ギガントバイツ (ザイグ)
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クジラになりました

まず初めに俺は転生者だ。何故死んだかは覚えていない。だが、ただの学生でしなかった俺が二度目の人生を手に入れた。しかも大手企業社長の息子だ。

人生勝ち組。前世の分まで楽しむぞと意気込んだ。実際いまも個人所有のクルーザーで優雅にホエールウォッチングを満喫していた。

だが、海面に映る自分の顔を見てふと気づいた。

 

短い黒髪、タレ目気味の黒目、人を見下した人相……こいつって。

 

「どうしました、伊佐奈(・・・)さま?」

 

使用人の言葉に「なんでもない」と返す。

 

そう俺の名前は尊伊佐奈(そんいさな)

 

漫画「逢魔ヶ刻動物園」のキャラクター、あの呪いによってクジラの姿に変えられた丑三ッ時水族館の外道館長と同じ顔、名前を持つ人間だ。

 

 

━━あっぶねえぇぇぇぇぇぇっ! え、ここって逢魔ヶ刻動物園の世界なのか!?

 

 

原作で『伊佐奈』はクジラを撃ち殺して、化け物クジラに呪われていたが、この状況はまさにその場面だ。これ、撃ち殺したら俺も呪われてたのか。

いや、『伊佐奈』ほどなんでもかんでも見下してないし、クジラがかわいそうだからそんなことしないけど。

流石にクジラ顔になるのは勘弁だ。危険回避できたと安心したその瞬間……。

 

「坊ちゃん、大変です! クジラが突っ込んできました!!」

 

「………はぁっ!!?」

 

使用人が指差し先には目前に迫るクジラがいた。……いや、何もしてないよね? 恨まれる覚えがないよ?

瞬間、轟音とともに俺は海に投げ出された。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「知らない天井だ」

 

次に目が覚めたのはどこかの病室だった。ついお約束の言葉を吐いてしまう。

 

「目が覚めたかね、伊佐奈くん」

 

俺が寝かされているベッドの傍に眼鏡をかけた男が立っていた。この男、どこかで見た様な……逢魔ヶ刻動物園のキャラクターにこんな人いたっけ?

 

「……貴方は?」

 

「「牙闘(キリングバイツ)」管理局長、祠堂零一。単刀直入に言おう。瀕死だった君は獣化手術しか助ける手がなかった。━━君は獣人になったんだ」

 

……ああ、この世界って逢魔ヶ刻動物園じゃなくて、キリングバイツの世界だったらしい。

 

祠堂さんの説明はろくに頭に入ってこなかった。完全に聞き流していたけどこれだけはわかる。俺が獣化する動物なんて一つしかない。

 

どうやら俺はどんな世界でもクジラになる運命からは逃れられないらしい。いや、獣人が殺し合うキリングバイツの世界で、獣人になってる時点でこっちの方が酷いか。

 

こうなったらヤケだ。俺は伊佐奈だ。だったら、あの恐怖の支配者『伊佐奈』をリスペクトしてやる。

とりあえず『伊佐奈』を真似て水族館でも経営しようと思ったが、これがうまくいかない。父親の会社は石田財閥と呼ばれる四大財閥の傘下であり、その石田財閥は現在、崖っぷちに立たされているせいで水族館なんて建てる余裕がない。

石田財閥は日本経済を支配する四大財閥の一つだが、石田財閥は四大財閥の中で最も資金力が乏しい。財界での発言権を賭けて獣闘士を戦わせる代理戦争「牙闘」で負け続けているからだ。

資金がないから雑獣(ザコ)しか雇えずに「牙闘」に負ける。勝てないと発言権が得られず、資金を増やせない。資金がないから雑獣しか雇えいの繰り返し。悪循環だ。

だから、「牙闘」管理局と手を組むことにした。石田財閥が盛り返すには、獣人に関する研究施設・医療施設の全てを管理する祠堂さん達の助けが必要だった。

祠堂さんの目的は知らないが現財閥トップの三門を蹴落としたいという利害が一致しているので、協力に漕ぎ着けた。そして裏で造反計画を進めること2年。計画始動の要となる彼女(・・)のデビュー戦が始まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

とある会場、そこではリアルタイムで中継されていた「牙闘」の決着の瞬間が映し出されていた。

 

対戦は百戦錬磨の「獅子(レオ)」VS新人の「蜜獾(ラーテル)」。

 

賭け率(オッズ)は99対1で「獅子」の圧勝が予想されたが大番狂わせ。勝者は「蜜獾」。

 

……あれが宇崎瞳さん。祠堂さんの最高傑作か……そしてこの世界の中心人物……原作がスタートしたんだ。

 

いよいよ物語が始まる。まずは宇崎さんを石田財閥に雇う。その後は「牙闘獣獄刹(キリングバイツデストロイヤル)だ。

一対一ではなく、複数の獣闘士が入り乱れる殲滅戦。一人が突出して強くとも、複数の獣闘士に襲われれば勝てる保証はない。勝利するためには強豪獣闘士を揃える必要がある上、仲間との連携も重要だ。

 

原作では石田財閥は勝つために宇崎さんを臨時で雇ったが、それでも「獣獄刹」に勝てたのは運が良かっただけだ。

原作と現実は違う。実際、本来は尊夫妻に存在しなかった息子(おれ)という原作乖離があるんだ。どんな予想外なことが起こるかわからない。勝つためには万全を期すべきだ。

 

原作では、石田財閥の参加メンバーは宇崎さん以外は「(ラビ)」の稲葉初さんと「河馬(ヒポポタマス)」の岡島市之助さんだった。稲葉さんは戦闘力ゼロ。岡島さんも強豪獣闘士には劣る。やはり、勝つには宇崎さんだけではダメだ。強力な獣闘士を集める必要がある。

 

参加メンバーは、宇崎さんと俺、そして━━

 

「……コウモリ。おまえも「獣獄刹」に出ろ。少しは俺の役に立て」

 

「それは構わないけど、私の名前はコウモリじゃないわ。それくらい覚えてよね、ボス♡」

 

俺をボスと呼ぶ彼女は黒夜愛さん。元泥棒という異色の経歴を持つ彼女は、あの三門財閥をターゲットにして盗みに失敗。追われる身になっていたのを部下になることを条件に匿った。現在は俺の秘書として働いている。

このように俺は秘密裏に人材を集めている。なんでもかんでも一人でやるには限界があるから、個人的に動かせる部下は絶対に必要だ。水族館経営を目指す身としては魚類獣人(アクティア)が部下に欲しいが、獣人が爆発的に増えた2年後でも希少種とされる魚類獣人は、現時点で存在しないので諦めた。

ちなみに彼女をコウモリと呼んでいるのは、『伊佐奈』が動物たちを名前で呼ばずに種族名で呼んでいたので、俺も獣化する動物で呼んでいるだけで特に意味はない。

 

黒夜さんを入れて三人。これが「獣獄刹」に参加する石田財閥のメンバーだ。大幅な戦力アップによって勝率は高まった。だが、他の財閥も強豪揃い。油断はできない。入念な準備をしなければいけない。まずは宇崎さんの勧誘に行こう。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

なんでこんなことに!?

