大悪魔の農場 (逆真)
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とあるプレイヤーの最後

 西暦2138年某日、DMMO-RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』が日本のメーカーによって発売された。

 

 このゲームの最大の特色は何と言っても自由度にある。

 

 多彩な職業。基本職と上位職業を合わせると二千を超える。プレイヤーのレベルキャップは百までであり、一つの職業のレベル上限は十五であるため、最低でも七つの職業を持つことになる。逆に、レベル一の職業を百個持つビルドも可能になる。

 

 外装も種族的な縛りの範囲であれば、いくらでも弄れる仕様だ。プレイヤーのアバターだけではなく、武器や住居などの外装も変更しやすい。

 

 そして、九個の世界によって展開される広大なフィールド。

 

 外装人気と言われる現象を引き起こしたユグドラシルはすぐに、日本のDMMO-RPGの代表的な立場になった。

 

 

 だが、全て、過去の話である。

 

 

 爆発的な人気のユグドラシルだったが過疎化して久しい。

 

 つい先日、サービス終了が決定した。12年の歴史に幕を下ろす。仮想現実だけあって、残すものはない。全てのデータは消去され、ユグドラシルという仮想世界は現実世界と絶縁することになる。

 

 仮に残るものがあるとすれば、それはユグドラシルの思い出にしがみつくプレイヤーの未練だけだろう――。

 

 

 

 

 

 ユグドラシル最終日。

 

 ミズガルズ。ラカノン樹海。

 

 それなりにレアモンスターも出るが、特に用事がなければ立ち寄ることのないエリアだ。記念すべきゲーム最終日に誰もいない程度には、重要度の低い場所である。

 

 そのラカノン樹海の一角に、奇妙な建造物がある。

 

 パッと見はマヤのピラミッドに近い。しかし、近づくにつれてマヤのピラミッドとは大きく違うことが分かってくる。

 

 大きな立方体の上に立方体が置かれている形になっており、それが全部で七段である。一番下の立方体が大きく、上に行くにつれ小さくなっていく。色は全ての立方体が白で統一されていて、一つの立方体には継ぎ目も溝もない。

 

 建造物の名をホシゾラ立体農場。全盛期のユグドラシルにおいて上位ギルドの一つに数えられたギルド「ラグナロク農業組合」のギルド拠点である。

 

 十大ギルドには及ばないものの、プレイヤーの間ではそれなりに恐れられたギルドであり、このホシゾラ立体農場も数多くの侵入者を返り討ちにしてきた。こうして最終日まで残っていることこそが、その力の証明であるとも言える。

 

 ……否。

 

 侵入者など、挑戦者たるプレイヤーなど、年単位で来ていないのだが。

 

「いやー、まさかギルマスが最後まで残っているとは思ってなかったわ」

「ん? そりゃ意外な感想だ」

 

 そんな立体農場の最上階、第七階層『展望台』の『宴会場』にて、語り合う二つの影があった。

 

 六人ずつが腰かけられるように椅子が配置された丸テーブルが15あり、その一つに向かい合うように彼らは座っていた。

 

 一つは人型の蜥蜴――リザードマン。全身鎧で、頭部だけを露出している。その鱗は炎のように赤く煌めき、獰猛さを隠そうともしない。

 

 もう一つは黒髪の人間、のように見えるが、その正体は悪魔だ。魔術師らしいローブと腰に佩いた剣が、魔法剣士であることを示している。

 

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーは人間種、亜人種、異形種に分けられる。その中で、異形種は種族的なペナルティを受ける代わりにステータスが高めになっている。しかし職業の自由度の面では人間種の方が優遇されているため、ガチプレイヤーは人間種を選ぶ傾向にあった。異形種の中にも強いプレイヤーはいるのだが、異形種はどちらかと言えば遊びの面が強かった。

 

 上位ギルドの中には異形種限定、あるいは天使限定のギルドなんてものもあったが。

 

 彼らのギルドでは、種族や職業に対する取り決めはなかった。ただ、ユグドラシルを好きに楽しみたいという連中が好きなように楽しんだ。

 

「正直、ギルマスは大将がやめた時点で、後追い引退するかと思ってたんだけど」

 

 リザードマンからの言葉に、悪魔はややばつが悪そうに唸る。図星らしい。

 

「あー。確かに兄貴がいなくなったのはデカかったよ。兄貴も義姉さんもいねえんじゃ張り合いないし。でも、だからこそあの二人の分までやってやろうじゃないかって気はあったよ。ま、結果はこのザマだけどさ」

 

 乾いた笑いを上げる悪魔。その表情はぴくりともせず、口も動かない。いくら仮想現実の技術が進んでいると言っても、感情に合わせて表情を変えられるほどではない。

 

「おまえはよく頑張ったよ、ギルマス。いや、パレット」

 

 リザードマンはそう悪魔――パレットに言う。労いの言葉をかける。

 

「いや、二年近くログインしなかった俺が言うのも何だけどさ。まだここが残ってたなんて思ってなかったからさ」

「…………」

「と、そろそろやべえわ。寝る」

「ん。グッドナイト」

「その口癖相変わらずなんだな。おまえも早く寝ろよ。名残惜しいのも分かるけど、どうせ明日早いんだろ?」

「まあな」

「ま、無理にとは言わないけどさ。じゃあな」

 

 その言葉を最後に、リザードマンの姿が消える。

 

 たった今ログアウトした彼を含めて、ギルドメンバーの中でログインしたのは五人だけだった。そして、その五人ともがこの世界から退出した。サービス終了まであと一時間もない。これから新しく誰かがログインしてくる可能性は低い。つまり、このホシゾラ立体農場でサービス終了の瞬間を迎えるのはパレット独りだけの可能性が非常に高いわけだ。

 

 この場にいるのが自分だけであると再認識したパレットは大きな溜め息を吐き出した。やはりアバターとしての彼の表情は変わらないが、現実世界の彼の表情は大きく歪んでいると察せられるほどの何かが込められた溜め息だった。

 

「……じゃあな、か。せめて、またどこかで、くらい言えないもんかね」

 

 誰も聞いていないのに、あるいは誰も聞いていないことを理解しているからこそ、独白は大きく苛烈なものになる。

 

「ふざけんな!」

 

 それは恨み言で、それは罵倒で、それは懺悔で、それは八つ当たりで、それは後悔で、それはただ叫んでいるだけだった。

 

 意味はない。返答はない。虚しいだけで悲しいだけだ。それでも、吐き出させずにはいられなかった。ゲームの中での鬱憤だ。ゲームで発散しなければ馬鹿馬鹿しいだけだ。

 

 ……違う。理屈ではないのだ。純粋に感情の問題なのだ。そんなことはパレット自身が一番よく分かっていた。

 

「何が名残惜しいのも分かるけど、だ! てめえにはその名残惜しささえねえってのか!? もう全部過去のことかよ。もう何の愛着も執着もないってのかよ。あんなに楽しんでいたじゃねえか、あんなに楽しかったじゃねえか! 俺だけかよ! もう俺だけしかいねえのかよ! 何だよ。兄貴も義姉さんも、ログインすらしねえってどうなってんだよ。二人が出会ったのは、このユグドラシルなのに!」

 

 ギルド「ラグナロク農場組合」二代目ギルド長、パレット。農場の魔王と蔑称を受けた、ユグドラシルでも最上位にいたプレイヤーのひとり。

 

 最初は、クランとすら呼べないような集まりだった。この自由を満喫できるユグドラシルをひたすらに楽しむことを目的として、仲間を募った。それが徐々に大きくなって、ワールドエネミーを倒し、ギルド拠点を手に入れ、ワールドアイテムを集め、上位十大ギルドを目指した。あと一歩で届かなかった。ランキングの最高順位が十一位だったのだから笑える話だ。

 

 始まりは、サービスが開始して半年頃だった。戦闘主体のクランと生産主体のクランが一つになって、「ラグナロク農業組合」になった。

 

 それが気づけば、八十八人になった。パレットの実兄である初代ギルド長の引退を契機に、彼に続くように引退する者や他のギルドへ移籍する者が出てきた。

 

 新しいギルドメンバーを募ったが、メンバーが減ることはあっても増えることはなかった。加入条件を厳しめに設定してしまったことが原因だ。いま思い出せばバカなことをしていたとは思うが、おそらく焦りがあったのだ。最強である兄の不在と、兄の存在がギルドを繋ぎ止めていたという事実に。兄を超えたいというみっともない嫉妬もあった。……それに加えて、どこかで「彼らの代わりはいない」と思っていたのだろう。

 

 一年で、メンバーは半分未満の三十人になった。三十六人によるレギオンが組めなくなったことで、六人パーティーによる行動が主になり、ギルドとしての行動はほとんどなくなった。

 

 やがてパーティーを組むことも少なくなり、単独での行動が多くなった。

 

 ギルド内での会話もなくなった。気の合う仲間がいなくなったことで、移籍・引退するメンバーはどんどん増えていった。

 

 気づいた時には、自分だけになっていた。それからは、ギルド運営の金貨を集めるだけの日々だった。惰性を送るだけの毎日だった。変化も感動も達成感もない。会話がなく、独り言も増えた。

 

 かつてのギルドメンバーは戻って来ず、新しいメンバーも入らず、ギルド拠点を攻略しようとする挑戦者も来ない。

 

 とんだ裸の王様だ。

 

 否、城どころか農場なのだから王様ですらない。ただの農民だ。しかも職業には「ファーマー」がないため、鍬も扱えない無能だ。出来るのは精々帳簿付けと番犬代わりだ。

 

「ん、あほらしい……」

 

 自覚はあるのだ。自分がどれだけ無様で、どれだけ愚かなことを言っているのか。

 

 所詮、この世界はゲームなのだから。

 

 飽きたゲームより優先するべきことなど、山ほどある。それこそ、ゲーム最終日であろうと、それよりも大事なことなんて山ほどあるはずなのだ。

 

 兄夫婦も二度目のおめでただと聞いたばかりだ。その関係で忙しいのだろう。疲れて甥っ子とともにベッドで眠っているのかもしれない。それはきっと素晴らしい光景のはずだ。ユグドラシルを始める前には想像もできなかったほど、美しい光景のはずなのだ。

 

 そして、あの二人についていかなかったのは自分だ。過去に張り付いているだけの、みっともない人間擬きがここにいる。

 

 ならば、孤独な最期も必然だ。

 

「……でも、独りは寂しいんだよ」

 

 ぽつりと呟いてから、パレットは『宴会場』を出る。

 

「最終日、だからな。好きな場所で終わらせてもらうか。これから誰か来るわけでもあるまいし、今から侵入者があっても、ここには間に合わないだろうからな」

 

 ギルドメンバーが勢ぞろいししていた全盛期と比較するとかなり弱体化しているが、そこはランキング十一位になったギルドのホームだ。ホシゾラ立体農場はプレイヤーの作ったギルド拠点の中でも最難関ギルドに数えられた。

 

 特色としては、設定上、上の階層に行くほど階層の面積が少なくなることだろう。よって、第一階層が一番大きい。すぐ上の第二階層と比較しても、体積で言えば倍近い。つまり戦力の多くも第一階層に集中されることになり、侵入者・挑戦者のプレイヤーの大多数が第一階層で撃退されている。

 

 そんなダンジョンだからこそ、この世界に許された残り時間で攻略など不可能だ。第一階層を突破することさえできないはずだ。

 

 それこそ、かの『大侵攻』に匹敵するような物量を用意でもしなければ。そして、このダンジョンにそんな価値がないことはパレット自身がよく理解していた。

 

「大侵攻、なぁ……ペロロンとか茶釜さんとか、来てんのかな? 来てんだろうなぁ」

 

 サービス史上最大の人数で構成された討伐隊による『大侵攻』。攻め落とさんとしたギルドは、当時第九位にいた『アインズ・ウール・ゴウン』。ユグドラシルの悪の華。最悪最恐のDQN集団。魔王の軍勢。ワールドアイテム所持数、唯一の二桁。たった四十一人で上位十大ギルドになったぶっ壊れども。

 

 ランキング上位にいたこともそうだが、ひとりの異形種プレイヤーとして、彼らのことは知っていた。今はどうか知らないが、全盛期のユグドラシルでアインズ・ウール・ゴウンを知らないなどモグリだ。ラグナロク農業組合のメンバーにも、ファン・アンチがそれなりにいた。

 

 ギルドとしての交流はなかったが、そのメンバーである『ぶくぶく茶釜』や『ペロロンチーノ』とは交流があった。それ以外のメンバーとも面識や戦闘経験はあるが、それほど印象に残る交流はない。

 

「……ん。余所は余所。うちはうち、だな」

 

 パレットは自分が目的地に着いたことを認識する。

 

 彼の目の前には巨大な両開きの扉。左右の扉で巨大な鐘の一枚絵になるようになっている。無論、装飾にはこれでもかと希少金属や宝石が使われている。

 

 パレットは意を決して、扉を開ける。

 

 ホシゾラ立体農場第七階層『展望台』最終領域『大鐘の間』。このホシゾラ立体農場の最深部とも言うべき場所である。物理的には最深部というか最高部なのだが細かいところは気にしてはいけない。

 

 システム的には第七階層の領域として存在しているが、実際は屋上部分に存在している。そのため、ミズガルズの夜空や周囲の光景がよく見える。外から晒されているようにも見えるが、どういう理屈なのか農場の外からこの領域には入ってくることはできない。農場の外から飛んできて、ここに入ろうとしても、見えない壁に邪魔される。ゲーム的なメタシステムと言われたらそれまでだが。

 

 先程パレットが入ってきた扉も物理的に繋がっている扉ではなく、どちらかと言えばワープ装置に近い。

 

 領域の中央には、巨大な鐘とそれを覆う鐘楼がある。人どころか巨人さえすっぽりと入ってしまいそうなほど巨大な鐘だ。寺院にある和鐘ではなく、西洋式の洋鐘。鍍金が塗られているわけでも宝石が埋められているわけでもないのに、闇夜の中でも異常な存在感がある。

 

 それもそのはず、この大鐘こそはユグドラシルにおいて二百種類しかない一点もの『世界級』の一つ、『天の神鐘』なのだから。

 

 ラグナロク農業組合が所持しているワールドアイテムはこの鐘と、パレットが常時装備しているものの二つになる。鐘は偶然取得条件を満たしたため手に入れたが、もう一つの方にはそれなりの苦労話はある。もはやその苦労を語り合う仲間も思い出す時間もないが。

 

「ん……」

 

 鐘のそばに、美しい女がいた。

 

 人間に換算すれば年齢は二十歳か、少し上といったところだ。

 

 最初に目を引くのが膝まで届く長い黒髪。次いで、その頭部に生えた二本の耳。人のものでなく犬のそれ、つまりは犬耳だ。

 

 衣装は修道服をイメージした黒いドレス。腕輪やネックレスなどは希少金属製で繊細な装飾と数多の宝石が施されている。

 

 ギルドメンバーではない。プレイヤーですらない。NPCだ。

 

 守護者統括、ソラ・ゾディアック。この立体農場に存在するNPCの中で最も地位の高いNPCである。

 

 戦闘能力も全NPCの中で見ても高い部類で、レベルは百。種族は人狼、職業は地属性魔法を得意とするエレメンタリスト(アース)。「ゾディアック」という名前ではあるが、彼女自身は黄道十二宮星座とは関係がない。立体農場には「十二星天」と名付けられたNPCのシリーズがいるのだが、彼女がその十二星天の直接的な上司である、という設定のために与えられた名前なのだ。

 

 製作者はテラ・フォーミング。全盛期のラグナロク農業組合で、ギルドのサブマスターだった人物だ。現実世界では、パレットの義理の姉、つまりは兄の伴侶である。兄と同じ日に引退した。

 

「しかし、ついにここに来るプレイヤーはなしか。まあ、第五階層まででどうにかなったからな」

 

 侵入者の大半は第一階層『農園』で脱落する。『農園』をどうにか突破しても、第二階層『貯水池』で水底に沈むか、第三階層『獣舎』で魔獣に喰らわれるか、第四階層『工場』でトラップに嵌まって潰される。そして、それらを突破したとしても、第五階層『倉庫』の倉庫番たちによって片付く。

 

 第六階層『住居』および第七階層『展望台』は結局出番がなかった。出番がないにこしたことはなかったが、結局なかったのは少々寂しい。

 

 どうせなら、農場を攻略されてしまった方が、パレットだってもっと早くにこのゲームを引退できたのだが。

 

「……ん」

 

 たとえNPCだとしても世界の終わりを一緒に見届ける誰かがいるのは僥倖と考えるべきか。

 

 こんなことならば他の階層からNPCを連れておくべきだったかとも考えたが、邪魔くさいだけなのでやらなくて正解だろう。このワールドアイテムの大鐘だけが配置されたシンプルな領域にやたら人影があるのも無粋なだけだ。

 

 周囲を見渡す。ホシゾラ立体農場の最上階から見渡せるすべてを。しばらく、その行為に没頭する。もうすぐ終わろうとする世界の全てを可能な限り脳裏に焼き付ける。

 

「日付が変わるまで、あとちょっとか。……いやマジであとちょっとだな。一分切ってんじゃん」

 

 時計を見れば、サービス終了までカウントダウンをすべきタイミングになっていた。

 

「ん、鐘の設定いじれば良かったな」

 

 定時になると、『天の神鐘』は自動で鳴るようになっている。一日四回の六時間ずつ。日付が変わる零時と、朝の六時と、昼の十二時と、夕方の六時だ。

 

 サービス終了がちょうど日付変更のタイミングのため、零時の鐘の音を聞かずにユグドラシルは終わる。あらかじめ設定を変えておけば時間をずらせるのだが、すっかり忘れていた。

 

「まあ、いいか」

 

 どこまでもマヌケな野郎だと自嘲しながら、目を瞑る。頭の中でカウントダウンを開始する。明日の仕事も早い。ログアウトと同時に寝て、朝早くに起きて、働いて、明日の夕飯時にでも、この間抜け話を兄夫婦にメールで教えよう。

 

 次のゲームは何をしよう。それとも、いい加減自分も兄のように身を固めるべきなのか。しかし兄ほど高給取りではないため、アピールポイントは少ない。元ユグドラシルプレイヤー限定の婚活パーティーなど誰か計画してくれないだろうか。

 

 などと考えているうちに、残り数秒になった。

 

 

 ああ、終わる。

 

「――3」

 

 十二年の時間が終わる。

 

「2」

 

 あの日々が、仲間たちとの絆が終わる。

 

「1」

 

 しかし本当に悲しいのは、この世界の終わりではない。この悲しさを誰かと共有できないことだ。

 

「0」

 

 また、ひとりになった。

 

 

 自分の内からあふれた温度が頬を伝う。

 

 

 だが、

 

 

 世界終了の余韻に浸る準備をしていたパレットの耳に、驚きの音が入る。

 

 

 

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 

 

 

「……ん?」

 

 鐘の音が聞こえる。

 

 聞き飽きるほど聞いた、『天の神鐘』の音が聞こえる。

 

「んんん?」

 

 

 

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 

 

 

 目を開くと、そこには鳴らし手もいないのに自動で揺れる大鐘。ちょっとした建造物級の大きさでありながら、その音が大きすぎるという印象はない。むしろ快い。不快感など皆無。神々しささえ覚える。……心無しか、記憶にある鐘よりも綺麗な音がしている気がする。

 

 

 

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 

 

「んーん?」

 

 時計を見る。鐘が鳴っていることから察していたが、時刻は十二時を過ぎている。つまり、サーバーに何かしらの問題が発生して、ゲーム終了が少し伸びたということだろう。

 

 

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 

 

「あのクソ運営が、って怒るべきなのか?」

 

 苦笑するパレットだが、正直感謝を述べたい気分だった。終了の余韻が色々とかき乱されたことは確かだが、最後にこの鐘の音を聞けたことは良かった。

 

 しかし、強制終了するならばともかく終了が延期になるなど珍しい事態だ。過去にも色々と問題を起こした運営だったが、まさか最後の最後にやってくれた。公式ホームページにどのような謝罪文が乗るか楽しみだ。これまでであればお詫びアイテムが配布されたであろうが、ゲームが終わるのだ。もらえる手段がない。そう思うと勿体ないものだ。

 

「パレット様。どうかなさいましたか?」

 

 鐘の音が響き渡っている中で、パレットは自分の名前が呼ばれたことを理解した。鈴の鳴るような、聞いたことのない声だった。

 

 困惑しながら声のした方を見れば、そこにはソラ・ゾディアックの姿がある。彼女の姿しかなかった。首を傾げそうになったが、その前に、ソラの綺麗な唇が動く。

 

「鐘に何か問題でも?」

 

 喋っている。NPCが喋っている。しかも、その動くはずのない美貌に怪訝そうな色を浮かべて。

 

「ん、えっと?」

 

 パレットは混乱している。状態異常としての「混乱」ではなく、精神的に混乱していた。現実では有り得ないことが起きている。仮想現実だからこそ有り得ないことが起きている。

 

 困惑の声を上げたことで、ソラだけではなく自分の口も動いていることに気づく。仮想現実の身体である口が、言葉に合わせて動くなど有り得ない。技術的に可能不可能の問題ではない。パレットはそのあたりの知識は専門外だが、現時点での技術でそれは夢物語のはずだ。

 

 そして、パレットが混乱しているのはソラや自分の口が動いているからだけではない。自分の精神状態にある。パレットは混乱しているのは間違いない。だが、想像を超える事態に対して思っている以上に混乱していない。自分が落ち着いていることに対して、落ち着かないのだ。まるで精神に自分ではない何かが混ざっているように。

 

 ――落ち着け。

 

 自分自身に命令する。普通、こういう時は落ち着こうとすれば余計に緊張して思考が暴走するものだが、どういうわけかすんなり精神は安定した。

 

 自分自身のことだ。生まれてずっと付き合ってきた自分のことだ。自分が一番理解しているはずだった。しかし、現実は違う。身体ではなく精神が自分のものではないような感覚だ。しかし嫌悪感はない。これが自然であるかのように。

 

 ――ああ、成程。

 

 パレットは理解した。そして、自分なりの正解を見つけ出す。

 

 ――これ、夢だ。

 

 聞こえてくるはずのない鐘が聞こえているのは、夢だからだ。喋るはずのないNPCが喋っているのは、夢だからだ。動くはずのない表情が動いているのは、夢だからだ。自分の精神が自分のものではないような違和感があるのは、夢だからだ。

 

 おそらくカウントダウンの際に目を瞑った時、そのまま寝落ちしてしまったのだろう。なんて間抜けだ。

 

 そういえば、先程まであったはずの強烈な眠気がない。ハイになるほど眠くはなかったはずなので、やはりこれは夢なのだろう。まさか睡眠が不要な身体になったわけではあるまい。パレットの種族は悪魔だが、それはあくまでもゲームの話。現実にまで適応されるはずがないのだ。

 

「パレット様?」

「ん? ああ、何でもないぞ、ソラ」

 

 さん付けしようかな、苗字で呼んだ方がいいかなとも思ったが、夢の中でNPC相手にそこまで畏まっても仕方がない。

 

 パレットはソラ・ゾディアックを観察する。

 

 現実世界では縁もないような、とんでもない美人。兄の妻――義理の姉の娘とも言える存在であるから、パレットにとっては血のつながらない姪っ子のような相手。果たして、どのような距離感が正しいのかは分からない。しかし、夢の中でそこまで深く考える必要はないだろう。

 

「ソラ。俺の名前を呼んでくれるか?」

「はい、パレット様」

 

 自覚などなかったが、これが自分の思うソラの脳内声優だったわけだ、とパレットは妙な感想を抱く。耳が幸せになるような美声だ。

 

 ギルドメンバーの中には実際の声優もいたのだが、彼女よりも好きな声かもしれない。

 

「ところで、あれはどうしますか?」

「あれ?」

 

 ソラの指差した方向を見れば、そこには万里の長城のような、ひたすら長い城壁が見えた。見えたと言っても、三十キロは離れているようなのだが。

 

 自分の夢の中にどうしてあのような不純物があるのか不明だが、そういうこともあるのだろうと納得することにした。どの道、これは夢だ。心理学者や占い師でもない限りは、細かいところまでは気にすることはないだろう。

 

「放っておけ」

 

 口にしてから、ギルドマスターらしからぬ発言だったかもしれないと反省する。夢の中であっても、夢の中だからこそ、かっこつけるべきだろう。

 

「向こうから攻めてきたら、返り討ちにしてやるがな」

「では、そのように」

 

 さて、このいつ覚めるともしれない夢をどうやって堪能するべきか。それとも、起きるように努力してみるべきか。流石にニューロンナノインターフェイスをいつまでも起動させておいたら脳みそが休まらない。さっさと起きて電源を落とし、ちゃんとベッドで寝るべきだろう。

 

「……寝ちゃうかな」

 

 夢の中で寝れば現実で起きれるのかは分からない。だが、やってみる価値はあるだろう。最悪、朝になれば起きるだろうし。

 

「せっかくだからここで星空でも眺めながら寝るか」

「ではベッドを持って……いえ、違いますか。パレット様、良ければ膝をお貸ししましょうか?」

「ん、いいの? じゃあお言葉に甘えて」

 

 夢とはいえこんな美人に膝枕をしてもらえるとは。自分の妄想力も捨てたものではないものだ。夢だと自覚しているからこそ、虚しさなど忘れてしまおう。

 

 夢の中なのだから、ゲームでアイテムボックス開くようにアイテムを出せないか、と考えながら手を動かしてみると、手が湖面に沈むかのように消えた。

 

 一瞬驚いたものの、そのまま動かしてみると、空間に窓のようなものが開き、その奥にはユグドラシルで持っていたはずのアイテムがあった。回復用のポーションが並んでいる。

 

「夢の中でもユグドラシルのことを思い返すとか、どんだけ好きだったんだよ、俺」

 

 手を動かして空間をスライドさせていくと、ジャンルごとに固まっていることを知る。夢なのに妙にシステム的だ。そして、家具の棚で目当てのものが見つかった。掴んで空間から引っ張り出す。

 

 二人掛けにはやや大きめのソファだ。

 

「流石に床にごろ寝するのもな」

 

 夢の中だからどうせ床も柔らかいのかもしれないが、夢の中であってもこんな美人に膝枕をしてもらうのだ。最高のシチュエーションにしておこう。

 

「では失礼して」

 

 ソラがソファの端に座る。ソラの準備ができたところで、パレットもソラの反対側に座る。そして、そのまま横に倒れるようにして、頭をソラの膝に預けた。

 

「んー、思ったよりいい眺めだ」

 

 それにしてもリアルな夢だ。頭の裏から伝わってくる体温。夜の冷たさに染まった微風。星々の光。緊張を隠そうとする息遣い。

 

 夜空以上に、此方を覗き込んでくるソラの瞳に吸い込まれそうだった。

 

 眠気など感じていなかったのに、身体中の力が抜けてしまいそうだ。ゆっくりと海に沈むようなイメージだ。そのまま瞼が重くなっていく。

 

「このまま眠ったら、全部消えそうだな……」

 

 夢とはそういうものだ。ゲームも同じだ。まさに、ユグドラシルは泡沫の夢だった。だからこそ失いたくなかったし、だからこそ大切にしたかった。現実に戻りたくない、とは言わない。パレットも尊敬する兄夫婦のいる現実の方が大切だ。しかし、あの夢からまだ目覚めたくなかったのも事実だ。こうして、夢に見るくらいなのだから。

 

「心配いりませんよ、パレット様」

 

 鈴の鳴る綺麗な声が、パレットの鼓膜をくすぐる。

 

「私はどこにも行きません。永遠に、貴方のそばに」

「――――ああ、それはいいな。そうしてくれ」

 

 落ちかける意識の中、そっと右手で彼女の頬に触れる。やはり、夢にしてはしっかりとした感覚がある。肌の質感も、体温も感じる。しかしこれが夢ではないわけがない。ユグドラシルは終わったのだから。ゲームを止める時間になったのだから。戻りたくないが、現実に戻らなければならない。

 

 そういえば、義姉はこのNPCに何とも微妙な表情をしたくなるような設定をつけていたのだった。しかも、直接的ではなく詩的な表現だったため、印象深い。

 

 なら、ソラへの愛の言葉はそれに倣うのが最も適しているだろう。

 

「おまえといると、月が綺麗だな――」

 

 その言葉にソラがどんな顔をしたか確認もできずに、パレットの意識は夜に沈んだ。

 

「本当に綺麗だ」



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階層守護者と十二天星1

 ホシゾラ立体農場第七階層『展望台』領域『メインホール』。

 

「ワンペアっす」

「スリーカードである」

『ノーペア』

「ストレートフラッシュだぜ!」

 

 演劇用の舞台の上で、四体の天使がトランプゲームに興じていた。別に演劇の一幕でゲーム中の演技をしているわけではない。素で、好き好んで、ゲームをしていた。

 

 天使と言っても、四者四様の姿をしている。初見で四体ともが天使であると見抜くことは難しいだろう。

 

「はあ!? もう、リン姐さんはこの手のゲームに強すぎるっす! イカサマはしてないんだろうけど、運よすぎっすよ! むきーっ!」

 

 甲高い声を上げるのは、銀髪ツインテールの少女。外見年齢は人間でいえば十代前半。背中から生えた鳩のような白い翼と頭上に輝く光の輪が彼女が天使であることを分かり易く主張している。服装は純白のワンピースであり、彼女の無垢さを強調していた。

 

 ホシゾラ立体農場十二天星のひとり、『やぎ座』チョーカ・カプリコーン。職業、司祭。得意分野は結界など魔法による防御。

 

 彼女が天使であるのを見抜くことは容易だ。この場にいる四体の中どころか、あらゆる種族の中に放り込んでも、相手が『天使を知らない』場合を除いて、彼女が天使であることを見抜けない者は非常に珍しいだろう。

 

「チョーカ、落ち着くのである。そんなに喚いても良いカードは来ないのである」

 

 苛立つチョーカを宥めるのは、「へのへのもへじ」が書かれた布で顔を隠した奇妙な天使だった。少女の身体をしているチョーカと違い、成人男性並みの体格をしている。だが、翼は鳩というよりも飛行機のような機械的なものだった。翼だけではなく身体全体から生物性を感じない、人形のような天使だ。人によってはゴーレムのような印象を受けるだろう。

 

 チョーカと同じく、十二天星の『てんびん座』スケア・クロウ・リブラ。職業は魔術師で探知特化。探知を併用した遠距離へのピンポイント攻撃も得意とする。

 

「スーさんは落ち着きすぎっす!」

『しゃっはっは! そうだぜ、スケの字。もうちょっと悔しがらねえとリンだって甲斐がねえだろうぜ』

 

 脳内に直接響く笑い声を上げるのは、巨大な球体だった。顔も手足も翼もない。紐で吊るしているわけでもなく棒で支えているわけでもないのに、空中に浮遊している。大きさは直系二メートルほど。表面の色は白であり真珠のようだが、頂上部分に人間の拳大の孔がある。

 

 十二天星の『みずがめ座』ドブロク・アクアリウス。職業は秘術師。広範囲攻撃魔法を多数使用可能で、雑な殲滅戦を得意とする。

 

「そうでもねえよ、暇つぶしなんだからさ」

 

 目つきの悪い美女だった。胸にさらしを巻いて、特攻服を羽織っている。髪はぱっと見は金髪だが、下手くそに染めたかのように黒髪が混ざっている。天使の象徴である白い翼も持っているが、平時は収納しているため、奇抜な服装と斑模様の髪を除けば、普通の人間の女性にしか見えない。加えて、服に刺繍された『喧嘩上等』と『天上天下唯我独尊』の文字が天使らしさから著しく乖離していた。

 

 十二天星『しし座』リンカ・レオ。修行僧であり、肉弾戦を得意とする。純粋な格闘型というわけではなくウェポンマスターの職業も持っており、武器の使用も可能だが、鉄バット(種別は剣)を愛用する。

 

 総括すると、この場にいる天使らしい天使はチョーカだけだった。

 

「それより、おっさん。酔っぱらいすぎじゃねえ?」

『酔っってねえよ! ひっく』

 

 ドブロクの浮遊している下には、何本もの酒瓶が転がっていた。球体の身体でどうやって飲んでいるかと言えば、上部にある孔から流し込むようにして飲酒しているのだ。

 

『それと、おっさん言うな、小娘! 天使だから年齢の概念なんざねえんだよ、うぃ~』

「それを言ったら、私だって小娘じゃねえよ」

 

 酔っぱらいの戯言には付き合いきれないとでも言いたげな態度のリンカ。ちょうどカードが切れたため、全てのカードを拾い集め、シャッフルする。

 

「チョーカの言う通り、私に流れが来すぎだからな。勝ちすぎると暇つぶしにもならねえ。ここらでゲームを変えて空気を変えようぜ」

「あ! じゃあ、うちは七並べがいいっす!」

「吾輩はポーカーを推すのである」

『俺ぁ大富豪かな』

「どれも飽きるほどやったしなぁ。ババ抜きにしない?」

『それこそ飽きるほどやったじゃねえか。何なら最初に飽きたじゃねえか。他にねえのか?』

「うーんっす」

「特に思いつかないである」

 

 この四体の天使、早い話が暇をしていた。

 

「……侵入者が来た時のために、前口上の練習でもしとくか?」

「必要っすか? このホシゾラ立体農場の第七階層『展望台』まで来れるような奴なんていねえっすよ」

「油断大敵である」

『そうだぞ、チョーカ。第一階層の長老、第二階層の船長、第三階層の軍師殿、第四階層の棟梁、第五階層の番長、第六階層の旦那。あいつらが突破される可能性だって零じゃねえんだ。それに、この第七階層の姉御だっているしな』

「その言い方だとドブさんも夢にも思ってないみたいっすよー、ぷぷぷ」

『違いねえ! そもそもこれまでの侵入者の半分も、長老を倒すことができなかったんだからな! 崇高なる御方々の創造されたこのホシゾラ立体農場が突破されるなんて万が一にも有り得ないぜ!』

 

 完全な球体であるドブロクだが、その声の調子から笑っていることは間違いなかった。

 

「つっても、そのあたりのこともちゃんとしてねえと、あの優等生がうるせえ」

「あー、ハヤ姐さんっすね」

「それは同意である」

『一応、あいつは俺たちのリーダーだからな。言われたらちゃんとしねえとよ』

「ちっ。何で私があいつの下なんだ」

「御方が決めたことだかしょーがないっすよー、ぷぷぷ、あだだだだだ!」

 

 小馬鹿にしたような笑い声を上げたチョーカに対して、リンカは本気めのアイアンクローを使う。

 

「笑ってんじゃねえよ、このボンクラ!」

「暴力反対っす!」

 

 たっぷりと愛の鞭を受けているチョーカを肴にして、ドブロクは新しい酒瓶を開ける。手足のない身体でどうやって開けているかと言えば、魔法だ。あるいは、特殊技術の念動力を使用する。酒瓶を頂上の孔に突っ込む。

 

『ごくごく……。さっきの話だけどよ、侵入者随分と来てねえよな。この階層に、じゃなくて、このホシゾラ立体農場によ』

「来て欲しいのであるか? 不敬である」

『欲しくねえと言えばウソになるな。第一階層の長老や五穀衆だって退屈してんだろうよ。侵入者の相手をしたことねえ俺たちが言うのも何だけどな』

「全くである。これでは忠誠を示せないのである」

「だから、私らはこうしてトランプで遊んでんだろうよ」

「あだだだだだ! 姐さん、そろそろ開放して欲しいっす!」

「――――騒がしいですわね」

 

 四人ともが声のした方向――メインホールの扉の方を見る。

 

「また貴方たちはサボって……全く、真面目にしてほしいですわ」

 

 そこにいたのは、ウェーブのかかった亜麻色の髪をした美女。外見年齢はリンカとほぼ同じ。しかし、醸し出す雰囲気も服装の系統もリンカとは正反対である。リンカの過激な特攻服に対して、彼女が来ているのは上品なドレス。垂れ目が柔和な表情を作り出し、虫も殺せない令嬢の品格を整えていた。しかし、背中に背負う大弓と腰に差した矢筒が彼女にはミスマッチではあった。

 

 十二天星『いて座』ハヤ・サジタリウス。職業は狩人であり、弓の名手。面に対する範囲攻撃ではドブロクの方が上だが、距離のある点への攻撃では十二天星どころか階層守護者にも後れを取らない。十二天星のまとめ役でもある。

 

「真面目にだぁ? はっ、聞いたかよ、野郎ども。真面目に、だとよ。この生真面目ちゃんに何か言ってやれ、チョーカ」

 

 リンカとハヤは仲が悪い。しし座といて座。近距離肉弾戦と遠距離狙撃。不真面目なムードメーカーと真面目なリーダー。何から何まで正反対の二人なのだ。所属が違えばそうでもないが、同じ第七階層所属の十二天星。顔を合わせる機会も多く、衝突は日常茶飯事だった。

 

「あの、うちに振らないで欲しいっす」

「あら。まるで私が間違っているような言い方ですわね。そんなことありませんよね、チョーカ」

「だからうちを巻き込まないで欲しいっす!」

 

 リンカには凄まれ、ハヤには意味深に微笑まれ、チョーカは泣きそうになった。チョーカは案山子と球体に助けを求めるように視線を送るが、どちらも巻き込まれたくないとばかりに目を逸らした。チョーカは脳内で助けを求めた。具体的には「大姉御」と慕う第七階層守護者のソラ・ゾディアックに。

 

 

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 

 

 そんなチョーカの祈りが聞き届けられたのかは分からないが、空気を壊すように室内に鐘の音が満ちる。

 

 崇高なる八十八人の御方々が集めた秘宝の中でも最上級のアイテム。究極の財宝。至高のワールドアイテム。『天の神鐘』。

 

 この魂にまで染み渡るような神秘的にして神聖なる音が、このホシゾラ立体農場に響くようになって久しい。この神聖なる音の妨げになるような口喧嘩をするなど言語同断であるため、リンカとハヤだけではなく他の三名も静かにその音を聞き届ける。

 

 やがて鐘の音が止まると、リンカが盛大に溜め息を吐き出した。創造主の叱責を受けたような気分になって、白けたのだろう。

 

「……日付が変わったな。今日はお開きにするか」

「それがいいっす!」

 

 いい笑顔を浮かべたチョーカに、スケアとドブロクも続く。

 

「であるな」

『同感。俺ぁ自分の領域で飲み直すわ』

「……まあ、構いませんわ。ただし、あまり今後はこういうことは控えて――」

 

 ハヤは堅物リーダーらしい諸注意をしようとした。意味がないとは分かっているが、言わなければ気が済まない。何より、自分はそういう風に作られたのだから、そうあるべきなのだ。

 

 だが、最後まで口にすることはできなかった。

 

『聞こえますか、第七階層の十二天星たち』

 

 脳内に響く声。ドブロクの念話ではない。通信の魔法の一つにして基礎、《伝言(メッセージ)》。否、ここにいる全員に聞こえているということはより上位の通信魔法だろう。あるいは、特殊技術によって強化されているのかもしれない。

 

 声の主は第七階層守護者のソラ・ゾディアック。つまり、ここにいる五体の天使全員の上司だ。彼女が《伝言(メッセージ)》を使うとはかなり珍しい事態だ。

 

『聞こえていたら応答を願います』

「はい、長官殿。こちら十二天星のハヤ・サジタリウスですわ。十二天星リンカ・レオ、チョーカ・カプリコーン、スケア・クロウ・リブラ、ドブロク・アクアリウスも同じ場所に」

 

 ハヤが応じる。このことに、リンカを含む全員に異存はない。こういう時に最初に反応を示すのがリーダーの役割なのだから。

 

『緊急事態です』

 

 端的な発言だったが、天使たちの反応は劇的だった。ハヤは表情を険しくし、リンカは凶暴に笑み、チョーカは肩を震わせ、スケアは肩を回し、ドブロクは酒瓶を片付けた。

 

『大至急、鐘の下に来てください。緊急事態です。見てもらった方が早いので』

「畏まりました。ただちに参りますわ」

『あと、ジャクチョはどうしました? その場にはいないようですが』

 

 十二天星はその名の通り、十二体の天使によって構成されている。第七階層に六体、第一から第六階層までに一体ずつという内訳で配置されている。この場にはトランプゲームに興じていた四体にハヤが追加されて五体。一体不足している計算になる。

 

「さあ? しかし緊急事態というのでしたら人手は必要ですわね。スケア、悪いのですけどジャクチョを探して来てくれませんの?」

 

 ハヤはこの場にいない天使の捜索をスケアに頼んだ。探知能力に優れている彼ならばすぐに見つけて、後から合流するのも早いと考えたわけだ。

 

 しかし何故か、スケアは首を横に振るい、人形のような無機質な指を天井に向けた。

 

「上である」

 

 スケアの言葉と指に従って、ハヤだけではなくその場にいた天使全員が天井を見る。

 

「え?」

「うわっ!」

 

 メインホールの天井には、全身をミイラのように包帯で覆われた怪人がヤモリのように張り付いていた。

 

「何やってんすか、ジャクチョ! いつからそこに!?」

 

 チョーカが怪人の名前を呼ぶと、ミイラ怪人は天井から降りる。ただ自由落下に身を任せるのではなく、背中の白い翼をバサバサと羽ばたかせてだ。そして、そっと着地する。

 

「…………」

「いや、何か言えよ!」

 

 リンカの言葉に対しても、ミイラ男は無反応である。

 

 彼こそが第七階層に配置された最後の十二天星、『さそり座』ジャクチョ・スコルピオ。職業、暗殺者。気配を殺し、毒と殺意の込めた技で殺しにかかる。一撃の殺傷能力という観点では、彼は十二天星の中でも上位になる。

 

 基本的に喋らず意味不明な行動も多い彼は十二天星の中でも不気味な部類である。

 

「ま、まあ、全員揃ったことですし、長官殿の下に参りますわよ」

「そうっすね」

 

 六体の天使はソラ・ゾディアックがいる場所、ホシゾラ立体農場最終領域『大鐘の間』へと向かう。扉の前に到着すると、探知と素の頑丈さに優れたスケアが先頭に立つ。その後ろに、防御が得意なチョーカが続く。リンカとジャクチョは拳を鳴らし、ハヤは弓矢を構えた。ドブロクはどのような事態にも対応できるように、使うべき魔法を脳内にピックアップする。

 

「開けるのである」

 

 そう言うと、スケアは扉をゆっくり開ける。扉型の転移装置の先には、いつもの『大鐘の間』とは違った光景が広がっていた。

 

「へ?」

 

 チョーカが間抜けな声を上げる。声にこそ出さないが、チョーカ以外の天使たちもおよそ同じ感想を抱いていた。

 

 まず、彼らの目に入ったのはワールドアイテム『天の神鐘』。これはいい。いつも通りだ。

 

 次いで、ソファ。これはおかしい。この領域にはそのようなものなどなかったはずだ。そして、そのソファには二つの人影があった。ひとりは階層守護者ソラ・ゾディアック。彼女がここにいることに問題はない。むしろいない方が問題である。そして、もうひとりは崇高なる八十八人の御方々のまとめ役にして最後まで残られた慈悲深き御方、パレット。

 

 彼らが目撃している状況の中で最も大きな問題というのが、ソラがソファに座り、パレットがソラの膝に頭を置いた状態で眠っていることだ。

 

 つまり、膝枕をしていた。

 

 その光景を見て、六体の天使は混乱状態に陥った。僅かに冷静な部分が「これは確かに過去最高に緊急事態だ……」と変に納得しながら。

 

「流石、皆早いですね。緊急事態とは見ての通りです」

 

 ソラが天使たちに視線を送る。いつも冷静沈着な彼女の顔が幸福感に満ち足りてやや赤くなっているのは気のせいなどではないだろう。

 

「こ、これは……」

 

 混乱から最初に立ち直った天使は、ハヤ・サジタリウスだった。そのあたりは流石十二天星の代表ということだった。

 

「これは実質交尾中と言っても過言ではないのではありませんわ!? 露出プレイですわー! 破廉恥ですわー! きゃー!」

 

 どうやらまだ混乱しているようだ。

 

「どう考えても過言だろうが!」

「過言っす」

「過言である」

『過言だなぁ』

「……過言」

「ジャクチョが喋ったっす!?」

 

 リーダーの爆弾発言によって、他の五体の天使は正気に戻った。滅多に言葉を発しない暗殺者が一言だけとはいえ発言するほどに。

 

「あと、交尾って言い方やめろよ。何か生々しいんだよ」

 

 直後、引っぱたかれた。普段のリンカならこの距離で遠距離アタッカーの物理攻撃など回避できないはずもないのだが、混乱から回復した直後というのもあり隙があった。

 

「何を言っているのですか、このバカチン!」

「いま何で私は殴られたんだ……?」

「生々しい言い方の方が興奮するでしょうが!」

「この変態は何を言ってんだ……?」

「リン姐さんが怒りのあまり状況を飲み込めていないっす。立ち直った時に時間差でぶち切れるやつだから避難するっす」

「同感である」

 

 銀髪少女と案山子と球体とミイラ男は、特攻服女とドレス女から距離を置いた。そして、守護者と支配者の下へと馳せ参じ、跪く。

 

「十二天星、チョーカ・カプリコーン。御身の前に」

「同じく十二天星、スケア・クロウ・リブラ。御身の前に」

『同じく十二天星、ドブロク・アクアリウス。御身の前に』

「同じく十二天星、ジャクチョ・スコルピオ。御身の前に」

「リンカ・レオ、ハヤ・サジタリウスもあちらに。御前をお騒がせししている無礼、両名に代わりお詫び申し上げます」

 

 御方は熟睡しているようだが、関係ない。階層守護者であるソラには呼ばれたが、御方に呼ばれたわけでもないのに持ち場を離れ、こうして姿を現したのだ。こうして忠義を示さねば恰好がつかない。

 

「それで、ソラの大姐御、どういう状況っすか?」

「私にもよく理解できません。だから助けを呼びました」

 

 ソラが言うには、日付が変わる少し前の時刻にパレットがこの『大鐘の間』に来た。しばらく夜空を眺め、鐘の零時の鐘を聞いた後から様子がおかしくなったという。突然寝ると言い出したため、冗談半分で膝枕を提案したら承諾され、現在に至るらしい。

 

「理解したのである」

『つまり長官様はめっちゃ嬉しい状況だけど嬉しすぎて意味分からん状況なんだな? 本当は御方の寝顔を独占したいけど、恐怖が独占欲に勝ったってか?』

「その通りです。お願いします。情けないことを承知で言います。助けてください……! 私は、私はどうしたらいいんですか!?」

 

 泣く一歩手前の守護者を見ても、十二天星の面々はソラを情けないとは思っていなかった。

 

 ソラは元々、パレットの伴侶になるために作り出された部分がある。だが、今日まで彼女が御方の寵愛を受けたという話は聞かない。つまり、ようやく自分の本懐が遂げられそうになったのだ。嬉しさと戸惑いとその他の感情がぐちゃぐちゃになって整理しきれないのだろう。

 

「とりあえずご尊顔にちゅーはしたっすか?」

「ちゅー!?」

 

 少し離れたところで交尾だの性行為だのと騒いでいるのに、成熟した人狼が口づけ一つで狼狽するのも滑稽ではあった。

 

「え~? いまならちゅーし放題っすよ~? 大丈夫、大丈夫。姐さんたちがこれだけ騒いでも起きないところを見るに熟睡しているっす。ちゅーくらいなら起きないっす。デコやほっぺにちゅっちゅするっす。はりーはりー」

「そ、それは流石に不敬なような……」

「こんな隙だらけのパレット様が悪いっす」

『いや、これはむしろパレット様は誘い受けを狙っているのでは?』

「実は起きているのであるか?」

「……それはない。爆睡しておられる」

「ジャクチョがまた喋ったっす!? 明日は槍が――《上位防御障壁(グレーター・プロテクションウォール)》!」

 

 突然、チョーカが防御魔法を発動する。魔法によって、流れ弾ならぬ流れ矢や流れ衝撃波が弾かれた。

 

「槍が降るかは分からないであるが、現在進行形で矢と拳が荒れ狂っているである」

『あのバカども、場所を弁えろよ』

 

 彼らの視線の先では、リンカとハヤが戦闘を開始していた。

 

「死ねこの変態天使!」

「うるさいですわ、暴力天使! 貴女なんてキャラメルマキアートとフラペチーノで掛け算でもすればいいのですわ!」

「お願いだから私が怒れるように挑発してくれ! バカにされていることは伝わっても意味が分からないから感情が迷子なんだよ!」

 

 戦闘と言ってもお互いに本気ではない。リンカはハヤの矢に当たらないように動き回り、ハヤはリンカを懐に入れないように飛行と牽制の矢を繰り返す。

 

「あー、姐さんたちー、そのへんにしといた方が――」

「――ハヤ・サジタリウス、リンカ・レオ」

 

 ソラは笑っていた。少なくとも口は笑っていた。犬歯をむき出しにした恐ろしい笑みだった。目はこれっぽちも笑っていなかったが。

 

「あ、ね、姐さん……」

「ちょちょ、長官殿……」

「ここは、御前ですよ」

 

 十二天星の中であれば、ハヤとリンカは強い方どころか遠近でそれぞれ最強の立場にいる。だが、相手は階層守護者――レベル百。しかもソラは階層守護者の中では二番目に強い。魔法攻撃力という点で考えると、ホシゾラ立体農場のNPCでは最強になる。

 

 ホシゾラ立体農場の最後の階層と最終の領域を任されているのは、伊達でも酔狂でも余興でもない。彼女がこの場を守護するにふさわしい『怪物』だからこそなのだ。

 

 そんな怪物から笑顔を向けられるなど恐怖でしかない。『笑う』という行為は威嚇が起源だという説があるが、その考察に説得力を生む状況だった。

 

「いや悪いのはこいつで……」

「私は真理を説こうとしただけで……」

 

 この期に及んで言い逃れをしようとする二人を見て、天使四人は「あちゃー」と言いたげに額を抑えた。ドブロクは手も額もないが気持ちは同じだった。早く謝っておけばそれで終わったのに。

 

「喧嘩をするなとは言いません。貴女たちは御方々からそうあれと創造されたのですから。むしろ仲良くする方が気持ち悪……もとい、おかしいですから」

「いま気持ち悪いって言いかけたっす」

『しっ。いま大事な話しているから』

「しかしながら、ここは崇高なる八十八人の御方々がすべての領域の中で最も重要視した場所の一つ。まして、唯一最後まで残られた御方たるパレット様がお休みになられているのに貴女たちは一体何を騒いでいるのですか?」

「ごめんなさい姐さん!」

「お許しを、長官殿!」

「静かに」

 

 自分の口を押えてこくこくと頷くハヤとリンカ。あくまでも上位の領域守護者である十二天星と、階層守護者では勝負にならない。

 

「では、話を戻しましょう。ハヤとリンカも話に加わりなさい」

 

 思ったよりもソラが怒りを引きずらなかったことに感謝しながら、ハヤとリンカも皆の下に駆け寄る。

 

「うっす」

「畏まりました」

 

 他の十二天星と同じように寝たままのパレットに名乗りを上げようとしたが、ソラはその時間を与えずに話を始める。どうやらまだ怒っているらしい。

 

「さて、どこまで話しましたかね。このホシゾラ立体農場がラカノン樹海とは別の場所に転移された模様であることは話しましたか?」

「初耳っす!」

 

 それを聞いて、天使たちは初めて周囲の景色がラカノン樹海とは全く違うものになっていることに気づいた。そんな異常事態に気づかないほどに、膝枕事件の衝撃が大きかったとも言える。

 

 最後まで残られたただ一人の御方、パレット。他の御方が御隠れになってから久しいが、彼が特定のシモベに対して特別な何かをしたことはここ数年なかったことだ。

 

 四六時中この立体農場にいるわけではない。毎日のように来てくれるが、滞在時間はある時期から格段に少なくなった。だが、シモベたちはそれで良かった。ただいてくれるだけで良かった。そんな御方が寵愛を与えたのだ。他の異常が認識の外にあるは必然だった。

 

「言われてみたら、ラカノン樹海とは似ても似つかないですね。向こうには人工物も見えますけど、何ですかね、あれ?」

 

 リンカの言う通り、彼女の視線の先には人工物が見える。見えると言っても、数十キロは離れているが。

 

「城壁かしら? やけに横に長いですわね……。どうやら向こうの方々もこちらに気づいたご様子。早急に対策を立てた方がよろしいのでは?」

 

 遠距離攻撃を主体とするハヤは視覚強化の特殊技術も多数取得している。そのため、これだけ距離が離れていても障害物が見えなければ視認が可能だ。

 

「階層守護者の皆さまもお呼びするべきだと進言するである」

『じゃあ他の十二天星も呼ぶか?』

「…………」

「だから何か言えよ! せめてジャスチャーでもしてくれ! 『俺、何か言いたいです』みたいなオーラだけ出してんじゃねえ!」

「姐さん落ち着くっす!」

 

 この謎の現象が何者かによる攻撃なのかは不明だ。パレットがソラに出した指示を考えるに、御方のご意志ではないことは間違いない。しかし、放置を選んだということは危険度は低いと見るべきだろうか。否、迎撃を視野に入れていたことを考えれば緊急性がないだけで危険性はそれなりにあるべきだとする方が正しい。

 

「パレット様は先方から仕掛けてくるまで放置とのことですが、一応の通達と情報収集と警戒はしておいた方が良いでしょうね。私はこの通り動けませんので、現場指揮はジュウにでも頼みましょうか。ハヤとスケアとドブロクはここに。リンカとジャクチョとチョーカは各階層にこの事態を報告、階層守護者および補佐の十二天星を招集しておきましょう。御方が目覚められた時に、迅速にことに当たれるように準備しておくべきです」

 

 ソラからの指示に、天使たちは異口同音に了解の意を示すのだった。



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階層守護者と十二天星2

 では、これより第三回『ホシゾラ立体農場NPC作成会議』を開始しまーす。

 

「いえーい! 拍手です!」

 

 ん。ハイテンションなノリありがとう、すぱきゅー。

 

「いえいえ、それほどでもないですよパレット先輩!」

「すぱっちゃん。別にギルマスは褒めてないと思うよ。褒めていたとしてもそんなに過剰に喜ぶほどではないと思うよ」

「ギルマス~、さっさと始めようぜ」

 

 そうですね。じゃあ、前回までの会議のおさらいから始めましょう。前回いなかった人もいますし。

 

 我らラグナロク農業組合のギルド拠点、ホシゾラ立体農場のNPCは五段階の階級に分けることが決定しました。まあ、ゲームシステム的には階層守護者、領域守護者、その他のNPCで三段階なんですけどね。皆さん、フレーバーテキストにちゃんと書き忘れないようにお願いします。フレーバーテキストと言っても、神は細部に宿りますので。そのあたりに思い入れの差が出るものです。

 

 ああ、NPCの作成においてはこの会議で決まったこと以外は好きにしてもらっていいので。種族も職業も性別も装備も各個人のお好みでお願いします。最低限、アカウントをBANされない程度の常識は守ってくださいね。

 

 まず、一番上が階層守護者。階層ごとのエリアボス。うちは全部で七つ階層がありますので、各階層に一体ずつ。レベルは七体とも百で統一ってことで。

 

「一体で複数の階層を担当する場合もあるけど、うちはなし?」

「あー、それな。同じような内容の階層が複数ある場合ならいいけど、うちは各階層ごとに内容がバラバラだからな。あんまり映えないんだわ」

「一つの階層で何体かのNPCを階層守護者にするパターンもあるけど、うちは人数多いから、レベル百NPCを必要以上に増やすリソースないしねー」

「前回の会議で、誰がどの階層守護者を作るか決めてんだっけな」

「第一階層がやっちーさんで、第二階層が一平さん、第三階層がパレットさんで、第四階層が抹茶爺さん、第五階層がリリートンさんで、第六階層がアッチッチ・コッチッチさんで、第七階層がテラ・フォーミングさんだっけ?」

「どういうチョイスなんですか?」

「推薦とくじ引き」

「ちゃんと考えてきたかい、脳無しスライム。君みたいに気持ち悪いスライム作って貯水池を汚染させないでくれよ」

「てめえこそいかした奴を作ってんだろうな、変態オーク。役立たずの番犬なんざ作るんじゃねえぞ」

「何だって、この尊厳破壊フェチの腐れ外道」

「うるせえぞ、ロリコンペド野郎!」

「何でよりによってこの二人になっちゃったかなぁ!」

「しゃーねえだろ。リリートンさんも一平さんもギルドの貢献度高いからな」

「むしろ同じにしないとこじれる……」

 

 ん、静粛に。

 

「おまえのせいで怒られただろうが!」

「はあ? どう考えても君のせいなんですけど?」

 

 静粛にって言ったよな? 

 

「だってこの変態が」

「だってこの異常性癖者が」

「そりゃおまえだって言ってんだろうが!」

「やんのか、古典オタク!」

「あぁん!? 無理して取り繕った口調がはげてんぞ、無節操ミーハー!」

 

 黙れクズども……! ぶっ殺すぞ!!

