ロストラグナロクIF 逃避行に願いをのせて (宿木ミル)
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プロローグ

 裏切者が幸せを願っていいのだろうか。

 繰り返し、自問自答しては頭を悩ます。

 かつての私は国に奉ずることが『愛』に繋がると信じていた。

 けれども、最終的に国から与えられる『愛』はなくなって、処分される寸前まで追い込まれていた。

 使えなくなったものは捨てられる。兵器としては当たり前のこと。

 その事実を受け止めたくても、受け入れきれず、心が擦り切れそうになったあの日。

 用済みだと言われたあの日。

 私は兵器として生きられなくなった。

 何を信じればよかったのか、わからなくなって当てもなく私は逃げ出した。

 戻ったらきっともう殺される。

 それでも、行く宛すらない逃避行をしなければならない。

 

「もし、よかったら一緒に行こう」

 

 歩き疲れ、国境を越える前。私は話しかけられた。

 私に手を伸ばしているのは見知らぬ女性。同じ国の斬ル姫というわけではなさそうだ。

 私より、若干身長が大きい。

 暗く、赤い髪をしていた。

 

「……私と一緒にいても追手が来て迷惑になるだけですよ」

 

 差し伸べられた手は暖かい。

 平等に人の掌にある暖かさを感じた。

 それが完全な善意からの言葉だったとしても、迷惑になるから一緒に行ってはいけない。

 邪魔になるだけだと考えて、拒否をする。

 

「私も君と同じだから」

「……どういうことですか?」

「国から逃げ出したんだ」

 

 淡々と彼女はそう言葉にした。

 

「貴女も、捨てられたんですか」

「……ううん、特攻命令が下されただけだよ」

 

 女性が顔を下げる。

 

「国に住んでいる一般市民を助けるのは兵士の務め。そう思って人助けとかして生きてきたんだけど、それが国からすると不平等に見えちゃったみたいで。特攻、命じられちゃったんだよね」

 

 笑いながら彼女はそう言った。

 

「国に永久の『愛』を誓えるのであれば、幸せではないですか?」

「……それは、わからないかも」

 

 処分よりは、幾分か幸せな死に方だと感じた。

 彼女からするとそうでないにしても。

 

「……不幸せの人が、いつまでも不幸せなのって納得はできる?」

「どういうことですか」

「平等って言葉は聞こえがいいけれど、形だけになってしまいやすい。……国から愛を受け取れなかった人は、困窮の中で死んでいくの。……私は、それを何度も見てきた」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で、言葉が続いていく。

 

「一定の平等の基準に達していない人間は殺されて然るべき。ノルマを達成できなかった人は改造されるべきだと言われる。それが許せなくって、私は動いてきたつもりだったんだけどね。最後は特攻しろだなんて言われた」

「……いらない存在は捨てられる」

「最終的に残るのが、ほしい意見を言う人だけになれば『平等』になる。……私はきっと、邪魔者で、捨て石みたいな存在だったのかもね」

 

 そう言って、彼女は私に背中を向けた。

 

「長話しちゃってごめんね。やっぱり、一人で行って勝手にいなくなっちゃってた方がよかったのかも」

「どこに行くつもりですか」

「……そうだね。生きている間は……困ってる人を助ける旅がしたいな、なんて」

 

 振り向いて、そう言葉にする彼女は、未来なんて訪れないという目をしていた。

 ……その目がどこか、私に似ている気がした。

 未来なんて訪れることはない。

 自分は役立たずだという瞳。

 

「だったら、私を使ってもいいですよ」

「使う、っていう言い方は嫌かも」

「では、同行してもいいと言葉を変えます」

 

 自暴自棄な目をした彼女を、私は何故かほおっておけなかった。

 

「……いいの?」

「私も、逃げ出した身ですから。……私にも帰る場所は、ありませんし」

 

 この先、一人で裏切者として捉えられて死ぬ前に、何かできることがある。

 ……何故か、そう感じてしまったのだ。

 

「裏切者同士、仲間ってこと?」

「協力関係なだけです」

 

 平等も理想もわからない。

 だけれども、全てを諦める前に、同じような瞳をしていた彼女のことをもっと知ってみたいと思ったのだ。

 

