堕天使に恋をするまで (公証人役場)
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EP.01 再会


モスティマに出番が欲しくて書きました。後悔はしてません





 

 

 

 pm. 01:34 ◼◼◼◼・◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

 

「……こんな戦場に、女子供が来るんじゃない」

 

 焼け焦げた地面、無数に転がるヒトだったモノ。臓器は溢れ踏み潰され染みとなり、肉が散乱する凄惨な大地。

 砂嵐で視界は確保出来ないが、彼の奥には広域が同様の有様であり転がったモノには感染者も非感染者も入り混じっている。

 

 血と肉と溢れた排泄物の臭い。焼け焦げた皮と肉、腐乱した人間の身体の悪臭が鼻を突く。

 大地を踏み締めるブーツは黒く汚れ、頭まで覆う外套は血で染まっている。

 

「それを言うと、私がここに来たのは君のせいだから君が悪いんじゃないかな?私たちの関係を考えれば、君がこんな所にいたら私がここに来るのは当然のことだよ」

 

「そもそも俺に着いてくるな」

 

「それはお断りさせてもうよ」

 

「そっちの監視も少しはこいつを止める努力をしろ」

 

「……言って止まるなら苦労はしてない」

 

「……そいつは悪いことを言った」

 

 べちゃべちゃと音を立てて死体の海を歩きながら、懐から取り出した煙草を咥えて火をつける。

 煙がフードの中から溢れ、この砂嵐の中で消えていく。

 

「それどうやって吸ってるの?」

 

「コツがあるんだよ。あと近づくな、臭いが移る」

 

 砂に埋もれていく戦場に背を向けて歩く。煙の臭いに顔を顰めた赤毛の女が少しすれば姿を消し、青い髪を靡かせた女とフードを深く被った痩身長駆の男だけが残る。

 砂嵐の対策に外套を羽織っているが、顔を出しているせいで時折鬱陶しそうにする女を見兼ねたのか、手を伸ばして下げられていたフードを無理やり被せる。

 

「しばらくは止まないぞ、被っとけ」

 

「ありがとう。たまにでも優しくしてくれるのは嬉しいね」

 

 血臭は消えない、鼻を突く腐敗臭もまた消えない。砂嵐に覆われていく大地は直ぐにでも死体の海を埋めてしまうのだろうが、それは今ではない。

 

「今回は何の用で来たんだ」

 

「顔が見たくなったから、ていうのはダメかな?」

 

「それなら手紙を寄越せ、お前になら一月でも二月でも時間を割いてやる」

 

「……今日はやけに優しいね」

 

「……少し感傷的になってるらしい。今ならこの関係も悪くないと思えるな」

 

「そっか。それならいっそ、傭兵なんてやめちゃえば?お金は十分にあるんだからもう隠居すればいいと思うけど」

 

 戦場を渡り歩く傭兵は当然、それに見合った報酬を得ている場合がほとんどだ。

 命を懸ける対価に報酬を得るのか。報酬を得るために命を懸けるのか。

 個人によってそこに差はあれど、そうやって戦っている者に名の通った傭兵は多くない。

 

 普通、ある程度稼いだらそのまま引退する。引退しなければ何処かで死ぬのは決まっているし、戦場で生き残れるかどうかなんて誰にも分からない恐怖に身を浸していたい狂人はそうはいない。

 稀に、戦うことしか知らない者が傭兵としてただひたすらに戦い続けている、なんて事もある。

 

 過去の彼はその稀な例だった。

 

「引退か、最近はよく考える……」

 

「じゃあ引退して私と旅をしようよ。きっと楽しいことが沢山あるさ」

 

「お前と旅をするのだけはやめておけと俺の中の何かが叫んでるのが聞こえるな。引退したらシエスタの海でも満喫するか」

 

 ケチだなー、と不満を顕に絡みに行く彼女をユラユラと躱しながら歩く。

 

「臭いが付くって言ってるだろ」

 

「気にしないっていつも言ってるけど?」

 

「俺が気にするんだ」

 

 くだらない会話をしながらも足は止まらない。砂嵐に道を眩ませられる事はなく、淡々と前を進む。

 目的地は近隣にある移動しない都市。徒歩だと数日はかかる距離にあるが、数時間歩いたところにある野営地にバイクが止めてある。

 

 砂嵐を抜けて辿り着き、野営地を手際よく片付けてしまえば出発の準備はほとんど終わりだ。

 

「着替えるから離れてろ」

 

「はーい」

 

 血に濡れた外套を脱ぎ捨てて薪の中に放り込む。次いで汗と血と煙草の臭いが染み込み異様な臭いを発するシャツとズボンも脱いで燃やす。下着も脱いで燃やし、火を継ぎ足して燃焼する速度を上げて着替えを身につける。

 身体を洗ったわけではないので根本的な解決に至ってはいないし、靴も変えていないが臭いは多少なりとも改善しただろう。

 

 髪をかきあげて適当に整え、煙草を咥えて一服する。

 

 黒い髪に金の瞳、それ以外に彼個人を表す身体的な記号は特にない。

 身に纏うのは黒いズボンと白いシャツに戦闘用であろう灰色の外套。腰に吊るした剣と首から提げたネックレス。衣服や装飾もその程度。

 

「……この辺は暑いな」

 

 この周辺は比較的気温が高い。穏やかな気候と海に面した街であり、観光都市として発展していることもあってか人の往来は多少はある。

 こうして煙草を咥えている間にも大地を走る車が幾つか視界に入る。ついでに見覚えのある顔が乗って近づいてくるのも見えた。

 

「待たせちゃったかな」

 

「煙草吸ってただけだ、むしろお前が今から少し待て」

 

 言いながら半分まで吸ったところで煙草を落とし、踏んで火を消す。

 

「俺はこのままシエスタに向かう」

 

「私も行くよ。頼まれた仕事があるんだ」

 

