ツンデレクイーンが幻想入り (疾風のナイト)
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ツンデレクイーンが幻想入り

PCゲーム「つよきす」に登場するヒロイン、椰子なごみが幻想入りするお話です。
皆様に楽しんでいただければ幸いです。


 近代化が高度に進行している都会の夜の街。無節操に放たれた人工の光が夜の闇をけばけばしく塗り潰し、理性の枷が外れた人々の喧騒が夜の静寂を無造作に埋め尽くしている。

 そんな剥き出しの欲望が渦巻いている夜の街を長い黒髪の少女が独り歩いていた。長い黒髪の少女の名前は椰子なごみ、近所の高校に通っている女子高生である。

「(五月蝿い!)」

 まさに烏合の衆とも言うべき騒がしい群衆に対して、そう叫びたい感情が込み上げてくるが、なごみは内なる感情を必死で抑制する。こんなことをすれば、なごみが軽蔑していた人種と同じになってしまうからだ。

 特段、行く当てもなく夜の街の中を歩き続けるなごみ。これからどうしようか、そんなことをぼんやりと考えている時だった。

 気がつけば、なごみの足元には大きな隙間が生じていた。あまりにも突然の出来事に驚きを隠せないなごみ。

 無数目玉がなごみのことを鋭く睨みつけてくる。仮に相手が気弱な人間であれば、目が合っただけで卒倒していたことだろう。

 謎の空間の隙間から見え隠れする無数の目玉による視線の圧力に耐え続けるなごみであるが、次第に視線の重圧に耐え切れなくなり、ついには意識が途切れてしまうのであった。

 そして、それは椰子なごみと言う人間が人間社会の営む夜の街から姿を消した瞬間でもあった。

 

 気がつけば、なごみは花畑の只中に立っていた。今、なごみの辺り一面は向日葵で埋め尽くされている。

「見事な向日葵……」

 目の前に広がる向日葵の花に見とれているなごみ。実家が花屋を営んでいるため、多少なりとも花の良し悪しは分かるつもりだ。特にこの向日葵達の美しさは際立っており、それと同時に生命力に満ち溢れている。余程、丹精込めて世話をしたのだろう。

「あら、ここに何の用かしら?」

 すると、誰かがなごみに声をかけてくる。なごみが顔を向けると、そこには1人の女性が立っていた。赤いチェック模様の上着とスカートが印象的な衣装、すらりと伸びた 長身、若葉のような髪の色、そして、両手には気品の漂う日傘を持った美しい女性であった。

「私の名前は風見幽香、この太陽の畑で花を世話している者よ。ところで貴方、何の用でここに来たのかしら?」

 にこやかな表情で問いかけてくる風見幽香と名乗った女性。だが、そのような表情とは裏腹になごみに対する激しい敵意が漂っていた。

「気がついたら、この向日葵畑の中にいました。ここがどこなのかも全く分かりません」

 幽香の質問に対して素直に答えるなごみ。しかし、当の幽香は全く信じていないようだ。

「あら、もっとマシな嘘を吐くことはできないの」

「嘘は言ってません。ホントのことです」

 どすの利いた幽香の問いに負けじと口調を強めて反論するなごみ。なごみの言っていることが事実である以上、それ以外に返答のしようがなかった。

 しばしの間、なごみの視線と幽香の視線が激突し、両者の間には火花を散らす。この向日葵畑に険悪な雰囲気が漂うが、やがて幽香の方から視線を解く。

「まあ、良いわ。とりあえず来なさい」

 そう言った後、なごみのことを自身の家に案内を始める幽香。自身に逆らう権利はないだろう。とりあえずなごみは素直に幽香の後ろをついてくることにした。

 

 向日葵の花畑からそう遠くない場所、そこに風見幽香の家は建っていた。家の内部は調度品が必要最低限のものしか置かれていないために質素な印象を与えるものの、きちんと清掃と整理整頓がされているので手入れが行き届いていると言えた。

