艦娘の思い、艦娘の願い (銀匙)
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第1章 鎮守府、異動する。
file01:異動ノ命令


3月28日午後、大本営

 

「意外でもあり、妥当でもある、か」

提督は退出した会議室の扉を閉めると、呟いた。

「御用件は済みましたか?提督」

振り向くと秘書艦の赤城がにこやかにこちらを見ている。

提督は複雑な思いで見返した。

1時間以上廊下で待機させられたうえ、度々漏れ聞こえたであろう罵声は、彼女の居心地もさぞ悪いものにしただろう。

だが、それももう終りだよ、赤城。

「あぁ、終わったよ」

「それでは、鎮守府に帰りましょう」

「ん、いや、甘味処でも寄ろうか」

出口に向かいかけた赤城がぎょっとしたように振り返り、素早く手の平を提督の額に当てる。

「熱は無いようですね」

「たまには良いだろう」

「全くの初めてですが?」

「周期が長いだけだよ」

過去を振り返り始めた赤城に、提督は続けて語りかける。

「まぁ、無理にとは言わないが」

「いただきます!」

演習の時にもそれくらいキリッとした表情を見せてくれと言ったのは、聞こえなかったのか聞き流されたか。

 

 

3月28日夕刻、某所

 

大本営と鎮守府の中程、海沿いの喫茶店に入ったのは日が西に傾きかけた頃だった。

客は私達二人だけだったので、窓際の4人掛けのテーブルに腰を落ち着けた。

赤城は、見慣れぬ店内が物珍しいのだろう、席に座ってもそわそわしている。

そうか、店といえば間宮さんの喫茶店か鳳翔さんの料理屋しか選択肢が無かったか。やはり女の子だな。

「提督!山脈パフェですって!幾つ頼みますか?」

違うな、メニューに興奮していただけだ。

水とおしぼりを受け取りつつ、注文を取りに来た店員にコーヒー2つと山脈パフェを頼むと、

「およそ四人前ですが、よろしいですね?」

と念押しされた。食べ終わる頃には納得してくれるだろう。

赤城は厨房をキラキラした目で見つめている。打ち明ける頃合を思案していると、

「て、提督!」

「ん?」

「み、見てくださいあの容器!修復バケツより大きいかも!」

「後ろだから見えないよ・・」

「う、うわー!チョコソースをあんなに!あんな贅沢に!」

「ムダだと思うが少し落ち着きなさい」

「あ!あのアイス何味でしょう?そんなに何種類も!ブラボー!」

「拍手するのはよしなさい」

うん、話は後だ。野暮とかどうの以前に聞いてない。

「お待たせ!おじさん張り切っちゃったよ!」

「ありがとうございます!心して頂きます!」

この人懐っこさがあるからこそ秘書艦の一角を任せている訳だが、店のマスターにまで打ち解けなくても良いのだよ赤城さん。

「提督!頂きます!」

「召し上がれ」

文字通り山脈のような、見ているだけで体温が下がっていく甘味のカタマリを一口運ぶ度に喜びの表情を見せる赤城。

彼女の千変万化の表情と確実に減っていく色とりどりの山を、提督は微笑みながら見ていた。

 

「御馳走様でした!」

「嬢ちゃん一人で食べちまったのか?なんてこった!」

「美味しかったです!」

「満足したか?」

「はい!」

「ゆ、ゆっくりしていきな、急に動くと体に悪いぞ」

「ありがとうございます!」

まさにぽんぽこりんのお腹と表現するにふさわしい有様の赤城である。

店のマスターの狼狽ぶりと提督の落ち着いた態度は対照的だった。

単にこれが日常と言うだけだが、慣れとは恐ろしいものだ。

クレーターの如きパフェの容器が去ると、コーヒーが2つ残された。

提督は窓の外を見ながら、コーヒーを啜った。

丁度、夕日の下端が水平線にかかる頃だった。

「提督」

「なんだ?」

「赤城は、これで思い残す事はありません」

ふいに発せられた重い言葉。

ガラスに映った赤城の表情は真剣そのものだった。

「普段は資源管理に鬼の如く厳しい提督がこのような事を仰るのですから、天地が割けるか槍が降るか」

「そこはかとなく馬鹿にしてないか?」

「滅相もございません」

提督は言葉を切り、水平線に目線を戻した。もう半分くらい沈んでいる。

「赤城」

「はい」

「ソロルに行くことになった」

「遠征ですか?出撃ですか?」

「いや、私が4月1日付でソロル泊地に異動になった」

「随伴艦は?」

「無し。ついでに言うと向こうには秘書艦も居ないらしい」

「なっ・・・」

 

今度は赤城が言葉を切った。

水平線に、日が沈んだ。

 

 

3月29日朝、鎮守府

 

「それは譲れません」

加賀が通信機に向かって何時間が過ぎただろうか。

折り返し届く声は疲弊しきっているが、加賀は涼しい顔だ。

 

通信室。

 

鎮守府内にある、他の鎮守府との通信を行う専用棟である。

通常は任務娘が日に2回ほど任務の伝令を受ける為に使うのだが、今朝から任務娘は体調を崩し、部屋で眠っていると報告された。

そこで任務娘の代わりに通信室の鍵を手渡されたのが、本日の秘書艦だった加賀であった。

(この鎮守府では秘書艦は持ちまわり制である)

提督は任務娘の見舞いに行こうとしたが、娘の部屋に男が訪ねるなど以ての外と加賀が一喝。

任務を持ち帰るまで荷造りを進めてくださいと自室に押し込めてしまったのである。

しかし、通信室には加賀のほか、2名の影があった。

「以上でよろしいでしょうか?」

「了解。まぁ妥当だわな」

「取引は明日の夜。ご準備の程よろしくお願いします」

通信機のスイッチを切ると、加賀は小さくガッツポーズをした。

「やりました」

部屋の奥で懸命に書き物をしていた任務娘が、不知火に呟いた。

「書類、仕上がりました」

「感謝します」

不知火は書類を受け取ると、さらさらと目を通していく。

「良い改造ですね」

任務娘と笑顔を交わすと、加賀の方を向く。

「全書類、準備終わりました」

加賀はインカムに向かって短く指示を発した。

「加賀より全艦娘へ。通信棟での任務完了。次の段階へ移行せよ」

刻限は凶悪なペースで迫っている。一刻の猶予も無い。

 

「いいか、今回の遠征で間違いは許されねぇ。気合入れていけよ!」

「はい!」

入渠棟の、普段は更衣室として使われている部屋の奥で、第6駆逐隊隊長の天龍は直立不動の駆逐艦娘達に檄を飛ばしていた。

龍田は一つずつ装備を点検・調整していた。

第6駆逐隊だけではない。部屋のあちこちで駆逐艦が、軽巡が、重巡が、軽空母が、班毎に集まって作戦の調整を行っていた。

大勢の艦娘が狭い部屋の中で右に左に走り回っており、さながら野戦病院のようだ。

その様子を少し離れた所から見つめる目があった。

「うちらは蚊帳の外かぁ」

北上が拗ねた口調で独り言を言った。

「そう腐るな。この隙に深海棲艦が提督を襲ったりすれば何の意味もないからな」

北上の頭をポンポンと叩きながら、長門が諌めた。

「提督警護隊、良い響きじゃないの」

大井が口添えすると、北上はむくりと立ち上がり、

「もし深海棲艦が鎮守府に来やがったら、ギッタンギッタンにしてやりますよー」

と、魚雷を撫でながら呟いた。

 

加賀が持ってきた任務表を見て、提督は違和感を覚えた。

毎日、山ほど発令しているので細かな数値まで覚えてないが、こんなに長時間の遠征で獲得燃料10とか少なくないか?

しかし、任務表は「不調をおして」出てきてくれた任務娘が間違いないと太鼓判を押す以上は正規の物なのだろう。

大本営が私の「成果」を低くするために細工したのか?今更すぎるか?

首を捻りながら任務表を眺める提督を涼しい顔で見る加賀。

隣に並ぶ任務娘は、一瞬ちらっと加賀を見た。

「・・・ふーむ。まぁ良いか」

「では、いつも通り演習と遠征に入ります」

「解った。よろしく頼む」

提督が書類の1枚1枚に承認印をポンポンと押していく。

ある1枚に押した時、任務娘はそっと溜息をついた。

「・・具合悪そうだな」

「ひゃいっ!?」

机越しに提督がチラリと視線を寄越しながら発した一言に、任務娘は変な声を上げてしまった。

「ここは大丈夫だから休め。間宮で何か甘い物でも頼むと良い。私が払っておくから」

「あ、ありがとうございます」

にこりと微笑む提督に何とか返事をする。

任務娘は冷や汗と共に、喉がカラカラに乾いていくのを感じた。

あとで加賀さんに怒られる。絶対怒られる。隣から発される紅いオーラが・・・見える・・・

 

 

3月29日午後、鎮守府

 

「あれ?」

「どうかされましたか?」

窓の外を見ていた提督はポツリとつぶやいた。

加賀が応ずると、提督は言葉を続けた。

「なぁ、今日はやけに外が静かじゃないか?」

それはそうだろう、と加賀は思った。

普段なら4艦隊全て出撃しても残っている艦娘達の賑やかな声が聞こえるのである。

しかし今はほとんどが出払っているか工廠に篭っているから静まり返って当然だ。

出航制限?何の事か全く解りませんね。

加賀は少し眉をひそめ、うつむきがちになりながら、用意しておいた答えを発した。

「提督の件を知って、皆気落ちしているのですよ」

「うぅ」

途端に提督の肩がガックリと下がる。

「か、菓子でも持って励ましに行った方が良いかな」

「却って責任を感じる子もいるでしょうし、辛くなるだけです」

「ぐぅ」

矢印のように肩を落とす提督を見ながら、加賀は思った。

ごめんなさい提督。うちの艦娘達はそんなにヤワじゃないのだけれど。

今は鎮守府の、提督室でじっとしててもらわないと困るのです。

加賀は窓の外を一瞥した。

「中将、そうそう上手くはいきませんよ」

 




まだ本題に入れない(><)
次は噂の真相が・・・

時間関係の説明を追加しました。


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file02:噂ノ真相

3月28日昼過ぎ、大本営

 

中将がイライラした様子で紙巻き煙草を吸いながら提督を待っていた。

今日という今日はあの提督に人並みに出撃しますと約束させねばならない。

連日のように遠征と演習に明け暮れてほとんど出撃させない、あの提督に。

同じ用向きで呼び出したのは1度や2度ではない。

深海棲艦に占領される海域は増える一方で、高練度の艦娘はあらゆる戦場で喉から手が出る程必要とされている。

それなのに。

程なく、時刻通り到着した提督に中将は待ちかねたとばかりに口撃を浴びせた。

「育てたのなら使ったらどうだ。艦娘も出番が出来て喜ぶであろう?」

「貴様は鎮守府を林間学校か何かと勘違いしておるのではないか?」

「彗星は練習機ではない。今この時も皆は戦っているのだぞ!」

「正規空母や戦艦を擁する艦隊なら南方海域位行けるだろう!」

なだめすかし、怒鳴り、交渉を持ちかけ、あらゆる手札を出しながらの1時間半が経過した。

肩で息をしながら提督を見るが、提督は押し黙ったまま。変化の兆しは微塵もない。

椅子に腰掛け、引き出しを開けて薬を取り出した。

机の上にある水差しから一杯注ぎ、錠剤と共に一息で飲み干す。

血圧の薬、胃の薬、頭痛薬。私の方が倒れそうだ。

部屋に初めての静寂が訪れる。

例の出来事、そして遠征の成果として貴重な資源を運び続けている事を鑑みて辛抱強く待ち続けた。

しかし、他の司令官まで出撃を控え始めた以上、もはや一刻の猶予も無くなった。

最後の札を切る。受け取るも戻るも提督が決めれば良い。

いや、出来れば引き返して欲しい。今ならまだ間に合うのだから。

「提督」

「はい」

「貴様にソロル泊地への異動を命ずる」

「拝命いたします。随伴艦は第1艦隊を所望します」

「ならぬ。全艦娘、転属先はこちらで決める」

「全艦娘、ですか?」

「そうだ。もう1つ。ソロル泊地には工廠も含めて設備は整えているが、艦娘はおらぬ」

「一人もですか?」

「そうだ」

提督は目を細め、溜息をついた。

鎮守府近海にも深海棲艦が出没する以上、提督の護衛役をかねた秘書艦は必ず用意される。

居ないという事は、つまりそういう意味だ。

設備とやらも推して知るべし。

噂の意味はこういう事かと合点がいく。

もはやこれまでだ。覚悟はずっと前に出来ていたじゃないか。

「いつ出発でしょうか」

「31日だ。着任は4月1日付とする」

「船は」

「31日夜で手配済みだ。」

用意のいいことだ。大破した輸送船か何かか?

「1つだけお願いがあります」

「なんだ」

「我が鎮守府からの出航をお許しください」

「・・・よかろう。異動の用意を済ませておくように」

「ありがとうございます」

「提督」

「はい」

「本当に異動を受けるのか?この場でなら取り消せるが」

「・・・今まで、ありがとうございました」

提督が退出した後、中将に人影が歩み寄った。中将の秘書艦、大和だ。

「ソロルへの移動艦船に指名はありますか?」

「いや。ただ道中での轟沈はまずい。往復とも護衛もつけろ」

「かしこまりました。上陸時の携行物資は?」

「いつも通りだ。短期間の食料と、銃。自害出来るように扱いの簡単なものを」

「承知しました。準備に入ります」

大和も一礼して部屋を出ていった。

大和が出て行くまで目を伏せていた中将は、そのままどうっと椅子の背に身を預けた。

またこの結末か。

おもむろに目を開け、目の前の灰皿にある吸い殻をまとめながら思いを巡らす。

あれの意味が解らぬほど、提督は馬鹿ではない。

それでも元通り出撃するとは最後まで口にしなかった。

あの日までは育成と出撃を組み合わせた平均以上の司令官だった。

中将の目つきは次第に険しくなり、吸殻を押し付ける手に力がこもる。

だから艦娘に必要以上の思い入れをしてはいけないと厳命していたのだ。

そういう司令官の方が優秀な艦娘を育てあげる事は多いが、必ずあの末路を迎える。

民間から徴用した司令官が何人も廃人になれば世間が騒ぎだす。

今後司令官がますます必要な時に、徴用が停滞するような事態は避けねばならない。

司令官は直接戦闘をするわけではなく、世間にもその旨説明しているから戦死は疑われる。

残るのは自決か、艦隊不在の鎮守府を狙って深海棲艦が襲うか、工廠の爆発事故等による不慮の死だ。

工廠を壊すと妖精が怒るので取れる策は2つだけ。お膳立てをすれば大抵前者を選ぶ。今までの連中はそうだった。

もう何人この手で死に誘った事だろう。

碌な死に様にはなるまいが、全てはお国の為。許してもらおうとも思わない。

だが、だがしかし、優秀な艦娘を育てつつ、司令官が廃人にならない方法は無いのだろうか。

ぺしゃんこに押し潰した吸殻を指で弾くと、新しい煙草に火をつけた。

深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き、呟いた。

 

「お別れだ、提督」

 

中将が紫煙をくゆらせ始めた頃。

指示を出し終えた大和は周囲に人影がない事を確認すると、すっと通信棟に消えていった。

長門が首を長くして連絡を待っているはずだ。事は急を要する。

 

 

3月29日深夜、鎮守府

 

「ふぅ、疲れたなあ」

隼鷹は工廠で額に浮かんだ玉のような汗をぬぐった。時間は午前1時を回っている。

「普段なら晩酌も終わってる時間だよ、まったく」

隼鷹の目の前には建造用の機械があり、全て稼働している。

隼鷹の背後には不自然に床から突き出た土管があり、水面が見えていた。

ふいに、その水面から空気の泡がぷくぷくとあがり、水面が揺れた。

「ぷはぁ!」

滴る水もそのままに、土管から出てきたのは伊19だ。

「うんしょ、よいしょ」

そのまま肩から外した紐を引っ張ると、土管から幾つかの箱が顔を出した。

「おぉ、イク、おっつかれさん!」

「隼鷹、資材どこにおけば良いの?」

「機械の傍。入れやすいから」

「了解なの~」

本来、工廠には出入口があるし、資源は運んできた艦船が港から運び入れる。

しかし、この資材は本来行っていない筈の艦隊が運び、ここには無い筈の物だ。

隠密裏に運び入れる為、突貫工事で作られた海中通路を使い、潜水艦娘が交代で運び入れている。

運び終えると、すぐさま伊19は土管に向かった。

「じゃあイク、行くの!」

「よろしくな」

水音も立てず、あっという間に潜行する姿を追う隼鷹。

「敵に回したくないねえ・・と?」

気配に振り向くと、妖精が裾を引っ張っていた。

機械に視線を向けると、自分そっくりの姿をした艦娘が居た。

隼鷹はニヤリと笑う。

「良いねえ。意外とアタシ、やるからね」

別の妖精が手に持っているリストをたどり、「隼鷹」と書かれた欄に印を付ける。

リストには空欄がまだまだ目立っていた。

隼鷹は柱の時計を見やる。長門が交代に来る2時にはまだ時間がある。

「よし、次に行きますか」

空っぽになった機械の前に立ち、資材を手に取る。艦娘が必死に運んだ資材だ。

建造の妖精は気まぐれだ。必要なものが得られなければ資材は丸々ロスになる。

ぎゅっと目を瞑り、ぱっと開く。考えたって仕方無い。間に合わせるしかない。

「パーッといこうぜ~。パーッとな!」

「隼鷹さん、声が大きいですよ」

口に人差し指を当てながら注意したのは瑞鳳だ。

瑞鳳の目の前には装備開発用の機械があり、こちらも休み無く機械を動かしている。

「10,10,251,250・・・よし、電探頂きっ!」

 

 

3月29日深夜、某海域

 

周囲を海に囲まれた島の砂浜で、加賀は制服の男と取引をしていた。

「33号対水上電探4台。確認してください」

「やぁありがたい。うちの艦娘じゃ上手く出せんのだ」

「そちらもお約束の物を」

「ああ。高速建造材20個、ボーキサイト、燃料、鋼材、弾薬1500ずつだ」

「確認しました」

「では撤退するか。上手くやれよ」

「ありがとうございます」

男が去った後、岩影から2つの影が現れた。

天龍と龍田だ。

「加賀ちゃん、お疲れ様~」

「これで今夜の分の交渉は全員終りました」

「おい、もう運んで良いのか?」

「ええ、全てお願いします」

「よっしゃ、チビども出番だぜ」

すると更に幾つもの小さな影が現れた。駆逐艦娘達だ。

「チビどもじゃなくて、一人前のレディとして扱ってよね」

暁が拗ねた声を出すが、その実てきぱきと輸送準備を進めている。

草むらに隠していた他の取引分も合わせると凄まじい量だ。

「準備完了、なのです!」

加賀がインカムに語りかける。

「周囲はどう?」

「探索結果周囲異常なし、深海棲艦も確認できません」

「ありがとう」

報告を聞いていた天龍が右腕を突き上げる。

「よし、出発だ!」

書類に目を通す加賀、資材を輸送する駆逐艦達、その周辺を警護する重武装の軽巡や重巡。

その数数十隻。

時刻は既に30日の2時を回っている。夜明け前に帰港しなければならない。

巨大艦隊が一糸乱れる事なく、静かに鎮守府に向けて出航した。

 




中将も悩んでるようですが。
さて、書き溜めたのはここまで。
まとめて・・・いけるんだよね、これ(滝汗)

時刻関係の追記と、幾つかの活字ミスを訂正しました。


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file03:工廠長ノ決断

3月30日朝、鎮守府

 

おかしい。

鎮守府の妖精を束ねる工廠長はしきりに自分の顎髭を撫でていた。

工廠横にある妖精の休憩室では、椅子はおろか床まで突っ伏して寝る妖精達で溢れている。

併設の妖精病院でも高速建造材を使い続けた事による火傷など、担ぎ込まれた妖精で満員だ。

「医療妖精を殺す気か!全員入院させるつもりなら艦娘より先に入院棟を増設したまえ!」

般若の表情で病院長が怒鳴り込んできたのは4時間も前の事だ。

あれから何人送り込んだか覚えてない。忙しすぎて病院に見舞いにも行けない。

この鎮守府では艦娘の制作能力向上も訓練項目に入っているので、ほぼ毎日稼働してはいた。

その数はせいぜい日に5隻、開発も似たようなものだった。

しかし、この24時間に限れば、それは1時間の成果にも満たない。

開発数は100の大台をとうに過ぎている。

失敗ペンギンも大量発生しているが、艦娘が遠洋に放すべくピストン輸送している。

建造で2時間以上かかると見積もれば、即座に高速建造材が投入される。

一体何本高速建造材を持っているんだと在庫を確認したら3桁の数字が見えてぞっとした。

要員配置はもはや曲芸状態で、爆睡している妖精を叩き起こして交代させる有様だ。

間違って戦車や歩兵銃を呼び出してしまうなど、ミスも増えてきた。

指令書を何度見かえしても正規の書類であり、提督の承認印もちゃんと押してある。

提督は一体何を考えてこんな指令を発したんだ?気でも狂ったのか?

オーダーする艦娘だって交代してるとはいえ徹夜態勢でヘトヘトじゃないか。

霧島が立ったまま寝てるなんて初めて見たぞ。思わず瞼に目を書いてしまったじゃないか。

一緒にいた比叡は笑い転げていたが、犯人扱いされて霧島に追いかけられてたっけ。41cmは当たると痛いに決まってる。後で羊羹でも差し入れて詫びとくか。

いや、そんなことはどうでもいい。

このまま手をこまねいてるわけにはいかない。

うちはブラック工廠じゃない。品質へのこだわりもある。

まだ大怪我をした妖精が居ないうちに、事故が起きる前に、打てる手を打つしかない。

目を瞑り、しばし考える。背に腹は代えられない。恥も外聞もあるか。

工廠長は受話器を上げ、ある番号にかけた。

「もしもし、わしじゃよ・・・うむ、そうじゃ。体制が崩壊しかかっとる。限界が見えとるんじゃよ」

「そうじゃ。これ以上やるなら外部にも応援を頼まざるを得んよ。費用が掛かるぞい」

「多少でもペースを落とすなら・・解った。言っておくが、本当に物凄い額になるからの?良いんじゃな?」

受話器を置く。

よし。大番頭に許可は取った。やってやろう。

事務官を数名呼び出す。

「新設鎮守府へ技術指導に行かせている熟練妖精達を呼び戻せ。大至急だと伝えよ」

「はいっ!」

「休暇中の妖精も全員召集。これまでの8時間毎3交代から7時間毎4交代に変更じゃ」

「しょ、承知いたしました!」

「他の鎮守府から大型艦製作用の耐火作業服を借りてこい。全員に着用させる」

「借用費用が凄まじい事になりますが・・・」

「許可は出とる!命が最優先じゃ!なりふり構わずやれっ!」

「は、はいっ!」

全額請求してやるぞ。いや、3割増じゃな、3割増。

それだけじゃ物足りんのう。

終わったら全員ボーナス貰って1カ月バカンスとしゃれ込もう。

わしの本気、とくとご覧あれ、じゃよ。

今の妖気に満ちた工廠長の姿を見たら、flagshipのヲ級さえ裸足で逃げ出したに違いない。

 

もう一方で、受話器を置いたのは長門であった。

傍らで作業する不知火に呟く。

「普段からの信頼関係醸成は大事だな」

「妖精達は大番頭と呼んでいるそうですね」

「もう少し女らしい呼ばれ方をしたいものだがな」

「国民的ヒーローだから良いじゃないですか」

「ヒ・ロ・イ・ンだ、ヒロイン。頼むから間違えないでくれ」

「そうですね。押入れの奥にウサギのぬいぐるみを仕舞ってるくらい乙女ですものね」

「・・・なぜ知っている?」

「おや、噂は本当でしたか」

「くっ、むっ、むむぅ~~~~~っ!!!」

真っ赤になって恥じらう長門さん、なかなかレアで可愛いです。

御代わりも欲しいですが命も大事。引き時が肝心。

さて仕事仕事。

 

 

3月30日朝、鎮守府内空母寮

 

「加賀、時間よ。起きられる?」

「う・・」

開いた眼の先に、ぼんやりと赤城の姿が見える。

ここは加賀の部屋。夜明け近くに帰還した加賀は、何もせず布団にもぐりこんで寝てしまった。

布団が既に敷いてあったのは、赤城の気配りだろう。

「大丈夫、心配ない・・」

昨日の成果はほぼ満足出来る内容だった。

しかし、今日、明日と時間が進むほど艦娘も妖精も疲労が蓄積する。失敗も増える。

最終段階での余裕の為にも、今日出来るだけ成果を先取りしなくては。

「今日の秘書艦は扶桑さんよね」

「ええ、今日必要な計画はしっかり理解してもらってます。」

加賀は2・3回頭を振った。ようやく意識がはっきりしてきた。

「さぁ、お雑炊を頂きましょう。鳳翔さんの特製よ」

赤城が傍らの土鍋を開けると味噌の香りがふわりと漂う。

くぅとお腹が鳴った。そういえば昨日の昼以降は何も食べてない。

「ありがとう、赤城。頂きます」

「はい、召し上がれ。私も頂きます」

雑炊を口に運びながら、ふと壁のカレンダーを見る。

「あと2日、か」

「あと2日ある。きっと間に合うわ」

「そうね、間に合わせないと」

「皆の為に、ね」

「・・・美味しいな」

「ええ」

それきり二人は黙って食事を進め、しばらくして。

「御馳走様でした」

「お粗末さまでした」

加賀は蓮華を置くと、すっと立ち上がった。

「では、長門の所に行ってきます」

「行ってらっしゃい。」

 

隣の棟に入り、ある部屋の扉を開ける。

ここは戦艦寮にある長門の部屋。

長門はこの鎮守府の艦娘中最も高い練度、火力、装甲、装備を誇る文字通りの最高実力者だ。

普段は質実剛健で片付いた部屋だが、今は急遽運び入れられた机と椅子、書類に埋め尽くされていた。

書類の山の奥にいるのは不知火を中心とする事務方の面々だ。

提督と共に活動する秘書艦は普段と同じ通常業務をこなすので手一杯となってしまう。

この為、各班が遠征で集めた資材を提督へ報告する「表向き」と計画に使う「裏向き」に振り分けたり、不足分の資材を今日どのような遠征に埋め込むかといった処理はこの事務方が一手に引き受けていた。

長門は各班や事務方の艦娘達から次々と報告を受け、指示を返していた。

「おはよう加賀。少しは休めたか?」

長門は加賀に労いの言葉をかけた。帰港してから4時間も経っていない。

「大丈夫です。資材に問題はありませんでしたか?」

「問題どころか今日の遠征を減らせる程だ。不知火も太鼓判を押している。礼を言う」

不知火が顔を上げ、一礼する。

「助かります」

長門が眉をひそめ、言葉を発する。

「さて。昨日は皆士気も高く体力もあったが今日は反動が来よう。最大の山場だ」

不知火が言葉を続ける

「艦娘の開発残は十隻程度ですが不確定ゆえ油断出来ません。装備の方は今晩の取引分も含めて製作完了しています」

長門がうなづく。

「今日は建造に全力を尽くす。それと、加賀」

「はい」

「すまないが今夜も取引を主導してほしい。昼間の遠征ならびに演習から外すから、出来るだけ体を休めてくれ」

「よろしいのですか?」

「功労者は一番必要な褒賞を受け取るべきだ。あと、今夜取引に携わる艦娘にも伝えてほしい」

長門からリストを受け取る。

護衛部隊はやや少なく、昨夜に引き続きの艦娘も入っているが、タフな猛者に限られていた。

そして昨日主に輸送を引き受けた駆逐艦は全て休息。今日は軽巡が行うよう手配されている。

猛者と手練れ。これなら疲労によるミスも無いだろう。

だが、今日の演習や遠征はどうするのだ?

「承知しました。確かに伝えますが、これだけ休ませるとなると、今日の演習や遠征はどうするのですか?」

「ちょっと特権を使わせてもらう」

任務娘から今日の(偽装された)任務表を受け取った加賀は、目を丸くした。

「こ、これは・・・」

長門がニッと笑った。

「そうだ。喰えるときに喰っておかねば、な」

 

 

3月30日朝、提督室

 

「なぁ、扶桑・・・」

「提督、どうしました?」

大本営は一体どうしたのだ?

昨日のやたら成果の少ない遠征といい、今日の戦艦大暴れともいうべき任務といい、おかしいにも程がある。

鎮守府の資源を枯渇させたいのか?私が資材をくすねるとでも思っているのか?

そこまで信用を失っていたのか。

「扶桑、私は大本営から全く信用されていないらしいよ」

「あら、まだ大本営の事を気にされているのですか?」

「なに?」

不忠ともいえる大胆な言葉に驚き、扶桑を見ると微かに手が震えている。

お怒りですね扶桑さん。なんか言ったか私?

「提督、これは独り言です」

 

え、扶桑さん、何を言う気ですか?

盗聴器の音声を聞いていた青葉と衣笠は顔を見合わせ、インカムのスイッチを入れる。

「ワレアオバ、ワレアオバ。長門さん、至急応答願います」

ここで計画を暴露されては洒落にならない。最悪、その前に起動しなければならない。

衣笠は懐の遠隔スイッチを確かめた。本来は最終段階で起動するモノだ。

しかし、長門達に連絡が取れず、提督室内で異常事態が予想される場合は二人の独断で起動する権限も与えられている。

しかし、計画が失敗するリスクは飛躍的に高まってしまう。艦娘や提督が怪我をする可能性もある。

青葉は長門に状況を説明していた。扶桑さん、早まってはダメ、ダメですよ。

 

「・・・扶桑?」

「提督、いい天気ですね」

扶桑は窓辺に立ち、視線を海に向けたまま話を続けた。

「数多ある鎮守府の中で、私達姉妹の抱える欠陥を大規模に調査し、完治させたのはここだけです」

提督は開きかけた口を閉じた。ここは黙って聞いている方が良さそうだ。

「ここに居る艦娘は幾度も複雑な訓練を受け、最も手に馴染む、使いやすい装備を与えられました」

「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦、生きて帰れ、勝てる戦しかするな。口酸っぱく言われました」

「戦い方だけではなく、装備開発や艦船建造のコツまで丁寧に教えてくれました」

「提督が私達をどれだけ大切にし、慈しんでくれているかは骨身に沁みて解っております」

「そして、提督は本来この鎮守府で使用して良い筈の遠征で得た資源をずっと、大本営に献上してきました」

「更には新しく作られた鎮守府にも熟練の妖精を派遣したり、開発指導もされてきました」

扶桑が言葉を切る。沈黙が提督室を覆った次の瞬間。

「それなのにっ!」

提督の方を向き直った扶桑の双眸には涙が溢れていた。

「それなのに・・提督に対するこの仕打ちはなんですか?丸裸で深海棲艦の只中に行けと?」

「大本営は恩人を見捨てろというんですよ?あんまりじゃないですか!」

提督は呆気に取られた。扶桑は演習で大破しても激昂した事など無かったのに。

 

青葉が、衣笠が、長門が、不知火が、皆が手を止めてスピーカーから聞こえる扶桑の話を聞いていた。

指を動かすのも憚られる、張り詰めた空気。

 

「提督」

「あ、あぁ、なんだ?」

「私は大本営がどんな意図を持っていようと気にしませんが、この鎮守府のやり方に誇りを持っています」

「扶桑・・お前・・・」

「提督は提督らしく、最後の日まで私達にお命じください。胸を張ってお引き受け致します」

数秒の沈黙の後。

「解った。ではいつも通り、遠征と演習を任務表に沿って行いなさい」

「ありがとうございます」

ポン、ポン、ポン。

承認印を規則正しく押していく。

そうだな、明日が最後だ。厭世的になって任務表までおかしく見えてしまったのだろう。

枚数が少ない気がするが、まだ動揺してるのか。いかんいかん、普段通り、普段通り。

「では、よろしく頼む」

任務表を受け取った扶桑は、にっこりと微笑んだ。

「それでは、本日の遠征・演習に入ります」

 

「長門さん」

「なんだ?」

「・・・不知火は、扶桑さんの能力を侮っていたかもしれません」

「気にするな不知火、私もだ。さて、青葉、衣笠」

「はいっ」

「引き続き監視を。だが、扶桑は任務を理解している。過度の心配は無用だ」

「了解しましたっ!」

「青葉取材っ、いえっ、監視を続けますっ!」

 




ちょっと長めでした。
次も長いかも。かも。

時刻関係の説明を入れました。
工廠長の言い回しを訂正しました。


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file04:2日目ノ夜

3月30日深夜、某海域

 

今日は十六夜、か。

浮かび上がる月を見ながら、加賀は思う。

周りでは護衛部隊が電探等を駆使して警戒に当たっている。

敵は深海棲艦だけではない。今輸送している物は他の鎮守府からすれば宝の山だ。

33号対水上電探や徹甲弾、酸素魚雷など可愛い物だ。

実験段階である筈の暗視装置、誘導ミサイル、潜水艦用防爆装甲などなど。

木箱に収めた物を全て開封すれば、海域の1つや2つ無傷で吹き飛ばせる。

強奪もありえなくはない。

しかし、それを行おうとする者が居たら悲惨な目に合うだろう。

何故なら今夜航行している艦娘は、それらを装備し十分な訓練を受けているから。

普段は「ちーっす!」などと軽い口ぶりの鈴谷も出航後は一言も発せず、暗視装置越しに海原を睨んでいる。

中将がせっつくのも解らなくはないと、加賀は思った。

特殊部隊といっても良い位なのだから。

しかし、だからといってあの異動命令を許せるわけではない。

必ず大本営に一泡吹かせる。一泡どころか泡に溺れて頂きたいくらい。

 

「最後の取引相手を確認、随伴艦1隻。ただし圏内で深海棲艦反応あり。位置特定に至らず」

今日は取引相手が多く、既に深夜2時を回った。集中力が切れてくる。しかし妙だという事は理解出来た。

「加賀、どうする」

気に入らない。全く気に入らない。珍しくいらだった口調で応答した。

「広域探査に変更。位置特定して」

「島の近海に一部を残すか?」

一瞬迷うが、特定しなければ対策が取れない。

「全員で探査」

「了解」

 

秘書艦を伴った制服姿の男は、島に上陸すると不安げに周囲を見回した。

他の鎮守府が置いていった資材はどこにある?

大量にあるはずなのだが。

「時刻通りの到着ですね、司令官、秘書艦さん」

加賀が岩陰から現れる。秘書艦は響か。良い船だ。

「あぁ。約束の物は」

「こちらに」

「頂こう」

手を伸ばすが、加賀はすっと別の方に歩みだす。

「なんだ?」

「引き換えの品はどちらに?」

「あぁ、秘書艦が持っている」

指差された秘書艦は大きなスーツケースを出す。

「では、お互いに確認しましょう。台がございますからこちらへどうぞ」

司令官が小さく舌打ちする。あまり水から離れるのは良くない。

「解った。響、行ってきなさい」

加賀が振り向いた。

「司令官は確認されないのですか?」

「秘書艦を信用しているのでね」

響に明らかに動揺の色が走った。

「でも、司令官。私は暗視装置の使い方など知らない」

「ほら、とっとと行きなさい」

不思議そうに響が歩き始めるのを、司令官はじっと見ている。

なんだろう。

いつもはあんな言い方を、司令官はしない。

本来の秘書艦である川内は入渠しているから、今夜だけ秘書艦として来て欲しいと言われて来たのだが。

司令官は少しずつ後ずさりをする。ここは陸の上だし距離が近すぎる。

鉄のコンテナの上に、お互い持参した物を置く。

加賀が木箱を開けると、中から出てきたのは赤外線暗視装置が2つ。

「使ってみる?」

「使い方が解らないよ」

「では、教えてあげましょう」

その時、水面の感覚を足に感じた司令官がニッと笑った。

発射するには一旦元の姿に成らねばならない。

機材に気をとられている今が頃合か。やや距離が短いが致し方ない。

一方、加賀は暗視装置を響に被せ、スイッチを入れていた。

「響、こちらを向いてご覧なさい。私が青白くみえますか?」

「うん、はっきり見える」

「では、そのままぐるりと周囲を見てみなさい」

響が言われたとおり、ゆっくりと振り返る。

そして司令官の方を向いた時、不気味なシルエットが浮かび上がった。

「か、加賀!司令官が!チ級に見える!」

顔を上げた加賀も薄暗い闇の中に、赤く浮かび上がる雷巡チ級の目を見つけた。eliteか。

「夜ニハ無力化スル空母ダケデ残ルトハ、油断シタナ」

加賀は響を背後から抱き寄せた。

響は驚いて振り向きかけたが、加賀に「そのまま」と言われ、慌ててチ級に向き直った。

響は考えた。あれが深海棲艦なら、司令官はどこに行ったんだ?

加賀が口を開いた。

「そうよ、私は攻撃できない。だから一つ教えて」

「ナンダ」

「この子の司令官はどうしたの?」

「砲撃シタ。今頃ハ秘書艦ト共ニ海ノ底ダ」

響が目を見開いた。

「なっ!司令官を殺したのか!?」

「私達ヲ見殺シニシタ人間ナド、要ラヌ」

「司令官は、司令官はそんな人じゃなかった!」

「所詮ハ人間ダ。イツカ裏切ル」

「違う!違う違う違う!」

響の12cm砲が素早くチ級に向き、即座に連射される。

ズズズズンという音と共に砂煙が上がる。この距離なら着弾しただろう、が。

「ククククク。ソンナ弾、痛クモ何トモナイ」

「くっそおおおお!」

加賀はインカムに話しかけたが、応答は無かった。

「無駄ダ。妨害電波ヲ出シテイルカラ聞コエナイ」

砲撃の煙に気づくかしら?いや、広域探査中だ。多分島に背を向けている。

気づいたとしても引き返す時間がない。

「サテ、オ喋リハ嫌イダ」

チ級の砲口が照準を合わせ始める。後はあれしかない。

「響、聞きなさい」

「な、なに?加賀」

「敵の向かって右後方の岩場に向けて、ありったけ砲撃して」

「なんで?」

「早く!」

「ウラーーーーー!!!」

響の12cm砲が数回に渡って火を噴き、チ級の脇を掠めていく。

「当タッテモイナイゾ、錯乱シタカ?」

「撃って、撃ち続けて!」

間に合わなければ、この子だけでも逃がす。

チ級の砲門が止まる。これまでか。

加賀は腰をかがめ、目一杯響を放り投げる体制を取った。

その瞬間、岩が光を発した。

勝利を確信していたチ級が振り返る。

「ム?」

 

凄まじい轟音に、広域探査をしていた艦娘達は振り返った。

火柱が空高く上がっている。

島の方角?!まさか、探査網を抜けられたのか?

「全艦、島へ全速前進!急げ!」

「加賀!?加賀!?応答して!応答してぇぇぇ」

 

「ゲッ!ゲホッ!ゲホッ!」

響は口の中に入った砂を吐き出した。

起き上がろうとするが、何かが被さっていて動けない。何があったんだ?

必死に息をしながらチ級が居た所を見ると、背後にあった岩場ごと完全に吹き飛んでいた。

その外側にある木々は、立ったまま燃え盛っていた。

そうだ、加賀はどこだ?

「加賀っ!加賀っ!」

「大きな声を出さずとも解りますよ」

目一杯のけぞると、加賀の顔があった。覆いかぶさっていたのは加賀だったのだ。

「大丈夫そうね。良かった」

ゆっくりと加賀が起き上がると、響は加賀の前に立ちはだかった。

加賀の装備は所々歪んでいたが、怪我はなさそうだ。

「一体、何があったの?」

「貴方に撃って貰ったのは、他の鎮守府と取引して集めた弾薬類のコンテナよ」

「それじゃ、あの爆発は」

「そう、貴方の砲撃で誘爆させたの。信管は外していたから賭けだったけれど」

「チ級は?」

「倒したわ。跡形もなくね」

響はヘナヘナと腰が抜け、ぺたんと座り込んでしまった。

「仇は討った、というところかしら」

そうだ。チ級は倒したけど、もう司令官も、川内も居ない。

たった2人の艦娘と司令官だけの小さな小さな鎮守府。立ち上げたばかりの鎮守府だった。

司令官は出撃の度に破損して帰ってくる私と夜戦好きの川内の為に、高価な暗視装置を導入しようとしたのだ。

それなのに。

「もう、誰もいない」

加賀は響を見た。その通り。敵を討っても、轟沈した味方は帰ってこない。

加賀は目を瞑った。あの時のやり取りが蘇ってくる。

 

 

「こぉのバカモノ!中破で夜戦突入など下策中の下策だ!」

「しかし提督、敵は1隻を残して轟沈しており1隻も中破でしたし、実際討ち滅ぼしました」

「そういう問題ではない!」

珍しく青筋を立てて叱り飛ばす提督、腑に落ちない加賀。

A勝利を持ち帰って何故叱られるのだ?

「・・・いいか、加賀。良く聞きなさい」

息を整えながら、提督は言葉を続ける。

「絶対に、二度と、小破以上のダメージで進撃するな。轟沈の可能性があるなら撤退しろ」

「・・・私達は兵器です。幾らでも建造が可能です」

「敵なんざ幾らでも沸いてくる。うんざりするほど沸いて来るんだ。しかし苦楽を共にし、鍛え上げた艦娘は轟沈したら戻ってこないんだ」

「でも」

「デモもストライキもない。今建造した加賀は、昨夜赤城と間宮羊羹を楽しく食べた記憶を持っているか?」

「・・・いいえ」

「今建造した加賀は先週、鎮守府の皆で海水浴に行ったとき、スイカ割りを一発で決めて小さくガッツポーズした記憶を持っているか」

「見てたんですか提督」

「加賀。今ここにいるお前は唯一無二の加賀なんだ。信頼を築き、腕を磨き、仲間と笑い、守る意味を体得した熟練の艦娘なんだ」

「・・・・・」

「大本営が何と言おうと私はお前達を只の兵器とは見ない。信頼して背中を預ける仲間なんだ。簡単に轟沈とか言うな」

「て、提督・・・」

「私は二度と、二度と、仲間を差配ミスで失ったりはしない。もう1度、もし誰かが沈んだら」

「・・・・・」

「私も自決する。加賀、お前が沈んでもだ」

「そんな・・・」

「だから加賀。轟沈の可能性がある時は絶対に総力を挙げて撤退しろ。これは命令であり・・・」

提督が加賀の双肩を力一杯掴む。物凄い力で。

「・・・お願いだ」

加賀は困惑した。提督は一体何を言っているのだ?戦闘兵器である私達をそこまで大切に扱ったら苦しいだけではないか。

そう思う一方で、腹の中に何か温かい物が宿るような、不思議な感じを覚えた。

よくは解らない。でも、提督は私達を失うと自決するといった。提督が居なくなるのは、嫌だ。

何故嫌なのだろう?指令を発する役割の人を護るという規則だけでは説明がつかない。

埒が明かないと判断した加賀は、渋々返事をした。

「解りました。ご命令ならば」

「ありがとう」

その夜、赤城にすっかり話して聞かせた。すると赤城は

「ふぅーん、へぇー、へぇー」

と、急にニヤニヤしだしたかと思うと、

「加賀さんにも春が来たのね~」

と、付け加えた。

春って腹の中にあるの?それは赤城だけのような気がするけど。

 

 

加賀は目を開いた。

そうね。春とは言いえて妙ね。今なら解ります。

そしてこの子は多分、理解出来る。

 

加賀は響を向いて、言った。

「あなた、私と共に来ない?」

「え?」

「私の鎮守府で、守る為の術を覚えない?」

「守る・・術・・」

「そう。きっと貴方にもこれから守りたい人が出来る。その時の為に守る戦い方を学ぶの」

「加賀は・・・居なくなったりしない?」

「ええ、傍に居ると約束します」

「信じて・・良いの・・?」

「ええ」

一呼吸置いて、双眸に涙を一杯に溜めた響が加賀に抱き付く。そして、

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

響の慟哭は、海原を急ぐ艦娘達にまで届いたという。

「忘れるなんて無理。出来ない事はしなくて良い。抱えたまま私についてきなさい。貴方なら出来る」

加賀は静かに、響の頭を撫でながら囁いた。

 

さて、爆発させてしまった資材はどうしますかね。

猶予は今日1日。

加賀は空を仰いだ。うみねこが鳴いていた。

 




「深海棲艦って喋れるんだっけ?」
「仕様です」

「深海棲艦って変身出来るの?」
「仕様です」

時間関係の記述を変えています。


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file05:艦娘ノ思ヒ

3月28日夜、鎮守府内食堂

 

「ふ・・ふ・・フッザケルなよぉっ!」

最初に声を上げたのは摩耶だった。

夕食を食べずに波止場で泣いている赤城を羽黒が見つけたのは、2時間ほど前の事。

赤城が食事しないなんてこの世の終わりだとざわめく艦娘達に、食堂で会議を開くと言ったのは長門だった。

長門が冗談は苦手なのを知っている艦娘達は、本当に世の終わりかと青ざめた顔で食堂に集まった。

そして、赤城が提督の一件について打ち明け、長門が足りない部分を補っていた。

提督と居るこの鎮守府生活が唐突に終る事を理解し、そのあまりの経緯に艦娘達は怒りで蒼白になっていた。

それにしても。

赤城は長門がなぜ知っているのか疑問だった。そのまま問うと長門は

「なに、少し前に悪い噂を耳にしてな。かけていた網にたまたま引っかかったのだ」

と答えた。

そして、長門が説明を続けた。

異動先は単なる岩礁で建物を作れるような陸地はほとんど無く、深海棲艦の報告例は多数ある。

赴任時に僅かな食料と銃を渡されるだけで秘書艦も居ない。

深海棲艦に喰われて悶え苦しむ前に銃で自決しなさいと言うことだ。

これを大本営では「お膳立て」と呼んでいるらしい。

ここで摩耶の怒りがついに限界を超えたのである。

それに呼応するかのように、

「クソ悪趣味にも程があるぞ!」

天龍が食堂の台に拳を叩きつけた。分厚い木製のテーブルがミシミシと悲鳴を上げる。

「ん~、こればかりは天龍ちゃんと同じ意見かなぁ」

龍田が愛用の刀を見上げながら薄く笑っている。本気で怒っている証拠だ。

「龍田。お前はこっち側に居てくれ。私一人にブレーキ役をさせるな」

長門が溜息交じりに言った。そして、

「とはいえ、私はこの異動措置が許せない。よって大本営に一泡吹かせてやりたい」

一斉に艦娘が長門を見た。

「これから話す事は明らかに規則に反する事だ」

長門はここで言葉を切り、面々の顔を見てから、言葉を継いだ。

「悪しき作戦に加担したくない者を私は責められぬ。皆一旦食堂を出よ。5分後、戻った者と話を続けよう」

そういって長門は席を立ったが、誰も席を立たない。

「・・皆?」

「長門、そんな必要ありませんネー」

と言ったのは、金剛だった。

「私達が提督を見捨てるなんてアリエマセーン」

「わ、私も提督さんに恩返ししたいです!」

羽黒がはっきり言うのは余程の時。確かに今は、そういう時だ。

「あ、そうそう。僕が開発した艦対地ミサイルを大本営に撃ち込むかい?すぐ出せるよ」

最上、さらっと物騒な事を言うな。皆うなづくな。

「提督は球磨の妹達を立派に育ててくれた親みたいなものだクマ。親の仇は討つクマ」

球磨、その鉤爪はどこから取り出した。そして研ぐのを止めろ。多摩も真似をするな。

まったく、普段の冷静さはどうしたんだ。

そうだ、クールといえば加賀だ。こういう時こそ冷静な一言を。

「加賀、何か考えはあるか?」

「少し待ってください。彗星で何回空爆すれば大本営を街ごと焼き払えるか計算してます」

ダメだ。冷静に怒り狂ってる。

「ま、待て!皆もちゅつけ・・っ!!」

痛い。噛んだ舌も心も痛い。ええい、冷たい目で見るな。狙ってない。狙ってないんだ。

「・・・・私達が大本営を攻撃すれば相手の思う壺だ。当然提督が首謀者扱いされる。それはダメだ」

「長門さん、なにか策があるのね?」

ありがとう扶桑、お前だけが頼りだ。

「そうだ。改めて聞くが、本当に誰も降りないんだな?」

艦娘が一斉にうなづく。目が泳いでるものは無い。大丈夫だな。

「よし。簡単に言えば、鎮守府ごと異動してやろうということだ」

「!?」

「我々は兵器である。そうだな、赤城」

「はい。提督にそういうと物凄く怒られますが」

「うむ。兵器であるがゆえに機械で作る事が出来る。我々自身も、その装備もだ」

「確かに」

「そして新しい鎮守府が出来る有様を昔見た事があるが、妖精は建物も僅かな時間で作れるのだ」

「えっ!?」

「つまり、妖精以外はすべて作れるという事ね?」

「そうだ扶桑。この鎮守府を動かすのは面倒だが、妖精を連れて行くのは訳のない事だ」

「でも、それこそ建造したての子達はLv1よ?高性能の装備なんて扱えないわ」

「不知火」

「何でしょう?」

「大本営に渡しているリストの項目に、艦娘のLvはあるか?」

「ありません。艦種別の名前一覧と、在庫を含めた装備一覧、それに各資材の残量だけです」

「改かどうかも無いのか?」

「ありません。総数を知りたいだけだと言ってましたから」

「やれやれ、呆れたザル管理だな」

木曾が呆れたように肩をすくめる。

「つまり、装備は在庫としてあれば良いということだ」

「なるほど、資料のウラをかくって事か」

「でも、妖精はどうするの?それと高練度って事は知ってるんじゃないの?」

「妖精は連れて行く。この鎮守府には残さない。細工する手は考えてある」

「それにしても、なぜ提督を自決させるのかしら?」

「命令に背く司令官の処分方法らしい」

「うっ」

「確かに我が提督は、あの件以来、出撃をほとんどしていないからな」

 

艦娘達の脳裏に浮かんだのは、この鎮守府の大転換を促した4年前の出来事だった。

贔屓目に見ても、命令には従っていないかもしれない。

しかし、それは命令が命令だからだ・・・

 




青葉です。皆の会合なのに出番がありません!
これについて作者さん、一言お願いします!

