? な、何を急にそんな…」

「ふふっ、リュー、慌てすぎじゃない?」

「そ、それはシルがいきなり…っ」

 

分かっている、いきなりこんなことを言われたら大抵の人間は慌てるだろう。ただ、少し慌てすぎな気がするが…もしや、この前呟いていたのは本気で…?

 

 

 

ふと、記憶を蘇らせる。

 

それは先週くらい。何やら1人、このお店の中庭でぶつぶつと独り言をしているリューを見かけたのは。

 

「…初対面で触れることができた男は、彼が初めて………アリーゼ…あの男の子を手放すべきではないと言うのですか…? しかし、あの子はまだ13…私はもう20になるというのに…いや、しかし見た目年齢で言えば………3、いや、4年後くらいには…………それまでは彼を鍛えて…………ああ、私はどうすれば………」

 

木刀を片手に、瞑想するように目を瞑りながらぶつぶつと喋るリューの姿は、知り合いでなければ奇人か変人か、その類の人間だと判断しただろう。しかも、呟いている内容が正直事案に近しい。

それはいわゆる、極東で古くから行われているという幼子を自らの好みに育て上げて娶るという、現代基準で行けば犯罪まっしぐらな行為なのでは?

 

い、いや、私はまだ17だし…4歳差はセーフ。

 

「…いや、でも彼の周りには既に女の影が…そこに割り込むというのも…それに、彼にはシルが…」

 

…諦めるための理由を探しているようにしか聞こえない時点で、普段のリューとは思えないほど気を許しているのはわかるんだけどなぁ。なんだか、自分自身を誤魔化しているようにしか聞こえない。

私のため、とか言われて身を引かれても…なんか、嫌な気分。

今度、それとなくベル君絡みで意地悪しよう、そうしよう。

 

と、記憶を遡っていた繊細な頭に、特大の衝撃が走る。

 

「馬鹿娘共! なーに手を止めて黙り込んでるんだい! 皿まで割って、客を放っておいて! 早くあの小僧のところに行きな、リュー! シルはさっさと下拵えに戻んな! アーニャは皿洗い!」

「「「は、はいっ!」」」

 

近寄ってきたミアお母さんの、拳骨が落ちた。余りの痛さに、少し涙が出てしまうくらい。リューも、実力相応の力で殴りつけられたのか頭を摩りながら慌ててベル君の元へと向かっていく。そうして、顔を合わせた瞬間のベル君の嬉しそうな顔に、狼狽したリューの姿を確認して…大人しく、厨房の奥へと引き下がる。

 

「…今日のところは、大人しく譲ってあげますからね。リュー」

 

不器用な友人に、普段は浮かべることの少ない苦笑いをしながら心の中で応援する。願わくは、リューにとって良い方向への変化の切っ掛けとなる出会いであったことを祈って。

 

 

 

そして、妖精は兎に伝えられた内容と頼まれ事に驚きながらも快諾し、後日、2人で出掛ける約束をしたと料理をベル君の元に持っていき、その後厨房に戻ってきて聞いてもいないのに普段の寡黙な様子とは裏腹につらつらと話し出すリューから聞いたシルは、目が全く笑っていない笑顔でリューの話に相槌を打ちながら聞いていた。えー、なんですかー? 自慢ですかー? ベル君からー、誘われたっていうー、自慢ですかー? えー? 困るとかなんとかー、自虐風な自慢ですかー? ぜんっぜん、困ってなさそうな顔してますけどー? 全く、あの子は…とか言いながら表情緩んでますけどー? え、何ちょっと逃げてるの? は? 怖い? 何が?

 

大人しく譲るとは一体なんであったのか。シル・フローヴァは面倒臭い女であった。こと、ベルが絡むと。

珍しく怯えを含んだリューの姿に、同じく厨房内にいたアーニャは冷や汗を流した。もしかしたら、あの状態にまで至っていたかもしれない自分の発言を省みて、今後シルをあの少年絡みで揶揄うのはやめようと心に刻み込んだ。

 

無論、ベルが食事を済ませて店を出てしまう前にベルの所に行き、あれやこれやと理由をつけてデートのお誘いをしたのは言うまでもない。淑女がどうとか、良い女がどうとか、年上がどうとか、そういうのは星の彼方へと消し飛ばしてかなり強引な誘いであった。それでもベルは快諾したのだが。

 

 

 

2人の少女は片一方が片一方に師事する格好で、それぞれの日のための服などを用意していた。他の店員などにその様子を盛大にからかわれたリューが数名の同僚の意識を刈り取ったのは、言うまでもない。

 

シルにちょっかいをかけるのはやめようと次なるターゲットをリューに決めたせいで意識を一瞬で刈り取られた哀れなキャットピープルがいたらしい。




シルはこんな性格じゃない!って意見も聞くだけ聞きます、けど、私の中ではシルさんの内心は絶対こんな感じだと思う。精一杯フォローをするなら、乙女なんです乙女!生粋の!


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26話 散策終了

無事にリューとの約束を取り付け、シルに約束を取り付けられたベルはバベルへと向かった。ダンジョンに行く…わけではなく、ヘファイストスファミリア、オラリオ1の鍛治系ファミリアの店を見て回ろうとしたのである。

 

一応、今日は休養日と決めてはいるが念のために帯剣している。太腿のホルスターに納められたミスリル合金のダガーと、腰の後ろにベルトで回されたアダマンタイト合金のダガー。鞘は、誂えられた物ではなく締具合で調整できる手頃な汎用品。一応ティオネからも、まぁもう使っててもいいや…と許しをもらった上での装備である。ティオネ本人は、とてつもなく渋い顔をしていたが。

 

以前、ティオナから聞いた値段の話。それを参考に、将来的にどんな武器を使っていくべきか、いつか武器を買う時は、どんなものを買おうかと暇な今日であるからこそ試してたいとそう思い立ったのである。本職の鍛治師なら、より良い武器を提示してくれるかもしれない。今は買うお金はないけど、ゆくゆくはティオナやアイズのようにローンを組んで特注品を頼むことになるかもしれない、と、遥か先のことを夢見て。

 

 

 

そして今、彼はヘファイストスファミリアの中でも上級鍛治師によって打たれた武器が陳列されているフロアにいた。

ティオナの武器と同等かそれ以上の値段のものも、それなりに揃えられている。流石はオラリオ1の鍛治師がいるギルドである。

 

そんな風に目をキラキラさせているベルを相手に、近寄る店員はいなかった。何せ、明らかに年少であり、一応ダガーのような短剣を携えてはいるが、どうにも冒険者…客には見えない。もし、彼のことを良く知る者がいれば今のうちに縁を結ぶべきだと熱烈に関係を築こうとしたであろうが、幸か不幸か町の噂に疎い店員しか今はいなかったようである。成長株の若手冒険者との専属契約を狙う若手鍛治師達もこのフロアにはおらず、もう少し上の階層の手頃な値段の商品が置かれているフロアを張っている。

 

今回、声を掛けられれば武器の整備を依頼しようとしていたベルは、遠巻きにチラチラ見るだけの店員相手にはてなを浮かべていた。

あれ、いつだったか、ゴブニュファミリアに連れて行ったもらった時は、物凄く鍛治師の人達が自分のことを売り込んできたんだけど…そう感じながら。

 

無論、ゴブニュの眷族達は厄介な客とは言え金払いのいいアイズとティオナに連れられてきたルーキーを逃すまいとしていただけである。ロキファミリアにはヘファイストスファミリアに武器を頼んでいる冒険者も多くいる。幹部が直接世話をしているのだ、光るものがあることはおそらく間違いないと、ベルを1人の客として厚遇したのだ。

 

そんな鍛治師達の思いは一切感じ取ることができなかったベル。お目当てだったダガー類の値段も確認して、上のフロアへ行く。

そこで見たのが、今持っているダガーとほぼ同じ性能であろうもの達。勿論、合金であるからにはその割合などでも値段は変わるのだろうが…ちなみに、今、ベルの持つ2振りのダガー。そのうち、ミスリル合金の方にはヘファイストスファミリアの銘が、アダマンタイト合金の方にはゴブニュファミリアの銘が刻まれている。

 

ショーケースの中に入れられてから、自らの持つダガーと似たような輝きを放つダガー。その横にちょこんと置かれている値札の金額に、ベルは慄く。

 

「い、いっせんはっぴゃくまん…」

 

紛れもなく名品。数打ちではない、名のある鍛治師の打った作。

とは言え、素材のコストと、ダガーという武器としては小さいものであることからかなり値段は抑えられている。近くに置かれている長剣や大剣類は更に上を行く値段だ。

 

ちら、と、太腿のホルスターに納められているダガーに目を向ける。

たらり、と汗が流れ出る。こんな高級品を僕は振るっていたのか、と体を震わせる。

 

そんな風に挙動が怪し気になる少年を見て、店員は不審者を見る視線を向ける。上のフロアの本当に駆け出し達の商品と違い、しっかりと陳列されているここでは万引きや強盗などできることではないが、それでも怪しいものは怪しい。

 

その後、あの、お客様、どうなさいましたか…? と、優しく(少し身を引きながら)声を掛けてくれた女性店員に、ベルはハッとしながら質問を投げかけた。

 

「あ、あの…武器の整備をお願いしたかったんですけど、どうすればいいか分からなくて…」

 

それを聞いて、店員は少しほっとする。なんだ、何も知らないだけの駆け出しの少年ではないかと。

 

「…まずは一度、こちらへどうぞ」

 

店員に促され、店内に設けられた対面式の机へと向かう。そこで、何枚かの紙を手に説明が始まる。

 

「まずはご来店、ありがとうございます。整備の依頼とのことでしたが、依頼したい武器を一度見せていただけますか? 2振り…でしょうか。武器の品質に応じて、対応する者も値段も変わりますので、よろしくお願いします」

「あ、ええと、こっちのだけです、こっちは、ゴブニュファミリアに依頼しようと思っていて…」

 

ことり、と机に鞘ごと置かれたダガーを前にして、店員は顔色を変える。わざわざ1本ずつ依頼先を変えるとは珍しい、と。

 

「わかりました、では、拝見させて頂きます…っ…こ、これはうちの…?」

 

そして、更に顔色を変える。紛れもなく、ヘファイストスの名が刻まれた上物のダガー。

 

「…疑うようで申し訳ありませんが、こちらはどこで手に入れたものでしょうか?」

「え、っと…なんて言えば…ファミリアの人から貰ったんですけど…」

 

貰った。貰った、と言っただろうか、目の前の少年は。

どう見ても歳はまだ15にもなっていない。小さな少年。

そんな彼が、こんな武器をポンと貰ったなど信じられることではない。

 

「…所属は、どちらのファミリアでしょうか?」

 

薄々、ロキかフレイヤかのどちらかだろうと考えていた店員は、確認のためにそれを聞く。そうでないのなら、盗品かもしれない。そう言えば、と噂を思い出した。

なんでも、ロキファミリアに入った駆け出しが、幹部から偉く可愛がられてる、だとか、Lv1ながらミノタウロスを倒した、だとか…と。噂好き、話好きの彼女だからこそ知っていた内容でもある。

 

「ロキ・ファミリアです!」

 

白と緑と橙色の3色で構成されている、見た目に柔らかな印象の動き易そうな服を着ている少年が破顔しながら答えるのを見て店員の女は確信する。

 

彼は、ロキ・ファミリアの飼い兎君だと。

 

何か重大な粗相があれば、飼い主から殴り込みをかけられてもおかしくない、と。

 

店員は震えた。なぜ、呑気に1人で散策しているのよこの子は、と。飼い主はどこに行ったのかと周囲に目を走らせるが誰もいない。

 

今の平和なオラリオで良かったと深く内心で溜息を吐きながら表情を引き締める。店内で問題を起こされでもしてたら…怖い。十把一絡げの駆け出しと同じ扱いをしてはまずい、そう胸に強く秘めながら。

 

その後、誠意に誠意を重ねた説明の末にまずはもう一度保護者込みで話をしたいと言う店員にベルは項垂れた。もう子供じゃないのに…とぽしょりと呟いた姿は、とてもではないが冒険者には見えなかった。

 

後日、誰かと共に来ますと帰っていったベルに店員はとりあえずホッと安堵する。彼に騙されたなどと思われたら、大惨事になる可能性もあるのだ。先送りにするのが一先ずの正解だろう。

 

この後巡ったゴブニュファミリアでは、気の良い鍛治師が彼のことを覚えていたこともありすぐに対応してくれたことからベルの中でゴブニュファミリアの株がぐんぐん上がり、相対的にヘファイストスファミリアの株が下がることを彼女は知らない。進むも退くも、どちらにせよ困ることがあったのだ。

 

全て、自分自身の価値を知らない兎が悪い。

 

 

 

夜になり館へと帰ってきたベルは、レフィーヤに誘われて夕食を取っていた。周りにいるのはティオネ・ティオナにアイズ。レフィーヤとアイズに挟まれたベルは若干居心地悪そうにしているが、主にティオナからまさに餌付けと言わんばかりに色々と食べさせられて、考える暇と話す暇を奪われていた。レフィーヤは自分の食事をチマチマと進めながらも、なんでもないことを話すかのようにベルに話しかける。その目は自分の食事と、動かしている食器の先を彷徨っている。

 

「今日、買い物してきたんですけど、実はいいものを見つけまして」

「ベル、これもおいしーよー」

「美味ふぃいふぇふ、んぐ、ちょ、ちょっとまっ」

「それでですね、ベル、最初にあげたものも痛んできたでしょうし」

「…ベル、これも美味しい」

「アイズさん、じゃが丸くん丸ごとはごもごも」

「…美味しい?」

「ごもごもも」

「お詫びと、お祝いを兼ねてプレゼントをですね…用意してきたので、その、受け取ってもらえると」

「揚げ物と肉ばかりじゃなくて野菜も食べなさいベル、ほら」

「もがもご」

「あの、これ…新しい戦闘衣です。もし良ければ使ってください」

「もぐもごも」

 

そうして、レフィーヤがもじもじとしながら差し出したものに、全く話を聞いていなかったベルはまた食べるものが差し出されたと口に含む。はもはもと包み紙を口に含み、少し噛みちぎったところでレフィーヤの唖然とした顔を見て、ベルははっと我に変える。

 

「んべっ!? ご、ごめんなさいなんですか!?」

「…そんなに食い意地張ってましたっけ?」

 

レフィーヤもベルも苦笑を浮かべる。話をしていたにも関わらず周りの状況を一切掴めていなかったレフィーヤと話を聞いていなかったベル。その2人の間に微妙な空気が流れるそんな中、流石に空気を読んだ年長者達は大人しく━と言うより、私は何もしてませんと誇示するかのように━自分の食事に戻る。

 

少し離れたところでエルフの一団に囲まれた高貴なエルフは頭痛を感じながら溜息をつく。ベルはお前らのペットじゃないんだぞと、後で軽く嗜めておこうと決めながら一度水を飲み気持ちを落ち着けたその時。

 

「…あの少年は本当に、見ていて飽きませんね」

 

そんな言葉が、自らの近くに座す者から飛び出てきてリヴェリアは内心冷や汗を流す。整えた気持ちは、一瞬で騒めいた。

 

「…アリシア、まさかとは思うがお前まで…」

「いえ、彼女達のような感情は抱いていませんが…しかし、見所のある少年でしょう」

 

決して堅物ではない。リヴェリアを除けば、かなり古参のエルフでありLv4冒険者である。世の中の酸いも甘いもそれなりに経験しているため、若いエルフ達の一部のような傲り高ぶった気位の高さはないがそれでもエルフらしいエルフだ。そんな彼女がベル…幼い人間種族をあっさりと認めていると言うだけで、かなり珍しい。

 

いい加減、ベルのスキル欄に『妖精落とし』なるスキルでも発現してしまうのでは無いかとリヴェリアは常なら思わぬであろう冗談を脳裏に浮かべた。



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27話 町娘逢引(1)

アンケート回答、ありがとうございます。
疾風、リューさんが勝つと思ってそれを用意していたんですが新魔法のあまりの人気に急遽書き換え。今は競っていますが、アンケートの結果は新魔法ということにして今日2話目の投稿にします。これをもってアンケートは停止いたします。

ちなみに、アンケート次第でベル君の翌日の予定が決まりました。


落ち着いた後に、レフィーヤからプレゼントを受け取ったベルは喜びを露わにした。元より、隠すことなどできない馬鹿正直者ではあるが以前貰った戦闘衣はミノタウロス戦でもうボロボロになっており悩んではいたのだ。食事が終わり、風呂に入った後にいそいそと着替える。

それは、緑のラインを走らせたデザインの、少し濃い色合いの黄色地の戦闘衣。言うなれば、ティオナやティオネの腰布と似たような色合いだ。

 

これをレフィーヤさんが? と、ベルは少し訝しんだ。が、ティオナやティオネがここまで直接的な色味のものを送ってくるだろうかと少し悩み、特にティオネさんが…? ないよね、まぁいいやと考えを投げ捨てた。

 

どちらにせよ、嬉しいのである。サイズもぴったりで、動き易い。

 

お礼と…そう言えば、リヴェリアさんに明日、シルさんとの約束があるから休みが欲しいことを伝えに行こうとベルは思い立ち、おそらく2人がいるであろう書庫へと向かう。

先ほど、確か少し調べ物をすると言っていたのでまだそこにいるだろうと期待しながら向かったのだ。

 

果たして、そこに2人はいた。

静かにドアを開けて入るベルを見て、レフィーヤは顔を緩める。早速着てくれてる、と言わんばかりに顔を綻ばせた彼女に、ベルは礼を言う。

 

「失礼します…あ、あの、レフィーヤさん、これ、凄く着易いです。ありがとうございました」

「どういたしまして、ベル。良かったです、サイズぴったりで…成長していて、小さかったらどうしようかと心配していたので」

 

そんな、悪気なく放たれたレフィーヤの言葉に、満面の笑みで礼を言ったベルの顔が強張る。強張り、引き攣り、上がっていた口角はへんにょりと下がり、目もそれに合わせてずぅんと下に落ちる。首が、かくりと垂れ下がる。

以前着ていた戦闘衣を貰ってから、実に1ヶ月以上は軽く過ぎているはずだ。訓練し、腹が一杯になるまで飯を喰らい、よく寝る。そんな生活をしているのに、まるで成長していないことを突きつけられた感じがしてベルは項垂れた。

 

そんなベルの様子に、あれっ? と目を瞬かせたレフィーヤはあっ…と何かに気が付いたように声を漏らして、殊更に優しい猫撫で声でベルに話しかける。

 

「あっ、あ〜、ベル? その、意地悪を言ったわけでは…ほ、ほーら、ベルはまだ成長期が来ていないだけですよ、ええ! それに、その、ほら、そのままの方が小さくて可愛くていいと思いますよー? ね?」

「レフィーヤ…慰めようとしているのはわかるがそれは逆効果では無いか…?」

 

レフィーヤの言葉が一つ一つベルの心を抉る度にベルの体勢は床へと下がっていく。今はもう両手両膝を床につけて首がガクリと下がっている。

そんな中、レフィーヤと共に本を開いていたリヴェリアはベルを哀れんでいた。人間の男の子、とりわけ、ベル程の年頃で無邪気なものは強く在りたい、格好良く在りたいという願望を持つ者が多いことをリヴェリアは知っていた。それに反することを言われるのは相当に恥ずかしいことだろう。ましてや、一つしか歳の違わない、自分より圧倒的強者で、見目麗しいエルフ…女の子に、となると。

 

ここでベルは、自分の誇りと、死にたくなるような羞恥心から身を守るために今までの会話をなかったことにするという防御反応を行った。ゆっくりと体を起こすと、レフィーヤの方に努めて視線を向けないようにし、リヴェリアにお願い事を告げる。

 

それがまだ真顔で、さも何も在りませんでしたという顔付きであればまだ格好がついただろうにベルの顔は目尻に薄らと涙を浮かべ、耳まで紅潮させてプルプルと震えていた。

 

「リッ、リヴェ、リアさっ、あし、明日はお休みをもらいますぅぅぅぅっ!!」

 

ダダっ、パタン、ダダダダダ!

 

律儀に扉は閉めていったものの、泣きながらの逃走である。呆気にとられるリヴェリア。顔を青くするレフィーヤ。なんやなんやと近くを歩いていたのか、若干酒の匂いを漂わせながら近寄ってくるロキ。この場はまさに混沌であった。

 

リヴェリアは、一度、オラリオ1の医療系ファミリアであるディアンケヒトファミリア団長『戦場の聖女』アミッドに頭痛薬を処方してもらうかと遠い目をしていた。

 

ロキも、修羅場の気配を感じたのか変に茶化すことはせず退散していった。いくらロキとは言え、自らの身を捨てるのは惜しいし怖いのだ。

 

真っ青になったレフィーヤはリヴェリアへの挨拶も忘れて、自室へと帰っていく。ボケーっと布団に包まり、幾らかの山吹色が布団の隙間から漏れている妖精団子を見たルームメイトはその余りの虚無さに恐れ慄いた。

 

 

 

「うっ、ぐす、う、べ、ベルに、ベルに嫌われちゃっ…!」

「よしよし、大丈夫大丈夫」

「…ベルはいい子だから、きっと、仲直りしてくれる」

 

翌日。昨日の宣言通り外に出ているベルとは打って変わってレフィーヤは自室に閉じこもっていた。

 

朝食の際、さり気なく近付いて昨日のことを謝ろうとしたレフィーヤであったが、ベルはレフィーヤが食堂に入ってきたのを察知すると栗鼠か何かのようにモギュモギュゴキュゴキュと朝食を口の中に流し込み逃げるように食堂を去っていったのだ。完全に避けられている、そうレフィーヤが思うのも仕方がない。

 

え…と呆然とするレフィーヤが再起動したのは数分後。入り口で立ち尽くしている彼女にどしたの? とアイズと共に食堂へ来たティオナが声を掛けてからだ。

 

その後、虚無の表情でベルとの間にあったことを説明し、ティオナとアイズの話を聞きながらとりあえず朝食を流し込んだレフィーヤは、そのまま流れるように自室のベッドの布団の中へと潜り込んだ。

 

レフィーヤのルームメイトがその酷い様相にティオナとアイズに助けを求め、駆け付けた2人がレフィーヤを慰めていたちょうどその時。ベルは身支度を終えてそろりと黄昏の館から出掛けて行った。

 

それを遠目に執務室の窓から見ていたリヴェリアは、いつもより少しお洒落…というよりかは冒険者としてではなく一般人として整っている格好と、しっかりと梳かされたベルの髪を見て溜息をついた。

 

また、荒れそうだな…他人事のようにそんなことを思いながら。

というより、仕方がないところはあったにせよ休むにしても事情を伝えて行かなかったが、また女性関連かとリヴェリアは痛む頭を抑えた。

これが約束の相手とやらがリュー・リオンならば冒険者としての格好をして行くだろう、まさかあの気難しい同胞がただの逢引をベルと楽しむこともないだろうとある意味で信頼しながら。

となると、ロキ・ファミリアの外どころか冒険者ですらない相手…もしくは、戦闘や探索系ではないファミリアの冒険者ということもあるか、とそこまで考えたところでリヴェリアは考えることをやめた。

 

先ずは、レフィーヤのことをとりあえず慰めてやろう、今日のベルの用事は隠して、と。そうして、脚をレフィーヤの自室に向けた。

 

ベルが帰ってきたら先に話を聞かねばな、と呟きながら。

 

 

 

約束の午前10時丁度より早い、午前9時30分。ベルは既にシルと待ち合わせをしている噴水広場へと来ていた。周りでは、既に多くの人が活発に動いている。冒険者が集まる場とはまた違う、平和な喧騒に呑まれていると遠くに見慣れた薄鈍色が見えてくる。

ベルの姿を見て、ハッとした顔のシルがベルに走り寄る。

 

「おっ、おはようございます、ベル君! 待たせちゃいましたか?」

「おはようございますシルさん、僕も今来たばかりですから、走らなくても…それに、約束の時間はまだまだ先ですよ?」

「ふふっ、ベル君に会えると思うとつい…でも、ありがとうございます」

 

そんな風に和やかな空気を作る2人を遠目に見た人は2人して薄い…方や白、方や薄鈍色…髪の色を見て仲の良い姉弟だなぁと微笑ましく思い、近くで話を聞いていた人は歳の差カップルかと目を瞬かせ、一部の冒険者はベルの姿を見てシルの顔を二度見どころか三度見四度見した。

そんな中、ベルは普段ウエイトレスとして働いている時は纏められているその髪。今は下ろされたシルの髪に目をやっていた。そして、ふと、ベルのお爺ちゃんが昔言っていたことを思い出す。

確か…

 

「あの…その、服も髪型も、いつもと違って新鮮で…よく似合ってます」

 

…女の子の、普段と違うところがあったら、とりあえず褒めろ、と。

そんな風に、顔を赤くしながらとはいえしっかりと女の子の格好を褒めるベルに、シルはもとより浮かべていた笑顔を深くする。欲を言えば、可愛いとか、綺麗とか、そういった一言まで欲しかったところではあるが。

 

「ありがとうございます、ベル君も、普段の冒険者の格好とは違って…そうですね、少し大人しく見えますが似合っていますよ? 格好いいです」

 

そう、互いに互いの格好を褒め合う光景は正に初々しいカップルのようであった。

 

「…では、行きましょうか。今日はよろしくお願いしますね?」

「はい、こちらこそ」

 

ゆっくりと、されど逃さぬように、しかし自然に、だが、ベルが嫌がれば離せる程度に。手を握ったシルに、ベルは顔を更に真っ赤にして慌てながらも握り返した。それを受けて、シルは少し顔を朱に染めた。

 

その余りの甘酸っぱい雰囲気に、周りからは微笑ましいものを見る視線と、嫉妬に狂った目線が飛び込んできた。

 

「…ふふ、まずは装飾品を見て歩きたいんですが、大丈夫ですか?」

「え、ええ、今日は1日、シルさんに付き合うと約束したので…」

「では、こちらから行きましょう」

 

2人が離れて行った広場の中では、囃立てる一般人に紛れて騒めく冒険者達の声が虚しく響いた。

 

━━━あの飼い兎、他所にも主人がいたのか━━━

━━━可愛い女の子ばっかり、なんて野郎だ━━━

━━━てか、豊穣の女主人の子だろあれ!?━━━

━━━フレイヤ様まで目をかけているのか?━━━

 

などなど、噂話としてはまぁ面白い、しかし事実の話としてはそれはそれは妬ましい情報が飛び交う。豊穣の女主人の店主、ミアが元フレイヤ・ファミリアの団長にして元Lv6の冒険者だということは知っているものは知っている。故に、あそこの店にはフレイヤの影を感じるのである。そこの店員が関わりを持つ、つまりは、美の女神フレイヤの神意である可能性がないではない。ましてや、その相手は看板娘のシルであるのだ。冒険者達の疑惑と推論は尽きることがない。

 

そんなことを話されていると知らないベルは、背後で騒めく人の声を受けて顔を益々赤くしていた。そんなベルを見たシルは、本当に初々しくて可愛い、と思いはしたがそれを顔にも声にも出さない。おそらく少年は非常に嫌がるだろうと確信して。

 

できる女は、こういうところの気遣いが違うのである、と、とある少女が聞いたら泣き出してしまいそうな、タイミングの良過ぎる…悪過ぎる? ことを思いながら。

 

肩に掛けている鞄の中の本をポンとひと叩き。いつ、自然に話を切り出してこれを渡そうかとシルは悩みつつも、この時を楽しんでいた。



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28話 町娘逢引(2)

連載開始から丁度1ヶ月
お気に入り1000件ありがとうございますって言おうとした瞬間に999件に下がるバグ(バグではない)


「わぁ…これ、綺麗ですね…」

 

辿り着いた宝飾店。ダンジョン由来の水晶や貴石、都市外で採掘された宝石など様々な色の石が輝いている。

そこで、色々と、安価な水晶製などの装飾具を見て回るシルから目を離し、ショーケースの中に陳列されているものを見て輝かせているのはそこにあるどんな宝石達よりも綺麗な赤いルベライトのような瞳。

 

少女のように眼をキラキラとさせて宝飾品を見る姿は、ともすれば、その辺の女の子より断然女の子していた。

 

見つめる先にあるのは、緑色の翡翠。

 

琅玕翡翠と呼ばれる、最高級品の翡翠だ。

 

どこか、そう、どこかの副団長を彷彿とさせるような色合い。

 

その後も、それが綺麗だあれが綺麗だと藍色や金色、空色など、見覚えのあるような色の石ばかりに興味を示す彼に、最初こそこの子はもう…と思っていたのが、段々とシルが毒気を抜かれる。

 

この子、分かった上で言ってるのかな?

 

極め付けに、グレーダイヤモンドの小ぶりな宝石を見て満面の笑顔で、シルさんの瞳みたいで、綺麗ですね! などと宣ってきた時には、何故か浄化されるアンデッドのような気分を味わえた気がするとはシルの言葉だ。

 

買ってしまおうかと悩んだけども、そこに置いてある値札を見て断念する。買えないことはないけど、結構大きな買い物になってしまう。

 

悩んでいる間、シルの視界の端でベルがちょこまかと動いているのを感知しながらも悩みに悩み、今日は何も買わないでおこうとベルの方に向く。

 

「シルさんは、何を買おうとしてたんですか?」

 

そのタイミングで聞いてくるベルに、悩みながらもシルは答える。

特にこれといったものはなかったのだが…男の子の買い物と女の子の買い物は違うということは理解しにくいだろうし、と。

 

「そうですね…かんざしとか、バレッタとか、仕事中にも使えそうな髪をまとめる物が欲しかったんですけど、ピンとくる物がなかったので今日は見送ろうかなと」

 

 

 

そうですか…そう呟きながら店内をくるっと見渡すベル君。

 

すいません、ちょっとお手洗いに行ってきます。

そう言いながら、その場を離れるベル君。戻ってくるまでもう少し見て回ろうと探すも、ピンと来るものはやはりない。デザインならこれかなぁと思うものも、なんとなく気に食わないし、それなら手持ちのものの方が良いと購入には至らない。

 

その後、数分程してベル君が戻ってくる。じゃあ出ましょうか、と声を掛けながら手を差し出してくる。

 

その手をしっかりと取り、店を後に。何故か、店員さんの視線が熱かった気がするが気にせずに次の店へと脚を向ける。

 

 

 

その後も、服や小物、雑貨類を見て回りたまに買ったり買わなかったりとくるくると街中を歩き回る。お昼も、露店…屋台で買った物を食べ歩きながら、なんかこう、年相応な青春的な物を感じながら楽しんだ。

 

そうしてもう日の落ち掛けている夕方。辺りが夕焼けに赤く染まる中辿り着いた、たまに来る小さな書店。このお店にはたまに来るのだ、とベル君の手を引いて入っていく。

 

「すごい…本がたくさん」

「ふふ、私もたまに来るんですよ。ベル君は、何か本を読まれるんですか?」

「えっと…英雄譚とか歴史書とか、そういうのなら」

「冒険者になったんですから、色々と迷宮に関する知識なんかも身につけなきゃダメですよ? …って、よくお客さんが話してるのを聞きますね」

「うっ…リヴェリアさんやエイナさん…ああ、僕の担当アドバイザーのギルドの方なんですけど、その人にもよく言われます…」

 

そんな風に小声で会話しながら、店内を見て回る。生憎、気になる本はなかったけれど冒険者としての知識や迷宮の冒険譚などを集めた書物の辺りをうろちょろとするベル君の姿を見つけたところで今日やりたかったことを思い出す。

 

そして、ぴこーん、と今がその時だと本能で察知する。一旦ベル君に声を掛けてお店から出て、おもむろに鞄から一冊の白い装丁の本を取り出して両手で背表紙と小口側を挟むように持ち、表紙をベル君に見せつけるように胸の前で止める。

 

「…そんなベル君に、オススメのものがあるんですけど…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が実はここにありまして」

「ええっ!?」

「今ならそうですね…ベル君になら特別に譲ってあげてもいいんですけど…」

「え、え!?」

「まぁ、私も頂いたものなのでよくわかりませんが…どうですか? 欲しいですか?」

「う、気になりますけど…でも、そんな高そうな本…」

 

確かに、見た目は真っ白とはいえ装丁自体は…というより素材自体は非常に高価そうに見える。遠慮しているのか、しかし期待に顔を綻ばせながらこちらの様子を窺っている。少し押してあげれば、遠慮しながらも遠慮なく受け取ってくれるだろう。

 

「まぁまぁ、()()()()()()()()()()()()()から。もし、気後れするならそうですね、貸してあげるという形でどうでしょうか? 何せ本ですからね、汚したり破れたりしない限りは問題ありませんから!」

「そ、そうですね…では、貸していただけますか? 大切に扱いますので…」

「ふふ、まぁ、返してもらえなくても結構ですよ? では、どうぞ」

 

そうして、本を手渡す。大事そうに鞄の中に入れるベル君を見ながら、心の中で安堵する。ミッション・コンプリート。ふふふ。

リューにばっかりいい格好をさせるわけにはいかないもの。少し大変だったけど、利害が一致して渡すことができてよかった。喜んでくれるといいなぁ。

 

「…あ、か、代わりと言ってはあれなんですけど…その、別れ際に渡そうかと思っていたんですけど…これ、受け取っていただけますか?」

 

ニヤけたような笑みを抑えきれない私に、ベル君は鞄に収めた本と入れ替わりに何か細長い箱を取り出して差し出してくる。

なんでしょうか、このタイミングで私に渡すようなもの…?

 

「…な、なんでしょう? 頂いてよろしいのですか?」

「そ、その…プレゼント、です…受け取ってもらえると…」

 

顔は今日1番の真っ赤。目線は斜め下に逸れ、彷徨っている。しかし身体はしっかりとこっちに向き、まっすぐ、両手で箱をこちらへ向ける。

 

なんだこの子、可愛い。これが弟を持つ姉…いや、子を持つ母の気持ち…!?

 

「ありがとうございます…開けてもいいですか?」

「う、は、はぃ」

 

そうして、丁寧に包装紙を開けると出てきたのは落ち着いた銀色の細いかんざし。先には、小さな、されど全体のバランスを考えると丁度良い大きさのグレーダイヤモンドが一粒、揺れるようにあしらわれている。

こ、これは、朝に見たあの石では…。

 

「べ、ベル君、これは…?」

「あの、朝、最初に行ったお店で…シルさんに似合いそうだなぁと思って…すぐに作れるって言うから、作ってもらったんです」

 

受け取ってもらえますか…? そんな風に不安げに訪ねてくるベル君の姿に、元より掴まれていた心は撃ち抜かれた気がした。

 

「ありがとうございます、大事に使います…本当に」

 

そう伝えながら、ギュッと胸にかき抱くようにするとベル君は明らかにホッとした顔を作る。おそらく、ピンと来るものが来ないと言ったからあそこのお店のものは趣味に合わないのかと不安だったのだろう。

そんな彼に、心の底から癒された気分である。

 

「…ベル君、今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

「そんな! ぼ、僕も楽しかったですから…あの、また、いつか機会があれば…誘っていただければ」

「ふふ、じゃあ、ベル君がお店に来るたびに誘っちゃいますよ?」

「なぁっ!?」

「冗談です、でも、そうですね…たまに、声を掛けさせて頂きます。でも、ベル君も忙しいでしょうから無理にとは言いません。今回は少し強引過ぎましたから…ごめんなさい」

「い、いえ…」

 

しかしなんだか、今日はお開きのような感じになってしまったが…この好機をみすみすこんなところで終わらせるのも痛い。普段から休みは少ないし、ベル君の予定と合うなんてことは中々ないだろうし…うん、ベル君も楽しいと言ってくれているのだから今日はまだまだ遊びましょう。大丈夫、まだ太陽も見えてます。

 

「…さて、では次のところに行きましょうか?」

「えっ? あ、は、はいっ!」

 

互いの荷物の一部を交換し、先程よりも近くなった気がする距離に喜びながら引き続きこの日を楽しむことにした。一応、彼の年齢と保護者たるロキ・ファミリアの方達のことを考えて…まぁ、夜8時くらいまではとかなり自分に甘い門限を決めながら。




これが一般町娘(?)の女子力。
冒険者とは違うのだよ、冒険者とは。


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29話 町娘逢引(3)

結局、日が落ちてから少しするまで街中を歩き回ったシルとベル。最後に、折角だから食事を、とのことで豊穣の女主人へと来ていた。

これは、シルから誘ったことである。いつも来てくれるお礼に、今日は奢っちゃいますよ! という甘言にベルはあっさりと首を縦に振った。

 

仲睦まじく、街灯に照らされながら一つの影となって歩く彼等が店に着く十数分ほど前。ある客達が店を訪れていたことを彼らは知らない。

 

そして、手を繋いだまま扉に手を掛けて、開く。

ガヤガヤとした店内では多種多様な人達がその場の空気を、料理を、酒を、会話を楽しんでいた。店に入ってきた客に目を向けるものは少ない。そんな、少ない中の1人であるリューがいち早く2人に声をかける。

 

「…いらっしゃいませ、クラネルさん。それから、随分仲良くなったようですね、シル?」

「うん! 見て見て、これ、ベル君に買ってもらっちゃったんだぁ」

 

この店に入る前。最後にお花を摘みに行ったタイミングで結えてきたお団子と、そこに刺さるかんざしを見せつけるようにするシル。そんな彼女の姿に呆気に取られ、次にベルにきつい視線を向けるリュー。そのよくわからない空気にビクリと震えるベル。

 

リューは、自分自身理由もわからぬ苛立ちをベルにぶつけるのは恥ずべきことだと、申し訳ない、怖がらせてしまった。悪意はないのだとベルに謝る。ベルもそれを許し、こちらこそ怖がってすいませんと謝り返して、これで話は落ち着いたかと思われたその時。そう、その時。

リューが先に案内しようと一歩踏み出した瞬間。

 

入り口にほど近い席に座っていた女性達が、一斉に立ち上がる。

いや、一人崩れ落ちた者を除いて。

 

「…ベル、説明」

「ベル、ちょっとこっちにきなさい」

「ベルー、そういうのは良くないと思うなー?」

「や、やっぱりベルは酒場のウエイトレスさんに取られるんだぁ…あはは…そうだよね、気遣いもできないポンコツエルフなんかより、綺麗で優しい人間のお姉さんの方がいいよね…あはは…」

 

風の付与魔法を行使しているわけでもないのに、何故か纏う風の闘気が見えるアイズ。

スキルの条件を満たしていないのに、スキル発動時並みの威圧感を醸し出すティオネ。

いつもの笑顔が消え去り、光を感じさせないながらも見開かれた瞳でベルをじっと見るティオナ。

マインドダウンでもしたかのように、どさりと崩れ落ちなにかをぶつぶつと呟くレフィーヤ。

 

そんな4人の姿がそこにあった。ベルは顔を真っ白にする。

何か、よくないことが起きる気がすると、これまでの2ヶ月程で培われてきた危機に対する警報が頭の中に鳴り響く。

 

なんでここにみんながいるのか、と考える間もなく飛び出してきたティオネにガシッと首根っこを掴まれて、投げ込まれたのは狭い4人用対面式の机。その片方、奥で砕け散ったように崩れ落ちているレフィーヤと戦闘中よりも濃く闘気を発している気さえするアイズの間に挟まれる。

シルは目をまん丸くして、あっ、と声を漏らしながら口を抑えてそろっと離れる。

 

…逃げたぁ!? シルさん、助けてぇ!?

…ごめんね! 私じゃ無理!

…リュ、リューさぁん!?

…私は無関係ですので。

…だ、だれかぁぁぁぁぁぁぁ!?

 

そんな視線が交わされたが、悲しいことに関わろうとするものはゼロであった。ここに、ミアハでもいれば神の手を差し伸べてくれたかもしれないが、いないものはいない。

 

一方、アマゾネスの双子はテーブルを壊さんばかりに握りしめており、何というか、ミノタウロスよりも遥かに恐怖を感じる様相だ。

 

そんな中で、アイズが口を開く。

 

「…ベル、正直に答えて。あの人のことが好きなの?」

「ひうっ!? え、えと、はい、好きか嫌いかで聞かれれば好きですけど…」

 

目を細めながら、更に距離を詰めて問い掛ける。

 

「…正直に、答えて?」

「え…その、正直に答えたんですけど…」

「アイズ、それじゃこの鈍感には伝わらないわよ。ねぇベル? あのウエイトレスさんと付き合っているのかしら?」

「え、ええええ!? ま、まさか! 僕がそんな…っ!」

 

全身で違う! と表現するベルのことを信じて少し空気が緩む。そこまで必死に否定しなくても、とシルが膨れる。されど、また、いや、まだ別の問題が残り空気は凍る。

 

「そう、付き合っているわけではないのね。ならなんで」

「ベル、贈り物なんて私達にもしてくれたことないのに、あの子には渡すんだー、ふぅん」

「…うえっ!? そ、その、誤解です!」

「5回!? 5回もあの子には貢いだの!?」

「そうじゃなくてぇぇぇぇ!? 違うんです!?」

 

ガクンガクンと胸ぐらを掴まれて揺さぶられる。一応手加減はしているだろうとはいえ、高レベル冒険者、それも筋力に特化しているティオナである。アマゾネスの身体的能力の高さも相まって、ベルの脳味噌は激しくシェイクされている。

 

「そ、その、皆さんの分もあるんです!?」

 

半分どころか8割くらい泣きながらのベルの絶叫に、ピタリと動きを止めるティオナ。目を丸くするティオネ。目を見開くアイズ。むくりと身体を起こすレフィーヤ。遠くで私だけじゃなかったのかと軽くショックを受けるシル。密かに期待を目に浮かべてちらちらとベルの方を見るリュー。

 

「あぐぅ…」

 

止めた動きそのままに、軽く吊り上げられていたベルをパッと放してしまうティオナ。揺さぶられた脳味噌ではしっかりと着地することもままならず、べちゃっと椅子に落ち、隣のレフィーヤにもたれかかるように倒れる。

 

「…あ、ご、ごめんベル…」

「だ、だいじょ、ぶ、です…」

「…こほん、私も悪かったわね」

「…私も、ごめん」

「…そ、その、私もごめんなさい…それから、昨日のことも…」

「だいじょぶ、だいじょ、ぶ、です…」

 

きゅうっと目を回すベル。譫言のように大丈夫大丈夫と呟く彼を見て、周りの4人と距離を取った2人が罰の悪そうな顔をする。

 

「…連れて帰りましょうか、迷惑をかけました…」

「…賛成、なんか、ごめんなさい…」

「…そうしよう、その、ごめんなさい」

「…そうしましょう。迷惑をかけて申し訳ありませんでした…」

「…あの、なんかこちらこそすいません」

「…またのご来店、お待ちしております」

 

微妙すぎる空気で今日のこの日は終わりを告げた。

 

ティオネがベルを背負い、本拠へと帰っていく。

レフィーヤが、代わりに持ったベルの鞄をこっそりと盗み見て、中に10個ほどあった小箱や小包を見て少し頬を緩める。自らが今ベルに避けられていることも忘れて。そして、悪いことをしたと表情を歪める。

 

そんなレフィーヤの姿を見たティオナにアイズもその小箱達を見て、悪いことをしたなぁとベルの頭を撫でる。折角、あの綺麗なウエイトレスさんと楽しく遊んできて、今から一緒にご飯だったろうに…とベルと、ついでにシルにも申し訳なく思った。まぁ、シルとの懇ろな付き合いを許すかどうかは別として。

 

通算何度目になるかわからない、気絶による強制睡眠をこの日もベルは取ることとなった。

 

なお、小箱や小包に気を取られて、真っ白な豪華な本には一切目が向くことはなかった。

 

そして、嫉妬心に狂った行動を周囲の目があるところでしたことをミア伝いに苦情として聞いたリヴェリアは、彼女らが気絶するまで説教を行った。

 

 

 

翌朝、むくりと起きたベルが覚えていたのは、酒場に入るまで。もしかしたらお酒でも飲んで酔って記憶でも飛ばしたのだろうかと思いながら、辺りを見渡す。見慣れた部屋だと確認し、横に置かれていた鞄を漁る。

 

よかった、昨日買ったもの、もらったものは無くなっていない。今日は昨日買ったものをみんなに渡しに行こうとようやく昇り出した太陽の光に癒されながら、今日の予定を決める。その前に、最後に何があったのかわからないけどシルさんには謝っておかないと…と強く決意して。

 

何があったかは覚えていないけど、僕が無事ここにいるということはおそらくシルさんに迷惑をかけたということは疑う余地がない。

 

まあ、まだ朝早いし、もう少し寝てから、とベルは二度寝についた。




悪いのはベル君なのか周りなのかちょっとわからなくなってきました。


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30話 贈物進呈

チチチ、と小鳥の鳴き声が聞こえたとともに寝返りを打ちながらンンっ、と声を漏らす。

回らない頭で時間を確かめると、いつもより少し遅いくらいの時間。なんだか、夢も見ないほどぐっすりと眠れた気がする。

 

はて、今日は何をしようとしていたんだっけ…とゆっくり身体を起こしながら記憶を探ろうと頭を振ると、ドアがノックされる。

ん? 誰だろうか、どちらにせよ身嗜みを整えるまで少し待ってもらわないと…と考えていると、返事より先に声が掛かる。

 

「ベル、もう起きているか? 入るぞ」

「ぇあっ!? リヴェリアさん!? ちょ、ちょっと待ってください!?」

 

静止の声も虚しく、かちゃりとドアが開け放たれる。そこにいたのは、本人は否定しているがファミリア内で母と呼ばれるリヴェリアさん。眷属(子供)に対して主神()であるロキ様ですらたまにそう呼んでいる。実際僕も、母のように慕ってはいる…怒ると、とてつもなく怖いけど…。お爺ちゃんも言っていたけど、怒った美人は何より怖いというのは本当だったようだ。

 

そんな人が、僕の姿を見て眉間に皺を寄せる。

 

「…今日は随分、ゆっくりとしているな?」

「ひぁっはい! ちょ、ちょっと変な時間に目が覚めて二度寝しちゃいまして…」

「ああ…まぁそれなら仕方がないか…昨日は大変だったようだしな? 酒場の女将から連絡が来た時には一体何事かと」

「うぐっ…ぼ、僕、昨日何をしたんですか? その、酒場に入ったところから記憶がないんですが…」

「…ふむ? まぁ、その話は後ろの面々に聞くといい。私から話すことでもないだろう。では私はもう行くが…ベル、普段から昨日くらいしっかりと髪は梳かした方がいいぞ?」

「気、気をつけます!」

「よし。それから、こいつらに変なことでもされたら後で教えてくれ。しっかりと叱っておくから」

 

そう言ったリヴェリアさんの後ろから、少しの怯えと罪悪感に塗り潰された表情の4人が入ってくる。ティオネさん、ティオナさん、アイズさんにレフィーヤさん。えっと、どうしたんだろう?

 

しかし、リヴェリアさんがいなくなると同時、僕のきょとんとした顔を見て、アイズさんがなんだか悪いことを考えている顔になる。

 

「…ベル、昨日のことは覚えてる?」

 

その質問に、先程同様のことを答える。アイズさん達も、知ってるのかな…。いったい僕は何をしたんだろうか…。

 

「い、いえ、酒場に入ったところまでしか…」

 

にたり、悪役のような笑みをアイズさんが浮かべた気がするのも束の間。他の3人と顔を寄せて小声で話し出す。な、何を話しているんだろうか…?

 

「…よし、ベルは覚えていないみたいだし、隠し通そう…っ!」

「…そ、それはどうなんでしょうか!? 後からバレでもしたら…私、こ、これ以上ベルに嫌われる原因を作るのは嫌ですよ!?」

「…いえ、それはいいかもしれないわね。勿論、お店の2人にも話を通す必要があるけどあのエルフは協力してくれるかもしれない」

「問題は人間の子の方だよね…大きな借りになりそうだけど、なんとか黙っててくれないかなぁ。私としては何としてでも隠したいんだけど…乱暴なアマゾネスって印象が強くなっちゃう…ただでさえベルの部屋壊しちゃったのに…」

「そ、そういえば私、部屋も壊した上にデリカシーまでないと思われてる…っ!?」

「…今回の件を隠すのは、全員にとって利がある…っ!」

「「「「よしっ!!」」」」

 

話の内容は僕の耳には聞こえないけど…なんだか、話がまとまったみたい。

 

「あ、でも、昨日のこととは別でベルに謝りたいことがあるので、私に任せてもらえませんか…? 話も逸れると思いますので…」

「…わかった」

「いいわよ」

「うん!」

 

話し合いが終わったようで、代表してレフィーヤさんが僕に口を開く。

 

「ベル、まずは…もう一昨日ですね。その、傷付けるようなことを言ってすみませんでした」

「あ、い、いえ…本当のこと、ですし…」

 

そうして思い返されるのは、一昨日のこと。成長していないことを痛感させられたあの会話。なお、冒険者としてではなく男として。

 

「いえ、本当のことだとしても…本当のことだからこそ謝らないといけません。私だって成長してないとか育ってないとか、増えてないとか小さいままとか言われたらショックですし気持ちはわかります。ね、ティオナさん?」

 

と、そこで目元を落としながらなおも謝るレフィーヤさん。そこから、慈愛に満ちた眼差しでティオナさんの方へと目を向ける。

ティオナさんは顔を少し赤くしながらレフィーヤさんに詰め寄る。

 

「どうしてそこで私に振るかなぁ!?」

「え、だって仲間じゃないですか!?」

「くうう! 私だって気にしてるのにー!」

「あ、あはは…」

「はぁ…」

「…レフィーヤ、そういうところだと思う、よ?」

 

なんとなく察した。けど、言及するわけにはいかないので苦笑いをするのみに留める。なんて反応しにくいことを…。というか、アイズさんですら呆れている…?

あ、レフィーヤさんがショックを受けている。

 

「う、こ、こほん。ま、まぁ、そういうわけで…本当にすみませんでした。その、次の日にもなんだか私のことを見たら慌てて逃げるように去っていったからよっぽど嫌だったんだろうなと…」

「あ、いえ、僕の方こそその、変に避けたりしてすいませんでした…なんか、恥ずかしくなっちゃって…」

 

子供の癇癪のように泣いて逃げ出したことが恥ずかしくて、顔を合わせにくかったのを誤解されていたのだと気がつく。嫌っているわけでは決してない。ただ、子供扱いが嫌だったというか、恥ずかしかっただけであって。男に向かって可愛いは褒め言葉じゃないと思います…。

 

「…じゃあ、これで仲直り?」

「まぁ、仲違いしていたわけでもないみたいだけど」

「レフィーヤの被害もーそーってやつ?」

「うぐっ」

「な、なんかすいません…」

 

その後、少しの雑談を挟んでようやく元通りの空気に戻る。そこで、ふと鞄の中身を思い出す。そうだ、折角だから今渡そう。

 

「そういえば、その…昨日シルさんと買い物に行っていた時にお土産を買ってきたんですけど…」

「「「「ありがとう(ございます)」」」」

「!?」

 

サプライズのつもりだったのに…お、驚きもせず感謝の言葉を揃えてくるなんて…やっぱりみんな、綺麗だし可愛いし、レベルも高いし有名だし、プレゼントとか貰い慣れてるのかな…。なんだろう、なんか、渡すのが恥ずかしくなってきた…。

 

「…そ、その、これ、です…」

 

店員さんに中身がわかるように貼ってもらった小さなシールのようなものを目印にそれぞれに渡していく。

 

アイズさんには金色の針が中で輝いているルチルクォーツ。レフィーヤさんには金色が散りばめられたような、深い藍色のラピスラズリ。ティオネさんとティオナさんには、名前的に安直過ぎてどうかな…と思ったけどとてもよく似合いそうだしとアマゾナイト。ティオネさんには青緑っぽい色合いで、ティオナさんには黄緑っぽい色合い。

 

他にも何人かに買ってあるけど、とりあえずその4個を取り出して渡していく。

 

それぞれアイズさんにはネックレス、レフィーヤさんには髪紐、ティオネさんとティオナさんには長さを調整できるタイプの物を。手首でも足首でも、首でもつけられるように。

 

喜んで受け取ってくれて、よかった。

一頻り、きゃいきゃいと喜んでくれた後にレフィーヤさんがこちらを向く。改めてお礼を言ってくれた上で、贈り物の理由を尋ねてくる。

 

「本当にありがとうございます、ベル。でも、どうしてこのタイミングなんですか? 何かありました?」

「こちらこそ、レフィーヤさんには色々と貰ってばかりだったので喜んでもらえて嬉しいです。それは、その、自分で初めて稼いだお金だったので…色々と迷惑もかけてましたし、恩返しをしたいなぁ、と…」

 

その言葉に、にへらっとレフィーヤさんの顔が緩む。他の3人も、それぞれ穏やかな表情と空気を纏う。

 

そのままニコニコと、今日の予定を尋ねてくる。

僕はそれに、正直に答える。

 

「そうですかそうですか…えへへ、ところでベル? 今日は何か用事はありますか?」

「えっと、今日はまた豊穣の女主人に行こうかなと…リューさん…あのお店のエルフの人にも渡したいので…その、色々とお世話になっていて。それに、さっきも言ったように昨日シルさんとお店に行ったはずなんですけど記憶がなくって…何をしたのかも覚えていませんが、謝りに行こうかなと」

「っ、へ、へぇ〜、そ、そうなんですか」

 

そう答えると、穏やかな空気が霧散する。目に見えて狼狽るレフィーヤさん。更に、その横で緊張を隠さないアイズさんに動揺を見せるティオネさんに冷や汗を流すティオナさん。何かあったのだろうか。

 

「ちょ、ちょっと相談させてください」

「そ、相談…? わ、わかりました」

 

すると、先程と同様、また4人が顔を寄せて話し出す。

手持ち無沙汰な僕は、窓から外を眺める…あ、ラウルさん、アナキティさんと出掛けるのかな? やっぱり仲良いよね、あの2人。

…あ、あっちにはエルフィさんだ。何をしているんだろう…なんか、変な格好で倒れてるけど。周りに焼けた跡が…。

ん、中庭の東屋にはリヴェリアさんとアリシアさんと…エルフの人達が何人か。お茶会かな?

 

みんな今日はダンジョンに潜らないのかな? あ、ベートさんが木の下で寝てる。あそこ、日当たりもちょうど良さそうだし芝生も綺麗だし風も吹き抜けてるし、凄くいい昼寝スポットなんだろうなぁ…。

 

そんな風に外を眺めていると、扉を開ける音と外へ駆け出す音。振り向くと、アイズさんとティオネさんが居なくなっている。

 

「あ、あれ? お2人は…」

「ちょっと急用ができたみたいで…そ、それで、ベル。もし良かったら今から少し本でも読みませんか?」

「本…ですか?」

「うんうん、私もあんまり英雄譚以外の本は好きじゃないけど、うちの書庫にはたっくさん本があるからね!」

「はぁ…」

「ベルも、一端の冒険者になるためにはそれなりに知識もつけないといけませんよ? 案内するので、書庫へ行きませんか? 乗り気じゃないなら、他のものでも構いませんが…」

 

なんだろう、なんとなく、理由はなんでもいいけど絶対に引き止めるという確固たる意志を感じる。そう、これは、一昨日にシルさんから掛けられた誘いと似ている気配を感じる。つまり、きっと断ることは不可能に近い。

 

「わ、わかりました…あ、でも僕、昨日シルさんから本を借りてて…それを読もうかなと。なんでも、どんな冒険者でも役に立つような本、だそうで」

 

であれば、大人しく諦めて受け入れるのが吉だと僕の反応とお爺ちゃんの教えが言っている。

 

っよし!へぇ、どんな本なんですかね? 冒険者御用達のあそこのお店の人が言うくらいなら、本当に役に立つ本なんでしょうけど…読み終わったら少し見せてもらえませんか?」

「私も気になるかも!」

「借り物ですので…その、破いたりしないでくださいね?」

「そんなことしないよー!?」

 

ティオナさんのあまりの勢いにすこし懸念しながら、先導してくれるレフィーヤさんとティオナさんの後をシルさんから借りた本を大事に抱えてついて行った。




不思議なことに女性陣みんな腹黒くなっていっている気がする。

きっとおそらく多分気のせいです。

まぁ原作ヘスティア様もスキル隠したり魔導書隠そうとしたりこんな感じでしたよね!(偏見)

メモ:現時点で大体冒険者登録から2ヶ月半。


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31話 交渉成立

館内の奥まった辺りにある書庫。一昨日も訪れた場所ではあるがそこはシルさんと共に行った書店ほどとまではいかないがかなりの数の本が並んでいる。

 

長年に渡り蓄えられてきたその蔵書達は、本が好きな団員や知識を深めるために購入した団員達によって揃えられてきたもので眷属なら自由に使っていいものだ。

 

数こそそこまで多くないが、収められている英雄譚一つとっても、僕の知らない英雄譚や僕が知っているものでも細部が違うもの、より原典に近いものなど多種多様なものがある。

 

ティオナさんは数冊の英雄譚を。レフィーヤさんは何やら図鑑のような物を手に取って、車庫内の大机へと座る。僕も、シルさんから借り受けた本を手に座り、開く。

 

ゆっくりと開けると、まずは本のタイトルだろうか。少し大きめで、デザインがかった文字で描かれている。

 

『これで貴方もモッテモテ!? 魔法のような男磨きの方法(3)』

 

パタン、と、音を立てて閉じる。

ふーっ、と息を吐いて精神を安定させる。さて、もう一度。ちょっと中表紙は飛ばそう。目次から行こう目次から。というか、3巻なのこれ!?

 

『1.まずは自分のことを知ろう!』

『2.まずは目標を決めよう!』

『3.それを達成するためにはどうすればいいかな?』

 

う、うん…? 中身はまともっぽいような、そうでないような…とりあえず、読み進めてみようか…。

 

ぺらり、ぺらり、一枚ずつページをめくっていく。

なんだろう、本を読んでいる感覚はしっかりとあるけど、薄い。

文字を読んで理解しているというより、これは…。

 

ぺらり、ぺらり、勝手に手は動く。

 

頭の中に声が響く。ページをめくっていたはずの手は既に動いていない。なのに、物語は進んでいく。夜になり、昼になり、雨が降り、風が吹き、かと思えば太陽が降り注ぐ。そうして、いつしか闇の中にいた。

声が、響く。

 

『ようやく、ここまで辿り着いたね』

 

『さぁ、自らを見つめ直すときだ』

 

レフィーヤさんも、ティオナさんも、近くにいるはずなのにその姿を感じ取ることができない。まるで夢の中にいるような独特な感覚。

そんな中で、朗々と声が響く。

 

『魔法はもう、使えるようになったみたいだけど…まだ、力を求めているんだね? 満足、できてない?』

 

その問いに、是、を返す。まだまだ僕なんかの力じゃ足りない。

そう、いつかレフィーヤさんと約束したではないか。レフィーヤさんを助けられるくらいの一人前の冒険者になると。

 

『そっか、君はやっぱり貪欲だ』

 

『じゃあ、教えて。君にとって、力って何?』

 

…みんなを、守るためのもの。

 

『君にとって、魔法って何?』

 

…それも同じ、みんなを守るためのものだ。

 

『じゃあ…君の使いたい魔法って、どんなもの? その魔法に、何を求めてる?』

 

何よりも疾く、助けを呼ぶ人に駆け付けられるもの。

何よりも堅く、助けを呼ぶ人を守り抜けるもの。

何よりも鋭く、驚異を、障害を、切り裂くもの。

どんな時でも、助けを求める人を助けられるような、そんな奇跡のような魔法。

 

『やっぱり貪欲だ。それに…都合が良過ぎる』

 

だって、魔法って言うくらいなんだから…そんな奇跡があっても良いじゃないか。

 

『うーん…それもそうかもね。じゃあ君は、もしそんな奇跡をその身に宿したら…何を為す? いや、何を成す?』

 

家族みんなで、未知へと挑戦する。みんな笑顔で、笑って過ごせるようなそんな未来を夢見て。手の伸ばせる範囲の全てを助けられるような、そんな、脚色された英雄譚のような英雄に成りたい。

 

『君の、小さな腕では抱え切れないほどの大きな夢だね…でも、うん。志は高い方がいい』

 

そう、志は高く、夢は大きく。僕が憧れる英雄達は、発見者達は、皆、それを抱いていた。

 

『でも、それでいい…甘っちょろくて、夢見がちで、現実が見えていない。駄々を捏ねる幼い子供のような。けど』

 

『「それが、今の()だ」』

 

くくっ、と。ハハッ、と。笑い声が漏れる。

夢見る何かと笑い合い、最後に、何か言葉を残された気がするけど、急速に目覚めようとする意識の中でそれを聞き取ることはできなかった。けど、何故か大丈夫だとよくわからない確信がある。

 

 

 

『ハハハハッ…今世での妹を頼んだぞ、…今世では姉か? まあ良い、小さな英雄、いや《英雄に至る者》よ! かの神話の《神の座に上る者》とも遜色のない活躍を期待しよう!』

 

 

 

「…ベル、ベール! 起きない…もう。少し目を離しただけで寝ちゃうなんて」

 

声が近くで聞こえる。心安らぐ、家族の声。

 

「…あ…れ…?」

「…あ、起きましたか? 全く、本を読み始めてから数分も経たずに寝てしまうなんて…そんなにつまらなかったんですか?」

「えっと…?」

 

覗き込むように、いつの間にか閉じられていた本の表紙を見るレフィーヤさんが首を傾げる。

 

「…英雄譚、ですか? これ」

「えっ?」

 

まさかそんな、そう思った僕は目線を本に向ける。

 

そこに踊る文字。『英雄日誌』という言葉に先程までの記憶が薄く蘇る。

 

それを聞いたティオナさんもこちらを覗き込む。なになにー? と、興味を示したようだがティオナさんの手が届く前に、困惑を隠せない僕に対してちょっと見せてくださいと言いながらレフィーヤさんが本を手に取る。

パラパラとページを読み進める。

中身は、ここから覗いた限りでは全て白紙のように見える。

レフィーヤさんが見る見るうちに震えだす。

 

「こ、ここっ、こっ、これ…ままま、まさか、ぐ、魔導書(グリモア)…?」

「「へ?」」

 

僕とティオナさんの間の抜けた声が揃う。ぐりもあ?

 

「し、しかも、かなり高品質な…っ!? べ、ベル! 今すぐリヴェリア様のところに行きますよ!?」

「へ? え、ちょ、せ、説明を!?」

「そんなものリヴェリア様が全部してくれます! さあ行きますよ!」

 

さっき、窓の外から見た東屋へと全速力で引っ張られていく僕。後衛とはいえLv3の冒険者であるレフィーヤさんの力で引っ張られた僕は、半分宙を浮きながらの移動になった。吐きそう…。

呆気にとられていたティオナさんも、後を追いかけてきた。

 

 

 

「…で、これがベルが読んだという魔導書(グリモア)…の抜け殻か」

「はい…」

「えっと…リヴェリアさん、ぐりもあって…?」

 

悩ましい顔をしているリヴェリアさんと、白い顔をしているレフィーヤさん。なんだか、とっても大変なことをしてしまった気がする。

 

「…まぁ、簡単に言えば魔法を発現させてくれる魔道具(マジックアイテム)だ。ときにベル、これは借り物だと言っていたそうだな?」

「魔法を発現させてくれる…? そ、そんな魔法のようなものが…あ、えと、はい。酒場のシルさんから…」

「そうか…ベル。私もついていくから、謝罪に行くとしよう。魔導書(グリモア)というものは使い捨てでな。一度効果を発揮すると後はただのガラクタになってしまうのだ」

「へぇ…えええ!?」

 

つ、使い捨て!?

 

「それに、値段もかなり高い。この質なら…1億は下らんだろう。何せ、魔導と神秘の結晶だからな。作れる者も数少ない」

「はへっ…」

 

1億…1億!? ぼ、僕が2週間で稼いだ金額の…1000倍くらい…?

ひえっ…。

 

「どういう思惑で貸したのかはわからないが…価値を知らずに貸したのか、何か意図があって貸したのか。恐らく後者だとは思うがそれでも一度謝っておくのは必要だ。今から行くとしようか」

「私もついていきます!」

「じゃあ私もー!」

「お前ら…まぁ、良いか。よし、行くぞ」

 

 

 

そうして、皆でゾロゾロとお店へと向かう。ついでだし、と持ってきたリューさんへ渡すものもしっかりと鞄に入れて。

 

「ほら、ベル。お前からまず、しっかりと謝るんだ。何か問題があればその後の話は私がしてやるから」

 

お店の前で、ポンと1番前に立たされる。

なんかお腹が痛くなってきた気がする。で、でも、返さなくてもいいって言ってくれてたし、悪いことにはならないはず…っ!

 

意を決して、扉を開いて中に入る。

 

 

 

「…じゃあ、2週間に一度は、貴方がベルの休日に約束を取り付ける優先権を得るということで…ベルが貴方の誘いに承諾か拒否かしない限り、私達からは声を掛けない」

「流石に毎週は看過できないから…それで妥協してくれないかしら? それから、ベルから誰かを誘ったりした場合は見逃して頂戴。同じファミリアだから、どうしても一緒に行動することもあるし…」

「わかりました、この辺りが妥協点ですね。一応、ベル君に声を掛ける予定の日はお店の勤務日が決まってからお知らせしますので…約束は守ってくださいね?」

「…勿論。その代わり、ベルには昨日のことは…」

「ええ、他の同僚達にもしっかりと口封じしておきます」

「交渉成立、ね」

「す、すいませ〜ん! シルさん、いますか?」

 

 

 

「あっ、ベル君! ちょうどいいところに!」

 

店内に呼びかけると、何やら誰かと話しているシルさんがすぐにこちらを…って、あれ?

 

「良かった、シルさんにちょっと話したいことが…ってあれ、アイズさんとティオネさん? 急用って…」

「「あっ」」

「「えっ」」

「むっ?」

 

レフィーヤさんとティオナさんの、やっちまったというような声。

アイズさんとティオネさんの、なんでというような声。

 

なんか、やっぱりよくないことが行われている気配を感じる。

 

こちらへ来た2人が、今来た2人を引きずるように連れて行き、またも何か小声で叫ぶように話し出す。

 

「ちょ、ちょっとレフィーヤ!? 何のこのこと連れてきてるのよ!? しかもリヴェリアまで!」

「…ま、まさか、リヴェリアにバレた?」

「ち、違います違います別件でちょっと問題がありまして! あああ、うっかりしてましたぁ!」

「私もすっかり忘れてた…やっば」

 

「何をやっていたのだ、あの2人は…?」

「まぁあの人達は置いておいて…もう話も纏まった後ですし、ベル君の話は間違いなくあのことでしょうし、これはまたとないチャンス…ベル君、どうしたんですか? 昨日の今日で会いにきてくれるなんて、私は嬉しいですけど…」

 

とりあえず、あの4人はまたこそこそと話をしているみたいだから本題のシルさんとの話をしてしまおう。リヴェリア様がじっと4人を警戒するように見ているのが気になるけど…。

 

「そ、その、昨日酒場に入ってからの記憶がなくて…もしかしたら迷惑をかけたのかなと謝りに来たのと…あの、昨日借りた本なんですけど…」

「昨日のことは…」

 

そこでチラッと、シルさんが4人の方を見る。視線に気がついたのか、4人ともシルさんの方を見返す。視線が交わされ、バチバチと火花が散ったように感じられた。シルさんが僕から顔が見えない角度まで振り返り、何かをすると、4人の顔が急に強張りブンブンと首を横に振る。

な、なんなんだろう、本当に…。

ああ、リヴェリアさんの視線が険しくなっている…。

 

くるん、と綺麗なターンを決めながらこちらへ振り向いたシルさんは、機嫌が最高に良さそうな笑みを浮かべていた。可愛い。

 

「昨日のことは、()()()()気にしなくても構いませんよ! 迷惑どころか、ありがたいこともありましたので!」

 

それで、本のことと言うと…? と話を続けてくる。まずは一つ、話が終わってほっとする。しかし、ありがたいこと…?

ま、まあいいや、深呼吸深呼吸。よし、謝らないと…!

 

「ありがとうございます…その、借りた本だったんですけど…あの、リヴェリアさんに聞いたらぐりもあって言うものだったみたいで、その、一度読んだら使い捨ての魔道具(マジックアイテム)だったようで…」

「まぁ…」

 

驚いた眼をしながら口に手を当てるシルさん。うう、シルさんもやっぱり知らなかったのかな?

 

「そ、その…値段が…最低でも1億ヴァリスくらいはするみたいで…あの、ごめんなさい!」

「元々、返さなくていいと言ったのは私ですから…私も知らなかったことですし、ベル君は気にしなくてもいいんですよ?」

 

そう言ってくれるけど、それでは僕の気が済まない。

 

「で、でも…っ、そ、そうだ、お金はありませんけど…()()()()()()()()()()()()()()()()ので…その、役に立てることは少ないかもしれませんが…」

「「「「ベル!?」」」」

っぃよしっ!そんな…でも、そうですね…じゃあこんなのはどうでしょうか? 2週間に1度、買い物に付き合ってもらう、と言うのは」

「荷物持ちくらいなら、喜んでさせていただきます!」

 

困った笑顔で、なんとも優しい提案をしてくれるシルさん。ああ、今のシルさんはまるで、女神様のように輝いて見える。

 

何故か項垂れている4人と、まぁ一件落着かと少し和らいだリヴェリアさん。

ぽわぽわと嬉しそうなシルさんと、安堵した僕。

 

本当に良かった。じゃあ1億ヴァリス払ってくださいとか言われなくて。いや、シルさんなら流石にそんな無体なことは言わないと思うけど。

 

十人十色の感情が、そこに生まれていた。

 

そう言えばと、項垂れた4人は置いておき、もう大丈夫だなと店を後にしたリヴェリアさんを見送った後にシルさんにリューさんを呼んでもらう。そうして、鞄に入れてきた小箱を手渡す。

 

最初こそ、遠慮していたリューさんだけどなんとか受け取ってもらえて良かった。

 

 

 

「…シ、シル。その、話は聞きました…あの、たまには私にも…」

「ええ〜、どうしようかなぁ〜?」

「その…お願いですから…」

「うぅん、仕方ないなぁ…じゃあ、3回に1回ね?」

「! あ、ありがとうございます!」

「…わぁ、嬉しそう。こんな顔、ベル君が見たら一発で落とされちゃいそうだなぁ…エルフが人間種族の男に人気あるのもわかるなぁ…」

 

ロキ・ファミリアの面々が店から出て行った後、こんな会話がされていたそうな。




新魔法追加後ステータス

ベル・クラネル Lv.1
 
力 : B 728→B 742
耐久 : A 892→S 924
器用 : A 821→S 854
敏捷 : S 907→S 933
魔力 : I 54→G 291
 
《魔法》
【レプス・オラシオ】
・召喚魔法(ストック式)。
・信頼している相手の魔法に限り発動可能。
・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 (ストック数 8 / 17)
 ストック魔法
・アルクス・レイ
 ・アルクス・レイ
 ・アルクス・レイ
 ・エアリアル
 ・エアリアル
 ・エアリアル
 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ
 ・ウィン・フィンブルヴェトル
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。
・ストック数は魔力によって変動。
 
詠唱式
 
第一詠唱(ストック時)
 
我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。
 
詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。
 
第二詠唱(ストック魔法発動時)
 
野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。
 
魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。



【ディヴィルマ・ーー】
付与魔法(エンチャント)
・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。
 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】
   雷属性。
 ・【ディヴィルマ・アダマス】
   主に武器に付与可能。切断力増加。
 ・【ディヴィルマ・アイギス】
   主に防具に付与可能。聖属性。
詠唱式

顕現せよ(アドヴェント)

《スキル》
冀求未知(エルピス・ティエラ)
・早熟する
・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続
・熱意の丈により効果向上
 
熱情昇華(スブリマシオン)
・強い感情により能力が増減する
・感情の丈により効果増減

この話でステータス更新まで行けなかったけど書いちゃったのでメモ用に。

ちなみにシルさんが口に手を当てていたのは、ついにやりと上がっちゃった口角を隠すためです。


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32話 魔法開花

予約投稿で昨日出す予定だったものを、間違えて今日の日付にしてました申し訳ない。


「ああ、ベル、帰ってきたか。丁度良い。そういえばステータスの更新をしてもらった方が良いだろうし、ロキへの説明も必要だろう。今から行けるか?」

「大丈夫です、けど、その前にこれ…その、昨日買ってきたお土産なんですけど、もし良ければ受け取ってもらえませんか?」

 

館に帰ってきた僕は、一度自室へと戻り小箱を一つ持ってリヴェリアさんの元へとやってきていた。そう言えば、何度か顔を合わせているのにタイミングがなくて渡せていなかったと思って。

 

「む、あ、有り難く受け取ろう」

「気に入ってくれると嬉しいです!」

「そ、そうか…今開けても良いか?」

「もちろんです!」

 

渡した小箱を包む包装紙が、ゆっくりと丁寧に開けられていく。開けられた箱の中にあるのは、森の色をそのまま閉じ込めたかのような綺麗な緑の翡翠。

それをあしらった髪紐で、レフィーヤさんと似たような物だ。

それぞれ、普段使っているものと似たデザインのものを探したけど…。

 

「…ありがとう、素敵な物だな。大切に使わせてもらうとしよう」

 

そう微笑むリヴェリアさんに、なんだか、心が軽やかになった。

 

 

 

「…ということで、ロキ。ベルが魔導書(グリモア)を読んだからステータス更新をしてやってくれ」

 

その後僕は、リヴェリアさんと共にロキ様の元へと来ていた。事情の説明と、ステータスの更新を頼むために。

リヴェリアさんの説明を聞いているうちに、表情がコロコロと変わるロキ様。最終的には、怒っているのか眉間にシワを寄せていた。

 

「あんの色ボケ女神は…っ! ま、何も言ってこんうちはこっちからも何も言わんでおくかぁ…藪蛇っても困るし…しかしまぁベルも色々ある子やなぁ。アイズたんの時よりはマシやけど」

「迷惑ばかりかけて、すいません…」

「ええってええって、今回のはベルが悪いわけちゃうし…まぁ、宝くじが当たったようなラッキーだったと思えばええと思うで?」

 

んじゃ、更新しよか! そう言った神様に頷き、普段通りに更新してもらう。ほほー、とか、ふーん? とか言いながら、何か楽しむように僕の背中の上にいる神様。

最後にパンっと背中を軽く叩かれる。

 

「ん、しっかり新しい魔法発現しとったな。しかし、今回の魔法は…なんや、アイズたんとママっぽい魔法やん」

「ええっ!?」

「ほぅ?」

「ちょっと待ってな〜…ほれ、これ」

 

そう言いながら、僕の前に僕のステータスを書き写した羊皮紙を置く。あ、今回はちゃんと見せてくれるんだ…横から、リヴェリア様も覗き込んでくる。えっと、なになに…?

 

 

 

ベル・クラネル Lv.1

 

力 : B 728→B 742

耐久 : A 892→S 924

器用 : A 821→A 854

敏捷 : S 907→S 933

魔力 : I 54→G 291

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 (ストック数 8 / 17)

 ストック魔法

・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・エアリアル

 ・エアリアル

 ・エアリアル

 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減

 

 

おおっ、と声を上げる。

付与魔法。自分の魔法なら、アイズさんから借りてる付与魔法より扱いやすいかもしれない。これを練習すれば、アイズさんの風もそのうち使いこなせるようになるのでは?

 

「…なるほど、アイズのエアリアルのような超短文詠唱の付与魔法に、私のように使い分けの効く魔法、か」

「もう流石に驚かんくなってきたけど、はっきり言って異常や。これも対外的には当分隠しとくべきやなぁ」

「これが違うファミリアに属していたら…柄にもなく嫉妬していたかもしれんな。レフィーヤの時ですら、将来的には魔導士として私は抜かれると確信したのだから…まあ、私の後釜として育てている身からすると頼もしい限りだがな」

 

くしゃくしゃと僕の髪を撫でながら、そんなことを言うリヴェリアさん。レフィーヤさんがリヴェリアさんを上回る…なんか、想像できるようなできないような。うーん。

 

「…なんだ、ベル。そんな複雑そうな顔をして。私の弱音に驚きでもしたか?」

「あ、いや、そういうわけではなくて…その、レフィーヤさんがリヴェリアさんを上回る未来がなんとなく想像しにくくて…」

「ふふ、まぁ、レフィーヤはまだ若いからな。私がレフィーヤくらいの歳の時にあれだけ出来たかと言われると…こと戦闘、とりわけ魔法に限っては今のレフィーヤの方が遥かに上を行っている。今は少し伸び悩んでいる時期かもしれないが…10年後、いや、5年後には間違いなく一級冒険者に昇り詰めているだろう」

 

5年後、かぁ。5年後なら僕は18歳。レフィーヤさんは…19歳か。それまでにレフィーヤさんは1級冒険者に…僕、レフィーヤさんのピンチを救うような冒険者にその頃までになれるんだろうか。

アイズさんですらLv5になるまでに…冒険者になってから6年?

が、頑張れば…めちゃくちゃ頑張ればギリギリいける…?

 

「……そう言えばレフィーヤさんもまだ14歳なのにLv3かぁ…ああ、出会った時に実は100歳超えてたり? とか聞いちゃったこともあったなぁ…」

「なんっ!?」

「ぶふっ!」

「ぷぎゅっ!?」

 

レフィーヤさんに対しての想いだとか、リヴェリアさんの話を聞いているとポロリと歳のことに話が行ったためレフィーヤさんと出会った際のことを思い出す。あれは失礼過ぎたよなぁ…、そう思いながらボソッと口に出すと、僕の頭が布団にめり込まされる。何事!?

 

「ひ、ひひ、くふ、ひ、ま、ママ、動揺し過ぎやで…ぶふっ、べ、ベルの頭、思いっきりベッドにめり込んでもうてるやん…くふっ」

「ロキ、貴様何を笑って…っ! あ、ああ、ベル! 大丈夫か? すまない、手が滑った…」

「だ、大丈夫ですけど…びっくりしただけで…」

 

なんだろう、何か変なことでも言ったかな…?

リヴェリアさんが動揺するなんて、珍しい。

 

「すまんな…はぁ」

 

なんかいつもの、呆れたような怒るような溜息ではない溜息が…。

 

「い、いえ、本当に大丈夫ですから…」

 

なんだか、いつもシャキッとしているリヴェリアさんが今に限ってどんよりと背中を落としているように見える。

ロキ様はいまだに笑い転げている。何がそんなに面白かったのだろうか?

 

「…今日はもう自由にしていていいぞ、ベル。明日からはまたダンジョンへ潜るといい、魔法も使った戦闘を身につけなくてはいけないしな。1人で潜ってはいけないぞ? 何が起きるかわからないから、せめて2人でパーティを組んで行くんだ」

「は、はいっ! レフィーヤさんに頼んでみます!」

「よし、では私は部屋に戻る」

「はい!」

 

笑い転げてるロキ様に一度手刀を繰り出してから、リヴェリアさんは部屋を出て行った。さて、僕はどうしよう。

 

「あ、あの、僕も失礼します。ありがとうございました!」

「ひー、ひっ、あ、ベルたん、フィンにもステータス教えといてあげてなー」

「はい!」

 

渡された羊皮紙の写しをフィンさんのところに赴いて渡し、一度自室へと戻る。そうして、レフィーヤさんの部屋へと行く…あ、もう帰ってきてるかな? お店で項垂れてたから置いてきちゃったけど…怒られないよね? 多分、僕が悪いわけじゃないはずだし…。

 

控えめに、ノックをする。返事はない。

 

「レフィーヤさーん?」

 

小声で、声を掛ける。返事はない。

 

「いないのかな…鍵は…」

 

勝手に入るつもりはないが、ドアノブを回そうとする。ガチャガチャと。

 

「開いてない…もしかして、まだ外にいるのかな?」

 

仕方ない、諦めるか…とそこを離れる。帰ってきてから話をするか、それとも…今から誰か捕まえてダンジョンへ行くか。

まだ昼くらいだし、昼食を取ってからダンジョンに行っても魔法を試すくらいはできるだろう…うーん、誰かいないかなぁ。暇そうな人。

 

あの4人以外…で、ラウルさんとアナキティさんも駄目となると、全然知ってる人がいない…。困った…。

 

というより、エルフィさんもいないってことだよね。もしかしてまだ倒れてるの?

 

仕方ない、今日のところはまた街に出るとするか。あ、そうだ、ギルドに行こう。




追記:感想、できる限り返すようにしました!
とりあえず何日か見れてなかった感想を確認して、1ページ目のものは返信しました。感謝感謝。

ダンジョンに潜らないまま何話も進んでいる現状、いい加減潜らなきゃ(使命感)


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33話 衆目注目

筆が乗るのが遅いタイプなんですけど、話が進むに連れてじわじわ文字数が増えていく…書き出した当初の予定では、1話3000字をベースに更新速度を上げる方向性だったんですけど。


僕は()()()()にギルドに向かっていた。

ええと、最後に来たのはいつだったかな、ミノタウロスを倒した日の朝だから…丸っと1週間くらい前か。

 

昼は、道中の屋台で買ったじゃが丸君抹茶塩味。にがしょっぱくて、うん、たまに食べるクリーム味とかより食べやすくて美味しい。普通の塩味とは甲乙つけ難い感じ。

今度食べるときは昆布塩味とか、ベーコンマヨ味とかも試してみよう。あそこの屋台だけなんでか味付けの種類多いんだよなぁ、どうしてだろう?

 

…しかし、なんだかギルドに近づくにつれてやけにジロジロと見られているような気が…気のせいかな。

 

神殿のような荘厳なギルド。その前まで着いた…けど、おかしいな。先ほどから何故か冷や汗が止まらない。これは…もしかして、本能が何か危険を察知している? う、うーん…ギルドで危険なことなんてそうあるとは思えないけど…もしかしたら高位の冒険者同士の喧嘩に巻き込まれたりとか…?

 

どうしよう、エイナさんに買った物を渡そうと来たけど、やめておこうかなぁ…。また日を改めようか。

それに、なんだか周りの冒険者に見られてるし…これはもう、気のせいとかじゃない。明らかにじろじろ見られてる。僕の知らないところで、なんかあったのかなぁ。

 

「おぉ、お主が噂の兎か!?」

「へっ?」

 

ギルドの前で悩んでいると、唐突に声をかけられる。兎…うん、多分僕のことだと思うけど…噂の? しかし、そんなに白髪赤目って珍しいかなぁ? …珍しいよなぁ。僕自身、自分以外で見た記憶ないし。

でも、それで言うならアイズさんの金髪金眼とかも珍しいと思うんだけど。

と、変な方向に考えを巡らせていると、人の良さそうな笑みで近寄ってくる1人の女の人。ティオネさん、ティオナさんを彷彿とさせる褐色の肌。

 

「あの…そうだと思いますけど…噂のって?」

「いやな、まだ駆け出しの身でありながらLv2のミノタウロスを倒したそうではないか…ん? そのダガーは…」

 

じっと顔を寄せて、1週間前に起きたことを告げてくる。ああ、そうか、その後の魔法習得で若干薄れていたけど、そうだ、フィンさんにも偉業だと褒められたじゃないか。なるほど、それで見られていたのかな。

 

そう納得していると、女の人の大きなその瞳が僕の太腿に付けられているホルスター…の中のダガーへと向く。

値段を知った今では、その行動は少し、いや、とても怖い。

明らかに僕より強いだろうその人が、そのしなやかな手を伸ばしてくる。

 

「…っ!?」

 

咄嗟に、後ろに下がる。そんな僕を見て、呆気に取られた後に頭を抱える女の人。

 

「あぁ…すまぬ。奪おうとしたわけではないのだ、怖がらせてしまったな…そのダガー、もしやヘファイストスの銘が刻まれてはいないだろうか?」

 

体に力を込めて、逃げられる体勢のまま答える。

 

「…刻まれて…ますけど…」

 

そう告げると、ふむ、やはりか、と何かを納得したように肯く女の人。僕は何一つ理解も納得もできていない。そう思っていると、両手をひらひらとさせながら軽く謝ってくる。

 

「あいや、すまぬな。名乗りもせずに。手前はヘファイストスファミリア団長、椿・コルブランド。お主の持つそのダガーを鍛った者だ」

 

随分昔の。懐かしい武器を目にして嬉しくてな、すまなかった。

 

そんな風に謝りながらの自己紹介に、僕の頭は混乱した。

 

ヘファイストスファミリア、団長?

 

椿・コルブランド?

 

Lv5冒険者の?

 

というか、このダガーを鍛った人…?

 

「…あ、えっと、ロキファミリアのベル・クラネルです…」

「ふむ、ベルか、ベル吉…では彼奴と音が似ているし、ベル助…いや、ベル坊だな。ベル坊、そのダガーはどこで手にしたのだ?」

「べ、ベル坊………まあいいか、えっと、ファミリアの武器庫で眠っていたやつを借りてるんですけど…」

「では、製作者として礼を言おう。武器は使われてこそ。ダガーの使い手は意外と少ないから、こうして日の目を見ることができてその武器も喜んでいるだろう。時に、ベル坊。こんな話の後にするのもなんだが、以前うちの店に訪れたことがあるか?」

 

毅然とした態度で軽く頭を下げながら礼を言われた後、何か少し遠慮がちに尋ねられる。

 

「あ、はい、その、3日? くらい前に…」

 

正直にそう答えると、ふーっ、と、長く浅く息を吐くコルブランドさん。

 

「手前も少し小耳に挟んだだけなのだが…そのときはすまなかったな、金を持っているようにも見えなかったし、よくわかっていなさそうだったから一度帰るように促したと聞いている。ロキファミリアの飼い兎と言っておったようだから、お主のことだろう?」

「あ、そう、ですね…そのあだ名? はあまり認めたくない気持ちもありますけど…。それに、確かに手持ちはあまりなかったので…、武器の整備のことも全然知らないのも事実です。だから、コルブランドさんが謝るようなことでは…」

「椿で良いぞ? いやな、しかし手前は団長だからな。団員や店の問題の責任は全て手前にある。ましてや、まだまだ未熟だった頃に打ったとはいえ自らの武器を偶然にも自らのお膝元へ整備を頼みに来てくれたのに、突き返すと言うのは鍛治師として恥ずべき行為。それで、もう武器の整備は済んでいるのか? もしベル坊が良ければ、詫びも兼ねて手前が見てやりたいのだが…」

「う、その、その後に行ったゴブニュファミリアの鍛治師さんが1本やるならどうせだからって2本ともやってくれました…」

「そうか…見せてはくれぬか? あそこの鍛治師なら、悪い仕事はしないとは思うが」

「は、はい…」

 

そう言いながら、滅多なことはないだろうとホルスターに手をやって、ダガーを鞘から抜いて慎重に見せる。

見ていた椿さんも、整備具合に問題はないと見たのか十分だな、と呟く。

 

「…すまぬ、また武器や防具で何かあれば、ベル坊が嫌でなければうちも訪ねてくれると嬉しい。詫びも兼ねて歓迎しよう」

「は、はい」

 

ではな、と離れていく椿さんの後ろ姿を見送る。

申し訳ないけど、あんまり行くことはないかもしれないなぁと思いながら。ティオナさんもアイズさんもゴブニュファミリアを贔屓にしているしなぁ、と。

 

でも…うん、何かあれば行ってみよう。これも何かの縁だし。

さて、気を取り直してギルドの中に入るか…。

 

そう思って、背にしていたギルドに向き直った、その瞬間。

 

「んむびゅ」

 

ガシッと、何かに頰を掴まれる。

な、何者!? 気配も感じ取れなかっ…エイナさん?

ぐりっと首を捻られて目が向いた先には、お世話になっているハーフエルフの、ギルドの受付のお姉さんがいた。

 

「えびばばん?」

「なぁに? ベル君?」

 

あ、なんだろう、いつかの記憶が蘇る。あれはそう、確か、リューさんに助けられた次の日のこと。そういえばあの日も心配をかけて…。

 

「…ごべんばばい」

「…そんなすぐ謝られたら、私がただのいじめっ子みたいじゃない…」

 

はぁ、と嘆息しながら手を離して…くれない。もちもちびよーんと頰を弄ばれる。く、くすぐったい…。

 

「全く…今回は怒った後に少しくらい頑張ったって褒めてあげようと思ったのに一向に顔を見せないし…他の人に話を聞いたら元気にダンジョンに潜ってたって言うし…しかもリヴェリア様とウィリディス氏と…ダンジョンに潜ってない時は女の子と仲睦まじくデートしてたとか…あーもう! 1週間ずーっと心配してた私が馬鹿みたい!」

「ひぇいひゃひゃ…っ、え、エイナさん!? どうしたんですか急に!?」

 

僕の頰を抓ねったり伸ばしたりしながらぶつぶつと呟くエイナさん。痛くないから別にいいんだけど、周りの人の目が痛い…声が段々大きくなって来るのと一緒に、手に込められる力も強くなっていく。最終的にはエイナさんは僕の頰からパッと手を離した後、そのまま自分の頰をパァンと張った。

 

「なんでもないから! これは、そう、景気付けよ!」

「なんのですか!?」

 

ギルド前で、そんな風にわちゃわちゃしている僕達をたくさんの人が見ていた。

 

と言うより、数人から睨まれている気がする…エイナさん、人気あるらしいし…後が怖いなぁ。

 

「それより、ベル君はギルドに用事? 偶然…と言うか、コルブランド氏に話しかけられて目立っていたから見つけて来たんだけど」

「あ、はい、あの、ギルド…というか、そのエイナさんに…」

 

あ、僕の発言で睨んでいる人の数が増えた気がする。

 

「わ、私に? それはベル君の担当アドバイザーとしての私にってこと…でいいのかな?」

「う、ええっと、ギルドとか関係なく、優しいハーフエルフのエイナ・チュールさんに、です」

「う…そ、そそそそ、そっか! じゃ、じゃあ…うーん、私も君に担当アドバイザーとして話したいことがあるから、ちょっと個室に行こうか?」

「え、でもそれ、職権乱用ってやつじゃ…大丈夫なんですか?」

 

真面目なエイナさんとは思えない提案。いや、真面目だからこそなのかな?

 

「あはは、それくらいなら大丈夫大丈夫。ミーシャなんかもっと酷いんだから。仲良くなった女性冒険者と雑談するのに使っていることもあるくらいなんだからね?」

「ええっ、それは…いいんですか?」

「まぁ、担当している冒険者の近況をしっかりと把握しておくことも仕事の一つと言えないことはないから…ちょーっとその頻度が高すぎるのが問題なだけで、ね?」

「あ、あはは…」

 

そんな会話を挟んで、エイナさんに引きずられるようにギルドの中へ入った僕達は一つの個室の中にいた。最後、殺気すら感じたような気が…いやいやいや、気のせい気のせい。

 

「さて、それで…まずはベル君の用事って何かな?」

 

先手を僕に譲ってくれたエイナさんに軽く頭を下げて、鞄の中から取り出したものをそっと机の上に置く。

小首を傾げてそれを見るエイナさん。

 

「その…いつもお世話になっているので、感謝の気持ちというか…」

「…賄賂? それともご機嫌取りとか?」

「そんな邪なものじゃないですよ!? あの、他にもお世話になっている人たちに渡したんですけど…何というか、今僕がこうしていられる恩返しと言いますか…ようやくダンジョンで稼げるようになったので、その最初のお金はこう使おうと決めていて…」

「………そっかぁ、なんか、嬉しいなぁ。ウィリディス氏に連れてこられた時には死にそうな程弱っていたベル君も、もう一端の冒険者だ。うん、ありがとう」

 

その後、とりとめのない話をして数分が経ち、エイナさんが咳払いをひとつ。そして、話が変わる。

 

「…ところで、ベル君。君が助けたっていう冒険者の方から伝言を預かっているの」

「あ、と、伝言…ですか? ファミリアの人からも聞いたんですけど…それ以外に何か?」

「うん、君がトドメを刺したミノタウロスからドロップアイテムが出ていたのを忘れていた。ギルドに預けておくから、私から受け取ってくれ、って」

「ああ、なるほど…うーん、じゃあ、換金でお願いできますか?」

「いいの? 結構いい武器の材料になるみたいだけど」

「はい、武器はもうあるので…それから、その換金額の半分をその冒険者の方に渡してください。僕だけの力で倒したわけではないので」

「…わかりました、確かに、そう伝えておきます。じゃあ、私の話はこれでおしまいだけど…まだ、何かある?」

「いえ、僕も大丈夫です。明日からはまた魔法の練習をしにダンジョンに潜ると思います」

 

うん、特段話すことはない…はず。

 

「うん、魔法の練習をしにダンジョンにね…って、ええ!? ベル君、魔法使えるようになったの!?」

「え? あっ、あ、その…いいえ!?」

 

そういえば、リヴェリア様から外には魔法のことをバラすなと言われていたんだった…ま、まずい!?

 

「あ、ああ、大丈夫よ。警戒しなくても、外に漏らすようなことはしないから安心して」

「ありがとうございます…」

「でも、うっかり他の人に言ったりしたらダメだよ? 世の中何があるかわからないんだから」

「肝に銘じます…」

 

ついうっかりでリヴェリアさんからの説教を受けるのは…いやだ。

 

そんなこんなで話も終わり、僕はゆっくりと黄昏の館へと帰ることにした。うーん、もうなんやかんや夕方近いし…今日は大人しく本でも読んで過ごそう。




さて、次話よりまたダンジョンに…潜れると……いいなぁ………

追記:今ぼんやりとランキング眺めてたら、日間44位週間134位月間149位と、ギリギリ全部にランクインさせてもらえてました。感想評価お気に入り感謝感激雨霰。皆さんのおかげですありがたやありがたや。


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33.5話 眷属会議(裏)

ベル君がエイナさんとイチャイチャ(?)している間に館に戻ってきた4人と幹部勢の会話です。茶番会…とも言い切れない。


ロキ・ファミリアの本拠地である黄昏の館。

その館の中庭の東屋に、4人の美少女が揃っていた。

ぼんやりと中空を見つめたり、頭を抱えたり、格好こそ様々であるが等しく深い後悔に苛まれているようであった。

普段であれば、凛としているアイズですら背中を丸め、背景にどんよりとした黒い雲を背負っているようであった。

うだうだと雑談もとい愚痴を言い合いながらただただ時間を浪費する、そんな、なんとも言えない空間が広がっていた。

 

「でー、結局何ー? ベルのことだからそんなほいほいついてかないと思って提案したのがーなんだっけー?」

 

ティオナが、うだうだとティオネに文句を言う。どうせ、考えたのはお前だろうという確信を持ちながら。アイズならそんなことはしない。というよりできない。

 

「2週間に一度、優先的にシルさんがベルのことを誘う権利よ…」

 

ガッカリと肩を落としながら、盛大に後悔しています、と言うのを全身で表現しながらティオネが答える。馬鹿妹の嫌味に言い返すでもなく。

 

「そうですかー、でー、あの日のことを覚えていないベルは迷惑をかけたと思ってシルさんに謝ってー」

 

それを聞いたレフィーヤが、若干やさぐれながら話す。

何せ、可愛がっていた弟分のたまの休日、その半分以上を取られたのかもしれないのだ。色々と考えていた予定は崩れた。

冒険者としてある程度安定し、都市で生きる人間としての知恵や遊びどころなど、面倒を見ようとしてたあれこれも恐らくこのままではあの面倒見の良さそうな…いや、確実に良い、綺麗で可愛いあの少女に取られてしまうだろう。

 

「追加で魔導書の件でベルが謝ってー、それを気にせず許したシルさんにー?」

 

ティオナが、嫌味を交えたような口調で話す。

アマゾネスとしての雄を求めるような強い執着こそないが、それでも、同じ趣味を持ち、自分とは全く正反対の特徴…白い肌、白い髪…を持つ人間種族のベルを彼女は自分の思う以上に甚く気に入っていた。

種族柄男がおらず、弟という存在は認識の中でかなり薄いが、それでも、もし自分に弟がいたらあんな感じなんだろうか、と思うくらいには。

 

「ベルが僕にできることならなんでもしますーとか安請け合いしてー? それを聞いたシルさんがー?」

 

言葉のキャッチボールを交わし、最後に、アイズがバットを振り抜く。

 

「…2週間に一度、荷物持ちとして買い物を手伝うことをベルに…っ!」

 

最近、ようやく懐かれて色々と連れて歩こう。そうだ、じゃが丸君の屋台を食べ歩こう。そんなことを思っていたアイズも、いつになく感情を露わにしながら言葉を放つ。

ここのお店は何味が、あそこのお店は何味が美味しいと、自分のお気に入りの店を教えてあげようと思っていたのにそれをする時間はひどく少なくなった。

 

そう、皆が項垂れている原因である、ベルと過ごす時間をあの少女に取られたと言う事実。

それを、言葉にする。

 

全員が机に倒れ伏すかのように項垂れる。

 

「…ベルの性格からして、あの提案なら断れないわよねぇ…失敗したわ。そんな隠し球があったなんて。ベルなら定期的にレフィーヤかティオナ辺りを誘う用事があると思って、せいぜい月に1回遊びに行く程度だろうと思って提案したのに…」

 

はぁ、と4人の溜息が揃う。

そこまで積極的にシルの誘いを受けないだろうと安易に渡した2週間に一度の優先的な約束を取り付ける権利は、最悪の形で行使されたと言っても良い。なんなら、これは4人が絡まない件の、シルの魔導書の件に対するベルの償いなのだから、酒場でのやり取りをベルに秘密にすると言う私達の契約には関係ありませんよね? とシルに言われれば、下手をすれば毎週掻っ攫われかねないことも理解している。ただ、シルとしても全面的にやり合うのは避けたいのかそこまでの無茶は言ってこない、と言うより、そもそも毎週ベルと街に出かけられるほどの休みがないのだが。

 

それでも、自業自得とは言え悶々とするものはあるのだ。ただの愚痴、恨み言だと分かっていても言わずにいられない。そんな、どうしようも無い感情が4人の中に渦巻いていた。

 

ここまで全てがシルの策略であったのではと、考え過ぎるほどに考えてしまう。いや、そんなことはない。もしそんなことが可能でも、そのために魔導書(グリモア)を仕込むなど…。

 

また、溜息が出る。

 

「…随分と、何かを悔やんでいるようじゃないか。お前達、あの少女と何を話したんだ? 勿論、教えてもらえるな?」

 

その、息を吐き切った瞬間を目掛けたかのように声が掛かる。

 

「「「「!?!?」」」」

「…どうした、そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。さぁ、お前らがそんな風に項垂れていると言うことはベルに関わる話なんだろう? ほら、早く話せ」

 

呼吸を疎かにされていた身体は、慌てるように酸素を身体に巡らせる。脳に届いた酸素が、ようやく凍りついた身体を溶かす。

 

「リ、リヴェリア様…その…べ、ベルには内密に…」

「どうしたレフィーヤ。まさかとは思うが、よもやベルの意思の確認もせずになんらかの取り決めを交わした…なんてことはないだろうな?」

「うっ!?」

 

果敢にも説得、いや、交渉を行おうとした一番弟子たる妖精は、瞬時に撃沈し。

 

「…リヴェリア、それは…」

「アイズ、言い訳をしようとするな。目が泳いでいるぞ? ティオネも顔を逸らすな。ティオナ、吹けていない口笛はやめろ。みっともない」

 

娘は、母に目論みを看破され、黙りこくる。

双子は、意を決してか諦めてか、リヴェリアの方を向く。

 

じりじりと詰め寄るリヴェリアを相手に、4人は追い詰められていく。

そんな時に、救いの手か、悪魔の手かわからないが、手が差し伸べられる。

 

「ンー、リヴェリア、一旦落ち着こう。怒る気持ちはわかるけど、誰も口を開かなくなってしまったじゃないか」

「しかしだな、フィン…」

「いーや、今はフィンの言う通りや。これは敵に対する尋問やのうて家族に対するただの質問なんやからな。ま、それを聞いて怒る分には構わんけどもはなっからその調子やと話が進まんで」

 

他ならぬ、ファミリアの主神と団長によって。

 

「…はぁ、仕方あるまい。すまなかったな、4人とも。少々熱くなってしまったようだ」

「いえ、その、悪いのは私達なので…」

「…リヴェリア、その、ごめんなさい…」

「実は、ちょっとした約束をシルさんと…」

「…2週間に一度は、シルさんが優先的にベルの休みにお誘いできるようにって」

「…まぁ、それに関してはどのみち魔導書(グリモア)の件で話が進んだようだから結果的には問題ない、か。しかし、お前達がそれほどの条件を許した対価はなんだ? まさか、ベルの魔導書(グリモア)の件を許してもらうこと、とかか? それならわからないでもないが…」

 

少し落ち着いた、リヴェリアの鋭い質問に4人が一斉に顔を逸らす。

 

「…お前達?」

「そ、そのーあのー、なんていうか…」

「酒場での一件のことを…」

「…ベルが、覚えていないみたいだったから」

「…隠し通すことにして…その、シルさんの口止め料として…」

「ま、まさか…お前達、自分の恥ずべき行為をベルに隠すために、あまつさえその隠したい張本人であるベルを売ったのか…!? 恥の上塗りをしてどうする!? 隠し事ばかり増やして…それでもお前達はベルの姉貴分か!?」

 

烈火の如く、リヴェリアが吠える。

それを聞いていたフィンも、流石にこれは止められないと首を振る。ロキですら、頭が痛そうにしている。

 

「レフィーヤ! お前は何を考えている!? それでも誇り高きエルフの一員か!? 自らの保身の為に仲間を売るような真似など…ましてや、お前のことを慕っているベルのことを、ベルの気持ちをお前は裏切ったのだぞ!? アイズ! お前もだ! 折角ベルがお前にも心を開いたと思った矢先、そんな振る舞いを…誰から教わった!? もう一度倫理道徳その他諸々の授業が必要か!? ティオネ、ティオナ! アマゾネスともあろうものが男を自ら手放してどうする!? 自身の種族としての振る舞いすら忘れたか!? それとも、ベルのことなんてどうでもいいのか!?」

 

矢継ぎ早に繰り出される説教に、みるみるうちに4人の姿が小さくなっていく。しょぼんと背中を丸め、椅子から降り、自然と土の上に座る4人。

 

「「「「ごめんなさい…」」」」

 

自然と、口を揃えて謝る4人。しかしそれにも、怒声が飛ぶ。

 

「謝るのは私にではないだろう戯けが! ベルにだ!」

「「「「はい…」」」」

「しっかりと酒場で起こした件についても話して謝るんだぞ!? お前達から話さないなら、後で私がベルに教えるからな!?」

「「「「はぃ…」」」」

「変な先入観を持たせてはお前達に悪いかと配慮してベルに説明しないでおいたというのに…これ幸いと隠そうとするとは…っ、全く、なんと情けない…フィンっ!」

 

フィンへと目を向ける。リヴェリアの意図を汲み取った団長は、ロキを伺う。ロキも首を縦に振り、主神の同意を得た団長が4人に告げる。

 

「ンー…ベルには非のないことで彼の予定に影響するのは可哀想だけど…仕方ないか。4人とも、当分ベルとは少し引き離させてもらうよ。彼のことが可愛いのはわかるけど少し、頭を冷やした方がいい」

「「「「…ぁぃ…」」」」

「4人に、他数名を加えたパーティで迷宮探索に行ってもらうとしようか。10日間くらいの日程で、その間はラウルやアナキティ達にベルの面倒を見てもらう」

 

結局、酒場の件もバレることとなり、勝手に取り決めた約束までバレることとなった4人。ましてや、長期の迷宮探索を命じられベルと物理的に引き離された彼女達はそれはそれは意気消沈としていた。

 

尚、余談ではあるがその際の説明が尾を引いて、遠征に赴いた4人は別としてシルにビクつくベルの姿があった。シルへの意趣返しを込めた4人の説明は、ベルに影響を与えていた。



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34話 歪曲誤想

ギルドから帰った僕を待っていたのは、何故か未だに意気消沈としている4人…って、なんかもう生気が感じられないんだけど…こんな言い方はどうかと思うけど、アンデッドみたい…目も虚だし。い、いや、せめてあれだ、ビスクドールみたいって言い換えておこう。みんな、綺麗だし…うん。

 

…え、えっと…僕の部屋の前にいるのはいいんだけど、どうしたんだろう。僕から話しかけないとダメなのかな? レフィーヤさんなんか、目と目が合ってるはずなのに無反応なんだけど…何、何事なのこれ? なんかの罰ゲーム? どこからか、ロキ様が見ているとかそういうやつ? え、えー? 何を求められないるんだろう、今の僕は。

 

「あ、あの、皆さん、どうしたん…です…か?」

 

諦めて、意を決して話し掛けるとビクゥっ! と、4人が揃って過大な反応を見せる。ほ、本当になんなのこれぇ…?

というか、明らかに僕を待っていたんだろうけど、なんでそこまで驚くんだろう? 僕に気が付いてなかったのかな? いや、まさか…ね。

 

「そ、その、ベル…」

 

あ、ようやく喋ってくれた。なんか、不安そうというか泣きそうだけどどうしたんだろうか、レフィーヤさんは。

 

「…その、本当にごめんなさい」

 

…うん、何についての謝罪だろう…。心当たりも特に………まぁ小さいものならともかく、こんなわざわざ部屋の前で待ち伏せされて謝られるようなことは特にはないはずなんだけど。

もしかして僕の預かり知らぬところでやっぱり重大な何かが起きている?

 

「…えっと、どういうことですか…?」

 

僕が恐る恐る尋ねると、レフィーヤさんは泣き出した。目に涙を溜めて、ツーっと一筋。頰を流れて行く。

そうして、グッと唇を噛み締めてから、言葉を紡ぐ。

 

「もう、もう私は…っ、私達は…貴方と一緒には居られないんです!」

「えっ」

 

えっ。

 

 

えっ?

 

 

 

えっ!?

 

ど、どどどどどどういうことなの何事なんでどうしてもう一緒に居れない…お別れ!? あ、レフィーヤさんが思いっ切り泣いて…な、なんで、い、いやいやいやいやいやそんなまさかバカないやまさかそんな4人がここを出ていく…なんてことはないだろうし…え、じゃあ、僕が…? な、なんで!? どうして!?

 

「ど、どうしてですか!?」

「…ベルのことを、私達、は…っ」

「…ごめんなさい、ベル…」

「私が、私が悪かったのよ…あんな提案をした私が…」

 

て、提案…? 本当にどういうこと!?

 

「ごめんね、ベル…私も悲しいよ…」

 

ティオナさん!? な、なんですかその、売られていく仔羊を見るような目は…?

 

「…ぇ、と…?」

「ベルの意見を聞かずに勝手に決めて、ごめんなさいっ!」

「…それから、あの日酒場であったことを黙っていて…ごめん」

「そのせいでこんなことに…」

 

い、一体あの日の酒場で何が!? だ、だってシルさんは僕は気にしなくていいって…なんならいいこともあったって言ってたのに…。こんなことってどんなこと!?

 

「…ごめんなさいね、ベル。あの日の酒場での件を揉み消そうと私達は…そう、貴方を売ったの」

「揉み消す…? 僕をうった…?」

 

うった…打った? 違う…売った!? え、売られたの? 僕!?

一緒に居られなくなるってそういうこと…!?

というか揉み消すようなことって、本当に僕は何を…!?

 

「酒場の、シルさんが貴方の時間を対価に許してくれたの…私達はその誘惑に負けて…っ」

 

シ、シルさんが!? つ、つつ、つまり僕はシルさんに買われたっていうこと!? そんなことがあるの!? シルさんが言ってたいいことって、僕を買えたこと!? こ、怖い…怖いよ…。や、やっぱりあそこはそういう怪しいお店だったの…? どこかに売り飛ばされちゃうのかな…。もしかして、シルさんが誘ってきたのも最後にあのお店に行こうと誘導したのも、全部罠だった…?

あ、だめだ、なんか、胸と頭が熱くなって、泣きそう。

 

「ごめんなさい、貴方を傷付けるようなことをして…」

「…私も、ごめんね? 何回も迷惑かけて…」

「そ、そんな………」

「…ベルが、元気で居てくれることを、遠くから願っている…」

「私も、祈っています。また、元気な姿が見れることを…」

「…ぁ」

 

僕を見る、ティオネさんとティオナさんの申し訳なさそうな瞳。

アイズさんとレフィーヤさんの、遠くを見るような眼差し。

 

そう…か…。もう、きっと、手遅れなんだ。

泣いちゃダメだ。ここで泣いても、みんなを困らせるだけだ。さぁ、笑え、僕。背中に刻まれたエンブレムを誇りに思え、道化の神たるロキ様の眷属として、笑え。

 

「…わかりました、僕は大丈夫ですから、皆さんは気にしないでください。僕も、元気に頑張ります…」

 

…これが、最後の挨拶になるのかな。いや、シルさん次第なんだろうけど。猶予は…あるんだろうか。

 

「…うん、私達も、頑張る」

 

アイズさんの、穏やかな笑み。それに、今の僕にできる一番の笑みを返す。

 

 

 

揃ってベルの部屋から離れた4人は、ベルが部屋に入ったのを見届けて部屋から離れ、一つの部屋に入りひそひそと話し出す。

 

「いやこれ、大丈夫ですか? 藪蛇というか泥沼というか、やってしまった感が拭えないんですけど。いや、今更ですけど、これ、隠すよりよっぽど酷いことしてません?」

「…ベル、最後、売られていく仔羊みたいな顔だった………なんだか、可愛かったけど……可哀想だった…」

「これ、後からベルが知ったら、思いっきり嫌われないかなぁ…すごい不安…」

「わ、私ももうこんなことしたくなかったけど…背に腹は変えられないから、仕方ないわよ。私達がいない間はベル本人にシルさんを警戒してもらう他ないのよ? あんな無警戒なベルが、止める人もいない時にシルさんのところに行ったりしたら………何をされてもおかしくないわよ」

「だからと言って、やり過ぎな気が…本当に可哀想というか、不憫というか…あれ、完全に勘違いしてましたよね、ベル…もう、後ほんの少しで泣き出しそうなあの顔は…………」

「…可愛かったけど、ものすっごく、心が痛くなった…」

「…それに、もし、これが後からリヴェリアの耳に入ったら…」

「私達は嘘は一切言ってないわよ。嘘は…そう、これはベルが勝手に勘違いしただけ。そういう体で行くしかない…それしかないのよ」

「…うへぇ、ティオネ、なんか団長の悪いところばっか学んでない?」

「あ゛ぁ!? 団長に悪いところなんか一つもないわよ!!」

「ご、ごめんって…でも、明日の早朝から迷宮に入るし、もうベルと話す機会は帰ってくるまでないのかぁ…嫌われない、大丈夫だって信じなきゃ、やってらんないや…」

「…大丈夫、ベルはいい子だから……きっと……許して………くれる………多分…」

「ちょっと自信なさげじゃないですかアイズさん!? あぁ、もう、あの時に大人しく話しておけばこんなことには…っ!」

「たらればはやめようよ…虚しくなる…」

「…それも…そうですね…すいません…」

「いや…こっちこそなんかごめん…」

 

そんな話をしてから、4人はそれぞれの準備をしに散る。

迷宮に本格的に挑むとなると、それ相応の準備が必要なのだ。とりあえず、これ以上自分達にベルに関してできることはない。後はベルと、自らの幸運を祈るしかない、と。

 

 

 

そして、部屋に入ったベルはふらりと倒れ込むようにベッドに身を預け、枕に顔を埋めてさめざめと泣いていた。

今までのあれこれや、ここ最近のあれこれが脳裏を埋め尽くす。

 

酒場で項垂れていた4人はこれが原因だったのか、とか、そう言えば酒場に入った時、シルさんは誰かと…ティオネさんとアイズさんと話してたな、とか。そういえばレフィーヤさんが外へ行かないよう僕を引き留めようとしていたな、とか。あの4人とシルさんが視線を交じり合わせていた時にはもう、僕の命運は決まっていたのかな、とか。

あの、困った笑顔は…今更そんなことどうでもいいから、というような笑顔だったのかな…とか…。ぽわぽわと嬉しそうだったのは…僕を買えたことに関してだったのかな……とか……。1億ヴァリスも、惜しくないだけだったのかな、とか。人身売買ってどのくらいが相場なんだろうか…? もし生きたまま売られるなら、せめて良い人のところに行けるといいなぁ…とか、そんなことをつらつらと思いながら。

 

ああ、そう思えば、今日のうちにリューさんとエイナさんにプレゼントを渡すことができてよかっ………いや、待てよ、リューさんもあそこの店員だし、もしかしてグルになって…? い、いや、実際のところはわからないけど…警戒しておくに越したことはない、かな。リューさんに襲われたら、一瞬で意識を奪われて、掻っ攫われてもおかしくないだろうし…。そんな風に、風評被害に次ぐ風評被害が際限なく、止め処なく、悲観的思考の中で雪崩のように起きていた。

 

何か楽しいことを、気分を盛り上げるものを、と考えるも、その何処かしかにどうしても誰かしらが絡んでおり、その全てに対して疑心暗鬼になる。あれもこれもそれもどれも、全てがこの為の一手だったのではないか、そう疑ってしまうのだ。

 

最終的には、レフィーヤが己を拾ったのも世話をして健康体になった頃に売るためではないか、など、世の全てを疑うような荒んだ精神状態となっていた。いや、それは流石にない、と自分で自分を否定して、精神の安定を図る。もう、ベルの脳内はぐちゃぐちゃであった。

 

「…明日が来るのが、怖いなぁ」

 

今日はもう、こんな顔は誰にも見せられないから部屋で過ごそう。

明日、またみんなと最後に話せるといいなぁ。いつが終わりなのかもわからないし。そう思いながら、この濃密だった数ヶ月の記憶を遡りつつ、いつしか眠りについていた。




定番のアンジャッシュネタ(わざと)。この闇…深いっ!
この騒動で得をしている人間は一体何処にいるのだろうか…?


