平和な世界の血飢え人 (パピコは分けない派)
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麻倉 五月雨①

 ボーダー最強。

 

 その話題はボーダーでは結論が出ている。

 数字として出ているからだ。

 

 太刀川慶。

 

 それが現時点でボーダーのポイント制に沿って最強と言える。

 だがある程度ボーダーに詳しいものならそれが間違いであることを知っている。

 ボーダー最強とは。そう聞かれた場合ある程度ボーダーに籍を置くもの達ならばS級隊員の迅悠一や天羽月彦と答えるだろう。

 しかしそれは黒トリガーを使っているからであり、現に迅と太刀川の間にはほぼ差はなかったが、僅差で太刀川がノーマルトリガーでは勝っていた。

 ならばやはり太刀川が最強なのか? 

 

 その答えにNOを出すのは旧ボーダー時代からいた人達だろう。

 ノーマルトリガーを前提とするなら太刀川に勝る相手が約一名いる。

 それは忍田本部長だ。今は指揮官のような役割に落ち着いているが、ボーダーが今の状態に落ち着くまではバリバリの戦闘員だったので、今の人達は知らないが太刀川の師匠でもある忍田が最強と答える。

 

 ならばボーダー最強は忍田なのか? 

 

 その答えにNOを出すのは唯一未来の見える胡散臭いエリートだった。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 ブン! 

 

 刀が風を切る音が室内に響く。

 風を切るというよりも、空間を割くような。

 上から下へ、下から上へ、右から左へ、左から右へ、そして最後に抜刀術。

 それが模造刀なのか、真剣なのかは分からないが。あれを生身で喰らえば体がタダでは済まないことは明白だった。

 

 上半身が裸になっており、足元には自身の汗で水溜まりのようになっている。しかし、足元は滑らないように踏ん張っており体制を崩すことは無さそうだ。

 

 自分が思い浮かべるのは常に最強の自分。

 自分と同じ技量で、同じ気迫のある殺意の篭ったイメージ。

 自分と斬り合い、何度も斬られて何度も斬る。乗り越えるは自分自身。

 

「4死4殺」

 

 ポツリとこぼしたセリフは自分が自分に殺された数と殺した数。

 トリオン体でも何でもなく、それは生身での戦闘。

 火照る体に構うことなく、少年はその場に倒れ込んだ。

 

 極限にまで研ぎ澄まされた集中。

 濃密なまでの殺気。

 そのやり取りを全て頭の中でのみ行い、その死合を1時間以上も繰り返した故の疲れ。

 

「…………zzz」

 

 刀を持ちながら部屋の一室で少年は寝てしまった。

 

『……あちゃー』

 

 この一室。

 訓練室の仮想戦闘モードを切って何も無い空間から少年を監視していた宇佐美は額に手を当てて「やっぱりこうなったかー」と溜息を漏らす。

 

 この少年【麻倉 五月雨】の事を知っている宇佐美は、この日常的に繰り返されている訓練に釘を指してから望んだのだが。

 どうにも未来は変えられなかったようだ。

 

 麻倉のこの電池が切れたかのように落ちるのは最初こそ戸惑いもしたが、今となってはため息しか出ない。

 疲れて体を休める為に寝転がるのはまだ分かるが、そのまま一日近く起きないとなれば理解はできない。

 これから起きるには水をかけるなりなんなりとしなければいけない。

 なまじ戦闘モードのまま寝てしまっているからか、無警戒で起こそうとすれば刀で斬られてしまう。その体験は同じ支部所属の小南桐絵がやったので自分は絶対にしないと誓っている。

 つまり起こす方法は無い。

 

 一度起こすために訓練室の火災装置を使って水を降らせたが一向に起きる気配はなかった。

 それもそのはず、この麻倉 五月雨という男は今でこそ室内でやるようになったが、少し前まではこの訓練を外の森でやっていたのだ。

 当然雨も降るし虫だって近寄る。

 その慣れとでも言うのか、そのおかげでこんなことになっている。

 

 

 宇佐美は「私も寝よう」と言いながらこの場を去った。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

「……はぁ〜……んー」

 

 長い長い睡眠から起きた少年、麻倉 五月雨は大きな欠伸をしてから体を起こす。

 何時間くらい眠ってたのか? と思うが、その答えは直ぐに帰ってきた。

 