 「長門はワシの嫁」

はい!頑張ってLV99まで上げてください!
現場から青葉でした~


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file06:真ノ敵

4年前の冬、提督室

 

その日、当時鎮守府内最高練度だった戦艦と空母で固めた第1戦隊は、北に出撃していた。

順調にコマを進めたが、ボスの手前で4隻が小破。その他も小破手前までダメージを受けてしまう。

提督は迷ったが、応急修理女神を積んでいる事を思い出し、進撃を命ずる。

しかし、結果は4隻とも轟沈してしまったのである。

原因は応急修理女神を第2艦隊に積んだという単純ミスだが、あまりにも大きな代償に提督は意識を失った。

翌日、提督は憔悴しきっていたが、艦娘達は沈んだ4隻は立派な最期を遂げたといい、落ち着いた様子だった。

「提督、第1艦隊を編成しませんか?」

その日の秘書艦だった赤城は、提督にさりげなく進言してみた。

しかし、提督は

「私にその資格は無い」

と、小さく呟き、後はピクリとも動かなかった。

2日経ち、3日経ち、1週間が経った。

秘書艦になった日向は言った。

「兵器は補充しないとダメだぞ」

提督が青ざめて痩せこけた顔を、首から上だけ動かした。

滅多な事では動じない日向だが、あの時の事は

「死霊が取り憑いたかと思って肝が冷えた」

と身震いして振り返る。

提督が口を開いた。

「そうだ、やっと解った」

「な、何がだ?提督」

「お前達は、ただの部下ではない」

「・・・は?」

「お前達は、娘なんだ」

「な、何を言ってるんだ、提督」

「そうだ、だからこんなにとてつもない喪失感があるんだ」

「提督が私達を大切にしているのは解る。解るが・・我々は兵器だぞ」

「もう二度と、娘を殺さない。殺してはいけない」

「どこへ行くんだ提督?」

「日向」

「なんだ?」

「兵法の文献はあるか?出来るだけ各国のが欲しい」

「確かそれなりにあったはずだ」

「部屋に持ってきてくれ。関連する物も」

「え?今日の仕事はどうするんだ?」

「しばらく全部任せる。私は部屋に籠る」

「なに!?ちょ、ちょっと待て提督!」

そのまま、提督は自室に帰ってしまった。

日向から相談された長門は

「色々思う事があるのだろう。話してくれるまで待とうじゃないか」

と言った。

そして長門の判断で、鎮守府の資源量を維持すべく

「弾薬や燃料を大量消費するイベントや新海域は行かず、鎮守府近海のみ出撃する」

「修復は高速修復材を使わずにひたすら待つ」

「高速修復材や各資材を獲得出来る任務を毎日コンスタントにこなす」

という、鎮守府維持三原則を制定。

さらに、提督の司令官業務を代行する、不知火を始めとする数人で事務方を構成した。

こうして、艦娘による鎮守府自主運営という前例にない状況になったのである。

もちろん大本営や他鎮守府には秘匿してある。問題にならないわけがない。

 

 

事件から1カ月後、鎮守府

 

提督室に提督が現れた。

憑き物が落ちたように生き生きとした表情の提督を見て、艦娘達は安堵した。

提督は言った。

「皆、今まで苦労を掛けた。どうもありがとう」

「もう大丈夫なのですか?」

「あぁ、明日からは訓練をするぞ」

「ご心配なく。クエストはこなしています」

「大本営のクエストは君達が作った原則通りで良い。それに加えて軍事訓練を行う」

「どのような?」

「仲間を守る為の戦い方に必要な訓練だ。この鎮守府の全艦娘に学んでもらう」

ええと、どういうこと?

事務官と秘書艦は顔を見合わせた。

 

守る為の戦いというのは、ひたすら轟沈しない事を優先する戦い方だ。

ここが轟沈するというボーダーラインを見極め、ダメージを受ける可能性などを計算しながら戦う。

一方でボーダーラインを上げる為、装甲を中心とした近代化改修と改造が行われた。

装備は主砲を外してでも強化タービンや缶を優先して回避力を上げ、残スロットに必要な武器を入れるよう指示された。

しかし、何が必要かと問われても解るものではない。

そこで、わざと重りを片足に付け、浸水中で敵戦艦と遭遇したといった絶望的な状況を訓練し続けたのである。

どの艦娘も自分で選び抜いた武器を構え、厚い装甲と高い回避能力を装備していた。

結果、たまに参加する演習では他の鎮守府から化け物呼ばわりされる事になる。

あまりに攻撃精度が高すぎて何らかの違反をしているのではないかという疑いまでかかった。

この為、製作を担っていた熟練妖精達を他の鎮守府育成に回す等、疑念の払拭に努めた。

更には鎮守府運営には余るほどの資源を遠征で調達出来たので、これを大本営に献上した。

これは緊急修復資材として幾度も功を奏した。

大本営の大和と我が長門の間に信頼関係が醸成され、情報交換をするまでに至ったのはこの為である。

出撃以上に貢献する稀な鎮守府として、評判は高まっていた。

 

しかし、その評判が高まるほど、出世の近道は大本営への献金だと曲解をする司令官が出てきた。

魚心あれば水心とばかりに、大本営側の人間の一部が暗躍を始めた。

そうした勢力を中将は潰すべく、謹慎の為の候補地を調査させたが、その調査要員が腐敗していた。

彼らはこの話を悪用した。

ソロル島近海の岩礁を島があると嘘の報告を上げ、建設資材を横領した。

さらに献金を渋る司令官達を「艦娘にたぶらかされて廃人になった」と報告しては「謹慎」させていたのである。

大和は濡れ衣をかけられた司令官の艦娘達から涙ながらに無実を訴えられたが、中将は腐敗撲滅を誓い聞く耳を持たなかった。

 

 

昨年9月29日、大本営

 

勢力は増大し組織化され、「ソロル」は「処刑場」として定着していた。

勢力は次々と提督に「献上か死か」を迫り、鎮守府を食い物にしていった。

そしてついに、我が鎮守府の提督に矛先を向けた。

献上品をもっと寄越せとは言わず、わざと提督のトラウマとなっている海域への出撃をけしかけたのだ。

それは勘弁、ならばもっと寄越せというシンプルなシナリオを用意した筈が、提督は出撃海域を少し広げただけで黙殺したのである。

 

勢力は一旦諦めた。既に十分な献上をしている金の鶏を絞め殺すのも能が無いと。

しかし構成員が聞きつけた、鎮守府の艦娘が高練度揃いで開発能力も高いという噂話に幹部は色めきたった。

装備を敵勢力に横流しすればもっと稼げる。練度の高い艦娘を貸し出せば高い金を稼げる。

艦娘リスト全てが熟練とは思えんが、半数でも三分の一でも十分だ。

勢力は提督を抹消して鎮守府を「占領」する為、中将にいつも通り報告した。

「あの提督は艦娘に騙されて出撃を拒んでいる。少し隔離して謹慎させましょう」

しかし、中将はあまりに高い自決率である「ソロル送り」をしたくなかった。

彼は育成をきちんと行っている。ただ出撃率が極端に少ないだけだと。

ならばと勢力は言った。

「中将から御説得頂けませんか?我々ではダメですが、中将なら提督なんて簡単に説得出来ますよね?」

引くに引けなくなった中将は、こういった。

「くっ、良いだろう。半年以内に説得してみせる」

「万一の場合は謹慎でよろしいですね?」

「ああ、私は中将だぞ」

勢力は心中高らかに笑った。

単純な馬鹿を上に飾っておくと何かと便利だ。

あれだけせっつきまわしたのだから今更首を縦に振るわけがない。

丁度中将の態度もうっとうしかった。説得出来なかった事を責めて鼻っ柱をへし折ってやろう。

そしてその期限が、今年の3月28日だったのである。

さて、あの提督は中将も諦めた。邪魔者はいない。鎮守府は我々勢力の好きにさせてもらうぞ。

長門も大和も知らない闇。

深海棲艦よりも厄介な、真の敵。

勢力は表向き、「大本営直轄鎮守府調査隊」という組織名で呼ばれていた。

 




え?鬼怒さん、何か?

鬼怒「小者臭マジパナイ!」

誤字を直しました。すいません。


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file07:長門ノ咆哮

3月30日昼、南西諸島海域

 

提督に承認してもらった本日の「演習」。

それは2戦隊12隻を使った、信管を抜いた模擬弾による紅白戦と書かれていた。

演習海域として指定された緯度経度はソロル本島。

長門は海域に到着すると、鎮守府に演習開始を伝えた。

そして手信号で合図すると、インカムの周波数を切り替えた。

「戦艦諸君、重巡諸君、実弾への換装。完了を報告せよ」

「比叡、完了しました」

「霧島、完了」

「日向、完了した」

「高雄、完了です」

「愛宕、完了よ~」

「古鷹、装填完了!」

「利根、準備万端じゃ!」

さすが皆、手際が良い。気持ちが良いな。

「よし、空母諸君、索敵ならびに爆撃に入れ」

「飛鷹攻撃隊、発艦開始!」

「龍驤や。艦載機のみんな!お仕事お仕事ー!」

「千歳水上爆撃機隊、行け!」

全機飛び立った事を見届け、最後の1隻に声をかける。

「夕張、海域状況はどうだ?」

夕張は特殊なゴーグルをかけていた。目の前に170インチの仮想ディスプレイがあるように見える。

映し出されているのは、航空部隊の探査状況だ。

「データもバッチリね!長門さん、転送するわ!」

長門もゴーグルをかけた。

なるほど、ソロル本島はそれほど深海棲艦は居ないが、岩礁の先、本島の反対側に密度の高い地域がある。

しかし、凄いなこの装備。深海棲艦が欠伸をしているのまで見えるぞ。

よし、鈍った肩を温めるか。

「夕張はここで空母勢と待機」

「解ったわ、引き続き索敵を続けます!」

「うむ。航空部隊は全機岩礁近海へ移動、敵を見つけ次第爆撃開始」

「指示します!」

「比叡、霧島、高雄、愛宕はソロル本島周辺域で展開、見つけ次第攻撃」

「解った」

長門はゴーグルを外し、ニッと笑う。

「日向、古鷹、利根は、この長門に続け。敵本陣を殲滅するっ!」

「了解!!」

最近諸々溜まっていた鬱積、全て晴らさせてもらうぞ!

 

 

3月30日夕方、鎮守府

 

「提督、今日の演習結果だ。報告を聞くか?」

「ご苦労だったね。紅白戦は新しい形式だったね。どうだった?」

「うむ、久しぶりに動いて気持ちが良かった。スッキリしたぞ」

「そうかそうか。じゃあ補充と入渠を済ませなさい。模擬弾でもダメージ確認は怠らないように」

「そうさせてもらう。あ、これが今日の消費状況だ」

「どれどれ」

 

消費量:弾薬820、燃料1380、ボーキサイト338

 

「・・・・・。」

「ん?提督、どうした?」

「ケタ間違えてないよな」

「うむ、補給した時のメーターの合算だから間違いないが?」

「は、はは、ははははは・・・・・」

「ん?そんな泣くほど嬉しいか?そうか」

「アハハハハハハハ」

「ハハハハハハハ」

「・・・他の演習はキャンセルだ」

「えっ?」

「私は夕食まで寝る。起こすな」

「あ、あぁ」

「ゆっくり疲れを取りなさい」

「提督の方が疲れているのではないか?」

「少しめまいがしただけだ」

とほほ、1海域に戦艦艦隊を2度派遣した位の消費量じゃないか。

紅白戦じゃなくて実戦だよこれじゃ・・

ヨロヨロと歩いていく提督を首を傾げて見る長門。

提督はどうしたのだ?心労か?

まぁ本日必要な「演習」は行ったし、他はブラフだから問題無い。

 

持参した「演習完了」と書かれた紙を見下ろし、ニコッと笑う。

提督、ソロル本島近海の深海棲艦数はこの鎮守府近海と同レベルまで減らしたぞ。安心するが良い。

 

さて、入渠してくるとしよう。主砲周りは小破寸前だ。

久しぶりに修復バケツを使わねば、な。

 




長門さん、もう提督の財布のライフはゼロよ!

いや、別に追加課金してないけどね、資材がね、バケツがね・・・・


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file08:事務方ノ布石

3月31日朝、鎮守府

 

朝食を取っていた涼風は、脇腹を指でつつかれた。

脇を触られるのが弱い涼風は、飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになる。

「誰だい悪戯するのは?」

「しっ、堪忍な」

突いた黒潮は予想以上の効果に詫びた。弱点としてしっかり記憶したが。

「これや、これ」

「あーん?」

机の下で小さなメモをかざしている。

 

 「朝食後、7時から緊急会議。提督にバレぬよう参集せよ」

 

そう書かれていた。なるほど。

「あんたんとこの姉さん達にも伝えてや」

「合点だ」

こうしちゃいられねぇ。急いで食うぜ。

涼風は朝食を流しこむように胃の中に収めると、駆逐艦寮に向けて走り出した。

 

7時きっかりに全艦娘が揃った。

先日は赤城と長門がこちらを向いていたが、今日は長門、球磨、古鷹、加賀、そして響がいる。

響ちゃん開発成功したんだねぇという囁きが聞こえる。昨晩まで居なかったからだ。

「皆、朝の休息時間にすまない」

長門が口火を切ると、場が静まる。

「これより皆に知恵を借りたい。対処する時間が限られているが実施可能な案を出して欲しい」

うつむき加減だった加賀が顔を上げると、

「皆、本当にごめんなさい」

と、言った。そして、

「昨晩獲得出来るはずだった資材のうち、弾薬全数と鋼材の半数を失ってしまいました」

と、続けた。

場がざわめいた。昨晩の「取引」で得る量は、一昨日の艦娘開発用に比べれば少ない量だった。

しかし、それは新鎮守府に備蓄する「当面の在庫」すなわち生命線と聞いていたからだ。

「時間が短いのは解るけど、何があったか教えてもらえる?」

山城が促すと、古鷹が

「申し訳ありません!私達護衛班の失態です!」

と、うつむいたまま叫んだ。

「いいえ、私の落ち度です。説明します」

加賀はちらりと古鷹を見た。静かに泣き出す古鷹の肩を優しくさすりながら続けた。

「今から5時間ほど前、最後の相手と取引をする事になった時、深海棲艦反応がありました」

艦娘達はピクリと反応した。

「ただ、出現反応はあるのに位置が特定出来ないという異常なパターンでした」

「出現は誤報ではないと判断し、位置特定の為、私が警護班全員に広域探査を指示したのです」

艦娘達はうなずいた。敵の特定は基本中の基本だ。位置と艦種が解って初めて対応出来るのだから。

「ところが敵は、取引相手の司令官を殺害し、その司令官に化けていたのです」

艦娘達はざわめいた。そんな事は噂話程度で実例など体験していなかったからだ。

「私は響さんと交渉を進めていましたが、響さんがいち早く敵に気づき、知らせてくれました」

大きくなってきたざわめきを、長門が片手を上げて制した。

「警護班は島を背にして索敵中、私は直接攻撃の武器を装備しておらず、敵は通信を妨害しました。敵が完全に優位でした」

眉をひそめ、唇を噛む加賀。フォローすべきかと赤城は口を開きかけたが閉じた。今は聞くべきだ。

「しかし、敵は取引した弾薬コンテナを背にした位置にいました」

まさかという表情で艦娘達が加賀を見つめ、次の言葉を待った。

「響さんは12cm砲を装備していました。私は誘爆による攻撃を選択し、響さんの的確な砲撃により成功したのです」

「ですから響さんは加賀の命の恩人です。そして響さんの鎮守府は壊滅したので、ここにお越し頂いたのです」

響が加賀の方を向いた。

「か、加賀、私はただ加賀の言うままに撃っただけだ。それに加賀は爆発から私を庇ってくれた。本当の命の恩人は」

ぽん、と加賀は響の帽子越しに、響の頭に手を置いた。

響は口をつぐみ、泣きそうになったが、加賀が目で今はダメと合図した。

響はむぐっと力をこめて口を結んだ。良い子ですね。大丈夫。私は傍にいます。

「今説明があった通り、響さんの砲撃で誘爆は成功しました。しかし敵を含むコンテナ周囲100m圏内にあった物が吹き飛びました」

「警護班ならびに輸送班が周囲2kmに渡って捜してくださいましたが、全弾薬と鋼材の半数は海の藻屑と消えました」

加賀は頭を下げた。

「申し訳ありません。全ては加賀の慢心によるミスです」

艦娘達は沈黙した。今、加賀が生きてる事自体が奇跡に近い状況だ。

「球磨たち輸送班は島の丘の反対側に居たクマ。もっと見える位置で居れば加賀を助けられたクマ。本当にごめんクマ」

球磨が加賀の方を向いた。

「いえ、取引相手を刺激しないよう、全取引が終わるまで隠れて待機と指示したのは私です。輸送班の方に責任はありません」

長門が口を開いた。

「敵はeliteクラスの雷巡一隻で、この攻撃手法は今後追検証する必要があるが、喫緊の課題は不足資源の確保だ」

ささやきが再び止んだ。

「最初に言った通り、事は急を要する。加賀と響は修復バケツにより高速修復したが、メンバー全員を休ませてやりたい」

艦娘達はうなずいた。

「警護班は第2班を編成するとしても、資源の確保手段が見えない。」

「今から任務表を大増刷しようにも間に合うか解りませんし、提督もさすがに3日目となると押し切れるかどうか」

任務娘がおずおずと言った。長門がうなずく。

「そうだ。遠征1日ではとても間に合わない。新鎮守府移行後、大本営からの物資補給や遠征指令は当面アテに出来ない」

「アタシが資源輸送に行ってくるよ、新型タービンなら一番早く行けるよ!」

島風が言ったが、長門が首を振った。

「申し出はありがたいが、最速を誇る島風でも刻限までに3往復するのが限界だ。それでは1桁足りないんだ」

島風のリボンがへなへなと下がる。10倍速く動くのは幾らなんでも無理だ。

艦娘達の絶望的な静寂を破ったのは、不知火だった。

「それでは、ここは事務方にお任せください」

長門が驚いたように問いただす。

「何か策があるのか?」

不知火がちらりと、そしてすまなさそうに文月を見る。

「文月、これは緊急事態と判断します。よろしいですか?」

提督から実の娘のように寵愛を受ける文月だが、事務方の長として活躍するキレ者だ。夜9時に寝てしまうのが玉に瑕だが。

文月は短い腕を組んで首を傾げていたが、目を開けてにっこり笑う。

「簿外在庫放出です。本領発揮するよー」

長門が口を開く。

「よ、よく解らないが、どういうことだ?」

文月が口を開く。

「工廠では今まで相当な量の装備開発をしてるのだけど、失敗ペンギンと在庫装備は皆知ってるでしょ?」

艦娘がうなずく。

「でもね、在庫にも出来ない装備がたまに出て来るのです」

「えっと、弾が撃てない主砲とかって事かしら?」

陽炎が質問するが、文月は立てた人指しをちっちっちと動かす。大人ぶってるようで可愛いが本人は素だ。

「そうではなくて、えっと、例えば狙撃銃とか、歩兵用ロケット砲とかです」

「陸軍装備よねそれ。でも、ロケット砲は開発成功してないんじゃ・・・」

「元々海軍兵装を呼び出してるのに出てくる陸軍兵装ですから、時空ずれも起きるようです」

不知火と文月が交互に言葉を継ぐ。

「そこで、そういった物が出ると陸軍の開発部さんに連絡して、引き取ってもらうんですよ~」

「陸軍開発部は新装備をいち早く手に入れられる。私達は場所が片付き、珍しいお菓子・・おほん、資源を手に出来ます」

「互恵関係にあるのですっ」

「そして最近は特に、開発ペースを上げた為か、陸軍用の重火器や戦車等の兵器級装備も数多く出ました」

「これらを陸軍開発部さんに引き取ってもらうのです~」

長門が納得したというようにうなずいた。

「なるほど。しかし、相手は今日の今日で応じてくれるのか?陸軍だろう?」

文月はくすりと笑った。

「開発部さんはすぐ引取りに来てくれますし、値段も決めようが無いので私達の言い値です。レートをちょっと上げれば良いのです~」

長門は一瞬、文月がニヤリと笑うのを見逃さなかった。これからは脳内で越後屋と呼ぼう。

「では、不足資源の確保は事務方に一任して良いか?」

不知火はうなずいたが、文月は長門を見ながら言った。

「ちょっと、お願いがあるのです~」

「なんだ?」

「今日、妖精さんに新鎮守府の図面を渡すのですけど、簿外在庫置き場と、開発部さんとお話しする部屋を入れても良いかなあ?」

こっ、こやつ・・裏取引を正当化し、なおかつ場所を確保するつもりか・・・

「新しい鎮守府で当面の間、この取引で資源をちょっと補えると思うのです」

どうせ表に出してしまったのなら恩を売り業務として認めろという事か。

確かに提督に承諾させる絶好のタイミングだ。だが、狙いはそれだけか?そんな単純なことか?

頭を働かせようとする長門に文月がダメ押しの一言を加える。

「毒は皿まで、です」

くっ、越後屋っ、越後屋何を考えている?

だが、時間が無い。今は他に手がない。無条件で飲まざるを得ない。何が起きるんだ?

「わ、解った。よろしく頼む」

がっくりと頭を垂れる長門、おろおろする不知火を横目に文月は満足気にうなずく。

当面、新鎮守府では緊縮予算による財政削減策を取るしかありません。

簿外在庫取引で得られた資材を合わせた総資材を見せつつ、収入が減り、総資産がこれしかないと説得する事を考えてました。

そして最も資源消費の激しい戦艦の方々には特に厳しい節約令を飲んで頂かねばなりません。

戦艦の長で、艦娘の長である長門さんに恩を売れば良い布石になります。

事務方のおやつ代なんて、また考えれば良いことです。隠し事をするのは好きではありません。

なにより、提督、ううん、お父さんにはこれから楽をさせてあげるのです。

事務方の長は、既に来年度は誰を説得すれば計画内にバランスシートが納まるかについて頭を巡らせていた。

 




文月可愛いよ文月。

文月「ねぇ、こいつ、やっちゃっていい?」
北上「あぁ、もうやっちゃいましょー」


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file09:提督ノ瞳

3月31日朝、鎮守府

 

打ち合わせから30分ほどが経過していた。

細かな内容を素早く話し合うと、早速陸軍開発部に連絡してきますと出て行った事務方を長門は目で追った。

事務方、恐るべし。首根っこをがっちり掴まれた気がする。

さて、もう1つの話を済ませねば。

「残った諸君はもう少し聞いて欲しい。敵の件だ」

艦娘達の表情が、すっと強張った。

 

「加賀が説明した通り、深海棲艦が司令官に化けた。これは新たな脅威である」

艦娘達はうなづいた。

「昨夜はelite級であったが、どれくらいのレベル、どれくらいの艦種が出来るかは解らない」

「更に、深海棲艦反応はあるが、変身中は位置特定が出来ないのだ」

夕張が立ち上がった。

「古鷹さん、加賀さん、昨夜のデータを残っているだけで良いので私にください。徹底的に調査します」

「そういう事は夕張が得手とすることだな。今日から任せて良いか?」

「頑張ります!」

「うむ、任せる」

「えっと、響ちゃんと一緒に取引場所に来たのよね。それまでの敵の様子はどうだったのかしら?」

「響の話では、姿形は司令官と見分けがつかず、鎮守府内でも人の行動として不自然な所は無かったそうだ」

響が口を開いた。

「でも、今考えれば言葉遣いが荒かったりおかしい所はあった。もっと早く気づいていれば、司令官は・・川内は・・」

こらえきれなくなった響は、さめざめと泣き出した。

「私はまた一人だけ生き残ってしまった。また仲間を守れなかった。もう一人ぼっちは嫌だ」

加賀が口を開いた。

「先程も言ったとおり、響さんは加賀の命の恩人です。それにこうして、仲間を守る意味を理解しています」

しゃくりあげる響を加賀が抱きよせる。

「でも、響さんはまだ、己を守り、仲間を守る戦い方を知らない。だから私達の仲間に加えたいと思います」

長門が言葉を継いだ。

「響、許せよ。一応皆に言っておくが、この響は深海棲艦反応は無い。化けている可能性は無い」

加賀は長門を見た。そうだ。私が気づくべきだった。

長門は加賀にも頭を下げたが、加賀は首を振った。

「長門さん、辛い役割をさせてしまいました。すみません」

「いや、良い。響、疑った事を詫びる」

「ううん、それは大事な事だと思う。調べてくれてありがとう、長門さん」

「ありがとう。さて、提督にはどこまで説明したものか。取引の事は秘匿しているしな」

艦娘達はめいめい考えを話し、さざなみのように広がっていった。

それを制したのは、扶桑だった。

「長門さん、加賀さん、ここは私に預けて頂けますか?」

「扶桑?」

「響さん、ちょっとお話しましょうか」

加賀を抱きしめる力を強める響を見て言葉を継いだ。

「大丈夫。加賀さんにも来て頂きますから。一緒に、ね」

響は加賀に振りかえった。加賀はうなづいた。

「扶桑さんは信頼できます。大丈夫。私も傍に居ます」

扶桑に振り向いた響は、おずおずと口を開いた。

「ふ、扶桑さん。よろしくお願いします」

扶桑はにこりと笑った。

「はい、良いお返事ですね」

長門が口を開く。

「一応、作戦概要は教えてもらっても良いか?扶桑」

「ええ、聞いてください」

 

 

「え?なに?なんだって?」

提督は、報告を聞いて驚愕した。

今日は最後の任務を承認する日かと感慨に浸っていたら、朝から居並ぶ面々にとんでもない報告を受けたのだ。

昨日デイリー任務を1つ忘れて夜に鎮守府近海に出撃したこと、帰還する途中に敵と交戦して加賀が被弾したこと、

ドロップした響が、敵艦が殺害した司令官に化けられる能力を見たといっていること、その際異様な深海棲艦反応があったこと、

それらを加賀と扶桑が矢継ぎ早に報告したのである。

ショッキングな内容が次から次に出てきた後、さらに響が涙ながらに鎮守府の壊滅まで告白したのである。

提督はまず、怯えた様子の響を見てこう言った。

「扶桑」

「はい」

「今日は秘書艦の当番ではないが、すまないが使いを頼む」

「なんでしょうか?」

「間宮さんの店にこの子を連れて行きなさい。ほら、財布を渡す」

「あ、はい、解りました」

「君は響君といったね」

「はい、提督」

「私は今日でここを去るが、この鎮守府で君を保護すると私から大本営を説得しておくから心配要らないよ」

響は提督の目を見た。優しく温かいが、とても深い悲しみを知っている目だ。

提督は言葉を続ける。

「苦しい記憶を忘れるのは無理だしその必要も無い。その時の思いを、決意を忘れず、未来の糧としなさい。

 ここに居る艦娘達は仲間を思い、仲間を守る為に己を磨き、素晴らしい実力を持っている私の宝物だ。

 響、君も今から私の宝物だ。離れ離れになっても変わらない。まずは美味しい物を食べ、ゆっくりと体を休めなさい。

 ようこそ我が鎮守府へ」

響は提督と司令官の残像が重なった。

 

「やぁ、君は響というのか。私が司令官だ。こんな小さな鎮守府ですまないが、最大限歓迎するよ」

「何てことだ。そんなに破損して大丈夫なのか?痛くないか?すぐ入渠しなさい。報告書なんて後で良いよ」

「ふうむ、指示が悪いのかな。装備が弱いのかな。どうしたら勝てると思う?」

「川内が来たぞ!二人居れば心強いよ!夜戦が好き?響、教えてもらいなさい。私も一緒に勉強するよ」

司令官・・司令官・・司令官・・司令官。あぁ、あぁ司令官!

 

「響?」

「うわあああああん!司令かああああああん!ごめんなさああああい!」

棒立ちで泣き始めた響。提督が立ち上がったので加賀がとっさに響をかばおうとした。

「て、提督、粗相はお許しください、まだ」

「違う。叱るのでは無いよ」

提督は加賀にそういうと、響を自分の子供のようにぎゅっと抱きしめた。

 

「よし。響、よく耐えた。偉いぞ。さあ思い出しなさい。今、全てを思い出し、全て言葉にしなさい」

「司令官!川内さん!ごめんなさい!ごめんなさああああい」

響は提督に抱きついた。あったかい。ここでは好きなだけ言って良いんだ。思い切り泣いて良いんだ。

加賀は提督を見た。響を優しく抱きしめているが、どこか遠い目をしている。

大本営をどうやって説得する気かしら?

普通は鎮守府間の艦娘移転は鎮守府調査隊が決める筈だが。

でも、と加賀は思った。

提督は沢山の傷を抱える私達を見捨てない。

だから、私はあなたの為、これからも出来る事を、命の続く限り働いてみせますよ。

こんな事恥ずかしくて言えませんけど、提督なら解ってくれますよね。

 

30分以上そうしていただろうか。

ようやく呼吸が落ち着いてきた響の手を扶桑に取らせると、提督は

「後は女の子同士で頼むよ」

と送り出した。

そして加賀に振り返ると

「任務娘を呼んできてくれ。大本営と通信をする必要がある」

と言った。

加賀はうなずき、走り出した。

 




いつかデレ加賀さんが実装されると信じて疑いません。

加賀「艦載機、爆撃用意」


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file10:中将ノ逆鱗

3月31日昼前、大本営通信所

 

「なるほど、事情は解った」

中将は通信機越しに、提督から報告を受けていた。

可哀想に。中将は表情を曇らせた。さぞ怖い思いをしたのだろう。

「それで、提督は鎮守府への編入と、後任への引継を所望するということだな?」

「その通りです」

「よく解った。ちょっと待て」

中将はスイッチを切ると隣を見た。

そこには大本営直轄鎮守府調査隊の隊長が同席していた。

隊長は貧乏ゆすりをしながらフンと鼻を鳴らした。

要するに気が触れた低レベル艦娘じゃないか、面倒なゴミだ。

「隊長、本来は鎮守府間の艦娘転属は認められない、これが原則だ」

「そうでありますな。こういう場合は司令官を拾ってきて、艦娘は鎮守府の秘書艦にする原則であります」

「おい、言葉に気をつけたまえ。司令官を侮辱するのは許さんぞ」

「これは失礼いたしました中・将・殿。それで、特例をお認めになるのでありますか?」

「今の響を新任の秘書艦として配置すれば、業務上困ることもあろう」

「気が触れてますからね」

「貴様っ!」

「敬意うんぬんより、正しい実態を表現して速やかに論議すべきではありませんか?」

「偉くなったものだな隊長」

中将は隊長が心底嫌いだった。しかし上層部とコネのあるこの男は余程の理由が無いと地獄に送れないのも事実だ。

いっそこいつをソロル送りにしてやりたい。

「繰り返しますが、気の触れた艦娘なんぞを新米司令官に預ければ鎮守府が機能不全に陥る」

「・・・」

「かといって、あの鎮守府は今日限りでしばらく司令官不在。調査結果によっては取り潰しです」

「・・・」

隊長は薄笑いを浮かべた。そうだ、良い処分場があるじゃないか。

「ああ、特例を発令するならこういうのは如何でしょうか?」

「なんだ」

「その艦娘の武装を解除し、ソロル送りにするんですよ」

「て、提督と一緒にか?」

「そうです。そんなにその艦娘が大事で、治療が必要なら、謹慎中でヒマな提督がやればいい」

「き、貴様っ!」

「あの提督は育成能力が高いと太鼓判を押されたのは中将殿ではありませんでしたかな?」

「そうだ」

「でしたら再度戦線に立てるよう、役立つ艦娘に再教育頂こうじゃありませんか。」

「・・・・・・」

「使い物になる形に戻ればそれで良し、その前に深海棲艦に食われてもたかが駆逐艦」

中将は謹慎を承認した半年前の自分を心底後悔した。このクソ豚野郎。本性を現しやがったな。

「・・・よし」

中将は再びスイッチを入れた。

「提督、待たせてすまない。今、鎮守府調査隊長と調整した」

「はい」

「すまないが、その艦娘、響君といったな、その子を連れて行ってくれないか?」

「・・・・は?」

隊長がマイクをひったくった。

「艦娘の装備は解除してもらうぞ。表向きの理由は任務不遂行による謹慎だからな」

「なっ・・・」

マイクを奪い返すと、中将は言葉を続けた

「すまない。隊長は口が悪いが、表向きはそうだ。そして君の身の安全の確保の為もある」

「・・・・」

「君の説明を信じれば、響君は司令官や仲間を失って不安定になっている。」

「はい」

「万が一、君を敵と誤認して砲撃するような事があれば問題になる」

「ですから」

「それに、だ。今君が居る鎮守府は明日以降しばらく提督不在だ。騒動に対処出来ない」

提督は溜息をついた。この石頭め。

喉元まで「うちの艦娘は自立運営出来る」と言いかけたが、加賀がそっと提督の肩に手を置いた。

目で加賀に礼を言う。ありがとう。君が居てくれて良かった。

「それでは、ソロルには響に乗船していけば良いですか?」

「いや、船は手配済だ。君はそれに乗ってもらう。響君はついてきてもらう」

「兵装解除した響で反逆するとでもお思いですか?」

「悪いが、逃亡の可能性は否定できないのでな」

「よく解りました。ご命令のままにいたします」

「そうしてくれ。船は本日1800時に鎮守府に到着する」

「艦娘達に伝えたいのですが、出航と調査隊到着は?」

「船の出港は2000時を予定しているが補給次第だ。調査隊は翌4月1日の1200時に到着予定だ」

「解りました。調査隊の方々に粗相の無いよう出迎えさせます」

中将は一つ咳払いをすると、

「必要無い。調査はいわば監査だ。手心を加えるような疑いをされぬよう、艦娘も任務娘も自室で待機せよ」

と言った。

隊長のあからさまな舌打ちが聞こえた。こいつ、仕事でも汚い事をやってるのか?

「承知いたしました。中将殿、お別れです」

隊長は不愉快そうにどすどすと通信室を出て行ってしまった。

バタンと勢い良く閉まる扉の音に、中将の中で何かがパチンと弾け、高速で思考回路が働き出す。

調査隊を信用するしかなかったが、し過ぎていなかったか?

調査結果、大和が幾度も訴えた事、無実を訴える司令官達、そしてソロルの自決率の高さ。

鎮守府の存続・廃止判断、それに取り潰された鎮守府の艦娘や装備はどうなった?備蓄資材は?

全部調査隊の報告書越しにしか見えてないではないか?

ぐるぐる嫌な仮説が出来上がっていく。

隊長の薄笑いが浮かぶ。

嫌な汗が出てきた。まさか。

「・・・中将殿?」

「提督」

「はい」

「君はあくまで異動だ。心せよ。絶対に早まるな。銃は渡さん」

「ど、どういうことでしょうか?」

「響君の兵装は必ず用意する。わしが何とかする。今更かもしれぬが、もう一度わしを信じろ」

そういうとスイッチを切った。

大和は口が堅い。やれやれ、人間より艦娘が頼りになるとは情けない。

中将は弱った足腰に鞭を入れた。大和に、大至急伝えねば。

 

鎮守府でスイッチを切った提督は、任務娘と加賀を見た。

二人とも肩をすくめた。

つられて提督も肩をすくめた。

あの短い間に、何かあったのか?

なんだろう、これまでと変わる予感がある。

提督は任務娘を見た。

「頼みがある」

「なんでしょうか?」

「今日は出来る限り通信室に居てほしい」

「お安い御用です。今日はこちらで作業します」

「頼む。それと、加賀」

「なんでしょう?」

「お前、疲れてるな?」

不意を突かれてギクッとなってしまった。

「怒ってるんじゃないんだ。ただ、疲れているのなら、きちんと休みなさい」

「あ、はい」

「沈むなよ。離れたとしても、お前は私の大切な宝物なのだから」

 

任務娘は加賀が耳まで真っ赤になったのを初めて見たと赤城に語り、赤城は目をキラキラさせて続きを促した。

その時点で加賀に見つかり、「二人とも記憶を失いなさい」と砲撃されながら追い回されるのであるが、それは少し未来の話。

 




薄幸すぎる任務娘さんに幸あれ。

任務娘「えっと、急展開してお姫様扱いとか・・」
作者「無いです」
任務娘「・・・刺してやる」



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file11:陸軍ノ情報

3月31日昼前、鎮守府

 

今日で、ここともお別れか。色々あったな。

鎮守府の外れに一人訪れていた木曾は、古びた木の桟橋を撫でた。

「ここから初めて海の上に出たんだったな。あれは怖かった」

提督に

「最高の勝利を与えてやる」

と言ってA勝利を持ち帰り、その立ち居振る舞いからダンディと評される木曾だが、実はかなり乙女である。

今一人で歩いてるのは、感傷に浸って涙を流したいものの、仲間が持つイメージを壊してはいけないという配慮だった。

ふと、桟橋の先を見ると、なにやら白い物が浮いている。

「・・・なんだろう、あれ?」

木曽が近づいていく。

「あきつ丸さんは余計な心配しすぎです」

まるゆは無事鎮守府に到着した事に胸を張った。しかし。

「お前、誰だ?」

ぎょっとして見上げると、眼帯をした怖そうな人が桟橋に立ってこちらを見ている。

え?え?この人が不知火さんなの?

「え、ええと、まるゆです。ここであってますよね?」

木曾が疑いの目を向ける。そもそもこんな艦娘見たことが無い。深海棲艦が潜水艦に化けた?

「お前、潜水艦か?」

まるゆは木曾の目が険しくなった事に怯えていた。鎮守府間違えた?というか私、潜水艦?

「あ、あの、まるゆは潜航輸送艇で、潜水艦じゃないんですけど、潜れるというか・・・」

木曾は疑念を深めていた。

「潜水艦なら潜れるだろう?潜ってみよ」

「えっ、えっと、えっと」

潜れば良いのでしょうか?不知火さんの居る鎮守府まで逃げましょう!

と、思ったまでは良かったのだが、まるゆの潜行の様子を見て沈没したと勘違いした木曾は、思わず助けてしまう。

「お、おい!沈没するぞ!」

「え?え?まるゆはいつもこの潜り方ですよ?」

そこに、笑いをかみ殺した不知火が現れた。

「木曾さん、すみません。その方は敵ではありません。ご安心を」

木曾は振り向いた。なんか不知火に見せてはいけない姿をみせた気がする。

まるゆは地獄に仏といった表情で不知火を見た。

「し、不知火さんでありますか?」

「ええ、私が事務方の不知火です」

「申し遅れました。初めまして、陸軍開発部のまるゆです。兵装の件で伺いました!」

「陸軍だったか。これは失礼した」

恐縮しながら桟橋の上に引き上げる木曾。

「いえ、あの、説明が下手でごめんなさい」

水飲み鳥のようにお互い頭を下げる木曾とまるゆを、不知火はそっと写真に収めた。

軽巡・雷巡の方に緊縮策を説得するのは、木曾さんに働いてもらいましょう。

「まるゆさん、申し訳ありません。最近、変な深海棲艦が出るので警戒してるのですよ」

不知火がフォローした言葉に、まるゆが驚いたように言葉を継いだ。

「あ、やっぱり海軍殿もご存知なんですね、あのヲ級を」

ヲ級?

木曾がまるゆの肩を掴んで揺さぶった。

「何か知ってるのか!教えてくれ!やつらは一体!」

まるゆの頭ががっくんがっくんと前後に揺れている。不知火はそ知らぬ風でシャッターを切った。

美味しい。美味しいです木曾さん。もっとです。

 

「す、すまない。本当にすまない」

工廠の奥、寄せ集めの机と椅子が並ぶ場所。ここは事務方と陸軍開発部が交渉する場所だ。

そこで木曾は、まるゆに平謝りしていた。

まるゆはまだふらふらとしている。揺さぶられすぎて目を回してしまったのだ。

不知火がお茶と羊羹をまるゆの前に置いた。

「遠路、そして色々お疲れ様でした。召し上がってください」

「わぁ、これが間宮羊羹ですね!いつもあきつ丸が美味しい美味しいと自慢するので楽しみにしてました!」

そう。普段の交渉はあきつ丸が来るのであるが、たまたま手が離せなかったのでまるゆが代わりに来たのである。

運があるのか無いのかよく解らない。

「それで、ヲ級の事なんだが」

一心不乱に、満面の笑みで羊羹を食べるまるゆを木曾が促す。

まるゆは名残惜しそうに羊羹を飲み込むと、話し出した。

「まるゆは今日、開発部からソロル沖を経由してこちらまで来たんです。その方が戦闘海域を避けられたので」

ここでまるゆはちびりとお茶を飲んだ。なんかリスみたいで可愛いなと木曾は思った。

「ところが岩場にヲ級が居て。慌てて潜ろうとしたんですが、なんだか様子がおかしかったのです」

「というと?」

「えっとですね、体育座りのような格好をしてて、こちらをちょっと振り向いて、すぐ向き直っちゃって」

「は?」

「それで頭を垂れてました。なんか落ち込んでるようなオーラ全開でした。だから全力で逃げてきました」

えっと・・・

木曾と不知火は顔を見合わせた。落ち込んでる深海棲艦?

「あの」

まるゆがおずおずと不知火を見て言った。

「お代わりを・・・」

もう羊羹食べたのか!いつ食べきった!?

不知火は心の中で突っ込みながら皿を受け取ったが、はっとした。

あ、つい受け取ってしまいました。意外とやる子?

 

「ふえええふえええ、凄いですよ凄いですよこれは!予想以上です!」

まるゆが資材置き場にある「出てきちゃった陸軍兵装」を見て驚きの声を上げた。

木曾は「これ以上居るとなんだか邪魔しそうだからな」と帰っていった。

「全部欲しいです!」

不知火は心の中でほっと息をついた。まず第1段階は成功。

「そうですか。ありがとうございます。助かります」

「ただ・・」

と、まるゆは表情を曇らせた。

「おっきい、です、ね」

「そうですね。戦車とかもありますし」

「まるゆ一人で持って帰るのは厳しいです」

「大量にありますからね」

「えっと、それじゃあ先に取引内容をまとめてしまって、交換は後日あきつ丸と伺います」

不知火が顔を曇らせる。

「それがですね、置いておけるのは明日の1100時までなのです」

「ええっ!?」

「1200時に監査が来るので、見つかる前に処分しなくてはならないのです」

「そっ!それは!一大事です!これは陸軍が頂かなくてはいけません!」

「では早々に取引をまとめましょう。今は使用中ですが、通信施設も後で使って頂いて構いませんよ」

「交渉はまるゆに一任されているので、応援だけ呼ばせてください」

「解りました」

不知火とまるゆは兵器毎の取引内容を早いペースで詰めていった。

不知火が密かに内心でビビる程の累計になっていくが、まるゆは眉一つ動かさずふんふんと言っている。

陸軍は新装備の開発に本当に注力しているようだ。

やがて、まるゆが顔を上げた。

「了解しました。全てそちらの条件で構いません!」

「確認を取らなくて大丈夫ですか?」

「はい。資源でのお支払いは助かります。開発部にある備蓄でいけますから」

「こちらも助かります。あと、資源の納品場所なのですが・・・」

まるゆと不知火は程なく握手をし、通信棟に入っていった。

 

「うひゃっほう!でかしたぞまるゆ!後でカステーラを2切れ遣わす!」

「ありがとうございます!」

「よし、私もすぐ向かう。輸送準備を頼む!」

「了解です!」

陸軍開発部で、通信機のスイッチを切ったあきつ丸はバンザイをした。

開発出来るアテもないのに、物資だけ渡されて上層部からせっつかれてた兵器が全部揃うなんて!

しかも物資払いなら開発したのに物資があるというおかしな事になることも無い!

期末で予算は使い果たしてたからまさに渡りに舟!なんて気配りだ!

ギリギリだ。ギリギリすぎるが間に合った!

頭痛の種が全部消えた!

これで来年度も開発が続けられる!

これぞ天恵!感謝します神様仏様文月様。

さぁ急ごう。最優先事項だ!

 




まるゆはビート板持ってバタ足で泳いでるという方に300ペソ。



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file12:工廠長ノ悪戯

3月31日昼、鎮守府

 

「ダメだ!ずえったいダメだ!」

「お、落ち着いてくれ。こちらの落ち度は認める。すまぬ。この通りだ」

「この通りでも裏通りでもない!わしらを殺す気か!もうへとへとなんだ!」

「でもね、このままだと皆のお家が無くなってしまうのです・・・」

 

場所は工廠長の事務所。

工廠長も茹でダコのように真っ赤になっているが、机に上に居る妖精達も腕組みをして怒ってるぞ!という風情だ。

極めて旗色の悪い交渉をしているのは長門と文月であった。

経緯はこうだ。

新鎮守府の図面を今朝渡された工廠長は、まともな図面が来た事にほっとしていた。

さらりと屋内演習場とか言われたらどうしてくれようと思っていたからである。

しかし、納期欄を見て目が点になった。今夜2100時までだと?

 

「出来る訳ないだろうがバカモノおおおおおお!」

となったので、話がどこかずれていることを察した文月は、長門を呼んで来たのである。

そして工廠長と長門の主張を聞いていた文月が、ある事に気づいた。

「工廠長さん、既に建っている建物の改装はすぐだけど、新しく建てるのは時間がかかるってことで良い?」

「あぁ、そういうことだ」

ふぅふぅと肩で息をしながら、工廠長は言った。

長門は額に手を当てた。

確かに自分が見た鎮守府建設現場は元々別の鎮守府が壊滅した場所であり、古い建物を壊して更地にした後で新しく建てていた。

壊す手間がない分早く立てられると考えたのだが、基礎工事に一番時間がかかるとは思わなかったのだ。

工廠長はぐいと水を飲み干すと、すこし怒りを納めながら言葉を続けた。

「承知の通り、鉄やコンクリートは被覆前の塩が大敵だ。さらに砂や水で地盤が緩い場合が多い。だから沿岸部の大型建物で最も気を使うのは地質調査と基礎工事なんだ。敷地の整地や舗装、建物以外の工事にも時間はかかるんだぞ」

「工廠長。本当にすまない」

長門が深々と頭を下げた。

文月は考え込んでいた。事務方でも時間は操作出来ません。どう解決したものやら・・・

 

沈黙を破ったのは、工廠長だった。

「島の資料はあるか?」

「あ、あぁ、地図と航空写真がある」

「見せてみろ。あ、お前達は全員寮に戻って食事と休息を取っていろ。風呂にも入れ。おやつを食べてもいいぞ」

妖精達はパッと明るい表情になると、うきうきとした足取りで引き上げていった。

「これが地図、これが航空写真ですよ~」

 

工廠長は顎鬚をなでながら地図と写真を交互に見ていたが、ふと呟いた。

「この岩場は不自然だな」

長門と文月も見る。確かに天然の岩場を港、そこから続いた道が島の中央部に向かってるようにも見える。

「先日調査したときは、陸上に深海棲艦反応は無かったし、当然人の気配も無かったぞ」

「そりゃそうだ。こんなちっぽけな島で人類が海上支援も無く自給自足するのは不可能だからな」

「でも、深海棲艦が出没する前なら、居たかもしれませんよ?」

「とすると、基礎のある土地があるかもしれんな」

工廠長がひざを叩いた。

「よし、わしを連れてけ。なるべく早くな」

長門が顔を上げる。

「作ってくれるのか?」

「出来ると決まったわけじゃない。喜ぶな。ただ、女子供を寒空に放っとくのは好かん」

さも面倒臭そうな口調だが、「仕方ないなぁ」という顔だ。

これだから工廠長は妖精達にも絶大な信頼を置かれるのだ。

「一番速い船を用意する」

 

「もー、荷造りが終わんないのにー」

島風はぶーぶー文句を言いながら工廠に現れたが、文月が

「いっっちばん速い船でないとどうしても出来ないのです。最速の島風さんにお願いするしかないのです」

というと急にご機嫌になった。長門は思った。さすが越後屋。

 

それから僅かな時間の後。

島の岩場で胃を押さえている工廠長と島風の姿があった。

波を全く無視して全速力で駆けた島風の航行は確かに速かった。

しかし、ビルの3階から1階まで上下するような揺すられ方に、さすがの工廠長もフラフラであった。

「うぅ、気持ち悪っ・・・」

うつむいた目線の先にきらりと光るものがある。

拾い上げると、それはボルトだった。島風に渡す。

「これ、持っててくれ」

「うん、いいよ」

周囲を見回す。岩の中を玉形にくりぬいたような場所で、航空写真で見るより広い。

洞穴らしき穴と、岩の上に続く道が見える。

間違いない。人が使っていた跡だ。

「よし、上に行くぞ」

「はーい」

 

道の先には小さな湖を中心に、畑と数件の廃屋があった。集落という規模である。

残念ながら公民館といった土台を必要とするような建物の跡はどこにも無かった。

また、人の気配も全く無かった。無人になって久しいようだ。

持ち込んだ地質調査機でざっと調べると、鎮守府を建てられそうな岩石質の地盤も見つかった。

「整地はしなくても良さそうだが、基礎工事は要るな」

「えー、砂利道より石畳とか欲し~い!」

「島風、お前に任せるよ。よろしく」

「う、無理」

「お洒落はそのうちな。まずは仮の住まいだろ?」

「仮って?」

「今すぐに基礎工事は無理だ。準備も材料も足りん。だから端の方に基礎の要らない建物を建てておくんだ」

「ふーん」

工廠長はそういうと、大空に向かって手をかざす。

熟練妖精の長がなにやら長い言葉を発すると、光から徐々に建物が姿を現した。

「すっごい!すっごおおおおい!」

島風は目を見張った。ヒゲオジサン、かっこいい!

 

しばらくすると、大きめのログハウスのような建物がずらりとならんだ。

「ま、こんなもんだろう」

「ねえねえ!島風に1号棟頂戴!」

「それは長門達と決めろ。島風、外観と内装、それに全体の写真を撮っておいで」

「うん!いってくる!」

嬉しそうに駆け出す島風を横目に、工廠長は振り向き、丘の端に立つ。

小さく岩礁が見える。あんな所に放置されたら大の大人でも2日と持つまい。

大潮の時には周りの岩はほとんど水没するんじゃないか?

ひでぇ事をしやがるもんだ。

だが、と、工廠長は閃いた。

ちょいと手を捻ると、最も大きな岩の上に一軒の小屋が出来た。

あの岩礁に小さな小屋を建てておこう。海水浴や釣りくらい出来そうだからな。

明日から妖精達にバ・カ・ン・スを取らせる。この要求は絶対飲んでもらう。

だが、わしは・・・

そういって島の内陸に振り向く。

鎮守府が出来るまでお預けだな。

やれやれとばかりに一つ息を吐くと、きゃっきゃとはしゃぐ島風の方に歩き出した。

 




島風と二人きりでデートというより、孫と祖父のような・・・

工廠長「作者、裏に来い」


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file13:長門ノ差配

3月31日午後、鎮守府

 

長門は鎮守府で工廠長と島風を見送っていた。あれは、吐くだろう。工廠長、本当にすまぬ。

しかし、これで一段落かな。

凝った肩をコキコキと鳴らしている長門に、摩耶が駆け寄った。

「長門、大変だ!」

まだ何かあるのか・・さすがにしんどいぞ。

しかし、摩耶の話を聞いて長門は愕然とした。

 

そうだ!提督の送別会をすっかり忘れていた!

