ポケモン世界で配信者、始めました! (ルルル・ルル・ルールルールー)
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配信者、始めました!
#1 配信を始めるまで 前
「うーん。かわいい。天使?」
鏡に映るは亜麻色の髪の幼い天使。
胸の上ぐらいまで伸びた亜麻色の髪はさらさらで、手ぐしをすれば引っかかることもなくスッと通る。長い睫毛に縁取られた碧眼はやや眠たげなタレ目で、ジト目っぽくなっているのもあざとかわいい。幼げな顔の造形も恐ろしいほどに整っており、真っ直ぐな鼻梁も仄かに色付くほっぺも桜色の唇も、文句の付けようのない美少女だ。ちなみに声もかわいい。
「これが神のご利益。名も知らぬ神様、ありがとう」
生まれた瞬間から付き合ってきた私の身体だけど、我ながら何度見ても完全無欠の美少女すぎて震える。惜しむらくは私が私自身と結婚できないことである。
「さて、準備しなきゃ」
身嗜みをきちんと整えてからパソコンを起動し、動画配信サイトの私のチャンネルから配信の待機画面を開く。予定の配信の開始時間までまだ数分あるが、すでに待機中の視聴者はかなりの数だ。配信を始めた当初の私に見せれば、まず間違いなく怖気付くような人数だけどもう慣れたもの。
「あー、あー、あー。声も大丈夫かな」
発声の練習と今日の配信内容の段取りの確認を軽く行い、配信の準備をしていればあっという間に開始の時間だ。
「みなさん、こんにちは。ジムリーダーのカレンです」
◇◆◇◆◇
初詣で近所の寂れた神社の絵馬に何を血迷ったか『超絶かわいいロリになってお姉さんとおねロリ百合したい』と煩悩と性癖にまみれたこの世の闇のような願いを書いたら神様は何を思ったか、本当にTS転生したようだ。
前世の記憶が蘇ったのは5歳の夏。ポカポカな陽気の中で近所の公園でお母さんと一緒に元気に遊び回り、お弁当のサンドイッチをたらふく食べて日向ぼっこしながらスヤァしてた時。夢の中で、『俺』の人生を作文用紙1枚分ぐらいに適当にまとめたものを追体験し、目覚めたら『私』の頭の中に『俺』の記憶が混ざり混んでいた。
突然のことだったけれど、それでもなぜだか変にパニックになったりすることはなく、「あぁ、なるほど。『私』は『俺』なんだ」とすんなりと納得し、『私』は『俺』との共存を受け入れた。『俺』と混ざり合った『私』は精神が成長し、趣味趣向で『俺』の影響を受け、人格は『私』のモノになり、成人男性だった『俺』の知識を手に入れた。
そうして最後に残ったのは『私』でも『俺』でもない、二つが複雑に混ざり合って新たに生まれた私となった。
『私』の様子の変化を敏感に察知したお母さんが「どうしたの」と心配して顔を覗き込んでくるけど私は一言「だいじょうぶ」と答えた。実際に問題はなかったし、前世のことや転生のことをお母さんに話すのはなんとなく憚られたのだ。その後は遊ぶのを再開して、日が暮れて家に帰る頃にはお母さんも本当に私に何ともないと判断したらしい。
ところでこの世界は、前世の世界とは違う。
端的に言うとポケモンの世界だ。
前世が生粋のポケモン大好き人間だった私は、この幸運に神様への感謝の祈りを捧げ、お母さんにはポケモンちょうだいのおねだり攻勢をしかけた。
三日三晩に続くおねだりに遂に屈したお母さんが私のために捕まえてくれたポケモンはクチート(♀)だった。クチートは前世で一番大好きなポケモンだったので、嬉しすぎて狂喜乱舞した。
それからクチートには『トト』と言う名前を付けて毎日片時も離れず一緒にいるようになった。トトちゃんは構い過ぎるとそっぽを向き、放っておき過ぎると甘えてくる猫のような性格で大変かわいらしい。数ヶ月も経てばすっかり仲良くなり、私とお母さんにとってトトちゃんは掛け替えのない家族になった。
「トトちゃん、ずっといっしょにいようね」
「くぅくぅ」
「ずっと、ずっとね」
「くー」
うへへぇ……かわいいなぁトトちゃん……。
それから私はお母さんとトトちゃんに見守られ愛し愛され幸せな日々を送り、タケノコのようにすくすくと育ちあっという間に10歳を迎えた。
10歳と言えばそう。ポケモントレーナーとして旅立つことが許されるようになる年齢だ。しかし、この設定はアニメ版ポケモン特有の設定であって、ゲーム版──原作準拠っぽいこの世界にはそんな法律は特にない。というか、10歳で旅立つとか常識的に考えて非常識である。
私が転生したこの世界では少年少女がポケモントレーナーとして旅立つのは、だいたい最低でも14〜16歳くらいが普通だ。それもそのはず、10歳じゃまだ義務教育すら満足に終わってないのだから。
そういう事情があったため、10歳の誕生日を迎えるとともに旅に出ると言った私は、お母さんに必死に止められた。10歳の女の子が一人で旅をしてロクな目に遭うわけがないと言われれば、その通りだと納得せざるを得ないし、ぐうの音も出ない正論であった。
旅に出るのはせめて後2年は待つように約束させられ、代替案としてお母さん同伴のもとポケモントレーナーとしての活動は許された。なので私はこの2年を雌伏の時として力を蓄え、12歳で旅に出るときに鮮烈なデビューを図ることにした。
私の生まれ育ったガラル地方には、多種多様なポケモンが生息し、たくさんのトレーナーが集まるワイルドエリアという場所がある。私はこの2年間で暇さえあればお母さんと一緒にワイルドエリアに繰り出し、トトちゃんとともにポケモントレーナーとしての経験を積み、新しいポケモンを捕まえたり、キャンプしてカレーを食べたりと充実した日々を過ごした。
ワイルドエリアで新たに捕まえたポケモンはリオル、ココガラ、ヒトツキ、イワーク、ジュラルドンの5匹。見事に進化後がはがねタイプのポケモンで揃ったけれど、これは当然狙ってやった。理由は単純ではがねタイプが一番好きだったから。前世でも『俺』はよくはがねタイプ統一パーティを使っていた。だから私もはがねタイプ統一で戦うことにしたのだ。「好きこそ物の上手なれ」って言うしね。好きなポケモンを使って勝つのがきっと一番楽しいのだ。
はがねタイプのポケモンばかり集めようとする私にお母さんは「もっとポケモンのタイプはバランス良くした方がいいわよ」と至極もっともな助言をしてくれたけど、私がはがねタイプが好きだからと言えば「カレンがそうしたいのなら良いと思うわ」と笑って背中を押してくれた。
お母さんも若い頃はポケモントレーナーだったとのことで、私にポケモンの育て方からポケモンバトルのこと、コンディションの整え方などいろいろなことを教えてくれた。本人は別に大したトレーナーではなかったなんて謙遜するけど、前世の記憶によるポケモン知識を持つ私にはわかる。バンギラスにカイリューを持っているトレーナーが大したトレーナーでないわけがない。
少し残念だったのがポケモンバトルにおいて、前世のゲーム知識があまり役に立たなかったことだ。ポケモンの能力に関する知識や技や特性、タイプ相性に関しては前世のゲーム知識が大いに役立っているが、実践的なバトルはそれだけで全てが決まるわけではない。
指示の出し方、技の使い方、地形の使い方、エトセトラ。ゲームのターン制バトルでどれだけ強くとも、この世界では何の意味もない。当然と言えば当然だけど、格ゲーの世界チャンピオンがボブサップにリアルファイトを挑んで勝てるわけがないのと同じだ。
前世知識でマウントを取れるなんて思ったけど、人生はそんなに甘くないらしい。
それでも私はこのアニメ版ポケモンに近いバトルに熱中した。コマンドを入力してその通りに動くだけのデータと違い、この世界のポケモンは確かに生きている。言わば、血の通った生きているポケモンバトルだ。
ポケモンが大好きな私にとってポケモンバトルが何よりも楽しい時間となるのには、時間はそうかからなかった。
ココガラはポケモン剣盾より登場した新ポケモンです。
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#2 配信を始めるまで 後
「それじゃあ、行ってきます」
「頑張ってね、カレン」
お母さんとの約束通り2年待ち、12歳になった私は満を持して旅に出ることになった。お母さんもこの2年間でポケモントレーナーとしてかなりの成長を見せた私を止めることはしなかった。まだバトルで本気のお母さんに勝てたことはないけれど、手持ちのポケモンが全員進化したし、ワイルドエリアで戦った他のトレーナー相手には勝ち越しているから強さは問題ないと思ってる。
どうせ旅に出るならと、お母さんはジムチャレンジの推薦状を用意してくれた。それだけでなく、餞別として更にダイマックスバンドもプレゼントしてくれた。
推薦状もダイマックスバンドも簡単に手に入るものではない。推薦状はリーグ委員会の関係者に書いてもらう必要があるし、ダイマックスバンドは希少品だ。それもあって、私は特にジムチャレンジに参加する予定はなかったのだ。お母さんにこれをどこで手に入れたのかと問うと、お父さんが用意してくれたらしい。
……お父さん、いたんだ。
今まで一度もお父さんを見たことがなく話を聞いたこともなかったので、てっきり私にはお父さんはいないと思っていた。でもよくよく考えてみると、お母さんは外で仕事をしている様子がないのにお金で困ったことがないし、それどころか家は一軒家で広いし私の教育に家庭教師を雇うぐらいに我が家は裕福だ。
これは顔を知らぬお父さんがお金を出してくれていたのだろう。
お母さんに詳しく聞いてみるが、私がショックを受けると思っていたのか話すのを渋っていた。しかし、精神的に普通の12歳ではない私はどんな話が出てきても少なくとも泣き出したりはしない。お母さんも、そんな私の様子を見て平気だと判断したのか少しずつ話してくれた。
端的に言うと、お父さんは大きな企業のCEOでガラル貴族の偉い人、お母さんはその妾。そして私は妾の子、庶子であるらしい。他の地方出身のお母さんはガラルに来て、お父さんと恋に落ちるが、貴族であるお父さんにはすでに親の決めた貴族の許嫁がいた。そこに愛が無くとも貴族同士の婚姻は絶対であり、他に好きな人ができたなんて理由で覆ることはありえない。しかし二人は恋を諦めることはなく、なんやかんやあって今の関係に落ち着いた。
そんなことをお母さんは熱に浮かされたような表情で熱く語ってくれた。貴族とか妾とか、非日常的な話にどんなラブロマンスだと思ったけど、お母さんが幸せそうならいいや。
お母さんは今でもたまにお父さんと会って食事やデートをしているらしいが、お父さんは私に引け目を感じていてなかなか会う勇気が出ないとのこと。正直、私も今更お父さんが出て来ても、その人をお父さんと呼べるかと言うと微妙だ。だけど、別に会うぐらいなら何とも思わない。そのことをお母さんに伝えたのでそのうち会うことになるだろう。私の言葉を聞いたお母さんの嬉しそうな顔を見れたので、これでよかったと思う。
私としては、お母さんの話に少しだけ出て来た腹違いの姉妹という言葉に興味をそそられた。お母さんの遺伝子が入っていないとはいえ、超絶美少女天使である私の姉妹なのだからきっと美少女なのだろう。いつか会ってみたいものだ。
閑話休題。
ジムチャレンジに参加することになった私は意気揚々とエンジンシティに向かい、開会式に出た。たくさんの人達に囲まれたスタジアムの熱気には少し気後れしたが、それと同時にこの先の旅への期待を膨らませ私の思いを熱くさせてくれた。たまたま入手した推薦状で成り行きで参加することになったジムチャレンジだけど、せっかくだからリーグチャンピオンを狙ってみようかと私はこの時になって漸く決意を新たにした。
ジムチャレンジはガラルの主要な街を一周しながら、各スタジアムで行われるジムミッションとジムバトルをクリアしてジムバッジを集めていく催しだ。
8つのジムバッジを全て集めたジムチャレンジャーは、ゴールであるシュートシティにて行われるチャンピオンカップのセミファイナルトーナメントに参戦し、セミファイナルトーナメントで優勝したジムチャレンジャーは更にファイナルトーナメントに参戦する。
ファイナルトーナメントでは本気を出したジムリーダーたちと争い、たった1つのチャンピオンへの挑戦権を奪い合う。そして最後に、ファイナルトーナメントの優勝者とチャンピオンがお互いに全力で戦いリーグチャンピオンの座を争うチャンピオン戦を戦う。
ガラルのポケモントレーナーのほとんどは、このチャンピオンカップで勝利し自らがリーグチャンピオンになることを夢見て切磋琢磨する。私は前世の影響で、ポケモンバトルさえできれば満足だった少数派だが、こうなればチャンピオンになりたいという欲が出てくるもので、すっかりやる気になってしまった。
2年間もポケモントレーナーとしての修練に費やした私たちは、ポケモンの練度もトレーナーとしての能力もかなり鍛え上げられていた。
破竹の勢いでジムチャレンジをクリアしていき、あっさりとセミファイナルトーナメントへの挑戦権を一番乗りで得たときは拍子抜けしたものだ。その頃には私にもたくさんのファンが付いてくれていたようで、暖かい応援や心のこもった手紙をもらったときには心が暖かくなった。この人達のためにもチャンピオンになりたいとすら思った。
一部、幼い私の容姿に惹かれた
セミファイナルも余裕で優勝した私は、ファイナルトーナメントに挑むことになり本気のジムリーダーたちと戦った。さすがに彼らは強く、私もところどころで苦戦したがなんとか勝利を重ね、チャンピオンダンデとの最終戦。
全力を尽くした、今までの全てをぶつけた、万全を超えた状態で挑んだ。そうして臨んだ最高の舞台でのダンデとの最高の真剣勝負は楽しかった、本当に。過去全てのポケモンバトルにおいて、ダンデとのバトルの一分一秒が尊く優っているとすら思った。
そう思ったのはどうやら私だけではなく、ダンデもまた私の最後のポケモンを打ち倒した瞬間には感極まってリザードンと一緒になって雄叫びをあげていた。
「……次は私が勝ちます」
「次もオレが勝つ!」
私たちはどちらともなくシェイクハンドを交わし、次の激戦を約束する
そうして観客たちの万雷の喝采と共にチャンピオンカップは閉会となり、後にこの年は過去最高のジムチャレンジと称されるようになった。
後日、私は久しぶりの我が家でダラダラとテレビを見ながらソファに寝転がってマホイップのように溶けていた。
燃え尽き症候群というやつだ。
今でも思い出す、あの大きなスタジアムと大きな歓声、熱狂、最高のバトル。思い出す度に、私の身体は芯から熱くなっていくようにすら錯覚する。そしてそれらがすでに終わったことだと思うと急激に冷めていく。
トトちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。もう少しこのままでいさせて欲しい、ソファがひんやりして気持ちいいのだ…………。
「カレン、いつまでそうしているのよ」
「後ちょっと……」
「そういって、もう一週間はそんな調子じゃない」
お母さんがあからさまにため息をついてやれやれと首を振った。
そうは言っても何もやる気が起きないのだ。何をしても身に入らない、私はもうダメかもしれない。私はこのままソファの上でナマコのように生きるのだ……。
「そんなんじゃ、またチャンピオンに負けちゃうわよ」
「……むぅ。それは困る」
きっとダンデは私がこうしている今でも強くなり続けているのだろう。それは嫌だ。もう負けたくない。
「とりあえず、配信でもやってみたら? 昔言ってたわよね、配信者になりたいって」
「言ったかなぁ……」
「言ってたわ」
……言った気がするなぁ。
前世の『俺』は配信者に憧れていた。楽しそうで華やかな世界。ゲームをやってお金がもらえる世界。ちやほやされて羨ましい世界。
今となってはそんなに気楽な世界だとはさすがに思っていないけど、『俺』は確かにそんな世界に憧れていたらしい。
私はそんな『俺』の記憶を持つのだから、配信者に憧れる気持ちは確かにわかる。わかるのだけど、今はやる気が出ない。
「……いつか、やる」
「はぁ……この子は」
このままだとダメなのは確かだ。私ももっと活動的にならなければいつか腐ってしまう。それは嫌だ。
仕方ない。
「明日から、本気出す」
今日のところはダラダラしよう。
お母さんは頭が痛そうに無言で額を覆った。
Tips
『推薦状』
ジムチャレンジの参加券。リーグ関係者のみが発行できる。
チャンピオンなどの有名人が書いた推薦状を持っていると注目される。
『ダイマックスバンド』
特定の場所で使用するとポケモンがダイマックス(巨大化)する。
ウルトラマンではないがダイマックスは三ターン、技三回分持続する。
ポケモンソード&シールドではダイマックスの使い方が勝負を分ける。
『ダンデ』
原作ポケモンソード&シールドに登場するラスボス。
10歳でジムチャレンジに挑戦してチャンピオンになり、以降無敗を誇るやべーやつ。
めちゃくちゃ強いはずなのに原作主人公が理不尽にバグすぎてあまり実感がない。わりと不憫。
このSSでは10歳で旅に出る説は諸々現実的に考えた結果オミットすることにしましたが、ダンデはバグキャラなので仕方ない。
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#3 初配信
お母さんに散々せっつかれた私は、「明日から本気出す」と宣言した一週間後にようやく重い腰をあげた。
動画配信サイトのアカウントを取得しチャンネルを作り、SNSサイトにて配信を始める旨を伝える。
SNSのアカウントについてはジムチャレンジ中に取得していた。ジムチャレンジを終えた段階ではフォロワーは500人程度だったのが、チャンピオンカップでのダンデとの激闘によってそれなりの人気が出たのか今ではフォロワーは1万人もいる。びっくりである。
私のSNSのアカウントは自撮りの写真が多い。割合で言えば自撮り7割ポケモン2割適当な呟き1割だ。そんなアカウントをフォローしている人たちはおそらくロリコンだろう。
いざ配信を始めてみても視聴者0人で悲しくなるかもしれないと少し不安だったが、1万人もロリコンがいれば多分誰かしら見に来てくれるはず。
勇気を出して配信の待機画面を覗いて見ると、すでに視聴者は100人もいた。平日の昼間から活発なロリコン共である。ありがたい限りだ。
一つ深呼吸をして心を落ち着け、意を決して配信開始のボタンを押す。
【わこつ】
【始まった?】
【期待】
【いえーい、カレンちゃん見ってるーーー?】
配信が開始すると同時に流れてくるコメント。今までの私はコメントをする側だったのが、コメントをされる側になるのはなんだか不思議な感じだ。
「初めまして、カレンです。ポケモントレーナーです」
【かわよ】
【ちゃんと挨拶できて偉い】
【知ってる】
【声もかわいい】
【クチートもかわいい】
真っ先に言及される私の容姿。ジムチャレンジの時から私のかわいさは結構話題になっていてかなりちやほやされた。私自身、自分が超絶かわいいのは自覚していたが、実際にお母さん以外の他人からかわいいと言われる機会はあまりなかったので、自己顕示欲が満たされていくようで気持ちよくなってしまう。これは麻薬だ。かわいいは麻薬。
ちなみにトトちゃんは現在、私の隣でソファに寝っ転がってぐでーっとしている。一週間前の私自身を見ているようだ。
【なんで配信始めたの?】
コメントを目で追っていたら話を広げるのにちょうどいい質問を見つけた。
「チャンピオンカップが終わってから家でダラダラしてたら、お母さんに軽く叱られて配信者になることにしました」
【えらい】
【偉い】
【ポケモンバトルはあんなに強いのに普段はダメ人間なのか】
【マッマグッジョブ】
【おにつよダメ人間ロリ】
【学校は?】
「ダメ人間ではありません。あんまり適当なこと言うとハガネールでしばきます。家庭教師に勉強を見てもらっているので、学校は行ってません」
【しばくww】
【おこなこ?】
【ハガネールはさすがに許して;;】
【ロリにしばかれるとかご褒美やんけ】
【ハガネールにしばかれると下手しなくても死ぬんだよなぁ】
人に向かってダメ人間とはまったくもって失礼だ。
「ところで、平日の昼間ですけど皆さん仕事は?」
【あ……】
【おいやめい】
【……】
【在宅ワークしてます】
【やめてくれその言葉は俺に効く】
【自宅警備しています】
【今日は休み】
「あっ……。この話題はやめておきますね……」
【助かる】
【優しい】
【かわいい】
【つよい】
【かしこい】
「それじゃあ、適当に質問をください。答えられたら答えます」
私が質問の募集をすると、一気に流れ始めるコメント欄。流れが早すぎてびっくりしてしまった。これじゃあ、質問をまともに探すのが難しい。さすがにこれはおかしいと思って、視聴者数を確認してみるとなんと2000人もいた。びっくり。
「わわっ! 2000人も来ていただいてありがとうございます!」
【思わずテンションが上がっちゃうロリ】
【今までのクールな感じは演技だったのか】
【クールなのもかわいかったけど、こっちも好き】
「えっと、申し訳ないのですけど、こんなにコメントの流れが早いと質問を拾うのが難しいです。慣れてないせいですみません」
【ええんやで】
【がんばって】
【ぺろぺろ^^】
【これから慣れていけばええんや】
今度は励ましの言葉がわっと流れる。みんな優しくて嬉しい。こいつらロリコンなのに。本当にロリコンだろうか? それともロリコンだから私に優しいのか。
時折流れてくる変態的なコメントを見ると、あぁやっぱりロリコンなんだなって安心する。ロリコンがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「えっと、じゃあ仕方がないので私がみなさんに質問しますね」
【草】
【そう来たか】
【ええぞ】
【これは逆転の発想】
【かしこいなぁ】
コメント欄は概ね歓迎してくれているので、気兼ねなく質問していくことにする。
「みなさんはロリコンですか?」
【ファーーーーーーwwwwww】
【大草原】
【直球すぎて草】
【ロリコンですが何か?】
【草ァ!!】
【ロリコンじゃないよ!!】
【カレン選手が強いから見に来ました】
流れていくコメントを見ていると、ロリコンを肯定する人とそれっぽい人がだいたい7割くらいで、残りの3割は別にそうではない人もいるようだ。
思ったよりロリコンの比率が低い。私はもっと9割くらいがロリコンでもおかしくないと思っていたのだけど意外だ。
残りの3割の人は、私のバトルの強さに憧れた人やファンになってくれた人、チャンピオンカップを戦った私に興味があって見に来た人など。ポケモントレーナーとしての私を期待して見に来てくれた人も多い。
「思ったよりロリコンの人は少ないみたいですね。ポケモントレーナーとして期待してくれている人もありがとうございます。期待に応えられるよう、頑張ります」
【思ったより少ないって……これで?】
【コメ欄ほぼロリコンに見える】
【ダンデとのバトルは熱かったからなあ】
【あのバトルを見てポケモントレーナーになろうって決めました!!】
【……ペロリ】
【ロリコンじゃないけど、カレンちゃんはかわいいと思う】
やっぱりダンデとのバトルは反響が大きいようだ。伊達に過去最高のジムチャレンジとか呼ばれていない。チラッと見えたのが、あのバトルがきっかけでポケモントレーナーを目指し始めたというコメント。なんだか不思議な感じだ。私がきっかけになるなんて。でも、嬉しいな。
【!】
【笑った?】
【微かに笑ったのかわいすぎ】
【スクショした】
【おい、ロリコンども笑われてるぞ】
【クール系ロリがたまに見せる笑み……趣深い】
【もっと笑って】
【今のでロリコンになりました】
どうやら無意識に口角が上がってしまっていたようだ。でも別にクール系のキャラを気取っているわけでもなく、私はこれで素でやってる。だから、特に問題はないのだけれど、たくさんの人の前で笑うのはなんとも恥ずかしい。
「私がきっかけでポケモントレーナーを目指し始めたってコメントを見つけて、嬉しくてつい無意識に笑ってしまったようです。あと、私は別にクール系キャラを作っているわけではありませんよ」
【それは確かに嬉しいな】
【そんなこと言われてみてぇなぁ俺もなあ】
【感動した】
【素でそんな感じなのか】
【カレンちゃん大人っぽいな】
「っと、そろそろいい時間ですね。今日はここまでにしときます」
時計を見ると、いつの間にか配信を開始してから30分も経っていた。夢中でやってたせいかあっという間だ。
【いかないで】
【さみしい】
【楽しかった】
【また配信して】
コメントが、配信終了を惜しむ声で流れる。みんな楽しんでくれていたようで何よりだ。私も楽しかった。
「それじゃ、次の配信は決まったらSNSの方で告知します。よかったらSNSのフォローとチャンネル登録してってね。ばいばい」
【おつ】
【チャンネル登録したぞ!】
【乙】
【おつかれ】
【ロリコンになりました。責任とってください】
カメラに向かって手を振りながら配信画面を閉じる。最終的な視聴者数は4000人にもなっていた。チャンネル登録者は1000人ちょい。基準や普通がわからないのでなんとも言えないが、これは結構いい感じの滑り出しなのではないだろうか?
