戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram> (haneさん)
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2045年
プロローグ 第一次騎鋼戦争(前編)


※文章整形上手く出来ていなかったので修正


 

 □2045年1月 【大君主】防人

 

 この国の一大事に出遅れた。

 言い訳はしない。戦場に遅参したとクソ親父に知られたら大目玉だが、あの者達に出し抜かれたのは事実だ。

 

「団長閣下! 見えました、既に開戦しています!」

「……やっぱり間に合わなかったか」

 

 ドライフ皇国と私が所属するアルター王国の戦争。

 それは、<Infinite Dendrogram>のサービスが開始されてから初めての<戦争結界>を使用して行われる対外戦争。

 一般ユーザーにとっては初の戦争イベントの為、<Infinite Dendrogram>内だけでなくリアルでもネット掲示板、SNSなどで話題沸騰となり<Infinite Dendrogram>ユーザーであれば知らぬ者などいない一大イベントとなった。<防人>ロールしている身としては、報酬の有無にかかわらず参戦するつもりだった。

 そう、参戦する『つもり』だったのだ。

 

「レジェンダリアの連中、やっぱり裏で繋がっていると思います?」

 

 索敵役として連れてきた<マスター>にして我がクランのメンバー、ボレルが遠くに見える戦場を監視しながら話しかけてくる。

 

「指名手配されている連中だから裏で繋がっていても不思議じゃないさ」

「一応アルター王国とは同盟関係なんですがね」

「あの国は<マスター>の指名手配が一番多い国でもあるから」

 

 戦争に参戦する為の準備は順調だった。

 王国クランランキング二位のクランとして、参戦しない選択肢は存在しない。特にランキング一位の<月世の会>とアルター王国の交渉が決裂した以上、我々の参戦はマストだった。

 

「仕方ありません、アレを対処しない選択はありませんでした」

「静」

 

 自分の選択に悩んでいると、<Infinite Dendrogram>内で私の副官を務めている<マスター>静が話しかけてきた。

 彼女の名前の由来は静御前から来ており、彼女のリアルの立場を知るクランメンバーからは愛人ポジションと馬鹿にされている。

 主に私が、だが。

 

「【魔王】も動いているという報告もありました。治安維持の為にも<超級>に対応出来る戦力は残しておく必要があります」

「わかっている。結局はただの愚痴だ」

 

 レジェンダリアとの国境を国王陛下から任されている以上、陽動と分かっていても<マスター>のテロを野放しには出来ない。

 だからこそ、戦力の大部分を残し少数精鋭で戦場へ向かっているのだ。

 

「焦りは禁物ですよ、坊っちゃん」

「坊っちゃんは止めろ」

 

 操舵室から焦る私を諫めるフランク・ディ・ジェモン。

 彼は我々が移動に使用している<エンブリオ>の<マスター>だ。

 

「リアルの年齢そんなに違わないだろ」

「まあ、それでも坊っちゃんは坊っちゃんですから」

 

 フランク・ディ・ジェモンのリアルでの父親は長年我が家のお抱え運転手をしている。

 その関係で彼は父親を真似て私を坊っちゃんと呼ぶが、彼と我が家の間に父親のような雇用関係は無い。

 

「デンドロでは坊っちゃんのお抱え運転手みたいなもんじゃないですか」

 

 フランク・ディ・ジェモンの<エンブリオ>はTYPE:ギアのカローンだ。

 当初はバイク型の<エンブリオ>であったが進化を重ねる毎に姿を変え、<上級エンブリオ>に進化してからはクルーザー型、到達形態:Ⅴの現在は飛空艇型の<エンブリオ>に進化している。

 クルーザー型から進化したからか、現代的な白い船が空を飛んでいるのが少しシュールだと個人的には思っている。

 どうせなら日本の某有名RPGのように帆船型の飛空艇に進化すれば良かったのに。

 

「貴方の<エンブリオ>が運ぶ事に特化しているのが悪いのです」

「だからと言って人をパシリ扱いしないでくださいよ、副官殿」

「便利なのだから良いではないですか」

 

 静が言うように、カローンは人を運ぶ事に特化しているのでパーティの足に最適なのだ。特に我がクランの拠点は王国南部、レジェンダリア国境付近の街なので王都への足として定期的にお世話になっている。

 

「便利な足ですが、監視は必須なんですからサボらないでくださいよ」

「ほら、副官殿。ボレルにだけ監視を任せちゃ可哀そうですよ。お仕事、お仕事」

「……私の目視での監視よりボレルの<エンブリオ>の方が優秀だと思うのですが」

 

 カローンは人を運ぶ事に特化した<エンブリオ>なので、この飛空艇はパーティ六人分の住居スペースが用意されている。速度も巡航速度で時速130キロは出るし、<エンブリオ>の固有スキルを使えば数十分だが亜音速は出る。

 しかし、欠点もある。

 あくまで乗り物の<エンブリオ>なので操縦は必要だし、<K&R>に所属する<マスター>の<エンブリオ>のようにオートで障害物を避けてくれないし、ステルス性能ゼロなので普通にモンスターに襲われもする。

 

「今気が付いたんだけど、私と静が戦場に降りた後どうしようか? この船完全に無防備だよね」

 

 現在カローンに乗っているのは4人。私に静、ボレル、フランク・ディ・ジェモンだけだ。

 この4人の中で私と静の2人は戦場で船を降りる予定なので、船に残るのは船員系統上級職【船長】のフランク・ディ・ジェモン、斥候系統と諜報系統の上級職を取得しているボレルの2人しかいない。

 

「一応自分の監視網があるので逃げ回りますよ」

 

 ボレルの<エンブリオ>、ジョブは情報を取得する事を得意としている。諜報系統は東方で言えば隠密系統にあたるジョブで、【隠密】とは違い機械系のアイテムを使用するスタイルとなっている。

 簡単に言えば、世間一般的な忍者とスパイの違いである。

 

「それじゃ、それで」

「軽いですね団長閣下」

「<マスター>にとって、ここはゲームだからね」

 

 少なくとも普通の人間にとっては<Infinite Dendrogram>はゲームだろう。リアルでの少々特殊な生い立ちから、ある程度この<Infinite Dendrogram>の事情を知っている私もゲームとしてこの世界を遊んでいる。

 もっとも、ゲームだとしても防人ロールである以上は真剣だし、ゲームだからこそ真剣に国盗りロールも同時に行っている。真剣だからこそ面白いのだ。

 

「あ、戦場の様子を捉えました」

 

 ボレルの<エンブリオ>はTYPE:レギオン・カリキュレーター。無数の子機を飛ばし、子機が収集した映像、音、温度、湿度、風速、磁気などの情報をボレルが持つ親機に集約、親機で情報処理を行うエンブリオだ。

 演算能力はカルディナの超級【撃墜王】が持つ<超級エンブリオ>の下位互換だが、ボレルの<エンブリオ>が勝る点もある。

 あちらは自身の周囲で起こる危険しか把握出来ないが、ボレルの<エンブリオ>は子機さえ飛ばせば<Infinite Dendrogram>内の何処でも観測する事が出来る。

 ちなみに子機は<エンブリオ>だが機械であり、ボレルは自身が使用する機械系アイテムを隠蔽する能力を持つ諜報系統の力を使い、子機に強力な隠蔽能力を持たせる事が出来る。

 その為、変態と呼ばれるレジェンダリアの<マスター>達のように、我がクランメンバーからは”覗屋”ボレルと呼ばれている。何を覗いて”覗屋”と呼ばれているかは本人の名誉の為にも秘密である。

 

「どんな状況?」

「やっぱり王国が押されていますね。<マスター>の数が圧倒的に違います」

「戦争イベントとしては、明確に報酬を用意したドライフ皇国の対応が正しかった事が証明されたか」

 

 今回の戦争において、参戦した<マスター>に報酬を提示したドライフ皇国に対し、我らがアルター王国は<マスター>に報酬を提示していない。

 その為、<マスター>の参戦数に差が出るのは事前に予測出来ていた。

 

「しかし、王国側も当初の予測以上の<マスター>が参戦しています。報酬は提示されていませんが、戦功をあげて団長閣下の二番煎じを狙う層が一定数いるようです」

「私は奇特な例だから、よっぽどの戦功をあげないと無理だと思うけど」

 

 私は重要な役職に就く事が出来ない<マスター>ではあるが、アルター王国において重要な地位に付いている。公的な立場としては<月夜の会>の【女教皇】以上の権限と権力を持っているのだ。

 

「戦況は?」

「細かい動きは無視すると、戦場は大きく三つに分かれています。一つは国王陛下と近衛騎士達が<叡智の三角>のオーナーとサブオーナーと対峙、その他にも【天騎士】と【魔将軍】が、【大賢者】と【獣王】がそれぞれ対峙しています。どの戦場も王国側が劣勢です」

 

 名前が挙がったドライフ皇国の<マスター>はランカーだ。それも各ランキングのトップに君臨する最上位の<マスター>達である。

 

「……【大賢者】はあきらめよう。一手足りない」

「見捨てるんですか?」

「助けようにも”物理最強”の【獣王】が相手では無理だ」

 

 これが”技巧最強”なら手の打ちようはある。リアルで学んだ武術で”技巧最強”と呼ばれているが、それはこちらも同じ。リアルでの決闘で勝っているので問題ない。ステータスに差が無い以上、リアルでの決闘と同じ結果になるだろう。

 しかし、ステータスが圧倒的に上回る”物理最強”はどうしようも無い。攻撃を当てられてもHPを削れなければ<Infinite Dendrogram>の世界では意味が無いのだ。

 

「でも団長閣下の<エンブリオ>なら」

「アレなら”物理最強”の防御を抜く自信はあるけど、HPを全損させられる確信が無いし、単発スキルだから」

 

 ボレルの信頼は嬉しいが、私が”物理最強”と戦って勝てる確率は限りなく低い。

 身内からは”騎士王”と通り名で呼ばれ、敵からは”一発屋”と呼ばれる程度の実力はある。

 しかし、仮に圧倒的ステータスを背景にした防御力を抜いたとしても、”物理最強”の2000万近いHPが次の壁となる。頭部や心臓を破壊して即死させる手もあるが、それは”物理最強”も分かっている。

 

「レベル制MMOの悲しい所だよ。リアルなら何とかなるんだけど」

「……普通ならリアルでのダイレクトアタックって意味なんでしょうけど、団長閣下は違う意味なんでしょうね」

「開幕、アダム直伝の黄金錬成からの弦十郎兄貴直伝の拳でフルボッコ」

 

 本当にもどかしい。リアルであれば”物理最強”【獣王】にも勝てる自信がある。

 しかし、ここは<Infinite Dendrogram>の中であり、この身はただの<マスター>だ。そして残念な事に、私はまだココの法則を超えられる程の力をまだ持っていない。

 

「リアルチート過ぎてゲームのキャラよりリアルの方が強いって、ちょっとチート過ぎません?」

「本当のリアルチートは<Infinite Dendrogram>出来ないから私は普通です」

 

 まあ、そこまでのリアルチートは先生以外、あの【破壊王】の姉しか会った事無いけど。

 

「それで、私と閣下。どちらがどちらを担当します?」

「静が【魔将軍】、私が<叡智の三角>を相手にしよう」

 

【魔将軍】は<超級>、<叡智の三角>のオーナーとサブオーナーはどちらも準<超級>。

 どちらも一癖も二癖もある相手である事は間違いない。

 

「承知しました」

 

【魔将軍】との相性を考慮すれば、私よりも静の方が適任だろう。神話級悪魔単体なら私でも対応出来るが、物量で押されると流石にキツイ。

 

「あっさり決まりましたけど、ホントに【大賢者】は見捨てて良いんですか?」

「助けようにも助ける手段が無い。それに、自業自得ではある」

「【大賢者】がこの戦争を画策した確固たる証拠はありませんがね」

「歴代フラグマンの”化身”に対する執念を考慮すれば、黒に近い灰色ってところか。でも、<エンブリオ>を持つ<マスター>を忌み嫌う姿勢を考えれば間違いないだろう」

 

 私は王国の国境を預かる身であるので、国王陛下や王国上層部との交流は王国所属の<マスター>の中では随一だろう。

 だからこそ、本人は隠しているであろう<マスター>への嫌悪を察する事が出来る。

 

「【大賢者】と立場になって考えれば、侵略者である”化身”と”化身”の力を持つ<マスター>の戦力調査は必須だ」

 

 この身は”防人”にして”剣”。国を、そこに生きる人々の暮らしを守る事は我が家の生業。

 だからこそ、侵略者との闘いを諦めていない【大賢者】の執念は理解出来る。

 逆の立場であれば、恐らく私も同じ事を考えたに違いない。

 

「それに、【大賢者】は元”魔法最強”。もしかすると”物理最強”に勝てるかもしれない」

「……本気で思ってます?」

「まあ、無理だろう。けど【破壊王】も言っていたけど、小数点の彼方だろうと可能性はゼロじゃない」

 

 もっとも【大賢者】の、フラグマンの特性を考えれば、恐らくこの戦争では勝ちを狙わないだろう。

 フラグマンは【大賢者】であると同時に煌玉獣シリーズの産みの親であり、対”化身”用決戦兵器の開発者だ。歴史に埋もれた決戦兵器が残っている可能性もあるし、本人が健在である以上は何処かで最新の対”化身”用決戦兵器を開発している可能性もある。

 

「積極的に勝ちを狙わない場合は、何処かで対”化身”用決戦兵器を開発中の可能性が高いか」

 

 この戦争で”物理最強”の力を見極め、その情報を対”化身”用決戦兵器に反映させる。

 勝てないなら、勝てる兵器を作る。それが出来るのがフラグマンの強みだ。

 

「旦那様、考え込むのも良いですが、そろそろ」

「ああ、そろそろ戦争の時間か」

 

【大賢者】の思惑、ドライフ皇国の思惑、ちょっかいをかけてきたレジェンダリアの思惑。

 色々と考えるべき事は多いが、まずは目の前の戦争だ。

 あと、静は私を旦那様と呼ぶが、彼女とはそのような関係では無い。リアルにおいて肉親以外で一番親しい女性の一人ではあるのだが、今の所は健全な関係だ。

 

「相変わらず団長閣下と静さんは怪しい関係ですね」

「私と旦那様は特別な関係ですから」

 

 彼女は私の乳母の娘、物心つく頃から実の妹のように育った間柄だ。

 あと、自慢では無いが私の実家は歴史、格式、財産、権力、おまけに頭の固い親族が大量にいる名家である。その為、周りの親族から静は私の妾として見られているし、本人も自身がそのように見られている事を承知している。

 しかし、リアルの静はあくまでも私を兄として慕うが、旦那様、とはけして呼ばない。そう呼ぶのは<Infinite Dendrogram>内だけだ。

 静御前を由来としたプレイヤーネームと合わせ、それが彼女のロールプレイらしい。

 

「それはそうと彼女達は?」

「船室で歌っていたので声をかけてきました」

「彼女は本当に歌が好きだね」

「……本当に私の<エンブリオ>なのか自信が無くなります」

 

 私と静の<エンブリオ>はメイデンだ。

<Infinite Dendrogram>を始めるにあたり本気でゲームを楽しむと決め、防人ロールでゲームを始めたら<エンブリオ>がメイデンとして孵化したのだ。

 

「<エンブリオ>は<マスター>のパーソナルに応じて進化するって言うね」

「私にとっての”歌”は、ただの手段で道具です」

「でも、私は<マスター>の”歌”が大好きです!」

 

 突然会話に入ってくるアイドルのステージ衣装のような服を着た元気っ子。

 この元気っ子が静の<エンブリオ>、ガングニールだ。

 

「……私は大嫌い。何も掴めなかった”歌”だもの」

「身共も静殿の”歌”は好きじゃよ」

 

 ガングニールに続き、カローンの船室から出てくる我が<エンブリオ>。

 こちらは和服姿でお淑やかな雰囲気だが、私のパーソナルに影響されているのか戦闘狂の気質を持ち合わせていた。

 自分は脳筋なのかと悩んだ事もあるが、あの親の子なので仕方ないと最近はあきらめている。

 

「それにこやつと違って上手いしの」

「? うん、<マスター>の”歌”って綺麗だよね」

 

 サラッと嫌味を言う我がエンブリオ。彼女は誰に似たのかサラッと毒を吐く事がある。

 ガングニールは静と違い、”歌”は好きなのだが技術などは反比例してしまっている。

 誤解を招く言い方になるかもしれないが、某ネコ型ロボットアニメに登場するガキ大将と同レベルなのだ。

「……身共はガングニール殿の”歌”も元気があって好きですよ」

「ありがと! ムラクモちゃん」

 

 苦しい。大変苦しいお世辞だ。

 それしか褒める点が無いと言っても良い。

 歌唱力はあるが”歌”が嫌いな<マスター>と、歌唱力は無いが”歌”が好きな<エンブリオ>。

 お互い長所同士が合わされば最強なのだが。

 

「さて、戦場も近い。さっさと終わらせよう」

 

 この和気あいあいとした雰囲気も好きだが、そろそろ戦争の時間だ。

 リアルで実戦は経験済みだが、戦争は未体験。防人として鞘走らずにいられない。

 

「それに今日は姉さんのライブがあるから、早めにログアウトしないと」

「ああ、ツヴァイウィングのライブ今日でしたっけ」

「フランク、お前そんな無関心な事言っていると姉さんにぶん殴られるぞ」

「使用人には優しい方なので大丈夫ですよ。それに活動拠点をロンドンに移してからは情報が入ってこないので」

「フランクさんがアンテナ張ってないだけですよ」

 

 ボレルとフランク・ディ・ジェモンの言い合いを見ていると、ここまで来たんだという感慨深い気持ちになる。

<Infinite Dendrogram>で遊べる世界に転生したのに、この世界は色々と問題がある世界だった。

 問題解決の為に奔走しなければ、2043年7月の<Infinite Dendrogram>サービス開始も危うかっただろう。

 何しろ、私の世界はサービス開始一か月前にルナアタックが起こる世界だったのだから。

 

「……天羽奏」

「やっぱり意識しちゃう?」

「選ばれなかった身なので」

 

 ツヴァイウィングで盛り上がる男二人と違って静の顔は暗い。

 適合者になれなかった、それが静の劣等感の根っこ。

 特に天羽奏は制御薬「LiNKER」を過剰投与することにより後天的に適合者になった事から、同じく適合係数が低かった静には思うところがあるようだ。

 それに、ガングニールの適合者は多いからな。

 

「……先に行きます。ガングニール」

「はーい! 行きましょう<マスター>!」

 

 居た堪れないのか静は顔を伏せ船首へと足を進める。

 そして<マスター>の声に反応したガングニールの姿が人型から変化する。人型から変化した姿はペンダント。

 これが静の<エンブリオ>のカタチ。多くの<マスター>は戦場で槍を振るう静を目撃している為、このペンダントを<エンブリオ>の第一形態だと思っているが、それは違う。

 静の<エンブリオ>の形態はメイデンとしての人型と、このペンダント型の二つしかない。

 

「ある程度手の内が分かっているとは言え、相手は超級だ。気をつけて」

 

 だが、見る者が見れば理解する。静の<エンブリオ>はシンフォギア型の<エンブリオ>だと。

 かつて、静がリアルで求めた力がシンフォギア。聖遺物の欠片から生み出された力であり、使用する為には適合係数という資質が必要になる力であった。

 

「……はい」

 

 消えそうな声で答えた静は、そのままカローンの船首から身を投げた。

 ……<エンブリオ>があるので大丈夫なのだが、リアルのシンフォギアを真似て出撃しなくても良いのに。

 彼女の無事を知らせるように彼方から聞こえてくる静の”歌”、シンフォギアの力を発動する為の聖詠が聞こえてくる。

 




ちょちょこ書いていたのですが、折角なので投稿してみました。
原動力になるので面白かったら評価宜しくお願いします。


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プロローグ 第一次騎鋼戦争(中編)

聖詠は適当なので気にしないでください


 □2045年1月 【歌姫】静

 

 私は私の”歌”が嫌いだ。

 聖詠を口ずさむと、どうしても届かなかった過去を思い出してしまう。

 

「……Ekkitapa gungnir zizzl」

 

 リアルでは一度として反応しなかったシンフォギアが私の聖詠に反応する。

 私の身体は光に包まれ、そして光が力となる。

 薄手のボディスーツに軽装なメカニカルな鎧。そして、一本の突撃槍。

 これが私の力、シンフォギア型の<エンブリオ>だ。

 分かっている。

 ここは<Infinite Dendrogram>の中で、この胸にあるのは<エンブリオ>。

 だとしても、私にとってはこの胸の力は本物だ。例え、リアルで手に入らなかった力の代償だとしても。

 

「マスター! 【天騎士】さんがピンチです!」

「【魔将軍】を潰すために突撃したのね」

 

 悪魔軍団に襲われているアルター王国騎士団。召喚された悪魔を倒しても、次から次へと悪魔が召喚され続けている。

 この危機を突破する為、【天騎士】は悪魔の召喚主である【魔将軍】を討とうとしているのだろう。

 

「まさに多勢に無勢ね」

 

 見れば悪魔達を突破したのは【天騎士】ただ一人。その【天騎士】も無傷では無い。

 早く救援に向かわなければならない。

 

「こういう時、あの人達はこう言うのだったわね」

 

 シンフォギアに選ばれなかった後も、シンフォギア奏者の動向は常に確認していた。

 別に好きで確認していた訳では無い。旦那様がシンフォギア奏者と共に戦場を駆けていたから知っているだけだ。

 

「最速で、最短で、まっすぐ、一直線に!」

 

 槍の穂先を大地に向け、胸に流れるメロディーに乗って”歌”を歌う。

 そうすれば、この世界ではシンフォギアは答えてくれる。

 

「Earth☆Wrath」

 

 突撃槍が展開し、二機のバーニアが姿を現す。

 現れたバーニアに光がともるのと同時に突撃槍を大地へと投擲。

 投擲された突撃槍はバーニアによる加速力、ゲームシステムにより強化された投擲力、そして大地の重力を味方に加速し続け、やがて音を置き去りにした。

 音速を超えた突撃槍は【魔将軍】が召喚した悪魔達を薙ぎ払い大地に着弾する。

 

「人がゴミみたいですねマスター!」

「人じゃなくて悪魔だけどね」

 

 突撃槍が着弾した衝撃と砂塵で視界は良好では無いが、それでも奇襲の戦果確認は疎かにしない。

 私は飛行能力を持っていないので自然落下中は無防備だ。多少の軌道変更は出来るが、出来れば敵が奇襲によって混乱している内に着地したい。

 ……シンフォギア奏者はよくヘリから飛び降りるけど、落下中にハチの巣にされるのが怖くないのだろうか? 

 それとも、こういう臆病な部分が適合者になれなかった理由なのだろうか? 

 

「【天騎士】さんは無事ですかね?」

「……超級職なんだし無事だと思うわよ」

 

 地面が突撃槍を中心にクレーター上に陥没して、蠢いていた悪魔達の大半が塵となっている。

 救助対象の【天騎士】のかなり前方を狙って突撃槍を投擲しているので無事だと思うが、その姿を確認するまで安心は出来ない。

 流石にフレンドリーファイアは無いと思うが。

 

「マスター、あそこに人影が」

「ほら、やっぱり無事じゃない」

「なんかボロボロですけど」

「【魔将軍】絶対許せないわね」

 

 ガングニールが言うように、ボロボロな騎士が眼下に一人いる。

 騎乗しているので間違い無く【天騎士】だろう。

 

「投擲前よりボロボロになってません?」

「【魔将軍】絶対許さない」

 

 我が国の重要人物にして、個人的に親交のあるリリアーナの父をボコボコにする【魔将軍】は絶対に許してはならない。

 私は【魔将軍】から【天騎士】を守る為、【天騎士】の目の前に着地する。

 

「……貴公が静か」

「初対面だったと思うけど?」

「リリアーナから聞いている。見た目は常識人だが、中身は主と同じで頭が槍で出来ている残念な子だと」

「失礼な。旦那様と違って私は一般人です。それに旦那様はリアルでもココでも優秀です」

 

 親友だと思っていたリリアーナがそんな風に思っていたなんて。確かに旦那様は(まだ19歳だけど)OTONAなので見た目は脳筋に見えるが、ああ見えて風鳴宗家の次期当主なので文武両道の天才なのに。

 あと、リリアーナだって其処まで賢く無いのに、私を残念な子だと思っていたなんて。

 絶対許さない。

 

「誰かと思えば王国の<超級>か」

「はじめまして、ですね。皇国の<超級>さん」

 

 目の前に立つのはドライフ皇国の<超級>にして決闘ランキング一位、【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。手の内を決闘である程度晒している<超級>なので、ある程度能力の把握は出来ている。

 恐らくは旦那様や私のようなプレイヤースキルは皆無。

 しかし、あの常時発動型必殺スキルは非常に厄介だ。色々と情報収集した結果によると、その能力は『自身のジョブスキルの数値を同時に十箇所まで十倍化する』というチートツールのようなもの。

 

「”一発屋”の腰巾着が何の用だ?」

「貴方は皇国の<超級>で私は王国の<超級>。何の用があるかは自明の理では?」

「腰巾着の歌手風情が俺に勝てるとでも?」

「歌手では無く歌女と呼んで欲しいですね、私の一族的には」

 

 もっとも、歌女と言っているのは翼お嬢様くらいだけど。

 そんなどうでも良い話で時間を稼ぐ。<エンブリオ>の相性的に勝てない相手では無いが、状況によっては完敗してしまう相手でもある。

 

「UTAME ? なんだそれは?」

「貴方を倒せる力を持った者の呼び方よ」

「戯言を。ランカーでも無い小物風情に決闘王者である俺が倒せると思っているのか?」

 

 余程己の力に自信があるのだろう。慢心していると切り捨てるのは簡単だが、彼には慢心するだけの力がある。

 この男の<超級エンブリオ>の欠点は能力の上げ幅が十倍と固定されているので、”物理最強”のような十倍以上の能力を持った相手には手が届かない。

 しかし、【魔将軍】という超級職がこの男に厄介な力を与えている。【魔将軍】は【将軍】系の超級職なので、その職業特性は軍団を指揮、運営する事に特化している。

 他の【将軍】系であれば軍団配下のモノ達に対するバフが特徴だが、【魔将軍】の軍団へのバフ能力の他にもコストさえ支払えば配下の悪魔を無制限に召喚するスキルがある。

 はっきりと言えば、そこそこ強い敵を無制限に召喚できる物量チートが【魔将軍】ローガンの神髄だ。

 ……奥の手なのか決闘などでは物量チートは使わないようだが、生産職に転職すればコストを高効率で生み出せるはずなので油断は出来ない。

 

「……ガングニール」

「もうすぐ解析完了するよ」

 

 私は小声でガングニールにスキル発動の準備状況を確認する。

 準備をしているスキルは私達のとっておきで、効果は凄いのだが発動するには相手のスキル構成を解析する必要がある。

 私は自分で言うのは恥ずかしいが、<Infinite Dendrogram>では強い方だと思う。

<超級>なので強いのは当たり前なのだが、相性的には”魔法最強”に勝てるかもと思える程度には強い。

 ”物理最強”は相性的に絶対に勝てないけど。

 

「威勢よく現れた割にはおとなしいな」

「汎用性のある貴方の<超級エンブリオ>と違って私の<エンブリオ>は準備が必要なので」

「俺の前で俺を倒せるなどと戯言を吐いたのだ、悠長に待ってやる道理はないぞ」

「ご心配なく、もう準備は完了しているので」

 

 私の<超級エンブリオ>ガングニールには二つの固有スキルがある。

 一つは今発動している歌唱スキル強化。突撃槍と身に纏う軽装の鎧はおまけで、本質は私自身にかかる歌唱スキルによるバフ効果を強化すること。

 これはシンフォギア奏者への憧れが<エンブリオ>として孵化したカタチ。

 そして、もう一つの固有スキルは私の劣等感をカタチにして孵化をした。

 

「≪選外虚構≫」

 

 この状況で固有スキルを発動出来たのはありがたい。固有スキルを発動される為には対象のスキルを解析する時間、数十秒だが、が必要だった。

 その間に【魔将軍】ローガンの最大戦力である神話級悪魔を召喚されたりしたらヤバかった。

 

「? 不発か?」

「いえ、私の<超級エンブリオ>は確かに発動していますよ」

「なに?」

 

≪選外虚構≫は確かに発動している。

 だが、対象者である【魔将軍】は効果を実感していないようだ。

 まあ、それも仕方ない。<超級エンブリオ>ガングニールのもう一つの固有スキル≪選外虚構≫は見た目には何の変化もない。

 クラン内でも効果の変化球具合から、レジェンダリア寄りの<超級エンブリオ>だと揶揄される事もある。

 もちろん、私を変態と同列視した愚か者には制裁を施したが。

 

「私はスキルを発動させました。次は貴方の悪魔軍団を見せてください」

「良い度胸だ。後悔するな、よ?」

 

 自信満々だった【魔将軍】の顔が固まった。

 悪魔軍団を召喚しようとして、召喚出来ない事に驚いているのだろう。

 

「ほら、ちゃんと私のスキルは発動しているでしょ」

「これは貴様の仕業か?」

「はい、これが私の<超級エンブリオ>の力です」

 

≪選外虚構≫はシンフォギア奏者に選ばれなかった、私の劣等感を元にしたスキルだ。

 その能力特性は”相手に選択させないこと”。

 つまり、相手のジョブスキル、装備スキル、アイテムの使用(装備品の変更を含む)を禁止する。

 分かりやすいイメージとしては、相手に実行ボタンを押させないスキル、だ。

 

「スキルは表示されているのに、使用出来ないだと!?」

「何かを選ぶということは、何かを選ばないということ。そんなの、選ばれない子が可哀そうじゃないですか」

 

 私の≪選外虚構≫は相手に選ばせないだけのスキルだ。だから既に発動しているスキルは無効化出来ないし、パッシブスキルなどの常時発動系、自動発動系のスキルは無効化出来ない。

 あとリソースの問題だと思うが、<エンブリオ>のスキルは<下級エンブリオ>までしか禁止出来ない。おそらく、シンフォギア的な歌唱スキル強化にリソースを使った影響だと思う。

 

「でも、これで貴方はただの人です」

「貴様!」

 

【魔将軍】の恐ろしいのは<超級エンブリオ>と悪魔召喚による物量チート。

 しかし、<超級エンブリオ>はジョブスキルの効果を書き換えるだけで、それ以上のチート能力は持っていない。

 なら対策は簡単、私の<超級エンブリオ>でスキルを使えなくしてしまえば良い。

 

「まともに戦えば私は貴方に勝てないでしょうが、スキルが使えない貴方なら別ですので」

「貴様、私を見下したな! 殺す、殺してやる!!」

「残念ながら、今の貴方では無理です」

 

 ……そう言えば旦那様が言っていたな。

 物量チートは恐ろしいが、その物量が牙を向かなければ怖くない。牙を向かない物量チートを誇って慢心している奴は良いカモだ、って。

 

「……これで、チェックメイトです」

「助力、感謝する」

 

 背後で【天騎士】が立ち上がるのを感じる。どうやら無事に回復出来たようだ。

 こっそり回復アイテムを渡していたので、ソレを使って傷だらけの身体を癒したのだろう。

【魔将軍】の物量チートは防いだが、まだまだ召喚済みの悪魔軍団は健在だ。動けない怪我人を抱えたまま戦える相手では無いし、かと言って成人男性を抱えて悪魔軍団から撤退するのは精神的に嫌だ。

 

「動けますか?」

「私は何とか、な。しかし、相棒は動けないようだ」

 

 歴代の【天騎士】が王国から貸与されてきた煌玉馬【黄金之雷霆】が地に倒れ伏している。

【天騎士】は騎士系統聖騎士派生超級職なので回復魔法は使えるだろうが、流石に機械を修復する事は出来ない。

 

「置いて逃げる訳にはいきませんよね?」

「相棒を置いて逃げられないし、こう見えても相棒は国宝だ」

「ですよね」

 

 このまま撤退する方が楽なのだが、黄金之雷霆を置いて行けないのなら手は一つ。

 ここで【魔将軍】と悪魔軍団を潰す。【魔将軍】は<マスター>なので倒しても三日で復活するので、無力化した後は積極的に倒すつもりは無かったが仕方ない。

 黄金之雷霆をアイテムボックスに仕舞えば良い話かもしれないが、黄金之雷霆はプライドが高そうだし。

 あと、親友の父をボコボコにした【魔将軍】は許さないと決めたばかりだ。

 

「それじゃ、【魔将軍】はリリアーナパパに譲りますよ」

「ありがたいが、その呼び方は止めてくれ」

「行きますよ、リリアーナパパ!」

「だから呼び方!」

 

 この戦場で最弱なのは間違いなくジョブスキルを封じた【魔将軍】で、次点が満身創痍だった【天騎士】だろう。

 ならば、悪魔軍団の相手を私が、【魔将軍】の相手を【天騎士】が行うのが良いだろう。

 

「♪ ~La La ♪ ~」

 

 さあ、この世界でも魅せてあげましょう。

 この”シンフォギア”の力を! 