「おはよーサミくん、今は昼の2時だよー」

 

 宇佐美の声が訓練室内に響く。

 汗で湿気ているズボンと体が臭い。

 五月雨は毎度の事ながら「気持ち悪ぅ」と言いながらせっせとシャワー室に足を運んだ。

 ここ、玉狛支部はボーダーの支部であると同時に、ボーダー隊員の寮としての機能も果たすことが出来る。

 数年前、旧ボーダー時代ならそれなりに人が使っていたのだが、今となって住んでいるのは片手で数えられる位だ。

 その古株に当たるのがこの少年、麻倉 五月雨である。

 

「ありがとーしおりちゃん、ご飯温めといてくれる?」

「いいよー、でも朝ごはん……朝昼兼用ご飯が何か聞かないの?」

「昨日の残りだから、どうせカレーでしょ?」

 

 この『どうせ』とは毎回食事当番の時にカレーしか作れない(・・・)幼馴染のことをさして言っている。確かに小南のカレーは絶品と呼ばれるほど質の高いものだが、何年もカレーばかりとなると流石に驚きは消えた。

 朝ごはん(時間的には昼)からカレーというのも毎度諦めている。

 

 もう少し早く起きたなら食パンを焼いてもらってカレーパンにしたのだが、腹のスキ具合からしてガッツリと食べたい。

 

「まぁそうなんだけどねー」

「それじゃあ宜しく〜」

 

 刀を手放した五月雨は普通の少年だ。

 あの殺気を纏うこともなければ、あれを手にしていた気迫もない。

 基本的に寝坊助で抜けている。

 刀を持っていなければそんなどこにでもいるような少年なのだ。

 

 今日は休日なので学校へ行く必要は無い。

 いつもはここから学校へ向かい昼から登校で何とか許してもらっている。ボーダーとのパイプが太いおかげで『朝に起きれない体質』だとか『夜は防衛任務に』と言ってもらえば出席日数は何とかクリアできて勉強も…………。

 

「あ、キリおはよ」

「五月雨、もうおはようって時間じゃ……ギャーーーッ!」

 

 まだしっかりと起きていなかった五月雨だったが、小南の悲鳴で強制的に頭を起こされた。

 あまりの爆音に五月雨は身体を仰け反らす。

 

「……痛った、耳が……耳がキーンっていってる」

「ななななな! なんで裸のよ!?」

「……裸って、上半身だけだろ?」

「だからなんで着てないのよ!?」

「なんでって……風呂入るから?」

「ここ脱衣場じゃないんだけど!!」

 

「今更何を……」

 

 五月雨の頭には「今更何を」しかなかった。

 小南桐絵との付き合いは随分と前からになる、どれくらいかと言われれば小学生くらいにまで遡る。

 同じ布団で寝たこともあるし、同じ風呂に入ったことあるし一緒に入ったこともある。そんな幼馴染に上半身を見られたくらいで恥ずかしがる? 

 答えは否だ。

 

「なんだ一緒に入りたいのか?」

「入るかー!!!!」

 

 小南は新たに絶叫をあげながら走って行った。

 小南は嘘は通用する(しない)冗談は通用しないらしい。

 なんだか朝から騒がしい奴だなと思いながらも、当初の目的だったシャワー室へと歩みを続ける。

 しおりちゃんなら普通に対応するのに小南は変なやつだなー。と思うが、そういう所も美点なのだろう。

 

「……流石に臭いな」

 

 自分の匂いがそろそろ限界に近い。

 

「ちゃっちゃと入りますか」

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 シャワーから上がりさっぱりしたところで昼ご飯を食べる。

 言わずもがな昨日の夕食の残りであるカレーだ。小南が張り切って作ったからか量が多く今日の夜もカレーで確定である。

 

 

 

 

 

 

 もぐもぐ

 

「さっきから聞いてんの五月雨、その長い髪さっさと切りなさいよ。男でしょ?」

 

 もぐもぐ

 

「あんた今回テスト大丈夫なんでしょうね?」

 

 もぐもぐ

 

「ちょっと!? またあたしのどら焼き食べたでしょ!?」

 

 もぐもぐ

 

「……ねぇ、聞こえてるわよね?」

 