「……ふぅ」
「お疲れさま。どうだった?」
私が一息ついたのを見計らってお母さんが飲み物を持って来てくれた。私の好きなリンゴジュースだ。
「楽しかった」
「そう。よかったわね」
初めての配信で上手くいかないこともあったけど、楽しかった。
新しいことを始めるときはいつだってドキドキワクワクして期待と不安が綯い交ぜで、一歩を踏み出すとそこには全く知らない世界が広がっていて、良いことも悪いこともその先に何があるのかはわからないけれど、後で振り返って見るとあの時に一歩を踏み出して見てよかったなと思える。
ポケモントレーナーとしての一歩を踏み出した時も今の私と同じ気持ちだったかもしれない。ドキドキワクワクして、知らない世界に飛び込んで、今ではポケモントレーナーになって良かったなと胸を張って言える。
今回も、同じだといいな。
「……また、明日もやろうかな」
そう思えた。
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#4 自己紹介配信
「こんばんは、カレンです」
【わこつ】
【こんばんワニノコ】
【待ってた】
【アローラ】
【今日もかわいい】
【クチートもおるやんけ】
「アローラ地方の人も見にきてくれてたりするんですか?」
「アローラ」と言うのはアローラ地方特有の挨拶だ。アローラ地方は前世のハワイに似た場所で、その挨拶もハワイの「アロハ」と似ている。ポケモンが創作物だった前世のことを考えれば、アローラ地方のモデルはハワイ諸島なのだろう。ちなみにガラル地方のモデルはおそらくブリテン諸島だ。
【カントーもいる】
【ジョウトもおるで】
【アローラからチャンピオンカップ見させてもらいました!】
カントーはそのまま関東地方。ジョウトは関西地方と一部の中部、四国地方がモデルとなっている。ガラルリーグの中継は専用のチャンネルを開設すれば他の地方でも見られるので、そういったところから他の地方にも私のことを知ってもらえているようだ。
「ぐろーばるですね、他の地方の人にも知ってもらえて嬉しいです。今日はSNSの方で告知した通り、前回忘れていた私の自己紹介と募集した質問に答えます」
どうやら昨日の配信がなかなかの好感触だったようで、今日は開始直後からすでに視聴者が500人ほどいる。昨日の配信直後の視聴者が100人だったことを考えるとなんと5倍、びっくりだ。
今日の配信内容は自己紹介と質問回答。昨日、チャット欄の質問に答えることができなかったので、今日は事前にSNSで質問を募集し、幾つかの質問をピックアップしておいた。自己紹介については、やっていなかったことを視聴者にSNSで指摘されてしまったのでやることにした。完全に忘れていた。
【前回なんか足りないと思ってたら自己紹介か】
【ドジっ娘属性も乗せてきたか】
【ロリ、クール系、強者、ドジっ娘(NEW!)】
【属性どんどん増やしてけ】
【ドジっ娘かわいい】
「初めての配信で割といっぱいいっぱいだったんです。ドジっ娘ではないと思います。多分」
そもそもドジっ娘とはなんなのだろうか。私が思い浮かべるドジっ娘というのは、何もないところで転んだり簡単なことでミスが多かったりする女の子のことだ。その点で言えば、たった一回ミスっただけの私は別にドジっ娘ではないと思う。人間なら誰しも多少のミスはするものだ。
ドジっ娘が萌えの属性としてかわいいというのは私も共感できるけど、自分がそうだと言われるとなんとも微妙な気分になる。かわいいと言われるのは嬉しいけどね。
【クールで大人っぽいけどやっぱまだ子供だよな】
【いや、ドジっ娘やろ】
【ドジっ娘を享受しろ】
【まぁ、初めてならしゃーない】
「あんまりドジっ娘ドジっ娘言うとこの子でしばきます」
私の隣に座ってパソコンを眺めていたトトちゃんをみんなに見せるように抱き抱える。
【ヒェッ……】
【またしばくのかw】
【おにつよクチートちゃんおっすおっす】
【言うてクチートやんけ】
【クチートはクチートでもカレンちゃんのクチートだからなぁ……】
【ハガネールよりかは有情】
【クチートかわいいなぁ】
「気を取り直して、まず自己紹介からです。名前はカレン、歳は今年で13歳の12歳で身長は138cm、体重はさっき計ったら32kgでした」
【ロリやな】
【140いってないのがガチ感】
【12歳で旅に出たりしてるのか】
【見た目通りだけど、それであの戦績はやっぱビビる】
【その辺の情報はジムチャレンジのインタビュー記事に載ってたな】
【ひゃーっ! 新鮮なロリだぜ!】
【足のサイズは?】
【座高は?】
【おてて見せて】
【ロリコンども自重しろw】
流れてくるコメントは私の年齢でチャンピオンカップを準優勝したことに対する驚きや賞賛が多く、それ以上にロリコンの変態的なコメントが目立つ。ロリコンどもに関しては見てて面白いので私的には一向に構わないのだけど、こんな様子だと一般の視聴者は配信を見るのやめてしまったりしないだろうか。心配。
【スリーサイズは?】
「えぇ……12歳にスリーサイズ聞くとか、普通にキモいです」
【罵倒助かる】
【録音した】
【俺もロリコンだけどこれはさすがにキモい】
【YESロリータNOタッチを遵守しろ】
【質問はキモいけど、ナイス】
そもそも私自身、前世の願いからわかる通りロリコンとは言わずとも普通にロリも好きなので、ロリコンどもの気持ちはわかる。だけどさすがにスリーサイズ聞くのはやばいと思うよ。
「切り替えていきましょう。好きなことはポケモンバトルで、趣味はピアノです。いつかピアノ配信もやってみたいですね」
ピアノは前世の小さい頃から趣味でやっていた。今世でも弾きたくて、お母さんに頼んだら次の日には高そうなグランドピアノを用意してくれた。今思えばここら辺でもお金持ちお父さんの影がチラ見えしていたっぽい。
ピアノでは主に、この世界に存在しない前世の好きだった曲を楽譜に起こしたりして遊んでる。とはいえ、忘れてしまう前に楽譜に起こさなきゃなので結構必死だ。
【ピアノ配信楽しみ】
【カレンちゃん大人っぽいし、家庭教師にピアノときてすごい育ち良さそう】
【ポケモンバトルしてる時のカレンちゃんめっちゃ楽しそうだもんな】
【得意な曲とか教えて】
「得意な曲は内緒です。配信を楽しみにしていてください」
内緒とは言ったけど、実際はこの世界の曲はまだあまり覚えていないのだ。前世の曲の楽譜作りを優先してるので、新しい曲に手を出すのはまだまだ時間が掛かりそう。
「好きな食べ物はリンゴとリンゴのお菓子、お母さんの作ってくれたカレーです。あと、ジョウト料理も好き」
【お母さんっ子なのね】
【今までで一番子供っぽい】
【嫌いな食べ物は?】
【ジョウト料理ってどんな感じなの】
「嫌いな食べ物はセロリ。ジョウト料理はたこ焼きとかお好み焼きとかですね。お母さんの出身がジョウトらしくて良く作ってくれるんですよ」
ジョウト料理は前世が日本人の私にとって口に合うし懐かしい感じがして安心する。ガラル地方の料理も美味しいけど、やっぱり日本料理が恋しい。いつかカントーやホウエン、シンオウの料理も食べたいなぁ。
お寿司、蕎麦、うどん、和食、ラーメン、丼モノ……考えるだけでお腹がすいてきそう。
【たこ焼きもお好み焼きも聞いたことないなー】
【昔ジョウト行った時に食べたけど確かに美味かった】
【カレンちゃんがジョウト料理好きなのジョウト民として嬉しい】
【ガラルにもジョウト料理の店あるぞ】
【セロリは子供なら仕方ない】
「コメントによると、ガラルにもジョウト料理のお店があるらしいです。気になる人は調べて見てください。美味しいですよ」
【マ?】
【調べてみるかな】
【割と近所だったわ。明日行くかな】
【ジョウト料理布教していけ】
もしかしたら、探せばガラルに前世の日本料理のお店が他にもあったりするのかな。次に旅に出る時は食べ歩きなんかもいいかも。
「自己紹介の続きです。10歳からポケモントレーナーを始めて、2年修行して今年のジムチャレンジに参加。結果はチャンピオンカップ準優勝でした」
【マジですごい】
【つよい、かしこい、かわいい】
【2年であんなに強くなれるのか?】
【ムリダゾ。俺は10年トレーナー続けてるけど未だにセミファイナル止まり】
【セミファイナルも十分すごいが】
【センスというか才能というか。そういうのがあるんだろうなぁ】
【割とマジでそのうちチャンピオンになりそう】
【ぶっちゃけジムチャレンジどうだった?】
「ジムチャレンジに関しては意外とあっさりだったなって思いました。ファイナルリーグはそこそこ苦戦しました。ダンデさんはただ強かったです」
ダンデのエースのリザードンと私の手持ちの相性が悪かったのもあるけど、ダンデは本当に強かった。今の私の目標は打倒ダンデだ。
だけど最近になってダンデよりお母さんの方が強いのでは? なんて思うようになってきた。
ジムチャレンジが終わって家に帰ってきてからも何度かお母さんと戦っているのだが、一度も勝ててない。ジムチャレンジに挑む前ならともかく挑んだ後でこれだ。私もポケモンも結構レベルアップしたと思うのだけど、勝てない。
私自身のコンディションがダンデ戦の時は100%を振り切って150%ぐらい出てたことを加味しても、あまりにもお母さんが強く感じる。私は準優勝だよ? 公式にはガラル地方のNo.2だよ? なんで一回も勝てないのかな。
お母さんって何者?
っと、今は配信中だからそんなこと考えてる場合じゃないね。
【ファイナルリーグでそこそこか】
【あっさりで草】
【ジムチャレンジャーの殆どがバッジ8つ集められないらしいけど】
【毎年セミファイナルに進む人数は両手指で足りる程度だからな】
【開会式ではあんなにいるのにな】
【でもやっぱダンデもすげえわ】
【そこそこ扱いされるジムリーダーは泣いていい】
「でも、いい経験になりました。もしまたジムチャレンジに参加することがあれば今度こそダンデさんを倒してチャンピオンになりたいですね」
【リザードンをどうするかだな】
【カレンちゃんははがねタイプ使いだからどうしてもリザードンがキツい】
【来年は参加しないのか?】
【ジムリーダー「来ないで」】
「リザードンに関しては幾つか案は考えてます。来年はまだ未定ですね。もう少し修行してから挑みたい気持ちもあります」
みんなとジムチャレンジや打倒ダンデやらのことで話していると、時間がいつの間にか一時間経ってしまっていた。視聴者の殆どがロリコンとはいえ、みんなポケモンが本当に好きみたいで変態的なコメントすら忘れるぐらいに盛り上がった。いつもこうならいいけどそうはいかないだろうなぁ。
「みなさん、ここで残念なお知らせです。質問に答える時間が無くなってしまいました」
【一時間経ってるやんけ!】
【草】
【質問は犠牲になったのだ……】
【質問さん「またか……」】
【いつになったら質問に答えるんだよww】
【これはこれで撮れ高】
「次回こそは質問に答える配信にします! それじゃあ、今回はここまで。またね、ばいばい」
【乙乙】
【いかないで】
【バイバイって手を振るのかわいい】
【ばいばいバイバニラ】
【おつかれさマンタイン】
【その挨拶は流行らないし流行らせない】
──────この配信は終了しました──────
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#5 質問に答える配信
「こんばんは。カレンです」
【こんロリ】
【わこつ】
【こんばんワニノコ】
【こんばんワンパチ】
【変な挨拶が増えてきたな】
【カレンちゃんすし】
【今日もかわいい】
前回の配信の最後もだったけど、コメント欄でなんか変な挨拶が流行り始めている。他の配信者の人で特別な始まりの挨拶と終わりの挨拶を使っている人も結構いるし、私も後で何か考えて見てもいいかも。「こんにちは」や「こんばんは」だけだと味気がないしね。
「今日は予定通り質問に答えていく配信にしたいと思います」
【予定通り(2敗)】
【やっと質問回か】
【楽しみ】
【ワイの質問読んでほしい】
「質問はSNSの質問ボックスの方で受け付けています。この配信中も受け付けているので気軽に質問を投げてください。読むかもしれませんし読まないかもしれません」
SNSにリンクした質問募集サイト、質問ボックスにはすでに100を超える質問が来ていて、厳選するのがかなり大変だった。それに加えて、変な質問や質問ですらないセクハラも送られてくるので割と疲れる。
「最初の質問です……じゃん」
パソコンを操作して質問ボックスを開き、あらかじめ選んでおいた質問を配信画面に映るように表示させる。
『カレンちゃんさん、こんにちは。
早速ですが質問です。
カレンちゃんさんの好きなポケモンは何ですか?
配信楽しく見させてもらっています。
これからも頑張ってください』
【カレンちゃんさん!】
【じゃんかわいい】
【好きなポケモンか。気になる】
【じゃん】
【クチートちゃうんか?】
「好きなポケモンですか、定番ですね。コメント欄に予想を書いている人もいますが、みなさんの予想通りこの子ですね」
トトちゃんを抱き抱えて膝の上に乗せ、頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めて甘えるように擦り寄ってくる。今日のトトちゃんは甘えっ子な気分らしい。そっけないトトちゃんも好きだけど、やっぱり甘えっ子トトちゃんはかわいさが天元突破してると思う。
【か゛わ゛い゛い゛】
【クチートのかわいさにクール系ロリも思わずニッコリ】
【あら^〜】
【かわいい×かわいい=無敵】
【尊死した】
【クチートいいなぁ】
【クチートになりたい】
【カレンちゃん笑顔アルバムが厚くなる】
【prpr】
「他にはワンパチとかも好きですね。丸々とした身体とか、短い手足とか。かわいいですよね」
【ワンパチはかわいいよなあ】
【私もワンパチ好き】
【カレンちゃんはかわいいポケモンが好きなの?】
【ワンパチは家で飼ってるけどまじでかわいい】
【はがねタイプじゃないんだ】
「かっこいいポケモンも好きですよ、ルカリオとかリザードンとか。はがねタイプは箱推しみたいなものです」
ウツロイドとかもかなり好きだけど、さすがに口には出せなさそう。そもそもアローラ地方でアローラリーグができた話は聞かないし、ウルトラビーストはまだ未確認かな?
機会があったらアローラ地方にも行ってみたいなぁ。
「というか、好きなポケモンを聞かれると無限に出てくるんですよね。1番好きなポケモンを聞かれればクチートと答えます」
【一理ある】
【パッと思いつくだけでも10匹は好きなポケモンいるわ】
【ポケモントレーナーあるあるだな】
「そんな感じで次……じゃん」
『こんばんは。
カレンちゃんは学校に行っていないとのことですが友達はいるんですか?
答えづらかったらスルーしてください』
【じゃん】
【じゃん】
【たしかに学校行ってないと友達できないよな】
【じゃじゃん】
【俺は友達いない】
【友達いないニキは強く生きて】
「友達って何ですか?」
【あっ……】
【おい、この質問したやつ】
【かなC】
【;;】
【おじちゃんが友達になってあげるよ^^】
「……というのは冗談です。たまに近所の子供達と一緒に遊んだりしますよ。私はかわいいですから、近所ではアイドル扱いです」
特に最近は私がチャンピオンカップの準優勝者と知った子供たちやその保護者たちにめちゃくちゃちやほやされている。何ともミーハーな人たちだ。ちやほやされるのは好きだけどね。
【ちゃんと友達いて安心した】
【私はかわいいですから(無敵)】
【たしかにかわいいけど自信満々すぎて草】
【カレンちゃんアイドル路線もアリだな】
「あとはダンデさんとスマホロトムの番号を交換したので、たまにチャットで話したりしてます」
【は? ダンデ許せんのだけど】
【今なら殺意の波動でダンデに勝てそう】
【ダンデロリコンかよ】
【失望しました。ダンデのファンやめます】
【羨ましい妬ましい】
ダンデとはポケモンの話するだけだけどね。今度ダンデのオフの日にバトルしようって話になってるけどいつになるのか、ダンデはチャンピオンとしてかなり忙しいようだしかなり先になるだろう。
ちなみにダンデとは視聴者の羨むような関係ではないし、今後もそんなことにはならない。そもそも私は前世の影響もあって女の子が好きだ。男はノーサンキューである。
「どんどんいきましょう、次……じゃん」
『カレンちゃんこんにちは!
質問です!
カレンちゃんはどこかでポケモンバトルを教わったんですか?
若いのにすごく強いので気になって気になって夜しか眠れません。
よかったら教えてください!
PS.カレンちゃん好きです結婚してください』
【じゃん】
【じゃん】
【じゃん】
【じゃんが好きすぎて中毒になりそう】
【PSで草】
【12歳に求婚するやべーやつ】
【夜眠れてれば十分だろw】
【トレーナーズスクールは無さそうだし、家庭教師?】
「まず結婚はしません。気持ち悪いです」
【罵倒助かる】
【ざまぁ】
【もっと罵ってくれ】
【かわいい声で罵られると目覚めそう】
【俺はもう目覚めた】
「ポケモンバトルは一から全部お母さんに教わりました」
ちなみに私はリビングで配信をしているのでお母さんは近くにいる。どうやら、スマホロトムでこの配信を見ているようだ。この娘に群がる
【ほーすごいなカレンちゃんママ】
【元トレーナーなのか?】
【カレンちゃんがあんな強いんだからお母さんも強そう】
【いいお母さんやな】
「実は私は今まで一度もお母さんにハンデ無しで勝てたことがありません。めっちゃ強いです」
【マジで!?】
【カレンちゃんが勝てないとか強すぎて草】
【元チャンピオンとか?】
【ダンデとどっちが強いんだ】
【さすがにダンデだろ】
【お母さん何者?】
【在野にたまにいる鬼強トレーナーか】
「お母さんとダンデさんが直接戦ったことはないので正確にはわかりませんが、どっちとも戦った私の所感としては少なくとも同等くらいに強いと思ってます」
私という物差しで測れば、お母さんの方が強く感じたけどポケモンバトルはそんなに単純じゃない。ポケモン同士に相性があるように、トレーナー同士にも相性がある。お母さんとダンデが直接戦ったりしない限りは白黒付くことはないだろう。
私としても気になるところだけど、お母さんはあくまで私に教えるためにポケモンバトルをしているだけで、私以外と戦うのは乗り気ではない。だから残念だけどダンデとのバトルは実現しないだろう。お母さん的には引退したらしい。強さはバリバリ現役だけどね。
【直接戦わない限りはわからんよな】
「まぁ、そんな感じです。なので、私の目標はダンデさんに勝つことと、お母さんを超えることです」
【応援してる】
【カレンちゃんなら勝てるよ!】
【がんばれ】
【2年でこんなに強くなったんだから余裕だろ】
【カレンちゃんのお母さんが気になりすぎる】
「次──……じゃん」
『カレンさん、おはようございます。
質問なのですが、カレンさんはなぜはがねタイプ統一で戦っているんですか?
私はトレーナーズスクールでポケモンのタイプはバラけさせるようにと習ったのですが、理由があれば教えてもらえませんか?