 

「どうする長門?もう打ち明けるか?送別会をやるか?」

長門は頭を抱えた。秘匿してきたが打ち明けても良いかもしれぬ。提督もうすうす感づいてる気はする。

「ダメです。送別会をしましょう」

二人が声の方を向くと、赤城がいた。

「赤城・・」

「提督は大本営の船で岩礁に行く事になってます。大本営にはまだ隠さねばなりません」

「そうか、そうだな」

「それに」

「それに?」

「送別会といえばパーティじゃないですか!食べ放題です!」

長門と摩耶はガクッとつんのめった。そうだ。赤城はこういう奴だ。

だが、大本営に秘匿するのは正しい。

「摩耶は荷造りは終わっているのか?」

「おぅ!バッチリだぜ!」

「では済まないが、間宮と鳳翔に相談してきてくれないか?少し夕食を遅らせて食堂で行おう」

「まっかせな!行って来るぜ!」

走り去る摩耶を長門は目で追った。摩耶はこういう所によく気がつく。感謝せねばな。

 

「うふふ、そろそろ来ると思ってましたよ」

手を合わせる摩耶に、鳳翔はくすくすと笑いながら答えた。

「じゃ、じゃあ」

「用意してありますからご安心ください。それに、間宮さんにも頼んであります」

「さすが、恩に着る」

「ただ、私も私の店の荷造りがあるので、食器は食堂のをお借りしますよ」

「解った。じゃあ長門に一旦報告しにいって、その後手伝うぜ!何でも言ってくれ!」

「あら、助かります。それじゃあエビフライを少し多めに作りましょうね」

「本当か!やった!じゃあひとっ走り行って来るぜ!」

鳳翔はにこにこしていた。摩耶さんは本当にエビフライがお好きなのですね。

さて、下ごしらえも済みましたし、片付けられるものから梱包していきましょう。

鳳翔は腕まくりをしながら、店の中に消えていった。

 

長門は各班長から、概ね荷造りが終わったとの報告を受け、送別会を食堂でやることを伝えた。

ふと工廠の方を見ると、響がぽつんと居るのを見つけた。

 

「どうした?加賀を探しているのか?」

「あ、えっと、長門さん・・でしたよね?」

「そうだ。覚えてくれて嬉しいぞ」

響は工廠棟を見上げて言った。

「司令官の鎮守府には、こんな立派な工廠はなかったんだ」

「そうか。ここは何度か増築したのだ。ほら、あの継ぎ目から新しいだろう?」

「本当だ。幾つか色が違う」

「最初から大きな工廠なんて大本営くらいのものだからな」

響が言葉を切った。長門が響の肩に手を置く。

「長門?」

「響、お前もそうだ。最初は出来ない事が多くて悔しいかもしれぬ。だが経験を積み、考え抜けばきっと守る力を持てる」

「そう、かな」

「そうだ。この長門が保障するぞ」

「うん。解った」

「響は提督をどう見た?」

「どう、って?」

「何でも良い。見たままの思いで」

「ええと、司令官よりおじさんだった」

「ははははは。そうか」

「それと、優しいけど、悲しみを知っている目だった」

「・・・そう、だな」

「長門は何か知っているの?」

「提督はその昔、些細な差配ミスで艦娘を沈めてしまったのだ」

「うん」

「その事を提督は心の底から苦しんだ。きっと今も苦しんでいる」

「でも、私達は兵器だ。戦う以上壊れるのはある意味当然だよ」

「そうだが、提督は艦娘全てを守ると宣言し、その戦法を編み出した」

「それは無茶だよ」

「無茶だ。その通りだ。だが提督は実現した。だから私達は1人も減っていない」

「あ、だから守る戦い方なんだ」

「そうだ。提督から聞いたのか?」

「加賀からも聞いた。」

「うむ。この長門も含め、皆それを叩き込まれている。仲間を守り、互いに強くなるのは楽しいぞ」

「長門」

「なんだ?」

「私、強くなる。不死鳥の名にかけて、皆を守れるようになりたい」

「良い目をしている。その意気だ」

「ありがとう」

「では、響」

「なんだい?」

「提督の荷造りを手伝ってやってくれないか。多分一番荷物が多いからな」

「うん、解った。提督室に行けばいいんだね?」

「そうだ。ありがとう」

「いってきます!」

小走りに去る響をみて、長門はうなづいた。

あの子は未来を見始めた。大丈夫だ。

 

 




ラララ~ 
エビフライ~エッビフライ~♪

摩耶「そこに居ろ。20.3cmを食わしてやる」


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file14:調査隊ノ誤算

4月1日朝、鎮守府通信棟

 

「では、予定通り車列でこちらに向かっているのだな」

「そうよ。中将は専用車で後ろから2台目。調査隊は先頭から3台に乗ってるわ」

「到着は予定通りか?」

「その筈よ。ところで、長門」

「なんだ?」

「明日の話、予定通りで良いのかしら?」

「うむ。仮の場所ですまないがお越し願えるか?」

「ええ、中将の許可も頂いてるから大丈夫。綺麗な海は楽しみだわ」

「ああ。よろしく頼む」

 

スイッチを切ると長門は通信室の扉に鍵をかけた。

棟を出ると、一度見上げた後、おもむろにインカムに話しかけた。

「青葉、衣笠、準備は済んでいるか?」

「万端であります」

「よくやった」

「恐縮です!」

「予定では残り15分前後だ。古鷹の合図を待て」

「承知しました!」

長門は鎮守府の海の端で、整列する一団に声をかける。

「皆、良く聞いて欲しい。これからの流れは皆理解しているな?」

「はいっ!」

一人の艦娘が歩み出て口を開く。

「あ、あの、長門さん」

「なんだ?」

「えっと、この辺りでうつ伏せに寝ていればいいんですよね?」

「そうだ」

「この塗料、油臭いです」

「潤滑油だからな。すまないが少し勘弁してくれ」

「記憶喪失の人って、動きも変えたほうが良いのでしょうか?」

「いや、嘘をついたり演じる必要は無い。皆知らぬものは知らぬのだからそのまま応じよ」

「これで、先輩方を守れるのですね」

「そうだ。皆、後で落ち合おう。くれぐれも頭部の保護を忘れるなよ」

「はいっ!」

長門は鎮守府に続く道路を見た。この鎮守府は周りに何もない。

調査団よ、せいぜい腰を抜かすが良い。

提督棟を、工廠を、資材置き場を見る。

さらばだ。世話になった。最後がこのような形になりすまない。許せ。

インカムに再度話しかける。

「古鷹」

「はい」

「どうだ?」

「捕捉してます。ほぼ計画通りです」

 

ガタガタと揺れる車に舌打ちしながら、大本営直轄鎮守府調査隊の隊長は後部座席に座っていた。

ちっ。まだ着かんのか。田舎道め。

そして、葉巻の煙を口に含み、勢い良く吐き出した。

運転手が僅かに咳き込むと、運転席を蹴り飛ばした。

「おい、嫌味のつもりか?」

「いえ、滅相もありません。隊長殿」

「ちっ」

運転手は心の中で溜息をついた。葉巻は臭い。さっさとコイツを運んでしまいたい。

帰りも乗せるのが憂鬱だ。

 

「長門さん」

「古鷹、どうした」

「少し車速が上がりました。準備は出来ていますか?」

「あぁ。大丈夫だ。2分前と30秒前、10秒前から数えてくれ」

「了解」

 

中将は車窓から外を見ながら、昨晩、大和から聞いた計画を思い出していた。

「そ、そういう筋書きか。思い切ったな」

「調査隊に正面切ってやるには、これが最速でした」

「うむ、解った」

「中将、どうぞお気をつけて」

「大和。今までの事も含め、すまなかった。許せ」

大和はにっこりと笑った。中将と大和はしっかりと握手した。

そして後続のトラックをミラー越しにちらりと見た。

普段は好かん連中だが、こういう時は頼りになる。

この事件は我が海軍の恥であり私は処分されるだろう。だが、それでも。

中将は、前の車列をにらみつけた。

「病巣は、切って捨てる」

 

「古鷹から青葉、衣笠へ」

「青葉です!」

「到着2分前です」

「了解!」

長門はインカムの声を聞き、遠くに見える鎮守府を睨んだ。

既に海沿いに居るLv1の艦娘達は、防爆ヘルメットを被ってうつ伏せになっていた。

 

「10、9、8、」

青葉と衣笠は、万年筆ほどの大きさのスイッチを取り出し、後ろ端のカバーをあけた。

ずっと肌身離さず持っていたスイッチだ。

カバーの下から赤いボタンが出現する。

 

「2、1、今です!」

青葉と衣笠は、一緒にスイッチを押した。

 

急ブレーキを踏んだ車内では、調査隊の隊長が前の座席にしこたま頭をぶつけ、うめいていた。

シートベルトなぞ必要になるような運転をする奴が悪いと日頃からしていなかったのだ。

怒りで顔が青白くなっている。

 

「き、き、貴様ぁぁぁぁぁ!」

「隊長!鎮守府が!道路が!」

「なん・・・だと?」

 

慌ててドアを開け、後から駆け寄ってきた隊員と鎮守府のほうを見る。

鎮守府から大きな火柱が立ち上り、2度目の爆発が起きていた。

位置からすると工廠付近だ。

 

隊長が慌てて中将の専用車に駆け寄る。

中将の横の窓が僅かに開く。

「中将殿!鎮守府内で爆発がありました。い、如何されますか?」

「提督不在では指揮が取れん。直ちに我々が向かう。憲兵にも伝えよ」

「は、はっ!」

隊長が後続のトラックの運転席に向かって話している様子を見ながら、中将は窓を閉めた。

「上空からの飛来物に注意し、鎮守府に車を進めよ。到着次第消防に連絡せよ」

中将の運転手は急停止した後、先に見える鎮守府の火柱に呆けていたが、はっとしたように

「か、かしこまりました!」

と言った。

 

消防が火を消し止めたのは、それから3時間ほど経ってからだった。

重大事故という事で消防の査察団がすぐに現場検証を始めた。

鎮守府は工廠内で最初の爆発があり、次いで弾薬庫で2度目の爆発が起きた。

工廠、弾薬庫、いずれも建物は元の姿を留めないほどの激しい爆発だった。

事情を聞くと、艦娘達はほぼ全員提督を夜中まで見送った後、そのまま岸壁で眠っていたらしい。

そのおかげで爆発地点の反対側に居り、装甲表面が飛んできた破片で傷ついた者が数名居る程度だった。

しかし。

「ちゅ、中将殿、大変であります」

青ざめた顔で隊長が話しかけてきた。

「聞こうか、隊長」

「調査の結果、艦娘らがいずれもLvが1に下がっております」

「なんだと?」

少しは私も演技出来ているだろうかと、中将は思った。

その落胆がどういう意味かきっちり調べ上げてくれる。

「もう1つ」

「まだあるのか」

「響だけが見当たりません」

「あの子は提督がソロルに連れて行ったのでは?」

「艦娘達の話では、響は昨晩、艦娘達と離れるのを嫌がり、今朝迎えに来るとしたようであります」

「ふむ。ではどこに?」

「それが、全く掴めないのです」

「た、隊長!」

調査隊員と消防の査察団がどやどやと駆け寄ってきた。

「これを見てください」

「12cm砲の一部だな。」

「ここです」

そこには小さく「6307鎮守府、響」とある。

6307は、響の居た前の鎮守府だ。

消防の査察団が言葉を継ぐ。

「破片は最初の爆発があった工廠の傍、提督棟に刺さっておりました」

調査隊員が続ける。

「あと、工廠内火薬庫のドアに、12cm砲の砲弾跡がありました」

隊長がキッと向く

「バカモノ!そういうことは後で話せ!」

「も、申し訳ありません!」

「つまり、響君が砲撃し自害した、という事かな?」

中将がまとめると、隊員はうなづいた。

「その可能性が、最も高くなります」

「隊長」

「は、はい」

「貴様が昨日提案した事、忘れてはおるまいな」

「は・・」

「鎮守府を壊滅され不安定になり、涙ながらに加賀を頼る響君を一人引き離すよう提案したのは、君だ」

「くっ」

「また、艦娘全員がLV1に退化しているというのは調査せねばならんな」

隊員の一人が驚いたように口を開く。

「えっ、それじゃ転売計画が」

隊長が殴りつけるが、時既に遅し。

「今の言葉、どういう意味だ?」

隊長がしどろもどろになって答える。

「い、いや、その」

「憲兵諸君」

「はっ!」

「大本営直轄鎮守府調査隊の隊長以下全員をこの場で逮捕し、徹底的に調べ上げろ!」

「ははっ!」

隊長は数歩後ずさる。

「くそっ!来るな!来るなチクショウ!」

憲兵隊が取り囲む。

「抵抗する気か!」

隊長が海に向かって走り出そうとしたその時。

ふいに、隊長の体から力が抜け、がくりと崩れ落ちた。

ターンという銃声が届いたのは、その後だった。

運転手が中将を突き飛ばして上に覆い被さる。

「ふ、伏せろ!狙撃だ!狙撃だあああ!」

しかし銃声は、その1回限りだった。

「コレダカラ、人ナンゾニハ任セラレヌ」

1つの影が煙立つスナイパーライフルを仕舞うと、そのまま海中に没した。

騒ぎが静まると、残る隊員はトラックに連行されていった。

中将は服の埃を払うと、海を見た。

狙撃者の居る方角には海しかない。

隊長以下全員を捕らえる計画と聞いたのだが・・・・




あれ?シリアスっぽくならないや。

隊長「死に損かよ!化けてやる!」


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file15:引越ノ混乱

4月1日朝、ソロル本島

 

「やーれやれ、やっと到着したわー」

夕張がどさりと荷物を浜辺に下ろす。

 

昨晩、提督を送り出した後。

深夜まで及ぶ壮絶な部屋取り合戦の果てに、艦娘達はソロル本島への移動を開始した。

めいめいの自分の部屋の荷物を背負った訳だが、ここで普段の物持ちの良さが仇となる。

ちなみに店を持つ間宮と鳳翔の荷物は戦艦や重巡など、余力のある物が分担して運んだ。

日頃からおまけしてもらってるからと、こういう所で恩返しする律儀さである。

 

元々女の子ゆえに荷物は多い傾向だが、その中でも特に凶悪なまでに荷物が多いワースト3が

3位:赤城(主に食料)

2位:島風(なんか雑多なもの)

そして栄えある1位が夕張であった。

ちなみに夕張の荷物を占めるのは「データ」である。

発射試験や過去の戦闘シミュレーション結果から、艦娘達から耳にした噂話まで。

「もうそんなデータ要らないでしょうに」

と言われても

「いや、なんかの役に立つ筈。いや、きっと。多分。かもしれない・・・」

と、ブツブツ言いながら捨てないのだ。

おかげでただでさえ遅いのにさらに5ノットも下がってしまった。

苦笑いしつつ妙高と那智が前後に居てくれたのは、単独で居ると危険だからだ。

「ご、ごめんね妙高さん、那智さん」

「ここからは陸地よ。大丈夫?」

「うっ、が、頑張ります・・・」

「全く仕方ないな。1つ貸せ。持ってやろう」

那智は無口だが、ちゃんと見ているしこういう優しさもある。

意外と鎮守府内で好かれている。宝塚歌劇団の男役みたいだからという理由は伏せられているが。

なるほど、確かに男役だ。

夕張は持っているデータの1つを「信憑性がある」に格上げした。

少し離れた所ではまさに珍妙な出来事が起きていたが、それはまた後で。

 

「ぷはーひーしぬー」

15分かけて浜から運び入れた夕張は、足を放り出して口で息をしていた。

「荷物、置いておくぞ」

「あ、那智さん、ありがとうございました」

「これに懲りたら少しは整理するといい」

「うー」

自室としてあてがわれた家は狭いけれどちょっと南国風で木の香りもありオシャレだった。

でも、と夕張は天井を見る。

雨漏り大丈夫かしら?ハードディスクに水がかかったらデータが消えちゃうもの。

「あ、データといえば、深海棲艦の新しい攻撃法。解析続けなきゃ」

そういって仕事を始める夕張に、妙高が

「ジュース置いとくから、休憩するときにでも飲んでね」

といい、ドアを閉めていった。

ありがとうございます。今、超喉渇いてます!

紙パックに入ったレモンジュースをずごごごっと吸いながら、キーを叩くのであった。

 

一方、工廠長は詳細な地質調査結果を元に、資材や工事期間を見積もっていた。

ふむ、丘の上は良いが、資材備蓄庫と交渉部屋が難題だ。

地下洞窟を加工するにしても、鉄筋コンクリで補強しないとこの仕様の値には届かん。

よし、説明してくるか。

 

その頃。

真剣そのものの目で部屋を見回す長門の姿があった。

ぬいぐるみの新しい隠し場所は吟味に吟味を重ねなければならない。

噂は早いうちに消しておかねば。戦艦としての立場というものがある。

他の荷ほどきは全てその後だ。

ぬいぐるみを抱きしめながらああでもないこうでもないと早2時間が経過していたのだが、

「おい、失礼するぞ長門」

「きゃあああああああああああ!」

「なんだなんだ!?着替え中か?」

「ひ、あ、こ、工廠長か、工廠長だな?」

「ああ、そうだが、出直そうか?」

「い、いや、いい。大丈夫だ。入ってくれ」

「解った」

そしてドアを閉めると、声を落として

「長門、ぬいぐるみはどこに仕舞うかと言い過ぎだ。開いた窓から外に聞こえていたぞ」

と、囁いた。

長門の顎がかくんと下がる。

終わった。

隣の家は、青葉だ・・・・

 

「というわけだから、鎮守府全体の完成は4月14日頃になる」

「あぁ・・・」

「それまで大丈夫か、と、聞きに来たんだが・・・」

「あぁ・・・」

「1足す1は?」

「あぁ・・・」

工廠長は立ち上がった。ダメだ。腑抜けてる。

まぁ、事務方の文月に了承を取っておけば良いだろう。

 

文月の部屋は綺麗に片付いていた。

出されたお茶を啜りながら、先程と同じ説明をしていく工廠長。

文月は「それが最善なら、それでお願いしますです~」といった後、

「ところで、どうして長門さんに言わないんですか?」

と、付け加えた。

「いや、長門がな、ぬ・・・」

工廠長は口を閉じた。まだ命は惜しい。

「ぬ、なんですか?」

「い、いや、なんでもない。なんでもないんだ」

「工廠長さん?」

「はい?」

なんだろう、この威圧感。

「この前、霧島さんのまぶたに目を描いたこと、ちゃんと謝りましたか~?」

ぶっとお茶を吹く。何故?何故知ってる!?

きりきりきりと文月を見ると、間近に迫っていた。にこにこしたまま。

「ひっ!?」

「ぬ、なんですか?」

「い、いや」

「仕方ないです、ちょっと霧島さんに」

「勘弁してください」

「ぬ、なんですか?」

すまん、長門。私はバカンスを楽しみたい。それまでは生きていたい。

「お話します」

「素直な態度は長生き出来るのですよ~」

 

 





私は長門教に入信していますが、文月教の信者でもあります。
嘘ではありません。

夕張「ちょっと!これじゃ私ダメオタクじゃん!片付け出来てるとかも書きなさいってば!」



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file16:五十鈴ノ目

3月31日夕刻、鎮守府

 

「提督、迎えの船が来たみたいだよ」

秘書艦の比叡がそういって提督室に入ってきた。

時刻は1755。正確だな。

「どんな船が来たんだい?」

「五十鈴さんと夕雲さんだよ」

ほう、と提督は意外そうな顔をした。

 

大本営の五十鈴といえば、司令官の間でも有名である。

歴戦を生き抜いた猛者ゆえに下手な司令官より経験を持っており、大本営の生き字引とも言われている。

彼女の船に乗ると幸運に恵まれるという噂は、知見に富む彼女が運を実現可能な策に変えられるからといわれている。

彼女を送り込んでくるという事は少なくとも道中の安全は保障され、大本営に明確な意図があるということだ。

「出迎えと、提督室までの案内を頼む」

「はい、お任せくださいっ」

 

「五十鈴です。この度はご同行させて頂く事になりました。よろしくお願いいたします」

「夕雲です。五十鈴さんと響さんの護衛をさせて頂きます」

「お二方とも遠路はるばるありがとう。お疲れ様。さぁ、かけてください」

そういって応接室の椅子に案内すると、五十鈴はにこりと微笑んだ。

比叡がお茶と最中を出すと、早速つまみ始めた。

 

「私の派遣は、今日急に決まったの」

五十鈴が切り出した。そして、

「恐らくだけど、中将は大本営直轄鎮守府調査隊を疑っているわ」

と、付け加えた。

「それは、どういう疑いですか?」

「あなたを謹慎に至らせた経緯、そしてソロルそのもの」

「あれは中将が指定している謹慎場所ではないですか」

「中将は1度も見に行ってないわ。全部調査報告で判断したの」

「えっ」

「更に言うと、中将は『ソロルにある謹慎用の建物を見てきてくれ』と私に言ったの」

「建物、を?」

「そう。妙に何度も修復しているから、どういう場所に立ってるのか見てきて欲しいと」

「なるほど」

「それから、各設備の能力もと言っていたわ。一通り揃ってるはずだから、と」

「・・・・」

「裏を返せば、そういうのが調査隊の報告であり、欠けてたり事実に反している疑いがあるってことね」

「そうですか」

ふーむと腕組みをする提督の横で、比叡は唇を噛んだ。

あの何も無い岩礁にそんな嘘をついてるのか。

提督がお手洗いに行くといって部屋を出て行くと、五十鈴が飲んでいたお茶をテーブルに戻した。

「比叡さん」

「はっ、はい、なんでしょう?」

「あなた、何か知ってるわね?」

「!!!」

「提督には言ってない事ね。心配しないで、秘密は守るわ」

「あ、あぁ、えーとその」

「ここでは時間が足りないわ。出航を遅らせるから時間を取ってほしいのだけど」

「は、はい。それではこの後ある送別会の席でという事でいいですか?」

「艦娘達は知っているのね?」

「あっ」

「大丈夫。その案で良いわ」

比叡は目を瞑った。今日は霧島に頼めばよかった。私じゃ誤魔化せないよ~。

 

食堂に集まった艦娘達と提督は、盛大なお別れパーティを開いた。

劇辛カレー早食い対決は1番人気だった赤城が順当に制し、

「王者は死守・・しまし・・た」

と、真っ赤な唇でありながら満足気な様子だった。

輪投げ大会では涼風と提督がヒートアップしていた。

雑然とした会場の隅で、五十鈴は長門から話を聞いていた。

「あっきれた。それじゃただの岩じゃない」

「うむ。だから鎮守府とか補修うんぬんではないのだ」

「そうすると、その資材はどこに消えたのかしらね」

「猫ババしてるのか?」

「中将の疑いはもう1つあるのよ」

「なんだ?」

「貴方達よ」

「えっ?疑われてるのか?」

計画が漏れたか?

「いいえ。提督が居なくなった後の鎮守府に居たはずの艦娘や装備が減っているの」

「そんなものを誰が受け取るんだ?私達は兵器だし、装備は武器だぞ?」

「それも海軍用のね。だとしたら候補は凄く少ないと思わない?」

「ま、まさか」

「その、まさか」

長門は呆れ返った。我々が戦ってる相手が艦娘って噂は、まさか・・・。

これは、問題が大きすぎる。

こじらせてはいけないと直感した。

「五十鈴」

「なに?」

「これから言うことは、提督に言ってない事だ」

「秘密が多いのね。提督は信用できない?」

「違う。余計な心労をかけたくなかったのだ」

「解ったわ。言ってみなさい」

「今夜までにしてきた事と、明日しようとしていることだ・・・」

 

少しして、五十鈴は長門と通信室に居た。

相手はもちろん、大和である。

 

「ええっ?!そんな事を計画していたの?」

「すまない。明日になってから説明しようと思っていた」

「それで、それは間に合ったの?」

「うむ、計画通りに進んでいる」

「貴方達の能力はどうなってるのかしらね」

「まぁその、一丸となった結果だ」

「理由は解るし辻褄も合ってる。これ以上隠し事はないわね?」

「ない。これで全部だ」

「少しは大本営を信用して・・とは、言えないわね。ごめんなさい。切羽詰らせたのは中将のせいだし」

「いや、大和が謝ることではない」

「ともかく、今後については私と大和は噛ませて貰うわ」

「迷惑なのではないか?」

「いいえ、丁度渡りに船よ。良くやってくれたわ」

「どういうことだ?」

「その爆発を、どうにかして大本営直轄鎮守府調査隊のせいにしてしまうのよ」

「えっ?」

「そうすれば、それを理由に憲兵が動けるわ」

「な、なるほど」

「んー、何か材料はないかしら」

「ありますよ」

五十鈴と長門が振り返ると、そこには加賀が立っていた。

「ごめんなさい。通信棟に明かりがついてたので見回りに来たのです」

「本当に貴方達は優秀ね。自立運営できるかもね」

ぴくりと長門が動いたが、加賀は涼しい顔だったので、五十鈴は詮索しなかった。

「それより、どんな策があるのかしら?」

「大本営直轄鎮守府調査隊の隊長が、このような事を言っていたのです」

そして、今朝おきたやり取りを伝えたのである。

「ふうむ。なるほど。それで中将は隊長に疑いをかけたのね。納得したわ」

五十鈴がうんうんとうなづき、そして

「駆逐艦にありもしない罪で謹慎なんて、水雷戦隊を束ねるものとして見逃せないわね」

と、付け加えた。

加賀は言った。

「響は提督を信じているようだから一人で行かせても大丈夫とは思うが、心配には違いないのです」

「優しいのね加賀。姉妹みたい」

「いえ、そんな」

「んー、響さんのそのやり取りは悪化させれば致命傷に出来るかもね」

「どういうことです?」

「例えば、大丈夫じゃなくて、岩礁で暴れるとかね」

「でもそれでは、響が解体処分を受けてしまいます」

「・・・あ」

「どうした?長門」

「響の自決を装うというのはどうだろうか?」

「ええっ?!」

「響は12cm砲を前の鎮守府から持ってきている。それだけ現場に残せば自決したように見せかけられないか?」

「でも、それを響さんが了承してくれるかどうか」

「大丈夫なのですよ~」

3人が振り向くと、響を連れた文月が立っていた。

「響ちゃんが加賀さんを探して寂しそうにしてたので、連れてきました~」

どうして居場所を知っている、という突っ込みをぐっとこらえた加賀は、

「良いの?響さん」

と、聞いた。

「私はいずれにしろ、装備解除しないといけないのだろう?」

「そうね」

「それで皆を守れるなら後悔しない。武器もきっと、納得してくれる」

「響さん・・」

「あ、そうだ。忘れてたわ」

そういうと五十鈴は、12.7cm砲を響に手渡した。

「大本営特製、命中精度と威力を上げた特注品よ。15.5cmクラスの威力があるんだから」

「これを、私に?」

「そうよ。中将から『提督を頼む』という極秘任務つきだけど」

「・・・・任務、拝命します」

響は早速、12.7cm砲を装備した。

「それなら、私達からも」

そういうと、加賀は強化タービンを手渡した。

「これを付けて行きなさい。機動力・回避力が上がります」

「加賀・・・」

「皆からの贈り物よ。使い切って活躍しなさい」

「うん、私、提督を守るよ」

「提督と、貴方自身もですよ、響」

「わ、わかった」

「勿論、一人では行かせませんけどね」

「五十鈴も居るわ。夕雲もね」

「皆で守りましょう」

じゃあ、と、響が取り外した12cm砲を手渡す。

「過去の私は、この砲と共に死ぬんだね」

「いいえ、貴方は貴方です。辛い記憶も、嬉しい記憶も、全部貴方のものです」

「そっか、うん、解った。じゃあこれ、お願いします」

「任せておくが良い。悪いようにはせぬ」

「じゃあ、文月ちゃん、悪いけど響ちゃんを会場まで送ってくれる?」

「大丈夫です!」

文月と響が去っていくと、五十鈴は言った。

「可愛いわね」

「越後屋には気をつけたほうが良い」

「越後屋?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 




五十鈴さんを牧場にしてはいけません。



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file17:ヲ級ノ溜息

4月1日朝、岩礁

 

「ええと、ここで、合ってるわよね?」

五十鈴がポカンとした表情で示された到着地点を見つめる。

指定された位置と100%あっているが、ソロル本島はまだ先だ。

ここは単なる、浅瀬に囲まれた小島、というより、岩だ。

「どうしてこの場所が今まで鎮守府として成り立ってたのかしら。大本営もザル過ぎるわね」

「で、でも」

と口を挟んだのは、夕雲だ。

「あそこに、建物があります」

本当だ。すっごい小さい、家というか、小屋、がある。

 

「お邪魔します~」

武器を構えたまま夕雲が入る。言葉と装備のギャップが面白い。

5分ほどして、表に出てきた夕雲は異常無しと伝えた。

それにしても、と五十鈴は思った。

妙に新しい。まるで新築のよう。

それに、なんか小さい通路らしいものが沢山ある。艦娘にも人間にも小さすぎる。妖精用?

「これがその、そこそこ能力のある鎮守府ってことかな?」

提督が笑っている。笑うというより、笑うしかないという感じで。

「よく解らないわ。ただ、建物はないと聞いていたのよ」

「神様がくれたのかね」

提督はそう呟いたが、あながち間違っては居なかった。

もっとも、その妖精は自分達の海水浴や釣りの休憩所として作ったわけだが。

 

五十鈴達は「鎮守府」を調べたいといって、中に入っていった。

しばらくかかりそうだと判断した提督は、大きく伸びをしながら岩の上を歩き始めた。

響が後ろをついて歩いてきたが、ふと提督の前に飛び出す。

「どした?響」

「提督、あれ」

指差す方角を見ると、黒い物が見えた。

「ヲ級か・・・ヲ級か!?」

敵の主力空母、ヲ級である。しかも色から判断するに、flagship。最強である。

ところがそのヲ級は、顔を上げてちらりとこちらを見ると、すぐに目線を下げてしまった。

「て、てて、ててて提督。五十鈴達を呼んでこよう」

響が震えるのも無理は無い。当たり所が悪ければ響は一発轟沈しかねない。

だが、提督はじいっと見ていた。

わ、私が動かねば。動かねば。響はそう思うのだが足が全く動かない。腰が抜けていた。

「ねえ」

「ぴぎゃあああああああ」

響が「人生最大の失態だ、クールキャラで売ってるのに」と、しばらく落ち込むほどそれは大きな声で、驚いた原因を作った五十鈴はその声にのけぞるほど驚いた。

それは大きな声で驚いた原因を作った五十鈴は、その声にのけぞるほど驚いた。

「どうしたのよ?」

「あぁ、いや、変なヲ級が居るんだ」

提督が目をそらさずに言った。

「変なヲ級?」

「あぁ。」

「さっさと攻撃すれば良いじゃない」

「いや、多分あのヲ級、兵装を持ってない」

「は?」

「それになんだか、妙に暗い雰囲気なんだ」

「深海棲艦だって不幸の1つ2つあるのかもね。あたし達には関係ないけど」

「いや」

「へ?」

「ちょっと話を聞いてくる」

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょちょ」

「何だ?」

「何だじゃないわよ。正気なの?」

「おかしいように見えるか?」

「おかしい以外の何者でもないわよ?敵なのよ?高レベルの。人間なんてひとたまりもないわよ」

「いや、どうしても気になるんだ」

「じゃ、じゃあ私達も行くわよ」

「いや、いい」

「なんでよ!?」

「兵装を持ってるからだ。刺激しかねん」

「頭痛くなってきた。あなたを深海棲艦から守る為の兵装なのよ?使わなきゃ意味ないじゃない」

「まぁ、あれだ。カンだ」

「ちょ・・・行っちゃった」

夕雲がとことこ歩いてきて、途中からぎょっとした表情で駆け寄ってくる。

「た、たた、大変です!提督の先にヲ級が!」

「五十鈴はもう知らない」

夕雲の頭の上に大きな?マークがついた。どういうこと?

 

 

「おはよう」

「・・・・」

提督はヲ級の傍まで歩いていくと、声をかけた。

しかしヲ級はちらりと見るだけで、また海原の方に目を向けた。

やっぱりだ。提督は確信する。この深海棲艦は兵装を持ってない。恐らく艦載機も。

「隣、座るよ」

「・・・・」

「先に自己紹介する。私は鎮守府で提督をやっていた。昨日までね」

「・・・・」

「でも、今日から捕らわれの身だ。ここでね」

ヲ級がちらりとこちらを見る。

「だから私は、はぐれ者だ」

「・・・・」

ヲ級はまた目線を外すが、聞いているようだ。

「私は君から見たら敵かもしれない。でも、私は君が敵に見えなかったんだ」

「・・・エ?」

「君は、私と同じく、何かに苦しんでいるように見えたんだ」

「・・・・」

「私も昔、大きな失敗をした。取り返しのつかない失敗を」

「・・・・」

「それを償う為に必死にやったけれど、今、それをどう評価していいか解らない」

「・・・・」

「沈めてしまった艦娘達は、私をどう見ているのか、とね」

「沈メテ、シマッタ、ノカ?」

「そうだ。愚かな間違いを犯し、轟沈させてしまったんだ。大切な、大切な仲間を」

「オ前ニトッテ、艦娘ハ仲間ナノカ?」

「あぁ。大本営は違うと言うが、背中を預け、苦楽を共にする仲間だ」

「・・・・ソウカ」

「深海棲艦にとっては、どうなんだい?」

「仲間ト、思ッテイタ」

「思っていた?」

「アア。デモ、解ラナクナッタ」

「何があったんだ?」

 

五十鈴、響、夕雲は呆気に取られていた。

「ねぇ、響」

「なんだい?」

「あなたの提督は、深海棲艦とも世間話するの?」

「私は着任したばかりだから」

「そっか、そうよね」

「あ、あの」

「なに?」

「そもそも、目の前の光景が異常だと思うのですけど」

「そうね。見ているけど受け止められないって感じかしら」

「私もそう思う」

「え、えっと、砲撃します?」

「提督に当たっちゃうわよ」

「そうですよ・・・ね」

「まぁ、見てるしかないわね。この珍事を」

 

しばらく口を閉じていたヲ級が、口を開いた。

「提督」

「ん?」

「私ハ、艦娘ダッタ」

「やはり、空母だったのかい?」

「ソウダ。蒼龍ト呼バレテイタト思ウ」

「蒼龍か・・・良い船だ」

「アリガトウ。デモ、私ハ売ラレタ」

「は?」

「深海棲艦ニ、売ラレタンダ」

驚愕した目で提督はヲ級を見た。売られた?!

「ど、え?なに?なんだって?」

「売ラレタ。ソシテ、コウイウ格好ニサレタ」

「そ、そんな」

「本当ノ事ダ。信ジテクレナクテモ、本当ノ話ダ」

「違う。君の話を信じていないのではない」

「エ?」

「仲間を売るような大馬鹿野郎が居る事に、怒ってるんだ」

「・・・・・」

「所属していた鎮守府の司令官に売られたのか?」

「イヤ。司令官ハ戦死シタト聞イタ」

「聞いた?」

「ソウダ。ソシテ、私達ハ深海棲艦ニ売ラレタ」

提督は胸を押さえた。

「大丈夫カ?」

「あまりに腹が立って胃が痛くなってきたよ」

「オ前ハ、怒ッテイルノカ?」

「あぁ。そうだ」

「何故ダ?私ハオ前ノ艦娘デハナイ。安心シロ」

「バカヤロウ。違うも同じもあるかっ!」

「ドウシタ?」

「そんな!仲間を引き裂いて売るなんて!許さん!許さん!許さん!」

「過去ノ話ダ」

「あ、あぁ、すまない。取り乱してしまった」

「イヤ、イイ」

「それで、何で今落ち込んでるんだい?」

「私達ハ売ラレル前のLvガ高カッタカラFlagshipニナッタガ、別ニ戦イタイ訳デハナイ」

「ふむ」

「デモ、他ノ深海棲艦達ハ、人間ニ物凄ク恨ミヲ持ッテイル」

「それはどうしてなんだ?」

「国ニ帰リタカッタノニ、無茶ナ命令デ轟沈サセラレテ、帰レナカッタ者トカ、

 卑怯ナ罠デ、敵ノ只中ニテ集中砲火ヲ浴ビテ沈ンダトカ、

 司令官ガ艦隊ヲ裏切リ、敵国ニ売ッタトカ、ソウイウ怨念ダ」

ヲ級が言葉を続ける。

「私達ハ船霊ダ。船ニモ魂ガ有ル」

「生マレタ理由ノ通リ、使ッテクレテ、沈ムナラ本望ダ」

「デモ、船ノ中ガ怨嗟ニ満チルト、成仏デキナイ」

「ダカラ、ソウイウ思イが強イモノガ、元々深海棲艦ニナッタ」

「デモ、深海棲艦ハ次々沈メラレタ」

「ダカラ、兵隊ヲ補充スル為、買ッテクルヨウニナッタ」

「丁度、反政府組織ガ資金ノ為ニ麻薬ニ手を染メルノト同ジ」

「最初ノ復讐トイウ意志トハ離レ、戦ウタメノ戦イニナッテイル」

 

ヲ級はここで一息ついた。提督は搾り出すように言った。

「そう、だったのか」

「ソウダ。デモ私達売ラレタ者達ハ、艦娘に恨ミハ無イ。戦ウノモ痛イカラ嫌ダ。

 デモ、ドウスレバ深海棲艦ヲ止メラレルカ解ラナイカラ、溜息ヲツイテイタ」

提督は、ぽん、とヲ級の肩を叩いた。

「辛かったな」

すると、ヲ級がしゃくりあげた。

「私、艦娘トシテ頑張ッタ」

「うん」

「ナゼ艦娘トシテ轟沈スル事モ出来ズ、恨ミモナイノニ敵ニナッテシマッタンダ」

「うん」

「仲間ニ会イタイ。モウ一度、艦娘トシテ働キタイ」

「うん」

「提督」

「聞いてる」

「艦娘ト私ハ、戦ワナイト、イケナイノカ?」

「んー」

提督は考え込んでしまったが、ヲ級はおかしそうに笑った。

「プッ」

「どうした?」

「提督ハ即答デ否定スルト思ッタカラ」

「何故?」

「ダッテ、私ハ敵ナンダゾ」

「しかし、艦娘に戻れないくらいなら成仏したいだろう?」

「ソウダナ」

「だとしたら、私達はどうするのが一番良いのかなと思ってな」

「オカシナ提督ダ。私ノ心配ヲシテクレルノカ?」

「うん。そうだな。その通りだ。でも、私は鎮守府でも守る戦い方を編み出したんだ」

「ナンダソレハ」

「仲間を1隻も沈めず、仲間を思い、互いに強くなって、笑いあい、励ましあう為に、だ」

「実現デキタノカ?」

「あぁ、昨日まではな」

「ドウシテ、昨日マデナンダ?」

「苦手な海域に出撃しなかったら、クビにされたんだ」

「ソ、ソリャ、提督ガ悪イナ」

「そうか?」

「ソウダ」

「そうかー」

「変ナ提督ダ。調子ガ狂ウ」

「茶でも飲むか?」

「ハ?」

「だから、茶でも飲むかと聞いてる。あの小屋だ。ここは寒い」

「エ?エ?エ?」

ぽかんと見上げるヲ級に手を差し伸べた提督は、にこっと笑った。

しばらく見ていたヲ級は、その手を取った。

「負ケタ」

「よし」

 

「ちょ、何やってんの提督?」

「あれ?手を繋いだ?」

「なんでこっちに向かって歩いてくるのよ!?」

スタスタ歩いてくる提督と、ひっぱられるようにつられてくるヲ級。

心なしか、ヲ級が嬉しそうな顔をしてるのがますます奇妙な光景だ。

「おーい!響~!」

「なんだ!?提督!」

「茶を!淹れてくれ!寒い!」

「へ?」

「皆の分!5人分!」

「ご、ごにん!?」

「早く~」

「え、あ、え、はい!」

小屋に走り出す響。

えっと、これ任務こなしてるの?ヲ級とお茶?え?

 

五十鈴達の所まで帰ってきた提督を、なんとも言えない目で見る五十鈴。

「私も長い事色々な経験をしてきたけど、まだ目の前の光景が信じられないわ」

「新たな可能性だ。こちらは正規空母のヲ級君。元は蒼龍さんだそうだ」

「あのね、提督」

「なんだ?」

「紹介するな!」

「なんで!?」

「ゆ、夕雲、あたし、おかしい?」

「私も熱が出てきました」

「ていうか、あたし達何の為にここに居るの?」

「送迎と鎮守府調査の為ですよ五十鈴さん」

「あ、そっか。提督の護衛は送る間か」

「ですね」

五十鈴は提督の方を振り返ると

「ねえ、帰っていいかしら?」

と聞いた。

「お茶飲んでいってくれよ、折角淹れさせてるのだから」

「解った。お茶飲んだら帰るわアタシ」

なんかどっと、どっと疲れた。

 

小屋の中は、妙な雰囲気だった。

提督とヲ級が隣同士に座り、ちゃぶ台を挟んで響、五十鈴、夕雲が座っている。

話して聞かせても良いかいと提督が訊ねると、ヲ級はこくりとうなづいた。

そして説明を1つ進めるたびに、提督は3人の誰かから茶を浴びる事になる。

 

「あのな、私は茶を浴びる趣味はない」

五十鈴が真っ赤になって怒り出す。

「色々な意味で無茶苦茶過ぎよ!頭フル回転しても追いつけないわよ!」

「だったら聞き終わってから飲みなさい」

「ショックで喉がカラカラなのよ!」

「解った。ちょっと休憩しよう」

そして提督はヲ級を見ると、訊ねた。

「私の言ったことで間違いはなかったか?」

「アア、チャント合ッテイタ」

「そうか」

「フフフ、面白イナ」

「何がだい?」

「提督、緑ノオバケダ」

提督はがくりと頭を垂れた。深海棲艦にオバケと言われた提督第1号だと思う。

2号を絶対作ってやる。

「少し、元気が出たか?」

「ア、アァ、ソウダナ」

「そうか」

そういうと、提督はヲ級の背中を撫でた。

「良かった」

ヲ級が提督のひざに、そっと手を載せる。

「ア、アノナ」

「なんだ?」

「アリガトウ」

「話を聞いて、茶を飲んだだけだ」

「久シブリニ、誰カト話セタ。ソレガ嬉シイ」

「じゃあ、また来れば良い」

今度は響が提督に緑茶シャワーを浴びせる。

「あっちいいいいい」

「なんて事を言ってるんだよ提督!」

「良いじゃないか話をするくらい」

「そういう問題じゃないよ!」

 

五十鈴と夕雲は、そっと席を立った。

なんというか、うん、響と提督、良いコンビだわ。きっと大丈夫。

「じゃあ提督、私達は帰るわね」

「あぁ、本当にありがとう」

「良いのよ。でも、聞いた通り恨みを持ってる深海棲艦も居るようだから気をつけて、響」

「了解」

「じゃあね。一応、大和には伝えておくわ」

「あ、中将には黙っててくれ」

「心配しないで。こんな事中将に報告したら私が入院させられるわ」

そして小屋には、提督、ヲ級、響が残った。

響は不思議な感覚を自分の中に感じた。

ヲ級が提督の膝の上に手を乗せてるのを見ると、なぜかチリチリとした物を感じる。

すっと響は立ち上がり、ヲ級と逆側に座る。

そして、提督のもう片方のひざに手を乗せる。

「ん?どうした?」

「何でもない」

「・・・・ヲ級さん?」

「ナンデモナイ」

そうですか。

 

えっと、何これ?

 




提督爆発シロ。

※ヲ級さんの元の名前を直しました。
 うちでは全スロット瑞雲乗せてるから空母と間違えたとかとても言えな(ry


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file18:鎮守府ノ宴

3月31日夜 現鎮守府

 

「やれやれ」

提督は食堂を見回した。酒こそ入っていないものの、何というか、私の送別会というより全員の慰労会のようだ。

私自身、つい涼風と輪投げ競争に夢中になってあまり皆と話が出来なかった。

昨夜は今夜話そうと記録を引っ張り出したのだがな。

それに宴もたけなわのまま2000時を過ぎた。出航時刻の筈だが、五十鈴や長門はどこに居るのか。

これだけ大勢が雑然と話をしていると声を上げても聞こえない。外に涼みにでも出たか?

まぁ、出航はあくまで予定だ。調査隊が来るのも明日だし、少しズレても構わんだろう。

それに、早く行きたいところでもないしな。

 

これが作り出された雑然なら恐ろしい統制だが、実際は司会進行役の比叡も目を回していた。

皆作戦がほぼ終結したからといって弾け過ぎです。こんなの私一人気合い入れても制御出来ないです。ヒエー!

 

通信室から先に帰った響と文月は、さりげなくお手洗いの方から会場に戻った。

響は10分ほど会場の様子を見てから、とことこと提督の所に行った。

「提督」

「おや、響。楽しんでいるか?」

「凄く賑やかで、驚いたよ。規律的に大丈夫なのか・・な?」

ちらりと、激辛カレーで勝利し、まだ横になってふぅふぅ言っている赤城を見る。

「仕事の時はピリッとする代わり、オフは徹底的に遊べ、目一杯寝ろと言っているのでね」

「いつをオフと考えれば良いんだい?」

「良い質問だ。安心出来るオフとは、オフの期間と責任者から明確に承認されている事が必要だ」

「そうだね」

「しかし、戦況は刻々と変わる」

「うん」

「なので、うちの鎮守府では各艦種を混ぜた班を複数編成している」

「うん」

「その班から毎日、その日その時間帯にオンであるべき主副2班を当番で割り当て、他をオフとしているのだ」

「へぇ」

「例えば今なら、榛名、羽黒、飛鷹、木曾、五月雨が主の班、副は霧島、筑摩、隼鷹、神通、時雨だな」

響は提督が指差す先に主・副のメンバーを見た。

いずれも談笑はしているが大人しく、なおかつ班毎に固まって座っている。

「あと、オフの人には1つだけルールがある。主副の班員には節度を持って臨め、という事だ」

「なるほど。それなら自分が当番になるまではハメを外せるんだね」

「そうだ。そして副次的な効果として、姉妹艦以外にも強い絆が出来たのだ」

「班員として、という事だね」

「うむ、呑み込みが早いな響は。その通りだ。そして班は半年に1度変更している」

「納得したよ」

「響もこの子達と居れば、天龍辺りが声をかけて自分の班に入れて教育し、次の変更で新たな班に行っただろう」

「どうして?」

「駆逐艦が着任した時は大概天龍が生活指導し、夕張が軍事訓練するからな。決めている訳ではないが」

「そうなんだ」

「響、一人離す事になってしまって、本当にすまない」

「・・・・」

「私の説得力がもう少しあれば、この子達と一緒に居させてあげられたのにな」

「・・・提督」

「ん?」

「寂しい?」

「ん、な、なんでだ?」

「皆を見る目が、寂しそうだ」

「・・御見通しか」

「なんとなく、だけど」

「私にとってこの子達は何物にも代えがたい宝物で、最後までこの手で守ってやりたかった」

「・・・」

「新しい司令官はどんな人だろう、上手くやっていけるのか、不仲になったらどうしようと思うとやりきれん」

「提督って」

「ん?」

「お父さんみたい」

「そうか、うん。そうだな。皆、実の娘のようなものだ。響、君もね」

「わ、私もか」

「そうだ」

「提督」

「ん?」

「私は、提督についていく。だから、提督を守れるんだ」

「響・・・」

「これを見て」

そういって響は、強化タービンと12.7cm砲を見せる。

「それは・・」

「皆からの贈り物だよ。提督と、私を守れという任務付きで」

「・・・」

「私は提督のおかげで新しい目標が出来、皆から新しい役割を貰えた。」

「・・・」

「提督、明日から私一人きりで心細いかもしれないけど、よろしくお願いします」

提督は響を見ながら頭を撫でた。

響は提督の目を見た。本当に暖かい、優しい瞳だ。安心する。

「響、ありがとう。少しずつ仲良くなっていこうな」

「うん」

響は撫でられるまま目を瞑っていた。

しかし。

提督がふと目を上げると、ジトリとした目が数多くこちらを見ていた。

ぎょっとする提督に、金剛が声をかける。

「テートクー、なんで二人の世界を作ってるデスカー?」

「えっ?」

「時と場所を弁えなさいって、いつも言ってマース」

「確かにそうだが、弁えるような事では・・」

「No!ミー、久しく頭ナデナデしてもらってまセーン!」

「へ?」

「響は可愛いデース。でもミーをナデナデすべきです!」

「時と場所を弁えろと今言ったじゃないか」

「ナウ!ヒア!ミーを!ナデナデするデス!」

「解った解った。ほら、こっちおいで」

しかし、響の頭に置いた手を動かそうとすると、袖を引っ張られた。

見ると、響が両手で袖を引っ張っている。

「響さん?」

「・・まだ、なでなで成分が不足してる」

「なでなで成分?」

「そう。なでなで成分」

ええと、それは何だ?

「でもな響、金剛が待ってるんだ」

「腕は二本あるよ」

「・・・・」

そこで金剛を左手で、響を右手で撫で始めたが、しかし。

「ノー!撫で方がヘタデース!右手が良いデース!」

「そりゃそうだ。左で撫でた事なんかないからな」

「響!先輩に譲るデース!」

「金剛お姉ちゃん、もう少しだけ。ダメ?」

「うっ」

提督は思った。響、潤んだ上目遣いで姉呼びは反則だ。どこで覚えたそんな荒業。

「し、仕方ないデース・・」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

金剛が押っ取り刀で提督に向き直る。

「提督ッ!」

「はい?」

「手が止まってます!ナデナデしてクダサイ!」

「はいはい」

提督は顔を正面に向け、さらにびくっなった。

いつのまにか会場が静かになってる。それになんか白い目が増えて、すごく睨まれている。

「な、なあ皆。今宵は私の送別会なんだ。何を怒ってるか知らんが、矛を納めてくれないか」

しかし、金剛と響を除く艦娘が口を揃えて開く。

「提督っ!」

「ひっ!」

「順番にナデナデしてくださいっ!」

「は?」

こうして、撫でる時間は1人1分とか順番は私が先だとかルールがいつの間にか決まり。

ナデナデ行列が出来上がった頃に、長門達は帰ってきた。

加賀は最後尾にいた時雨に聞いた。

「なんですか、この行列は?」

「あぁ、加賀。これは提督に頭を撫でてもらう行列だよ」

「はぁ、そうですか」

ちょっと良いかもと思いながら、長門が居た場所を振り向いた。

居ない。

慌てて向き直ると、時雨の後ろに長門が並んでいた。

「あれっ」

「いや、なに、こういう機会は一応押さえておかねばな」

「ずるいです。じゃんけんです」

「最後の二人ではないか」

「1回勝負です」

「え、本気か?」

「じゃんけん」

「ぽ、ぽん!」

時雨の後ろについた加賀は思った。長門は慌てると必ずグーを出します。行動解析は大事。

長門は自分のグーを見つめていた。何故肝心な時になると加賀に勝てないのだろう。

提督は頭を順番に撫でながら、その艦娘と思い出話や感謝の言葉を伝えた。偶然だが丁度良かった。

そして、ふと轟沈させてしまった4隻を思い出した。

あの子達に幸せな時間をもっと与えてやりたかった。私の責任なのは解っている。

私はどうしたら償えるのだろう。今から償えるのだろうか。

 




私が深海棲艦になりそうです。
ドラグノフで提督狙撃して良いでしょうか?

ル級「貴殿ハ採用デキマセン。体力無サ過ギデス」

誤字を直しました。すいません。
あと、例えば2000時、というのは軍隊式表記らしいので誤字ではないつもりです。なので変えません。ご容赦くださいね。


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file19:艦娘ノ願ヒ

3月31日夜 現鎮守府

 

ドタバタだった宴が奇跡的に落ち着き、最後の長門をナデナデし終えた提督は改めて皆を見た。

皆、こちらを向き、目がキラキラしていて、とても眩しく見えた。

仲間に出来る艦を全て揃えた訳ではないが、それでも大所帯になった。

騒がしくて、しょっちゅう激論を交わし、提督に「ナデナデして!」と命ずるような艦娘達。

だが、提督や仲間と心を通わせ、守りあい、強大な戦力として一緒に戦ってきた艦娘達。

私の大切な大切な宝物。

 

提督は目を瞑って一息吐くと、口を開いた。

「では私から、最後の言葉を伝えたいと思う」

しんと静まり返った。本当に、本当に良い子達だ。

「まず、恐らく最もユニークな戦法、訓練、運用をする我が鎮守府に従ってくれた事に感謝したい」

ちらりと五十鈴を見て、向き直る。

「私は大本営が言う、艦娘に過度に傾注するな、兵器として使えという指示を受け入れられなかった」

「私と大喧嘩した者は覚えているかもしれんが、私は、君達を兵器として扱うのを特に嫌った」

「私に従ってくれる以上、仲間として、失ってはならない者として扱いたかった」

「それ故に、君達には守る戦法をいかなる時にも課した」

「己を、仲間を危険に晒す形で戦った者には、たとえS勝利であろうと叱り飛ばしたのはそういう事だ」

「この世には複数の長門が、文月が、加賀が、比叡が、響が、そして皆がいる」

「しかしながら、今宵の宴を知っているのは、今私の目の前にいる君達だけだ」

「君達は唯一であり、かけがえのない私の宝物だ。それは私の中で永久に変わらない」

「私は過去の過ちを克服出来ず、その為に北方海域に出撃できず、故に謹慎の身となる。自業自得である」

「そして、明日から君達が新しい司令官にどう扱われるか心配で一睡も出来なかった弱い人間である」

「この先、私はどのような処分を受けるか解らないが、その前に、これだけは自信を持って言える」

「君達は最高の戦力と、判断力と、仲間を守る意味を体得した最強の組織である。自信を持ってほしい」

「私は君達が終戦まで生き残る事を、そして生きている間に幸せを1つでも多く得る事を強く願う」

そこまで一気に言い切ると、一呼吸し、目を瞑りながら再度口を開いた。

「さらばだ、諸君」

目を瞑りながら反芻する。

言えただろうか。言い切れただろうか。

本当にこれで最後なのだから。

そっと目を開ける。

 

あれ?