 もぐもぐ

 

「ねぇ! 烏丸!? あたし見えなくなってたりしてないよね!?」

「……あれ? 五月雨さん、小南先輩ってどこいったんですか?」

 

 食事を続けている五月雨は小南の話題をガン無視して、そのあまりの反応の無さに自分が透明人間になったのでは無いのか? という疑問を近くにいた烏丸へ聞くと、烏丸が悪ノリを始めた。

 

 もぐもぐ

 

「え!? 嘘!? あたし見えなくなっちゃったの!?」

 

 アワアワと慌て出す小南とそんなことには目もくれずカレーを食べる五月雨に変なことを吹き込んでなお平然としている烏丸。

 

「ねぇ五月雨……烏丸……嘘……嘘よね…………」

 

 段々と小南の顔は深刻となっていき、真っ青になったかと思えば今にも泣きそうな顔をしている。

 

「い、嫌! 五月雨!! 烏丸!!」

 

「うるさい」

 

 アワアワしている小南に向かって五月雨は脳天にチョップをお見舞する。よく見れば丁度カレーを食べ終わったようで、烏丸が作った嘘の展開はここで終わりのようだ。

 

「え?」

 

 チョップされて少し呆然とする小南。

 

「烏丸、あんまり小南を虐めてやるな。泣くと後々面倒になるんだから」

「すみません。小南先輩って弄りがいがありますから」

「俺のいない所でやってくれ」

 

「あ、あたし見えてるよね?」

「おいどうすんだよ、ポンコツが頭まで侵食されたら俺のテストが危ないんだけど」

「……すいません」

 

 五月雨はテストが近くなったら小南から勉強を教えて貰っている。いつもはこんな感じで騙され女子だが、勉強に関しては上から数えた方が早い。それだけ素直でもあるのかもしれないが。

 しかし、そのアホが頭にまで侵食されてしまったら小南はただのアホになってしまう。

 

 烏丸はそんな五月雨の責めるような目線を表面上は取り繕っているが、絶対に反省しなさそうな感じで謝った。

 

「……ふぅー。じゃ俺本部に行ってくるわ」

「ランク戦ですか?」

 

 お腹いっぱい。とでも言うようにお腹をポンポンと叩いて満腹であることをアピールして、五月雨はショックを受けている小南をよそに烏丸に告げる。

 

「違う、ちょっと忍田さんに呼ばれてるんだ」

「……あー。なるほど」

 

 烏丸はその言葉を聞いて納得する。

 五月雨と忍田は旧ボーダー時代からの付き合いで、その関係性を表すならば師弟にあたる。つまり、玉狛に入る前に自分が所属していた部隊の隊長の兄弟子に当たるのだ。

 加えて言うなら五月雨は頭が切れる方ではない。

 

 なら呼ばれる理由としては稽古くらいしかないだろう。

 

「珍しいっすね」

「ああ、随分と断り続けたからな。てか面倒だ」

「ノーマルトリガー最強ですからねあの人」

 

 正直烏丸からすれば五月雨はそこまで強いという印象はない。

 確かにボーダーにいる時間が長いから上位アタッカーにくい込むだろうが、可もなく不可もなくというのが本当のところだ。

 自分の部隊のエースであり、今自分が透明人間になったと勘違いしてしまうほど残念な先輩に勝っているところは見たことがない。

 10本勝負をしたなら良くて4本取れるかどうか。

 

 忍田の弟子という太刀川慶と比べてみれば雲泥の差がある。

 

 玉狛支部に所属しているものの玉狛第一に入っているわけでもなく、ソロとして活動しているし、昔何処かの部隊に入っていたとも聞いたことがない。

 

 烏丸にとって五月雨とは本当によく分からない人物だった。

 

「じゃあ俺行くわ、キリのこと宜しく」

「……了解です」

 

 そろそろ噛みついて来そうなので小南のことを烏丸に丸投げする。

 五月雨が玉狛支部をでた直後に、小南の「五月雨ーーーッ!!!!」という背筋が凍るような怒声を聞いた時は夜遅くに帰ろうと胸の中で思った。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

「来たか、五月雨」

 

 そこにはいつものボーダーの服をきて命令を下す時の忍田ではなく。

 目の前にいるのは『虎』。

 ノーマルトリガー最強とまで言われた男。

 