 

僕、野本裕也は不幸の連続だった。昔のアルバイト仲間に共犯者にされそうになる。「牙闘」という獣人の殺し合いに巻き込まれ、殺されかける。ヒトミさんにはアパートに居座られ、おまけにパシリ扱い。その上、現在進行形で獣人に襲われていた。

 

全身武器。鋼鉄さえボロボロにする針を斉射する獣闘士「山嵐(ラヴディ)

そんな針を徹さないラーテルの頑丈な甲皮を持つヒトミさん。

訳がわからない常識外の戦い。ただ言えるのは僕では巻き込まれるだけで即死してしまうということだけだ。だが、その時。

 

 

━━鯨撲(げいぼく)

 

 

巨大なナニカが「山嵐」を吹き飛ばした。

 

……な、何いまの? 凄く大きな尾ひれだったような?

 

「あんな獣闘士に手こずるのか……まぁ、使えれば何でもいい」

 

巨大なナニカは暗闇に隠れた人影に戻り、その人に収まっていく。そして人影は歩み寄り、街灯の光で姿を見せる。現れたのは二人の男女。

 

「小娘、石田の陣営に入れ。死にたくなゃ命を削れ」

 

ヒトミさんに見下した視線を向けるスーツの上にコートを羽織る青年。その男に付き従う微笑みを絶やさない美女。

 

「ああ? いきなり何言ってんだ。殺すぞ」

 

「口が悪いな。俺のために働け」

 

「うるせぇ! 私に命令するな!!」

 

ヒトミさんが男に襲いかかる。だが、男に辿り着く前にキーンという音が響いた。瞬間、ヒトミさんが倒れた。……な、何が起きた!? いまの音、何!

 

「か、身体が……がぁっ」

 

「見た目通りの肉食系だな。だが、会話をしよう。俺たちは喋れるんだから」

 

男は正論を吐きながら、ヒトミさんの頭を踏みつけた。言ってることとやってる事が矛盾してませんか!?

 

「暴れられても困る。おとなしく話せないもんかなあ」

 

「誰、が……お前、なんかに……!」

 

ヒトミさんは反抗しようとするが身体が動かないらしく、男に踏まれたままだ。このままだとヒトミさんが危ない。なんとか、なんとかしなちゃ!

気づけば僕は叫んでいた。

 

「あの……こんなところじゃなんですし、僕のアパートで話しませんか!?」

 

僕の口から出てたのは情けない言葉だった。カッコよく助けるなんて、怖くて無理です。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

宇崎さんを勧誘に来た俺は、野本さんの提案を承諾して彼のアパートに来ていた。黒夜さんに怪我をした野本さんの治療を任せて俺は宇崎さんと交渉を続ける。

 

「で、お前誰?」

 

「石田財閥の尊伊佐奈だ」

 

「私は黒夜愛。同じ石田財閥所属よ」

 

宇崎さんの不機嫌そうな問いに俺たちは答える。

宇崎さんの俺に対する第一印象は最悪だろう。

「世界一怖いもの知らずの動物」としてギネスブックに認定されるほどの横暴さを誇るラーテルの因子を色濃く持つ彼女にとって、高圧的で頭を踏みつけた俺は気に食わない相手だろう。

頭を踏みつけるつもりはなかったけど、『伊佐奈』を演じ続けてたせでついつい手が出やすくなってしまった。いや、今回は足か。

 

「話をしたいと言ってるんだ。「獣獄刹」に出て……」

 

「そんなの出ねぇし、どこにも属さねぇ」

 

「お前にとっても悪い話じゃない。おとなしく聞いてくれ」

 

「てめぇ誰に向かって言ってんだ。闘んのか、ああ?」

 

「……つくづく会話ができねえんだな」

 

取り付く間もないとはこのことだ。更にどんどん彼女の機嫌が悪くなり、このままでは協力は得られないどころか、殺し合いが始まりそうになった時、そこへ黒夜さんが割って入ってくれた。

 

「はいはい。このままじゃ話が纏まらないわ。ここは私に任せてボス」

 

「……いいだろう」

 

「ヒトミちゃん、少し話を聞いてくれないかしら?」

 

「やだ。あの野郎の仲間なんかと話すことはねぇ」

 

「ボスがごめんなさいね。あの人、口が悪いから。……でも、そのボスが祠堂局長のお仲間だって言ったら、話を聞いてくれる?」

 

「えっ、祠堂さん!?」

 

黒夜さんは人の懐に入るのがうまい。あの傲慢な宇崎さんの関心を引いてる。それからとんとん拍子に話は進み、祠堂さんの命令ならばと宇崎さんは石田財閥に臨時で所属することを承諾。彼女を引き入れることができた俺たちは帰った。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「獣獄刹」当日。豪華客船では試合前のパーティーが行われていた。

どれだけ金をかけたと言いたくなる豪華なパーティーだ。

金に糸目をつけず、強豪獣闘士でガチガチに固めた三門。

 

負けじと人材をかき集めるが一歩遅れ二番手に甘んじる八菱。

 

はぐれ者を使って姑息に漁夫の利を狙う角供。

 

そして四大財閥で最も資金力に乏しく雑獣しか雇えない石田。

 

財閥間の力関係がハッキリ分かる。それも今日までだ。俺たちの造反計画が成功すれば勢力図は一気にひっくり返る。その為にも「獣獄刹」に勝たなければならない。

 

「やあ、はじめまして伊佐奈君。親子で揃って参加とは大変だね。健闘を祈るよ」

 

「ああ……わざわざありがとうございます。あの有名な「獅子」に応援して貰えるなんて」

 

話しかけてきたのは宇崎さんと戦った獣闘士「獅子」の谷優牛さん。公式では初対面だが、彼も造反計画の協力者で、何度か顔を合わせている。

ちなみに公の場では流石に傲慢な態度はとってない。『伊佐奈』もスポンサー相手には愛想笑いをしていた。

 

「何、家族総出で悲願を果たそうとしている君たちと話してみたくなっただけさ。今回、僕の出番はなく、話す機会は会場だけだから」

 

「それは正直、石田としては有難い。貴方が参戦すれば勝ち目なんてない」

 

宇崎さんとの戦闘による負傷を理由に不参加と言ってるけど実際はどうなんだろう?

元々、「獣獄刹」に出ない確約をしていたから、傷は言い訳だと思う。

そもそも宇崎さんとの試合も本気だったかも疑わしい。原作で宇崎さんを追い詰めた「(ティガ)」に勝利した「獅子」があんなにあっさり負けるか?

 

「欠場だと? 逃げたな、「獅子」。俺と闘るのがそんなに怖いか」

 

「……これはまた大物だ」

 

噂をすればなんとやら。谷さんの発言を聞いて割り込んできたのは八菱所属の獣闘士、中西大河さんだ。前回大会の優勝者にして優勝候補筆頭。勝つための障害になるのは間違いない。

 

「あ、石田の代表? ヒトミに説明ぐらいしなさいよ。あの子、何も知らなかったのよ」

 

「エルザさんでしね、すみません。ドタバタしていたものですから」

 

大河さんと一緒に来た妹の中西獲座さんに文句を言われた。勝手に宇崎さんに接触したのはエルザさんで、説明を押し付けたのは三門の連中だから俺に言われても困る。

 

「まぁ、いいわ。次から気をつけてね、おじさん(・・・・)

 

よし、この小娘はぶっ潰す。誰がおじさんだ! 俺はまだ二十歳だ!!