 今、幽香となごみは家の食堂において、お互いに向き合った状態で話をしていた。

「ふ~ん、足元に突然穴のようなものがねぇ。しかも、穴から目玉のようなものが」

「嘘みたいな話ですが、全部本当のことです」

「成程ね。まあ、貴方の話、信じてあげる」

 なごみからの話を聞いた後、納得した様子でそんなことを言う幽香。

「(この子、きっとあのスキマ妖怪に連れてこられたのね)」

 なごみからの話を聞いて幽香はそのように推察する。そうなれば、なごみは外の世界の人間、外来人ということになる。

「まず最初に言っておくけど、ここは幻想郷と呼ばれる場所で貴方が住んでいた場所じゃないわ。」

「げ、幻想郷?」

「そうよ。貴方達から見たら異世界と言っても良いかしらね」

 それから、幽香は幻想郷についてなごみに説明を始める。幽香の説明によれば、幻想郷とはなごみが暮らしている世界から強固な結界によって隔絶された場所であり、そこには人間の他にも多くの妖怪達が生息していると言う。

「人間と妖怪が暮らす幻想郷……まさか、そんな場所があったなんて」

 幽香からの説明を聞いて戸惑いを隠せないなごみ。だが、こうして見知らぬ土地にいる以上、幽香の話を信じないわけにはいかなかった。

 幻想郷について一通りの説明を終えた後、幽香は今後のことについてなごみに質問をする。

「それで貴方はどうするつもりなのかしら?」

「しばらくの間、幻想郷を見て回ろうと思います」

 幽香の問いに対するなごみの回答は意外なものであった。大抵の外来人の場合、すぐに元の世界に戻ることを希望する者が多かったからだ。

 なごみにしてみれば、元の世界など煩わしいだけの場所である。特に急いで外の世界に戻る理由などなかった。

 これまでの外来人とは異なる雰囲気を持っているなごみに対して、次第に興味を抱き始める幽香。

「貴方、気に入ったわ。しばらくの間、ここで生活をしなさい」

 そんな言葉と共に殆ど興味本位で自身のなごみを家に招き入れることにする幽香。一体、この外来人はどこまで楽しませてくれるのか。

「わ、分かりました」

 幽香を了解の返事をするなごみ。目の前の幽香から感じられる強烈な圧力、そんな圧力の前には承諾するしか選択肢はなかった。こうして、椰子なごみの幻想郷での修行の日々が始まった。

 

 明くる日の朝、幽香の家に設置された厨房。そこには朝食を作っているなごみの姿があった。

 なごみが与えられた寝床から起床して廊下を歩いていると、そこには既に起床していた幽香の姿があり、急に朝食作りを命じられたのだ。居候の身であるため、なごみは幽香の指示に従って朝食を作っていた。

 作り終えた料理から順番に次々とテーブルの上に置いていくなごみ。白米のご飯、豆腐と葱の味噌汁、焼き魚、野菜サラダ、それが今日の朝食の献立であった。

「どうぞ」

 そう言って幽香に食事をするように促すなごみ。しかし、次に幽香が取った行動は意外なものであった。

「何よ、この料理?乱暴な食材の切り方、むらのある火の通し方、こんなものを私に食べさせる気なの?」

 なごみの料理を辛辣に批判する幽香。確かに幽香の指摘とおり、刻まれた野菜は所々に雑な部分が見られ、焼き魚には焼きむらが見られた。これはなごみが怒りの感情を抱いて調理したためによるものであった。

 しかし、幽香の行為はそれだけではなかった。なごみの作った朝食を食べることを拒否したどころか、荒々しく作った本人の方に突き返してみせる幽香。この光景を見た途端、なごみの中で何かが音を立てて切れる。

「食べ物を粗末にするんじゃねえ!」

 幽香の行動に怒りを露わにするなごみ。なごみは今、怒りの感情に支配され、理性を完全に失っていた。

 なごみ自身が得意としている料理、これは亡き父親から教わったものであった。そんな父親のことをなごみは深く愛していた。

 そして、父親を愛するが故、なごみは食べ物を粗末にする奴を許すことができなかったのだ。もっと言えば、自分の父親を冒涜された気がしたのだ。

「あら、貴方にそんなことが言える資格があるの?食材を粗末に扱ったのは貴方の方よ」

 なごみの激怒にも全く動じることなく、幽香は平然とした様子で言ってのけてみせる。

「くっ……」

 正論を武器にした幽香の言葉に何も言えなくなるなごみ。確かに幽香の言うとおり、最初に食材を雑に扱ったのはこちらの方に非がある。言い換えれば、料理の師であるなごみを冒涜したのは、他ならぬなごみ自身であると言えた。