 

「……ごめん」

「……悪い」

 

 一発目で聞いてくださいよ。そのへん、妹さんたちの方が聞き分けいいですよ、まったく。

 

 普通は次に領域守護者となるんですが、うちのNPCはこの領域守護者を三段階に分けます。まず、十二天星という黄道十二宮星座をモチーフにした領域守護者たち。レベルは九十から七十くらいで考えています。配置としては第七階層に六体で、他の階層に一体ずつですね。どの星座をどの階層に置くかはこれから考えていきまーす。

 

 そして、五穀衆。これは第一階層『農場』の領域守護者ですね。レベルは六十から五十ってところかな? 米、麦、豆、粟、黍をモチーフにお願いします。やっぱり農業組合なんて名乗っているギルドで農場なんてギルドホームですからね。第一階層には特に手を入れたいってことになりまして。あ、ちなみに発案者は秋田小町さんです。

 

「どもどもー。私と一緒に田植えしないかい?」

「米担当は小町さんで決定でしょ」

 

 ん、今回の議題はそこじゃないですけど、そこはもう決めちゃってもいいですかね。反対意見がある方は次の会議までに小町さんを超えるお米愛を掲げて来てくださいねー。

 

 その次に普通の領域守護者、そして領域守護者以外のNPCと続きます。

 

 今回の会議では、十二天星について色々決めたいと思います。誰が作るかもそうですけど、どの星座をどの階層に置くか。それから造形についても話し合いたいとは思うんですよ。

 

「造形?」

「ほら、同じグループで属性が被ったらまずいってこと。異形種ばっかりの中に人間が一人だけいたら異質じゃん」

「成程」

「でも十二星座なら、そのポジションにへびつかい座を置くのはありだろ」

「それいいな。おい、弟。前ギルマス権限でそれ採用してくれ。俺が作る。ついでに容量を割いてそいつを階層守護者以外の唯一のレベル百にしよう」

 

 相変わらず横暴だな、このクソ兄貴は……。まあ、面白そうだからいいけどさ。せっかく決めてた内容色々とぶち壊すのやめてくれない? テラさんからも何か言っておくれよ。

 

「え~、そんなライフも好きだからね、私は」

「俺も愛しているぞ」

 

 ん、それはご馳走様。アンタらが惚気る分、俺が苦労するんだってことは認識しておいてくださいね。俺がギルド長になったのもそのあたりがあるんだから。

 

 他に意見がある方は挙手を――

 

「はい、はいはいはい!」

 

 ……鉄人女さん、どうぞ。

 

「ショタ! ショタ作ろうよ、ショタ! 美少年! 美少年こそ世界の宝なんだよ! 笑顔がえげつないくらい可愛いタイプのゲキマブショタ作ろうよ、ねえ、むしろ作ってよ! パレットさんの腕なら私好みのショタだって作れるでしょう! 貴方の天才的な絵のセンスはこのためにあったんだよ。お肌ピチピチ、膝小僧つるつる、髪の毛ふわふわ、お目目キラキラ! 出来れば天使とか悪魔みたいな不老不死な種族でお願い! そして私にプレゼントしておくれよ! 美少年ぺろぺろさせておくれよ! ぽんぽんをすりすりしてあんよをくんくんしてほっぺをれろれろして耳をはむはむして鼻をがじがじして目玉をちゅーちゅーしたいんだよ! 現実でやったら犯罪だけど仮想現実だったら合法でしょ! むしろ仮想現実なら合法ショタ作れるじゃん私って天才かよ!」

「ひえ」

「早口すぎる」

「天才じゃなくて変態の間違いでは?」

「きっしょ」

「きもいっていうか、普通に怖いです」

「チューなら分かるけど、ちゅーちゅーって何だ。吸うな」

「しかも目玉って」

「歴史に名前を残す殺人鬼の発想やん」

「うへえ……」

「通報した」

「何でこの人、垢BANされてないんダス?」

「糞運営は仕事しろー」

「世も末だにゃ」

「やっぱ変態の妹は変態だな」

「星座ってことはギリシャ神話でしょ? ギリシャなんて美男子と主神の浮気の物語なんだから、星座をモチーフにしている以上は美少年でいいじゃん! むしろ十二体全員美少年にしようぜ! 星座戦隊美少年ズだよ!」

「ネーミングセンスひでえな!」

「あ、でも十二体で何かを統一させるのは面白いかも」

「被せるのを避けていたけど、逆に、みたいな?」

「ライフさんがへびつかい座を作るから、十二体には共通点があって、へびつかい座だけ仲間外れにしたらコンセプトとしては楽しくない?」

「ああ、いいな、それ! ギルド長、この案でどうでしょうか?」

 

 悪くないですね。反対意見あります? ……ないみたいなので、採用ということで。

 

「天星ってネーミングだし、種族を天使に統一とかどうよ?」

「個人的には精霊の方がいいかもだけど、天使の方がバリエーション作れるか」

「そうなると、ライフさん担当のへびつかい座は悪魔とか?」

「いや、そこは人間だな」

「……相変わらず、ライフさんは癖のあるチョイスを……」

「とりあえずショタは私が作る!」

 

 却下で。ギルマス権限で却下で。

 

「何で!?」

「これほど残当がふさわしい状況があっただろうか、いや、ない」

「俺、この前あったわ。リリートンさんで」

 

 あれは嫌な事件でしたね……。

 

「その話、詳しく聞かせるな」

「嫌な意味で似た者兄妹すぎるぜ」

「自由度高いと逆に決まらなくない? 大まかなコンセプト以外は自由にしていいって言うけどさ、割と重要なポジションのNPCが決まらないと他の細かい配置とかも決まらないんだけど」

「と、背景担当が申しております」

「トラップ担当も同じ意見です」

「どうせ何人かはギルド長にデザイン描いてもらうんだし、さっさと決めちゃおー。待たせると悪いよー」

 

 ……そうなりますか、やっぱり。いえ、いいんですけどね。でも俺に描いて欲しい人はできるだけ早くしてくださいね。俺も自分の分とか仕事とかありますんで。

 

「了解です!」

「天使なぁ。ゲームじゃ定番だけど何思い浮かべる?」

「やっぱり癒し系かな。看護師とかどうよ? 白衣の天使って言うし」

「なら服は白で統一しちゃおうか」

「私はむしろ死神って印象が強いかな。クールビューティーな子が欲しいかな」

「ちくわ大明神」

「球体はどうだろう? 何かの漫画で見た」

「和製天使ってことなら、天女作ってみたい」

「そもそも天使の外装の自由度ってどのくらいだ? 悪魔とかもそうだけど、結構いけたはずだよな」

「内臓っぽいのもロボっぽいのも大丈夫なはず」

「中世の宗教画だと基本全裸じゃね?」

「ちゃんと着てるのもありますよ」

「原典の聖書だと、サンダルフォンとかメタトロンってめっちゃでかいのな。限界まででかくしてみようや」

「皆は受胎告知で有名なガブリエルは男派? 女派? 天使には性別なんてない派?」

「それを聞いてどうするつもりですか、三日ナイトさん」

「いやいや、これは宗教的にも長年真剣に討論されてきた議題なわけでさ」

「待って。何かおかしなの混ざってなかった?」

 

 ん、んん、く、くくくく。

 

「どうした、愚弟。何を笑う?」

 

 いやさ、こうして皆がいると本当に嬉しいなって――

 

「しゅこー、しゅこー。何で緊急事態に熟睡してんだ、クソ親父! この熱々おしぼりを顔面で受け止めやがれ!」

「あづぁ!」

 

 

 

 

 

 

 ラグナロク農業組合ギルド長にして最後のひとり、パレットは、現状に混乱していた。混乱しすぎて逆に冷静になるほど混乱していた。混乱を表に出す余裕がなかった。時間差で脳みそが悲鳴を上げることが確定的なほど、事態は意味不明を極めていた。

 

 場所はホシゾラ立体農場第六階層『住居』にある領域『会議堂』。写真やテレビで見た国会議事堂を参考にして作った、ギルドに関する様々なことを会議するための場所だ。ギルドメンバー専用の部屋ということで、領域守護者は設定していない。NPCの巡回ルートにも入っていなかったはずだ。

 

 ギルドメンバーがログインしなくなってから全く使わずにいた、存在さえ忘れかけていたような部屋の議長の席に、パレットは座っていた。この椅子に座るのも随分ぶりだ。最後に座ったのは、あるいは最後に会議を行ったのは何年前だろうか。

 

 そして、椅子にも座らず床に跪く十九体のシモベを見る。議長用の席は高い場所にあるため、自然と彼らを見下ろす形になる。一部身体のサイズの関係で見下ろす形になっていない者もいるが。

 

 シモベ。NPC。かつてこの地を支配した同胞たちの置き土産。ただのデータであったはずの彼らが動き、話しかけてくる。処理しきれない感情を向けてくる。

 

「では皆、偉大なる御方に忠誠の儀を」

 

 ソラ・ゾディアックがそう取り仕切ると、端にいた三メートル近い巨体の老婆が声を上げる。

 

「第一階層『農場』階層守護者ガジュマル、御身の前に」

 

 ガジュマル。彼女が口にしたように、第一階層『農場』の階層守護者だ。種族はドライアード。職業は森司祭だったか。露出している部分は首より上だけで、袖や裾の長い貫頭衣で手足の先まで隠している。確か、手足は木の枝や根っこになっているはずだ。配置と能力の関係で、この中では最もプレイヤーを殺したNPC。そして、最も早くに完成したNPCであり、「長老」という呼び名がある。

 

(こいつ、第一階層だとフィールドとのシナジーもあって滅茶苦茶プレイヤーキラーなんだよな~。相性は悪くないけど生理的にあんまり戦いたくない相手だ)

 

 ガジュマルに続くのは、彼女の背後に控えていた少女。

 

「第一階層守護者補佐兼十二天星ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴ。御身の前に」

 

 十二天星の『おとめ座』。職業は吟遊詩人。コンセプトデザインは天女であり、中華圏の姫っぽい恰好をしている。「植物に音楽を聞かせると良く育つ」という豆知識によって、第一階層の配置が決定した。

 

(年齢は十代後半ってとこか? ガジュマルの近くにいると小さく見えるから正しい身長が分からん。いや天使に年齢の設定とかあんまり関係ないかもだけど)

 

「第二階層『貯水池』階層守護者ジャックス・ゴール。御身の前に」

 

 身長二メートルの強面の男。種族、自動人形(オートマトン)。顔は傷だらけで、右手はフック付きの義手、左足は義足。羽織っている真っ赤なジャケットの背中には、巨大な髑髏。武装はカトラスとピストル。見ての通り、海賊である。

 

(一平の奴、海賊好きだったからな。あ、そういえばあいつがオススメしてくれた『聖典』最後まで読んでなかったな。図書室の漫画コーナーに全巻揃っているはずだし、余裕があったら読むか)

 

「第二階層守護者補佐兼十二天星ニゲラ・ピスケス。御身の前に」

 

 十二天星の『うお座』。半透明の身体に内臓が透けて見える奇妙な生物だった。スライムの亜種と思われるかもしれないが、こんな見た目でも天使なのだ。数十年前に絶滅したクリオネという生物をモデルにしていた。職業は神官で、拘束系や転移系の魔法に長けている。

 

(クリオネって貝の仲間なんだよな? 別名が裸貝とかそんなだったし。クラゲとかなら分かるけど、どこらへんが貝なんだ……。いや、こいつは天使なんだけど天使にも見えねーわ)

 

「第三階層『獣舎』階層守護者ジュウ。御身の前に」

 

 白衣とガスマスクの青年。職業は指揮官系をベースに、医者(ドクター)魔獣使い(ビーストテイマー)を混ぜてある。この場にいる中では唯一の人間種であり唯一の人間。

 

 パレットにとっては最も特別なNPCだ。何故ならば、彼こそがパレットの作成したNPCなのだから。つまり、息子とも言うべき存在だ。つい先程、ソラの膝枕で眠っているところを熱々のおしぼりでたたき起こされた関係でもある。

 

(もっと穏やかな起こし方もあったはずだろー。文句を言うつもりはないけど。俺も同じような方法で兄と義姉を起こした経歴があるからな)

 

「第三階層守護者補佐兼十二天星マクラ・アリエス。御身の前に」

 

 十二天星の『おひつじ座』。毛玉だった。別に毛玉型の天使というわけではなく、毛玉としか表現のしようがないほどに髪の毛が長い天使だった。足元まで伸びているどころか、身長より長く床についている。顔どころか手足さえ髪の中に隠れていて、視認できない。髪以外で確認できる部位は翼だけだ。そのため、正確な身長も分かりづらい。種族は神官だが、ニゲラとは方向性が異なり、回復特化である。

 

(髪の毛の中身はショタだったっけ? それともロリだったっけ? とにかく、ちっちゃい事は覚えているんだけどな。鉄人女さんが興奮してたから多分ショタだろ)

 

「第四階層『工場』階層守護者バヌ。御身の前に」

 

 生きている火山とでも言えば良いのか。火山地帯に適応したトロール、ヴォルケイノ・トロールだ。特殊技術は解除しているはずなのに、パレットは彼から膨大な熱量を感じる。身に覆う鎧も彼の防御のためというよりは周囲への熱対策のように見えて仕方がない。大槌は建築物を破壊するための破城槌だ。

 

(何気に、この場にいる亜人種はこいつだけだよな。バヌとジュウを除いた全員が異形種になるんだよな、俺も異形種だけど。NPC全体的に見ると亜人種や人間種もそれなりにいたよな。五穀衆は亜人種ばっかりだったはずだし)

 

「第四階層守護者補佐兼十二天星ジャンボマン・タウラス。御身の前に」

 

 十二天星の『おうし座』。名前の通り、巨大な天使だった。トロールのバヌと比較しても遜色がないほどで、ガジュマルを除く全員が小さく見えるほどだ。全身鎧を纏う聖騎士。その背中から出ている翼も、心無し他の天使よりも筋肉質に見える。

 

(こいつに関しては何かひどい設定があったような覚えがあるんだけど、何だっけ? 覚えてないってことは他と比べてそんなに印象的じゃなかったか、よっぽどひどかったかになるんだけど……。うん、気にしないようにしよう)

 

「第五階層『倉庫』階層守護者ガンリュウ。御身の前に」

 

 本差と脇差、着物に下駄の和風の青年。血が引いたような白い肌に、血走ったような赤い瞳。彼が人間ではなく、吸血鬼たる証明だ。足元には畳んだ和傘を置いている。

 

 ジャックスの製作者一平とガンリュウの製作者リリートンは仲が悪かった。ことあるごとに喧嘩して、そんな二人を仲裁したものだった。この場に集まった時も、お互いを一瞬にらみ合ったことをパレットは見逃さなかった。

 

(ぶっちゃけ、この場にいる中では一番の正統派イケメンだな。他の男は顔を隠している奴とバケモノと色物しかいねえや)

 

「第五階層守護者補佐兼十二天星ミシェル・キャンサー。御身の前に」

 

 十二天星の『かに座』。カジュアルな現代風服装の少女の手には、不釣り合いな長い槍。コンセプトは「人の世にまぎれて魔を討つ美少女天使」だったか。基盤となっている職業は飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)

 

(地味に名前で揉めたんだよな。ミシェルってミカエルのフランス読みだから。かに座にその名前を背負わせるのはどうなのって。結局、兄貴の『他の十二天星には天使っぽい名前の奴がいないんだから良いだろう』って鶴の一声で片付いたんだけど)

 

「第六階層『住居』階層守護者、芥山(あくたやま)。御身の前に」

 

 スーツ姿の恰幅の良い壮年男性。第一印象は社長。ただし、これは彼の持つ姿の一つでしかない。正体は、物理的な意味で五つの姿を持つ二重の影(ドッペルゲンガー)。職業は精神系魔法職の五行使い系で、各外装は五行に合わせたものになっている。

 

(他の外装は確か……ショタと青年とニューハーフと仙人だっけ? 濃すぎるぜ)

 

「「第六階層守護者補佐兼十二天星ツインカーメン・ジェミニ。御身の前に」」

 

 十二天星の『ふたご座』は、二つの口で同時に名乗る。彼は首から上の顔が二つあり、片方は若い黒髪の老人で、もう一つは金髪の青年。十二天星の中で唯一の四枚二対の翼をもつ。四本ある手の内、二本は片手剣を、もう二本は杖を持つ。対悪魔・アンデッドを得意とする魔法剣士。

 

(こいつが一番バケモノ感というか忌避感が強いな。顔が二個あるのと腕が四本あるのを除けば普通の天使なのに。完全な非人間型より怖いのは人形の恐怖に近いものがあるな)

 

「守護者統括ソラ・ゾディアック。御身の前に」

 

 美しき人狼。いまのパレットには少々顔を合わせるのは気まずい相手だった。夢だと思ってやったことの恥ずかしさを顔に出さないようにするので精一杯だった。

 

(クッソ。改めて超好みの美女。……そりゃそうだよね! いま思い出したけど、あの義姉、俺の秘蔵コレクションを参考にしてこいつの外装作ったんだった! 義弟のパソコンを勝手に見るな!)

 

 ソラに続いて、第七階層に配置されている十二天星が順に名乗る。

 

「十二天星、チョーカ・カプリコーン。御身の前に」

「十二天星、スケア・クロウ・リブラ。御身の前に」

『十二天星、ドブロク・アクアリウス。御身の前に』

「十二天星、ジャクチョ・スコルピオ。御身の前に」

「十二天星、リンカ・レオ、御身の前に」

「十二天星、ハヤ・サジタリウス。御身の前に」

 

 結界を張る銀髪ロリ、探知機な案山子、広範囲破壊兵器の球体、暗殺者なミイラ男、ステゴロ特攻服、弓矢使いの令嬢とバリエーションは豊富だ。

 

(あ~、懐かしいわ。皆と試行錯誤してNPCを作った日々を思い出す。……同時に、皆から色々と協力させられた日々を思い出すぜ。特にハヤとリンカ。製作者同士がやたら張り合って大変だった……)

 

「『牢獄』領域守護者ネハン・オフィウクスを除き、各階層守護者および十二天星、御身の前に参上仕りました」

 

(流石にネハンはいないか。兄貴の子だから会っておきたかったんだけど。あいつ、『牢獄』の守護者だけど囚人って設定なんだよな。しかも犯した罪のせいで皆から嫌われているっていう。もし設定通り嫌われているなら我が甥ながら不憫だな……)

 

「我ら、御身への忠義と敬愛を此処に誓います。どうかご命令を、我らが王パレット様」

 

 十九の頭が一斉に下げられる。

 

 そこに込められた感情を一身に受けて、当のパレットは泣きたくなっていた。

 

(兄貴、義姉さん、ギルメンの皆……助けて! こいつら、重いよ! 俺だけにこんな苦行を味わわせないで! 何でこいつらは俺にこんなクソデカ感情向けてくんだ! ログアウトしたいけどできねえし!)

 

 このような経験、現実世界ではあるはずもない。空気が物理的に重いような気さえしてきた。彼らが主人として仰いでくる以上はふさわしいように振る舞うべきという使命感の一方で、小市民的な部分が逃亡ルートを模索していた。

 

(現状として一番に認識すべきなのは、ゲームが現実化したって点だ)

 

 有り得ない。有り得ないことだが、どうやらその有り得ないことが現実であると認めなければならないようだ。実際にそうなっているのだからそこに思考を挟む意味はない。

 

 どうやらあの時――あの日付が変わって聞けるはずのなかった鐘が鳴っていたあの瞬間、すなわちユグドラシルが終わるべきだったあの瞬間から、ゲームは現実化していたようだ。

 

 NPCたちはプログラムでは説明がつかないほどの言動をし、仮想現実では有り得ないはずの明確な痛覚や嗅覚が機能している。コンソールは出ず、強制終了もできない。GMコールもできない。勿論、ギルドの仲間や知り合いのプレイヤーたちとの連絡も取れない。……これに関しては仲間たちがこの世界にいないだけなのか、連絡を取るのに条件が必要なのか検証の必要がある。

 

 しかも、どうやらこの場所は本来ホシゾラ立体農場があるべきはずのラカノン樹海とは全く違った場所のようだ。下手をしたらユグドラシルではない可能性もある。

 

 この場に転移してきたのが誰かの思惑なのか。何の目的があるのか。分からないことだらけだ。そんな中で呑気に美女の膝枕で寝ていたらそりゃ息子に乱暴な起こされ方もする。むしろ熱湯を直接かけてこないあたり温情だろう。

 

(こうなったら、今やるべきことは、現状の把握だな。これに尽きる。というか、この場をさっさと解散させてこいつらを仕事場に戻した方がいいよな、絶対)

 

 幸いにして、この農場のNPCたちは優秀だった。自分が惰眠を貪っている間に警備体制は出来上がっており、敵襲があった場合にはすぐさま対応が可能だという。こうして各階層の責任者と副官が現場を離れていられるのもその甲斐あってのことだろう。正直、緊急事態なのに責任者と副官が同時に会議室にいるのは何のために副官を置いているのか分からなくない? とは思わないでもないのだが、パレットにそれを突っ込む資格はないだろう。あまり無責任なことばかり言うと息子から愛の鞭が飛んでくる。

 

「頭を上げな」

 

 ドラマや漫画で見た『支配者』の像を思い起こし、必死にそれらしい行動を取ろうと努力する。

 

 パレットが言うなり、まるで練習をしていたかのように一斉に顔を上げる階層守護者と十二天星。その真剣な眼差しがパレットに集中する。その圧に怯みかけるも、どうにか取り繕う。

 

「まず、こうして集まってくれたことに感謝させてもらう」

「感謝など不要でございます。我ら御方の手足となること、我らの存在意義ならばこそ。至極当然のことでございます」

 

 何それー、大げさー、とおどけたくなる衝動を堪えて、パレットは続ける。

 

「では、各員の認識を共有させておこう。いま、このホシゾラ立体農場に起きている『異常』がどのようなものなのか……そうだな、チョーカ。おまえはどう認識している?」

「え、うちっすか?」

 

 突然の名無しに狼狽するチョーカ。周囲の空気が微妙に変わる。その変化に込められたものが何かはいまいち不明瞭だが。

 

 悪いことをしたかな、とは思うパレットだが、自分の思う『異常』と彼らの考える『異常』に差があった場合、その差に注意することは重要な課題になってくる。現在は彼らは自分に攻撃の意思はないようだが、これからもそうだとは限らないのだから。地雷はどこに埋まっているか分からない。ここにいる全員、こちらをよく知っているだけの、初対面の他人なのだから。

 

 チョーカを選んだのは、単純に話しやすそうだったからだ。コンセプトが「舎弟」なだけはある。

 

「えっと、そうっす……そうですね。まず、本日零時前後、このホシゾラ立体農場はラカノン樹海とは別のどこかに転移しました。理由は、その、申し訳ありませんが不明です」

「ふむふむ。いや、分からないなら分からないでいいんだぞ? 自分が何を分かっていないかを理解することは問題解決の一歩だ。……それで、他に何か昨日までと違っていることはないか?」

「も、申し訳ありません。うちには分からないです」

「重ねて言うけど、別にそれでいいんだぞ。……ちなみに、チョーカはそのあたりの時間帯、どこで何をしていた? 誰かと一緒にいたりしたのか?」

「リン姐さん……リンカの領域である『メインホール』に。スケアやドブロクと一緒にいました。あ、ちょうど鐘が鳴る頃にはハヤもいました」

「ん。参考になった。ありがとうな」

「滅相もありません!」

 

 やはりと言うべきか、NPCたちは昨日から急に自分たちが動けるようになった、とは認識していないようだった。一つの階層内を巡回するように設定されたNPCは何体かいるが、チョーカもスケアもドブロクもハヤもこの中には含まれない。全員、自らの守護する領域から離れることはできないはずだ。

 

 哲学じみてくるが、彼らと自分では認識している世界線が違うのだろうか? イデア論の部類だ。そのあたりに詳しかったギルドメンバーのうんちくをもっと真剣に聞いておくべきだったか。

 

「ちなみに、ここがどういう場所なのかは分かってはいるのか?」

「不明です」

 

 ソラからシンプルに返答された。

 

「強いて言うなら、件の城壁には人間しか確認されていませんので、あの城壁の向こう側には人間の国が広がっているのではないかと予測されています。また、城壁の反対側に丘陵地帯が広がっています。丘陵地帯の中には、いくらかの亜人の群生地が確認されました」

「亜人?」

「はい。蛇身人(スネークマン)小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーが)洞下人(ケイプン)など多種におよびます。御身の許可をいただいてからと思いまして、本格的な調査はまだでございますが……」

「ん。それでいい」

 

 つまり、城壁側の人間からも丘陵からの亜人からも接触はないということだろう。この規模の建造物が突然出現したのだ。気づいていないということはないだろう。転移してきたのは夜中だが、すでに夜は明けて太陽が出ている。

 

 そして、プレイヤーからの接触もない。近くにギルド拠点のようなものもないということか。あの万里の長城の如き城壁は違うだろう。あそこまで横に極端に長いギルド拠点などあったら話題になるはずだが、覚えがない。

 

「都市のど真ん中とかに出現しなかっただけ良かったと考えるべきかな」

 

 そうなったら都市に駐在している軍隊やそれに準ずる組織と一戦交えていたかもしれない。流石に人死にが出たらまずい。落としどころが一気に悪いところに傾く。……否、この考え方は危険だ。こちらが勝てる前提で思考するべきではない。

 

「……実際、戦ったらどうなるんだ?」

 

 自分たちはこの世界においてどの程度の立ち位置にいるのか。ユグドラシルであれば、自分は上位の下の方にいた。だが、上には上がいる。上位ギルドのガチ勢には勝てないだろう。まして、ラグナロク農業組合は自分しかいない。NPCも自由に動けると言っても、その条件は自分以外にも当てはまる。

 

 パレット自身も合わせて、レベル百は七人の階層守護者+1の九人。例えばワールドエネミーのようなレベル百が三十六人いても勝てるか分からないような怪物に襲撃されたら、勝ち目はない。傭兵モンスターなども駆使すればある程度なら撃退できる自信があるが、人数にも回数にも時間にも限界はある。比較的籠城戦向きのホシゾラ立体農場ではあるが、援軍が全く期待できない状況下でどの程度戦えるか。

 

 まさか、かの『大侵攻』のような大群の襲来があるとは思えないが――。

 

「ん、考えても仕方ないか。おい、ソラ」

「はっ!」

「あの城壁の方にコンタクトを取ってみたいと思う。準備しておいてくれ」

「なっ!? 御身御自らですか?」

 

 ソラだけではなくその場にいたほぼ全員が驚いた。しかし、それが最善だ。正直なところ、NPCたちに交渉を任せても不安なだけだ。彼らの能力も人格もまだ信用できるほどに彼らを知らないのだから。まして、プレイヤーと交戦になった場合、彼らが最善の選択をできるとはどうしても思えないのだ。

 

「ダメか?」

「御身に何かあれば、いえ、しかし、それが御身のご意志ならば……」

「――ダメに決まってんだろうが、このクソ親父。考えてから物を言え。しゅこーしゅこー」

 

 ……ソラが苦悩しながら言葉を選んでいると、ジュウがぶっきらぼうな口調でそう進言してきた。ガスマスクのせいで話しづらいのか最後に変な呼吸音が混ざっていたが。

 

「やめろよ、バカ息子。可愛い息子からそんなこと言われたらパパ落ち込んじゃうぞ!」

 

 偉そうな口調で取り繕うとしたが、色々と堪えていたものが溢れ出した。所詮、庶民の生まれである。被支配階級で二十年以上生きてきた男である。美人や怪物たちから重すぎる忠誠心を向けられて演技を続けるのにも限界があった。

 

 知らない他人ではある。だが、同時によく知った息子だ。血は分けていないが、実の子だ。未婚の童貞状態でまさか息子ができるとは思っていなかったし、つい先日まで絵に描いた餅だったはずだ。だが、ひとたび会話すれば愛着も生まれる。

 

 早い話、「クソ親父」呼ばわりが思ったよりダメージになった。ポーカーフェイスも限界を迎えた。

 

「うるせえ。しゅこー、しゅこー」

 

 ばっさりだった。

 

「俺が行く。いくら親父でも文句は言わせない。いいな?」

「言わせないじゃなくてな――」

「いいって言わないとパパのこと嫌いになっちゃうぞ?」

「任せた! もう全部任せた! あ、先に言うけど、そういうの、今回だけだからな!?」



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階層守護者と十二天星3

 城壁への接触はジュウに、亜人側への接触はバヌに一任させるという形で結論が出た。パレットは警備体制の見直しと各階層の状態を自分の目で確認するために、ソラを伴って『会議堂』から退出した。

 

 偉大なる御方の姿がなくなった途端、階層守護者と十二天星はジュウに詰め寄る。

 

「ジュウ!」

「ドクター」

「軍師殿」

「ジュウさん!」

「先生!」

「ジュウの兄御!」

「ジュウちゃん」

 

 第三階層『獣舎』階層守護者ジュウ。崇高なる八十八人の御方々のまとめ役であるパレットが手ずからに創造したシモベの一体。医師にして軍師。ホシゾラ立体農場の三頭脳のひとりであり、緊急時における階層守護者を除くNPCの指揮官という立場にある。階層守護者の中では最弱の部類だが、彼の本懐は自分が戦うことではないため、侮るような愚か者はいない。

 

 第二階層『貯水池』階層守護者ジャックス・ゴールはジュウの胸倉をつかみ、吊るし上げる。

 

「おいこら、ジュウ! おまえなぁ、不敬が過ぎるぞ! ヒヤヒヤしたわ!」

「阿呆。今のは身を削った忠勤だと賞賛するべきだろう」

 

 ジャックスを諫めるのは第五階層『倉庫』階層守護者ガンリュウ。だが、それは火に油を注ぐ行為であった。誰だって焦燥している時に嫌いな人物から反対意見を言われたら激高する。

 

「はあぁ?! ついに脳みそ腐れ落ちたか、モスキート野郎!」

「貴様こそ電子回路が狂ったか、ポンコツロボ」

「喧嘩なら買うぞ、穀潰しの偏食家が……!」

「刀の錆になりたいようだな、高燃費のガラクタめ」

 

 ものの数秒で一触即発状態になったジャックスとガンリュウを、それぞれの補佐――ニゲラ・ピスケスとミシェル・キャンサーが宥める。

 

「やめろヨ、船長」

「番長も落ち着きなって」

 

 だが効果はない。周囲の守護者たちもどうやって止めようか様子をうかがう。

 

「――落ち着け、おまえら。しゅこー、しゅこー」

 

 制止の声をかけたのは、ジャックスに胸倉をつかまれたままのジュウだった。

 

「俺たちがすべきなのは、喧嘩か?」

 

 ガスマスク越しではあったが、有無を言わせない迫力があった。顔が見えないから威圧感があるのか、顔が見えなくてもこの威圧感なのかは不明だが、機械仕掛けの海賊も剣聖の吸血鬼もその言葉に怯んだ。別に声を荒げたわけでもなければ、大声だったわけでもない。ただ、この男が声を出すだけで効果があった。

 

「ちっ。おまえに言われたんじゃ仕方ねえな。おい、変態吸血鬼。今日のところはここまでにしておいてやるよ」

「それはこっちのセリフだ、暴食ロボ。ジュウに感謝するんだな」

「いや、喧嘩の原因はジュウの兄御なんすけど……」

『しっ。ぶん殴られるぞ』

「殴らねえよ。人を何だと思ってんだ。しゅこー、しゅこー」

『おまえにじゃねえよ。そっちの二人にだよ』

「……ん。そろそろ下ろせ、ジャックス」

「お、おう。悪いな」

 

 床に足をつけたジュウは乱れた衣服を直しながら言う。

 

「ん。まあ、俺に対し何か言いたい奴もいるとは思うが、後にしてくれ。せっかく親父からファーストコンタクトを分捕ったんだ。楽しいおつかいにするために、色々と準備しねえとな。一度『獣舎』に戻るか。しゅこー、しゅこー。手伝え、マクラ」

「もふもふ」

 

 宙に浮く毛髪妖怪、もとい、マクラ・アリエスはもふもふと進言するのである。

 

「もっふもっふもふ」

「ああ、それもそうか。礼を言う。見落とすところだった。しゅこー、しゅこー」

「よくそれで会話できますわね」

「このガスマスク、通気性はそれほどよくねえんだよな。しゅこー、しゅこー」

「いえ、ドクターの方ではなくマクラきゅんの方に対して言ったのですけど」

 

 ハヤからの言葉に肩を竦めるジュウ。お道化るような仕草だが、そのガスマスクの下にどんな表情をしているか分かったものではない。というか、通気性云々は嘘である可能性もある。

 

「てか、さっきは普通に名乗ってたよな?」

「もっふもふ」

「御方の前だから頑張ったそうだぞ」

 

 リンカからの質問への返答を、ジュウがシンプルに訳す。腑に落ちないが、これ以上追及しても時間の無駄なのでリンカも突っ込むことはしなかった。

 

「チョーカとジャクチョも俺と来い。ああ、ガンリュウ。ミシェルを借りていいか?」

「無論。ミシェル。行ってこい」

「うん、いいよ。よろしくね、ドクター」

「うちも了解っす」

「………………」

「ジャクチョ、返事くらいした方がいいっすよ。せめて頷くっす」

 

 スケア・クロウ・リブラが手を挙げる。

 

「吾輩は良いのであるか? 探知は必要だと思うであるが」

「おまえにはどっちかと言えば、農場に残ってもらった方がいいだろ。これからやることを考えたら、ジャクチョで問題ねえ。しゅこー、しゅこー」

「もふもふ」

「できればネハンも引っ張り出したいところだが、あいつは無理だろうな」

 

 この場にいない十二天星『へびつかい座』ネハン・オフィウクス。十三番目にして、例外にして、最強。階層守護者以外で唯一のレベル百NPC。『牢獄』の領域守護者であり同時に囚人でもある彼の名前が出た途端、全員が顔をしかめた。心底聞きたくない名前を聞いたとばかりに。

 

「そりゃ無理だろう」

「ああ。ダメじゃな」

「不可能っすよ」

「反対ですわ」

「むしろ反対意見しか出ないであろうよ」

「こればっかりは不本意ながらこの変態に同意するぜ」

「誰が変態だ、ガラクタ」

「事実だろうが、ロリコン」

「おい、いい加減にしとけよ」

「だってこのスクラップ寸前の鉄くずが」

「だってこの廃棄処分予定の腐れ肉が」

「ガキかてめえら」

 

 海賊ジャックスと倉庫番ガンリュウ。この二人が同じ場所にいれば何度言っても衝突することは明白なので、この場は早く解散すべきだ。

 

 早く話を進めろとメンチを切り合っている二人を除く全員がジュウを見る。

 

 つい先程まで糾弾される立場だったのも関わらず、ジュウがそうすることに異議を唱えるものはいない。口に出さないだけではなく心にも思わない。ソラもネハンもいないこの場では発言権は平等である。ならば、一番頭がよく一番周囲を見ていて一番同胞を理解しているジュウが取り仕切るのは至極当然のことだからだ。あと、口は悪いがかなり真面目であることも大きい。他の者が進行役になると遅くても二分で脱線する。

 

「長老、芥山さん」

「何じゃ?」

「何かね?」

 

 ガジュマルと芥山。

 

 共にこのホシゾラ立体農場の生活基盤に大きく関わる階層を守護している。正反対な要素が多い二人ではあるが、どこかの海賊と吸血鬼のように意味もなく言い争いをするようなことはない。

 

「親父がこれからどうするつもりなのかは分からない。というか、親父自身が決めかねている感じだった。俺が城壁からどういう情報を持って帰れるかで決まるとは思うが……籠城戦になったら二人が要だ。頼むぞ」

「分かっておるわい。儂を誰だと思っておる」

「問題ない。任せてくれたまえ」

「感謝する。しゅこー、しゅこー」

 

 方向性が違う二人は一片の逡巡もなく胸を張るのだった。何とも頼もしいことだ。

 

 逆に、この場にいないソラに関しては不安が残る。常に冷静沈着にして頭脳明晰である彼女にしては、妙に浮足立っている。どうやらパレットに膝枕を要求されたことに浮かれているようだった。ジュウにとって彼女は階層守護者としてではなくNPCとして最も評価しているうちの一人だけに残念だ。

 

 浮足立つならば、初夜を迎えるくらいのことはして欲しい。御子を身籠ってくれたら万々歳だ。

 

 偉大なる御方の後継はあるべきなのだ。ある視点で見ればそれはジュウ自身だが、ジュウはこの立体農場の支配者になるつもりは毛頭ない。農場の運営よりも獣舎で家畜の世話をしている方が性分に合っている。

 

 更に言えば、ジュウにとっては従兄弟とも言うべきネハン・オフィウクスこそが後継になるべきだとも考えているが……それこそ本人が拒絶する意見だ。彼はそういう風に創造された。そう生きるしかないように創造された。

 

「親父を理解できない時もあるが、ライフ・イズ・パンダフル様はもっと理解できない……」

 

 ラグナロク農業組合初代ギルド長にしてユグドラシル最強の天使ライフ・イズ・パンダフル。パレットの実兄。御方々が農場を手に入れた際、何かあったらしく、パレットにギルド長の席を渡したと聞いている。

 

 何故、ライフ・イズ・パンダフルがいなくなったのに、パレットは残ったのか。その理由が分からない限り、NPCは潜在的に「パレットもいつかいなくなってしまうかもしれない」という不安と戦うことになる。御方を完璧に理解できるなど不敬であり不可能ではあるが、理解しようとする努力は怠ってはならないはずだ。

 

「ライフ様がどうかしたんか?」

 

 ジュウの独り言を拾ったのは、生きる火山、第四階層『工場』階層守護者のバヌだ。

 

「いや、ライフ様ほどの力があれば親父ももっと気楽に俺を送り出せたはずなのに、って思ってよ」

 

 適当に取り繕った理由ではあるが、まぎれもない本心だった。

 

 ジュウは人間種であるため、亜人種や異形種のように種族レベルは持たない。そのため、レベル百は全て職業に割り振られている。指揮官系を主とし、魔獣使いや医師のレベルもある。だが、それらは全て直接的な戦闘能力はないか、かなり弱い。あくまでも集団戦を前提としている。単体での能力値が階層守護者最弱と評価される所以である。

 

「……いや、今の俺たちに必要なのはどちらかと言えば間諜か。ま、ないものねだりをしても仕方がない。やれることをやろう」

「だな」

「違いない」

 

 ジュウは今度こそ自分の守護する階層に戻ろうとしたが、重要なことを思い出し、踵を返した。

 

「それと、ハヤ。ソラが戻ったらちゃんと親父から目を離さないように言っておいてくれ。ちょっと目を離した隙に農場から抜け出すかもしれん」

 

 それを聞いて、ハヤは微妙な顔をする。

 

「ドクター。そんな、自らの創造主を元気すぎて危ない子どもみたいに……」

「でも、パレット様は義務感で縛っとかないと自由すぎるって、ライフ様とテラ様が言ってたな」

『え? 俺はアッチッチ様がそう言われていたのを聞いたぞ』

「確かに、リリートン様と鉄人女様がおっしゃっていたのである」

「「お二方はご兄弟であられますから」」

「ネハンのクズ野郎もそういうところあるからな」

「もふもふ」

「ってことは、兄御も……。ああ、考えてみたら納得っすね」

 

 つまるところ、そういう血筋でそういう一族なのだろう。腑に落ちない部分はあるが、そう考える方が納得である。

 

「チョーカ。何だ、その散歩前に玄関ではしゃぎまわる犬を見るような目は」

 

 見れば、チョーカだけではなく全員から似たような目を向けられていることに気づく。肩をポンと叩かれたので振り返ると、ガジュマルの枝のような手があった。

 

「気にしたら負けじゃよ」

「どういう意味だ? って聞くのは無駄だな」

 

 変に聞き分けの良い男である。今日に関しては時間がないというのもあるのだろうが。

 

「ん。他に何か言いたいことがある奴はいるか? 俺はこれから忙しくなるし、親父やソラも同じだろうから、意見は今の内に言っておいた方が効率的だぞ」

「では、失礼して」

 

 手を挙げたのは、第四階層守護者補佐にして『おうし座』の十二天星、巨大な聖騎士、ジャンボマン・タウラスだ。

 

「何だ、ジャンボ。おまえは今回の任務には不向きだから連れて行けないぞ。外に出たいならバヌさんを手伝ってくれ」

「いや、そうではない」

 

 巨躯の天使は指で自分の胸を指し示す。心臓、あるいは自分を指し示しているのだと全員が思った。しかし違う。ジャンボマンが指差したのは自身が纏う全身鎧だ。

 

「全裸になって良いだろうか?」

 

 ズッコケた。

 

 発言者のジャンボマンを除く全員が派手にズッコケた。空中に浮かんでいたドブロクやマクラさえズッコケた。

 

 階層守護者たちと十二天星たちの感情と行動が完全に一致した珍しい場面である。

 

「む? ちょっと分かり辛かったか。では言い直そうか。これから鎧を脱ぐ。なので皆で私の一糸まとわぬパーフェクトボディを鑑賞して欲しい」

「「別に意味が分からなかったわけではありません」」

「おまえ突然何を言い出すんだ!?」

「脈絡も伏線もなかったっす!」

「ビックリしたである!」

『今言う必要あったか!? いや、今じゃなくても言う必要あるか?』

「誰が貴方の全裸なんて見たいと思うんですの!? どうせならマクラきゅんの裸を見たいですわ」

「余計な本音漏らしてんじゃねえよ、ド変態リーダー!」

「待つのだ、リンカ。どうせ罵倒するなら私を罵倒してくれ! 全裸の私を見ながら、全力で罵倒してくれ! お願いだ! これから全裸になるから、皆で私を口汚く罵ってくれ! 鎧を脱ぐから足を蹴ってくれ、腹を殴ってくれ、顔を叩いてくれ!」

「なんかこいつうるさいんじゃけど」

「普通に気持ち悪いヨ」

「うちの補佐がすまんね。多分、階層守護者と十二天星がこれだけ揃う機会がないからテンション上がってんのだと思うんよ。彼、基本的に自分の領域では全裸なんよ」

「すまないで済んだら即死魔法は要らないのだよ、バヌ。あと、後半の情報は聞きたくなかった」

 

 バヌのフォローになっていない言い訳を聞いて、芥山は眉間を指で押さえる。仲の悪い二人も同意見だった。

 

「全くだな。変態はこのポンコツだけで十分だというのに」

「本当だぜ。特殊性癖はこの吸血鬼で間に合っている」

「あー、もー! 番長も船長もやめなよ。ドクターが泣きそうな顔してるでしょ。ガスマスクで分からんないけど絶対泣いてるよねあれ!」

「……泣いてねえよ。目から感情があふれているだけだ」

「もふもふ」

 

 これまで黙っていた『おとめ座』ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴが手にある琵琶を弾き始める。ギターの弾き語りのように。

 

「ん~、ジュウちゃんってばお疲れの様子なのか。こんな時こそ歌が必要なのさ。というわけで聞いてください、リサイクルボトル様作詞作曲『いいことあるさ、ゴミ箱とかに』」

『追い打ちやめろって!』

 

 

 

 

 

 

「あいつ、俺に似すぎじゃない……? さっきのやり取り、クソ親父と昔やった通りだわ……」

 

 小声でそんなことを宣いながら、パレットはホシゾラ立体農場の中を行く。現在歩いているのは第六階層『住居』の通路。すでに『食堂』、『仮眠室』、『大浴場』などは回った後だ。大浴場には後で改めて個人的に行こうと決めている。

 

「ご安心を、パレット様。ジュウも本気で言ったわけではないでしょう。最終的にパレット様が折れることは明白でしたから、無駄話のショートカットのつもりだったのではないでしょうか?」

「ん、それどういう意味?」

 

 しかしながら、過去の自分を思い返してみると、兄に対してはあんな感じの発言を何回かしたような覚えがある。懐かしさと同時に、やはりジュウは自分の中の「何か」を引き継いだ子なのだと奇妙な感慨を抱く。

 

 しかし、こうしてソラと会話している中では特に彼女の製作者、兄嫁のテラ・フォーミングを彷彿とさせる部分はない。無論、彼女があえてそう振る舞っているのかもしれないが。

 

 ジュウが特別に創造主の影響を受けているのか。それとも、ソラがテラから遠いだけなのか。両者の違いは何なのか。他のNPCとももっと会話してみるべきだろう。

 

 彼らが自分へ敵意や殺意を抱いている様子はなかった。いま現在は安全だと、信用に足る存在であると認識しても問題はないだろう。いつまでもそうであるとは限らないが。NPCの口からすでに何度も聞いた「崇高なる御方々」とやらにふさわしい条件がどのようなものかは分からないが、そう呼ばれている以上はそう呼ばれるにふさわしくあるよう努力すべきだ。実際になれるかは別として。

 

「ソラ。おまえにとって俺って何なんだ?」

「シモベ一同にとっては我らの王と言う他にないかと。私個人にとっては愛しい御方でございます。あ、膝枕でしたらまたいつでも可能ですので」

「ああ、いや、じゃあ、いつかまたお願いしちゃおうかな?」

 

 ここで断れるほど、パレットは人間が出来ていなかった。最早建前を言うつもりさえない。

 

 格好つけるのはやめた。先程の醜態を晒しておいて今更すぎる。

 

「おまえが俺を好きなのは、義姉さんがおまえに与えた『設定』か?」

「はい。偉大なる我が創造主テラ・フォーミング様に命をいただいたあの日、パレット様を殿方として愛するお許しを戴きました」

 

 プレイヤーとNPCの違いは色々とあるが、その一つにフーレバーテキストが挙げられる。文字通り、文字だけの設定だ。フレーバーテキストに「ワールドチャンピオンより強い」だなんて書いても、ワールドチャンピオンより強いNPCができるわけがない。

 

 ……実際問題、ワールドチャンピオンより強いNPCというのは存在するのだが。このホシゾラ立体農場にはいないが、あの恐るべき地下墳墓の第八階層に。フラッシュバックする映像。胎児のような天使の死によって、大軍勢が足止めを受ける。時間にすればほんの数秒。だが、その数秒が致命的な数秒になった。大軍勢による大侵攻は、あの数秒で撃破された。数で勝っていたはずの侵略者は、まさに『質』で押しつぶされた。

 

 最強とはまさにアレのことだ。

 

 閑話休題。

 

 どうやらNPCたちの人格は種族や性別だけではなく、フレーバーテキストに書かれた設定による部分も大きいらしい。

 

 ソラ・ゾディアックが完成した時、パレットは兄とともに最初にお披露目を受けた。後に義姉と呼ぶことになる兄の婚約者は、手塩にかけて作り上げた自分の娘を高らかに自慢してきた。外装の拘り一つから、使用可能な魔法や装備の性能まで事細かに説明してくれた。その中で最も印象深かったのが、フレーバーテキストの最後の一行だった。

 

 ――パレットと一緒だと、ソラは月がとても綺麗に見える。

 

 ある文豪が生徒に教えたとされる、アイラブユーの有名な和訳が元ネタだ。本当に言ったかどうかという確証はかなりあやふやなのだが、文学好きならば知っていて当然程度の常識にはなっている。

 

 随分詩的な設定だと当時は感心したものだ。対象が自分であるのは微妙な気分だったが。付き合いが長いだけあって、性癖は完璧に把握しているらしく、わざわざパレットの好きそうな外装にしているあたり、本当にやめて欲しかった。こうして動き出すとより魅力的に見える。

 

「もしや、迷惑でしょうか?」

「いや全然」

 

 義姉は現実世界で生きているはずだが、プレイヤー「テラ・フォーミング」としては死んでいるに等しい。ならば、ソラはテラの忘れ形見と言っても過言ではない。

 

 義理の姉の子である以上はつまり、姪っ子だ。血の繋がりはなくとも、魂の繋がりはある。そう考えても、やはりあの二人の面影は感じない。

 

「……義姉さんの子であって兄貴の子じゃねえから法律的には問題ないはずなんだよな。そもそもこの世界の法律がどうなっているのかは不明だけど。いや、法っていうか倫理的にはどうなんだろう。ホシゾラ立体農場内での法律はどう扱うべきなんだ。ユグドラシルの倫理観って何だ。運営の決めた禁則事項に従えばいいのか。だとしても何親等の関係がどういうなんて規則はねえよ。古代北欧か? それとも……」

「パレット様?」

「ん、何でもねえ」

 

 どう見ても何でもなかったようで、ソラは「は、はあ?」と釈然としない返事を返してきた。

 

 ここでパレットは自身の違和感に気づく。果たして自分はこのような考え方をするタイプの人間だっただろうか、と。間違っても義姉の子を性的対象として見るような人間だったはずではないのだが。法や倫理から見て問題があるかどうかではなく、最初から性的に意識しないように努力する程度のモラルはあったはずなのだが。

 

(身体だけじゃなくて倫理観まで悪魔になったのか? それで欲望に忠実になったと? ……案外、これが俺の本性なのかもな。兄貴や義姉さんに言ったらどんな顔をするかな? ソラを通して義姉さんに興奮しているみたいで嫌なんだけど……。うん、義姉は義姉、ソラはソラだ。それでいいだろう。義姉さんのことは大好きだったけど、女として好きかって言われたらない。兄貴も物好きだよね)

 

 ライフ・イズ・パンダフルもテラ・フォーミングもこのホシゾラ立体農場にはいない。二人だけではなく、他の八十五人のメンバーもいない。自分だけしかいない。NPCたちはいるが、自分との認識の齟齬や知識の欠乏は非常に危うい。それでもジュウに外壁への接触を一任したのは、自分の息子ならば大丈夫という根拠のない確信だ。……会話したのは今日が初めてだが。

 

 ソラを始めとするNPCにはどのような距離感で接するべきなのか、正解が不明である。彼ら彼女らにとっては長年仕えてきた主人という認識のようだが、自分にとってはほとんど初対面の他人だ。ひょっとしたら、守護者の誰かが自分を殺そうと考えているなどと言われても不自然なことではない。

 

 軽く試した限りでは、魔法やアイテムはユグドラシルと同じように使えるようだ。しかし、一部の能力は現実化に関して仕様が変わっている。守護者の誰かと練習試合でもしてそのあたりの変化を検証する必要がある。また、仮想現実であったユグドラシルとは異なり、痛覚や嗅覚、味覚が機能している。

 

 更に言えば、フレンドリーファイアが解禁されている。つまり、仲間に対しての攻撃が有効化しているのだ。現実化しているので当たり前と言われたらそれまでだが、これは守護者を始めとするNPCから不意打ちをされたら最悪死ぬことを意味している。敵意や殺意はなくとも、いつまでもそうとは限らない。それに、これからプレイヤーの襲撃を受けることがあるかもしれない。同盟を組んだ相手から闇討ちされることだってあるかもしれない。

 

 パレットというプレイヤーは決して最強でも無敵でもない。組合最強のプレイヤーは兄の方だ。ユグドラシルの全プレイヤーの中でも五本の指に入ると言われた、ライフ・イズ・パンダフル。

 

 対して、パレットは基礎スペックが高いとは言えない魔法剣士。比率は魔法職寄りで、サブアタッカー。剣と魔法でメインアタッカーを支援することを目的としたビルド構築。当然だが、純粋な魔法職や戦士職には火力でも手数でも遅れを取る。二つの技術が使える代わりに性能が中途半端になるのは魔法戦士の宿命とも言えた。

 

 もっとも、スペックが低いのは人間形態・半異形形態の話だ。完全異形形態になれば、パレットの能力はプレイヤーの中でも上位の部類に入る。だが、完全異形形態になるにはいくつかの条件を満たさなければならず時間制限もある。また、一部の魔法と特殊技術が使用不可になり、カタログスペックが高いだけのアタッカーになってしまう。つまり、スピード勝負には弱い。

 

 ネハンを除く十二天星には、レベルの差もあり、余程悪い条件でない限り、負けるつもりはない。階層守護者で言えば、最も相性が悪いのは機動力・火力重視のガンリュウ。次点でプレイヤー殺しに特化しているガジュマル。

 

 そして、階層守護者三人以上と戦う場合、ほぼ確実に負ける。組み合わせ次第では逃げることもできない。二人までなら課金アイテムやワールドアイテムを使えばどうにかできる範囲だ。しかし、得るものはない。それに、身内の子など殺したくはない。殺すのも殺されるのも嫌だ。

 

 そこまで考えた時点で、パレットは自分の本心を察する。どうやら自分はNPCを、ギルドメンバーたちが残していった子どもたちを、身内だと思いたいようだ。仲間たちのように、信頼し合える関係になりたいと考えているようだ。

 

 無駄に悩んでいた己を自嘲する。ならば、そうなれるように努力するだけだ。裏切られた場合は裏切られた時に考えればいい。もし裏切られたとしても、それは信頼される努力を怠った自分のせいなのだから。

 

「俺はどうするべきなのかな、兄貴。俺はどうしたいのかな、義姉さん」

 

 根本的な問題だが、自分は何を目標に動くべきなのか。この世界でホシゾラ立体農場を維持することを目標にするべきなのか。それとも、あの現実世界に帰るべきなのか。もっと言えば、自分は帰りたいと考えているだろうか? ユグドラシルが終わったあの世界に。兄夫婦がいるあの世界に。

 

 結局、パレットの基準はそこだ。兄と義姉の二人に尽きる。二人の子どもも加えて考えるならば、答えは出ているようなものだ。

 

 ソラ・ゾディアック。ネハン・オフィウクス。それに、自分の子や仲間たちの子もいるのだから。彼らを放って行くなど論外だ。

 

 ソラに関しては、義姉の子以上の感情を向けそうになっている自分もいるのだが。

 

 ユグドラシルという世界は終わったが、ラグナロク農業組合もホシゾラ立体農場もここにある。

 

 何がどう転ぶかは分からないが、なるようになるしかない。

 

 自分はラグナロク農業組合のギルドマスターで、NPCたちは自分のことを王だと言っている。ならば、それらしく振る舞うだけだ。ラグナロク農業組合の行動はいつだってシンプルなのだ。

 

 ――――この世界は、楽しんだ奴が偉い。

 

 ユグドラシルではないのだとしても、楽しみ方はあるだろう。

 

 これから出会う相手が友好的な隣人ならば仲良くしよう。しかし、敵対的な害獣や畑泥棒ならば、殺すだけだ。

 

 そんな如何にも悪魔らしい思考を抱えたまま、パレットは笑った。

 

「まあ、何にせよ、鐘の音は聞こえたか。安眠を妨害したお詫びは用意しとこう。時間設定も変えとかないとな」



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聖王国1

 ローブル聖王国。

 

 信仰系魔法を行使する聖王を頂点とする、宗教色の濃い半島の国である。一部にマーマンなどの亜人種がいるが、主な国民は人間だ。

 

 珍しい特色としては二つの点が挙げられる。

 

 一つ目は国土が巨大な湾によって横にしたU字型になっている点だ。このため、国は事実上南北に分断されており、北聖王国と南聖王国と呼ぶ者もいるほどだ。

 

 二つ目は半島の入口、国土の東側にある城壁だ。北から南にかけて全長百キロを超える城壁は、スレイン法国との間に存在する丘陵地帯に住む亜人の侵攻を防ぐためのものだ。この城壁の巨大さは聖王国が亜人をどれだけ危険視しているかを証明している。実際、歴史の中でどれだけ国と人が亜人たちに泣かされてきたかは考えるまでもない。

 

 亜人の多くは人間よりも身体能力面で優れている。魔法能力に長けたもの。体内から毒や糸を出すもの。肉体が強靭なもの。脆弱な亜人の代表であるゴブリンでさえ、闇夜を見通す目と小柄な肉体は状況次第で非常に厄介なものだ。

 

 この城壁はそんな亜人たちの侵攻を防ぐ最強の盾であり護国の最前線である。しかし、これだけ巨大な城壁ともなれば費用や人員の問題が出てくるのは必然だ。この城壁をどのように活かすかは試行錯誤を繰り返され、柔軟な部隊の連携や徴兵令などの試みが実施されてきた。今日も、兵士たちはいつ来るかも知れぬ亜人たちを警戒している。

 

 要塞線には三つの大きな砦が存在し、その一つである中央部拠点に、その男はいた。

 

 どの部分をとっても分厚いとしか言い様のない、筋肉隆々とした男だった。野性味のある顔をしていたが、唯一、目だけがアンバランスに小動物的だった。そんな一種の滑稽さを醸し出す顔を険しくしながら、男――オルランド・カンパーノはこれまでの人生で最大の驚愕と向き合っていた。

 

「――おい、さっきの鐘の音はあのデカいのから聞こえてきたのか?」

 

 問いを向けられたのは、オルランドの背後に控えた兵士たち。付き合いも長い歴戦の猛者たちだ。その中の誰もがオルランドと同じ――あるいは彼以上の――驚きを胸に抱えていた。その中の一人が代表して答える。

 

「おそらくですが。この中には夜間警備のものはおらず、我々も鐘の音で目が覚めたものですから。カンパーノ班長閣下」

 

 聖王国の兵士階級から考えると班長は決して高い地位ではない。しかし、オルランドは先代聖王から「九色」の一つを与えられた男であり、その実績と経歴と気性から粗暴者たちに人気がある。この場にいる者の多くはそんな立場にあるため、「閣下」と継承をつけるのも決して嫌味ではなく本心からである。

 

「そうかい。そうかい」

 

 兵士の返答に頷きながら、オルランドはその顔に対して小さな目を『それ』に向ける。肉食獣の如き視線は『それ』から離れることはない。視線を離すべきではないとオルランドの戦士としての本能が主張する。戦士ではなくとも、『それ』から目を離すのは無理であろうが。

 

 

 本来であれば城壁の先は、広い草原が広がり、徐々に丘があるという景観のはずだ。厳密には、城壁から四百メートルほどは国を挙げての土木工事のおかげで遮蔽物のない平地なのだが、その先であっても決して高い山があるといった地形ではない。

 

 数十キロ以上の距離から、暗闇でもはっきりと認識できるほどの高さを持つ人工物などあってはならないのだ。

 

 

 そんなものがあったら、どんな間抜けでも気づく。だが、現実にその人工物は存在していた。

 

 この距離でこれほど明確に認識できるということはかなり巨大だ。それこそ、この城壁よりも遥かに高さがある。横幅は正確なところは分からないが、やはり巨大と考えるべきだろう。オルランドには測量の知識などないため、おおよその数値も出てこないが。

 

「閣下、よろしければ夜番の者から話を聞いてきましょうか?」

「うん? そいつには及ばないさ。どうせこの後、夜番のはずのあの人に会うからな。その時に詳しい話は聞くさ」

 

 オルランドはそう言って、夜空を仰ぐ。月の場所を確認して、現在が日付が変わるかどうかの深夜であることをようやく知った。朝が遠いことに憂鬱になりながらも、視線を巨大人工物に戻す。

 

 ほんの十分ほど前のことだ。

 

 兵舎で熟睡していたオルランドは大きな鐘の音に叩き起こされた。

 

 意識が覚めたばかりの頃は亜人の侵攻でも起きて警鐘が鳴らされたのだと思った。しかし、警鐘にしては妙に落ち着いたリズムだ。それに、至極綺麗な音だと思った。加えて、短い。正確な回数を数える余裕はなかったが、十回程度しか鳴っていないのではないか。亜人侵攻の警鐘がそんなに短いわけもない。

 

 寝ぼけていたのかと混乱していると、再び警鐘が鳴る。今度は自分が思い描く警鐘の音だった。鳴らしている者の焦りが伝わってくるようなリズム。単なる亜人侵攻では決して有り得ないほど。

 

 夜中の緊急事態であるため、最低限の身支度と装備だけをして城壁の持ち場にかけつけた。そして、結果があの巨大人工物の発見である。

 

 現場は混乱していると言ってもいい。当然だ。あれが何であるかの答えを持つ人間など誰もいない。

 

 最初に脳裏に浮かぶのは亜人の要塞。しかし、あれほど巨大な人工物を作る技術が丘陵地帯の亜人にあるとは思えない。文化レベルの高い亜人もいるにはいるが、衣装や武器とは次元が違う。内部がどのようになっているか分からないが、あれのガワだけを作ろうにも、この城壁よりも時間と費用が掛かりそうだ。まして、世界を夜が支配してからの数時間であれを建造するなど神でなければ不可能だ。

 

 ならば、あそこに巨大人工物などないというのはどうか? 魔法の中には幻術を見せるものがある。これならば……無理である。戦士であり、魔法の知識をそれほど持っていないオルランドでも分かる。この城壁にいる人間全員を相手に、しかもこれだけの長時間魔法をかけ続けるなどできるはずがない。

 

 では、二つの考えを合わせればどうか。亜人たちは長い時間をかけてあの建造物を作っていた。しかし、その全工程を魔法なり何なりを使って隠蔽していた。何らかの事情によって魔法を解除し、聖王国側に見えるようになった。……あの巨大さで、長時間を通り越して長期間の隠蔽など不可能だ。

 

 ならば、あの建造物はどこから現れたのか。まさか天上から落ちたり地面から生えてきたわけではあるまい。

 

 オルランドはそこで思考を止めることにした。難しいことを考えるのはオルランドの仕事ではない。魔法や神話に詳しい者がああだこうだと考察してくれればいい。オルランドにとって重要なのは、これから戦いが起きるのかどうかという点だ。

 

 聖王国九色が一色、オルランド・カンパーノ。現在の九色の中ではぶっちぎりの問題児だ。他人の命令を聞くことを嫌う上、強さを重んじる性分を持つ。貴族や上官相手に起こした問題や暴力事件の数は数えられない。国家でも上位の実力者であるにも関わらず、班長という低い地位にいるのはそのためだ。逆に言えば、それほどの鼻つまみ者でありながら矯正も追放もされないのはそれだけ強いからだ。

 

 そんな男だからこそ、あの未知の巨大建造物には恐怖よりも興奮が勝っていた。あの建造物は一体、どんな奴が作ったのだろうか。中にはどんな奴がいるのだろうか。

 

「まさか、亜人どもがあれを作ったんですかね?」

「だとしたら、あれは城壁に対抗するための要塞か……?」

「あんなのを作れそうな亜人に心当たりはないけどな」

「……もしそうなら、国家総動員令が発動されるかも、か」

 

 近くにいた兵士の言葉を、オルランドは期待とともに首肯する。

 

「はは! 聖王国の歴史上、一度しか起きたことのない大戦争を俺らの時代でもう一度ってか! ……まあ、時間が時間で事態が事態だ。すぐに国家の中枢に話が通るってことはないだろうな」

 

 普通に考えれば、あの建造物が亜人の要塞かそれに近いものだろう。しかし、戦士の勘が告げている。あれは少なくとも要塞の類ではないと。こうして遠くから眺めていても正体は分からない。まして、こんな暗闇の中だ。月明りだけでは、その全貌さえ分からない。その存在感だけしか伝わってこない。

 

