怪奇怪盗メーヘレン (気力♪)
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01 怪盗メーヘレン

 かつて、この世界には魔法が存在した。

 それは科学の発展により廃れていったが、その魔法の遺物は多くの場所に残っている。

 

 しかし、その異物の中にはかつて存在した魔物の怨念が封印されたものが存在する。それは皇国によって厳重に保管されていたが、帝国との戦争の折に各地へと散らばった。

 

 そしてそれらは現在、無知なる帝国の者たちの手に渡っていた。

 

 呪物の呪物の再封印を行わなければ怨念が解放され、古代の魔物が復活してしまう。そして、そのことを科学至上主義者の帝国人は信じたりはしない。

 

 だからこそ、この皇国に怪盗が生まれたのだった。

 

 ────────────

 

「探せぇ! コソ泥はすぐそこにいるはずだ!」

「はい! 帝国の威信にかけて盗ませたりは致しません!」

 

 そんな怒声の響き渡る豪邸。

 この屋敷では、現在トラブルが起こっていた。

 

 この屋敷の主人、ゾルダートの趣味である皇国の古代の歴史資料の一つが、盗まれたのだ。

 

 “誰もいないはずの場所で、誰かが誰かと争った形跡を残して”

 

 そして、この屋敷の警備網にはその影も形も見えず、残されたのは一つのカードのみ。

 

『お宝”風魔の絵巻物”は一時拝借いたします、怪盗より』

 

「決して逃がすなぁ!」

 

 そ警備員たちがくまなく屋敷を探していると、3階の窓が開いているという事が発見された。

 しかし、そこからの足取りは全くつかめない。

 

 下を捜索しても、足跡の一つもないのだ。

 

 まるで、そこからどこかに消えたかのようだった。

 

 結局怪盗は見つからず、夜が明けると屋敷の前には木箱に丁寧にしまわれた巻物が置かれていた。

 その絵巻物からはこれまで感じていた”狂気的な魅力”は薄まったため、普通の古代の絵巻物のように思えてしまった。

 

 当然偽物にすり替えられていないのかの検査を行ったが、その様子は全くない。

 この屋敷についてから生まれた経年劣化も、管理用のタグも変化はない。

 

 主観的な狂気的魅力以外のすべてが本物であることから、これは真作であると判断されてしまった。

 

 その凄まじき贋作技術に対して、この怪盗はこう呼ばれている。かつて贋作を真作にしてみせた伝説の贋作者の名前からとられたその名前。

 

 ”メーヘレン”と。

 

 ────────────

 

「なんて話を昨日お父さんが酔ってしゃべっててさー、うざいよねーそういうの」

「それ、大丈夫なの? 機密がどうとかって話になりそうなんだけど」

「さぁ?」

「適当ね、まぁ言いふらす趣味はないんだけど」

「カンナちゃん友達少ないもんねー」

「うるさいよメアリー」

「そんな拗ねるカンナちゃんも可愛いなぁ!」

 

 ここは、皇国にあるカフェ“アルセーヌ”。客の少ない店内にて、友人になった少女にダル絡みしているのがメアリー。純帝国人の少女である。メアリーと話し合っているのが、カンナという少女だ。帝国人にしては小柄なその姿は、彼女の纏う刺々しい雰囲気を和らげている。

 

 だが、メアリーに対しては心を開いているようで彼女の奇行とも思える行動に対してさして抵抗もしていない。そんな黒髪の綺麗な少女であった。

 

 ちなみに、メアリーのスタイルは良く、年上に見間違えられがちであるほどに豊満であった。それと比較するとカンナは荒野である。どことは言わないが。

 

「それで、メーヘレンだっけ? ソイツがどうかしたの?」

「いや、どうしてわざわざ盗んだものを返しに来るのかなーって。贋作だったとしてもさ」

「……怪盗なんだし、美学でもあるんじゃない?」

「それなら、皇国の歴史に出てきた石川五右衛門みたく、盗んだものを売り払って、お金を皆にばら撒く! なんてのの方がしっくり来ない? 一応皇国って敗戦国なんだし」

「……敗戦国特有の恨み辛みがどこにもないことが、不思議でならない妙な国だけどね、皇国って」

「むしろ仲良くなったよね。皇国と帝国って」

「皇国って昔圧政を敷いてたらしいからね。帝国は解放者ってことになるんじゃないかな」

「カンナちゃん当時のことは覚えてないんだ」

「……私は交易地区の育ちだから、圧政を感じたことはないのよ」

 