なんか反応薄い?

変な事言ったかな?

上手く伝わらなかったか?

 

扶桑が口を開く。

「提督」

「なんだ」

「先日申し上げた事、もう一度申し上げますね。」

「なんだい?」

「私は、この鎮守府のやり方に誇りを持っています。提督は提督らしく、最後の日まで私達にお命じください。

 胸を張ってお引き受け致します、と」

「ああ。君の思いとして、ありがたく受け取ったよ」

「違います」

「え?」

「私達、この鎮守府全ての艦娘の思いであり、願いです。そうですよね皆さん?」

全艦娘が、ビシリと直立不動になる。そして、

「はい!私達全ての願いです!」

と、言った。

五十鈴と夕雲は驚いた。ここまで強力な統率は見た事が無い。普通、少しは乱れるものだ。

 

提督はついに嗚咽を上げた。

「君達と、出会えて良かった。思いを、示して・・くれて、ありがとう。ありがとう」

加賀が口を開く。

「提督、中将の言葉を忘れないで。提督は異動である、決して早まらないでほしい、と」

「加賀・・・」

五十鈴が口を開く。

「道中は私達があなたを懸命に守るんだから、勝手に鎮守府で命を絶たないでね」

「五十鈴さん・・・」

摩耶がニッと笑って言う。

「約束だぜ!提督っ!」

なんて感動的な最後だろう。

もし自分が深海棲艦に半身を喰われても響は逃がす。皆の所に。絶対に。

 

予定より大幅に遅れた2300時に、提督を乗せた五十鈴、夕雲、響は鎮守府を出航した。

 

波止場で船を見送っていた北上が、ふと呟く。

「ねぇ、大井っち」

「どうしたの北上さん」

「あれだけさぁ、提督ボロ泣きしてたじゃん」

「そうねえ。色々ダダ漏れって感じだったわね」

「明日、騙された事に気付いたら凄く怒りそうな気がするんだけど」

「騙してないわよ、言ってないだけで」

「あれだけ泣かされた翌日にさ、以前から計画してて付いて来ましたよ~で済むかな?」

「泣いたのは、私達が提督を信じてるって事を実感したからでしょ?」

「まぁ、そう・・まぁ、そうね」

「だから、皆で迎えて、おかえりなさいって言ってあげれば良いのよ」

「おかえりなさい、か」

「ええ。おかえりなさい、って」

「ご主人様って付けた方が良いかな?」

「それは薄い本になるから止めた方が良いわ」

「え?薄い本?なにそれ」

「ううん。気にしなくて良いわ」

「え~、大井っちなにさ~」

「秘密~」

 




「ねぇル級さーん、そんな事言わないで採用してくださいよ~爆破したいです~」
「私ヲ可愛ク書クナラ採用シテモ良イゾ」
「前向きに対応を検討したいと思う所存で、来年度折衝にて」
「YESカNOカ」
「・・・・黙秘します」
「不採用」
「えー」


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file20:夜ノ訪問客

4月1日夜 岩礁

 

「どうぞ、開いてますよ~」

提督は答えてからおかしい事に気付いた。ここ、海の只中の小屋だ。

なぜノックされるんだ?

見知った顔は全て部屋の中に居るってのに、他に誰が居るんだ?

 

ガチャリと開いたドアから顔を見せたのは、長門だった。

「提督、邪魔するぞ・・って、何だ?その恰好は?」

「何だというのは?」

「藻染めでも挑戦したのか?」

「違う。五十鈴と夕雲と響から茶をかけられた」

「ついにハレンチな事でもしたのか?」

「ついにってなんだ。違う。ちゃんと説明してやる。その間は水も飲ませないからな」

「なぜだ?」

「もう熱い思いは御免だからな。ところでどうした。もうクビになったのか?」

「ある意味、間違ってはいない」

「とにかく入れ。遠慮は要らん。外は寒かろう」

「ああ、邪魔するぞ」

にこにこしながら入ろうとした長門の前に、台所から2つの影が出てきた。

長門の目が点になった。

 

「ま、まてっ!待て長門!」

「ちょ!て、提督!違う!どう見えてるか知らんがそいつは人間じゃない!」

「解ってる。ヲ級だろ?砲を下せ。攻撃中止!中止!」

「解ってるだと?き、貴様深海棲艦か!?提督を食ったのか!」

「違う!レーダーで見てみろ。深海棲艦反応は・・・あ、ヲ級が居るからあるな」

「貴様あああああああああ!」

「待て!違う長門!違う!本物の私だ!」

「じゃあ証拠を見せてみろ!」

41cmの砲門がピタリと狙っている。ガチンという装填音がした。

あんなもん発射されたら小屋ごと粉になる。

提督は極僅かな時間考えたが、それしか思いつかなかった。

「な、長門はっ!」

「なんだ!」

「私が買ったピンクのウサギのぬいぐるみを毎晩抱いて寝てるだろ!」

 

瞬間、場が凍りついた。

 

これは私しか知らん筈だ。本人と認めてくれたかな?

「長門、私だ。本当の提督だ。このヲ級は故あって・・・」

「提督、提督」

「なんだ響、早く長門に納得してもらわないと」

「長門、聞いてないよ」

えっ?

そういえば、固まってる気がする。

恐る恐る長門の目の前で手を振ってみる。何の反応もない。

「本当ニ、変ワッタ鎮守府ダナ」

ヲ級が小さく呟いた。ぬいぐるみを抱いて寝る戦艦?私の中の戦艦娘イメージがガタガタだ。

何というか、自分の境遇が大しておかしくない気がしてきた。

だって、戦艦とぬいぐるみだぞ?機関銃とセーラー服くらい取り合わせとしておかしい。

そうか、そんな映画あったな。いやそういう話題じゃない。

 

「も、もう戦艦として生きていけないではないか~」

玄関で硬直した長門を3人がかりで部屋に引っ張り込んで1時間。

ようやく長門は意識を取り戻したが、わんわん泣き出してしまった。まるで少女のように。

「す、すまん、長門。すまん」

「うえええええん」

「悪かった。私が悪かった。何でもするから許せ」

そういうと長門は、上目遣いに提督を見た。

「ほ、本当か?」

「あぁ本当だ。今度は青のペンギンのぬいぐるみを買ってやろう」

「いらない」

「そうか、何でもいいぞ」

「・・グスッ・・・ヒック・・・考えとく」

 

少し離れた所では、響とヲ級がちゃぶ台を挟んで仲良く茶を啜っていた。

提督達を見ない方角を向いて。

関わらないですよ私達は。

見ざる言わざる聞かざる天ざるです。カボチャの天ぷらがベストです。

むっ、提督がそわそわしてる。なんかこっちに話が振られそうな気がする。

響とヲ級は同時に察知した。

 

「ヲ級、茶のお代わりいらないか?」

「アァ、私ガ淹レテコヨウ」

「いや、私が行くよ」

「イヤイヤ、私ガ」

「いや、大丈夫。遠慮しないで」

 

部屋を脱出すべく、お互いを制しながら台所に脱出を図る二人。

その時、提督が声をかけた。

 

「ヲ級」

くっ、響が勝ち誇った顔をして台所に行った。もう逃げられない。

「ナ・・・ナンダ?」

「朝の話、長門にしても良いかな」

「ア、アア、構ワナイ。好キナダケシテクレ」

「ヲ級?」

「チョ、チョットトイレ行ク」

「あぁ、行って・・おいで」

ヲ級がいそいそとトイレに入った。

・・・え?

ヲ級トイレ行くの?

そうなの?

ちゃんと電気つけてるし。カギかけてるし。

まぁ良いか。良いのか?

 

飲み物を置かずに説明するとなんて早いのだろうと、提督は思った。

熱い湯を被る事も無いし。制服が緑に染色される事もない。

長門は過呼吸で少しオーバーヒートしてるがな。

「ちょ、ちょっと待ってくれ提督。驚きすぎて息が苦しい」

「そうだな、少し休もう」

頭から湯気が出そうな長門と私に、響がそっとお茶を置く。

お、おい響、私をまた緑に染めたいのか?

響が耳元で呟く。

「ちゃんと冷茶にしたよ」

心遣いはありがたいがそういう問題じゃない。

 

一方、ヲ級は出るタイミングに困っていた。話は済んだのだろうか?良く聞こえない。

入ってから何もしてないけど水は流した方が良いか?痛い子なんて思われたくないし。

ん?痛い子ってなんだ?ひょいと出てきたけど言葉の意味が解らない。

「提督」

「ん?ヲ級どうした?紙が無かったか?」

「違ウ。『痛イ子』トハ、ナンダ?」

「・・は?」

「イヤ、知ラナイナライイ。急ニソウイウ言葉ヲ思イ出シタダケダ」

「記憶が、途切れているのか?」

「途切レテイルトイウカ、曖昧ナ部分ガ沢山アル。他ノ深海棲艦ハ解ラナイガ」

「そう、か」

「あ、あのね」

「響、ドウシタ?」

「ええとね、痛い子っていうのは、恥ずかしいとかみっともない事をする人の事だよ」

「ソウカ。ナルホド」

 

長門と提督は冷茶を啜りながら二人を見ていた

こんこんと現代用語の基礎知識を説明する響と、うなづくヲ級。

なんだろう、この不思議空間。気にしたら負けか。

 

「茶、美味いな」

「ああ、美味いな」

とりあえず茶を飲んでゆっくりしよう。

長門がなぜ来たかまだ聞いてないけど。

「提督よ」

「なんだ」

「ゆ、指輪で、良いぞ」

「ん?何?聞こえなかった」

「何でもない」

 




うちの長門さんはケッコンカッコカリ出来るまで、まだまだ先は長いです。
大事に育てます。
頑張ります。


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file21:ル級ノ夢

4月1日午後、某海域

 

「・・・応答しろ!応答しろぉぉぉぉ!」

くそ、また、あの夢だ。

うっかり日中にまどろむと、必ずあの悪夢に襲われる。

汗びっしょりで目を覚ましたル級は、体を起こすと傍らに置かれた水差しから水を注いだ。

こくこくと、ゆっくり飲んでいく。乱れた呼吸が治まっていく。

大量の水に囲まれてるのに真水が貴重品とは皮肉なものだ。

ここは海底山脈に開いた横穴の奥。空気が溜まっている広い場所だった。

広場の最も奥まった所には鈍く光る巨大な石が浮かんでおり、その下に台があった。

石が強く光ると台の上に深海棲艦が誕生する。いつそうなるかは不定期だった。

そして、それ以外の時に傷ついた兵を乗せれば治癒された。

何者が作ったのか、どういう仕組みなのかは深海棲艦達も知らないが、機能していればそれで良かった。

 

深海棲艦は生存に空気を必要とするわけではないが、水中の活動では1つだけ問題があった。

他者と話が出来ないのである。

よって、主に作戦や全体統制などに関する会議はここで行われるので、幹部クラスの深海棲艦が自然と常駐していた。

早い話、深海棲艦の大本営に相当する。

鎮守府に相当する物は無かった。

兵達は上陸する事も出来るのだが用がある訳でも無く、敵に見つかると面倒ゆえ、専ら指定された海底で待機していた。

 

先程起きたル級は、大幹部の一人だった。卓越した指揮能力を誇り、専属艦隊も居る。

「大丈夫カ?」

傍らに控えていた、部下のflagshipチ級が声をかけた。

「大丈夫ダ。イツモノ夢ダ」

「囚ワレノ理由トハイエ、ソノ言葉ダケシカ覚エテナイノハ難儀ダナ」

「イヤ。最近、記憶ガ幾ツカ戻ッタンダ」

「状況トカカ?」

「マア、ソウダ」

「話セルカ?」

ル級は少し考えると、

「イヤ、全体ヲ思イ出シテカラ」

と、言葉を切った。

 

本当は全部思い出している。だが言葉にすると感情が暴走しかねない。

許せない。騙されたのだ。私は。

裏切り者どもめ、全員連帯責任だ。見つけたら壊滅させてやる。

 

そこに、作戦からカ級が戻ってきた。

「ヤレヤレ、遠方ノ狙撃ハ神経ヲ使ウ」

「補給部隊ノ後始末カ。尻尾切リモ大変ダナ」

「尻尾ハ幾ラデモ生エルガ、本体ニ及ブノハ困ルシナ」

ル級は水の入ったグラスをカ級に渡した。

このカ級はクラスは低いが対人狙撃能力に優れている為、幹部待遇を受けていた。

カ級は美味しそうに飲み干した。

 

隠語を訳すと尻尾とはこの場合隊長の事であり、昼間の隊長狙撃はこのカ級が行ったのである。

生えるというのは悲しいかな、深海棲艦との取引に応じて見返りを期待する人間が数多くいるという事である。

補給部隊とは、近年作られた深海棲艦の兵力増強手法であり、ヲ級が提督に話した艦娘売買による徴兵を指す。

これは、とあるチ級の発案によるもので、そのチ級がそのまま幹部となり一手に引き受けていた。

莫大な数の鎮守府に対抗するには不可欠だったが、兵員の士気と質の低下を誘発していた。

それゆえに、このル級を始めとする一部の幹部は快く思っておらず、侮蔑的な表現になる。

蛇足だが、深海棲艦は成長という概念が無い。

深海棲艦になる直前の練度に応じて戦力レベル(Flagship等)が決まるので、訓練もしようがない。

また、幹部になるかどうかは統率能力等の重要なスキルの保有有無であり、艦種とも戦力レベルとも無関係である。

スキルは深海棲艦になる前の経験から引き継がれるが、記憶の欠損と共にスキルも相当数失われる。

この為、貴重なスキルを保有する者は戦力クラスに関わらず幹部に取り立てられるという仕組みだった。

一見公平なようだが、内部は事実上幾つもの軍閥が存在しており、必ずしも効率的ではなかった。

尤も、最初の頃、深海棲艦達は死ぬ前に一目だけ仲間の姿を見たいという願いを持つ者が大半であった。

本望を遂げた以上、恨みを持つ者は少なかったのである。

しかし、かつての仲間に見つかり、自分の変わり果てた姿に怯え、偽物と叫ぶ様を見て、悲しみが溜まった。

やがて、司令官の裏切りや汚い仕打ちに対する怒りが混ざり、生ける者に攻撃する集団に転じたのである。

 

話を戻そう。

「アアソウダ、ソノ鎮守府ノ艦娘ヲ、相当数見タゾ」

カ級が思い出したように言った。

ル級は期待せずに聞いた。

「特徴ハアッタカ?」

「カナリノ大所帯ダ。筆頭ハ長門ダト思ウ。設備トシテハ、クレーンハ元カラ1ツシカナイヨウダ」

ピクッピクッと、ル級が反応した。

「続ケテクレ」

「アトハ・・ソウダ。赤城トカイウ奴ガツマミ食イヲスルラシイ。禁止ノ看板ガ出テイタゾ。ハハハ」

ル級が顔を上げた。

「鎮守府ノ位置ヲ教エロ。詳細ニ」

チ級が驚いたように見る。

「マサカ、オ前ノ仇カ?」

「ホボ間違イナイダロウ。総員、戦闘準備ニ入レ」

「丁度、elite級やflagship級が補充サレタゾ。運ガイイナ」

「補給部隊ガ集メタ兵隊ハ要ラン。役立タズダ」

「生マレタ奴ラダト7割位ニナルガ」

「構ワン。ソイツラダケ召集シロ」

そして、カ級の方を向くと言った。

「鎮守府ニ居ル提督ヲ仕留メロ。頭ヲ撃テ」

カ級は返事の代わりに狙撃銃のボルトを往復させ、弾を装填した。

ル級は湧き上がる怨嗟の念に駆られていた。

殲滅してやる。殲滅してやる。殲滅してやる。裏切り者め、地獄の業火で焼き尽くしてくれる!

 

 

4月1日夕刻、大本営

 

「なぜだ・・・」

中将は帰ったばかりの大本営で新設の鎮守府から入った緊急連絡を受けた。

その鎮守府の艦娘が演習から帰ってくる時、夥しい数の深海棲艦が提督の居た鎮守府に向かったというのだ。

多勢に無勢で戦いにならないと判断した艦娘達は極低速で気付かれ無いよう撤退し、司令官に報告。

緊急事態として大本営に打電されたのである。

中将は大本営の特殊部隊と熟練の艦娘を非常招集し、鎮守府に陸と海の二方向から迎撃する態勢で進軍させた。

しかし、先行偵察に向かった艦載機から耳を疑うような連絡が入ってきた。

鎮守府のあった場所は原形を留めない程の大火災が起きており、周囲の山にまで延焼。

炎の勢いが強すぎて上空にも近づけないという。

そして、敵の姿は既に無く、近辺にある鎮守府は1つも被害を受けていない、と。

中将は大本営の執務室に居たが、ふと自分の手が震えているのに気付いた。

時折、巨大な敵部隊が出現する事はあったが、これほどの大規模攻撃は無かった。

相当数の撃沈報告がある中、深海棲艦の殲滅も見えているだろうという慢心もあった。

大和が苦しそうに呟いた。

「恐らく、あの鎮守府に残っていたLv1の艦娘達では、為す術もなかったでしょう」

中将は紙巻き煙草に火をつけた。

深海棲艦はどういう基準で攻撃してくるのだ?

一体、後どれだけいるのだ?

見えていたはずの終わりは、偽りだったのか。

 

 

4月1日夜、某海域

 

「皆、良クヤッテクレタ」

ル級が作戦参加者を労った。被害なし。相手は殲滅。大勝利といえる内容だった。

意気揚々と引き揚げる参加者の流れに逆らうように、カ級が進み出てきた。

「ドウシタ?」

カ級が頭を下げて言った。

「スマナイ。提督ガ目視出来ナカッタ」

ル級は少し顔を曇らせたが、すぐにカ級を労った。

「皆ガ狙撃前ニ一斉砲撃シテシマッタカラナ。建物ガ粉砕シ大火災デハ探シヨウガアルマイ」

「炎ガ納マッテカラ、再度探シニ行コウカ?」

「アノ炎デハ人間ナド骨シカ残ラヌ。確認ハ不可能ダ」

「スマナイ」

「ソレニ」

「ソレニ?」

「万一逃レタノナラ、新タニ放ッタ情報網ニ引ッカカル。ソノ時殺セバ良イ」

「ワカッタ」

「ダカラ今ハ休メ」

「失礼スル」

ル級は再び水差しの水を注いだ。

私を騙し、北方海域に沈めた者どもを討った。

討ちたかった相手の滅亡を確かにこの目で見た。

溜飲を下げたはずで、目標は達成したはずだ。

しかし。

注いだ水を一息で飲み干した。

なんだろう、この虚しさは。

それに、討ち果たしても私は深海棲艦のままだ。

どうしたら解放されるのだ?

 




そろそろ全コマ登場、ですかね。
風呂敷と兵站は広げ過ぎてはいけません・・・(今更)


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file22:提督ノ塩梅

4月1日夜 岩礁

 

すっかり夜も更け、響の現代用語セミナーが終わりを告げた。

大人しく聞いていたヲ級が礼を言うと立ち上がった。

「ソロソロオ暇スル」

提督が答えた。

「そうか。またおいで」

長門が冷茶を吹くが、着地点に居た響は素早く避けた。

「ゲホゲホッ!待て提督っ!」

「はいよ」

「どこまで仲良くなるつもりだっ!」

「深海棲艦にも同情すべき境遇の者が居る。温かく迎えてやろうよ」

「あ、あのな」

「・・・シ、心配スルナ。大丈夫。モウ、オ邪魔シナイカラ」

提督が長門をジト目で見る。

「あーあ、長門が苛めるからヲ級が涙目じゃないか」

少しドキリとした顔で提督を見るヲ級。

「エ?」

「わっ、私のせいなのか!?」

「イヤ、私ハ・・ムググ」

提督がヲ級の口を手で押さえながら続ける。

「戦艦娘は皆、度量も広い武人だと思ったのだが、な」

長門がぴくりと反応する。

「・・・私の度量が狭いとでもいうのか?」

「違うのかな?」

「違うさ!」

「なら可哀想な境遇に居る元艦娘にその広さを示してやりなさい」

「えっ、いっ、その」

「鎮守府筆頭艦娘の素晴らしい度量を見たいなあ」

「・・・あーもう好きにしろ!いつでも来い!何人でも来るがいい!」

提督の目配せに返しつつ、ヲ級は思った。

また、この漫才を見に来るのも良いかもしれない。面白いし。

「ソレデハ提督、マタネ」

「うむ、またな」

ぱたんとドアが閉まると、長門は一縷の望みにかけるべく響に問いかけた。

「なあ、深海棲艦は、戦うべき敵だよ、な?」

「別に、あのヲ級は嫌いじゃない」

がくりとうなだれる長門。

響、もう提督に毒されたか。素直な良い子だったのに。半日預けたばっかりに。

提督がぽんと長門の肩に手を置いた。

「運命は時に苛酷なのだよ」

「主砲一斉射して良いか?」

「冗談でもよしなさい。さて長門」

「なんだ?」

「お前さんの用事は?」

「・・・あ、そうか。のっけの藻染めから、あまりの出来事ばかりですっかり忘れていた」

「なんかあったのか?」

響は澄ました顔で明後日の方向を見ていた。提督はどう反応するかな?

「なに、簡単な話だ。向こうにソロル本島があるだろう?」

「あぁ、割と大きな島だな」

「そこに鎮守府を建設している。あと2週間で出来るから来てくれ」

 

この夜、2度目の静寂が訪れた。

 

「お前達と来たら、まったく」

計画内容をすっかり聞いた提督は、怒るというより呆れていた。

わざと顔をしかめて目を瞑り、長考に入った。

時間稼いで反芻しないと整理出来ないからな。

 

ええと、まず超多重遠征と装備転売で大量の裏資材を確保し、

裏資材を突っ込んで鎮守府全艦娘と全装備の複製を作成し、

ソロル本島近海の深海棲艦を大艦隊で討伐し、

工廠長を派遣して鎮守府を作らせ妖精を強制移住させ、

その証拠隠滅の為に鎮守府の工廠を爆破し、

爆発の責任を横領疑惑のある調査隊に被せて、

全部の許可を大本営に取り付けた。

それらを私に一切内緒で、うちの艦娘だけで計画し実行したわけだ。

3日間で。

 

・・・・・。

 

なんですかそのブラックオーダー。期間限定クエストが可愛く見えるぞ。

東京でユキヒョウ探して来いってのと大して変わらない無茶ぶりだぞ。

大本営がそんなクエスト出したら暴動起きるわ。

しかし、そうか、なるほど。

思えばあの怪しい任務表はそういう事か。てことは任務娘もグルか。

それで中将は五十鈴達を寄越したのだな。大方、長門-大和ラインだな。

昨晩の様子が打ち上げみたいだったのも文字通りそういうことか。

完敗だよ諸君。昨日の涙を返してくれよ。

あ!扶桑は「最後まで」とは言ったが「3月31日まで」とは一言も言ってない!

くっ、ころっと騙された。凄い。凄いぞ扶桑!座布団1枚だ!

まったく理由がこそばゆいな。怒るに怒れん。

しかし本当に奇跡の作戦だ。ここがキスカか。いやソロルだ。チロルじゃない。

チョコか。合わせてキスチョコだな。お返しは決まった。買って来よう。

 

長門は提督が厳しい表情で考え込んでるのを見て、内心ドキドキしていた。

発案者も責任者も私だ。私が処分を受ければ良い。後悔はしない。

提督はふぅと一息吐くと、目を開けた。

「まぁ考え付くかもしれんが、よく実現したなあ」

「え?それだけか?」

「なんだ、叱ってほしいのか?趣味か?ヒールで踏まれたいか?」

「私は変態じゃない。いずれにせよ、かなり疲れた。しばらく遠慮したい。」

「そりゃ、普通は不可能な作戦をやったんだ。私もこんな異動は二度と御免だよ」

長門と提督は顔を見合わせてふふっと笑った。

響は立ち上がった。お茶の御代わりを出しても水鉄砲にはならなさそうだ。

 

その後も細々した報告を長門から受けていた提督は、ある単語を反芻した。

「簿外在庫か」

「提督は知っていたか?」

「以前不知火が89式とか持ってきたよ。これどうしましょうと言ってな」

「それで?」

「事務方で適当に処分して良いよと言った」

「適当だな。あ、いや、適切という意味じゃない」

「あきつ丸と隅の方でゴソゴソやってたし、菓子代にでもしたんだろ」

「結果的には良かったが、問題ではないか?」

「文月が事務方を握る限りは大丈夫だ。あの子は限度を弁えている」

「もう少し厳しく管理すべきではないか?軍である以上、規律は大事だろう?」

「長門」

「なんだ?」

「木をくりぬいた器は、いかなる時にも隙間があってはいけないよな」

「当然だ」

「だが、樽のタガはな、乾いてる時に隙間なく締め上げると、水を入れたら樽が割れてしまう」

「・・・。」

「木は水を吸って膨らみ、乾いて戻る。でも少し曲がり、完全には元に戻らない」

「・・・。」

「だから色々な木を束ねるタガは、木と木の歪みを吸収する余裕を与えつつ、水を漏らさないよう全ての木を導くのだ」

「・・・。」

「長門。お前はとても優秀で誇り高く、自らを厳しく律する素晴らしい艦娘だ」

「なっ・・・・」

「長門。皆を一層活躍させる為には、タガの話を忘れるな」

「・・・。」

「長門のようにまっすぐな者、遊びが少しある者、遊びが多い者、時により変わる者、色々だ」

「・・・。」

「お前がお前である為に厳しく己を律するのは褒め称えられる事だ」

「・・・あ」

「だが、組織は全員が噛み合って威力を発揮する。だから締め上げるな。導くんだ」

「私に正しい加減が出来るか?荷が重いが」

「失敗したら私も一緒に謝ってやる。話を聞き、試行錯誤し、成功を覚えろ。これだけの大事を成し遂げたお前なら出来る。」

「な、なんだかくすぐったいぞ。褒め過ぎだ。」

「ん?長門がくすぐりで弱いのは膝だろ?」

「なぜ知ってる!」

「ほーれ、くすぐるぞー、ほれほれー」

「そのワキワキした手の動きを止めろ!やめろおおお!」

響は窓の外を見やり、熱いお茶を啜って溜息を吐いた。

あーあ。人を無視したラブコメ漫才早く終わんないかな。

部屋がムンムンで熱いよぅ。おまわりさん、地球温暖化の原因が居ますよぅ。タイホしてくださいよぅ。

ま、提督は納得したようだし。良いか。

ちらっとガラス越しに提督と長門を見る。楽しそうだ。

仲間って、良いな。

響は窓越しに星空を見上げた。

司令官。川内姉さん。私はこの提督についていく事にするよ。

心配しないで。

 




響がどんどんフリーダム化してます。
とても便利です。でも私にも響の行く末が見えません。

響「言う通りにしてるとクールでスマートなイメージが壊れそうな気がするんだけど?」
作者「まぁ、便利だし、もう手遅れだから」
響「・・・試し撃ちして良いかな。12.7cm」


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file23:先輩ノ機転

4月1日午後 鎮守府

 

「んー、やっと行きましたか」

青葉と衣笠は鎮守府から少し離れた鳳翔の店から出ると、大本営の車列を見送った。

「でも、爆発規模が予想以上でした」

そうなのである。

青葉と衣笠が持っている発破スイッチにつながっている火薬の量は、音は大きいが工廠内の弾薬庫内部を壊す程度のはずだった。

昨夜の内に響の12cm砲を使って弾薬庫のドアを撃ち、特徴的な装甲部分を切り抜き、提督棟の壁に刺しておいたのである。

それでも念の為という事で、二人で同時に押さないと起動しないという安全装置がついていた。

あんな大爆発になるなんて全くの予想外であり、起爆した二人が一番驚いた。

「ねぇ青葉」

「なんですか?」

「あの時、押さなくて本当に良かったね」

あの時、とは扶桑が提督に計画をバラしてしまうのではないかと疑った時の事だ。

工廠内には確かに誰も居なかったが、この爆発では相当数の艦娘が大怪我を負っていただろう。

青葉はえへんと胸を張った。私の運30は伊達ではないのです。

「いや胸を張るところじゃないでしょ」

「まぁそうですが。ところで衣笠!」

「なに?」

「青葉はこれから取材してくるのです!先に帰っててください!」

「え?なんで?」

「大爆発ですよ大爆発!スクープです!」

衣笠はがっくりと肩を落とした。目が星になってる青葉は止めても無駄だ。

衣笠は言った。

「鎮守府離れるまではインカムは外しちゃダメだよ~」

「解ってる~」

一方、鎮守府ではLV1艦娘達が古鷹を取り囲んでいた。

「あんな巨大爆発が起こるなんて聞いてないです~」

「鎮守府になんか恨みでもあるんですか!?」

「工廠が半分以上跡形もないですよ!」

食って掛かる艦娘達に、古鷹も首を傾げながら

「うん。解る。少しどころの無茶じゃないよね。後で長門に聞いてみるよ、あ、いや、君じゃなく」

と、弁明に必死だった。

おっかしいなあ。念の為防護頭巾被ってて良かった。

そこに衣笠が一人でやってきた。

「おーい!おおおーい!古鷹ぁ!大丈夫ぅ?」

「き、衣笠さん?!ひどいじゃないですかー」

「あ!爆破班のヒトだ!」

「爆破犯人だって!」

え?え?何この冤罪。火薬設置したの私じゃないよ。

とりあえず逃げよう。

うぅ、運が13まで下がったからかなあ。

 

小1時間ほどカメラを片手に走り回った青葉は、鎮守府全景を収めるべく、近くの小高い丘に登っていた。

ふぅ、そろそろ満杯ですね。あと2枚か。

何かないかなと海の方を見た青葉は、変な物を見つけた。

 

黒い。

遠くの方に、黒い塊があります。

陽炎でしょうか。なんかゆらゆら動いてる気がします。

あんな島あったでしょうか。

カメラで1枚撮影し、ズームにしてみる。

青葉の顔が真っ青になった。

夥しい数の深海棲艦、それもeliteやflagship級がうようよ居る。

「き、きき、衣笠!古鷹!誰でも良いから応答してください!緊急事態です!本当に!」

鎮守府から離れすぎてる?届かない?

 

その悲鳴に近い声を受信したのは島の裏側に居た伊19だった。

伊58と一緒に搬入作業の後片付けをしていたのであるが、たまたま直線距離的に近かった。

伊19は応答した。

「青葉なの~?イクだよ~」

「イク!大変大変大変なのです!」

「落ち着くの。説明するの」

「う、海の向こうから、て、敵が!強そうなのばかり何十隻と鎮守府に向かってきてるのです!」

「・・・鎮守府の子達はどうなってますか?」

「まだ敵に気づいてない!インカムが届かない!」

「ちょーっと、伝えてきます」

「ま!まって!鎮守府正面の全海域に広がってる!もう島を回り込んだら気づかれます!」

「潜ればいいの」

「へ?」

「土管通路が残ってるの」

「で、でも、工廠は吹き飛んだから、繋がってるかどうか」

「さっき1度行ってるから大丈夫なの。」

「でも、どうしよう!LV1艦娘と古鷹と衣笠が居る!」

伊19は考え込んだ。私達は水路中でも資材を曳航出来る程度の航行力があるが、艦娘達は潜水航行は無理だ。

伊58が声をかけた。

「搬入用のワイヤーで引っ張ったらいいのでち!」

伊19は手を叩いた。

「それ、頂くの!」

「青葉、青葉は敵にばれない様に鎮守府まで走れる?」

「大丈夫です!敵はまだ気づいてないよ!」

「じゃあ工廠の所まで出来るだけ早く来るの!」

「イク、イクの!」

「ゴーヤも潜りまーす!」

「よろしくね!」

 

古鷹、衣笠、LV1艦娘達は、提督棟の傍から爆発の凄まじさをまじまじと見ていた。

本当に線の内側に居たら黒焦げでした。危なかった。

すると、工廠跡にある土管から水しぶきが上がった。

「ぷはぁ!急速浮上はキツイのです!」

「イクちゃん?どうしたの?」

「古鷹!緊急事態なの!全員この水路を使って鎮守府を脱出するの!」

「へ?何があったの?」

「深海棲艦が大量にこの鎮守府に襲撃をかけようとしてるの!」

その時、伊58もザバァと出てきた。

「鼻に水が入ったでち~痛いでち~」

伊19は伊58の頭を撫でながら続けた。

「あたし達がこのロープを使って引っぱるの!だからロープを持てるだけ皆持つの!」

古鷹は明らかな異常事態であることを肌で察知した。

潜水と聞いて躊躇するLV1艦娘達に向くと言った。

「伊19の言うことを聞いて!さぁロープを持って!あたし達を信じて!」

その言葉にピッと緊張が走る。

「さぁ順番!落ち着いて!」

「目を瞑って、息を止めてればいいの!イク達が運ぶの!」

伊19に導かれるまま土管に入っていくLV1艦娘達。

衣笠は周囲を見回した。

その青葉はどこに居るのよ!

 

くっ、はっ!はっ!離れ、過ぎました!

青葉はぜいぜいと息を乱しながら鎮守府への道のりを走っていた。

自動車が通る道路は海から丸見えゆえに脇のあぜ道を走ったのだが、足が草に取られるのだ。

鎮守府はずっと見えてるのに!

 

「さぁ、イクの!」

伊19、伊58共に2往復をこなし、3往復目に入ろうとしていた。

伊19も伊58も既に疲労困憊だったが、まだ3割は残っている。

古鷹の機転で、艦娘達は海から見えない提督棟の後ろに避難していた。皆怯えている。

土管に誘導しているので古鷹は手が離せない。

衣笠は索敵の為、震える足で提督室に向かっていた。

高い位置から見ないと見えない遠い所に居て欲しいと願いながら。

 

ガチャ。

静まり返った提督室に入った衣笠は、恐る恐る海側の窓の脇に移動した。

そーっと、そーっと。

しかし、絶望的な光景がそこにあった。

陸が移動してきたのかというほどの深海棲艦達が、あと5分もあれば砲撃距離に来る位置に居た。

もう数えるのも不可能だった。

顎が震えて歯がガチガチと鳴った。どんな訓練よりどんな窮地より窮地だ。絶体絶命。

ふと、その群れの中で何かが光ったような気がした。

反射的に窓から離れ、這うように提督室を出た衣笠は、そのまま転がるように階段を駆け下りた。

あ、青葉!早く帰って来いバカ姉!

ここから脱出出来たら幾らでも取材付き合ってあげるから!

 

LV1艦娘が最後の1列となった段階で、古鷹は誘導を止めて考えていた。

追っ手がかかってはまずい。敵を欺かないといけない。

帰ってきた伊58に言った。

「衣笠と青葉が来たら兵装庫に来るよう言って。先に砲撃が始まったら伊58は逃げて!」

「ふ、古鷹!何するでち!」

「任せたわよ!」

伊58はその時、地鳴りのような音を聞いた。

敵が近づいてる。気配だけで鳥肌が立ってきた。

 

「げはー、ぜはー、つ、ついたのです・・・」

「青葉っ!」

「ご、ごーやちゃん、み、水を・・・」

「さあ兵装庫に走ってくだちい!急いで!」

わき腹を押さえながら青葉は走った。当分マラソンはこりごりです。

伊58は次第に大きくなる地鳴りに焦りながら、衣笠を探していた。

その時、提督棟の玄関が開いた。

衣笠が見えた。手を振っている。

振り返そうとした、その瞬間。

 

「くっ!始まった!」

兵装庫の中で古鷹は開始された砲撃を知る事になった。

着弾の轟音、激しい揺れ、割れるガラス音、壁に次々とヒビが入っていく。

しかもそれが全く絶え間なく続く。

予想以上の一斉砲撃だ。何隻居る?

だが、と、古鷹は思い直した。

これだけの一斉砲撃なら、証拠は僅かで良い。

そこに青葉が泣き顔で入ってきた。

「もうカンベンしてほしいのです!」

「青葉!これとこれを提督棟の裏に持ってってバラ撒いて!」

「ええっ!?主砲とかどうするんですか?」

「うるさい!早く行け!」

「ひぃぃぃぃぃ」

青葉は思った。運30も当てにならない。

 

衣笠、伊58、古鷹、青葉で運んだのは主砲と魚雷、それに艦載機数機だった。

それが精一杯だった。

砲撃はますます激しさを増し、周囲は火の海になっていた。

「ここはもう限界です!」

衣笠が叫ぶ。

その時土管から伊19が顔を出す。

「全員運んだの!皆早く来るの!ゴーヤもロープ引っ張って!」

「了解でち!皆さん捕まるでち!」

2隻の潜水艦が全速前進で曳航し、最後の青葉が土管に飛び込んだ直後。

工廠の屋台骨がとうとう悲鳴をあげ、艦娘達が居た場所を、土管を、炎と瓦礫で押し潰した。

 

誰も居なくなった鎮守府に延々と砲撃は続き、工廠が、提督棟が、弾薬庫が、資材置き場が、寮が、

何もかも焼き尽くされていった。

 

島の裏側の海面に飛び出すように潜水艦が浮上し、続いて古鷹、衣笠、青葉が顔を出した。

「げふっ!げほっ!」

「あらゆる所から水が入りました~」

へちゃりと座り込む青葉を衣笠がポカポカと叩いた。

「バカ青葉!バカ青葉!バカ青葉!わあああん!」

「い、痛いです痛いですぅ」

「心配したんだからね!心配したんだからああああ!わああああん!」

青葉はしばらく、衣笠にされるがままになっていた。

ちょっと、取材も考えて行動しないとダメですね。

衣笠の柔らかい拳と号泣する姿を見ながら、青葉は思った。

「あ、あの」

古鷹がふと声のした方を見た。LV1艦娘達が勢揃いしていた。

「先輩!ありがとうございました!」

「先輩方のおかげで生き延びました!」

「先輩!凄い機転です!感動しました!ずっとついていきます!」

衣笠がようやく叩くのを止め、泣きじゃくりながらも立ち上がった。

「ま、まだ、終わってない」

後輩達は衣笠を見た。

「ソロルの鎮守府まで、皆で無事着くんだから!」

「はいっ!」

伊19は後ろを振り返った。火柱は1km以上立ち昇っている。

気流を考えれば島を盾にして移動すれば索敵されることもないだろう。

「さぁ、皆!もうひとっ走りするのです!」

青葉は立ち上がったが、走りすぎて膝が震えていた。

すると、すっと両脇に艦娘が来た。LV1の長門と那智だ。

「先輩、私達に捕まって。」

「両側から曳航する」

うぅ、良い後輩を持って幸せなのです。

ふと見ると、衣笠も、古鷹も曳航されていた。

青葉はにこっと笑った。多分、この後輩達なら大丈夫です!上手くやっていけます!

 

 




参りました。
先輩後輩2人ずつ居るのでどう書き分けたら良いのでしょう。
とりあえず1号2号と呼びましょうか。

古鷹「変な事したらおやつ抜きです!」



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file24:夜ノ色

4月1日夜 大本営

 

「大和、気をつけてな」

「ありがとうございます中将。護衛部隊まで付けて頂いて恐縮です」

大本営所属の重巡洋艦は要人脱出用に分厚い特殊装甲に換装されており、要塞と呼ばれていた。

その重巡洋艦に強化武装や艦載機まで持たせ、左右2隻ずつ4隻配備したのである。

大和は恐縮していたが、夕方の一報で大騒ぎである状況を考えると妥当とも言えた。

それでもなお大和を止めなかったのは、提督やその艦娘の安否も心配だったからだ。

いかに中将でも相当強引に出させた事を理解していた大和は、ピシリと敬礼して言った。

「戦艦大和、提督と長門達の安否を確認し、攻撃の一件も伝えてまいります」

「頼む。そして」

中将がいつになく真剣な目で大和を見た。

「必ず帰ってこい。命令だ」

大和がにっこりと笑ってうなづいた。

大和達が遠くに去っても中将は岸壁を離れられなかった。提督はこういう気持ちだったのだろうか。

 

 

4月1日夜 ソロル本島

 

「よくやったぞ古鷹、青葉、衣笠、伊19、そして伊58」

長門が提督の小屋から帰ってくると、加賀が待ち構えていた。

その表情から緊急事態である事を察した長門は、そのまま報告を聞いたのだが、軽く眩暈がした。

歯車が1つでもズレていれば全員壊滅させられていたかもしれない。

一体、どんな奴がそんな大艦隊を率いたというのだ。

そして、目の前に居る長年の仲間、そして新しい仲間達を見た。

「よく、生きて帰ってきてくれた。」

長門は言葉を続けた。

「本当に、機転を利かせ、水に潜る勇気を出し、一糸乱れずに動いたおかげでここに皆が居る」

「もしこの件で1隻でも沈んでいたら提督は自決しただろう」

「そしてこの長門も、深海棲艦を超える鬼人に化けたやもしれぬ」

「まずは皆、ゆっくり休んでくれ」

LV1艦娘の一人が、おずおずと声を上げた。

「あの、長門さん」

「なんだ?」

「す、すみません。怖くて一人ではとても眠れそうにありません」

長門は後輩達を見た。皆顔色が悪い。当然か。生まれたばかりなのだからな。

「加賀」

「はい?」

「大部屋はあるのかな」

「仮設の集会場なら出来ています。布団は各部屋にありますから運ぶ必要がありますが」

ふむ、これで良いか解らないが。

「後輩諸君に問いたい」

「はい」

「先輩の部屋で2人で寝るのと、後輩全員で大部屋で寝るのはどちらを希望するか?」

「!」

わいわいと相談し始めるが、やがて納まった。

後輩達が長門に振り向く。

「皆で一緒に寝ます!」

「解った。加賀、案内を頼めるか」

「解りました。それでは皆さんの部屋割りはこちらにありますので、そこから布団を持ってこの大部屋に・・」

これで良かったのかな。あっているか?提督よ。

・・・ん?

そうだ、提督。

提督が危ない!

長門はもと来た道を駆け出した。

青葉が呼びかける声がするが、長門の耳には入っていなかった。

 

 

4月1日深夜 岩礁

 

「提督、おやすみ」

「ほいよ、おやすみ」

小屋にはちゃんと布団が2組あったので、それぞれ布団に入った。

「提督」

「ん?」

「星が、綺麗だね」

ふと見ると、窓の外には満天の星空が見えた。

「うむ。海図ではなく、眺めるという意味では久しぶりだ」

「ロ、ロマンチックだよね」

「ああ、そういう物か」

「そうだよ」

 

なんだかこそばゆいなと思ったその時。

 

ドンドンドン!ドンドンドン!と強いノックの音がした。

「提督!長門だ!緊急事態だ!」

がばりと起き上がってドアを開けに行く。

響は布団を額まで引き上げた。ちぇっ。

 

ガチャリとドアを開けると、息を切らした長門が立っていた。

「入れ。早く」

「すまぬ」

ドアから少し横に長門が立つ。砲撃を恐れている?

「響、隣においで」

提督の声が低い。何かある。

響は察すると、すぐに提督の隣に座った。

「何があった。」

「元の鎮守府が、壊滅した」

「後輩達は?」

「伊19、伊58、青葉、古鷹、衣笠の機転で全員救助した」

「ふむ。敵の規模は」

「数十隻か100隻を超える。鎮守府海域が敵で埋まったらしい」

提督は息を呑んだ。そんな例は遥か過去の伝承レベルでしか聞いた事がない。

「提督。ここは危険だ。仮設だが本島に今すぐ来て欲しい。言うことを聞いてくれ」

「5分待て」

「解った」

「響は支度を済ませなさい。12.7cmは実弾を装填しておきなさい」

「わ、解った」

提督は何か書き始めた。何をしているのだろう。

「あのなあ提督」

「こういうことは大事だぞ、長門」

「もう良い、行くぞ」

長門が何故うなだれてるか。

提督が小屋のドア脇にある窓の内側に貼った紙のせいである。

 

「少し留守にします。また来てね」

 

「深海棲艦に鎮守府を砲撃されてもまだあのヲ級を信じるのか提督は」

「長門。攻撃時間を考えればあのヲ級はシロだ。私達と居たのだからな」

「もういい。とにかく行くぞ」

「うむ。響、おいで」

「はい」

 

こうして、小屋は無人になった。

潮の砕ける音だけが、岩礁に残された。

 

「おーおー、こんなに青ざめて。可哀想に可哀想に。さぞ怖かったのだな。よしよし。よしよし」

本島に着いた提督は即座に集会場へ足を運ぶと、青ざめた様子の艦娘を1人ずつ頭を撫でては言葉をかけていた。

「どんな様子だった?うん、そうか。危なかったな。何か気づいたことはあったかい?」

一人一人に様子を聞き続ける様を見て、長門は不思議に思った。そんなに何度も聞かなくても、と。

具合の悪そうな子達と話終えて一息ついている提督に、加賀がお茶を差し出す。

「お疲れ様でした」

「あぁありがとう。頂くよ」

長門は質問した。

「なぜ、同じ事を聞いていた?」

「様子のことかね?」

「そうだ」

「簡単だ。早く吐き出さないと心の傷になるからだ」

「傷?」

「そうだ。火事にあった子が異常に火を恐れるようになるのは、怖かったという思いを押さえ込んだからだ」

「・・・。」

「その時、話を聞いてくれて、怖いのが当然だと認めてくれる人がいて、しっかり泣ければ癒えるのは早い」

「・・・。」

「だから今しかチャンスがないのだよ」

「提督」

「ん?」

「この長門、気づきもしなかった」

「気にするな。私は一番具合の悪そうな子には話したが、まだ顔色の悪い者は居る。長門、やってみなさい」

「う、うむ」

ぎこちないが優しさのある態度で後輩達に接していく長門を見て微笑む提督。

提督の傍で、響はじいっと提督を見ていた。

ほんと、お父さんだ。

そっと、上着の裾を持つと、響に気づいた提督が頭を撫でる。

「響、12.7cm砲の実弾装填を解除しなさい。私達もここで寝よう」

「うん」

「あ」

長門が振り返った。

「すまん」

「なんだ?」

「布団が、ない」

一瞬の沈黙の後。

「なあ響さんや」

「なんだい父さんや」

「長門はちょっと抜けてる所が可愛いのう」

「私は遠慮したいでござる」

「天然というのは良い物だぞ」

「少なくとも今宵は勘弁して欲しいでござる」

「ほほほほほ」

「ほほほほほ」

長門は顔を真っ赤にして俯いた。なんだこの公開処刑プレイ!

二人の息がぴったり過ぎる!夫婦漫才か!

「あのー」

後ろから艦娘の一人が声をかけた。

「ん?なんだい?」

「あの、私達布団くっつけて寝ますから、2組お貸しします」

「響さんや」

「なんだい父さんや」

「今時珍しく親切な若者がおるのう。感心だのう」

「私はここで1組といってくれたらモアベターだったのう」

「なんでやねん」

「一緒に寝れるから」

「寝たいのか?」

「うん」

長門は素早く響を見た。なんて大胆な子!

「まあ、布団は別でいいだろう。隣で寝るから怖くないだろ。な」

響は提督の顔を見上げた。このニブチン。

 




「なぁ長門さんや」
「なんだ作者さんや」
「提督はロリコンかのう」
「作者がロリコンだろう」
「何を言う。私は長門教信者だぞ!お姉様大好きだ!」
「寄って来るな。それに、文月教信者でもあると言ってたではないか」
「うっ、いや、それは」
「ほれ、認めればすっきりするぞ」
「認めて良いんですか!」
「いや、やっぱりやめろ」
「私はっ!」
「言うなというに!」


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file25:艦娘ノ内緒話

4月2日昼過ぎ ソロル本島

 

「こんな時じゃなかったら、何日か滞在したいわね~」

大和は長門に続いてソロル本島の砂浜を歩きながら言った。

描かれたような、これぞ空色というべき陽気な空。

ぽこんと浮かぶ白い雲。負けず劣らず白い砂。

アクアマリンの語源はここかというような海の色。

見えてきた草で編んだ屋根に木組みのログハウスが景色に似合っている。

 

「大和も何か悪さをしてソロル送りになれば良い。歓迎するぞ」

長門が悪戯っ子のような笑みをよこす。

「退役しないと無理よ」

大和がくすくす笑いながら返す。

警護の重巡達は二人をにこやかに見ていた。まさに楽園だ。

 

「そ、粗茶なのです!」

「ありがとう、電ちゃん」

皆に冷茶を配ると、電はぺこりと頭を下げて出て行った。

ここは長門の部屋である。

足を崩して座り、一息ついた大和は口を開いた。

「さて、何から話したら良いのかしらね」

「私からも追加の報告が幾つかある」

「じゃあ長門の話から聞いて良いかしら?」

「うむ。それなら大和、護衛部隊の方々」

「なにかしら?」

「先に、冷茶を飲み干してくれないか?あとで御代わりは運ばせる」

「なぜ?」

「茶を浴びる趣味は無いからな」

大和達は首を傾げながら、長門に続いて冷茶を飲み切った。

その後、長門の家から絶え間なく大和の絶叫が聞こえていた。

 

青葉は隣の部屋で記事を書いていた。

大漁です!大漁旗掲げないといけません!記事が選り取り見取りです!

ソロル新報創刊号は増刊扱いでいきますかね!

この絶叫騒ぎにはなんてタイトルをつけましょうか。

「阿鼻叫喚の叫び!大和達は何を見た?!(か?)」

手伝っていた衣笠がジト目で青葉を見た。

ダメだ。この姉は再教育が必要だ。

しかし、ふとエンタメ欄の原稿に目が留まる。

「長門の乙女な秘密、ついに真相判明!」

ほう。

衣笠は遠くを見ながらそっと原稿を引き抜いた。

あ、あくまでも!誤字とかの確認なんだからね!

 

長門が満足げにうなづいた。

うむ、茶鉄砲の被害なしだ。他山の石というやつだな。

大和は口をパクパクさせながら、酸欠で悲鳴を上げている脳に酸素を送っていた。

か、艦娘の売買?

売られた艦娘は深海棲艦に魔改造?

こちら側にも斡旋か内通している者がいる?

厭戦的で元に戻りたいと泣いてる深海棲艦が居る?

提督が深海棲艦からこれらを聞き出し、親交を深めた?

更にあの大艦隊の総攻撃から、たった5人で数十人のLV1艦娘を全員救った?

提督の藻染めなんてこの際超どうでも良い。

お、落ち着くのよ大和。落ち着くの。大和ホテルの名にかけて。

何言ってるんだ私。

重巡達はぽかーんと聞いていた。

あまりにも異次元の話過ぎて現実として受け入れられない。

それとも、この長門は何かの病に侵されているのか?

そういえば鎮守府らしき棟も無いし、この島全体が隔離病棟か何かなのか?

重巡達は少しずつ部屋の隅の方ににじり寄っていった。

私達、何も見てません、何も知りたくありません。早く帰りたいです。

やっと呼吸を落ち着けた大和が言った。

「長門だから信じるけど、提督だったら有無を言わさず入院させたわね」

「身の安全を考えれば入院させても良いかもしれないがな」

「艦娘達にハレンチな事でもしてるの?」

「違う。大切な提督の身の安全を考えてだ」

「あら。長門がそんな事言うなんて」

「おかしいか?」

大和が一瞬黙り、上目遣いで長門を見た。

「ホの字ね」

ボンという効果音が見える位瞬間的に顔を赤らめた長門が、しどろもどろになって反論する。

「ち、ちがっ!いやいやいやいやいやいや!ない!ない!絶対ないからな!」

「へー」

「うっ、疑うのか?!私は戦艦だぞ!この鎮守府の規律を保つ重責を、あれだ」

「支離滅裂よ?」

重巡達はうなづいた。ここは隔離病棟だ。間違いない。

 

部屋が落ち着きを取り戻した頃、長門と大和は互いの情報交換を済ませていた。

「そうか、大本営以下、私達は全滅したと認識されているのだな」

「すり替えの話も公になってないし、避難先も無い筈だから」

「そうだな」

「この話、五十鈴には話すわよ」

「ああ。五十鈴は深海棲艦の部分は知っている。あと、中将にも話しておいてくれないか?」

「中将のお茶と煙草を取り上げないといけないわね」

「いっそ禁煙させたらどうだ?」

大和が目線を逸らした。

「あんまり、嫌いじゃないのよね」

「ほっほう」

「なによ?」

「大和はああいうのが好みか」

「おじさん提督にホの字の長門に言われたくないわね」

「誤魔化せぬぞ」

「どうするのよ?」

「青葉に話す」

「それだけは止めて」

「じゃあ私の話も内緒だぞ」

「取引成立ね」

 

青葉は窓の外でサクサクとメモを取っていた。

ここは楽園ですか?宝の島ですか?特大ネタがごろごろ転がり過ぎです。

二人とも隙だらけです!次のメモ帳を早急に手配しましょう!