「……ペンギン急便のか?」

 

「それ以外にあると思う?」

 

 微笑んだままそう言う女に何か言いたそうな顔をして、それを飲み込んで首を振る。

 

「依頼の報告が終われば俺はしばらく休暇だ。この機に少し遊んでみるのも悪くなさそうだ」

 

「そっか。じゃあ一緒に観光でもしようよ」

 

「……まあ、いいだろう」

 

「間が気になるなぁ」

 

「細かいところを気にするな、太るぞ」

 

「むむっ、女の子に向かってそういうことを言うのは良くないと思うんだけど」

 

「…………はぁ」

 

 溜め息を吐いて返事をせずバイクに乗る姿に、女の眉が微かに動いたのを陰ながら見ていたサルカズの女は見逃さなかった。

 

 

 

「……よく分からないわね」

 

 

 会う度会う度くだらない会話を繰り返し、徐々に男の態度が軟化しているような気がするのもあれだが、そこまであの傭兵に執着しているのが自分の監督する堕天使だというのが悩みの種な女だった。

 

 話の流れからしてシエスタに滞在するのは確定事項なのだろうし、それに付き合わなくてはならない己の身の上を呪う。

 彼女の今の名は水着マイスター。何やら水着の美女に触発されたらしき上司がつけてきたこの役職名、名乗りたくはないものである。

 

 

 

 

 



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EP.02 シエスタ①

 

 

 

 

 p.m. 02:43 シエスタ・◼◼◼◼私室

 

 

 

 

 日差しの程よく差し込む一室、青を基調として配置された家具。開け放たれた窓から風が流れ込み、空調によって冷えた空気が僅かに暖かみを帯びる。

 机と椅子とテーブルとソファにテレビ。隣の寝室に行けばベッドがある以外には至って特徴もない部屋だが、それでも寛ぐには十分だった。

 

 家主ではないがソファに腰掛けて本を読む女の姿はラフなものだった。白いシャツに黒の短パン、青い長髪を流すのではなく後頭部で纏めて結い上げて蒸し暑さから逃げている。

 静かに本を捲る姿は絵になっていて、帰ってきた家主はそれを見て僅かに固まった。

 

「おかえり、かなり良い部屋に住んでるんだね」

「ほとんど使わないから住んでると言えるのかは微妙だがな」

 

 高層マンションにあるテラスから海を一望出来る一室。シエスタという観光都市にある数少ない居住地において、最上階に近くこれほどの展望を備える部屋が果たして幾らするのか。

 そんな下世話な話をするような仲ではないため、次に口を開けば出てくるのは野宿かと思っていたというあんまりな内容だった。

 

 そんな訳あるかと軽口に軽口で返しながらキッチンからグラスに氷を入れてテーブルに置く。脇に抱えたボトルには暗い色の液体が満ちている。

 

「高そうだけどいいの?」

「これはヘルマンに貰っただけだから分けてやる。俺のコレクションはやらん」

「あのコレクション二百年ものとかなかった?私としてはお酒は飲んでこそだと思うんだけどなぁ」

「……飲みたいなら今度だ、ここにはない」

 

 今はこっちを飲めとコルクを抜いてグラスに注ぐ。氷が崩れて音を立てる。

 

「いい香り。これ、ほんとに高いお酒なのによく貰えたね」

「よく分からないがアイツからの祝いらしい。気が向いたら連れの女と一緒にいつでも遊びに来いと言われた」

 

 言って、注いだ液体を一息に飲み干して次を注ぐ。

 本来ならばもっと味わって飲むべき値段と価値のあるものである。断じて一息に飲み干すことなどあってならない、なんて前にバーで誰かに言っていた男がそれをするのを見て苦笑する。

 

「で、連れの女って私のこと?」

「俺といるような奇特なやつがお前以外にいるわけないだろ」

「お褒めに預かり光栄だね」

「バカ女が」

 

 悪態を吐いて更に一気。飲み干したら次を入れる。空になったグラスを見たら無言で注ぐ。礼を聞いても知らないふりをしてグラスを傾け、ようやく味わうように飲む。

 

 口に広がるのは芳醇な味わいと奥深い香りだった。酒精が心地よく舌に伝わり、僅かな甘い香りが鼻腔を刺激する。

 ああ、悪くない。なんて言葉が思わず漏れるほどには満足出来る。

 

 互いに無言で味わい、空になれば無言で注ぐ。

 そこまで大きくないボトルを二人とはいえそこそこのペースで飲んでいれば、一時間もしないうちに底を尽きるのは仕方の無いことだった。

 

「あれ、もう空っぽだ」

「そこそこなペースで飲んだしこんなものだろう。俺は満足した」

 

 立ち上がってグラスを下げる。洗うのが面倒なのかそのまま放置して新しいグラスを出して氷を入れて冷蔵されていた飲み物を注いでもってくる。

 テーブルにグラスを置いたらポケットから煙草を取り出しながらベランダに向かい、外に出て火をつける。

 

 肺に煙を取り込んで吐き出す。何度も何度も繰り返してきた動作であり、一本吸う間に何度繰り返すのか数えることすらない行為。

 傭兵というのは意外と煙草を吸わない者が多数派だ。

 それは傭兵が常に生死の境を歩くようなものであり、肉体の機能を低下させる可能性のある煙草を好んで吸う行為は自殺に近いという理由が多い。

 

 煙が青空に溶けていく。灰は崩れて床に落ちた。

 

「そうだモスティマ」

「何か用かな?」

「俺は一先ず休業するがお前はいつまで暇なんだ?」

 

 それによって予定を調整するんだが、と話を続けても彼女から返事がなかった。

 

