異世界かるてっと×2 (アニアス)
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第一話 新たなる訪問者たち

ここは無数に存在する世界の一つ。

辺り一面に広がる平原を一台の馬車が進んでいた。

 

「それにしても、結構のどかだな」

 

手綱を握り馬車を操っている青年の名は『サトゥー』

突然この世界へ飛ばされひょんなことからレベル310までに上がった人物である。

 

「お日さまが温かいのです」

「ぽかぽか~?」

 

サトゥーの両隣に座り空を見上げている茶髪の犬耳の少女と白髪の猫耳の幼女たちは『ポチ』と『タマ』

奴隷として飼われていたが前の主人が亡くなりサトゥーに拾われ行動を共にしている。

 

「ポチ、タマ、余所見をしていたら馬車から落ちてしまいますよ」

 

そんな2人を後ろの荷台から注意している赤く長い髪に高身長の女性は『リザ』

彼女もタマとポチと同じ立場のリザードマンであり2人の教育係をサトゥーから一任されている。

 

「ご主人様~!次の街までまだなの~?」

「ダメよアリサ、ご主人様に我が儘なんて言ったら」

 

馬車の荷台から顔を出しサトゥーに我が儘を言っている紫髪の幼女『アリサ』を黒髪の女性『ルル』が宥めてた。

この二人もポチとタマ、アリサのように奴隷であったがサトゥーに買われたことにより行動を共にしている。

 

「んん・・・」

「マスター、ミーアが空腹です。休憩を提案します」

 

青髪の少女『ミーア』の様子を見て空腹だと思った金髪の女性『ナナ』はサトゥーに休憩を取った方がいいと話しかけた。

エルフであるミーアは命を救ってくれたサトゥーに好意を寄せており求婚を求めているが、当の本人からは年齢的な問題があるせいか軽く流されている。

ナナはとある魔法使いによって作られたホムンクルスで生みの親が亡くなってしまったことによりサトゥーに拾われ側近としての役割をこなしている。

 

サトゥーを筆頭としたこのチームは旅をしている途中であり次の街を目指しているのだった。

 

ナナの言葉を聞いたサトゥーはそろそろ休憩した方が良さそうだと判断し馬車をとめた。

 

「よし。それじゃあ皆、お昼にしようか」

「ごはん~?」

「さんせー!もうお腹すいちゃった!」

「ポチもペコペコなのです」

「楽しみ」

「確かにそれがいいかもしれませんね」

「では早速準備に取り掛かりましょう」

「お手伝いしますルル」

 

どうやら全員空腹だったようで早速周囲の獲物を狩ろうとサトゥーが馬車から降りた時だった。

 

ピンポーン!

 

「ん?」

 

降りたと同時に右足からインターフォンのような音が聞こえたためサトゥーが右足を退けると、そこには赤いボタンしかないリモコンのようなものが落ちていた。

 

「何だこれ?」

 

この世界に来てこのような現代的なものなど見たことがないサトゥーがボタンを拾おうとしたその時、突然周囲の空間が歪み始めた。

 

「なっ!?何かのトラップか!?」

「ちょ、ちょっと何よこれ!?」

「ぐにゃぐにゃ~!?」

「目が回るのです!」

「ご主人様!これは一体!?」

「何が起きてるんですか!?」

「サトゥー・・・!」

「ミーア!決して離れないで下さい!」

 

突然起こった現象に咄嗟に対応できずにいるサトゥーたちのことなどお構い無しに空間はどんどん歪んでいき、そして・・・

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ところ変わってここはまた別の世界。

岩に囲まれた荒野を大きな車が走っていた。

 

「ハジメ、そろそろ日が暮れそう。街はまだ?」

「予定じゃもう到着する筈だったんだが、障害物が多いせいで時間を喰っちまったな。今日は野宿か?」

 

ハンドルを握っている白髪に右目に黒い眼帯の青年『南雲ハジメ』に金髪の小柄の少女の吸血鬼『ユエ』が次の街までの到着時間を聞くと、ハジメは困った表情になりながら野宿になると言った。

 

「私は大丈夫ですよハジメさん!野宿だろうとハジメさんと一緒ならどこでも!」

「ミュウもパパと一緒がいいの!」

 

それに反応した露出の多い服を来た青髪のウサ耳少女『シア』と水色髪の海人族の幼女『ミュウ』はハジメと一緒なら野宿でもいいと主張する。

 

「妾もじゃ。でもどちらかというならそのまま野外であんなことを」

「黙れ変態」

「はぁ~~~ん!」

「ちょっと皆騒がないで!」

 

その二人に加え、黒い着物を着こなした黒髪の竜人族の女性『ティオ』も同意の主張をする。しかし、何やら如何わしい発言をし、ハジメにそれを適当に流されたにも関わらず顔を赤くして滑稽な声を上げる変態である。

そんな皆を落ち着かせようと治癒魔法が得意の少女『白崎香織』が声を上げた。

 

騒がしくも何処か仲のいいこのメンバーも別の世界のサトゥーたちのように旅を続けていた。

 

「まったく、どいつもこいつも・・・」

「ハジメ、野宿するなら何処か日陰になりそうな場所を見つけた方がいいかも」

「・・・そうだな、何処かいい場所は?」

 

呆れながらもユエの提案に耳を傾けたハジメは何処か野宿できそうな場所はないか探すも中々見つからず悩んでいると、

 

ピンポーン!

 

「ん?」

 

突然インターフォンのような音が車内に響き思わずハジメはキョトンとなってしまう。

 

「おい、今の音って何だ?」

「あぁ、それはこれですね」

 

振り向いたハジメに言われたシアは音の原因を教えようと手に持っていたものをみんなに見せた。

それは赤いボタンが取り付けられているリモコンだった。

 

「・・・何だそれは?」

「えっと、気がついたら側に置かれてたんですよ」

「まさか、押したの?」

「はい、押しましたけど?」

 

何も悪気がないように答えるシアにプルプルとハジメが震え怒りが爆発した。

 

「こんの馬鹿ウサギ!何で押すんだ!?」

「えぇ!?これって押したらダメなんですか!?というか何ですかこのボタン!?」

「俺が知るか!」

「知らないで押したの?」

「何で押しちゃったの!?」

「いや~こういうのって押したくなるものじゃないですか~」

「ふざけんなお前!」

「ご主人様、そんな罵声は是非ともこの妾に」

「変態は黙っとけ!」

 

ヘマをやらかしたシアと変態じみたティアにハジメが怒鳴っているとミュウが前を見て怯えた声を出した。

 

「パパ!前!」

「ん?なぁ!?」

 

ミュウに促され前を見ると、前の景色の空間が歪んでいた。

更に前の景色だけに留まらず車内の空間も歪み始めていた。

 

「ハジメ!これって!?」

「何かの結界の一種か!?」

「これって私のせいなんでしょうか!?」

「どう考えてもそうだよ!」

「パパ怖いの!」

「一体何が起こってるんだぁ!?」

 

ハジメたちが動揺するも空間はどんどん歪んでいきそして・・・

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

変わって別の世界。

 

広大な平原をとある一団が歩いていた。

 

「みんな、そろそろお昼にしましょう」

 

一団の中の1人の長い茶髪で白い服を着こなした1番年上らしい女性が食事を取ることを提案した。

 

「まぁ確かに、少し腹空いたって感じだからな」

 

それに対し便乗したのは短い茶髪で青い服を着こなしている青年。

どことなく、年上の女性と外見が似ている。

 

青年の名前は『大好真人』

とある事情でゲームの世界へ転移した高校生であり普通の勇者。

 

そして年上の女性は『大好真々子』

真人の実の母親であり、真人が大好きのため一緒に転移してきたのであった。

 

「賛成です!自分もお腹空きましたので!」

「まぁね。そろそろ何か食べたいって思ってたところだし」

「そうですね。私も皆さんと同じ意見です」

 

そんな親子と一緒に旅をしているのは旅商人の『ポータ』、賢者の『ワイズ』、癒術師の『メディ』の3人。

彼女たちも真人と同じようにゲームの世界へ転移されたのである。

 

この5人は現在クエストへ向かう途中であるが、今から昼食を取ろうとしていた時だった。

 

「うぉっとぉ!?」

 

突然真人が何かに躓き転びそうになるも何とか堪えた。

 

「マー君!?」

「何やってんのよ?」

「いや、何かに躓いて…」

 

振り返りながら何に躓いたのか真人が確認すると、そこには赤いボタンが取り付けられているリモコンが落ちていた。

 

「…これは何でしょうか?」

 

落ちているリモコンを拾いポータが慎重深く観察し、他の4人も覗き込むようにボタンを見ている。

何故こんな何もない平原にボタンが落ちていたのか誰にも理解できなかった。

 

「十中八九、何かのトラップの作動スイッチでしょうね」

「絶対そうね。如何にも怪しすぎるし…」

 

この世界に来てからの経験上、こんな怪しいボタンなど躊躇なく押せる訳もなく、真人たちは絶対に押そうとはしなかった。

 

「ど、どうしますコレ?」

「どうもこうもないわよ。アタシたちは絶対に押さないんだから、どっか適当なところに捨てるわよ」

「そうだな。こんな怪しいボタン誰が押すんだよ」

「えいっ」

 

ピーンポーン!

 

『………ん?』

 

ボタンの処理をどうするか真人たちが話し合っているとインターフォンの音が聞こえ、まさかと思い4人がボタンへ視線を戻すと真々子の人差し指がボタンを押していたのであった。

 

「母さん!?何押してんだよ!?」

「え?だって『絶対に押したらダメ』ってことは『押さないといけない』ってことじゃないの?」

「真々子さん!アタシたちはリアクション芸人じゃないんですよ!」

 

まさかここに来て真々子の天然ぶりが災いを招くとは真人たちでも予測できなかった。

 

そして異変はすぐに起きた。

 

「皆さん!大変です!」

「こ、これは!?」

 

突如5人の周りの空間が歪み出し徐々に大きくなっていった。

 

「やっぱり何かのトラップだったぁ!!」

 

 



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第二話 新任の先生

ここはとある異世界。

この世界に存在する学校の教室の一室に学生として勉学に励んでいる者たちがいた。

 

アインズ・ウール・ゴーン

アルベド

シャルティア・ブラッドフォールン

コキュートス

アウラ・ベラ・フィオーラ

マーレ・ベロ・フィオーレ

デミウルゴス

 

カズマ

アクア

めぐみん

ダクネス

 

ターニャ・デグレチャフ

ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ(略してヴィーシャ)

マテウス・ヨハン・ヴァイス

ヴィリバルト・ケーニッヒ

ライナー・ノイマン

ヴォーレン・グランツ

 

ナツキ・スバル

エミリア

パック

ラム

レム

ベアトリス

 

この教室のクラスメイトたちは突然この世界に呼び出され共に学園生活を送っていた。

最初は戸惑っていたものの、隠し芸大会や臨海学校、体育祭を通じて友好的な関係を築くことができ今に至るのであった。

 

そして今日はこの2組の担任である『ロズワール・L・メイザース』から転校生が来ると知らされ扉に注目していると、緑の服を着こなし右腕に盾をつけた青年が扉を開けた。

しかし、クラスの状況を見るや否や何も見なかったかのように即座に扉を閉めた。

突然のことにクラス中が騒がしくなる中、エミリアが挙手をしてロズワールに質問をした。

 

「ロズワール先生、あの人が新しい転校生ですか?」

「いんやぁ~。彼は・・・」

 

「失礼しますロズワール先生」

 

エミリアの質問にロズワールが答えようとした時、再び扉が開き全員が注目すると、そこには先程の青年とは違い、黒いスーツを着こなした長い黒髪の男性が立っていた。

 

「おんやぁ~九内先生。どうされたのかぁ~な?」

「こちらに私のクラスの生徒が来ませんでしたか?」

「ここに来たのは1組の転校生だけでしたぁ~よ」

「そうですか」

 

ロズワールとの会話を察するに、黒髪の男性は先程の黒髪の青年ではない他の誰かを探している様子であった。

そんな2人を見ていたアインズとターニャにはある疑問があった。

 

(先生って言われてるけど、この学校の教師なのか?)

(こんな教師いたか?少なくとも私の記憶にはないぞ)

 

学園生活を続け、この学校の生徒と教師はすべて把握しているが今までこんな人物がいたのだろうかと首を傾げてしまう。

 

「おいおいロズっち先生!」

 

そんな2人の疑問を解消してあげようかのようにスバルが挙手をして質問をした。

 

「いきなり教室に入ってきたそちらの方は誰なんだよ?」

「そういえば皆は初めましてだったぁ~ね。彼は4組の担任の九内伯斗先生だぁ~よ」

「初めまして2組の生徒諸君。私の名は九内伯斗だ」

 

ロズワールから紹介された男性『九内伯斗』は軽く笑い2組に挨拶をした。

 

「あれ?4組なんてあったっけ?」

「いやなかっただろ!3組までだったろ!」

(カズマやスバル、ターニャの反応を見るからにして、あの人は俺たち以外の世界から来た人物ってことになるのか)

(おそらく先程教室に入ろうとした男もこの目の前にいる九内先生同様、我々とは違う世界から来たと考えるのが妥当だな)

 

いきなり知らされた4組の存在にカズマとスバルが驚くもアインズとターニャは冷静に分析して九内の様子を注意深く見ていた。

 

「さて、それでは私はこれで」

「魔王様!」

 

これ以上長居する訳にもいかない九内が教室から出ようとした時、教室に金髪の前髪で左目が隠れた少女が入ってきた。

少女は入るや否や九内の元へ駆け寄った。

 

「・・・アク、さっき教えただろ。その呼び名ではなく九内先生と呼ぶんだ」

「す、すみません魔王、あぁいや、先生!」

 

『アク』と呼ばれた少女は九内から注意を受けるも魔王様と言いかけてしまい先生と訂正した。

それを聞いていたアインズたちはある言葉を聞き逃さなかった。

 

(えっ?今魔王って言った?)

(あの子、九内先生のこと魔王って言ったよな?)

(嘘だろ、あの人魔王なのか・・・!?)

(とうとう魔王まで来たか・・・!しかし、全然魔王らしさというものがないが・・・)

 

もし今の話が本当なら九内は元居た世界の魔王ということになる。

九内に手を出せば何が起こるか予測出来ないため取り敢えず様子を見とこうと4人が考えた時だった。

 

「魔王と聞いて見過ごす訳にはいかないわ!この水の女神であるアクア様が退治してあげる!」

「やめろ駄女神!!」

 

トラブルメーカーにして自称水の女神のアクアが立ち上がり九内を指差し倒すと宣言した。

そんなアクアを止めようとカズマは立ち上がり羽交い締めをする。

 

「何するのよカズマ!?アイツ魔王なのよ!?邪悪な存在は即座に倒すべきよ!」

「それを言うならアインズたちも似たようなもんだろ!それに九内先生は教師だぞ!手を出したら間違いなく校則違反になるぞ!」

「相手が魔王なら関係ないわ!食らいなさい魔王!セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!!」

「だから待てぇぇぇ!!」

 

カズマの拘束を振りほどいたアクアは自身の最強魔法である『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』を九内へ放った。

セイクリッド・ハイネス・エクソシズムは九内へ目掛けて飛んでいくも、

 

「ふんっ」

 

右手で軽くはたき落とされてしまった。

 

「わ、私のセイクリッド・ハイネス・エクソシズムが効かない・・・!?」

「つーか今ハエをはたき落とすかのように魔法打ち消したぞあの先生!」

 

渾身の一撃を軽くあしらわれたことにアクアは愕然とし、スバルは的確なツッコミを繰り出した。

魔法を素手で打ち消す九内にアインズとターニャは表情に出してないものの内心ではかなり動揺していた。

 

「ふぅやれやれ、やんちゃな生徒だ・・・さて」

 

右手を軽く振りながら理不尽に攻撃してきたアクアを鋭く睨み付けた。

下手をすれば近くにいたアクにも危険が及んでいたかもしれないというのに魔法を打ったアクアには怒りしかなかった。

 

「ロズワール先生、彼女の指導は私にお任せしていただいてもよろしいですね?」

「お好きにどぉ~ぞ」

「ありがとうございます」

 

ロズワールから許可をもらい九内はアクアの元へと歩いていき彼女を小脇に抱えた。

 

「ちょ、ちょっと何するのよ魔王!女神である私に手を出したらどうなるか分かってるの!?」

「アクアくん、君には今から指導を行わせてもらおうか。聖女も思わず悲鳴をあげてしまう程のな」

 

そう言って九内は右手を大きく振り上げ、それをアクアのお尻目掛けて振り下ろした。

 

「いったぁぁぁぁぁぁい!!」

 

教室に乾いた音とアクアの叫びが響き渡った。

拳骨かと思っていたクラスメイトたちもまさか尻叩きとは誰も予想ができず不意を突かれてしまう。

 

「何するのよ!?女神のお尻を叩いて許されるとでも思ってるの!?」

 

ジタバタしながらなんとか抜け出そうとするアクアへ無慈悲に2発目が振り下ろされた。

 

「いったぁ!また叩いた!またお尻叩いたこの魔王!」

 

3発、4発と九内はアクアのお尻をリズミカルに叩き続けた。

 

「もうやめてぇ!私が悪かったからぁ!お尻が!お尻が壊れちゃう!カズマァ!誰でもいいから助けてぇ!」

 

何度もお尻を叩かれたアクアはとうとう泣き出してしまいクラスに助けを求めた。

 

しかし、

 

「いや、今のは九内先生に手を出したアクアが悪いし」

「流石に庇うことはできませんよ」

「そうでありんす。完全にお前が悪いでありんす」

「みんな酷い!?」

 

相変わらずというべきか、誰もアクアを助けようとせず冷たい対応であった。

 

「ていうかいつまで叩くの!?いつになったら終わるの!?ホントにやめて!お尻が限界だから!」

「これは私を攻撃した分!これは校則を破った分!これはアクを怖がらせた分!そしてこれは私の憂さ晴らしの分!」

「イヤァァァァァァ!!」

 

アクアの懇願も空振りに終わってしまい尻叩きは延々と続いていった。

恐ろしい笑みを浮かべながらアクアのお尻を叩く九内を見てアインズとターニャは同じことを思った。

 

((魔王だ・・・))

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

そして5分後、

 

「さて、このくらいで許してあげることにしよう」

 

一通りお尻を叩き終えた九内はアクアをボトッと落とし両手をパンパンと払った。

 

「も、もうヤダ・・・お尻、壊れちゃった」

「大丈夫アクアさん?」

 

叩かれ続けたお尻を抑えながらうつ伏せで泣いているアクアにエミリアは優しく声を掛けた。

 

「先生!次は私のお尻をブッて下さムグゥッ!?」

 

アクアがお尻を叩かれる光景を顔を赤くしながら見ていたダクネスはマゾヒズム全開の発言をしようとしたがカズマに口を塞がれてしまう。

 

「ん?何か言ったか?」

「いえいえ何でもありません!」

「・・・ならいいが」

 

どうやら聞こえていなかったようでカズマはホッとため息をついた。

 

「ではロズワール先生、これで失礼します。アク、お前は教室で待機しておくように」

「はい魔王様」

「いやだから先生と・・・もういいや魔王でも」

 

そう言って九内はアクを連れて今度こそ教室を出ていった。

九内が出ていったことにより唖然となっていた2組の空気も緩み緊張の糸も解れた。

 

「嵐のように去っていったなあの先生。にしても女子でも遠慮なく尻叩くなんてある意味スゲェな」

「まったく、どうせならバルスのお尻も叩いてくれたらよかったのに」

「何で俺が尻を叩かれなきゃいけねぇんだよ姉様!?」

「大丈夫です!スバルくんのお尻はレムが守ります!」

「レムさんレムさん!その発言いろいろ誤解を招きそうだからやめようね!」

「あの先生、どこか少佐に似ているな」

「確かにな、あのドSっぷり」

「だな」

「何か言ったか?」

「どういうつもりだカズマ!?何故私の邪魔をした!?」

「学習しろこのバカ!あの流れでいったら連帯責任で俺も尻を叩かれることになるかもしれなかったんだぞ!」

「お尻が・・・!お尻がぁ~!」

「アインズ様、魔王と名乗るあの男、殲滅した方がよろしいかと」

「待てアルベド!彼に手を出すのは校則違反になる。下手をすればお前も尻を叩かれることになるかもしれんぞ」

「かしこまりました。ですがアインズ様!私のお尻を叩いていいのはアインズ様だけです!」

「いや、流石に私は尻など叩かんから心配するな・・・それよりデミウルゴス、新しくできた4組の情報を集めてきてくれ」

「かしこまりましたアインズ様」

 

ツッコミを入れたり談笑したり口喧嘩をしたりといつも通り通常運転の2組であった。

 



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第三話 交わる者たち

九内とアクが2組の教室を出た頃、外ではとある人物が校舎を見上げていた。

 

「…どうなってるんだ?」

 

それはは先程2組を訪れた青年だった。

 

彼の名前は『岩谷尚文』

前の世界で盾の勇者と呼ばれた人物である。

彼もまたアインズたちと同じようにこの世界へ飛ばされて来たのだった。

 

「ラフタリアとフィーロはどこに…?」

 

この世界に飛ばされた時、一緒にいた仲間たちの姿がなく先程からずっと探していたが一向に見つからずにいた。

一体何処にいるのだろうと考えていると、

 

「どういうことだ?俺は元の世界に戻ったのか?」

「クソッ!ユエたちが何処にもいない!そもそもここは何処なんだ?」

「一体何がどうなってんだ…!?元の世界とは少し違うような…」

「ッ!!」

 

3方向から同時に声が聞こえ尚文は咄嗟に目線を周囲へ動かす。

右からは黒いコートを身に纏った青年、左からは白髪で右目に眼帯をした青年、後ろからは青い服を着こなした青年が歩いてきていた。

黒いコートの青年サトゥー、白髪の青年ハジメ、そして青い服の青年真人もまた尚文と同じ状況に置かれていたのであった。

 

『ん?』

「………」

 

サトゥーとハジメと真人は尚文とその向こう側にいる相手にそれぞれ気付き立ち止まってしまう。

尚文、サトゥー、ハジメ、真人の4人はそれぞれを注意深く観察した。

 

(何だコイツら?もしかして俺と同じようにここに?あっちの2人はともかく、あの白髪のヤツの左腕…まさか義手か?)

(この3人も俺と同じ立場なのか?あの左腕にある小振の盾以外に武器を持ってる訳でも無さそうだし、武器はあれだけか)

(まさかコイツらも?3人とも俺と同い年に見えるが、どういう訳か向こうのヤツだけ結構年が離れてるように思うのは気のせいか?)

(何だこの状況…?もしかしてこの3人も俺と同じ…?けど、空気が重い…)

 

それぞれ警戒するも内心で1つの考えが一致していることは知るよしもない。

4人の間に微妙な空気が漂い誰も口を出せずにいると、

 

「少しよろしいですかな?」

『!!』

 

突然声を掛けられバッと振り向くと、口髭を生やし執事のような男性が立っていた。

男性の身のこなしはまるで百戦錬磨の修羅場をくぐり抜けてきたような明らかにただ者ではないオーラが出ていた。

 

「どうやら4人とも同じ状況に置かれているご様子ですね。よろしければ私がお話をお聞きしましょう」

 

どうやらこの男性は何かを知っているようなため、尚文とサトゥーとハジメと真人は互いにアイコンタクトを取り考えが一致するのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

校舎から離れた場所にある一件のプレハブ。

そこはこの学園の清掃等を行っている用務員たちのための建物である。

その中の畳部屋にて卓袱台を挟み、尚文、サトゥー、ハジメ、真人の4人と男性が向かい合って座っていた。

 

「そうですか、やはりあなた方もこの世界へ呼び出されたのですね」

 

4人を案内した男性の名は『ヴィルヘルム』

彼もまた突然この世界へ飛ばされて来た1人でこの学園で用務員として働いている。

 

互いに自己紹介を終え、ヴィルヘルムはお茶が入った湯飲みを尚文たちの前に出し話を聞いていた。

 

「あぁ、そんなところだ」

 

尚文の話によると、彼が仲間たちと共にモンスターと対峙していた時、突然自分の盾が赤いボタンのリモコンへと変形したのだった。

しかも運悪くモンスターの攻撃を防ぐ瞬間だったため、モンスターがボタンを押してしまい今に至るのであった。

 

「なるほど、サトゥーさんとハジメさんと真人さんも同じように?」

「はい、お恥ずかしい話、誤ってボタンを踏んでしまいまして」

「お前らなんてまだいい方だ。俺の方は仲間の馬鹿ウサギが勝手に押してこうなったんだ」

「俺も似たようなもんだ………」

 

自身のミスに苦笑いするサトゥーとは対照的にハジメと真人は怒りと呆れを混ぜ合わせながら落胆の顔をしていた。

 

「ところでヴィルヘルムさん。私たち以外にも同じ状況でこの世界に来た人たちが大勢いるって本当ですか?」

「はい、私もその1人です」

 

ヴィルヘルムの話によると、ボタンを押した時に周囲にいた人たちの殆どがこの世界へ来たらしく、サトゥーは自分の仲間たちもこの世界へ来ていると推理した。

 

「他の人たちと状況が同じなら、間違いなくみんなもこの世界に来ている筈」

「あぁ。必ず全員見つけ出してやる」

「と言っても、何処から探せばいいんだか?」

「ラフタリア、フィーロ、何処にいるんだ?」

 

4人とも自分たちの仲間の顔が頭に浮かんでおりく見つけなくてはという気持ちでいっぱいだった。

全員に焦りが見えたヴィルヘルムは落ち着かせようと口を開いた。

 

「尚文さん、サトゥーさん、ハジメさん、真人さん。あなた方がここに呼ばれたということは、何か意味があるのでしょう」

「意味?」

「えぇ。それを知るまでは前に進んでみてはいかがでしょうか?何か得られるかもしれません」

「何故私たちにそんなことを?」

「見ず知らずの俺たちに、いくら何でも優しすぎませんか?」

「…尚文さんの目が、昔の私にそっくりだからですよ」

「………」

 

ヴィルヘルムから言われ尚文は彼も自分と似た人間なのだろうかと理解した。

そして四人は焦りを抑え冷静さを取り戻した。

 

「お茶、飲まれないのですね」

「あぁ」

「すみません、折角淹れて頂いたのに」

「構いませんよ」

 

「失礼します。そろそろお昼にいたしましょう」

 

すると台所への襖が開き、ヴィルヘルムと共に用務員をしている老人『セバス』が昼食の準備に取り掛かろうとした。

 

「おや?お客様がいらっしゃいましたか」

「今、出ていくところだ」

 

昼食の邪魔をする訳にはいかないと、3人は立ち上がり出入口へと向かった。

 

「またお会いすることになるでしょう」

 

後ろからヴィルヘルムに声を掛けられるも尚文とハジメはそのまま出ていってしまい、サトゥーと真人は軽く会釈をして2人に続くのだった。

 

「ヴィルヘルムさん、楽しそうですね」

「若者の成長はいつ見ても楽しいものです」

「そうですね、その通りです」

 

ヴィルヘルムの言葉にセバスは賛同し4人が出ていった方をチラリと見やりそのまま座布団へ座った。

 

「さて、今日は何の話をしましょうか?」

「やはり、今日もアレでしょうか?」

「今日もするとしますか・・・」

 

 

 

『恋ばな!!』

 



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第四話 集結!4組!