 あちこちで篝火が燃やされ、警戒状態になる。平野部分から亜人が侵攻していないかと目を光らせる者が多数。成程、最初の国家総動員令が発令された時もこんな感じだったのかもしれない。

 

 おそらく前線基地に所属する者は全員起きているだろう。これから将軍や各部隊の隊長などが集められて会議が開かれるはずだ。亜人の侵攻に備えて戦闘の準備もしなければならない。やるべきことは山積みで、のんびりしている暇はなかった。

 

 オルランドは基地の中枢へと向かう。一瞬でもあの建造物から目を離すことに強い抵抗を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 明朝。

 

 亜人の侵攻などないまま、夜が明けた。城壁の兵士たちは立場の上下も関係なく緩みそうになる気を締め直すのに必死だった。

 

 砦の代表者たちが出した結論は「聖王国首脳陣からの返答が来るまで厳重警戒態勢で現状維持」というものだった。及び腰であると蔑むのは簡単だが、最善に近い。相手が未知すぎるのだ。まして、建造物が出現してから亜人たちの侵攻があるわけでもなく、此方から攻めるには遠すぎる。馬などを使えばすぐかもしれないが、人の足であの距離を行くのは厳しい。場合によっては大群があの辺りに集まっているかもしれないのだ。慎重にならざるを得ない。

 

 オルランドは再び巨大建造物を見ていた。夜の時とは違い、太陽に照らされた姿を。距離が距離だけに細かいところまでは見えないが、その距離感故に、建造物の巨大さを確認できた。大きな遮蔽物がないとはいえ、この距離で存在に威容を覚えるのだ。

 

 この城壁のように横に長いわけではないが、途轍もなく巨大だ。広さも高さも聖王城を上回っているだろう。

 

「官僚連中にはどんな風に伝わってんだかね」

 

 深夜、突然謎の鐘の音が聞こえたと思ったら、それまで何もなかったはずの場所に巨大な建造物が出現しました。なんて馬鹿な報告、寝ぼけているのかと思うだろう。

 

 少しだけ仮眠してきた兵士たちは例外なく「ああ、やっぱりある……」という顔をしている。

 

 実際、周囲の兵士の中には未だに夢でも見ているような顔をしている者がそれなりにいる。夜中に起きて一睡もしていないせいで眠たいだけかもしれないが。

 

 太陽の光が、謎の建造物の姿を明らかにする。

 

 形状は箱のような四角形の上に箱を置いて、更に箱を重ねているといったもの。上に行くほど箱の大きさは小さくなっていく。塔や城、館と言うにはかなり風変りである。壁がどのような材質なのかまでは分からない。人の手が加わったものであることは明らかだった。誰がどう見ても山や丘ではない。

 

 同時に、あれを人間や亜人の手で作れるかと言われても、不可能なような気がした。時間云々の問題ではなく技術や資源の問題もある。

 

 間違いなく自然のものではなく、さりとて人の手で創造するには不可能なもの。

 

「この距離じゃ何がどうなってんのか分かりませんね。お得意の目でどうにか見えませんかね、旦那。あの建物が何なのか分かりませんか?」

 

 オルランドは隣に立つ殺し屋のような目をした男に訊ねるが、返事は芳しくないものだった。

 

「無茶を言うな。この距離だぞ。俺に見えているものとおまえに見えているものにそこまでの差はない」

「ですか」

 

 オルランドもその答えは予想していたのか、残念がる様子もなかった。

 

「上官に対してその態度は何だ? 不愉快極まりない……と普段なら言うんだがな。こんな状況でも普段のようにしているおまえには関心するよ」

 

 殺し屋のような目の男の名はパベル・バラハ。オルランドと同じく九色のひとり――聖王国を代表する実力者――であり、通称「夜の番人」。百発百中の超名手として知られる兵士長である。同じ九色と言っても、オルランドはパベルに敗北した経験もあり、彼に敬意を払っている。

 

 夜が明け、見通しが良くなったことで夜中から途切れることのなかった緊張状態は一時期的に解除された。オルランドはその隙を付いて、パベルに会いに来たのだった。自分が認める数少ない実力者の意見を求めるために。

 

 おそらく、今日にでもあの巨大人工物の調査をするための隊が組まれるはずだ。近日中に聖王国首脳陣が学者や冒険者を集めて本格的な調査隊を組むかもしれないが、それとは別に現場で調べる部隊は絶対にいる。直接的な接触は避けるかもしれないが、ギリギリ安全な距離で近くに行って監視をする必要はある。果たしてどの程度の距離が安全と言えるかも分からないが、その部隊にはレンジャーの能力もあるパベルは絶対に選ばれるだろう。

 

 逆に、能力が隠密行動に向かない上、強者に突撃する癖のあるオルランドが選ばれる可能性は低い。

 

「旦那はあれが何だと思いますか?」

「亜人どもが建てた何か、と言えば満足か?」

「そう言うってことは、旦那も違うってんですかい?」

 

 遠回しにオルランドもそうは思っていないことを告げられると、パベルはため息を吐き出した。そう、多少知恵のある者なら気づく。緊張状態がピークだった頃ならばともかく朝になって、人の目で世界が見えるようになると考える余裕ができてくる。

 

「将軍や兵士たちも言っているが、あれを亜人が作れると思うか? 作れたとして、作った意味は何だ?」

「そりゃ城壁から見える位置に作ったんですから、聖王国に攻め入る要塞でしょう」

「ああ、そう考えるのが妥当だ。しかし、今日まで見えていなかったというのが気になる。魔法などで隠していたとも考え辛い。あの大きさだ。……そう、あの大きさが問題だ。高さもだがな」

「聖王国に攻め入るにしては、あれほどの大きさは不要ですね。示威行為としては大成功ですが費用対効果が悪すぎますわ。それに、城壁に対抗してだとするとちょっと遠い気もします」

 

 昨日まであの建物は見えなかった。普通に考えれば隠して作ったことになるが、だとしたらもう少し近くに作ってもよさそうなものだ。

 

「ああ。色々な意味であれほど巨大な建造物を作れるなら、聖王国に侵攻する意味はない。あそこに住めばいいのだからな。聖王国が全く気付かなかったということは、あれを作るのに聖王国にあるものは必要ないということだからな」

「じゃあ、あの建物はあれを作った亜人の住処なんでしょう」

「……結局のところ、問題はそこに帰結する。あれは誰が作った?」

 

 今回の場合、5W1H――『いつ』『どこで』『誰が』『何を』『どうして』『どのように』――の中で重要なのは『誰が』の部分だ。手段も目的も分からないのは、人が分からないことも大きい。相手の正体が分かれば、手段や目的も自ずと見えてくる。それが見えて来ないことが、城壁の兵士たちの憔悴を加速させているのだ。

 

「今の私たちにできることは、亜人が見えた場合、すぐに対応できるように構えておくことだ」

「そりゃそうですね」

「分かったらさっさと持ち場に戻るなり仮眠を取るなりしろ。いつ亜人が来るかも分からん――」

「だったら旦那こそ――――どうしました?」

 

 パベルが建造物の方を見たかと思えば、そのまま空中に視線を固定している。ただでさえ鋭い視線に剣呑な色が映る。子どもが見たら泣き出しそうな悪鬼羅刹の表情だ。

 

「何か来るぞ……!」

 

 パベルの発言を受けて、オルランドだけではなく周囲の彼の部下も視線をこらして、パベルと同じ方向を見る。

 

 そして、彼らにも見えた。パベルたちの様子から他の兵士たちも視線を向けて、『それ』に気づく。

 

 

 

 

 建造物の方から飛んで来る、巨大な竜が見えた。

 

 

 

 

 建造物の方向からやって来たからと言って、建造物と関係があるとは限らない。建造物があるのは丘陵地帯だ。元からいた亜人が攻めてくる可能性だってある。

 

 だが、今回に関してはその可能性を考えるのは無駄だろう。何故ならば、この場にいる兵士は誰独りとして聞いたことがない。丘陵地帯に、十メートルはあろうかと言う巨大なドラゴンがいるなどと。そんな存在がいれば噂の種に出てもおかしくはない。

 

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

 

 竜は咆哮した。その咆哮だけで怯みあがってしまいそうなほどの迫力に満ちていた。最強の生物。大陸の覇者。それこそが竜なのだから。

 

 壮年の竜で戦闘能力――難度は百前後だと言われている。海の守り神と言われるシードラゴンもそのあたりになる。人類の最高位にいる実力者も、九十から百程度だ。だが、あの竜は難度百を超える。予想ではなく、断言できる。この距離でも伝わってくる威圧感が難度百程度で収まるものか。

 

 漆黒の鱗に巨大な翼。首と尾は胴体よりも長い。羊のような角。牙と鱗は凶暴さを隠そうともしない。およそ邪悪な竜と聞いて万人が思い浮かべるような生物が此方に向かって飛んでくる。

 

 竜の隣には、白い翼を広げて追従する人のようなものの姿もある。それも二つ。人間で言えば十代前半の子どもほどのサイズだ。片方は翼を除けば人間の少女のように見えるが、もう片方は翼付きの毛玉だ。

 

 そのまま城壁まで飛来してくるかと思ったが、遮蔽物のない平野の入口――城壁から四百メートルの地点に着地する。

 

 パベルもオルランドもその他の兵士たちも、おそらく城壁にいたすべての人間が竜に注目する。この竜が陽動で余所から別動隊が侵入する可能性もあり、普段ならその可能性を考慮して動くのだが、この時ばかりはそれを行うだけの判断力がなくなっていた。

 

「……人が乗っているな。ひとり、いや、二人か」

 

 よく見れば、竜には馬のように手綱や鞍がつけられている。つまり、あれほどの威容を持つ竜を支配しているということだ。しかも、その手綱を握っているのが若い女性なのだから面食らう。無論、何らかのマジックアイテムで支配している可能性の方が高い。

 

 竜に騎乗しているもう一人は、白い服を着ている。顔は黒っぽいが、素顔なのか仮面のようなものを被っているのかは分からない。ほぼ確実に亜人だとは思うが。

 

「全員、亜人ですかい?」

「翼を持つ二人は亜人で確定だろう。いや白い毛玉はモンスターか? ……あのような種族に心当たりはあるか?」

「いやぁ、俺には何とも。弓使いである旦那ほど目は良くありませんからね。遠目だと翼持ちの二人だか二体だかは、他の二人と比べて少々小さいってことくらいしか」

 

 丘陵地帯に住んでいて翼を持つ亜人ならば、翼亜人(プテローボス)が思い浮かぶ。だが、間違いなく翼亜人(プテローボス)ではない。彼らは滑空は得意だが、長時間の飛行は苦手としており、飛ばない方が強い種族とまで言われているほどだ。翼を抜きにして観察すると、少女も毛玉も翼亜人(プテローボス)とはかなり離れた外見をしている。

 

 謎の一行は城壁側の困惑を知ってか知らずか、竜から降りて、此方に向かってくる。竜も馬のように引き連れられている。翼持ちの少女の方は歩いているようだが、毛玉の方は浮かんだままだ。その足取りはゆっくりとした。戦意は感じられない。緊張感の欠片も伝わって来ない。

 

 しかし、それはあくまでも謎の一行の話だ。気軽な足取りに、城壁の兵士たちはむしろ緊張感を高まらせる。当然だが、竜がいることも大きい。

 

「……俺は此処に残った方がいいか。おい、上にこのことを伝えて来い」

 

 パベルの指示に、彼のそばにいた副官はすぐに了解し、上層部の下へと走った。

 

「オルランド、お前も自分の隊に戻った方がいいぞ。あの歩調なら砦に着くまでに時間はかかるだろうが、いつまでもゆっくりしてくれるとは限らんぞ」

「了解だぜ、旦那! 場合によっちゃあ兵士総出でドラゴンスレイブか。楽しいパーティーの始まりだな!」

 

 

 

 

 

 

 

「もふもふ」

 

 翼を持つ毛玉のモンスターもとい十二天星マクラ・アリエスは何事かを呟いた。傍で聞いていたチョーカ・カプリコーンとミシェル・キャンサーには通じなかったが、上司であるジュウには理解できたようで同意するように頷いた。

 

「ああ。見れば見るほど長いな。端の方が見えないとはな。一つの建造物を囲っているというよりは地平を遮断していると見た方がいいか。察するに文字通りの意味で最前線ってところか? それほどの期間と費用と人材を使うだけの意味がある敵が、あの城壁の主人にはいるわけだ。国境、と見ていいのか? いや、国内で内戦をしている可能性もあるか。このあたりの平地は明らかに人為的に整地されている。あの砦から見やすいようにするためだろうな。四百メートルってところか。これより先を開いてない理由は何だろうな。何らかの取り決め? それとも技術か費用の問題? それとも、この距離が最善なのか。おっと、これから更に切り開いて行くって場合もあるか。だとしたら……しゅこー、しゅこー。うっかりしていた。考え事に集中しすぎると呼吸を忘れちまう」

 

 ぶつぶつと独り言を始めたジュウを先頭に、後ろにチョーカとマクラ、その後ろに竜を引き連れたミシェルという風に見える隊列である。時折、竜は人懐っこい犬か猫のようにミシェルにじゃれつく。外見の巨大さと邪悪さには似合わない素振りだが、普段からこうなのでジュウも他の者も特に注目することはない。

 

 頭を擦り付けてくる竜を撫でながらミシェルはジュウに質問を向けた。

 

「……ドクター、この距離でも攻撃が来ないってことはあんまり警戒されてないのかな?」

「それはねえだろうな。何か剣呑な雰囲気がここからでも分かる。攻撃の射程範囲内に入ってねえだけかもしれねえぞ?」

「まっさかー。ハヤ姐さんだったらとっくにヘッドショックしてくる距離っすよ。ぷぷぷ」

 

 ジュウの考察の通りにここが何らかの外敵に対する最前線ならば、当然、近距離用の戦士だけではなく遠距離攻撃が可能な弓兵や魔術師がいて然るべきだ。こんな遮蔽物の邪魔がない平野で、何の障壁も使わずに接近しているのだ。攻撃の意思があるのならばとっくにしているはずだ。

 

「しゅこー、しゅこー。連中にとってのセーフティーラインはまだ先ってことだろうな。ぼちぼち警告の一つでもして欲しいところだけど。言葉を交わしてコミュニケーションを取ろうぜ。……まさか言語を使用しない種族じゃねえだろうな。言語が違うだけなら、特殊技術でどうにかできるんだけどよ。図書館の本で見た『えいりあん』みたいに目の発光で会話する種族だったらどうするかね」

「スケアさんはともかくポッポは連れてくるべきだったんじゃない? スケアさんの目ほどじゃないけどさ、あの子、広範囲から音が拾えるから便利なのに」

 

 ミシェルが推薦してくるポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴは吟遊詩人の能力として、音による探知が可能だ。探知特化のスケア・クロウ・リブラや暗殺者のジャクチョ・スコルピオに次いで、農場では上位の探索役(シーカー)なのだ。

 

 しかし、ジュウがポッポを同行者に選ばなかったのには理由がある。

 

「ポッポがいると助かる場面も想定されるけど、撤退になることも考えるとな。あいつ、足も翼も早くねえからな。バフかけるにしてもワンテンポいるし、メリットとリスクを天秤にかけると微妙にリスクの方が高いんだよ。しゅこー、しゅこー」

「それもそっか。流石ドクターだね」

「もふもふもふ」

「兄御、マクラは今なんて――」

 

 砦まであと五十メートルという距離まで差し掛かったところだった。

 

「そこで止まれ!」

 

 声のした方を見れば、大砦の上に男がいた。艶のない、傷だらけの全身鎧。周囲には参謀らしき男がひとりだけのように見える。しかし、ジュウは特殊技術で生命反応を探知できる。全身鎧の男の後ろに何人かが控えていることは探知しており、それがいざという時に盾となる兵士だということを看破していた。視認できないため断言はできないが、タワーシールドか大きいラウンドシールドを持っているだろう。

 

 あの男がこの大砦の代表者と見て間違いないだろう。あるいは囮の影武者かもしれないが、ジュウの目的からすればどっちでもいい。重要なのは話ができるか否かだ。

 

「ここより先は聖王国の領土である! 貴様ら亜人どもが来てよい場所ではない! 早急に立ち去れ!」

 

 腹まで響く大声を受けて、ジュウたちは怯むどころか安堵を覚えた。

 

「杞憂で終わって良かったね、ドクター。音以外で会話するどころかちゃんと言語が通じる種族だったみたいだよ? 亜人呼ばわりは心外だけどさ」

「あれ、人間っすかね? 人間以外の種族はいないようっすけど」

「もふもふ」

「俺たちを亜人呼ばわりとはな。種族を鑑定できる奴はいねえのか? それにしても、聖王国か。しゅこー、しゅこー。ぴんと来ないな。そんな名前のギルドがあるのか?」

 

 あの男が言う「聖王国」とは御方々と同じようにギルドなのか。それともギルド拠点の名前なのか。それとも全く別系統の組織なのか。

 

「チョーカ、親父は何だって?」

「『もっと情報を引き出せ』だそうっす。流石に今の言葉だけじゃ何も分からないっすよ」

「だよな。まずはこっちから名乗って向こうにも名乗ってもらうか。……おーい!」

 

 ジュウは指揮官の特殊技術とガスマスクの効果を使って、拡声器を使うように声を大きくする。相手にとってはすぐ近くにいるかのように聞き取られるはずだ。妨害されれば声は届かないが、今回はそういうことはないようだ。

 

「始めまして、えーと、軍人様? 私はあそこに見えるホシゾラ立体農場を支配するラグナロク農業組合にお仕えしているジュウと申します。そこからで良いので話を聞いてもらえませんでしょうか?」

 

 それを聞いて、チョーカが吹き出し口元を手で押さえる。

 

「ぷぷぷ。兄御が敬語を使うと聞き慣れなさ過ぎてマジ気持ち悪いっす」

「茶化さないの。真面目な場面なんだから。……まあ、同感だけど」

「もふっもふもっふ」

 

 この()()は後で説教すると決めて、ジュウは聖王国側からの反応を待つ。

 

 友好と敵対を同じくらいに期待しながら。



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聖王国2

 城壁は鐘の音が聞こえてきた時と同じかそれ以上の緊張状態にあった。

 

 竜を連れた謎の一行はゆっくりと、緩慢な足取りで近づいてくる。まるで此方の反応を待っているかのようだ。城壁全体への通達に余裕ができるのは有利だが、うすら寒いものを感じないでもない。全ての兵士が固唾を飲んで一行の一挙一動を監視する。

 

「射ちますか?」

「止めろ。しかし、射線は取れるように移動を開始しろ。そして俺からの命令を待て」

 

 そんな兵士のひとり、パベルは過去の経験や知識から亜人らしき者たちの分析を試みる。

 

 並びの順番は、白い服を着ている者を先頭に、翼付きの少女と毛玉、そして竜とそれを引く少女といった具合だ。

 

 丘陵地帯を迷った一団が命からがら城壁に助けを求めに来た、という風情には見えない。あまりにも足取りに余裕がある。

 

 人数は四人と一体と数えるべきなのか。それとも、三人と二体と見るべきか。

 

 悩むのは翼を持つ毛の塊だ。あれが果たしてモンスターなのか亜人なのか微妙なところではある。無論、どちらにしても聖王国の敵には違いないのだがモンスターと亜人では知性や特殊能力などに差がある。このような差は思わぬところで勝負の行く末を左右するものだ。

 

 一行の中で最も目が行くのは、やはり最後尾にいる黒い竜か。

 

 パベルも竜など滅多に見たことがない。家族旅行で行ったリムンで遠目に「海の守り神」と言われるシードラゴンを見たことがあるくらいだ。竜を初めて見た娘がその偉大さに圧倒された記憶は鮮明だ。そして、あの黒竜はシードラゴンよりも確実に上にいる。パベルは自分の人生で見てきたあらゆる生物の中で最も強いと断言できた。オルランドの言葉ではないが、個人ではなく軍隊で戦うような存在だ。

 

 あんなバケモノ、人が戦うべきものではない。あるいは、伝説に語られる十三英雄ならば話は違うのかもしれないが。

 

 竜は最後尾を歩いているが、手綱を引いている少女に大人しく従っているようだ。少女はパベルの娘と同年代の人間の少女のように見える。しかし他の亜人たちに無理やり従わされている様子ではない。

 

 時折、竜は少女にじゃれつくように頭部を擦り付ける。手綱に引かれる姿も相まって、よく人に慣れた馬のように思えてしまう。あの懐き具合がマジックアイテムによるものなのか、それとも餌付けなどで本当に慣れているのかは判別がつかない。

 

 あれほどの竜を従えているのならば何かの噂で聞いているはずだが、それはない。無論、表舞台に出て来ることのない裏社会ならば可能性はあるが、こうして多くの兵士に姿を晒している以上それはない。

 

 先頭を歩くのは頭部が黒く、白い服を来た者だった。あれが顔なのか仮面なのかは分からない。しかし、どうにも作り物っぽい感じがする。顔だけではなく頭全体を覆っているようだし、仮面というよりは兜に近いのかもしれない。あまり防御力があるようには見えないし、白い服も鎧ではないようだが。

 

 しかし、白い服も注目すべき点がある。遠目から見ても仕立てがよく、文化レベルの高さを窺わせた。これは竜を率いている少女や翼付きの少女も同じようだ。文化レベルの高い亜人は厄介であることを、パベルはよく知っていた。

 

 ……そして、ある意味で最も注視すべきなのは翼付きの少女だった。最初はハーピーかセイレーンなのだと思っていた。しかし、近づくにつれ、彼女の頭上に光輝く輪が見えてくる。輝く輪に、純白の翼。

 

(あれではまるで、物語に語られる天使だ)

 

 パベルは魔法で召喚された天使を見たことがあるが、もっと無機質な存在だった。しかし、此方にやってくる少女はまるで人間のようで、それでいて人間には有り得ない美しさを放っている。天使なわけがないと思考を切り替えようとするが、心のどこかで引っかかる。

 

 自陣の空気は揺らぎに揺らいでいた。恐怖、動揺、不安。

 

 城壁まであと五十メートルといったところで、離れた場所で大声が発せられた。

 

「そこで止まれ! ここより先は聖王国の領土である! 貴様ら亜人どもが来てよい場所ではない! 早急に立ち去れ!」

 

 この大砦の責任者、聖王国に五人しかいない将軍位につく男だ。彼の声は下腹にまで響く。

 

 亜人の一行は何やら話し合った後、先頭の仮面白衣が一歩前に出る。

 

「おーい!」

 

 若い男の声だった。これだけの距離があるのにパベルの耳にもはっきりと届いた。別に大声で話しているわけではない。だが、どういうわけか男の声はすぐ正面で会話しているかのように明確に聞き取れる。

 

「初めまして、えーと、軍人様? 私はあそこに見えるホシゾラ立体農場を支配するラグナロク農業組合にお仕えしているジュウと申します。そこからで良いので話を聞いてもらえませんでしょうか?」

 

 もしかしたら建造物とは無関係かもしれないという懸念はこれで晴れたが、別の疑問と対面することになった。

 

「ラグナロク農業組合?」

 

 どう考えても個人の名前ではなく集団の名称だ。それが彼らの所属している組織であり、あの建造物の主人なのだろう。聞いたこともない組織の名前だ。しかし、問題なのは既知か未知かではない。未知である可能性は考慮していたし、欺瞞である可能性もあるからだ。

 

 だが、「農業組合」とは何だ。「農場」とは何だ。まさかとは思うが、あの建造物の中には巨大な畑でもあるというのか? 箱を積んでいるような形状である以上、太陽の光など入りようがないはずだ。

 

「話だと? では、貴様らは何のためにここに来た!」

「情報収集ですかね。いや、私たちとしてもこの場にいることは意味不明な事態でして。本来、ホシゾラ立体農場はミズガルズのラカノン樹海にあるはずなんですよ」

 

 ミズガルズ。ラカノン樹海。おそらくは地名なのだろうが、やはり聞き覚えのない場所だ。しかし、話半分に聞いておくべきだろう。依然として、出まかせの可能性は高い。

 

「信じられないでしょうが、謎の転移に巻き込まれたというわけでして。それで、先に聞いておきたいんですが聖王国というのはユグドラシルのどこにあたるんでしょうか? ここもミズガルズのどこかですか?」

 

 察するに、ユグドラシルは国名で、ミズガルズは地方の名前で、ラカノン樹海というのはその名の通り樹海だろう。もしもあの男の言うことが本当であった場合の話だが。

 

「ここはローブル聖王国! そのような地名に覚えはない! 再度繰り返す。早急に立ち去れ!」

「ローブル聖王国、ね。確かに覚えた」

 

 その相槌から、本当にローブル聖王国の名前を知らなかったことを理解する。それだけでは正体など分からない。もっと会話であの建造物の情報を引き出して欲しいところだが、あの将軍にそのような腹芸ができないことは分かっている。

 

 万が一にも竜が暴走しても被害が出るだけだ。ここは大人しく帰ってもらうことが最善である。大人しく将軍の言葉に従うとも思えないが。それこそ、いざとなれば護国の意志を見せつけるだけだ。

 

 そんなパベルの、あるいは城壁にいる兵士全ての心を見透かしたように、男は言う。

 

「じゃあ、帰りますね」

 

 周囲から、え、という声が漏れる。パベル自身の口から出たわけではないことは確かだが、気持ちは分かる。

 

 それどころか、男の周囲にいる者たちでさえその言葉が心底意外だという表情をしている。それでも反対意見を出すような素振りはしない以上、あの男があの集団のリーダーだと考えて良いだろう。それも、明確な決定権がある。

 

「ああ、最後に一つだけ 私の父から伝言です」

 

 この状況で父親という言葉が出た以上、その男はあの建造物の支配者――先程出た「ラグナロク農業組合」なる組織の統率者であり、この男はその息子ということになる。トップの子ともなれば決定権があるのも必然。また、こうして接触を任されたのも立場あってのことなのだろう。

 

「『昨晩は騒音を響かせて申し訳ありません。鐘の音は止めておきます。謝罪はまた後日正式に』だそうです。それでは今度こそ」

 

 それだけ言うと、男は踵を返す。どうやら本当に帰るようだ。他の亜人たちも後に続くが、時折此方に振り返って、不承不承の様子だ。

 

 このまま帰して良いのか、矢を放つべきか、パベルは迷う。本当に帰るのだとしても、帰しても良いのかどうか。戦闘を避けるのならば帰すべきだ。情報収集の必要性がある。急所を外す形で射り、捕獲するべきだ。盾も鎧も持っていない以上、パベルの腕前があれば命中させることは簡単だ。

 

 しかし、考慮すべきはやはりあの竜だ。マジックアイテムで使役しているにしろそれ以外の手段で支配しているにしろ、下手に攻撃すれば竜で反撃を受けるかもしれない。飛行が可能な以上、城壁に意味はない。城壁の強度も竜の攻撃に耐えられるとは思えない。

 

 これが単なる亜人の軍勢が相手であれば話は違うのだ。数には数で対抗できるし、指揮官を仕留めれば動きは鈍くなり連携は瓦解する。無論、パベルやオルランドのような実力者がいる部隊の活躍が前提となった話になるが。民間から徴兵された兵士では人間より能力の高い亜人相手には勝てない。そして、あの竜は一体で亜人百体の群れよりも強い。

 

 仮に竜と戦闘になった場合、パベルが狙うべきは翼だ。試してみなければ分からないが、鱗に矢が通るかは難しいところだろう。ならば、飛行能力を奪うべきだ。空中から炎で攻撃されれば、多くの兵士たちでは対応のしようがない。オルランドのような凄腕の戦士でも刃が届かなければ意味がないのだから。流石にいくら竜が頑丈と言っても、パベルの矢に耐えうる翼を持つとは想像しづらいが――

 

 ドスン、という音がしてパベルは思考の海から意識を戻す。音のした方を見れば、オルランドが城壁の外にいた。おそらく飛び降りたのだろう。ゆっくりと立ち上がる。

 

「おいおい、突然やって来て『用事が済んだから帰ります』はねえだろう!」

 

 パベルが悩んでいる時間はほんの二三秒だったが、オルランドは考える前に行動してしまったといったところか。その行動力に呆れつつも、部下たちにオルランドの支援を指示する。砦にいる全員がオルランドの一挙一動に固唾を飲む。

 

 亜人の一行はぴたりと足を止め、両手に剣を抜いたオルランドに振り返る。

 

「いや、だって、『早急に立ち去れ』とか言われちゃったし……。親父からも一回帰って来いって……」

 

 白衣の男は若干困ったような口調で告げる。先程の取り繕ったような喋り方ではないため、素のようだ。どうやら本気で帰るつもりだったらしい。というか、オルランドの言動にかなり困惑しているようだ。

 

「……しゅこー、しゅこー。何だよ、引き留めやがって。殺す気なら無言で背後から狙えばいいだろうが。そうしてくれた方が、こっちも遠慮なくやれるんだけどさ」

「生憎、俺はそういうことができねえ男でね。それより、おまえ()()()()()?」

 

 オルランドが右手に持った剣の切っ先を白衣の男に向けて言う。

 

 それはパベルも思っていたことだ。最大の脅威は巨大な竜であり、それを従わせる少女、天使のような少女、謎の羽毛玉といった面子の中では最も目立たないが、あの白衣は強い。理屈ではなく何百という亜人を射殺してきた戦士の勘である。

 

「ん。何言ってんだ。俺は弱いよ」

 

 肩を竦めて白衣は否定する。短い言葉であったが、そこには自嘲があり自虐があった。しかし同時に自負も感じられた。

 

「少なくとも、同じ階級の連中と比べたら最弱だぜ」

「はっ! おまえで最弱ならその連中はどんだけ強いんだろうな! まあ、俺が言いたいのはだ。――帰る前に俺と戦っていけよ!」

「ん? 一騎打ちのお誘いってことか。いいよ」

 

 先程までの言動から断るかと思ったが、白衣はすんなりと承諾する。ぐるぐると両肩を回しながら、拍子抜けしたオルランドに歩み寄っていく。

 

「意外だな。おまえみたいなタイプは一回断るかと思ったが」

「よく言われるんだが、意外と血の気は多くてね。せっかくだから、俺が勝ったら、おまえを親父のところに連れて行くぞ。先に喧嘩を売ったのはそっちだ」

「やってみろ!」

 

 

 

 

 

 

 三十分後、ホシゾラ立体農場第六階層『住居』領域『応接室』。

 

「で、連れて来たわけか」

「ダメだったか?」

「初手で大勢の目の前で捕虜確保はちょっとなー。分かってやっただろ」

「うん。てへぺろ。しゅこー、しゅこー」

「このバカ息子☆」

「ぐへー」

「…………なあ、あんたら一体何なんだ?」

 

 つい先程目を覚ましてこの部屋に連れて来られたばかりのオルランドからの質問に、ジュウにチョークスリーパーをかけているパレットは答えた。

 

「ああ、大変申し訳ありません。お客様の前で失礼でしたね。私は――」

「無理に丁寧な対応をしてもらわなくてもいいんだぜ? 俺は戦って負けてここにいるんだから捕虜みたいなもんだからな。逆に気遣ってもらう方がむかつくってもんだ」

 

 それこそ、オルランドの方が無礼千万な話し方ではあったが、パレットは気にせず、咳ばらいを一つした。

 

「俺の名前は、パレット。ラグナロク農業組合ギルド長にして最後のひとり。そして、このホシゾラ立体農場の、えーと、代表取締役ってところかな」

「俺はオルランド・カンパーノだ。……なあ、あんたがここじゃ一番強いってことか?」

「少なくとも、貴方の視界にいる中では」

 

 オルランドは沈黙する。そして、周囲を観察する。猪突猛進を絵に描いたようなオルランドにしては珍しく色々と考えていた。考えるしかなかったとも言う。

 

 それほど大きくはない部屋だ。他の特徴としては窓がない。部屋にある机や長椅子、絨毯、花瓶に至るまでありとあらゆる家具がその手の知識に興味もないオルランドでも分かるほどに高級品であることは分かる。棚に置いてある小物ですらオルランドの武器よりも価値がありそうだ。そこらの貴族どころか王族の屋敷さえ上回るのではないだろうか。

 

 室内にはオルランド以外は三人。

 

 オルランドをぶちのめしてここまで連れてきた男ジュウ。頭部か被り物か分からなかったが、どうやら被り物だったようだ。相変わらずつけたままだが。

 

 次に、先程名乗ったパレットという男。ジュウの父親らしいが、それにしては若く見える。ジュウの素顔を見ていないので確かなことは言えないが、親子という年齢差があるとは思えない。下手をすればオルランドより年下だ。贅の限りを尽くしたようなローブを着ているが、腰には剣――鞘に収まっている状態でもかなりの上物だと理解できるほどの一品――を佩いている。おそらくは剣士か、魔法剣士。

 

 最後のひとりは、オルランドをこの部屋に案内した独特な衣装を着た少女だった。そこらの貴族令嬢が裸足で逃げ出すような美少女である。城壁に現れた竜を連れていた少女とも翼と輪のあった少女とも違う。手にはこれまたオルランドの知らない弦楽器。彼女は扉近くの壁に寄りかかり、考え事でもしているのかじっと宙を見つめていた。

 

「なあ、俺をどうするつもりだ?」

 

 パレットは面倒臭そうに頭をかく。本当に困ったような顔をしていた。

 

「本当はこのまま帰ってもらってもいいけど、気絶させて連れて来てそのまま帰すのも悪い。軽く世間話に付き合ってくださいな。あ、お腹減ってます? ご馳走しますよ」

「……ああ、せっかくだから頂くぜ」

「ではそのように。ポッポ、そういうわけでお客様に食事を。あ、何か食べたいものあります?」

「任せるよ。何か注文つけられる立場じゃねえからな」

 

 毒入りの食事を出す気ならばこのような対応は最初からしていない。それに、これだけ贅沢な調度品を持っている者たちだ。それなり以上のものを食べさせてくれるだろう。強者と戦って自分が強くなることにしか興味がないオルランドではあるが、食欲に関してはまた別の話だ。兵士用の腹を満たすためだけの食事以外のものもたまには食べたいものだ。

 

 楽器持ちの少女が退室すると同時に、オルランドは気になっていたことを訊ねることにした。

 

「なあ、俺はどう負けた後、どうなった?」

 

 覚えていないわけではない。確認のためだ。

 

 謎の建造物の方角からやってきた謎の(おそらく亜人の)一行。実際に建造物の所属だと名乗り、将軍と少しの会話をして帰ろうとした。オルランドが城壁から飛び降りて戦うことにしたのは、勿体ない気がしたからだ。正直、自分がしくじれば竜によって兵士が殺戮されるかもしれない、なんて考えはなかった。だからこその一騎打ちの申し込みだった。

 

 思い出すのはあまりにも明確な敗北。

 

 オルランドは両手に剣を持ち、ジュウに斬りかかった。オルランドはジュウが強者であることは体幹や殺気に微動だにしていないことで分かっていたが、どのような戦い方をするかまでは見抜けていなかった。だからこそ、初撃は様子見の回避されることを前提の攻撃だった。

 

 だが、ジュウは避けなかった。オルランドに斬りつけられて流血した。最初は自分の見込み違いかと思った。しかし、直撃したにも関わらず全く手応えのないことがそれを否定した。そして、ジュウの口から失望とともに放たれた一言。

 

 ――この程度か。残念だ。

 

 わざと受けたのだ。聖王国九色に数えられる自分の攻撃を、たとえ本気ではなかったとはいえ「この程度」だと断じたのだ。

 

 その発言を撤回させてやると刃を振るったが、剣を素手で受け止められた。最初の一撃とは違い、自分の実力を示すための本気を込めた刃が、五本の指だけで止められた。一応、ジュウの手には防具がつけてあったが、金属どころか布でできたものであり、それ自体に防御力があるようには見えなかった。

 

 あまりの次元の違いに笑ってしまうところだった。頭が現実についていけないうちに、一撃をもらった。否、身体中に痛みが走ったため、本当は一瞬で数発受けたのかもしれない。とにかく、格が違った。その格の違いを頭や身体で理解する前に意識が堕ちた。

 

 気が付いたらベッドの上で、この部屋に案内されて今に至る。

 

 オルランドの質問にはジュウが答えた。

 

「アンタを気絶させた後のことか? アンタを夜刀丸に乗せて帰ろうとしたんだけど」

「やとまる?」

「黒い竜がいただろう? あの子の名前だ」

 

 竜をあの子呼ばわりとは。幼少期からこの連中が世話を見ていると考えて良いのだろうか。マジックアイテムで支配している可能性は低いかもしれない。

 

「で、帰ろうとしたんだけど、矢は飛んでくるわアンタの部下らしき奴らはアンタを奪い返そうと次々城壁から降りてくるで大変だったんだぜ」

「そうかい。そりゃ嬉しいね。あいつらや旦那が俺の身を案じてくれたわけだ」

 

 そうなってくると問題なのは彼らの安否だ。オルランドの考えを察したのか、ジュウは勿体ぶることもなく告げる。

 

「誰も殺してねえし、誰も傷つけてねえ。こっちも誰も怪我してねえ。そのくらいの実力差はある」

「そうはっきり言われるとショックだね」

「あぁ?」

 

 オルランドの軽口に反応したのは、パレットだった。それまで静観していた時とは一変して、目に剣呑な色が宿る。歴戦の戦士であるオルランドをして、震えが止まらなくなるほどだ。

 

「ショックを受けられていることにショックだな。てめえ、俺の息子たちを舐めてんのか? 俺たちとアンタでどんだけレベル差があると思ってんだ。身の程を弁えろ」

「……一応、俺は聖王国じゃ名の通った戦士なんだけどね」

 

 自分より強い戦士がいることは理解しているつもりだった。聖王国内だけでも、パベルだけではなく、聖騎士団の「白」や最高司祭といったオルランドより強い者はいる。他国で言えば、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフや噂で聞く秘密工作部隊の六色聖典。人間以外でも、豪王バザーに圧倒された経験がある。しかし、その認識でもまだ甘かったということか。自分が知っていたのは、小さな井戸だったということか。

 

「そう、それが聞きたかったんだ。ローブル聖王国だっけ? アンタ、国内でどんだけの地位にいるんだ? 社会的な地位と実力的な地位の二つで答えてくれ」

「聖王国九色の一色を先代聖王から戴いた男だよ、俺は。まあ、あんたらには何のことか分からないんだろうけどさ」

「……え、もしかして、この国だと上位九人に入る実力者なのか? その程度で? それとも、九色ってのはそれほど意味がない地位なのか?」

 

 九色には芸術の才能や王家への忠誠心でその称号を与えられた者もいるため、厳密にはその認識は誤りなのだが、オルランドに訂正する気力はない。オルランド自身、聖王国内に限ればその地位にいる自負はあるのだから。こんな怪物相手にしてもしょうがないが、見栄もある。

 

「驚かないでくれよ。本気で凹む。社会的な地位って言うと、聖王国軍の班長だな。下から数えて、訓練兵、兵士、上級兵士、班長、隊長、兵士長……って感じだ」

「ん? 実力者だってさっき言ってなかったか?」

「俺は命令違反や暴力事件の数が多くてね。十回は降格させられた。まあ、俺に命令するなら俺の背を地面につけてからにしろってことだ」

「成程。なら、アンタの地面を背につけた俺の言うことには大人しく従ってもらうぜ」

「別に構わないって言ってんだろ。ああ、でも戦った――なんてとても言えないが――あの時のことで、一つだけ聞きたいことがある」

「何だ?」

「どうしてアンタ、俺の最初の攻撃を受けたんだ? 避けることもできただろうし、二回目の時みたいに素手で防げばよかったじゃないか」

 

 ジュウは首を傾げた。何でそのようなことを質問されたのか心底分からないといった仕草だった。被り物をはがなくてもきょとんとした表情を浮かべていることは明白だ。

 

「折角の一騎打ちだぜ? 一撃目は受けねえと損だろうが」

 

 完敗だ。舐められているわけですらなかった。おそらく自分と同格が相手であっても一撃目は無防備に受けるという姿勢だった。

 

 戦士としてではなく戦闘狂としても負けた。

 

「パレット様、ジュウちゃん、お客様のご飯が届いたのさ」

 

 いつから戻っていたのか、壁際の少女が言う。

 

「サンキュー、ポッポ。さ、飯にしようぜ、カンパーノさん。話は食事をしながらにしよう」

「おう、そうさせてもらうか」

 

 食事の味は、およそ想像を遥かに超える美味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ホシゾラ立体農場第六階層『展望台』領域『メインホール』。

 

 十二天星の内、十人が顔を合わせていた。集まった理由はずばり、先程の出来事についてである。階層守護者相手には各階層守護者の補佐がこの後伝えることになっている。

 

「……というわけっす。質問のある方は挙手を願うっす」

『じゃあ俺から』

 

 挙げる手を持たないため、ドブロクは身体の高度を上げる。

 

『おまえら、何でその人間がジュウを攻撃するのを黙って見てたんだよ。別に反応できない速度だったわけじゃねえんだろう?』

 

 責めるような口調であったが、逆に三人の天使の方が不満そうに反論する。

 

「無茶言わないで欲しいっす」

「そうだよ、ドブさん。一騎打ちだって言っていたからね。あれ、人間たちにじゃなくて私たちに言ったんだと思うし。知っているでしょ? ドクター、軍師の癖に戦闘狂だから。一騎打ちの邪魔なんてしたら冗談抜きで半殺しにされるよ……」

「もふもふ」

「ぶっちゃけ一番問題なのって、先生がパレット様を止めていなかったら、パレット様が同じことをしていた可能性があるところなんだよな」

「止めた本人が実行したのでは本末転倒ですわ」

『そうなんだけどよぉ。だったらそうならないようにするのがおまえらの役目だろうに』

「その場にいないドブさんは何とでも言えるっす!」

「そうだよ。ドクターがあっさり帰るって言ってくれた時、私たちがどれだけ安心したか。それでも不安に思っていたらあの人間が……! これだから人間なんて嫌いなんだ」

 

 苦虫を潰したような顔でミシェルが吐き捨てる。

 

「「この場で確認しておきましょう。皆さん、人間や亜人に対してどのような印象を持っていますか? ちなみに不肖私ことツインカーメン・ジェミニは人間も亜人も善であり悪であると考えています。要は個体差があると言った具合でしょうか」」

 

 ツインカーメンの言葉に、天使たちはあるいは顔を見合わせ、あるいは億劫そうに溜め息を吐き出し、あるいは鮮烈に笑い、あるいは優雅に微笑んだ。

 

 チョーカ・カプリコーンの発言。

 

「人間とかどうでもいいっす。亜人もどうでもいいっす。御方か、あるいは農場の役に立つかどうかっす。害になるなら殺すっす。御方々も『畑泥棒殺して良し』と言っているっす」

 

 続いて、スケア・クロウ・リブラ。

 

「吾輩は人間にも亜人にも良い感情は抱いていないである。積極的に攻撃するほどではないであるが。それこそチョーカではないが、畑泥棒なら殺すだけである」

 

 そして、ドブロク・アクアリウス。

 

『俺ぁ人間も亜人もそれなりに好きだぜ。特に酒好きな種族や酒作りが上手な種族はいいな。信用できる。酒を愛する者に間違いはねえ』

 

 更に、リンカ・レオ。

 

「私は、困っていたら助けてやろうって気はあるかな。ああ、強いて言うなら子どもは好きだぜ。そこの変態とは違って真っ当な意味でな」

 

 ハヤ・サジタリウス。

 

「この私を変態呼ばわりしていることはさておいて、まあ、私も助けを乞われたら助けてあげなくもないですわよ。その者が助けるに値するならば、ですけど。勿論、小さな男の子は種族を問わず大好きですわ!」

 

 ニゲラ・ピスケス。

 

「おいらは人間も亜人も価値がないなら殺すべきだと思うヨ。下等生物なんて肥料にして少しでも農場の役に立てるべきだヨ」

 

 マクラ・アリエス。

 

「もふもっふもふもっふ」

「ごめん、なんて?」

「兄御がいないから解読不可能っす……」

 

 ジャンボマン・タウラス。

 

「人間は良い。実に良い種族だ。何故ならば体毛が少ない。亜人でも毛がないものは良い種族だ。無論、剛毛の種も良いものだ。服を着る習慣がなければもっと良い!」

 

 ミシェル・キャンサー。

 

「嫌い。人間もそうだし亜人も嫌い。この農場の皆以外は、全部嫌い」

 

 この場にいないジャクチョ・スコルピオ、ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴ、ネハン・オフィウクスの答えはそのカルマ値から聞かずとも分かっているため、特にそのあたりについての会話はなかった。

 

「それで、行動指針はどうなってんの?」

「パレット様待ちかな。それまでは各領域で待機でしょ。私たちも大人しくしてよ。あー、今頃人間如きがパレット様と食事をしていると思うと腹が立つ」

『落ち着け。その件で一番キレてんのは長官殿だ』

「うへえ……」



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開拓計画1

「それじゃお送りさせてもらうぜ、カンパーノさん」

「オルランドでいいって言ってんだろ、ジュウの旦那」

「旦那って呼ばれるような歳じゃねえよ」

「そうかい。でも、俺は俺より強い奴には敬意を払いたいんでね。この農場には俺より強い奴はたくさんいるみたいだけど、アンタは特別に思うぜ、旦那」

「だから俺は弱いんだって。二番目に強いグループの中で一番下だ」

「俺がそう思いたいだけだから気にしないでくれ。あ、そうだ。落ち着いたらまたここに来てもいいか? 草むしりでも獣の世話でもするから武者修行させてくれよ」

「あー、日雇いってことでいいのか? 別にいいけど。うちは来る者拒まず、去る者追わずがモットーだから。その辺りの制度の確立、親父にも提案しとくか」

「最後に聞きたいんだけどよ、アンタの種族って何だ?」

「何だよ、気づいてなかったのか? 人間だよ、人間。この農場には五人しかいねえ人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 パレットはホシゾラ立体農場第六階層にある自室にいた。

 

 思えば、この自室に入るのも随分と久しぶりだ。ここ数年はギルド拠点維持費を稼ぐだけのルーチンワークが続いており、費用を稼いで管理施設に放り込んだらすぐにログアウトするような日々が続いていた。そうでなくとも、仲間たちがいた時期もあまり部屋に来ることはなかった。必要がないからだ。休みたいのならば現実世界にログアウトする。メンバーと話すのならばもっと趣向をこらした領域に行けばいい。部屋の内装の自慢など一回で終わる。模様替えも年に一回か二回で十分だった。

 

 現実化したベッドは異様に柔らかかった。天使に抱かれるような寝心地とはこのことだとばかりに。しかし、眠るわけにはいかない。頭の中を整理しなければならない。

 

 城壁の向こう側に広がっているローブル聖王国。周辺にある大きな国家はスレイン法国、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国。評議国の竜王たち。都市国家や竜王国。

 

 プレイヤーらしき存在、六大神、八欲王、十三英雄。

 

 この世界はユグドラシルではない。自分が生きてきた現実世界でもない。しかし、現実として存在する世界だ。どういうわけか、ゲームでの姿と力と拠点もついているが。

 

 食事の後、オルランド・カンパーノには気持ちばかりのお土産を渡し、ジュウに城壁に送り届けさせた。何かあればすぐに連絡が入るようにはなっているが、パレットの中では城壁――ローブル聖王国への警戒度は著しく下がっている。

 

 油断と言えば聞こえは悪いが、余裕ができたのは確かだ。身体と精神にゆとりがある。思考の海に集中できる。

 

 オルランドとの会話は大変有意義なものだった。少なくとも、パレットには意味があるものだった。

 

「ん、何というか、考えるべきことだらけだぜ」

 

 考えることだらけと言うより、考えることしかないと言うべきか。

 

 分からないことが多い。知るべきことが多い。持っていないものが多い。何より問題なのは、自分たちが余所者で、目立ちすぎているということだ。

 

 他にプレイヤーがいるのかどうかも定かではない。

 

 しかも、この世界の基準で言えば自分たちは強いらしい。それも常識では考えられないほどに。

 

「身の振り方を考えないとな。聖王国の傘下に入るか? 亜人たちにも強者はいるが、部族をまとめているだけで、国家を持っている者はいないって話だ。どうせ巻かれるなら長いものがいいわけだが……ん、待てよ。近場で済まそうとするのは早計か。バカが、ちゃんと考えろ。政争にでも巻き込まれたいのか……いや、そのあたりのこともちゃんと考えないといけないか。誰かに権利を保障してもらわないと、ただの不法滞在者だ……ここはどこかの国の持ち物ではないんだっけ? 聖王国がどういう主張をしているのか分からないな……国連とか成立してないっぽいしな。評議国がそれに近いのか? 文明レベルは魔法抜きだと中世っぽいけど、倫理観や社会情勢もそんなレベルなのかな。でも全く同じってわけではないよな。文字通り種族が違う国があるわけだし。人間と食人種じゃ対話は不可能だな……。うちには食人種も人間もいるけど、仲はどうなのかな。仲が悪いのは嫌だな。悪かったら、どうするかな。仲良くしろっていうのは簡単だけど、無能な教師みたいで嫌だな」

 

 ラグナロク農業組合は自分だけなのだ。ここには、自分しかいないのだ。

 

「俺にはここしかないんだ。……ってわけでもないんだろうけどさ。捨てようと思えば簡単に捨てられる、のかもしれない。でも、そうなったらあいつらはどうなる?」

 

 あれほど愛した仲間たちの子らが、データでしなかったNPCたちが生きて、動いている。随分と誰も口にしてくれなかった“パレット”の名前を呼んでくれる。

 

 ジュウだけではない。ソラやネハンだけではない。このホシゾラ立体農場に存在する全ての子らは、友人たちの息子や娘だ。ならば、パレットにとっても家族に等しい。

 

「家族を守るためならば、俺は世界の全てを敵に回す。世界の危機なんざ勇者様がどうにかしてくれ。俺は魔王だ。魔王は勇者を殺して平和を脅かすと相場が決まっている」

 

 ――害虫死すべし。害鳥死すべし。害獣死すべし。畑泥棒、殺して良し!

 

 ラグナロク農業組合の基本理念の一つ。此方が余所者だろうが新参者だろうが関係ない。好きで来たわけではないのだ。世界から理不尽をされたなどと寝言をぬかすつもりはない。しかし、だからこそ、どんな無茶を通してでも守らなければならない。

 

「兄貴。義姉さん。戻ってきてくれとは言わないよ。アンタたちはアンタたちで真っ当に幸せになってくれ。俺は終わると思っていた夢の続きを見て、ヘンテコな幸せをつかんでみせるさ」

 

 これまでの人生の大半は、あの二人で構成されていた。

 

 これからの人生のほとんどを、この農場で築いていこう。

 

「よし、思いついたら吉日だ。《伝言》。ソラ、聞こえるかー?」

『これは、パレット様。どうされましたか?』

「畑だ。畑耕すぞー! ホシゾラ立体農場の周囲一面を開拓して見渡す限りの農作地に作り変えてやろう!」

 

 皆が、帰還の目印にできるくらい広い畑を作るぞ!

 

『畏まりました』

「ん、まるで予想していたかのようなクールな対応だな。ちょっと困惑するわ。もっと、こう、盛り上がってくれてもよくない?」

 

 ひどく寂しい気分になってしまうパレットであった。

 

 

 

 

 

 

 第六階層『会議堂』。

 

「ではこれより、第一回異世界開拓計画会議を開始する!」

「いえーいっす! 拍手っす!」

「ノリノリな対応ありがとう、チョーカ」

 

 簡潔にではあるが心の底から感謝を述べるパレット。先程のソラのリアクションの薄さがまだ響いていた。山椒の粒の如きちっちゃい男である。

 

 チョーカの製作者であるすぱきゅーによく似たリアクションであった。似ているどころかそのままなような気もするが。

 

 スーパーキュートで、すぱきゅー。超可愛いで、チョーカ。

 

 そんなネーミングセンスで分かるようにお調子者なナルシストだった。ギルドメンバーの中では最年少で、ギルドの年長組は皆で可愛がっていた。最年少ではあるが比較的初期からのメンバーであるため、後発組からは「先輩」呼びを強制していた。そんなところも愛されていたが。彼女がもしこの場にいたならば、チョーカをどのように接していただろう。

 

(“見てください、パレット先輩! 私の娘、チョーカワイイです! いやー、名前の通りですね。我ながらナイスネーミングセンス。私と同じくらいカワイイです!”……とか言いそう)

 

 会議に参加できる資格を持つ存在は少ない。

 

 ギルドメンバーはパレットしかおらず、一人だけで会議などできるはずがないので、必然的にNPCの上位者を呼ぶことになる。ソラを含む七人の階層守護者、ネハンを除く十二天星、五穀衆。総勢で二十四人といったところだ。全盛期のギルドメンバーが八十八人いたことを考えれば少し物足りない。

 

 しかも今回は警備の関係で更に少なくなる。第一階層の守護者であるガジュマルや第六階層の守護者である芥山はどうしても人員の配置変更もあるため、場を離れることができないのだという。転移後、パレットが未だに顔を合わせていない五穀衆も同じだ。ガジュマルと五穀衆の代理でポッポが、芥山の代理でツインカーメンが出席しているが。

 

 広範囲の『目』を持つスケアも同じだ。監視網という意味では、彼の右に出るNPCはいない。彼が最も広い第一階層に配置されていないのは、ユグドラシルで設定できるAIの性能では微妙だったからだ。癖の強いビルド構築のNPCなど、ほとんどお遊びのフレーバーなのだ。こうしてゲームが現実化した世界では話が違ってくるが。

 

 十二天星の中では他に、ニゲラとジャクチョとマクラとリンカが不参加になっている。彼らも仕事があるとのことだ。三名に関しては心当たりがあるが、リンカに関しては謎だ。ハヤと顔を合わせたくないだけではあるまい。むしろ彼女の意見が通らないように難癖をつけるべきなのだから。

 

 つまり、現在この場にいるのは十二人である。いずれもう少し参加人数を増やして賑やかな会議にしたいものだ。あまり人数が多くても会議が進まない可能性があるが、ギルドの最盛期はその遅々とした進行を楽しんでいた。

 

「まず、俺たちがユグドラシルではないどこか別の世界に転移してしまったことは各員承知していると思う。そして、仲間たちがいないことも理解してくれていると思う」

 

 重たいほどの沈黙。物理的な重圧さえ感じるほどだ。ユグドラシル時代では、二つの意味で決して有り得なかったものだ。NPCが動くことはなかったし、仲間たちとの間にはこのような空気などなかった。

 

 その沈黙に込められたものを理解した上で、パレットは口を開く。

 

「――畑だ」

 

 口に出した以上は後戻りはできない。するつもりは毛頭ないが。

 

「畑を作る。この周囲一帯を俺たちの新しい畑にする。異論があるものは挙手しろ」

 

 農業を含めた第一産業。それこそが、ユグドラシルという世界を堪能するためにラグナロク農業組合が選んだ道だ。絶対的にして根源的な行動理念。いと尊いギルドの原点。

 

 手は上がらないかと思われたが、ひとりだけ手を挙げる者がいた。第一階層守護者補佐のポッポだ。

 

「お言葉ですが、パレット様。その意見には賛成しかねるのさ」

「……え? マジで」

 

 素で聞き返すパレットだが、本気で驚いていた。この意見に関しては反対意見など出ないと確信していたからだ。この会議は畑を作る是非ではなく、どのようにして畑を作るかを決めるための会議だと思っていたくらいだ。

 

「理由を聞かせてもらえるか、ポッポ」

 

 精一杯感情を出さないように我慢しながら問うと、ポッポは鷹揚に頷いた。

 

「勿論なのさ。先に言っておきますけど、これは私の意見ではなく、マイの意見なのさ」

「マイって、五穀衆の?」

 

 五穀衆。

 

 五穀にちなんだ五人のNPCたちの総称だ。全員が第一階層の領域守護者であり、各領域内の権限は階層守護者のガジュマルに並ぶ。また、彼ら自身も独自の権限で動かせる部下を持っており、かなり特殊なNPCだ。

 

 ポッポが挙げた米組マイを始めとして、麦組コムギ、粟組アワワ、豆組ナッツ、黍組キビタロウによって構成されている。

 

 マイは五穀衆の筆頭でもあり、彼女が守護する『水田』は一つの領域としてはホシゾラ立体農場最大の広さを誇る。ちなみに、二番目は僅差で『麦畑』である。

 

 現在最も忙しい階層は第一階層であるため、ガジュマルだけではなく五穀衆全員がいないのは当然であるが、どうやら彼らは自分の意思をポッポに託していたようだ。

 

「マイは言っていたのさ。『もしもパレット様が畑を作ろうと言い出したら反対してくれ』と」

「その心は?」

「『畑より田んぼを作るべきだ!』らしいのさ」

「良かった……。農場周辺の開拓に反対なわけじゃないのか」

 

 反対意見にどきまぎしていただけに、反動で一気に安堵するパレット。

 

 五穀衆・米組マイ。ギルド一の白米至上主義である秋田小町のNPCだ。「銀シャリこそがこの世で最もおいしい食べ物」と断言していた。その情熱をマイも受け継いでいるということだろう。

 

 つまり、麦組のコムギも同じ可能性がある。パンこそ神の食べ物だと主張して止まなかった。豆組のナッツはともかく、粟組のアワワと黍組のキビタロウはそれほどないと思う。彼らの創造主は粟も黍もどういう食べ物なのかちゃんと知らなかったはずだ。食べたことがあるかさえ怪しい。

 

 パレットは現実世界では食事には金を使うタイプだったが、特別な時に奮発するだけだ。それ以外の普段の食事は液体飲料やサプリで済ませていた。あの世界においては珍しいことではなく普通のことだった。所謂ちゃんとした料理など、最後に食べたのはいつ以来か。

 

「ちなみに、五穀衆を始めとして第一階層の皆からは似たようなことばかり言われているのさ。パレット様、どうするのか? 一般のNPCや普通の領域守護者たちはそうでもないけど、五穀衆はあれで頑固だから自分の希望が通らないと働かないのさ」

 

 働かないと言われた。はっきりと、働かないと。機嫌を悪くする、ストライキをするなどではなく、働かないと。

 

 しかし、主食となる米や麦の栽培は必須事項だ。穀物は消費しやすく、保存に適していて、飼料にもなる。どれだけ増やしても困るということはない。ならば、彼らの意見を採用することは悪いことではない。パレットとしてはトマトやナスなどの野菜もちゃんと育てて欲しいところだが。貧しい土地で育つ作物と言えばジャガイモが思い浮かぶが、あれは地面の栄養を吸い過ぎるという欠点がある。

 

 第一階層にどんなNPCがいたか朧気な部分も大きいが、トマト担当やナス担当、ジャガイモ担当のNPCはいたはずだ。トマト畑やナス畑があったはずだから。そのあたりの制作について、パレットは誰よりも労力を割いたため覚えている。ギルド長であると同時に、ギルドで最も絵が上手だったからだ。

 

「うーん、そういうことなら、どうせだから全部作ろうぜ。幸いにして半径三十キロが未開発な土地なんだ。いくらでも耕せるだろ?」

 

 それを聞いて、ポッポの顔が明るくなる。見れば彼女だけではなくその場にいたほぼ全てのNPCの顔色も良くなる。空気が良くなることが肌で分かった。

 

「わーお、頭の悪いお言葉ありがとうなのさ、パレット様。その言葉を待っていたのさ! 貴方様なら確実に言ってくれると信じていたのさ」

「はっはーん? ジュウだけかと思ったけど、さてはおまえら全員、俺の扱いが雑だな?」

 

 あの忠義の誓いは何だったのだろうか。神社の初詣の賽銭を入れた時だけ信心深くなるやつと同じだろうか。

 

 しかし、この雑な感じが仲間たちを思い出して居心地が良いのは事実だ。

 

 ラグナロク農業組合はまだ終わっていない。ここにあるのだ。

 

 俺たちはここにいる。

 

「扱いが悪いだぁ? 親父。被害妄想も甚だしいぞ」

「そうですよ、パレット様。烏滸がましい」

「くだらないことに時間を割いてないで、さっさと会議を続けていただけますかな?」

「悪魔だって悲しかったら涙を流すんだからな?」

 

 この忠実なるシモベたちはしんみりもさせてくれないらしい。

 

 それから、悪魔になっても辛いものは辛いようだ。他人との距離感など、兄と義姉以外は気にしたことがなかったはずだが。

 

 いや、あるにはあった。それこそ、ギルドメンバーとの仲だ。このユグドラシルだけが、家族以外の唯一の例外だったのだ。

 

 使い捨ての人間関係のはずだった。使い切るべき人間関係のはずだった。自分以外はそうしたはずだ。自分だけがそうできなかった。おかしいのはパレットで、みっともないのもパレットだけだ。百人が百人ともそう答えるはずだ。

 

 ユグドラシルというゲームを去っていた。ラグナロク農業組合で過ごした時間を忘れていた。ホシゾラ立体農場の思い出を捨てた。パレットという友人を、切り捨てた。

 

 ならば、ここにいる『俺』は誰だ?