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35話 狼兎対面

翌朝、僕は目を覚ました後に身支度を済ませて食堂へと来ていた。あまり食べる気はしないけど…食べないと、身体が持たないから。

それに、最後の食事になるかもしれないし…と。

 

丁度、食堂が開いたばかりということもあって完全な空席は見当たらなかった。顔を洗ったとはいえ、それでも泣き腫らして充血していた目を見られたくないから、1人で座りたかったけど…と、それでも席を探すと、1人しか座っていない席があった。

 

あそこにいるのは…あ、彼なら…特に気にも留めないだろう。

そう思って、お盆に食事を乗せてそこへ向かう。

 

「…ぁん?」

 

6人掛けのテーブルの、ベートさんが座っている食堂内でも一番奥になる場所から見て対角側に座る。椅子を引いた音に気がついたのか、怪訝そうにベートさんがこちらを見る。

 

「…子兎野郎か」

 

それだけ言うと、ふいと視線を外される。

良かった、文句は言われなかったし、気付かれなかったのか目のことも何も言われなかった。一つ壁を超えたと安心しながら食事を始める。

 

ガヤガヤとした食堂の中で、ここの席だけ食器の触れ合う音と僅かな咀嚼音しか聞こえない。2つあったそれは、気が付けば僕のものだけになっている。

僕より遥かに先に食べ始めて、既に食べ終わったはずのベートさんが席を立つ気配がないまま、僕も食べ終わる。

 

それを不思議に思いながら、食器を下げようと席を立とうとしたその時になって、ベートさんから声を掛けられる。

 

「おい、テメェ…何があったか知らねぇけど、そんな無様なツラぁ晒してんじゃねえぞ」

「ひっ」

 

その声に、その内容に驚いた僕は、何故か、涙を溢した。

 

「…? って、おい!? 何急に泣き出してやがる!?」

 

それを見て、ベートさんが焦る。僕も焦る。

 

「っ、クソがっ! 行くぞ兎!」

 

乱暴に僕の腕を掴み、自分の分と僕の分の盆を下げて、僕を引きずりながら食堂を出て行く。

 

「あんなところ、クソババアにでも見られたら俺が焼き入れられるじゃねぇか…ハァ、仕方ねえ。おい、何があったんだ子兎野郎。もしかしてあれか? 頼りになる姉貴達が全員迷宮に行っちまって寂しいんですってかぁ?」

「全員…迷宮に…?」

 

その言葉に、僕は目を瞠る。それを見て、逆にベートさんがキョトンとする。

 

「んだよ、聞いてなかったのか? ハハ、あいつらも冷てぇ奴だな、10日以上帰ってこねえっつうのに一言も残していかねえとは…それともあれかぁ? あいつらもとうとうお前に飽きたのかぁ?」

 

そんなことを言っているベートさんの言葉は、途中から脳内に取り込まれなかった。そう、か…もう一度くらい、ちゃんと挨拶をしたかったけど…昨日のあれは、やっぱりあれが最後になるって、皆はわかっていたんだろうか。

 

「…チッ、少しくらい言い返せよ、漢だろうが」

「…その、ベートさん。少し教えて欲しいことがあるんですけど…」

「…ぁあ?」

「その、人1人の値段ってどのくらいになるんですかね…?」

「なんだその質問…あー、まぁ、出すとこに出せば1億くらいじゃねえの?」

「…やっぱり、そうですか…ベートさん、ありがとうございます。色々とお世話になりました」

「は? 世話したことなんてねぇだろうが…っておい!? どこ行くつもりだ!?」

 

駆け出した脚で、向かうは迷宮。

折角冒険者になったのだ、自由が無くなる前に一度、自分の限界を見に行こう。もし可能であれば、限界のその先へと。

 

朝から迷宮へと赴く冒険者達の熱意を見ながら、ひた走る。

 

そうしていると、目に入ったのは薄鈍色。それを見た僕の身体から、力が抜ける。あちらも、こちらを見つけたのか手を振りながら寄ってくる…。

 

「おはようございます、ベル君。奇遇ですね。これからダンジョンですか?」

「奇遇…あ、は、はい、えっと、シルさんはどうしてここに…?」

「んー、どうして…ですか。特に理由はないんですが…そうですね、ベル君と会うために、ですかね?」

 

普段なら、ずるい、あざとい、そう思いながらもその可愛さに鼻を伸ばしていたであろうシルさんのその笑顔を見て、僕は後退った。

こ、この笑顔の裏で、シルさんはあんなことを…っ。

恐れ慄く僕に、シルさんは一歩踏み込む。

 

「むぅ、流石に口が過ぎましたかね? 冗談ですよ冗談。私はお店に住み込みじゃありませんから、普通に住んでいるところからお店に向かっているだけですよ」

「な、なるほどー、そうだったんですか」

 

事実を言っているようにも聞こえるけど、なんだか薄っぺらいと言うか、あらかじめ用意していた言い訳をそのまま言うような…そんな感じ。いや、きっと大いに先入観が絡んでいるのは間違いないのだけれど。

 

「そうだ、ベル君は今からダンジョンですか?」

「えっ? あ、は、はい。そうですけど…」

「そうですか、では、宜しければこちらを持っていきませんか?」

「こちら…って」

 

差し出されたものを見る。蔓で組まれた籠。手持ち付きの、ピクニックなんかでよく見るような。

 

「サンドイッチが入っています。私が作ったんですよ?」

「ええっ!? そ、そんな、頂けませんよ! それにこれ、シルさんのお弁当じゃあ…?」

「お店では賄いが出ますから…私が、ベル君に食べて欲しいんです」

 

そんな甘言に…大人しく乗ろうとして、頭が冷える。

何が入っているか、わからないぞ、ベル・クラネル。

そんな声が響いた気がする。

 

「…っ、だ、だぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!?」

「あっ…」

 

全速力で、飛び逃げる。僕を見たシルさんは唖然とした顔をしていた。

 

「…逃げられちゃった…と言うよりなんか、今日は怖がられていた…? どうして…?」

 

 

 

「はあっ、はぁ、はぁ…ふぅ…」

 

その勢いのまま、僕は迷宮へと駆け込んでいた。そこで、べっとりとこびり付いた色々な思考を振り払うかのように武器を振る、振る、振る。

新たな魔法も使いながら、雷を纏い、風を纏い、光を纏いながら奥へ奥へと進んでいく。

 

「そ、そうだ…、もしかしたら、皆に追いつけるかも…っ、そ、そこでもう一度話を聞いて…何かの、僕の勘違いかもしれないし…」

 

 

 

駆け抜けるようにして、自身の到達階層…11階層まで一気に進んでいく。そして、初めてとなる12階層への道を通る。

 

「結局、追いつけなかったか…ここより下は…流石に…っ、なんだ!?」

 

モンスターの咆哮が、フロアに響く。

モンスターが、地を踏みしめながら近づいて来る。

 

武器を構えて、付与魔法を纏い戦闘の準備をする、見えてきたのは…。

 

「インファントドラゴン!? で、でも、リヴェリアさんから聞いていたより…」

 

大きい。それに、色も違う。

体高は人とそう変わらないと聞いていたのが、見上げるような巨体。

2.5M程はあるだろうか?

赤い筈の肌は、黒ずんだような紫がかったような色合い。

 

教えてもらった中にあった事象。こいつは…強化種!?

 

「グルゥ…ッ」

「…っ、『顕現せよ(アドヴェント)』、【ディヴィルマ・アイギス】!」

 

風を纏い、ミスリルのダガーに雷を纏わせ、アダマンタイトのダガーに切味強化を付与し、防具に光を纏わせる。正直、既に精神力が枯渇しそうで、倒れそうになるがそれを気合でねじ伏せて構える。

きっと、これくらいしないと、この化物とは戦えない。

 

「グルァァァァアァァァッ!」

「っ来い!」

 

その体を揺らしながら、全力でこちらへ攻めかかってくるインファントドラゴン。

 

鋭く迫る竜の顎。それに捕まれば、簡単に僕の身体は裂かれるだろう。避けながら少しずつ、その身体へダガーを振るう。

 

「傷はつけられる…っ、けど、浅い…っ」

 

ダガーの刃渡りでは、切り傷を負わせることはできても致命傷となる一撃をつけることができない。魔法を使おうにも、詠唱している間に一撃を貰えばそこで終わりだ。詰んだ…?

 

「まだ…、まだ、諦めてたまるか!」

 

横に駆け抜けながらすれ違いざまに胴体を斬る。迫ってきた尻尾に飛び乗り、その勢いに乗じて距離を取る。

リヴェリアさんから、レフィーヤさんから聞いた魔導士としての技術。並行詠唱。

 

練習もしていないそれを、行うかどうするか悩みながら、インファントドラゴンの竜眼と目が合う。

 

「グルルルル…ッ」

 

まだまだ、弱った姿は見せてくれない。血こそ流れているが、あの身体だ。大した怪我にもなっていないのだろう。

魔法を使わないと、仕留められない。

そう判断した僕は、詠唱を始める。

 

「…っ、『野を駆け、森を抜け━━

「グルォっ!」

 

突っ込んできたインファントドラゴンを相手に、股下を滑り抜けるように回避する。反撃する余裕はない。

 

━━山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。』」

「グルォォオォン!」

 

直後、迷宮の床を激しく叩きつけるように竜の尾が振るわれる。それを、範囲外に急いで出て回避する。インファントドラゴンがこちらを振り向く前に、距離を取る。

 

「『今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の━━

 

使い慣れてきているとはいえ、詠唱は長い。まだ、半分だ。

振るわれる牙を、爪を、尾を、避ける、逃げる、躱す。

 

━━力よ。我が為に振るわせてほしい━━』」

 

喉がひりつく。極度の緊張と、集中。カラカラに乾いた喉を、しかし、無理矢理動かせる。

 

「『道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり』【レプス・オラシオ】!」

 

そうして、まず、召喚魔法が完成する。魔力に反応したのか、完成直前に今までで最も苛烈にインファントドラゴンが攻めてくるが、何もしてこないこと、起きないことに拍子抜けしたのか若干の警戒を見せるに留まった。モンスターのくせに、なんだか、戦闘に慣れている…?

しかし、これは好機。警戒している間に、次なる詠唱を始める。

脳裏に浮かんだ魔法の中から選ぶのは…一番大切で、一番頼りになる姉の、単体魔法。

 

「『解き放つ一条の光、聖木の弓幹。」』

 

その段に至って、ようやくインファントドラゴンも警戒から蹂躙に思考が切り替わったのか、持つ武器の全てを活かした攻撃を、嵐のように振るってくる。だいぶ、見慣れてきたとはいえ一撃一撃がまさに必殺級。

最低限の行動で回避を行い、躱せないものは出来るだけダメージを少なくするように立ち回る。

 

『「汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢」』

 

扱いやすい、自分の魔法を除けば、一番使った魔法。

ようやく完成したそれを…放つ。

 

「【アルクス・レイ】っ!」

 

特大の、ビームのような一条の光。詠唱式からしても、一応弓矢らしいんだけど…うん、絶対違う。

 

それを見たインファントドラゴンは、叫び声を上げながら避けようとするけど…それに、追尾していく光。必中魔法で、この性能って…凄い。

 

最後は、インファントドラゴンのその巨大な胴体に風穴を開けるようにして貫いた。断末魔を上げ、崩れるように灰になっていくその龍の姿を見て、僕は身体から力を抜く。

 

「…並行詠唱…できたし、なんとか勝てた…よしっ!」

 

グッと、拳を握った直後。

 

ふらつく意識。

 

「…あ、これ、マインド━━」

 

へぶっ。と、床に倒れ込む。間違いなくマインドダウンだと認識しながら。やばい、こんなところで倒れたらモンスターのいい餌だ。そう思うも、身体は動かない。

 

「…ようやく追い付けたと思ったら、兎。お前…」

「べ、ベート…さん?」

「…まぁ、まだまだ甘えが…有象無象の雑魚よりはマシだった。帰るぞ」

 

ひょい、と、荷物でも担ぐかのように持たれる。口に突っ込まれたのは…精神回復のポーション。それを飲んで、少し余裕ができる。

 

「ありがとうございます…」

「気にすんな、テメェがおっ死んでから食堂で見てやがったラウルに告げ口されるよりゃあよっぽどマシだ」

 

あいつは〆る、と宣う狼は、それはそれは凶悪な顔をしていたけど…兎は、何も見なかったことにした。ここにいるのは、駆け出しの後輩を心配して後を追ってくれた優しい狼人の先輩。うん、それだけだ。

 

こうなれば、これ以上先に行くのは難しいし連れて帰ってくれると言うのならありがたいけど…そういえば、ベートさんもロキ・ファミリアの幹部だ。僕の話も知ってるかも…。聞いてみよう。

 

「ベートさん、ぼ、僕…その…」

「…俺は何があったか知らねえが、どうした?」

「その、僕、売られちゃうんですか…?」

「…ハァ?」

 

それを聞いて、心底呆れたかのような声を漏らすベートさん。

 

「…あのな、売られるってのがどういう意味か知らねえが…あのクソババアがそんなことを許すと思うか?」

「い、いえ…」

「それに、あの過保護になってる魔力バカにバカゾネスどもが、早々簡単にテメェを手放すかよ…」

「で、でも、もう一緒にいられないって…」

「そりゃあ、あいつらは迷宮に入るんだから一緒にはいられねえだろ。それとも、テメェは下層まで付いていけるのか?」

 

言葉の裏を読まずに直球に解釈するベートさん。確かに、そう言われれば、と。あの空気感で、変に悪い方に悪い方に考えちゃったけど、あ普通に考えれば…そう思いながらその他のことも告げていく。

 

「さ、酒場で起こした件について揉み消す代わりに僕を売ったって…」

「あー、なんか、あそこの店から苦情が来たって言ってたが…それ、あれじゃねえのか? そこの店員の仕事の手伝いをお前がするとかなんとか、買い出しの手伝いさせられるんじゃなかったのか? お前。昨日の夜フィンがそんなことを言ってたような…」

 

ベートさんも曖昧なんだろうけど、そんなことを言ってくる。た、確かにシルさんと2週間に一度買い物に付き合う約束はしたけど…え、そういうことなの!? あ、僕の時間が対価ってそういうこと!? バイト的な意味!? 提案ってもしかしてそれ!?

 

「と、遠くから僕の無事を願ってるって…」

「そりゃまぁ、ダンジョン下層ならそれなりに遠いわな。2〜3日はかかるぞ?」

 

ベートさんの言葉を聞いて、僕は頰を真っ赤にする。

 

ぜ、ぜんぶ勘違いだった…!? う、うあぁぁあぁぁぁぁ!?

 

恥ずかしさで、死んじゃいそうだ…。

 

き、きっと変に思われてる…っ。そういえばシルさんからも逃げちゃったんだったぁ!?

 

「…んだよ、ただの勘違いで勝手に傷ついて勝手に暴走しただけか?」

「んぐっ」

「まぁ、まだまだお子様なテメェならしゃーねえか?」

「はうっ」

「これに懲りたら、人の話はちゃんと聞いてから冷静に動くんだな…お前がふらふらしてると、気が気じゃねえ。あのクソババアが気に入ってるからな、少しは自分の価値を知れ」

「はい…」

 

ああ、こんなの俺のキャラじゃねえぞ…そう言いながら、耳をぴこぴこ尻尾をぱたぱたと振るうベートさんは、他の人が言うような悪い人じゃないんだと確信した。

 

それに安心した僕は、つい、疲れと安心から、寝てしまった。

 

「人が担いでやってるのに呑気に寝てんじゃねえぞぉ!? この駄兎!」

「げふっ!?」

 

急に走り出したベートさんによって、僕の鳩尾にベートさんの肩が刺さり強制的に起こされたけど。

 

 

 

迷宮から出た僕達に、数多もの視線が刺さった。

 

「おいあれ…凶狼(ヴァナルガンド)飼い兎(ペットラビット)じゃねえか?」

「本当だ…狼と羊ならぬ狼と兎か」

「でも、なんか厳つい兄貴と華奢な弟って感じじゃねえか?」

「ああ、わかるかも。髪の色合いも似てるしな」

「いや、そんな可愛いもんじゃない! 俺にはわかる! あの兎君は…狼君に喰われてしまうんだ!」

「どこの変態男神だ!?」

 

あ、ベートさんが怒っているような気がする。

というか、間違いなくキレてる。

 

「…兎。ちょっと待ってろ。勝手に動くなよ?」

「はいっ!」

 

恐怖を掻き立てられるような殺意を纏ったベートさんが動く。

 

「さぁて…今、巫山戯たことを抜かした馬鹿はどいつだ…? どうやら、死にてぇようだなぁ…あぁん?」

 

ゆらりと、脱力しているように見えるのにまさに飛び出す直前。そんな風に見えるベートさんが辺りを睥睨する。

 

凍り付く空気。焦る冒険者達。笑いつつも顔が引き攣っている男神達。逃げ出す一般人。

 

 

 

軽く暴れ散らした後に、必死に謝る冒険者達と数柱の神を見てようやく溜飲が下がったのか、ベートさんがこちらへ戻ってくる。

 

「よし、帰るぞ。もう歩けるな?」

「は、はい!」

 

そうして2人、黄昏の館へと歩き出す。

 

「…やっぱり兄弟みてえだな」

 

後ろから呟かれた声は、運良くベートさんの耳には入らなかったようだ。




前話は色々言いたいことある人もいると思うんですけど…
ベートさんのお陰で全て丸く収まりましたんで!
きっと帰ってきたらもっと丸く収まるんで許してあげてください!

彼女達も心配8割、打算1割、下心1割くらいの小芝居だったので…まぁ、多分帰ってきた4人はベルの話を聞いてベートのことを聞いて、この上なくベートに感謝することでしょう。その後ちゃんと謝罪フェイズも作りますので…一応、前話はこの展開にするためだったのでお許しを…波風の一切立たない展開だとこのベル君の無茶とか、ベートのお節介というレアイベントを発生させるのが難しかったので4人には少し悪役になってもらいました。

お陰で、偉業達成+並行詠唱(完璧ではないけど)習得の一歩です。
魔法剣士って…カッコいいよね。

さぁて、無事兄枠になれるかどうか。ラウルも兄枠としてはピッタリですけど。悩ましい。


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36話 階位昇華

昼頃になり、館へと帰ってきた僕はロキ様の元へとやってきていた。

ベートさん曰く、テメェみてぇな駆け出しが強化種のインファントドラゴンをソロで倒したんなら、それは十分な偉業だ、とかなんとか。

 

大きな扉をノックして、声をかける。

 

「ロキ様ー、ベルです。入ってもいいですか?」

「ん、ええでー」

 

帰ってきた声に、返事をしながら中へ入る。

 

「どないしたんや? ベルたん」

「あ、その、ステイタスの更新をしてもらいたくて…」

「なんや、ダンジョン行ってたんか。いい経験積んできたんかー?」

「はい!」

「そっかー、よかったなぁ? うんうん」

「はいっ!」

「したら、ほれ。やってあげるからそこに横になって」

「はい!」

 

いつものように服を脱いで、ベッドに横たわる。よいせ、と声を出しながら僕の背中に乗るロキ様が、背中に指を這わす。

くすぐったい感触にも慣れてきた。身を委ねながら、更新が終わるのを待つ。

 

「ふんふん、ふん、ふー…ンンッ!?」

「ど、どうかしましたか…?」

「れ、れれ、れ、れれれ」

「ロキ様…?」

 

「Lv2、キタァァァァアァァアァァ!!!!」

「えええええぇぇぇぇえええぇぇぇ!?!?」

 

黄昏の館を揺るがすほどの叫び声が響いた。

 

 

 

「さて、まずはおめでとう。ベル。所要期間2ヶ月半でのランクアップはアイズの持つ1年の記録を抜いて大幅に記録更新だけど…保留しているんだってね?」

「は、はい…あの、魔法のストック数が魔力で伸びるみたいなので…もう少し魔力が高くなってからにしようかなと」

「ふむ、まぁ、記録に拘らないならその方がいいと思うけど…じゃあ、明日からはまた魔力を中心に鍛えていくのかな?」

「はい!」

 

更新されたステイタスが書かれた紙を持って、僕はフィンさんの元へと来ていた。

 

 

 

ベル・クラネル Lv.1(Lv2ランクアップ可能)

 

力 : B 742→A801

耐久 : S 924→S 954

器用 : A 854→S 901

敏捷 : S 933→SS 1001

魔力 : G 291→B 711

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 ( ストック数 5 / 21 )

 ストック魔法

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・エアリアル

 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減

 

 

 

「…しかし…SS…か。いや、わかったよ、ベル。改めておめでとう。実際にランクアップした時には盛大に祝うとしよう」

「あ、ありがとうございます…!」

「ふふ、あの4人も帰ってきたら驚くだろうな。それで、ベル。明日からはどうするんだい?」

「その、また迷宮に潜って魔法をメインに使ってみようかなと」

「わかった。深く潜りたいならパーティを組んだほうがいいけど…」

「浅い階層で練習するので、大丈夫です!」

「ン、わかったよ。じゃあ、気を付けてね。ああ、それから、リヴェリアは今出掛けているから…帰ってきたら教えてあげるといい。喜ぶだろう。ンー…昼過ぎには帰ってくるはずだよ」

「はい!」

「…あと、明後日からの予定でラウル達と一緒にダンジョンに潜ってもらおうかと思っていたんだけど…どうしたいかな?」

「ラウルさん達と…是非、お願いしたいです!」

「うん、じゃあ、ラウル達にも伝えておくから…色々と学ぶと良い」

 

少しの会話を交わして、部屋を後にする。

 

「…誰か、並行詠唱教えてくれる人、いないかなぁ」

 

そんな呟きを拾う人は、いなかった。

 

 

 

一度、マインドダウンになりかけたこともあって今日はのんびりと過ごす。中庭を散策していると、木の下に人の影が…ベートさん?

そういえばベートさんって魔法は使うのかな、戦ってるところは見たことがないから、知らないんだけど…。

 

「べ、ベートさーん?」

「…あー? …兎か」

「そ、その、僕、ランクアップ可能になってました!」

「わざわざその報告をしに来たのかよ…で?」

「で、とは…?」

「…本当にそれだけかよ…なんか用事があるんじゃねぇのか?」

「えっ、あっ、その…べ、ベートさんって魔法とか」

 

使うんですか、聞こうとした僕の言葉を遮るようにベートさんが言葉を発する。

 

「俺は魔法は使わねえ…」

「そ、そうです、か…」

 

なんだか少し、怒っている…とも違うけど、空気が悪くなってしまった。嗅ぎ回るのはよくないんだろうけど、誰かに聞いてみようかな…?

 

「そ、その、邪魔をしてごめんなさい。今日はありがとうございました!」

「…あぁ」

 

それだけ言葉を返すと、また身体を倒して目を閉じるベートさんの姿を残し、その場を後にする。

使えない、じゃなくて、使わない。何か理由があるんだろうか、と思いながら。

 

 

 

暇になったときの定番と化している、豊穣の女主人へと僕は向かっていた。今回はご飯を食べに行く…というよりは、朝、失礼な対応を取ったことをシルさんに謝らないと。それから、リューさんに魔法を教えてもらう日をいつにするか決めないと、と話す内容を確認しながら向かう。

 

既に店は開いており、ちょうど昼過ぎということもあり盛況だ。

店内に一歩踏み出すと、猫人の店員…アーニャさんが、尻尾をピンと逆立てながら僕を指差す。

 

「ニャニャっ、シルの手作りお弁当を断った少年がこのお店に何の用ニャ!?」

 

そして、そんな第一声が、僕を襲う。その直後、店中の男性客から殺気が飛んできた気がする。多分、これは僕の罪悪感とか諸々から来る気のせいだろうけど。

 

「な、なんてことを言うんですかアーニャさん!?」

 

とりあえず、言い訳をしようとする。しかし。

 

「取り繕おうたってそうは行かないのニャ! ミャーは知ってるのニャ! 朝、逃げるようにシルの前から走り去っていったことを!」

「ちょちょちょ! 違うんです違うんです! あれには理由がありまして!?」

 

尚も、色々と暴露しようとするアーニャさんに僕は盛大に慌てながら言い繕おうとする。

 

「アーニャ、いい加減にして!」

 

そうして、焦る僕の斜め後ろから声が飛び出した。そこには、シルさんがいた。

 

「ニャ…で、でも、シル…」

「気持ちは嬉しいけど、ベル君の話も聞かないで文句ばっかり言わないで! ごめんね、ベル君。朝、ちょうどアーニャが見ていたみたいで…こちらの席へどうぞ?」

 

奥まった席へと案内され、不満げなアーニャさんとシルさんが隣に座る。えっと、お店はいいのだろうか…? あ、もう1人の猫人…クロエさんがすごい頑張ってる…。

 

「さて、それでアーニャ。まずはベル君に謝って。思うところがあったにしても、お店の中で大声で話すようなことじゃないでしょう?」

「ニャ、そ、それは…悪かったニャ」

「い、いえ…」

「私からも、ごめんなさいベル君」

「いえ、シルさんは悪くないですから…それから、僕の方こそ朝はごめんなさい。ちょっと色々と、勘違いというか思うところがありまして…」

「大丈夫ですよ、急にあんなことを言い出した私が悪いんです。ね?」

 

でも、今度は受け取ってくれると嬉しいです、そう言うシルさんに、僕は首を縦に何度も振った。

 

うん、シルさんは本当に凄くいい人だ。こんな人が策略を使うとか、そんなこと、ないに決まってる。僕はどうしてあんなに疑って掛かってたのだろうか。

 

「…不満そうだったのはシルも同じなのに、なんか納得いかないニャ…」

 

何かアーニャさんが呟いていたが、僕はそれを聞き取れなかった。

さて、とシルさんが手を軽く叩くように合わせながら立ち上がる。

 

「ご迷惑をお掛けしました、ベル君。お詫びに、今日のお昼は私が奢っちゃいます! お客様、ご注文は何になさいますか?」

 

ふふっ、と笑いながら問い掛けてくるシルさんにドキリとしながら、今日のおすすめランチを頼む。

 

「っあ、今日のおすすめランチで…お願いします…」

「はぁい、少々お待ちください」

 

機嫌良さげに離れていくシルさん、呆気にとられる僕とアーニャさん。

 

「…悪かったのニャ。ミャーも仕事に戻るニャー、これ以上サボってたらミア母ちゃんに…多分もう怒られるけど、これ以上怒られるのは嫌ニャ…」

 

そして、どんよりとしたオーラを放ちながら席を離れるアーニャさんに、僕は苦笑いしかできなかった。

 

 

 

料理を持ってきてくれたリューさんに、改めて約束を取り交わした僕は並行詠唱について質問してみた。

 

「あの。リューさんは、並行詠唱って使えますか?」

「並行詠唱ですか…そうですね、少しは自信がありますが…」

「あの、図々しいお願いだとは思うんですが、教えていただく事は可能でしょうか?」

「私としては構いませんが、かなり難しい技術になります。今のクラネルさんが習得できるかと言うと…」

「それでもいいので…あの、お礼は必ず…っ!」

「…わかりました。稽古をつけて差し上げましょう」

「ありがとうございます!」

 

そうして、並行詠唱に関しても教えてくれることになった。

本当に、お世話になってばっかりだなぁと思いながら何か恩を返すために僕にできることはないかと考えるけど、特にできそうなこともない。

僕って、何もできないなぁ…そんな風に自分を振り返る。

 

「いえ、いい機会ですので。それに、後進を育てるのは先達の役目でもあります。私は迷宮探索から離れて…()()()()()()()()()()()()()もう長くなりますが、教えを乞われて突き放すのも、矜持に関わりますから」

 

そう言うリューさんの顔は、なんだか、少し物憂げに見えた。

 

「…あの、リューさん」

「どうかしましたか?」

「…いや、なんでもないです」

 

きっと、安易に聞いちゃいけないことなんだろう。多分、何かを抱えているのは間違い無いんだろうけど…そんなの、誰だって同じだ。

ベートさんといい、リューさんといい、なんだか、他人のことを自分から避けているような…そんな気がする。

 

「…気を遣わせてしまいましたね」

「そ、そんなことは…っ」

 

そんな、僕の考えは簡単に見抜かれていた。恥ずかしい。

 

「そうですね、いつか…貴方ならば、話す機会も、知る機会もあるでしょう。ただ、それまでは…ここにいるのは1人の、元冒険者のただの…貴方の顔見知りのエルフ。そう考えていてくださると…有難い」

「…リューさん…はいっ! で、でも、リューさんは僕にとってただの顔見知りのエルフなんかじゃありません! とても…とても大切な人です!」

「そ、そう言うことを言っているのではなく…っ! はぁ…貴方と一緒にいると、私の心臓が持ちません…」

 

一つ一つの発言が、妙に私の胸を騒ぎ立てさせる…全く。

そう呟きながら、リューさんは僕のところから離れていく。

 

「申し訳ありませんが、そろそろ戻らないといけません…また、時間がある時にでも話をしましょう」

「あ、はい! 引き止めちゃって、ごめんなさい」

「お気になさらず。それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

話に夢中になってそっちのけにしていた、おすすめランチ。

それにようやく手をつける。うん、美味しい。

 

さて…これを食べたら帰って、今度はリヴェリアさんにも魔法の教導をお願いしてみよう。リヴェリアさん、帰ってきてるよね?



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37話 並行詠唱

「リヴェリア様なら、今頃執務室にいると思いますよ」

 

館に戻ってきて、ばったりと出会したアリシアさんに挨拶をしつつリヴェリアさんを知らないか尋ねる。普段から、よく一緒にいるから恐らく把握していると思って。

 

「ありがとうございます! ちょっと用事があったので…行ってきます!」

「どういたしまして。…リヴェリア様が貴方を気に入って面倒を見ているから私達も文句を言いませんが…」

 

すぐさま駆け出そうとする僕に、アリシアさんが声を掛ける。

 

「…? はい」

「あまり、リヴェリア様を困らせてはいけませんよ? あの方はエルフにとって、最上級の敬意を払うに値する高貴な血筋の方なのですから。このファミリアの者はもうほとんどが慣れているから問題ありませんが、ファミリアの外の保守派のエルフに貴方の振る舞いが見られれば問題となりかねません」

「あはは…気、気をつけます…」

 

釘をしっかりと刺される。確かに、普段のエルフの人達のリヴェリアさんに対する態度を考えると、僕は相当気安く接しているのだろう。

 

「だからと言って距離を置け、とも言っていませんからね? 黄昏の館(ここ)でのことは構いませんし、跳ねっ返りのエルフが貴方に直接文句を言いに来たら、むしろ私に声をかけてください。その代わり、外では出来るだけ気をつけてくださいね?」

「はい! 気をつけます!!」

 

言われたことにヒヤリとしながらもその場を去る。

まぁ、言われてみればそれもそうだよなぁと納得しつつ。

外では、気をつけないとね…結構エルフの人、多いし。先天的なマジックユーザーのエルフの人って、冒険者としての適性が高いからか、この都市には一杯いるんだよなぁ。

 

 

 

「リヴェリアさん、いらっしゃいますか?」

「ベルか、入っても良いぞ」

 

執務室の外から声を掛けると、リヴェリア様はやはり中にいたようで入室の許可を貰う。入ると、書類を片手に何かを飲んでいるリヴェリアさんの姿が…なんかすっごく様になっているというか…綺麗だなぁ。

 

「…ん、ベルも飲むか? 私の故郷の近くで作られている紅茶でな」

 

僕の視線に気がついたのか、手元のカップに目を落としてからふわりと僕に問い掛けてくる。

物欲しそうな目をしているように見えたのだろうか?

 

「あ、いえ、その、そういうわけでは…その、様になっているというか、綺麗だなぁと見惚れていて…」

「嬉しいことを言ってくれるな。何か話があって来たのだろう? どうせだから淹れてやろう。私も休憩しようかと思っていたところだからな」

 

丁度良い、焼き菓子もあるが、食べるか? そう聞かれた僕は大人しく、はい、と返事を返す。

てきぱきと用意してくれたそれらを、執務室内に備え付けられた応接スペースのテーブルに置かれる。

僕は、その後をつくようにして動き、ソファへと座る。

 

「…さて、なんの話だ? 生憎、フィンもロキも出掛けてしまったから私で答えられるものだと良いのだが…」

「その、報告とお願いごと、あ、後、相談がありまして…」

「まぁ、まずは話を聞こう。どれからでも良いぞ?」

 

ゆるりと、リラックスした姿勢でソファに掛けるリヴェリアさんと、腰を深くソファに落とす僕。対面する形で座る。

 

「その、報告なんですけど…実は、Lv2にランクアップ可能になりました!」

 

リヴェリアさんは一瞬、表情を緩めたが、ん? と首を捻って段々と表情が険しくなっていく。

 

「…ほう? このタイミングで…ということは、朝か、昨日の夜か、何かあったな?」

「あっ…その、朝、迷宮に潜って…インファントドラゴンの強化種を倒しました…」

「…1人でそこまで潜ったのか…?」

「は、はい…」

 

お、怒られる…そう思って、ぎゅっと目を瞑り身体を小さくする。

 

「…………はぁ………まぁ、良いだろう。祝事を前にして怒鳴りつけるほど私も狭量ではない。よくやったな、ベル。そんなに身構えるな…私が悪かったから、ふふ、ほら、その綺麗な眼を見せてくれ」

 

そんな僕を見て、褒めながら笑ってくれるリヴェリアさん。

恐る恐る目を開けると、リヴェリアさんは朗らかな笑みを浮かべていた。

 

「あ、ありがとうございます…それから、無謀なことをして、ごめんなさい」

 

でも、怒りたいのも事実だろうと謝ると、リヴェリアさんは気にするなと手をひらひらと振る。

普段にない、軽い対応だけどそれがありがたい。

 

「良い良い、冒険者たる者そういう時も必要だ。これで、大怪我でもして情けなく帰って来たのならば無茶をしたことの後悔どころか、懺悔するほどの勢いで説教をしていたが…偉業を成し遂げたのだ、少しくらいは目を瞑ろう」

 

それで、後の話はなんだ? と僕から話すように促される。

それに内心で感謝しながら、まずは相談を持ちかけた。

 

「はいっ、そ、それで相談なんですけど…フィンさんに話をした時に相談するのを忘れて…発展アビリティだったんですけど」

「ああ…相談ということは、選べるほど出たのか。それで?」

「はい…一つ目が魔導、二つ目が精癒で…」

「どちらも魔導師としては垂涎の的だが…」

「それで、三つ目が…幸運、なんですけど」

 

二つ目までは、喜ばしい顔をしていたリヴェリアさんだが、三つ目を告げると途端に難しい顔になる。

 

「幸運…聞いたことがない発展アビリティだな。ロキは何か言っていたか?」

「あ、はい、ロキ様も見たことも聞いたこともないし、効果の見当もつかない…と」

「ふむ、間違いなく希少なものだが…効果がわからないのではな…貴重な発展アビリティの枠を使うほどのものなのかどうか…ベル自身はどう考えているのだ?」

 

そう尋ねてくるリヴェリアさんに、僕は上手い返答ができなかった。

 

「えーと…実はどれも気になって、選べなくて…」

 

それを聞いて、益々悩ましい顔を深めるリヴェリアさん。

 

「…私の意見だけを言うならば精癒が一番良いんだが…このファミリア内でも私にしか発現していないもので、魔導師なら泣いて喜ぶアビリティだ。魔導は…まぁ、次回以降のランクアップでも取れるだろうし本職の魔導師じゃないベルなら、無理に取るほどのものでもないだろう…しかし、幸運か」

「ロキ様からも、無難に取るなら精癒が一番良い…と」

 

うーん、と2人して頭を悩ませる。

じっと僕のことを見ていたリヴェリアさんが口を開く。

 

「…当分、ランクアップは保留するのか? それともすぐにでも決めたいのか?」

「まだ伸びそうですし、魔力が伸びるまでは保留しようかな…と。魔法のストック数も増えるみたいですし…」

「そうか…ならば、少し考えてみるとしよう。改めてフィンにも相談した方が良いし、レフィーヤ達が帰って来てから相談してみるのも良いだろう…とは言え、皆も精癒を推すとは思うが…」

「はい、そうします!」

 

2人、一度紅茶を啜り話を一旦切る。

 

「…それで、お願い事もあるんだったか」

「はい、あの、酒場のリューさんにもお願いして来たんですけど…並行詠唱を教えてもらいたくて」

「並行詠唱か…レフィーヤですらまだ充分に扱えない代物をもう求めるのか?」

「え、そ、そうなんですか? レフィーヤさんなら使えると思って、教えてもらおうかとしてたんですけど…」

「…レフィーヤには言ってやるなよ? あいつもまだまだ未熟だ、できないことの一つや二つはある」

「それもそうですよね…あの、インファントドラゴンと戦った時にも頑張ったんですけど…回避に専念しながら詠唱するのが精一杯で」

「…うん?」

「英雄譚とかでは剣を切り結びながら詠唱して、魔法を近距離で放つ…みたいなことをよくしているので、それに憧れたんですけど…」

「あ、ああ、まぁ、完成形はそれになるだろうな。特にお前が師事するという同胞はその形を確立していると言えるだろう。私が知る限りでは最も巧く近接戦闘に並行詠唱を取り入れている」

 

そ、そうなんだ。少々の自信はあるっていうのは…謙遜ってやつかな。そんな凄い人に教えてもらえるなんて…!

 

そんな風に感嘆しているとリヴェリアさんが、しかしな、ベル、と呆れたような顔で告げる。

 

「皆が皆、それを出来たら私達完全に後衛にいる魔導師は存在価値がなくなるだろう? 殆どの者が回避しながらや、走りながらの並行詠唱ですら満足に出来ないのだ。魔力を制御することに集中しなければいけないからな」

「そ、そうなんですか…?」

「そうなんだ。特に、詠唱が長ければ長いほど、制御する魔力が多ければ多いほど難易度は増す。つまりだな、お前が言う『回避に専念しながら詠唱』と言う物ですら、十二分に高度な技術に当たるんだが…ベル、初めてのぶっつけ本番で出来たのか? 内緒で練習していたとかでもなく?」

「は、はい!」

「…止まって詠唱して放つという魔法の常識…いや、先入観がなかったから出来たのか…? 単純に分割思考能力に優れている可能性も…いや待てよ、ベルの魔法はストックという形を取るのだったな。もしや、ストックした魔法を放つには制御がいらないのか…? いや、それならそもそも…ふむ。とりあえず考えるのは後にしよう。わかった、明後日からはラウル達と迷宮に潜るんだったな? では明日1日、見てやろう」

「ありがとうございます!」

 

何か、思案に耽りながらリヴェリアさんが僕のお願いを聞いてくれる。

 

詳しい話は後にするか。私もそろそろ書類を片付けてしまわねばならないというリヴェリアさんの元を去り、自室へと戻る。

 

時刻は、気が付けば夕方近く。そう言えば、昨日、自分の勘違いで泣きながら不貞寝して出来なかった読書をしようと思い立つ。

 

「…飲み物と、何かつまむ物でも買ってこよ」

 

館を出て、近くのお店で飲み物と幾らかのお菓子を買う。

今日はのんびり過ごせそうだと、勘違いから来ていた気分の沈み込みと、その後の誤解の解消に加えて、ランクアップの高揚感。今の僕は、気分が非常に良い。

 

自室へ戻り、数少ない自分の荷物の中からお気に入りの本、その数冊を取り出して夜まで読み耽った。



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3章 兎は猫に、狩を教わる
38話 魔法特訓


結局あの後、夕食まで本を読み耽っていた。

夕食後にはリヴェリアさんと明日の待ち合わせの時間を決め、フィンさんに発展アビリティの相談をして、残った時間はまた本を読んでいた。

 

今度は、リヴェリアさんから渡された魔法に関する学術書だったけど…内容は難しくて、全然わからなかった…。結局、本の内容をほぼほぼ理解することもなく、脳味噌の中が文字で埋め尽くされた頃、僕は自然と身体をベッドに預けて深い眠りについていた。

 

 

 

翌朝、朝食を早めに済ませた僕は身支度を整えて館の正門の前にいた。

ちなみに昨夜読んだ本の記憶はびっくりするほど残っていない。ちゃんと読んでおかないと…いつ試験だ、と言い出されるかもわからないし。もしその試験をパスできなかったら、普段のスパルタっぷりが天国に見えるくらいのスパルタ授業が行われるらしいし…。

アイズさんが震えながら教えてくれた情報だ。今のところ、僕は運良く試験を突破し続けられているから、そろそろそのスパルタを受ける時かもしれない。何故か、身体に悪寒が走った。

 

リヴェリアさんとの待ち合わせの時間までは、まだ十数分程あるが待たせるわけにもいかない。早めに着いた僕は、一応、詰め込んできた携帯品を確認し直す。

 

「おはよう、早いな、ベル」

 

そうこうしていると、リヴェリアさんが杖を片手に、いつも着ているものよりは少し簡素な戦闘衣を纏って姿を現す。上層、中層用の装備かな? あのローブ、重たそうだもんなぁ…。

それでも、気品ある白と緑を基調とした綺麗なローブ。凄く高そうだ。

 

「おはようございます、僕も、今来たばっかりですよ」

「ふふ、そうか…まるで逢引の待ち合わせでもしていたかのような台詞を言うな?」

「あ、そ、そんな…揶揄わないでくださいよ…」

「すまんすまん、可愛いことを言ってくれるからつい、な。さて、行くとするか」

「はいっ!」

 

少し、冗談を交えながらの挨拶に緊張は解された。

僕は今から、名実共にオラリオ1の魔導師である、高貴なハイエルフの王族、リヴェリア・リヨス・アールヴその人…そのエルフ? に魔法に関しての教導をしてもらうのだ。

 

いかに、普段からかなり頼っている…甘えているとは言え、ホームの外に出ればアリシアさんに釘を刺されずとも共にいると緊張してしまう。

 

それに、他の魔道士の人に聞かれたら血の涙を流すような待遇だろう。僕も、かなり恵まれていると実感せざるを得ない。本当に、拾ってくれたレフィーヤさんには感謝しないと…今の僕があるのは、九分九厘レフィーヤさんのおかげだ。今度、何かお礼…レフィーヤさん、欲しいものとかして欲しいこととかないかなぁ。

 

そんなことを考えながらも、リヴェリアさんは普段の威厳ある姿とは違って親しみやすい様子で話してくれる。僕の気持ちを知ってか知らずか、軽口を交えながらの歩みは、なんだか楽しい時間だった。

 

「しかしだな、ベル。急ぐのは良いが髪はしっかりと梳かせ。ここも、ほら、ここも跳ねているじゃないか。全くお前と言う奴は…それとも、若い女の子相手じゃないと髪を整えるやる気も出ないか?」

「ごめんなさい…」

 

辛口を交えるのは、勘弁して欲しかったけど。

後、歩きながらとは言え他の人の目もある中で頭に手をやって撫で回されるのは…あの、ちょっと…かなり、恥ずかしいです…。

 

解けた緊張は、少し違う意味合いでの緊張となって何倍返しかになって戻って来ていた。

 

 

 

ダンジョン、5階層。

あの後、そのまま色々と話をしながらダンジョンを目指すこと数分。無事にダンジョンに入った僕達はこの階層まで潜って来ていた。

いつぞやにミノタウロスに襲われた、若干忌避感のある階層で僕の特訓は行われるらしい。進んで来た先にあったのは、これまたなんか走り回っている最中に通った記憶のある大きめのルームで。えっと、L-8…かな。あの時はわからなかったけど、リヴェリアさんの授業をしっかり受けた今の僕なら、この正規ルートを外れた脇道のルートもちゃんと把握して…

 

「さて、ここでやるとするか。ちなみにここはK-8だぞ」

 

前言撤回。一本ずれてたみたい。

 

「…はい!」

「なんだ、今の微妙な間は…間違えて覚えていたか?」

 

そして、その一瞬の間はしっかりと聞き咎められた。

 

「うっ、えっと、L-8かなぁと…」

「L-8は先程の別れ道を左だ。まぁ、この辺りは来ることも少ないだろうから仕方ないか…よし、早速始めるとしよう。今のストック魔法はいくつある?」

「はい…えっと、レフィーヤさんのアルクス・レイが2回にヒュゼレイド・ファラーリカが1回とアイズさんのエアリアルが1回、それから、リヴェリアさんのウィン・フィンブルヴェトルが1回です」

「そうか…では、私の魔法を一度放ってもらおうか。少し、確認したいこともあるのでな」

「はいっ!」

 

そう言って、詠唱を始めた僕をじっと見つめるリヴェリアさん。

特に、このふよふよと動く魔法陣と、僕の胸辺りを何度も目を行き来させながら見ている。

 

「…ベル、返事はしなくて良い。ベルの魔法の詠唱が終わった後、私の魔法の詠唱を始める前に少し待ってもらえるか? 魔力の流れを確認したい」

 

その声に、詠唱は途切れさせることなく頭を縦に振り了承の意を返す。

 

紡ぎ終わった詠唱と、練り上がった魔力を意識しながら魔法名を口に出す。これで、僕の脳内では自然と5つの球体が自らを主張するかのように浮かび上がって来た。後は、この中から選んで詠唱するだけだ。

 

「…なるほどな、ベル、詠唱を始めて良いぞ」

 

じろじろと、矯めつ眇めつ僕の様子を確認したリヴェリアさんがゴーサインを出す。それを受けて、僕は詠唱を始めた。頭の中に思い浮かべられているのは、やはり、最初に使ったのと同じ綺麗なその球体。

 

「…やはり、そのまま機能しているな。と言うことは、制御は元の魔法行使者に依存。方向性のみをベルが操っていると言うことか…? うぅむ、興味深い。一体どういった原理なんだ…」

 

リヴェリアさんが見守る中、詠唱を済ませ、膨れ上がった魔力をそのまま前方に向かわせ、魔法を行使する。

 

放たれた魔力の奔流は、一面を銀世界へと変貌させた。

 

それを見ていたリヴェリアさんは何度も頷いたり首を横に振ったりと忙しそうに何かを考えている。僕は、その考えが纏まるのを大人しく待つ。

 

「…そうか。これならば確かに遥かに楽に詠唱できるはずだ。なるほど、そうかそうか。面白い」

「えっと…何かわかりましたか?」

 

ぶつぶつと、顎に手を添えて呟いていたリヴェリアさんが一旦考えを区切っただろうところで声を掛ける。

 

「いや、仮定ではあるがベルの召喚魔法の原理が何となく理解できてな。恐らくだが、ベルが他者の魔法を行使する際、ほとんど制御に困らないのではないか?」

「えぇっと…普通の人の魔法がよくわからないから何とも言えないんですけど…多分…?」

「ああそうか、後ベルが使えるのは付与魔法だから制御自体は難しく…いや、アイズの魔法を使った時に吹き飛ばされていただろう? あの魔法は、ちょっとした事情もあって特別扱いにくいし、付与魔法の制御に関しては詠唱中の物ではないから少し違うのだが…あのような現象が、普通の魔法にもあるんだ」

 

すると、答えと共に例を指し示される。例えば、魔力爆発なんかだな。そう告げたリヴェリアさんに、僕はおうむ返しのように質問する。

 

「いぐにす…?」

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)、まぁ簡単に言うと、練り上げた魔力が魔法の形にならずに失敗して、集められた魔力が自分の元で暴れ狂い自分ごと爆発するような現象だな」

「ひぇっ!?」

 

な、何それ、怖い…ってか危なくない!?

リヴェリアさんの使う魔法の規模でそんなことが起きたら…い、一体どうなっちゃうの!?

 

「普通はそう言った危険性があるから、並行詠唱は難しいとされるんだが…ベルの場合は、恐らくストックとして内包した魔法自体が魔法の発動を手助けしているのだろう」

 

とりあえず、僕の魔法では安心していい…のかな?

 

「…つ、つまりは…?」

「ベルの魔法は、途轍も無く並行詠唱に向いている、と言うことだな」

「お、おおおおお!?」

 

最終的なリヴェリアさんの判断を聞いて喜ぶ僕を見たリヴェリアさんは、尚も仮定した理論とその他運用方法などをつらつらと告げてくる。中身はほとんど理解できなかったけど、端的に纏めるとこんな感じらしい。メモ書きに箇条書きにして渡してくれた。

 

 

 

・放たれた他者の魔法自体をストックしているので、細かい魔力の制御が必要ない、もしくはほぼ要らない。

 

・ベル自身の魔法の詠唱は、他者の魔法を呼び起こすトリガー程度なので細かい魔力の制御が必要ない、もしくはほぼ要らない。

 

・それでも他者の魔法の詠唱式が必要なのは、魔法自身が自らの魔法としての在り方を思い出す為? 詠唱やトリガー、魔法名を間違えた際にどうなるかは要検証

 

・ストックする際の魔法の詠唱及び魔力の制御はどうなっているのか? 要検証。戦闘時に使うことはないから些細な問題

 

 

 

とりあえずよくわからないけど、なんとなくわかったから良しとしよう。うん、並行詠唱向いてるってわかっただけで嬉しいからいいや。

 

その後も、リヴェリアさんが講義を交えながら、リヴェリアさんの魔法を分けてもらいつつ、リヴェリアさんを敵役として並行詠唱の訓練に勤しんだ。

最終的には、何とか、リヴェリアさん曰くLv1上位程度の冒険者の動きを相手取って戦闘を行いながら魔法を発動することができた。

 

こ、これ、単純に、戦って動き回りながら詠唱するだけでも辛い…っ! それに、リヴェリアさんの杖、当たったらめちゃめちゃ痛い!?

 

しかし、僕の並行詠唱を見たリヴェリアさんは仮定が大体合っていそうだと御満悦な表情だった。息も絶え絶えな僕に向かってつらつらと難しいことを話しながら、話を聞いているのかと不機嫌になるのは少し怖かったけど、リヴェリアさんが楽しそうで良かったです…。

 

精も根も尽き果てた僕は、床にへばりつくようにしながらその話を黙って聞いていた。全く、この程度で倒れるとはだらしがないぞと言うリヴェリアさんの声にも、反応することができなかった。

 

リヴェリアさん…座学だけじゃなくて実戦でもスパルタだったんだ…ちょっと後悔した自分がそこにいた。



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39話 魔法特訓(2)

リヴェリアのターン。
おかしいな、記憶の中の数少ない戦闘描写より、ご飯の描写の方が長いような気がしないでもない。


丸一日、絞られ続けた僕は満身創痍の状態で館へと戻って来た。

リヴェリアさんは軽く汗ばんだ程度で、全く相手にされていなかったことがわかる…あんなに綺麗で華奢なエルフなのに、Lvの差って、残酷だ。もとより諦めてはいたけど、なんだか男として完全に負けた気分。打ち拉がれている。

 

 

 

その特訓の途中、お昼ご飯を食べるために一度迷宮から出て連れて行かれたのは大樹の中心部をそのままくり抜いたようなお店。

野菜や魚がメインの、エルフ料理を多く揃えているお店だった。勿論、料理人も店員もエルフばかり。お客もほとんどがエルフで、わずか数人、草食系の獣人がいた…好みって、種族によってやっぱ変わるんだろうか。ベートさんはお肉好きだけど、アナキティさんは魚好きだったよな…そういえば…。あ、でも、クルスさんはなんでも美味しそうに食べてるし…うーん。そんな風に悩んで僕が立ち止まると、店員さんがこちらへとやってきて席へと案内をしてくれる。

リヴェリアさんを見てギョッとし、後ろに連れられている僕を見て目を丸くしていたけど。かと思えば、店内でこちらに気が付いた人が出てきて小さな騒めきが起こる。それは波紋のように店全体に波及して、結局ほとんどの人の視線が僕達に集まることになった。

 

い、居心地が良くない…。店の雰囲気は穏やかなのに、ジロジロと突き刺さってくる視線が全く穏やかな気分にさせてくれない…。

ま、まぁ、皆と街を歩く時はこれより酷い感じだし大丈夫大丈夫…。

そんな風に強張った僕を見て、リヴェリアさんが申し訳なさそうに目を軽く伏せる。

 

「すまない、ベル。ここまで注目されるとは思っていなかった。私は慣れているから問題ないが…気が休まらないだろう?」

「い、いえ、大丈夫です…ちょっと緊張はしますけど、皆と街を歩いている時はもっと酷いですから…っ」

「まぁ、確かにそれもそうか…では、折角のランチだ。楽しむとしようか。さぁ、頼むとするか」

「はいっ…え、えっと、リヴェリアさん、その、メニューを見ても…よくわからないんですけど…」

 

促されて見たメニューに踊る聞き覚えのない言葉達。

た、たれっれ? おるとら?

 

「…どんなものが食べたいんだ?」

「うっ…そ、その、パスタとか…?」

「わかった、私が頼むとしよう。3人分頼むから、分け合うとしようか。ベルが食べられないものが出てきたら私が責任を持って食べる」

 

は、恥ずかしい…なんか、本当に僕は無知というか…逆に知っていることと言えるのは英雄譚と歴史くらいしかないなぁ。

こんな様子じゃ、それこそ厳しい、知識を尊ぶエルフの人にリヴェリアさんとの関係?を見られたらなんて言われるか…。

 

本、もっともっと沢山読むようにしよう…。

 

流れるように注文を行ったリヴェリアさんの姿をチラッと伺いながら、そんな決意を固めた。

 

「お待たせいたしました、注文の品と、取皿をお持ちいたしました」

「ああ、ありがとう。ほらベル、食べるぞ」

「はい…あ、これ」

「どうした? 食べられなかったか?」

「い、いえ、好物です…その、出身の村で年に一度、お祭りの日に出たものに似ていて…」

 

香草を詰めた、鳥の蒸し焼きのようなもの。まぁ、お祝いの料理としては良くある一般的なものだろうけど。僕らにとっての年に一度のご馳走が、まさか普通のランチの一品として出てくるとは…やっぱりオラリオって凄い。ふくふくとした食欲を誘う湯気を出すそれは、熱された鉄板の上に乗せられていた。下の方が綺麗に切られているし、中に香草以外にも詰め物がされているんだろうか。一度僕の村でも、鶏肉の中から一緒に蒸された卵が出てきたことがあったっけ…いや、それはなんか違うな。うん。

 

「ああ、まぁそれとは少し違うが…見た方が早いな、切り分けてみろ。骨は丁寧に取り除かれているから問題ない」

「はいっ」

 

備え付けられている長めのナイフを使って、ゆっくりとその胴体に刃を入れる。切り過ぎて、鉄板を傷付けたりしないように慎重に…。

カツン、と底に刃が触れる音がして、そこから分け開くように横にナイフを動かす。すると、ふんわりとした湯気と共に立ち昇る匂い。

断面から出てきた、とろりとした白いもの。

ぐつぐつと鉄板に熱せられたそれは

 

「…とろっとろになったチーズに…麦、ですか?」

「ああ、大麦のチーズソースリゾットだ。このお店の一番人気でな、季節を問わず人気がある。味も絶品だぞ? チーズも、普通の牛の乳からではなく山羊の乳から作られている…まぁ、食べてみるのが一番早い」

「そ、そうですね…じゃあ、いただきます」

 

そう言って、スプーンに掬ったそれを口元に運ぶ。

目の前まで運ばれてきたそれは、まるでキラキラと輝くかのような光を放っている…ように見える。間違いなく、美味しい。

疑うことなくそれを、口に放り込む。

 

「あ、そのまますぐだと熱いぞ…「〜〜っ、〜!? 〜〜っ!!」…ああっ、もう、本当に手のかかる…ほら、水だっ!」

 

リヴェリアさんの忠告が耳に入り、脳に届く前に僕の手は動き終わっていた。パクリと咥えて一度噛んだその瞬間、暴力的なチーズの良い匂いと旨味、麦の甘味。絡んだソースの濃厚な味。とても美味しいそれらを舌で味わった…がしかし、脳がその美味を理解する前にその感想は塗り潰された。圧倒的な熱量を持って、僕の舌を焼き尽くさんとするその粘性を帯びたソースに、熱さが閉じ込められていた麦に、そしてそれらをまとわりつかせるチーズに、僕は声にならない悲鳴を上げた。

口を開けても、閉じても、熱い。とにかく熱い。喉奥に流し込もうとしても、喉がその熱さを拒否する。吐き出すわけにもいかず、はっふほっふと口の前を両手で覆う僕にリヴェリアさんが水を差し出してくれる。

 

何も考えずにそれを受け取り、流し込むようにして水を飲む。

ようやく落ち着きを取り戻せた僕だが、口の中が、ヒリヒリする…うぅ。

 

「焦り過ぎだ、馬鹿者が…熱いことくらい、わかるだろう。ほら、舌を見せてみろ」

「ひゃい…」

 

涙目で舌をべっと出す僕の顔に、近寄るリヴェリアさんの顔。

な、なんか…ち、近い…いや、舌の様子を見るために近寄るのはわかるんだけど…あぁ、やっぱり綺麗な瞳をしているなぁ…。

 

「…ん、爛れてはいないし、少し赤くなっている程度だ。問題ないだろう」

「ふわい」

「よし、口を閉じていいぞ。全く…そそっかしい奴だな」

 

そうして、瞳に見惚れていた僕と目を合わせてから離れるリヴェリアさん。僕が置いたコップを回収していく。僕は、その時視線を感じてパッと周りを見渡した、すると、色んな人が僕達の方に視線を向けていた。そうして、僕の目が向いたのを察知するとバッと一斉に顔を逸らす。

 

ええと…僕達の席は一番奥まった2人掛けで、他のお客さんの席から見るとさっきの光景は…僕の方に覆い被さるようにして顔を近寄せたリヴェリアさん…のその背中と、その後数秒、その体勢で固まった僕達…。

客層を見ると、カップルが多い。エルフのカップルってこんなにいたんだってくらい。ロキ・ファミリアの女性のエルフさん達は沢山いるのに皆独り身なのになぁ…言ったら半殺しにされかねないから、絶対に言わないけど。まぁそれは置いておいて、そんなお店で、さっきのような行動を取った僕達を見る、他人の目…?

 

あっ。

 

これはまさか…勘違いされて…る…?

い、いやいやいやまさかそんな。あのリヴェリアさんが僕と…なんて万が一、いや、億が一にもあり得ないだろうし、そもそも釣り合わないし、周りからも許されないだろう。そんな勘違いをする人なんているはずがないさ、うん。さっきのだって仲が良いなぁと微笑ましいものでも見る視線か、精々が嫉妬の視線に過ぎないはずだ。そうだ、そうに決まっている。

 

よし、気にしないことにしよう。わーい、このご飯、美味しいなー。

こっちのパスタも…うわ、本当にすっごい美味しい。

おお、このサラダみたいなのも美味しい…あ、今度レフィーヤさんのお礼にここのお店に連れて来てみようかな…。きっと気に入ってくれるはず…もう知ってるのかな? リヴェリアさんが通い慣れてる様子だったし、レフィーヤさんも来たことありそうだなぁ。

 

現実逃避と思考に走った僕は、ニコニコとご飯を食べ進めた。

それを見て、連れてきてよかったと言ってくれたリヴェリアさんも、食事を進めた。2人、雑談を交えながら綺麗に平らげた。

 

会計して出る時に、僕が財布を出そうとするとリヴェリアさんが全部出すと言って少し話し合いが起きたけど、それは割愛。

ちなみに、聞こえてきたお値段は結構なものだった…夜の、酒場としての豊穣の女主人よりもしかしたら高いんじゃ…。と、そう思わせるような。

 

そうして、腹を満たしてから迷宮に潜り直し、腹ごなしの軽い運動を行った後………朝はせいぜい昼まで3時間ぶっ続けだったのが、昼からは夜遅くまで、10時間ほどぶっ続けで特訓を行った。精神力が枯渇しそうになるとポーションで回復され、疲労で倒れそうになるとポーションで回復され、気絶すると気付薬で回復され…薬漬けになりながら特訓を行った。ま、まぁ、成果はあったから…。

 

それで、ようやく帰ってきたのが、ついさっきのことだ。

 

「では、ベル。明日からはラウル達と共に迷宮に潜るようだが…変に気を張るんじゃないぞ? 元より、うちの育成方針としては上級冒険者をリーダーに据えて駆け出し達の面倒を見るものだから、遠慮せずに学んでこい、魔法の勉強もしっかりとするんだぞ?」

「ふぁい…」

 

眠気と疲労でうつらうつらとする僕に、別れ際にリヴェリアさんからの忠告と檄が飛ぶ。

 

「じゃあ…おやすみ、ベル」

「おやすみなさい、リヴェリアさん…」

 

ホールで別れて、僕は自分の部屋へと向かう。

もう、日付を跨ごうかというくらいの時間帯だ。早く汗を流して寝ないと…そのままベッドに倒れ込みそうな体を叱咤して、無理矢理シャワーを浴びてなんとかベッドに潜り込む。

 

ああ、もう眠気がすぐそこに…。明日からはラウルさん達と迷宮探索…楽しみだなぁ。

 

疲れた身体は、すぐに睡眠を求めて、いつになく気持ち良い深い眠りに入った。




今日明日明後日と少し仕事が忙しいため、更新が滞るかもしれません。
お許しをば。


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40話 迷宮進行

「ベル君、今日はよろしくっす!」

「よろしくね、ベル」

「よろしくお願いしますっ!」

 

翌日、迷宮に潜る前の打ち合わせと顔合わせを行う。とは言え、何度かお世話になっている相手だけど。

 

ラウルさんにアナキティさん、2人のLv4冒険者と共に迷宮に潜る。

 

ラウルさんは、人間種族で…良くも悪くも普通な人。自分自身のことを器用貧乏だと言っているが、周りからの評価で言えば器用有能。大抵の武器をそれなりに使いこなし、戦闘指揮もこなす。歴とした第二級冒険者だ。まぁ、同期のアナキティさんを筆頭にLv4にも個性の強い人達がいるから、少し影が薄く感じるけど…。二つ名は『超凡夫(ハイノービス)』。格好いいかどうかで聞かれると…ちょっと口を濁したくなるけど。でも、優しく、気が利いて、強い。

 

アナキティさんは、『貴猫(アルシャー)』の異名を持つ、物凄い綺麗な美人さんの猫人(キャットピープル)。酒場のアーニャさんやクロエさんと同種族だけど、あんまり関わりはないのかな? 髪がとっても綺麗。尻尾もすごく綺麗で、いつか触らせてくれないかなと思ってる。

指揮能力に長けているらしく、ラウルさんを補佐しながらフィンさん達を筆頭にした第一級冒険者で組まれた一軍以外の、二軍戦力の指揮なんかを受け持つことが多いらしい。後、すごく優しい。それから、貴、の一字が付けられるのも納得できる立ち居振る舞いで、中庭で稽古をしていた時の剣を振るう姿はとっても格好良かった。

 

そんな2人から、冒険者のイロハ…とりわけ、サポーターのことについて教えてもらう。これも、大規模な迷宮探索である『遠征』についていくには必須の技能らしい。

 

第一級冒険者達の負担を減らし、その上で自らの身くらいは守れるように立ち回る。第一級冒険者の戦闘要員だけではとてもじゃないけど潜れない層でも、そうやって人員を増やして安全性を高めながら探索するのが『遠征』だ。

 

その立ち回りの基礎を、今日は教えてもらう。あと、ついでに剣術も。

 

 

 

「ええっ!? ベル君もうランクアップできるんすか!?」

「えっ、嘘…だってまだ3ヶ月も経ってないわよね!?」

 

迷宮へと向かう道中、ベル君の到達階層は何階層っすか?

ラウルさんに聞かれたそれに正直に12階層だと告げる。

 

インファントドラゴンと遭遇したか、戦闘したか?

アナキティさんに問われて、強化種を倒してランクアップできるようになりましたと答える。

 

ポロリとランクアップの件について口を滑らせた僕は2人に色々と問い詰められられつつも、最終的には祝福された。

 

「とはいえ、ベル? ロキと団長達しか知らない情報ならそんなほいほい答えちゃダメよ? 隠しているんじゃないの?」

「う、はい」

 

その直後に、釘を刺される。なんだろう、僕の知り合いの女性はみんな上げて落とすのが得意というか、褒めてはくれるんだけど最後はしっかりと釘を刺していく人ばっかりだ。いや、それだけ危ないことをしているんだって自覚は流石に今ではあるけど…。

 

「こんな街中じゃ誰が聞いてるかわからないんだから。それこそ、もう5年間も破られてないアイズの記録があったのに、次に君がこんな短期間で…なーんて街中に知れ渡ったら…拐われて、秘密を探るために解剖されちゃうかもね?」

「ひぃっ!?」

 

胸をトンっと突かれ、すすすっ、と、僕の胸の辺りを縦に切り裂くように指を滑らせるアナキティさん。

か、かかかか、かい、解剖…っ!?

 

「あれ、脅かしすぎたかな…まぁ、しっかり反省したなら、よし。君はなんだか抜けているところがあるから、ちゃんと自分で意識しないとね。それに冗談抜きに、君はもっと警戒した方がいいと思うよ、色々と」

 

無防備にも程がある、これじゃああの人…いや、あの人達も安心できないわけだ、と。

そんなことを口に出すアナキティさんを、ラウルさんが宥める。

 

「ま、まあまあ、アキ。ベル君も反省してるみたいだし、その辺に…」

「男は甘くてダメね…。はぁ、まぁそうしましょうか。それより、そこまで到達してるなら中層にアタックしてもいいかもしれないわね。ベル、サラマンダー・ウールは…持ってないわよね?」

「さ、さらまんだーうーる…?」

 

なんだろうそれは、文字の通りなら…火蜥蜴の、羊毛…?

なんだ、その謎の物体は…勿論持ってない。

 

「火精霊の護布って書いてね。火の精霊の恩恵が宿った布装備で、炎に対する耐性と、防寒属性…まぁ、火と氷に強くなる便利な防寒具があるんだ。それがないと13階層からは辛いから…うーん、よし、お姉さんがプレゼントしてあげちゃおう!」

 

えっ?

 

「あ、それなら丁度良くクーポン持ってるっすよ!」

「ほんとっ?」

「え、え?」

「じゃあ、早速買いに行きましょう?」

「あ、ありがとうございます?」

 

そうして、流されるままあれよあれよとお店につき、いくつか試着させられて、そのまま買ってもらった。

 

「お会計、108,000ヴァリスになります…はい、110,000ヴァリスからのお預かりです。お後、2,000ヴァリスのお返しになります。ありがとうございましたー」

「よし、似合ってるわよ。ベル。これで中層行けるわね!」

 

予想以上の値段が耳に飛び込んできて、喉が凍った。

 

「じゅ、じゅうま…? ぼ、僕の2週間分の稼ぎ…?」

「気にしなくていいわよ? 先輩からの贈り物なんだから有り難く受け取って使い倒しなさい、どうせ必要になるんだから。それでも気にするなら…そうだなぁ、じゃあ、後でなんでもお願い事を聞いてもらおうかな?」

「そ、それくらいなら…わかりました、ありがたく使わせてもらいます!」

 

アナキティさんの提案に、二つ返事を返す僕。

すると、アナキティさんは目をパチクリとさせた後に頭を抑える。

 

「あのねベル、貴方、そういうところよ…?」

 

なんでもするなんて安易に安請け合いしないの…そう、呆れたように言うアナキティさんの顔は、なぜかとても疲れているように見えた。

 

 

 

「さて、ここからが中層、13階層…まぁ、所謂最初の死線(ファーストライン)ね」

「そんな緊張しなくても大丈夫っすよ、ベル君。俺達がついてるっすから!」

「ベルの戦い振りも見せてもらおうかしら? と、その前にここに出るモンスターの情報ね。この辺りに出るのは主に2種類。ヘルハウンド…大きな犬ね。その攻撃方法から付けられた異名が『放火魔(パスカヴィル)』、ここまでようやく来た冒険者達の死因ナンバーワン。火炎を吐き出してくるから、サラマンダーウールはその対策に必須…あ、後、アルミラージっていうゴブリンやコボルドの上位互換のような敵も出るわね…その、あー、二足歩行の兎みたいな外見よ」

 

ほうほう、と、モンスターの情報を書いていく。一応、リヴェリアさんからも習ってはいるけど、実際にここで聞くとさらに良く頭に入る気がする。そうか、それでこの護布が必要だったのか。

しかし、それより、気にするべきはそう。

 

「う、兎…」

「…その、ベルが戦いにくかったら私達が相手するから…」

「ベル君、兎みたいっすからね… 」

 

気まずい表情のアナキティさんと、苦笑いを浮かべるラウルさんがそう言ってくる。うーん、前から気になってたけど僕ってそんなに…?

 

「う…今更ですけど、僕、そんなに兎っぽいですか…?」

「「うん」」

 

一瞬も間を置かずに、揃って返ってきた短い返事に僕は撃沈した。

確かに髪は白いし目は赤いけど、逆に言えばそれくらいだと思うんだけどなぁ。亜人でもないから、耳や尻尾があるわけでもないし…。

 

「…と、来たわね。さて、ベル。まずは私達が対処法を教えるわ。ちゃんと見ていてね?」

 

そんな風に話をしていると、今いるルームから伸びる道の方から足音が聞こえる…複数、の、獣?

じっとそちらを見ていると、唸り声を上げながら数体の犬の姿をしたモンスターが入り込んでくる。口を開け、何か、そう、火の粉のようなものが見えた気がした。あ、あれがヘルハウンド…!

 

「さて、ベル。ヘルハウンドの一番いい対処法はね」

「はいっ!」

 

獲物を前にしたアナキティさんが、長剣を構える。

闘気を放ちながら、僕に対処法を教えてくれる。

聞き逃すまいとアナキティさんの声に集中した僕の耳に、あまり信じられない言葉が舞い込んできた。

 

炎を放たれる前に狩る(ヤラレルマエニヤル)、よ」

「え?」

 

僕はその、言い放たれたおすすめの対処法の意味は瞬時に理解できなかったが、兎に角、その動きを身に付けよう、目に焼き付けようと真剣にアナキティさんのことを見詰めていた。しかし次の瞬間、アナキティさんの姿が僕の目には全く追えなくなった。

悲鳴のように情けなく鳴くヘルハウンド達の声に気が付きそちらを見ると、戦闘は、既にほとんど終わっていた。

 

5体ほどいたヘルハウンドは、既に3体が両断され、1体は虫の息。最後の1体も、もう腰が引けている。そして、それに容赦なく剣を振り下ろすアナキティさん。

 

あ、あれ…僕の思っていたアナキティさんと、なんか全然違う…。

と、時に冷酷な指揮をすることもある、とかは噂で聞いてたけど…。

僕が思い描いていたのはもっとこう、スマートに…というか…いや、そうか、相手がたかだかLv2のモンスターだから技術とか本気を出さなくても力技だけで押し切れるということかな?

 

「…とまぁ、炎さえ吐かれなければあまり強いモンスターではないから、こういう感じで」

 

ごめんなさい、どういう感じですか?

 

「…ベル君、何か夢見ていたのかもしんないっすけど、うちの女性陣に変な夢は見ない方がいいっすよ…」

 

ラウルさんが、心底同情するような顔で肩をポンと叩いてきたのが、なんだか、とてつもなく、僕を脱力させた。




アナキティのキャラが既になんか…いえ、良いところを見せようとしただけなんです。


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40.5話 眷属会議(姉)

ちょっと短め、ベル君がアナキティさん…? ってなってる丁度その時の話。


解体したテントの布を持つレフィーヤが、やけに勇気を振り絞るかのように口を開く。

 

「ベルに、今までのことを正直に話して謝りましょう」

 

レフィーヤ達が総勢12名ほどの大パーティーを組んで迷宮探索を始めて3日目、丁度、ベルとラウル達が13階層に着いてヘルハウンドと出会し、ベルが持っていたアナキティへの印象を打ち砕かれていた頃。『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれる、モンスターのほとんどいない安全階層、18階層にいた。

 

その階層にある冒険者の街リヴィラで、幾らかの補給を行った後にレフィーヤ達は野営地の後片付けを進めていた。

 

ゴライアスとの戦いで疲れた体をしっかりと癒した後である。

4人を除いた他の8名は、一昨日の夜、ゴライアスを討伐した。

それに浮かれて興奮しきり、激戦の疲れを癒すためと昨日1日中を休養日とした。夜には豊かとは言えない財布から大枚を叩いて、地上で同じ物を買う時に比べて遥かに高い金額を払いリヴィラで酒を買い、宴を開いていたため、まだ死屍累々の状態である。しかし、事情を斟酌せずそれを叱りつけるほど、気持ちがわからないわけでもない。

 

されども、起きてしまった以上ただただ待つのは時間の無駄でしかないのでリヴィラでの補給を終わらせておいたのだ。起きた彼らがどれほど焦るかは、思考の外に放っておいた。

 

アイズ単独であれば、この階層前後までは日帰りで来れる範囲とは言え今回は暴走に対してリヴェリア、ないしは主神と団長から与えられた罰ということもあり、Lv2に成り立ての冒険者や未だLv1の、殻を破れず偉業を成し遂げられずの経験の長い冒険者を監督しながらの遠征だ。ただ先に進むにもそれなりに時間がかかる。

 

また、ゴライアスが丁度産まれてしまったのも歩みを遅きものとすることに拍車をかけた。アイズが消し飛ばせばそれまでだが、経験を積ませるために連れてきている他の仲間達のことを思えばそれはできなかった。

サポートに徹し、慣れない盾として動くLv5の3人の姿を目にして果敢に攻撃する他の冒険者達。レフィーヤも、強力な魔法を放って消し飛ばすわけにもいかず後衛のサポートとして動くことにしたが、どうにも思いややる気とは裏腹に攻撃力が乏しく、相当な時間をかけてようやく討伐したのだ。

 

途中、我慢できなくなったティオナが雄叫びと同時につい入れてしまった一撃が、ゴライアスの体力をかなり削った事実もあるのだが。

 

今回の目標である24階層、宝石樹の宝石の採取が終わるまでは帰ることができないが…言い方は悪いが、お荷物を抱えた状態では後何日かかるか、アイズは人知れず指を動かしながら溜息を吐いた。

 

そんな時に、レフィーヤが話を切り出したのである。

 

「レフィーヤ…?」

「どうしたの?」

「なんか言ったー?」

 

それを聞いた3人は、作業しながらであったためあまり聞き取れず、聞き返す。バサリと、レフィーヤが手に持っていたものを落とす。

 

「ベルは、私達が都合よく構うペットなんかじゃありません。リヴェリア様にも言われたことです。そりゃあ、ベルは可愛いですし、癒されますし、何かと面倒見たくなりますし、都合良いことを押し付けてなんやかんやと甘えさせたいですし、お姉ちゃんとか呼ばれたいですけど! でも、立派な1人の男の子です! ベルの純粋無垢な人を疑わない馬鹿みたいにお人好しないやそこがいいところなんですけどすっごく馬鹿なところに漬け込んで騙し討ちするような手は…なんか、ダメです! き、きき、き、か、仮に! 仮にベルが私のことをきら、き、嫌…嫌…嫌いに、なったとしても! 私はちゃんと謝りたいです…」

 

誇り高きエルフの血が、矜恃が蘇ってきたのか、レフィーヤはリヴェリアに窘められた言葉を思い出しながら叫ぶように告げる。それを聞いてようやく3人もレフィーヤが言った言葉がわかる。

 

「…う、そ、それは確かに…」

「…そうね、嫌われるかもしれないって怯えて、騙してちゃ…ね」

「…うん、私も、ベルにまた避けられる…かもしれないのは悲しいけど…騙してるのは、心が痛い…」

 

そんな風に、じわじわと皆が納得する。

嫌われたくない、慕ってほしい、仲良くしたい、頼りにしてほしい。

そんな思いは、皆、持っている。

 

しかし、その状態を保つために嘘に嘘を重ねた今のこの姿は、ベルに見せるには相応しくないだろうことも、気が付いていた。

今現在進行形で、きっと、ベルは傷ついていることも。

 

まぁ、ベートのミラクルスーパーファインプレイによってベルの勘違い自体はある意味解消されていることは知らないから、今だにベルが落ち込んでいるだろうと勘違いしているのだが。4人の知らないところで、野っ原を駆け回る兎のように元気いっぱいになっている。

昨日はちょっと駆け回りすぎてヘトヘトになっていたけど。

 

「…それから、少しベルとの付き合い方を考えた方がいいってリヴェリア様に怒られました…気に入って面倒を見てやるのは良いけど、ベルのことも考えろって。私達が側に張り付いていたら、他の冒険者と話す機会もベルの成長の機会も少なくなるだろうって…」

 

そんなレフィーヤの言葉に、さらに場は沈む。

確かに、技量はLv1冒険者としてはそれなりかもしれないけど、実際、ベルの対モンスター戦の回数は少ない。ミノタウロスを倒したことでステータスは上がったが、あれでランクアップできていない現状、魔力を除いてステータスは頭打ちに近いだろう。となると、そらそろ偉業を成し遂げてのランクアップが視野に入る。

 

普通の冒険者と比べると圧倒的速度での成長だが、スキルを置いておいたとしても最強クラスの冒険者達に鍛えられているのだからそれはわかる。しかし、そのステータスと技量に対モンスター戦の経験が追いついていない。それは、将来的にミスマッチを引き起こして何か取り返しのつかない失敗が起きる可能性すらある。

 

単純に強ければ生き残れるというほど、ダンジョンは甘くないのだ。

 

触れ合う時間も減らすなんて…とアイズは不満気だが、その理由も聞くと納得せざるを得ない。ずっと一緒にいられるわけでもないのだから、ベルはベルの交友関係を、経験を、築いていかなければならないのだ。

 

そう、それが仮にベートみたいなぶっきらぼうで見た目野蛮な狼人でも、シルみたいな圧倒的女子力を誇る人間でも、アナキティのような面倒見のいいお姉さんキャラを地で行く猫人でも、運命を感じているリューのようなベルの好みどストレートなエルフでも。

 

だから、皆、納得して…顔を上げる。

納得しただけで、不満はありありと見えてはいるが。

それとこれとは別、と言うやつだ。

 

ちゃんと話して、謝って、ベルがどうしたいのか聞いて…それでもベルが一緒にいたいと言ってくれるのなら。目一杯世話を焼きましょう、と、レフィーヤがそう結論を出した。

 

 

 

少し、沈黙が流れる。若干の気まずさの中に、穏やかさが混じったようなそんな沈黙。それを、パン、と言う手と手を合わせた音が切り裂く。

 

そうだ、帰ったらみんなでベルにサラマンダーウールでもプレゼントしましょう! そろそろ中層に進むはずですし! というレフィーヤの手によるものだ。

 

既にベルがすぐそこ、5階層ほど上の、中層にいるとはレフィーヤには知る由もなかった。それ故の提案である。

 

それ、いいねー、などと言うティオナも、そうしましょうと言うティオネも、丁度クーポンが部屋にあったはず、と言うアイズも。

 

いくらなんでも、既にベルが中層に足を踏み入れているとは知らないし、自分達とも仲の良いアナキティが既に贈ろうとしているそれをプレゼントしているなんてことはわからない。

しかも、ベルがランクアップ可能になっているなんてことは思ってすらいなかった。

 

すっきりとした気持ちで24階層へと突き進む彼女達がその事実を知る日は、遠くはない。



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41話 対放火魔

少し肩を落とす僕に、ラウルさんは遠慮がちな声で言う。

 

「…まぁ、アキの言うことはあながち間違いじゃないっす。厄介な攻撃が分かっているからには、それを潰すように立ち回るのが当たり前っすよ」

「そ、それはわかるんですけど…なんか…はぁ…」

 

言いたいこともやりたいこともわかる。

でも、なんていうかもっとこう…という、いわば僕のわがままに過ぎない妄想を木っ端微塵にされた気分。

そんな僕を見て、どうよ!? と言いたげな眩しい顔で僕の方を振り返ったアナキティさんが、僕の顔を見て驚く。

 

「あ、あれ? ちょっと、なんでベルは落ち込んでるの?」

「「なんでもないです(っす)」」

 

それに揃って答える、僕とラウルさんの感情の乗っていない声。

流石にアナキティさんも何かあるのはすぐに察するけど、それと同時にその声音に乗っていた踏み込ませない気持ちを察したのか。

 

「何よそれ…絶対何か隠してるでしょ…まぁいいわ」

 

そこで掘り返すでもなく流してくれる。その辺りは、やっぱりアナキティさんらしいところ。

そこで一旦話に区切りがつくと、ぴるぴる、っと、耳と尻尾を動かしながら、顎に指を当ててんー、とアナキティさんが呟いている。考え事でもしているのだろうか、迷宮の中だというのにとても絵になる仕草。先程見せられた脳筋っぷりを忘れてしまいそうな程の綺麗さだ。

 

「じゃあベル、次はベルがやってみよっか」

「えっ」

 

そう思ったのも束の間。いきなりの実践を求められる。うん、やっぱりこの記憶は消えない。この人もスパルタ族の人に違いない。

…実践…えっと、とりあえずアドバイスとやることをまとめると…先手必勝、と。うん…参考になる部分は少ないかなぁ…。いやこれ、失敗したら死にかねないよなぁ…助けてくれ…ないよなぁ…。

それでも、一縷の希望だとラウルさんの方を見る。

ラウルさんの顔は少し強張っていた。

 

「ラ、ラウルさん?」

大丈夫、ベル君なら頑張ればやれるっすよ(自分じゃ、アキのことは止められないっす)!」

「ラウルさん!?」

 

あっさりと、やはり見捨てられる僕。え、本当にやるの!? まだLv1なんだけど!? いやいやいや、確かにお2人がカバーしてくれれば問題ないでしょうけど…っ!?

 

って、あああなんかもうアナキティさんの後ろになんかってかヘルハウンドがいるううううううう!?

 

「きゃー、だれかがたすけてくれないとたべられちゃうー」

「棒読みにも程がありますよ!?」

 

くねくねと身体をよじりながら、僕の方を見てそんなことを言うアナキティさん。

後ろにいたヘルハウンドは、むざむざと背中を晒す獲物に若干警戒しながら距離を詰めてくる。

 

「うう、かよわいねこじゃあこんなおおきないぬには…ちらっ、ちらっ」

「あああぁああぁもおおぉぉおおおぉっ!?」

 

大根芝居どころか、芝居と名を付けるのもおこがましいそれを見せられた僕は持てる全力で踏み出した。彼我の距離は、20Mほど。アナキティさんの後ろには、ヘルハウンドが一体。

一歩踏み出す、ヘルハウンドが口を開ける。

ぐん、と身体を沈めて、更に強く踏み込む。

数歩駆け出す、ヘルハウンドの口から火の粉が漏れる。

ダガーをホルスターから抜き放ち、逆手に持つ。

更に駆け込む、アナキティさんの横を通り、口から火を出そうとしているヘルハウンドのその顎を、潜り込むように最後の一歩を終え下から強制的に閉じさせるように、ダガーの尻で叩き上げる。

 

『ギャオブギャルォっ!?』

「うひゃあぁ!?」

 

無事、ヘルハウンドの口を強制的に閉ざさせることに成功し安堵した僕の前でヘルハウンドの頭が爆発する。幸いにも、爆発と、それによって撒き散らされた血や肉片は回避することに成功できた。

危なかった、戦闘時は脚を止めるなという教えを受けていなかったら、その場に留まってまともに浴びていた。

 

それで、ヘルハウンドはどうなっ…うわ…何、うわ、グロい…。しかもまだ死にきってないのかビクビク動いてるし…動くたびに血と変なものが…おえっ。

 

「おえ…っ」

 

アナキティさんも背後でえずく。僕も若干の吐き気を催した。

な、なんで急に爆発なんか…。

 

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)っすね、ベル君は聞いたことないっすか?」

 

そんなふうに疑問に思っていた僕に、背後から答えが投げかけられる。近寄ってきた、ラウルさんの声だ。なぜ疑問が見抜けたのかはわからないけどそれは置いておいて。

その言葉は、確か…。

 

「あ…リヴェリアさんから、聞きました」

「ヘルハウンドの火炎は、魔力によって行使されてるっすから。吐き出せなかった火炎を制御しきれずに爆発したってところっすかね」

「…え゛、あんな爆発するんですか…?」

 

ラウルさんから教えられたそれを聞きながら、以前のことを思い出す。

リヴェリアさんから聞いた並行詠唱のデメリット。魔力の制御を維持する難しさ。時に魔力爆発を起こす、と言われてはいたけど…え、失敗したら下手したら死ぬって、ちょっとデメリット大きすぎるんじゃ…?

僕の魔法、難しくなくてよかった…っ!

きっと、難しかったらそれでも憧れて無理して、爆発させてた未来が見える…! よかった、本当によかった…死因:自爆とかにならなくて!

 

「人がやっても、基本的に外に魔力を向けてるから内側から破裂するなんてことはないっすけどね。でも、レフィーヤが昔、大魔法を失敗した時には肩から先が焼け焦げて見るも無残に吹き飛んで………あ、いや、なんでもないっす」

「ほとんど言い切ってましたよね!? というか、そんなことになるんですか!?」

 

ましてや、レフィーヤさんにそんなことが!?

あの腕が!? 吹き飛んだ!? か、考えられない…っ!

 

「まぁ、自分は魔法が使えないから実体験としてはないっすけど…人によっては、失敗しても魔力が散るだけだったりするみたいなんで、個人差じゃないっすかね?」

「そ、そうですか…あ、アナキティさん、大丈夫ですか…?」

 

口元を抑えながら床を向き、座り込んでいたアナキティさんがふらりと身体を揺らし、顔を上げる。非常に難しい顔…あ、いや、あれはただ吐き気に耐えているだけだ、うん。顔に力を込めて、しかし力なく僕に話しかけてくる。

その弱々しい瞳を、先程の演技の時に見せてくれていたら、僕はもっとやる気が出た気がする。うん、ちょっと俗っぽいけど。

 

「…ベル、無茶を言った私が悪かったけど…やり方ってものがあると思わない? もう少しスマートにというか、綺麗にできなかった…?」

「それをアナキティさんが言いますか!?」

 

それは偶然にも、先程の僕がアナキティさんに抱いていた感想と同じものだった。

 

「まぁまぁ、まずはベル君が無事にヘルハウンドを倒せて良かったっす。この調子なら、15階層くらいまでは頑張れるかもしれないっすね。まぁ、あそこからはミノタウロスが出るから少しこの辺りの階層に慣れてからの方がいいっすけど」

「ミ、ミノタウロス…ですか」

 

その単語に、少し肩を震わせる。

いい印象は勿論ない。しかも、Lv2冒険者達のパーティですら稀に壊滅する程の化物だ。今、ランクアップしたとしてその直後ならあっさりと負けるだろう…正直、怖い。というのが頭の中にある。

 

「あー…そういえば、逃げたやつに襲われたんだっけ、ベル」

「アイズさんが言ってたっすね…まぁ、無理することはないっすよ。当面は1階層から14階層を、色んなことを教えながら動き回る予定っすから」

 

なんだか自然と、休憩を兼ねた雑談の時間になった。

僕は言われたことについて肯定しながら、自分の思いも話す。

 

「はい…いや、でもそのうち絶対、僕の力で倒します」

 

そう、いつかはミノタウロスに絶対雪辱を晴らそうと。

これが、僕が主人公の英雄譚なら恐らく第一の壁として立ちはだかる、好敵手のような存在…そういう、何か運命的なものを感じたのだ。あの怪物相手に。

 

あの時の僕では手も足も出なかったけど…いつか、絶対に倒したい。

 

「それはいいけど、無茶はしないでね?」

「それは、はい、もう肝に銘じてます…」

「無茶をさせたアキがそれを…?」

 

ちくりと刺すようなラウルさんの言葉に、吐き気と戦って青白い顔をしているアナキティさんの顔に更に力が篭る。

 

「うっ、で、でもほら、ちゃんと対処できてたんだから無茶じゃなかったでしょ」

「それは結果論っすよ、Lv1冒険者をいきなり単騎で、しかもほぼ無策でヘルハウンドに突っ込ませるなんて、普通の考えじゃやらないっすよ? まぁ、ベル君は技術もしっかり磨かれてるみたいっすし、アビリティもかなり高いみたいっすから、問題なかったっすけど」

「…うう」

 

尚も責め立てられて、耳を垂らすアナキティさんが座ったまま僕のことを上目遣いに見る。う、こ、このなんというか、庇護欲を誘う目線は…。

 

「ま、まぁまぁラウルさん、何事もなかったんですし…それに、僕も成長は確かにできたでしょうから…」

 

それを受けた僕は、あっさりとアナキティさんを庇っていた。

アナキティさん、恐るべし。これが天然でやっているならばシルさんに匹敵しそうだ。

 

「ベル君は優しいなぁ…まぁ、そうっすね。この辺で切り上げておくっす」

 

そこで話は終わり、ぽつらぽつらと中身のあるようでない雑談をしながら、少し長めの休憩を取った。



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42話 強制戦闘

活動報告の方で書きましたけど、投票が50件変えて評価バーが埋まりました本当にありがとうございます!
また、UAも10万件突破、総合評価も2000Pt突破してました。
いつも読んでくださってありがとうございます!


「ベルー、次の連れてくよー」

「っあ、は、はぁいっ!」

「ベル君、頑張るっすよ! 次でちょうど50体目っす!」

「は、お、わかり、ましたぁ!」

 

14階層、正規ルートからかなり離れた広大なルーム。

 

その中央に、僕は立っていた。

 

そのルームから伸びる道はなんと8()()

 

間違えたルートを進んでしまえば、たちまち方向感覚を失いかねないそんなフロアに僕はいた。

 

 

 

そして、僕を監督しているはずのLv4冒険者のうち、アナキティさんは1体〜最大でも3体のモンスターをここに誘導していた。このくらいなら相手取れるはず、と。これはなんだろう、新手のいじめかなぁと思うような間もなく連れてこられる。休憩もなしに連戦すること2時間と少々。得物が軽いからなんとか振れてるけど、そろそろ腕も脚もきつい。

 

ラウルさんはそんな僕をいつでも助けられるように、少し距離を取ったところで武器を手に立っている。この特訓をアナキティさんから告げられ、そんな無茶な!? と助けを求める僕と目を合わせないように静かに武器を取り出したときは、少し泣きかけた。ラウルさん、アナキティさんに完全に尻に敷かれてる…と、少し男として幻滅しながら。

 

ほとんどがヘルハウンドだけど、たまに連れてこられるアルミラージに若干の抵抗を覚えながらもやらなければ僕が痛い目に遭うだけだと精一杯の力で屠っていく。

並行詠唱も使って、全力で。リヴェリアさんの魔法をかなりストックしていたから、3体が相手の時には魔法で一掃したりもしている。放たれた火炎を避けるのはかなり難しく、ヘルハウンドの恐ろしさがよくわかった。

 

いやしかし、普通に可愛いんだよな…アルミラージ…。

 

「そろそろ休憩にしよっかー?」

「んー、そうっすね。もう限界っぽいっすし」

「ぜひゅっ…お、おねが、しま、ふ」

 

そうして、膝が笑い出しもう気力も尽きかけた頃、身体を回転させる力を使いながらヘルハウンドに深く刃を食い込ませ、切り裂いた瞬間にかかる休憩の声。

人間の限界を知り尽くしているようなその加減具合に、内心、恐れ慄きながらその場に崩れ落ちる。滝のように流れる汗、痺れるように乾く喉、酸素を求める身体、自重を支えられない筋肉、そして、回転が鈍く朦朧とする脳味噌。全くコントロールできなくなったそれらをなんとか押し留めようとする。膝と両手で、身体を支える。

 

「思ったより粘ったねぇ。持って1時間ちょっとって予想してたのに」

「自分も1時間半で限界って読んでたっすけど、まさかそれを軽々と超えるとは思わなかったっす」

 

そんな僕の耳に、会話が飛び込んでくる。

ラウルさん、無茶をさせるアナキティさんを諫めてくれていた貴方はどこに行ったんですか?

 

ちょっと周りに敵がいないか見てくるっすー、軽い声でそう言いながら、一本の道へと入っていくラウルさんの背中に視線を向けるも、気付かれることもなくその姿が闇の中へと消えていく。

 

「はひゅ、ぜっ、は、はふっ…ふー、ふっ」

 

そんな、恨み言のようなことを脳裏に浮かべながらも、一向に整わない息を整えようと荒く呼吸を繰り返す。

 

「よーしよーし、ベル、焦っても落ち着かないよー。ほーら落ち着いてー、吸ってー吐いてー、はい、吸ってー吐いてー」

 

アナキティさんが、汗と血まみれになっている僕の頭を嫌がりもせずに撫でながら、背中をポンっ、ポンっ、とリズミカルに叩きつつ呼吸のテンポを誘導する。僕はそれに合わせて、激しく脈動する心臓に抗うかのように少しずつ肺を大きく、ゆっくりと動かす。

少しずつ息が落ち着いてきた頃、アナキティさんがバッグパックの中からシートを取り出して敷き、そこに寝転がらせられる。

 

仰向けになった僕の胸辺りを、ポンポンと叩き続けてくれる。

 

 

「はっ、はっ、はぁ…ふぅ…はぁ…」

「落ち着いた? はい、これ飲んで」

 

ある程度落ち着いた頃、パッと頭から手を離したアナキティさんが何かを差し出して、僕の顔を支えて横向きにして、口の中に入れてくる。流れてくる液体を、喉が勝手に求め出す。幾らかが口の中に入らず溢れていくのを感じながら、それを飲み込む。

 

「はひっ…んっ、んぐっ、んくっ…あ、これ、美味しい…」

 

夢中になって飲み込むこと、数回。

アナキティさんがそれを僕の口から離す。

 

「疲れた身体にこれ一本って触れ込みのドリンクなんだけど、そんなに美味しい? 初めて買ってみたんだけど…ん」

 

そのまま、自らの口元へと持って行き…咥えて…こくりと一口、呑み込む。

 

「お、甘…塩っぱい…? うん、まぁまぁ…美味しいかも…あ、ベル、まだ飲みたいの?」

 

まぁまぁ? 物凄く美味しいんだけど…そう思いながら、アナキティさんの行動をぼんやりと眺めていた僕の方を見てその飲み物をまた僕の口元へと運び、飲み口を僕の口の中へと入れて、ゆっくりと傾けてくれる。

また、流れてきたその液体を大人しく嚥下する。うん、物凄く美味しい。それこそ、身体がこれを求めていた! と言わんばかりにピッタリと合っている感じだ。

そうして、一本丸々空となったところでようやく落ち着いた。

 

「あんまり人気ないみたいだったから期待してなかったけど…うん、また見かけたら買ってみよう」

 

そんな風に独り言を言うアナキティさんをぼんやりと見ながら…不意に、先程やっていたことについて意識が向く。

 

こ、これ、こっ、今の、間接キス!?

 

顔が熱を持つのが、自分でもわかる。そうして、なんとなく、そう、本当になんとなく、アナキティさんのその柔らかそうな唇から目が離せなくなる。う、うわ…だ、ダメだダメだそんな不純な…っ!

 

そんな僕を見て、アナキティさんが顔を寄せてくる。近付く唇から、目が、離せない。

狼狽ている僕に、アナキティさんが更に顔を寄せて、彼我の距離は既に十数C、目と目が、合う。

そうして、更に距離を詰められ…とうとう距離がなくなり、僕と、アナキティさんの

 

 

 

額が、触れ合う。

 

 

 

「ふへぇ…?」

「ベル、熱が出ているじゃない…!? ごめん、体調悪かったの!?」

「ひぁ、い、そんなことは…あれ?」

 

多分、その熱は違う原因です…と言おうとした僕だが、言われた直後に身体から力が抜ける。

 

「んぁ…?」

「激しく動いた後にしても、この熱は…っ! ベル!?」

「ん…」

 

ぼんやりとした頭が、目を曇らせる。

唯一見えたのは、綺麗な黒。それを最後に、微睡むようなその感覚に身を預ける。意識が飛ぶ。

 

 

 

「ちょっとベル!? 大丈夫…じゃないわよね…っ、ラウル! ラウルー!?」

「どうしたんっすかー!?」

 

パタリと力尽きたように、全身を脱力させたベルを見てアナキティが焦る。恐らくは体調不良から来る風邪のようなものだろうとは思うけど、それはここで判断できることではないし、勝手に判断していいものでもない。

 

そのため、実質的なリーダーであるラウルを呼んだのだ。幾ら少人数とは言え、報告連絡相談の徹底は重要である。

 

少し離れたところから叫びながらの返事、その直後に、武器やら鎧やらの音を立てながらこちらへと走り込んでくる音。

ラウルがここにたどり着く前に叫ぶように状況の説明を行う。

 

「ベルが高熱! 意識なーし!」

「重体じゃないっすか!? とりあえずハイポーション使ってあげてさっさと上に連れて帰るっすよ!」

「了解! 使った! 背負って帰る!」

 

流れるようなそのやり取りは、流石は同期の仲と言えるだろう。

 

そうしてアナキティがベルを背負った瞬間、部屋に駆け込んできたラウル。2人揃って、下ってきた以上の速度で迷宮を駆け上がっていく。

 

ベルはアナキティの背中で、全身を熱に火照らせながら眠っていた。

 

 

 

「…極度の疲労と、急激な体温の上昇により身体の制御が効かなくなったのでしょう。油断はできませんが命に関わることはありません。熱が引いていけば、目も醒めるでしょう」

 

Lv4冒険者としての脚力を全開にし、駆け込んできた先はディアンケヒト・ファミリアの治療院。そこで、丁度治療院にいた既知の治療師である『戦場の聖女(デア・セイント)』に頼み込んでベルの様子を見てもらったのだ。都市有数の医療系ファミリア、ディアンケヒト・ファミリアの団長であり、Lv2冒険者にしてオラリオ最高の治療師(ヒーラー)である彼女、アミッド・テアサナーレの診察は何よりも信頼できる。

 

「…しかし、彼のような年端もいかない少年がここまで疲弊するほどとは、何をさせたのでしょうか? 治療士としては苦言を呈さずにはいられませんが」

「そ、その…2時間ほど、ぶっ続けで戦闘を…」

「2時間ですか…ちなみに、どういう条件でしょうか?」

「…ひっきりなしにモンスターを連れて行って、休む間も無く…」

「そうですか、戦闘を行なっていたのは何階層でしょうか?」

「14階層っす…」

 

アミッドの尋問のような質問に、2人は大人しく答える。

それを聞いたアミッドは、表情こそ崩さないものの、呆れた、ということを如実に表すかのような声音で2人に告げる。

 

「なるほど、サラマンダーウールを着込んだ状態で休憩を取る暇もなく、2時間、戦闘し続けていたと…」

「「はい…」」

「…間違いなく、脱水と体温上昇による熱中症です、今回はこの程度で済みましたが、重篤となれば命を落とすこともあり得ます。くれぐれもご注意下さい」

 

それを聞いて、2人は焦りと驚きを露わにする。

Lv4冒険者としての頑健な肉体を手に入れて長い2人には欠けていた視点、その気になれば飲まず食わずでかなりの間戦い抜くことができる…できてしまう2人は、自分自身を基準にとは言わないが、ベルにとってかなり高い…いや、遙かに高いラインに目標を置いてしまったことに気がつく。

 

ベルはまだ、Lv1冒険者だ。ましてや、冒険者としてはもうLv2にランクアップできるとは言え、まだまだ未成熟な13歳の少年だ。

 

そんな彼の身体に、甚大な負担を強いていたことを2人は気が付いた。

初心者に付き添うなど、久方振りである。ロキ・ファミリアでは上位の冒険者が初心者や駆け出し達の面倒を見るとは言え、大抵はLv2、精々Lv3が行うものだ。

Lv4まで来ると、オラリオ全体を見ても数少ない上級冒険者であるため仕事も、義務も多い。そんな戦力を駆け出しのお守りに回すなど、勿体無いにも程がある。今回のこれがかなり特例なのだ。

 

だから、加減を間違えたのであった。Lv2冒険者が余裕を持って行えることは、Lv1冒険者が限界ギリギリで頑張ればできるかもしれない。

されど、Lv4冒険者が鼻歌混じりにできることでも、Lv1冒険者にとっては不可能なことかもしれないのだ。

 

そして、ベルが頑張り過ぎてしまったのが合わさってこの不幸を生んだ。途中で、ベルに()()()()()が訪れた時点で倒れてしまえばそこで終わっていたのに、その限界を超えてしまったのだ。そして、そこから行われたのは限界を超える身体の酷使。

 

深く悔やむ2人。アミッドはその2人の様子を見て、故意や悪意は見えないと少し安堵していた。




や っ ぱ り ス パ ル タ 

ベル君、昨日の疲労が抜けきってない+慣れない環境+慣れないサラマンダーウール+激しすぎる運動にて無事熱中症でダウン。
まぁ熱中症という概念がオラリオにあるかわかりませんが…あることにしておきましょう。

ちなみにラウルさん、ベル君がしっかりヘルハウンドを倒せてるのを見たので消極的賛同でこれが行われました。まあ単体ならそんな強い敵じゃないっすよね、とかそんなんで。


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43話 強制休養

ベルの目が覚めないまま、半日が過ぎた。

しかし、定期的に様子を見に来ていたアミッドが額に触れると、運び込まれた当初に持っていた熱は、ほんのりと熱いという程度まで下がっていた。

水で冷やした布を脇や太腿など各所に貼り付けるようにしていく。再度水に浸すために手に取ったそれは、そのどれもがぬるくなっている。

 

「もう、日も落ちてきましたしクラネルさんはここで一晩過ごした方が良いでしょう。私が責任を持って見ていますから」

「う、で、でも…」

「それに、申し訳ありませんが今のアナキティさんにできることも特にありません。クラネルさんが起きた時に貴方のそんな顔を見たら、それこそ彼は萎縮してしまうのではありませんか?」

「だ、だって…」

 

ラウルは、先に館へと戻り団長及び副団長及び主神への報告に行った。

アナキティは、じっと大人しくベルの元に付き添っていたが、目覚めないベルを見て次第に元気がなくなっていく様を見たアミッドが声を掛ける。

 

その提案にも、理由も言えず抵抗しているが。

 

「…どちらにせよ、そろそろ医療院の面会時間は終了します。クラネルさんを連れて帰るか、アナキティさんがお帰りになられるかどちらかです。いかにロキ・ファミリアと言えども特別扱いはできません」

「う、ううー…、ごめんなさい、ベルを、お願いします…」

 

しかし正論を前に我儘を貫ける程子供でもないし、軽い立場でもない。アナキティがようやく折れたのを見て、アミッドはこの少年は随分と愛されているのだなと感じていた。もっとも、少し言い方がきつかっただろうかと若干の反省はしているのだが。

 

兎のような少年の頭を撫でてから後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら帰っていく猫人の少女を見送り、聖女はまた、少年の額に触れる。熱は、ようやく引いていた。

 

「…そろそろ目が覚めるでしょうか。水を用意しておいてあげましょう」

 

彼が寝ているベッドの横、テーブルの上に水差しとコップを一つ、並べておく。

 

しかし、と、未だ眠りについている少年の顔を見ながら思う。

 

「…この全身の疲労具合は、たった半日の無茶とは思えないほどの酷使ぶりですが…一体、どういう生活を送っているのでしょうか」

 

起きたら、聞き出さなければなりませんね。あのロキ・ファミリアが新人を虐めるような真似をするとは思えませんが…何か不幸なすれ違いがあったのかもしれません。

 

そう、聖女は心の内で決めた。

 

まさか、ここ2〜3日でこんな幼い、冒険者らしくない可愛らしい顔付きをした少年がインファントドラゴンの強化種との激闘、『九魔姫(ナインヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴによる苛烈な魔法の指導、更にその疲労が抜けきらないままでのLv2に相当するモンスターとの長時間の戦闘をこなしてきているなど、話を聞くまでは全く考えが及ばなかった。聖女は怒った。

 

 

 

とぼとぼと館へ帰っていくアナキティの尻尾は、今まで見たことがないくらい垂れ下がり、少し、股の方に丸くなっていた。それは、怒られている猫が尻尾を足の間に仕舞い込むそれとよく似ていた。

 

帰り着いたアナキティは、真っ直ぐに団長達の元へ訪れる。果たしてそこには、今回の件の報告を済ませた後もベルの現状や育成方針についての話し合いをしていたラウル、話を聞くフィンとリヴェリア、3人の姿があった。

 

「お疲れ様です…」

「ンー、元気が無いね、アナキティ。ベルはどうなったんだい?」

「大変だったようだな、アナキティ。ベルはどうしたんだ?」

 

2人の声が揃う。フィンの、純粋に心配するような声とは別にリヴェリアは一歩引いているというか、決まりが悪そうな顔をしている。

 

「あの、まだ目が覚めないようなので今日は一晩、医療院に入院することになりました…アミッドさんが診てくれています」

「わかった、僕の方からも、後で礼を伝えに行くとしよう」

「面倒をかけてすみません、団長」

「大丈夫だよ、それに、丁度アミッドに頼んでみたいこともあったからね」

「そうか、『戦場の聖女(デア・セイント)』が診てくれているなら万が一もないだろう。それから…済まなかったな」

「リヴェリアさん…?」

 

団長とのやり取りの後、僅かに、されどしっかりと頭を下げながら謝るリヴェリアにアナキティが驚く。何故、謝られるのだろうか。ベルのことを可愛がっているリヴェリアだ。こんな目に合わせたこちらこそが頭を下げるべきなのに、どうしてこんな状況に?

 

混乱したアナキティを他所に、顔を真っ直ぐに戻したリヴェリアが改めて謝罪の言葉を口にする。

 

「本当にすまなかった。昨日、私は夜遅くまでベルに魔法の鍛錬を行っていたんだ。恐らく、その疲労が抜けきっていなかったのだろう。それを教えることもなく世話を任せてしまった。これは私の失態だ」

 

そんなアナキティに、リヴェリアが説明する。

リヴェリアの教導の苛烈さを、アイズを通して知っているアナキティはそれで納得する。頬をひくつかせながら、彼はどれだけの訓練をしたのかと思いを馳せながら。しかしそれでも、ああそうなんですかじゃあまぁ私は悪くないですね! とはならない。なるはずがない。

 

「いえ、仮にそうだとしてもベルの体調を気遣えずに、無理な方法で鍛錬を行った私の責任です…もう少し、しっかりと話していれば。もう少しちゃんと様子を見ていれば気がつけたはずです」

「だがそれこそ、一言私が伝えていればアナキティならば直ぐに気が付けただろう。報告を怠るなと言うのは、私が普段口が酸っぱくなる程に言っていることだ。それを私自身が怠るとはな…そんな中でお前はよくやってくれた。ありがとう」

「そんな…いえ、わかりました」

 

こうまでなれば、誇り高きハイエルフの姫は自らの意見を曲げることはないだろう。誇り高いと言うのは良い言い方だが、言ってしまえばその高潔な思想に対して非常に頑固なのだ。

 

自らが悪いと言う時に、じゃあまぁ…となぁなぁにすることなど考えもつかないその精神性と思考回路こそがエルフの持ち味であるとも言える。長き付き合いでそれをわかっているアナキティは、そのエルフの王族であるリヴェリアの頑固さをよく知っている。それ故、謝罪を受け入れて話を進めることにしたのだ。

 

一部、高潔なエルフとは思えない単純思考で、人間種族より喜怒哀楽の激しい少女もいるにはいるが。

 

2人の間で立ち上がっていた気まずさは、たちまちのうちに流れていく。そうして、リヴェリアはアナキティに質問を投げかける。

 

「さて、それで…ラウルから話は聞いたがアナキティから見てベルはどうだ?」

「…そうですね、Lv1冒険者として見れば異常な強さだと思います。恐らく、このまま伸びていけば近い内に私達の域に追い付くと思います」

 

リヴェリアから問われた質問に、冒険者としてのアナキティは今日のベルの動きを思い返して答える。最初のヘルハウンドを倒した時の動き。その身のこなし。

 

「私がLv2の時より、技量は間違いなく上を行っています。自らの敏捷を使い熟していますし、その上、あの魔法…魔道士としても恐らく、かなりの逸材でしょう?」

「まぁ、そうだな。その辺の魔道士であれば、既に抜き去っていると言ってもいい。並行詠唱も、既に回避や移動程度であれば問題なくできるようになっている。近接戦闘を交えた訓練を行っているが、同格以下であれば既に対応できるだろう」

 

それに驚きながら、しかし連戦の最後の方の光景を思い浮かべる。

あそこまで短時間で洗練されてきたのだ、そんな彼なら、できるかもしれないと自分を納得させつつ。

 

「そ、そうですか…その上、既に、身体全体を使った疲労を抑えながらの戦闘のコツは身に付けたと思います。全身を連動させた動き、脱力と瞬発力の使い分け、その片鱗を見せていました」

 

片手だけや、上半身だけによる動きではない。

下半身の捻り、上半身の絞り、背中から肩、肩から腕に順々に力を動かしていく。そんな武器の振るい方をベルは少しだけだが身に付けていた。それは、ただ腕だけで武器を扱うのに比べてよっぽど疲労が溜まらないし、威力も上がる。良い事尽くめの技術であった。

 

連戦に次ぐ連戦の中で、自然と身体が最適化されていったのだ。

 

成長が早過ぎる。

 

みんなの中でその意見は一致したが、それは悪いことではない。

悪いことではないのだが…しかし、このまま実力だけ伸びるのは危うい。そう感じるところもあった。

 

アイズですら、Lv3に至るまで3年かかっている。

目の前の少年と同じ歳の時にはLv5に至ったが、冒険者歴としては6年。ランクアップには1年から2年をかけて進んでいる。

その間に、リヴェリアから色々と教え込まれているのだ。

 

しかしベルは、このペースで成長を続ければ1年で間違いなくLv3、下手をすればLv4に至っている。

 

冒険者としての教育の時間を増やして、じっくりと育て上げる。

間違いなく、近い未来の幹部候補となる逸材だと。

フィンとリヴェリア、アナキティ、ラウルの考えは一致した。

 

「改めてアナキティ、当面、ベルの教育をお願いできるかな?」

「任せてください!」

「ラウルも、アナキティの補佐を頼んだよ。将来、ベルは君の右腕に…いや、君の最大の矛になるかもしれないんだ。今のうちに恩を売っておかないとね? 手に負えなくなる前に」

「は、はいっす!」

「リヴェリア、君も思う存分叩き込んであげるといい。レフィーヤも、ベルの成長を目の当たりにすれば発破がかかるだろう。2人まとめて育て上げるといい。幸い、遠征の予定もしばらくないからね」

「そうだな、自分のことを頼れる姉貴分だと思っている愚かな弟子に、現実を見せてやるか」

「あまり、いじめないであげなよ?」

「まぁ、期待の裏返しというやつだ。私が見込んだのだから、そのくらいは乗り越えてもらわないとな」

 

じゃあ、今日のところは解散だ。僕は明日の朝アミッドのところに行くから…そうだね、明日の夜にでもまた集まろう。ベルも含めて、話し合いをしたい。

 

そのフィンの言葉を最後に、それぞれ散らばる。

フィンは、人知れず、疼く親指を掌の中に握り込んでいた。




【悲報】レフィーヤ、スパルタルート突入確定演出


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44話 強制休養(2)

パチっと、目を覚ます。

頭が霞みがかっているような感覚と、喉がヒリヒリカラカラと乾いている。身体は何となく重く感じられるが、ゆっくりと身体を起こして辺りを見るとそこは見慣れぬ光景。

 

「…ここ、どこ…? あ、アナキティさん? ラウルさん?」

 

迷宮に潜っていたはずなのに、気が付けばこんなところに。

これが、ホームの医務室ならばわかるが、ここはどこだかもわからない。それでも、医務室と似た作りから病院とか医療院とか、そういう施設なのではないかと当たりをつける。

だがそれにしても、共にいた2人がいないというのは僕を不安にさせる。

 

「…ふ、2人ともいない…? けほっ、あ、水…これ、飲んでもいい、のかな?」

 

喉の渇きに咳き込むと同時、近くに置かれている金属製の水差しとコップに気がつく。答える声はないが、我慢しきれずにそれを手に取り、水を飲む。

 

「んぐっ、んっ、ふう…ぬるいけど、美味しい…」

 

そのまま、続け様に2杯ほど飲んだところでようやく調子が戻る。うわ、身体中汗がすごい…って、何この布。濡れてる?

 

それを横に置き、よいしょと立ち上がる。とりあえず、ここがどこかわからないけどおそらく僕の看病、ないしは世話をしてくれた人がいるはずだ、と判断してその人を探そうと部屋から出ようとする。

少しふらつく脚で、若干歩きにくさを感じながらこの部屋にある唯一のドアへと歩く。そこまで歩くのですら少し疲れを感じて、掴んだドアノブに体重をかけながら一息つく。

 

そして、ノブを回そうとする瞬間、僕の意思と反してドアノブが勝手に周り、ドアが開いていく。

 

あ、あれ、なんかデジャブ…そう考えながらもとっさに身体を動かせなかった僕は、握っていたドアノブに引っ張られる格好になって体勢を崩す。

 

「まだ起きていませんか? 入りますよ……?」

「んむふっ」

 

そして、とても柔らかい物に受け止められる。もにゅん、と、沈み込むかのようにそれに吸い込まれた。

 

ゆっくりと、顔を上げる。そこには見たことがない女の人。

長い銀髪に、人形を思わせる精緻な顔。アイズさんと似た雰囲気を感じるようなその美貌。

 

「綺麗…天使…? いや、女神様…?」

 

そして、はたと今の状態に気がつく。見上げたところ、すぐ側に見える顔。柔らかいこの感触。そして、こちらを見下ろす女の人。甘いような、なんだかいい匂いに混じる、薬のような匂い、もしかして、これは。

 

この人の…胸…!?

 

「何を考えているのですか貴方は!?」

 

そして、叫ぶようにその人が声を放つ。や、やばい、今の僕を客観的に見たらただの犯罪者だ!? 初対面の女の人の、その、胸に顔を埋めてしまうなんて!?

 

捕まえられて、お、檻に入れられちゃう!? ああ、みんな、ごめんなさい。ファミリアの名前に泥を塗ることになってしまって…。でも、言い訳だけさせてください、わざとじゃなかったんです…。

 

ガシッと、肩を掴まれて引き離される。もう一度見た顔は、怒りに染まっているように見える。ああ、終わった…。そ、それでも、謝れば許してもらえるかも…僕、まだ13歳だし…うん…。なんか、こういう悪いことを考えるのはよくないと思うけど利用できるものは利用しないと…! ファミリアのみんなに迷惑をかけるよりは、僕の良心が痛む方がよっぽどマシだ…!

 

「まだ体調が万全でもないのに、ふらふらと歩き回る病人がどこにいますか! さっさと横になりなさい!」

「本当にごめんなさい、でもわざとじゃないんで…へ?」

 

あれ、怒っているのは怒っているけど…なんか、違う?