「……モスティマ?」

「……天魔とか言われてるのにそんなあっさりやめれるの?てっきり手続きとかいるのかと思ってたんだけど」

「傭兵に手続きもクソもないだろう。もう誰が名付けたのかも分からない天魔なんて名前は捨てた。今の俺はただのマルス、何者でもないマルスだ」

「じゃあマルス、明日からしばらくペンギン急便の仕事があるから付き合ってよ。私にとっても休暇みたいなものだからさ」

「……仕事は休暇じゃないだろう」

「内容が内容だから実質休暇だよ」

 

 溜め息を吐いて首を振り、煙草を吸い終えたマルスが部屋に入ってソファに凭れ掛かる。そのまま目を天井に顔を向けて目を閉じ、モスティマが読書を再開する。

 明日の予定を話すのでもこの後の事を話すのでもなく、ただ無言のまま時間が過ぎていく。ページの捲られる音とテーブルとグラスがぶつかる音以外には何も無い静かな時間。

 

 日が暮れる頃、両者共に腹が減ったと言い出すまで心地の良い沈黙は破られなかった。

 

 

 

 

 

 p.m. 08:37 シエスタ・ビーチ

 

 

 夜の海辺といえば何か。

 

 ──答えは花火。

 

 夜の空に咲く派手なそれではなくとも、手元で光る淡い輝きもまた花火と呼ばれる娯楽の一つ。特殊な加工によって鮮やかな火花を散らす棒を持って砂浜にしゃがむ男女の絵面は些かあれだが、それを見るものはいない。

 

「童心に返るのも案外悪くないものだね」

「……火花が散る様子を眺める遊びなんて初めてだ。興味深い」

 

 夕食を終えて街を歩き、宛もなく彷徨った末に海辺で花火をする二人。直前にあった出来事とその経緯は省略するが、結果としてまあ穏やかではある休日の夜にはなっていた。

 月と星に照らされその光を反射する海。反対側にある煌びやかな街並み。人の来ない穴場、今も手元で輝く火花。

 

 まあ悪くはないなと二人揃って思う程度には満足していた。

 

「ペンギン急便のボスは本当にあのペンギンなのか?」

 

 たわいのない質問だった。ただこうして火花が散るのを眺めていて、夕食の後に遭遇した珍妙な生物とその立場についてふと思っただけ。

 戦場から戦場へ。都市から都市へと渡り歩いたマルスが初めて見る生き物。ペンギン急便のボス、エンペラー。

 

「そうだよ。あれで音楽でも結構有名だからね、ボスは」

「マジか」

「やっぱり初見はびっくりするよね。みんな君みたいな反応をするから見ていて面白いよ」

「世の中不思議なものが多いな……」

 

 火花が消えたものを水を入れたバケツに入れる。残り数本になった花火に火をつけて先程とはまた違った彩りを楽しむ。

 

「いいこと思いついたよ」

「言ってみろ」

「今日から煙草の代わりに花火を咥えたらどうかな?」

「海に沈めるぞお前」

「乱暴はよくないと思うなぁ」

 

 軽口を言い合う最中も視線は手元で散る火花に固定されている。海を見るのでも互いの顔を見るのでも夜空を見るのでもなく、ただひたすらに消えていく火花の姿を目に焼き付ける。

 遠くからそれを見る監察官も今はいない。シエスタ内にいる危険な人物としてマルスを監視する為に隠形を行っていた者もいない。

 

 寄る波の音と火花の散る音だけが響く。

 

 遠くでは二人以外の誰かしらが誰かと花火を楽しんでいたり団体でバーベキューに盛り上がっていたりするが、そんな喧騒も遠い。

 互いに口を開くことも無く最後まで手元で咲く花を見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP.03 シエスタ②

 

 

 

 a.m. 04:50 シエスタ・マルスの私室

 

 

 

 早朝、ベッドで眠る客人を起こさないように配慮しながら窓を開けてベランダに出る。

 まだ昇らない朝日、暗闇で見えない景色。室内にある僅かな灯りが漏れて辺りを僅かに視認出来るようにしてくれる。そんな時間。

 

 耳を澄ませば波の音が聞こえてきそうな静寂の中にいて、視線を向けた先に音もなく女が現れる。

 長い髪を纏めた薄着の女。地上から離れた位置にあるベランダに無音で現れる身のこなしは並外れていた。

 

「おはようございます、マルス。早朝からすみません」

「おはようシュバルツ。朝からご苦労、勤務時間外にどうした」

「少し面倒な話があったので念の為ですが伝えておこうかと」

「そうか。珈琲でも飲んでいけ」

「……ありがとうございます」

 

 ベランダから室内に入ってシュバルツをソファに座らせ、キッチンで珈琲をカップに注いで持ってくる。テーブルにカップを置いても音は立てず、それを見たシュバルツも極力音を立てないように配慮する。

 音を殺さなくてはならない事態への対応は両者共に慣れているのか、話し声以外は特に物音らしい音もしない。

 

 テーブルの向かいに少し離れた位置にあるデスクの作業用の椅子を持ってきて腰を下ろし、カップに口をつける。大して美味くもないなと自嘲する。

 

「そうでしょうか。その辺のものよりも美味しいと思いますが」

「豆がいいからだろう。ちゃんとした店で頼んだものとは比べ物にならない」

「……専門家に勝つのは無理があるのでは?」

「それは確かにそうだな」

 

 珈琲を半分ほど飲んだ頃にはそんなどうでもいい雑談が終わる。では本題に、と前置きして姿勢を正すシュバルツにマルスは自然体のまま耳を傾ける。

 

「シエスタ内に所属不明の集団が侵入しました。目的は不明瞭ですが恐らくシエスタそのものか訪れている著名人の誰かしらの襲撃だと思われます。旦那様はマルスの力を借りるつもりはなく、また現在判明している勢力ならば問題なく鎮圧は可能です」

「……それで?」

「問題が解決すれば連絡するのでしばらくは外出を自粛してください。旦那様はあなたがこの問題に関わって欲しくないとお考えです。私もあなたの傭兵を休業するという決断を尊重しています。ですから──」