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

さて、ここで「獣獄刹」のルールを説明しておこう。

各財閥を代表する獣闘士三名。計十二名によるバトルロワイアル。

舞台は無人島をゲーム盤に見立て、獣闘士を「駒」にして「プレイヤー」が動かす。プレイヤーの従わない場合、首輪の爆弾が爆発して獣闘士は死亡(リタイヤ)する。

同じマス目に敵がいれば戦闘開始。最後まで生き残った獣闘士がいる財閥が勝利だ。

 

「頼む、伊佐奈! 勝ってくれ! 石田会長に勝利を厳命されているんだ!! 勝たないと私たちの未来は……!!」

 

現実逃避はやめよう。いま目の前ですがり付いているバーコード頭が特徴的なおじさんは、俺の父親、尊正義。これでも大手企業、ソンバンクの代表取締役だ。実の息子にすがり付いている姿に威厳はないけど。

ちなみに俺のプレイヤーは母親の尊聖羅だ。財閥代表が父さん。プレイヤーが母さん。駒が息子。まさに家族が一致団結して挑む訳だ。

とりあえず、父さんを引き剥がす。スーツに鼻水がついてしまいそうだ。

そして安心させるために優しく声をかける━━なんて『伊佐奈』はしない。容赦なく頭を踏みつける。

ぐえっ、とカエルのような声を出す父さんに上から目線で告げる。

 

「黙れよ、クソ親父。勝つのは俺だ。おまえは授賞式のスピーチでも考えてろ」

 

「何言ってんだ。牙の鋭い方が勝つ。それが「牙闘」だ。だから、勝つのは私だ」

 

「おまえも黙ってろ、小娘」

 

「おまえが黙れ、タレ目」

 

この後、また始まった罵倒合戦は、黒夜さんが止めるまで続いた。

 

 

 

 



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獣獄刹開始。「河馬」と同じ立ち位置。

無人島に上陸した俺は首輪の指示通りに動き、密林ゾーンに来ていた。

 

(俺のプレイヤーが母さんなんだから、原作の岡島さんと同じ流れになると考えてたけどビンゴだ。……このマスには俺以外に獣闘士が三人。あっ、背後から一人急接近してきた)

 

人工的な光が一切ない真夜中。その上視界も悪い密林でありながら、死角からの襲撃者を俺は正確に把握していた。やっぱり、「反響定位」って便利だな。

 

反響定位(エコーロケーション)」。クジラの仲間の一部は音波によって、定位を行う。頭部の「メロウ器官」と呼ばれる部位でコントロールされた音波を打ち出し、跳ね返ってきた音波によって、ソナーの様に前方の様子を知る事が出来る。それによって遥か数キロ離れた対象物の距離、姿形はもちろん、材質や内容物まで見分ける事が可能なのである。

 

背後から不意打ちを仕掛けた獣闘士の攻撃に合わせて、背中の皮膚を部分獣化することで容易く防いでみせる。

 

「! 硬い……何の獣闘士かは知らんが、背面部位を部分獣化していたか」

 

「そっちから来てくれるとは探す手間が省けた。しかし、人を攻撃して謝罪もないのは感心しないな」

 

現れたのは獣闘士「(ティガ)」、中西大河。既に獣化しており、半人半虎と呼べる姿になっている。

 

トラは世界最大の猫科猛獣である。最大種は体長3m、体重300kgに達する巨躯でありながら、瞬発力と柔軟性を兼ね備え、特に密林においては無敵の強さを誇る。

 

立地的に「虎」が有利。俺は狭い場所では本来の力を発揮できない。状況は圧倒的に不利。だが、これは1対1の対戦ではない。

 

「やたらこのマスに駒が集められてると思えば、随分と怖がれてるみたいだね、「虎」」

 

三門の獣闘士「巨猩羅(ゴリラ)」、矢部正太。

 

「三門・石田・角供が組んで八菱を潰す共闘作戦。別に俺一人で十分だかな」

 

角供の獣闘士「(クロコダイル)、椎名竜次。

 

プレイヤーの思惑が一致し、最も脅威となる「虎」を倒すために三つの財閥が手を組み、3対1で潰す作戦のようだ。

だが、「鰐」が一人だけで闘うと言い出し、獣化して頭部がワニそのものになり、「虎」に襲いかかる。

「鰐」と「虎」が戦い、俺と「巨猩羅」は静観する形になった。

 

原作だと「虎」が乱入した「巨猩羅」もろとも「鰐」を瞬殺し、そのあと角供の罠で「虎」が絶体絶命になり、「鰐」を道連れにしようとする。そこを「河馬」が助けるって流れだった。

 

でも、この場いるのは俺。助ける気はない。むしろ難敵である「虎」と「鰐」が共倒れしてくれるなら、ありがたい。

そうなると問題はその後だ。瞬殺されたと思われた「巨猩羅」が実は生きていて、三門最凶の獣闘士と合流してしまう。強豪揃いの三門と一対一でも嫌なのに、一対二になるなんて厳し過ぎる。なら、俺の最善手は……。

 

「……おい、ゴリラ」

 

「うん。何だい?」

 

「ちょいとくたばれ」

 

俺は獣化し、背中から尾ひれが付いた自身の何倍も巨大な尻尾を出現させる。

ちなみに俺のスーツは背中がジッパーになっていて、尾びれを出す時、開いて服が破れないようになっている。獣化する度に服が破けていたら勿体ない。

 

石田の獣闘士「鯨(ホエール)」、尊伊佐奈。

 

「クジラ……!?」

 

「潰れろ!」

 

 

━━鯨撲!

 

 

驚愕する「巨猩羅」に振るわれる巨大な尾ひれ。「巨猩羅」は獣化して両腕を巨大な豪腕に変化させ、その腕力を利用して回避する。代わりとばかりに周囲の木々が薙ぎ倒された。

 

クジラは魚類に似た形に進化した水棲哺乳類である。イルカなどの一部を除き、大半の種が全長10メートルを超える超巨大動物。

尾ひれのみで巨躯の泳力を生み出す筋力は凄まじく、威力は自然界最強。体重10tのシャチを十数メートルも吹き飛ばした事例もある。

 

「……あのさ、僕らの目標は「虎」のはずだけど?」

 

「お前たちと馴れ合う必要がないな」

 

「あ、そう。なら、君から殺してあげるよ!」

 

「巨猩羅」が巨大な豪腕によるパンチを放つ。だが、俺は真正面から防ぐ。「虎」の爪撃さえ徹さない皮膚は攻撃を受け付けない。

 

「な……!?」

 

ゴリラは温厚な動物だが、握力は500kg超、パンチ力は1t超。即ち、腕力に限れば自然界最強である。

 

そのパンチを受けてビクともしない俺に「巨猩羅」は驚愕する。実際は尾びれがデカ過ぎて身動きとれないから、受け止めるしかないという事情もある。

 

「だったら、更なる力で潰してやる! この僕を散々馬鹿にしてきた連中と同じ様に!!」

 

━━巨猩羅槌(ゴリラハンマー)!!

 

「更なる力……俺に力で勝てると思うな。おこがましい!」

 

━━鯨撲!!