ふと、裾が引っ張られた。

「なんですか?青葉、今忙し・・ひっ!?」

笑顔の文月と不知火が立っていた。

「ちょっと、そのメモを見せてほしいのです」

「い、いや、情報源は秘匿しないといけないのです」

「青葉さん」

「な、なんでしょう?」

「紙と印刷所の予算、外しますよ?」

「そっ、それだけはご勘弁を!」

「記事の発表時期を相談したいだけなのです。」

「削除とか封印はないのですね?」

「そんな恐れがあるほどエグい記事があるんですね?」

「うえっ!?」

「ちょっと、文月の部屋でお話しましょう」

「い、今ですか?後で行きますから、今は」

「ソロル新報、発行取り消されたいですか~?」

「やめてくださいお代官様」

「代官じゃなくて事務方です。不知火さん、連れてきてくださ~い」

「了解しました」

「あっ、やめて!短パン引っ張らないで!脱げちゃうのです!」

長門と大和は青葉の断末魔の叫びを聞いた。

しまった。既に嗅ぎ付けていたか。

「長門」

「うむ。後で詰問し、取り上げよう」

大和と長門はうなづきあった。

青葉の広報能力は計り知れない。早急に対処しないと地の果てまで知れ渡る。

ふと、大和が重巡達に振り返った。

「貴方達は秘密を守れるわね?」

二人とも、笑顔なのに目が全く笑ってない。圧力に装甲が耐えられません!

「命にかけて喋らないと誓います!」

「よろしい。長生き出来るわ」

重巡達は顔を見合わせた。私達はとんでもない事を聞いてしまったらしい。

1人がそっと呟いた。

「王様の耳はロバの耳~」

残る3人はぷっと噴き出したが、

「記憶を失えば話す事もないな」

と、長門の41cm砲を向けられ、真っ青になって両手を上げ、頭をブルブルと振った。

「命は大事にね」

大和さん超怖いです!もう感染してしまったのですか!?

 

その後、大和は長門からソロル本島と大本営の間の通信手段を確認すると、長門に暇を告げた。

「遠路はるばる来たのにもう帰るのか?」

「昨日の事もあって中将が心配してるしね。この子達をつける位に」

「待っている人が居るのは嬉しいよな」

「ふふ、そうね。長門も提督と仲良くね」

「道中気を付けてな」

「あなたも気を付けて。じゃ、急ぎの場合は通信で」

「解った。港まで送ろう」

「ありがとう」

 

 




青葉「作者さーん!」
作者「なんですか?」
青葉「青葉、立場弱すぎです!なんとかしてください」
作者「頑張って弄られてください」
青葉「ちょ!酷い!待遇改善を要求します~!」



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file26:憲兵ノ報告書

4月7日午後 大本営

 

「・・・・・。」

中将は3冊の報告書を読み終えると、報告書を脇に積み上げ、机の上で頭を抱えた。

報告書は憲兵隊と査察団が送ってきたものであり、それぞれ

 「艦娘自決事件調査報告書」

 「鎮守府大規模攻撃 被害状況調査結果報告書」

 「大本営直轄鎮守府調査隊 特別査察結果報告書」

と記されていた。

事件や攻撃の件は、表向きとしてとりあえずこれで良い。辻褄は合っているしな。

提督は異動扱いだから、難を逃れた艦娘達の扱いだけ考えよう。

問題は最後の報告書だ。

案の定、いや、予想以上に酷いな。

謹慎候補地調査の頃から、これでもかという程の偽装や資材横領のオンパレードだ。

さらに中将の血圧を上げたのは、艦娘や兵装の転売を示す取引の帳簿だった。

隊員や隊長の贅を尽くした調度品の写真も、艦娘達の涙の上にあると思うと吐き気がする。

隊長が既に亡くなっているのは悪運の強さ以外の何物でもないと中将は思った。

今、奴が生きてたら眉一つ動かさず対空機関砲の的にしてやったのに。

コンコンと、ドアをノックする音がした。

「失礼いたします中将さま、お部屋の掃除に参りましたぁ」

「あぁ、ありがとう。頼む」

掃除夫の作業をぼうっと見ながら中将は思いを巡らした。

大和から聞いた時はまさかと思った。信じたくなかった。

しかし、調査報告書でこれだけはっきりと示された以上、事実としか言いようがない。

私が撲滅を目指した腐敗が、まさかこんなに近くで長期間行われていたなんて。

そして懸念はもう1つあった。

調査隊の売買ルートに不明確な点が多いという事だ。

これだけ大規模な売買が行われていた以上、こちら側の協力者も調査隊だけではないだろう。

問題が広すぎる。そして公開捜査に踏み切れば海軍という組織全体が崩壊しかねない。

溜息を吐きつつ、引き出しからいつもの薬を取り出したが、ふと水差しの水が切れている事に気が付いた。

汲んで来るか。少し歩くのも良いだろう。

中将が部屋を出て行くと、掃除夫はきょろきょろと見回し、机の上の書類を手に取った。

そして室外の音に神経を注ぎながら、慌てて各ページの写真を撮っていった。

 

やがて中将は自室に戻ってくると、既に掃除夫は居なかった。

水差しを机の上に置こうとして、机の上の僅かな異変に気が付いた。

私は決して万年筆を紙の上以外には置かない。これは物心ついた時からのクセだ。

しかし、万年筆は今机の上に転がっている。出て行った時は報告書の上に置いた筈だ。

という事は、誰かが報告書を動かした?

まさか、あの掃除夫!

 

憲兵が捉えた掃除夫を身体検査した結果、超小型カメラと夥しい写真が見つかった。

すぐに尋問が開始され、掃除夫が白状したのが怪しい人物からの高額な依頼だった。

人間側に深海棲艦とつながりのある組織があるというのか?

中将は決断した。

これは、上層部会で腹を括ってもらうしかない。

 

 

4月12日朝 大本営

 

「中将、それは本当か?」

「大変残念でありますが、事実であります」

重苦しい沈黙が会議室を支配した。

会議名は「上層部会」

中将を始めとする海軍の上層部が定期的に話し合う最高幹部会だ。

調査隊の腐敗、内通者の存在、艦娘の転売組織、深海棲艦による大規模攻撃を中将は報告した。

1つでも重大事項なのに、4つも重なると議論も始まらない。

中将が口を開いた。

「最初に述べた3つの内容に絡み、改めて腐敗撲滅を提案するものであります」

別の参加者が口を開いた。

「全く異議はありませんが、世間に露呈すれば海軍の存続そのものが不可能になりますな」

中将が顔を歪めた。

「その通りであります」

「鎮守府焼失も秘匿せねばなりますまい。提督のなり手がいなくなってしまう」

「弱りましたな。対応には広域調査が出来る組織力と、高い現場判断力を持つ人員が必要だが・・」

「相すまぬが、憲兵隊にそこまでの余剰隊員はおらぬぞ・・・」

「まぁ、そうであろう。どこにもそのような優秀な余剰人員が居る訳がない」

中将はぴくりと反応した。優秀な余剰人員?

そうか、それなら復活させる筋が通る。

「居るかもしれん。いや、心当たりがある」

全員が中将を見た。

「十分広範囲に展開出来る軍事規模を有し、高い実力と統率力を持つ組織だ」

「相当信頼出来る構成員でなければ任せられぬが、その点は大丈夫か?」

「問題ない。ただ、彼らは逮捕や捜査といった権限を有していない」

「権限的にはそれでは間に合うまい。万一の際は戦闘も必要となろう」

「1箇所に強大な権限は与えたくないが、深海棲艦との交戦も予想される以上仕方ないな」

「憲兵隊長、逮捕捜査に関する特例を認めてくれないか?」

「この異常事態が終わるまでは致し方あるまいよ。ただ、あまり大っぴらにやらないでくれ」

「組織維持の資材や予算はどうする」

「権限の強さ、機動性の確保、資源提供、全ての秘匿まで必要となれば大本営直轄しかないだろう」

「大将、この組織を認めてよいものであろうか?」

「異常事態の終結までの特例措置として、これ以外の手はあるまい。よかろうよ」

「それでは、この中の誰が監督する?」

会議室が静まり返る。ハイリスクな立場である事は明白だったからだ。

中将が唾を飲み込むと、口を開いた。

「調査隊の愚行が影響している。私が責任を取りたいが、許してもらえるだろうか」

異議は出ず、中将に組織運営の全権が委ねられた。

こうして、腐敗対策用の特殊部隊ともいえる組織が上層部会で内密に承認されたのである。

上層部会終了後、中将は燃えていた。

必ず、必ず腐敗は潰す。

深海棲艦と繋がりがあるなら尚の事だ。

私の目の黒い内に全ての病巣を切り取る。

提督に全てを打ち明け、力を借りねばならない。

この戦いに負ければ海軍は滅亡の危機に晒される。最後のチャンスだ。

中将は廊下をカツカツと歩き出した。

 



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file27:ヲ級ノ依頼(前編)

4月8日朝 ソロル本島

 

「んー?」

双眼鏡を構えたまま、響は身を乗り出した。

とはいえ、部屋の中なので窓ガラスにコツンとぶつかるまでだったが。

ここは提督と響の仮住まいである。

緊急事態とはいえ、仮住まいの敷地は使い切った後の追加であり、工廠長が

「まったく・・焼き肉じゃないんだから1つ追加なんて気安く言うな」

とブツブツ言っていた。

提督は荷物を解いておらず、別に響と1部屋で寝るので良かったのだが、艦娘達が工廠長に

「提督と響は別の部屋で寝られる部屋構成にしてください!ねっ!」

と、物凄い圧力をかけたのである。

従って、この家だけは狭いながら2DKの構成になっていた。

「どした、響?」

「提督、岩礁の右端を見て」

響から双眼鏡を受け取ると、小さな影が見える。

「ヲ級かなあ」

「小さすぎて良く解らないね」

「ヲ級だとして、あの子かなあ」

「それはもはや全く分からないね」

「長門に相談してみるか」

「すっかり提督と長門の立場が逆だよね」

「そうだな。さて、長門の所に行ってみるか」

「ついていくよ」

 

長門の家の前には行列が出来ていた。

「うわっ!この列全部長門に用がある人なのか?」

「提督より人気だね!」

「・・・いいよ、どうせ私なんて」

「あーよしよし、泣かない泣かない」

列に並んでる艦娘達は思った。響、尻に敷いたな。

 

「おぉ提督!提督じゃないか!待ってたぞ!」

小1時間の後、やっと長門と面会する事になった響と提督を見て、長門が声をかけた。

「提督、こちらに居るのだからそろそろ指揮権を返したいのだが」

「私は別にこのままでも良いよ。リゾート気分で楽だし」

「ちょ、そんな!勘弁してくれ!」

「それより長門さん、岩礁に行ってみたいんです」

途端に長門の顔が曇る。

「まだ大規模攻撃から1週間と経ってないんだぞ。何故行きたいんだ?」

「あのヲ級っぽい物が見えたんだ」

「ぽい?」

「双眼鏡であんな離れた所に居るヲ級がはっきり見える訳がない」

「岩礁に居たのか?」

「うん、たぶん体育座りしてた」

「もし別のflagshipヲ級だったら危険極まりないぞ」

「確かにそうだ。だからいざという時に備えて艦娘と一緒に行きたいんだが」

「flagshipヲ級だと、響一人では荷が重いだろうしな」

「まぁ響はあのヲ級の相方だから連れて行くが」

響が提督を見た。いつから私はあのヲ級の相方になったの?!

「長門の言う事もその通りなんだ」

意見が通った事で長門は少し落ち着いた。というか油断した。

「うむ、そうだ、だから提督はそろそろ私と交代して」

「そうだ!長門行ってくるか?」

「は?」

「長門ガ、私ノ、代ワリニ、岩礁ヘ、響ト行キ、ヲ級ニ、話ヲ、聞イテクル、カンタン」

「何故片言で話す。それに簡単じゃないんだが。ここは代わってくれるのだな?」

「全部「適当にして良いよ。任せる」と言えば良いのだろう?5分で終わる」

「・・・・提督・・・・」

「私はいつだってそうしてきたぞ?」

「そんな雑な・・・ん?そういや私が秘書艦の時、そうだった・・気が・・」

「だろう?抱えてどうなるものでもない。運用できてたし」

「お、おかしいな。明らかにおかしい気がするんだが反論できない」

「それを丸め込まれるというのだよ」

「丸め込むな!胸を張るな!」

「どうする?私に全部仕事を任せて岩礁に行くか?それとも私に誰か付けてくれるか?」

「・・・響」

「なんだい?」

「これは、脅迫だよな」

「うん。かなり極悪だと思う」

はぁ、と長門は溜息を吐いた。

「今日は加賀が非番だ。相談してみると良い」

「ありがと長門。あと、事務方を頼れ。書類や調整は彼女らが長けている」

「そうだな。そうしよう。実は手に余って困っていたのだ」

 

「何か相談?良いけれど」

加賀を訪ねると、部屋で静かに本を読んでいた。

霧島が艦隊の頭脳という鎮守府は多いが、ここに限っては圧倒的に加賀がその立場にあった。

「なんだか久しぶりだな加賀。少し痩せたか?」

「先日の作戦で少し疲れたのかもしれないわ」

「大活躍だったからな。加賀のおかげだと皆も言ってる」

「それだけおだてるという事は厄介な相談事ね?」

「本当の事を言っただけなんだが」

「まぁ良いわ、上がってください」

「ありがとう」

 

「ふうん。もし岩礁に居るのが先日のヲ級だったら話をしたい。そういう事ね?」

「そういう事だ」

「仮にflagshipヲ級だとして、どうやって先日の彼女と判断するつもり?」

「うーん」

すると、響が言った。

「それは大丈夫。特定出来ると思う」

「さすが相方」

「違う」

「じゃ、その部分は響さんに任せるとして、違った場合と他に敵が居た場合に備えて随伴艦は居るべきね」

「そうだな」

「遠い訳ではないし、こういう事に興味を持ちそうな子なら行ってくれるんじゃないかしら」

「・・・・・・。」

三人が思考すると、1人の顔が思い浮かんだ。

「あの子くらいしか居ないわね」

「しかし、実験対象とかにしないかな?」

「攻撃能力的にも申し分はなかろう、夕張なら」

三人が顔を見合わせる。

「やっぱり、夕張しかいないよな」

「うん、私もそれしか思いつかなかった」

「そうね」

提督が立ち上がった。

「じゃあ夕張に相談してみるよ」

「夕張がOKしたら伝えてください。私はチャネル3で聞いてますと」

「ありがとう。君の彗星に助けてもらう事態にならない事を願うよ」

「そうですね」

「あぁ、そうだ加賀」

「なに?」

「ありがとう」

提督は、加賀の柔らかい髪を撫でる。

「大した事はしてません」

そう言いながら、目を瞑って大人しく撫でられる加賀だった。

 

「行きたい!超行きたいです!」

夕張がやる気になってくれたのを見て、提督と響はほっとした。

「では早速なんだが、いつ出発できる?」

「へ?今でも良いですよ?」

「え?何か仕事してたんじゃないのか?」

「何でです?今日はオフですよ?」

「じゃ、じゃあ、その部屋の中で蠢いてる機器類は・・・」

「趣味よ?」

「そうか・・・深くは聞かないよ」

「えー、面白いのにー」

「そうだ、ヲ級を解剖しようとしたり、実験したらダメだぞ」

「私をマッドサイエンティストか何かと勘違いしてません?」

「なんとなく」

「もう!さっさと行きましょ!私、足遅いから日が暮れちゃう」

 





初の前編です。新企画です!
響「筆が横滑りして1話に収まりきらなかったって素直に言えば良いじゃない」
作者「新企画です!」
響「往生際が悪いね」


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file28:ヲ級ノ依頼(後編)

4月8日昼 ソロル本島

 

「あ、いた。あそこだ」

「おおぅ、ヲ級だ!攻撃して良いですか?」

「気が早すぎるよ夕張。まずは確認だ」

岩礁と距離を置いた海上で3人は話し合った。

夕張がゴツい双眼鏡を差し出す。

「電子ズーム付きの双眼鏡よ。レベル位は解ると思うわ」

「どう?提督」

「flagship級には違いないな。体育座りしてるし、合ってるんじゃないか?」

「兵装は?」

「んー、もっとズーム出来ないと確定は難しいなあ」

「そっか。今後の研究課題にしとくね」

「あと、加賀がチャネル3で聞いてるから、皆インカムをチャネル3で合わせよう」

「よしっと。加賀さーん、聞こえてますか~?」

「感度良好。大丈夫よ」

「とりあえず響と私で行く。結果をインカムで知らせるよ」

「了解っ!気をつけてねっ」

 

「おぉーい!ヲ級~!」

岩礁で体育座りをしていたヲ級は、はっとしたように声の方を向いた。

提督と響のコンビだ!

「提督~!」

「ヲ級が手を振ってるね」

「だな」

至近距離まで行くと、ヲ級に響が声をかけた。

「すまない。一応この前のヲ級さんか確認させて欲しい」

「ン?アァ、構ワナイガ、ドウスレバイイ?」

「問題!」

響が人差し指で1を示しながら言う。

何を始める気?

「痛い子とは何でしょうか?」

「ハイ!」

「ヲ級さん!」

「恥ズカシイ事ヤ、情ケナイコトヲ、シテシマウ可哀想ナ人」

「正解です!では第2問!」

提督は響を二度見した。え?何それ?え?続くの?

 

「うっひゃー、面白い!面白いデータが取れるわー」

「インカム切っても良いかしら」

 

「第2問は言葉から連想するイメージを言ってください。」

「ハイ」

「提督は?」

「緑ノオバケ!」

「ピンポンピンポーン!」

がっくりと肩を落とす提督。そのイメージで定着か?

「え?え?響ちゃん、今のどういうこと?」

「帰ってきたら説明を求めます」

「響、黙秘するように」

響が提督の方を振り返り、うなづいた。

「もう間違いなく先日のヲ級ちゃんだよ!」

「久しぶりだね」

ヲ級は立ち上がると、そのままその勢いで提督に抱きついた。

「!?」

響のこめかみに3本ほど青筋が立つが、ヲ級は構わず口を開いた。

「提督、頼ミガアル」

「とりあえず、小屋に入るか?」

「ウン」

響がインカムに話しかけた

「夕張、あのヲ級は大丈夫なヲ級だった。でも一緒に来てくれないか?」

「もっちろん!」

「一応、適当に艦載機で岩礁近辺を索敵しておきます」

「加賀、ありがとう」

「響さん」

「何?」

「あなたも提督ラブ勢の一員だったのね」

「う」

「後で年会費払いに来てください」

「へ?」

提督が小屋のドアと窓を開けると、爽やかな空気が部屋の中を通り過ぎていった。

「さぁどうぞどうぞ、あがって」

「オ邪魔シマス・・・ア」

「どうした?」

見ると、布団が2組出たままになっている。あの日は畳む暇もなかったからな。

「・・・。」

「ヲ級さん?なんで顔を赤らめてるんだ?」

「ソレヲ聞クノカ?」

「へ?」

「ワ、私ダッテ心ノ準備トイウモノガ」

「ま、まあ、とにかく入れ。布団は畳むから。」

「・・・・ニブチン」

スチャッと音がした方を提督が振り向くと、ヤンデレ顔の響が12.7cm砲を下ろす所だった。

まさか本気で発射用意したんじゃないだろうな?

夕張を含めた4人が小屋の中に揃ったのを見計らうと、提督が口を開いた。

「ようこそ。今日は頼みがあるといってたね」

「ウン」

「聞かせてくれるかい?」

「仲間ニ、会イタイノダ」

「かつての艦娘仲間、という事だよね?」

「ソウダ」

「断片的でも何か覚えてる?」

「幾ツカハ」

「夕張」

「何?」

「鎮守府や艦娘の特徴から特定できるか?」

「情報が多ければ、可能かも」

「よし。ヲ級、覚えてる限りの事を話してみろ」

「協力シテクレルノカ?」

「あぁ、やってみようじゃないか」

「アリガトウ、提督、ウレシイ」

また抱きつこうとするヲ級のマントをくいっと響が引っ張った。

「ウッ」

「じゃあ早速教えてくれるかな!」

「響ガイジワルヲスル」

「教えてくれるかな!」

「ワ、ワカッタ」

 

それから1時間ほど、一生懸命目を瞑って思い出した事を話すヲ級と、メモを取る夕張の姿があった。

提督と響はちゃぶ台で隣同士に座り、茶を啜っていた。

「響さんや」

「なんだいお父さんや」

「見つかるかねえ」

「解んないけど、見つかるといいな」

「だな」

「提督」

「ん?」

「さっきヲ級をぎゅーってしたでしょ?」

「ヲ級がぎゅーっとしてきただけだが?」

「私もぎゅーっとして」

「なんでやねん」

「さぁ早く」

「よく解らんが・・・」

子供をあやすように背中をぽんぽんと叩く提督。

「えへへへ」

と、デレ顔になる響。そこに夕張の不満げな声が飛んできた。

「あのねえ二人とも!私一人メモ取るの大変なんだけど!」

「だって夕張さん」

「何よ?」

「データ解析独り占めだよ?」

「・・・そっか!」

すぐにヲ級と話を再開する夕張を見て、響は思った。

弱点の研究は大事だな、と。

 

ヲ級は覚えてる限りのネタを話し終えた。

夕張は2日後にもう1度来る様にヲ級に伝えた。

「2日あれば候補を提示できると思うから!」

「解ッタ。ジャア10日ニマタ来ル」

「時間は今くらいで良いかしら?」

「デハ昼頃ト言ウ事デ」

「そうね!」

「アリガトウ」

「お礼はまだ早いわよ」

「イヤ、調ベテクレルダケデ嬉シイ」

「よっし!夕張さん頑張っちゃうぞ!」

ヲ級は提督達のほうを向いた。

あんな目尻の下がった響って、レアかもしれない。

でも、とヲ級は思った。

なんか、なんとなく面白くない。

てくてくと提督の背後に行くと、提督を後ろからぎゅっと抱きしめた。

「ん?ヲ級さんか?」

「ソウダ。話ガ終ワッタ」

「そうか。夕張は優秀だし、見つかると良いな」

「ウン。仲間ヲ一目見タラ成仏出来ソウナ気ガスル」

「そうか。寂しくなるな」

「寂シクナル?」

「ああ。折角仲良くなれたのだからな」

「・・・本当ニ、変ワッタ提督ダ」

「そうだな」

「・・・・。ジャア、今日ハ帰ル」

「次は10日の昼だったな」

「ソウダ」

「またな」

「ウン、マタネ」

「夕張」

「なーに?」

「どうだ、ヒントになりそうな話はあったか?」

「鎮守府の特徴で幾つかあったけど、写真解析が必要ね」

「解った。見つけたら間宮羊羹1本だ」

「超頑張ります!」

「じゃ、島に帰ろうか」

「おう!」

 

これが初仕事とは、まだ3人とも知る由も無かったのである。

 




作者「いやー、前編後編、如何だったでしょうか?」
響「だから筆が滑っただけでしょ?」


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file29:(ネタバレあり)摩耶と天龍の放課後講座

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~イエーイ!」

 

「と、いうわけで突如決まったこの企画だけど、天龍、なんだこれ?」

「ええとな、作者がフリーダム過ぎるからネタバレ覚悟で話を整理するって事。尻ぬぐいだな」

「事情ぶっちゃけすぎだろ」

「仲間同士の共通認識には解りやすい言葉にするのが大事だって加賀が言ってたぜ?」

「いや、読者の皆様は続き楽しみにしてるんだからネタバレは・・」

「そこは考えてあるぜ!」

「どうすんだ?」

「今回は3月の話しかしない。だから今迄出た話以上のネタは出ない!」

「なるほどな。」

「あと、作者が「ナイショだけど、3月分しか整理出来てないからこれで頼む」って言ってた!」

「・・・・おっ、おま・・」

「そうだ!摩耶」

「何だよ?」

「何で放課後講座なんだ?」

「それがさー、作者に聞いたらな」

「おう」

「作者いわく「イメージ的に学生として補習受けてそうな二人といえばお前達だっ!」って良い笑顔で言われた」

「ちゃんとぶっ放したか?」

「モチ!20.3cm2発ぶち込んどいたぜ!」

「さすが摩耶だな!」

「おう!」

「じゃあとっとと始めるぜ!あ、今までの話を読んでない奴はここまでだ!天龍様とのお約束だぜっ!」

「ネタバレはつまんねぇからなっ!」

 

 

 

 

-----------(CM)-----------

 

 塩で髪が傷むとお悩みの艦娘の皆様に朗報です!

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「確かに塩で髪痛むんだよな。半値ならお買い得だよなっ!」

「だけど摩耶、H2Oって確か水・・・ムグググ!」

「さぁ本編始めるぜ!」

 

-----------(CM終わり)-----------

 

 

 

 

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~わっほーい!」

「さぁ再開!再開ですよ!」

「んーH2Oが倍ってことは・・」

「天龍!オンエア!マイク入ってる!」

「おおすまねぇ」

「まったく危ねぇなぁ。始めるぜ?」

 

「事の始まりは提督が俺達の所に赴任した時点、てことだよな」

「だな。確か6年くらい前だ」

「秘書艦は叢雲だっけ?」

「作者ロリコン疑惑の理由だよな」

「他にも色々あるけどな!」

「んで、最も育ててた第1艦隊を進軍判断ミスで4年前に沈めちまう」

「正確には全滅じゃなく、帰還した艦娘が2隻居るんだよな」

「だな。あ、作者メモで「6隻はバラさないでくださいお願いします」って書いてある」

「何となくバレてる気もするけどな。」

「とりあえず可哀想だからそっとしといてやろう」

「うん。で、そっから提督は「守る戦い方」を研究する」

「急に1ヶ月ヒッキーになったから、文月、不知火とかの事務方が出来たんだよな」

「長門が諸問題の差配をしてたよな」

「だから妖精達から「大番頭」って言われるようになる」

「ピッタリだな」

「本人は嫌がってるようだけどな」

「で、帰って来た提督は軍事訓練を始める」

「提督は一方的な指示じゃなくて、基本だけ教えて細かい事は艦娘達に考えさせたよな」

「俺は座学嫌いだから良かったけどな」

「アタシは地獄だった。浸水傾斜修理中に雷巡艦隊遭遇とかどんなムリゲーだよと思った」

「俺は最初デカイの持ってたんだけど、訓練後は10cm高射砲を選んじまった」

「取り回しやすく、バラけずに当たり、壊れにくく、弾が一杯持てて、空と海に撃てて軽い奴が欲しい」

「でもそんなの無いし、どーすりゃ良いんだって提督と艦娘が口論したり大ゲンカしたよな」

「摩耶が本当に提督をのしちまった時はびっくりしたけどな」

「あっ、あれは避けると思ったのに真ん中に入っちまったんだよ」

「提督の部屋でつきっきりで看病したんだって?隠れ提督ラバーって噂もあるよな」

「・・テメェ、摩耶様を怒らせたな」

「つっ!次行くぜ次!時間押してんだから」

「くそっ、後で工廠裏な」

「で、で、訓練が成果に繋がってきた頃、余所からチクられたんだよな」

「そう。チート武器使ってんじゃねぇかとかな」

「こちとら装甲強化してタービンか缶持って、武器1スロしか入れてねぇってのに」

「あれこれいっても仕方ないから熟練妖精回せって提督が言ったんだよな」

「だな。皆の技術レベルが上がる方が良いだろって」

「お人よしだよな」

「まぁな。で、出撃も演習も減らしたから資材が溢れ始めた」

「丁度その時、大本営の大和の部隊が討伐に出て、中破しちゃったんだよな」

「大和は大本営のアタマだから破損したまま帰るのはマズイって事で、うちに緊急帰港した」

「で、熟練工がちゃっちゃと直して資材もうちが払ったよな」

「後で感謝状が来たらしいけど、紙一枚貰ってもな」

「そのおかげで大和と長門は仲良くなり、提督と中将の信頼も出来た」

「はずだった、だよな」

「うん。で、ある時から調査隊の奴が、提督が北方海域出撃をさせてない事にイチャモンつける」

「提督は鎮守府海域と南方の一部まで出撃海域を増やすけど、後はシカトした」

「正確には提督トラウマすぎて出せなかったんだけどな」

「そうこうしてるうちに、昨年の秋口ぐらいから、ついに中将までせっつくようになる」

「提督の表情がどんどん暗くなっていったよな」

「中将は信じてたのにっていう感じだったよな」

「でもって、3月28日に呼び出されて、ソロル岩礁への異動を言い渡される」

「アタシらは陰で「ソロル死刑場」って呼んでたからな。赤城が泣いたのも無理はねぇ」

「メシの後に長門と赤城から聞いた時はフザケンナって思ったぜ」

「そのまま言ってたじゃん」

「アタシはストレートなんだよ」

「ま、解る。俺もアタマにきたからな」

「で、この辺りから一気に話が動く」

「まず、長門が珍しく悪巧みするんだよな」

「あぁ、鎮守府全部をコピってソロル本島に作ろうって言い出した」

「だから鎮守府の資材を使わずに、装備と艦娘を作るしかねぇってなった」

「その為に3月29日の朝、通信棟で工作して2つの手段を作った。」

「1つは任務娘にクエストを偽装工作させ、遠征で得た結果を大半パクッた」

「もう1つは良い装備を加賀が他の鎮守府に裏取引交渉した」

「遠征は3月29日と3月30日昼の2回行った」

「裏取引は3月29日と3月30日の真夜中の2回行った」

「工廠へは3月29日の昼間に作った土管水路を経由して、伊19と伊58が交替で搬入した」

「搬入順は3月29日遠征分、3月29日裏取引分、3月30日遠征分だ」

「装備や艦船開発はそこに強い艦娘が交替で当たった」

「在庫から裏取引した分も補充したんだけどな」

「3月30日裏取引分はソロルに置いた」

「それで当面アタシらのライフラインは確保されるはずだった」

「でも、30日の裏取引を深海棲艦が邪魔しやがった」

「そこで、事務方が陸軍と交渉して資材を吐き出させた」

「裏帳簿持ってたなんて初めて知ったけどな」

「文月や加賀の知恵には叶わねぇよ」

「で、事務方が陸軍に出させた資材をソロルに放り込んでライフライン確保ってわけだ」

「大本営が隊長疑ったのは響の処遇を巡ってだった」

「そうだな。さすがにあの発言なら気付くだろ」

「中将が慌てて大和に本気で調査と護衛を相談し、五十鈴さん達を派遣させた」

「31日の昼は艦娘達は全力で荷造りしてた。さりげなくクエストはブッチした」

「扶桑の2回目の名演技だったよな」

「あれは提督じゃなくてもダマされるだろ」

「提督といえば、提督の送別会は鳳翔さんのファインプレーのおかげでギリギリ準備できたよな」

「アタシだって気づいたんだぜっ?」

「だな。おかげで食堂を準備できた」

「へっへーん」

「エビフライ旨かったか?」

「なっ、何っ!?」

「アンタの皿だけエビフライ山盛りだったってのは皆知ってるよ」

「ちっ・・・う、旨かったぜ」

「まぁ良いんじゃね?鳳翔の荷造りの駄賃だろ?」

「うん」

「で、提督をびーびー泣かせた後、五十鈴達に提督任せて、31日夜中にアタシらも引っ越した訳だ」

「可愛いかったよな提督」

「よっぽどドッキリでしたーって言ってやろうかと思ったんだけどな」

「意外に皆マジだから言えなかった」

「てか、お前も「私達の願いです!」って叫んでたじゃねぇか」

「良いんだよ、うっ、うっせーな」

 

「って事で、大まかな流れはこんな感じだ」

「あ、作者から伝言があったんだ」

「何?」

「1つ目:「コメント嬉しいです。でもネタバレ書きそうなので返事出来ずごめんなさい」」

「まぁ作者は一番最後まで知ってるからな。」

「2つ目:「時間軸解りにくくてごめんなさい。並行せざるを得なかったんです」」

「それは作者の技術不足だよな」

「3つ目:「お気に入りとかUAとか評価とか予想以上でビビってます。温かい目で見てくれると嬉しいです」」

「処女作でこの状況はマジ嬉しいよな」

「今回の企画も何とかコメントに応えたくて必死に考えたらしい」

「小心者だからな」

「裏では「検証したらネタが矛盾してるーこの先どうしよー」って悶えてるらしい」

「自業自得だな」

「まぁ、今回は実にチキンで気の小さい作者だってのが解ってもらえたら良いんじゃね?」

「そこがポイントなのか?」

「最後にアタシから!」

「なんだよ?」

「アタシら二人は落ちこぼれじゃねぇ!」

「おっ!良い事言った!そうだそうだ!」

 




作者「タイムシートってこれでいいの?」
摩耶「とりあえず黙っとけ。これが精一杯なんだろ?」
作者「うん」


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file30:夕張ノ情報

4月9日明け方 ソロル本島

 

「いやっふぇーい!見つけたあ!」

丑三つ時も過ぎた明け方に、夕張は喜びの声を上げた。

とはいえ、それまで目を皿のようにしてデータを調べていた為、喜びの声はいささか不思議な音として発された。

簡単に言えば疲れすぎて呂律が回ってないのである。

両腕を弱々しくあげたが、そのままバタンと突っ伏して寝てしまった。

いいや、起きてから行こ。

 

 

4月9日昼前 ソロル本島

「おひゃようごじゃいまひゅー」

「ぎゃああああああ!」

「?」

ここは提督の家、訪ねてきた夕張を見て叫び声をあげたのは勿論提督である。

響が口をパカパカ開けて声にならない叫びをあげながら、手鏡を渡す。

 

「なんですかーもー・・・」

鏡を見て自分の顔にきっちりとキーボードの跡がついてるのに気付いた夕張は、

「あー、まぁいいやー」

と、大して気にしてない様子だった。

「提督、それより見つけたんですよ、鎮守府を」

「へ?ヲ級の言ってた鎮守府か?」

「そうです。割と近所です。ギリギリ日帰りの距離かなー」

「本当か!」

「記憶当時からは艦娘も増減してるでしょうけど、建物は間違いないと思います」

「こんな短時間で見つけるとは素晴らしい!さすが夕張さん!」

「いやぁ、データのおかげですよ、データの!」

「これはボーナスの上乗せをせねばならん。響!」

「なに?」

「間宮羊羹を2本買ってきなさい」

「皆で食べるの?」

「じゃあ3本買ってきなさい。2本は夕張用だ。ほら、お金あげるから」

「え?2本!やった!やったああああ!」

「私が湯を沸かしておく。行っておいで」

「はーい」

響はとてとてと間宮の店に向かった。

 

「美味しいわー生き返るわー」

「まったく、朝ごはんも食べてなかったのか?」

「だって、さっきまで寝てましたもの~」

「(もぐもぐもぐ)」

「美味しいか?響」

「(もぐもぐもぐ)」

「一心不乱に食べている・・・そんなに気に入ったか。」

「(もぐもぐもぐ)」

「しかし、これで明日ヲ級に良い知らせを持って行けるな」

「提督」

「なんだい夕張」

「ヲ級ちゃん、鎮守府見たら成仏しちゃうかな?」

「んー、望んでない形でこの世に居るのは辛かろうが」

「ちょっと寂しいよね」

「せっかく仲良くなったし、まあ、否定はしない」

「提督、ヲ級ちゃんが良いって言ったら一緒に行って良い?」

「・・・・データ取りたいんだな」

「ぎくっ!」

「・・まぁ、ヲ級が良いと言ったらな」

「やった!」

「(もぐもぐもぐ)」

「あれ?私の羊羹・・・が・・・」

「(もぐもぐもぐ)」

「響!おまっ!私の羊羹食ったな!」

「(もぐもぐもぐ)」

「ひーびーきー!お仕置きじゃあ!」

提督の羊羹を口に押し込みながら逃げ回る響。

両手をワキワキさせながら追いかける提督。

二人の様子を夕張は茶を飲みながらぽへーっと見ていた。

眠い。やる事やったし、羊羹貰ったし、今日もオフだからまた寝よう。

そのまま夕張は、その場ですとんと横になると、安らかな寝息を立て始めた。

 

 

4月10日昼 ソロル岩礁

 

「ヲ級ちゃんまだかなー」

「んー?そのうち来るだろう」

小屋の傍に夕張、響、そして提督がいる。

出発前は昼ご飯の時間には早かったので、カップラーメンにお湯を注いで待っていた。

浜辺に座る3人。岩に乗せられた3つのラーメン。

あと3分。

響は既に箸と、最後に乗せる海苔を両手に持っていた。

醤油ラーメンは私が頂く。

 

チリリン。

タイマーが鳴る。

「頂きまーす!」

3人で手を合わせると、蓋をベリベリと開いた。

ほわっ。

醤油、塩、そしてカレーの暴力的かつ美味しそうな匂いが風に乗る。

ずっ!ズズッ!ズゾゾゾゾー!

「うまっ!海を見ながら食べるラーメンは旨い!旨いぞ!」

「この、濃い味と匂いが堪らないですね!」

「うむ!うむ!」

一心不乱に食す3人の先の海原に、一塊の影が現れた。

3人はまるで気づいていない。

すすすすっと寄ってくる影。

 

スープを飲み始めた夕張のまん前に。

ザバアアアアア!

「きゃーーーーーーー!」

 

「ご、ごめん。ホントごめんなさい」

「ヒック、ウッ、ヒドイヨ」

「い、いきなり真正面に出てきたからビックリしちゃって」

「驚カセテ、スマナイ」

「しかし、御一行様とは思わなかったな」

 

皆様御想像の通り一団はヲ級であったが、ヲ級と親しくしているイ級が2体ほど付いて来たのである。

そして最初に浮上したイ級に、夕張が驚いて手放したカップが落下し、イ級全体がカレーだらけになってしまったのだ。

そう。先程泣いてたのはこの可哀想なイ級である。

「デモ、オイシソウナ匂ヒダナ」

「響」

「なに?」

「カレーラーメン、まだあったっけ?」

「各種沢山あるよ」

「じゃあ、食べてけ」

「ハ?」

 

チリリン。

再びタイマーが鳴る。

正座して待つヲ級達3人(?)の目に期待の色が満ちる。

「さぁ召し上がれ」

「イタダキマス」

箸は持ちにくかろうということでフォークを渡すあたりが響の優しさである。

「ヲ!コレハ、ウマイ!」

「!」

「!!」

しかし、ヲ級はともかく、イ級は器用に食べるなあと夕張は思った。

兵装に遠隔動画カメラ付けてて良かった。

提督といると貴重なデータが得られるわね。

価値があるかどうか知らないけど。

データどこに取っておこう。沢山確保しとこうっと。

 

 




提督です。

夕張と話してたら、羊羹を響に食われました。

提督です。

お仕置きの為に響を追い回してたら、加賀に「変態!」とぶたれました。

提督です。

加賀にぶたれた頬をさすりながら歩いていたら、青葉に
「ついに提督、ハレンチな事をしでかしたんですね、一言お願いします」
と冤罪をかけられました。

提督です。
提督です。
提督です。

・・・・・・。

ふんだ。間宮羊羹買ってくるもん。


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file31:工廠長ノ夕日

 

4月9日夕刻 ソロル本島

 

「んー、工廠長はどこかいな、と」

鳳翔の店を出た提督は、サクサクと砂を踏みながら港に向かって歩いていた。

丁度太陽が沈む時間だ。話をするなら絶好の時間だろう。

「おっ、居た居た」

工廠長は港近くの洞窟で基礎工事を進めていた。

周囲には妖精の姿も見える。

作業の邪魔をしてはいけない。

提督は近くの岩場に腰をかけて、作業が終わるまで待っていた。

「ふぅ。お前達、ありがとう。今日はこれで終りにしようかの」

工廠長は妖精達を労った。

工廠長は一人で鎮守府の建設作業を始めたのだが、程なく妖精達が手伝い始めた。

早く済ませて皆で遊ぼうという妖精達の提案に、工廠長は涙した。

うちの子達は優しい。極悪オーダーを承認したどこぞの提督とは大違いだ。

作業が終わったのを見計らうと、提督は工廠長に声をかけた

「工廠長!」

工廠長はびくっとした。悪口を言った途端に現れおったわい。

「艦娘や装備開発、そして鎮守府建設の件、本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」

「提督。上に立つ者、そう簡単に礼を言うものではないぞい」

「簡単な事ではないよ。ほら、ささやかだが手土産だ」

「ん?」

「中トロの炙り握りと日本酒。好きだろ?」

「や、や、覚えてたのか。鳳翔の店のだな?」

「勿論」

「ふむ。夕飯代わりにつまむか。相手をせい」

「それじゃ、一献」

 

「くぁーっ!旨い!仕事の後は淡麗辛口に限るのう!」

「さすが鳳翔さん、良く冷えてる」

「炙りトロも旨いなあ。久しぶりじゃよ」

「ま、もう一杯」

「おっとっとっとっと・・ありがとう。それじゃご返杯」

「どうもどうも」

 

「・・・・で?」

「で、とは?」

「これだけ飲ませて食わせたのだ、何かあるんじゃろ?」

「さすが、お見通しか」

「ふ。言うてみい」

「夕張の事なんだがな」

「ん、データ好きの子じゃったな」

「そのデータの事なんだが、かなりの量を持ってるんだよ」

「ほう」

「そのデータが、今回頼まれた事で凄く役に立った」

「何を頼まれたんじゃ」

「簡単に言うと、深海棲艦の成仏だ」

「成仏?」

「あぁ。戦いたくないが思いだけが残ってるという深海棲艦が居る」

「ほう?」

「どれくらい居るかは見えてないが、1人2人ではない」

「うむ」

「その一人がな、生まれ故郷の鎮守府を一目見たいと泣いたのだ」

「ふむ。ま、飲め」

「おっと、ありがとう。でな、深海棲艦は記憶がかなり欠けている」

「ほう」

「だから途切れ途切れのヒントしかなく、特定は無理と思ったのだが」

「夕張の嬢ちゃんが見つけたって訳かの」

「そうだ。ん、注ごう」

「ありがとう。ふーむ、データも役に立つもんじゃの」

「そうなんだが、今、夕張は膨大なデータを個人で管理している」

「そうか」

「だが、個人では限界がある。そこで、だ」

「鎮守府の設計図にそういう部屋を追加したい、そういう事かの?」

「そうだ。出来れば敵の攻撃にも耐えられるように」

「なるほど」

「どうだろうか?」

「今、資材備蓄庫と入渠ドックをこの洞穴に作ろうとしているんじゃが」

「ああ」

「両方の特性的に重量物を扱うから、造りは堅牢じゃ」

「だろうね」

「あと、洞窟には外に続く細い横穴があってな、文月の嬢ちゃんが欲しがってる陸軍との交渉部屋もそこに置く予定じゃよ」

「海から直接行き来出来るほうが何かと便利だろうからな」

「そういうことだ。ただ、部屋を確保しても、横穴と洞穴の間には空きがあるんじゃよ」

「洞穴側から入る事になるが、頑丈さは保障済って事か」

「察しが良いな。その通りじゃ」

「良いんじゃないかな」

「形は細長いが、広さ的には教室位あるぞい」

「それならそこそこデータを持っておけるね。じゃあ電源と、通信機を置いてあげてくれ」

「データ保管庫というより研究所という感じじゃな」

「そうだ。多分夕張は」

「そこで寝泊りする、じゃな」

「ご名答」

「解った。お手洗いや簡易給湯施設も用意しておこうかの」

「そりゃ喜ぶな。レイアウトは任せる。ただ」

「大荷物が入るように、じゃな」

「その通りだ」

「解った。やっておこう」

「ありがとう」

「だから、簡単に礼を言うなというに」

「心しておくよ。あ、酒の残りは飲んでおいてくれ」

「半分以上残ってるぞい?」

提督は片目を瞑ると手を振りながら去っていった。

全く、ちゃんとフォローするからあの提督は憎めない。

さて、設計図に書き足しておくかの。

 

 




お寿司食べたいです。
相当口にしてないです。

炙りトロー
うー


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file32:文殊ノ知恵

4月10日昼 ソロル岩礁

 

ラーメンを食べ終えた3人と3体は、それぞれ満足気に腹を撫でていた。

「満腹満腹~」

「ヲ~」

提督がヲ級に振り返った。

「そうだ、ヲ級さんや」

「?」

「夕張が良い知らせを持ってきたぞ」

「!」

夕張が写真を取り出す。

「ねぇ、この3枚の写真の中で、貴方の記憶にある所は無い?」

ヲ級がパッと1枚を手に取る。

「コ!コレ!・・・・コレ!」

「やっぱり!それが一番特徴があってたのよ!」

「ウゥ・・・私ノ家・・・・司令官・・・」

「ヲ級ちゃん?」

「ウゥゥ・・・グスッ・・・ヒック」

泣き出してしまったヲ級をイ級が囲む。

「ヲ級・・ヨカッタネ」

「ヲ級・・・行ッテ来ナヨ。一目見タカッタンダロ?」

ヲ級は嗚咽していた。

おろおろしている様子のイ級達の間をぬって、提督がヲ級の隣に座った。

ヲ級が提督にしがみついて本格的に泣き出す。

「見つけたかった故郷だもんな。大丈夫。連れてってあげるから」

「ウー」

「よしよし。たっぷり泣くといい」

「提督ゥ・・・ウッウッ」

響はヲ級とイ級を見ていた。なんか姉妹みたいだ。

深海棲艦にも絆があるのだろうか?

 

 

4月10日夕刻 ソロル岩礁

 

ヲ級が落ち着くまでしばらくかかったが、ようやく顔を上げたヲ級は

「スマナイケド、連レテ行ッテクレナイカ?一目、コノ目デ見タイ」

と、言った。

提督が夕張の方を向いた。

「夕張、何時ぐらいに出れば日中に帰ってこられる?」

「んー、余裕を見れば日の出と共に出た方が良いわ。それなりに距離があるよ」

「案内は可能だな?」

「もっちろん!」

「だ、そうだ。どうするヲ級。いつなら1日余裕がある?」

「明日、行ク」

「・・・そうだな。一刻も早く行きたいよな」

「ウン」

提督はインカムに話しかけた。

「加賀」

「はい、聞こえています」

「知恵を貸してくれ」

「なんでしょう?」

「この子達と、その鎮守府に行きたいが」

「航路上の安全確保手段はどうする、長門の説得をやってくれ、今夜小屋に泊まりたい、後は何?」

「お主はエスパーかね」

「やり取りを聞いてればそれくらい容易く導き出せます」

「あと、すまないが明日の夕張の当番があれば振り替えを」

「承知しました」

「礼は鳳翔の店の牛ステーキで良いかな?」

「提督。お礼なんて結構です。財布が破綻してしまいますよ」

「私は気持ち的には全艦娘に何か礼をしたい位なんだがなあ」

「もう頂いてますよ」

「何を?」

「ご自分で考えてください」

「えー」

「さて、解決法ですが、航路安全確保は赤城に行ってもらいましょう。」

「うむ。正規空母が居れば先行捜索も出来るしな」

「長門の説得はそれを言えば良いでしょう。赤城への依頼も含めて私が言っておきます」

「頼む。私より上手そうだ」

「でも、小屋は・・・さすがに賛成しかねますね。安全が保障出来ません」

提督はヲ級を振り返った。

「なあヲ級さんや」

「ナンダ?」

「今夜、私達がこの小屋に泊まっても他の深海棲艦から襲われないかな?」

「DMZニ指定スレバ良イ」

「DMZ?」

「De Militarized Zone。非武装地帯。ソコデ、戦闘ヲ、シテハイケナイ場所」

「そんな指定が可能なのか?」

「私ハ一応Flagshipデ艦隊旗艦。指定権限ハ、持ッテル」

「そうなのか」

ヲ級が人差し指を自分の唇に当て、ウィンクした。

「内緒ネ」

「解った。内緒だ」

「ジャア、チョット待ッテ」

ヲ級はコポコポと潜ると、ソロル本島と岩礁近海をぐるっと回りながら何かをしていた。

戻ってきたヲ級は満足気に頷いた。

「DMZ指定ガ終ワッタ」

「どうなるんだ?」

「簡単ニ言ウト、深海棲艦ニダケ、戦闘禁止ノサインガ見エル」

「イ級ちゃん、見える?」

響と遊んでいたイ級がこくこくとうなづく。どうやら本当のようだ。

「コレデ安全。大丈夫」

「だ、そうだ。私はヲ級を信じるが、加賀、どうだろう?」

ふぅと溜息を吐く音がインカム越しに聞こえ、ややあってから

「仕方ないですね。長門には上手く説明しておきます」

と、答えがあった。

「ありがとう、加賀。」

「あ、あの、提督」

「ん?」

「帰ってきたら、あ、頭をなでなでしてください」

「気に入ったか。いいよ、約束だ」

「それでは長門のところに行って来ます」

「頼んだ」

インカムを外すと、提督が言った。

「さぁ皆、狭いが入ってくれ。夕飯を作ろう」

イ級が声を上げた

「カレー!カレー!」

「はっはっは。カレー気に入ったか。よし、じゃあカレーにしよう」

「ワーイ!」

 

ぞろぞろと皆が小屋に入っていった。

程なく、明るく優しい光と、楽しげな声が小屋から漏れ始めた。

 




インドカレー美味しいデス。


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file33:部隊ノ命名

4月4日昼 ソロル本島

 

「ふーむ」

自室で古鷹の相談を聞いた長門は天井を睨んだ。

確かに、そうだ。

「あのね長門、新しい子達との役割分担はどうすれば良いかな?」

これが古鷹からの相談だった。

当初の計画では異動を主目的に考えており、4月1日に皆揃おうという所までしか考えていなかった。

後輩達は脱出劇で特に自らを導いた古鷹を大変慕っているので、相談したのだろう。

現在は自主的に食堂の配膳といった手伝いをしているが、先輩が班毎にきちんと動いている事に比べると手持ち無沙汰の感があった。

自主性は役割があり、評価されなければ続かない。いつまでも頼るのは危険だ。

「古鷹」

「なに?」

「あの子達は新入りであり、仲間だ。いずれは戦力として戦ってもらうが、今、どう教育を進めていくべきだろう?」

「鎮守府が出来てないから敷地内射撃演習とかをしようにも設備がないの」

「うむ。」

「また、これまでは新入生は一度に1名とか2名だったから既存班で面倒を見られたけど、今度はそうも行かないよね」

「そうだな」

「ただ、集会場はあるし、机とかの備品なら妖精さんに頼めば作ってくれそうな気はする」

「確かに」

「だからまずは、集会場で座学が出来るくらいの机と椅子、黒板とかを作ってもらえないかな」

「それがあれば我々の打ち合わせにも使えるな」

「うん。会議にも使えると思う」

「なるほど、それは工廠長と相談してみよう。他には?」

「現在の私達の班当番には新しい子達との接点がないの」

「それはそうだな」

「だから、講師役っていう当番を入れるのはどうかな?」

「ほう。それは面白いな」

「人前で話すのは苦手な子も居ると思うけど、その時は他の班員が助けてあげればいいと思う」

「ふむ。一人ではないからな」

「あと、新入りの子達も班を作ってあげたほうがいいと思う」

「そうだな。今はとりあえず友達同士で固まってる感じだからな」

「うん。運営方法は今までの班編成のやり方で良いと思う」

「だが、編成は難しいな。いつまでも新入り組と既存組が分かれてるのも問題だが、今は戦力が違いすぎる」

「そうね。いきなり混ぜて実戦とかになったら可哀想ね」

「うーむ。この辺は先生に聞いてくるか」

「先生?」

「提督だ」

 

「難しい問題を持ってきたなあ、長門」

「そうであろう?さすがに難しくて一人で答えを出すのは不安だったのだ」

「うーーーん」

ここは提督の家である。

「基本的に古鷹の案は妥当だ」

「そうだな」

「問題はいつ、どう馴染ませるか、だ」

「うむ」

「長門」

「うん?」

「今も班の人数は適正か?」

「そうだな、自然と決まった数だが、6隻というのは艦隊の最大数でもあるし、意思疎通の塩梅も良いんだ」

「とすると、それが倍増するのは困るな」

「そうだな」

「なるほど」

「実力上、我々は実務部隊、新入りは訓練部隊とし、それぞれ班を持つ形でも良い気はする」

「だが、それに慣れると訓練してればいいという慢心につながる」

「うむ。新入りは訓練を始めればあっという間にLVも上がる。不貞腐れる新入りも出てこよう」

「それでいうと、部隊名は特に慎重に名づけるべきだぞ、長門」

「どういうことだ?」

「たとえば、そうだな。長門。」

「なんだ?」

「お前は第2部隊だ」

「・・・・・」

「なんか、第1部隊に比べて、という感じがしないか?」

「そうだな。言われて解った」

「だから序列を思い起こさせるような言葉はつけないほうが良い」

「先輩後輩もか」

「そうだな。部隊名には止めた方が良い。班名は123でも良いがな」

「今もそうだからな」

「あの数字は序列というよりこの当番が1班、というような割当の意味合いが認識されているからな」

「逆に言うと、新入り達にはそれを説明しないといけないな」

「よく気がついたな。その通りだ」

「ふふふ」

「何を各班にやってもらうか、いつから教育かは別として、部隊名と班編成は速やかにやろう」

「うむ」

「長門は部隊名に良いアイデアはあるか?」

「・・・そういうのは苦手なのだ」

「響は?」

「ずっと使うなら、簡単で、皆が知ってて、良い印象のある名前が良いよね。」

「ほほう。良い事を言ったな。」

「えへへ」

「で、具体的には何かあるか?」

「羊羹とか大福とかカレーとか」

「お前は赤城か」

「えー」

 

ヘックション!

