鷗州奇譚寓話 (我楽娯兵)
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第一話

 古今東西、皆さんようこそお立合い。

 

 この見世物たちは皆さんお好きかな? この『藍譚曲技団』全霊でお出迎え。

 

 ちんけで卑しい私らを慰めてくれるのはそこの貴方だ。

 

 さぁさぁ笑っておくんなし、ここは笑ってもらわにゃ私たちが損ってもんだ。

 

 紹介いたしましょう、我らが愉快な団員を。

 

 猛獣喋れば彼も唸る猛獣使い、『ハーメルン』

 

 憐れなホラ吹き女騎士役者、『ラ・マンチャ』

 

 大柄の女道化、臭いのはご愛敬、『ジェーン』

 

 世紀の奇術は目に物魅せるぞ奇跡の奇術師、『フォザリ』

 

 そして陽気な雑用たち。

 

 私が誰か? そりゃあここの団長だ。みんな『伯爵』って呼んでんだ。

 

 ささ、紹介もここまで、始めようじゃなぁないか。幻想の先まで、幻想の最果てへと。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

「ぎゃあ!」

 

 

 

 暗い真っ黒な空の果てより、飛来する銀の箱舟。音なくド派手に地面へと突き刺さり、直立するその姿は空の神々が投げ損じて落下してきたようなフリスビーのような円盤であった。

 

 その円盤より可愛らしい声で汚く木霊する声を大衆に聞かれることはなく、そこは街はずれの野原に着陸、もとい墜落していた。

 

 継ぎ目のない滑らかな表面が割れ、階段の如き段差が刻まれた搭乗口がこれ以上働かんとストライキを起こしているかのような大口を開いて、乗組員がそこより転げ落ちてた。

 

 夜明かりの加減の瞳孔ではなく、芯の芯まで可笑しな色合いに染まったピンクの毛髪で舌足らずな喋り方の幼女は愚痴っぽく溢した。

 

 

 

「嘘、ここ全然違う……」

 

 

 

 耳に優しくなく虫たちの泣き声にウザいぐらいに顔に集る蠅に顔を顰めて手を振って払うが、むしろ寄ってくるようで苛々は積み重なる。その原因に幼女は気づくことなかったが足で全力で踏んでいた御馳走の馬糞を足蹴にされれば人間であろうともその者に集りたくなろう。

 

 かく言う幼女に蠅の心など分かる筈もなく、野原で呆然と周囲を見渡して状況を確認しようとする。放牧場なのだろう、何事かと子ヤギが円盤へと近寄って少年とも壮年男性とも取れるやつれた鳴き声を上げて、幼女へ寄ってくる。

 

 

 

「わぁ、ちゃんとしたヤギさんなんて初めて見た……、おいでおいで」

 

 

 

「ウェアア、ウェエエ!」

 

 

 

 スゥパッ! と幼女の顔へとヤギは唾を吐きかけて、面白くないと態度で現したようで、毛並みのいい体躯を回れ右して涎を散らして喚いて駆けてゆく。

 

 その様子に少女は何とも言えず滴るヤギの涎を顔から拭い獣臭い匂いにシワシワに顔を歪めて悲しんだ。

 

 

 

「ヴぇエエ! ヴェエ!」

 

 

 

「くちゃい……」

 

 

 

 ドロドロに滴る涎の香りは拭った事で乾きは独特としか表現できない獣のような、汗のような、異臭を放つばかり。

 

 動物には好まれている方だと勝手に思っていた幼女であったが、実際の所は生身の動物、肉の動物には嫌われている、それを自覚するまでかなりの時間を有するのは彼女自身は分からなかった。

 

 

 

「もう……なんなのよー……」

 

 

 

 幼女は臭く変化する唾液の匂いに顔を顰めて、円盤からまろび出て辺りを見渡してみるもあるのは草や放牧された動物たちだったが、しかしに掠めたそれは燦燦と輝き山火事かと思わせるほど色鮮やかに光って、幼女を真夏の夜に光に引き寄せられる羽虫のように無意識に足を進めさせていた。

 

 

 

「わあ、何あれ! チョー綺麗なんですけど!」

 

 

 

 小さく短く、か細い足が野を蹴ってそこへと釣られて撒き餌に釣られた魚のように食いついてその輝きの中へと体を躍らせていた。

 

 虫たちの鳴き声と共に徐々に大きくなる人々の騒めきの弾んだ声に少女は久しく聴かない人の声に胸を弾ませてそこで広がる人の営みにしかめっ面で固められた表情に、雪崩のようにを崩れて音を立てて流れる雪の如く、顔は綻んで口からは笑い声がキャッキャと自然と出ていた。