 

「巨猩羅」の両手による振り下ろしに俺は尾ひれの打ち上げで対抗した。単純に考えれば落下速度と自身の加重を味方にした敵の方が有利。だが、世界最大哺乳類であるクジラのパワーはその程度のハンデをものともしない。

 

「━━ッ!?」

 

「巨猩羅」が力負けして空高くに叩き上げられた。10メートル以上の高度まで上昇し、重力に従って落下した「巨猩羅」は地面に激突。その身体はまるでトラックに跳ねられたように原型を留めていなかった。

 

「これで一匹。後は……」

 

俺が振り返れば、倒れた「鰐」の前に佇む爪を血に染めた「虎」が立っていた。その姿には傷一つなく、圧勝だったことが伺える。

 

まぁ、それくらいは予想していた。トラは密林が、ワニは川が主戦場。樹木が茂り、足場の悪い地で虎に見つかれば奇襲を防ぐことも、動きを捉えることも不可能。気が付いた時には急所を斬り裂かれ、屍となって地に伏すのみ。

そんな猛獣といまから戦わなければならない。……はぁ、怖い。睨み付けてきて怖い。せめて俺に有利な立地が良かった。

 

「フン。雑獣を始末する手間が省けたか。だが、一匹も二匹も同じこと。地獄を見せてやる」

 

「……獣どもが手傷の一つも負わせれねえから、こういうバカが湧いてくるんだな」

 

一つのマスに集まった獣闘士四人の内、半分が脱落。生き残りをかけて「鯨」と「虎」がぶつかろうとしたその時。ピーッ、と「虎」の首輪からアラームが響いた。

 

『駒の移動が確認されました。3分以内に南方向のマスに進んで下さい』

 

「虎」のプレイヤーが駒を動かした。その一瞬の隙を見逃さずに、倒れていた「鰐」が「虎」の足に噛み付いた。

 

「バカな。さっきの一撃は確実に致命傷だったはず……」

 

「こんな擦り傷でくたばる程、俺の身体は柔じゃねえんだよ!」

 

多少の傷ではワニは死なない。何故なら、彼らは凶悪な雑菌の蔓延る泥濘の中、戦い傷付くことを日常としている。そのために哺乳類とは比較にならない程の強力な免疫機構を持ち、破傷風などの感染症に侵される可能性は皆無。この事実が示すのは、2億年以上もの間、ほぼ形態を変えることなく生存競争を勝ち抜いてきたワニの筋金入りの耐久性(タフネス)である。

 

……「虎」のプレイヤーが駒を動かしたということは原作通り、角供の獣闘士「壺舞螺(コブラ)」と「守宮(ゲッコー)」がエルザさんを襲っているのか。そして「鰐」が「虎」を拘束して首輪による爆死を狙うのが角供の作戦だったな。

 

「ワニの咬合力は地上最強。一度食らいつけば二度と放さない。このまま首輪の爆発で本物の地獄に行け!」

 

「地獄には━━貴様も同伴だ」

 

「虎」は逃げようともがくどころか逆に絡み付き、爆死覚悟で相討ちを狙ってきた。

 

「この程度のことで俺がてめぇを放すとでも?」

 

「放す必要が何処にある。ここで命惜しさに俺を解放したならば貴様はもはや獣ではない。この俺を倒したくば一匹の獣となれ」

 

このままいけば「虎」と「鰐」は共倒れ。そうなれば石田が有利。何もせずにいるのが一番だ。ただ……。

 

『伊佐奈。獣闘士たる者、何より命大事と知らない』

 

唐突に母さんの言葉を思い出した。……大河さん、感謝してくださいよ。

 

 

━━鯨撲!!

 

 

俺は「虎」と「鰐」を薙ぎ払った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

━━あー、やっちゃった。

 

「虎」と「鰐」が共倒れする絶好のチャンスを不意にしてしまった。拘束から逃れた「虎」は既に離脱。爆発音が聞こえないから間に合ったのだろう。で、問題は……。

 

「随分と舐めたマネしてくれるじゃねえか。覚悟はできてんだろうな、クジラ野郎」

 

作戦を台無しにされて、ブチ切れている「鰐」だった。

それにしても頑丈だな。「虎」を逃すために手加減したとはいえ「鯨撲」を受けて平気とは。

その上、「虎」につけられた傷も治りかけてる。やっぱり、ワニの回復力はすごいな。

 

ワニの血液には、エイズウイルスをも無効化するという強力な免疫機構が備わっており、その治癒力は汚泥の中で噛み傷を負っても、完治するほどの凄まじさで知られている。

 

「とりあえず、お前は死んどけ」

 

━━鰐鎚(デスメイス)!!

 

完全獣化によって二足歩行するワニとしか言えない姿になった「鰐」の尻尾の一撃。

 

ワニの尾は巨大な殴打武器である。それ自体が巨大な筋肉の塊であり、尾の力のみで時速30㎞もの速度で泳ぎ、垂直に飛び上がる事が可能。

表面は強靭な皮革質で覆われ、「皮骨」と呼ばれるスパイクが並び、その威容は中世の鎚矛(メイス)を彷彿とさせる。

 

しかし、その「鰐鎚」は片腕で受け止められた。「巨猩羅」の1tに達するパンチが効かないほど硬い皮膚を持つ俺にこの程度の打撃は通じわない。

 

「ケッ、打撃が効かねえなら、頭から食らってやるぜ!」

 

━━鰐噛(デスバイツ)!!

 

地上最強の咬合力による噛み付き。これは流石にただでは済まないと思ったので、抵抗する。

 

━━鯨響(げいきょう)

 

キーンという音が響き、「鰐」の身体が硬直。そのまま地面に倒れれた。

 

「な、なんだこれは……!?」

 

マッコウクジラは、他のイルカやシャチの様に「反響定位」を行うだけでなく、音波そのものをブチ当てて獲物を気絶させる程の音量(・・)を出す。

 

完全獣化していない状態では出せる音量が弱く、気絶させることはできなかったが、「鰐」の身体の自由を奪うには十分な威力だ。無防備な敵を見逃すはずもなく俺は尾ひれを振り上げた。

 

━━鯨撲!!

 

その破壊力は「鰐」の耐久力さえ打ち破り、彼を絶命させた。

例えるならば、道端でぺちゃんこになったトカゲに似た有様になっていた。

 

……勝った。とりあえずは戦況を把握するために黒夜さんと連絡を取ろう。

 

“おい。コウモリ、報告を入れろ”

 

“あら、ボス。どうしたの、お姉さんが恋しくなった?”

 

クジラは「反響定位」を探索だけでなくコミニケーションにも利用し、高度な会話することができる。

一説には、クジラは1000㎞離れた仲間とさえ交信が可能と言われている。

 

俺と黒夜さんがどちらも反響定位を使える獣人であることを応用し、生身だけで携帯電話のように通話することを可能した。

 

“状況は?”

 

“あら、無視? 寂しいわ。……予定通り、私は「蜜獾」を監視中よ”

 

黒夜さんは仲間で唯一連絡手段のない宇崎さんに付いてもらっている。非常事態などが起こればすぐに知れるためだ。

黒夜さんの報告によれば、宇崎さんは三門の獣闘士「(ベア)」、ジェロム本郷を撃破。その後、角供の獣闘士に襲われていたエルザさんを助けに移動、エルザさんと共闘して「壺舞螺」を撃破。残った「守宮」は逃亡。

そして宇崎さんとエルザさんは百合の花を咲かせていると………は?

 

“最後のはなんだ?”

 

“八菱の獣闘士の仕業ね。催淫フェロモンで発情させる能力かしら”

 

ああ、いたな。確か……「麝香猫(チベット)」だっけ? 原作では稲葉さんにも負けるくらい弱かったから、忘れてた。

 

“それは雑獣だ、ほっとけ。作戦通り、おまえは姿を見せるな”

 

“了解したわ。ボスはどうするの?”