 

 




本来なら後編で、次回から時間を巻き戻して正式サービス開始日から一話、の予定でしたが文量が微妙だったので中編に
後編は明日投稿します。


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プロローグ 第一次騎鋼戦争(後編)

 □2045年1月【大君主】防人

 

 歌が、リアルで良く耳にしている聖句が聞こえる。

 なんて口に出せばカッコいいかもしれないが、戦場の喧騒で静の”歌”は聞こえない。

 

「副官殿は大丈夫みたいですね」

「神話級悪魔を呼び出されていたら静も危なかったかもしれないけど、召喚される前に介入できたみたいだから大丈夫さ」

 

 静の<超級エンブリオ>は凶悪だ。

 特にジョブスキルの使用を前提とした【魔将軍】とは相性が良い。先制出来れば静に敗北は無い。

 

「心配なのは【天騎士】ラングレイさんかな?」

「どうやら無事みたいですよ。……副官殿の一撃でボロ雑巾具合がレベルアップしてますけど」

 

 ボレルが自身の<エンブリオ>で収集した情報を教えてくれる。

 やはり情報収集という意味では有用な<エンブリオ>だ。

 女性陣の前で言おうものなら覗き魔扱いなので言えないが。

<上級エンブリオ>に進化してから子機の隠蔽能力が強化されて、半端な看破能力だと見破れないのが仇となり”悪魔の証明”並にボレルが無実を証明するのは難しい。

 

「それじゃ、後は私が国王陛下を助けるだけか」

「頼みますよ、団長閣下」

「一応保険はかけているけど、皇国も無理してでも国王陛下の首は欲しいだろうから頑張るよ」

 

 残念ながら王国に皇国を退ける力は無い。正確に言えば、この戦場において、という限定的なものだが。

 この戦場において皇国は圧倒的に優勢だ。ティアン同士の戦力は拮抗していても、<マスター>の戦力差がありすぎる。

 

「保険というか、アレは脅迫では?」

「失礼な。アレは立派な外交交渉だよ。それを脅迫なんて言うとジョンブルに笑われるぞ」

「団長閣下こそイギリス人の<マスター>に怒られますよ」

 

 皇国との戦争に勝とうと思うなら、王国は<マスター>を動員すれば良い。

 もちろん無報酬とはいかないが、我々も財政的にバックアップする準備はしているので皇国並みに<マスター>を動員する事は可能だろう。

 しかし、国王陛下の私人としての想いが<マスター>の動員を許さない。陛下は特別な”力”を持っている事を神聖視しすぎるきらいがある。

 娘が【聖剣姫】であるし、特別な”力”を理由にすれば娘も戦場に連れ出す要因になってしまうからだろう。

 もし【聖剣姫】では無く【聖剣王】なら、姫では無く王子であれば王族の義務とやらを言い訳に出来たのかもしれない。

 

「それに私が”お願い”しなくても彼らは安全保障上必ず介入していたと思うよ」

 

 王国の戦力を期待出来ないのであれば、外の戦力を呼び込むしかない。

 そして、都合が良い事に王国を併合されると困る国が一つある。七大国家のうち、島国である天地を除く五つの国全てと国境を接するカルディナだ。

 カルディナにとって、国家間のパワーバランスの崩壊は安全保障問題に直結する。

 

「介入するにしても、王国に侵攻してくる可能性もあるじゃないですか?」

「確かに王国を仲良く半分こ、と言う可能性もある。だからこその脅迫、もとい“お願い”なんじゃないか」

 

 幸いな事にカルディナは各都市の市長による合議制で国政を動かしている。

 つまり、何人かの市長を動かせればカルディナを動かせる、という事だ。

 

「物量チートは【魔将軍】閣下の専売特許じゃないからね」

「流石に経済テロを仄めかされればカルディナも動かざるを得ないでしょうけど」

「失礼な。ただ過剰生産された物を薄利で市場に流すかも、と提案しただけだ」

「殆どコストゼロで大量生産しているから、ダンピング価格で一定量供給出来ますよね?」

「適正価格の10分の1で、カルディナの年間需要の3割は供給出来る」

 

 カルディナの役人を招待し、わざわざ生産から在庫状況まで説明している。

 特に在庫量は生産が好きすぎるクランメンバー達のおかげで、過剰というより過剰過ぎて処分に困っている物が大量にある。

 これをカルディナに流せばカルディナ経済は確実に混乱する。

 と言うより、混乱を避けるために市場に流せなかった物が在庫となっているのが真相だ。

 

「リアルなら団長閣下は確実に逮捕されますね」

「リアルに<エンブリオ>無いから低コストで大量生産出来ないから。あと、こっちにも独占禁止法的な法律はあるよ」

「<マスター>同士の取引は対象外のザル法ですけどね」

 

<Infinite Dendrogram>内のルールでは、<マスター>同士の争いは犯罪にならない。このルールを上手く使えば、争いの賠償という名分のもとダンピング価格で大量に物を販売しても犯罪にはならないのだ。

 

「汚い。団長閣下汚い」

「護国の為なら仕方ない、それが家の家訓だ。それに、この手は【魔将軍】閣下にも出来るから切りたくないカードなんだけど」

 

 皇国がその気になれば、【魔将軍】ローガンに大量生産させたモノをダンピング価格で販売し、王国の経済をガタガタにする事も可能だ。

 皇国が誇る“物理最強”は強敵ではあるが、力で対応出来るので対処しやすい敵だ。

 しかし、【魔将軍】ローガンは経済という<マスター>の力が及ばない部分を攻められる非常に厄介な敵なのだ。

 

「それで、カルディナは動きそう?」

「情報収集は継続していますが、目立った軍事行動はありません。ただ、複数のキャラバンが皇国との国境に移動しています」

「キャラバンに偽装した侵攻部隊と考えて良いかな? 問題は介入してくるタイミングか」

 

 カルディナの議長なら今の状況を読んでいるだろう。国王陛下救出前に介入してくれるのがベストなのだが、カルディナとしても王国側の損害が一定程度あった方が後々の都合が良い。

 そして、目に見えて分かりやすい被害は国王陛下が戦場で討たれる事だ。

 

「国王陛下を救出してティアンの被害を拡大させるか、ティアンの損害を抑えるために国王陛下を見捨てるか迷うな」

「王国の勝利を目指せれば一番何ですがね」

「いくら<超級>とは言え、基本は個人戦闘型だから戦争イベントは無理」

 

 はっきり言えば、皇国を撤退させるにはカルディナの介入が絶対条件だ。それ以外だと勝てなくは無いが、それは私個人の勝利であって王国は深刻な被害を免れない。

 だからこそカルディナには早期に介入して欲しいのだが、王国の被害が少ない内は介入しないだろう。私が逆の立場だったらそうするからだ。

 

「……こういう時に原作知識があると動きやすいのだが」

 

 転生者なので<Infinite Dendrogram>の原作知識もあったのだが、そんなモノはエネルギーに錬成してしまっている。キャロル曰く、想い出の燃焼だ。

 原作知識を燃焼したからこそ、死亡率の高いシンフォギア世界で生き延びてきたので文句は無いが、それでも愚痴は言いたくなる。

 思い出すとアダムを殴りたくなってきた。だいたい<Infinite Dendrogram>の原作知識無くしたのは、アダムと一対一で決闘したせいだし。

 まあ、その後に仲良くなって黄金錬成教えてくれたからプラマイゼロかもしれないが。

 

「……このまま国王陛下を救出する」

「カルディナの介入が遅くなるかもしれませんよ?」

「カルディナへのお願いを信じることにするよ」

 

 国王陛下を助ける事で介入が遅くなり、ティアンの被害が増えるかもしれない。

 しかし、いくら後継者がいるとは言え、王国は君主制の政治体制なのでトップの死亡は政治的動揺が大きすぎる。

 

「リアルなら迷わず救出するのだが、ゲームだと色々迷ってしまうな」

 

 カローンの船縁に足をかけ、国王陛下救出の為に空に身を投げ出そうとする。

 

「いや、まだ国王陛下がいる上空じゃないので、まだ座っていてください」

「……この流れなら到着済みじゃないの?」

「まだ到着してないですよ。だから色々悩んでいる団長閣下を急かさなかったじゃないですか」

「それもそうだね」

 

 シンフォギア奏者なら今の流れでヘリから飛び降りているのだが、リアルなゲームだと都合良く行かないようだ。

 

 

 

 

 

 

 □【???】ギルガメッシュ

 

 ああ、ついに僕が英雄になる時が来た! 

 古の英雄の名を名乗った甲斐があったよ。

 

「と、勝利を確信した瞬間に邪魔をするのがシンフォギアだ」

「シンフォギア? なんだいそれは?」

「僕が英雄になるのを邪魔する宿敵さ」

 

 この<Infinite Dendrogram>にもシンフォギアもどきの<エンブリオ>は存在するし、あの忌々しい防人がいる。

 今は姿を現していないが、あの騎士かぶれの防人は必ず現れる。

 

「【大賢者】は【獣王】様が始末してくれたし、国王陛下も僕達のモンスター軍団の前に風前の灯火。閣下(笑)の方には邪魔が入ったみたいだけどねぇ」

「ああ、彼女が来たのなら”一発屋”様もココに来るだろうね」

 

 僕達<叡智の三角>はクランオーナーのMr.フランクリンを筆頭に戦闘は苦手だが、それを補って余りある技術力がある。だからこの戦場の情報は当然把握している。

 だから敵からは”一発屋”と呼ばれ、味方からは”騎士王”と呼ばれる宿敵が来ている事も既に知っている。

 

「宿敵だから分かるのかい?」

「愛、ですよ」

「何故そこで愛なんだい?」

 

 シンフォギアの適合には愛が必要だったが、宿敵との関係は少し違う。

 リアルで敗れ去った後から、僕は宿敵に二度と負けない為に研究を続けた。この研究を続けるモチベーションは愛と呼んでも良いだろう。

 負けない為の研究、その想いの強さがフランクリンと意気投合した理由でもあるから人生何があるかわからない。

 

「ほら、来たみたいだですよ」

「ホントに来たねぇ。”一発屋”一人で何が出来るんだろうねぇ」

 

 フランクリンが言うように、いくら<超級>といえども個人戦闘型ではモンスター軍団を倒しきる前に王国は敗北する。

 だからこそ、その瞬間こそ僕は英雄となるんだ。

 ここで王国に勝利し、ゆくゆくは【邪神】をも倒し最高の英雄になるんだ。

 

「しかし、シンフォギア関係者は空から飛び降りる趣味でもあるのかねぇ?」

 

 ヒーローは空から登場する。そんな理由ならオツムのプロセッサは何世代前なんだい、と問い詰めるのだがね。

 空から舞い降りた騎士を前に、こんなバカな事を考える余裕がある。リアルなら緊張と戸惑いを隠せなかったが、この<Infinite Dendrogram>なら違う。

 ここでなら僕は英雄としての力を存分に示せる。

 

「”騎士王”陛下がたった一人でお越しとは。円卓の部下はどうしたんです?」

「残念ながら全員出張中なんですよ、博士」

「それは本当に残念だ。今度こそ僕が英雄になる瞬間を見せようと思っていたのに」

 

 シンフォギア奏者達程ではないけど、彼の部下達にもリアルでは世話になった。その礼をしたかったのに。

 

「うちのサブオーナー達とリアルで顔見知りなのは本当なんだねぇ」

「もう一人の教授とは違って、博士は嬉しい顔見知りでは無いけどね」

「あのオバアサンの方が良いなんて、君がソッチ系の趣味なんて知らなかったよ」

「オバサン?」

 

 ああ、フランクリンはオバサンのリアルは知らないんだった。コッチでは自身の若い頃の姿を元にアバターを作っているからね。

 もっとも、気に入っているのか眼帯をそのまま付けているから、科学者と言うより女海賊みたいな見た目だけど。

 

「それで、僕達相手に一人で、それも剣一本で勝てると思っているのかい?」

「あまり甘く見ないで欲しいな。これは振り抜けば風が鳴る剣だ」

 

 ああ、知っている。知っているとも。

 リアルの僕はシンフォギアと、その風鳴の剣の前に敗北したのだから! 

 しかし、ココはリアルとは違う<Infinite Dendrogram>。勝つのは僕達だ。

 

 

 




プロローグ三部作完結
ついでにシンフォギア初登場。VRMMOなのでアバターですが。

次回は時を戻して2043年7月14日の話になります。
いちおう明日の15時頃の投稿予定です。

面白かったら評価頂けるとありがたいです。


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2043年7月 祝マリア・カデンツァヴナ・イヴ全米チャート制覇
1話 サービス開始前夜


 □2043年7月14日 風鳴終止(かざなりしゅうじ)

 

 

 何を隠そう私は転生者だ。それも所謂”神様転生”をした転生者だ。

 転生した原因はもう覚えていないが、転生した理由は覚えている。

 それは、“VRMMO”で遊んで見たい。そんな願望があったからだ。

 

「転生して“VRMMO”で遊びたい! どうせなら食事も酒も、性的な事も出来る<Infinite Dendrogram>で遊びたい!」

 

 社会人で酒も飲んでいたし、趣味の範囲でギャンブルも楽しんでいたし、特殊なお風呂屋さんにも出向いていた。年齢相応の年収で借金はしない主義だった私にとって、リアルマネーを使用せずに何でも出来る<Infinite Dendrogram>は魅力的だった。

 

「特典? 三つもくれるの?」

 

 そしてお約束の転生特典。<Infinite Dendrogram>というゲームをチートしない範囲で遊びたい私は下記の特典を神様に願った。

 

 1.<Infinite Dendrogram>で最上位に食い込めるプレイヤースキルを得られる才能

 2.プレイヤースキルを磨ける環境

 3.周りの人間(最低十人)とずっと<Infinite Dendrogram>を遊べる環境

 

 1については単純だ。ゲームである以上、楽しむにはプレイヤースキルがあった方が良い。

 そしてどうせ神様にお願いするのなら、並程度では無く最上のプレイヤースキルが欲しかった。

 2は1の延長だ。いくら才能があっても磨かなければ意味が無い。だから磨ける環境を願った。

 3はゲームを有利に進めるための願いだ。闘いは数、という言葉もあるように、MMORPGにおいて数は力だ。安定してログインする仲間がいれば、それだけで集団という力になる。

 

「そんなショボい願いで良いの?」

「ゲームデータを弄って遊ぶのは好きじゃないので」

「分かった。君が<Infinite Dendrogram>を全力で遊べるように神様が全面的にバックアップしてあげるよ!」

 

 こうして私は転生した。

 が、一つだけ誤算があった。<Infinite Dendrogram>を遊べる世界が、<Infinite Dendrogram>原作の世界とは限らないという事だ。

 

「坊っちゃん、いよいよ明日ですね」

「坊っちゃんは止めろ」

「坊っちゃんは坊っちゃんですよ。風鳴宗家の次期当主なのですから」

 

 神様に願った特典は全て叶った。

 世界最高レベルの才能とそれを磨く環境、そして<Infinite Dendrogram>を共に遊ぶ仲間達。

 文句があるとすれば、それはたった一つ。この世界が<Infinite Dendrogram>の世界であると同時に、モブに大変厳しいシンフォギアの世界でもあるという事だ。

確かに<Infinite Dendrogram>もシンフォギアも同じ2040年代の話だけど。

 殆ど豆知識だけどシンフォギアは時代設定などは公表されていなかったが、シンフォギア5期にちらっと映ったライブ告知のポスターには2045年1月21日、22日と記載されていた。そこから逆算すると1期は2043年4月から6月の話なのだ。より具体的に言うと今から半月前に奏者達の行動制限が解除されて響と未来が再会した所だ。

 

「でも、終止(しゅうじ)さんがゲームなんて。翼さんと違って娯楽に興味が無いと思っていました」

「姉さんと違って鍛錬ばっかりだけど、私も娯楽を楽しみたい欲求はあるよ」

「それを聞いて婆やは安心しました」

 

 無いが嬉しいのか、初老の域に足を踏み入れた昔なじみの女中が頷く、

 私の現世での名前は風鳴終止(しゅうじ)。シンフォギア奏者である風鳴翼(かざなりつばさ)の遺伝子上の弟であり、風鳴宗家の次期当主だ。

 シンフォギアの原作では風鳴翼に弟などいない。風鳴宗家の当主である風鳴訃堂(かざなりふどう)が息子の嫁を孕ませ産ませた翼が末子だった。

 しかし、この世界では息子の嫁を孕ませた事実に訃堂の正妻が激怒。冷凍保存していた自身の卵子と訃堂の精子を人工授精させ、人工子宮で発育されたのが私だ。

 そして、産まれた私に名づけられた名前が終止。風鳴宗家の人間として終わりを止める者、という意味らしいが、これで打ち止めだという正妻である母の脅迫的な意味も込められている、かもしれない。

 

「こう見えても相応に欲望はあるんだけどな」

 

 風鳴宗家では私はストイックに己を鍛える真面目な子供として評判だった。前世では結構遊んでいたので個人的には好ましくない評判なのだが、物心ついた頃から鍛錬しかしていなかったので仕方ない。

 両親も鍛錬に励む私に何も言わず、鍛錬に集中出来る環境を整えてくれた。

 別に人工的に産まれたから親子関係が良くない、愛されていない、などの理由では無い。寧ろ溺愛されていたので、私は7歳にしてOTONAになってしまった。

 まるでバーロー探偵である。もっとも、向こうは頭脳が大人なので微妙に違うのだが。

 

「確かに。坊っちゃん、房中術の鍛錬にも本気でしたもんね」

「……思春期の男なんだから仕方ないだろ」

「……不潔」

 

 両親に溺愛され、父である訃堂からは武術や勉学、商いについて学び、母からは琴や舞踊、茶道などの日本の伝統的な芸事を叩きこまれた。

 風鳴宗家の次期当主として必要な事を叩きこまれた訳だが、精通する年頃になるとハニートラップ対策も兼ねて実践込みで房中術も叩き込まれた。両親は娘の純潔は重要視していたが、息子の純潔には何の価値も見出していなかったのだ。

 ……お陰で女に溺れて判断を誤るは無いだろう。父訃堂曰く、為政者として必要な技能の一つらしい。

 

「いや、何かごめん」

「謝らないでください、風鳴の人間としては必要な事です」

「でも、そんな悲しそうな顔をされると」

「……必要な事ですから、私は納得しています」

 

 しかし、私が房中術を学んだ事を嫌がる者もいる。幼馴染の女の子、柊律(ひいらぎ りつ)だ。

 彼女は私の乳母の娘で、兄妹のように育ってきた仲だ。関係は高校生になった現在も変わらず、主と近侍という関係性も増えはしたが仲は良いままだ。

 ……仲が良いので、所謂女遊びが非常にやりにくい。こう、良心的に。

 

「いや、でもゲーム機をこんなに大量に買い込むなんて、流石坊っちゃん!」

 

 気まずい雰囲気を打ち破るように、使用人の男が部屋に詰まれた<Infinite Dendrogram>の筐体を話題にする。

 一つ一つはバイクのヘルメット程度の大きさだが、それが50個も集まればそれなりの量になる。

 

「ここにあるのは一部で、他の拠点にもあるんですよね?」

「日本以外にも世界中の風鳴家の拠点にも納品してもらっているからね」

 

 私は全力で<Infinite Dendrogram>で遊ぶために転生した。

 転生先がシンフォギアの世界でもあったので、<Infinite Dendrogram>で遊ぶために色々と頑張ってきた。

 何しろ、この世界は月の欠片が落ちてきたり、世界を解剖しようとする錬金術師がいたり、神に至ろうとするヒトのプロトタイプがいたり、人を生体端末に改造しようとする神様がいたりする、色々と世界的な危機が乱立している世界なのだ。

 その他にも人類絶対殺すマンのノイズがゴキブリのように無数に存在する、モブの死亡率が非常に高い世界なのだ。特にコンサートなどの大規模イベントは危ない。

 はっきり言って、シンフォギアが原作通りに進むとゲームで遊んでいられるような状況にならないのだ。

 一緒に遊んでいたプレイヤーが、次の日に死んでしまった。それが当たり前に想定出来る世界がシンフォギアなのだ。

 

「ここまで来るのは長かった」

 

<Infinite Dendrogram>を安心して遊ぶため、シンフォギア原作に干渉してきた。シンフォギアファンから見れば原作レイプと言われるかもしれないが、<Infinite Dendrogram>で遊ぶ為に原作改変は必須だったので許してくれとしか言えない。

 カ・ディンギルは発射されたが月に大きな被害は無く、質量もそのままで公転軌道にも変化は無いので2期のフロンティア事変は起きないだろうし、3期の魔法少女事変もキャロルと話を付けているし、4期と5期もそれぞれアダムとシェム・ハと話をしているので大丈夫だろう。

 

(遺憾である。もう少し師を敬わぬか)

(スイマセン、シェム・ハ先生)

 

 私が転生して真っ先に行ったのが、遺伝子の中に眠るシェム・ハへの接触だった。

 人口子宮にいるから意識があり、他にやる事が無かったので真面目に接触を続けたところ、1歳になる頃に内に眠るシェム・ハとの接触に成功した。

 それから私とシェム・ハの関係は師と弟子となり、7歳でOTONAになる原因の一旦となった。

 

(不敬である。師には敬称を付けよ)

(……心を読まないでください)

 

「そりゃ、これだけ買い集めるのは大変だったでしょうよ」

「こう見えて金だけはあるから」

 

 心の中でシェム・ハ先生と会話をしながら使用人の男と会話を続ける。シェム・ハ先生の弟子になって身に着けた技能のうちの一つだ。

<Infinite Dendrogram>を遊ぶ為の専用機器の価格は1万円。100台購入すれば100万と風鳴の御曹司としては安い買い物だが、100台手配する為の手続きが面倒だった。

 荒唐無稽な性能だからか、取り扱う店が少なかったのだ。最終的に風鳴の資本が入っている総合商社経由で仕入れている。

 ちなみに100台は初回納品分で、追加で400台ほど発注済なので最終的には500台体制、500人のプレイヤー連合で<Infinite Dendrogram>を遊ぶ予定だ。

 

「流石、風鳴宗家の次期当主様」

「金とコネがあるから」

 

 転生した風鳴家は防人を自称し、日本の護国を目的とする一族だ。

 最近では日本の諜報活動を一手に担い、認定特異災害ノイズに対応する政府機関“特異災害対策機動部二課”などに力を貸している。

 父である風鳴訃堂は公務員として風鳴機関、特異災害対策機動部二課の司令官を勤めていたが、それは父個人の能力の他、風鳴家の名家としての権威、そして金の力があったからだ。

 特にアメリカの物量に負けた事を悔いている訃堂は国土復興と共に、アメリカに負けない産業基盤を築くために一族の中でも積極的に経済界に進出している。

 

「世界に冠たる風鳴グループの大株主だし」

 

 ビジネスの面でも風鳴訃堂は優秀で、日本がバブル景気に沸いた半世紀前には風鳴グループを世界でも10本の指に入る企業に成長させ、バブル崩壊やその後の経済危機をほぼノーダメージで乗り切り、現在でもその勢いは衰えない。

 ちなみに上場企業では無く、典型的な創業者一族による同族経営をしている。株式の51%を風鳴訃堂が保有しており、長男の勇一朗兄さんと私が10%ずつ、残りの29%を他の兄妹や宗家以外の風鳴家で保有している。

 

「皆のお陰で3年連続営業利益4兆円を超えたしね」

「勇一朗様も”武”に優れていれば御当主様の後継者になれましたでしょうに」

「父の求める水準が馬鹿みたいに高いですから」

 

 長兄である勇一朗兄さんは父訃堂の商才を受け継いだ傑物だが、武の才能は受け継がなかった。既に孫までいる勇一朗兄さんは風鳴宗家を離れ、風鳴を名乗っているが新たな分家として風鳴を支えている。

 ちなみに勇一朗兄さんとは逆パターンなのが弦十郎兄貴で、武の才能は受け継いだがそれ以外の才能は受け継がなかった為に後継者候補から外されている。

 

「しかし、改めて思うと長兄が70歳って凄い一家だ」

 

 チート転生している私が言える立場じゃないけど。

 でも、だからこそシンフォギア世界を生き抜き、全力で<Infinite Dendrogram>を遊べる環境を整える事が出来た。

 

「チート集団の身内が100人いれば大きな戦力になる」

「坊っちゃんの御期待嬉しく思います」

 

 初老の執事が恭しく頭を下げる。

 彼は代々風鳴に使える家の出身で、特異災害対策機動部二課で諜報関係の仕事をしていたのだが任務中の怪我が理由で退職。それ以降、私付きの執事として働いてくれている。

 

「いよいよ明日だ」

 

 この世界に誕生して17年と9ヶ月。ようやく、<Infinite Dendrogram>で遊べる日が来る。

 

(我として感慨深い。我等が捨てた世界に弟子が赴こうとは)

 

 心の中のシェム・ハ先生も感慨深いようだ。普段は眠っており滅多に話しかけてこないのに。

 

(先生達が同胞を育てるために創った世界に行くのに、全力で遊ぼうと思っていて申し訳ないです)

(不要である。既にお主は至る寸前。それも無理矢理抑えつけている状態である。お主が至ろうと思えば、お主は新たな同胞となろう)

 

 シェム・ハ先生達の目的は新たな同胞の誕生。

 しかし、シェム・ハ先生達は神と呼ばれるに相応しい力を持つ高次元存在だ。通常の生物のように生殖活動では同胞を増やせず、生物が自分達と同じ存在に至れるように環境を整える事で同胞を増やそうとしてきた。

 

(失敗続きであった試みだが、お主という弟子が新たな同胞となる事は僥倖である)

 

 シェム・ハ先生達の試みは幾つもの世界で行われた。

 この世界は楽園的なストレスを与えず自主的に成長を促す世界のようだが、中には魔王や邪神のような絶対的な敵対者を用意する事でスパルタ的に成長を促そうとした世界もあったと言う。

 無数の試みの中でシェム・ハ先生達は方向性の違いから争い、最終的にシンフォギア5期の展開になったらしい。

 

(我等が捨てた世界とは言え、寄生虫が我が物顔で管理者を気取っているのは業腹であるが)

(弟子の遊び場なんですから大目に見てください)

 

 自我が目覚めているだけで力の大部分は封印中とはいえ、シェム・ハ先生がシンフォギア世界最大のラスボスにして神であることに変わりはない。

 その怒気に触れたら<Infinite Dendrogram>で遊ぶどころではない。最悪の場合、地球人類の滅亡である。

 

(業腹であるが、弟子の楽しみを奪うほど我は偏狭では無い。人間である事を望む理由でもあるのだろう?)

(申し訳ありません、ソレが転生した理由でもあるので)

(構わぬ。既にお主が至る事は決まっておる。それに、お主以外の新たな同胞にも出会っておるし、百年程度の誤差など刹那でしかない)

(ありがとうございます)

 

<Infinite Dendrogram>で遊ぶ為の最大の壁、シェム・ハ先生の了解もとれた。

 これで明日から心置きなく<Infinite Dendrogram>で遊べる。

 ノイズとか、ノイズとか、錬金術師とか、アルカノイズとか、全裸男が暴れなければ、だけど。

 

 




この作品は、デンドロの本編開始って2045年3月だから時系列的にはXVの後なんだな、というどうでも良い気づきから誕生してます。

と言う訳で、同年代の作品のクロスオーバーなのでデンドロ、シンフォギアどちらにも触れつつストーリーを進めていきたいと思います。
基本はシンフォギアの事件に触れつつ、奏者含めてデンドロで遊ぶ展開に
なりますが。
基本、誰も絶唱しませんが。

次回も明日15時頃に投稿です。ちなみに投稿予約していないので不定期です。





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2話 キャラクターメイキングと行動指針

 □2043年7月15日 風鳴終止

 

 一つ、完全なるリアリティを保障。

 五感を完璧に再現する。ただし痛覚はONOFFが可能なので安心してプレイいただける。

 

 二つ、単一サーバー。

 仮に億人単位でも全プレイヤーが同じ世界で遊戯可能。

 

 三つ、個別選択可能なグラフィックス。

 現実視、3DCG、2Dアニメーションの中からどうやって世界を見るかを選択できる。

 

 四つ、現実時間とゲーム時間の乖離。

 ゲーム内では現実の三倍の速度で時が進む。

 

 これが<Infinite Dendrogram>の広告メッセージ。

<Infinite Dendrogram>とは、プレイヤーに新世界と無限の可能性を提供するゲーム。

 その世界に私はついに足を踏み入れた。

 

「この世界に入れたって事は、ちゃんと人間として認められたって事か」

 

 純和風の実家ではお目にかかれない木造洋館の書斎のような部屋を見渡してみると、木製の揺椅子で人間の様にくつろぐ猫が一匹。

 

「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」

「……お招き感謝する」

 

 くつろいでいた猫が日本語で挨拶してきた。幼い頃から躾けられてきたので反射的に挨拶を返すが、どうしても<Infinite Dendrogram>をプレイ出来る確信が無いので緊張してしまう。

<Infinite Dendrogram>についての原作知識の大部分は“想い出の燃焼”でとっくの昔に力と変えてしまっている。

 しかし、残り少ない原作知識によれば<Infinite Dendrogram>は“人間”で無くては遊べないゲームであることは覚えている。原作での例は主人公椋鳥玲二の姉だけだが、神に至りかけた身としては気が気でならない。

 

「あんしんしてー、君はまだ人間だから<Infinite Dendrogram>に入れるよ」

「個人情報を覗き見るのは感心しないな」

「ごめんねー、規約にも書いてあったと思うけど<Infinite Dendrogram>の仕様上パーソナルデータを収集しないといけないんだ」

 

<Infinite Dendrogram>のデバイス説明書と共にサービス規約書が入っていたのを思い出した。

 たしか<Infinite Dendrogram>はユーザー保護の為にパーソナルデータ、主にログイン中のユーザーの健康維持の為に活用される、を収集するが<Infinite Dendrogram>を運営する為にのみ使用されると記載されていた。

 

「でも、人間の域を超えそうだから気を付けてね」

「ご忠告どうも、気を付けるよ」

 

 OTONAになって10年とちょっと、こんなに早くKAMISAMAになんて成りたくない。

 

「礼儀正しい人は好きだよ。さて、まずは自己紹介だね、僕は<Infinite Dendrogram>の管理AI13号のチェシャだから。よろしくねー」

 

 これが管理AIか。シェム・ハ先生曰く、人の家に勝手に住み着いた寄生虫。

 まあ、<Infinite Dendrogram>のユーザーである私には関係無いことだが。

 

「宜しくお願いします」

「じゃあまず描画選択ねー。サンプル映像が切り変わるからどの方法が良いか選んでねー」

 

 チェシャの一言で目に映る風景が一変する。

 洋風の書斎から中世ヨーロッパ風の街並みに変化したのだ。変化したのは風景だけでは無く、風景の見え方も一定周期で変化しており、現実と変わりない風景、CG的な風景、アニメ的な風景の3パターンだ。

 

「実写映画、CG映画、アニメ映画みたいな感じか。どうやっているんです?」

「視覚で捉えた映像って結局は脳の処理を通るからねー。やりようはあるのー。という訳でこんな感じで見え方変わるんだけどどれにするー? 後でアイテム使えば切り替えることも出来るよー」

 

 この手の技術は風鳴家が経営する風鳴グループや特異災害対策機動部、アメリカのF.I.S.も研究しているが、ここまでリアルに映像を大多人数の脳に送り込む事は出来ないはずだ。

 技術としてはウェル博士が開発しているダイレクトフィードバックシステムに近いのだろうが、性能が段違いだ。

 一応、ダイレクトフィードバックシステムはアメリカの最先端技術なのだが、それを一民間企業がソレを上回る技術を開発するなんて信じられない。

 なんて普通の人間は思うのだろうが、ある程度の事情は覚えているので驚かない。

 

「リアルと同じ描写でお願いします」

「オッケー」

 

 リアルと同じように<Infinite Dendrogram>を遊びたいので、選択肢はリアル描写一択だ。

 CG、アニメの女の子と遊んでも面白くない。

 

「次はプレイヤーネームを設定してもらうねー。ゲーム中の名前は何にするー?」

「防人で」

 

 原作主人公に倣って名前を文字ってプレイヤーネームを設定しようかとも思ったが、やはりこの身は防人。ならば、名は”防人”以外にない。

 

「わかったー。次、容姿を設定してねー」

「リアル準拠でお願い。ああ、髪と目を適当に青系に設定して欲しい」

 

 リアルで鍛えた武術を<Infinite Dendrogram>で使用する事を考慮すると、やはり体形は動かし慣れているリアルと同じ方が良い。

 現実と同じ容姿だとリアルバレの可能性もあるので髪や目の色など、動作に影響無い範囲で変更はする。仮にリアルバレしても風鳴の力でどうとでもなるのだが、下手すると相手が東京湾の住人になってしまう可能性もあるので、ここは素直にリアルバレの可能性を低くしておこう。

 

「適当にって、本当に適当で良いの?」

「別に拘りないので。青系なのも、単純に姉の髪が青だからなので」

「シスコンなんだねー」

「シスコンじゃない」

 

 私をからかいながらもチェシャは仕事をしたらしく、目の前に髪色と瞳の色が変化しただけのリアルと寸分たがわぬ風鳴終止が現れた。

 

「これで大丈夫―?」

「これで良いです」

「それじゃ、一般配布アイテムを渡すねー」

 

 チェシャが空中に向けて肉球付きの猫の手を振るうと、何も無い空間からカバンが一つ落ちてくる。

 

「これが防人の収納カバン、所謂アイテムボックスねー。中は収納用の異次元空間だからー」

「ゲームっぽいアイテムだね」

「防人の持ち物なら入るけどー、逆に言うと防人の物以外は入らないからー。あとPKされてランダムドロップしたり、《窃盗》スキルで盗まれたりするから気をつけてねー」

 

 自由度が高いゲームなだけあって、そういった犯罪系の自由度も高いようだ。

 そして、それをチュートリアルで注意するってことは、犯罪行為も出来るよって暗にプレイヤーに教えているよな。

 

「このアイテムボックスは一般的なアイテムなんですか?」

「そだよー。一般的に普及しているし、もっと容量が大きいのとか、盗まれにくいのとか、小さくて持ち運びやすいのとか色々売ってるよー」

「それじゃ必要に応じて買い替え出来るのか」

 

 風鳴の人間を動員して一大勢力を築く予定だから、どうしても兵站の事を考えてしまう。

 アイテムボックスがあれば兵站輸送が楽になるので、何処かに攻め込む時には大いに活用させてもらおう。

 