「いや、お前たちの考えはわかった。だが俺にも俺の予定がある。傭兵としてではなく観光客として、お前たちの知る天魔としてではなく一人の女の知人としてこの街を楽しませてもらう」

 

 悪いがそういうことだと付け加えれば、諦めたような溜め息が漏れる。微笑んだままそれを見て、残った珈琲を飲み干した。

 

「……まあ邪魔になれば俺が排除してやる。ああいや、どうせそうなるか」

「そうですね。あなたは荒事に縁があり過ぎる」

 

 問題が起きれば必ず巻き込まれる。関わるまいと離れようとすれば足を引かれ、知らぬままに通り過ぎれば火の粉が降りかかる。関われば力を振るい解決はするものの、それで目をつけられたことは数知れず。

 

「……殲滅したあれとはまた別件で間違いないのか?」

「はい。荒野で全滅した両陣営とは完全に別です。統率された軍に近かった彼らとは違い、まとまりきれないテロリストのような雰囲気を感じました」

「荒れてるな」

 

 近郊での武装勢力、街に侵入した集団。活発になってきている感染者の集団、そこかしこで起こる暴力事件と小競り合い。世界中に伝播するようにして騒乱が起きている。

 そうした事態においてシエスタの市長の警護を務めながら保安局の局長も務める彼女には相応の苦労があるのだろうとマルスは思う。一介の傭兵というには些か有名になりすぎた程度の自分とは違い、彼女には立場と責任がある。

 

 果たすべき役割、課せられた義務。守らなくてはならない人、守りたい人。そういった人間として大事なものが彼女にはある。

 まあだからといって、手助けしてやろうなんて考えは彼にはない。

 精々巻き込まれたら対処してやろうくらいのもので、優先すべきは今も寝室で寝ている女の行動だ。

 

「では、私はそろそろ」

「気をつけろよ」

「はい。今度は私が紅茶でもご馳走します」

 

 ベランダに出て柵を飛び越え、太陽の昇り出した街に消えていく姿を見送る。玄関から来ればいいものをとは思うが、音を立てないという点ではこちらの方が都合が良かったのだろうか。

 割とどっちもどっちだと思いながら寝室に目を向ける。

 

「盗み聞きしても面白いことは無かっただろう」

「バレてた?」

「お前のことくらい手に取るようにわかる」

 

 ドアを開けて出てきたモスティマと入れ違いで中に入り、ベッドに寝転がる。

 

「あれ、寝ちゃうの?」

「予定は昼からなんだろう? 偶にはこういうのも悪くない。ああ、朝飯なら適当に作って食ってもいいし、財布はデスクに置いてあるから好きにしろ」

「りょーかい、良い夢を」

 

 横になって瞼を閉じるマルスを見てドアを閉める。キッチンに向かって言われた通りに冷蔵庫を漁れば比較的期限に余裕がある食料が詰め込んであった。

 手の込んだものを作るかどうか逡巡した後、面倒だからインスタントでいいやと適当なパッケージを選んで湯を沸かす。

 少し時間があるので一応財布を確認すれば一日二日どころではない大金が乱雑に詰められており、紙幣を一度取りだして整理する。

 

「思ってたより稼いでるんだ」

 

 車の一台なら軽く買えてしまう金額。適当に放置するにしては入れすぎだし、信頼して置いているにしては新しく入れたわけでもない雰囲気なので持ち歩いているのだろう。

 入れ方からして適当に受け取ったものをそのまま捩じ込んでいたらこうなったようだし、ここまで無頓着だと呆れも通り越しそうだ。

 

「……財布を漁るのは犯罪だと思うのだけれど」

「うわ、びっくりした。不法侵入はよくないと思うなぁ」

「さっきも似たようなのが来てたから別にいいでしょう。本人は寝てるからバレなければ問題ないでしょ」

「私が見てるけど」

「無理矢理押しかけた身分でよく言うわね」

「忘れちゃったな」

 

 片や普段のように微笑んだまま、片やこめかみに手を当てて溜息を吐く。本人の名誉のために今後も現在の役職名は省くが、彼女は朝食の準備をするモスティマを見て一度咳払いし、注意を向けさせて本題に入る。

 

「彼との関係に関して連絡があった」

「それで?」

「我々は不干渉、天魔怖いとか書いてあった。あいつ過去にどれだけやらかしたの?」

「詳しくはないけど戦争で暴れ回ったらしいよ。ウルサスだととんでもない額の懸賞金も懸かってるらしいし」

 

 彼の首を持ってウルサス帝国に行けば人生三周は遊んで暮らせるだろう。過去については語りたがらないのであまり多くはモスティマも知らないが、相当暴れていたのだとは推測できる。

 一応、三年ほど前はカズテルの内乱で戦っていたなどと漏らしていたがあれもかなり激しい戦いだったと聞くし、自我を確立した頃から戦場にいたという生い立ちに底知れないものを感じる。

 

「まあ不干渉って言うなら私は文句ないかな。君も朝ごはん食べていく?」

「私はいい、後で食べておく」

「つれないなぁ」

 

 会話をしながら湯を注いで蓋をする。食べられるようになるまでそんなに時間はいらないのが手頃でいい。

 栄養の偏りはご愛嬌だ。

 

「……あんまり、深入りしない方がいいわよ」

「もう手遅れじゃないかな」

「ばかね」

「否定はしないよ」

 

 このシエスタで何かが変わる予感を胸に、朝を過ごす。

 それが自分の望む未来であることを祈っている。

 

 

 



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EP.04 シエスタ③

 

 

 

 

 p.m. 01:42 シエスタ・市長室

 

 