 

 少女の声はこの場では当たり前であり、自然に溶け込んでいた。特別に周囲より浮いてしまう衣裳を着ていたが、この場の非日常の空間であることでその特異性は薄らいでいた。

 

 クルクルと回って、出店の輝きに眼を躍らせて漂う匂いに鼻孔を遊ばれていた。

 

 酒の指すような香りに、甘い軽やかなパン菓子の匂い。空気を一瞬だが焼く演芸師の火吹き芸に大衆と共に手を叩き、馬車引きの馬に嘶きに腰を抜かして踏みしめられた野の草木の豊かな青臭さに顔を周囲の光に負けんばかりに輝かせていた。

 

 

 

「こんことが今はあるんだ! チョー絶楽し過ぎるんですけど!」

 

 

 

 子供一人がここまで騒いでも許されるのがこの場での幻想だった。

 

 みんな叫んで騒いでどんちゃん騒ぎ、笑って心を躍らせる事こそがこの場で求められれる唯一の感情で、ここを広げた幻想たちの願いだ。

 

 寝転がって息をつき、蒼く広がる夜の空を見上げった時、幼女の耳にこの場所の中央にある赤白紅白の大きなテントで歓声が上がっていることに初めて気づいた。

 

 耳を澄ませば軽快な音楽と掛け声に釣られて割れんばかりの歓声が上がる大テントに自然と興味を惹かれ、立ち上がった幼女はそこで流れる音楽に合わせてステップを踏んで向かってゆく。

 

 

 

「ランラランラン、ランララン♪」

 

 

 

 開かれた幻想はどんなものでも平等に迎え入れる。

 

 例えそれが貧乏人でも富豪でも、悪人でも善人でも、人でなくても──幻想でも。




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第二話

 蒸気のベールに隠された町並み、それを一望するように朧月が薄く人々を照らし上げ、洋灯(カンテラ)がどうにか必要ないくらいの明るさを与えていた。

 そんな暗がりの夜の端に希人なる青年が町の屋根の上に上がり込んで人通りの少ない道を見下ろして、酒気が混じる息をついて今宵の獲物を選別していた。

 奇妙な出で立ちで、銀メッキを施したギラギラと輝く外套に身を包んで白く染色された長穿(ズボン)を穿いて、顔全体に煤を使って真っ黒く染め、眼の下には豚の血で赤いラインを引き、奇妙なナイフを片手にこの夜にも勝るような薄ら笑いを浮かべていた。

 糊に浸して細かく砕いた火打石を塗した手袋に指を擦り合わせて、火花が出ることに機嫌も上々に、うなぎ上りに上昇して、ようやく長々と選別した獲物の中から手頃な二人組を見つけ出した。

 男女の逢引きずれだろうか。男は千鳥足にふらふらと揺らめいて酩酊している様子であった、女はけばけばしいドレスに分厚く塗り固められた化粧の仮面で飾っている。

 

「…………はァ」

 

 小さな吐息が口から洩れ、青年はするりと蛇が藪より静かに躍り出てくるように屋根の上より頭より落下した。

 体を空中で翻して、銀の外套がバサバサと音を立てて風に煽られ荒れ狂う。

 雨粒のように地面へと落下する中で頭部の天と地を反転させて足より着地した青年はその異様な出で立ちの自分を披露するように男女の背後に音を立てて降り立った。

 くるりと顔を向けて青年を見る女性の顔が奇妙なものに首を捻って不思議がる姿に男は拗ねたような猫なで声でべたべたと体をまさぐろうとする様子が手に取るように分かる。

 微かに男の視界にも青年が写ったのか二人が青年を見た時、銀は空へと再び飛翔した。

 弧を描いて飛翔する銀色の流星の如き姿に目を輝かせて驚く二人の目の前に着地した青年は、女性同様の恐ろしい化粧で飾られた顔を初めて二人の前で披露してほくそ笑んだ。

 裂けんばかりに頬を釣り上げて笑った顔は怪奇現象のそれのように大きく開いた口が真っ暗闇を見せて、赤黒い舌がべろんと突き出してガァとひと鳴きし、その声に二人は絶叫して驚いて悲鳴を上げた。

 青年は空を見上げて、胃に溜まった酒を逆流させて霧状に噴き出して手袋を擦り小さな火花を霧に触れさせたとき、青い巨大な炎が一瞬だけ、ボッと二人の眼前を色鮮やかに染め上げた。

 悲鳴を上げ腰を抜かした女に眼もくれず男は踵を返して一目散に恥も外聞もなく、男の矜持もかなぐり捨てて逃げ去った。

 