「お?昼休みか」

 

4組の教室にアクを戻した九内は廊下を歩きながら自身のクラスの生徒たちを探していた。

しかし探している内に昼休みを知らせるチャイムが鳴ってしまい一時中断することにした。

教師と言えど休みは必要なため腹も多少空いている。

 

「さて、食堂にでも行くとするか」

 

「ちょっと魔王!これは一体どういうことよ!?」

 

さぁ食堂へと行こうとした時、不意に後ろから聞き慣れた怒鳴り声が聞こえ九内は呆れてため息をついてしまう。

振り替えると、そこにはアクと同い年くらいの桃色髪の少女がこちらを睨んでいた。

 

彼女は『ルナ・エレガント』

九内のいた世界にて聖女と呼ばれた少女である。

魔王である九内を倒そうとするも返り討ちにあってしまい尻を叩かれた黒歴史がある。

しかし彼女の領地であるラビの村の開拓を九内が協力してくれたせいか彼を憎むことができずにいる。

 

「なんだお前か、一体どうしたというのだ?」

「どうしたもこうしたもないわよ!何なのよここ!?気がついたら変なところにいるし!ここにいる連中明らかに普通の奴らじゃないし!中にはモンスターみたいなヤツもいるし!おまけにここで学園生活!?どう考えても普通じゃないわよこの状況!」

 

ルナも突然この世界へ飛ばされ訳も分からず学園生活を余儀なくされているため、教師としての立場の九内に事情を問い詰めているのである。

 

「よく聞け、私たちはこの世界へ飛ばされその役割がある。私は教師、お前は生徒。ここではそれを守らなければならないのだよ」

 

しかし九内は本筋を話さずこの世界でのルールを説明しただけだった。

 

「誤魔化さないでよ!ちゃんと説明を!」

「魔王様!ルナ姉様!」

 

更に問い詰めようとした時、騒ぎを聞きつけたアクが教室を出て九内とルナの側へと近づいた。

 

「これから昼食を取ろうと思うのですが、お二人ともご一緒にどうですか?」

「ちょうどいい。私も食堂へ向かおうとしていたところだ。一緒に行こうか」

「話を反らさないでよ!まだ他にも聞きたいことがあるんだから!」

 

ルナの言葉を聞き流し九内は2人とともに食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

その頃、図書室では2組のベアトリスが本を読んでいた。

彼女は元々本を読むのが好きで休み時間にはよく図書室に足を運んでいる。

静かに読書をしていると図書室の扉が開いた。

 

「?」

 

もしや同じ図書委員のマーレでも入ってきたのかと思っていると、

 

「ここにもサトゥーいない」

「どうやらここは書庫のようです」

 

サトゥーと共にこの世界へ飛ばされたエルフのミーアとホムンクルスのナナが入ってきたのであった。

はぐれてしまったサトゥーたちを探すために学校内を歩いており図書室へ到着したのだった。

 

「…お前たち、一体何の用かしら?」

『!!』

 

このまま無視をしても良かったがこの世界で見かけない顔だったため声を掛けた。

ミーアとナナはベアトリスに気が付き何か知っているかもしれないと思い彼女へと近付いた。

 

「私たち、サトゥーを探してる。サトゥー知らない?」

「そもそもサトゥーが誰なのかすら知らないのよ。そういうお前たちは何者かしら?」

「こちらはエルフのミーア。私はナナと申します」

 

サラリと質問をしたミーアに多少ベアトリスが戸惑うもナナが代わりに丁寧に自己紹介を済ませた。

 

「ベアトリスなのよ。お前たちもこっちに飛ばされて来たのかしら?」

「はい、気が付いたらここに」

「ここどこ?」

 

この世界について知っていることをベアトリスから聞こうとしたその時だった。

 

「ハジメさーん!何処にいるんですかー!?」

 

扉が壊れるのではないのかというくらい勢いよく開き、ハジメと共に飛ばされたシアが入って来た。

シアは入って来たや否や大声でハジメを呼んで探した。

突然のことにミーアとナナはポカンとなってしまい、ベアトリスに至っては眉間にシワが出来ていた。

 

「あっ!すみません少しよろしいでしょうか!?」

 

シアは3人に気が付くとドタドタと足音を立てて一気に側へ駆け寄った。

 

「私、シアというのですが、お聞きしたいことがありまして!」

「その前に図書室では静かにしてほしいのかしら…!」

 

マナーとモラルというものを一切感じない常識しらずのシアに図書委員であるベアトリスは怒りを抑えながらも静かにするように注意をした。

しかしそんなことなどお構い無しに話を進めていった。

 

「実は私気が付いたらここに飛ばされてたんですよ!それで仲間ともはぐれてしまいまして!何か知っているなら是非とも教えて欲しいのですが!そもそもここは何処なんですか?」

「…いい加減に!」

 

勝手に話を進めるシアにお灸を据えようと魔力を使って攻撃しようとした時、

 

「グハァ!?」

『!?』

 

突然シアが後ろから誰かに頭を殴られ気を失いその場に倒れてしまう。

一体誰が殴ったのだろうとシアが立っていた場所へ視線を向けると、

 

「ダメですよ。図書室では静かにしないと」

 

真人と共に飛ばされてきたメディが立っており杖を両手に持っていた。

メディが図書室に入った時シアが騒いでおり、不機嫌なベアトリスを見て状況を察してシアを後ろから杖で殴ったのであった。

 

それにより図書室も静寂へと戻りベアトリスの怒りも治まった。

 

「・・・礼を言わせてもらうのよ。折角だからこの世界について教えてあげるかしら」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

ミーアとナナとメディがベアトリスと話している頃、校庭では2組の大半のメンバーが野球をしていた。

 

「来い!」

「ダクネスさーん!頑張ってくださーい!」

 

打席に立っているのはダクネス。

ベンチにいるヴィーシャから声援を受けバットを構えた。

 

「ヴァイス大尉!後ろは任せて下さい!」

「はい!後ろには抜かせません!」

 

対してピッチャーはヴァイス。

内野の守備にはレム、グランツ、マーレがついておりグローブを構え打たれたボールを拾おうとする勢いが現れていた。

 

「ダクネスさん、容赦しませんよ!」

 

ヴァイスは大きく振りかぶり第一球を投げた。

ボールは一直線へ飛んでいきダクネスのスイングを抜けキャッチャーのデミウルゴスのグローブへと吸い込まれていった。

 

「ストライーク!」

 

そして2球目も同じようにバットに当たらず審判であるコキュートスが2回目のストライクを宣言した。

 

「く、くそ!まるで当たらない!」

「ボールトバットノ距離ガ離レスギテイル」

 

バットにボールが当たらないことに悔しさのあまりバットをホームベースに叩きつけてしまう。

そんな彼女にコキュートスはアドバイスを授けた。

 

しかし、

 

「私は、攻撃が当たらないのだ!」

「ソレハ…」

 

ダクネスは攻撃力は著しく高いものの命中率がほぼ0に等しいため、それが野球にも影響が出てしまっている。

 

その光景を遠くから眺めている3つの影があった。

 

「みんな何をしてるんだろう?」

「なんか、野球の審判が明らかに人間じゃないんだけど」

「明らかにモンスターよね、アレ…」

 

それはサトゥーと共に飛ばされて来たアリサとルル、真人と共に飛ばされて来たワイズだった。

あの後、気が付いたら3人揃って校庭に立っていた為互いに自己紹介を済ませ状況を把握しサトゥーと真人たちを探していた途中、2組が野球をしていたので立ち見することにした。

初めて見るスポーツにルルは興味津々になっていたが、審判をしているコキュートスを見てアリサとワイズは若干引いていた。

 

「よし、これで終わりです!」

 

ダクネスの命中率の低さに勝利を確信したヴァイスは最後の一球を投げようとした。

 

「…かくなる上は!」

 

このままでは三振になってしまうダクネスは最後の手段に賭けようと目を見開いた。

そして最後の一球が投げられた。

ボールが迫ってくる中、ダクネスが導き出した方法は、

 

「とぅ!」

 

なんとバットを放り投げてストライクゾーンへと飛び込んだ。

 

「ダクネスさんがボールに当たりに行ったぁーーー!!」

 

そしてボールは当然のように壁となったダクネスの脇腹へと直撃した。

 

「これはいい…!ではなく、デッドボールだな…!」

 

四つん這いになりながらも一石二鳥をしたダクネスは一塁へと歩こうとしたのだが、

 

「ストライク!バッターアウト!」

「何故だ!?ボールに当たったではないか!」

「ストライクノボールニ当タリニ行クノハルール違反ダ!」

「そうなのか!?」

 

コキュートスから三振の宣言を受け即座に抗議するもルール違反が見逃される訳もなくショックを受けてしまった。

 

「あの~コキュートスさん、タイムを戴いてもよろしいでしょうか?」

 

すると、守備に周っていたレムがコキュートスにタイム要求をした。

 

「ドウシタ?怪我デモシタノカ?」

「いえ、先ほどダクネスさんの放り投げたバットが通りすがりの通行人に当たってしまいまして」

「ナニ?」

 

レムの指を差した先を全員が見ると、そこには黒い服を着た女性らしき人が倒れており側にはバットが転がっていた。

どうやら先ほどダクネスが投げたバットが放物線を描き女性に当たってしまったらしい。

 

「大変だ!大丈夫ですかー!?」

 

女性を介抱しようとグランツが慌てて駆け寄ると、その女性はハジメと共に飛ばされて来たティオだった。

 

ティオはムクリと起き上がりグランツと目が合うと、

 

「はぁん!何ということじゃ!普通に歩いていた妾にこのような仕打ちをするとは!じゃがそれも悪くない!」

「…えっ!?」

 

顔を赤く染めて身体をクネクネと動かしマゾヒズムの発言をした。

そう、まるでダクネスのように。

グランツはティオの言動に固まってしまう。

 

「さぁもう一度やるがよい!痛め付けるのが趣味というのならばとことん付き合ってやろうではないか!」

「趣味じゃないですよ!?」

 

両腕を広げさぁ来るがいいと言わんばかりの勢いのティオにグランツは即座に否定した。

するとハッとなり辺りを見渡すと集まって来たみんながこちらに冷たい視線を向けていた。

 

「最低ねアイツ…」

「武人ノ風上ニモ置ケンナ」

「本当に最低です」

「イ、イヤイヤイヤ!えぇ!?」

 

自分はティオを介抱しようとしただけなのに何故か自分がティオを傷つけたことになっている状況にグランツはたじろいでしまう。

 

そして極めつけは、

 

「グランツ中尉…」

「えっ?」

 

「最低ですね」

 

「何でだぁーーー!!??」

 

ヴィーシャからゴミを見るような目で見られたことにより、グランツのショックの叫び声が校庭中に響き渡った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

飼育小屋

読んで字の如く、学校で飼育されている生き物たちの世話をする小屋。

その中に飼育委員であるスバル、アクア、アウラの3人が入っていた。

 

「ウチってさ、飼育されてるのは2匹だよな?」

「そうだね」

 

この学校で飼育されているのはデスナイトとハム助の2匹だけ。

その筈だったのだが、

 

「で、今3匹いるよな?」

 

左からデスナイト、ハム助、そして大きな白い毛並みの鳥がいた。

いつの間にか2匹から3匹に増えていたのだった。

 

「じゃあ減らせばいいだけよ」

 

そう言ってアクアは浄化の技『ターン・アンデッド』をデスナイトに繰り出すと、デスナイトは魂だけになってしまった。

 

「アーッ!デスナイトくんが消えてしまったでござる!」

「うんうん!これで2匹になって一件落着!ってなるワケねぇだろ!!」

 

飼育委員でありながら数合わせのためにデスナイトを消したアクアにスバルはノリツッコミをした。

 

「そもそもこの鳥はどうしたの?」

 

そんな中、いつの間にか飼育小屋に入り込んだ鳥にアウラは視線を移し首を傾げた。

すると鳥が口を開き喋り出したのだった。

 

「フィーロ?フィーロの名前はフィーロだよ」

 

大きな鳥『フィーロ』は少女の声で自己紹介をした。

しかし鳥が喋ったというのにスバルたちは気にする様子はなかった。

 

「ねぇねぇ、ご主人様知らない?」

「ご主人様?誰かしら?」

「ご主人様はね、ナオフミって名前だよ」

「ナオフミ?誰だろう?」

 

初めて聞く名前にアウラが首を傾げているとアクアが魂だけのデスナイトを呼び戻すと元に戻ったのだった。

 

「おぉ!デスナイトくんが戻って来たでござる!」

 

友達が無事に戻って来たことにハム助が目を輝かせ安心していると後ろの扉が開く音がした。

 

『ん?』

 

その音に反応して全員がその方を見ると、

 

『おぉ~!』

 

そこ立っていたのはサトゥーと共に飛ばされて来たポチとタマだった。

2人は飼育小屋に入るや否や目を輝かせていた。

 

「誰だろう?」

「さぁ?見ねぇチビッ子たちだな」

「あの子たち何で目を輝かせてるのかしら?」

「きっと拙者たちが珍しいからでござろう」

 

確かにハム助のような生物は大変珍しいためポチとタマが興味津々になるのは当然だろうと思った。

しかし次の二言でその場が凍りついた。

 

「獲物~?」

「ご馳走なのです!」

 

『…えっ!?』

 

よく見るとタマとポチの視線はフィーロに向けられており、口から少し涎が垂れていた。

そう、2人はハム助たちが珍しいから目を輝かせていたのではなく、フィーロが美味しそうに見えたから目を輝かせていたのだった。

 

「フィーロは美味しくないよ!?」

「待て待てお前ら!コイツは食い物じゃねぇよ!」

 

流石にこれはマズイと思ったスバルはフィーロの前に立ちポチとタマを止めようとした。

しかし2人は空腹状態の為我慢が出来ないのかジリジリと詰めよって来た時だった。

 

「あ、あの!」

 

再び扉から声が聞こえ全員が視線を向けると今度は真人と共に飛ばされて来たポータが立っていた。

ポータは声を上げたと同時にタマとポチの側へ駆け寄った。

 

「お腹が空いているなら、これをどうぞ」

 

しゃがみこみ鞄から紙袋を取り出してタマとポチに見せるように中身を見せると、中には真々子特製のたまごボーロが入っていた。

真人を探していたポータがたまたま飼育小屋を通りかかった時タマとポチがフィーロを食べようとしていたため不味いと思い持っていたたまごボーロを2人に食べさせようとしたのであった。

タマとポチはたまごボーロを手に取りそれを口へ運ぶと、

 

「サクサク~?」

「美味しいのです!」

 

今まで食べたことがない味が口中に広がっていき、笑顔になり一気に頬張った。

 

「いや~危なかったねぇ~」

「ホントに間一髪だったわ」

「まさかたまごボーロで人助けとはな。いや、鳥助けか」

「助けてくれてありがと!」

 

危うくフィーロが食べられてしまいそうになった為スバルたちはホッとするのだった。

 

「ところでお主たち4人よ。ここへ何の用でござるか?」

「3人~?」

「ポチはタマと2人だけなのです」

「私もたまたま1人で通りかかっただけですけど…」

「いや、そこにもう1人いるでござるよ」

 

ハム助の指を差した先を見ると、そこにはハジメと共に飛ばされて来たミュウが入り口から顔を出してこちらの様子を伺っていた。

 

「うぅ~…!」

 

全員がこちらを見たことによりミュウは怖がってしまいバッと顔を引っ込めてしまう。

 

「またチビッ子が来たわね」

「まさかアイツも食ったりしねぇよな?」

「どっちかって言うと人見知りなだけじゃない?」

 

スバルたちが話していると再びミュウがヒョコッと顔を出して様子を伺い出す。

そんなミュウにタマとポチは近づいて持っていたたまごボーロを差し出した。

 

「食べる~?」

「サクサクで美味しいのです!」

「好きなだけ食べていいですからね」

「んぅ…」

 

2人とポータに促されたミュウは恐る恐るたまごボーロを手に取り口へ放り込むと、

 

「ッ!美味しい!」

 

タマとポチのように笑顔になり一気に明るい表情になった。

今まで不安になっていた様子だったが安心した様子になりスバルたちもホッとするのだった。

 

「よく分かんねぇけど、一件落着になったのか?」

「そうだね」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

一方その頃、校舎の廊下を1人の女性が歩いていた。

 

「ナオフミ様ー!ナオフミ様ー!」

 

獣耳を生やした茶髪の女性の名は『ラフタリア』

尚文と共に飛ばされた1人で、彼の剣として共に闘って来た亜人族である。

この世界に来てから尚文を探しているのだが一向に見つからずにいる。

 

「ナオフミ様は何処に・・・?」

 

一体何処にいるのだろうと考えていると、

 

「ここにもハジメがいない」

「ここって私たちの学校とは違うみたいだけど、何処なんだろう?」

 

「ご主人様ー!何処ですかー?」

 

「マーく~ん?ポータちゃ~ん?ワイズちゃ~ん?メディちゃ~ん?」

 

空き教室の扉が開き中からハジメと共に飛ばされて来たユエと香織、階段からサトゥーと共に飛ばされて来たリザ、ラフタリアの後ろから真人と共に飛ばされて来た真々子が歩いてきていた。

各々で仲間を探しているがこちらも見つからずにいた。

 

『ん?』

 

そして5人はバッタリと出会い足を止めて互いに顔を見合わせた。

 

『………』

 

全員が黙ってしまい微妙な空気が流れ誰も口を開けずにいると足音が聞こえて来た。

 

『?』

 

向こうから聞こえてくる足音に5人が振り向くと、曲がり角からアインズとカズマが出てきた。

 

『ん?』

 

「魔物!」

 

ラフタリアたち4人はアインズを見て咄嗟に身構えた。

ラフタリアは腰の剣を抜き、リザは背負っていた槍を構え、ユエは手に電撃を発動させ、香織は杖を構える。

 

「ちょぉ待った待った!ここはお姉さんたちが元いた世界とは違うから無闇矢鱈に争うのは無しにしてくれ!」

 

こちらを警戒している4人を落ち着かせようとカズマは前に出て説得を始めた。

 

「私たちは君たちに危害を加えたりはしない」

「安心してくれ。そっちも唐突にこの世界に転移させられたんだろ?俺たちも違う世界からこの世界に連れて来られたんだ」

 

アインズとカズマの様子からこちらを襲う様子がないように感じるもラフタリアたちは警戒を解けずにいると、ラフタリアとリザの肩に真々子が手を置いた。

 

「まぁまぁ、取り敢えず向こうの人たちは争う気はないみたいだし落ち着きましょ」

 

優しく子供に呼び掛けるような母性溢れた言動にようやくラフタリアたちは警戒を解いて武器をしまう。

 

「貴方たちもナオフミ様と同じく…」

「あの、サトゥー様という方を知りませんか?」

「もしかしてハジメも…?」

「多分そうだと思うよ」

「ところで、誰かマーくんを見かけなかったかしら?」

 

全員が同じ立場だと理解した5人はそれぞれ、尚文とサトゥー、ハジメと真人もこの世界にいると理解した。

 

「尚文?サトゥー?ハジメ?マーくん?」

「そいつらが俺たちと同じ立場か…あ、ちなみに俺佐藤って名字なんだけど」

「サトウではなくサトゥーです!」

「うぉっ!?わ、悪かったって!」

 

自分の名字が佐藤だとカズマが明かすもリザが凄い剣幕で詰めよって来た為慌てて謝った。

 

「なぁ、その尚文とサトゥーとハジメとマーくんってヤツらは何者なんだ?」

 

ラフタリアたちが必死になって探している3人について詳しく聞こうとカズマは質問をした。

 

するとラフタリアが一呼吸置いてこう答えた。

 

「ナオフミ様は盾の…」

「え?何?」

 

「…勇者様です!」

 

「勇者ということは、英雄とかそういう類いの者か?」

「俺TUEEE!みたいなヤツなのか?」

「そんなんじゃありません!ナオフミ様は世界を救うために召喚されたのに裏切られて、濡れ衣を着せられ迫害されて…!」

「ハードモードだなぁ…!」

 

尚文の事情を知ったカズマは会ったことのない彼に哀れみの感情が込み上げてしまう。

それを聞いたユエと香織は目を見開いた。

 

「そのナオフミって人、ハジメに似てる」

「と言うと?」

「私たち…ユエさんは違いますけど、私の学校のクラスメイトたちはトータスという異世界に召喚されたんです。でもある事件でハジメくんは裏切りにあって、たった1人で魔物の巣窟の奈落というところへ落ちてしまって」

「そちらさんもハードモードだったか~」

 

ハジメも尚文と同じように裏切りにあった事情を知ったカズマは哀れみの感情が更に込み上げてしまいリザも感化されてしまう。

 

「成る程、そのような事情があるのですか…」

「君は確かサトゥーという者を探しているようだが、どのような人物なのだ?」

「…私は見ての通り獣人なのですが、そのせいで周囲から嫌われて奴隷になっていたのです。そんな私をご主人であるサトゥー様は誰よりも優しく接してくれて私を買ってくれたのです」

「そうだったのですか…」

 

嘗て自分も同じように奴隷だったためラフタリアは同情してしまう。

 

「えっと…そちらさんの探してるマーくんってどんな人?」

「マーくんは私の自慢の息子なの」

「………えっ?まさか、君は母親なのか…?」

「えぇ。何でもマーくんがゲームの中に転送されるっていうから心配で一緒に転送したの」

「なんという過保護!?」

 

息子と一緒にゲームの世界へ転移した真々子に流石のアインズも動揺を隠せない。

色々事情がありそうな面子ではあるがなんとしてでも仲間と会いたいという気持ちは同じだった。

 

「とにかく!私はナオフミ様を探さなくてはならないのです!」

「私もご主人様と仲間たちを見つけないといけないんです!」

「私だってマーくんとポータちゃんたちを見つけないといけないの!」

「私はハジメさえ見つかればそれでいい」

「ユエさん!?シアさんたちも見つけないと!」

 

5人は各々に喋り出し尚文たちを見つけてなければと勢いが凄かった。

このまま放っておくのは後味が悪いためアインズとカズマは尚文たちを探すことに協力しようとした。

 

「じゃ、一緒に探すの手伝ってあげるよ」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

場所は再び校庭へ戻り、野球対決もかなり盛り上がってきていた。

ピッチャーを努めるヴィーシャに対し代打に立っているのはマーレ。

 

「フッ!」

 

ヴィーシャは大きく振りかぶり第一球を投げた。

 

「わぁっ!?」

「ストライーク!」

 

マーレは自分の杖をバット代わりにして思い切り振るも空振りボールはキャッチャーのダクネスのグローブへと吸い込まれていった。

 

「何でだ…!?俺はただ、倒れている女性を助けようとしただけなのに…!」

「げ、元気出して下さいグランツさん」

 

一方ベンチではみんなから冷たい視線を受け心に傷を負ったグランツをルルが励ましていた。

ちなみにアリサとティオとワイズはその隣で野球を観戦している。

 

そんな状況の中、校舎からアインズとカズマ、ラフタリアとリザ、そしてユエと香織と真々子の7人が出て来た。

何処から探そうかと辺りを見渡すと、階段にアクアが座り込んでいた。

 

「お、アクアじゃないか。あっちにいるのは…」

 

アクアの視線の先を見るとそこには、

 

「わぁーーーい!」

「うぉぉぉぉぉ!」

「いけいけーーー!」

「わぁぁぁぁぁ!?」

「速い~~~!?」

「楽しいのです!」

「もっともっとー!」

 

「デカイ鳥ーーー!?」

 

スバルとアウラ、タマとポチ、ミュウとポータを背中に乗せたフィーロが駆け回っていた。

タマはスバルに、ポチはアウラに、ミュウはポータに肩車をしてもらっている。

 