 交易地区とは、戦争前に鎖国をしていた皇国の制度の一つである。外からの人間との交流、交易を限定していたのだ。

 

 とはいえそれは14年も前の話。当時3歳であったカンナには、記憶の彼方の話だった。そんな悪習があったというような話を知っているだけだ。

 

「そういえば、カンナちゃん」

「どうしたの? メアリー」

「学校、通う気はないの?」

「今の仕事が不定期だからね。通信制ですら卒業できるか怪しいのよ。高卒認定試験は来年受けるつもりだけどさ」

「うん、やっぱもったいないよ! 青春は一回だけなんだよ! 女子高生のカンナちゃんはこの瞬間だけなんだよ! 一緒に学校行こうよー。私に勉強もっと教えてよー、宿題写させてよー」

「それが目的か。宿題は自分で頑張りなさいよメアリー。過剰な手助けなんてしないわよ私」

「えー」

「えーじゃない」

 

 そんな会話をしていると、だんだんと客が増えてくる。

 開店と同時にモーニングを頼むのはカンナ一人だが、この“アルセーヌ”のモーニングコーヒーは人気の逸品なのだ。

 

「じゃあ、私はもう出るわ。バイトも学校も頑張ってね。メアリー」

「うん! カンナちゃんもお仕事頑張ってねー!」

 

 そう言葉を交わして、カンナは喫茶店を出て行く。

 

 現在時刻は午前7時。カンナの仕事場までは10分と経たないので、遅刻の可能性はない。

 

 そんな事を思いながら、周囲の人々を見回す。

 

 

 14年前に、帝国と皇国は戦争をした。

 それなりの数の軍人が死んだが、皇国の首相が“病死”した事で決戦には発展しなかった。その為、国民感情としてお互いに憎しみあっているという事は本当にない。戦勝国の務めとして帝国は皇国を占領下に置いているが、戦後2年で自治権は認められているほどに関係は良好だった。

 

 “それが、表の世界での話だった”

 

 ────────────

 

「来たわよ、静流」

「ああ、神奈か。早いな」

 

 そこは、皇国の歴史ある古びた神社だった。

 神奈は、ここで仕事をしているのだ。それは、巫女などの普通の仕事では当然ない。

 

 ここは、皇族に仕える最後の陰陽師阿部静流(あべのしずる)の拠点であり、そして怪盗である神奈(カンナ)・リュミエールのアジトでもあるのだ。

 

「聞いた? 私なんか“メーヘレン”って名前ついたらしいわよ」

「……返しているのは、きちんと本物の筈だが?」

「私に言わないでよ。ガメて偽物にすり替えたりなんてするわけないじゃない。100年単位とはいえ、魔物を封じるための儀式が必要な粗大ゴミに興味なんて無いわよ」

「……呪物を粗大ゴミと言うな、神奈。あれは古代より受け継がれてきた歴史遺産でもあるのだ。そして、もし捨てるとしたら魔術由来の物なので危険ゴミだ」

「はいはい、ゴミの分別には気をつけますよ。それで、上からの指令はどうなってるの? 普段通りに行動したし、尾行の類も無かったから見つかってはいないみたいだけど」

「ああ、どうやら今回ももみ消しは通じたらしい。警察の一部が味方であることは本当に頼もしいな。……もっとも、職務を全うしない姿に思うところがないわけでは無いが」

 

 そんな会話をしながら、怪盗として昨夜の事を振り返る。

 

 やったことはシンプルである。変装して屋敷の中に潜り込み、巻物を盗んで離脱した。そしてその巻物を静流が封印し、丁寧に送り返した。

 

 その過程で、この科学の蔓延る現代にて廃れた“魔法”を使っている事を除けば、恐らく神奈以外にもできる人間は多いだろう。

 

 だが、この怪盗という仕事は神奈にしかできない。

 

 彼女は、皇国人と帝国人のハーフである。その為、すこし変装すれば帝国人としてするりと忍び込める。

 

 彼女は、魔法の天才である。3歳で露頭に迷っていた神奈を拾った静流の母から多くの術を教わっているために、“呪物の怨霊”を倒すことができる数少ない存在だ。

 

 そして、彼女は帝国と今の皇国を憎んでいる。それは、彼女の両親が戦争を止めようとした事実がその種を植え、静流の母が帝国に殺されたことで育ち、今の“帝国の意図的な無知”による呪物の暴走を放置している現在の政府がその花を咲かせた。