 

「わざとじゃない!? じゃあ勝手に身体が動いていたとでも言うのですか! 見苦しい言い訳はおやめなさい!」

 

ピシャリと、言い放たれて僕の口は黙らせられた。

え、えっと…まぁ、この人が気にしていないなら…いいのかな。謝れすらしないのはちょっと、胸がモヤモヤするけど…うん。藪蛇って言うし、やめておこう。今後落ち着いてから謝る機会があれば、その時にでも謝ろう。うん。

 

そんなことを考えている僕を、強引にベッドの方へと押し戻し寝かしつけられる。

 

「…名乗るのが遅れました。私はアミッド・テアサナーレ。『戦場の聖女(デア・セイント)』の二つ名を頂いている治療士(ヒーラー)です。ここは、私が団長を務めているディアンケヒトファミリアの治療院の一室になります」

「あ、と、ロキファミリア所属のベル・クラネルです。あの…僕はどうしてここに?」

「極度の疲労と、脱水その他の原因が重なって倒れた貴方をアナキティ・オータム氏が背負って駆け込んできたのです。中々目を覚さなかったので、1日入院という形で看病をしていました。体調はどうですか?」

 

そう言われて、心の中でアナキティさんに感謝しながら身体の各所を確認する。

 

「少し、頭がぼんやりするのと…腕が動かしにくい、です」

「そうですか、では、腕を見せて頂けますか?」

「はい」

 

大人しく腕を差し出すと、むにり、と触られる。アミッドさんの細くて綺麗な指が、僕の腕を這い回るのを見ているとなんだかぞくぞくする。これは、なんだろうか。本能が逃げろと叫んでいる気がする。

そして、次の瞬間。ゆっくりと僕の筋肉を挟むように動くアミッドさんの親指と人差し指。じっと黙って動きを見ていたそれに、力が加えられた。

 

ゴリッ、と、筋肉を潰される。

 

その唐突に訪れた痛みに僕は耐えきれず涙を流した。

 

「全身くまなく疲労していますが…どうやら、かなり上腕の筋肉を酷使しているようですね…これは、あまり腕を使わないようにして休めていただかないと…クラネルさん、どうしました?」

「うっ…っ…」

「そ、そんなに痛かったですか…?」

「うっ、ぐ…っ」

 

痛かった、リヴェリアさんに杖で殴られるより、痛かった。

アイズさんに蹴り飛ばされるのといい勝負かもしれない。

 

そして、痛みに対する準備が全くできていなかった。

まさかあんなことをされるなんて、思ってもいなかった…。

泣き止もうと頑張るけど、鈍く痛む腕がそれを許さない。

感情とは裏腹に、痛みが脳に直接響く。

 

「うっ…事前に一言、告げておくべきでしたね。申し訳ありません」

「だいっ、ひくっ、じょうぶ、です…ぐすっ、ぁぁ…」

 

ようやく痛みは弱くなり、涙もおさまる。

表情こそあまり崩れていないものの、顔を寄せるように心配してくれるアミッドさんの姿がそこにあった。

 

「申し訳ありません、お詫びと言ってはなんですがかなり全身を酷使しているようですので、魔法で癒して差し上げましょう。だからといって、その後の無理は禁物です」

「えっ? 魔法…?」

「治癒魔法です。それなりに自信はありますから、かなり良くなると思います」

 

そうして放たれた、治癒魔法に僕は圧倒された。

瞬く間に、身体中の痛いところが癒されていく。それでも、痛みを消したのと多少の回復をさせただけで、筋肉に関しては自然回復ほどの結果は得られていないからある程度は身体を休ませなくてはいけないと念押しされた。

 

「それから、水分をしっかりと摂取するようにしてください。貴方の身体には今、水分が足りていませんので…もう何本か、水差しを用意しておきます」

「は、はい、何から何まで、ありがとうございます…あの、テアサナーレさん」

「アミッドで構いませんよ、呼びづらいでしょうから。それで、何か用でもありましたか? それとも、質問でも?」

「はい…えっと、じゃあ、アミッドさん、えっと…僕は明日帰ってもいいんでしょうか?」

 

今日は既に日が落ちている。それに、この状況から一晩はここで過ごした方が良いのだろう。しかし明日は? 明後日は? ホームシックとも違うが、あまりゆっくりしていられないであろう僕はそれをアミッドさんに尋ねる。

 

そして、こんな無鉄砲で向こう見ずな若き(僕のような)冒険者達からよくそういった類の質問をされるアミッドさんは隠していた僕の質問の本意をあっさりと看破していたようだ。

 

「それは構いませんが…いえ、その前に私の方からいくつか質問をさせていただきます。その回答如何では、のちの対応が変わりますので嘘はつかずにお答えください」

「? わかりました!」

 

一瞬、不意をつかれたが大人しく承諾する。何はともあれ、そんなやり取りの末に聞き取りされた僕の行動。インファントドラゴン、それも強化種をLv1の身でソロ討伐。そして、オラリオ1の魔導師のマンツーマンスパルタ指導。更に、Lv2相当のモンスターとのエンドレス連戦。

 

アミッドさんは、怒りを爆発させた。

 

 

 

「なっっっにを考えているのですかっ、貴方はあぁぁァあァっ!?」

 

 

 

先程と同じ言葉、しかし、そこに込められているのは比べようもない感情。凡百の冒険者なら10回は死んでいるだろうその偉業…いや、愚行に対しての怒りだ。

 

「ひいっ!?」

「いいですかっ、貴方が死んでいないのはただ運が良かっただけだと認識して少しは自分の身体と命を大事にしてですね第一貴方明日もまたすぐ動く予定でいるでしょうでないと明日すぐ退院できるかと聞き出すはずもありませんものええそういう話ならそれは認められません私の権限を持ってベッドに縛り付けておきます3日は絶対安静です!」

 

頼りになる担当アドバイザーであるハーフエルフの少女、エイナと似たような説教。しかし、彼の少女と違うのは大派閥の団長として行使できる力があるということ。

 

いかなフィン・ディムナが交渉に訪れたとしても彼女がダメですと突き返せば、ファミリア同士の付き合いや遠征時の無茶振りを考えるとフィンも無理強いはできないだろう。ましてや、こちらから連れ込み、頼み込んだ上で見てもらっているのだから。

 

その後、本気でやりかねないと悟ったベルがアミッドに平謝りをし、長い時間を説得に当てたことにより縛り付けられることは回避できた。

しかし、聖女の警戒心という非常に厄介なものをベルは植え付けられ、下手な大怪我はできない…無茶をしたのがバレたらベッドに縛り付けられる…と頭の片隅で考えるようになり、ベルの貴重なセーフティとして機能するようになる。

 

交渉と説得の末にそれでも2日間は完全休養に充てるように厳命された。そこで今日のところは話を終え、後は明日の朝に、ということでベルは大人しく眠りについた。



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45話 強制休養(3)

「おはよう、ベル。身体は平気かい?」

「フィンさん!? お、おはようございます!」

 

アミッドさんとの会話の後、もう一度水を飲んだ僕は朝までぐっすりと眠っていた。起きた僕の元に朝、アミッドさんが訪れてとりあえず問題なさそうですねと太鼓判をもらってからは、窓を開けてぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

どれだけ時間が経っただろうか。太陽はまだ天辺まで来ていない頃、アミッドさんが訪れてファミリアの人が来ていると教えてくれた。連れてきてもいいか、と問うアミッドさんに了承の意を示すと、静かに部屋を出ていく。

 

そして、待つこと数分。アミッドさんが、団長であるフィンさんを伴って来た。

 

「アミッドとは話をつけたから、君には黄昏の館でしっかり療養をしてもらうよ。ここにいても、暇で仕方がないだろう?」

「あの、いえ…はい…」

 

アミッドさんの視線を気にしながら、肯定する。

若干、アミッドさんの視線が険しくなった気がするけど、気にしない。

 

「アナキティもラウルも、酷く心配していたから早く元気な姿を見せてあげるといい。それから、君の装備はラウルがちゃんと回収して保管してあるから」

 

やっぱり心配かけちゃったよなぁと、少し後悔する。

更に、言われてようやく気がつく。僕の荷物が何もないことに。

危機感がなさすぎるだろう、僕…。

 

「ありがとうございます、それで、黄昏の館で療養というのは…?」

「細かい話はアミッドから直接聞くといいさ。何、大人しく休んでいればいいだけだよ」

「…クラネルさん、貴方の身体は今物凄く酷使されています。それを一度、しっかりと休めないことには次に無理をした時にどうなるかわかりません。怪我はポーションや治癒魔法で癒えますが、感覚のズレが起きた場合には治すことはできませんのでそれを念頭に行動してください」

 

そう、水を向けられたアミッドさんがつらつらと説明をしてくれる。

要約すると…動くな、と。

 

「えっと、感覚のズレ…っていうのは?」

「例えば、神経がズタズタになった場合。これは、脳味噌とその部位の間で問題が起きてしまっていますので、治癒でどうにかなる問題ではありません。例えば、木っ端微塵になった場合。治療できたとしても、感覚が弱くなったり、なくなることもあります。例えば、筋繊維や腱が完全に切断した場合。治ることには治りますが、経験者曰く動きが追いつかなくなることがあるそうです。それを一生抱えることになりかねませんので、最低でも2日。欲を言えば1週間ほどは身体を休めて頂きたいですね」

 

貴方はまだ若いですから、ここでしっかりと休めば大丈夫です。

 

そう言うアミッドさんに、深く頭を下げる。

 

「えっと、何から何まで、ありがとうございます…あの、ちゃんと休みます。だから、また来てもいいですか?」

 

経過観察をしてもらおう、とお願いしたその言葉は、どうやらかなり言葉足らずだったようで、それはアミッドさんの逆鱗に触れた。

 

「…クラネルさん? それは、性懲りもなくまた倒れたり大怪我をしますというある意味前向きな、非常に後ろ向きな意思表示ですか…?」

「えっ!? あ、違います! 定期的に診察をしてほしいと言いますか!?」

 

そして、その放たれたオーラから勘違いの内容を運良く汲み取れた僕は、否定の言葉を紡ぐことができた。

 

「…そうですね、少しでも身体に不調があれば、診て差し上げます。それから、もしポーション等をご購入される場合は当ファミリアの店舗を利用いただけるとありがたいですね」

「あ、あはは…はい、お世話になります」

 

この人も結構、冗談とか言うんだなぁ…売り込みじゃないよね、冗談だよね?

 

そんな会話をして、僕はフィンさんに連れられてホームへと帰っていった。

 

 

 

「ベル〜っ! よぉ帰ってきたな〜!」

「ロキ様!?」

 

帰ってきた僕を、熱烈なタックルと共に迎え入れてくれたのは赤色の神が特徴的なこのファミリアの主神、ロキ様。フィンさんが後ろで苦笑いを浮かべている。

 

「ロキ、ベルは倒れたばかりなんだ。あまり負担をかけてはいけないよ?」

「わかっとるがな、せやからこれでおしまいや。さてベルたん、安静にしとくんやで? ベルたんが倒れて目を覚まさんくなったら、うちは泣いてまうわぁ」

「あはは…ご心配をおかけしました。次からは気をつけます」

「疲れてるならちゃんと言うんやで? 誰も、ぶっ倒れるほど無理させたろーなんて思ってないんやから」

「はい、肝に銘じます…」

 

あ、でも、ステータス更新だけしとこかー? どないする?

 

そう言うロキ様に、僕は是非! と満面の笑顔でおねだりした。

 

きっと、成長しているはずだと。

 

 

 

「ベルぅぅぅぅうううぅっ! 無事に帰ってきたのね!」

 

そして、スタータス更新も終わりるんるん気分で自室へと歩いていくと、僕の部屋の前で立っているアナキティさんを見つけた。

 

走り寄ってくる速度に恐怖して身体を竦ませると、僕の目の前で煙が出るほどの急ブレーキを見せて、優しく僕を抱き締める。

 

「ごめんねぇあんなに、倒れるほど無理させて…つい調子に乗っちゃった…」

 

包み込まれるような抱擁。アナキティさんの首筋から香るいい匂い。

存在を主張する柔らかな双丘が、僕の胸元に押し付けられる。

 

「だ、だだだぁだ、大丈夫ですよ」

 

わたわたと、アナキティさんの斜め後ろで彷徨わせている僕の両手にパタッパタッと何かが当たる…尻尾?

 

「本当にごめん、それに、さっき団長から聞いたけど身体も相当痛めてるんだって? 私にできることならなんでもサポートするから、辛い時には言ってね?」

「ほ、本当に大丈夫ですから…っ!?」

 

なんなら、今が一番理性的に辛い時かもしれないので。

 

「とりあえず、3日間くらいは完全休養にさせるって言ってたから、その間は私もベルに付き合うから!」

 

パッと離れてくれたことに安堵して、その発言にまた焦る。

 

「ええっ!? そ、そんな、わざわざアナキティさんに付き添ってもらうほどのことじゃないですから!」

「うーん、まぁどちらかと言うと団長から頼まれたんだよね。ベルの()()

「うぐっ!?」

 

そ、それなら仕方ない…と前科(リヴェリアさんからの脱走)を思い出して力なく頷く。

 

「退屈しないように、本とか面白い話とかタメになる話とか、カードゲームとか用意しておくから! …あ、私もベルの部屋の中に入るから、見せたくないものとかあったら隠しておいてね?」

「そ、それは、ありがとうございます…あの、英雄譚とかあれば用意しておいてもらえると…それから、見せたくないものって…?」

「うん、わかったわよ。えー、ほら、ベルも13歳の男の子なんだから一冊や二冊くらい隠し持ってるんじゃないの? 見ちゃうのはちょっと気まずいから、目につかないところに入れておいてくれると助かるなぁ…いや、ベルが気にしないって言うなら私はまぁ、いいんだけど…ね?」

「???」

 

そう言う、アナキティさんのニヤニヤとした表情とその話の内容を頭の中に浮かべながら考える。随分と遠回りな言い方だけど…隠し持つような本…? って、あ!?

 

「も、もも、そ、そんな本、も、持ってませんから!?」

「なぁんだ、こっそりどんなことに興味があるのか見ちゃおうと思ってたのに」

「仮に持ってたとしても、そんなことやめてくださいっ!?」

「いやぁ、兎みたいな見た目して実は肉食系とか…」

 

クロエさんと似ているこの感じ、間違いなく僕のことをからかってる!? 黒猫は意地悪なのかな…?

 

「…ってあれ、ベル、何これ。ステータス?」

「あ、さっき落としちゃったかな…はい、ついさっきロキ様に更新してもらってきて…」

「へぇ〜、見てもいい?」

「別にいいですけど…?」

「じゃあ失礼…ほほー…ぶふっ!?」

 

 

 

ベル・クラネル Lv.1(Lv2ランクアップ可能)

 

力 : A 801→ S 911

耐久 : S 954→ S 971

器用 : S 901→ S 987

敏捷 :SS1001→SS 1015

魔力 : B 711→ S 910

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 

( ストック数 8 / 23 )

 ストック魔法

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・レア・ラーヴァテイン

 ・レア・ラーヴァテイン

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減

 

 

 

うーん、ストック魔法が全部リヴェリアさんの魔法になっちゃったな。レフィーヤさんとアイズさんが帰ってきたら、またお願いして魔法を分けてもらわないと…アルクス・レイとエアリエルは使い慣れてきたし、とても助かる。

 

「魔法のことは聞いてたけど…こっ、これ、基礎…!?」

「あ、魔力もようやくS評価になったんですよ! 魔法のストック数も増えたし…でもここまで上がって前の更新から1個しか増えてないなら、これで打ち止めなのかなぁ…13個増えるって、なんか半端だけど」

「あ、あああ、あ、アビリティ、オールS!? てかなんか一個突破してるんですけど!?」

「え、ああ、フィンさんもなんか前に驚いてましたね。ベルは敏捷特化なのかな…って笑顔…笑顔? で言ってましたけど」

 

なんか、笑い声がいつもより乾いていたというか、力が篭ってなかった気がするけど。

 

「いや敏捷特化とかそう言う問題じゃないでしょこれ!?」

 

アナキティさんが、僕のステータスを見てなんだか騒いでいるけど…なんだろう。僕、他の人のステータス知らないからなんとも言えないけど普通はこう言うステータスじゃないのかな…?

今度、ロキ様に聞いてみよう。ロキ様なら、今までに何百人ものステータスを見ているはずだし。

 

「…なんか、頭痛くなってきた…」

「大丈夫ですか? アナキティさん、休んだ方がいいんじゃ…」

 

急に頭痛だなんて、昨日の僕みたいに倒れちゃうのかもしれない。

アミッドさんから聞いた話だと、あれは脱水と疲労が原因って言っていたけど。

 

「そうね、2人でお昼寝でもしましょうか…」

「えっ、ちょっ」

 

そんなことを据わった目で言うアナキティさんに、引きずられるようにして僕は自室の中へと入っていった。

 

宣言通り、同じベッドで寝かせられるとは思ってもいなかったけど…アナキティさんは既に寝息を立てている。すやすやだ。一方の僕はと言うと…ねっ、寝れない…っ! こんなの、緊張して寝れないに決まって…と言うか、なんで顔を合わせるように向き合ってるんだろう!? あ、アナキティさんの唇…はっ! だ、ダメだダメだ! って、なんだ!? 今、何かの囁くような声が…

 

『今じゃ、ベル、やれ、キッスをするのじゃぁぁぁぁぁ!』

 

悪魔の囁き…って、お爺ちゃん!?

いやいやダメでしょ!? そんな、寝込みを襲うような真似!

 

『いやいや、同衾を誘ってきた女子を前に手を出さない方が失礼だとは思わんか?』

 

う…いや、アナキティさんは純粋に僕を心配して…。

だから、そんな変なことをするわけには…。

 

そんな…わけには……………。

 

 

 

って、あ、あれ? こういう時って天使が出てきて僕のことを思い留まらせるんじゃないの? 一向に出てこないんだけど…僕の良心はどこに行ったの? まさか昨日のアミッドさんとの会話で愛想を尽かして出ていっちゃった!?

 

『ほれベル、お前も内心望んでいるから天使が出てこんのじゃ。そら、もうたったの十数C近付くだけで…』

 

あ、あ、あぁぁぁぁあぁぁあぁっ!?

 

心臓が破裂するんじゃないかというくらい高鳴り、少しアナキティさんの方に近寄ってしまった瞬間。目を離せずにいたアナキティさんの唇が動く。

 

お、起きた!?

 

瞬時に限界まで距離を取った僕の耳に、アナキティさんの声が届く。

 

「ごめんねぇ…ベル、辛かったよね、苦しかったよね、ごめんね…」

「アナキティさん…」

 

寝言…なんだろうけど。そうか、心配をかけた以上に…きっと、アナキティさんは自分のことを責めただろう。良く見れば、いつも艶々な黒髪は少し荒れている。

 

「大丈夫です…僕は、大丈夫でしたから…」

 

そう囁くと、アナキティさんの表情が緩む。

ありがとう、そう呟いたアナキティさんはまたすやすやと寝息を立て出した。それを聞いて、僕も寝たくなったので眠ることにした。

 

目蓋を、閉じた。

 

『いや、お前、ベル、全然寝れとらんぞ?』

 

僕は寝た。

 

『ばっちり起きとるぞ? 心臓ばっくばくになっとるぞ?』

 

僕は寝たったら寝た。




べるきゅん!

あれ、先に出てきたヒロイン格、姉格を差し置いてアナキティがベルの成長スピード並みに距離を詰めてくる…勝手に指が動くから仕方ないね。

そして、さらっと原作イベントもどきを奪われるアイズ。ごめんよ、君の見せ場はまたどこかで作るから許して…。


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46話 強制休養(4)

寝れない。

 

僕の部屋の構造は、まぁ前の部屋とあまり変わらないけど少し変わった点がある。角部屋で、柱が絡んでいるためにベッドの配置が少し厄介なのだ。

 

Lのような形の部屋になっており、その右下部分にベッドの半分を押し込むような格好で入れている。つまり、左右どちらも壁がある。

そして、それと向き合うような左下に窓、ベッドが半分飛び出ているところから隣に棚や箪笥が並んでいる。そして、上側が扉になっている…つまり、ベッドがほぼ全部入り口から見えないほど、左右に壁や棚がある。

 

まぁ簡単に言うと、一度ベッドに入ってしまうと逃げ道がないってことだ。

 

そして今僕は、寝れない辛さと、理性と戦う辛さによって悶えていた。

 

「…んみゅ、ベルぅ…べるはかわいいねぇ…こんな弟が欲しかったぁ…」

 

器用に僕の脚を絡めとるアナキティさんのすべすべな脚。

腕ごと抱き締められて背中に回されたアナキティさんの細い腕。

顔に押し付けられる二つの果実。たまに頭に頬擦りされる時には否応なく埋められる。そして、くるくると僕の手にまとわりつく尻尾。

 

僕の脳味噌と心臓は次第に限界を迎え、負荷と抵抗、そのどちらもが強くなった僕の頭は強制終了を選択した。

 

ぷつん、と、電池が切れた子供のように、寝た、というか気絶した。

なんとなく、その寸前、鼻の奥が熱くなったような気もしたけど。

 

 

 

「ん…あぁー、しっかり寝ちゃった…この時期に人と一緒に寝るのはやっぱりちょっと暑かったかぁ…ってベルぅ!?」

「んん、すぅ、んー」

 

アナキティがようやく目を覚ましたのは、太陽が天辺…を越えて、少し沈み出した頃。昼はとっくに過ぎていた。

そして、目をしょぼしょぼと擦りながら見たのは、看病している少年が鼻血に塗れながら苦しそうに寝ている光景。

 

暑かったのだろう。

 

すぐそこにある顔に顔を近づけ、額を合わせると、火照っている。

黒猫は焦り、アミッドがやっていたことを真似しようと水桶と布を取りに走った。

 

 

 

鼻血で汚れた顔を拭い取り、額と首筋を冷やす。

血で汚れたシーツは回収してとりあえず傍に置き、新しいシーツに敷き変えて眠りこけたままのベルを横たわらせる。

 

「抱き枕にしちゃってたかぁ…それは暑かったよねぇ、ああもう、謝ることが増えていく…」

 

そして、先程までの体勢を思い出す。完全に、ベルはアナキティの抱き枕と化していたことを、思い出す。でもなんだかぴったり来るというか、すっぽりハマるというか非常に抱き心地が良く熟睡できたからたまに頼もうと思う。

 

とりあえず、落ち着いたようだし、と立ち上がる。

服もベルの鼻血で少し汚れてしまったから着替えて…早目にこのシーツも洗わないと。

 

そう考えたアナキティは自室へ寄った後、館の中の洗い場へと行くことにした。

 

 

 

「ああ、アナキティ。ベルの様子はどう…だ…」

「あ、リヴェリアさん。ちょっと色々とありましたけど、今はぐっすり寝てますよ」

 

道中、出会したリヴェリアはベルの容態をアナキティに聞く。しかし、アナキティが持っているそれを見て、顔を赤らめながら言葉尻を窄めていく。

 

色々とあった? 一体どんな色々があれば、血で汚れたシーツをお前が持っている? それに、この匂いは…シーツからだけではない。ベルの匂いが何故こんなにも強く、アナキティから? ま、まさかとは思うが…いや、しかし。

 

強く訝しむリヴェリアの眼差しに、アナキティはたじろぐ。

もしや、これ幸いと同衾し抱き枕にしていたことがバレているのかと。フィンほどではないにせよ、リヴェリアも勘も察しもいい。

だらだらと汗を流し挙動不審になるアナキティを見て、リヴェリアは何かを察した、優しくはないが変に穏やかな表情を作る。

 

なお、リヴェリアは2人が()()()のではないかと疑っているのだが。いや、その疑いは半ば確信へと切り替わっている。

故に、ベルは彼女を選んだかと驚きながらアナキティのことを認める。

 

「まぁ、いいだろう…ベルの選択なら、私に文句はない」

「え、は、はぁ…」

 

私がベル以外の誰かのものの洗濯をしていたら、文句を言われるんだろうか…そう、アナキティは思ったが口に出すことはない。

 

「大変かもしれないが、頑張るんだぞ?」

「まぁ、簡単にはいかないと思っていますけど…色々と便利なものもありますから、なんとかなりますよ」

 

確かに、血で汚れてしまっているからシミ落としは大変だろう。でもまぁ、今は便利な洗剤やシミ抜きもある。時間はかかるかもしれないけどなんとかなるだろう。

それを告げると、リヴェリアさんが目に見えて動揺する。

なんだろう、今日のリヴェリアさんはなんか変だ。

 

「っそ、そうか…では、私はもう行くから…」

「? はい、ああ、リヴェリアさんが良ければ後でベルのところにも顔を出してあげてくれませんか? 今は寝ていますけど…起きたら、退屈でしょうから」

「わかった、夕方にでも顔を出すとしよう」

 

それでも最後は、いつも通りのリヴェリアさんだったと思うけど…なんだろう。やっぱりどことなく違和感が。

 

方や、ベルの恋愛模様と修羅場について。

方や、血で汚れたシーツの洗濯について。

 

すれ違ったまま進行した話は、すれ違ったまま終点までついてしまった。

 

 

 

その後、出会した狼人はいつも切れ長に細められている目をまん丸くしながらこちらを凝視してきた。逃げるように距離を取られたが、一体なんだったのだろうか?

 

 

 

まぁいいやとシーツを洗う。まずは汚れが広がらないように血で汚れた部分を重点的に洗い、ある程度汚れが落ちた段階で全体を洗う。そうして、シミになっている場所にシミ抜きを施して納得がいくくらい綺麗になったら、もう一度洗い流す。

 

それを、物干しにかけてベルの部屋へと戻る…道中、そういえばお昼を食べてないなと思い当たり、食堂へ寄って2人分をお持ち帰りする。

いやぁ、快く許してくれてよかった。

 

果たして部屋へと戻ると、ベルは目を覚ましてぽけーっとしていた。

 

「ベル?」

 

声を掛けると、飛び上がるように跳ねる。

 

「アナキティさん…あっ」

 

きゅるる…と、小さなお腹の音が鳴る。恥ずかしそうにしているベルの前に、お盆を差し出すアナキティ。

 

「お昼、持ってきたから食べましょう?」

「ありがとうございます…もう、お昼過ぎてたんですね」

「いやぁ、ぐっすり寝ちゃったねぇ…あ、ベル、鼻血出してたみたいだからシーツ変えておいたからね。流石にこの時期に一緒に寝るのは暑かったよね、ごめんね」

「鼻血…、あ、すいません、ありがとうございます」

 

思い当たる節があるのか、顔を赤くするベル。差し出されたお盆を礼を言いながら受け取り、食事を取り出す。

 

少しの雑談をしながら、食事を済ませて一息つく。

 

2人の間にほんの少し流れる沈黙。ベルはじわじわとした羞恥心から、アナキティはちくちくとした罪悪感から。ベル自身はアナキティから分不相応なほどの個人的にはご褒美をもらっているようなものだからもう隔意はないのだが、アナキティにとってはそうではない。

 

無茶をさせ、無理をさせ、不必要な体調不良を引き起こさせた。

それは、監督している身としてやってはいけないことだろう。

 

いくらリヴェリアの鍛錬が尾を引いていたとしても、ベルから聞いた話の中から推察することはできたしそもそも万全だとしてもLv1の冒険者に課すべき鍛錬ではなかった。

 

「あの、ベ「あっ、あのっ、アナキティさん!」…どうしたの?」

 

意を決したアナキティが口を開いたそのとき、ベルの声によって遮られる。

 

「あの…アナキティさんが僕のことを心配してくれているのは、十分伝わっています。だから、その…僕の方こそ、心配かけるようなことになってすいませんでした」

 

そう言われたアナキティは、身体から力が抜ける。

この子、お人好しっていうか、優しいっていうか…天然? と思いながら。

 

「私が悪かったのにそんなこと言われちゃうとなぁ…はぁ、よし、わかった。ベルも困っちゃうだろうから、もう謝るのはやめる。だけど、それじゃ私の気が済まないから…何かして欲しいこととかしたいこととかあったら言って? 私にできることならしてあげるから」

 

そのアナキティの言葉に、ベルはしたいこと…と呟きながら、じっとアナキティの顔を見る。

 

うっ、早まったかな…この子も男の子だし。そう思ったアナキティではあったが、まぁこの子ならそんな変なことは要求しないだろうとある種信用しつつ言葉を待った。

 

「そ、その、獣人の人って耳とか尻尾を触られるのが嫌なのは知ってるんですけど…あの、触らせてもらえませんか…?」

 

そうして、目を泳がせながら告げられた可愛い()()()()に頰を緩ませながら承諾する。

触られるのが嫌だと言っても、それはむやみやたらと触られたり加減を知らずに触られるのが嫌なだけだ。なんてことはない。

 

そうして、手を伸ばしたベルはゆっくりと尻尾に触れる。

その感触に、ピクピクっと尻尾が動いてしまうが、ベルはそれを気にせず優しく撫でるように尻尾を両手で弄ぶ。先端をくにくにと握ったり、ゆらゆらと揺れる中間部を握ってみたり、次第に根元の方へと手が上ってゆき、付け根あたりの太くなっているところをぎゅっと握りしめたり。それ以上はお尻に触れる…と言うところで、ベルは手を離す。

 

そして、次は耳へと手を伸ばす。

耳の先端から伸びる毛を摘むようにして下から上へ撫でる。

手を裏へと回し、耳の外側を軽く潰すようにゆっくりと触れる。こりこりとした感触、頭との付け根あたりを、大きく撫でる。

そして、ほんの少し、耳の内側の上の方に触れる。あまり触るところではないと言う認識はあるのか、それはほんの少しで終わったがアナキティとしてはドキドキである。まさかそんな無体なことはしないだろうが、指でも突っ込まれたどうしようかと不安は不安なのだ。

 

満足したような表情で手を離すベルに、アナキティは安堵する。

 

その後は、のんびりとした雰囲気で1日を過ごした、時に本を読み、時に迷宮探索の話をアナキティがベルに話し、時にベルがオススメの英雄譚や発見譚の話をする。黒猫と白兎、見た目は全く違うものの、そこに見えたのは仲の良い姉弟の休日の1日のようであった。

 

 

 

顔を出したリヴェリアは、その2人の物理的にも精神的にも近寄っている距離感にやはりか、と目眩を覚えた。

ベルは年上好きだったのか? とあらぬ勘違いをしながら3人で雑談をし、今後の予定をベルと話して去っていく。

 

結局、3日間は絶対安静。その後は肉体をあまり痛めないように魔法中心の鍛錬と、全然できていなかった迷宮内での常識やサポーターとしての立ち回りの勉強をアナキティ、ラウル、そしてリヴェリアによって行うこととなった。恐らくそれを何日か行った後に、迷宮探索組も帰ってくるだろうから相談してランクアップをしてしまったほうがいいと言うフィンとリヴェリア、ロキの判断もあった。

 

 

 

レフィーヤ達が迷宮に潜り出してから4日。昨日の朝に安全階層である18階層から出発した彼女達は今、目的の24階層近くまで来ていた。明日には宝石樹を守る宝財の番人、木竜との戦いを控えており、彼女達が迷宮探索を終える時もすぐそこまで来ていた。




時系列

1日目 ベル インファントドラゴン討伐、ランクアップ可能に
   レフィ ゴライアス討伐、迷宮の楽園へ

2日目 ベル リヴェリアと並行詠唱の特訓
   レフィ 迷宮の楽園で1日休養

3日目 ベル 中層突入、そして気絶からの入院
   レフィ 迷宮の楽園出発、先へ進む


4日目 ベル 退院して自宅療養、休養1日目
   レフィ 23階層まで到達、明日は木龍との戦い

このペースで行けば
5日目木龍討伐、少し上の層に戻る
6日目迷宮の楽園まで帰還、休養
7日目には地上に帰ってこれ…そうかな


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47話 強制休養(5)

結局、1日目はアナキティとベルはずっと一緒にいた。

この夜の時点で、ベル本人的には身体の痛みや不調もほとんど取れていたがアミッドの言である。恐らく体の内部的にはまだダメなんだろうと察して、破るわけにはいかない、と大人しく明日以降も休養を享受することにした。

 

無茶無謀を繰り返すベルでも、怖い人は怖いのである。

ましてや、あの端正な顔立ちからエイナやリヴェリアのような説教が繰り出されると考えると、気も沈む。

 

なお、2日目からは通常の出歩きくらいはアミッドから許可されていたようで、それを聞いたフィンから一つのある提案がベルに持ち込まれた。

それを、ベルは受け入れる。明日の予定が決まった。

 

 

 

そして翌日、朝食を済ませて正門前へと集まる。

集まったのは、フィンとベルだ。折角だからラウルも同行させようかとフィンは考えていたが、何やら()()があるらしく昨日の晩からホームに居ない。フィンは仕方ないかと諦めて、2人で行くことにした。

 

それを聞いたアナキティは呆れながら、あいつはまた…と呟いていたが、ベルにはなんのことか分からなかった。そんなアナキティは、今日は午前中はベルをフィンに預け、少し街へと出掛けていた。

 

フィンはかなり身軽な装いで、ベルだけが昨日の夕方にラウルから返された装備品をつけての出発である。向かう先は…ヘファイストス・ファミリアの店舗。

 

フィンからの、ベルへのランクアップのお祝いの品を注文するために彼らはそこへ赴く。

 

 

 

「ベル、今日偶然街中で椿・コルブランド…、ヘファイストス・ファミリアの団長に出会ってね。実は、君の話を聞いたんだ」

 

ベルの元へお見舞いと称して来ていたフィンが、少しの会話を挟んだ後に会話を切り出す。それに、ベルは苦笑いを浮かべる。

 

「あぁ…椿さん。何か言ってましたか?」

「いや、特には。申し訳ないことをした、と言っていたけど…本人はかなり気にしているようでね。それなら、と僕の方から一つ提案したんだ。ベルが嫌じゃなければで構わないんだけど…君の防具を椿に作ってもらおうと思っているんだけど、どうかな? 勿論、あっちは作らせてくれるなら全身全霊を込めると約束してくれた」

「僕の、防具を…?」

 

あの、椿さんに? そう視線で問い掛けるベルの心が揺らいでいるのを見て取ったフィンは、内心安堵する。

椿の話では、ヘファイストス・ファミリアの実店舗に武器の整備に訪れたベルを追い返してしまった、と言うように聞いていたから、ヘファイストス・ファミリア自体に嫌悪感を抱いているかもしれないと心配していたのだ。穏やかで心優しい少年ではあるが、であるからこそ、内心で渦巻くものがあってもおかしくない。

しかし、この様子を見るに軽い忌避感程度だろう。なんとなく、他にも選択肢があるなら避けたいなぁという程度の。そのくらいなら、如何なる聖人でも持ち合わせているだろうし嗜めるほどの事でもない。

 

今回もゴブニュ・ファミリアという選択肢はあるがそちらだと精々が上級鍛治師(ハイ・スミス)の中堅どころの作品だろう。いや、無理を言えば最高峰の鍛治師が受けてくれるかもしれないが。

 

「うん、君のランクアップと、その最速記録更新のお祝いも兼ねてね。勿論、君がヘファイストス・ファミリアよりゴブニュ・ファミリアがいいと言うなら、そちらで頼んでも構わないよ。あくまで、君のお祝いなんだ」

 

ただ、団長同士、縁のあるファミリアとして、相手が求めて来たことについて少しくらい融通を効かせてあげたいからね。

 

無論、その裏では遠征で頼っている身として、良好な関係を結んでおきたいという打算もあるわけだが。

 

そう言うフィンに対して、ベルは悩む。いや、内心ではあのヘファイストス・ファミリアの団長自ら。上級鍛治師(ハイ・スミス)どころかこの都市一の最高鍛治師(マスター・スミス)に装備の面倒を見てもらえることなど、それこそ1級冒険者にならなくてはほぼないことから決まりかけてはいるのだが。

 

だからこそ悩むのは、自分が受けたほんの少しの嫌な気持ちに、ここまであちらが譲ることがあるのだろうかと言うこと。

かえって遠慮の気持ちが湧いて来ている。

 

「そ、それはありがたい提案ですけど…でも、僕なんかにそんな…」

「謙遜も遠慮も、悪いものではないけどね。でもベル、貰えるものは貰っとけ。良く言われることだけど、冒険者として強かに生きるなら必要なことだよ。今、君が選べるのはヘファイストス・ファミリアで椿・コルブランドに作ってもらうかゴブニュ・ファミリアの上級鍛治師(ハイ・スミス)に作ってもらうかだよ? あぁ、僕のお祝いが受け取れないと言うなら、それも構わないけど…僕は今日、枕を濡らして寝ることになるだろう」

 

フィンの、芝居がかった口調と目元を拭う動作にベルは狼狽する。

 

「わ、わかりました! 是非、お願いします!」

 

観念したのか、叫ぶようにそう言うとフィンはキラキラとした笑みに戻る。ベルも、踏ん切りがついたのかとてつもなく嬉しそうにしている。

 

そんな会話を黙って見ていたアナキティの内心は心配で埋まっていた。

 

この子、ちょっと簡単すぎやしないか、と。

 

 

 

そうして2人は、ヘファイストス・ファミリアの店舗の中でも最も高級品が立ち並ぶエリアへと来ていた。そこに、都市一の鍛治師、最高鍛治師(マスター・スミス)であり、冒険者としてもLv5で『単眼の巨師(キュクロプス)』の二つ名を持つ椿・コルブランドが待っていた。

 

「おお、ベル坊。来てくれたか! いや、よく来てくれた。約束通り歓迎しよう」

 

溌剌とした表情の椿は、ベルを迎え入れる。

 

「椿さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」

 

そんな椿に、ベルが持っていた少しの忌避感は消え去った。

今あるのは、こんな凄い人が僕の装備を作ってくれるんだ! という年相応の喜びの感情。

 

「いやいや、この前は本当にすまなかったな。今回はフィンの取りなしもあってこのような機会が得られた。手前の全身全霊を持って、最高の作品を作ると約束しよう。それで、フィン。良いのだな?」

「うん、思う存分作ってくれ」

「無論、ではベル。こちらへ来てくれ。採寸を行おう。何、成長期だろうから成長するにつれて調整できるように作る。鎧の種類はどうする?」

「あ、えっと…軽鎧でお願いします。その、今着ているこれと似たような作りで」

 

慣れているその形状を手放せないのか、そんなリクエストをしながら奥へと消えてゆく2人をフィンは見送る。

 

さて、値段は如何程になるだろうかと考えながら。

 

そして、昨夜、大胆にもベルはフィンにおねだりを敢行していた。

その内容を、連れて行かれた部屋で椿に告げる。

 

「そ、それから、椿さん。あの、フィンさんには許可をもらったんですけど…槍を一本、見繕って欲しくて…」

「槍? それは構わぬが…お主の武器は短剣ではないのか?」

「ええと、刺突系の攻撃がダガーじゃしにくくて…色んな人に相談したら、リーチの長い剣を持つか槍系の武器を持つかで話が決まったんですけど」

「ああ、ベル坊は普通の剣は扱えないのか?」

「なんだかしっくりこなくて…槍の方がいいなぁと」

「ふむ、いや、フィンがそれを認めたということはそれなりに才能があるのか…ううむ、ちょっと待っていてくれるか?」

「はいっ!」

 

一度出て行った椿が、何本もの槍を持って現れる。

 

「一応、フィンからも話は聞いて参った。というより連れて来た。ファミリアに入りたての訓練では短剣と槍に適性がありそうだったとか? であるのならば、鍛つことに否やはない。だからまずは…どれが合うか、試してみるとしようか」

 

短槍、長槍、戦槍、それぞれ異なる特性を持つ、しかし槍と一括りにできる武器達がずらりと並べられる。

 

大体15C程毎に長さが切り替わるようだ。そこには、身の丈を超えるような長槍から剣と、どころか、短剣とさして変わらない長さの短槍まであった。

 

試し斬りも行われる広い部屋のそこで、フィンも見る中で身体に負担がかからない程度に軽く槍を振るうベル。それを見たフィンは少し驚いていた。

 

槍は扱っていなかったはずなのに、格段に上手くなっている。

 

短剣での経験を上手く落とし込んでいるのか、経験的にはほぼ初心者の槍をそれなりに扱えているベルの姿がそこにあった。とは言え、同じLv1でも槍をずっと扱って来た冒険者には流石に勝てそうにないが充分である。

 

「ンー、身の丈より長い槍は扱い辛そうだね」

「短すぎる槍も、扱いがダガーとそこまで変わらないだろう。主武装を補う副武装と扱うとなれば…」

「背中か腰に吊るせた方がいいね、行動の邪魔になっても困る、となると…」

 

「「110Cの片手槍」」

 

2人の意見が揃う、それは、フィンが扱う小人族(パルゥム)にとっての長槍より短い長さ。レイピアや直剣と似たり寄ったりの長さではあるが、敏捷に重きを置くベルでは、直剣は少し苦手としていたしレイピアは性に合わなかったようだ。

 

 

 

その後、かなりの時間をかけて入念に採寸やベルの動きの確認を終わらせた椿は短い言葉で2人を見送ると、早速と言わんばかりに工房に下がっていく。製作はそれなりに期間がかかるようで、完成が近づいたらまた連絡するとのこと。

 

こうして、ベルの装備がまた更新されることとなった。

それも、椿・コルブランド謹製の間違いなく上級武器。

 

フィン・ディムナも、周りの面々のベルへの過保護っぷりに苦言を呈することがあった割にはこの扱いである。何か、ベルを見るときに眩いものを見るような目をすることがあるが、それが何なのか、この時は本人と主神を置いて他に知るものはいなかった。

 

だがしかし、これだけの物を与えられて奮起しないベルではなく、休養が明けたら槍を教えて欲しいと早速フィンにお願いし、フィンもそれを承諾。

 

それならとフィンから鍛錬をつけるよう各々に話をつけると言われた結果、ダガーの扱いをティオネ、体術をティオナに。槍の扱いをフィンに。魔法の扱いをリヴェリア、レフィーヤに。そして冒険者としての知識やサポーターとしての立ち回りや、戦闘指揮についてをラウルやアナキティに。

 

ロキ・ファミリアの錚々たる面々が、各々の得意分野でベルを鍛えることとなった。勿論、ぴったりと張り付いて教えるわけではなくあくまで時間がある時に教える、という程度のふんわりとした内容ではあるが。

 

 

 

なお、アイズのみが以前ベルを気絶させた件により、未だにベルの鍛錬を行うことをリヴェリアから許可されていない。




ベル君装備更新

武器
椿・コルブランドが上級鍛治師時代に作ったミスリル合金ダガー
ゴブニュ・ファミリアの上級鍛治師作のアダマンタイト合金ダガー
椿・コルブランドの新作片手槍(素材及び仕様:?????)

防具
椿・コルブランドの新作軽鎧(素材及び仕様:?????)
アナキティからプレゼントされたサラマンダーウール
レフィーヤからプレゼントされた戦闘衣


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48話 探索再開

それから、なんやかんやとありながら2日が過ぎた。

特に突飛な出来事もなく、本をたくさん読んで、アナキティやラウルとたくさん話し、平和な時間を過ごした。色々と、肉体的にも精神的にも疲れていたものがすっきりとした気もする。

そうなると次は、この折角のゆったりとした時間にレフィーヤを始めとした4人がいないのがなんとなく寂しく感じられた。そろそろ帰ってくるはずだと、彼女達が遠征に赴いてからの日数を指折り数える。

 

帰ってきたら、取得する発展アビリティを相談して…その前にランクアップができるようになったと報告して…それから、それから…変な勘違いをしていたことも忘れ、ベルは4人の帰りを楽しみにした。

 

3日間の完全休養を過ごし、念のためにと朝からアミッドのもとを訪れてお許しを得たベルは久方振りに迷宮へと行くことにした。

数日とは言えど、ほとんど動いていなかったことで多少の感覚のズレがあることから身体を動かしたいと思ったのだ。アミッドの言う致命的なそれとは違う、しかし確実にあるソレを感じ取りベルは冷や汗を流した。

 

…もし一生、これを背負うとなると…いつか致命的なミスに繋がりそうだ。

 

これからも、アミッドの言うことは真摯に受け止めよう。そう心に刻んだ。

 

 

 

今日はアナキティと2人、上層のみでの肩慣らし。

そのため、サラマンダーウールは身に纏わずいつもの姿。

 

久方振りにダガーを振るうベルは、体が馴染んでくると共にそのダガーの振りやすさに驚いていた。

 

「ベル、どうしたの? なんか難しい顔してるけど。やっぱりまだどこか変?」

「あ、いや、身体はもう大丈夫なんですけど…なんか、ダガーが振りやすくなってて。馴染むと言うかなんというか…」

 

それを聞いたアナキティは猫耳をピンと立てる。

 

「あー、ベル、無意識かもしれないけど身体の使い方すっごく上手になってるよ? そのおかげだと思う…ちょっと見ててね」

 

そう言って、長剣を構えたアナキティが2体のゴブリンを相手に同じ軌道で剣を振るう。袈裟斬り、しかし、それはベルの目から見ても全く精度が違った。

 

流れるようにしなやかな一太刀目に比べて、若干無理を感じた二太刀目、何が違う、と言われれば何もかもが違うように見え、答えはわからないけれど。

 

「差くらいはわかった? 一太刀目が私の本気、二太刀目は力だけで切った感じかな」

「力…だけ…」

「剣を振るうのに、常に力を込める必要はないからね。しっかりと刃を立てなきゃいけないし速度もないといけない。ベルも大分ダガーを使い慣れてきて無意識にそれを実践してると思うよ。あの連戦の時にも、最後の方は良い動きしてたし」

「…力…速度…」

 

それを見たベルは、数日前、倒れる前の必死にダガーを振っていた自分の動きを振り返る。

確かにあの時、体力は尽きかけていたのに普段と変わらぬ剣捌きをできていた…ような気がする。無我夢中で、あまり記憶にないけど。

 

「それに、疲れてる時と比べると今はかなり身体が軽いでしょ? うん、だからそう感じるんじゃないかな」

 

まぁ、万全な状態の時なんてそうないけどね、とアナキティは言う。

尚も、ベルは考え続ける。

これはまさしく、身につけなければいけない技術である、と。

 

その後も、アナキティに色々と教えてもらいながら武器を振るい続けるベル。その姿は、親から狩りを教えてもらう子のようであったが、アナキティの獣人としてのしなやかで軽やかな身のこなしをベルは人間種族でありながら飛び抜けたその敏捷を活かして模倣していった。

 

結果、かなり長く武器を振るったというのにまだ疲労の色が薄い少年がそこにいた。

 

「成長早いなぁとは思ってたけど、ここまで早いかぁ…」

 

その余りの貪欲さ、余りの成長振りに自らも焚き付けられながらアナキティは己の持てる技術をベルに教え込んだ。勿論、今回は無理をさせない程度に。

 

数多の上層モンスターを屠り、魔石が収納しきれなくなったことから早い時間に既に帰路に着いたが、それでもベルは、今日、自分が成長出来たと確信していた。

 

一歩ずつ、されど確実に…ではなく、少年は強者となる道を、英雄に続く道を、夢見る先へと、その遥か長い階段を何段も飛ばしながら駆け昇る。

 

 

 

ついでに、魔力を伸ばす為に安全マージンを取って魔法を何度も放って行く。並行詠唱も交えるが、身体の扱い方が良くなったのが影響しているのか、こちらもスムーズになっていることにベルは喜んだ。その姿は、既に熟練の魔法剣士と言ってもいいくらい様になっていた。

勿論、高Lvの者と比べると全体的なスケールは小さいが、纏まり具合で言うとかなり高いところにいる。

 

アナキティはその立ち振る舞いに愕然とした。

 

 

 

その帰り道、ギルドにて魔石を換金したベルはそのままアナキティと共にエイナに顔を見せに行っていた。なんやかんやまた久々のギルドである。たまには顔を出して近況を報告しないと、後々、色々なことを後から知ったエイナは怖いのだ。ベルはそれをよく知っている。

 

そうして、ベルが訪れたエイナは少し離れたところにいるアナキティに少し怪訝な顔をしながら会釈をし、久しぶりに顔を出したベルに笑顔を見せる。

 

「ベル君、久しぶりね。今はオータム氏が付き添い?」

「はい、久しぶりですエイナさん。えっと、そうですね。アナキティさんと、ラウルさんにお世話になっています」

 

それを聞いて、エイナの顔が少し強張る。次期団長とも密かに囁かれているラウルと、それを補佐しているアナキティがベルの面倒を見ているというのだ。少し前までよく一緒にいた面々よりはレフィーヤを除きLvが落ちるとは言え、それでも上級の冒険者だ。

 

「べ、ベル君…? 今、君、何階層に…?」

 

その事から、その待遇から、あり得ない速度で成長していることは間違いない。そう判断したエイナはベルにそれを聞く。魔法を使えるようになったと言っていたし、既に12階層には入ってるだろう、下手したら12階層も突破して、13階層、中層を覗き見るくらいはしているかも…と思いつつ。

 

弱っていたとは言えミノタウロスを倒したのにランクアップできなかったのは、もう1人、前々からランクアップが近いと言われていた彼の方が主となってミノタウロスを討伐したのだろうと考えていたエイナは、ここ最近のベルの偉業について知らなかった。勿論、ランクアップできることも知らない。

 

ロキが、他所に漏らさぬように箝口令を敷いたのだ。もっとも、知っているのはフィンにリヴェリア、2人から聞いたガレスに、ベルから聞いたラウルとアナキティだけなのだが。

 

そんなエイナの耳に飛び込んできたのは、予想の更に上を行く言葉。

 

「は、はい、実は1()4()()()まで…」

「14階層っ!?」

 

そして、叫ぶ。

 

「冒険者になってやっとこ2ヶ月くらいの君が!? 14階層!?」

 

それを聞いて騒めくギルド内部。2ヶ月で中層? 嘘だろ? と言う話し声がそこかしこで聞こえる中、慌てるアナキティ。今は冒険者が少ない時間帯とは言え、いることにはいる。ましてや、燻っているような連中が酒場にいたりもする。こんなところで、冒険者の命綱でもあるステータスが漏洩するようなことはさせられないとアナキティが動く。

 

「あ、はい、でも、その…」

「あくまで、サポーターとしてですから! ねー? ベルー?」

「もがもっ!?」

 

そうして、黒い影を残しながら瞬時にベルの口を塞ぐ。ガシッとベルの口を片手で塞ぎ、残った片手で頭を撫でながらベルの耳元で黙ってなさい、と小さく呟く。

 

「もごご…」

「ちょ、ちょっとエイナさん。いくらなんでもこの場所でそんな叫び声はないでしょ!?」

「も、申し訳ありませんオータム氏、つい…」

「悪いけど、変に目立ちたくないから今日は帰ります! 行くよ、ベル!」

「もごぉ…」

 

既にこれ以上ないくらい目立ってはいるのだが、小さな声でそうやりとりした後に何事もなかったかのように離れる。

パッと手を離されたベルも、すーはーと呼吸をした後にエイナの方を向く。エイナは、自らのやってしまったことを悔やんで少し暗い顔をしていた。

 

「あ、あの、エイナさん、また来ます!」

 

そんなに気にしないでください!

そう言う少年に、ハッとさせられたエイナは微笑みを返す。

 

「うん、今日はごめんねベル君。また、来てね?」

 

悪いことをしてしまった、そう思いながらもエイナは微笑む。ここで暗い顔をすると、あの心優しい少年も心を痛めてしまうだろうからと。

 

ベルはその笑顔に満足したのか、元気よく返事をしてアナキティに連れられてギルドを出て行く。

 

 

 

「あー、びっくりした…ベル、今回はベルが全部悪いわけじゃないけど、あんな公共の場所で到達階層を教えたりしたらダメだよ? せめて個室に入ってからじゃないと」

「う、ごめんなさい…つい…」

 

そうして、ギルドから出た2人は近くの広場でベンチに座っていた。

冒険者として、自らの強さと言うものはあまり外に漏らしていいものではないと言うのは色々な人から言われている。

ましてや、まだまだ駆け出し、新人相当の経験しかないはずのベルがもう中層に到達しているなんてことが知られれば、周りは狙うだろう。

 

というよりごく最近、アナキティにしっかりと釘を刺されているのにこれだ。アナキティが呆れるのも仕方がないだろう。

 

「全く、うちの兎君は警戒心がなくて困っちゃうなぁ…こんな調子じゃいつ、よその獣に食べられちゃうか…はぁ」

「気、気をつけます…」

 

しゅんとするベルの耳に、垂れる兎耳を幻視したアナキティはわしゃわしゃと癖の強い白髪を乱暴に撫でる。

 

「本当に気をつけてよ? ベルが帰ってこなくなったりしたら、皆、悲しむんだから」

 

特に、ある程度強くなった後にアマゾネスにでも襲われたら…搾り取られて、帰ってこれなくなるだろう。その為にも、突き抜けて強くなるまでは非常に危険なのだ。有象無象でいるか、強者であるか。そのどちらかでしか、身は守れない。

 

「リヴェリアさんにも言われました…あの、ありがとうございます」

「このタイミングでなんでお礼…?」

「…だって、それだけ僕のことを思ってくれてるってことですから…僕も、アナキティさんがいなくなったりしたら、泣いちゃいます」

「…あぁもう可愛いなぁベルは…ねぇ、ベル、アキ」

「は、はい?」

「名前、アキ、って呼んで欲しいな」

 

少し顔を逸らしながら、そんなことを言うアナキティ。

そして、それを聞いたベルは…。

 

「…はい、アキさん」

 

笑いながら、アナキティのことをそう呼んだ。

 

ん、と、呟くように返事をするアナキティの顔は、少し、しかし確かに赤くなっていた。




ハッ、ラブコメの波動!?
いえ、これは家族や友人モノのコメディです! サザエさんやちびまる子ちゃん、ドラえもんと同じ枠なんです!


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49話 一触即発

言うほど修羅場じゃないです(事実)


それから、アナキティとベルはのんびりとしつつ、屋台で昼ご飯を食べ歩いたりして館へと戻っていった。今日の予定は特にない。ベルも、これ以上身体を動かすのは控えておこうと大人しくこの時間を楽しんだ。

 

一方、丁度ベルとアナキティが屋台でじゃが丸君を買い、食べ歩き始めた頃。迷宮から、遠征を終わらせて上がってきた冒険者達がいた。

 

道化師のエンブレムを掲げる、都市最大派閥の面々…つまりは、アイズ、レフィーヤ、ティオネ、ティオナに何人かのLv1、Lv2冒険者達。フィンからの命令でもあるクエストを達成、宝石樹の宝石をしっかりと収集してきた。思っていた日程より1日遅れはしたが、十分なペースである。ティオネが迷宮から出た時点で解散を宣言。他の団員達がめいめいに散らばる中、4人は顔を突き合わせ、この後の予定を話し合った。

 

まず、ティオネはクエストの依頼品である宝石の納品と、魔石の換金。ティオナは館へ戻り、フィンへの報告。レフィーヤはリヴェリアの元へ、アイズは…じゃが丸君を食べに。

 

それぞれ。動き出した。

 

 

 

「はぁ、こんなもの早く終わらせて団長のところに…いや、先にベルのところに行かないと」

 

ティオネは、ギルドの職員を急かしていた。クエストの納品とはいえ、宝石樹の宝石はそれぞれ多少差異がある。価値が低くて認められない、ということは少ないが価値が高すぎる場合は交渉が起きる。この依頼料金でこの品質の宝石を渡すのは不味い、というギルドの都合ではあるのだが。

 

それにより、受け取りが遅れていたのだ。どうやら、依頼主が多少増額するということで話は纏まりそうだが、ティオネはその場から動くことができず苛立ちを抑えていた。

 

 

 

「フィンー、ロキー、遠征終わったよぉ〜」

「おや、お疲れティオナ。他のメンバーは?」

「まだ外ー、私だけ先に帰ってきたから、遠征は多分問題なし。もう行っていい?」

「ハハ、詳しいことは後から聞くからいいよ。でも、生憎ベルは朝から迷宮に行っていてね」

 

ティオナは、簡素に報告を済ませ即座に離れようとする。細かい話は苦手だし、それよりベルに会いに行きたいのだ。

 

それを隠そうともしないティオナに、フィンは許可を出しながらも残念な情報を伝える。それを聞いたティオナは、そっかぁと漏らしながら去って行く。

 

 

 

「リヴェリア様、ただいま戻りました…あの、ベルは…?」

 

早速、リヴェリアの元へとやってきたレフィーヤは挨拶もそこそこにベルのことを聞き出した。途中に、ベルの部屋に寄り道してきたが鍵も閉まっており何処かに出かけているようだった。

 

「あ、ああ、良く帰ってきたなレフィーヤ。それで、ベルだが…アナキティと一緒に迷宮に潜っているはずだ」

 

若干、歯切れが悪いリヴェリアに違和感を抱きながらもその言葉にレフィーヤは少し暗くなる。

 

「そうですか、アナキティさんと…」

「そ、それでだなレフィーヤ…心の準備をして聞いて欲しいのだが…」

「な、なんでしょうか? まさか、ベルに何か…?」

 

いつにないリヴェリアの姿に、何かベルにあったのか。もしや、あの嘘によって傷つけてしまったことでベルがどうにかしてしまったのか。レフィーヤはそんなことを思う。さぁッと血の気が引いていくような気がしながら、話の続きを促す。

 

「う、うむ…ベルとアナキティが、その、いわゆる男女の仲になったようで…な。どうやら、契りを交わしたようだから…その…」

「は?」

 

引いた血が、一瞬で上って行った。

 

 

 

「…それから、小豆クリーム味をひとつ」

「はーいどうもー! ちょっとお待ちくださいね…はい、どうぞ!」

「…ありがとうございます」

 

アイズは、迷宮の中では携帯食料しか食べていなかったため味に飢えていた。じゃが丸君のお気に入りの味を数個頼むと、紙袋に入れられたそれを受け取り、少し離れたところで開いてゆっくりと口に入れ、頬張る。

 

「…はあ、美味しい…」

 

満足げにもぐ、もぐ、と食べ進める。リヴェリアに見られたらはしたないと言われるだろうな、とは思うが、じゃが丸君はこうやって食べるのが一番美味しいのだ。幸せに浸って食べていると、アイズの視線に白くてもふもふなものが映る。

 

「…あれ、ベル…?」

 

そして次の瞬間、そんな彼の横にいる人にも、気がつく。

 

「…アキ…?」

 

楽しそうに笑って、話しながら食べ歩く2人をアイズは見た。

 

 

 

「…そろそろ、ホームに帰りましょうか?」

「そうだねえ、そうしよっか」

 

腹を満たしてから、僕はアキさんと2人でぶらぶらと色んな店を見て歩いた。それは、シルさんと買い物をした日のような感じ。

特に何か買ったわけではないが、武器防具、衣服、食料品、魔道具、医療品なんかを見て歩きながら、アキさんのこれは良く使うだとかこれはどうだとか、説明を聞いていた。

そのうちに、少し喫茶店で休憩を取った後に僕は提案した。

 

ホームに帰れば本もあるし、勉強することも色々とある。

今日はもう満足したし、疲れる前に帰りませんか、と。

 

そうして、のんびりと帰った僕達を待っていたのは正門の前で待ち受ける4人。

僕が兎人(ヒューム・バニー)であったなら、その小さな尻尾が千切れんばかりに振られていると感じさせるほどの勢いだったと思う。

そんな勢いで走り寄って行く。

 

アキさんが一瞬、あっ、ベルっ、と声を掛けてきた気がするけど、まずは4人に挨拶をしようと駆け寄る。

 

「皆さんっ、お帰りなさ…い…?」

 

声を掛けた僕が困惑するほど、4人はアキさんの方に視線を向けていた。なんでだろうか…?

 

「…ベル、積もる話は私達からもありますが…すいませんがちょっと、後にしてもらってもいいですか? 先に少し、アキさんに用事があるので」

「え…は、はい…」

 

早速発展アビリティの相談をしようと思っていたのだけど…どうやら4人ともアキさんに用事があるみたいだ。

 

「え、えっと…じゃあアキさん、あの、また後で…レフィーヤさん達もその、用事が終わったら声を掛けてくれると…相談したいこともあるので…」

 

そう言い残して、どうやら僕に聞かれたくない話のようなので僕は館の中へと入って行く。いったい、なんだったんだろうか…。

 

 

 

「…アキ、話を聞かせてもらう…っ!」

「そうだよアキ、私達がいない間に抜け駆けなんて!」

「私は構わないけど…でも、ちょっと話は聞かせて頂戴。団長との参考にするから」

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってなになになに!? 怖い怖い怖い!」

 

ベルが場を去って行った瞬間に、無風のように雰囲気が静かだった4人から嵐のような感情をぶつけられる。何この感情、私知らない。

 

ゆらっと、レフィーヤが動く。顔を真っ赤にしているが、何を考えているのだろうか?

 

「ア、アキさんっ、べ、べべ、べ、ベルと…その、寝た……って、本当なんですか…?」

 

あ、ああー、それで怒っているのか。やっぱりリヴェリアさんには気付かれていたのかな? それで、ベルの姉代わり…と言うか、姉的な立場になろうとしているこの面々が怒っている…? と言うわけか、なるほど。

確かに、ベルを取られたように感じちゃうのも仕方がないかも。

ここは下手に嘘をついても、ベルがぽろっと言っちゃいそうだし大人しく認めておいた方が良さそうね。

 

「えーっと、まぁ、うん。一回だけだけど…」

 

それを告げると、ボンっと爆発したかのようにレフィーヤの顔が赤くなる。

 

「あ、ああああ、あ、アキさんの、泥棒猫ぉっ!」

 

…なんて失礼なことを叫んでくれるのだろうか、このポンコツ魔力バカエルフの小娘は。ちょっと剣に手が伸びちゃったじゃない。

危ない危ない、冷静に冷静に。あらいやだ、尻尾が少し膨れているわ。

 

「泥棒猫って…別に、独り占めするわけじゃないんだからいいじゃない。そんなにしたいんだったらレフィーヤも…ってそもそもレフィ」

「ひ、独り占めするわけじゃないって、そんな軽い気持ちで!? べ、べべべべベルは13歳なんですよ!? わ、私もって、そ、そそ、そんな…そんな!?」

「何よ…別に、13歳だからっていいじゃない」

 

まぁ確かに、家族でもない異性が添い寝するには少し年齢が高い気もするけど…あのベルだし。それに、レフィーヤも前にやってたでしょう?

 

「良くないですよ!? あ、あんな無邪気なベルにそんなこと!?」

「いや、だからいいんじゃない…ベルがもし下心満載だったら流石にしてないわよ」

 

何を言っているのだろうか? これで、性に完全に目覚めて欲望に負けているようだったら流石にそんなことはしないけど…ああ、変なことを覚えさせるなってことかな…?

それとも、下手に甘えさせるなってこと?

 

「!? あ、アキさんってそういう人だったんですか!? 」

 

…なんだろう、なんか、変な誤解をされている気がする。

ティオナもティオネもちょっと引いてる気がするし、アイズなんか普段表情を変えないわりに今は明らかにうわぁ…って顔をしてる気がする。

 

こ、これは、詳しい話を聞かないと。

 

「ちょ、ちょーっと待ってねレフィーヤ?」

「待ちません!? いえ、待てません! ア、アキさんが、そんな、無垢で幼い少年を食べちゃうような節操なしな変態さんだったなんて知りませんでした!」

 

「 は ? 」

 

「ひうっ!? あ、あぁ…」

 

つい、本気で威圧しちゃったのは悪かったと思う。

 

でも、あそこまで言われたら誰でも怒ると思うし仕方ないと思うから、私は悪くない。

 

後から、もしかしてアキって猫じゃなくて虎とか獅子とかそういう種族? ってティオナに聞かれたのは納得いかないけど。

 

…だからレフィーヤ、その、早く着替えに行きましょう?

 

 

 

「…と、言うわけよ。誤解は解けたかしら?」

「そ、その、ごめんなさいアキさん…色々と、ひどいことを言っちゃいました…」

「気にしてないからいいわよ、それに、恥ずかしい思いもさせちゃったしね」

「…私も、勘違いしていた…」

「なぁんだ、そう言うことかぁ」

「まぁ確かに、勘違いしても仕方がないかもしれないけど…リヴェリアもやっぱりエルフね」

 

腰を抜かしたレフィーヤをティオナが支えながら、彼女の自室まで行く。そこで、レフィーヤが少し身体を身綺麗にした後に誤解されている内容について説明して行く。アナキティが最後まで説明してようやく、4人は納得した。

 

「って、あー…あんの狼人の態度もそう言うことかぁ…誤解、解いておかないと…それよりほら、ベルが待ってるんだから行ってあげなさいよ」

 

その言葉をきっかけに、4人はバタバタとベルの部屋へと走り去って行く。

 

さて、私も2人(ハイエルフとウェアウルフ)の誤解を解きに行かないと…と、腰を上げた。

 

「あの子が絡むと、周りが騒がしくなるなぁ…まぁ、それも楽しいからいいんだけどね」




修羅場、終了!

まぁ、ベル君の方でもう1ターンあるんですけどね。


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50話 驚愕歓喜

本編50話にてようやくベル君ランクアップ。長かった…


「ベル、アキさんとの話が終わりました、今大丈夫ですか?」

「あ、開いてますよー!」

 

4人はアナキティと別れてからそのまま、真っ直ぐベルの部屋へ来ていた。ドア越しに尋ねると、入ってきてください、という声。

 

中へ入ると、ベルが待っていた。

 

その、あまりに嬉しそうなニコニコ笑顔を見て4人は内心に持つ気まずさと後ろめたさから、顔を引きつらせる。

 

「…ベル、嬉しそう…あの会話、気にしてないのかな?」

「いや、どうなんだろう…まさかショックで覚えてないとか?」

「いやいやそれはないでしょ…勘違いしてないとか…?」

「そ、それともまさか…こ、壊れちゃった…とか…?」

 

ひそひそと小声で話す4人に、ベルは早速と言わんばかりに火種を投げ込む。

 

「実は僕、ランクアップが出来るようになったんです! それで、発展アビリティを何にしようか相談しようと思ってて…」

 

その声に、一瞬沈黙が過ぎる。

アイズが首を傾げながら聞き返そうとする。

 

「…ランク?」

「アップが?」

「出来るように…」

「なったぁ!?」

 

そして4人で、バトンを渡す形式のように言われたことをそのまま繰り返す。まさに、寝耳に水。嬉しいやら驚いたやらなんやらで4人は混乱に陥った。それは、先程の懸念を掻き消した。

 

はいっ! と満面の笑みで言うベルは、それはそれは嬉しそうだ。

 

「あ、あー、その、ベル。まずは…おめでとうございます。それで、何をしたんですか…?」

 

いち早く再起動したレフィーヤがベルへと祝福の言葉を送り、そうして、成した偉業について聞く。それを聞いたベルは、恥ずかしそうに頬を掻きながら語り出す。

 

「実は…あの、皆さんが遠征に行く前の話を、ちょっと勘違いして…色々と考え込んじゃって自棄になって迷宮に潜ったんですけど、そこでインファントドラゴンの強化種と遭遇して、それを討伐したんです」

 

その言葉を聞いて、4人は固まる。

自棄になるような程、あの言葉はベルを追い詰めてしまったのだ、と。皆が気が付いたのだ。

 

「「「「ベル、ごめん(なさい)!」」」」

「へっ? ちょ、わぷっ!?」

 

取った行動は、全員が揃った。

ベルを慈しむかのような、暖かな抱擁。レフィーヤが正面から、アイズが右から、ティオナが左から、そして少し出遅れたティオネが後ろから。

 

そうして、あの会話の真実と、酒場で起こした問題の一件を全てベルへと話した。

 

 

 

「そ、そうだったんですか…シルさんには、本当に謝らないと…でも、話はわかりました」

「ベルがもう私となんか一緒にいられないと言うなら、私はもうベルの側には近寄りません…でも、その…あうう」

「…私達も、気持ちは同じ…ごめんね?」

「い、いえ、嘘をついたわけでは…ないんですから。そういう意図があったんだとしても、勘違いしたのは僕なわけで…」

「あぁ〜もう、ベルは本当にいい子! ごめんね!」

「本当に…ベルは怒ってもいいのよ?」

「そ、そんな…あの、いつもお世話になってますから、こんなことで怒ったり嫌いになんてなれないですよ…」

 

馬鹿みたいにお人好しな少年は全てを許し、少女達は魂から浄化されるような思いを感じた。これからはもっと、誠実に、ベルに、心から向き合おうとその心に誓った。

 

ようやく、話は本題に戻る。

 

「…こほん、それで、発展アビリティの相談、でしたね?」

「…ベル、ランクアップおめでとう…早かったね」

「3ヶ月未満なら、アイズの記録を圧倒的に抜いての最速記録ね。おめでとうベル」

「早かったねぇ、ミノタウロスの時にランクアップしなかったから、いつになるかと思ってたけど」

「ありがとうございます! それで、そう、発展アビリティなんですけど…実は、3種類出てまして」

「…狩人は、出た? おすすめ」

「残念ながら狩人は出てないんですが…一つ目が魔導で」

「いいじゃないですか、私もLv2にランクアップした時に取りましたけど、魔導師としてなら鉄板の発展アビリティですよ?」

「えっと、二つ目が精癒で」

「うわ、レアアビリティだ。それにしといたら? リヴェリア以外に持ってる人いたっけ?」

「このファミリアにはいなかったはずね。他所のファミリアはわからないけど」

「精癒!? 精癒って言いました!? 間違いなくそれですよ! それにしましょうそれしかありません! 私が欲しいくらいです!」

「それで、三つ目が幸運…なんですけど」

「…幸運? 聞いたことない…ね?」

 

最後の選択肢に、4人全員が微妙な顔をする。

 

「うーん、間違いなくレアなスキルだとは思うけど…」

「効果が全くわからないわね。モンスターのドロップが増えるとかそういう幸運なのか」

「…全体的に、運が良くなる…?」

「難しいですね…」

 

そうして、やはり他に相談した面々と同じように幸運についてで議論が止まる。

 

「僕はなんとなく、幸運がいいかなぁと思ってたんですけど…」

「…ベルがそうしたいなら、きっと、それがいい」

「そうですね、幸運という名前ですし、悪いことはないでしょうから…後から後悔するよりはその方がいいんじゃないですか?」

「そ、そうですよね! 精癒も惜しいですけど…次回以降でも出るかもしれませんし」

 

こうしてようやく、ベルの意思は固まった。

そして、ランクアップを果たして…中層を更に潜る。その決意を固めた。

 

「これでようやく、もっともっと先に行けるようになります…」

 

 

 

なお、じゃあサラマンダーウールとかちょうど必要じゃないですか!? お祝いとお詫びも兼ねてプレゼントします! と言ったレフィーヤの発言はアナキティからすでにプレゼントされているという事実によって切り捨てられ、レフィーヤは項垂れた。

 

じゃあ、お金を出し合って防具の新調とか…と言い出した他の3人の提案も、実はフィンさんに…と切り出したベルの話によってまさかの最高鍛治師(マスター・スミス)謹製の品が贈られると知り、3人は愕然とする。

 

結局、いいお祝いが思い付かなかった4人はその場では案を出さず、後から絶対に何かでお祝いしますからね! というレフィーヤの言葉を残して帰っていった。

そこまで無理に何かしようとしてくれなくてもいいのに…とベルは遠慮していたが、その顔は期待に満ちていた。

 

 

 

「決まったんやな? ほな、ランクアップしてまうで? もう取り返しつかんけど本当にええんやなー?」

「はいっ、お願いしますっ!」

 

ベルは、4人が帰って行った後そのまま直行したロキの元で、初めてとなるランクアップを行った。勿論、相談した上で幸運を取ると宣言して。

 

「…ん、よし、ランクアップ完了や…発展アビリティもちゃんと発現しとるな。これが、新しいステータスやで。Lv1の最終ステータスも書いてあるから確認しといてな。おめでとう、ベルたん」

「ありがとうございます!」

 

それから、と、ロキはベルの背中から降りて主塔の大きな窓を開け放つ。すぅっと大きく息を吸って館中に響き渡るような大音声で、叫ぶ。

 

「ベルたんがランクアップした記念や〜! 今日は宴やぞ!」

 

夕陽に照らされる黄昏の館が、直後、揺れた。

 

歓声を上げて、慌ただしく動き出す団員達。豊穣の女主人へ予約を取りに走るもの。金庫から金を取り出すもの。それぞれが各々の好きなように、されど全体を見れば不思議なほど統率されたような洗練された動きを見せる。

宴好きなロキの眷属達だ、慣れている。

 

その上、ベル・クラネルという直向きな少年が、入団して早々のランクアップだ。軽い嫉妬心を持つものも勿論いるが、苛烈な訓練を、理不尽なまでの座学をこなしているのを皆が知っている。

 

間違いなく、己にとっての団長達のような存在にいつかなるであろうその少年の成長を、祝わぬものはいなかった。

 

この時ばかりは、あのベートですら動き出したのだから。

 

 

 

フィンは、窓から飛び込んできたその声を聞いて微笑みながら、握っていたペンを置く。

 

「ようやく、か…さて、今日はもう切り上げて宴の準備をするとしようか」

「そうだな、明日からはまた忙しくなるな?」

 

同じく書類と睨めっこをしていたリヴェリアも、それを仕舞い込み、後に回すことにした。アナキティがわざわざ訪れて、誤解していた内容を解かれた時には頰を赤く染めていたが今では普段の色白さを取り戻している。

 

「ンー、いい機会さ。僕も君と同じとは言わないけど、目的があるからね」

「…私のものは目的とは言わないさ、ただの我儘だ。しかし、そうだな。間違いなくベルはお前の…そして、ラウルの脇を埋めるに足るだろう、まだまだ、時間はかかるがな」

 

ロキ・ファミリアの次の時代を担う若い冒険者達。その全てを脳裏に思い浮かべる。フィンは目を輝かせながら、表情を緩める。

 

「…僕も、そろそろ冒険をしたいからね」

「…年齢に見合わないな、その無駄に輝いた瞳は」

「リヴェリアにだけは年齢のことは言われたくないなぁ…」

「…っ、この、生意気な小人族め」

「うるさいよ、頑固で高慢なエルフ」

 

熱き闘いを求める。冒険者らしい理由で冒険者となったのは最古参の3人のうちガレスだけ。2人は、それぞれに目的を持って冒険者となっていた。

 

いつぞやのような、もう懐かしい罵倒を軽口で行う2人の姿は普段見せている団長としての責任や、副団長としての振る舞いからは外れていた。

けれどそこに、2人の確かな絆を感じさせた。

 

「それにそろそろ、結婚相手も探さないとね」

「んぐふっ!?」

 

両者にとって致命的一撃となるそれが、フィンによって放たれた。

 

 

 

その晩、豊穣の女主人を貸し切っての大宴会が行われる。

 

 

 

ベル・クラネル Lv.2

 

力 : S 995 → I 0

耐久 : S 993 → I 0

器用 :SS 1091 → I 0

敏捷 :SS 1101 → I 0

魔力 : S 997 → I 0

幸運 : I

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 

( ストック数 2 / 23 )

 ストック魔法

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・レア・ラーヴァテイン

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続

・熱意の丈により効果向上

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する

・感情の丈により効果増減




次話から2〜3話ほど、幕間回というかコメディ回です。
後、神会による二つ名命名会も挟み込む予定。

しかし、原作よりちょっとステータス貯金が足りないですね、まぁ、どこかで帳尻を合わせます。


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51話 宴席騒然

幕間と言うか、本編に関係の薄い話ではありますが投稿。
もう一話〜二話くらい、こんな話が続きます。


「さぁー、今日はベルのランクアップを祝って宴や! みんな、思う存分飲んで騒いで祝ってやるんやで! じゃあ乾杯の合図は…」

 

夜、ロキ様に連れられて僕は豊穣の女主人へと来ていた。今日は、貸し切りにしてファミリアのみでの宴会だそうだ。

そして僕は、酒場内の特等席とも言える位置…一番入口から遠い、しかしよく開けた、皆から見える位置に座らされていた。

 

脇を固めるのは、フィンさんやリヴェリアさん、ガレスさん達幹部にアイズさん、ティオネさんティオナさんにレフィーヤさん、ラウルさんやアナキティさんアリシアさんといった準幹部の人達。

 

そして、主神であるロキ様。

 

もっともこれは、本当に最初だけでそこからは自由に動くらしいけど。

 

近くに寄ってきたシルさんが、そっと液体の入ったグラスを手渡してくれると同時、立ち上がって皆に話していたロキ様がこちらを向く。

 

「ベル、ほれ、なんかいいこと言うてやり!」

「ええっ!?」

 

そして、グイッと片腕を引かれて立たされる。

皆の視線が、僕に集まる。

 

「あ、えーっと…その、まだまだ未熟ですけど…いつか、迷宮の果てを見ることを夢見て、これからも頑張ります…その、今日はこんな場を開いてくれてありがとうございました…え、えっと…」

 

言いたいことだけ言って、どうすればいいかわからず困った僕に、シルさんがボソッと背後から囁いてくれる。

 

「ベル君、後は腕を上げて、乾杯、って一言言うだけでいいですよ?」

 

それに従って、腕を突き出すと、それを見た皆が手に持っている杯やグラス、ジョッキを用意する。

 

「か、乾杯っ!」

「「「かんぱーいっ!」」」

 

僕の声の後に、皆が揃って乾杯の声を上げる。ガチンガチンとグラスやジョッキがぶつかり合う音が響く。早速、お代わりを頼む者も大勢いるようだ。

 

シルさんのアシストもあって、なんとか無事にロキ様から投げられた役目を果たす。ふぅ、と安堵しながら席に座る。持っていたグラスの中の液体を舐めるように飲むと、とろりと甘い。なんだろうこれ、美味しいんだけど…飲んだことのない味だ。

 

「ふぅ…」

「お疲れ様、ベル。いきなりで驚いたんじゃないかい?」

「フィンさん…その、少し」

「まったく、ロキも一言事前に伝えるくらいしてやればいいものを…だが、悪くはなかったぞ?」

「リヴェリアさん…ありがとうございます」

「それから、こんな場で言うのもどうかと思うが、少し勘違いしていたことをレフィーヤに教えてしまってな…悪かった。要らぬ騒動を引き起こすところだった」

「レフィーヤさんに…? 特に何も聞いていませんけど…」

「…いや、それなら気にしないでくれ。誤解させてしまったことは解けたようだから」

「おぉいベル! そんな辛気臭い話をしとらんでどんどん呑まんか!」

「うわっぷ、ガ、ガレスさん、お酒は僕、ちょっと…」

「んんー? ベルたんはお酒、飲んだことないんかぁ?」

 

そうこうして話していると、最終的にロキ様が僕にのしかかるように背後からもたれてくる。

 

「村では飲むことはありませんでしたし…まだ13歳ですし」

「んなもん、冒険者なら気にすることちゃうで? んー、これ注文するか………ほれベル、これなら呑みやすいから呑んでみぃ」

 

抱きつかれたまま連れられたカウンター席で、ミアさんにロキ様が注文したものをそのまま僕に渡される。

 

渡されたのは、綺麗な色をした飲み物。ほんのりと香る果物の匂いと、アルコールの匂い。こ、これくらいなら…飲めるかな?

 

「え、えっと、じゃあ、呑んでみます………ん、甘い…?」

 

ほんの少しの苦味は感じるが、甘くて呑みやすい。

 

「おぉー、ベル、いけるやん。ほな、うちは皆のとこ回ってくるからベルも楽しむんやでー?」

「はい」

 

そのまま離れていくロキ様を見送る。気が付けば、フィンさんはティオネさんから大量にお酒を飲まされているし、リヴェリアさんはお酒を飲まないのか、アリシアさんを始めとしたエルフの人達とサラダや果汁水が目立つ卓を囲んでいた。ガレスさんはドワーフや人間種族、獣人と酒の飲み比べをしている。

くぴ、くぴ、と手元に残されたグラスの中身を飲みながらどうしようかと考えながら歩き回る。お腹も空いたし、何か注文でも…そう思っていると、背後から声を掛けられる。

 

「…クラネルさん、今回は貴方のランクアップのお祝いだとか。おめでとうございます」

「…あ、リューさん…」

 

エルフのウエイトレスであるリューさんが祝福の言葉を送ってくれる。

 

「ありがとうございます…これも、リューさんがあの時助けてくれたおかげです」

「そんなことは…ですが、これで貴方も一端の冒険者ですね」

「えへへ、はい、もっともっと頑張ります」

「ええ、頑張ってください。何か注文なされますか?」

「えっと、じゃぁこれとこれを…」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

そんな風に下がっていくリューさんの後ろ姿を僕はじっと見る…あれ、なんだか、今日はやけにリューさんが綺麗に見えると言うか…いや、普段から綺麗なんだけど…はて?

トコトコと歩き回る僕に、色んな方面から祝福の声がかけられ、何も持たずにいるとグラスを渡される。それを、飲む。うん、美味しい。

 

「ベル、こんなところにいましたか。今日の主役はベルなのに何故こんなところに…」

「あれ、レフィーヤさん?」

 

気が付けば僕は、端っこの方の席に座っていた。おかしいな、記憶があまりないというか薄い…うん?

 

「…レフィーヤさん…」

「ベル、もしやかなり飲まされましたね? 大丈夫ですか?」

「あ、うん…大丈夫…」

 

頭が回らない。なんでだか、目の前の女の子の白い腕がとっても目を惹きつける。

 

「……ああ、これが…」

 

手を伸ばして、ラウルさん曰く一度焼け焦げて吹き飛んだというその綺麗な腕を取る。さすさす、と撫で回すように触り、柔らかな二の腕をふにふにと握る。柔らかい、心地よい。僕の手が火照っているのか、とてもひんやりとしていて気持ちいい。

 

「…え、ちょ、ベル…? どうしたんですか…?」

 

困惑しているようだけど、離れようとはしない。つまり、嫌がってはいない。

 

「あれ、ベル、こんな端っこでレフィーヤと2人で何してるのよ?」

 

むにむに、とその感触を楽しんでいるとまた声がかけられる。

これもまた、綺麗な猫人の女の子。アキさん。

 

「さ、さぁ…さっきからずっと腕を揉まれているんですけど…無言で」

「どう言うこと…? まさかベルって腕フェひゃあん!?」

 

レフィーヤさんの方を向いて話すアキさんの、目の前でゆらゆら揺れている尻尾を鷲掴む。すりすり、なでなで、にぎにぎ。その、柔らかいような硬いような不思議な感触を楽しむ。

付け根辺りの太く、握り心地の良いところをぎゅっ、ぎゅっと何度も強く揉む。とても手触りがいい。服の中に手を侵入させて、根元と腰の境目を撫でる。

 

「ちょ、ちょっとベルぅ!?」

「…ま、まさかベル、かなり酔っ払ってます!?」

「な、なんなのよぉ…」

 

そんな声を掛けられるのを背にして、また、ふらっと歩き出す。

ああ、色んな種族がいる。このオラリオにいるほとんどの種族が揃っているのではないかと思わせるほどの人、人、人。

 

 

 

そんなベルが、ふらふらとフロアの真ん中あたりに来た頃

 

「クラネルさん、頼まれたものをお持ちしましたが…クラネルさん?」

 

端正な顔立ちのエルフが目の前に現れる。

両手に大皿を持っている。リュー・リオンがベルの前に立つ。

 

「…んむ」

「…!?」

 

そんな彼女に、ベルがギュッと抱き付く。鎖骨辺りに顔を埋めるようにして、脇の下から腕を通して。その瞬間、店内が宴会モードで騒めいていたのが一瞬で緊張に包まれる。そのベルの行動に気が付いたものが、息を呑んだからだ。

 

「お、おいおいあいつ…」

「流石にチャレンジャー過ぎるだろ…ランクアップしたその日に次の偉業かよ」

「レフィーヤだけじゃなく他所のエルフにまで…」

「ま、待って同胞の者! その子に悪気は!」

 

数瞬後には投げ飛ばされ、意識を刈り取られる運命になったベルのその()()を見た団員達は必死で止めようとする者、酒が入って囃し立てるだけの者、その勇気に敬礼する者と十人十色の反応を見せた。

 

特に、エルフ内での反応は大きかった。アリシアは声を掛けて必死にその気高く、強き同胞を止めようとしたが周りのエルフはその光景を見て唖然としてしまう。そして、ベルの冥福を祈る。それほど、彼女が人との接触を嫌うことを知っていたのだ。

 

「クッ、クラネルさん、その、こういうことは困るのだが…」

「…んー」

 

だがしかし、その多数の予想を裏切り━━大皿をそっと手近なテーブルに置いて困ると言いながらも、頭をリューに押し付けてグリグリと幼子が甘えるかのようにするベルを、受け入れつつ頭を撫でる━━そんな彼女を見て、騒きから静寂へと至った酒場内は一気に爆発した。

 

「うおおおおおおおお!?」

「あいつ、まさかあの人まで落としてたのかよ!?」

「う、嘘でしょ!? そんな…!」

 

唖然、騒然。予想だにしていなかった光景に囃し立てる者達。

 

そんな背景をよそに、ベルは次なる暴挙へと出る。

ベルが顔を上げる。リューと目が合う。

そのベルの、可愛らしく綺麗な深紅の瞳がいつになく潤んでおり頰は透き通るような白肌を桃色に染めている。

リューはその瞳にたじろいだ。可愛いと思ってしまった自分を戒めるかのように目を閉じる。その瞬間、ベルの片手は伸ばされた。

リューのその、エルフとしての特徴である長い耳…それを、そっと掴み、撫で回す。まるで、大事なものを扱うかのように優しく撫でる。時に髪の毛を、時に頰を一緒に撫でる。

 

もう、酒場内の雰囲気は最高潮に盛り上がっていた。

少し、歳幼い少年のとはいえ恋愛沙汰に繋がりそうな光景。

歳若い者も多い団員達が、無責任に囃立てる。

 

ましてや相手は堅物で潔癖症で有名なエルフ。

これが団内でも普段からベルと共にいるレフィーヤ・ウィリディスであればこうも騒ぎ立てはしないだろう。ああ、やっぱりそうなのね、と言った程度のものだ。エルフと人間種族の違いはあるとはいえ年齢も近く、本人達はどう思っているか知らないが十二分に距離も近い。

 

だがしかし、今ベルが抱きついている彼女は違う。ベルよりも明らかに歳上で、団内の者ではない。そこまで深い付き合いがあろうはずもない。

 

と、面白がりながら黙って見ている者達ばかりでもなく、動き出した者もいる。

 

剣姫が、大切断が、千の妖精が、貴猫が。

そして、ただのウエイトレスが。

 

ベルとリューを引き離しにかかる。

 

「は、離れなさい!? こらベル! 嫌がらないの!」

「…なんで、他の子にはそんなに甘えるのに、私には…っ」

「ちょっとベルぅ! ほら、私に、私に甘えて!」

「ああもうこの子は!? 誰よこんなにお酒飲ませたの!?」

「ちょっとリュー! 何してるのよ!?」

「シッ、シル! こ、これは違う…」

「何がどう違うの!? あぁもうリューは本当に羨まし…ずるい!」

「そ、それを言うならシルの方が…クラネルさんと逢引をしていたではありませんか…」

 

ベルは、嫌がって更に強くリューに抱き付くが酔いが回った身体、ましてやLv2の力ではLv3、4、5、5の4人の力を前になす術はない。

くてりと力なく引き離されたベルは、もう目もとろんとして全身の見える肌が真っ赤になっている。今、力を込めて抵抗したことで更にアルコールが回ったのだろう。あはぁ、と力なく笑う姿は完全に脱力している。

 

そして、酔ったことによって身体が突き動かされているのか身近な人に抱きついた。

 

その標的は、最も近くにいたアイズ。

 

「んん…ふ、お母さん…」

 

もう意識が軽く混濁しているのだろう。母に甘える幼子のようにべったりと張り付く。それは、アイズの我慢とか理性とかを軽々と突破した。

 

躊躇せずベルを抱き上げ、自らの胸元に抱き直す。

 

「…お母さん、ですよー?」

 

そして、慣れない口調で甘やかすようにベルの頭を撫でる。

どこかの狼人がいきり立つが、即座に数で囲まれて酒を飲まされて潰される。こんな面白い光景を邪魔するな。そんな団員達共有の強い意志がそこにあった。

 

アイズの声を聞いたベルは、にへらと表情を更に崩して身体の力を全て抜き、アイズの胸元に頭を埋めて眠りにつく。年相応以上に幼いその笑みは、子供がいてもおかしくない年齢層の女性冒険者陣に突き刺さった。

 

ティオナはティオナでその光景を見てやっぱり胸がいいのかと打ち拉がれているし、レフィーヤは流石にベルがこんな気持ちよさそうにしてるんじゃ手を出しにくいと躊躇する。アナキティも自らもやったようなことだしと邪魔はできない。

 

そして、リューはシルに足止めされており、うるさい狼人ことベート・ローガは哀れなことにガレスによってドワーフの火酒をまさに浴びるほど呑まされて撃沈していた。フィンはティオネに酔い潰されそうになっており、リヴェリアはリヴェリアで止める気がないのか悠然と見守っている。ロキも、可愛い子供達の可愛い行いに酔いもあり気分が良いのかニコニコとしている。

 

阻む者がいない中、アイズはようやく合法的に触れ合えたその白いモフモフに癒されていた。



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52話 宴会終幕

引き続きアイズのターン。
ここぞと言わんばかりに原作類似イベントを注ぎ込んでいく。
これくらいしないと、イベントチャンスがないので!


「すぅ…すぅ…」

 

ベルが、宴会が始まってから30分程で眠りについてしまってから既に1時間以上が経過した。

 

「本当に気持ち良さそうに眠ってますね、ベル」

「ほっぺたぷにぷにだねぇ、いやぁ、お肉またついてきて良かった良かった」

「ティオナ、そんなにいじって…せっかく気持ちよさそうにしてるのに、起きたらどうするのよ」

「…大丈夫、ベルは一度寝たら触っても中々起きない…」

 

あの後、十数分程で騒ぎは沈静化した。最初こそ、アイズの見せる優しい表情とベルの格好に囃立てるような声や嘆く声などが飛び交ったが、今日の宴の主役であり、先程までの喜劇の主役でもあるベルが寝てしまったが故だ。

 

もしベルが起きていれば男性団員による手荒な歓待が行われていたであろう。もっとも、それをベルの周りの少女達が許すかは別として。

 

このファミリアではフィンとガレスを除けば、全体的に女性の方が冒険者としても立場としても強いのである。最高幹部達はこんな下らない争いに手は出さないだろうし、唯一抗えるであろうベートも潰されているし、ラウルではアナキティを止められない。他の面々では、Lv5の3人を止められる人材がいない。手を出すことは事実上出来なかった。

 

そこからは、ベルの祝いという建前は何処へやら、ベルのことは保護者達に任せて呑んで騒いでのどんちゃん騒ぎへと場は移り変わる。

 

そんな中、奥まった一画の角の席で、アイズにもたれるようにして寝るベルの姿があった。

 

「…ふふ、可愛い寝顔」

「元々童顔ですけど、寝てる時は余計に幼く見えますね」

「まぁまだ13歳だし、これからキリッとしていくんじゃない?」

「うーん、あんまり男臭くはならないで欲しいけど…どうかなぁ」

 

そんな彼を囲む、4人の姿。ややもすればベルを独占しているようなその姿、男の団員からすればベル()綺麗所を独占しているその姿に、されど文句を言う人はいなかった。

 

男達も普段ならばどう出るか分からないが今日はベルのお祝いの場であるし、酒と肉があれば女よりそっちを取る冒険者(馬鹿)らしい男ばかりだ。唯一、アイズがいることで突貫しかねないベートは既に完全に酔い潰されている。あの様子だと明日まで間違いなく響くだろう。

 

先程も言ったようにこの状況で口を出す猛者はいない。

 

ベルの顔や成長について好き勝手言う女性陣も、アナキティを除いて酒は飲んでいないが場の雰囲気に酔っている。レフィーヤがベルを拾ってきた日から1ヶ月かけてたくさん食べさせ、先月の引き篭もりの際にまた少し窶れた身体に更に1ヶ月かけてようやく年相応に肉が付いてきた。

 

まだ、贅肉と言えるほどの肉は付いていないものの薄くだがしっかりと筋肉の上に脂肪も乗っている。ある意味で、健康的と言えるギリギリ目一杯の体型だ。それは、冒険者らしくないとも言えるが、年頃の少女としては筋骨隆々の男臭い身体よりベルのような華奢な身体の方が好ましいと思う者も勿論いる。種族柄、レフィーヤなどはそれが顕著だ。

 

そんなベルの身体を触りながら肉料理を楽しむティオナと、エルフとしてそんなはしたない真似はできないと、しかし目ではチラチラとその様子を見ながらサラダに手をつけるレフィーヤ。

アナキティも、そう言えば見た目よりは結構しっかりとした体付きだったなぁと添い寝した時のことを思い出しながら、ベルの頰を突っつきつつ酒をゆるりと呑む。

 

アイズは、ただひたすらにベルの頭を撫でていた。

 

 

 

そうして、宴もそろそろ終わりを迎えると言う頃。ひたすらに酒を飲んでいた面々が潰れ始め、話しながら料理に舌鼓を打っていた者達も腹が満ちてきた頃になってベルがようやく目を覚ます。

 

「…はぇ…?」

「…あ、ベル、起きた…?」

 

頭がボヤッとしてる中、柔らかな感触を頰に感じる。

頭の上から、声が落ちてきた。なにやら、さらりとした金色のものが見える。視線の先には、アナキティが管を巻きながら机に突っ伏している姿とそれを介抱するレフィーヤの姿。鼻には、何やら良い匂いとお肉の良い香りが漂ってくる。

 

「…んん…」

「…眠いなら、寝ててもいいよ?」

 

身体を起こそうとするも、言うことを聞かない様子。目蓋も薄らと開くだけですぐに重力に負けるように閉じられる。

 

「…ん、んん」

「…ふふ、ベル、ちょっとくすぐったいよ?」

 

身動ぎするベルが、胸元に顔を埋めてもアイズは気にしない。それは羞恥心が足りていないのか、はたまたベルなら構わないと思っているのか、それとも目覚めた母性によるものかは分からない。

 

「んー…はふ」

「…起きた?」

 

そして、伸びをするように一度身体に力を入れたかと思うとようやく身体を起こす。ベルは、チラッとアイズの顔を見て、ぶんぶんと首を振って、目をパチパチと瞬かせて…口をパクパクと開き、顔を真っ赤に染める。

 

「…だぁぁぁぁ!?」

 

気が付いたのだ、先程まで顔を埋めていた()()()()()()が何か。

そうして、急に身体をのけ反らしたベルは背後の壁に身体をぶつける。その反動で、後ろへと下がったベルの身体はその勢いをそのままに前へと押し出される。酒が回った身体では咄嗟に力を込めて身体を止めることもできず、そのまま前へと倒れる。

 

そして、ぽふん、と。アイズの胸に軟着陸を果たす。

硬い胸当ても何もない、布を隔てただけの柔らかな双丘にベルの顔は吸い込まれた。

 

「…ベル、いきなり動いたら危ないよ?」

「あ、ベル、起きたの? お肉食べる?」

 

パッと離れ、今度は後ろにぶつからないよう、しかしギリギリまで距離を取るベル。尚も一切動じず、責めてもこないアイズにベルは内心申し訳ないやら恥ずかしいやらなんやらで頭を混乱させる。思春期の少年にはとんでもない経験である。

 

あうあうと、情けなく顔を染め上げる少年をよそにアイズは甲斐甲斐しくベルへと水を差し出す。それを受け取り、飲んだベルは少し気が落ち着いた。ティオナが大皿に乗った肉料理を差し出してくるが、それにはそっと手を前に出して苦笑しながら断りを入れる。食べたい気持ちはあるが、少々重すぎる…と。

大人しく引き下がったティオナは、ベルがいらないんなら食べちゃおー、とそれを豪快に食した。

 

「そ、その、ごめんなさいアイズさん…」

「…ベルが謝るようなことは何もしてないよ? 私がしたかったからしてただけ」

「はうっ」

 

そうしてベルはアイズに謝るが、それをなんでもなかったことかのように、更には自分がやりたかったからだと言うアイズにきゅーん、とベルの胸が撃ち抜かれる。天然の誘惑は、この少年には効果が強すぎたようだ。以前、アイズと打ち解けた際の膝枕をしたかったと言う発言に加えての累積ダメージも、未だ回っている酒の力も大いにあるが。

 

「…それより、ほとんど食べれてないよね? 何か食べる?」

 

店は、既に宴会終わりのムードが漂っているがそれでもまだ営業時間中である。酔い潰れて付き添われながら帰る者。まだまだ足りぬと二次会に赴く者。夜の街へと消えて行く者。それぞれ動き出してはいるがそれでもいくらかの人数は残っている。

 

その筆頭がエルフ達であり、リヴェリアと話をしている者が半数。何故か引き込まれているリューと話をしている比較的年若いエルフ達が半数。リューは、これ以上なく居心地悪そうにしている。

 

序盤に酔い潰れてしまったベルは、ほとんどお腹に物を入れられてない。そのため、かなりお腹が空いているのは事実だ。

そこでベルは、いくらかの注文をすることにした。

 

「あ、じゃあ…何かおすすめとかあれば…その、軽いもので」

 

アイズは、ベルの質問に対して揚げた芋料理は…重いよね、と考え込む。しかしいいメニューは思いつかない。

すると、その言葉を待ち構えていたかのようにタイミングよくシルが訪れ、おすすめ料理をベルに教えていく。アイズはそれを少し気落ちしながら黙って聞いていた。

 

「ふふ、ベル君。ようやく起きられたんですね? 軽いものであれば、こちらとか、この辺りがおすすめですよ?」

「シルさん、アハハ、なんとか…お酒って凄いですね。じゃあ、これとこれをお願いできますか?」

「うふふ、酒は飲んでも飲まれるな、ですよ? 気を付けないと危ないですからね? それでは、少々お待ちください」

 

そうして待つこと暫し、持ってこられたメニューをゆっくりと食べながら、アイズとティオナと雑談を交わす。途中から、完全に潰れて寝てしまったアナキティを他の団員に任せたレフィーヤも加わり、仕事がほとんどなくなったシルもそこに加わって和やかな時間を過ごした。

 

もっとも、それはベルがいるところで下手に険悪感を出すわけにもいかないと言う乙女達の互いの配慮があって成り立つものであったが。

 

時々、恨めしそうにこちらを見るリューについてはベルも助けてあげたいと思っていたがそれはシルによって引き留められた。そのままの方が面白そうだし、リューも同胞の人と打ち解けた方がいいだろうからと笑うシルの顔はなんだか意地悪く見えたが、シルさんがそう言うなら…とベルは引き下がる。それを遠目に見たリューは明らかにショックを受けた顔をしていたが。

 

 

 

その晩、二次会に行った団員達や夜の街へと消えた団員達から、ベルとその周りの少女達の話が一部面白おかしく誇張されて話されることとなる。

 

各々がこの程度なら言ってもいいだろうと判断して話してしまった内容はその日、話好きの神々によって持ち寄られその集積によって一本の話が作られる。尾鰭どころか胸鰭背鰭、なんなら頭が一個増えたくらいの摩訶不思議な変化を持ってそれは都市中に広められた。

 

曰く、エルフを虜にする少年である。

曰く、美の神をも魅了する少年である。

曰く、10股している少年である。

曰く、剣姫の隠し子の少年である。

曰く、ハイエルフの隠し子の少年である。

曰く、冒険者になってたった2ヶ月半でランクアップした少年である。

曰く、曰く、曰く。色々な根も葉もない話や、根くらいはある話が面白おかしく誇張されてばらまかれていった。

 

ほとんどが眉唾物の中、一部事実が交えられているのが非常に質が悪くそれは彼の噂として広く知れ渡ることになり、数多の冒険者の嫉妬と羨望を買うことになる。

 

そんなことになるとは全く持って知らぬ彼は、ただただ今のこの平和な時を楽しんでいた。



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4章 兎は育ち、敵と見える
53話 視線察知


結局、リューは根掘り葉掘りベルとの馴れ初めやどう言った関係なのかの話などを同胞のエルフ達に聞かれ続けた。ヘトヘトとなった頃に、ようやく帰って行き解放された。

高貴なハイエルフであるリヴェリアを恨みこそしないが、もう少し自らの団員達を抑えてくれてもよかったのではないかと少し不満に思いながら。ましてや彼女は()()()に、直接的な関わりはそこまでなかったにせよ共に都市のために戦った戦友とも言える間柄だ。

 

ベル達もそのエルフ達と同じくらいの時間帯に店を出て、豊穣の女主人の店内はガランとしていた。アーニャやクロエがパタパタと食器を下げに走り、シルもそれを手伝い始める。

 

「…恨みますよ、シル…」

 

あんなに楽しそうにクラネルさんと話をして…私のことを見捨てて…とリューは若干情けない表情をしながら耳を垂らす。

 

そんなリューの方を見向きもせず、シルは食器を下げ始めた。

恐らくわざと意地悪をしたのだろうが、この仕打ちは絶対にどこかで倍にして返すとリューは心に決めた。

 

 

 

翌日、昨日は酒が程よく回っていたのもあり心地よく眠れたベルは朝早く起きていた。ランクアップしたことにより身体に若干のズレを感じたベルは、それを少しでも修正するために中庭でダガーを振っていた。

 

なお、一晩経ったベルにはロキが頼んでくれた酒を飲み始めてから眠りにつくまでの約30分の記憶は薄っすらとしかない。なんだか、リューに対して大変なことをしてしまったような記憶はあるが、それくらいだ。その後のアイズに対する強烈で鮮明な記憶が直前の記憶を打ち消してしまったのも大いにあるだろうけど、完全に酔いが回っていたためにそれこそ眠りにつく直前の記憶はどうしても薄い。

 

「おはようさん、朝から頑張っとるやんか」

「あ、ロキ様、おはようございます」

 

そんな彼の姿を見かけたロキが、ひらひらと手を振りながら近寄り朝の挨拶をしてくる。それを受けて、ベルも動きを止めて挨拶を返す。

 

「せや、ベルたん。朝のご飯食べた後でええから一緒にギルド行こか。ランクアップの報告もせなあかんからなぁ」

「ランクアップの報告…ですか」

 

わざわざロキ様も一緒に行ってしないといけないんですか?

そう尋ねるベルに、ロキはんー、と少し悩んでから答える。

 

「いやぁ、別にベルたん1人でもええんやけどな? 信用されないかもしれんし、色々聞かれても面倒やし、うちが付いていけば信用してもらえるやろうからなぁ」

「あー、確かに僕が1人で行っても…そうですよね」

 

そこでベルは、この2ヶ月半と言う期間でランクアップしましたと、1人でギルドへ行ってエイナに告げた時のシミュレーションを頭の中で行った。

 

8割くらいが、どんなことをしたのかと怒られる世界線であったがその中でも信じてもらえずひん剥かれてステータスを確認される世界線もあった。流石にそれは恥ずかしいと、ベルはロキの同行を心から感謝して受けた。

 

 

 

そうして朝食後、2人歩くベルは明らかに普段より突き刺さる視線に気がつく。

 

「あ、あの…なんかすごい見られてる気がするんですけど…」

「んー? まぁ、気にせん方がええんちゃうかなぁ」

「そ、そういうものですか…?」

 

男性冒険者からは突き刺さるような視線を、女性冒険者の一部からは好奇心に塗れた視線、一部からは汚い物を見るような視線、そして一部からは熱い視線を。何か、自分がとてつもなく悪いことをしてしまったのではないかという気分にさせられるような様々な視線がベルを貫く。

 

そんな中を、少し背を丸めながらベルは歩く。ギルドはもう目前、視線は感じるが遠巻きに見るだけで、何かされるということはなさそうだとベルも少し気を取り直す。

アイズやレフィーヤ達と出歩く時ともまた少し違う視線に怖気付いていたが、ことここに至っては気にする方が馬鹿らしいと開き直ることにした。向けられる視線の理由もわからないのだから。

 

「さて、よーしベル、ちゃんと報告するんやでー?」

「は、はいっ」

 

偶然にも、ベルの担当アドバイザーであるエイナがいる窓口は空いていた。普段なら人気があるエイナのところは凄い列が出来ているからこれはかなりの幸運だろう。

そのままエイナの前に立ったベルは、挨拶をしつつ開口一番爆弾を投下する。

 

「おはようございます、エイナさん。今日はランクアップの報告に来ました!」

「おはよう、ベル君。それでランクアップの報告ね、はいはい…って、はい?」

 

無論、エイナは固まった。ランクアップ? ランクアップって…なんだっけ? と、常ならしない混乱までして。

 

「え、ええっと…ベル君、ごめん、もう一回言ってもらえるかな…?」

「ランクアップの報告に来ました!」

 

満面の笑顔で、繰り返す。それを聞いたエイナは聞き違いでも勘違いでもないことを悟り、次に、カレンダーに目を走らせる。

 

「う、嘘…だって君が冒険者登録してからまだ2ヶ月半だよ…? え、じゃあミィシャから聞いた噂話は本当に…?」

「ほ、本当なんです!? うぅ、やっぱり信じてもらえない…」

 

震える声で、エイナはこの馬鹿正直な少年を疑う。

そして少年は、思った通り信じてもらえないことに肩を落とす。それを見て、やっぱあかんかーとロキが横からにゅっと首を出した。

 

「信じられんやろうけど、ほんまにランクアップしとるでー? このロキが保証したる!」

「か、神ロキ、本当なんですね…?」

「うちがこんな下らん嘘つくと思うんか? ほれ、ベルたんが困ってるしさっさと手続きしてあげてぇな」

「…わかりました、失礼いたしました」

 

それでは、と続けてベルのランクアップの報告を受理するエイナ。内心はいまだに信じ切れないでいたが神がわざわざ付き添ってきたのだ、嘘はない。それから、噂話がどこまで本当なのか聞き出したかったけど、神ロキが同伴している以上変な話はできないとエイナは諦める。

 

神会(デナトゥス)』は今日ちょうど開かれるとのことで、二つ名が決まってからのランクアップの公表とすることも話した。

ベルは色々とその行動を聞かれて、エイナはその危険さに溜息をついた。しかし、それでも自らの担当する冒険者のランクアップである。言いたいことは色々とあるが、それをまずは飲み込んで祝福する。

 

無論、後々機会を設けて話を全て聞かなくてはいけないと内心で思ってはいるのだが。

 

特に、エルフを虜にしているとかいう辺りについて、詳しく。

 

 

 

「さぁて、報告は無事終わったことやし、うちはこれから『神会(デナトゥス)』の準備するからここでお別れやな。かっちょいい二つ名もぎ取ってくるから、期待しててなー?」

「デナトゥス、ですか?」

 

ギルドを出て歩きながら、ロキとベルは雑談をしていた。

あるお店の前に着いたところで、ロキは足を止める。そこで出てきた耳慣れない言葉にベルは質問する。

 

「そそ、うちら神々の会議みたいなもんや。まぁ、することは世間話みたいなもんやけどなぁ、それから、ランクアップした子供らの二つ名も神々みんなで決めるんやで?」

「そ、そうだったんですか…」

「そうなんやで、まぁ大船に乗ったつもりで安心してええで。他のファミリアの子だったらわからんけど、うちの子のベルたんにはいい二つ名が付くやろうからなー」

「楽しみにしてます!」

「ほなら、うちはちょっとここに寄るからベルたんは後は好きにしててええで。フィンには今日、ベルたん借りるって言ってあるから自由やで」

「わかりました、今日はわざわざ付き添ってもらって、ありがとうございました」

「ええてええて、じゃあ、また後でやな」

「はいっ!」

 

そうして、店の中に入っていくロキを見送ったベルは悩む。

朝の運動を思えば、身体能力が驚くほど向上している。これがランクアップの力か、と思わず震えてしまうほどに。

ただ、慣れないこの身体の状態で迷宮に行くのは危険だろうし、1人で磨き上げられるほどの知識はない。誰か、稽古をつけてくれないだろうかと思いながら、お店の前で立ち止まっているのも邪魔だろうと歩き始める。

 

安全マージンを取って浅い階層で慣らすか、誰か稽古をしてくれる人を探すか。ベルはそんなことを考えながら少しふらふらと街中を歩く。

 

ロキと一緒にいた時より、明らかに突き刺さる視線をその背中に感じながら。…それとは別に、いつか感じたのと似た、熱く強い視線を遙か高みに感じながら。

 

 

 

結局、どこへ行っても色んな人から視線を向けられて気が気でないベルはホームへとすごすごと帰っていく。そこで、偶然出会ったフィンから嬉しい知らせがあった。

 

「ああ、ちょうどよかった、ベル。ヘファイストス・ファミリアから連絡があってね。防具はまだかかるけど、槍の方は完成したと言っていたから今日、時間があるなら受け取りに行くといい。午後からでよければ僕が手解きしてあげよう」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 早速行ってきます! それと、よろしくお願いします!」

 

制作依頼に訪れたその日も含めて、たったの3日しか経っていないがもう槍が出来上がったというのだ。それだけ、椿がベルの仕事に専念してくれたということなのだがベルは武器の製作にどれだけ時間がかかるかなど知らない。ただ純粋に喜び、勇んで取りに走った。

 

フィンは、それをにこやかに見送るだけだ。

さて、練習用の槍を出しておくかと動き出した彼は、とてつもなく楽しそうな顔をしていた。

 

 

 

「おお、早速取りに来てくれたか。少し、予定と形状が変わってしまったのだが…鍛治師としての勘が、ベル坊なら使い熟せると叫んでな。さて、これだ…どうだろうか? 気に入ってくれると良いのだが」

 

早速飛び込んだベルを出迎えたのは、汗に塗れた姿の椿。そのくらくらとするような色香に一瞬、ベルはどきりとしたが差し出された武器を見てそれは吹き飛んだ。

布で包まれた、棒状の物。それが、依頼していた槍であることは想像するに難くない。差し出されたそれを、ベルは受け取る。

 

丁寧に布を開けると、出てきたのは先が三又になっている見事な銀槍。中央には、何か蒼い宝玉のようなものが埋め込まれている。

 

それに、ベルは見惚れた。そんなベルを、満足そうに椿は眺める。

 

「銘は、まだ決めていない。手前としてはトリアイナという銘が良いかと思っていたのだが…ベル坊は、何か案はあるか?」

「…何か、引っかかるものはあるんですけど…いえ、その銘で大丈夫です。凄く、気に入りました」

 

その槍を見て、その銘を聞いたベルは少しばかり頭の中に引っかかる物を覚えたが、それの正体はわからなかった。しっくりくるし、気に入りはしたのだが、何か惜しい。そんな感じではあるのだが。

 

「そうか、そう言ってくれると手前も嬉しいぞ…では、確かに槍は渡した。防具はすまぬが、もう少し待ってくれるか? やりたいことがあるのだが、上手くいかなくてな…出来るだけ急ぐ」

「いえ、そんな急がなくても大丈夫ですよ?」

 

兎も角、椿はホッとした表情で槍をベルへと引き渡した。

最初のオーダーとは違うある種、異形の槍。鍛治師としての勘はこれがベルにとって最高だ、と告げているが、突き返されたらどうしようかと不安ではあったのだ。

 

「鍛治師としてはそういうわけにもいかぬからな、まぁ、もう少しで問題点は克服できそうだから安心していてくれ」

「あはは…わかりました。槍は、頂いていきます。ありがとうございました」

 

そうして槍を受け取ったベルは、それをつけられる帯を椿に見繕ってもらい、背中に斜め掛けするように背負う。

街中では安全の為にこれを付けておけと椿に言われて、革製の覆いを槍先に装着した。うむ、と満足気な椿に礼を言い、ベルはホームへと再度戻る。なんやかんやで、時刻は昼目前になっていた。




武器の形状に悩みましたが、後のことも考えてこうしました。
元ネタは神話でキュクロープスが作ったポセイドーンの武器トライデント(トリアイナ)ですね。あちらは三叉戟ですが。
ゼウスの兄であるポセイドン、海のゼウスとも言われる程の神の武器を模したもの…ですね。

今回の宴会ではリューさんが割と不憫枠。もう少し待っててね、魔法を教えるターンと稽古をつけるターンが来るはずだから…。


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54話 月下対話

レフィーヤ、スーパーハイパーウルトラヒロインターン


黄昏の館へと戻ってきた僕は、そのまま昼食を取ることにした。その時、僕を見かけて同席してきたレフィーヤさんから今後の予定を聞かれて、フィンさんとの訓練の話や並行詠唱の訓練の話をする。

 

並行詠唱の話の辺りで、レフィーヤさんが若干気まずい顔をしていたけど…あれだろうか、やっぱりレフィーヤさんクラスの魔法を普通に並行詠唱しようとすると難しいんだろうか。

なんだか、魔法の特性とはいえ少し後ろめたい気持ちがある…なんだろう、レフィーヤさんの前で並行詠唱を披露したら理不尽に怒られそう。

 

何はともあれ、昼食を済ませて訓練のための準備を終えた僕はフィンさんの元に訪れていた。

 

「やぁベル、よく来たね。じゃあ早速だけど外に出て始めようか?」

「はい、お願いします!」

「ああ、そうだ。訓練中はこれを使うといい。扱いに慣れていないうちに業物を使うのは危険だからね…長さは、その槍と同じだから扱いに慣れるのにはピッタリだろう」

 

そう言いながら手渡されたのは、確かに僕が今背負っているものと大体同じ長さの簡素な槍。

 

僕も勿論、それと似たようなものを使うから。

 

そう言うフィンさんも、普段使っている槍と似た長さの、作りの簡単な槍を携えていた。

 

「わかりました、お願いします!」

 

そこから始まったのは、控えめに言っても地獄の鍛錬だった。

 

「じゃあまずは槍の基本的な扱い方、振り方を教えるからそれを各100回素振りしてもらおうかな、ああ、途中で目に見えて崩れたら最初からやり直してもらうから、気を抜かないようにね」

「は、はいっ!」

 

そうして、まさに手取り足取り教えてもらったのが8種類の基本動作。

振る、突く、払う。どんな動作をするにしてもこれが基本だと言うフィンさんの言葉と共にそれを学んだ。

まさかそれが地獄の釜の蓋だとは知らずに、僕は必死にその動きを覚えた。

 

そうして、8種類の動きを一通り覚えた僕にフィンさんが言う。

 

じゃあ、素振りを始めてもらおうか、と。

 

そこからは、地獄だった。

 

「ベル、やり直しだ。腕がブレている。それでは、攻撃として全く意味がない。力が入っていないからね」

「は、はいっ!?」

 

一つ目の、基本となる袈裟斬りの時点で何度もダメ出しが入る、剣と同じ動作に思えるけど、槍の感覚が掴み切れておらず、身体が泳いだり腕が不安定になったりと安定しない。それをようやくの思いで乗り切ったと思えば

 

「ベル、やり直しはそこからじゃないよ。()()()()だ」

「え゛、あ、は、はいぃ!」

 

二つ目の、逆袈裟でもいきなりやり直しがかかり、そこからやり直そうと思ったらまさかの一つ目からのやり直し。

 

しかしそれも、その一つ目でまた何度もダメ出しが入り3歩進んでは2歩下がるどころか、100歩進んで99歩下がるくらいのペースでしか進めない。

 

「ベル、やり直しだ。突きは腕だけで放つんじゃない。身体全体の力を込めるんだ」

「は、えふっ、はいっ!」

 

都合、数十回のやり直し。僕は、4種類目の突きを突破することができぬまま日が落ち始めた。

 

もう既に、腕はほとんど上がらなくなり、加速度的にダメ出しの回数も増えてきた。ついさっきまで出来ていたはずのことが次第に出来なくなっていくのは、精神にダメージを与えてきた。

 

「…ベル、今日はそろそろ終わりにしようか」

「はひゅ、ふ、は、はひ…っ」

「いや、でも驚いたよ。まさか君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぁ、ふぅ…ふ?」

「精々、2種類目を突破できるかどうかくらいだと思っていたんだけどね。この様子なら、3日もあれば突破できるかな? それに、アナキティの言う通り身体の使い方はかなり上手い…うん、これなら…」

 

ほ、褒められてる…のかな?