 

“俺は━━ゴミを片付ける」

 

後半のセリフを口に出しながら、俺は振り返る。そこには新たな敵が来ていた。

 

「き、樹が……か、かわいそう……」

 

現れたのはスキンヘッドの大男。三門最後の獣闘士「穿山甲(パンゴリン)」、城戸剛。

 

「穿山甲」は俺ではなく周囲の薙ぎ倒れた木々を見ていた。自然崇拝主義(ナチュラリスト)である彼にとって、自然を壊す者は全て殺害対象。幼少期の虐待から植物を母親と同一視する様になった、この精神異常者は自然を守る為ならば味方さえ殺してしまう。……そんな奴の禁忌を既に犯した俺に、容赦はしないだろう。

だったら、先手必勝!

 

「潰れろ!!」

 

フルパワーの「鯨撲」。「穿山甲」に振り下ろされた尾ひれが爆撃のような衝撃を生む。

だが、効かない。敵は既に完全獣化していた。硬く刃物ように鋭い鱗を全身に纏った「穿山甲」は攻撃の一切を受け付けない。

 

センザンコウ。アルマジロに似ているが全くの別種。アルマジロの甲皮が防御にのみ用いられるのに対し、センザンコウの鱗は刃物のように鋭く、しばしば攻撃にも用いられる。いわば全身に武器を纏った状態であり、結果として怪獣の如き威容を得た戦闘型哺乳動物である。

 

━━甲撃(アタック)

 

「穿山甲」の反撃。最も大きく鋭利な「鱗」に覆われた尾での一撃が迫る。それを俺は腕を掲げて防御しようとして━━斬り裂かれた。

 

「……!」

 

「巨猩羅」のパンチも、「鰐」の尾撃も防いでみせた装甲が斬られ、血が流れる。「穿山甲」の攻撃力は俺の防御力を完全に凌駕していた。

 

このまま(・・・・)じゃ……ダメだ」

 

痛みを堪えながら俺は呟く。「鯨撲」じゃあの硬い鱗は破れない。俺の装甲もあの鋭い鱗を防げない。なら、こっちも本気になるしない。

『伊佐奈』をリスペクトする俺は、クジラの姿を嫌う彼を真似て滅多に完全獣化しないが、そんなことは言ってられない。

 

俺は尾ひれだけを出現させていた状態から完全獣化する。頭部が長く丸みを帯びたマッコウクジラそのものに巨大化。比例するように身体も膨張し、巨大な獣人に変化していく。

2メートル近い巨体を誇る「穿山甲」さえ小さく見える巨獣が出現した。

 

「さぁ、終わりにしよう……この姿は嫌いなんだ」

 

 



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巨獣降臨。でも、獣巨人ではない。

マッコウクジラ。ハクジラ亜目マッコウクジラ科の最大種であり、歯を持つ世界最大の動物である。

全長18メートル、体重50トンに達する陸上動物とは比較にならない巨躯と、哺乳類随一の潜水能力を持ち、最大3000mもの深海まで潜ることが可能。

ほとんどのクジラが滑らかな皮膚をしているのに対し、マッコウクジラの皮膚はデコボコして非常に硬く、巨躯ゆえに分厚い。その硬さは捕鯨船を体当たりで沈没させた実例があるほど。

 

「くたばれ!」

 

俺が巨大な頭部を振り上げ、振り下ろそうとする。すると危険を感じ取ったのか、「穿山甲(パンゴリン)」が身体を丸め、完全なる防御体勢に入った。

 

守勢に回ったセンザンコウは無敵。腹部を覆い隠すように丸くなることで鱗による防御は一切の死角を失い、その強度は銃弾やハンマーも受け付けない。捕食者の頂点に立つライオンですらも、あまりの硬さになす術なく諦めるという。即ち、この鉄壁の防御を突破する術は自然界には存在しないのである━━否!

 

「耐えてみろよ、雑獣が!!」

 

━━鯨撃(げいげき)!!

 

巨獣の圧倒的質量の前には無力。

超重量級の頭突きが炸裂。あまりの質量に「穿山甲」の身体が地面に沈み、鱗が耐え切れずにヒビ割れ、剥がれ落ちた。あの鎧のような鱗がまるで意味を為さない。いや、むしろ「鯨撃」の直撃を受けて原型を保てる、硬さを褒めるべきかもしれない。

 

マッコウクジラの頭部には「脳油」がある。この油は温度変化で液体と固体に変わり、潜水時は「脳油」を凝固させて重くし、浮上時は「脳油」を液化して軽くする。これによってマッコウクジラは潜水・浮上をほぼ垂直かつ急速に行うことが可能である。

 

「脳油」を固めることで強化された頭突きの威力は絶大。「穿山甲」の鎧を破壊してみせた。止めを刺すべく、俺はもう一度「鯨撃」を叩き込む。

その時、俺は気付い自然(ママ)ていなかった。「穿山甲」が俺ではなく、「鯨撃」の余波で薙ぎ倒された木々を見ていたことに。

 

「……!?」

 

頭部の痛みに思わず一歩下がる。本当なら「穿山甲」を打ち砕く感触が伝わってくるはずだった。だが、感じたのは鋭い痛み。幾多の刃物に頭を突っ込んだように頭部には複数の刺し傷を負っていた。

 

何が起こったかわからずに混乱するが、ゆっくりと起き上がる「穿山甲」を見て、その原因を理解する。

大切な木々を傷付けられたことで「穿山甲」の感情が爆発。鋭利な刃となって表出した。全身の鱗を逆立て、身体中から巨大なナイフが生えた状態になっている。

 

自然(ママ)をいじめるな」

 

「は?」

 

「殺す。自然(ママ)をいじめる奴。植物(ママ)を壊す奴」

 

攻撃の余波で木々が粉砕されたことにブチ切れて攻撃的になったらしい。

 

━━甲撃!!

 

「殺す!」と連呼しながら、重く鋭い一撃が襲う。鱗が逆立った尻尾の一振りは、束になったアーミーナイフが降り注ぐようなものだ。

だが、その猛攻も皮膚を浅く傷付けるだけで俺に致命傷を与えるには至らない。

完全獣化した俺は、巨体ゆえに皮膚が分厚くなる。更に皮膚の下は分厚い脂肪で覆われており、皮膚の硬さを上回る攻撃だろうと脂肪がクッションとなってダメージを吸収してしまう二重装甲になっている。

いかに鋭い刃物であろうと“人間を両断する程度“では俺の皮膚は断ち切れない。だが、ダメージがないわけではないないので反撃する。

 

「いい加減にしろ!」

 

俺は、ブシュッと暗赤色の液体を口から吹き出した。浴びた液体による目潰し。「穿山甲」は一時的に標的を見失った。

 

マッコウクジラの近縁種「コマッコウクジラ」は腸に「鯨墨」と呼ばれる液体を貯蔵する袋状の器官を持ち、イカやタコと同様に危険を察知した瞬間、墨を噴出して、敵が混乱している内に逃走することで知られている。

 

「穿山甲」が混乱している間に、俺は巨大な頭部を敵の眼前に突きつけた。食らえ、最大音量!

 

━━鯨響!!!