 

「馬鹿なこと言ってねえでさっさと進めろよ、親父」

「ん、了解」

 

 考えても仕方がない。あの天才肌の兄とは違って、自分はあまり頭がよろしくない。ならば、考えるだけ時間とカロリーの無駄だ。答えなど簡単には見つからないし、見つかったところで意味はない。ならば、この思考に価値はないのだ。

 

 いま自分がするべきことは、NPCと農場を守ること。そして、農場を広げておくことだ。

 

 皆が帰ってきたとき、あるいは他のプレイヤーがやってきた時、自分の積み重ねたものを自慢するために。捨てることも忘れることもできなかったものを、ちゃんと愛するために。

 

「ごほん。田か畑か、何を植えるかも重要ではあるが、まずはこのあたりの土壌の調査だよな。群生している植物や水源の調査は基本だろう。気候風土はどうなってんのかねえ? 米作りなら雨が多い地域だといいんだけど」

 

 パレットの日本人の本能が、マイの要望通りに水田を作れと言っているような気がしないでもない。

 

 しかし、水田を一から作ろうとなればかなりの重労働である。魔法があってもそれは変わりない。

 

 日本人は古来より米文化であるが、これは日本が米を作り易い立地が揃っていたことが大きい。当然の話と言えば当然の話だが。

 

 水田を作るとなれば一番の問題は水だ。水源自体は魔法やマジックアイテムでいくらでも都合できるが、ここで考えるべきはむしろ排水の方である。魔法の存在――特に創造系魔法は質量保存の法則を否定しているが、作ることより壊すことの影響の方が大きいと考えるべきだろう。

 

 天候を自在に操る魔法があるため、雨や晴れの割合をコントロールすることは容易なのだが、天候を人為的に弄った場合、周囲の天候にどのような影響を及ぼすかは考えるべきだ。自然を人間の都合が良いように操ろうとした結果が、パレットの知る現実世界の末路なのだから。

 

 あの世界はもう終わっている。この世界の人間は他種族との闘争の果てに滅ぶ可能性が高そうだが、あの世界の人間は自殺に近い形で滅ぶ。星を食い荒らそうとすれば、星から見捨てられる。当然のことだろう。人類は自分たちの愚かさに気づきながらも目を逸らし続け、滅びの日を迎えることになる。

 

 別に、これは特別な話ではない。規模が星というだけで、生物の歴史ではよくあることだ。身の程を弁えず環境を変えてしまったせいで滅んだ生物は、人間だけではないのだ。過去に絶滅した生物の何割かは、暴食の果てに環境を破壊し、自滅に近い形で滅んでいる。繁殖し過ぎて食料が足りず、結果的に滅ぶなんて有り触れた話なのだ。

 

 そうなるのは御免だ。

 

 まして自分たちは外来種。在来種との生存競争は必然であるが、だからこそ自然環境には配慮しなければならない。土地開発は慎重かつ丁寧にしなければならないのだ。正直面倒臭いが、そういう手間を楽しむだけの余裕はあるわけなのだから。

 

「向こう一ヶ月は調査に使った方がいいのかな。聖王国だけじゃなくて周囲に亜人もいるんだろう? 上手に共存しようとは言わないが、できるだけ喧嘩のないように共生したいものだ」

 

 必要とあれば暴力も賄賂も用意しよう。ラグナロク農業組合らしからぬ行動ではあるが、文字通りの意味で世界が変わったのだ。その程度の行動の変化は許されて然るべきだろう。

 

「それがよろしいかと」

「周囲の木の伐採等も控えた方がいいですね」

「じゃあ雑木林でも作りますか?」

 

 雑木林。確か、広葉樹で構成された人工林のことだ。薪などに使用する木材の生産場という面があり、古い時代の人の生活を支えていた場でもあったそうだ。

 

「その前に周辺の植生を調査しねえとな。育てる植物の選定は必要だろ」

「希少種がいたら保護しないとねー」

 

 希少種という言葉に目ざとく反応したのはジュウだ。

 

「珍しい魔獣がいたら『獣舎』に回せ。俺が調べる。しゅこー、しゅこー。最低でも同じ種族が十体は欲しいところだ。一体は剥製、一体はホルマリン漬け、一体は骨格標本、一体は解剖用……ああ、これは雄雌で一体ずつやりたいところだな。いや、幼体と成体の比較もしたいから更に二体ずつか。ああ、それから実験用と繁殖用もいるから……」

「ジュウちゃん、マッドなところが出てきているのさ」

 

 その言葉に、パレットはジュウに与えた設定の一つを思い出す。

 

 魔獣マニアにしてマッドサイエンティスト。しかしながら、その性癖に愛はなく慈悲はない。彼が魔獣に持つ感情はあくまでも知識欲であって愛情ではない。骨の髄まで研究者。

 

 自分に似ている部分が多いとは思っていたが、そういうところはむしろ設定の通りの人格のようだ。

 

「生態調査もいいけどさ、カワイイのがいたら欲しいな。あ、そうだ。スピアニードルみたいなのがいたらちょうだい」

「既知の種族でも一応は調べた方がいいんだがな。俺たちが知っているスピアニードルとは全く違う生態をしている可能性だってあるんだ」

 

 現実世界においても、似たような姿をしていても全く違う動物というものはあったらしい。オーストラリアにいた固有種のフクロモモンガは、名前の元ネタであるモモンガと同じ姿をしていても、生物学的には全く違う生物だったそうだ。

 

「それこそ、聖王国にいた人間がユグドラシルの人間と同じ生物と言っていいかは分からないんだぜ? 見た目や機能が同じだけで、厳密には違う生物かもしれない」

 

 それを言うならば、パレットの生まれ育ったあの現実世界の人間とは違うだろう。オルランド・カンパーノから得た情報を考えるに、あの世界の人間とこの世界の人間はきっと違う生物なのだ。

 

 だって、この世界の人間は魔法を使える。しかし、あの世界の人間は使えなかった。使えなかったはずだ。仮にあの世界の人間がこの世界に来ても覇を唱えることができたかは微妙なところだ。文明レベルはあちらの方が高いようだが、基礎的な生物としての機能の差は埋めがたい。逆に、この世界の人間があの世界に行けばあっという間にあの世界の人間を淘汰してしまうだろう。

 

 弱肉強食。強い方が正しいのだ。弱い方が悪いのだ。どんな世界でもそういう風にできている。優しさで世界を救えるような主人公はどこにもいない。いたとしても、それはパレットではない。

 

「……皆、最初に言っておこう」

 

 話し合いに熱中していたNPCであったが、パレットがそういうと一斉に口を閉じ、此方に注目してきた。話の腰を折られた不快感らしきものは見えていないが、視線に込められた重い感情には気が滅入る。

 

 それでもパレットは言う。

 

「畑泥棒殺して良し、だ。此方からは仕掛けることは厳禁だが、喧嘩を売られた時には言い値の倍にして買ってやれ」

 

 草食動物の一部は同じ地域の肉食動物よりも凶暴だという。その理由は、凶暴さこそが防御力だからだ。割に合わない痛みを味わわせることで、戦いを起こさせない。奪われないために、殺されないために、殺し返すほどの暴力を示すのだ。

 

 ――報復は絶対だ。

 

「この世界で明確に『最初の敵』になった連中は徹底的に潰せ」

 

 俺たちはずっとそうしてきたのだから。



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開拓計画2

 リ・エスティーゼ王国の帝国側にある都市エ・ランテル近郊の開拓村の一つに、カルネ村という名前の村がある。

 

 昨日まで貧しい暮らしなりに平和だったこの村は、つい数刻前まで悲鳴と恐怖に満ちていた。

 

 突如として出現した帝国兵――正体はそれに偽装したスレイン法国の秘密工作員――によって、村人たちが虐殺されたからだ。

 

 虐殺が止まったのは村人が全滅したからではなく、旅の魔法詠唱者によって兵士たちが退治されたからだ。

 

 魔法詠唱者は、自らをアインズ・ウール・ゴウンと名乗った。

 

 全身の露出をローブと仮面などの装備で隠し、肌どころか目さえ完全に隠した如何にも怪しい男である。しかしいくら怪しい男でも村人にとっては命の恩人であるため、顔を見せてくれとも言えない状況だった。

 

 

 実は、アインズ・ウール・ゴウンなる男の正体は、アンデッドである。

 

 

 皮も肉も一切ない、骨だけの身体だ。普通の人間に見せられるわけがない。具体的な種族は、オーバーロード。ぱっと見はスケルトンと変わらないのだが、能力は段違いだ。魔法を使う系統のアンデッドの中では最高峰の種族である。オーバーロードより遥かに格下のエルダーリッチすら見たことがない村人相手には、刺激が強すぎるため、アインズの対応は正しいと言えた。

 

 更に言えば、アインズはこの世界に元からいた存在ではない。

 

 数日前に「ユグドラシル」という世界から謎の転移によって、この世界にやって来た異邦人だった。

 

 彼だけではなく、彼がいた「ナザリック地下大墳墓」というギルド拠点やそこにいたNPCと呼ばれるシモベだちも一緒だ。

 

 ちなみに、アインズ・ウール・ゴウンというのは本来彼の名前ではなく、彼のいた組織――ギルドの名前であり、彼と彼の仲間を含めた四十一人の名前なのだ。このアンデッドの本当の名前はモモンガという。四十一人の最後のひとりである彼は、新天地とも言うべきこの世界で、自分の名前ではなく、自分たちの名前を使うことを決めた。この世界にいるかもしれない仲間や同類に伝わるように。かつてはユグドラシルに知らない者はいなかったこの名の威光を取り戻すために。

 

「それにしても、農民、か」

 

 帝国兵らしき者たちに襲撃された村の有様を見て、アインズはふとある集団のことを思い出す。

 

 農民を騙りながら、下手な戦闘系ギルドよりも攻撃的だったあの連中のことを。

 

 ギルド「ラグナロク農業組合」。

 

 アインズ・ウール・ゴウンがギルドランキング第九位にいた時期、十一位から二十位をウロウロしていたギルドだった。

 

 モモンガやギルド「アインズ・ウール・ゴウン」として関わったことはほとんどなかったため、覚えていることは少ない。ギルド長は天使でワールドチャンピオンのライフ・イズ・パンダフル……いや、悪魔で魔法剣士のパレットだったか。

 

 基本方針は、畑泥棒殺して良し。

 

 ギルド拠点「ホシゾラ立体農場」への侵入者は殺す。ギルドメンバーがPKされたら犯人を見つけ出して殺す。狙っていた素材やアイテムを横取りされたら必ず殺す。相手がワールドチャンピオンだろうが上位ギルドの所属だろうが殺す。必ず殺す。殺し尽くす。滅ぼす。殺意の権化にして敵意の化身。血に飢えていた草食動物。それでいて妙に引き際を心得ていた。敵が多かったアインズ・ウール・ゴウンに対して、敵も味方も多いギルド。

 

 生産系ギルドの皮を被った戦闘狂の集まり、というのがアインズの記憶にあるラグナロク農業組合だ。基本的にやられたらやり返すスタイルであり、自分たちからは大きな戦いを仕掛けることはなかったため、蝗の群れというよりは蜂の巣という評価が正しい。

 

 ペロロンチーノやぶくぶく茶釜はギルド拠点に何度か遊びに行っていたはずだ。ついて行ったことはないため、どのメンバーとどういう風に仲が良かったのかは知らない。聞いたことはあるのかもしれないが、記憶には残っていない。農場の中がどのようになっているのかも同じだ。

 

 仲間たちが残してくれた他ギルドの記録は残っているため、それらの資料を漁ればある程度の情報はあるはずだ。しかし、他にやることがある以上、優先的にやるべきことではない。他のギルドについて復習するならむしろ自分たちと同格だった上位10位ギルドについて思い出すべきだ。

 

 ギルド長だったと思うプレイヤー、パレットの人格もよく知らない。あるいは、覚えていない。あの姉弟との他愛もない会話であったような気もするし、他ギルドの分析をやっていた頭脳担当たちが何か評価していたような気もするが、如何せん、どちらも何年も前の話だ。こうしてあのギルドの存在を思い出せただけでも奇跡に等しい。こうして思い出したことさえ一時間後には忘れてしまいそうなほど、興味のない存在だ。

 

 無論、あのギルドがこちらの世界に来てたらまた話は違ってくる。

 

 あまり敵に回したくないギルドの一つであることは間違いない。味方にしたいかと言われたら、微妙なラインなのが困ったところなのだが。しかし、ユグドラシルにいたギルドは大体そんな感じだ。

 

 仲間、それこそ交流のあったペロロンチーノたちがいれば、話は違うのだろう。しかし、今は自分しかいない。

 

 ナザリック地下大墳墓には自分しかいないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ホシゾラ立体農場には自分しかいないという認識が転移してからいつまでも頭にあるパレットではあったが、この数日の間にNPCたちへの印象が変化したことは間違いない。

 

 初対面の顔見知りから、信頼すべき仲間へと変わる。

 

「パレット様。此方、ナッツ様がご提案されている農場外の発酵蔵の建設予定図になります」

 

 現在、パレットは第六階層の自室にいる。大企業の社長か貴族が使うような立派な机の上には、山のような書類が積まれている。

 

 NPCたちが調査してくれた情報や開拓計画に関する提案、実験結果の報告などが書かれた書類を眺める日々である。ほとんど流し読みでおおまかな情報を掴むだけにしている。如何せん、脳みその出来がそれほど良いわけではないのだ。丁寧に読み上げていたら増えるペースに追い付かない。

 

 パレットの自室には現在、守護者統括のソラと十二天星リーダーのハヤに、手伝いとしてメイドが五人ほどいた。

 

 ちなみに、ホシゾラ立体農場のメイドはギルドメンバーに合わせて総勢八十八名にも及ぶ。これはメイド好きなメンバーが多かったためだ。八人が十一人ずつ作った。種族は様々で、人間、人魚、獣人、植物系、悪魔、ハーピーなど多種多様だ。

 

 そして、八十八人のうち五十九人はパレットが外装を作った。提案書を見た時、おまえら数だけ作ればいいもんじゃねえぞ、と本気でキレた。パレット自身もメイドマニアでなければ最後までやれなかっただろう。

 

 美しい外見のメイドも多いが、如何にも異形といった外見のメイドが大半だ。性癖が屈折した者が多かったというより、色んな性癖を曝け出したといった具合だった。人物画は美人よりもブスの方が面倒臭いと言うが、それは異形においても同じだ。肌が青黒くて首や手足が関節一つ分長くて目が七つあって顔が獣の悪魔娘を頼まれた時は筆が止まった。

 

 ヴァイン・デスのメイドが差し出してきた書類を手に取り、パレットはその書類に目を通す。

 

「ん。許可出したの昨日なのにもうできたのか。転移するより前から考えてたのかもな」

 

 一部のNPCの脳みそが自分よりも立派であることは認めざるを得ない現実のようだが、ここまで具体的な図面を一日でよこすのは無理だろう。五穀衆豆組のナッツにはそこまで賢い印象はない。

 

「そうかもしれませんね。建築は第四階層の職人がやることになるでしょうが、何人ほど派遣いたしましょうか?」

「ん。すぐには厳しいかもな。確か建造担当の職人は半分くらい出払っているんだったか? 発酵食品の需要が農場での供給で間に合っているからな。緊急性は低いか? 他にも作らないといけないもんが多い、でも発酵食品が色々できたら後々なぁ……」

 

 ナッツが作りたい発酵食品は彼女の担当を考えれば醤油や味噌だろうが、酒やチーズを好むNPCも多い。ユグドラシルの技術や素材に由来しない銘酒が出来れば特産物になる。

 

 酒の名前はそのままラグナロクにしてしまおうか。それともボジョレーヌーボーにあやかってラグナロクヌーボーとでも名付けようか。……北欧神話の用語とフランス語をごっちゃにするのはまずいか。

 

 それこそ酒にでも逃げたい気分だが、耐性があるせいで酔えない。耐性を切ることは可能だが、切ったら最後、もう立ち直れない気がする。

 

 仕事がひと段落したら浴びるように飲んでやると決意したが、いつになったら落ち着くのだろう。

 

「仕方ねえ。他の建築予定と同じように、第四階層の職人の誰かを担当者に任命して、ナッツと相談の上で場所とか素材とかを決めさせておくか」

「では、そのように」

「えっと、バヌは今どこに――」

「パレット様、どうやら、そのバヌがお目通りを求めているようです」

 

 ソラからの言葉に、パレットは思い出す。朝食を取りながら聞かされた、彼の今日の予定を。

 

 異形となり頑丈になったはずの精神と肉体が頭痛を訴えてくるが、無理矢理無視して、バヌの入室を許可する。

 

 メイドの一人が扉を開け、入室してきたのは巨大な赤いバケモノ。ヴォルケーノ・トロールのバヌ。耐性があるためダメージは入らないはずだが、その肉体を見るだけで熱気を感じてしまう。

 

「偉大なる御方、パレット様。第四階層守護者バヌ、只今戻りました」

「……うん」

 

 寛大な言葉で迎えるべきなのだろうが、簡単な相槌しか出てこない。

 

「パレット様にあられましてはご機嫌麗しく思います。本日は晴天であり風も穏やかで、絶好の農耕日和でありますな!」

「…………そうだね」

 

 農耕日和かどうかというのは、おそらく農場所属のNPCにとっては定番の挨拶なのだろう。このところ毎日、あらゆるNPCから聞かされている。ギルドメンバー間でそのような言葉を交わした覚えはないのだが。ユグドラシルの天候など話題になるわけもないし、リアルの天気など仮想現実で口に出したくもない。

 

「あまり御方のお時間を戴くのも申し訳ないので本題に入らせてもらいます」

「………………うん、お願い」

「はっ! 昨日、北にいる小鬼(ゴブリン)の村を制圧いたしました。これでこのホシゾラ立体農場周辺三十キロ圏内にいる亜人全てはラグナロク農業組合の支配下に入ったことになります」

 

 誰がそんなことをやれと言った、俺は敵が出来たら容赦なく潰せと言ったが敵になる前に潰せと言った覚えはないぞ、と叫びたいがやってしまったことは仕方がない。ここで叱責するのは簡単だが、それで部下のやる気を削ぐのは違う。そういうレベルの問題ではないことは承知しているが、これまでの人生でそういうレベルの問題にしか直面してこなかったため、そういう対応しかできない。

 

「………………………………ご苦労様」

 

 そう絞り出すだけでやっとだった。

 

「勿体なきお言葉でございます。なお、教育に関しては先日の洞下人(ケイプン)蛇身人(スネークマン)と同じく長老ガジュマルに任せておきたいと思いますが問題ありませぬか?」

「いいんじゃないかな?」

 

 バヌの本職は鍛冶場の頭領だ。亜人には金属製の武器を扱う種族もいるが、加工を得意とする他種族からもらったり奪ったり拾ったりが多いようであり、鍛冶仕事ができる種族は限られる。

 

 鍛冶に適性がないのならば農作を手広く担当しているガジュマルの方が良い仕事を与えてやれるだろう。ガジュマルはガジュマルで忙しいので、五穀衆の誰かに任せることになるだろう。人手を欲しがっているマイかコムギになる可能性が高い。

 

 命令も許可も出していないのに亜人たちを支配下に置いてくる部下たちには頭が痛いが、ある程度の種族を支配下に置いてしまった時点で、勢力図を広めることは決定事項になってしまった。

 

 領地が増えることは悪いことではないし、喧嘩を売られる前に此方の実力を示しておくことも悪いことではない。労働力も知識も欲しいのだから、メリットの方が大きい。制圧と言っても比較的平和的な方法でやっているようなので不要な敵を増やすこともないだろう。

 

 それでも、厄介な相手が敵になった時はその時の話だが。

 

「いよいよ聖王国にも攻撃を仕掛けますかな?」

 

 何でだよ。

 

 いよいよとは何だ。この世界に来てからまだ三日ほどしか経過していないんだぞ。

 

「やめとけ。丘陵地帯の亜人と違って人間たちは他国との繋がりを持つ。王国だの法国だのが動いたら面倒臭い。まだ水田が実験段階だからな。耕作可能な農地を増やさないとガジュマルたちがうるさい」

「ではそのように。このような些末事に御方のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「いいよ、別に。報告・連絡・相談はちゃんとしてくれた方がいいからな」

 

 可能ならば制圧を始める前にやって欲しかったのだが。

 

「ん。話は変わるけど、第四階層の職人……建造物に詳しい奴をひとり、ナッツのところに派遣してくれないか? あいつの主導で発酵蔵を作ることにしたんだ」

「畏まりました。手の空いているものとなると……レンガとテッコツのどちらにしましょうか?」

 

 素材の話かもしれないが、バヌの言い方から察するにNPCの名前だろう。そもそも発酵蔵の素材に通気性や熱伝導を考えれば鉄骨など論外だ。

 

 こうして指示を出す立場になってつくづく理解させられるが、思った以上にNPCの名前や役職を憶えていない。何割かはパレットが外装を描いたため、それなりに覚えているはずだという自負はあった。全員を覚えているという自信はあるわけもなかったが、予想以下な記憶力だった。

 

 ……もっとも、農場のNPCは優に百体を超えるため、ギルドメンバーと合わせて覚えるにしてもほぼ不可能に近い話なのだが。ユグドラシル時代に完成した瞬間しか見ていないようなNPCも多い。特にメイドたちはシリーズとして見ているため、一体一体の名前など全く覚えていなかった。おかげでNPC同士の会話に聞き耳を立てて盗み聞きをするしかなかった。何と情けない話だ。

 

「レンガにしとこうか」

「はっ!」

「上であんまり指示を出すと現場でやりづらいこともあるだろうから、細かいところは二人で決めるように言っておいてくれ」

 

 現場の苦労は現場にしか分からないものだ。下手に上から言っても反感を買うだけだろう。パレット自身忙しいため、そこまで細かい指示が出せるわけもないのだが。今後経過報告をされても右から左に聞き流す自信がある。

 

「はっ!」

「苦労をかけるな」

「滅相もありません! 代わりと言っては何ですが、亜人たちの教育の件、重ね重ねお願い申し上げます」

「それはガジュマルや五穀衆の方に言ってやってくれ。俺は判子押すので忙しいから何をしてやれるわけでもないんだからな」

「御方の貴重なお時間を戴き、大変ありがとうございました。このご恩に報いるため、更に身を粉にして励ませていただきます」

 

 そんな必要事項の確認と要望を言いに来ただけで畏まられても此方が困るのだが。

 

「ん、そうだ。近隣の亜人は支配下に入ったんだよな? 亜人たちの教育が落ち着いたらだいぶ仕事も減るだろうし、そうなったら一回慰労を兼ねてパーティーでもやるか?」

「素晴らしい!」

「それはよろしいかと!」

 

 バヌとソラが手を合わせて喜んでいると、メイドたちも追従する。

 

「早速階層守護者の皆様にも通達しておきましょう!」

「司会は勿論、ポッポちゃんですよね~」

「ポッポとミシェルとのデュエットはありますよね? サイン色紙用意しとこ」

「貴女たち、気持ちは分かりますけど仕事中」

 

 彼女たちの盛り上がりを見てパレットは微笑む。

 

 こんな風に仕事が楽しいと思ったのは、いつ以来だろうか。

 

「ん、頑張りますかね」

 

 そう言って、パレットは仕事の山と向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ホシゾラ立体農場第三階層『獣舎』。

 

 階層守護者であるジュウは、自室として与えられている『研究室』でバヌから届けられた資料を読んでいた。

 

「――しゅこー、しゅこー。周囲の亜人はほぼ制圧したか。聖王国の城壁を攻めるのは親父から止められたみたいだから、必然的に亜人たちをどんどん支配下に置くことになるか。聖王国近くだけあってこのあたりには住処を追われた弱小種族が小さな村落を作っているだけみたいだからな。少し奥に行けばそれなりに大きな部族の集まりがあるか。流石に都市みたいなのを作れている種族はいねえみたいだが」

「ジュウよぉ、おまえ、ちょっと慎重すぎるんじゃねえか?」

 

 挑発するようなことを言うのは、第二階層守護者のジャックス・ゴールである。

 

 知能で御方の補助をしているソラとジュウ、農作の統括をしているガジュマル、亜人たちの支配を任されたバヌ、生活面の変更で忙しい芥山。

 

 ジャックスともう一人の階層守護者はこの立体農場の警備という栄えある仕事を命じられたものの、侵入者などいないため、非常に暇だった。

 

「阿呆。この世界は我々にとって未知に溢れていることを忘れたか。慎重に越したことはない。ブリキのガラクタに相応しく脳みそは空っぽらしいな」

 

 ジャックスに悪態をつくのはもう一人の暇な守護者、ガンリュウである。

 

「あぁん? やんのかよ、穀潰しが」

「今、おまえも似たような立場だと思うがな」

「うるせえな。俺はおまえと違って水の管理とか魚の養殖とかもあるんだよ」

「部下に丸投げしているくせにか? これだから戦闘しか能がないポンコツは」

「戦闘能力全振りなのはおまえも一緒だろうが!」

 

 仕事がない苛立ちがいつもの言い合いをいつも以上にヒートアップさせているのか。ガンリュウは腰の刀に手をやり、ジャックスもカトラスを抜こうと身構える。

 

 しかしその瞬間、机を叩く音が部屋に響く。

 

「いい加減にしとけよ、おまえら! ぶっ殺すぞ!」

「……悪い」

「……すまん」

 

 友人のガチ切れに、流石の犬猿の仲の二人も頭を下げた。

 

「喧嘩すると分かってて呼んだ俺も俺なんだけどさ、もうちょっと取り繕ってくれよ。あと、今本気で斬り合いしようとしただろ? ここ、俺の部屋なんですけど。壁に傷の一つでもつけていたら、この話はハヤとリンカにでも持っていくからな」

「悪い悪い。で、何なんだよ、その話って」

「二人さえ良ければ親父に提案しようと思ってんだけどよ、遠征やってみないか?」

「「遠征?」」

 

 うわ、こいつとハモってしまった、と思いながら先程のやり取りを思い出し、ぐっと堪えるジャックスとガンリュウ。しかしお互いに向けあう殺気は隠せていないので、ジュウはため息を重ねる。

 

「そろそろバヌを通常業務……第四階層の職人のまとめ役に戻したいと思ってな。そもそも、階層守護者の中で唯一亜人種だって適当な理由で亜人との対話役をあてがわれたからな。別の誰かに代わっても問題ねえだろ」

 

 厳密には、種族以上に分かり易く怪物じみた外見が重視されたのだが、これからする話のためには余分な情報であるため、あえて歪曲する。

 

「ん、先に共通認識として言っておくんだけどさ、俺の親父ってバカでダメ悪魔じゃん?」

「……ジュウ、おまえ何言ってんだよ」

「全くだな」

 

 階層守護者の中でも武闘派の二名が珍しく態度や意見を共通させる。

 

「パレット様がバカなんて皆知っているぞ?」

「御方がダメ人間ならぬダメ悪魔なんてシモベ全員が承知している」

 

 もしもパレットがこの場にいたら夜逃げするレベルの現状がそこにはあった。もしもパレット以外のラグナロク農業組合のメンバーがいれば腹を抱えて笑っただろうが。

 

「勘違いするなよ? 俺だってパレット様が偉大なる御方であることは理解しているんだ。俺の創造主たる一平様の次くらいには。でも、バカなのも間違いない」

「我が神たるリリートン様の次に崇高なる御方であることは明白である。だが、それを差し引いて余りあるほどにダメ悪魔なのだ」

「ん、そこまでは言ってねえからな?」

 

 閑話休題、とジュウは『この話は置いといて』のジェスチャーをして話を戻す。

 

「親父は言った。『最初に喧嘩を売ってきた相手を滅ぼせ』と。しかし、親父はバカだから分かっていない。――――今の俺たちには喧嘩を売られる要素しかないってことに」

「だな」

「新参者だからな」

「滅ぼすのは簡単だけど、そうなると敵が増えるからな。聖王国の人間だけじゃねえよな。敵が増えると戦争になる。戦争になると農作の時間が減る。俺も家畜の世話をする時間や魔獣の研究をする時間が減る」

「俺は戦争は大歓迎だけどな。何せどれだけ奪っても責められないんだから」

「阿呆。平和が一番だろうよ。我らのような者は、暇に限るのだ」

 

 会話にちょっとした隙を見せることを許さない二人を見て、ジュウは今後は絶対にこの二人を相手に話し合いはしないと決意する。

 

「だが、崇高なる御方である親父の言った言葉を否定するわけにはいかない。だから、喧嘩を売られないように力を示す必要がある。同時に、冷徹さを見せてやる必要もある」

 

 別段、喧嘩をしても問題はないのだ。

 

 問題は、その喧嘩の買い方だ。

 

 パレットはきっとトマトやナス一つを盗んだだけで、その種族を滅ぼすまで殺し尽くす。必要以上に残虐に、過剰なほどに徹底的に、執拗なほどに悪魔的に。

 

 それが余計な敵を増やすと理解してもやり抜く。

 

 残虐性が最大の防御だと信じているからだ。それは事実でもあるが、幻想でもある。過ぎた残虐性は防御力どころか他者の結束を強める力になってしまう。

 

「だろうな」

「だからこそ、バヌに亜人たちを制圧させたのだろう?」

「ああ。でも、バヌにやってもらったのは奴隷と実験動物の調達みたいなもんだ。これからは本気で勢力図を広げる。労働力だけじゃなくて権力を手に入れる。二人にはそれをやってもらいたい」

 

 それを聞いて、二人は待っていましたとばかりに頷く。

 

「承知」

「いいぜ! あ、先に聞いておきたんだけど、反抗的な種族に見せしめはやっていいのか?」

「構わないがやり過ぎは厳禁だぞ」

「はいはいっと。四肢切断くらいにしとくよ」

「この人体破壊フェチが……! ジュウ、医者として何か言うことはないのか!」

「ねえよ。ん、強いて言うなら、貴重な種族はあんまり壊すんじゃねえぞ。俺だってやりたいことは山ほどあるんだからな」

「これだからカルマ値が低い連中は……!」

「アンデッドのセリフじゃねえぞ! てか、てめえも高い方じゃねえだろうが!」

「極悪のおまえよりはマシだ!」

「いちいち脱線させてんじゃねえよ、バカども。それで、現時点での目標なんだけどな」

 

 ジュウは珍しくガスマスクを外し、素顔を晒す。意外なことに二人が驚いていると、更に驚きの計画を告げた。

 

「ある程度の亜人を支配下に置いたら、このホシゾラ立体農場を一つの国家にする。元首、国王はもちろん親父だ。あの人――人じゃなくて悪魔――だけど、判子すらも似合わない。親父が筆だけ持って好きな絵を描けるようにしてやるさ」

 

 仲の悪い海賊と武人も、こればかりには心から同意するしかなかった。




アインズから見たパレットや農業組合は「そういえばそんなプレイヤーやギルドいたな」程度の認識

パレットから見たモモンガやアインズ・ウール・ゴウンは「やべえ奴ら」と聞いて最初に思い出すほど。大侵攻には参加しなかったけど第八階層のあれらはネットの映像で見ただけでトラウマ

ナザリック地下大墳墓のNPCは「アインズ様超賢くて超強くて超慈悲深い! マジ端倪すべからず~。そんな偉大な御方に仕えている私たち幸せ者! 永遠の忠誠を誓います!」なのに対し、
ホシゾラ立体農場のNPCは「は~、パレット様って本当にアホなんだから。私たちがいないとダメダメですね! 直接は言わないけど。絵を好きなように描いているだけでいいんで、いつまでも農場にいてくださいね」って感じ。


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開拓計画3

今年のFGO夏イベ、水着ランサーパイセンが配布だってよ!
鬼ランドの年はキャスターばっかり配っていたような気がするけど、今年はランサーの年だな。槍年だな。


 人間たちが丘陵地帯の端に築いた長い壁。

 

 その壁の少し離れた場所に、その『塔』は突如として現れた。大地の果てまで響くような鐘の音とともに。

 

 塔の主人である魔王は、丘陵地帯の亜人にこう告げた。

 

 ――選べ。

 ――服従か、抵抗か。

 ――服従するならば、安全と食料を与えよう。

 ――抵抗するならば、えーと、そうだな。

 ――マジでどうしようかな……。まあ、

 

 

「どうでもいいや」

 

 

 

 

 

 崇高なる八十八人の御方が座すホシゾラ立体農場の朝は早い。

 

 特に第一階層に所属する者たちは早起きだ。流石に転移初日はてんてこ舞いだったが、一週間が経過し、生活も落ち着いた。

 

 ホシゾラ立体農場では、第七階層に所属する十二天星などの例外を除いて、種族問わず休息が義務づけられている。疲労無効であろうと睡眠不要であろうと関係ない。食事も同じだ。

 

 十二天星ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴは天使であるため、睡眠も食事も不要であるが、創造主に与えられた設定に基づき、三食・おやつを食べるし、昼寝もする。

 

 ほぼ全員が飲食不要・睡眠不要・疲労無効な天使で構成されている十二天星の中で睡眠を取るのは、ポッポの他にはマクラ・アリエスとミシェル・キャンサーだけである。他のメンバーは昼寝すら取らない。

 

 逆に、食事は全員が取る。身体的に必要がなくとも精神的に渇望する。同じ天使と言っても、スケア・クロウ・リブラは身体の構造的に食事ができないため、わざわざ変身のアイテムを与えられている。シモベ如きに美味しいものを味わって欲しいという御方々の慈悲には感謝しかない。

 

 そのため、今後の補給や消費の事情が分からない状況下ではあるが、飲食が禁止・制限されていることはない。唯一残られた御方であるパレットの許可はある。むしろ、パレットこそがそのままにしておくように言ったほどだ。慈悲故なのか、単純に先のことを計算していないのかは判断に困るところだ。

 

 夜勤明けのゴーレムやアンデッドたちを横目に、おとめ座の歌姫は第一階層の畑道を歩いていく。

 

 本来であれば、この時間には鐘が鳴っているはずだ。世界一つに匹敵する価値を持つ鐘楼から、朝の六時を知らせる神々しい音が響いているはずなのだ。しかし、現在、農場の屋上に配置されている鐘は鳴らないようになっている。これは聖王国や周辺の亜人への配慮のためだ。

 

 許しがたい屈辱だ。

 

 ジュウが主導して亜人の制圧が進んでおり、国を作る計画が進んでいるが、国の面積は最低でも鐘の音が届く範囲のはずだ。つまり、いずれ聖王国は削る。聖王国全ての土地などいらない。ただし、鐘の音が届く範囲は全てもらう。これはパレット以外の農場に所属する者全ての共通認識と言えた。

 

 周囲を見れば、多種多様な姿の農民――NPCやPOPモンスター、傭兵モンスターが第一階層の田畑の手入れをしているはずなのだが、少しばかりまばらだ。

 

 パレット発案による開拓計画のためだ。現在、ホシゾラ立体農場の外の土地は誰の所有物というわけではないらしい。つまり、未開拓の土地。そこで我らが耕して畑にしてしまおうというわけだ。

 

 もっとも、この計画が農場全体に行き渡った後、パレットの下には開拓計画の提案書が殺到してしまった。畑が増えるのは大前提だが、畑の他にも欲しい施設が色々とあるのだ。

 

 例えば、五穀衆ナッツは前々から発酵蔵を増設して味噌の種類を増やしたいと言っていた。競馬場や人工湖を作って欲しいという案もある。ホシゾラ立体農場は崇高なる御方々の理想を形にした聖地だ。その聖地の有り様に文句や不満などあるはずもない。しかしながら、自分だけの施設を妄想するNPCは決して少なくないのだ。

 

 此度の異変はその妄想を現実に変える絶好の機会であるため、このような事態になった。第四階層の建築職人は忙しく、各施設の打ち合わせは順番待ちの状態だ。そのため、周囲の亜人を支配下にするために動いていたバヌは本来の役職に戻されたほどだ。

 

 周囲の目立つ亜人たちはほぼ支配下に入れたため、これからはやや離れた場所の亜人たちを制圧するための遠征を行う予定だ。ある程度の国民が揃えば、国を名乗る準備を進めることになるだろう。

 

 遠征部隊は二つ創設され、各指揮官は船長ジャックス・ゴールと番長ガンリュウ。仲が悪いことで有名な海賊ロボットと武人吸血鬼だ。必然的に競争になるため、丘陵地帯の統一は早く済むかもしれない。あの二人では敵わない強敵がいたら話は別だが、あの二人は強い。ギルドメンバーには遠く及ばないが、シモベの中ではトップクラスだ。

 

 必ずや御方の希望に沿う結果を出すはずだ。

 

 それに、あの二人が離れて行動するというのは賛成だ。呼吸するように喧嘩を起こすため、セットでいて欲しくない組み合わせなのだ。ジュウならば簡単に収めてくれるのだが、彼以外では難しい。煽り合いで終わればいいが、すぐに真剣な殺し合いを始めてしまう。争いは同レベルの間でしか起こらないというが、その通りだ。あの海賊と武人は理念も性癖も戦闘スタイルも違う癖に、思考回路が似通っているのた。

 

「だーかーらーよ、キビタロウは俺の部隊に入れるって言ってんだろうが!」

「阿呆。貴様のような愚連隊が未来ある若き武人を部下にしようなど恥を知れ。海賊なんぞ悪影響しか与えられんだろうが」

「おまえみたいな変態に預ける方だって心配なんだけどよ!」

 

 だからこんな風に、遠征部隊に取り入れる人材を巡って衝突があるなど、簡単に予想できたことだった。

 

「ポッポさんじゃないですか」

 

 回れ右をしてひっそりと離れたいところだったが、取り合いをされている張本人、五穀衆黍組キビタロウに挨拶をされてしまった。

 

「おはようなのさ、キビタロウ」

「おはようございます。……ぁ、キビを愛するキビタロウ!」

「それって挨拶なのか?」

 

 五穀衆黍組キビタロウ。種族は人喰い大鬼(オーガ)、職業は剣聖。レベル五十六。守護する領域はそのまま「黍畑」。好物はキビ団子と桃。配下のモンスターは猿、鳥、犬系のモンスターに偏っている。普段の農作業時はモンペ姿だが、現在は戦闘装束に身を包んでいた。

 

「ジャックスやガンリュウもおはようなのさ。キビタロウの取り合いなのか?」

 

 口論に集中していたジャックスとガンリュウだったが、ここでポッポに気づく。

 

「おう、ポッポ。朝からこのペドフィリアを視界に入れるとか災難だな」

「突然自己紹介を始めるな。ポッポも困惑しているぞ、ガラクタ」

「あーん? この場にいる変態はおまえだけだと思うんだけどなぁ、異常性癖者。あ、そういえばこいつのストライクゾーンからちょっと離れてて良かったな、ポッポ」

「黙れ。同族と人間種以外は最初からNGだ」

「狭い特殊性癖だな、トラウツボ。そんなんで亜人と上手くやれんのか? 俺たちはただ勝てばいいんじゃねえんだぞ?」

「それは貴様の方だろう、骨董品。おまえがない頭を使ってもどうせ失敗するのだからキビタロウもアワワも我に譲れ」

「このへんの奴らは高くてもレベル三十だぞ? どうやったら失敗なんてできるんだよ」

「その慢心は足をすくわれるぞ? あ、すまない。貴様は片足だったな。三歩歩けば勝手に転ぶか」

「おまえの足も今すぐ切り取ってやろうか!」

 

 偉大なる御方と農場の名において遠征する以上、敗北など許されない。それは大前提だが、今回の場合、指揮官を担当する二人にはもう一つの部隊よりも大きな戦果を挙げるという命題がある。

 

 両名とも創造主を含む御方々から専属のシモベは与えられている。しかし、念には念を入れて戦力を増強していると言ったところか。農場の守護がある以上、与えられた部下を全員連れて行くわけにもいかないし、場合によっては戦闘以前の交渉でどうにかできるパターンもあるのだから。

 

 今回の目的はあくまでも「支配」。報復などの理由があるわけでもなく殺し尽くす意味はない。労働力や情報源として活用するにはできるだけ生かしておく方がいい。

 

 では、誰を自分の部隊に入れるかという話になる。

 

 パレットは論外だ。理由は語るまでもない。

 

 他の階層守護者や十二天星はダメだ。レベル百近い相手がいるならばともかく、レベル三十程度の亜人に引っ張ってこれるほど暇な者は余っていない。二人とも副官は万が一のために担当の階層に留守番させておくつもりだろう。

 

 ……厳密にはネハン・オフィウクスには時間があるのだが、最終手段だ。彼を使わなければならないような状況など有り得ない。

 

 そうなれば、次は必然的に五穀衆に注目することになる。

 

 しかし、筆頭であるマイや次席のコムギは無理だ。現在、開拓計画の中で最も大きな水田と麦畑の開発があり、担当は当然の如くこの二人なのだ。なお、この二人はガジュマルの推薦で制圧した亜人たちの教育係にも任命されている。とても遠征に行く余裕などない。

 

 豆組のナッツは発酵蔵に集中している。それに奴は基本的に引きこもりだ。頼んでも泣きながら断るであろう。

 

 そうなれば、余っているアワワとキビタロウに声がかかるのはあまりにも当然の帰結だった。粟や黍は米や麦に比較すると需要が少ない。

 

「……ポッポ、粟組と黍組以外で暇している連中いねえの?」

「ジャックス、君たちの遠征の重要性は理解しているのさ。でも外の開拓準備が出来上がったから、これから忙しくなるのさ。本当はキビタロウもアワワも連れて行って欲しくないくらいなのさ。人手が余っている階層なんて第二階層と第五階層だけなのさ」

 

 第二階層『貯水池』。七つある階層の中で、第一階層に次いで大きな階層。しかし、その中は水で満ちているというか水しかない。移動手段は水上部分にある浮き島や岩場を足場にするか、船を使うしかない。一応、水中にはテトラポットや網などが張り巡っていて『区切り』はされているのだが、細かい領域は存在しない。所属するシモベは水上戦または水中戦を得意とし、水上戦艦『夢の欠片号』の船員である。

 

 第五階層『倉庫』。七つの階層の中で、第一階層に次いで殺傷能力が高い階層。大小様々な部屋から構成される迷宮であり、初見では必ず迷うと言われるほどである。食糧庫や冷蔵庫、衣装タンス、金庫の役割を持つ領域もある。階層守護者ガンリュウを筆頭に、強力な倉庫番が待ち受ける不可侵の領域だ。罠も強力なものが配置されているため、この階層を突破した侵入者はいない。

 

 遠征部隊にこの二つの階層の守護者が選ばれたのは必然だ。戦力的にも守護者の性能的にも適性があるが、一番の理由は暇だからだ。

 

 農作物を作る第一階層。家畜の世話をする第三階層。生活用品の生産や食料の加工が行われる第四階層。家事全般を担う第六階層。それらと比べると、第五階層は侵入者がいない限りは本気で仕事がない。帳簿をつけるくらいだ。

 

 第二階層も水の管理という重要な仕事があるのだが、そんなに人手が必要な仕事ではない。魚や貝の養殖が行われているが、専門性が高すぎて船長の出る幕はない。

 

 水源を確保する意味でも、遠征は必要になる。雨など天候操作の魔法でいくらでも呼べるが、そこから連鎖的に環境が破壊されるのではないかとパレットは心配しているのだ。御方が憂慮されている以上、それを考えるのがシモベの役目である。

 

「じゃあ何かいいアイデアねえか? 長老にも相談したんだけど、あいつも忙しそうでな」

 

 何せ大所帯の第一階層のトップだ。必然的に受ける連絡や報告も多くなり、日光浴の時間さえ少ないと言う。

 

「ジュウちゃんは?」

「流石にあいつにばっかり頼るのも悪いだろ。……ジュウもだけど、そろそろパレット様のストレスも限界値を超えるかもな。ちょっとピリピリしてんだよ」

「パレット様はストレスがたまりすぎると暴走するからな。そも、あの御方は事務仕事とかあまり好きではないだろうし……。そろそろ派手に発散させないとまずい。突然叫んで全裸で走り出すかもしれん」

「露出狂はジャンボだけで間に合ってんだろ。精々、自分の小指切り落とすくらいじゃねえか?」

「うーむ。周囲の者に斬りかかるよりはマシ、なのか?」

 

 その言葉を誰も否定しないことから、彼らがパレットに抱く印象がうかがえた。

 

「長官様の尻尾でもモフらせたらどうなのか?」

「ダメだ。お手を煩わせるがパレット様から言ってくださらないと。ソラは思いついても提案しないぞ。何故なら奴はヘタれる」

「あいつ、余裕があるように見せて内面は滅茶苦茶ヘタレだからな」

 

 呆れたように吐き出すガンリュウとジャックス。基本的に意見を同じにしないこの二人の見解が共通していると言うことは、およそそれが真実であることを意味していた。

 

「そんな時こそ歌があるのさ。歌はすごいのさ。アスパラベーコンなヘタレ女にも勇気をくれるのさ。聞いてください、リサイクルボトル様作詞作曲『待ちなマリー』」

「今歌ってどうする」

 

 気持ちは分からないでもないが。

 

 パレットに最も近い女性はソラだ。様々な理由から、彼女こそが相応しい。ホシゾラ立体農場に所属するシモベの総意であり、御隠れになって久しいテラ・フォーミングの願いだ。パレットも満更でもないようだ。しかし、問題なのはソラのスタンスだ。命令されればどのようなプレイでもする覚悟はあるようだが、反面で自分からは言い出さない。

 

 パレットは連日の業務で疲れているのだから、それを癒す名目で動くべきなのだ。これだけ外堀が埋まっているのだからソラにはもっと積極的にアプローチをしてもらわなければ困る。

 

 こんな状況だからこそ、分かり易い吉報が欲しい。流石にすぐに御子を授かることはできないだろうが、『そういうこと』が行われているだけでも安心感が違うのだ。

 

 どうあっても燻るのだ。パレットも他のギルドメンバーのように、自分たちを置いていくのではないかという不安と恐怖が。

 

 それはそれとして、扱いは変わらないが。

 

「ライフ・イズ・パンダフル様とテラ・フォーミング様の婚姻にはパレット様が尽力されたそうだが、今も似たような状況なのかもしれん」

 

 ライフ・イズ・パンダフルはパレットとは実の兄弟だと聞く。具体的に何をやったのかは想像するしかないが、お二人の兄弟愛には感動するばかりである。

 

「あー、何だっけ? ライフ様とテラ様に気ぶっているパレット様は最萌? とか何とかどなたかがおっしゃっていたような気がするな」

「御方のお言葉が朧気とは。記憶メモリが摩耗で使い物にならなくなってきたか、ポンコツ」

「悪いな、おまえの知らない記憶でよぉ。自慢になっちまったな。死肉野郎」

「……あの、それで拙者はお二人のどちらについていけばよろしいので?」

 

 キビタロウからの言葉に、ここがどこだか思い出すジャックスとガンリュウ。

 

「そうだったな」

「すっかり忘れていた」

「おい、なのさ」

 

 本末転倒な犬猿に呆れていると、別の方から大きな声が聞こえてきた。

 

「はい注目!」

 

 ハキハキとした女性の声だ。

 

 ポッポだけではなくジャックスもガンリュウもキビタロウも其方を見る。

 

 声の主は少し離れた場所で、木箱の上に立っていた。此方には気づいていないようだ。畑の野菜に向かって何やら叫んでいる。

 

「ホシゾラ立体農場第一階層所属、五穀衆筆頭マイである! 今日からおまえらに御方の偉大さと農場の素晴らしさとお米のおいしさを叩きこんでやるからよろしく! お米万歳!! お米万歳……万歳……違うな。えっと、次は何だったかな?」

 

 途中までは威勢が良かった声は突然失速した。歯切れが悪そうな調子でぶつぶつと呟き、手に持っている紙を見る。

 

「あ、そうだった。復唱せよ、お米万歳! 声が小さいぞ、なめてんのか! お米万歳! もっと腹から声出せや、お米万歳! できるのなら最初からやれ、お米万歳! お米……お米万歳ばっかり言うのも芸がないかな。いやむしろ、白米万歳の方がいいかな? でも玄米も美味しい……」

「何やってるのさ」

 

 突然ポッポから声をかけられて、その女性はびくっと驚く。どうやら全く気付いていなかったらしい。この距離になるまで気づかなかったのは、集中し過ぎではないかと心配になるが。

 

 爬虫類特有の縦に割れた瞳孔が四人を捉える。 

 

「うわ、ポッポか。急に後ろから話しかけてこないで。あ、船長や番長、キビまでいますね。どもども、おはようございます」

「おう、マイ。おはようさん」

 

 ジャックスが呼んだように、この女性の名前はマイ。五穀衆筆頭のリザードマンである。鱗は薄緑色で、どこかぬるっとしている。蜥蜴というより蛙の表皮を思わせた。

 

「何故、発声練習などしていたのだ? 次の祭典では貴様も歌うのか?」

 

 ガンリュウからの質問に、マイは決まりが悪そうに頭をかく。 

 

「えっと、私さ、亜人たちの教育係をすることになったじゃないですか。私が教育した分は私の好きなように使っていいって話なんですね? パレット様から農場の外に大きな田んぼ作っていいって言われたのはいいけど、こんな状況だから人手不足で、亜人の件は渡りに船だったんですけど。いざやるってなると緊張しちゃって練習をしていまして」

 

 この場でやっていた理由は、野菜を亜人たちに見立てていたようだ。手に持っている紙は指導のメモか。

 

「はっ。農場産じゃねえ亜人相手に何で緊張するかね」

「阿呆。貴様と違ってマイは繊細なのだ。それを汲んでアドバイスの一つも言えんのか、単細胞」

「ああん? 亜人どもは力を重視する種族が多いんだから一発ぶん殴ればそれでいんだよ。頭使って言葉で説得しようとするのが時間の無駄だ」

「呼吸するように喧嘩しないでくださいよ」

「マイ。緊張する時は手のひらにヒトデを描いて飲み込むといいのさ。私はいつも歌う前にそうしているのさ」

「ポッポさん、それは何か違います」

 

 実際にやっている以上は効果があるのだろうが、ただのプラシーボ効果だろう。元々そういうものだと言われたらそれまでだが。

 

 マイは自らの腹部をさする。

 

「お腹が痛くなります。船長や番長がこれから連れてきた奴らも私とコムギが教育するんでしょう? 早く田植えがしたいです……」

「流石に教える人数が増えたら教導者も増えるとは思うがな。いや、その場合は部族の代表者にだけ教育して、それを部族全体に広める形になるか?」

「じゃあそれまでに何らかのノウハウを得ないといけませんね。はあ、水田が完成するまでの辛抱ですかね」

「え? 開拓の準備ってできたんじゃないのか?」

「測量と環境調査が終わったばっかりで、まだ整地の段階ですよ。これから邪魔な木を切ったり岩をどかしたりして、地面を耕してですね……。水田もゆくゆくは見渡す限り作りたいですが、まずは試験的に一畝、三十坪くらいです」

「結構のんびりしてんだな」

「これでも急いでいるんですけど。始めての土地開発にしては急ピッチなんですけど」

 

 何せギルドメンバーがあらかじめ作ってくれた農場内を耕した経験しかない。新しく土地を開いて農地にする経験などシモベの誰も持っていないのだ。図書室にある本をひっくり返して、それらしい能力と設定を持つシモベで話し合い、手探りでやっている現状だ。

 

「地道にやるしかないのさ。心配しなくても地面は逃げないのさ」

「季節は逃げていきますけどね。急がないと冬が来てしまいます……! 最悪の場合、田植えが来年に延びてしまう可能性も……! ああ、偉大なる我が創造主にして米の女神、秋田小町様、どうか貴女様のご加護を……」

「……秋田小町様、そんな神格を持っていたのか?」

「知らねえ。初耳だ」

「あの御方なら持っていても不思議ではないがな」

「今度、パレット様にうかがってみましょう」

 

 その後、キビタロウの配属先で揉めていた二人の喧嘩が再開された。ガジュマルが駆けつけ、二人を農場から放り出したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「久々の、というか転移してから初のお休みだー!」

 

 腹の底からそう叫びながら、パレットは自室のベッドにダイブした。

 

 第六階層『住居』にギルドメンバーの部屋はある。ギルド拠点を手に入れた時の人数は七十人ほどだったはずだが、増えることも予想されて部屋数は百作ってある。結局二十三は手付かずの状態で放置してあるが。

 

 初期デザインは中世ヨーロッパ風の貴族の部屋をイメージして作ってある。完全な和風に改造しているメンバーもいるが、パレットの部屋は洋風を貫いている。ただ、額縁に飾ってある世界の名画が部屋の壁を埋め尽くしているのは他のメンバーの部屋にはない趣である。パレットが好きな絵を適当に配置しているため、時代も地域も作者もバラバラで、美術館というよりはホラーハウスのようでさえある。

 

「よし、偉い、偉いぞ、俺! 褒めて、義姉さん! あ、兄貴も義姉さんもいねえんだった! はははははははは! うへへへ! よくも苦手な書類とこれだけ連日連夜の長時間向き合った。しばらくは活字を見たくねえ。判子を持ちたくねえ。椅子に座りたくねえ。あー、一週間くらい自堕落な生活に溺れたい、もう働きたくねえ……! ……でも何したらいいんだろうな」

 

 かつて生活していた現実世界での休日を思い出してみる。一週間ほどしか経過していないのに遠い昔のようだ。

 

 ユグドラシルで遊んでいたら貴重な休日が終わったなんてことはよくあった。ゲーム以外ならば、趣味の絵の練習をすることが多かったが、家族(兄や義姉、両親)と過ごす、本(ジャンル問わず)を読む、録画していたドラマやアニメを見るなんてことも多かった。

 

 兄や義姉はいなくとも息子はいるし、友達の子どもたちはいる。本も映像作品も著作権切れのコピーが図書室や専用の倉庫に山ほどあるはずだ。しかしながら、生活が一変した今、現実世界と同じような過ごし方で良いのだろうかという疑問がある。

 

 自分が横たわっているベッド一つにしても、一生縁がないような超高級品である。顔を突っ伏しているだけで眠たくなってくる。寝て休日が終わるのはもったいない気がする。

 

 社長や専務はどういう休日を過ごすのだろう。何となく、金持ちはゴルフをしているイメージがある。あるいはバーベキュー。どちらも保護区以外の自然が壊滅している現実世界では金持ちの道楽以外の何物でもない。

 

「ジュウでも呼び出して親子の会話を……あ、駄目だ。あいつ、ジャックスとガンリュウの手伝いで忙しいんだった。二人とも遠征に行くんだっけ?」

 

 暇ならば仕事を受け取れ、とばかりに任命された二名である。遠征だの亜人の掌握だのは完全にジュウに任せてある。医者でもあるが、本質は軍師だ。悪いようにはしないだろう。自分と違って、あの自慢の息子は大変頭がよろしいらしい。バカな父親が口出ししても邪魔になるだけだろう。

 

「この一週間だけで丘陵地帯の勢力図を随分と変えたみたいだからな。下手に停止するより突っ走った方が安定するのか。最終的に国にする予定なんだっけ? そのうち、聖王国にも戦争を仕掛けたりしてなー」

 

 笑えない冗談だ。

 

 あくまでも部族・種族単位のコミュニティで完結している亜人と、人間という種族の中で枠組みの一つとして存在している聖王国とでは敵になった意味が違う。

 

 それでも喧嘩を売られたら全力で買うつもりだが。というより、亜人たちを束ねて国を名乗るというのは聖王国を煽ることにならないだろうか。そのあたりについても考えている節があるため、あの自慢の息子に任せておいた方が良さそうだ。それにしても、何を考えているのかさっぱり分からない。

 

 何とも情けない父親だ。

 

「親になるとしたら、あのクソ親父みたいにはならないようにするって決めてたのにな……」

 

 兄は鳶から生まれた鷹だが、自分は蛙から生まれた蛙だった。

 

 考えないようにはしているが、どうしても兄や義姉の顔が浮かぶ。ここにいるのがあの二人のどちらかだとしたらもっと上手くやれているはずなのに、と。いや、あの二人でなくとも自分以外のギルドメンバーならば問題なかったのではないかと思う。

 

 冷静に考えてみたら、異世界に来て初日に畑を作るぞと言い出す自分は一体何なのだろう。ギルドメンバーの誰かが残っていたら真剣に止めていたであろうことは想像に容易い。

 

「俺にしかできないことってのはあんまりないよな」

 

 今のパレットのビルド構築は魔法職に比重を置いた魔法剣士。もっと言えば、サポートを目的としたバランス型だ。防御役(タンク)探索役(シーカー)回復役(ヒーラー)を疑似的に一人で担える。ユグドラシルプレイヤーとして見た場合、決して強いとは言えない。ユグドラシルにおいて、強いプレイヤーとは一点特化型がほとんどだった。

 

「いや、一応、俺にしか使えない特殊技術(スキル)もあるにはあるんだけどな……」

 

 ふと思い出す。ユグドラシル時代ではほとんど使ったことのない特殊技術(スキル)。プレイヤー全体で見てもあまり持っていないであろう稀有な能力。同時に、ユグドラシルにおいては全く価値のないと言っても過言ではないカス能力。

 

特殊技術(スキル)発動。ギャンブル・フルーツ」

 

 手のひらを天井にかざすと、手の上に光が集まり、やがてそれが収束していく。光が完全に消えた後、パレットの手には林檎が握られていた。

 

 パレットは何の躊躇いもなくその林檎を一口かじる。ゆっくりと噛んで飲み込む。しばらく待っても自分の体に変化がないことを確認すると、残った林檎をヘタや種も取らずに丸飲みした。

 

「むしゃむしゃ。美味いだけだな……。世界が変わったことでレベルキャップが開放されて、レベルアップできると思ったんだけど、無理だったか。後で色んな奴に食べてもらって効果がないか実験してみるか。ユグドラシルと仕様が変わってなかったら、マジで意味のない能力だな」

 

 自虐的な笑みを浮かべているとドアをノックする音が聞こえた。ベッドから起き上がって佇まいを直す。もうかなりみっともない場面を見られているような気はするが、一応の格好つけは必要だ。

 

 入室を許可すると、現れたのはソラだった。義姉の子。美しい人狼。

 

 何故か浴衣姿だった。旅館や夏祭り会場ならば似合っただろうが、ここは洋風の部屋であるため若干ミスマッチだった。それが些細なことに感じるほど、彼女は美しかった。童貞にはチラリズムは目に毒だった。

 

「パレット様、お加減いかがでしょうか?」

「上々だな。何か用か? 仕事か? 緊急の仕事が発生したのか?」

 

 折角の休日がパーになったのかと心配になったが、ソラは噴き出した。パレットのあまりの必死さが可笑しかったらしい。

 

 そんな所作ですら魅力的に映るのだから、どうやら思っていた以上に彼女にほれ込んでいるらしい。義姉のくだらない悪戯に救われた形だ。我ながらちょろいなぁ、とは思う。

 

「いいえ。仕事の件ではありません。ただ、パレット様が万全な休日をお過ごしできるように何かお手伝いできることはないかと思いまして」

「ふむ。つまり、今日という休日を一緒に過ごしてくれるって意味か?」

「はい」

 