「そこで俺は言ってやったわけよ『そんなに言うなら自慢の男とやらを連れてきてみな!』ってな」

「なるほど。それで連れてきたのが彼というわけだ」

「とんでもねぇ話だ! マルスマルス、おおマルス! 邪悪なる天魔! 戦場の死神、血に濡れた狂人よ! 自称サルカズ最高の詩人とやらが褒めたたえてたぜ」

「……聞かなかったことにするよ。私の知る彼は非道ではあるが残虐ではないのだから」

 

 言って、ソファで寛ぐ鳥類に形容し難い目を向けている友人に目を向ける。シエスタの市長として多くのことを経験してきたが、年の離れた友人として長年関わりのある彼のこんな顔を見るのは初めてだった。

 得体の知れない生命体を見たような、興味深いが腹立たしいことを言っているので三枚におろすか悩んでいるような、なんでこんなのに臨時とはいえ雇われてしまったのかというような顔だった。

 

「本人的には今のどう?」

「鬱陶しいサルカズの阿呆共を思い出すから二度と聞きたくない」

「意外な弱点だ。どうやら私も知らない弱さを君が抱えていたとはな。マルス、この十数年でどうして教えてくれなかった?」

「お前までボケはじめるなヘルマン。そういう絡みはこいつだけで十分だ」

「私だけがいればいいって? 中々に大胆な告白だね、痺れちゃうよ」

「……その角引っこ抜くぞ」

 

 わーこわーい、などと戯れ始めた二人を視界から追い出す。彼女もペンギン急便の例に漏れず型破りなようだが、彼も満更ではなさそうだし良いだろうとヘルマンは納得した。

 多少の騒がしさに目を瞑れば、今の状況はシエスタにとってかなり都合がいい。

 

 街に侵入した集団は早くも半壊。シュヴァルツを筆頭に駆け回る治安維持隊によって、そう時間も掛からない内に残党も処理されるだろう。

 協力体制にあるペンギン急便から提供されている戦力はこの場にいる三名。テキサス、モスティマ、マルス。

 

 テキサスという女に関してはヘルマンもここ数回のエンペラーとの交渉の際に面識があり、実力も申し分ないと把握出来ている。

 マルスは言わずもがな。この十数年お得意様として、また警戒すべき最悪として関わってきたが故に戦力として過剰な所にあると判断する。

 しかしモスティマという女はよく分からない。角の生えたサンクタなど見たことも無いし聞いたことも無い。戦力としても不明瞭。だが疑う必要はないだろう。

 

 あのマルスが傍に居ることを許している時点で、彼女もまた普通から外れた異常者だ。

 

「おい、ヘルマン」

 

 声をかけらた方に視線を向ければ、黄金の瞳が目に映る。

 

「俺がここに来るまでに捕らえたやつらは軒並みサルカズだったわけだが」

「なにか気になることがあるのかね」

「……爆弾を扱う女は確認しているか?」

「いいや、報告には上がっていない」

「なら刀を二本持った男は? 恐らく鉱石病を隠してもいない、高身長の男だ」

「……確認している。シュヴァルツも彼を警戒していた」

 

 マルスが顔を顰める。彼がこうして聞いてくるということは知り合いか、或いは傭兵や兵士として名が売れているということだろう。

 シュヴァルツの力を疑う訳では無いが、そうなると彼らにも急いでもらうべきかもしれない。

 

「鳥もどき、ヘルマン」

「構わねぇぜ、行ってこい。モスティマとテキサスも連れて行け」

「お前はともかくヘルマンに護衛は残すべきだと思うが」

「構わない。君ならば我々が死ぬまでに間に合わせれるだろう」

「楽観的だな」

「信頼の表れだ」

 

 溜息を吐いたマルスが頭を搔く。

 

「あー、モスティマ。それからテキサス」

「なんだい?」

「残れ」

「……意図を聞きたい、マルス。私とモスティマでは足手まといだと?」

「いや、あれが関わってる以上完全に出払うとダメになる。あれはめちゃくちゃなやつだが、それゆえに生半可な奴らには味方しない」

 

 いいな? とヘルマンとエンペラーを見るマルスの視線は有無を言わせないものがあった。

 テキサスは彼が相手を知っているなら指示に従うのに抵抗はなく、モスティマはどことなく不満そうにするがそれに気づいたのはマルスだけ。

 不満を見抜いた上で封殺して、ヘルマンとエンペラーに可能な限り周囲に気を払うように行って部屋を出た。

 

「……あれが天魔か、モスティマ」

「もう捨てたらしいけどね」

 

 テキサスの呟きを拾いながら少しばかり訂正する。傭兵として名を馳せる最悪な人。埒外の依頼料の代償に護衛だろうが軍隊の殲滅だろうが必ず達成する規格外。

 噂によると気に食わないからと絡んできた傭兵たちを血祭りに上げた事もあり、総じて破天荒かつ暴力的な印象を抱くような話題しかない。

 

「俺もビビったぜ。天魔といや金次第で遂行中の依頼の依頼人すら殺すって噂だったからな。それが無条件で手伝い? ……なんの冗談だってんだ」

「まあ、彼はあれで結構優しいからね」

「私の知る彼もお嬢さんの認識に近いのだろうが、それよりは幾らか非情だ。今のように無条件で手を貸すほどの優しさはなかったように思う」

 

 結論としては、モスティマの認識する彼は他の認識する彼とはズレているということだった。

 エンペラーはそれを人間味があっていいと肯定し、ヘルマンもまた人らしくて良いと判断する。

 彼は古い友人が孤独でなくてよかったと心の底から思っている。

 

「ありがとう、サンクタのお嬢さん。私の友人を人としてくれたのはどうやら君だったらしい」

「よく分からないけれど、お礼を言われて悪い気はしないから受け取っておくよ」

 

 微笑んだままのモスティマの表情からは特別何かが読み取れるということは無い。

 なるほど、とヘルマンは一人で納得する。彼にもこの少し面倒な匂いのしてきた問題が終わればやりたいことが出来たらしい。

 怪しい笑みが浮かび、それを見たエンペラーが気持ちが悪いと罵倒する。

 