「フィーロ!?」

「タマ!ポチ!」

「ミュウちゃん!?」

「無事だったんだ!」

「ポータちゃん!」

「あぁ仲間か、よかったよかった」

 

ラフタリア、リザ、ユエと香織、真々子は探していた仲間を見つけると急いで階段を下りて行った。

 

すると駆け回っていたフィーロが急停止して名前を呼ばれた方を振り向くとラフタリアがこっちへ走って来ていた。

スバルとアウラは急にどうしたんだとフィーロの様子を伺うと、体から煙を吹き出して乗っていた6人をも巻き込んだ。

 

『うわぁ!?』

 

煙が晴れていくとそこには、

 

「ラフタリアお姉ちゃん!」

 

なんと白い服を着こなし背中から白い羽を生やした金髪の少女が現れた。

そう、フィーロは人間へと姿を変えることが出来るのであった。

フィーロはラフタリアの元へと走っていった。

 

「おぉ!変身型!凄い欲しい!」

 

人間に変身できるフィーロにアウラは目を輝かせ益々欲しくなった。

 

「タマ!あれはリザなのです!」

「リザ~?」

「あ!ユエお姉ちゃんと香織お姉ちゃんなの!」

「ママさん!」

 

更にポチとタマとミュウとポータの4人もフィーロの後を追うようにリザとユエと香織と真々子の元へ走っていった。

そして全員が合流すると互いの安否の確認や他の仲間を見かけなかったなど様々な話をし出した。

 

「彼女たちはそれぞれ尚文、サトゥー、ハジメ、マーくんという者たちを探しているようだ」

「じゃあやっぱりそいつらが九内先生が担当する4組と1組の転校生か」

「そういうことだな」

 

ラフタリアたちの事情を階段を下りたアインズから聞いたスバルは4組の生徒と1組の生徒なのだと理解した。

 

「あと一球!」

 

一方野球の方はというと、既にヴィーシャがツーストライクを決め残すは一球の状況になっていた。

 

「これで、終わりです!」

 

決着をつけようと言わんばかりにヴィーシャは渾身の力でボールを投げた。

しかし、このまま終わるマーレではない。

握る力を強め杖を思い切り振った。

 

「えぇい!!」

 

すると杖は見事にボールを捉え、守備のケーニッヒが全く反応できない打球が、顔面スレスレで一直線に飛んでいった。

ボールは直撃すれば怪我では済まない程速度を増していき、更にその先にはラフタリアたちがいた。

 

「危ねぇ!!」

 

『!!??』

 

スバルの呼び掛けに反応したラフタリアたちだったがボールはすぐそこまで近づいておりとても避けられる距離ではなかった。

ならばせめてとラフタリアたちはフィーロの壁になるように抱きしめた。

 

もう直撃してしまうと誰もが思ったその時だった。

 

 

 

 

 

「エアストシールド!!」

 

 

 

 

 

突如ラフタリアたちの前に立体ホログラムのような緑の大きな盾が出現しボールを防いだ。

しかしボールの勢いは止まらずすぐに盾を破りそうであった。

 

「これは…!?」

 

突然出現した盾にアインズが驚いていると、階段の上にカズマとアクアの間に盾の勇者の尚文が立っていた。

あの緑の盾は尚文のスキルの1つ『エアストシールド』というもので、周囲の空間の任意の場所に盾を1枚出現させることができる。

尚文は階段から軽々とアインズとスバルの前へ飛び降りラフタリアたちの元へ走り出した。

 

「ほう…!」

 

一方、エアストシールドはボールの勢いに負けて徐々にヒビが入りこのままでは破られてしまう程になっていた。

だが、これも想定済みなのか尚文は次のスキルを発動した。

 

「セカンドシールド!!」

 

尚文の呼び掛けにより、エアストシールドの後ろにもう1枚の盾『セカンドシールド』が出現した。

そしてエアストシールドは破られボールはセカンドシールドへ衝突した。

しかしボールは同じようにセカンドシールドへもヒビを入れていき再び破られてしまった。

 

ボールがラフタリアたちへ飛んでいくもたどり着いた尚文が立ち塞がり右手の盾を構えた。

 

「くぅっ!?」

 

そしてボールは尚文の盾へ直撃するもその勢いが止まることはなかった。

尚文はなんとか堪えるもボールの勢いが凄まじいせいか中々押しきれずにいた。

 

「大丈夫か!?」

「そのまま抑えてろ!!」

「!?」

 

すると聞き覚えのある声が耳に入り辺りを見渡すと、サトゥーと真人の2人がこちらへ向かって来ていた。

 

「それっ!!」

「こんのぉ!!」

 

サトゥーは右足、真人は剣を抜いて同時にボールを空高く打ち上げる。

 

一般人ではあり得ない身体能力だが、元の世界でのサトゥーのレベルは310。

元の世界でも信じられない程の高レベルのためある意味チートに近いのである。

 

そして真人は普通の勇者とはいえ、とある強敵と対峙したことがあるため打ち上げることができたのである。

 

更に追い討ちを掛けるかのように銃声が聞こえたと同時にボールが粉々に散っていった。

 

「また会ったな」

『!!』

 

声のした方を向くと、アインズとスバルの前にリボルバーを向けたハジメが立っていた。

 

ハジメの能力は『錬成師』

様々な武器を造り出すことができる能力であり、ハジメが持っているリボルバーも錬成で造ったものである。

ハジメはリボルバーをしまい尚文たちの元へと歩いていった。

 

「多少の魔力が籠ったボールを真っ正面から防ぐ者、そのボールを軽々と宙へ蹴りあげる者が2人、そしてあの距離を容易く狙い撃ちをできる者。おそらくアイツらが尚文とサトゥーとハジメとマーくんという者たちなのだろう」

「ありゃ絶対ただ者じゃねぇだろ」

 

尚文の盾のスキル、サトゥーと真人の身体能力、ハジメの正確な狙い撃ちを見たアインズは感心するもスバルは4人の能力を見て唖然となってしまう。

 

ラフタリアたちは一向に衝撃が来ないことに首を傾げてしまい恐る恐る目を開けると、目の前に尚文とサトゥーとハジメと真人の4人が立っていた。

 

「ナオフミ様!」

「ご主人様!」

「ご無事でしたかご主人様!」

『ご主人様ー!』

「ハジメ!」

「パパ!」

「ハジメくん!」

「マーくん!」

「真人さん!」

 

「ラフタリア!フィーロ!無事だったんだな!」

「リザ、タマとポチも無事でよかった!」

「ユエ、ミュウ、白崎も大丈夫か?」

「母さん、ポータ、どこも怪我してないか?」

 

尚文たちはラフタリアたちに無事かどうか確認していると、

 

「サトゥー!」

「マスター!」

「ハジメさーん!」

「真人くーん!真々子さーん!ポータさーん!」

 

「アリサ!みんないるよ!」

「分かってるわよ!ご主人様もちゃんといるわ!」

「皆無事であったか!」

「やっと見つけたわよ!」

 

階段からミーア、ナナ、シア、メディが駆け下り、野球のベンチからルル、アリサ、ティオ、ワイズがこちらへ走って来ていた。

 

「ミーア!ナナ!アリサ!ルル!」

「メディ!ワイズ!」

「なんだ、お前ら無事だったのか」

「ハジメさん!?私たちに対する態度冷たくないですか!?」

「こんな雑な扱いをするとは流石はご主人様なのじゃ!」

 

これでようやく全員が無事に仲間と再会し自然と笑顔になっていた。

 

「ようやく全員揃ったか」

 

『!!??』

 

すると、不意に声を駆けられ全員がとっさに振り向くと、いつの間にかアクとルナを引き連れた九内が立っていた。

尚文とサトゥーとハジメと真人の4人は突然現れた九内を警戒し、ラフタリアたちの前に立った。

しかしそんなことなどお構い無しに九内は淡々と話し出した。

 

「初めまして。私は君たち4組の担任の九内伯斗という者だ。これから長い付き合いになるからよろしく頼むよ。因みに尚文くんたちは1組の転校生ということになっているからすぐに向かうように」

 

相手を見下さず、そして挑発せず九内は簡単な自己紹介をした。

九内に戦闘の意思がないと判断した尚文たち4人は再びラフタリアたちと向かい会った。

 

「聞いてくれみんな、この世界には学園生活をしなければならないというルールがあるらしいんだ」

「はい、ベアトリスという方からお聞きしました」

「はっきり言ってまったくワケが分からない」

「うん。モンスターみたいな人たちも大勢いるし、本当にどうなってるんだろう?」

「…だが、幸い俺たちはそれぞれの仲間たちと一緒にいる」

「一先ずは協力して様子を見ていこう」

「はい!」

「分かった!」

「もちろんよマーくん!」

 

尚文たちの提案にラフタリアたちはそれぞれ顔を見合せ全員で協力しようと意見が一致した。

 

「話はまとまったか?」

 

九内からを掛けられるも尚文たちは決して動揺せず向かい会いそして、

 

「あぁ。分からないことが多すぎるが、学園生活は守っていくことにする」

「それが元の世界に戻る方法なら何だってやるさ」

「アンタが何者か聞くつもりはないが、これからよろしく頼むぞ、九内先生」

「よろしくお願いします」

 

「よろしい。では生徒諸君、改めてよろしく」

 

元の世界に戻るまで全員は学園生活を共に過ごすことになったのだった。



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第五話 自己紹介とクラス委員

「えー以上が、学園生活の規則だ。君たちは共に過ごす仲間だから仲良くするように」

 

あの後、九内先生に連れられたハジメ、サトゥー、真人たちは4組の教室の席につき学園生活のルールを聞いていた。

ちなみに席は、真人たちが左前横一列、その右隣にアクとルナが横一列、後方右がサトゥーたち、そして後方左隣がハジメたち、という配置になっている。

 

「さて、ここまでで何か質問、もしくは異議のある者は?」

「大ありよ!」

 

一通り説明を終えた九内は全員に質問がないか聞くと、真っ先にルナが席を立ち上がり抗議した。

九内はまたお前かと言わんばかりのため息をつきルナの意見を聞くことにした。

 

「お前、さっき食堂で説明しただろ。一体何が不満だというのだ?」

「まだ全然納得してないわよ!こんな訳分かんない場所で学園生活なんて送れる訳ないじゃない!」

 

確かに彼女の言い分も一理ある。

いきなり別の世界へ飛ばされた挙げ句、見知らぬ連中と学園生活など無理だと言うのも致し方ないというもの。

しかしそんな事など知るかと言わんばかりに九内は淡々と答えた。

 

「ほう、では学園生活を送る気はないと?」

「そうよ!」

「成る程、ではその考えをこのクラスにいる者たちに正々堂々と言えるのか?」

「えっ?」

 

九内に言われてルナは周囲を見渡すとサトゥーたちを含め全員が彼女に注目していた。

 

「お前以外の全員は学園生活を送ると一致団結したところだ。なのにお前はそれを拒否するというのか?」

 

サトゥーたちは分からないことが多いにも拘わらず共に学園生活を送ることを決めた。

つまりルナの発言は彼らの意思の結束を否定するということになる。

 

「そ、それは…!」

「ルナ姉様、お気持ちは分かりますけど、取り敢えずはここにいる皆さんで共に過ごしましょう」

 

戸惑うルナをアクが宥めて学園生活を過ごそうと提案した。

 

「わ、分かったわよ!仕方ないから一緒に学園生活を過ごしてあげるわ!」

 

仲のいいアクから言われてとうとう観念したのかルナは学園生活を過ごすことを決めて大人しく席についた。

 

「あの子、一体何をそんなに怒ってるのかしら?」

「まぁ、気持ちは分からなくもないけど…」

 

ルナの言動に真人は同情してしまうも承諾してくれたことに少しホッとする。

 

「んんっ!ではまずは自己紹介からしてもらおう」

 

ルナが落ち着いたことを確認した九内は咳払いをして4組全員に自己紹介をしてもらうことにした。

サトゥーとハジメと真人の3人は既に自己紹介を済ませているがアクたちがまだの為必要なことである。

 

「ではまずアクたちから」

「はい!」

 

九内に促されアクとルナは立ち上がり自己紹介を始めた。

 

「僕の名前はアクと言います。これからよろしくお願いします」

「三聖女の1人、ルナ・エレガントよ。覚えていて頂戴」

 

アクの丁寧な自己紹介に続きルナはやや上から目線で自己紹介をした。

決して悪気がある訳ではないためサトゥーたちも薄々理解している。

 

「じゃあ次は真人くんたちだ」

「あ、はい…」

 

そう言って九内はアクから真人たちへと視線を移した。

次は自分たちの番かと悟った真人たちは立ち上がり自己紹介を始めた。

 

「ど、どうも真人です…一応勇者やってます」

「初めまして。マーくんの母親の真々子と申します。よろしくお願いします」

「ワイズよ。職業は賢者。よろしくね」

「自分はポータです!旅商人です!」

「私はメディと申します。癒術師をしています」

 

真人たちパーティーの一行は流れるように自己紹介をしていく。

 

(話には聞いていたけど、本当に母親同伴で異世界転移したのか…)

 

用務員部屋で真人からその事を聞いていたものの半信半疑であったサトゥーだったが自己紹介を聞いて本当だったのかと信じざるを得なかった。

 

「じゃあ次は、サトゥーくんたちの番だ」

「はい」

 

九内に促されてサトゥーたちも自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私はサトゥーと申します。前の世界では彼女たちと旅をしていました。よろしくお願いします」

「燈鱗族のリザです。ご主人様の奴隷として旅に同行しています」

「タマ~?」

「ポチなのです!」

「アリサよ。滅亡したクボォーク王国出身で今はご主人様の従順な奴隷よ」

「ルルです。アリサと同じクボォーク王国の出身で同じく奴隷です」

「私はナナと申します。こちらはエルフ族のミーアです」

「ん…」

 

サトゥーたちの自己紹介が終わった後、ハジメが口を開いた。

 

「大半が奴隷って…奴隷商人でも始める気か?」

 

サトゥーたちの殆どのメンバーが奴隷だということを知り少し微妙な表情で質問をすると、サトゥーは即座に弁解をした。

 

「違う違う。奴隷って言ってもコキ使ったり酷い扱いをさせたりとかはしてないから」

 

奴隷を買っているとはいえサトゥーも人の子。

そんな人の道から外れた行いは決してしないのである。

その行いが良いお陰で若干ハーレムが出来上がってしまっている。

 

「よし、最後はハジメくんたちだ」

「…あぁ」

 

そしてついにハジメたちの番となり席から立ち上がり自己紹介を始めた。

 

「南雲ハジメだ。よろしく頼む」

「私は吸血鬼のユエ。ハジメの恋人」

「兎人族のシアです!ハジメさんの恋人です!」

「竜人族のティオじゃ。ご主人様の下僕でもあるぞ!」

「ミュウはミュウなの!パパが大好きなの!」

「白崎香織です。回復魔法が得意です」

 

人通り自己紹介を終えると今度はルナが口を開いた。

 

「ねぇ、アンタって恋人2人もいるの?」

 

ユエとシアが自己紹介をした時、どちらもハジメの恋人と主張したため気になってしまいハジメに質問をした。

 

「俺の本命はユエだけだ」

「何言ってるんですかハジメさん!ハジメさんは私から唇を奪ったではありませんか!」

「…く、唇を奪ったぁ!?」

 

シアの発言にルナは声を上げて驚いてしまい、女子たちの殆どが反応し顔を赤く染めてしまっている。

確かにハジメがシアにキスをしたのは事実ではあるが、あくまでそれは人工呼吸であるためキスとは言い切れない。

しかし事情を知らないルナはハジメに突っかかっていく。

 

「アンタ本命の恋人がいながら他の女に手を出したの!?それにそっちの小さい子がパパって言ってたけどまさか孕ませたんじゃないでしょうね!?」

「違ぇよ!ミュウと俺は血は繋がってねぇが大切なウチの子だ!」

 

ミュウを仲間にした時、ハジメに『パパ』と呼ばせてと駄々を捏ねたため仕方なく呼ばせていたらいつの間にか愛着が湧いてしまいユエたちからも親バカと思われてしまう程になってしまった。

 

「とにかく!俺はユエ一筋だ!」

「まったく!紛らわしいのよ!」

 

ハジメの必死の弁解によりルナは納得して渋々引き下がった。

そして4組全員の自己紹介が一通り終わり今度は九内が口を開いた。

 

「一癖も二癖もありそうな面子が集まったなぁ…んんっ!さて、本来なら今日は自己紹介を終えて解散だが、まだ時間に余裕があるな…」

 

そう言って九内が教室の時計を見ると針はまだ下校時間の1時間前を差しておりかなり余っている状況である。

 

「そうだな…よしっ、じゃあクラス委員でも決めてもらうか」

 

一通り考えた九内は余った時間で4組のクラス委員を決めることにした。

 

「まずはクラス委員のクラス委員長から決めてもらおうか」

「先生、クラス委員長とは何か詳細な説明を要求します」

 

九内が黒板にクラス委員長と書いているとナナが手を上げて質問をした。

ナナを含めユエたちも初めて聞く用語に首を傾げてしまっている。

そんな彼女たちに九内は説明を始めた。

 

「クラス委員長というのは各クラスの統括する役割、簡単に言えばリーダー的存在だ。クラスを引っ張っていく気持ちがなければ務まらないものだ」

「では魔王様。クラス委員長はルナ姉様がよろしいかと思います」

「ちょっ!?アク!?」

 

九内からクラス委員長の説明を聞いたアクは挙手をして即座にルナを推薦した。

 

「ほう?それはどうしてだね?」

「ルナ姉様は三聖女の1人ですから、人の上に立つことに慣れている筈です。それに、私にはルナ姉様以外にクラス委員長に相応しい人が思いつきません」

「ま、まぁね!これでも聖女だし!そこまで言うならクラス委員長になってあげてもいいわよ!」

 

アクから推薦の理由を聞いたルナはつい天狗になってしまいクラス委員長に立候補した。

 

「じゃあ他に立候補する人は?」

「それじゃあ私はマーくんを推薦します」

「はぁ!?何言ってんだよ母さん!?」

 

九内が他に委員長に立候補する人がいないか聞くと真々子が真人を推薦した。

突然の真々子の行動に当然真人は驚いてしまう。

 

「大丈夫よ。だってマーくん勇者だもの。きっとすぐに慣れるわ」

「自分も賛成です!真人さんがいいと思います!」

「少しは勇者らしいトコ見せなさいよね」

「私も真人くんが勇者なら安心できますわ」

「……はぁ、分かった。そこまで言うなら立候補してやるよ」

 

真々子に便乗してポータとワイズとメディが背中を押したため真人は渋々クラス委員長に立候補することを決めた。

 

するとハジメたちの方からも1人立候補者が出た。

 

「パパー!クラス委員長やってみたいの!」

「はっ!?ミュウ!?」

 

なんとミュウがクラス委員長になりたいと言い流石のハジメも驚いてしまう。

 

「ミ、ミュウちゃんには難しいと思うよ…?」

「そんなことないの!ミュウもクラス委員長やりたいの!」

「ミュウ。我が儘はダメ」

「やりたいやりたいやりたいやりたい!」

 

ユエたちが説得するも一向に聞く耳持たずで駄々を捏ねてしまった。

どうしたものかとハジメが悩んでいると九内に質問をした。

 

「先生。もしミュウがクラス委員長になったら俺もクラス委員になっていいか?」

「別に構いはしないが」

「そうか…ミュウ、お前が委員長になったら俺も一緒になるがそれでいいか?」

「うん!パパと一緒なら嬉しいの!」

 

ミュウが委員長になったら困って泣いてしまうのは目に見えるためハジメがクラス委員になってサポートすれば問題はない筈。

それなら大丈夫だと思いハジメはミュウの立候補を許した。

 

次々に立候補者が出る中、アリサはサトゥーを推薦しようとした。

 

「だったらこっちはウチのご主人様を!」

「あ、あの!」

 

その時だった。

アリサの言葉を遮りルルが手を上げてこう言った。

 

「私も…クラス委員長に立候補します!」

「ルル…?」

 

なんと自らクラス委員長になりたいと申し出たのであった。

突然のルルの行動にサトゥーも目を丸くしてしまう。

 

「珍しいわねルル。貴方が率先して立候補するなんて」

「どうして立候補したいんだ?」

 

少し驚いているアリサに続きサトゥーは優しくルルに訳を聞いた。

 

「私は、ご主人様やリザさんのような武術もアリサのような魔法も使えません…ですから戦闘になった時はいつも隠れてばかり…だから私も!ご主人様のお役に立ちたいのです!」

 

どうやらルルは戦えないことを申し訳なく思っていたらしくせめてサトゥーたちのために頑張りたいと思い立候補したようである。

 

「…そっか、よく分かった。じゃあ俺はルルを推薦するよ」

「ッ!よろしいのですか!?」

「あぁ。自分でそう決めたなら俺は応援するよ」

「ありがとうございます!」

「頑張ってくださいね」

「頑張る~?」

「応援するのです!」

「頑張って…」

「今回は仕方ないわね…それにルル。貴女は料理の手伝いで十分役に立ってるわよ」

「片付けや掃除なども率先して行っていると補足します」

 

ルルの気持ちを汲み取り、サトゥーはルルを推薦してリザたちも応援した。

 

そして最終的に立候補者は、ルナ、真人、ミュウ、ルルの4人となった。

 

「さて、じゃあこの中から誰をクラス委員長にするかだが…投票で決めようと思う。但し、身内に投票するのは禁止だ」

 

投票方法の原則として身内に票を入れてはならない。

例えばアクがルナに投票した場合、その票は無効になってしまうということである。

 

「4人にはそれぞれキャッチコピーを言ってもらいその上で誰がクラスに委員長に相応しいか決めてもらう。それでいいかね?」

 

九内のルールに誰も異議を唱えず全員が頷いた。

 

 

 

「では、始めようか…クラス委員選挙」




という訳で選挙を開催しますので、皆さんの清き一票をお待ちしております!