赤城は盛大にくしゃみをした。冷えたのでしょうか。昼は鍋物にしましょう。

 

「んー、提督、ダメだ。思いつかん」

「羊羹部隊、ダメかなー」

「・・それはイヤだ響。なんか美味しく食われそうだ」

「そっか」

「・・・そうだ」

「なんだ?提督」

「星座はどうだ?」

「正座?」

「座るな。星のほうだ」

「北極部隊とか寒そうだよ」

「南極部隊とか別の意味に取りそうだ」

「どういう意味かじっくり詳しく聞こうじゃないか長門」

「ひざを乗り出すな。セクハラで訴えてやる」

「セクハラになりそうな事を想像したんだな」

「変態提督と呼んでやろう」

「ムッツリ長門と返すべきか?違う。星座だ。山羊座とか乙女座とかしし座とかあるだろう?」

「・・・・。」

「なんだ二人とも」

「提督がまともな事を言った」

「隕石が降って来るのか?警戒態勢を最大に引き上げなければ」

がくりと提督は頭を垂れた。私はどう見られているのだ?こんなに日々真面目にやってるのに。

「でも、それは良いな」

「悪いイメージはないし、序列関係もないし、覚えやすい」

「何と何にする?」

「待て、星座一覧があったはずだ」

3人で星座一覧表を眺めていく。

「強そうなのが良いな。獅子部隊とか良いではないか」

「死につながりそうじゃないか?」

「う」

「てんびん部隊とか?」

「なんだか棒手振りの魚売りみたいだな」

「むー」

「ペガサス部隊!」

「おお!それいいな!」

「1つ決まりだな。後は・・・・」

「羅針盤・・部隊・・」

「振り回されそうじゃないか?」

「うん・・・却下だね」

「ネタとして言ってみたかっただけなんだ」

「解る」

「もう1つはペガサスと似ていない言葉がいいかもな」

「無線とか考えると、そうだな」

「スコーピオン部隊!」

「なにそれ格好良い」

「よし!ペガサスとスコーピオンで良いだろう!」

「そのうち、ペガサス・スコーピオンの紅白戦とか出来るようになると良いな」

「艦隊決戦か!胸が熱いな!」

「教育の詳細は長門と古鷹で出来そうか?」

「困ったら相談に来る」

「それで良い」

「では、早速伝えてくる。ありがとう、提督よ」

「いつでもおいで。待ってるよ」

「ああ!」

元気よく駆けていく長門を、提督はにこにこと見送った。

 




「あのね、作者さん」
「何ですか古鷹さん」
「ほのぼの回はあって良いと思うのだけど」
「はい」
「思考プロセスをそのままストーリーにするのは、あまり何度も使っちゃダメよ」
「ぎくっ!」
「作者さんのアタマの程度が知れ渡っちゃいますからね」
「スイマセン」
「よしよし」


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file34:星ノ光

4月10日夜 ソロル岩礁

 

「ハフハフハフ」

「ラーメンも良いけどカレーはライスよね!」

「響はまた一心不乱に・・ってお代わりか?」

「じゃがいも多めでお願いするよ」

「ハイハイ」

「ヲ級に給仕させるな!お客様なんだぞ!」

「構ワナイ」

小屋では提督特製カレーの夕餉が進んでいた。

「大人数なんだし、たっぷり作るか」

と、小屋に入るなり鍋2つ分も材料を茹で始めた時は皆心配そうな面持ちで見ていた。

しかし、ぐつぐつ煮込んで嵩が減り、スパイスが香り立つ頃になると腹の虫の大合唱となる。

そして提督の読み通り、既に1つ目の鍋は綺麗に無くなっていた。

提督がおやっと思ったのは、ヲ級がイ級達より食べていない事だ。

「なあヲ級さんや」

「ナンダ?」

「カレーは苦手だったか?辛すぎたか?」

「イヤ?美味シク頂イテイルガ?」

「あくまで相対論だが、食べてないかなと思ってな」

「アァ・・ソレハ・・」

ヲ級がスプーンを置くと、言葉を続けた。

「明日ノ事ガ、心配デナ」

「そっか、そっちか」

「ウン」

「どんな事を心配している?」

「マズハ仲間達ダ。一人デモ居ルダロウカ」

「そうか、司令官は戦死したと聞いてるんだよな」

「ウン」

「夕張」

「なーに?」

「明日行く鎮守府の司令官の名前とか艦娘の状況とかは解らんか?」

「ごめんなさい。大本営の異動情報は探したけど、妙なのよ」

「妙?」

「そう。たとえば同一人物らしき司令官が何箇所にも居たりする」

「は?」

「この岩礁が鎮守府扱いになってるのは理由がわかってるけど」

「まぁな」

「そして、鎮守府状況データでもおかしな事がある」

「なんだ?」

「元の鎮守府が正常となってるの。大規模攻撃が全く無かった事にされてる」

「・・・。」

「これも意図は解るけどね」

「まぁ、あれが知られたら」

「司令官のなり手は居なくなる」

「だな」

「つまり、この辺りのデータ精度は全く信用できないのよ」

ヲ級が顔を上げた。

「大規模攻撃ッテ、何ダ?」

「そうか、聞いてないか。私達が元居た鎮守府が、深海棲艦の大規模な攻撃で焼失したんだ」

「エ?」

「兵装や資材、建物等は跡形もなくなってしまったよ」

「・・・。」

「あ、いや、ヲ級達を責める気はないよ」

「・・・ソンナ事ニ、ナッテタノニ、頼ミヲ聞イテクレタノカ?」

「ヲ級とは関係ないからなあ」

「ア、ダカラ、小屋ヲ留守ニシテタリ、他ノ深海棲艦ノ攻撃ヲ気ニシテタンダナ」

「そういう事になる」

「ソウカ。ゴメン」

「なにが?」

「私ハ、翌日カラ、ズット毎日来テイタ」

「小屋にか?」

「ウン。デモ、ズット、留守ダッタカラ、嫌ワレタト思ッテタ」

「それはすまなかった」

「ウウン。解ッタシ、私達ノ誰カガヤッタノナラ、謝ル」

そう言うとヲ級は深く頭を下げた。イ級達も慌てて倣う。

「いや、いいよ。ヲ級、顔を上げて」

「アト、ココニ指定シタDMZハ、解除デキナイ一番強イヤツ。安心シテ」

「ありがとう」

「・・・提督ハ、誰ガヤッタカ、知リタイカ?」

「むしろ会いたいな。」

「首謀者トカ?」

「そう。私が居る鎮守府と解って攻撃したのなら、思い当たるのは1つしかないんだ」

「以前言ッテイタ、沈メテシマッタ仲間ノ事カ?」

「そう。あの子達全員か、その一人かは解らないけれど、そこまで恨んでたんだな、と」

「・・・」

「私の差配ミスのせいで、今も苦しんでるのなら謝りたい」

「・・・」

「そして、怒りが収まらないなら、討たれても良いと思うんだ。他の艦娘が傷つく前に」

「ダメダ!」

「・・ヲ級?」

「ダメダ!提督ハ、討タレタラダメダ!」

「ええと、どうして?」

「提督ガ、スベキ事ハ、ソノ娘ノ怨念ヲ、取ッテアゲルコト。」

「・・・。」

「討ッテモ、怨念ハ消エナイ。ムシロ、好キダッタ頃ノ思念ト板バサミデ余計苦シム」

「じゃあ、その子は今頃・・・」

「モット、苦シンデルハズ」

「・・・・。」

「提督」

「なんだい?」

「大変ダト思ウケド、助ケテアゲテ」

「・・・・・。」

「ソノ子ニ成仏シテ欲シイシ、提督ニモ幸セニナッテホシイ」

「ヲ級・・」

「私ハ提督ノ事、大好キダカラ」

 

ちゃぶ台を囲んでいた、ヲ級を除く全員が一斉にヲ級を見た。

 

「式ニハ呼ンデクダサイ」

「ちょっと待て!お父さんはワシのムコだ!許しません!」

「響、言ってる事が支離滅裂で訳解らないよ?」

「いいわーいいわー、深海棲艦の恋!聞いた事無いデータだわー」

「青葉みたいだぞ夕張」

「やめて。あ、ヲ級ちゃん!」

「ナ、ナンダ?」

「提督のどこが好きなの?」

「!」

「真っ赤になっちゃってぇ!かっわいいんだ~」

「~~~~!!!」

提督は思った。ヲ級がのの字を書いて恥らう姿、ちょっと可愛いかもしれない。

いや、決してうちの子達はタフでそういう姿を見せてくれないから寂しいとか言うんじゃない。

・・・。

ごめん自分に嘘つきました、寂しいです。おしとやかキャラ渇望してます。

「ヲ級」

「ナ、ナンダ?」

「もし、元の艦娘に戻れたら、うちの鎮守府においで」

「イイノカ?」

「多分、何とかなる。来てくれたら嬉しいな」

「ズット、傍カラ離レナイゾ?」

「秘書艦になるか?楽しみにしてるよ」

「・・・。」

 

ぎゅっ。

提督が自分のお腹を見ると、小さい腕が回されている。

響が背後から抱きついていた。

「だぁめ」

提督の肩越しに、響とヲ級の目線が交錯し、火花が散る。

その時、インカムから声がした。

「響さん」

「何?加賀さん」

「ヲ級さんも入会なら、年会費1296コインですとお伝えください」

「あのさ、加賀」

「なんですか提督」

「それ、何の話?」

「響さん、伝えましたよ」

「え?ちょっと?加賀さん?加賀さん?」

響がヲ級に向いて言った。

「まずはクラブに入会する事。年会費1296コインです」

「フム。ナルホド。釣リ銭ハアルカ?」

「あります」

えー、なんか関係ありそうなのに蚊帳の外に置かれてる気が・・・

というかヲ級、随分とレトロな財布だな。ガマ口じゃないか。

仕方なく後片付けを始める提督。

「なんか釈然としないけど、残りのカレーは朝食に・・・あれ?」

鍋が2つとも空っぽだった。

そして、台所の床でイ級が1体倒れている。なんか一回り大きくなってる。

「ヲ級さん・・あの・・・」

「アッ!全部食ベタノカ?」

「キュー」

「ソリャ苦シイニ決マッテル!」

「キュー」

「ソリャ、海底デハ食ベラレナイガ、体ヲ壊シテシマウゾ・・・」

提督と響はヲ級とイ級のやりとりに、赤城と加賀の毎晩の漫才を重ねていた。

介抱するのは決まって加賀である。

「響さんや」

「なんだい父さんや」

「どこにでも食いしん坊は居るんだなあ。」

「うん。でもこれは予想の上だった」

「だな」

「動けないほど食べるなんて、赤城さんの専売特許だと思ってたんだけどな」

 

 

「ヘックシッ!ヘックション!」

「あら赤城さん、風邪ですか?」

「うー、甘酒飲んできます~」

「一斗樽ごと飲んではダメですよ」

「そこまで飲みませんよ!隼鷹じゃあるまいし」

「間宮さんに怒られたの、お忘れですか?」

「あ」

「気をつけて。ちゃんと温めて飲むんですよ」

「はあい」

全く、手のかかる友人です。でも、大切な友です。

そうか、風邪引いたのなら明日は私が行くべきでしょうか?

 

空では満天の星達が、優しく輝いていた。

 

 




ヲ級ちゃんはアイドルです。異議は認めません。

那珂「・・・・・。」


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file35:司令官ノ憂鬱

4月11日昼時 2115鎮守府近海

 

「北上すると寒いね!寒い!」

提督はぶるっと身震いした。

ヲ級の記憶にあった鎮守府は2115鎮守府という名前であり、提督の鎮守府よりも遙かに北に位置していた。

春とはいえ、寒いのである。

北、という方角に提督は拭えぬトラウマから来る震えもあるが、それを隠すのに寒さは都合が良かった。

「傍から見れば世にも珍妙な艦隊、ですよね」

と、赤城が言った。

赤城・夕張・響はともかく、ヲ級とイ級2隻が混ざった艦隊なんて聞いた事が無い。

「でも、提督らしいよね」

響のセリフにうなづく面々と、どういう意味だと問い返す提督。

「鎮守府近海、到着です!」

夕張がえっへんと胸を張る。

「誘導ありがとう夕張。さて、まずは間違いないかい、ヲ級さんや」

ヲ級が目を細める。

「記憶ヨリ古クナッテルケド、間違イナイ」

「そう、か。まずは関門クリアだな」

「この後はどうなさるのですか?提督」

赤城が振り向く。

「そうだな、まずは私が挨拶に行って、要件を切り出せそうか聞いてくるよ」

「随伴艦は?」

「響、良いかな?」

「了解」

「赤城はいつでも発艦出来る体制に。夕張は近海索敵。ヲ級達は隠れてなさい」

夕張が手を上げる。

「はい提督!」

「ん?」

「新開発の機械使っても良いですか?」

提督の目が一気に疑い深い物になる。

「何?」

「深海棲艦の反応信号を消す妨害電波装置」

「恐ろしい物を持ってんなおい」

「作ってみました!」

「まったく・・・良いよ。使ってみなさい」

「わあい」

夕張が瞬間的に珍妙な物を開発する癖は止まらない。

うちの艦娘にとってはもはや「常識」だった。

 

「司令官!」

「んもー、なにー?」

「起きなさい!別の鎮守府から来た船が寄港するのよ!」

「もう良い、これ以上トラブル抱えたくない」

「アタシ達まで変にみられるのよ!ほら!ちゃんと起きる!」

司令官が秘書艦の叢雲から叱られていた。

2115鎮守府自体は割と古くからあるのだが、司令官は最近着任したのだった。

そして、着任早々から今に至るまで胃の痛い思いを重ねてきた為、すっかり戦意を失っていたのである。

 

コン、コン、コン。

 

「失礼します。ソロル泊地の鎮守府から・・・」

提督は絶句した。司令官はうつ伏せで死んでるのか?

響は思った。提督とこの司令官は似て非なるものだ。

ユルい雰囲気は似てるけど、空気が違う。

 

「あ、ほんとにいらしたんですね」

「どういう意味です?」

「いえ、すみません。この鎮守府を訪ねてくる人なんてほとんど居なくて」

「顔色が悪いですね。何かお困りの事でもあるのですか?」

「ああ、どうぞおかけください。叢雲、お茶を用意して」

「もうお持ちしてます。さ、こちらへどうぞ」

「ありがとう。叢雲さんは働き者ですね。」

「司令官がもう少し働いてくれると良いのだけど、ね」

叢雲がジト目で見つめた。

 

「ほう。古くから居る艦娘が指示を受けてくれない、と」

「ええ、ずーっと海ばかり見ていて話を聞いてくれんのです」

「なるほど」

「ですから私は言ったんです。明日、近代化改修に使うと」

 

近代化改修。

ある船から装甲や装備を外し、別の船に取り付ける事を指す。

取り付けられる方は強化だが、外される方は船としての機能を失う。

従って、外される側の船霊たる艦娘は3つの選択肢から選ぶことになる。

1つ目は転属。船霊から人間に生まれ変わり、人として生きていく事を指す。

2つ目は帰属。船霊のまま海原に戻り、いつかLv1の艦娘として拾われるのを待つ。

3つ目は昇天。船霊としての存在を捨て、成仏して天に帰る事を指す。

ほとんどの艦娘は2を選ぶが、厭戦的になった艦娘は3を選ぶ。

ちなみに1を取る艦娘の中には提督とケッコンカッコガチをする為というケースも極僅かにはある。

しかし大抵は、人間としての生活に興味を持ったからという動機である。

極僅かです。大事な事なので2度言いました。

「ちょっと、その子と話をして良いですか」

提督は言った。

「どうぞご自由に。返事をしてくれる保証はしませんが」

司令官は諦め顔で言った。

 

「こんにちは、飛龍さん」

提督は真面目に寒さに震えながら、海辺に居る飛龍に声をかけた。

傍らの響は涼しい顔である。

「どなた、でしょうか?」

「私は、うぅさむっ!ソロル泊地から来た提督なのですが、聞きたい事があってね」

「私にですか?」

「うん。この鎮守府に以前、蒼龍さんが居たのを知ってるかな?」

 

途端に飛龍の目が敵意に満ち、弓を向けた。

反射的に響が12.7cmを構える。

 

「響!待て!戦闘するつもりはない!」

「提督に弓を向けてるんだ!これは当然だ!」

「こっちまで喧嘩腰になったらダメだ!蒼龍の願いが叶わなくなる!」

「・・・え?」

「飛龍さん、私達は蒼龍の願いでここに来ているんだ」

「あの子、の?」

「そう。蒼龍がどうなったか知ってるんだな?」

「あの子は、調査隊に騙されて、売られたのよ!」

「それなら多分間違いない。」

「多分てどういう事?!」

「蒼龍は、その後、ヲ級にされた」

「え・・・」

「その時、記憶を一部失ってしまった」

「・・・・」

「ヲ級になった彼女が願ったのは、この鎮守府を一目見て、仲間に会いたいという事だ」

「蒼龍、ちゃん・・・・」

「かといって、ヲ級がいきなりここに来たら大パニックになる」

「・・・そうね」

「だから私達が、知っている仲間はいないかと探しに来たんだ」

「それなら」

「なんだい?」

「私が、最後の一人よ」

 

しん、と、場が静まり返った。

正規空母を擁する部隊であれば、それなりに艦娘が充実しているはずだ。

それなのに最後の一人とはどういう事だ?

 

「前の司令官の元で、私達は戦っていたわ」

飛龍が弓を納め、ぽつぽつと語りだした。

「でも、調査隊の奴らが上納金を要求してきた。」

「カツカツの運営だった司令官は勿論即答で断った」

「でも、ある日司令官は謹慎の名目でソロル送りになった」

「私達は全員で大本営に行って無実だって訴えたけど聞いてくれなかった」

「異動したその日に司令官は生身で深海棲艦と交戦になり、亡くなったと聞いた」

「すぐ後に、調査隊がやってきた。」

「私達を品定めして、転売か、貸し出しかを決めていった」

飛龍は溢れる涙も拭わずに話し続けた。

「私は貸し出しの方になり、各地を転々とした。補給も修理も満足にされず酷い扱いをうけた」

「それでも終わればここに帰れると思ったから、頑張った」

「私は帰ってきた。けれど、他の子達は帰って来なかった」

「新しい司令官にも言ったけど、話を信じてくれなかった」

「だから私はずっと、ずっと、ずっと待ってた。誰かが帰ってくると信じて。」

「入れ違いになったら嫌だから遠征にも演習にも戦闘にも出なかった。」

「でも、今日まで誰も帰って来なかった!誰一人として!」

そして、くるりと提督の方を向いた。

「今日で私はお役御免で消される。何これ?ドッキリ?騙されないわ。騙されないわよ!」

「飛龍」

「なによっ!」

「蒼龍と話をしてほしい。蒼龍はヲ級の姿をしているが、怖がらないでやってほしい」

「それでソロルに行って深海棲艦から一斉砲撃でもされるの?のこのこついてくと思う?」

「すぐそこだ。まっすぐ前に、赤城が見えるかい?」

「・・・・」

「この鎮守府を探して、6隻で来た。話に出たヲ級と、付いて来たイ級2隻を含めての6隻だ」

「・・・・」

「いきなり来た人間を信じろというのは酷な話だ。しかし、本当の事なんだ」

「・・・・」

「君の司令官には私が話をつける。頼む、少しだけ話をしてやってくれ」

「・・・本当でなかったら、刺し違えてでも海底に引きずり込むわよ」

「それで良い。がっかりはさせない」

「・・・待ってる」

「よし」

 

「あぁ、もう全然問題ありません。むしろそのまま引き取って頂けませんか?」

司令官は救いの神が現れたような晴れ晴れとした顔で言った。

提督は少しムカっとしたので、つい言ってしまった。

「ほう、良いのですか?」

「どうせ近代化改修でも一悶着あるに決まってる。うんざりだ。大本営には解体したと報告しときます」

「解りました。ではありがたく!」

カツカツカツと勢いよく鎮守府を出てきた提督と響に、飛龍はおやっと思った。

「飛龍っ!」

「は、はい?」

「今日から、いや、今から君は私の娘だ!」

「は?」

「まずはヲ級と話をする!行くぞ!こんな場所とはおさらばだ!」

「え?え?司令官は何て言ったの?」

「引き取れというから私が貰い受けた!」

「え、でも、明日近代化改修・・・」

「ナシだ!うちの鎮守府に迎える!私と来い!」

「え、は、はい・・・」

つい返事しちゃったけど、どういうこと?

何で提督と響はこんなに怒ってるの?

怒ってたの私なんだけど・・・

 

「赤城!夕張!」

「提督、おかえりなさい・・・どうしたんです?そんなプリプリ怒っちゃって」

「提督の変顔頂きです!」

「あのなぁ・・・まぁいい。ヲ級は?」

「イ級達と潜ってるよ。ちょっと待ってね」

そういうと、夕張は水面に向かって信号光を送った。

程なく、ブクブクと気泡が立ち、ヲ級達が姿を現した。

 

「ヒ・・飛龍・・・」

「ヲ級・・蒼龍、なの?」

「ソウダ。少シダケド、飛龍、覚エテイル」

「蒼龍、ちゃん・・・」

「ソウダ。飛龍ハイツモ、チャン付ケダッタ」

 

ヲ級と飛龍が涙を流しながらぎゅっと抱き合うのに、さほど時間はかからなかった。

提督はその姿を見て思った。

やはり、艦娘は仲間だ。

兵器が互いを懐かしんで涙を流すものか。

 

 





昨日別の流れで書いたのですが、アップ直前に嫌になって捨てました。
丸ごと差し替えです。
ちょっと長めです。


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file36:ヲ級ノ最後

4月11日午後 海原

 

「ハ?」

ヲ級が呆れ返った声を出した。

「イクラナンデモ、勢イデ言イ過ギダ」

「だって」

「ダッテ、ジャナイ」

たしなめられた相手は勿論提督である。

ヲ級といつまでも鎮守府の前で話すのも危ないという事で、ひとまず皆でソロルに帰る事にしたのである。

「飛龍ヲ、助ケテクレタ事ハ、礼ヲ言ウケド、モウ少シ、思慮ヲシテダナ」

「考えてる間に近代化改修されちゃうじゃないか」

「デハ、加賀ヤ長門ニ何ト言ウンダ」

「うっ」

 

飛龍は小声で響に聞いた。

「あのね、響ちゃん」

「何?」

「蒼龍ちゃ・・ヲ級ちゃんと提督って、どういう関係なの?」

 

響は少し沈黙した。ある結論が頭にあったが答えたくなかった。

 

「ヲ級はね」

「うん」

「・・・・ファンクラブ会員です」

「は?」

「提督ファンクラブの会員です」

「・・・えっと?」

「提督は神経毒です」

「へ?」

「触れてると徐々に麻痺してきます」

「・・・えっと」

「気が付くと会員です」

「なにそれ怖い」

「年会費1296コインです」

「払わないわよ!?」

「・・・私も、そう思ってた時があったんだ」

「何で遠い目してるの響ちゃん」

「オジサン趣味は無いと思ってたのに。クールキャラで売ってたのに」

「響ちゃん?どうしたの?」

「いつの間にか夫婦漫才だの夫を尻に敷いたロリ妻だの言われて」

「帰ってきて!そっちはダメな気がするわ!」

虚ろな目をする響を必死に揺さぶる飛龍。

赤城はにこにこ見ていた。

きっと、飛龍さんも仲良くなれます。

それに、会員が増えれば事務方に年度予算折衝で増額要求できます!

両手でぐっとこぶしを握った。

目指せ!厚切りステーキランチ食べ放題!

 

 

4月11日夕方 ソロル本島近海

 

「オー帰ってきたヨー」

「何で提督カタコトなんです?ヲ級のマネ?」

「シナクテイイ」

「提督、お腹がすきました。今夜は大盛りでお願いします!」

「提督、今日の動画保存して良いですよね!」

「羊羹と、なでなで成分が不足してる」

「ラーメン!ラーメン!」

「カレー!カレー!」

 

飛龍はごしごしと目をこすった。

木組みのログハウスが並んでる島しか見えないわ・・景色は良いけど。

リゾート地?鎮守府どこ?

あと、イ級とかヲ級とかと艦娘が馴染みすぎだ。

更に、皆が島をぐるりとまわりこみ、小さな岩礁の小さな小屋に皆が上がっていく。

飛龍の目は点になった。

あの小屋が鎮守府なの?あれなの?

 

「いやー、疲れただろう。皆よくやった。遠征お疲れっ!」

「提督、お茶が飲みたいです!」

「淹れてやろう。茶葉を入れて煮込めば良いんだよな?」

「止めてください死んでしまいます。私がやりますから」

「羊羹!」

「ここにはありません」

「えー」

「なっ、ないよ?無いですよ?」

「ジトー」

「響。疑いの目で見るのは良くないなあ。それに口でジトーとか言うな」

「ねえ赤城さん」

「なんでしょう?」

「どこにあるか解る?間宮羊羹」

「答えていいですか提督?」

「何で解るの!?」

「だ、そうです。あるみたいですよ」

「ぐっ!謀ったな!」

「お茶と羊羹、早く」

「私のお楽しみが」

「いいからはよ」

「こっ、こら赤城!一本丸ごと食べようとするな!」

「え?これ、一口羊羹ではないのですか?」

「そんなレンガブロックのような一口羊羹があるか!皆で分けるの!」

「はい、解りました!」

「あ、全部切り分けた・・・未開封だったのに」

 

「んー、羊羹美味しい!」

「(もぐもぐもぐ)」

「あら?提督、どうしてそんなに急いで召し上がってるんです?」

「(もぐもぐもぐ)」

「響ちゃん、凄い形相で食べてるわね。ハンターの目よね」

キラリン!

「こっ!これは私の羊羹よっ!渡さないわっ!」

「イ級、羊羹ヲ死守」

「食ベ終ワッタカラ問題ナイ」

「早イナ」

キラリン!

「ヤ、ヤメロ!私ノ最後ノ一切レ」

ヒュッ!

「フッ(モグモグ)、100年早イワ」

「くっ!」

「響、そろそろ諦めなさい」

「再戦を要求します!」

「もう本当にない!」

「買ってきてください!」

「いい加減にしないと私だって怒るぞ」

「うー」

「そんなあ」

「赤城まで残念そうな声を出さないでくれ。お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

 

飛龍はこのドタバタを静かに眺めていた。

今までの鎮守府ではありえない光景だ。

なるほど。神経毒、ね。

お財布に幾らあったかな。

 

 

4月11日夜 ソロル岩礁

 

ドタバタの後、夕食も終わり。

小屋の中にはまったりとした気だるい雰囲気が漂っていた。

「そうだ、飛龍さんや」

「なんですか?提督さん」

「提督、で良いよ。えっと、近代化改修のマニュアルはある?」

「え、ああ、持ってきちゃいました」

「貸してくれる?」

「はい」

「提督、どうするの?」

「いや、解らんが、近代化改修しなくても成仏出来んかとな」

「そっか」

「というかヲ級、今の時点でどうしたい?」

「ドウ、トハ?」

「成仏したいか、人間になるか、LV1で戻るか選べるなら」

ヲ級は目を閉じて考え始めた。

「・・・・。」

しばらくして、顔を上げると

「人間ニナッタラ、蒼龍ノ姿ニナルノカナ?」

「解らん」

「コノママ人間ニナルノハ、嫌ダナ」

「まぁ兵装は外れると思うけど」

「肌ガ白スギル」

「否定はしない」

「・・・提督」

「ん?」

「コノママ居タラ、邪魔カ?」

「全然」

「ソウ・・・アレ?」

皆が一斉に、ヲ級を見た。

 

ヲ級が、徐々に強い光に包まれていく。

 

「お、おい!大丈夫か?」

「ナンカ、暖カイ、眠イ」

「ヲ級!ヲ級!返事しろ!突然すぎるぞ!」

「提・・督・・」

「なんだ!」

「アリガ・・とう・・」

 

光が見ていられないほどの強さになった後、ふいに消えた。

提督を始め、皆、目を開けられずにいた。

成仏したんだね、良かったね。皆がそう思った。

「ヲ級・・・」

「蒼龍ちゃん・・・」

「良カッタネ。元気デネ」

「うっうっ、ヲ級ちゃん」

「折角仲良くなれたのに・・残念です・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えーと、あの」

聞きなれない声がした。

皆が目を開けてみると、もじもじと床にのの字を書いている蒼龍が居た。

「・・・蒼龍?蒼龍ちゃん!」

飛龍が飛びついた。

「蒼龍ちゃん!蒼龍ちゃん!蒼龍ちゃん!」

「ひ、飛龍、苦しい。ほんとに・・・成仏しちゃう・・・・」

 

提督は首を傾げていた。

転属なら兵装が外れる筈だが、背負ったままだ。

帰属ならLV1になるはずだが、どう見ても初期装備ではないから高レベルだ。

昇天してたらここにはいない。

深海棲艦にされた場合は、そのまま戻るっていう選択肢があるのか?

でも、どういう条件で戻ったんだ?

鎮守府に居て良いというのが魔法の言葉なのか?聞いた事ない。

私が魔法使い?それならケッコンカッコガチしたい。

でも、飛龍が本当に優しい顔になってる。

蒼龍もうれしそうだ。

そういえば深海棲艦の頃の記憶をどれくらい持っているのだろう。

まぁ、私の事を忘れてたら好きに選ばせてやろう。幸せになってくれ蒼龍よ。

しかし、この二人、か。

運命の神様は、時として残酷だ。

提督は涙を見られまいと目線を外し、夕張が見えてぎょっとなった。

目が星になってる。カメラのレンズが4つは見える。どこからガンマイク出した?

凄い根性だな夕張。転属しても良いカメラマンになれるよ。

ここでは絶対青葉と組ませたくないがな。

ふと赤城を見ると、そっと涙ぐんでいた。空腹という事は無いだろう。

響が心配そうに赤城に寄り添っている。

そろそろ艦娘は艦娘の所に、かな。

 

ふと、蒼龍が口を開いた。

「響ちゃん!ヲ級から蒼龍になったけど会員資格は有効だよね!」

「あ、ええと、多分大丈夫」

「提督っ!」

「あ、ああ。なんだ?」

「蒼龍になっちゃったけど、これからも居て良いですか?」

「深海棲艦の頃の記憶もあるのか?」

「みたいです。提督の記憶は特に!」

「それなら飛龍ともども大歓迎しよう」

「嬉しいなあ。ありがとうございますっ!」

飛龍も提督を向いた。

「提督、蒼龍ちゃんを戻してくれてありがとうございます」

「結果的に、だけどな」

「多分、ここでなければ起きなかったと思うんです」

「まぁそうだろうな」

「私も、この小さな鎮守府の為に頑張ります!」

「へ?」

「え?」

「小さな鎮守府って?」

「この小屋、鎮守府じゃないんですか?」

「違います」

「ええっ!」

「そうだな。今日はもう遅いから、明日皆で行こう」

「そんな事言って提督、加賀と長門への言い訳考えてるんでしょ?」

「ソ、ソンナコト、ナイデスヨ?」

「むしろ文月さんかな?」

「文月ハ優シイ子デスヨ?」

「滝のように汗が滴ってますけど?」

「じゃあ上手い理由を考えてくれよ赤城」

「私が加賀さんに勝てる筈がありません!」

「威張るな。じゃあ夕張頑張って」

「あらゆるデータから提督は2発引っぱたかれるという結論になりました」

「そんな解析しなくていい。じゃあ響」

「こんないたいけな美少女に大人の責任を被せるのかい?」

「自分で言うと嘘っぽくなるから止めた方が良いと思うぞ」

「提督っ!」

「なんだ、蒼龍?」

「私、一緒に謝ります!二人で!」

「おぉ、蒼龍は優しいなあ。うっうっ」

ぎゅむっと抱き付いてくる蒼龍の頭を撫でながら、提督は涙ぐんだ。

そうです。

こういう優しいキャラが欲しかったです。

心から歓迎するよ蒼龍さん。

 

ピキッ。

 

場の空気が変わった。むしろ張り詰めた。

「提督、私も一緒に謝ります」

「え?」

「提督っ、私も」

「私も」

「雰囲気的に、皆で謝る流れですよね」

「な、何か解らんが、ありがとう。でもなんで刺々しい空気なんだ?」

蒼龍とイ級を除く全員からキッと睨まれる提督。

「いいから言う通りにするっ!」

「ハイ」

 




幾らググってもケッコンカッコガチの方法が出てきません。
おかしいなあ。


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file37:事務方ノ説得

4月9日朝 ソロル本島

 

「気持ちは解るけど許可出来ないわ。悪いわね」

叢雲は書類に目を通しながら告げた。

ここは長門の部屋であるが、事実上鎮守府の指令室になっていた。

長門が昨夜、事務方に相談して日々の書類や細々した諸事、陳情の裁きを任せる事にしたのだ。

重要な事は長門が出るものの、格段に仕事量が減って長門はほっとしていた。

一方で艦娘達は青ざめていた。

長門は人情派であり基本的に引き受けてくれたが、事務方は公平かつ厳密なルールで対応する。

これは前の鎮守府の運用と全く変わっていないのだが、ここ数日の長門の優しさに慣れた艦娘達には閻魔大王のように映る。

ゆえに艦娘達は涙目で長門に助けを求めるのだが、長門も手を合わせて

「スマン、スマン」

というサインを返すのみなので、とぼとぼと帰っていく。

かくいう長門も昨夜頼みに行った時、文月から

「では、代わりに高LV戦艦さん、空母さん、重巡さんから緊縮策への同意を取り付けてください~」

と笑顔で言われて真っ青になった。

今までは一人当たり平均週に2回はあった実弾演習を、月に1回に減らすという内容だったからだ。

長門は提督の言葉を思い出してたどたどしくも必死に懐柔策を提案したが、

「事務方も危機脱出の為に虎の子の簿外在庫を放出して、やっとの事で運営してるのです。お忘れですか~?」

と、伝家の宝刀で一突き。ぐうの音も出せずに完敗したのである。

色々な意味で艦娘達の浮かれ気分は終わりを告げ、冷酷な現実の気配が頭をもたげ始めていた。

 

長門は叢雲達の裁きをぼうっと眺めながら悩んでいた。

戦艦にしろ空母にしろ重巡にしろ、艦娘達は基本、体を動かすのが好きだ。

深海棲艦を討伐する為、兵装の手入れにも、各種訓練にも余念がない。

その中で最も人気のある実弾演習を月に1度だけなどとそのまま言ったら暴動が起きかねない。

一体どうしたら良いのだ?

「お茶、飲む?」

事務方の一人、敷波がお盆に茶を並べて運んできた。事務方の皆に出すのだろう。

「あぁ、ありがとう。1つ貰う」

「相当悩んでるみたいだね。例の緊縮策でしょ?」

「そうなのだが・・・ん?」

「どうしたの?」

「私は戦艦と空母と重巡を説得するよう言われたのだが、残りはどうなるのだ?」

「文月が説得役が一人じゃ可哀想って言って、不知火がもう1人アテがあるからって返してたよ」

長門は思った。文月の目にも涙、か。

「それは誰なんだ?」

「えっと、確か・・・」

 

同じ頃。

「な、なに!?なぜ私が緊縮策の説得役をしなきゃならないんだ!」

誰も居ない食堂の片隅で飛び上るほど驚く相手に、不知火は眉一つ動かさず続けた。

「誰かが話さねばなりません。それなら信頼の厚い人から言って頂くのが適切です」

「しっ、しかし・・」

「戦艦、空母、重巡の方々は長門さんが説得してくれます」

「な・・なぜ私なんだ?」

「雷巡最高LV保持者であり、艦娘達から人気もあります。私もこんな頼み事は心苦しいのです」

「なら眉の1つも動かしてそういう表情をしてみせろ!あ、姉達の反応を想像してみろ!」

言ってる事が子供っぽいと自覚したのか、木曾は腕組みをして目を逸らしてしまった。

姉、とは球磨と多摩の事だが、血の気の多さと高い実力から、怒らせてはいけない艦娘のトップだった。

木曾は改二まで進化した重雷装巡洋艦だが、それでも姉達の接近戦は脅威だった。

(本作では改の表記をしないので、以後も木曾で通す)

球磨や多摩が怒り狂うと凶悪な鋼鉄の鉤爪を装備する。

さすがに妹である木曾に鉤爪を向ける事はないが、接近戦の訓練も日々行っている。

その為、姉達と取っ組み合いになれば速攻で負けるのはどうしようもない。

頭のまわる大井、異次元の北上、天龍という瞬間湯沸かし器、更に龍田という老獪な策士も居る。

ただ、文月はこれらに理屈で説得すればあらゆる手を使われ、逆に討ち取られてしまうと考えた。

だからこそ真面目で裏表のない木曾に正面突破してもらうのが最適だという結論になった。

そして、不知火がちょうどいいネタがあるからと交渉を引き受けたのである。

しかし、木曾は予想以上に頑なだった。

不知火は小さく息を吐くと、懐から2枚の紙を取り出し、1枚をテーブルの上に見えるように置いた。

「木曾さん、これを」

ちらっとみた木曾の目はそのまま釘付けになった。

それは先日、木曾がまるゆを揺さぶり過ぎて泡を吹かせてしまった写真だったのだ。

「なっ!ちょっ!これはっ!」

「青葉さんのある記事を差し止めた代わりに、エンタメ欄のトップ記事を差し上げる事になりまして」

「やっ!止めてくれ!地の果てまで知れ渡る!しかもエンタメ欄じゃ尾ひれまで付くじゃないか!」

真っ青になる木曾に、不知火はもう1枚を見えないようにかざした。

「木曾さん関連のこの2枚の写真しか事務方には手持ちがないのですよ・・すみません」

「すみませんじゃ全くすみません!もう1枚は何が写ってる!何が写ってる!」

「うふふふふふふ」

木曾は真っ青になった。酸素が足りない。不知火が笑った?死刑宣告じゃないか。

「意地悪ではなく、本当に今は資源が減る一方なのです。説明すれば解ってくれると思うのです」

木曾は目を閉じた。熊さんが今食べているハチミツを取り上げたら無事で済む訳がない。

「・・・・。」

不知火は一旦言葉を切って目を伏せた。押しが足りない。無理だ。

文月ならこの場面で何と言って説得するか?

木曾は目を白黒させていた。姉達は怖い。とても怖い。

潜水艦の子達は仲が良いから聞いてくれそうだけど・・あ、駆逐艦には霞達ドS族がいるじゃないか。

む、叢雲は・・・事務方だ。助けてくれるかな。でも支援艦隊と敵本体の差がありすぎる。

しかし、しかし、青葉のゴシップ広報能力は絶妙な文体と相まって洒落にならない威力がある。

あんな写真を渡されたら青葉は75日24時間密着取材してくるに決まってる。

人の噂は75日どころの騒ぎじゃない。

前門の虎、後門の狼、今居る所は火の海。絶体絶命。どうしたら良い!神様助けて!

「不知火さ~ん、あまり外道な事をしてはいけませんよ~」

木曾がすがるように声の主を見た。文月様!

「あら、外道でしたか。良い方法だと思ったのですが」

「木曾さん、まずはこんな協力をお願いをする事になって申し訳ないのです~」

「あ、あぁ、いや、文月、頭を上げてくれ」

「お気持ちは解りますが、木曾さんが外れると長門さんに全員の説得をお願いする事になります」

「そ、それは・・ムリだ・・・」

「説得が失敗し、補給以上に消費したら、せっかく引っ越したのに・・・」

「・・・・。」

「お父さ・・提督と、楽しく過ごそうとここまで皆で頑張ってきたのに」

「あ・・いや、泣かないでくれ文月」

「今ここで木曾さんに見放されたら、私達は大本営を説得する前に飢え死にしてしまいます。」

「うっ・・・」

「大本営の説得にはどうしても時間がかかります。持ちこたえる為には、これしかないのです」

「い、一時的な・・・もの・・なのか?」

「事務方は最大限短くなるよう、大本営と交渉します!」

不知火は小さくうなづいた。一時的とは一言も言わずに押し切った。嘘は言わない。さすがだ。

「む、むむ・・・ううううう」

文月がぐっと身を乗り出す。

「木曾さん、助けてください。私達を見捨てないでください」

「ぐ」

チェックメイト。不知火は心の中で思った。なんて早さ。さすが文月事務次官。

木曾は涙目になって文月に哀願した。

「ふ、文月」

「なんでしょう?」

「その、解った。引き受ける。引き受けるから写真だけは返してくれ。頼む」

「もちろんです。不知火さん、全部返してあげてください」

「解りました」

不知火は2枚とも渡した。

艦娘の暴露ネタなんて渡す趣味は無い。元より青葉には、うちにはありませんの一言で済ませてある。

この交渉が上手く行けばそれでいい。変な情報は持たないに限る。

木曾は安堵の溜息を吐きつつもう1枚を見た途端、息が引っ込んだ。

そこにはまるで、溺れるまるゆを海に押し込むように見える自分の姿があったからだ。

実際はまるで逆。というよりまるゆは溺れてすらいないのだが。

こっ、これが表に出たら極悪非道と後ろ指を差される。1000kg爆弾級のネタじゃないか。

閻魔揃いの事務方と言われるだけある。恐ろしい。どこを向いても怖すぎる。

「では木曾さん、戦艦・空母・重巡を除く方々に、実弾演習は月1回までと説得をお願いします」

「・・・へ?」

「鎮守府完成までに説得頂ければ良いです。よろしくお願いします~」

「え、つ、月1回?うそ?」

「あ!不知火さん、急ぎの用事で呼びに来たのです。早く戻って来てください」

「解りました。それではよろしくお願いします」

「あ、ああ。いや、え、お?」

パタン。

食堂のドアが閉まるのを、木曾は呆然と見ていたが、我に返ると素で叫んでしまった。

「月に1回なんて、姉ちゃん達に言えるわけないよぉぉぉぉぉ」

木曾の叫びを耳にしながら、不知火は聞いた。

「ところで、急ぎの用事ってなんでしょうか?」

「特にありません。極めて重要な事は去り際にさらっというのが定石です」

「勉強になります」

「不知火さん、頑張っても勇み足はダメです。脅しはいけません。」

「申し訳ありません」

「写真等のネタは他にあるのですか?」

「いえ、ありません」

「ではもう良いです。長門さんと木曾さんから適宜状況を聞いて、最大限手伝いましょう」

「心得ております」

二人はさくさくと砂を踏みしめながら、長門の部屋に向かって歩いていった。

 




文月を敵に回すのと球磨を敵に回すのとどっちが怖いか。
正解は龍・・ひっ!

「死にたい作者はどこかしら~」


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file38:文月ノ思ヒ

4月12日早朝 ソロル本島

 

「さぁ、早く早く!」

まるでコソ泥のようなセリフを言ったのは提督である。

付き従うのは響、夕張、赤城、蒼龍、そして飛龍である。

時を少し戻して。

「私達ハ、帰リマス」

イ級達は出発直前に海へ帰っていった。ただし別れ際、

「マタ、カレー食ベニ来テモ良イ?」

と、おずおずと聞いて来たのは御愛嬌である。

提督は満面の笑みで

「もちろん。また遊びにおいで!」

と返した。実に微笑ましい別れの光景である。

以前と違うのは艦娘達に拒否反応が無いという事だが、確実に提督に毒されてるともいえる。

 

時を戻そう。

なぜ提督はこんな朝早くにコソ泥のように動いているか。

それは、予定外の高レベル正規空母2隻追加という難題をこじれさせない為だ。

正規空母は特に維持費が高い。それも高Lvとなればなおさらである。

補給が来ない以上、先月末に来た資材で何とかしなければならないのは良く解っている。

しかし、提督はどうしてもこの二隻を手放したくなかった。

最も人情話に弱い赤城は既にこちらの味方だ。

あと、人情話が通じるといえば長門である。

島で最初に会い、知恵と力を借りねばならない。

ゆえに、まだほとんどが寝ている早朝を選んだのである。

「はぁ、はぁ、はぁ、はっ」

提督達は長門の家の前に無事着いた。まだ寝てる感じがするが、長門なら気付く。

勝った。

 

「提督だな?・・・早く」

僅かなノックの音に、長門はすぐに出てきた。

そしてただ事でない気配を察すると、すぐに部屋に通した。

しかしぬいぐるみは見当たらない。さすがである。

「提督、凄く会いたかったのだ」

「そりゃ嬉しい。私もだ」

「セリフだけ聞くと色っぽいけど、雰囲気は殺気立ってるね」

「悪かったな響。明かりはつけて良いか?」

「いや、まず話を聞いてくれ」

「解った。何があった」

「先日のヲ級な」

「あぁ」

「蒼龍に戻った」

「は?」

「で、戦友の飛龍と一緒に引き取ってきた」

「え?」

「だから高LV正規空母が2隻増える」

長門の目が点になった。

「どうやってうちの鎮守府に受け入れたら丸く収まるか相談したい。私一人では荷が重い」

「そっ、それは、かなり難しいと思うぞ」

「解ってる」

「い、いや、現状が最悪なのだ」

「どういう事だ?」

「それが私の相談なのだ」

「聞こう」

「事務方から資源消費削減の為、実弾演習を月1にしてくれと言われているのだ」

「ふむ、理由は解るが艦娘達は怒るな」

「だろう?私と木曾にその役が言い渡されたのだが、説得に時間がかかり過ぎている」

「文月の事だ、鎮守府完成までにケリをつけたがるだろうな」

「御名答。さらに事務方が連日のように状況確認に来る。締切過ぎの編集者のようだ」

「良く解る表現だが事務方も心配してるのだろう。鬼みたいに言うのはよしなさい」

「そうはいっても無理な物は無理だ。もう泣きそうだ」

「どれくらい説得した?」

「加賀と赤城、妙高型・高雄型・球磨型の全員と、潜水艦達だ」

「よく球磨多摩を説得したな」

「木曾が1日がかりでお姉ちゃん攻撃を仕掛けて攻め落とし、力尽きた」

「まぁ、そうだろうな」

「てっ、提督・・・私達は・・・私達は満身創痍になるまで頑張ったのだ」

「状況がありありと解るよ。よく耐えたな。2LV位上がったんじゃないか?」

「ありがとう。でも・・・」

長門と提督が声を揃えた。

「どうしよう?」

 

清々しい朝の空気とは裏腹に、重苦しい空気が長門の部屋を支配した。

口を開いたのは提督だった。

「まぁ、そちらの件は私が引き取るよ。さすがに役が違う。可哀想だ」

「ほ、本当か?」

「それに、そういう事は個人別での説得は無理だ。会場が必要だ。集会場は誰が管理している?」

「鎮守府が出来たら事務方の管轄になるが、今はまだ加賀だ。」

「午後からの使用許可を取ってくれるか?」

「今日は使用予定はないだろう。大丈夫だ」

「しかし、何と言って説得するか。怖いなあ」

「提督・・骨は拾う」

「真面目に嫌な予感しかしてないから止めてくれ。洒落にならん」

「うむ。縁起でもなかった。すまない」

「毒食らわばで、蒼龍と飛龍の件も一緒に話すかなあ」

長門がチラリと二人を見た。

「蒼龍、飛龍」

「はい?」

「念の為に聞くが、二人は私達の艦隊に居た事は無いな?」

「ええ、ありませんけど・・」

長門が同情的な目で提督を見た。

「提督、気持ちは解る。この出会いは運命かもな」

「あぁ。絶対にこの鎮守府で大切に面倒を見る」

飛龍と蒼龍は顔を見合わせた。どういう意味だろう?