配信楽しんで視聴させてもらっています。がんばってください』
【じゃん】
【じゃん】
【誰かじゃんを切り抜いて耐久動画作ってくれ】
【じゃん】
【言われてみればたしかにって感じの質問だな】
【俺も知りたいこれ】
「これは……実は特に大した理由なんてないです。単純に私がはがねタイプが好きだからってだけですね」
これは完全に私の趣味でしかない。前世のゲームでははがねタイプ統一パーティを使うことで、相手の選出を読みやすくなったりとそれなりの利点があったが、この世界のポケモンバトルではゲームほどの利点はない。
私が言うのもなんだが、勝つためならタイプ統一なんてする必要は全くない。むしろ弱点が浮き彫りになってしまうので、たしかな実力がなければ簡単に負けてしまう。
ジムリーダーはタイプ統一でいながら強いが、それはしっかりと弱点をカバーしてパーティを組んで、且つタイプ相性を跳ね返すような工夫をしているからだ。付け焼き刃で真似をしても碌なことにはならないだろう。
私だって2年、しっかりとお母さんの下で修行したからこそ今がある。
「着実に強くなりたいなら普通にパーティを組んだ方がいいですよ。もちろんタイプ統一でもしっかりと修練を積めば強くなれますが。ジムリーダーが良い例ですね」
【まぁだよな】
【結局好きなポケモンで戦うのが1番だよな】
【俺もはがね統一しようと思ってたけどやめよかな】
【カレンちゃんもタイプ統一で強いけど、どんな工夫してるの?】
「私はパーティの弱点が一貫しないように、ほのおにはジュラルドン、じめんとかくとうにはアーマーガア。みたいな感じで対応できるようにしてますね。それと、タイプ相性は必ずしも絶対的なものでもないのでやりようはいくらでもありますよ」
この世界ではゲームほどタイプ相性の優劣が絶対ではない。というのも、単純に不利な相手からの攻撃は躱してしまえばそれで済むのだから。ゲームのように全ての攻撃を受け止めてあげる必要はないのだ。
【なるほどなー】
【ロリなのにちゃんと考えててえらい】
【かしこい】
【かわいい】
【カレンちゃんはジムリーダーになれるならなりたい?】
「ジムリーダーにですか? 考えたこともありませんでしたが……はがねタイプならありですね」
【ジムリーダーカレンちゃん見たい】
【カレンちゃんがジムリーダーになったらジムチャレンジで会いに行く】
【実力的には申し分ないよなぁ】
【割と現実的にありそう】
ジムリーダーかぁ。たしかに悪くないけど、ジムリーダーになったらガラル地方に縛られそうなのはちょっと嫌だ。せっかく転生したんだからいろんな地方に行ってみたい。
仮に打診を受けたとしてもはがねタイプ以外なら断るかな。
「じゃあ、次……っと、そろそろ時間ですね」
【もう一時間か】
【はやいわ】
【いかないで】
【時間経つの早すぎる】
「では、最後にこの質問? に答えて終わりましょうか……じゃん」
『カレンちゃんのかわいい声で僕のことを罵ってください』
【じゃん】
【じゃん】
【最後のじゃん】
【草】
【最後にこれかw】
【ロリコン君さぁ……】
実はこの手の質問、というかリクエストは似たようなものが20通来ていた。どんだけ私に罵られたいんだこのロリコンどもは。
「では、えと……ばか! あほ! ロリコン! 変態! ざこ!」
【助かる】
【持病が治った】
【罵倒のレパートリーが小学生でかわいい】
【録音しました】
【万病に効く】
【魂が震える】
【ロリコンじゃないけど、なんか胸が熱くなる】
【こうして新しいロリコンが生まれていくのか……】
「質問回は今後も定期的にやっていこうかなと思ってます。それじゃあ、今回はここまでで! ばいばいっ!」
【乙】
【バイバイバイバニラ】
【ばいばい】
【次の配信待ってる】
【ロリコンになりました】
──────この配信は終了しました──────
もしかしたらいるかもしれないポケモン知らない人向け解説。
Tips
『パーティ』
手持ちのポケモンのこと。原則として上限6匹まで。
それ以上のポケモンは然るべきところに預けなければならない。
『スマホロトム』
スマホにロトムというポケモンが入った携帯端末。
通常のスマホの機能にプラスして、ポケモン図鑑機能などがある。
自転車の動力にもなる。自律行動もする。
『ウルトラビースト』
別世界に棲息する危険度の極めて高いポケモン。
アローラ地方で確認されることになる。このSSの時間軸では多分ほぼ未確認。
『トレーナーズスクール』
ポケモントレーナーを養成する塾のようなもの。
『タイプ統一』
パーティのポケモンのタイプを特定の一つに絞ること。
ポケモンのタイプというのはゲームの属性みたいなもの。火属性とか水属性みたいな。
タイプには有利不利の相性がある。
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#6 ゲーム配信
「カレン、今度お父さんとご飯食べに行くんだけど、よかったらあなたも来ない?」
トトちゃんと戯れながら最近日課となりつつあるエゴサーチをしていたら、お母さんが突然そんなことを言ってきた。
お父さん──私はお父さんと今まで一度もあったことがないが、私の存在はしっかり認知されているし養ってくれている。お父さんと言う割には、殆ど親子の関係はないけれど、恩はたくさんある。
ジムチャレンジに行く直前くらいに話が持ち上がった時には、お父さんは私に対する負い目が有って私に会いづらいと、お母さんは言っていた。それでも勇気を出してお父さんが会おうと言うのなら、私は特に断る理由はない。
「行く」
「本当!? きっとあの人も喜ぶわ!」
お母さんが心底嬉しそうな、ホッとしたような笑顔を見せる。お母さんにも今の家族のあり方にどこか思うところがあったのだろう。普段は上手に隠しているけれど、もしかしたら私に対する負い目もあったかもしれない。勝手な想像だけど、この笑顔を見るとあながち間違いではないようにも思える。
私としてはお父さんがいなくても、その分お母さんがたくさん愛情を注いでくれたことはちゃんと分かっているので、これでお母さんの悩みが解消されるというなら嬉しい限りだ。
「何を食べに行くの?」
「そうねぇ……。まだ決まっていないのだけど、カレンは何か食べたいものとかある?」
「私が決めていいの?」
「いいのよ。カレンが食べたいものを食べに行きましょう」
お母さんが優しく頭を撫でてくる。お母さんに頭を撫でられて幸せな気持ちになるのはきっと、私がまだ子どもだからだろう。精神は肉体に引っ張られると言うし。でも、なんとなく気恥ずかしい。
私は気恥ずかしさを誤魔化すように何を食べたいか考えることにした。
「えっと、じゃあ……。お寿司食べたい!」
真っ先に思い浮かんだのはお寿司。この間、調べてみたらこのガラル地方にもお寿司専門店があるらしくて、それを知ってから行きたくて堪らなかったのだ。私の日本人ソウルがお寿司を食べろと囁いているのだ。
「バウタウンにお寿司専門店があるらしくて、そこに行きたい!」
「いいわね、お寿司。お父さんにも言っておくわ」
やった! 勝った! 今度のご飯はお寿司だ!
◇◆◇
「こんばんはー! カレンです!」
【わこつ】
【初手ニッコニコで草】
【カレンちゃん機嫌いいね】
【こんばんワニノコ】
【かわいさの暴力】
【こんロリ】
【何かいいことあった?】
「聞いてください、今度お寿司を食べに行くんです! すっごい楽しみ」
【お、おう……】
【カレンちゃんそんなに寿司好きなのか】
【カレンちゃんが嬉しそうで僕も嬉しい】
【ガラル地方に寿司あるのか】
【キャラ崩壊してるぞ】
「バウタウンにあるみたいですよ。調べたら出てきました」
逆に言えばバウタウンにしかないのだけど。でもその分美味しいらしく、その店の評価も五段階評価で4.8と素晴らしい。カントーから来た凄腕の寿司職人が家族で経営しているこだわりにこだわった本格派の寿司屋だ。代わりにそれなりのお値段がかかるが、おそらくお父さんなら余裕だろう。
【カレンちゃんはよく寿司たべるの?】
「いえ、初めて食べます」
【草】
【初めてなのかよww】
【カレンちゃんの初めて……】
【草ァ!!】
【3年ぶりに笑ったわ】
【3年ぶりに笑ったニキは強く生きて】
【初めてたべる人のテンションじゃないww】
【お寿司美味しいから楽しみにするといいぞ】
正確には、「カレン」として食べるのは初めてだ。前世では好物でよく食べていた。とはいっても回転寿司ばかりだったから、本格的な回らないお寿司は楽しみで仕方ない。ワクワクする。
「それじゃお寿司は一旦置いといて、今回やっていくのはこれです……じゃん」
【じゃん】
【じゃんほんますし】
【今日もじゃんが聞けて嬉しい】
【マルオカートじゃん】
【ゲーム配信キターーー!!】
そう、マルオカート。○マークの付いた赤い帽子を被るマルオというキャラクターがモモ姫やパック大王とレースをする人気ゲームだ。マリ○カートではない。大事なことだ。
「ゲーム配信は定番ですからね。やっていきましょう」
ハードの電源を入れて、マルカを起動する。
【レートはそこそこだな】
【スナイプしてぇ】
【何使うの?】
【マルオカートする幼女】
「キャラはヨッチーを使います。かわいくて好きです」
インターネット対戦でランダムマッチングすると、『カレンちゃんの愛の下僕』という名前のプレイヤーとマッチングした。
「この人、私の視聴者ですね?」
【愛の下僕ww】
【スナイプうめぇな】
【俺もカレンちゃんとゲームしたい】
コースが決まって、レースが始まる。しっかりとロケットスタートを決めて、コインを集めながら順調に走る。
「初動はそこそこですね」
【4位か】
【いい感じ】
【愛の下僕一位で草】
【ほんとだww】
マルオカートはプレイに集中してしまうのでコメントが読めない。きっと、みんな私の見事な走りを賞賛していることだろう。見れないのが残念だ。
【一生懸命でかわいい】
【ポケモンはつよつよなのにマルカは普通な幼女】
【俺このゲームならカレンちゃんに勝てるわ】
【まぁ、12歳だと考えれば強いのか?】
「あ、雷が。私のキノコが消えてしまいました……あっ! ダメ! 赤甲羅はダメです! 今度は爆弾!? なんでっ!」
【あーあ】
【ちょっとエロい】
【いっきに4位から10位かぁ】
【あるある】
もう3周目だしこれはダメかも。コインも減らされちゃったし。キラー来て欲しいなぁ。
「あ! キラー来ましたよ!」
願った矢先、キラーが取れて一気に追い抜いて5位。3位からが中団の方で固まっていたようで、もしかしたら3位は狙えるかもしれない。
「3位! 3位! 後もうちょっと! いけ、いけ! ……やった! 3位です!」
【おめでとう】
【ゲームではしゃぐのかわいいなぁ】
【クールキャラがボロボロや】
【ちゃっかり愛の下僕が1位取ってて草】
【楽しそうにゲームするね】
【おめ】
【やっぱ幼女なんだよなぁ】
【すっごい楽しそうで見てて幸せになれる】
「ありがとうございます! なんとか3位に滑り込めましたね」
その後は基本的に上位には入ることができるが、1位にはなれないのが続いた。ゲームをやるときに私のテンションが上がることを指摘されたけど、前にも言った通り私はクールキャラを作っているわけではなく、素でやっているので仕方ない。
「また愛の下僕さんが1位ですか。私もそろそろ1位取りたいです」
【カレンちゃんも普通に上手いんだけどね】
【愛の下僕強すぎる】
【下僕ならカレンちゃんに譲るべき】
【何連続1位だ】
「次いきましょう。今度こそ一位取ります」
小さく意気込んで、ヨッチーを操作する。ロケットスタートをしっかり決めてショートカットなども積極的に使っていく。今度のレースでは、私は序盤から上手く立ち回って運良く2位につけることが出来た。1位は変わらず愛の下僕。距離はそこそこだけど、追いつけない距離ではない。3位以下は距離が離れているので、私と愛の下僕の一騎打ちだ。
【いい感じだな】
【これはワンチャンある】
【がんばれ!】
【負けるな!】
【愛の下僕をしばいていけ】
「トゲ甲羅です!」
3周目にして遂にチャンスが来た。後ろから来たトゲ甲羅が先を進む愛の下僕を爆破してくれたおかげで、グッと距離が縮まった。
「勝てそうです!」
距離はすでにほとんど無く、後は上手く操作すれば抜けそうだ。そのまま最終コーナーを曲がり、直線。ほぼ隣り合って一直線にゴールに飛び込む。
表示される順位は──
「やったーっ! 1位ですっ!」
【うおおおおおお!!】
【がんばった】
【かわいい】
【熱い展開だったなww】
【おめでとう!】
【これは切り抜き確定】
【マルカでここまで白熱するとはww】
【はしゃぎすぎでピースサイン決める幼女】
【ニッコニコでかわいい。天使】
コメント欄がワッと盛り上がる。最後の直線はとてもドキドキした。私は楽しかったが、コメントのみんなもちゃんと楽しんでくれたみたいで嬉しい。
「それじゃ、今回の配信はキリがいいのでここで終わりにします! ありがとうございました! またね、ばいばいっ!」
【乙乙】
【おつかレントラー】
【めっちゃ楽しかった】
【カレンちゃんの新しい一面を見れたわ】
【今日は幼女力が強かった】
【かわいすぎて、もうね。天使】
【お疲れさマンタイン】
【クールカレンもかわいいけど、元気カレンも良き】
【ゲーム配信また見たいなぁ】
──────この配信は終了しました──────
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#7 バトル配信 スミレ 前
「お母さん、配信でポケモンバトルの相手して」
私も配信に慣れてきて、そろそろ配信でバトルをしてみたくなった。SNSや配信中のコメントでもバトルが見たいという視聴者も多い。だけど、配信でのバトルを頼めるような人は私の周りでは、お母さんだけだ。ダンデも私とのバトルの機会だから頼めば受けてくれそうだが、忙しいだろうしチャンピオンをそんな用で呼び出すのは気がひける。
「わかったわ」
「え、いいの?」
私の配信に出るってことは顔出しするってことだし、断られてもおかしくないと思ったのだけど、お母さんは悩むどころか即答だった。
「何よ、カレンが誘ったんじゃない」
「そうだけど……。顔出しとか、いいの?」
「いいのよ、カレンの好きなようにやりなさい」
え……優しい。好き。
「カレンこそいいの? 配信でのバトル、初めてなのに負けちゃうわよ」
そう言って不敵に笑うお母さん。その眼に仄かに宿る炎は確かにポケモントレーナーの闘志だった。
私の対お母さんの戦績はハンデ無しでは全戦全敗、だけどそれがバトルをしない理由にはならない。昨日勝てなかった相手に、今日勝てるかもしれない。ポケモントレーナーとはそうやって一歩ずつ成長していくのだ。
──自らの勝利に疑問を持ってはならない、止まってはならない。
そう教えてくれたのはお母さんだ。
「そろそろ私が勝つよ」
だから私も、不敵に笑うのだ。ポケモントレーナーの熱い闘志をその身に宿して。
◇◆◇
「こんにちは。カレンです」
【わこ】
【こんにちワニノコ】
【おはロリ】
【外?】
【いつもとアングル違う】
「見てわかる通り、今日は家から出て外で配信をしています」
【どこだろ】
【ワイルドエリア?】
【ワイルドエリアっぽい】
【今日もかわいい】
そう、今日はお母さんとバトルするためにワイルドエリアに来ていた。一応、家の庭でもバトルをできるだけのスペースはあるが、家バレ住所バレを防ぐための措置だ。とはいえ、ガラル地方──というよりこの世界は一部悪の組織的なものがある程度で、前世より比較的治安がいいし善良な人が多いので気にしすぎる必要もない。しかし、どこにでも熱狂的なファンはいるものだ。用心するに越したことはないだろう。もし、家に押しかけて来たらハガネールでしばくけどね。
「そしてなんと今回は、ゲストがいます……じゃん」
配信のために浮かんでカメラを回しているスマホロトムを動かして、お母さんを配信画面に写す。
【じゃん助かる】
【誰?】
【めっちゃ美人】
【お母さん?】
【ふつくしい】
「はい、私のお母さんです」
コメント欄では美人だとか、綺麗だとか言われてて娘としてお母さんが褒められるのは嬉しい。
容姿は腰まで伸ばした烏の濡れ羽色の髪と焦茶色の虹彩の眼。顔の造形も私と同じで恐ろしく整っている。というか私がお母さんに似たのだろう。顔はそっくりで、私が成長すればこうなるだろうなとイメージが簡単にできる。唯一違うのは私が眠たげなタレ目なのに対し、お母さんは優しげなタレ目なところ。多分内面の精神性が出ている。目は口ほどに物を言うらしい。
ジョウト地方生まれなのも相まって正に大和撫子って言葉が似合いそうな美人だ。着物とか着てる姿を見たい。身長は150半ばぐらいで低め、胸は無い。お母さん的にはコンプレックスらしいので口に出してはいけない。
元日本人の私にとって、お母さんの容姿は安心感があって好き。
そんなお母さんはスマホロトムに向かって笑顔を見せながら無言で手を振っている。
【並んでると母娘ってより姉妹って感じ】
【この見た目で子持ちは無理でしょ】
【髪色とかは違うけど顔は似てるね】
【ちっちゃい】
【若い】
【ノシ】
「お母さん、なんか喋って」
「えっと、ごめんなさい。緊張してるわ」
私も初めての配信の時は緊張したものだ。
「……こほん。みなさん、こんにちは。カレンの母で、スミレと申します」
【奥ゆかしい】
【ジョウト美人や】
【緊張するのは仕方ない】
【緊張で自己紹介忘れた幼女もおるしな】
「みなさん、たくさん褒めてくれるのですね。嬉しく思います」
お母さんは褒められすぎて少し照れているようだけど、コメントの反応を見ているうちに少しずつ緊張が解れてきているようだ。コメントは顔をつき合わせないせいか、遠慮容赦も躊躇いもなく褒めてくれるのだ。逆にイジったり悪口を言ったりも遠慮容赦ないのだけど。私的には褒められれば褒められるほど気持ちよくなってしまうが、お母さんは違うみたい。
「今日はポケモンバトル配信をしようと思って、それでお母さんを呼びました」
お母さんが馴染んできたところで、本題に戻る。
【マ?】
【バトル楽しみにしてた】
【カレンちゃんより強いらしいお母さんが相手とか楽しみ】
【カレンちゃん頑張れ!】
「時間のこともありますし早速始めてしまおうと思います。お母さん、大丈夫?」
「いつでも大丈夫よ、緊張も解けてきたわ」
お母さんは調子を取り戻したように微笑んで頷いた。
「ルールはシングルバトルで3対3の勝ち抜き戦。先に相手のポケモンを全滅させた方の勝ち」
ルール説明をして、ボールを準備する。このバトルに使用する3匹はすでに決めてきている。
「お母さん、行くよ! ハガネール!」
「行きなさい、カイリュー!」
【バトル開始ィィィィィィ!!!!】
【キタアアアアアアア!!】
【カイリューまじ!?】
【カレンちゃんはハガネールか】
【カイリューはガチ】
私が初手に出したのはハガネールで、お母さんはカイリュー。お母さんのカイリューとは今まで何度も戦ってきたので、その強さは身に染みている。タイプ相性的にはカイリューのタイプであるドラゴンひこうのどちらもハガネールには効きづらいので、ハガネールが有利と言えるのだけど、カイリューの使える技は豊富だから決して油断はできない。
「ハガネール! "アイアンテール"!」
「カイリュー、避けて"りゅうのまい"続けて"アクアテール"!」
ハガネールの"アイアンテール"をギリギリで避けたカイリューが"りゅうのまい"で攻撃力を上げて"アクアテール"を仕掛けてくる。はがねじめんタイプのハガネールに弱点のみずタイプで、それに加えて攻撃力の上がったカイリューの"アクアテール"が当たれば、大ダメージは免れない。だけど──
「ハガネール、"てっぺき"で耐えて!」
ハガネールの素早さではカイリューの攻撃を避けるのは難しい。だけど、ハガネールの防御力なら"てっぺき"で防御力を更に引き上げることで余裕を持って耐えられる。
「そのまま引き付けて"アイアンテール"!」
"アクアテール"をハガネールに当てた直後、ゼロ距離に迫ったカイリューにハガネールの"アイアンテール"がもろに突き刺さる。
「カイリュー、"しんそく"で離脱しなさい」
【すげー迫力】
【カイリュー全然効いてないな】
【あれはマルチスケイルだな】
【知っているのか!?】
【アクアテールを耐えて攻撃したハガネールのガッツよ】
【ハガネールかっけぇなあ】
離れていくカイリューに"アイアンテール"のダメージはあまりなさそうだ。カイリューの特性は"マルチスケイル"。万全の状態から受けるダメージを激減させる特性によって"アイアンテール"のダメージは抑えられてしまった。
「ハガネール、"ステルスロック"」
【仕切り直しか】
【ステロは大事】
【見入ってコメント忘れてたわ】
【カレンちゃん頑張って!】
お互いに距離が開いて仕切り直しになったタイミングで"ステルスロック"を仕掛けておく。"ステルスロック"は交代して出てきた相手のポケモンにダメージを与える技だ。これで後続のポケモンが楽になる。
"アクアテール"を受けたハガネールはそれなりのダメージを負っているが、"てっぺき"の効果もあってまだ余裕はある。"アクアテール"をあと1回は問題なく受けられそうだ。
「カイリュー、"しんそく"で近付いて"アクアテール"!」
「っ! ハガネール! "アイアンテール"!」
カイリューによる"しんそく"を交えた奇襲の"アクアテール"の直撃を食らったハガネールは咄嗟に指示した"アイアンテール"で迎撃しようとしたが、"しんそく"を使ったカイリューの動きが早すぎて捉えることができなかった。今の一撃はハガネールにかなり効いたようで、苦しそうにしている。もうあまり余裕はない。ハガネールごめん。
「今のは"てっぺき"を使った方が良かったわね」
「むぅ……」
【しんそくを移動で使うのか!?】
【普通はそんなことできない】
【つーか誰もやろうと思わない】
【技を使いながら他の技を使うのは簡単じゃないし、普通できない。このカイリュー恐ろしいほど鍛えてるな】
【有識者ニキ解説助かる】
【ふくれ顔カレンちゃんすこ】
【カイリューやべぇ】
【真剣勝負中でも師匠として指摘してくれるお母さん優しい】
遺憾だけど、お母さんの言う通りだ。"てっぺき"なら"アイアンテール"よりも出が早いから使っていれば間に合ってダメージを抑えられた可能性がある。
「カイリュー、もう一度"しんそく"で──」
「ハガネール! 近くの岩に向かって"アイアンテール"!」
だけど、私だって負けてばかりじゃないっ!