「次は初心者装備一式ねー。防人はどれにするー?」

 

 チェシャは本棚から一冊の本を取り出し私に差し出してくる。

 渡された本を開くと色々な武具が一揃い画像付きで記載されていた。

 

「服装は洋風にするとして、武器は悩むな」

 

 風鳴宗家の次期当主なので武芸百般に通じている。具体的には剣術、槍術、弓術、馬術、柔術をはじめ弦十郎兄貴から兄貴オリジナルの謎格闘術を学んでいる。

 基本的にはどれも一流以上に使いこなせる自信があり、特に剣術は得意で太刀、打刀、短刀、二刀流、小太刀二刀流、抜刀術と幅広く習得しているし、嗜みとしてフェンシングなどの西洋剣術も多少学んでいる。

 

「盾術は苦手だし、やっぱり日本刀が一番かな」

 

 西洋剣術は剣と盾の両方を持っている事を前提にしているが、日本の剣術の場合は盾を持たない。

 この為、私は普通の一般人よりマシなレベルでしか盾を使いこなすことが出来ない。

 

「とりあえず木刀でいいか」

 

 洋風の服装に木刀は似合わないかもしれないが、とりあえず初期装備なので妥協しよう。

 

「オッケー。じゃあ装備と武器を」

 

 初期装備を決めると、チェシャの掛け声と共に私の服装が選んだ洋風の物に変化した。

 もしかすると既に容姿も先程決めた容姿、青系の髪と目に変化していたのかもしれない。

 体格が一緒なので分からないが、恐らく変化しているだろう。

 

「これ最初の路銀ねー。銀貨五枚で5000リルねー。ちなみにおにぎり一つで10リルくらいだよー」

「かたじけない」

 

 腰に木刀があるので、なんとなく侍風にチェシャが手渡してきた銀貨五枚を受け取る。

 傍目には洋風の服装で青系の髪なので、きっと外人の侍コスプレにしか見えないだろう。

 

「次は<エンブリオ>を移植するねー」

「<エンブリオ>?」

「まだ初日だから情報出回ってないかー。<エンブリオ>は全プレイヤーがスタート時に手渡されるけれど、同じ形なのは最初の第0形態だけー。第一形態以降は持ち主に合わせて全く違う変化を遂げるよー」

「なるほど」

 

 一応原作知識で知ってはいるが、サービス開始初日に知っているのも変なので知らないふりをしておこう。<エンブリオ>の説明が大々的に行われるのは明日、発責任者を名乗るルイス・キャロルがTVやネットを通じて行うはずだ。

 もしかするとデバイスに付属していた説明書に記載されていた可能性もあるが、規約関係はちゃんと確認したが説明書は読んでいないので分からない。

 

「千差万別だけど、一応カテゴリーはあるよー」

「攻撃タイプ、防御タイプとか?」

「惜しいー、大まかなカテゴリーで言うとー。

 プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

 プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

 プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

 プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

 プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

 かなー」

「それじゃ、日本刀型のTYPE:アームズに変化することもあるのか」

「変化の可能性は無限だから保証できないけどねー。あと、このゲーム、キャラの作り直し出来ないから<エンブリオ>の作り直しも出来ないからねー」

 

 そう言えばそんなも設定あったな。

 たしか、脳波データを登録しているから別デバイスでログインしても同じキャラでログインするんだっけ。

 

「後悔しないように大事に育てますよ」

「うん、大事に育てねー。なんて話している間に<エンブリオ>移植完了ねー」

「おぉ、これが」

 

 いつの間にか左手の甲には淡く輝く卵形の宝石が埋め込まれている。

 

「これが<エンブリオ>」

「そだよー、それが<エンブリオ>だよー。第0形態はそんな風にくっついているだけなのだけど、孵化して第一形態になったら外れるからー」

 

 移植されたばかりの<エンブリオ>を撫でる。見た目道理の宝石のような感触で生物的な感じはまったく感じない。

 しかし、これが相棒と思うと見た目はただの宝石なのに愛着を感じるから不思議だ。

 

「じゃあ最後に所属する国を選択してくださいねー」

 

 チェシャはそう言って書斎の机の上に地図を広げた。

 それは古びたスクロール型の地図だったが、広げ終えると地図上の七箇所から光の柱が立ち上り、その柱の中に街々の様子が映し出されている。

 

「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子ですー」

 

 それぞれの光の柱の周囲には、国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいる。

 

 白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

 騎士の国『アルター王国』

 

 桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

 刃の国『天地』

 

 幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

 武仙の国『黄河帝国』

 

 無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

 機械の国『ドライフ皇国』

 

 見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

 商業都市郡『カルディナ』

 

 大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

 海上国家『グランバロア』

 

 深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

 妖精郷『レジェンダリア』

 

「バリエーション豊かだな」

 

 どの国にも魅力を感じるが、所属する国はあらかじめ決めている。

 リアルの事情を考えれば刃の国『天地』なのだが、せっかくのゲームなので騎士になるのも面白い。

 あと、原作主人公が所属する国って言うのも決め手の一つだ。

 

「アルター王国でお願い」

「オッケー。ちなみに軽いアンケートだけど選んだ理由はー?」

「リアルが侍の家系だから騎士になるなんて許されない。けど、ここは無限の可能性を提供してくれるんだろう? だから、リアルでは選択出来ない事を選択したいんだ」

 

 風鳴家云々の詳しい事情を隠し、騎士の国で騎士になろうと思った理由を語る。

 

「うん、君たちは何にでもなれる。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」

「それはありがたい。リアルじゃ出来ない事を<Infinite Dendrogram>でやってみたかったんだ」

 

 私は<Infinite Dendrogram>で遊ぶ為に転生した人間だ。

 転生した時はリアルマネーを使わずにデンドロ内で冒険という非日常を楽しみ、獲得した報酬で飲む、打つ、買う、の俗物的な事を楽しむつもりだった。

 今もその欲望が完全に消えた訳ではないが、他にやってみたい事が出来た。

 

「やってみたいこと?」

「国盗り」

 

 風鳴の家に生まれ、護国の為と力を磨かされてきた。

<Infinite Dendrogram>のプレイヤースキル獲得の為と思えば鍛錬は苦では無かったし、体に流れる風鳴の血がそうさせるのか防人という生き方に不満がある訳でもない。

 

「でもやっぱり、“護国”という枷が無い状態で存分に力を振るってみたい」

「ふーん、なるほどー。だから”護国”とは真逆な”国盗り”をやってみたいんだー」

「リアルじゃ絶対出来ないから。あ、一応は防人の誇りがあるから民草に無用な血は流させない」

 

 いくらゲームとは言え、テロのような事は防人として出来ない。PKなら問題無いけど、庇護する対象を傷つけるのは面白くない。

 

「その方が良いよー、NPCの殺害は犯罪だからー。悪人や犯罪者になるのもプレイヤーの自由だから止めないけどー」

「ご忠告ありがとう。心配しなくても合法的に”国盗り”を目指すさ」

 

 斉藤道三のような下剋上しての”国盗り”も良いが、最終的に国を領有していれば良いので、なるべく血を流さない方法での”国盗り”を目指す。

 一人じゃ難しいかもしれないが、あらかじめ風鳴の人間を大量投入する予定なので戦力に問題は無いだろう。

 

「けっこう本気なんだね」

「こういうゲームは本気でやらないと面白くないだろ?」

 

<Infinite Dendrogram>で遊ぶ為に転生し、楽しく遊ぶ環境を守る為に世界の危機を救ってきたのだ。全力全開で<Infinite Dendrogram>を楽しんでやるさ。

 

「それとも、ゲームシステム的に無理とか?」

「そんなこと無いよー。君の手にある<エンブリオ>と同じさ。これから始まるのは無限の可能性」

 

 良かった。王になるのも自由って言われているのに、やっぱりシステム的に無理と言われたら詐欺だと訴えるところだ。

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ、新しい王様になるかもしれない君。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 その言葉の直後、周囲から書斎が消え去った。

 書斎にあった机、本棚は消え、色々と教えてくれたチェシャすらも消えた。

 所謂チュートリアル空間が消えた変わりに眼下に広がる広大な大地が見える。

 

「……リアルで慣れているから驚かない自分が悲しい」

 

 リアルで言えば成層圏くらいの高さだろうか。そこから重力に引かれて大地に落下していくが、この程度の事はリアルで体験済なので慌てない。

 

「おお、流石にゲームだ。空を飛べない」

 

 慌てずにいつもの通り空を飛ぼうと試みるが、既にゲームアバターになっているからか空を飛ぶことが出来ない。

 本当にゲームの世界に来たんだな。

 




評価頂きありがとうございます。
ルーキー日間(加点)見ていたら本作がランクインしていました。
最高ですね

と言う訳で、主人公の国盗り宣言です。
これから色々あってプロローグの2045年には王国でそれなりの地位に成り上がっている主人公。
果たして国を盗れるのか……

次話投稿は明日の15時頃の投稿を予定しています


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3話 大地に立つ

 □2043年7月15日 王都アルテア南門前 防人

 

「空が飛べないって新鮮だった」

 

 リアルで錬金術を学んで5年。学んだ当初は結構な集中力を必要としたが、今では飛ぼうと思えば自然と飛べるレベルまで鍛え上げている。

 飛ぼうと思えば飛べるので、強制的に自由落下する体験は久しぶりだ。

 

「しかし、知識としては知っていたけど本当にリアルなんだな」

 

 落下する感覚はリアルと変わらないものだった。全身に感じる風の感覚、雲を突き抜けていく感覚、そして目の前に広がる美しい大地。

 全て現実世界と同じだった。違う事と言えば、大地に激突しても怪我一つない事くらいだ。

 

「さて、今日は自由行動だから適当にぶらついてみるか」

 

<Infinite Dendrogram>の内部時間は現実時間の3倍の速度で進む。

 某龍玉で有名な1日が1年になる謎空間程では無いが、<Infinite Dendrogram>で3日過ごしたとしても現実世界では1日しか経っていない。

 明日は風鳴宗家の権力を使って学校を自主休校、仕事も休みにしているので遊ぶ時間は十分に確保している。

 だから少しくらいの寄り道は許されるだろう。

 

「<Infinite Dendrogram>に慣れる意味でも自由時間は必要だし」

 

 風鳴宗家の権力と、個人的な財力を駆使してかき集めた<Infinite Dendrogram>デバイスは100台。サービス開始初日なので100台全てを稼働させており、100人の風鳴関係者が<Infinite Dendrogram>にログインしている。

 しかし、ゲーム開始時に選択する所属国家は7つあり、獲得するジョブの網羅性も考慮する必要がある。なので各国に最低10人が所属するように調整しており、アルター王国からスタートする風鳴関係者は20人程しかいない。

 ここはゲーム開始地点なので探せば周りに風鳴関係者がいるかもしれないが、今日は合流しない。まずは自由に<Infinite Dendrogram>を遊んでもらい、<Infinite Dendrogram>を経験してもらう事を優先したのだ。

 

「全員の合流は<Infinite Dendrogram>内時間で3年後の予定だし、1日くらい誤差だし」

 

 殆ど燃えカスだが、原作知識もあるので活動本拠地はアルター王国。

 アルター王国以外を初期所属国家に選んだ風鳴関係者はジョブビルドを整え次第アルター王国に移動してもらう予定だが、現実世界で1年、<Infinite Dendrogram>内の時間で3年後には全員合流して”国盗り”の本格的に開始する。

 

「それじゃ、行くか」

 

 大きな白色の城壁と城門、城門を守る兵士に背を向け、王都に入ろうとしている集団とは逆の方向に足を向ける。

 心の中で『メインメニュー』と唱えれば、ゲームらしいメニュー画面が表示される。その中から『詳細ステータス』を選択して現在のレベルを確認、ゲーム開始直後で何のジョブにも就いていないので私のレベルは0だ。

<Infinite Dendrogram>は個人では無く、ジョブ毎にレベルがある。なので、レベルを上げるにはジョブに就く必要がある。

 

「せっかくのレベル0なんだし、この状態で戦闘しないと損だ」

 

 レベル0は大変貴重だ。ジョブに就いてしまったらレベル1になってしまうので、ゲーム開始直後でないとレベル0という状態にならない。

 この状態で戦ったらどうなるのか、個人的に大変興味深い。

 

「ただでさえリアルと比べると弱体化しているし、折角の機会だし」

 

 錬金術を使用出来ないし、気で身体を強化する事も出来ない。本当に一般人と変わらない能力しか無い。

 ならば、ジョブに就き力を鍛える前に、この一般人の感覚を楽しみたい。

 

「この感覚、OTONAじゃないと分からないだろうな」

 

 レベル0の戦闘は楽しみだ。原作主人公のレイ君もレベル0で戦闘していたし、そこまで無茶じゃないだろう。

 そういえば痛覚設定もデフォルトでオフになっているからオンにしておこう。そっちの方がリアルと同じで面白そうだ。

 

「しかし、本当に中世って感じの文明レベルなんだな」

 

 入場の為の行列に並んでいるのは徒歩か馬車の2パターンで、自動車などの機械的な乗り物は目に入らない。

 もっとも、馬車を引いているのは馬だけでは無く、様々なバリエーションの生き物が馬車を引いている。珍しい部類で言えばトリケラトプスっぽい動物が馬車を引いていた。

 

「竜が引いているって事は馬車じゃなくて竜車って言えば良いのか?」

 

 平安時代、貴族が乗っていたのは牛が引く牛車だった。その例から考えれば竜車と呼ぶのが相応しいだろう。

 しかし、本当に”騎士の国”なんだな。機械文明に慣れた身としては不便に感じる事もあるだろうが、この国で機械に強いジョブに転職する事が出来ない。

 そういった機械系のジョブはドライフ皇国の特色なので、ドライフ皇国を所属国家に選んだ風鳴関係者が合流するまでは中世ファンタジーから逃れられないだろう。

 そんなことを考えながら、街道を王都から離れる方向に向けて足を進めていく。

 

「王都周辺は結構治安が安定しているな」

 

 王都へ向かう主要街道だからか、この辺りではモンスターや野盗などの類はいないようだ。1ゲーマーとしては残念な事だが、治安安定を生業とする家の人間からすると当然だろうという感想しか出てこない。

 

「秩序を持って列に並んでいるし、人心が荒廃している訳でもなさそうだ」

 

 人心が荒れていれば革命などの手段で”国盗り”するのだが、荒れていないのであれば仕方ない。真面目に立身出世して持てる権力を増やしていくしかないだろう。

 

「たしか原作知識では王家には女子しかいないから、最悪婿入りという手もあるし」

 

 “国盗り”の手段を考えながら5分程度歩くと入場待ちの行列は見えなくなり、さらに5分歩くと人影もまばらになってくる。

 

「お、モンスター」

 

 見た目はウサギだが、【パシラビット】とウサギの頭上に表示されているのでモンスターなのだろう。

 少し距離があるので足元に落ちている石を拾い、拾った石を【パシラビット】めがけ投擲する。放たれた石は120キロ程の速さで【パシラビット】に襲い掛かるが、全力で投擲したにもかかわらず思った程の威力は出ていない。

 

「やっぱり弱体化しているな」

 

 投擲した石は【パシラビット】の頭部に直撃したが、残念ながら倒しきれていない。リアルなら鹿の頭くらいなら吹き飛ばせる威力があるのだが。

 頭部の衝撃により意識がぐらついているのだろう、フラフラと歩いて逃げない【パシラビット】に駆け寄り木刀を振り下ろす。

 

「リアルと違って死体は残らないのか」

 

 木刀の一撃を受けた【パシラビット】は光になって消えてしまった。こういう所はリアルではなくゲームなのだと実感出来る。

 

「あ、何か残っている」

 

 所謂ドロップアイテムなのだろう、米粒程の綺麗な石が【パシラビット】が消えた後に残っていた。

 とりあえず拾ってアイテムボックスに収納しておこう。

 

「やっぱり、レベル0のままか」

 

 システム上の仕様なので仕方ないが、やはりジョブに就かないとレベルアップしないようだ。

 だが、それが良い。モンスターといくら戦っても一般人と同じ身体能力なので、弱体化したこの楽しい時間が何時までも続くということだ。

 

「さて、次だ」

 

 一般人の感覚という物は面白い。頭で思った通りに身体が動かない。

 そんな状態でも初心者向けのモンスターが相手なので負けることは無いし、負傷する事もない。

 鈍い身体の使い方を学びながら【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】などを次々と倒していく。

 

「……もう夕暮れか」

 

 何時間モンスター狩りをしていたのだろうか? 

【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】をあわせて150体近く倒した所で熱が冷めた。

 振るい続けた木刀にも頑固な汚れがこびりついているし、そろそろ潮時かもしれない。

 

「野営の為の道具もないし」

 

 今持っているアイテムは初期装備の服と木刀、アイテムボックスに路銀の5000リル、そしてモンスターを狩って手に入れたドロップアイテムのみ。

 リアルでサバイバル術を学んではいるが、装備無しで野営するほどMな趣味は持ち合わせていない。

 

「今ならまだ王都に戻って宿に泊まれるかな」

 

 日が暮れる前に王都に戻り、そこから宿を見つけることを考えれば、狩を終えるには良いタイミングだろう。

 弱体化した身体の動かし方も十分に慣れた。こうして一通りの闘い方を復習してみると、普段の自分がどれだけ”力”に頼り”技”を疎かにしていたのか実感する。

 “力”を一切使わず、”技”だけで相手を圧倒する“究極の理合”を習得するには私はまだまだ未熟なようだ。

 

「Anti_LiNKERみたいにリアルでも弱体化する可能性もゼロでは無いから、事前に勉強出来ただけでも十分に<Infinite Dendrogram>は有用だ」

 

 風鳴宗家が影響力を持つ日本政府機関、特異災害対策機動部二課。ざっくり言えば認定特異災害ノイズと戦う為の組織だ。

 ノイズは出現すると人間だけを襲い、接触した人間を問答無用で炭素転換してしまう化け物だ。銃など物理攻撃は通用せず、人類は有効な撃退手段を持ちえなかった。

 しかし、特異災害対策機動部二課の櫻井了子女史が開発した“シンフォギア”は別だった。“聖遺物の欠片”から生み出された“シンフォギア”を纏う事で、人類は初めてノイズに抵抗する為の力を手に入れた。

 しかし、誰でも”シンフォギア”を纏えた訳では無い。纏う為には”シンフォギア”と適合する必要があり、ソレは宝くじで一等に当選するレベルで難しい。少しでも適合し易くする為にLiNKERと呼ばれる補助薬も開発されたが、逆に適合しづらくするAnti_LiNKERも開発されている。

 

「私はシンフォギア奏者では無いからAnti_LiNKERは関係無いけど、弱体化しないと決まった訳でも無いし」

 

 何があるか分からない世の中だから色々な事を想定してしまう。

 特に、輪廻転生している身なので、そんなこと絶対にありえない、という言い訳も出来ない。

 

「きゃぁぁ!」

「悲鳴?」

 

 職業柄、悲鳴には敏感だ。

 ここから少し離れた場所だった為か、聞こえて来た悲鳴は小さい音だった。

 しかし、防人たる身なので聞き間違うことなどあろうはずがない。

 

「間に合ってくれ!」

 

 悲鳴が聞こえたからといって、それが命の危機という事では無いかもしれない。

 ただ虫に驚いたという可能性もあるのだろうが、リアルではノイズという人間の天敵がおり、<Infinite Dendrogram>にはモンスターという敵がいる。

 

「ゲームの中でも職業病っていうのは社畜なのか?」

 

 考えるより前に走り出した己の身体を笑う。

 この身を”防人”と名付けた為か、もしかするとリアル以上に防人をしているのかもしれない。

 

「いた!」

 

 数十秒ほど全力で走る。すると視線の先に【リトルゴブリン】に襲われている女の子がいるではないか。

 

「間に、合った!」

 

 落ちている石を探す時間も惜しいので、手に持った木刀を槍投げの要領で【リトルゴブリン】に向けて投擲。

 放った木刀は【リトルゴブリン】に命中するが、体勢を崩す程度の威力しか無い。

 でも、今はそれで十分。

 

「兄貴直伝の自慢の拳だ!」

 

 レベル0のまま150体ほど倒して理解した。レベル0のステータスでは、最弱のモンスターすら一撃では倒せない。

 まして、武器を持たない拳ではなおさらだ。

 だからこそ、少女を守る為、拳に全てを込める。

 リアルで培った技術、<Infinite Dendrogram>で学んだアバターの動かし方、少女を助ける為にここまで駆けた勢い、防人としての自信と誇り。

 それらを込めた拳を弾丸とし、少女を襲う【リトルゴブリン】に叩き込む。

 




評価&感想ありがとうございます。

弱体化を楽しむ主人公の回でした。
ちなみに本作でのリアルでの強さランクですが
シェム・ハ = 椋鳥姉 > 超えられない壁 > アダム = 主人公 > キャロル
です


次回の更新ですが、土日はお休みにさせて頂き13日(月)の15時頃に不定期更新の予定です。


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4話 クエストスタート

 □2043年7月15日 アルター王国サウダ山道 防人

 

「娘を助けて頂きありがとうございます」

「いえ、気にしないでください」

 

【リトルゴブリン】に襲われていた少女は何とか助けられた。

 恥ずかしながら、全てを込めた拳の一撃では倒しきれなかった。少し無様な戦闘になったが、少女に怪我が無かったのでよしとしよう。

 

「本当にありがとうございました。ほら、グレースもお礼を言って」

「もー、何回も言ったよ、お姉ちゃん。でも、本当にありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして」

 

 助けた少女は商人の父親と姉、護衛の剣士の計4人で王都に向かう途中であったらしい。

 本来なら日が暮れる前に王都に到着する予定だったが、色々とトラブルがあり日が暮れる前に王都に到着出来なかった。

 そのためサウダ山道で野営する事にしたが、末っ子のグレースちゃんが野営の準備に飽きてしまい、散歩に出かけた所を【リトルゴブリン】に襲われたのが事件の真相のようだ。

 

「これから王都に戻ると日が暮れてしまいます。たいしたおもてなしは出来ませんが、ご一緒に夕食を食べませんか?」

「ご相伴にあずかります、オリビアさん」

 

 助けたグレースちゃんと姉のオリビアさんは金髪が映える美少女だ。

 姉のオリビアさんが14歳、妹のグレースちゃんが10歳とのことだ。彼女達の母親は病弱らしく、商人である父の手伝いをするオリビアさんは大人びた雰囲気で、少女というより“女主人”といったイメージだ。

 

「しかし、素手で【リトルゴブリン】を倒すとはサキモリ殿はお強いですな」

「まだまだ修行中の身ですが」

「天地の武器をお持ちという事は【武者】系統のジョブを取得されているので?」

 

 腰に差している木刀に目をやりながらグレースちゃんの父、エドワードさんがこちらを探るよう話しかけてくる。こちらを持ち上げる為の話題づくりなのだろうが、今の私にその話題は鬼門だ。

 

「ええ、まあ残念ながら無職で」

「なるほど。もし職をお探しなら我らの護衛を勤めて頂きたいのですが」

「いえ、そういう意味の無職では無く、ジョブを取得していないレベル0なんです」

「なんですと?」

 

 まあ、驚くよな。<Infinite Dendrogram>のレベル0はリアルでのニートより酷いから。

 

「レベル0で、しかも素手で【リトルゴブリン】を倒したのですか?」

「まあ、はい」

 

 これが一部で有名な、またオレ何かやっちゃいました、か。

 いや、レベル0でモンスターを倒す異常さは分かっていたけど。

 リアルで言えば、野球未経験者がプロで活躍する一流ピッチャーから木製バットでホームランを打つようなものだ。

 いや、下級モンスターだから高校球児からホームランくらいが妥当か? 

 

「その左手、もしやサキモリ殿は<マスター>なのですか?」

 

 腰に差していた木刀だけでなく、左手に埋め込まれた宝石に注目したようだ。

 

「ええ、まだ<エンブリオ>を孵化させてない新米ですが」

「おお、やはり! それならレベル0で【リトルゴブリン】を倒すのも納得です」

 

 不審に思われていたが、どうやら<マスター>という事で納得してくれるようだ。

 こちらとしてはありがたいが、この世界の住人は<マスター>をどのように理解しているのかとても気になる。

 

「サキモリさんは<マスター>だったんですね」

「ええ、なりたてですが」

 

 なんだろう、オリビアさんが生暖かい目でこちらを見ている気がする。

 

「そうですよね。不死身の<マスター>でないとレベル0でモンスターと戦おうと思わないですよね」

「お兄ちゃん、無鉄砲なんだね!」

「ソウデスネ」

 

 あんまりな評価だが、リアルで言えばノイズに素手で立ち向かうような感じだから仕方ないが。

 

「でも無職は危ないから、ちゃんとジョブに就かないとダメですよ」

「だめだよー」

「……はい」

 

 なんだろう、年下の少女に就職しなさいと怒られているようで悲しい。<Infinite Dendrogram>では無職だが、リアルでは学生だけど裏で就職して働いているのだけど。

 このまま無職と言われるには恥ずかしいから、王都に戻ったらジョブに就いて無職から脱出しよう。

 

「二人ともそれくらいにして夕飯にしましょう」

「そうですね。グレース、お野菜切るから手伝ってくれる?」

「ピーマン入れないならいいよー」

 

 私が恩人という立場だからか、エドワードさんがうまく間に入ってくれた。

 貶している訳では無く、オリビアさんとグレースちゃんの姉妹二人は純粋に心配してくれていると分かってはいるのだが、やはり無職なのを指摘されるのは辛い。

 

「失礼」

「おお、ブランドン殿」

 

 オリビアさんとグレースちゃんが食事の準備の為に離れたタイミングで、護衛と思われる剣士が話しかけてきた。

 彼は30代くらいの年齢で金属製の胴体を守るブレストプレートに背負った両手剣、それら重量級の武具を使う為の筋骨隆々な肉体。どこからどう見てもパワー系の剣士で、足運びなどを見る限り技術は発展途上と言ったところだ。

 

「お嬢様を危険にさらしてしまって申し訳ない」

「いやいや、あれは馬車を離れたグレースも悪いので気にしないでください」

「そう言って頂けると助かります」

 

 護衛対象が3人おり、それを一人で守っているので傍を離れられると守るのは厳しいだろう。

 それに彼はパワー系の剣士なのでスピードがあるタイプでは無い。グレースの悲鳴を聞いてからでは対応するのは難しかったに違いない。

 

「サキモリ殿、この度は自分の失態を挽回して頂きありがとうございます」

「失態などと。元々は急に娘達を連れて行くと言い出した私が悪いのです」

 

 頭を下げ丁寧な謝罪をする護衛のブランドンさん。見た目は筋骨隆々な剣士なのに凄く良い人だ。見た目も髪も髭も綺麗に整えていて清潔感があるし、脳筋という訳では無いのだろう。

 そんなブランドンさんに詫びるエドワードさんも良い人だ。

 

「何時もはエドワードさんだけなのですか?」

「ええ、普段は私とブランドンさんの2人だけです。街道は安全なのですが、やはり旅は危険なので娘は連れて行かないのですが」

 

 モンスターが存在する剣と魔法とその他色々な世界なので、やはり旅は危険なようだ。

 

「ただ、今回はどうしても連れて行ってくれとせがまれてね」

「護衛を増員出来れば良かったのですが、急ぎの用事で信用調査を行う時間が無かったんだ」

「護衛の信用調査?」

 

 娘を連れての旅の護衛だ。旅の途中で野盗に早変わりする可能性のある護衛は雇えないだろう。

 その為の信用調査は時間がかかるので、調査無しの護衛を雇うよりはとブランドンさん一人の護衛で出発したのだろう。

 

「契約書で縛る事も出来るのですが、少々コストの問題がありまして」

「契約書?」

「契約を反故にした者に一定期間のステータスダウンや、状態異常などを与えるアイテムなのですが、罰則が強力なほど高価なのです」

 

 そんなアイテムがあるのか。原作にも登場したのかもしれないが、そういう細かい記憶は焼却してしまっているからな。

 

「効果が弱いと野盗に鞍替えした場合、相手に与えるデメリットが弱いのか」

「その通りです。先程も申しましたが街道、特に王都への街道は騎士団が定期的に巡回しているので危険も少ないと妥協したのですが」

 

 エドワードさんも色々と心配したようだが、結局は娘のおねだりに負けたというのが真相なのだろう。

 

「しかし、そこまで護衛に気を使っているのに私を夕食に招いて良かったのですか?」

「サキモリ殿は恩人ですし。それに失礼ながら、《真偽判定》で悪意が無い事は確認させて頂いていますので」

「《真偽判定》? もしかして自己紹介の時に妙な質問があったのは」

 

 エドワードさんに自己紹介した際、私達を害する気は無いのか、などの質問があったのを思い出す。その質問の答えが真か偽かを判定されたという事だろう。

 

「商売柄、どうしても確認してしまうのです。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ない」

「いえ、構いませんよ」

 

 相手を調べるのは当然の行いだろう。

 それに商売柄と言うなら、恐らくリアルの実家の方が入念に取引相手を調べるだろうからな。

 伊達に、ヤクザよりも怖い、と悪評を立てられていない。

 

「おとーさん! もうすぐご飯出来るよー」

「おお! オリビアの料理は絶品ですぞ! 固い話はここまでにして夕飯にしましょう」

「そうですね、楽しみです」

 

<Infinite Dendrogram>で初めて食べる食事だ。事前知識としてリアルと同じように味わって食べられる事を知っているので、やはり食事は楽しみで無意味に期待値を上げてしまう。

 

「娘の料理は絶品ですので期待してください」

 

 自慢の娘なのだろう。娘の料理をこれでもかと自慢するエドワードさん。

 

「いっぱい作ったので沢山食べてくださいね!」

 

 そして、エドワードさんが自慢するだけあってオリビアさんの料理は絶品だった。

 野営なので所謂キャンプ料理だが、メニューは鶏肉とトマトの煮込みと牛肉と野菜の串焼き。特に鶏肉とトマトの煮込みは肉が柔らかく、トマトの酸味が良い感じだ。

 

「こら、ピーマンも食べなさい!」

「ピーマンきらい!」

 

 ちなみに牛肉と野菜の串焼きにはピーマンが刺さっており、ピーマンが嫌いなグレースちゃんは串からピーマンを外して食べていた。

 しかし、オリビアさんはそんなグレースちゃんを許さない。グレースちゃんが串から外したピーマンをフォークで刺し、それをグレースちゃんに食べさせようとしている。

 

「ほら、サキモリさん食べてください」

「十分頂いていますよ」

「いえ、ピーマン食べて無いですよね?」

 

 私の皿に何故か残っているピーマンをオリビアさんに指摘されてしまった。

 前世ではピーマンを食べられたのに、転生してからは何故かピーマンが食べられなくなった。これが身体に精神が引っ張られる、ということなのだろう。

 

「ピーマン食べないと強くなれませんよ」

「<マスター>なんで大丈夫ですよ」

 

 この身体はゲームのアバターなのでピーマン食べなくても大丈夫なはずだ。

 と言うより、リアルで翼姉さんを筆頭に私に無理矢理ピーマンを食べさせる人達が多いのに、ゲームの中でもピーマン食べさせようとする人がいるなんて。

 

「これが<Infinite Dendrogram>、本当に現実みたいだ」

 

 頬に感じる風の感触、木と土の匂い、揺らめく焚き火、そして口の中で感じるピーマンの苦み。

 どれもリアルと変わらない。特にピーマンの苦みなんてリアルなのかバーチャルなのか区別出来ない。

 

「サキモリさん?」

 

 いや、何時も代わりにピーマンを食べてくれる“ごはん&ごはん”の人がいないのでリアルよりも状況は悪いかもしれない。

 何故にゲームの中でピーマン如きに苦戦しているのだろうか? 

 しかし、食べなければ年長者としての威厳が。

 

「グギギ」

 

 と、今世においてシェム・ハ先生、アダム、キャロル、親父に続く第五の難敵ピーマンを前に難しい選択を迫られていると、周りの森から不気味な声が聞こえてくる。

 

「今のは!?」

「どうしたんです?」

「エドワード殿、微かですが【ゴブリン】系のモンスターの声が」

 

 ブランドンさんの言うように、聞こえてきたのは【ゴブリン】と思われる声だった。

 しかし、聞こえて来た声は小さく、焚き火を囲う我々の話し声でかき消されてしまう程の小ささだった。

 だが、いくらピーマンに苦戦しているとは言え、この身は剣にして防人。新たな危険を見逃すほど耄碌していない。

 

「でも、これはちょっと不味いかも」

 

 弱体化の影響がここまでとは予想外だ。あたりの気配を探ってみると、既に数十体の殺気立った生物に周りを囲まれている。囲んでいる生物は先程の声から、恐らくは【ゴブリン】系のモンスターだろう。

 リアルであれば囲まれる前に気が付くのだが、そういった感覚系も弱体化しているのだろうか? 