「長門、もう1つ頼みがある」

「何だ?」

「この子達のお披露目方法が決まるまで匿っておきたい」

「それなら提督の家で待つ方が良かろう。カギをかけてあっても不思議じゃない」

「そうか、それもそうだな」

「では、響、蒼龍、飛龍は長門について家に戻りなさい。外に出ないように」

「解った」

「夕張と赤城は自宅に戻っていい。ただし」

「ナイショ、ですね」

「その通りだ」

「了解です!私は画像解析の為に籠ります!」

「ま・・まぁいいか。長門も私が連絡するまで内緒な。あと、夕張の今日の当番を解除してくれ」

「任せてくれ。お安い御用だ」

次は事務方だ。

 

「お父さん、おはようございます~」

「おはよう文月。朝食後すぐのようで悪かったね」

「お父さんとお話するのはいつでも大歓迎なのです~」

食事の時間が終わって人の居ない食堂で、提督の膝の上にちょこんと座り、頭を撫でられているのは文月である。

向かいには不知火が座っている。この光景、不知火はすっかり慣れっこである。

「文月、岩礁の小屋での一件はどこまで耳にしている?」

「えっとですね~」

文月が目を瞑り、一呼吸置いてから口を開いた。

「ヲ級さんと提督が仲良くなったのと、ヲ級さんは調査隊の野郎に騙されたのと、提督とヲ級さん達が一緒に出かけた事です」

「さすが文月、正確で耳が早い」

「それほどでもないのです~」

光景的には親子の微笑ましい会話だが、「調査隊の野郎」という単語が出る辺り、ちと違う。

提督は構わず続ける。

「それでな、文月」

「?」

「昨晩、そのヲ級が蒼龍に戻った。そして今、私の家で匿っているんだ」

「ふへ?!艦娘に戻したんですか!」

文月がキラキラした目で提督を見る。

「お父さん凄~い!さすがです!」

「ありがとう。そして、蒼龍の戦友で、他の鎮守府で迫害を受けていた飛龍も一緒なんだ」

「迫害?」

「正確には仲間の帰りを待っていたら要らない子扱いされ、解体されかけた」

「迫害です!仲間の帰りを待つのは当然です!」

「そこで、だ。」

「うちで二人の面倒を見るんですね?」

「正式に譲渡は受けたのだが、資材や補給計画がかなり変わる。何とかなるか?」

むーっと言いながら文月は腕組みをする。

「大本営との交渉が長引くと食事制限が出るでしょうが、出来なくはないと思います」

「うちらの新しい仕事の受注という事だな」

「そうです。今は他の鎮守府から艦娘達を招いて合宿や強化演習といった教育機関として売り込むつもりです」

「なるほど」

「それに加えて、人数を要する大きな提案が出来れば、部隊増加分の要求も通せます」

「ふむ」

「とはいえ、そんな都合の良い提案は・・・」

「1つある」

「なんですか?」

「深海棲艦の帰還支援だ」

 

不知火と文月が目を見張った。

 

「な、なるほど。そういう経緯で蒼龍さんに戻ったのですね」

「恐らく調査隊の野郎が売った艦娘は1人や2人ではあるまい。もし戻す方法が定性化出来れば」

「敵は確実に減ります!」

「味方になってくれればより良いけどな。そして、深海棲艦達の願いを叶えるには」

「故郷や戦友を特定する調査要員が必要ですっ!」

「その通りだ文月。月に一人とかの単位なら、それこそ私でも出来るかもしれんが」

「職務とするなら複数人を同時多重並列で受け入れるから、組織としての対応が必要です」

「うむ、そうなる。」

「さすがお父さんです!」

「調査や交渉を任せる者として、蒼龍と飛龍はこれ以上ない適任者だと思う」

「深海棲艦としての記憶もある方と、その戦友さん。その通りです~」

「と、いう筋書きで大本営を丸め込めるものかな?文月」

「これから対応を事務方で検討しますけど、かなり良い案だと思います。あと」

「あと?」

「明後日、中将さん達が訪ねてきた時に話すと良い援護射撃が得られるかもしれません」

「何で来るの?」

不知火が呆れた顔で言った。

「鎮守府の完成式典ですよ、提督・・・」

「なに!?もう明後日か!あ!本当だ!いつの間に!?」

「準備は私が進めてます。ご安心を」

「すまん。助かるよ不知火。本当に」

「なので、その時に中将さんと大和さんと五十鈴さんを説得しちゃいましょう!」

「三人とも来るのか?」

「長門さんがお招きしてくれたのです!」

「そうか。それならそこを足がかりにしよう」

「でも、その交渉方法だと、お父さんに交渉をお願いしなければならないです・・・」

「何を言う。可愛い文月が頑張ってくれてるんだ。私も出来る事はするよ」

「えへへへへ~お父さ~ん」

不知火は嬉しそうに頭を撫でられている文月を見た。

本当に文月は提督の事が好きなのだというのが良く解る。溢れんばかりだ。

これだけ大規模な鎮守府を厳格に、クリーンに、そして公平に動かし続けるのは並大抵の技ではない。

その力の源は、提督への揺るぎない思いなのだな、と。

「というわけで、今日の午後、この鎮守府の艦娘達に緊縮策と蒼龍達を紹介してくる」

「い、一緒に説明してはダメですよ!」

「何故だ?」

「緊縮策はとっても嫌な話です。その嫌な雰囲気が残ったまま紹介したら悪い印象が付きます」

「あ」

「ですからお二人は明後日、中将さん達と合意した後、完成式典で紹介するのが一番です」

「なるほど。盛り上がって明るい場面で紹介するのだな」

「そうですっ!」

「それまではうちの家に居てもらおう」

「それが良いと思います。御飯は運ばせます」

「助かる。ふむ、今日も明後日も責任重大だな。頑張ろう」

「ところで」

「うん?」

「なぜお父さんが緊縮策の説得をするのです?長門さんと木曾さんにお願いしたのですけど」

「二人が力尽きた」

「そ、そんな・・あのお二人でさえ無理だったのですか・・・」

「厳しかったようだよ、文月・・・」

「充分な勝算があったのでお願いしたのですが、後で長門さんと木曾さんに謝ってくるのです・・・」

「私も一緒に行こう」

「え?でもお父さんは」

「私は責任者だ。艦娘の出撃も、遠征も、演習も、事務方がしてくれる事も、全て私が指示した事だよ」

「・・・。」

「だから文月達は思うままやりなさい。間違ったら私が一緒に頭を下げるから」

「お父さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「良いよ文月。いつも本当に苦労をかけているのは知っている。ありがとう。」

「お父さん・・」

「不知火も、ずっと文月を支えてくれてありがとう。」

「いえ」

不知火は目線を逸らしながら短く答えたが、頬は少し赤くなっていた。不意打ちは卑怯です。

 

 




手乗り文月の発売を首を長くして待ってます。
amazonで毎日検索してるのですが、なかなか商品として出てきません。
おかしいなあ。


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file39:窮地ノ克服

4月12日昼前 ソロル本島

 

「ほ、本当、か・・・」

木曾は直前で死刑執行を免れた冤罪人のような顔で提督を見た。

「よく頑張った木曾。そして苦労をかけてすまない。後は私が全部引き受ける」

「て、提督・・・助かっ・・た・・・」

バタンと机に突っ伏す木曾。

「本当にごめんなさい。まさか返り討ちにあうとは思わなかったんです」

文月が頭を下げる。

「いや、引き受けたのは私だし、予想以上に手こずったのは事実だ。上手く出来ず申し訳ない・・」

少し前、外をとぼとぼ歩いていた木曾を見つけ、そのまま集会場に招いたのである。

長門は不知火に頼んで呼びに行かせた。

「話した子達から何と返されたか、教えてくれるか?」

「要約すれば練度が下がる事や怠惰な雰囲気の蔓延を心配する声。後は単純に楽しみが減る不満だ」

「なるほど」

そこに長門と不知火が入ってきた。

「待たせてすまない。もうだいぶ進んでしまったか?」

「いや、大丈夫だ。そっちは説得した子達からどういう事を言われた?」

「基本的には待機が増える不満と、いつまで続くか解らないという不透明さだ」

「もっともだな」

「長門さん、ごめんなさいです。もっと連携出来たらこんな事には」

「いや、こちらも借りを返せず、すまないと思っている」

「長門」

「なんだ?」

「後輩達の教育は何か計画しているか?部隊名だけは決めたが」

「あ!」

「どうした」

「すっかり忘れていた!」

「ふむ。解った。午後一番で皆を集めてくれ」

「だ、大丈夫か?」

「温めていた案を正直に話してみよう。長門、木曾、文月、不知火」

「はい!」

「まずい方向になったら助けてくれ」

「頑張ります!」

 

 

4月12日午後 ソロル本島

 

空気が重く刺々しいな。予想以上だ。

集会場に集まった全艦娘は、不安げな目、怒っている目、諦め顔など、誰もがネガティブな状態だった。

これは確かに二人を紹介してはダメだ。提督は文月の進言に感謝した。

咳払いをすると、提督は切り出した。

「皆、解っていると思うが、鎮守府の資材は現在消費する一方で補充されていない状況だ」

「・・・・」

「かといって私は練度を下げるような真似をしたくないし、より良い形で解決したい」

「・・・・」

「事務方は事実から考えて緊縮策をまとめ、一部の者に説明した。」

「・・・・」

「補給策を確保するまで緊縮策で乗り越えなければならないのは事実だが、まずは謝りたい」

すっと、提督が立ち上がると、頭を下げた。

「我慢を強いる事になり、そして、先の見えない不安を与えた事を詫びる。すまなかった」

艦娘達はざわめいた。

今まで褒めてくれたりする事はあれど、頭を下げられた事は数える位しか無かったからだ。

「な、なあ、提督。頭上げてくれ」

声を上げたのは天龍だった。

「俺達も薄々解っちゃいたんだ。鎮守府に来てた物資補給の定期船もこねぇしさ」

「・・・・。」

「だからその、木曾を責めちまった。」

「・・・・。」

「た、頼む。提督のせいじゃない。皆も解ってる。こっちも悪かった。だから頭は上げてくれ。」

「提督~、天龍ちゃんを困らせないであげて~」

龍田が溜息を吐きながら言う。

「誰かが事実の責めを負っても変わらない。それより今後どうするかが問題。だから呼んだんでしょ~」

「すまない、皆」

「いいかげん頭を上げないと切り落としますよ~」

「上げます」

「さっさと座ってくださいね~」

「座ります」

「それで、当然策はあるのでしょうね~?」

「聞いてくれるかな?」

「とりあえず聞くだけ~」

 

提督が説明したのは以下の事だった。

まず、最初は既存艦娘と新入生で分けて2部隊編成とすること。

次に、既存艦娘には新入生達に知識や技術を指導する当番を設け、座学形式の授業を行う事とする。

緊縮策の為に実弾演習は月1程度に減らすが、その分は授業で埋めるので待機は増えないこと。

提督は続けた。

「今後についてだが、部隊や班は年1回は紅白戦で実力を見たり、希望に応じて組み直しをしたい」

「次に教育だが、班当番制を1年続けた後、希望や推薦で教育班を専従編成する」

「事務方についても業務量が飛躍的に増えるので専従化する。これは近々希望者を募る」

「そして、これは皆にしか伝えない極秘事項だ。内密ということで聞いてほしい」

艦娘達の顔色はだいぶ良くなり、話をちゃんと聞いている。続けていこう。

「元々艦娘だったが売り飛ばされ、戦いたくないのに深海棲艦にされているケースがある」

艦娘達はどよめいた。

「我々から区別はつかないので通常戦闘においては従来通りの対応だが、意志あるものは助けたい」

艦娘達は頷いた。

「そこで、岩礁にある小屋を元の艦娘に戻りたい深海棲艦との窓口にし、調査対応する組織を設ける」

艦娘達は一様に驚いた顔を見せた。

「1隻深海棲艦を艦娘に戻せれば敵は一人減って仲間が一人増え、艦娘は喜び一石二鳥だ」

「調査は場合によって危険な任務となる可能性があるのでLVをある程度絞るが、これも専従で希望制としたい」

「これら専従職は、やってみて辛ければ戦闘部隊に戻れるようにする」

「要するに、戦闘部隊、教育、事務方、そして深海棲艦調査の中から希望する道を選んでほしい」

艦娘達はじっと聞いている。

「これは現段階ではまだ私の腹案に過ぎない」

「前の鎮守府もユニークと言われていたが今度はケタが違う。大本営への交渉も長期化するだろう」

「まずは明後日14日に大本営から中将、大和、五十鈴が来る。そこを皮切りに説得を進めたい」

「その前に、皆に問いたい」

「この案に賛成出来ない者を巻きこむつもりはない。交渉する前に他の鎮守府に異動出来るよう手配する」

「異動先で不利益を被らないよう全力を尽くす。心配しなくていい」

「さ、全員目を瞑ってくれ」

提督は一旦言葉を切り、艦娘達が目を瞑ったのを見届けて続けた。

「異動を希望する者は挙手してくれ。絶対に口外しない。約束する」

しん、と、集会場が静まり返った。

手を上げる者、いや、手を上げようというそぶりをする者も居なかった。

「あー、目を、開けてくれ」

目を開けた艦娘達はニヤニヤしていた。

「なんだ?お前達」

「提督、まだ私達を解ってないなあ」

摩耶が声を上げた。

「そんな面白そうな事をしようってのに、出ていく馬鹿が居る訳ないだろ?」

山城が続けた。

「大胆な事を言うくせにハトが豆鉄砲食らったような顔してるんじゃないわよ」

電が声を上げた。

「戦わずに助けられる方法があるなんて、素敵なのですっ!」

金剛が立ち上がった。

「無茶するテートクは私達がカバーしないとダメデース!最後まで付き合ってあげまショー!」

艦娘達が一斉に「おー!」と声を上げた。

提督は息を吐いた。なんとか収まったようだ。

「・・・わかった。では、古鷹」

「は、はい!」

「すまないが新入生の班編成を頼めるかな?」

「もう案があります!新入生の子達と相談してました!」

「よし、そのまま進めてくれ。次に赤城」

「はい?」

「既存部隊の当番表に講師役を足してくれ。昼間のみ、2班同時位で良いだろう」

「解りました。すぐやっておきますね」

「妙高、那智、足柄、羽黒」

「なんでしょうか?」

「教育内容策定を任せる。まずは今まで新入生に伝えていた事をまとめてくれれば良い」

「うむ、任せておけ。今までの延長だからな」

「それと」

艦娘達が提督を見た。

「誰か明後日の段取りを手伝ってくれ。何とか好印象で上手く船出したいのだ。」

加賀が口を開いた。

「まったく、しょうがないですね。提督」

「うん?」

「この前の報酬をくれたら、相談を受けましょう」

「ああ、なでなで成分の補給だな」

「上手い事を言いますね。そうです」

「よし」

提督が加賀に近寄ると、頭をなでなでし始めた。

「えっ、ちょっ、い、今?あ、う・・・」

「色々ありがとうな、加賀。頼りにしてる」

「・・・・・。」

「テートク・・・」

「ん?」

「時と場所を弁えなさいって、いつも言ってマース!」

「待て金剛!明後日手伝ってくれたら頭なでなでしてやる!」

「ウッ・・・嘘ではナイデスネー?」

「約束だ」

「わーかりましター!手伝いマース!」

「よし、早速だが加賀、このまま打合せで良いか?」

「は、はい。始めましょう」

「顔真っ赤だが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ダイジョブ」

「ほ、ほら、水でも飲みなさい」

「はい・・・」

その後、平静を取り戻した加賀や長門達秘書艦、事務方、そして提督の打ち合わせは夜まで続いた。

 

 




シナリオを整理しつつ本編の推敲もあるので、公開分の5倍くらいキーを打ってます。
だから指が痛くて動かなくなってきました。
1日1話くらいになるかも。かも。


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file40:響ノ涙

4月12日夜 ソロル本島

「嫌だ」

提督は溜息を吐いた。一体どうしたというのだ響よ。

難題だった緊縮策への同意をとりつけ、明後日の大本営対策会議から帰ってきた提督は、響達に言った。

まず、蒼龍と飛龍は明後日の鎮守府完成式の時に紹介する事。それまでこの家に隠れてる事。

食事は文月達が運んでくれる事。

そして、紹介時に併せて、今まで外れていた響も含め、3人を班編成に入れて集団生活に戻る事。

ところが響は集団生活と聞いた途端に頬を膨らませて反対しだしたのである。

「響、艦娘は集団行動が普通で、今までの方が変だったんだ。艦娘同士生活する方が楽しいぞ?」

「ヤダっ!」

「じゃあどうしたいんだ?」

「提督とずっと一緒に居る」

「それは出来ないよ。今の生活を続けたら一人ぼっちになってしまうよ」

「提督が居るもん!」

「響、聞き分けのない事を言わないでくれ・・・」

「ヤ・ダ!ヤダヤダヤダ!」

提督はすっかり弱ってしまった。タイミングとして今回を逃すと本当に孤立してしまう。

しかし、正論を言っても受け付ける雰囲気ではない。一体どうしてしまったのだ?

蒼龍が提督の袖を引っ張った。

「ん?なんだ、蒼龍」

「ちょっと、女の子同士で話をしたいんですけど」

「頼んで良いか?私はどうすればいい?カレーでもつくろうか?」

「お部屋に居てください。明日の朝呼びます」

「そんな長い話なのか!?」

「ええ。それと、何が聞こえても絶対出てこないでくださいね」

「鶴の恩返しみたいだな」

「ふふっ、開けたら居なくなっちゃうかもしれませんよ」

「・・・頼む」

「ご希望に沿うかは解りませんけどね」

「それは凄く困るのだが」

「まぁまぁ、お部屋に行ってくださいな」

「わ、解ったから押すな。お、おい」

パタン。

「提督、内鍵を」

「えっ、そこまで」

「必要です」

ガチャ。

鍵の閉まる音を聞いて頷いた蒼龍は、響を振り返った。

響は窓の外を見ながら、バツの悪そうな顔をしている。

飛龍はお茶を入れる為に、台所に向かった。

「・・・・・。」

響も蒼龍も一言も話さぬまま、時間が過ぎていく。

やがて、シュンシュンというヤカンから湯気が立つ音が聞こえてきた。

急須を用意しながら飛龍は思い出した。蒼龍はよく、後輩の相談に乗っていた事を。

やがて飛龍はお茶を運んできたが、蒼龍と目でコンタクトを取り、やや離れた所に座った。

蒼龍はお茶を啜りながら、優しい顔で静かに響と海を見ていた。

響は一瞬ちらっと蒼龍を見て、帽子を深くかぶり直すと、再び海を睨んだ。

「・・・・わ、解ってる、さ」

お茶がすっかり冷たくなった後、響はついに口を開いた。

「そう?」

「これでも前の鎮守府ではちゃんと働いてたんだ。解ってるさ!」

「アタマとココロは違うんじゃないかな?」

「ぐっ」

蒼龍は響の方を向いて、にこりと笑った。

「ずーっと提督と一緒に居て、それが当たり前だったんでしょ?」

響はコクリと頷いた。蒼龍は続けた。

「それが急に、班に行け~、集団生活しろ~じゃ、びっくりするよね」

コクリ。

「アタマでは解ってる。けれど、びっくりして、寂しかったんだよね」

コクリ。

「実はね、私も寂しいの」

響がそっと蒼龍を見た。響の瞳には涙が一杯溜まっていた。

「蒼龍・・も?」

「そうよ。ヲ級の頃は小屋で楽しく話をして、いつでもぎゅーって抱き付けたもの」

「・・意地悪してごめん」

「そうだっけ?でも皆でカレー食べたり出かけたり、家族みたいで行く度に楽しかった」

コクリ。

「だから私も、本当はイヤなの」

「・・そうか」

「でも、響も困ってるのでしょう?」

「うん。提督が私のせいで困るのは嫌」

「嫌われたくないものね」

「うん」

「私もそう。だから、良い子のふりをして、命令に従うの」

「ふりをして?」

「当たり前じゃない。本当は1日中べったり引っ付いていたいもの」

「そっか」

「そうよ。でもチャンスは狙う」

「チャンス?」

「きっと皆そうよ。頭撫でて貰う為に頑張ったりしてないかしら?」

「あ」

「寂しいから、ファンクラブがあったりするんだと思うしね」

「・・そうか」

「だから、私も提督の言う事は聞いて、ファンクラブに入って、チャンスを狙うの」

「提督は許してくれるかな」

「明日の朝、謝ってさらっと言えば良いと思う。ニブチンさんに少し考えてもらうのも良いじゃない」

響はぐっと身を乗り出した。

「だよね!提督はニブチンだよね!」

「そうよ。とってもニブチンさん。」

「いい加減気付いてよっていうんだ、まったく」

「そうね。同じ男でも、もう少し気付く人だって居ると思うんけどね」

「うん。で、でも、嫌いじゃ、ない」

「私は大好きよ?」

「うっ・・ズルい・・」

「チャンスは逃しません」

「なるほど。そういうことか。勉強になる」

「班編成でどうなるか解らないけど、戦友とか仲間も出来るんじゃないかな」

「電とか雷とか暁を見かけた」

「あ、良いなあ。私は飛龍だけだよ」

飛龍がひょいと顔を向けた。

「ちょっと。飛龍「だけ」ってなによ~」

「ごめんごめん!大切な戦友さん」

「もう、昔からそうやって調子良いんだから」

「ね?響ちゃん。戦友って気持ちを汲んでくれたり、心が通って良いものよ」

「くっ、うまくかわしたわね・・・」

「・・・。解った。ちょっと怖いけど、頑張ってみるよ」

「響ちゃんならきっと大丈夫。頑張って輪の中に入ってみて」

「あ、あの、もしも困ったら」

「いつでも相談に来て。一緒に羊羹食べましょう」

「本当か?」

「ええ、飛龍のおごりで」

がくっと飛龍がコケる様を見て、蒼龍と響はくすくす笑った。

「さ、そろそろ寝ましょうか。一緒に寝る?」

「あ、あの、お願いして良いかな」

「良いわよ。手をつないで寝ましょう!」

「なんだか、恥ずかしい・・な」

 

提督は布団の中で悶々としていた。

響は一体どうしたんだろう?もし部隊編入を嫌がったら何と言えば良い?

私が何かしたのかな。甘やかしすぎたのだろうか。でも一人ぼっちは可哀相だし。

反抗期の娘を持った父親のように悩みながら、いつしか疲れて眠りに落ちていた。

 

 

4月13日夕刻 大本営

 

「中将、出航準備が整いました。」

「五十鈴も大丈夫かな?」

「いつでも準備万全よ!」

「では、出航だ」

「はいっ!」

中将も乗るという事もあり、前回同様「要塞」重巡四隻に囲まれながら大和と五十鈴が出航した。

重巡達は溜息を吐いた。今度は部屋の外で待機しよう。見ざる言わざる聞かざる、だ。

 

「大和、相談があるのだが」

「何でしょう?」

中将にあてがわれた船内の一室で、大和と中将が応接席に腰かけていた。

「その、なんだ。提督との会話の仕方なのだ・・」

「と仰いますと?」

「提督とは通信で会話したのが最後であるが、ソロル送りという極刑を指示した事に変わりは無い」

「もはや極刑ではなくなりましたけどね」

「それは向こうの艦娘達が頑張ったからだ。わしは何もしなかった」

「いいえ、中将は護衛を付けた五十鈴を送りました」

「それはそうだが」

「五十鈴が行ったからこそ長門が口を開き、私も耳にしたから中将に調査隊の一件を提案出来た」

「・・・。」

「提督の潔白は判明してますし、元の鎮守府の大規模攻撃からも避けられました」

「それは結果論だ」

「結果論でも、事実です。」

「では、どうしたらいい?」

「まずはわだかまりを解きましょう。」

「頭を下げるのは何年振りだ?上手く出来るか自信が無い」

「ふふっ。私を提督と思って練習台になさいますか?」

「ううむ」

「それはお任せしますが、その後は中将自ら提示された任務案を示せばよろしいかと思います」

「受け入れてくれるだろうか?」

「提督は艦娘達の今後の処遇について相当気を揉んでいると思います」

「今なら解る気もする」

「中将の任務は艦娘達を最大限活用出来ますし、艦娘達がソロルに異動していた事が役に立ちます」

「・・・。」

「今回は鎮守府の完成祝いという表向きの要件がありますが、次回以降の訪問は難しいです」

「それはそうだ」

「ですから今回、提督との和解、任務の提案と了解を取り付ける事は必須要件です」

「う、うむ」

「わだかまりさえ解けば大丈夫です。今まで中将と提督の間には信頼があったのですから」

「そうだな。怖気づいても得になる事は無いか。よし、大和」

「はい」

「す、すまんが、謝る練習に付き合ってくれんか」

「畏まりました」

 

6隻は静かに夜の海原を進んでいた。

 




いよいよ異動シナリオの大詰めが来ました。
続いていきましょう。



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file41:晴レノ日

4月14日朝 ソロル本島

 

「ひゃー!祭りって感じがしてきたねえ!」

涼風は港から続く道沿いに飾り付けを進めながら、傍らの五月雨に話しかけた。

「そうだねえ。なんかウキウキしてくるよね!」

「今の時点で基礎工事しか終わってなくて、まだ建物が無いってのが信じられないけどな!」

「どんな建物になるんだろうねえ」

 

集会場では、工廠長と提督が話をしていた。

「提督よ、何だかこれじゃ怪しげな祈祷師みたいではないか」

「よ、よく似合ってますよ工廠長。その恰好」

「笑いをかみ殺しながら言ってるのが丸解りだ。提督室だけ屋根無しにするぞ」

「止めてください死んでしまいます」

「まったく。で、中将達を丸め込む作戦は整ったのか?」

「耳が早いですね。まとまってますよ。金剛がはしゃぎ過ぎなのが心配ですが」

 

「ヘーイ霧島!ライスシャワー用意しまショウ!」

「結婚式じゃないんですから。それよりまっすぐか見てくださいよ」

「いっそテートクと結婚しちゃいますカー?」

「だ、だめですお姉様!比叡は、比叡は許しません!」

「冗談デスヨー比叡。泣かない泣かない」

「ふぅ。横断幕、吊りましたよ」

「霧島!GoodJobデス!」

「ありがとうございます」

どんと構える金剛が見上げたその先にある横断幕には

 

 「大歓迎!大本営御一行様!」

 

と、書いてある。

「しかし、鎮守府完成式典って事が書いてないのは・・」

「良いのデス!解りやすいのが一番デス!」

「意図が解りやす過ぎませんかね・・・」

「霧島は・・NOなのですカー・・寂しいデス・・」

「あ、いや、そういう訳では」

「霧島ぁ・・姉様を泣かせたわね・・」

「ひっ!比叡姉さん!ちっ、違います!誤解です!」

「そこになおりたまえ。41cm砲をかまして遣わす」

「日本語が変です!解りました解りました。これでOKです!GOODですぅ!」

「霧島!アリガトネー!」

「・・・金剛姉様が許されるのなら仕方ありません」

一人だけ、他の作業を進めつつ離れた所から見ている者が居た。

・・・榛名、心配です。

 

集会場の中も、飾り付けや食事の用意が進んでいた。

不知火が「こういう時にきちんと用意するのが事務方の手腕の見せ所です」というだけあった。

鳳翔と間宮の店に頼み、立食でつまめる美味しそうな品々と各種甘味が揃えられた。

酒については酒癖の悪い面々が居るという事で、清めの酒だけになった。

隼鷹達がそれを聞いてがっくりと肩を落としたが、鳳翔がくすくす笑いながら

「夜になったら御店に来てくださいね。提督からお金とお許しを頂いてますから」

と耳打ちしたところ、嬉々として準備に戻っていった。

 

提督は加賀達と話していた。

「予定では、午後にはお戻りになるんだったな」

「はい。工廠長の建設後、全員で内部を一回りします。」

「うん」

「その後、他の艦娘達は外で宴を、私と長門と提督は中将達と鎮守府内で打ち合わせます」

「長門」

「なんだ?」

「中将は、我々の行動を聞いて許してくれるだろうか。提案を聞いてくれるだろうか?」

「あ、そうか。提督」

「ん?」

「大和達には根回しは済ませているし、深海棲艦の件も大規模攻撃からの脱出の話も説明してある」

「え、そうなの?」

「うむ。2日に大和を呼んで、すっかり話した。五十鈴にも中将にも伝えてもらっている」

「そう、か」

「大和は救出劇に驚いていたがな」

「あれは災い転じて福となすだったが、お前達だからこそやってのけたのだろうよ」

「ありがとう。ただ」

「ただ?」

「それらに対する中将の反応を聞く時間が無かったのだ」

「充分だ。よくやってくれた、ありがとう長門。」

「直前の報告になってすまない」

「有能な子が居ると助かるよ」

そういうと長門の頭を撫でた。

「あ・・・ありが・・・とう」

加賀は思った。長門さんも提督にかかると借りてきた猫みたいですね。

猫耳・・似合うかも。違う。

「ところで、加賀」

「はい」

「私は出来るだけ中将との和解に全力を尽くす。加賀は逸れそうになったら導いてくれ」

「お任せください。なでなで成分の補給もよろしくお願いします」

「前から不思議に思ってるのだが、それで本当に良いのか?」

「良いのです」

長門はチラッと加賀を見た。

羨ましい。自分はそういう事を言えないのだ。

 

ポーッ!

 

汽笛が鳴り、大和達が入港してきた。

中将達は驚いた。

艦娘達が勢揃いで、浜辺で手を振っていたからだ。

大和は中将に耳打ちした。

「きっと、思いは通じますよ」

「うむ。信じよう、か」

 

島の中央部で始まった鎮守府建設の儀式。

それは凄い光景だった。

大勢の熟練妖精を従えると、自らキリッとした表情で杖をかざす工廠長。

「ムオオオオオオオ!」

掛け声とともに杖を振りおろすと、眩しくも暖かな光に島全体が包まれ、見る間に建物が出来上がっていく。

提督棟、宿泊棟、工廠、資材倉庫、食堂、ドック、売店、果ては妖精達の建物や鳳翔や間宮の店まで。

数分間の出来事だったが、皆の目にしっかりと焼きついていた。

 

「ふぅ、これで良い。完成じゃ」

じわりと汗をかいた工廠長が振り向くと、皆が盛大な拍手を送った。

工廠長は鳴り止まない拍手に真っ赤になって手を振りながら、

「や、その、仕事をしただけだ。よせ、照れる、よせというに」

と、そそくさと集会場に帰っていった。もちろん青葉が後に続いて突入していった。

 

「うわー!うわー!うわああああ!」

「雷、さっきからうわーしか言ってないわよ?」

「凄いのです!凄いのです!凄いのです!」

「電まで・・レディはちっとやそっとじゃ大声をあげ・・・海が見えるベッドおおおお!」

 

「建物は全て平屋なのですね」

大和は五十鈴や中将と共に、提督達について歩いていた。

「ええ、この辺りはハリケーンが通りますから、被害を避けるにはこれが最も簡単なのです」

「実用的な意味だったのね。私はてっきり」

「てっきり?」

「高級ホテルを模したのかと」

「いや、ここ、鎮守府ですから」

「噴水とか置けば良かったのに」

「それじゃまるっきりリゾートホテルじゃないですか」

「迎賓棟はあるのかしら?」

「宿泊棟の一角がそうなっています。もちろんオーシャンビューですよ」

「大和!」

「はい、五十鈴さん」

「今年の夏は決まりね!」

「そうですね!」

「お前、ワシには次に来るのは難しいとか言ったじゃないか・・・」

「中将はお仕事あるでしょ。残念ねー」

「五十鈴、そんな意地悪を言わんでくれ」

「だ、大丈夫です。喫煙可の部屋も用意してあります」

「本当か!いや、誠に重畳!五十鈴!」

「なに?」

「ワシも夏に来るぞ」

「その前に、今日の仕事も含めてちゃんと終わらせなさいよ」

「うっ」

提督と加賀は目線を交わした。向こうも何か話があるようだ。

 

「焼き鳥頂きぃー!」

「あー!涼風ちゃん待ってよー」

窓の外から明るく賑やかな声が漏れ聞こえる。

ここは提督室内にある応接席。

真新しい湯のみでお茶を出すと、加賀は提督の隣に立った。

「中将、本日は少しご相談をさせて頂きたく、加賀と長門の同席と、着席をお許しいただきたい」

「うむ、わしらも話したい事がある。同じく大和と五十鈴に居てもらいたいのでな、構わぬ」

こうして6人が向い合せて座ったのであるが。

中将も提督も切り出しかねていた。

「その」

間の悪い事に二人同時に話しだしては

「あ、いや、中将どうぞ」

「い、いや、提督構わぬ」

(沈黙)

となる事3回。ついに五十鈴がぷちんと切れた。

「あーもう!中将!いい加減観念なさい!」

「う」

「うもえも無いの!ほらっ!」

「ぬぐぐぐ」

しかしその時。

 

「中将、まずはこの度の大騒動をお詫び致します。加えて鎮守府建設をお許し頂いた事を感謝いたします」

提督は深々と頭を下げたまま、言葉を続けた。

「この御恩に報いる為、今後ますます私と艦娘一同、国家の為、海軍の為、励みたいと存じます」

「う、うむ。・・・痛っ!」

中将は五十鈴に脇腹を突っつかれた。中将にこんな事が出来るのは五十鈴と酔った大将位である。

提督はそのまま続ける。

「しかしながら、私は通常の戦闘任務ではご迷惑をおかけしておりましたし、克服は厳しい物があります」

「従いまして、根本から見つめ直し、新たな方角から深海棲艦に戦いを挑みたいと思います」

大和が聞き返した。

「新たな方角、ですか?」

「はい。私達はこれまで、深海棲艦は我々に敵意を抱き、好戦的な者しか居ない集団と認識しておりました」

「しかしながら、私は元艦娘で厭戦的になった深海棲艦と出会い、その者が艦娘に戻るまで立ち会いました」

五十鈴が目を丸くする。

「な、なんですって!」

「その者は今、ここで保護しております。元の頃の記憶を一部失い、深海棲艦の記憶は残しています」

「・・・・・。」

「深海棲艦になった経緯を確認したところ、鎮守府調査隊が転売したとの証言を得ました」

中将の顔が苦痛に歪んだ。私の責任だ。酷い事をしてしまった。

「残念ながら、調査隊に転売された艦娘は一人や二人ではないと思われます。」

「ゆえに、その子達の中から希望するものを艦娘、あるいは成仏させてやれば、敵は確実に減ります」

「・・・・・」

「もし人間への怨念を減らせれば、いつか深海棲艦との和解の道も開けるかもしれません」

「その方法の模索と実践が我々の貢献の1つ目であります」

「もう1つは、他の鎮守府から艦娘達をお預かりし、戦力向上の教育を施したいと思います」

「ほう」

「我が艦娘達は演習では化け物と呼ばれる程の実力を有している、私のかけがえのない宝物です」

「今まで新入生が入った時に施した教育や演習を体系化して教育プログラムとし、これを提供します」

「こちらは直接成果が出る訳ではありませんが、全体強化策として有効であると考えます」

「以上、教育支援と深海棲艦の帰還支援。この2つを私から提案するものであります」

一気に話し終えると、顔を上げて中将達を見た。

ぽかーんとしている。まずい、何かしくじったか?

慌てて加賀を見ると、にこっと頷いた。どういうこと?

「あ、提督」

「中将、なんでしょうか?」

「まずは、すまん・・・痛っ!痛い!五十鈴解った、解った」

「あ、あの」

「提督、わしが調査隊の言葉に惑い、信頼を裏切るような異動措置を指示した事、まずは詫びる」

「中将・・・」

「五十鈴や大和達から幾つか聞いている。艦娘達が力を合わせて今日の日を迎えた事も、そして、鎮守府大規模攻撃の業火から全員逃れられた事も、結果論とはいえ本当に良かったと思う」

「・・・。」

「わしは上層部会で調査隊の腐敗や深海棲艦と内通する存在を報告すると共に、その撲滅を提案し了承された」

「・・・」

「なれど、軍内にも憲兵隊にもその為に回せる優秀な人員が居ない事が解った。」

「・・・」

「提督、君の提案は素晴らしい。大いにやってほしい。必要な資源は責任を持って調達しよう」

「・・・」

「そして、その2つの活動に加えて、内通者の撲滅など、私の願う腐敗撲滅に手を貸してくれないか」

「・・・・」

「非常に危険な任務も考えられるし艦娘を大切に思うのは解る。しかし、頼みを聞いてくれないか」

「中将・・・」

「差し出がましいが、よろしいか、提督」

「なんだ、長門。言ってみなさい」

「これだけ良い話はまたとない。我々艦娘も、鍛え上げて調査だけでは面白くない。」

「長門・・」

長門はすっと席を立つと、つかつかと出入り口のドアの脇に立った。

「?」

「そうだろう?皆!」

「きゃーーーー」

ドアをガチャリと開けると、どどどどっと艦娘達が部屋の中に倒れこんだ。

加賀が立ち上がる。

「貴方達、立ち聞きしていたのですか?」

折り重なるように倒れこんだ面々は、先輩後輩入り混じっているようだ。

「あいたたたた」

「長門さん、気配隠し過ぎですよぅ」

「お、重い~、どいて~、中身が出ちゃう~」

「お前達は少しは気配を隠せ。丸解りだ」

「きゅー」

提督は厳しい目で艦娘達に問うた。

「皆、本当に危険な目にあう可能性があるぞ?遊びではないのだぞ?」

天龍がニッと笑った。

「俺達艦娘を売り飛ばすような悪い奴にぶっ放せるんだろ!サイコーだよ!」

「敵と結託するなんて許せないわ!そんな奴ら逮捕よ逮捕!!」

提督ははっとして中将を見た。

「この子達はあくまで軍隊であり、捜査・逮捕権限はありませんが・・・」

「そこは憲兵隊と話をつけた。この異常な腐敗を撲滅するまでの間という限定はついたがな」

「捜査・逮捕・攻撃の権限を頂いた、という事ですか?」

「そうだ。撲滅までの時間は、多分、長い物になるだろうがな」

「・・・お前達、本当に良いんだな?」

「はい!」

提督は一息つくと、中将に向き直ると再度頭を下げた。

「3つの任務、謹んで拝命いたします」

わあっという喜びの声が廊下に満ち、どたどたと走り去る音が聞こえた。

「まったく、あなたの艦娘達は本当に提督思いなのね。」

五十鈴が腕組みしながら口を開く。

「お騒がせしました。すみません。」

「いいんじゃない?あんなに提督を心配するなんて珍しいけどね」

五十鈴は提督にウィンクしてみせた。

加賀と大和は互いに顔を見合わせ、ほっとした表情を見せた。

 

ソロル泊地の新鎮守府に生命線が確保され、新たな役割が決まった。

 

 




私もリゾート地で新築の家に住みたいです。
もちろん奥様は長門、娘は文月で。

長門「断る」
文月「そういうお店、多分あると思いますよ~」


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file42:任務ノ披露

 

4月14日夕方 ソロル本島

 

「皆、大本営が帰ったからって気が抜け過ぎだ」

長門は溜息を吐いた。

非常に良い感触で終わったという噂は島中を駆け巡り、大本営の艦隊が水平線に消えるまで見送ったのである。

そして朝からの緊張が解けた一同は、垂れ下がる横断幕のようにだらーんと気が抜けていた。

「長門」

「提督、すまない。今は大目に見てやってほしい」

「構わないのだが、蒼龍と飛龍のお披露目をしたいのだよ・・・」

「そうか、そうだった。よし。提督!耳を塞いで口を開けろ!」

「主砲は止めとけよっ!」

提督が言った通りの姿勢をしたのを見届けると。

ドン!

長門の副砲が1発火を噴いた。

勿論空砲ではあるが音は十分であり、艦娘達はシャキッと立ち上がった。

「な、なんだなんだ?!敵襲?!」

「皆!集会場に集まれ!急ぎ話がある!」

長門の良く通る掛け声とともに、艦娘達はぞろぞろと集会場に入った。

 

「と、いう訳で、我々は3つの任務を拝命する事になった」

「従って、今後は定期的な補給が行われると思うが、実情を見ながら緊縮策の程度を変えていきたい」

提督は慎重に言葉を選んだ。元通りになるかどうかはまだ不透明ゆえだ。

「そして、この場を借りて新たな仲間を紹介したい。入ってくれ!」

長門が響と蒼龍と飛龍を連れてくると、会場にどよめきが起きた。

「ここに居る蒼龍は、元々蒼龍であったが、深海棲艦に売られてヲ級になり、再び帰ってきてくれた」

「そして、元々の蒼龍時代に戦友だった飛龍は、他の鎮守府所属だったがここに譲り受けた」

「深海棲艦の頃の記憶も持つ蒼龍は非常に力強い味方になるだろう。皆と力を合わせてもらいたい」

「響は壊滅させられた鎮守府の生き残りであり、加賀の命の恩人だ。仲間として迎えてほしい。」

艦娘達は拍手喝采で応じた。提督はほっと一息ついた。

「ところで、蒼龍、飛龍、響」

「はい?」

「君達のLvはどれ位なんだ?」

蒼龍が答えた。

「今は40。兵装や艦載機は持ってこれなかったのですけど」

飛龍が言葉を継いだ

「私は45です。元々蒼龍と同じだったのですが、駆り出された時に連日戦闘してたのでLVが上がりました」

響はぽつりといった。

「ごめん。私はLV3位だ。」

「何も謝る事は無いよ。古鷹!」

「はい」

「部隊はどちらにした方が良いかな?」

「まずは3人とも、スコーピオンの方に来て頂けませんか?教育をする側は厳しいと思います」

「なるほど」

「飛龍さんと蒼龍さんはある程度ここに馴染んだ後、深海棲艦の専従班に移って頂くのが良いと思います」

「なるほど。飛龍、蒼龍、それでいいかな?」

「もちろんです!」

「古鷹、響はどうする?」

「LV3であればまだ方向性も決められないと思います。まずは新入生の皆と一緒にLVを上げましょう」

「それで良いかな、響?」

「うん、頑張るよ」

「よし、偉いぞ」

「えへへ」

「では解散する。古鷹!3人の案内を頼む」

「解りました」

艦娘達がざわざわと動き始める中、響は提督を目で追っていた。不安が顔に出る。

すると、手を掴まれた。

振り向くと、雷が居た。

「響っ!あなたが来るのをずっと楽しみにしてたわ!古鷹の所に行くんでしょ!一緒に行きましょ!」

「あ、ああ、うん」

繋がれた手の暖かさに響は少し照れながら、艦娘達の輪の中に入っていった。

 

 

4月17日夕刻 ソロル本島(提督室)

 

「補給される資源量が現在の規模に見合ったものになって良かったですね」

「そうだなあ」

事務方から3日間の資源補給量リポートを貰った提督は、今日の秘書艦である赤城と読んでいた。

異動前の倍以上の規模になっている以上、同じ資源補給では飢えてしまう。

赤城が真剣にリポートを読むのに付き合っているのはそういう事である。

御見通しの提督は苦笑しつつ、赤城がストライキを起こすような報告でなくて良かったと安堵した。

「それにしても、色々と勝手が違うね。ちょっと落ち着いて来たけれど」

提督がそういったのも無理はない。

ソロル本島での運営は、今までの鎮守府と全く勝手が違った。

まず、平屋になった事や、ドックを鎮守府の下、島の洞窟に作った事で格段に移動距離が増えた。

今まで10分で済んでいた用事が15分20分とかかる。

ゆえに当番運用も含めて全ての所要時間を実績値で見直す事にしたのである。

その他、2部隊の食事時間帯をずらしたり、新設の教育時間等、あらゆる事で変更がかかった。

変化を見越していた提督は鎮守府完成の翌日に最優先で事務方を専従化した。

そして、従来からやっていた事務方に、こう告げた。

「今までやっていたからと言って強制はしない。業務量に見合った人数にするがあくまで希望だ」

それに対し、

「これが、お父さんの為に一番役立てると思うのです」

「好きでやってますから」

「結構捌くの楽しいのよ?」

「まぁ、別に断る理由ないしね」

という事で、従来からあたっていた文月、不知火、叢雲、敷波は続投となった。

これに、時雨、初雪、霰、黒潮が加わった。

別に駆逐艦限定という事は無い、他に居ないかと提督は聞いたが、球磨が鉤爪を研ぎながら

「早く腐敗野郎をぶちのめす部隊を新設するクマ」

と一言で言われ、納得して帰ってきたのである。

そういうわけで飛躍的に事務方の仕事量は増えたが、増員したおかげで何とか回せていた。

文月には手に余ったら早めに申し出ろと何度も言い含めておいた。

無茶はして欲しくない。

そういう最初のドタバタが少し落ち着いてきたのが、今日という訳である。

「あ、そうだ。忘れていた」

「どうしたのですか、提督」

「すまないが夕張を呼んでくれないか?」

「解りました」

 

「どうしました提督?」

「今忙しかったかな?」

「いえ、明日の朝までオフです」

「丁度良かった。夕張に1つ相談したい事があるんだ」

「なんでしょう?」

「深海棲艦の調査で、必要に応じてデータ照合をして欲しいのだが、どうすれば回るかな?」

「1人だと厳しいですね。臨時の仕事なら良いのですけど」

「迎えるなら誰と組みたい?」

「そうだなあ。島風ちゃんかなあ」

「島風?」

「カンが鋭いのよあの子。後は愛宕さん」

「愛宕?」

「凄く真面目で、データの整理とか片付けをきちんとしてくれるの」

「へぇ。知らなかったなあ」

「そんな感じかなあ」

「そのメンバーとなら楽しくやれるか?」

「うん、大丈夫」

「あと、場所なんだがな」

「あ、ごめんなさい。データ類は仮の家から今日中には移すから、もうちょっと待って」

「いや、場所を作ったんだ」

「へ?」

 

「ひゃっほーひゃっほー!私の城だあああ!」

夕張が何度も飛び跳ねているのは、提督が追加で作ってもらった研究室だった。

「うわーうわー、余裕ありまくりの電源だわー、通信システムも最新!給湯室や仮眠室まである!」

「気に入ったかな?」

「物凄く!」

「ここで誰と作業するかは別として、照合班を引き受けてくれないかな?」

「やっぱり、1つお願いがあるの」

「何だい?」

「私、リーダーシップって苦手なの。だから誰かリーダーを作って欲しい。私は解析に打ち込みたいの」

「ふむ、じゃあ愛宕に聞いてみるか」

「ごめんね」

「いや、いい。愛宕と島風と夕張の3人で良いかな?」

「ベストね!」

「よし、提督室で話そう」

 

「夕張ちゃんと仕事!楽しそう!」

島風は二つ返事で引き受けた。

「ちょっと重責ですね~、心細いなあ」

愛宕は少し心配そうだ。

「島風、愛宕。他に呼びたいメンバーはいるか?」

「高雄姉さんかなあ」

「島風は夕張ちゃんが居ればいい!」

「夕張、高雄を加えるのはどうだ?」

「良いよ」

「じゃあ、高雄にも来てもらおう」

 

「分析班ですか。興味はありますけど、機械操作できるかなあ」

「実作業は夕張と島風がやる。愛宕か高雄でリーダーと実務を務めてくれないか?」

「愛宕ちゃんはどうしたい?」

「私は高雄姉さんをリーダーで、実務をやりたいかな」

「あとは、あれだ」

「なんですか?」

「夕張と島風が研究室を散らかし過ぎないように、それと、夕張が怠惰な生活に落ちないよう指導してくれ・・・」

愛宕と高雄は顔を見合わせて頷いた。

「ごもっともです提督。私達が力を合わせて暗黒面に落とさないよう頑張ります」

「頼む。お前達が頼りだ」

「むしろ高雄型全員で当たりたいですが」

「そうだな。摩耶と鳥海も居ないと厳しいかもな」

「ちょっとー!本人を目の前にしてさっきから酷くないですか?片付けくらいしてますよ?」

「島風だってダメな子じゃないよ?」

「今から二人の部屋を見に行って良いかしら?」

「やめてください。ちょっと、いやかなり嘘つきました」

「ごめんなさいごめんなさい。お願い。火炎放射器で燃やすのは勘弁して」

提督は肩を落とした。新しい生物が生まれてそうだ。早急に摩耶と鳥海を呼ぼう。

摩耶の世話好きは有名である。口調は荒いが頼りになる。

「夕張の世話?まっかせな!毎朝5時起きでランニングだ!」

「やめてよぉ。5時なんてそこから寝る時間だよぉ~」

鳥海の綺麗好きも結構なものだ。潔癖症の榛名とまでは行かないが。

「はい!喜んで。片付けは楽しいから、一緒にやりましょうね島風さん!」

「嫌ぴょんとか言っても・・」

「一緒に、やりましょう、ね?」

「ひぃぃぃぃぃぃ」

更正して真人間になってこい二人とも。いや、この場合は真艦娘か?