そんなフィンさんが今日のところは終わりだと告げてきたのは夕食の少し前。途中、休憩はしっかり取ったとはいえ5時間程の鍛錬で、僕の腕はプルプルと震え、握力はほとんど無くなっていた。

基本体勢として腰を下げた状態が多く、膝も腰も限界だとばかりに震えている。全身くまなく酷使されたような、そんな印象だ。

 

このファミリアにはスパルタな人しかいない。そう思いながらも、強くなる為だと奮起して立ち上がる。

 

「っはぁ、はぁ、ありがとう、ございましたっ! あの、明日も、お願いします!」

 

そうして、頭を下げてフィンさんにお礼を言う。

 

「うん、勿論。さて、まずは汗を流しに行くといい。そんな格好で食堂に入ったら、流石に文句を言われるだろう」

「はい、行ってきます!」

 

よろよろと、一度自室へ戻り着替えを取ってから風呂場へと行く。

道中ばったりと出会ったアキさんには凄く微妙な顔をされてしまったが、正直絞れるほど服に汗が染み込んでるからそれも仕方ない。獣人だから、凄く鼻が効くんだろうなぁ。多分、臭かったと思う。

 

 

 

お風呂で身体を流すと、驚く程さっぱりした。浴槽に身体を預けると、とても気持ちいい、もう溶けそうなくらいだ。

 

そして、お風呂を満喫した僕は着慣れた服に身を包んで夕食を取りに行く。ゆったりとした寝巻き、実はこれもレフィーヤさんから、服を全く持っていなかった僕に最初にプレゼントされたもの。これがまだ普通に着れるってことは…はぁ。

 

丁度、僕がお風呂から上がったくらいに夕食時になり、沢山の人が集まっていて空いている席が見つけられない。キョロキョロと見回していると、少し遠くから声が掛けられる。

 

「ベルー、ここ空いてるよ、おいでー」

 

アナキティさんだ。周りにいるのは、アリシアさんと、ナルヴィさん…? それから、エルフィさんだ。6人掛けのテーブルに座っており、確かに空いてはいるけど。

 

なんだろう。2軍幹部女子会的なメンバーだけど…僕が入っていいのかな、凄く浮きそうな気がする。

 

「ほら、遠慮しなくていいから」

「わっ、とと…失礼します!」

 

そうして座ったのはアキさんの隣。アリシアさんとの間。

ナルヴィさんとエルフィさんは対面にいる格好だ。

 

「すん…すん、すん。ん、ちゃんとお風呂入ってきたんだね」

「うぉわっちょ!? は、恥ずかしいからやめてください!?」

 

迎え入れてくれたアリシアさん達に僕がペコっと軽く頭を下げていると、首筋辺りに顔を埋めるようにしてアキさんが僕の匂いを嗅いでくる。ひ、非常に恥ずかしい…っ!

 

「いやぁ、さっき会った時はすごかったからねぇ。嫌な匂いではなかったけどあれはちょっと、鼻に毒かも…」

「うっ、あ、あれはフィンさんとの訓練直後で…」

「…アキ、食事の場でそのようなことをするものではありませんよ?」

「アハハ、ごめんごめん。ちょっとね」

 

アリシアさんに窘められて、するっと離れていくアキさんにホッとしながら体勢を戻す。

 

その後は、昨日の宴会の時にあまり話せていなかった面々ということもあって祝福の言葉をもらいながら夕食を食べた。

 

…食べたと言うか、何度も取りこぼす僕を見かねたアキさんによって食べさせられた。

 

「ちょっとベル、さっきからポロポロ落として何やってるのよ?」

「あ、はは、その…フィンさんとの訓練後で手に力が入らなくて…」

「もう、仕方ないわね。みっともないし見ていて気が気じゃないから食べさせてあげるわよ。はい、あーん」

 

使っていたスプーンを奪われて、すくい、差し出してくる。

ずいずいと唇へと近づけられるそれに、抵抗できず口へと含む。

ま、前にリューさんにもしてもらったことがあるけど、これやっぱり恥ずかしい…。

 

 

 

時折、ナルヴィさんにチラチラと見られたりエルフィさんがジィッと見つめてきたり、アリシアさんが何かを非常に言いたそうに、聞きたそうにしながら躊躇するような場面があったが、それは最後まで無くならなかった。結局、特段何かを聞かれることはなかったけど。

 

そしてアキさんは、食事中ほぼずっと、何故か尻尾を僕の腰辺りに擦り付けてきていたけどあれはなんだったんだろうか…? 無意識?

 

 

 

その後、夜になってからレフィーヤさんにお願いをしてアルクス・レイをストックさせてもらった。なんだか嬉しそうにしていたけど、どうしてだろうか? 2人、周りに迷惑をかけないよう屋上で夜空の下での作業となったけど、ストックが終わった後には2人、肩を並べてゆっくりとその綺麗な夜空を眺めることにした。

 

輝く月が、僕らを見下ろしている。

 

「…と、これくらいでいいですかね?」

「はい、十分です。面倒なことなのに、すいません。ありがとうございます」

「構いませんよ、これでも一応魔力上がりますし、そこかしこに向けて打つわけにもいかないので練習も兼ねて丁度いいですから」

「確かに、この威力だと的に打つわけにもいかないですよね…」

 

間違いなく貫通して、後ろの物を破壊する。いや、噂に聞くオリハルコンとかなら耐えられるんだろうけど。

 

はぁっ、と息を吐きながらレフィーヤさんが座り込むので、僕もそれに倣って隣に座る。

 

「そうなんですよね…並行詠唱の練習をしようにも、ダンジョンでしかできないですし…」

 

それを聞いて、僕の頭に名案が浮かぶ。

 

「あ、じゃあ僕が付き合いましょうか? レフィーヤさんは並行詠唱の練習をして魔法を放てる、僕はストックを増やせる、2人とも嬉しいですよ?」

「むむ、それは…いいかもしれませんね。誰かに仮想の敵役をやってもらえば…あ、でも、魔力爆発を起こしたら…」

 

提案したそれを、レフィーヤさんは前向きに受け取ってくれるが、チラッと自分の腕を見ながら不安を告げる。それに対して僕は…

 

「それは…レフィーヤさんを信じてます」

 

僕も、目を逸らしながら信じることしかできなかった。

 

「あ、なんですかその態度、なんか不安になってませんか!?」

「だ、だって、レフィーヤさん、昔、自分の腕を吹き飛ばしたことがあるって…」

「なぁっ!? だ、だだだだだ誰から聞いたんですかそれ!? わ、私の黒歴史を!?」

「え、ラウルさんからですけど…」

「あ、あの人はぁ!? くぅぅ、今度の迷宮探索で同じパーティになったら失敗を装って背中に魔法をぶち当ててやります…っ!」

 

なんてバイオレンスなことを言うんだこの人は。

 

「やめてください!? ラウルさんが死んじゃいます!」

「大丈夫ですよ! 仮にもLv4なんですからLv3の私の魔法なんて効かないはずですって」

「そんなわけないじゃないですかぁっ!?」

 

魔導士としてだけの性能で言えばLv4どころか、Lv5に相当するかもしれないと言う話は聞いている。そんなレフィーヤさんの一撃を警戒もしていない背後から喰らえば…うん、良くて丸焼け、悪くて消炭、最悪は蒸発…かな。

 

「冗談です…そんなこと、しませんよ? …まぁ、不慮の事故はあるかもしれませんが」

「不穏ですよ!?」

 

や、やらないよね…?

 

「…やりませんよ、仲間にそんなことできません」

「そ、そうですよね…良かったぁ。僕が言ったことが原因でそんなことがあったら、悲しくなっちゃいますよ」

「まぁ元はと言えばラウルさんが原因ですから、自業自得なんでしょうけど…」

 

そんな風に、穏やかに会話をしているとレフィーヤさんが元から少ししかなかった間を詰めてくる。

 

「…ベル、ランクアップ、本当におめでとうございます。でも、少し聞きたいことがあります、今聞いてもいいですか?」

「…ありがとうございます、大丈夫ですよ、なんですか?」

 

レフィーヤさんは、肩と肩が触れ合う距離まで近寄ってきた。僕も離れずに、微かに触れ合う体温を感じながら会話を行う。

 

「…成長が早いことは喜ばしいことです。でも、私は不安でたまりません。ベル、貴方は…何か焦ってはいませんか? 生き急いでいるような、そんな気がして…」

「…」

 

その言葉に、僕は少し考え込んだ。

きっとレフィーヤさんが言いたいのは、僕が何かに苛まれて焦っているのではないかと言うこと。いや確かに、12階層に突撃した時はその前のこともあって少し自棄になっていたけど…。

 

「貴方の夢は、聞きましたししっかりと覚えてます。その夢の中に私を含んでいてくれていることも。でも…貴方は」

「…レフィーヤさんが心配してくれることはわかります、それから、焦っていると言うか、急いでいるのは…事実です」

 

そんな風に言う僕を見て、レフィーヤさんは溜息をつく。

 

「…ふぅ、何か、理由があるんですか? 貴方はまだ13歳、そんなに焦って先に進もうとすることは…」

「…約束したじゃないですか、レフィーヤさんを助けられるような、そんな冒険者になるって」

 

それを聞いて、レフィーヤさんはキョトンとしたような瞳を丸くする。

 

「…そ、それだけ、ですか…?」

「…僕は、小さい頃に両親を亡くしています。唯一の身寄りだった祖父も、レフィーヤさんと出会う1ヶ月くらい前に、事故で亡くなっています…僕はもう、これ以上、家族を失いたくないんです…」

 

レフィーヤさんが、僕の言葉を聞いて息を呑む。

これは、今の僕の行動原理とも言える。もう、これ以上家族を失いたくない、子供じみた、いや、子供な僕の我儘だ。

僕を助けてくれたことがレフィーヤさんにとって深い意味がなかったとしても、僕には一生の恩だ。レフィーヤさんは、僕の命より大切だとそう思っている。

 

「…わかりました、もう、変なことは言いません。それから、貴方の覚悟をそれだけとか言ってしまってごめんなさい、話しにくいことも話させてしまって…。ですが、それだけのことを言ってくれたんです。期待してますよ?」

「…はい、必ず、レフィーヤさんと対等な…レフィーヤさんを守れるような冒険者になって、一緒に迷宮に潜ります」

「…私も、負けてられませんね。この様子ではすぐに追い付かれてしまいそうです。なら…私も弱音なんて吐いていられませんね。覚悟を決めて、もっともっと頑張らないといけないですね。先輩としての威厳を見せてあげます!」

 

でも…貴方がここまで来たときには、私の身は全幅の信頼を持って貴方に預けます。守ってくださいね?

 

そう言ったレフィーヤさんの笑顔に、僕の心はいつになく高鳴った。

顔が赤くなる、どうしようもなく、心臓は脈動を高める。

グングンと上がる体温、芽吹き、咲き誇る熱い感情。

…絶対に、この女の子は、自らに何があっても守り抜きたい。

笑う彼女に、僕も笑みを返す。どちらともなく差し出した手をしっかりと、強く、握る。

 

そう、夜空に誓った。目線の先、西の空には、オリオンが輝いていた。

 

 

心地良い静寂が訪れ、満点の星空を2人揃って目で楽しんでいる中、レフィーヤさんが思い出したように声を掛けてくる。

 

「そ、そう言えばですね…ベルはアキさんのこと、あだ名で呼んでいましたね?」

「え? あ、はい、その、アキさんからそう呼んで欲しいと言われて…」

 

顔を合わせて話すと、レフィーヤさんが視線をあちらこちらへと迷わせながら話を切り出してくる。

 

「な、なら私も…故郷で仲の良かった人にはそう呼ばれていたのですが…レフィ 、と、そう呼んでいただけませんか?」

「…レフィ、さん?」

「さんもいりません、一つしか歳も変わらないのですから…ダメ、ですか?」

 

そう、ジッとこちらを上目遣いにして頼んでくるレフィーヤさんは、とても僕の心臓に悪くて。

 

「…レフィ」

「はい、それでいいんです、ベル」

 

ただ、名前を呼び合っただけなのに、僕達は顔を赤く染めていた。

 

 

 

その後、レフィと別れ、自分の部屋に戻る前に訪れたロキ様の部屋でステータス更新をしてもらった僕は、固まるロキ様からぎこちない動きでステータスを教えてもらった。

 

 

 

ベル・クラネル Lv.2

 

力 : I 0 → I 31

耐久 : I 0 → I 11

器用 : I 0 → I 61

敏捷 : I 0 → I 19

魔力 : I 0 →H 115

幸運 : I

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 

( ストック数 12 / 27 )

 ストック魔法

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・レア・ラーヴァテイン

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ 

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ 

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する。

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続。

・熱意の丈により効果向上。

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する。

・感情の丈により効果増減。

 

英雄衝動(イロアス・インパルス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・発動時、体力と精神力を消費。

 

星空誓願(ウォトゥム・ステッリス)

・護るべき者が影響する戦闘時、全アビリティ補正。

・護るべき者が影響する戦闘時、習得発展アビリティの全強化

・護るべき者がいる限り効果持続。

・誓いの丈により効果向上。




はい、少々足りなかったステータスの代わりと言っては何ですがスキルで補う方向性で。テコ入れはここだけですけど、フィンもスキル5個持ってるしこれくらい許される…許される?

つまりこのベル君、現状レフィーヤが窮地に陥って英雄物語的に助けに行ったら馬鹿みたいな補正がかかります。

兎君の祈り第二弾です。


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55話 防具完成

更新されたステータス、それを書き写したものを渡された僕は、しばし固まった。新しいスキルの発現、それは嬉しいけど…このスキル達は、なんだか恥ずかしい。

 

これ、要するに僕の英雄になりたいって気持ちと、レフィを護りたいって気持ちが具現化されたことだよね…と。名前からして、効果からして、間違いなくそうだと思う。

 

ロキ様もそれを察しているのか、なんとなく表情が引きつっている気がする。前の魔法の時にも、どれだけレフィーヤに影響されてるんや…って呆れられていた気がするから、それも仕方ないのかもしれないけど。

 

「まぁ…有用そうなスキルやからええんちゃうか? これで、一緒におらんとアビリティが下がるとかやったら困ったけど…デメリットがないなら、喜んでええと思うで?」

「そ、そうですよね…それに、レフィと一緒に迷宮探索する時には、凄く役に立ってくれますよね…!」

「ほほーん? ()()()なぁ…元から仲良かったけど、なんや、随分仲良うなったんやなぁ? それに、うちは対象が誰かもわからんし何も言っとらんのに名前が出てくるってことは何か心当たりがあるんやな、ベルたん? なぁなぁ、レフィーヤと何があったんやぁ?」

 

ロキ様が背後に座ったまま、僕は首を後ろに向けながら話す。そうしていると、僕の言葉を聞いたロキ様が、ニヤァっと意地の悪い笑みを浮かべた。それを見て、僕は自分の失敗を悟った。

 

「…あっ、そ、その…なんでもないです、よ?」

「いやいやベルたん、それはちょーっち無理があるやろ? ほれほれ、言うてみ? それとも神様に隠し事するんか?」

 

ロキ様が知らないことの片鱗をポロリと話してしまった僕は、ロキ様に背中に乗られたまま尋問を受け始める。あんな恥ずかしいこと、言いたくないしそれに…僕の胸の中にしまっておきたいと、必死に抵抗するけど、ロキ様も諦めない。

 

「っ、そ、その、い、言えません…」

「そんなこと言わんといてぇな、ほら、誰にも広めたりせぇへんから、な?」

「う、うぅ〜、い、嫌です!」

 

尚も抵抗する僕と、是が非でも聞き出したいと面白がっているロキ様。折れない僕と、譲らないロキ様。この後も長く問答が続き、最終的にどうしようもなくなった僕はロキ様を振り払って逃げ出した。

 

「うおぁっ!? あ、ちょ、ベルたん!?」

 

脱いでいた上着もその場に置き忘れたまま、涙目で逃げ出した。

扉を押し開けて出て行く際、視界の端、僕が逃げ出した方と逆方向に誰かがいた気がしたけど、そんなことを確認する余裕も考える暇も僕にはなかった。一目散に、自室へと逃げ帰る。

 

 

 

「あちゃあ、からかいすぎたなぁ。泣かせてもうたか…それに、二つ名も伝え忘れたし…ちょっと調子乗りすぎたなぁ」

「ああ、その通りだな、ロキ」

「へ?」

 

そして、ベルが見逃した人物。それこそ、彼が母のように慕うハイエルフのリヴェリアであった。

今は、拳を握り怒りに身体を震わせている。

 

「偶然用事があって来てみたら…半裸で泣いて逃げて行くベルを見たのだが…ロキ、覚悟は、できているだろうな?」

「あっ、ちょ、ママ、堪忍して…あギャァぁぁぁぁぁアァぁぁあァッ!?」

 

 

 

部屋で毛布に包まっていた僕に、ボロボロになって縛られたロキ様をリヴェリアさんが連れてきた。ロキ様は僕に向かってリヴェリアさんに謝らせられていた。なんだろう、神様に向かってこんな感想はいけないと思うんだけど…なんか、見ていて悲しい気持ちになった。

そんなロキ様に謝罪されたので、僕はそれを許した。

もう、無理に聞き出そうとしないと約束してくれたから。

 

その時にようやく僕の二つ名、今日の昼間に決まったというそれを教えてもらった。

 

最速兎(ラピッドリィ・ラビット)

 

最初は、どこかの男神様の案で『愛兎(ラブリィ・ラビット)』とかいう案が出されて、僕の顔を見た女神様達が賛同してそれに決まりかけたけど、なんとかこれをねじ込んだ…らしい。

その点については、深く感謝した。

 

ロキ様は再度申し訳なさそうな顔をして、謝りながら出て行った。リヴェリアさんに首根っこを掴まれながら。

 

 

 

そんなこんながあり、それから2週間。

この間、僕はずっと忙しい日々を過ごしていた。

 

アキさん、ラウルさん、レフィに付き添われて中層の到達階層を16階層まで伸ばしに行ったり。何故か、運良くか運悪くかミノタウロスに遭遇することはなかったけど。

 

あまり関わりのなかった同じレベル帯の人達と上層から中層を一緒に探索して、連携しながらの戦闘の練習を行ったり。

 

フィンさんに槍の稽古をつけてもらったり。

 

レフィに僕が並行詠唱を既に出来ることを知られて追い回されたり。

 

リヴェリアさんに魔法の効果的な扱いを教えてもらったり。

 

アイズさんだけが僕の鍛錬をできないことを嘆いていたり。

 

ティオナさんがどう自分の名前をもじってもあだ名をつけようがないことに悩んでいたり。

 

リューさんから魔法を何度か教えてもらったり高速戦闘時の並行詠唱のコツについて指南してもらったり。

 

シルさんと買い物に行ったり。

 

ギルドからランクアップが公式発表され、以前より注目を浴びるようになったがその視線もあまり気にならなくなってきた。というより、時たま受ける強く熱い天上から感じる視線が一番怖い…なんだろう、この視線。おかげで視線や気配に敏感になった気がする。

 

まぁ、そんなこんなで充実した2週間を過ごしていた。

ステータスもしっかりと伸び続け、フィンさんからの槍の稽古は実戦形式に移り変わった。ティオネさんからもダガーの扱いを学び、ティオナさんからは体術を学んだ。

ステータスによるものか技術によるものかイマイチわからないけど、間違いなく身体の動きは良くなっている。

 

そして、リューさんからも魔法をストックさせてもらった。それは、予想していた物の遥か上を行く超特大魔法。これを、高速戦闘しながら並行詠唱するなんて、信じられない…という目で見ていた僕に、色々とコツを教えてくれるようになった。それに僕はありがたい限りだと甘えていた。

 

 

そんな僕に、ようやく、待望とも言える連絡が来る。

 

━━頼んでいた防具が、完成したのだ。

 

 

 

「随分と長く待たせてしまったな…ようやく、ようやく満足いく逸品ができた」

「いえ、気にしていませんよ、むしろ、そんなに頑張ってくださって、ありがとうございます」

「ああ、今回はいい経験になった…さて、まずはお披露目からだ。これが、お主の新たな防具…銘は、お主が付与魔法を使えると聞いて、トリガーを頼み込んで聞いてな。アイギス・プレートと名付けた。まぁ、神話のように山羊革ではないのだが…竜種の革を内張に、外を希少金属製にしているから、見た目以上に軽く、防御力もある」

 

それぞれの特性を活かす組み合わせを探すのが、大変だった、と漏らす椿の話を聞かながら、ベルはその軽鎧を眺める。

 

…凄い、ひと目見ただけでそう思わせるほどの防具だった。

 

無駄のない、質実剛健な作りなのに、どことなく感じる優美さ。ベルは、この防具に一目惚れした。

 

外見は、一般的な防具と変わらないオーソドックスな作り。

しかし、金属の煌めきが違う。細部の作り込みが違う.

 

「では、最後の調整を行うとするか」

「はいっ」

 

身体に合わせながら、各所を修正していく。そうして出来上がった、一点物の装備。

 

「おぉ…」

「うむ、思った以上に似合っている…これで完成だ」

「あ、あの、ありがとうございました! 僕みたいな駆け出しに、こんな…」

「何、詫びも兼ねてとはいえ、手前はベル坊には期待しているからな。それに、代金もフィンからしっかりと貰っているのだ。仕事として請け負った以上、手前に文句はない。その装備を活かして、もっと先へと進むが良い。ベル坊ならそれが出来ると信じているぞ?」

「…っ、はい、大事に使わせて頂きます!」

「申し訳ないことに、今はまだ専属契約を結ぼう、とまでのことは言えないが…何かあれば、相談してくれ。可能な限り応えよう。それに、その防具と先日に渡した槍は、できれば手前の方で整備を行いたい」

「わかりました、椿さんのところに持ってきます…何か、気をつけることはありますか?」

「いや、特段に普通の武器と変わることはない。普通の手入れをしてもらえればそれで充分だ」

 

そんな会話を交わして、新たな装備を受け取った僕は店を出る。

ワクワクが止まらない、こんな良い装備を身につけられるなんて、3ヶ月前の僕では考えられもしなかった…こんな物を贈ってくれたんだ、フィンさんの期待にも、応えないと。

 

そうして僕は、昂った心のまま一歩先へと踏み込む決意をした。

 

 

 

「ーーねぇ、オッタル。あの子は貴方から見て…どうかしら?」

「…信じられない速度で成長を続けています、冒険者としては…素質があるでしょう。既に、凡百ではあの少年には太刀打ちできないかと」

「そう? なら…そろそろ試練を与える頃合いかしら?」

「時期尚早かとも思いますが…貴女が寵愛する程なのです、成し遂げてみせるでしょう」

「そうね…なら、オッタル。貴方に任せるわ…あぁ、でも、ロキを怒らせるようなことをしてはダメよ?」

「ハッ…承知いたしました」

 

そして、それに呼応するかのように、オラリオで最も高いところに棲まう美の女神が温めてきた企みを実行に移す。都市最強の男が、その命を受けて動き出した。

 

「…ふふ、可愛い子。貴方のその素敵な魂の輝き…もっともっと光り輝かせて、私に魅せて頂戴」

 

数多の男を魅了してきたその瞳は、今、1人の少年へと向けられていた。

 

 

 

「ふんふーん、ベルたん、今日もしっかり伸びてるなぁ。この調子で行けばLv3も遠くないんやないかー?」

「ほ、ほんとですか?」

 

数日前に更新して以来の更新、今も、メキメキと伸びて行っているステータスは、既にLv2の中でも上位に近い総合値を誇っている。

 

「うんうん、これだけアビリティ伸びれば器自体はもう充分やし、何か切っ掛けが…偉業を達成すれば昇華してもおかしくないでー? いやぁ、本当にベルたんはいい子やなぁ」

「そうですか…ありがとうございます!」

 

ロキは内心、いや、まぁ、異常やけどな…と思いつつも今はこの幼い少年の成長をただ喜ぶ。今回も酷かったけど、次回のランクアップの時にはもっと色々と問い詰められるかもしれんなぁと思いながら。スキルの詳細は隠しておきたいところだが、さて、どうしようか。

 

「まぁ前のランクアップが2ヶ月半で…今はそれからまだ1ヶ月経ってないんやしもっとゆっくりでもええと思うけど…ベルたんは早く強くなりたいんやもんな?」

「はいっ!」

「んでもベルたん、だからって無謀なことしたらあかんで? 1人で階層主に特攻するとか、死んでまうからな? やったらあかんで?」

「そ、そんなことは流石にしませんよ…僕も、命が惜しいですから…」

 

しっかりと、釘を刺しておくことは忘れない。焦るあまり散って行った冒険者など数え切れないほどいる。そんな者達が眠る墓場の中に、この少年を入れるわけにはまだいかない。

 

ロキ・ファミリアの秘蔵っ子として、ベルの存在はじわじわと認知されてきているのだ。特に、前に魔導書(グリモア)がベルの元に渡るように画策したであろう美の女神は怪しい。非常に怪しい。何か企んでいるような気がしないでもない、狡知の神たるロキはそういったものに敏感であった。

 

「さぁて、んじゃこれで更新はおしまいや。装備も新調したし、明日からまた頑張るんやで?」

「はい! ありがとうございました!」

 

ベルを見送るロキは、その細められた目を見開く。

 

「…一回、話し合っとくべきなんかなぁ。なんやろなぁ、神としての勘が、面倒な気配を感じてるんやけどなぁ…」




ちなみにベル君の二つ名、ちょっと長いんで多分周りからはラピラビとかそんな感じに略されて呼ばれてると思います。


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56話 新技解禁

今回、突拍子もない方向性でベルとレフィーヤが成長します。
フィンはこんなことしないやろ! と思いながらも指が勝手に動きました。では


「…行きますっ!」

 

新たな防具を身につけての初戦は、本来の装備をしたフィンさん。勿論、手加減はしてくれているが今の僕から見れば遥か雲の上の実力の持ち主。

 

「セァァあぁアぁっ!」

 

僕の本気を一度見ておきたいと言うフィンさんからの誘いで、広い中庭で行われていた。周りには、暇だったのか僕達の戦いを見物している人達がいる。

 

「…僕を相手にして、思い切りの良い踏み込みだけど…まだ遅いっ!」

「ぅぐぅっ!?」

 

初撃は飛び出した僕、得物は槍。フィンさんの構える槍先から遠い、右からの攻め。しかしそれは、絡めとるように滑る槍捌きで相殺される。

 

それに、力を込めて弾き、反動で後ろに下がる。ぞわりとした悪寒を信じて、左に倒れ込みながら駆け抜ける。ちらっと後ろを確認すると、僕がいた場所に槍が叩き込まれている。

 

「良い反応だ…だけど、避け方がなっていない…ねっ!」

「ほぁあ!?」

 

体勢を崩しながら避けた僕に、見えていないはずの位置なのに的確に槍を上から下に振り下ろしながら身体を反転させてくる。

それを必死になって槍を両手で持って受ける、が、上からの力を込められたそれを抑え切れるわけもなく押し切られる。

 

「受ける時は、絶対に押し負けない気持ちで受けることだ、そんな甘い合わせ方じゃ…こうなるっ!」

「が、っぎぃっ!」

 

押し切られた勢いそのまま、強かに柄の部分で右肩を叩かれる。

あ、危ない、フィンさんの懐に少しでも入りながら受けて良かった。もう少し後ろで受けていたら、肩に刃が当たっていた。

 

「ふっ、く…ハァァァァァアっ!!」

 

だがしかし、僕はそれを好機と見た。自らの槍を一度手放し、フィンさんの槍を右手で掴む。そうして、その槍の柄を起点に無理やり体勢を変えながら左手で腰からダガーを抜き放ち、斬りかかる。フィンさんの槍は力任せに体勢を変えた僕によって、横へ流れている。

一撃、入れられる。そう判断した僕の耳に風切音が届く。

 

「判断は早い、だけど…そんな子供騙しの破れかぶれは、格上には通用しないよっ!」

 

フィンさんが素早く槍の握りを逆手に持ち替えて手元に引くと、僕の後ろから急速に引き戻された槍先が脇腹へと迫る。

僕はそれを避けきれないと判断して、フィンさんに対して半身になりながら槍へと自分から飛び込む。

それにより、脇腹に向かってきていた凶刃の当たるタイミングをずらし、背中に痛打を受ける。

 

「〜〜っ、くっ、そぉぉ!」

「! 尚、向かってくるか!」

 

その痛みに怯むことなく、僕は勢いそのままにフィンさんへと突っ込む。左手に持つダガーを、小さく振りかぶる。

 

嫌な予感を感じ、伸ばした右手で太腿のホルスターからもダガーを抜き取り…抜き取った動きのまま眼前に伸びてきた槍の石突きに合わせて上に叩き上げるように弾く。

活路が、開けた。今度こそ…

 

「もら…っ」

「…っ、まさか、ここまでとはね…だが、まだまだァ!」

「う、ぁあ!?」

 

槍が、目の前で急に回る。柄の中心部分を起点に回されたそれによって、僕が突き出したダガーは上に弾かれる。

泳ぐ身体、脇が開き、腰は浮いている。今攻められればひとたまりもないが…フィンさんは僕を試すかのような視線を送るだけで攻めては来ない。

 

だが、まだだ。崩れた僕の体勢。ピタリと槍を止め、構え直すフィンさん。あちらからは無理攻めはして来ない、僕も体勢を整えるように二歩程かけて地面を踏み締める。そして、踏み出すと同時、右手に持ったダガーを走り込む勢いと、手首のスナップだけで下から放る。ティオネさんから教わった投剣術だ。

 

「…っしっ!」

「ふっ!」

 

しかし、慣れていないそれは簡単に叩き落とされる。だが、その一瞬は間違いなく僕への対応はできない。

 

「こんっ、ど、こそぉ!」

「随分な小細工を…っ」

 

三度、ダガーを振るう…が、()()()()

 

槍で僕のダガーを撃ち落とした後のフィンさんの動きを見て…逆手に持ったそのダガーを、フィンさんの遥か前で振り、手放す。放たれたそれは、僕に向かって左上から振り始めたフィンさんの槍に当たり、虚しく金属音を響かせて、落ちる。そして僕は、槍の穂先から反対方向に離れつつ、フィンさんとの間合いを詰める。

槍に込められていた力の向かう先がなくなり、ほんの一瞬、フィンさんが槍を泳がせる。

 

唖然とした顔のフィンさんの腰辺りに、僕は今までより早い動きで

 

()()()()()()()()()()()()()()()を、叩き込んだ。

 

それは、僕のステータスではフィンさんになんらダメージを与えることはできなかったけど、間違いのない一撃だった。

ただ、それに喜色を出す前に反撃を恐れて構え直す。

 

周りは、騒めいていた。

 

「…ふぅ、ここまでにしようか。驚いた、まさか一撃…入れられてしまうとはね」

 

槍を握り直したフィンさんが、立ち止まってそう言う。それを聞いて、僕も構えを解く。

 

「あはは…騙し討ちみたいなものですけど…」

「それでも、僕が対応しきれなかったのは事実さ。まさか、武器を全て手放すなんてことは流石に思っていなかった。それに、いつベートに教わったんだい? あの一撃は、ベートの技だろう」

「実は、先週から…夜にこっそりと」

「…あのベートがね。最後だけ速度が上がったのは、それも作戦の内かな? うん、君の今の実力はよくわかった。ただ…僕を相手にするのにほとんど槍を使ってもらえなかったのは少し悲しいね」

「うっ、そ、それは…ごめんなさい。槍じゃまだまだ相手にならないと思って…」

 

苦笑するフィンさんに、僕も苦笑を返す。

だがしかし、汗一つかいていないフィンさんに比べて、僕はこの短い戦闘で全てを出し尽くしたかのように汗が噴き出ている。

まだまだ、遠い。まぁ、Lv4のアナキティさんやラウルさんにすら軽くあしらわれるんだから、それも当たり前なんだけど。

 

「…油断し過ぎ…いや。手加減し過ぎたか、ここまで伸びているとはね。よし、ベル。まだまだ経験も知識も足りないかもしれないが…君が行きたいと言うのなら、遠征に連れて行こう。最も、まだサポーターとして、後方担当になるけど…どうかな?」

「え、遠征ですか!? そ、それは…連れて行ってもらえるなら、是非!」

「うん、わかった。次回…か、その次から君にも参加してもらう。それまでに、もっと腕を磨いてもらうよ。一段、鍛錬の難易度を引き上げよう」

「えっ」

 

今でも限界スレッスレを行ってるのに、一段引き上げる? ほ、本気?

冗談だよね? あ、あれ? どうして僕達を囲んでいた皆、離れていくの? なんで僕を拝んでいくの? どうして、あのいつもフィンさんにべったりなティオネさんまで逃げるように去っていくの?

あ、ベートさんがこっちを見て何か…何々、あ、き、ら、め、ろ?

諦めろ!? あぁ、待って! 行かないで!

レ、レフィなら、レフィなら助けてくれる…あれ、そういえばどこにいるんだろう…って、あ、なんかあっちでリヴェリアさんとなんかやってる、あ、吹き飛んだ。ポーションをかけられて、癒されて…叩き起こされて、また魔力を練って…あ、次は杖で吹っ飛ばされてる。

うん、あっちも地獄っぽい。見なかったことにしよう。

 

「大丈夫だよベル」

 

今までにないほど高速で頭を回す僕の耳に、優しい穏やかなフィンさんの声が届く。あ、良かった、冗談だったのかな?

 

「あ、ああ、やっぱり冗談ーー」

「死なない限りは、ポーションで癒せるからね」

「ーーはい」

 

これは、本気だ。

 

「そうだ、僕の鍛錬以外も全て一段引き上げるように皆に言っておこうか、大丈夫、代わりにファミリアの資金からハイポーションやエリクサーを沢山用意しておくから。いやぁ、ここまで明確に叩けば伸びると言うのは素晴らしいね」

 

湯水のようにポーションを使って構わないよ、それだけ、君は強くなれる。

 

そんなことを言うフィンさんを前に、僕は

 

「…ハイ」

 

大人しく、頷く他なかった。

 

アナキティからも、いい鍛錬方法を聞いたからね。それを皆でやろうか、ニコニコと笑いながら言うフィンさんの笑顔は、悪魔のソレに見えた。

 

 

 

とは言え、流石に肉体が成長しきっていないことも考慮されアミッドさんに相談の上に鍛錬の計画は作り上げられた。恐ろしいのは、アミッドさんは僕の本当に壊れるギリギリ限界で見積もって来るんじゃないかと言う恐怖。あの人ならできそうで怖い。

 

い、いや、医療に精通している人なんだからきっと無理のない範囲に調整してあるに決まっている…と思いたい。

 

 

 

…この後、僕と、ついでにレフィもみっっっちり2週間、地獄のような鍛錬を行った。朝起きて朝食を食べて鍛錬、昼食を食べて鍛錬、夕食を食べて鍛錬、風呂に入って寝る。そんな生活を丸々2週間。

 

3日に1日は迷宮に潜ってモンスター討伐も行ったけどそれがまた地獄だった。16階層の正規ルート外で、僕とレフィの2人のいるルームにLv3以上の団員10人掛の『怪物進呈(パス・パレード)』。

フロア内の至る所から集められてきたモンスターが、ひっきりなしに僕らを襲い、その戦闘音を聞きつけたモンスターが更に寄ってくる。

一度死にかけたそれに近い状況に、僕は最初こそ腰が引けていたが、そんな感情はどこかへ吹っ切れた。魔法、スキル、技術、持てる全てを使って、レフィを護りながら身近に迫るモンスターを屠る。唯一少し休めるのはレフィの魔法か僕の魔法でモンスターが一掃された瞬間のみ。

ほんの少し経てば、誰かしらがモンスターを連れてくる。

 

僕が因縁だとかなんとか言っていたミノタウロスも大量に連れられてきて、もう今ではなんの感慨もなく倒すターゲットにしか見えなくなってきた。

 

一応、近くでリヴェリアさんが結界の中から魔法を待機状態にしてすぐ助けられるようにしてくれてはいるけど、気が気ではない時間が続く。

狂ったようにして戦う僕、時に僕が撃ち漏らしたモンスターを相手取りながら必死に詠唱するレフィ。

 

途中で、猪人の筋骨隆々な冒険者と一度出会ったけど、なんだかとても可哀想なものを見る目で僕のことを見ていたのが凄く気になる。あの人、とても強いと思うんだけど、なんで僕のことをあんな目で見ていたのだろうか。

 

何はともあれ、それだけ頑張った甲斐があってかレフィも魔力がほとんど上限近くまで伸びたらしい。僕のステータスも、この前の2週間の比ではないペースでメキメキと伸びて行った。

 

…唯一の癒しは、シルさんと約束した買い物に付き合う日だった、あの日ばかりは仕方ないと休みを貰えたのだ。そして、疲れ切っている僕を見て1日ゆっくりと休ませてくれたシルさんはきっと女神に違いない。




【悲報】予想を上回る力を見せてしまったベル君、フィンに気に入られて(?)ウルトラスーパーハイパースパルタコース突入。

【朗報】ウルトラスーパーハイパースパルタコースにより、レフィーヤの魔力が原作を上回ること数ヶ月の勢いでLv3のほぼ上限に到達。

【朗報】オッタルに同情されるベル君爆誕。

勢いで書いていたら作者も訳の分からないうちにこんな展開に…
やっぱもう(頭)ダメみたいですね

まぁ、強制的に中層をウロウロさせられる原作と安全マージンを一応取っているこの作品だと…この作品の方がマシ…なのかなぁ…。

明日からは仕事再開のため、更新ペースを落とします、ご理解を


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57話 急速成長

ラブコメの波動が流れ込んできました。
前話がスパルタ系スポーティからのこれ。

たかだか3〜4日の話に10話近く費やしたかと思えば、2話で1ヶ月進む…まぁこのくらいどこかでショートカットしないと永遠に話が進まないからね、仕方なし仕方なし。

この期間の間の特筆すべきものはこの章が終わった後にでも短編形式で書きたいと思います。


「いやぁ…なんやろな、お疲れさん、2人とも」

「「お疲れ様です…」」

「ほ、ほんまにお疲れやな…?」

 

2週間の鍛錬を終え、満身創痍な僕とレフィは夜、最後の鍛錬が終わってから揃ってロキ様の元へと来ていた。4日振りのステイタス更新のためだ。僕もレフィも、揃って魂が抜けたかのようになっている。

2人横並びになって、ロキ様の部屋にあるソファに深く腰掛けている。

 

「ほな、ちゃっちゃと更新しよか、レフィーヤもベルも随分伸びたやろうなぁ」

「そうですね…お願いします…」

 

ふらふらとレフィがロキ様の座るベッドの方に近づいて、上着を脱ぎ始める。僕はそれを、ぼんやりと眺めていた。

 

いやしかし、本当にこの2週間何回死にそうになったことか。

 

フィンさんに槍を教えられながら並行詠唱して横でリヴェリアさんと並行詠唱の練習をしているレフィの放った魔法を吸収させられたりしたが、どちらも疎かになればタイミングが悪いとフィンさんの一撃を喰らいながらレフィのアルクス・レイが飛んできたりもした。

 

迷宮の中では何度も何度も身体の一部を欠損しそうになりながらの激戦。ミノタウロスに対する特別な、いつか因縁を晴らすという感情は薄くなった。今では、倒し難くて厄介な恨めしい獲物に見える。ダガーだと深く切れないし、槍でも筋肉が固くて倒しにくい。本当に厄介だ。

 

そんなことを考えていると、パサリと布が落ちる音が耳に入る。視界の中には、肌色成分マシマシのレフィ。こちらから見えるのは、ロキ様の方を向いているレフィの背中だけ。

それをぼけーっと見つめる。やっぱり華奢だなぁとか、エルフはみんな華奢なのかなぁとか、綺麗だなぁとかそんな感想を思い浮かべながら。

 

いやしかし、あの猪人の冒険者は強そうだったなぁ。ガレスさんよりも威圧感があった。あの人もLv6だったりするのかな?

 

「え…ま、まぁ2人が気にせんならええか…ほ、ほな始めるで?」

 

ロキ様がなんだか慌てたような声を出しながら僕とレフィを見比べる。何か、問題でもあったのだろうか?

 

そんなロキ様に構うこと無く、ぼふん、とベッドに倒れ込んだレフィの上にロキ様が跨る。

背中を撫で回すようにしながら、ステイタスの更新作業が行われていく、他の人がやってるところを見るのは初めてだなぁ、と思いながらその光景を眺める。

 

「ほぉん、魔力は…んー、上限っぽいなぁ。しかし、これはまた…あ゛ー、頭痛い。後は器用と敏捷はそれなりに、耐久と力はあんま上がっとらんなぁ」

「…それはまぁ、種族柄仕方ないですよ…スキルとかはないですか?」

「ないなぁ、前に発現したっきりやな」

「そうですか…じゃあ、終わりですね? ありがとうございます」

「ええてええて、でもほんま頑張ったなぁ、ここまで伸びるなんて…あ、ちょ、レフィーヤ、そのまま立ち上がったら…」

 

ロキ様がレフィの背中から降り、何か、静止しようとしているがそれも無視してレフィは立ち上がる。

ぼーっとソファに座り込みながら目の前を眺め続ける僕の瞳に、また、レフィの肌が映る。今度は、真正面から。

 

くびれた腰、発育中の、しかし程よい大きさの胸。解けている髪が散らばり、身体に張り付いているためその頂点こそ見えないが逆にそれが曲線を強調し、色香を増している。

しなやかな腕に、綺麗な鎖骨。全体として見れば華奢だが、エルフとしては14歳にして既に豊満と言えるその肢体。それが余すこと無く僕の目に入ってくる。

上着を拾い、それを着ていくレフィの姿を見て、次は僕の番だと僕も上着を脱ぎ捨てる。

 

レフィはソファへ、僕はベッドへ歩き出して、もう何歩かですれ違うというところで、はたと、僕とレフィの目が合う。

 

そして、回らぬ頭が回り出す。あれ、と。

今、僕は大変なものを目にしていたのではないか? と。

 

それはレフィの方も同様だった。今何をしていたのか、何をやってしまったのかに気が付いたようで、顔を朱に染め上げて…その細い腕が、振るわれた。

 

「こ、な、な、目も逸らさずに何を凝視してるんですかぁっ!?」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさふぐっ!?」

 

パァンっ、と、良い音を立てて僕の頬に炸裂する。

身体の力が抜けていた僕は、振り抜かれた細腕の力そのままに床に倒れてゆく。

 

「ごっ!?」

 

そして、まともに受け身をとることもなく床に叩きつけられた。

 

「あ、たた…」

「あぁっ!? ご、ごめんなさいベル! 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫です…それから、本当にごめんなさい…」

「い、いえ、私も、何も考えずに…」

「つい見惚れちゃって…すいません」

 

そして、やはり未だに回っていない頭で余計なことを口走る。

 

「みとっ!? あ、あう…」

「…あっ!? ち、違うんです変な意味ではなくて!?」

「も、もういいですから…今は私に構わないで早く更新してきてください…」

「ほ、本当に違うんですってばぁ!?」

 

そして、僕の発言を理解して顔を真っ赤に染め上げたレフィが、僕の顔を見たくないと言わんばかりにぷいっと顔を逸らす。それを受けて、僕は焦りながら弁明をするも、レフィは頑なに目をこちらに向けてくれない。

 

尚も迫りながら弁明しようとする僕から逃げるように、ソファの方へと飛び込むレフィ。

 

「み、見られた…見られちゃった………見惚れたって、見惚れたってなんですかぁ…」

 

嫌われたか、呆れられたかとガックリと項垂れた僕は、一度説得を諦めてロキ様の待つベッドの方へととぼとぼ歩く。

 

「…更新…お願いします…」

 

先程のレフィと同じように、力なくぼふりとベッドに倒れ込む。

 

「お、おお…なんやこれ、これが思春期の少年少女のラブコメパワーって奴なんか…? 砂糖吐きそうや…」

 

はぁっ、と溜息をつく。地獄のような2週間を共に戦い抜き、時に背中に庇い、時に背中を合わせて戦ったことで前より近くなったと思った距離だったが、この一件で距離を置かれるかもしれない。

 

ロキ様がぎしりと背中に乗り、ステイタスの更新を始める…あ、このベッド、ついさっきまでレフィが寝ていた…とか考えた辺りで、自分を戒める。いくらなんでもその発想は気持ち悪いだろう。

こんなことだから、咄嗟に目を逸らすことも出来ずに凝視してしまったんだろう。ぼんやりとしていたとは言え、いや、だからこそ、なんだか自分がとても汚い物のように思えてきて気が滅入ってくる。

 

「はぁあ…」

「そんな落ち込まんでも、嫌われたわけやないやろうから安心しい、ベルたん」

「ロキ様…でも、あんなに怒って…」

「恥ずかしがってるだけやって、歳の近い異性に裸見られたら誰でも恥ずかしいと思うやろ?」

「そ、それだけなんですかね…?」

「んー、まぁ、他の感情もあるにはあるかもしれんけど…ま、これはうちの口からは言えんなぁ」

「そ、そんなぁ…」

 

情けなくすがるような僕に、仕方のない子だといつになく優しい声でロキ様は僕を諭す。そんな会話をしながらも、更新作業は進められて行く。

 

「まぁほれ、無事ベルたんもアビリティ上がっとるで? それからこれ、レフィーヤが忘れてったから、持ってってあげてえな」

 

そうして、2枚の羊皮紙を渡されて背中を叩かれる。

ちらと覗き見た紙には、僕もレフィも、確かな成長が刻まれていた。

 

 

ベル・クラネル Lv.2

 

力 : S 935 → S 991

耐久 : SS 1028 → SS 1099

器用 : SS 1054 → SS 1100

敏捷 : SS 1197 →SSS1298

魔力 : SS 1120 → SS 1149

幸運 : I

 

《魔法》

【レプス・オラシオ】

・召喚魔法(ストック式)。

・信頼している相手の魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握、及び事前に対象魔法をストックしていること。 

( ストック数 14 / 37 )

 ストック魔法

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・ウィン・フィンブルヴェトル

 ・アルクス・レイ

 ・アルクス・レイ 

 ・アルクス・レイ

 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ

 ・ヒュゼレイド・ファラーリカ

 ・ルミノス・ウィンド

 ・ルミノス・ウィンド

 ・ルミノス・ウィンド

 ・エアリエル

 ・エアリエル

 ・レア・ラーヴァテイン

 ・レア・ラーヴァテイン

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

・ストック数は魔力によって変動。

 

詠唱式

 

第一詠唱(ストック時)

 

我が夢に誓い祈る。山に吹く風よ、森に棲まう精霊よ。光り輝く英雄よ、屈強な戦士達よ。愚かな我が声に応じ戦場へと来れ。紡ぐ物語、誓う盟約。戦場の華となりて、嵐のように乱れ咲け。届け、この祈り。どうか、力を貸してほしい。

 

詠唱完成後、対象魔法の行使者が魔法を行使した際に魔法を発動するとストックすることができる。

 

第二詠唱(ストック魔法発動時)

 

野を駆け、森を抜け、山に吹き、空を渡れ。星々よ、神々よ。今ここに、盟約は果たされた。友の力よ、家族の力よ。我が為に振るわせてほしい━━道を妨げるものには鉄槌を、道を共に行くものには救いを。荒波を乗り越える力は、ここにあり。

 

魔法発動後、ストック内にある魔法を発動することが可能になる。

 

 

 

【ディヴィルマ・ーー】

付与魔法(エンチャント)

・対象に効果を付与する、付与対象によって効果・属性が変動する。

 ・【ディヴィルマ・ケラウノス】

   雷属性。

 ・【ディヴィルマ・アダマス】

   主に武器に付与可能。切断力増加。

 ・【ディヴィルマ・アイギス】

   主に防具に付与可能。聖属性。

 

詠唱式

 

顕現せよ(アドヴェント)

 

《スキル》

冀求未知(エルピス・ティエラ)

・早熟する。

・熱意と希望を持ち続ける限り効果持続。

・熱意の丈により効果向上。

 

熱情昇華(スブリマシオン)

・強い感情により能力が増減する。

・感情の丈により効果増減。

 

英雄衝動(イロアス・インパルス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・発動時、体力と精神力を消費。

 

星空誓願(ウォトゥム・ステッリス)

・護るべき者が影響する戦闘時、全アビリティ補正。

・護るべき者が影響する戦闘時、習得発展アビリティの全強化

・護るべき者がいる限り効果持続。

・誓いの丈により効果向上。

 

 

 

 

 

レフィーヤ・ウィリディス Lv.3

 

力 : G 294 → G 298

耐久 : F 395 → F 397

器用 : C 689 → C 696

敏捷 : C 685 → C 689

魔力 : S 988 →SS 1000

魔導 : I

対異常: I

 

《魔法》

【アルクス・レイ】

・単射魔法。

・標準対象を自動追尾。

 

詠唱式

 

解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢。

 

【ヒュゼレイド・ファラーリカ】

・広域攻撃魔法。

・炎属性。

 

詠唱式

 

誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢。 雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え。

 

【エルフ・リング】

・召喚魔法。

・エルフの魔法に限り発動可能。

・行使条件は詠唱文及び対象魔法効果の完全把握。

・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費。

 

詠唱式

 

ウィーシェの名のもとに願う 。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい

 

 

《スキル》

妖精追奏(フェアリー・カノン)

・魔法効果増幅。

・攻撃魔法のみ、強化補正倍化。

 

星河一天(リヴァリス・ステラ)

・魔力が成長する。

・対抗心を抱き続ける限り効果持続。

・対抗心の丈により効果向上。

 

 

 

「あ、レフィ、これ…ステータスの写しです」

 

服を着て、ソファに顔を埋めるようにしているレフィに羊皮紙を渡す。

やはり、こちらに顔を向けてくれないけれど、それでも受け取ってはくれた。それにひとまず安堵する。

 

「あ、あぁ…ありがとうございます…って、ハァァァァァア!?!?」

 

渡した羊皮紙を確認したレフィが、叫び声を上げる。

 

「うえっ!? ど、どうかしましたか!?」

「え、えええええ、え、S、を超えてるうううううう!?」

 

そう言えばロキ様に聞くのを忘れていたけど、レフィのこの反応を見てわかった。どうやら普通は基礎アビリティはSを超えないらしい。

 

「み、見てくださいベル! これ! 魔力、魔力が!?」

「は、はい。見ました、と言うかそんなに押し付けられたら逆に見えないです」

「なんでそんなに落ち着けるんですか!? SSですよSS!ふふーん、ベルはどんな感じです…か………ぁ」

「ど、どうしたんですか急に項垂れて…」

 

その写しを見たレフィは飛び跳ねるように上機嫌になる。

良かった、これでさっきの話も聞いてくれない状態からは良くなっただろうと僕が安堵するのも束の間、僕のステイタスの写しを奪うようにして手に取り、それを見て崩れるように項垂れていった。

 

「あー、そうですよねー、ベルにとってはSSくらい当たり前ですもんねー、そりゃ反応も薄いですよねー、本職魔導師の私が1000で喜んでるのに、あっさり1100超えてるとかなんですかこれ納得いかないいいいいいいいいっ!!!」

「おわっ、ちょ、レフィ!?」

「もおおおおお、ベルはずるいです!なんですかそれ!なんなんですかそれ!」

 

項垂れたままボソボソと何かを言っていたと思えば、次第に起き上がり、僕のことを押し倒すようにして上に乗り肩を掴んでくるレフィ。

 

「お、落ち着いて、落ち着いてください!?」

「痴話喧嘩なら外でやってほしいんやけどなぁ…」

「落ち着けませんよこんなの! せぇっかくここまで魔力伸びたと思って喜んでたら、前衛のくせに私より伸びてるってどういうことですか!?」

「し、知りませんよぉ!」

「もぉぉ! 私の方が先輩なんですよ!? 歳上なんですよ!? くうう、ま、負けませんからぁ!」

「あー…なんか苦いもん飲みたなってきたなぁ…」

 

時折、ロキ様の何かを呟くような声が聞こえながら、取っ組み合いが続く。とは言え、僕がレフィに手を出すわけにもいかないから、一方的に攻められるだけだけど。

 

「ううぅ、し、身長もとうとう追い抜かれて、このままじゃLvも…うぅぅぅぅぅぅ! 見、見てなさいよベルぅぅぅぅぅ! 私だって、私だってやればできるんですからぁぁ!」

「あぁっ!?」

 

そして、脱兎の如く駆け出していくレフィ。

 

僕は唖然としてそれを見送った。

 

その日、迷宮内に何本もの光線が乱れるようにして駆け抜けるのを、数多の冒険者が見たという。




レフィーヤの身長は15歳で156C、今は155C
ベル君の身長は14歳で165C、今は156C、3ヶ月前は154C
ついに追い抜かれたレフィーヤ

レフィーヤの新スキルの由来は西を向いていたベル君がオリオンを見ていた反対、東を見て天の河を見ていたレフィーヤに因んでですね。
また、ラテン語で河を意味するリヴァリスはライヴァル(ライバル)の語源となっています。
ステラもまた、ラテン語で星を意味しますが、更に深くまで行くと印欧祖語に由来がありまして、そちらまで遡ると元々は輝く者を意味します。

超無理矢理意訳して、輝く者への対抗、ですかね。

それを元々四字熟語としてある星河一天に当てました。
その四字熟語自体はお空にお星様が河のようにたくさんあるよーってのを示してるだけなんで特に意味はないです。

今日は夜にもう1話上げれたらいいなぁ…


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58話 美神遭遇

関係ない前書き
この作品内、今までで一番時間かかった執筆作業はそれっぽいスキル名をつけることです。
特にベルとレフィーヤイベントでつけたスキル名、家にあるラテン語辞書から何から引っ張り出して必死で名前付けました。
我ながらいい名前にできた気がしています。特にレフィーヤの方はお気に入り。ベル君の方は簡単に言えば星に願いを、ですからね。探せばどこにでもありそうな感じがします。


レフィが飛び出した後、追いかけようとした僕はロキ様に止められた。

色々と思うところがあるんやろ、1人にさせといたり、という言葉に、僕は渋々引き下がり、大人しく自室へと戻った。

 

翌日から丸3日、あの鍛錬を乗り越えた僕とレフィには休養が与えられていた。そのうちの1日は、シルさんの時間があればシルさんへのお礼として使うことにして…残った2日間、どちらかでレフィと出掛けられたらなぁと思っていたけど…あの調子だと、今日はもう帰ってこないかもしれないし、下手をすると明日も多分ダメだろう。となると…どうしようか。

 

明日の朝になってみないとわからないや、もしかしたらすぐ帰ってくるかもしれないし。ならば、寝てしまおう。明日は早起きしなくてもいい。

 

僕は久し振りに、寝て起きたら明日が来ることに軽い絶望感を覚えずに布団に入ることができた。なのに、早い時間に起きてしまったことに少し気持ちが盛り下がった。もっと寝ていたかった…。

 

 

 

朝食を済ませた時間になってもレフィは帰ってこなかった。仕方ないと1人、着替えて街へと出る。まずはシルさんに時間があるかどうか確認して…ああ、装備も一度整備に出して…そうだ、携行品も買い換えようかな、そろそろ。なんて、冒険者らしい用事で埋めていく。

 

そうして辿り着いた、豊穣の女主人。まだ営業前だけど、中からは複数の声が聞こえてくる。もう、準備の為にみんな来ているのだろう。

今日、シルさんがいるといいんだけど…そう思いながら、扉を開ける。

 

「ニャニャっ、少年。どうしたのニャ? こんなに朝早く」

「おはようございます、シルさんにちょっと聞きたいことがありまして…」

 

すると、僕を見て声を掛けてくれたのはクロエさん。

アキさんと同じ、黒猫の猫人(キャットピープル)。まぁ、多分この人の方が意地悪というか悪戯好きだけど…。なんだかたまに、怪しい目で見られる時があるから、少し警戒している。ルノアさんからも気を付けなさいと言われていたりする。

 

シルさんに用事があるんですけど、今日はいますか、と聞くと少し勢いを抑えて答えてくれる。

 

「ニャ…シルなら少し前に、市場に買い出しに向かったニャア、走って追い掛ければ、捕まえられると思うけどニャア?」

「そうですか、ありがとうございます! じゃあ、行ってみます!」

 

教えられた情報に感謝しながら、走り出す。

 

「頑張ってニャー」

 

そんな風に呑気に、後ろから声を掛けてくれた。

なんだかんだ、普段はいい人なんだけど…。

 

 

 

走ること、数分。いつもなら人通りが多いはずの市場に繋がる道。

なぜか今日は、人が少なかった…というより()()()()()

まだ市場から遠いし、本当のメインストリートからは離れてるとはいえ住宅街にも繋がっているこの道で、そんな光景は今まで一度も見たことがない。

 

不思議に、いや、怪しく思って立ち止まると、フードローブを被った姿が路地から出てくる。

 

ごくりと、唾を飲み込む。明らかにおかしいし、怪しい。

コツ、コツ、と靴の音を立てながら、僕の前までやってくる。

敵意はないように思えるけど…わからない。

 

「…ふふ、警戒しているのね?」

 

声を、掛けられた。その声は…透き通るような、魅了されるような女性の声。僕は警戒を一段、引き上げる。

 

「…そんなに警戒しなくてもいいわよ? 貴方を害する気は、これっぽっちもないから。むしろ、そうね、貴方の味方と思ってくれてもいいのよ?」

 

ひらひらと、自分は敵ではないことを示すかのように両手を振るう。

フードローブを被っていて、体型も顔もわからないのに立ち居振る舞い一つ一つ、その全てが、心臓を刺激する。

 

「…本当に、透き通っていて綺麗…ああ、食べちゃいたいくらい。ねぇ、貴方?」

 

語り掛けられる。無視はできないと言う強制力のようなものが、なんとなく感じられる。圧倒的上位者のような、そんな空気。

 

「…なん…ですか…」

 

震える声で返事をすると、満足そうに頷きながら甘言を囁いてくる。

 

「英雄に、なりたいのでしょう? なら、私の下へと来ないかしら? 貴方を間違いなく英雄にしてあげるわよ?」

 

グッと、歯を噛み締める。どこの誰かはわからない。わからないけど、僕のことを知っている…ファミリア関係かギルド関係か、それ以外か。

 

そして、恐らく、この雰囲気…抑えられてはいるけど、隠し切れていないこの気配。この方は女神様だ。どうして顔を隠しているのかはわからない…表に出れないような、悪い女神様なのかもしれない。そう言った神々もいると、ロキ様から聞いたことがある。

 

ただ、ついていけば僕は間違いなく強くなれる。そんな勘も働いている。でも、それでも。

 

「…僕は、確かに英雄になりたいです、けど…」

 

僕の言葉に、否定を感じ取ったのかピクリと身動ぎする。

 

「それは…今僕のいる場所で、ロキ・ファミリアで、家族の皆と共になりたいんです! だから、どなたかわかりませんがその話はお断りします!」

「…そう、貴方ならそう言うと思っていたわ。折角の…漸く話が出来たのに惜しいけど、今()諦めるしかないようね。()()()()()方法は取りたくないし…」

 

くるっと僕に背を向けて、ぴたりと立ち止まる。

僕に背中を向けたまま、一言、残していく。

 

「…また会いましょう、ベル」

 

 

 

何故か、またどこかで間違いなく会う。

そんな印象を僕に残して、その女神様は去っていった。

 

「…オッタルには、少し無茶を言ったかもしれないわね」

 

最後に呟かれた言葉は、僕の耳には届かなかった。

 

 

 

緊張していたのか、身体が動かせない。そうこうしているうちに通りに人が歩き出す。

 

何故先程までは誰もいなかったのか。あの女神様が何かをしたのだろうけど、その何かはわからない。

 

「ベル君?」

 

立ち止まっていた僕は、聞き覚えのある声で呼び掛けられた。

 

「シル…さん?」

「はい、そうですよ? 珍しいですね、ベル君がこんなところにいるなんて…何か、市場に用事でもあったんですか?」

 

振り向くと、そこにいたのは探し人であるシルさん。手には買い出しの荷物だろうか、袋に入った野菜を持っている。おかしいな、クロエさんの話では追いつけると言っていたんだけど…もう、買い物も終えているみたいだ。それとも、そんなに長くここに立ち止まっていただろうか?

いや、考えるのは後だ。まずは、シルさんに話をしないと。

 

「その…シルさんに話があって、お店に行ったらクロエさんから買い出しに行ったと教えてもらって…それで、探しに来たんですけど」

「そうだったんですか、入れ違いにならなくて良かったです…それで、どんなご用事ですか?」

 

本当に良かったと僕も心から安堵する。

探し回って見つけられず、挙句、クロエさんが少年は何の用事だったのニャ? なんて、店に帰ってきたシルさんに話しかけていたら恥もいいところだ。

 

「あの…実は、明後日までお休みを頂いて…もし、シルさんが良ければなんですけど、前に買い物に付き合う予定だった日、丸1日休ませて貰っちゃったので…何か手伝えることがあればお返しできたらなぁと」

「そうですか…明後日なら私もお休みですけど、いいんですか? せっかくのお休みに私なんかと一緒で…それに、先日の件は私から言ったことですし、ベル君が気にする必要はありませんよ?」

「シルさん()()()一緒にいたいんです。勿論、他の用事があるとか、特に出掛ける用事がないとか、逆に迷惑になるなら無理にとは言いません」

 

でも、できるならあの癒しの1日の恩を返したい。

いや本当に、あの1日は救いの1日だった。身体が丁度限界に近かった1日に例の約束の日が訪れたのだ。それが、元より計画されていた1日なのかどうかはわからないけど。

 

「…っ、そうですか…あの、では、ええと…よろしくお願いします」

「っはい! 僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます」

「うっ…ずるいなぁ、ベル君は。人の言った言葉を使って…もう」

 

それは、僕が最初にシルさんと一緒に出掛けたときに言われた言葉。

僕に、ずるい、と感じさせた一言。確かにあの時はシルさんから誘われて、シルさんのわがままだったのかもしれないけど、それでも僕も楽しかったのだ。

 

謳い文句も、あの時とは配役も順番も逆になったが、ほとんど同じ。

なんだか、シルさんとの言葉のやり取りは本当に、とても心地よく感じる。

 

「…ごめんなさい、ベル君。もう少しお話していたいんですけど、早く帰らないとミアお母さんに怒られてしまうので…えっと、明後日の待ち合わせは…どうしましょうか」

「なら、僕も一緒に行きますから、話しながら行きませんか? 荷物、貸してください」

「…なんだか、女の子の扱いに慣れてきましたね?」

 

笑顔から一転、申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。それに言葉を返すと次はじとりとした視線を送ってくる。さり気なく荷物は手渡してくれるあたり、抜け目ないというかなんというか。

本当に、表情のコロコロ変わる女性だ。それが、きっと彼女らしいということなのだろうけど。

 

「言い方に|棘(とげ)がありませんか…?」

「いーえ、そんなことありませんよっ! まぁ、ベル君の周りには可愛い女の子がたくさんいますもんねっ! 女の子との関わり方も覚えますよね!」

「お、怒ってますか…?」

「…そういうところは変わらないんですね、なんか、安心しました」

 

2人で、時に笑いながら、時に意地悪な顔をされながら、話しつつ歩む。本当に、この人と会話をしている時間は、楽しい。

 

 

 

ただ、ずっと訓練漬けになっていたから忘れてたけど、周囲の視線が凄い。視線というか、殺気というか。…今ならようやく意味がわかったけど。僕の耳にも巡り巡って僕自身の噂が聞こえてきたし。僕も、そんな噂が立ってる人がいたらつい目を向けてしまうと思う。

どうしてああなったんだろう。なんか、8割くらい僕にも身に覚えのないことが含まれていたし…。

 

そもそも、美の神って、どなただろう?

多分、お会いしたことはないと思うんだけど…ファミリアを探していた時くらいしか神様と会う機会はなかったし、ほとんど門前払いだから会えなかったし…あ、自分で思い返してて泣きそうになってきた。やめよう。

 

その後、お店に辿り着くまでに明後日の待ち合わせ場所や時間を決め、シルさんと別れる。別れ際にまた、お店に来てくださいね、美味しいお酒を用意しておきますから! と言われたけど、お酒かぁ…大丈夫かなぁ。

 

誰も何も言ってこないから気にしないようにしてたけど、あの、起きる前の記憶ほとんどないんだよなぁ…なんか、リューさんに何かしてしまったような記憶はあるんだけど、リューさんも何も言ってこないし…今度、聞いてみようかな?

 

そんなことを思いながら、僕は冒険者御用達の店舗へと向かった。




フレイヤ様、オッタルさんの試練がなかなか実行されないことに痺れを切らしてベル君の元へ。まぁ、まだ素性は明かしませんが。

そしてフレイヤ様にほんっっっっっっっっっの少し同情されるオッタル。フレイヤ様が不満を持たないで同情するとか奇跡に近い気がする。

ここにベル、オッタル、フレイヤによる同情の連鎖が完成。でも試練はちゃんと与えてね? とのこと。女神の神命だ、頑張れオッタル。


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59話 上気妖精

なんとか1〜2日に1話は更新したいところ。
今日はこの1話のみです。


約束通り、新しい装備一式は椿さんに整備を頼み、ダガーはゴブニュ・ファミリアに依頼した。どちらも、丸1日程は預けて欲しいとのことだったので今の僕はほぼ丸腰になっている。予備として持っている、最初に使っていた鋼製のダガーだけだ。なんというか、心許ない気分。

 

その後は色々便利なように思えるものも買い集めて、ほくほく顔で館へと戻る。そろそろ昼も近いし流石にレフィも帰ってきてるよね…。

 

そう思っていた僕の目に、普段と比べると明らかに散らばり荒れているけど、見慣れた山吹色が目に入る。

あれ、向こうから歩いて来るの、レフィ…だよね?

なんか、やけにボロボロだけど…まさか今までずっとダンジョンに…?

 

「あぁっ! 丁度いいところに帰ってきましたね、ベル!」

「っと、レフィ…? なんでそんなにボロボロに…」

「ふふん、昨日の夜から今の今までダンジョンに篭っていましたから、さぁ! 私の努力の成果を見せてあげます!」

 

館の前まで来た僕と、反対側から歩いてきたレフィがそこで丁度会い、レフィががっしりと僕の肩を掴む。そしてその勢いのまま、ずるずると引き摺られるようにして何処かへ連れて行かれる。ちょ、ちょっと、せめてどこに行くのか説明してぇ!?

 

 

 

そして連れてこられたのは、ロキ様の部屋。

 

「あ、今日はちゃんと目を逸らすか瞑るかしておいてくださいね。恥ずかしいですし、エルフとして素肌を不躾に見られるというのは受け入れ難いので」

「なんでわざわざ連れてきたんですか!?」

 

どうやら、ステイタスの更新をしに来たらしい。

それはいいけど、見るなというなら何故わざわざ僕をこの場に連れてきたのだろうか、いや、別に、見たいとかそういうわけではないしそんな変な期待はしてないけど…後からステイタスを写し書いた紙を見せに来てくれればいいのに。

 

というより、一緒にいたとしても神聖文字で刻まれたステイタスを僕は解読できないので、結局同じことになるんだけど。

 

「………そう言われればそれもそうですね、ちょっと舞い上がっていたようです、外で待っていてもらえますか?」

「そうしますっ!」

 

レフィ、ちょっとおかしくなっている気がするのは僕の気のせいだろうか…いや、本当に言葉通りずっとダンジョンにいたなら徹夜明けだろうし、昨日の鍛錬の後、寝ずにそんなことをしていたなら頭の一つや二つ、おかしくなるのも仕方ないのかな。

 

ふぅ、すぅ、と、部屋から出て呼吸を一つ。

…あ、そう言えば明日、誘ってみないと。

 

 

 

「ベル、入ってきて構いませんよ」

「あ、はい…失礼します」

「なんでわざわざここでやるんやろなぁ…いや、まぁ、見てて面白いからええんやけど」

「ふふん、見てくださいベル、ほら、魔力がまた伸びたんですよ!」

「…あ、本当だ。あれ、上限じゃなかったんですか?」

 

確か昨日の更新の時、上限っぽいってロキ様が言っていたような…でも、確かにレフィの魔力は伸びている。

 

「スキルの効果っぽいなぁ、()()に張り合いたいんやろ」

「うっ…ま、まぁいいじゃないですかそんなことは。ほら、私だってやればできるんですからね!」

「そんなことはとっくに知っていますよ…レフィは凄いです。でも、レフィ、僕がよく言われる言葉を返すのはあれですけど…無茶はダメですよ?」

「ふぐっ…」

「昨日の鍛錬の後、ろくに休まずにダンジョンに潜って…僕が言えることじゃないですけど、それも一人で。精神疲弊(マインドダウン)でも起こしたらどうするつもりだったんですか。僕、レフィが居なくなったりしたら…多分もう立ち直れないです」

「あう…」

「…お願いだから、レフィももっと自分のことを大切にしてください。僕は自分のことよりレフィの方が大切だと思っていますから、レフィが傷付くところは…見たくないです」

「は、はぃ…う、わ、私、もう行きます!」

 

僕のお願いにコクコクと頷いてくれたレフィは、ぼっと顔を真っ赤にして焦るようにどこかへ走っていった。後に残されたのは、苦虫を噛み潰したような…いや、甘い物を無理やり食べさせられた時の僕のような表情をしたロキ様と僕。

 

「ベルたん…」

 

そして、何か生暖かい眼差しで僕のことを見て、悟りを開いたかのような声音で僕へと語り掛けてくるロキ様。

 

「は、はい、なんですか?」

「夜道と背中には気を付けるんやで…?」

 

そんな様子からは想像だにできない、不穏な言葉。

 

「なんですかその不穏な注意は!?」

「まぁほら、ベルたんももう用事ないんだったら早く自由にした方がええんちゃうか? せっかくの休みなんやし」

「なんか、納得いかないですけど…ま、まぁ、そうですね、そうします」

「ゆっくり休むんやで〜」

 

僕も、ロキ様の部屋から出ていく。

…あ、レフィを誘うの忘れてたなぁ…どこに行っちゃったんだろう。

 

 

 

「レフィーヤなら、お風呂に行ったけど?」

「そうですか…後でまた来ます。ありがとうございます」

 

部屋に戻ったかと思い、レフィとエルフィさんの部屋に来るとどうやらレフィはお風呂に入りに行ったらしい。まぁ、ボロボロだったしそれもそうだよね…しかし、前にアキさんに言われたことが少し分かった気がした。確かに嫌な匂いではなかった。

 

「気にしないでー、それより、レフィーヤ顔真っ赤にしてなんて格好で…っ! って言いながらお風呂に駆け込んでいったけど、なんかあったの?」

「いえ、特には…?」

 

戻ろうとする僕に、エルフィさんが話しかけてくる。立ち止まって、会話を続けた。

レフィの行動の理由を聞かれたけど、そんな風になる原因は何もなかったと思うけどなぁ。

 

「絶対そんなことないと思うんだけど…さてはベル君、天然さん?」

「なんか、含むものがありませんか?」

「うん、あるよ。普段の君を見てるとねぇ…多分、いや絶対レフィーヤに何か言ったでしょ」

 

エルフィさんはなんだか、呆れたような顔で軽く息を吐きながら僕の顔をジッと見てくる。

 

「う、うーん…? 言ったことといえば、無茶はしないでほしいとか、そんなことくらいなんですけど」

「本当にそれだけ?」 

 

覗き込むように僕の瞳を見て、重ねて聞いてくるエルフィさん。

 

「えっと…他に言ったのは…レフィの事は自分の事より大切に思ってる、とかですかね」

 

その後に言った事を思い返して告げると、エルフィさんは一気に肩を落とす。

 

「はいアウト、それで特にないって言えちゃうのがなんでか全くわからないくらいアウト。それを真顔で素で言えちゃうのかぁベル君は。なんか、レフィーヤとアキさんから色々な話は聞いてたけど今の会話だけで君のことがよく分かった気がする」

「えっと…褒められては…いませんよね?」

「うーん、ある意味褒めてるよ? うわーすごいなーって」

「そのうわー、は感動とか驚きじゃなくてため息的なあれですよね!? 感情が篭ってませんよ!?」

「あはは、まぁまぁ気にしないで。でもベル君、悪い事は言わないから背中には気をつけた方がいいと思うよ?」

「それさっきロキ様にも言われたんですけど…」

 

なんだろう、僕は背中に何か抱えているのだろうか?

実は悪戯で的の絵でも描かれてたりするのだろうか?

 

「…まぁ、1時間もしたら帰ってくると思うから、昼過ぎにまた来るといいんじゃないかな」

「え、長…あ、いや、そうします」

 

女の子のお風呂は長い、うん、よく物語でも見る情報だ。

とやかく言うのはやめておこう…でも、レフィ、徹夜明けで睡眠も取らずに長くお風呂に入って、上せたりしないのかな。少し心配だ。

 

 

 

案の定、風呂場で倒れてるレフィの姿が発見されたのは僕がお昼を食べている時。これは、明日もダメそうだ…どうしようかな。

自室でそんな事を色々と考えていると、レフィの様子を見ていたエルフィさんから少し用事を済ませに行かなきゃいけないから面倒を見てあげてと頼まれた。

まぁ、レフィと話す機会だし大人しく聞いておこう。女の子の部屋に入るのはなんだか緊張するけど…。

 

 

 

「うぅ、ベル、そういえば何か話があったんですか?」

「無理に起き上がらなくていいですから…寝てて下さい。せっかくの休みだから明日、一緒に出掛けられたらなと思っていたんですけど…無理はしない方がよさそうですね」

 

エルフィさんと入れ替わりに来た僕を見て、僕が探していた事を聞いたのかレフィが少し唸った後に尋ねてくる。恐らく、頭がフラフラしているのだろう。

それに僕は、明日、一緒に出掛けないか誘おうとしていた事を告げるがこの様子を見ると…明日は無理かなぁ。仕方ない。

 

「い、行きます行きたいです、行きましょう」

「いや、無理をして体調を崩したら困りますから…」

「大丈夫です、明日には治りますからっ」

「いやいや、そんな軽いものには見えないですよ!?」

 

恐らく、上せたのを切っ掛けに今までの蓄積された疲労が畳み掛けるようにのし掛かったのだろう、とてもじゃないけどただ上せただけには見えない。多分火照っているだけではなく、熱も出ているのだろうか?

水桶とタオルが用意されているし、レフィの額には濡らされたタオルが既に乗せられている。

 

「で、でも、折角ベルから誘ってくれたのに…本当に大丈夫ですから。今日1日しっかり休めば、明日にはなんて事ありません!」

「…わかりました、明日の朝、レフィの体調次第にしましょう。代わりに今日はしっかりと休んでくださいね? 何かして欲しいこととか、欲しいものとかありますか?」

 

うぅん、恩返しのために誘っているのに気を遣わせているようでなんだか申し訳ない…。よし、そのお返しも含めて、今日と明日はレフィに尽くそう。

 

「…そ、そうですね……………そうだ、ベルは英雄譚がお好きでしたよね?」

「ええ、まぁ」

「でしたら、おすすめの英雄譚を語り聞かせてくれませんか?」

「…そんな事でいいんですか? じゃあ、そうですね…僕のお気に入りで、ティオナさんとも語り合ったことがあるんですが…道化の英雄、いえ、始原の英雄アルゴノゥトの話でどうですか?」

「…詳しくは聞いたことありませんから…ええ、お願いします」

 

そうして語るのは、とある滑稽な男の話。不相応な望みを持ち、幾多の思惑に翻弄され、それでも愚者を貫いた、一人の道化の物語。

だけど僕は、この話がどうしてか好きだった。

助けに行った王女に助けられるという展開には、僕の幼い心は格好悪いと告げていたけど…それでも、その在り方に酷く憧れた。

 

それは『喜劇』、神々がこの地に降臨して『神時代』が始まる前、世界を支配する嘆きと絶望を終わらせるその第一歩、『英雄時代』の始まりを告げた『始原の英雄』の話。

 

そんな英雄譚を、僕はレフィの看病をしながら話し続けた。




エッセンス程度のアルゴノゥト要素。
ちなみに、ベルのミノタウロス戦やインファントドラゴン戦を見ていないのでティオナはベルに対してアルゴノゥトを思い浮かべていません。

折角のアルフィー関係、ベルレフィ関係に活かしたいところなんですけどね。いや、十分活きてるのかな…?

配役も年齢関係も逆だけど誰も手を差し伸べていないところに差し伸べたりしてるし…。


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60話 騒動勃発

「さぁ、行きますよベル!」

「はい、行きましょうか、レフィ」

 

結局、言葉の通り次の日の朝には全快した様子のレフィと僕は街へと出掛けることにした。今日は冒険者としての僕達ではなく、ただのベルとレフィとして。

 

「…その服、似合っていますね。戦闘衣とは印象が違って、可愛いです」

 

つまり、今日は2人とも私服らしい私服だ。

普段は少し出掛けるくらいでも、念の為に帯剣していたり戦闘衣を着ているけど今日の僕達はどこからどう見ても一般人にしか見えないような装いをしている。

 

「ふふーん、前にアイズさん達と一緒に買いに行ったんですよ! ベルも似合っていますね。そんな服、いつ買ったんですか?」

「ええと、前にシルさんと買い物に行った時に…」

 

聞かれたことに答えると、満面の笑顔だったレフィの顔が笑顔のまま固まった。

 

「へぇー、そうですかぁ…」

「え、う、は、はい…?」

「…まぁいいです、なんか、そろそろベルのそういうところに怒るのも馬鹿らしくなってきました…」

「あ、あの?」

「気にしなくていいですよ、私もあまり気にしないようにしますから」

「な、なんかすいません…」

 

多分、僕の言葉か行動か何かがレフィの…というより、最近の周りからの反応を見るに女の子の心の中の何かに引っ掛かったんだろうけど…僕はまだまだ未熟だなぁ。お爺ちゃんの言う、沢山の女の人に好かれるような漢になんて中々なれそうにない。いや、そう言うのを求めているわけじゃないけど。

 

でも、英雄たる者、女を侍らせよとか、ハーレムを築けとか色々言ってたけど…。お爺ちゃんは実際、そんなものを作っていたんだろうか。なんか、時たま実感が凄く、物凄く篭った声で語っていたけど。

メンヘラとかヤンデレってなんのことなんだろうか。

 

「…それで、今日はどこへ行きましょうか?」

「ええと、お昼は前にリヴェリアさんと行ったお店に行こうかなと思っているんですけど…それ以外はあんまり考えてなくて」

「そうですか…それでは、少し見たいお店があるのですが付き合っていただいていいですか?」

「勿論ですよ」

 

今日は良い日になりそうだ。

雲一つない青空の下、僕とレフィは手に手を取り合い、街を散策した。

 

勿論、今日も凄い数の視線に襲われたけど…もう、気にするだけ損なんだろうなぁこれ。レフィも見られることに慣れているのか、そこまで気にした様子は見せていないから、僕も気にしないようにしよう。

 

「今、あれが虜にされたエルフか…とか呟いたなんとなく、本当に何となく腹が立つ同胞の男の顔はしっかりと覚えましたよ」

「今何か言いましたか? レフィ」

「いえ、なんでもありませんよ?」

 

時々、不穏なオーラを発していた気もするけど。

概ね平和に、凄く楽しい時間を過ごすことができた。

 

 

 

「あぁ、ここでしたか。私もたまに来るんですよ。ベルの好みに合ったなら良かったですけど、人間種族(ヒューマン)の男の子だとここのご飯は物足りないのではありませんか?」

 

このオラリオで、エルフの中で一番人気の高いお店なんですよここ、そう言うレフィはなんとなくだけど嬉しそうな顔だったと思う。ここにして良かった。

 

「やっぱりレフィも知っていたんですね…いやいや、そんなことありませんよ。とっても美味しかったです」

 

そんなことを言いながら、店内へと入る。

偶然にも、僕達を迎えてくれた店員さんは前にリヴェリアさんと来た時と同じ店員さん。

 

「いらっしゃいま…せ?」

 

今回は、僕達2人を見て目を丸くしていた。

 

「…お席に案内いたします、こちらへどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 

グッと、何かを呑み込むようにした店員さんが僕達をそのまま案内してくれる。何か問題でもあったのだろうか…?

案内されて椅子に座ると、レフィが僕の様子に気が付く。

 

「前にリヴェリア様と2人で一緒に来たなら、あの対応も仕方ありませんよ。同胞ならともかくリヴェリア様が他種族と2人きりでどこかへ行くことなんてアイズさんやフィンさん、ガレスさん、ロキさんを除けば滅多にありませんからね」

 

そして、リヴェリア様のお気に入りとエルフの中では既に広く認識されているのでしょう。と、レフィは困ったような笑顔でそう教えてくれる。

 

もしかしたら、噂を鵜呑みにしている人もいるかもしれません。次には、意地悪な笑顔でそう言ってくる。

 

噂って言うと…ハイエルフの隠し子ってやつかな?

あはは…なんか、もしそうなんだとしたら本当にリヴェリアさんに申し訳ない…。

それにもしかしたら、あの時の動きで誤解されているのかもしれないし…そんなことはないと信じたいけど。

 

 

 

ランチを楽しみ、街の散策を楽しみ、既に西日が照り付けてくる時間帯。歩き疲れ、太陽に熱された僕達は休憩がてら噴水広場のベンチへと座る。2人横並びに、肩が触れない程度の距離。

 

「…視線、凄いですね」

「そうですね…痛いくらいです」

「まぁ、それだけベルが有名になったと言うことですよ。冒険者としては喜んで良いと思いますよ?」

「これが、何か偉業を成し遂げたからとかで見られてるなら良いんですけど、これ噂のせいですよねほとんど…なんであんな噂が…」

「まぁ、ほとんどはそうかもしれませんけど…それでも、ミノタウロスの撃破にランクアップ最速記録の更新。ベルに注目している人や神は、少なくはありませんよ? 有名になると言うのも良し悪しですが…私も、魔法大国(アルテナ)からは目を付けられているようですし」

 

そんな風に話している僕達の耳に、わざと聞かせるかのような大声が。

 

「ーー何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

その声に顔を上げると、僕達の前に、徒党を組んだ数名の冒険者達が姿を表す。全員、何かニヤニヤとした笑みを浮かべて僕達の方をチラチラと見てくる。その顔に浮かんでいる感情は…きっと、悪意。

 

その先頭に立つ、小人族(パルゥム)の冒険者が声の主のようだ。

 

「…ベル、相手にしてはいけませんよ」

「レフィ…はい」

 

それを受けたレフィが顔を曇らせながら、僕に注意する。

 

新人(ルーキー)は怖いものなしでいいご身分だなぁ…最速兎? ランクアップ記録更新? ハンッ、嘘もインチキもやりたい放題だ、オイラは恥ずかしくてそんな真似できねぇよ!」

 

甲高い、幼い少年のような声が活気ある広場の喧騒に遮られながらも響く。近いところにいる人はその声を聞いて、少し遠くにいる人も騒ぎを感じ取ったのか目を向けてくる。

 

金の弓矢に燃える球体…いや、輝く太陽。それを刻んだエンブレム。

目の前にいる冒険者達の、統一された黒の戦闘衣。その肩に貼り付けられているどこかのファミリアの証。

僕には、どこのファミリアかはわからない。それを悟ったレフィが僕の耳に口を寄せて、呟く。

 

「…アポロン・ファミリアです、厄介なところに目を付けられましたね」

 

そして、何も言い返してこない僕達を見て小人族の冒険者は顔を歪ませる。酷い笑い方だ、人を貶すことしか知らないような、そんな笑み。

 

「ああ、でも、掠め取るのだけは上手らしいな。瀕死のミノタウロスを倒した()()()()で昇格できたんだって? 流石はあの()()()『兎』だ、立派な才能だぜ!」

 

冷やかしているのか、嫉妬か、それとも…侮蔑か。

ランクアップの理由は公表していなかったけど…そうか、世間ではそう言うことになっているのか。

それでも僕は口を閉ざす。レフィが、僕の手をギュッと握りしめている。他派閥の団員だ、今ここで手を出してはいけない、揉め事は起こすなと、レフィの手が教えてくれる。

 

広場の中、僕らの周りには不安げに行く末を見守る人達や、呆れた目で見る同業者達が多くいた。ここで怒り返すほどの踏ん切りを、僕は付けられない。

気にしないように努めていると、その小人族はわざとらしくレフィの方へと目を向ける。

 

「おや…? 横にいるのは名高き『千の妖精(サウザンド・エルフ)』じゃないか! 誇り高きエルフの癖にこんな『兎』に骨抜きにされた、堕ちたエルフだそうだな!」

 

その言葉に、僕は一瞬怒気を膨れ上がらせる。僕への言葉は、別にいい。だけど、その言葉は…っ! だが、そんな僕をまたしてもレフィが引き留める。

 

「ベル、落ち着いて…落ち着いてください」

「レ、レフィ…でも」

「私は大丈夫ですから…こんな相手の戯言、聞く必要はありません。それに、それなりに有名とは言え、アポロン・ファミリアがロキ・ファミリアに本格的に喧嘩を売って勝てる見込みは皆無です。間違いなく、何か裏があります…こちらから手を出してはいけませんよ」

「は、はい…」

 

それでも尚、黙りこくる僕達に苛立ったのか大きな舌打を一つしてから、更に声を荒げるその小人族。

 

「フンッ、あの狡猾でずる賢い神のことだから、何か人に言えないことでもしたんだろ? そうでなきゃ、こんな短期間でランクアップなんてできるわけがないんだ! あぁそうか、疚しいことがあるから何も言い返せないのか!? ハンッ、どうせ高レベルの冒険者にでも頼み込んで分不相応な経験でも積ませてもらったんだろ!? そんな情けない真似、オイラにゃできねえなぁ! あの瀕死のミノタウロスだって、お前らが仕込んだんじゃないのか!?」

 

その言葉に、僕は身体を止められなかった。

 

「…っベル!? 待って!」

 

止めるレフィの手を振り払うようにして立ち上がる。レフィに悪いとは思うけど、僕はもう黙っていられなかった。

立ち上がった僕と、立ち向かう小人族。広場の中の騒めきは大きくなる。僕達を囲むようにして人だかりが出来ていた。

 

「何だ、図星か!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、あんなこと、できるわけねえもんな!? 悔しかったら文句の一つでも言い返してみろよ!」

 

喧騒の中を切り裂くような、小人族の声。若干の焦りを見せながらのその大声は、周りに響いていった。

 

明らかな挑発、明らかな侮蔑。そして、ファミリアまでもを見下すようなその発言。それに対して僕は飛び掛かり…ベートさん直伝、延髄蹴りで返事をした。




ベルに褒められても動揺度合いが減りました、レフィ。これは…慣れ?
と言うより、テンション上がってるから褒められた言葉をそのまま嬉しく受け取っている感じですね。

ベルきゅんがバーサーカーになってしまった、なんでや。

次回、ルアン、死す! デュエル、スタンバイ!
※死にません


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61話 策略光明

「げべっ!?」

 

石畳に叩き付けられる小人族(パルゥム)を見て、共にいた冒険者達が慌てて動き出す。

 

「ルアン!?」

「お前、いきなりなんて事を!?」

「息はしてるか!?」

「ちょ、え!? あ、あの、手加減はちゃんとしましたよ!?」

 

なんの抵抗もされることなく、あっさりと吸い込まれるように決まった蹴り。ちょっとくらい、反撃されるかと思ったんだけど…あまりの棒立ちっぷり、反応の遅さに慌てて直前に力を抜いて、間違っても死んだりしないように出来る限り威力は弱めたつもりだけど…それでも石畳に叩き付けられたことで意識を失っているみたいだ。

 

「クソっ! 先に手を出したのはそっちだからな!」

 

そうして、殴りかかってくる5人の冒険者達。

でも…。

 

「見える…」

 

フィンさんとずっと戦っていた今の僕にとっては動きが分かり易い上に、遅い。尽くを躱し、叩き落とし、受け、弾く。

そうして、相手の全員が倒れ伏す中、僕だけが1人その場に立っていた。

 

そこに、わっ!! と周囲から歓声が飛び交う。荒事に慣れている一般人や、そういった物を好きな冒険者にとっては今のやり取りは一種の見世物だったのだろう。よくやった坊主だの、女の前でかっこいいところ見せたなぁなどと冷やかし、囃し立てるような声。

 

しかし、それらを黙らせる威圧感を携えて、1人の男が僕の前へと歩み寄ってきた。

 

「よくも暴れてくれたな、『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』。我々の仲間を傷付けた罪は…重いぞ?」

 

その気配に、僕に倒された冒険者達側に立つ者であることに勘付いたのか、周りにいた人達が騒ぐ声を抑えて距離を取る。開けたスペースに、僕とその男…細身で長身、エルフにも負けず劣らずな…しかし、耳が長くないことから人間種族だろう。美青年の男。その男だけがいる。

 

派手な相貌に似合う、洗練されてはいるけど派手な姿。僕達、ロキ・ファミリアの中にはあまりいないタイプだが…確かな実力を感じさせる。

 

「…ヒュアキントス・クリオ」

「『太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)』じゃねえか!」

「Lv3の第二級冒険者と、Lv2とはいえロキ・ファミリアの最速兎か…」

 

そこに漏れ聞こえてきた、周囲の言葉。その中で、大事な情報が一つ。

Lv3、第二級冒険者。

 

僕の一つ上を行く、上級冒険者。ましてや、その立ち居振る舞いから見て前衛なのは間違いない…もし彼がここで仲間の仇を取るように攻めてきたら、僕は抗えるだろうか。

 

「…ふん、アポロン様は何故このようなガキを…まぁ良い、今の行動…相応の報いは受けてもらうぞ」

「待ってください! 先に挑発してきたのは貴方達の方…っ!?」

 

どうやらそのつもりはないようだがしかし、余りにも身贔屓なその発言。

レフィがその物言いに文句をつけると、ニヤリと顔を歪め、パチン、と、ヒュアキントスと呼ばれた男が指を弾く。

 

その瞬間、先程まで歓声を送ったり、騒めいていた人達が一斉に表情を変える。そう、誰も彼もが見下すような目で僕達のことを見ている。

人垣の向こうでは、普段と変わらぬ広場の姿が見えるように思う。

つまり、これは

 

「…ふむ、証人はいるのか? こちらには、そちらから先に手を出したと証言してくれる者達と、実際に怪我を負った仲間達がいる…どうした? 顔色が悪いぞ?」

「…っ!!」

「なっ…!?」

 

嵌められた。僕とレフィが、そう気が付いたのはその瞬間だった。

 

思えば、僕達の周囲を三重程度に囲っている人達は…恐らくだけど、あのルアンと呼ばれていた小人族(パルゥム)が声を発したその時から、既に居た気がする。つまりはその時点から、僕達はこのファミリアとその関係者か協力者に囲まれ…このやり取りが外へと漏れないようにされていた。

 

もし仮に、事態を見ていた人達が全て彼の影響下だとしたら…残される情報は、僕が殴り掛かったこと。僕が無傷なこと。そして、相手は怪我をしていること。間違いなく、こちらが加害者となる。

 

これに対する報いが何かはわからない。僕個人へのペナルティで済むなら、甘んじて受け入れもするけど…目の前の彼のこの物言いだと、そうはいかない気がする。

 

「『千の妖精(サウザンド・エルフ)』と『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』。ロキ・ファミリアのLv3とLv2の冒険者が、我がアポロン・ファミリアのLv1の冒険者を相手にこうも甚振ってくれたのだ…ファミリアとしては規模的に全く持って対抗できない我らとしては…被害者としてギルドに報告する他あるまい?」

「…っ、それは…っ!」

 

わざとらしく強調された、ロキ・ファミリアという言葉。

 

明らかに、彼らはファミリアを巻き込んだ大きな問題にさせようとしている。その狙いが、わからない。レフィが教えてくれたように、今、目の前の彼が自分で言っているように、ファミリア同士の規模で言えば相手にならないはずだ。そこまで強気に出てこんな策略をするほどの何か理由か…後ろ盾があるのか。

 

僕達が対応に悩んでいると、その美青年を筆頭にした集団は何故か踵を返し去り始める。

 

「…ふん、精々震えて待っていろ。近く、そちらの主神へと我が神から話が舞い込むであろうからな」

 

そのままあっさりと退散していく集団。ポカンとしたまま取り残される僕とレフィ。とりあえずはこの場はなんとかなったようだけど…一体、どうしたら良いのだろうか。

 

「…ベル、帰ってすぐに相談に行きますよ」

「ええ、ロキ様にも話しておかないと…ごめんなさい、折角の日がこんなことで終わってしまって…」

 

そして、一旦落ち着くと湧き出てくるのは後悔。

僕のせいで、レフィを変なことに巻き込んでしまったし、あんな言葉をぶつけられることになってしまった。レフィの為にと思って、そう過ごした綺麗な1日が、なんだか、ぐちゃぐちゃに混ぜたペンキをぶち撒けられたかのように汚れてしまった。

 

「大丈夫ですよ、また、一緒に出掛けましょう? それに、覚えのある顔がさっきの集団の中にいましたから…後悔させてやります」

「あ、あの、レフィ…なんか、怖い…」

「あぁ、すいません。つい考え事を…では、帰りましょうか」

「…そう、ですね」

 

それでも、繋いだ手と手の間に気不味さがなかったのが唯一の救いだ。

 

 

 

「ほぉん、喧嘩なぁ…ベルたん、大人しいなぁ思っとったけどやるときはやるんやなぁ」

「ンー、彼らが何を狙っているのかはわからないけど…ロキ、実際ギルドに話を持ち込まれたらどうなる?」

「せやなぁ…うちらにギルドからのペナルティと、ベルたんとレフィーヤに個人的なペナルティが課されるくらいやないか?」

「そのくらいで済むのであれば、黙殺しても構わないが…恐らく、何か更なる謀があるのだろう」

「ガッハッハ、その程度の策略、正面からでも打ち破れるじゃろう!」

「ンー…ガレスの言うことにも一理ある、けど…なんだ。この状況で狙えることなんてそう多くはないはずなのに…親指が妙に疼く」

 

その厄介な話を持ち帰った僕達に、ロキ様を始めとして幹部組が顔を揃えての話し合いが開かれた。

 

「…その、迷惑をかけて、本当にごめんなさい…」

「気にせんでええよ、今でこそ少ななったけど、昔はもっともぉっと揉め事ばっかりだったからなぁ!」

「あぁ、今が平和すぎるくらいさ…しかし、対応は考えないといけないね。どんな話を持ってくるかはわからないけど、全て突き返すのもそれはそれで悪手だ」

「そうだな…今のベルに対する噂の中に今回の話が悪意を持って混ぜられれば、人々からどんな目で見られることか。ベルの身を守る為にも穏やかな解決を狙う他ない」

 

胃がキリキリと痛くなる。僕があそこでレフィの静止を振り払わなければ、こんなことにはならなかっただろう。

 

「…ベル、その、あまり考えすぎないでください」

「せやで、ベルたんは嵌められたんやからしゃーない。今回何もなくても、あのアポロンやからな。何回も何回も罠を張り巡らされていつかはこうなっとったやろうからなぁ…チッ、あの変態…」

「あの神は、気に入った子供と見れば他の神の眷属だとしても奪うことで有名だから…ね…?」

「ん? どないしたんや、フィン」

「何か思い付いたことでもあるのか?」

 

僕を励まそうとしてくれたレフィとロキ様の会話に、苦笑しながら言葉を連ねたフィンさんが急に口籠る。いや、まさか、そんな…しかし、でなければ…などと呟きながら、深く考え事をしているようだけど…?

 

「…アポロン・ファミリアの狙いが分かった」

「「「「「え?」」」」」

そう言うフィンさんの瞳は、いつになく力が篭っていた。

 

 

 

「…アポロン様、無事、遂行いたしました」

「よォくやってくれたヒュアキントス! これで計画が前進する…フフフ、待っていてくれ私の愛しい、愛らしい兎君…君をこの手に抱く時は、すぐそこだ!」

「…何故、我が神はあの者のことをそこまで…っ!」

 

 

 

「恐らく、今回のアポロン・ファミリアの狙いは大きく3点。一つは、ベルに手を出させて加害者にすること。もう一つ、ベルとの会話の中で僕達に何か疚しいことがあるという印象付け。そして最後に、ベルのステータスの確認」

「は、はぁ…?」

「…成る程な」

「…あー、そういうことか。確かに、それはちっと困ってまうなぁ」

「ふむ」

「成る程…?」

 

分かっていそうなリヴェリアさんとロキ様、分かっていなさそうな僕とレフィとガレスさん。3人と3人に分かたれた高度な会話に、僕はついていくことを諦めた。

 

「ベルの動きを見て、ギルドにランクの詐称報告の疑惑でも立てるつもりなのだろう。それを遠回しに勘付かせるために()()()()などと表現したんだろうね。実際にLv2だからもしギルドに開示要求をされてもそれ自体は構わないけど…ベルの場合、スキルが見られるとどうなるか」

「間違いなく色んな神から狙われるで。スキル、どれ一つ取ってもレアスキルやしなぁ。ましてや、あの色ボケが執心してるんや、暴走した馬鹿男神(アホンダラ)共がベルたんに手を出しに来ても不思議は…ないなぁ。いくらうちが都市最大派閥や言うても、連合でも組まれたら厳しなるで」

「そうなると、ベルのこの先にかなり影響が出るだろう。街中でもダンジョンでも気を休められなくなりかねないぞ?」

「ああ、それを分かりきった上での企てだろう。ベルのことを思えばどうするのが良いか、と僕達に問いかけてきているんだ。確かに大人しく条件を聞き入れれば、多少の悪評は流れるかもしれないけれど狙われることはあまりないだろう。まぁ、そんな条件を飲むわけにはいかないんだけどね」

 

とりあえず、僕にとって悪いことなのは分かった。

そうだね、とフィンさんが呟いて、親指をひと舐めしながら話を続ける。

 

「恐らく、アポロン・ファミリアはベルが間違いなく希少なスキルを持っていると判断した上での行動だろう。それも、うちがそれを開示したくない何かの理由があると考えて。そうなると、足元を見た交渉をしてくるのは間違いない…その場合、持って行かれそうなのは…ベル本人、かな」 

「やろなぁ…なんせあの変態、ベルたんに『愛兎(ラブリィ・ラビット)』なんて二つ名付けようとしてたし…ま、色ボケが参戦しなさそうでひとまず安心やな。あいつもベルたんをアポロンの元に行かせるなんてことは納得しないやろうしな」

 

となると、取れる選択肢は3…いや、4つ。

 

フィンさんが親指を除いた4本の指を立てて、一つ一つ指折り説明を始める。

 

「まずは膝を屈すること。この場合、ファミリアへの影響は最小限に収まるだろうけど、恐らくはベルをアポロン・ファミリアに引き渡すことになるだろう。名目は…そうだね、痛めつけられて戦闘ができなくなった冒険者の穴埋めとして、とかかな?」

「有り得ないですね」

「それはないな」

「んなことするかいな」

 

僕より早い反応で放たれた3人からの否定。それにフィンさんは苦笑して、小指を折る。

 

「次は、駆け引きをすること。あちらが先にこんな手段を取ってきたんだ。僕達がすることを非難される謂れはないから…あちらにダメージが残るほどに問題を起こさせて、それとベルの問題を帳消しにする代わりに尻拭いをすると交渉をする。ただ、これは時間がかかるし確実性もない」

「…有りですけど、保留くらいですね」

「まぁ、他に案がなければそうするしかない、と言ったところだな」

「うちならそう言う手を真っ先に考えるんやけど…フィンの考えは違うんやろ?」

 

またしても、笑みを零しながら薬指を折る。残されたのは、二つ。

 

「それなら、いっそのこと神アポロンを殺すと言うのはどうだろうか?」

「流石にそれは…」

「いや、ダメだろう」

「ふむ、考える余地はあるかもしれん」

「それはいくらなんでも不味いやろ?」

「…さ、最終手段としてなら…」

 

今度は、完全に笑いながら中指を折る。フィンさん、こういう冗談とか言うんだ…。少し、強張っていた身体がほぐれた気がする。

 

「では、最後の一つ…正々堂々と正面から、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で雌雄を決しようと持ち掛ける、というのはどうかな?」

 

勿論、僕達に不利な条件を突き付けて来ることは間違い無いけどね。そう言うフィンさんに、ロキ様とリヴェリアさんは少し悩む。

 

「…まぁ、うちらとしても言い分はあるし無理難題を言われたら宣戦布告する理由にはなる。けどなぁ…あっちがそれを受けるとは思えへんで?」

「ンー、そこは少し考えないといけないけど…あちらから宣戦布告させればいいだけさ。条件は厳しいものを言ってくるだろうけどね」

 

ベルには、頑張ってもらわないといけないね。

 

そう言うフィンさんの顔は、何故か、今の僕には勇者ではなく魔王のように見えた。




はい、アポロン様のこういった策略(?)でした。
ルアン君は縁起派だなぁ()
ちょっと導入に困ったのでこう言う展開にしました。まぁ、大筋に変化はありません。

アポロン様が出てきた瞬間感想がめちゃめちゃに増えて驚きました。みんな、なんやかんや言ってアポロン様大好きなのでは…?
作者は訝しんだ


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62話 子兎自覚

前話、感想でも突っ込まれて自分でも読み返して自分自身、何が言いたいのかわからねえな…ってなったので補足説明会を含めて、ベル君にも今の自分の状況を把握してもらう為にこんな回を入れました。
やったねみんな、ベル君が少し精神的に大人になったよ!
なお、出来るだけという保険はしれっとちゃっかりと掛けておく模様。


「…さて、ベルがついて行けていないようだから、本人にもわかりやすく説明するとしようか。今後も、君は色々と注目されるだろうし騒動の中心に立つことも多くなるだろうからね。身の振り方というのは、覚えておいた方がいい」

「お、お願いします!」

 

少し話を中断して、僕へと向けた説明をしてくれるフィンさん。

今回の騒動の狙いや、僕の何を狙われているかなど、この先でも気をつけるべき事柄を僕に自覚させるように教えてくれる。

 

「まず…君は他の同Lvの冒険者や、同時期に冒険者になった者と比べると物凄く注目されている。これは、色々と理由があるけど…表に出ているもので言うと、あの噂だね」

「は、はい…それは、感じてます…」

「でも、それに隠れているだけで君の異常な速度でのランクアップというものは十二分に注目されている。アイズの1年という、今までの記録を大幅に抜いての更新、しかも同じファミリアからだから、余計にね」

「それは…そうですよね、はい」

「その時点で、君に特別なスキルがあると睨んだ者は多いだろう。それが、攻撃系スキルかアビリティ上昇系スキルか…はたまた未知のスキルかわからないにしてもね」

 

多分、神アポロンはそれを()()()()()んだろう。

フィンさんは、そこで一度言葉を切ると水を一口飲み、ロキ様へと目を向ける。

 

「まぁ、ロキが本当に言えないような疚しいことをしたという可能性もあるにはあるけどね」

「んなこと、うちがするかいな!」

「ロキは天界で相当暴れていたようだからね。今でこそ最大派閥としての発言力があるから問題ないだろうけど、疑いの目は常に向けられているんじゃないのかい?」

「それは…否定できんなぁ…。ベルたんの成長はどうにかこうにかしてうちの力を使ったんやないかって思われとるかもしれん…」

「そこを突かれたとも言える。疑いを持つ神々が増えれば、その疑いを晴らす為には…なんてことにもなりかねない。恐らく、神アポロンもそういう意図だろう」

 

疑うような口調のフィンさん、心外だと言わんばかりのロキ様。しかし、鋭いフィンさんの返しに項垂れて、じゃあうちのせいなんか…? と項垂れるロキ様。

ロキ様の撃沈により2人のやりとりはすぐに終わり、話が続けられる。

 

「話を戻すけど、今回の騒動…多分、君の持つ希少スキルの系統を知りたかったんだろう。神アポロンはモンスターに対する攻撃力の強化か、自分のアビリティの強化あたりかと睨んでいたんだろうね、実際に動きを観察して予測することにした…騒動で君の動きを観察した今、恐らく神アポロンは君のスキルをアビリティ上昇だと確信しているに違いない、それも、破格な性能のね」

「成る程…?」

「だけど、実際はそうじゃない。いや、君の持つその系統のスキルも十分に強力で希少なものだけど、本当に希少なのはそれじゃない。早熟…成長促進に関わるスキルと、S999で限界だと思われていた基礎アビリティが、それを突破して4桁に突入し、尚も成長しているという事実だ」

 

そのスキルと基礎アビリティが知れ渡れば、君はもう、色んな存在から狙われることだろうね。そう言うフィンさんの顔は、なんだか、可哀想なものを見る目だった気もする。なんだろう、狙われることへの同情というか、憐憫というか、心の底からの何かの感情を向けられている気がする。

 

「だがしかし、成長促進スキルに関する情報は今のところ僕達を除いて他所には漏れていないはずだ。今までに前例のないスキルだから、それと想像するのも難しい、人は、前例から類似したものを考えてしまうからね」

 

今回の場合は、過去に早いランクアップをした者達の公開されているスキルに似たものを真っ先に考えるだろう。

そう言われると…確かに、僕でもそう考えると思う。

 

 

「もし、ベルのスキルの情報が他所に既に漏れていればもっと動きがあってもおかしくないから…それはないだろう。ロキの方にもそういう話は…ないんだね? ただ、結果的に功を奏する形になる神アポロンの策略によってベルのステイタスがギルドによって強制開示させられる可能性が出来た、これが、今回最も重要な事だ」

「強制開示…と、ということは…僕のステイタスが全部公表されるってことですか?」

 

強制開示という言葉に受けた印象で尋ねると、フィンさんはほんの少し悩んで、すぐに答えを返してくれる。

 

「ンー、ステイタスやスキルの全てを公表するなんてことには流石にならないだろうけど…普通なら、ギルドの中で1人ないしは数人で確認するだけだと思うよ。ただ、情報はどこに漏らされるか、どこからどうやって漏れるかわからないからね。幾らギルドとは言え、信用はできない。君のステイタスを確認させるなんてことはもっての外だ…一応確認だけど、ベル、酒場とか外とか、ファミリア外の人もいるところでスキルのことを話したりしていないよね?」

 

その言葉に安堵した僕と対照的に、フィンさんの表情が少し暗くなる。これは、なんだろうか…ギルドへの敵意…? いや、そう言うのではなさそう。単純に言葉の通り信用していないのだろうか。何か理由がありそうだけど…今聞く話でもないだろう。

 

続けるように聞かれた質問には、自信をもってしていないと答える。そうして思い出す。アキさんから言われた言葉を。獣に食べられる、とはこういった事態のことだったのか、と。

 

「なら、やはりまだ秘匿しておくべきだね。せめて君が他のファミリアの干渉を自力でねじ伏せれるようになるまでは。その為には…先程言ったように、ギルドを介入させての解決は仮にそのおかげで御咎めなしになったとしても、ベル、君にとって大きな影響が出ることになるから避けなければいけない」

 

一応、君が完全に悪者扱いされることはないんだけどね、とフィンさんが息を吐きながら話を続け、ときどきロキ様に確認を取りつつ”もしも”の話をしてくれる。

 

「神は下界の子供の言う嘘を見抜ける。これはベルも知っていると思うけど…」

「はい、その、嘘が通用しない…んですよね?」

「せやなあ、吐こうとして吐かれた嘘はうちらには丸わかりや」

「うん、これには幾つかの落とし穴があってね。例えば…そうだね、ベルは女の子が好きか、と問われたら君はなんて答える?」

「え、そ、その…それは、好き、ですけど…」

 

なんて質問をしてくるんだろうか、この人は。

 

「ロキ?」

「まあ、嘘はついてへんわな」

「だろうね、これでベルが実は女嫌いでしたという事実が発覚してしまうようなことがなくてよかった。じゃあベル、君は女の子なら誰でも好きなのかい?」

「え、そ、それは…違います」

「うん、嘘はついとらん。良かったぁ、これでベルたんが女の子なら誰でもええと思っとったら、うちは可愛い眷属(子供)を1人失う覚悟をせなあかんかった」

「これで少しは分かっただろう? 今回は問い方だけど…答え方ひとつ、問い方ひとつで誤魔化せる程度のことでもあるんだ。だからそれを判断に用いる訳にはいかない。それに、黙秘という手もあるからね。まぁ、黙秘した時点でそれこそ疚しい事がある証明になりかねないけど」

「成る程…」

 

つまり、前にロキ様にレフィとのことを問い質された時にも、実は回避することができた…? 何があったのか、と聞かれたんだから…魔法をストックしてました、とかサラッと答えてれば…いや、まぁ、もう一回似た場面になってもそんなに上手く言葉が出る気はしないけど。

 

「それに、程度もわからない。ベルが女の子好きだからと言って、老若問わず好きなのか、幼い子が好きなのか、年上が好きなのか、はたまた同じ年頃がいいのか、どんな風に好きなのかはさっきの質問からは推察できない。それぞれ主観的な考えも違うからね、食い違うことも勿論ある」

「つまり…ギルドに僕のスキルが見られることと、ギルドの介入によって僕達の問題を平和的に終わらせられることを天秤に乗せると…釣り合わない、ってことですか?」

「まぁ、ざっくり纏めるとそういうことだね。それに、ここまでのことを僕ら相手にやってくれたんだ。ギルドに神アポロンの息が掛かった者がいてもおかしくない。そうなると僕らとしては大損もいいところだ」

 

それに加えて、実際どの程度のペナルティが課せられるのか想像もつかないし、とフィンさんは溜息を吐く。迷惑かけてごめんなさい…。

 

「あぁ、今の溜息は君に向けたわけじゃない。勘違いさせてしまったね、気にしなくていいよ…厄介な事を持ち込んだアポロン・ファミリアにはどんな策で踊ってもらうのがお似合いかと、悩んでいただけさ」

 

肩を縮こまらせて俯いた僕に、フィンさんがそう言ってくれる。でもきっと、不要な負担を掛けているのは間違いない。いつも忙しそうなのに、こんな事で時間をかけさせて…本当に、考えなしに動いた自分が嫌になりそうだ。

 

「さっきの話を補足すると、ギルドに介入されたら君達は個々に事情を聞かれて、それを聞いた職員同士で互いの意見に食い違いや齟齬、詐称がないかを摺り合わせた上で問題に対するペナルティが課されるだろう。僕達には暴力行為、あちらには侮蔑行為についてだろうけど…確たる証拠が残る暴力と違って、言葉だけの侮蔑は罪の重さが軽くなりやすいし、質問だけではどの程度の侮蔑を行ったのか、わかりにくい。だから、ギルドを介入させる意味は正直言って薄い。なんなら、ギルドを通したそれは関係ない第三者には"事実"と判断して受け止められてしまうだろうから、むしろ分が悪い」

「な、なるほど…」

 

 

 

その後も、僕に対する説明は続いた。途中途中、僕のことを気遣うようにしながらそれでも根気よく説明をしてくれたフィンさんにはもう頭が上がらない。

そんなフィンさんからの話を聞いて、これから、もう、安易な行動は出来るだけしないようにしようと深く心に刻み込む。

僕はもう、ただのどこにでもいるベル・クラネルではなく、ロキ・ファミリアのベル・クラネルなんだ。何をするにもその名前は付いて回り、僕の起こしたことはファミリア全体に影響するということを、今、確かに認識した。

 

 

 

「…それで、解決方法を『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に持ち込むという話なんだけど…ベル、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に関しては知っているかい?」

「ええと、リヴェリアさんから前に…確か、ファミリア同士の擬似的な戦争…でしたよね?」

「そうだね、その認識で問題ないよ。次はその話をしようか。ロキ、リヴェリア、君達にも考えてもらうよ」

 

 

 

そこから始まるのは、ロキ・ファミリアの中でも特に知に長けた3人による談義。早々に話を聞くことをやめたガレスさん。理解が及ばない間に次から次へと話が進み、置いていかれる僕。目を回しながら食らいつくレフィ。

 

そんな僕らを他所に、天界では最も狡猾だったらしいロキ様、知勇兼備を素で行く、指揮能力は都市一のフィンさん、エルフの王族に相応しい博識さを持つリヴェリアさん。

 

アポロン・ファミリアへの対策が、3人によって組み上げられていった。




まぁ、二次創作だから細かい設定とかは気になるところはあってもみんなふんわりと流してくれるとは思うんですけど、今回は自分自身納得がいかなかったので補足を入れました。自分の文才の無さが恨めしや…!

とりあえずアポロン様の心情は大体100%フィンによって丸裸にされました。ここからフィン監修の元、恐らく勝ち確定演出を常に流しながらの戦争遊戯編に行くと思いますのでよろしくお願いします。

予定話数は4話です、筆が乗って文字数が増えたら3500〜5500字を目安に分割投稿しているので、話数が増えます、よろしくお願いします。


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63話 宣戦布告

翌日、シルさんとの待ち合わせの前に僕はある場所へと来ていた。

 

それは、壮大な建物。

僕達の本拠である『黄昏の館』とはまた違う、あるファミリアの本拠。

 

そう、昨日騒動を起こした相手であるアポロン・ファミリアの元へと、僕達は訪れていた。

 

 

 

「ーーいいかい、ベル。恐らく神アポロンは既に君に執着している。君を手に入れるチャンスが簡単に訪れると見れば…馬鹿げた策略なんかを忘れて、話に乗ってくる可能性は高い」

「ベルたん、うちが許す。精一杯()()してアポロンを()()の場に引き摺り出すんや…せやなぁ、()()()何も()()()から、ベルたんの()()()()()。ちゃんと()()()()()()2()()()()で解決するんやでー? しっかし、ベルたんにもある意味()()()まうわ。まさか敵相手にそんな甘い事言うなんてなぁ…」

「それに、いっそのことだ、ベル。()()()()()()()()()()で噂を塗り潰してしまった方が、後がよっぽど楽になるさ」

 

 

 

昨夜考えられた、僕達が勝利を掴み、屈辱を晴らすための第一歩。どうやら、フィンさんもロキ様もにこやかな笑顔の裏に激しい怒りを隠していたようで、アポロン様から取れるだけのものを取る、と決意を露わにしていた。

 

僕の仕事は、戦争遊戯(ウォーゲーム)の宣戦布告を行わせて、ロキ様とアポロン様を同じ卓に着かせる事。そこからは、ロキ様が全てお膳立てしてくれるらしい。

 

 

 

そして、厳しい視線に晒されながらも難なく通された僕は、昨日会ったLv3の第二級冒険者でありアポロン・ファミリア団長である『太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)』ことヒュアキントス・クリオさんとアポロン様の前に座っていた。

 

「よく来てくれたね、ベルきゅん…それで、私に一体何用かな?」

「きゅ、きゅん…? あ、すいません、ええと、昨日の件についてお話がしたく参りました」

「昨日の件…と言うと、ああ、昨日は私の眷属()が世話になったようだね…うん、私の子は君達に重傷を負わされた。それで、話というのは…その代償でも払ってくれるというのかな? こちらから、ロキの元へ話を持っていく予定だったが…」

「あの…確かにそれについてなんですけど、その、ロキ様には迷惑をかけたくなくて…どうにか、許してもらうことはできませんか!?」

 

僕の、下からアポロン様の顔を覗き込むようにしながら懇願する表情にアポロン様は顔を少し赤くされている。何かを堪えるように震えている…やはり、怒っているのだろうか。

それが策略の一環だったとしても、僕がアポロン様の眷属を傷付けたことは事実だ。とはいえ、重傷は負わせていないと思うんだけど。

 

「ん゛っ、ん゛ん゛っ、ん。ふむ…先に仕掛けたそちらに対して、こちらが譲歩をするわけにはな…私の愛しい子達は昨日、目を背けたくなるような格好で帰ってきた…そう、冒険者として満足な活躍ができなくなりそうなほどに。私の心は、深い悲しみの海の底に溺れ死んでしまいそうだった!」

 

何やら芝居がかった、大袈裟な立ち振る舞い。

顎に手を当てて、悩む仕草。顔を手で覆い、悲しむ表情。

自らの身体を抱き締め、打ち震えるようにする様子。

 

「それ故に、幾らベルきゅんのお願いとはいえこちらにも面子というものがある。はい、そうですかと引き下がるわけにはいかない。どうだろう…君が私のファミリアに入り、誠心誠意尽くしてくれると言うのならば…その時には、私の可愛い子供達同士の些細な喧嘩ということで許そうじゃないか!」

 

そこから一転、真面目な顔をしたと思えば、僕の事を見て獲物を狙う獣のような笑みを浮かべる。やはり、アポロン様の狙いは僕だったようだ。

グッと、唇を噛みしめるようにする。身体を震わせ、怯えているように見せる。

 

ニヤリと、アポロン様の顔が歪んでいく気がした。

 

「…しかし、ロキも君を簡単に手放そうとはするまい。君を奪っ…コホン、君が仲間になった後に逆恨みされて襲われれば、私のファミリアの戦力では一捻りにされてしまうだろう」

 

ここで…行けるかな?