 

零距離で放れた音波が「穿山甲」に叩き込まれる。次の瞬間、「穿山甲」は白目をむいて倒れた。

 

マッコウクジラは音波そのものをブチ当てて獲物を気絶させる程の音量(・・)を出すが理論上、その音量は人を殺害できる音響兵器になると言われている。

 

音波による内部破壊はどれだけ硬い鱗で身を護ろうと無力。脳を破壊された「穿山甲」は絶命した。

 

「穿山甲」を倒した俺は、巨体が邪魔なので獣化を解除して人の姿に戻る。言っておくが獣人にありがちな獣化すると服が破れて全裸になる……なんてことはい。俺のスーツは特殊繊維で作られており、獣化に合わせて伸縮するのだ。しかも防水仕様でこのまま水中にも入って問題なし。これぞ金持ちの力だ!

 

まぁ、「穿山甲」に斬られたからまた買い直さないといけない。そんな事を考えながら俺は宇崎さん達と合流すべく移動を始めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

━━やっぱ「牙闘」って愉しいな!

 

「獣獄刹」に参加している獣闘士は猛者揃い。どいつもこいつも戦い甲斐のある連中。「(ベア)」の剛爪、「壺舞螺(コブラ)」の毒霧、「麝香猫(チベット)」の呪縛、いろんな技が私を追い詰めた。でも、関係ない。牙の鋭い方が勝つ! それが「牙闘」だ!

そしてこの「獣獄刹」と一番闘いたい奴と激突した。

 

獣闘士「(ティガ)」。エルザの自慢の兄貴だ。すげー強いと聞いてたから、楽しみにしていたんだ。

 

「虎」は強かった。いままで戦ったどの獣闘士よりも圧倒的に。凄まじい脚力で水平に跳躍し、瞬時に死角に回り込む移動技「跋虎」は消えたと思うほど速いし、居合のように打ち下ろす一撃「虎砲」はとんでもなく重い爪撃だ。

 

毛皮が一番硬い背中で受けた受けてるのに、二撃受けただけで血を吐くほど重い攻撃。

 

━━でも、確かに迅いけどタイミングはわかってきた。次で仕留めてやる。

 

攻撃さえ見極めればこっちのもの。カウンターで確実に仕留めてみせる。

 

「俺の「虎砲」。二度凌いだのは「獅子」だけだ」

 

だが、敵も簡単には終わらない。「虎」は完全獣化し、より獣の要素が強くなった姿に変わる。限界まで剥き出しにした爪を地面に突き立てた。

 

「次の一撃で殺す」

 

「虎」の本気の構え、「絶爪」。低い重心から繰り出す「跋虎」は神速。その勢いのまま巨大な5本の(ブレード)が敵の身体を確実に引き裂く。その上、完全獣化した「虎」はパワーもスピードも格段に高くなっている。

次の一撃は、確実に私を絶命させると直感した。でも、それがどうしたと笑い飛ばす。

 

「ゴチャゴチャうるせぇ。御託はいいから、さっさと来いよ。牙の鋭い方が勝つ。ただそれだけ。それが「牙闘」だ」

 

私は眼を見開き、眼前の敵の動作を見逃すまいと睨みつける。次の瞬間、爆発が起きたような音がし、「虎」が消えた。

 

━━捉えた!!

 

でも、私は見失わなかった。背後に移動した「虎」の攻撃を見極め、カウンターの爪撃を叩き込む!!

 

━━鯨撲!!

 

カウンターで仕留めようとした瞬間、横からの衝撃に「虎」が吹き飛んだ。

一瞬、何が起きたから分からなかったけど横槍を入れられたのに遅れて気づいた。理解した瞬間、カァッと頭に血が昇った。

━━誰だ! 私の獲物を横取りした奴は!!

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

━━よし、不意打ち成功!

 

尾ひれに伝わる確かな手応えに俺は歓喜した。「穿山甲」を倒した俺は宇崎さん達と合流すべく、廃村に向かっていた。

 

廃村に着いた時にはすでにクライマックス。宇崎さんと「虎」が対峙していた。しかも、宇崎さんが追い詰められている。

だけどこれはチャンスだと思った。「虎」は宇崎さんを仕留めることに心奪われ、俺に気付いていない。いまなら不意打ちできると思い、「虎」が攻撃した瞬間を狙って「鯨撲」で吹き飛ばした。

卑怯? 楽して勝てるんだったら、卑怯で結構。フェア精神なんて持ってない。

 

とにかく最後の難敵「虎」は脱落し、八菱は残り二人。三門は俺が二人、宇崎さんが一人倒して全滅。角供は俺と宇崎さんが一人ずつ倒して、最後の一人は「虎」に倒され全滅。

宇崎さんは重傷だが三人とも健在の俺たち、石田の圧倒的有利。……と思っていたら、予想外の攻撃が来た。

え、なんで? この人に攻撃される理由がわからない。咄嗟に部分獣化した皮膚で受け止めたからながら怒声を発する。

 

「小娘、どういうつもりだ……ほだされたかあ!?」

 

「うるせぇ! 私の獲物を横取りしやがって、殺してやる!!」

 

攻撃してきたのは宇崎さんだった。セリフから察するに「虎」を吹き飛ばしたのが彼女の逆鱗に触れたらしい。

 

「……チームが何の為にあるか知ってるか?」

 

「知るか、死ね!」

 

そんな理由で仲間に手を出す彼女に疑問を投げかけるが聞く耳を持たない。暴れられても困るので「鯨響」で身体の自由を奪う。「てめぇ!!」と倒れても睨みつけてくる宇崎さんをそのまま放置する。

 

「何様のつもりだ。俺に逆らいやがって………っ、ちぃっ!」

 

背後から不意打ちしようとした敵の攻撃を俺は「鯨撲」で迎撃する。敵は素早く尾ひれを避けて、距離を取った。

 

「まだ動けるのか……しぶとい……」

 

「不意打ちの返礼に不意打ちを喰らわそうとしたが……反応が早いな」

 

不意打ちしてきたのは「虎」。どうやら俺の攻撃を避けていたらしい。いや、片腕がブラブラ揺れてるから折れてるな。完全には避けられなかったようだ。

まぁ、不意打ちなんて俺には効かない。反響定位によって360度を常に警戒しているので死角は存在しない。

 

「雑獣ォ……貴様の爪は効かないのは知ってんだろ」

 

「確かに初遭遇の時、俺の爪撃は硬い皮膚に阻まれた。だったら、何故貴様はいま「虎砲」を阻止した?」

 

「ああ?」

 

「貴様の皮膚も防げる限界はある。ならば、どうという事はない。防御力を凌駕する一撃を、迎撃する間もない速度で叩き込めばいい」

 

そう言い、「虎」は「絶爪」の構えになる。本気の一撃で俺の防御を貫くつもりだ。

……確かに、マッコウクジラの皮膚はラーテルの甲皮やセンザンコウの鱗などに比べれば防御力で劣る。デカイ尾ひれが重くて避けることもできない。だったら、俺が生き残る方法は一つ。再び完全獣化するしかない。

「穿山甲」の猛攻さえ耐え切る完全獣化ならば「虎」にも倒す術はない。

問題は獣化するまで「虎」が待ってくれないということか。そんな事を考えていると「虎」は消えたとしか思えない跳躍を見せた。速っ!? 全く見えなかったぞ!!

━━虎砲!!