 この場合、彼女は仕事になるのか休暇になるのかそれが問題だ。気があるとはいえ上司と過ごすのだ。緊張してしまわないか。しかし、目の前の彼女に緊張しているような様子はない。むしろどんなことでも言ってくれと言わんばかりに期待に満ちた目をしている。

 

「じゃあお願いしちゃうかな?」

「はい! 畏まりました!」

 

 表情を喜色で満たすソラを見て、パレットも顔が綻ぶ。

 

 設定だろうが何だろうが、彼女が自分を愛してくれているのは確かなようだ。これが演技だというのなら騙された自分が悪いのだ。真実を突き付けられるまで騙されていよう。

 

「とりあえず、いつまでも立っているんじゃねえよ。おまえもこっち来い。ベッドにでも座れ」

 

 自分の横をポンポンと叩く。言ってから女性にこの誘いはちょっとデリカシーに欠けていたことに気づく。やはり経験不足は否めない。訂正しようと思ったが、ソラの様子がおかしいことに気づいた。固まっていた。

 

 ひょっとしてキモがられているのかと心配するが、それにしても反応がない。

 

「……ふっわ!?」

 

 ワンテンポ遅れて素っ頓狂な声を出したかと思えば、顔を真っ赤にして体の前で手を振り出す。

 

「い、いえ! 此方で大丈夫です、はい! その、肉体関係はまだ早いと思うのです、ええ! 主に私の心の準備がまだですので!」

「今、はっきりと痛感したわ。おまえ、義姉さんの子だ」

 

 まさか、こんな形であの日の兄の気持ちを理解するなんてことがあるとは夢にも思っていなかった。




転移の舞台を聖王国近くにした理由は、ナザリック側に原作崩壊を起こさせやすいからですね。
流石にプレイヤーが近くにいるのが分かっているのに、両脚羊牧場作れないでしょうし。別の場所には作るかもしれないけど。
wikiで確認しましたところで、デミウルゴスがスクロールの素材を探して出立したのが転移から九日目かそこらなので、接触はそろそろかなと。


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農場所属者一覧

要望もあったので、オリキャラ一覧表を作ってみました。
まだ作中には名前しか出ていないキャラも載せています。つまり、ちょっとしたネタバレがあります。
基本的に出番のあるネームドはこの一覧に出てくるキャラで、他は名前しか出てこないか、出番があっても一回だけとかの予定です。


●ラグナロク農業組合

 ユグドラシルにあった古参ギルドの一つ。

 曰く、「生産ギルドの皮を被った戦闘狂の集まり」。

 基本方針は「畑泥棒殺して良し」。殺すべしではないあたりに人間性が見える。

 表向きの加入条件は「この世界(ユグドラシル)を全力で楽しめること」。実際の加入条件はギルドメンバー五人以上から「面白い奴」認定をされること。

 

 ギルド長 初代ライフ・イズ・パンダフル → 二代目パレット(現在)。

 副長 テラ・フォーミング → 彼女の引退以降は空席。

 

 最大所属人数は八十八人。ライフ・イズ・パンダフルとテラ・フォーミングの引退を契機に、移籍・引退が相次ぎ、最終日にはパレットひとりのみになった。

 

 最高ランキングは十一位。ユグドラシルの最盛期、十一から二十位の間をふらふらしていた。

 

 ワールドアイテム所持数、二個。過去にはもっと多く所持していた時期もあるのだが、使ったり奪われたりで失った。

 

 ギルド拠点 ホシゾラ立体農場(全七階層)。第一階層が最も大きく、第七階層が最も小さい。過去の挑戦者はほとんどが第一階層で撤退し、最高でも第五階層で脱落している。ギルド武器は槍で、銘は「グングニル・オメガ」。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとはギルドとしての繋がりはほぼ皆無。メンバーの中に声優やゲーム関係者がおり、その関係でぶくぶく茶釜やペロロンチーノとは交流があった。

 

 

〇パレット

(異名)農場の魔王、神災天魔

(属性)中立~善 カルマ値100

(種族)小悪魔(インプ)門の悪魔(ゲート・デビル)混合王魔(キマイラ・デーモン)

(職業)メイガス・オブ・ダイス、ルーレットナイト、ジャンケンオウ等

 

 二代目ギルド長にして最後の一人。

 

 絵が趣味・特技・仕事・ライフワーク・誇り。メンバーからの依頼で、農場のNPCの何割かの外装を担当した。ギルドメンバーもまさか本当に頼まれた分全部をやるとは思っていなかったため、「マゾ」「病人」と引いた。パレットはキレた。

 この世で最も嫌う言葉は「何か違う」。

 

 身も蓋もない言い方をすれば「ブラコンとシスコンを拗らせた絵描き」。ギルドメンバーへの友情もそれなりにあるが、実兄・義姉に向けた感情と比較すると結構軽い。

 実の父親のことは嫌っている……つもりなのだが、第三者からは仲の良い親子だと認識されている。

 動物を飼い始めたら秒で親ばかになるタイプ。そのため、自分のNPCであるジュウのことは溺愛している。

 

 現実世界の職業は、デザイナー兼イラストレイター兼漫画アシスタント。仕事の関係でホワイトブリムとも面識があるのだが、お互いにユグドラシルプレイヤーであることは気づかずにいた。

 

 頭脳労働は苦手。事務仕事が嫌い。管理職なんてもってのほか。だが、進行は得意であるため、問題行動ばかり起こす兄に代わってギルド長に任命された。最初期メンバーだったこともあるが、ギルドの実力者の中では()()()()()()()であることも理由の一つ。

 

 ダメ人間。俗物。積極的に他人へ害をなそうとしないだけで、根は悪人。家族愛・友愛に満ちた人柄ではあるが、聖人や善人からは程遠い。

 基本的に怠惰。傲慢にして強欲。嫉妬深く、暴食に耽り、頻繁に激怒する。色欲を覚えたらすぐに溺れること間違いなし。虚栄に満ちて、憂鬱から学ばない。浅慮にして浅学。短慮で短絡的で楽観的。偽善を語り、暴力に徹し、悲劇を尊び、恐怖に従い、狂喜を求め、信念を持たず、情熱を忘れ、矜持を放棄し、博愛を理解せず、道徳を無視し、信頼を嘲笑し、正義を軽蔑し、信仰を否定し、他人に共感できない。

 心身ともに悪魔になったため、その特色はより強くなった。

 ストレスが一定ラインを超えると奇行に走る癖がある。コーヒーを逆立ちしながら飲む、動物の名前をお経のように唱え出す、鼻にピーナッツを詰める、ティッシュを細かくちぎって丸める等。

 NPCもこのあたりのことは承知している。バカだと思われているのではない。バカだとバレているのだ。ジュウを始めとして扱いは雑だが、尊敬はされている。

 

 プレイヤーとしての実力は上の中から上の下。

 魔法職ベースの魔法剣士であり、魔法修得数は二百五十八(超位は五つ)。

 人間形態または半異形形態ならば防御役、回復役、探索役を兼任することが可能である。悪く言えば器用貧乏だが、「サポーターの理想形」と言われるほどの支援特化。

 反面で、完全異形形態になった場合、特殊能力や魔法の使用がほとんど制限され、スペックが高いだけの脳筋になる。

 そのため、パーティー戦では滅多に異形形態になることはない。

 

 

 

NPC

・階級は、守護者統括、階層守護者、十二天星、五穀衆、その他のNPC、名無し(POPモンスター等)の順になる。

・十二天星は実際は十三人いる。一人の例外を除いて、種族は天使に統一されている。

・人間のNPCは五体のみ。だが、その五人中四人の設定がかなりアレであるため、農場内での人間への印象はそこそこ悪い。

・唯一残っているギルドメンバーのパレットには早く自分たちのヒモになって欲しいと思っている。仮にパレットが「世界征服なんて面白いかもな」と冗談でも口にした場合、「は? 俺たちの作った野菜より世界の方が欲しいんですか? 監禁するぞ」と目の光を消して言う。

 

第七階層『展望台』

〇ソラ・ゾディアック

 ホシゾラ立体農場の守護者統括。

 美しき人狼。エレメンタリスト(アース)。

 パレットにぐいぐい行くように見せかけて、いざって時にヘタレる。

 十二天星のまとめ役でもあるため、「長官」と呼ばれる。

 

〇ハヤ・サジタリウス

 十二天星筆頭。いて座。

 ドレス姿の弓矢使い。

 委員長気質ではあるが、ショタコンであり、そっち方面の話になるとIQが下がる。全部創造主が悪い。

 創造主がガンリュウの創造主と兄妹。

 

〇リンカ・レオ

 十二天星。しし座。

 特攻服の修行僧。

 言動が粗暴。ハヤとは犬猿の仲だが、ジャックスとガンリュウほどではない。

 創造主がジャックスの創造主と兄妹。

 

〇チョーカ・カプリコーン

 十二天星。やぎ座。

 銀髪美少女。防御特化の司祭。

 お調子者。実は犬属性で、下に厳しい。

 

〇スケア・クロウ・リブラ

 十二天星。てんびん座。

 探知特化の案山子ロボット。

 である口調。冷静沈着。

 

〇ドブロク・アクエリアス

 十二天星。みずがめ座。

 広範囲攻撃型虐殺球体。

 酒好き。窘め役。

 

〇ジャクチョ・スコルピオ

 十二天星。さそり座。

 全身包帯の暗殺者。

 無口。コミュニケーションすら滅多に取らない。

 

 

第六階層『住居』

〇芥山

 第六階層守護者。

 五つの外装を持つ二重の影(ドッペルゲンガー)

 生活関係の責任者。

 

〇ツインカーメン・ジェミニ

 十二天星。ふたご座。

 二面四腕の魔法剣士。

 外見ほど人格に癖はない。

 

 

第五階層『倉庫』

〇ガンリュウ

 第五階層守護者。番長。

 農場最強のNPCであり、武人の吸血鬼。

 ジャックスとは死ぬほど仲が悪く顔を合わせる度に喧嘩している。ちなみにロリコンである。

 

〇ミシェル・キャンサー

 十二天星。かに座。

 槍持ちの飛竜騎兵。

 上司を含めた守護者たちに振り回されることが多く、その心労を竜と戯れることで和らげている。

 人間を露骨に嫌悪しているが、十二天星の中では良識寄り。

 

 

第四階層『工場』

〇バヌ

 第四階層守護者。

 火山のようなトロール。

 職人たちのまとめ役であり、マイペースが多いNPCの中でも特にマイペース。

 

〇ジャンボマン・タウラス

 十二天星。おうし座。

 巨体の聖騎士。

 全身鎧を着ているがその正体は露出狂。

 

 

第三階層『獣舎』

〇ジュウ

 第三階層守護者。

 ガスマスクに白衣の軍師兼医師。ドクター。

 農業に五人しかいない人間のひとり。

 実質NPCの中では上から二番目。ソラがいない場所ではまとめ役になることが多いが、実質貧乏くじ。他の守護者が不真面目すぎて時々泣く。多分、今の農場では一番の苦労人。

 しかし、彼自身も創造主譲りの「何を考えているのか分からない奇行」が目立つため、フリーダム。

 

〇マクラ・アリエス

 十二天星。おひつじ座。

 回復特化の神官。

 髪の毛が異常に長い童子。気合を入れないと「もふもふ」としか喋れない。

 

 

第二階層『貯水池』

〇ジャックス・ゴール

 第二階層守護者。船長。

 義手義足の機械仕掛けの海賊。

 ガンリュウとは殺すほど仲が悪く同じ空間にいるべきではない。拷問好き。

 

〇ニゲラ・ピスケス

 十二天星。うお座。

 見た目クリオネの拘束・転移特化の神官。

 陽気にして残酷な海賊。

 

 

第一階層『農場』

〇ガジュマル

 第一階層守護者。長老。

 デカい木のお化けのババア。

 プレイヤー殺しに特化した性能であり、農場を象徴する存在。

 

〇ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴ

 十二天星。おとめ座。

 琵琶の歌姫。

 語尾に「なのさ」と付ける。疑問形の時だけ「なのか?」になる。ほわほわ系に見えて容赦ない時がある。

 

〇マイ

 五穀衆。米組。

 お米万歳なリザードマン。

 

〇コムギ

 五穀衆。麦組。

 パンこそ至高なオーク。

 

〇ナッツ

 五穀衆。豆組。

 引きこもりなエルフ。

 目が小豆色と大豆色のオッドアイ。

 

〇アワワ

 五穀衆。粟組。

 ずる賢い猿猴。

 

〇キビタロウ

 五穀衆。黍組。

 芝居がかった言動のオーガ。

 

 

その他

〇ネハン・オフィウクス

 十二天星。へびつかい座。

 どの階層とも物理的に繋がっていない『牢獄』の守護者であると同時に囚人。

 農場に五人しかいない人間のひとりである。

 農場最悪のNPC。ジュウとソラ以外に嫌われている。納豆とミントが好物。



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接触1

 折角なので、ソラをモデルに絵を描くことにした。

 

「まだ平仮名を全部書けないくらいガキの頃、両親が離婚した」

 

 麦わら帽子を被って、白いワンピースを着て、ベッドにうつ伏せに倒れてもらう。寝ながら日記を見る構図だ。アングルは真上から。あえて表情を見せないことで見る側の想像をかきたてるように。

 

「理由は親父の浮気だよ。ああ、これ笑い話なんだけど、母さんは割とすぐに相手を見つけて、一年くらいで再婚したんだよ。でもあのクソ親父は母さんと別れてから再婚どころか女遊びをすることさえなかったそうなんだ。傑作傑作。じゃあ最初から浮気するんじゃねえよ、と言うのは簡単だけど人間はそんなに簡単なもんじゃねえよな。再婚しなかったのは、いつでも母さんとよりを戻せるようにってことらしいけど」

 

 コンセプトは避暑地の散歩後。タイトルは「夏への期待」だろうか。もう少し捻った方が面白そうだ。

 

「兄貴は親父が、俺は母さんが引き取った」

 

 モデルが綺麗というのは実にいい。描いていて楽しい。兄と義姉以外をモデルにして絵を描くのは随分と久しぶりだ。心底から嫌う父親と甥っ子を描いたのはもう三年も前だ。そして、兄と義姉の絵も一年以上は描いていない。

 

 この一年は大昔の資料映像を引っ張り出して、想像で大自然の絵を描くという行為ばかりしていた。思えば、仕事以外では、人物画というか生物の絵すらも描いていなかったような気がする。ユグドラシルのキャラクターメイクで飽きるほど描いたからだろうか。

 

「個人的には寂しいとか辛いとかより、助かったって感覚が強かったのを覚えている。我ながら気色の悪いガキだったと思うよ。でも仕方なくねえ? だって、あの兄と比較されることなく生きられるんだから安心するのが人間ってもんだよ」

 

 絵具や筆、紙にいたるまで上級品だ。現実世界では決して手に入らないものばかり。金額もあるが、それ以上に入手ルートが確保できない。デジタルで事足りるため、無理に手に入れる必要がなかった。

 

 生まれて初めて、油絵具の匂いを嗅ぐ。ユグドラシルでは味覚や嗅覚は再現されていなかったため、これがゲームではなく現実なのだと改めて感じた。

 

「優秀な兄だった。物心ついた瞬間から劣等感に苦しむだけの人生だった。そりゃ年齢差もあるから兄貴の方が優秀だって話もあるだろうさ。だけど、そういう言葉で片付けるにはあまりにも離れた差があった」

 

 絵は好きだ。

 

 幼少期、絵が上手いと兄に褒められたことが切欠だった。ちなみに、兄は滅茶苦茶下手くそだった。パンダだけはやたら上手だったが、他の動物は犬が鹿に見えるほどだ。あの兄よりも上の何かがあるという自尊心が、絵を続ける原動力になった。

 

「母さんの再婚相手には連れ子がいた。姉だった。あの兄よりは劣っているはずだから劣等感なんて覚えることはないと思っていた。実際、そうだったんだけど…………まあ、この話は割愛しよう、うん。一言だけ言うなら、弟ってのは姉の奴隷らしいぜ、うん」

 

 姉からも絵が上手いと言われた。思い返せば、あれが血の繋がらない姉に対しての距離感を一気に縮めた出来事だったのかもしれない。

 

「兄貴と再会したのは十二年前……ユグドラシルのヘルヘイムだった。義姉さんがPKに嵌まっていてな。あの頃は異形種狩りが一番盛り上がっていたっけな。はは、悪い時代だ。まあ、ワールドチャンピオンを二人がかりでPKしようとして返り討ちにされちゃったわけだ」

 

 最初は兄だとは気づかなかった。声変わりもしていたため、話しても分からなかった。ライフ・イズ・パンダフルなんて名前だからまさかと思って聞いてみたが、最悪なことにドンピシャだった。

 

「やっぱり俺は兄貴に勝てないんだと思ったよ」

 

 不出来な弟だと痛感した。

 

 二度と出会いたくなかったが、義姉が続けろと命令してきた。実際、ゲーム自体は面白かったため、兄に会わないように気をつけて続けた。

 

「どうもあの二人、あの件を切欠に、俺に関する情報交換って名目でちょこちょこ会ってたみたいなんだよな」

 

 気づいたら相思相愛になっていたそうだ。……弟をダシにしてくれたわけだ、あの実兄と義姉は。

 

「気づいたら兄貴と義姉さんの恋を応援していて、気づいたら兄貴とは違う自分を許せていて、気づいたら、二人のことが大好きになっていた。あの二人が楽しそうにしていると、こう、胸の奥に奇妙な興奮が宿るんだ」

 

 このことはギルドメンバーの中でも古参にしか話していない。だが、大体すごい引かれる。一平は『ブラコンとシスコン拗らせすぎだろ……』と言い、リリートンは『君のそういうとこ、本当に怖いよ』と言っていた。三日ナイトは『は? きぶりかよ。萌えるね』と言っていた。

 

 余談だが、この三人の共通点は元クランのリーダーだということだ。付き合いも長かった。自分や身内の話題を話せる程度には仲が良かった、はずなのだ。

 

「二人が結婚するってなった時、親父はクソ猛反対してな。まあ、当然だな。親父の視点じゃ妻を奪った男の娘が、今度は息子まで奪おうってんだから」

 

 被害者面も甚だしい。我が父ながら何と愚鈍なのか。あの二人の愛は実に美しいものだ。美しいものは守らなければならない。

 

「御父上には逆らって結婚されたのですか? それとも最終的にご結婚の許しは得られたのでしょうか?」

「うん。長引いても面倒くせえから、俺が親父に『二人の結婚を許さないとパパとは一生口きいてやんねえぞ?』って脅したらすぐに了解してくれたぞ」

「そのやり取り、すっごい聞き覚えがあるんですけど!?」

「動くな! 絵のモデルやっているって自覚あるのか!」

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国の城壁近くは、平野からやってくる亜人の侵攻を見逃さないために、木が伐採されるなどの工事が行われている。

 

 中央拠点近くの平野入口の一角に、新しく整地された場所がある。それは聖王国が工事を行ったわけでも亜人が平野を開いたわけでも自然現象で変化したわけでもない。

 

 城壁から視認できる巨大な建造物の住人の仕業である。

 

 整地された場所は城壁から丸見えであり、幅奥行き共に百メートルほどだ。中央には槍を持った美しい少女が気だるげな表情で立っていた。

 

「退屈」

 

 その少女は言葉の通り、心底退屈そうに欠伸をもらす。

 

 名をミシェル・キャンサー。ホシゾラ立体農場に所属する天使のひとりである。

 

「眠い……。天使の身でアレだけど、強烈に眠い」

 

 あの城壁を眺める役割も飽きた。

 

 長い城壁だ。本当に長さだけはある。高さも硬さも厚さも足りないが、その長さだけは評価してやってもいい。無駄な労力だとは笑うまい。少なくとも、自分たちに「目障りだ」という不快感を与えることには成功しているのだから。

 

 初日はそれなりに興奮した。農場の外に出て仕事を与えられるなど始めての経験だったからだ。それが御方でも直属の上司でもないジュウからの指示であったとしても、新鮮な経験であった。

 

 しかし、新鮮さなど一日で消えた。ただただ退屈な時間。おそらく自分は今、この世界の誰よりも無駄に時間を消費している。

 

「何で私がこんな役目なのかな。ドクターは私以外に適任がいないって言っていたけど、誰にでもできる仕事だよね。やりがいも二枚貝もないよ。ねー、夜刀丸、チャンチャン、ちくわ、レックス、ブルー、ポチ、ゴンべ」

 

 名前を呼ばれた『彼ら』は空の果てまで届くのではないかというほど巨大な咆哮で応じる。

 

 名前を呼ばれたのは七体のドラゴン。創造主たちから与えられた、ミシェルにとっては家族とも言うべき存在。

 

 一口に竜と言っても姿は様々だった。翼が四枚二対のもの、蛇のように手足がなく身体が長いもの、前足よりも後ろ足が異様に巨大なもの、獣のように毛深いもの、鰐のように巨大な口を持つもの。いずれも共通するのは、この世界の一般的な人間どころか英雄でさえ勝てぬほどの威容を放っていることだ。

 

 元気の良い竜の返事に僅かに微笑むミシェルであったが、再度城壁側に視線を戻し、欠伸を重ねる。退屈で退屈で死んでしまいそうだ。

 

 滅多に侵入者が到達しない第五階層の守護も間違いなく暇であるため、景色が広い分、此方の方がマシかもしれない。

 

 何より、ここにはガンリュウがいない。ジャックスと会うこともない。素晴らしい。あの小児性愛者と極悪海賊の喧嘩に巻き込まれることがないだけでも、この場にいる意味があるというものだ。何もすることがないのだけは勘弁して欲しいが。

 

「人間、攻めて来ないかなぁ。ドクターも何か曖昧なこと言ってたけど、あっち側から接触があってもよくない?」

 

 人間は嫌いだ。人間は理解できない。

 

 農場の素晴らしさを理解できぬ者に生きる価値はない。自発的に殺す価値はもっとないが。

 

 害虫死すべし、とは思うが、畑に影響を与えているわけではない虫など殺してもカロリーの無駄だ。ただでさえ無駄な時間を過ごしているのにカロリーまで無駄に消費するわけにはいかない。天使の自分にその理論がどの程度適応されるかは分からないが。

 

「私も早く農場に戻ってポッポかマイかコムギの手伝いでもしたいんだけどさ。何もしないってのは実に非生産的だ」

 

 彼女の直接の上司であるガンリュウが聞けば眉をひそめるであろう発言だ。本来の彼女の役職は倉庫番。暇であるべき職業なのだから。

 

 自分が閑職に回されたことに凹む主人を慰めるように、竜たちはミシェルに顔を摺り寄せたり舌で舐めたり甘えた声を出したりする。自分たちも退屈なので遊ぼうという意思表示でもある。竜を駆る天使であるミシェルには当然、その意志が理解できた。

 

 今日は相撲でもさせるとしようとミシェルは決め、背伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁側からも、竜たちがぶつかり稽古を始めたことは確認できた。

 

 しかし、兵士たちに慌てた様子はない。警鐘が鳴ることもない。自分たちよりも圧倒的に強い生物が視界の果てで暴れているのに恐怖を微塵も感じていないようだった。

 

 当然である。似たような光景を一週間続けて見ていれば誰だって嫌でも慣れる。

 

「今日はただのぶつかり合いか?」

「みたいだな」

「どれに賭ける?」

「そりゃおまえ、やっぱりあの黒くてデカい奴だろ。火を噴くのもあいつが一番強いみたいだし」

「じゃあ俺は蛇みたいなのだな」

「大穴狙いじゃねえか」

 

 あの衝撃的な接触から九日が経過した。

 

 ずっとあの少女と七体の竜はあの場所にいる。聖王国への示威行為以外には考えられない。

 

 建造物が現れた日の朝、黒い竜一体だけでも全軍が必要かと思われていたのに、同じような竜が六体もいたのだから笑うしかない。笑う以外何ができるのか。諦める以外にどうしろと言うのか。仮にあの竜全てが城壁を襲撃した場合、一分死守できるかどうかだろう。……というか、城壁を壊さなくともあの翼で壁の向こうに飛んでいけるのだ。矢も魔法も届かない高さまで飛ぶことも容易いはずだ。

 

 だからこそ、初めて現れた時はパニックになった。しかし、城壁を攻める気も飛び越えていく気もないと分かると兵士たちの緊張も解けた。時折いまのように暴れているが、戦闘というよりは訓練をしているようだった。最初の頃はこの距離でも伝わってくる威容に怯んでいたが、今では竜の暴れる様子を見ても慌てる兵士はいない。どの竜が勝つか賭け事をしている兵士さえいる始末だ。

 

 逆に、今日余所から来たばかりの兵士や冒険者などは腰を抜かしている。おそらく話が大げさに誇張されていると思っていた輩だろう。そして、怯える者を初日からいる兵士たちは過去の自分を棚に上げて笑う。この一週間で毎日見ているため、見飽きた光景の一つだ。

 

 農場に乗り込んでやろうという蛮勇な冒険者もいる。だが、そういう輩は予想以上に遠く大きな建造物に圧倒され、平野入口で大地を揺らすようにじゃれ合う竜を見て、心が折れる。竜がいる場所を迂回して丘陵地帯に入った者もそれなりにいるようだが、帰ってきたという報告は聞かない。

 

「嘆かわしいな」

 

 聖王国九色にして兵士長パベル・バラハは要塞内に満ちている空気を感じ取って、溜め息を吐き出した。

 

「緊張感で動けなくなるのもまずいが、非常事態に慣れすぎるのも考え物だな」

「そうは言いますがね、パベルの旦那」

 

 同じく聖王国九色にして班長オルランド・カンパーノは、パベルの言葉に物申す。もっとも、兵士たちを庇うつもりなど一切なく、感情の半分近くを諦めが占めていた。

 

「大河の近くに住んでいる人間が毎日洪水を警戒して生きるわけにはいかんでしょう」

「分かっている」

 

 別に味方でもない竜が視界に入ることが日常化するなど、恐ろしい話だ。一ヶ月前の自分が聞けば一笑に伏していたはずだ。それが現実としてそこにある。

 

「まあ、竜の存在なんて英雄譚で聞いただけの連中がほとんどです。それが七体もああやって飼い慣らされているんです、現実味ないですって。俺だって似たようなもんだし、旦那だってそうでしょう?」

「……戦闘の経験はないが、数年前、家族旅行で海の守り神と呼ばれるシードラゴンを見たことがある」

「ほう? 家族旅行ってことは例の奥さんと娘さんとですか?」

 

 酒の席ですら微動だにしないパベルの頬が動く。その意味を理解しているオルランドは自らの失言を後悔した。パベルに対して妻や娘の話を振るのはまずい。パベルが妻子を嫌っているわけではない。むしろ逆だ。

 

「そうだ。今思い返しても楽しい旅行だった」

 

 始まった。始まってしまった。こうなることを何度も経験していながらどうして同じ轍を踏んでしまったのか。

 

「とはいえ、遠目ではあったんだがな。それでもかなり幸運なことらしいぞ。娘はもっとよく見ようと必死に目をこらしてな。私譲りで目はいいはずだが、その表情は私に似て本当に可愛い、いや、私に似てと言うのは可哀想――。海に身を乗り出して危なかった――。子どもの好奇心故だとは思うが妻は怒ってな――。娘どころかちゃんと注意しない私も叱られて――。聖騎士故の厳しさだとは思うが……いや、そういうところも魅力的で――。娘はシードラゴンを間近で見たがっていたが、あの子はそもそもイモムシが怖いと泣くような――。改めて、どうして聖騎士になろうとしているのか――」

 

 長い。長すぎる。毎度のことながらうんざりする。家族旅行とやらの話は初耳のはずだが、パベルの家族自慢はいつも右から左に聞き流しているため、ひょっとしたら聞いたことがあるかもしれない。適当に相槌を打って終わるのを待つが、気づかれたようだ。

 

「おい、聞いているのか?」

「聞いていましたよ。本当に幸せそうな家族ですね」

 

 正直に「聞いてねえよ」と言えば「ならばもう一度」となった経験があるオルランドは、そう返しておくのが正解であると知っていた。パベルの顔が悪鬼羅刹の如き顔になるが、照れているだけだ。正直、最初に竜が城壁近くに来た時との差があまりない。

 

「それで、旦那。そのシードラゴンとあそこにいる七体のドラゴン、どっちが強いんですかい?」

「考えるまでもない。あの時の海の守り神様も遠目で見たからこそ、だからこそ断言できる。――あそこにいる七体の方が圧倒的に強い」

 

 声は震えていない。冷や汗も流していない。動揺の欠片も感じないのは、彼の中で何度も考え尽くされた末の結論だからだろう。戦っても勝率がないことは、認めるしかない現実なのだ。

 

「あそこにいる竜だけで城壁にいる軍どころか聖王国が滅ぶ。……法国や評議国の援助があれば話は違うかもしれなんが、他国の軍隊が介入するのはほぼ無理だろう。自国すら本格的に動いていないのだから」

「ですな。そして、農場の戦力はあの竜たちだけじゃない。ほんの一部でしょうな」

「おまえがそう思っているだけ、と言えたら楽なんだがな。国はそれを実際に見るまでは認めるわけがない」

 

 事態が発生してから一週間経過しても、聖王国で何か変わったかと言われたら、何も変わっていない。城壁に人が集まっていることは間違いないが、それでも事態の緊急性から考えると遅々とした速度だ。

 

 何せ、話が荒唐無稽すぎるのだ。

 

 遥か遠くに見える巨大建造物の存在も、彼らがこことは違う世界からやって来たなんて話も、あそこで訓練のように取っ組み合っている七体の竜も、パベルやオルランドも現場にいたからこそ信じることができる。現場以外では、建造物の出現も半信半疑なのだろう。建造物の出現を信じた者にしても、その巨大さは大げさに誇張されているだけだと思っているはずだ。竜の強さなど、実際に被害が出ない限りは書面にも書かれないのではないか。

 

「それこそ、実際にあの建造物の中に入ったおまえがすぐに戻って来なければ緊急性も増したんだろうがな。おまえの部下たちなど独断で特攻しようとしていたのに、酒樽と一緒に帰ってきてしまえば白けるというものだ」

「将軍に証拠品として没収されちまいましたけどね」

「……おまえがあまりにもあそこで食べた料理が美味いと自慢するから、酒樽の中身は将軍たちが飲んだのではないかなんて噂が立っているそうだが?」

 

 それを聞いて、オルランドは形ばかりの申し訳なさを浮かべて頭をかいた。

 

「しょうがないでしょう。軍隊の飯なんざ比較するのも失礼なくらい美味かったんですよ。……前も言いましたけど、この状況が落ち着いたら俺は軍隊をやめて、あの農場に武者修行しに行く予定ですんで」

 

 農場から帰ってきたオルランドは軍の聴取から解放された後、パベルに告げたことをもう一度言う。妻子の話題以外では滅多に表情を変えないパベルが僅かに動いたことを、戦士として洞察力に優れたオルランドは見逃さなかった。

 

「……おまえは軍士ではない。法が権利を認めている以上、それを止めることはできない。だが、飯の美味さだけが理由ではないだろう?」

「そりゃね。……俺はね、旦那。結構ショックなんですよ。戦士ですらない、自称軍師な奴に何をされたかも分からないような負け方をしたことが」

「…………」

 

 それはパベルも同じだ。オルランドが敗北し、気絶させられ連れ去られようとした時、自慢の矢で攻撃したが全く効いていなかった。効いていなかったし、利いていなかった。防御しているというよりは、軽くあしらわれているという感じだったのだ。

 

「いや、あの農場の統率者だって言う男から言わせたら、ショックを受けることすら身の程知らずだって言われたんですがね」

 

 そして、自分を倒したジュウですらあの農場の中では弱い方らしい。弱いと言っても、二番目に強いグループの中で一番弱いそうなので、あまり参考になる目安ではないが。「最弱のオリハルコン級冒険者」と言われても、金級や銀級よりはずっと強いように。

 

「下働きでも何でもやって、強さの秘訣を盗んできますよ。他の連中はともかく、ジュウの旦那は人間らしいんでね。種族が一緒なら、多少は参考にできる部分はあるでしょう」

「軍を抜けずに、『調査』という名目で行くことは可能だと思うが?」

「それじゃあまずい部分も色々ありますので。それに、事態が事態だから先延ばしになっちゃいますが、降格はほぼ確定ですからね。俺みたいな厄介者が去って清々する連中だって少なくはないでしょう」

 

 流石にオルランドもこの話をしているのはパベルと自分の班の部下にだけだ。最初に聞いた時も、今も、パベルは説得の言葉を探そうとするが見つからない。

 

 オルランドは無敗の戦士というわけではない。パベルも試合に勝ったことがあるし、豪王バザーという亜人王には精神的敗北を味わっている。九色の中にもオルランドより強い者は複数いる。しかし、今回の敗北はそれらとは一線を画す。オルランド・カンパーノという男に大きな転機をもたらしたようだ。

 

「……つい先程聞いた話だが、白色が今日の昼にでもこの要塞に来るらしい。最高司祭や桃色も一緒だそうだ」

「ほー。そりゃまた急な……いや、あの女にしちゃ随分とのんびりしていた方ですか。てか、ちゃんと正しい情報伝わってんですかい?」

 

 目の前の男が変わったことを、パベルは実感する。これまでのオルランドであれば、歴代最強の聖騎士団長の白色が来ると知ればどのようにして手合わせを取り付けるかを考えていたはずだ。しかし、その表情に興奮の色は見られない。アンバランスだと言われている小動物のような目には、闘志が宿っていない。

 

 同時に、冷静な意見には同感だった。あの女は間違いなく聖王国最強であり、聖王女の剣として相応しい聖騎士だが、知識や考慮に欠けた面が大きく、不安要素が強い。二人の副団長の胃が荒れながら苦労するわけだ。

 

「正しく伝わっていても、白色がちゃんと理解しているかは分からんがな。白色はともかく陛下を始めとして周囲の者は色々と考えているのだろうさ。今回のこと、上手く動かねば聖王の座が代わる可能性さえあるのだから」

 

 現聖王国元首、聖王女カルカ・ベサーレス。外見の美しさと信仰系魔法の素質によって、歴代唯一の女性の聖王である。優しすぎるという不満はあるものの、大きな失態もなく国を治めてきた。しかし火種は燻っており、王族には彼女を蹴落とそうとする者は多いとの噂である。

 

 今回の件は、亜人侵攻とは比較にならないほどの大問題なのだ。内容の荒唐無稽さもあるが、聖王一族のそういった事情もあって、事態は進まないのだろう。慎重にならざるを得ない。意味が分からなさすぎて正解など誰にも分かるわけがない。

 

 そういった視点で考えなければ納得できないことも多い。未だに国家総動員令が発令されていないし、聖騎士団や神殿勢力の代表者が正式に要塞を訪れることもない。話を聞きつけた貴族や商人、冒険者が観光気分でやって来て、冷や汗をかきながら帰るのもお馴染みの景色になってしまった。

 

 どうしようもないくらい現場とそれ以外の人間の温度差があり過ぎるのだ。聖騎士団や神殿勢力という国家のトップと密接な関係にある組織が正式に危険度を理解してくれなければ、この状況はいつまでも続くだろう。

 

 

 パベルは祈る。聖騎士の妻は難しいかもしれないが、聖騎士見習いの娘が何らかの形であの農場に関わってこないことを祈る。オルランドのように変な影響を受けても仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 相撲とは名ばかりの体当たりを開始した七体の竜と、それを見ても緊張感が出ない要塞。それらを上空から観察するひとつの影があった。

 

「――破壊黒竜(デストロイ・ブラックドラゴン)を始めとするレベル七十前後の竜が七体ですか。しかも、それを天使が率いている、と。装備もこの世界の物とは趣向が異なりますし、どうやら我々と同郷――ユグドラシルの者と見て間違いありませんね」

 

 魔法を使っているのかマジックアイテムの効果なのか、その者の存在を認識できる者は竜たちにも軍人たちにもいなかった。

 

 蛙の頭、皮膜のような黒翼、三つ揃えのスーツ。溢れ出す邪悪なオーラ。誰がどう見ても善なるものに仇なす存在がそこにいた。

 

 ホシゾラ立体農場と同じ日時の同じ時間、違う場所に転移したアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点、ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、デミウルゴスである。

 

 炎獄の造物主の異名を持つ悪魔であり、ナザリック地下大墳墓においては頭脳の一画を担う。

 

 そんな彼がこの場所に来ているのは、元々スクロールの材料を探すためであった。ユグドラシルとこの世界では様々な法則が異なり、スクロールの製作方法もその一つだった。《伝言(メッセージ)》のような魔法は便利であるが取得していないNPCも多い。そのため、それらを補うためのスクロールの開発は急務の一つであった。デミウルゴスはスクロールに使えそうな材料を探すため、研究所を兼ねた牧場を作ろうと、このアベリオン丘陵にやって来たのだった。

 

 まさか同郷の存在を見つけることになるとは、嬉しい誤算だった。スクロールの材料の発見よりも大きな成果だ。これを敬愛する主人に報告すればどのようなお褒めの言葉を戴けるか、考えただけで気分が高揚してくる。

 

「さて、問題はこのまますぐにアインズ様にご連絡するか、もう少しばかり探ってから報告するか、ですか」

 

 逸る気持ちを抑えて、デミウルゴスは思考する。

 

 デミウルゴスの主人は現在、人間に偽装してエ・ランテルという都市に潜入している。情報収集、名声・立場を得る、金銭の確保などが理由だ。本来であればそのような些事はシモベが行うべきだが、自らが率先して動く主人の勤勉さには頭が下がる思いだ。その神算鬼謀の頭脳を持って、人間たちの全てを見透かしているに違いない。

 

 すべては、あの星空で口にした世界征服のために。

 

 そんな主人に報告する以上、報告できる情報はできるだけ多い方がいい。ユグドラシルにどのようなギルドがあったかはナザリックの外に出たことがないデミウルゴスは知らない。故に、どうしてもアインズの知識に頼ることになる。アインズの頭脳を持ってすれば最低限の情報だけでギルドの名称や能力まで特定が可能であろうが、より詳細な情報があった方が良いに決まっている。

 

 デミウルゴスとしては最低でもプレイヤーの有無を確認しておきたいところだ。あの栄光あるナザリックとは比べる価値もない雑な建物にはプレイヤーがいるのか。いたとして、何人いるのか。実力はどの程度なのか。

 

 しかし実際に中に入るのは危険だ。ナザリックには遠く及ばないだろうが、あれがプレイヤーのギルド拠点である以上、これ以上接近するのも危うい。

 

「やはり、明らかにユグドラシルからやって来た存在を確認できただけでも良しとしましょう。この情報を一刻も早く御方にお伝えしなければなりません。とはいえ……」

 

 デミウルゴスは、プレイヤーのギルド拠点らしき建造物を見る。箱を段積みしたような雑な建物だ。やはり偉大なる御方々が作り上げたナザリック地下大墳墓とは比較するまでもない。箱の数が階層そのままだとしたら、全部で七階層。ナザリックよりも三階層も少ない。

 

「どのようなプレイヤーかは知りませんが、偉大なる御方の敵でないことは間違いないでしょうね」

 

 デミウルゴスや彼の同胞にとってそれは真実以外の何物でもない。ナザリック地下大墳墓を支配する四十一人の御方々こそが最も偉大なる存在である。かつてナザリックに侵入してきた愚か者どもを始め、他のプレイヤーが、御方より上など決して有り得ないのだ。

 

 世界征服のため、あの建物もそこにいるプレイヤーやNPCも御方が支配することになるだろう。竜が複数体いるならば、スクロールの問題も解決するだろう。ナザリックにもドラゴンはいるがあれらは御方々から与えられたものだ。家畜のように消費するなど有り得ない。

 

 転移してこの場を去ろうとするデミウルゴス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

「――――――――おい、そこの両生類」

 

 ぽん、と。

 

 彼の肩に、誰かが手を置いた。蛙の顔を振り向かせるより先に、デミウルゴスの肩に置いた手が万力のように力を強めた。

 

「おまえ、とりあえず死ね」

 

 いきなり殺害宣言をしてきた男の名はネハン・オフィウクス。五人しかいない人間のひとりであり、NPCほぼ全員から嫌われている男である。




原作十三巻のヤルダバオトによる侵攻と比較して、聖王国の対応は鈍いのは、条件が違い過ぎるから。
「王国で暴れていたから事前情報があったた」「城壁を一撃で破壊する強大な魔法を行使した」「亜人の軍を率いて侵攻していた」「明確な悪意が見える言動をしていた」などで、脅威性を理解できたけど、農場の件はそうじゃないから。国が本腰を入れるための被害がまだ出てない。
不明な部分がヤルダバオトより多くて、情報の真偽さえ疑われている状態。
むしろ、国家的には聖王の権力争いに利用できるかどうか程度の扱いでしかない。


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接触2

 それは純粋な殺意だった。それは濃厚な敵意だった。悪魔であるデミウルゴスでなければ、身動きが出来ないほどの感情の圧力だった。

 

「悪魔の諸相・触腕の翼!」

 

 肩を掴まれたデミウルゴスは反射的に特殊技術を発動する。

 

 鋭利で平たく薄い触手のような羽を射出する。流石に相手も驚いたのか、デミウルゴスから離れる。

 

 相手との距離が出来たことで、デミウルゴスは僅かに乱れた衣服を直す。一秒とかけずに自らの精神状態を落ち着かせると、相手の方を見た。

 

「突然背後から肩に触れるとは、不躾ですね」

 

 そこには、襤褸切れを着た男がいた。服だけではなく顔や身体も全体的に小汚いために分かりにくいが、非常に整った顔をしている。ギラギラと殺意に煌めく瞳が見下すように此方を貫く。

 

 種族は分からない。人間種のようにも見えるが、人間形態の異形種である可能性もある。年齢は青年と呼べる程度には成熟している。翼もないのに宙を飛んでいるのは魔法によるものだろう。

 

「ネハン・オフィウクス。この世で最も偉大な天使たるライフ・イズ・パンダフル様の自慢の息子だ。僕に殺される名誉に感謝し、僕の手を煩わせたことを反省しながら地獄に落ちるといい」

 

 その発言に、デミウルゴスはこのネハン・オフィウクスと名乗った存在がライフ・イズ・パンダフルというプレイヤーの被造物――自分と同じNPCであると看破した。そして、あの建造物がホシゾラ立体農場であることも判明した。十中八九間違いないと思っていたが、これでユグドラシルの存在は確認できた。

 

 持ち帰る情報としてはこれで十分。相手が隙を見せたらすぐに撤退すべきだと判断した。

 

 デミウルゴスは強い。同じ階層守護者たちと比較すれば全体的なスペックは劣るものの、多彩な特殊技術と天才的な頭脳、悪魔的センスはそれを補って余りある。しかし、能力が分からない相手に対して不要な戦いをするのは愚か者の所業だ。

 

 ましてここは仲間のいない敵地。対して相手は増援を呼んでいるかもしれない。下手をすればデミウルゴスが感知できないだけで、すぐ近くにいる可能性だってあるのだ。否、ちょうど真下の地上には竜を連れた少女もいるのだ。あれらがすぐにでも飛んで来ると思った方がいい。

 

「これはご丁寧に。私はヤルダバオトと申します」

 

 咄嗟に偽名で名乗り、デミウルゴスはネハンを観察する。

 

 徒手空拳であるため、剣士や騎士のような戦士職ではない。この距離感を保っているということは、野伏や暗殺者でもない。弓矢や銃器を持っていないため弓兵でもなく、楽器もないため吟遊詩人ではない。肩を掴まれたダメージから察するに、修行僧のような肉弾戦タイプではない。そうなると、可能性が高いのは魔法詠唱者。着ている装備がもう少し特徴的ならば系統だけでも絞れるのだが、ただの襤褸切れでは考え様がない。

 

「質問なのですが、どうして貴方は私を殺すなどと?」

 

 本気で質問したわけではない。おそらく先程の独り言を聞かれて激怒したのだろうと予想はできている。どちらかと言えば挑発の意味合いが強い。分かり切ったことを聞くことで、相手の神経を逆撫でしようという魂胆だ。

 

 だから、ネハンからの回答はデミウルゴスにとって予想外のものだった。

 

「そんなの、なんとなく見た場所に、おまえがいたからだけど?」

 

 意味が分からなかった。否、悪魔としてのデミウルゴスは理解した。しかし、理性を持つ賢者としてのデミウルゴスは自らの推論に納得ができなかった。

 

 そんなデミウルゴスにネハンはより詳細に告げる。

 

「僕はさ、久しぶりに外に出たんだ。ユグドラシルじゃない異世界とやらに転移して、初めて農場の外に出たんだ。やはり農場の外など無価値なものに溢れていて気分が悪い。そんな僕の視界におまえは僕の許可なく入った。おまえが死ぬ理由なんてそれで充分だろう?」

 

 その言葉に、デミウルゴスは蛙の顔をひきつらせた。

 

 デミウルゴスはただ空中に飛んでいたわけではない。アイテムを使用し、可能な限り気配は消していたのだ。普通の目では発見できない状態だった。それを見つけられたということは、彼も探知の魔法かアイテムを使用していたことになる。

 

 そこまでやっておいて、勝手に視界に入ったから殺す?

 

 そこらの虫けらならばまだしも、偉大なる御方にお仕えする自分を?

 

 気配を隠し、此方の正体を知らないにしても、それ相応の実力者であることは見抜けるはずなのに、そんな八つ当たりとしか言い様のない理由で、このデミウルゴスを殺すと?

 

 縄張りへの侵入を咎めているわけでもなく、侮辱の言葉を聞いたからでもなく?

 

「……ここまで不快な気分にされたのは二度目ですよ」

 

 あの愚か者どもによるナザリック地下大墳墓侵攻に匹敵する怒りを、デミウルゴスは感じていた。しかし、挑発するつもりが自分が怒りに飲まれてどうすると仕切り直そうとする。

 

「貴方は――」

「《魔法最強化(マキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)》!」

 

 それはデミウルゴスも行使可能な第十位階の魔法。星を召喚してぶつけるシンプルにして強力な一撃だ。この世界においては、第三位階が一般的な限界であり、最高位でも第六位階。先程の「ユグドラシル」「異世界」という言葉もあり、この男がユグドラシルからやってきたと断言できる証拠はほぼそろったと言っていい。

 

「物騒な方だ」

 

 しかし、デミウルゴスは慌てない。転移妨害も発動していないようなので、短距離転移の魔法で回避させてもらった。長距離の転移をしないのは、大ぶりな攻撃が罠であることを警戒してだ。長距離転移の隙を狙って、思わぬ一撃を受けるかもししれない。

 

 デミウルゴスという標的にかすることもなく、隕石は地上に落下していく。確かこの真下にはドラゴンと戯れる天使の少女がいたはずだが、まさか目の前の男もそれを考慮していないわけではないだろう。彼と彼女が仲間ではなかったという場合を除いて。

 

 案の定、ネハンは隕石を回避したデミウルゴスには注目しているが、大地の方には目もくれていない。デミウルゴスも同じだ。この高さまで届く悲鳴が上がったような気がするが気のせいだろう。

 

「僕の魔法を無駄にするとは。楽に死ねると思わないことだ」

「それは恐ろしい」

 

 余裕たっぷりに煽るデミウルゴス。挑発は効いているようで、ネハンは青筋を浮かべ、苛立ちを隠そうともせず歯軋りの音を響かせる。

 

「両生類風情が」

 

 ネハンが次なる魔法を放つ構えを見せ、デミウルゴスもそれに応じようとする。

 

 しかし、乱入者の声に二人の戦いは中断された。

 

「――――ネハンんんんん! やっぱりおまえか、こいつてめえおまえこのクソゴミクズ!」

 

 声は下から聞こえてきた。正面の相手に注意しながらも下を見れば、地上にいたはずの少女が竜を伴って飛んできていた。隕石の直撃を受けたらしく、ボロボロだった。

 

 敵の増援が来たはずなのに、デミウルゴスは「しまった」とは思わなかった。

 

 何故かと言うべきか、当然だと言うべきか、敵意は見ず知らずのデミウルゴスではなく、ネハン・オフィウクスの方に向けられていた。

 

「どうしたんだい、ミシェルちゃん。何をそんなに怒っているんだい? はっ、どうしたんだい、その怪我! 一体、誰にやられたんだ」

 

 事前に予想できていたのに、彼らが普通に関係者だったことに驚くデミウルゴス。頭脳明晰な彼をして、今現在の状況がどういうものなのか全く整理できないでいた。

 

 まさか地上に仲間がいることを忘れて隕石を落としたわけではあるまい。地上から此方の状況を知ることは難しいが、空中から下は丸見えなのだから。それに、先程の位置関係と隕石のサイズではデミウルゴスが回避に失敗しても彼女に当たっている。実際、下にいた彼女たちは回避が間に合わず隕石によるダメージを受けた様子だ。てっきり合図か何かあったのだと思っていたが――。

 

 デミウルゴスなど眼中にないとばかりに、天使の少女はネハンの胸倉をつかもうとするが、ネハンはそれを避ける。空振りした手の指をそのままネハンに指差し、少女――ミシェル・キャンサーは叫ぶ。

 

「おまえだよ! お・ま・え! 脳みそを貝塚にでも忘れてきたの!? おまえ、今、《隕石落下(メテオフォール)》使ったでしょ!」

「使ったけど?」

 

 え、とデミウルゴスは思わず声に出してしまった。

 

 先程の《隕石落下(メテオフォール)》はヤルダバオト(デミウルゴス)の行使した魔法だと言うことにしておけばいいのに、素直に自分の仕業だと認めた。

 

 むしろだから何とでも言いたげな態度はどうしてなのだろう。

 

「それでダメージ受けたんだよ、私と私の可愛いペットたちは!」

「うん。それで?」

 

 謝るでもなく、開き直るでもなく、きょとんとしていた。煽っているのではなく純粋に疑問に思っているようだった。

 

「え、いま、『それで?』って言った? 自分の魔法のせいで仲間が怪我をして、怒っているのに、『それで?』って言った? え、待って、感情と理解が追い付かない」

「僕に待ってくれなんてミシェルちゃんはいつからそんなに偉くなったんだい?」

「階級同じだよね!?」

 

 ネハンは呆れ返ったような深い溜め息を吐き出す。まるで駄々をこねる子どもへの態度のようだ。

 

「確かに僕が放った隕石でミシェルちゃんは怪我をしたのかもしれない。でも、だ」

 

 ポン、と肩に手を置いて優しく諭すように言う。

 

「そもそもミシェルちゃんがちゃんと避けてくれていたら当たらなかったんじゃないかな? 君のミスのせいで僕に責任を負うなんてことになるのはダメだと思うんだ。ミシェルちゃん、自分が悪いって早く認めよう。僕に迷惑をかけないでくれ」

 

 デミウルゴスは、天使も怒りが限界に達すると無表情になるのだと知った。

 

「自分が何言っているか分かってます?」

「そう言われると、確かに僕も不注意だったのかもしれない」

「貴方も悪いんじゃないです。貴方が悪いんです」

「でも、だからと言って、僕が悪いってことにはならないんじゃないかな? 逆に、そこにいたミシェルちゃんに非があるっていうか……僕にごめんなさいって謝るべきだって気づきなよ」

「それが流れ弾を当てた同胞に言うセリフかあああああ! 殺してやるぅううう!」

 

 槍を突き出すが、ネハンは余裕すら感じられる動きで回避する。

 

「やめるんだ、ミシェルちゃん。冷静になって考えるんだ。君如きが僕に勝てるわけないだろう! ちゃんと身の程を弁えるんだ。君は君の創造主と同じくらいバカだけどそれくらいは分かるはずだろう?」

 

 諭すような口調でとんでもない暴言を言われたミシェルは怒りのままに槍を振り回す。当然のようにネハンには当たらない。ネハンは純粋な魔法詠唱者であるため、身体能力で回避しているのではなく、魔法や特殊技術で防いでいる。

 

 彼女の使役している竜たちはミシェルが怒りのままに動くため、援護もできずにオロオロしていた。

 

「あああああああああああああああ! こ、この、てめ、このやろ、こ、こん、わた私だけじゃなくて、ママまで、いや、いやマジでマジ、ち、ちく、ちくしょう、パレット様ならともかくママを、ここここのやろおおおおおおおおお!」

「逆ギレって良くないと思うんだけど!」

 

 デミウルゴスは情報を得た歓びを味わうことはなかった。むしろ虚しさが胸に満ちた。始めて味わう感情に戸惑いを隠せなかった。無論、非常に気分が悪かった。

 

「…………」

 

 此方に構う余裕がないと判断したデミウルゴスは魔法を行使し、転移した。罠も何もなかった。仲間割れをしている二人に攻撃するべきだったかもしれないが、一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだ。

 

 後に、デミウルゴスはアインズにこう語る。

 

 ――あれは苛立ちや呆れよりも、一周回って恐怖を感じました。正直、あの男には二度と会いたくありません。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、謎の敵を逃がしてしまった。ああ、皆、どうかミシェルちゃんを責めないで欲しい。まあ、ミシェルちゃんが無能なのは明らかなんだけど、僕に免じて許してあげて欲しいな」

「そうだな。ミシェルに追及するべき責任はねえから安心しろ。ただ、おまえは死のうか、ネハン。いや、脱獄囚。いや、ゴミ」

 

 場所はお馴染みのホシゾラ立体農場第六階層『会議堂』。

 

 ただ、今回は会議ではなく裁判のために使われていた。某地下墳墓には裁判所もあるのだが、農場には残念ながらないため、会議堂で代用している。

 

 被告人のネハンは鎖で手足を縛られて床に転がされていた。周囲にはソラを除く階層守護者と十二天星が全員集まっていた。もうすぐパレットとソラも来るため、転移した初日の朝以来の出席率になる。

 

 全員、ネハンに有罪判決を下すために仕事を無理やり切りあげてきたのだ。中には死刑判決をパレットに直訴するつもりの者さえいる。

 

 転移してから一番空気が悪かった。ジュウがパレットに物申した時や番長と船長の喧嘩など比較にならないほど、空気が最悪だった。それに気づかない、あるいは気づいていても自分が原因だとは欠片も思っていないネハンは宣う。

 

「おいおい、ジャックス。僕の名前はネハンで正しいよ。ゴミなんて名前じゃない。ところで、この鎖はいつ外してもらえるんだい? どうして拘束されているのかの説明もまだなんだけど」

「一応聞くんだけどさ。おまえ、俺たちがおまえに対して怒っているってわかっている?」

「え? それは……誤解だと思うけどな。悪いことなんて何もしていないんだから」

 

 本気で分かっていないらしい。ある者の表情から感情が消え、ある者の笑みが濃くなり、ある者の周囲の温度が上がった。感情を抑えきれずに壁や机を叩く者も複数人。

 

「のう、皆の衆。もう色々とすっ飛ばして死刑ってことでいいじゃないかのぅ。再投獄じゃダメじゃって。パレット様のことじゃから兄君の子であるこやつには甘いんじゃろうし。こんな奴、生きているだけで農場の迷惑じゃ」

 

 それを聞いて、ネハンは顔を強張らせる。この男でもここまで罵倒されたらショックを受けるのだと、この場にいる半数が誤解した。

 

「――――っ。そんな、ガジュマル……ついにボケが始まったか……! 農場に不可欠な人材である僕に暴言を吐くなんてボケが始まった以外には考えられない。ヘチマ並みにスカスカの脳みそだとは思っていたけど、限界だったんだね」

「致死毒ぶち込むぞ、糞餓鬼」

「なっ! 仲間に対して何てことを言うんだい!」

「どの口で言っとるんじゃおまえ!」

 

 興奮のあまり、ガジュマルの全身から毒液が出る。何人かに飛散して、悲鳴が上がった。

 

「だから説明してくれよ。皆、何をそんなに怒っているんだい? ちゃんと説明してくれ。僕が納得できていないのに一方的に処罰するなんて理不尽だろう! 僕が何をしたって言うんだい!? 本当に心当たりはないんだ」

『こいつすげえな』

「もふもふ」

 

 ドブロクとマクラの皮肉に、ネハンは本気で照れた。

 

「いやぁ、それほどでもあるよ。僕がすごいのは今に始まったことじゃないけど、その誉め言葉は謹んでもらっておくね。ただ、もう少し具体的に格式高い言葉で表現するべきだと思うんだ。風船もどきと毛玉くんにはそんなことも分からないのかい?」

『ああ、おまえは間違いなくすごいよ。殺意を抱かせるクソ野郎度百パーセントだよ』

「もふー!」

 

 ツインカーメンが四本の腕全てに武器を構えた。それに追従するように、リンカが肩を回して首を鳴らす。ニゲラとポッポも得物を取り出す。

 

「「パレット様に決めて頂くまでもありません。もう殺しましょう」」

「私に任せろ。口の中に手ぇ突っ込んで内臓全部引っ張り出してやる」

「それより首吊りがお似合いだヨ」

「処刑用BGMは任せるのさ」

「ん、待て、おまえら。時間をくれ。ここは俺が説得する。頼む。いえ、すみません。お願いします皆さん」

 

 ジュウに心底申し訳なさそうに懇願されたら、流石に他のNPCは黙るしかなかった。彼に恩がない者はこの場にはいない。ガスマスクも外しているため、本気だと分かる。

 

「ふー、助けてくれるならもっと早くしてくれよ、ジュウ。皆がバカで困っているんだ」

「ん、早くも庇う気が失せる戯言はやめてくんねえかな?」

「皆が僕やおまえやパレット様と同じくらい賢かったらこうはなっていないんだが」

 

 それを聞いて、ジュウはこめかみを抑える。

 

「ん……。おまえ、まだ親父が賢いなんて妄想続けてんのか? 親父はライフ様じゃねえんだよ。あのヒト、すげえ馬鹿だぞ。異世界にやって来て最初に出したまともな指示が『畑を作る』だからな。周辺の町に潜り込んで情報収集とか変化した法則の実験とかじゃねえからな」

 

 ジュウとしては呆れて欲しかったのだが、何故かネハンは目を輝かせる。

 

「何? 最初に畑を……ふふ、成程。そういうことか。流石はパレット様。叡智、聡明、頭脳明晰という言葉はあの御方に捧げるためにあるような言葉だ。嗚呼、世界に名を轟かせるべき大賢者!」

「突然どうした。怖っ」

 

 ネハンの態度にドン引きするジュウ。ジュウ以外の面子は今更引くほど彼に期待していない。

 

「ジュウ。まさかおまえもパレット様のお言葉の真意が分かっていないわけではないだろう?」

「ねえよ、真意なんか。あの願望に表も裏もねえんだよ。そりゃ偉大なる農場の統率者が考えなしだって認めたくないのは分かるけど、現実を見ろ。理想を押し付けて真実を捏造するな」

 

 ジュウの本心だったのだが、ネハンは「ふふ、まだ時ではないのか。ならば、そういうことにしておこう」と意味深に返すのだった。

 

「ん……これから説明することを親父が到着するまでには理解しろよ」

「む? パレット様は何か急用でもあったのか?」

「ソラの絵を描くのにはまってんだよ、親父。切りのいいところまで描いてから来るってよ」

 

 本当にいいところまで描いているのかもしれないが、ネハンのやらかしと直面したくなくて現実逃避しているだけかもしれない。

 

「ソラの絵? 成程、そういうことか――」

「変な深読みはいいから。もう演技とかでいいからさ、ミシェルに頭だけでも下げてくれよ。こんなくだらないことに時間使いたくねえんだよ。忙しいんだよ、俺たち」

「だったら僕にも仕事をくれよ。ここにいる役立たずの皆より成果を出してみせよう!」

「その根拠のねえ自信はどっかからやってくるんだ! ああ、もう、話を戻すぞ。皆がどうして怒っているのかって言うとだな――」

 

 そして、ジュウは噛み砕いてネハンに説明する。本来ならば、この話に噛み砕くものなど何もない。ネハンが脱獄して勝手に不審者に喧嘩を売ってその流れ弾がミシェルに当たって、その過失に関してネハンが反省も謝罪もしていないために皆が怒っているだけなのだから。