「どうしたんですか忍田さん」

「分かりきってることを聞くな」

 

 忍田はその問の返答として腰に下げている孤月を抜刀した。

 それだけで訓練室に緊張が走る。

 

 何せこの男、やろうと思えば基地の壁を壊すこともできるし昔やんちゃをして城戸司令の車を真っ二つに切った事もあるという太刀川とどっこいどっこいの伝説を持つ男。

 

「……マジでやるんですか?」

「大マジだ」

 

「……いや、でもあれですよ。忍田さんが頑張ると色々と壊れちゃいますし」

「五月雨が受け止めればいいだろう?」

 

 この人剣持ったらやべぇ。

 そんなお前が言うなとでも言われそうなことを思う五月雨。

 本部長としての忍田はこんなのではなく、そろそろ婚期を気にし始めた有能な部下から熱い視線を送られてくる程には有能な男前だが。剣を持つと圧倒的脳筋にまで行動パターンが絞られてしまう。

 

「お前のやる気は関係ない、行くぞ!」

 

 有り得ないくらいの理不尽な言葉を飛ばして忍田は五月雨へと斬り掛かる。

 旋空弧月を使わない純粋な剣技。

 攻めこそ正義の忍田らしい太刀筋。

 

 腰に提げてある二本の孤月の片方を五月雨は抜く。

 忍田の高速の横薙ぎを抜刀しきならい刃を少しだけ出した状態で防御した。

 

「受け止める範囲だけ抜刀するとは、随分と余裕だな五月雨」

「いや、ホント忍田さん今日どうしたんですか?」

 

「なに、久しぶりに弟子の成長を見ておこうとな!」

 

 押し合いから一転、少し距離を開けると同時に孤月を的確に首と足を狙ってはねてこようとする。

 

(一刀流で二箇所同時攻撃とか、やっぱこの人 人間やめてるでしょ!)

 

 流石に抜かなければ受け止められないと考えて、腰にさしてある孤月を二振りとも抜刀して忍田の剣を受け止めた。

 忍田も距離を空けながらの攻撃だったためか、それほど力は入っておらずブレードにヒビは入っていない。

 

「五月雨、本気でこい」

「いやいや、結構本気ですって」

「嘘をつくな、この程度の技量はもっと前からあっただろう。トレーニングは昔よりもハードなものになっていると迅からも聞いている。そのお前が昔と同程度の実力しかない? 馬鹿も休み休みにいえ」

 

「いや、ホントですって。あっという間に慶にも抜かれましたし」

「馬鹿言え。あいつが二刀流にした理由のお前がそう簡単に抜かれてたまるか」

 

「…………なんか忍田さん、おかしいですよ」

「……少しコチラにもそうせざるを得ない状況になった。お前のその『のらりくらり』とした態度も今のうちに変えさせなければならん」

 

 忍田は居合の構えをとる。

 親の顔より見た旋空に違いない。

 

 一刀なのに数箇所から飛んでくる旋空弧月。それが忍田さんの真骨頂。

 1にして全の攻撃。

 

「……もしかして迅からやばい未来でも聞かされましたか?」

 

 忍田はそれ以上語らない。

 つまるところ本気を出せ。と強要しているのだ。

 

 いつもならはぐらかして「参った!」だなんて言っていたが、対峙している相手が空いて故に五月雨もやむを得なくスイッチを入れることにした。

 

 忍田と同じように居合の構えをする。

 だが両者共に違う。

 

 忍田の居合の構えはまさに猛々しい虎が獲物を前にし狩る直前の雰囲気。

 

 しかし五月雨の居合は……いや居合とすらよんでいいのか。

 五月雨は二刀同時に居合の構えをしている。

 

 忍田初めて見るその光景に戸惑いを隠せない。

 

 忍田とは違って五月雨は、何をするのか分からない。

 そんね不安がかきたてられるような威圧が忍田を襲う。

 

 

「──ッ!!!」

 

 先に動いたのは忍田だった。

 旋空弧月を五月雨に撃ちながら、そのまま五月雨へと接近する。

 あくまでも旋空は牽制であって、孤月本体でぶった斬る。そんな思想がみてとれる。

 

「───」

 