 

背後から繰り出される重い爪撃は━━俺の全身を包む油膜によってヌルっと肌を滑ってしまった。

 

「っ、これは……油か!?」

 

「お、お兄の攻撃が通じない!?」

 

「鯨油」。クジラの脂肪、骨、内蔵などに含まれる油で、19世紀頃まで灯火用燃料、蝋燭原料、機械用潤滑油などの多様な用途に使われていた。

特にマッコウクジラから取れる鯨油はマッコウ油と呼ばれ、ワックスを含み非常に滑らかで精密機械の潤滑油として重宝されたほど高品質である。

 

皮膚から鯨油を分泌、全身に油膜を作ることでボクサーが顔面を防護するためにワセリンを塗り、相手のパンチを滑らて威力を軽減するように、「虎」の攻撃を受け流しのだ。

油膜で滑らせ、皮膚で防ぎ、脂肪で吸収。この三重装甲に護られた俺を倒すことは不可能だ。

攻撃を受け流した俺は完全獣化を終えた。

 

「何よ、あの大きさ!? 化け物じゃない!」

 

━━鯨撲!

 

獣化を終えて現れた巨獣に「麝香猫」が叫び、失礼なことを言われたので問答無用で吹き飛ばす。彼女は大きく弧を描き、森の中に消えた。

 

「獣ども……お前たちがどう思おうが、俺は人間だ!!」

 

━━鯨撃!!

 

「虎」に頭突きを繰り出す。それを避けた「虎」に裏拳を叩き込む。

 

本来、クジラに四肢は存在しないが俺は獣と人が融合した獣人。人の手足を残したまま獣化しているので、比例して巨体を支えるために四肢も太く強靭に変化している。その桁外れのリーチは相手が届かない距離から一方的に攻撃でき、廃屋を一撃で粉砕する威力がある。

 

「なるほどな。頭部、尻尾、両腕の全てが一撃必殺の武器となり、分厚い装甲があらゆる攻撃に耐え切る攻防一体の獣闘士という訳か。だが、頭上がガラ空きだ!」

 

「虎」は跳躍し、上空から俺を襲う。狙うのは眼球、急所の一つだ。

確かに頭上は頭突きも、尾撃も、拳でも対処できない。でも、俺の攻撃手段はまだあるぞ!

 

━━鯨噴(げいふん)!!

 

頭頂部の穴から噴出された高圧水流が「虎」の腹部に風穴を空けた。

 

クジラの「潮吹き」。誰もが知っているこの現象は、水棲動物でありながら肺呼吸するクジラが息継ぎをするときに起きる。

クジラは頭頂部に噴気孔という「鼻」が存在し、海面から頭を出して呼吸する時、息を吐くと同時に鼻に溜まった海水も吹き飛ばされる。

その勢いは、大型のクジラであれば10m以上も海水を吹き上げるほど凄まじい。

 

流石の「虎」も風穴まで空けられては戦闘不能になるしなく倒れた。

 

「……お前で最後だ」

 

「っ、ただじゃ済まなさい! 死ねまで食らいついてる!!」

 

残るはエルザさんのみ。しかも「麝香猫」の呪縛が残っており、自慢のスピードを活かせない。まさに絶対絶命。その時

 

 

「面白そうじゃん。私にも闘らせろよ」

 

 

宇崎さんが「鯨響」の拘束を打ち破り、変貌した。ただの獣化とは違う、肌は褐色に、姿は獣により近づいた。間違いない。原作にも登場したあの姿は、獣化手術を受けずに生まれながら獣化DNA持つ「原種の獣人(オリジンビースト)」だからこそ可能な変位獣化だ。

 

 

 

 

 

 

 



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原種の獣人覚醒。お呼びじゃないです

宇崎さんの復活。変位獣化を遂げた「原種の獣人(オリジンビースト)」が目覚めた。

 

━━ええええええええええっ、なんで!? なんで変位獣化してんの! もう敵いないのに、なんで今更!?

 

明らかに場違いな宇崎さんに内心、絶叫していると彼女は攻撃を始めた。俺に(・・)

 

「なっ……!?」

 

叩き込まれた爪撃は油膜で受け流され、皮膚で防がれた。ダメージはほとんどない。それでも衝撃が凄まじい。

信じられない事に適当に放たれた一撃が「虎」の全力に匹敵する威力。それに一瞬で距離を詰める瞬発力。スピードもパワーも段違いに上がっている。

 

「嬉しいな。ずっと欲しかったんだ。ちょっとそっとじゃ壊れない、お前みたいな頑丈そうな玩具がさ!」

 

「いい加減にしろ! このバカが!! あと一息ってところで……!!」

 

━━鯨撲!!

 

もう少しで勝てたのに宇崎さんの暴走。味方さえ攻撃してくる彼女を止めるために攻撃する。だが、それは悪手だった。

 

━━蜜獾斬(スラッシュ)!!

 

攻撃に合わせたカウンターが俺を襲う。油膜を突破し、皮膚を引き裂き、血が流れる。

必殺のカウンターが俺の装甲を打ち破って見せた。だが、傷は浅い。脂肪層がダメージの殆どを吸収したので擦り傷だ。

それでも巨獣と化した俺に傷を与えたのは驚嘆に値する。

 

「もう……いいや……バカとは話が通じない」

 

これ以上は何を言っても意味がないと悟り、宇崎さんを倒す覚悟を決める。何より、あと少しで勝てたのに邪魔をされた。こっちは財閥の命運背負ってるのに、ただ愉しんでるだけの彼女に邪魔をされて怒りがこみ上がる!

 

━━鯨撃!!

 

「す、すっげーパワー!!」

 

まともに受けるどころか余波だけで吹き飛ばされかねない攻撃。それを楽しそうに避けられたので、すかさず追撃をする。

 

━━鯨撲!!!

 

尾ひれによる薙ぎ払い。だが、宇崎さんは……転げてるのか、跳ねてるのかよくわからない動きで回避していた。あまつさえ反撃の爪撃さえ見舞う。

 

「!?」

 

「何だかわかんねぇけど……お前、これまでの相手の中で、一番闘り易いぜ」

 

ラーテルはナワバリ争いにおいては全くのやぶれかぶれ。出会い頭にいきなり噛み付き吠え立てるなど無為無策も甚だしい乱戦となるが、それもそのはず。

ラーテルの生息域に棲む大型肉食獣とラーテルを比較した場合、その体格差実に10倍。これは戦術や戦略でどうにかなる範囲をとっくに超えた自然界では通常ありえない暴挙である。

しかし、この暴挙こそが長い進化の歴史で培ったラーテル本来の戦闘スタイルであり、強大は敵に挑む勝ち目のない闘いこそがラーテルの本領発揮の瞬間である。

 

━━鯨響!!

 

もはや殺す気で最大音量をブチ当てる。鉄壁の防御を誇る「穿山甲(パンゴリン)」さえ絶命させた殺人音波だ。しかし、

 

「シャアアアアアアアッ!!」

 

宇崎さんは殺人音波を打ち破った。自然界の常識を覆すラーテル最大の武器。死をも恐れぬ鋼の精神(メンタル)だけで音波攻撃をねじ伏せて見せた。

 

━━いや、おかしいだろ!? 物理法則を無視するな、普通即死だぞ!!

 

だが、一瞬動きが止まった。その隙を見逃さず、人を丸呑みにできるほどの大口を開けて宇崎さんに噛み付く。

 

━━鯨噛(げいごう)!!!