「しかし狙いが読めないな」

 

 呟くヘルマンの脳裏に浮かぶのは市街地で暴れ回っているというサルカズを中心とした感染者の集団だ。

 この街は感染者に対しても比較的どころではなく寛容であり、例えばウルサスのような厳しい行為は一切行っていない。近頃活発だというレユニオン・ムーブメントとやらの暴動などの対象にもなりにくいはずだ。

 市街地で暴れて保安局が出てくれば散り散りになりながらも破壊活動を行う意図が不明だ。

 

 マルスが護衛として二人は残るべきだと置いていったが、狙いに関して何が理解があったのだろうか。

 こういう時に説明を省く悪い癖があることに慣れ過ぎて聞かなかった己の愚行を僅かに後悔する。

 

 今のヘルマンとマルスには契約によるものではなく、ただ雇用者と傭兵という立場から生まれた友人であるという繋がりだけ。

 私人としてはそれで十分だが公人としてはあまり宜しくないというのもまた事実。敵の狙いが可能性であっても共有出来ていないのは致命的ですらある。

 

「……ふむ」

「判断材料のねぇもんを考えても答えなんか出ねぇだろ。ここはどっしり構えとくべきだぜ」

「常日頃から襲撃されている人物は言うことが違う」

「まあ慣れってやつが足りてねぇんだよ! 世の中慣れちまえばなんとでもなるからな!」

「ふふ、覚えておこう」

 

 偉そうにエンペラーがふんぞりかえったその時、カチッという音が聞こえた。

 

「あん?」

「……失礼するよ、市長さん!」

「む?」

 

 エンペラーが怪訝そうに声を発し、モスティマが腰に提げていたアーツユニットを抜いた瞬間、爆音と共に部屋が弾けた。

 

 



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EP.05 シエスタ④

 

 

 

 

 p.m. 02:20 シエスタ・??? 

 

 

 

 血と硝煙の匂いを頼りに路地を駆け抜け、足蹴にされていたシュヴァルツを拾い上げて抱え目の前の男を睨む。

 自身と同程度の背丈、左右非対称な角、短く切り揃えられた短髪と鋭い目付き。何よりも、血に酔ったような浮ついた表情がマルスの気に触る。

 

「久しいな、天魔」

「……二年ぶりか、サルカズ」

「あの日のことは昨日の事のように思い出せるぞ。さあ、その腑抜けた女を投げ捨てて剣を抜け。あの日の続きを始めるぞ」

 

 余分な会話など不要と両手に剣を握って構えるサルカズを正面にしながらもマルスは動かない。一度離れたところに見える煙を上げる建物を見て、もう一度視線を戻す。

 

「何を目的にしているか答えろ」

「答えると思うか?」

「回答次第では相手をしてやってもいいぞ、狂戦士」

「ほう」

 

 回答次第では相手をしないと言外に告げる姿に口が弧を描き、剣を握る腕に力が篭もる。

 だからこそ目の前の腑抜けた男が腑抜けていて尚、聞き逃せないであろう言葉を告げる。

 これの地雷は一つ。

 

「それならこう言えば満足か? ()()()()()()()()()()、と」

「ああ、なるほど」

 

 両腕で抱えた女をそのままに周囲が揺れる。張り付いた表情は不動であっても、漏れ出る殺意は本気だった。

 

 

「───冗談としては、悪くない」

 

 

 

 

 

 p.m. 02:30 シエスタ・市庁跡地

 

 

「テキサスー、ボスー、無事ー?」

「……クソッタレのテロリスト共が! 俺の服を台無しにしやがって許さねぇぞ!」

「まあ服で済んだだけマシだろう。モスティマ、市長は?」

「そこで瓦礫の山を見て黄昏てるよ」

「予算が……」

「切実な悩みが聞こえたなおい」

 

 爆破されて危うく瓦礫の山に埋められかけても軽口を叩いていられるがペンギン急便のらしさというべきか。

 金勘定の結果打ちひしがれるヘルマンに軽く気を配りながら周辺を警戒しているのも踏んできた場数の賜物だろう。

 軽いのは口だけで今も虎視眈々と命を狙っているはずのテロリストへの警戒は消えていない。

 

 大半が瓦礫と化し、燃え上がる庁舎。幸い人はいなかったらしく、市長室にいた四人の身の安全だけ考えればいいのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 しかし、あまりの気配の無さに遠方で連続して鳴り響く爆発音と地震のような揺れの発生源に目を向ける。

 奇しくも、それは四人同時に行われた。

 

 恐らく彼がいるのであろう場所の上空は黒い雲が渦を巻き、鈍器で地面を殴り付けた様な鈍い音が響いたと思えば足元が揺れる。

 炎が猛る様も時折見られるが、出処不明の轟音が響けば消し飛ばされて衝撃が離れた場所にある彼らの身体を打ち付ける。

 

「……天魔ってのはマジらしいな。この規模のアーツを平然と振り回してるのは俺も初めて見る」

「まあ単騎戦力としては間違いなく最高峰だろうね。私も本気出したところは見たことないし、まだ遊んでる方だと思うよ」

「……は?」

「それにしてもどういうアーツなんだろうね、あれ。何度見てもよく分からないし天候操作みたいなこと言ってたけどその範疇も超えてる。ボスは分かったりしない?」

「待て待て待て待て待て」

 

 辛うじて原型を保つサングラスの向こう側にある瞳が困惑に揺れているのを感じられる。

 

「あれで手を抜いてる? それが本気ならあいつ一人で都市が滅ぶぞモスティマ。冗談抜きであれはやばい。ありゃあ下手すりゃ……」

「でも雇ってくれるでしょ?」

「……まあ、そりゃあな」

 

