もしも日本有数のお嬢様学校でレトロなTCGが伝統になっていたら (緑茶わいん)
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もしも日本有数のお嬢様学校でレトロなTCGが伝統になっていたら
「わ、大きい……!」
白くて綺麗な校門を見上げて立ち止まる。
聖グロリア学園 白鐘校。
全国的に有名な由緒正しいお嬢様学校。
制服が白くて可愛くてふわふわなので「ヴァニラ校」なんていうあだ名がついてる。ファンタジー世界のシスターさんみたいなその制服を、今、わたしも着てる。
初めて着た時も嬉しくて飛び跳ねちゃったけど、同じ制服の子がたくさん歩いているのを見ると格別というか、まるで別世界にいるみたい。
――わたし、今日からここに通うんだ。
お父さんのお仕事(ライトノベル作家)が大成功したのがちょっと前のこと。
増刷、コミカライズ、アニメ化が次々に決まって、我が家は急にお金持ちになった。そこで、お父さんはずっと前からの夢を叶えることにした。
それは、娘(わたし)をお嬢様学校に通わせること。
お友達と離れ離れになるのは寂しかったけど、わたしにとっても憧れの学校。
すごく悩んでオーケーした。
わたしは、人と話すのが得意じゃない。
本当は仲の良い友達とだけおしゃべりしたい。それか、一人で本を読んでる方が楽しい。
でも、せっかくこんな学校に通えるんだから、頑張ってみたい。
いっぱい友達を作って、楽しい学校生活にするんだ!
ぎゅっと握りこぶしを作って自分に言い聞かせる。と頷いて決意を固める。
――と。
わたしは、登校していく生徒さんたちからちらちら見られているのにようやく気付いた。
校門で立ち止まって握りこぶし作ってる見慣れない子。
ぜったい怪しい。
わたしは真っ赤になりながらこそこそと校門をくぐった。
☆ ☆ ☆
「担任の東です。よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします」
担任の先生は綺麗な女の人だった。
生徒手帳を貰って、簡単な注意事項を教えてもらう。
「こんなところかしら。慣れるには生活するのが一番だから、困ったことがあったら都度、私とかクラスの子に聞いてくれる?」
「わかりました」
「それと、この学校特有のルールについて教えておきたいんだけど――」
先生はそこで時計を見た。
「長くなるから放課後にしましょう。ルールといっても、そう頻繁に使うものではないから。今日は普通にしていれば大丈夫だから」
「はい」
職員室から、簡単に校内を紹介してもらいながら教室へ向かった。
お嬢様学校は校舎の中まで綺麗だ。
ゴミなんて落ちてないし、廊下もぴかぴかに磨かれている。
昇降口にも高そうなお花が活けてあった。
「私が呼んだら入ってきてね」
「はい」
わたしのクラスは一年C組。
女子校だから当たり前だけど、教室には女の子しかいない。
しかも、可愛い子や綺麗な子が多い。
共学の普通の学校に通っていた私にとっては驚きの連続だ。
「転校してきました、浅野めくりです。趣味は……えっと、物語を読むことと、ゲームです。よろしくお願いします」
ぱちぱちぱち、と温かい拍手が返ってくる。
おそるおそる見ると、みんな笑顔だった。
――お嬢様学校すごい。
不安だったけど、この学校ならやっていけるかも。
☆ ☆ ☆
「浅野さんはどんな本が好きなの?」
「ご両親は何をされているの?」
休み時間の度に質問攻めに遭った。
授業は前の学校より進んでるけど、もともと成績は良い方だったからなんとかなりそう。
早く慣れようと頑張っているうちにお昼休みになった。
「浅野さんは、お昼はどうするの?」
「お母さんがお弁当を作ってくれてるんです」
「そうなんですの。ヴァニラは学食のメニューも充実していますから、そちらも是非お試しになって」
「はい。是非」
同じくお弁当派のクラスメート何人かと一緒にお弁当を食べる。
みんなのお弁当は凝った感じのが多くて、中には「シェフが毎日作ってくれるんです」なんていう子もいた。
でも、お弁当が馬鹿にされたりはしなくて、
「心がこもっているのがよくわかる、素敵なお弁当ですね」
「ありがとうございます」
すごい。ここ、すごくいいところかも。
卵焼きや唐揚げが入ったお弁当はがいつもより美味しく感じて、あっという間に食べ終わってしまった。
と。
「いい加減にしてくれないかしら?」
苛立った女の子の声。
びくっとして振り返ると、ちょっと離れたところに二年生のリボンをつけた女の子と、クラスメートの女の子が一人いた。
二年生の先輩は独特の腕章をつけている。
一緒に食べていた子達が「ああ……」と眉を顰めて、
「風紀委員の黒乃先輩だよ」
「桜野さんは先輩に目を付けられていまして……。あまり関わらない方がよろしいかと」
あの子は桜野さんっていうんだ。
髪がふわふわしてて、ちょっと垂れ目な可愛い子。
「うん。でも、あの子、悪い人には見えないよ……?」
「そうなんだけど。まあ、見てればわかるよ」
見守っていると、桜野さんと黒乃先輩は言い争いを始めた。
「何度言ってもわからないわね! その匂いをどうにかしなさい! あなたのせいで風紀が乱れるのよ!」
「で、ですから、私は香水なんて付けていないんです!」
「別に香水なんて言ってないわ。匂いをどうにかしろって言ってるの。なんでわからないのかしら? 臭いのよ。それとも、そんなに男にモテたいの?」
「そ、そんなこと……」
言い合ううちに桜野さんは涙目になっていく。
とっても可愛い女の子のに「臭い」なんて言われて……辛くないはずがない。
「匂いって……?」
「桜野さんは良い匂いがするんだよ」
「御本人の体質であってシャンプーやボディーソープ、香水の類ではないようです。ですから、どうにかしろと言われても難しいのですが……」
黒乃先輩は「学校には相応しくない」と譲らないらしい。
先輩の言う事も少しはわかる。
桜野さんみたいな子が良い匂いをさせていたら「遊んでいる」ように見えちゃうかもしれない。
「いいわね? わかった? わかったら返事をしなさい」
「……でも、でも」
桜野さんは泣き出してしまった。
ひっく、ひっくとしゃっくりを上げる彼女を、黒乃先輩は鬱陶しそうに睨みつける。
クラスの子達はみんな見ないふりをしている。
「助けてあげられないのかな」
「駄目だよ。風紀委員に目を付けられたら、同じような目に遭わされるかも」
「彼女達は学校の自治に関してある程度の権限を持っています。面倒を避けたければ無視するしかありませんわ」
「でも」
桜野さんはまだ泣いてる。
昼休みが終わるまでにはまだ十五分以上もある。
それまでずっと怒鳴られ続けるの?