 

 使命感、容姿、実力、その全てを兼ね備えている『怪盗になることができる存在』は、この皇国には神奈しかいない。

 

 だからこそ、神奈は怪盗をやっているのだ。メーベレンと名付けられた、顔のない怪盗を。

 

「それじゃあ、スケジュール的にあまり時間はない。次の呪物の話をしよう」

「ええ、お願いするわ静流──帝国にも皇国にも、もう魔法で人は殺させない」

 

 そうして、神奈は二人きりの作戦会議をするのだった。

 

 次の呪物、“伊賀の里の掛け軸”を封印するために。

 

 ────────────

 

 次回、フェルメリア美術館の怪奇

 

 



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02 フェルメリア美術館の怪奇

「まず、概要を説明する。今回は霊障が起こり始めている初のケースだ、現在掛け軸のあるフェルメリア美術館は、深夜になると怨霊が湧いて出ているらしい。目撃証言もある。……帝国資本の美術館故に、無視されているがな」

「本当帝国ってそういう所クソよね」

「帝国ではその価値観があったから魔法の芽吹きにくい荒野で国を作り上げられたんだ。悪いことばかりではない」

「……正論は求めてないわよ、静流」

「そうか、すまない。……話を戻そう。今回は被害も出ているからと民間のゴーストバスターとして参加できないか打診したが、“そんなものは必要ない! ”と取り付く島もないとのことだ。上も大変だな」

「美術館のオーナーって、無能でも務まるのね」

「待て、無能な人間などいない。人は皆どこかに素晴らしい長所を持っているのだ」

「そんな道徳の教科書みたいな詭弁は要らないから、はやく続きを言いなさいよ」

「……この話は後でもいいだろう」

 

 後でも御免だこのクソ真面目善人モドキめと、神奈は当然に思った。

 

「というわけで、今回も怪盗の出番というわけだ。今回はもう時間がない。下調べは今日の一度だけだ。一応上から回された美術館の図面はあるが、警備の巡回路などは描かれていない。ぶっつけ本番になるぞ」

「……まぁ、なんとかするわ。そのために磨いた怪盗の技術だもの」

「心強い。今回、借りられた封印の儀式の場所はHDKビルの屋上だ。美術館からそこまでにビーコンは出せないので、自分の位置を見失うなよ」

「了解。じゃあ、行動開始ね。一応電話にはちゃんと出られるようにしておいてよ、機械音痴」

「……失敬だな。通話とメールは出来る様になったぞ」

「メッセージアプリとか使えてないあたりが不安なのよ」

「……わかった。今度教えてくれ」

「はいはい。任せてよ静流」

 

 そうして、二人は分かれて行動を開始する。

 

 静流は封印の儀式用の陣を整えるためにビルの屋上に。神奈は帝国人に変装して美術館へと赴くのだった。

 

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「流石帝国の手が入った美術館、警備が厳重、ね!」

 

 3時間ほどかけて、フェルメリア美術館の表と裏の下見をした神奈は、思わず言う。この美術館は規模に対して明らかに警備の人数が多いと。まるで、”誰かに盗みに入られるのを警戒しているようだ”と。

 

 美術品の出来は上々、帝国人、皇国人問わず若者の作品を多く展示していることから近代的な美術館である印象を神奈は持ったが、それ以上に気になったのは歴史的価値を持つ美術品が()()()()であるという事だ。

 

 怪盗としての目を持っている神奈でも注視しなくてはわからなかったほどの贋作は、どれも素晴らしい腕の者に作られたのだと神奈は感じた。

 

 もしかすると、この美術館が若くて有望な絵描きを集めているのはこういった贋作を描かせるためではないかと神奈は邪推したが、それだけだった。

 

 本命の”伊賀の里の掛け軸”はしっかりと本物として展示されているのが確認できたからだ。

 

 別室、警備員の多さ、展示時間制限、そして何よりも最新式の電子ロックがかかっている額縁の中に入っているというすさまじい警備の入れ込み具合であり、『さすがにこれは強盗に切り替えたほうが楽なのではないかと』神奈は思った。

 

 神奈の身に着けている魔法のほとんどが対怨霊用の破邪術式ではあるが、基本魔術である身体強化を使えば警備員の二人くらいは倒せる自信はある。もっとも警備員の数は8人であるから、残り6人に袋叩きにされる未来しか見えないのだが。