お母さんの指示を遮るようにハガネールに指示を出す。突然岩に攻撃するように指示した私に疑問を持つこともなく従い、ハガネールは岩を破壊した。この辺は日頃の信頼の証だ。ハガネールのその信頼にちゃんと答えなきゃいけない。
破壊された岩が、カイリューの方に向かって散弾のように飛んでいく。石飛礫自体に大したダメージはないだろうが、石飛礫を食らったカイリューは自由に動けずに一瞬動きが停止する。僅かな瞬間だが、それだけあれば十分だ。
「ハガネール、隙を突いて"アイアンテール"!」
石飛礫に邪魔をされて"アイアンテール"を避ける暇もなくもろに受けたカイリューが地面に墜落する。"マルチスケイル"が無くなったカイリューにはかなりのダメージとなったはずだ。
【おおおおおおおお!!!!】
【これはうまい】
【カイリュー立てるか?】
【やっぱカレンちゃん天才だわ】
【カイリューとお母さんも頑張って!】
「カイリュー、まだやれるわね!」
しかし、大ダメージを受けて傷つき倒れたカイリューはお母さんの声を聞いて、身体を起こす。その眼に宿る闘志は全然衰えていない。
「ハガネール、畳み掛けて!」
「カイリュー! 迎え撃ちなさい!」
ハガネールの大きな身体をしならせた"アイアンテール"が迫る中、カイリューはハガネールの巨体を上手くかいくぐり懐に入る。
"アイアンテール"と"アクアテール"が交叉する。お互いに手負い。この一撃が決まれば相手を沈めることができる。気合いと気合いのぶつかり合い。刹那の攻防、果たしてその結果は──
──大きな音を立ててハガネールの巨体が崩れ落ちた。
「ハガネールっ!」
倒れ伏したハガネールはボロボロで一目見て戦闘不能だとわかった。一方、ハガネールを倒したカイリューもすでにボロボロでもあと少しでもダメージを与えれば倒せそうだ。カイリューにこれだけのダメージを与えて、後続のサポートに"ステルスロック"まで撒いてくれた。十分すぎる活躍だ。
【ああああああああ!】
【ナイスガッツだった!】
【ハガネールお疲れ様】
【かっこよかったわ】
【カイリュー強すぎる】
【カイリューってどこで捕まえられる?】
「ありがとうハガネール」
ボールに戻したハガネールに一声掛けると、ボールが応えるように僅かに揺れた。ありがとう、今は休んでてね。
だけど、バトルはまだ終わっていない。ハガネールの頑張りを無駄にしないためにも──
「──お願い! ルカリオ!」
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#8 バトル配信 スミレ 中
「──お願い! ルカリオ!」
【カレンちゃんの2匹目はルカリオか】
【ルカリオかっこいいから好き】
【カイリューまだやれるか?】
【俺のリオル全然ルカリオに進化しないんだけどなんで?】
【お前がロリコンだからやで】
ボールから出たルカリオはカイリューを睨みながら静かに闘志を漲らせている。ルカリオというポケモンは心が読めると言われている。きっと、私やハガネールの悔しい気持ちや負けたくない気持ちを背負ってそこに立ってくれているのだろう。
「ルカリオ、頑張ろうね」
一声掛けると、ルカリオはカイリューから目線を離さずに小さく頷いた。
「カイリュー、もう一仕事頼むわ」
カイリューはお母さんの声に応えて気合いを入れるように鳴き声をあげた。身体はボロボロでも心はまだ決して折れていない。まだ暴れてやるという気迫を感じる。ルカリオもそれをわかっていて、一切油断はしていない。
戦いの始まりは静かで、そして一瞬だった。
「ルカリオ、"しんそく"!」
「カイリュー、"しんそく"!」
私が使うのはカイリューの残り少ない体力を削るために最速で攻撃ができる"しんそく"。当然お母さんも私の行動を読んで、同じく"しんそく"で迎え撃った。
ルカリオとカイリューがお互いに超速で駆け、交錯する。目にも止まらない速度の攻防。一瞬の後、その場に立っていたのはルカリオだけだった。
【ファっ!?】
【今何が起こった?】
【少し目を離したらカイリューが倒れてんだけど】
【しんそくが早過ぎて目に見えねぇ】
【恐ろしく速いしんそく。俺でも見逃しちゃうね】
【しんそく同士でぶつかればより速く力強い方が勝つ】
【カイリューはボロボロだったしなぁ】
「お疲れ様、カイリュー」
やはりハガネールに受けたダメージが大きかったのか、カイリューはルカリオに競り負けた。きっと立っているのがやっとの状態だったのだろう。万全のカイリューならルカリオに競り負けることは無かったかもしれないが、ダメージで動きが鈍っていればそうはいかない。それでも気力だけであれだけ動くのだから、すごいポケモンだ。敵ながら見事と言う他ない。
お母さんは戦闘不能になったカイリューを労い、次のボールに手をかけた。
「行きなさい、バクフーン!」
【お、バクフーンか】
【ほのおタイプかー】
【相性的にカレンちゃんはきついな】
【カイリューお疲れ様】
【カイリューかっこよかったぞ!】
お母さんが2番手に選んだポケモンはバクフーン。ほのおタイプのポケモンで、相性ではルカリオは不利だ。というか、私の手持ちのポケモンでジュラルドン以外は全員ほのおタイプが苦手だ。
「やっぱり、"ステルスロック"が厄介ね」
お母さんが小さくぼやく。私のポケモンたちはほのおタイプのポケモンが苦手だけど、それを考慮してのハガネールの"ステルスロック"だ。"ステルスロック"はほのおタイプやひこうタイプなどのいわタイプが弱点のポケモンには特によく効く。バクフーンは"ステルスロック"で最初から無視できないダメージを負わされることになった。
【ハガネールいい仕事したよなぁ】
【なるほど、はがね統一の弱点を補うためのステロか】
【カレンちゃんはかしこいなぁ】
【勉強になる】
「バクフーン、"かえんほうしゃ"!」
バクフーンの口から炎が放たれ、ルカリオに迫る。耐久力があまり高くないルカリオに当たれば大きなダメージを受けることになる。
「ルカリオ、避けながら接近して!」
だけど、私のルカリオにはそんな単純な攻撃は当たらない。素早い動きと軽い身のこなしでスルスルと"かえんほうしゃ"を掻い潜り、ルカリオはバクフーンに一気に接近する。
「"ボーンラッシュ"!」
ルカリオの両手にエネルギーが集まって骨の形を作る。"ボーンラッシュ"は、じめんタイプの技なのでほのおタイプのバクフーンには効果抜群だ。
バクフーンはたまらず"かえんほうしゃ"を中断して回避に専念する。しかし、何度も振るわれるルカリオの連撃の全てを回避しきることは叶わず数発の攻撃がバクフーンに命中した。
【ルカリオの動きすごいな】
【身のこなしからわかる練度の高さ】
【ラッシュラッシュラッシュ!!】
【バクフーンきついか?】
「バクフーン、"カウンター"で迎え撃ちなさい!」
お母さんの指示を受けたバクフーンは"カウンター"の構えを取る。"カウンター"は相手の接近攻撃にタイミングを合わせて反撃する技だ。技の終わりに上手く合わせることで大きなダメージを狙うことができる。だけど、失敗すれば無防備に攻撃を受けてしまうだけの技。バクフーンはそんな技を恐れる事もなく使ってルカリオに反撃を加えようとしている。
「ルカリオ! 上手く立ち回って!」
ルカリオもみすみすと"カウンター"をもらうわけはなく、フェイント(技じゃない方)などを駆使して"カウンター"をくらわないように上手く立ち回り、お互いがお互いを牽制しあう読み合いに移行する。
「バクフーン、"えんまく"」
お母さんはルカリオに"カウンター"を当てるのが難しいと判断したのか、バクフーンに新しい指示を出した。バクフーンの周りにもうもうと黒い煙が立ち込めてルカリオとバクフーンを何も見えない煙の中に隠す。
「ルカリオ、"しんそく"で離れて!」
視界の見えない"えんまく"の中で攻撃を受けるわけにはいかない。私はすぐさまルカリオに撤退するように指示を出す。私の近くまで戻ってきたルカリオは注意深くバクフーンが隠れている"えんまく"を睨む。
【バクフーンどうなってるの?】
【えんまくで全く見えねぇ】
【えんまくってこんな広がるのか?】
【バクフーンの練度が高いからやろなあ】
しかし、どういうわけかいつまで経ってもバクフーンはおろか"かえんほうしゃ"の一撃も飛んでこない。あまりにも静かな状況が不気味だ。バクフーンの姿もお母さんの姿も煙に隠れて見えないせいで、何をしてくるかわからない。奇襲には注意しないと……
そんなときだった、ルカリオの状態を確認しようと視線を向けたとき、ルカリオの足元の地面が不自然に動いたのは────
「っ! ルカリオ、足元!」
しかし私の指示は間に合わず、地面から現れたバクフーンの攻撃を許してしまった。"あなをほる"だ。じめんタイプの技はルカリオにも効果抜群で、その直撃を受けてしまい一気に窮地に立たされた。"えんまく"を利用して身を隠して"あなをほる"による奇襲。鮮やかな作戦だったけど、受ける側からしたら堪ったものではない。
だけど、それで崩れる私のルカリオじゃない。仰け反る身体を踏ん張り"あなをほる"を受けながらもルカリオはバクフーンの腕を掴んだ。ルカリオの意地と起死回生の一手だっ!
「ルカリオ! "インファイト"ッ!!」
バクフーンを左手で掴んで離さずゼロ距離から"インファイト"を繰り出すルカリオ。バクフーンも振り解こうと炎を出しながら暴れるが、ルカリオはバクフーンに何をされても左手だけは決して離さず、ノーガードで攻撃を続ける。やがて、ルカリオとバクフーンのノーガードの乱撃が終わると、2匹のポケモンは同時に地面に倒れ伏した。
【すげええええええええ!!】
【えんまくが晴れたと思ったらやべぇ殴り合いが始まった】
【ルカリオのガッツがすごすぎる】
【えんまくとあなをほるの奇襲もすごいな】
【ルカリオかっこよすぎて草】
【あんなの簡単にできることじゃないぞ】
【ルカリオもバクフーンもお疲れ様、ナイスファイトだった】
「ルカリオ! ありがとう、お疲れ様」
バクフーンと相討ちになって倒れたルカリオの表情はどこか満足そうだ。ルカリオはリオルの頃からバトルが大好きなポケモンだった。今回のバトルはルカリオにとって幸せな時間だったのかな。なんだか、その表情を見てると気が抜けてしまうが、まだバトルは終わっていないのだから気を引き締め直さないと。
「バクフーン、お疲れ様」
バクフーンを労ってボールに戻したお母さんは少し悔しそうな顔をする。
「ルカリオ、すごかったわね。あんなことしてくるなんて」
「私もびっくりした」
【俺もびっくりした】
【ワイも】
【私も】
【それがしも】
今回のルカリオの活躍は、まさしく意地だ。意地と根性による勝利。めっちゃかっこよかった。
「お互いに次が最後、あと1匹よ。私に勝てるかしら?」
お母さんはそう言って不敵に笑う。
「今日は勝てる気がする……!」
お母さんにはいつも負けてばかりだけど、今日はいつもと違う気がする。ハガネールの頑張りとルカリオの意地のおかげで、私よりも練度の高いお母さんのポケモン相手に互角に渡り合っている。だから今日は絶対勝てる。根拠はないけど、きっとそう。
「じゃあ、この子に勝ってみなさい。──バンギラス!」
「最後っ! 勝とう! ──トトちゃん!」
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#9 バトル配信 スミレ 後
「最後っ! 勝とう! ──トトちゃん!」
「くー!」
お母さんが繰り出したのはバンギラス。お母さんのエースポケモンで今まで何度も苦戦を強いられた強敵だ。対して私が最後に選ぶのはトトちゃん。5歳の頃からずっと一緒の大切な私の家族、相棒。ずっと私の後ろでバトルを見ていたトトちゃんが満を辞してフィールドに足を踏み入れる。
【バンギラスとかやばすぎて草】
【カイリューにバンギラスを従えているのは紛う事なき強者】
【カレンちゃんはクチートか】
【カレンちゃんのクチートってトトちゃんって名前なんだな】
【クチートはカレンちゃんの相棒みたいだし頑張ってほしい】
【砂嵐で見にくい】
【かわいいなぁトトちゃん】
フィールドにはお母さんのバンギラスの特性"すなおこし"によって砂嵐が発生する。はがねタイプのトトちゃんには砂嵐によるダメージは効かないが、この視界不明瞭な中での戦いを強制されるのは厄介だ。だけど、それはお母さんも同じ条件だ。むしろこの砂嵐を利用するぐらいの気概で戦おう。
「バンギラス、"10まんばりき"!」
「避けて!」
バンギラスが全身を使ってトトちゃんに攻撃するが、トトちゃんは小回りの効く小さな身体でひょいひょいと飛び回りながら避けていく。バンギラスは大きな身体が仇になってなかなかトトちゃんに攻撃を当てられない。
「トトちゃん、隙を突いて"アイアンヘッド"!」
トトちゃんはバンギラスの攻撃を最小限の動きで躱して、すれ違いざまに"アイアンヘッド"を命中させる。しかし、バンギラスは全く効いた様子もなく攻撃を続ける。"アイアンヘッド"はあくいわタイプのバンギラスに効果抜群なのに。
「やっぱり、すごい耐久力」
「このままじゃラチがあかないわね。バンギラス、"こわいかお"でトトちゃんの動きを止めて!」
バンギラスの"こわいかお"を見てしまったトトちゃんは怯えて動きが鈍ってしまう。
「そこよ! "10まんばりき"!」
【あああああ!】
【クチート吹っ飛んだぞ、平気か?】
【やっぱクチートでバンギラスに挑むのは無理あるって】
【頑張ってトトちゃん!】
【バンギラスにはクチートのいかくが入ってるからまだ平気だと思う】
【有識者ニキ助かる】
今度の"10まんばりき"はトトちゃんの動きが鈍ってしまったせいで命中してしまい、トトちゃんはバンギラスに勢いよく跳ね飛ばされてしまう。だけど、トトちゃんはまだ元気だ。トトちゃんの特性"いかく"によって攻撃力の下がったバンギラスの攻撃はトトちゃんの耐久力ならある程度耐えられる。
「バンギラス、"ストーンエッジ"」
しかし、そこに畳み掛けるようにバンギラスの"ストーンエッジ"が飛んでくる。トトちゃんにいわタイプの"ストーンエッジ"はあまり効果が無いが、お母さんは私たちを休ませる気はないみたい。
「"アイアンヘッド"で弾き飛ばして!」
冷静に"ストーンエッジ"を"アイアンヘッド"で相殺して考える。どうすればバンギラスを倒せるか。
バンギラスの攻撃力は"いかく"で弱体化していても決して無視できるものではない。"10まんばりき"を耐えられるのはせいぜい後一回あるかないかだろう。それまでに何か打開策を考えなければ負けてしまう。だけど、トトちゃんの攻撃はバンギラスにあまり効いていなかった。このままでは先にトトちゃんがやられてしまう可能性が高い。
いや、一つだけトトちゃんの攻撃でバンギラスを倒せるほどの技がある。でも、その技は使い方が難しい。この状況でその技を撃つには────
「トトちゃん! 砂嵐を利用して岩に隠れて"欺いて"!」
あたりに散らばる"ストーンエッジ"の残骸の岩に身を隠してバンギラスから一度隠れる。だけど、それだけじゃ足りない。もう一つ二つやらなければいけない手順がある。しかし、それを口に出して指示してしまえばお母さんに作戦がバレる。そうすると、今度こそ勝ち目がなくなる。
だから、それを考慮して指示を出した。普通なら無茶なことだとわかっているけれど、トトちゃんならきっと私の意図を汲んでくれると信じて。
「無駄よ。バンギラス、そこの岩に向かって"10まんばりき"」
お母さんは砂嵐の視界不良も意に介さず、的確にトトちゃんの隠れた岩を見破る。相変わらずすごい洞察力だ。これがあるからお母さんは強い。
「トトちゃん──」
バンギラスの"10まんばりき"の直撃を受けた岩はバラバラに砕け散る。そしてその中から小さな影が勢いよく吹き飛んでいく姿が見えた。だけど、それは──
「っ!? "みがわり"!? バンギラス!」
私の指示の意図を完全に理解してくれたトトちゃんに私は思わず口角が上がる。
──あぁ、トトちゃん。本当に最高の相棒だよっ!!
「────"きあいパンチ"ッ!!!!」
岩に"みがわり"を残して近くに潜んで"きあいパンチ"の準備をしていたトトちゃんは、"10まんばりき"で岩を破壊するために近くに来ていたバンギラスに絶好のタイミングで"きあいパンチ"を命中させた。
"きあいパンチ"は溜めに時間がかかる代わりにポケモンの全ての技の中でも最高峰の威力を誇る一撃を放つかくとうタイプの技だ。そして、バンギラスのいわ、あくタイプはどちらもかくとうタイプが弱点。つまり、超弱点!
いかにバンギラスの耐久力とはいえ、この攻撃を耐えることは絶対にできない!!
「まだよッ! バンギラス、"10まんばりき"!!」
それでもバンギラスはお母さんの声を聞いて動いた。トトちゃんの"きあいパンチ"を受けながらも、気力を振り絞って"10まんばりき"を繰り出してくる。今度の攻撃はトトちゃんに命中し、その小さな身体を吹き飛ばす。
しかし、バンギラスにできたのはそこまでで直後大きな音を立てて倒れた。
お互いの最後のポケモンが地面に倒れる。引き分けか──或いはそれでも立ち上がった方の勝ち。
「トトちゃんっ!!」
「バンギラス!」
トトちゃんを信じる私と、バンギラスを信じるお母さん。
心臓が早鐘を打ってドキドキと煩い。緊張で吹き出す汗が鬱陶しい。ジワリと汗ばむ掌がうざったい!
1秒が1時間にも思える静寂の中、私はひとえにトトちゃんを信じる。私たちの努力は友情は愛情は、お母さんとバンギラスにだって負けてないっ!!
──お願い……トトちゃんっ!!!!
やがて立ち上がったのは──
とても小さな、だけど何よりも心強い大きな背中
──トトちゃんだった。
「っ!! トトちゃんっ!!」
ふっと小さく笑い、力を抜いてバンギラスに近づいていくお母さんを尻目に、私はトトちゃんに飛び付いた。
「トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん、トトちゃんっ!!」
喜びが抑えきれない。お母さんに勝った。トトちゃんと勝った。嬉しすぎて涙が滲んできた。
「く、くー……」
「あ、ごめんねっ! 疲れてるよね 今は休んでて!」
トトちゃんが弱々しく鳴き声をあげて、我を思い出した。嬉しくて仕方ないけど、戦闘後のトトちゃんに構い過ぎるとトトちゃんが休めない。トトちゃんを「ありがとう、お疲れさま」と労ってボールに戻す。ボールの中はポケモンにとっての快適空間になっているらしいのでゆっくり休んでほしい。
「お疲れさま、カレン。トトちゃんもね」
「あ、お母さん。お母さんたちもお疲れさま」
バンギラスをボールに戻したお母さんが私の方に来た。
「強くなったわね、カレン。私も遂に負けちゃったわ」
そう言って優しく微笑むお母さんの表情には、負けた悔しさなどは感じられないが、どことなく寂しさを感じた。
「嬉しそうね」
「うん、ずっと目標だったから」
「そう。……これで私の弟子も卒業、ね」
そっか、お母さんが寂しそうに見えたのは私がお母さんに勝って、お母さんが私に超えられたと思ったからなんだ。でも、実際はそんなことない。たった一回勝てただけだ。その勝利もギリギリだったし、これではまだお母さんを超えたなんて口が裂けても言えないだろう。
「何言ってるの? まだ一回勝てただけだよ。もっとたくさん教えてよ、師匠?」
そう言って笑ってやると、お母さんは驚いたように目を丸くし、嬉しそうにして私を抱きしめた。
「もう、手間のかかる弟子ね」
「でも、嬉しそうだよ?」
「師匠だからよ」
【泣いた】
【全俺が泣いた】
【尊い】
【この母娘? 師弟? めっちゃ好きだわ】
【映画みたいなことをリアルでやるな】
「……あっ! 配信中なの忘れてた!」
バトルに熱中しすぎたせいで、配信中なのをすっかり忘れていた。思い出すと、何だか恥ずかしい姿をたくさん放送してしまった気がして顔が熱くなってくる。
【やっぱ忘れてたかww】
【草】
【いえーい! カレンちゃん見ってるー?】
【顔赤くなっててかわいい】
【カレンちゃんのかわいい姿をたくさん見せてもらいました】
【トトちゃんっ!(歓喜)】
【トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん(感涙)】
【トトちゃんすこ】
【無邪気に喜んでて幼女にしか見えなかった幼女だった】
「う、うるさいですね。あんまり余計なことを言うとハガネール……は休んでいるのでギルガルドでしばきます」
【ごめん】
【許して】
【ばっこりしばいていけ】
【かわいいなぁ】
【;;】
コメント欄のノリの良さに思わず笑ってしまう。配信者を始めてからそれなりに経ったけれど、私はいつの間にかこの空気が気に入ってしまっていた。
【泣き笑いみたいな感じでかわいい】
【尊い】
【カレンちゃんが嬉しそうで僕も嬉しい】
【いい笑顔です】
【心の底からの笑顔って感じですこれる】
【改めてナイスバトルだったよ!】
【gg】
【カレンちゃんもお母さんもお疲れ様!!】
【カレンちゃんおめでとう!】
【カレンちゃんすごかったよ!】
「みなさん、ありがとうございます。初めてお母さんに勝てたので本当に嬉しいです」
たくさんのコメントの賞賛の声が嬉しく誇らしい。ポケモンリーグの大きなスタジアムとたくさんの観客と歓声に包まれたあの日々を思い出す。規模は違えど、今はこの配信が私にとってのスタジアムで、視聴者のみんなが観客だ。
ジムチャレンジを勝ち進んで、セミファイナルリーグを勝ち進んで、ファイナルリーグを勝ち進んで、チャンピオンカップで負けて終わって、全てを出し尽くした私はポケモンバトルに満足してしまったのではないか。なんて思ってしまった時期が実はちょっとだけ、少しだけあった。
だけど、やっぱり違う。そんなことなかった。少しの間だけ熱が冷めてしまっていたけれど、私はやっぱりポケモンバトルが大好きなんだ。お母さんに勝った途端にそんなことを思うのは現金かもしれないけど、それぐらい大きい。お母さんはそれほど大きな目標だった。
こんな気持ちを思い出せたのはきっと、私が配信を始めたからだろう。あのまま、家の中でダラダラと腐っていたらいつまで経ってもお母さんに勝てなかったかもしれない。視聴者のみんなと、私に配信を勧めてくれたお母さんと、何より私のポケモンたちのおかげだ。だから──
「──ありがとう、みんな」
【おう】
【?】
【わからんけど、カレンちゃんが幸せならオッケーです】
【ありがとう、ありがとう!】
「じゃあ、バトルも終わったので今日の配信はここまでにします。ばいばいっ! ほら、お母さんも」
【乙】
【最高のバトルだった!】
【金払って見るバトルだよね】
【ばいばいバイバニラ】
【楽しかった】
【お母さんもまた配信に出てほしい】
【お疲れさマンタイン】
──────この配信は終了しました───────
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#10 お寿司と父とセンチメンタル
私は今、お母さんと一緒にバウタウンに来ている。理由は二つ。お寿司を食べることと、お父さんに会うこと。
「お父さんはどこにいるの?」
アーマーガアタクシーを呼んで、バウタウンに降りると同時にお母さんに尋ねた。待ち合わせをしていると聞いたが、その場所はまだ聞いていなかった。
「灯台の前で待ち合わせよ」
「そっか」
肌を撫でる潮風の香りが懐かしい。バウタウンは数ヶ月前のジムチャレンジで訪れたきりだ。あの時はモタモタしていたらジムチャレンジの期限に間に合わないと思って急いでいたから、ほとんど観光などはしていなかった。結局、期限に追われることはなくかなりの余裕を持ってジムチャレンジを終わらせることになってむしろ暇を持て余したのだけど。今考えると、もう少し色々な街を見て回っておけば良かったと少し後悔する。
これから行く灯台もそうだ。バウタウンの観光スポットとして有名だけど、当時の私は完全にスルーしていた。次にジムチャレンジに参加することがあればもっと、色々と見て回ろうかな。
そんなことを考えながらしばらく歩いて、やがて灯台に辿り着く。
「海、すごいね」
「綺麗ね」
まず目に入るのが、見渡す限り一面の綺麗な青だった。地平線の先までどこまでも広がって行く海は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。ざざーん、ざざーんと規則的に寄せては返す波の音と、胸いっぱいに吸い込む潮風の匂い、空を自由に飛び回るキャモメの鳴き声に、港を包む人々の喧騒。なんだか、前世の高校生の頃に修学旅行で行った沖縄の海を思い出す。あの時は初めて見る海に感動し、友人たちと一緒になってはしゃぎながら遊び回ったっけ。あいつらは今、元気だろうか。
なんて、前世を思い出しながら望郷の念のようなセンチメンタルに浸っていると、お母さんの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「スミレ」
その声にお母さんと共に振り返る。灯台の前、2匹のストリンダーの銅像の近くにその人は立っていた。短く刈り込んだ亜麻色の髪と、厳格な雰囲気を感じる鋭い碧眼を持つ偉丈夫。私と同じ色だ。一目でわかった、この人が私のお父さんなんだ。
◇◆◇
「大トロうまーっ!」
白く輝くシャリに、鮮やかなピンク色の
前世ぶりに食べるお寿司の美味しさは端的に言ってやばかった。
「好きなだけ食べるといい」
「ダメよ、ほどほどにしなさい。太っちゃうわ」
お父さんと合流した私たちは、早速予約していたお寿司屋さんに来ていた。店構えは和風で、店内もお座敷の個室で背の低い卓に旅館なんかで見る座布団の座椅子。急須で入れるお茶まである。徹底した和の雰囲気に私の日本人ソウルが震えた。隣に座っているお母さんを見れば、機嫌が良さそうに頬を緩めている。ジョウト生まれのお母さんにとっても満足のいくお店らしい。
お父さんは最初、開口一番に私に謝罪した。今まで、一度も会わなかったことや父親らしいことをしてやらなかったことなど、次々に出てくる自責の言葉。だけど、私はやっぱりお父さんを責める気は無かった。私には愛してくれるお母さんがいたし、お父さんの事情も聞いていた。お父さんは私のための養育費や私の欲しいものは用意してくれているのだし、ちゃんと恩も感じてる。ぶっちゃけ、私の感覚としては海外出張などで会えない父親みたいなものだ。そもそも、お母さんが今のお父さんとの関係を赦しているのなら私が何か言うのは野暮である。お父さんは私よりもお母さんを気にかけて欲しい。
そうしてお父さんの謝罪を聞いて、私も気にしていないことを伝えて、ようやく私たちはちゃんとした家族になれたと思う。これからもお父さんとは離れて暮らすが、今日のようにたまに会うこともあるだろう。お母さんは私たちのやりとりを見て静かに泣いていた。肩の荷が下りたのだろう。お母さんが今よりももっと幸せになれるなら私も嬉しい。
お父さんは厳格で高貴な雰囲気のあるイケメンで、口数が割と少ない。だけど、少ない口数の中に確かに私を思い遣る気持ちが感じられる。きっと、子供思いで優しい人なのだろう。だからこそ、自分を責めてしまっていた節があるが。
「そういえば、カレンはスミレに勝ったらしいな」
お寿司を夢中になって食べていた私に、お父さんはそう言って切り出した。話を聞いてみると、お父さんは私の配信をリアルタイムではないが、時間があるときにアーカイブで見ているらしい。なんだか嬉しい。
「お父さんはポケモン詳しい?」
「いや、正直あまりわからないな。だが、カレンやスミレが強いというのはなんとなくわかる」
お父さんは子供の頃から家の仕事の手伝いなどで、会社の跡取りとして厳しく育てられた影響で、あまりポケモンやポケモンバトルに触れる機会がなかったとのこと。
「スミレは昔、ジョウトのバトル何とかなる施設で名を馳せていたらしい。カレンは知っていたか?」
「知らなかった」
バトル何とかなる施設? ジョウトだし……もしかしてバトルフロンティアだろうか?