恐らくアポロン様が今回の流れで恐れているのは、ロキ・ファミリアによる全面報復。それはフィンさんから聞いているし、あの人達に襲われるとなると…一息に死んだ方がマシかもしれない状態に痛め付けられそうだ。

 

「……………アポロン様」

「なんだい、ベルきゅん?」

 

だから、報復が発生しない方向へ話を持っていき、それをアポロン様に良い案だと思わせる。

恐らく、僕が半ば諦めたと思っているのだろう。鼻息荒く、アポロン様が顔を近づけながら僕の呼ぶ声に応じる。

 

「許して頂けないのであれば…それでも僕は、出来る限りの気持ちで今ここに居ます。…最終手段と思っていたのですが、戦争遊戯(ウォーゲーム)の宣戦布告をロキ様にして頂けませんか?」

 

頼み込むように、戦争遊戯(ウォーゲーム)での決着を願う。

それを聞いて、アポロン様は顔色を変える。

 

「わ、私達とロキ達の間でまともに争えるわけがないだろう?」

 

確かにそれはそう、やはりアポロン様の懸念はそこだ。

だけど、僕はそこに切り込んでいく。

弱々しく、身体を小さくして、泣きそうに。

 

「…ロキ様からは、うちは知らん、好きにせえ、2人だけで解決しろ…と言われています。ですから、仮に戦争遊戯(ウォーゲーム)が実現したとして…こちらから出るのは僕とレフィ…レフィーヤ・ウィリディスだけです。それを宣戦布告の際の条件にしてもらっても構いません。例え、周りから見たら勝ち目が薄くても…何もせずに諦めたくはないので。それで僕が負けたら…戦争遊戯(ウォーゲーム)の敗者の代償として、僕の全てをアポロン様に喜んで捧げるとお約束いたします…そ、その代わり、図々しいお願いだとは思うんですが、負けた時にもレフィだけは見逃して欲しいんです………どうか、どうかお願いします!」

 

深く深く、頭を下げる。目の前のテーブルに、額がくっつくくらいに。

 

僕の言葉に()()()()と感じたアポロン様が、話を促してくる。

顔は紅潮しており、鼻の穴は広がり、呼吸は犬のように大きく荒くなっている。

 

恐らく、僕がほぼほぼ負ける前提でこの話を持ち掛けたと思っているのだろう。それはそうだ、Lv3とLv2の2人に対し、アポロン・ファミリアはLv3こそ団長の彼1人だけど、Lv2はそれなりにいる。団員の数は、かなり多い。どう考えても、こちらに勝ち目はない…ように見える。

 

その上に、仲が良いと思われているであろうレフィを必死に守ろうとする行為を見て…僕のことを調べているであろうアポロン様ならきっと

 

「ふむ…嘘は言っていないようだけど…ロキは本当にその条件を呑むのかい?」

「間違いなく、受けてもらえると思います…僕はかなり、呆れられてしまったようでしたので…」

「…よろしい。では、その条件でロキへと宣戦布告するとしよう」

 

…釣れた。

 

「あぁ…ようやくベルきゅんがこの手に!」

 

 

 

そうして、ロキ様の元へと話を持って行ったアポロン様により、今日の昼過ぎから臨時の『神会(デナトゥス)』が開かれる。

 

僕がシルさんと1日を過ごしている間に行われたそれで、僕達とアポロン・ファミリアの間での戦争遊戯(ウォーゲーム)が成立した。

 

 

 

「…ロキ、よく来てくれたねーー昨日は本当に世話になったようだ。ところで今朝、君の眷属であるベルきゅん、ゴホン、ベル・クラネルが我がファミリアの本拠へと来た」

「こっちこそ、うちの子が世話になったみたいやなぁ。それで、なんや? うちのベルがどないしたんや?」

「ああ、彼自らある提案を私の元に持ってきてね…どうやら君も、彼に対応を任せたらしいじゃないか! そこで、ロキーー君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

喜色満面の笑顔で席につくアポロンの元へ、不機嫌さを隠そうともしないロキが姿を表す。周りの神々が緊張を深める中、アポロンがロキへと宣戦布告を行う。

 

それを聞いた神々は、一瞬、呆気に取られた後に騒ぎ出す。

 

『アポロンがやりやがったぁぁぁぁァッ!?』

『オイオイオイ、死ぬわアイツ』

『待て! 何か考えがあるに違いない』

 

「騒ぐのは後にしてもらおう…それで、ベルきゅんから宣戦布告をする際に条件をつけても良い、と言われていてね…互いに、ファミリアを代表して出るのは()()()()()()()()()団員のみと言う事でどうだろうか?」

「ベルたんから…? チッ、あの子は結局そうしたんか…うちがそれを呑むとでも? たった2人でファミリアを代表させぇ言うんか?」

 

ロキが隠そうともしない不機嫌さを周囲にばら撒き、神々もそれに慄き囃し立てることをやめたその時、2人の会話に割り込む声が響く。

 

「あら、いいじゃないロキ。受けてあげれば」

「フレイヤ…?」

 

静かに、円卓の中に座っていた銀髪の女神が声を発する。

その、恐ろしいまでの美貌に今は多少の不機嫌さを滲ませているようだ。悩ましいようなその顔のまま、ロキへと言葉を向ける。

 

「貴女の自慢の子達を信用していないの? それなら仕方がないけど…親として、子を信じてあげるのも大事よ?」

 

フレイヤの発言により、アポロンの提案は補強されていく。

何よりこれは、揉め事を解決するために冒険者らしい流儀によって行われる戦争遊戯(ウォーゲーム)だ、当事者同士だけでの対決というのは、理にかなっていると言えばそうだ。

 

神会(デナトゥス)が騒めきに包まれ、雰囲気は、既に戦争遊戯(ウォーゲーム)が成り立ったかのようなものになる。

 

どう言うつもりや、ロキが忌々しさを隠さずに目でフレイヤに問い掛けると、フレイヤは声に発さず、目で返す。

 

ーーこんな、試練にもならない茶番劇はさっさと終わらせてしまいなさい。あの子達なら、まず負けないでしょう?

ーーそういうことかいな、なら、その発言に乗らせてもらうで?

 

「…色ボケにそこまで言われて黙っとれんなぁ…けど、うちから出るのが2人だけなんて勝手に決めたら、うちの団員が納得せん」

 

ロキは、団を潰すことになるかもしれないものに2人だけを出すなんてことは納得できないと、至極真っ当な意見をアポロンへとぶつける。

 

「ああ…ロキの懸念は勿論理解しているさ。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)ではロキ、君のところを潰すような真似はしない…私が勝利した暁には、騒動によって傷付いたうちの子達への償いとして、ベル・クラネルの身柄を頂こう! 私が要求するのはそれだけだ!」

 

そして、アポロンが勝利した際に求めるものを確定させる。

これにより、ロキにこの申し込みを断る大義名分は少なくなった…ように見える。元より断る気もないのだが。

 

ーーロキ、跡形もなく潰しなさい。

ーーフレイヤ…お前、少しは隠そうとする努力をやな…。

 

「…ほんなら、うちらが勝ったらお前は何をしてくれるんや?」

「そうだね…騒動のことは、お互いに水に流すというのはどうかな? 君も、ギルドの介入は避けたいだろう?」

「たったのそれっぽっちじゃ首を縦には振れんなぁ…人数的にもLv的にも不利を強いられてるんや…あぁ、せやな、ベルたんのお願いを聞いてあげる言うんはどうや? なんか、思うところがあるみたいでなぁ………それから、負けた方はこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に掛かった費用の負担は勿論背負うことになるけど…まぁ、そんなもんか」

「ベルきゅんの? いや、まぁ…そうだな、それくらいはいいだろう」

 

ロキの顔に、月が浮かぶ。吊り上げた口角によって、薄い唇がまるで三日月のように歪んでいた。ここに、戦争遊戯(ウォーゲーム)は成立した。

 

「…それでは、このまま詳細を決めようじゃないか!」

「ま、そうしよか」

 

そして、浮かれる神アポロンと悪戯に笑う神ロキの話し合いは続けられる。数多の神の言葉も飛び交う中、詳細が詰められて行った。




ここまである程度頭を使って考えていたはずの策略をベル君の可愛さと、全てを喜んで捧げると言う甘言に乗って半ば無駄にしてしまうアホロン様…。

ちょっと無理筋かもしれないけどまぁこんな感じで…
次回はシルさんとのデート編を入れるかどうか。


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64話 戦争告知

泣く泣くシルとのデート回はカット。
いつか間話で入れたいと思います。

攻城戦かと思った?
残念! 個人的に好きな戦闘形式に変更です!

なお特に意味はありません。この方が筆が乗るかなと…あとは他作者様の作品との差別化的なのも兼ねて…展開似たり寄ったりは仕方ないと思いますけど、びっくりするくらい被ってしまうのも嫌ですし、把握し切れていないところもあるのでこうします。


ーー5日後、ロキ・ファミリアとアポロン・ファミリアの間で戦争遊戯(ウォーゲーム)が行われると告知されたのは、僕がシルさんと出掛けた次の日の昼過ぎの事だった。

まぁ、5日後とは言っても移動にかなり時間がかかるし、僕とレフィはギルドの要請によりアポロン・ファミリアに先んじて現地に赴いて色々としなきゃいけないことがあるから、もう移動し始めないといけないんだけど…。

 

告知内容が書かれているその紙には各ファミリアから参戦するメンバーも書かれており、ロキ・ファミリアが僕とレフィの2人きりなのに対し、アポロン・ファミリアは三桁を超える人数が記載されている。

 

騒動の場にいた団員、という約束であったはずなのだが…アポロン様曰く、間違いなく私の可愛い子供達はあの場に全員居たとのこと。ロキ様は、まぁ…うちは最初に2人って言うてもうたしな、と諦めた模様。話し合いの場では、()()()()()()()()()()()という内心を悟らせないためにアレコレと文句をつけたようだけど結局はアポロン様の言葉を受け入れたようだ。

 

と、いう事で、僕とレフィはアポロン・ファミリア全団員を相手に挑むことになる。また、選ばれた戦争形式は…アポロン様が提案したという攻城戦、ロキ様が提案した市街戦のうち、くじ引きによって市街戦が選ばれた。

 

これは、今は廃墟となったとある都市に赴き、事前に互いの陣営が都市内部の構造を確認。互いに戦争開始位置を決め、その箇所をギルドに報告し両陣営が配置についてから戦闘を開始する…らしい。

その構造確認と開始位置決定の為に、僕達は戦争開始2日前に現地に行かなくてはならない。アポロン・ファミリアは前日でいいそうだ。

 

戦争期間は最長1週間。勝利条件は互いに相手ファミリアの王を戦闘不能に追い込むこと。ロキ・ファミリアは僕。アポロン・ファミリアはヒュアキントスさん。

 

そして、1週間経っても両方の王が健在だった場合は、ギルドによって判定が行われる。判定は…参加メンバーの健在率。

つまり、レフィが戦闘不能になれば僕はアポロン・ファミリアの団員を最低でも過半数は戦闘不能にしなければいけないと言うことだ。

 

まぁ、僕とレフィが2人とも健在であれば逆に1人戦闘不能にしておけば勝てると言うことなんだけど…都市内で1週間逃げ隠れ続けるのは現実的ではないし、僕達は打って出るつもりだからそんなことにはならないだろうけど。

 

ちなみに、くじを引いたのはヘルメス様という神様だと教えてくれた。

ロキ様曰く、ちょっと信用ならないけど敵ではない神様とのこと。一体、どういった方なんだろうか?

 

ま、どんなやり方でも良かったんやけど、見る側からしたらこういうのも面白いやろ? とのロキ様の談だけど…見る側、ということは色んな人に見られるのかな?

 

そう思っていた僕に、ロキ様は気が付いたのか教えてくれる。

 

「ああ、ベルたんは知らんかったんか。下界ではうちらの『神の力(アルカナム)』は基本的に使用を禁じられとるんやけど…何個かだけ例外があってな? そのうちの一つが『神の鏡』言うて…ま、世界のどこの景色でも映せる魔法の鏡やな。それを、戦争が始まる前にオラリオ中に設置して、街中のみーんなが見れるようにするんや」

「そ、そうなんですか!? そんな凄いものが…」

「凄いやろー? うちらも、ホームでみんなで応援してるから、頑張ってくるんやで? まぁ、うちはバベルにいるんやけどな…くぅ、可愛い子供達と一緒にベルたんとレフィーヤの勇姿を見たかった…!」

 

そんなことを言うロキ様の顔は、本当に悔しそうだった。

 

「あはは…頑張ります」

 

苦笑しながらそんな言葉を返す僕、それに、笑みを返すロキ様。

そこへ、僕を呼ぶ声が掛かる。

 

「ベルーっ! 準備、できましたよー! 行きましょう!」

「あ、はぁい! えっと、じゃあ…行ってきます!」

「おー、行ってらっしゃい。無事に帰ってくるんやでー」

 

そして、僕とレフィはロキ様に挨拶をして廃都へと向かう。

ガネーシャ・ファミリアにギルドとロキ様が交渉して借りたと言う、調教されたモンスター…空を飛ぶ竜に乗って。

 

 

 

そして僕達は、空の上で言い争いをしていた。

 

「ちょ、ちょっとベル、ち、近いですよ!?」

「し、仕方ないじゃないですか!? それより、暴れないでください!? 手綱! 手綱が!?」

 

調教がかなり難しいらしく、人を乗せて飛べる程の飛竜は今は1匹しかいないようで僕とレフィは1つの鞍に2人で座る格好になっていた。

手綱を持つ僕の、腕の中に収まる格好でレフィが座っている。一応、2人乗りが前提なのか僕の座っている位置の方が高くなっており、僕の胸元にレフィの頭がある感じだ。

 

しかし、調教された飛竜と言えどモンスターはモンスター。たまに制御を無視して動いたりもするし、首を思い切り振られることもある。その度に、手綱に引っ張られた僕はレフィに覆い被さるように体勢を崩してしまう。

 

 

 

色々と問題もあったけど丸2日、ギルドからの要請日の前日の夜に、なんとか僕達は廃都へと辿り着くことができた。

 

「ようやく、着きましたね」

「ええ…そうですね。今日はもう、早く寝ましょう」

「そうしましょうか…僕も疲れました」

 

丸2日、飛竜に揺られ続けた僕達は非常に疲れていた。明日は広い都市の中を見て回らないといけないこともあり、疲れを残したままでは明日が辛いだろうと休みを取ることに決めた。手早くテントを2つ立て、それぞれに分かれて睡眠を取る。

 

翌朝には、ギルドの職員もここに辿り着いて、説明が始まるはずだと脳内で整理しながら、眠りについた。

 

 

 

そして、車輪の音が聞こえてきた僕は目を覚ました。

太陽はすっかり姿を表しており、既に辺りは明るくなっていた。レフィも、音を聞き付けたのか起きて外へと出てきたようで、おはようございます、と挨拶をしてくる。それに返して、音の聞こえてきた方を見るとまだ少し距離があるが、2頭引きの馬車か見えた。

 

待つこと少し、僕達の前で止まった馬車から、ギルドの職員が降りてくる。簡単な説明が行われた後、簡易な地図が渡され、今日の夕方迄に都市内の確認と開始位置の決定を行うことを指示される。

 

それを聞いた僕とレフィは、簡単に朝食を取った後に都市へと足を踏み出す。そこにあったのは、蔓や雑草がそこかしこに生え、風化した建物が半ば崩れているような景色。

かつてはオラリオと同等の広さに、数多の人間が暮らしていたと聞いているが…とても、虚しく見える。

 

「…ベル、とりあえずはあちらの方に建物が密集しているようですし、あちらから見て回りましょうか」

「レフィ…はい、そうしましょうか」

 

2人、あちらこちらと見て周り、見つけたのは一軒の家屋。

その周囲は比較的状態を保った建物が多く、そのほぼ中心に位置しており、拠点として使い勝手が良さそうな造りだった。

 

「恐らく、アポロン・ファミリアは街の中央にある石塀に囲まれた巨大な建物を取ることでしょう。これなら、攻城戦でもほとんど変わらなかったかもしれませんね」

「むしろ、その方が楽だったかもしれませんね…」

「まぁ、城を落とさなくてももしかしたら街中に悠然と出てきた相手の団長を倒すだけで済むかもしれませんし…こちらと実際にどっちがいいのかは分かりませんけどね」

 

今回の勝利条件…代表者の戦闘続行不能。それを思い返しながら、僕達は話していた。

 

「うーん…まぁ、結局やることは変わりませんし、気にしないことにしましょう」

「そうですね…じゃあ、今日はこの辺りで終わりましょうか」

「魔法のストックも全部終わってますし…明日もやること、ありませんね」

「開始位置だって、そもそもどこでも良かったですからね。どうせこちらから攻め込むんですから」

 

僕とレフィは、わざわざ1日早く来たことに若干の不満を持ちながらぐちぐちと話す。んー、と2人悩み、レフィは杖を、僕は鞘に収めたままのダガーを手に持つ。

 

「少し身体、動かしておきましょうか」

「それくらいしかすることないですし、そうしましょう」

 

そこから始まるのは、互いに力を抜いての鍛錬。

レフィも、2週間の鍛錬の成果でLv2の前衛とならきっちり打ち合えるくらいの技術は身についている。最も、防げるだけであまり攻撃には活かせていない。いや、後衛なんだからそれで十分ではあるんだけど。

 

「防ぐの、また上手くなりましたね」

「…ティオナさんに殴られると、本当に痛いですからね…それはもう…鍛えられましたよ…」

 

僕がそう褒めると、レフィは少し表情に影を落として言葉を返してくる。

 

実は、元々は僕に体術を教える枠にいたティオナさんだったけど、正式にベートさんが僕に体術を教えることになってしまったのだ。

それに関しては、かなり文句を言われた。あの狼めぇ! ってベートさんにも怒っていたけど、フィンさんに窘められてすごすごと引き下がっていった…本当に申し訳ない気持ちだ。

 

そんなこんなで、手が空いたティオナさんは僕と一緒に鍛錬をしていたレフィに目を付けた。じゃあ、暇になったし折角だから私がレフィーヤの組み手の相手してあげるよ! という、ティオナさんの満面の笑みと共に繰り出された地獄のような言葉は、レフィを真っ青にさせた。

 

リヴェリアさん相手に、苦心しながら並行詠唱の練習をしていたのだ。それが、相手がLvこそ1つ落ちるとは言え前衛職に変わる。間違いなく難易度は上がり、近接攻撃の威力も上がる。

 

それまでは杖の打撲跡くらいだったレフィの身体に、目に見えて傷跡が刻まれていったのはティオナさんの手によってだ。その甲斐あって、レフィの防御技術は飛躍的に成長していった。

 

もっとも、毎日ポーションや治癒魔法で癒されているから傷跡は残っていない綺麗な身体のはずだけど。

 

僕も毎日、ティオネさんのダガーに皮膚を刮がれ、フィンさんの槍に肉を抉られ、ベートさんの蹴りに骨を砕かれ、モンスターに痛めつけられていたけど、今は完全に健康体だ。ポーションってすごい。

 

その後、軽い運動をした僕達は夕食を取り、また別れて休養を取ることにした。明日はどうしようか。




ちなみに原作とのざっっっくりあらすじ比較(?)

原作1巻 ファミリア入団から怪物祭まで
今作   怪物祭なし、シルとは出会う、vs手負いミノタウロス

原作2巻 魔導書使用、リリとの出会い
今作   自前の魔法を覚える、更に魔導書使用、リリとは出会わず

原作3巻 vs強化種ミノタウロス、ランクアップ
今作   vs強化種インファントドラゴン、ランクアップ

原作4巻 ヴェルフとの出会い、中層へ
今作   アナキティ、ラウルと中層へ。アミッドと知り合う

原作5巻 怪物進呈、水浴び覗き、冒険者リンチ、黒ゴラ、温泉
今作   怪物進呈(身内)、宴会、勇者に最短でな(ry 鍛錬鍛錬鍛錬

原作6巻 アポロン・ファミリアとの戦争遊戯
今作   アポロン・ファミリアとの戦争遊戯

こうやって見るとまだまだ未発掘のイベント沢山ありますね!!!!!
え、ていうかようやく(一応)6巻ですかそうですか…ソードオラトリア、ファミリアクロニクルの分のイベントも沢山あるのに…?


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65話 戦争遊戯

久々にそれなりの文字数。


丸一日、アポロン・ファミリアが都市内を確認する時間を待ちに待ち、それがようやく終わり、戦争遊戯の開始日になった。

 

僕達はアポロン・ファミリアに先んじて、ギルド職員の案内のもと都市内へと入っていく。事前に決めた家に入り、レフィと2人、その時を待つ。一応、1週間分程度の食料も持ち込んではいるし、簡単な調理ができる程度の道具も持ち込んでいる。

相手がどう出てくるかはわからないけど、長期戦も警戒してのことだ。

 

シルさんから、あのお出掛けの時に貰った首飾りを軽く服の上から握り締める。

戦争遊戯に出るかもしれないので、今週の買い物の付き合いはもしかしたら行けないかもしれないです、と言うことを喫茶店の個室の中でのんびりとしていた時に話した僕に、シルさんがその日、首に付けていた首飾りを外して僕に渡してくれたのだ。

 

雫型に細く、綺麗な彫金で縁取られた美しい緑の宝石。僕が、リヴェリアさんに贈った翡翠より深みのある緑色だ。何らかの力を宿す冒険者用装身具(アクセサリー)だろう。

 

お守りです、と。そう言われながら手渡してもらった時に、無事に帰ります、待っていてくださいという言葉を返した。

 

だから僕は、絶対に勝って、凱旋しなければいけないんだ。

ファミリアのために、応援してくれる人のために。

 

昇ってきた太陽を窓の外に見ながら、今か今かとその時を待つ。

心が、熱くなっていた。

 

 

 

交易都市跡地、かつて、物流の中継地点として栄えた大都市の跡地が今回の戦争遊戯の舞台となる。

今現在では、迷宮都市オラリオを中心とした経済になっており、そこから遠く離れたここは、その存在意義を失って久しい。

そもそも、ダンジョンからモンスターが湧き出てきていた時にはこの辺りは危険な区域であり、崩壊の憂き目に何度か遭っていたらしい。

 

最後に壊滅したのがいつかはわからないが、恐らくはオラリオにバベルが出来た時点で放棄されたのだろう。人間同士の戦争においても立地、施設的に戦術的価値は低く、利用されることもなく朽ち果てていくばかりであったようだ。

 

その都市内で、今、急ピッチで作業が行われていた。

 

戦争開始まで、あと僅か、アポロン・ファミリアは戦争開始地点に選んだかつての交易都市の支配者の館の補修と、100名を超える全団員分の資材を運び込んでいた。

 

「…よし、予定していた物資の搬入は終わったな。恐らく、相手は隠れに隠れて奇襲を仕掛けて来るだろう。準備は万全にしろ、補強できるところは補強しておけ」

 

食糧に、武器、防具、それらの予備、日常生活に使う消耗品など、多岐に渡る資材を運び込み、仕分けし、保管する。

それらを、彼らは昨日1日の時間と、今日、ロキ・ファミリアの2人が先んじて入った後の僅かな時間を使って行っていたのだ。

 

「…ふん、下らんな。ここまで準備する必要もないだろうに…虱潰しに探して、見つけ次第叩き潰す…それだけで終わることだろう」

 

その建物の最上階、かつて、謁見の間として使われていたのだろう。

朽ちた赤絨毯が伸びる先に、豪華な椅子が置かれていた。

それの清掃を他の団員に行わせたヒュアキントスは1人、そこに腰掛けていた。

 

そして、あくせくと働いている他の団員達を見下すようにして、独り言を漏らす。

 

内心、主神への不満を少し持ちながらそれを押し留めて神命を果たすのみと、ヒュアキントスは深く瞑目した。あの少年にどれだけの物を見出しているのかはわからないが、たかだか1人のためにこの大掛かりな作戦だ。面白くはない。

 

「…つまらない茶番だ」

 

ヒュアキントスが漏らした言葉は、どこにも届くことはなかった。

 

 

 

「…しかし、可哀想ねあの子も。まぁ、ウチも抵抗したけど…今は、結局こうなっているしね」

 

アポロン・ファミリアの幹部であるLv2冒険者、ダフネ・ラウロスは館の2階、本棟と別棟を繋ぐ渡廊下にいた。そこは吹き抜け構造になっており、外の様子がよく見えた。

吹いた風が、彼女の短い赤髪を揺らす。荒れた髪の毛を、手で撫で付けるようにしていると不意に声が掛かる。

 

「ダ、ダフネちゃん…」

「カサンドラ?」

 

黒い長髪を垂らした女性冒険者が、ダフネへと声を掛ける。

何かに怯えるように震えながら、片手で反対の肩を抑えるようにしながら口を開く。

 

「こ、ここにいたら駄目…早く、早く逃げよう」

「ハァ?」

「炎が、炎が…全てを呑み込んじゃうの…」

 

突拍子もないことを言うカサンドラに、ダフネは呆れた顔を隠さず見せる。

 

「また、夢でも見たの? 炎って…『千の妖精(サウザンド・エルフ)』の魔法? いくら彼女だって、そんなこと、できるはずがないじゃない。格上とは言っても、Lv3の魔導師よ?」

「違う…っ、違うの、白い英雄が…お願い! 信じて…っ」

 

いつも外れる『予知夢(被害妄想)』を、嘯くカサンドラは、必死にダフネへと縋り付く。普段ならハイハイと聞き流すダフネも、その様相に少し気圧されていると、カサンドラがピクリと何かの音に反応するようにして動きを止める。

 

「あぁ…もう、駄目、間に合わない…」

 

遠くから、開戦を告げる銅鑼の音が鳴り響き始めていた。

段々と音を増すそれは、都市外から鳴らされているはずのそれの音は、既に都市中央のここまで辿り着いていた。

 

「…もう諦めなさい、カサンドラ。とにかく、終わるまでは出られないわよ」

 

子供を諭すかのような声で言葉を残して、去っていくダフネを見守るカサンドラの顔は、悲観に溺れていた。

 

「もう駄目…みんな、みんなあの炎に裁かれてしまうんだ…」

 

 

 

都市は、街中何処を見ても賑わいを見せていた。

娯楽に飢えた神々が、戦闘に高揚する人々が、待ち望んでいた戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。熱気と興奮の坩堝と化していたオラリオでは、全ての店が早朝から営業を始め、そのほとんどが満席となっていた。外では、街の至る所に露店や屋台が立ち並び、朝から酒を煽る人が多く見られた。

 

神々の喧伝によって、面白おかしく伝えられた今回の戦争遊戯の概要は、悪ノリした吟遊詩人や酒場の酔客、恋愛話を好む町娘によってたった1匹の小魚がまるでリヴァイアサンになったかのような変化を見せ、熱狂に華を添えた。

 

その中で最有力となっている切っ掛けが、ロキ・ファミリア期待のルーキーであるベル・クラネルと、彼と深い仲であるレフィーヤ・ウィリディスの仲を裂き、自らのモノとしようとした神アポロンへの怒りが原因であるというものだ。これは、普段から良く街中を歩いている2人を見かける者達の間で話されていた。

 

これは、ロキ・ファミリアの面々をしても正直否定するに困るところであったから余計に話が盛り上がった。実際、ベルが怒りを見せたのはレフィーヤへの侮辱、ロキ・ファミリアへの侮辱が原因であるのだ。若干中身は違うにしても、だいたい大筋は合っている。

 

今日という日ばかりは、街中で働いているのは食材や酒類を販売しているお店と飲食店、ギルドの職員くらいだと言うくらいの人数がそこかしこでそんな話をしながら、開戦の時を待っていた。

 

『あー、てすてす、あー、えー、みなさんおはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯実況を務めさせて頂きますガネーシャ・ファミリア所属、喋る火炎魔法歩く火炎放射器ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は『火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)』気軽に火爆火(火馬鹿)とでも呼んでください』

 

ギルド本部、慌ただしく職員が動き回る中、前庭となる場所では観客達の前に仰々しい舞台が設置され、勝手に実況を始める褐色の肌の青年が、オラリオ特産とも言える魔石を利用した製品の拡声器を片手に声を響かせていた。その前には、大勢の人々が待ち構えていた。

 

『また、解説役として我らが主神、ガネーシャ様に来て頂いております! ガネーシャ様…それでは一言何か!』

 

その声に、イブリの横に立っていた、巨大な像の仮面を被った男神が息を吸い込み、叫ぶ。

 

『ーー俺が、ガネーシャだ!』

『はいっ、わかっていたことですけどありがとうございましたー!』

 

オラリオ中が、それぞれにそれぞれの思惑があるとはいえ一つとなり盛大に行う戦争遊戯は、下手をすれば既存の他の祭りより規模の大きい興行となる。

オラリオ内で観戦することができるそれを見るために、他地域のもの達がわざわざオラリオへと来ることも珍しくなく、そこでも莫大な金額が動くことになる。都市への入場料然り、街中で観光客が店に落としていく外貨というのは、非常に大きなものだ。

ギルドにとっても、その権威を示す好機となり、また、優秀な冒険者や冒険者候補がこれを機にオラリオへと訪れることもある。

 

そして、戦争遊戯は誰よりも神々が求める、至上の娯楽の一つである。オラリオは今、熱狂が熱狂を呼んでいた。

 

「おー、外はもう盛り上がっとるなぁ」

 

べったりと窓に張り付きながら、眼下の光景を見下ろすロキが楽しげに声を出し。それを聞いて、周りの神々は少し不思議に思いながらも口は挟まない。

 

天界であれだけ騒ぎを起こしたトリックスターが、何か弱みがあったとは言えアポロンに好きなようにされている現状に、不満を持たぬはずがないと皆が考え…そして、アポロンに悲劇が訪れるであろう未来を悟った。

 

ほんの少し冷静になれば、そうなのだ。ロキと犬猿の仲と言われているフレイヤとはベクトルが違えど、ロキも子供への愛情は深い。そんな彼女が、このような事態になって高確率でベル・クラネルを手放すかもしれない現状を放っておくはずがない。

 

確実に、何かがある。

 

神々はそれを察し………しかし、一切おくびにも出すことはない。

 

何故か、と言われれば、娯楽を求めているからである。

 

神々の楽しみは、眼前の戦争と共に戦争終結後のアポロンのこと、それが、当人を除いた周りの共通認識となった。

 

「…さて、ウラノスー、そろそろええやろ? 『力』の行使の許可を』

 

ロキが、不意に声を発する。それに応えるは、重々しく神々しい声。

 

【ーー許可する】

 

それが響くと同時、オラリオ中の神々が一斉に指を弾き鳴らした。

 

瞬間、待ち詫びていた人々の前に、酒場、街角、広場、空中、本拠内、場所を選ばず至る所に『鏡』が出現する。

 

どわぁぁぁっ、と、都市が震える。

 

オラリオから遠く離れた都市跡地にて行われる戦争遊戯を、これを通して皆は見るのだ。これが置かれたと言うことは、待っていたその時間は近い、皆が理解し、酒場ではお代わりの注文が相次いで飛び交い、そこかしこで金貨が舞っていた。

 

『では、鏡が置かれましたので改めて私の方からご説明させて頂きます! 今回の戦争遊戯はロキ・ファミリア対アポロン・ファミリア! 形式は市街戦! 両陣営の戦士達は既に事前に決めた開始拠点へと身を置いており、戦争開始の銅鑼が打ち鳴らされるのを待ちわびております!』

 

それを契機にして、実況が今回の戦争遊戯の概要を説明していく。それを聞き、都市の盛り上がりは一段と膨れ上がり、酒場や街角では冒険者や商人が胴元として取り仕切る賭け事が白熱していた。

 

「おら、お前ら、もう始まるぞォ!? 締め切るけど、いいかァーっ!?」

 

戦争遊戯の勝者はどちらになるかと言う単純な賭け。胴元がいくらかは持っていくにしても、賭け事好きな者なら見逃せないだろう、賭けた分だけ、応援にも力が入るというものだ。

 

「オッズは…ロキ・ファミリアが8に対してアポロン・ファミリアが1ってところか」

「おいおい、2人対100人超えだぜ? オッズ低すぎんだろ」

 

人数だけを見れば50倍もある差が、オッズにしてたかだか8倍。それだけ、ロキ・ファミリアに賭けている人数が多いことを指し示す。

 

「何処の誰がこんなに賭けてるんだよ…」

「神連中と…まぁ、噂好きな一般人ならロキ・ファミリアにいくんじゃねえか?」

 

神共は大穴が随分と好きなようだ、1000年も昔の皮肉を込めながら呟く冒険者の視線の先では、大金が書き込まれている賭券を握り締めている神々の姿があった。

 

『いけぇーっ、ベルきゅーん!』

『ファミリアの金庫から勝手に全財産持ってきたんだ! 勝ってくれーっ!』

『俺は団長の子の大事な武器を質に入れてきたんだ! 負けたら送還されちまうぞぉー!』

 

などと叫んでいる様は、冒険者達に深い溜息を吐かせた。

 

 

 

その頃、別の酒場では

 

「ここの酒場の冒険者はアポロン派ばっかりじゃねえか、つまらねえな、誰かいねえのか!?」

 

嘆く胴元がいた。この場に神はおらず、賭ける冒険者達はこぞってアポロン派だ。そこへ、1人の男が歩み寄る。少し前にLv2になったばかりの冒険者だ。胴元の前に出て、懐から出した金貨の詰まった袋をニヤリと笑いながら叩き付ける。

 

「ーー兎、ああ、いや、ロキ・ファミリアに全財産だ!」

 

その声に一瞬、酒場の中は沈黙が流れる。

次の瞬間

 

「おいおいっ、正気かお前!?」

「マジかよっ、て、お前、兎と一緒にミノをヤった奴か!」

「ぎゃはは、ご祝儀賭けか!? おぉい、他にロキ・ファミリアに賭ける奴はいねぇのか!?」

 

名乗り出たその男に、酒場が湧く。それも、全財産、金額にして80万ヴァリスというその大金に、大笑いが巻き起こる酒場の中でその男は悠然としていた。終わった後に悔しがって文句を言っても、俺は全部きっちり掻っ攫っていくぞ! と勝利宣言をした男に酒場は更に沸き立つ。

 

街中は何処を見ても、熱狂が渦巻いていた。

 

 

 

『…っと、銅鑼が鳴り始めましたね…さてさて皆様、待ちくたびれてしまった方も多くいるかと思いますが…とうとう! 戦争遊戯が開幕いたします! 皆様、眼前の『鏡』にご注目ください!』

 

「ロキ、ベル・クラネルとの別れは済ませてきたのかい?」

「アホぬかせ、んなこと誰がするか」

「クク、まだ強気でいるとはね。まぁ、後悔しないように祈っておくよ」

「…それはこっちのセリフや、アホンダラ」

「ん、何か言ったかい?」

「いーや、お前もそろそろ自分の席に着いた方がええんちゃうんか? うちはうちの可愛い子供の勇姿を見るのを楽しみにしてるんや、さっさとどっか行け」

「やれやれ…じゃあ、私は戻るとしよう」

「ふんっ…余裕かいてられるのも今のうちだけやで」

 

優雅に座席へと戻るアポロンの後ろ姿に、視線を突き刺しながらロキは笑う。ここまで行けばもう、取り返しはつかない。

 

ロキは、戦後を楽しみにしていた。

 

ギルドで動きながらも、鏡を見ていたエイナもまた、その時を待っていた。同僚のミィシャと共に、不安を胸に抱きながらその時を待つ。

そして

 

『戦争遊戯ーー開幕です!』

 

戦争の火蓋は、今この時、切られた。

 

 

 

ベルは、銅鑼の音を聞きつけてレフィーヤの方を向いた。2人、こくりと頷いて…外へと出て、駆け出す。

 

目標は、あの大きな館…の、外の石塀。まずはあれを吹き飛ばす。

魔法が届くところまで近寄った2人は、堂々と姿を現しながら詠唱を進める。

 

一方、館の中で4人から6人程度のパーティを作り虱潰しに探しに行こうとしていたアポロン・ファミリアの面々はそれに気が付くのが遅れた。

気が付いた時には2()()の詠唱はほぼ完成しており、止めに入る余裕など一切無かった。

 

ロキ・ファミリアの方から攻めてくるなど、アポロン・ファミリアの面々の、ヒュアキントスの、頭の中には無かったのだ。それを後悔する暇もなく2人の魔法は完成する。

 

未だ、堂々と立ち、2人同時に魔法を完成させる瞬間には、悪戯な子供のような表情を浮かべる。

 

ーーもっともっと、注目されちゃいそうですね

ーー今更ですから、見せ付けちゃいましょう

 

目で交わされた2人のそんな会話に気がつく人はいなかったが、その特別な何かを感じさせるやり取りに観戦者、とりわけ、2人を特別な間柄だと思っている街の人々は黄色い歓声をあげる。

 

「ーーレプス・オラシオ」

「ーーエルフ・リング」

 

そしてとうとう放たれた魔法。しかし、何も起こらない。それもそのはず、放たれたのは詠唱もトリガーも違えど、召喚魔法。それ単体では効果を成さない魔法で…次に始まった2人の詠唱を聞いて、広がった魔法陣を見て、アポロン・ファミリアの一部は顔を蒼褪めさせる。

 

「「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬」」

「!? と、止めろ! 奴等の詠唱を止めろォっ!?」

 

叫ぶヒュアキントスの声、動き出す団員、しかし、2人の姿は、遠い。

 

遠く離れた都市での戦いに、オラリオはもう、街が壊れるのではないかというくらいに大興奮していた。

 

『な、なんということでしょうか!? この魔法は、かの『九魔姫(ナインヘル)』の魔法!? いえ、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』については皆様ご存知の通りかと思いますが、『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』まで!?」

「おいおいおい、なんつぅ隠し球だよ!?」

「そうか、最速記録はこの魔法のおかげか!?」

 

酒場では冒険者達が騒ぎ

 

「な、なんっ、何だと…!? あの成長は、スキルの効果では無かったのか!?」

「んー? どないしたんやアーポォロォン〜? 随分焦ってるようやけどぉ〜?」

「ぐっ…!? く、ま、まだまだ…この程度で私の可愛い子供達が崩れることはない!」

 

バベルではロキがアポロンを煽り倒し

 

「「間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き」」

 

交易都市の中央部では、青い魔法陣が赤く染まり、ヒュアキントスは益々焦りを強める。

カサンドラは震え、ダフネは汗を一筋流し、他の団員達も各々行動を始める。ヒュアキントスの第一声で向かった団員も、2人を食い止めるには距離がありすぎる…それは、埋めることができない。

 

「「暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。」」

「駄目だ! 間に合わん! 全員、防御態勢を取れぇ!?」

 

2人の魔力が膨れ上がる。走り寄っていた団員達ももう少しで届くか、と言ったところでヒュアキントスが再度叫ぶ。それを聞いて、館の方にいた全員が咄嗟に防御態勢を取り、魔法に備える。

 

「「焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ」」

 

チラリと、ベルとレフィーヤが視線を交わす。

こくりと、互いに頷いて…肩を合わせるようにして、ベルは槍を持った右手を、レフィーヤは杖を持った左手を、前方に掲げる。

 

「「レア・ラーヴァテイン!!」」

 

瞬間、魔力が爆発的に膨れ上がり、轟ッ!! と音を立てて火山の真っ只中のような火柱が、炎が、アポロン・ファミリアの籠る館を襲う。

 

炎が消えた後には、ガラガラと崩れる音。補強された石塀は、その一撃によって崩され、吹き飛ばされた。そこかしこで、嗚咽のような声が聞こえてくる。どうやら、2人を止めるために飛び出てきていた団員が巻き込まれたようだ。その余波で一部、館にも被害が出てはいるがまだまだ健在。ここから先は乱戦も覚悟して…2人は、焼け崩れた石塀を乗り越えて中へと入り込む。

 

『な、ななな、なんということでしょう!? あっさりと石塀を破壊し、館内へ侵入していくロキ・ファミリア! というよりあの魔法は、まさしく『九魔姫(ナインヘル)』のもの! いえ、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』に関してはわかっておりましたが、『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』までもが放ったぁ!? 私、この二つ名を名乗るのが今、少し恥ずかしくなるくらいの特大の火魔法を目の前で見せ付けられて、ショックを受けております!』

 

その光景に、観戦者達は大いに沸き上がった。




次話で終わるかどうか。


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66話 戦争遊戯(2)

堂々と乗り込む2人を前に、アポロン・ファミリアの団員達は固まっていた。しかし、そこはLv3という上位の冒険者にして団長であるヒュアキントス・クリオは伊達ではない。

速やかに作戦を指示。自ら指揮を取り、2人を数で圧倒しようとする。

 

「ダフネ! リッソス! それぞれ10人を率いて相手取れ! 魔導士隊は後方から詠唱を始めろ! 弓隊は間断なく矢を放て、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』に詠唱を行う余裕を与えるな! 他の者も警戒を怠るな!?」

「「「「ハッ!」」」」

 

それぞれがすぐさまに動き出す。特別、戦争における動きの訓練などしていないがそれでも冒険者だ。不測の事態に対応できなければ迷宮という死地の中では生き残ることなどできない。

この場では、ヒュアキントスの命を聞き立ち回るのが最も良いと判断した団員達は一糸乱れぬとまでは言えないが、開幕からいきなり特大魔法による一撃を浴びせられたとは思えないほどに立ち直っていた。

 

「…思ったより、やるようですね。立て直しが早い…ベル、行きますよ!」

「ええ、レフィ、前は任せてください!」

「頼りにしています…解き放つ一条の光ーー」

 

そう言いながら、ベルは多少速度を抑えながら駆け出す。追随するように走り出し、魔法を紡ぐレフィーヤを見てヒュアキントスは動揺を隠せない。

 

「並行詠唱だと!? 詠唱を止めさせろ! 狙い撃ちにするんだ!」

 

それは、衆目の前ではレフィーヤが初めて見せる技術。並行詠唱は魔導士にとって必要になってくる技術とはいえ、修得者はそこまで多くない。特に、大魔法を使う者にとっては失敗は命取りになるため、そこまで果敢に練習するわけにもいかないのだ。

 

顕現せよ(アドヴェント)…ディヴィルマ・ケラウノス!」

 

そして、ベルは手に取った槍に付与魔法を掛けながら前へ前へと走る。

バチィっ! と紫電を走らせる槍を見たアポロン、いや、その他の神々も驚きを露わにする。

 

『オイオイオイ、あの雷、大神の力じゃねえのか!?』

『つぅか、あの槍もなんだよ! まるで海神の矛だぞ!? 何処の誰が作りやがったんだあんなもん!』

『…うちの子ね、何か、閃いた! とか言って熱心に鍛っていたけど、まさかあんなものを作り上げるとは』

『ヘファイストス!? ってことは…『単眼の巨師(キュクロプス)』の武器かよ!』

『二つ名は体を表したか…大神の雷霆を纏った海神の槍…恐ろしいな』

『つうか、神を滅ぼせるだろアレ。アポロン、負けたらベル君のお願い事を聞くんだっけ? 1発殴らせてくださいであの槍でやられたら生まれ変わるのは1万年後かな…』

『お前はいい奴だったよ、アポロン、何かあるまでは忘れない』

『馬、馬鹿な、馬鹿な…あの槍は! いや、あの()は!?』

『矢ァ? どう見ても槍…あぁ、もしかして息子の方の矢か? まぁ、確かにそうも見えなくもないか…』

 

そんな神々の動揺を知らぬベルは、駆ける、駆ける、駆ける。

追随するレフィーヤも必死に距離を離されないように着いてゆき…ダフネが率いる部隊と、接敵する。

 

「…とんだ隠し球があったのね。ウチはダフネ・ラウロス。一応、アポロン・ファミリアの幹部よ。さて…同情はするけど、このまま貴方達に勝たせるわけにはいかないから…ここで、止めさせてもらうわ、よ!」

 

細剣を引き抜き、切り掛かってくるダフネに向かってベルは槍を払う。

 

アイズと似たような系統の武器、Lvは恐らく2。同格で、ステータスは間違いなく自分の方が上。そう判断したベルは、猛烈に攻める。

 

他に周りを囲んでいる敵団員にも、時たま牽制を入れながらダフネを相手にし、圧倒する。

 

「ウチは、何処まで逃げても追い回されて…心が折れて、半ば強制的にここに入れられたけど…貴方は諦めなかったのね」

「僕は…ロキ様の下にいるのが1番ですから。他の…どんなに素晴らしい神様に誘われても、僕はここを離れるつもりはありません!」

 

時たま時間稼ぎなのか、会話を織り交ぜるダフネにベルは律儀に応えながらも戦闘を続けて行く。

 

なお、その会話を聞いたロキはフレイヤ相手に渾身のドヤ顔を見せ、麗しき美の女神を煽っていた。しかし、以前接触した際にその話をベル本人から聞いていたフレイヤはどこ吹く風、さして反応を見せず、それを見たロキがかえってあれ、もしかしてフレイヤ激おこ…? あ、後でヤバイかも…と少し後悔していた。

 

「くぅっ…!? つ、強…疾い!?」

「こんなところで、立ち止まるわけには行きません…通らせてもらいます!」

 

ギャリンっ、と音を立てながらダフネの剣を弾き上げるベル。剣に腕が引っ張られ開いたダフネのその胴体にニーキックを叩き込み、ダフネが蹌踉めき、蹲ったところに追撃を入れるベル。

 

「うぐぁっ…!? あ、ぅ…」

 

頭を強く揺さぶられたダフネが、その場にドサリと昏倒し、ピクリとも動かなくなる。冷や汗を流したベルは、戦闘中だというのにも関わらず速やかにダフネの呼吸を確認し、胸が動いているのを見て安堵する。

 

『よ、容赦ねぇ…』

『可愛い顔して、やることがえげつねえぞあの兎…あんな美人な女冒険者相手にもアレかよ…』

『まぁ、周りが特級の美人ばっかりだからな、美人は見慣れてるんだろ…』

 

観戦者達は、最初こそ勇ましい冒険者同士の斬り合いに歓声を上げていたがベルがダフネを圧倒し始めてからは気圧される者も出てきていた。

そして繰り出される、一切の躊躇がない鳩尾への膝蹴り、下がった頭への追撃。一応手加減されているのだが、そうは見えない攻撃に圧倒的優勢だと思われていたアポロン・ファミリアへの同情が少し集まった。

 

ベルは破竹の勢いそのままに他の団員達も蹴倒して行く。

ロキ・ファミリアのホームでも、そのベルの動きには賞賛と畏怖が集まっていた。

 

「ふん…少しは実戦でも動けるようになってきたか」

「ちょおっとぉ、ベートの性格悪いところまでベルに感染ってない!?」

「んだとバカゾネス!?」

「…本当に成長が早いな。まさかここまでとは」

「堂々と真正面から乗り込んで勝てば、文句を言う人も出てこないだろうしいい演出じゃないか。とはいえ、やり過ぎてベルのことを恐れる人が出てきてもそれは困るね…もう少し、抑えるように言っておくべきだったかな?」

 

槍で払い、脚で蹴り、ダガーで切る。

全身を活かした戦闘で、大立ち回りしながら戦うベル。

その影で詠唱を終わらせたレフィーヤが、必中魔法を相手の魔導士隊に向けて放つ。相殺するように、慌てて色とりどりの魔法を放つが精々がLv2の魔導士達である、放たれた炎や水、風、氷などの魔法とレフィーヤの光線が一瞬拮抗し、次の瞬間、特大の光線が全てを飲み込み、魔導士達のいる場所へと着弾した。

 

『こ、これは、圧倒的だぁぁぁぁぁぁぁ!? 同レベルの冒険者をものともせずに蹴散らした『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』、複数の魔導師の放った魔法をたった1発の魔法で相殺どころか、完全に上回った『千の妖精(サウザンド・エルフ)』、この2人、強いゾォォォォオ!?』

 

街中は、その番狂わせに湧き上がる。

アポロン・ファミリアに賭けた大多数は既に勝ちの目がないと見たのか、畜生と叫びながらも更に酒を頼み、浴びるように飲む。

賭けに負けたとしても、ここからまだまだ見れる戦闘を楽しまないようなものはいないのだ。大金をロキ・ファミリアに賭けていた神々はもう、お祭り状態を飛び越えて何やら狂気錯乱している。我が子の愛武器を質に入れてきた神などは、これで団員のみんなに美味しいご飯を食べさせてやれる! と叫んでいた。どうやら、零細ファミリアの主神だったようだ。いや、そんなところの主神が虎の子の団長の武器を質に入れるなよ、とは、誰もが突っ込んだ。

 

「ベル、その女性の剣、貸してもらえますか?」

「レフィ? え、ええ、良いですけど…」

 

弓隊に魔法を打ち込み、壊滅させたレフィーヤがベルへと声が掛ける。

それを聞いたベルは、ダフネが手放した剣を拾い鞘に納めてレフィーヤへと渡す。

 

「あっちの、同胞が率いている集団は私に任せてください。ベルは、相手の団長のところへ」

 

シャリン、と、それなりに様になっているというか、扱い慣れているように細剣を持つレフィーヤが、同胞…アポロン・ファミリアのリッソス率いる集団の方へと歩んでいく。そこには、騒動の発端となった小人族(パルゥム)の姿もあった。

 

まぁ、なんというか、剣を持つ…というよりは若干、包丁を持つような持ち方であったのだが。ベルは少しの不安を覚えつつも、言葉には出さなかった。

 

「私のことを堕ちたエルフだとか、虜にされたエルフだとか、ペットに逆に躾けられたエルフだとか、少年好きエルフだとか散々言ってのけてくれた2人は…私がやります」

「あ、はい…」

 

ベルは、そっと身を引いた。

あまりそちらを見ないようにしようと、心の中で優しいレフィーヤを思い浮かべながら、先へと進む。背後から上がる悲鳴は、聞かなかったことにした。

 

「誰が! ベルに! 躾けられたですか! 墜とされた! ですか!」

「ちょ、お前魔導士じゃ!?」

「うるさぁい! 魔導士が剣を振って何か問題でもありますか!? それにそもそも私だってまだ14歳です! 13歳のベルと仲良くしてて何が悪いんですか! ええい、解き放つ一条の光ーー」

「う、うおぉぉおぉ!? 詠唱を止めろおおおおお!? 至近距離で喰らったら死ぬぞぉ!?」

 

普段、剣姫と共にいて、最近ではベルの剣捌きをよく目にし、同胞の魔法剣士にも時たま手解きを受けているレフィーヤだ。

杖術はあまり上達していないが近接戦闘自体はここ最近、かなりの経験が積めている。

 

意外なことに、不思議なことに、レフィーヤが振るう剣はそれなりとはいえしっかりと扱えている。とはいえ、あくまでそれなりであり、Lv2の剣を使う冒険者と純粋な剣技のみを比べれば、比べるまでもなく劣る。しかしそこは、Lv3冒険者としてのステイタスで補っている。

 

だがしかし、いくらLvで1つ優っていたとしても流石にLv2の前衛職を相手取るには辛いはずではあるが怒れるレフィーヤの並行詠唱を交えた戦闘にその集団は蹂躙されていた。

 

そして、ベルは既にLv2の冒険者がほとんど残っていないアポロン・ファミリアを鎧袖一触、薙ぎ払いながら敵のトップであるヒュアキントス・クリオ目掛けて一直線に駆け抜ける。

 

最後まで他の団員に命令を飛ばし、少しでもベルの体力や精神力を削ったヒュアキントスは満を持してベルの前に立ちはだかった。

見守る人々も神々も、ゴクリと生唾を飲む。

 

「…まさか、ここまでとは」

 

指揮を飛ばすのに振るっていた独特な波状剣を一度納めたヒュアキントスは、ベルへと言葉を投げる。それを受けたベルも、ダガーをホルスターに戻し、槍の石突きを地につけ、直立不動で言葉を待つ。

 

そんなん相手にせんでええから、さっさとサクッとやってまえ、などとロキは思っていたが、ベルはまだまだ子供である。そういった形式美という物に、憧れもある。それがまた、神々のテンションを高めて行く。

 

ベルはヒュアキントスが口を開くのを待ちつつも、戦意を高めていた。緊張する両者の空気はまさに英雄譚に残るような決闘の直前。その前の口上…2人のやり取りを聞き逃すまいと『鏡』の前にいる人達は固唾を飲んで静かになったが、内心、これ以上ない良い演出に昂っていた。




8月23日本日2話目の投稿、書き切れれば、戦争遊戯編終了まで今日のうちに投稿する予定です。

中二病(アポロン信者)とガチ中二(13〜14歳)、そんな2人が決闘しようとしたらそりゃあなんかこう、派手に仰々しくなりそうですよね。


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67話 戦争遊戯(3)

「…我が名はヒュアキントス・クリオ。『太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)』。我が太陽にこの身を捧ぐ…我が太陽を地に堕とす訳にはいかない。名乗れ、兎よ。この物語のような舞台に相応しく決着をつけようではないか」

 

それは、唄うかのように紡がれた名乗り。

それは、男同士の浪漫。

少し遠くで蹂躙を終えたレフィーヤも、空気を読んでそっちで大人しくしていた。仮に、もし、万が一、億が一にもベルが負けたらすぐにこの男を抹殺できるように、と魔法の詠唱をしておきつつ。

 

「僕はベル・クラネル。神様から頂いた二つ名は『最速兎(ラピッドリィ・ラビット)』。道化師の子として………無様な情けない姿は、見せられません」

 

これは、星が太陽に灼かれる悲劇の物語ではない。

これは、道化を背負う英雄が、英雄たらんとする物語の中の一つの山場。

 

ーーさぁ、『喜劇』を始めましょう。

これは、僕が道化師の子として皆を笑顔にさせる、ただの壮大な茶番劇だ!

 

叩きつけるようなベルの言葉に、茶番、茶番か…そうかもな、とヒュアキントスは笑う。ベルも、笑う。

 

「ク、クククククっ…行くぞ!」

「ハハ、ハハハハっ…来いっ!」

 

互いに、笑いながら武器を構えた。先手はヒュアキントス。Lv3のステイタスを最大限に活かした突貫を、ベルが受け止める。力は、互角。

バベルでは、信じられないものを見る神々の眼に、ロキが晒されていた。

 

『おぉいロキぃ!? なんでまともに打ち合えてるんだよ!? ヒュアキントスはLv3だぞ!?』

『そうだっ! 何かしているに決まってる、一体何をしたんだ!?』

「何もしとらんわぁっ! 純粋な成長と、スキルの効果や!」

「こりゃあ、ベル君、随分とステイタスの貯金があったんじゃないのかい?」

 

神々の疑問に叫び返したロキに、ヘルメスがそっと近寄って尋ねてくる。

 

ベルがLv3に至ったという情報はない。となれば、Lv1の際に鍛え上げられた基礎能力値と、現在のLv2の基礎能力値の合計で、Lv3のヒュアキントスに迫る能力を発揮していると見当をつけた彼は、よっぽど能力値が高い状態でランクアップを果たしたに違いないと確信していた。

 

ロキは、胡散臭そうなものを見る眼をヘルメスに向けると、お前には言わへんで、と素っ気なく突き返す。

 

「ならロキ、私からもお願いするから、教えてもらえないかしら? 勿論、ヘルメスが周囲に漏らしたらその分も私が罰を与えると約束するわよ? それから…ああ、そうね、嫌と言うなら私が貴方に貸した物を返してもらいましょうか?」

「フレイヤ…お前はほんまに…それに、なんやうちが借りた物って。そんなんあっ「鷹の羽衣」…………………………Lv1の最終ステイタスでアビリティオールSや、器用と敏捷に至っては、SSまで行っとる………今は力だけSで後はSS…あ、敏捷はSSSやったかな…」

 

フレイヤに弱みをしっかりと握られていたロキは、どうせいつか漏れるだろうしと観念してステイタスを教える。

 

それを聞いたヘルメスは眼を瞠ってマジ…? と呟き、フレイヤはふぅん…と軽く悩ましい声を出す。

 

そんな中、ベルとヒュアキントスの戦いは熾烈さを増していた。

 

「ヒュアキントスぅっ! 負けるんじゃないぞっ!?」

「行けぇ、ベルきゅーんっ!! そこだぁ!」

 

神々の応援にも、熱が入ってきた。

放たれる斬撃、受け止めるは白銀の槍。

鋭く重たい一撃で、太陽に愛された男は剣を振るう。道化た兎は、受け止め切った剣を押し込んだ瞬間、槍から片手を離しダガーを引き抜き、振る。突然の攻撃に、しかしヒュアキントスは反応して叩き落とす。

 

攻防が目まぐるしく入れ替わるがしかし、徐々にヒュアキントスが防戦一方になっていく。油断は微塵もしていない、ステイタスは忌々しいことに互角…力で多少勝り、敏捷で多少負けている。

 

であれば、両者を分けるのは純粋な技術。確かな鍛錬に裏打ちされた洗練された武術を、ベルは惜しむことなく披露していた。

 

「…っ、く、私は、Lv3だぞ!?」

 

戦慄するヒュアキントスに対して、ベルはダガーを囮にして蹴りを放つ。波状剣(フランベルジュ)が、ヒュアキントスの手から弾き飛ばされていった。

 

「ああぁあぁ、何をやっているヒュアキントスぅぅっぅぅぅ!」

 

アポロンはとうとう、絶望染みた悲鳴をあげた。

可愛い子だ、信頼も信用もしている、だけどしかし…勝てない。アポロンはそう悟ったのだ。予想外にも程がある、なんだ、この戦闘能力は。全て見損じていたのか、ここまでの実力など、知らないことだぞ。

アポロンは内心で荒々しくそう思いながら、今はなんとかヒュアキントスに祈るしかなかった。

 

「ちぃっ!?」

「うくっ!?」

 

破れかぶれに駆り出された、ヒュアキントスの長い脚による不格好な蹴りはそれでもベルの腹に当たり、一瞬の隙を作る。

 

その間にヒュアキントスは少し距離を開け、言葉を紡ぎ出す。

 

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ」

 

それは、先程の名乗りと似た文言、そのせいで、ベルは反応が遅れた。

 

「我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ」

 

そこまで来て、ようやくベルはそれが魔法の詠唱だと気が付く。だがしかし、距離を取りながら詠唱を続けるヒュアキントスを見て魔法の発動は阻止できないと判断してその場で槍を片手に立ち止まる。

そして、ならばとスキルを行使する。リン、リン、と音を響かせながら、手に持つ白銀の槍へと光が収束していく。

 

「放つ火輪の一投、来れ、西風の風」

 

そしてとうとう、完成する魔法。起死回生の切り札となり得る、その技の行使。

 

「アロ・ゼフュロス!」

 

放たれるは、太陽を閉じ込めたかのように輝く円盤。それは、ベルの元へと一直線に向かう。

 

リン、リン、リン、と音が響く度に強まる光、その槍を、ベルは振りかぶるように構えた。

 

そして、雷が奔る。

 

投擲された白銀の槍は、その進路に一筋の白光を残して恐るべき速度でヒュアキントスの投じた円盤へと進み、2人の中間地点で激しくぶつかる。まだ、鈴の音は戦場に響いている。

ベルの槍が、ヒュアキントスの円盤を押し切ろうかと言うその瞬間、鋭い声が戦場を切り裂く。

 

赤華(ルベレ)!!」

 

その言葉をトリガーとしてヒュアキントスの円盤が輝きを更に増してその場で爆散する。ベルの槍は、弾き飛ばされた。

 

だがしかし、安堵したヒュアキントスの視界の中にベルはおらず。

 

既に駆け出していたベルは、ヒュアキントスの死角から、雷と、白い光を纏った短剣を振りかぶり…その、胴体に深く切り付けた。

 

「があっ、ご、ぐぁ!?」

「ぐふっ!?」

 

しかし、ゼロ距離へと入ってきたベルの姿を視認しないままにヒュアキントスは己の勘から強く殴り付ける。頭を思い切り殴られたベルは、身体を揺らしながら距離を取る。

 

既に互いに主武器は失っている。互いに持つは短剣。それによる激戦が繰り広げられ、血が、汗が流れ出す。

 

「はっ…ひゅ、く」

「あ、えふ、はぁ」

 

死闘を繰り広げること、数分。既に互いに満身創痍で、冴えは失われてきた。そうして、最後に2人とも構えを取り、ニヤリと笑い合うとお互いに一閃。

 

ヒュアキントスの持っていた、サブウェポンの短剣はベルの持つミスリル合金の短剣に切り裂かれ…ヒュアキントスはもう一度、深々とその胴体に刃を受けた。ぐらりとよろめいていく身体を、ヒュアキントスは立て直すことができずに倒れていく。

ベルは、ガクガクと膝を震わせながら、それでも、倒れ込むことなく二本の脚で立ち続けた。

 

「…負けた、か」

「…僕の、勝ち、です」

 

その瞬間、オラリオの至る所が破壊されたのではないかと言うほどの大音声がいくつも上がる。

戦争の舞台となった都市には銅鑼の音が鳴り響き、オラリオには大鐘楼の荘厳で重厚な鐘の音が鳴り響く。

観衆達は総立ちになり、興奮の叫びを声にならない声として発散した。

 

「エイナ、やった、やったよ!?」

「ベル君…! 良かった!」

 

ギルド本部の前庭では、エイナとミィシャが喜びを分かち合い、涙を溢す。

 

『戦闘、終了〜〜〜! まさに、まさにまさに偉業を成し遂げたか!? 戦闘遊戯の勝者は、ロキ・ファミリアだぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

そこにある舞台、主神でもあるガネーシャが興奮からか雄々しくポーズを取っている横で実況者であるイブリが拡声器に叫び声をぶつける。

 

その声は、都市中に響き渡り、映像だけでは理解を認識し切れなかった数多の人間に事実を伝えた。

 

『『『『『ヒャッハァーーーーっッ!!!』』』』』

『『『『『チックショぉぉおぉぉっ!!!』』』』』

 

至る所の酒場では、ロキ・ファミリアに賭けた神々と一部の冒険者、更には、贔屓で賭けた民間人達が勢いよく立ち上がり勝利の歓声を上げる。

その一方で、アポロン・ファミリアに賭けていた冒険者達は紙屑となった賭券を破り捨てて放り投げる。酒場の中は、紙吹雪が舞うような光景となった。

 

豊穣の女主人では、良い子であるところのベルをみんな可愛がっていることもあり、歓声が飛び交う。やったニャー!!次来た時にはいっぱい褒めてあげるニャー!と呑気に言うアーニャ、賭券をしっかりと換金し、しめしめとした顔をしながらこれは少年に何かお礼をしないとニャアなんて言っているクロエ、ルノアはそんなクロエに呆れながらも、ベルの勝利を祝う。シルとリューは言わずもがなだ。

 

「良かった…ベル君、本当に…」

「ええ…今度、お店に来たら、褒めてあげなければなりませんね」

 

そして、ロキ・ファミリアのホームは壊れたのではないかと思わせる程に揺れた。更には、その勝利を散々っぱら本人のいないところで祝った直後には全員が財布を取り出し、持ち合い、ベルとレフィーヤの為の宴会を開こうとする。

誰もが、この1ヶ月以上のベルとレフィーヤの努力を知っているのだ、更に、その頑張ったがための成長をスキル有りきで考えベルを罠にかけて脅し、レフィーヤを貶し、あまつさえベルを奪おうとしたアポロン・ファミリアへの敵意は半端無かった。

 

そんな相手に、それも、格上の団長を相手にベルが一騎打ちで勝利したのだ。もう、祝いに祝う。祝いすぎてベルが潰れてもまだ祝うくらいの気持ちで祝おうとした。

 

そんな彼らに、待ったの声が掛かる。

 

団長によるものだ。

 

「まぁ、ひとまず落ち着いて話を聞いてくれ」

 

その声に、仕方ないとばかりに全員が話を聞く体勢に移る。一部、早くしろと言わんばかりに外をチラチラと見ているものもいるが今日ばかりはフィンもリヴェリアも目くじらを立てない。

 

「ベルとレフィーヤの祝勝会だけど…みんな、財布は一度大事にしまってもらおうか」

 

その言葉に、皆が一瞬不満そうな顔をする。祝勝会を挙げるなと言うのか、そんな視線がフィンに集まる。

 

「はは、そうじゃないよ…今回の費用は、僕とリヴェリアが全て持とう。金に糸目はつけない、好きなように好きなだけ準備してくれ。盛大にやろうじゃないか!」

 

そして、放たれた言葉。それを聞いた皆は2秒程、考えて…今度こそ、館が壊れるのではないかと思うほどの大音声が響き、先程より迅速に動き出す。その際、窓が数枚割れたがそれは声によるものか誰かがぶつかったのかは定かではない。

 

食糧や酒が、ひっきりなしに運ばれてくる。質も量も問わず、あればあるだけありったけ、のような買い方をされた物資達がファミリアの本拠地を埋め尽くす勢いで買われてきて、ようやく買い物が終わった頃には数えられないほどの材料が集まっていた。

 

そして、腕を奮い出すは料理自慢の女冒険者達。そこに、アイズとティオナ、ティオネの出る幕はなかった。




ついでにアルゴノゥトエッセンスを挿入。少し無理矢理感はありましたけど。次話で戦争遊戯編終わる予定です…思ったより文字数が…


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68話 戦争終結

決着がついて、身体を休めて、そこから2日。

飛竜を飛ばしに飛ばして飛んできたベル達が、夕方頃になってようやくオラリオへと帰ってくる。興奮冷めやらぬままの都市の住民達は、それを今か今かと待ち構えていた。ギルドの情報から、今日の昼から夕方には帰り着くと言うことが都市内に周知されていたのだ。

 

上空から、明らかに降り立つ予定地である北西側に人が集まっているのを見て、ベルとレフィーヤは苦笑した。

 

そして、北西の市壁に降り立ったベルとレフィーヤを大歓声が招き入れる。

ベルの腕の中に、すっぽりと収まっていたレフィーヤはその歓声の中に黄色いもの…自ら達を囃し立てるような声が含まれているのを、その自慢の耳で聞き取って顔を赤らめた。その様を見た目敏いものは更にヒートアップするが、もう、レフィーヤは開き直ることにした。

自らが持つベルへの感情、それが恋愛感情なのかは自分にもわからないけれど、ベルと仲が良いのは事実であり、既に公然となった。それを無理に否定すれば否定するほど、レフィーヤは泥沼に陥りそうなのを察していた。

 

そして、ベルに対して嫌いだという言葉は使いたくないし使えない。

そんな感情は一切持ち合わせていないのだ、恥ずかしくても、それだけは嘘で言ってはいけないことだろう。何より、それでベルに距離を取られたら今のレフィーヤは立ち直れなくなる自信があった。

 

レフィーヤは、先に降り立ったベルが差し出す手を取って飛竜から降りる。

 

思えば、この少年と言うのは一つ一つの行動が主人公らしいと言うべきか、格好付けていると思われても仕方がないような仕草を平然と取る。それが、様になっているのだからなんとなく腹が立つこともあるのだが。下心なく、純粋に取った行動だからそう思えるのかもしれない。何というか、大袈裟な感じがしないのだ。

 

そんなことを考えているものだから、レフィーヤは着地に失敗する。

よろりと体勢を崩した彼女を、それこそ物語の一幕のようにベルがその身体で抱き留めて支える。

 

その光景に、都市のエルフ達は湧き立った。エルフとヒューマンの物語は、ヒューマン側でこそ浸透しているもののエルフ側ではさして浸透していない。純潔を誇りとするエルフにとって、ヒューマンと交わる異種婚姻譚は部族や血族によってはタブーとなり得る話だ。

 

しかし、そこはオラリオに住むエルフ達。森から離れ、都市に住まうエルフ達には理解もあった。それが、ハイエルフを筆頭とする高貴な血族であれば反発もあったかもしれないが一般のエルフにとって他種族との交わりというのはある種、珍しいものとして受け入れられつつある。

 

街に住む中でも、かなり年若く知名度の高いレフィーヤ。故郷のウィーシェの森は魔力に秀でたエルフが多く、ここオラリオにもかなりの数の同郷の者がいる。そんな彼等は、年若い同胞の恋愛事情に興味津々だ。

 

ぼふん、と顔を赤くするレフィーヤ、そんな彼女に、気遣いながら微笑むベル。2人はそれはそれはとてもお似合いのカップルに見えた。

 

そして、ベルは集まった観衆の方を向く。

 

「…すごい」

 

人、人、人。人間も、犬人も猫人も兎人も、エルフもドワーフも小人族も、ありとあらゆる人種が、ただただベルとレフィーヤのことを称えている。中には、賭けに負けた恨みからかお前らのせいだぞーっ! と叫ぶ声もちらほら…いや、結構あったが、それでも偉業を成し遂げて見せた、まだ年端も行かぬ冒険者であるベルとレフィーヤに対して笑顔と敬意を見せている。

 

こんな時の振る舞いを、ベルもレフィーヤも知らない。

だがしかし、それでも、ベルは心に従って動き出す。

 

レフィーヤをかき抱いたまま、背中に吊るされている槍を手に取る。

それを、一度振り上げて石突きを強く強く、市壁の床に叩き付ける。

何かに共鳴したかのように、不思議と澄んだ金属音が辺り一帯に響き渡り、観衆達は静かになる。

 

それはまさしく、英雄の凱旋のようで。

 

高々とベルが槍を突き上げながら、咆哮をあげる。

それに、観衆達は最大限の歓声を持って応える。

 

都市中に、ベル・クラネルとレフィーヤ・ウィリディスの帰還は伝わった。勝者の振る舞いを、道化を背負った勇ある者は見せ付けた。

 

 

 

そして、市壁から降りたベル達を前に人垣は割れる。一直線に、遮るものがなくなった先に見えるのはバベル。神々がおわす其処へ、勝者たる2人は進んで行く。

街中の人々から掛けられる声に律儀に御礼をしながら、2人は歩く。

 

そうして辿り着いたバベルでは、エイナが待っていた。

 

「ベル・クラネル氏、レフィーヤ・ウィリディス氏。此度の勝利、御祝い申し上げます。神ウラノスから、神々が待つ『バベル』30階への案内を申し付けられております。こちらへどうぞ」

 

普段になく固い、ギルド職員としてのエイナはしかし、職員として見せるような笑顔ではない心からの笑顔を2人に向けて案内する。

魔石を用いた昇降器具に乗り、大人しくエイナの後について神々…つまるところ、主神であるロキが待つその場へと向かう。

 

そうして、たどり着いたそこに、赤髪の女神は待っていた。

 

「ベルたーんっ! レフィーヤ! ようやったで!」

「わ、とと…」

「きゃっ!?」

 

そして、飛びついてきて2人まとめて抱き抱えるロキ。その突拍子もない動きに、しかし2人は抵抗しない。こんな時くらいはいいだろうと思い、大人しくする。

 

「いやぁ、ほんまよくやってくれたで。見てみい、あのアホンダラの姿を。それに、これでベルたんも注目されるかもしれんけど…ま、魔法だけならええやろ? 隠せるもんでもないし」

「それは…はい」

「そうですね…スキルはまだまだ隠しておいた方がいいでしょうし」

 

そして3人、ひそっと会話を交わした後に揃って歩みを進め、項垂れている男神の前へと立つ。

 

両膝を地につけ、被っていた月桂樹の王冠は地に堕ちている。

 

「さぁて、アーポォロォン〜? ベルたんの()()()()、聞いてもらうでぇ〜?」

「ヒィッ!?」

 

そんなアポロンに容赦なく声を掛けるロキ。顔を上げたアポロンの目に映るのは、まるで悪魔のような、見たものを恐怖に陥れる笑みを浮かべたロキの姿。そんなロキは、ベルの耳元に口を近づけて何かを話して…いや、何かを吹き込んでいるように見える。

それを見たアポロンは、自分に何を言われるのか、その最悪を想像して涙を流す。

 

「ま…ま、待ってくれ、ロキ、ベルきゅん、ちょ、ちょっとした出来心だったんだ! ベルきゅんがあまりにも可愛いから、つい手を出したく…お、お願いだ、ベルきゅん! 頼む、どうか慈悲を…」

 

そのまま、土下座をするかのようにベルへと頼み込む姿。

恐らくであるが、ベルのお願いというのは、ベルの口を通すだけでロキの言い分なのだろうことは想像するに難くない。

 

周りの神々もそれを悟ったのか、アポロンの行く末を見守る。

 

「…アポロン様、まずは、頭を上げてください」

 

その声に、そろりとアポロンは頭を上げてベルの方を見る。

そこには、片膝をついてアポロンと同じ高さまで目線を下げているベルの姿があった。

 

「勝者にそんな格好させるわけにはいかんやろ、アポロン、さっさと立たんかい」

 

ロキに促されてようやく、あ、ああ…と力無く返事をしながらアポロンは立ち上がる。それを見たベルも、合わせるように立ち上がりアポロンの顔を見据える。

 

「…お願いがあります、アポロン様」

 

自分が考えていたこと、戦争の最中にダフネから告げられたこと。

それらを加味した上で、ベルは小さなお願いを告げる。

 

「もうこんな…無理な勧誘や引き抜きはしないと誓ってください。そして、今貴方の下にいる眷属の中で、改宗を望む者にはそれを許可すると…そう、約束してください」

 

それは、戦争遊戯に負けたファミリアに課すにはあまりに軽い罰。

負ければ全てを取られるこの戦いにおいて、甘すぎる()()()

 

しかしその場にいる神々は、ベルが心の底からそれを願っていることを感じ取っていた。

 

「貴方の元には、ヒュアキントスさんを始めとして間違いなく貴方のことを慕っている人もいます。でも、ダフネさんのように無理矢理眷属にさせられた人、僕のように狙われた人…沢山、いるんだと思います…アポロン様にとっては、長い長い神生の中の一瞬のことだと思いますが、僕達からしたら一生に関わることです。だからどうか…お願いします」

 

それを聞き届けたアポロンは、呆気に取られた。涙を止め、一度顔を拭うと再度片膝をついてベルに向かって頭を垂れる。

神が自ら、敬意を表して頭を垂れた、その事実にベルはわたわたとするが、アポロンは構うことなくベルへ言葉を紡ぐ。

 

「…ベル・クラネルの寛大な慈悲に感謝を。私が間違っていたようだ…約束しよう、私は…私の愛を一方的に押し付けることはもうしないと誓う」

 

そうして、ベルに感謝の意を示すと立ち上がる。そこにいたのは、いつもの軽薄な神ではなく、太陽を思わせる熱い神威を携えた偉丈夫。

その神は、ベルへと穏やかな微笑みを向けると事態を見守っていたロキへと向き直る。

 

「…ロキ、君はこれでよかったのか?」

「なんやアポロン、ずいぶんやる気出たみたいやんか。元々、ベルたんのお願い事は聞いとったし負ける気はさらさらなかったからな。ベルたんがそれでいいって言うんやから、ええんちゃうか? それとも送還されたいんか?」

「いや、私はヒュアキントス達ともう一度向き合いたい。だから…ありがとう。この恩は必ず返そう」

「返せるんか? 高いでぇ? ま、うちらがお前んとこに頼るような未来は見えんけどな?」

「ははは、ならば、君達を助けられるようなファミリアになってみせようじゃないか」

 

そして、次にアポロンはレフィーヤへと目を向ける。

 

「レフィーヤ君、だったね。私が命令したこととは言え、団員が失礼な事を言ったと聞いている…申し訳なかった」

 

ルアンとリッソスの行いを聞いていたのか、アポロンはレフィーヤに向かって深く頭を下げる。

 

「い、いえ…恨みは晴らしましたので、あまり気にしないでください。それはもうボッコボコにしたので…」

 

そ、そうかい? アポロンは、顔を痙攣らせながらそう答えると、改めて謝罪をした。2人が無事に帰ってくるように、祈りを捧げながら。

 

こうして、戦争遊戯は終結を迎えた。

 

終わってしまえば変わったことなどほとんどない。盛大な茶番だったことがわかるが、一柱の神は大きな変貌を遂げた。莫大な負債を抱えることにはなるが…恐らく、これからアポロン・ファミリアはまた一段と大きくなりそうだとその場にいた神々は訪れる未来を予感した。

 

ベルは安寧を得て、レフィーヤは名声を掴み、ロキは2人の勇姿を見ることができた。都市は活気に沸き立ち、ギルドは臨時収入を得て懐を温かくし、アポロンは決意を得た。

 

こうして、それぞれがそれぞれの思惑の中に動いた戦争遊戯は終わり、ようやく日常が戻ってくることとなる。

 

 

 

その前に、2日前から仕込みを続け、本日は豊穣の女主人からウエイトレスも厨房スタッフも出張で借り受けたロキ・ファミリアの大宴会が待っているのだが。てんてこ舞いになりながら、アーニャが、クロエが、ルノアが、シルが、リューが、配膳を進めていく。

厨房スタッフとロキ・ファミリアの中でも料理の腕に自信がある者達は数多ある材料からとりあえず適当に手に取り、取ったものと目についたものから献立を考えて作り上げていく。もう、全体のバランスなんかを考えている余裕はなかった。兎に角美味しく食べられて、腹に入ればそれで良いのだ。

 

なんとなく、揚げ物が多い気がするのは仕方ないことだろう。

 

ベルとレフィーヤが館に戻るまで、後、1時間。

ここにも一つの戦場があった。




はい、戦争遊戯編完結でございます。
また宴会話が入るんじゃ、今回は少し長めに入れようかなと、その中で色々と整理したい情報もあるので。

アポロン・ファミリアへの対応に不満もあるかもしれませんがこの作品のベル君は甘ちょろなのでこんなものでしょう。


そして総合評価3000Pt到達してました!
ありがとうございます!ありがとうございます!


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69話 祝前余興

「…ロキ。そちらの可愛い兎さんに私を紹介してもらえるかしら?」

「ん? フレイヤ…ま、ええか、ベル。こいつがうちらのファミリアと共に最大派閥と呼ばれてるフレイヤ・ファミリアの主神、フレイヤや」

 

去っていった太陽神を見送った狡知の神の元に、美の女神が近寄ってくる。掛けられた声に少しの躊躇を見せてから、なんだかすっきりとした、晴れやかな表情をしている兎を女神の眼前へと差し出す。

 

「…ふふ、素晴らしいわ。無垢な輝きが増して…何の役にも立たない茶番かと思っていたけれど、貴方に取って良い糧になったようね?」

「へぁ、あ、あの…?」

 

目を奪われる流麗な仕草で、フレイヤはその嫋やかな指をキョトンとしていたベルの頬に這わせる。ベルは、顔を赤らめながら眼前の美の女神の紫眼に己の真紅の瞳を合わせる。ジィッ…と、瞳と瞳を合わせる2人。

不意に、フレイヤが何かを呟く。

 

「…これなら与える試練も…オッタルには本当に悪いことをしてしまったわ…まさか、こんな短期間でここまで伸びるなんて…」

 

ベルには理解のできないことであったが、ロキはその内容からフレイヤの思惑を察して、釘を刺す。

 

「フレイヤ、あんまし変なこと考えてるようなら許さへんで?」

「安心して頂戴、ロキ。悪いようにはしないから…ねぇ、ベル?」

 

目と目を合わせたまま、観察するような視線から慈愛に満ちた眼差しへと切り替わったフレイヤの瞳に見惚れていたベルは、呼び掛けに慌てて答える。

 

「はっ、ひゃい!?」

「ふふ、緊張しているのね? 前にも聞いたのだけれど…私の元に来る気はないかしら?」

「ちょぉい!? なぁに堂々と引き抜こうとしとるんや!」

「だっ、駄目ですよ!? ベルもいつまで見惚れてるんですか!」

「へぁっ!? あ、あの時の女神様ってもしかして…?」

 

そんな美神の言葉に、ロキ、ベル、レフィーヤ、3人が揃って声を上げる。

 

冗談よ。それからベル、あの時はごめんなさいね。つい、会いたくなっちゃって、と悪戯に笑うフレイヤの顔に、ベルはまた見惚れた。

レフィーヤがベルの太腿をつねり、痛みに喘ぐベルを引っ張ってフレイヤから距離を取らせる。ロキは、ベルの様子に少し首を傾げながらフレイヤと向き合う。

 

「…魅了、効いてへんのか?」

「どうかしら? あの子にはそんなもの使いたくないから抑えてはいるわよ? それでも、自然と掛かってしまうこともあるのだけれどね…あの様子では、単純に見惚れてくれただけかしらね。それもそれで、嬉しいけど」

「ふぅん…ま、ええわ」

「それより…あの子、新しいスキルを発現させられるかもしれないわね」

 

そのフレイヤの言葉に、踵を返そうとしていたロキはそのまま360度ターンを決めてまたもフレイヤと向き合う。

 

「ま、まま、ま、ま、マジかいな!?」

「ほ、本当ですか!?」

 

それを聞きつけたレフィーヤも反応する。

ベルだけが、えっ? と反応が追いついていない。

 

「ええ、こんなことで嘘をついても仕方がないし…疑うなら、今ここで確認すればいいだけのことでしょう?」

「ベル、万歳や万歳、ほれ、ばんざーい!」

「シャツ、めくりますよ!」

「え、ええ、えええ!?」

 

魂を見抜くと言われるフレイヤがそこまで言うのだ。確かに、格上を打倒しあれだけの戦いを見せた…いや、魅せたのだ。莫大かつ貴重な経験値は稼げているだろうし、その行動から芽生える何某かが、スキルという形となってもおかしくはない。

 

神々に囲まれた中で、女神と女エルフに服を剥ぎ取られる少年。

そうそうない辱めの瞬間に、少年の白雪のような肌は紅潮する、それを見た数多の女神達も、その少年の細く中性的な肢体に頰を染める。

 

特に、兎の眼前におわす美を司る神はその美貌を妖艶に歪めながらベルにまたも近付き、頬に手を添えながら片手で頭を撫で回していた。

ベルは、混乱するやらなんとなく嬉しいやらでクラクラとしていた。

 

背中を確認していたロキは、震えながらベルのシャツを下ろす。

 

「…帰ったら、ステイタス更新しよか」

「ふぁ、ふぁい…」

「…あっ、ちょ、ちょっとベル。何をまた鼻の下を伸ばしているんですか!」

「ふふっ、嫉妬させてしまったかしら? エルフの子。この子のことを大切に思うのは良いけれど…縛ってはいけないわよ? この子は、自由に駆け回るのが一番なのだから」

「ぅぐっ、そ、それは…その、はい…」

 

内心、ドキリとするレフィーヤ。忘れた訳ではない、ベルのことを傷付けてしまった時に誓ったことだ。変に縛ったりしない、ベルのことを尊重する、と。

 

それでも、レフィーヤは面白くない。

いや、目の前にいる女神様は女から見ても見惚れるだけの美貌を持っている。リヴェリアとはまた異なる方向性での完成された美しさ。それに見惚れているベルは仕方ないとも思う。

 

見惚れているベルの姿を大人しく見るしかない自分が、面白くない。

うむむむむ、とレフィーヤが唸り声を上げる。それは、威嚇するかのような感情が含まれている。

 

「…そのくらいの嫉妬は可愛いものね、私が悪かったわ」

 

フレイヤはそう言いながら、最後にぽんっとベルの頭に軽く手を当てて距離を取る。

 

「話したかったことは話したし、もう行くわね? それじゃあ」

 

ベル、また会いましょう。

 

言葉を残しながら、こちらに背中を向けて歩いていくフレイヤの後ろ姿を目で追うベル。美しい銀の長髪を揺らしながら、フレイヤはその場を去っていく。

 

「…うちらも、帰ろか。皆、首長ぁくして待っとるで」

「…はいっ!」

 

見送り、見えなくなり、その時、ロキから声が掛かる。

 

 

 

バベルから出た3人を、またも人々は大歓声で迎え入れた。

アポロンに突き付けた可愛らしい罰というものも既に広まっているようで、ベルはまさしく英雄かのように褒め称えられる。その純粋無垢な在り方に、冒険者達はそれぞれ思いがあるにしても、街の人々は甚く好意的だ。

 

歓声が響くたびに、魂が熱くなり、震えるかのような高揚感に包まれたままのベルは、2人と共に『黄昏の館』へと歩む。

阻むものはいない、彼らのことを、彼らの帰りを、自分達より遥かに心待ちにしている『家族』がそこで待っていることを、詰め寄せた人々は知っているのだ。

 

そうして、黄昏の館の正門まで辿り着いたベルは、その主塔を仰ぎ見た後にくるりと半回転する。正面には、割れていた人垣が埋められこちらを見ている多数の人達の姿。

それにベルは、気恥ずかしそうにしながら礼をする。

 

家族の元へと帰るベル達の背中を、町の人々は最後まで見送り…そして、門番に声を掛けられ、ゾロゾロと中へと入っていく。

 

 

 

ここから始まるのは、勇者と小さな英雄による小芝居。

 

 

 

ロキが手ずから大扉を開けてベルとレフィーヤを中へと入れる。

そこに立ち並ぶのは、2人を除いた全団員。

先頭に立つフィンが、団旗を付けた槍を手に、一歩進み出る。

 

「2人とも…よくやった」

「「…っはい!」」

 

その言葉を告げたフィンは表情を固いものに変える。

そして、カァンっ、と、槍の石突きをフロアに叩き付ける。

 

「我らロキ・ファミリアの誇り高き小さな英雄、ベル・クラネル!」

 

バサリ、遅れて揺れ落ちた旗がたなびく。

フィンという勇者は、己を英雄へと作り上げた人工の英雄は、英雄としての振る舞いを誰よりも知っていた。

 

「此度、家族の名誉を守るために戦場へと身を捧げ、見事偉業を成した小さな英雄よ!」

 

次に、リヴェリアが一歩進み出る。その手に持つ豪奢な杖にもまた、ファミリアのエンブレムが飾られている。

 

「我らロキ・ファミリアの気高き偉大な魔導師、レフィーヤ・ウィリディス!」

 

魔力の光が、辺りを包む。翡翠を思わせる柔らかく暖かな緑の光。

パァっと辺りを照らす緑が、全てを包み込む。

リヴェリアというハイエルフは、エルフの流儀としての信賞必罰を大事にする。特に、同郷のエルフというものは意外と何かあればすぐにやれ祝いだ祭りだと騒ぐのだ。意外なことに、エルフは多人数で集まるのが意外と好きなのである。そんな時に相応しい振る舞いを、彼女は知っている。

 

「此度、小さき英雄と共に戦場を駆けた森の妖精よ、戦場に華を添えた偉大な魔導師よ!」

 

わざとらしく、フィンとリヴェリアが胸元に手を当てて、頭を垂れる。貴族に雇われている執事がするかのような、深い礼。

 

「「我ら家族の栄誉を守った2人に、共に生きる家族として、深く感謝を」」

 

そして、それに続いて頭を下げる数多の団員達。

 

頭を上げたフィンが、団旗を提げた槍を手に。

リヴェリアが、エンブレムを飾った杖を手に。

 

2人の元へとさらに歩み寄る。

 

「さぁ、ベル。市壁の上で既にやったようだけど…僕らにも、見せてくれ。レフィーヤも、いいね?」

「レフィーヤ、先程の私のような振る舞いはできるな?」

「「はいっ!」」

 

そして、小声でベルは魔法を唱える。旗を焼かないように、努めて制御しながらバチリと紫電を奔らせる。レフィーヤも、純粋な魔力を杖に纏わせる。

 

他の団員の元へと戻っていった2人を見て、打ち合わせもなしに2人は言葉を紡ぎ出す。

槍の石突きを打ち鳴らすベルの姿は、周囲にフィンの影を感じさせる。

レフィーヤが放つ魔力の波動は、周囲にリヴェリアを彷彿とさせる。

 

「ロキ・ファミリアの偉大な先達よ! 誇り高き戦士達よ!」

「我ら未熟者を導く魁よ! 大いなる道標よ!」

「此度、戦地へと向かった我らを見守ってくれた、優しき家族達よ!」

「此度、戦地から帰った我らを迎え入れてくれた、愛しき家族達よ!」

 

2人は、頭を下げずに胸元に手を当てて槍を、杖を、身体の前に捧げ

 

「「此度の勝利を、貴方達に」」

 

勝利を、家族へと捧げた。

 

そして、固いことはもう終わりだと言わんばかりに飛び出す団員達、まず真っ先に、ティオナがベルへと飛び付く。レフィーヤは、エルフ達に掻っ攫われた。遅れてアイズ、アナキティがベルの元へ。ティオネはフィンの横でニコニコとしているし、リヴェリアはアリシアと共に普段はあまり動かさぬ表情を柔らかくしている。

 

 

 

見ていた人々は、目の前で見せられたものが小芝居だと理解している。過剰な演出、過大な言葉、大袈裟な仕草。どこからどう見ても、演じていることは疑いようがない。

それでも、ゾワゾワとする背中を、湧き立つ熱を抑えることができないのだ。

 

これ以上、()()のひと時を邪魔してはいけないと観衆達は大人しく退散していくが、戦争遊戯当日と同等かそれ以上に、酒場に客が流れ込んでゆく。

 

そこで、この小さな小さな英雄譚は語られるのだ。

戦争遊戯の発端から、その戦闘の苛烈さ、無垢な勝者の願いと、改心した一柱の神、家族へと勝利を捧げたその一連の物語は、オラリオ中…いや、近隣都市まで広められた。




小芝居編、完。
次回から宴会編です。


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70話 戦勝祝宴

「細かいことはもう言わんで! 皆、飲んで騒いで歌って踊れぇ!」

「「「「「うぉぉおおぉぉおぉっっ!!!」」」」」

 

そして、小芝居が終わった後は速やかにホールから大広間へと場を移す。

そこに並べられているのは豪華絢爛な料理。

 

館中からテーブルと椅子を搔き集め、即席の宴会場となっているそこはどこにいても美味しい匂いが充満していた。食堂を使わない…否、使えない理由は、今もなお出番を待つ料理や食材達の保管場となっているからだ。厨房に近いが故に、そこは占領されていた。

 

既に、ベルの元には男共が酒を片手に寄ってきているがそれをティオナが威嚇し蹴散らす。後で飲ませるけど、今はまだ駄目! と遮られた男達は残念そうにしながらもベルに祝福の言葉を残し、去っていく。

 

去っていくその先では、一人また一人と酒を浴びるように飲んでいた。入口から中々進めないうちにほとんどの男性冒険者はベルへの祝いを済ませ、酒や食事に夢中になっている。現金なように思えるが、彼らがベルへの祝福を長々として独占するのは、恐ろしい保護者達を怒らせることになってしまうだろう、すごすごと大人しく諦めていくのは、自分の身を守るためでもあるのだ。

 

そして、レフィーヤはベルとは対称的に女性冒険者達からの()()()を受けていた。

いつから付き合ってたの? どっちから告白したの? なんて、そんなことばかりを言われるレフィーヤは酒を飲んでもいないのに顔を赤くして目を回していた。

 

それもそのはず、噂が噂を呼んでいる中でのレフィーヤの戦争遊戯中の発言はしっかりと人々に聞かれていた。

 

そんな噂が立っている二人の、それも女性の方からの()()()()()()()宣言。

二人が恋仲だと判断されるのも、無理はないだろう。

 

そ、それは、ち、ちがうんです。

 

呂律が回らないのか、舌が思考に追いついていないのか少しあどけなく言うレフィーヤに対して、良い年頃の女性冒険者達は可愛いものを見るような目になる。

 

「じゃあ、レフィーヤはベル君のことなんてどうでもいいんだ?」

「へぇ~、なら、可愛いし格好良かったし、私、狙っちゃおうかなぁ?」

「ちょっと、あんたそれはいくらなんでも…あんたベル君の倍も年齢行ってるくせに…」

 

あうあうと混乱し続けるレフィーヤは、僅かに残る冷静な部分で揶揄われているだけだと理解しているが、それでも混乱は収まらない。

 

そして、何やら好き勝手なことを言い出した周りの女性陣に、沸々と怒りも沸く。

 

混乱、羞恥、疲労に怒気、そして…ベルが絡むことによりリミッターが解除されたレフィーヤは、兎に角自分の意見だけは伝えておかないとこの話は泥沼になると思ってーー

 

 

 

「私は、ま、間違いなくベルのことはとっても大好きですけど、それが恋愛感情かはまだわかりません!!」

 

 

 

ーー底無し沼の墓穴を掘った。

 

 

 

ピタッと質問責めが止み、一瞬の静寂。

 

レフィーヤはその一瞬で、私は今、何を言った? と振り返るが、思考が記憶に追いつく前に…黄色い歓声が、場を支配する。

 

「何何何何この子可愛いいいいいい!」

「もおおお必死になっちゃって、そんなに取られたくないのね!」

 

キャーキャーと女性陣が盛り上がる。

その声に、レフィーヤはようやく自分が何を言ったのかに思い至る。

思い至って顔を赤くして…次には、目尻に涙を浮かべる。

 

「ち、ちが…違…うう、もうやだぁ…」

 

それを見た周囲の人は、一斉にギョッとする。

 

「…もぅ、ほっといてくださいよぅ…」

 

本気で困りきり、感情を抑えきれず涙するレフィーヤ。

それを見て、普段からレフィーヤと共にいる頻度の高いエルフ達がまず我に変える。

 

「ご、ごめんねレフィーヤ。からかいすぎちゃったね?」

「ほら、泣き止んで…もう言わないから、ね?」

「うぅぅぅぅ…」

 

立ち竦んだまま、両目からポロポロと涙を零しながら唸るレフィーヤを必死になって宥める周囲の人々は、罪悪感で胸が一杯になる。

 

いくら、好奇心をくすぐる出来事とはいえ自らの好奇心を満たすために当事者を泣かせてしまうとは…ましてや、今日の祝宴で祝われるべき当人を…と。

 

そこに、助けの手が差し伸べられる。

 

「レフィ!? どうしたんですか!?」

 

ティオナと共にゆっくりと奥の方へと歩いていたベルが、レフィーヤを掻っ攫って大広間の真ん中あたりにいたこの集団の元へ辿り着いたのだ。そうして、泣いているレフィーヤを見つけて、咄嗟に声をかけた。

 

「うぅ…ベルぅ」

「ちょ、ちょっと…何があったんですか!?」

「ごめんね、ベル君。少し揶揄いすぎちゃって…」

「一体何が…あぁ、もう、レフィ、こっちへ来てください!」

 

そうして、ベルはレフィーヤがこの場にいるのが辛いだろうことを見抜いて手を引っ張って強引に連れ出す。

 

置いていかれる形になったティオナは、不機嫌さを隠そうともせずにその場にいた面々に視線を向ける。

 

「…レフィーヤに何したのさ」

「…ベル・クラネルとの関係を少し、揶揄いすぎました」

 

普段からレフィーヤと仲の良いティオナの詰問に、大人しく答える。

ティオナは一つ、はぁ…とため息を吐くと、けろりと表情を戻す。

 

「まぁ、私も気になるし悪いとは言わないけどさー、言う場所と程度くらいは考えようよ。今日の主役泣かしちゃってどうするのさ…」

 

戦闘民族と言われるているアマゾネスで、自身も深く考えることは苦手だと公言しているティオナのその言葉は全員の心に深く突き刺さった。

ティオナには失礼だが、アマゾネスより気遣いができていないということだ。

 

後でちゃんと謝っておきなよー、そう言いながら、ティオナは離れていった2人の後を追わずに去っていく。

 

 

 

大広間から繋がる形で存在するバルコニー、そこに2人はいた。

まだ、太陽は辛うじて空を赤く染めている。夜闇と夕焼け、空には2つが混在し、見事なグラデーションを作り上げていた。正しく、黄昏時であった。

 

「…なんか、その、心配かけてごめんなさい」

「い、いえ…僕も、急に引っ張ってきちゃって…」

 

ベルに手を引かれているうちに冷静になったレフィーヤは、なぜ泣き出してしまったのかと少し恥ずかしい気持ちでいた。確かにあまり言われたり、聞かれたりしたくない言葉が多かったとはいえ泣き出すほどのことではないだろうと自分に言い聞かせる。

 

無言で考え込むレフィーヤを前に、ベルは戸惑っていた。

泣いていたのは確かだ。きっと傷付くか、困った事があったのだろう。

でも、同じファミリアの団員が傷付けるような事は言わない…はずだ。

 

では何故、理由は何、と、ベルは必死に考えるも、何も答えは見つからない。

 

「…その、本当に何でもないですから。私が少し感情的になり過ぎたと言いますか…別に、意地悪されたとかそういうわけではありませんので…」

「それは疑っていませんけど…でも何か、そこまで感情的になるような何かがあったんですよね?」

「そ、それは、そのー…ベルには言えないといいますか…ベルだからこそ言えないといいますか…その、あまり気にしないでください、いや、本当に…」

 

調子の戻ってきたレフィーヤに安堵しながらも、そのやんわりとした、しかし断固たる拒絶にベルは少しショックを受ける。

もしかして、余計なことをしてしまっただろうか、と悩む。

 

「あぁっ、あの、引っ張り出してくれたのは嬉しかったですから…その、ベル」

「な、なんですか?」

「…私の気持ちに整理が付いたら、ちゃんと教えます…いいえ、伝えますから。それまでは、そっとしておいてください」

「レフィ………はい、わかりました」

「ありがとうございます…じゃあ、戻りましょうか? 私も、あの人達に感情的になり過ぎて場の空気を悪くしたことを謝らないと…」

 

 

 

その後、戻ってきたレフィーヤに全力で謝り倒す面々と、こちらこそすいませんと謝るレフィーヤはしっかりと仲直りをする。

そこから始まるのは、祝勝会という名の女子会。

恐らく初恋に近い何か、もしくは初恋へと昇華する可能性を秘めたその感情を持て余しているだろうレフィーヤを応援する為に、女としての先達であるそれぞれが色々と教えようとあーだこーだとやれうちの男はーだのそういえばどこそこの何々がーだの、情報共有的な会話をする時間が繰り広げられた。

 

尚、その殆どが独り身であるため、情報にはかなりの偏りがあったのだがそれはご愛嬌というものだろう。

 

比較的、近場に席がある男は漏れ聞こえてくる会話に若干気不味そうにしているが酒の席の話だ。聞かないことにして、忘れるに限るとぐいぐいと酒を煽っている。

 

色々な集団に分かれて、それぞれがそれぞれらしく宴会を楽しむ。ベルとレフィーヤの祝勝会という名目はものの1時間もせずに消えて行き、そこにあるのは団長と副団長の金で酒や飯を貪る団員達の姿だけだ。

 

一方、戻ってきたベルは再度ティオナに捕獲される。

一度レフィーヤの方を見て、問題なさそうだと確認してからロキ達が待つ席へとベルを連れて行く。今日の主役の片方は、楽しげに女の子や大人の女達から様々な情報を聞いているようだ。

 

そして連れてこられたベルは、馴染みの面々に囲まれて少し気を楽にする。普通ならあり得ないような面子なのだが、そこは色んな面で幹部達に可愛がられているベルである。

 

ゆったりとした空気の中、普段にない話をしながら時を過ごす。

時折、リヴェリアやアイズがレフィーヤを気にする素振りを見せるがそれ以外は本当にまったりのんびりとした空間だ。若干、ティオナのテンションが高いくらいだがそれもベルに抱きついている程度。尚、ガレスは酒飲み達と己対他全員の飲み比べを敢行しているのでここにはいない。

 

その光景の中にいたロキは、自らを抜いた面々で家族構成を考える遊びに興じながら話を楽しんでいた。

 

ティオネには悪いけど、やっぱ父親はフィンで…母親はリヴェリア。長女はアナキティで長男はラウル、次女は…ティオネで三女にアイズたんを挟んで四女にティオナかなぁ? ま、一番下はレフィーヤとベルたんで決まりやなー、とか、そんなことを考えていた。

 

豊穣の女主人から借りてきたウエイトレスの面々も、ベルを祝福していく。ようやくひと段落したのか、シルとリューが揃ってベルの元へと来る。

 

「ベル君、おめでとうございます」

「クラネルさん、見事な勝利でした」

「お二人とも、ありがとうございます…シルさん、そう言えば今回はすいませんでした。約束を破ってしまって」

「ふふふ、気にしなくても構いませんよ? お休みの日は丁度戦争遊戯の当日でしたからいい1日になりました」

「私達が仕事をしている中、客に混じってずっと鏡に張り付いていましたからね…」

「リューだって、途中からお仕事サボってずっと見ていたじゃない…」

 

そんな2人に、ベルは改めて礼を言う。

気にかけて、わざわざ見ていてくれたのだ。それに礼を言わぬ程ベルは淡白ではない。

 

 

 

そして、それに満足げに頷いたシルが動き出す。

 

それはそれはとても高そうな一本のお酒を取り出し、ベルの前へと置いた。木製のフレームに納められた、緑色の瓶。

正面には、羽根を生やした女性が描かれている。

 

ーー祝宴は、第二ラウンドへと突入する。

 




性格というか性癖なんでしょうけど、一悶着入れないとなんか納得いかないみたいですね自分(歪んでる)

最後にシルが出したお酒ですが、現実に存在するハイランドパーク フレイヤというお酒をモチーフにしています。


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71話 酔兎睡眠

ベル・クラネルという少年は非常に穏やかな性格をしている。

声を荒げることは少ないし、普段は気を抜いている姿の方が多く、だからこそ戦争遊戯の発端となった出来事での激昂は珍しいものであった。

 

その性格の形成に一役買ったのが、彼の祖父だという謎の人物に他ならないだろう。ベル曰く、かなりの女性好きでベル本人にもハーレムの形成について語っていたことがあるとかないとか。

 

そんな人から教育を受けておいてよくここまで純粋に育ったなと思わなくもない。

 

一方で、その祖父というのは神話や伝説、英雄譚や逸話にも詳しかった。幼きベル・クラネルはそれらの話をよく読み、よく聞いていたという。その甲斐あってか、今のベル・クラネルは純粋に英雄譚を、歴史に残る発見譚や冒険譚などを好み、その話に出てくる先人達に憧れ…言ってしまえば珍しいくらいに、男たれ、紳士たれ、英雄たれといった行動を取る。

 

また、古の名高き英雄達のような、他に甘く己に厳しい精神性を持っている。助けを求める声があれば拒まず、危機に瀕しても何かを捨てて逃げたりはせず…人によっては、その甘さに嫉妬からか羨望からか好ましく思われないこともあるだろうけど、概ね、彼の場合は周囲に好意的に受け止められていた。

 

そんな彼は、天涯孤独という身でありながらもあまり普段の生活において弱みを見せることはなかった。いや、十分にファミリアのメンバーに頼り、甘えているのはわかるがその程度だ。13歳という年頃を考えれば、少し背筋を張っているように見える。

 

もう少し、甘えるように頼って欲しいと思う者も数名いるが、ベルはそういった行動をあまり取ろうとはしない。フィンに対しては敬意を払っているし、アイズに対しても、アイズの方があれだけ構い倒そうとしている割にはむしろベルの方が素っ気ないと言うべきか、警戒こそ既にしていないものの前回の酒場での一件を除けば普段、特別に甘えるようなことはない。ティオネ・ティオナに関しても勿論同様だ。

 

唯一、例外と言えばリヴェリアとレフィーヤだろう。

 

リヴェリアはベルにとって、最も甘えている相手ともいえるだろう。

初めて死にかけた際、2回目に死にかけた際、抱き縋るようにして泣き喚いていたベルを叱り、慰めたのはリヴェリアだ。そこに見せた母性とも言うべきものは、ベルの心を溶かしていた。

死にかけたベルを癒し、説教を行ったリヴェリアに対してベルは恐れるのではなく甘えを見せるようになった。それは、悪い意味ではなく、リヴェリアの持つ心の広さを感じ取り、母をそこに感じたのだろう。

 

 

 

祖父が()()によって亡くなり、その前日に話をした…ベルにとっては遺言とも思えたオラリオの話。ベルはそこへ希望を見出し、僅かな貯金から路銀を捻出してここオラリオへと来た。

それは良かったのだが、泊まった宿屋では本人は未だ知らぬこととはいえ吹っ掛けられ、法外な値段で泊まらせられるという詐欺に遭う。

そして、金が尽きて宿屋を後にし、1週間近くに渡る雨に晒され空腹に耐える生活。ここで一度、ベルの心は折れかけていた。

それを救い上げたレフィーヤに対しては並々ならぬ想いがある。

彼が絶対に守らなければならないと、命より大切にする相手…いや、命を捧げてでも守りたい相手は、今のところレフィーヤ・ウィリディスを差し置いて他にはいない。

 

この2人のエルフ師弟は、ベルの心の中で極めて高い位置にいる。

 

どこかなんとなく、薄く、浅いけれども確実に一線を引いているようなベルに対して踏み込もうとする面々だったが、今のところそれを確実に突破できているのはレフィーヤとリヴェリアだけだと皆が薄々感じていた。

 

 

 

そんな彼が

 

 

 

今は、家の中で幸せいっぱいに愛されている愛玩動物のようにとろけきって、甘え倒していた。

 

大好きな姉にくっつく幼い弟のようにして、シルにすり寄っている今の彼は普段保っていた距離感というものを見失い、無くし、純粋に甘えている。

家族の輪の中心で、皆が話し合い、笑い合う中心にいる幼子のようにニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

発端は、シルが持ってきた一本の酒だった。

 

「少し縁のある神様から頂いたものなんですが…私は普段、あまりお酒は飲みませんので、良い機会だと思って持ってきてしまいました。良ければ、飲んでいただけませんか?」

「えっと…こんな、高そうなお酒…良いんですか?」

「勿論ですっ! ベル君に飲んでいただけるなら、きっとその神様も喜ぶと思います」

「まぁ、せやろなぁ、あの色ボケなら間違いなく喜ぶやろなぁ………ベルたん、もらっとき。ああでも、それ結構…いやかなり強いから気をつけて飲むんやで」

「ロキ様…はい、あの、シルさん、ありがとうございます」

「いえ…では、どうぞ?」

 

そして、流麗な手つきで瓶を開けて、どこからともなくサッと取り出したグラスへと注ぎ、ベルへと手渡す。

ベルは一応、周りのメンバーの反応も伺った。以前お酒を飲んだ時の記憶がないから、止められるようならやめておこうとそう思ったのだ。

しかし、アマゾネスの2人は特に気に留めていないようだし、むしろティオナなんかは美味しそうだねーそれ、なんて呑気に言ってきている。

フィンも、リヴェリアも、アナキティやラウルも止める気配はなさそうだ。リューも、表情を変えずにじっとベルのことを見ている。

リヴェリアに関しては、ベルの年齢も考えて過度の飲酒は止めるつもりでいるが、そこは冒険者。飲酒自体に関しては目くじらをそこまで立てるつもりはない。これが、常日頃から酒を飲むようになれば怒りと説教が待ち受けているだろうがベルはそんなつもりもない。

 

 

一番懸念していたリューが、酒を取り出したシルに対して、それを手に持つ己に対して何も言わないことで問題なさそうだと判断したベルはシルに手渡されたグラスへと赤い瞳を向ける。

氷が浮かぶ中、少しとろとろとした液体から放たれる強烈な酒精の香りがベルの鼻をくすぐる。

一瞬、顔を顰めたベルだがその後に続く甘い匂いに相合を崩す。

 

「ベル君、このお酒は以前酒場で飲んでいたものよりもかなり強いので、ゆっくりと、舐めるようにして飲んでみてくださいね?」

 

その言葉に頷いて、シルが差し出すグラスを手に取り口元につけでほんの少し傾ける。恐る恐る舌を出して、ペロリとその液体を舐めるようにほんの少し口の中へと流す。

 

瞬間、とろりとした柔らかな感触が舌に残り、痺れるような感覚と共に、口内に広がる鮮烈な匂い。

喉を滑るように落ちていった滴が、胃を熱くする。

 

はふぅ、と息を一つすれば、花のような香りが感じられる。

確かな酒精と苦味もあるが、それを塗り替える淡い、しかし、強い甘さ。

 

「…美味しいです、ちょっと、たくさん飲むのは難しそうですけど…」

「それは良かったです…これを沢山飲むのは危ないので、控えてくださいね?」

 

ぺろ、ぺろ、くぴ、くぴ、静かに飲んでいるうちにベルの目がとろんとする。以前より速いペースで酔いが回っているようだ。一度、身体が酒を受け入れたベルの身体は酒に対して強くなるのではなく、より早くその変化を受け入れるようになっていた。

シルはベルのそんな格好に頰をゆるゆると緩めながら、ベルのことを愛でる。小さな卓を挟んで反対側に座っているため、腕を伸ばしてゆっくりとした手つきで頭に手をやり撫で始めるが、それは以前、街中でやったような乱暴なものではなく慈愛に満ちたもの。

 

「あ…はふ…」

 

もう一口、とまた舐めたベルの目がさらに落ちる。

頭を撫でられていることには気が付いていないのか、気に留めていないのか。普段はくりくり丸々としている瞳が、今はゆっくりと細められて行き、とても眠たそうに見える。

しかしそれでも、口は笑みを浮かべている。

ふにゃりとした、弛緩した雰囲気。

 

「…ふふ♪」

 

そんな姿を見るシルは本当に楽しそうだ。そして、怪しく瞳を光らせたかと思えば歴戦の冒険者達にもその妙な動きを気取らせぬ実に自然な動きで、ベルの座る1.5人掛け程度のソファへと自分の身を移す。

狭いそこに、華奢な少女と華奢な少年。少し窮屈だが座れないことはなく、身体を密接させながら、シルはベルの耳に唇を近づけて囁く。

 

「ベル君…今夜、私が良い夢を見させてあげましょうか?」

 

それは、誘惑…のように聞こえるが、そうではない。一瞬、その優秀な五感によりそれを耳で聞き、勘違いしたアマゾネスとハイエルフが気を張るがその後のシルの言葉によって沈静化する。ハイエルフの方は、酒を飲んでもいないのに急に顔が赤くなったがそこは本人の名誉のために周りの人も何も言わない。

 

「とてもいい、安眠のマッサージを教わりまして! どうですか?」

「…お願い…します…」

 

既に酒が回り始めているのか、特に確認もせずに考えもせずにそれを承諾するベル。

シルは、そんなベルの言葉にニヤリと笑うとゆっくりとベルの身体の色々なところを撫で回すように触り、時にぐっぐっと軽く押し込んで刺激する。

 

そうして、マッサージをされるうちに筋肉が弛緩するかのように蕩けた兎が1匹出来上がった。

少女にもたれるようにして身体の力を全て抜いた少年は、もう箸が転んでもおかしいと言わんばかりに楽しそうに、常にふにゃふにゃとした笑みを浮かべている。側から見たら、何かヤバイ薬の使用を疑われるほどの砕けっぷりだ。

 

そしてシルは、蕩け切った兎を緩く抱きしめて撫でくり回す。

 

 

 

ティオナは今出ていって無理に独占しようとするより順番を待っていた方が結果的にいい気がすると大人しく待っていたし、アナキティは気持ちよさそうにしているベルを見て躊躇を見せていた。そしてリューは勇気を出せず動けず、黙って見ているしかない中でアイズが動き出す。

 

「…シル、さん…そろそろ、私達にも…その子を」

「…も、もう少し、ダメですか…?」

「…同じファミリアの人間として、祝ってあげたいので」

 

事前に交わした協定など今回は一切ない。偶然、タイミングよくシルとの約束があり、それをベルが破ってしまったという事実があったがためにシルがベルの気持ちを自分に向けさせることができていただけで、大人しくしている義理はないと言わんばかりにアイズがシルに向かって建前10割の言葉を突きつけてベルを渡すように要求する。

それに対して、シルは若干の抵抗を見せる。

 

「…祝ってあげる前に寝ちゃいそうだから…ほら、ベル、おいで?」

 

そして、前回お酒を飲んだ際のベルで味を占めたのか、アイズは以前と同様ことさらに優しい声でベルへと呼びかける。

その声にベルは、んぅ…と一言漏らしながら、床に立ち膝になってベルの前で腕を広げるアイズの胸の中に、ぽすんと倒れ込む。

 

ニヤリと笑うアイズは一度シルへ視線を向けると、そのままベルを抱き上げて立ち上がり、3人掛けのソファへと連れて行く。

 

「あぁぁ…まぁ、仕方ないかぁ…また次の機会を狙わないと…」

「むぅ、私も奪いに行けば良かったかも…」

「アイズ、いつの間にこんなに大胆というか、策を練るように…」

「ンー、これは成長なのかい?」

「…どうだろうな、喜んでいいか判断に悩むところだ」

「まぁまぁ、可愛らしい嫉妬心が芽生えたと思えばええやん、アイズたん、今までじゃが丸くんかダンジョンか剣くらいしか興味示さんかったし、その時から見たらだいぶ丸くなったやろ」

「まぁ、それは確かにな…」

 

そんな会話がされている中、酔い蕩れ兎は剣姫の膝に頭を乗せて浅い眠りについた。




もう少し、いや、もうかなり続くんじゃ。
明日は投稿できないかもしれません。


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72話 酒呑兎狼

ーーしかし、アイズにとっての安らぎの時間は長くは続かなかった。今回は全員でガレスに挑んだことによって酔い潰されなかった1人の狼人がこちらへ歩いてきたからだ。

かなり酔っていることは、その覚束ない足取りから察せられた。

アイズの前で立ち止まるも、ベルの頭を撫でるのに夢中で気がついていない。何かするんじゃと疑い、止めに入ったティオナの手が届く前にその粗暴な狼人ーーベート・ローガの手がベルの顔へと届く。

 

そして、その桃色の頰をみよんと引っ張った。

 

「うぉい、こぉんの野郎、何してやがる」

「…えっ」

 

更に、声を発する。それを受けてようやく気付き顔を上げたアイズも思わず、その声を発した人物を見て声を上げた。

 

「…ほへ…?」

「おいこるぁベルぅ、てめぇ酒飲めんならこっち来いこら、あのクソジジイぶっ潰すぞ」

「…あ、べぇとさん…?」

 

ゆっくりと目を開けたベルは、ぴこぴこと動く耳を見て目の前の人物を自らの体術の師匠であるベート・ローガその人だと気が付く。

 

 

 

周囲の面々はシルとリューとアイズを除いてその光景に呆気に取られる。

 

あの自分勝手で傍若無人、弱者を嘲笑い雑魚と罵る凶狼が今、ベルのことを名前で呼んだことに全員が驚いた。

 

そして、更に、アイズの膝で寝ていたベルが…都市の大多数の男が、見たら嫉妬を抱き血涙を流すような羨ましい状況を何の躊躇も見せず一瞬で投げ捨て、こちらもふらふらと危なっかしい様子で立ち上がりベートへと自ら向かっていったのだ。

 

その事実にアイズは深くショックを受けていた。

 

とろんとしていた瞳はまだ細められているものの、なんだか頼りになる兄を見るようなキラキラとした目線であり、それはシルも勘付いた。

 

「よし、行くぞベル、あのクソジジイ、もう20人抜きしやがった。一杯は一杯だからな、ベル、お前はなんか甘いのでも飲んでろ」

「はぁい」

 

にやにやよたよたとした狼人の後ろを、にこにこふらふらと付いていく人間。人間のはずなのに、何故か、そこに犬耳と尻尾を幻視する。いや、あれは狼の耳だろうか…? 前を行く狼人のそれを見て、皆が思った。

 

ベート・ローガがここまでベル・クラネルに対して心を開き、かつ、優しげな態度を取っていること。

そして、ベル・クラネルがここまでベート・ローガに対して信頼を置き、かつ、懐いているような態度を取ること。

 

どちらも、同じファミリアの人間にとっては異常事態である。

 

いや、確かにベルの体術の鍛錬はベートが行っているし、采配したフィンもそれなりにベートがベルのことを認めているとは思っていたし、ベルもベートのことを嫌っておらず、それなりに慕っていることには気がついていた。

 

ベルは毎夜ベートとの鍛錬が終わった後に風呂に入るようで、稀にその時に見かけるのは生傷の絶えない、ボロボロのけちょんけちょんの姿だ。そんな様子でここまで懐いているのかと、フィンですら予想の斜め上を行かれた。

 

2人の特訓は基本的に、夜間に行われる。

視界に頼ることなく戦闘を行えるようにした方がいいというベートの持論により、太陽が落ち、月明かり程度しかない中で人目につかない本拠敷地内の裏庭の方で行われていたそれ。そこで、ベルはベートから色々と仕込まれた。

 

視覚に頼らず、聴覚や嗅覚を活かした戦闘。

見えない中でも、平坦ではない足元に対応する判断力。

アナキティとの鍛錬によって獣人のしなやかな動き、その一端を掴んでいたベルはベートの予想以上、いや、期待以上の成長力でそれらを習得していった。

 

そんなベルに、何度叩きのめされても立ち上がるベルに、次第にベートはベルのことを雑魚とは罵らなくなっていった。確かに、未だ弱者であることは間違い無いのだが、有象無象のそれとは違う。

 

発破をかける際に雑魚と罵っていたそれがいつしか、そんなこともできねえのか、そんな無様な技は教えたつもりがねえぞ、てめぇならもっと出来るだろ、などと、期待を含ませた煽り方へと変わっていったのだ。

 

それでも尚、普段の呼び方は子兎野郎や駄兎であったのだが。

 

恐らくは、インファントドラゴンとの熾烈な戦いの時よりベート・ローガはある種ベル・クラネルに魅入られていたのだろう。

 

最も強く、気高き狼として君臨するのではなく。

群れの王として、幼き仔を育て導くような狼の姿がそこにあった。

 

 

 

思えば、戦争遊戯に於いてもベルはベートの技を多用していた。

騒動の発端の際は、侮辱してきた小人族に対しての延髄蹴り。

ダフネ・ラウロスとの戦いの際にも、最後の蹴りのコンボはベートの教えによるものだろう。

そして、ヒュアキントス相手にも見せたそれ。ダガーを囮にして波状剣を手から叩き落とした蹴りは間違いなくベートから伝授されたものだろう。

 

正当な鍛錬によるフィンの槍技と、ティオネの短剣術。それに比べればまだまだ物足りない…洗練されていないが確実に実戦向きの、ベルに合わせられたような体術。

 

それらを教え込まれたベルは、ベートの普段の言動や行動から彼のことを変に誤解せずに頼れる強者として懐いた。

 

 

 

そして今、ベルはベートの後を追っていってしまった。

これだけの美少女達がベルのことを可愛がろうとしている中で、彼は自らの意思でベート・ローガについていったのだ。それも、誰に構われている時よりも嬉しそうに、今まで見る中で一番の男の子らしい笑顔を見せて、だ。

 

シルはまさか…と禁断の愛を想像し、リューはションボリと肩を落とす。アイズは私よりベートさんが良いの…? と呟きながら深いショックの中におり、ティオナはベートへの敵愾心を隠しもしない、アナキティはベルのことを心配そうに見送るが、次には自らの猫耳に触れる。もしやケモミミが好きなのか、と思いながら。

 

 

 

そんな彼女達が再起動する間も無く、大人しく着いてきたベルの肩を組んでガレスの元へと行くベート。その際に、しっかりとベルの分と自分の分の酒を手に確保し、ガレスにドワーフの火酒を叩きつける。

 

「おぅこらクソジジイ、俺とこいつで一杯ずつだ。文句は言わせねぇぞ?」

「んぐ、んく」

「ガッハッハ、小僧共の煽りなど痛くも痒くもないわ! しかしベル、良い一気飲みじゃ! どれ、儂も見せてやろう!」

 

手渡されたその酒を、疑うことなく一気飲みしたベルを見てガレスは大笑する。そして、ベートによって叩きつけるように置かれたドワーフの火酒、その瓶をラッパ飲みに、一気に飲む。

 

「ん〜〜〜っ!!! ぶっはぁぁぁあっ!!! ほれ、どうしたベート。さっさと飲まんか!」

「…上っ等だこのクソジジイ! おいベル! テメェは好きなのを飲んでろ! 俺もこいつで行ってやる!」

 

そうして、ベルに空のグラスを渡したベートはガレスに渡したものと同じ酒の瓶を手に取る。それを、口に含み、一気に流し込み…

 

「んぐっ、ごぎゅっ、ぐっ…ブホァ!?」

 

7割ほど流し込んだところで撃沈する。

 

「ガッハッハ、まだまだ甘いのう! どうしたベート、それで終わりか!? 漢が廃るのう、この程度も一気飲みできないとはなぁ!」

「んだ…と、この、クソジっ…クッ」

 

ベートはふらふらと力無く椅子に倒れ込み、ガレスの煽りに酒を手に持とうとするが腕が言うことを聞かず、そうこうしているうちに眼前の瓶が消えていった。

 

それを手に持つのは、ベルだ。

 

2人を真似するかのように、ベートの飲みかけのそれを口につけ…そのまま、天を向き、中身を流し込む。

 

「んごきゅっ、ごくっ…んぐ、んぐ…」

 

残っていた3割ほど。それでも、普通のグラスに入れれば5杯はあろうかという酒を、ベルはその小さな身体へと流し込んで行く。

 

パチパチと瞬きするベート、口を開けたまま呆気に取られたガレス、周りで辛うじて意識があり、そのバトルを力無く囃し立てていた者達も唖然とする。

 

ドワーフの火酒というのは、非常に強い酒なのだ。それを、飲み慣れていないまだまだ幼いベルがかなりの量を一気飲みしたのだ。

皆の脳裏には、この後ぶっ倒れるベルの姿が過り…焦る。

 

しかし、ベルは周囲のそんな予測を良い意味で裏切った。

 

「…ぷはっ、く、えへへ、ガレスさん。ほら、飲みましたよ?」

 

トン、と割合静かにテーブルに瓶を置く。それは、空になっていた。

どうですかどうですか? 褒めて褒めて! なんて聞こえてきそうなそんな声音。場にそぐわないと言えばそぐわないそんな声に、ガレスも少し気を削がれた。がしかし、その直後、熱い思いが燃え上がる。

 

「…ベル、お前は立派な漢じゃ」

 

そして、ガレスは側にあった()をガッシリと手に取る。

場に、盛り上がりが戻る。なんなら、先程よりも遥かに盛り上がっている。酒飲み達は口々にベルを褒め、だがしかし酒飲みの知恵として水や、軽い、しかし酒に合わせるに良い食べ物をベルへと奨める。

少しでも中和してやろうという親切心だ。

 

「お主のようなものがそこまで見せてくれたのじゃ! このガレス、この程度飲み干して見せようぞ!」

 

栓を抜き、両手で踏ん張るようにして持ち上げて豪快に口をつける。

ガレスの胴体と同じ程の大きさがあるその樽に詰められているのは、今飲んでいたのと同じドワーフの火酒である。

場の雰囲気は最高潮だ。ベルも、キラキラとした瞳でそれを見ている。流石にそれを真似されたら死んでしまうと考えた者が、そんな彼に、せめて形だけでもとそっと樽を模した形のジョッキを置いた。

 

ベルが嬉しそうにそこに注がれた酒を飲む姿、それを目にしたガレスはより一層飲むペースを早める。

 

ベルが飲む。ガレスが飲む。

ベルが飲む。ガレスが飲む。

 

方や、わんこそばのように飲んだ端から注がれる度数の低く飲み易いものを果汁水か何かのようにくぴくぴと飲み続け。

方や、それでも酒には違いないとベルへの対抗心から己の限界を超えて大樽からドワーフの火酒を胃袋に流し続ける。

 

ベルが飲む。ガレスが飲む。

 

ベルが飲む。ガレスがピタリと、動きを止める。

 

ベルが飲む。ガレスがふらりと揺れながら樽を床に下ろす。

どすん、という樽を置く音の後に、ちゃぷん、ぱちゃん、という水音。まだ、ガレスはそれを飲み切っていない。

 

ベルが飲む。ガレスがずるりと床に膝を突く。

 

ベルが飲む。ガレスが…

 

「儂の…負けじゃ!」

 

敗北を認める。

 

 

 

「「「「「イイィィィィィよっしゃぁぁぁぁぁアァァァァァァアっ!!!!!!」」」」」

 

場が爆発的に盛り上がった。

ガレスとて、酒飲み対決に負けることは多々ある。

今回はベルがやったことに対しての喜びも存分にあるが、あのガレスが大樽にそのまま口をつけるというパフォーマンスを見せたのだ。それで盛り上がっていた皆が、幼い兎の大金星を祝わぬはずがない。

 

その一画では、酒がぶち撒けられていた。勝利を祝い、容器ごと振られ泡立たられたそれらが、ベルに向かってバシャバシャと飛び出す。途中からはどことも誰とも気にせずにぶち撒けながら飲み、飲みながらぶち撒け、膝を突いたガレスを酒に沈めるかのように大量にかける。

ベルも全身を酒に濡らし、回らぬ頭でクラクラしながら喜ぶ。

 

僕は成し遂げたんだ、と、それはもう、満足げに。

 

そんな彼を、ようやく少し回復したベートが思いっきり抱き締める。2人とも全身余すところなく酒に濡れており、お世辞にも良い感触ではない。むしろ、水を吸った衣服同士だ、不快な方だろう。

 

しかし酒に浸された脳味噌はそんなことに気が付きもしない。

ベートは嬉しそうにしながらベルに口を開く。

 

「よくやったぞベルぅぅぅぅぅ!」

「やりましたベートさぁぁぁん!」

 

ひしっと、がっしりと、他の誰にもしない強い抱擁を2人は行った。

そんな、麗しく男臭い場面は、後の噂に一役買うことになる。




ダイスの女神様がファンブルしたので、読者の方は全くこれっぽっちも期待していなかったかもしれませんけどベート回です!!!!!