 

 そうして、監視カメラなどの警備の状態を把握した神奈は、静流に連絡をする。

 

 神奈の中ではもうプランはできている。それのサポートで静流の協力が必要だと感じたからだ。

 

「──というわけで、今からソレを用意してほしいんだ。霊障が起こっているなら派手なことになる。なら、ちょっとおちょくるくらいは仕事の範囲内だろう?」

「ああ、わかった。用意しておく。……しかし、冗談で怪盗と名乗り始めたのだがな」

「私も想定外だよ。けど、現状これしか手段はない」

 

 そんな、盗みに入るための作戦会議を行っていると、ふと、空気が冷え込んだ。

 

 確認してみると現在時刻は17時30分。閉館時間ではないが、目標の掛け軸がしまわれる時間だった。

 

「静流、様子がおかしい。ちょっと見てくる」

「気を付けろ神奈。霊障が起こっている可能性もある」

「わかっているよ。それでも、行くしかないでしょ? ──こういうのから人の命を守るのが、怪盗()だ」

 

 そうして、警備をすり抜けてするりと展示室へと向かう。

 

 するとそこには、拳銃で武装した警備員たちが混乱しながら黒い女性のような影に銃撃を始めている。しかし、その弾丸は空を切る。

 霊体である怨霊には、物理的攻撃は通じない。それは皇国の神事に携わる身なら知っていて当然の事実であり、帝国の干渉により民衆に伝えられなくなった伝承の一つである。

 

「くそ、なんだってこうなりやがる!」

「ベネットみたく肉を吸われて死ぬぞ! 逃げるんだよ!」

 

 そんな狂騒を見て、神奈は思わず術を使いかける。

 

 静流は当然それを予見して、「今はやめておけ」と言うが、神奈はもう止まらない。

 

「ごめん静流。私行ってくる」

「……それは、憎しみが理由か?」

「……さぁね」

 

 そんな言葉から進む神奈の右手には、一本の筆が握られていた。

 

 その筆は陰陽術系の魔法の媒体になる魔法筆(まほうひつ)だ。

 

 中空に漢字を描き、その文字の力で彼女は魔法を描く。

 

 描かれた漢字は、”剣”

 

 それによって筆の先から現れるのは霊気の剣。神奈の霊刀”一文字”だ。

 

「そこの! 下がって!」

 

 その声と共に駆けだす神奈。その顔には銀の蝶を思わせるマスクが付けられており、その素顔は見られていない。

 

 だが、その魔力が、彼女を尋常な者ではないと物語っている。

 

 魔法は忘れ去られたものではあるが、その狂気的な力のことを魂は忘れていないのだ。

 

 叫ぶ黒い影。魔力に引かれて攻撃対象を変える黒い影。それは口を大きく開けて、神奈に喰らいつこうとしてくる。それに対して霊刀を合わせるも、その肉は固く、刀で裂くことは叶わなかった。

 

「なんだ、あいつは!?」

「怖い、あのバケモンもマスクの女も!」

 

 そんな魔力の狂気に当てられた者たちを横目に神奈は敵の情報を整理する。

 

 伝承によれば、この”伊賀の里の掛け軸”に封じられた魔物は妖怪”肉吸い”だ。低級の妖怪ではあるが、人食いの魔物であり頑丈であるため殺すことが叶わなかったので封印したという情報を受け取っている。

 

 そして封印をしたのは最強の陰陽師の名を襲名した当時の”安倍晴明”だ。その封印方法は霊力によるゴリ押し。弱点を突いたなどといった逸話はない。なので、神奈の最も得意とする霊刀にとる近接戦闘を挑んだのだが、力は互角。あるいはそれ以下といった所だった。

 

「分が悪い!」

 

 そんな姿を見て、逃げ出す者が半数、腰を抜かす者が半数だ。

 

 封印が解けていないのにこの力、本体はもう現代人では太刀打ちできないと神奈は実感できてしまった。

 

 だからこそ、神奈は戦いを止めない。こいつを浄化しなければ多くの犠牲者が出てしまうと分かっているから。

 

 魔力を込めた蹴りにて女を蹴り飛ばし、霊刀の突きにて浄化の力を叩き込む。

 その突きは躱されたが、攻撃パターンはもう読めた。

 本体ならまだしも、その余波でしかない怨念はさしたる思考能力を持たない。故に次にこの怨念の取ってくる行動は肉を吸うための噛みつき。

 