 対する五月雨は動かない。

 旋空を最小限で避ける以外には動かず、両腰にさす孤月から手を離すことは無い。

 

 剛を忍田と表すならば、五月雨はまさに静のそれ。

 

 水面にただ一滴の波紋をも許させぬ明鏡止水。

 

 忍田と五月雨の攻撃範囲に両者が侵入しようとした時、五月雨は呟く。

 

「『二刀流居合』」

 

 忍田は驚く。

 自分は流派などには属さず、言わば我流の剣。

 だが、今五月雨がやろうとしていることは間違いなく何かしらの流派に属する型の一つ。

 

 自分の弟子であるはずなのに。

 さらに言えば、そんな奇抜な居合をする人物を忍田は見たことがない。

 それはボーダーでは無い誰かから教わったということになる。

 

(面白い)

 

 忍田は居合切りを行う。

 最速の抜刀からの一撃を五月雨に食らわすために。

 集中力が極限にまで達している一番弟子を喰らおうと胴体を斜めに真っ二つにする要領で。

 

 しかし、次に目に映ったのは(カラ)

 目の前には誰も居ずに、忍田はほぼ野生の勘だけで孤月を攻撃から防御に切り替えていた。

 しかし、自身の体を見ると縦真っ二つに斬られている。

 

 視界の端で居合したはずの五月雨が、もう孤月を鞘に収めている様子が見えた。

 

「『羅生門』」

 

 忍田は今になって気付く。

 自分も体験しそうになったことを、五月雨が体験してしまっているのだということを。

 

 

 

 もう五月雨は何年も本気で戦っていない。

 

 自分は旧ボーダー時代の猛者に揉まれ退屈を得ることはなく、五月雨や太刀川という鍛えがいのある原石を見つけて育てたのでそう思うことは無かったが。五月雨にはそれがない。

 候補だけでいえば色々と出てくるのだろうが、今の斬り合いで嫌という程分かる。

 

 既に忍田と五月雨の間には天と地以上の力量の差があると。

 トリオンが少ない五月雨にトリオン攻撃によるゴリ押しでいけば勝利は勝ち取れるかもしれないが、剣一本ではもう届かない。

 そう思わせるほどに、今の抜刀術は理解できないほどの完成度であった。

 

 

「……凄いな、驚いたぞ」

「……ええ、まぁ……」

 

 勝ったのに五月雨は嬉しく無さそうだ。

 今になれば分かる、既に五月雨にとって忍田は超えた壁であって格下。今更勝ちの見えた戦いに勝ったとしても驚くことなど何も無い。

 傲慢ともいえる態度だが、それが普通なのだ。

 

「何処かの流派に属したのか?」

「我流です」

 

「開拓したのか」

「……やること無かったんで」

 

 そうだった。忍田は思い出す。

 最近の舐め腐った態度やランク戦でも直ぐに「参った」だなんていう五月雨を見ていて忘れたが、五月雨は元より剣に関しては鬼才。

 剣を握って直ぐに忍田と斬り合えるようになり、第1次の時には既に忍田の領域に片足が入っていた。

 

 あれから数年。

 当たり前といえば当たり前の結果だ。

 

「祝いだ、焼肉でも行くか?」

「……うす」

 

 だからこそ引っかかる。

 どうして五月雨はこんなにも気まずそうな顔をしているのか。

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 ボーダーの打ち上げ(外食限定)。

 そう聞かれて答える店は大体二つに絞られる。

 一つは影浦隊の隊長である影浦の実家のお好み焼き屋さん。

 

 しかしこの店は影浦からの紹介または影浦と仲が悪くないという条件が付け足されるので、実質一択と言えるだろう。

 

 寿寿苑。

 

「あのー本当に私も来てよかったんですか?」

「大丈夫ですよ沢村さん、一応忍田さんの奢りらしいんで」

 

「そういうことじゃないんだけど……」

 

 一人だけ場違いな女こと沢村が少し気まずそうな顔をして五月雨の前の席でそう言った。

 

「気にしないでくれ沢村くん、祝いの席だここは私が持とう」

「いや、そっちじゃなくてですね」

 

 伝わらないものかー。と思うが、自分の純情にも気付いてもらえないのでお察しの通りである。

 普通に気付けない。

 

「私も出席して良かったんですか? ……なんの祝いかも知らないんですけど。麻倉くんに急に誘われて」

「む? そうだったのか、まぁ隠すことでもないからな。五月雨が私を「ハックション!」五月雨、くしゃみをする時くらい手を当てろ。まぁそういうわけだ、遠慮せず食べてくれ」

 

(だからさっきから重要なところで邪魔するな!!)