ちなみに1D100で決めました

1〜5 レフィーヤ
6〜18 アイズ
19〜31 シル
32〜44 ティオナ
45〜57 ティオネ
58〜70 アナキティ
71〜83 リュー
84〜95 リヴェリア
96〜100 ベート 

でまさかの100ファンブル。うーん、これはベートさんまじヒロイン。


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73話 奔放酔兎

場をつんざくような、煩いほどの男性陣のバカ騒ぎを聞いてようやく静かな時を過ごしていた幹部勢は再起動を始める。

 

「…ハッ、べ、ベルが!?」

 

最初に叫び声を上げたのは、意外にもアイズ・ヴァレンシュタインその人。深いショックに陥っていた彼女はベルが己から自分の元を離れていった光景を黙殺することにし、卑怯で姑息、残忍にして非情な一匹狼の狼人へと怒りを向ける。

 

剣姫は激怒した。

必ず、かの邪智暴虐の凶狼を除かなければならぬと決意した。

 

自らの元から兎を拐って行った(アイズ視点)狡猾な狼を打倒し、必ずやこの手に取り戻すと誓ったアイズが立ち上がろうとする。

 

「ゴホン、ンー…僕も予想外だったけど、まぁ、うん、ある意味良かったのかな…?」

「「よくないっ!!!」」

 

そして、遅れて気を取り直したフィンの珍しく自信なさげな言葉にアイズと、それを聞いて立ち直ったティオナが即答する。

フィンとしては、イマイチファミリアの輪の中に馴染めていない…馴染もうとしていないベートがベルを切っ掛けに他人と付き合いを持ちそうなこと、ベルが逆にベートを切っ掛けに他の男性冒険者とも交友関係を広く持てそうなことは良い事だと考えている。心配はともかくとして。

 

しかし、アイズやティオナからすれば溜まったものではない。

ただでさえ、レフィーヤやシルという強敵がいてあまりベルに構えていない中でアナキティという新たな、しかも、既に上を行かれているような敵が現れたのだ。ベルのことを可愛がりたい2人としては大問題だ。

 

そんな中で、ベルに同性の友とでも言うべきものが多数出来てしまえばより一層、関わりを持つ時間は少なくなるだろう。

 

いや、ベルの交友関係が広がるのは仕方ないことだから諦めているのだが、その相手がベートというのが気に入らない。

恐らく彼のことだ。こちらのことなど気にせずベルを連れ回す。

そこに女同士の譲り合いや奪い合い、妥協や我慢、パワーバランスなどは関係ないだろう。

 

ここまで、増え行くメンバーの中で裏で表で水面下で築き上げてきたバランスの元に成り立っていたベルの生活が大きく変わってしまう。

 

ましてやこの2人は、片方は自業自得とは言えベルの鍛錬を受け持つことができていない。それつまり、迷宮に共に行く機会も少ないと言うことだ。共に過ごす時間は意外な程に少ない。

 

アイズは、数少ない癒しとなる時間を奪われたこと。

ティオナは、自らが鍛錬を施す時間を奪われたこと。

 

2人とも、ベートに対してそれはもう大層な恨みがあった。

 

ぎゃいぎゃいわーわーと文句を言う2人に対して、アナキティはそこまで言うことかな…? と一歩引き、ティオネも鍛錬を受け持っていることもあってベルとの時間は取れている。姉代わりとして、素直に伸びていくベルのことを見る時間は十分あることから、フィンの横にいる立場を崩さない。

フィンもリヴェリアも愛弟子と呼べるほどに教え込んでいる為、それに伴ってベルと行動を共にする時間も長い。

 

また、ベルの休日を確保しているシル。そのおこぼれに肖り、店によく来るベルの相手を出来ており、稀に鍛錬の相手や並行詠唱の指導、自らの魔法をベルに教えたりしているリューも大人しい…がしかし、この2人は同時に席を立つ。

 

ベルとの時間を寄越せと騒がしい2人を相手に、フィンは少し頭を抱えた。その優秀な頭脳をもってしても、少女2人の心の内とそれを満たす名案で、かつ、ベルの自由な時間の確保という難題を解決することは、困難であった。

 

 

 

酒が全身に回ったどころか、全身に酒を浴びたベルはニコニコしたまま男達の輪の中にいた。盛り上がった男達にもみくちゃにされているそんなベルを、1人の黒猫が拾い上げる。

 

「少年のお尻はミャーのものニャア!? お前らなんかには渡さんニャア!」

 

それは、ロキ・ファミリアが誇るお猫様ではなく、豊穣の女主人のウエイトレス、クロエ・ロロだ。

どうにもベルの尻に固執するこの女性は、ベルの尻に危機が迫っていると言わんばかりの焦った形相でベルを引っ張り出した。

 

「あれぇ、くろろろさん?」

「一文字足りないけどとりあえずそれでいいニャ! 少年、こんな物騒で危険な場所には居させられないニャ!」

 

しゅびっ、と音を残しながらの脱走。ベルをぬいぐるみか何かのように持ち上げるとそのまま逃げ去る。

 

男達は気が付かなかったのか気にしなかったのか酒を飲み、振り回し、飛び散らし続けている。

 

こうして、男同士の熱くも酒臭い空間からベルは救い出された。次に行ったのはようやく給仕が終わり休憩を取っていた豊穣の女主人のウエイトレス達のもと。ぐったりとしているアーニャ・フローメルとソファの背凭れに身体を預けるルノア・ファウスト。

目立たないように角の方にはいるが、そんな席にぽんと放り投げられたベル・クラネル。くたりと力なく背凭れと壁にもたれ掛かる。

それに気が付いたアーニャは鼻をヒクヒクと動かし顔を顰めて、ルノアは呆れたような顔をする。

 

「ミャァ…白髪頭、もんのすごく酒臭いニャ…」

「うわ、すっごいわね…まるで兎の酒漬け? 焼いたら美味しそうね…」

 

そうして、ベルを壁際に閉じ込めるかのようにクロエもベルの横に座る。

 

「焼かなくてもこの少年はいつも美味しそうニャア…いや本当に危ない、少年があんな野郎どもに食われるところだった…」

「ちょっとクロエ、口調口調」

「ミャ、ミャア!」

 

そんな風にベルを確保した面々は、自らの賄いがわりに持ってきた料理の一部を今も酒に酔っているベルに食べさせる。

差し出し、口に近付けると何の疑いもなくパクリと咥え、もぐもぐと食べる様子はまるで給餌しているかのようだ。

 

そんな光景に、疲れ切った3人は癒される気分だった。

勿論ベルのことを考えて、与えられる料理は酒酔いと胃へのダメージを助長させないように塩分や油分の多いものはできるだけ省いている。

 

しかし、そこに呼んでもいない同僚が寄ってくる。

 

「クロエ、よく、あの場からクラネルさんを連れ出せましたね」

「ミャ、リュー。何しに来たニャ?」

「私達も混ぜてください、いいですよね?」

「シル、ちょっと顔が怖いわよ?」

「ミャア…好きにしてくれニャ…」

 

先程、クロエがベルを奪わんと動き出したのを見て席を立った二人が、ここに来ていた。話しかけながら自然な動きで座り、さも当たり前ですと言わんばかりに雑談に興じる。

 

「…クラネルさん」

 

すいっ、と、リューが何かを指で摘むと身を乗り出してベルの口元へと差し出す。それは、橙色で細長い何か。

 

「あむ…」

 

ベルは差し出されたそれを咥えてポリ、ポリ、と食べ進める。その様子は、まさしく兎。

 

どこからか取り出した人参のスティックサラダをリューはベルに差し出したのだ。

 

「…ふふ」

 

リューが、少し表情を崩す。他種族を惹きつけるようなエルフ特有の笑みとも言えるだろう。穏やかで、まさに森の妖精を思わせる微笑み。

 

それを見た他の面々は少し驚くが、まぁ、気にすることでもないかとスルーを徹底した。というより、スルーしなければリューによる物理的お話しが待っているのだ、スルーせざるを得ない。

いくらリューのその美しい微笑みが、まるで変な悦に浸っているような笑みに変わってきていたとしても突っ込むわけにはいかないのだ。

 

そんな平和な光景が広がっている中、結構な時間が経った後にふと、ベルが立ち上がる。

飲酒の影響はしっかりと水を飲み、酒場の店員としての知恵で色々と甲斐甲斐しく世話をされたおかげもあってか、かなり落ち着いてきた様子だ。まだ頭は回っていないようだが先程よりはしっかりとしている。

ソファを行儀悪く乗り越えて、何処かへと走り出す…ことはできず着地に失敗して一度転び、また立ち上がって真っ直ぐに歩いていく。

心配に思った面々が何かあれば助けられるようにとついて行く中。

 

向かった先は、アイズを慰めているリヴェリア・リヨス・アールヴその人。エルフの始祖とでも言うべき貴い血筋の持ち主、ハイエルフであるが、生来の心持ちが為せる技か誇り高いエルフによく見られるように驕り高ぶることもなく、周囲からの信頼の篤い人物だ。

 

そんな彼女の元にベルは近寄り、慰められていたアイズを押し退け、そして

 

「リヴェリアさん、いつもありがとう、大好きー!」

 

そのやんごとなきハイエルフに抱きつきながら、そんな宣言をした。

 

ベルのその中性的な童顔は、少年のように太陽のような明るい笑顔で、かつ、少女のように花が咲き誇るような優しげな笑顔になった。それを間近で真正面から全力でぶつけられたリヴェリアは何かを必死に飲み込むように堪え、ベルを抱き締め返した。

 

アイズは物凄く戸惑った顔をしながら不機嫌そうに起き上がり、しかしリヴェリアにもベルにもその感情をぶつけるわけにはいかずあれもこれもどれも全てあの野蛮な狼人が悪いと、とうとう馬鹿騒ぎも終わりほとんどが死屍累々としている哀れな男達の方へと殺気を込めた視線を送る。何人かがピクリと震えた。

 

そして、周囲の面々もまた、ベルが自らリヴェリアのことを好きだと宣言した事実に戸惑いとショックを隠せない。

やはりエルフ好きかとシルは肩を落とし、リューは相手が悪過ぎると冷や汗を流した。

 

「ん゛ん゛っ!? べ、ベル、急にどうしたんだ?」

「いつもお世話になっているのでお礼を言いたいなぁって…」

「そ、そうかそうか。何、気にすることではないさ。私が好きでお前の面倒を見ているのだからな」

「それでも、リヴェリアさんは僕にとって命の恩人で憧れの人で…その、お母さんのような人で…だから、あの」

 

恐らく、酒の勢いを借りての言葉だったのだろう。段々と恥ずかしくなってきたのか、元々薄く桃色付いていた頰は桜色を超え、朱に染まる。

 

「…あぁ、お前は私の自慢の子だ」

 

そんなベルを羞恥の中に置いておくことはせず、リヴェリアはベルの頭を優しく撫でながら肯定する。尤も、それは親子関係としての子を示すものではなく、師弟関係としての弟子であることを言っているのだとベルは気付いている。それでも、嬉しいものは嬉しいのだ。

 

フィンもこの時ばかりはリヴェリアを変に茶化したりせずに見守り、そんなフィンの様子にフィンが子供好きなのかと感じたティオネは子供っていいですよね、とフィンの耳元で囁いている。

ティオナは呆れながらもほんとブレないなぁ…と呟き、アイズは自らの母代わりであるリヴェリア、自らが母や姉代わりになりたいベル、どちらに嫉妬すればいいのかわからずこの感情もどれもこれも全てあいつが悪い、とまたも狼への殺意を高めた。

 

そんな、心温まる交流の中に無粋な神が紛れ込む。

 

「なぁなぁ、ベルた〜ん、リヴェリアママのどんなところが好きなん〜?」

 

酒に酔った悪戯好きの神の登場である。

そして、その言葉に周囲は緊張と期待を見せた。

 

「えっ!? そ、それは、その、優しいところとか、綺麗なところとか、暖かいところとか…」

「そんなつまらん言葉やなくて〜、なんかあるやろ〜?」

 

朱に染まるどころか、もう、赤々とした顔になって悩みながらもベルは答える。

 

「う…そ、その…え、と、抱き締められたら…なんとなく落ち着くところ…とか…ですか…?」

 

その言葉を、その当人に抱き締められている状況で言ってしまうのか、この子は。

 

周囲で聞いていた人の意見がそう揃った中でロキは腹を抱えて笑い出す。

 

リヴェリアもまた、顔を赤くしていた。




昨日は投稿できませんでした。
リヴェリア回…? です。
さて、宴会もそろそろ締めどきですかね。




それから、お気に入り2000件超え、総合評価3500pt超えてました、ありがとうございます。
ダンメモの方でも色々と情報が出てきたりして新しい二次創作を書きたい思いもありつつなので少し更新ペースが落ちますが、これからもよろしくお願いします。


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74話 神問答兎

ダンメモで明かされた事実は凄かったですね…
執筆予定の次作ではまた改変物で絡めていきたいと思っています。

シリアスとか深い話を書いてみたいところ


ロキはニタニタと笑みを浮かべる。

面白いことになる、と確信した愉快犯は次々と爆弾を投じる。

 

「ほっほ~ん? 甘えん坊さんやなぁベルたんは? そんならアイズたんとかはどうなん? 前にべぇったり甘えとったやろぉ?」

「アイズさんは…」

 

その後も、ティオナは、ティオネは、アナキティは、シルは、リューは、エイナは、エトセトラ、エトセトラ。絡みのある女性のことごとくについて聞き出された兎は途中で悪い神様によって追加された燃料()によって辺り一帯を焼き尽くすかのように熱意を持ち、途中からは聞かれてもいない、絶対にこの少年が素面では言えないようなことをぺらぺらと喋り出す。

 

ベル自身の言葉で好ましく思っていることを聞けて、嬉しそうに顔を緩ませるアイズ、褒め言葉を受けて満更でもなさそうなティオナにティオネ、少し恥ずかしい内容もあったが尻尾をピンと立てて、くねくねぴこぴこと動かしているアナキティ、内心ではああもう本当にベル君は可愛いなぁ! を連呼しながらしかし少女らしく微笑んでいるシル、この時ばかりは自分がエルフで良かったと顔を赤くしているリューと、それぞれに好意的に受け取っていた。

 

話の途中からはリヴェリアへ抱き着いていた格好こそやめたものの、それでもそのハイエルフのすぐ隣にストンと座り直していた。どうやら、離れる気はないようだ。リヴェリアの反対側にはしれっとアイズが座る。

 

フィンもリヴェリアの斜め向こうに座り、後ろや隣、近場の席をずらしてシル達ウエイトレス組やティオナ達が座り、集団が形成されていた。

 

「うんうん、ベルたんはみんなのことがほんまに好きなんやなぁ…んで、レフィーヤはどうなんや?」

 

そして最後に投げられたそれ。今までは少し恥ずかしそうにとはいえ、割とすんなりと答えていたベルが一度口を閉じる。

ここ最近の出来事を思えば、確かに最後を務めるのに相応しい人選だろう。だが、それは諸刃の剣でもあった。

 

盛り上がるか、お通夜になるか、はたまた。

 

「うん? どないしたんやベルたん? そんな口ごもって」

「う、そ、その…」

 

ベルの様子に、周りにいるメンバーの視線が突き刺さるように集まる。

恐らく、最も好感度を稼いでいるであろうレフィーヤに対してベルはどのような言葉を紡ぐのか。皆、興味津々であった。

 

が、しかし、そんな好奇の視線に晒されているベルは口に運ぼうとしていたグラスを両手で膝の上に持って行き、膝を突き合わせて擦り合わせるようにもじもじとしている。

その様は非常に愛らしいが、ベルはなかなか口を開かない。

 

「なんやぁ? ベルたんはレフィーヤのこと嫌いなんか?」

 

そこに、煽るようにして発言を促すロキ。それは奇しくも、レフィーヤが宴の序盤に聞かれたような質問で。

 

しかし、レフィーヤと違いベルは奥手なエルフではなく鈍感だが素直な少年で。だからこそ、ベルはそれに乗ってしまう。

 

「いえ、大好きですよ、間違いなく大好きです…けど、その、なんて言うんでしょうか…その、そうですね。レフィは僕にとって人生をくれた人で…独りだった僕の家族になってくれた人なんです。だから、何が好きとかじゃなくて…」

 

ようやくのベルの発言に、その場の空気が凍りついた。

 

「…そ、その、僕、物心つく前に両親が亡くなっていて…お爺ちゃんも、ここに来る前に事故で亡くなって…本当に独りだったんです。オラリオに来てからも、頼る相手も、拾ってくれるファミリアもなくて…あのまま、レフィが僕のことを見つけてくれていなかったら、今頃は天へと還っていたと思います…だから、その…」

 

そしてベルは、必死な顔と言うべきか、何か鬼気迫る顔で想いを吐き出す。話をそこまで深く聞いたことのなかった面々は、そのベルの過去に驚き、同情する。

とは言え、安易に比べることはできないがここにいる面々のそれぞれがそれぞれに悲惨な過去を持ってはいる。オラリオにいる冒険者としては珍しいことでもない。

だがしかし、それを差し引いてもかなり過酷な境遇にベルは居ると言えるだろう。

 

そんな、傷付くような過去を振り返らせる為に話させたわけではないし、それに加えて

 

「わ、わかった、ベルたん、もうええ! もうええから!」

「レフィのことは好きだとか、いえ、確かに1人の人としても好きですけど、でも、それだけじゃ…そんなんじゃなくて…何より大切に思ってて…何よりも大事で、何よりも守りたい。僕の命を代償にレフィのことを守れるなら、僕は躊躇なく命を捨てられるような…レフィは、そんな存在なんです」

 

予想を超える熱い()()が吐き出され始めたことで、流石にこんなことまで皆の面前で聞き出そうとしたわけやない! と焦るロキの静止の声も聞かず、ベルは感情がこれ以上なく籠っている棒読みというべきだろうか。誰かに話しかけているのに独り言を言っている、自分自身に言い聞かせるようなそんな声で訥々と言葉を紡ぎ続ける。

 

酒の力もあって幾分か過剰に言ってはいるだろう。しかしそれにしても、紡がれた意志は重く固い。

 

「ベル、少し落ち着いて…ね?」

 

ロキの質問に考え過ぎたのか、目を回しかけてながらも言葉を紡ごうとするベルをアイズが背中をポンポンと叩いて落ち着かせようとする。

 

「…少し、外に出て風を浴びた方がいいかもしれんな。ほら、ベル、私が付き添おう」

 

ベルの決意は、皆が聞いた。しかしそこに、リヴェリアは()()()()()を感じ取った。いつぞやの…昔のアイズとベクトルこそ違えど似通った()()()、誰かがしっかりと手綱を握らなければ、安易に命を落としてしまいかねないある種の()()

 

昔のアイズと違い普段は表に出していないが、ベルがその胸の内の深いところに秘めている激情をここにいた面々は今、知った。

 

それを踏まえて、リヴェリアは一度外へとベルを連れ出して落ち着かせようと考えたのだ。

 

 

 

だが、それを成す前に

 

 

 

唐突に、ベルが前のめりに倒れた。

 

 

 

「「「「「ベルゥゥぅぅぅぅぅぅぅぅうううぅっ!?」」」」」

 

 

 

器の限界を超えた酒は、その器から溢れ出した。

 

 

 

場は混沌と叫喚に包まれた。

 

 

 

「ちょっ、なんか布! ってか桶!」

「あぁもう! なんでこんないい感じの話した後にこれなの!?」

「現実は小説より奇なり…か、使い古されたようなオチだけど、ベルらしいと言えばベルらしい」

「冷静な振りして適当なこと言わないでください団長!?」

「アイズっ! めちゃめちゃ強く背中叩いてたんじゃないの!?」

「!? そ、そんなこと、してない…っ!」

「リュー! 応急セット持ってきてた!?」

「った、確か厨房の誰かが念のために!」

「ミャーが貰ってくるニャ!」

「いいから落ち着け! まずはベルを横向きに寝かせるぞ! 吐きたいだけ吐かせてやれ!」

 

リヴェリアの一喝のもと、ゆっくりと丁寧に抱き上げられたベルがソファに横向きに寝かせられる。

呼吸は浅く速くなっており、時たま吐き気を催しているのか安定しない状況で、顔色も悪くなっている。

 

 

 

懸命な看病が続けられること数十分、この場に残っていたのはベルを見ているリヴェリアと、ロキだけになっていた。

元々、宴会自体の終わりも近かった頃だ。ベートを始めとした酒に負けた男達は這いずるようにして部屋に戻り始めていたし、レフィーヤ達も途中でこちらに気が付いたようだが、レフィーヤも含めアイズ達全員にもう心配はいらないと告げて自室へと戻るように促した。

それでも、後ろ髪を引かれるようにしていたが。

 

余裕のある者は街へ繰り出して二次会と洒落込むようだし、豊穣の女主人の面々は明日以降自らの店での仕事もあるのだ。あまり遅くまで付き合わせるわけにいかないと先に帰した。

 

その為、ここにいるのは残った2人と、気を失ったままのベルだけだ。

 

「…ロキ、ベルの言葉…どう思う」

「…危なっかしいな、とは、思うなぁ」

 

そんな中でポツリと質問が飛び、ボソリと返事が飛ぶ。

 

「…少し、アイズの時を思い出すな。アイズの場合は復讐だったが…ベルの場合は依存…なのか?」

「…羨望、依存、欲求、この辺りやと思うんやけどな…あの発言を鑑みたら、ベルたんのスキル…新しいの発現しそうなんやけど、やめといた方がええかもしれんなぁ…なんか、まだその時じゃないってうちの勘が言うてるんよなぁ…」

 

自らの命よりも尚、成し遂げたい何か。

それを持っている者は確かにそれなりにいるし、フィンもその部類と言えるだろう。

 

だがしかし、命を賭せるではなく、命を捨てられると言うのは、少し重さが違うだろう。

 

リヴェリアは、明日以降ベルがこのことを覚えていないようにと祈り、ロキは変なことはもう聞かんようにしようと反省した。娯楽が好きなロキにとっては面白いことだったとは言え、子供のことを好きなロキからするとやってはいけない酷いことをしてしまったと言う感覚があるのだ。

 

予想以上のものが出てきてしまったとは言え、そもそも年頃の男の子に女の子のどんなところが好きか、ましてやその対象が近くにいる状態で聞くなんて公開処刑もいいところだろうと言う至極真っ当な事実に思い至った。その為、酷く悔やみ、自らの行いを省みたのだ。

 

容態が安定してきたベルの背中をポン、ポン、と呼吸の速度に合わせて軽く叩くリヴェリア。それを見ている神は、ベルの幼い顔を見て目を瞑った。

 

「…ベルたんの魔法…血か、育ちか、どっかで絡んどるんやろか…と言うか、ベルたんがたまに言うとるお爺ちゃんの特徴がなぁ…」

 

ロキは天界時代のことを、そして、もう10年近くにもなる昔のことを思い返していた。あり得ないと一蹴されるだろう想像を頭の中でしながら、いやいや、ないわ、と自分自身で蹴り飛ばす。

 

まさかあの大神が、ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが台頭し、あの暗黒期を乗り越えていたときにこの少年を山奥の村でひっそりと育てていた…だなんて。あるわけないない、と、ロキは自分の妄想に突っ込みながらその考えを彼方へ消し飛ばした。

 

まさかそれが大正解であることなど、この時の神ロキは知る由もなかった。

 

 




たまにこの作品にもシリアス要素を入れようかなと思うんですけど、どうにもシリアルというか、コメディっぽくなるのはなんでなんでしょうかね?

A,シリアス書くの向いてない


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75話 宿酔魘兎

自分、ずっと勘違いしていたかもしれませんが評価の一言コメント欄ってなしでもいいんですかね…?
なしと0の違いがわからなかったんですが、どちらに設定している人が多いんでしょうか…。とりあえずなしにしてみました、なしだと一言が書けなくなるんでしょうかね?


「…ぅぅ」

 

オラリオに柔らかな日差しが差し始めた頃。

昨夜、酒を呑み、酒に漬けられ、酒に呑まれた哀れな1匹の兎は悲痛な鳴き声を漏らし、自らの寝床にて意味もなく身を捩らせていた。

 

起きた瞬間、頭が痛い、喉が痛い、目も痛い。

何故か身体は冷えて、意思に反してぷるぷると震える。吐き気も、身体に纏わりついている。

なんだこれは、まさか病気か何かか。ベルはそんなことを思いながら尚も身を捩る。身の内にある痛みからそんなことで逃げられる訳もないが、それでも身体は痛みから逃避しようと動いてしまう。

 

「…ぅぎぃ」

「…目が覚めたか?」

 

もう一つ、呻き声を漏らしたとき。

そんなベルの耳に声が届く。

 

「…ぁ…ぅ…リヴェ、リアさ…ん?」

「あぁ…全く、飲み過ぎだ馬鹿者。二日酔いも相当辛いだろう…ほら、水を飲め」

「ぁりが…ぅ…っ」

 

声を発した人物を認め、名を呼ぶと呆れた声で今のベルの身に起きていることを教えてくれる。なるほど、昨日飲んだお酒が原因かと納得しつつも、今の状況が解決するわけでも楽になるわけでもない。

甲斐甲斐しく運ばれた水。

横向きに寝ているベルの口元へ、丁寧に添えられたそれがリヴェリアの手によって丁寧に傾けられていく。

 

起き上がらない身体、乾いた喉は口内に少しずつ流し込まれる水を必死に嚥下する。

 

「はぅ…ぅぁぁ」

 

そして、一息。

 

「…起きられるか?」

「…む、りぃそう…です」

「そうか、仕方ない…昨日のことは覚えているか?」

「…なん…とな…くぅ?」

 

確か…レフィが泣いてて…話をして戻って…皆と話して、シルさんからお酒を貰って…飲んで……………あれぇ?

 

そんなベルの呟きを聞いて、想像以上に早い段階で記憶を失っていたことにリヴェリアはまたも嘆息する。

だがしかし、その一方で安堵の溜息も漏らす。

恐らくは昨日見せた激情は、心の奥底に再度しっかりと仕舞われているだろう、と。

 

「…無理に思い出そうとしなくても良い、色々とあったが…まずは、しっかりと身体を休めることに専念しておけ」

 

ふわりと笑いながらの一言。ベルはそれだけで、なんとなく痛みが薄れたような気がした。

 

「ぁ…ぅぅ、はぃ」

「何か、してほしいことはあるか? 戦争遊戯で頑張ったからな、ご褒美代わりだ。今日は1日、お前の世話をしてやろう」

「…ぅ、え? あ、じゃあ、その…」

 

そして、ベルの願い事はリヴェリアにとっては恥ずかしさと共に、嬉しいものでもあった。

 

昨日、酒の力を借りた勢いでの言葉は心底本音だったのだろう。

エルフとして、みだりな肌の接触は忌避するものとはいえこれくらいならば構わないだろうとかなりベルに、そして己に甘い判定をし、リヴェリアはベルと共にベッドの上にいることになった。

 

ーーそ、その、後ろから抱き締めていてもらえませんか…?

 

真っ青になっていた顔に少し赤みを入れながらのその頼みに、リヴェリアは頷いた。

 

 

 

一度、1日を過ごすのに使いそうなものをリヴェリアは用意しにベルの部屋を後にする。ベルは、自らのお願いしたことを思い返しながら少し悶絶するが、それ以上に受け入れてもらえた嬉しさで顔を赤くする。

 

水を飲んだことでいくらか回復したのか身体を起こす。

寝ているよりは座っている方が楽かと壁を背もたれにしながら脱力し、窓の外をぼんやりと眺める。太陽が随分と目についた。

そんなことを思っている内に、身体から辛さが随分抜けて行って次第に眠気に襲われた。

 

 

戻ってきたリヴェリアが、変な姿勢で寝てしまっている今のベルの体勢を崩さないように自らの身体を壁とベルの間に入れる。胸元に頭を預けさせたベルの身体を緩く抱き締めながら、ベルの頭越しに静かに読書を楽しむことにした。

 

 

 

寝ている、白い幼い少年とその子を抱き締めながら本を読むハイエルフ。まるで、童話の中から切り抜いたかのようなワンシーンは異種族の情景なのにどう見ても親子のような、そんな穏やかな空気と時間が流れていた。

 

 

 

昼過ぎになって、ようやくベルは回復した。途中で起きてからは、リヴェリアが読んでいた本をともに読みながら…魔法に関する記述の内容はかなり難しく、ほとんど教えてもらいながら、ゆったりとした時間を過ごした。

昼はリヴェリアが頼んでいたのかいつかリューに食べさせてもらったようなお粥が用意され、自分で食べれます、と恥ずかしさから固辞したのだが結局押し負けてリヴェリアによって食べさせられた。

 

お腹に物が入り、水分が入り、十分な休養を取った。

 

ここにようやく、兎は立ち上がった。

 

が、しかし、リヴェリアの手によって引き戻される。

 

「…折角だから、今日は1日休んでおけ。まだ、戦争遊戯の疲れも抜け切っていないだろう?」

「リヴェリアさん…でも」

「焦って動くことなんて何もない、少し、たまには足を止めて周りを見てみるのも大事なことだぞ? 今自分がどこにいるのか、自分はどんな状態なのか、見直すことも冒険者として重要なことだ」

 

それに、街に出たら疲れるばかりだぞ? 前までとは比べ物にならないほど注目されるだろうからな。

 

そう言ったリヴェリアの言葉に確かにそれもそうかと、ベルは今日1日をゆるりと過ごすにことにした。

 

思えば、2週間の地獄の後、休みを貰ったとはいえ初日はレフィの看病、2日目はレフィと街へ出かけて、アポロン・ファミリアとの騒動になって…次の日はシルさんと買い物に行って…その翌朝にはすぐ戦争遊戯の舞台になった廃都市へと移動、2日かけてたどり着いて、都市内を散策して、1日待機して戦争遊戯を行なって、すぐにとんぼ返りしてきて、昨日の宴会だ。1週間ぶりに、いや、2〜3週間ぶりに何もしない休みにしても良いかな。

 

そんなことを考えたベルは、大人しくリヴェリアに身体を預けた。

飼い主の膝に座る猫のように、収まりよく、機嫌良さそうに頬を緩めて脱力するベルの姿はリヴェリアの母性を甚く刺激した。

 

 

 

その後もリヴェリアの講義という名の子守唄は続き、ベルはまたそのまま眠りにつく。仕方ないと言わんばかりにリヴェリアは本を置き、毛布を手繰り寄せて自分ごと包むようにしてベルに毛布をかける。

 

そして2人、昼寝と洒落込んだ。

 

ベルの元へと訪れた数名は穏やかなその光景を見て、微笑ましく思う反面、なんだか面白くなかった。

 

 

 

特にアイズは昨日に引き続き、自らにとっても母と言うべきリヴェリアをベルに取られたことか、可愛く思っているベルをリヴェリアに取られたことか、どちらとも判別のつかぬ嫉妬心を身に抱えていた。

 

昨日、アイズ目線、ふざけたことをしてくれた狼人は今朝はピンピンとしており、鍛錬の誘いをすると簡単に乗ってきたので太陽の元でしっかりと報いを受けさせた。

 

経験の差もありかなり手古摺ったが、どうにか勝つことができた。

怒りというのは、いや、恨みというのは多少の実力差を覆す武器であるのは疑う余地もない。食べ物の恨み、というのはレフィーヤやティオナからもたまに聞くことがある。自分も、じゃが丸くんを奪われたりしたらつい剣が出てしまうかもしれない。それと似たような怒りだろう。

 

癒しタイムの恨みは、凄いのだ。

 

だがそれでも、ベートからベルへの情報の漏洩を恐れてあくまでも鍛錬と言う体を超えることはしなかった。

 

たまたま、そう、本当にたまたま偶然、思い掛けず、計らずも、奇跡的に、狙ったわけではなく、事故で、アクシデントで、巡り合わせが悪く、タイミング悪く飛び蹴りを繰り出したベートに対して、タイミング悪く飛び込んでいたアイズの持つ木刀がベート・ローガの男の象徴を貫いただけだ。

 

その直前に、男に罰を与えるにはどうしたらいいかとアマゾネスの姉妹に相談しに行った時に、そこが男の致命的な弱点だと聞いたことは一切関係がない。

 

ベートは情けない悲鳴を漏らし、ドサリと蹲った後にアイズに向かって引き攣った笑みを浮かべて言う。

 

「わ、悪いなアイズ …昨日の酒がまだ回ってるみたいで、具合が悪くなってきた…だから、今日のところはそろそろ終わりにしねえか…?」

「…そう、ですか…なら、仕方ない…ですね」

 

そうして、駄犬に躾けをした剣姫はしかし。まだまだ足りぬと迷宮へと八つ当たりをしに潜り、リヴィラを超えたところまで散歩をしに行った。道中、他の同種と比べてやけに強い猛牛が、しかし哀れにも通りすがりの剣姫の手によって惨殺された。

 

スタスタと何もなかったかのように、風のように通り過ぎた剣姫がその現場を後にすると、肩を落とした巨躯の戦士が、その場に姿を現して力なく腕を垂らす。

 

「……………また、一からか………………………」

 

 

 

そんな彼の元に、偶然、タイミング良く1人の猫人が現れ彼らが信仰する女神の言葉を告げる。その言葉に巨躯の戦士は終わりの見えない、報われぬこの苦行が報われたと涙し、普段は自らの目の上のたんこぶである男に噛み付く猫人も、女神から伝え聞いた情報からこの男はどれだけの無理難題を言われていたのかと同情した。

 

Lv3の冒険者をも倒すLv2の冒険者、到達階層は未だ16層のそんな者に適正な試練など与えられるわけがないだろう、と猫人は慰めるような言葉を投げ掛けた。

 

それでも、女神の思し召しだ、やらぬわけにはいかなかった、と、巨躯の戦士は言う。

 

久方振りに迷宮から出たその戦士は、普段の威圧感が薄れ、虚無感と達成感のどちらをも内包していた。

 

女神の言葉を達成できぬ己の不甲斐なさに。内心では不可能だろうと思っていた、終わらぬ苦行を熟す無為な時間。そこに感じていた虚無感。

 

そして、成し得なかったとはいえ、女神からの理解を得られたのだ。最低限は報われた。この1ヶ月近くの苦行は報われた。その、僅かな達成感もあった。

 

どれだけ精神的に追い詰められていたのかと、その戦士と猫人をファミリアの本拠地で迎え入れた4人の小人族も、心底その苦労を労った。

 

女神を絶対とし、団員同士の結束など何もない歪なファミリアには珍しく、何か、団員同士の心が通い合った気がした。

 

しかし、それが故にその分の闘争心は、哀れな白兎へと向く。

女神の寵愛を今一心に受け、都市最強ですらその踏み台の準備をさせられ、都市最速ですらただの使いっ走りにされる。

 

これで女神の寵愛に応えられず、無様を晒すことがあれば…その時は、八つ裂きにしてやろうとその凶暴な猫人は心に決めた。

 

 

 

人知らず、ベルへの試練のために都市最強によって育てられていたミノタウロスは自らをまるで有象無象のように切り払っていった金色の女に、復讐を誓いながら灰になっていった。

 

そして、見慣れぬ光景の中にまたも自分が母たる迷宮によって生まれたのを知覚する。

 

『ブモォウ、ブルゥ?』

 

そこは、迷宮下層。

本来、ミノタウロスなどと言う迷宮全体を見れば弱者にある者が存在するような場所ではない。

 

だがしかし、そのミノタウロスは自身に施された鍛錬を覚えている。身体の動かし方を覚えている。その上、何故か身体が今までよりも良く動く。青、黒、紫、なんとも言えない色味の体表になっているが、そんなことは支障ない。

 

天然武器を取り出し、猛牛はその場を後にする。

白と金、記憶に残るその色への復讐心を糧に、その猛牛は更なる強さを求めて迷宮を徘徊する。

 

白濁色の壁、天井は見えないほど高く、どこからか戦闘の音が絶えず聞こえる。

 

ミノタウロスは戦意を高揚させて一つ咆哮すると、自らの糧となる敵を求め出した。




宴会回、終わります。

次話からは原作開始までの時間繋ぎとしてオリジナルストーリーや日常編を入れていこうと思っています。その為、更新がかなり滞るかもしれません(矛盾や大きな齟齬を無くすため)。
そのついでと言ってはなんですが、ベル君のスキル名をひとつ変更しています。効果は変わりませんが英雄招来から英雄衝動へと変えました。こっちの方がらしいかな、と思いまして。

また、今日か明日にもう一度時系列整理を入れます。
それに絡めて、現時点でのキャラ紹介なんかも入れてみたり、何を参考にしているのか、オリジナル武器やスキルの解説も入れます。

ベートさんとオッタルさんは不遇。
いえ、アイズちゃんに悪気はないんですよ?多分、きっと、恐らく。

そして正ヒロインの牛さん誕生。

以前の手負いのミノタウロス→今回オッタルに鍛えられた少し変わったミノタウロス→下層に生み落とされた生まれつきの強化種(?)
といった感じです。そのうち、もう一回生まれ変わるんじゃ、多分。


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現時点情報整理
間話 現時点時系列整理 2


前回内容が半分程度ありますし、作者の整理のためという側面もありますので閲覧しなくても特に問題はありません。
ざらっと内容を振り返りたい方とかは、それなりに役に立つと思います。多分。


ベル君がオラリオに訪れたのは3月と設定しています。

そこからの時系列を以前と違って(作者本人に)わかりやすくするために日付入りで。

 

3月1日 

 ベル、オラリオに到着。門番に聞いた話からギルドに赴き、ファミリア探しに奔走。エイナはこの時点で幼い少年を心配していたが、ファミリアの一覧表を渡した後に顔を見せなかったことから、どこかのファミリアに入団できたのだろうと安心する。

 もし駄目であれば、また相談に来るはずだと思っているエイナを他所に、ベルは全てに撃沈し意気消沈となっていた。その上、相談を再度しに行くという発想が出てこず、彷徨うことに。

 

3月16日

 ベル、レフィーヤに声を掛けられる。身の上話をした上で、ロキ・ファミリアでは門前払いされたという話をした時にレフィーヤの表情が変わり根掘り葉掘り聞き出される。その後、レフィーヤに連れて行かれ、ロキ・ファミリアに入団することに。

 なお、ベルのことを門前払いした団員は他にも入団を願い出た新人を多数独断で門前払いしていたことがわかり、団長を始めとした首脳陣の怒りを買う。居辛くなった彼は、退団したらしい。

 眷属達への愛情が深いロキも、流石にその行動は擁護できなかったとか。

 

3月17日

 ベル、レフィーヤに伴われて冒険者登録にギルドに訪れる。その痩せ細った身体を見て事情を聞き、エイナは激怒する。どうして相談に来てくれなかったのかと問いただすも、そんな考えが思いつかなかった、次に行くのはファミリアに入れた後だと思っていた、というベルの言葉を聞いて項垂れる。

 その後、しっかりと祝福した上で担当アドバイザーとして立候補してくれる。エルフ好きの少年、嬉しさ全開でそれを受け入れる。

 その後の講習で少し後悔したのは内緒の話である。

 

3月23日 

 1週間ほど、リヴェリアを筆頭にダンジョンのこと、冒険者のことを学び、引率付きでダンジョンに潜る。そこにあった見知らぬ世界、まだ見ぬ世界、冒険者の世界に心が湧き上がる。

 到達階層の話を聞き、現在、最も深く潜れるロキ・ファミリアでも60階層に到達していないこと、その先は、まさに未知の世界であることを知る。

 

3月24日

 ベル、高揚感と好奇心を抑えきれずリヴェリアから与えられた休日に勝手に1人でダンジョンへと入る。装備はたまの実技訓練で使っている簡素な短剣のみ。コボルドに囲まれて、死にかけたところを偶然見かけて追っかけていたアイズが助ける。

 そのお伽話のような展開にベル、うっかり惚れかける。

 

3月31日

 ベル、もう一度ダンジョンへ特攻する。今回は少し余裕もでき、ダンジョン内を隅々まで巡ろうとする。英雄譚に出てくるようなまさしく洞窟に、心がうきうきとする。

 そこで、数日前から遠征していたロキ・ファミリアのパーティが逃したミノタウロスと遭遇。

 あと少しで潰されて死ぬところをまたしてもアイズに助けられる。

 恐怖以上の好奇心を見せたことからか、レアスキルが発現。

 

4月1日

 この世界でも出会いと別れの春。その良き日の1日目。

 シル、リューと出会う。レフィーヤとデート(?)を行う。

 

4月2日〜4月16日 

 地獄の訓練を行った。

 朝は身嗜みが整っていなければリヴェリアに拳骨を落とされ、授業自体も厳しいハイペースで進んでいく。その後はアイズとの訓練を行い、大体気絶させられている。なお、膝枕とモフモフ撫で撫では実装されている模様。夕方にはレフィーヤから魔法についての授業があり、休む暇が全然なかった。

 

4月17日

 そしてようやくダンジョン解禁、なおステータスは軒並みE以上まで上がっていた。丁度この日、今回はレフィーヤやアイズも含め、殆どの人員がロキ・ファミリアとしての遠征に赴いた。

 

 久々に入ったダンジョンで、ゴブリンに囲まれる。あわや、と言ったところで酒場のウエイトレス、リュー・リオンに助けられ、お姫様抱っこでお店まで連行。リューのベッドに寝かされていた。尚、血と汗で汚れていたのでシルによってお風呂に入れられている。

 

4月18日

 ギルドに顔を出した際、エイナに厳しく怒られる。色々と考え込んでしまい、怖くなり、部屋に引き籠る。

 

4月25日

 ようやく立ち直り部屋から出ようとしたベルがバリケード代わりの棚や箪笥に手をかけると、ティオナの手によってそのバリケードがドアごと吹き飛ばされる。

 宿賃を渡されて、外の宿を取ることに。少しの荷物を持って夜に出掛けると、アイズの尾行とシルの勘違いを受ける。

 

4月26日

 ギルドのエイナ、豊穣の女主人のシル、リュー、ミアに改めて謝罪をしてファミリアのホームへと戻る。

 レフィーヤ、アイズ、ティオネ、ティオナの意見を聞きながら武器防具携帯品を揃える。鋼のダガー、軽量金属の軽装鎧、ポーションをいくつか求め揃える。この時点ではミスリル合金のダガー、アダマンタイト合金のダガーは実力に見合わないからまだ扱わないようにティオネから言われる。

 

4月27日

 レフィーヤとティオナと共にダンジョンに潜る。

 その前に、エイナのベルに対する気安さに驚いたり、リューがベルに平気で触れている…なんなら自ら触りに行っていることに驚く。

 

 その夜、疑いを持ったレフィーヤによってベルは話を聞き出され、アリシアともコンタクトがあることが明らかになる。

 

4月30日

 ベル、到達階層を6まで伸ばす。ティオネにより、ウォーシャドウの対策を叩き込まれる。

 

5月2日

 ベル、到達階層を7まで伸ばす。フィンにより、キラーアントの特性と近接武器での倒し方を学ぶ。

 

5月7日

 ベル、到達階層を11まで伸ばす。10階層では霧に苦しめられたが、なんとか対応する。自分より大型かつ人型の相手との戦闘経験をオーク相手に積む。

 

5月10日

 ベル、他ファミリアのLv1冒険者と2人で弱ったミノタウロスを撃破。ステータスがかなり上昇。この後2日程眠り続ける。

 なお、この日からミスリル合金のダガーとアダマンタイト合金のダガーを主武器とする。

 レフィーヤは街での用事を済ませた後、ホームへと帰ってきてからベルのことを知る。

 

5月12日

 ベル、目覚める。フィンによりレフィーヤの怒りを知らされる。

 これから、君が目覚めたことをみんなに知らせるというフィンを見送った後、ベルは静かに扉の前で土下座の格好で固まる。

 怒り心頭のレフィーヤが、ベルの前に姿を表す。その後、色々あって2人抱き合ったまま泣き疲れで眠りにつく。

 ラウル達がこれを目撃、リヴェリアの言によって見なかったことにするという選択を取る。

 

 起きたレフィーヤが、羞恥と混乱から魔法を放つ。発動直前に駆け込んできたリヴェリアによって制御を失敗し、あらぬ方向に飛んでいったアルクス・レイがロキの住む主塔に直撃する。

 

 その後、フィン達から冗談の罰則を与えられて許される。

 

 ベルは、またしても引越しをすることになる。それが今の部屋。なお、この日初めての魔法を発現する。

 

5月13日

 リヴェリアとレフィーヤと共に迷宮に入り、初めて魔法を使う。

 都市一の魔法使いであるリヴェリアの魔法を放ったことにより、精神枯渇に陥る。そのため、帰還する。

 ステータス更新にて、魔力が激しく上昇。

 

5月14日

 リヴェリアとレフィーヤと共に中庭で魔法の訓練を行う。

 用事で抜けたリヴェリア、休憩のために飲み物を取りに行ったレフィーヤの隙をついて、アイズがベルの元に訪れる。無理矢理魔法を教えられ、精神的にも物理的にも気絶する。

 偶然戻ってきたリヴェリアがその惨状を見て事態を理解し、アイズへと雷を落とす。ベルは、夜まで目覚めなかった。

 

 また、リヴェリアによりアイズがベルへと訓練を施すことを禁止にした。これ以降、手加減を覚えようとアイズが色んな団員と手合わせしているところが目撃されるようになる。大体の団員が、瞬殺で意識を刈り取られている。

 

5月15日

 リヴェリアの命により完全休養日を過ごすベル。お金もあることだし、と豊穣の女主人へ。リューさんはとっても目の保養になるし優しい。シルさんは話していて楽しい。この少年、この年にしてキャバクラに通うおじさんのような内心で飯どころを決めていた。

 

 一応ちゃんとした用事もあり、リューに魔法を教えてくれないかと頼む。助けられた恩を返す前にさらに借金を積み重ねる者がそこにいた。

 また、それに嫉妬したシルによって即日の約束を取り付けられる。

 

 その後、訪れたヘファイストス・ファミリアで相手にされず、少しショックを受ける。仕方ないと次に向かったゴブニュ・ファミリアでの良い対応により、相対的に評価が天地の差に。

 

 帰宅後、レフィーヤから新しい戦闘衣をプレゼントされる。早速着て、お礼を言いに行ったところ遠回しに成長していないと言われてショックを受ける。泣きながら翌日のシルとの約束のために休みを貰うとリヴェリアに言い残し、逃げ去り、恥ずかしさに包まれたまま寝た。

 

 ショックを受けるレフィーヤは、抜け殻のようになりながら自室へ戻り布団に潜り込んだ。

 

5月16日

 朝、早めに朝食を取るベル。レフィーヤが食堂に来たのを察知すると食事をかき込み逃げるように走っていく。それを見たレフィーヤが再度ショックを受け、完全に嫌われたと思い込む。虚なままティオナとアイズに声をかけられて朝食を済ませ、昨日の焼き直しのように布団に入ったところで同室のエルフィ・コレットがティオナとアイズに救援依頼。それを受けた2人と、ベルがいつもより3割増しくらいに身嗜みを整えてシルとの待ち合わせの場所に向かうところを見たリヴェリアがレフィーヤを慰める。

 

 最初に訪れた装飾品店で、ちゃっかり色んな人の分のお土産を買うベル。渡した相手はシル、リュー、レフィーヤ、アイズ、ティオナ、ティオネ、リヴェリア、エイナ。残り数個は自分用のもの。

 この時点ではアナキティはまだベルとの縁が薄い。

 

 そして、最後に訪れた書店でシルから1冊の本を貸し出される。それがまさかの高品質の『魔導書(グリモア)』であることはシルも知らなかった()()()。頂き物だそう。

 

 その後に食事を取ろうと訪れた豊穣の女主人にて、偶然居合わせた4人がデートの話とプレゼントの話を聞いてしまう。嫉妬に狂う4人によってベルは気絶させられ、連れて帰られたベルはベッドに寝かされてそのまま朝を迎えることになる。

 

5月17日

 目覚めたベルは、酒場に入ったところまでしか記憶がなかった。ここで本人は、初めてお酒でも飲んで意識を飛ばしたかな、と思い込む。

 それを知った4人は昨日あった出来事を隠し倒すことにした。特にアイズはまた避けられることになるのは嫌だと、真っ先に乗り気になって。他3人もその甘言に唆されてその選択を取る。

 

 それとは別に、レフィーヤが遠回しにベルを傷つけたことを謝る。

 それを受け、ベルも許し、仲直りする。

 

 その後の予定を聞いた4人が、ベルが豊穣の女主人に行くと聞いて作戦タイム。アイズとティオネがシル及びリューとの交渉に。レフィーヤとティオナがベルの足止めをすることに。

 

 ベル、魔導書を読む。気が付いたレフィーヤがリヴェリアの元にベルを連れて行き、事情を話す。リヴェリアによって価値を知らされたベルは顔を青くし、リヴェリアに付き添われてシルの元へ謝罪しに行く。

 

 2週間に1度の優先権を得る交渉がシルとアイズ、ティオネの間で纏まったところにベル達が到着。そこで、魔導書の一件の謝罪の埋め合わせとして2週間に1度、ベルがシルの買い物に付き合うように話が決まる。

 口封じの交渉により、シルには2週間に1度の優先権があるため4人は介入できず。リヴェリアも、まぁその程度なら良いかとシルの条件を黙認する。ベルも嫌がってはいないようだし、と。

 4人は項垂れていた。

 

 帰り際にリューにプレゼントを渡し一度ホームへと帰ってステータス更新。新たな魔法が開花しているのを確認して、ギルドへと行く。そこでヘファイストス・ファミリア団長である椿・コルブランドに遭遇するもファミリアとして若干株が落ちていることもあり微妙な雰囲気で別れることに。その後、偶然出てきていたエイナにもプレゼントを渡し、ギルドを去る。

 

 その間に、ホームではフィン達によって4人に罰則が与えられていた。リヴェリアに悪企みが全てバレ、ベルと引き離すためにクエスト依頼を達成するための小遠征に赴くことに。

 

 その後、4人は更なる悪企みを重ねる。本人達はベルへの心配と己の下心によって暴走している状態。ベル、自分がもうここにはいられないんだと思い深く傷付く。

 

5月18日

 早朝に4人は遠征へと出発する。全員、酷くベルのことを心配していたが今更どうしようも…と思いつつも、本当に心の底から嫌われたらどうしよう、と不安でいっぱいになりながら。

 起きたベルはもそもそと朝食を取るが、その顔を見たベートによって問い詰められる。逃げ出したベルは途中、シルに出会い、それからも逃げてしまう。

 

 ダンジョンに来たベルは、その荒れ狂う心のままに到達階層を12へと伸ばす。そこで出会したインファントドラゴンの強化種を相手に、並行詠唱を交えながら討伐する。

 

 追い付いたベートはその光景を見ており、精神枯渇によって倒れたベルを担ぎ上げ、ポーションを飲ませながら連れ帰る。

 その間の会話により、ベルの誤解は解ける。

 ベートはこいつが馬鹿なのかあいつらが大馬鹿なのかと考えたが、俺が知ったことじゃねえと途中で考えるのをやめた。

 

 この偉業により、ベルはランクアップ可能に。

 所要期間2ヶ月を少し超えたので本文中では2ヶ月半と表記。

 

 その日の午後、朝に逃げ出してしまったシルに謝るためにまた豊穣の女主人へとベルが訪れる。

 シルへの謝罪を行い、リューに並行詠唱を教えてくれるように頼む。

 

 おすすめランチを食べて帰ると、ホームでリヴェリアにも並行詠唱を教えてくれるように頼み、次の日に見てくれることになる。

 

5月19日

 丸一日、リヴェリアを教官にして並行詠唱の訓練を行う。

 昼には、リヴェリアお気に入りのお店にて共に昼飯を食べた。

 

5月20日

 アナキティとラウルと共に迷宮に潜ることに。

 ベルの到達階層と、ランクアップが可能になっていることを聞いたアナキティがベルにサラマンダーウールをプレゼント。これにより、中層突入が可能だと判断し中層へ。

 1匹目のヘルハウンドを無事撃退できた姿を見てスパルタ式訓練がスタート。極度の疲労により、ベル、倒れる。

 ディアンケヒト・ファミリアの治療院にてファミリアの団長であり、Lv2冒険者『戦場の聖女(デア・セイント)』アミッド・テアサナーレ直々にベルの容態を見る。1日の入院となる。

 

5月21日

 フィンの迎えにより退院。ホームで療養することになる。

 アナキティが監視役としてベルにつくことになり、現在時間に至る。

 

この時点では冒険者登録から2ヶ月と1週間くらい

 

 

 

ここまでが以前の時系列整理時点(45話まで)

 

 

 

ここから、その後の時系列(46話から)

 

 

 

5月21日

 退院後、アナキティとお昼寝。なお、その際悪魔のお爺ちゃんに唆されてキスしそうになる。良心さんはどこへ行ってしまったのか。アナキティの寝言により防がれる。

 抱き締められたまま寝たことでベルが鼻血を出したため、血のついたシーツを洗いに行くアナキティ、それを見たリヴェリアと兎の匂いがべっとりついているのを確認したベートが2人が致したと勘違いする。

 

 レフィーヤ達は罰則の遠征で、目的の木竜がいる階層の目前まで到達。早く倒して帰りたいところ。

 

5月22日

 ベルはフィンに連れられて椿に槍と防具の製作依頼。

 

 レフィーヤ達が木竜を無事討伐、クエスト素材を回収。帰還開始。

 

5月23日

 ベルはアナキティ、ラウルと平和な1日を過ごす。

 

 レフィーヤ達がリヴィラの街に到着、休養。

 

5月24日

 ベルは完全休養を終え、肩慣らしにアナキティと共に上層へ。

 アナキティのことをアキと呼ぶように。

 

 レフィーヤ達が迷宮から帰還。リヴェリアによって勘違いした4人が、アキに詰め寄る。

 泥棒猫とまで言われたアキがレフィーヤに本気の威圧をし、レフィーヤは本拠の門前で粗相をするという大恥を。

 

 そして夜、ランクアップ及びランクアップ祝いの宴が開幕される。

 ベル、初めてのお酒。レフィーヤの二の腕を揉み、アキの尻尾を弄び、リューに抱き付き、アイズに抱き付いた。

 

 ベルの大量の噂がばら撒かれる。

 

5月25日

 ギルドにベルのランクアップ報告。ロキは神会へ赴く。

 椿の手による槍が完成、銘はトリアイナ、元ネタは勿論海神ポセイドンの三叉の矛トライデントの別名から。

 そして、昼食後はフィンによる指導、汗だく状態でアキと遭遇してしまい、アキはその濃厚なベルの匂いに一瞬顔を顰める。

 

 アキ曰く「決して嫌な匂いじゃないし、ちょっと嗅ぎたくなるけど、なんか危ない匂い」とのこと。お風呂に入ってさっぱりし、夕食を食べに行くとまたもアキに捕まりすんすんされる。石鹸のいい匂いだった模様。

 その夜、レフィーヤに魔法をストックさせてもらったベル。一つの決意をし、呼び名をレフィへと改めた。ステイタス更新をしてもらうと二つのスキルが発現する。

 二つ名は『最速兎』で確定。街の冒険者の愛称はラピラビやレコードホルダー。

 

5月26日〜6月7日

 色々な鍛錬を行う。5月末辺りからこっそりベートがベルに体術の稽古をつけるように。

 

6月8日

 椿謹製の防具完成。銘はアイギス・プレート。勿論元ネタはゼウスからアテナの元に渡ったアイギス。盾とも肩当てとも言われているけど、山羊革張の防具全体を通してアイギスと呼ばれることから今作では肩当て説を採用して軽鎧に。正直、バックラーにして盾持ちスタイルにするか最後まで悩みました。

 

 フレイヤ、水面下で動き出す。オッタルにベルに試練を与えるように命令。オッタル、迷宮へと赴く。

 

 ベル、フィンと模擬試合。ベートにこっそり教えられていた蹴りで一撃を入れる。それに驚きつつも更なる成長を望むフィンによって、ベルとついでにレフィーヤ、地獄の鍛錬が決定する。

 

6月9日〜6月22日

 地獄の鍛錬、ベル、途中で猪人の冒険者を見かけるもなんだか憐憫の眼差しを向けられる。

 

 最終日のステイタス更新でレフィーヤのその華奢な肢体、上半身の裸体をバッチリしっかりじっくり見ちゃったベル君。ロキ様は目の前のラブコメに茶化すどころではなくなり砂糖を吐きそうになっていた模様。

 ベルのステイタスを見てレフィが意地と誇りと負けん気を刺激されて迷宮へ突っ込む。原作ベル君の如き行動をレフィが取っていく。

 

6月23日

 ベル、フレイヤと初遭遇。ベル、シルと2日後にデートの約束。

 レフィーヤ、スキル効果により魔力上限をさらに乗り越え成長。なお、その後に風呂で上せて倒れ、ベルに看病される。次の日のデートの約束をする。アルゴノゥトの話を、ベルがレフィへと聞かせる。

 

6月24日

 ベルレフィデート、夕方、アポロン・ファミリアと揉め事が起きる。ベート兄貴直伝の延髄蹴りは手加減が間に合っていなければ冗談抜きで首が、というより頭が飛んでいたかもしれません。危ないところでした。館に帰り、幹部陣に相談。ベルは今の自分が置かれている状況を少ししっかりと考えるように。

 

6月25日

 前日に練られた天界最高の狡知の神と、智勇に長けた勇者、叡智を尊ぶハイエルフによる作戦の元、ベルがアポロン・ファミリアの元へ、無事、戦争遊戯を行うように誘導する。

 その後はシルとのデートを楽しむ。ネックレス貰いました。戦争遊戯では出番ありませんでしたが…後々の伏線(?)です。

 

6月26日

 飛竜に乗ってベルとレフィーヤの2人がオラリオから飛び立つ。

 目的地は交易都市跡地、今回の戦争遊戯の舞台となる廃都。

 

6月27日

 夜になってようやく辿り着いた2人。翌朝に来る予定のギルド職員を待ち、休息を取る。

 

6月28日

 ギルド職員の指示のもと、都市内の構造の確認を行う。

 

6月29日

 アポロン・ファミリアが到着。丸一日暇になったベルとレフィーヤは好きなように過ごした。

 

6月30日

 戦争遊戯当日、開幕、2人同時のレア・ラーヴァテインを放つ。詠唱にあるようにまさしく開戦の角笛を上げた。この時点でアポロン・ファミリアは1/4程度の団員が戦闘不能に。

 なお、リヴェリアはそれに機嫌を良くしていた。

 ベルは同レベルのダフネを圧倒、最後は蹴りのコンボで締めたベルを見てベートもご満悦、ティオナは不満気。

 しれっとキレていたレフィーヤ。魔道士隊、弓隊を立て続けに魔法で壊滅させた後ダフネの武器を持ちリッソスとルアンを含む集団を1人で受け持ち、蹂躙。

 

 ヒュアキントスの近くにいた面々の残りはベルが打倒し、最後は一対一の決闘でヒュアキントスを打ち破り、戦争遊戯に勝利する。

 

 ベルもかなり傷ついたため、翌日まで休養を取る。

 

7月1日

 飛竜に乗ってオラリオへと帰還し始める。

 

7月2日

 夕方になって、オラリオへと辿り着く。その後、バベルにて神アポロンへの()()()を告げる。その無垢な願いにフレイヤご満悦。

 他の神々の一部、特に善神とされる者や誇り高き者達はベルの在り方に感銘した模様。

 

 そして、宴会が始まり、少し激しい感情を見せながらも楽しんだベルは泥酔、酩酊しリヴェリアの看病のもと眠りについた。

 

7月3日

 リヴェリアに盛大に甘えて1日を過ごす。ベート兄貴は泣いていい、復讐のアイズによって男の最大の弱点を潰されかける。

 オッタルが育てていたミノタウロス、八つ当たりを兼ねてダンジョンに来ていたアイズに雑に討伐される。オッタルもミノタウロスも泣いていい。

 

と、ここまでになります。オラリオに来て丸4ヶ月でしたね、現在はアビリティ的には十二分にランクアップしても良いところまで来ていますが、ランクアップを果たす…偉業を成し遂げたとされるには上位の経験値(エクセリア)が僅かに足りていないような感じです。

 

ちなみにランクアップの速度の比較は

原作がLv1→Lv2で1ヶ月半、Lv2→Lv3を1ヶ月

本作がLv1→Lv2で2ヶ月半、Lv2→Lv3はまだ成し遂げておらず、既に1ヶ月と1週間過ぎています。うん、成長遅いですね!(麻痺)



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幕間 キャラ紹介 2

ベル・クラネル

 本作主人公、言わずと知れたロキ・ファミリアの兎。虎視眈々と狙っている女神様や男神様が結構いるとか。

 身長は158Cに到達、原作ベル君の身長まで後7C、半年強でそこまで伸びてくれるかどうか。Lv2ながらLv3下位から中位程度の実力、スキル効果が発動すればLv3上位まではなんとか勝てるラインに、Lv4は流石に無理。

 

 現状可能なラインで一番強い一撃を放つ条件は

 ・レフィがピンチ(星空誓願)

 ・ベルが熱くなる(熱情昇華)

 ・アイズのエアリアルを纏い、自身のケラウノスを武器に付与(魔法)

 ・チャージ2分(英雄衝動、現在上限)

 ・上記の条件下で椿謹製の槍による一撃

 

 これを決めることが出来れば多分、Lv4上位までならなんとかなる。原作の黒ゴライアス戦の最後の限界超えの一撃よりはまだ下。ただそれでも、やっぱ英雄って逆転の一撃必殺スキルが基本装備みたいなところありますからね。

 フィンがティルナノーグを教えれば多分Lv6までなんとかできそう。まぁ、そんなに条件が揃うか、当てられるかという問題は出てきますけど。

 

 見た目はまるで兎のような白髪赤眼。少し、大人っぽくなってきた気もするけど童顔は変わらず、なんとか年相応になった程度。精神性は大人びているところと子供らしいところが割と極端。アイズのように2極化はしていないにせよ、甘えるときは幼さ全開。

 彼の中の好感度、信頼度は女性陣ではレフィ、リヴェリアがやはり好感度ツートップ。次いでシルとアナキティ、その後ろを他全員が団子状態。

 男性陣ではフィンとベートが突き抜けて、女性陣のシルやアナキティより少し上か同位置に。他の女性陣のさらに後ろにラウル、その次にその他のメンバーといった順番。

 

 原作よりは本人の数値的な成長が遅い反面、スキルや魔法、技術の習得に恵まれている。まぁそれを覆すのがLvとアビリティなんですけどね。問題はヘスティアナイフの不在か。

 

 原作と比べた現在取りこぼしイベント一覧

 ・フレイヤ関連

 ・アステリオス関連(若干進展中)

 ・リリルカ・アーデ関連

 ・ヴェルフ・クロッゾ関連

 ・黒いゴライアス関連

 ・その他色々

 

 また、ソード・オラトリアのイベントにも否応なく巻き込まれることが確定しているので来年からは過労死ペースでイベント盛り沢山。

 

 ミノタウロスとか50階層とか59階層とかクノッソスとかアンタレスとかニョルズとか24階層とかジャガーノートとか異端児とか色街とかラキアとか18階層殺人事件とか竜信仰の村とかアルテミス様とか怪物祭とかメレンとかエニュオとか強制任務とかカジノもあるね。さあ、全部解決してくれベル君。

 

 ちなみに椿謹製の槍は店に並べたと仮定した値段なら1.3億ヴァリスした模様。今回は椿の謝意と誠意込みで破格のお値段。金額はフィンと椿しか知らない。

 

 

 

フィン・ディムナ

 ベルの槍の師匠枠に着任。元ネタの騎士団並みに過酷な鍛錬を課す。叩けば叩くだけ伸びていくベルのことが面白くて仕方がない模様。鬼畜勇者。

 ロキ・ファミリアの次代を担う冒険者として、ベルとレフィーヤにはもっともっと伸びてほしいと思っているところ。二人には団長と副団長を超えて行けと思っている。また、切り札となると期待している面がある。

 アミッドのところに定期的に通うようになった(これからもなる)ベルを見て、打算的にアミッドの魔法をベルに教えてもらえないかな、なんてことも考えている。が、ベルにもアミッドにも言うことはない。その言葉でベルが打算的に付き合いたくないとアミッドと距離を置くようになっても困るし、アミッドがベルを疑心の目で見るようになっても困るので。

 

 ティオネがベルの面倒を見るようになって、今までより一人でいられる自由な時間が若干できたことを嬉しく思っている節がある。

 ベルの戦闘スタイルが体術寄りになってきている様子を見て、ベートとの関係はかなり良好だと見ていたが宴会のことは予想外だった模様。

 

 ベートが双剣を時々持ち出しているのを見て、ティオネが今ベルに行っている鍛錬もベートに任せるべきか悩んでいる。とりあえずはティオネに頼んでいるが…?

 

 

 

ベート・ローガ

 ツンデレ狼、普段は兎とかなんとか呼んでるくせに咄嗟の時には名前で呼んでいる姿が散見されるそう。

 ベルの体術の師匠枠に収まり、なんか最近ではベルが双剣スタイルで戦っているのを見てたまに訓練に剣を用意していることがあるそう。アマゾネスの片割れも師匠枠を取られるピンチか。

 基本的に弱者には変に期待しないスタイルを貫いているけど、ベルの場合はまだまだ未熟だけど光るものがあると感じたようで念入りに鍛えている。

 

 魔法に関してはいまだに秘匿している。Lv5になってからは一度も使っていない。

 

 尚、その行動により良くアイズから恨みを買っている。大体アイズの邪魔をするタイミングでベルに絡むタイミングの悪さのせい。

 

 

 

リヴェリア・リヨス・アールヴ

 ベル君が甘えたい相手ランキング堂々一位。ママ(断定)。

 レフィーヤとベルを自分の後を継ぐに足る魔導士として育てることを決意。それが終われば旅に出るのかはたまた…。

 

 スパルタ式に育てているが、ベルは素直に受け、それを見たレフィーヤも意地で食らい付いてくるようになりご満悦。弱気で自信なさげだったレフィーヤが一つ殻を破ったと見て、期待値をグンと引き上げた。

 

 都市にいるエルフ勢はオラリオのエルフで最も尊いリヴェリアがベルのことを気に入っているため、ベルには割と特別な対応を取っている。

 まぁ、リヴェリアお気に入りのペット的な見方をしている者が多いけど、中には自分自身もかなり絆されているエルフが結構いる模様。見た目可愛いし、戦争遊戯では活躍したし、格好いいことしてたし、まぁ仕方ないね。

 

 

 

レフィーヤ・ウィリディス

 ベル君が護りたい相手ランキング堂々一位。

 ベル君の命の恩人にして新しく出来た“家族“

 しかし、ベルはレフィーヤにはあまり甘えたところは見せたくないのか、レフィーヤの前だと比較的しっかりするようになってきた。レフィーヤと共にいる時は一番男の子してる。ベル君は実にわかりやすい男の子ですね。尚レフィーヤは気付いていない模様。

 

 本人はベルへの対抗心から更なる魔力馬鹿へと進化。既に放つ魔法の威力だけであればLv4、Lv5の者にも匹敵するとはリヴェリアの評価。並行詠唱の更なる鍛錬を続けている。全体的な戦闘能力で言えばLv4下位程度の評価を受けている。

 ベルのことは好きだけど、それが恋とかそういう感情なのかはわかっていない初心エルフ。ヤンデレ適性が若干あり。前世少し引き継いで……引き摺ってませんか?

 

 総合的な女子力ではかなり高く、ファミリア内でも有数の料理上手。ベル君を拾った時に食べさせたのもお手製の焼菓子。時々ベルに作ってあげているけど、その度にベルが物凄く嬉しそうな顔をしているのを見て心を癒している。

 地獄の2週間で色々とあったようで、ベルとの距離感はかなり近くなっている。今最もオラリオで噂されているエルフでもある。外堀の埋立工事は怒涛のペースで行われている。

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 ベル君のもふもふ白髪をもふもふするのが癒し。ベル君にとっては割と恥ずかしい。見た目は人間離れした美貌を誇っているため、初対面ではベル君もかなり胸に来たが、その後の鍛錬という名の何かで何度も吹き飛ばされ気絶させられ、苦手意識を持たれる。その後、和解(?)し、割と普通に接するように。天然さで無自覚にベル君に継続ダメージを与えている。

 ベルが気絶した際はだいたい膝枕している。もふもふと楽しそうですね。モンスターは絶対殺す主義だけど、最近では散歩がてら中層に行く時にアルミラージを見て何かを思い出したかのように一瞬手を止めるようになったそう。葛藤の果てに心に痛みを負いながら屠っている。

 ごめんね…と呟いている姿はとても悲しみに満ちている。

 

 ベルの成長には興味津々。私も教えたいと何度もリヴェリアに直談判しに行っては却下されている。手加減の練習は続けており、今ではようやくLv3の上位冒険者なら気絶率が半々になってきている。Lv4だと本当にたまに気絶させる程度。もう少しでベルに稽古をつけられそうと喜びをあらわにすると、全て台無しになってまたLv4を気絶させてしまい3歩進んでは2歩下がるを地で行く。

 

 尚、手加減の練習によって身体の脱力がそれなりに上手くなり、戦闘ペースを切り替えることによって継戦能力が大きく向上するという効果が生まれているが周囲どころか本人もまだ気が付いていない。

 

 

 

ティオナ・ヒリュテ

 憎き狼人によってベルの鍛錬の機会を奪われた悲劇の少女。ただ、少ない自由時間にはベルの部屋に行って英雄譚について語ったりと幼馴染や友達の少女ブームを自然と行っている。しかしそれも、以前なら夜の時間に行えたが今ではベートの鍛錬がその時間に入ったため機会は激減している。おのれ狼人、許すまじ。

 

 ベルはティオナに対して明るく朗らかな印象を持っており、話しやすい相手の筆頭でもある。趣味も同じであり、話が弾む相手。たまに物騒なところはあるけど、まぁそれはファミリアの人だいたいみんな同じかと慣れてきた。

 

 ベルのことを構いたいと強く思っている女性陣の中では一番不遇かもしれない。体術はベートに劣っているため取られ、剣術は武器種があまりにも違いすぎるため鍛錬の相手にはなれない。魔法を教えるなんて以ての外。

 迷宮探索でわざわざティオナがベルに教えるようなこともほとんどなく、そもそも冒険者としてではなく探索者として見た場合はティオナはかなりスキルが低いため、上手に教えられそうには思えない。

 そのため、そこまで共に過ごす機会がないため総合的な接する時間はかなり短い部類に入る。下手をすれば、シルよりも少ない。頑張れティオナ、どこかの似た人達の話では君が最終的な相手だったんだ。

 

 

 

ティオネ・ヒリュテ

 ベルのことを構いたい勢の中では比較的普通な部類。恋愛感情を含めた感情の天秤がフィンに傾いているからこそとも言える。

 今はベルの剣術の師匠を務めている、が、しかし、最近どこかの狼が積極的に双剣を使っているのを見てこれもそろそろ終わりかなと冷静に考えている。

 

 今のところ、フィンにはベルの剣術の面倒を見るよう頼まれているので見ているが、無くなるなら無くなるで仕方ないかと比較的淡白。それでも、可愛がっていることには変わりない。

 

 アイズとティオナの暴走を止める貴重な人物。ベルにとってはいまだ優しいお姉さんで通用している。迷宮探索はほとんど共にしていないが、普段は会えば話すしフィンと食事の時間が合わなければ、食事を共に取ることも少なくない。

 

 一番人間関係的にベルとバランスが取れている先輩。

 

 

 

アナキティ・オータム

 後発でベルのことを構いたい勢入りした割には爆速で好感度ランキングを駆け上る。鍛錬で無理させて倒れさせてしまったことはいまだに悔やんでいる様子。でもマッチポンプで行った看病時の添い寝は感触がとても良かったのでまたしたいところ。ベルの周りでは比較的年上の部類に当たる女性の為、ベルも割合素直に甘えやすいところも高ポイント。

 行動もわりかし猫っぽいところを、ベルは好ましいと思っている。けど、いきなり匂いを嗅ぐのは勘弁してください。恥ずかしいので。

 今の小さな野望はベルに白い猫耳と猫尻尾を付けさせること。多分似合う。絶対似合う。なんなら既に部屋に用意はしてある。

 

 何かいい機会がないかなぁと待ち望んでいる様子。

 

 ベルの成長速度に驚きつつ、他のメンツに比べると比較的まともな冒険者らしい育成を施している。冒険者としての常識や暗黙の了解、サポーターとしての知恵や必要な技術など、ベルにとっては全てが勉強になっている。

 ベルの遠征入りを一番心待ちにしているのはアナキティかもしれないくらい、丁寧に教え、導いている。英雄としてのベルを育てているのがフィンで、人間としてのベルを育てているのがリヴェリアやレフィーヤだとすると、冒険者としてのベルを育てているのはアナキティ(とラウル)に他ならないだろう。

 

 

シル・フローヴァ

 着々とベルとの逢引を重ねている。ベルも最近では割と普通に手を繋ぐように。シルの持つ感情は弟的なものとしてなのか男としてなのか、はたまた愛玩動物に向けるものかは謎だがベルに十分に愛情は伝わっている。

 ベルにとっては数少ない冒険者ではない知り合い。一緒にいる時は冒険のことを忘れて、歳相応に楽しんでいる。精神的な支えとなっている度合いで言えば、レフィーヤと並んでいるかもしれない。

 ファミリア外の人間の割にベルと過ごす時間は長い。色々と約束もあるけど、それを抜いても定期的にお店に通っているベル君のことを考えるとかなり懐いていることが伺える。実際、ベルも姉のように慕っている。レフィベルといいシルベルといい互いに敬語の義姉弟って良いですよね(性癖)。

 

 魔導書や謎のネックレスをベルに与えており、その行動は謎に包まれている。どちらも貰い物だそうだが…?

 

 ちなみに、お弁当はたまに作ってちゃんとベルに渡している。ベル君、毎回頑張って完食しています。へにょっとした顔してますけどね。

 

 迷宮探索の際というよりは、休日の散歩中に見かけた時やデートの日に渡している感じ。ランチに行くことももちろんあるが、2回に1回は手作りお弁当タイムが待ち受けている。

 

 

 

リュー・リオン

 ポンコツ度合いは低下中。並行詠唱や魔法をベルに教える中でかなりベルへの対応に慣れてきた模様。ただ、今もたまに夢の中で旧友達が唆してくるのでそんな夢を見た日には少しポンコツになる。

 シルのおこぼれに預かる形でベルとの時間を得ていると本人は思っているが、ベルの好みのドストライクゾーンにいることをリュー本人は知らない。ベル自身、お店に通う理由の1/4は料理、1/4はシル、1/4はその他の店員さん達で1/4がリュー。ベル自身はシルと同等に懐いているつもりである。なんかこうやって内訳書くと女の子目当てでお店行ってるみたいだなベル君?

 

 酒の席でのことはベルには伝えていない。謝られても、申し訳なさから距離を取られても困るし、甘えられたのはまぁ嬉しかったので。ただ公衆の面前では少し困る…出来たら2人きりの時に…とか内心思っている。

 その後のことは、生き地獄を味わった気分だったが…今ではとりあえずよしとしている。何より、レフィーヤ・ウィリディスの影に隠れて街の噂の中では目立っていないので。

 

 ベルのことは今のところ可愛い後輩冒険者と思っているが、果たしてその感情はいつまでそのままなのか。ベルと仲のいいエルフの中ではハーフエルフのエイナとリューでレフィーヤ、リヴェリアの後を競っているところ。アリシアには勝っている。今のところ。




幕間と間話はこれで終わりです。
次話からはオリジナルストーリーを入れていく予定、原作開始まで後半年強の作品内時間をその辺りと、まだ出ていないキャラ達(原作では他ファミリアの面々など)との交流を深める時間として原作時間へと向かっていきます。


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5章 兎は森に、聖女と進む
76話 指名依頼


「僕と一緒にダンジョンに潜りたい…ですか?」

「はい、貴方の戦い方を一度この目で確認したいのと…丁度良い理由もありまして」

 

リヴェリアさんに甘えきりになってしまった1日が過ぎ、翌日、僕はアミッドさんの元へと来ていた。戦争遊戯での怪我は軽いものだったとは言え、鍛錬明けから身体を休める暇があまりない中でのことだったので念のために検診に来たのだ。

その際、勝利を祝う言葉を貰った後に相談されたのが、僕とアミッドさんで迷宮探索を行わないか、という話。勿論二人きりではなく、誰かほかの高位の冒険者も共に、できれば中層の深いところまで潜りたい、とのこと。なんでも欲しい薬草があるんだとか。

 

「…僕だけの話なら構いませんけど、その、ファミリアの人達がなんて言うか…それに、護衛代わりならわざわざ僕じゃなくてもいいんじゃないですか? 」

「ロキ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアにとって金銭的な繋がりが大きいとは言え良きパートナーです。そのファミリアの期待の新人が私を懇意にしてくださっているのですから、こちらからも付き合いというものを考えてもおかしくないでしょう? 数日、共に迷宮に潜れば何度言葉を交わすよりも深く人となりを把握できますから」

「そ、それは…そんなに気にしてもらわなくて…というより、僕の方こそお礼を言うべきというか…わざわざアミッドさんに直接診てもらっているのに」

 

アミッドさんの意思は固そうだけど、そんなことのために僕に付き合わせるのもなんだか…というより、今、アミッドさんなんて言っていただろうか。

 

「…あの、今、数日って言いました?」

「? はい、出来れば数日程は戦い方や身体の動かし方を観察させて頂きたいと思っていますが」

 

疑問に思い、確認のために聞き返すと肯定が返ってくる。数日、数日か。数日ともなると鍛錬にも影響が出るし、まずはやっぱりフィンさん達に相談しないと、と悩んでいると、アミッドさんが更に言葉を投げ掛けてくる。

 

「勿論、受けてくださるのであれば勇者を始めとした面々への説得と交渉は私が行います。貴方にそれほど負担はかけません。どうでしょうか?」

 

それでも尚、悩んでいる僕。条件を並べてくるアミッドさん。

 

「勿論、ロキ・ファミリアの総意として否と言われれば諦めます。無理強いをするつもりはありません」

 

そんなやりとりの中で、僕は

 

「えっと……………じゃあ、とりあえず聞いてみます……」

 

最終判断を他者(保護者)に委ねることにした。

 

 

 

そして今、僕はアミッドさんとレフィとアキさんの3人と臨時のパーティを組んで迷宮へと向かっている。

フィンさんには快諾され、リヴェリアさんからも学ぶことも多いだろうしいい機会だから、と即席のパーティが構築された。

 

何だか、()()()()()()探索を目的に迷宮に来るのは凄く久々な気がする。

 

前衛兼中衛に僕とアキさん、後衛にレフィとアミッドさん。4人だけの少人数パーティとは言え、Lv4を筆頭に3が1人、2が2人とそれなりの戦力だと思う。もっとも、アキさんは監督役兼緊急時の護衛代わりで、基本的には僕が前衛でレフィが後衛、アミッドさんが治癒士の3人パーティみたいなものだけど。

 

そして、今回は僕の到達階層の更新も目的だという。

目標階層は25階層…『水の迷都』というところだそうだ。そこは、中層を抜け、冒険者達に下層と呼ばれているところ。

 

迷宮の孤王(モンスターレックス)と呼ばれる強力な敵は27階層にいるようで、そこまでは進まないみたいだけど。

中層で薬草を採取して帰りたいというアミッドさんの希望…わざわざ僕向けに出された護衛及び収集依頼にも応じる形で、25階層まで一度進んで、地上へ戻りながら薬草収集をする予定だ。

 

まぁ、アミッドさん自身は22階層くらいまで行ければ良かったみたいだけど、折角だからと僕達の用事にも付き合ってもらう形になった。これで今回は怪我をしても安心だ、と笑うフィンさんはなんだか悪い大人の顔をしていたような気がする。

 

 

 

ちなみに、17階層にいるらしいゴライアスという迷宮の孤王(モンスターレックス)はアイズさんが一昨日ソロで討伐したようで、今はいないとフィンさんから聞いているから安心して進むことができる。

 

 

 

「えっと…じゃあ、行きましょうか。アミッドさん、短い間ですが、お願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。しかし、御二方が付いてきてくださるとは…これは、御礼を弾まなければなりませんね。私の個人的な我儘のために、ありがとうございます」

「い、いえ! 私達もいつもお世話になっていますから!」

「それに、ベル一人だと貴女の護衛には少し心許ないし…正式に依頼されたからには、任せてください」

 

一応、今回は()()出された依頼ということもあってパーティリーダーは僕という形になっている。荷が重たいけど…まぁ、気心の知れた仲だからなんとか…朝、集合場所に集まった僕達は簡単に雑談を交えた打ち合わせを行った後、早速と言わんばかりに迷宮へと向かったのだ。

 

 

 

「…なるほど、間近で見ると物凄い速さですね、同じLv2とは思えない…年齢を考えると、恩恵が無ければ筋肉という筋肉、腱という腱が一度で破断し、全身の骨が耐え切れず砕けているような動きです」

「怖いこと言うのやめてもらえませんか!?」

「…うわ、想像しちゃった、筋肉とか腱が千切れる音って凄いんだよね」

 

4人で話しながら迷宮を進み、しかし敵を見つけたら駆け出して討伐する僕の動きを見たアミッドさんの感想だ。

 

いや確かに、13歳の身体でこんな動きなんて冒険者でなければ考えられないことなんだけど…そう考えると恩恵って本当に凄い。

 

でも、英雄時代の英雄達は恩恵なんてなしにモンスターと戦ってたんだよな…憧れる。やっぱり技術を磨く以外にも筋トレとかした方がいいのかな、前に見た猪人の冒険者の人は見た目からして強いっ! って感じだったし…。

 

「…やっぱり、筋肉付けた方がいいんですかね」

 

そんな僕の呟きに、微妙な間が空いた後に答えが返ってくる。

 

「それは…一概には言えませんが、年齢を考えてもあまりお勧めしません。成長を阻害する可能性もありますから」

「ベルには似合わないと思うけどなぁ、戦闘スタイル的にも見た目的にも」

「そうですね。戦闘の方はわかりませんが、見た目的には似合うとは思えません」

 

アミッドさんの言う成長を阻害、というのも気になるがそれはさておき、どうやら不評なようだ。しかし、レフィにそう言われるのはなんだかもやもやする。

 

「…僕、もうレフィよりも大きいのに…」

 

そんな呟きは、しっかりばっちりと聞こえていたようでアナキティさんのまだ後ろにいたレフィが飛び込むように距離を詰めてくる。

その顔は、必死さを感じさせた。

 

「ああああっ!? い、言いましたね!?」

 

気にしてたのに! 最初は私の方が大きかったのに! そうやってすぐ大きくなるんですから、これだから男の子ってやつはぁ!

なんて、吠えるように肩を揺さぶられながら言われた僕は困り顔で残り二人の方を見る。助けてください、という気持ちを込めて。

 

「なんか微笑ましいなあ…」

「…………そうですね」

 

だが、僕の目に映ったのはほっこりした表情をしているアキさんとなんだか普段の無表情がさらに無表情になったようなアミッドさん。しまった、身長の話はタブーだったのだろうか。アミッドさん、その、失礼だけど小さいし…後、アキさんは何故にそんな表情を?

 

「ちょっと、聞いているんですか!? そもそもベルはーー」

「わ、わかっ、わかりましたから! 離してくださいぃ!」

 

なんとか離してはくれたけど、その後も迷宮探索の道中、ずっと僕はレフィから愚痴を言われ続けた。

 

あの、伸びないのは僕のせいじゃないし…

それに、()()()のはレフィのせいじゃないかな…

あ、いえ、なんでもないです、はい…

 

苦笑しているアキさんと、可哀想なものを見るアミッドさんの目が、なんだかとても胸に来た。これからは、レフィの前で…いや、女の子の前で身長とか体重の話をするのはやめておこう。僕は、この時にそう学んだ。

 

 

 

「…中層は慣れているのですね。私含め、知り合いのLv2冒険者の誰よりも迅速かつ的確な判断をしていると思います。しかし、上の層に比べても慣れているように思えますが…?

「この辺りのモンスターは、もう意識しなくても倒せる気がしますからね…」

「私も、この階層に限れば並行詠唱も簡単にできる気がします…」

「…あぁ、あの鍛錬メニュー、ここで行われていたのですね」

 

16階層をサクサクと進んでいく僕とレフィ、ここはもう庭みたいなもの…いや、下手したらあまり馴染みのない本拠の庭より知り尽くしているかもしれない。そこで、アミッドさんから疑問が飛んでくる。

 

それに、答えらしい答えを返すのではなくしみじみと思ったことを呟いた僕達の言いたいことをアミッドさんは汲み取ったのか、気の毒そうな目を向けながら思い出したかのように鍛錬という言葉を口にする。

 

いや、そんな目を向けられても…

 

「…フィンさんと鍛錬メニューを組むのがアミッドさんだと聞いた時の希望は、一瞬で木っ端微塵にされました…いえ、恨んではいませんけど」

 

ちょっぴり見えていた希望は、アミッドさんの本当に僕の壊れる限界ギリギリを見極めてきたような難易度の鍛錬を受けて、すぐに消え去った。

 

しかも、アミッドさんの手による大量のポーションが納品されてきたと言う、まさにアミッドさん全面協力によってあの鍛錬は形作られたのだ。

 

そんな、僕の言葉に何かを感じ取ったのか

 

「…私は、助言をしただけですので…それに、勇者が持ってきた当初案に対して私が助言をしていなければ今頃貴方はこの世に…あ、いえ、なんでもありません」

 

気不味そうにしながらも、自分は関係が薄いと否定するアミッドさん。その後、顔を逸らしながらボソッと呟いた一言はしっかりと僕の耳に届く。

 

「…あぁ、アミッドさんが監修してたって話でしたね。ベルの鍛錬」

「いやちょっと待ってください。今かなり不穏な単語が聞こえたんですけど、あの、アミッドさん? 僕はこの世に…なんですか? 一体何が行われようとしていたんですか?」

 

フィンさん、最初はどんな鍛錬を行う予定だったんだろう?

 

その後もアミッドさんは何度尋ねても、何度顔を合わせようとしても顔を逸らして頑なに教えてくれなかった。曰く、貴方が持つ勇者へのイメージを壊しかねないので、勝手に教えることはできない、とのこと。

 

いえ、その言葉の時点で、もう手遅れな程壊れています。

 

僕の中では、そう結論が出た。

 

 

 

というより、それなら、やっぱりアミッドさんは女神か天使か何かだったのかもしれない。今の失礼な言葉の分も含めて今度何かお礼をしよう。僕は心に誓った。




初投稿から2ヶ月の節目でした。
いつも閲覧、感想等々ありがとうございます。
今話からはオリジナルストーリーや日常編をマシマシで行く予定です。よろしくお願いします。


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77話 迷宮楽園

そして、16階層を易々と突破した僕達はもぬけの殻の17階層へと足を踏み込む。

 

嘆きの大壁と呼ばれるそこは、どことなく幻想的にも思える見た目で同時に、なんだか空虚さをも感じさせた。

 

本当ならここに居るべき…ここを守るかのように存在しているはずの強大なモンスターはいない。がらんどうの大広間。そこの中心で僕は立ち止まった。

 

「…アイズさんが倒したおかげで、素通りできるのはいいんですけど…見てみたかったですね、ゴライアス」

「この4人だと…勝てるかなぁ。あぁ、まぁ私が前衛頑張ればレフィーヤとベルの魔法でなんとかなるか」

「い、いや、戦いたいってわけじゃなくて…」

 

ゴライアスという階層主、巨人のようなモンスターだと聞いているけど…ちょっと、見てみたかったかも。次に湧くのは…10日後くらいかな。別に無理に戦いたいわけではない。

 

「…まぁ、ベルもそのうち戦う機会があると思いますよ。遠征の先陣組に参加すれば嫌でも討伐して通ることになるんですから」

「そうそう、それに、ベルならあと一回ランクアップすれば充分遠征入りできると思うし…近い未来の話だよきっと」

「………ベルさんは本当に恵まれていますね。普通の、いえ、優秀な冒険者でも、Lv2に至るのに2年から3年、そこから、中層を突破するのに時間をかけて…探索に専念している人でも3年掛ってもまだ、18階層近辺で留まっている人が多いというのに…」

 

アミッドさんは、僕へのレフィとアキさんの言葉を聞いてしみじみとそう言う。そ、そうなのかな…?

 

「そう…なんですかね、なんか、実感はないんですけど…」

「…周りが強すぎるというのも、善し悪しなんでしょうか。一度、他の小さな探索系ファミリアの内情を知れば自分がどれだけ化け物染みた成長をしているのか理解できるかと思いますが」

 

気が付けば上層を攻略していて、自暴自棄になってランクアップ可能になって、そうこうしているうちに中層に入って、そして鍛錬で中層に長く留まって、それから、あの戦争遊戯だ。ここ2ヶ月くらいの時間は、瞬く間に過ぎ去っていった感覚がある。

 

いや、言ってしまえば4ヶ月間、気が付けば過ぎていた。

 

「…まぁ、ベルですからね」

「そうだね、ベルだから仕方ないね…『小英雄(リトルヒーロー)』なんて非公式の二つ名が付くくらいだし」

「え、なんですかそれ!? 今初めて聞いたんですけど!?」

 

アキさんの言葉に僕は驚く。

何それ、本人は今初めて聞いたんですけど…広まったとしたら、昨日のことか。

 

「そう言えば、治療院を訪れた方から聞いたのですが『小勇者(リトルブレイバー)』もありましたね。なんでも、『勇者(ブレイバー)』を彷彿とさせる振る舞いを見せた、とか」

「アミッドさん!?」

 

そして、アミッドさんまでが情報を寄せてくる。

つまり、宴会の日には話が作られて、昨日のうちには話が広まった…?

今日はそんなに目線が集まってなかったように思うけど、朝早い時間だったからだろうか、明日からまた、じろじろ見られる日々が続くのだろう。

 

「………気にしないことにします」

「魔法大国からも間違いなく目をつけられたでしょうし、これからは大変ですね、ベル」

「な、なんでレフィはそんな他人事みたいに…」

「いえいえ、魔法大国からの狙いというか、嫉妬が分散されて嬉しいなーとか、思ってませんよ? まぁ、私はせいぜい同胞の扱う魔法だけなので『(サウザンド)』ですけどベルは『(オムニス)』ですからね」

「そっち方面でもなんかあるんですか!?」

 

少し、ちょっぴりだけ後悔する。

もう少し色々と隠しておくべきだっただろうか。

 

「…まぁ、ベルがお願いした場にいた神々は下手な引き抜きなんてして来ないでしょうし、そういう意味では良かったんじゃないですか? フレイヤ様は少し、気を付けた方が良さそうですけど…」

「フレイヤ様は…あの方は、どうなんでしょうか…」

 

悪いお方ではない、と、そう思う。

でも、無条件に良い神様でもない。それも、間違いなくそう思う。

総合的には…きっと、神様らしい神様なんだと思う。ロキ様とはベクトルが違うけど、何かへのこだわりが強い神様。

 

「ベルはもうあんまり会わない方がいいです、というより、2人きりで会ったりしないでください。絶対」

「え、で、でも、そんな悪い方じゃなさそうでしたけど…」

 

そんな僕に、レフィは強い口調で言い切ってくる。

 

「いえ、悪いです。特にベルの教育とかに非常に悪いです、何せあの神様は気に入ったと見れば見境なく食べちゃう神様だと聞きました。ベルは迂闊に近付いてはいけませんよ? 獲物の方からのこのこと肉食獣の元に近付くなんて、危険すぎますっ!」

「そ、そうなんですか…?」

 

そんな僕達のやりとりを聞いて、アキさんがすいっと身を乗り出してくる。

 

「まぁまぁ、ベルも今更簡単に他所には行かないだろうしさ。レフィーヤも心配なのはわかるけど、その辺はベルのことを信じてあげようよ」

「信じてますよっ! 信じてますけど、この警戒心が無くなってきた今のベルとあの女神様のやりとりを見たら誰でもこうなりますっ!」

「…ベル、今度は何をしたのよ?」

 

そしてアキさんに聞かれたことに、僕は大人しく答える。

頰を撫でられたこととか、頭を撫でられたこととか、勧誘されたこととか。話を進めるうちに、アキさんは尻尾を垂らした状態で大きくゆーらゆーらと揺らし出した。

 

アミッドさんも呆れたような視線を向けてきた気がする…なんだろう、まるでダメな子供を見る親戚のような目…かな? 親戚とか、会ったこともないし居るのかどうかも知らないならよくわからないけど、多分そんな感じ。

 

「…うん、まだまだ1人にはできないかなぁ」

「…ベルさん、お願いですから背中に受けた刃傷なんかで私の元に訪れるのはやめてくださいね」

「…背中に気を付けろって、ロキ様からもエルフィさんからも言われたんですけど、どういうことなんですか…僕、何かに狙われてるんですか…?」

 

ある意味狙われている、その言葉が三者三様違いはあれど、揃って返ってきた。

 

そのまま、肩を落とした僕に励ましの言葉を掛けながら、とはいえ、僕にもっとしっかりするように説教もされながら僕達はその階層を抜けていく。

 

嘆きの大壁、17階層を抜けるとそこは18階層、安全地帯であり、迷宮の楽園とも称される階層で冒険者によって作られた街があるのだとか。

 

 

 

そして、僕の目の前には雑多な雰囲気を醸し出す街が広がっていた。

 

 

 

「す、すごい…ここが」

「迷宮内に唯一存在する、冒険者による冒険者のための街、リヴィラです!」

「まぁ、基本的にここに立ち寄ることはあんまりないけど…物を買う時は高いし、売る時は安いし。よっぽど手持ちが溢れてきた時とか、ポーションが無くなった時くらいかなぁ」

「遠征だとそもそも、充分な物資を運んでいますからね。宿も高いですし、街に入るメリットは特にありません」

 

レフィ、アキさん、アミッドさんによる説明を聞きながら、僕は近場にあった露店の品物を見る。偶然にも、鍛錬中よくお世話になったアミッドさんのポーション…と似た物が見える。本当に同じものかはわからないけど。

えっと値段は…地上の…5倍近い…?

 

「アミッドさん、あ、あのポーション…?」

「…私の作った物ですね。店舗での価格と比べると4倍ですか」

 

震える声で僕が指差した先を確認したアミッドさんが、それを見て僕の声に出されなかった疑問に答えてくれる。

4倍。つまり、仕入れた額の3倍が丸々懐に入るということ。

 

な、なんてぼったくりな…。

 

「…まぁ、この程度は可愛いものです。この街はギルドの管轄外ですから、平然とあのようなことも行われていますので」

 

すっ、と指差された先には何やら交渉しているように見える冒険者と、店の店主。間を遮る机の上には、見たことがない…何かのモンスターのドロップアイテムだろうか、それなりに大きい物が置かれている。

 

「あれは、非公式の買取所です。ギルドに対してではなく、あくまで個人間のもの…地上との買取額の差は、比べるまでもありません」

「それでも、あれだけ大きなアイテムですと持ち帰るのも大変ですから大抵は諦めて売っていってしまうんですけどね…地上の2割くらいでしょうか?」

「うん、そのくらいかな?」

「ほええ…」

 

立て続けに説明される3人の言葉に感心するやら放心するやら。

 

ともかく、この街は色々と賑わっているのは間違いないということはわかった。それと同時に、あまり1人では近寄らない方がいい、ということも。

 

 

 

「…では、今日はここで野営しましょうか」

「ちょっと待っててね、テント用意するから…レフィーヤとベルは料理の準備お願いしてもいい?」

 

そして、街の探索、というより僕への説明が終わると、僕達は街からそれほど離れていない丘の上で夜を過ごすことにした。

 

朝、少し遅めの時間から出発したために今はもう夕方近い時刻だ。

アキさんが手慣れた手付きで持っていた荷物からテントを一張り取り出すとテキパキと立てていく。

 

今回はあんまり戦闘に参加しないからねー、と、代わりに探索に必要な道具一式の用意からその荷物の運搬までアキさんがしてくれていたのだ。最初こそ、僕が持ちます、と伝えたけど代わりに私をちゃんと守ってねー、なんて頑なに言われると僕には何もできなかった。

 

慣れてるなぁ、流石は熟練冒険者…と、それを少し慣れない手付きながらも手伝うアミッドさんと2人、テントを立てているその姿を横目で見る。

 

そして、レフィが鞄から取り出していく材料や鍋を並べるのを手伝う。

 

「よし、と…予定では5日間ですから…そうですね、今日のところは軽めな物にしておきましょうか。ベル、この野菜の処理の仕方は分かりますか?」

「え、と…わからないです、すいません…」

 

そしてそこから、ひょいひょいと今日使う材料を取り出していく。ひと段落したところで使わない食材は再度仕舞い込み、火の準備をしているレフィに声を掛けられる。

 

残念ながら、料理らしい料理は今まで一度もしたことがない。

田舎育ちだから、畑仕事には慣れているし普通の野菜は見たことがあるし食べることもある。とはいえ、それらは皮を剥いて小さくして焼くか煮るかすれば大抵は食べられる。

 

今レフィに指し示されている野菜も、適当に刻んで焼けば普通に食べれそうな気がするけどきっとそうはいかないんだろう。

 

大人しく、わからないと告げるとレフィは僕を手招きする。

 

「…では、折角だから教えてあげましょう。ロキ・ファミリアでは性別関係なく料理当番が当たることもありますから、最低限のことは覚えていて損はありません。尤も、数名は当番から除外されていますけど…ベルは器用そうですし」

「じょ、除外…?」

「ええ、どこの世界にも料理が壊滅的に苦手な人というのは…いえ、それはまぁ知らなくても良い話です。では、ベル、こちらに来てください」

「? は、はい!」

 

そして、レフィの指南のもと野菜の処理をし、火を通し、簡単なスープの作り方を教えてもらう。

 

テントを立て終えた2人もこちらに混ざり、4人で料理を作るのはなんだかこう、楽しいものだった。

料理が完成した時には、もう光も薄く、暗くなり始めていたので早めにご飯を食べてしまおうとみんなで揃ってご飯を食べる。

 

なんでも、天井にある結晶が昼の時間には光りを放ち、夜に向かうと光を失っていくんだとか。

 

そもそも、迷宮内で昼夜って何だろうとは感じるけど、そういうものらしい。本当に、迷宮のこういうところは凄いというか、ワクワクするというか、胸が熱くなる。ちょっとくらいあの光ってる水晶、持って帰れないだろうか。

 

そんなことを思っていた僕の目線の先には、アキさんとアミッドさんによって立てられた()()()のテント。

 

そこで僕はふと、疑問に思ったことをアキさんに尋ねる。

 

 

 

「…ところでアキさん、あの、僕の分のテントって…」

「あっ」

 

 

 

動揺したアキさんが、手に持っていたお碗を揺らした。



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78話 一張同宿

アキさんは、おっと、とお椀を取り直した後にんんー、と小さく悩む声を出しながら僕の方を見る。

 

「…わざわざ買うのも勿体無いし、一緒に寝るっていうのは…」

「そ、そんなことできませんよ!? それなら僕、外で寝ます!」

 

アキさんの苦笑いしながらの言葉を、僕は全力で否定する。

いや、アキさんはいいかもしれないけど、レフィとアミッドさんもいるしそれに…僕があんまり眠れる気がしない。

 

「…リヴィラで買ってきましょうか?」

「こ、こんなことでお金を使うのも…それに、あんな高いもの…」

 

レフィの提案も難しい。リヴィラの街中で見かけた、人1人が入れる程度のテント。そんなものでも、僕にとっては目が眩むような金額だった。地上で買うのと比べれば10倍近かったかもしれない。テントなんかの探索の必需品で、かつ腐らないものは高く設定していてもそのうちほぼ確実に売れるから売る方も強気らしい。

 

「しかし、流石に1人だけ外に、というのも…それに夜は冷えます。身体を壊されても困りますから」

「アミッドさん…あ、いや、ほら、2.3日くらい大丈夫ですよ! 春先には寒い中丸々1週間くらいずっと外にいましたから! その時に比べれば全然! ほら、寝袋もサラマンダーウールもあるしよっぽど恵まれてます!」

「…はい?」

 

どういうことですか、僕が焦りながら告げた言葉はアミッドさんの注意を引いたようで、そう問い質される。

 

「…っあ、えっと、いや、なんでもないです…」

 

そして、僕は人に話すことでもないと思い顔を逸らしながら口籠る。あれは、僕の黒歴史だ。

 

両手で持つ器のスープから掌に伝わる熱さが、なんだか増した気がする。

 

「…話したくないなら無理に聞き出そうとはしません」

 

そんな僕の様子を見かねたのか、ふぅ、と嘆息しながらそう言ってくれる。それに甘んじた僕が顔をそっと戻して横目に伺うと、大丈夫ですから、と少し柔らかい表情をしてくれた。

 

が、しかし、その横にいた貴きお猫様はそうではないようで。

 

びたん、びったん、びったん、びたん、と、その長い尻尾が右に左にゆっくりと、されど大きく、地面に叩きつけるように動いている。

 

顔には出していない、言葉にも出していない。なのに、不機嫌というか何を隠しているんだというオーラが全開に伝わってくる。

 

「ベル、あんたうちに入る前に何があったのよ?」

「や、その…ちょっと恥ずかしい話なので…レ、レフィ?」

 

そしてとうとう直接問い質される。

それに対して僕は、助けてくださいという想いを込めながらレフィの名前を呼んだ。

 

「…あの時のベルはある意味可愛かったですよ? 手は焼かされましたけど、人に懐かない子猫みたいで。それが甘え出してくれたときは…もう…何というか、ベルには失礼な例え方ですけど、ペットを飼いたがる人の気持ちが理解できましたね」

「レフィ!?」

 

結果、レフィによって暴露された僕の黒歴史。しかも、根掘り葉掘り聞かれるうちにアキさんは次第に表情を消していった。最終的には真顔で説教されることになった。どれだけ考えなしなのか、と。

 

 

 

「でも、生きてうちのファミリアに入ってくれて良かったわ。こーんないい子を門前払いするなんて、今頃悔しがってる人も神もたくさんいるんじゃない?」

「そうでしょうね、バベルでも凄い熱視線を送られていましたよ、特に女神様達から…うちも一度門前払いしたそうですし…ベルのことを相談しにいったとき、久々にフィンさんがあんなに怒ってるの見ました…」

「…あー、それで辞めていったんだ、あの男」

 

そう、僕のことを門前払いした男性冒険者…結局会うことはなかったけど、どうやら僕以外にもかなりの数の若い冒険者を追い帰していたようでフィンさんとリヴェリアさんの怒りを買って退団していったらしい。

 

元々冒険者としての才はそこそこ、いや、かなりあった人だそうで、ベートさん曰く環境に舞い上がって己を強者と思い込み、上を向くことを忘れ、才能を腐らせた人だそうだ。

 

お前は調子に乗るんじゃねーぞ、そう、何度言われたことか。

 

「みたいですね、ベル以外にも複数人に対してやっていたそうで。今では他ファミリアで、ベル程の成長速度とは行きませんが2年未満でLv2に到達している人もその中にいたそうですよ?」

「うっわ、超有望株じゃない。うちも二軍メンバーがもうちょっと育ってくれないとなあ…というより、それを言うなら私とかラウルがもう一つ育たなきゃダメか…」

「贅沢な悩みですね、ディアンケヒト・ファミリアもまだまだ調薬できる者が増えてくれれば良いのですが…どこも人材不足は否めませんね」

「中堅が減っちゃったからねえ…ベルには期待してるわよー」

「あはは、が、頑張ります」

「私も負けませんからね! …ベルより先にランクアップしないと、追いつかれちゃいますし…」

 

そんな風に話が逸れて行き、アミッドさんも交えて談笑を続けた。

囲んでいた焚き火が弱くなり出した頃。ようやく本題に戻ることができた。

 

「…あ、それでベルの寝床、結局どうしようか」

「「「あっ」」」

 

今回はアキさんが気付く形で。

 

 

 

結局、僕も同じテントに入ることで話は落ち着いた。

 

話が落ち着いた代償に僕は全く落ち着けていない。狭いテントだ、四人が横になれば、寝返りを打つだけで距離がなくなるくらいの広さしかない。具体的には、布団三枚分のスペースしかない。

 

「じゃあ、アミッドさんに何かあったらファミリア同士の大問題になるからベルは端っこで、その隣で私がベルのことを動かないように抱き締めておくね。アミッドさんは逆端に居てもらう形で」

「「んなっ!?」」

「…そこまでしなくても、ベルさんが自らそんな疚しいことをするとは思えませんが。性格的にも対外的にも」

 

そしてアキさんの提案が僕を更に動揺させる。なぜか、ついでにレフィも。

 

後、なんとなくアミッドさんの言葉は僕の理性とかそういうものへの信頼ではない、別の方面からの言葉な気がする。

 

「前にもしたんだから、そんな動揺しなくていいじゃない、それに、ベルも立派な男の子だからアミッドさんみたいな綺麗な人を相手にしたら何をするか…」

「そ、そんっ、動揺もしますよ!? それにアキさんだって綺麗ですからね!?」

「何をするかわからないってことですかっ!?」

 

そんな焦った僕の言葉に反応したのはレフィ、しまった、今の僕の半端な言葉はそう捉えられるのか。

 

「そ、そうじゃなくてっ「きゃー、ベルのえっちー」言葉に感情が籠っていませんよ!?」

 

否定しようとする僕の言葉に被せて、レフィを逆撫でするようなアキさんの棒読み。それに僕はつい突っ込みを入れてしまう。ああ、なんだろう、収拾がつかなくなる未来が見えてきた。

 

そして、ワナワナと震えたレフィが絞り出すように僕に向かって声を放つ。

 

 

 

「こ、こ、べ、こ、ベルの発情兎ぃっ!」

 

 

 

なんとも不名誉な二つ名を付けられた。

 

「なんて人聞きの悪いことを!?」

「あー、なんかデジャブ…」

 

アキさんは頭が痛いとでもいうように猫耳の付け根辺りを抑えていた。

それを見てほんの少しでも精神ダメージを緩和していた僕に次々とレフィが精神攻撃を的確に命中させてくる。

 

それは、僕の記憶にない情報。

 

そして、聞きたいとも、聞くべきでないとも思っていた情報。

 

「なんですかなんですか!? あの酒場の同胞に抱き着いて胸元に頭を擦り付けてた時も内心は下心満載だったんですか!? あのヒューマンの女の子と抱き合って胸に顔を埋めていた時も!? ア、アアアア、アイズさんにも抱き着いてましたね!? それにリヴェリア様にも一日中抱き着いてぇ!?」

「ちょっっっっと待ってください僕リューさんとシルさんにそんなことしてたんですか!?」

 

記憶がない間に僕はなんてことをしてしまっているんだ!? 聞こう聞こうと思っていた一回目の宴会の時の話!?