 

「エドワードさん達は馬車の中に」

 

 この数を相手に戦っていてはエドワードさん達を守れない。三人には安全な馬車の中に避難してもらおう。

 木製の箱馬車なので立て籠もるには貧弱だが、それでも外にいるよりは安全だ。

 

「サキモリ殿も中に」

「ブランドンさん一人でも負けないだろうけど、被害を出さずに勝つのは難しいですよね?」

 

 私がレベル0だと知っているからだろう。エドワードさん一家の護衛、剣士系統上級職【剛剣士】のブランドンさんは私も馬車の中に避難するよう勧めてくれる。

 しかし、包囲されてしまっているので、ブランドンさん一人でエドワードさん一家全員を守る事は難しい。

 範囲攻撃で一定数のモンスターを殲滅出来れば良いのだが、レベル0の私ではそれは出来ない。

 これが野営中でなければ、馬車と馬を繋いでいれば包囲を突破する方法もあるのだが、残念ながら馬は馬車から離れて休憩中だ。

 

「サキモリさん!」

「心配しないでください、オリビアさん」

「でも!」

 

 木刀を握る私を心配してくれるオリビアさん。怖いだろうに、私の腕を引っ張り馬車の中に避難させようとしてくれる。

 

「不死身の<マスター>なんで大丈夫ですよ」

 

 震えるオリビアさんの手を握り、もう片方の手で木刀を握りしめる。

 そして、オリビアさんの腰に抱き着いているグレースちゃんに目線を合わせ笑って見せた。

 

「それに、人が希望に生きる明日を守るのが防人の仕事だ」

 

<Infinite Dendrogram>は命の危険の無いただのゲームだ。

 だからこそ、ここは己の矜持を貫き通す。人を防人るという事に理由を付けて躊躇しているようでは、本当に防人たい時に防人れないのだから。

 

【クエスト【エドワード一家を守れ 難易度:三】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 




作者はピーマン食べられます

レベル0でクエストを受ける形になりましたが、そこは原作へのオマージュという事で許してください。

Infinite Dendrogramの二次創作作り始めて思ったのですが、【】や≪≫、〈〉の使い方、物、者、モノの使い方と、色々と使い分ける事が多いですね。
同じマスターという言葉も<マスター>もあれば、会話の中でマスターとカッコが無いパターンもありますし。
原作者様の拘りの部分なので、原作のルール通りに行きたいけど何時か誤字報告もらいそうで怖い。

次回は木曜15時頃の予定です。
全ては復帰を煽るラグナロクオンラインが行けないのです。
今書いている9話が終わってから、次の5話を推敲する予定なので申し訳ありません。


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5話 <エンブリオ>

 □2043年7月15日 アルター王国サウダ山道野営地  防人

 

 

 震えるオリビアさんの手を握り、もう片方の手で木刀を握りしめる。

 オリビアさんの腰に抱き着いているグレースちゃんの目線に合わせ笑って見せた。

 

「それに、人が希望に生きる明日を守るのが防人の仕事だ」

 

<Infinite Dendrogram>は命の危険の無いただのゲームだ。

 だからこそ、ここは己の矜持を貫き通す。人を防人るという事に理由を付けて躊躇しているようでは、本当に防人たい時に防人れないのだから。

 

【クエスト【エドワード一家を守れ 難易度:三】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 クエストが発生した。詳細はクエスト画面を確認しろとあるが、この状況で内容を確認している余裕は無い。

 

「ブランドンさんは馬車をお願いします!」

「承知!」

 

 本当はエドワードさん達が立て籠もる馬車を、ブランドンさんと私でゾーンディフェンスして護衛する手もあるが、残念な事にレベル0の私ではモンスターに囲まれた瞬間に詰んでしまう。

 私がレベル0でも【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】などのモンスターと戦えていたのも、リアルでの経験を活かして一対一の状況を作り出していたからだ。

 

「こんな事なら就職しておけば良かった」

 

 まあ、こういう突発的な危機は準備が完璧な時に発生する訳じゃないから仕方ない。

 今ある手札だけで切り抜けるしかない。

 

「とは言え、ちょっと厳しい」

 

 目の前に迫ってくる【リトルゴブリン】の頭部に木刀を振り下ろし、【リトルゴブリン】がグラついた所に全力で膝を叩き込む。

 ここまでして、ようやく【リトルゴブリン】が光になって消える。

 やはり、レベル0の攻撃力では一撃で倒せない。

 

「一撃で倒せないなら二撃で倒せば良い」

 

 守る対象がいる以上、防人として泣き言は言わない。

 それに、目の前のモンスターは木刀を叩き込めば頑固な汚れになってくれるので、位相をずらして通常物理攻撃を無効化するノイズよりはマシだ。

 

「と、お仕事お仕事」

 

 目の前に迫ってくる【リトルゴブリン】が二匹。これは無視し、ブランドンさんの死角から回り込もうとする一匹の【リトルゴブリン】に向かう。

 傍から見れば目の前の【リトルゴブリン】から逃げているように見えるが、これは役割分担だ。

 私では目の前の【リトルゴブリン】二匹には勝てない、出来て10秒ほど時間を稼ぐくらいだ。

 そして、時間稼ぎしか出来ないならブランドンさんの死角をカバーし、彼が安心して戦えるように立ち回った方が良い。

 

「っは!」

 

 ブランドンさんに迫る【リトルゴブリン】に対し、走ってきた勢いをそのまま木刀に乗せて首を突く。

 ゲームでいうところのクリティカルヒットになったのだろう、首を突いた【リトルゴブリン】はそのまま光となって消えてしまう。

 

「ブランドンさんは?」

 

【リトルゴブリン】二匹を押し付けてしまったブランドンさんの様子を確認すると、既に一匹の【リトルゴブリン】を両断しており、次の瞬間には二匹目の【リトルゴブリン】も一太刀で両断してしまった。

 

「……技術的にはまだまだ未熟だけど、身体能力は思ったよりも凄い」

 

 これがレベルとステータスの差なのだろう。

 ブランドンさんはリアルの軍人、トップアスリートよりも高い身体能力を持っているようだ。

 まあ、OTONA程の身体能力では無いが。

 

「下っ端の次は上司の登場か」

 

 本当に上司か分からないが、茂みから【ゴブリン・ウォーリアー】三体が姿を現す。

【ゴブリン・ウォーリアー】は名前の通り、【リトルゴブリン】の上位個体で多少身体能力が向上しているようだ。

 

「左右からもお出ましのようです」

「計八匹か。ブランドンさんは同時に相手できます?」

 

 ブランドンさんを挟むように左から二匹、右から三匹の【ゴブリン・ウォーリアー】が現れた。

 半包囲された形だが、後ろからゴブリン達が襲撃してくる気配は無いのが救いか。

 

「護衛対象がいなければ対応出来るが、流石に護衛対象を守りながらでは自信がない」

「ですよね」

 

 ブランドンさんの言う事はもっともだ。例え七匹の【ゴブリン・ウォーリアー】を相手に勝利しても、残り一匹がエドワードさん達を傷つけたら護衛失敗だ。

 

「それに、ゴブリン共のボスがいる可能性もある」

「同格の【ゴブリン・ウォーリアー】が八匹ですもんね。群れを率いる上位個体がいる可能性もありますね」

 

 現れた【ゴブリン・ウォーリアー】のうち一匹がボスの可能性もあるが、同種のモンスターである以上は他の【ゴブリン・ウォーリアー】を従える事は難しいかもしれない。

 ならばファンタジーゲーム的に考えて、【ゴブリン・ウォーリアー】の上位個体が群れを率いていると想定するのが自然だ。

 そして、どの程度の上位個体がボスなのかが問題だ。ボスモンスター級、<Infinite Dendrogram>で言うところの亜竜級以上が出てきたら守り切れないかもしれない。

 それどころか、上級モンスターでも危ないかも。

 クエストの難易度は3なのでボスモンスター級は出てこないと思うが、何が起こるか分からないのが実戦だ。

 

「どうやら群れのボスのお出ましのようです」

「【ホブゴブリン】?」

 

 ブランドンさんの正面、【ゴブリン・ウォーリアー】三体の後ろから現れた体長2メートル程の大型ゴブリン。

 システムの表示によれば相手は【ホブゴブリン】。

 しかし、ブランドンさん以上に鍛え上げられた筋肉に無数の戦傷、肉厚で大振りの斧を担いだ姿はまさに戦場を生き抜いてきた戦人。

 担いだ斧も分類的にはバルディッシュなのだろが、リアルで見たバルディッシュと違い刃が三倍程の大きい。明らかに普通の人間なら振るうどころか振り上げられるかも怪しい重量だろう。

 

「サキモリ殿では荷が重い。援護を頼めるだろうか?」

「馬車には指一本触れさせませんよ」

 

 剣士系統上級職【剛剣士】のブランドンさんなら【ホブゴブリン】にも【ゴブリン・ウォーリアー】にも負けないだろが、流石に包囲されては手も足も出ないだろう。

 それをさせず、かつ馬車を守る為に動くのが私の役目だ。

 まずはブランドンさんの左側、二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】を抑える。数の少ない方を抑えに行くのが悲しい。弱体化していなければ右側の三匹、群れのボスと思われる【ホブゴブリン】もまとめて相手にするのだが。

 

「ッシ!」

 

 木刀を【ゴブリン・ウォーリアー】に振り下ろし、切り返しの一撃でもう一匹の【ゴブリン・ウォーリアー】の顎を打ち付ける。

 しかし、悲しい事にこの一撃では【ゴブリン・ウォーリアー】を倒す事は出来ない。木刀の一撃を受けた二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】はダメージこそあるが戦闘に支障はないようだ。

 

「マジか」

 

 そして最悪なことに、あるいは必然か、昼間から数多のモンスターを狩り刀身に頑固な汚れを作ってきた木刀が粉々になってしまう。

 頑固な汚れが染みつく程に使用していたので、耐久値的な物が減っていたのかもしれない。

 

「まあ、所詮は初期武器の棒きれだからな」

 

 唯一の武器を失ったからといって、それで私の戦闘能力がゼロになった訳では無い。

 まだ体勢が整っていない【ゴブリン・ウォーリアー】に兄貴直伝のOTONAの拳を叩き込む。

 

「グギャ」

 

 ステータス的な問題で【ゴブリン・ウォーリアー】を倒すまでには至らず、木刀の一撃から立ち直ったもう一匹の【ゴブリン・ウォーリアー】がその手に持つ棍棒を振り下ろしてきたので急いでその場を離脱する。

 

「なんだかんだ、武器が無いと辛いな」

 

 レベル制でステータスが存在しているからか、全力で【ゴブリン・ウォーリアー】を突いた拳が痛い。

 そう言えば痛覚設定をオンにしていたな。何かを殴って拳が痛くなるなんて、OTONAになる前にコンクリート壁を殴った時以来だ。

 OTONAになってからはコンクリート殴っても、コンクリートの方が壊れるから懐かしい痛みだ。

 

「サキモリ殿! 今代わりの武器を」

 

 後ろで戦っているブランドンさんがアイテムボックスから武器を取り出そうとしているが、ブランドンさんも【ゴブリン・ウォーリアー】と戦闘中なので上手く取り出せないようだ。

 こうなると暫くは素手で【ゴブリン・ウォーリアー】を相手にするしかない。

 幸い【ゴブリン・ウォーリアー】は二足歩行のヒト型モンスターなので寝技が使える。打撃以外の手段があるのはありがたいが、やはり武器が欲しい。目の前の敵に打ち勝つには武器が必要だ。

 レベル0としては武器の攻撃力に依存するしか格上の敵を倒す手段が無いのが辛い。絞め殺すにしても多数が相手だから使い難いし。

 

「こういう時はシンフォギア奏者が羨ましい」

 

 シンフォギア奏者の主武装アームドギアは壊れても復活するイメージがある。

 

「天羽々斬とか贅沢は言わないから、せめて群蜘蛛が欲しい」

 

 ちなみに天羽々斬は翼姉さんが使うシンフォギアであり、群蜘蛛は風鳴家の宝剣であり風鳴宗家の次期当主と認められた際に父訃堂から受け継いだ刀だ。

 

『目覚めて早々に浮気されるとはの』

「ん?」

『まあ、目覚めるのが遅かった身共も悪いからの。今回は水に流そうかの』

 

 気が付けば隣に和服姿の少女が立っていた。ころころと笑ってはいるが、どこかプレッシャーを感じる。

 怒っているのか? 

 

「群蜘蛛は百歩譲って良いとしても、天羽々斬との浮気は許さん」

「はあ」

 

 何か彼女には拘りがあるようだ。

 そこでふと左手を見ると宝石のようだった<エンブリオ>が消失し、紋章のようなものが残っている。

 

「天羽々斬なんて身共に当たって刃が欠けた剣ですよ」

「君は私の<エンブリオ>なのか?」

「はい。身共はTYPE:メイデン with アームズのアマノムラクモです」

「それは確かに天羽々斬に思うところがあるよね」

 

 天羽々斬は日本神話に登場する剣で、あの有名なスサノオノミコトの剣だ。十拳剣とも言われた剣で、有名な逸話はヤマタノオロチを退治したエピソードだろう。

 天羽々斬でヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトだが、ヤマタノオロチの尾を斬った際に天羽々斬の刃が欠けてしまう。不審に思ったスサノオノミコトが尾を裂くと出てきた剣が天叢雲剣なのだ。

 私の<エンブリオ>がこの天叢雲剣をモチーフにしているなら、自身にあたって欠けた剣など格下に思えるのかもしれない。

 あと父から受け継いだ群蜘蛛との浮気が良い理由は恐らく、群蜘蛛はムラクモと読むからかもしれない。

 

「と、そんな事を話している場合じゃない」

 

 二匹いる【ゴブリン・ウォーリアー】のうち一匹のダメージが抜けきれない為か、こちらの様子をうかがうだけで今のところ動きは無い。

 しかし、何時までも敵を前に話し込んでいる訳にもいかないだろう。

 

「アマノムラクモというから君は剣なのか?」

「うむ。身共はマスターの剣じゃ」

 

 和服の少女が光の粒子となり、私の右手に集まっていく。光は徐々に形となり、最終的に一本の大剣に姿を変えた。

 その大剣は片刃の直刀でサイズ的には西洋のクレイモアに近いだろうか。刀身はファンタジーなので澄んだ青、まるで快晴の日の空の色をしている。

 しかし、なんでアマノムラクモは空の色なんだ? 

 ヤマタノオロチの上空が常に曇りで、そんなヤマタノオロチがら出てきた剣だから叢雲、天叢雲剣と命名されたはずなんだが。

 

「まあ、斬れれば何でも良いか」

 

 手に取った大剣を横に振るう。見た目はけっこうな重量があるはずなのだが、重さをまるで感じずに振るう事が出来た。

 

「なるほど。何でも斬れそうだ」

『であろう。身共は空に浮かぶ雲すらも斬れるが故に』

 

 確かに空に浮かぶ雲すら斬れそうだ。

 そう思う程に軽く、ほとんど抵抗を感じることなく振るう事が出来た。

 

「さて、次だ」

『了解じゃ』

 

 ブランドンさんを援護しようと【ゴブリン・ウォーリアー】に背を向けた瞬間、自身が斬られたことに気が付いたかのように二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】の首が地に落ちる。

 これが私の<エンブリオ>か。良い剣だ。

 

 

 




アマノムラクモのイメージはシンフォギアXDの轟刃・ブリッツセイバーで翼さんが持ってる天羽々斬です。
凄く関係無いけどXD新イベントは水着キャロルは出ないの?


次回の更新は18日の15時ごろです。


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6話 全てを斬る剣

 □2043年7月15日 アルター王国サウダ山道野営地  防人

 

 手にした<エンブリオ>、TYPE:メイデン with アームズのアマノムラクモと共に駆ける。

 エドワードさん達が立て籠もる馬車はブランドンさんが守っているが、【ゴブリン・ウォーリアー】に囲まれ多勢に無勢といった感じになってしまっている。

 レベル0の私を気遣ってブランドンさんは、【ゴブリン・ウォーリアー】六匹を相手にしているので早く援護しなくてはならない。

 

「後ろの【ゴブリン・ウォーリアー】は任せてください!」

「かたじけない」

 

 ブランドンさんを背後から襲おうと気を伺っている【ゴブリン・ウォーリアー】を後ろから斬りかかる。

 卑怯な行為だが、相手はブランドンさんを後ろから襲おうとしていたのでお相子だろう。

 それに”侍”と違って”防人”は守る為なら多少卑怯な事もするのだ。

 

「それが<エンブリオ>かい? 良い剣だ」

 

【ゴブリン・ウォーリアー】を一文字に切り裂いた所を横目に見ていたブランドンさんが、私の<エンブリオ>アマノムラクモを褒めてくれた。

 そんなブランドンさんも剣士系統上級職【剛剣士】らしい剛剣で【ゴブリン・ウォーリアー】を一刀両断にしてしまう。

 これで残り【ゴブリン・ウォーリアー】四匹に【ホブゴブリン】一匹。

 

「サキモリ殿はレベル0という事だったので戦力になるか不安でしたが、流石は<マスター>ですな。頼りにさせて頂きます」

「ブランドンさんのおかげですよ!」

 

 大剣を振り上げたブランドンさん。その気合を感じ取ったのか、本能的に【ゴブリン・ウォーリアー】はその大剣を警戒してしまう。

 そして、その隙を私は見逃さない。ブランドンさんを脇を走り抜け、こちらの警戒が薄くなった【ゴブリン・ウォーリアー】の首を落としていく。

 

『マスターは容赦無いの』

「ステータス的には【ゴブリン・ウォーリアー】の方が格上だから仕方ない」

 

 システム的にレベル0の私と、下級モンスターとは言えそれなりの戦闘能力を持っている【ゴブリン・ウォーリアー】。

 普通に戦えば【ゴブリン・ウォーリアー】が勝つが、今の私には<エンブリオ>という牙と勝てる状況を作り出すリアル由来のスキルがある。

 

「<マスター>なのに【ゴブリン・ウォーリアー】程度が格上とは悲しい現実ですな」

 

 私とアマノムラクモの会話が聞こえていたのだろう、ブランドンさんが面白そうに嘆いて見せる。

 まあ、伝説の勇者がスライムよりも弱いというのはアレだよな、どこのコメディ作品だよって話だ。

 

「【ゴブリン・ウォーリアー】が強い訳じゃなくて、私が弱いだけなので数日後には逆転していますよ」

 

 アマノムラクモを薙ぎ払い【ゴブリン・ウォーリアー】を斬り裂くが、傷が浅かったのか光になって消えない。

 しかし、今はそれで十分。ブランドンさんの大剣が手負いの【ゴブリン・ウォーリアー】にとどめを刺してくれる。

 

「これで【ゴブリン・ウォーリアー】二匹に【ホブゴブリン】一匹ですな」

「だいぶ楽になりましたね」

 

 勝つだけなら楽なのだが、これは護衛クエストだ。

 馬車の中に避難しているエドワードさん一家を守らなければならず、その為に行動を制限される部分があった。

 しかし、相手の数が減ったので受ける圧力が減り、防衛線を突破され馬車を攻撃される危険も減ってきている。

 油断大敵だが、ようやく勝利の目が見えてきた。

 

『知っておるぞ、そういうのをフラグと言うのじゃろ』

「不吉な事を言うな」

 

 それが本当にフラグだったのか、ただの偶然だったのかは分からない。

 しかし、突如として馬車の反対側から軽い衝撃と共に煙が上がる。

 

『フラグじゃな』

「私のせいなのか?」

 

 アマノムラクモと問答している場合ではない。

 すぐさま馬車の屋根に上り状況を把握する。馬車の側面が燃えており、火を付けた犯人と思われるモンスターも確認出来た。

 

「【ゴブリン・メイジ】か」

 

 手に杖を持っているので、火属性魔法を馬車に向けて撃ったのだろう。

 幸いエドワードさんの馬車は箱馬車で、それなりの防御力があるのか小火ですんでいるが、何発も火属性魔法を撃たれると不味い。

 

「エドワードさん達はまだ中にいてください!」

 

 馬車の中にいるエドワードさんに聞こえるように叫び、【ゴブリン・メイジ】に斬りかかる。

 小火とは言え火が付いた馬車から避難させた方が良いのかもしれないが、まだ【ホブゴブリン】を筆頭にモンスターが残っているし、まだ周囲に伏兵がいる可能性もある。

 馬車から避難したところを【ゴブリン・アーチャー】などに狙撃されたら防ぎきれる自信が無い。

 

『マスター!』

 

 こちらが間合いを詰めるより早く、【ゴブリン・メイジ】の杖が怪しく光り始めた。

<Infinite Dendrogram>での魔法発動はまだ目にしたことが無いが、どう見ても【ゴブリン・メイジ】は魔法発動直前だ。

 魔法発動前に【ゴブリン・メイジ】を斬るには遠すぎる。どの様な魔法が発動するかは不明だが、下級モンスターの魔法なので避けるのは容易いはずだ。

 しかし、後ろにはエドワードさん達の馬車があるので魔法は避けられない。

 

「わかっている!」

 

 魔法発動を阻止できず、回避も出来ない。防御もレベル0なので不可能だろう。

 この身は<マスター>なので本当の意味で死にはしないが、<Infinite Dendrogram>に現実時間で一日、<Infinite Dendrogram>内の時間で三日間ログイン出来なくなってしまう。

 その間にエドワードさん達が無事である保証は無いし、何より”防人”として守ろうと思った対象を守れないのは後味が悪いし、”防人”の誇りが許さない。

 

「魔法って斬れる?」

『身共は雲すらも斬る剣じゃぞ、斬れるに決まっておる』

 

 基準は分からないが、雲が斬れるなら魔法くらい斬れる気がする。

 まあ、リアルでは錬金術を斬っているし大丈夫だろう。難易度ならリアルよりゲームの<Infinite Dendrogram>方が簡単なはずだ。<Infinite Dendrogram>がリアル並にリアルな事実は置いておこう。

 相手も超一流の錬金術師ではなく、ただの下級モンスターだし。

 

『くるぞ!』

 

【ゴブリン・メイジ】がバレーボール程の大きさの火球を放ってくる。

 予想通り、キャロルやアダムの錬金術と比べれば月とスッポンだ。

 これなら斬れる! 

 

『身共は全てを斬る剣、その力の一旦を見せてしんぜよう』

 

 迫りくる火球を斬ろうとアマノムラクモを振り上げると、その刀身が青く光っていることに気が付く。

 これが全てを斬る剣の力なのだろう。ならば、目の前の魔法くらい斬れる。

 疑うことなく、己が<エンブリオ>を振り下ろす。

 

「っは!」

『≪一閃≫!』

 

 振り下ろした剣はいとも簡単に火球を斬り裂いた。

 斬れたことに喜びを感じるが、今はまだその時ではない。

 魔法を斬った勢いをそのままに【ゴブリン・メイジ】に迫り、そのまま青く輝く剣を振り下ろし一太刀にて【ゴブリン・メイジ】を光へと返す。

 

「凄い斬れ味。これがアマノムラクモのスキル?」

『二つ? いや、三つあるスキルのうちの一つだ』

「何かスキルの数があやふやだな」

『一つはスキルを使う為の補助的な機能なのでの。身共のもう一つのスキルのオマケみたいなモノなのじゃ』

 

 周囲に伏兵がいないか警戒しつつ、アマノムラクモにスキルの確認を行う。

 こういう時は自分で説明してくれるので、意思のあるメイデンは便利だ。

 

『先程使用した≪一閃≫はマスターのMPを攻撃力に変換するスキルじゃ。攻撃対象に固定ダメージXを与えるオーラをY秒身共に纏わせるスキルじゃな。ちなみに消費MPはXかけるYなので単純じゃろ』

「固定ダメージか。だから魔法が斬れたのか」

『うむ。この世界に”あるモノ”なら問答無用で固定ダメージを与えられる』

 

 何でも斬れる、と言うか何にでもダメージを与えられるのは大変便利だ。

<Infinite Dendrogram>にいるか分からないが、世の中にはノイズみたいに位相をずらして攻撃をすり抜けることで無効化する敵もいるからな。

 いや、まて。位相をずらされると、その瞬間はこの世界に”いない”から固定ダメージは与えられないのか? 

 

「なあ、この世界に”無いモノ”にはダメージを与えられるのかな?」

『マスターは何を言っておる。この世界に”無いモノ”にどうやってダメージを与えるのじゃ』

「だよね」

 

 どうやら、この世界から“いなくなる系”の回避術は無効化出来なさそうだな。

 まあ、ノイズみたいな例外がそうそういるとは思えないから気にしても仕方ないか。

 いや、でもノイズって扱い的にはモブなんだよな。

 

『あと、ダメージ量と効果時間のXとYは可変じゃが、正の整数しか指定出来ぬからの』

「あ、そうなんだ。効果時間を0.1秒にすれば消費MPの節約になると思ったのに」

 

 固定ダメージ100、効果時間1秒の場合の消費MPは100。固定時間100で効果時間0.1秒なら消費MPは10になると思ったけど、流石に対策されているか。

 まあ、効果時間を小数点にすれば固定ダメージをいくらでも増やせるからな。固定ダメージ1万、効果時間0.01秒なら消費MPは100になってしまうから対策されていて当然だけど。

 

『ちなみに今のは、マスターの全MP10を固定ダメージ10に変換したからの。MPが回復するまで使えぬので注意せよ』

「……レベル0だから仕方ないね」

 

 MP多ければ使えるスキルなのに、MP無いから使えないスキルになっている。

 しかし、火の玉って10ダメージで斬れるのか。

 

「……伏兵はいないみたいだな」

 

 辺りを警戒するが、伏兵は今しがた斬った【ゴブリン・メイジ】しかいなかったようだ。

 他にも伏兵がいれば【ゴブリン・メイジ】と共に馬車を攻撃していただろうし、私を油断させる策だとしても【ゴブリン・メイジ】を見殺しにする程のメリットは無いはず。

 

『それより早く消火したほうが良いと思うのじゃ。耐火素材なのか燃え広がってはいないようじゃが』

 

 アマノムラクモの声に従い後ろの馬車に目を向ければ、そこには燃え続ける馬車が。

 炎が燃え広がっている様子は無いので、アマノムラクモが言うように耐火素材なのかもしれない。

 

「消火するにしてもどうするか」

 

 悲しいかな、私はレベル0で斬るしか能がない。

 燃えている個所を破壊して消火する方法もあるが、消火の為とはいえ流石に他人の財産を破壊する訳にはいかない。

 確か<マスター>同士の争いは法的にOKだが、NPCに対する暴力行為などは犯罪行為になってしまう。

 

「お、良いモノ発見」

 

 馬の飲み水を入れているバケツが二つ。それなりの量の水が残っているので、これで消火活動をしよう。

 まあ、まさに”焼け石に水”のような気もするが、何もやらないよりはマシだろう。

 

「ちょっと借りるな」

 

 モンスターの襲撃にも怯えていない二頭の馬に断りを入れ、バケツの水を燃え盛る炎にかける。

 残ったもう一つのバケツに外套をつけ、水を湿らせる。後は勢いが弱くなった炎を消すために奮闘するのみ。

 

「しかし、あの馬達は度胸あるな」

『つながれているから、逃げられないと諦めているのではないかの?』

「そう言う見方もあるか」

 

 言われてみれば諦めの表情な気もするな。

 馬の表情は分からないので勝手な想像だが。

 

「とりあえず何とかなったかな?」

 

 水を湿らせた外套で火を叩くこと数十回。なんとか消火出来たようだ。

 次からはアイテムボックスに消火器を入れておいた方が良いかも。<Infinite Dendrogram>に消火器があるかは知らないが。

 

「ご助力感謝しますサキモリ殿。それで、外の様子は? 何やら火を付けられたようですが」

「いえいえ、美味しい夕飯をご馳走になりましたから。とりあえず消火しましたが、まだモンスターが残っているので、もうしばらく馬車の中でお待ちください」

 

 外の様子が気になったのだろう、エドワードさんが馬車の中から話しかけてきた。

 とりあえず消火出来た事を伝え、もうしばらく馬車の中に立て籠もっていてもらう。

 

「よし、こっちは大丈夫だからブランドンさんの援護だ」

『あの者なら既に全滅させておるやもしれぬの』

「なら楽が出来て良いんだけど」

 

 馬車の反対側に戻れば、ブランドンさんが最後の【ゴブリン・ウォーリアー】を斬り裂いていた。

【ゴブリン・ウォーリアー】は下級モンスターで、ブランドンさんの合計レベルはまだ二桁だが上級職。普通に戦えば【ゴブリン・ウォーリアー】に勝機は無い。

 

「うん。やっぱり楽が出来そうだ」

『またフラグにならなければ良いがの』

「後は【ホブゴブリン】だけだから大丈夫だと思うけど」

 

 もちろん油断、慢心はしない。

 しかし、この状況から番狂わせが起こるのであれば、私はお祓いを検討した方が良いレベルで運が悪いだろう。

 

「GuOooo !」

 

 フラグだと思いたくないが、【ホブゴブリン】は己の斧を掲げて咆哮をあげる。

 そして斧から光が零れ落ち、【ホブゴブリン】の身体に光のシャワーのごとく降り注いでいく。

 

『どうやら、またフラグが成立したようじゃの』

「思っていた以上に呪われているのか?」

 

 おかしいな、私は神様の弟子なんだが。こう見えても神様から祝福されているのだが。

 そう言えば誰かが言っていた、呪いと祝福は似ている。表裏一体だと。

 だとするならば、神様の祝福を受けた私は、同時に神様に呪われているという事だ。

 

「だからと言って、これは無い」

 

 目の前で【ホブゴブリン】の身体がより強大に変化していく。

 いや、変化というレベルでは無い。どう見ても進化している。ゲーム開始直後にこれは無い、クレームレベルなのでは無いだろうか? 

 表示名が【ゴブリン・キング】に変化した敵を前に、己が不幸を嘆かずにはいられない。

 

『しかし、あの斧。身共と同じ系統の力を持っておるようじゃの』

 

 そんなアマノムラクモの言葉と共に、【ゴブリン・キング】に進化した群れのボスは産声とも言える咆哮を上げた。

 




----------------
アマノムラクモ TYPE:メイデン with アームズ 到達形態:I
能力特性:ダメージ増加
スキル:《一閃》、???、???
モチーフ:天叢雲剣
ステータス補正
HP補正:F
MP補正:E
SP補正:G
STR補正:F
END補正:G
DEX補正:G
AGI補正:F
LUC補正:G
備考:コストを支払う事で与ダメージを増加する<エンブリオ>。典型的なコスト・イズ・パワーシステム。
<マスター>がレベル0のまま戦うというアホな事をしたので、<マスター>のステータスに依存せずに敵を倒せる能力を保持している。
<マスター>のステータスに依存しないのでステータス補正は低め。

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固定ダメージは正義! でも《消ノ術》は勘弁な
《一閃》は最後までSPにするかMPにするか悩んだけどMPに

次回の更新は7/22の予定です


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7話 クエストクリア

 □アルター王国サウダ山道

 

 その鬼は群れを率いるボスだった。

 ボスと言っても能力は並。率いる群れも特別強い訳でも、数が多い訳でも無い平凡な群れだった。

 本来なら他の群れ、あるいは別の上位モンスター、あるいは人間に狩られる運命だった。

 その程度の力しか持たない鬼達の群れ。

 しかし、とある人間(ティアン)から戦利品として斧を手に入れた事で全てが変わる。

 

 その斧は超重量武器に分類される程に大きく、そして重い武器だった。扱うには相応のSTRを要求されるが、その重量が生み出す攻撃力は随一である。

 持ち主がただの人間であれば話はそこまでだったのだが、その斧は周囲のリソースを効率よく収集するスキルが備え付けられていた。

 人間にとってはレベルアップし易くなる程度、ゲーム的に言えば”獲得経験値アップ”の効果があったのだ。

 しかし、ボスの鬼はリソースの扱いに長けていた。配下のゴブリンの全ステータスを倍加し、配下が得た経験値が自身に加算される≪ゴブリンキングダム≫を持つ【ゴブリン・キング】の子供として生まれた個体だったからだ。

 ボスは元の持ち主以上に斧を使いこなした。倒した敵以外にも、周囲に漂うリソースを効率よく収集する事が出来たのだ。

 

 人間と同様にモンスターもリソースを得る事でレベルを上げるが、人間と違ってモンスターは上位個体に進化する際にもリソースを使用する。

 斧を手に入れたボスはリソースを集め、自身の進化を行い、群れの勢力を強化する為に生え抜きの部下達を上位個体へ進化させた。

 もちろん、直ぐに出来た事ではない。地道にリソースを集め、徐々に群れを強化していったのだ。

 

 進化による強化を行う為、群れは積極的に狩を行う。周囲からリソースを集めるより、他者から奪った方がより効率が良いからだ。

 ボスの更なる進化の為のリソースが貯まるにつれ、群れの狩りの頻度は増えていき、より積極的に狩りを行っていった。

 そして、群れは山道で野営する人間達を見つけ、獲物とする事を決めたのだった。

 

 

 

 □アルター王国サウダ山道野営地  防人

 

「なんで突然進化したんだ? こっちの被害は無いよな?」

 

 敵を倒さなければ経験値は得られないのでは無いのか? 

 馬車の中のエドワードさん達は無事だし、ブランドンさんも無傷だ。【ホブゴブリン】が進化するようなキッカケは無かったはずだ。

 

『部下の【ゴブリン・ウォーリアー】達が死んだ事で生じたリソースを吸収したのじゃ』

「自分のパーティメンバーから、それも自分が関与していない事象なのに経験値を得られるのか?」

 

 パーティで敵を倒した場合、得られる経験値はパーティ内で共有される。

 しかし、敵が自分のパーティメンバーを倒した事をきっかけに経験値を得るなどありえるのだろうか? 