 

 なんの祝いかも分からず五月雨に連れてこられた沢村。

 五月雨としては忍田に気があることは知っていたので目に入ったから気まぐれで呼んだだけで、そこに深い意味は無い。

 本当に理由を付け足すなら、そこにいたから連れてきた、だ。

 

「……はい」

 

 本当になんの祝いかだけでも聞きたかったが、この状況が悪くない事も沢村は知っている。

 気を使ってかは知らないが、沢村と忍田は隣同士で五月雨が一人。

 チャンスといえばチャンス。

 

「あ、すいません上カルビに塩たん、上ロース、壷漬ハラミ、ヒレ焼き、骨付きカルビに上ミノ、ホルモンを全部5人前で……あとなんかいりますか?」

 

「私はご飯を貰おう」

「あ、私はサラダを」

 

「沢村さん勿体ないよ、せっかくの焼肉なんだから肉を食べないと。野菜とかサラダとかは焼き野菜屋にでも行けばいいんだから」

「焼き野菜屋ってなに。ていうか全部5人前って、そんなに食べられませんよ!?」

「大丈夫だ沢村くん、大体五月雨が食う」

 

 マジで!? と思ったが声に出さなかったのを沢村は自分で褒めた。

 と言うよりもそれだけ食って胃が持つのか以前に忍田の財布が持つのかも怪しい。

 

「じゃあご飯とサラダに忍田さんと沢村さんはビールにしときますか?」

「未成年と同じ席でビールは飲まん、烏龍茶にしておこう」

「…………烏龍茶で」

 

 実の所は沢村はビールを飲む気だったが、忍田のその言葉によって苦渋の決断を下した。

 忍田にもビールを飲ませてそのまま、というプランは消えてなくなった。

 

「じゃあ烏龍茶二つに水を……ピッチャーごと下さい」

 

 大食いかよ。

 今度も声に出さなかったことを褒める沢村。

 今のは危なかった、本当に危なかった。

 気を緩めていたら、完全に突っ込んでいた自覚がある。

 

「しかし五月雨、何故本気でやらないんだ。部隊にも入らないし、お前のことだ何か考えて……はないか」

「ひでぇ。まぁあれですよ、自分で言うのもアレですけど、俺って強いじゃないですか」

 

 本当に自分で言うのもあれだ。

 沢村は今日ほどツッコミを我慢した日はこれまでもこれからもないだろう。

 

「まぁ、確かにそうだな」

「だからですかね。部隊からも勧誘されてる訳でもないですし、作る気もないですから。それに本気になっちゃったら面白くない(・・・・・)

 

「??」

 

 この会話を沢村が解くことは出来ない。

 解くにはせめて先程の模擬戦を見なければ分からないだろう。

 あの太刀川慶を超える忍田を下した五月雨。この構図がない沢村からすれば本当になんのことかは分からない。

 

「あ、来ましたね。早く焼きましょう」

 

 そう言って肉を焼く五月雨を忍田はただ心配そうに見ていた。

 理由はただ1つ。迅からの言葉だった。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

「忍田さん」

「迅か、珍しいな」

「いやー実力派エリートは引っ張りだこだからねー」

 

「……どうした」

「はは、やっぱり分かっちゃうか……」

「何か見えたんだな」

 

「サミがやばい事になる。次の大規模侵攻で死ぬか連れ去らられるか、もしくはついていくか(・・・・・・)。その未来しか見えない」

 

「それは……」

「うん。確定してる」

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 迅の予知は外れない。

 読み逃したや、無数にある選択肢から薄いのを引くことはあっても完全に外すことは無かった。

 

 そして初めてとも言えるだろう。

 予測段階で確定と使うのを。

 

 つまりそれは──。

 

 

 

「あ、すいません。追加でマルチョウにフワ、キンカンは無いかミノに上ハラミにギアラ、忍田さんシャトーブリアンいいですか?」

「…………ダメだ」

 