「クケケケッ!」

 

 自分でも奇妙に思う笑い声を出して笑う青年は生まれ育った町では『ジャック』と呼ばれて怖れられた怪人で名が通っており、人が恐れに歪んだ顔を見ることを何よりも喜びとする人として如何にかしている人種の人間であった。

 腰が抜けてまともに立つこともできない女性を前に道端に生み捨てられた子猫のように優し気に跪いて見せたジャック、その手に握られらナイフは刃元に僅かに錆の浮いたあまり見た目のよろしくないモノだったが彼の愛用品であった。

 

「シー、シー」

 

 女を宥めるような息遣いで唇を尖らせて黄色く黄ばんだ歯を見せてるがその見た目は怪人と呼ばれた彼に相応しい見た目で、より女を怖がらせた。

 ドキツイ香水の香りにジャックの顔が歪んで、鼻を摘まんで顔を背ける。

 この女は娼婦だ。一夜の夢を(ひさ)いで売り歩く運び人、多くの男性が欲してやまない存在だがジャックにはあまりあまり好ましからざる人種だった。

 女で、そして娼婦は嫌悪の対象だったのだ。

 ナイフを振りあり上げ、胸元の薄布を切り開いて白い柔肌が露わになり女性のまろやかな香りに混じるドレスで蒸れた汗の匂いが香水のひどい匂いを僅かに和らげるがまだまだ、ジャックの好みの匂いにしようと道の脇に用意していた馬穴に溜められた濃厚な豚の血、ジャックの目元に引かれたラインの血と同じそれを頭から被せてたか笑う。

 最後の悲鳴とばかりに金切声を上げて気絶する女を一瞥して、ジャックは飛び跳ね屋根の上へと軽やかに飛び乗り軽快な体捌きで夜の町を疾走する。

 

「クケケケッ! ケケケケッ!」

 

 奇妙な笑い声に今日も悲鳴に染め上げよう。青年の名前は『ジャック』。

 霧の都を恐怖に貶めた怪人『ジャック』だ。

 

 

 ……

 …………

 ……

 

 

「フー、気分爽快だ」

 

 井戸から身を引き上げて顔を洗いメイクを落としたジャックは息をついて晴れやかな顔と声で、大空を仰いだ。

 貧困街の糞尿と石炭の入り混じった悪臭の中で顔を洗う半裸の男と言うのはなかなか持って様になった姿で行水を行った彼は満ち足りた気持ちでいっぱいだった。

 自ら驚かせたあの女性の金切声に恐怖に歪んだあの表情。背筋を這い上る怖気にも似た快感に鼻より垂れる鼻水で、火薬銃の銃声のような大きな声でくしゃみが出た。

 

「ううっ、寒いなこの町はやっぱり」

 

 震える体を抱えて、二の腕をせわしなく摩ってシャツを羽織ったジャックは少し前の怪人姿とは打って変わって真っ白で清潔感に溢れる白いモーニングコートを着て、またまた白いシルクハットを被って怪人の時の怪物じみた出で立ちとは大きく趣向、さも成金の貴族とも取れる真っ白で統一された紳士に変身して見せた。

 怪人と紳士の雰囲気の落差も雲泥の差があり、何がどうあればこうも人が変わるのかと誰しもが疑いたくなるような変化の度合いであるほどだった。

 足元に置かれた衣装トランク、銀色の外套を丁寧に畳んで収めて煤の顔染めの小瓶も忘れずに詰めた。

 愛用品であるナイフだけは脇に吊るしてジャックは立ち上がった。

 もうこの姿になれば誰も疑う事のない、紳士でありジャック自身も紳士と信じてやまなかった。

 皮履きの靴を音鳴らす様に砂利土の道を、胸を張り悠々と歩いて表社会に歩み出た。

 警察(ヤード)たちが世話しなく走り回り、怪人だ怪人だと高らかに宣言するように大声で仲間を呼び集めている。

 どれだけ騒ごうとジャックはもう犯行現場にはいないし、犯人特定の手掛かりとなる痕跡も残していない。

 快楽的な怪人。それがジャックであり、この町を訪れる前、霧の都ロンドンを騒がせたジャックには適任で正しく的を射た推理だった。

 実際にジャックは犯行の一つ一つを楽しんで行っているし、ジャック自身のポリシーである殺人だけは行っていない良心的な犯罪者だと己は考えている。

 殺しをしていないのだから許されると陳腐で、風に吹かれれば崩れ去るような脆弱な理論であるが、ジャックには鋼の言い訳であった。

 罪悪感も一切抱かず、あるのは欲望を発散された清々しい気分ばかりで反省などする気は一ミリもありはしない。

 それがジャックと言う男の性質であり、救いがたい男の本性だった。

 産まれてこの方、記憶の続く限りこういった生活を続けている。

 子供の頃の記憶はなく、最も古い記憶は銀色の怪人衣装でロンドン中の人々を脅かしまわって高笑いを上げていた事。それ以前の記憶がぷっつりと切れており、さすがのジャックでも四六時中あの衣装でいるのは生きていけない事は理解できてこうして紳士の恰好をしているのだ。