 

『あの斧の力じゃ。あの斧が周辺に溢れるリソースを吸収し、それを装備者に供給しておるのじゃ』

「<エンブリオ>だから分かるのか?」

『身共が<エンブリオ>と言うよりも、リソースに関するスキルを持っておるからじゃろうな』

「リソースに関するスキル?」

 

 そう言えば≪一閃≫以外にもスキルがあると言っていたな。

 恐らく残り二つのうち一つがリソースに関わるスキルなのだろう。

 

『説明したいのは山々なのじゃが、どうやらその時間は無さそうじゃ』

「……だな」

 

【ホブゴブリン】から【ゴブリン・キング】に進化した群れのボスは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 進化した事で増した威圧感。リアルの強敵から感じてきた威圧感よりも弱いのだが、<Infinite Dendrogram>で感じてきた威圧感の中では一番だ。

 ……<Infinite Dendrogram>初めて一日なので、そんな凄い経験は無いので説得力が無いが。

 

「【ゴブリン・キング】は亜竜級です。十分注意してください」

「了解です」

 

 たしか亜竜級はティアン換算で下級職六人のパーティ、もしくは上級職一人に匹敵する戦力を持つ。

 ブランドンさんは上級職なので、亜竜級の【ゴブリン・キング】と互角の戦力を持つと言う事だ。

 しかし、問題点が一つある。ブランドンさんは上級職ではあるのだが、最近上級職になったばかりなのだ。上級職はジョブ単体で最大100までレベルが上がるが、ブランドンさんの場合は下級職の【剣士】レベル50と合わせても合計レベルが100以下なのだ。

 この状態でブランドンさんは【ゴブリン・キング】と互角の戦力なのだろうか? 

 

「ぐ!」

 

 その答えは直ぐに出た。

 間合いを詰めたブランドンさんは大剣を振り下ろし、対峙する【ゴブリン・キング】も斧を振り下ろした。

 空中で激突した大剣と斧、勝敗は斧に軍配が上がる。ブランドンさんの大剣は弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「不味い、完全にブランドンさんの上位互換だ」

 

 ブランドンさんは剣士系統上級職【剛剣士】なので典型的なパワーファイターだ。

 そして、【ゴブリン・キング】もパワーファイターであり、恐らく全てのステータスがブランドンさんを上回っている。

 いや、全ては言い過ぎかもしれないが、少なくともSTRとAIGは【ゴブリン・キング】の方が高そうだ。

 

「速さで翻弄しようにも【ゴブリン・キング】の方が速いし打つ手が見つからないな」

『マスターが加勢すれば良いのじゃ』

「無理言うな。レベル0だからステータス的に圧倒的に負けている」

 

 闘いのテクニックだけなら勝てるだろうが、こちらの攻撃でダメージが通らなければ勝てない。

 こちらが隙を作り、その隙をブランドンさんが付く方法で攻めるしかないか。剣では【ゴブリン・キング】にはダメージが入らないかもしれないが、柔術を使えば体制くらいは崩せるだろう。

 

「まずは、ブランドンさんが剣を拾う時間を稼ぐか」

『身共のマスターとあろう者が情けない。あの鬼を斬る気概はないのかの?』

「リアルなら問題無いが、ここはシステムに支配された<Infinite Dendrogram>だからな」

 

 風鳴宗家の人間として恥ずかしいが、システムの壁を越えて敵を斬れるほど人間を辞めてない。

 OTONAは人間離れしてはいるが、あくまでも人間なのだ。何処かの人外とは違う。

 弾き飛ばされた大剣を捨て、素手で殴りかかるブランドンさん。そんな彼を援護出来ない自分の力の無さが嫌になる。

 

『身共は空に浮かぶ雲すらも斬れる剣じゃぞ。あの鬼くらい斬れずにどうする』

「それは≪一閃≫以外のスキルを使うって事か?」

 

≪一閃≫は固定ダメージを相手に与えるスキルだが、ダメージ量は使用したMPに依存する。レベル0で既に≪一閃≫を使用し、MPが残っていない私では【ゴブリン・キング】を斬れないだろう。

 それはアマノムラクモも分かっている。

 ならば、【ゴブリン・キング】を斬る可能性があるのは残り二つのスキルのみ。

 

『うむ。名は≪叢雲一閃≫、リソースを固定ダメージに変換するスキルじゃ』

「リソースを固定ダメージに?」

『身共の三つ目のスキル≪勤倹貯蓄≫は、マスターの経験値になるはずのリソースの一部を貯蓄しておくスキルなのじゃ。現在のマスターはレベル0なので、リソースの全てを身共が貯蓄しておる』

 

<Infinite Dendrogram>の原作知識は焼却して力に変換してしまったので殆ど覚えていない。

 しかし、原作主人公レイの<エンブリオ>は、受けたダメージを倍化し固定ダメージとして相手に返すスキルだった事は覚えている。

 たしか<エンブリオ>孵化前にボコボコにされて、それでも諦めずにハッピーエンドの可能性を求めた結果だったはず。

 それを前提に考えれば、<エンブリオ>孵化前に無意味にモンスターを狩りまくり無駄にリソースを得ており、敵を倒すための武器を求めたから<エンブリオ>がアマノムラクモとして孵化したのだろうか? 

 

『マスターが意味も無いのにモンスターを100匹以上倒しておるからの。リソースの貯蓄は十分じゃ』

「不幸中の幸いか」

『それと≪叢雲一閃≫は≪一閃≫と違い単発技じゃから二の太刀は無いのじゃ。一太刀に貯蓄してある全てのリソースを込めてしまうからの』

「十分」

 

 アマノムラクモを構え直し、【ゴブリン・キング】に視線を向ける。【ゴブリン・キング】はこちらを完全に無視してブランドンさんを警戒している。

 当然だろう、こちらはレベル0でブランドンさんは【ゴブリン・キング】の下位互換ステータスとは言え、この場でただ一人【ゴブリン・キング】と戦える人間なのだから。

 だからこそ、【ゴブリン・キング】はこちらを警戒しない。警戒しても無駄だと知っているからだ。

 

「まあ、だからこそ勝機があるのだが」

 

 気配を消し、【ゴブリン・キング】の死角に回り込む。

 私が”侍”なら正面から正々堂々【ゴブリン・キング】と戦うのだろう。

 しかし、この身は”防人”。私の誇りは人々の平穏を守る事であって、正々堂々と戦う事ではない。必要とあれば背後から斬る事も躊躇わない。

 恐らく、こういう姿勢が父訃堂に後継者として認められた一因なのだろう。

 

「まだ勝負はついていない!」

 

【ゴブリン・キング】の死角に回り込もうとしている私に気が付いたブランドンさんは、【ゴブリン・キング】の気を引こうと気勢を上げる。

 少しでも【ゴブリン・キング】の気を引こうとしてくれるブランドンさんの援護はありがたい。

 

「GuOOO!」

 

【ゴブリン・キング】の斧の一撃を危なげなく避けるブランドンさん。

 

「まだまだ!」

 

 そのまま【ゴブリン・キング】にタックルを仕掛る。虚を突かれた【ゴブリン・キング】はタックルを切る事が出来なかった。

 しかし、【ゴブリン・キング】はブランドンさんのタックルを正面から受け止めてしまう。【ゴブリン・キング】は倒れず、自身の身体能力をフルに使いブランドンさんのタックルに対抗している。

 

「あぁぁ」

 

 力を籠めてブランドンさんは【ゴブリン・キング】を押し倒そうとするが、【ゴブリン・キング】は一ミリも動かない。

 そこにリアルの格闘技のような技術は無く、単純な力でブランドンさんを圧倒する姿に王者のプライドを感じる。【ゴブリン・キング】は群れのボスだったから、己の力を誇示する為の闘い方が癖になっているのかもしれない。

 だから、無意味にブランドンさんの全力を正面から受け止め、無防備なブランドンさんの背中に斧を振り下ろさずに力比べを受け入れている。

 

「この殺し合いは私達の勝ちだ」

「GUO?」

 

 ブランドンさんと正面から戦っている【ゴブリン・キング】の背後に迫る。

 あと一歩で間合いという所で流石に気が付かれてしまったが、この距離なら問題ない。

 ここまで来たら、後はただ無心で剣を振るうのみ。

 

『≪叢雲一閃≫』

 

 何の抵抗も無く、まるで素振りのような感触だった。

 しかし、私が振ったアマノムラクモは【ゴブリン・キング】の首を斬り落とした。

 

「斬った感触が無かった」

『言ったじゃろう、身共は空に浮かぶ雲すらも斬れる剣じゃと』

 

 アマノムラクモが自画自賛するだけはある。

 よく斬れ味を例える際に、〇〇〇が豆腐の様に斬れる、と表現する事がある。

 今の一撃はそれ以上、剣を振った私にも斬った感触が分からなかった。

 

「うわぁ!」

 

 と、感慨にふけっていると、【ゴブリン・キング】の抵抗が無くなった為、ブランドンさんが【ゴブリン・キング】の身体を押し倒すような形で倒れてくる。

 ついでに、そんなのブランドンさんの背中に【ゴブリン・キング】の首が落ちた。

 

「大丈夫ですか?」

「これは? サキモリ殿が倒したのですね?」

 

【ゴブリン・キング】にタックル後、全身でぶつかるように力比べをしていたブランドンさんは状況を確認出来ていないようだ。

 

「ええ、ブランドンさんが気を引いてくれたお陰です」

「いや、サキモリ殿の力があってこそ。流石は伝説の<マスター>ですな」

 

 倒れたブランドンさんに手を差し出しながら、改めて勝利を噛みしめる。

 

『(爽やかに手を差し出しておるが、【ゴブリン・キング】の身体を避けた薄情者なのは秘密なのかの?)』

 

 アマノムラクモが小声で囁いてくる。

 彼女が言いたい事も分かる。

 私は【ゴブリン・キング】の背後から首を斬った。つまり、私は【ゴブリン・キング】の直ぐ後ろにおり、【ゴブリン・キング】を挟んでブランドンさんと一直線になる形だった。

 ブランドンさんが勢いそのままに【ゴブリン・キング】を押し倒したのに、私はブランドンさんに手を差し出している。

 つまり、そう言う事である。残心は大事なのだ。

 

「(誰も見てないから良いだろべつに)」

『(まあ、そう言う事にしておこうかの)』

 

【クエストはクリアされました】

【クエスト報酬はリザルト画面をご確認ください】

 




童話分隊より【ゴブリン・キング】さんの登場でした。
(当然、別個体ですが)

【ゴブリン・キング】の≪ゴブリンキングダム≫は部下のゴブリンがいるとダメージが通らない、≪ライフリンク≫のようにキングのダメージが部下のゴブリンに飛ぶ、という効果がありますがキング単体では意味が無かった。

あと、今回出て来た≪叢雲一閃≫が主人公がプロローグで一発屋と呼ばれていた理由です。
何処までもリソースを貯め、それを固定ダメージに変換出来ますが一発しか打てないスキルなので。

次回更新は25日の予定です。


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8話 ジョブビルド

 □王都アルテア 防人

 

「お兄ちゃんありがと!」

「お世話になりました」

「サキモリ殿、この度のご恩は忘れません」

 

 無事にイベントクエストをクリアし、夜が明けるのを待ってエドワードさん達と王都に戻ってきた。

 

「いえいえ。お陰で色々教えて頂きましたから」

 

 王都への道中、エドワードさんから<Infinite Dendrogram>の常識(ティアン視点)を色々教えてもらった。生の声というのは貴重な情報源なのでクエスト報酬としては十分だ。

 まだ開けていないけど【小鬼王の宝櫃】というアイテムも手に入れている。これは開けると【ゴブリン・キング】由来のアイテムがランダムで手に入るらしい。

 

「それでは私達は王都に滞在していますので、時間がありましたら当店にいらしてください」

「ええ、その時は仲間の<マスター>と一緒に顔を出させていただきます」

 

 エドワードさんは謝礼として現金を渡そうとしてくれたが、そちらは固辞している。

 どうやらエドワードさんは王国南部でそれなりの規模の商会を営んでいるらしい。本店は南部の地方都市にあるとのことだが、王都と決闘都市ギデオンにも支店を持っているとの事なので謝礼の金銭よりもコネの方が美味しいと判断したのだ。

 

「ムラクモお姉ちゃんもまたね!」

「ムラクモさんもお元気で」

「うむ。お主たちも壮健での」

 

 王都に向かう馬車の中で仲良くなったグレースちゃん、オリビアさん姉妹とアマノムラクモ。

 女三人寄れば姦しいと言うが、三人は馬車の中で王都やギデオンで流行っているらしいファッションの話題で盛り上がり、アマノムラクモが来ている着物の話題で盛り上がっていた。

 

「サキモリ殿、これを」

「これは?」

 

 王都への道中、ブランドンさんは護衛中だったので会話する機会は無かった。だからこの別れ際に話しかけてくれたのだろう。

 そして、話しかけてくれたブランドンさんの手には一冊の本があった。

 

「【適職診断カタログ】です。これからのサキモリ殿には必要でしょう」

「でも、これはブランドンさんの物では?」

「才能の限界というヤツです。私がこれを使う事はもう無いでしょうが、<マスター>であるサキモリ殿には役に立つでしょう」

 

 才能の限界。これも王都までの道中でエドワードさんから聞いた。

<Infinite Dendrogram>に生きるティアンは個々人に適性と才能による限界が存在し、適性のないジョブには就けない。

 さらに、<マスター>の就職可能なジョブの数が上級職2つ・下級職6つなのに対し、ティアンは就職可能なジョブ数が少なく、レベルも上限値まで上がらない事があるようだ。

 

「ありがとうございます。役立たせて頂きます」

「そうしてくれるとありがたい」

 

 個々人に適正と才能による限界がある中、上級職にまでなったブランドンさんは優秀だ。

 しかし、もしかするとその先の未来が見えていないのかもしれない。

 だから【適職診断カタログ】という将来の指針を私に譲ってくれるのかもしれない。

 

「さて、お二人を引き留めても申し訳ないですし、我々はここで」

「またね!」

 

 こうしてエドワードさん達と再会を約束して別れた。

 

「さて、これからどうするのじゃ?」

「集合時間まで時間があるから転職かな」

 

 持てる財力とコネを使って<Infinite Dendrogram>の専用機器を100台(初期納入分)購入し、風鳴関係者に無償で配布している。

 今日はサービス開始日なので仕事などの事情が無い限り皆が<Infinite Dendrogram>にログインしており、<Infinite Dendrogram>の内部時間で今日の12時に集合する予定になっている。

 集合と言っても所属国がバラバラなので、集合場所は各国毎に取り決めている。もっとも、初日の合流は努力目標なので絶対に合流しなければならない訳では無い。

 

「それでは【適職診断カタログ】の出番じゃな」

「本当にブランドンさんには感謝だ」

 

 説明書とエドワードさんの解説を総合すると、<Infinite Dendrogram>のジョブは大きく分けて三種類ある。下級職、上級職、超級職の三つだ。

 下級職は無職の物が就く事が前提になっているので転職条件の敷居が低く、レベル上限は50。

 上級職は下級職で力ある者が就く事が前提なので厳しい転職条件が設定されており、レベル上限は100となる。

 下級職は六つまで、上級職は二つまで同時に就くことができ、合計で500レベルが上限になる。

 ちなみに条件を満たせば下級職を飛び越えて上級職に就く事も出来るらしい。

 

「マスターは随分無茶をしたから上級職に就けるのではないか?」

「世の中そんなに都合よく行かないと思う」

 

【適職診断カタログ】を開き、タログの電子音声質問に答えていく。

 それと超級職は<Infinite Dendrogram>の中でも特別なジョブらしい。何しろ一名しか就く事が出来ない上に、ジョブのレベル制限が無い。

 レベルアップに必要な経験値はレベルが上がる毎に上昇するらしいが、それでも強さに上限が無いのは羨ましい。

 その分、転職条件はリアルの司法試験並みに難しいらしいが。司法試験は言い過ぎだろうか? 

 

「お、結果が出た」

 

 五分ほどカタログの質問に答えていると結果が出た。

 

「【戦巧者】? 名前だけなら強そうだ」

「下級職なのか。つまらぬ」

「だから行き成り上級職は無理だって」

 

 正直に言えば、原作主人公のレイみたいに【聖騎士】に転職したかった。亜竜クラスのボス倒しているし。

 が、騎士団関連の主要人物にコネが無いから推薦して貰えないんだよな。

 

「ふむ。ステータス補正は他の戦闘系下級職と比べると低いが、他の下級職のスキルを覚えられるのか」

「覚えたジョブスキルは【戦巧者】をサブジョブにしても使用出来るのか」

 

<Infinite Dendrogram>はメインジョブに設定しているジョブが習得するスキルは100%使用出来るが、サブジョブに設定しているジョブのスキルはメインジョブと互換性があるスキルしか使用出来ない制限がある。

 例えば【剣士】から【商人】に転職した場合、【剣士】のジョブスキル《サンダー・スラッシュ》など剣に由来したスキルが使えなくなる。

 汎用スキルであればこれらの縛りは無いのだが、汎用スキルは便利スキルなので《サンダー・スラッシュ》のように戦闘に直接関与するスキルでは無い。

 

「しかし、この【戦巧者】は、サブジョブはメインジョブと互換性が無いスキルは使えないというルールをどうやって回避しておるのかの?」

「戦巧者は戦が得意な人って事だから、全ての戦闘系ジョブと関りがあるし、巧者って部分で無理矢理非戦闘職と関連付けているのかも」

「もしかすると、全ては戦に通ずる、の精神かもしれんの」

 

 理屈は分からないが、これは便利だ。

 最終的にどのようなビルドにするか決めていないが、手札が多いのは単純にありがたい。

 

「しかし、このジョブは下手をすると器用貧乏になりそうじゃの」

「下級職だとスキルレベルを5までしか上げられないしね。まあ、大丈夫だよ」

「なんじゃ、自信がありそうじゃの」

「まあね」

 

 リアルじゃ剣も槍も弓も使えるし、ついでに錬金術も使える所謂”魔法戦士”だからな。

 リアルと同じビルドにするには”魔法戦士”的なジョブに就くしか無かったのだが、【戦巧者】ならそれが出来る。

 まさに私にピッタリのジョブだ。

 

「なら【戦巧者】に決まりじゃな。気が早いが上級職は【戦巧者】の上位職にするのかの?」

「あ~、転職条件的に厳しいかも」

 

【適職診断カタログ】で確認した【戦巧者】の就職条件は、レベル0の状態で下級モンスターを自分で50%以上のHPを削って討伐する、だった。

 そして【戦巧者】の上位職【戦名人】の就職条件は二つあり、一つは【戦巧者】の6人パーティ(合計レベル600以下)で犠牲者を出さずに純竜級ボスモンスターを自分で30%以上のHPを削って討伐する。

 

「……酷い条件じゃな」

「就職させる気があるのか疑うレベルだよ」

 

 もう第一条件の時点で厳しい。【戦巧者】を集める必要があるし、純竜級ボスモンスターはティアンの上級職六人パーティと同等の戦力なのに、レベル制限があるパーティで挑みながら犠牲者を出さないで勝つ必要がある。

 普通に無理だと思うが、名人とあるくらいなので高レベルなプレイヤースキルが要求されるのだろう。

 

「ちなみに、二つ目の条件の方が厳しい」

「一つ目の条件も厳しいから想像がつかぬ」

「戦争イベントの勝利数が10以上」

「ん?」

「戦争で10回勝たないと就職出来ないみたい」

 

 戦争イベントは文字通り国と国の戦争だ。

 エドワードさんの話を聞く限り、今の世の中は平和なので戦争なんて起きないらしい。

 数百年前の “三強時代”から【聖剣王】の時代かけては、群雄割拠で闘いが絶えない時代はあったようだ。

 しかし、現在はアルター王国とドライフ皇国は同盟を結んでおり、レジェンダリアとも友好関係を結んでいるので西方三国は特に安定しているとのこと。

 

「戦国時代が終わった今となっては完全にロストジョブだな」

「就職する為に戦争を起こすは無理じゃろうな」

 

 上位職【戦名人】は他の上位職のジョブスキルを習得出来る他に、指揮官系統のようにパーティメンバーのステータスを一時的に微上昇させることも出来るようだ。

 ただ、スキルの万能性と引き換えにステータス補正は低く、何でも出来るが一つの事を極められないジョブと言った感じだ。戦闘職と支援職を足して二で割ったジョブとも言う。

 

「まあ、上位職なんてまだ先の話だし、まずは【戦巧者】になろう」

「ホントに器用貧乏なジョブでよいのか?」

「出来ることが増えるのはありがたいからね。ジョブの第二候補は特化職だからバランス取れているし」

「第二候補?」

 

【適職診断カタログ】は【戦巧者】以外の候補も表示している。

 しかし、このジョブをファーストジョブに選ぶのは勇気がいる。

 

「お主、まさか【生贄】に興味があるのか?」

 

 そう、【適職診断カタログ】が示したもう一つのジョブが【生贄】だ。

 生贄系統下級職【生贄】。上級職も超級職も無い、ある意味で特別な下級職だ。

 そして、【生贄】は一切の戦闘行動が取れない上に、メインジョブにしている限りMP以外のステータスがものすごく低くなるデメリットがある。

 しかし、【適職診断カタログ】によるとMP上昇補正が非常に高いので、今後の事を考えると非常にありがたいジョブなのだ。

 

「≪一閃≫をメインで使用していく事を考えるとMPはあった方が良いからね」

「確かにそうじゃが、戦闘が出来ぬのにどうやってレベルを上げるのじゃ?」

「まあ、そこは仲間におんぶにだっこかな」

 

≪一閃≫はMPを攻撃力に変換するスキルだ。攻撃対象に固定ダメージXを与えるオーラをY秒刀身に纏わせるスキルで、消費MPはXかけるYになる。(XもYも正の整数のみ)

 固定ダメージは必ず相手に属性、防御力を無視してダメージを与えるので、非常に有効なスキルだ。

 もちろん欠点もある。相手に1万ダメージを与えるためには、最低でも1万のMPが必要という燃費の問題だ。【適職診断カタログ】でジョブの情報を確認すると、MP上昇値は基本的に魔法系のジョブが高い。

 当然だ、MPは魔法系スキル・魔力を使用するスキルで消費、魔法の威力や効果・精神系状態異常耐性に関与するステータスだからだ。

 

「すまぬ。MPでは無くSPなら良かったのじゃが」

「流石にそれは便利すぎるって」

 

 アマノムラクモが言うSPとは、身体強化系スキル・剣技などの技系スキルで消費するステータスだ。ステータスの特性上、魔法スキルを使わないジョブの方が良く上がる。

 つまり、MPを効率的に上げようとするなら魔法系ジョブに就けばいいのだが、それを選択するとSTRなど物理戦闘に必要なステータスの伸びが悪くなる。

 もう割り切ってダメージソースを≪一閃≫に固定し、魔法系ジョブに就いてMPを底上げして固定ダメージ量を上げるか。魔法スキルも取れるから、火力はありそうなジョブビルドだ。

 転生前にプレイしていたMMORPGにも殴りアコとか、特定の装備が必要になるが熾天使型と呼ばれるINTを上げて物理攻撃力上げるビルドはあったし。

 

「ただ、魔法系はなぁ」

「なんじゃ、マスターは魔法が嫌なのかの?」

「魔法が嫌いと言うより、男の魔法使いは全裸っていうイメージがあってだな」

 

 悲しいかな、男性の魔法使い(正確には錬金術師だが)の知り合いは、とある全裸になりたがる某局長しかいない。

 今では友人関係だが、やはりあの同類になると思うと躊躇してしまう自分がいる。

 

「全裸とは、一体どんなイメージなのじゃ?」

「一言で言えば変態だな」

 

 いや、ホントにサンジェルマンさんの苦労が偲ばれる。あんな上司にはなりたくないものだ。

 

「初日にビルドを悩みすぎるのも良くない。まずはジョブに就かないと」

「そうじゃの。マスターが何時までも無職では格好がつかぬ」

 

 自分にあったジョブとは何なのか? 最適なキャリアパスは? 

 色々と悩みはあるが、とりあえずは前に向かって進まない事には何時までもこのままだ。

 国盗りという目的もあるし、何時までも足踏みは出来ない。

 

「……志は立派じゃが、レベル0のままモンスターを狩って一日無駄にした者の考える事ではないと思うぞ」

「人生遠回りも悪くないさ。遠回りしたからアマノムラクモという最高の相棒に出会えたんだし」

「……恥ずかしい事を言うでない」

 

 こうして、恥ずかしそうに俯くアマノムラクモの手を引き、集合時間までに就職する為に急いでジョブクリスタルに向かうのだった。

 




四連休!
なんとか休みのうちに11話まで書き終わりたい。

この手のMMOはステ振りとかスキル振りって悩みますよね。
捏造設定満載の二次創作なので、ジョブも捏造です。プロローグの時点で捏造ジョブでしたが。


次回はメンバーと合流という事でシンフォギア奏者も登場します。
という訳で、次回は7/28の予定です。


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9話 雪音クリス参戦

 □王都アルテア 【戦巧者】防人

 

 何とか無事に就職出来た。これでニートから卒業だ。

 

「ふむ、他の下級職のジョブスキルを覚えるにはポイントが必要なのか」

 

 脱ニートを喜ぶマスターの横で、相棒の<エンブリオ>アマノムラクモは職員から渡されたパンフレットを丁寧に読み込んでいる。

 

「マスター、ポイントはレベルアップの他、ジョブクエストの難易度に応じて入手出来るようじゃ。難易度1のクエストなら1ポイント、難易度2なら2ポイントとクリアした難易度レベル数分のポイントが手に入るからジョブクエストは積極的に受けた方が良いぞ」

 

 私が就いた【戦巧者】は他の下級職のジョブスキルを習得出来るが、【戦巧者】自身のスキルは1つしかない。

 それが【技巧修練】というスキルで、アマノムラクモが言うようにポイントを使用する事で他の下級職のジョブスキルを習得出来るスキルだ。

 

「ジョブスキルを習得する為の消費ポイントは、覚えるスキルレベルの二乗だからポイントのやり繰りが大変だ」

「マスターはどんぶり勘定な気がするしの」

「失礼な。これでも会社経営に関わっているんだぞ」

 

 しかし、覚えるスキルレベルの二乗分のポイントが必要と言うのは大きな制約だな。レベル1のスキルを習得するのに必要なポイントは1だが、レベル2なら4ポイント、レベル5なら25ポイントも必要になる。

 本当に器用貧乏になりやすいジョブのようだ。

 

「その分、他のジョブに転職しても【戦巧者】のジョブクエストは受けられますから、理論上は全ての下級職のジョブスキルをレベル5に出来ますよ」

「それ、どれだけのクエストを受ければ良いんです? そもそも、そんなにクエストあるんですか?」

 

 ここの受付をしているタルトさんが微笑みながら話しかけてきた。

 確かにタルトさんの言うようにクエストを受け続ければ、いずれば全ての下級職のジョブスキルをコンプリート出来る。

 しかし、それまでにどれ程の時間が必要なのか? そもそも、スキルをコンプリートしてどれ程強くなれるのか? 

 

「この、90分ほどの講義を行う戦技教導官クエストなら常時発注していますのでおススメですよ」

「でもこれ、難易度1だから1ポイントなんですが」

「騎士の皆様が学ぶ重要な機会ですから、お国の為にも宜しくお願いします」

 

 タルトさんは微笑み続けるが、それは心からの笑みではない。所謂、打算付きの笑みだ。

 ここは王都アルテアの騎士学校内の受付なのだ。

 なんと、【戦巧者】のジョブクリスタルは騎士学校内にあり、ジョブギルドも騎士学校内にあった。ジョブクリスタル自体は一般に公開していたので就職出来たのだが、【戦巧者】についてアマノムラクモと話している所をタルトさんに見つかり、この騎士学校業務課に連行されたのだった。

 

「そもそも、なぜ戦技教導官を?」

「【戦巧者】は他のジョブの闘い方も出来ますし、他国特有のジョブスキルも使えるので大変ありがたい人材なのです」

「それってアグレッサーと言う事ですか?」

 

 アグレッサーとは航空軍事用語で、軍の演習・訓練において敵部隊をシミュレートする役割を持った者の事だ。

 要するに模擬戦において敵役を行うのだが、子供のヒーローごっこの敵役と違ってアグレッサーはエリートしかなれない。

 普通の戦闘機パイロットなるのにも厳しい訓練があり、普通のパイロットも十分に精鋭と呼ばれるレベルにある。そんな精鋭を相手に、相手よりも強いという前提で教導を行うのがアグレッサーなのだ。

 そして、敵役を演じるので敵の装備、戦術を熟知している。

 

「その通りです」

 

 こちらではジョブがあり、スキルがあるのでアグレッサーは大変だろう。リアルであれば装備があり、知識があれば訓練次第で敵の動きを完璧にトレースする事が出来る。

 しかし、<Infinite Dendrogram>では騎士に魔法使いの真似が出来ないように、取得しているジョブ以外の事が出来ないのだ。

 

「【戦巧者】は成り手が極端に少ないジョブですので、是非ともご協力を」

 

【戦巧者】は人手不足だろう。

 なにしろレベル0でモンスターを狩らなくては就職出来ないジョブなのだから。だれが好き好んで最弱のレベル0で、そんな危険な真似をしたがるのか。

 この就職条件もステータスに依存せず、プレイヤースキルのみでモンスターを狩れるか見ているのだろうが、どう考えても頭が可笑しいジョブだ。

 取得した私が言えた立場では無いが。

 

「そこまでマスターが必要なのかの? マスターで無くても良い気がするが?」

「敵国独特のスキルを使える、それが大事なのさ」

 

 やはり知識のみで知っているのと、体験して知っているのでは理解の質に違いが出る。

 これはリアルにおいて錬金術で体験しているので間違いない。知識として炎を出すなど、魔法的な技術だと学んではいたが、いざ錬金術師と戦ってみると発動のタイミング、攻撃の軌道や速度、効果範囲など学びなおす事が多かった。

 

「常勤で無ければ良いですよ」

「ええ、ご自身の鍛錬もあるでしょうしご都合が良い時で構いませんよ」

 

 と、タルトさんの頼みを快く引き受け、私達は騎士学校を後にする。

 

「安請け合いして良かったのかの?」

「ああ、恩を売るなら今だから」

 

 国特有のジョブがあるのは、国が転職の為のジョブクリスタルを管理しているからだ。

 また、職業ギルドなど人材を管理する仕組み、法で国民を縛っている事もあり、国特有のジョブについている人材の他国への流動性は極めて低い。

 エドワードさん情報だが、商人としてそれなりに他国との貿易に携わっているらしいので間違いないだろう。

 

「今は人材の流出は起きていないから貴重な人材けど、これからは<マスター>が増えるから」

「なるほど、<マスター>を縛る法は無いからの」

「いずれ他国のジョブに就いた<マスター>がアルター王国にやって来る。そうなると相対的に私の価値が下がるから、その前に色々と恩を売っておきたい」

 

 相手は騎士学校だが、その上層部は騎士団と交流があるだろう。【聖騎士】になるには騎士団関連の主要人物の推薦を受ける必要があるから、上手くいけば推薦状を貰えるだろう。

 

「マスターは意外と計算高いのじゃな」

「打算的じゃないと防人一族の長はやっていられないのさ」

 

 私なんて可愛い方で、現当主の訃堂なんて真っ黒だ。

 訃堂は真っ黒だが、護国の実績もあるし実力もあるから誰も文句を言えないし、一部の政治家などからは頼りにされている。

 我が父ながら、本当に化け物である。

 

「って、どうしたの?」

 

 気が付くとアマノムラクモが立ち止まり、後ろを振り向いていた。

 

「……クマが歩いておった」

「こんな街中でクマ?」

「クマの着ぐるみじゃった」

 

 クマの着ぐるみ? 