「はぁ、全く仕方がないわね」

 溜め息を吐いた後、幽香はテーブルの椅子から立ち上がり、そのまま厨房の方に向かう。なごみに代わって朝食を作ろうというのだ。

 それからしばらくして、幽香の作った料理が次々とテーブルの上に並ぶ。テーブルの上に並んでいる料理、白米のご飯、豆腐と葱の味噌汁、焼き魚、野菜サラダの4品であり、これらはなごみが作った朝食の献立と同じものであった。

「ふざけているんですか?」

「あら、食べてみなければ分からないじゃない?」

 怒りの表情を垣間見せるなごみに対し、余裕たっぷりな態度で言い返す幽香。確かに幽香の言うとおり、実際に食べてみなければ分からない。

「いただきます」

 合掌した後、なごみは幽香の作った味噌汁を口に運ぶ。次の瞬間、芳醇な味わいが口の中で一杯に広がる。

「美味しい」

 殆ど反射的になごみはそんな言葉を口にしていた。同じ料理でも作り込みの差によって、ここまで味の差に出るものなのか。

「ふふん、どうかしら」

 勝ち誇ったような表情をしている幽香。なごみと幽香の共同生活は険悪な雰囲気が漂う朝食から始まるのであった。

 

 食事の後、所有地の畑で花の世話を始める幽香。当然のことながら、居候であるなごみもまた、幽香の仕事を手伝っていた。

 手慣れた様子で花を世話するなごみ。実家が花屋を営んでいるため、なごみ自身も花の世話を手伝うことがあったのだ。そして、実家と同じ要領でなごみが作業をしていた時であった。

「一体何をやっているの!?」

 突然、別の場所で作業している幽香の怒号が飛んでくる。予想外のことでなごみの手は止まってしまう。

「急に何を怒ってるんですか!」

「あのね。花だって生きているのよ?そんな世話の仕方じゃ花が可哀想じゃない」

 なごみの抗議の言葉に対し、そのように言い返す幽香。幽香から見れば、なごみの花の世話の仕方は機械的で愛情に欠けているように見えたのだ。

 幽香の動作を改めて観察する。丁寧で細やかな動作で花の世話をしていたのだ。そのような幽香の姿を目の当たりにして、言葉を失ってしまうなごみ。

「(凄いあんなに丁寧な世話を……)」

 内心で驚きながらも、思わず見入っているなごみ。なごみは今、幽香の違う一面を見たような気がした。

「ボーっとしていないで手を動かす!」

「は、はい!」

 幽香の厳しい注意の言葉に慌てて返事をするなごみ。今、椰子なごみの中で風見幽香に対する尊敬の感情が芽生え始めていた。

 

 なごみが幻想郷に迷い込んで以来、ひいては幽香との生活を開始して約1ヶ月程度の期間が経過していた。当初こそお互いに反発や喧嘩もあったが、なごみは次第に幻想郷での生活、ひいては風見幽香との共同生活に順応していくようになっていた。

「ご馳走様」

「お粗末様でした」

 いつもの朝、合掌して食事を終える幽香となごみ。今やなごみとってはいつもの光景と化していた。

 幽香からの課題の一環としてなごみが作っている食事。当初は味にこだわりのある幽香からの厳しい批評を受け、時には理不尽な作り直しを命じられることもあった。

 しかし、現在では完全とまではいかないが、味に五月蝿い幽香を納得させるまでの出来になっていた。

 穏やかな朝食を終えた後、幽香は食堂の椅子からゆっくり立ち上がり、どこかに出掛けようとする。

「私は人里に買い物に行ってくるわ。私がいない間、留守のことお願いね」

「分かりました。気をつけて行ってきてください」

 幽香の指示の言葉にはきはきした口調で返事をするなごみ。なごみは幽香の心情を汲み取るまでに至っていた。

 幽香の家の玄関口。なごみは人里に出かけた幽香を見送った後、自身もまた花畑に向かうのであった。

 