 そこに、”浄”の字の力を込めた魔弾を叩き込む。その弾丸は肉吸いの体内で破裂し、浄化された。

 

 それにより邪念は力を失い、消えていった。

 

 そうして残されたのは、腰を抜かしていたところから立ち直った警備員たちと仮面の女である神奈だけだ。

 

 そして、どこからともなく飛んできた折り鶴を受け取った神奈はそれを広げて皆にこういった。

 

「私は怪盗メーヘレン。今夜2時、この霊障の原因である”伊賀の里の掛け軸”を頂きにまいります。では、これにて失礼」

 

 そうして投げられた煙玉に乗じて神奈は逃げ出し、周囲に溶け込み逃げおおせた。

 

 その後には広げられた折り鶴だったものが残り、それは達筆な漢字で描かれた”予告状”が存在へと変わっていた。

 

 

 ────────────

 

 

 そうして深夜2時、草木も眠る丑三つ時。

 警察と警備員たちが入り混じるその中で、怪盗メーヘレンの”怪盗の時間”が始まったのだった。

 

 

 

 

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 次回、怪奇怪盗メーヘレン

 



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03 ”怪奇怪盗”メーヘレン

 草木も眠る丑三つ時、それは魔の者が最も力を増す時間帯。

 

 現在神奈は、怪盗用にと支給されたステルススーツにマスクを着けている姿だ。この装備は視認性を魔法による幻術で落としながら所々に仕込んでいる銀の加護により霊的防御を高めている優れモノだ。当然バックアップの静流との霊的通信の術式も刻まれている。

 

 しかし、自身よりおそらく強いだろう怨念に対して勝てるようになるといった変身ヒーローのスーツのような力はない。ただの防御スーツだ。

 

 だから、このスーツを着ているのは神奈自身のスイッチを入れるためだ。

 

 自身が、怪盗であるというスイッチを。

 

「静流、もう行くよ」

『ああ、封印の陣はもう出来上がっている。任せたぞ、怪盗』

「うん。じゃあ()()()()()()

『……無線ジャックは、通報というのか?』

「さぁ?」

 

 そうして、神奈は下見の際に描いていた文字”姿”に魔力を送る。

 それは、裏口から怪盗メーヘレンが侵入するという幻を皆に見せた。

 

「裏口に怪盗発見との連絡が! 警備を回避して侵入を果たしていたようです!」

「裏口からとはいえ、正面突破だと!? 舐めるのも大概にしろ! 進行予想ルートはB! 絶対に歴史遺産には近づけるな!」

「了解!」

 

「正面突破は当然囮だけど、ここまで釣られて大丈夫なのこの国の警察」

 

 そんな神奈がいるのは美術館の屋根の上。先ほど動かした幻が警備の目を引き付けているうちにしれっと屋根上まで登って見せたのである。

 

 今回の幻を使った作戦の肝は2つ。幻は人の目に映っているだけなので監視カメラには映らない。それを誤認させるには監視カメラのない囮の走るルートをあらかじめセットしておき、静流による無線でそこを走っていると人の目のみに認識させること。それが一つ。

 

 もう一つは、これから始まる怨念との戦いに警備員や警察を巻き込まないために戦場から遠ざけることだ。

 

 弱点はわからない今では、怨念との戦いは激戦になることは明らかだ。

 だからこそ協力者のいる警察をこの戦場に巻き込むために予告状なんてものを出したのだ。

 もっともその協力者とは”オカルト事件に対しての”上の協力者であり、怪盗の協力者ではないので敵に回すと厄介極まりないという負の面もあるのだが。

 

「……よし、侵入成功。静流、監視の式神の様子は?」

『ああ、ほとんどの警備員は幻を捕らえに動いている。残りは掛け軸がしまわれている保管所の前に2人いるだけだ』

「なら、いつもどうり眠らせて盗むのが一番楽かな?」

『電子ロックは偽造カードキーで突破できる。問題はないだろうな』

「了解」

 

 そうして神奈は監視カメラから身を隠し、彼女の最速で保管所へと向かっていく。

 

 保管所は、3階にある館長室のすぐ近く。当然そこまでには警備員が詰めていたが、皆神奈の術により気づかれることなく眠りに落ちていった。

 