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第六話 それぞれの交流

~翌日~

 

「ということで、この4組のクラス委員長に選ばれたミュウくんに改めて拍手を」

「よろしくなの!」

 

朝のホームルームにて、昨日のクラス委員選挙で見事に委員長に選ばれたミュウが教卓の前に立ち挨拶をしており、教卓の後ろにはクラス委員となったルナと真人とルルとハジメが立っている。

そんなミュウたちに対して4組全員は拍手を送った。

 

「よかったなミュウ、これから頑張ろうな」

「えへへ」

 

ミュウが委員長に選ばれたことで自動的にクラス委員となったハジメから褒められて、ミュウは無邪気に笑ってしまう。

 

「まさか本当にミュウさんが選ばれるとは…」

「とんだどんでん返しじゃのう…」

 

シアとティオもミュウが選ばれるとは思っていなかったため少し驚いている。

 

「どういう訳かダントツだったもんな…」

「悔しいけど仕方ないわね…っていうか自分でキャッチコピー考えたの私とルルだけだったじゃない!アンタたちは保護者が考えたヤツだったし!」

「あれは母さんが勝手に書いたんだよ!」

「まぁまぁ2人とも、落ち着いて下さい…」

 

クラス委員選挙のキャッチコピーに関して口論している真人とルナの間にルルが仲裁に入った。

因みにクラス委員選挙の後、その他の委員会も決めてしまっている。

 

「では昨日決まった委員会を黒板に書き出しているからみんな確認するように」

 

 

 

クラス委員長…ミュウ

副委員長…真人・ルナ

書記…ルル

補佐…ハジメ

 

風紀委員…リザ・ユエ・ポータ

 

体育委員…ティオ・ナナ

 

飼育委員…タマ・ポチ・ワイズ

 

図書委員…アク・ミーア

 

保健委員…香織・メディ

 

給食委員…真々子・アリサ

 

放送委員…サトゥー・シア

 

 

 

「見事にバラけたわね」

「なんか仕組まれてる感じがするが、流石に考えすぎか…」

 

タマとポチ以外の全員が交流が少ない面々での編成になったことに偶然すぎるのではないのかとサトゥーとアリサは思ってしまう。

 

「それでは今から1時限目を始める。教科書58ページを開きたまえ」

 

そして九内は黒板に書き出された委員会の編成を消し1時限目の授業を始めたのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

午前の授業を乗り越えて昼休み。

学園内の食堂を多くの生徒たちが利用している中、1組の尚文は1人テーブルに座りながら日替わり定食を食べていた。

 

「…久しぶりだな、この味」

 

異世界に飛ばされてから日本食を口にしていなかった尚文にとっては懐かしい味である。

別に異世界の料理がマズイという訳ではないが懐かしいから味に尚文が浸っていると声を掛けられた。

 

「相席いいか?」

「!」

 

尚文が顔を上げると4組のサトゥーとハジメと真人がテーブル越しに立っており、3人とも日替わり定食が載っているトレーを持っていた。

今から昼食を取ろうとしていた時に尚文のテーブルが空いていたため声を掛けたのだろう。

 

「…好きにしろ」

「そうさせてもらう」

 

尚文からの了承を貰った3人は日替わり定食をテーブルに置いて椅子に座った。

4人が揃うのはこれで3回目であり第三者から見たら何か繋がりがあるのではないのかと思ってしまう程である。

4人が黙々と日替わり定食を食べる中、真人が口を開いた。

 

「えっと…尚文って確か1組だったよな?どんなクラスだったんだ?」

 

誰も喋らないことに堪えきれず何か話題を振ろうと1人だけ違うクラスの尚文に1組の様子を聞くことにした。

質問をされた尚文は嫌そうな表情をせずに淡々と答えた。

 

「どんなクラスも何も、メイドやら騎士やらで明らかに普通じゃない連中が揃っていたぞ」

 

ナザリックの戦闘メイド『プレアデス』やチート級の加護を兼ね備えた『ラインハルト・ヴァン・アストレア』など個性が強すぎる面々が1組に揃っているため普通ではないとしか言い様がない状態である。

しかし1組の生徒たちは尚文たちをすんなり受け入れているためトラブルなどは発生しておらず学園生活を送っている。

 

「まぁラフタリアとフィーロはすぐに馴染んだから今のところ問題はないがな」

「で、その2人は?」

「あっちにいるぞ」

 

今は尚文1人だけで仲間の2人は何処にいるのかとハジメが聞くとサトゥーが向こうのテーブルを指差した。

それにつられて真人も向こうのテーブルを見ると、

 

「フィーロ!行儀が悪いわよ!」

「タマとポチもです。溢さずに食べてください」

『はぁ~い』

 

ラフタリアとフィーロとリザとタマとポチが一緒のテーブルに座りサンドイッチを食べていた。

遠くいるためか尚文たちに気づいている様子ではなかった。

サンドイッチを夢中に食べパン屑をポロポロと床に落としてまっているフィーロとタマとポチを正面に座っているラフタリアとリザが注意をしている。

注意を受けてしまったフィーロたちは素直に返事をして皿の上でパン屑を落とさないようにサンドイッチを食べるのであった。

 

「尚文様がいないからってマナーを破っていい訳じゃないのよ」

「その通りです。ご主人様の目の届かない場所でもマナーは守らなければなりません」

「やはり、私たちがしっかりしないといけませんね」

「えぇ。この学園生活のルールを守り共用するのも風紀委員である私の努めでもありますから」

 

真面目で面倒見が良く亜人という点でラフタリアとリザは一致しており気が合うためか既に仲良くなっていた。

 

「タマちゃんポチちゃん!ハムレタス美味しいね!」

「シャキシャキ~?」

「タマゴも美味しいのです!」

 

そんな2人を余所にフィーロたちはどんどんサンドイッチを食べており残りも僅かとなっている。

 

「やっぱり亜人同士だと気が合うな」

「確かに。リザと似てるし、タマとポチと同い年くらいだしな」

 

その光景を見ていた尚文とサトゥーは思わず笑ってしまう。

それはまるで自分の子供に新しい友達ができたことにホッとしている親のようであった。

 

「これならアリサたちも大丈夫そうだな…って、どうしたんだ2人とも?」

 

リザたちの様子を見て安心しているサトゥーであるが、対照的にハジメと真人は深刻そうな表情を浮かべていた。

 

「いや、俺の仲間なんだが…少し問題があってだな。トラブルを起こしてなきゃいいんだが…」

「俺の方も、母さんが何か仕出かしてなきゃいいんだけど…」

 

残念ウサギのシアとドMのティオ、天然の真々子が何か問題を起こしてしまいそうなことを想像してしまっているためハジメも真人も心配になっているのである。

 

「多分大丈夫じゃないか?彼女たちだって常識くらい持ってそうだし」

「あの馬鹿ウサギと変態を甘く見るな」

「それに母さんに至っては能力を使っていないか不安なんだよ」

「能力?」

 

サトゥーが宥めるも仲間の異常性を誰よりも理解しているハジメには不安しかなかった。

更に真人も母親である真々子があの力を振りかざしていないか心配していると尚文がそれに反応する。

母親が同伴してゲームの世界へ転移してきたことまでは聞いていたが能力までは聞いていなかったため気になったのである。

 

そんな尚文に真人はため息をつきながら答えた。

 

「俺の母さんは、通常攻撃が全体攻撃で2回攻撃できるんだ…」

『………は?』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「バットはリストの本数通りにあったと報告します」

「サッカーボールと野球のボールも問題ありません」

 

その頃、校庭にある体育倉庫ではコキュートスとダクネス、ヴァイスとノイマンとケーニッヒ、そしてティオとナナが体育倉庫内の備品の確認をしていた。

何故このようなことをしているのかというと、体育教師から体育倉庫の備品の確認をするように言われたため2組と4組の体育委員である7人がすることになったのである。

 

「全部数え終わりました」

「備品の数は問題ありません」

「ゴ苦労。念ノタメニモウ一度確認シテオコウ」

「手伝います」

 

倉庫内のすべての備品を数え終えたことをケーニッヒとノイマンが報告するとコキュートスはもう一度備品を確認しようとダブルチェックを始めヴァイスはそれを手伝おうとする。

容姿が恐ろしいとはいえ真面目な性格であるため教師陣からの評価はそれなりに良い方である。

 

その姿に同じく真面目なナナが感心していると、ダクネスとティオの様子がおかしいことに気がついた。

 

「どうされましたか?」

 

もしかしたら体調を悪くしたかもしれないと声を掛けた時、2人揃って口を開いた。

 

「このような密室された空間に私を連れ込むとは中々やるではないか!そしてこのまま嫌がる私を無理やり押さえつけて辱しめを!くっ…!だが悪くないぞ!」

「よってたかって数の暴力で妾を辱しめるその暴挙!ハァン!想像するだけで身体が疼いてしまうのじゃ!」

 

ダクネスもティオもドMな性格のため体育倉庫の状況からいかがわしい妄想をしてしまっており身体をクネクネと動かしている。

2人の言動に常にポーカーフェイスのナナも戸惑ってしまう。

 

「おぉ!ティオ殿は話が分かるな!」

「ダクネス殿こそ!中々の妄想っぷりじゃぞ!」

「…この2人の対処法をお教え願います」

「放っておいて構いませんよ」

「だな」

 

意気投合している2人にナナが困っているとダクネスと付き合いが長いケーニッヒとノイマンが無視を貫くようにと言う。

 

「ム?」

 

ナナたちが話している中、備品の再確認をしていたコキュートスが足元に何かいることに気がつき、よく見てみるとネズミがこちらを見ていた。

 

「ナンダ、ネズミカ…」

「うわっ、こんなところにネズミが…!」

 

すると同じく備品の再確認をしていたヴァイスが棚にネズミがいることに気がつき少し驚いてしまう。

それを皮切りにサッカーボール籠の隙間、棚、屋根裏からと様々な箇所から大量のネズミが現れた。

 

「コレハ一体…?」

「何故こんなにネズミが…!?」

「しかもいろんなところから…」

「まさか俺らが備品の整理をしていたからか出てきたのか…!?」

「その可能性は高いです」

「あぁ!今からこのネズミたちが私たちの身体を貪るというのだな!」

「服の隙間から入り込んで身体中を這いつくばるとは!」

 

約2名変態混じりなことを言っているが倉庫内の大量のネズミにコキュートスたちが動揺しているとネズミたちはコキュートスたちを避けながら倉庫から一斉に出ていった。

 

「………た、大変だ!あのネズミたちが校舎に入ったら大騒ぎになるぞ!」

 

呆然となっていたがケーニッヒが我に返り緊急事態であることを理解して声を上げる。

大量のネズミが校舎に入ってしまえば間違いなくパニック状態に陥ってしまう。

すべてのネズミを捕まえるべくコキュートスたちが倉庫から出るとネズミたちは既に校庭を駆け回っておりすべて捕まえるのは至難である

 

「流石二コノ数ハ骨ガ折レソウダ…」

「ですが私たちがすべて捕まえなくては」

 

見ただけで100を越えるネズミを見てコキュートスは弱音を吐いてしまうもナナが後押しをして捕まえようとした時だった。

 

「あら?一体何の騒ぎ?」

 

偶然倉庫近くを通りかかっていた真々子が校庭を駆け回っているネズミたちを見て首を傾げてしまう。

 

「奥方!少し離れていてください!ここは我々にお任せを!」

 

美人な真々子を見たヴァイスはカッコつけようと自信満々にネズミを捕まえようとする。

 

しかし状況を察したのか真々子は笑顔でこう答えた。

 

「大丈夫よ。私に任せて」

 

そう言って真々子はコキュートスたちの前に立ち校庭を駆け回るネズミたちを見る。

一体何をするつもりなのだろうとコキュートスたちが様子を伺うと、真々子はどこからともなく自身の武器である『母なる大地聖剣テラディマドレ』と『母なる大海の聖剣アルトゥーラ』を取り出した。

 

「えいっ」

 

2本の聖剣を手に取った真々子がテラディマドレを振るうと校庭の地面が剣山のようにあちこちが尖りすべてのネズミに直撃した。

 

「やぁっ」

 

次にアルトゥーラを振るうとショットガンのように水飛沫が校庭へ飛んでいくとまたしてもすべてのネズミたちに直撃した。

その光景を見てコキュートスたちは言葉を失ってしまう。

 

真々子が持っている聖剣は1本だけで全体攻撃が可能であるがそれを2本も持っているため2回攻撃ができるのである。

 

攻撃を受けたネズミたちは絶命していないもののボロボロの状態である。

そんなネズミたちに真々子は優しく声をかける。

 

「ここは貴方たちが住んでいい場所じゃないわ。森に帰りなさい」

 

幼い子供を優しく叱りつけるように真々子がネズミたちにそう言うと、ネズミたちは一斉に駆け出し校門から出ていった。

そんなネズミたちに軽く手を振る真々子を見てコキュートスたちは各々呟いてしまう。

 

「見事ダ。アレダケノ標的ヲ寸分モ狂イナク外サズ二スベテ攻撃ヲ当テルトハ」

「聖母《マリア》だ…」

「聖母が光臨なされた…」

「だな…」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

一方その頃4組の教室では、アクとミーアとユエミュウとポータがおり、いわゆる女子トークをしていた。

 

「成る程!そのような出会いがあってユエさんとミュウさんはハジメさんと、ミーアさんはサトゥーさんと共に旅をしているのですね!」

「とても素敵なお話ですね!」

「ハジメはわたしをあの場所から助けれくれた。だから好き」

「うん!パパはすっごく優しいの!」

「サトゥーも、みんなに優しい」

 

4人はそれぞれの世界の話をしており、アクとポータはユエとミュウとミーアからそれぞれの出会いの話を興味深く聞いていた。

ユエは奈落の底で封印同然に閉じ込められていたところをハジメに助けられ、ミュウも人身売買の組織に拐われた時にハジメに助けられ、ミーアは掛かっていた呪いをサトゥーが解いてくれた為、3人はハジメとサトゥーにとても感謝している。

 

「それにアクさんのお話も素敵です!危ないところを魔王先生に救われて!」

「そ、そうですかね…?えへへ…」

 

次にポータは先程のアクの話に食い付き、アクは少しだけ照れてしまう。

アクはかつて村の人々に悪魔の生け贄として捧げられようとしていたところを九内に助けられて、それ以来彼と共にいることに幸福を感じている。

ポータもまた、攻撃向きではない旅商人である自分を受け入れてくれた真人と真々子にとても感謝している。

 

それぞれの話で盛り上がっているとミュウが首を傾げて考え出した。

 

「う~ん…?」

「ミュウ?どうしたの?」

「えっとね。何か忘れてる気がするの………」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

その頃、図書室では…

 

「あぁもう!あの3人は委員会の仕事サボってどこ行ってんのよ!?」

「ル、ルナさん…図書室では静かにしないと…」

「そうよ。それにミュウはまだ子供でしょ?大目に見てあげなさいよ」

「多分忘れてるのよ。真人にはアタシから言っておくから」

 

ルナとアリサとルルとワイズの4人が机の上に積まれている書類の整理をしていた。

 

4人が行っているのは委員会の仕事。

本来なら委員長を先頭にクラス委員が行わなければならないのだが、当の委員長であるミュウに加えて副委員長の真人、補佐のハジメが来ていなかった。

一向に来ない3人にルナが声を上げてしまい、それをルルとアリサとワイズが宥める。

 

「ハァ…悪いわね、クラス委員でもないアンタたちに手伝わせて」

「別にいいわよ。何もすることなかったし」

「そういうこと。あれ?ねぇルル、ここってどうすればいいんだっけ?」

「えっと、そこはこう書いて…」

 

アリサとワイズに手伝って貰い徐々に減ってきているため今のところは大丈夫である。

 

そんな中、ワイズがルナに話し掛けた。

 

「ねぇルナ、少し聞きたいことがあるんだけど…」

「何よ?」

「その…魔王先生って本当に魔王なの?」

 

アクとルナが九内のことを魔王と呼んでいるため、どうしても気になっていたワイズは聞くことにした。

それはアリサとルルも同じであったが、とても九内が魔王と呼ばれる人物には見えないため判断しづらかったのである。

 

そのせいで九内は『九内先生』から『魔王先生』と呼ばれるようになったのは別の話になる。

 

そんな3人に対してルナは淡々と答えた。

 

「別にアイツは悪政を働いている訳じゃないわよ。簡単に言えば、勇者とか魔法使いとかの職業みたいなものと思えばいいわ」

『どんな職業よ!?』

 

ルナの回答に対してアリサとワイズは声を揃えて突っ込んでしまう。

実際に九内は悪行などを働いておらず、むしろ貢献しており多くの人々から感謝されたりしている。

 

「まぁとにかく、特別悪いヤツって訳でもないし」

「お優しい方なのですね」

 

アリサたちの九内に対しての見方が変わった時だった。

 

 

 

「どうしてですかぁ~!?」

「ダメなものはダメなのよ!」

 

 

 

『?』

 

入り口から騒ぎ声が聞こえ何事かと4人が首を向けると、ベアトリスが図書室に入ろうとしているシアを入れないように通せんぼをしていた。

 

「ベティは前にも言ったのよ!お前はしばらくここへは立ち入り禁止なのよ!」

「そこをなんとかお願いしますぅ~!」

 

シアは前回図書室で騒いでいた為、ベアトリスから図書室への出入り禁止を言い渡されているため入ることができないのである。

それでも入ろうとしているシアをベアトリスが入らないようにしている。

 

「謝りますからお許しを!」

「うるさいのよ!とっとと帰るのかしら!フンッ!」

 

しつこいシアにベアトリスはとうとう扉を閉めてしまい強制的に閉め出した。

 

「………仕事、早く終わらせましょ」

「そうね……」

 

その光景を見ていた4人は、何も見なかったことにして委員会の仕事に取りかかるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「では香織さんも異世界へ飛ばされたのですね」

「うん、だけどメディさんはゲームの世界に飛ばされたんだね」

 

更に変わって校舎内の廊下。

香織とメディの2人が歩きながら互いの現状を語り合っていた。

2人ともお互いが日本の出身だと分かると会話が弾み、更に治癒系の能力が使えるということで意気投合しかけている。

 

「そうですか、そこまでハジメさんのことが好きなのですね」

「うん、初恋の人だから」

 

更に恋ばなにまで発展していくと前からスバルが歩いてきて声を掛けられる。

 

「ん?アンタらは確か、4組の…」

「えっ?あ、もしかして違うクラスの…?初めまして、白崎香織です」

「私はメディと言います」

 

スバルに気がついた香織とメディはお辞儀をしながら自己紹介をする。

それに対してスバルも自己紹介をする。

 

「俺の名はナツキ・スバル!天下不滅の無一文だ!」

 

このスバルの自己紹介は2組でも行ったが見事にスベり、ラムに鼻で笑われてしまう始末である。

それでもめげずにやるのはある意味で尊敬するべき点であるかもしれない。

 

3人の間に微妙な空気が流れ、スバルの自己紹介に香織が戸惑っていると、

 

「………ふふっ、面白いですね」

「えっ…?」

 

突然ワイズが吹き出し笑い出した。

こんな掴みが分かりづらい自己紹介に笑ってしまうワイズに香織は驚いてしまう。

 

「おぉ!まさかウケるとは!やっぱ分かる人には分かるもんだな!」

「えぇ、とてもユニークな自己紹介ですね」

 

そして当のスバルも自己紹介がウケたことに喜んでしまう。

 

「あ、すみません香織さん。私用事思い出したので失礼しますね」

「う、うん……」

 

そしてメディは香織とスバルに軽く会釈をしてその場から立ち去っていった。

すると香織がスバルに質問をした。

 

「あの…もしかして、貴方も日本人…?」

「まぁな。ってことはアンタも日本から来たってことか…」

 

互いの名前を聞いた時に薄々そうではないかと推測していた為予想が当たり日本人がまだいることにホッとしてしまう。

 

「まぁ何はともあれ、これから仲良くしていこうぜ!」

「うん!こっちこそよろしくね!」

 

同じ日本人同士、これからの学園生活を乗りきろうとした時だった。

不意に何処からか音が聞こえてきた。

 

「ん?何の音だ…?」

 

耳を澄ませると何かを叩くような音で、階段の方から聞こえていた。

一体何の音だろうとスバルと香織が恐る恐る1階へ続いている階段の踊場を覗くと、

 

 

 

「ったく、せっかく香織さんと仲良く話してたのに馴れ馴れしく話し掛けて…そこはスルーでしょ?ホント空気読んでほしいわ…!それに自己紹介でつい吹き出したから絶対香織さんから少し引かれてるし…マジふざけんなよあの人…!」

 

 

 

メディがブツブツと何かを言いながら壁を何度も蹴っていたのであった。

よく見れば顔から清楚らしさがまったくなくドス黒いオーラが出ており、よく聞けば先程のスバルに対しての愚痴を溢していた。

清楚でおしとやかに見えるメディは実は腹黒い性格を持っておりストレスを発散するためにこうして何かに八つ当たりをしているのである。

 

メディの裏の一面を目撃してしまった2人は覗くのをやめて向かい合い、

 

「………俺たちは、何も見なかった。いいな?」

「知ってはいけないことって、本当にあるんだね…」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

更に変わって職員室。

学園の教師たちがいる場所には当然4組の担任である九内の姿もあり書類の整理をしていた。

ルナたちがしている委員会の仕事よりも多くも、九内は難なくこなしている。

 

「ふぅ………」

 

一通り仕事を終わらせて天井を仰ぐと、机にコーヒーが入ったカップが置かれた。

 

「お疲れ様です、長官」

 

九内はカップを置いた人物を見ると、そこには九内の側近の1人にして保健教師の『桐野悠』が立っていた。

 

「わざわざ淹れてくれたのか、すまないな悠」

「これも側近としての務めですから。何でしたら残りの仕事はすべて私が」

「悠、何度も言わせるな。ここでは私は4組の担任なのだ。だからこれは私がやらなければならないのだよ」

 

悠が淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ九内は仕事を率先して行うと言い切る。

この学園生活に置かれた立場を全うするべく教師としての役割を果たそうとしている九内に悠は謝罪をする。

 

「出過ぎたマネをして申し訳ございません」

「おめぇは別の世界に飛ばされても長官一筋だな」

 

そこへ九内のもう一人の側近にして体育教師の『田原勇』が話に加わった。

田原が話しかけると悠は呆れた視線を向ける。

 

「長官の疲れを和らげるのも側近としての役割でしょ」

「ここじゃ俺たちは長官の側近じゃなくて同僚だ。役割をまっとうしとけ」

「それなら大丈夫よ。同じ保健教師のウィズ先生ともうまく連携が取れてるから」

 

この世界での役割について悠と田原が言い争っていると、いつの間にか田原の背後に別の女性が立っていた。

 

「田原先生」

「うぉ!?」

 

背後から急に声を掛けられ驚いた田原が振り向くと、真人たちをゲームの世界へ引き込んだ張本人にして数学教師の『シラセ』が立っていた。

 

「お、脅かすなよシラセ先生…!なんか俺に用か?」

「先程2組と4組の体育委員の生徒たちが体育倉庫の備品を数え終わったとお知らせしまーす」

 

少し驚いている田原にシラセはナナたちが持ってきた体育倉庫の備品のリストを差し出した。

 

「あぁもう終わったのか、どれどれ………」

 

リストを受け取った田原は目を通して何か不備がないかチェックを始める。

 

するとここで九内が口を開いた。

 

「何はともあれ、我々にはそれぞれの役割がある。しばらくはまっとうしようではないか」

 

悠も田原もそれぞれ保健教師と体育教師の役割を果たしているが、九内は再認識させるために改めて宣言したのであった。

 

「もちろんです」

「ま、気楽にやるわ」

「共に頑張りましょう」

「何故シラセ先生まで加わっているのですか?」

 

悠と田原に便乗してシラセまで返事をしていることに九内がツッコミを入れている中、そこから少し離れた場所では生徒指導の『エーリッヒ・フォン・レルゲン』が自分の机に座り真剣な表情をしていた。

 

(………先程のあのエミリアくんのあの笑顔、なんという輝きだ!あの幼女の皮を被った悪魔とは大違いだ!)

 

先程2組のクラス委員長のエミリアが提出書類を持ってきたのだが、その時に見せた笑顔が脳裏に焼きついている。

同じ世界にいるターニャに対してトラウマがあるレルゲンにとって、エミリアの笑顔はまさに心を癒す天使の微笑みであった。

 

(エミリアくん…!マジ天使か…!)

「レルゲン先生…」

「!」

 

エミリアの笑顔を思い出し感極まって泣きそうになりながらも目頭を抑え涙を堪えていると、ハジメがいた世界の担任にして4組の副担任の『畑山愛子』が声を掛けた。

先程のエミリアの笑顔を愛子も目撃していたため、なんていい子なのだろうと感動していたのである。

 

「畑山先生…」

 

何かを察したレルゲンは思わず立ち上がり愛子と目を合わせる。

何も語らずに黙って見つめ合っていると、互いに握手を交わした。

 

(分かるのですね…!私の気持ちが…!)

(分かります…!私も苦労してきましたから…!)

 

愛子も性格が劇的に変わったハジメに苦労した為、似た経験をしているレルゲンに同情してしまっている。

何も語らずに目で語り合っており、エミリアの天使らしさに感動していると視線を感じた。

レルゲンと愛子はハッとなり周りを見ると、机越しに1組の担任の『バニル』とサトゥーたちがいた世界の何でも屋の店長にして購買部の店長である『ユサラトーヤ・ボルエナン』がジーッと2人を見ていた。

 

「な、何ですか…!?」

「………別に」

「気にするでない」

 

それぞれの場所で様々なことがありながらも生徒たちだけに限らず、教師たちも交流を深めていくのであった。



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第七話 デッサン

4組の生徒たちがこの世界に飛ばされて数日、学園生活にも徐々に慣れてきていた。

昼食を一緒に食べたり、放課後にどこかへ寄ったりと互いに交流を続けることで友好的な関係を築くことができていた。

 

「ふわぁ~…」

 

そんなことが続いている日の朝、真人たち一向は学校へ向かうべく住宅地内を歩いていた。

先頭を歩いている真人はまだ眠いのか欠伸をしている。

 

「真人さんまだ眠いのですか?」

「どういう訳か昨日はよく眠れなかったんだよ」

「だったら学校に着いたらお母さんが膝枕をしてあげるわ。きっとぐっすり眠れる筈よ」

「やめてくれ母さん!」

 

真々子の提案を真人は即座に否定してしまう。

学校で母親に膝枕をされている光景を他のクラスメイトたちに見られたら確実にドン引きされてしまうのは目に見えている。

それはなんとしてでも回避しなければと思うと自然に眠気も薄れていった。

 

「あ、真人さん!それに皆さんもおはようございます!」

 

真人たちの後ろから挨拶の声が聞こえ振り向くとアクとルナが歩いてきていた。

 

「あら、アクとルナじゃない」

「おはようございます」

 

アクとルナに対して真人たちも挨拶を返し一緒に学校へ向かうことになった。

 

「2人はいつも元気ね。元気があることはいいことだわ」

「当然よ。私は三聖女の1人にして副委員長なのだから、眠そうにしていたら聖女の名が落ちるわ」

「ホント、どっかの同じ副委員長様とは大違いね~」

「わ、悪かったな…」

 

眠そうにせずにシャキッとしているルナを見てワイズは眠そうにしていた真人をからかいながらニヤニヤと見やる。

前回真人は委員会の仕事を忘れてしまっておりルナにサボっていたと勘違いされ、それからは真面目に委員会の仕事をこなしている。

しかし眠そうにしていたことをワイズに指摘され面目を少し潰されてしまう。

 

そうこうしている内に学校が見えてきた。

 

「さぁみんな!今日も頑張って学園生活を送りましょうね!」

『はーい!!』

 

真々子の掛け声と共に真人たちは返事をして学園の校門を潜るのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「つまりこの英文に関してはこのように翻訳され…」

 

時間が経過し正午近くに差し掛かっている頃、4組では授業が行われており九内が黒板に書かれている英文の翻訳の仕方を教えていた。

4組の生徒たちはノートを取ったりと真面目に受けてはいるものの、ミュウのようなチビッ子たちにはまだ難しく困った表情を浮かべている。

 

すると4時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴り、九内は開いていた教科書を閉じる。

 

「では本日の英語はここまで。午後からは美術室で授業を行うから遅れないように…あぁそれから、もう1つ伝えることがあった」

 

午後からの授業に関しての注意事項を伝えて教室を出ていこうとした時だった。

何かを思い出した九内はもう1つの注意事項を伝える。

 

「美術の授業は1組と合同で行うことになったからトラブルを起こさないように、以上」

 

それを伝えると九内は今度こそ教室を出ていくのであった。

最後に九内が伝えた1組と合同授業ということに4組は少しざわついてしまう。

 

「1組ってことは、尚文たちのクラスか…」

「他のクラスで交流があるのは、2組くらいしかないな」

「かなり面子が濃い連中って言ってたが、どんなヤツらなんだ?」

 