 雇われてくれるなら欲しいに決まっている。少ない接触でも人間として悪くは無いと感じる。だが、それとこれとは話が別だ。

 過剰な戦力は争いを産む。

 強すぎる力は敵対者の団結を招き、団結した者達は牙を剥くだろう。例え個々であれば牙を剥かぬものであっても、集団となればまた話は別になるのが世の常だ。

 

 その辺の輩など容易く蹴散らせるから問題ないなどと楽観視することは出来ない。

 ただそれだけ危険な存在がいるというだけで、敵対者は増えるし警戒してくるものも増える。

 天魔という傭兵の具体的な戦力規模を知るのは彼を戦場で見て生き残ったものだけ。

 ただ、その生き残ったものだけで無数の噂話を建てられ、莫大な額の懸賞金すら賭けられるのは誰もがあれを見て恐怖したから。

 

 天魔という名前のネームバリューは尋常ではない。戦争に関わる必要がある者、或いはあった者ならば誰だって聞いたことがある。

 けれど、マルスなんて個人の名前は知られていない。

 だからただのマルスを雇うことはそれほど問題ではない。

 

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

 合流した時からアロハシャツにサングラス。ハーフパンツにビーチサンダルと巫山戯た格好を貫いていたのは、後々何か言われた時にマルスという名前の観光客として通せるように。

 剣も持たずにいるのは一般人ですよとアピールするため。

 経歴だけではなく徹底して、天魔なんて呼ばれた存在ではないとアリバイを作成して回っている。

 

「……そういや龍門は出禁だったなアイツ」

 

 正確には龍門において最重要危険人物かつ仮想最大敵対戦力である為、近寄れば殺害対象となる。特に敵対行為は行っていないが、金さえ積まれれば誰であろうと何であろうと引き受けた末の扱い。

 まあ、それが理由でシエスタに家を買っているのだろうが、なんとも世知辛い話だ。

 そのシエスタも市庁は爆破され、入り込んだテロリストもどきにいいように掻き回されている。

 

「しかし俺たちを爆破するだけして放置とは舐められたもんだ」

「そうだね。テキサスは何か感じない?」

「いや、特にない。それらしい音も気配もしない」

「……参ったな。私はこれから市民への連絡を行わなければならないが彼らの目的が分からないのは問題だ」

 

 未だに続く派手な戦闘、爆破するだけして放置された市庁、殺害すれば大きな打撃を与えられる人物が瓦礫に座る市庁跡。

 しかし追撃の手は未だにない。爆破したところに襲撃すればいいものをしないというのは、余裕の表れかそれともそもそも目的では無いのか。

 

「では仮に我々が目的ではないとして、一体何が目的だ?」

 

 言ってはあれだが、シエスタはあくまで観光都市だ。確かに火山から取れる資源には目を見張るものもあるが、それを狙うにしてはあまりにもリスキーだ。もっと他の場所を狙った方が楽だし早い。

 

「──対象を発見。濁ったサンクタだ、間違いない」

「おや?」

「いよいよお出ましか!重役出勤とは舐めてやがるぜ」

 

 何処から湧いてきたのか、次から次へと顔を隠したサルカズの集団が現れる。

 武装は様々、体格も不揃いな彼らに共通するのは服装の特徴と視線がモスティマ一人に向けられていること。

 

「総員、戦闘準備。確保に際し生死は問われていない、殺しても構わん」

 

 武器を構えるサルカズの集団、数は二十と少し。戦闘不能者二名を抱えたまま、テキサスとモスティマがそれぞれの武器とアーツユニットを構える。

 

 理由も分からないまま、開戦した。

 

 

 





ニェン当たりますように




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EP.06 シエスタ⑤


──今作戦の戦闘記録及び観測記録より抜粋
シエスタにて◼◼、並びに角のあるサンクタを確認。◼◼はアーツユニット無しで◼◼◼異を引き起こすことを確認。
また、サンクタも並外れた力の保有が認められた。危険度の上方修正の必要有。
市庁の爆破は成功。都市内における隠密活動も一定の成果が確認された。

そして、今作戦における最大の戦果は戦闘行為を行った本人の記録により裏付けが取れた()()()()()()()()という事実である。




 

 

 

 

 p.m. 04:30 シエスタ・市街地

 

 

「調子はどうだ」

「問題ありません。ありがとうございます」

「無事ならいい。紅茶を淹れてもらうまでは死なれては困る」

 

 一部地域にて外部から侵入した暴徒が暴れたが鎮圧がほぼ完了したことを市民に周知し、治安を取り戻すのもシュヴァルツの仕事の内に入る。

 そうやって混乱していた市民と観光客を落ち着かせた市街地で、シュヴァルツとマルスは一服していた。

 

「あのサルカズは知り合いだったのですね」

「……知り合いじゃない。生きるか死ぬかの狭間を楽しむような狂人の顔なんぞ見たくもないんだ」

「まあ、それはそうですね」

 

 アロハシャツにサングラスの鉄壁構成にかすり傷の一つもないマルスと薄着に少し傷が見えるシュヴァルツの組み合わせは視線を集めていたが、二人とも我関せずと注文したフルーツドリンクに口をつけている。

 南国でしか生育しない果物から出来たそれは程よい甘さで根強い人気があるシエスタの名物の一つだ。

 

「見つけましたわシュヴァルツ!」

 

 周囲の視線を集めるような声量で呼ばれたシュヴァルツは一瞬飛び跳ねるようにして振り向き、声の主を視界に捉えてあたふたとし始める。

 

「もう! 絆創膏も貼らずに放ったらかして! 小さな傷から病気が入ると聞かせたのを忘れたの!?」

「あの、お嬢様、そういう訳ではなく……」

「ではどのような訳なのか聞かせて頂戴?」

「賊がまだ何処に潜んでいるか分からず、治療行為という隙を見せる訳にはいかないと判断しました」

「セイロン嬢、それ嘘だ」

「マルス!!?」

 