「いつまで泣いているの!」
「っ」
桜野さんとわたしの身体がびくっと震えた。
「泣いていれば許してもらえるとでも思ってるの? あなた、心の中で私のことを馬鹿にしているんでしょう? 今は私のところで止めてるけど『上』に話を持って行ってもいいのよ」
黒乃先輩みたいな意地悪な人がもっとたくさんいるんだろうか。
「話によっては退学だってありえるんだから」
そんなの。
やっぱり可哀想すぎる。
「私、行ってくる」
「浅野さん!?」
「駄目ですわ!?」
みんな止めてくれたけど、我慢できない。
――ここは、いい学校だと思った。
優しくて、温かくて、居心地が良さそうだって。
なのに。
桜野さんだって、わたしの自己紹介に拍手してくれたのに。
彼女のために、わたしが何もできないなんて嫌だ。
「やめてくださいっ!」
わたしは、桜野さんと黒乃先輩の間に割って入った。
☆ ☆ ☆
「何、あなた?」
「転校生の浅野です。その、もうやめてあげてください」
「転校生? ふうん。なら邪魔しないで。関係ないでしょ?」
「関係あります。同じクラスなんですからっ」
必死に目を言うと、黒乃先輩の目つきが鋭くなった。
「何も知らない癖に」
「知ってます。聞きました。桜野さんにどうしろっていうんですか」
「知らないわ。問題があるから改善しろと言っているの。方法は自分で考えればいいでしょう?」
「そんなの、あんまりです」
わたしは先輩の前からどかない。
しばらく睨み合っていると、制服の裾がちょこんと摘ままれて、
「ごめん、なさい」
桜野さんの声。
「もう、いいから。迷惑、かけられない」
「そんな」
わたしは振り返った。
近づくと、桜野さんからは確かにいい匂いがした。
ほんのり甘い匂い。
顔を近づけて、くんくんと嗅いでみる。
「わたしは、桜野さんの匂い、好きです」
「………」
もう一回顔を向けると、黒乃先輩は深いため息をついた。
「そこまで言うなら
途端、教室内がざわっとした。
対戦?
なんだろう。使い方的には『
「あの、対戦ってなんですか?」
「知らないの? ……ああ、転校生だものね」
黒乃先輩はふん、と鼻で笑って、
「もちろん、カードゲームで勝負することよ」
「あの、冗談はやめてください」
制服がくいっと引かれた。
「あの、浅野さん。違うんです。本当なんです」
「え?」
「我が校では、揉め事の解決に『対戦』を使うのよ」
「勝てば要求が通る。負ければ相手に従う。それがルール」
本当なんだ……?