 そして、扉の前の2人。その一人はそこそこベテランに思える警備員だったが、もう一人が厄介だ。

 

 ”オカルトに対しての上の協力者”のハーフの男性がその手にテーザー銃を構えて隙なく佇んでいた。

 

「自縄自縛ってやつじゃない? これ」

『……最悪俺の名前を出せば説得はできるはずだ。カミノキは人を守るために法の味方をしている男だからな』

「大丈夫、道は見えてるから」

 

 その言葉を終えると、神奈は足に”着”の文字を描き、壁から天井へと足をくっつけながら走り出す。

 

 そして、それと同時に煙玉を投げつけ、”姿”の文字を描いたただ立っているだけの虚像を二人に見せる。

 

 それは一瞬ではあるが警備の二人の判断を惑わせ、天井を姿勢を低くして駆け抜けている神奈本体に気付くことなくその背後を突かれ、そしてするりと偽造カードキーを滑らせ、部屋の中に侵入する。

 背後の扉はすぐに閉まり、外部からの侵入をシャットアウトする防壁に早変わりした。これで警備は全員かいくぐれた。

 

 そう思い倉庫の中を見ると、そこには一人の老人がいた。

 

「……やぁ、怪盗気取りのお嬢さん」

「……こんにちはお爺さん。さっそくで悪いけど”伊賀の里の掛け軸”、貰っていくわね」

 

 その老人から感じる狂気の波動に、神奈は思わず魔法筆を強く握る。尋常の者ではないと、気配だけで分かるのだ。

 

「この肉にはまだなじみ切っていないんだ。本体からあまり離れたくない」

「……尊厳を踏みにじったのね、妖怪」

「望んで差し出してきたのだよ、この男がな」

「なら、遠慮はいらないわね。あんたをぶっ飛ばして呪物を封印する」

「できるのか? 国にすら見捨てられた、はぐれ術師風情が!」

 

 その言葉と共に老人の体には怨念がとりつき、人より一回り大きい美しい女性の姿を形どった。

 

 そして、肉吸いが腕を振る。

 それは怪盗としての訓練を積んだ神奈には何とか躱せる程度のモノだったが、その一撃は重かった。

 

 神奈が回避する前にいた壁が、その一撃で崩壊するほどにだ。

 

「ふむ、()()()()()()()

「……馬鹿力め!」

「ははは、異なことを言う。この程度手遊びのようなものじゃろうに!」

『神奈! 式神に印を! 弱点を解析する!』

「そんな暇があったら掛け軸もって逃げたほうが早いわ、よ!」

 

 通信中にも待ったをかけない肉吸いの両腕による掴みをバク宙で回避し、魔力を込めた蹴りを当てるが効果はない。呆れた硬さだった。

 

 そうして距離を取った神奈に対して始まるのは猛攻。技もなくただ力を振るっているだけのモノであったが、それだけで神奈は防戦一方だった。

 

 だが、神奈にはこれ以上引くことは許されない。

 なぜなら、神奈には見えているからだ。先の壁をぶち抜いた一撃により警備員の方が頭に傷を負い、カミノキにより運び出されていることが。

 

 ここで、何が何でも止める。そう覚悟して神奈が霊刀を形成しようとした時に、銃声が響いた。

 

 撃ったのは、先ほど傷を負った警備員の男。

 

「やってやったぜ……ッ! 化け物程度に怖がってて警備員ができるかよぉ!」

 

 そして、その銃弾は肉吸いの頭部に命中し、弾かれた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを認識した神奈は神奈の持てる最速で弾丸を回収。するとそれには、ルーン文字で知性や希望といった意味を表す”ケナーズ”のルーンが刻まれていた。

 

 悪霊に対しては銃弾に対して意味のある文字を刻む。そんな迷信だ。

 そんな迷信に対して、神奈の学んできた現代魔法の知識が、それを意味のあるものに変えた。

 

 現在空間に存在する魔力量は肉吸いの存在によって現世からかけ離れたものになっている。そんな中ならば、意味のある文字が起動してもおかしくないと。

 

 そして、この”ケナーズ”には、それが象徴する最も大きな意味がある。

 

 それは、”火”。

 

 それだけ分かれば、命を懸けるに足る武器になるだろう。

 

「貴様!」

「馬鹿が! そんな傷で銃なんて撃ったら傷が開くに決まってるだろ!」

「あー、すんません。けど──バケモンと女の子なら、女の子の味方しますよ俺」

「……まずは逃げるぞイーサン。この場に居座る意味はない。戦いの邪魔だ」

「りょーかい」

 