 シュヴァルツ! と声を張り上げてプンスカ怒りながら消毒して絆創膏を貼ったり包帯を巻き付けたりと献身的に治療するセイロン。縮こまるシュヴァルツ。

 姉と妹のような光景を眺めるマルスと周囲の視線は心做しか温かった。

 

「全くもう! マルス殿もシュヴァルツにかすり傷でもちゃんと治療するよう言ってくださいまし」

「そいつ俺の言うことは聞かんぞセイロン嬢。しっかり首輪とリードを着けて面倒を見てやれ」

「お嬢様お嬢様、そういうマルスも多少の傷ならないのと同じだとか言います」

「シュヴァルツはお黙りなさい」

「はい……」

 

 完全に沈黙させられたシュヴァルツを見てケラケラと笑うようなことはせず、とりあえず手元にあるものを飲むマルス。深く踏み込むと誘爆する危険を察知したが故である。

 

「マルス殿はお怪我はないのですか?」

「もちろんだともセイロン嬢。上を脱いでもいいぞ」

「公衆の場ですよ? やめてくださいませ」

 

 軽く笑って冗談だと言ってアロハシャツの裾にかけた手を離す。

 

「ヘルマンが心配か?」

「……いいえ。貴方とシュヴァルツがこんな所にいるというのはそういうことでしょう?」

「まあ不味いことになったら俺はともかくそいつは走るだろうな」

 

 恨めしそうに見てくるシュヴァルツを指さして言うが、セイロンは目線も向けずそうですわねとしか言わず、シュヴァルツが若干萎れた。

 こいつ案外愉快だなとマルスが認識するまで時間はかからなかった。

 シュヴァルツがセイロンに弱いことは把握していたが、ここまで弱いのは少し予想外で微笑ましい。

 

「噂をすればだな。ほらセイロン嬢、ヘルマンの奴が来たぞ」

「ああ、マルス。それにセイロンもいるのか、心配をかけたな」

 

 父親に駆け寄る娘を見ていれば、護衛も立ち上がって主人に歩み寄るのが見えた。なるほど、三者の仲は相も変わらず良好らしいと一人で頷く。

 ヘンテコペンギンとモスティマ、それからテキサスの姿を探す。ヘンテコペンギンもテキサスも見慣れていないとはいえ、両者ともにいい意味でも悪い意味でも目立つ容姿だ。

 

「……ん?」

 

 しかし居ないなと思いながら見ていれば、肩を叩かれた。

 振り向いてみれば、肩に置いてあった指先が頬にめり込んだ。痛くも痒くもないが鬱陶しい。

 

「どうした」

「なんだか私が狙われてたみたいなんだけど心当たりないかな?」

「…………すまん」

「許してあげよう、私は寛大だからね」

 

 そう言いながらまだ三割ほど残った飲み物を手元から奪って飲み干した。一瞬だけマルスの顔がしょんぼりした。

 

「あ、これ美味しいね」

「……イチオシだからな。まだ飲むなら買ってくるぞ」

「じゃあ一緒に行こうよ、小腹も空いたし何か食べたいな」

「仕方がないな」

 

 揃って買いに行った二人を後ろから見守るペンギンとループス。それからシエスタの市長らは三者三様の表情をしていた。

 唖然とした様子のペンギン、変なものを見るようなループス、微笑ましいものを見るようなヘルマンたち。

 

「……驚いた。モスティマはあんな表情をするんだな。ボスは知っていたのか?」

「あ〜、まあ一応な。あそこまでとは思わなかったし、その上まさか本気で入れ込んでるとは知らなかったが……」

「良いことだと思うがね。マルスにとっても彼女にとっても、穏やかに暮らせるということはそれだけで価値あることだろう」

「そりゃそうだがちょいとな」

 

 含みがあるようなエンペラーに首を傾げつつ、まあ問い詰めても無駄だろうなと諦める。

 元より、これはあまり多くを語るタイプではない。無駄なことはペラペラと喋るが重要なことは必要な時にしか話さないだろう。

 今は束の間の休息を満喫すべきだ。

 

「セイロン、シュヴァルツ。たまには三人で食べ歩きでもしてみようか」

「まあ、それは良いですわねお父様」

「……かしこまりました」

 

 そうやって、市長の一行も人混みの中に消えていった。

 市庁の建て直しに掛かる費用と歳月、マルスが破壊した一帯の修繕費等の計算からは目を逸らして。

 ペンギン急便の二人はさてどうしようかと炎天下の下で立ちっぱなしだったが、少しすればホットドッグと大人気フルーツジュースを四人分買ってきたマルスとモスティマが戻ってきた。

 

「一応買ってきたけど、ボスとテキサスも食べる?」

「戴こう、感謝する」

「珍しく気が利くじゃねぇか、有難く貰うとするぜ!」

「少しボリュームを下げろ鳥もどき、焼くぞ」

「待て、いい加減訂正するが俺は鳥もどきじゃねぇ」

「ならなんなんだ。鳥か?」

「見て分かれよエンペラー様だよ! いや、そもそもなんでてめぇ俺にだけ異様に辛辣なんだ??」

「気分だが」

「気分ならしょうがねぇな……て、なるわけねぇだろ! 雇わねぇぞ!」

「……無職も悪くないな。モスティマ、金は出すから養ってくれ」

 

 それは養う事にならなくないか? なんてまともなツッコミを入れる人物は不在。テキサスはホットドッグとジュースに夢中だった。

 エキサイトしていくエンペラーを平坦なテンションで煽り続けるマルス。それを見ながらニコニコしているモスティマ。追加のホットドッグを頬張るテキサス。

 

 喧しい四人組の騒ぎはあまりにも五月蝿すぎて通報され、保安局が来るまで続いた。

 

 

 



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