これが朝、先生が言ってたルール。
言ってくれれば良かったのにと思うけど――ゲームのルールまで説明してもらう時間はどう考えてもなかった。
「あなたがその子の代わりに戦いなさい。それで勝てば許してあげる」
「わたしが、勝てば」
ゲームで決めるなんて変な話。
まるでマンガの中みたいだけど。
「わかりました。やります」
わたしはすぐに頷いた。
☆ ☆ ☆
「……本当にごめんなさい。私のせいで、こんなことに巻き込んで」
「ううん、わたしがやりたくてやったことだから」
黒乃先輩は「勝負は放課後」と言い残して帰っていった。
クラスのみんなはわたし達から離れていって近寄ってこない。
仕方なく、わたしは桜野さんと二人で話を始めた。
「あの、それで『対戦』って」
「うん。これで戦って、勝ち負けを決めるの」
桜野さんは自分の鞄から小さな箱のようなものを取り出した。
「デッキケース……?」
「知ってるんですか?」
「うん。TCGでしょ? やったことはないけど、なんとなくは」
「そうなんですね。それなら、もしかしたら」
開かれたデッキケースからカードの束が出てくる。
表と裏、二枚ずつ机の上に並べられた。
見たことがないカードゲームだ。
「ガンガン、ヴァーサス?」
「はい。『対戦』の名前の由来です」
「ガンガンって、禁書とかリゼロの漫画が載ってた雑誌だっけ?」
「月刊少年ガンガン――鋼の錬金術師が掲載されていたことで有名なマンガ雑誌です」
桜野さんがカードの一枚を示す。
『エドワード・エルリック』。
彼女が例に出した『鋼の錬金術師』の主人公のカードだ。
「ちょっと古いゲームなので、登場作品も昔のものです」
「鋼の錬金術師も結構昔に完結してるもんね」
ガンガンヴァーサスはその月刊少年ガンガン、それから姉妹雑誌に載っていたマンガのキャラクターが登場するカードゲームらしい。
「そんなゲームがあったんだ……」
「もちろん、イラストは原作のものや、もしくは原作者の書下ろしが使われているので、ファンにはたまらないゲームです」
「でも、そんなゲームがどうして、この学校で流行ってるの?」
「理事長がこのゲームのファンなんです」
そんな理由なんだ。
「でも、そっか。好きな作品のカードでデッキが組めたりしたら楽しいかも」
「もちろんできますよ。同じ作品のカードを組み合わせるためのルールもあります」
「あ、楽しそう」
そう言うと、桜野さんは嬉しそうに笑った。
「そう言っていただけると嬉しいです。……私のために対戦なんて申し訳ないですが、せっかくでしたら浅野さんにも楽しんでいただきたいです」
「うん。わたしもちょっとわくわくしてきちゃった」
昼休みの時間が残り少なくなっていたので、わたし達は残りの話を次の休み時間に持ち越すことした。
☆ ☆ ☆
ガンガンヴァーサスは、自分が買い集めたカードで「デッキ」を作って対戦する、いわゆる
デッキ枚数は五十枚。
同じカードは四枚まで入れられる。
プレイヤーは五十枚のデッキと一枚の「リーダーカード」を使って対戦する。
リーダーカードはプレイヤーの分身で、作品の主人公(もしくはヒロイン)が務めていることが多い。各リーダーカードは違う能力とHPを持っている。
敵から攻撃を受けるとリーダーのHPが減っていって、ゼロになると負けになる。
リーダーカードは表面の余白と裏のベース色がピンク色をしていて、デッキには入れられない。
デッキに入れられるカードは大きく分けて「キャラクターカード」「アイテムカード」「エネルギーカード」の三種類。
エネルギーカードというと、真っ先に連想したのはポケモンのカードゲームだけど、このゲームにはエネルギーカードが一種類しかない。
「このゲームでは、カードを出したり能力を使うのにエネルギーを消費します。使ったエネルギーは『使ったのと同じ枚数のエネルギーカードを裏返す』ことで表します」
「裏返す……
「その解釈で問題ありません。エネルギーカードは万能の土地と考えてください」
エネルギーカードを使ってキャラクターカードやアイテムカードを出し、相手のリーダーにダメージを与えていくのが大きなゲームの流れだ。
「TCGの通例通り、このゲームもいくつかのブースターパックが発売されています」
TCGはカードを集めて遊ぶゲームだ。
なので、全部のカードを集めきったプレイヤーはもうカードを買わなくなる。それを防ぐため、定期的に新しいカードを発行する。
ブースターパックは「どこからどこまでのカードが収録されているか」が決められた、シリーズみたいなもの。
第一弾、第二弾、みたいに発売順に呼ばれることが多い。
「今回は一番最初の弾だけを使った一本勝負です」
「桜野さん、黒乃先輩とルールを決めてたもんね」
カードの種類が多くなると経験の差が出やすくなるので、できるだけ使える枚数が少なくなるように気を遣ってくれたんだ。
「ありがとう、桜野さん」
「そんな。当然のことをしただけです。むしろ、私が戦うべきなのに……」
「黒乃先輩って、強いの?」
「はい……。少なくとも、私じゃ絶対に勝てません」
「そうなんだ……」
強い人。
TCGはカードゲームの中でも経験の差が出やすい。
運の要素も強いけど、それ以上にデッキの組み方やカードの知識が力を発揮するからだ。
わたしに勝てるかな。
ううん、絶対勝たないと。
わたしはカードを持ってないので、とりあえず桜野さんが貸してくれることになった。
「じゃあ、まずはデッキを作らないとね」
「はい。浅野さん、この中に気になるカードはありますか? 第一弾のリーダーカードなんですが」
リーダーカードはデッキの要になる。
同じデッキでもリーダーが違えば全然別の戦い方になることもあるらしい。だから、普通はリーダーに合ったデッキを組む。
桜野さんが並べてくれたのは二十枚のリーダーカード。
もちろん、それぞれ別の漫画のキャラクターの絵が描いてある。わたしはそれをひとつひとつ見つめて、
「あ、ポン太だ。あれ、ガンガンのマンガだったんだ」
手に取ったのは、ぬいぐるみみたいな可愛い動物(?)が描かれているカード。
「『PON!とキマイラ』、通称ポンキマですね。ご存知なんですか?」
「うん。お母さんが全巻持ってたから、わたしも何回も読んだんだ。ポン太が可愛くて」
『PON!とキマイラ』は千年に一度生まれる『神獣』のポン太の飼い主になった守銭奴の中学生、笠置八満*2がパートナーの女の子、シアンや他の仲間達と一緒に日常を繰り広げるマンガだ。
子育てコメディとラブコメを合わせた感じかな?