 幽香が人里に出かけている間、主に代わって花達の世話に励んでいるなごみ。その姿は以前と比べれば、まるで別人のようである。

「今日の調子はどう?」

 穏やかな表情を浮かべた上、花達に優しく語りかけた上、一生懸命になって世話をするなごみ。

 幻想郷に迷い込んで以来、いつしかなごみの毎日の日課と化している花の世話。最初、なごみは義務感から仕方がなく花の世話をしていた。

 だが、花に対して無上の愛情を持つ幽香の影響からか、いつしか、なごみは花の世話に楽しさを感じるようになっていた。

 そうした最中、邪な気配を察知するなごみ。元々、感受性の強いなごみであるが、その感覚は幻想郷に迷い込んで以来、より一層鋭敏なものとなっていた。

「誰!?」

 邪な気配がした方向に視線を向けるなごみ。すると、そこにはぶ火の玉のような姿をした化物が宙に浮かんでいた。

「貴方は一体?」

「俺は化け火、見てのとおり火の妖怪だ」

 自身を化け火と名乗った火の化物。それと同時に化け火からは明確な悪意が感じられた。一体何を企んでいるのだろうか。

「ここに何の用ですか?」

「決まっているだろ。この畑に咲いている花を焼いて、俺の力をより一層高めるのだ」

 表面上は丁寧語を使用しながらも、怒りを含んだなごみの問いに化け火は自慢げに語ってみせる。こうした口調からも化け火がいかに自信家であることかが分かる。

「そんなことはさせない」

 そう言って1歩前に出るなごみ。なごみは今、妖怪の化け火に1人で立ち向かおうとしていた。

「そんな華奢な身体で俺を倒せると思っているのか?」

 なごみの行為を嘲笑する化け火。人間風情が自分のことを止められるとでも思っているのか。

「それなら、これで私と勝負しなさい」

 そう言った後、なごみはポケットから1枚のカードを取り出すと、そのカードを化け火の前に突き出してみせる。

「スペルカードか……良いだろう」

 なごみの取り出したカードを見てそのように言う化け火。人間と妖怪が住まう幻想郷。そのような異郷において人間と妖怪の間で衝突が起ることは必然であった。

 人間と妖怪が衝突した際、それを解決する手段が幻想郷には存在する。スペルカードルールと呼ばれるものである。スペルカードルールは弾幕決闘とも呼ばれ、お互いが所有するスペルカードを駆使して弾幕戦を展開するというものである。