 

 悪戯をした幼児に反省を促すように優しく、そして易しく説明する。

 

「何だよ、それ! ふざけるなよ!」

 

 説明が終わった後、ネハンの反応はまさかの逆切れだった。

 

「ミシェルちゃんに不要な怪我をさせただけで、皆してそんなに怒ることないじゃないか! 死んだわけじゃないんだし、すぐに魔法で回復できる程度の怪我じゃないか! 怒るなよ、水に流せよ!」

「誰か最高にむごい殺し方、知らん?」

「ファラリスの牡牛に全裸で放り込むのはどうだろうか?」

「足に塩を塗ってヤギに舐めさせるっす」

「だから何でそうなるんだ! ミシェルちゃんなんかのために僕がひどい目に遭っていいわけないだろう!」

「…………うわああああああん!」

 

 ついに泣き出すミシェル。

 

「なんかって、なんかって言いやがった、こいつ! 反省とか謝罪とかの次元じゃないよ、私のことなんかって言った、こいつ! 嫌われ者のくせに、好き嫌い多いくせに、納豆とミントで発酵蔵と畑をダメにしたくせに、穀潰し以下の囚人のくせに! 役立たずですらないのにぃ! ライフ様の被造物であることと強い以外に何も取り柄なんてないのに!」

 

 ネハン・オフィウクス。

 

 役職、十二天星『へびつかい座』。隔絶領域『牢獄』領域守護者。囚人。

 

 創造主、ライフ・イズ・パンダフル(初代ギルド長、パレットの実兄)。

 

 レベル百。種族、人間。職業、ネクロマンサー。

 

 属性、極悪(カルマ値-500)。

 

 罪状、納豆持込禁止区域で納豆を食し酒・チーズ等の発酵食品を蔵ごとダメにした罪、他人の領域にミントを植えて三十の畑をダメにした罪、繁殖用の鮎を乱獲した罪、御神酒を盗み飲みした罪、品種ごとに分けられたコーヒー豆を勝手にブレンドした罪、船のマストで遊んで帆を破いた罪、人参を食べ残してゴミ箱に捨てた罪、女性部屋に無断侵入した罪、花畑でキャンプファイヤーをした罪、家畜の餌を横取りした罪、頻繁に脱獄する罪、等。

 

「ドクター、こいつ殺してよ!」

「何で上司のガンリュウじゃなくて俺に言うんだよ」

「番長だとすぐに殺しちゃうでしょ! 手加減下手くそなんだから。こいつには可能な限り苦しんで死んでもらわないと」

「まあまあ。落ち着き給えよ」

 

 割って入ったのは芥山だった。本日は五つの外装のうち、優しげな青年だった。だが、彼は別にネハンの弁護をしたいわけではない。逆だ。ネハンの減刑を考えているジュウを説得しようとしているのだ。

 

「ジュウ。君だってネハンのせいで計画が結構狂ったんじゃないのかい?」

 

 痛い所を突かれたジュウ。すぐに反論しようとするが、芥山は間を置かずに叩きかける。

 

「君はこの世界のレベルに合わせてことを運んでいた。だからこそ聖王国――人間たちには我々が丘陵地帯を支配しようとしていることは予想もしていないはずだ。しかし、《隕石落下(メテオフォール)》を目撃されてしまった。周辺国家はどうか分からないが、聖王国は第五位階を最高位だとしているような次元らしいね。そんな人間たちが第十位階なんて確認したらどうなるか、だ。更に言えば、ネハンが接触したという蛙顔の亜人……いや、異形種の可能性もあるか……に関してはどうだろう? 逃げられたのは少々まずいのでは?」

 

 芥山が指摘する通り、このタイミングで第十位階である《隕石落下(メテオフォール)》を大勢に目撃されることは計画に入れていなかった。予定では丘陵地帯の半分が掌握してから見せるはずだったのだ。しかもタイミングが最悪だ。城壁には本日『偉い人』が来る予定らしい。その『偉い人』が隕石の痕跡と、その隕石がミシェルに当たったという事実をどう判断するかが問題なのだ。それによっては大幅な計画の修正が必要になるだろう。

 

 おまけに、ネハンが交戦したという蛙頭の存在が気にかかる。ジュウの予想では、それは丘陵地帯の亜人でも聖王国の関係者でもない。ひょっとしたら自分たちと同郷の可能性もある。情報らしい情報がない状態で逃したのは非常に拙い。

 

「丘陵地帯の方はそうでもねえよ。聖王国については……また徹夜して考え直すわ。蛙頭の何かに関しては、追っ払えただけ良しとしようぜ」

 

 周囲の誰もそれに納得していなかった。ジュウの言葉がその場しのぎであることを見抜いたからだ。それどころか、スケアとハヤが物申す。

 

「そうやって甘やかすと為にならないである。ここは心を鬼にして磔刑に処すべきである。カラスの餌にでもしてしまえ」

「ドクター。お願いですから睡眠不要のアイテムに頼らずちゃんと寝てくださいな。あと、ネハンの処刑は馬を使った八つ裂きの刑を勧めますわ」

 

 従兄弟のような存在であるため、可能ならば庇ってやりたいジュウだったが、今回ばかりは――いや、今回のことも庇いきれないと思った。やばい。泣きたい。逃げ出したい。こんな設定を与えて生み出したライフ・イズ・パンダフルを助走をつけて殴りたい。

 

 パレットに仕事や決断を押し付けることを好まないジュウであったが、ネハンのことばかりはどうにかして欲しかった。怒りのあまり泣き止まないミシェルを見てつくづくそう思う。

 

「う、うううう……!」

「ミシェル。こっちに来るのさ」

「ポッポ!」

「よしよし。私の胸で泣くがいいのさ、ミシェル。遠慮する必要はないのさ。私は親友が泣き虫のクソ雑魚ナメクジでも見捨てたりしないのさ」

「ポッポ姐さん、ひどいっす。鬼っす、悪魔っす、人の心がないっす!」

「私は天使だから鬼でも悪魔でも人でもないのさ」

「うう、ポッポが私を慰めつつ苛めるよ……」

 

 そう言いつつも、ポッポから離れないミシェル。ポッポは自分に縋りついてくる彼女の頭を優しく撫でる。

 

「よしよし、ミシェルはいい子なのさー。そうだ。この後、ケーキでも食べるのか? 今の第一階層は静かだからきっと落ち着くのさ。何がいいのか?」

「……チーズケーキ」

「じゃあ私は苺のショートケーキにするから分けっこするのさ」

「夜刀丸たちも一緒がいい」

「モーマンタイ、なのさ。ドラちゃん用のお菓子も食堂に手配してもらうのさ」

 

 そんな二人を見て、何故かガンリュウは幸せそうに溜め息を吐き出した。

 

「ふぅ……。女人同士の絡みはとても尊いものだ。しかし残念なのは二人とも年増なのがな……」

 

 念のために表記すると、ポッポもミシェルも外見年齢は人間の十代後半程度である。童女というには無理があるが、少女と呼んで差し支えないのだ。老化しない天使の年齢について考察するのも滑稽な話だが。

 

「俺、ネハンだけじゃなくてこの無粋極まりない変態野郎の処刑許可も嘆願するわ」

 

 ジャックスが殺気立つ一方で、何故かネハンは照れ臭そうに笑った。

 

「へへ、美少女二人の仲が良くて僕も鼻が高いよ。やっぱり農場には僕がいないとね」

「おまえ、どんな思考回路してんだ。何でそんな結論になるんだ。本気で黙ろうか。……いや、全員黙った方が良さそうだな、親父が来たみたいだぞ」

 

 

 

 

 

 

 会議堂に向かうパレットの脳裏に蘇るのは、実兄と義姉と交わした会話だ。ホシゾラ立体農場を手に入れてしばらく経った頃、ネハンを作ったばかりの頃、あの二人が夫婦になる少し前だったはずだ。

 

『兄貴さ、ネハンのフレーバーテキスト見たけど性格悪そうなことしか書いてねえじゃん。現実にいたら嫌われ者じゃ済まないぜ?』

『俺のNPCってことは俺の息子だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『義姉さん、アンタの婚約者がやべえこと言ってんだけど』

『でも私は彼のそんなところも好きだから』

『受け入れるだけが愛じゃないと思うんだ! とにかく兄貴! その価値観、現実で実行するんじゃねえぞ』

 

 もしもあの時、NPCたちが実際に意志を持った生命として動くと知っていたら、兄を殴ってでもあのフレーバーテキストを書き換えただろう。今となっては後の祭りだが。こうしてNPCが生命として活動するなど想像もできないため言っても仕方がないことだが。

 

「受け入れるだけが愛じゃない、よな」

 

 かつての己の言葉を思い出し、パレットは苦笑する。運命とはどういう風に回るか分からないものだ。ならばこそ、あの日の己の言葉に従おう。ここには、あの兄もいないのだから。

 

 会議堂に入る。

 

 さあ、お説教の時間だ。

 

「ネハン。ちょっくら叔父さんと殺し合いしよーぜ」




ネハン・オフィウクス
人間。
十二天星の番外にして例外。
一言で言えばクズ。頭無惨かもしれない。
囚人なのだが、創造主が与えたアイテムのせいで頻繁に脱獄する。あくまでも設定であったため、今回の脱獄がパレットの認識では初犯なのだが、NPCたちにとっては何十回目の脱獄。設定に書かれていただけの犯罪歴もNPCたちの認識では現実にあった事件。

余談
彼とジュウを含めて農場のNPCには五人の人間がいるのだが、残りは「元奴隷の花農家」「元公爵令嬢のメイド」「元勇者の金庫番」。この三人の設定に書かれた『過去』とネハンの人格が、農場で人間という種族への印象が悪い理由。


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接触3

アインズsideの話は原作三巻まで同じ。
陽光聖典は任務に失敗するし、バレアレ家は神の血に興奮するし、森の賢王はハムスケと名付けられるし、漆黒の剣は全滅するし、クレマンティーヌは抱き殺されるし、死の宝珠は飴玉扱いになるし、ブレインは心が折れるし、シャルティアは洗脳されるし、漆黒聖典は任務に失敗するし、ツアー(リモコン鎧)は洗脳状態のシャルティアと一戦交えるし、パンドラズ・アクターは敬礼とドイツ語を禁止されるし、アインズはシャルティアを殺すし、復活したシャルティアは「胸がなくなっていんす!」とか宣うよ。


 ネハンがミシェルの頭上に隕石を落とした日の昼過ぎ、聖王国城壁中央部拠点。

 

 城壁の一角に仁王立ちし、遠方にそびえ立つ謎の巨大建造物――ホシゾラ立体農場を睨みつける女性の姿があった。

 

 つい先程到着した聖騎士団団長レメディオス・カストディオだ。整った顔立ちをしているものの、目に宿る鋭い光が冷たい印象を与える。歴代聖騎士団長の中でも最強とまで言われる程の実力者で、九色の白を戴く。歴代聖騎士団長が着用してきた由緒正しい魔法の装備である銀の全身鎧と白のサーコートで身を包み、かの高名な聖剣サファリシアを佩いている。

 

 その隣にはレメディオスの妹であり神殿の最高司祭のケラルト・カストディオが並ぶ。姉と似ているが、どことなく腹黒な雰囲気の女性だ。レメディオスとケラルトは二人で聖王女の両翼と呼ばれる存在だ。

 

 更にその後ろには聖騎士団副団長のひとり、九色の桃色を戴くイサンドロ・サンチェスが控えている。もうひとりの副団長、グスターボ・モンタニェスはなく、首都ホバンスにて団長の代理を務めている。

 

 そして、この城壁を任されている将軍と参謀の姿もあった。砦に所属する九色のオルランド・カンパーノやパベル・バラハもいる。

 

 この場に来た誰もが遠くに見える建造物に圧倒されていた。しかし、やがて彼らは視線の先を変える。建造物ではなく、城壁から四百メートルほど先の平野入口に向けられた。

 

 その一画では、巨大な熱の塊が落ちたように全てが焼き払われた。ような、ではなく本当に落ちてきたのだ。天から巨大な隕石が。つまり、あれは俗に言うクレーターだ。

 

「――それで、もう一度確認させてもらっていいか?」

 

 レメディオスが問う。隕石の落下跡を未だに信じられないような目で見つめながら。

 

 参謀が苦しみを吐き出すように答える。

 

「貴女がたが来られる少し前になります。あの場所に巨大な光と熱を持った塊――隕石が落下しました。あの場所にはちょうど、あそこに見える『ホシゾラ立体農場』なる場所の住人らしき少女と竜がいました」

「何? 竜がいたのか? それに、少女とは何のことだ?」

 

 レメディオスが怪訝な声を上げると、隣に立っていたケラルトが指で己のこめかみをぐりぐりする。

 

「……姉様。その話は今朝もしたはずですが?」

「ん? そうだったか?」

 

 とぼけた顔をする姉を見て、これはいつものように右から左に流したか、他の情報に押し出されたのだと理解する。視線をちらりと向けてみれば、イサンドロやパベルが苦い顔をしている。自分も同じ顔をしているとケラルトは鏡を見なくても分かる。行動が粗暴なことで有名なオルランドでさえ呆れ顔だ。

 

 レメディオスが頭を使わないことは理解しているが、流石にこの情報はちゃんと聞いているのだと思っていた。

 

 事情を察した参謀が説明する。

 

「この一週間、あの場所には一人の少女と七体の竜が居座っていました。竜はいずれも巨大で、我々の知識にはない姿で、この距離でもすくみ上ってしまうような威容を放っていました。……竜王とはああいう存在なのだろうと言うほどの強さを肌で感じていましたよ」

「あの場所の住人は竜をそれほど使役しているのか? それで、竜を使って城壁に攻撃を仕掛けてきたのか?」

「いいえ。あの辺りの場所に居座っているだけで、何をしてくるわけでもありませんでした。おそらく理由は牽制のためであったと考えられています。実際、我々は中央とも中々連携が取れないこともあって動けませんでしたから」

 

 参謀からの言葉は中央の対応の遅さに対する批難も込められていたが、ケラルトたちはともかくレメディオスには通じなかった。通じたとしても、それは自分の仕事ではないと責任を感じない女ではあるが。

 

「時折、ここまで届く咆哮を上げるのには参りましたが、距離もあるので兵士たちも二三日で慣れてしまいましたね。使役している少女に、飼い犬のような仕草でじゃれついていたのもありますが」

「竜が、飼い犬のように……?」

 

 大陸最強の生物と名高い竜が飼い犬のように人間にじゃれつくなど想像できない光景だ。

 

「ん? あの塔もどきの住人は亜人だと聞いていたが、その少女も亜人なのか?」

「亜人あるいは人間だと思われていました。今日までは」

 

 今日までは人間だと思われていたということは、実際は違う可能性が出たわけだ。そして、今日ということは隕石が関係している。

 

「あの場所に巨大な熱の岩が落ちた後、彼女たちは無事だったのです。突然の熱と光に驚愕している我々の視線の先には、白い翼を広げて飛ぶ少女の姿がありました。強大な竜たちを連れて、上空に舞い上がったのです」

 

 あれは神話の光景だった。

 

 竜ならば納得する。最強の生物だ。隕石がどれだけ強力でも死なない個体はあるだろう。しかし、それが人間の少女に近い形をしている生物が耐えたのだ。多少の怪我はしていたようだったが、すぐに上空へ飛んだことを考えると致命傷にはなっていなかったと見るべきだ。あのような地形を破壊するような一撃を受けて動けるという事実は、農場や竜の存在に慣れ始めていた兵士たちに衝撃を与えた。

 

 あの様子から天空には隕石を落とした存在がいて、彼女はそれを撃退するために上空に飛んだことになる。かなりの高度であったようで、地上からは戦闘が起きたのかさえ分からなかった。巨大な竜たちが一か所に集まっていたため、大雑把な位置は分かったが。

 

 現在、上空にも地上にも竜たちの姿はない。少女とともにどこかに消えてしまったのだ。おそらくはあの農場に帰ったのだろう。

 

「思えば、初日の朝にもいたのです。竜を従える少女とは別の、翼を持った少女が」

 

 厳密には、白い翼を持った毛玉もいたのだが、あれについては正体が依然として見当がつかないため省略した。

 

「あの時は亜人だと思っていました。私だけではなく兵士の多くもそう思ったはずです。しかし、今日考えが変わりました。あの光景を目撃した兵士たちの多くも同じはずです。彼女は、彼女たちは天使なのだと」

 

 隠しようのない興奮を交えて、彼は言う。

 

「故に、こんな考えが頭から離れないのです。――――あそこには、神がいるのかもしれない、と」

 

 

 

 

 

 

 この世界において、人類の未来は決して明るいとは言えない。

 

 周辺国家で最もその現状を正しく認識し、改善に努めているのはスレイン法国で間違いない。六百年前に人類を絶滅の危機から救ったとされる六大神を信奉し、周辺国家最強の国力を誇る。一般には知られていないが、秘密工作部隊『六色聖典』は他国の権力者から非常に恐れられているのだ。

 

 逆に人類の危機を認識していないのは、リ・エスティーゼ王国だろう。豊かな土地でありながら、その豊かさ故に貴族たちは腐敗し権力争いをしている。良識派の貴族もいないことはないが、多くの貴族は民を重い税で苦しめている。犯罪結社『八本指』は政治の内部にまで毒牙を伸ばし、彼らの売買する薬物は他国に甚大な被害を与えているのだ。

 

 周辺国家の平穏のため、そして人類を守るために、スレイン法国はリ・エスティーゼ王国を切り捨てる道を選んだ。具体的には、発展に目覚ましいバハルス帝国に吸収させるのだ。政治的な事情により、法国は王国を吸収するのは難しいため、それが最善であるとされた。

 

 その計画の一環として、周辺国家最強の戦士、現国王直属の部下である戦士長ガゼフ・ストロノーフを暗殺することが決定された。振り返れば、この暗殺計画から何かが狂い始めた。

 

 戦士長ほどの男を暗殺する以上、六色聖典の出動は絶対だった。本来であれば、実力者で構成された最強の部隊である漆黒聖典か、隠密行動に長けた風香聖典の出番である。しかし、どちらの部隊も他の作戦の事情があったため、殲滅戦を得意とする陽光聖典が出動することになった。王国貴族への思考誘導などの手回しは万全で、陽光聖典の隊長には六大神の秘宝さえ託した。万が一のことがない限り、失敗など有り得ないはずだった。

 

 しかし、その万が一が発生してしまった。陽光聖典は帰還せず、戦士長ガゼフ・ストロノーフは生き残った。

 

 おまけに、陽光聖典を定期的に魔法で観測していた土の神殿が原因不明の爆発を起こした。これを伝説の竜王『破滅の竜王』の仕業と判断した法国は最秘宝と漆黒聖典を出動させた。しかし、これまた作戦は失敗に終わった。

 

 漆黒聖典が作戦中に謎の吸血鬼と出くわし、隊員二名と最秘宝の使い手を殺されてしまったのだ。吸血鬼は最秘宝の力で洗脳状態になったが、使用者が傷を負ったため、彼らにも操れない状態になった。人類の守り手であり切り札である漆黒聖典が撤退を余儀なくされたのだ。

 

 漆黒聖典撤退の知らせとほぼ同時に、スレイン法国中枢はローブル聖王国に出現した『農場』の存在を知ることになる。

 

「――――まさか、神の降臨か?」

「情報の中にある亜人らしき存在は『ユグドラシル』という単語を口にしたそうだ。十中八九間違いないだろう」

 

 スレイン法国の上層部に口伝でのみ伝えられてきた真実がある。

 

 六百年前に人類を救済した六大神。五百年前に大陸を蹂躙した八欲王。彼らはユグドラシルという世界からやって来た『ぷれいやー』である。二百年前の十三英雄の何人かもぷれいやーであったそうだ。

 

「それで、どちらだ?」

 

 その問いが意味するものは一つ。六大神のような人類の守護者か、それとも八欲王のような破壊者か。前者であって欲しいと願う一方で、後者である可能性も捨てきれない。

 

「現在集まっている情報では何とも……。ひとまず、現在集まっている情報をお伝えします」

 

 そして、伝えられる農場出現の経緯。深夜に鳴り響いた鐘の音と、明朝に現れた一団の情報だ。オルランドの一件も正確に記されていた。しかし、農地開発や丘陵地帯の制圧も聖王国が気づいていないため、スレイン法国にも伝わるはずがなかった。

 

 この日はちょうどネハンが隕石を落とした日ではあったが、流石に当日に他国の情報を知るほどの情報機関は法国にもなかった。

 

「それほど過激ではない、と思っていいのか?」

「結論を急ぐな。まだ様子見の段階だろう」

 

 まだこれだけの情報では判断ができない。人間に対して敵対的なのか、それとも好意的なのか。今しがた自分たちが知った情報が正しいとも限らないのだ。現場でしか分からないような雰囲気が情報として重大な部分であることもある。

 

「漆黒聖典が遭遇した吸血鬼と関係はあるのかしら?」

「日数と距離を考えると……絶対に無関係とは言えんか」

「関係があるのだとしたら、漆黒聖典との遭遇は意図的なものか、偶発的なものなのか」

 

 偶発的なものだったとするなら不幸な事故であるが、意図的なものであった場合は非常にまずい。法国の行動が筒抜けになっているか、破滅の竜王か何かと関係を持っていることになるのだから。

 

「聖王国側も対応を決めかねているようだが……。要らぬことをせぬ内に我々が接触した方が良いのではないか? 神の力を知れぬ愚か者がぷれいやーや従属神を攻撃でもしてみろ。竜王やエルフ王どころの話ではなくなるぞ」

 

 ただでさえ複数の問題や戦線を抱えているのだ。人類の守護を嘆願すべきぷれいやーと戦争をするなど考えたくもない。

 

「しかも竜を従えている、か。急がねば誰が動き出すか分からん。目撃者が大勢いる以上、話が広まれば、伝わるのはあっという間だ。評議国の議員どももぷれいやーであることに気づかないはずがない。評議国と関係を持たれては面倒だ」

「竜王と敵対関係になってくれれば良いのですが」

「逆に、同盟を結ぶ可能性もあるか」

「相手が評議国とは限らんぞ。聖王国と良い関係になるかもしれん。いや、あの目ざとい皇帝も必ず手を伸ばそうとするはずだ」

「私としては、この少女が気になりますね。聖王国からは亜人と思われているようですが――」

「――白い翼に頭上の輪。まるで天使だな」

 

 法国では、天使はただのモンスターではなく神の使いだとされている。無論、国や人類の未来を預かるものとして天使だからと言って無条件に信頼するなど有り得ないが、天使が善なるものであるはずという観念は捨てきれない。思い込みは危険だと理解していても、意識せずにはいられない。

 

「亜人たちの反応はどうだ? ぷれいやーを刺激するような真似はしていないだろうな?」

「むしろ刺激してもらった方が良いのでは? 奴らを減らせた上、戦力を確認できます」

「亜人どもを滅ぼしてくれるなら良いが、むしろ発展に手を貸す場合もあるぞ。ミノタウロスの賢者のようにな」

「口だけの賢者は人間側でしたが、亜人のぷれいやー全てがそうだとは限りませんからね」

「やはり聖王国から近い場所というのが問題だ。今の聖王――聖王女だったか――は優柔不断で慎重派である以上、即座に攻撃ということはないだろうが、聖騎士団の団長の方がな。信仰心が高いのは結構だが、あまり良い評判は聞かない。善なる者であり実力はあるようだが……」

 

 人として優しいのは大いに結構。しかし、為政者として優柔不断なのは頼りないし、戦闘集団のトップが考えなしなのも戴けない。

 

「間者を通じて、連れ去られてすぐに戻ってきたという男に情報を聞くことから始めるか」

「額冠を奪った裏切り者の捜索は一度切り上げた方が良いのでは? ぷれいやーが降臨されたのだ。破滅の竜王の復活は例外として、他の何よりも優先すべきでは?」

「しかし最秘宝が誰の手に渡るとも分からん。ズーラーノーンや八本指が手に入れた日には――」

「だからこそぷれいやーの協力を得るためにも早期の交渉を――」

「馬鹿な。それこそ慎重に慎重を重ねるべきで――」

「だが、場合によっては人類の明日を――」

「せめて善か悪かを見極めてからでも――」

「それでは悠長だと言っている――」

「――埒が明かない。やはり情報が不足しているな。加えて、他の問題も多い。破滅の竜王や吸血鬼、エルフとの戦争、竜王国のビーストマン、第九席次の裏切り、そして陽光聖典の事実上の壊滅。人手も不足している」

 

 対話が可能である相手なのはほぼ間違いない。しかし、言葉が通じるからと言って意思の疎通が可能だと言う話でもないのだ。人類の守り手を自負する自分たちには楽観的な見方をすることも初動を誤ることも許されない。

 

 その日の会議で出た最終的な結論はこうだ。

 

 風花聖典の任務――裏切り者の調査は続行するが、一部は聖王国に急行。また水明聖典の人員を可能な限り、ぷれいやーの居城の調査に回す。他の隠密部隊も回せるだけ回し、調べ上げる。そして、漆黒聖典をいつでも出撃可能な状態にしておく。

 

 法国の切り札たる番外席次の出動さえ視野に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、シャルティア・ブラッドフォールンを殺した。自らの友であるペロロンチーノの愛娘とも言うべき彼女を殺した。

 

 何者かに洗脳され、超位魔法『星に願いを』でも解除できない状態だった。この世界の未知の力である可能性もあったが、ユグドラシルにおいて最上位のアイテムであるワールドアイテムの可能性が高かった。

 

 ナザリックにあるワールドアイテムを使用すれば洗脳は解除できたのかもしれない。しかし、アインズは死という状態にすることで洗脳が解除される可能性に賭けた。

 

 シモベたちに任せる、あるいはシモベたちと連携するという選択肢もあったが、あえて単騎で挑んだ。同胞殺しという罪を子どもたちに背負わせないために。そして、シャルティアをこのような目に遭わせてしまった自らへの罰として。

 

 結果として、シャルティアは一度死に、大量の金貨と引き換えに復活させることで、通常の洗脳されていない状態になった。

 

 しかし安心はできない。シャルティアを洗脳した犯人は不明だ。おそらくワールドアイテムを使用したのだという予想はあるが、もっと未知のこの世界独自の技術かもしれない。また、目的も明白ではない。シャルティアが洗脳された状態で放置されていたためだ。仮に何かしらの罠があったのだとしても、アインズとシャルティアの戦闘時に何の干渉もなかったのは不自然すぎる。

 

 そして、ひょっとしたらシャルティアの件と関係があるかもしれない情報を、聖王国に出向いたデミウルゴスが持ち帰っていた。

 

「……ホシゾラ立体農場、パレット。確かに、そう言っていたんだな?」

「はい、アインズ様。このデミウルゴス、確かに」

 

 デミウルゴスが聖王国の丘陵地帯で接触したという謎の男ネハン・オフィウクス。その名前には覚えがないが、彼が口にしたという固有名詞には聞き覚えがあった。

 

 忘れていたが、思い出した。忘れるわけがないというほど濃厚な記憶はないし、名前を聞いて思い出せないほど印象が薄かったわけでもない。

 

「デミウルゴスが見たという建造物の形からしても間違いない。『ラグナロク農業組合』、ユグドラシルのギルドだ」

 

 シモベたちから感嘆の声が上がる。毎度のことながら大げさな反応に辟易していると、アルベドが問いかける。

 

「アインズ様。そのラグナロク農業組合がシャルティアを洗脳した犯人なのでしょうか?」

 

 アルベドの問いには剣呑な音が込められており、他のNPCたちも同じようだった。アインズも同じ気持ちであるがアンデッド特有の感情の鎮静化が発生して、冷静に言葉を紡ぐ。

 

「分からん。まだ情報がないから何ともな。彼らも上位ギルドの一つだった。ワールドアイテムの一つや二つは持っているかもしれんが、私はそれほど彼らに詳しくなくてな」

 

 犯人だと決めつけるのも、無関係だと断定するのも危険だ。可能とも不可能とも言えない段階なのだ。疑いをかける段階ですらない。

 

「デミウルゴスの所感では、そのネハンとミシェルはNPCなのだな?」

「はい。無論、本当はプレイヤーであり、私を攪乱させるための演技だったという可能性は零ではありません」

「ああ。警戒を怠るのは愚かだ。その可能性についてはちゃんと考えていたとも」

「申し訳ありません。せめて明確にプレイヤーがいるのかはご報告したかったのですが」

「いや、いい。……おまえに万が一のことがあれば、ウルベルトさんに申し訳が立たない」

 

 しかし、デミウルゴスの情報にもう少し厚みが欲しかったというのがアインズの本音だ。

 

 特にプレイヤーの有無。プレイヤーとNPCでは修得できる職業に大きな差があり、そこから魔法や特殊技術の修得数が全く違ってくる。超位魔法もプレイヤーでなければ使えない。特に、レベル百のプレイヤーがいるのか、その人数が何人なのかは非常に気になるところだ。

 

「それにしても、ラグナロク農業組合か」

「アインズ様、どのようなギルドなのかご存じでしょうか?」

 

 その質問に、記憶を呼び覚ますアインズ。あまり覚えている情報はないが、詳しくは仲間たちが残してくれた他ギルドの分析調書の中に埋まっているはずである。それは後で改めて読むとして、自分でも覚えている情報を口にする。

 

「む? ふむ……。その名の通り、農業を主な行動指針として活動してな。生産系ギルドと言えばその通りなのだが、報復を絶対とする苛烈さもあったな」

「報復でございますか?」

「ああ。蜂の巣の如くな」

 

 しかし、具体的にどの程度過激だったのかはアインズは知らない。あるいは覚えていない。どれほど大げさに語られたとしても、所詮は他人事だったのだ。

 

 農業馬鹿と戦闘狂しかいないギルド、なんて評価をどこかで見聞きした覚えがある。

 

「後は、そうだ。ペロロンチーノさんやぶくぶく茶釜さんが何度か遊びに行っていたな。私は行ったことがないが」

「ペロロンチーノ様がでありんすか!」

「ぶくぶく茶釜様がですか!」

 

 シャルティアとアウラが声を上げる。マーレも声を出すことないが目を見開いていた。ここで自分たちの創造主の名前が出るとは思っていなかったのだろう。

 

「あ、ああ。何でも友人がいたそうでな。詳しいことは聞いていないが」

 

 実際、どのような友人だったのかも知らない。聞いたかもしれないが覚えていない。それこそ、ぶくぶく茶釜の声優としての同僚の可能性もあれば、ペロロンチーノのゲームの同好の士の可能性だってあるのだ。子どものアウラやマーレの前でするべきではない話をしていたかもしれない。

 

「では、アインズ様。ラグナロク農業組合へはどのように対応なさるおつもりですか?」

 

 当然の質問だ。

 

 しかし、アインズにはすぐに答えが出ない。これほどすぐにユグドラシルの存在が発見できるとは思っていなかった上、シャルティアの件がある。友の子を殺すような真似をした後でなければ、もう少し冷静に考えられるのだが、どうしても気が急いてしまうことをアインズは自覚していた。

 

「……接触は早くした方が良いだろうな。シャルティアを洗脳した犯人と関係がないのならば、是非とも協力関係になりたいものだ」

 

 ギルドメンバーが友人であった以上、友好的に接してくれるかもしれないと期待はする。しかし、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノは今のナザリックにはおらず、向こうにも彼らと仲の良かったプレイヤーがいるとは限らない。あの二人のことは条件には含まない方が賢明だ。

 

 そうなると、問題になるのは「アインズ・ウール・ゴウン」というギルドの悪名の高さだ。

 

 敵が多かった。仲間たちとやりたい放題やった。特に、あの大侵攻を返り討ちにした時は爽快だった。仲間たちがいる時はあの悪行こそが誇りだった。ゲームの頃はそれで問題はなかった。しかし、ゲームが現実化し、プレイヤーは自分だけ。

 

 ラグナロク農業組合とは直接的な関係がなかった分、ネット上の醜聞や悪行を大げさに受け取っているかもしれない。

 

 そうなれば敵対関係に至る可能性だってそれなりにあるのだ。仮に相手もプレイヤー一人ならば立場が同じ同盟関係を結べるかもしれないが、十人以上いたら? 否、百人近くいたら? そのほとんどがレベル百だったら? ナザリックの隷属を要求してくるかもしれない。それは自分やNPCたちは受け入れるには難しい。最悪の場合、戦争になり何もかも失ってしまう。

 

 それは嫌だ。もう子どもたちを殺したくない。誰も失いたくはないのだ。

 

 しかし、無視するなど有り得ない選択肢だ。シャルティアの件もある。もしもラグナロク農業組合が犯人だった場合、相手の方が人数が上だろうが力が上だろうが関係ない。絶対に地獄を見せてやる。死ぬよりも最悪な目に遭わせてやる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン……ユグドラシルの者としてではなく、この世界の現地人……例えばモモンとして接触する方がいいか?」

 

 アインズは様子見の意味でも其方の方が良いような気がしてきた。ただし、一介の冒険者が逢える状態なのかが重要だ。国が農場への接近を禁止していた場合、冒険者が国家と関わりを持たないようにしていると言っても厳しいものがある。

 

「デミウルゴス。ラグナロク農業組合は現在、どういう立場なんだ? 聖王国はあの農場をどうしようとしている?」

「はっ。現在、聖王国ではあの農場の存在をどう捉えるべきなのかを決めかねている様子です」

「決めかねている、とは?」

 

 この世界において、ユグドラシルの存在は神や魔王になるだけの力を持っている。レベル三十程度で英雄扱いだ。アインズが確認したのはこの近辺だけだが、聖王国もそれほどレベル環境は違わないはずだ。そんな世界において、ホシゾラ立体農場は危険視すべき存在だ。敵として排除するか、どうにか支配下に置きたいと思うはずではないのか。

 

「はっ。アインズ様も人間の町に出られた以上把握しているかもしれませんが、この世界では情報の伝達は遅いのです。魔法による連絡も信頼性に欠けるそうですので。まして、あのホシゾラ立体農場は見たこともないほど巨大で意味不明な建造物。しかも突然出現して、中の詳細は一切不明となっています。そのような報告を聞いても中枢は現実味がなく、近隣の都市でも話のタネになっている程度の様子です」

 

 魔法があると言っても、中世レベルの文明では情報の伝達などその程度か、とアインズは納得する。この情報伝達の速度は今度何らかの参考になりそうだとも考えた。

 

「成程。つまり、どう転ぶかは分からないか。場合によっては農場が聖王国と衝突するかもしれないな。逆も然りではあるが」

「おっしゃる通りかと」

 

 ある意味、転移直後にアインズが恐れていた事態だ。ナザリックは人里離れた場所に転移したからこそ隠蔽が可能であり、人目に触れることはない。しかし、兵士が常在している城壁から目視できる場所に転移してしまった農場はそうはいかなかったのだろう。

 

 おそらくデミウルゴスが見つけなくとも近い内にエ・ランテルにまで情報は流れてきたはずだ。無論、最初は噂レベルかもしれないし、情報には正確さなど皆無だろうが。

 

 アインズは仮にナザリック地下大墳墓が転移した場所が現在とは異なり、エ・ランテルから見える場所に転移した可能性について考える。その場合、エ・ランテルが属するリ・エスティーゼ王国の一部という扱いになるのだろうか。王国貴族は典型的な腐敗した貴族らしいため、ナザリックにある財宝の存在を知れば何が何でもナザリックを支配下に置こうとするだろう。

 

「いや、案外悪いことでもないのか?」

 

 国の支配下になるということは、国という後ろ盾を得ることでもある。そうなった場合、他のプレイヤーへの牽制にもなるのではないだろうか。少なくとも、どれほど仲の悪かった他ギルドと遭遇しても即戦争にはならないだろう。

 

 そして、その観点から考えると、ナザリック地下大墳墓よりもホシゾラ立体農場の方が国の後ろ盾を得やすい状態ではある。

 

「デミウルゴス。ホシゾラ立体農場がローブル聖王国に所属する可能性はあると思うか?」

 

 ナザリック地下大墳墓が国の後ろ盾を得るかどうかはしばらく置いておく。現在の誰からも確認されていない状態を放棄するのは少々躊躇いがある。逆に、すでに衆目に晒されているホシゾラ立体農場はそれを躊躇う必要はない。それどころか聖王国と何らかの交渉を始めている可能性さえあるのだ。

 

「私が確認した段階ではその可能性は低いと思われます。いえ、判明している戦力差から考えてむしろ聖王国の方が――――」

 

 急に黙ったかと思えば、アインズの顔を見つめて、何故か愉快そうに口角を上げるデミウルゴス。

 

「――――成程。そういうことですか、アインズ様」

「う、うむ?」

 

 何がそういうことなのだろう、と疑問に思うアインズ。反射的に頷いてしまったが、何かを致命的に間違えたかもしれない。撤回しようとするが、即座にアルベドも反応する。

 

「流石は私が愛するアインズ様! デミウルゴスからの僅かな情報だけで、これほど完璧な作戦を思いつくなんて……!」

 

 アルベドからの言葉に沈黙するアインズを余所に、NPCたちは勝手に盛り上がる。

 

「ム! ドウイウコトダ?」

「そうだよ、アルベドもデミウルゴスも何が分かったの?」

「アインズ様は何を思いつかれたんでありんすか?」

「ぼ、僕たちにも教えてください」

 

 二人以外のNPCたちから「やっぱりこの御方は凄いんだ……!」という思いの籠った視線を向けられ、何と言っていいか分からないアインズ。正直に言うべきなのだろうが、この期待を裏切るのが怖い。失望されるのが怖い。

 

 だから、

 

「デミウルゴス、アルベド。おまえたちが理解したことを皆に説明することを許す」

 

 丸投げすることにした。

 

 ついでに俺にも説明してくれ、と心の中でぼやきながら。



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PVN1

Player vs Non player character


 中央要塞にある一室で、ケラルト・カストディオは頭を抱えた。

 

 同室には、姉のレメディオスがいる。副団長を含めた部下や要塞の関係者には席を外してもらっていた。

 

「思っていたより重大な事態のようです。正直、判断を誤ったことは否めませんね」

 

 あの『農場』なる建造物について、聖王国の上層部の認識は甘かったと言わざるを得ない。しかし、ケラルトは事態への姿勢を改めることを決意した。

 

「そうなのか? 駄目だぞ、ケラルト。頭を使うのがおまえの仕事なのだから。カルカ様のお力になるようにしっかり考えなければならない」

「姉様……」

「おっと、私は悪くないぞ。私だってカルカ様の護衛やモンスター退治、自分の仕事はしっかりやっている。適材適所ってやつだ!」

 

 それはその通りだが、釈然としないものを感じる。この何も考えない態度に救われたこともあるため、不満を口にする気はないが。

 

「しかしだ。今回、私は亜人と戦うために来たのに、何もせずに帰るとはどういうことだ」

「姉様、そういう認識だったんですね……」

 

 しかし、ここで言っても仕方がないため、話しあいを進めることにした。もっとも、レメディオスが頭を使うとは思えないため、これはケラルト自身が自分の中にあるものを整理するための行為だ。つまり、ほとんど独り言である。

 

 王城のカルカに報告するための、事前準備と言ってもいい。

 

「まず、一度王城に戻る理由ですが、事前情報と実態が大きく異なっていることがあります。あの建物……自称住人たちがそう呼んでいるようなのであえて『農場』と言わせてもらいますが、あれがあそこまで巨大であるということを私は知りませんでした」

「そうだったのか?」

「……はい。何せ『城壁から見える場所に亜人たちが要塞を作ったらしい』というのが私を含めた聖王国上層部の認識のはずです。ですから、平野入口に物見やぐらほどの建物を作ったのだろうと思っていました」

 

 だから、第一報が中央に届いた時は『何をそんなに大げさに騒いでいるのだろう?』という印象だった。否、正確にはその第一報はカルカやケラルトといった上層部には届いてすらいなかったのだ。途中で『大した情報ではない』と留まっていたのだ。

 

 ケラルトが農場の存在を知ったのは、農場が出現してから三日後のことだ。カルカやレメディオスも同じである。あの時は間違いなく、今ほどの緊張感はなかった。

 

「カルカ様もそれ以外の上層部も、出発前の様子から、もう私たちが問題を解決したとすら思っているかもしれません」

「誰かが情報を改ざんしたのか?」

「珍しく頭を使ってもらって申し訳ありませんけど、今回に限っては違いますね。中央に届く前に誰かが情報を意図的に歪曲というよりは、人から人に伝わるにつれて認識と情報の食い違いが大きく変わったと言うべきでしょう」

 

 当たり前の話だが、特殊な場合を除き、伝令役からの情報がそのまま聖王女や最高司祭に届くことは有り得ない。何人かを通じて単語のニュアンスなどは変わっていく。書面ならばともかく今回は魔法による通信であったこともある。魔法による連絡は過去の事例などもあり信頼性が低いのだ。

 

 ここにカストディオ姉妹が揃っていることさえ異例の対応だった。城塞の軍関係者からの中央のあまりの対応の遅さから来る、癇癪さえ混じった要請のためだった。実際はそれでも不足していたのだが。頭を落ち着かせたらすぐに中央に戻り、国家総動員令を発動させることを勧めるべきかもしれない。

 

 無論、実際に国家総動員令が発動することはないだろう。農場からの攻撃らしい攻撃がないため、反カルカ派の王族や貴族たちが反対するに決まっている。農場自体、城壁の近くにあるわけではないのだ。亜人の襲撃の恐れもある丘陵地帯を進んで、竜が複数体いることが判明している王城より巨大な建造物に攻め込むというのはあまりにも現実的ではない。相手からの襲撃に備えるにしても同じことだ。

 

「平野入口どころか丘陵地帯の奥にある以上、現在の装備や人員では到着するのさえ困難でしょう。また、この距離感であの存在感ということは相当巨大なはずです。少なく見積もっても、王城よりも高いですね」

 

 それはつまり、聖王国よりも高い技術があることを意味している。住んでいる住人と建造した者が別である可能性もないではないが、ここまで正体不明だとそれは注目する意味はない。

 

「近くに行けば実物は案外小さいかもしれないぞ? 魔法による幻覚かもしれない」

「近くに行けないから困っているんですってば。正確に城壁から何キロの場所にあるか把握できていないんですからね? 魔法による幻覚の可能性は私も考えましたが、これほど長期間、大人数相手に通じる幻術などそちらの方が脅威ですね。これまでの証言から考えると、あの建物がただ巨大であることや、中の住人たちが弱いということはまず考えられませんしね」

 

 聖王国九色を一瞬で無力化する謎の仮面。天使かもしれない亜人。七体の竜に、それを従える少女。そして、それらを束ねる存在。

 

 ……あの場所がどういう場所なのか、住人たちがどういう存在なのかを理解する必要がある。

 

 あの隕石の事情も分からない。流石に自然現象だと片付けるのは無理がある。

 

 正直なところ、あの農場に行こうと思えば行けるのだ。現在、九色の四人がこの要塞にはいるのだ。その内のひとりはレンジャーの能力に長けているため、丘陵地帯は詳しいだろう。安全には難しいかもしれないが、確実に到着することはできるはずだ。

 

 ケラルトがそれを選択しない理由は、未知の危険性もあるが、政治的な理由が主だ。自分たちがここに来るのに踏んだ手続きは『亜人の討伐』だ。『謎の勢力との交渉』ではない。実際に農場内部に招かれたオルランドの話を参考によれば、比較的文化的な集団のようだ。つまり、交渉が可能な相手であるため、何らかの取引をしたいところだが、聖王女の名代として来ているわけではないため、そんな権限はない。聖王国の貴族をどういうというより、竜を何体も従えているような集団を怒らせるのも得策ではないため、安易な契約はできない。

 

 これが何も分からない状態であったならば、無理も通しやすかったのだが、いくらか明らかになっている部分があって、それが悉く問題を伴っているため、事態が複雑化している。

 

 相手のスケールが想定を大きく超えている。流石に自分一人で考えて行動していいレベルの話ではない。カルカにも現実を知ってもらって、二人で考えるべき事案だ。レメディオスは勘定に入れていない。戦闘になれば頑張ってもらおう。

 

「そういえば、ケラルト」

「何です、姉様」

「例の――神がいるかもしれない、などという発言はどう思う? 天使のような亜人についてもだ」

「そうですね……」

 

 荒唐無稽な話ではあるが、そもそもあの農場の存在自体がこれ以上ないほどに荒唐無稽であるため、安易に否定できない状態だった。

 

 それを含めてあそこに行きたいのだが、そう言えば説明が面倒なので、煙に巻くことにした。

 

「神様がいるなら、カルカ様に良い殿方との出会いを与えて欲しいものですけど」

 

 自分や姉を含めこれまで男性とのそういう話がないため、『聖王女と聖騎士団長と最高司祭はただならぬ関係である』という噂には辟易しているのだ。

 

 聖王女の伴侶となるに相応しい男性など、色々な意味でそう簡単にいるとは思えないが。

 

 

 

 

 

 

 アインズは自室のベッドに突っ伏した。酒にでも溺れたい倦怠感を伴って。

 

「ふぅ。アインズ様っていう奴はすごいな、デミウルゴス。そんな賢い奴がいるなら是非紹介して欲しいもんだよ。俺みたいな凡人にはそういうヒトがいてくれた方がだいぶ楽になる……はは、どうしてあんな誤解してんだろう、あいつ」

 

 早めに訂正しておかないと彼らにとっての「至高の支配者」像はどんどん大きくなるのではないかという不安に襲われる。

 

「それにしても、聖王国の聖騎士団や神殿を扇動して、ホシゾラ立体農場に戦争を仕掛けさせるか。妥当と言えば妥当なラインだな」

 

 デミウルゴスによれば、農場は周辺の亜人を支配下に置いているが、聖王国側はそれに気づいていないらしい。聖王国はプロパガンダの一環で亜人の多くを邪悪と定めているそうなので、それを理由に衝突させるのだ。ドッペルゲンガーや悪魔を使って事件を起こせば簡単に暗躍できる。

 

 聖王国からの攻撃にどのような対応をするかでナザリックは農場に対する行動指針を決めればいいというわけである。温和な対応ならナザリックも安心して接触できる。逆に過激な対応をした場合だと、聖王国の味方をするのもありだ。無論、ナザリックより戦力が下であることが絶対条件だが。

 

 最悪の場合、つまりホシゾラ立体農場の戦力がナザリック地下大墳墓より同等以上であった場合、聖王国にはそのまま滅んでもらう。国を滅ぼした存在ならば、当然、周辺国家からは危険視される。その隙を狙って、ナザリックは各国の内部に干渉するというわけだ。

 

「俺の目的に沿うって言っていたけど、確かに暗躍がバレなければたっちさんは喜んでくれそうだよな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの名前を正義の味方として売り出せる。農場側を魔王――悪に仕立て上げることができるし、国家に借りを作ることができる。問題は、農場がアインズ・ウール・ゴウンの名前にどう反応するかだ。サービス史上最大の連盟による侵攻を受けたアインズ・ウール・ゴウンを知らないプレイヤーなどにわかでもない限りいないと思うが、プレイヤーがいない場合、NPCはアインズ・ウール・ゴウンを含めた他のギルドについて知らないかもしれないのだ。

 

 上手くいけば、農場や聖王国の戦力を観測できるだけではなく、この世界にいる他の強者もおびき寄せることが可能だ。シャルティアを洗脳した犯人に直接繋がるかは微妙だが、ヒントくらいは手に入るかもしれない。

 

 デミウルゴスやアルベドはまだ何か考えているようだが、アインズには分からない。当の本人たちはアインズが自分たちより先を考えていると思っているため、非常に始末が悪い。

 

「アンデッドにするための死体を集めたいけど、エ・ランテルの墓地から集める感じでいいかな。近くの湿地帯にリザードマンが大勢いるらしいけど、わざわざ殺す意味もないしな。農場みたいに、どこにユグドラシルのプレイヤーがいるかわからないんだし。まあ、墓地の死体を回収し終えて、プレイヤーの影がなかったら集めに行くか。ああ、種族で差が出ないなら森のゴブリンやオーガもいいな。でも近場で狩りすぎるとモモンの依頼も減るかもしれないしな。安定して死体が手に入るルートが確保できたらいいんだけどな」

 

 ユグドラシルでは、モンスターなどの死体を特殊技術などでアンデッドにしても一定時間が経過すれば消えた。しかし、この世界では『素材』がある場合は一定時間が経過しても消滅せずに永続的に存在し続けるのだ。無論、様々な条件はあるようだが、それは実験中である。

 

 アインズは生粋のネクロマンサー。一日の使用回数に制限はあるが、死体をアンデッド化させる特殊技術を持つ。つまり、死体があればあるほど、ナザリックの戦力を上げることが可能なのだ。しかも半永久的に。雑魚アンデッドしか増やせないのが玉に瑕だが、何も増やせないよりは遥かにいい。

 

「あ、そうだ。ラグナロク農業組合の資料でも読み返しておくか。あれはどこにしまったっけな……」

 

 アイテムボックスの中を探しながら、アインズは自分の脳内にあるラグナロク農業組合の情報を整理してみる。しかし、覚えている情報はそれほどない。あまり接点のないギルドだったこともあるが、それ以上に時間の経過が大きい。自分の仲間の情報さえ霞んできているのだ。他のギルドについて覚えていることなどそんなものだ。

 

 ラグナロク農業組合。ネット掲示板などでの通称は「酪農」。構成人数はアインズ・ウール・ゴウン(四十一人)よりは多かった。上位ギルドの一つではあったが、十大ギルドに数えられたことはないはずだ。ワールドアイテムはあったような気がする。

 

 ギルド拠点はホシゾラ立体農場。場所はヘルヘイムではないどこか。

 

 著名なプレイヤーは、たっち・みーとも互角の強さだったワールドチャンピオンの『純白と漆黒の天使』ライフ・イズ・パンダフル。そして『神災天魔』テラ・フォーミングとパレットのコンビ。

 

「お、あったあった」

 

 アインズの手には一冊の本があった。アインズ・ウール・ゴウンの諸葛亮、ぷにっと萌えを始めとした頭脳陣が監修した上位ギルド対策マニュアルである。何冊か作ってあるため、これにはラグナロク農業組合の情報は載っていない可能性もあるが、そうなればまた探せばいいだけの話だ。

 

「えーと、目次目次。お、良かった。これに載っているみたいだな、ラグナロク農業組合」

 

 該当のページを開き、仲間たちの残してくれた情報を見てみる。

 

「やっぱり交流のあったペロロンチーノやぶくぶく茶釜さんからの情報が多いみたいだな。何々……」

 

 ・ぶくぶく茶釜の場合

 鉄人女ちゃんがリアルで声優仲間なんで時々お邪魔してる。

 拠点はホシゾラ立体農場。全部で七階層あって、上に行くほど狭くなるって変な造り。

 下から順に、農場、貯水池、獣舎、工場、倉庫、住居、展望台。

 ナザリックで言うところのスケルトンやゾンビみたいな下級POPモンスターは蟲系と植物系。耐性ない人は毒対策必須。

 攻略するには、第一階層でどれだけ疲弊しないかが鍵。ここで脱落するプレイヤーがほとんど。特に階層守護者のおばあちゃんには要注意。フィールドとのシナジーがえぐい。

 逆に、第二から第四はダンジョンとしての難易度は低め。階層守護者戦を除けば、ここら辺で脱落するのはほぼ誤差。ギミックも面倒臭いってより面白い寄りなので楽しめる。

 これを書いている時点では第五階層より先は攻略されていない。それだけ第五階層には戦力が集中してある。課金に物言わせて火力上げて罠仕掛けている感じ。ナザリックで言う第八階層に近いかな?

 第六階層がナザリックの第九階層みたいに生活空間になっている。第七階層も込みで、あんまり特別なギミックはないよ。教えてもらってないだけかもしれないけど。

 ギルド拠点の維持資金を外で稼がなくても農場でできる食材アイテムをシュレッダーにぶちこんだら賄えるって。自給自足すごい。

 各階層の色んなところに、『牢獄』って領域に飛ばされるトラップあるから気をつけてね。

 ギルド長のパレットさんはおバカなところあるけど真面目だし身内に優しいし面白い人。

 客観的に見て、ギルメン内にある「パレットさんは私/俺の面倒を見るのに忙しいんだから皆ちゃんとしようよ」みたいな空気はだいぶやばい。あいつら、パレットさんが引退したらやっていけんのかな。

 それと、前ギルド長のライフさんはクズ。そりゃ第四位以下の幹部全員からリコールされるわ。少し話しただけだけど、私も嫌い。

 一刻も早くお亡くなりになって欲しいな☆

 テラちゃんは男を見る目がない。

 

 ペロロンチーノの場合

 姉ちゃんが拠点のことばっかり書いているので、メンバーのこと書いてくね。

 メンバーはこれを書いている日だと、八十八人。戦闘職が四十人くらいで、残りは生産職。

 掲示板とかじゃ戦闘狂のイメージもあるけど、やっぱり本業は農業って感じ。

 俺が一番仲いいのは、リリートンさん。元々はクラン『白百合同好会』のリーダー。姉ちゃんの後輩の鉄人女さんの兄でもあるんだって。ギルドメンバーの中では重鎮呼ばわりされてる。聖騎士のオーク。げきつよ。姉ちゃん級に硬い防御役。酪農じゃ一番硬いと思う。

 逆に、攻撃特化なのは一平さん。リリートンとはたっちさんとウルベルトさん級に仲が悪い。おっぱい星人なので俺とは趣味が合わない。修行僧のスライムだけど、うちのヘロヘロさんとは真逆。武器破壊じゃなくて武装や防御バフを貫通してくる。リリートンさんとは仲が悪いくせにコンビネーションばっちりなんだよな。

 ギルド長のパレットさんは戦闘職ではあるけど支援特化。悪魔の魔法剣士。あの人、メインアタッカーがして欲しいこと全部できるんだよ。悪く言ったら器用貧乏だけど、敵にいたら厄介すぎる。パーティー戦だと最初に落としておかないとやばい。職業がギャンブル要素の塊に見えるけど、勝っても負けても問題ないようにしてんだよな。あの人にとってデバフは実質バフ。やるなら大火力で速攻。

 パレットさんも『弟』なんで兄姉の苦労話で気が合う。あと絵が上手い。リアルでプロらしいからロハだと頼めないけど。

 サブマスのテラ・フォーミングさんはワールド・ディザスターの精霊。この人の強さは割とパレットさんのサポートで成り立っているので、単騎だとウルベルトさんの下位互換だと思ってもらっていいよ。

 姉ちゃんも書いてるけど、ライフ・イズ・パンダフルはマジクソ。くたばれ。

 戦闘能力はたっちさんといい勝負だけど、人格は話にならない。実力はあるからって人間ができているわけじゃない見本。

 

 

「……何があったんだ、二人とも。ライフ・イズ・パンダフルなんて愉快な名前のプレイヤーと一体何があったんだ!」

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層にアンフィテアトルムがあるように、ある程度の大きさのギルド拠点には似たような闘技場が作られているものだ。規模や内装、配置してあるモンスターにこそ差はあれど、伝統あるコロッセウムタイプの施設に対する憧れは普遍的に存在するものだ。

 

 ホシゾラ立体農場もその例に漏れず、第三階層『獣舎』に闘技場が作られている。正式名称は『モンスタースタジアム』。様々な魔獣同士を戦わせて見るという設定であるため、建造物自体があらゆる攻撃に耐えられるように強度の高い領域だ。ギルドメンバー同士の練習試合などもこの場所で行われた。

 

 古代ローマのコロッセウムというよりは、近代的な野球スタジアムに近い作りをしている。これは設計を担当したメンバーのひとりが野球ファンだったためだ。

 

 かつては第一階層の農場に作ろうという案もあったのだが、畑を作り過ぎたせいで場所が余っていないため却下された。第六階層や第七階層の案も出たが、ホシゾラ立体農場はその性質上、上の階層ほど狭いため、これまたスペースの都合で却下された。

 

 他の領域と同じく、侵入者が来ない農場では久しく使用されていなかった領域の一つであった。しかし本日、久方ぶりにその真価を振るおうとしていた。もっとも、対決をするのはジュウ配下の魔獣ではない。侵入者でもない。ギルドメンバー同士でもない。ギルドメンバー、崇高なる御方々の代表であるパレットと、十二天星十三位のネハン・オフィウクスである。

 

 替えの利かない仕事をしているNPC以外はほぼこの場所に集まっていると言っても過言ではなかった。

 

 会場の真ん中には、その二人が向かい合っている。

 

 放送席にて、ひとりの天使がマイクを手に叫ぶ。

 

『盛り上がってるのかー!? 私の可愛いソラマメちゃんたちー!』

 

 十二天星ポッポの呼びかけに、集まっているNPCたちは声になっていない歓声で応じる。

 

 歌姫として創造されただけあって、こういった集まりでは進行や実況は彼女が担当することになっている。

 

『実況は私ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴと、解説は農場の知恵袋ジュウちゃんでお送りするのさ!』

『ん、よろしく。ところでポッポ、人をお婆ちゃんみたいに言ってんじゃねえ』

『ご愛敬なのさ!』

 

 二人のやり取りにどっと沸く会場。箸が転がっただけで笑えるほど上機嫌なのである。

 

『早速選手の紹介なのさ! 受刑者もとい挑戦者、ネハン・オフィウクス。以上』

 

 ネハンの名前が出るなり、会場のあちこちからは強烈な野次が飛び交う。殺意さえ込められていた。

 

 しかし当の本人はそれを聞いても何食わぬ顔であった。

 

『対するは、我らが崇高なる八十八人の代表! ホシゾラ立体農場の統率者にしてユグドラシルに威光を轟かせた大悪魔! 世界樹に君臨する魔王の一柱、神災天魔の片翼、パレット様ァ!』

 

 その紹介を受けて、パレットは心底複雑そうな気持ちになるが、顔には出さないように努めた。会場の雰囲気が先程と打って変わって盛り上がっているのもある。

 

『さあ、始まるのさ。この日をどれだけ待ったことか……! 本日、ついにパレット様が決定されたのさ、ネハンのドクズの公開処刑を! おめでとう、皆! よくぞ今日まで耐えたのさ!』

 

 この場にいるほぼ全てのNPCがポッポの言葉に同調する。元から高かったボルテージは上がり、興奮の渦は止まることを知らない。感極まって隣の同胞と抱き合う者やハイタッチを決める者が多数見受けられる。祝い酒をする者までいる始末だ。

 

「兄貴の引退の時並みに盛り上がってやがる……。いや、兄貴の時とは事情が違うんだけど……。異世界転移して最初のイベントがこれってやだな」

 

 本当は止められるかと思っていたのだ。『いくらネハンでもそれはダメです』とか『また馬鹿なこと言ってないで真面目にやってください』とか言われるかと思っていたのだ。しかしソラとジュウを除いたNPC全員から賛成されてしまった。当のネハンも「そういうことですか。理解しました」の一言で納得していた。

 

 従兄弟の嫌われぶりを再確認したジュウは眉間を押さえながら訂正する。

 

『ん、厳密には違うからな? 処刑じゃねえからな?』

『水を差さないで欲しいのさ、ジュウちゃん!』

 

 ポッポの抗議に追従するように、観客席からジュウに対してブーイングの嵐が起こる。こうなることが分かっていたジュウであったが、後悔はない。創造主の言葉を捻じ曲げるなど、親愛なる同胞相手でも決して許されることではないからだ。

 

『ん、ネハンのことが嫌いなおまえらの気持ちはよく分かる』

『嫌いじゃないのさ。大嫌いなのさ。憎いのさ』

『だが、親父の言葉を自分本位に歪曲することは許さん。それは大罪だ。親父は――あの御方は農場に唯一残られた。その意志は絶対であり、その言葉は絶対である。ならば、その言葉を曲げていい道理はねえ』

『いやいや、転移初日にパレット様に物申したジュウちゃんが言っても説得力ないのさ』

『それとこれとは話が別だ』

 

 実際、転移初日にパレットが城壁に出かけようとしたことを諫めたのはファインプレーだ。それはポッポだけではなくNPC全員が承知していることだ。誰かがやるべきだったことであり、ジュウにしか出来ないことなのだから。だからこそ、ポッポは精一杯茶化すように言うのだ。

 

『まったく。ジュウちゃんもいい性格をしているのさ』

『よく言われる。ありがとう』

『褒めてないのさ!』

 

 再び沸く会場。沈みかけた会場の空気は持ち直したと言って良かった。

 

『じゃあ改めて解説するぜ。ネハンのアホがつい今朝方、また脱走しやがったっ』

『ジュウちゃん、言葉の所々に苛立ちが見えるのさ。ジュウちゃんも激おこなら怒っていいのさ。いつまでもあんな奴の肩を持たなくてもいいと思うのさ』

 

 会場の皆もポッポの諭すような意見に頷くが、ジュウは無視した。内心で思うところは多分にあったが。

 

『脱走して空を適当に飛んでいたら、ネハンは謎の蛙頭を見つけた。これがどうもこの周辺じゃまずいなかった高レベルだ。で、ネハンはそいつを倒そうとして魔法を使ったんだが……それが運悪くミシェルに流れ弾しちまったんだ』

『運じゃなくて、ちゃんと下方確認しないネハンが悪いのさ。ネハンの位置から普通にミシェルは見えたはずなのさ。十対ゼロでネハンの責任なのさ』

『正体不明の存在を逃がした責任、仲間を怪我させた罪により、ネハンは親父と試合をすることになった。制限時間は十五分。その間に死ねば死刑、生き残れるか親父を瀕死に追いやれば再投獄だ!』

『ひゃっほー! パレット様、ネハンをぶっ殺してくださいなのさ! ウス=異本のように!』

 

 最後の部分を聞いて、パレットは思わず噴き出した。NPCが知りそうにない単語が出たこともそうだが、使い方が間違っている。

 

『……ところでジュウちゃん、ウス=異本って何か知っているのか?』

『意味の知らない単語を口にするなよ。……いや、俺も知らないんだけどな。リリートン様や鉄人女様がやたら口にしていたような気がするんだけど……? 異本って言うくらいだから何かの魔術書っぽいんだけど、それにしては複数冊あるみたいな言い方だったような』

『私はリサイクルボトル様や三日ナイト様が言っているのを聞いたことがあるのさ。あ、秋田小町様も言っていたような気がするのさ』

『んん? そのメンバーに共通点だと……ダメだ、分からん』

『答えを知っている人がいたら、お便り待っているのさー』

 

 そのまま永遠に分からないままでいてくれと祈るパレットは現実逃避の意味も込めて眼前にいるネハンを見る。何故か余裕いっぱいに笑っていた。

 

「ふふ、パレット様もお人が悪い」

 

 妙に含みのある言い方である。何故このタイミングで言うのかも合わせて、パレットは首を傾げるが、自分なりの言葉を返した。

 

「おいおい、俺は悪魔だぞ? 性格が悪くて当然だろう」

「謙遜なさらなくとも良いでしょう。パレット様ほど慈悲に溢れた悪魔など存在しません」

「慈悲なあ? 俺には理解できない概念の一つだな」

「パレット様ほどの御方でも分からぬことがあるとは……! このネハン、驚きを禁じ得ません。いえ、違いますか。貴方様ほどの御方ならば慈愛と慈悲など意識することなく発揮できるというわけでございますね」

「何のこっちゃだぞ、おまえ」

 

 パレットにはネハンの発言は一から十まで意味不明だった。言葉だけ見るならば嫌味か世辞と受け取っただろうが、声音や表情が本心なのだと伝えてくる。

 

「まあ、とにかく、そういうわけだ。俺も同レベルとのガチバトルにはブランクがあるからな。慣らしに付き合うと思って――――全力で殺しに来い」

「――成程、そういうことですか。パレット様のお考え、確かに理解しました」

「え、ごめん、何が?」

 

 その一連のやり取りは周囲の皆も聞き耳を立てていた。ネハンの発言など不快感を増すだけだが、主人が相手ならば話は別だ。一字一句聞き逃してみるものかと神経をとがらせていた。放送席のジュウも同じだった。

 

『皆、いま親父が滑ったのは聞かなかったことにしてくれ』

「何だよ、ジュウ! いや、そりゃ確かにかっこつけて『全力で殺しに来い』なんて言ったのに、意味分からん返答されてこっぱずかしくはあるけどよー!」

 

 風格も威厳もないパレット。穴があったら入りたいとはこのことだった。

 

「パレット様ー!」

「大丈夫ですよー!」

「我々は何も聞いていませーん!」

「忘れます!」

「聞いていないことにするので、ネハンは死刑でお願いしまーす!」

「ぱれっとしゃま、がんばえー!」

「ねはん、しねー」

「こら、女の子がそんな言葉遣いをしてはいけませんわ」

「あーい。おなくなりあそばされろー」

「おまえが焼いた私の花畑のように焼き尽くさやがれ!」

「パレット様、私のチーズの仇をお願いします!」

「精々派手に散って俺たちの溜飲を下げさせろ、クズ野郎が!」

「パレット様の雄姿の生贄になれー!」

 

 こんなに嬉しくない声援は生まれて初めてだった。声援を受けた経験が稀な人生であったが、これ以上ないくらい複雑な気持ちになる経験などもっとない。何故、声援を受けているはずの自分がやりづらくて、野次を飛ばされているネハンの方が誇らしげなのだろう。

 

「おう……、兄貴、兄貴はどこだ? 助けてくれ。義姉さんでもいい。一平、リリートン、三日ナイト、いないのか? やっちーでも真珠貝でものんびりステーキでもマリーゴールドでもハマちゃんでもおにぎしでもアッチッチ・コッチッチでも抹茶爺でも七草粥でもすぱきゅーでもライスカレーでも反骨ラーメンでもシュガーバターでも秋田小町でもしめちゃばでも牛金時でもいい。ネハンがあんななのは皆の悪乗りが原因なんだから、俺だけが胃痛に襲われるのは間違いだと思います……!」

 

 何故、自分はここにいる。何故、自分は残ってしまった。何故、自分だけが農場に残ってしまった。何故、自分だけがこんな目に遭っている。何故、自分以外はここにない。どうして、どうして俺だけが、こんなに苦しまなければならない――!

