お嬢様の命令は絶対ですっ‼︎ (四足歩行戦車団)
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一話 四条眞妃は救われたい

「ヨハン、柏木さんを寝取りなさい‼︎」

 

ある日の就寝前の事だった。寝室にて四条眞妃は携帯の電源を切るや、急に変な事を言い出したのだ。

 

柏木とは四条の同じクラスメイトの親友である。そして、一ヶ月前程から彼女は同じクラスの田沼と付き合い始めていた。

 

「お嬢様、夜も更けてきましたので、もうお休みになってください」

 

しかし、従者であるヨハンは華麗にスルーした。彼は元殺し屋であり、四条の執事であり、メイド長という超謎めいた肩書きを持つ男である。彼は五年前から四条眞妃の従者として雇われていたが、近頃の主人は半分は可愛そうで半分は面倒くさいに病んでいると思っていた。

 

「ちょっとヨハン、スルーしないでよ!主人の命令よ。柏木さんを寝取りなさい‼︎」

 

「それで傷心した田沼さんの心を鷲掴みという訳ですか」

 

ヨハンは溜息混じりに言った。どうせ、さっきまで携帯でカップルを破局させる方法でも調べていたのだろうと予想していた。

 

ヨハンの主人である四条は現在失恋中であった。詳しく言えば、親友である柏木に好きな男子を取られてしまっていたのだ。

 

ただ以心伝心、従者が語らずとも自分の考えを察してくれたのが嬉しかったのか四条はニヤリと笑みを浮かべて言った。

 

「その通りよ!流石はヨハンね。私の執事を務めているだけはあるわ!」

 

「お褒めにいただき光栄です」

 

ヨハンは浅くお辞儀をして、その言葉を受け取った。しかしヨハンは主人が一つ致命的な問題を忘れているようなので意見しておく事にした。

 

「しかしながらお嬢様、私がお嬢様と共に通学している秀知院学園にて、どのような立場にいるのかお忘れではないですよね?」

 

「あ! 」

 

四条は今頃になって思い出したようで、ヨハンを見つめて表情を硬直させた。それを見て、ヨハンは少し呆れた様子で言った。

 

「いや、本当にすっかり忘れていました、みたいな顔をしないで下さいよ。私の主人なんですから。どうして男である私を女装させて通学させていることをお忘れになるのですか?」

 

これにはヨハンも不満しかなかった。かつて高校に入学する時、思春期真っ只中であった四条はヨハンに言った。『高校生までになって、男子の付き添いがいるとか恥ずかしいんだけど。え?ならどうすれば良いかだって?そうね、同じ女子同士であるなら恥ずかしくないと思うから…。そうだ、高校から女装しなさい。アンタは良い意味で中性的な顔付きをしているから、きっと似合ってると思うわ』と。

 

そして、そんな横暴な命令にてヨハンは女子として秀知院学園に通学している訳だが、その上で男として女を寝取れなど、どうしようもない主人に思えた。

 

「だって、ヨハンしか頼める人がいないんだもん!」

 

ただ、そんなあからさまに不満な態度を取られると思っていなかったのか、四条はオロオロと戸惑いながら言った。まぁ、普通に考えて間男を演じろと言われて、やってくれる人はなかなかいない。ヨハンのみが唯一頼れる存在であった。

 

ただ、そんな不安そうな彼女を見て、ヨハンも人であり、四条の執事であるので、「お嬢様は馬鹿ですか?」なんて本音は心の内だけに留めておくことにした。そして、機嫌を損ねないように、やんわりと言葉を選びながら命令を撤回させるように説得することにした。

 

「まぁ、私にかかれば不可能ではないと思いますが、本当にそれで宜しいのですか?もし、私が柏木さんと付き合ったとしても、お嬢様が田沼さんと交際できるとは限りません。いや、それどころか田沼さんが二度と女性の方と付き合うことが出来なくなる恐れがあります」

 

「どういうこと?」

 

女性の方と付き合えなくなる。そんな不穏な言葉に四条は真剣な形相で食い付いた。その反応を見て、ヨハンはより深刻そうな口調で言葉を続けた。

 

「女性不信に陥るかもしれないという事です。とくに彼の場合は初めての交際相手ですので、寝取られ時のショックは相当なものになると思われます」

 

「なら、私が傷付いた田沼君の心を慰めてあげれば良いだけじゃない!」

 

「女性に裏切られた人が女性の言葉を信じられるとお思いですか?」

 

「うっ!」

 

四条は反論が浮かんでこなかったようで、身を引いて言葉を詰まらせた。まぁ、もちろん、そんなことはないだろうと思いながらも、それでも主人の命令を拒否したかったので、さらなる嘘を重ねた。

 

「それに、おそらくですが、彼は男に目覚めます」

 

「男って…⁉︎ それって、いわゆるボーイズラブになっちゃうってこと‼︎」

 

四条は赤面した。四条家は世界に名だたる財閥グループである。その長女として生まれた彼女は令嬢に相応しい教育を受けていた。そのため男色などといった、ちょっとディープな色事に対しての耐性を持っていなかったのである。

 

「はい、そうです。私的には、傷心した田沼さんは恋愛相談を持ちかけた白銀御行に失恋相談事をすると考えています。そして、ぽっかりと開いた心の穴を埋めるために相談の回数は増していき、次第にそれは友情から恋情へと移り変わり、ゆくゆくは一線を越える関係になるだろうと予想しています」