あと、とにかくポン太が可愛い。
「ガンガンヴァーサスでは原作の再現に力を入れていて、例えばその『ポン太』は炎で敵を攻撃したり、空を飛んで攻撃をかわしたりできます」
「よく八満が被害にあってるやつだ」
「はい。ゲーム的にも、攻撃と防御の能力が一つずつなので使いやすいと思います。ただ、設定されているHPがゲーム中で最小なので注意が必要です」
「あ、そっか。ちっちゃいもんね。ポン太」
「女性や小動物はHPが低く、男性や異種族はHPが高い傾向があります。これも原作再現ですね。……あ、それと、リーダーカードと同じ名前のカードはデッキに入れられないのでご注意ください」
「ポン太は監督してるから、選手はできないみたいな感じかな」
せっかくなので、リーダーカードは『ポン太』に決めた。
リーダーは「HP」や「アビリティ」などを持っている。
HPは前にも言った通り0になると負けで、アビリティはさっき桜野さんが言ってた「能力」だ。決められたエネルギーを支払っていろんな効果を起こす。
ポン太の場合は「炎1④」と「飛行③」の二つだ。
「じゃあ、ポン太と相性のいいカードを選べばいいんだね」
「そのカードは比較的バランスがとれていますので、どんなデッキともある程度合わせることができますよ。HPが低いので、守れるようにコストの低いカードをある程度入れる必要はありますが」
「なるほど……」
桜野さんが出してくれた第一弾のカードは、それだけでも結構な枚数があった。
わたしは「うーん……」と悩んでしまう。
TCGのことはある程度わかるけど、初心者のわたしは何か基準がないと決めづらい。
「あ。ポンキマのカードを中心にしたら駄目かな?」
「それは……。あ、いえ。いいかもしれません」
「本当?」
「はい。ただ、ちょっと枚数が足りないので、他の作品もつまみ食いしましょう」
桜野さんは一瞬悩んでから、何かを思いついたように微笑んでくれた。
「じゃあ、何かオススメはある?」
「そうですね……ポンキマのカードを活かすのであれば、この作品やこの作品はどうでしょう?」
「あ、なるほど。いいかも……!」
わたしは桜野さんのオススメを中心にカードを選んでデッキを組んだ。
余った時間でゲームのルールをなんとか詰め込む。
時間が短かったので、あんまり時間がないけど……本番は桜野さんが横についてアドバイスしてくれるというのでほっとした。
そして、あっという間に放課後がやってきた。
☆ ☆ ☆
部活動の子が教室からいなくなった頃、黒乃先輩はやってきた。
「逃げなかったのね。褒めてあげるわ」
「に、逃げたりしません」
やっぱりこの先輩、ちょっと怖い。
でも、桜野さんのためにも負けられない。
「……浅野さん。まさか、初日から『対戦』を受けるなんて思わなかったわ」
「東先生」
「ゆっくり説明してあげるつもりだったけど、こうなったからには仕方ないわ。正々堂々、勝っても負けても恨みっこなしでやりなさい」
ホームルームが終わっても残っていた先生は『対戦』の審判役をしてくれるらしい。
「教師や生徒会役員、風紀委員がジャッジの権利を持っているんです」
「でも、私は今日はプレイヤーだから先生を呼んだってわけ」
「そうなんだ」
黒乃先輩が自分でジャッジをしてえこひいきする、なんてことはないみたいで、少しほっとする。
「それで、どこでゲームをするんですか?」
専用のプレイルームがあったり、デュエルディスクみたいなのがあるんだろうか。
と、東先生と黒乃先輩は首を傾げて、
「? この教室よ?」
「さっさと机をどかして、それとそれをくっつけて」
「アナログなんですね……」
わたしはちょっとがっかりした。
☆ ☆ ☆
何人かのクラスメートが観戦する中、わたしは黒乃先輩と向かい合って座った。
「よろしくお願いします」
まずは挨拶から。
じゃんけんの結果、先行になったのは黒乃先輩だった。
「では、同時にリーダーカードを提示してください」
リーダーカードは同時に見せる。
伏せた状態で置いておいて、いっせーので開く*3。
「「せーのっ」」
わたしはもちろん『ポン太』。
黒乃先輩は『市村鉄之助』という、男の子のカードだった。
「市村鉄之助……」
「知ってるの、桜野さん?」
「『新撰組異聞 PEACE MAKER』という作品の主人公です」
「討ち入り? 忠臣蔵?」
「その新撰組で合っています。主人公の鉄之助の成長をメインに描いた作品になります。それだけに、戦闘に長けたカードが多いので注意してください」
桜野さんの表情が良くない。
『市村鉄之助』のカードを見ると、アビリティを三つも持っていて、HPは24と『ポン太』より四点も高い。
強敵だと、わたしは気を引き締める。
「では、ドローを」
初めの手札は七枚。
引いたカードを見た黒乃先輩はにやりと笑った。
「じゃ、私から行くわ」
ゲームの流れはこんな感じだ。
-----------
・リサイクルフェイズ
・ドローフェイズ
・配置フェイズ1~3
・バトルフェイズ
・終了フェイズ
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「1ターン目のリサイクルフェイズにすることはないわ。そして、先行の1ターン目はドローできないから、配置フェイズに行くわよ」
黒乃先輩が解説してくれるからちょっと楽かもしれない。
「配置フェイズ1。エネルギーカードを配置。続いて配置フェイズ2に『市村辰之助』を配置。配置フェイズ3は何もないわ」
配置フェイズの1~3は、それぞれ「エネルギーカード」「キャラクターカード」「アイテムカード」を置くためのタイミングだ。
エネルギーカードは1ターンに1枚しか置けない。
それから、もちろん、キャラクターカードの配置でエネルギーを使い切ってしまうとアイテムカードは置けないし、アビリティも使えなくなってしまうから注意が必要だ。
「さっそく出てきましたね、市村辰之助」
-----------
『市村辰之助』
1コストで1/1のキャラクター
鉄之助の兄
-----------
「基本的にキャラクターカードは、配置したターンは『待機スペース』に置かれるわ」
待機スペースに置かれているカードは攻撃したり、防御したり、アビリティを使ったりができない。
次のターンのリサイクルフェイズに『バトルスペース』に移動することで行動できるようになる。
召喚酔いみたいなものだ*4。
「バトルフェイズも何もなし。ターン終了よ」
「じゃあ、わたしのターンですね……。えっと、リサイクルフェイズはなにもなし、ドローフェイズは、後攻だから一枚引けるんだよね?」
「はい、合っています」
わたしはデッキの一番上からカードを一枚引いた。