それとも二回目というかつい数日前の話!?

 

というよりアミッドさんの前でそんな話はできたらやめてほしいっ。

 

「…ああ、そういえば事故とはいえ私の胸にも顔を埋めていましたね」

「見境なしの万年発情兎ぃっ!? 最速兎ってあれですか手を出すのが最速ってことですか!?」

「…ベル…その、なんか、ごめんね?」

 

そして、アミッドさんから追加で齎された情報によって僕の二つ名の人聞きが最底辺まで悪くなっていった。

 

アキさんからの心底の同情が痛い。そう思うなら、なんとか誤解…誤解? を解くのを手伝ってください。

 

 

 

その後も暴走するレフィを宥めることに時間を費やし、なんとか落ち着いた頃にはみんな疲弊していた。特に、僕とレフィの消耗が著しく、もそもそとお互い寝袋に入り込んですやすやと眠りにつく。そんな僕達をアキさんとアミッドさんは傍観しながら何やら話していたようだ。

 

 

 

アナキティとアミッドは疲れて寝入った2人を眺めながら、会話を続けていた。

 

「…なんというか、本当に子供らしい感じですね。2人で言い合っている姿は」

「レフィーヤもベルが来るまではもっと大人しいというか、内気な感じだったんだけどねぇ。まぁ、成長にも繋がってるし良い変化だとは思うけど」

 

アミッドの感想に、アナキティは苦笑しながら返す。

確かに、なんだか悩みがちで、自信を持てず内気でいた頃に比べたら成長したと言えるだろう。尤も、別の件で悩みは増えたようだけど。

 

「ふふ、でも、こういう子達はファミリアにも良い影響を与えているのではないですか?」

「同じ年代の子達は熱の入り方が変わったし、追い抜かれそうなLv2やLv3で伸び悩んでいた人達も熱が入り直した感じかな。良い空気だよ、今は」

 

微笑ましい顔をしながら2人は話す。

アナキティの、言葉に、アミッドはじっとアナキティの瞳を見る。それは、何か遠くを見るような目をしていた。

 

「…それは、アナキティさんも、ですよね」

 

そこに篭る思いを感じ取った、いや、読み取った聖女がゆっくりと問う。それを受けた貴猫は、背中を伸ばしながら目線を上に向ける。

 

そこに映るのは、ただ、テントの天幕のみ。

 

しかし、アナキティが見ているのはそこではない。

 

「…うん、なんだか、昔のことを思い出しちゃったなぁ…私も、まだ目指せるかなーって柄にもなく思ったり。都市最速(アレン・フローメル)はちょっと遠いけど、猫人でも強い人は沢山いるし…」

「…目指す限り、確実に近付きはしますよ。諦めない限りは」

 

そっかぁ…そうだよね。

 

そう、消えゆくような声で呟いたアナキティの声には、何か重く、強い気持ちが篭っていた。

 

「っよし、寝よう! 明日からはもっと大変だし…おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」

 

そして、アミッドはレフィーヤの隣で寝袋に入る。

アナキティは最初の宣言通りベルの横に行き、すっぽりと寝袋に収まっているベルと対照的に寝袋に半分ほど身体を入れて、片腕を自身の頭の支えにし、空いたもう片方の手でベルの頭を撫でる。

 

慈しむようなその手付きに、ベルは無意識の中でもふにゃりと顔を緩める。

 

「…小英雄、かぁ。私も、君みたいになれるかな?」

 

かつて思い浮かべた夢。憧れ。

思い描いたそれに、邁進する小さな可愛い後輩。

 

「…才能の差も、恐怖も、踏み越えて…乗り越えて進むのが、英雄だよね」

 

ベルにも才能は、それなりにある。でも、それはそれなりでしかない。

言ってしまえば、アナキティでもその程度は間違いなくあるだろうし、今のLv5以上の人達と比べると圧倒的に劣る才能だろう。

 

それでもベルは、1級冒険者達の期待に、無茶振りに、食らい付いている。

 

強靭な忍耐力、精神力。それから成る、努力。

 

それによって才能の差を、実力の差を覆してきた。

 

ならば、この少年にできたのなら自分にできない理由はないだろう。

 

いつか捨てた夢を、諦めた夢を、もう一度掲げても良いだろうか。

 

貴猫は、小さな英雄の頭を撫でながらそんなことを考えた。




【朗報】アナキティ強化フラグ

9月5日、日中は日間8位でした、感謝感謝。


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79話 天幕調達

「ふぉっ!?」

 

翌朝。起きた僕は何かに顔を覆われていた。

ふにふにと柔らかいそれ、そして、全身にまとわりつく暖かな感触。

 

これは、なんだか身に覚えがある。

 

そう、いつぞや、自室で行われたアキさんとの添い寝のような…。

 

「くぅ…すぅ…」

 

頭の上から聞こえてくる、アキさんの寝息。確信した、僕の顔を覆い潰しているのは間違いなくアキさんの持つ双丘で。

今、僕の腰辺りに乗せられているのはアキさんの脚で、頭を抱き抱えるようにしているのはアキさんの腕だろう。

 

へ、へたな身動きが取れない…っ!?

 

そもそも、Lv4の冒険者の無意識の力で抑えられている状態では動くこともできないけど。ギュッと抱き抱えられている頭を無理に動かせばどうなるか。

 

右腕は多分、アキさんの腰…ちょうどくびれの下を通っているようだしそれなりに動かせるけど、下手に動かすわけにはいかないし。左腕は僕の腹の上を通って反対側に回されている、アキさんの脚の下にある。

 

これはまずい。何がまずいって、アキさんより先にレフィが目覚めたら…まずい。こんな光景を見られたら昨日以上に問い詰められそうだ。

いや、アミッドさんに見られるものまずそうだけど。

 

たらり、と汗を流す。鼓動が早くなる。

ドキドキ、ドキドキ、レフィへの恐怖によるものとアキさんの行動によるもの。二つが混ざり合って、どうしようもなく僕の胸は高鳴っていく。すごい、これが吊橋効果というやつだろうか。いやきっと違うんだろうけど。しかしこれは本当にまずい。

 

「ア、アキさん、アキさぁん?」

 

僕の目と鼻は、2つの柔らかな物体に包まれているため周囲の状況は全く掴めない。今ここで鼻で呼吸しようものなら、クラクラとしてしまうだろうから僕は努めて口呼吸に徹する。そんな中で、他3人は全員寝ていると期待した上でアキさんを起こすように名前を呼ぶ。

 

「うぅん…ん」

 

そんな呼び声に反応したのか、アキさんが身動ぎして…あ、ちょ。

 

「ん、ふふ」

 

や、やばい、やばいやばいやばい、完全にのし掛かられた?

全身をすり合わせるような動きをアキさんがしながら、僕の身体にかかる重みが増していく。頭は両腕でがっしりとホールドされている。

 

これ、完全に抱き枕にされてる!?

 

あ、いや、おかげで両腕両足はフリーになった…

いやフリーになったから何!? どうすれば良いの!?

 

「……………あの、アナキティさん、ベルさん、一体何を?」

 

そしてとうとう、恐れていた事態が。

アキさんより先に、他の人が目を覚ました。

 

助けてくれ、という合図をしようと床をぺしぺしと叩く。

それを見たのかアミッドさんは一つため息を漏らすと、そろりそろりとこちらへ歩いてきてくれているようだ。その動きを察するに、レフィはまだ起きていない模様。良かった、本当に良かった。

 

「…アナキティさん、寝相が悪いのでしょうか? ええと…ほら、起きてくださいアナキティさん。ベルさんが困っていますよ?」

 

そして、アキさんの肩を揺さぶって起こそうとしてくれる…けど、その度に押し当てられている胸が形を変えて僕の顔にさらに押しつけられる。

 

「ん、んん?」

「…起きましたか?」

「ん…おはようアミッドさん…」

 

どうやらようやく、アキさんが起きたようだ。しかし、動いてくれる気配がない。

 

「はい、おはようございますアナキティさん。その、ベルさんが困っているようですが」

「んん…? あ、おはようベル、また抱き締めちゃってた」

「…おはようございます、アキさん、アミッドさん、ありがとうございました…」

 

その言葉にようやく身体を起こしたアキさんが、僕のお腹の上に座ったまま朝の挨拶をしてくる。それに返しながらアミッドさんにお礼を言う。

 

「いえ、大したことでは…やはり、テントはもう一つ用意した方が良さそうですね。ベルさんも、気が休まらないでしょう」

「あはは…そうしたいんですけど、でも、お金が足りるかどうか…そんなに持ってきていないので…」

 

確かに、こんなことが5日も続いたら精神的に疲弊してしまいそうだ。

 

「何よ…ベルは嫌なの?」

「嫌というわけじゃないですけど…その、恥ずかしいと言いますか………むしろ嫌かどうかって聞かれると嬉しいんですけど………」

 

むっ、と尻尾をピンと張ったアキさんが僕に尋ねてくる。

嫌ということはないんだけど、なんだろう、リヴェリアさんに甘える時と違ってこう…むず痒いと言うか、恥ずかしいと言うか…。

 

「まぁ、ベルさんも男の子ですからね。()()()()()()()はまだ薄いようですが…反応も、していませんでしたし。しかし、アナキティさんも過度に刺激するのは控えた方が良いかと思いますよ。お互いの為にも」

「…あ、あー…うん、なんか、ごめんねベル?」

 

何やらアミッドさんがアキさんに小声で告げると、アキさんは目をまん丸にしてこちらをチラッと見る。そして、そっと僕の上から降りて横に座りながら、心底気まずそうな表情で謝ってくる。

 

「それは何に対しての謝罪ですか…?」

「いや、気にしないで…ただ、私が悪いことをしたって思っただけだから。うーん、下に降りる前にリヴィラでテント調達して行こうか、最悪、うちの名前出せばツケでも買えると思うし…失敗したなぁ、お金、もっとちゃんと持ってくれば良かった」

 

ようやく起き上がれると、寝袋から出て立ち上がり一つ伸びをする。

そして、アキさんアミッドさんと対面するように座り直す。

 

「…んふぁ…おはようございます…」

「あ、レフィーヤも起きた?」

 

ちょうどその時、レフィも起き出す。

その後、各々身支度をして外に出て簡単な朝食の準備をしながら今後の動きの打ち合わせを始める。

 

 

 

「それで、私とベルは2人でリヴィラの街に行ってくるから、レフィーヤとアミッドさんはここの撤収をお願いできる? 空いた時間は自由にしてて良いから」

「…そうですね、街に行くのはアキさんの方がいいと思いますし」

「私も、異論はありません。時間が空くなら折角ですからあちらの林で薬草の採取をしたいのですが構いませんか?」

「ええ、私は大丈夫ですよ。この辺りの植物なら、私もそれなりにわかるのでお手伝いします!」

 

そして、街への買い出し班と野営地の撤収班に分かれた。

 

 

 

「さて、じゃあ行きましょうかベル。しかし、今日も多分、かなり注目されるわよ? 注目ついでにマケてくれるお店があれば良いんだけどなぁ…」

「あはは…あっちも商売ですからね」

「本当に、リヴィラの街の商人達は商魂逞しいわ…ベルも変な相手に引っ掛かるんじゃないわよ?」

「気を付けます…あ、アキさん、あそこのお店」

 

そして、街へと入り雑談しながら物色していた僕の目に一つのお店が溜まる。そこは、割と大きな店構えで、外から見えるだけでもいくつかのテントが置かれている。

 

「…ん、ボールスのお店じゃない。ちょうど良いわね」

 

そして、スタスタと店内に入っていくアキさんの後ろ姿を僕は追い掛ける。中へと入った僕達に掛けられた声は、途中で驚愕に彩られた。

 

「へいらっしゃい…って、貴猫に最速兎ォ!?」

「そんなに驚くことないじゃないの」

「わ…」

 

そこにいたのは、まさに冒険者という感じの男性。若干、柄が悪そうというか強面というか、片目は負傷しているようで眼帯をつけているが残った片目だけでも強い眼力があり、身体はかなり鍛えられている。

強そうだ。

 

「ベル、この人がボールス・エルダー。リヴィラの街の元締めで、Lv3の冒険者よ」

 

そして、アキさんの紹介によりその感想は強そう、から、強い、に切り替わる。

あのヒュアキントスさんと同格。恐らく、冒険者としての経験も加味すれば更に強いかもしれない。

 

「Lv3…あ、あの、ベル・クラネルです」

「自己紹介なんてしなくても、戦争遊戯であれだけの動きを見せた噂の兎の名前なんて誰でも知ってるだろうよ…ボールス・エルダーだ。一応、この街の元締めなんてものをやってる。期待の新人には、是非とも懇意にしてもらいてぇものだな」

 

うちの子を鴨にしたら切り刻むわよ、なんていうアキさんの脅しを意にも介さずニヤリとした笑みを浮かべてくるボールスさん。なんだろう、本当に逞しいというか、生き抜く強さがあるんだろう。

 

「ま、この辺で燻るようなタマじゃねえんだろ? もっともっと下に行っちまうようになれば、ここなんてただの通過点だからな。何か用事があって金を落としてくれるっつぅんなら俺達(リヴィラ)はいつでもお前(冒険者)を歓迎するぜ」

 

そう言うボールスさんの顔は、悪どい笑みが浮かべられていた。

 

 

 

その後、アキさんの交渉(と言う名の半分脅し)によって、僕用のテントを購入した。後払いで、かつ、付けられていた値札から5割ほど値引かせていた。それでも、地上の3から4倍近い値段だったけど、アキさんの交渉を受けていたボールスさんも笑っていたし、アキさんが少しお花を摘みに離れた時に聞いた話ではこのくらいの値引きは暗黙の了解だそうだ。

 

お前さんを鴨にすると、この街が焼き払われかねんからな、と笑いながら言うボールスさんは色々と教えてくれた。曰く、付けている値札から3から5割の値引き交渉はザラだとか、小さな構えの店こそ余裕がないところが多いから気を付けろとか、俺のところ以外だと信頼できる店主の店は…と何店舗か教えてくれたりとか。

だから、つい、聞いてしまう。

 

「どうしてそこまで教えてくれるんですか?」

「あぁ? まぁ、ロキ・ファミリアを相手に喧嘩を売るつもりはねえってのと…そうだな、期待の新人相手に恩を売るため、だな。贔屓にしてくれよ?」

 

先行投資って奴だ。どうせ、この街に、冒険者に慣れていくうちに知れることだからな、こんな安い情報で未来の一級冒険者様に恩を売れるなら海老で鯛を釣るようなもんだ! と豪快に笑うボールスさんに、僕はなんとなくこの人は良い人だ、と思ってしまう。

 

「だからって、必要以上に気を許すんじゃないわよ、ベル」

 

ちょうど戻ってきたアキさんに、しっかりと釘を刺されたけど。

 

 

 

「さて、じゃあレフィーヤ達のところに一度戻って、準備を終えたら下に行きましょうか」

「はいっ」

 

そうして、僕達はリヴィラの街を後にする。近くの丘へと登ると、そこには既に薬草採取を終えたのか何やらシートの上に葉っぱや茎を並べている2人の姿があった。

 

「あ、お帰りなさい、2人とも」

 

僕達が近付くと、それに気が付いたレフィが声を掛けてくる。

僕もそれにただいま戻りました、と声を掛けながら一度荷物を下ろす。

 

「ただいま、で、何してるの?」

 

アキさんの質問に、アミッドさんは黙々と動かしている手を止めずに答えを返す。

 

「薬草の仕分け、ですね。葉と茎で効能が違うものも多いので、分けて保管しておかないといけないので」

「ふぅん…これとこれ、分けてるけど何が違うの?」

 

そして、しゃがみながらシートの上に置かれている葉っぱを2つ手に取ったアキさんが更に尋ねる。それには、レフィが答える。

 

「左手に持っているものは、ポーションの原料になります。右手のものは良く似ていますけど、そちらは毒薬の原料ですね。故郷の森にも沢山生えていました」

「へぇ…」

「申し訳ありませんが、もう少し待って頂けますか? 後、そうですね、20分ほどで整理し終わると思いますので…」

「急ぐわけでもないし、今回はアミッドさんの依頼なのでそれは何も問題ないですけど…手伝えそうにはないですね」

 

僕が言葉を発すると、アキさんもうんうん、と頷く。

 

「全然見分けつかないから、下手に手を出したらぐちゃぐちゃにしちゃいそう。ベル、こっちで待ってようか。久々に手合わせでもする?」

「折角ですし、是非お願いします…今日は槍を使いますね」

 

そして、万が一にも2人を巻き込まないように距離を取って僕とアキさんは武器を構えた。アキさんとの手合わせは、結構久々かもしれない。

正統派の剣術とも言える、綺麗な戦い方をするアキさんの動きは色々と参考になることも多い。

 

 

 

丘の上に、剣と槍が衝突する甲高い金属音が響いた。




アキさん寝相悪い設定(自己解釈)
まぁ、猫人ですし多分悪いよね、と。

ベル、性的衝動はまだ薄いと言う情報を出していく。
まぁまだ13歳ですしね。

ベル、ボールスと知り合う。

ベル、アキと久々の手合わせ。


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80話 剣戟応酬

最初こそ、強く高い音が鳴り響いたがそこからの幾度かの武器のぶつかり合いを経て、金属音が鳴り止む。

互いに、会話しながらの“手合わせ“。

 

今回は趣向を変えようというアナキティの提案があったためだ。

 

始まったのは、回避と反撃の訓練。アナキティの攻撃を、あくまで武器を手放すことなく常に反撃できる体制を取りながら回避もしくは受け流し続ける。最後の一撃を反撃とし、それをアナキティに当てられれば合格という形だ。

 

要は、防戦一方の状況を打開するための訓練である。

アナキティの想定では、3手から5手の攻撃を凌いでの反撃を行うこと。

 

地を踏む音が、得物が風を切る音がひたすらに響く。

 

アナキティの直剣がまず、ベルに向かって袈裟斬りに振るわれた。ベルから見て左上から振り下ろされた真っ直ぐな太刀筋。

 

それを、ベルは一歩、振り下ろされた剣側に踏み込むようにして、剣の振るわれる軌道の更に外側へと入り込みながら躱す。

 

間合いを詰めつつ、自らの剣からは離れたところへの侵入者に対して迎撃するはその勢いと肉体を活かした回し蹴り。

 

アナキティの見せた回し蹴りは、ベート程の威力はないにせよ獣人の脚力を最大限に発揮した鮮やかな一撃だった。

 

剣の勢いは殺すことなく、むしろその振り切った勢いを身体の回転に使った一撃。並のLv2なら対応はまず不可能。Lv3でもあわや、と言うほどの威力を持っていた。

 

剣を振るうのに踏み込んだ右脚を軸にして、後ろに残された左脚を咄嗟に蹴りに使うその判断は、迅速だった。

 

「…ベートさんに比べ、ればっ!」

 

だがしかし、ベートと普段稽古をしているベルからしてみればそれはある程度見慣れた物。こちらも踏み込んだ勢いをそのままに、眼前に急速に迫る脚の更にその下へと潜る。ベルは内心、よし、と握り拳を作る。

 

「…っ甘いっ!」

 

だが、そんなベルを嘲笑うように、躱したと思ったアナキティの左脚は勢いを緩める。そして、身体を低く地に這わせるベルの目前を通り過ぎるように地に付けられ、軸足をその左脚へと即座に切り替えたアナキティが飛び跳ねるように右脚を上げ、ベルの背中目掛けて蹴り下ろす。

 

「げふっ!?」

 

体勢を整える間もなくその一撃を喰らってしまうベル。地面に蹴り伏せられ、肺が圧迫されて酸素が吐き出される。けほ、こほ、と咳き込むベルにアナキティは真顔でダメ出しをする。

 

「ベル、躱したと思って油断したでしょ。ちょっと甘過ぎるわよ。貴方の相手をしているのは誰だと思ってるの?」

「けほ、アキさん、です」

「そう、第一級には及ばないとは言え、歴としたLv4の冒険者よ? ベルが考えることなんてお見通しだと思った方がいいわ。それに、仮に相手の手が読み切れていたとしても後出しジャンケンをされて負けるくらい理不尽な存在が(レベル)が上の冒険者であり、常にこっちの想像を超えてくるのが(レベル)が上のモンスターだと思いなさい」

「えふ、はい」

 

それは、つい最近格上の冒険者を倒したベルには耳に痛い言葉。

 

「…勿論、貴方が成し遂げたのは充分な偉業。でも、それで満足するのも慢心するのも油断するのも驕るのも私は許さない…いえ、許せないわよ?」

 

それは、アナキティが持つベルへの期待の裏返し。

 

そしてベルは、そんなアナキティに対して恥じ入る気持ちがあった。

調子に乗っていた、というつもりはないし天狗になっていたつもりもない、けど。少し、現状に、自分の強さに、成長に、()()()()()()自分がいたのは確かだ、と。

 

「…もう一回、お願いしますっ!」

「何度でも来なさい、じゃあ、次はこれからっ!」

 

昨晩話していた、ベルのことを門前払いした男性冒険者。その人の話をしていたとき、ベートの話を思い返していたベルはなんとなく他人事のような感じだった。

ベル自身、今になってようやくその時の感情に気が付いたが、アナキティは手合わせの一瞬でそれを見抜いた。

 

なんとなく、緩んでる、と。

 

以前見せた貪欲さ自体は、失われてはいない。

だがそれでも、なんだか、どこかに気の緩みが見えるのだ。それが慣れなのか慢心なのかは判断がつかなかったけど、1度目の蹴りを躱した後の動きを見てアナキティはそれを慢心だと判断した。

 

しっかり躱した、それは褒めるに値する。

けど、その後、明確に動きが鈍った。恐らく躱したことに満足したのだろう。

 

故に、それを感じ取ったアナキティは全力で蹴りの軌道を修正し、2段目の蹴りを振るうことによってベルへと一撃を喰らわせたのだ。勿論、威力は抑えているが。

 

それは、Lv3ですらあの状態からなら対応できないだろうもの。

 

ベルの鼻っ柱を折るための一撃。

 

元よりベルも全力は出していた。罷り間違っても、手を抜いていたとかそういうことはない。そんなことをしていれば初っ端で手痛い“お叱り“だ。

しかしアナキティが引き出したいのは全力の()()()。自身のステイタスと技術では対応が難しい相手に対峙した時にどうするか、()()()()()こと。全力を超えること。鍛錬だからと言って、緩い、意味もないお遊びをするつもりなんてアナキティにはない。

 

言葉も合わせて効果覿面だったようで、そこからベルの動きは見違えた。油断や慢心は消え去った。

 

これは訓練だ、だからこそ本気でやる。ベルの顔に必死さが生まれ、無数にある選択肢を全て試して全て潰すと言わんばかりに技を、技術を試し、磨いていく。

 

実戦ならそんなことをすれば死んでしまう、そんな行いもここではアナキティに咎められるだけだ。だから、ベルは形振り構わず試していく。

 

教えられていないこと、やりたいと思ったこと、なんでも、なんでも試す。アナキティのお眼鏡に叶えばそれはまずは形だけ通され、助言を施され、洗練されていく。論外なものに関しては、きつく咎められ、通用しないことを身体に教え込まれる。

 

蹴り伏せられ、叩き伏せられ、次第にボロボロになっていきながらも、ベルの動きは衰えるどころか洗練されていった。それは、まさに磨かれ、研ぎ澄まされるかの如く。

 

一応フィン主導の元でメニューが組まれているとはいえ、細部に関しては結構バラバラに鍛錬されているフィンの、リヴェリアの、ベートの、ティオネの、ラウルの、そしてアナキティの教えを。纏めて束ねて一本化して、ベルに合うようにチューニングしていくかのような行為。

 

ベルが無意識のうちに行なっていたそれを、アナキティは自覚して行うようにさせたのだ。これでまた、一歩強くなる。アナキティはベルとの手合わせにLv3中位の冒険者と遜色のない手応えを感じながら、笑みを深めていった。

 

だがそれでも、経験不足なのはまだまだ否めない。こればっかりは時間をかけないとどうしようもないかとアナキティはベルの成長ペースを思い返しながら羨ましいなぁ、と溜息をついた。

 

が、しかし、これ程までの成長に繋がったあの鍛錬を、同じLvの頃に自分がやり遂げられただろうか。と、そう思い返して頭を横に振った。無理、無理、強くなる前に死んじゃう、と小さく口に出しながら。

 

 

 

「…今のは、惜しかったわね」

 

冷や汗をたらりと流したアナキティが、ベルに言う。

 

そろそろ疲労が見えてきた頃。アナキティの水平斬りから始まった一連の流れ。槍を添わせるようにして跳ね上げながら受け流した後、アナキティが剣を振り切った側への飛び込み。

 

先程までの流れの中では、剣から遠い方に逃げた方が良いと思っていたベル。それに対して、アナキティはその考えを打ち砕くように握りを持ち返して神速の切り返しを見せた。瞬く間に威力を伴って迫ってくる刃を見て、ベルは失敗を悟った。

 

それを学習したベルは、剣の近くに飛び込むことによってアナキティに剣を満足に振るわせないことを選択した。

 

飛び込んでくるのを確認したアナキティは、ベルの思惑通り剣を振るうことを放棄し、左片手へと持ち替えた。

 

そして、右手の掌底をベルへと放ち距離を取ろうとする。ベルが無理にその場で踏ん張り、留まろうとすれば剣を振るのに十分な間合いを得て、再度ベルを斬り伏せられるように。

 

だがしかし、それを予測していたベルは受けた掌底を吸収しながら自ら後ろに飛び退き、距離を取り、剣の間合いから離れた。

 

仕切り直しになった直後。左片手に剣を持ち、掌底を放ったところから両手で剣を握り直すアナキティに真っ直ぐベルが突っ込む。斬ってください、と言わんばかりの行動にアナキティは不審に思いながらも、斬るしかない。先程とは逆水平に剣閃を奔らせるが、ベルはそれにまた槍を添わせ…()()剣が伸び切ったところに三叉の槍を絡めさせる。

 

丁度、振り切るために力を入れ始めたところに両手で持たれた槍で壁を作られた格好だ。アナキティは膂力で押し返そうとするも、ベルはそれを感じ取った瞬間に脱力する。力の流れに逆らわずに左方向へとステップを刻み、アナキティが振り切ったところでいまだ絡んでいる槍の穂先を跳ね上げ、片手を手放す。

 

あ、とアナキティが洩らした瞬間。がら空きになった胴体にベルは反撃の掌底を繰り出そうとして…硬直した。その直後、アナキティがてい、とベルの頭にチョップしたことでその流れは終了する。

 

「ぁだっ」

 

そうして、情けない顔をするベルに先程の言葉を言ったのだ。

 

 

 

「なんであの場面で固まったのよ。どこか捻った?」

「あ、いえ、そう言うわけではありませんけど…」

 

疑問を投げ掛けるアナキティに対して、ベルの目線は不自然に下げられている。アナキティの目とベルの目が合わない。

 

「はっはーん…」

 

そんな様子のベルを見て、私、わかっちゃった、と言わんばかりのアナキティにベルがビクリと肩を揺らしながら気不味そうにする。

 

だがしかし、ベルが数多読んできた本の中ではこういう時は大抵勘違いをしてくれているものだ、という今のベルにとって神が救いの手を差し伸べたかのような展開も数多くあった。

今回もそうであれ、と願うベル。

 

そう、女の子相手に手は出せないとか出来ればそういう勘違いを、と。

 

だがしかし、今回ばかりは哀れな兎の祈りは天に届かなかったようだ。

 

そもそも、戦争遊戯においてダフネ・ラウロスという美少女に属する人間をあそこまで思い切り、それも鳩尾と頭を蹴り飛ばした存外酷いことをあっさりとする兎に対してそんな勘違いをする人がいるとは思えないが。

 

「なになにぃ? 触るの躊躇しちゃったの?」

 

そして、この猫、そんなベルの心情を知ってか知らずかニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべながらノリノリで煽り倒す。

わざとらしく、胸を強調しながらのこの発言だ。

 

ベルは、顔を熟れたトマトのように真っ赤にした。

 

 

 

 

 

とっくのとうに薬草の仕分けを終えた2人は、本末転倒ではあるが、時間潰しに鍛錬を始めた2人に対する時間潰しとして更なる作業を行なっていた。が、それもとうとう終わってしまった。

 

少しの間、手合わせの様子を傍観していたがそれを始めてからもそれなりの時間が過ぎた。

 

そろそろ止めようと思い声を掛けようとするも、迂闊には近寄れない。

 

アミッドの目では2人の動きは追えないし、レフィーヤもかなりギリギリだ。それに、ベルが頑張っている。邪魔をしていいものだろうか、という遠慮の心が湧いていた。

 

だがしかし、冷静に考えれば今回の探索はアミッドの依頼によるものである。

 

そんな中で、あの冷静に見えて熱血な猫と配慮ができるように見えて前しか見えていない兎は何をしているんだと思い至ったレフィーヤは全身全霊で叫ぶ。丁度、何故かわからないが動きも止まったようだから、と。

 

「もう、2時間も経ってますけどぉ!?」

 

猫と兎は、揃ってレフィーヤを見た。

その顔は、えっ、と、雄弁に告げていた。




凹まない程度に定期的に叩かれるベル君。

性格的にMっぽいからそれで負けん気を出して頑張るタイプです。


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81話 大樹迷宮

章管理、以前の間話の削除を行ったため総話数が2話ほど減りました。
そのため、しおりを挟んでいただけている方の中で、話数が合わなくなってしまった方がいるかと思います。申し訳ありません。


急に声を掛けられて呆けた顔を見せて固まった僕とアキさんの元に、呆れた顔のレフィが更に近寄ってくる。

 

何となく、そう、本当に何となく、吸い寄せられるようにレフィの顔から少し下へ視線が行ってしまいそうになるのを、全力で抑える。

 

うぅ、アキさんのせいで変に意識してしまう…僕、少し前に見ちゃったんだよな…レフィの…だ、だめだ、ダメダメ、そんな不埒なことを思い浮かべるなんて。

 

あれは事故なんだし、レフィのためにも忘れるべきだ。うん、記憶から消した、消えた消えた。小振りで綺麗な2つの果実なんて僕は知らない。知らないったら知らない。僕は何も見ていない。

 

お爺ちゃんの唆す声なんて一切聞こえない。僕のお爺ちゃんはあれだ、お婆ちゃんを一途に愛した紳士的で素晴らしい人だったに違いない。そうに決まってる。

 

今回は努力の甲斐あってかアキさんにもレフィにも悟られることもなく、自然とレフィの顔に目を向けることができたようだ。

 

「依頼中に、何をそんなに本気で鍛錬してるんですか…まったく」

「あはは…すいません、つい熱中しちゃって」

「ごめんごめん、そっか、もう2時間も経ってたかぁ…」

 

アミッドさんも遅れてこちらへと来て、僕に質問を投げ掛けてくる。

 

「ベルさん、貴方はいつも先程のような密度の鍛錬をこなしているのでしょうか…?」

 

そう言えば、アミッドさんは僕の動きを見たいと言っていたな、とそれを聞いて思い出す。おそらく、今の鍛錬の動きを見るのはその目的に適うものだろう。だから、聞かれたことには大人しく答えることにする。

 

えっと、鍛錬の密度…って言うと

 

「…そうですね、ベートさんの鍛錬の時は今と同じくらい…いや、少し厳しいかな…で…ティオネさんはもう少し身体には優しいです、熱くなり出したら、僕が倒れるまで続きますけど…。リヴェリアさんとの鍛錬は魔法に関するものなので身体はあまり動かしません、代わりに、精神疲弊ギリギリまで魔法を使うことになりますが…フィンさんには肉体的にも精神的にももっと追い詰められますね」

 

あ、そうだ、後、ラウルさん()優しいです。

 

つらつらと他の人から受けている鍛錬の度合いを答えて行き、最後にそう言った瞬間に横に立っていたアキさんの尻尾がバシンと勢いよく僕に叩き付けられた。

 

痛くはないけど、なんなのだろうか。前にも尻尾を擦り付けられたことがあるけど、何かしらの意味がある行動なのかな?

 

何かのアピール…とかそんな感じっぽいけど。猫人族の人なら分かるだろうし今度アーニャさんとクロエさんに聞いてみよう、と、そんな考えを頭の片隅に置く。

 

まぁ、ともかく、聞かれたことに関して僕の主観で伝えるとアミッドさんは珍しく顔を少しひくつかせた。

 

「…私のベルさんに対する認識が低く、かつ、他の方々の良識を疑うことをしなかったせいでしょうか…? 経過はあまり聞いていませんでしたが、ここまで無茶な鍛錬をしているとは…いや、でも、その割には肉体的な疲労がそこまで残っていないというのは…ベルさん、迷宮から帰ったら少しお話があります、詳しく聞き取りを行いたいので、時間をいただけますか?」

「え? あ、は、はい」

 

何やら、面談が行われることが確定したようだ。何だろう、エイナさんに説教される時のような印象をアミッドさんにも覚えた。これは…うん、逆らえない感じだ。

 

 

 

夢中になって気が付いていなかったけど、鍛錬によって、特に僕の身体は汗と泥に塗れてしまったので、僕とアキさんの2人が水浴びをしてから探索を再開することにした。

 

しかし、アキさんもあれだけ動いていたはずなのに汗ばんでる程度なのは…やっぱり実力の差は大きい。

 

 

 

僕は、丘の近くを流れていた小川でレフィにかなり遠目から見張られながら水浴びをしていた。少しでも林に近付こうとしたら撃ちます、と警告されて魔法を用意されつつ。

 

アキさんは、僕がいる川の上流側、林を少し入ったところにあるという小さな湖で水浴びをしているらしい。

 

最初は、あの後も僕を執拗に念入りに弄ろうとしてきたアキさんが僕に一緒に水浴びする? なんて誘ってきたけれど、レフィが羞恥と怒りを発してアキさんに詰め寄り、アミッドさんは苦言と良識を呈してアキさんを黙らせていた。

 

ちょっとありがたかった。

 

特に、僕の方に矛先が向かなかったところが。

 

 

 

「…さて、じゃあ行きますかー」

「ベルは初めてですから驚くかもしれませんが…迂闊に先走ったり、下手に動かないでくださいね? 19階層からは毒を持つモンスターや罠も増えますから。アキさん、お願いします」

「はいはーい、前は私に任せてね」

 

水浴びも片付けも終え、もうすでに地上なら太陽が高くなっている頃にようやく探索を再開することが出来た。丘を降り、少し歩いて辿り着いたのは19階層へと続く道。

 

おお、と僕が少し気分を高揚させながらその先を覗き込んでいると、軽い調子でアキさんが前に立つ。

 

つい、アキさんの顔を疑問に思いながら見る。今回はアキさんは後ろにいるのでは? と問うように。

 

すると、ここから先は流石に危ないから私に任せなさい、と先程までのやり取りの中で浮かべていた悪戯っ気な顔とは打って変わって、貴猫の二つ名に相応しいような真面目な顔で僕に言い聞かせるようにしてくる。

行動とか雰囲気は可愛いって感じのことが多いけど、こういう姿を見るとやっぱりこの人って綺麗だよなぁ、と強く感じてしまう。

 

というより、ロキ・ファミリアの女の子って基本的に可愛い子、綺麗な子が多い…というか多すぎる気がする。ロキ様の趣味かな。ロキ様の趣味なんだろうな…。男女比も明らかに偏っているし。

 

「ベルさん、ここから先は17階層から上とは全く違う世界が広がります。慣れていないうちは、熟練者の先導に従わねばまともに探索することすら難しいのです」

「そうですよ、それにベルはスカウトとしての経験は全くないんですから。悔しいと思うなら、色々と覚えなきゃいけませんよ? うちで言うなら…やっぱり、獣人の方々が上手ですね。エルフもこの辺りの階層だけならそれなりにできる人も多いですけど…種族的に、森や林は庭みたいなものですからね」

 

そんな関係ないことを考えていた僕に、補足するように2人から言われる。

 

確かに、全くの未知の階層の先陣を切れる気はしない。と言うより、多分罠という罠に引っかかってしまいそうだ………僕の取得した発展アビリティ、いったいどういう効果なんだろうか。幸運らしいところを実感した記憶がないんだけど、まさか幸運の効果がある上でこれなのかな…。

無かったらもっともっと酷い目に遭ってた…?

 

いや、とりあえず発展アビリティのことは忘れよう。今度、誰かわかりそうな人に教えてもらうことにして。

 

それならと、僕は最後尾に着く。まず、今回はアキさんの動きをしっかり見て覚えて…リヴェリアさんから座学では色々と教えてもらっているんだから、それを実践に活かせるようにしないと、と。

 

意気込んで、19階層へと進む。

 

 

 

そこは、大樹が行手を阻む、天然の迷路だった。

 

 

 

「まぁ、初めて見たら驚きますよね」

「す、凄いですね…」

 

 

 

ほわ、と、口を開けて固まる僕にレフィが分かります、と言いながら説明してくれる。

 

「ここからは、大樹の迷宮と呼ばれています、ギルドが定める到達基準はLv2で、ステイタスがD以上…つまり、Lv3への切符を手にしている冒険者が来るような場所です。ベルは…知識と経験以外は大丈夫ですね」

「知識と経験は…その…」

 

そのレフィの言葉の影に、けして勉強を疎かにしているわけではないけど戦闘鍛錬に偏っている今の僕を少し咎めようとする空気を感じた。

それに気が付いた僕は言い訳をしようとするも、何も言葉が出てこない。実際、知識をつけるより鍛錬する方が今の僕には楽しくなってしまっている。

 

「遠回しに言わなくても良さそうですね。そろそろ本格的にお勉強、始めないといけませんよ? 戦闘が強いのも勿論大事ですけど、冒険者として生き残るためには知恵も必要です」

「はい…頑張ります」

 

そして僕は、言質を取られることになる。

これが、リヴェリアさんによるマンツーマン座学を開始させることになるとは知らずに。

 

 

 

その後は、3人に時々説明されながら迷宮を進んでいく。

至る所に生えている植物のこと、出現するモンスターのこと、エトセトラ、エトセトラ。

そんな中でも、僕達を先導するアキさんの姿をじっくりと観察する。

 

「…ベル、何でそんなに疲れた顔をしているんですか?」

「あ、いや、何だろう…なんか見ていて疲れちゃったと言いますか…真似できそうになくて、ちょっと色々と凹んじゃったと言いますか…」

 

しかし結局、アキさんの動きを見て真似ることは全然できなかった。と言うより、動きが機敏すぎる。

 

これ、人間種族じゃどう足掻いても真似できない類の動きだと思う。速度だけなら何とかなるのかもしれないけど…何だろう、本当に動物のようなしなやかな動き。

 

 

 

途中、何度か現れた熊のようなモンスターは僕でも十分に対処できる相手だった。素早いのに、ミノタウロスみたいに力強い敵。バグベアーというらしい。

 

キノコみたいなダークファンガスというモンスターは、毒をばら撒くからとレフィが遠くからアルクス・レイで抹殺している。アキさんの索敵に従って、見つけた瞬間に。

 

そんな風に森の中を進んでいく。その最中、アキさんはずっと縦横無尽に走り回って罠や毒、危険な植物なんかを取り除き、危ないところは僕達に注意を促し、索敵し、敵を屠っている。

 

これがLv4冒険者の力か…と言うものを、まざまざと見せつけられているような感覚だ。だけど、この動きを、だからといってLv5、Lv6の人達が出来るとは思えないのが不思議だ。

迷いなく進み、範囲の広い正確な索敵。そして、僕達が罠に掛からないようにする手腕。

 

ティオネさん、ティオナさんなら意に介さずに罠を受けながら進んでいきそうだし、アイズさんもそれに近いことをやりそうだ。

ベートさんも全て回避していくだろうし、あれで意外と気配りができる人だからアキさんのようにできないことはないだろうけど…多分、性格的にやらない。

 

ガレスさんも罠ごと踏みつぶすように全て受け切るだろうし、リヴェリアさんは…焼き払うか凍り付かせてしまうのかな。いや、あの人も森の民、ハイエルフだし意外とすんなり進んでいくのかな? うーん、でも、リヴェリアさんがちまちまと罠を潰しながら進んでいく姿はあんまり想像できない。

 

フィンさんは正統派の探索者のようにそれぞれに対応しながら通っていきそうだけど…そう考えると、武闘派は沢山いるけど探索者らしい探索者って意外と少ない?

 

うん、アキさんから学ぶことはまだまだ多そうだ。

 

少なくとも、真似できる範囲だけでも貴重な光景を見ることが出来ているに違いない。

 

 

 

そんな風に、種族の違いによるものだから仕方がないと思いつつも羨ましく思っていると、アミッドさんが僕に向かって言葉を放つ。

 

「ヒューマンは、基本的に種族的な性能で言うと高くありませんからね。悩んだり、他種族を羨ましく思う気持ちはわかります。良く言えば万能。悪く言えば器用貧乏。実際、高位の冒険者になるとヒューマンの割合はかなり減りますからね」

 

確かに、そう言われるとロキ・ファミリアでもLv6の三人は小人族、ハイエルフ、ドワーフ。

Lv5でようやくアイズさんがヒューマンだけど、後はアマゾネスが二人に狼人、Lv4もラウルさんとナルヴィさんがヒューマンだけど後はエルフ、猫人、犬人…だったかな。他にもいただろうか。

 

「今だと、アイズさんがオラリオにいるヒューマンで最も強いんではないかと言われているんですよ。フレイヤ・ファミリアにはヒューマンの一級冒険者は所属していませんからね」

 

そして、レフィがフレイヤ・ファミリアの幹部陣を教えてくれる。

 

フィンさんに次いで強いというガリバー兄弟という四兄弟の小人族、炎金の四戦士(ブリンガル)

ベートさんより速いという、都市最速の猫人、アレン・フローメル。女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)

強力な魔法を使うエルフの魔導士ヘディンに、黒い剣を扱うダークエルフの剣士ヘグニ。

 

そして、都市最強、オラリオで唯一のLv7、猪人の戦士、猛者(おうじゃ)オッタル。

 

僕の耳に止まったのは、二人。

 

「アレン…フローメル?」

 

ぽそりと口の中で呟く。フローメルと言えば、アーニャさんも同じ姓だけど…種族も同じだし兄妹なのかな。

 

それから、猛者(おうじゃ)オッタル。都市最強の猪人…もしかして、鍛錬中に見かけた猪人の冒険者の人、そうだったのかな。うん、確かに強そうだったけど、そんなに強かったんだ、憧れるなあ…やっぱり、筋肉って大事なんだろうか。あの人も凄い身体をしていたし。僕も鍛えれば身長だってもっと伸びて、男らしくなれるかもしれない。うん、今日から夜にトレーニング、頑張ってみようかな。

 

話を聞いている中で、僕はひっそりとそんな決意をした。




【朗報?】ベル、少し意識するも捻じ伏せる
【朗報?】ベル、筋トレ開始を決意
【朗報?】アミッドさんによるOHANASI確定


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82話 大樹迷宮(2)

「さて、ベル君、お説教があります」

「はい…」

 

僕はアキさんの前で肩を落としていた。

 

アキさんの横には私、怒ってます! という言葉を身体中から発しているように感じるレフィに、怒りを内に秘めているであろうアミッドさんの姿。

 

しょんぼりと肩を落とす僕の前にいる3人の女性。

 

僕が探索中に注意散漫になり、あわやという危機に陥ってしまったことに対する説教が始まった。

 

 

 

それは、23階層での出来事。

 

「ベルっ、右からモンスター来るよー!」

 

ことの発端は、1匹のモンスター。アキさんが前から飛ばしてきた声に反応して右を見ると、そこには独特な色味をしたモンスターがいた。

 

「はいっ! …兎?」

 

それは、まさに兎のような見た目で、僕は一瞬気持ちを削がれた。

しかし、モンスターには違いないと武器を構え直したところでレフィが僕に説明してくれる。

 

「メタルラビットですね、少し硬い相手ですが…ベルの槍なら問題ないはずです」

「わかりました、行きます!」

 

そして、それを信じて僕は背中の槍を抜き放ち、メタルラビットへと突き掛かる。

結果、多少の抵抗は感じたけど無事に傷を負わせることに成功した。

だがしかし、手負いになったメタルラビットは、その脚を翻し…一目散に逃げ出そうとした。それも、アミッドさんの方に目掛けて。

 

「あっ、待てっ!?」

「ちょ、ベルっ!?」

 

追いかけ出した僕を見て、メタルラビットは進路を変える。アミッドさんの方に一歩飛び跳ねたところから、90度ターンを決めるように左へ飛び込んでいく。草深い、木々が立ち並ぶ方へ。

 

ぴょん、と木陰に飛び込むメタルラビット、それを追って飛び掛かる僕。

 

レフィの慌てた声を背中に受けながら突っ込んだ先は…急な斜面になっていた。

 

あると思っていた地面はそこになく、身体がふわりと浮く感覚。地に着くと思って下ろした脚は、脳内の感覚とズレが生じて力が抜け、ガクリと膝が崩れる。あ、と思った時には遅く、僕の身体は落下を始める。

少しでも落下によるダメージを少なくしようと身体の向きを空中で入れ替えて背中を下に向けると、メタルラビットが上を向いた僕の瞳に映る。

 

先に飛び込んだメタルラビットは、その斜面ギリギリの木の後ろにいて、こちらを見下ろしていた。なんだか、「うわ、あいつ、間抜けだな」と馬鹿にされているようにも感じるその澄ました顔に若干の苛立ちを覚えながら………僕は、背中を地面に叩きつけ、そのまま転がり落ちていった。

 

「うぎぃっ!? あ、あぁぁおぁぁぁおおぉぉぉぉおぉ!?」

 

一瞬で息を全て吐き出させられるかのような衝撃が身体に響く。

その後も、身体を全くコントロールできないまま斜面を滑り、転がり、落ちていく。所々にある木の幹や木の根に身体がぶつかり、なんとか掴もうとするも苔が生えていたり木々が腐っていたりと、滑ったり、掴んだところが折れてしまったりして止まることができない。

 

「うぐっ、がぁっ!?」

 

そして、最後。落ちて落ちて辿り着いたそこには巨樹が聳えており、僕はその幹に身体を思い切り叩きつけられることでようやく止まることができた。

 

「はっ、げほっ、ふっ、はぁ」

 

吐き出し続けて空っぽになった肺に空気を取り込み、必死に酸素を身体に回す。全身に切り傷、擦り傷、打撲、色々な怪我を負い、熱く感じるところもあれば冷たく感じるところもある。

 

血もかなり流れており、まだまだ酸素の回り切ってない頭でも危険な状態だと認識する。

 

今、現状で分かる限り右腕と左脚は折れている気がする。それから、肋骨も何本か…右眼が霞んで見えるから、恐らく眼の近くを怪我しているんだろう。

 

立ち上がることもできそうにない状態だ…みんなが助けに来てくれるのを、待つしかない。

 

ただ、落ちている時のことは全然認識できていないけど、目の前に広がる光景と落ちた時間を考えると…かなり深くまで来ている気がする。

 

「と、りあえず…ポーション…は、割れてるか…ぐぅ…」

 

少しでも回復しようと、腰のポーチに入れていたポーションを確認するもそれらは全て無残に割れていた。どうしようか。あぁ、そうだ。

 

「…リューさんに感謝しないと……………レプス・オラシオ………………ノア・ヒール」

 

そして、ゆっくりと身体が癒されていく中で僕は意識を失った。

 

 

 

目を覚ますと、昨日買った天幕の中に僕はいた。

全身の怪我は癒されており、傷一つない状態に戻っていた。それでも、なんとなく身体がふらつくというか、頭を揺さぶられているような感覚が残っている。多分、頭を何度もぶつけたせいだとは思うけど。

 

「う、げほっ、けほっ」

 

身体を起こそうとすると、咳き込む。喉が渇いている。

その音に反応したのか、天幕の入り口が揺れる。

 

「…ベル、起きたんですか?」

「は、はい」

「喉、渇いてますよね。少し待っていてください、お水を持ってきますから」

 

ひょこり、と覗く長い耳、山吹色の髪。

 

レフィが、顔だけを隙間から出して声を掛けてくれた。

僕の様子を見て求めているものが丸わかりだったのか、足音を立てながら少し離れたところまで歩いて行き、戻ってくる。

 

「本当に危ないところだったんですよ…アミッドさんが居て良かったです。今回はエリクサーも持ってきていませんでしたから」

 

次は、中まで入ってきたレフィがコップに水差しから水を注ぎながら言う。

 

受け取ったお水を一口、また一口とこくり、こくりと飲む。

 

「先も確認しないで飛び込むなんて…迂闊に先走ったり、下手に動かないように言ったのに」

「ごめんなさい…」

 

心底呆れたかのようなレフィの声に、心の底から謝罪する。

 

「まぁ、結局私は何もできませんでしたから…貴方を探し出したアキさんと、回復魔法を使って頂いたアミッドさんには深く感謝してくださいね」

「お、ベル、起きたんだ」

 

そんな風にレフィと話をしていると、アキさんが先程のレフィのようにぴょこりと顔を出す。

 

「あ、アキさん。その…ごめんなさい、それから、ありがとうございました」

「んーん、気にしないで。よくあること…とは言えないけど、事故だからね。無事に見つけられて良かった」

「…その、手間も迷惑も苦労もかけさせて…」

「まぁ、それはそうだけど…きつく咎めたり理不尽に怒ったりはしないよ。あ、でも、アミッドさんも来たことだし、ちょっとお話し…いや、そうだね」

 

 

 

丁度、2人が入ってきたのを見たのか遅れて入ってきたアミッドさん。それに気が付いたアキさんが、僕の方を見ながら言葉を続ける。

 

そして、冒頭の言葉へと戻る。その後、僕はただひたすらに謝り続け大人しく説教を聞き、意気消沈としたまま1日を終えた。

少し、ほんの少し周りに警戒して、注意していれば気が付けたことだ。

 

朝、アキさんに何度も叩き伏せられて油断や慢心は消し去ったつもりだったけど、つもりでしかなかったんだろう。自覚はしていないけど実際にはあっただろう、僕ならできると言う変な自信があの無茶な暴走に繋がったのかもしれない。

 

明日からは、より一層気を引き締めないと…こんなことじゃ、みんなと一緒に遠征で深層に行くなんて夢のまた夢だ。ステイタスがあっても、Lvがあっても、知識がないんじゃ危険過ぎる…そう、骨身に応えた。

 

 

 

そんなアクシデントがあったものの、明けた次の日、僕達は順調に探索を進めていた。まぁ、僕が落ちてきてしまった地点から正規ルートに戻っているだけではあるけど。

 

道中では巨象のモンスターや鹿のモンスター、蜂のモンスターなど、自然界にいる動物を模したモンスターを数多く見ることができ、それぞれへの対処法をアキさんに教えてもらいながら何度かは自身の手で討伐した…以前のヘルハウンドの時よりアキさんの動きが分かるのは、成長なんだろうか。

今回もほとんど、先手必勝的な教えばっかりだったけど。

 

ただ、少し腰が引けていると指摘された。慎重に…と及び腰になっていたのを見抜かれたんだろう、難しい…。

 

そんな僕を見て、巧遅拙速、と言う言葉をアミッドさんが教えてくれた。巧いけど遅いのと、拙いけど速いの。

 

個人的な意見ですが、と前置きした上で、時と場合によるから見極める力をつけた方が良い、というアドバイスをされた。

 

色々と学ぶことが多い…絶対的に経験値が少ないから、もっともっと経験を積めば慣れてくることもあるんだろうけど、頑張らないと。

 

 

 

決意をしながらも、相対するモンスターにおっかなびっくりな状態が続く僕にアキさんは懇切丁寧に対処法を授けてくれる。

 

ようやく戻ってきた、昨日落ちた地点で身体が無意識に震える。運が悪ければ僕はここで…と思うと、血の気が無くなっていく錯覚を覚えた。今になってよく辺りを見ると、木々が薄いところからはその先が崖のようになっていることがわかる。

 

なぜ、昨日の僕は気が付かなかったのかとも思いつつ、崖を見ていると気分が悪くなり、身体が震えてきたので、努めてそちらを見ないようにしてそこを抜ける。

 

これ、トラウマ…みたいになっている気がする。

 

 

 

そんなこんなでゆっくりとしたペースで探索を進めてとうとう24階層、中層の最下層へと辿りつく。

 

今回は用事もなかったので戦闘は行わなかったけど木竜…グリーンドラゴンというモンスターを遠めに見に行くことになった。見事な大樹の前に鎮座する荘厳な竜。

 

レフィ曰く、この中層で最強種だそうで…多分、上層のインファントドラゴンのような存在なんだろう。今の僕の精神状態では、とてもじゃないけどまともに戦える気もしないほど、強大なモンスターに見えた。

 

 

 

そして、ようやく足を踏み入れた25階層。

24階層までの大樹の迷宮も凄かったけれど、更に一段と幻想的な光景がそこには広がっていた。

 

中層と下層を繋ぐ道から既に見えたのは、巨大な滝。

エメラルドブルーの、非現実的で壮大で、逸話の中の存在のようなそれに目を奪われる。

 

それに目を取られて暫しの間気が付かなかったけれど、空を飛び回る翼を持った生物達。ハーピィと呼ばれる、有翼人型のモンスター。

まさに、英雄譚の中にいるかのようなその光景に見惚れて固まる。

水がキラキラと反射しているその光景は、酷く魅力的だった。

 

上層が洞窟だとすると、中層は密林、木の世界。

 

そして、この下層…新世界と呼ばれ、ランクアップを果たした冒険者達のみがまともに探索できるここは、まさに水の世界だった。

 

 

 

怖気付いていた気持ちはそのままに。

熱い、好奇心と探究心が顔を出す。

 

怖いけど、知りたい。その感覚は、とても心地良いものだった。




ベル君にはこの辺りで慎重さ、というものを持ってもらおうかなとこんな話にしました。でも、女の子を助けるためなら秒速で忘れそうですねこの(自覚なし)女好き兎君。

なお、ここで筆者の指が勝手に動いてベル君がまだまだ懲りない性格だったらグレートフォールに叩き込んで死に掛けのまま27階層へ突入、アンフィスバエナ戦or更に深層行きになっていたかもしれません。いえ、流石に今回はしませんでしたが。今回は。

現在仕事が多忙のため投稿、少し間が空くと思います。

追記:お気に入り2400件超え、評価者100人超え、ありがとうございます、励みになります。もう少しで総合評価も4000Pt達成できます、感謝感謝です。


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83話 大樹迷宮(3)

暫し、僕はその光景にうずうずとしながら見惚れていた。

 

「よし、目的の25階層も見たことだし、帰りながらアミッドさんの依頼を果たすとしましょう。ベル、気持ちはわかるけどそろそろ行くわよ」

 

そこに掛けられたアキさんの声を聞いて、後ろ髪を引かれる思いで振り返る。

 

「…はい」

 

だけど、声には如実に現れていたようで。

その声を聞いて、僕の後ろにいた3人が少し呆れるような、けど、微笑ましいような顔になる。

 

「そんな残念そうな顔しないの。ベルなら、近いうちにまた来れるわよ」

「そうですよ。ファミリアの遠征に参加すればもっともっと深い階層まで降りるんですから、嫌でも通りますからね」

「…ベルさんなら、すぐにここに来れる程の冒険者に成長するでしょう。今は、流石にまだ早いでしょうけど」

 

そして掛けられた3人の声は、僕を慰めるような声で。

きっと、僕が今にも行きたそうにしているのがわかったのだろう。

でも、それが分不相応で危険だというのは、僕が一番わかっている。

24階層までですら、アキさんの先導がなければ危険だったのだ。それに、アミッドさんがいなければ、アキさんがいなければ、あの傷は死んでもおかしくなかった、

ここから先は、今の僕にはまだ早い。

 

「はい」

 

だから僕は大人しくその景色に背を向ける。

 

いつか必ず、またここに来ると誓って。

 

 

 

それからまた日数をかけて、降りて来た道を戻りながら沢山の薬草や木の根のようなもの、色々な薬の材料らしきものを採取していった。

帰りは、僕がサポーターの役目を担いアキさんに色々と教えられながら。道中、アミッドさんとレフィからも薬草や素材の話を教えてもらう。

 

あまり縁がない話と思っていたけど、実際、Lv2.3の冒険者だと戦闘でモンスターを倒すばかりでなく、採取クエストなんかも重要な金策となるらしい。

 

特に偶然見つけることができれば一攫千金の素材なんかもあるそうで、そういう活動をしてお金を貯めて上位の道具や武器防具を揃えていくのが普通なんだとか。

 

まぁ、ベルはそんなにいい槍と鎧を持っていますから、お金はそんなにいらないかもしれませんけど、とレフィにぼやかれた。

なんでも、魔導師も意外と装備にお金がかかるらしい。いつもお金には悩んでいるのだとか。

 

言われて思い返してみれば、僕の装備…

 

槍、フィンさんからの贈り物

短剣、2本とも武器庫から貰った物

鎧、フィンさんからの贈り物

火精霊の護符、アキさんからの贈り物

戦闘衣、レフィからの贈り物

 

全部、貰い物だ。

 

 

そんなやりとりがありながらも、アミッドさんの採取した素材をしっかりと保管し採取中は周囲の警戒を行い、索敵に関してもアキさんからコツを教えてもらった。

 

一部、やっぱり人間種族にはない独特な感覚を見せ付けられたけど、出来ないものは仕方がない、他で補おうと色々と模索した。

まだしっくりと来るものはないけど、それでも、何かは見えてきた気がする。

 

今回の探索で僕はかなり成長することが出来たと思う。ステイタスの数値に現れるようなものではないけれど、知識や経験面でかなり貴重な体験ができた。

 

 

 

「…それでは、これで依頼を完了とさせていただきます、ベルさん、それにお二方もありがとうございました」

「こちらこそ、いい経験をさせて頂きました、ありがとうございます」

「いい機会だったし丁度よかったから、私達にとっても渡りに船だったしね。何より魔法まで使ってもらって、こっちがお礼を言わないといけないくらいだわ」

「そうですね、アミッドさん、今回はありがとうございました。また、機会があればご一緒しましょう」

「ありがとうございます、あまり、時間を取れる身でもありませんが、もしそのような機会があればよろしくお願いします…それで、ベルさん。今回の依頼の報酬なんですが」

 

一週間という日程を経て迷宮から出た僕達は、バベルの前の広場で別れを惜しんでいた。

 

そんな最中、アミッドさんが特に取り決めていなかった報酬の話を僕に切り出す。その言葉に、僕は固辞する。

 

「ほ、報酬なんて頂けませんよ! むしろ助けてもらってばっかりで…」

「それとこれとは話が別です、成果には報酬を払わなくてはいけません。私は当初の目的以上に多量の素材を得ることが出来ましたから…そうですね、実は帰り道の18階層の野営の際にレフィーヤさんとベルさんが夜、二人で話しているところを見かけたのですが「「えぇっ!?」」…その後の魔法の鍛錬の様子を見るに、恐らく、貴方の魔法は他者の魔法を吸収して扱うことが出来るのではないですか?」

 

帰りにも18階層の丘の上で野営を行っていたんだけど、実は、中々寝付けなかった僕は天幕から外に出て、草むらに寝っ転がってぼんやりと天井を眺めていた。

そこに、同じく眠れなかったというレフィが来たから二人で話していたんだけど…まさか見られていたなんて。いや、特に大した話はしていないからいいんだけど。僕が落ち込んでいると思ったのか、レフィが過去の失敗談や死にかけた話をしてくれたくらいだ。

 

ただ、アミッドさんが近くに来ていたということにはまったく気が付かなかった…その事実に驚く僕とレフィをスルーしながら話を続けるアミッドさん。

そして、その内容。僕の魔法に対する理解は正鵠を射ていた。

 

「そ、その…それは、あの」

「…まあ今更隠すことでもないんじゃないですか?」

「うんうん、あれだけ派手にお披露目したんだから魔法くらいはね」

 

それに口籠った僕、言ってしまった良いものかという逡巡にすぐさま2人が話してもいいんじゃないかと後押ししてくれる。

 

「そ、そうですよね…確かに、アミッドさんの言う通りです。誰の魔法でも、と言うわけにはいきませんが…」

「…やはりそうでしたか、それでは、私はその魔法の対象に入っているでしょうか?」

 

アミッドさんが? えっと…信頼はしているけれど…どうだろうか。

リューさんの時は大丈夫だったし、アミッドさんも平気だと思うけど。

 

「…ちょっと、わからないですね…多分大丈夫だと思うんですけど」

「…ベルさんが使っていた魔法は、リヴェリアさん、レフィーヤさん、アイズさんのものですか。条件、というのを聞いても宜しいでしょうか?」

「え…っと、僕が信頼している相手…ってことなんですけど」

 

それを伝えると、成る程…とアミッドさんは呟き、じっと僕の瞳を見つめてくる。目を合わせている、というよりかは、僕の瞳を見ている、と表現するのが正しく思えるくらいに、だ。

 

「…私は、ベルさんの信頼に足る人間でしょうか?」

 

そして、スッと透き通るような声でそう尋ねられる。

 

はい、勿論です。そう答えた僕に、コクリと一つ頷いたアミッドさんが目を瞑りながら胸の前で手を合わせる。それはさながら、神に祈るかのような仕草。

 

「わかりました、ベルさん。貴方への報酬として…私の魔法を教えて差し上げましょう」

「「「ええええええっ!?」」」

 

そして紡がれた発言に、僕も、レフィも、アキさんも。

心の底から驚愕し、腹の底から驚嘆の声を上げた。

 

 

 

その後、場所を移して僕の詳細な魔法の効果を教えると、定期的にアミッドさんが魔法を教えてくれるという契約を結ぶことになった。

だがしかし、幾らなんでも無償でそんなことをしてもらうわけにはいかないというアキさんの言葉によって、ロキ・ファミリアを巻き込む形で交渉が進んで行く。

 

まずは身体を休めようとそれぞれ本拠へと戻り、探索結果を報告、そして、契約について各々の主神や幹部陣に相談した。

 

翌日午前、こちらからはフィンさんやリヴェリアさんが、あちらからはアミッドさんと、主神のディアンケヒト様が交渉を行ったようだ。

 

けど、最終的には最大限毟り取ろうとするディアンケヒト様と、ディアンケヒト様が提示した金額を出すわけにはいかないけど、誠意として金銭か依頼などの対応を取りたいフィンさんの間で交渉が膠着したところで、アミッドさんの鶴の一声によって速やかに契約が結ばれたらしい。

 

曰く、それ以上つまらない交渉が長引くようなら私の自由時間に私の意志で勝手にベルさんに教えます、と言ったのだとか。

 

その言葉とアミッドさんの雰囲気に、本気でやりかねない、そうなれば一銭も得られなくなると焦ったディアンケヒト様がフィンさんの提示を呑む形で交渉が決着したらしい。

 

 

 

そして、僕は無事アミッドさんの魔法を習得することができた。これからも魔法を使うような場面に陥った後は必ず治療院に来て診察を受け、魔法をストックしていくことと厳命されてしまったけれど…。

 

フィンさんにそれを報告すると、とても悪い顔をしながら祝福してくれたけど、どうして笑顔であれだけ悪そうな顔ができるのだろうかあの人は。不思議で仕方がない。爽やかな笑顔なのに、どことなく黒いオーラが見え隠れしているというか…。

 

「あの聖女が君に何を見たのかはわからないけれど…何か、君になら力を貸しても良いと思えるものがあったんだろう。それは誇るべきだ、数多の冒険者達を癒してきた聖女のお墨付きまで貰えたんだ。頑張って恩返しをしないとね」

 

フィンさんはそう言ってくれたけど、実際、あそこまで破格な報酬を出してくれたことには恩返しをしないと…とりあえず、迷宮に潜った時にはお土産に薬草を持ち帰るようにしようと思う。

 

その為に、リヴェリアさんに頼み込んで勉強用に薬草図鑑を借りた。なんでも、ハイエルフやエルフ達によって長年蓄積されてきた知識を書物に記したもので、そこに書かれていないものが見つけられれば世紀の発見だ、とまで言われた。

 

確かに、本と呼ぶには少し抵抗のある…というより、紙一枚の縦横より、厚みの方が大きいから本としてはすごく不格好。どれだけの種類がここに描かれているのかと一瞬意識が遠のきかけたけど、頑張ろう。

 

 

 

こうして、僕の中層攻略は一旦の終わりを告げた。

特に変哲のない、ある意味普通の冒険でステイタスもそこまで向上することはなかった。流石に上限に近いんやろな、というロキ様の言葉。

 

ランクアップについても、上位の経験値、質の良い経験値、というものが必要だそうで昇華には至らなかったけれど、確実に前に前に進んでいるらしい。それは、ありがたいことだった。

 

今回、見ることができた未知の世界。

まだまだ僕には知らないことがあって、知らないことだらけで。

それがすぐそこで僕を待ち受けている。そう思うだけで、いくらでもやる気が湧いてくるような気がした。

 

まずは、同じLv帯の人とのパーティや単独で大樹の迷宮をある程度探索できるようになること。それを目標として、頑張ろう。

 

新たな目標と新たな魔法を胸に、僕は久々に豊穣の女主人へと向かっていた。

 

 

 

レフィから知らされた事について2人に聞いてみて、もし、事実なら謝らないと。

 

 

 

初日にレフィから齎された僕自身が知らない僕がやらかしたことを、忘れることができずにいた。




アミッド編終わり、アミッドがベル君に何を感じたかは後々出てくるかなぁと思いますけど、今回はあっさり目に終わらせておきます。
描写していないところも含めて何かあったんだろうなとふんわり考えていただければ。

何より綿密に描写しようとしたら文字数が半端ないことになって1ヶ月くらいアミッド編が続きそうだったので…そのうち番外編的なものでちまちま出していこうと思います。



▽ ベル は かいふくまほう を てにいれた!

レスキューラビットになりました


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5.5章 兎は皆に、着せられる
84話 着替白兎


久々に訪れた豊穣の女主人。時刻は昼をとうに過ぎ、夜と言うにはまだ遠い時間帯。お店は閉まっていた。

恐らく、休憩時間なのだろう。

 

「すいませーん…」

 

なので、僕は閉められたドアの向こうへと声を掛ける。

すると、はぁい、と元気な声が返ってきて、ドアを開けてくれる。

申し訳なさそうにしている僕の顔を見てか、その人はきょとんとした顔で首を傾げた。

 

「あれ、ベル君。どうしたんですか? ランチの時間はもう終わっちゃったんですけど…」

「あ、その、シルさんとリューさんに用事…話? がありまして…」

 

出てきてくれたのは、求め人であるシルさんその人。

僕の用事を伝えると、とりあえず中へどうぞと招き入れられる。やはり休憩中のようでアーニャさんとクロエさん、ルノアさんはご飯を食べていた。もう一つ食事が用意されていることから、多分シルさんもそこで食べていたんだろう。幸か不幸か、そのお盆の上に載っている皿は全て空になっていた。

 

そして、少し離れたところで1人、脚を組んで床に座り、瞑想しているようなリューさんの姿が見えた。

 

「リューなら今はあそこ…に…」

 

丁度、シルさんもそちらを指し示してくれていたけど、リューさんの今の様子を見ると段々と声が尻すぼみになっていく。

 

「ぶつぶつ……最近、皆がよく夢に出てくるかと思えば何故あのようなことばかり………それが私の願望だとでも言うのですか………邪念は払わねば………ぶつぶつぶつ………」

 

それもそのはず、何やらジッとしていたように見えたリューさんがいきなり頭を振り乱し、独り言を話し出したのだ。

 

「あの、シルさん、リューさんは…」

 

その様子に少し慄きながらも、シルさんにどうすれば良いかを尋ねる。もしかしたら、何か深い悩みがあるのかもしれない。僕が力になれるのならいいけど、変にかき乱すだけなら今はそっとしておいた方がいいだろう。

 

「…今はそっとしておきましょう。話というのは、私だけでも構いませんか?」

 

すると、シルさんは沈痛な面持ちで顔を伏せながら僕の肩に優しく手を乗せ、顔を横に小さく振る。

 

うん、諦めた方がよさそうだ。

 

僕は首を縦に振った。

 

 

 

「それで、話ってなんでしょうか?」

 

場所を移動して、カウンター席に横並びに座る。僕の手元には、サービスですよ、と微笑みながら置かれた飲み物が。

 

「あの…レフィ…あ、えっと、同じファミリアの人から聞いたんですけど…その、宴会の時に僕がシルさんとリューさんに…あの…」

 

男らしく自らがやらかしたことについてスパッと聞こうと思っていたのは何処へやら、口籠もり、もじもじとしながら聞く僕。いや、情けなさすぎるだろう。

 

そんな僕の様子を見たシルさんは、一瞬ぽかんとした後にくすくすと笑い出す。

 

「あぁ、あのことですね…私は気にしていませんから平気ですよ? それに、あの時のベル君は可愛かったですから…幼い子供のようで」

 

そして、その時のことを思い出しているのだろうか。少し頰が緩んだままのシルさんが目を閉じながら、僕が何をしたのかを如実に、克明に、詳らかに話し出す。

 

「あぁ、本当に、シルお姉ちゃんって甘えてくれたベル君は可愛かったです。私にぎゅーっと抱きついて、胸に顔を埋めて…離そうとしたらイヤイヤってぐりぐり擦り付いて来て…」

「ゲフっ」

 

予想以上の痴態を晒していたことを告白され、僕は飲んでいた飲み物を吹き出した。

いや、少し血が混じっているかもしれない。

 

「まぁ、半分冗談なんですけど。でも、お酒の席のことですし気にしていませんよ…ベル君に下心があったのなら別ですけど、ね?」

ありませんっ! …多分…って、え、半分? え、どこが冗談なんですか?」

 

できればお姉ちゃんと甘えたのが事実で、他は冗談であってほしい。いや、どのみち恥ずかしいけどまだそれの方がマシだ。

 

「ふふふ、さて、どうでしょうか。ああ、それにリューにも同じようなことをしていましたね。リューがここでの宴会の時で、私が黄昏の館の宴会の時ですね」

「そんな…それに、リュ、リューさんにもやっぱりやってたんですか…僕…」

 

その言葉に僕は萎れるように肩を落とす。いくらお酒を飲んでいたとしても、なんてことをしているのかと。

いや、今思えばアイズさんにもあんなことをしてしまって…。

や、やっぱり僕、内心ではおじいちゃんみたいに女の人に対して変な気持ちが凄くあったり…?

 

「…本当にごめんなさい、もう、女性がいるときはお酒を飲まないようにします…」

「ええっ!? あ、い、いや、ほら、私は気にしていないですから…それに、冒険者ならお酒は嗜みですよ!」

「でも、皆に迷惑をかけて…二日酔いも酷かったですし」

 

僕がそう告げると、シルさんは妙に焦った様子になる。

 

あ、あんなに素直で可愛いベル君を見る機会、潰すわけには…え、えっと…その、冗談ですから! ベル君は私に甘えてくれていただけですよ? それで、つい可愛くて私の方から抱き締めてしまっただけで…だからベル君は悪くないんです! 気にしないでください!」

「で、でも、レフィが…」

 

確かにレフィがそう言っていたのだ、まさか、レフィがわざわざそんな嘘を言うはずもないし…。

 

「あのエルフさんは離れた席にいたから、きっと誤解しているだけです! まぁ私の胸にベル君が顔を埋めていたのは事実ですが、それはベル君からしたことではありませんので…確かにぐりぐりはされましたけど、えっとその、なんなら私から説明しても構いませんからそんな寂しいことを言わないでください…女のいるところでお酒を飲まないなんて、このお店に飲みに来てくれないって宣言するのと同じじゃないですか…ね? 私、ベル君にここで美味しいお酒、飲んでいって欲しいなぁ…ね、ベル君…」

 

ね? って…あぁもう、その表情はずるいですよ。

と言うより、やっぱり僕、シルさんの胸に…あ、ダメだ、ダメダメ、意識しちゃダメだそんなところ。思い出せ、僕の尊敬できる、紳士な祖父を。

 

「…シルさんは本当にずるいです」

 

だから、少し胸が高鳴り、目が吸い寄せられるのを誤魔化すように。

少し機嫌を悪くしたかのようにぷいと顔を晒して、小さく言う。

すると、シルさんはきっとこう言うんだ。

 

「「私のわがままを、聞いてくれませんか?」」

 

それは、僕達にとって都合3度目となる言葉。

最初は、シルさんから。あのデートの時のこと。

次に、僕がお礼を込めて誘った時のこと。

 

そして今。また、シルさんの()()()()

 

ならば、聞かないわけにはいかないだろう。この前には僕のわがままを聞いてもらっているのだ。

ただ、だからといってわがままを聞くなんてそんな義務はない。けど、これは言葉の通りのものではなくて、そう、友人同士のじゃれ合いのようなもの。

 

こちらから見ても都合の良い提案を、わがままという形で差し出してくれたのだ。今、シルさんは僕に借りを作ってまでお店にお酒を楽しみに来て欲しいと伝えてくれた。

 

言ったシルさんは、僕が被せるようにした言葉を聞いて一瞬呆けた顔になった後、クスクスと笑い出す。

 

「ベル君は可愛いですね、本当に。…私の気持ちは伝わりましたか?」

「う…ええ、しっかりと。だから、わがままにわがままで返しちゃうんですけど…なら、その、今度お店に来るので…美味しいお酒の飲み方を教えてもらえませんか?」

「私にそんなことを頼んでしまっていいんですか? こう見えて、酒場で働いて長いですから…無茶な飲ませ方をするかもしれませんよ?」

「シルさんならそんなことをしないって、僕は信じていますから」

 

そんな軽いやり取りを、悪戯な気配を醸し出しながらするシルさんと僕。でも、最後の言葉はシルさんを怯ませることに成功したようだ。

 

「うっ…そんなこと言われたら、無茶させるなんてできるわけないじゃないですか…仕方がないですね…全く、口まで上手になって来て…背中には気をつけて下さいね!」

「シルさんまでその言葉を!?」

 

その代わりに、あまり聞きたくない言葉をまた言われることになった。その言い回し、やはり何か特定の意味があるんだろうか…今度、教えてくれそうな人に聞いてみよう。わざわざそんな言い回しをするってことは、直接聞いても教えてくれないだろうし。

 

「あ、でも、うーん…いや、でもなぁ…ちょっとずるいというか…下手したら嫌われちゃいそうだし…うーん」

「…ど、どうしたんですか…?」

 

衝撃を受けた僕をよそに、シルさんは何か思案しているようだ。チラチラと僕を見ながら、何かを言うか言うまいか悩んでいるようで。

 

「…うーん……」

「そ、その…何かありましたか?」

「でも、見たいしなぁ…うぅーん、ねぇ、ベル君、お詫びをねだるようで恥ずかしいんだけど…どうでしょうか、私の一日着せ替え人形になってもらうと言うのは…なぁんて「良いですよ?」…へ?」

 

そんなシルさんの口から飛んできたのは、僕を着せ替え人形にしたい、と言う提案。きっと、色々試着させられたりするんだろうか。要するに買い物に出掛けて、服を着させてみたいと言うことだろう。

 

うん、シルさんと買い物に行った時、シルさん自身も何着も着替えてはこれはどうかあれはどうかと僕に尋ねてきたし、その役割が逆転するんだろう。確かに何回も着替えるのはちょっと疲れるかもしれないけど、僕にとっても色んな服を見繕う良い機会になるだろうしシルさんなら変な服を着せてくることなんてないだろう。

 

むしろ、役得かもしれない。

僕の普段着、田舎者って感じ丸出しだから…。村ではみんなあんな格好だったんだけどなぁ。

 

「ほ、本当にいいんですか…?」

「ええ、それくらいなら…少し、恥ずかしいですけど」

「お、終わった後に私のこと嫌いになったり、避けたりしませんか…?」

「そんなことしませんってば、それで僕の愚行とわがままを許してもらえるなら、1日くらい安いものです」

「…言質、取りましたからね!? 後でシルさんなんか嫌いだ、とか言われたら私、舌を噛みますよ!?」

 

そこまで僕は気分屋だと思われているのだろうか。

 

「じゃ、じゃじゃじゃ、じゃあいつにしましょうか!? 色々と準備もしなきゃいけないし…あぁ、スポンサーも集めて…折角だから盛大に…でも、有象無象の目には晒させたくないから…ここはあの方とロキ様のどちらも味方につけて…ベル君っ!」

「は、はい!?」

「予定が決まり次第、連絡します! 私はこれから忙しくなるので、また今度お話ししましょうっ!」

 

それではっ、と言い残して風のような速度で二階の方へと上がっていったシルさんを僕は声をかけることすら出来ずに見送ることになった。

 

えっと…とりあえず、リューさんはまだ自分の世界から抜け出せてないしダメそうだからアーニャさん達に挨拶して、帰ろう。

 

 

 

暢気に館へと帰り着いた僕は、その時はまだ、後々こんなことになるなんて思ってもいなかった。

 

 

 

どうして僕は今、女の子用の服を着ているんでしょうか、お爺ちゃん。

 

 

 

僕は、一体どこで何を間違えたのでしょうか。




私の小説にとってのOVA枠みたいな感じです。
数話(で済むかどうかわかりませんが)続く予定です。
さて、色々とベル君に着せる服の資料を集めなくては…。


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85話 着替白兎(2)

その一報は、一部の人間に激震を齎した。

 

豊穣の女主人の看板娘であるシル・フローヴァが都市最大派閥の主神()()の元に持ち込んだ、特級の情報。

 

それを受けた両派閥の面々は動き方に違いこそあれ、一斉に動き出す。

 

方や、神の名の下に最上級の素材を取りに迷宮へと潜り。

方や、家族の為に最も似合う衣服を探しに都市中を巡り。

 

財あるものはそれを惜しみ無く使い、縁あるものは誇りを捨てそれに頼り、運あるものは偶然にも手元に転がり込んできた機会を掴む。

 

その行動は哀れな白兎の想定を遙か斜め上に飛び越え常識の成層圏を軽々と突破し、それでも尚衰えることなく膨大な熱を持ったまま奇想天外に宇宙を駆け巡り、何処にも着地することなく阻まれることなく皆がその準備を終え、着々と近付くその時を待っていた。

 

白兎が看板娘と約束してから、5日。

 

与えられた時間の限りを尽くして、それぞれが忙しなく動き回り、その日のための準備を進めていた。

 

1日だけベル・クラネルにどんな格好でもさせられる。

 

それは、一部の人間のブレーキとかストッパーとかそういった物を、吹き飛ばしていた。

 

ここに、ベル・クラネル着せ替え大会が開催されることとなった。

 

 

 

「あ、あの、シルさん…何処かへ出かけるんじゃないんですか?」

「え? 外になんて出ませんよ?」

「あ、あれ? ま、まぁいいか、わかりました…それで、今、これはどういう状況なんですか?」

 

シルさんと約束した日から、5日が過ぎた。

一昨日、今日を空けといてくださいと言われた僕は大人しく頷き、明日までを遠征の休暇に充てていた。

 

何故か、皆忙しそうにしていたため僕は自室で本を読み耽っていたのだけど、時たまアキさんやレフィが僕の部屋にメジャーを片手にやって来てあちらこちらを測られた。身長はともかく、肩幅や腕の長さなんて測ってどうするんだろうか。

 

それから、皆、何やら魔道具を新調したみたいだ。

ヘルメス様のファミリアの団長で、魔道具作製者のアスフィさんという方が納品に来ていたところを偶然見たけど、なんでも、景色を自動で紙に書き写してくれるような魔道具だとか。

 

便利そうですね、探索とかに使うんですか? と聞くと、一様に顔を逸らされたのが印象に残っているけど、あれは一体何に使うんだろうか。

 

アイズさんが、特に高そうなやつを持っていったけど…。最初ぱっと見たときは、そういう新種の武器かと思ったくらいだ。

 

 

 

で、そんなことがありつつも約束の日が訪れた僕は早速街に出掛ける時用の服に着替えたんだけど…何故か、シルさんがホームにいた。

着替えて外に出ようとした瞬間に声を掛けられた時は本当に驚いた。

 

 

 

「ふふ、ではベル君、こちらはどうぞ? 準備は終わっていますから!」

「え、うわっ、ちょっと!?」

 

そして、外へ繋がる扉の前で手を繋がれて、中へと歩き出すシルさんに引っ張られる形で僕も付いていく。

一体、何処で何をするつもりなんだろうか?

この先にあるのは、食堂なんだけど。

 

訝しみながらも、まぁいいかとシルさんに連れられて行き、扉を開くと…そこには何故か、ファミリアの皆に加えて、知り合いが結構な数いた。

 

そして、誰も彼もが例の魔道具を持って、なんだろう、凄く熱の篭った目で僕のことを見つめてくる。

 

これは一体、どういうことなんでしょうか。

 

「あの、シルさん…これは?」

「実は、皆でベル君の服を用意したんです。それぞれが最もベル君に似合うと思った物を用意していまして…一体誰が用意したものがベル君に一番似合うか、コンテスト形式で選ぼうと思いまして」

「あ、あぁ…なる、ほど…?」

「私1人では、ベル君に服を着てもらうために用意するのも限度がありますからね! こうすれば、色んな服が沢山集まりますから!」

「そ、そうですね…?」

 

鼻息を少し荒げながら熱を込めて話すシルさんの姿に、少しの違和感と恐れを抱きながらも答えると、さぁさぁ、まずはこちらへ! とシルさんに手を引かれて、即席で作られたのであろうステージの上へと連れて行かれる。

 

「っよし! それでは皆さん、お待たせ致しました。今日の主役の登場です!」

「「「「「ウォォォォォォォォォっ!!!」」」」」

「えっ! 何このノリ!?」

 

そして、シルさんがノリノリで拡声器のようなものを使って話すと、皆が一斉に立ち上がって雄叫びを上げる。どうしよう、もうついていけない。

 

「今回は、ロキ・ファミリアを代表してロキ様に審査員をお願いしております! ロキ様、一言お願いします」

「えー、今日はベルたんの色んな姿を見れるってことで、楽しみにしています。もちろん、うちが用意した衣装もあるからベルたんも楽しみにしといてなー!」

「ロキ様、ありがとうございました。そしてもうお一方、外部からの特別審査員ということでフレイヤ・ファミリアの主神、フレイヤ様をお招きしています! フレイヤ様、一言お願いします」

「ふふふ、話を聞いてからの5日間、この日が本当に待ち遠しかったわ。久々に、子供達と同じような時間の感覚を取り戻してしまうくらいに」

「それ程までに楽しみにして頂いていたということですね! ありがとうございました、では早速ですがルールの説明をして行きます! 今回はトーナメント方式で篩にかけて行き、最終的にベル君に一番似合う衣服を用意できた方を優勝といたします。その際の評価についてですが、審査員の御二方が持ち点10ポイントを、その他の方々は持ち点1ポイントで投票して頂きます」

 

呆気に取られている僕を他所に、会場は盛り上がりを増して話が進んでいく。くい、くい、とシルさんに繋がれたままの手に少し力を入れるけど、流し目に微笑まれるだけで、説明してくれそうにない。

 

なんだろう、なんとなく、とんでもなく嫌な予感がする。

 

「…それと、ベル君があまりにも嫌がるような衣服は弾かせて頂きます。また、そんな衣服を持ってきた罰として退場処分とすることも有り得ますので皆さん、自重してください」

 

えっと、そんな服を持ってくる人がいるのだろうか。

おかしいな、冷や汗が止まらない。

 

「それでは、くじ引きをして行きます。この中に、名前が書かれた玉が入っていますのでその方から順番にベル君に衣服を提供してもらいます。それでは…………ふむ、ほほう、第一回戦は…アナキティ・オータム対クロエ・ロロ! 黒猫対決になりました!」

「ふふん、負けないわよ!」

「少年の尻はミャーのものニャ!」

「では、一度ベルさんには後ろの控え室の方で着替えて頂きます。ベル君、さぁ、こちらへ」

「え、あ、は、はい…あの、これって…?」

 

 

 

期待の眼差しが僕に注がれている中、僕はシルさんに連れられてステージの裏から降りる。そこには、更衣室のような部屋が作られていた。

ここで着替えるということだろうけど…えっと、服は…?

 

「さて、ベル。まずは私が用意した服からね。いやぁ、前に用意しといたものがようやく使えるわね! じゃあこれ、はい。()()()がわからなかったら声掛けてくれれば手伝うから」

 

そう思っていると、横から回り込んできたアキさんが袋を僕に手渡す。成る程、これに着替えればいいのか、とシルさんの方を見ると頷きを返してくれる。

 

「わかりました、じゃあ、ちょっと着替えてきます」

 

…ん? 付け方?

 

疑問に思いながらも受け取った袋を手に更衣室へと入り、袋を開けてその一番上にあるものを見た僕はその場に崩れ落ちた。その拍子に、袋の中身があまり広くないその部屋の床に散らばる。

 

猫耳、猫尻尾、やけにひらひらしたズボンに、猫耳フードのパーカー。

 

それから、小さな鈴がついたチョーカー。

 

「…な、何、この…何?」

 

少し、アキさんに不信感を抱きながらもそれらを拾う。

 

「着なきゃダメ…だよね、えっと…あはは…」

 

想像していたこととは一切違う、着るもの。

まさしく着せ替え人形にされるのではないかと僕はここでようやく気が付いた。

 

詳しく話を聞いておくんだった。

後悔先に立たず。今更嫌だと言っても、いや、言えば皆諦めてはくれるだろうけど…悲しむというか、残念がられるだろう。皆のここ最近の様子を見ると、事情を知った今ようやく分かったけど僕の服を手に入れるために頑張っていたみたいだし…うぅ、恥ずかしいけど仕方ない。これもシルさんのためだ…代償、少し大きくないですか?

 

そんなことを考えながらもそもそと着替えて、そろっと外に出る。

待ち受けていたアキさんは、僕の姿を見て目をまん丸くしていた。

 

「あ、あの…どうですか?」

「うわ、かっわ、可愛い…っ!」

 

そして、抱きつかれて撫で回される。あ、ちょ、折角付けた猫耳がっ!?

 

「いやぁ予想以上に似合ってるわね…よし、まずはこのフードを被って、ステージの上に上がってからタイミングを見て外してね。それから、手をこう、こうして、にゃーんって鳴くのよ?」

「そこまでしなきゃダメですか!?」

 

そして、演出まで言い渡される。

くっ…仕方ない、やろう。アキさんにはいつもお世話になってるし…。

 

そして僕は、この阿鼻叫喚の地獄の始まりへと身を捧げた。

 

 

 

「…さて、ベル君の準備が整ったようです。それでは、出てきて頂きましょう。カモーン!」

 

シルさんの声に合わせて、どういう原理かわからないけど僕の前に存在していた幕が左右にパッと開かれる。

そして、そこから僕は皆の前へと姿を表す。すると、色々な方から声が上がる。

 

可愛いとか、なんとか。あまり、嬉しくはない。

 

しかし、まだ僕はスカートのように見えるパンツを履いて、猫耳型の飾りがついたフードを被っているだけで、まだ比較的普通の格好の方だ。猫耳も猫尻尾も服の中に仕舞われている。

 

そして、ステージの一番目線の集まるところに辿り着いた僕は…徐に、猫耳を出すためにフードを外しながら、着ているパーカーを少し上に引っ張り、物理的に尻尾を出す。

 

現れた猫耳と猫尻尾、それに視線が集まったところで、僕はすっと姿勢を取り、アキさんに言われた通りに声を出す。

 

「にゃ、にゃぁ〜ん…?」

 

えっと、お尻を少し後ろへ突き出して、背中は曲線を意識しながら少し反らせる。上体を右斜め前に倒しながら、腰を捻って正面を向く。それから、手は緩く握るようにして右手は頬の横に少し高めの位置で、左手は胸の前辺り…と。

 

思い返しながら身体を動かして、鳴いた。

 

しん…と食堂の中が静まる。

 

チリン、と。

首の鈴が、その静寂の中を寂しげに鳴り響く。

 

僕の羞恥心が天元突破しそうになる中、誰も動かない。微動だにしない。

 

もうやめよう、やっぱり駄目だ。今から逃げるように走り出して市壁から外に飛び降りてしまおうか。そんなことを考えた瞬間、凍っていた空気がザワッと動き、爆発的に熱を持ち出す。

 

そして発生する、大量の機械音。

皆が構えていた、例の魔道具が一斉に起動された。

 

「ちょっとあざとすぎますよベル!?」

「いきなりこれは…刺激が…っ!」

「ふーっ…ふーっ…っ!」

「アキが獲物を狙う狩人の眼になってるっす!?」

 

そうして掛けられた声。それは、好意的なものだったと思う。

喧騒が大きすぎてほとんど聞き取れなかったけど、悪くはないようだ。

 

ほんの少しだけメンタルを回復して僕はステージから下がった。

 

次は、クロエさんが用意してくれた服だ。



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86話 着替白兎(3)

なんか、これでよかったんだろうか。

今も僕の背後、カーテンを隔てたステージの向こうは騒がしい。

写真が撮り足りないだとかなんだとか騒ぐ人の声に、もっと魔石を持って来いと叫ぶ声。

 

そして客観的に見ると、この服、まるで女の子の…いや、一応男用…?

うーん…装飾過多というか。こんな格好を保存されるのはとんでもなく恥ずかしいんだけど。

 

…でもこのチョーカーはちょっと気に入ったかも。鈴の音が凄く綺麗。

 

「みゅふふ、あの女もいい趣味をしてるニャア、でも、ミャーの選んだ服が一番に決まっているニャ。さぁ少年。次はミャーの用意した服を着るニャー!」

「わっと、クロエさん。は、はい」

 

チリン、首の鈴を揺らしたと同時、何処からか音もなく現れたクロエさんが僕に袋を手渡す。

 

「…じゃ、じゃあ着替えてきますね?」

 

いつも以上にお尻への熱視線を感じることに少し身体を震えさせながら、逃げるようにそそくさと更衣室へ入っていく。

 

 

 

ええと、今回の服は…ジャケット…? に、短パンかな?

凄く手触りがいい、高そうだ。色も、黒系で綺麗な感じ。

 

失礼な話、クロエさんのことだからもっとなんかこう、変なものだと思っていたけど。

 

えっと、それからこれは…長い靴下に…これどうやって使うんだろう? 輪っかみたいなもの。

 

とりあえず短パンを履いて…うわ、短いなこれ。それからジャケットを羽織る。丈は長めで、腰辺りから少しプリーツのついたひらひらした部分がある。アキさんの用意していたズボンと似た雰囲気だ。

 

これ、合わせて着ると短パンがほとんど隠れてなんか凄く危ない感じの見た目だ。

 

それで、これは…?

 

「あの、クロエさーん?」

 

使い方が検討もつかなかったので、クロエさんを呼ぶ。

 

「ニャ? どうしたのニャー?」

「その、この輪っかみたいなやつってどう使えばいいんですか?」

「あー…入ってもいいかニャ? 上着とズボンはもう着てるニャ?」

「はい、大丈夫です!」

 

そして、開けられたドアからクロエさんが入ってくる。

僕を見た瞬間に、一瞬、眼がいつも以上に細められた気がした。

僕が認識しきれない速度で顔を逸らされたから、実際のところはわからないけど。

 

「ショ、ショタっ、の、生脚…っ」

「あの、クロエさん…?」

「あ、あぁ、ごめんごめん…ニャ。それで、それはソックスガーターって言うんだけど、太腿辺りにつけて靴下が下がらないようにするもので…ニャ」

 

えっと、てことはこういうことかな?

僕はそれを、脚先から通して太腿の辺りまで持っていく。

それを、両脚分。二回。

 

「むぅ…これ、つけるの難しいですね」

 

そして靴下を履いて、ガーターに付いているクリップのような物を靴下に付けようとするけど、イマイチ難しい。靴下をぐっと引っ張り上げながら、クリップを挟もうとするけど、片手と片手じゃどちらも半端になる。なんだか歪になるというか、ぐちゃぐちゃになる。

 

「貸してみるニャ、ミャーが靴下引っ張ってあげるから、パチっと閉じるニャ」

「あ、すいません、ありがとうございます」

 

床に座って、悪戦苦闘する僕を見兼ねたクロエさんがしゃがみながらそう言ってくれる。

 

「うわ…なにこの肌…すべすべつるつる…産毛すら生えてない…? …なんかこう、女として納得いかないものもあるけど…これは…」

「よし、片方付けれた…って、ちょ、ちょっとクロエさん、くすぐったいですよ」

 

まず片脚分を付けれた後、手伝ってくれたクロエさんが僕のまだ剥き出しの脚を見て何かをボソッと呟くと、手を伸ばしてすねの辺りを触ってくる。すりすりっと撫で回すようにして、膝に手を這わされ、太腿を軽く握られる。

膝はちょっとくすぐったい。

 

「あ、ああ、ごめんニャー。やり過ぎたらシルのことだから本気で追い出されかねないし…我慢我慢ちょっと気になって…少年、毛は処理してるのかニャ? 全然生えてないみたいだけど」

 

あぁ、それが気になったのか。なるほど。

 

「体質なのかまだ成長期が来ていないのかわからないんですけど…全然生えないんですよね」

「にゃる程ニャア、うんうん」

 

まぁ、そういう人も結構いるし、ミャーはその方が好きだからいいんじゃないかニャア。そんなことを言われる。

 

僕としては、少しくらいは生えてきて欲しいんだけど…その方が男らしさがあるというか。

 

 

 

「うん、見立て通り似合ってるニャ。じゃあ、ミャーは何をしてもらおうかなぁ…」

 

ようやく着替え終わった僕の姿を見て、クロエさんは満足そうに頷く。そして、僕にとって聞き逃せない言葉が発せられる。

 

「あの。僕はこの後ずっとステージの上で何かをしないとダメなんですか…?」

「恨むならあっちの黒猫を恨むニャ。初っ端にあんなのぶち込んだせいで、皆、少年に何をさせるかにも思考を割き出したニャ。断りたいなら断ってもいいだろうけど、なんで私はダメなんだっていう人もいるだろうニャァ」

「アキさん…」

 

その言葉は、無慈悲だった。アキさんを今ばかりは恨んでしまうかもしれない。あれ、かなり恥ずかしかったんだけど…この先も、何度も似たようなことをやらされることになるのか。

 

安易にアキさんの提案と要望を飲むんじゃなかった。今回のことに対して2度目の後悔をする。

 

「あ、そうそう、最後にこれも忘れずに、ニャ…折角だからこれも貸してもらうとするかニャ」

 

 

 

そして、着替え終わった僕にクロエさんから告げられたのは、まぁ、それくらいならいいか…と思わせるものだった。なんだろう、やっぱり普段の印象とは違ってまともなように感じるんだけど。今日のクロエさんは一体どうしたんだろうか。

 

「…さて、ベル君のお着替えタイムが終わったようです。それではまたまたその姿を皆に見せてもらいましょう。どうぞー!」

 

今回は、先程のように左右にパッと開くのではなく上にするすると捲り上げられていく。

 

本当に、どう言った理屈で出来ているんだろうかこのステージ。訳がわからない。

 

疑問は置いておいて、先程と同様に前に進み出る。

今回は、何故か食堂の窓という窓が黒いカーテンで覆われて真っ暗とまではいかないけど、暗くなっていた。ちょうど、ステージの中央辺りまで進むと僕に向かってライトが集まる。

 

 

 

視線が集まると同時、僕は最後にクロエさんに頭に乗せられた帽子を右手で取る。そして、胸に抱え込むようにすした。頭には先ほども付けていた、猫耳。

 

左足を前に、右足を後ろに引き、一直線上にして…左手をゆるりと外側へ出す。そして、腰から深く曲げるようにしながら膝を軽く曲げて一礼。クロエさん曰く「ショタ貴族」というのが今熱いらしい。

 

ちょうど戦争遊戯の後にフィンさんとリヴェリアさんがやっていたような大仰な礼だ。そして、頭を上げてからニコリと微笑み、くるりとその場で1回転する、と。

ジャケットのプリーツが綺麗に開いて、僕に遅れるようにして回ったのがわかる。

 

「シャッターチャンスニャァァァァァァァァ!」

 

そして、僕が真後ろを向いた瞬間。クロエさんの絶叫。鳴り響く音。

それを聞いて驚き、少し脚が乱れ、転びそうになり…というか、転んだ。

 

「わ、た、と…あだっ!?」

 

片脚で回っていたのが仇になり、バランスを崩した僕は2.3歩歩いた後でも立て直すことができずに転んでしまう。

 

ずべしゃ、と情けない擬音がぴったり合うような転び方。

 

顔から倒れ込むようにして転んだため、お尻を突き出すような恰好。猫耳同様付けたままの猫尻尾が、一度上に跳ねた後、重力に従って垂れ落ちる。

 

ぺたん、その作り物の尻尾が床につく音がなんとなく、いやに耳に残った。

 

 

 

泣きたい。

 

 

 

どうして僕は皆に見られている、それもスポットライトを浴びている場所でこんなことになっているんだろうか。いや、まだ身内ばかりだからいい、これ、戦争遊戯の後のあの時にやっていたら僕は今頃この都市にいなかったかもしれない。ポジティブに考えよう。

 

いややっぱりダメだ、さっき回復したメンタルがガリガリと音を立てて削り取られるようなダメージを負っている。致命傷だ。

 

「っふ、う、うぅ…っ」

 

涙が出そうだ、僕はなんでこんな辱めを受けているんだろうか。

いくらシルさんのためとはいえ、これは…いや、二割くらいは僕の安請け合いが原因で、三割くらいは僕の自業自得な気もするけど。

 

そんな僕の耳に、落ち着け俺、あいつは男だぞ! なんて声が幾つか聞こえてきた気もする。

大丈夫か、と心配を含んだ声も聞こえてきたが、体にうまく力を入れることが出来ず、立ち上がれないでそのまま固まる僕。

 

そんな僕の元に、一陣の風が…

 

「ベル、大丈夫?」

「クラネルさん、大丈夫ですか?」

 

二陣の風が吹いた。

正面から持ち上げるようにして顔を上げさせてくれたアイズさんと、背後から肩を支えるようにして起こしてくれたリューさん。

 

「「…む」」

 

そんな、風の印象の強い二人の間で、なぜか火花が散る。

 

「…剣姫、これは私の同僚が原因のようなものです。尻拭いは私に任せてください」

 

ぎゅっと、背後から僕を抱き締めるようにするリューさん。背中に何か柔らかいものが当たっている。

 

「…ベルはロキ・ファミリアの団員です、何かあれば助けるのが先輩の役目…だから、ここは私が」

 

ぎゅっと、僕の頭を抱え込むようにするアイズさん。額が柔らかいものに包まれた。

 

「「むむ…」」

 

二人は互いに言い合うと、僕に対して込める力を強くする。

 

「あ、あの…」

 

唐突に訪れたその状況に僕の涙と羞恥心は引っ込んだ。羞恥心が上塗りされたからだ。

 

「二人とも心配してくれるのはありがたいんですけど、その、できれば離れてもらえると…っ!」

「…剣姫、クラネルさんがこう言っていますよ?」

「…ベルは貴女に言っているんです、ベルのことを離してください」

 

バチバチと火花が散る。

 

「…ぼ、僕のために争うのはやめてくださいっ!?」

 

そして口走った言葉に、ピタリと二人の動きが止まる。

 

「…負けられません!」

「…負けられないっ!」

 

どうやら火に油を注いだようで、ますます強く抱き締められる。

 

「「…でも、まずは」」

 

だけどそれも束の間、二人とも僕を離すと、皆のいる方を向く。

 

「「貴女より…あの黒猫が先」」

 

その目線の先には、僕の方へと飛び込んできたアキさんとクロエさんの姿。

 

「出遅れた…っ、ベルを慰めるのは私よ!」

「ミャーの番なのに、出しゃばるんじゃないニャ、リュー!」

「おおっとぉ、愛らしく転んでしまったベル君を慰める役を取り合うべく四人が動き出したぁ! あ、収拾つかなくなるんでこれ以上の乱入はご遠慮くださーい! 主催者権限で退場にしますよー!」

「シルさん!?」

 

そしてまさかの、シルさんの言葉による乱入。それによって数名、腰を浮かしかけていた人達がすとんと座り直す。まさかの展開にも程がある。というより僕、もう大丈夫なんだけど…。

 

「さぁさぁ、誰がこのキャットファイトを制するか! 今のオッズはアイズ・ヴァレンシュタインが1.5倍、リュー・リオンが2.8倍、アナキティ・オータムが3.2倍、クロエ・ロロが3.5倍っすよー!」

「ラウルさぁぁぁぁぁん!?」

 

そしてそしてまさかまさかの、ラウルさんが胴元になって賭けが開催され出した。

 

誰も武器は持っていないため、素手による争い。ハイレベルすぎる壮絶な喧嘩のようなものだ、当事者が僕でなければ確かに見目麗しい少女達が争う様は見ていて面白いものなのかもしれない。

 

「そっちの猫、まずは協力しないかニャ!?」

「…乗るわ、まずはアイズを倒さないと、ね!」

「…私も混ぜてください、一対一では勝ち目が薄い」

「!?」

 

そして、この中で最もレベルの高いアイズさんを相手に徒党を組み一対三での戦いが巻き起こる。

リューさんの洗練された蹴りをアイズさんは躱し、クロエさんが突き出した腕は手刀で弾き落として往なし、アキさんの飛び蹴りもカウンターの回し蹴りで迎撃する。

 

呆然とする僕、盛り上がる会場、ますますヒートアップしていく戦闘。

 

そしてとうとう倒れ伏す猫人。

 

 

 

それからも激闘は続き、僕はもうどうにでもなぁれ、と思いながらそれを観戦していた。

 

そして、最後は。

 

「…やはり、強いですね」

「…貴女も、強い」

 

互いに、側頭部への上段蹴りが相討ち。鈍い音が重なった。

 

フッ、と二人とも微笑みながら相手を称え、同時に倒れこむ。

 

勝者、なし。

 

 

 

なんだこれは。本当に何なんだ。僕は頭を抱えた。

 

 

 

その後、少しして場の空気は落ち着いた。なんか僕ももう吹っ切れた、どんな服が用意されても着こなして見せようじゃないかとそんなテンションになってきている。

 

僕の意見はともかく、皆の反応は好意的なようだしどうせ避けられないなら楽しんだ方が得だろう。

 

あの後すぐに復帰したクロエさんからはごめんニャーと軽く謝られた。そして、とうとう一度目の投票が始まる。結果は…

 

「…3票差で、アナキティ・オータムの勝利です!」

「そんニャ馬鹿ニャァァァァァぁぁっ!?」

「やったぁあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

アキさんの勝利で第一ラウンドは幕を閉じた。

 

「それでは、次の人を選んでいきまーす…まずは………リヴェリア・リヨス・アールヴ! 続いては………アリシア・フォレストライト! おっと、偶然にもエルフ同士の対決となりました!」

 

そして、第二ラウンドが開始される。




第一ラウンド、アキさんの勝利。
やはり猫の鳴き真似とあざとさは強かったよ…
ハプニングに見舞われたベル君ですが、ここはギャグ時空なのでコメディ要素マシマシで。

猫vs猫の次はハイエルフvsエルフ

次からは少し巻き目で行きますが、これ結構話数かかってしまいそうな気が…
本編執筆ストックを完全に切らしているので、その補充作業の息抜きに投稿していきます。

第一ラウンド
アキvsクロエ
猫耳猫尻尾パーカー 貴族少年風with猫耳猫尻尾

アキwin

第二ラウンド
リヴェリアvsアリシア


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87話 着替白兎(4)

「リヴェリアさんはどんな服を用意してくれたんですか?」

 

いっそのことワクワクしながら尋ねる僕に、リヴェリアさんは少し苦笑した。

 

「なんだか、少し自棄になっていないか? ベル。嫌なら気にせず断ってもいいんだぞ? …私も少し楽しみにしていたのは否定しないがな、アキやあの酒場の猫人の用意した物を着たのは男のベルにとっては恥ずかしいことだろう?」

 

それは、僕を気遣う言葉。でも、今の僕はもう大丈夫だ。

うん、本当に着たくない服は流石に拒否するけど。

 

「いえ、最初はちょっと気が引けてきましたけど…ここまで来たらもう良いかなぁと。普段こんなことにはならないですし、それなら折角だし楽しもうと思いまして…よっぽど恥ずかしい服以外は」

「…良いところでもあるんだろう。しかし、お前のそういうところが私は心配だ。妥協したり諦めたりして都合の良いようにされる人間にはなるんじゃないぞ? それから、この流れで出すのもあれだが…私が用意したのはこれだ。着方がわからないと思うから着せてやりたいのだが…恥ずかしいか?」

「いえ、リヴェリアさんなら大丈夫です。お願いします…? なんですか、この服?」

 

裏に下がってリヴェリアさんと少し会話をした。そして手渡された服は、リヴェリアさんの普段着や戦闘衣にも似ているような色合いの衣服。けど、かなり豪華な作りに見える。

 

「…まぁ、ハイエルフに伝わる()()()()()()儀礼用の服だ。基本的にはハイエルフと一部のエルフ以外が着ることはあまりないのだが…今日くらいは無礼講だ、頭の固い同胞もいないことだし許されるだろう。うん。そこまで特別な品でもないしな」

「そ、そうなんですか…? なんか見た目からして、オーラを感じるんですけど…」

「そんなことはないぞ、ただの古着…を仕立て直したものだ。私と長い付き合いのある者に頼んでな」

 

両腕で広げるようにして持ったその服は、全体的に透き通るような緑色が目立つ。一部、真っ白で艶々とした部分もあるが全体の印象としては上品な感じだ。

 

「よし、着せてやろう」

「お、お願いします」

 

そうして、それをリヴェリアさんに手によって着せられた。身体にぴったりフィットしたその服はしっかりとした男物だった。それだけでなんとなく嬉しい。

 

最後につけた外套もとても格好いい。なんだろう、妙に心をくすぐる。バサっと風にたなびかせたくなる。

 

 

 

「…あー、色々とありましたがこれより第二ラウンドを始めて行きまーす! ちょうどお着替えも終わったようなので、早速登場していただきましょう…ベルくーん!」

 

その声に、僕は前を見て胸を張って歩く。

食堂の中は既に常と同じような状態に戻っており、激しい戦闘の跡も先程まであった黒幕も無くなっていた。

 

そして、僕の姿が晒されると。

 

多数のエルフが同時に声を上げ、一部の人は立ち上り、一部の人は腰を抜かしたのか椅子から転げ落ちるようにしている。

 

…やっぱりただの服じゃないよね、これ。

 

エルフ以外の人は似合ってるとか格好いいとか言ってくれるから僕のメンタルは回復していっているけど、いまだにエルフの人達は目を見開いている。あのリューさんですら呆然としている様子だ。

 

「あの服は…!?」

「せ、世界樹の…」

「それに、あれは白金絹…?」

「あれは、アールヴ氏族の王族衣装じゃないの…っ!? リヴェリア様が自ら…?」

 

エルフの集まる席が騒めく。その声は僕の耳にも届いていた。

 

「えっと…?」

 

僕は首を傾げる。つまり、どういうことだろうか。

 

「…えー…と……………」

 

エルフの人達から、羨望、嫉妬、色々と入り混じった声と視線が届く。

漏れ聞こえてきた情報から察するに、これは恐らく超が何個も付くような貴重な素材でできているんだろう。世界樹の、とか聞こえてきたし。

 

あの、リヴェリアさん、これ本当に僕が着ていて大丈夫なんですか?

 

そんな想いを込めてリヴェリアさんの方に顔を向けると、大層御満悦な表情でニコニコと僕のことを見ている。そして、珍しく…というより僕は初めて見る、少し悪戯な笑顔を僕に向けた。

息を吸う、何を言われるのだろうか。

 

「似合っているぞ、ベル、()()()()()()よ」

 

リヴェリアさんは、柔らかな笑みを浮かべながらそんな言葉を投げ掛けてくる。

 

 

 

「ーーベル、()()()()()()よ」

 

高貴なハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴのその発言はじわりと染み込むようにして、会場となっている食堂内に広がっていく。

ステージ上にいるベル・クラネルはその言葉を受け、その慈愛に満ちた微笑みを見て、顔を赤らめる。

 

しかしその言葉が、言葉通りの()()ではないことをここにいる皆は知っている。というより、誰もがわかっている。そもそも種族からして違うのだ。

 

しかしその言葉が、ベルの感情をどれだけ揺さぶるかをここにいる一部は知っていた。

 

「あ…ぅ、そ、その…」

 

きゅぅ、っと、胸が締め付けられるような感覚を覚えているのか、片手で胸元を掴み、何かに堪えるようにしている。その姿は、愛らしい。

 

嬉しい、嬉しい、けど、本当に良いのだろうか…()()()

 

そんな心の揺れ動きが、他者にまで伝わってくる。

 

「…その服は、我が一族が儀式の際に着る衣装だ。私が過去に着た物を仕立て直したのだが…私の息子なら、例え血の繋がりがなく、エルフでなくとも着る資格はあるだろう? こういう機会でもなければ、難しかったが…」

「…〜〜っ!」

 

最早言葉も出ない、と言わんばかりにベルはステージを駆け下り、リヴェリアの元へと走る。リヴェリアも、迎え入れるように立ち上がり腕を広げた。そこに当たり前のように抱き着き、落ち着くベル。

 

「…ありがとうございます、()()()()

 

そしてその言葉が、気持ちの篭ったその言葉がリヴェリアに深く深く突き刺さった。

ロキ辺りにふざけてママと言われた時のような拒否感は一切生まれることなく、そのまま身体の中にスッと入り込む。

 

それが自然だと言わんばかりに…いや、違う、これは、私自身がそれを受け入れているからこそだなとリヴェリアは結論を出し、ベルの頭を優しく撫でた。

 

ベルの甘えっぷりとリヴェリアの満更でもない様子を見て数人は頬を緩めてその光景を眺め、また、他の数人はショックを受け、一柱の女神は良いものを見たと笑みを零し、もう一柱の女神は悔し気に顔を歪めながらも、年相応…いや、それ以上に子供らしい甘え方をしているベルを見て留飲を下げた。

 

そして、リヴェリアを信奉するエルフ達は最早、とめどなく騒いでいた。

 

 

 

「…リヴェリア様が我が子のように扱う貴方に、こんな貧相な物を着せるわけにはいきませんので…っ!」

「いやいやいやいや、それで良いですって! むしろそれが良いです…! というより敬語なんて使わないでください、アリシアさんっ」

「エルフの一員として、できません…っ! それに、敬語は私にとっては常のことですから! あ、あー! 手が滑っちゃいましたー!」

 

 

 

リヴェリアとベル、他種族の間とはいえ、結ばれている絆を確かめるような心温まる光景があった後、少し照れながらステージ裏に戻ったベルの元にアリシアがやってくる。

 

そして、緊張した面持ちで少し待っていてください、とベルに告げた。

 

どうやら何かを取りに行くらしい。

そのため、ベルは大人しくアリシアの帰りを待っていた。そこに残されたのはベルと、一つの袋。

 

これが用意してくれた服かな、そう思ったベルは中身を覗く。

そこにあったのは、これもまたエルフらしい衣装である。

緑と茶色が主な配色で、柔らかく、しかし強靭な作り。森に生きる者としては最適な服だろう。

 

真面目なアリシアらしい、至って普通の選択だった。

言ってしまえば、エルフの少年の普段着そのままである。

 

だがしかし、先程のリヴェリアとのやり取りによってそれが崩れた。

急いで戻ってきたのか、息を荒げたアリシアがベルが手元に持っている服を見ると焦った顔でそれを奪い取り、別の袋を手渡す。

 

「こ、これを着てください!」

「ええっ!? そ、そっちの服は…?」

「これは…その、貴方には…」

 

サッと隠されたため、まぁいいかと諦めて手渡された服を取り出して見るベル。

それは、流石にリヴェリアが用意した服には及ばないにせよかなり良い仕立ての衣装。

 

エルフらしく、露出は控え目。配色は薄緑と薄青、白、アクセントに赤が映える、見事な作りのーー()()()

 

それを見たベルが、必死になってアリシアから服を取り返そうとしたのだ。

 

だがしかし、ベルの前で抵抗も虚しくその衣服はただの布、いや、端切れへと変貌していく。

 

「あ、ぁぁぁぁぁぁ!?」

「あらー、破れてしまいましたねー。こんな物を着せるわけにはいきませんねー」

「すごい棒読みなんですけどぉ!? 破れたんじゃなくて破いたんじゃないですかぁ!」

 

そして、破れててもこれを着ます! とベルが言い出さないようにか、アリシアは素手で念入りに念入りにその服だった何かを破り千切っていく。もう雑巾にすら使えない状態だ。

 

「…さて、と。こちらが私の用意した服です」

「仕切り直す雰囲気にするのやめてもらえませんか!? さっきまでのことは無くなりも忘れもしませんからね!? あぁぁ…なんでこんなことに…」

 

スッと真顔に戻り、姿勢を整えたアリシアがまるで今まで何事もなかったかのようにベルへと袋を渡そうとする。流石のベルも、それには激しく突っ込んだ。

 

だがしかし、なんやかんや言葉では色々と言いつつ悲しんでいる様子を見せながらもアリシアにされるがままに着せられていくベル。

アリシアが手ずから着付けを行い、最後に、何故持っているのかはわからないが金髪ロングヘアーのウィッグを被せられる。

 

アキやクロエの時とは違い、完璧な女装である。

 

しくしくと泣き真似をして悲しさを醸し出してはいたが、内心、今のベルは少し楽しい気持ちでいた。

先ほどのやり取りだって、普段ならアリシアを相手に見せることのないような姿をベルは出している。

 

「こ、これが僕…?」

「薄く化粧をしただけですが…元から中性的な顔立ちですし、よく似合いますね。私の昔の服で申し訳ありませんが…リヴェリア様のものと違い、作りもそれなり程度ですし…ですが本当に似合っています。折角だからエルフ耳にしましょうか、確かつけ耳も誰かが用意していたはずです」

 

そして、そうこうしているうちに化粧までもが施され、エルフ耳を付けられた。そこにいたのは、どこからどう見ても美少女エルフなヒューマンの少年。鏡の前で座るベルの姿と、その背後でブラシを手に持つアリシアという姿。どこから見ても、仲睦まじい姉妹のような姿だ。

 

だがしかし、ベルの心の中では激しい葛藤が起きていた。

 

確かに僕は金髪ロングヘアーのエルフは好きだけど、大好きだけど、別に自分がなりたいわけじゃない。

 

でも…この美少女が自分自身じゃなければうっかり初対面で好きになっていたかもしれないと、ベル・クラネルは鏡の中の自分を見て思った。

 

それと同時に少し冷静になったその頭で、エルフとしては僕に庶民的な服を着せるのはダメで女装させるのはいいのだろうかと、ベルはアリシアの、いや、エルフの価値観を少し疑っていた。




【朗報】正式に(?)ベルがリヴェリアの庇護下入り

まぁ特に変化はありませんけどね、水面下では街中にもっと噂が流れてますし。遠慮しがちなベル君が更に甘えやすくなるくらい…?
後エルフ勢がベルに甘くなりそうです。伏線です(雑)

【悲報】アリシアさん、キャラが崩れる。
【朗報】アリシアさんの手により完璧女装エルフっ子ベル君爆誕

感想全部読ませてもらってます、返事は返せてないですけど、励みになってます。カモン感想、リクエストとかは受けられませんが、皆さんに投げ込まれた妄想はたまに私の胸に突き刺さっています。いい意味で。

それから、お気に入り2500件ありがとうございます!