 

ダイオウイカを主食とするマッコウクジラは獲物を丸呑みにするため、牙が退化しており下顎にしか生えていない。だが、俺には獲物を噛み砕くことができる巨大な牙が上下の顎に生え揃っいる。

 

およそ1200万年前中新世の海に生息したマッコウクジラの祖先「リヴィアタン・メルビレイ」は、刃渡り最大36㎝もの「(ブレード)」が立ち並ぶ頑丈な顎を有した、史上最大の捕食者(プレデター)である。

 

巨大な顎の生み出す咬合力がラーテルの甲皮を容易く噛み切り、宇崎さんの腕が宙を舞った。腕一本を噛み切られた痛みは想像を絶する。もはや戦闘不能。俺は勝利を確信した。しかし、

 

━━ 蜜獾斬!!

 

上顎への爪撃。硬い皮膚も、分厚い脂肪もない口内から、頭部の「脳油」を狙われ、ブチ抜かれた!? まさか脱出しようとするどころか反撃してくるとは!

マッコウクジラにとって重要器官である「脳油」を傷つけられては弱体化は免れない。

 

……まさか『伊佐奈』と同じ方法で追い詰められるとは……いま頭に一撃喰らえば間違いなく倒れるな。……でも、『伊佐奈』と同じ末路を辿る気はない!!

 

「俺を……見下すな!!」

 

口から脱出しようとした宇崎さんに噛み付き、そのまま自分ごと地面に叩き付ける!

「脳油」を抜かれたせいで防御力ゼロになった俺にはダメージが甚大だ。だが、巨体で押し潰された宇崎さんのダメージはそれ以上だ。全身から流れた血で、比喩抜きの血の池に沈んでいた。

 

…………死んだか?

 

ピクリとも動かなくなった宇崎さんを見ながらそう思っていると首元を素早い爪撃に引き裂かれた。

 

「!?」

 

「愉しんだりしない。獲物が隙を見せれば最速で狩る。それが「狩猟猫(チータ)」よ」

 

チータ。哺乳類最高の走行性能を有する地上最速の肉食動物。最高速度は時速110㎞にも達するが剥き出しの爪がスパイクの役割を果たし、一瞬で静止し方向転換する「制動力」を生み出す。さらに呼吸調整を高めるための大きな鼻腔や軽量化に徹した細長い体躯など他の猫科動物には見られない走る事に特化した身体的特徴が多い。即ち、チータは地上最速の狩人(ハンター)となるべく進化した異形の猛獣なのである。

 

「ああ? また雑獣が……」

 

強がってみたけどヤバいな。目で追えないほどのスピードだから、防ぐ術がない。脳油が使えれば「鯨響」で仕留められるのに。……幸いなのは攻撃が軽いから、俺の巨体には軽傷しか与えられないことか。彼女の爪なんて俺からすれば爪楊枝みたいなものだ。

 

……いや、待て。敵は「狩猟豹」だけ。それに目的も達成してるから彼女を隠す必要はもうないな。「反響定位」が使えないからどこにいるかわからないけど、近くにはいるはずだ。よし、彼女に倒して貰おう。

 

「コウモリよ。このバカ仕留めろ」

 

「はっ、あんたいきなり何言ってんの?」

 

「……どうした。早くしろ」

 

「頭のダメージのせいでイカれた? お望み通り、さっさと狩って━━」

 

━━蝙殺(アサシネイト)

 

背後からの不意打ちが「狩猟豹」を切り裂く。急所への一撃に彼女は何が起きたも分からずに倒れた。

背後から奇襲したのは両腕両脚が皮膜に覆われ、鉤爪を生やした美女。

 

「遅い」

 

「あら、助けてあげたのに酷いわ。お姉さん悲しい」

 

石田の獣闘士「蝙蝠(バット)」、黒夜愛。

 

コウモリは、地球上で唯一「飛行」できる哺乳動物である。ムササビやモモンガなどの滑空しかできない動物と異なり、飛ぶ事に特化した身体的特徴をした、クイックターンなどアクロバティックな鳥類に匹敵する飛行が可能である。

夜行性で、暗闇で昆虫やカエルを捕食するためにイルカやシャチの様に「反響定位」を行う。その精度は、微細な水面の振動を感知し、水中の魚を捕らえる種までいるほど高い。

 

黒夜さんはその飛行性能を活かして敵に接近、暗闇でも「反響定位」で獲物を捕捉し、死角から暗殺する戦法を得意としていた。

 

「それより、角供の刺客どもは片付けたのか?」

 

「安心して、仕事はしっかりこなしたわ。「避役(カメレオン)」の暗殺部隊は全滅よ♡」

 

俺は人に戻りながら、黒夜さんに問う。それに彼女は肯定で返した。

原作で角供が参加メンバー全員を始末するつもりで暗殺部隊を仕向けるのを知っていた俺は黒夜さんに「避役」たちを迎撃してもらうために「獣獄刹」に参加せずにずっと戦力を温存させていたのだ。

 

皮膚を変色し周囲に溶け込んで誰にも見えなくなることができるカメレオンも、「反響定位」を行う黒夜さんからは逃げられない。

実力も高いから、大丈夫だろうと思ってたけど無傷なので、複数の獣人を相手に余裕で勝利してきたらしい。

 

とりあえず他財閥のチームは全滅。暗殺部隊も退けた。色々と予定とは違ったけどこれで石田財閥の勝利だ。

きっと会場では、角供財閥総理事、角供雅と三門財閥総帥、三門陽参が謀殺されている頃だ。

日本経済を私物化した陽参が死ぬことで日本は劇的に変わるだろう。これで利権から引き離されていた石田財閥も盛り返せる。俺の水族館経営の夢に一歩近づいた。

ただ、今日くらいはゆっくり休みたい。疲れた。

 

「戻るぞ、コウモリ。手を貸せ」

 

「ヒトミちゃんの応急処置が先。レディーファーストよ♡」

 

「………」

 

頭が痛くて立てないので、黒夜さんに助けを求めると拒否された。宇崎さんが瀕死なのは俺のせいなので何も言えなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「獣獄刹」から二週間。四大財閥の内、二つの財閥の解体によって情勢は目まぐるしく変化していった。

特に「獣獄刹」勝者である石田財閥は、「獣化手術」を合法化する「獣化法」を含む利権の全てを握った。それを仕切るのに上へ下への大騒ぎた。何せ、弱小財閥なので利権から遠ざけられ、ノウハウがまったくない。総動員しても手が足りない状況だ。

 

そんな大忙しの中。俺の元に一本の連絡が届いた。その連絡先の名前を見て、事態が動いたことを確信する。

 

「俺だ。どうした、オオカミ」

 

「元三門の私有地で動きがあった。あなたの予想通り、「蜜獾」が野本裕也を殺害した」

 

携帯から聞こえてくるオオカミと呼ばれた女性からの報告に原作通りの展開になったかと思う。

 

「すぐに回収班を向かわせろ。まだ獣化手術で助かるはずだ」

 

「了解。……一つだけ聞きたい」

 

「あ?」

 

「あの男が殺害されると何故、わかった?」

 

「詮索させる為にその仕事をさせてるんじゃない。わかるだろ?」

 

原作知識で知ってたと言えるわけもなく、何も聞くなという意味を込めて高圧的に言い放す。

 

「申し訳ありません」

 

相手もそれを察して携帯を切った。

 

━━さて、邪魔な三門と角供は消えた。ようやく水族館を作れると思ったら、「獣化法」による獣化手術の合法化、獣人の特別自治区「獣人特区」建設、「牙闘」の公式化などやることが山積み。とてもではないが水族館建築にまで手が回せない。いつになったら水族館を作れるんだろ。『伊佐奈』リスペクトの道のりは遠いな。

 

 

 

 



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