 霧煙るロンドンをより離れたのは約1週間前で、視界の先、寸前の手前まで白く染まる濃霧に誘われるままに歩き続けて辿り着いたのがこの町だった。

 言葉も通じるし、金銭は基本的に怪人時の強盗で事足り唯一困るとすれば寝屋がないだけだ。

 と言っても、この姿のジャックと言えば美麗衆目の育ちの良さそうな青年の見た目であるのだから酒場の飲んだくれ女や売春婦などの困窮者を僅かに唆して寝床を確保して、朝早く姿を消してここ最近を過ごしている。

 こんな生活を続けて飽きがこないのかととある男に聞かれたことがあったジャックは、笑顔でこう返した。『飽きることなどない』と。

 人々を恐怖に突き落とすことこそがジャックの人生の命題の様で、一日一人の恐怖の表情を見ると精神構造を疑われても仕方がない目標を持っているのだから手の付けようがない。

 貧困街を抜けて町外れの場末と表現するに相応しい出で立ちの酒場がジャックの目に留まって、僅かに考えて今夜の寝屋をここで探すことを決めて足を進めていた。

 工場労働者たちの煤に塗れて汗臭いを無償で振り捲く威勢のいい乾杯の音頭と、タンブラー同士打ち付ける景気のいい音色が不思議とジャックの頬を綻ばせた。

 この雰囲気は本当にいい気分にさせるモノだと、気分高らかにシルクハットを外してカウンターの人の寄り付かない壁際のかび臭そうな一角に腰を落ち着かせて、足元にトランクを置いて息をついた。

 ガス灯に照らされた店は薄暗い大戸色に照らされ、機嫌の悪そうなウエイトレスが世話しなく走り回って注文を取っている。

 決して品数は多くないはずだが、如何せん蒸気に蒸されて汗をかいている労働者は疲労から来る興奮で信じられない量の食事を必要として日金のすべてと言っていいほどここで浪費している。

 

「スコッチはあるかい?」

 

 店主だろうか。バーカウンターに立つ無愛想な男へ酒を一本頼んで、無作法に投げて渡されるタンブラーとボトルをジャックは文句も言わずに手に持って一人で晩酌としゃれこんだ。

 温いボトルから注がれる飴色の美しい色合いのスコッチウイスキーの魅惑的なアルコールの香りに胸を躍らせ、チェイサーも頼まずにタンブラーを口に当てグイっと飲み、喉から胃に掛けて締め付けられるような酒の刺激に唸り声を上げそうになった。

 かなりの度数であるがジャックはさらに強いアルコール度数の酒を使って火吹きを行っているのだから、ほとんどウィスキー程度の酒は水同然である。

 かび臭い店内の匂いと料理の芳しい香りが混在するこの世界から隔絶された雰囲気こそ何よりも心を落ち着かせてくれる。

 そう思えたが、その平穏も長くは続かずとある人物がジャックの隣に座った。

 別段この店が繁盛して店内が混みあっているわけではない。開いた席はいくらでもあるのにジャックの隣に座る人物とは大体が三種類、物乞いか娼婦か、酒で思考の儘ならない荒くれ者のどれかだ。

 しかしその三種とも当てはまらない人物が今回は隣に座ったのだ。

 かなり上質の毛皮を使ったジャケットを着て、色とりどりの当て布を繋ぎ合わせたような人の目を引く燕尾服で、ちょこんと可愛らしいリボンのついたソフトハットを被った少女だった。

 

「お隣いいかしら?」

 

「構わないよ」

 

 隣に座り、誘惑してくるように艶やかな生足を見せつけるように組んでジャックをさも珍しいものを見るかのような目で見てくる。

 可愛らしい少女と評することできる容姿で、その衣裳さえ奇を衒わなければそれこのそこそこの美人となりえる素養がある。

 少女は不思議な微笑みをジャックに向けて訊いてくる。

 

「一人で飲んでいて暇にならない?」

 

「俺はね、一人で飲むのが好きなんだ。お嬢さんはどうなんだい? 俺のような余りものに集っていいことないだろう?」

 

「そうなんだろうけどね。お兄さん、なんだか不思議な雰囲気だったからね」

 