尚文以外で1組とまったく面識がないためどんなクラスなのだろうとサトゥーと真人とハジメは疑問を浮かべてしまう。

 

「わぁーい!フィーロちゃんと遊べるのー!」

「フィーロに会えるのです!」

「楽しみ~?」

 

対照的にミュウとタマとポチは仲良しのフィーロと一緒に授業を受けられることを喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

昼休みを過ぎ5時限目が始まる5分前、4組が美術室へ到着すると既に1組のクラスが到着していた。

『ラインハルト・ヴァン・アストレア』を筆頭にナザリック地下大墳墓の戦闘メイド『プレアデス』など4組に負けず劣らずの個性が強そうな面々が揃っている。

 

「いかにも普通じゃないメンバーが揃ってるな…」

「だから言っただろ。明らかに普通じゃない連中が揃っているって」

 

1組の面々を見て苦笑いを浮かべているサトゥーに尚文が話しかける。

ちなみにタマとポチとミュウとミーアはフィーロと楽しそうに話しており仲よさげにしている。

 

「サトゥーさん!」

「!?」

 

すると不意に聞き覚えのある声を掛けられサトゥーが振り向くと同い年くらいの女性がいた。

 

「ゼナさん!?」

 

それはサトゥーがいた世界のセリュー市の魔法兵『ゼナ・マリエンテール』だった。

今は訳あってサトゥーたちと共に旅をしていないが彼のことを一途に想っている。

 

「なんだ、知り合いだったのか」

「あ、あぁ…まぁな。ゼナさんもこっちに飛ばされて来たんですか?」

「は、はい。気がついたらここに…」

 

ゼナもこっちの世界に飛ばされサトゥーたちと同じく学園生活を余儀なくされているのである。

 

「それにしてもサトゥーさん、久しぶりですね…」

「え、えぇ。そうですね…」

 

モジモジしているゼナにサトゥーは気まずそうに視線を逸らす。

互いに長い間会っていなかったため、久しぶりに会話できることに戸惑っているのである。

 

「………どうやら俺は邪魔みたいだな。後は水入らずでやってくれ」

「なっ…!?」

「尚文さん!?」

 

2人の間に漂っている空気を察した尚文は軽く笑ってその場から離れていく。

尚文にからかわれているのではないかと思いながらサトゥーとゼナは戸惑ってしまうのであった。

 

「えぇぇぇ!?」

「…今度は何だ?」

 

すると驚いた声が聞こえ呆れながら尚文が顔を向けるとハジメと香織がもう1人の少女と向かい合っていた。

 

「どうして雫ちゃんがここに!?」

「やっぱりアンタたちも来てたのね。なんとなく察してたけど」

 

ハジメたちと向かい合っているのは『八重樫雫』

彼女もハジメたちと共にトータスへ飛ばされたクラスメイトであり香織とは幼なじみである。

 

「こっちに飛ばされたのは、お前だけか…」

「そんなところ。けど、南雲くんにとっては都合がいいんじゃない?」

「………」

 

殆んどのクラスメイトたちにいい思い出がないハジメは無意識に目線を逸らしてしまう。

 

「お知り合いですか?」

 

するとハジメたちの元にアクが歩いてきた。

 

「う、うん、私の親友の八重樫雫ちゃんだよ」

「雫さんというのですね。僕はアクと言います。今日はよろしくお願いします」

「…ま、取り敢えずよろしく」

 

自己紹介をするアクに雫は軽く挨拶をし少し重くなっていた空気が和らいだことに香織はホッとするのであった。

 

「ミカン、あれって…」

「あぁ、魔王と一緒にいた女の子だ…」

 

その光景を尚文の他に見ている2人がいた。

 

九内がいた世界で冒険者をしている『ミカン』と『ユキカゼ』の2人である。

2人は九内と話したことはあるがアクとはお互いに顔を知っているだけのため話したことがない。

 

「あの魔王がいるなら当然か…」

「教師であるおじ様と生徒の私の禁断の恋、体が疼いちゃう…」

「ユキカゼ、アンタ話聞いてる?」

 

九内に一途になっているユキカゼが体をクネクネと動かしている光景にミカンは呆れてしまう。

 

それぞれが様々な話をしていると美術室の扉が開かれレルゲンと愛子が入ってきた。

 

「君たち、もうすぐ5時限目が始まるぞ」

「そのままで構いませんのでこっちを見てください」

 

美術室には机がないため1組と4組の生徒たちは立ったまま教壇に立つ教師2人に注目する。

するとユキカゼが即座に挙手を行い質問をした。

 

「おじ様はどうして来てないの?」

「おじ様?………あぁ、九内先生のことか」

「午後からの授業は私とレルゲンで担当しますので」

「そ、そんな…!?」

 

九内が来ないことを知ってしまったユキカゼはショックのあまりにその場で四つん這いになってしまう。

それと同時にアクも少しガッカリしてしまったのは言う間でもない。

 

それを余所にレルゲンと愛子は授業の話を切り出す。

 

「今から君たちには二人一組になって互いの似顔絵を描いてもらう」

「使っていいのは鉛筆だけですので注意してくださいね」

 

互いの顔を見ながら相手の似顔絵を描く。

まさに美術の授業らしい内容であった。

更に深く言えば違うクラス同士との交流も深まるためうってつけの状況である。

 

「二人一組のメンバーはどう決めるのですか?」

「くじ引きです。この箱から番号が書かれた紙を1枚引いてください。同じ番号の人たちがペアとなりますので」

 

ユリ・アルファの質問に対して愛子が答えたと同時にクエスチョンマークが描かれている箱を教壇の上に置いた。

くじ引きということは1組と4組が確実に混合になるということになる。

 

「では1人ずつ前に来てくじを引きたまえ」

 

そして全員はレルゲンの掛け声と同時にくじを引き始めるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

全員がくじ引きを引き終えペアを作り、それぞれ二人一組で向かい合って椅子に座りキャンバスに似顔絵を描き込んでいる。

 

「………何でお前の似顔絵を描かないといけないんだ」

「仕方ないだろ。くじで決まったものは」

 

ペアになっているハジメと尚文は似顔絵を描き進めているものの、ハジメは愚痴を溢してしまっている。

 

「本当はユエかミュウを描きたかったのに…」

「いや少しは子離れしろよ」

 

ハジメのミュウに対する親バカぶりは尚文も知っているためツッコミを入れてしまう。

そんなことを言いながらも2人は手を止めずに似顔絵を描き続ける。

 

一方サトゥーはというとゼナとペアになり似顔絵を描いている。

特徴を押さえるべく、ゼナの顔をじっくりと見てしまう。

 

(…よく見たら、ゼナさんってまつ毛が長いな)

「こ、困りますサトゥーさん…そんなに見つめられたら…」

「えっ?」

 

こちらをじっと見つめているサトゥーにゼナは恥ずかしさのあまりキャンバスで顔を隠してしまう。

 

「あっ…!す、すみませんつい…!」

「うぅ~………」

 

サトゥーはハッとなり慌ててゼナに謝るも2人の間に何故か桃色の空気が漂っていた。

 

「きぃ~!何よいい感じになっちゃって!」

「ねぇ、ちゃんと描いてる?」

 

その光景を雫とペアになっているアリサが悔しそうに見ていた。

自分も一途にサトゥーを思っているというのに出し抜かた気分で鉛筆を噛んでしまう。

 

「呆れて何も言えないわね…」

「けどアリサさんの気持ちも分かりますけどね~」

 

ルナとシアは互いの似顔絵を書きながらもアリサを見て呆れたり苦笑いしたりしてしまう。

ルナは元の世界でラビの村という領地を治めており、そこに住む『バニー』という種族が兎人族のシアと似ているため何気に仲がいいのである。

 

「それにしても全然悔しそうじゃないわね。あの眼帯男とペアになれなかったのに」

「私はハジメさんとペアになれなかったくらいで悔しがる程小さい美少女ではありませんので。それよりも見てくださいよアレ」

「ん?」

 

シアが指を差した方を見ると、ナナとシズ・デルタのペアがお互いの似顔絵を描いていたのだが、

 

『……………』

 

2人ポーカーフェイスのまま見つめ合いながら手を高速で動かしてキャンバスに描き込んでいた。

 

「怖っ!?何あれ!?」

「先程から1度もキャンバス見ていないんですけど、描けてるんですかね?」

 

表情筋がピクリとも動かず手が激しく動いているため端から見たら不気味である。

そんな2人に驚いているルナとシアの近くでは真人とユキカゼのペアが似顔絵を描いていた。

 

「おじ様の顔をじっくりと見て描きたかった…」

「えぇ~…」

 

九内が来ないことにユキカゼはまだ愚痴を溢しており、それを聞いて真人は戸惑ってしまう。

 

(そんなに魔王先生が好きなのか……けどよく見たらポータに負けず劣らずの可愛さだな…)

 

白い肌に白い髪、そして小柄なユキカゼに真人は少し引かれてしまう。

するとその隣でクリスの似顔絵を描いていたユエが口を開いた。

 

「その人、多分男の子だと思う…」

「えっ?」

 

ユエの言葉に真人は反応してユキカゼの顔を改めて観察する。

しかしどこからどうみても女の子にしか見えずユエの勘違いではないかと思ってしまうが、それを否定するようにクリスが話しかける。

 

「その子女装してる男の子だよ。最初は私も分からなかったけどね」

「ウソだろ!?」

 

ユキカゼと同じクラスのクリスの話を聞いて真人は驚いてしまう。

 

それを見ていたワイズとユリウス・ユークリウスのペアは、

 

「うっわ、アンタ男もいけるってワケ?流石に引くわぁ~…」

「他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、そういうものは晒さない方がいいぞ」

「誤解だぁぁぁ!」

 

真人に対して軽蔑の視線を送ってしまい、真人は即座に弁解するのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

1時間後、全員が似顔絵を描き終えレルゲンと愛子に提出を終えた。

 

「これで全員か…では今から君たちが描いた似顔絵のいくつかをみんなに見てもらう」

「げっ!?みんなに見せるのかよ!?」

 

自信がないのか似顔絵を公表することにフェルトはイヤそうな顔をしてしまう。

 

「絵はみんなに見てもらってこそ芸術というものですから。えっとまずは…」

 

教壇に置かれている多数のキャンバスから愛子が適当に1枚を選びそれを全員に見せる。

描かれていたのは子供か書いたような落書きでミーアに似ている。

 

「これは…」

「あ!それフィーロが描いたミーアちゃんの絵!」

 

愛子が持っている絵にフィーロが反応して指を差した。

抜群に上手とは言えないが髪型や目などは押さえているため一目でミーアと分かる。

 

「よく描けてるじゃないか。上手いぞフィーロ」

「似てる…」

「ありがとうご主人様!ミーアちゃん!」

「一生懸命描いた気持ちが伝わりますね。それにミーアさんも上手ですよ」

 

フィーロが尚文とミーアに褒められ照れていると、愛子がミーアが描いたフィーロの似顔絵を見せる。

キャンバスにはフィーロの顔だけでなく体も描かれており、特徴とも言える白い羽もついていた。

 

「わぁー!フィーロそっくりー!」

「…ありがと」

 

顔だけでなく体も描いてくれたことにフィーロは喜び、ミーアは少し照れながら礼を言う。

 

「2人ともよく描けているようで何よりだ。では次は…」

 

フィーロとミーアの絵を褒めたレルゲンは次の絵を見せるべく1枚のキャンバスを選び全員に見せる。

描けていたのはラインハルトの似顔絵で、髪型や顔のパーツ、更には顔に掛かっている影まで細かく描かれていた。

 

「これは中々の再現度だ…!」

「あ、それ私が描いた似顔絵です」

 

予想以上の絵の上手さにレルゲンが感心しているとラインハルトの似顔絵を描いた真々子が手を挙げた。

 

「ママさんお上手ですね!」

「うふふ、トールペイント教室で習ったから上手に描けたわ」

「流石母さん…」

 

ポータに褒められ照れている真々子に真人は苦笑いを浮かべてしまう。

 

「ん?」

 

するとレルゲンの目に1枚のキャンバスが止まり一瞬固まってしまったもののそれを全員に見せると、そこには真々子が描かれていた。

キャンバスには真々子の顔だけでなく体も描かれており、更に椅子に座っているポーズに後ろの背景など、まるでモノクロで撮影した写真をプリントアウトしたのではないのかと思う程の上手さであった。

 

「……ラインハルトくん、これ1時間以内で描いたのか?」

「すみません。『画家の加護』というものを持ってまして、思う存分発揮してしまいました」

「何なのだその加護は!?」

 

様々な加護を持ちチート級の強さがあるラインハルトの加護の1つを聞いてレルゲンは驚きながらツッコミを入れてしまう。

 

「まぁ上手!あの子凄く有名なトールペイント教室に通ってたのかしら?」

「いや話聞いてた?」

 

真々子の天然ぶりな発言を聞いたミカンは突っ込んでしまう。

 

「で、では次の絵を見てみましょう!」

 

気を取り直して愛子がキャンバスを1枚選び全員に見せると真人の似顔絵が描かれており、まるで少女漫画に出てくるイケメンヒロインのような描写だった。

 

「あら、マーくんったら凄くかっこよくなってるわね」

「いや美化しすぎだろ。ちゃんと描いてくれたのは嬉しいけど…」

 

あまりの絵の描写に真人は戸惑いながら自分の似顔絵を描いたであろうユキカゼを見る。

 

するとそれを見たユキカゼが口を開いた。

 

「私それ描いてないよ」

 

『えっ?』

 

発表されている真人の似顔絵を描いていないと発言したユキカゼにほとんどの人たちがキョトンとなってしまう。

 

「い、いや何言ってんだよ。俺とペアだったろ?」

「そうだけど、あんな風に描いてない。おじ様ならともかく」

「………じゃあこの絵は?」

 

ユキカゼの主張に納得した全員であったが発表されている真人の似顔絵は誰が描いたのだろうと戸惑っていると、絵を描いた張本人が手を挙げた。

 

「あ、それ描いたの私です」

 

全員が視線を向けた先にいたのはメディであった。

 

「メ、メディが描いたのか…!?」

「あ、あれ…?メディさんって確かナーベラルさんとペアでしたよね…?」

「はい。ですけどこちらの方が『何故人間のウジ虫風情の絵を描かなければならないのかしら』と言っていたので、私に似顔絵を描かれることを嫌がると察して描かなかっただけです」

「出た、腹黒メディ」

 

何の悪気もなく答えるメディに美術室にいた全員がタチが悪いなと思ってしまう。

 

「…まさか」

 

何かを察したレルゲンがナーベラルが描いた絵を手に取ると、そこには2組のアインズの似顔絵が描かれていた。

 

「…ナーベラルくん、何故アインズくんを描いているのだね?」

「知れたこと。人間の似顔絵など描きたくなかったが故に、至高なる御方の似顔絵を描いたまでです」

 

メディと同じようにナーベラルはアインズの似顔絵を描いた理由を淡々と答える。

 

流石にこれはダメだと思いレルゲンはメディとナーベラルの2人に書き直しを言い渡す。

 

「君たち、ちゃんとペアの似顔絵を描きたまえ。2人は今週中に互いの似顔絵を描いて私か畑山先生に提出を」

「そう言うと思って予備の絵を描いてます」

「奇遇ですね。私ももう1枚描いてます」

「じゃあ最初にそれを提出してくださいよ!」

 

こうなることを予測していたのか、予備でもう1枚似顔絵を描いていたメディとナーベラルに愛子はツッコミを入れてしまう。

呆れながらもレルゲンと愛子が2人の似顔絵を確認すると、どちらのキャンバスにも円の中に顔を描いただけのスマイルマークだった。

 

『どうして!?』

 

適当だろうとは予想していたレルゲンと愛子であったがあまりの適当さに2人のツッコミが炸裂する。

 

「適当にも限度があるだろ!」

「けど顔は描いてます」

「これはただのマークですよ!特徴が何もないじゃないですか!?」

「分かりました。ではこれに髪型をつけ足せば問題がないということですね」

「そういうことではない!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

そして一通り似顔絵の発表を終え下校の時間を迎えたが、後半からはツッコミ所が多彩でレルゲンと愛子は少し疲れていた。

 

「はぁ、はぁ…で、では、本日はこれにて終了とする…」

「各自、教室に戻って、自由解散してください…はぁ、はぁ…」

 

そう言って教師2人は息を切らしながら美術室から出て行った。

1組と4組の生徒たちが各々教室へ戻ろうとした時だった。

 

「ゼナさん」

「ん?どうされましたサトゥーさん?」

 

美術室を出ようとしたゼナをサトゥーが呼び止めた。

どうしたのだろうとゼナが首を傾げるとサトゥーが授業で描いたゼナの似顔絵を差し出した。

 

「えっ?これは…」

「レルゲン先生が似顔絵は持って帰ってもいいと言っていたので、よろしければどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

サトゥーが描いた似顔絵をゼナは嬉しそうに受け取り大事に抱える。

そんな2人に羨ましさや微笑ましい視線が向けられていたのは言う間でもない。

 

「あの2人、凄くお似合い」

「そうだな、まるで俺とユエみたいだな」

「…ハジメにそう言って貰えると、嬉しい」

「パパー!」

 

然り気無くユエと愛を深めているハジメにミュウが走り寄る。

 

「どうしたミュウ?」

「あのね、ミュウもパパの似顔絵を描いたの!」

 

そう言ってミュウが持っていた画用紙をハジメに見せると、クレヨンで描いたのか色がついており笑顔のハジメの似顔絵が描かれていた。

 

「おぉー!上手だなミュウ!俺そっくりじゃないか!」

「えへへ~!」

 

ミュウが似顔絵を描いてくれたことにハジメは嬉しさのあまりミュウの脇に手を添えて高い高いをしてしまう。

その光景にユエは頬を少し膨らませてしまい羨ましく思ってしまう。

 

こうして1組と4組の合同授業は終わるのであった。




おまけ

(誰かいるなら初めまして。俺、遠藤浩介って言います。普通に高校生活を送っていたら何故か『トータス』という異世界へ人類を救うためにクラスごと召喚されてしまったんだ。そこでみんなと協力しながらレベルアップとかしていたんだけど、気がついたらまた別の世界に飛ばされて何故かそこで学園生活を送ってる…けどこの学園にいる連中明らかに普通じゃないんだよ!骸骨にモンスター!幼女までいるし!それに加えてクラスメイトだった南雲までいるし!けどそれよりもっと叫びたいことは………)



「や、やった…!とうとうこのクラスにも転校生が来たわ…!これでようやくめぐみんを見返せる…!」


「どうして大好真々子と同じクラスじゃないのよ!?これじゃアイツに毎日嫌がらせができないじゃない!」



(何でこのクラス俺を入れて3人しかいないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??)


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第八話 バレンタインデー

4組の教室にて、ルナとアリサとシアとポータが女子トークをしていた。

 

「バレンタインデー?」

 

様々なことを話している中、突然出てきたワードに首を傾げているルナにアリサとポータが説明をする。

 

「今日の2月14日はバレンタインデーって言って女性が好きな男性にチョコレートを渡す日なの」

「特に殆んどの人たちは手作りでチョコを作ったりするんですよ」

 

バレンタインデーは女性に取っては好きな男性に振り向いてもらうためのビッグイベントでかなり気合いが入ってしまう日でもある。

そのためこの学園でもその傾向が見られ女子たちが盛り上がっている。

 

「ふーん?この世界にはそういう文化もあるのね…シアはやっぱりあの眼帯男にチョコでも渡すの?」

「もちろんです!そういうルナさんも魔王先生にチョコを渡すんですか?」

「はぁ!?誰があんなヤツに!」

 

シアにチョコを渡す相手は九内なのか聞かれてルナは声を上げて否定してしまう。

そんなルナにアリサとポータは笑いながらつけ足す。

 

「別にチョコは好きな人だけじゃなくて、友達とか家族とかに渡してもいいのよ」

「それに魔王先生だってルナさんからチョコを貰ったらきっと喜びますよ」

「…そう、かしら?」

 

2人に言われてルナの心が揺らいでしまい頬を少し赤くしてしまう。

九内には日頃から世話になっているため渡すのも悪くないと思うのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

その頃、食堂にある厨房では真々子を先頭にしてタマとポチとミーア、ミュウとアクの姿があった。

 

「さぁみんな!チョコ作りを始めるわよ~!」

『はぁーい!!』

 

真々子の呼び掛けと共にアクたちは元気よく返事をする。

アクたちは九内たちに手作りしたチョコを渡したいのだが料理をしたことがなく、専業主婦である真々子に教えを乞うために厨房の一部を借りているのであった。

 

「ありがとうございます真々子さん。僕たちのお願いを聞いてくれて」

「これくらいお安いご用意ってものよ。好きな人に手作りチョコを渡したいなら喜んでお手伝いするわ」

 

代表してお願いしたアクが改めてお礼を言うも真々子は快く引き受ける。

アクたちの気持ちを理解している故に力になりたいと思ったからである。

 

「ところで真々子さん。料理を美味しく作るコツって何かありますか?」

「ポチも知りたいのです!」

「タマも~?」

「ミュウも教えてほしいの!」

「ふふっ。それはね、美味しくな~れって愛情を込めることよ。私もマーくんたちのお弁当を作る時もいつも愛情を込めてるのよ」

 

真々子がアクたちに料理を教えている姿はまるで保育園の先生のようであった。

 

その光景を受け取り口から微笑ましく見ているのはリザとラフタリアの2人。

日替わり定食を受け取ろうとした時、偶々真々子たちの姿が見えたのである。

 

「凄く楽しそうですね。リザさんはチョコはどうするのですか?」

「昨日ご主人様に内緒でミーアとナナとチョコを買いに行ったので問題ありません。ラフタリアとフィーロはどうするのですか?」

「えっと……実は、今手持ちが少なくて尚文様に渡すチョコを買えなくて…」

 

リザは既にサトゥーに渡すチョコを買っているがラフタリアとフィーロは金銭的な問題があり買うことができなかったのである。

 

「それなら、私が少し出しましょうか?」

「そ、そんな!お金を借りることなんてできません!私も手作りで渡そうとは思ったのですが、厨房は見ての通りこれ以上使うことなんてできなくて…それに、家庭科室も2組の方と何名かが使っていて…」

「2組の方?」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

一方その頃、家庭科室では2組のアルベドがエプロンを身につけアインズに渡すためのチョコレートを作ろうとしていた。

 

「バレンタインデー!愚かな人間共のイベントの中で唯一!私が評価する日がやって来ましたわ!」

「どれだけ妾がこの日を待ち望んだことか!バレンタインデーこそ妾の愛しきご主人とより親密になれる機会なのじゃ!」

「貴女とは気が合いそうね竜人!」

 

そこへアルベドと同じようにエプロンを身につけたティオも加わりバレンタインデーに対する意気込みを語る。

互いに想い人に対する気持ちは同じくらい大きいため意気投合してしまっているのである。

 

「この甘き漆黒に、愛!愛を込めて!」

「妾のこの高ぶる気持ちを!愛を!見事に込めてみせようぞ!」

 

「その通りですぅ!」

 

そんな2人の想いに賛同するように、側にいた緑髪の顔色が悪そうな男が高ぶりながら声を上げる。

 

「あなた方の愛を!愛を愛を愛をぉ!チョコレートに込めるのですぅ!」

『はい!!ペテルギウス先生!!』

 

男の名は『ペテルギウス・ロマネコンティ』

これからチョコレートの作り方を教える人物である。

いかにも怪しそうであるが、アルベドとティオは自分たちの気持ちを理解しているペテルギウスに何の疑いや警戒心などなく教えを乞おうとしている。

 

「さて、チョコレートと言っても種類は無数なのです。あなた方、一体どんなチョコをご希望なのですか?」

 

早速ペテルギウスは2人がどのようなチョコレートを作ろうとしているのか質問をする。

 

「そうですわね…やはりアインズ様は全ての死者を統べる御方。闇に相応しい…」

「ご主人はまだ若いにも拘わらず大人の魅力がある故に、やはりここは…」

 

『ビターチョコ!!』

 

アルベドはアインズを、ティオはハジメをイメージし様々な思考を行った結果、ビターチョコレートという結論にたどり着いたのであった。

 

「!…アルベド殿もビターチョコを…!?」

「やはり私たちは気が合いそうね」

 

まさかチョコレートの種類が被るとは予想できずアルベドとティオは目を見開くもニヤリと笑ってしまう。

 

「なるほど、甘さではなく大人の苦みを出すのですね?」

 

子供が喜ぶチョコレートの甘さではなく大人が好むカカオの苦みを選択した2人にペテルギウスが感心していると、アルベドとティオは続けて自分たちの考えを口にする。

 

「愛をふんだんにまぶしたチョコレート…」

「そして隠し味は妾たちの…」

 

『愛!!』

 

もはや打ち合わせでもしたのかという程のアルベドとティオの息が合い、やはりここでも導いた答えが被ったのであった。

そんな2人に対してペテルギウスは絶賛の拍手を送った。

 

「素晴らしい!素晴らしいのです!このような勤勉な方々が、よもやここに居わすとは!」

「アインズ様を愛する事に、怠惰でいられるわけがないですわ!」

「ご主人様は常に勤勉に想わなくてはならぬのじゃ!」

「まさにまさにまさにまさにまさにぃ!あなた方こそ勤勉な愛の信徒ぉ~…!」

「そう!私はアインズ様の愛の奴隷…!」

「妾こそ!最愛であるご主人様の愛の下僕…!」

 

『デスッ!!!』

 

3人とも愛について大いに語った直後、顔を伏せて同時に上げると頬がつり上がっている笑みが露になる。

その顔には無邪気さも純粋さも感じられず只々不気味であった。

 

そんな3人を同じくチョコレート作りに参加していた香織とワイズはそれを見てかなり引いてしまい、同時に後悔してしまった。

 

((く、来るところ間違えたぁぁぁ!!))