配置フェイズ1に、とりあえず手札にあるエネルギーカードを1枚置いて、
「う、出せるカードがない……」
「仕方ありません。アビリティもまだ使えませんので、ターンを終了しましょう」
「うん。ターン終了です」
-----------
□浅野めくり(ポン太)
HP:20/20 手札:7枚
エネルギー:1枚
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:24/24 手札:5枚
エネルギー:1枚
-----------
「なら、私のターンね」
さっきは何もなかったリサイクルフェイズに変化が起こる。
『市村辰之助』を出すために裏返されたエネルギーカードが表向きに戻って、『市村辰之助』がバトルスペースに移動した。
これでエネルギーカードはまた使えるようになったし、黒乃先輩はバトルフェイズに攻撃できるようになった。
「ドロー。エネルギーカードを配置。配置フェイズ2に『犬坂毛野』を配置よ」
-----------
『犬坂毛野』
2コストで2/2のキャラクター
出典作品は『里美☆八犬伝』。オカマ
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「八犬士の一人がオカマって……」
「『里美☆八犬伝』は基本ギャグマンガだもの。それより、バトルフェイズに行くわよ」
「っ」
「やることは決まってるわ。『市村辰之助』でアタック。ブロックするキャラクターはいるかしら?」
「い、いません」
そもそもキャラクターカード自体が出てない。
「なら、リーダーにダメージが通るわ。キャラクターのAPの値と同じぶんだけだから、1点ね」
「はい……。19点になりました」
「あら。5点も差がついてるのね。大丈夫?」
黒乃先輩はくすくす笑いながらターンを終了する。
「わたしのターンです。リサイクル、ドロー。エネルギーカードを一枚配置します」
わたしの手札は七枚。
エネルギーが二枚になったので、できることはいくつかあるけど……。
ちらりと桜野さんを見る。
彼女はこくりと頷いて、
「作戦通りでいいと思います」
「うんっ。じゃあ、わたしはキャラクターもアイテムも配置せずにバトルフェイズに移ります」
「配置せずにバトル? まさか、マジック!?」
「はい。バトルフェイズにアイテム(マジック)『発明品』*5を使います」
アイテムカードは大きく分けて三種類ある。
アイテム(サポート)、アイテム(ドロップ)、アイテム(マジック)。そのうちサポートとドロップは配置フェイズ3で置いて使うけど、マジックだけはバトルフェイズに直接使う。
決められた枚数のエネルギー――『発明品』の場合は二枚を裏返して、
「デッキからエネルギーカードを一枚探して、表向きで配置。その後、デッキをシャッフルします」
「はああああ!? 初心者の初めての『対戦』に『発明品』!? 桜野、あんたガチのアドバイスしすぎじゃないの!?」
「『発明品』は『PON!とキマイラ』のカードですから作品単でも入ります。それに……」
「それに?」
「2ターン目託宣*6は基本ですよね?」
うん。
1ターンに1枚しか置けないエネルギーカードを増やせるのは、初心者のわたしでも強さがわかる。
イラストの清丸*7がすごく清丸っぽいのもほっこりする。
「わたしはこれでターン終了です」
-----------
□浅野めくり(ポン太)
HP:19/20 手札:6枚
エネルギー:3枚
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:24/24 手札:4枚
エネルギー:2枚
『市村辰之助』『犬坂毛野』
-----------
「リサイクル、ドロー、エネルギー配置。……いいわ、そっちがその気ならさっさと片をつけてあげる。配置フェイズ2。『原田左之助&永倉新八』を配置」
-----------
『原田左之助&永倉新八』
3コストで3/2のキャラクター
第一弾にしてまさかのコンビカード
-----------
「バトルフェイズ。特になにもなければ『市村辰之助』『犬坂毛野』の順でアタックするわ」
「う……。リーダーがダメージを受けます」
HPが19から16に減る。
ごめんね、ポン太。
「ターン終了よ」
「わ、わたしのターンです。リサイクルからドローして、エネルギーを配置。それから……」
一呼吸を置いてぐっと気持ちを整える。
手札には、わたしのデッキの切り札がある。
でも。
「ターン終了です」
-----------
□浅野めくり(ポン太)
HP:16/20 手札:6枚
エネルギー:4枚
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:24/24 手札:3枚
エネルギー:3枚
『市村辰之助』『犬坂毛野』『原田左之助&永倉新八』
-----------
「あはっ。相当手札が悪かったのかしら? 『発明品』なんか使ってる場合じゃなかったんじゃない?」
黒乃先輩が笑いながらリサイクル、ドローを終えてエネルギーを配置した。
エネルギーカードはこれで
「見せてあげる。新撰組局長のカードを!」
HPの差は8点。
もう三体のキャラクターがいる黒乃先輩の場に、新しいカードが現れるのを、わたしはぐっと息を呑んで見守った。
「『近藤勇』配置」
-----------
『近藤勇』
4コストで3/2のキャラクター
戦闘能力だけだと部下に負けているように見えるが……
-----------
「局長はアビリティを使うと同じ作品――新撰組のキャラクターをデッキから直接呼び出すことができるのよ!」
「それって……」
「そう! 沖田総司や土方歳三が、手札にいなくてもデッキから出てくるってこと! まあ、エネルギーが5枚も必要だから、まだアビリティは使えないけど」
このターン、アタックできるキャラクターが三体。
「………」
「何もなければ『市村辰之助』『犬坂毛野』『原田左之助&永倉新八』の順にアタックよ!」
勝利を確信したように宣言する黒乃先輩。
「ちなみに次のターン、私は局長のアビリティを使ってもいいし、鉄くんのアビリティ『気合1』で自分のキャラを強化することもできるわ」
-----------
『市村鉄之助』のアビリティ
気合1②:使用したバトルフェイズ終了時まで、味方キャラすべてにAP+1。
-----------
「『気合1』はかつて大会でも猛威を振るった強力なアビリティです」
「そうよ! これを使って、局長も加えてアタックするだけで、ダメージは14点になるわ!」
このターン、すべてのアタックを受ければ、残るHPは10点。
次のターンは耐えられない。
――でも!