「あら残念、なら上ロースも……あ、全部5人前でお願いします」

 

 流石にシャトーブリアンは高すぎるため、却下されがこれだけ食えばいいだろう。

 目の前でバクバクと食べるその勢いに、サラダ以外はほとんど食べていない沢村は既に満腹になっている。

 目の前で大食いを見せられると食べっぷりが気持ちいいなど言う人もいるが、見てて満腹感しかこない。

 

「よぉ五月雨、太刀川さんが来てやったぞ」

「…………慶、どしたの?」

「反応薄いな、忍田さんに呼ばれてな。沢村もお疲れ様です」

 

「また何か知らんが祝いか、そんじゃ俺も……」

 

 太刀川が箸を肉につく寸前で、五月雨のもつ箸がそれを阻む。

 

「おいおい五月雨くんよぉ、こんな馬鹿みたいに皿積み上げちゃって、一切れくらいでカッカすんなよ」

「……この肉は渡さない」

 

「2人ともやめろ、五月雨が少し前に注文したからすぐに来る」

 

「あ、すいません。生一つ」

「え!? 頼むの!?」

 

 沢村のツッコミが炸裂した。

 焼肉でビールを我慢していたのに、まさか自分よりも年下の大学生が生を頼むことに突っ込んでしまう。

 

 そしてそれに何も言わない忍田。

 ある意味太刀川に諦めているのかもしれないし、一応この3人は師弟関係だったことを知っている沢村。もしかすれば何度もこういう機会があって諦めているのかもしれない。

 

「祝いですし頼むでしょ、何しろ焼肉でビール飲まないなんてとんだ半殺しでしょ」

 

(分かる……!!)

 

 忍田の手前同意できないが、飲みたいというのも事実。

 沢村の今日の帰ってから1杯やるのが確定した。

 

 テーブルにある肉が全部消えて肉待ちの時間、五月雨の携帯がなる。

 外側に太刀川が座っている手前、席を外すことが出来ないし態々立つのも面倒であり聞かれてまずい会話もしないのでその場で着信に応答する。

 

「もしもし」

『ちょっと五月雨! あんたいつになったら帰ってくるのよ!』

「ん? 烏丸に外で飯食うって連絡してんぞ」

『え…………って騙されないわよ! そうやって昼も騙して、帰ってきたらギッタンギッタンにしてやるんだから』

「いや、マジなんだけど」

 

 

『…………嘘ッ!!』

「いま焼肉、じゃそゆことで」

『え! ちょっとま───』

 

 何か色々と言われる前に五月雨は電話を切る。

 

 

「お前ひでぇな」

「慶の成績には負ける」

「いってー、心がえぐられた。忍田さん」

「もう少し真面目に大学へいけ」

「……」

 

 助けをと差し伸べたても忍田の剣で切り落とされた。

 流石の沢村も同情するが、タブりそうになっている太刀川に言うことでもないと思い何も言わない。

 

 今度は着信ではなく、通知。

 画面を見ると小南からだった。

 

『怒ってないから早く帰ってきなさいよ』

 

「…………忍田さん、ご馳走様。慶、今から来る分全部食べていいよ」

「お! まじで」

「じゃご馳走様です」

 

 そう言って五月雨は席から立ち上がる。

 

「あいつも小南に甘いですよねー、昔っから」

 

 そんな呑気なことを言う太刀川。

 久々の寿寿苑での焼肉、しかも忍田の奢りなので気にせず食べられる。

 

「……主役も帰ったことだ、我々も帰るか」

「そうですね」

「……あれ? 帰っちゃうの?」

 

「いや、気にせず食べてくれ。一応10万あれば足りるだろう」

「10万って、あいつそんなに食ったんですか?」

「いや、ざっと計算したところ9万くらいだ」

「いやそれでも食い過ぎでしょ、じゃあ明日返しにいきますね」

 

「いや、迷惑料だ」

 

「迷惑料??」

 

 そう言って忍田と沢村は太刀川と目を合わさないようにして帰っていった。太刀川は予想していなかったのだ。

 

 まさか追加注文をしたと同時に自分が来たということに。

 そしてホルモン系の肉ばかりだということを。

 

 

 一つだけ追記するなら。

 

 太刀川は暫く肉は食いたくないと泣いていた。



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