 

2人もチョコレートを作りたかったのだが、厨房は真々子たちが使っているため入ろうにも入れず家庭科室を使うことにした。

しかしそこには愛にうるさい3人がおりどうすることもできずにいるのである。

 

((!!))

 

どうしようと香織とワイズが考えていると、窓の外から 家庭科室の様子を伺っているカズマと視線が合った。

家庭科室が騒がしいことに気がついたカズマがこっそりと覗くとアルベドとティオとペテルギウスの3人が愛を何度も連呼し恐ろしい笑顔をしている光景を目の当たりにして引いていたのであった。

 

((助けてぇ………!!))

 

藁にしがみつく想いで香織とワイズは目でカズマに助けを求めるも、関わりたくないのかカズマは2人に両手を合わせて謝るポーズを取りながらその場から立ち去ってしまった。

 

(待って!逃げないで!)

(アイツ後で死亡《モールテ》かけてやる!)

「何を呆けているのですか!」

『!?』

 

カズマが立ち去ったと同時にいつの間にかペテルギウスが目の前にいたことに香織とワイズは驚いてしまう。

 

「さぁ!貴女たちも愛を!愛を愛を愛をぉ!愛を込めるのですぅ~!」

『イヤァァァァァ!!??』

 

恐ろしい笑みで迫り寄ってくるペテルギウスに香織とワイズの悲鳴が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

一方その頃、放送室ではサトゥーとハジメと真人と尚文が集まりババ抜きをしていた。

放送委員であるサトゥーが鍵を開けているため入ることができているのである。

 

「ん?」

 

真人がハジメの手札から1枚引こうとした時、何かに気がつき辺りを見渡す。

 

「どうした?」

「いや、なんかワイズの悲鳴が聞こえたような…気のせいか」

 

実際ワイズは香織と共に絶叫の悲鳴を上げているのだがそんなことなど知らず真人はハジメの手札から1枚を引く。

そんな中、尚文が今まで言えなかったことを切り出した。

 

「………今さらなんだが、何で俺たちここでババ抜きしてるんだ?」

「仕方ないさ。使えそうな場所がここしかなかったんだから」

 

最初はサトゥーの提案で尚文をババ抜きに誘ったのだがどこもバレンタインデーで女子たちが盛り上がっており気になってしまうため静かな場所はないかと探していた時に放送室が浮かび上がったのであった。

 

「まぁ俺は別に構わないが………そういえばお前らバレンタインのチョコ貰ったのか?」

「あぁ、今朝ユエから貰ったぞ」

「俺はさっきアリサとルルから貰ったな」

「俺はメディから」

 

今日はバレンタインデーのため尚文からチョコのことを聞かれたサトゥーたちは隠さずに答える。

ハジメは今朝ユエが起こしたと同時に渡され、サトゥーと真人は4時限目が終わった直後にアリサとルルとメディから貰ったのであった。

どうやら昨日の放課後4人で家庭科室に集まってチョコを作ったようである。

 

「尚文はもうあの2人から貰ったのか?」

「いや、多分ラフタリアとフィーロは用意できなかったらしくて…かなり焦ってたな」

「そうなのか…?」

 

昨日ラフタリアが財布を開けて難しそうな顔をしていたため尚文は今日までにチョコレートを用意しようとしていたが間に合わなさそうだと推測したのであった。

しかし尚文はそんなことでは落ち込まず寧ろ用意しようとしてくれたラフタリアに感謝していた。

 

尚文たちがそれぞれの手札を減らしつつもバレンタインデーの話を続けていった。

 

「けど何でバレンタインデーってチョコレート限定なんだろうな?ホワイトデーはマシュマロとかクッキーが定番なのに…」

「実は好きな人にチョコを送るっていうのはどうやら日本だけらしいんだ」

「なんか聞いたことあるな、確かアメリカだと男から渡すのが普通みたいだぞ」

「そうなのか………待てよ?」

 

ハジメの言葉に尚文が反応し考え込むと何かを閃き手札を机の上に晒して立ち上がった。

 

「そうか…!その手があったか…!」

「どうした…?」

「悪い、少しやることができた。じゃあな」

 

そう言って尚文は放送室から飛び出して何処かへ行ってしまい、サトゥーたちは呆然となって見送るのであった。

 

「どうしたんだ一体…?」

「つーか、アイツ然り気無く上がってやがる…」

「あ、ホントだ…!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「チョコが!欲しい!」

 

その頃、廊下では女子たちと同じくらい気合いが入っている2組のヴァイスとそれを側で見ているケーニッヒとノイマンとグランツがいた。

 

「この世界のチョコは何と言えば良いのか…本当に美味しいのだ!前の世界で食べていたチョコの味を思い出せない程に!」

 

元の世界では戦争が日常茶飯事で繰り広げられまともな食料も手に入らず常にジャガイモなどしか口にできなかった。

そんな状況の中チョコレートなどは凄く貴重なのであるのだが、こっちの世界のチョコレートは比べ物にならない程甘美であり、ヴァイスはすっかり虜になってしまっているのである。

 

「ヴァイス大尉…」

「そして今日は年に一度、女性からチョコレートが支給される日だと言うではないか!?」

「ヴァイス大尉…」

「こんな幸せな日があって良いのだろうか!?」

「ヴァイス大尉!」

「何だ?」

 

バレンタインデーを勘違いし有頂天になっているヴァイスにケーニッヒが何度も呼び掛け、ヴァイスはようやく気がつくのであった。

そんなヴァイスに対してケーニッヒとグランツはバレンタインデーの説明をする。

 

「今日はそう言う日で無いです」

「ん?」

「今日は女性が好意を持ってる相手にチョコレートを贈るという日です」

「ご厚意でチョコレートを貰えるわけだな!最高じゃないか!」

「あ、駄目ですね」

「分かってないな」

「だろ?」

 

『好意』を『厚意』と捉えてしまっているヴァイスにケーニッヒとグランツは呆れてしまう。

 

「だろ?じゃないぞノイマン!お前、ちょっとこの脳内お花畑に説明してやれ!」

「任せとけ!」

 

自信があるのか、ノイマンはケーニッヒに促されヴァイスにバレンタインデーについて説明をする。

 

「ヴァイス大尉」

「ん?」

「そうです!大尉のおっしゃる通り、今日は女性にチョコレートを要求して良い日です!」

「えっ…」

 

マトモな説明をするのかと思いきや、面白がりながら間違った説明をするノイマンにケーニッヒは驚いてしまう。

 

「ただ、ちゃんとその時には礼を尽くてはなりません」

「礼を尽くす、当然の事だな…」

 

ただでチョコレートを貰うなど烏滸がましいと納得したヴァイスは女性に対してどう対応するべきか考え込んでいると、向こうからカズマが歩いて来ていた。

 

それに気がついたノイマンはカズマに声を掛けた。

 

「よぉカズマ!」

「おぉノイマン、どうした?」

「相手からチョコを恵んで欲しい時、お前のいた世界ではどう言ってたんだ?」

「そうだな…」

 

第三者の意見を参考にするべきだと促しならがノイマンはカズマにバレンタインデーの対応を聞くことにした。

カズマはしばらく考えるとヴァイスを見て状況を察し、頭を下げて両手を前に出す体制になると、

 

 

 

「ギブミィー!!チョコォ~!!」

 

 

 

腹の奥から声を出してチョコレートを要求した。

 

「…とまぁこんな感じだな」

「…ギブミー…チョコ…?」

 

カズマの行動にヴァイスは半信半疑になってしまうも、カズマは続けて説明をする。

 

「あぁ。両手を差し出し丁寧に頭を下げて何度も言えばそれはもうチョコなんて貰い放題だ」

「カズマ…!感謝する!」

 

カズマのつけ加えた説明に納得してしまったヴァイスは教えてくれたことに礼を言う。

 

「なーに、礼には及ばないよ。じゃあなぁ~」

 

そう言ってカズマはその場から立ち去って行ったが、顔は明らかに笑いを堪えている表情であった。

 

「……どう考えても嘘ですよ」

「だろ?」

「だろ?じゃねぇぞ。お前ヴァイス大尉が本気なってるじゃねぇか」

 

カズマの説明が明らかに嘘であるとケーニッヒたちは見抜いていたが、ヴァイスだけは真に受けておりにやけた表情になっていた。

 

「ユエとメディはもうチョコを渡したのですか?」

「うん、ハジメ凄く嬉しそうだった」

「お2人はまだチョコを渡していないのですか?」

「放課後に渡す…」

 

すると向こうからユエとナナとミーアとメディの4人が歩いて来た。

 

「あ、4組のナナさんたちがこっちに歩いてきたぞ~」

 

それに気がついたケーニッヒがわざとらしく呟くとヴァイスは即座にユエたちの前に出た。

 

『ん?』

 

いきなり自分たちの前に立ち塞がり身体から炎のようなオーラを出しているヴァイスにユエたちが首を傾げると、

 

「ギブミィー!!チョコォ~!!」

 

カズマが教えてくれたチョコレートの要求をヴァイスが実践してしまい、それを見てユエたちは戸惑ってしまう。

 

「…何をしているのでしょう?」

「さぁ…?」

「ギブミィー…チョコォ…」

 

そんなことなどお構いなしにヴァイスは両手を前に出したまま徐々に近づいていく。

端から見ればいい年をした大人が4人の女性に詰め寄っているという如何にも危険な画が出来上がってしまっている。

 

「ギブミィー……チョコォォォ!!」

 

チョコレートが欲しいあまり混乱状態に陥ってしまったヴァイスはそのままユエたちへ駆け出してしまった。

危険を感じたナナとメディがミーアを後ろへ下がらせると、その前にユエが立ち塞がった。

 

そしてそのままヴァイスに向けて手を翳すと、

 

 

 

「雷龍!!」

 

 

「ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!??」

 

 

 

龍を形作った雷系統の魔法を発動させ、それが見事にヴァイスに命中する。

 

「…早く行こ」

「分かりました」

「ミーアさん、あのような人に近づいてはいけませんよ」

「ん…」

 

清々しい顔になっているユエを先頭にナナとミーアとメディは着いて行き、ボロボロになっているヴァイスを素通りして立ち去るのであった。

 

「何故…誰もチョコをくれないのだ…!?」

 

自分はただ純粋に好物であるチョコレートが欲しいだけだというのに誰も渡してくれないことにヴァイスの心は折れかけてしまっている。

 

「………だろ?」

「だろ?じゃねぇぞ!」

「流石にヴァイス大尉が哀れ過ぎて…」

 

仮にも大尉の階級を持つ者がこんな有り様でいいのかとグランツは思わず目頭を抑えてしまう。

 

「どうされたのですか?何か凄い音が聞こえましたけど…」

「あ、ルルさん…」

 

今度は騒ぎを聞きつけたルルが歩いて来た。

ルルはボロボロになっているヴァイスを見つけ固まってしまう。

 

「グランツさん…これは一体…?」

「まぁ、話せば長くなります…」

 

戸惑っているルルにグランツが何があったのか説明しようとした時、ヴァイスがルルの前で膝をついた。

 

「な、なんでしょうか…?」

「ギブ………」

「はい?」

「ギブミー…チョコ………」

 

先程とは打って変わり弱々しくチョコレートを要求したのであった。

流石にそろそろ本当のことを言わねばとケーニッヒがヴァイスに声をかける。

 

「ヴァイス大尉、実はその要求方法は」

「えっと…チョコが欲しいのなら、差し上げますけど…」

『えっ?』

 

ヴァイスに対して未だに状況を把握できていないルルであったが懐から可愛らしい小袋を出して掌の上にそっと置いた。

袋からは甘い香りがしており中にチョコレートが入っているのは明らかであった。

 

「実は昨日作ったチョコが余ってしまして、もしよろしければ……あ、グランツさんたちもどうぞ」

 

人がいいルルは更に3つ同じような小袋を出してケーニッヒとノイマンとグランツに渡した。

突然チョコレートを受け取ったことにケーニッヒたちは呆然となってしまうも我に返りルルに敬礼をした。

 

「ありがとうございます!」

「我々にチョコを渡していただき恐悦至極でございます!」

「大切にいただきます!」

「そんなに畏まらないでください。ほんの気持ちですから…では私はこれで」

 

3人に敬礼されてルルは戸惑いながらも頭を下げて立ち去るのであった。

 

「まさかチョコを貰えるとは…!」

「これは嬉しい想定外だ」

「だな」

 

ルルからチョコレートを貰えたことにケーニッヒたちが盛り上がっている中、ヴァイスは感激のあまりに涙を流し声にならない程喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

1組でもバレンタインデーで盛り上がっておりプレアデスの大半のメンバーが買い出しに行っていた。

 

「ふふっ。おじ様のために凄いの用意しちゃった」

 

そんな中、ユキカゼは席に座ったまま机の上にある九内に渡すためのチョコレートを見てニヤニヤと笑ってしまっている。

しかもチョコレートは約1メートルくらいの大きさであった。

 

「アンタまたエライの準備したわね…」

 

ユキカゼが用意したチョコレートを見てミカンは呆れてしまう。

前からユキカゼが九内のことを想っているのは知っていたが、ユキカゼは男のため頭を悩ませている。

 

「当然。このチョコの大きさは私のおじ様に対する愛と同じ。ということはチョコの大きさは愛の大きさと比例する!」

「何その理論?」

 

ユキカゼが頬を赤めてバレンタインについて語りながらもミカンには理解できずにいると、ゼナと雫が歩いて来た。

 

「随分大きなチョコね…!」

「それだけあの魔王先生が好きってことがよく分かるわ」

「アンタたちね…流石にこれはデカすぎでしょ」

 

ユキカゼが用意したチョコレートに感心しているゼナと雫にミカンはツッコミを入れてしまう。

 

「チョコの大きさは愛の大きさと比例するって、そんなこと言うのはコイツしか………」

「?…ミカン、どうしたの………」

「どうしたの2人とも?廊下見て固まって………」

 

ミカンとゼナと雫が廊下を見ると、レムが自分の体より一回りも二回りも大きなチョコレートを運んでおり、3人は言葉を詰まらせてしまう。

 

そのままレムが通りすぎると妄想から戻ったユキカゼが呆然となっているミカンたちに気がつく。

 

「何かあったの?」

「…ごめんユキカゼ。アンタが正しかったわ…」

「?」

 

ミカンの発言にユキカゼは首を傾げてしまうのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

同じ頃、職員室でもバレンタインデーということでチョコレートが男性教師たちに渡されていた。

 

「どうぞ九内先生。義理チョコですけど」

「ありがとうございます愛子先生」

 

愛子が差し出したチョコレートを九内は快く受け取った。

4組の担任と副担任ということで愛子は真っ先に九内にチョコレートを渡したのである。

 

「別に私などにチョコを用意しなくてもよろしかったのに」

「そういうワケにはいきませんよ、九内先生には日頃からお世話になってますから。それにしても随分貰ったみたいですね…」

 

愛子が九内のデスクを見ると、チョコレートがいつくか置いてあり既に数人から受け取っているということを示していた。

デスクに置いてあるチョコレートの数が3つであることに気がついた愛子は九内が誰から受け取ったのか予想した。

 

「もしかして、アクさんとルナさんと悠先生からですか?」

「…よく分かりましたね」

 

今朝出勤した時に悠から少し高級なチョコレート。

先ほどアクとルナが職員室を訪れた時にチョコレートを九内に渡したのであった。

アクは手作りチョコレートでルナは購買部で買ったチョコレートだったが九内は2人に礼を言ったのである。

 

「オイオイ長官、結構チョコ貰ってんじゃねぇか」

「かなりモテるようですね」

 

するとそこへ田原とシラセが話に加わり九内のデスクのチョコの数を見て感心してしまう。

 

「羨ましい限りってもんだ。こっちに真奈美がいれば確実にチョコを貰えたってのによぉ…!」

 

田原は極度のシスコンを拗らせており、最愛の妹がいないことに目頭を抑えてしまう。

 

「そんな田原先生には、私からチョコが用意してあります、とお知らせしまーす」

「私からもありますよ」

 

少し落ち込んでいる田原にシラセと愛子はそれぞれチョコレートを差し出した。

 

「おぉ…!すまねぇなアンタら。そんじゃありがたく受け取るわ」

「そういえば、悠からは貰ったのか?」

 

2人からチョコレートを受け取った田原に九内は悠からチョコを貰ったのかを聞いた。

同じ側近であるため気になっていたのだが田原は深くため息をついてしまう。

 

「………長官、よく考えてみろ。あのマッド女が俺にチョコを渡すと思うか?」

『……………』

 

その発言に誰も口を開くことができなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

そして時間が経過し放課後。

サトゥーとハジメと真人の3人は真々子たちからチョコレートを受け取った。

手作りだったり買ったものだったりと様々であったが真々子たちはとても嬉しそうであった。

 

サトゥーたち3人は教室に集まりそれぞれ貰ったチョコレートを広げていた。

 

「予想はしていたけど、改めて見ると凄い量だな」

「そういう割には嬉しそうだったじゃねぇか」

「母さん以外からチョコを貰う日が来るとはな」

 

「ご主人様ァー!」

 

3人がバレンタインデーについて語っていると扉が勢いよく開かれティオが飛び込んで来た。

 

「どうした?」

「どうした?ではないのじゃ!妾からまだチョコを貰っておらぬじゃろ!」

 

何の心当たりがなさそうにしているハジメにティオは少し怒りながら詰め寄った。

あれから時間が掛かってしまったがティオはようやくチョコレートを作り終えたのであった。

 

「さぁ受けとるがよい!この妾の愛が溢れているチョコを!」

 

高らかに宣言したティオが差し出したチョコレートは真ん中の骸骨らしき顔に無数の手が掴んでいるという形状でかなり不気味であった。

 

「………何だこれ?」

「何を言っておるのじゃ!妾の愛が込もっているじゃろう!」

「愛っていうか、呪いが込もっているような…」

 

苦笑いしているサトゥーが言う通り、明らかに愛ではない何かが込もっているようにしか見えず、真人に至っては絶句している。

 

「妾だけでないぞ!香織とワイズも愛を込めてチョコを作ったのじゃ!」

「白雪も?」

「そういやワイズからまだ貰ってなかったな」

 

ティオが教室を扉を見たと同時に3人も釣られて見るといつの間にか香織とワイズが立っていた。

 

顔を伏せており表情が読めずにいると、

 

 

 

「…ハジメくん、私の愛が、愛が込もっているこのチョコを受け取って…!」

「真人、アンタも受け取りなさい…このアタシが愛を、愛を込めて作ったチョコを…!」

 

 

 

2人揃って顔を上げたのだが、心なしか窶れており目の下には何故かクマができていた。

更に手にはティオと同じような不気味さ溢れるチョコが握られていた。

 

「怖ぇよ!?一体お前ら家庭科室で何してた!?」

「愛の信徒と名乗る者からチョコの作り方を教わっただけじゃ」

「愛の信徒!?」

「誰だよそれ!?」

 

香織とワイズの変わり様を見て放課後の教室にハジメたちのツッコミが響き渡った。

 

こうしてバレンタインデーは幕を閉じたのであった。



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第九話 林間学校

今日も学園生活を送っている2組のクラスメイトたちはホームルームを受けていた。

 

「ではホームルームはこれにて終わりだぁ~よ。1時限目の準備をしておいてぇ~ね」

「あの、ロズワール先生」

 

ホームルームが終わりロズワールが教室から出ていこうとした時、エミリアが手を挙げて呼び止めた。

 

「おんやぁ~エミリアくん。どうかしたのかぁ~な?」

「今日は4組の人たちってどうしたんですか?誰もいなかったんですけど…」

 

エミリアが登校して2組の教室へ向かう途中、4組の教室を通りすぎたのだが誰一人として教室にいなかったのであった。

エミリアだけでなくアインズたちも見ており疑問に思っていた。

 

「確かに誰も来ていないのは妙だな…全員が遅刻というワケでもあるまいし…」

「もしや何処かへ行っているのか…?」

 

アインズとターニャが推測を口にしたと同時に2組はザワザワと騒ぎ出してしまう。

それを静めるべくロズワールは4組について説明をした。

 

「4組の子たちなら、今日は林間学校に行ってい~るよ!」

 

『林間学校???』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

場所は変わり、学園から離れている場所には山があった。

そこは川や滝が流れ様々な生き物や植物が生息しており、まさに自然に溢れている場所である。

その山の中の開けた場所には一軒の木造のペンションが建っており、大人数で泊まるには十分過ぎる程の大きさである。

 

そしてそのペンションを4組の生徒たちが正面から見上げていた。

 

「デカイペンションだな…」

「ホント、アタシたちのギルドよりも大きいわね」

 

1週間前、九内から林間学校があることを告げられた4組。

最初は戸惑っていたもののバーベキューに川遊び、温泉もあることを知ると一気に盛り上がり今日を迎えたのであった。

今は荷物を各自の指定された部屋に置いて九内と愛子が来るのを待っている。

 

「半信半疑だったけどホントに温泉あるのね!」

「後ろから湯気が見えますよ!」

「温泉なんて久しぶりです!」

「こっちに飛ばされてから入っとらんからのう。少し楽しみじゃ」

 

ペンションの裏側から湯気が上っており温泉があることにアリサとポータとアクとティオは更に盛り上っしまう。

これからどんなことをしようかと全員で話しているとペンションの入り口から九内と愛子が出てきた。

 

「全員揃っているようだな」

「それでは林間学校の説明を始めます」

 

2人は出てきたや否や林間学校の説明を始めようとし4組の生徒たちは一斉に耳を傾けた。

 

「今回の林間学校は自然を肌で体験してもらうことが主な狙いだ。このような環境の中において集団で行動し団結力を高めるという利点もある」

 

自然環境が溢れている場所で行動することにより互いに協力し合い関係を深めることが林間学校の目的である。

 

九内が説明をしている中、真人がハジメにこっそり話しかけた。

 

「魔王先生なんだか教師らしいこと言ってるな」

「そうだな…」

 

九内は担任であるものの愛子に比べて教師らしい発言が少ないため、まともなことを言っていることに少し感心してしまう。

 

「では愛子先生。スケジュールをお願いします」

「はい」

 

林間学校の目的を言い終えた九内は愛子にスケジュールの説明を促した。

 

「スケジュールは就寝時間まで自由行動になっています。ペンションの温泉はいつでも入って大丈夫です。それと晩御飯ですがあちらの野外キッチンを使って下さいね」

 

一通り説明をした愛子が指を差した先には手洗い場にレンガの釜戸などが備えつけられている野外キッチンがあった。

つまり夕飯は自分たちで作らないといけないことになる。

 

「へぇ、面白そうね」

「料理なら私にお任せを」

「えぇ!思う存分腕を振るうわ!」

 

しかし誰一人として不満を言わずに寧ろ楽しそうな顔をしており、特に料理が得意なナナや真々子は気合いが入っている。

 

全員がワイワイと盛り上っていると、愛子が重要なことを伝えた。

 

「それから、食材は現地調達でお願いします」

 

『………えっ?』

 

それを聞いた全員は静まり返り唖然となってしまった。

全員が戸惑っている中、メディが手を挙げて質問をする。

 

「あの、現地調達とは…?」

「そのままの意味だ」

 

その質問に対して愛子に変わり九内が前に出て答えた。

 

「ここは見ての通り自然に溢れている。森には山菜にキノコ、川には魚、様々な自然の恵みを自分たちで調達するのも林間学校だ」

「いや…これって林間学校じゃなくてサバイバルじゃ…」

「テントではなくペンションで寝泊まりするからサバイバルではない」

「確かに、温泉にも入れるからギリギリサバイバルじゃないわね」

 

香織の異議に九内が空かさず論破をし、それにアリサは納得をしてしまう。

それなら1週間前に言ってくれたらいいのにと不満の声も上がったが今さら言っても手遅れのため仕方なく受け入れることにした。

 

「では思う存分林間学校を楽しみたまえ」

 

そう言い残して九内はペンションへ戻っていき、愛子も慌ててその後を追うのであった。

取り残された4組はこれからについて話し始めた。

 

「どうする…?」

「どうするって言っても…」

 

自由時間で夕飯の食材を調達しなければならないため全員がどう動くべきかについて考えていると突然茂みから何かが飛び出してきた。

全員がそっちを見ると、飛び出してきたのは鶏だった。

鶏はトコトコと歩き地面にいる虫を食べ始める。

 

「…現地調達って、こういうこと?」

「いざ手に掛けるとなると勇気いるね…」

 

戸惑っているワイズたちを他所にナナが鶏を捕まえた。

 

「現地調達した生物は私が下処理を行いますのでご安心を」

「やっぱりこれも食べるのか…?」

 

躊躇なく鶏の絞め作業に入ろうとするナナに真人は反応してしまう。

普段から肉などを食べているものの有りのままの状態から料理しようとなると躊躇してしまうのも無理がある。

 

「取り敢えず時間も勿体ないし、取り敢えずは探索しないか?」

「あぁ。それじゃあ適当にグループ作って行動するか」

 

だがこのまま動かない訳にもいかないため4組は食材調達も兼ねて自由行動に移るのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