わたしは「四枚のエネルギーカード」に触れながら待ったをかける。
「『市村辰之助』がアタックしたところで、わたしは『ポン太』のアビリティ『炎1』を使います!」
「え? ……あっ!?」
黒乃先輩が声を上げて、青い顔になる。
-----------
『ポン太』のアビリティ
炎1④:すべての敵キャラに2ダメージ、自分のHP-1。
-----------
炎を出すとポン太も体力を使うからHPが減ってしまうけど、その代わり、
「ガンガンヴァーサスでは、受けたダメージは蓄積しません。……ただし、DP以上のダメージを一度に受けたキャラクターは捨て山に移動します。アタック宣言中だった場合、アタック自体が不発になります」
黒乃先輩の場にあるキャラクターのDPは、ぜんぶ1か2。
つまり、
「私のキャラが、全滅……!? たった1点のHPを払っただけで!?」
声を上げる黒乃先輩に、桜野さんが淡々と告げる。
「先輩は油断しすぎたんです。四枚ものエネルギーが残っているのですから、もっと警戒するべきでした」
そう。
例えば、『市村辰之助』には「相手のエネルギーを破壊する」コスト4のアビリティがある。
このターンに『近藤勇』を出さず、別のキャラクターからアタックしていたら、エネルギー破壊が怖くてちょっと悩んだかもしれない。
もしくは、
-----------
『市村鉄之助』のアビリティ
援護④:使用したバトルフェイズ終了時まで、味方の同作品キャラ1体に+2/+2。
-----------
『ポン太』が『炎1』を使った後でこのアビリティを使っていれば、『市村辰之助』か『原田左之助&永倉新八』が残ったうえ、わたしは大きなダメージを受けていた。
「先輩。これで、形勢逆転ですよね?」
「ま、まだ、勝負は決まってないわ!」
黒乃先輩はできることがなくなったので、わたしのターンに。
「リサイクルフェイズ」
「くっ……」
さっき使ったばかりのエネルギー四枚が戻る。
「ドローして、エネルギーを配置。……それから」
わたしは、さっき出すのを我慢した切り札を出す。
「『シアン』を配置してターンを終了します!」
-----------
『シアン』
4コストで3/2のキャラクター
ポンキマのヒロイン(?)。性能は平凡だが、特殊な能力を持っていて……?
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場に出た赤髪の女の子*8のカードに、わたしはわくわくする。
-----------
□浅野めくり(ポン太)
HP:15/20 手札:5枚
エネルギー:5枚
『シアン』
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:24/24 手札:2枚
エネルギー:4枚
-----------
「強気の割にしょっぱいキャラね」
リサイクル後、ドローした黒乃先輩はエネルギーを出さなかった。
「『犬塚志乃』と『市村辰之助』を配置よ」
-----------
『犬塚志乃』
3コストで2/2のキャラクター
女性である
-----------
「あれ、女の子……?」
「犬塚志乃が女で何か不都合でも?」
「志乃ちゃんが私は女だ―って拗ねちゃいますよ」
わたしの知らないネタで盛り上がってる……。
「ターン終了よ」
「なら、リサイクルです!」
エネルギーがさらに一枚。
「配置フェイズ2で『十六夜』を配置」
-----------
『十六夜』
2コストで1/2のキャラクター
『刻の大地』の主人公。幼い少年で、魔物と心を通わせられる
-----------
「それから、配置フェイズ3でドロップカードを一枚配置します」
アイテム(ドロップ)。
各プレイヤー三つずつある専用の置き場に置いておいて(置くときにはエネルギーがいらない)、使う時にエネルギーを払って発動するアイテムカード。
発動するまで何が置かれたのかわからないので、警戒しながらゲームをしないといけない。
「バトルフェイズに『シアン』でアタックします」
「……HPが24から21に減るわ。でもいいのかしら? バトルスペースががら空きよ?」
「でも、わたしもエネルギーが四枚も残ってますよ?」
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□浅野めくり(ポン太)
HP:15/20 手札:4枚
エネルギー:6枚
『シアン』『十六夜』
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:21/24 手札:1枚
エネルギー:4枚
『市村辰之助』『犬塚志乃』
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「リサイクル、ドロー……。ゲームのセオリーを理解してるじゃない。初心者の癖に」
手札を二枚にした黒乃先輩は苦い顔をして、エネルギーを配置しただけでバトルフェイズに入った。
「さっきと同じ手を食うと思わないことね。『市村辰之助』でアタックよ!」
今度は先輩のエネルギーが四枚あるから、リーダーのアビリティ『援護』で『炎1』から守れる。
「浅野さん。カウンターの概念は覚えていますか?」
「うん。たぶん」
このゲームでは、アビリティやアイテム(マジック)が使われた時に「それに対抗して(カウンターで)」アビリティなどを使うことができる。
カウンターで使われたアビリティは、後に使われた方から解決されていく。
たとえば、黒乃先輩が『援護』を使ってからわたしが『炎1』を使った場合は、黒乃先輩のキャラが「+2/+2」になる前に「すべての敵キャラに2ダメージ」が発動するので、もとのDPが2以下のキャラなら倒すことができる。
でも、わたしが『炎1』を使ってから、黒乃先輩がカウンターで『援護』を使った場合は、「+2/+2」になってから2ダメージが入るので、『援護』されたキャラは生き残ってしまう。