 

まぁ、ありえない予想であった。というか、ここまで来ると普通に嘘である。だいたいヨハンの知る限りの情報では白銀御幸は四宮家のご令嬢と親しい間柄にあると噂されているのだ。まぁ、所詮は噂であり、二人が生徒会業務以外で共にしているところは確認できていないが、火のない所から煙は上がらない。現に白銀御幸の一年から今にかけての特異性な成長具合を考慮すれば十分に有り得ることであったし、彼の義理堅さと執着心からすれば他の女、ましてや男に心移りをするなど考えられなかった。

 

ただ予想と言えば、0.0000001%の可能性があれば、可能性さえあれば許されような気がしたので、ヨハンは言ってみたのである。

 

「そんな…!それじゃあ柏木さんを寝取らせても、私は田沼君と付き合えないの?」

 

四条は涙目を浮かべてヨハンは訊いた。

四条にとっては、田沼がこのまま柏木と付き合おうとも、田沼が柏木と破局して白銀と付き合うようになっても、自分と交際できないのであれば悲劇であることには変わりはなかった。

 

ただ、流石のヨハンもマルチーズの二倍くらいの忠誠心を持つ従者である。主人に悲しげな表情で見つめられては「はい、そうですよ」と言って無情に突き放すことはできなかった。なので何か気の利いた言葉はないかと思案した。そして思い付いたので優しく語りかけた。

 

「ええ、その通りです。ですが。それでいいのです。そもそも誰かを傷付けてまで自分だけが得しようなんて考えが間違っています。そんなやり方では、もし仮に幸福を掴めたとしても長続きせず、ゆくゆくは手からすり抜けてしまうでしょうから」

 

それは四条家が四条家であるが所以の言葉であった。四条家は、かつて日本が高度成長期を迎えた時、法や道徳を顧みず利益のみを追求する方針を掲げた四宮家から離反した者達から生まれた一族である。だからこそ、四条家の娘である四条眞妃はその言葉を聞き捨てることはできなかった。

 

「そうだけど…」

 

四条はそれ以上の言葉は続かなかった。しかし、自覚していても、どうしても抑えることができない気持ちがあることを訴えるかのように四条はヨハンを見つめたのだ。

 

その表情を見てヨハンは思う。

ロミオとジュリエット、伊豆の踊子、ピグマリオン、古来からの文学者が語るように恋愛感情とは家柄とか身分とか理屈だけでは抑え切れるようなものでない。それはヨハンは理解していた。だからこそ、ヨハンはそれらの肩書とは関係なく四条眞妃という一人の人間そのものをじっと見つめて、語りかけることにした。

 

「それに、もし仮にお嬢様が思い描く筋書き通りに全てが上手くいったとしても、心優しいお嬢様はきっとこう思われるはずです。『本当にこれで良かったのだろうか。大切な親友と恋人を傷付けてまで手に入れた幸せに何の価値があるのだろうか』と。私はお嬢様の恋情が成就することを応援しております。ですが、自分の心を誤魔化し続けなければならないような恋愛はして欲しくありません。そんな恋愛をしていては今以上の苦しみを味わうことになります。ですから、どうぞ、考えを改めください」

 

そうヨハンが告げると、四条は思うところがあったのか、ポロポロと涙を流しながら言った。

 

「そうだよね。なんで、そんな酷いこと考えちゃったのかな。私って悪い子なのかな?」

 

「そんなことはありません。お嬢様は心優しくて素敵なお方です。どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、過ちを恥じ、正しい人としての在り方を忘れない強さを持っておられます。それは簡単なことように思われますが、並大抵のことではありません。ですから、そう卑屈にならないで下さい。お嬢様はありのままで十分に魅力ある人なのですから」

 

ヨハンがそう慰めると、四条は少しは気持ちが楽になったようで、赤く染まった目元を細めて、ニコリとあどけない笑みを浮かべた。そして、どこか憑物が落ちたような口調で言った。

 

「ありがとうヨハン、何だか救われた気がするわ」

 

「いえ、忠実なる従者として当然のことを言ったまでですから」

 

ヨハンは相変わらずの穏やかな表情でそう告げた。四条にとってヨハンは昔からそうであった。初めてあったときから忠実ではあったけど決して従順ではなくて、道を踏み外しそうになった時はいつも止めてくれて、どんなに危機的な状況に陥ったとしても絶対に助けてくれたのだ。

 

そう思い返したら、ヨハンをも田沼と同じくらいに暖かくて一緒にいて安心できる人だと感じられた。だからこそ、もしもの話として訊いてみた。

 

「ねぇ、もし私と付き合ってって言ったらヨハンはオッケーしてくれる?」

 

「いえ、現在、交際中の彼女がいますのでお断りします」

 

「くたばれ、この裏切り者!」

 

四条はヨハンの顔に枕を投げつけて部屋から追い出した。やはり、このクソ執事は非常識で薄情者で恥知らずの役立たずである。四条は今月の給料を減俸してやることを決意したのであった。

 

 

本日の敗者 ヨハン ( 今月の給料が半分以下に減俸されたため)

 

 




哀れ。四条眞妃には救いはない。


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