周囲が木で生い茂っているところを探索しているのは真人・シア・ミーア・アクの4人。

このグループは森に生えているキノコや山菜を採って籠へ入れている。

 

「これは椎茸か。こっちはゼンマイ…ホントに色々生えてるな…」

「ミーアさん。これどうですか?」

「これは毒がある…そっちは食べられる…」

 

真人が様々な山の恵みを採取しており、ミーアはシアが採取した山菜が食べられるものかどうか見抜いている。

元々自然に囲まれている場所で育ったミーアにとって食べられる植物かを見分けるのは朝飯前である。

 

そうしている内に籠は山菜やらキノコやらでいっぱいになった。

 

「取り敢えずこれだけあれば大丈夫か」

「そうですね。ではナナさんたちのところへ戻りましょうか」

「ん」

「あの、キノコたくさん採れたんですけどこれって食べられますか?」

 

十分に採れたためペンションで待機している下処理担当のナナ・ルル・真々子の元へ戻ろうとした時、少し離れた場所でキノコを採っていたアクが自分が採ったキノコが食べられるかどうか聞いてきた。

 

「なんか随分と多いな………はぁ!?」

 

アクが持っているキノコが大量に入った籠を覗いた真人は驚いて声を上げてしまう。

何故ならすべてがキノコの王様と呼ばれている松茸だったからである。

 

「これ全部松茸じゃないか!?何で高級食材まであるんだよ!?」

「まつたけ…?おいしいんですか?」

「確かに他のキノコと比べたら肉厚ですね」

「いい匂い」

 

初めてみる松茸にアクたちが興味津々となっているのを他所に、真人はアクの強運に心底驚くのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

真人たちから離れた場所で探索しているのはハジメ・ユエ・香織・ワイズ・アリサのグループ。

真人グループと同じように山菜などを探していると突然茂みから何かが飛び出した。

 

「何…?って、鹿…?」

 

飛び出してきたのは鹿で角が生えていないためメスであることを示していた。

鹿は特にハジメたちを警戒する素振りを見せずつぶらな瞳でジッと見ていた。

曇り気がない純粋な眼差しを向けられ流石に手をつけられずワイズと香織の心は揺らいでしまう。

 

「ダメだ…これを手に掛けたらアタシの良心が痛む…」

「そうだね…他を探そっか」

 

2人が鹿を見逃そうと決めた時だった。

 

ハジメがマグナムを錬成し何の躊躇いもなく鹿に目掛けて弾丸を放ったのだった。

弾丸は見事に鹿の胸を貫きバタリと倒れてしまう。

 

『………えぇぇぇぇ!?』

 

突然のハジメの行動にワイズと香織は揃って声を上げてしまう。

 

「撃った!コイツ何の躊躇もなく鹿を撃った!」

「何で撃ったのハジメくん!?」

 

鹿のつぶらな瞳を見た筈なのにそんなこと関係なくマグナムで仕留めたハジメにワイズと香織が突っ掛かるもハジメはサラリと返した。

 

「いや、食料調達だからそりゃあ撃つだろ」

「ハジメは何も間違ったことなんてしてない」

「それに私たちは普段から動物の命を食べてるのよ。これくらいいいじゃない」

「ユエはともかくアリサさんまで!?」

 

ハジメの行動に対してユエもアリサも咎めることはなく鹿を撃ったことは当然だと言わんばかりだった。

ワイズと香織が唖然としていると今度は上から鳴き声が聞こえ全員が見上げると雉が木の枝にとまっていた。

 

それを見たユエが雉に人差し指を向けると、人差し指から電撃が放たれ雉に直撃しそのまま木から地面へと落ちていった。

 

「鶏肉ゲット」

「よくやったなユエ。しかし鶏といい鹿といい雉といい色々いるな」

「鶏がいるなら卵もあるんじゃない?」

 

またしても躊躇なく生き物の命を奪ったハジメたちを見てワイズと香織は固まってしまうのだった。

 

「…私たちがおかしいのかな?それともこっちに来てから平和ボケになっちゃったのかな?」

「少なくともアイツらの精神力はアタシたちよりも上ってことは確かよ…」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

ハジメたちが次々に食材を調達しているころ、サトゥー・リザ・タマ・ポチ・ルナ・ティオ・ミュウ・ポータ・メディは川原にいた。

澄んだ川が流れる音はとても心地よく癒しのスポットではないかと思ってしまう程だった。

 

「よっと」

 

その川の上流で釣竿を垂らしているサトゥーが手応えを感じ引き上げると鮎が掛かっていた。

ペンションにあった釣竿を借りており主に鮎などの魚を次々に釣り上げている。

サトゥーの他にルナとミュウとメディが並んで釣りをしていた。

 

「釣りってやったことなかったけど面白いわね」

「楽しいの!」

「そうですね」

 

初めてやる釣りはルナとミュウとメディにとって凄く面白いようで魚を釣った快感を楽しんでいる。

次々に魚が掛かるため籠は魚で溢れかえっていた。

 

「あっちも大丈夫そうだな」

 

川に釣竿を投げ込みながらサトゥーが下流の方を見るとリザとタマとポチとティオとポータが服の裾を捲って川に入っていた。

 

リザが身を低くして川をじっと見つめていると、

 

「はっ!」

 

川に素早く手を入れて何かを捕まえた。

それを持ち上げるとリザの手にはニジマスが握られており逃げられないようにエラを掴んでいた。

 

「とりゃー!」

「えーい!」

 

それに続きタマとポチも川に素早く手を入れてニジマスを捕まえた。

 

釣竿が足りなかったため下流にいるメンバーは素手で魚を捕まえているのである。

 

「あぁ…!」

「ぬぅ…!?」

 

サバイバル経験豊富なリザたちに引き替えポータとティオは何とか魚を捕まえるもののスルリと手から滑って逃げられてしまう。

そのせいで殆んどの魚をリザたちが獲っているのである。

 

「意外に難しいですね…」

「仕方あるまい。釣りよりも難しいのじゃからのう」

 

魚を上手く捕まえてられないことにポータとティオは少し落胆してしまうも諦めずに何度もトライする。

 

それぞれが食材を調達しているとミュウがメディの服を引っ張った。

 

「ねぇメディお姉ちゃん。あれ何?」

「え?」

 

ミュウが向こう側の下流を指差したためメディがその方向を向くと、向こう側で大きな水飛沫が起こっていた。

メディに釣られサトゥーとルナも気付き、更にはリザたちも水飛沫に気がついた。

最初水飛沫は遠くで起きていたが徐々に上流へと上ってきていた。

 

「何よあれ…!?」

「あれは…!」

 

サトゥーが目を凝らして水飛沫を見るとその中にいたのは…

 

「鮭!?」

 

なんと水飛沫の正体は遡上している鮭だった。

しかも1匹や2匹に収まらず何十匹という群れを成しているため水飛沫が起こっているのである。

 

「何で鮭が…!?」

「すごい群れですね…!」

「たくさんいるの!」

「って感心してる場合じゃないわよ!早くアイツらを避難させないと!」

 

このままでは下流にいるリザたちが鮭の群れに巻き込まれてしまうためアクが避難させようとリザたちに声を掛けようとすると、

 

「タマ!ポチ!獲物が来ました!すべて獲りますよ!」

「あいなのです!」

「大量~?」

「何してんのアイツら!?」

 

リザとタマとポチが目を輝かせながら武器を構えて鮭の群れと対峙しようとしていた。

普段から食べることが大好きなため鮭の群れだろうとリザたちにとってはご馳走でしかないのである。

 

「ちょっと!アンタの仲間大丈夫なの!?」

「ただの鮭ならリザたちだけでも十分だ」

「ですが、あの数は流石に…」

「それにティオお姉ちゃんとポータお姉ちゃんが危ないの」

 

サトゥーたちが言い争っている間に鮭の群れはすぐそこまで近づいていた。

リザとタマとポチとは対象的にポータは向かってくる鮭の群れにあたふたしてしまう。

 

「どどど、どうしましょう!?」

 

ポータの職業である旅商人は運搬を専門としているサポート役のため攻撃や魔法などができないのである。

今から岸へ上がろうにも間に合わないためもうダメだと思った時、ティオがポータたちの前に立ち塞がった。

 

「させぬぞ!ここを通りたければ妾を討ち倒してみせるがよい!」

 

鮭の群れに臆することなく堂々としている振る舞いにポータはもちろんのことリザたちもサトゥーたちも目を見開いてしまう。

 

「ティオさん…!」

「アイツ、たまにはカッコいいところ見せるじゃない」

 

普段からハジメへの愛を強く語っているドMの変態かと思っていたがクラスメイトのために立ち塞がっているティオを見てルナは考えを改めようとする。

そして鮭の群れは勢いを止めることなくティオへ衝突しようとしていた。

 

誰もが鮭を獲ろうとしてくれるティオに期待しようと思ったその時だった。

 

ティオは特に何もすることもなく鮭の群れに吹き飛ばされてしまった。

 

「アイツは一体何がしたかったの!?」

 

攻撃をしても止められず吹き飛ばされたならまだしも、何もせずに吹き飛ばされ空中を舞っているティオにアクは怒りを露にしてしまう。

 

「あ、でも見てください。心なしか安らかな顔してますよ」

「ティオお姉ちゃん嬉しそうなの」

「結局自分のためかぁ!」

 

目的を達成して満足したティオはそのまま川へ落ちていった。

自己満足のために鮭の群れに吹き飛ばされたティオであったが、結果的に盾となったことで少しだけ勢いを抑えることに成功したのであった。

 

「ありがとうございますティオ!貴女の犠牲は無駄にはしません!」

 

そのままリザは槍を横一線に振るい鮭を1匹残らず岸へ打ち上げたのだった。

岸へ打ち上げられた鮭たちは跳ねながら川へ戻ろうとするもタマとポチが剣を使って次々にトドメを刺しているため食材になるしかなかった。

 

「取り敢えず晩御飯は鮭メインになりそうだな」

「リザさんたちのおかげですね」

「ティオさん大丈夫ですか~!?」

 

鮭を獲れたことにサトゥーたちが一安心している中、ポータは川でうつ伏せに倒れているティオを救出するのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

そして日が落ちて夜になった頃、ペンション前の野外テーブルに4組は集まっていた。

テーブルには各々が獲ってきた食材で作った料理が並べられておりいい匂いが漂っていた。

 

『いただきまーす!!』

 

そして全員が手を合わせたと同時に一斉に料理を食べ始めるのであった。

 

「この山菜の天ぷら凄く美味しいです!」

「流石真々子さん!」

「見事な腕前じゃのう」

「マーくんったら、口に衣がついてるわよ」

「いいって!自分で取るから!」

 

真々子の天ぷらを食べているアクとルルとティオはあまりの美味しさに感想を口から溢してしまう。

真々子は笑顔になりながらも真人の口元に天ぷらの衣がついていることに気がつき取ろうとするも真人に煙たがられてしまう。

 

「美味しいわねこのキノコ」

「松茸という種類のキノコらしいですよ」

「焼いただけなのに香りが増してる…」

「流石キノコの王様!すごく美味しい!」

 

初めて食べる松茸の炭火焼きにアクとシアとミーアは舌鼓しておりアリサも同じく堪能している。

 

『………』

「ワイズ?香織?食べないのですか?」

「どこか具合でも悪いのですか?」

「…タマ、良かったらこれ食べていいわよ」

「ポチちゃんも遠慮しないで食べていいからね…」

「いいの~!?」

「ありがとなのです!」

 

リザとタマとポチとナナが食べているのは鉄串が刺さっている焼かれた肉。

ハジメたちが手に入れた食材を遠慮なく食べているがワイズと香織は一向に口にしようとしなかった。

ハジメが仕留めた鹿や雉、兎などが変わり果てた姿で目の前にありその残像が脳内を過ってしまいとてつもない罪悪感が込み上げてきたためタマとポチに譲ったのだった。

 

「ほとんど鮭ばっかりじゃねぇか」

「そうでもないさ。ほら、鮎もあるし」

「このイクラ丼っていうの凄く美味しい」

「あぁミュウさん!そんなにイクラを乗せたら溢れちゃいます!」

「だって美味しいんだもん」

「確かに気持ちは分かりますけどね…」

 

鮭を塩焼きに鮭のムニエル、鮭のおろし煮と鮭料理で溢れているテーブルを見てハジメは胸焼けしそうになり、そんなハジメにサトゥーは鮎の塩焼きを差し出した。

ユエはイクラ丼を堪能しており、ミュウは炊きたてのご飯の上にこれでもかという程イクラを盛りポータが慌てて止める光景を見てメディは笑ってしまう。

 

自分で食材を調達しそれを調理した料理をみんなで食べることで4組の交流は更に深まるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

それからしばらくして、全員は夕食を終えてテーブルには空の皿しかなく料理をすべて食べ終えた。

どの料理もとても絶品だったため満足そうにしている。

 

「それじゃあみんなで後片付けするわよ~」

 

『はぁーい!!』

 

これが終われば待ちに待った温泉。

早く温泉に入りたい女性陣は真々子の呼び掛けと共に片付けに取り掛かろうとした時だった。

 

「!」

 

何かに気がついたハジメがマグナムを手に取り木に銃口を向けた。

突然のハジメの行動にその場にいた全員が注目する。

 

「お、おい。いきなりどうしたんだよ…?」

「…何かいやがる」

「え?」

 

本能で何かいることを察したハジメに促され真人や他のみんなが銃口の先を見ると木の影からそれは現れた。

 

見た目は人間の女性のようであるが、まるで人間と植物が融合しているかのような容姿をしている魔物。

魔物は不気味な顔をしており口元がニヤリと笑っている。

 

「…誰かしら?」

「いやどう見ても魔物ですよ!」

 

突然現れた魔物を見て首を傾げて人間扱いしている真々子にワイズはツッコミを入れる。

魔物に対して殆んどのメンバーはハジメと同じように警戒体制に入る。

 

「アイツは…!」

「知ってるのか?」

「うん。エセアルラウネっていう魔物」

 

目の前にいる魔物に見覚えがあるハジメとユエは揃って頷く。

 

ハジメとユエが出会って間もない頃に現れたのが4組の目の前にいる魔物『エセアルラウネ』

人や魔物を思いのままに操れる能力を持っておりユエも操られてしまったことがある。

 

「ようは植物の魔物ってことね!だったらアタシの炎の魔法で焼き払ってやるわ!」

 

ハジメとユエからエセアルラウネの説明を聞いたワイズは早速魔法の準備に取り掛かった。

 

ハジメは全員をチラリと見て誰も操られていないか確認する。

エセアルラウネに操られると頭の上に花が咲くのだが誰の頭の上にも花は咲いていなかった。

ならば問題あるまいとエセアルラウネ目掛けて引き金を引こうとした時だった。

 

エセアルラウネの背後から黒い液体のようなものが流れ込みあっという間にハジメたちの立っている場所まで浸透してしまう。

黒い液体にハジメたちが戸惑っているとルナがハッとなり叫んだ。

 

「まさか…!?みんな逃げて!これは…!?」

 

ルナが何か言おうとした時、突然糸が切れたかのよう膝を着いた。

 

「ルナ姉様!?大丈夫ですか…!?」

 

突然膝を着いたルナにアクが駆け寄るも同じようにその場に座り込んだ。

 

「何これ…!?」

「力が抜ける~?」

「気持ち悪い…!」

 

そして伝染するように次々に倒れていき、とうとうハジメとサトゥー、真人と真々子でさえも動けなくなってしまった。

 

誰も動けずその場に座り込んでいる4組を見てエセアルラウネはニタニタと笑っている。

 

「何がどうなってんだ!?」

「ルナさん!この黒い液体みたいなのは何なのですか!?」

 

エセアルラウネがこんな能力を隠し持っていたことをハジメが信じられずにいると、メディが先程何かを伝えようとしていたルナに黒い液体について聞き出そうとする。

ルナはその場から動けないものの黒い液体について説明を始める。

 

「これは奈落って言って触れるだけで弱体化してしまうのよ!」

 

つまりこの奈落という液体が4組の足元に広がっている限り攻撃や魔法どころか立つことすらできないということである。

 

(ホントに力が入らない…!ゼンは対象からスタミナを奪い尽くせるがこの奈落は完全な封じ込み…!どうすれば…!?)

 

この状況をどうやって打開するべきかサトゥーが必死になって考えていると、エセアルラウネの背後から何かがフヨフヨと飛んできて姿を現した。

 

現れたのはアクやルナと同い年くらいのゴスロリの少女で宙に浮いていた。

少女は宝箱のようなものを持っておりそこから奈落が溢れている。

 

あの少女が奈落を出しているのかとハジメたちが悟った時、アクとルナが揃って声を上げた。

 

「トロンさん!?」

「トロン!?」

 

「アク…ルナ……!」

 

『トロン』と呼ばれた少女は声を震わせながら泣きそうな顔を浮かべていた。

 

「知り合い!?」

「アクちゃんとルナちゃんのお友達?」

「は、はい…!」

「どうしてトロンが…!?」

 

このトロンという少女は元の世界でワケあって九内が拾ってラビの村で開拓の手伝いをしている。

半分悪魔の血が混じっているが特に悪いこともせずにアクとルナとはとても仲がいいのである。

 

そんな彼女が何故エセアルラウネと一緒にいるのかアクとルナが混乱しているとハジメがすべてを察した。

 

「そういうことかよ…!あのチビ、操られてやがる…!」

 

そう言ってハジメはトロンの頭の上を見ると1輪の花が咲いていた。

つまりトロンはエセアルラウネに操られているということである。

 

「いつの間にかこっちに飛ばされてて、アクとルナを探してたらコイツに出くわして操られて……本当にゴメンなの…!」

 

意識を残したままエセアルラウネに操られ何故かこっちの世界にある奈落が入っている宝箱で友達を傷つけてしまったことにトロンは目にうっすらと涙を浮かべてしまう。

そんなトロンを嘲笑うかのようにエセアルラウネは笑いながらゆっくりとハジメたちへ近づいていく。

 

「トロンさん…!」

「あの魔物…!絶対許さない…!」

 

大切な友達を泣かせたエセアルラウネにルナは怒りが込み上げるもどうすることもできず睨み付けるしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

4組にとんでもないことが起きている頃、九内はペンションの2階の窓から外の様子を見ていた。

 

「これは少々想定外だな…」

 

突如現れたエセアルラウネに加えてトロンが溢している奈落に苦しむ4組を見て眉間に皺ができてしまう。

この世界は思っていたより複雑そうだと考えた時、たまたま近くにいた愛子が九内へ近づいた。

 

「九内先生、どうかされましたか?ってあれは!?」

 

九内が見ている方を見ると4組が苦しそうに座り込んでいた。

状況を理解できない愛子であるが何とかしなければと思い外へ出ようとするも九内に止められてしまう。

 

「どちらへ行くというのですか?」

「みんなを助けないと!」

「愛子先生が行っても状況が変わるとは思えません。行ったところでミイラ取りがミイラになるだけです」

 

愛子はトータスに飛ばされてから魔法も武術の鍛練を一切行わず生徒たちと寄り添っていたため圧倒的な一般人である。

行っても奈落に巻き込まれて終わりなのは目に見えている。

 

しかし愛子はそう簡単には引き下がらなかった。

 

「分かってます。確かに私には特別な力なんてありません………けど!生徒たちが困っているのに教師として何もしないワケにはいきません!」

 

例え巻き込まれたとしても教師として生徒を助けようとする愛子の意思の強さに九内は目を見開いてしまう。

 

「………フッ、やはり愛子先生は教師の鑑ですね。私とは大違いだ」

 

愛子の熱に感化され九内は笑いながら行動を開始するべく宙にカーソルを出現させた。

 

「ですがここはアイツに任せましょう」

「アイツ?」

 

カーソルを操作していると探していた選択ボタンの項目が現れた。

 

「愛子先生。今から貴女が見ることはどうか内密にお願いします」

 

そして九内はその項目のボタンを押した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

場所は変わってペンションの前。

奈落の影響で誰も動けずにいる4組にゆっくりとエセアルラウネが近づきここまでかと思った時だった。

突如4組の後ろに天まで伸びている白い光の柱が現れた。

 

「今度は何!?」

 

次から次へと異常事態が起きているというのに追い討ちを掛けるように出現した光の柱にアリサはイラついてしまう。

またしてもエセアルラウネの策略かと思ったがエセアルラウネも歩みを止めて唖然となっているため想定外のようである。

 

全員が注目している中、治まった光の中から現れたのは1人の男だった。

 

銀色の髪を携え全身を白い服で包んでおり、何より特徴的なのは服の背中に龍が描かれていた。

 

「………何だここは?またクソ帝国の新しい会場ってワケでもなさそうだが」

 

男は周りを見渡しているが状況を飲み込めず、何故自分がここにいるのかすら理解していないようであった。

 

突然現れた敵か味方か分からない謎の男に4組が戸惑っているとまたしてもルナが目を見開いてしまう。

 

「あれって…!?」

「ルナ姉様?あの方をご存知なのですか?」

「…覚えてるアク?前に話した、龍人のこと」

 

アクとルナがいた世界に置ける龍の存在はとてつもなく強大であり中立の立場に君臨する獣人と亜人の頂点。

その龍から血と力を分け与えられた人間がおり、その者は『龍人』と呼ばれている。

過去にルナとルナの姉の1人である『キラークイーン』も龍人に助けられており聖光国へ襲撃を仕掛けた敵が召喚した悪魔も見事に討ち倒したのである。

 

尤も、助けられたルナは気絶して龍人の容姿まで確認していないが一目惚れした姉のクイーンから飽きるほど聞かされたためすぐに龍人だと分かったのだった。

 

「それじゃあ、あの方が…!」

「えぇ!間違いなく龍人よ!名前は確か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧雨 零《きりさめ ぜろ》!!」

 

 

 

ルナの話を聞いていたハジメたちは突然現れた零という男が少なくとも味方であることを理解する。

 

すると零は4組と対峙しているトロンに気がついた。

 

「お前、あん時のガキンチョじゃねぇか…!」

「零!また会えた!」

 

トロンは零を見て歓喜の声を漏らしてしまう。

 

トロンは嘗て悪魔への信仰がある宗教団体『サタニスト』に所属していたことがあり聖光国への襲撃を手伝っていた。

しかし召喚された悪魔に吸血されて瀕死に追いやられてしまうも零に助けられ惚れてしまったのである。

 

「お前こんなところで何してんだ…?」

 

トロンと再会した零は改めて状況を確認しようとする。

 

トロンの側にいるのは不気味な笑みを浮かべている魔物。

トロンが持っている箱から黒い液体のようなものが溢れ、それの上に立っている者たちはその場に座り込んでいる。

そしてトロンの頭の上に1輪の花が咲いていた。

 

「………そういうことか、大体は分かったぜ」

 

状況を理解したのか零は足を一歩踏み出した。

しかしその先には奈落が浸透しており真人は声を上げる。

 

「ま、待て!それに触れると力が…!?」

 

その時、信じられないことが起きた。

 

奈落が零を避けたのだった。

まるで零を危険と感知し意思があるかのように零の歩く道を開いていき最終的には逃げるように宝箱の中へ戻っていった。

 

それにより4組もようやく動くことができるようになった。

 

「やっと動ける…!」

「助かりました~!」

「一時はどうなるかと思ったわ」

 

次々に立ち上がる4組を見てエセアルラウネは戸惑いを見せてしまう。

まさか奈落がこちらへ向かってくる男から逃げるように宝箱へ戻ったため、あの男がただ者ではないと思った。

 

奈落を封じられどうするべきかエセアルラウネが考えていると、いつの間にか零が目の前まで来ており側にいたトロンの腕を引き肩を抱き寄せた。

 

「零…!」

「少し我慢しろよガキンチョ」

 

零に抱き寄せられ頬を赤くしまうトロンだが零はお構いなしにトロンの頭の上に咲いている花を掴み引き抜いた。

強引に引き抜かれ頭皮がヒリヒリするもトロンは再び助けてくれた零に抱きついた。

 

「ありがとう零…!」

「ったく、なんかお前いろんなところで巻き込まれるみてぇだな。危ねぇから下がってろ」

「うん」

 

零に頭をポンポンと撫でられたトロンは素直に従いアクたちの元へと飛んでいった。

 

一方、エセアルラウネはかなり焦っていた。

 

迷宮に入り込んだ男と吸血鬼の娘に殺されたかと思いきや何故か生きており別の世界に飛ばされていた。

しかも自分だけでなくあの2人もいたため復讐しようと企んでいたところへ弱体化させる奈落が入った宝箱と魔人の血が混ざっている小娘が現れた。

これは2度とないチャンスのため奈落と小娘を使いあの2人を含め仲間全員を窮地に追い込んでいた筈だった。

しかし、突如現れた龍人と呼ばれる男によって形勢が逆転してしまった。

せっかくあの2人を追いつめていたというのにこの龍人はその邪魔をした。

 

とても許せない………否!許さない!八つ裂きにしてくれる!