「……じゃあ、いこっか」

「どこにですか」

「国から離れて、どこまでも」

 

 逃避行。

 正しいことなんてわからないけれど、前を向くことを静かに決意した。



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愛の形

 人の距離を測ることは慣れていた。

 地面の草木を伝い、敵の動きを未然に察知するのは得意な分野だ。

 他人ならもっと的確にできるかもしれないけれども。これだけは得意意識を持っている。

 確実に敵を察知して、接触を防ぐ。

 問題ない。

 危険は当分訪れなさそうだ。

 人の気が少ない樹海の中、休憩の形を取る。

 

「質問をしてもいいでしょうか」

 

 同行中の赤い髪の彼女……ツリーズに問いかける。

 私が兵器としてではない名前を言葉にしたのちに、彼女も私に名前を教えてくれたのだ。

 

「構わないよ」

「私を斬ル姫だと判断したから同行しようと考えたのですか」

「むしろ、斬ル姫だって知らなかったけど」

「では、どうして一緒に行こうと言葉にしたんですか」

 

 兵器としての利用価値があるから、使いたかったのではないのか。

 何を思っていたかを知りたかった。

 

「ただ、寂しそうな顔をしてたから助けたかっただけ」

 

 ……彼女も私と同じような理由だったみたいだ。

 自分のことを見つめているみたいで、頭が痛くなる。

 

「……他人の事をよく見てるんですね」

「洞察力があるって言われたこともあるもので」

 

 皮肉を言ったつもりが、流されてしまった。

 

「ただ、そうだね。……なんだか、助けたかっただけ」

「それだけですか」

「……それだけ。私は困ってる人の支えになりたいから」

「随分と、お人良しなんですね」

「それでもいいの」

 

 樹木を背中にツリーズが言葉を続ける。

 

「無償の愛って言葉があるよね」

「見返りを求めない愛、ですか」

「どんな相手にも愛を与えたいって思ってるの」

「……それに理由はあるんですか」

「困った人を助けた時に、ありがとうって言ってもらえる。それだけで嬉しいの」

「……功績を積めば、国からお褒めの言葉を貰えるのではないでしょうか」

「一理あるけど、できて当たり前みたいに褒められるのは正直に言って、堅苦しいかな」

「……それは」

 

 失敗を咎められた時の出来事を思い出して顔を背ける。

 罵詈雑言が飛んできた記憶もある。

 

「あと愛って勲章になるのかなとも考えちゃって」

「私はその為に努力を続けましたが」

「勲章があったら、凄い人?」

「一定の愛は保証されます」

「……愛って、形があるものなのかな」

「そんなの」

 

 反論しようとして、いい言葉が浮かばなかった。

 そう、私が求めていた『愛』は形がある功績という勲章。

 本当の『愛』であるなんて言いきれないような、どこか重荷を感じるような存在。

 どこかでわかっていた。

 それが本当の『愛』ではないと。

 それでも、求めずにはいられなかった。

 私が私でいられる為に。

 

「……認められないと、生きている意味もないじゃないですか」

「成果を出せない人間に価値がないっていう考え方だよね。……あの国の」

「私は価値がなかったから捨てられた。ただ、それだけです」

 

 わかりやすい答え。

 知っていても、それを理解しようとすると胸が苦しくなる。

 

「……価値なんて、誰かに決めらせるものじゃないって思ってるの」

「どういうことですか」

「生きてるだけで、きっと救われている存在もいるはずだから」

「……綺麗事です」

「わかってる。けど」

 

 私の手を取ってツリーズがまっすぐ見つめてくる。

 

「一緒にいてくれるだけで心強いの」

「私が、ですか」

「ミストルティンがいなかったら、私は今頃死んじゃってたかもしれないし」

「そんなことは……」

「心細くて、自殺なんてありえたかも」

「……いて、助かってると?」

「話し相手になってくれるだけでも、ね」

 

 それは滅多に聞くことができなかった肯定の言葉だった。

 私がいてくれて嬉しいなんて、耳にすることは少なかった。

 ……ただの逃避行のつもりだったのに、嬉しいと思っている私がいた。

 

「……でしたら、もう少し頑張ってみます」

「無理はしないでね」

「与えられた思いの分は、努力を重ねるつもりです」

 