 もしかすると未来の【破壊王】だろうか。

 

「そのクマは危ないから」

 

 もし未来の【破壊王】なら、あのヤバい人の弟ということだ。あの人の危険度はシェム・ハ先生と同等、好き好んで出会いたい部類ではない。

 

「可愛いのう」

「……え?」

「マスターは着ないのかの?」

 

 アマノムラクモが可愛らしく上目遣いで尋ねてくる。

 単純に可愛い。凄く可愛い。

 The日本文化な風鳴宗家に生を受け、和服美人と接する事が多い私が言うのだから間違いない。私より背の低く、和服のアマノムラクモに胸キュンしている自分がいる。

 

「いや、そんな目で見ても着ないよ」

「……え」

「そんな、この世の終わりみたいな目をしても着ないよ」

「……可愛いのにのぅ」

 

 何がアマノムラクモの琴線に触れたのか、彼女はクマが立ち去った方を頻りに振り返っている。

 無いと思うが、マスターとしてはアマノムラクモが着ぐるみ型エンブリオに進化しない事を祈るしかない。

 

「ほら、もう少しで集合場所につくから」

「うむ」

 

 私の仲間達に初めて会うので緊張しているのか、アマノムラクモの表情が何処か浮ついた雰囲気から緊張感のある顔に変わる。

 

「しかし、どうやって集合場所を指定したのじゃ? 全員初ログインじゃろ?」

「そうだよ。だから具体的な場所を指定している訳じゃないんだ」

 

 リアルと同じように〇〇の前に集合。そう言えれば良かったのだが、土地勘も無いし地図も無い状態で集合場所を決められるはずが無い。

 しかも、風鳴関係者が選択するのはアルター王国だけでなく、他の国を選択する者達も大勢いる。

 

「所属国の紹介ムービーで最初に映る場所、それが集合場所だよ」

「もの凄くアバウトじゃな」

「別に初日に集合する必要は無いから。会えなかったらリアルで再調整すれば良いし」

 

 無茶苦茶な計画なのは自覚している。

 そもそも事前情報が無い初見のゲームで知人と合流する方が無茶なのだ。相手のキャラクターネームも、どんな容姿にしているのかも分からないし。

 どちらにしろ、ちゃんと合流するにはリアル側で集合場所、集合時間を調整しなくてはいけないのでこれで良いのだ。

 

「ゆるいのぅ」

「まあ、ゲームだし。一応リアルではグループウェアを導入したし。機能制限無い有料版だから結構お金かかった」

「変なところで本気だのぅ」

 

 なんだろう、アマノムラクモが呆れている気がする。

 しかし、仕方ないのだ。前世でMMORPGにハマっていた頃はギルドでブログを開設するのが流行りだったし、他のプレイヤーに知られないように情報交換したいという防人的セキュリティ意識が普通の企業が業務に使用するようなグループウェアを求めてしまうのだ。

 特に<Infinite Dendrogram>はデスペナで24時間のログイン制限がある、だから万が一の為の連絡手段がリアル側に必須なのだ。

 

「世界中のメンバーとリアルで情報交換出来るのは良いんだけど、みんな母国語が違うから面倒なんだけど」

 

 基本は風鳴関係者なので大半は日本人だが、中には日本語を理解出来ない現地協力者もいる。

 言語の壁を越えてのコミュニケーションがリアル側での課題だ。

 そういう意味では、勝手に翻訳してくれる<Infinite Dendrogram>はチートである。

 

「それで、人が多いがどうやって待ち人かを判断するのじゃ?」

「あんまり興味無い?」

「リアルの事には関われぬからの」

 

 確かに<エンブリオ>であるアマノムラクモにとってリアルの話題は退屈か。

 

「顔も名前も知らない相手と待ち合わせなんだ、そこはちゃんと考えているさ」

「何か目印でもあるのかの?」

「正解。ほら、あそこ」

「あれは旗かの?」

 

 私が指差す方を見たアマノムラクモが疑問に思うのも仕方ない。掲げられているのは暖簾であり、旗と似ているが微妙に違う。

 そして暖簾なので棒の両端をそれぞれ持っており、その周りに何処かで見た顔が何人かいるのが確認出来る。

 

「アレは暖簾って言うんだ。店先とかに吊り下げる布なんだけど、よく屋号・商号や家紋を染めたりする」

「それでは、あの書かれているマークは」

「実家の家紋だね」

 

 そう、これが集合場所の目印。風鳴の家紋だ。

 予め絵が上手い者が<Infinite Dendrogram>ログイン初日に作成し、この時間に掲げる手はずになっていた。

 

「良かった、無事に合流出来たみたいだね」

「坊っちゃんもご無事なようで何よりです」

「ゲームの中でも坊っちゃんは止めてくれ」

 

 坊っちゃんと話しかけてくる初老の男性。どう見てもリアルで私付きの執事を勤めてくれているじいだ。

 と言うか、まったく容姿を弄っていないのか、見た目が服装以外リアルと同じだった。

 

「さて、まずは自己紹介。あまり容姿を弄ってないので分かってくれるとありがたいが、リアルではこの家紋の次期当主をやっている。こっちでの名前は防人だ」

 

 ここで、お前だれ、みたいな反応をされたら泣いていた。

 幸いな事にみんな相槌を打ってくれているので、ちゃんと私が風鳴終止だと理解してくれているのだろう。

 

「それと、こっちは<Infinite Dendrogram>での相棒、<エンブリオ>のアマノムラクモだ」

「メイデンwithアームズのアマノムラクモだ。マスター共々よろしく頼む」

 

 アマノムラクモが小さく頭を下げた。

 うん、最低限礼儀正しい性格で助かる。誰と比較する訳じゃないが、世の中には野良猫みたいな子もいるからな。

 

「それでは、次は私が。リアルでは坊っちゃんの執事を勤めております。こちらではセバスチャンと名乗っておりますので宜しくお願い致します」

「……その容姿でセバスチャン。スタートダッシュ組の特権だな」

 

<Infinite Dendrogram>がどういう仕様かは不明だが、この手のゲームだと同名のキャラクターネームは設定出来ないようになっている。

 だからセバスチャンなど、オーソドックスな名前は早い者勝ちで取られてしまう事が多い。

 しかし、我々は<Infinite Dendrogram>のサービス開始直後にログインしているので、この手の勝負に負けることは無い。

 

「次は私が。リアルでは坊っちゃんの女中頭を勤めています。こちらでは、リーラと名乗っています」

 

 うん、こちらは若返っている。リアルでは50代の上品な女性なのだが、こちらでは20代後半の仕事の出来る女性って感じだ。身近な女性だと友里がもう少し成長(?)した感じだ。

 なんで若返っているのかは触れない方が良いだろう。

 ちなみにセバスチャンとリーラはリアルでは夫婦だ。晩婚だったので子供は無く、二人は良く研修と言って高級リゾートに旅行に行っている。おそらくは出会いが遅かった分、二人の時間を持ちたいのだろう。

 もちろん私的な旅行なので自腹だが、二人の年収を合わせれば3000万円は余裕であるので金銭的な問題はないだろう。

 

「この流れだと私かな。防人のリアルでの幼馴染、こっちでは静御前にあやかって静って名前にしました」

 

 リーラの次に自己紹介したのは凛とした武人、そんな雰囲気を持つ少女だ。

 こちらも容姿を殆ど変えていないのでリアルでの幼馴染、柊律だと直ぐに分かった。

 ……リアルよりも少し胸が大きい気がするが、やっぱり指摘したら不味いよな。

 そして、気になる事がもう一つ。静の後ろに知らない少女がいる。こちらはリアルで全く面識がないので初対面か、容姿をフルカスタマイズした誰かだろう。

 

「それと、こっちが」

「始めまして! マスターの<エンブリオ>、メイデンwithアームズのガングニールだよ!」

「ガングニール?」

「……はい、ガングニールです」

「?」

 

 元気いっぱいなガングニールと名乗る少女とは逆に、静の表情は曇っていく。

 ガングニールは自身の<マスター>が何故沈んでいるか不思議そうだが、この場の人間はリアルでの彼女とガングニールの因縁を知っている。

 だからこそ、その事に誰も触れない。

 

「次はあたしだな。リアルでは客人やってるクリス・スノーシンフォニーだ」

 

 こちらは容姿だけで無く、名前もリアルの名残を残している。

 気持ちリアルより背が高い気がするが、こちらも触れないようにしなければ。

 

「客人って、野良猫が勝手に住み着いた、の間違いでは?」

「野良猫だぁ!?」

 

 クリスに突っかかる静。リアルの風鳴家で良く見る光景だ。

 そして静を猫のように威嚇するクリス。これも良く見る光景だ。

 だが、本当は姉妹の様に仲が良い事を、ここにいる風鳴関係者は良く知っている。

 それと、どちらが姉か妹かでもめている事も知っている。

 

「いや、娘が何時もお世話になっています」

「クリスちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

 

 何時もリアルで良く見る静とクリスのじゃれあいだが、今日は一つだけ違う事がある。

 それは、クリスを見守る男女がいるということ。

 

「クリスの父、マーク・スノーシンフォニーです。娘共々よろしく」

「クリスちゃんのママ、ソネット・スノーシンフォニーよ。クリスちゃんの普段の様子、いっぱい教えてね」

「ママ、パパ」

 

 静に頭を下げる二人を恥ずかし気に見つめるクリス。普段離れ離れで暮らしているので、こういう両親に愛されている系のイベントは苦手なのだろう。

 本来ならバルベルデ共和国で亡くなるはずだった雪音雅律とソネット・M・ユキネ夫妻。

 そして、シンフォギア奏者である雪音クリスは現地武装組織に捕らわれ約6年も捕虜生活を送るはずだった。

 

「もう、照れちゃって。可愛いんだから」

 

 しかし、そんな運命を知っていて黙っているなど”防人”じゃない。風鳴宗家の権力を使い、慈善活動に従事する雪音夫妻の護衛を強化し、当時OTONAになっていた私も護衛の為にバルベルデまで同行した。

 結果的に爆弾テロは防げたが、ほんの僅かな隙を突かれてクリスを現地武装組織に誘拐されてしまった。幸いだったのかは不明だが、身代金目的の人質ではなく、麻薬栽培の為の労働力として誘拐された為、監視は逃亡防止の最低限だったので一週間で奪還する事が出来た。

 しかし、身体的には怪我も無く無事だったが、心に傷を残す結果になってしまった。

 

「うん、仲良くやっているみたいで安心したよ」

「パパの目は節穴なのか! 何処を見ればあたしとこいつが仲良しこよしに見えるんだ!」

 

 事件後、雪音一家は日本に戻り風鳴家に身を寄せる形で一年を過ごす。

 そして、クリスの精神が安定した頃を見計らって雪音雅律とソネット・M・ユキネ夫妻は再び世界に旅立った。

 一人娘のクリスを日本に残して。

 

「うん、親子関係が良好なようで何より」

「終止! お前も何言ってんだ!」

 

 おっと、野良猫姫様の矛先がこっちを向いたようだ。

 しかし、ゲームの中でリアルネームを呼ぶのはマナー違反だ。

 まあ、クリスのマナーが残念なのは今更か。

 




デンドロ仲間との合流回。ついでに未来の【破壊王】ともニアミス。
そして、ついにシンフォギア奏者も登場。その名もクリス・スノーシンフォニー。
なんでシンフォニーなのかは次回ちょろっと書きます。

次回更新は7/31の予定です。


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10話 未来の旦那様の決意表明

 □王都アルテア 【戦巧者】防人

 

「さて、初日に合流出来た者の自己紹介は以上か。次は今後の」

「いやいやいや。忘れてる、健気に暖簾持ってる俺達を忘れてますよ、坊っちゃん!」

 

 中世ヨーロッパ風の街並みで暖簾を持っている男が抗議してきた。

 これも一種の様式美という奴なので他意は無い。リアルでは風鳴宗家の次期当主という事で、私が外出する時には何時もそれなりの数の付き人や護衛が付く。その堅苦しい緊張した雰囲気の中で彼は馬鹿な事をし、そして私はそれをあえて無視する。

 そして、彼が無視する私に抗議するのが我々の中のお約束。緊張を解す為に彼が発案し、それに私が乗っかっている形だ。

 この手の事はデリケートなので、いじめとかパワハラにならないよう注意はしている。前世ではそういう事を気にする立場では無かったので最初は戸惑ったが、これもそういう家に生まれた宿命と今では割り切っている。

 

「そもそも、なぜ暖簾? 集合の目印は家門を描いた旗だったはず」

「いや~、日本人なら暖簾かなって。修一とも早めに合流出来たし」

 

 修一とは暖簾を吊っている棒のもう片方を持っている青年の事だ。

 修一は私の乳兄弟でフルネームは柊修一、静こと柊律の実の兄にあたる人物である。

 

「勝手にお前が巻き込んだだけだろう」

「そうだったか? 暖簾作るのに忙しかったから覚えていない。そんな事より自己紹介、自己紹介」

「静の兄です、キャラクターネームはとりあえずランスロットにしてみました」

 

 冷静に抗議し、冷静に自己紹介する修一。

 いや、こちらではランスロットか。リアルの彼は実直な性格で、勉学や武術に励む人間だ。

 全ては風鳴宗家の次期当主である私の乳兄弟であり、将来は私の補佐役として仕える事が決まっているから。言わば、決められた将来、縛り付けられた未来。

 縛り付けてしまった側が言って良い事なのか分からないが、修一には別の未来、可能性を見つけて欲しくて<Infinite Dendrogram>に誘った側面もある。

 

「しかし、ランスロットか」

「この手の遊びに縁が無いので。とりあえず騎士の国と聞いていたので、有名な騎士の名前を選んでみました」

 

 これもスタートダッシュ組の特権か。ランスロットなんて直ぐに誰かが使いそうな名前なのに。

 しかし、選ぶならランスロットよりもガウェインの方が嬉しかったな。主的には。

 確かにランスロットはアーサー王伝説において最も優れた騎士の一人と称えられる一方、最も罪深い円卓の騎士と呼ばれている。簡単に言えば使える主を裏切った騎士なのだ。

 

「いや、まあ、それも新たな可能性か」

「? 粉骨砕身の気持ちで頑張ります」

 

 そう言えば勉学は実用的な物が中心で、あまり雑学的なことは苦手だったな。

 

「最後は俺ですね。リアルでは坊っちゃんの運転手の息子、フランク・ディ・ジェモンです」

「こっちは凝った名前だな」

「映画俳優みたいでカッコいいでしょ」

 

 ニカっと笑って見せるフランク・ディ・ジェモン。

 彼も静やランスロット程では無いが、世間では幼馴染と呼んで良いくらいの付き合いがある。

 生真面目なランスロットと違い、フランク・ディ・ジェモンは陽気な性格だが誰よりも仲間を大事にする性格でもある。

 

「とりあえず、これで初日に合流出来たメンバーは全員か」

 

 これで本当に全員の自己紹介が完了した。

 私を入れて全部で9名。サービス開始初日という事を考えれば、それなりに大規模なユーザーパーティなのでは無いだろうか。

 

「みんな、まずは私の我儘で<Infinite Dendrogram>まで付き合ってくれてありがとう」

「ハード代1万円は坊っちゃんのおごりですし、業務時間も融通して貰っているので大丈夫ですよ!」

「フランク君、坊っちゃんは止めるように。それと君は時給のバイト扱いだから単純に減収だね」

 

 VRMMOをするにはハードとソフトを揃えれば良い訳では無く、ゲームをプレイする為の時間が必要だ。

 今回、<Infinite Dendrogram>を風鳴関係者と共に遊ぶにあたりハードを確保するだけでなく、私が直接雇用している使用人については<Infinite Dendrogram>のプレイ時間を業務時間に含めるよう調整している。

 もちろん、無制限に<Infinite Dendrogram>をプレイされてしまうと本来の仕事が疎かになってしまうので、業務としてのプレイ時間はリアル基準で一日4時間まで、当然ながら業務時間外のプレイ時間は業務とは見なさないとルールは設けている。

 そして、<Infinite Dendrogram>で足りなくなる人手の為に人員を追加で雇い、すでに新規人員の教育も終了、思う存分に<Infinite Dendrogram>を遊べる環境は整っているのだ。

 ……プレイ時間も業務時間に含める代償として、使用人には<Infinite Dendrogram>内での協力を約束して貰っているが、業務の延長という事で皆には納得してもらっている。

 

「え、俺には給料出ないんですか?」

「フランク君の場合は不定期に仕事手伝ってもらっているから成果報酬という事で」

「うっす。頑張りますよ、坊っちゃん」

 

 どうやら意地でも坊っちゃん呼びは止めないつもりらしい。

 

「あたしには小遣いないのか?」

「クリスは特機部二からお小遣い貰ってるでしょ」

「でも静はコイツから小遣い貰ってるんだろ?」

 

 静の言う特機部二とは、特異災害対策機動部二課の略称だ。周りから突起物とも揶揄される事もあるが、ちゃんとした国家機関であり風鳴家も援助しているので資金面は充実した組織だ。

 つまり、そこでシンフォギア奏者として前線で戦っているクリスの小遣いと言う名の給料は結構高い。

 

「クリスちゃん、終止君をコイツとか呼ばないの」

「ソネットも、ココでは防人君だよ」

 

 クリスは基本相手を呼ぶときは“お前”だ。僅か一週間とは言え捕虜生活が幼いクリスに与えた影響は大きく、クリスは野良猫気質な所があり他人とのコミュニケーションが苦手な所がある。

 単に恥ずかしくて相手の名前が呼べない、とはクリスと壮絶なケンカの末に唯一名前を呼ばれている静の言葉だ。

 

「あら、私ったら。こういうのは成れてないから」

「ママは音楽以外ポンコツだからな」

「もう、音楽以外も人並みに出来るわよ。それよりクリスちゃん、未来の旦那様をコイツって呼んだらダメよ」

「コ、コイツは旦那じゃねえ!」

 

 顔を真っ赤に染めるクリス。

 まったく、クリスとソネットさんは相変わらずだな。

 誘拐されたクリスを助け出し、心のケアを静と一緒に行った頃からソネットさんの旦那さん発言は始まっている。

 

「真正面から否定されると悲しいな」

「お前も何言ってんだ!」

 

 クリスについてはバルベルデ共和国での誘拐を防げなかっただけでなく、フィーネの件でも上手く立ち回れずに重い十字架をクリスに背負わせてしまっている。

 クリス本人は騙された自分が悪いと強がっているが、ちゃんと助けられなかった私のミスだ。

 

「あらあら。思ったよりも早く孫の顔が見られそうね」

「ママ!」

 

 しかし、ソネットさんの旦那さん発言は本気なのか冗談なのか未だに分からない。

 そう言えば、南米バルベルデ共和国で誘拐されたクリスを探している時、アマゾネスの集団に子作りを迫られる日本人の少年がいたが、彼の貞操は無事だろうか? 

 

「セバスチャンとリーラも付き合ってもらって悪いな」

 

 クリスとソネットの親子のじゃれ合いを一歩後ろから見ている二人に声をかける。

 二人は私を支えてくれる大事な存在で、だからこそ無理を言って<Infinite Dendrogram>に付き合ってもらっている。

 

「坊っちゃんに仕えるのが仕事ですのでお気になさらず。それに、ココは良い実践訓練の場になりそうですので今から楽しみです」

「ええ、風鳴宗家のメイドを鍛える良い機会になりそうです。リアルで本物のお客様相手に実践練習する訳にもいきませんが、こちらでなら幾らでも実践練習出来そうです」

 

 風鳴宗家は日本でも有数の名家であり、政財界に強い影響力を持っている。

 だからこそ、風鳴宗家を訪れる客人はそれなりの身分を持つ相手が殆どだ。そんな客人の対応を使用人達が行う訳で、当然そういった事は研修内容に含まれている。

 しかし、研修は研修なので、どうしても経験豊富な使用人と新人の使用人を比べると実力に差が出てしまう。場数という実践した数が違うのが問題なのだ。

 

「こちらでも上流階級の方を招く機会は多いだろうから、みんなの仕事には期待しているよ」

「それでは、やはり」

 

 セバスチャンは何かを確信したように真剣な表情になった

 

「うん、多分想像している通りだよ。皆、聞いてくれないか」

 

 何かを察したセバスチャンに頷き、この場に集まったメンバー全員に語り掛ける。

 これからする話はセバスチャンだけに話す訳にはいかない内容だからだ。

 

「こっちで一日過ごしてもらったけど、<Infinite Dendrogram>がどれだけリアルなのか十分に理解してもらったと思う」

「事前に坊っちゃんに聞いていた通り、凄いリアルでした」

「人に自由な意思があり、人々は社会を構築し、円滑なコミュニケーションの為のマナーがあるようですな」

「こっちにも音楽を楽しむ文化があるみたいだ」

「ちゃんと法が整備され、正しく運用されていました」

 

 私の問いかけに、男性陣がそれぞれの感想を口にした。

 彼等もそれぞれの視点で、この<Infinite Dendrogram>がリアルと変わらない程にリアルだと実感しているようだ。

 

「ここはリアルだが、それでもゲームだ。だからリアルでは許されない事をしても、リアルでソレを咎める者はいない。なんたってゲームなのだから」

 

 風鳴宗家には強大な権力があり、それを補強するカネや人材もある。

 しかし、風鳴は権力者として立つことは無い。八紘兄上が内閣情報官として事務次官級の国家公務員を勤めている。事務次官は生涯職公務員の省庁内における最高位で、官僚の出世コースのゴールではあるが、大臣の補佐役でしか無いのだ。

 

「我々は防人であり、国とそこに住まう人々を守る剣だ。そして、剣である以上、剣の主になる事は許されない」

 

 風鳴宗家、風鳴一族は剣の一族だ。剣の主では無い。

 風鳴の主は戦国大名、征夷大将軍などの時の権力者では無く皇室だった。

 日本史において最も権威を持つ皇室を相手に叛意を持つ事など出来ず、風鳴は明治維新まで影から皇室を守り続けてきた。

 明治維新後、風鳴は皇室の守護とは別に日本を陰から守る役目を持ち、その為に風鳴機関などの諜報組織を整備した。

 そして第二次大戦後、風鳴の枷は皮肉にも外国勢力により解かれてしまう。枷が無くなった風鳴は日本を守る鬼として暴走している面もあるが、それでも日本という国の主になるという考えは全くない。

 それは剣の一族としの誇りであり、権力者から身を守る為の処世術でもあった。

 

「しかし、ここはゲームの世界だ。我々を阻むモノは何も無く、リアルの世界で失うモノも何も無い。<Infinite Dendrogram>ではリアルで培った技術を全て使い、我々が何処まで行けるのか見せつけてやろう」

「つまり、坊っちゃん。どうするんで?」

「野心を持ち、立身出世を邁進する。目指すは”国盗り”だ」

 

 フランクの質問に返す形で<Infinite Dendrogram>での目的を打ち明ける。

 打ち明けたが、やはり皆の反応が気になる。言ってみれば、警察官がゲームの中で犯罪行為をしましょうと誘っているようなものだからな。

 

「自分は若について行きます。元々自分は若の補佐が仕事ですし、将来の為の良い勉強になりそうです」

 

 真っ先に賛成したのはランスロットだった。リアルでは乳兄弟として私の補佐役として勉学や武術に励んでいるのが、まだ学生であるので実務的な経験は全くない。

 ちなみにランスロットは私よりも年上で、今年T大の文一に合格した秀才だ。

 

「若者に先を越されましたな。私達にも異存はありません」

「夫と共にお仕えするのが仕事ですからね」

「最も、坊っちゃんが人の道を外れるなら全力で諫めさせて頂きますが」

 

 続いて賛成してくれたのがセバスチャン、リーラ夫妻。

 こちらは現役の使用人であり、<Infinite Dendrogram>プレイ時間も業務時間に含めているので賛成してくれると予想していたが、実際に賛成してくれるとありがたい。

 

「勿論だ。”防人”の誇りは<Infinite Dendrogram>でも忘れたりしない」

「ならば我々使用人一同、若に変わらぬ忠誠を」

 

 そう言って膝をつくセバスチャン。その横ではリーラがカーテシーでその意を表してくれた。

 何気にリーラのカーテシーは初めて見た。我が家は和風だからな。

 

「でも、”国盗り”って具体的にどうするんですか? 王様を誅殺するんですか?」

「具体的な手段は未定。とりあえず、こつこつと貴族になって領地を得てと王道の立身出世を目指す」

「……付き合ってあげるけど、お姫様のお婿さんなんて”国盗り”は許さないからね」

「了解」

 

 うん、静の合意も得た。彼女はランスロットの実の妹なので立場的に使用人に近いのだが、幼馴染という事で使用人にして友人という微妙な立ち位置にいる。

 その二股な立場故、静はリアルでは将来私の愛人になるのではと噂されていたりする。

 

「仕方ないから、あたしも手伝ってやるよ」

「仲間外れは嫌なのよね」

「私達も手伝おう。もっとも、歌で世界を平和にするという夢があるから手伝えない事もあるが」

「ありがとうございます。勿論、”防人”として平和を壊さない範囲で頑張ります。逆に、皆さんの歌の力をお借りしたいと思います」

 

 文化の、歌の力は侮れない。人の心の栄養となる歌の力は重要で、人心が荒廃していてはまともな統治など望むべくもない。パンとサーカスとは良く言ったものだ。

 

「将来の目標は理解しました。今後の方針などは?」

「まずはレベル上げだ。レベルが低いと何も出来ないからね」

 

 何も出来ないは言い過ぎかもしれないが、レベル制MMOならやはり高レベルの方が有利だ。

 

「という訳で、一狩り行こう」

「なら、こいつの出番だな」

 

 そう言って赤い弓を取り出すクリス。何処となくだが、クリスがリアルで使っている弓に雰囲気が似ている気がする。普段良く見ているのはボウガン型なのだが、どちらもカラーリングが赤と黒で同じだ。

 

「これがあたしの<エンブリオ>イチイバルだ」

「やっぱりクリスにはイチイバルだ。良く似合ってる」

「バ、バカ! そういうことは真っ正面から言うんじゃねえ!」

 

 顔赤くして抗議してくるクリス。相変わらず褒められるのに慣れてなくて可愛い。

 しかし、クリスは弓を持っているが良いのだろうか? 

 マークさん、この場合は雪音雅律さんから事前に<Infinite Dendrogram>で親子三人、家族で音楽を奏でたいからスノーシンフォニーという姓を使うと聞いていたんだが。

 単純な音じゃなくて、家族という楽団で奏でる交響曲。そう熱く語っていた雅律さん。

 親子三人で音楽を奏でる日は来るのだろうか? いや、武器が弓だからと決めつけるのは間違いだ。リアルのクリスも弓や銃器を武器にしているが、歌を歌っているし。

 

「ちなみにクリスのジョブは?」

「弓手系統の【弓手】だ。やっぱり武器は射撃武器が一番だ」

「色々と異論はあるけど、親の心子知らずというのは分かった」

 

 うん、雅律さんは泣いて良いと思う。

 

 




遅くなりました。
月末で忙しく更新ボタン押すの忘れてました。

とりあえずスノーシンフォニーの意味を出しましたが、大した理由じゃなくてスイマセン。
あとクリスの<エンブリオ>は最後まで悩みましたが、結局イチイバルにしました。
恐らく奏者の<エンブリオ>はシンフォギアと同じにしようと思います。原作の使用でも名前被りoKなようなので


何時ものペースなら8/3なのですが、月初で忙しいので8/5頃の更新になると思います。


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11話 それぞれの想い

※キャラクターのリアルネームとアバターネームが混同していたので修正



 □アルター王国<イースター平原> 【戦巧者】防人

 

 風鳴関係者と合流した後、私達はパーティを結成して初心者向けの狩場にやって来た。

<Infinite Dendrogram>におけるパーティ人数は六人なので、二組のパーティ分かれて狩りをしている。

 組分けは私と静にクリス、マーク、ソネットの雪音一家の計5人で第一グループ、セバスチャンとリーラの執事とメイドのコンビ、ランスロット、フランクの計4人の第二グループに分かれた。

 

「ちょせぇッ!」

 

 独特な掛け声と共にクリスが矢を放つ。

 放たれた矢は【リトルゴブリン】の眉間に突き刺さり、【リトルゴブリン】のHPを0にしてしまう。狙っていないようで、ちゃんと狙っているクリスの弓は流石だ。

 

「っは!」

 

 クリスに対抗するかのように静が槍で【リトルゴブリン】を突き、こちらも一撃で【リトルゴブリン】のHPを0にしてしまう。

 クリスと静。どちらも武人と呼ばれるに相応しい技を持っている。

 

『あの二人に比べればマスターは地味じゃの』

「まあ、後衛の護衛もあるし」

 

 この手のMMORPGのパーティプレイには大きくタンク、アタッカー、ヒーラー、バッファーの役割がある。

 タンクはパーティの壁役で、敵の攻撃を一手に引き受ける役割だ。仲間への攻撃を許さず、かつ自分も死なないという単純な仕事ではある。単純ではあるのだが、壁役なので必然的にパーティの前にいるので先導役、所謂道案内的な仕事もあるので求められる知識量とプレイヤースキルを一番求められる役割だ。

 アタッカーはパーティの攻撃役で、ただ敵に攻撃する役割だ。とにかく効率良くダメージを与える事を求められるが、そこまでプレイヤースキルを求められる役割では無いので初心者向きだ。

 ヒーラーはパーティの回復役で、主に敵の攻撃を一手に引き受けるタンクのHP回復が主な仕事になる。ただ、敵の中には全体攻撃をしてくる敵や、攻撃に集中しすぎて敵の攻撃を受けるアタッカーもいるので、どのようにパーティを回復していくか色々と管理する事が多くプレイヤースキルを求められる役割だ。

 最後のバッファーは味方の能力を強化する役割だ。場合によってはヒーラーが兼任する事もあるし、デバッファーと呼ばれる敵の能力を弱体化させる役割もある。

 

「まあ、MMORPGのロールが何処まで<Infinite Dendrogram>で通用するかは未知数だけど」

 

 我が第一グループの構成は【戦巧者】という器用貧乏に、【槍士】という前衛職、【弓手】の後衛職に【音楽家】という支援職が二人という構成だ。

 MMORPGの役割に当てはめれば、タンクが二名、アタッカーが一名、バッファーが二名という構成だ。

 まだレベルが低く、とりあえずで割り振った役割ではあるが、なんとか形になっている。

 

「すまないね、我々の為に」

「いえ、MMOのパーティプレイは役割分担が大事ですから」

 

 バイオリンを奏でるマークさんが、すまなそうに話しかけてきた。前線で暴れている静とクリスの二人と違い、私はマークさんとソネットさん夫妻の護衛に徹している。

 二人は【音楽家】なので戦闘能力が無いので、モンスターに襲われれば抗う術が無いのだ。

 

「お二人の演奏がこんな近くで聴けるんです。役得ですよ」

 

 マークさんのバイオリンに、ソネットさんの声楽。クラシック音楽なのでコンサート活動は欧米が中心で、お二人は貧困地域のボランティア活動も積極的に行っているので日本で生の演奏を聴く機会は少ない。

 そんな貴重な生演奏なのに、静とクリスは戦闘に夢中だ。

 

「一緒に音楽が出来ないのは寂しいが、あの生き生きとした姿を見られて嬉しいよ」

 

 マークさんに同意するようにソネットさんも頷く。ずっと歌っているが、その視線はクリスをずっと追っているので本心なのだろう。

 

「色々と思う事はあるようですが、クリスは日本で元気に暮らしていますよ」

 

 少し元気すぎる気もするが、一時期の様に元気が無く落ち込んでいるよりもマシだ。

 しかし、クリスが使っている弓は<エンブリオ>なので武器としての能力は高いのだろうが、<エンブリオ>を使うクリスに対抗する静も凄い。

 静の<エンブリオ>はメイデンwithアームズだが、アームズとしての形は槍では無い。だから静が使用しているのは店売りの普通の槍だ。その普通の槍で<エンブリオ>を使用しているクリスと互角の戦果を出しているのだ。

 

『あの者は何故<エンブリオ>を使用しないのだ? 確か自身の《歌唱》スキルを強化するのであろう?』

「色々と事情があるのさ」

『【槍士】だから《歌唱》スキルは使えぬのかもしれぬが、あまりジョブと<エンブリオ>がシナジーしておらぬようだの』

「まあ、ファーストジョブだから」

 

【槍士】になった後に<エンブリオ>が孵化したのか、<エンブリオ>が孵化した後に【槍士】になったのかは聞いていない。

 しかし、静にとってシンフォギア型の<エンブリオ>を使用するのは色々と思う所があるだろう。特に今は本物のシンフォギア奏者が隣にいるのだから。

<エンブリオ>は<マスター>本人の最大の望み・願望・悩み・人格などのパーソナルデータと、孵化までの<Infinite Dendrogram>での行動を元に生まれるらしいが、見事に静が心に封印した望み・願望をカタチにしたものだ。

 

「ゲームは楽しむものだろ、本人が楽しんでいればそれで良いじゃないか。効率とか強さを追い求めるのが正しいとは限らないさ」

 

 と、再びバイオリンを弾きているマークさんが声をかけてきた。

 なんだろう、音を楽しむと書く音楽の専門家が言うと含蓄があるように聞こえる。

 

「静! 右だ!」

「ありがと!」

 

 クリスが静の危機を察知し、的確に静をフォローする。

 傍から見ると良いコンビなのだが、やはり内心はまだまだ解消されないモノがあるのかもしれない。

 

『マスター、こちらにもお客様のようじゃ』

「これだけ綺麗な演奏会をしていればお客さんくらい来るさ」

 

 バイオリンを弾くマークさん、カンタータを歌うソネットさん。

 二人の支援スキルで我々はステータスを底上げしているが、どうしても二人は無防備になるし音を奏でているので非常に目立つ。

 目立つモンスターは静とクリスが駆除しているが、草むらに隠れて二人に接近するモンスターもいる。そんなモンスターから二人を守るのが私の今の仕事だ。

 

 

 

 

 

 □アルター王国<イースター平原> 【槍士】静

 

「静! 右だ!」

「ありがと!」

 

 クリスの声に反応して右を見れば、背を低くして接近してくる【ティール・ウルフ】の姿が。事前情報では<イースター平原>には滅多に現れないモンスターで、たしかワンランク上の初心者向け狩場<ノズ森林>に生息するモンスターだったはずだ。

 ワンランク上の狩場に生息するモンスターとは言え、所詮は初心者向けのモンスター。私が足止めすれば、すかさず背後からクリスが放った矢が飛んでくる。

 

「無事か!?」

「ええ、クリスのおかげ。本当にありがとう」

「ばッ、後輩を守るのは先輩のあたしの役目だ」

 

 口では強がって見せても、顔を真っ赤にして恥ずかしがるクリス。

 終止お兄ちゃんの言う、クリスは可愛い、の意味が良く分かる。

 

「もう、私がお姉ちゃんなのに」

 

 クリスと初めて会ったのは私が小学生の頃。

 終止お兄ちゃんが外国から助けてきた女の子がクリスだった。当時のクリスは何も話さないし、常に周りを警戒していて誰も近づけなかった。

 それでも、自分と同年代の私に対しては警戒心が薄く、クリスの世話役は自然と私の仕事になった。

 親と終止お兄ちゃんからお願いされた初めての仕事だったこともあり、クリスの事を妹のように思ってお世話をしてきた。

 

「あたしの方が年上だって何時も言ってるだろ!」

「お風呂で身体洗ってあげたじゃないですか」

「何年前の話をしてるんだ!」

 

 一つ誤算があったとすれば、妹のつもりでお世話をしていた女の子が年上だったこと。

 何時しか立場は逆転し、今では先輩風を吹かせてくる。

 こういう所は可愛くない。

 

「もってけダブルだ!」

 

 放たれた矢が二本に分裂し、分裂した矢が二本とも【リトルゴブリン】に突き刺さる。

 狙っていないように見えて、ちゃんと狙っているからクリスの弓は相変わらず凄い。

 

「どうしてこんなに差が出来たんだろ?」

 

 胸元の<エンブリオ>、見た目はペンダント型だが間違いなくコレはシンフォギア型の<エンブリオ>だ。

 頑張ってる終止お兄ちゃんの役に立ちたくて、大好きなお兄ちゃんに褒めてもらいたくて私はシンフォギア奏者を目指した。日本政府が管理する第1号聖遺物「天羽々斬」は翼お嬢様が、第2号聖遺物「イチイバル」は紛失。だから私は第3号聖遺物「ガングニール」の奏者を目指した。

 けど、私の歌に「ガングニール」は反応しなかった。LiNKERも投与したが、私の低すぎる適合係数では起動させる事が出来なかった。

 

「っは!」

 

 悩みを振り払うように槍で【リトルゴブリン】を一突きにする。単純な武術ならクリスにも、翼お嬢様にも負けていない。私は何が足りなくてシンフォギア奏者に慣れなかったのだろう? 