 そう言って帽子を脱いだ彼女は帽子の中より生きた猫を取り出して、膝にのせてその毛並みのいい背を撫でて遊んでいた。

 どういう仕組みか、彼女の帽子の中に猫など収納できるスペースはないはずなのだがその中より様々なものをどんどん取り出してくる。

 自分自身のグラスジョッキ、チーズ、そして皮袋に入った塩。

 バーテンにビールを頼んでジャックに再度向き合った。

 ジャックは驚いて、その帽子をまじまじと見てしまう。その様子に彼女は微笑んで色っぽい仕草で腕をついて答えてくれた。

 

「私、奇術師をしているの。巡業でね」

 

「奇遇だね、俺も似たようなことをしてるんだ」

 

「まあ、それは偶然ね。何をしているのかしら」

 

 宙に顔を向けて考え込むようにジャックは怪人の時の所業を思い出して告げた。

 

「火を噴いたたり、ナイフで芸を見せている。軽業もするよ」

 

「多芸な芸者なのね。それだけの芸を習得するの苦労したんじゃない?」

 

「苦労だなんてまさか。生きる糧だよ、苦労だなんて一切思った事はない」

 

「なんだか生き生きしているのね」

 

 出てくるビールを彼女はグイっとひと呑みして旨そうに声を上げて、ジョッキを置いた。

 手を擦り合わせてどこからともなく薔薇の花を出して見せジャックの胸ポケットにさして、その姿を品定めするように見た。

 

「んん……。紳士って雰囲気だけど、私たちには似合わないわね」

 

「どういうことだい?」

 

「うちのサーカス団ね、つい先日軽業師が怪我しちゃって穴が開いてるの。その穴埋めにあなたがいいと思ったんだけど。──どうにもね花がないわ」

 

「それは残念だ。君の言うサーカス団と言うのは心惹かれるものがあったんだがね」

 

「いい所よ。あなたのようなはぐれ物には打ってつけだと思ったんだど。私の勘も鈍ったみたい」

 

「勘? 何か俺に感じるモノでも?」

 

 ジャックは初めて彼女に体を向けて訊いた。

 彼女の求める人物像に興味が湧いたことと、ここまでジャックと話を続けて不快にならない女と言うのも興味が湧いた。

 彼女の仕草、そして表情。

 よくよく見ればなかなか良い。こういった悪戯めいた顔をする少女に限って恐怖に歪んだ顔をしたときジャックをより興奮させてくれる。

 タンブラーを空にしたジャックの座す姿に彼女の勘と言うのは何を感じ取ったのだろうか。気になって仕方がない。

 

「私達みたいな、世界からはじき出された幻想の雰囲気よ。勘でね、私の力がそう言ってるの」

 

「はじき出されたなんて。俺はまだ世を捨ててないよ」

 

「そういった意味じゃないの。──人ならざる者の匂い、って言った方がいいかしら?」

 

「ふ、ふははは! 何だいそれは? 俺が人じゃないみたいじゃないか」

 

 内心少しだけ肝を冷やした。この少女は怪人の時の姿を見ているのかと疑ってしまうほどに鋭い勘を持っているようだ。

 たしかにジャックの言う通りでジャック自身は人である、物を食らいクソを垂れ、赤い血の流れるれっきとした人間だ。

 しかしこの体を支配する人を恐怖に落とすと言う衝動と産まれ持っての脚力を見れば、本当に同じ『人種』と言うのは少々おこがましいと思える自分もいるのだ。

 本当に人間なのかという疑いをどうにか隠してのうのうと生きてきたが、この少女は面白い事を言うものだ。

 

「あまりそういう事は言うものじゃないよ。俺だから許されたものだが、他の人なら怒っているだろう」

 

「そうね、ごめんなさい。どう? 一杯奢るわ」

 

「そうかい? 悪いね」

 

 ジャックたちは同じ酒を頼んでグラスを打ち合わせる。

 よくよく思えばまだ名前も聞いていなかったことに気が付き、ジャックは名前を聞いた。

 

「名前を聞いていなかったね。俺は『ジャック』だ」

 

「──ジャックね。どっちなのかしら、まあいいわ。私は『フォザリ』よ」

 

 よく分からない事を言う少女であったが僕たちはバーテンが出してくるブランデーを掲げ合わせた。

 

「この出会いに」

 

「乾杯」

 

 グラスを軽く打ち合わせてジャックはブランデーに口を付けながら、この先すぐの楽しみを見つけた。

 この少女にしようと。ジャックの怪人としての獲物をこの場で見つけた事に喜んでこの出会いに乾杯する。




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