 

エセアルラウネは標的をハジメたちから龍人へ変えて飛び掛かろうとした時、顔面に重い拳がめり込んだ。

 

「女を殴る趣味はねぇが、バケモノとなりゃあ話は別だ………いくぜ!FIRST SKILL!拳法!」

 

そのまま繰り出されたのは無数の拳。

それがエセアルラウネに降り注ぎまともに受けてしまう。

 

「まだ終わんねぇぞ!SECOND SKILL!接近格闘!」

 

今度は懐に飛び込まれ回し蹴りが腹に放たれる。

それに耐えきれずエセアルラウネは空中へ投げ出される。

 

「龍からは逃げられない!THIRD SKILL!落凰!」

 

続けざまに龍人が空へ三連突きを放ち最後の拳を地面へ振り下ろすと、地面から白く輝く龍を形作ったオーラが現れた。

龍は意思があるかのようにエセアルラウネ目掛けて飛んでいくと凄まじい衝撃波が発生し吹き飛ばされてしまった。

 

「立ち向かう度胸は認めてやる…けど、龍の前に立つには早すぎたがな」

 

龍人の零が空を見上げている中、4組は唖然となっていた。

奈落を寄せつけずとてつもない技でエセアルラウネを吹き飛ばした豪快さに自分たちの存在がちっぽけに思ってしまう程の強さを見せつけられたのだから無理な話である。

 

「すげぇ…!」

「あれが、龍人…!」

「なんて滅茶苦茶な力なの…!?」

 

各々が感想を口にする中、アクとルナはトロンと再会できたことを喜んでいた。

 

「大丈夫トロン!?」

「ご無事で何よりです!」

「……うん」

 

しかしそんな2人とは対象的にトロンは暗い表情になっていた。

操られていたとはいえ友達を危険に合わせてしまったため落ち込んでしまうのも無理はない。

それでもアクとルナは必死にトロンを励まそうとすると、トロンの後ろから誰かが優しく抱きしめた。

驚きながらもトロンが首だけを振り向くと真々子が抱きしめており頭も撫でられる。

 

「よしよし、怖かったわよねぇ。もう大丈夫よ。それにアクちゃんもルナちゃんも私たちも怒ってないから、ね?」

 

優しく囁く真々子の声にトロンは不思議な気持ちになり顔が和らいでいく。

 

真々子のスキル『母のよしよし』は撫でたものの状態を安定させることができるため、落ち込んでいたトロンの精神状態も元に戻ったのである。

 

真々子に抱きしめられながらトロンは周りを見るとハジメもサトゥーも真人も誰1人として怒っていなかった。

それを見てトロンは笑顔になった。

 

「それじゃあさっさと後片付けして温泉に入りましょ」

 

『はぁーい!!』

 

トラブルが解決し真々子の掛け声と共に女性陣は夕食の後片付けを始めトロンも手伝い出した。

 

「まぁ何はともあれ、結果オーライだな」

「しかし、まさかあの魔物とまた出会うとはな…」

「それにあの零って人も凄すぎ……あれ?」

 

真人とハジメが全員無事だったことに安堵しているとサトゥーがあることに気がつく。

いつの間にか零が姿を消していた。

辺りを見渡しても姿どころか足跡すら残っていなかった。

 

「ちょっとご主人!残りの2人も早く手伝いなさいよ!」

 

一体何処へ消えたのだろうと思いながらもハジメたちは後片付けに加わるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「無事に治まったようですね」

「そう、ですね…」

 

一部始終をペンションの窓から見ていた九内と愛子はホッと一息をつく。

ワイワイと楽しそうに後片付けをしている4組を眺めている九内に愛子は恐る恐る声を掛ける。

 

「あ、あの~九内先生…その、さっきのは」

「愛子先生」

 

愛子が何かを言おうとした時、九内が言葉を遮りながらタバコを咥える。

 

「先ほど言った筈ですよ。決して口外しないようにと」

 

少し圧を掛けながら自分の秘密を目撃した愛子にこれ以上詮索しないようにと言い放ちながらライターを取り出す。

人には誰にも知られたくない秘密が1つや2つもあるため、愛子は九内の秘密を心に仕舞っておくように決めた。

 

「わ、分かりました…ですけど!」

 

九内の言うことを理解した愛子であったが、九内が咥えていたタバコを素早く取り上げた。

突然のことに目を丸くしてしまう九内に愛子は注意を促した。

 

「ペンション内での喫煙はダメです!南雲くんたちが寝泊まりするというのにいけませんよ!九内先生は受動喫煙をご存知ないのですか!?林間学校が終わるまでこれは没収します!」

 

そう言って九内からタバコケースとライターを取り上げて自室へと戻っていき、九内は1人廊下に取り残されてしまった。

 

「………やっぱり本職が教師だと説得力があるなぁ」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

その後4組は温泉で疲れを癒し就寝時間まで枕投げを楽しんだ。

 

様々なトラブルがありながらも林間学校を終えたのであった。



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第十話 ドッジボール

林間学校を終えた日の翌週、4組はいつも通りに学校へ登校していた。

こっちの世界での学園生活にも慣れて教室では談笑をしている。

 

あれから特別な出来事も起きていないが、1つだけ変わったことがある。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようなの」

 

教室に入ってきたアクとルナ、そして林間学校でエセアルラウネに操られていたトロンがみんなに挨拶をした。

 

林間学校の後、九内と愛子が校長先生に掛け合いトロンを4組の転校生として迎えたのだった。

最初は戸惑うトロンであったが真々子を始めタマにポチ、ミーアにミュウと温かく迎え入れてくれたため今は普通に学園生活を送れている。

 

「おはようアクちゃん!ルナちゃん!トロンちゃん!」

「おはようなのですトロン!」

「アクもルナもおはよう」

 

入ってきた3人にミュウとポチとミーアが近づいて挨拶を返す。

 

「っていうかアンタたち、前に言ったでしょ。私のことはルナ姉様と呼びなさいって」

 

今のところ妹のような存在がアクしかいないルナはこの機会に更に妹と増やそうとしているもののミュウたちは姉様などと呼ばずにちゃん付けや呼び捨てをしている。

それが気にくわないためアクはミュウたちに再び言い聞かせようとする。

 

「私の方が年上で三聖女の1人で副委員長だから偉いのよ」

「だったらミュウはクラス委員長だから偉いの!」

「ん、ミュウは偉い」

「ミュウの方が偉いのです!」

「うっ!?そう言えばアンタ委員長だったわね…」

『ふふっ』

 

しかしルナに負けじとミュウもえっへんと胸を張りクラス委員長であることを自慢する。

戸惑うルナにアクとトロンは笑いを堪えてしまう。

クラス委員の仕事のほとんどはルナやルルたちがやっているがクラス委員長としての自覚があるだけでもマシである。

 

そんな光景を全員が微笑ましく見ていると九内が教室に入ってきた。

 

「早く席に着きたまえ。ホームルームを始めるぞ」

 

『はーい』

 

九内の呼びかけと共に4組のいつも通りの学園生活がスタートするのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「つまりこのようにたんぱく質を摂取すると腸の働きでアミノ酸に分解されるってことだ」

 

昼休み前に差し掛かった頃の四時限目。

4組は田原の授業を受けていた。

田原は体育教員でありながらも理科の授業も兼任しており分かりやすく進めているため、ミュウたちも興味津々に受けている程である。

 

すると四時限目を知らせるチャイムが鳴り田原は授業を切り上げた。

 

「んじゃあ今日はここまでにするか。五時限目は体育だからグラウンド集合しとけよ」

 

『はーい!』

 

授業が終わり昼休みに入ろうとした時だった。

 

「失礼します田原先生」

「んぉ?どうしたレルゲン先生?」

 

教室の扉が開き、そこからレルゲンが入ってきたのだった。

 

「実は…ご相談したいことがありまして…」

「相談?」

 

レルゲンはかなり真面目な性格のため相談ごとは人目がつかない場所でしていた。

にも拘らず、教室で相談を持ちかけてきたため何か自分たちにも関係があると思いサトゥーたちも聞くことにした。

 

「その…五時限目の4組の体育なのですが、2組と合同授業という形で行いたいのですが…」

「2組と合同授業?」

 

レルゲンの相談に田原は首を傾げてしまう。

前もって相談ならともかく、急遽他のクラスと合同と持ちかけられたら話は別である。

いきなりであるがために田原は困ってしまう。

 

「事情は後で話します。無理なら構いませんが…」

「…どうするよ委員長?」

 

しばらく考えた田原はミュウに判断を仰いだ。

独断で決めるのはよくないため4組の委員長であるミュウに任せることにしたのだった。

 

「んー…うん!ミュウは大丈夫なの!」

「俺も別にいいですよ」

「私も問題ありませんと捕捉します」

 

ミュウが大丈夫と言ったことを皮切りに次々に賛同する声が上がっていく。

今のところ2組とはほとんど交流がないが誰も反対する様子もなかった。

 

「という意見みたいだぜ」

「ありがとうございます。それからもう一つお聞きしたいことがあるのですが…」

「ん?」

 

レルゲンが深く頭を下げると気まずそうに顔を上げる。

何かを言おうとするも戸惑い躊躇う素振りを見せるレルゲンに田原含めて4組は首を傾げてしまう。

 

そしてついにレルゲンは勇気を振り絞り口を開いた。

 

 

 

「君たち…唐揚げには何をつける…?」

 

 

 

『……………はい?』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

昼休みが終わり五時限目が始まろうとしていた時、グラウンドには4組と2組の面々が揃っており、田原とレルゲンの姿もあった。

 

生徒たちは円状に作られ三等分されたコートで混合にチームを作り内野と外野に分かれている。

そして何故かそれぞれが『ケチャップ』『しお』『マヨネーズ』と書かれたゼッケンをつけていた。

 

今からやるのは見ての通りドッジボールなのだが、何故か2組は各々でバチバチに火花を散らしながら睨み付けている。

 

何故このようなことになったのかというと、原因は2組のほんの些細な会話からだった。

最初は近所の肉屋の唐揚げが美味しかったという話だったのだが、途中から唐揚げに何をつけるのかという話へ発展して塩コショウ派のターニャとケチャップ派のアインズで意見が分かれてしまいその亀裂が2組全体へ広がってしまったのである。

誰が正しいのかと2組で話し合いをするも一向に解決される気配がないため、レルゲンの提案により何故かドッジボールで勝負することになったのである。

ちなみに4組が呼ばれたのは数合わせということで今に至る。

 

「つまり俺らはそのくだらない争いに巻き込まれたってことか?」

「迷惑な話だよな」

 

唐揚げに何をつけるなどどうでもいい争いに巻き込んだ2組に対して塩コショウ派のハジメとマヨネーズ派の真人は呆れてしまう。

 

「お前らはまだマシだろ。俺たち3人は教室の前を通りかかっただけで参加させられたんだぞ」

「だからここにいるのか…」

 

4組と2組でチーム分けをしてもバランスが取れなかったため、たまたま通りかかった尚文、ラフタリア、フィーロも巻き込まれる事態となり、ケチャップ派のサトゥーは尚文たちがここにいる理由を理解する。

 

完全な巻き込まれであるが、これも授業の一貫であるため4組と尚文一行は致し方なく受け入れるしかなかった。

 

「同じ塩コショウ派として頼りにしてるぞ。盾男に眼帯男よ」

「何なんだ一体…?」

「何でこの幼女は偉そうなんだよ?」

 

「共に塩コショウ派を蹂躙しようではないか」

「蹂躙って…」

 

「ま、俺たちマヨネーズ派は気軽にやろうぜマーくん」

「頼りにしてるぞ勇者マーくん」

「マーくんの呼び名が浸透してる!?」

 

それぞれのチームのリーダーが4組たちを鼓舞する中、めぐみんが先ほどから気になっていたことを口にする。

 

「あの~すみません。あちらにいるお二方はどうして参加していないのですか?」

 

めぐみんが指を差した先には、中立として実況席に座っているヴィーシャの隣にいる真々子とその膝の上に座っているミーアの姿があった。

何故かマヨネーズ派にも塩コショウ派にもケチャップ派にも属していない2人に2組が首を傾げる中、真人とサトゥーがワケを話した。

 

「母さんは唐揚げには何もつけない派なんだよ」

「ミーアはそもそもお肉自体を食べられないんだ」

 

何もつけずに唐揚げを食べる真々子とお肉を食べられないミーアはどのチームにも入れないため今回は見学という形になったのである。

 

「あのエルフの子はお肉を食べられないのね…」

「勿体ないなぁ。美味しいのに」

「うん、そうだねお姉ちゃん…」

 

同じエルフでも違う世界では食べられないものもあるのかとエミリアとアウラとマーレはミーアに注目する。

 

それぞれで話し合っている中、審判の田原がホイッスルを吹いて注目を集める。

 

「んじゃあ今からドッジボールを始めるが、その前に自分のチームの面子を確認しとけよ」

「メンバーを確認した後、内野はそれぞれの陣地へ入るように」

 

 

 

『塩コショウチーム』

ターニャ

ケーニッヒ

ノイマン

レム

ラム

コキュートス

ダクネス

ハジメ

ティオ

香織

ナナ

ポータ

メディ

尚文

フィーロ

 

 

『ケチャップチーム』

アインズ

アルベド

シャルティア

デミウルゴス

めぐみん

ちょむすけ

グランツ

サトゥー

リザ

タマ

ポチ

ルル

ユエ

ルナ

ラフタリア

 

 

『マヨネーズチーム』

スバル

エミリア

パック

ベアトリス

カズマ

アクア

アウラ

マーレ

ヴァイス

真人

シア

ミュウ

アリサ

ワイズ

アク

トロン

 

 

「んじゃ始めるぞー!」

 

そして田原がホイッスルを吹きドッジボールが開始されるのだった。

 

『さぁて始まりました!から揚げ何つけるドッジボール対決!実況は私、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブコリャコーフ!ゲストは4組の真々子さんとミーアさん!そして解説にはお肉屋さんに来ていただきました!この勝負どう見られますか?』

『感じるぜ、今だかつてない生命の躍動をな………ヘッ!』

『唐揚げには何をつけても美味しいけど、やっぱり何もつけずに食べたいわね。でもマーくんには勝ってほしいかしら』

『みんな頑張って』

 

実況席から解説やら応援が聞こえてくる中、ケチャップチームのベアトリスが動いた。

 

「まずは小手調べでありんす!」

 

手に持っているボールに魔力を込めて塩コショウチームへ投げる。

その直線上に立っているのはダクネス。

堂々と振る舞いボールを止めようとするように見えたも束の間、両腕を広げてわざと当たり宙を舞う。

 

「…あれ、わざと食らったな」

「分かるか?」

「まぁ、ウチのクラスにも似たようなヤツがいるからな…」

 

満足そうに宙をまっているダクネスを見ながらスバルとカズマと真人は呆れた声を出してしまう。

 

「これは…!いい…!」

「おのれダクネス殿!なんと羨ましい仕打ちを!」

「娘タチ…」

 

ボールが当たった衝撃を受けて満足しているダクネスとそれを妬ましく思っているティオを見てコキュートスも呆れた声を出してしまう。

当然塩コショウチームのリーダーであるターニャも呆れてしまう。

 

「何をしているのだ…」

「少佐殿!ボールがケチャップチームの方へ溢れてしまいました!」

「何!?」

 

ケーニッヒからの報告を受けたターニャがケチャップチームの陣地を見ると、リザがボールを持っていた。

ターニャたち塩コショウチームが身構えた時、ケチャップチームが動いた。

 

「いきますよ!タマ!ポチ!」

『アイ!!』

 

リザがボールを頭上へ高く投げるとそのまま仰向けになり両足を空へ上げる。

それに続きタマとポチがリザのそれぞれの足の裏へと飛び乗ると、リザが力を入れて2人を上へ押し上げた。

 

『てりゃあああ!!』

 

飛び上がった2人はそのまま投げられたボールを塩コショウチーム目掛けて蹴り飛ばした。

 

『ここでケチャップチームが見事な連携技を繰り出したぁ!』

 

ヴィーシャが実況を続けるが、このまま黙っているケチャップチームではない。

 

「いくわよレム!」

「はい!姉様!」

 

今度はコキュートスが先ほどのリザと同じ体制になると、ラムとレムもそのまま足の裏へと飛び乗り上へと飛び上がる。

 

『ふんっ!』

 

そのまま飛んできたボールをすかさずマヨネーズチームへと蹴り飛ばした。

 

「負けてられないよマーレ!」

「うん!お姉ちゃん!」

「えっ!?えぇっ!?」

 

そして今度はマヨネーズチームのアウラとマーレ、そしていつの間にか攻撃に参加していることに戸惑っているヴァイス。

流れに乗るしかないヴァイスは他のチームと同じように寝転がると、足の裏へアウラとマーレが飛び乗る。

 

「んぐぐぐぐっ…!」

『ヴァイス大尉辛そうです…!』

 

子供二人を蹴り上げるのは人間にとってかなりキツイが、軍人の意地を見せつけようとヴァイスは力を振り絞り二人を蹴り上げる。

 

『いっけぇぇぇ!!』

 

そしてアウラとマーレは向かってくるボールを蹴り返した。

 

「あぁぁぁぁぁ!?」

『アー!ノイマン選手取れない~!』

 

しかし狙いが外れてしまい、そのまま外野へとボールは流れてしまう。

するとここで田原がホイッスルを吹いた。

 

「お前ら、足使うのはダメだろ」

『え~???』

 

ドッジボールはボールを投げることがベースであるため、蹴り技は禁じ手とされている。

キックでボールを返した6人に注意をすると、不満そうになるが渋々承諾した。

 

そしてノイマンがボールを持ち試合が再開される。

 

「少佐殿!」

「おう」

 

ここは無理して敵チームを狙いにいかずノイマンは味方陣地のターニャへとボールを回す。

しかしその隙をカズマはついた。

 

「甘いな。スティール」

「なっ!?貴様ぁ!」

 

自身のスキルを利用してボールを文字通り手中へと収める。

相手の陣地へ踏み入れていないためルールの網目をすり抜けたプレーである。

 

「カズマよくやったわ!ボールちょうだい!」

 

カズマのファインプレーを褒めつつアクアは半ば強引にボールを横取りする。

それにカズマは不服な顔をしてしまうもアクアはケチャップチームのアインズに狙いを定める。

 

「聞きなさい貴方たち。本来アクシズ教はすべてを許す教えよ…でも今、私が唐揚げにつけたいのはマヨネーズなのよ!」

 

どういうわけかマヨネーズは譲れないらしく拳に魔力を溜め始める。

 

「食らえ!ゴッドブロー!!」

「技の名前ダサっ!?」

『嘗てこんなカッコ悪い必殺技の口上があったでしょうか!?』

 

そしてそのまま必殺技の名前を口にしてボールを殴り飛ばした。

その名前にワイズはおろかヴィーシャまでもツッコミを入れてしまう。

しかしダサいとはいえ凄まじい威力でアインズとその側にいるグランツへと迫っていくと、すぐさまアルベドが助けに入った。

 

「笑止!ウォールズ・オブ・ジェリコ!」

「あぁぁぁぁぁ!!??」

 

自分の偉大なる至高の御方を守るべく壁を発動させるスキルを発動させてボールを防ぐが、何故かグランツをエビ反りしている。

 

「この技を俺にかける必要ってありますぅ!?」

 

完全なとばっちりである。

そのまま転がるボールを拾った…否、咥えたのはチョムスケ。

 

「ニャァ………ボウッ!!」

 

猫のような…否、完全に猫であるちょむすけは咥えたボールに火を灯してマヨネーズチームに吐いた。

 

「猫が火を吹いた!?」

「コイツ絶対普通の猫じゃねぇだろ!」

「どう見ても普通の猫ですよ」

「普通の猫はボールを投げたりしねぇよ!」

 

明らかに普通の猫じゃないちょむすけにスバルと真人はツッコミを入れるもめぐみんは猫だと言いきる。

そうこうしている内にボールはスバルと真人へと迫ってきていた。

 

「ってうわぁぁぁ!避けられねぇ!」

「任せなさい!」

 

間に合わない真人たちを助けようと、ワイズは魔道書を開き魔法を発動させた。

 

「死亡《モールテ》!!」

 

そして魔法を唱えると真人を棺桶に閉じ込め死亡扱いにさせては、ワイズは棺桶を起こしてボールを防いだのだった。

 

「ふぅ、危なかったわね」

「そうだなぁ…ってボール防ぐためにチームメイトを棺桶送りにしてんじゃねぇよ!」

「大丈夫よ。サクッと生き返らせるから」

「お前なぁ…!」

 

棺桶から蘇った真人はワイズに文句を言おうとするものの今はドッジボールに集中することにした。

次にボールを拾ったのはエミリア。

 

「パック!」

「任せてリア」

 

パートナーの精霊のパックの力を借りてボールに魔力を込めていく。

 

「その子、絶対普通の猫じゃないですよね?」

「どう見ても普通の猫じゃねぇよ!」

「喋ってるし浮いてるしな!」

 

周囲が騒がしくなってはいるもののエミリアは集中を続けると、ボールに魔力が溜まりきった。

 

「ふぅ…ゴメンね!」

 

そしてそのボールを塩コショウチームへと投げつけた。

 

「盾男!マヨネーズなどに負けるな!」

 

ここでターニャはポールを受け止める役割を尚文へと託した。

魔力込みのボールを受け止められないわけではないが、序盤で魔力の大幅な消費を抑えるべく防御に特化している尚文に任せたのだった。

 

無理やり参加させられている尚文は半ば乗り気ではないように思えたが、全身に赤い紋章が走り『憤怒の盾』へと変化すると全力でボールを受け止めた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

「なぜそこまで本気に!?」

 

まさか憤怒の盾を使うとは思わなかったラフタリアは思わずツッコミを入れてしまう。

盾とボールで凄まじい衝突になるものの、ここで尚文に助けが入る。

 

「ここまで威力が落ちれば十分だ!」

 

ハジメが尚文へと近づいてボールを掴んで止めようとするが、

 

「あっ!」

 

ボールは回転しておりハジメが掴んだことでボールが外野へと弾かれてしまい、偶然にもトロンがキャッチする。

 

「はい、ハジメアウト。内野から出ろ」

「しまったー!」

「何をやっとるんだ貴様ぁ!?」

 

そして田原からアウトを言われてハジメは頭を抱えてしまいターニャは激を飛ばす。

ちなみに尚文は体に当たっていないためアウトにはならなかった。

 

ハジメが外野へと回るとトロンがボールを持って高く飛んでいった。

 

「あれアリですか?」

「内野に入ってないからアリだ」

 

空を飛ぶトロンにめぐみんが抗議するものの田原はセーフと判断する。

 

「いくの」

 

そのままトロンは自陣の内野目掛けてボールを投げる。

 

「またまた私に任せなさい!オーライオーライ!」

 

フワリと飛んでくるボールを取ろうとするアクアは後退りしながら塩コショウチームとの境界線ギリギリで止まる。

ボールはアクアの方へと向かっており誰もが取れると確信したその時だった。

 

塩コショウチームのメディが杖をアクアのお尻目掛けて振りかぶった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

突然のことにアクアは断末魔の悲鳴を上げてその場に倒れてしまう。

ボールはそのままバウンドして見事にメディの手元に収まる。

 

「ふふっ。ラッキーです」

「いやいやいやダメだろメディ!」

「明らかに反則じゃん!」

 

何事もなかったかのように振る舞うメディを見逃すまいとマヨネーズチームは一斉に抗議をする。

しかし当の本人は首を傾げてすっとぼけている。

 

「え?なんのことですか?」

「オイ!コイツしらばっくれてるぞ!」

「先生!」

 

こうなったら公平なるジャッジをしてもらおうと田原に声をかけるも、

 

「ん?あぁ悪い、急に顔に光が反射して眩しくて見てなかったわ」

「えぇ!?」

 

どうやら不正行為を見ていなかったようで証明することができなかった。

 

「どうやら不正行為なんてなかったようですね。疑いが晴れてよかったです」

 

そう言いながらメディは懐から手鏡を取り出してマヨネーズチームへ見せつける。

それを見た全員は確信した。

審判の目があるにも拘わらず不正行為ができたのかを。

 

「どうぞ少佐殿」

「うむ。よくやった」

 

そのままメディはボールをターニャへと渡すと、意外にもケチャップチームのアインズから声がかかった。

 

「それが貴様のやり方かターニャ?」

「有効的戦術と言いたまえアインズ」

 

今回の唐揚げドッジボール対決の原因であるアインズとターニャがバチバチと火花を散らしており周囲も引いてしまうのだった。

 

「……マーくん。俺らどうしたらいいと思う?」

「取り敢えず無事に終わることを祈るしかないな」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

その後、ドッジボール対決は白熱したが終盤でボールが破裂してしまった。

それを皮切りにそれぞれの熱も冷めて最終的にアインズとターニャは和解ということで幕を閉じたのだった。

 

「ったく、何だったんだ一体?」

「ホントに迷惑な出来事だった…」

 

ようやく解放された4組と尚文たちはこのまま帰ろうとした時だった。

 

「みんなお疲れ様ー!お腹空いたでしょ?みんなで食べましょ!」

 

ゲストの真々子とミーアがテーブル型の台車に何かを乗せて運んできた。

それは先ほど二人が家庭科室で作っていたコロッケだった。

できたてで香ばしい匂いが漂い全員の食欲を注いだ。

 

「コロッケか…!すごく美味しそう…!」

「私もうお腹空いちゃった~」

「流石は勇者の母親ですね!」

 

コロッケなら何をつけるのかもめる心配もないためひと安心である。

そんな中、ターニャがとんでもないことを口にする。

 

「フッ、やはりコロッケには塩一択だな!」

 

『………え???』

 

なんの違和感もなくコロッケに塩を振りかけるターニャに全員は固まってしまう。

もはや彼女はソルターなのではと思ったが、もう一人いた。

 

「確かにコロッケには塩以外考えられないな」

 

ハジメも同じように塩を振りかけており今度はこちらを見てしまう。

 

そして微妙な空気になりながらも唐揚げドッジボール対決は終わったのだった。



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