 そしてまた、なごみも幽香からスペルカードを渡され、ある程度の弾幕決闘の訓練を受けていた。

「それじゃあ、さっさと始めましょう」

「望むところだ」

 このように花畑を舞台として開始されるスペルカードを用いた椰子なごみと化け火との決闘。

「赤符・血のアラビアータ」

 先手必勝と言わんばかりに1枚目のスペルカードを発動させるなごみ。このスペルカードはなごみが幻想郷に訪れて以来、初めて完成させたスペルカードでもあった。

 すると、無数の赤い球体状の弾幕がなごみの周囲に出現する。そして、無数の赤い弾幕は不規則な描きながら化け火に向かっていく。

 だが、当の化け火自身は避けようとするどころか、防御する動作さえしようともしない。当然、なごみの弾幕は全て化け火に命中する。

「ははははっ」

 なごみの弾幕の直撃を受けながらも、化け火は無傷などころか、先程よりも勢力が増しているようにも見える。この光景になごみも違和感を抱く。

「何がおかしい?」

「お前、今の弾幕は火あるいは熱の属性を持っていただろ?そんな弾幕が火の妖怪であるこの俺に効くかよ」

 覇気と自信に満ちた口調で言い放つ化け火。化け火を包む火はさらなる勢いを増していた。

「くっ!」

 苦虫を噛み潰したような表情をするなごみ。自身の迂闊な攻撃が逆に相手の力を増大させることになってしまったからだ。

「白符・正義のカルボナーラ」

 続いて2枚目のスペルカードを発動させるなごみ。なごみの持っているスペルカードからは光が発せられる。

 次の瞬間、なごみの前には無数の白い円錐状の弾幕が出現する。まるで中世の騎士が用いた馬上用の槍のようであった。

 先程の弾幕とは異なり、今度は目にも止まらぬ速さで射出されるなごみの弾幕。射出された白い円錐状の弾幕、それは敵に向かって突撃を仕掛ける馬上騎士のようでもあった。

 今度は急いでなごみの弾幕を避けようとする化け火。この時、弾幕の一部が肥大化した化け火の身体を掠める。この時、化け火は全身が冷え込むような感覚に襲われる。

「ちっ!冷気の弾幕か!」

 なごみの弾幕の性質をすぐさま見破る化け火。この弾幕は冷気を凝縮することで構築しているのだ。

「焼符・灼熱の張り手」

 なごみのスペルカードに対応するため、スペルカードの発動を宣言する化け火。その途端、化け火を取り巻く火より、渦状の火炎が発生してなごみの弾幕を次々と飲み込んでいく。

 だが、なごみの弾幕から発せられる冷気は強烈であり、なごみの弾幕を飲み込むことには成功したものの、同時に化け火の火炎の渦もまた消滅してしまう。そう、両者の弾幕は互角の威力であるため、ともに相殺してしまったのだ。

「相殺された?ならこれで終わらせる!緑符・大地のジェノバベーゼ!!」

 2枚目のスペルカードを相殺されてしまったため、なごみはやむを得ず、3枚目のスペルカードを発動させる。それはなごみにとって、最後のスペルカード・ラストスペルであった。

 すると突然、地面から緑色の光の柱が伸びて化け火に襲い掛かってくる。その様子はまるで大地から生命の息吹を見せる植物の芽のようであった。

「しまった!」

 地面からの攻撃で不意を突かれたため、化け火はその場から逃げることも、防御することさえもできない。

「ぐわあああっ!!」

 痛々しい叫び声を上げる化け火。幸い直撃こそ免れたものの、化け火は全身が傷だらけの状態になっていた。

「やった!?」

「かなり効いたが、もう一押しが足りなかったようだな」

 様子を窺っているなごみに対し、今なお健在な様子を見せつける化け火。なごみのスペルカードは確かに成功したが、化け火の戦闘力を完全に奪うまでには至らなかったのだ。

「くそっ!」

 全てのスペルカードを使い切ってしまったなごみ。最早、なごみに化け火と戦う力は残されていなかった。

「さぁ、俺の勝ちだ。敗者は勝者に従ってもらおうか」

「ぐぐっ……」

 挑発的な化け火の言葉に反論することができないなごみ。自分はスペルカードによる弾幕決闘で負けたのだ。

「くくく……」

「……」

 嬉々とした表情でにじり寄る化け火に対し、険しい表情で後退りするなごみ。最早、打つ手はないのだろうか。そのように思われた時であった。

「あら、この花畑で何をしているの?」

 すると、聞き慣れた声が聞こえてくる。それと同時に緊迫した雰囲気が周囲に広がる。

 反射的に声がした方向を見るなごみと化け火。そこには人里での買い出しを終えて、花畑に戻ってきた幽香の姿があった。

「火の妖怪風情がこの花畑に何の用かしら?」

 そう言って満面の笑みを浮かべている幽香。だが、そんな笑みとは裏腹に幽香からはとてつもない殺気が発せられている。

「ひ、ひいぃっ!!」

 幽香を目の当たりにした途端、先程までとは打って変わり、悲鳴を上げる化け火。このままではこちらが殺される。化け火は本能でそのことを察知していた。

「ち、畜生!お、覚えてろよ!!」

 情けない捨て台詞を吐いた後、一目散に退散する化け火。こうして、帰ってきた幽香の介入により、なごみは難を逃れることができたのであった。

 