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88話 着替白兎(5)

「はーい、第二ラウンド一人目でまさかの重大発言というイベントもありまだまだ会場は騒めいていますがベル君の準備が整ったようです。それでは出てきていただきましょー!」

 

騒めきが続いている食堂の中を、シルさんの声が通り抜けた。それを聞いて皆の声がやむや否や、するりと僕とステージを遮る幕が落ちた。

 

いや、毎回演出が違うんだけど本当にどうなっているんだこれ!?

 

そんな驚愕を胸に持ちながらも、楚々として進む。今回は靴も女物で、あまり高くはないけどヒールのついたものになっている為アリシアさんが手を貸してくれていた。

 

コツン、コツン、軽く響く硬い音。

一歩、二歩、三歩。前を歩いてエスコートしてくれるアリシアさんに連れられてステージの上に上がった僕を見て、どよめきが起こる。

 

「え、えっと…ベル君…ですよね?」

 

シルさんが問い掛けてくる。それに、ゆったりと答える。

 

「…はい、ベル・クラネルです」

 

アリシアさん直伝、誰しもが好印象を持つらしい穏やかな笑みと言うものをニッコリと浮かべつつ、シルさんの方を見ながら。

 

「はぅっ…くっ、この破壊力は…っ」

 

そして、次にステージ正面を向いてまた笑みを浮かべながら、ひらひらと皆に向かって手を振る。

種族問わず色々な反応を返したり見せてくれたが、その中でもリューさん、レフィ、リヴェリアさんの反応が印象的だった。エルフ耳のせいだろうか。ジィッと僕のことを見た後に、顔を伏せたり、首を傾げたり。

 

「「女として、負けた気分です…」」

「…おかしいな。私の子は確かに可愛いのは間違いなかったが、息子ではなかっただろうか?」

 

そして、僕は生まれてきた心の余裕を、ほんの少しの悪戯っ気に回した。僕を見て固まる男性陣の方を見ながら、その気持ちを理解する。僕だって男だ、その気持ちはよくわかる。僕も自分自身の姿を鏡で見た時はつい見惚れかけた。

 

だから、そう、僕が見たいと思う女の子の表情をすれば、きっとあの人達も僕を見て混乱することだろう。

 

そんな、ちょっとした茶目っ気のつもりで…満面の笑みを作る。

にこっと、しかしエルフらしく品性は保ちつつ。こんな感じだろうかと笑みを作り言葉を出す。

 

「……お兄様方、この衣装、私に似合っていますか?」

「「「「「似合ってるぞおおおおお!!!!!」」」」」

 

予想以上の反応が返ってきた。

びくりと肩を揺らして、一歩下がってしまうくらいの圧を感じた。

 

だがしかし、あまり関わりのない男性陣でもこれだけ反応してくれたのだ。普段から付き合いのある人ならもっと反応してくれるに違いない。

 

そう思って見渡した先…レフィの姿が、目に止まった。

 

ぱちっ、と。僕とレフィの目が合う。

 

………………よし。

 

「アリシアさん、レフィのところまで連れて行ってもらえませんか?」

「え? ええ、構わないですけど…」

「お願いします」

 

アリシアさんにお願いしてエスコートしてもらいながら、僕はステージを降りる。

真っ直ぐにレフィの方を見ながら。

 

僕が近付くにつれ、レフィは焦りを見せた。この状況だ、何か起きるに違いないと思っているんだろう。僕がこんな目に遭ってるんだから…レフィも巻き込まれても仕方ないよね。うん。

 

少し逃げ腰になっているレフィだけど、僕が誰の方へ向かっているのか察した周りの皆がレフィの全方位を固める形で立って見ているから、レフィは逃げられない。

 

リヴェリアさんもレフィの隣に立っているけど、僕を止めることもレフィを逃すこともせず見守ってくれるようだ。

 

「あ、あの、ベル…? なんだか雰囲気が怖いですよ…? 何か企んでいませんか?」

 

とうとう目の前まで来た僕に、レフィがそんなことを言う。

 

嫌だなぁ、僕はこんなに楽しい気持ちでいっぱいなのに。

 

「…レフィ」

「ひゃいっ!?」

 

名前を呼んだだけで、こんな反応をされる始末。

 

あ、なんだろう。普段僕のことを弄ってくるアキさんやクロエさんの気持ちが少し分かったかもしれない。

 

そう思った僕は、自然と二人のような満面の笑顔を浮かべていた。レフィはその僕の顔を見て警戒心を一段高めたようだけど。

 

しかし僕はそれを黙殺してレフィの手を取り、指を少し絡めるようにして握り、胸元に持っていきながらじっとレフィの目を見つめる。

 

「…レフィ(ねえ)、大好きです。こんな姿をした()はお嫌いですか?」

「…ぅぁ…」

 

そして、口撃。悲しさを滲みに滲ませた演技込みで。

 

レフィは耳まで真っ赤にして口をパクパクとさせている。

周りも、囃し立てるような面白がるような声を掛けてくる。

 

「…っ、わ、私は、こ、こんな人誑しな妹を持った覚えはありませんんんんんんん!?」

「私も、娘を持ったつもりはないんだがな…待て、ベルとレフィーヤが姉妹ということはレフィーヤも私の娘ということか?」

「そ、そそそそんな恐れ多いことは!? そもそもベルと私は姉妹ではありませんよ!?」

 

そして絶叫するレフィ、苦笑しながら冗談を言うリヴェリアさん。そんな2人を見て、僕はまだまだ他の人を巻き込んでいこうと決めた。周りの人もこの寸劇を楽しんでいるようだし。

 

「勿論、アリシアお姉様もですよ!」

「私もですか!?」

 

まずは、ここまで連れてきてくれたアリシアさん。

着付けに化粧までしてくれたのだから勿論のことだ。本人はリヴェリア様の御前で変なことに巻き込まないでください! と訴えてきているけれど、それを言うなら僕は皆の前で何をさせられているんだろうか。

いけない、冷静になってはまずい。

 

こほん。それから、僕と同じようにリヴェリアさんを母と慕っているであろう…

 

「それに、アイズさんもです!」

「…私も?」

「はいっ! だって、アイズさんにとってもリヴェリアさんって、お母さんのような存在ですよね?」

「…それは…その……うん」

 

アイズさんも、僕と同じだ。

 

「…嬉しいことを言ってくれる。ふふ、なんだ、随分大家族になってしまうな?」

 

リヴェリアさんは少し照れた様子のアイズさんを見て嬉しそうにしながら言う。

 

「…長女がアリシアで次女がアイズ、三女がレフィーヤで末っ子がベルか」

「…アリシア、お姉ちゃん?」

「アイズお姉ちゃんからしたら、アリシアお姉様はお姉ちゃんですね!」

「「…わ、私が、アイズ(ベル)のお姉ちゃん…?」」

 

アイズさんにお姉ちゃんと呼ばれたアリシアさん、僕にお姉ちゃんと呼ばれたアイズさん、二人の声が揃う。実に姉妹らしい。

そんな中、僕が着ているドレスの袖がくいくいと引かれた。そちらを見ると、リューさんが期待を込めた眼差しでそわそわしながら僕を見ている。

あ、その後ろでティオナさんにティオネさん、アキさん他数名がスタンバイしている。

 

…皆も巻き込まれたいのかな?

 

だけど、巻き込むにしても…まず、リューさんはどう言う立ち位置が似合うだろうか。

ファミリア内じゃないから家族設定は難しいし…近所の優しいお姉さん?

 

そんなことを考えているうちに、収拾がつかなくなると考えたのかシルさんが声を発した。

 

「楽しそうなところ申し訳ありませんが、ベル君に着替えさせる時間がなくなるのでそろそろ終わりにしてくださーい! 第二ラウンド、投票始めますよー!」

「そんなぁっ!? シルお姉ちゃん、もう少しダメですか!?」

「グフっ…だ、ダメですっ!」

「リュー姉からも言ってくださいっ! こんな機会、中々ないんですから!」

「く、クラネルさん…その、私に頼られても、困る…」

「そんな他人行儀にならなくてもいいじゃないですかっ、ほら、ベルって呼んでください」

「…う、べ、ベル…? その、私ではシルには逆らえない…」

「ああぁぁぁもうっ! 終わり、終わりですっ! フレイヤ様もワクワクしながらこっち来ないでくださいっ! ほら、ベル君も戻って!」

 

その声に、皆は残念がりながらも散って行く。

確かに朝から始めたとはいえ、まだ四着しか着ていないのに結構な時間が経っているはずだ。このペースではとてもじゃないけど夜までに終わるとは思えない。

 

 

 

そこからは着替えるペースが上がって行った。

 

ティオナさんのアマゾネス衣装、ティオネさんの着物、リューさんの豊穣の女主人のウエイトレス服、アーニャさんの猫耳メイド、レフィの兎耳執事、アイズさんのじゃが丸くんの着ぐるみ、フィンさんの豪奢な戦闘衣、ベートさんの狼耳尻尾セット、巫女服や水兵服、エトセトラ、エトセトラ。

 

女装も比較的多かった気がする。流石にロキ様の持ってきた水着? は勘弁してくださいと断ったけど…あの白いぴっちりした水着は流石に…それに、胸というか腹のあたりにに神聖文字でベルって書いてあったみたいだけどあれは神様の拘りなんだろうか。なんでうちのだけダメなんやあぁぁぁって叫ばれたけど、流石に、その…恥ずかしいですよそれは。

 

そんな一方で、フレイヤ様が用意してくれたのは綺麗な羽衣のような外套のようなもの…それと、何故か僕に物凄くぴったりでジャストフィットな大きさの戦闘衣。

外套は天界でフレイヤ様が所有していたものを模して作ったらしい。ロキ様はそれを見て非常に複雑な難しい顔をしていたけど。

戦闘衣は動きやすいしとても着心地が良かった。ちょっと装飾が多めで、普段使いするものではない感じだったけど…そのまま貰ってとのことだったので、大事に着させてもらおうと思う。

 

意匠が似通ったドレスを着たフレイヤ様と腕を組んでステージに上がった時には、皆の目が凄かった。

 

 

 

何度も何度も着替え、その度に歓声や悲鳴が上がり阿鼻叫喚となる会場。

 

 

 

そして、途中。お昼ご飯も皆で食べ、既に太陽が落ちかけていた時刻になりようやく決勝戦が行われる。

 

 

 

 

「…えー、長く続いたベル君着せ替え大会ですが、とうとう決勝戦となりました。果たして誰が一番ベル君に似合う衣装を用意できるのか? 最終戦はレフィーヤ・ウィリディス対アイズ・ヴァレンシュタインです! まずはレフィーヤさんの衣装からになります」

「ふぅ…」

 

表でシルさんが声を発しているのに合わせて、僕は息を吐く。

楽しかったけど、ちょっと疲れてきた。

と言うより、兎耳に猫耳、狼耳、エルフ耳、犬耳。

どれだけみんな耳をつけさせたいんだろうか。そんなにいいものかな? いや、前に頼んでアキさんの耳を触らせてもらった僕が言えることではないけど。ただの人間にわざわざつけさせるのは何か違う気がする。

 

それから、なぜアイズさんが勝ち上がっているのか不思議だ。

正直じゃが丸君の着ぐるみを着せられた時点でアイズさんは負けたと思ったんだけど…あれは不戦敗になったロキ様が悪いか。その後も…思い返せばアイズさんの相手は変な服が多かった気がする。アイズさんもいまいち変な服を用意してきていたけど。

 

アルミラージの着ぐるみはどうやって入手したんだろうか。

 

それに比べるとレフィはずっと男物を用意してくれているから、僕の中では安心安全枠だ。

 

「…ふふ、疲れてますね、ベル」

「あ、レフィ…ええ、少し」

 

そんなことを考えていると、ちょうどレフィが僕の所へ一着の衣装が入っているであろう袋を手に姿を現す。

 

「まぁ、これだけ着替えさせられれば疲れもしますよね。あと少しですから、頑張ってくださいね?」

「あはは…頑張ります。でも、レフィはともかくアイズさんが最後まで残るとは思っていませんでした」

 

レフィは準決勝でリヴェリアさんと対決し、僅か二票差での勝利。

ちなみにレフィが学生服のようなもので、リヴェリアさんが着流し? 浴衣のようなものだった。

 

一方のアイズさんは、準決勝でフレイヤ様と対決し圧倒的な得票差で勝利を掴んだ。

フレイヤ様は俗に言う正装を用意してくれて、フレイヤ様自身は豪華な白いドレスに着替えておりまた腕を組みながらステージへと上がった。

最初の時より視線が刺々しかった気がする。

 

そして、アイズさんが用意してくれたのは兎を模した帽子に手袋、靴。かぼちゃパンツのようなズボンというハロウィンのような恰好だった。

 

多分、フレイヤ様を勝たせたくないという皆の意志が働いていた気がする。明らかに票が偏っていた。

 

僕が少し居心地悪い感じを覚えながらフレイヤ様の方を窺うと、残念だわと言いながらも目標は達成したから良しとしましょうと微笑んでいらっしゃったから、機嫌を損ねてはいなさそうだ。

貴方が気に病むことではないし、私も少し意地の悪いものばかり選んだのが悪いから気にしないでと頭を撫でられたので、本当に気にしていないんだろう。神様って心が広い。

 

そして、とうとう決勝戦が始まる。まずはレフィの服からだ。




何時まで経っても終わらない予感がしてきたのでショートカットしました。
今回は誰がヒロイン役なのか…一番いいとこ取ってる感じがするのはリヴェリア様かフレイヤ様ですけど。


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89話 着替白兎(6)

「全く…皆、面白半分にも程があります。後半、準決勝までは女装ばっかりだったじゃ無いですか…いえ、確かに似合ってはいましたけど」

「あはは…段々遠慮がなくなってきましたもんね。皆」

 

最初のうちは4〜5人に1人、女装や少し過激な服が用意されていたのだが回を重ね、勝ち残り、生き残っていくうちに段々はっちゃけた女装や、明らかなほどに個人の趣味嗜好を重ねたものが増えていった。

 

清涼剤だったのは、レフィとリヴェリアさんくらいだ。アキさんも3回戦くらいでとうとう壊れたようで、いや、初っ端も初っ端からちょっとおかしかったけどそれはまだ可愛い程度だったようで。

女物の服を着せられたと思ったら唐突に目を輝かせてビリビリと破かれた時は正直冷ややかな目で見てしまった。

これで完成よ! と言うアキさんは僕の顔を見ていなかったようだ。わざわざ丁寧に破かれたタイツに視線が向いていた。

 

満足そうな表情で顔を上げ、ようやく僕の表情を見てそれに怯んだアキさんは謝りながら別の服を出してきてくれたけど。

 

意外と女装ばかり用意してきたのがリューさん。3回戦目でレフィに敗れたけど、最後は白くてフリっフリなワンピース。リューさんがしれっと男装して、僕をエスコートしてくれていた。その前のフレイヤ様を見て思い立ったらしい。うん、配役は逆だったけどね。

1回戦目は酒場の制服。2回戦目は極東の着物。元々は友人の物だとか。

 

「…こんなにもちゃんと、男の子だと言うのに…皆、ベルのことをわかっていませんね」

「そう言ってくれるのはレフィだけですよ…後はフレイヤ様もちゃんと男として扱ってくれている気がしますけど」

「フレイヤ様はやはり侮れません。流石は美と豊穣を司る女神様です………どれもベルによく似合っていましたし…

 

そして、そんなことを話しながらレフィの用意してくれた服に着替える。

 

って、え゛。

 

袋の中身を見た手に取った僕は、そのあまりの衣装に愕然とした表情で固まってしまった。

恐る恐る再確認しようと広げ、心臓は焦りからか脈動を早める。

鳴り止まぬ頭痛にくらりとしながらも、耐えて扉の向こうのレフィに確認を取る。何かの間違いだと、そう信じて。

 

「あの…レフィ? これ………中身、間違えてませんか?」

「いーえ、それで合ってますよ?」

 

そんな僕の一縷の希望は、バッサリと絶たれた。

 

「え、でも、これ…」

「早く着てください。まさかここまで来て決勝戦を不戦勝で終わらせる…なんてことは、ベルはしませんよね?」

 

も、もしかして、レフィが真っ当にここまで勝ち上がってきたのは…最後の最後、これの為に…っ!?

 

その服は、パッと見たらただのバニースーツだった。

僕もここまで色々着てきた。()()()バニースーツなら誰かさんが用意して無残に破かれ、とても危なく何かの事件のように見えた超ミニスカよりかはまだマシだろう。そう思った。

 

だけど、広げた時にようやくその全容が見えた。

 

普通なら、胴体を黒布で覆い、網タイツを履き、肩から腕を露出する。

 

でも、これは()

 

胴体が網のボンテージのようなもので覆われ、肩から腕、太腿から下をピッタリとしたボディスーツで覆う。一応、いけないところは見えないように工夫されているけど…いやこれ、まずいでしょ…?

 

「ベル、ほら、早く着替えてください」

「ちょ、ちょ、ま、待って…レフィ、お願いだからこれは…」

「大丈夫です、ちゃんとダメなところは隠れるようになっているはずですから! だから、さぁ!」

「で、で、でも、これ、これぇっ!?」

 

騒ぎ立てる僕、開くドア。

 

「ほら、もう、潔く着てください」

 

にっこりと満面の笑みで、レフィがそう言ってくる。

 

「は、入ってこないでぇ!? レ、レレ、レ、レフィの裏切り者ぉぉぉぉぉお!!?」

 

盛大に焦り、涙目になりながら逃げ回る。

 

「…ふっ、ぷ、あはは、冗談ですよ、冗談。本当はこれです」

 

そして、そんな僕を見て笑うレフィ。

ちゃんと用意していたのか、もう一つ袋を差し出してくる。

 

「よ、よかった…ってまた同じようなバニー!?」

「いえいえ、実はこれ、ちゃんとジャケットになっていて…ほら、中のベストがあるんですよ。これが、バニー服と似たような見た目になっているんです。配色は逆ですけど」

 

…本当だ。ダブルボタンで締める白いベストが入っている。

 

着てみた。確かに遠目にはバニーに見えるけど、近くで見ると割とちゃんとした格好に見える。良かった、焦った。最後の最後でこんな罠があるなんて思いもよらなかった…なんか悔しい。

 

さっきの仕返しだろうか、でも、僕もこれじゃ気が済まない…そうだ。

 

「あ、じゃあ、レフィもバニー着ましょうよ! 一緒にステージ上がりましょう!」

 

そんな提案をする、それを聞いて、レフィは顔を真っ赤にして僕から距離を取る。

 

「…な、な、な…べ、ベルは私に()()()()()を着させたいんですか!?」

 

着替え終わり、僕が手に持っている服に指を差しながらレフィが叫ぶ。それを聞いて、僕は首を傾げた。

 

そして手元を見る。気が付く。

 

「…っ、あ! いや! これじゃなくてですね!? 普通の! 普通のバニーを!?」

 

僕が手元に持っているのは先程僕が着せられそうになっていた逆バニー、それを手に持った状態でバニーを着て、なんて言えば誤解されるのも当然だ。じとーっとした目を向けられる。いや、でも、元を辿ればこんなのを用意したレフィが悪い。

 

「…うむむむむ、恥ずかしいですけど…お揃いで写真というのも…フレイヤ様はそれが目的だったようですし、私も1枚くらい…でもバニー…うぬぬぬぬぬぬ」

「あの…嫌ならいいんですよ…? そんなに悩まなくても…」

「…いえ、着ましょう。折角ですし、この空気ならなんとかいけそうです」

 

 

 

そして、満を持してバニー姿のレフィとバニー姿の僕がステージに上がる…なんかこの格好、カジノのディーラーみたいな感じだなと思ってトランプを片手に。

 

「…っ!」

「フレイヤ、無言でカメラ構えるなや…外に漏らしたらわかってるやろうな?」

「あの子のこんなにかっこかわいい姿、漏らすわけないじゃない…永久保存よ!」

「色ボケてまぁ…ちょお落ち着けやフレイヤ、魅了がだだ漏れとるで。うちの子は渡さへんぞ」

「あら嫌だわ、はしたないことをしてしまったわね…」

 

正面ではフレイヤ様とロキ様が会話している。会話しながらも凄まじい速度で魔道具が動いているけど…。

何人かの視線は僕達じゃなくて、フレイヤ様に向けられているようだ。

 

「む…」

「ん…」

 

アイズさんはその手があったか、みたいな顔をしているし、リューさんもこちらを凝視しながら何かを考えこんでいる様子。

 

そして、クロエさんはうずうずしながら僕と、僕の手にあるトランプを見ている…トランプ、好きなのかな?

 

…なんか、獲物に飛び掛かる前の猫のような目をしてる。投げてみよう。

 

…あっ、アーニャさんとアキさんも参加して空中戦になった。凄いなアレ、猫人ってみんな、あんな凄い空中機動出来るのかな。

 

レフィもレフィで、エルフの人達や女性陣から囃し立てられて顔を赤くしている。男性陣からはあまり囃し立てる声が飛んでこないのは、リヴェリアさんへの恐怖だろうか。

 

「…ベル、ちょっとお願いがあるんですけど…その、写真用にですね、あの…その」

 

ステージ下のみんなからの声に応えていると、くいくい、と服を引かれる。そちらを見ると、顔を真っ赤にしたレフィが。

 

近くまで寄ってきていた人達と話をしていたかと思った直後だ。

 

「な、なんですか?」

「えぇっと…そのぉ…」

 

もじもじとして身体を揺らしながら口籠るレフィ。紅くなっている頰と合わせて、非常に可愛らしい。僕までドキドキしてくる。

 

「…お、お姫様抱っこを…ですね、その…してもらえないかなと…はい…」

「…お、お姫様抱っこ…は、はい…わかりました」

 

その口からようやく出された希望は、可愛いもの。

とは言え、衆人環視の中でやるにはなかなかハードルの高いものでもあった。だがしかし、女の子の方から言われて断るほど、僕は腰抜けじゃない。

 

スッと片膝をついて、両腕を広げる。

 

「…どうぞ」

「は、はい…」

 

レフィが、僕の膝の上に横向きに座るようにしながら腕の間に収まり、僕の首に腕を回す。

…バニー服だと普段は服に覆われていて見えないレフィの、意外と豊かな胸部装甲と谷間が直接見えて心臓に悪い。今だけ萎んでくれないかな。以前、ロキ様の部屋で見てしまったことを思い出してしまう。

 

迷宮探索の時に忘れたつもりだったけど、全然忘れられてないじゃないか…。

 

そんなことを考えながらも、レフィの体勢が定まったようなのでレフィの背中と、膝裏に手を回す。ぎゅっ、と互いに力を込めてしっかりと身体を近付けて、ゆっくりと立ち上がる。

 

それを見て、皆は大いに盛り上がる。

 

僕もレフィも顔を真っ赤にした。

 

「うぅ…予想以上に恥ずかしいですね、これ。逃げ出せないですし…」

「いや、ここまでやって逃げられたら僕、大恥もいいところなんですけど…逃げないでくださいよ」

「…ベルも顔、真っ赤じゃないですか」

「そ、そりゃ…そうもなりますよ。それに、レフィの格好も…」

 

皆から声が掛けられる中、僕らは顔を赤く染め上げたままヒソヒソと会話をしていた。レフィは顔をあまり見せたくないのか、僕の方を向いて僕の顔の横に自らの顔を収めている。

 

レフィ…エルフの長い耳が、時たま僕の耳や頰と触れ合う。

 

そして、互いに相手の耳に届く程度の声でヒソヒソと話している。

 

僕の内心は、レフィが身体をこちらに向けたことで押し付けられている柔らかいものから意識を逸らすことでいっぱいいっぱいだったけど。

 

 

 

どうにかそのまま何事もなくステージを去り、僕達は一息付いた。

 

「…ありがとうございました、ベル、最後はアイズさんですね…」

「いえ…また着ぐるみですかね」

「それはわかりませんが…でも、私は勝ちますよ。ベルの為にも私の為にも

「僕の為…? どういうことですか?」

 

レフィの言葉に怪訝そうにする、そんな僕の言葉にレフィも僕と同じような表情になる。

 

「…あれ、ベル、聞いていないんですか?」

「何をですか…?」

「あー、聞いていなかったんですね。実はですね、優勝者にはこの着せ替え大会を実施するにあたって集められた寄附金…の一部から、なんとペア旅行券がもらえるんです」

 

ペア旅行券…えっと、つまり?

 

「つまり、ベルと優勝者が2人で旅行に行くってことですね。これは団長やロキも承諾済みで…無理矢理ですけど、迷宮や鍛錬から離れて身体を休めろという意図があるようですよ。なんでも、あの聖女様から強く言われたようで」

「アミッドさんが…? あ、いやでも僕、そんな…」

「ふぅ…あのですね、ベル。貴方が気付いていないだけで間違いなく身体はかなり疲弊しているはずなんです。その原因の一部は私にもありますけど…元々衰弱して野垂れ死にそうになっていたところからあれだけ迷宮で死にかけて、ミノタウロス戦で死にかけて、インファントドラゴンとの死闘、アキさんとラウルさんとの迷宮探索でも死にかけて、団長達の訓練では身体を酷使して、アポロン・ファミリア団長との激闘をこなして大樹の迷宮でも死にかけて…まだ冒険者になって半年程度でこれだけのことをしているんですよ? いくら神の恩恵を受けているとは言え、間違いなく疲労しているはずなんです」

 

………改めて人の口から聞くと僕、よく生きてるな。

 

「だから、ゆっくりと身体を休めるいい機会だと思ってください。この都市にいたらなんだかんだで身体を動かして、休んでいないじゃないですか、ベルは」

「うぐっ」

 

痛いところを突かれる。最近でしっかり休んだ日といえば…リヴェリアさんに甘えっ放しになった1日とここ5日間くらいだ。

それでも本を読むだけじゃ物足りずに身体を動かしたくなって1人で鍛錬はしていたけど。

…1日、6時間くらい。

 

うん、鍛錬してないと落ち着かないとも言う。

 

「…そういうことなので、私かアイズさんかどちらかと4泊5日の温泉旅行に行くことになりますからね」

「4泊5日も2人きり…!? しかも温泉!?そ、それならベートさんとかフィンさんとかラウルさんが勝ち上がってくれれば…って、あ、フレイヤ様が明らかに不正に落とされたのってそれで…!?」

 

女の子と2人きりで温泉旅行って…逆に気が休まらない気がして仕方がないんだけど。身体はまぁ、休められるかもしれないけど。

それに、フレイヤ様が明らかに落とされた原因もわかった。

そんな特典があるなら、確かに勝たせるわけにはいかないと思う。

 

「流石に、他派閥の主神様とベルを2人きりで都市外に行かせるわけにはいきませんからね…フレイヤ様も理解しておられるようでしたけど」

 

では、そう言うことなので、と言い残して去っていくレフィ。

 

ここまで来たら、どちらが勝ってくれた方が僕にとって安心安全で気楽で、楽しい旅行を送れるのか考える。

 

…レフィかなぁ。アイズさんかなぁ。難しいところだと思う。

一緒に旅行に行きたいのがどちらか、と考えても甲乙つけ難い。

 

…これならベートさんかラウルさんかフィンさん、せめてリヴェリアさんが勝ち上がってくれていれば良かったのに…。

 

男性陣と一緒にならあまり気を遣わずに済むし、リヴェリアさんとは…目一杯甘えても、うん、許してくれそうだし…少しくらい甘えてもいいんだよね、きっと。

 

お母さん…記憶には残っていないけど、もしいたら、リヴェリアさんみたいな感じなのかなぁ…。

 

 

 

そうして考え込んでいると、アイズさんが現れる。その手にはまた着ぐるみが…ない?

 

手には、袋が一つ。普通の服が入る程度の袋だ。

 

一体、何が入っているんだろうか。




遅くなりました。
新しいR-18小説の方の更新と仕事多忙につき執筆時間が取れず…

次回で着替編は終わりになります。


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90話 着替白兎(7)

「…これで最後、だね…疲れた顔だけど…大丈夫?」

 

 小首を傾げながら、気遣う眼差しで僕を見つめるアイズさんの手には、一着の服が握られていた。

 袋から外へと出されて、僕に手渡されようとしているそれ。

 

「だ、大丈夫ですけど…アイズさん、それは?」

 

 明らかに女物の衣服。意匠は、アイズさんが普段着ている戦闘衣と似ているような気がしないでもない。

 

「これ? レフィーヤのバニースーツを見て、思い出したの…私が昔着ていた戦闘衣。ロキから貰ったものなんだけど…ベルに似合うと思って」

 

 そっと、手を取られてそれが置かれる。

 

 しげしげとそれを眺める。

 ザックリと空いた背中。大きく開いた脇に、ハイレグのような作りになっていて腰回りは丸見えだ。

 …アイズさんが普段着ているものも、かなり大胆だけど…これも中々凄い。いや、酷い。

 

「こ、これを…?」

「うん…本当は万能者に用意してもらった着ぐるみを着てもらおうと思ってたんだけど…レフィーヤとかフレイヤ様とか、あの酒場のエルフさんのを見て…私も一緒に写真、撮りたいと思って…ダメ?」

 

 そう言いながら、目を悲しげに細めながら首を少し傾げたアイズさん。ううっ、可愛い…し、仕方ない…うん、まだマシな方、まだマシな方…。と言うより、写真に写るのが女装の僕、それでいいのだろうかアイズさんは。

 

「わ、わかりました…じゃあ着替えてきます」

「…うん、ありがとう」

 

 普段無表情気味なアイズさんの微笑、そういった表情を向けてくれるのは嬉しいけど、できればもっと別の機会でして欲しかったなと少し残念に思う。

 

 

 

「着替えてきました…よゎぷ?」

 

 着替えが終わり、出てきた僕の頭に何かがもふっと置かれる。

 アイズさんが両手で被せてきたその何か。疑問に思いながら触れると、手触りの良いなにか。

 

「…うん、やっぱりよく似合う…ふふ、お揃いだね」

 

 それは、アイズさんと同じような長髪のウィッグ。

 色は僕の地毛に合わせた、白色。少しもふもふとボリュームを感じるもので、高価な物のように思える。

 

「ウィッグ…ですか」

「うん、今、リヴェリアに化粧をしてもらうから…少し待ってて」

「え、ちょ」

 

 ぴゅんっ、と残像を残してアイズさんが消えて行く。

 え、化粧…またですか、というより、リヴェリアさんに!?

 

 

 

 そして、1匹の兎が母たるハイエルフ…と、それについてきたアリシア他エルフ勢から貴族もかくやと言わんばかりの高価な化粧品の類を用いて至れり尽くせりの状態でメイクアップされていく。

 先程まで、女装ばかりじゃないかと言っていたレフィーヤ・ウィリディスまでもがノリノリで参加してのベル・クラネル化粧大会である。

 

 個人的な趣味嗜好としてエルフという存在を一段心の中に高く置いている少年はその現状にドギマギしっぱなしだが、自分の今の状態を振り返って冷静になった。

 

 だが、その最後の最後の方。

 

「よし、ベル、後は仕上げだけだ。少し、目を瞑ってくれるか?」

 

 リヴェリアの言に大人しく従い、そっと目を閉じるベル。それを見たリヴェリアが、ピタリと手を止めた。

 

「…っ!」

「…? リ、リヴェリアさん…?」

「あ、あぁ、すまない…少し、昔のことを思い出してな」

 

 リヴェリアの脳裏に浮かんだのはもう何年も前のことになる大抗争の際にオラリオの敵となった、最強の魔導師。

 

「すこし、むかし…」

 

 だがしかし、そのリヴェリアの言葉にベルは変な反応をしてしまう。いつか、アイズと他愛もない話をしていた時のこと。

 実はリヴェリアはもう○○○歳近い、という情報をしれっと教えられ、更に、昔アイズがリヴェリアのことをおばさんと呼んだ時、手足にアダマンタイトを縛り付けられて水の中に投げ込まれたということを聞いていたのだ。

 

 それに関して、ベルが何か思うことは特にない。いや、アイズさんも大変だったんだな…とは思ったが、ベルにとっては優しい母のような存在である。アイズさんがそれ以外にも色々とやらかしていたであろうことは想像できたし、折檻の一部なのだろうと考えていた。

 

 が、それはそれ、これはこれ。年齢を知っている前提で昔と言われると、昔とはどのくらい昔のことだ、とベルは無意識に考えてしまった。そして、それを言葉としてほんの少し漏らしてしまう。

 

「…ベル、何か、失礼なことを考えてはいないか?」

 

 聡明なハイエルフであり、ベルの、そしてアイズの面倒を見ているリヴェリアはその言葉に何かを感じ取る。そして、普段の柔らかな日差しとそよ風を思わせるリヴェリアの声が、極寒の吹雪を思わせる声になったことでベルは自らの失策を悟った。

 

 目を瞑っている為、眼前のリヴェリアの様相は窺えない。

 更に、頬にそっと手を添えられている現状で身体を動かすことも叶わない。多分、表情は穏やかで微笑んでいることが想定される、が、目を合わせることが憚られる…そんな状態であろうことはベルは察したし、先程まで近くに聞こえていたエルフ勢の足音が少しずつ離れていったのを察知する。

 

「…な、何も、考えてなんて、いません…っ」

 

 ベルは、ぷるぷると震えながら渾身の嘘をついた。

 嘘だとバレバレな、明らかに何か隠したいことがあると全身で表現しているようなその様子に誰もが呆れる。

 

「…ほほぅ? そうかそうか…アリシア、ロキを呼んでこい」

「そ、それはっ!?」

「リヴェリア様…そ、その辺りにしてあげてくださいっ!」

 

 キュゥっ、と首を竦めながら身体を震わせるベルは、どう見ても怯えている。そして、震える口で言葉を漏らしてしまう。

 

「や、やだ、アダマンタイトはやだ…」

「…アダマンタイト…? ほぅ、アダマンタイト…か、ふむ」

 

 それを聞きつけたリヴェリアがその単語を繰り返し、それを耳にしたアイズは血の気が引いた顔でその場を離れようとする。

 しかし、震えるベルを前にそれは叶わず、ここはベルを助けるんだと騒ぐ心の中の幼い自分が、背中を押す。

 

「…リ、リヴェリアっ! じ、時間が押してる…から、その…」

「アイズ…あぁ、そうだな、ほら、ベル。もう終わりだ」

「は、はいっ!」

 

 ぽん、と頭に手を置かれたベルは跳ねるように立ち上がり、アイズの傍に立つ。少し身体をアイズの影に隠す様子は、まさしく姉妹のように見える。

 

 怖がられたか、と少し反省するリヴェリアだが、2人にゆっくりと近付くとアイズとベルに顔を近付けながら言う。

 

「…後で、話は聞かせてもらうぞ? 特にアイズ…何か、ベルに吹き込んだのだろう?」

 

 その言葉に、姉妹のような2人は首を激しく縦に振った。

 

 その後にアイズに対してリヴェリアが言った、海と湖どちらが良いか選んでおけ、という言葉にアイズは顔面を蒼白にしていたが。

 

 

 

 恐怖の時間を過ごし、剣帯などを付けてまさしくアイズの妹のような様相になったベルは、アイズと共にステージへと上がる。槍を付け、短剣を帯びている姿はどこからどう見てもまだ幼い少女の冒険者でしかない。

 

 そして、そこでベルにとってまさかの展開が始まった。

 

「…じゃあベル、始めるよ」

「…へっ?」

 

 しゃりん、と、アイズの愛剣が引き抜かれる。

 唖然としているベルを前に、その柳眉を歪めたかと思うと更に言葉を繋げてくる。

 

「…手合わせ、だよ」

「…うぇっ!?」

 

 その言葉に、ベルはいつぞやに吹き飛ばされた記憶を思い返す。だがしかし、そんなベルの様子を見ながらアイズは胸を張る。

 

「君がアミッド達と迷宮に篭っている間に…Lv3の冒険者相手でも気絶させなくなったから、リヴェリアから許可も貰った!」

 

 むふぅ、と、鼻息を荒くするようにそう宣言するアイズ。それを聞いたベルは、先程まで軽く怯えていた相手であるリヴェリアに目を向ける。すると、リヴェリアも鷹揚に頷いた。

 それに何より、いつもと違って今回は皆距離を取っている。誂えたように、闘うのに適したスペースが開かれている。

 で、あるならば。皆、知っていたということであろう。

 

 いや、だからと言ってこんな場でやるのかという思いはあるし、それが通るのか、という疑問もあったが。

 

「そういうことなら、わかりました…お願いします!」

 

 だがしかし、良い機会でもある。アイズとは中々鍛錬ができなかったが、手数の多い近接型としてはこれ以上なくベルの目指す形に近いところにいる、とはフィンの言葉だ。また、共に付与魔法を使う前衛同士。共通点は多い。

 

 槍を引き抜き、構えるベルにアイズは満足そうに頷くと剣を構えた。

 

「いつでも、良いよ」

 

 その言葉の瞬間、ベルは爆ぜるように駆け出した。

 

顕現せよ(アドヴェント)━ディヴィルマ・ケラウノス!」

目覚めよ(テンペスト)━━エアリエル」

 

 雷光が閃き迸ると、吹き荒れる暴風と激突する。

 

 まさに嵐のような光景を前に、観客達が結界に包み込まれる。

 リヴェリアとレフィーヤの結界魔法によって、2人以外と2人は分かたれた。

 

 そこからは乱戦だった。アイズは手加減こそしているが、剣を使い、魔法を使っている。Lv3ですら意に介さずに打破できるような実力の持ち主とベルは打ち合っているのだ。

 

 ベルの雷が、アイズへと走る。風がそれを弾くと、雷を纏ったベルが雷速で突っ込んでくる。槍にも付与魔法を施し、全力を込めた突進を前にアイズも風を纏う。

 迅雷と暴風、二つがぶつかった時、レフィーヤが張った結界にヒビが入る。上級モンスターの攻撃にも耐える結界が、戦闘の余波のみでヒビが入ったのだ。レフィーヤの顔が青く染まる。

 

「…と、とても人間種族同士の戦いとは思えない…ですね…」

「…あぁ、アイズは()()()()、ベルの魔法も人間種族としては規格外な威力だ」

「…異常です、普段から思ってはいましたが、今、改めてそう思います」

 

 異常な速度でここまで成長を重ねる白兎と、異常な速度でこれまで成長してきた剣姫。2人の戦いは、周囲の観客の熱を否応なく高めて行く。

 たかがLv2、ルーキーと侮るものはこの場に、このファミリアにはいない。それは、戦うベルの姿を幾度となく見ているから。

 

 街の人にも認められている、冒険者らしくない冒険者。

 

 ただ、その向かない性格で直向きに前へと走る姿は冒険者になった頃の、もしくは、冒険者を目指した頃の己を思い出させてくれる。

 

 戦争遊戯の際のような熱が広がる中で、2人の()()()()は続く。ヒートアップするベル、段々と力が入るアイズ。

 

 その結末は━━

 

 ベルの渾身の一撃を打ち砕きながら、首元へ鋭い一撃を入れたアイズによってベルの意識が刈り取られることで終わりを迎えた。

 

 ━━無論、突進の勢いはそのままに。

 

 ふにょん、と、音としては誰の耳にも聞こえないそれがしかし、誰の耳にも聞こえた。

 

 瞳を昏くさせながら倒れ込んだベルが、アイズの胸に着地。

 目を回しながら、武器を弾かれたことで広がった腕をそのままに倒れ込んだのでまるでアイズの身体を抱き締めるようにしながら押し倒した。

 

 黄色い歓声と、怒号、絶叫。ロキ・ファミリアの館は今日も騒がしかった。

 

 

 

 良い話で終わることもなく。しっかりとリヴェリアに怒られたアイズは皆が後片付けに奔走する中で1人、ベルのことを膝枕するという役得に浸っていた。ちゃっかりと、リヴェリアに怒られながらもベルを確保していたのだ。

 

 もふもふとベルの白髪を撫で、ほわっと癒されたアイズはしかし、ベルの顔を見つめていた。

 

「…温泉、楽しみ、だね」

 

 その言葉の通り、何故か投票で勝利したアイズがその権利を手にしていた。戦闘によってレフィーヤの存在感が薄れたという可能性は否定できない。

 

 が、これは関係あることかは分からないが、どこぞの猫達の手によって下着がちらりと見える写真が大量に撮られていたらしい。つまり、そういった事象自体が数多く起きていたということだ。




遅くなりました & 戦闘になりました

平和回のはずだったんですが、ここでアイズが実は鍛錬の許可をもぎ取ったことを活かしてこの場で戦闘を行わせました。

次回も少し遅くなるかもしれませんが、この話の後片付けと温泉回への布石です。


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6章 兎は姫と、湯に浸かる
91話


 黄昏の館はその夜、騒ぎ散らかした部屋、そしてベルが着せられた数多の衣服の片付けに追われた。

 

 何着かはベルの自室のクローゼットの中へと仕舞われることになるが、大半は普段着に適さないーーそもそも性別からして違うーー代物ばかりだ。

 だがしかし、それぞれが良いと思った物を購入、ないしは仕立ててもらったために作りもそれなり…で納めるには済まないほど上等な上に、そもそも衣服というのは割合高価な物である。捨てるには惜しいのでそれぞれサイズの合う物は女性陣が物色し、私服に使えそうなものは自らの物として確保したりしている。ちゃっかりと、今現在で言えばベルと身長が同水準程度にあるレフィーヤも二着ほどを確保していた。割とまともな、女性エルフ用の服を。

 ステージに上がったベルはこれを着ていなかったので、これは一体誰が用意したのかと首を傾げながら。

 

 そもそも、一回戦で半数が脱落した時点でその人が用意していた他の数着は全て日の目を見ることがなかったので当たり前なのではあるが、その莫大な衣服の中からもベルが着られそうな服はしっかりと選り分けている辺り、とことん姉らしく動いている。

 これはベルに似合いそう…と呟きながら服を物色する彼女を、同胞達は温かい眼差しで見守っていた。

 

 尚、リヴェリアによって用意されたハイエルフの正装は丁重に、それはもう丁重に、震えるアリシアの手によって厳重に仕舞われている。

 

 そうして、夜も更けた黄昏の館では主役であったベルが疲労からか、いつもより早く眠りについた後ーー

 

 各々の魔道具から現像された、様々な写真が持ち寄られていた。

 

「はい、レフィーヤ。お姫様抱っこのやつ」

「ありがとうございますっ、ティオネさん!」

「アイズもこれ、押し倒されたところもばーっちり」

「…あ、ありがとう…?」

 

 そこかしこでトレードや受け渡しが行われ、各々の中で最も良いと思う写真を入手していく。

 特に、普段から付き合いのあるメンバーと…ベルと仲良くなろうとしているのに、そのチャンスが中々訪れないものの熱意が凄い。

 エルフ勢はリヴェリアとのツーショットを盛りに求めており、また、数少ない男のエルフ達は何を血迷っているのか、女装エルフ姿のベルの写真(アリシアやレフィーヤと写ったもの)を買い求めている者もいた。

 

 ベートも、ラウルから渡された戯れ合う己と狼耳を付けた子犬のようなベルの写真に悪態を吐きながらも、そっと胸元に仕舞い込んでいた。ぱたり、ぱたりと尻尾が揺れているのを見てラウルや犬人の冒険者が遠目にニヤニヤとしていると、目ざとく気がついた狼の怒りを買ったのはいつものことだ。

 

 また、今回、主催しておきながら自らは司会者となっていたためベルに服を着せられなかったシルはというと、この一件でしっかりとロキ・ファミリアと交渉しておりシル・フローヴァがロキ・ファミリアに対して()()()()という、なんとも曖昧かつ、良心に付け込む対価を得ている。

 

 各々の欲望を爆発させた宴は、宴の後も熱がやむことはなく続きーー

 

 一部、酒に酔った者や神のせいで流出した写真によって後々の騒動の火種が撒かれることになるのであった。

 そして、『万の兎(オムニス・ラビット)』なる二つ名を持ち、その名の通り数え切れない魔法を扱う()()()()()()()()()()()なる、非実在美少女が魔法大国(アルテナ)に狙われることになるなど、その時は誰も思っていなかった。

 

 

 

「本当についていかなくてよかったのか、レフィーヤ?」

「はい、アイズさんに負けてしまったのも事実ですし…そろそろ私も、一つ()を破りたいんです。いい機会ですから」

 

 そして、2人が温泉地へと旅立った日。

 2人を見送ったレフィーヤに、リヴェリアは話し掛けた。

 

「お前のことだから、自腹を切って、仮に一緒に行動できなくてもついていきますと言うと思っていたのだが…な」

「そ、それは、考えなかったとは言いませんけど…いいんです。ベルはこのまま成長すれば、間違いなくファミリアの中でも有数の実力者になります。その時に、多分横に立てるのはアイズさんやベートさん、ティオネさん、ティオナさんしかいません。だからせめて、後ろを任せてもらえるような魔導士には、なりたいんです」

 

 レフィーヤの決意。それは、リヴェリアにとっても好ましいもの。

 性格が災いしてか、ポテンシャルを十全に発揮できていないことが多かったレフィーヤの、極めて前向きで、かつ、直向きな目標。

 

「…守られるだけの存在には、なりたくないんです」

「…そうか、ならば、より一層の精進を積むしかないな。…よし決めた。今日から1週間、みっちりと基礎から鍛え直してやろう」

 

 ベルと関わるようになってから色々と迷走しているところも見受けられたが、それでも、2人まとめて叩き込まれた厳しい鍛錬によってしっかりと能力は向上している。

 そして、ロキから他の団員達には秘密裏に幹部達に伝えられたレフィーヤとベルのステイタス…限界であると思われていた999、3桁を突破したステイタスには、期待が募ってしまうというものだ。

 フィン、ガレス、そしてリヴェリア。3人が軸となった状態はまだ続いているが、恐らくその下の世代…ティオナにティオネ、ベート、そしてアイズ。Lv5の彼らがLv6に至るのも、遠くはない。そうなった時には、このファミリアの陣形はまた変わってくるだろう。

 

 Lv3.4の第二級冒険者の層も、ここ5年程をかけて厚くなってきた。欲を言えば、ラウルやアナキティ、アリシアなどはもう一つ殻を破って欲しいところではあるが…まずは魔法の弟子でもあり、いつか自らの代わりとなって後衛を任せられるであろう妖精からだとリヴェリアは今まで以上に鍛え上げる決意をする。

 

「…は、はいっ!」

 

 緊張を思わせるレフィーヤの声が、早朝のオラリオに響く。

 都市最強の魔導師の苛烈な鍛錬への大きな期待と、少しの怯みが声には含まれていた。

 

 

 

 ごとごと、がたがた、と車輪が音を立てて廻る。

 お世辞にも整備された道とは言えない街道を、2頭立ての馬車が緩やかな速度で走っていく。

 さして広くもない馬車の客室内、どうやら、ロキかフレイヤによって手配されたこの馬車は温泉に向かう2人のための馬車のようで、室内には2人しかいない。

 御者も心得たもので、男女が2人という状況下において自らの存在感を極力薄くし、我関せずの態度を貫き通している。そもそも、外部にいるのだから内部のことはあまり探れない状態ではあるが。

 

「…ベル、楽しみ、だね?」

「そ、そうですね」

 

 進行方向を見て座るアイズ・ヴァレンシュタインは己の()()()に座るベル・クラネルに目を向けながら話し掛ける。

 何故か、乗り込んですぐにベルの隣に座ったアイズから離れるようにそちらに行ってしまったのだ。

 

 具体的には、2人で横並びになるには少々窮屈な座席であったのだが無理矢理アイズがベルの横に座り、身体が触れた時点で跳ねるように席を移った。

 

 そもそもこの馬車は2人用の小型の馬車であるために1人ずつ座るものなのだが、華奢なベルが座った後にくるりと車内を見渡したアイズは、いける、という判断と共にベルの横へと目標地点を定めたのだ。それに慌てたのは、当然対面に座ると思っていたベルである。

 

 逃げられた、と感じるのは無理もないが、アイズも一旦は引き下がる。リヴェリアからも時折、物理的に近付きすぎるなと小言をもらっているからーーその割には添い寝をしたりと、人に言っておいて距離が近いじゃないかという文句はないわけではないーーわざわざ離れていったのを追い掛けるということは今はしない。嫌われるのも嫌だし、そもそも、自分だって、例えば見知らぬ異性に距離を詰められるのは嫌だ。

 

 レフィ、アキ、2人とのあれこれによって少し女性を意識し出したベルにとって、アイズのその対応はありがたいものだった。

 今も尚、少しの緊張はあるもののベルにとっては十指には入る程度には気心の知れた仲である。これが、長期で2人きりの温泉旅行などというものでなければもっと話せていただろう。

 

 今も会話はされるものの、長くは続かない。話し下手のアイズと緊張しているベルの間ではさもありなん。だが、その均衡はアイズの手によって崩される。

 

 アイズがティオナに頼み込んで切り札として用意していた本を取り出した。

 ぺら、と、古書独特の堅い質感を思わせる紙を捲った音を、ベルの耳が捉えた。赤い瞳をまん丸くさせながらその本の表紙を捉え、記憶の中の本達を照合させるも、見たことはないという判断がなされた。

 故に、気になって仕方がない。ましてや、アイズの指の隙間から見える文字には明らかに英雄を意味する言葉が覗いているのだ。

 

 自らの知らない英雄譚の一冊。ベルはその本をそう判断した。

 

「…? アイズさん、その本は…?」

「…これ?」

 

 掛けられたベルの声に、アイズは表情こそ変えないが内心では釣れた! と大喝采している。

 

「…ティオナから借りた、英雄譚の本…気になる?」

 

 はいっ! と元気よく返されたベルの声に、アイズは本で顔を隠しながらニヤリとする。そして、徐に膝の上にその本を置いたかと思うと、ぽんぽん、と自らの横を叩く。

 

 疑問符を浮かべたベルに、アイズは殊更に良い笑顔で、告げる。

 

「…隣、おいで。一緒に、読もう」

「えっ…そ、それは…」

 

 躊躇を見せるベルに、アイズは切り込んでいく。

 

「…リヴェリアとはあんなにくっ付いて一緒に本を読んでたのに…私とは、ダメ…?」

「うぐっ…」

 

 葛藤の末に、おそらくこれは隣に行かないと読ませてもらえないと察したベルが己の欲に負けたのは、割とすぐのことであった。

 尤も、すぐに英雄譚に夢中になったことで意外と緊張せず本を楽しむことができたのは、ベルにとって幸運なことだったのだろう。

 

 そこから、温泉地へと着くまでの間。

 アイズはベルに解釈や、他のベルが知る英雄譚との類似点など色々なことを話し続けられていた。普段、ティオナとベルが語っている時は近くにいても殆ど理解が及ばずに孤独感を味わっていたが今は違う。ティオナがいないため、アイズにもわかるようにと、ベルは噛み砕いた説明をしてくれている。時折アイズの方からも質問を挟み、2人は一冊を読み解いていく。

 

 アイズは、この本を持たせてくれたティオナに深い感謝をしながらその時間を満喫し…そして、帰ってからもたまにこの時間を作ってもらおうと、新たな目標を立てた。




大変遅くなりました
この作品もしっかり更新していきますので、よろしくお願いします


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92話

 途中、休憩なども挟みながら長い時間を馬車に揺られる二人。

 アイズが持ってきていた本はあれ一冊だけではなく、ティオナに薦められた英雄譚を皮切りにリヴェリアに頼み込んで借りた歴史書やレフィーヤから貰ったおすすめの本など、それなりの数を持ってきていた。

 

 それを二人で読む時間はアイズにとって何よりも癒しとなり、もう温泉行かなくても十分英気を養えたな、と感じさせてしまうほど。

 

 が、しかし、悪路で揺れる中で本を読み続けるというのはよほど三半規管の強いものでなければ酔うのも必然というもの。いかに恩恵を刻まれ、昇華を遂げ、身体的に強靭になろうともその手の感覚というのは個人差もあるしなかなか強くなるものでもない。

 

 つまり、乗り物に慣れていない田舎育ちの少年、ベル・クラネルは

 

 揺れる馬車に酔い、剣姫の太腿という極上の枕に頭を乗せ、情けなくへばっていた。

 

「ご、ごめんなさいアイズさん…」

「気にしなくて、良いよ?」

 

 ガタガタゴトゴトと揺れる馬車では、ただ座っていれば激しく揺さぶられる。そもそもぐわんぐわんと揺れるベルの頭では、大人しく座っていることもままならない。

 狭い馬車の中、取れる体勢も限られている状況下で最も苦痛を和らげる姿勢は…ということで、御者に相談するとにこやかな顔で対面している椅子と椅子の間に組み立て式の椅子を設け、人1人が寝転がれるスペースを確保してくれた。荷物の中から服を取り出しそれを敷き込みそこに横になる。そして、スペース的に仕方がないとはいえ頭はアイズの太腿の上へ。勿論、アイズは嬉々として差し出したのだが、ベルは申し訳なさと恥ずかしさで一杯一杯だ。

 

 アイズは椅子の上に横向きに座り、ベルの頭をその太腿の上に迎え入れた。衝撃が走るたびに、アイズの柔らかな腿へとベルの頭は沈む。

 苦しげな顔と、悩ましげな顔。それを見たアイズはゆっくりとベルの頭を撫でながら、声を掛ける。

 

「大丈夫…大丈夫だよ…」

 

 ぎゅっと、頭を抱え込むようにしながら撫でる。ベルの顔は外…つまり、アイズのいない方を見ていたが強制的にアイズの側に向けられる。

 そして、軽く力を込めて抱擁したがために、ベルの顔はアイズの腹へと埋もれた。

 

 少しの動揺を見せながらも、その抱擁である意味気が紛れたベルは、暫しの眠りへとついた。

 

 

 

 わしゃ、わしゃ、ほわん

 なで、なで、ほわん

 さす、さす、ほわん

 

 眠っている少年(ベル)の髪を、頬を、撫でまわす少女(アイズ)は、それはもう満足げに微笑みながらその行為を続けていた。

 

「君は…白いね、何色にも、染まってない」

 

 呟く声は、慈愛に僅かばかりの悔しさとでもいうべきものが内包されている。

 自らの内に棲まう黒い炎とは対照的な、真っ白な光。

 それは奇しくも、魂の色を見抜くというさる女神と一致する感想。

 

「…どうして、かな」

 

 境遇は恐らく似ている。幼子の時点で両親を亡くし、育ててくれたのは祖父だという。両親のことは記憶にないと言っていた、であるならば、年齢を考慮すれば自分と同じく黒龍討伐失敗の前後でのことだろう。

 アイズと違い、物心がついていなかったのがある意味幸いだったのか。

 

 何度苦境に立っても輝きを失わない光、まるで、魂の底から…運命が、光り輝くことを願っているような在り方。

 

 自らが傷つけてしまった時もそうだ。あの優しさは、あの明るさは、いったいどう育って培われたのだろうか。

 

「…君は、そのままでいてほしいな」

 

 その輝きは、冒険者として大成するにつれて…大人になるにつれて失われていくかもしれないけど。

 でも、叶うならば純粋なままの、白い君でいてほしいとそう思うアイズ。

 

 最近、自らの変化にも気が付いている。

 この子がファミリアに来てから…なんだろうか、そう、楽しいのだ。

 なぜか気になって、可愛くて、それでいて構いたくなる少年。幼き頃の自分が重なった目の前の少年がレフィーヤに連れられてきてからというもの、毎日が楽しいのだ。

 

 …吹き飛ばしてしまったのは今思うとやり過ぎだし、反省しているけれど。

 

 でも、逃げているベルを追いかけているときも、悲しい気持ちはあったけど楽しかった。

 そう、こちらを警戒する野良兎を手懐けているみたいで。

 

 この子はきっと、いつか、目的を達成するんだろう。

 未だ見ぬ地への憧れ、過去の英雄への憧れ、確固としたゴールのないそんな目標だけれど、恐らく納得の行く生を過ごす。

 

「英雄…か、お父さんの言っていた私だけの、英雄…見つけられるのかな。私は、誰かの英雄にはなれない…復讐に心を燃やしている、私じゃ…けど、もしかしたら、君なら…」

 

 なで、なで、暗く沈みそうになる気持ちを、野を駆ける兎が跳ねるように上向かせるために、ベルの頭を撫でながらアイズは自問自答を続ける。

 

 Lv5に至ってから2年、ステイタス、アビリティの伸びは鈍化している。

 

 数多の冒険者達と比較すれば、強い方なのかもしれない、けど、私はまだ、まだまだ、弱い。

 

「どうして君は、そんなに直向きに、強くなれるの…?」

 

 すくすくと育っていく少年の、白髪を撫でながら答えが返っていないことはわかりつつもそう問いかける。返されるのは、苦し気な呼吸だけ。

 

「…帰ったら、リヴェリアに相談しよう…」

 

 ここでしっかりと身体を休めて万全の状態で。

 

 偉業を、成す。器の昇華を、遂げる。

 

 背後から迫るこの少年と。自分同様に、この子がファミリアに入ってから何かが変わって急成長している山吹色の妖精。

 

 後ろから追いかけてくる後輩には負けてられない、と、アイズは自身のすべきことを見定めた。

 

「ふぁ…ん、私も少し、眠い、かな」

 

 小さな欠伸を漏らし、少し苦しそうではあるが穏やかに寝ている少年の顔を見て。

 

「私も、寝よう…おやすみ、ベル」

 

 少女も、眠りについた。

 

 

 

「ほぁぁぁああああぁぁぁぁぁっぁああっっっ!?」

 

 そして、それなりの時間が経過した後。

 

 のんびりと馬車を走らせる御者の耳に飛び込んだのは、少年の情けない悲鳴。

 だがしかし、特段の問題はなさそうかと知らぬ存ぜぬを決め込み手綱から手を離さずにいた。

 

 そしてそのころ、馬車の室内では白い少年が真っ赤に燃え上がっていた。

 

 眠りについた時には、アイズの腹に埋もれるようにして太腿を枕にして寝ていた少年。その時点で割とキャパシティオーバーだというのに、それが眠りから目を覚まして瞳を開けると胸元に抱きかかえられるようにして、しかも自らの目の前にそれはもう見目麗しい少女の顔があるのだ。

 

 それはもう驚く。だがしかし、動くことができない。

 以前、どこぞの猫人に抱き締められていた時同様、完全に頭を抱え込まれているためだ。

 

 

 

 もぞもぞ、もぞ、眠りについたはずのアイズが、もぞもぞと動く。

 

「…寝辛い…そうだ」

 

 安眠できなかった彼女は、どんな体勢ならベルの頭を受け止めつつ寝ることが出来るかを考える。そして、思いついた体勢へと移行する。

 

 膝の上にある少年の頭を一度浮かし、自らの身体をその下に滑り込ませるようにする。そこまで広くはない席に横向きに、少年に太腿を貸すために伸ばしていた脚を、膝を畳むようにして、背中を丸めながら収まる。そして位置がずれ、ちょうど少年の頭の下にある自らのお腹の上に少年の頭を再度置き、もぞりもぞりと身体を動かす。

 

 やがて、背中の収まりが良いところを見つけ一息。この時点で、少年の頭は少女の太腿、腹、胸に三方を支配されている。そして、頭に手を置かれた事により四方全てが支配されたのも束の間。

 

「…おやすみ」

 

 そう呟くやいなや、こてりと首を下げた少女は少年の顔の方へと自らの顔を向けた格好で眠りについてしまう。

 

 割と豊かな胸の上に乗っかる形になり、物理的に遮られているのが幸運か。

 

 

 

 だがしかし、それ故に少年の顔にはこれでもかとその胸が押し付けられている。重力に加えて、アイズ自身の体勢によりそれはもう押し付けられている。頭の下もまたアイズの身体であるため、逃げる選択肢は一切取れない。

 左には柔らかな太腿、頭の下には腹筋の固さと薄い肉付きがもたらす感触、そして右側には柔らかさの中にぷにぷにとした弾力を感じさせる胸。

 

 ベル・クラネルは、パニックに陥った。

 

「!?!?!?!?!?!?!??!??!?!?!?!??!?!??!?!?!??」

 

 顔色は白や青、赤と面白いほどに代わり、表情も巡り巡る。

 疑問、困惑、羞恥、その他諸々の感情が決壊したダムから溢れる濁流のようにベルの頭の中を駆け巡ったのだ。だがそれも長くは続かない、ベルのその動きに敏感に反応したアイズが目を覚ましたからだ。

 

 揺れ動き、泳ぎ回っているベルの深紅の瞳がアイズの金の眼を捉える。

 

 あ、と、ベルが小さく呟くと。

 ん、と、アイズが小さく声を漏らす。

 

「…お、おはようございます?」

 

 今言うべきはそれじゃないだろうと思いながらも、目覚めの挨拶をするベル。

 それに対してアイズはぼんやりとした目のまま、じっとベルの瞳を見続ける。

 

「…………おは、よう?」

 

 じんわりと現状を認識したのか、ようやく告げられた返事に内心バクバクと心臓を鳴らしていたベルがほっと一息つく。それに加えて、アイズが背中を伸ばしたためにひとまず胸を押し付けられていた状態が解消されたために安堵も一入だ。

 

「…私も、眠くなっちゃって」

「あ、そ、そうだったんですね!」

 

 そして、身体を起こしたベルは酔いが和らいでいることに気が付き、動けるようになった身体でさりげなくアイズのいる対面の椅子へと腰掛ける。

 

 それに気が付いたアイズも、少し心配そうな顔をしながら問い掛ける。

 

「馬車酔いは、大丈夫そう?」

「もう、大丈夫だと思います…ありがとうございました」

「気にしないで、慣れてないなら、仕方ないよ」

 

 そして、そんな話をしているとき。

 馬車が止まった。

 

 ようやく、目的地へとついたのだ。これから二人が4泊5日を共に過ごす温泉地へと。

 

 御者の案内に従って馬車を降り、荷物を手に持って二人は目の前の館を眺める。

 

「ここが…」

「…今日からお世話になる温泉旅館…凄い、綺麗だね」

 

 規模としてはこじんまりとしたもの、しかし、極東由来の建築技術をもってして作られた、知る人ぞ知る名旅館がそこにあった。

 まさに御伽噺の中にいるかのような見た目の旅館に、ベルのテンションはうなぎ登り。

 瞳を輝かせて、建築物を楽しんでいる。

 

 二人は、ここで極上の食事と最高の接客、そして、至高とも言われる素晴らしい温泉を存分に楽しむこととなる。

 

 なるのだが、やはりと言うべきか問題が発生することをこの時、瞳を輝かせていた白兎も心躍らせていた剣姫も知らなかったし、それを受けて動揺したのは白兎の方だけであった。

 

 

 

 二人に割り当てられているのは一部屋で、この旅館には大浴場はなく各部屋に備え付けの露天風呂のみだと知ったのは、受け付け後に部屋へと案内されてからのことだ。



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93話

「御夕食のお時間になりましたら、お部屋の方にお持ちいたします。では、どうぞ御ゆっくりお寛ぎくださいませ」

 

 にこにことした笑みを浮かべる旅館の仲居さん…極東の旅館でのメイドさんのようなものらしい…が、案内と説明をしてくれた。その最後、案内をされた当初から唖然としたままの僕と、いつもと変わらない様子のアイズさんにそう言い残しながら去っていく。

 与えられた宿泊のための部屋は、二人で一室。

 畳が広がった空間は、どことなく風情があるような、そんな気がする。

 

 その、一見穏やかに見える空間に実際僕もゆっくりと過ごせそうだという印象はある。問題は、この空間で今日から5日間、アイズさんと文字通り寝食を共にするということ。あのアイズさんとだ。

 

「…本当にゆっくりできそう、だね」

「ソ、ソウデスネ」

 

 早速と言わんばかりに部屋の真ん中へと設けられた座椅子に座り寛ぎ始めるアイズさんをよそに、僕は、いまだに困惑の中にいた。

 

 なんで、こんなに平常運転なんだろうかこの人は。

 

「…今日はもう遅いけど、明日からは何をしようか」

 

 座卓の上に、先程の仲居さんが良ければこちらをご覧になってくださいと置いていってくれた、付近の見取り図を開きながらアイズさんが僕に問い掛けてくる。今日は移動に時間を費やした為に、もう辺りは薄暗くなってきている。移動の疲れもあり、ゆっくりと過ごすことにはしたのだけれど…明日から丸三日間は、予定も何もない日になる。

 温泉街として栄えている場所の為、近場には観光施設や景色の良い場所、色々なお店などもあると聞いている。

 

 僕はゆっくりと息を吐きながらアイズさんの対面に座った。

 いまだにこの状況は呑み込めていないけど、ここまで来たら腹を括るしかない。とてもじゃないけれど、もう一室を別に取るようなお金もないし。

 

「…その、アイズさんが行きたいところとかあれば、付き合いますよ?」

 

 そして、何か先程から目を輝かせて見取り図の一点を見つめているアイズさんの顔を見て、そう返した。

 

 

 

 その視線の先には、温泉じゃが丸君、という文字がデカデカと書かれていて、僕の言葉を聞いたアイズさんはパァッと花開くような笑顔を見せながらここに行きたいと主張する。

 

 …危ない、普段と変わらないアイズさんに疑問を抱いていたくせに、こんなに普段と違う表情を急に見せられるのは、心臓に悪い。

 

 

 

「ところで、ベル、少し聞きたいことがあったんだけど…」

「聞きたいこと、ですか? ええと、なんでしょうか」

「…どうして君は、そんなに早く、強くなっていけるの?」

 

 見取り図を二人で見ながら、明日の予定を決めている最中。ふと、アイズがベルへと話を切り出した。それは、アイズが気になっていたこと。

 

「…強く…ですか?」

「…うん、君のスキルのことは知ってるし、勿論それだけの成長に見合った鍛錬も…だけど、君はどうしてそんなに…」

 

 アイズは、一瞬口籠る。どう聞けばいいのか、と悩むようなその仕草。ベルはそれを、待つ。

 

「…どうしてそんなに、前を向けるの?」

 

 そして、ようやく捻り出されたその言葉にベルは目を丸くする。

 

「うん、と…僕がファミリアに入った経緯は知ってます…よね?」

「…うん、その前のことも…私も、似てたから」

 

 ベルは、少し顔を赤らめながら、悩みながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「…なんて言えばいいのか、難しいんですけど…その、今僕がここにいるのは、運が良かったからなんです。レフィが拾ってくれていなければ、多分もう、死んでましたから…だから、自分はもう一回死んだと思って…後ろを向いている暇なんかないっていうか、早くみんなに追い付きたいというか………まぁ、そんなこと考える暇もなかったっていうものありますけど」

 

 悩む、悩む、悩む。

 言語化できない感情を必死に言葉に表そうとするベルを、アイズはじっと見詰める。

 

「丘を超えた先にある景色を見に行きたいから、です」

 

 そして出てきたのが、願望とも欲求とも取れる答え。

 歴史書や英雄譚を好むベルらしい喩え方。

 

「……」

 

 それは、アイズの胸に響いた。復讐に心を燃やす己をほんの少し見つめ直す。

 

 丘を超えた先………アイズの見ているところは丘などという生半可なものではなく遥か先の高みではあるが、その願い、悲願を成し遂げた先に何があるのか…。

 

「…なんか、冒険者みたいだね」

「僕も立派な冒険者ですからね!?」

 

 そんな、少しシリアスな空気もアイズの天然発言により、ぶち壊されることになった。

 好奇心から知らない場所まで歩いてしまい、迷子になっていた近所の子供を保護したお姉さんのような優しさがそこに垣間見えた。

 

 

 

 料理を楽しんだ僕達は、一つの問題を抱えていた。

 

 食べ終わった膳を下げられ、布団を敷いてもらった僕達は暫し会話をしていた。そのうちに、僕の意識が少しお風呂へと向かう。

 

 大浴場のようなものがなく部屋付きのお風呂というのは先程の説明で聞いていたのだが、それを今更になって良く良く見た僕は頭が痛むのを感じた。

 

 この部屋は、広い一間でその外…ベランダのような造りになっているところに露天風呂があるのだけど…外の景色を楽しめるように全面ガラス貼りになっていて、脱衣所がない。全て丸見えになってしまっている。

 

「…え…と…」

 

 どうすればいいのやらと思案する。お風呂についての話を切り出そうとカラカラに乾き出した喉で声を振り絞る。

 

 一番良いのは片方がお風呂に入っている間、もう片方が外に出ることだろうけど…問題は、外はもう暗いし、旅館の中をうろうろするのも憚られる。ということくらいだろうか。

 

「…お風呂、私が先に入ってもいい、かな?」

「うぇっ!? あっ、はい! ど、どうぞご自由に!?」

 

 そう悩んでいると、アイズさんも少し顔を赤らめながらそう切り出してきた。慌てて返事を返すと、アイズさんはさらに顔を赤らめる。

 

「……その、ベル、絶っ対、見ちゃダメ…だよ」

「…!?!?」

 

 そう告げられると同時。

 僕はアイズさんがいるであろう方向から180度反対側に向き、目を固く瞑って両耳に手を当てた。

 その直後、耳を手で覆っていたというのに、しゅるり、と、衣擦れの音が異様に大きく聞こえた気がする。

 

「…じゃあ、入ってくるから…」

「ひゃいぃっ!」

 

 いきたここちがしないじかんが、きゅうにおとずれた。

 

 ざぱっ、という音。

 

 お湯を身体に掛けたのだろうか。

 

 さぁぁ、という音。

 

 シャワーだろうか、断続的に響いている。

 

 ちゃぽん、という音。

 

 お湯に浸かったんだろう。

 

 ふぅ、という息を吐く声。

 

 気持ちいいのだろうか。

 

 ぱしゃ、ぱちゃ、と水が揺らぐ音。

 

 そして、あ、と。なんとなく間の抜けたような声が響く。

 

「…べ、ベル…?」

 

 その直後、呼び掛ける声が届く。

 

「な、なんですか?」

「そろそろ上がろうとしたんだけど…その、タオル…忘れちゃって」

「…ほぁ?」

「…箪笥の中にあるはずだから、取ってほしい…」

「…ひゃい」

 

 緊張に身を固め、薄らと開けた眼でなんとかタオルを取り出し、アイズさんの方を直視しないように気を付けながら近寄り、僅かに開けた扉からタオルを差し出す。

 そこで動きを止めると、ちゃぽん、という水音を立てながらアイズさんが湯船から上がり、ぺた、ぺた、という足音を響かせながら近付いてくる。見えていないので、おそらくだけど。

 

 ほんの少し、手に持つタオルの重みが軽くなる。

 

「…は、はなしますよ…?」

「うん、ありがとう…」

 

 無事にミッションを達成し、パタンと閉じられた扉の音を聞いて僕は荒れ狂う心臓を抑えるように、胸を握る。

 

「…すっごい緊張した…」

 

 そして、お風呂のほうに背を向けていることに安堵して固く閉じていた目蓋を開いた僕の視界に、飛び込んできたもの。

 

 正面の大鏡にはっきりと映し出されたアイズさんの肢体と、その前に備え付けられた棚板に置かれたアイズさんの衣服、その一番上に鎮座する、三角形の布地。それを見て、無意識に唾を飲み込んでしまう。

 ゴクリ、という音がやけに大きく聞こえた。

 

 僕は、情けない悲鳴で謝罪を告げながらその場を逃げ出した。

 

 不幸中の幸いだったのは、渡したタオルでアイズさんの下半身は隠れていたことだろうか。

 

 

 

 その後、ペコペコと頭を下げる僕にアイズさんは頬を赤らめながらも気にしないで、と言ってくれた。私がタオルを忘れたのが原因だし…と言いながら。

 非常に気まずくなってしまったけれど、そうもしておられず僕もお風呂に入ることにした。その最中、幾度か視線を感じた気もするけれどアイズさんの方を見てもこちらには向いていない。

 気のせいだろうか、と首を捻りながらも、温泉の気持ちよさに身を委ねることにした…頭の中に浮かんでくる情景と戦いながら。

 

 こうしてなんとか初日のお風呂を済ませ、残すところは寝て明日に備えるのみとなった僕とアイズさんは、馬車の中での続きとでも言うように本を読んでいた。部屋の端、月と庭園を見渡せる広縁に二人座り、流石にお酒は飲めないので緑茶というお茶を楽しみながら、ゆったりとした時間を過ごした。

 

 

 

 二人で読み進めたのは、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)

 

 それは、ロキ・ファミリアの書庫にあったもの。その中に記述されている精霊アリアの話に至った時のアイズの表情は、ベルが()()()見たことのない表情であった。

 

 そして、思い出す。オラリオに来た初日…『冒険者墓地』とも呼ばれる広大な墓地へと行ったときのことを。その時に僕は、アイズさんの姿を見ている。遠目にも美しく、目立つ金髪金眼の女剣士。暫し見惚れていた僕の前で、誰かの墓に花を手向ける彼女の姿。

 

 記憶の端っこに追いやられていたが、そう、今思い返せばあの時の表情と今の表情は、似ている。

 

 彼女が花を置いた記念碑に刻まれた名前は…英雄アルバート。

 今読んでいる迷宮神聖譚にも出てくる過去の英雄。

 

 書かれた書籍によっては、アルベルト、オイゼビウス、剣の覇者…様々な名前や異名で呼ばれている、まさに大英雄。

 

 今も手に持つ本の中で、その名前を見た時、アイズさんの顔がまた、あまり見たことのない表情に変わった気がする。

 

 その瞬間、何かが頭の中を迸った。

 

 数多ある彼の英雄の二つ名が、脳裏を駆け巡る。だけど、その度に違う。今引っかかっているのは、それじゃないと跳ね除ける。

 何かを思い出そうとしている。点と点が繋がって線になるように、バラバラな情報が、何か一本になろうとしている。

 

 そうだ、この本じゃない。僕が読んだ英雄譚に書かれていた一文は。

 祖父から貰った、あの『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に記されていた、彼の大英雄の称号は。

 

 『傭兵王ヴァルトシュテイン』

 

 どくん、と、心臓が一際高く鳴った。これは、偶然なのだろうか。

 過去の英雄に肖って子供の名前を付けることは、よくあること…だけど、これは、名前じゃない。姓だ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 よく聞く姓ではない。例えばレフィのウィリディスなら、エルフのウィリディス氏族の姓だし殆どの人がそういったものだろう。親から受け継ぐ、一族の姓。

 

 ヴァレンシュタイン…ヴァルトシュテイン。

 

 彼女が…アイズ・ヴァレンシュタインが最強の英雄の名を冠していることに気が付いたのは、この時だった。

 

 聞きたい。何か関係があるのか、と。

 好奇心もそうだし、知識欲もそうだ。何より、謎が多いアイズさんのことを知りたいという気持ちもある。

 

 だけど、聞けない。

 

 こんなに悲しそうな…そう、亡くしてしまった大切な人を想うかのような顔をしている彼女に、不躾にそんなことを聞くなんて行動には、出られなかった。

 

「…そろそろ、寝ましょうか」

「…うん、そうだね」

 

 なんとなく、声を潜めてしまう僕にアイズさんも小さく答える。少し気落ちしたようなアイズさんが、ゆっくりと立ち上がり布団のほうに脚を向ける。

 

「…ねぇ、ベル」

「なんですか?」

 

 僕もまた立ち上がったところに、声が掛かる。

 ギュッと軽く自分の身体を抱き締めているアイズさんが、揺れる瞳で僕を見据えた。

 

「…一緒に、寝てくれないかな」

 

 それは、迷子になった子供のような瞳で。

 

「…はい」

 

 僕は、それを受け入れた。




ベル君、抱き枕にジョブチェンジ


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94話

 いつかと同じ感想ではあるけど、寝れない。

 いや、アキさんの時よりはマシかもしれないけど。

 

 アイズさんは僕が布団に大人しく入るなり、手を握ってきた。剣を幾度と無く振り、鍛え上げられたその手はしっかりとした固さの中に、柔らかさが内包されていた。

 二人、枕を並べて天井を見ている。

 その僕の左手を、アイズさんの右手が握っている。

 

 手を握ること自体は、レフィやシルさんともしていることだし比較的なんてことのないはずなのに…なんだろう、状況が状況だからか物凄く恥ずかしい。

 

 それはアイズさんも同じようで、だんだんと掌から感じる温もりが高まっていっている気がする。

 

「…なんだろう、少し、恥ずかしいね」

「そ、そうですね」

 

 言葉にされたことで、余計に感覚が左手に集中してしまったような気がする。

 

 そう思っていると、アイズさんの手が蠢く。にぎにぎ、さすさす、と、僕の手を弄ぶように。

 

「…手、固く…ううん、大きくなったね」

「…成長期ですから」

「そうだよね、ふふ、ベルはまだ13歳だから……ベルは憧れている人とか、いる?」

「…憧れ…とは、少し違うんですけど…『始源の英雄』や『大英雄』のように、何かを成し遂げたいな、とは…」

「…君なら、いつかなれるよ」

 

 ふと、そこで気になったことを聞いてみることにした。

 先ほど、僕に聞かれたことと似ているそれ。

 

「…アイズさんは、どうして冒険者になったんですか?」

「…私?」

「はい」

 

 幼い頃…それこそ、まだ年齢が一桁の頃に冒険者になったとは聞いたことがある。僕と同じく、両親が既にいないことも聞いている。

 

 僕の手を握る力が、強くなった。

 

「…何がなんでも成し遂げたいことがあるから…かな」

 

 力と、気持ちが込められた言葉。

 

「…君みたいな、前向きな、明るい目標じゃないかもしれないけど…私にも、悲願(ねがい)があったから…だから私は、冒険者になった。もう一つ、昔は、他の願望(ねがい)もあったけど…」

「…どんな、こと、なんですか?」

「…黒龍の、討伐と…『英雄』を見つけること、かな」

 

 ギュッと、僕も手に力を込める。そうしないと、アイズさんがどこか遠いところへ行ってしまいそうな気がして。

 リヴェリアさんから、アイズさんは危ういところがある、と聞いたことがあるけどこのことなのだろうか。明らかに、いつもとは違う。

 

「…でも、最近は少し、寄り道してもいいのかなって思えるようになったんだ…リヴェリアやレフィーヤ、ティオネにティオナ達…それに、君のおかげで」

 

 ぽつり、ぽつりとアイズさんの独白が続く。

 

「…7歳の頃に冒険者になってから、もう8年。がむしゃらに、ひたすらに、悲願(ねがい)を叶える為に走ってきたけど…今までは、立ち止まったら足元が崩れて無くなると思ってた。だけど、違った。周りには確かにみんながいて…帰る場所があって…」

 

 それは、『剣姫』ではないアイズさんの心のうち。皆が見ている、知っているアイズさんではない、一人の人間としてのアイズさん。

 

「…初めて君を見たときは、昔の自分みたいだって、そう思った。心に何かを抱えていて、蓋をして…でも君は、私とは違った。その中身は白くて明るくて、近くにいるとなんとなく癒されるような…だから、私も気になって…」

 

 アイズさんが寝返りを打って、こちらに顔を向ける。僕は、天井を眺めたままだ。

 

「…悲願(ねがい)は捨てられないけど、もう一つの願望(ねがい)も追いかけていいのかなって、そう思えて…そうしたら、なんだか、普段のことが楽しくなって」

 

 のそりと、アイズさんが身体を起こす。手は繋ぎかえられ、指と指が絡む形になった。視界の中の天井が遮られ、アイズさんの顔が見える。金の瞳に、赤の瞳が反射している。

 

「…ねぇ、ベル。私が助けを求めたら…君は、私を助けてくれる?」

「勿論ですよ」

「………ありがとう、きっと、私の悲願(ねがい)を叶える為には…君の力が、ううん、()()必要な、そんな気がするんだ」

 

 そして、にこりと微笑んだアイズさんは。

 

 そのままパタリと倒れ込むようにして、寝息を立て始めた。

 

 頰と頰が、触れ合っている。

 

 耳には、アイズさんの穏やかな呼吸音が流れ込んでくる。

 

 僕の激しく鳴動する心臓とは、相反して宥めるような緩やかな心音が身体を通じて伝わってくる。

 

「………………」

「すぅ……すぅ……」

 

 これから4日間毎日これだと、僕は死んでしまうかもしれない。

 そう思いながら、僕は目を閉じた。

 

 …あ、ちょっとアイズさん、あんまり動かないで…っ!

 

 

 

「…よし、行こう」

 

 翌朝、いつもより機嫌が良さそうなアイズさんと、あまり眠れず、少し元気のない僕は旅館から外へ出ようとしていた。

 これまた豪華な朝食を食べ、私服に着替えた僕達はどこからどう見ても立派な観光客だ。季節的に客は多い方らしく、確かにオラリオのような人込みはないけど大規模な都市から離れている場所にしては人が多い。

 

「まずは、どこにいきましょうか?」

「えっと…お土産とかは、最終日の方がいいよね?」

「そうですね、長持ちするなら買ってしまってもいいかもしれませんけど…荷物が増えちゃいますし、せめて明後日にしましょう」

 

 受付の人に挨拶をして旅館から出て他の旅館が立ち並ぶ中をしばし歩くと、お店が揃った通りへと出る。どこも、市場のような構えで、なんとなくわくわくとする。

 

「じゃあ、食べ歩き…?」

「あ、朝ごはん食べたばっかりですよ…?」

「…そうだね、私も、あんまり食べられそうにない…うぅん」

 

 目的の第一がじゃが丸君であるアイズさんは、それ以外はあまり目を引かれるものがなかったようでキョロキョロと辺りを見回している。

 

「…あ、あのお店、見に行ってみませんか?」

「どこ?」

 

 僕が指差した先には、刃物屋の文字。

 

「…刃物屋、虎徹…?」

「多分、包丁とかを扱ってるお店だと思うんですけど…あ、アイズさんって料理とかは」

「…うっ…あ、あんまり得意じゃない、かな」

 

 なんだろう、すごく、聞かれたくないことを聞かれたような顔をしている。そんなに気にすることなんだろうか。

 

「僕も得意じゃないですけど、やっぱり遠征に行くようになったらある程度できた方がいいってレフィからも言われて…せっかくだから少し見て行きませんか?」

「…いいよ、行こう」

 

 そして、のれん、というらしい布を潜って店内に入ると。

 

 そこには…大小様々な武器が立ち並んでいた。

 

「これ…カタナ?」

「いらっしゃい…なんだい、ずいぶん若い坊主達だな」

「あ、お、お邪魔します…ここって包丁屋さんじゃないんですか?」

「あー…まぁ、包丁も並べてるが、ここは刀剣屋だ。とはいえ、殆どが刃を潰してる模造刀だけどな。なんでか知らんが温泉地では木刀とか模造刀が売れるんだよ」

 

 これなんかよく売れるぞ、と見せてくれたのは確かに刃が砥がれておらず、細身で緩く湾曲した片刃の剣。カタナ、とアイズさんは言っていただろうか。

 

 そのカタナの刃の部分には、精緻に蛇のような龍のようなものが彫られており、ここの温泉地の名前が刻まれている。

 なんだろう、この、なんだろう。

 

「…なんか、確かに欲しくなるような気がします…」

「…坊主くらいの歳の子供は特によく買っていく印象だな、包丁を買いに来た親にねだってる姿はよく見る」

「…すいません、その奥の刀、見せてもらえませんか?」

 

 僕と店主のおじさんが話をしていると、なぜかやけに瞳を輝かせたアイズさんがおじさんの後ろのケースに飾られている一本の刀を指差す。どうやら、あれは真剣と言って実際に使える刀らしい。

 

「お、おお、構わんが…この刀に目を付けるとはな。さては嬢ちゃん、上級冒険者か?」

 

 こくり、と頷くアイズさんにおじさんは丁寧に取り出した刀を差し出す。

 

「やっぱりな…見るのは構わんが、気を付けてくれよ。業物には違いねえ、極東ではこれを鍛ったのと同じ一派が作る刀は最上級の業物として評価されている…が、こいつは曰く付きでな」

 

 ぴたりと、受け取ろうとしたアイズさんの手が止まる。

 

「…い、曰く付き…? ゆ、幽霊…とか、ですか?」

「いや、流石にそんなものじゃねぇが…なんでも、持ち主を選ぶらしい。刀に認められなかった主人がこいつを振るうと、己を傷付けてしまう、とかいう話でなぁ。ただ、造りと刃紋は素晴らしいの一言だからな、展示用にここに置いてたんだが」

「…今までに使いこなせていた人は?」

「俺が知ってる限りじゃあ、これを売り払った前の前の所有者は扱えてたって話だな。極東でLv3に至った『剣豪』ってやつだそうだ」

 

 それを聞いたアイズさんは、ゆっくりと刀を構える。そして、ふっと構えを解いて丁重な手つきでおじさんへと刀を返した。

 

「…うん、少し難しい…あまり使いこなせない、かな」

「ははは、構えただけでわかるのか。見事な構えだったがなぁ…」

 

 それに対して笑いながら受け取るおじさんは、それを元通りにしまう。

 

「…あ、ちなみになんて名前なんですか? あの刀」

 

 僕が疑問に思ったことを尋ねると、ああ、とおじさんは呟いてその名前を口にする。

 

「そんな物騒な曰く付きの割に実は付けられた名前が可愛くてな…『子兎丸』って「買います」いう…え?」

「やっぱり買います、あの刀」

 

 驚いて声も出ない僕とおじさんの前で、アイズさんは静かに財布を取り出した。

 

 

 

 ホクホク顔で剣帯も買って腰に下げたアイズさんは、とても満足そうだ。お土産、買っちゃった、と言いながら満面の笑顔である。服を買った後のシルさんみたいで、アイズさんもやっぱり女の子なんだな…と一瞬思った後、でもこんないい笑顔だけど、買ったのが刀なんだよな…と少し複雑な感情を胸に抱いた。

 

 僕も一緒に包丁を4本…レフィの分と、アキさんの分と、シルさんの分と自分の分を買った。アイズさんに話を聞いたところ、ティオネさんティオナさんもアイズさん同様あまり料理はしないというので、二人の分は買わなかった。リヴェリアさんは、エルフの人達を筆頭に料理なんていう雑事はさせられないと言われ、止められるそうだ。渡しても困るかもしれないし、別のものを探そう。

 

 レフィはよくお菓子を作ってくれるし、料理も得意だから喜んでくれると思う。アキさんも料理は人並み以上にできるらしい。

 シルさんについては…えっと…うん。これを渡したことで変に張り切られないといいけど。リューさんからも、ちゃんと受け取ってあげてくださいねと念を押されたことがある。

 

 作ったのに僕に渡す機会がなかった日は、主にお店の誰かが食べているらしい。特に、嗅覚と味覚が優れている猫人の二人からはそれはもう弱った笑顔で頼み込まれたことがある。今日はシルが待っているからお店の近くに寄ってくれ、と。

 

 

 

 時刻は、昼近くになっていた。

 ようやく、アイズさんが待望しているじゃが丸君のお店へと行くことになる。刀の件も含めて、いつになく上機嫌なのが伝わってくる。




連載開始からまる4ヶ月になりました。
いつも読んでくださってる方々、ありがとうございます。
これからも投稿続けて行きますので、よろしくお願いします。

ちなみに、実際に日本刀には子狐丸や猫丸という銘の刀があります。子兎丸はありませんけど。

以下、興味のない方には一切わからないでしょうが『子兎丸』の詳細です。自分も日本刀マニアというわけではないので間違った表現もあるかもしれませんが、お許しを。

極東の上級鍛治師が鍛った作品。
第二級から第一級の間に位置する名刀。刃はどこぞの白兎の髪を彷彿とさせる小乱れ紋様。細身で反りが高く、踏ん張りが強く鋒の鋭い優美な見た目。鍔は波に兎。金あしらい。柄は糸巻。蛇腹。鞘は金梨地高蒔絵。


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95話

 アイズさんがいつになく興奮した口調で語るじゃが丸くんの話を聞きながら、昨日大きく印をつけていたたお店へと向かう。

 アイズさん曰く、オラリオでは食べられない味だとのこと、詳しい情報は見ていないから何とも言えないけどたまにゲテモノも混じっていることがあるオラリオの屋台のじゃが丸くんを思い出して少し警戒感を高めた。

 

「いらっしゃいませー!」

「…温泉じゃが丸くんと温泉じゃが丸くんin温泉卵、2つずつお願いします」

 

 入店直後、掛かる声にすかさず返事を返すアイズさん。早い、早すぎる、悩む間も相談も一切なしに僕の分まで注文が決まっていた。なんなら僕はまだメニューすら確認できていない。

 

「…ベル、ほら、早く食べよう」

 

 呆気に取られた僕の前では既に会計まで終わっており、2つのじゃが丸くんがずいっと突き出される。

 

「…いただきます」

「うん…ん、美味しい」

 

 大人しく受け取ると、アイズさんは早速と言わんばかりに口を開いて一口、そして、目を閉じて何度か咀嚼をすると、小さく喉を鳴らしながら嚥下する。

 

「…うん、高温の源泉で茹でただけあって普通のじゃが丸くんとは違う、何か旨味のようなものを感じる。塩も、普通の塩じゃなくて岩塩を使ってるから荒々しくもまろやかで印象が強い。じゃがいも自体も甘味が強くて、濃厚な味だからオーソドックスな塩味なのに満足度が高い。これは………美味しい」

 

 なんか、始まった。

 

 カッ、と瞳を見開いたかと思うと、急に饒舌になって何処かに向かって解説し始めるアイズさん。今までこんなにペラペラと喋っている姿は見たことがない気がするほどだ。

 一口食べては何か真理を掴んだかのように反応しながら言葉を発している…す、少し怖い。

 

「そ、ソウナンデスカー」

 

 とりあえず相槌を一つ入れて、僕も少し緊張しながら見慣れた丸い揚げ物を口へと運ぶ。さくりと音を立てながら頬張ると、確かに普段オラリオで食べる塩味のじゃが丸くんとは一味違うように感じられる…けど、そこまで大きな差は舌では感じ取れなかった。

 

 その後も、二個では食べ足りなかったのか…いや、じゃが丸くんならいくらでも入るのか全ての味を制覇していくアイズさんの横で、僕はただ相槌を打つ機械のようになっていた。巻き添えで渡されるじゃが丸くんを噛みしめながら。

 

 

 

「…ふぅ、満足した。やっぱり、じゃが丸くんには無限の可能性がある…」

「ヨカッタデスネー…はっ! とうとう終わりの時が!?」

 

 そして、ようやくその苦行のような時間は終わりを告げた。あれだろうか、僕とティオナさんが英雄譚について熱く語っているときに巻き添えにされることがよくあるティオネさんはいつもこんな感じなのだろうか…次からは迷惑をかけないようにしよう。今思えば、ティオナさんと雑談しながらご飯を食べている時に同席していたレフィやアキさんは少し疲れた顔をしていた気がする。

 

「…ベルは、あれだけで足りたの?」

 

 こてん、と音がするようにアイズさんが首を傾げながら少し心配そうな目でこちらを見る。だがしかし、あれだけも何も…

 

「あれだけって、なんだかんだで僕ももう10個くらい食べさせられ…あ、大丈夫ですもう満腹です!」

 

 自分のやったことを忘れているのか、次々と色々な味を2()()()()注文するアイズさんから流れるように渡される多種多様なじゃが丸くんを食べさせられた僕は必死にもう満腹だと告げる。これ以上は流石に入らない、本当に入らない。

 

「…じゃあ、そろそろ別の場所に行こうか」

「そうしましょう! ええ! そうだ、僕行きたいところがあったんですよ!」

 

 時をおけば、また注文されるかもしれない。流石にしないと思いたいけど、今のアイズさんの状態を鑑みると否定しきれない。

 だから僕は、まったく行きたいところがなかったけど、今の状況から逃れるために闇雲に指を差した。

 

「あ、あそこなんですけどっ!」

 

 アイズさんの顔を見ながら、どんな店かも確認せずに。

 

「…ベル…」

 

 そして、僕が指した先を確認したアイズさんの顔は

 

 何とも言えない優しさというか、ある種の穏やかさに包まれた顔になっていた。何かをあきらめたかのようにも見える、そんな顔。

 

「…ううん、ベルがそれでいいなら、私は何も言わない…うん、行こう。…今度、街にレフィーヤ達と一緒に買い物に行くときは、ベルのことも誘うようにするね」

「はぇ…?」

 

 何やら様子がおかしい、はたして僕はどんな店を選んでしまったのか…と冷や汗を垂らしながら振り返る。真っ直ぐに伸ばした指が向かっている先はーー

 

 

 

  『女性用極東衣装 販売・貸出』

 

 

 

 店頭には、ヘファイストス・ファミリアのショーケースとも遜色ないような大きな一面ガラス張りの窓の中で、人の形を模したものにそれは華やかな衣装が着させられている。

 

 当たり前のように、女性用だ。

 

 うん。

 

 

 これは。

 

 

 

 やってしまった。

 

 

 

 女装趣味が芽生えたと完全に勘違いされている、そんな気がする。

 

 

 

「ま、まままま、まちがえましたっ! 間違えただけですっ!」

「恥ずかしがらなくてもいいんだよ、ベル。趣味は人それぞれだから…」

 

 僕が見る中で、今までで一番優しい顔でアイズさんが僕のことを見る。暖かい…いや、生暖かい眼差しで。

 

 

 

 それから数日、特に何事もなく穏やかで平穏、都市の喧騒と生き急ぐような空気に慣れてしまった僕にとっては少し退屈とも言える、しかしアイズさんのおかげもあって退屈しない、楽しい時間を過ごした。

 そして僕とアイズさんは、また馬車に乗って都市へと戻ってきた。

 

 

 

 そこで僕が知ったのは、ロキ・ファミリアに所属する皆の成長である。

 

「レフィがLv4にランクアップ…!?」

「それに…アキが…Lv5…?」

「それだけじゃないっすよ、Lv2だったメンバーも何人かLv3になってるっす…俺も負けてらんないっすね、早くアビリティを鍛えないと」

 

 帰ってきて早々、偶然に出会ったラウルさんとの会話でこの1週間のことを聞いた。なんでも、僕とアイズさんが出発して早々に何組かが小遠征に赴いたらしい。

 ラウルさん達は、27階層の階層主であるアンフィス・バエナ戦。他の人達はそれに先行してアイズさんが討伐した後、2週間が過ぎて再出現したゴライアス戦。

 

 アンフィス・バエナは水上ではLv6相当の力を持つらしく、それを討伐したことで特に活躍した2人…レフィとアキさんがランクアップを果たしたらしい。レフィの並行詠唱による魔法でトドメを刺したんだとか。なんでも、頼み込んで同胞に教えてもらった雷の魔法も使っていたらしい。雷…いいなぁ、かっこいい。

 レフィが使える魔法なら、僕もストックできるのかな? そう言えば、試したことがなかったけど。リヴェリアさんの魔法は直接リヴェリアさんにもらってるし…うん、今度試させてもらおう。

 

 ラウルさんもランクアップは可能になったけど、超凡夫という名誉なのか不名誉なのかよくわからない二つ名がついているラウルさんの基礎アビリティはオールC。Lv4でアビリティがCまで伸びているなら十二分に強い部類に入るけど、アキさんが敏捷、器用がS、レフィの魔力がSSであることを見てもう少しステイタスを上げてからと今回は保留したそうだ。

 

「…せっかく、一つ追いついたと思ったのに…」

「あはは、まぁ、ベル君もすぐランクアップできるっすよ、でも、Lv3のヒュアキントスを打倒してもランクアップできなかったんすよね?」

 

 レフィにまた離された、それを嘆くとラウルさんが笑い飛ばしてくれるが、その後に僕も気にしていたことを告げられる。

 

 格上殺し(ジャイアント・キリング)はわかりやすい偉業の一つである。現に、僕もインファントドラゴンの強化種というLv1の枠に収まらない敵を討伐したことでLv2に至った。

 アイズさんも過去にそういう経験をしてきているそうだし、冒険者、とりわけ、探索系ファミリアに所属している人間はその方法が大多数を占めるだろう。

 

「…そうなんですよね…」

「うぅん、十分な成果だと思うんすけどね、Lvの差は覆せないってのが常識っすから」

 

 ロキ様も、首を傾げてはいた。ランクアップできると思ったんやけどなー、と言っていたので神様の視点からでも十分な偉業だと思われていたんだろう。

 

「……………覚悟が、足りてなかったの、かも」

 

 うーん、と頭を悩ませる僕らに、アイズさんがぽそりと一言。

 

「「覚悟?」」

「うん…あくまで戦争遊戯は、戦争遊戯。結果的に死んでしまうことはあっても…相手を殺すのが目的じゃない、から…それに、相手の団長…ベルに悪感情は持っていたみたいだけど、殺す気はなかった…と思う」

「…本気で戦ってはいたんですけど…」

「本気と死ぬ気は違うからかもっすね…俺達も今回は団長達もいなかったっすし、討伐に失敗してれば死んでたかもしれないっす」

 

 考えて…そして答えを出した。

 

「あ、じゃあ、ゴライアスに挑んでみ「「それはちょっと待って」」…はい」

 

 ゴライアスに挑めばランクアップできるかもしれない、そう思い言葉にするが制止の声が掛かる。

 

「うーん、でも、焦らず自然とランクアップできる機会が来るのを待った方が良いと思うんすけどね。中層や下層の攻略を始めれば、自然と死地や危機に巡り合うことも増えるっすから」

 

 話しながら歩き、黄昏の館が近くなったあたりでそう結論付いた。確かに、まだ冒険者になって一年にも満たない。焦ることはない、そう思ってはいるんだけど…レフィがランクアップしたという事実が胸の中に残る。

 出会った時…助けられた時はLv3とLv0。それがLv3とLv1になって、Lv3とLv2になった。必ず追い付くと、前を任せてもらいたいと思っていたけど、それがLv4とLv2になってしまった。少し焦りがある。

 

「ベルの気持ちも、わかるよ…私もそろそろ…」

「アイズも十分早すぎるペースでランクアップしてるんすよ…?」

「まだまだ、足りない、もっと、強くならなきゃ」

「…二人とも、貪欲っすね…」

 

 うん、この1週間しっかりと身体も休められたし、一度しっかりと準備をして探索を…鍛錬の為に潜る訳でも、アキさんやアミッドさんの補助もない、本当の探索をしてみようかな。大丈夫、今の僕ならエイナさんやリヴェリアさんに叩き込まれた知識、フィンさん達に鍛えられた戦闘能力にアキさんやラウルさん達に教えられた冒険者としての知恵がある。

 自惚れではないはず、今の僕のソロでの到達階層は…あれ、ソロでどこまで行ってたっけ…多分、14…とか?

 

 うん、1人でリヴィラまで行って、ちょっとその下を覗いて帰ってくる。そのくらいならなんとかできるかもしれない。アイズさんは日帰りで20階層までいけるらしいけど…。

 

 よし、そうと決まればフィンさんに相談してみよう。その前に、レフィとアキさんにランクアップのお祝いを言いに行かないと。




温泉、ざっくりカット。本編を進める為ですがここであったことは後々本編の雑談とかでしれっと出したりすることで補完していきます。

アイズとベルの距離がなんとなく近くなった、というより壁がなくなったかな? みたいな感じです。役得は間違いなくアイズ。もふもふをもふもふしてもふもふしてたみたいですね。

そしてベル君、迷宮探索への思いを強めます。


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96話

お久しぶりです。


 アイズさんと2人、黄昏の館への帰還を果たした。

 残念ながらレフィもアキさんも外に出ているようで会えなかったので、ランクアップのお祝いの言葉もお土産を渡すのも夜に持ち越しとなってしまった。

 1週間の間で増えた荷物を一度部屋へと置きに戻り、ゆっくりと整理を終え、フィンさんがいるであろう団長用の執務室へと赴く。長く取らせてもらった休暇のお礼と、旅の中で買ったお土産を渡しに。

 

 いつものように笑顔で迎え入れてくれるフィンさんがそこにいて、旅行の間での色々なことを話し込み、後で相談したいことがある旨を伝えてお土産を渡して退室する。ちなみに、フィンさんにはこちらも出掛けているというガレスさんの分とまとめて極東のお酒セットとおつまみのセット、その他、お酒のつまみとして食べるものを中心に渡した。

 

 温泉という天然の熱資源を活かしたものが多く、どれもこの都市では見かけたことがないものだ。

 干し肉ひとつをとっても、お湯で戻したり火で焙ることなく、そのまま食せる柔らかさを保っていたりするものもあり、色々と買い込んでしまった。それも、かなりの量は厨房担当の人に伝えて保管してもらったけど。

 

 その後も館内にいるそれぞれの人達へとお土産を渡して回ったり、食堂に誰でもどうぞと大量のお土産お菓子を置いた。ロキ様とリヴェリアさんも出掛けているようで、会えていないのが少し残念ではあるけど、あまり時間に余裕があるわけでもないので僕も外へと出る。

 普段お世話になっているファミリア外への人たちにも同様にしていくと、それだけで気が付けば太陽がもう都市の壁からわずかに覗くような時間になってしまった。そう、最後の場所に来た時にはそのくらいだったのだ。

 渡して、礼を言って、帰れば夕飯には間に合うような時間だったはず、なのに。

 

 

 

 日がとっくりと落ちた今、僕はまだ、黄昏の館に帰れずにいる。

 もう、普段なら館で夕食を食べている時間だ。

 

 

 

「あぁ…本当にかわいいわね、兎さん…」

「ああぁぁぁぁあの、そそそ、その、僕、そろそろ帰らないと…っ!」

 

 

 

 豊穣の女主人へと寄り、シルさんをはじめとした皆にお土産を渡した後に訪ねてきたここ。

 ロキ・ファミリアと並ぶ二大ファミリアの片割れ、フレイヤ・ファミリアの本拠地である戦いの野。

 シルさんから聞いた話によるとあの温泉旅行券の出資者、というかコネクションによってそのチケットを用意してくれていたのはフレイヤ様らしい。なので、そのお礼を伝えに来たのだけど。

 

「あら、そんな些細な事、私も楽しませてもらったし構わないのに…ふふ、律儀なのね、兎さん」

 

 そんな軽い言葉で流されつつも、渡したお土産は受け取ってもらえた。

 そこまで親交が深いわけでもなく、一応、派閥的には競い合う仲にあるはずなので手短に済ませて去ろうとした、そのときのこと。

 

「…あら、もう帰ってしまうのかしら?もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」

 

 なんて言葉を悲しげに伏した視線と共に投げかけられては、帰るわけにもいかなく。

 なにせ相手は、敬う相手である神様の一柱なのだから。それに、ここで帰ろうものならフレイヤ様を崇拝するかの如く集っている団員達に闇討ちされるかもしれない。ロキ様からも、下手にかかわりあってはいけないけど、下手に邪険にしてもいけないと言われている。

 部屋の中で侍女かメイドかのように控えていた女性を退出させると、フレイヤ様が手ずから紅茶を入れてくださり、僕が持ってきたお土産なんて何個も買えてしまうような高級そうな…というより、明らかに高いお茶菓子が差し出される。

 そうして、ここまでの冒険の経歴を聞かれ。皆から注意されたように他ファミリアへバラしてはいけないようなことには口を噤み、相手は神様なので嘘をつくのではなく黙り込むことで対処を進めながら話に興じる。

 それなりに話は弾み、フレイヤ様からも色々な過去の出来事なんかを教えてもらっていた最中。

 僕の警戒が少し解けてしまっていたころ。

 

 そうして、

 

「そういえば兎さんは、好きな子とかはいるのかしら?」

「ヒェ」

 

 ニコニコと話をしていたフレイヤ様が一転、怪しげに瞳を光らせながらそんなことを聞いてきた。

 

「戦争遊戯を共に戦っていた山吹色の子かしら?それとも、ああそう、あの子達から聞いてはいると思うけど、私も後ろ盾についている豊饒の女主人に務めている子の中にいるのかしら?まさか、あなたのところの副団長とか?それとも剣姫かしら、確か年齢も近かったものね」

 

 流れるようにあげられる、僕と関わりのある女性達の名前。

 美の女神の一柱であり、そういった話題やそういったコトを好むというのは知識として知っていた。だけど、まさか他派閥の一団員にここまで踏み込んで聞いてくるとは欠片も思っていなかったので不意を突かれた。

 

「…っ、……!」

「あらあら、そんなに狼狽えてしまって…恥ずかしいことなんてないのよ?」

 

 何かを言って『嘘』と見破られるのが一番恐ろしいので否定も肯定もできず。

 何かを言おうとして口をハクハクとさせながら顔を羞恥に染めてしまった僕に、いつぞやのように女神様の指が伸びてくる。撥ね退けることも跳ね退くこともできず、ただされるがままの僕。好きなように頬を頭を髪を撫でまわすフレイヤ様。

 

「あぁ…本当にかわいいわね、兎さん…」

 

 最高級の宝玉のような紫眼を煌めかせながら

 

「ああぁぁぁぁあの、そそそ、その、僕、そろそろ帰らないと…っ!」

 

 猫を可愛がる町娘かのように、ニコニコと僕の髪の毛を撫でつけてくる。

 

「…むぅ、これ以上はロキを怒らせてしまうかもしれないし…残念だけど、仕方がないわね。まて来てくれるかしら?兎さん」

 

 どうしよう ことわったら かえれないきがする!!!

 

「は、はいぃっ!」

 

 コクコクと首を縦に振る。そう、なら今日のところはここまでね、と銀の髪をたなびかせた女神は言う。

 

「ヘルン、彼を黄昏の館まで送っていって頂戴」

「…わかりました」

 

 そして、音もなく現れた侍女らしき娘にそう命じる。片目を隠したロングヘアは艶やかで、美の女神と相対していた後だというのに、目の覚めるような神秘的な雰囲気の美少女。

 逆にそんな子に夜道を歩かせるのは、と、大丈夫です一人で帰れますからと固辞するも、こんな時間まで引き留めてしまったのだからという言葉のもとに仕方なく受け入れる。どうやら彼女も市街に用事があるようなので、それであればと。

 

 街には街灯が灯り、大通りはダンジョン帰りの冒険者たちと仕事終わりの労働者たちでにぎわっている。

 雑多に煌びやかな大通りに対するように、一本裏側の路地なんかは真っ暗で身の危険を感じるほどだ。ただ、足早にそこを駆けていく人がいないわけではない。

 

「…ベル・クラネル、でしたね」

「は、はい…」

 

 斜め前を歩く彼女の背中を追っていると、名を呼ばれる。

 ちら、とこちらの顔を窺うようにして、その綺麗な貌を少し歪める。

 すぅ、と軽く息を吸って、こちらへと言葉を投げ

 

「…品のない顔」

「ぐふっ!?」

「鼻の下を伸ばして、だらしのない」

「あうっ!?」

「周りの女性が甘やかすからでしょうか、愚かに育ってしまって」

「げほっ!?」

「それに何より…覚えていないことが、憎らしい」

 

 火の玉ストレートが、投げられた。最後の小声は聞き取れなかったけど、初対面のはずの彼女…フレイヤ様から呼ばれていた名前は、ヘルン。さん、から、いきなりの暴言が嵐のように浴びせられる。

 

「そ、その、僕、貴女に何かしましたっけ…えっと…ヘルン、さん?」

「何もしていませんとも、ええ、何も」

 

 まずい おぼえてないけど ぜったいになにかした!!

 

「…そ、その、どこかで会いました…か?」

「何処か、と尋ねられれば…路地裏で、と」

「路地裏……」

 

 路地裏。近くにあった路地裏を、見る。偶然にもそこは、僕がレフィと出会った場所。春先に、寝床にしていた、場所。

 

「…あ」

 

 灰色のロングヘア、魔女のような、その姿。独特な髪飾り。

 思い出せ、思い出した。そうだ。

 

「あの時…ぶつかってしまった…?」

「ようやく思い出しましたか、愚かな子兎さん」

 

 宿賃がなくなって、路地裏へと入り込むその初日。

 ふらふらと歩く僕がぶつかってしまった、少女。

 

「…人の誘いを断って、死ぬ間際まで追い込まれたとか。ああ、あまりにも愚かで救われないですね」

「うぎ…」

「あまつさえ、当てつけかのように私が誘ったファミリアへは入らず、競合相手であるロキ・ファミリアへ入るとは…あぁ、そういえば噂に聞いたところによると貴方はエルフがお好みだとか?貴方をファミリアへ誘ったのもかの『千の妖精』らしいですし」

「そ、その…」

 

 これは、げきおこ、と言うやつだ。

 その後が酷すぎて、というかそんな誘いなんて全て忘れて小規模から中堅、大手、商業系まで殆どのファミリアを巡ったけど…フレイヤ・ファミリアはエイナさんのおすすめリストにもなかったことから、選択肢に入れることすらなかったし、レフィに拾ってもらった後にも色々とあって、そんなことを思い返すことなんて一度もなかった。

 

「まぁ…唐突でしたし、元々期待はしていなかったので構いませんが、それでも一言くらい何かあっても良かったんじゃないですか?」

「すっかり忘れてましたごめんなさい!」

 

 流し目で、じとりと睨まれた僕はもうそれはそれは誠意を込めて謝る。

 

 すると、ぴたりと立ち止まって完全にこちらへと振り返る。

 

「ふぅ…まあ、そういう定めだったのでしょう。別に怒っているわけではありません」

「う…」

 

 絶妙に、良心を責めるような言い方に居心地が悪くなる。

 もうそろそろ黄昏の館に着く、という頃合いである、こんな会話で別れるのは、気持ちがよろしくない。

 

「その…」

「良心の呵責から、何か僕にできることとか…なんて言い出すのかもしれませんが、生憎、私が…フレイヤ様の侍従頭であるこのヘルンが貴方に求めるようなことなどありません」

 

 ぴしゃりと、遮られる。

 

 居心地の悪い沈黙の時間が少し続き、そうして、門の前までやってきた。

 ありがとうございました、と、送ってくれた礼を言えば女神の神命ですからと返され。

 

「…少しでも悪いと思うなら」

 

 僕が門へと手を掛けた時、ぽそりと呟くようにヘルンさんが言葉を発する。

 

「!は、はいっ!」

「…いつか、いつか、『シル・フローヴァ』が助けを求めることがあれば…全力で、助けてください」

 

 そうして求められたのは、シルさんを助けること。

 

「…?は、はぁ…シルさん…ですか?」

「ええ、貴方が定期的に逢瀬を重ねている、豊饒の女主人の」

 

 フレイヤ様が言っていたように、事実、あそこの酒場とフレイヤ・ファミリアにはかかわりがあるのだろう。だからと言って、眼前の少女とあの少女の間の関係性はなんなのだろうか。

 そう思うが、これはまたとない提案である。というよりも、シルさんが困っていれば助ける。そんな、当たり前のことは他人に言われるまでもなく。

 

「…わかりました、ただ、貴女に言われたからではなく…僕は、シルさんを大切だと思っていますから。シルさんが困っていれば、もちろん、助けます」

「わかりました…………その言葉は、忘れないでくださいね?」

 

 そう言って、踵を返し離れていくヘルンさんを見送り、僕は館へと入っていく。

 少し遅くなってしまったけれど、夕食を食べなくてはいけないと僕は先ほどまでのヘルンさんの言葉を深く考えることなく食堂へと向かった。




エピソードフレイヤを読んだ時点で考えていた構成を、16.17巻によって更に再構成しつつ直している状態です。
本業が忙しいのもありスローペースですが、またのんびりと更新していきます。


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