仮にそうなら、お母さんの強さにも納得がいく。バトルフロンティアはジョウト地方とホウエン地方にそれぞれある施設で、たくさんの強力なトレーナーが日々競い合い切磋琢磨する強者達の楽園だ。中にはジムリーダーやチャンピオンクラスの実力者だって存在していると言えばその凄まじさがわかるだろう。
そんな場所で名を馳せていたというなら、道理で強いわけだ。
「お母さん、そうなの?」
「そうねぇ……。あの頃は毎日バトル漬けだったわ。懐かしいわね」
お母さんが過去を懐かしがるように遠い目をする。今はこんなに優しくて穏やかなお母さんも、昔は戦闘狂だったようだ。びっくりである。お父さんと出会って丸くなったのかな。思えば、お母さんと戦っているとき、たまに普段は見せないような好戦的な一面を見せることがあった。血が騒ぐのだろう。
「なんで教えてくれなかったの?」
「過去のことを話すのって恥ずかしいじゃない。聞かれもしなかったしね」
そうなのかな。いわゆる黒歴史というものだろうか。私の今の配信者としての活動が、大人になったとき黒歴史になっていたりしてたらやだなぁ。
「そういえばお父さん、推薦状とダイマックスバンドありがとう」
私が旅立つときにお父さんが用意してくれた推薦状とダイマックスバンドが無かったら、ジムチャレンジに参加することはできなかった。今の私があるのは、ジムチャレンジのおかげだ。元を辿ればお父さんのおかげとも言える。
もし推薦状がなかったらそれはそれで気ままに旅を楽しんでいただろうが、そうなるとダンデとライバルになったり、配信者になったり、お母さんにバトルで勝てたりすることはなかっただろう。小さなきっかけだが、まるで世界が変わったような変化だ。
「あぁ、私にはあれぐらいのことしかできなかったからな」
「それでも。ずっとお礼を言いたかった」
「そうか」
「……うん」
…………。
話が続かない。お父さんは無口だし、未だお互いに距離感を測りかねている感じがある。
「お父さん、大トロ美味しいよ」
「そうか。よかった。これも食べるといい」
「カニっ!」
カニうまーっ!!
◇◆◇
美味しいお寿司をたらふく食べ、満足した私たちは食事を終えてお店を出た。それにしても美味しかった。是非また来たい。お会計の値段にはびっくりして震えたけど。お父さんが懐からスッと黒く輝くカードを取り出したときはかっこよかった。
その後、三人でバウタウンの港、市場、灯台、スタジアムなどの観光スポットをたくさん回ってお父さんとは別れた。この一日でお父さんとはだいぶ打ち解けられたと思う。とても楽しかった。きっと、私一人やお母さんと二人だけで観光するよりも、三人で観光する方がずっと楽しい。やっぱり家族っていいものだ。前世の家族は元気だろうか。今の私にとっての家族はお母さんとお父さん、それとトトちゃんたちだけど、前世の家族の存在を忘れたことは一度もない。
家族の暖かさに包まれて、幸せで温かい気持ちになるけれど、少しだけ寂しい。そんな複雑な気持ちだ。
「カレン、お父さんはどうだった?」
アーマーガアタクシーで家に帰って、リビングでゆっくりしているとお母さんが尋ねてきた。
「口下手だけど、優しい人だね」
「そうよねっ! カレンがそう言ってくれて嬉しいわ。あの人もきっと喜んでくれるわ」
お母さんが花の咲くような笑顔で頷く。
「こんどはケーキとか食べに行きたい」
「いいわね!」
楽しみだ。
Tips
『バトルフロンティア』
ポケットモンスター『エメラルド』『プラチナ』『ハートゴールド・ソウルシルバー』に登場する、様々な形式の対戦施設が揃った大規模な都市型のバトルエリア。
端的に言えば、エンドコンテンツ。ストーリー終盤に登場する強敵を遥かに凌ぐトレーナーがゴロゴロいる魔境。
俗に言う『ポケモン廃人』が対戦用に育てるガチポケモンでないと容易には勝ち上がれない。
執筆者はポケモンの新作が出るたびにバトルフロンティアの復刻を願っている。多分、同じ気持ちの人は多いと思う。
『ポケモン世界の食料』
ポケモンの闇の一つ。
ポケモンを食べている説や普通の生物が存在してる説など、公式が明確な答えを出していないので謎。
このSSでは普通に生物が存在していることにしています。ポケモン食べるとか嫌ですし。
ポケモンの身体の一部(ミルタンクのミルク、トロピウスのバナナ、やどんのしっぽなど)を食料とする場合はありますが、そういったケースではポケモンに負担はありません。
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#11 5万人ありがとう配信
「こんばんは、カレンです」
【こんロリ】
【わこつ】
【こんばんワニノコ】
【今日もかわいい】
【5万人おめ】
「今日はチャンネル登録者数5万人ありがとう配信です」
【おめでとう!】
【おめ】
【カレンはワシが育てた】
【古参アッピルするな】
実は、数日前のお母さんとのバトル配信がかなりの反響を呼んでいて、すでにアーカイブの再生数が100万回を超えるほどになっていた。それだけでなく今も伸び続けていて、この世界の人たちはポケモンバトルが本当に好きなんだなぁって実感した。
その影響もあって私のチャンネル登録者数も増え、遂に今朝5万人を超えたのだ。めでたい。
だから、今日は感謝のありがとう配信をすることにしたのだ。
「ありがとう配信ということで、SNSでみなさんのリクエストを募集してきました。感謝を込めて、リクエストに応えていきたいと思います」
【リクエスト配信嬉しい】
【俺の読んでほしい】
【罵倒してくれ!】
【リクエストはSNSに送れ】
リクエストは質問配信のときに利用した、質問ボックスというサイトを使わせてもらったのだけど、今朝募集を始めたにも関わらず500個近いリクエストが送られてきた。嬉しいけど、読むのが大変すぎて困った。
「それじゃあ、1個目です……じゃん」
『罵倒してください』
「嫌です」
【即答で草】
【じゃん助かる】
【前に罵倒してもらっただろ!】
【新規視聴者も増えたんだから自重しろw】
【むしろ新規が増えたからこそ罵倒してもらうべきでは?】
【感謝を込めてリクエストに応える(必ず答えるとは言ってない)】
「ちなみにこれと同じようなリクエストが100件近く来てました」
実に全体の2割である。同じ人が何度もリクエスト送ってきているのだろうか。
【草】
【ロリコン君さぁ……】
【お前らw】
【地獄で草】
【すまん俺も送ったわ】
「次……じゃん」
『お兄ちゃんって呼んで♡』
「死んでも嫌です」
【ガチで嫌がってるやんけw】
【ハートマークきもい】
【嫌そうな顔もかわいい】
【変態多過ぎる】
ハートマークのキモさがやばすぎて震える。お姉ちゃんだったらいくらでも呼ぶけど、お兄ちゃんは嫌だ。そういえば、私の前世の願いは『超絶美少女ロリになってお姉さんとおねロリ百合したい』だったと思うのだけど、お姉さんとはいつ仲良くなれるのだろうか。
「この配信に女性の方はいないのですか? お兄ちゃんは嫌ですけど、お姉ちゃんならいいですよ」
【同じロリコンでも女なら許される】
【世知辛い世の中よ……】
【はいっ! 私女です!】
【オネエちゃんって呼んで!!】
【それは違くね? 漢女じゃん】
コメント欄には数は少ないけど、自らを女性だと主張する視聴者が何人か現れた。この中の何人が本当に女性なのかはわからないけど、きっと1人ぐらいは本物だろう。そうであってほしい。
ちなみに、私のチャンネルの男女比率は男性9割女性1割だ。まぁ、これに関しては私がかわいすぎるからしょうがないね。願わくばもっと女性ファンを獲得したいのだが、どうすれば女性比率は増えるのだろうか。
「それじゃあ、んんっ! ……お姉ちゃん、いつも配信見てくれて、ありがとうっ!」
【あっ(昇天)】
【普段の声もかわいいけどこれはやばい】
【脳がとける】
【女に生まれたかった】
【なんで俺男なんだ……】
【今から女になればいいのよ♡】
【アタシが女の子にしてあげようかしらァン?】
【カレンちゃん、こっちこそありがとう!】
【もっとお姉ちゃんって呼んで!】
【漢女の道に引きずり込もうとしてる奴いて草】
今の私にできる精一杯の甘い声を出そうとしたら、我ながらやばいくらいかわいい声が出てしまった。これなら、声優を目指してみるのもいいかもしれない。美少女というのは無敵だ。配信者、アイドル、声優、なんでも目指せるらしい。さすが神様のご利益だ。
「視聴者さんのお姉ちゃんにも満足してもらえたっぽいですね。女性の視聴者さんは貴重ですから大事にしていきたいです」
【それは、そう】
【女性視聴者やっぱり少ないんだな】
【まぁ、ロリコン多いしな】
【このコメ欄見たら普通の女性は離れるわな】
【なんか罪悪感が……】
【俺のことは大事にしてくれないの?】
「ロリコンは掃いて捨てるほどいる上に、掃いて捨ててもいくらでも新しく湧いてくるので、大事にする必要は特にないですね」
【草】
【今日のカレンちゃん冷たくて……興奮する!】
【そういうとこやぞ】
【辛辣ゥ!!】
【虫みたいな扱いで草】
【Gかな?】
とは言うものの、本当はたとえロリコンだろうと視聴者のことは大事に思ってるし感謝もしている。これはプロレスのようなものだ。ロリコンはなぜかぞんざいに扱うと喜ぶし、私も楽しいのでwin-winの関係だ。
「それじゃあ、次です……じゃん」
『ツインテールを見せてください』
【普通のリクエストだ】
【カレンちゃんのツインテールか。いいね】
【ナイスリクエスト】
【ポニーテールとかも見たい】
「少し待っててください」
一言残して席を立つ。私は普段髪は特に弄ったりせずに下ろしているだけなので、滅多に他の髪型を試すことはない。別に髪型を変えるのがめんどくさいとか、できないとかではなく単純に下ろしている髪が好みだというだけの話だ。なので髪型を変えようと思えばちゃんとできる。たまに髪型を変えて遊ぶこともあるしね。髪型を変えるたびに新しい私のかわいさを発掘できるので有意義なことだ。
「どうですか?」
耳の上あたりでミドルツインテールにして配信のカメラの前に立つ。ツインテールにした私もやはりかわいい。いつもより幼く、より活発に見える。ただまぁ、私にはあんまり合ってないかもね。見た目的な意味ではなく、中身の話。前世の記憶の影響で歳の割に幼さも活発さも無いし。もっと下の位置でツインテールにした方が良かったかな。私は物静かで大人っぽい系統だと思うんだよね。
【かわいい!】
【幼女っぽさが増して良い】
【ツインテールもありだな】
【俺は普段の方が好き】
「せっかくですから、今日の配信はこのままやりますね」
視聴者の反応は普通に好感触。かわいいのは事実だからね。もっと褒めるといい。
「次のリクエストいきますね……じゃん」
『お歌聴きたい』
【歌か】
【これはいいリクエスト】
【助かる】
【いいね】
「それとこれですね……じゃん」
『カレンちゃんのピアノ聴きたい』
【そういえばピアノ弾けるんだっけ】
【待ってた】
【弾き語りでもするのか?】
【ピアノ弾けるのすごい。俺は3日で挫折した】
【お前はもっと頑張れ】
「ということで、せっかくですから一曲だけ弾き語りをしてみます」
歌を聴きたいというリクエストと、ピアノを聴きたいというリクエストはどちらも結構多かった。なのでどちらの需要も満たせる弾き語りをすることにしたのだ。
ピアノのある部屋に移動し、配信のカメラとなっているスマホロトムを手元の鍵盤を覗くような位置にセットする。
【グランドピアノじゃん】
【カレンちゃんセレブ説】
【おてて……】
【ピアノ用の部屋とかあるのか】
「じゃあ、早速弾きますね。曲名は『ハナミズキ』です」
『ハナミズキ』は一青窈さんの代表曲の一つで、ゆったりとした曲調で平和を願って歌われた曲だ。私は前世ではこの曲が大好きでよく聴いていた。特に「君と好きな人が100年続きますように」という歌詞が好きで、この曲が生まれたきっかけが9・11事件だと知ったときは、この歌詞の優しさに気付いて感じ入るものがあった。
「〜♪」
【初めて聴く曲だ】
【これ好きだわ】
【なんか優しい気持ちになれる歌だな】
【カレンちゃん、声はかわいいしピアノも上手だけど、歌は……】
【落ち着く】
【一生懸命歌っててかわいい】
【ピアノ素敵】
集中してピアノを弾き、歌を紡ぎ、すぐに演奏は終わった。
【めっちゃいい曲だった】
【カレンちゃん、歌はあまり上手じゃない?】
【いうてまだ12歳だから……】
【こんないい曲なのに俺今まで知らなかったのか】
【調べてみたんだけど、ヒットしなかった。カレンちゃんが作った曲?】
なんかコメント欄で私の歌が下手みたいに言われてムカつく。でも、あまり歌が得意ではないのはたしかだ。せっかく素敵な曲なのに私の歌声のせいで魅力を伝えきれなかったようなのが悲しい。もっと練習しなきゃ。
「私が作った曲じゃないですよ。あと、私の歌が下手とか言った人はハガネールでしばきます」
【そらそうだろうよ】
【いくらカレンちゃんでも曲作ったりは無理だろ】
【でもネットでヒットしないぞ】
【い つ も の】
【ハガネール「お、出番か?」】
【親が作ったとか?】
【ゆるして;;】
【カレンちゃんの歌はかわいいよ!】
予想通りのコメントが流れはじめる。この世界には『ハナミズキ』という曲は存在していないので、調べてもヒットしないのは当然だ。案の定、曲の出どころに疑問を持つ視聴者たち。だけど、私は馬鹿正直に転生しただのと宣うつもりはないので、しっかりとカバーストーリーを考えてきた。
「夢の中で聴いた曲を楽譜に起こしたんですよ!」
【ここにきてメルヘン属性を追加してきたかw】
【いや草】
【それは無理があるのでは?】
【ロリ、クール系、強者、ドジっ娘、メルヘン(NEW!)】
【いや、何らかのポケモンの干渉を受けていればあるいは……?】
【まぁ、かわいいからいいや】
信じていない人もいるが、私はもうこれで押し通すつもりなので、何をどう言われようと無駄だ。無敵モードである。私は前世の名曲たちを自らが作曲したなんて口が裂けても言いたくないのだ。烏滸がましいし、そんなのはただの盗作だ。しかし、この世界の人たちに私の愛した前世の音楽を知ってほしいという気持ちも強い。だから、あくまでも夢の中で聴いた曲で、私が作った曲ではないということで押し通す。
いささかメルヘンが過ぎるが、私はかわいいしきっと大丈夫だろう。なぜならかわいいは正義だから。
「ということで、『ハナミズキ』でした」
【めっちゃいい曲だったわ】
【また弾き語りしてほしい】
【夢の中で聴いた曲は他にもあるのか?】
【控えめに言って大好き】
「他にもありますよ。夢は毎日見ますからね。機会があったらまたやります」
【楽しみ】
【毎日見てるのか】
【夢の曲はCDにしたりとか考えてないの?】
【みんなわりと信じてるのか……?】
「夢の曲でお金を稼ごうとは一切思わないので、今後もこのチャンネルで広めていくぐらいの予定です」
収益化してもこれらの曲でお金を得る気は無い。私の身勝手で前世の曲を広げるのだから、せめてそれぐらいは絶対に守りたい。世界が変われば著作権などは無くなるかもしれないが、リスペクトの気持ちは無くならないのだ。
「それでは、今日はここまでにします。改めて5万人の登録者のみなさん、ありがとうございました。ではまた、ばいばいっ!」
【乙】
【ばいばいバイバニラ】
【メルヘンカレンちゃんバイバイ】
【乙乙】
【弾き語りよかった】
【ツインテールカレンちゃん好き】
【今度は10万人だな!】
──────この配信は終了しました──────
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#12 1日待てなかった人と選択と私の未来
現在、私は1日待てなかった中年小太りせっかちおじさんこと、ローズさんに会いにローズタワーに来ていた。
ローズさんはガラルポケモンリーグの委員長をしていて、企業グループであるマクロコスモスの経営者も兼任する偉大な人だ。マクロコスモスの関連企業による事業は多岐にわたっていて、鉄道、航空、運輸、建設、電力、研究、食品、銀行、証券会社、生命保険、報道、TV局、ネットワークともはや何でもありである。ローズさんにはミスターガラルの称号を贈りたい。
そんなローズさんに呼ばれてこのローズタワーにきたのだが、その理由はあらかじめ聞かされていた。ローズタワーの受付にローズさんに呼ばれたことを伝えると応接室に通される。中に入るとローズさんとその秘書であるオリーヴおば……お姉さんがソファに腰掛けていた。
「やぁ、カレンくん。久しぶりだね。元気だったかな? どうぞ座って」
私が応接室に入室したことを確認したローズさんに促されソファに座る。すると、オリーヴさんが紅茶を淹れてくれた。
「お久しぶりです。ローズさん、オリーヴさん」
ローズさんは揚々に頷き、オリーヴさんは軽く会釈した。ローズさんとは以前、チャンピオンカップのときに少し話したので一応顔見知りである。
応接室はシックでおしゃれな感じで、高級感漂う内装だ。私が座っているソファも座り心地がとても良く質が良いものなのだとわかる。何となく、この大人の空間って感じが場違い感があって居心地が悪い。これは、そう。前世での初めての就職活動で、企業の面接に行ったときの感覚。緊張と不安と初めて感じる大人達の世界に抱く場違いな感覚だ。
ローズさんはそんな私の様子を見て取ったのか、軽い雑談で私の緊張を解そうとしてくれた。ジムチャレンジのときの話や、ポケモンの話など。ローズさんはさすがガラル一の大企業の一番偉い人をしているだけあって聞き上手で、私も話しやすくて色々と話している内にリラックスして徐々に落ち着いてきた。
オリーヴさんが淹れてくれる紅茶もとても美味しかった。私はあんまり紅茶に詳しくないからあってるかわからないけれど、なんとなく柑橘系の香りがしたので多分アールグレイだろう。おそらく。私は甘党なので普段なら角砂糖をたくさん入れる。だけど、ちょっと遠慮して8個にしておいた。日本人の魂を持つ私はとても謙虚である。さすが私だ。ところでミルクはありませんか?