 妖怪の化け火を追い払った後の畑には、幽香となごみが残されていた。両者の間には気まずい空気が漂っている。

「全く未完成のスペルカードで弾幕決闘を挑むなんて無茶苦茶ね」

 無謀な行為に及んだなごみに辛辣な物言いをする幽香。がっくりと肩を落としてしまうなごみ。だが、そんななごみに構うことなく、幽香はさらに言葉を続ける。

「でも、花達を守るためにあんな無茶をしたのね。花達に代わってお礼を言うわ」

 そう言った後、なごみに優しく微笑んでみせる幽香。幽香にしてみれば、なごみが命賭けで花畑に咲く花達を守ってくれたことが嬉しかったのだ。

「あ、ありがとうございます」

 それまでの暗い表情から一転、驚きの表情に変わり、さらには恥ずかしそうな表情をするなごみ。今、なごみは幽香に自身の素直な感情を見せていた。

 今、なごみと幽香の間に穏やかな空気が流れている。そんな2人の目の前に空間の裂け目が出現、その中から道士服に身を包んだ上、頭には大きな赤いリボンのついた帽子を被った金髪の女性が現れる。

 なごみと幽香の目の前に現れた女性、一見すると、女性のように見えるが、紫の周囲からは只ならぬオーラが発せられていた。

「スキマ妖怪がここに一体何の用かしら?」

「そんなこと言わないでよ。私はちゃんとした用事があって来たの」

「ふん、どうかしらね」

 突然、姿を現した道士服の女性に不遜な態度で対応する幽香。どうやら、両者の関係は良好ではないようだ。

「あ、貴方は……?」

「私は八雲紫、この幻想郷を管理している者よ」

 自身のことを八雲紫と名乗った女性。なごみは目の前の女性が人間を越えた存在であることを直感的に察知していた。

「それでさっさと用件を言ってくれる?」

「そう邪険に扱わないの」

 今にも噛みつきそうな態度の幽香に対し、大胆不敵な笑みを浮かべている紫。さらに紫は言葉を続ける。

「それにしても、貴方達、変わったとは思わない?」

「え?」

「え?」

 紫の指摘を前にして、同時に驚きの声を上げるなごみと幽香。自身が変わった。なごみと幽香の2人にはそんな自覚などまるでなかったからだ。

「風見幽香、貴方は同族である花には多大な愛情を注いでいたけれど、それ以外の者に対しては徹底的な排除をしてきた。けれど今は違う。椰子なごみと触れ合うことで異なる存在にも愛情を向けることができるようになったわ」