 胸元の<エンブリオ>を握りしめる。私の浅ましい願望、諦められない夢から生まれた<エンブリオ>。

 

「……まがい物のシンフォギア」

 

 これを使えばもっと終止お兄ちゃんの役に立てるかもしれない。

 けど、これを皆の、特にクリスの前で使うのは惨めすぎる。

 

「シンフォギアなんか無くても、私は戦える」

 

 リアルでの私は無力だ。ただの人間が相手であれば勝てる程度の力はあるけど、ノイズなどの規格外を相手にする力は私には無い。

 でも、<Infinite Dendrogram>でなら終止お兄ちゃんの役に立てる。

 

「だから、邪魔をしないで!」

 

 次から次へと現れる【リトルゴブリン】や【ゴブリンウォーリアー】を屠っていく。

 強くなる、強くなれる。

 強くなって、昔みたいに終止お兄ちゃんに褒めてもらうんだ! 

 

 

 

 □アルター王国<イースター平原> 【弓手】クリス・スノーシンフォニー

 

 また律が焦ってやがる。

 流れるような動きで【リトルゴブリン】を倒していく技術は先輩達と同等か、もしかすると律の方が上かもしれねえ。

 

「ったく、世話の焼ける妹だ」

 

 あいつは終止が好きすぎるんだ。

 初めて律と会ったのは、終止に助け出されて日本に連れてこられた時だ。当時小学生だった律は塞ぎ込んだあたしに話しかけ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。他人を信じられなくなっていたあたしは律を拒絶して、しっちゃかめっちゃかだった。

 

「私がお姉ちゃんです」

「地獄耳が。なんで聞こえてやがる」

 

 小声で言ったはずが、律には聞こえたらしい。

 相変わらずの地獄耳。本人が言うには、お世話をする為に観察力が鍛えられた、らしいがあの地獄耳は生まれつきだろ。あたしが小声で言った悪口を一つ残さず聞き取っていやがったくせに。

 

「年上のあたしが先輩に決まってるだろ」

 

 狙いをつけ矢を放つ。放った矢は狙い通り敵に突き刺さり、ノイズと同じように消えちまう。

 終止には色々借りがあるからゲームくらい役に立ってやらないとな。

 ゲームで遊んだことは殆ど無いが、現実と同じように動けるのであたしでも敵と戦える。

 出来れば現実で借りを返したいが、おっさんと違ってノイズも倒しちまうから借りの返し処が無いんだよな。

 

「終止と律には借りがありすぎるんだ」

 

 バルベルデでパパとママを助けてくれたこと、攫われたあたしを助けてくれたこと、フィーネに騙されて<ソロモンの杖>を起動させちまったあたしをフォローしてくれたこと。

 こんなあたしの居場所になってくれた終止と律、だからあたしは戦うんだ。

 

「パパとママの音楽で戦うなんて変な気分だ」

 

 現実では自分の歌で戦っているが、ここではパパとママがあたしの背中を押してくれる。

 あたしはパパとママとは違うやり方で世界を平和にしてみせる。

 でも、今は。

 

「ゲームを全力で楽しんでやる!」

 

 

 




遅くなってすいません。思っていた以上に仕事が忙しく、想定以上に時間が作れませんでした。

次の更新は8/10を目標にしています。
ちなみに、次回は現実回と言う名の実質シンフォギア回になります。


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12話 特異災害対策機動部二課の引っ越し

 □2043年7月25日 風鳴終止

 

<Infinite Dendrogram>サービス開始から今日で10日目。内部時間では30日が経過し、レベルアップも順調だ。

 今日は土曜日なので<Infinite Dendrogram>で遊んでいたかった。まだ高校生なので休む自由はあると思うのだが、残念ながら風鳴宗家次期当主としての仕事があるので<Infinite Dendrogram>で遊んでいる訳にもいかない。

 

「なんで俺が坊っちゃんを送らないといけないんですかね?」

「フランク君が昨日ミスしたからだね」

「ゲームの話をリアルに持ち込まんでください」

 

 まずはレベル上げという事で、<Infinite Dendrogram>ではパーティ狩りを継続中だ。

 とは言え、仕事などの用事もあるのでメンバーはログアウト、ログインを繰り返して随時パーティメンバーを更新して狩りを続けている。

 そんな中で、フランク・ディ・ジェモンが処理しきれない量のモンスターを引っ張ってくる、所謂トレインを発生させる事故を起こした。何とか処理出来たが、体を張ったランスロットはデスペナ寸前だった。

 

「でも、最近は送迎してなかったじゃないですか」

「何が悲しくて男とバイク二人乗りしなくちゃいけないんだ。車の免許を取得したって聞いたからだ」

「ああ、親父から聞いたんですか」

 

 私も翼姉さんと同様にバイクの免許は持っているが、車の免許は年齢的な問題で取得していない。超法規的措置で取得させてくれても良いのに、変な所で風鳴は真面目なのだ。緊急時は錬金術で空を飛んだ方が速いので、本当に必要かと言われると強く出れないのが辛い。

 そんな訳で、車で移動する時は誰かに運転を頼まなくてはいけないのだが、今日はフランクのリアルに頼んだ訳だ。

 

「ちゃんと給料は出す。車買うのに貯金しているんだろ?」

「それも親父情報ですか? 仕事くれるなら車買ってくださいよ」

「ミニカーでも良いかな?」

 

 寧ろ車を買いたいのは私の方だ。今乗っている車は風鳴宗家が所有する車と言えば聞こえは良いが、ようは父である風鳴訃堂が所有する車なのだ。

 なんか親の脛をかじっているようで嫌なのだ。特にかじる相手が妖怪と称される訃堂なのが嫌だ。

 

「プレミア付きのならイイっすよ」

「その辺のコンビニで売っているヤツに決まっているだろ」

 

 と、風鳴宗家次期当主という立場を忘れ、友人との雑談を楽しんでいると目的地に到着したようだ。

 

「……折角の海なのにつまらないですね」

「海とは言っても軍港だから仕方ない。水着女子は探してもいないと思うぞ」

 

 辺りを見渡しているアホは放置し、目的の潜水艦に近づいていく。

 引っ越し中だから荷物を持った職員が忙しく潜水艦を出入りしているので、邪魔にならないよう注意しなくては。

 

「それじゃ、そこらで時間潰してるんで仕事終わったら呼んでください」

「いや、大学行って勉強してこい」

 

 私をサボる理由にしないで欲しい。

 それに今日は宿泊の予定なので、待っていてもらう訳にもいかない。

 

「分かってますって。お勤め頑張ってください!」

 

 と、無駄に明るい笑顔を振り向いて去っていくアホ。

 余計な気を使わなくて良いので付き合いやすい相手だが、演技とはいえアホさ加減が心配になるな。

 まあ、一部の人間には演技だとバレて逆に警戒されている面もあるのだが。

 

「いなくなったので出てきて大丈夫ですよ」

「……申し訳ありません」

 

 引っ越し荷物の影に隠れていた友里さんに声をかけると、申し訳なさそうに出てくる友里さん。

 彼女はあのアホの笑顔の仮面を見破り、その下に隠された冷徹な素顔を把握している数少ない人物のうちの一人だ。

 その為、何を考えているか不気味に思いあのアホを苦手に思っているようだ。

 

「悪い方では無いと理解しているのですが、仕事柄どうしても警戒してしまって」

「まあ、仕方ないですよ」

 

 あのアホの本性、どちらかと言うと黒幕キャラ的な面もあるからな。昔からよくキャンプなど、遠くに連れて行ってくれる気のいい兄貴分的なポジションだったのに、なんであんなになってしまったのか? 

 ……風鳴の関係者って一癖二癖あるヤツが多いから、あのアホでも比較的まともな部類なのが悲しい所だ。

 しかし、それでも雇用関係に問題は無い。ウチは従業員の個性を尊重するアットホームな職場なのだ。

 

「それで、引っ越しは順調ですか?」

「はい。旧本部からの書類等の物資回収が完了、必要な物については順次仮説本部に搬入しています」

 

 特異災害対策機動部二課本部は元々と私立リディアン音楽院高等科の地下に建設されていたが、先月の闘いでリディアン音楽院と共に本部施設は半壊。

 地上施設のリディアン音楽院と違い、特異災害対策機動部二課本部は地下施設の為に再建は困難と判断されてしまい、早々に本部施設の移設が決定。

 とは言え、機密情報の塊である特異災害対策機動部二課の本部施設など早々に建設出来ず、新造された次世代型潜水艦内に仮説本部として移設されたのだった。

 

「その他の物資の積込みもスケジュール通りですので、予定通り航行訓練及び潜航訓練を実施予定です」

「了解です。それじゃ司令室に顔を出してきます」

 

 引っ越しの手伝いをしたいのは山々だが、上司が手伝うと邪魔になるだろうしな。

 私は高校生だが、特異災害対策機動部二課での権限の高さは上から三番目くらいなのだ。会社で言えば役員レベル、風鳴宗家からの目付け役なので大臣の承認が必要になるが、二課の司令である弦十郎兄貴の権限を停止する権限も保持している。

 

「あれ? 終止師匠来てたんですね」

「お疲れ様です、立花さん。あまり顔を出さないと忘れられてしまいそうなので」

 

 潜水艦内の通路を歩いていると、シンフォギア奏者である立花響さんに声をかけられた。

 彼女と知り合ってまだ数ヶ月だが、仕事が忙しい弦十郎兄貴と交代で戦い方を教えた仲なので立花さんからは終止師匠と呼ばれている。

 

「よく言うぜ。昨日は仕事したくないって駄々こねてたくせに」

「私は寧ろそれを知っている雪音に疑問を覚えるのだが」

「翼、二人はそういう仲ってことだろ」

 

 シンフォギア奏者の立花さんがいるのだから、当然他のシンフォギア奏者もいる訳で。

 クリスからはツッコミが、翼姉さんはそんなクリスに疑問を持ち、奏さんは翼姉さんに間違った情報を与えていた。

 

「やっぱりクリスちゃんと終止師匠は恋人同士だったんですね」

「んなわけねーだろ! あと、あたしは先輩だぞ。”ちゃん”じゃなくて”さん”だろ」

 

 原作と違い、クリスは立花さんがシンフォギアを纏う前から奏者として特異災害対策機動部二課でノイズと戦っていた。

 つまり、クリスと立花さんはれっきとした先輩後輩の仲なのだが、原作の修正力なのか背の低いクリスを年下と勘違いした立花さんはクリスのことを“クリスちゃん”と気軽に読んでいる。

 それとツヴァイウィングファンということもあり立花さんは翼姉さんと奏さんを“さん”付けて呼んでいる。

 

「え~、クリスちゃんはクリスちゃんだよ」

「この馬鹿! 少しは年上を敬え」

「弦十郎兄貴をおっさん呼ばわりしているクリスが言って良いセリフでは無いと思うぞ」

「おっさんはおっさんだからおっさんで良いんだよ!」

 

 そうハッキリと言い切られると弟として悲しくなるから止めて欲しい。

 

「それはそうと雪音。雪音は私の義妹になるのか?」

「先輩も冗談を真に受けるな」

「そうなのか? いや、私は本人同士が好き合っているのなら良いのだ、しかしだな」

 

 今度は翼姉さんがクリスに絡みだした。

 これが嫁と小姑のバトルか、などと観客気分で見ている場合じゃない。

 と言うか、クリスは嫁じゃない。まあ、気になる存在である事は認めるが。

 

「そう言うのはやはり年齢順というかだな」

「翼は終止が結婚したら誰が自分の面倒見てくれるか心配なんだろ。大丈夫だって、ちゃんと緒川さんが部屋片づけてくれるって」

「私はそう言う事を心配しているのではなくてだな」

 

 まあ、翼姉さんはその手の事に無頓着だから、平気で親戚でもない男性に部屋の掃除を任せるからな。

 風鳴の家で暮らしている時も酷かったけど、女中さんが定期的に掃除してくれていた。

 しかし、今の翼姉さんは反発して一人暮らし中だ。風鳴の女中さんもシャットアウトしているので、必然的に部屋の掃除は弟の私かマネージャーの緒川さんの仕事になる。

 ……流石に申し訳ないので、なるべく私が片づけるようにしているが。

 

「先輩、片づけられない女だからな」

「いい加減に弟離れした方が良いぞ」

「翼さん……」

 

 おう、今度は翼姉さんがフルボッコだ。

 特に後輩と可愛がっている立花の悲しそうな顔は大ダメージだろう。

 

「それで、皆さんは用事があったのでは?」

 

 ここは弟として助け船をだす。

 このまま傍観していては、後から翼姉さんに怒られてしまうからな。我が姉は剣にして防人で歌女、生意気で可愛く面倒な姉なのだ。

 

「弦十郎のおっさんとの話が終わったから、響の希望で訓練が始まるまで食堂で待機してようって話になってな」

「ごはん&ごはんか。それじゃ、私も弦十郎兄貴に会った後は訓練まで暇だから、食堂で待機してようかな」

 

 他の職員が働いている中、一人でいてもつまらないからな。

 仕事しろよとツッコまれそうだが、基本的に私の仕事は特異災害対策機動部二課の監督ではあるのだが基本的に暇なのだ。監視という仕事上、見逃さないよう顔を出さないといけないから忙しいと言えば忙しいが。

 

「それじゃ、私は弦十郎兄貴に会ってくるので」

「まて、終止。結局、雪音が終止の駄々を知っていた件が有耶無耶なのだが」

 

 っち、覚えていたのか。

 まあ、隠すような事じゃないから良いのだが。

 翼姉さん、ゲームとかやらない人だし。

 

「最近サービス開始した<Infinite Dendrogram>ってVRMMOで話したんだよ」

「あ、そのゲーム知ってます。最近発売されたゲームですよね」

 

 真っ先に反応したのは意外にも立花さんだった。ごはん以外にも興味あったんだな。

 そういえばアニメ好きの友人がいたはずだから、その友人から教えてもらっていたのかもしれない。

 

「終止が遊戯とは珍しいな。てっきり勉学と武術の鍛錬以外に興味がないと思っていたのだが」

「弟の事をそんなふうに思っていたのか。真面目人間という評価に喜ぶべきか」

 

 翼姉さんの前では勉強と武術の鍛錬しかしてなかったから仕方ない。

 全ては<Infinite Dendrogram>の為の準備なのだが、そういった面を知らなければ真面目な風鳴宗家次期当主に見えるだろう。

 

「そりゃ良い方に取りすぎだろ」

「昔から終止は自意識過剰だからな」

 

 人が折角プラス思考で考えているのに、クリスと奏さんが余計な事を言ってくる。

 勉強と武術の鍛錬を真剣に行っていたのは本当なんだから、少しは優越感に浸っても許されると思うのだが。

 

「それで、その<Infinite Dendrogram>に何故姉である私を誘わない」

「いや、翼姉さんこそ剣と歌とバイク以外に興味が無いモノと」

「姉を誘うのは弟の義務だろう」

 

 でた、翼姉さんの謎の姉理論。唇を尖らせているのは可愛いが、赤子の頃からの付き合いなので正直面倒臭いという気持ちの方が強い。

 クリスが相手だとまた違うのだが。

 ……胸囲の格差のせいだろうか? 前世はおっぱい星人だったからな。

 

「もしかして先輩誘ってなかったのかよ。律も一緒だったから、てっきり先輩にも声をかけていると思ってたぜ」

「いや、翼姉さんはゲームに興味ないと思ってたから」

「そこは一言声をかけておけよ」

「……律は誘ったのに私は誘われていない」

「ほら、先輩拗ねちまった」

 

 クリスが言うように、誰がどう見ても翼姉さんは拗ねている。

 廊下に体育座りで座り込み、悲しそうに廊下の壁を見つめるという普段の防人系女子な姿からは想像できない痛々しさだ。

 そんな翼姉さんを慰める奏さん。本当に翼姉さんにとって頼れる姉貴分だ。

 

「クリスだって何も言わなかっただろ」

「天地で武士やってると思ってたんだよ」

 

 確かに翼姉さんはアルター王国で騎士をしているより、天地で武士をしている方が似合っている。所属国が違えば<Infinite Dendrogram>で会うのは難しいから、話題に出ないのも不自然では無いか。

 

「……やはり姉より恋人を選ぶのだな」

「落ち込むなって翼」

「あわわわわ」

 

 カオスだ。

 クリスに責められる私に、落ち込む翼姉さん。そんな翼姉さんを慰める奏さんに、あわあわするだけの立花さん。

 

「あの、翼姉さん。一緒に<Infinite Dendrogram>で遊びませんか?」

「……私など二人の邪魔だろう。まだ馬に蹴られたくない」

 

 うん、この剣めんどくさい。

 普段の姉弟仲は良いのだが、その反動か自分が除け者にされた時の落ち込みぶりは激しい。

 

「ほら、私が一緒に遊んでやるから元気だせ」

「奏ぇ」

 

 そんな落ち込んだ翼姉さんを元気付けるのは奏さんだ。

 奏さんは翼姉さんにとって姉みないな人で、翼姉さんが甘えられる数少ない同姓の友人なのだ。

 

「……<Infinite Dendrogram>のデバイス、二台追加だな」

 

 二人のデバイスを用意しないとな。

 でないと翼姉さんがまた拗ねてしまう。

 

「あの~、終止師匠」

「……立花さん達の分も用意するよ」

「未来の分までありがとうございます!」

 

 他の奏者の分まで用意するのに、立花さんの分を用意しない訳にはいかない。

 そして立花さんの分を用意するなら、立花さんの嫁の分も用意する必要がある。あの子は色々怖いからな。

 

「しかし、立花さんは情報通なんだね。<Infinite Dendrogram>なんてまだコアなゲーマーしか注目していないと思ってたのに」

「友達が色々教えてくれるんです。このアニメが流行っているとか、このゲームが人気あるとか、この歌手が凄いとか」

「歌手か。……ツヴァイウィングとか?」

 

 ここでツヴァイウィング以外の名前を出すと翼姉さんの反応が怖い。

 他にも気になる歌手やバンドはいるが、翼姉さんの前ではツヴァイウィング推しを貫くのだ。

 

「勿論ツヴァイウィングが一番です! でも、アメリカではマリア・カデンツァヴナ・イヴっていうデビューからわずか2ヶ月で全米ヒットチャートの頂点に登り詰めた歌姫が誕生したんです!」

「へ~、2ヶ月で全米制覇なんて凄いな」

 

 そういえば、もうそんな時期なのか。

 祝マリア・カデンツァヴナ・イヴ全米チャート制覇だけど、このままアイドル大統領誕生と進むのか進まないのか。

<Infinite Dendrogram>も忙しいからフロンティア事変は勘弁してほしいな。

 

 




更新遅くなりました。
章タイトル回収です。

次回更新は15日の予定です。


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2043年8月 <UBM>討伐
13話 <UBM>を討伐する為に


 □2043年8月 【戦巧者】防人

 

 リアルは変わらず忙しい。

 特にアメリカの動きが不穏で、日本の諜報を司る風鳴は大忙しだ。

 そして残念なことに忙しさの割に成果は上がっていない。

 

『戦闘中に考え事とはマスターらしくないの』

「悪い、雑念に捕らわれていた」

 

 まったく、戦闘中に余計な事を考えるなんて私もまだまだ未熟だ。

 目の前の【ブラック・ウルフ】に集中しよう。相手は名前の通りの狼系のモンスターで、その攻撃方法は牙か爪での直接攻撃に限定される。

 攻撃方法は単純だが群れでの連携攻撃が厄介で、現に今も私の後方から気配を殺しながら一匹の【ブラック・ウルフ】が迫っている。

 

「敵の動きがパターン化していないのが<Infinite Dendrogram>の凄いところだな」

 

 背後から近づいてくる【ブラック・ウルフ】も気配を殺すのが上手いが、左側から接近してくる【ブラック・ウルフ】の方が気配を殺すのが各段に上手い。普通の武術家レベルでは気が付かないレベルだろう。

 それに比べると右から接近してくる【ブラック・ウルフ】は恐怖で気配が駄々洩れだ。

 同じ【ブラック・ウルフ】というモンスターなのに技術レベルに差があり、感情の強弱も異なる。

 

「まったく、何処までもリアルだ!」

 

 均一な能力、同じ行動パターンの敵などリアルには存在しない。あのノイズでさえ行動パターンに違いがある。

 しかし、今までの既存ゲームではモンスターの行動パターンはシステムで決められており、“ヘイト”と呼ばれる数値に従いプレイヤーを攻撃するだけだった。

 

「だからデンドロは面白い!」

 

 正面から威嚇してくる【ブラック・ウルフ】を無視し、≪軽業≫スキルを使い大きく後ろにバク宙の要領で飛び、背後から近づいて来ていた【ブラック・ウルフ】を飛び越える。

 目の前の獲物が急に消えた事で一瞬動きが止まった【ブラック・ウルフ】に背後から襲いかかり、その首にアマノムラクモを突き立てる。

 

『やっぱりマスターの闘い方は卑怯くさいのじゃ』

「安全で効率的と言ってくれ」

 

 首を刺された【ブラック・ウルフ】は光となり、首に刺さったアマノムラクモがフリーになった。抜かなくても良いのはゲームの良い所だ。

 勢いを殺すことなく、左から接近していた気配を殺すのが上手い【ブラック・ウルフ】に迫り、≪一閃≫を使って一太刀で【ブラック・ウルフ】の首を刎ねる。

<Infinite Dendrogram>内で2ヶ月近く。アマノムラクモと共に戦った成長の証として、≪一閃≫はアマノムラクモが戦況を判断して自動発動してくれるようになった。

 

『ふむ、固定ダメージ3000は下級モンスター相手には多すぎかの?』

「多すぎ。最近はMPを湯水のごとく使うのが癖になってない?」

『まだまだ余っておるし、回復力もあるから問題無いのじゃ』

 

<エンブリオ>アマノムラクモの成長補正、【戦巧者】で習得したジョブスキル≪MP回復力向上≫で強化されたMPの自然回復量、二つ目のジョブである【生贄】により大幅に強化された最大MP量。

 これらが合わさった事で≪一閃≫は奥の手から、普段使い出来るスキルになっている。

 

「レベルカンストまであと少し、もうひと踏ん張り」

 

<Infinite Dendrogram>のサービス開始から約3週間、内部時間で2ヶ月近い時間が経過している。

 廃人プレイヤーなら数度のレベルカンストによる転職を行い、中には<UBM>を倒した<マスター>もいるらしい。

 それに比べると私の歩みはほんの少しだけ遅い。半分学生で半分社会人なのでログイン時間に制限があるので仕方ないが、ファーストジョブの【戦巧者】はレベルカンスト、アマノムラクモが進化して到達形態:Ⅱになったくらいの成長だ。

 

『素直に【生贄】のままレベル上げした方が効率良いのにのう』

「……色々とプライドがあるんだよ」

『負んぶに抱っこの方針だったじゃろ』

 

 二つ目のジョブには最大MP量の大幅強化を目的に【生贄】を選択した。【生贄】は一切の戦闘行為が出来なくなるので、レベルを上げるにはパーティに寄生するしかない。

 

「自力でレベル上げの方法が出来たから方針変更って言ったろ」

 

 アマノムラクモが進化したのは、私が【生贄】としてパーティプレイをしていた時だ。【生贄】なので戦闘行為は出来ず、せめて何か役に立とうと囮役をしていたのだが、そんな時にアマノムラクモは進化してくれた。

 アマノムラクモの進化は純粋に武器としての性能向上の他、スキル≪勤倹貯蓄≫の強化が大きな目玉だった。

 

『≪勤倹貯蓄≫で貯めたリソースを経験値に戻せるとは言え、変換効率が悪すぎると思うのじゃが』

「……ヒモ男よりもマシだ。これでクリスにデカい顔されないで済む」

 

 アマノムラクモのスキル≪勤倹貯蓄≫は、私が獲得したリソースのうち指定したパーセント分を≪叢雲一閃≫のダメージリソースとして貯蓄しておくスキルだった。

 しかし、アマノムラクモの進化と共に≪勤倹貯蓄≫に二つの機能が追加された。

 一つは貯めたリソースに1月あたり0.1%の利子が付くようになった事。<Infinite Dendrogram>のログイン時間が720時間を経過する毎に貯めていたリソース量が0.1%増えるのだ。

 二つ目が貯めたリソースを経験値に戻す効果。これは任意に発動出来るので、【戦巧者】として闘い貯めたリソースを【生贄】の経験値に戻す事が出来る。

 寄生するしかレベル上げの方法が無い【生贄】にはありがたい効果なのだが、欠点として100の経験値を100のリソースとして保管していた場合、貯めていたリソースを経験値に戻した場合50の経験値にしかならない変換効率の悪さがある。

 

『素直に皆を頼った方が早く【生贄】を卒業出来ると思うのじゃが』

「まったくだ、素直になれっての」

 

 残っていた【ブラック・ウルフ】のうち、囮役として元々私の正面にいた個体の額に矢が突き刺さる。

 クリスの狙撃だ。どうやら静と共に相手をしていた【ブルーレミングス】の群れの処理が終わったらしい。

 今日はクリスと静、そして私の三人パーティで狩りをしていたのだが、【ブルーレミングス】の群れと戦闘中に【ブラック・ウルフ】の群れが横から接近してきたのだ。

【ブルーレミングス】と【ブラック・ウルフ】が共闘するとは思えなかったが、二つの群れを相手にしては物量で押される危険があった。そこで私が時間稼ぎとして【ブラック・ウルフ】の相手をしていたのだ。

 

「養ってくださいとお願いしてくだされば、私はいくらでも尽くしますのに」

「静、重い。それはちょっと重いって」

 

 芝居がかった仕草で、それでいて何処か色気を感じる、静が重いセリフを口にする。

【生贄】に転職して戦闘行為を行えなくなった私の世話を積極的にしてくれるのが静だった。次点で世話をしてくれたのはクリスだが、クリスはツンデレなので尽くす事に照れが無かった静の独壇場となった。

 

「ふふ、いけない趣味に目覚めそうです」

「……監禁は犯罪だからね」

 

 静とは風鳴宗家の屋敷に一緒に住んでいる。静以外にも住み込みの使用人が複数人おり、当然部屋は別々でプライバシー保護もしっかりしている。

 しかし、そこは諜報員の巣窟である風鳴宗家。こっそりの同僚同士の趣味嗜好を調べる悪癖がある者が一定数いる。

 そんな者達の報告によれば、静は最近ヤンデレ物の同人誌、特に彼氏を監禁して性的な事をしてしまう女の子が出てくる同人誌にハマっているらしい。

 未成年の静がそんな同人誌を見ているのはどうかと思うのだが、風鳴宗家はそれ以上の非合法活動をしているので誰もソレを指摘する者はいない。

 

「リアルで監禁したら直ぐにバレてしまうのでやりませんよ」

「デンドロ内でも止めてね」

「色々とお世話はお任せください」

 

 色々の部分が随分と艶めかしい雰囲気がある。

 静の手が私の頬を優しく撫でた。

 うん、<Infinite Dendrogram>はそういう行為が出来るので期待してしまう。ハニートラップ対策として色々経験を積んでいるが、やはり男はアホだと感じる瞬間だ。

 

「何恥ずかしい事してるんだ! そういうことは家でやれ!」

「家でやっているので安心してください」

 

 大人な雰囲気を感じ取ったクリスが顔を真っ赤にして抗議してくる。相変わらずクリスはこの手の事に免疫が無い。

 そして言われた静も慣れたもの。手を私の頬に当てたまま、それをクリスに見せつけるように反論するのだった。

 

「リアルで家でもココでは外だろ!」

「見解の相違ですね」

「だから手を放せって!」

 

 普段の静であればクリスをここまで挑発する事は無いのだが、やはり<Infinite Dendrogram>というゲームの中と言うのが心理的ハードルを下げさせているのかもしれない。

 ガングニールの事は悩んでいるようだが、なんだかんだ言ってロールプレイを一番楽しんでいるのは静なのかもしれない。演じるロールの方向性が定まらないが、本気でロールを演じているから適当にあしらう訳にもいかないし。

 

「ほら、ケンカしないで狩りを続けよう。予定が押している」

「予定が押してるのはお前の余計なプライドのせいだろうが」

「……ホントにスイマセン」

 

 風鳴グループ・アルター王国班は王国南部で噂される<UBM>を討伐する為に遠征予定なのだ。

 初めての長期遠征なので物資の調達や移動手段の確保、<UBM>討伐の為のレベル上げなどやる事は多い。

 私は【生贄】のレベルカンストと、第三のジョブに就く事がタスクとして求められている。

 

「素直に私達を頼ってくれていたなら今頃は準備完了の予定でした」

「ったく、プライドだかで余計な迷惑かけるなよな」

「……ホントにスイマセン」

 

≪勤倹貯蓄≫の強化により自力で【生贄】をレベル上げが出来るようになったとは言え、変換効率を考えると二倍のリソースを稼ぐ必要がある。メインジョブ以外は経験値が入らない<Infinite Dendrogram>の仕様が憎い。

 

「ほら、さっさと次いくぞ!」

「<UBM>討伐は早い者勝ちなんですから、早く行きましょう」

「ああ」

 

 二倍のリソースを稼ぐ為、適正レベルよりも上の狩場に来ているので、上級職に就いておりステータス的には私よりも強い二人の手助けは非常にありがたい。

 ……MPだけなら負けていないが。

<UBM>討伐の為にも頑張らなければ。

 




ちょっと時間が進んで8月です。
UBM討伐編といった所ですかね。

次回は8/20の更新予定です。


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14話 旅のお供は幼女の手作り弁当とキス(頬)

 □2043年8月 【騎士】防人

 

「これで遠征準備は完了かな?」

「食料に回復アイテム、生活雑貨も各自のアイテムボックスに格納済みです」

「馬車の準備も完了しています」

 

 今回の遠征の為に購入した幌馬車を前に私は最終確認を行う。

<Infinite Dendrogram>での初めての遠征だ。移動に数日かかる予定なので準備も慎重になる。

 だからセバスチャンに遠征準備に漏れが無いか、何回も確認してしまう。

 

「しかし、イメージ壊れるな」

「馬車を曳く馬が用意出来無かったので仕方ありません」

 

 折角の遠征なので移動用に馬車を用意したのだが、馬車を曳く馬やテイムモンスターを用意する予算が足りなかった。

 用意出来る予算がカツカツだったのもあるが、<UBM>が目撃されたと噂がある村は貧困に喘いでいると聞いた雪音夫妻、こちらではスノーシンフォニー夫妻と言った方が良いか、が村への支援物資を用意する事を提案してくれた。

 

「ごめん

 なさいね、私達の我儘で」

「いえいえ。苦しんでいる民がいるのであれば、それを助けるのも”防人”の役目です」

 

 心苦しそうなソネットさん。救援物資の購入費用が膨らみ、移動用の馬が購入出来なかった事を気にしているらしい。

 

「それに、馬車を曳くだけなら馬鹿のカローンがあるので問題無いですし」

「でも、それだとフランク君が大変じゃない」

「大丈夫ですよ。あの馬鹿は運転していないとタダの馬鹿なので」

「……職場環境がブラックすぎて辛い」

 

 馬車と自身の<エンブリオ>カローンの接続作業をしているフランク・ディ・ジェモンが嘆く。

 彼の<エンブリオ>はTYPE:チャリオッツで、到達形態:Ⅱに進化した<エンブリオ>は大型バイク型になっている。

 下手な馬よりもパワーと持続力があるので、これはこれで移動の足には丁度良い。<エンブリオ>なのでフランク君しか操縦出来ない欠点はあるが。

 

「それに支援物資の3割はソネットさんのお手製じゃないですか」

「まだまだ初心者だから皆さんのお口に合うと良いのだけれど」

 

 今回購入した遠征物資は、馬車、回復アイテム、食糧、支援物資とそれなりの量がある。特に支援物資は村の現状が良く分からないので食糧、日用雑貨、医療品と多岐に渡る。

 それらを用意するのも大変なので、手に入れたコネを利用してエドワードさんの商会に一括発注している。

 大量購入とコネのお陰で普通に買い揃えるよりもお安くなったが、そこはまだまだ駆け出しの<マスター>なので決して安い買い物では無かった。

 と言うより、若干の予算オーバーだった。

 

「ママの手作りなら最高に決まってるだろ」

「あらあら、クリスちゃんったらお世辞が上手なんだから」

 

 そんな状況で力を発揮したのがソネットさんの<エンブリオ>だった。音楽家のソネットさんの<エンブリオ>なので音楽系の<エンブリオ>かと勝手に想像していたのだが、ソネットさんの<エンブリオ>は音楽とまったく関係無い生産系の<エンブリオ>だった。

 

「TYPE:キャッスルの【エデン】、貧困地域でNGO活動しているソネットさんらしい<エンブリオ>だと思いますよ」

「夫と違って”音楽の力”に限界を感じていた私の希望がカタチになっただけです」

「……ママ」

 

 バルベルデ共和国での事件以来、雪音一家の道には乖離が生まれていた。

 音楽の力で心を癒し、心と心が通じる事で世界を平和に出来ると信じる雅律さん、シンフォギアの力で目の前の悲劇を止めて世界を平和にすると信じるクリス。

 そして、食べ物や働ける環境を整える事で人々の不安を無くし、人々の物理的な不安を解消する事で世界を平和にすると誓ったソネットさん。

 そんなソネットさんの<エンブリオ>は畑だった。進化すると旧約聖書に登場する”エデンの園”に近づくのかもしれないが、現在は家庭菜園以上だか小規模農家以下の広さの畑でしかない。