そうしてある程度慣れてきたところで、ローズさんは本題を切り出した。
「それで、例の話だけど受けてくれるかな?」
「ジムリーダーの打診の話ですね」
そう。先日ローズさんから連絡を受けて、ジムリーダーにならないかという話をもらったのだ。どうやら、現在のはがねタイプのジムリーダーはそれなりのお歳でポケモントレーナーとしての腕が落ちてきていて、引退を考え始めていたらしい。そこに、はがねタイプ使いでチャンピオンダンデにあと一歩まで迫れるトレーナーである私が現れたので、こうして話を持ちかけてきたらしい。
「ええ。わたくしはね、きみとダンデくんの戦いを見た時にね。新しい風を感じたんだよ」
ローズさんが言うには、今のガラルリーグは停滞しているらしい。チャンピオンダンデは圧倒的な強さでチャンピオンになってから今まで一度も公式戦で負けたことがない。それはつまりガラルリーグの完全なる一強状態を意味する。今までのローズさんはそれを良しとしていたが、私がダンデをあと一歩まで追い詰めたのを見て考えが変わったとのこと。
無敵のチャンピオンが圧倒的な強さとカリスマでガラルリーグの象徴として君臨するというのも花があって素晴らしいが、それよりも激戦を繰り広げて観客をもっと沸かせてほしい。きっと民衆もそれを望んでいるだろう。その証拠として、私とダンデの戦いの熱はガラル全体を沸かせ、終いには過去最高のジムチャレンジだったとか言われるようになった。ダンデが危なげもなく勝ち続けていた今までのチャンピオンカップとはまるで違う盛り上がり方だった。
なにより、このままではダンデの成長が止まってしまうのではないかと危惧をした。ポケモントレーナーの成長は同等の強さを持つ相手や自分よりも強い相手と戦うことで加速する。今のダンデに果たしてそれがあるのか。現状のガラルリーグでダンデとまともに戦えるのは、最強のジムリーダーと呼ばれているドラゴンタイプのジムリーダーであるキバナさんぐらいだ。そんなキバナさんでも、ダンデ相手には連敗を重ねている。ガラル最強であるダンデの停滞とはつまり、ガラル全体の停滞でもある。ローズさんはそれを良しとはしない。
ローズさんが言うには、それを防ぐ鍵となれるのが私らしい。ダンデとほぼ同等の強さを持つ私をジムリーダーにして、他のジムリーダーと競い合わせることでジムリーダー全体のレベルを上げる。やがてダンデと同等の戦いができるジムリーダーが増えていき、ダンデとも競い合うことでダンデがより強くなる。そうして、ガラルリーグのレベルは際限なく上がり続ける。
それが、ローズさんの描く未来のビジョンらしい。
理屈はわかる。ジムリーダーはジムリーダー同士で戦う機会が多いから、客観的に見て大抵のジムリーダーより強い私と何度も戦えば他のジムリーダーは確実に強くなるだろう。それは間違いない。自惚れる気は無いが、私の実力は多分ガラルリーグではダンデより少し下でジムリーダーより上といったところだろう。
ゲームでのローズさんは無敗を誇るダンデを英雄視しすらしている節があったが、私がダンデと戦った影響でこうも考えが変わっていたとは驚いた。
「だから、カレンくんには是非この話を受けてもらいたいのだよ」
「……うーん」
ローズさんの考えはわかったのだけど、それはともかくとして実は私はまだジムリーダーになるかどうか悩んでいた。ジムリーダーになれば、今よりもたくさん実力者たちとバトルができる環境に身を置けて、私は更に強くなれるだろう。だけど、私にはこの世界に転生してからずっと、いろんな地方を巡って旅をしてみたいっていう小さな夢がある。
でもやっぱり、ジムリーダーも魅力的だ……ジムリーダーになったら、『ジムリーダーのカレン』って名乗れるようになるよね。やばい、かっこいい。しかも、二つ名とかも付いちゃったりするんでしょ? いいなぁ。それに加えてジムリーダーになってたくさん勝てばいっぱいちやほやしてもらえる。きっと、かわいいかしこいつよいとたくさん褒めてもらえる。……むむむ。悩む。
私が悩んでいるとオリーヴさんになんか睨まれた。怖い。きっとオリーヴさんは「ローズ様の勧誘をまさか断るのですか? ローズ様がわざわざ貴重なお時間を設けてこの場を用意しているのに? オリーヴキレそうだわ」とか思っているのだろう。この人ローズさんの狂信者っぽいから。そんな怖い顔で睨まれたら、仮に私が普通の12歳の少女だったら泣いていたかもしれない。
「悩むのは仕方ないさ。カレンくんの人生における大切な選択だからね。それだけ悩めるってことは、それだけ君は真剣に考えてくれているってことだよね」
ローズさんは待ちの姿勢だ。柔和に笑って存分に悩んでくれていいと言ってくれた。ローズさんとしては、私にジムリーダーになってもらいたいのだろうけれど、決して強制はしようとしない。あくまでも私の意思を尊重してくれようとしている。
だから、悩んだ。たくさん悩んだ。時折、聞きたいことを質問したりしたけど、ローズさんは鬱陶しがったりせずきちんと答えてくれた。
これは大事なことだ。ローズさんも言っていたけど、私の未来に関わる大きな分岐だ。だから、真剣に考えなければダメだ。
そうして散々悩んでから、漸く私はどうするか決めることができた。
「決めました。私は────」
◇◆◇
「──はい、そんな感じで、今日の配信はここまでです」
いつも通りの配信をして、視聴者のみんなと交流していたらあっという間に時間が過ぎて終了の時刻がせまる。
【今日も楽しかった】
【いかないで】
【今日もかわいかった】
【乙】
【ばいばいバイバニラ】
だけど、今回はまだ終わりじゃない。
「最後に、私からみなさんに重大発表があります」
【なんだ?】
【引退とか言われたら泣く】
【重大発表?】
【気になる】
【こういうの初めてだな】
あの日、たくさん悩んでやっとのことで決めた私の未来。いろんな地方を巡って旅をするという小さな夢は少し叶えづらくなってしまうかもしれないけれど、人生は長いのだから望んでも手に入れられないようなせっかくのチャンスをフイにしてしまうのは勿体無い。
せっかくだから、楽しもう。普通のポケモントレーナーが経験できないような経験を楽しもう。夢を叶えるのは存分に楽しんでからでも間に合うだろう。そうすれば、たくさん楽しんだ後に夢を叶えに行けば、私の人生はずっと楽しい。私の未来はずっと明るい。
だから──
「私──ジムリーダーになりますっ!」
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閑話 母
「こんばんは、カレンです」
いつも通りの穏やかな1日を過ごし、太陽が西の方へ落ちていく。窓の向こうは橙色が綺麗に輝いていた。そんなまったりとした我が家に愛娘の愛らしい声が響く。今晩の夜ご飯の準備をしていると、リビングでトトちゃんと一緒になって遊んでいたカレンがほぼ毎日の日課となっている配信を開始したようだ。
チャンピオンカップが終わって一時期はまるでナマコのようにダラダラしていたのが、今ではこうして活発に活動している。あのまま娘がダメになったりしなくて母としては嬉しくもあり、少し心配でもある。というのも、カレンの配信を観に来る視聴者の多くが、ちょっとアレな感じの人が多いからだ。
だけど、ダラダラしていたカレンに何か熱中できるものをと配信を勧めたのは私だし、今更やめろとは言えない。カレン自身も楽しんでいるようだから、これはこれで良いのだろう。カレンももう私にとやかく言われるような子供でもない。ちょっとアレな人たちのことも上手く制御できているようだし、やはり心配は残るがここは見守っているべきだろう。もし何かの問題が起きれば母として協力してあげれば良いのだ。
子供ではないといえば、この間カレンが真剣な顔をして大事な話があると言いながら口にしたことには驚いた。なんと、カレンはジムリーダーになるらしい。確かにジムリーダーに求められる能力に対して、カレンのポケモントレーナーとしての実力は十分すぎると言えるだろう。それどころかチャンピオンにだってなれると思う。私が言うと親バカにしかならないかもしれないけれど、カレンの強さは本物だ。ポケモンバトルの才能も、ポケモンへの愛も、バトルへの情熱も、カレンは全てを兼ね備えている。だからこそカレンは強い。どこまでも強くなる。そして何よりも恐ろしいのが、この子がまだポケモントレーナーになって約二年しか経っていないという事実だろう。二年でチャンピオンクラスにまで上り詰めたカレンは、一体どこまで成長していくのだろうか。
私もガラルに来る前はジョウトでかなりの立場にいたポケモントレーナーだった。ポケモンバトルの祭典、バトルフロンティア。その中で最も純粋にポケモントレーナーの腕を競う施設であるバトルタワー。私はそのバトルタワーにおける最強のトレーナー、フロンティアブレーンの一人であるタワータイクーンの椅子に座っていた。そんな私から見ても、カレンの才能は贔屓目無しで怪物と称していいほどのものだと思う。ガラルのチャンピオンもかなりのトレーナーだが、才能で言えばカレンの方が僅かに上かもしれない。尤も、経験や知識で劣るカレンではチャンピオンを超えることはまだできないだろうが。どちらにしろ、才能という面ではカレンもチャンピオンも私以上だ。二人がライバルとなって競い合い、どこまで成長していくのか楽しみだ。
でも、私が驚いたのはジムリーダーになることだけではない。それは、カレンが私に何の相談もせずにジムリーダーになることを決めたことだ。今までのカレンは何か大切なことがあれば必ず私に相談していた。お母さん、お母さんと何でも頼りにしてくれるカレンのことが可愛くて仕方なくて、我ながらかなり甘やかしていたと自覚している。それが、今回は何もなかった。完全に事後報告。カレンは私に相談すらせずに自分で悩んで、自分で決めたのだ。ジムリーダーになるというのは、カレンの人生に関わる大きなことだ。聡いカレンならその選択の重要性はきちんと理解していただろう。それでも相談せずに自分一人で決めた。カレンはすでに私に庇護されるだけの子供ではない。母としてそれが、嬉しくもあり、寂しくもあった。
何がカレンをここまで大きく成長させたのか。ジムチャレンジか、チャンピオンカップか。配信活動が原因かもしれない。赤ん坊の頃から大事に育ててきた何よりも愛しい娘の、その成長をこうして目の前でまざまざと見せつけられると、感慨深いものがある。私としては、12歳で大人になるのはまだ早いというか、もっと私を頼って欲しいというか、本当に複雑な思いだ。だけどカレンが大人になろうとするのなら、私もそろそろ娘離れしなければいけないということなのだろう。寂しい気持ちに蓋をして、カレンの成長を見守ろう。でもやっぱり寂しいものは寂しい。辛い。
そんなカレンは、今もリビングで元気に配信をしている。トトちゃんを膝に乗せて、楽しそうに話している。話題はどうやらピアノに関してのようだ。カレンは昔から私の知らない曲をピアノでよく弾いている。カレンにはどこで知った曲なのかと聞けば、夢の中と答える。だけどそれは、おそらくだけど嘘だ。本人は気づいていないようだけれど、カレンは嘘を吐くときに髪の毛を指先でいじる癖がある。カレンの吐く嘘は、おやつを勝手に食べたことを内緒にしようとしたときなど、すぐにバレるような可愛らしい嘘ばかりだ。
だけど、この嘘に関しては本当にわからない。夢の中で知ったというのは嘘だとして、それならどこで知った曲なのか、なぜ教えてくれないのか。仮にカレンが作った曲ならばなぜそうとは言わないのか。これほどカレンのことがわからなくなったことはない。だからまぁ、開き直って気にしないことにした。言わないということは、言えないということで、それなりの理由があるということだ。カレンはこの歳の子供には見合わないほどに賢い。そんなカレンが敢えて秘密にしているのならきっとそれは大切なことなのだろう。
「お母さんにも聞いてほしいから来て」
どうやらこれからピアノを弾くようだ。カレンに誘われてピアノ部屋について行く。あの人が用意したこの家は私とカレンの二人で暮らすにはあまりにも大きくて持て余す。貴族として生まれ育ったあの人には庶民の感覚がわからなくて、よかれと思ってこの家──というか屋敷を用意したのだと思うけれど、本音を言えばもっと小さい家でよかった。家事をするにはこの広さは大変で、一時期は割と本気で使用人でも雇おうかと思ったほどだ。だけど、使用人を呼んだら私のやることがなくなってしまうので結局やめたのだけど。
そんな家だから、空き部屋もたくさんある。カレンのピアノ部屋も、無用の長物と化していた空き部屋を音楽室に改造したものだ。とはいえ、私は楽器なんてロクにできないし、カレンもピアノにしか興味なかったようで、グランドピアノがポツンと置いてあるだけの物寂しい音楽室だ。一応、ピアノの練習中に休めるようにとテーブルと椅子が置いてあるが、それだけだ。
「それじゃあ、弾きますね。曲名は『愛をこめて花束を』」
やはり知らない曲だ。この曲も例の夢の中で知ったという曲なのだろう。カレンの指先が繊細なピアノの旋律を奏でる、それと対照的に不釣り合いなほど拙いカレンの歌声がミスマッチだが、一生懸命で楽しそうで、聞いてて幸せな気持ちになれそうだ。私が思うに、歌というのは上手いだけが一番ではないと思うのだ。その歌に込めた感情と楽しむ心。他にも色々あると思うが、心を揺さぶる歌というのは何も上手な歌だけではないはずだ。カレンの歌もまさしくそれで、決して上手ではないが想いの乗った一生懸命な歌声は、どこか感情を揺さぶるような特別な熱を持っているように感じた。
歌の歌詞はどこまでも素直に感謝を伝えるようで、大切な人を想起させ、優しい気持ちになれるような、そんな歌詞。綺麗なピアノの音色と合わせて心地よい。大切な人に伝える純粋な愛。どんなに時が経とうとも一緒にいたいという気持ち。とても素敵な曲だ。
カレンの演奏が終わると自然と拍手をしていた。
「ありがとうございました。この曲は、えっと……お母さんに向けて歌いました」
そう言ってカレンはほのかに赤く染まった顔で照れながらはにかんだ。その言葉を聞いた瞬間、感極まって思わずカレンに抱きついてしまった。
「わっ! お母さん?」
カレンが私の知らないところで成長していて、いつの間にか私の庇護もいらないくらいに大人になって、少しずつ親離れしていって、私も子離れしていくことになるのだと、寂しくなってしまっていたからだろうか。「ありがとう」、「ずっといっしょにいて」そんな素直で純粋な気持ちがカレンの歌から聞こえて来るような気がして……嬉しかった。
私はダメな親かもしれない。娘の成長を祝い、娘の親離れを喜んで、離れた位置から優しく見守り続けるのがきっと良い親なのだろう。だけど私は、娘の成長を寂しく思ってしまうし、親離れを悲しく思ってしまう、離れた位置からなんて言わないでずっと近くで見守り続けたいと思ってしまう。まったくひどい親だ。だけどカレンは、そんなどうしようもない私を、どうやら愛してくれているみたいだ。それならば、もう少しだけ。許されるならまだ少しだけ。この小さく愛しい体温を感じていたい。カレンのことを近くで見守っていたい。
思わず、そんな風に願ってしまった。
愛が重い母親。
クロツグの前かその前ぐらいのタワータイクーン
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#13 説明配信
違和感やツッコミ、ここはこうした方が良いなどアドバイスがあれば教えてください。
ジムリーダーとはそもそも何なのか。これは他の地方とこのガラル地方とでは少々意味合いが違ってくる。
他の地方では、ジムリーダーとはポケモンリーグから各地に作られたポケモンジムに派遣等されて、ポケモンリーグに挑むチャレンジャーの実力を試す人のことを指す。そうしてジムリーダーに認められたチャレンジャーはジムバッジを獲得し、8つのジムバッジを集めてポケモンリーグに挑戦する。
一方ガラル地方では、ジムリーダーの役割はかなり異なる。ジムチャレンジでチャレンジャーを試すのは変わらないが、それ以外の部分では大きく違う。ポケモンバトルが興業として成り立っているガラル地方では、ジムリーダーは競技者という側面が強い。テレビやネットで中継されながら大きなスタジアムで戦い、観客を楽しませる。ガラル地方のジムリーダーは、野球選手やサッカー選手のようなスポーツ選手とほぼ同義だ。野球の試合を楽しむのと同じ感覚で、ジムリーダー同士の戦いを楽しむのだ。
更に、ガラルリーグのジムリーダーは2種類に分かれている。ジムチャレンジとチャンピオンカップで戦う8タイプのメジャークラスと、それらには参加しない残りの10タイプのマイナークラスだ。メジャークラスのジムリーダーはチャンピオンになるチャンスであるチャンピオンカップファイナルトーナメントへの参加権を獲得し、代わりにジムチャレンジにジムリーダーとして参加する義務を負う。
マイナークラスはチャンピオンカップへの参加権は得られないが、ジムチャレンジ期間中は完全にフリーになるため自らの修行に時間を費やすことができる。
そして、チャンピオンカップを終えたジムリーダーはそれぞれのクラスでの順位を決めるリーグ順位戦を戦う。リーグ順位戦はマイナークラスにとって上位リーグであるメジャークラスに昇格するチャンスでもある。リーグ順位戦によって決まったメジャークラスの下位3名とマイナークラスの上位3名は入れ替え戦を行い、勝利すればメジャークラスに残留、昇格。敗北すればマイナークラスに残留、降格することになる。
要するにメジャークラスのジムリーダーとて、弱ければ問答無用でマイナークラスに落とされてしまうわけである。基本的にメジャークラスのジムリーダーの方が強いのは間違いないが、マイナークラスのジムリーダーは長いジムチャレンジ期間中のその全ての時間を自己鍛錬に充てることができるため、その差はあまり広がることは無く、メジャークラスのジムリーダーは全く油断ができない。
入れ替え戦はメジャークラスにとっては怠慢を許さず、マイナークラスにとって下剋上を狙うチャンスだ。この実力主義な厳しい環境がジムリーダーの強さを支え、ガラル地方のジムリーダーの実力が他の地方のジムリーダーよりも上と言われる原因でもある。
ゲームでバージョンごとにジムリーダーの一部が違っていたのはこのためである。片方のバージョンにいないジムリーダーは、そのバージョンではマイナークラスにいるというわけだ。
そんなジムリーダーたちは一年中をポケモンバトルに費やす。春から夏にかけてのジムチャレンジとチャンピオンカップ。秋に行われるリーグ順位戦と入れ替え戦。更にその後に行われるメジャークラスにマイナークラス、チャンピオンまで加わって戦うガラル最大の規模のリーグ交流戦。ジムリーダーの休みは冬に二ヶ月ほどあるオフシーズンだけで、その期間中も自らを鍛えることを疎かにすればマイナークラスに降格してしまうかもしれないから気が抜けない。なんだこの戦闘民族。
今の時期はちょうどリーグ交流戦が終わった頃である。今年のリーグ交流戦の結果は案の定ダンデが全勝でぶっちぎりのトップ、その後にキバナさんと続いている。これから本格的に冬に入り、ジムリーダー達もオフシーズンを迎える。
「──そんな感じです。ちなみに、私がジムリーダーになるのは来年のリーグ順位戦からです」
【ほー】
【へぇ】
【勉強になったわ】
【ジムリーダー忙しいな】
【ガラルは楽しそうでいいなー】
【配信頻度減っちゃう?】
ふぅ、と一息つく。
ガラルリーグの仕組みについて、長々と説明して疲れた。私の配信には、他の地方の視聴者やガラル地方にいてもポケモンバトルに興味がなかったという人もいたので、『ジムリーダーってぶっちゃけ何なのよ』という質問をきっかけに一から全部説明した。
【何で来年のリーグ順位戦? ジムチャレンジからじゃないの?】
「それは、今のはがねタイプのジムリーダーが、今年のリーグ順位戦で意地を見せてメジャークラスに昇格したからですね。来年のジムチャレンジとチャンピオンカップで最後を飾りたいらしいです」
今のはがねタイプのジムリーダーは腕が衰えていて、数年間マイナークラスで燻っていたけれど、引退を決意したことで気合いを入れ直して最後の意地を見せつけたのだ。リーグ交流戦の結果も5位──ダンデを除けばジムリーダーの中で4位という素晴らしい結果を残している。
だけど、本人は今年がたまたま結果が良かっただけで、来年は上手くはいかないだろうということで、来年のチャンピオンカップが終わったら結果がどうあれ私にジムリーダーを継がせると表明している。ジムリーダー就任の話が無くなったりしなくて良かった。
【なるほどな】
【確かに今年のギンさんは強かった】
【来年が楽しみ】
【俺もガラル行ってスタジアムでカレンちゃんの戦いが見たい】
ギンさんというのが、今のはがねタイプのジムリーダーの名前。ナイスミドルのおじさまで、前に会ったときはかなり優しくしてくれた。見た目の渋さからしてクールな印象になりがちだが、実際は表情豊かで人当たりの良いイケオジだ。そのギャップが人気で、子供から大人まで幅広い層の女性ファンがいる。まことに羨ましい限りである。
「ギンさんはいいですよね、女性ファンが多くて。私の配信には変態が多いのに」
【悲しい】
【ロリコンですまん】
【草】
【私女ですけどカレンちゃんのこと好きですよ!】
【最近はロリコン以外も増えてきた気がするけどな】
そう、ジムリーダーになる宣言から私の配信を見てくれる人が一気に増え、女性視聴者やロリコン以外の視聴者も増えてきたのだ。チャンネル登録者の男女比率は以前は男9の女1だったのが、今では男8の女2だ。大躍進である。嬉しい。ジムリーダーのネームバリューのすごさを実感する。
だけど、ロリコンコメントが減ってきて何だか寂しく思い始めた私もいる。なんだかんだあのロリコンに溢れたコメント欄も好きだったのだろう。複雑な乙女心というやつだ。
まぁ、女の子の方がロリコンの万倍好きだが。
欲を言うなら、私を好きになってくれるロリコンのかわいいお姉さんがいいんだけどなぁ。おねロリ願望はまだ諦めてないよ。ある意味私の生まれた意味だからね。
「そういえば、これ見てくださいよ……じゃーん!」
そう言って取り出したるは一着の服。否、これは私がジムリーダーに就任することが決まって、新しく作ってもらった私のユニフォームである。
【服やんけ】
【ユニフォームか】
【じゃーんすこ】
【ワンピース?】
【ユニフォーム……?】
私は常々思っていたのだ。はがねタイプのユニフォーム……ダサくないか? と。
あの変なロボットみたいなガラが割とダサい。なので、ユニフォームの改造が許されているジムリーダー権限を存分に使い改造したのだ。そしてできたのがこれ。黒い膝上丈のワンピース。胸にはあの変なボルトみたいなはがねタイプのマークと背中に背番号。他にもロゴや何やらがいろんなところに描いてある。それだけだとかわいくないので、腰や裾に細めのリボンを付けたりしてかわいくしてる。
元のユニフォームの面影があまりにもないのでさすがに無理かもと思ったけれど、これでユニフォーム作製の申請が通ったためリーグ委員会的にはセーフらしい。多分、シンボルマークとロゴマーク、背番号さえ付いていれば問題ないのだろう。
このユニフォームはすでに決まったものなので、もし文句があるのなら私を倒してから言って欲しい。
【背番号は何番?】
「背番号はこれです」
ユニフォームの背中側を配信画面に写す。私の背番号は『104』だ。
【なんで104?】
【背番号はジムチャレンジの時と一緒だな】
【ジムリーダーはみんな語呂合わせしてるけどこれもなんかあるのか?】
【てんしか】
「コメント欄で当ててる人もいますが、『104』で『天使』です。かわいい私に相応しいですね」
【草】
【相変わらず自信過剰で草】
【いや、かわいいけどね】
【実際かわいい】
【かわいいかしこいつよい】
ジムチャレンジに挑むときに、この語呂合わせを考えるのにめちゃくちゃ時間がかかって受付の人を困らせてしまったのは内緒だ。数字なんて適当でいいじゃんなんて思う人もいると思うけど、ゲームでは登場人物のほとんどが語呂合わせしていたし、この世界でも語呂合わせにする人が多いので、自然と適当に決めようとは思わなかった。
でも天使ってなんだかフェアリータイプっぽい気がする。はがねタイプっぽい語呂合わせが思いつかなかったから『104』にした側面もあって、もう少し時間があったらなー。なんて思うこともある。この背番号も気に入ってるけどね。
「それじゃあ、時間もそろそろなので今日の配信はこれで終わりますね。雑談配信のつもりだったのですが、なんだか質問配信みたいになってしまいました」
【お疲れ】
【ガラルリーグの説明助かった】
【今日もかわいかった】
【乙】
「では、次の配信でまたお話ししましょう。ばいばい」
【ばいばいバイバニラ】
【おつロリ】
【乙】
【お疲れサンド】
──────この配信は終了しました──────
リーグ順位戦、交流戦、入れ替え戦はガラルポケモンリーグの設定や構造から、あるだろうなと解釈した独自設定です。
ジムチャレンジなどの各イベントが起きる季節や時期も独自解釈です。
ギンさんはオリキャラです。本編に登場することもないでしょう。
悠魔様から、カレンとトトちゃんのかわいらしいイラストをいただきました!