「じゃあ、ここでどうすればいいかわかるかしら?」
「……はい」
わたしはじっと考えて、答えを出す。
「何もしません。リーダーでダメージを受けます」
アタックが成功して、『ポン太』のHPが15点から14点になった。
「じゃあ、このタイミングで『炎2』を使います」
「……ちっ。『援護』で『市村辰之助』を守るわ」
『犬塚志乃』はDPが2なので捨て山に行く。
「わたしのターンです」
「……ううう」
さすがにエネルギーカードがなくなったので配置フェイズ1を飛ばした。
さらに配置フェイズ2も飛ばして、
「『ディアボロスの水晶』を『シアン』に配置します」
「まだそんなことできるわけ!?」
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『ディアボロスの水晶』
5コストのアイテム(サポート)
配置されたキャラクターを+2/+2する。
『刻の大地』の重要アイテム
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アイテム(サポート)はキャラクターに直接取り付ける、装備のようなもの。
一体のキャラにしか影響がないけど、その代わりに効果が大きい。
「『シアン』と『十六夜』でアタックです」
「何もできない。リーダーのHPはこれで15よ」
「やった……!」
大きかった差が一気に縮まった。
『ディアボロスの水晶』のおかげで『シアン』は5/4の強力なキャラクターになっている。
形勢は、わたしたちに傾いた。
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□浅野めくり(ポン太)
HP:13/20 手札:3枚
エネルギー:6枚
『シアン(ディアボロスの水晶)』『十六夜』
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:15/24 手札:2枚
エネルギー:5枚
『市村辰之助』
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「舐めないでくれる!?」
次のターン、黒乃先輩が大きく動いた。
「『土方歳三』を配置。スペシャルアビリティ*9の『臨戦』を持っているから、直接バトルスペースに配置されるわ*10!」
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『土方歳三』
5コストで4/3のキャラクター
配置したターンから攻撃できるすごいやつ
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「土方さんと
「っ。リーダーで受けます」
『ポン太』のHPが遂に8点、一桁になってしまった。
でも、わたしだって負けない。負けられない。
ドローして、エネルギーカードを置いて、
「『シアン』と『十六夜』でアタックです!」
「HPが9点に減るわ」
1点差。
「でも、いいのかしら? 『十六夜』を残せば土方さんのアタックを止められたのに」
「……攻撃しないと、勝てませんから」
相手のキャラクターのアタックをブロックした場合、APとDPを比べ合って、倒したり倒されたりする。
『十六夜』は1/2なので『土方歳三』のアタックを受けると一方的に負けてしまうけど、その代わり、リーダーはダメージを受けなくてすむ。
「そ。後悔しても知らないわよ!」
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□浅野めくり(ポン太)
HP:8/20 手札:3枚
エネルギー:7枚
『シアン(ディアボロスの水晶)』『十六夜』
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:9/24 手札:2枚
エネルギー:5枚
『土方歳三』『市村辰之助』
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カードをドローした黒乃先輩は渋い顔をしながらエネルギーカードを増やした。
「……『飛行』でしょ? わかってるのよ」
「………」
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『ポン太』のアビリティ
飛行③:敵キャラ1体からのあらゆるダメージを0に(対本人のみ)。
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特に書いていないけど、このアビリティの効果はダメージ一回分だけ。
だから、好きなアタックやアビリティのダメージを一つだけ無効にできる。『土方歳三』に使えば、それでも4点分も得をする。
「『犬坂毛野』をもう一回配置」
先輩の残りエネルギーは4点。
「『土方歳三』『市村辰之助』の順でアタックするけど?」
「ドロップカードを使用します」
「!?」
「アイテム(ドロップ)『人質』です!」
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『人質』
5コストのアイテム(ドロップ)
(属性:過)のすべての敵キャラにAP-3する。
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リーダーとキャラには『属性』という項目がある
これは「過去」「現在」「未来」「異世界」の四種類で、(属性:過)はつまり過去。
作品の世界や時代によって属性は決まるので、新撰組や里見八犬伝のキャラクターはぜんぶ(属性:過)だ。
「完全にメタカード*11じゃない!?」
「黒乃先輩の趣味は有名なので」
「桜野おおおぉぉぉっ!? っていうか、なんで『人質』がこんな効果なのよ!?」
「武士は人質取った犯人をヘッドショットしたりできないからじゃないでしょうか」