「……」

 幽香をしっかりと見据えた上で紫は語る。幽香もまた紫の話を黙って聞いている。

「椰子なごみ、貴方は自分自身で外と内を分け、他者が内に入ってくるのを拒み続けてきた」

「うっ……」

 紫の指摘になごみは何も言えなくなる。今思い返してみれば、紫の言っているとおりだったからだ。

 同時に幽香となごみはお互いが似た者同士であったことに初めて気がついた。

「でも、幻想郷で幽香と出会って貴方は変わった。自身の心の壁を打ち破り、素直な態度を見せることができるようになってるわ」

 なごみから幽香の順に視線を移した後、満足そうな笑みを浮かべている紫。まるで娘達の成長を喜んでいる母親のようでもあった。

 そして、なごみ・幽香・紫の間に温かな沈黙が漂う。すると、紫はなごみに今回の訪問に関しての用件を切り出す。

「外来人の椰子なごみ、外の世界との境界が繋がったわ。これがどういうことか分かるわね?」

「……」

 紫からの通告を黙って聞いているなごみ。ついに来るべき時が来たのだ。一見すると、平静に見えるなごみであるが、なごみの中ではある不安が渦巻いていた。

「今の貴方なら大丈夫よ。貴方はこの幻想郷の地で修行してきた。今の貴方であれば、貴方のお母さんだって、お母さんの恋人だって、絶対に受け入れることができるわ」

「っ!!」

 淡々とした様子で語っている紫を前に言葉を失ってしまうなごみ。何でも全てお見通しの紫、幻想郷の管理者という肩書きは伊達ではない。

「だから、貴方は本来、いるべき場所に戻るのよ」

「はい」

 諭すような紫の言葉を前にして、素直に返事をするなごみ。既になごみは自身の世界に戻る覚悟を固めていた。

「待ちなさい」

 そんな時、なごみを呼び止める幽香。その言葉でなごみと紫の視線は幽香に注がれる。

「幽香さん」

「貴方に渡しておきたいものがあるわ」

 なごみにそう言った後、急いで自身の家に足を向ける幽香。それからしばらくして、幽香はなごみと紫のいる向日葵畑に戻ってくる。

「これを持って帰りなさい。私からの餞別よ」

 そんな言葉と共に幽香はある物をなごみに渡す。幽香からなごみに手渡された物、それは1着の衣類と1本の日傘であった。

 衣類は幽香の着用しているものと同じものであり、日傘は幽香が愛用しているものと同型であった。

「これは幽香さんの大切な物、とても受け取ることなんて」

 幽香からの贈り物を断ろうとするなごみ。こんな貴重なものを受け取る訳にはいかない。

 だが、それ以上に何よりも、なごみ自身がいかにも女の子らしい格好は似合わないと考えていたからだ。

「いい?女性は咲く花のように美しくしてなければ駄目。それは人間も妖怪も同じことよ」

 不必要な謙遜をするなごみを諭すように語ってみせる幽香。そこには強大な力を持った古参妖怪の姿はなかった。母性と慈愛に満ちた美しき花の妖怪の姿がそこにあった。

「ありがとうございます」

 幽香に諭されて考えを改めたなごみは幽霊からの餞別を受け取る。そんな2人の姿を穏やかな表情で見守っている紫。

「外の世界でもしっかりするのよ」

「はい!」

 いつもと変わらぬ表情でなごみを激励する幽香。一方、しっかりと受け止めるなごみ。そんな2人な姿はまるで一人前になった弟子と弟子を激励する師匠のようであった。

 名残惜しい幽香との別れの後、なごみは紫が展開したスキマの中に足を踏み入れる。そして、椰子なごみと言う人間は外の世界に戻っていくのであった。

 

 気がつくと、なごみの視界には見慣れた光景が広がっており、目の前には1軒の店の前に立っていた。

 今、なごみの目の前に建っている店舗、それはフラワーショップYASIと表記された花屋である。そう、この花屋はなごみの実家であったのだ。

 フラワーショップYASIはなごみの父親が創業したお店である。父親の亡き後、なごみは母親であるのどかを一緒にこのお店を支えてきた。

 そんなある日、母親ののどかは他の男性と再婚することを宣言したのだ。なごみは父親と母親に対する愛情の板挟みに陥り、再婚の事実を認められず、自身の殻の中に入り込み、他者に対して排他的になるようになったのだ。

 ふと、店頭に並んでいる花に視線をやるなごみ。花達がバケツの中で誇らしく咲いている。

 誇らしく咲いている花を見て、不思議な安堵感に包まれるなごみ。今の自分であれば、母親のことも、再婚相手の男性のことも、全て受け入れることができる。そんな気がしたのだ。

「ありがとう。幽香さん」

 心の中で今は遠い彼方にいる師・幽香に感謝するなごみ。そして、なごみは新しい道を進むため、自身の家に足を向けるのであった。

 

                                     了




ツンデレクイーンこと椰子なごみが幻想入りする話でした。
今回の話ですが、下記の動画を勝手にリスペクトしたものです。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm19122937
動画を投稿されたkaoruさんは絵師と活躍されており、ニコニコ動画でも楽しい動画を投稿されています。
ゆうかりんの立ち絵とツンデレクイーンの立ち絵を見た時、両者が似ていると感じたため、今回の作品を創作させていただきました。

ちなみになごみのスペルカードですが、イタリアの国旗とパスタに由来しています。
何故にイタリアの国旗とパスタなのか……それはなごみの中の人繋がりだったりします。

最後に素敵な動画を投稿されたkaoruさん、読者の皆様、本当にありがとうございます。


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