あらすじに掲載しておりますので、是非ご覧ください!
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#14 ポケモン紹介配信
「こんにちは、ジムリーダー(仮)のカレンです」
【こんロリ】
【カッコカリ】
【こんにちハリーセン】
【外じゃん】
【またワイルドエリア?】
【トトちゃんかわよ】
「はい、見ての通り今日はワイルドエリアに来ています」
今いるのはワイルドエリアの北端に位置するナックル丘陵だ。ナックル丘陵はナックルシティからワイルドエリアに入ってすぐの場所であり、ポケモントレーナーも多い。なるべく人の少ないところに移動してから配信を始めたけれど、遠くからこっちを見ている人が何人かいる。私は今ではそこそこ有名人だから、もしかしたら私の事を知っている人かもしれない。
そうでないなら、野生のロリコンだろう。
今日の天気は快晴。空を見上げればアーマーガアやアオガラス、ケンホロウといったポケモンが元気に飛び回っている。視界いっぱいに広がる青い空と広い大地、吸い込む自然の香りや大地の匂い、たくさんのポケモンたち。前世の日本じゃこんなに広大な自然に浸れるようなことはなかなか無かった。こういう、あまりにもスケールの大きなものを見てると自分がちっぽけな存在に思えてくるね。山を登りきった頂上で眼下に広がる人々の営みを見て、私達って小さいなぁって感慨に耽るアレと近い。
【ワイルドエリアで何すんの?】
【バトルか?】
【お母さんいないからバトルではないか】
【初見】
「今日は私のポケモンの紹介をしようと思います」
【楽しみ】
【そういえば今までポケモンの紹介なかったな】
【トトちゃんすこ】
【だからワイルドエリアなのか】
「ジムリーダーになるので、選手紹介、みたいな感じです」
ジムチャレンジの頃から私の手持ちは一切変わっていないので、知ってる人は知ってると思うけど、ちょうど良い機会でもあるだろう。そうでなくとも、トレーナーとして自分のポケモンを知ってもらいたいという欲もある。優秀な我が子を自慢する感覚だろうか。私に子供はいないのでわからないけれど。
「ということで、みんな、おいで」
トトちゃんは普段からモンスターボールには入らず、私と一緒にいるので、それ以外の5匹のポケモンをボールから出す。
【おお!】
【壮観】
【ハガネールでけえ】
【かっこいいポケモン多いなあ】
【みんな強そう】
【実際強い】
お母さんとのバトルで活躍した、てつへびポケモンのハガネールとはどうポケモンのルカリオ。それに加えて、カラスポケモンのアーマーガア、ごうきんポケモンのジュラルドン、おうけんポケモンのギルガルド。最後にあざむきポケモンのクチートこと、トトちゃん。この6匹が私のポケモンたちだ。
「順番に紹介していきますね、最初はハガネールです」
【でけえなあ】
【9メートルあるんだっけ?】
【カイリュー戦で好きになった】
【寝てる?】
【ゴツゴツしててかっこいい】
【食費やばそう】
ハガネールはお母さんとのバトルで活躍しただけあって、コメント欄でもかなりの人気だ。
「この子はマイペースな子なんです。バトルでもないせいか、寝ようとしてますね」
ハガネールはボールから出てくるなり、別にバトルに呼ばれたわけではないことを確認して、とぐろを巻いて夢の世界に旅立とうとしている。バトルではあんなに頼もしいのに、鍛錬以外の時間はご飯食べて寝るを繰り返すダメ人間──ダメハガネールだ。
ツンツンとつついてみても身動ぎすらしない。もしかしてもう寝てる?
「どうやらもう寝ちゃったみたいですね。割といつものことですが、この子はバトルと鍛錬以外ではほとんど寝るかご飯食べるかしかしません。寝るのが好きなんだと思います」
【かわいい】
【バトルの時はあんな強いのにw】
【全く動かんね】
【ポケモンはトレーナーに似るって言うしな】
【これがギャップ萌え……?】
【萌えはしない】
【むしろ燃えろ】
【はがねタイプを燃やすな】
「ポケモンはトレーナーに似るって言った人は後でハガネールでしばきます。ちゃんとコメントも見てますからね?」
【ヒェ……】
【すまんかった】
【いつもの流れ】
【許して】
【;;】
【もっとしばいて】
【楽しみ】
今の私は寝て起きて食べて寝るみたいなダメ人間ではないのだ。失礼なコメントはわからせていかなければならない。喜んでいる人がいるが、もはやいつものことだ。そういう人種もこの広い世界にはいるのだ。優しい目で見てあげよう。
「次はルカリオです。この子もお母さんとのバトルで頑張ってくれましたね」
【ルカリオ好き】
【バクフーンとのバトルは凄かった】
【俺のリオルまだ進化しないんだけど】
【ロリコンは一朝一夕では治らないからな】
【ノーガードで殴り合う狂戦士】
【なんかやってる】
【シャドーか】
「ルカリオはバトルが好きで、その次に鍛錬が好きな生粋のバトルジャンキーです」
ルカリオはリオルの頃から戦うのが大好きなポケモンだった。戦いを心の底から楽しみ、常に戦いを求める。狂戦士や戦闘狂といった言葉が似合う、そんなポケモン。もちろん鍛錬も好きで、ハガネールとは対照的に元気に動き回っていることが多い。
今も何やらシャドーボクシングのようなことをしている。シャドーボクシングっていうのは、仮想の敵を想定して実戦の動きを確認する練習だ。私は格闘技に詳しくないので、なんとも言えないが、すごい人のシャドーボクシングはかなり真に迫って見えるらしい。
戦闘狂だったり、鍛錬好きだったり。かくとうタイプらしいと言えるかもしれない。
【バクフーンとの戦い方からして察してた】
【頼もしいね】
【かっこいい】
【俺もルカリオほしい】
【やっぱポケモンはトレーナーに似るのでは?】
【カレンちゃんもバトルするとき楽しそうだよな】
「たしかに私もバトルは大好きなので、否定はできませんね」
【お母さんとのバトルも、ダンデとのバトルも楽しそうだった】
【今の大好きのところ誰か切り抜いて】
【バトルのときのテンション高いよね】
【ジムリーダーになればいっぱい戦えるからよかったね】
私も昔からバトルは好きだけど、これに関しては前世の影響説とお母さんからの遺伝説がある。前世の影響説は、ポケモンが存在しなかった世界からこの世界に来たせいで、前世からしたら非日常的なポケモンバトルにハマってしまった説。
お母さんからの遺伝説は、普段の優しくておっとりしているお母さんが一転して、バトルのときはキリッとしているというか、どことなく性格が変わるというか。そんなお母さんから遺伝したのでは、という説だ。
これは想像だけど、多分お母さんは昔はポケモントレーナーとして結構やんちゃしてたと思う。今でもバトル中にその名残が出てるなぁ、と感じる部分がたまにある。前にバトルフロンティアで名を馳せていたとかいう話も聞いたし。あそこは最強を目指す求道者が集まる戦いの
そんなお母さんから遺伝した可能性は結構あると思う。とはいえ、私はバトルジャンキーではないし、ただポケモンバトルが楽しくて仕方ないだけだ。お母さんほどではないだろう。
「次は、ジュラルドンです」
【静かだね】
【落ち着いてる】
【ハガネールとは違って寝てはいない?】
【なんかどっしりしてるってって感じ】
【ジュラルドンの身体綺麗に輝いてるな】
【ピカピカしてる】
【まるでお前の頭のようだな】
【なんでそんなひどいこと言うの?】
「ジュラルドンは見ての通り落ち着いてる子です。寡黙なタイプですね」
前世のゲームでのポケモンの性格で言うなら、おだやかだろうか。まぁ、この世界に性格補正なんてものが存在するのかはわからないけど。
ジュラルドンは本当に大人しい子で、滅多なことでは怒らない。というか、怒ったところは見たことない。
ジュラルドンの身体は錆びやすいので、定期的にピカピカに磨いてあげないといけない。私は身体が小さいから結構大変だけど、これが意外と楽しい。それに、トトちゃんとルカリオも手伝ってくれる。ジュラルドンは磨かれているときが一番幸せそうな顔をするから、磨くこちらとしても幸せそうで嬉しい。
「あと、あんまりハゲの方をいじめないであげてください。彼らだって頑張ってるんですから」
【優しい】
【草】
【ハゲの方w】
【優しさがつらい】
【優しい言葉は時に刃となる……】
【ハゲの方よかったな。カレンちゃんに慰めてもらえて】
【ハゲも頑張ってるし、俺も頑張らないとな】
「次はこの子です」
【ギルガルドだ】
【ギルガルドを持ってるトレーナーは王の素質があるらしいぞ】
【カレンちゃんが女王……閃いた】
【通報した】
【カレンちゃん女王に罵倒されたい】
【ふよふよしてる】
【ギルガルドは珍しいから新鮮】
「この子は、悪戯っ子です。物を隠したり、私を驚かせようとしたりしてきます。でも、根は良い子なので迷惑になることはあまりしてきません」
私の近くをふよふよと浮かぶギルガルド。剣の鍔のところを撫でてあげると、嬉しそうに身体を揺らした。
悪戯っ子なこの子は割と問題児だけど、根は素直な良い子なので本当に困るようなことはしてこない。人を驚かせたりしたがるのは、ゴーストタイプの性なのだろう。
一転、バトルではとても頼りになる強いポケモンだ。前世のゲームの頃からギルガルドは一線級のポケモンだったが、この世界でもやはりかなりの強さを持つ。盾による頑強な防御と剣による強力な攻撃を兼ね備えた、攻めも守りもできるオールラウンダー。はがねタイプでありながら、かくとうタイプが効かないのも頼もしい。
「罵倒されたいとか言ってる人は病院に行ったほうがいいですよ? ロリコンが治るかわかりませんが」
【辛辣で草】
【今日のカレンちゃん辛辣で好き】
【俺がいい病院教えてやんよ】
【ロリコンに効く薬はありますか?】
【ないよ】
【ロリコンを、享受しろ】
バカに付ける薬はない。という慣用句がある。バカに薬が効かないのなら、ロリコンに効く薬もないだろう。彼らは一生涯その業を背負って生きていかなければならないのだ。ロリコンに救いを。アーメン。
「次は──わっ!」
次のポケモンを紹介しようとしたら、アーマーガアが飛んできた。
【アーマーガアや】
【アーマーガアにはいつもお世話になっております】
【カレンちゃん大丈夫?】
【アーマーガアタクシーがないと生きていけない】
【でかい】
【アーマーガアはガラルの屋台骨】
「この子は甘えっ子です。ココガラやアオガラスのときはよかったんですけど、この大きさで甘えられるのは結構大変です」
飛び込んできたアーマーガアは、私の目の前で着地し、小さく喉を鳴らしながら頭を擦り付けるようにして甘えてくる。ココガラやアオガラスのときはもっと派手に甘えてきていたのだが、アーマーガアになってからは、場合によっては怪我では済まないので多少大人しくしてもらっている。
だけど甘えっ子なのは変わりないので、頻繁に遊んであげるようにしている。この見た目で甘えっ子なのは、ギャップというか、違和感があるけれど、もう慣れたものだ。一番手がかかる子かもしれないが、手のかかる子ほどかわいいともいう。
そんなアーマーガアは、ひとしきり私と戯れると、満足したのか飛び立って行った。多分空を自由に飛んで満喫しているのだろう。家に帰る時間にちゃんと戻ってきてくれるだろうか。
「最後はトトちゃんです」
足元でなにやら地面を観察していたトトちゃんを抱き上げる。
【トトちゃん好き】
【かわよ】
【つよくてかわいくてすき】
【バンギラスに勝てるクチート】
【カレンちゃんの相棒だな】
【普通のクチートより明らかに強い】
「トトちゃんについてはあまり説明することはないかもしれませんね」
普段から配信画面によく映っているし、私がトトちゃんの話をよくするしで、視聴者たちはかなりトトちゃんについて詳しいと思う。
【トトちゃんとはどんな風に出会ったの?】
これについては言ってなかったかな?
「トトちゃんは私が五歳のころにお母さんが捕まえてきてくれたポケモンです。その頃からずっと一緒で、私にとって二人目の家族です」
【二人目?】
【一人目はお母さんだとしてお父さんは?】
【複雑な家庭事情?】
【五歳のカレンちゃん……】
【小さい頃から一緒のポケモンっていいな】
「お父さんは……八番目ですね」
【お父さん;;】
【悲しい】
【お父さん涙拭いて】
【2から7はポケモンか】
「家族の順番に特別な優劣なんてありませんよ」
別にお父さんが大切じゃないとかではなく、単に家族になった順番だ。私の中では、お父さんと初めて会ったあの日、私たちは家族になったのだと思ってる。だから、八番目。他意はない。
この配信はお父さんも見るかもしれないから、一応後でフォロー入れておいたほうがいいかな……?
「それじゃあ、時間もそろそろなので今日はここまでにします」
【いかないで】
【乙】
【トトちゃんかわよ】
【これからもポケモンとの配信見たい】
「では、次の配信でまた会いましょう。ばいばい」
【ノシ】
【ばいばいバイバニラ】
【お疲れ】
【おつロリ】
【バイバイ】
【今日も楽しかったぞ!】
──────この配信は終了しました──────
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ジムリーダー、始めました!
#1 開戦とケーキと魔性のあの子
ガラル地方、シュートシティはシュートスタジアム。ダイマックスポケモン同士が戦うことを想定して建設された広大なスタジアムは異様な熱気に包まれていた。何万人もの観客がスタジアムを囲み、口々に声援や応援歌を口ずさむ。それらが場を盛り上げる楽団の演奏と一体になって壮大にスタジアムを彩る。
彼らの中心、グラウンドには二人のポケモントレーナーが対峙していた。
一人は杖を突いた白髪の老婆。今にも倒れそうなほど細い身体でありながら、しかしその身に宿る力強さは彼女が只者では無いことを確信させる。その眼光は一切の油断なく対面の強敵を睨んでいた。
一人はワンピースを着た亜麻色の髪の少女。スタジアムという戦場に不釣り合いなほど幼く可憐な外見でありながら、老婆の鋭い視線を受けながらも楽しそうにあどけない笑みを浮かべ、好戦的な光をその目に宿す。
まるで対照的な二人だが、この場においての主役は紛れもなくこの二人だった。やがて、老婆は残った最後のボールを手にし口を開いた。
「追い詰められたけどね、まだ終わっちゃいないよ。新人に簡単に負けてやるほど、あたしは甘くないよ!」
自らはすでにポケモンを五匹失い、あと一匹。対して老婆が打ち倒せたのはたった二匹だけ。すでに勝負はついている。誰もがそう思うが、このスタジアムで、何万という人々の群れの中で、唯一老婆だけが自らに残される小さな勝利の可能性を信じていた。
だから、吠える。己を鼓舞するように。手のひらの相棒に全てを託すように。
「それならもっと、私を楽しませてください」
その老婆の、ともすれば滑稽な悪あがきを眼前で眺める少女は、しかし。その愛らしい
少女は、自らの勝利を半ば確信している。だが、僅かにでもある敗北の可能性は常に考慮して戦っていた。
少女にとって老婆は、猫に刃向かう鼠のような、重力に抗うリンゴのような、取るに足らない相手であったかもしれない。それでも、少女の心に慢心はない。そこにあるのはどこまでも無邪気に勝負を楽しむ心だけ。すでに趨勢は決している戦いでも、敵が吠え続ける限りその戦を楽しもうとする無邪気な心。まだ戦えるなら、まだ自らを楽しませてくれる──少女のいっそ残酷で、傲慢ですらある無邪気さだった。
「ふん。年寄りを、ナメるんじゃないよ! ──マホイップ、キョダイマックス!!」
「ナメていませんよ。ただ、もっとバトルを楽しみたいだけですっ! ──ジュラルドン、キョダイマックス!!」
老婆と少女、それぞれが手にしたボールが赤いオーラを纏い巨大化する。それは、ガラル地方にのみ存在する特有の現象であり、ガラル地方のポケモンバトルを彩る花。
放られたボールは、二人の背後で巨大な影を作る。影は瞬く間に巨大化していき、やがてスタジアムの開いた天井を突き抜けるかといったほどにまで達すると、影が晴れる。
現れたのは、二匹の巨大なポケモン。巨大化する前の名残を残しながら、大きく変じたその姿は圧倒的な威圧感を放ち、雄大に佇む。
これこそが──ダイマックス。否、キョダイマックスである。
『ワァァァァァァァァアアアアアア!!!!』
歓声が地鳴りのようにスタジアムを揺らす。スタジアムの熱気はこの瞬間、最高潮を迎えた。そして、しばらく睨み合っていた二匹の巨大化したポケモンが、二人の小さなトレーナーが、観客の熱狂に突き動かされるように動きだす。
「マホイップ──」
「ジュラルドン──」
老婆と少女が朗々と指示を出す。それは不思議と、歓声に包まれるスタジアムで掻き消されることもなく確かに響いた。
「──キョダイダンエン!!」
「──ダイスチル!!」
二匹の技が激突し、スタジアムが大きく揺れる。観客たちは息を呑みつつその光景を見守り、戦いの結末を見逃してなるものかと注視する。
今日ここで行われたのは、二人のトレーナーの本気のバトル。老婆と少女──ジムリーダー同士が競い合い、その順位を決める正々堂々の決戦の一。
ガラルポケモンリーグ、リーグ順位戦の始まりを告げる戦い。
──その日少女は、ジムリーダーとしての初めての勝利を刻んだ。
◇◆◇
「本っ当に、かっこよかったです! カレンちゃん!」
今日から始まったリーグ順位戦。私は記念すべきその初戦を飾ることになり、フェアリータイプのジムリーダー、ポプラさんと戦うことになった。タイプ的に有利だったこともあり、危なげなく戦いを制し、控え室に戻った私を出迎えたのは豊満な胸の圧力だった。
豊かな胸の柔らかい弾力と、鼻孔をくすぐる彼女の甘い香りが合わさってなんだかクラクラしてしまいそうだ。
というか、クラクラしてきた。苦しい。これはあれだ、呼吸ができなくて酸素が足りていない。私を抱きしめる彼女の背中をパシパシと叩いて、苦しんでいることを伝えれば、慌てたようにリリースしてくれた。
「──っぷぁ! ……死ぬかと思いました」
じとり、と抗議するように睨むと彼女は目を泳がせながら、しばし。素直に謝った。
「ご、ごめんなさいっ! カレンちゃんが勝ったのが嬉しくって……つい」
「もう、気をつけてくださいね」
頭を下げて謝る彼女に、もともと別に怒っていたわけではないので注意するに留める。胸の感触が気持ちよくて、離れたときに若干名残惜しかったのは内緒だ。
「でも、本当にかっこよかったですよ! 普段はこんなに小さくてかわいいのに!」
「そ、そうですか? まぁ、当然ですよね。私ですから」
普段からよく褒められる私だけど、彼女は嘘なんて吐いたことが無いんじゃないかと思うほどに素直で純粋で、そんな彼女に手放しで褒められるのは少し照れ臭いというか、気恥ずかしいというか。なんだか変な感じだ。
誤魔化すように私は、フフンと胸を張ってみせた。
彼女の名前はベリー。名前を表すかのようなストロベリー色の長髪と綺麗なブルーベリー色の瞳が特徴的な美少女で、歳は今年で18歳だと言っていた。身長は160cmほどで、私には無い大きな胸を持っている。性格は素直で純粋、天真爛漫。かわいいものが好きで、最近の趣味はかわいい私を愛でることらしい。
ベリーとは私がジムリーダーの引き継ぎで、はがねジムの事務所を訪れたときに出会った。彼女ははがねジムのジムトレーナーの序列一位で、ジムリーダーとして新米の私の補助をしてくれている。
本来は彼女がジムリーダーになるはずだったところを、私がジムリーダーになったせいでその機会を潰してしまったことについて密かに罪悪感があったけど、そのことを話したら彼女は笑って、何とも思ってないと言ってくれた。ジムトレーナーの中にはぽっと出の私のことをよく思ってない人もいたようで、そんな人達と比べるとよりベリーの良い子感が強まる。本当に邪気も何も無い純粋さで、見惚れるような笑顔が眩しい素敵な女の子だ。
そんなこんなで私は最近ベリーと一緒にいることが多い。今ではとっても仲良しだ。親友と言ってもいいかもしれない。だけど、私の身長が一年前から変わらず140cmにすら届いていないせいで、ベリーと並んでいると友達同士ではなく、歳の離れた姉妹に間違われることもある。多分、身長が伸びないのは私の前世の願いを要約すると『ロリになる』だったせいだ。もうこれ以上身長が伸びることはないのだろう。悲しいような、嬉しいような。
「カレンちゃん、よかったらこの後一緒にケーキ食べに行きませんか? シュートシティでケーキの美味しいお店知ってるんですよ!」
目を輝かせながら名案だ、とでも言いたげにベリーは手を叩いた。
「カレンちゃんの祝勝会です! パーっとやりましょう!」
「いいですね。行きましょう」
「はいっ!」
私が了承すると、花が開くような笑顔を見せるベリー。そんな笑顔に、私も思わず頬が緩んでしまう。ベリーの笑顔を見ると、心が暖かくなるように錯覚する。そのぐらい素敵な笑顔だ。ベリーは私やお母さんを除けば、今まで見たこともないぐらいに美少女だ。この容姿で、こんな純粋な性格だと悪い男に騙されたりしてしまいそうで心配になる。私の目が黒いうちはそこらの男にベリーは渡さない。私が
早くケーキを食べに行こう、ということで控え室をベリーと手分けして片付ける。あまり多くの荷物を持ち込んでいないので、そんなに時間はかからない。
ユニフォームから私服に着替えて、荷物を持って、控え室を後にした。
◇◆◇
「んーっ! 美味しいです!」
対面に座るベリーがケーキを食べながらニコニコと微笑みを浮かべる。ベリーに連れられて訪れたのは隠れ家的な小さなカフェで、客はまばらであまり繁盛はしていない。だけど、出されるケーキも紅茶もとても美味しい。ベリーに聞いたところ、知る人ぞ知る名店なのだそうだ。得意げに語って聞かせてくれた。
「本当に美味しいですね。生クリームは甘すぎず、スポンジはふわふわで……」
「カレンちゃんも気に入ってくれたみたいで嬉しいです!」
以前、私の誕生日にお母さんとお父さんと一緒に三人で行った高そうなケーキ屋さんで食べたケーキも美味しかったけど、こっちのケーキもかなり美味しい。私は食レポできるほどケーキに詳しくないので、明確な比較はできないし、美味しいとしか言えないけれど、とにかく美味しいのだ。ちなみに、私が頼んだのはショートケーキで、ベリーが頼んだのはチョコレートケーキだ。
「私はショートケーキをよく食べるんですけど、今日はチョコレートケーキにしてみたんです。カレンちゃんもよかったら一口、どうですか?」
小さく一口サイズにケーキを切り取ったベリーが、「どうですか?」と小首を傾げ、ケーキを乗せたフォークをこちらに向ける。……これはいわゆる「あーん」というやつでは?