 彼女の力になろう。

 そう思った夜だった。

 



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名もなき村の困りごと

 

 次の日も安全な道を通って進んでいく。

 追手らしい気配も減ってきたのもあって、危険が訪れる心配もなさそうだ。

 歩いていって、しばらくすると、人の気配を感じ取った。

 武装した人間ではない。村人のような気配だ。

 比較的安全そうな地域に到達した。

 

「村のようなものがあるそうです」

 

 案内をしようとツリーズに聞いてみる。

 

「行ってみようか」

 

 食料などの確保が大切と、ツリーズは言葉を繋ぎ指針が決まった。

 警戒を怠らないように油断せず、村へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 村に入る前に、身元が探られないように服装に若干の細工を行う。

 いくつかの装飾は植物でごまかすことができるので、問題はなかった。

 村に進んでみると、なにさら笹に札を付けている家がいくつか見つかった。

 

「……そっか、今日は七夕の日だったんだ」

 

 ツリーズはそう納得していた。

 行事を気にする余裕がなかったのもあって、私はその文化に慣れ親しむ時間はなかった。日常生活として、行事を楽しんでいる様子を見るのは初めてだ。

 

「これは……」

 

 小さな子の字だろうか。札の中には『せかいがへいわになりますように』と書かれているものがあった。家内安全などを願う札もある。

 

「願い事を込める日なんですか?」

「そうだね。短冊に綴った願いが叶うかもしれないっていうおまじない」

「……叶うのでしょうか」

「わからない。けど、こういう願いって、願ったほうが幸せになれそうじゃない?」

「そういうものなのでしょうか……」

 

 意味がどれほどあるかわからないものに、祈りを込めてもどうなるかなんてわからない。

 正直なところ、文化としてまだよくわかっていない。

 騒ぎを起こさないように、村の中を歩いていく。

 すると、村の中心付近で悩んでいる老人の姿が目に入った。

 

「困ったの……」

「どうしたんですか?」

「旅のお方か。聞いてほしいことがあってな……」

 

 ツリーズが老人の言葉をひとつひとつメモをしながら聞いていく。あの老人はどうやら村長らしい。

 行事用の竹が育っておらず、目立つ場所の飾り付けが未完のままらしい。魔術によって、成長をさせようとしてもなかなか成功できず、このままでは夜を迎えてしまうそうだ。

 

「飾り付けなら手伝えますが、残念ながら魔術の方は自信がないですね……」

「そうなると、やはりもう諦めるしかかもしれぬな……」

 

 竹の方を見つめながら、村長がそう口にする。

 竹そのものは言葉を発することはない。

 それは当たり前だ。植物が語りかけてくることなんてない。

 けれども、目立つ場所にあって、必要以上のやることを求められているということに、どこか共感を覚えた。

 無理に努力を求められている。

 

「……少し、調べてみてもいいでしょうか」

 

 せめて少しの助けにならたらと思い、提案する。

 

「あぁ、構わないよ」

 

 許諾を得たので、近づいて竹を確認する。

 

「……なにかできそう?」

 

 ツリーズが小さな声で問いかけてくる。

 直接竹を触れることによって状態を丁寧に確認していく。

 

「無理に成長の魔法を重ねているので、どう伸びればいいのかわからないといった印象を感じます」

 

 植物全体に伝わる魔力の流れが歪になってしまっている。

 本来の成長が出来ていない状態だ。

 

「つまり……」

「……焦ってしまったことによる、代償ですね。大量に注がれた魔力が歪に竹の中で絡まっている状態です」

 

 このままでは成長どころか朽ちてしまう可能性すらありえる。

 

「どうにかならないかな……」

「手段はないこともないですが、大変な作業になりますよ?」

「……手段があるなら、やってみる」

「わかりました、では準備をしていきましょう」

 

 あの竹を正しく成長させてあげる為の作業が始まった。

 



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共同作業

「ここの枝を切っていいんだよね」

「その一つ上に魔力が集まっていますので、そちらをお願いします」

「わかったっ」

 

 成長の妨げになっている魔力を竹から取り除く。

 それが丈の成長に繋がる作業だ。

 流れさえ安定してしまえば、あとは私の力でどうにでもなる。

 私は竹の調子を確認しながら、魔力が集まっている悪い部分を指摘する。

 そして、ツリーズが高台を利用して枝を取り除いていく。

 私よりも、作業量はツリーズの方が多い。

 それでも、彼女は根気よく頑張っている。

 