 そんな会話が、神奈の耳に聞こえる。

 

 これだから嫌になる。

 神奈は、皇国が憎い。神奈は、帝国が憎い。

 

 しかし、神奈はそこに生きる人たちのことまでを憎むことができないでいる。

 それは、神奈の甘さであるが、それを捨てるには優しい人と関わり合いすぎている。

 

 だからこそ、神奈は戦うのだ。ルールを破ってでも命を守る怪盗として。

 

 

「死ね!」と肉吸いがカミノキ達に向かって走る。それを神奈はワイヤーで足を引っかけて転ばせて動きを封じる。

 

 それに激怒した肉吸いは神奈を探すが、神奈の姿を捉えることはできない。

 そして神奈を発見した時には、もう自身の体はワイヤーで雁字搦めにされていた。

 

「すばしっこい小蠅風情が!」

「あいにくと、怪盗ってのはすばしっこいの。知らなかった?」

 

 肉吸いがワイヤーを力ずくで引きちぎろうと力を入れるが、その前にワイヤーには神奈の魔法が刻まれて起動していた。

 

 刻まれた文字は、”炎”ワイヤーはその繊維のすべてを炎へと変換し、肉吸いの体を熱と痛みで拘束した。

 

 それを見届けた神奈は、慇懃無礼にこういい放つ。

 

「あなたの呪い、これから頂戴いたします」

 

「おのれ怪盗!」という言葉を背後に聞きながら、神奈は呪物である”伊賀の里の掛け軸”に簡易封印の札を張り、そのまま窓を開けて中空に体を投げ出す。

 

 そして、”飛”の文字を描いて、その力で静流の待つビルの屋上へと向かうのだった。

 

 

 ────────────

 

 それからの事。

 

 肉吸いに憑依されていた老人は館長であり、独自に歴史遺産を守ろうとしたが怪盗によって軽度の火傷を負わされたという結末になっていた。

 かつての皇国なら、危険呪物を使って魔道に堕ちようとしたことを糾弾されることになったろうが、今の皇国にそんな法律は存在しない。戦後のごたごたで憲法からすらその条文は削除されてしまったのだ。

 

 そんな邪悪が、裁かれない悪を生んだと思い内心舌打ちをする神奈であったが、それを表に出すことはしない。

 

 なぜなら、今神奈はカフェ”アルセーヌ”にてメアリーに勉強を教えているからである。

 

「……カンナちゃん、本気で勉強のコツ教えてくれない?」

「じゃあ毎日ノルマ達成できなかったら飯抜きとかのルールを課したら?」

「え、なにそのスパルタ」

「そのくらいしないと真面目に勉強しないじゃない、メアリーって」

「……否定できない!」

「否定しなさいっての」

「まぁいいや。それより怪盗なんだけどさー」

「……どうしたの?」

「怪盗の出たところをまとめると、だいたいそこには怪奇現象が存在したんだって。けど、怪盗が出た後だとすっぱりなくなっちゃったんだとか」

「怪盗が盗んでいったのは幽霊だったりとかって話?」

「そう! それ! まさに怪奇! 怪盗メーヘレンだよ!」

「……”怪奇怪盗”メーヘレンじゃないんだ」

「文字で打つとどっちも一緒だよ。怪奇怪盗メーヘレン」

「あ、本当だ」

 

 そんな温かい日常の中であったが、それは一方的に終わりを告げた。

 

 携帯のバイブレーションと共にするりと帰り支度をする神奈。

 

「じゃあ、仕事の時間だから」

「本当に不定期だよねー。もっとちゃんと時間があれば一緒に服見たりとかできるのに」

「私はこれでご飯食べてるの。悪かったわね」

「悪くはないけど、ちょっと寂しいかな」

「そう。じゃあ、また今度ね」

「はーい。お仕事、頑張ってねー!」

 

 そうして、神奈は歩みを進める。

 向かう先はいつものアジト。神奈の携帯に着信があるという事は、それは次のターゲットの所在が確認できたという事。

 

 呪物に封じられた魔物たちはだんだんと力を付けていっている。

 それを盗み、再封印できるのはただ一人。神奈だけだ。

 

 だからこそ、神奈・リュミエールは”怪奇怪盗メーヘレン”として生き続けるのであった。

 

 



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