黒乃先輩はぷんぷんしながら『援護』で『土方歳三』を強化した。
「辰兄のアタックは取りやめるわ。意味ないし……」
「じゃあ、3点マイナスの2点プラスで、3点のダメージを受けます」
これで、わたしのHPは5だ。
――たぶん、このターンで勝ち負けが決まる。
リサイクル、ドロー。
「配置フェイズなしで『発明品』を使います」
「何枚入ってるのよ……?」
「上限いっぱい、四枚です」
『発明品』は次以降にもつれ込んだ時用の備え。
バトルフェイズ、わたしは『シアン』をアタックさせる。
黒乃先輩はこれをブロックせず、HPが4になる。ついに逆転だ。
「……そいつが『飛び道具』じゃなければね」
スペシャルアビリティ『飛び道具』。
シアンが持っている能力で、これを持っているキャラは、持っていないキャラのアタックを無条件でブロックできる(DPが低くても倒されない)。
それから、持っているキャラのアタックは持っていないキャラでブロックできない*12。
「『十六夜』はアタックしないの?」
「しても、ブロックされるじゃないですか」
「……そうね」
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□浅野めくり(ポン太)
HP:5/20 手札:3枚
エネルギー:8枚
『シアン(ディアボロスの水晶)』『十六夜』
□黒乃先輩(市村鉄之助)
HP:4/24 手札:1枚
エネルギー:6枚
『土方歳三』『犬坂毛野』『市村辰之助』
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「私のターン」
黒乃先輩がドローする。
長考した後、彼女は新しいキャラクターを出した。
「『船虫』を配置するわ」
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『船虫』
4コストで3/2、『飛び道具』を持つキャラクター
虫といいつつ美少女
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「え……?」
わたしは瞬きした。
「でも、それじゃ――」
「そうね。あんたの『シアン』のアタックが防げない」
『船虫』が出てくるのが1ターン遅かった。
「無駄よ。『船虫』じゃ『シアン』を倒せない。その上『シアン』は『貫通』を持ってるじゃない」
スペシャルアビリティ『貫通』。
『シアン』のもう一つの能力で、キャラ同士のバトルが発生して、相手を倒した場合、自分のAPが相手のDPを上回っていた分、相手のリーダーにもダメージを与えられる。
今の『シアン』と『船虫』が戦った場合は3点のダメージがリーダーにも入る。
それじゃ時間稼ぎにしかならないし、『人質』がなければ、黒乃先輩はこのターンでわたしに勝てる予定だった。
わたしは『土方歳三』のアタックを『人質』で軽減してもいいし、『十六夜』でブロックしてもいい。他の二体を『炎1』で倒すこともできる。
じゃあ。
「負けよ。私の負け!」
「っ!」
「あーもう、なんなのよ! 初心者に負けるなんて最悪!」
黒乃先輩の声は、申し訳ないけど、もう半分くらいしか聞こえてなかった。
「やった……」
残った手札を机に置いて、わたしは脱力する。
そこに、柔らかなものが抱きついてきた。
「ありがとう、浅野さん……!」
「桜野さん……」
クラスメートが歓声を上げて、拍手してくれる。
あと、桜野さんからは、やっぱり甘いいい匂いがした。
☆ ☆ ☆
「勝負は浅野さんの勝ちです」
東先生が宣言する。
「いいですね、黒乃さん?」
「……わかってます」
黒乃先輩は完全にふてくされてたけど、それでも「今のなし」と言ったりはしなかった。
「では、浅野さん。黒乃さんへ一つ要望をどうぞ」
「はい」
わたしは机から立って、黒乃先輩を見つめた。
「黒乃先輩」
「な、何よ。何でも言いなさいよ」
「もう、桜野さんをいじめないでください」
「………」
黒乃先輩は俯いた。
「何よ」
「あの、先輩……?」
「何よ! 別にいじめてたわけじゃないわよ! 私は――っ!」
睨まれた。
目が涙で潤んでいて、ちょっとだけかわいそうになった。
「黒乃さん。いじめてたわけじゃないからこれからも続ける、っていうのはナシよ?」
「わかってますっ!」
黒乃先輩は「覚えてなさいよっ!」と言い残して教室から去っていった。
東先生が「じゃあ、私も行くわ」と微笑んで去っていくと、残されたのはわたしと桜野さんと、クラスメートだけになる。
途端、わたし達はみんなから取り囲まれてしまった。
「浅野さん、すごい! 風紀委員の先輩に勝っちゃった!」
「良かったね、桜野さん。もう大丈夫だよ!」
「あはは……」
黒乃先輩がいなくなったからって現金だなあ、とは思ったけど、でも、よかった。
「うん、良かった、本当に」
「浅野さん……本当に、なんてお礼を言ったらいいか」
「そんなのいいよ。わたしは、したいことをしただけだから」
それに、この学校では頑張ろうって決めたから。
「でも……」
泣きそうになってる桜野さんを見て、わたしは笑って、
「だったら、お友達になってくれないかな? わたし、桜野さんともゲームしてみたい」
「っ」
桜野さんはすごくびっくした顔をしてわたしを見て――それから、しっかりと頷いてくれた。
「うんっ」
明日もゲームをしようと約束して、それから連絡先も交換した。
期待と不安でいっぱいだった新しい学校。
さっそく友達が、できました。
☆ ☆ ☆
「でも、桜野さんってすごく詳しいのに、ゲーム弱いの?」
「はい……。私、本番に弱くて。『対戦』だと全戦全敗なんです」
「え、っと。遊びでゲームすると?」
「? ……最後に負けたのはいつだったでしょうか?」
「詐欺だ!」
ちゃんちゃん。
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