「竹に調子は良くなってる? 大丈夫そう?」

 

 声をかけては、竹の心配をする。

 

「問題ないです。魔力は少しずつ抜けていっていますから」

「わかった、この竹が良くなるまで、まだまだ頑張る! で、次。ここ大丈夫?」

「その隣の枝が魔力を貯めこんでいます」

「そっち、切るね!」

「わかりました」

 

 丁寧に、声をかけて作業が進んでいく。

 

「私一人じゃ力になれなかったから、ミストルティンのお陰で頑張れてる!」

 

 何故か報告もしてくれた。

 

「私はただ、悪いところを教えているだけにすぎませんよ」

「でも、動けるだけでも嬉しいから! ここ大丈夫?」

「はい、そこもお願いします」

 

 褒めながら作業を彼女が進める。

 ……求められているのは、嬉しい。

 信頼されているのも、気持ちとして嬉しい。

 けれども、こんな求められていていいのだろうか。

 少しだけ、不安になる。

 

「あとどれくらい?」

「四、五か所を終わらせたら正しい形で成長させられそうです」

「わかった、教えて!」

 

 私が不安に感じていても、彼女は前向きに動いていた。

 

「……もう少し、上の方の枝に魔力が集まっています」

 

 だったら、せめて気持ちには答えたい。

 そう思って彼女の手助けに徹した。

 

 

 

 

 

 

 数時間が経過して、竹から魔力を取り除く作業が完了した。

 日は落ちて、もう夕暮れ時。

 集中していたことに今となって気が付く。

 ツリーズは疲れ切った表情で、それでもやりきったといった雰囲気を見せていた。

 彼女は私を信頼して、頑張ってくれていた。

 その信頼には答えたかったのだ。

 

「後は、やること、ある?」

「大丈夫です、仕上げは私が行いますから」

 

 ここで失敗するわけにはいかない。

 もう一度、竹に触れて様子を確認する。

 ……もう大丈夫そうだ。

 しっかりとした形で、成長させられる。

 魔力を込めて、目を瞑り、ドリュアスの力で成長を促す。

 

「おぉ……!」

 

 竹に無理をさせないように、成長させる。

 そして、鮮やかな緑色をした立派な竹へと変貌させることができた。

 ……成功した。

 

「やったっ!」

 

 さっきまでの疲れを忘れたかのように、ツリーズが走り寄ってきて、両手を合わせることを求めてきた。

 

「……これは?」

「成功のハイタッチっ」

「私がこんなことをしても、いいのでしょうか……」

「いいの、協力し合えたから竹は成長できた。それに、一緒にいてくれたから、こういう喜びも共有できた。それで、いいじゃないっ」

「しかし……」

「これで助かった人がいるなら、行動した意味があったってことだから」

 

 強引に両手を押し付けて、ハイタッチの形になった。

 これでよかったかはわからない。

 けれども、お年寄りの人も、子供も驚きながら凄いと言葉にしてくれていたので、きっとよかったのかもしれない。そう、信じることにした。



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エピローグ

 

 『平等』と『愛』に縛られていたのかもしれない。

 名もない村の人々を見つめながらそう思う。

 家族は微笑みあって短冊に願いを込めている。

 誰かに認められるわけでもなく、どの竹にも色とりどりな短冊が欠けられて願い事が込められている。

 願いの中身には私が想像すらしてこなかった平和への祈りが込められていたり、告白をしたいといったものもあったり、自由があった。

 私が成長させた竹も、本当は処分されてしまう可能性があったものの、村長の意思によって守られ続けていたらしい。

 いよいよもって、親近感が沸いてしまう。成長できなくて、処分されてしまいそうな竹という存在に。

 ……だからなのかはわからないけれど、この竹の隣にいると落ち着く。

 他人行儀のような言葉になってしまうけれど、救われてよかったと思う。

 

「あっ、ここにいたんだ」

「ツリーズさん」

 

 彼女が私の隣に座った。

 