 

 思っていた展開と違いすぎる。

 

「手加減するつもりは最初からなかったけど、お茶の濁しようがないなあ、これ」

 

 そもそも自分の性能ではネハンに負けることはないが、十五分で殺すことは難しい。万が一の可能性はないと思うが、そこは兄の最悪傑作の能力を信じるしかない。

 

 殺してしまった時は――、一緒に死んでやろう。

 

「ん、じゃあさっさと始めてくれ」

 

 開始の合図の笛を構えているソラに手を振るう。

 

 ソラはこの場に来る前、ネハンがまた問題を起こしたと聞いてから何も言わない。言えないでいた。お互いの創造主が伴侶である以上、姉弟と呼ぶにふさわしい間柄であるため、どちらかと言えばパレットやソラと同じ立場にあるためだ。迷惑をかける同胞たちに申し訳ないやら、問題ばかり起こすネハンが腹立たしいやら、結局パレットやジュウに動いてもらうばかりで自分が情けないやらで、彼女もいっぱいいっぱいなのだ。

 

 ソラは、この刑罰の結果がどちらに転んでもいいと思っている。薄情かもしれないが、農場の今後を思えばネハンはこの場で死ぬべきだ。一方で、不肖の弟には生きていて欲しい。

 

 だから、パレットの好きなようにしてもらって構わなかった。ソラはその結末を受け入れる。パレットがネハンに負ける可能性については最初から考えていない。これは信頼や願望の問題ではない。ただの現実だ。創造主と被造物というだけではなく、パレットはもっと特別な存在なのだ。

 

 愛しいヒトができるだけ傷を負わない形で終わることを祈りながら、ソラは笛を吹いた。

 

 次の瞬間、パレットの手にはどこからともなく出現した砂時計が握られていた。それはショップがないこの世界ではもう手に入らないであろう課金アイテムの一つ。

 

「初手でやるのは悪手なんだけどよ、開幕ブッパはロマンだ」

 

 一度やってみたかったんだ、とパレットは凄惨に笑った。

 

「超位魔法――」




アインズは洗脳を解除するために心を砕きながらNPCを殺して、パレットはお仕置きとしてヤケクソ気味にNPCを殺す! そこに何の違いもありゃしねえだろうが!


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PVN2

 時を少しだけ巻き戻す。

 

 その情報は、農場内に震撼をもたらした。

 

 ――ネハン・オフィウクスが処刑される。

 

 当初は何の聞き違いかと思った。あまりにも都合の良い幻聴かと思った。

 

 このユグドラシルではない未知の世界に転移してから、最も歓びに満ちた知らせであった。二番目はパレットの農地拡大計画である。あれだけの罪を犯しながら何故かユグドラシル時代は処刑が一度も検討されることのなかったネハンがようやく処刑されるかもしれないのだ。農場のNPCたちは盛り上がっていた。

 

「ぬひふ、きふっふふふふっふ……!」

 

 戦闘という名の処刑の開始を今か今かと待つ観客席の片隅で、その魔女は歪な笑い声を上げる。笑い慣れていないことが明らかな、不自然な笑い方だった。

 

 絶世の美少女と呼んで差し支えない外見だが、やたらと血色が悪いエルフだった。古典的な魔女装束と左右で色の違う瞳。大皿に山盛りのピーナッツを一心不乱にボリボリと食べていた。小豆色と大豆色の目は、偉大なる御方と憎悪すべき囚人に向けられている。

 

 この魔女エルフこそは、ホシゾラ立体農場第一階層所属、五穀衆がひとり、豆組ナッツだ。

 

「本当、まさかよね。ネハンが処刑されるなんて……。ユグドラシルでは一度もこんなことはなかったのにパレット様もどういう心変わりなんだが……。まあ、いいわ! パレット様万歳! 流石は私の創造主の次に偉大なる御方!」

「こんな時だけでも出てくれて嬉しいですね、ナッツ」

 

 母親のようなことを言うのは、リザードマンの癖にどこか蛙っぽい五穀衆筆頭の米組マイ。

 

 創造主にそうあれと設定された彼女は、米こそ最強の食べ物だと信奉しており、今回のような試合観戦じみた行為の飲み物は清酒を始めとした米を原材料とした酒に固定されている。つまみはその日の気分次第(本日は鮪の刺身)だが、シメはおにぎりかお茶漬けと決めていた。

 

 お猪口に注がれたぬる燗をちびりちびりと堪能しながら、しみじみと言う。

 

「普段は発酵蔵から出て来ない貴女がこうしてイベントに出てくれるなんて、五穀衆筆頭としては涙が出ますよ」

「う、うるさいわね、マイさんは。私が蔵から出てこないようになったのは、ネハンが納豆菌をばらまいた事件がきっかけなんですから、その犯人の処刑を見るのは当然じゃないですか」

「そうダス。ビールが美味しいダス」

 

 ナッツの隣には、農婦姿のオークがいた。五穀衆麦組コムギである。

 

 少量の清酒をのんびり飲むマイに対して、コムギは大ジョッキのビールを豪快に一気飲みするスタイルである。なお、ナッツは下戸であり酒は飲めない。

 

「今日ほどビールが美味しい日はないダス。何杯飲んでもすぐに空になってしまうダス。おっと、おつまみも食べちゃうダス」

 

 フライドポテトを素手で豪快にまとめて掴み、そのまま口に放り込む。三回ほど噛んだら、また大ジョッキのビールを煽り、ポテトを胃へと流し込む。

 

「ぷはー」

「相変わらず豪快……」

「体に悪そうな食べ方でもありますね」

「余計なお世話ダス。今日くらいは好きに食べさせて欲しいダスねー。あ、お刺身ちょっとちょうだいダス」

「構いませんよ。その代わり、貴女のポテトもいただきますよ」

「いいダスよ。あ、ナッツ、枝豆はないんダス?」

「ちゃんとありますよ」

 

 五穀衆の女子たちが酒と食事を楽しむ一方で、男子たちは眉をひそめて考え事をしていた。

 

「むむむ。やはり賭博は成立しそうにねえか。そりゃそうだな。誰も彼もネハンが負けることを、いや死ぬことを祈ってんだから」

 

 まず、五穀衆粟組アワワ。不真面目かつずる賢い猿猴だ。今回、彼はネハンの処刑が試合形式であると聞き、賭博を開こうとした。しかし、オッズが滅茶苦茶であり賭けとして成立しないため、断念するしかなかった。上手くいけば一ヶ月ほど三食が豪華になるはずだったのだが。

 

「ぬぬぬ。処刑の後はお祝いの言葉をかけるべきか否か。いや、やはりパレット様からしてみれば、あのネハンも甥っ子……。そのようなことは避けるべきなのか。ぬぬぬ」

 

 演劇派のオーガである五穀衆黍組キビタロウ。ネハンの処刑が『無事』に終了した際に、パレットにどのような言葉をかけるか悩んでいた。

 

「しゃーねか。おい、キビ。俺たちも酒盛りを始めようじゃねえか。今日は何やっても無礼講で済みそうだし、好きに飲もうじゃねえか」

「しかしですね、アワワさん。貴方と違って拙者には――」

「じゃあそのポップコーンはいらねえってことだな。もらうぞ」

「あーっ! 誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」

 

 その時、笛の音色が響いた。

 

 ついに待ちに待った処刑の開始である。

 

 

 

 

 

「超位魔法――――」

 

 パレットの周囲に数多の魔法陣が展開される。

 

 超位魔法。

 

 ユグドラシルでは魔法は第一位階から第十位階まであるが、更にその上にあると設定されている魔法だ。魔法に分類されているが、どちらかと言えば特殊技術に近い性質を持つ。

 

 発動するためには魔法陣を展開してからの準備時間が必要であり、発動した後にも冷却時間があるため、連続で超位魔法を使用することはできない。冷却時間はどのような手段でも短縮することはできないが、発動時間の方はアイテムで省略可能である。

 

 パレットが取り出した砂時計がそれに該当する。ユグドラシルでは課金をすれば比較的楽に手に入るアイテムであるが故に、この世界ではもう入手が不可能に近いものだ。

 

 また、超位魔法は準備中に一定のダメージを受ければ解除されるという特性がある。

 

「《龍雷(ドラゴン・ライトニング)》!」

 

 故に、パレットが砂時計の効果を発動する前にネハンが攻撃を仕掛けるのは当然の対応であった。

 

 パレットの周囲に展開されていた魔法陣は消えた。

 

「失敬。ですがパレット様。いくら僕でも超位魔法を受けるわけにはいかないので」

「だよな。おまえならそうすると分かっていたよ」

『おーと! パレット様が超位魔法を使おうとしたけど、ネハンの攻撃で中止されてしまったのさ!』

『そりゃこれ見よがしにあんな変な魔法陣を展開されたらな』

 

 何が起きたかを理解した観客席からブーイングの嵐が起こる。ネハンが大人しく処刑されないこともそうだが、御方の玉体に躊躇いなく攻撃したこと、御方の最強の魔法を中断させたことなど、他のシモベであったら考えられない行為だ。これだけで極刑に値する。

 

 しかし、当のパレットには苛立ちなど皆無だった。

 

「どうされました? パレット様にしてはあまりにも無防備な――」

「ん、おまえたちも超位魔法に関する知識はあるわけだ。でも、俺の能力についての情報は知らなかったみたいだな」

「はい?」

「戦いはまだ始まったばかり。いきなり上位の魔法は仕掛けてこない。カウンターを狙っているかも、と警戒するしな。それに、この距離だ。確実に規定値のダメージを入ることを優先すべきだから、詠唱がすぐに済む名前の短い魔法――つまりは下位の魔法を使ってくると思っていたよ」

「ま、まさか――」

「ん。仲間からもよく言われたけど、俺はバカなんでね。戦法はいくつも考えらない。だから、このパターンはまあ、鉄板というか十八番なんだよ」

 

 それは凄惨な笑みだった。普通の人間と大差のない形態でありながら、魔王と呼ぶに相応しい邪悪な笑い方だった。

 

「痛みは鍵、傷は門、肉体は監獄。何が出るかはお楽しみ……! 特殊技術、《ブラッド・オブ・ゴルゴーン》+《アンリミット・ソウル》+《サモンスロット》+《魔血解放》!」

 

 ダメージをトリガーに複数の特殊技術を重ねて発動する。

 

 ネハンの雷撃を受けてパレットの身体にできた小さな火傷が、ぐちゃりとグロテスクな音を立てて大きくなっていく。傷が大きくなっているのではなく、肉として、物体として巨大になっていく。

 

 巨大な肉塊はやがてパレットの身体から離れ、一個の生物を形成していく。

 

『おおっと! パレット様の身体の一部が膨らんだかと思ったら、それが分離して鶏になったのさ! ちなみにトサカが大きいから雄鶏なのさ』

 

 そして、完成したのは、紅蓮の炎を纏った巨大な鶏だった。人間一人なら背中に楽々乗れるほどのサイズで、全体的に色合いが派手で孔雀に近い。その身体から発する熱は観客席まで届くほどだが、最も近くにいるパレットは平気そうだ。悪魔である彼には炎に対する耐性があるため当然だ。

 

紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)か。上等上等。――行け」

 

 怪鳥は翼を大きく広がると、弾けるように飛び出し、目の前のネハンに対して嘴攻撃を繰り出した。

 

「《転移(テレポーテーション)》」

「《次元封鎖(ディメイショナル・ロック)》」

「ならば、身体強化をさせてもらいましょう」

 

 ネハンは怪鳥から距離を取るために転移魔法を発動させようとするが、パレットは素早く転移妨害で対応する。しかし、ネハンは身体能力を上げることで回避を選択した。無論、パレットはそれを上回るように紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)に強化魔法を付与する。

 

 紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は物理攻撃だけではなく、炎による攻撃も行うが、ネハンは防御魔法を発動する。

 

『鶏ちゃん、強いのさ。よし、ネハンをボコボコにしちゃうのさ! ジュウちゃん、解説!』

 

 放送席のポッポがジュウに解説を促す。

 

『ん、俺もここで御方々が練習試合をしているのをちらりと見たことがある程度でよくは知らないんだが……』

『何それ、いいな!』

 

 根本的にホシゾラ立体農場はダンジョンであるため、全エリアが戦場と言えばその通りなのだが、住人であるギルドメンバー同士が戦う場所は限られる。その限られた場所に第一階層は含まれていないため、ポッポは御方々の戦いなど見たことがない。御方々が侵入者であるプレイヤーを倒す場面は何度か目撃したことがあるが、支配者同士の戦いはそれとはまた違った魅力があるはずだ。逆に、第三階層には滅多に侵入者が到着しないため、ジュウにはその経験はない。

 

『その練習試合の時に親父がよく使う手だったよ。親父にはダメージを受けた時に発動する特殊技術を複数持っていて、それを同時に発動させるんだ。ダメージがトリガーとなってモンスターが召喚される。相手の使用した魔法やダメージ量も影響しているみたいなんだが、運が大きいみたいだな』

『ほうほう。運とは?』

『どんな核となっている能力が最初からそうなのか、それとも重ねている補助のデメリットなのか知らないけど、あれ、どんなモンスターが出てくるかは親父にも分からないみたいなんだ。ルーレットを回すみたいに、ランダムで決まるみたいでな』

『使い勝手悪すぎなのさ!』

 

 例えば、防御力が高いモンスターが必要な場面で、隠密能力に秀でたモンスターが召喚されても仕方がない。炎耐性が高い種族を相手取っている時に、炎しか出せないモンスターが出ても意味がない。一見、あらゆるメリットをデメリットが上回ってしまうように思える。そして、その印象は正しい。

 

『親父は支援特化の魔法剣士。相手の攻撃が激しいならば防御役(タンク)を担い、罠が予測されれば探知役(シーカー)に徹し、仲間が傷つけば回復役(ヒーラー)に回り、攻め手が欠けるならば火力役(アタッカー)を補う。役回りが多い分、一つの能力の精度は落ちる』

 

 それは、個としての最強を諦める道でもあった。万能は難しい。ユグドラシルではほぼ不可能と言っていい。最上位に君臨するプレイヤーは自慢の一芸を持つ超火力型ばかりだ。

 

 無論、そんな能力構成でもパレットはプレイヤーの中では比較的上位に位置付けられているため、間違いなく強いのだが。人望や運だけで上位ギルドのギルド長を務めていたわけではない。

 

『それを補うための、ギャンブル構築ってわけだ』

『成程なのさ。いや、サポート要員が運任せってそれ大丈夫なのか?』

『運任せって言っても、賭けに負けることを含めて考えられたかなり複雑なビルド構築みたいだからな。ん………………器用に頭を使わないといけない戦い方、何でするかね』

 

 ジュウのセリフの妙な間には「馬鹿の癖に」という含みが込められていたことを、ほぼ全員が察した。

 

『重いデメリットを飲み込んでも、強いモンスターを召喚する能力が必要なのさ。特に単騎戦だとな。完全異形形態なら話は別なんだが、人間形態だと補助しかできねえから。新戦法の練習相手には程よいみたいで、よく御方々とボコり合いしてたけど』

『パレット様もパレット様だけど、その他の皆様も皆様なのさ』

 

 しかしその光景を見てみたかったと内心で思っているのはポッポだけではなく、この場にいる全てのシモベに共通する感想だった。第三階層に所属するNPCの何割かは目撃経験があるため、密かに優越感を覚えていた。

 

『あと、何つうか、一対一の戦いだと安定が嫌いなんだよな、親父。運試しも含めて、根本的に戦いを楽しむための能力をしているっていうか……。パーティー戦だとあのスロット召喚とかのギャンブル能力は使わないで、徹底的に仲間の皆様の補助に回っているみたいだし』

『パーティー戦で主役になれないストレスを、一騎打ちで発散しているだけのようにも思えなくはないのさ』

『ん、かもしんねえな。おっと、状況が動くみたいだぞ』

 

 紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は嘴や翼、炎などで攻撃するし、それは確かにネハンにダメージを与えているが、決定打にはならない。かなり高レベルのモンスターであるが、所詮は召喚モンスターだ。レベル百のNPCの相手には不足がある。パレットの補助があるからこそ戦闘になっていると言っても良い。

 

 しかし、決定打こそ受けていないものの、ネハンは攻撃に移れないでいた。転移は封じられたため、《飛行(フライ)》と身体強化の魔法を併用することで攻撃を回避し続けているが、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。

 

 動いたのはネハンの方だった。

 

「いつまでも防戦一方では面白くありません。第九位階魔法《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 

 第九位階の、対象の心臓を握りつぶすという即死魔法だ。ネハンはネクロマンサーであるため、死霊系魔法に通じている。初見だがタフネスの高いモンスターのようなので、火力で倒すよりも即死魔法の方が手っ取り早いという判断だ。

 

「グエェ……!」

 

 短い断末魔を上げ、紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は絶命した。高い耐性があるはずの闘鶏に即死が入ったということは、ネハンが特殊技術などで即死成功率を上げたということだろう。また、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》には即死に抵抗された場合、朦朧状態になる追加効果がある。そのため、即死に失敗した場合でもパレットに攻撃する隙が出来るというわけだ。

 

「続けていかせてもらいますよ。《隕石落下(メテオ・フォール)》」

 

 壁となったモンスターが消えたことで、ネハンは距離を取りながら、素早く攻撃を仕掛けた。それも威力の高い第十位階魔法で。

 

 だが、パレットには焦りの色もない。

 

「ん、俺も《隕石落下(メテオ・フォール)》っと」

「なっ!」

 

 防御するでもなく、回避するでもなく、新たなモンスターを召喚するでもなく、相手と同じ広範囲・高火力の魔法を選択したパレット。

 

 二つの隕石はスタジアムに立つ二人の頭上にそれぞれ落下し、爆発と衝撃波を起こす。観客席のシモベたちはあまりの光と熱に顔を庇った。

 

 光と熱が収まり、スタジアムを見ればそこには同程度の傷を負ったパレットとネハンの姿があった。加えて言うならば、パレットが人間形態から半異形形態になっている。

 

 パレットは複数の形態を持つ悪魔であり、人間形態・半異形形態と完全異形形態では大きく性能が異なるそうだ。NPCの多くは今日まで異形形態どころか半異形形態すら見たことがないため、実際にどのような違いがあるかは知らず、またどのような姿であるかも知らなかった。

 

 その半異形形態姿のパレットがそこにいた。完全異形形態でないと判断したのは、身体のサイズがそれほど変化していなかったからだ。また、半異形形態を経ずに完全異形形態になるのは処刑という体裁であっても、勝負においては無粋な行為だ。あの美学の塊のようなパレットが低俗な行為をするはずがないという奇妙な信頼であった。

 

 新たに召喚されたモンスターではない。この距離で崇高なる御方を召喚モンスターと見間違えるなど、どのように忠誠心のないシモベでも間違えない。

 

「あれが、パレット様の半異形形態であるか」

「は、初めて見たっす」

「かっけえなおい!」

『ザ・悪魔って感じじゃねえか』

「なんて凛々しいお姿でしょう!」

 

 一言で言うならば、それは『悪魔』だった。

 

 あまり目が良くない者でも、観客席から闘牛の両角、蝙蝠の翼、蛇の尾を確認できる。目が良い者は、顔つきや手の形状が人間ではなくなっていることを発見した。更に観察眼がある者は、手足が長くなっていることや口から牙が生えていること、瞳の色が赤くなっていることにも気づくだろう。

 

 悪魔らしい外見になったパレットは、盛大に口を歪ませて笑う。

 

「……ん~、いいねえ。第十位階だとこんなに痛いのか。はっはっは! 痛みってのは実にいい! 自分が生きているんだって実感できるってもんだ! ん、でもマジいてえな」

 

 上機嫌だった。ひたすらに上機嫌だった。最初の雷撃には大した痛みはなかったが、流石に隕石が直撃した時は死ぬかと思った。現実世界の肉体強度ならば最初の雷撃にかすっただけで死んでしまうだろうが。

 

 ダメージの計算式がユグドラシルと同じで、ネハンのスペックも変わっていないのならば、パレットのHPは十分の一より少し多いくらいが削れたはずだ。コンソールが出ないため、体感では分かりづらい。情報系魔法で調べることは可能だが。

 

 これの十倍の威力ならば自分を一撃で殺せるのだと、頭と体に叩き込もうとするが、ネハンはもう動き出した。

 

「《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》!」

 

 単体相手ならば雷系魔法では最上位の魔法だ。悪魔であるパレットは種族由来の炎耐性を持つが、雷系魔法への耐性はあまりない。本当は聖なる力に連なる魔法に弱いが、死霊系魔法に特化したネハンはその手の魔法は覚えていない。

 

 巨大な豪雷がパレット目掛けて襲い掛かる。

 

「ん、《ダメージ・ダイス》」

 

 天上に人間サイズはある巨大なサイコロが出たかと思えば、パレットの真正面に落ちてきた。出目は六だった。一瞬、雷を防ぐための壁かと思われたが、特に減衰された様子もなく、パレットは雷に貫かれた。

 

「ぐがあああああっ!」

 

 だが、次の瞬間、膝をついたのはネハンの方だった。何故か、雷撃を放ったはずのネハンが落雷を受けたような姿に変わり果てていた。

 

「そして、まさかの《藁人形》」

 

 対して、パレットには大したダメージが入った様子はない。それどころか、先程の隕石で受けたはずの傷がほぼなくなっていた。否、現在進行形で傷が徐々に小さくなっている。

 

『……ジュウちゃん、解説!』

『ん、親父とネハンが《隕石落下(メテオ・フォール)》を打ち合ったのは皆も理解していると思う。で、その後に何があったかって話なんだが……。まず、親父が半異形形態になった理由だ』

『え? そんなの、ネハンが簡単に死なないからじゃないのか?』

 

 完全異形形態ほどではなくとも、人間形態から半異形形態になればスペックは上がる。変身することによるボーナスは、複数の形態を持つ者の利点だ。

 

『そっちじゃなくてな。親父は形態変化において、条件がついてんだよ』

『条件?』

『そうだ。別段珍しいことじゃないらしいぜ? 例えばリサイクルボトル様も、おっと、この話はまた別の機会だな。とにかく、親父は自分の好きなタイミングで好きな時間だけ半異形形態や完全異形形態になれるわけじゃない』

『ふむ、なのさ。それで、その条件とは何なのか?』

『――召喚したモンスターの死亡だ』

 

 それを聞いたポッポは、にやり、といやらしく笑った。観客席の何割かも同じ表情を浮かべている。小さく噴き出した者までいる。

 

『じゃあネハンのアホは自分からパレット様を強くしてしまったわけなのさ。とんだ間抜けなのさ!』

『ん、普通なら最善手ではあったけどな。親父の基礎攻撃スペックは物理も魔法も決して高くないし、召喚モンスターを出されたままにしておくのも面倒だ。普通、あの手の上位モンスターを召喚する特殊技術は何度も使えるもんじゃない。剣であり盾であった鶏を倒しておくのは下策とはならないんだよ、普通』

 

 やたらと『普通』を強調するジュウ。言外にパレットが普通ではないことをポッポ含めた全員に伝えていた。無論、ジュウに言われるまでもなく、この場に集まっている全員はそれを承知しているが。自らの創造主を含めた八十八人の代表であるパレットが、普通なわけがないのだ。

 

『次に、爆炎が消えるなり、ネハンは雷撃を放った。第九位階魔法の《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》。ネハンが使える魔法の中じゃ強い魔法の一つだな。あいつの使える第十位階魔法はほとんど死霊系で、悪魔でプレイヤーな親父には利きが悪い。時間停止もあるけど、親父なら普通に対策しているだろうからMPの無駄だ。となると、《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》が最適解になるわけだな』

『で、パレット様が出したあのサイコロは何なのさ?』

『詳しい効果は知らないんだけどな。どうもダメージを減らすみたいだぞ。数値はサイコロの目に応じてランダムってところか? パーティー戦でも使ってたから、自分だけじゃなくて複数人対象にできるみたいだな』

 

 ジュウの分析に、パレットは心の中で拍手を送る。

 

 能力の名称を《ダメージ・ダイス》。パレットの取得している職業の一つ、メイガス・オブ・ダイスの特殊技術だ。ジュウの分析通り、サイコロの出た目に応じてパーティー全体が受けるダメージを減らすというものだ。六の目が出ればダメージを百パーセントカットできるが、一の目が出れば防御力が下がるデメリットもある。

 

 この能力の利点としては、再使用までの冷却時間がかなり短いことだ。また、他にも『HP以外では、ダメージ処理は本来の数値が適応される』点が珍しい。

 

『じゃあ、ネハンが雷に打たれたみたいになっているのはどういうことなのか?』

『そこはほぼ回答が出てんだろう。受けたダメージをカウンターで返した……いや、違うな。受けるはずだったダメージを反射したって感じか』

『受けるはずだったダメージ?』

『ああ。どうやらあのサイコロによる防御、実際にHPが受けるダメージと、それ以外の部分で処理される数値とは別物みたいだな。せこい』

『むむ? よく分からないのさ』

『後で改めて説明するから、今は詐欺したとでも思っておけ』

 

 人を嘘つきみたいに言いやがってと憤るパレットだったが、反論できるほど自分が誠実な人間ではないことは自覚しているため、目の前のネハンに集中することにした。

 

 ネハンは回復手段を持っていないのか、傷を癒やす様子はなく、代わりに壁となるモンスターを召喚している。ネクロマンサーの代名詞的な特殊技術、アンデッド作成だ。召喚しているのは死の騎士(デス・ナイト)。レベル三十五程度の中位アンデッドだが、優秀な能力を持っているため、ユグドラシルのネクロマンサーたちが前衛として愛用されていた。

 

『パレット様の傷が時間の経過とともに回復しているのは種族由来の特殊能力なのか?』

『ありゃ親父の、というか親父の体内に封印されているモンスターの能力だろうさ。不死鳥か人魚でも取り込んでんじゃねえの?』

 

 その言葉を聞いた途端、ポッポとギャラリーが急に固まった。突然の静寂に、パレットとジュウは困惑した。ネハンは構わず魔法で低位のアンデッドを並べていた。ソラは半異形形態のパレットに見惚れていた。

 

『…………ジュウちゃん、今なんて?』

『ん? 親父の体内に不死鳥か人魚が封印されてんじゃねえかって話か?』

 

 ジュウの推測はほぼ正しい。パレットの自動再生能力は種族や職業の特殊能力ではなく、能力で取り込んだ不死鳥の能力だ。訂正するべき点があるとすれば、『封印』ではなく『同化』であるということか。

 

『え、そうなのか!? そんな話、初耳なのさ!』

 

 大げさに驚くポッポ。否、ポッポからしてみれば大げさな驚き方などではないし、すでに事情を知っていた面々以外からは妥当な反応だと認識されていた。

 

『最初に出した鶏だって、便宜上召喚したって言ったけど、普通の召喚モンスターみたいに異界から来たわけじゃなくて、親父の体内に封印されていたモンスターだからな?』

『あれ、そういうシステム!? あ、だから血肉を媒介に召喚されたってことなのか? 道理でレベルが高いとはいえ面倒な手続きが必要な召喚能力だと思ったのさ。むむ? そうなると、その封印されていたモンスターが死亡することがパレット様の半異形形態化のスイッチだとすると……うん、これ以上は考えるの面倒だからやめるのさ!』

『おう。皆、知らなかったみだいだな……。これも後で改めて説明する』

 

 解説を聞きながら、パレットは改めてNPCたちの知識がかなり偏っていることを知る。パレットの能力だけではなく様々なことを勉強会と評して教えるのもいいかもしれない。しかし、パレットは他人に上手く物事を説明ができる自信がないため、ジュウやテラといった頭脳陣に任せることになると思うが。それに、教えていいことと教えてはいけないことの線引きも難しい。

 

 しかし、先程のポッポの発言から考えるに、農場のNPCたちはパレットの種族――即ち混合王魔(キマイラ・デーモン)について知らない可能性が出てきた。戦闘開始前の『ウス=異本』の話から現実世界に関する知識が著しく欠如していたり間違って覚えていたりするようだが、ユグドラシル内の知識でも知らないことがあるのだろうか。

 

 そうこう考えている内に、ネハンは随分と大量のアンデッドを召喚していた。しかし、パレットの回復もかなり進んでいた。数を揃えたネハンに対し、ほぼ万全の状態に戻ったパレット。ダメージがある分、ネハンの方が無理に思われた。

 

「流石はパレット様。僕など所詮、貴方の肩の上で遊ぶ子どもですか」

「普通は手のひらの上で踊るんじゃないのか……?」

 

 肩の上で遊ぶなら、じゃれているだけだ。本当にただの子どもではないか。自分たちの関係は叔父と甥なわけで正しいと言えば正しいのかもしれないが、現在は殺す王と殺される罪人だ。そんな感想は色々な意味で間違いだと思われるのだが。

 

「ふふふ。まあ、そういうことにしておきましょう」

「え……?」

『こら、ネハン。意味不明どころか意味のないことを言って親父を困らせるな』

 

 しかし暖簾に腕押し。あるいは糠に釘。それとも蛙の面に水と言うべきか。

 

「では、パレット様。第二ラウンドと行きましょう!」

 

 勝手に仕切り直そうとするネハンに対して、親子はツッコミを入れる。

 

『マイペースにも程があるぞおまえ!』

「おまえ本当、あのクソ兄貴の子だな!」

 

 しかし、当のネハンには通じるわけもない。

 

「おお、パレット様。これ以上ないほどの褒め言葉でございます!」

「くっそぅ。こんな場面でなければ本当に褒め言葉として使ってんだけどな」

 

 パレットは悪態をつきながら剣を抜く。

 

 ネハンは純粋な魔法詠唱者だが、パレットは剣も魔法も使える魔法剣士。総合的な数値はパレットの方が上だが、魔法に関する数値はネハンの方が上回っている。更に言えば、切り札の切り易さはネハンの方が上だ。しかし、プレイヤーであるパレットの方が戦闘経験は圧倒的に多く、選べる手段も多い。

 

 完全異形形態になれば話は別かもしれないが、パレットの完全異形化は条件がやや厳しい。弱い相手だと条件を満たす前に勝ってしまい、逆に強すぎる相手だと条件を満たす前に負けてしまう。ネハンは微妙な塩梅だ。まして今回は制限時間がある。それを考えると――。

 

「勝負の分かれ目は、超位魔法を使えるかどうか、だな」




・混合王魔(キマイラ・デーモン)
 悪魔から派生する最上位種族のひとつ。
 モンスターを吸収する特殊能力を持ち、吸収したモンスターの特殊能力を使用可能になる。
 強いモンスターを吸収しても素のステータスに影響はない一方で、弱点は反映される。例えば、竜を吸収した場合、竜特攻の対象になる。
 ダメージを受けてモンスターの召喚する能力はまた別の種族スキル。


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PVN3


鎖をくれ、二個しかない


 ホシゾラ立体農場には意外と娯楽施設が少ない。

 

 その一つが、このスタジアムなのだ。無論、警備担当のシモベ以外がこの施設に足を踏み入れること自体、ユグドラシルの頃には一度も許されなかったことだ。

 

 何が変わったのだろう。世界が変わったのか、パレットが変わったのか。これから自分たちも変わるのだろうか。変わるとしても、それは良いことなのだろうか。

 

 普段は第六階層『住居』で掃除を担当しているメイドのひとり――エレーナは空っぽの瓶の整理をしながら答えを求めずに考える。

 

 スタジアムの片隅には、調理用のスペースがある。食堂ほど専門的な料理はできないが、観戦の御供に好まれるような簡単な料理ならばここで作られるようになっている。枝豆やポップコーン、唐揚げ、フライドポテトなど、品数は少ないが定番どころは抑えている。

 

 飲み物は定番のビールは勿論、日本酒やワインも出せるが、保存用のスペースが小さいため、先程から酒蔵やワインセラーの往復で忙しい。専門的な料理も頼めば出してくれるが、食堂の方から取り寄せるため若干時間がかかる。

 

 この手の労働の担当は第六階層に所属しているNPCだ。しかし、スタジアムの処刑観戦の対応など初めての経験であるため、慣れない動きを見せる者も多かった。普段の給仕とは勝手が違う。次の機会があれば第一階層のメンバーにも手伝いを要請したいところだ。

 

 しかし、次回似たようなことがあっても、今回のケースはあまり参考にできないのが難しいところだ。次回の公開処刑もネハンである場合は別だが、今回処刑されて欲しいためあえて考えないようにしている。

 

 エレーナの種族は人間である。

 

 現在のホシゾラ立体農場には、エレーナを含めて人間は五人しかいない。かつてはギルドメンバーの中にもいたのだが、その方々は姿を見なくなって久しい。ネハンはその五人の内のひとりだ。そして、ネハンのせいで農場内では人間への印象は悪い。厳密には、エレーナを含めた三人にも原因があると言えばあるのだが、ほぼネハンの責任だと言っても過言ではない。

 

 農場に所属する者は種族で仲間を差別することはないが、それはそれとして自分の種族が仲間内から悪印象を抱かれているのは非常に居心地が悪い時がある。居心地の悪さに気づかれた時の気まずさも嫌いだ。何より、自分を創造してくださった御方に申し訳がない。自分の全てを誇れないなど。ジュウはともかく他の二人も同じ意見のはずだ。

 

「実際のところ、どうなんですか?」

 

 ふと、エレーナは疑問を口にした。

 

「何がだね?」

 

 メイドの質問を向けられた対象が自分であることを理解した第六階層守護者の芥山はそう返す。察しているのに敢えて訊ねたのか、本当に気づいていないのかは不明だ。彼の表情からは感情が読みにくい。元より、五つの顔を物理的に持つドッペルゲンガーだ。顔から心を読み取ろうろするなど滑稽だろう。

 

 只今の外装は筋肉隆々としたニューハーフだった。ぱっと見は大柄な女性なのだが、声が低く、よく見れば肩幅が広いため、ある程度接していれば男性と気づく。

 

「パレット様はネハンを殺してくださるんですか?」

 

 パレット。偉大なる御方。農場の統率者たる大悪魔。崇高なる八十八人の代表で、唯一残られたヒト。

 

 ワガママで、考えなしで、怒りっぽくて、無責任で、適当で、それでも優しい御方。

 

 その慈悲はとても尊きものであるが、ネハンにだけは向けて欲しくないものだ。しかしながら、あの御方の愛には例外がない。最も大切な何かはあっても、大切ではない何かはない。だからこそ、あの御方だけがこの農場に残られたのだ。

 

 他の御方々が価値がないと判断し放棄した我々如きの為に、残ってくださったのだ。

 

 エレーナの疑問は彼女だけのものではない。この場にいる者だけではなく、観客席で見ているシモベの半数以上は大なり小なり同じような疑問を抱えているはずだ。

 

 パレットはネハンを本気で殺すつもりで戦ってくれるのだろうか、と。

 

「御方の言葉を疑うべきではないよ」

 

 階層守護者としては模範解答以外の何物でもない言葉だ。しかし、それで終わらないのが芥山というNPCである。

 

「しかし、まあ、ネハンがちゃんと処刑されるかどうかと言われたら微妙なところだけどね」

「やっぱり、パレット様は手心を加えるおつもりで?」

「それはちょっと違うね」

 

 芥山は人差し指を立てた。そして、左右に振るう。

 

「パレット様は愛に溢れた御方だ。そして、その愛は特にご家族――ライフ・イズ・パンダフル様やテラ・フォーミング様に向けられている。ジュウやソラ、ネハンも同じだ」

 

 振るっていた人差し指がぴたりと止まった。

 

「ただ、手心を加えるかと言われたらそれも微妙なんだよ」

「と言いますと?」

「何せ、あの御方はジュウの創造主だ。君も知っているかもしれないが、我らが軍師殿は骨の髄まで戦闘狂なんだよ。まして、その性質はパレット様から受け継いだ様子だからね。我が神たるアッチッチ・コッチッチ様もよく嘆かれていたよ。『ギルマスは戦いに夢中になると作戦忘れちゃうから困るにゃ』とね」

 

 苦笑しながら、芥山は言う。

 

「つまり、手心を加えようという発想が最初にあっても、戦っている内に忘れてしまうのさ」

「それ、ただの馬鹿なんじゃないですか……?」

 

 エレーナからの問いに、芥山はキョトンとした。そして、真顔で訊ねる。

 

「そうだよ? 知らなかったのかい?」

 

 それを受けて、エレーナも真顔で答えた。

 

「いえ、知ってますけど」

「だからパレット様はサポートを主体とした能力構成なのだよ。戦いに夢中になり過ぎないようにね。そして、仲間との連携がない一対一の戦いならば、必ず我を忘れる」

「ですがそれだと……」

 

 エレーナがその後に何を言おうとしたのか、芥山には分からなかった。そして、エレーナ自身も意識には残らない。

 

 スタジアムが大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘という名の処刑が開始されてから、既に十分が経過していた。しかし、状況は一進一退であり、中々決着はつかない。それでも、会場の熱気は下がることを知らない。

 

「《魔法最強化(マキシマイズマジック)隕石(メテオ)――」

 

 ネハンはまたしても《隕石落下(メテオフォール)》を使用とするが、それより早くパレットが特殊技術を発動する。

 

「《ジャンケンポン!》」

 

 パレットの取得している職業のひとつ、ジャンケンオウ。その名の通り、ジャンケンの能力である。相手とジャンケンをし、その勝敗によって発動する効果が異なる。

 

 魔法の発動を強制的に停止し、パレットとネハンはお互いに右手を前に出した。

 

 パレットが握り拳(グー)で、ネハンが開いた手(パー)だった。

 

「負けちまったか。ネハンがパーで勝ったから、おまえが回復か!」

 

 パレットが発動した《ジャンケンポン!》はタイミングさえ合えば魔法や特殊技術の中断に使えるのだが、デメリットがやや大きい。ジャンケンに勝てば問題ないどころか自分を強化できるのだが、相手が勝ってしまうと相手を有利にしてしまうのだ。

 

 パレットがグーで負けた場合、即ち相手がパーで勝った場合、HPを回復する。

 

 確かに第十位階の発動を阻止できたのは大きいが、そのために発生したダメージの回復は決して妥当な代償とは言い難い。

 

 この戦いで《ジャンケンポン!》を使用した回数はすでに五回。パレットが勝った回数は一回だけであり、三回負けて、一回引き分けた。もしも一度も使用しなければ、すでに勝敗が決していた可能性がある。

 

「ありがとうございます。いえ、これも貴方の計算の内だとは思いますが――」

「くっだらねえこと喋ってんじゃねえよ。白けるだろうが!」

 

 何やら妄言を吐き出しているネハンに対して、パレットは剣を振るう。しかし、盾として召喚していたアンデッドによって防御される。構わず、二撃目を振るう。アンデッドは倒されたが、ネハンは攻撃範囲の外まで退避していた。追撃を行おうとするが、ネハンの魔法による牽制で阻止された。

 

「くひひ、ききき、かっかっかっか……!」

 

 楽しそうだった。

 

「やっぱり楽しいな、愉しいな、面白いな! 一対一の戦いは!」

 

 実際に楽しいのだ。

 

 パレットという男にとって、転移してから今日までは暇だった。

 

 否、暇だったのはもっと前からだ。ユグドラシルの頃からだ。皆がいなくなってから退屈だった。皆に捨てられてから億劫だった。皆に忘れられたと気づいた瞬間から、死んでしまいたかった。生きることが面倒になった。

 

 ユグドラシルが終わるはずだったあの瞬間、誰も彼も死んでしまえとと思った。死んでしまおうかとすら脳裏に浮かんだ。

 

 なのに、自分は今日こんなにも生きていたいと思っている。自分以外に誰も彼も生きていて欲しいと願いながら、狂喜をばらまいている。

 

 嬉しすぎて、どうして自分がネハンと戦っているのかなど全く覚えていないほどだ。

 

 殺したくないと思っていたような気もするし、殺さなければならなかったような気もする。

 

 分かっていることは、戦いたいように戦っていいというだけだ。

 

「あはははははははははははははははははは! いぃぃぃぃやっははははははははあ! はっはっは、はっはー! 最高の気分だぜ!」

 

 ネハンの魔法を防御も回避もせず、自らの肉が焼ける匂いや血が流れる感覚に、パレットは興奮していた。全身が上げる苦痛という悲鳴に歓喜していた。思考が鈍るほどの激痛に感動していた。

 

「ああ、生きているって素晴らしい!」

 

 およそ作戦だの戦略だのが見えてこないほどの、無鉄砲な戦い方だった。知性の欠片もなく、品性など粒ほども見えず、理性など塵に等しかった。獣の方がまだ秩序を感じる。

 

『ジュウちゃん。パレット様が狂ったのさ』

『心配するな。元からだ』

『ジュウちゃん。そんなパレット様を見て、長官殿がうっとりしているのさ』

『報告するな。あの女の趣味は俺には理解できん』

 

 もはや、放送席の二人も実況と解説を諦めている様子だ。

 

 観客席のNPCの多くも、「パレット様が楽しいそうだからいっかー」というテンションで、何となく楽しんでいるだけだ。

 

「なんか、ぐだって来たな」

 

 観客席の一画、巨躯故にひとりで三人分の席を占拠しているジャックス・ゴールは、巨大な骨つき肉を噛み千切りながら漏らした。

 

「何つうか、パレット様、純粋に楽しんでねえ? これがネハンの処刑だってこと頭にねえだろう」

 

 肉の余韻をビールで流し込みながらの意見ではあったが、それを否定する者は周囲には一人としていなかった。ジャックスの意見が正しいというのもあるが、彼の周囲にいたのが直属の部下、即ち第二階層に所属する海賊団のメンバーだったからというのもある。

 

 立場の上下関係は勿論のこと、ジャックスの恐ろしさを船員たちはよく知っている。ネハン・オフィウクスという例外を除けば、農場で最も趣味の悪い海賊のおぞましさは、骨肉に刻まれているのだ。仲間に対して冷酷な振る舞いをしないことは百も承知だが、それを差し引いて考えてもやはり凶悪な男なのだ。

 

 海賊船の船長とは絶対的な畏怖の象徴でなければならない、とジャックスの創造主である一平の思想であるからだ。

 

 しかしながら、その船長が問いかけたのだ。それが誰ともなしに向けた呟きと言えど、無視するわけにもいかない。だが、下手なことを言って怒らせるのも良い案ではない。

 

 階級が同じ階層守護者ならば、仲の悪いガンリュウを除いて、余程なことを言わない限りは悪い展開にはならない。しかし、この周囲に階層守護者はいない。各自、自分の階層の住人たちと同じエリアにいるからだ。放送席のジュウや食事の手配をしている芥山のような者もいるが。

 

 階層守護者がいないとなると、必然的にその下の階級である十二天星の出番というわけになる。そして、第二階層には十二天星はひとりしかいない。

 

「それはそうだヨ、キャプテン」

 

 クリオネ型天使、海賊団副船長『うお座』ニゲラ・ピスケスだ。ジャックスに負けず劣らず残忍な面のある天使だが、非常に陽気なことでも知られる。愉快犯的な思想もあるため、喧嘩を煽るようなこともしばしばあるのは問題だが。……ジャックスとガンリュウの喧嘩が発生した場合、本気で止めようとするミシェルに対して、ニゲラは適当な態度なのがその証拠だ。

 

「何せ、パレット様は戦闘狂だからネ~。見る分には楽しいけど、味方にいたら迷惑なタイプの。しかも、自分が勝っても負けても大して気にしないっていう御方だヨ」

「そいつはちょっと違うぜ、ニゲラ」

「ヨヨ? どういうことだヨ、キャプテン」

 

 ジャックスはすぐには答えず、持っていたジョッキを空にする。そして、スタジアムの真ん中でアンデッドを魔法で吹っ飛ばす主君を見ながら、凄惨に笑った。

 

「パレット様は強欲な御方だ。勝利も敗北もどっちも欲しいんだよ。勝敗を度外視している? ちげえな。あの御方にとって、勝敗はポジティブな意味で同価値だ」

 

 しめちゃば様の受け売りだけど、と言いながら大きなハンバーガーを丸飲みする。

 

「意味が分からないヨ! トンチ?」

「意味なんてねえからな。パレット様の行動理念は、何つうか単純すぎて意味不明なんだよ。さっきのネハンの戯言じゃねえけどよ」

 

 追加のビールに口をつけながら、ジャックスは続ける。

 

「早い話、あの御方は戦いを愛しているのさ。まあ、これはパレット様だけじゃなくて御方々皆さまの半分くらいがそうだったみたいだけどよ」

「確かにって、キャプテン! 何か状況が動きそうだヨ!」

 

 ニゲラの言葉に、ジャックスは思わず立ち上がる。

 

「おっ! ついに死ぬか? 死ぬか、あの納豆野郎! 死ねよ生ごみが!」

「肥料になる分だけ生ごみの方が上等だヨ!」

「馬鹿、おまえ、忘れたのか? ネハンの野郎が第二階層の生け簀に生ごみ捨てやがったことを! あのせいで養殖の稚魚が全滅しちまったんだぞ」

「忘れてないヨ! でも忘れていたかったヨ!」

 

 スタジアムの中心には、お互いに同じ程度にボロボロのパレットとネハンがいた。

 

 ネハンが召喚したアンデッドたちは全滅している。代わりに、青電を纏う大蛇がいる。話に集中していて見逃したが、先程の鶏と同じようにパレットが特殊能力で召喚したモンスターだろう。

 

 大蛇はパレットを中心に大きくとぐろを巻いている。パレットが台風の目になっている図だ。鎌首をもたげて、ネハンに対して威嚇の声を上げる。

 

 ネハンのデスナイトのように、大蛇は壁モンスターとして機能している。それをパレットの僅かに冷静な部分が驚きと喜びで見る。この大蛇は本来、防御役ではなく探知役としての役割が大きく、このように召喚者を守るような指示を出すことはユグドラシルでは出来なかった。

 

 ゲームが現実化したことで、同士討ちの解禁を始めとした様々な仕様が変わった。特に、召喚モンスターに出せる指示の自由度の高さが便利だ。パレットのようにモンスター召喚を戦いの主軸にしている者にとっては、戦い方が大きく変わる変化だ。

 

「成程。パレット様はこの状況を作り出したかったわけですか」

「ん? いや? これは適当に戦っていたらこうなっただけだ。ひとりでキャンパスと睨めっこしてんじゃねんだ。狙った通りの展開なんて描けるかよ」

 

 げらげらと笑いながら、農場の大悪魔はそう宣う。

 

「ん、今度こそ発動させてもらうぜ、ネハン。状況は最高だ。今度は止められねえぜ……!」

 

 その手には、処刑開始直後と同じように砂時計が握られていた。

 

「《混沌大地》起動。一から十まで踏みにじれ、原初の槌……!」

 

 パレットの手に握られた砂時計が握りつぶされる。

 

 

 

「超位魔法――《星辰戦禍(ティタノマキア)》」

 

 

 

 その瞬間、世界が割れた。

 

 超位魔法《星辰戦禍(ティタノマキア)》。パレットの修得している超位魔法の中では唯一の攻撃魔法にして最強の攻撃手段。切り札にして奥の手。

 

 効果は単純明快。使用者を中心とした円形に繰り出される、防御無視・耐性無視・無効化不能の無属性攻撃である。

 

 それを、自分の壁として存在する大蛇も巻き込んで、ネハンに放った。

 

 スタジアム全体が攻撃の衝撃を受けて、大きく揺れる。

 

『あっはっはっはっはっは! パレット様ってばこんなド派手な攻撃をしてくれるとは驚きなのさ!』

『あの、バカ親父。スタジアムぶっ壊す気かよ』

 

 爆笑するポッポとフィールドの心配をするジュウ。

 

 魔法による振動が収まると同時に、ソラが笛を吹いた。

 

 それは制限時間の十五分が経過した合図だった。

 

 そして、パレットの超位魔法を受けたネハンは――――――。

 

 

 

 

 

 

 一時間後。第七階層『展望台』領域『メインホール』。

 

「ライフ・イズ・パンダフル様のばーか! アホっす!」

 

 創造主から『超かわいい』を意味する名前を与えられたチョーカは、その可愛らしい顔を可愛らしく膨らませて、しかし可愛げもない言葉でここにはいない崇高なる御方に罵倒を吐き出した。

 

『チョーカ。不敬だぞ』

 

 チョーカを窘めるドブロクであったが、彼の足元には大量の酒瓶が転がっていた。揚げ足を取る言い方をすれば完璧な球体であるドブロクに足はないし、彼の下には酒瓶が転がっているのは日常的な風景であったが、その本数がいつもの三倍はあった。

 

 身も蓋もない言い方をすれば、やけ酒の成果だった。

 

「だーって、ネハン、ライフ様から持たされていた蘇生アイテムのおかげで死んでなかったんすよ!? あれがなかったらパレット様の超位魔法で死んでたはずなのにー!」

「蘇生アイテムが発動した時点で一回死んでんだろ。それで溜飲を下げとけ」

 

 そう言うリンカであったが、彼女自身納得がいっていない様子なのは誰が見ても明らかだった。

 

 何故ならば、彼女もやけ酒ならぬやけコーラ中だったからだ。酒を飲んでいないのは下戸だからである。天使であるが故に耐性を外さない限りは酩酊にならないのだが、どんなに気分が悪くても酔っぱらいにはなりたくもないのがリンカという天使であった。

 

「もふもふ」

 

 いつものように何を言っているのか分からないマクラであるが、言葉が分からないなりに不機嫌そうではあった。長い髪の隙間から手を出して、ビスケットを食べている。口も目も見えないため、植物モンスターのような特殊な生物に見えてくる。

 

「ふぅ。リンカの言う通りですわね。どうせまた脱獄するでしょうけど、再投獄になったのですからそれで納得するしかないですわ。あとは、マクラきゅんでも見て癒されますわ」

 

 不可思議な姿でビスケットを貪るマクラを見ながら、十二天星リーダーのハヤは紅茶を啜る。絶世の美女であるが、その顔はかなり気持ち悪かった。視線を向けられているマクラは気にしていないが、リンカはドン引きしていた。他のメンバーは面倒くさいので無視していた。

 

「…………」

 

 しばらく任務で農場を離れていたジャクチョは無言でパンケーキをゆっくりと食べていた。彼は誰にも話しかけないし、誰からも話しかけられない。基本的に彼は不干渉を貫く。久しぶりの農場の空気に歓びは感じているが。

 

「荒れてんな、ここも……」

 

 ジュウが重々しく言う。

 

 ジュウの言う通り、現在農場の空気はお世辞にも良いとは言い難い。ネハンの処刑がそれだけ望まれていたとも言える。パレットの戦闘が見れたというだけで満足してくれているNPCもそれなりにいるのだが、だからこそネハンが死んでくれたら最高だったという意見も少なくはない。

 

 何より問題なのが、当のネハンが全く反省していないことだ。自分が間違っていることくらいは認めて欲しいし、嫌われていることも自覚して欲しい。

 

「おまえら、ネハンのことも良いけど、親父の――」

 

 露骨に話題を逸らすことで空気を変えようとするが、先にチョーカが話を振ってきた。

 

「ところで、兄御」

「ん、何だ。人の顔をマジマジと見つめやがって。何かついてんのか?」

「ついているどころか、あるはずものがないっす」

「あん? あ……」

 

 ジュウは自分の顔を撫でて、普段のガスマスクをつけていないことに気づいた。そういえば、ネハンが捕まって会議堂に連行された時に外して、そのままにしているのだった。

 

「やべ、会議堂に置いたままだ」

 

 どおりで、今日は呼吸が妙に楽だったはずだ。それに、やたら仲間たちから顔を見られていると思った。ネハン関係のことかだと思っていたが、それにしては抗議めいた色がなかったため違和感はあった。別に隠しているわけではないため同胞たちは素顔を知っているが、ジュウがガスマスクを外すのはかなりレアな光景であるため、見てしまうのだった。

 

 物珍しさというだけではなく、非常に美しいというのもあるのだが。人の視線を自然と集める絶世の美男子である。階層守護者のガンリュウも美しい顔立ちをしているが、吸血鬼の彼とは違って温かみのある顔をしている。

 

「それにしても、兄御は顔がいいっす」

「そうそう。とにかく顔がいいよな」

『人間の社交界? に出ればモテモテだろうな』

「もふもふ」

「眼福ですわ。出来ればもっと幼い姿のドクターも見てみたいですけど」

 

 その言葉を、ジュウは無感動に受け取る。ジュウの顔は偉大なる父が手ずから作り上げたものだ。自分が美しいのは太陽が眩しいくらい当然である。無論、御方々に褒められれば謙遜くらいはするが。

 

「入るのである」

 

 農場外の警備状態を確認に行っていたスケア・クロウ・リブラが戻ってきた。

 

 一口に天使と言ってもユグドラシルには様々な天使がおり、その中でも彼の種族は飲食ができない種族だ。そのため、スケアは創造主から与えられた指輪を使って一時的に人間化し、飲食を取る。食事によるバフを考えても人間化による弱体の方が大きいため、完全に娯楽だ。

 

「スーさんも早く飲むっす!」

 

 チョーカがラムネの瓶を掲げるが、スケアはそれを手で制す。

 

「そうしたいのは山々であるが、そうも言ってられないのである」

 

 てっきりすぐに指輪の力を使って人間化して飲み食いに参加するかと思われたが、通常の機械天使の姿のままジュウの前に立つ。

 

「軍師殿。報告が二つあるのである」

「……親父には?」

「これからである。少しばかり予想外のことが起きたため、パレット様の前に軍師殿に聞いてもらおうと思った次第である」

「悪くない判断だ」

 

 佇まいを直し仕事モードに切り替えたジュウに、スケアは問う。

 

「最初に聞きたいのであるが、面倒臭そうな報告と確実に面倒臭い報告、どっちを先に聞きたいであるか?」

 

 機械の二本指を立ててそう質問してくるスケアを見て、ジュウは強烈に嫌な予感がしてきた。良い予感という奴は滅多に当たらないが、悪い予感はやたら当たるものだ。

 

「じゃあ先に、面倒臭そうな報告から聞こうか」

 

 ジュウは『面倒くさそうな報告』とやらが、すでに制圧した亜人たちの反乱か、まだ支配下に置いていない亜人たちの接触あたりだと予測した。聖王国や他の国家からの接触であれば『確実に面倒臭そうな報告』に入るはずだからだ。

 

 亜人たちはシンプルな思考の種族が多い。武力によって黙らせるのも手だが、食料の供給などで懐柔するのも楽な方法だ。飴と鞭は使い分けるタイミングが重要なのだ。農場最上位の頭脳を持って生まれてきたジュウにとって、亜人たちの支配など容易い。

 

 しかし、スケア・クロウ・リブラからの報告はジュウの予測を遥かに超えていた。

 

「アーグランド評議国の永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者リク・アガネイアを名乗る者が開拓中の土地に現れ、パレット様に謁見を求めているのである」

「確認だけど、それが確実に面倒臭そうな報告じゃねえんだよな!?」

「比較的、ではあるが」

 

 案山子の天使が頷くのを見て、ジュウは天井を仰いだ。

 

「もし本当に竜王の使者だとしたら、最悪に近い事態かもしれねえな」

「ちなみに、最悪の事態は?」

「人間至上主義を掲げるスレイン法国からの宣戦布告」

「あー。なーる」

「天使を神の使いだって信じているらしいっすし、うちたちが一発入れてきましょうか?」

「やめろ。天使によく似た亜人扱いされるのがオチだ。それに……十二天星にはもっと天使らしい仕事を用意しているからな。出番まで待ってろ」

『何だよ、期待させちゃってくれるな、軍師殿は!』

「まあ、今はアーグランド評議国だな」

 

 アーグランド評議国。人間も少しは住んでいるが、国民のほとんどは亜人の国らしい。他種族国家という意味では、現在ホシゾラ立体農場が作ろうとしている国のモデルケースである。

 

 永久評議員を務めている竜王たちを警戒はしていたが、距離もあるため、接触があるとしてもあと二週間は先だと思っていた。だからこそ、ジュウは偽物の可能性を疑う。潜在的な敵国であるスレイン法国の者が騙っている可能性も、僅かながら存在する。

 

 リク・アガネイアとやらが本当に竜王の使者であった場合、ツァインドルクス=ヴァイシオンの行動は少しばかり早急に思う。元々フットワークが軽いと言われたらそれまでだが、このような行動を取らせた理由は何なのか。

 

 農場が過激な反応を見せても対処できる余裕があるのか。それとも、何か予想外の事件でも起きて焦る必要が出来たのか。

 

 兎にも角にも、話をしてみるしかない。上手くいけば評議国を味方にできるが、失敗すれば戦争開始だ。問題なのは、統率者であるパレットを会談の場に出すかどうかだ。最高責任者である以上は出るべきなのだが、あまり簡単に此方のトップを動かせば下に見られる可能性もある。しかし、相手から侮っていると憤られても困る。

 

 その見極めは重要だ。

 

 まだ丘陵地帯掌握の目処も立っていないのに、どうしてこうも問題が次々に起きるのか。

 

「ちなみに、接触したのは外を全裸で疾走していたジャンボマンである。先方に誤解されている可能性もあるため、軍師殿にはそのフォローも頼みたいのである」

「おまえら、俺の胃に穴でも開けてえのか?」




パレットの修得している他の超位魔法は『花見』『海水浴』『ハロウィン』『クリスマス』がモチーフになっている。効果が微妙なネタ系ばかり。
……ただし、ネタ扱いしていいのはユグドラシルでの話であり、モモンガの『蝗』のように、転移後世界ではどれも絶大な力を誇る(殺傷能力はほぼ皆無)。


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交渉1

 アーグランド評議国永久評議員、『白金の竜王』ツァインドルクス=ヴァイシオン。最強の竜王の一体。通称、ツアー。

 

 彼――正確には彼が能力で動かしている鎧――の姿は、アベリオン丘陵地帯にあった。

 

 ツアー本人は動くことができない。とあるマジックアイテムを守らなければならないからだ。それに、今回の主な目的は偵察であるため、潰しがきく鎧の方が都合が良い。

 

 現在生き残っている竜王の中でも特に精力的に動いている彼であるが、その行動目的はスレイン法国やぷれいやー、即ち異世界ユグドラシルに関する事項が多い。

 

(竜帝たる父は間違ったことをした。慈母たちも間違っている。だから、だからこそ私が世界を守る。私が、世界を守るのだ)

 

 ツアーの元に法国の最強部隊、漆黒聖典が動いたという情報が届いた。行く先はトブの大森林。六大神の残した遺物も使用する可能性が高いのとこだった。

 

 トブの大森林と言えば、あそこには滅びの魔樹たるザエトルクワエが封印されている。二百年前も根っこの一部が封印から放たれて、十三英雄と交戦した。ザエトルクワエの封印が解けた可能性もある。人類の危機となる前に倒すか再封印するつもりなのか。それとも、別の何かをするつもりなのか。

 

 今後の展開が世界にとってまずい事態になることを懸念したツアーは、現在と同じように鎧で出動した。しかし、そこで遭遇したのは謎の吸血鬼。確実に悪に分類されるもの。ツアーが操る鎧よりも強いが、ツアーの知る限り、あのような吸血鬼は聞いたことがなかった。かつての仲間にも難度の高い吸血鬼はいるが、確実に彼女よりも強い。あの吸血鬼は二百年前の魔神たちよりも強い。

 

 百年の揺り返し。ぷれいやーを始めとするユグドラシルから来訪者がやってくる時期になったのだ。

 

 あの時は撤退したため、彼女の正体や目的は分からなかった。だが、ツアーには悠長にしている暇はなくなった。聖王国近辺に出現した『農場』のことを知ったからだ。

 

 今回のぷれいやーは六大神や八欲王のように拠点ごと転移してきたようだ。それも、多くの人の目に触れるような場所に。

 

 拠点があるということは、ほぼ確実に従属神もいるだろうが、問題なのはぷれいやーの数と性質だ。

 

 異邦者なりに世界やツアーたちに歩み寄ったぷれいやーはいた。人類救済を選び、ツアーと取引を交わした六大神がその筆頭だ。魔神たちと戦った十三英雄の何人かもぷれいやーだ。海上都市で眠る彼女も、此方側になるだろう。『口だけの賢者』も制度や技術の改革に手を出したが、世界を乱したというほどではない。

 

 反対に、世界を乱す側のぷれいやーもいる。特に、八欲王によって竜王を始めとする数多の種族が大打撃を受けた。そのため、ぷれいやーを「竜帝の汚物」と呼ぶ竜王もいる。ツアーもぷれいやーの襲来は好ましく思っているわけではないが、無条件で排除するほどではない。取引により大人しくしてもらえるならば、それで構わない。

 

 果たして、今回のぷれいやーは善と悪のどちらなのか。悪であっても交渉が可能ならば問題がないし、善であってもスレイン法国に味方するならば敵対は必至だ。六大神はともかく彼らの思想を受け継ぐ法国は、手段を選ばれない。あくまでも人類存続のために戦っている彼らではあるが、ツアーの視点から見ればぷれいやーの次に世界を乱す存在なのだ。

 

(あの建物のぷれいやーは、あの吸血鬼と関係があるのか?)