女同士だからだと思うけど、それにしてもこの子、無防備すぎる気がする。普通「あーん」とかしないよ。しないよね?
私の方が歳下なのに心配になってしまう。
「え、えっと……」
「あーん」
私が戸惑っていても関係なく、ベリーはニコニコとケーキを突き出してくる。私がなかなか食べようとしないとベリーは、ニコニコ顔から一転、寂しそうな表情でポツリと呟く。
「もしかして、嫌でしたか……?」
「────っ!」
そんな顔を見せられたら断れないよ!
「嫌じゃないです! あむっ!」
勇気を出して「あーん」を受け入れる。……恥ずかしい。顔が熱くなってきた。多分、今の私の顔は真っ赤だろう。
「どうでしたか? 美味しいですよね!」
「う、うん」
正直味なんてわからなかった。ひたすら恥ずかしい。ベリーは他の女友達にもこんなことをしているのだろうか?
さすがに男にこんなことをするとは思えないけど。これじゃあ、女の子でも勘違いしてしまう人が出てきそうだ。
というかベリーは恥ずかしくないのだろうか。ちらっと見てみると、ベリーの頬にはわずかに朱が差していた。多少は恥ずかしがっていたようでちょっと安心した。私だけ恥ずかしがるとか不公平だ。
「カレンちゃんのも、一口欲しいなー」
「!?」
そんなことを考えていると、ベリーが攻勢に出てきた。なんとなく予想はしていたけど、やっぱりそう来るよね……。
「あーん」
ベリーは餌を待つ雛鳥のように口を開けて待ちの姿勢だ。今更断るなんて許されない。ベリーが悲しんでしまう。だけど……やっぱり、恥ずかしい。
──ええい、ままよ!
「あ、あーん」
「っはむ」
「ど、どうですか?」
「やっぱり、ショートも美味しいっ!」
「……それは、よかったです」
ふぅ、と息を吐く。ただケーキを食べるだけなのに、ポプラさんとのバトルよりも疲れてしまった気がする。こういうのは心臓によくないよ。
「あれ? カレンちゃん真っ赤だけど、どうしたの?」
「──っ! 知りませんっ!」
ベリーのせいだよ! って叫びたい気分だ。
「まったく。……あんなことは誰にでもやってはダメですよ」
「あんなこと?」
「……あ、あーんのことです」
私が注意すると、ベリーはいじけるように頬を膨らませた。
「むぅ……私だってこんなことは好きな人にしかしませんよ!」
「……え?」
え、好きな人? 今好きな人って言った?!
違う、待って。きっとこれは言葉の綾だろう。どうせ友達的な意味で好きな人と言っているだけだ。勘違いしてはいけない。変に勘違いすると後で恥ずかしい思いをするだけなのだ。かしこい私にはわかる。まったく、ベリーといるとドキドキして大変だ。この子は魔性だ。
「そ、そういうことも、簡単に言ってはダメです!」
「はーい」
思わず語気を荒げてしまう。だけど、ベリーはいじけた様子のまま、何とも気の抜けた返事をするだけだった。本当にわかっているのだろうか?
勘違いされちゃうよ?
「まったく……」
「ふふふ、やっぱりかわいいなぁ、カレンちゃん」
「? 何か言いましたか?」
「いえ、せっかくですからもう一つくらい食べちゃいましょう?」
「太っちゃいますよ?」
「今日はお祝いですから、いいんですよ!」
「関係ないと思うのですけど……」
「いいんです!」
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#2 リーグ順位戦 カブ 前
「カレンちゃん、がんばってきてください!」
「今日も、勝ってきます」
グラウンドに向かう直前、シュートスタジアムの控え室でベリーからの応援の言葉が掛けられる。ベリーの安心しきった表情を見る限り、私が負けるとは露ほども思っていない、私が勝つことを信じている、そんな意思が読み取れる。
だから私も、何の気負いもなくグッと拳を胸の前で握りしめて「勝つ」とだけ告げて控え室を後にした。
ポプラさんとのバトルに勝った私が次に戦うことになったのは、ほのおタイプのジムリーダーのカブさんだった。はがねタイプ使いの私にとって、天敵とも言えるほのおタイプ使いだが、負けるつもりはない。
リーグ順位戦は名前の通り、リーグ戦──総当たり戦形式の大会だ。初戦のポプラさんとの戦いのように、有利な相手とぶつかることもあれば、今回のように不利な相手とぶつかることもある。それも、リーグ戦ゆえに同じ相手──不利な相手と複数回戦うことになる。
だからこそ、不利な相手に対してどう対策するか、どのようにして勝つか。私は、そういった部分でジムリーダーとして、ポケモントレーナーとしての腕が試されるのだと思っている。故にこそ負けられない。それに、ベリーの全幅の信頼、期待にもしっかりと応えてあげたい。
決意を新たにし、数万の観客に囲まれたグラウンドに足を踏み入れる。それと同じタイミングで、私が入場した側とは反対方向から、白髪混じりの黒髪に鋭い目つきの年配の男性が小走りで走り寄ってきた。赤いユニフォームを身に纏い、タオルを首に巻いたその姿からは、熱血なスポーツ選手のような印象を受ける。彼こそがほのおタイプのジムリーダー、カブさんだ。
ガラルリーグのポケモンバトルが、前世におけるスポーツ観戦と変わらないほどに娯楽として民衆に親しまれているここ、ガラル地方であれば、カブさんの格好はこの場に最も相応しいもののように感じる。
むしろ可愛らしいワンピースを、ユニフォームと言い張って身に纏う私の方がナメ腐っている気がして少し申し訳ない。
グラウンドの真ん中でカブさんと対峙する。対峙してわかるピリピリとした緊張感と威圧感。それは、カブさんが私のことを侮ってはいない証明でもある。私の過去の戦績を考えれば侮るような者はいないと思うかもしれないが、これが意外と私を侮る人が結構いる。私の小さく可愛らしい、愛らしい容姿はそれほどまでに相手の警戒や緊張感を解してしまうものなのだ。
人間とは皆、潜在的無意識な部分でロリコンなのだ。
しばし睨み合い、やがてカブさんが口を開いた。
「君とポプラさんとのバトル、見せてもらったよ。圧倒的だった。去年の君とダンデとのバトルを見たときにも感じたけど、今チャンピオンに一番近い位置にいるのはおそらく君だろう」
それは、羨望か憧憬か。複雑な視線で私を射抜く。
「だからこそ、負けられない。ぼくもこの歳だけど、未だにチャンピオンになることを諦めていないんだ」
そう言ってカブさんは静かに眼を閉じる。
彼は、昔は何度もチャンピオンになるチャンスを掴んだことのあるポケモントレーナーだったらしい。しかし、その悉くで後一歩及ばず、結局チャンピオンになることは叶わなかった。そして、いつになってもチャンピオンになれないことがきっかけで、迷走してしまい一時期はマイナークラスに落ちて燻っていた。しかし、ダンデとのバトルがきっかけで自らの伸びしろを感じて、メジャークラスに舞い戻ってきたとインタビューかなにかで聞いた。
重なって見えるのかもしれない。チャンピオンに後一歩で届かない昔の彼と、チャンピオンへの後一歩を埋めようとする今の私が。
「君に勝って、このカブの強さを証明させてもらうよ!」
今一度、カブさんは閉じていた眼を開く。そこには、先ほどのような複雑な感情は伺えず、燃え盛るような熱い炎が揺らめいて見えた。それは、カブさんの強い闘志を示すかの様な強い眼差し。
どうやら、カブさんは今現在最もチャンピオンに近い私を倒すことで、自らもチャンピオンに届きうるという証明を得るための試金石としたいらしい。
「……私が勝ちます」
それに対して、私は静かに自分の勝利を宣言した。
別にカブさんがどのような思いでこのバトルに臨むとか、私の知ったところではないのだ。
私はただ、楽しいバトルがしたいだけ。楽しく戦って、その上で自分自身のために、応援してくれるベリーやお母さん、ファンのために、勝ちたいだけだ。私の背負っているものなんて、それだけ。カブさんと比べればそう多くはない。
もとより私は、好きだから、楽しいからポケモンバトルをしているのだ。ダンデに勝つという目標や、お母さんを超えるという目標も、大好きなポケモンバトルで誰よりも強くなりたい、好きなことで一番になりたいという誰もが持つ単純な欲求でしかない。
まぁ、チャンピオンになれれば、いろんな人にちやほやしてもらえるとか、そんな風に考えたりすることもあるけれど、それはちょっとだけだ。ちょっとだけ。
グラウンドの中心で睨み合っていた私たちは、どちらからともなく距離を取る。そして十分な距離を置いてから、お互いにモンスターボールを構えた。
スタジアムの観客はこの瞬間、一気に盛り上がる。そんな観客たちの熱気に背中を押されるように、私たちは高らかにモンスターボールを投げた──
「お願い、ハガネール!」
「行け、コータス!」
私が繰り出すのはハガネール。普段はマイペースな私のハガネールだが、バトルとなれば頼もしい。その巨体を大きく揺らし、スタジアムに轟くように鳴き声を上げた。
一方、カブさんの初手は四つの脚でどっしりとグラウンドに鎮座するせきたんポケモンのコータス。そして、コータスがボールから出てしばらく、スタジアムには茹だるような熱い日差しが降り注ぎ始める。コータスの特性"ひでり"の効果だ。天候を『にほんばれ』に変え、ほのおタイプの威力を上げ、水タイプの威力を弱める。
その場に登場するだけで、スタジアムの環境をほのおタイプにとって有利なモノに塗り替える強力無比な特性だ。
「ハガネール、"てっぺき"から"ボディプレス"!」
"ボディプレス"は防御力が高いほど威力の上がる珍しい技だ、もともと極めて高い防御力を持つハガネールが"てっぺき"を使用した上で使えば、その威力はかなりのものとなる。まともに受ければコータスも大ダメージを受けるだろう。
「コータス、"かえんほうしゃ"!」
当然、カブさんも反撃する。指示を受けたコータスは、ハガネールを近寄らせる前に"かえんほうしゃ"を放つ。ハガネールは防御力が高い反面、"かえんほうしゃ"のような特殊攻撃に対する特殊防御力は低い。その上、巨体故に"かえんほうしゃ"を躱すことも難しい。そんなことは私もハガネールもわかっている。
「そのまま攻撃して!」
故に、ハガネールはその身に"かえんほうしゃ"を受けながらも構わずコータスに"ボディプレス"をぶつけるために突進する。
「なっ!?」
天候『晴れ』に、低い特殊防御力、その上弱点のほのおタイプの技。ハガネールが耐える道理は無い。この"かえんほうしゃ"は直撃すれば、ハガネールを一撃で倒してしまう攻撃だ。
──しかし、ハガネールは倒れることはなく、コータスに"ボディプレス"を命中させた。
ハガネールの特性は"がんじょう"。どんな攻撃でも一撃は絶対に耐えるという特性だ。それによりハガネールは"かえんほうしゃ"を無視してコータスに攻撃することができた。
カブさんももちろん、ハガネールの特性については知っていただろうが、こんなことをしてくるとは考慮できていなかったようだ。
それもそうだろう。仮に絶対に耐えられるとしても、果たして自らを一撃の下に沈める攻撃に進んで突っ込んで行くことができるだろうか。可能かどうかと、やれるかどうかは違う。ポケモンにだって恐怖心はあるのだ。普通のポケモンは、そんな恐怖心をねじ伏せて攻撃を続行するなんてことはなかなかできない。
だけど、私のハガネールにはそれができる。普段はダラダラなハガネールだが、やるときはやってくれる頼れるポケモンなのだ。私はそんなハガネールならばと、信頼しているのだ。
だが、コータスはまだ戦闘不能にはならない。ハガネールほどではないが、コータスも防御力に優れたポケモン。大ダメージを受けながらもハガネールの一撃を耐えてみせた。
ハガネールは満身創痍。だが、コータスも次のハガネールの一撃は耐えられない。
「ハガネール、"ボディプレス"」
「っ! コータス、戻れ!」
カブさんはコータスを倒されるわけにはいかないと、すかさずボールに戻そうとする。しかし、一瞬間に合わず、コータスにハガネールの攻撃が命中する。その一撃がトドメとなったようで、コータスは力が抜けるように地面に崩折れた。
戦闘不能だ。
「……よくやった。コータス。休んでくれ」
戦闘不能になったコータスをボールに戻したカブさんは、コータスを労いつつも表情に隠しきれない苦々しさが浮かぶ。コータスの特性"ひでり"による『にほんばれ』状態は、永続ではない。おそらく、カブさんはコータスをここで倒される予定はなく、一度ボールに戻し『にほんばれ』状態が終わり次第もう一度繰り出すつもりだったのだろう。
仮に私がカブさんの立場だったらそうする。
それがハガネールの強引な、ゴリ押しとも言える戦い方のせいで頓挫してしまったのだ。私としても、天候を変える厄介なコータスはここで倒しておきたかった。ハガネールのおかげだ。やっぱりこの子は頼りになる。
「行け! キュウコン!」
カブさんが次に繰り出したのは、きつねポケモンのキュウコン。
「ハガネール、"ステルスロック"!」
「キュウコン、"だいもんじ"!」
コータスの攻撃を受けて満身創痍だったハガネールは、最後の力を振り絞って"ステルスロック"を使う。だけどそこまで。キュウコンの"だいもんじ"を避けることもできずに直撃を受け、大きな音を立てて倒れてしまう。
「ありがとう、ハガネール」
戦闘不能となったハガネールをボールに戻し、労う。今日のハガネールも大活躍だった。不利な相手であるコータスを倒してくれただけでなく、"ステルスロック"でカブさんの後続のポケモンに圧力をかけてくれた。
ほのおタイプ使いのカブさんにとって、この"ステルスロック"はもしかしたら、コータスが倒されたこと以上に厄介なものかもしれない。
ポケモンを繰り出すたびに受けることになる"ステルスロック"のダメージは、ほのおタイプにとっては無視できないほどに大きい。故に、このバトルでカブさんはポケモンを無闇に交換することができなくなった。
その上、カブさんのエースであるマルヤクデはほのお、むしタイプのポケモン。ほのおタイプと同様、むしタイプも"ステルスロック"によって受けるダメージは大きい。ほのお、むし、と"ステルスロック"のいわタイプが弱点の二つのタイプを持つマルヤクデは、ゲームだったら"ステルスロック"のダメージで体力を半分にされてしまうほどのダメージを受けるのだ。
エースのマルヤクデが万全で戦えないというのは、ただポケモンの一匹が不利な戦いを強いられるというだけの話ではない。精神的な話だ。ポケモントレーナーのエースに対する信頼は、ポケモントレーナー本人のメンタル、余裕に繋がる。そこが崩されるということは、それだけ精神的な負担を負うことになる。そしてその精神的な負担は焦りを生み、判断力の低下を招く。とはいえ、カブさんほどのトレーナーならその影響はあまりないだろう。だけど、全くないというわけはないはず。少しでも崩れてくれれば、私はそれだけ戦いやすくなる。
ハガネールはこの上ないほどの活躍をしてくれた。後で存分に好きなだけ昼寝させてあげよう。
「行って、ルカリオ!」
2番目に繰り出すのはルカリオ。ルカリオはほのおタイプのポケモンの弱点となるじめんタイプの技"ボーンラッシュ"を持っているので、このバトルでは重要なアタッカーだ。
「キュウコン、"だいもんじ"!」
「ルカリオ、"しんそく"で近付いて!」
すかさずキュウコンは"だいもんじ"でルカリオを攻撃する。ほのおタイプが弱点のルカリオは『にほんばれ』の影響もあって、この攻撃を受ければ一撃で戦闘不能になるだろう。しかし、ルカリオはそんな攻撃を全く意に介さず、"しんそく"で高速で動くことで回避し、そのまま接近する。
「"ボーンラッシュ"!」
キュウコンの目の前まで接近したルカリオが、手に骨の形のエネルギーを生成してキュウコンに殴り掛かる。カブさんのキュウコンの間合いは主に中距離。速いスピードで動き回り、中距離を維持しながら"だいもんじ"のような特殊攻撃で戦うポケモンだ。なのでルカリオのように、それ以上の速度で迫り、懐に入り、接近戦に持ち込むことができれば、キュウコンは一気に戦いづらくなる。
そして、接近戦であればキュウコンがルカリオに勝てる道理がない。
「キュウコン! "でんこうせっか"で距離を取れ!」
「逃さないで!」
"ボーンラッシュ"の連撃をなんとか躱そうとしていたキュウコンが、"でんこうせっか"でルカリオから離れようとする。対してルカリオは"しんそく"で逃がすまいと追い掛ける。"でんこうせっか"と"しんそく"では、"しんそく"の方が速い。やがて、ルカリオはキュウコンの速度を完全に捉えた。
「捕まえて! そのまま"インファイト"!」
逃げるキュウコンを片手で無理矢理地面に縫い止め、今度は逃げないように動きを封じ、"インファイト"を仕掛ける。ルカリオにいいように攻撃されそうなカブさんのキュウコンは、苦しげにもがくがルカリオはキュウコンを決して逃さない。
「"だいもんじ"だ! キュウコン!」
しかし、ルカリオは片手を使って地面にキュウコンを押さえつけている体勢。このままだと"だいもんじ"を避けることは難しい。キュウコンを拘束しているということは、ルカリオもその場を動けないということでもある。この"だいもんじ"を躱すにはキュウコンを遠ざけるしかない。
「ルカリオ、キュウコンを空に投げ飛ばして!」
キュウコンの"だいもんじ"が撃たれる直前、ルカリオはキュウコンを宙に投げ飛ばした。そのすぐ後、キュウコンの"だいもんじ"は空に向かって放たれ、爆発する。
「落下の隙をついて"ボーンラッシュ"!」
宙に飛ばされたキュウコンは自由に動けない。もう一度"だいもんじ"をルカリオに向かって撃つにしても、それよりも早く地面に落下することになるだろう。
絶好のチャンスだった。
落下時の隙にルカリオの"ボーンラッシュ"を為すすべもなく受けることになったキュウコンは、そのまま反撃することも叶わず、倒れた。
「お疲れ、キュウコン」
キュウコンをボールに戻すカブさんを尻目に、ルカリオは私の近くまで戻ってきていた。ルカリオの身体に目立ったダメージはない。せいぜいが、キュウコンを押さえつけたときに引っ掻かれた程度だ。ほぼ万全と言っていい。
ルカリオは楽しそうに笑っている。まだ戦える。もっと戦わせてくれ。と声無き声が聞こえてきそうだ。ルカリオ君絶好調である。
だけど──
「行け、ウィンディ!」
カブさんの3匹目はウィンディ。それを見た私は、ルカリオをボールに戻した。ボールに戻す直前、笑顔から一転、何とも悲しそうな表情をしたルカリオの姿に少し心が痛んだが、仕方ない。相手の攻撃力を下げるウィンディの特性"いかく"を受けた状態のルカリオに戦闘続行させるより一度戻した方がいいと判断したのだ。万全のルカリオならここは一度引いて、他のポケモンの相手をしてほしい。また後で戦わせてあげるから、そんな悲しい顔はしないでほしい。
これがリーグ順位戦という大切なバトルでなければルカリオにそのまま戦わせてあげても良かったのだけど、大切なバトルで最善を尽くさないわけにはいかないのだ。
ナメプはよくない。
「がんばろっ! アーマーガア!」
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