「村長から報酬を貰っちゃって。……そういう身分のものじゃないからって断ろうとしたんだけど、それだと忍びないって言われちゃってね」

 

 持ち運びが容易そうな旅道具をずらりと並ばせる。

 

「……折れて、貰っちゃったんだ。移動に便利そうなもの」

「……旅、続けられそうですね」

「まぁ……逃避行だけどね」

「迷惑は掛けられませんから、明日あたり出発になりそうですね」

「そうする予定」

 

 平穏な暮らしをしているこの村を、騒々しくするわけにはいかない。

 私たちは国からすると裏切者。

 追われる立場だ。

 

「でもね、報酬云々は別にして、ミストルティンと一緒に人助けができてよかったって思うの」

「どうしてですか?」

「人助けしてる時のミストルティンがいきいきしてるように見えたから」

「……そんなことはないです」

「そう? 張り切ってるのが素敵だなーって思ってたけど」

「必要とされていただけですから」

「それ以上に動いてたって」

 

 ツリーズが私の目を見つめて、言葉を繋げる。

 

「手を取り合って生きていく。簡単なことのように見えて、難しいことを一緒にできた。生きていたから頑張れた。生きることを諦めてたら、こうした時間だって訪れなかったから。出会えてよかったって思うの」

 

 そこまで言葉にして、そうだ、言って何かを取り出した。

 ツリーズの手を確認すると、そこには短冊が二枚あった。

 

「ねぇ、折角だからさ。願い事を書いてみようよ」

「……迷惑になりそうですが」

「名前を書かずに、願いだけ込めてさ」

「……願い事が思い浮かびません」

「そこはまぁ……うん、頑張ってっ」

「いい加減ですね」

 

 でも、彼女の提案が悪くないと感じたのも事実。

 渡されたペンを受け取り、願いを考える。

 

「あっ、私はもう考えてるよ」

「なんですか」

「どんな人でも平等に平和が訪れますように」

「……皮肉のようにも感じますが」

「あの国の締め付けられるような平等じゃなくて、みんながみんなで幸せになれたらいいなってそれだけだけどね」

「……綺麗事かもしれませんよ?」

「願うんだったらそれくらい綺麗な方がいいからね」

 

 その言葉を受けとって考える。

 願い事。

 ……私の願い事。

 

「知りたいことでもいいんですよね」

「願いに形なんてないからね」

「でしたら、思い浮かびました」

「聞いても?」

「……構いませんよ」

 

 今、考えている願い事。

 

「『愛』をもっと深く知りたい。それだけです」

「愛……」

「いままでは形のある『愛』ばかりを求めて生きていましたから。せめて、生きている間は、様々な『愛』を知りたいって思ったんです」

「今日の行動は無償の愛だよね」

「……それにもまだ、実感が沸いてませんので」

「なるほどね」

 

 今日の行動にも『愛』があったのであれば。

 私の知らない『愛』の形もまだあるのかもしれない。

 それを求める為に、生きてみるのも悪くはないのかもしれないと思い始めた。

 

「じゃあ、愛と平等を求める逃避行をこれからは続けていく形になるかもね」

「人助けをしながらですか」

「それは勿論っ」

 

 断言しながら彼女が立ち上がる。初めてあった時よりも数段明るい笑顔で。

 生きていれば、やれることもある。

 ならば、逃げ続ける生活の中でも幸せは求められるのかもしれない。

 

「……これからも、よろしくお願いします」

「改めなくてもいいのに」

「一緒の生活を送ることになりますから」

「夫婦みたいな?」

「……ツリーズは女性でしょう」

「あはは、そうだね」

 

 この世界で逃げながら生きていく。

 難しいことなのは理解している。

 けれども、彼女と一緒ならきっと、思いつめることはなくなりそうだ。

 

「……短冊、つけにいこっか」

「そうしましょう」

 

 愛のことも、平等のことも、私の歩幅で考えることができる。

 彼女と一緒に相談することができる。

 心を蝕む存在しかいないと思えた世界に光明が見えた気がした。

 竹に付けられた探索に祈るは『平等』と『愛』のふたつ。

 いつか、知ることができたのであれば、きっと幸せなのかもしれない。それが、いつ終わるかわからない逃避行だったとしても。

 満点の夜空に、私はただ明日の平穏を静かに祈った。



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