 もちろん<エンブリオ>なので植えてから収穫するまでの期間が通常より短かったり、収穫物にステータスアップ効果が付加されたりする大変ありがたい畑なのだ。

 

「NGO活動として農業復興事業もして、少しずつですが人々から飢えを無くしているのですから立派ですよ」

「ママが”音楽”から離れているのは悲しいけど、あたしには出来ない凄いことをしているんだから胸を張ってくれよ」

「クリスちゃん、その言い方だとママが音楽していないみたいじゃない。日本ではしてないけど、パパとチャリティーコンサートだってやっているんだから」

 

 離れて暮らしている親子だが、同じ目標を持っている者同士だからか関係は良好なようだ。 

 世界を平和に。この事を真剣に考え、実行している家族はそうはいないだろう。

 そして、その考え方はリアルだけでなく<Infinite Dendrogram>でも同じだ。

 今回の遠征費用、特に救援物資の調達で購入費用が足りなかった分は、ソネットさんが生産した小麦の売却益を出してくれた事で賄えている。

 

「坊っちゃん、準備完了ですぜ」

 

 カローンと馬車の接続作業を担当していたフランク。

 どうやら出立準備が整ったようだ。

 

「坊っちゃん言うな。忘れ物は無いな?」

「はい、全てチェック済みです」

 

 馬車の動力となるカローンの接続がフランクの仕事なら、荷物の最終確認者は執事であるセバスチャンの仕事だ。

 自分達用の回復アイテムやテント、食料などは出来るだけアイテムボックスに収納しているが、救援物資の方は量が多くとてもアイテムボックスに収納しきれない。

 この為、馬車は三台もあるのに荷物でスペースが一杯だ。荷物満載の馬車が3台に乗員8人なので、<エンブリオ>とは言え大型バイク一台で牽引出来るか不安になる。

 

「そう言えば、日本だと牽引ロープに白い布をつけるって法律で決まっているけど、アルター王国では無くても大丈夫なのかな?」

「一通りの法律は調べていますが、アルター王国ではその手の法律は存在しないようです」

「流石T大法学部、頼りになる」

 

 セバスチャンとリーラが事務作業及び礼儀作法担当なら、ランスロットは法務担当だ。彼はリアルでも司法試験合格を目指すT大生なので法律関係には強いのだ。

 

「まだ法学部に進めると決まった訳では無いので」

「このまま順調に行けば法学部に進めるさ」

 

 謙遜なのかもしれないが、ランスロットは自身を低く評価する傾向がある。

 確かに風鳴の関係者にはT大卒の人間はゴロゴロいるし、肉体労働担当にしてもアメリカの特殊部隊に匹敵する能力を持つ者達の集まりだ。

 そのような環境で幼少期から過ごしているので低評価も仕方ないのかもしれないが、ランスロットも世間一般で考えれば十二分にエリート大学生なのだ。

 この認識のズレが風鳴と関係無い一般人から煙たがられ、嫌みな人間と思われる最大の原因になっている。

 特にランスロットの実の妹である静は、兄のコミュニケーション能力の低さを嘆いていた。

 

「よし、それじゃ出発しようか」

 

 遠征メンバーの顔を見渡し、<UBM>討伐遠征の出立を告げる。

<Infinite Dendrogram>で初めての遠征はアルター王国組全員、私、クリス、マークさん、ソネットさん、ランスロット、静、セバスチャン、リーラ、フランクの9名。

 まだまだ正式サービス開始から時間が経っていない<Infinite Dendrogram>においては、恐らく最大規模の固定パーティだろう。

 

「最後に挨拶を、と思っていましたがギリギリのタイミングでしたか」

「お兄ちゃーん!」

「お久しぶりです」

 

 馬車に乗り込んで、後は出発。と言うタイミングでやってきたエドワードさん一家。

 物資調達でお世話になった商人のエドワードさんに、天真爛漫なグレースちゃん、グレースちゃんのお姉さんでしっかり者のオリビアさん。

 ちなみにグレースちゃんは10歳のロリっ子で、オリビアさんは14歳のローティーンだ。

 

「その節はお世話になりました」

「いえいえ、私共も良い商いが出来ましたので」

 

 リアルで半分社会人だからか、どうしても固い挨拶になってしまう。

 プライベートな付き合いもあるエドワードさんだが、ビジネス上の付き合いもあるのでこれくらいの距離感が丁度良いのかもしれない。

 

「それに<UBM>の情報も提供してもらいましたし」

「故郷に伝わる昔話をお教えしただけですよ」

 

 そう、遠征の討伐目標である<UBM>の情報はエドワードさんから教えてもらった。

 なんでもエドワードさんの故郷であるアルター王国南部では知る人ぞ知る御伽噺で、数百年前に領主を裏切り討伐された騎士団がアンデットとして今も彷徨っている、と言う噂だ。

 そしてこの手の御伽噺には付き物だが、アンデット化した騎士団は民衆や領主から奪った財宝を今も隠し持っているらしい。

 御伽噺を信じた何人もの冒険者がアンデット化した騎士団討伐に赴き、全員が生きて帰ってこなかった。今でも裏切りの騎士団は活動しており、時に村までやって来て悪い子を攫っていく。

 と、最後は御伽噺のよくあるパターンで締めくくられる。

 そして、冒険者を返り討ちにし、やがては国が派遣した騎士を返り討ちにするまでに成長したアンデット達は今では<UBM>に至っているという。

 

「しかし、あくまでも噂なので<UBM>なのかは保障出来かねます」

「それでも<UBM>の情報はありがたいですよ。それに、貧困に苦しんでいる村があるのは本当何ですよね?」

「ええ。生糸の生産地なのですが、山奥で数年前に村に繋がる山道が崩れてしまったのです。さらに人の往来が減ったことでモンスターの生息数も増えてしまい、今では陸の孤島となっている村なのです」

 

 その村は森に囲まれており、農業に適した地では無かったらしい。そこで生産された生糸を売り、食糧を購入する事で生活していた村だったらしいのだが、物流が途切れてしまった事で一気に貧困地帯になってしまった。

 生糸の生産地とは言っても、小規模な村なので生産量も多くなかったらしい。買い取っていた商人達も別の生産地からの買い取りに変更してしまい、現在では誰も見向きもしなくなった村との事だ。

 

「我が家が商人として大成したのは、祖父がこの村の生糸の商いを始めてからなのです」

「だから今でも気にされていたのですね」

「何とか援助したいのですが、商人としては利の無い事は出来ず」

 

 交通インフラの復旧、生息数が増えたモンスターの討伐。これらの費用と生糸の商いが生み出す利益。これらを天秤にかけて利が無いと判断したのだろう。

 確かに、この村は生糸が特産品とは言え、他にも質が良く大量に生産している場所が複数あるとの事なので、この村の生糸を一手に扱っても利益は薄い。

 

「それでも食料援助はされていたのでしょう?」

「我が家が個人的に出せる金額の範囲内で、ですよ。大した援助ではありません」

 

 エドワードさん達は利益にならなくても、縁がある村という事で個人的に援助を続けていたらしい。

 だからこそ、農業が難しい村が飢餓にならずに今まで生き延びてきたのだ。

 雇った冒険者を使った徒歩での援助だったらしいが、アイテムボックスを活用しているので最低限の食糧は輸送出来ていたそうだ。帰りの足で生糸の買い取りも行っていたらしいが、冒険者の人件費や徒歩という効率の悪さから完全に赤字で商売としては成り立っていないらしい。

 

「なので、言い方は悪いですが私達はサキモリ殿を利用しているのです」

「それは百も承知です。私達もこの手の人道支援を拒むつもりはありません」

「ありがとうございます」

 

 エドワードさんが出発前に挨拶に来た理由。

 それは恐らく、自分の都合で私達を動かしている、そんな後ろめたさがあったからではないだろうか。

 しかし、私達は風鳴。民の平穏な暮らしを防人る事を生業とする一族だ。苦しんでいる民がいるのなら、そこに助けに向かうのは当然だ。

 それに、ここはゲームなのでリアルと違ってリスクは無い。リアル以上に否を唱える理由がない。

 

「難しいお話は終わった?」

「ごめんね、グレース。パパのお話は終わったよ」

 

 エドワードさんの後ろで待機していたグレースちゃんが待ちきれなかったのか、ニコニコ笑顔で大人の会話に割って入ってきた。

 

「はい、お弁当作ってきたから食べて!」

「お弁当?」

「うん! お兄ちゃんに食べて欲しくてお姉ちゃんと一緒に作ったの」

 

 笑顔で弁当が入っていると思われる小包を差し出してくるグレースちゃん。

 そしてグレースちゃんの両肩に手を置いて妹を見守るオリビアさん。まだ14歳の子供ではあるが、彼女の料理の腕はプロ級なのは知っている。

 そんな彼女と一緒に作ったお弁当ならきっと美味しいだろう。

 

「ピーマンは入れていないので安心してください」

「……ありがとうござます」

 

 14歳の少女にピーマンで気を使われるとは、年上として情けなくなる。

 だからと言って、ピーマンを食べたいとは思わないが。

 

「はい、好き嫌いしないで残さず食べてね」

 

 ピーマン食べられない同盟のグレースちゃんには言われたく無いな。

 まあ、相手は幼女なので何も言わないが。

 

「ありがとう」

 

 笑顔のまま両手で持っている小包を差し出してくれるグレースちゃん。

 私は膝をつき、目線をグレースちゃん合わせてから小包を受け取った。

 そんな時、事件は起きた。

 

「どういたしまして! っちゅ」

 

 グレースちゃんの顔が近づき、その可憐な唇が私の頬に触れたのだ。

 簡単に言えば頬にキスされたのだ。

 

「まあまあ」

 

 背後から聞こえる楽しそうな声。

 振り向かなくても誰の声か分かる。この綺麗な声はソネットさんだ。

 

「それは犯罪だろ」

 

 次に聞こえるのは怒っている声。

 うん、これはクリスの声だ。

 

「大丈夫ですよ、坊っちゃん。ランスロットに頼んで調べておきましたけど、こっちらでは未成年に対する淫行を禁止する法案は無いみたいっす」

 

 うん、これは馬鹿の声だな。

 そもそも<マスター>にティアンの法律は関係無いって言うか、法的に大丈夫でも社会的に死んでしまう。

 

「……終止お兄ちゃん」

 

 そして、悲しそうな声は静だ。

 余程ショックだったのか、キャラクターネームでは無くてリアルネームになってしまっている。

 

「えへへ。大きくなったら大人のチューしてあげるね!」

 

 この微妙な空気を作った犯人、グレースちゃんは続けて爆弾発言してしまう。

 男としては嬉しいが、後ろからの刺すような視線が痛い。ハーレム系ラノベ主人公はこんな修羅場を乗り越えて来たのか。

 凄いな、尊敬するわ。

 

 




ちょっとハーレム展開

次回更新は8月25日の予定。
9月からは新生活(?)が始まるので、もしかすると更新頻度がさらに遅くなるかも。
コロナで完全テレワークだったのに。。。


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15話 破壊された尻と天上の音楽

スイマセン、日付間違えてました


 □2043年8月 【騎士】防人

 

 王都アルテアを出発してから12日。

 もちろん<Infinite Dendrogram>での時間だが、リアル時間では水曜日に出発して今日は土曜日なので4日目だ。

 普通に移動出来れば5~6日の距離で、実際に<Infinite Dendrogram>内で移動した時間はその程度の時間だ。

 これは移動式セーブポイントという便利アイテムを持っていないが故に、セーブポイント毎にログアウト&ログインを繰り返し、全員のリアルでの予定を合わせる必要があったからだ。

 悲しいかな、全員がログインして移動しないと置き去りにしてしまうメンバーが出てしまうが故の苦肉の策だ。

 

「このペースなら昼前には到着するかな?」

「ええ、若とクリス嬢の頑張り次第ですが」

「フランクの尻が死ぬ前に着くと良いのだが」

 

 現在はニッサ辺境伯領に入り、最終目的地である村へ向かっている途中だ。

 傍らのセバスチャンとスケジュールの確認を行い、事前計画と齟齬が無いかを確認しながら足を進めている。

 エドワードさんから聞いていた通り山道は荒れ果て、道は石や穴でデコボコしており馬車での移動には適していない。

 いや、馬車で進む事は出来るのだが振動が酷く、とても馬車に乗っていられないのだ。現に大型バイク型の<エンブリオ>、カローンに乗っているフランクの顔は苦痛で歪んでいる。

 

「障害物が大岩と倒木程度だったのが救いだな」

 

 交通インフラの崩壊は、大嵐を原因とする落石と倒木による物だった。 

 この程度なら人手をかければ復旧可能なのだが、ニッサ辺境伯領でも辺境にあたる村なので放置されているようだ。

 あ、辺境伯領と言っても必ずしも辺境にある訳では無い。辺境伯は元々国境付近に防備の必要上置いた軍事地区の司令官が発祥で、この軍事地区が辺境伯領となっている。これはリアル準拠の知識なので、<Infinite Dendrogram>ではどうか分からないが。

 国境地帯なので王都などから見れば辺境なのだが、逆に言えば国境地帯という事で他国との貿易がやりやすい立地でもあるのだ。

 それと辺境伯は通常の伯爵よりも格上で、けして”辺境の伯爵”という意味では無い。そもそも、日本でよく言われる「公・侯・伯・子・男」の爵位は中国由来で、ヨーロッパの貴族位を無理矢理当てはめているので注意が必要なのだ。

 

「モンスターの出現数も増えているので注意してください」

 

 周囲を警戒しているランスロットが注意を促す。

 人の往来が無くなった為か、モンスターの生息数が増えて襲われる機会も増えているのだ。これもエドワードさんに事前に教えてもらっていたので対策はバッチリだ。

 非戦闘職のマークさん、ソネットさん、大岩破壊要員のクリス、倒木切断要員の私、カローン操縦員の馬鹿、この5人を除いた静、ランスロット、セバスチャン、リーラの四人が交代しながらツーマンセル体制で常に周辺を警戒している。

 

「どうやら次は若の出番のようですな」

 

 デコボコの道に難儀しながら進んでいると、数本の倒木により道が塞がれていた。

 太さは60センチ、長さは20メートル程だろうか。重さは不明だが、見た目はそれなりの大きさなので、それなりの重量はあるだろう。

 これを普通に道からどけようとすれば重労働なるはずだ。

 

「《一閃》」

 

 しかし、それは元の大きさのまま動かした場合の話だ。

《一閃》による固定ダメージを利用し、巨木を手ごろな大きさに斬り揃えていく。

 

「お見事です」

「木材に使えそうな物だけ回収して、後はどかしておこうか」

 

 倒木してから数年経過しており、それなりに乾燥しているようなので良い木材になりそうだ。

 使う目的がある訳では無いが、村の復興作業に使えるかもしれないので回収出来る物はなるべく回収しておく。

 

「次はクリス嬢の出番のようですな」

「任せとけ!」

 

 クリスの気合と共に放たれた矢が、道を塞ぐ落石を粉々に吹き飛ばす。

 道を塞ぐ大きさの岩は無くなったが、とりあえずの除去作業なので拳大の石は無数に残っている。

 が、我々は徒歩なので移動に支障は無い。カローンに乗るフランクの尻が振動で凄いことになっているが構っている時間が惜しい。

 ……いや、馬車が壊れると不味いから多少は気にしているが。

 

「痔になったら労災出るんですかね?」

「リアルじゃ健康体だから対象外だろ」

 

 そんなフランクにとって地獄の行軍を続けること2時間。

 よくここまで荒れていると感心するレベルで道を塞ぐ大岩、倒木を処理し、襲い掛かるモンスターを狩り続け、ようやく目的の村が見えて来た。

 王都アルテナを出発した時は転職直後だったこともあり、【騎士】のレベルは一桁だった。が、今では32まで上がっている。合計レベルなら132なのでそれなりの戦力はあるはずだ。

 

「思ってたよりも廃墟ですね」

「お前の尻よりはマシだと思うが」

 

 限界を超えたフランクの尻は破壊され、【痔】の状態異常を患っている。

 状態異常の効果としては、歩行速度の低下、継続的にHPが減っていく、この二つらしい。ダメージの減る量は【毒】よりも少ないらしいが、歩行速度の低下が地味に痛い。

 

「建物の痛みは酷いですが、村民の飢餓は想定よりもマシなようです」

「エドワードさんの支援物資の成果か」

 

 遠目に見える建築物は荒れ果てているが、住民の方は元気なようだ。

 今も村を守る様に設置されたバリケードの内側から槍や弓を手にこちらを警戒しているので、飢餓状態で動けない、なんて最悪の状況では無いのだろう。

 しかし、武器を握りしめる拳に力が入りすぎているのが気になる。警戒されるのは想定していたけど、これは問答無用で襲われるパターンか? 

 

「このまま進むと無用な争いに発展しそうだな」

「そうですな。まずは村民の警戒感を解かないと交渉も難しそうです」

 

 傍らのセバスチャンと現状の確認を行い、自身の考えが間違っていない事を確認する。

 村民は子供を守る野生動物と同じように奪われまいと必死になっている。

 このまま我々が近づけば、その警戒心の高さから矢を放ってくるだろう。

 

「まあ、想定の範囲内ではあるけど」

 

 この村の現状はエドワードさんから聞いていた。

 だから、顔見知りでは無い我々が村にやってくれば警戒される事は当然だし、こういう事態の為にエドワードさんの紹介状も持参している。

 問題は、この警戒されている状況でどのように紹介状を相手に渡すか、だ。

 

「ここは”音楽の力”の出番だ」

「そうだね、こういう場面こそ私達”音楽家”の出番だ」

 

 ヴァイオリンを片手に持ったマークさんが前に出る。

 その後ろにはソネットさんが続くが、クリスは続かない。

 

「……なんだよ」

「クリスは歌わないのかなって」

「あたしの歌じゃ力不足だからな」

 

 マークさん、ソネットさんに続いて前に出る事無く、私の横にいるクリスは悲しそうにつぶやくのだった。

 

「そんなこと言って、ホントは恥ずかしいだけなんじゃない?」

「んなわけあるか!」

 

 そんなクリスを励ます為だろうが、落ち込むクリスを静がからかった。

 からかわれたクリスも表面上は元気に反論するが、内心はどうなのだろうか? 

 ……まあ、シンフォギアを纏って戦うクリスの歌は攻撃的で、あまりこういう場面では歌わない方が良いのかもしれないな。

 

「お二人の邪魔になりますからお静かに」

「申し訳ございません」

「わ、わりぃ」

 

 リーラの一言で静、クリスのじゃれ合いが止まる。

 流石、風鳴のメイド長。その威厳は伊達では無い。

 

「坊っちゃん、私は坊っちゃん付きのメイドを束ねる立場ですが、風鳴に仕える全メイドを束ねる立場にはありません」

「お、おう」

 

 リーラは出来るメイドなので、主の考えがある程度読めるらしい。

 ついでにリーラの夫であるセバスチャンもこの特技を持っている。

 

「若の味方をさせて頂ければ、我妻はメイドの中では確かに風鳴のNo2。しかし、若が家督を継げば風鳴全体のメイド長に就任する予定ですので、あながち間違いではございません」

「フォローありがとう」

 

 次期当主付きのメイドを束ねる立場だから、リーラは偉いし有能なのだ。

 それはセバスチャンにも同じ事が言える。

 

「始まりましたね」

「そう緊張しなくても大丈夫だって」

 

 マークさんとソネットさんが音楽を奏で始める。

 音楽を奏でるマークさん、ソネットさんが攻撃された際にフォロー出来るよう、気を緩める事無く警戒しているランスロット。真面目な性格なので油断する事が出来ないのだろう。

 

「二人の音楽なら通じるさ」

 

 二人の音楽は平和への祈りだ。その祈りを聞けば警戒している村人と心を通わすことだって出来る。

 これは願望などでなく、確定した未来だ。

 

「まあ、パパの<エンブリオ>はそういう<エンブリオ>だからな」

「身も蓋もない事を言えばその通りだけど」

 

 音楽で世界を平和にすると誓い、しかし、バルベルデ共和国での事件から飢えを無くす事で世界を平和にすると方針転換したソネットさん。

 そんなソネットさんと違い、マークさんは音楽で世界を平和にするという想いを貫いてきた。

 だからこそ、そんなマークさんの<エンブリオ>は音楽で世界を平和にする<エンブリオ>なのだ。

 

「パパの<エンブリオ>、モチーフ的には弱そうなのにな」

「一応、ストラディバリウスは世界の名器だろ」

 

 マークさんの<エンブリオ>はストラディバリウス。世界的な名器をモチーフにしたヴァイオリン型のエンブリオだ。

 

「でも、パパがリアルで使ってるヴァイオリンもストラディバリウスだぞ」

「まあ、神話に出てくる武器に比べると弱そうだけど」

 

 モチーフ自体は神話由来の物と比べると格が落ちるように思われるが、モチーフによって<エンブリオ>の性能は決まらない。

 

「ほら、相手の警戒心が弱くなっている」

 

 弓や槍を持ち、こちらを警戒していた村人達。村人の中には敵愾心を隠さない者もいた。

 しかし、そんな彼等は徐々に脱力し、マークさんとソネットさんが奏でる音を楽しむ心の余裕が生まれている。

 これがマークさんの<エンブリオ>の力だ。音楽を聴いた相手の精神系状態異常を回復し、強制的に精神系状態異常【恍惚】を与える。【恍惚】は【魅了】と似た状態異常で、これにかかると一切の行動が取れなくなる恐ろしい状態異常だ。

 音楽を聴いている間しか効果を発揮しないデメリットはあるが、それを補って余りある効果を持っている。

 

「スキルの効果範囲、出力も一緒に演奏する人数が増える毎に増加するんだから、チート臭い<エンブリオ>だな」

「パパをチート扱いするな。それにコスト次第で無限に攻撃力が上がるお前の方がチート臭いだろ」

「それを言うなら<マスター>は全員チートだから」

 

 武器を捨て、涙を流しながら音楽を聴く村人を見ていると<マスター>のチートぶりがよく分かる。

 あ、拝んでいる人がいる。

 うん、なんかシンフォギアって感じがする。

 




シンフォギアと言えば、「拝む人」
スタンプ購入するか悩み中

途中まで親子三人で音楽の予定でしたが、和平の使者なら槍は持たない、という某有名アニメの小噺を思い出したので止めました。クリスの歌って平和なイメージゼロだし。


次回更新は8/30の予定です


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16話 お酒は20歳になってから

遅くなり申し訳ございません。
あと、タイトル通り飲酒は二十歳になってからです


□2043年8月 【騎士】防人

 

 笑い、踊り、歌う。

 そして酒を飲み、料理を食べる。

 数時間前は此方に武器を向けて来た村人が楽しそうに笑っていた。歓声によって隠されているが、耳を澄ませばマークさんとソネットさんの音楽も聞こえてくる。

 やはり、宴は心の距離を縮めるようだ。

 

「酒だ、酒!」

「肉もあるぞ!」

「美味しいね、お母さん」

 

 ここ数年はまともな食事が難しかった村人達は争うように料理に群がり、歓声を上げながら料理と酒を楽しんでいる。ここまで喜んでくれると、わざわざ食糧を持ってきた甲斐もある。

 マークさんとソネットさんの音楽の力によって警戒を解いてくれた村人達。そんな彼等と接触し、エドワードさんの紹介状を渡したことで、私達は客人として村に招待された。

 そこで簡単に事情を説明し、運んできた食糧を解放して村人全員参加の宴を開催したのだ。

 

「若! 若も飲んでくださいよ」

「飲んでる、飲んでる」

 

 酔っ払い特有の馴れ馴れしさで話しかけてくるフランク。

 この手の宴は酒に飲まれる馬鹿が出るから嫌いだ。

 特に<Infinite Dendrogram>は未成年だと飲酒出来ないから辛い。リアルなら法律を破って嗜む程度に飲めるが、システムで制限されている<Infinite Dendrogram>では規制は絶対だ。

 ……性的な店なら18歳から行けるのに、なんで飲酒は20歳からなのだろう。

 

「って、ソフトドリンクじゃないですか! なんで酒飲んでないんです?」

「飲みたくても飲めないんだよ」

 

 この酔っ払い、ウザイな。

 無茶な重労働で尻が死んでいるから気を使ってやったのに。

 

「まだまだですな」

「まったくです。修行が足りていません」

「リアルじゃ酔って絡んでくる奴なんて殆どいなかったからな」

「くけっ」

 

 酔っ払いの対応に戸惑っていると、セバスチャンとリーラの執事メイドコンビが助けに来てくれる。

 具体的にはリーラがフランクの背後に周り、首を絞める事で強制的に意識を奪ったのだ。

 

「それでは我々はコレを処理しますので」

「ああ、助かったよ」

 

 意識を失ったフランクの足をセバスチャンが持ち、上半身は首を絞めたリーラが抱えて運んでいく。

 しかし、一瞬で首を絞めて意識を刈り取るとは、我が家のメイドは恐ろしい。主と自身を守る為の護身術らしいが、接近戦ならリーラの腕は一流だ。リーラがもう少し若かった頃は、自衛隊や警察などに近接格闘術の教官として出向していた事もあるらしい。

 その格闘術は夫のセバスチャンも恐れるほどで、夫婦喧嘩の際は物理的な喧嘩にならないように注意しているとセバスチャンが言っていた。

 まあ、喧嘩になったら確実にセバスチャンが負けるからな。銃の扱い、特に狙撃の腕ならセバスチャンは世界でもトップレベルだけど、近接戦闘は平凡なのがセバスチャンなのだ。

 

「まあ、男女平等の世の中だし。妻の方が強い夫婦がいても良いのかも」

 

 1キロメートル離れた状態で始まる夫婦喧嘩なら勝てる、それがセバスチャンの言葉だった。

 まあ、私もOTONAに成長するまでリーラには勝てなかったから仕方無いが、男としてソレで良いのだろうか。

 それとも、これも時代遅れの考えなのだろうか。

 

「この度はありがとうございました」

 

 ソフトドリンクを片手に夫婦関係について考えていると、この村の村長さんが話しかけてきてくれた。

 

「いえいえ、困っている人を助けるのが癖なので気にしないでください」

「癖ですか?」

「我が家は騎士みたいな事を生業にしていますので、どうしても手を指し伸ばさずにはいられないのです」

 

 こうして村長さんとちゃんと話すのは、エドワードさんの紹介状を渡した時以来、二回目だ。

 この村の村長さんは先代村長さんの奥さんで、意志の強さを感じさせる中年女性だ。食糧が乏しかった影響で痩せているが、上品な物腰だが芯の強さを思わせる目をしているので好感が持てる。

 

「……手を指し伸ばされた我等は素直に手を繋ぐべきか」

「紹介状があるとは言え、氏素性が怪しい我等を疑うのは当然ですよ」

 

 村人の大半は宴の雰囲気に酔いしれているが、それでも警戒感を解かない村人は一定数いる。

 その筆頭が目の前の村長さんで、我々が村を害する者達かを見極める途中と言ったところだ。こればかりは村の長として当然の対応なので不快には思わない。

 

「済まぬ。やはり、損得勘定で判断すると我等を助ける利が見えぬのでな」

「<マスター>としての利で動いていますので、<ティアン>の方々には分かりにくいかもしれませんね」

 

 単純に利だけで考えれば、この村を助ける理由は分からないだろう。だから村長さんは我々に対する疑念が捨てられない。

 仮に村が復興し、村の特産物である生糸を独占出来たとしても、それまでの復興費用などを回収するまでに何十年もかかる。

 それよりも村人を奴隷として売り払う方が手っ取り早く利益が得られるだろう。この可能性を捨てる理由が理解出来ない限り、村長さんは我々に対する警戒を解かないだろう。

 

「<マスター>としての利ですか?」

「ええ、<マスター>としての利です」

「……<UBM>ですか」

 

 不老不死の<マスター>は<ティアン>とは違う常識で動く。

 これが<Infinite Dendrogram>のNPC、<ティアン>の常識だ。

 <UBM>は強大な力を持つモンスターなので普通の<ティアン>は挑まない。挑むのは自分の力に自信を持つ一部の<ティアン>か、不老不死の<マスター>くらいだろう。

 そして、<UBM>は未来永劫世界に一体しか存在しないユニークボスモンスターであり、<UBM>の討伐特典である特典武具は一人にしか与えられない。

 つまり、<UBM>討伐は早い者勝ちなのだ。だからこそ、不死身の<マスター>なら多少無理してでも<UBM>討伐を行っても不自然ではない。

 <UBM>討伐だけでなく、村の復興という成果はゲーマーとしての達成感もある。

 しかし、それは<ティアン>には理解出来ない価値観だろうから言わないけど。

 

「この村を<UBM>討伐の拠点となさるおつもりか」

「ええ。村の治安が不安定だと安心出来ませんし、<UBM>の情報収集も捗りませんしね」

 

 この付近で<UBM>出没する事はエドワードさんから聞いているが、具体的な出現場所は分からない。人海戦術的に虱潰しに探す手もあるが、村人から情報を集めれば探す場所を限定出来るかもしれない。

 

「そう言う事であれば協力させて頂こう」

「宜しくお願いします」

 

 完全に警戒感が消えた訳では無さそうだが、村長はとりあえず差し出したこちらの手を握ってくれるようだ。

 まあ、<UBM>討伐後に我々が村を襲わない保障が無いから警戒されるのは仕方ない。

 

「私は<UBM>を見たことは無いのですが、祖父から<UBM>の事は聞かされています」

「やはり、この近辺に<UBM>がいるのですね」

「ええ。村の狩人は年に数回目撃しています」

 

 我々が求めるモノが理解出来たからだろう、村長は積極的に<UBM>の情報を提供してくれる。

 ギブアンドテイク、宴の為に提供した食糧の対価と言ったところだろうか。

 しかし、一般人が年に数回も目撃していて人的被害は無いのだろうか? 普通に考えて目撃した者は<UBM>に襲われていそうなものだが。

 

「この近辺に出現する<UBM>は、騎士がアンデット化したモンスターが進化した<UBM>なのです」

「ああ、エドワードさんからも聞いている。一応【聖水】とか、あると便利そうなアイテムも持ってきている」

「なるほど、エドワード殿から。ならば既にお聞きかもしれませんが、この近辺に出現する<UBM>には人間だった頃の記憶と意識があるのです」

「……騎士の矜持で村人は襲わないという事でしょうか?」

「ええ、<UBM>が出現するようになってから約300年、村人に直接的な被害は無いのです」

 

 なるほど、ご同業ということか。

 それなら村や村人が<UBM>に襲われないのも納得出来る。生前は民を守る事を誇りに思う真っ当な騎士達だったのだろう。

 しかし、領主を裏切り討伐された騎士団って聞いていたのだが、主を裏切ったのにも何か理由があるのだろうか?

 

「色々と<UBM>について聞きたいでしょうが、詳しい話は明日に致しましょう」

「そうですね。今は宴を楽しみましょう」

 

 宴の場で仕事の話は無粋だ。

 お互いにわだかまりも解けたのだ、今は具体的な仕事の話よりも信頼関係を強固にする方が得策だろう。

 

「お飲み物をどうぞ」

 

 と、そんなタイミングでリーラが飲み物を持ってきてくれた。

 酔っ払いの馬鹿を輸送し、帰りの足で二人分の飲み物を用意してくれたのだ。ホント、仕事が出来るメイドさんだ。

 

「いや、酒は」

「アイスティーなのでアルコールは含まれておりません」

 

 村長という立場上なのか、本人が下戸なのか不明だがアルコールを拒否しようとする村長さん。

 そんな村長さんの回答を事前に予測していたのだろう、リーラが持ってきた飲み物はソフトドリンクだった。

 アイスティーは透明なガラスのコップに注がれており、キンキンに冷やされていることを主張するようにガラスの表面が水滴で覆われている。

 ……どうせならビールで乾杯したいが、飲めないものは仕方ない。ホントに仕方ない。

 ログアウトした後にリアルで飲もうかな。

 

「今後の村の復興と、我々の未来を祝って乾杯しましょう」

「……村の復興ですか」

「拠点となる村は活気がある方が我々も活動しやすいので」

 

 周りが飢えに苦しんでいるなかで、自分達だけ食事を楽しむ趣味は無い。

 今回の宴も村人との交流という目的もあるが、村に到着してから食事を自分達だけで食べるのは精神的にキツイかったという事情もある。

 

「なるほど。それでは、その好意に甘えさせてもらうとしよう。対価として<UBM>討伐に協力させて頂こう」

「ありがとうございます。我々には<UBM>の情報や土地勘がありませんので助かります」

「なに、こちらにも利益がある事なので」

 

 そう言ってリーラが持ってきたアイスティーを手に取る村長さん。

 此方にも乾杯の文化があるのは既に確認している。

 だから、手に持っていたソフトドリンクをリーラが持っているお盆に置き、私もアイスティーを手に取ってガラスのコップを掲げる。

 

「乾杯」

「乾杯」

 

 周りの歓声、マークさんとソネットさんの音楽をBGMに私と村長さんは信頼関係の構築に尽力するのだった。

 ちなみに、この時の乾杯はのちのち私が<超級職>に登り詰める切っ掛けになるのだが、当然この時の私は知る由もなかった。

 もう一つ、私と同じく酒を飲めないはずの静とクリスがキャンプファイヤーを囲って陽気に踊っているのだが、彼女達も酒は飲めないはずだから場の雰囲気に酔ったのだろうか? 

 酒を飲める裏技があるなら是非とも教えてほしいものだ。

 

 




某海賊マンガ的な宴回でした。
会社の飲み会(他社の人含む)は半分以上仕事なので好きじゃない。
半分仕事だから飲み代は会社持ち(接待交際費)なのが救いですが、残業代出ないからなぁ

気が付いたら8月も最終日、夏休みとって大洗とか行きたい。


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