 

 今のところはそれほど過激な行動をしているわけではないようだから、評議国を通じて正式に国家として接触する選択肢はあった。だが、ツアーは単独で農場との接触を選んだ。理由は、先日の吸血鬼だ。あれが農場に所属する者ならば方針は排除になる。転移時期が近いならば関係者である可能性もあるが、それだけで行動を決めるのも愚かな判断だ。

 

 それこそ、あの吸血鬼の討伐を農場のぷれいやーにしてもらうのが最善なのだから。ユグドラシルからの異邦人を相手にするのに、ぷれいやーが仲間ならば心強いというものだ。

 

 聖王国には一度だけ接触しており、それ以後は不干渉を貫いているようだ。ギルド拠点近辺に生息している亜人たちは手当たり次第に制圧したようだが、大きな被害を受けた部族はいないようだ。喧嘩を売られる前に力を示したという意味では、むしろ穏便な行為の部類だ。性質を見極めるには情報不足だ。

 

 不用意に近づけば警戒網に触れる可能性もあるが、ツアーは接近を試みた。見つけてもらえるならばそれでいい。問答無用に攻撃する相手ならばそういう相手だったというだけだ。腹の探り合いをするまでもなく、方針が決められるのは悪いことではない。

 

 そんな決心をしたツアーの認識内に、何やら猛スピードで近づいてくる気配があった。

 

(早速お出ましかな?)

 

 

 そして出現したのは、巨大な全裸だった。

 

 

「え?」

 

 思わず素の声が出るツアー。

 

 呆然としそうになる自我を切り替えて、此方にやってくる相手を見る。

 

 まず、全裸だった。ツアーを含めたドラゴンも基本的には服や鎧など着ず、着けても装飾品の類であるし、そういった種族も少なくはない。だが、目の前からやってくる相手はそういった種族ではないように見えた。

 

 身体の形は人間やエルフといった人間種に近い。全裸である故、性別が雄であることは確認が容易だった。しかし、ある二つの特徴が人間種であることを否定している。

 

 一つ目の特徴は、巨体であることだ。全長は三メートルを優に超えている。高いだけではなく、厚みもある。筋肉をこれでもかと強調された肉体であり、鋼鉄の鎧のようにあらゆる攻撃を弾くだろう。筋肉のたくましさが、肉体を身長以上の巨体に見せていた。

 

 これだけでならば亜人の一種である巨人かと思えるが、もう一つの特徴が彼の種族を教えてくれた。

 

 背中から生えた純白の翼である。ただ白いだけではなく淡い光を放っている。鳥の翼――より厳密には鳩のそれに近い形状をしている。肉体に比例して巨大であり、人間の大人ひとりよりも大きいのではないか。

 

 この二つの特徴が、あれの正体が天使であることをツアーに教えてくれる。翼を持つ亜人種や異形種は他にもいるが、肉体の巨大さ――もっと言えば身体の異質さも合わせて考えると、天使とするのが妥当なのだ。

 

 天使。法国を始めとして神の使いだと考える者も多いが、ほとんどの国の神官はただの召喚モンスターの一種だと断じている。

 

 しかし、あの天使はツアーの知る召喚天使たちとは一線を画す異質さがある。あれからは召喚モンスターよりもぷれいやーに近い何かを感じる。

 

「むおおおおおおお! いちにっ! いちにっ! おのれ、ネハンめ! パレット様に処刑されながら死なないとは何たる不敬! 大人しく死んでいればいいものを、あの筋肉否定派の陰険ネクロマンサーめ!」

 

 大きな掛け声を上げながら全力疾走で此方に近づいてくる全裸の巨大天使。翼があるのに何故地面を疾走しているのかは分からない。別段、翼を負傷している様子もないのだが。もっと言えば、全裸である理由も分からない。

 

(着ていた服を何者かに奪われて逃げている……? いや、そんな感じじゃないか)

 

 おそらくツアーに接触しようとしているのだろうから、このまま近づくのを待つことにした。やけに迫力満点で走ってくるが攻撃の意志は見受けられないため、ツアーも極力構えないようにした。

 

「うおおおおおおおおお! これこそは次回処刑時のための祈りの走り……! 我が疾走を偉大なる父にして筋肉神、アブラオオメ・ニクマシマシ様に捧げる! おおっ……真っ裸ーニバル!」

 

 何か言っている。

 

 と思ったら、ツアーの横を通り過ぎた。

 

「え?」

 

 横切られる瞬間に強烈な風を受けながら、またも呆然と声を上げるツアー。それを聞いて、巨体天使は急ブレーキをかけ、砂塵を巻き上げながら反転して、ツアーと対面した。

 

「むっ! 全力で風を感じていて気付かなかった……。何者だ、貴様! ここをラグナロク農業組合新農地開拓予定地と知って……む? このあたりの亜人ではないな? もしや聖王国の者か?」

 

 ビシっとツアーに指を突き付ける巨大全裸天使。糸一つ纏わぬ肉体を見られても一切羞恥心を感じた様子もない。森の奥地に生息する野蛮なゴブリンですら腰巻をつけているのに。

 

 困惑しつつ、ツアーは名乗る。

 

「……リク・アガネイアと言う」

 

 流石に、この段階で正体を明かすわけにはいかない。十三英雄のリーダーのように、世界の安寧に与する側ならば本当の名前や正体を明かしても問題はないかもしれないが、現段階では「変人がいる」以上のことは分かっていないのだから。

 

 アガネイアという性に意味はないが、「リク」というのは古い知人の名前だ。忘れるわけにはいかない、ひとりのプレイヤーの名前だ。

 

「アーグランド評議国永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者として参った。確認なのだが、貴殿はあの建造物の所属する者と言うことで間違いないか?」

「如何にも」

 

 全裸の巨大天使は胸を張って首肯した。

 

 そして、堂々と――必要以上に堂々と自らも名乗る。

 

「私の名はジャンボマン・タウラス。崇高なるラグナロク農業組合にお仕えする十二天星の一星にして第四階層守護者補佐なり」

「成程。その物言いから察するに、貴殿はぷれいやーではなく従属神――えぬぴーしーか」

 

 従属神。ユグドラシルでは『えぬぴーしー』と呼ばれていた存在だ。『ぷれいやー』よりは力が劣るが、この世界にとっては驚異的な力を持つ者も多い。十三英雄の伝説で語られる魔神とは、従属神が堕ちた結末なのだ。

 

 従属神はぷれいやーを神の如く絶対視しており、ぷれいやーに仕えることこそ至上の喜びとしている。

 

 拠点ごと転移してきた場合は従属神がいる場合が多いため、ツアーは特に驚くことはなく受け入れる。だからこそ、その性質を問題視する。

 

 ジャンボマンと名乗った天使も、ツアーの言葉に対して警戒心を抱いたようだ。

 

「ぷれいやー、に、えぬぴーしーだと? 貴様、何故その単語を知っている? 軍師殿もその単語は口にしていないはず……もしや同郷か?」

「いいや。私はこの世界の住人だ。貴殿もすでに知っているかもしれないが、六大神や八欲王はぷれいやーであり、魔神とはえぬぴーしーのことだ」

「何と……」

 

 この世界に来てから一週間ほどのはずだが、六大神や八欲王のことは知っていても、彼らがぷれいやーであるという確信はなかったようだ。現在彼らが持っている情報量を推測し、ツアーは一歩踏み込む。

 

「我が主ツァインドルクス=ヴァイシオンは貴殿たちを見定めたいと思っている。あそこにぷれいやーがいるならばお目通り願いたい」

「承った」

 

 拒否された場合は後日評議国の議員の誰かを代行として遣わすことも考えていたが、従属神はすんなりとツアーの要望を受け入れた。

 

「本当に永久評議員の使者とやらであることを確認してからご案内すべきなのだろうが、生憎、私たちは評議国に関しては名前しか知らない。そのため、何らかの手段で身分を証明されても信頼することはできない。よって農場内では常時監視の目がある。私個人としてはお客様としてもてなしたいが、これは農場に所属する者として最低限の義務である。それはよろしいか?」

「構わない」

 

 ぷれいやーの存在を確認できただけでも御の字なのだ。拠点内に入りぷれいやーと直接会話できるのならば、これ以上の収穫はない。監視の目があるなど、むしろ何の問題にもならない。

 

「此方から申し出ておいて何だが、ぷれいやーに確認もせずに大丈夫なのか?」

「問題はない。あるはずがない。何故ならば、あの御方が、評議国の使者などと面白そうな存在を拒否するはずがない」

 

 ジャンボマンは無意識なのだろうが、「あの御方」と言った。複数形ではなく単体を差す言葉で、ぷれいやーを表現した。つまり、ぷれいやーは一人であるか、ぷれいやーのひとりが絶対的な上位に立っているかのどちらかと考えられる。

 

「問題が起きた時はその時だ。軍師殿が大体なんとかしてくれる。それでは我らが農場にご案内しよう。お好きな食べ物はあるだろうか? 農場には野菜や果物だけではなく肉や魚、海藻まで幅広く取り揃えてある。飲み物も豊富だ。酒だけでも様々な種類があるぞ。オススメはプロテインコークハイだ」

「いや、歓迎の意志は嬉しいが、飲食物は不要だ」

 

 どのみち、この鎧だけの状態では飲食は不可能だ。当然本体ならば飲食は可能だが、彼らから提供された物を食べるかどうかは、これからの交渉次第といったところだ。ちなみに、ツアーには「ぷろていんこーくはい」なるものがどのような飲食物か分からなかった。

 

「そうか、残念だ……」

 

 本当に残念そうにするジャンボマン。どうやら社交辞令で言ったわけではなく、本心から歓迎したかったようだ。ツアーと初対面である以上、単純に来客をもてなすのが好きな性質なのだろう。

 

「ああ、そうだ。一つだけ質問しても良いだろうか?」

「何だろう?」

「……その、貴殿は何故、裸なのだ?」

 

 問を向けられた途端、ジャンボマンはきょとんとした。そして、何かを察したようにどこからともかく兜を取り出して被った。

 

「申し訳なかった。お客様に対して無礼な姿を見られてしまったな。失敬」

「いや、違う、違うから。上じゃなくて下を隠して欲しいんだけど」

「む? 何故だ? 私のこのパーフェクトボディを隠さなければならない道理などどこにある?」

 

 こんなぷれいやーや従属神ばかりだったら嫌だなぁ、と足を重くしつつ、ツアーはジャンボマン案内の下、農場に足を踏み入れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「なーにーが、パーフェクトボディだ、この露出狂が!」

 

 農場に帰還し、リク・アガネイアの訪問をパレットやジュウに伝わるように手配した後、リクの案内はポッポが引き継ぐことになった。

 

 そして、手が空いたジャンボマンはと言えば、話を聞いて駆け付けた十二天星からボコられていた。

 

 と言っても、この場に集まることができたのはリンカ、ドブロク、ニゲラだけだ。

 

 ポッポは先の通り、リクの案内があり、チョーカとマクラとジャクチョとは万が一の対応のためにパレットの警護、ハヤとスケア、ミシェルは農場周囲の警戒をしている。ツインカーメンはスタジアムの清掃中だ。

 

 本来ならばこの三人も何かしらの仕事が振られて然るべきなのだが、ジュウからの命令である。曰く、「ジャンボマンをちょっと折檻してこい……!」とのことだ。

 

「アホか! いや、本当、アホか!?」

「内臓全部締め上げてやるヨ!」

『おまえマジやってくれたな! 農場が露出狂の変態集団の集まりだと誤解されたらどうするんだ!』

 

 命令を出したジュウもかなりお冠であったが、折檻を任された三名にしたところでかなり怒り心頭だ。怒りというよりは羞恥心の方が正しいかもしれないが。ネハンほどではないが、何故こいつが自分たちの同僚なのだと考えると頭が痛くなる。

 

 ニゲラが魔法で空中に吊るした状態で、リンカが殴ったり蹴ったりしている。巨人サイズのジャンボマンと通常の人間サイズのリンカではかなり身長差があるため、ドブロクの頭(?)に乗せてもらってちょうどいい場所を殴っている。

 

「ぐふッ……どうしたというのだ、皆よ……この程度の罵倒と体罰で私にダメージが入るとでも思っているのか? これではご褒美ではないか!」

「しまった! こいつマゾだった。おまえ、そんなんだからチョーカから呼び捨てにされるんだからな!」

 

 チョーカは『やぎ座』を担当しながらも犬属性である。自分が設定したヒエラルキー構造に忠実な天使だ。早い話、この筋肉至上主義の露出癖のマゾはかなり下に設定しているため、ごく自然に呼び捨てにする。

 

 ちなみに、十二天星の中でチョーカに呼び捨てにされている者は、ネハンを例外とすると、ジャンボマンとジャクチョ、マクラである。また、チョーカは五穀衆以下のシモベは例外なく呼び捨てにするし、逆に彼らから呼び捨てやちゃん付けされることを激しく嫌う。

 

「ふっ。チョーカのような美少女からゴミのような目で見下されるなど。最高ではないか」

「マゾってこえーな!」

 

 生理的な嫌悪感のあまり、リンカは自分を身体を抱き締めるようにした。

 

『やめとけ、リンカ。おまえのその言葉も反応もこいつを喜ばせるだけだ』

「こいつ無敵じゃないかヨ!」

『もう木にでも吊るして放置しようぜ』

 

 投げやりなドブロクの提案に、他ならぬジャンボマン本人が一番大きく反応した。

 

「放置プレイか! 悪くない」

『ダメだ。勝てねえ。すまねえ、軍師殿』

 

 眼球と言える部位を持っていないドブロクであるが、今だけは涙を流せそうな気がした。こんな感情になったのは、ネハンがミシェルに怪我をさせたと聞いた時以来だ。つい最近どころか数時間前の出来事だった。

 

「今日び野良のゴブリンやオーガだって服着てるわ! 蛮族以下かてめえは! 大国の使者相手どころかそこらへんの亜人に見られても問題だわ!」

「それを言うなら、ドブロクやニゲラは私と同じで全裸ではないか」

 

 その言葉に心底心外だとばかりに、ニゲラとドブロクは物申す。

 

「おいらたちは元々こういうデザインの種族なんだヨ!」

『そうだ、そうだ! 同じ天使でも人間型のおまえと違って隠さないといけない部位がないから服を着ないし、着られないんだよ!』

 

 片やクリオネ、片や球体。天使にも様々な種族があり、飲食が不可能な種族もあれば、装備の数が制限されている種族もある。この二人はそういう種族なのだ。装備ができないデメリット分の種族ボーナスはあるため、マイナスであるとも言い難いのだが。

 

 そして、ジャンボマンは二人とは違って種族的な制限は一切ない。リンカのような修行僧ならばともかく職業は聖騎士であるため、装備をしないメリットは皆無である。

 

「私には隠さなければならないような恥ずかしい部位はないぞ」

「こいつマジで言ってるからヤなんだよ!」

 

 まるで極寒の吹雪に襲われているかのようにがくがくと震えるリンカを一体誰が責められるだろうか。

 

『もうなったら軍師殿から授かった最終手段を使うか』

「ほう? 軍師殿の? いいだろう。農場最高峰の頭脳が与えてくれる苦痛に、胸が高鳴るような期待が……」

『心の底から反省の言葉を言わないと、おまえのことを「ネハン予備軍」って呼称させるぞ』

「はは、そんなことで私が……悪かった! すまない! 私が悪かったです! だからネハン予備軍だけはご勘弁を……!」

 

 手のひらを返したように平謝りするジャンボマンを見て、三人の天使たちも顔色を変える。

 

「うん……。いくらなんでもそれは言い過ぎ」

「ちょっと気の毒だヨ」

『うん。いくら軍師殿の提案だからって実行した俺も悪かった。すまん』

 

 ドブロクが身体を少し斜め前に傾ける。球体であるために分かりづらいが、人間の頭を下げる仕草に似ている。それを見て、ジャンボマンは頭を振るった。

 

「いや、皆にそこまでさせた私が悪いのだ……。重ねてすまない。少しばかり調子に乗っていた。全裸で走る解放感は少しばかり最高すぎてな。いや、ネハンの死刑が失敗に終わったという事態を言い訳にすれば、バレても誰も怒らないかな、などと考えてしまってな……」

『気持ち分かるぜ。俺も酒蔵から大吟醸を拝借したからな』

「ドブさん、その話詳しく。場合によっては芥山さんとバヌの親分に報告するぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 第六階層の応接室が正しい意味で使われるのは、今日で二度目だった。これは異世界に転移してから二度目というわけではなく、ユグドラシル時代を合わせても二度目という意味だった。

 

 大きなギルド拠点には珍しくない話だが、作るだけ作って使う機会のなかった部屋というのはそれなりにある。特に応接室には固定配置しているNPCもいないため、ギルドメンバーでも装飾してから立ち寄った回数などたかが知れている。少なくとも、パレットはユグドラシル時代に応接室に入った記憶はない。どういう内装をしているかは覚えているが、制作班の見取り図を見ただけで実際に入ったかどうかは定かではない。

 

 メンバーが友達のプレイヤーを招く時もわざわざこの部屋を使うことはない

 

 そんな部屋をこんな短期間で二回も使うことになるとは、奇妙な話だ。

 

 しかし、ホシゾラ立体農場には他に来客の相手ができそうな場所がない。宴会を前提とした無駄に広いホールはあるが、一人と相対するには不向きだろう。パレットの方が落ち着かない。逆に、狭すぎる部屋だと失礼だ。

 

 パレットを社長と考えた場合、パレットの自室も候補には上がった。スペースは合格ラインだが、色々と見せたくないものもあるし、応接室があるのにあえて自室に案内する意味はない。大体、初対面の国家の大使を自分の部屋に案内するなどどんな拷問だ。

 

「アーグランド評議国永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者リク・アガネイアだ」

 

 パレットは机を挟んで座る鎧騎士を観察する。

 

 探索役の役目もこなせるパレットであるが、目の前の鎧騎士には気配らしい気配を感じていない。専門職ならば違うのかもしれないが、この場合は彼が気配を消している理由を考えるべきだろう。

 

 あるいは、気配を消しているのではなく最初から「ない」のかもしれないが。

 

 兜も鎧も脱がず、椅子に座っている。これは素顔を晒せないほど此方を危険視しているためか、それとも素顔なんてものがないからか。

 

「ん。こいつはご丁寧に。ラグナロク農業組合ギルドマスター、パレットだ。一応、このホシゾラ立体農場の統率者をやっている」

 

 口調をどうするか一瞬悩むが、相手に合わせることにした。下手に取り繕っても意味がある状況には思えなかった。

 

 隣に立つソラも、背後に並ぶチョーカ、ジャクチョ、マクラの三名も何も反応しないため、これで間違いはないのだろう。多分。ジュウがいれば何かしらアドバイスをしてくれたはずだが、どういうわけかこの場にはいない。

 

 何だかんだ、息子のことは頼りにしているのだが。彼に『農場最高峰の頭脳を持っている』と設定した過去の自分を褒めてやりたいくらいだ。……その頼りになる自慢の息子がいない以上、自分でやれるだけのことはする必要がある。あまり優秀な脳みそはしていないのだが。

 

 部屋の外にはガンリュウとジャックスが待機しており、何かあればすぐに突撃できるようにしている。喧嘩が多いらしい二人を同じ場所に配置して大丈夫なのかという不安はある反面、二人の創造主も仲が悪いなりに戦いの呼吸は揃っていたため、安心の材料になる。

 

「先に確認しておくけど、口調はもうちょっと取り繕った方がいいか? あんまり育ちが良くないんで、期待してもらったら悪いけど」

「いや、その必要はない。自然体で大丈夫だ。此方もそうさせてもらう」

 

 先方の了承も得られたことで、パレットは話を進める。

 

「久しぶりのお客様だ。紅茶とクッキーを嗜みながら茶飲み話でもしたいところだが、お互いにそういう余裕はなさそうだ。無駄話は省略しよう」

「構わない」

 

 ここで好きな食べ物を聞くというボケをかまそうかと魔が差しそうになったが、流石のパレットにもそこまでの度胸はなかった。

 

「だが、大前提は確認しておくべきだよな」

 

 真面目な会話は苦手だ。基本的にふざけた人間なのだ、自分という人間は。

 

 イラストの著作権など仕事の料金の交渉以外で真剣な話し合いなど人生では滅多にしたことはなかった。まして、この「パレット」の姿で真面目な交渉など初めての経験だ。ゲーム内で真面目なことをやるなんて馬鹿な真似できるはずがない。馬鹿なことを真面目にやるからゲームなのだ。

 

 しかし、これは現実だ。ギャルゲーのように誰かが選択肢をくれるわけでもなければRPGのように道筋が決まっているわけではない。トランプのように相手の手札が此方と同じ枚数でもないし、チェスのように駒の戦力が同じわけでもない。

 

 有利なのは相手なのか、此方なのか。

 

 だが、それこそどうでもいい。

 

 問題なのは、どうすれば楽しいかだ。

 

「貴方が本当に評議国の竜王の使者なのかは信頼できない」

「当然だ。証拠を出せないわけではないが、この世界に来て日の浅い貴方たちには意味がないものだ。信じてもらうしかない」

「貴方が竜王と関係があるのだとしても、貴方がここにいることが竜王の意志なのかは判断できない」

「道理だ。ツァインドルクス=ヴァイシオンとリク・アガネイアは別個の存在なのだから。私の言葉の全てがツァインドルクス=ヴァイシオンのものだと思ってもらう必要はない」

「貴方が竜王の意志に従っているだけなのだとしても、白金の竜王の意志が評議国にどこまで影響を持っているのかは知らない」

「それも当然だ。永久評議員はひとりだけではなく、王のように絶対的な権力者でもないのだから」

「白金の竜王の意志が評議国の意志とほぼ同一なのだとしても、評議国がこの世界でどのような立場でいるかを把握していない」

「それも道理だ。世界は広い。ユグドラシルも広大だったようだが、この世界も決して狭くはないのだ。この地方も、大陸全体から見れば中心というわけではない」

「愚かさを晒す覚悟で、貴方を信じ、貴方に問う。――貴方がたは、俺たちにどうして欲しいんだ?」

 

 パレットの精一杯格好つけた「おまえ何を言いに来たの?」という質問に、リク・アガネイアは本音と建前を混ぜて回答した。

 

「世界の敵にならないで欲しい」

 

 リクから簡潔かつ曖昧な要望を聞いて、パレットは大仰な動きで椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「……ん、よくわかんねーな。世界の敵? んー、世界な、無理だ。いきなりスケールの大きな話になってきやがった」

「パレット様、真面目にしてくださいっす」

「うるせーな。俺は怠惰なんだよ。んー、半分くらい挑発だし、半分くらい脅迫だよな、それ。ん、いや、マジでそう願っている部分もあるのか。面倒くせえ立場にあるよな、お互い」

 

 背もたれから背中を離して、姿勢を正し、感情が一切見えてこない鎧騎士を見据える。

 

「リク・アガネイア殿。いや、ツァインドルクス=ヴァイシオン殿」

 

 正体を見抜いわけではなく、使者としてここにいるリクに全文伝えてくれという意味で、パレットは竜王の名前を呼んだ。ツアーもそれを理解した上で、頷いて応じる。

 

「貴方の話はこれからなのだろう。世界の敵の説明をしてくれるのだろう。俺は芯が弱い人間だから貴方がこれからする話で、心変わりするかもしれない。馬鹿なので難しい話をされても理解できずに、混乱するかもしれない。だからこそ、最初に、俺は俺の愛に基づき今の俺の言葉で俺の意志を伝える」

 

 悪魔は、鎧を越して、竜王に告げる。

 

「おまえらこそ()()()()()()()

 

 息を飲む音が聞こえた。もしかしたら自分かもしれないな、とパレットは緊張を自覚し、虚勢を張って精一杯狂人として振る舞う。

 

「本来、俺は戦うことが大好きだ。もしも身軽な状態で転移していたら、その日の内に評議国に戦争を仕掛けたってくらいにはな。だが、俺には農場がある」

 

 交渉とは、冷静さと狂気の張り合い。

 

 いつだったか、ギルドメンバーの一平が言っていた持論だ。話に応じる冷静さを見せた上で、話が通じない狂気を見せつける。相手のペースをどうやってぶっ壊すかが重要なのだという。相手が折れることができるポイントを決して間違えるな。

 

 戦闘狂を演じつつも、冷静な統率者として振る舞う。

 

「俺にとってこの農場は家であり、そこにいるNPCたちは家族のようなものだ。家族がいる限り、俺は自分の中の獣を黙らせる道を選ぶ。俺の一瞬の欲望よりも、永遠の愛を選択する。何より――俺は俺の家族を傷つけるものを許さん」

 

 我ながら臭いこと言ってんなと思うパレットだが、ソラたちから歓喜の感情を読み取る。顔を見なくても分かる。声を聴かなくても分かる。

 

「だから、おまえが俺の敵にならない限り、世界が俺の敵にならない限り、俺はおまえや世界の敵になることを我慢してやる。頑張って、世界の害にならないように生きてやる」

「理解した」

 

 リク・アガネイアの声には動揺も憤怒も見えない。隠してるのか、感じていないのかはパレットには見抜けない。やはり顔が見えないことが大きい。見えたところで、竜王の使者を名乗るくらいなので腹芸はパレットより上だろうから意味は薄いかもしれない。

 

 だから、リクが出した言葉の意味を咄嗟には理解できなかった。

 

「ならば、パレット殿。貴殿の部下に吸血鬼はいるか?」

「うん?」




ツアーもぷれいやーの相手をやって長いので、パレットの性格は大体把握しました。

基本的に、今後パレットと接触する権力者はパレットの人間性をすぐに理解します。海千山千の王族貴族神官を相手に腹芸できるほど、パレットは器用じゃないのです。

元一般人のギルドマスターという条件はアインズと一緒なんですが、彼と違って表情もあるし感情は抑制されないし。人間形態だと普通の人間なのもあります。あと、「さすアイ」みたいな技が使えないのも大きい。


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交渉2

 ホシゾラ立体農場の統率者、パレット。

 

 ツアーが彼に抱いた印象は、「凡人」だった。

 

 この男は、ただの人間だ。

 

 底が浅く、器が小さく、考えなしで、誇りもなく、無力で無能なくせに傲慢で、生きることに懸命なくせに怠惰な素振りをして、自分にも他人にも現実にも理想にも激怒し、自らの器に入り切れないほどに欲しがり、無駄だと理解していることに時間を費やし、小のために大を捨てることに躊躇い、必要以上に群れたがり、自らの正義を疑わず、不慮の事故を恐れながら警戒心が浅く、個人ではなく集団の中に孤独を覚え、信頼を謳いながら誰も彼もを疑い、美徳を掲げながら醜悪に生きる。そんな矛盾を多く抱えながら強い振りをしているだけの弱者極まる、ぷれいやーどころかこの世界にも割とよくいる人間だ。

 

 別段、ぷれいやーでは珍しくもない人間性だ。というのも、ツアーを含めてほんの数人しか知らないことであるが、ぷれいやーの大半は「一般人」なのだ。

 

 この世界では上位の竜王に匹敵するほどの強大な力を持っていても、ユグドラシルでは全体的に見れば強くはないという話はよくあった。まして「リアル」なる世界では、上級階層によって不可逆の支配される側であったとも言っていた。

 

 だが、中身が平凡であろうと、この世界では神か魔王と名乗るべき能力を持っていることには違いない。従属神たちは祀り建てる。竜王たちは汚物だと呼ぶ。あらゆる生命から特別視される。そんな重圧に耐えかねて死を選ぶぷれいやーや世捨て人になるぷれいやーもいた。

 

 だからこそ、生きるにしても死ぬにしても、この世界への影響は最小限にしてもらいたい。ぷれいやーの存在は、父たる竜帝の罪そのもの。

 

 そして、ツアーがパレットに出した結論は、「保留」である。

 

 この男も、この農場にいる従属神たちも、強い。六大神や八欲王並みの戦力がある。ぷれいやーが一人だけなのがせめてもの救いか。ツアー本体が出てきても、他の竜王の協力が得られても、果たして勝利を収めることができるかどうか。

 

 この男の攻撃性は低い。本人が言うように、家族と呼ぶ従属神たちが危害を受けない限りは過激な行動は控えるべきだろう。積極的に敵対する理由はない。

 

 パレットの人間性を理解したツアーは興味の対象を変えた。

 

 先日の吸血鬼と関係があるのかどうか、だ。

 

「――お呼びでしょうか、我が君」

 

 ツアーの問いに対してパレットが出した答えが、新たに部屋に入ってきた吸血鬼だ。

 

「うちの吸血鬼と言えば、こいつが代表だけど」

 

 竜の価値観では生気を感じないといった具合だが、人間との付き合いも長いツアーには、人間の視点では彼が美しい部類なのだと評価する。

 

 着ている装束は大陸の南方で着られる「キモノ」や「ワフク」、「ユカタ」と呼ばれるものに酷似している。腰に佩いている剣は「刀」と呼ばれるものだ。南方にはぷれいやーの広めたものが多いが、この衣服や武装もその一つだ。

 

(あの吸血鬼とは違う、か)

 

 トブの大森林で遭遇した吸血鬼は女性型だった。武器も衣装も違う。目が赤いこと以外の共通点は見られない。強いことには強そうだが、職業も違うように思える。

 

「ガンリュウ。うちにおまえ以外の吸血鬼って何人くらいいたっけ?」

「我以外ですと、四人といったところでしょうか。我の部下――ガーリックとシルバー、メイドのカーラ、それから第一階層の墓守のひとりのヨミだったかと。全員年増なので詳しいことは覚えていませんが、他にはいなかったかと。名もないシモベには、確かいなかったはずです。アンデッドという括りならばもう少しいたかと」

「ん、ありがとう。それでアガネイア殿、答えとしてはこれで満足か?」

 

 パレットはツアー(リク)にそう訊ねる。顔にはツアー(リク)の質問の意図が分からないと書いてあった。

 

 確かに、ピンポイントで吸血鬼の存在を質問するというのは、ツアーが同じ立場だったら少し困惑するかもしれない。吸血鬼は世間一般ではモンスターとして扱われているが、それ単体で興味を持つことはあまりない。アンデッドという広い括りならば、生きる者全ての敵ということになる。だが、何か思案するような間があったことから、そういう問題ではないとは察する。

 

 ツアー(リク)には、吸血鬼という種族に注目する理由がある。あるいは、目当ての個体がいる。そこまで思い至って、そこから先を考えないのがパレットがパレットである所以である。

 

 ソラは色々と考えていたが、パレットが特に何も言わないので口を開かないことにした。別に「頭悪いくせに懸命に考えてあがくパレット様、めっちゃかわいい。一生見てられる」などとは考えていない。

 

「すまない。この農場に来る前に、非常に邪悪な吸血鬼に遭遇したものだからね」

 

 一方のツアーも、とぼけている可能性を考えつつも、此方の意図を探るような口調から、あの吸血鬼と農場の関係性は薄いという結論を出した。

 

「ん。左様か。まあ、アンデッドって普通は邪悪なものだからな……。それで? わざわざ聞いてきたってことは強かったのか? この世界じゃ有り得ない――ユグドラシル産であると考えた方が自然なくらいには強かったってことだよな?」

「ああ。心当たりがあったら教えて欲しい。出会った場所はここから離れたトブの大森林という場所だ。吸血鬼の特徴は――」

 

 ツアーはあの吸血鬼の特徴を口頭で説明する。聞き終えたパレットは天井を仰ぎながら、ぶつぶつと独り言を漏らす。

 

「銀髪の女吸血鬼、ねえ? 珍しくもないけど、なんか頭に引っかかるような……。どっかの上位ギルドのプレイヤー……。でも、吸血鬼なんてユグドラシルじゃ有り触れた種族だし、何かのイベントのNPCかも? それを模したプレイヤーの可能性もあるからそうなると特定は不可能かな」

 

 記憶を探るように頭を揺らすが結果は変わらないようだ。その様子に、ツアーは本当に知らないようだと判断した。演技かもしれないという疑惑を頭から消さないようにしつつも、彼の考え方は所作で十分に伝わってきた。

 

 あまりにも自然体だった。隠し事や嘘を警戒するのが馬鹿らしいほど、明け透けな態度だ。

 

「もふ。もっふもふもふ」

 

 毛玉――マクラが何か言う。

 

「ああ、そうか。三日ナイトが吸血鬼だったか」

 

 パレットには内容が理解できたようだが、理解できたが故に、やるせなさそうに首を振るった。

 

「でも、あんまり可能性としては低いかな。……アガネイア殿。確認なんだけど、こういう吸血鬼の情報はないのか? 読書が好きで、騎士で、男装の女吸血鬼だ。口癖は『萌える』『エモい』『いとおかし』『尊みがやばい』『すこすこのすこがすこ』だ」

「寡聞にして聞かない」

「そっか。残念」

 

 大して残念ではなさそうにするパレット。後ろの天使たちの方がよほど残念そうだ。

 

「パレット殿。貴殿からの質問もあるだろうが、もういくつか質問を許して欲しい。この質問に答えてもらえるなら、ツァインドルクス=ヴァイシオンは貴殿らの味方になると誓おう」

「うん。いいよ」

 

 拍子抜けするほどに、あっさりと首肯するパレット。普通、もう少し疑うなり構えるなりするはずだが。善性に満ちているのか、知性が足りないのか。

 

「貴殿は世界の敵にならないと言った。私の敵になることを我慢すると言った。その言葉に嘘はないと信じよう」

 

 少なくとも言葉の上だけは。

 

「では、貴殿は何をするつもりだ? この農場周囲の亜人たちを制圧していることに関してとやかく言うつもりはない。その程度では世界は乱れない」

 

 スレイン法国など、秘密工作部隊を使って丘陵地帯の亜人の討伐を大々的に行ったことがあるほどだ。それに比べたら、力ずくであっても極力殺さない方針で支配下に置くのは穏便な態度ではあった。

 

 だからこそ、不気味なのだ。縄張りを増やしたり亜人を支配下に置いて何をするつもりなのか。聖王国に攻め込むならとっくにやっているだろう。ツアー(リク)の前にいる者たちだけで、聖王国程度ならば簡単に滅ぼせる。

 

「ん、畑でも作ろうかなって」

「畑?」

 

 予想外すぎる言葉にオウム返しになるが、パレットはそれを笑うこともなく、至極真面目な顔で繰り返す。

 

「そう、畑。いや、厳密には畑だけじゃなくて田んぼや牧場、果樹園、人工湖なんかも作りたいんだけどさ」

 

 子どものように無邪気に瞳を輝かせて、男は語る。大それたとまでは言わないが、それなりにスケールの大きな計画を。

 

「我らはラグナロク農業組合。俺たちの行動理念は農業、酪農、漁業、林業などの第一次産業だ。働かざる者食うべからず! 皆で美味しいものを作って皆で食べる。食べ物を作って美味しく食べて楽しく遊んで安らかに寝よう! 人生なんてそれに尽きるだろう?」

 

 つくづく単純な男なようだ。単純というより簡単というべきか。やはり『凡人』という評価は間違っていない。

 

「あ、でもどっかの国の下につくのは御免なんだわ。できるだけ自由にしたいから。そのために国でも興そうかって話になっていてね。亜人たちを集めているのは、国を名乗る準備かな。おたくら評議国を真似る形になるけど」

「身元を証明できていない相手に、そこまで喋って大丈夫なのか?」

「むしろ身元が分からない相手だからこそ全部喋ってんのさ。へへ、うちの子たちすごいだろ?」

 

 国興しに自分は何の力になっていないと恥ずかし気もなく伝えてきた。自分の配下の有能さを自慢するためだけに、無能を公開するなど本末転倒ではないかと思えたが、それが彼らしさなのだろう。

 

 ツアーとしても丘陵地帯に亜人が国民の国ができるというのは、スレイン法国の牽制という意味では悪くない情報だ。法国と協力関係にはならない可能性が高いことも、手を貸しやすい。

 

「丘陵地帯全体を支配するつもりならば、スレイン法国との激突は必至だが。パレット殿、貴殿にとって人間とは何だ?」

 

 その質問に、パレットの目の色が変わる。浮かべている表情からも明るい色が消え去る。

 

「農場の統率者としては家畜としての価値を語るべきなんだろうが、あんたが聞きたいのはそういう話じゃないんだろうな。スレイン法国のことは前振りなんだろうし。……はっきり言うと、人間という種に価値はない」

 

 人間至上主義のスレイン法国を、その基礎となった六大神の人類救済を真っ向から否定する発言だった。この場に法国の人間がいれば殺されると分かっていてもパレットに殴りかかったであろうほどの暴言だった。

 

「だが、それはあらゆる生命に共通している。だって、あらゆる生命は平等なんだから」

「……どういう意味だ?」

「ゴブリンの赤子も、人の王も、老いた竜も、俺の前では平等に一つの生命だ。味方ならば守ろう。敵ならば滅ぼそう。家族ならば愛そう。無関係なら無視しよう。それだけだ」

 

 不遜極まる発言だ。

 

 つまり、彼はゴブリンの赤子のために竜王さえ敵に回せると言ったのだ。正体を知らないとはいえ、最強の竜王たるツァインドルクス=ヴァイシオンに対して、遠慮も容赦もなく言い放ったのだ。

 

 そこまで考えて、ツアーは自らの思考に待ったをかけた。

 

 この男は本当に、気づいていないのか? 自分はこの男を見定めたと思ったが、本当にそうなのか? 測られていたのは――謀られたのは、自分の方なのではないのか?

 

(やっぱり、危険なのか?)

 

 だが、この危機感こそが思い過ごしである可能性の方が高い。そして、可能性の段階でこのホシゾラ立体農場と敵対するのはあまりにもリスクが高い。しかし、いざ世界やツアーの敵になった時に倒せない状況にあってはまずい。今、この瞬間ならば、あるいは――

 

 ぱん、と手を打つ音がした。思考の渦から我に返ったツアー(リク)に、パレットが手を差し出していた。人間が持つ習慣の『握手』だと理解する。

 

「ん。つまりな、アガネイア殿。簡単に言うならば、俺たちは何物も拒まない。農場に害ある者以外、あらゆる者を受け入れるのさ。早い話、またのお越しをお待ちしております。次の機会では竜王ご本人もご一緒くださいってな」

「……ああ。考えておく」

 

 ツアー(リク)と鎧越しの握手を交わすパレット。彼の心中にあるのは、交渉がようやく終わりそうだという安堵だった。

 

(あー、超緊張した。最後の方とか何言ったか自分でもよくわからねえーや。それにしてもジュウの奴、結局どこに行ってんだ?)

 

 

 

 

 

 

 ホシゾラ立体農場近辺、ゴブリンの村にて。

 

「これ、まずくない?」

「まずいですわ」

「非常にまずいである」

 

 竜の騎手ミシェル・キャンサー。ドレス姿の射手ハヤ・サジタリウス。警報案山子スケア・クロウ・リブラ。

 

 三名の天使がまずいまずいと連呼しているが、別に試食会をしていてご飯が美味しくなかったという話ではない。その「まずい」ではない。

 

 農場周囲の警戒をしているという名目で農場の外に出ている彼らは、目の前の光景に対して焦燥の念に駆られていた。

 

 ゴブリンの村に流れる血の匂いに辟易しながらも、この光景を主人が見た場合どうなるかを想像するだけで背筋が凍る。

 

 自分たちは別に何も思わない。ユグドラシルでは有り触れた光景であり、被害に遭ったのは農場に住まう同胞でもなければ、立場が同じ同盟者でもない。『近くに住んでいた』からという理由だけで支配下に置いたゴブリンだ。家畜という認識すらない。

 

 だが、主人は違う。重要性が低くても、日数が浅くても、実際に見たことがなくとも、農場の下に入った以上はゴブリンだろうがスライムだろうが農場の財産だと認識する。向ける愛の形は犬や鶏に向けるそれと大して変わらないだろうが、愛を向けていることには変わりない。そして、パレットは自らの財を奪われたり穢されたりすることを凄まじく嫌う。

 

 あの御方は転移初日に言っていたではないか。

 

 ――畑泥棒殺して良し、だ

 ――此方からは仕掛けることは厳禁だが、喧嘩を売られた時には言い値の倍にして買ってやれ

 ――この世界で明確に『最初の敵』になった連中は徹底的に潰せ

 

 報復は絶対だ。ラグナロク農業組合はずっとそうしてきたのだから。蜂の巣の如き苛烈な反撃こそが、八十八人の御方々がユグドラシルで高名であった理由の一つである。

 

 だが、この世界はユグドラシルではない。

 

 ユグドラシルと同じ対応をするのが最善とは限らない。まして、八十八人いたはずのプレイヤーはいまやパレットひとり。無論、パレットや自分たちが有象無象に後れを取るはずがない。だが、それもまた絶対ではない。

 

 そんな状況下で、外部のゴブリン如きのために、御方が不要な敵を増やすなど有り得ない。そして、有り得ないと分かった上で、あの御方は徹底的にやる。戻ってくるはずがない八十七人に恥じぬように、必要以上に残虐に振る舞うだろう。

 

 そんな悲しい未来は阻止すべきだ。

 

 しかし主人が絶対にやると言われたらやるしかない。そのためのシモベだ。だからこそ、自分たちの忠義はそう言わせないことであるとミシェルもハヤもスケアも考えている。ここにはいない階層守護者も十二天星も五穀衆も同じ考えのはずだ。

 

「いや、おまえらが考えている十倍はまずい状況だからな?」

 

 しかしこの三名、こんな状況でもジュウに任せておけば大体なんとかしてくれると思っている。

 

「だから言ったのである。確実に面倒くさい案件だと」

 

 他人事のように言うスケアを、ジュウは睨む。ちなみに、ガスマスクは被っていない。外していたことに気づいたはいいが、それを回収する暇すらもない状況なのだ。

 

「本当に面倒くさい案件を持ってくる奴があるかっ。つうか、もう、何でこうなるんだよ。こうならないように人員を配置していたはずだよな?」

 

 この村にNPCが直接担当せず、POPモンスターか傭兵モンスターが配属されたはずだ。人格が設定されているNPCと違って、それらのモンスターは命令以外のことができないため、勝手に持ち場を離れるなど有り得ない。倒されたならばもっと早くに連絡が入るはずだ。

 

「文句ならネハンの奴に言って欲しいのである」

 

 その言葉でジュウは理解する。ここに配置していたはずのシモベは、ネハンの処刑を見たいNPCが持ち場を離れたことで、代わりをするために外されたのだと。所詮はゴブリンの村であるため、重要度は低い。現場の判断で勝手に配置が変更されてしまったのだ。

 

「何でもネハンのせいにすればいいと思ってんじゃねえよ!」

 

 配置を変更するならばジュウに一言言って欲しかった。否、その程度のことにも気が回らなかった自分のミスだ。

 

「一応聞くけど、ここの担当者って誰だっけ?」

「五穀衆のアワワである」

「あのエテ公!」

 

 五穀衆粟組アワワ。五穀衆の中では一番不真面目な猿である。

 

 他の四人は方向性が違うとはいえ真面目すぎるきらいがある反動かもしれないが、あの猿はとにかく適当なのである。第一階層に配置されているNPCの中では最も仕事に対して不誠実かもしれない。創造主にそうあれと求められたと言われたらそれまでだが。

 

「それで、あの猿はいまどこにいやがる? 報連相もできねえ駄猿はどこにいやがる?」

「つい先程まで第一階層でマイたちと飲んだくれていたそうである。切り上げて大急ぎで此方に向かっているそうであるが……」

「そうか。折檻はジャックスにでも頼むとしよう」

 

 第二階層守護者たる海賊の名前が出た途端、三人の天使は顔をひきつらせた。……スケアは表情筋がないため、ひきつらせた気分だけであるが。

 

「うげ。船長とか、可哀想に」

「お気の毒様ですわ」

「自業自得である」

 

 申し訳ないが庇う気はない。本気で激怒しているジュウの相手など、下手な拷問より恐ろしい。ミシェルなど涙目だった。

 

「ねえ、リーダー。ドクター、結構ブチギレてない? やばくない? 逃げたいよ、私」

「仕方ありませんわ。問題そのものはドクターが解決してくれるはずですから、それまでの辛抱……」

「状況を確認する。十二天星筆頭ハヤ・サジタリウス!」

「はい!」

 

 ミシェルとのひそひそ話を中断して、即座に反応するハヤ。

 

「今回の下手人は判明しているのか?」

「山岳地帯に住む亜人の一種、バフォルクですわ」

 

 間違いない情報だ。何せ『生き残り』の証言だ。村に残っている足跡や体毛からも特定された。

 

「外見は……バフォメットに近いですわね。山羊の如き健脚が特徴で、戦士型の種族ですわ。体毛が長く剣などで切りつけた場合はまとわりつく性質があるようですわ。他の情報としては、この丘陵地帯のバフォルクは複数の部族がありますけど、『豪王』という亜人王によって完全に統一されているようですわね」

「上出来だ」

 

 ひとりの王によって統一されているのならば話は早い。その王が膝をつけば、手順も時間もかなり省略できるというものだ。

 

「ちなみに、この村に『飴』として与えた食料は全てなくなっていますわ。これは立派な泥棒、というか強盗ではないかと」

「ならば俺たちがやることは?」

「バフォルクを一匹残らず滅ぼすことですわ」

「ちげえよ、バカ! 親父にそれをさせないために俺が出てきたんだろうが。俺たちが全滅させたら話の着地点が同じなんだよ! 俺たちが勝手にやったから親父は無関係ですとか、通らねえからな?!」

 

 ハヤが淑女でなければ拳骨でも落としていたところだ。

 

「普段の振る舞いが粗野なのはリンカの方だが、思考回路が残虐寄りなのはおまえの方だよな。あいつは暴力的ではあるが、暴力以上のことはしねえし」

 

 リンカ・レオは属性が極悪であり、ハヤは極善だったはずだが。

 

「あら? 天使とは苛烈かつ冷酷に、それでいて優雅に華麗に、神の御心に従う者だと認識しておりますが?」

「それもある意味では正論なんだけどな……」

 

 神か悪魔か、善か悪かなど視点によって変わる。この世に絶対的な正義はないのだ。逆に、この世に絶対悪がないかと言われたら否である。誰にとっても有害な存在はある。誰が評価しても邪魔な者はいる。

 

 果たして、現在の農場に正義があるかと言われたら否であろう。

 

 何せ、突然巨大な城ごと出現して、丘陵地帯の一画を不法占拠した悪魔とそのシモベたちだ。元々この近くで生活していた聖王国や亜人たちにとっては危険分子でしかない。

 

 しかしながら、ホシゾラ立体農場はユグドラシルに戻る方法がない。何せどうやって来たかが分かっていないのだ。理屈も道理も何もかも不明だ。

 

 また、最高統率者であるパレットがユグドラシルに戻ろうという姿勢を全く見せていない。まるでユグドラシルに戻ることを拒絶しているような――戻ろうとしても意味がないと言いたげな態度なのだ。そうでなければ呑気に畑を作りたいなどと口にはしないだろう。

 

 だからこそ、ジュウたちシモベがやることなど決まっているのだ。

 

 この世界でパレットが生きることに文句を言う連中を、一人残らず黙らせる。

 

「ん、方針は最初から決まってんだ。さっさと行動を開始するか。山羊どもを農場の支配下に置くぞ」

「む? 盗人など仲間にしてよいのであるか?」

「種族ぐるみ、あるいは部族一同でやったってわけじゃねえだろう。そうであって欲しいっ」

「種族や部族が農場に敵対するつもりならば、パレット様のお耳に入らないように証拠は消さねばなりませんものね」

「だから全滅させたら一緒だろうって言ってんだろうが! もうちょっと上手くやる方法を考えてから口を開いてくれ」

「それでドクター。全滅させずに支配下に置く意味は? 力を見せつけて大人しく従ってくれるなら楽だけど、そうじゃなかったら結構面倒だよ」

 

 ミシェルからの質問に、ジュウは答える。

 

「ん、ネハンの件もそうだけど、あくまでも内輪もめなら親父もそんなに怒らねえんだよ。怒れないって言う方が正しいかな。あれで権力者である自覚は多少あるからな。あまり出しゃばらないように心がけてんだろうさ」

 

 あの悪魔は根が支配者って柄でもない。あくまでも、自由人だった八十八人のまとめ役という貧乏くじを引いただけの男だ。だから、あまり物事を深く考えないし、身内を疑わない。

 

「……だから報告の順序を逆にする。俺たちは決して報告の順番を変えるだけで、虚偽は一切ない。そして、支配下に置いた亜人同士で『小競り合い』があった。攻撃を仕掛けた側には罰を与えた上で、今後このような事案が発生しないように教育は徹底する、という話でいいな?」

「詭弁じゃん」

「ミシェル。何か言ったか?」

 

 ジュウは白衣のポケットから針がついた筒のような物体を取り出す。

 

「な、何も。何も言ってないから、その注射器をしまってよ、ドクター! いや、いやだ、私に変な薬を使う気なの? ソルトブックみたいに!」

 

 本気ではなく冗談で怯える演技をするミシェル。ジュウにもそれは伝わっていたが、怪訝な顔をした。

 

「ん? 塩の本って何だよ。料理本か?」

「あ、あれ? 違った? いつだったか、ママがリリートン様相手に言ってたんだけど……」

 

 ほとんど勢いで言ったため、ミシェルも深くは考えていなかった。それを見て、ハヤが口を挟む。

 

「ドクター、ミシェル。それはたぶん、ウス=異本の別名である『ソリッドブック』ですわ」

「何だよ、ハヤ。おまえ、ウス=異本について知ってたのか?」

「私が知っているのは名称だけですわ。創造主が度々口にすれば嫌でも覚えますわよ。……まあ、意味は分からないし、実物は見たことがないのですけど」

 

 御方々が度々口にしていた謎のアイテム、『ウス=異本』。ルルイエ異本のような魔術書かとも思われているが、正体は不明である。どうも一点物の特別な本ではなく量産・販売されているようなのだが、御方々にとっては非常に特別な物であるようなのだ。そのため、数多の財宝を所持する御方々が有り難がるほど貴重な物が気軽に売られているのはおかしいのではないかと、ジュウは頭を悩ませている。

 

「ウス=異本。またはソリッドブック。謎が深まったのである……」

 

 うーん、とその場にいた全員が悩まし気に唸る。

 

「ん、この議題はまた今度だな。よし、ミシェル。おまえのシモベであるドラゴンを全員連れて来い。山羊どもを全力で脅すぞ」

「了解。大人気のない恐喝タイムだね」

「馬鹿言え。大人気なかったら問答無用で皆殺しだっての……ん?」

 

 スケアが空を見ていた。顔に書かれたへのへのもへじの間抜けっぽさが増している気がした。

 

 つられてジュウも上を見る。だが、そこには雲いっぱいの青空が広がっているだけだ。青空だけはどんな世界でも同じらしい。強いて言うなら、雲の形状は違うかもしれない。

 

「どうした、スケア」

「……視線を感じたような気がしたのであるが……。気のせいだったようである」

「物語の伏線っぽい気のせいですわね」

「気のせいなら無視しろ。ちょっと急ぐぞ。リク・アガネイアとの交渉がどうなるか分からないんだ。ソラがいる以上、俺がいなくても大丈夫だとは思うんだが……」

 

 ソラからの連絡がない以上、リク・アガネイアとの交渉はまだ続いているのだろう。ならば、その交渉が終わる前に全てを終わらせる必要がある。急いでいるのに、なんとなく感じた視線になど構っている暇はなかった。

 

 スケアは胸にざわつくものを感じながらも、ジュウの言葉に従い、感じたかもしれない視線のことは忘れることにした。

 

 

 

 

 

 

「い、いま気づかれた? いや、そんな感じじゃないよな……? うん、どっか行っているし、違うみたいだな。昔タブラさんが勧めてくれたホラー映画を思い出すな。映像の中の男が突然こっちを見るやつ。あれ、結構怖かったんだよなぁ」

 

 周囲に誰もいないためか、そのアンデッドは鏡の前で独り言を続ける。

 

「でも本当にあったな、ホシゾラ立体農場。資料にもあったのと同じだし、間違いない。今の連中はプレイヤーかNPCか……。流石に所属プレイヤー全員の情報はないしな。ゴブリンか何かの村で何してたんだか」

 

 仲間たちが残してくれた記録の中にあったラグナロク農業組合所属のプレイヤーの情報は七名。パレット、テラ・フォーミング、ライフ・イズ・パンダフル、一平、リリートン、三日ナイト、鉄人女だ。先程見かけた四人は、この七名の誰とも該当しない外見だった。

 

「よし、気合を入れ直せ、アインズ・ウール・ゴウン。おまえはユグドラシル最高のギルドの名前を持つ者。相手が誰であろうと、負けるはずがない」




バフォルクの一件はナザリックとは特に関係ありません。
起こるべくして起きた『害獣』の発生です。


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