研究所というより刑務・・げふんげふん。

この重巡4姉妹は真面目で戦闘力も高い。機転も利く。

提督は口を開いた。

「あと、これは可能性だが、データを破壊しようとする勢力が来るかもしれん。その時は」

「もちろん我々で迎撃します!防衛戦は任せてください!」

「お前達なら緊急時は攻撃を自己判断で開始して良い。よろしく頼む。」

提督は赤城とうなづきあった。また1つ、クリアだ。

 





さて問題です。
作者は何で悩んでいるでしょう?
1:液晶への入り方
2:先輩後輩艦娘の呼び方
3:この後のストーリーの矛盾

作者「正解は」
榛名「消毒して差し上げますね」


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file43:妖精達ノ休暇

 

4月16日昼 ソロル本島浜辺

 

「今日も良く晴れたなあ」

提督は両手に荷物を持ち、砂浜を歩きながら、秘書艦の長門に言った。

長門も手に幾つかの包みを持っている。

長門は全部持てると思ったが、提督は前が見えなくなるから危ないと言って聞かなかった。

「そうだな。毎日日焼け止めがかかせない」

「年頃の女の子だもんな」

「そうだ。提督だけがそう言ってくれる」

「他は何と言うんだ?」

「大番頭とか、ヒーローとか、ボスとか」

「ははははははは」

「わっ、笑い事ではない!」

「い、いや、悪かった。誰がそう呼んでるのかすぐ想像がついてな」

「困っているのだ。提督からも何か言ってやってくれ」

「え?小さくて可愛い物大好きとか、ぬいぐるみ収集してるとか、超甘党だとか・・・」

「わあぁぁ!何故それを知ってる!絶対言うなああああ!」

「はっはっは」

 

「やっとバカンスに入ったというのに、早速騒がしいのが来たわい」

工廠長は横縞のクラシカルな水着を着て、パラソルの付いた寝椅子に寝そべっていた。

時折海ではしゃぐ妖精達を見守る目は優しかった。

大きな体型といい髭面といい、まるで休暇中のサンタクロースのようである。

現在、新しい工廠に掲げてあるのは

 

「妖精一同バカンス中。呼ぶ・ダメ・ゼッタイ!」

 

という横断幕である。妖精達の力強い筆使いが並々ならぬ決意を感じさせる。

最初に工廠を訪ねたのは天龍だったが、その気迫に圧倒されて

「で、出直すか・・・」

と、すごすごと帰ったほどである。

 

鎮守府完成の翌日、工廠長は不具合が無いか見回り、工廠で待ったが、特に問題は起きなかった。

そして夕食を取っていた時に妖精達が寄ってきて、横断幕を見せながら休暇を提案してきたのである。

さすがに横断幕まで掲げるのはやり過ぎではないかと工廠長は妖精達に言ったが、

「艦娘を作り、皆の住まいを作り、沢山沢山貢献した」

「これで休みも取れないのなら全員で出ていく」

「工廠長働き過ぎ。休みも大事」

と、腰に手を当てた妖精達からたしなめられ、まぁ良いかと納得した。

そして翌朝、つまり今朝、妖精全員で横断幕を掲げて浜に来たのである。

「さて、何事かな?」

寝てるふりをしながら工廠長は思った。島を拡張してくれとか言うんじゃあるまいな。

 

「やぁ妖精の皆!お昼御飯持ってきたよ~」

提督が声をかけると、妖精達は一斉に工廠長を見た。工廠長は片目を開けると

「良いよ、あがっておいで」

と言った。

その声を皮切りに、わっと提督の元に駆け寄る妖精達。実に可愛い。

提督と長門は包みを開けた。中には、お重と取り皿、飲み物や箸が入っていた。

お重に詰められたおかずやおむすびは全て妖精サイズに作られていた。

鳳翔と間宮の力作は、次々と妖精達のお腹に消えていった。

「提督」

「工廠長。横断幕見たよ。バカンスがすっかり遅くなってしまったね。ゆっくり休んでくれ」

「ん?」

「・・なんだい?」

「何か用事ではないのか?」

「バカンス祝いに昼食を持ってきたんだが」

「・・・それだけか?」

「何故そんなに疑いの目で見る?」

「過去の実績上、な」

「やだなあ、何も無いよ。本当に」

「本当か?島を倍に広げろとか、地下要塞作れとか、大陸間弾道ミサイル作れとか」

「どんだけ人でなし提督なのよ私は」

「先月末の事を考えるとな。のう皆?」

妖精達に目を向けるが、おかず争奪戦の真っ最中で全く聞いてない。

可愛いから許す。

「そ、その、工廠長、すまん」

「ん?なぜ大番・・いや、長門が謝る?」

「あ、あの指令は、私達が偽装したのだ」

工廠長が目を見開いた。

「なにっ!?3日間で全艦娘1セット作るという、あの指令か!?」

「そ、そうだ」

「て、提督の承認印が押してあったぞ」

「それは」

提督が長門の声を遮った。

「そうだよ工廠長。経緯はともあれ、私が承認したのだ」

「提督!あの時私達は細工をして見せないように」

「そうであろうと承認したのは私で、理由は私を思っての事だろ?」

「あ、それは、その通り、なんだが・・・で、でも!」

「それなら、私の責任であっているよ。」

「提督・・」

「ただし」

「?」

「次は最初から言いなさい。変に遠慮しなくていい。泥を被る時は一緒だ」

「提督・・すまない」

長門がうつむいた。きらっと涙が落ちるのが見えた。

「良いから、ほら、よしよし、泣かないの」

提督はそっと、長門の頭を撫でた。

工廠長は黙ってやり取りを見ていたが、

「ま、今回は提督に免じて許してやろう。もうやるなよ長門」

と、言った。

提督もちゃんと艦娘を掌握して動かしているな。

うちの妖精達ほど可愛い物はこの世に無いが、2番目位には置いても良い。

「そうだ、工廠長」

「ほら来た。なんだ?」

「違います。いつまでバカンスの予定なの?」

「おぉそうか、書いてなかったな」

妖精達が一斉に工廠長を見て、口々に言い出す。

「3ヶ月!」

「半年!」

「1年!」

「お前達・・・その間何をするつもりだ」

「遊び倒す!」

「・・・・・」

提督はポリポリと頬を掻いた。とりあえず黙っておこう。

「わしも少し疲れたから休暇は欲しいが、腕を鈍らせるつもりはないぞ」

妖精達がじっと工廠長を見る。

「3日位で良いのではないか?」

妖精達はまぁそんなものかと概ね頷いていたが、提督が口を開いた。

「5日位問題ないですよ」

妖精達が目をキラキラとさせて提督を見るが、工廠長は

「そんなに寝そべっていたら干物になってしまう」

と言ったので、提督は軽い気持ちで答えた。

「島の木を使ってボートでも作ったらどう?釣りとか出来るんじゃないかな」

その言葉で工廠長がハッとしたように提督を見た。

「そうじゃ!提督!岩礁の小屋が大変なことになっておる!」

「ん?小屋?」

「わしがの、釣りや海水浴の休憩所として岩礁の所に小屋を建てておいたのだが」

「ああ、あれ、工廠長が建てたのか。そりゃ新しい訳だ。だとすると建物は全く無かったのか?怖いなあ」

「そうだ。恐ろしい怪奇現象が続いていると妖精達が行きたがらないのだ」

「怪奇現象?」

「誰も居ない筈の小屋に夜な夜な明かりがついたり」

「あぁ、まぁ、そうだな」

「深海棲艦がじっと座っていたり」

「あぁ、あれね」

「何か爆発したかのような強烈な光が小屋の中から出たり」

「まあ、そう見えるよね」

「・・・提督」

「ん?」

「何か知っておるようじゃな」

「何かも何も、私が深海棲艦と話す場所として使ってたからね」

「きさまああああ」

「なっ!?なに?」

「わしらがどれだけ怯えてたと思っとるんじゃ!」

「あれ?誰も説明してなかったの?長門さん?」

「・・・あ。そういえば言ってなかった」

「・・・もうよい。あれは提督の仕業なのじゃな」

「仕業というか・・・ええと、うん、話が凄く長くなるから今はそれでいいよ」

「1週間」

「ん?」

「お前達良かったな、提督が1週間のバカンスを許してくれたぞ~」

妖精がわあっと喜びの声を上げる。

「工廠長、あの、5日間・・・」

「1・週・間!遊ぼうな~」

「あ、はい、それで良いです・・・」

「という事は、提督」

「なんでしょう?」

「あの小屋は今後も・・」

「その為に使うので深海棲艦がうようよ来ます」

「・・もう良い。岩礁釣りは諦める」

「すまない、工廠長」

「さあ!1・週・間!何しようかお前達!」

「うぐ」

「岩礁の!反対側で!ボートでも出そうか!」

「すいませんすいません勘弁してください」

「フン!」

長門があわててとりなす。

「こ、工廠長・・あれはやむを得なかっ・・・」

工廠長は提督や妖精達に見えないよう、長門にだけそっとウィンクをする。

そういうことかと長門はうなづいた。

「提督、1週間後にまた来よう」

「そうだな、そろそろ引き上げようか」

帰ろうとする提督達に工廠長が声をかける。

「後でお重を取りに来てくれ」

長門が振り向いてにこっと笑う。

「うむ。空であれば私だけで大丈夫だ。提督。」

「そ、そうか。すまないが頼む」

「任せろ」

 

 

 



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file44:深海棲艦ノ行列

4月18日昼 岩礁

 

「今日モ居ナイネ」

「モウチョット、待ッテミヨウ」

「ソロソロ、入レナイカモ、ネ」

 

同じ頃、提督室

 

「てっ、提督!が、がが、岩礁に!」

部屋に飛び込んできたのは青葉である。

秘書艦の扶桑がにこやかに応じる。

「ハイ、背伸びをして深呼吸~♪」

「すー・・・・はー・・・」

「もう1度♪」

「すー・・・・はー・・・」

「落ち着きましたか?」

「はーい・・って、違う!違うんです提督!」

「どうした青葉さんや」

「岩礁に!深海棲艦が!並んでるんです!」

「は?青葉、エンタメ欄の記事に困ってるからと言って」

「違います!本当なんです!」

「えー?」

 

「ホントだ・・・」

提督は岩礁側の監視小屋にたどり着き、据え付け型の大型双眼鏡で見ていた。

「よく裸眼で解ったな青葉」

「ジャーナリストは観察眼が大事です!」

「ふむ。これは偉い。褒めてあげよう」

「ソロル新報を朝晩2回発行して良いですか?」

「それは文月と相談してください」

「ダメって事じゃないですか~」

「しっかし、小屋に向かって行儀よく並んでるなあ・・・」

「そうなのですか?」

「ほれ、扶桑も見てみ」

「・・・・あ。なんか可愛いですね・・・」

「うむ」

提督は考え込んだ。攻撃するつもりなら、あの数が居れば小屋なんて一瞬で粉だ。

待ち伏せならDMZ指定の外で潜って待ってるだろう。

小屋に並んでるってことは・・・あ。

「青葉!」

「なんですか!?」

「特大記事が書けるかもしれないがアルバイトしないか!」

「やります!何でも言ってください!」

「鳳翔の店で大鍋一杯のカレーとご飯を作ってもらってきなさい!ほいお金!」

「は?」

「理由は見れば解る。多分間違いない。さぁ行ってきなさい!」

「い、いってきまーす」

「扶桑!」

「はい」

「研究室の夕張と、スコーピオンに居る蒼龍、飛龍に来るよう伝えてくれないか?」

「はい」

「ちょっと遠いな。よし、後で間宮の店で何か食べなさい」

「うふふ。頂きます」

 

「提督!お呼びですか?」

「お、すまないな3人とも。扶桑もお疲れ様」

そこに青葉が大鍋と御ひつを乗せた台車と共に現れた。

「ふえー、カレー重いですぅ」

「カレー?」

「そう。深海棲艦達が来てるんだ。小屋を先頭に並んでる」

蒼龍がピンときた顔をした。

「・・・あ」

「多分、あの子じゃないかな」

 

「うっは!凄い数だな!」

岩礁の小屋に近づくと、その数が次第に分かってきた。

イ級やチ級など、20体は居るだろう。

行儀よく並んでいたが、提督達を見つけると大きく手を振ったりしている。

「な、なんですかなんですかこれ!」

「青葉、しっかり取材しろよ!」

「任せてくださいっ!」

 

「テートクー」

「マタキター!」

「カレーテートク!」

「なんだそのカレー提督って」

青葉はシャッターを切りまくっていた。提督になつく深海棲艦!信じられない光景です!

夕張は録画し続けていた。次のオフには秋葉原へNASとHDD買い足しに行こう。

そして。

 

「イタダキマース!」

「コレガ、カレー・・・」

「オイシイ!」

提督達は早速深海棲艦にカレーライスを振舞った。

なんとまあ、皆、上手に食べるわと夕張は思った。特にイ級。

青葉はヘブン状態だった。1面からエンタメ欄まで埋め尽くす勢いですよ!特にイ級の器用さ!

 

満腹で横たわる深海棲艦の1隻へ、蒼龍が近づいていった。

「イ級ちゃん、元気?」

「・・・アノ、ヲ級、ダヨネ?」

「そうよ」

「ソッチハ、楽シイ?」

「そうねえ。提督は相変わらず変だけど」

「ソレハ、ワカッテル」

提督が盛大にくしゃみをした。

「カレー食べに来たの?おいしいよね」

「ソレモ、アルケド」

「けど?」

「私モ、ソッチニ、戻リタイ」

「そっか」

「戻レルカナ?」

「相談に乗るよ。他にもそういう子が居るのかな?」

「補給組ハ大体、ヲ級ノ話ニ、興味ヲ持ッタケド、マダ半信半疑」

「そうでしょうね」

「アト、デキレバ」

「何?」

「イツ来レバ会エルカ、知リタイ。何日モ待ッテタカラ、疲レタ」

「そっか。頑張ったね。まずは会う日を決めましょうか」

「ウン」

 

「提督!」

「なんだい?」

「カレー曜日を決めましょう」

「なにそれ?」

「深海棲艦の子達と会う日です」

「なるほど。カレー曜日か。まあ金曜日が妥当か?」

「そうですね。お昼のカレーを多目に作ってもらって持って来たら良いですし」

「こっちで皆とカレー食うのも良いだろう」

「カレー、金曜日?」

「オ昼ニ来レバ会エル?」

「そうよ。金曜日のお昼。カレー作って待ってるわ」

「カレー曜日!金曜日!オ昼!解ッタ!」

「食事の後で相談があれば聞くわ。それで良いかしら?」

「ウン!解リヤスイ!」

「今日相談したい子は居る?」

「今日ハ皆疲レテルカラ、今度ノ金曜ニ、マタ来ル」

「そっか。偉かったね。待たせてゴメンね」

「ウウン。マタ会エテ、嬉シカッタ」

「そうね」

「ア、アノ」

一隻のチ級が近づいてきた。

「金曜日ハ、カレーラーメンモ、アル?」

「提督、どうします?」

「良いんじゃないの?箱で買って備蓄しとけばいい」

「アリガトウ!食ベテミタカッタ!」

「どういうこと?」

「カレーラーメンハ、オイシイッテ記憶ガアルケド、他ガ思イ出セナイ」

「そっか。うん。用意しとくね!」

「金曜日!マタ来ル!」

「皆、またおいで!」

「マタネ!提督!」

「金曜日!オ昼!カレー!」

そうして深海棲艦達は海に帰っていった。

見送った後、提督は二人を見てマズい事に気付いた。

青葉と夕張の目が星になってる。この場面で遭遇させてはいけなかった気がする。

「夕張さん!青葉感謝してもしきれません!後で必ずお返しします!」

「メモリカードの予備なんて幾らでもあるからあげるわ!」

「良いのですか!青葉嬉しいです!」

「その代わり、データ頂戴!」

「秘密を守れますか?」

「もちろん!」

「このスクープのピンチを救ってくれた恩返しです!過去分も全部どーんと差し上げちゃいます!」

「あ、あの、青葉さん」

「なんですか提督?」

「私のネタは止めてください」

「えー」

「・・誰がここに連れてきたのかな?」

「外します!」

「よし」

「あ、え、わ、私のもあるのかしら?」

「扶桑さんはないですよ?あ、提督の布団を」

「きゃあああああ!そのネタまだ持ってるの!?」

「写真付きで持ってます!」

「そ、それは止めて。お願い」

「渡すものが無くなっちゃいます・・・」

「青葉さん、別にエンタメ欄はいいよ。調査の情報源にしたいのよ」

「そうですか?じゃあ真面目に書いた1面とか社会面が良いですね」

「ええと・・・扶桑さん?私の布団に何したの?」

「何でもないです!何でもないです・・・・」

そういえば青葉も趣味の為に大量のデータを持ってるよな。

ふむ、この出会い遭遇は吉と出るか凶と出るか。

しかし、私の布団に何したんだろう・・・気になる。

 

 




長門型抱き枕欲しいです。
と、思ったら見つけたので、ついポチってしまいました。

長門「おっ、お前・・・」


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file45:(ネタバレあり)摩耶と天龍の放課後講座-その2

 

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~ひゃっはぁ!」

 

「それは隼鷹の持ちネタだぜ摩耶」

「ちっ、被ったか」

「と、いうわけで」

「再び俺達が来たんだぜ!」

「この前はそもそも提督が赴任してきた頃から3月末までをバラしたぜ!」

「バラしたというか整理したんだけどな」

「言葉のアヤだな」

「ま、前回同様、この講座の目的はシンプルだ」

「フリーダム過ぎる作者の尻拭いの為、俺達がネタバレ覚悟で話を整理するって事だ。」

「というわけで、今までの話を読んでない奴はここまでだ!天龍様とのお約束だぜっ!」」

「ネタバレはつまんねぇからなっ!」

 

 

 

 

-----------(CM)-----------

 

あの雰囲気をあなたに届けたい!

提督認定のカレーラーメン!カレーラーメンの登場です!

僅か180秒で完成してしまう素早さ、暴力的とも言えるカレーの香り!

春先の浜辺で食べれば文句無しに体が温まる逸品です!

今回はカレーラーメン123食に、食べやすい金属製先割れスプーンを1本お付けしたお得なセットをご用意!

メーカー希望小売価格22755円のところ、なんとセットで2万円を大きく切った19926円!

19926円でのご提供です!

今回はお一人様1セット限り!先着150名限定となります!

お電話はお早めに!

 

「なんつーか、舌噛みそうな金額だよな」

「ええと、まず個数がなんだっけ?」

「・・・と、とにかく安いんだよ、きっと」

 

-----------(CM)-----------

 

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~わ~いわ~い!」

「さぁ再開!再開ですよ!」

「なんかダマされてる気がすんだよな」

「ちょ、騙されてるとか言うな!」

「後で編集しといてくれ」

「これ生放送だっつーの!どうにもならねぇよ」

「提督もよく俺達を生放送で喋らせるよな。不発弾並みなのにな」

「自覚してるなら何とかしろ!とにかく進めるぞ!」

「今回は4月1日から鎮守府が完成した14日までを説明するぜ」

「おう。」

「最初の4月1日、この日が一番わかりにくい」

「すげーイベント盛り沢山だったもんな」

「まず、提督関係だと、岩礁を初めて見て、呆然となる」

「そりゃそうだよな。でも工廠長が建てた妖精も使える趣味の小屋が避難場所として機能した」

「五十鈴達は調査隊が作った鎮守府と勘違いして調査したらしい。新しすぎると首ひねってた」

「そりゃそうだ。建った翌日だしな」

「で、岩礁の隅でいじけてるヲ級を見つけて提督がナンパする」

「話を聞きに行っただけだろ」

「結局小屋で茶してるんだからナンパ以外の何だってんだ」

「相当印象変わると思うぜ・・まぁいいか」

「で、ヲ級が艦娘売買の話、元艦娘、記憶が途切れてるなど、ぶっ飛んだ告白をする」

「説明したら提督の制服が1着台無しになったんだよな」

「染めたのは響と五十鈴と夕雲が吹いたお茶だから、マニアにオークションで高く売れそうだけどな」

「そろばん弾くなよ。目が¥マークになってるぜ」

「で、五十鈴達は帰って、夜に長門が来て大騒動その2って訳だ」

「そりゃ提督がヲ級と小屋の中で茶飲んでるなんて予想しねーよな普通」

「挙句に緊急事態だったとはいえ提督に秘密大暴露されてたしな」

「その話に突っ込むと46cm砲の的にされるらしいから俺は何も言わねえ」

「こえーな。」

「ああ。ちなみに長門はこの日2回提督の小屋を訊ねてるがこれは1回目な」

「この時、艦娘達の計画を提督に大体説明したんだよな」

「まぁ、色々ありすぎたから漏れたというか説明し切れなかった所があっても仕方ねえよ」

「提督小屋はこんなもんか。じゃあ次行くぜ」

「お次は鎮守府だ。まずは中将と調査隊が車で鎮守府の近くまで来た時、工廠を軽く壊すつもりだった」

「LV1艦娘達は爆発地点の反対側で、最初からヘルメット被って伏せて寝てた」

「起爆する青葉と衣笠は鳳翔の店の中に隠れてた」

「古鷹は車列が見える高台で監視してて、安全かつちゃんと見える位置で合図した」

「青葉と衣笠が起爆したんだけど、火薬量間違えてて資材の弾薬にまで引火、2度の大爆発となる」

「誰だよ仕掛けたの」

「おっ、俺は何も知らねえ。知らねえ」

「まさか・・・」

「まぁそれは置いといて、中将は正直車の中で腰が抜けてたらしいぜ」

「隊長や隊員は100%予想外だったからオロオロしてたらしいぜ。傑作だよな」

「で、中将の指示の元、鎮守府で消火作業と調査隊による調査が進む」

「そこで隊員が口を滑らせちまって、中将が憲兵隊を使って隊員と隊長を逮捕しようとする」

「隊員は逮捕出来たんだけど、隊長は深海棲艦に証拠隠滅の為狙撃され、殺されちまった」

「この深海棲艦が幹部に様子を喋ったせいで鎮守府が猛烈な攻撃を受ける事になるんだよな」

「そういうこと。中将達が引き上げた頃合を見計らって、古鷹と衣笠が鎮守府に戻ってきた」

「LV1艦娘達が猛抗議したんだよな」

「そりゃ目の前で建物ふっ飛びゃなあ・・」

「で、単独行動してた青葉が深海棲艦の群れを見つける。」

「慌ててる青葉から情報を聞きだせるって、伊19って意外と凄腕だよな」

「伊達に潜る18禁と言われてねぇってことか」

「全然関係ねーよ。その渾名、伊19嫌がってんだぞ。言わないでやれよ」

「色々エロ過ぎるからだろ」

「名前が名前だから誤解されやすいんだっての」

「そーかなー、それだけかなー」

「反動で、オフの日なんかほとんど肌の露出がないお嬢様みたいな格好してるんだぜ」

「マジかよ」

「ま、それは別の話だ。で、伊19と伊58が鎮守府の艦娘達に一足早く知らせに行った」

「青葉は鎮守府に向かってマラソン開始だ」

「で、伊19、伊58が順番に運び出し、後1列ってところで砲撃が始まった」

「古鷹は青葉達と兵装庫から、艦娘が使う主砲とか航空機を提督棟裏に運び出した」

「伊19がLV1艦娘を運び出すまでそれを続けた後、全員で脱出した」

「この後も全部の建物が崩れるまで砲撃は続いた」

「その後深海棲艦達は上陸して調査しようとしたが、火の勢いが強すぎて近寄れなかったらしい」

「だから遠方から観察して、古鷹達がバラ撒いた兵装とかの残骸を見て艦娘全滅と勘違いした」

「まぁ、艦娘が誰も居なくなって、周囲まで火の海で逃げ場がないように見えてるんだからな」

「古鷹の作戦勝ちってことだ」

「で、実際は土管通路伝って反対側に全艦娘逃げて無事、そのまま火を盾にしてソロルへ退却した」

「これも伊19の戦略なんだけどな」

「伊達に潜る18禁と言われてねぇってことか」

「だから止めてやれっての」

「この大攻撃で艦娘全滅と思ったのは深海棲艦だけじゃなく、大本営もそう思った」

「翌日の2日に、大和がソロルで長門から聞くまではな」

「長門といえば、夜に提督の小屋から1回帰ってきた後に脱出劇を聞いた」

「それで提督を心配して、提督小屋を再び訊ねて連れて帰ってきたんだよな」

「布団忘れたけどな」

「あれは仕方ねえと思うけどな」

「摩耶、なんか今回妙に優しくねぇか?」

「な、なんだようるせぇな。誰にでも間違いはあるってことだよ」

「ん?間違い?なんかさっき・・・」

「次行くぞ次!」

「あ、ああ」

「4月2日の大きな出来事は大和がソロル本島にきたってこと」

「後は、実はヲ級は2日も岩礁に来たんだけど、小屋に誰も居なくて張り紙見て帰ったらしい」

「へぇ」

「で、大和に長門が説明して、LV1艦娘が無事なこととか、ヲ級の話とかを聞かせる」

「大和は中将が心配してるからとそのままとんぼ返りしたんだよな」

「ああ。ちなみ大和と長門の話は青葉がすっかり聞いてメモしてたんだが」

「不知火と文月の説教部屋に連行されてエグ過ぎる記事は捨てさせられたらしい」

「文月は「自発的にして頂いた」って言ってたけどな」

「ま、文月に勝てるやつはいねえだろ」

「龍田も一目置いてるぜ」

「そりゃ確定だな」

「で、2~3日経って引越しが落ち着きだした頃から諸々相談事が出始める」

「自然と長門の家がよろず相談所になっていく」

「長門も人情派だから断わらねえしな」

「一方、新入生達は先輩で顔見知りの中から古鷹に相談する」

「悩みを聞いた古鷹は長門に相談しに行く」

「長門は提督と相談して部隊名までは決めるんだが、増える相談事に身動きが取れなくなっていく。」

「ここからソロル本島の長門達と提督達が同時並行で動き出す」

「提督の方はヲ級から相談を持ちかけられたんだよな」

「そうそう。8日に岩礁にヲ級を見つけて、夕張と響を従えて小屋に出向いて相談を受けた」

「夕張が超職人技見せて9日明け方にはヲ級が居た鎮守府を特定しちまう」

「夕張はそのまま突っ伏して寝てたから、実際報告したのは昼前だったけどな」

「それでも凄いじゃん」

「だな。」

「ちなみに夕張を召集する前に長門と加賀に相談してるんだが、そこで提督は長門に事務方を頼るよう言ったんだ」

「長門が相談に疲れてるのをさりげなく解決してるよな」

「おかげで俺は刀新調したいって頼んでたのにあっさり却下されちまった」

「どさくさに紛れて何頼んでるんだよ」

「だって折角新しいとこに引っ越したんだから刀も良いの欲しかった・・・」

「まぁ、事務方なら0.1秒で瞬殺だな」

「その通りだよチクショウ。不知火が超冷たい目で切って捨てやがった。」

「刀だけにか。うめーじゃん」

「ちげーよ」

「で、だ。提督はもう1つ気の利いた事をしてる」

「夕張の研究所だな」

「そういうこと。工廠長のとこにメシ差し入れてそっと頼んでる」

「提督って気配り屋だよな」

「その割に鈍感だけどな」

「そーだな。はははっ!」

「それで翌10日、再び夕張と響と3人で小屋に行く」

「ヲ級が仲間連れてきたんだよな」

「ていうか着いて来たらしいぜ。ヲ級の友達だったらしい」

「ヲ級とイ級ってよく連れ立ってるの見るけど、仲良くなりやすいのかな」

「わかんねーけどな。そういやイ級はえらくカレー気に入ったみたいだな」

「提督は美味しいカレーをくれるおじさんとして記憶したらしいぜ」

「だからカレー提督とか言ってたのか」

「で、ヲ級の古巣は1日がかりの移動になるってんで小屋に泊まる事になる」

「この時ヲ級がソロル本島と小屋をDMZ化したんだよな」

「そういうこと。翌朝、赤城も加えてヲ級の元居た鎮守府に行ったんだよな」

「すると、鎮守府で仲間の帰りを待ってる飛龍と、飛龍がスト起こしてると勘違いして腐ってる司令官に会う」

「で、飛龍お持ち帰りしてきたんだよな」

「だからさっきから何で提督をナンパ男みたいに言うんだよ」

「実際そーだろーがよ」

「アタシの提督はそんなふしだらじゃねーんだよ!」

「アタシの・・・?」

「はっ!うっ、うるせー!!とにかく提督は真面目でナンパ野郎とはちげーんだ!」

「へー」

「・・・20.3cm喰らう前に言いたい事はそれだけか?」

「う、うわ!、マジになるのは止めろよ!放送局吹っ飛ぶから!ディレクター泣くから!」

「ちっ、後で工廠裏な」

「わ、わかった、解ったから」

「全く。で、飛龍とヲ級達連れて小屋に帰ってくる」

「そこでヲ級が蒼龍に戻る」

「で、蒼龍と飛龍を連れて長門を訪ねるんだが、様子がおかしいわけだ」

「ここで並行して本島で何が起きたかの説明に切り替えるぜ」

「長門は事務方に相談事の捌きを頼んだんだが、その代わりにと緊縮策の説得役に指定されちまう」

「木曾もだ。二人して真っ青になったが、肝心の提督がヲ級の件でずっと不在」

「長門も木曾も懸命に説得したんだけど、まあ本人も納得してない事だから上手くいかねぇ」

「だから長門と木曾の親しい奴らは懐柔出来たけど、それが限界だった」

「事務方は気を揉んでたし、手伝える事を探してたみたいだけど、二人には逆効果だった」

「閻魔様が取立てに来るって木曾が泣いてたもんな」

「だったら説得に応じてやれよ。仲間だろ?」

「気心知れてるからこそ本音を言ったんだよ。実弾演習は面白くねえ訓練の中で唯一の楽しみなんだぜ」

「まぁ、解らなくもねぇけどよ」

「それが週2から月1、しかもいつまでか解りませんじゃさ、はいそうですかって言えねぇよ」

「うーん」

「俺が納得しなきゃ駆逐艦達にだって説明できねぇしな」

「まぁ、な」

「だからさ、つい、木曾に突っぱねて来い、俺は協力しねえって言っちまった」

「あーあー」

「売り言葉に買い言葉だったんだが、どう収拾して良いかわかんなくなっちまった」

「だから木曾があんなに暗い顔で悩んでたんだな」

「龍田はそのうち解決するって言ったけど、球磨や多摩の視線はすげぇ殺気立ってて怖かった」

「だろうよ。あいつらなんだかんだ言って木曾の事大事にしてるからな」

「そんな感じで、事務方は空回り、長門も木曾も困り果ててる時に提督は帰ってきた」

「正規空母2隻連れてな」

「最悪のタイミングで最悪の悩みが出会ったよな」

「で、提督が差配を始める」

「長門に会場を押さえさせて皆を集めさせ、事務方には先に話を通し、長門と木曾から状況を聞いた」

「提督が皆を集会場に集めた時は、かなり分裂の危機だったよな」

「ああ。提督が頭下げるとは思わなかったけど、あれしか丸く収まる方法は無かった」

「龍田がうまく誘導してくれたのも助かった」

「あれ、誘導って言うのか?凄まじい脅迫にしか聞こえなかったぞ?」

「龍田なりの気配りなんだよ。実際誰かがああでも言わなきゃ話が進まなかっただろ?」

「ま、そうだ」

「で、提督が古鷹の話を組み合わせて、将来の話をする」

「良いタイミングで面白そうなエサを仕掛けたよな」

「で、艦娘達は全員釣られたわけだ」

「天龍だってワクワクした目してたじゃねーかよ」

「だって本当に面白そうだったし」

「ま、そうだよな。壮大で面白そうな未来の為に今は我慢してやろうって気になったよな」

「だな。だから大本営が来る為の準備も力が入ったぜ」

「じゃあその大本営の話をしていくか」

「おう。大本営は4月1日に調査隊と鎮守府に行って、隊長が殺されて、隊員達を逮捕した」

「鎮守府の爆発を調査団が一通り調べた後、鎮守府を後にした」

「ところが大本営に帰って来たら、その鎮守府が大攻撃を受けてると聞かされる」

「2部隊急行させたけど敵は居ないわ鎮守府は燃え盛ってるわでてんやわんや」

「その中で大和を出したのは、やっぱり中将は提督が心配だったんだろうな」

「生き残りが居る事をかなり願ってたらしいよ」

「で、帰ってきた大和から色々トンデモナイ話を聞く」

「それを裏付けるように、4月7日に報告書が上がってくるわ、掃除夫が内通者になってるわ」

「さすがの中将も参って、12日に上層部会で腐敗撲滅専用組織を作る事を説得、承認させる」

「中将生きてる間に終わるのかな?」

「死んじゃったらひと悶着ありそうだよな」

「まず間違いなく大和は泣くよな」

「だな。ホの字だもんな」

「ま、俺達も命惜しいから大和弄りはこの辺で」

「で、その承認を手土産に、中将は大和と五十鈴を従えてソロルに来る」

「道中、大和を相手に謝る練習をしたらしいぜ。かわいいよな」

「偉い人が格好良く頭を下げるのって難しそうだよな」

「提督みたいに腰が低いと出来るんだろうけどな」

「で、14日の完成式の時に中将と提督が和解するわけだ」

「中将は五十鈴にわき腹どつかれてたけどな」

「青葉が「超望遠レンズ買ってて正解でした!」って喜んでたぜ」

「あれを外から撮影したのか?どういう根性だよ」

「結局提督と中将は仲直りし、中将提案の腐敗撲滅と、提督提案の教育機関と調査機関を受ける事になった」

「翌日の夕刻から資材補給の定期船が来た時は神様に見えたぜ」

「普段意識してねーケド、ありがたいよな補給船て」

「おう」

 

「今回は大体こんな感じ。ここまでかな」

「なげーよー、作者、話膨らませすぎだよー」

「まぁなぁ、まとめるだけでいつもの2話分かかってるもんな」

「それでも書ききれてない事があるよ」

「例えば?」

「響は羊羹に目覚めたとか、文月の愛とかさ」

「まぁ、大きくシナリオに影響しない所は省いたな」

 

「あと、今回、作者から大きな伝言がある」

「何て言って来た?」

「ええとな、「この後続けるべきか、終わるべきか、悩んでます」だと」

「元々作者は鎮守府完成までを当初のゴールとしてたらしい」

「だから、この後はどうなったかを数年分まとめてエンディングに書こうとしてた」

「でも、続けようと思えばまだ書けるらしい」

「だから、今、予定通りスッパリ終了するか、続けるかで悩んでるらしい」

 

 




質問というか、アンケートに該当すると思われる部分を割愛しました。


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file46:(番外編)摩耶と天龍の放課後講座-その3

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~いぇ~い!」

 

「と、言いながらだな」

「なんだよ摩耶」

「今回はネタバレモードじゃねぇ」

「じゃあ何するんだよ」

「いきなり作者からの伝言モードなんだってさ」

「それ番組変わってねぇか?」

「作者が一番フリーダムってどうなのさ?ディレクター頭抱えてるぞ」

「まぁ、こんなトコに呼び出された俺達の運が悪いって事だよな」

「そこに落ち着けるのかよ。身も蓋もねぇじゃねぇか」

 

「と、いうわけで・・・ええ?何この長さ。長ぇよ」

「うっし!頑張って原文を読んでくぜ!」

 

 

 銀匙です。

 大変沢山のご意見、ありがとうございました。凄く参考になりました。

 懺悔を致しますと、私がこの小説を書いた動機は研究の為でした。

 話が少し長くなるのですが、ご覧頂ければ幸いです。

 

 普通のPCで3DのPVやアニメドラマ等を作れる、MMDというソフトがあります。

 MMDは無料で公開されており、更にそこで使えるキャラクタや小物等も有志が公開しています。

 ※参考:

  MMDについて(VPVP)URL:http://www.geocities.jp/higuchuu4/index.htm

 私は背景やセットを作っては、全て無償で配布してきました。

 艦これ関連の背景でも幾つか公開しています。

 今回小説で消失した鎮守府とル級達が居た深海棲艦の大本営は公開中のセットをイメージしました。

 ニコニコ動画のアカウントをお持ちの方ならば以下のURLでご覧頂けます。

 

 鎮守府の紹介動画:http://www.nicovideo.jp/watch/sm22607223

 深海棲艦の拠点の紹介動画:http://www.nicovideo.jp/watch/sm22703504

 

 しかし。

 私は今後、何を供給したら良いかという、ニーズが見えなくなっておりました。

 ニーズが見えないなら自分でニーズを真剣に考える機会を作れば良い。

 そう思いまして、私はガチで小説を書く事にしました。

 3Dアニメですと振り付けや演出等といった要因で諦める事もありますが、小説なら何でも書けるからです。

 そこで、色々考えた中から鎮守府の移動をテーマに据え、この43編の小説を書きました。

 こちらで公開したのは、目の肥えた読み手の方々が沢山いらっしゃるので、皆様が読み、評価する場で書いていけば実力以上の物が書けるかもしれないという理由でした。

 実際、執筆期間中、お気に入り件数やUA、ご感想が大変励みになりました。

 テーマ回収まで辿り着けたのは間違いなく皆様のおかげです。

 

 今、私はMMDに、この小説で書いていたソロル鎮守府セットを提供しようと思っています。

 製作は今日始めたばかりなので、完成や公開は少し先になると思います。

 一方で、昨夜のお願い以降、皆様からありがたくも沢山のご意見を頂きました。

 色々考えましたが、この45編は異動編として締める事に致しました。

 しかし、ル級との決着など、未解決部分の進展を望まれる声に応えたいと思います。

 従いまして、ソロル鎮守府セットを公開した後、再び筆を取ります。

 ですから小説としてはクローズいたしません。

 次に筆を取った時、章を分けて始めたいと思います。

 

 私が書いた小説で、どなたかが楽しい時間を過ごせるのなら私も嬉しいです。

 ですから、少しばかりお待ちください。

 また色々準備をし、ゴールを設定した上で続編を書かせて頂こうと思います。

 よろしくお願いいたします。

 

 

「・・・zzz」

「おい天龍、天龍、終わったぜ」

「むにゃ、長すぎるからとりあえず3行でヨロ・・」

「こら、寝るなバカ!起きろ!」

 



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第2章 ソロルでの日々
file01:艦娘ノ転職


4月13日夕方、教室棟内

 

「そうか、今日で1年経ったのね」

足柄は書類の束を閉じると、ぐいっと腕を上げて背伸びをした。

窓から少しずつ西日が入ってくる時間。

今日の授業はすべて終わり、教室には足柄が一人残っていた。

艦娘達の大移動の果てにこの島に鎮守府が完成してから、今日で1年。

妙高型4姉妹にとって、この1年は「大騒動」の一言であった。

 

引っ越しのドタバタもまだ落ち着かぬ中、提督から突然、教材を作るよう指示された。

4姉妹は今まで新入生に対して口伝でバラバラに伝えられていた諸事を聴き取り、まとめる事にした。

手始めに自分達重巡に取り掛かると、4姉妹に共通認識があった事もあって比較的短期間でまとめられた。

しかし、他の艦種に入った途端頓挫したのである。

例えば駆逐艦に、新入生に魚雷の撃ち方をどう伝えるかと聞いて来れば、

「電ちゃんは真下に落とす感じって言ってたわよ?」

「えと、あの、時雨ちゃんはモーターに点火してからそっと押して放すって言ってました・・・」

「島風は振りかぶって、一気にぶん投げると言ってたぞ?」

というように回答に一貫性が無く、まとまらなくなってしまったのである。

 

元々、妙高、那智、羽黒の3人は超が付く程の真面目である。

そのせいで足柄は傍から見れば至極常識人なのに、姉妹の中ではお転婆呼ばわりされている。

そんな4姉妹が納得出来る完璧な物を作ろうとしても、情報源がこれではどうにもならない。

足柄が姉妹の窮状を提督に相談した所、提督は姉妹全員を呼んで、こう言った。

「君達で全部判断するのは辛かろうよ。皆に聞いて、実際にやらせて、一番気に入った物を記録すれば良い」

結局、今までの分を白紙に戻し、以下の手法を取る事にした。

まず教室に後輩達を艦種別に集め、そこにその日空いている先輩艦娘を呼び、4姉妹の一人が付き添った。

こうして1教室を作り、先輩から後輩達に説明してもらい、そのまま後輩に実践させた。

1日が終わった時点で後輩達が有用だと答えた内容を4姉妹が1つ1つまとめていったのである。

非常に時間のかかる作業だったが、後輩達と話しながら楽しみながら進めていった。

秋が訪れる頃、最初に教えるべき基礎的な内容がまとまった。

これを提督に成果として報告すると、

「ふむ。こういうポイントを知りたいのか。なるほど、秀逸な教材だ。よく頑張った!これは良いね!」

といいながら、全員の頭を撫でてくれた。

撫でられ慣れている妙高や足柄は普通に反応したが、羽黒と那智は真っ赤になって固まっていた。

 

この作業方法だと、後輩達は毎日講義ばかり聞かされるのでは可哀想と思うかもしれない。

しかし、さにあらず。

先輩艦娘といえど年頃の女の子であり、本職の先生ではない。

よって、時間の半数以上を噂話等に費やし、たまに真面目な顔をしたと思ったら、

「相手を鉤爪でガッと掴んで至近距離で数発食らわせれば12cmでも致命傷だにゃ。潜水艦なんて怖くないにゃ」

といった、提督が聞けば真っ青になるような話題にすっ飛んで行く。

面白い話題ほど後輩達は真剣にメモを取るがそれでは勉強にならないので、妙高4姉妹の主たる任務は、

「先輩艦娘が後輩達と雑談をする場になる事をくい止める役」

というポジションが定番となりつつあった。

今から考えると超真面目揃いの妙高型を指定した提督は先見の明がある。

金剛型とかに任せていたら収拾がつかなくなっていただろう。

ちなみに重巡の後輩達には4姉妹が説明すれば良いので、ゴシップエンターテイナーの青葉は1度も呼んだ事が無い。

何度か「青葉の出番はいつですか?2~3日は話せる位の面白ネタがありますよ!」と言われているが黙殺している。

お昼のバラエティではないのである。

こういう形で矢のように時間が過ぎて、現在に至る。

すっかり妙高型4姉妹は後輩達から「先生」と呼ばれるようになっていた。

足柄が今週まとめているのは軽巡が海上戦闘時にいかにして魚雷を回避するかについてであった。

 

「足柄、ここに居たのね」

「妙高姉さん、どうしたの?」

入ってきた妙高も大きな書類の束を手にしていた。

「今日の分が終わったから、様子を見に来たの」

そういうと足柄の近くの椅子に腰を下ろす。

「私の方も今日の分は終わったわ。ちょっと思い出してたの」

「あら、何を?」

「この1年の事」

「・・・あ、そうか、今日で1年ね。怒涛のようだったわね」

姉が同じような感想を持っていると知り、足柄はちょっと嬉しかった。

「そうよね、凄まじい1年だったわ」

「しかも、忙しい理由が戦闘でも遠征でも演習でもないのよね」

「事務や司会にもLVがあるなら確実にケッコンカッコカリ出来るわよね」

「提督は足柄の指輪の好みを知ってるかしらね?」

「へひょっ!?」

足柄は変な声を上げてしまった。提督に悪くない感情を持ってる事はまだ言ってなかったはずだ。

「あら、違ったかしら」

「は、ちょ、ち、違うわよ。誰があんなオジサマ」

「あら、そう、ごめんなさいね」

妙高がくすくす笑っている。

外からの評価は超真面目となっているが、しっかり付き合うとお茶目成分が多い事に気付く。

「ところで、聞きたい事があるのだけど」

妙高がきちんと居住まいを正して話し始める。

「足柄は、教育専従班が創設されたらやってみたいかしら?」

足柄も気になっていた事だ。

提督は1年様子を見て決めると言っていたので、そろそろ専従組織を考えるだろう。

専従となれば実弾演習等を除いて砲撃も疎遠になる。艤装も付けない日が増える。

艦娘にとって転職並みの大転換である。

1年前、事務方があっさり専従化したと聞いた時は深く考えなかった。

しかし、その後文月達が身軽な格好でトテトテ走っている姿を見ると、艦娘として少し複雑な心境になる。

本懐を遂げられない状態で毎日を過ごして本当に楽しいのだろうか、と。

長考に入った足柄に、妙高は助け舟を出した。

「まだ結論は出ていないのね。提督からはまだ何も聞かれてないから、今のうちにしっかり考えてね」

「あ、うん・・・・あの、姉さん」

「どうしたの?」

「姉さんは、教育専従班に行くの?私は、迷ってるわ」

妙高は首を少し傾げた後、ぽんと手を叩いて言った。

「そうね。じゃあ、先輩に聞いてみましょう!」

「先輩?」

「そう、先輩」

 

「何ですか?珍しいですね」

教室棟の外をたまたま通りがかった不知火を妙高が呼び止め、そのまま教室に来てもらったのである。

「明後日の講義の調整でしょうか?」

「いえ、違うの。不知火さんは専従化して1年近いでしょう?」

「そうですね」

「現在までを振り返って、どうだったのかを聞きたいなと思って」

「・・・あぁ、今日は完成式から1年でしたね。私とした事が忘れていました」

「不知火さんにとって、この1年はやはり怒涛のようなものだったのかしら?」

「怒涛・・・怒涛といいますか、毎日が楽しくてあっという間でした」

「事務方が、楽しい?」

「はい。戦闘や演習も決して悪く無かったのですが、事務方は、なんというか」

「なんというか?」

「自分が努力すれば、例えば予算内で収支報告を迎えられるといった形で実を結びます」

「実を、結ぶ・・・」

「戦闘で相手を討ち滅ぼすのも大切な成果です。しかし、不知火には今の方が性に合ってます」

足柄が思わず聞いた。

「砲雷撃戦や水雷戦が出来なくても寂しくない?近代化改修と無縁になっても?」

不知火はきょとんとした顔になると、

「あぁ、そういうのもありましたね。忘れてました」

と答え、続けて、

「パソコン操作の近代化改修があったらしたいですね」

と、真面目な顔で言った。

「じゃあ、専従化から外れる気は全然ない?」

「全くありません」

「艤装に未練は・・・」

「今更つけるのは嫌です。しんどいです」

これには足柄も妙高も目を見開いた。

「ええっ!?しんどい!?」

「非装着が当たり前になると、狭い所を通るのに艤装を気にしなきゃいけないのが面倒で」

「そ、そう・・」

「まぁ私は艦娘ですから着けてしばらくすれば戻るとは思いますが、戻りたくはないですね」

「じゃあ、専従化には・・」

「満足しています。提督からも良く褒めてもらえますし」

ぴくん。

足柄の肩が一瞬だけ上がった。

妙高は不知火に丁寧に礼を言い、冷蔵庫から取り出したジュースを手渡した。

不知火は嬉しそうに教室を後にした。

妙高は足柄に声をかけた。

「先輩の話はどう?参考になった?」

「姉さん、私、専従で頑張る」

「えっ!?もう決めたの!?」

「褒めてもらえるし」

「あ、あのね、今の役割を仕事として取り組むとして満足出来るかが大事なのよ?」

「後輩達と教室で座学したり、仮想演習とかで試してみる毎日は楽しいわ!」

「それは確かにそうよ、そうだけど・・・」

「それで褒めてもらえるんだから美味しいじゃない!」

「だから、褒めてもらえるかどうかを主として考えちゃだめよ?」

「ええ!やる気出てきたわ!漲ってきたわ!」

なんだかダメな予感しかしないと妙高は思った。足柄が何を考えてるかダダ漏れだ。

砲雷撃戦と近代化改修をこよなく愛する足柄が、本当に切り替えられるのかしら?

 

 




作者「ええと、全力でソロル鎮守府セットを作ったら2日で完成・公開となりました。」
天龍「あれだけ悩んでたのはナンだったんだよ。さっさと作れば良かったじゃん」
作者「というわけで、次シナリオに入ります」
天龍「これなら普通に章を分けますとだけ告知すりゃ良かったじゃん」
作者「面目次第もございません」
天龍「で?」
作者「で、とは?」
天龍「折角だから公開したソロル鎮守府のURL位貼っとけよ」
作者「これです」

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23161552


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file02:ニ棹ノ羊羹

 

4月13日夜、本島鎮守府食堂

 

「おぉい皆、聞いてくれ~」

艦娘達が喧しくも和気あいあいと食事している所に提督が現れた。

声を聞いた艦娘達は、途端に行儀よく静まった。

「どれくらいが覚えているかともかく、今日はこの鎮守府が完成して1年になる日だ」

場が懐かしむ声で少しざわめく。

「実は私も今日気付いたんだ。ささやかで悪いが皆に贈り物を用意したんだ」

ざわめきが大きくなる。

そこに、間宮と今日の秘書艦である赤城が1台ずつ台車を押して入ってきた。

台車の上には杉箱に入った羊羹が大量に積まれている。箱入りは高級品である。

「1人2棹というか、1箱用意した。食器を下げる時に貰ってほしい。黒蜜入りの本練りだぞ」

そういうと提督は1箱を手に取り、赤城に渡しながら、

「いいか、これは一口羊羹じゃない。ゆっくり、切り分けて、味わって、食べなさい」

と、噛んで含めるように念を押した。

「そんなぁ~」

という赤城の反応を皮切りに、艦娘達はわあっと歓声を上げた。

普段は全くペースが違う艦娘達だが、今宵は一様に光の速さで平らげると、羊羹を手に嬉しそうに寮に帰っていった。

最後の一人となった時雨が最後の1本を台車から手に取り、提督を上目遣いでちらりと見つつ、

「提督、ありがとう。あと、無事1周年を迎えられて、良かった」

と早口に言って食堂を後にした。

その時、提督は気がついた。

「あ、自分の羊羹忘れてた。後で売って下さいな」

すると、隣に居た間宮が申し訳なさそうに

「ごめんなさい。在庫全部使ってしまったので普通のも含めて数日間は用意出来ないのですが・・」

と、とどめを刺したのである。

 

提督は間宮の店に台車を返しに行くのを手伝った。

行きは間宮と赤城が押してきたのだが、赤城は今頃、加賀と仲良く羊羹を食べている事だろう。

非常に微笑ましい光景が頭をよぎったので、呼びに行くような野暮な真似をしたくなかったのだ。

間宮からせめてこれをと貰った酒饅頭を頬張りながら店を出て、空を見上げた。

満天の星空だった。

4月か。日本なら桜が咲く頃だな。

ここは南国で、日本のように強く四季を感じるような景色の移ろいが無い。

真冬でも多少肌寒いくらいで、年中同じ格好で居られる。

それでも、いや、だからこそ。

鎮守府完成記念日といった形で、時の移ろいを認識出来る機会を作っておきたいな。

「提督っ!何泣いてるんですか!」

振り向くと蒼龍が居た。手ぬぐいを被せた平皿を手にしている。

「泣いてない。いや、毎年完成記念日を祝うのも良いかなと思ってね。」

「あれれ、そうなんですか?てっきり一人羊羹が無いからぐずってるんだと」

「私を幾つだと思ってるんだ」

「じゃあ、これは要らないかなあ?」

蒼龍が手ぬぐいを取ると、少しいびつだが、2棹分の羊羹が姿を現した。

「この羊羹はどうしたんだ?余りは無い筈だが」

「皆でちょっとずつ切って合わせて、2棹分にしたんです!」

「ん?そういえば、なぜ足りないと知ってる?」

「時雨が食堂から出る時に聞こえたらしくて、急いで声をかけて回ったんです」

「あちゃー、聞かれていたか」

「一言言ってくれれば良いじゃないですか」

「いや、本当に最後になって気付いたし、恥ずかしいじゃないか」

「提督って意外とうっかりさんですよね」

「否定できん。でも、嬉しいなあ」

「ん?」

「こうやって皆が譲ってくれたってのが嬉しいなと思ってさ」

「あ、そうだ提督」

「なんだい?」

「誰がどれとは言わないからね」

「なんの事だ?」

「良いの。それじゃあ、はい」

蒼龍から受け取った皿には、蒼龍の手のぬくもりが残っていた。

「ありがとう、蒼龍」

提督は蒼龍と一緒ににっこりと笑った。

 

提督室に戻ってきた提督は改めて羊羹を見て、蒼龍の言葉の意味を理解した。

「すごいな。この幅5mm程の薄い1切れは誰だ?もはや職人芸だぞ・・」

ほとんどが1cm幅だが、3cm近くある塊や薄くて向こうが透けて見える物もある。

うちの艦娘達そのものだなあと提督は思った。

皆個性的で、温かい心があって、寄り添うと立派に1つとして機能して。

ぺらぺらの1枚を口にしながら、提督は嬉し涙をこぼしていた。

 

「あはははは、薄切り咥えて泣いてるわよ」

「だから僕はあんなに薄く切るのは失礼だよって言ったのに」

 

提督に聞こえないよう、ひそひそ声で話しているのは叢雲と時雨である。

時雨は羊羹集めに奔走したのに、肝心の所で気弱な性格が災いし、提督に持っていく役になりそこねてしまった。

全員から集めたら2棹分の大きさにはなったものの、心配になり、提督の様子を見に来たのである。

時雨の抗議に対して叢雲が鍵穴から顔を外し、振り返って反論する。

 

「でもあたしは薄切りだけど5枚もあげたんだからね」

「提督からすれば薄切りであげた人が5人居るように見えるじゃないか」

「全部の個数数えれば艦娘より多いんだから気づくわよ」

「いちいち数える訳ないじゃないか。提督がそこまで繊細な人だと思うかい?」

 

提督は部屋の中で苦笑していた。

丸聞こえだよ叢雲と時雨。涙もあっという間に引っ込んだよ。さっさと入ってくれば良いのに。

しかし、提督に気づかれた事も知らないまま、二人は次第に白熱していく。

 

「大体時雨が甘やかし過ぎなのよ。端から3cmも切った時は何の冗談かと思ったわ」

「だって、誰も協力してくれなかったら可哀想じゃないか」

「皆でまとめた後も戻さなかったじゃない」

「今更ひっこめられなかったんだよ」

「その割には弁当に愛情込めた奥さんみたいにニコニコしてたじゃない」

「ぼっ、僕をからかうな。わざわざ5枚にするのだってツンデレの極みじゃないか」

 

提督は次の薄切りを口にした。

これは叢雲の作なのか。5mm5枚組とは凄い包丁さばきだよ。

 

「なにがツンデレよ!私はデレてないわっ!」

「だって、結局あげた厚さは僕と変わらないじゃないか」

「あたしは2.5cmよ2.5cm!デレ時雨の3cmとは訳が違うわ!」

「デっ、デレ時雨って何だよ」

「ぶっちぎりに分厚いサイズをあげといて違うとでも?」

「ぼっ、僕は日頃からの感謝をこめて、その・・・ごにょごにょ」

「もごもご言う時点で認めたようなものじゃない。耳まで真っ赤よ」

「うっ、うるさいうるさいツンデレ叢雲」

「だからデレて・・・」

 

ガチャ。

「お前達」

「あ・・・」

「な・い・わ・・・よ・・・」

「良いから入っておいで」

 

少し気まずそうに提督室に入ってきた時雨と叢雲を前に、提督は引き出しから紙包みを取り出した。

「一番厚く切ってくれた時雨と、二番目に厚く切ってくれた叢雲に」

「あ、き、聞こえてたんだ・・」

「アンタのせいよ」

「だって」

「こらこら、ケンカしない。これを内緒であげよう」

時雨と叢雲が興味津々の目で見守る中、提督が開けた包みの中には小さな菓子が沢山詰まっていた。

「西洋の菓子で、キスチョコというんだ。とても美味しいぞ」

そういうと提督は風呂敷を2つ用意し、中身を均等に分配すると、それぞれをギュッと結んで包んだ。

時雨も叢雲も目がキラキラしている。

「いいか、二人とも」

「はい」

「これは私達3人だけの秘密だ」

「!」

「キスチョコはこの鎮守府の中で、この2つの包みに入ってる分しかない」

「!!!」

「時雨と叢雲に特別に譲る。どう食べるかは好きにすると良い」

「て、提督は要らないのかい?」

「それも、任せる」

「そ、それじゃあ僕の分からあげる」

「あっ、待ちなさいよ。私は5mm少ないんだから私があげるわよ」

「いい。僕があげる」

「ケンカしないの」

「はい」

「・・じゃあ1つずつあげる。それで文句ないわね?」

「解ったよ」

そういうと、提督の手にそれぞれから2つの小さなチョコが乗せられた。

「ありがとう。」

「でも、提督はどうしてこれを買ったんだい?」

「本当はホワイトデーにあげようと思ってたんだがな、つい昨日やっと届いたんだ」

「ホワイトデーって先月だよね?」

「そういう事。完全に時期を過ぎちゃって、一人で食べるには余るほどあるという訳だ」

「ほんっと、間抜けよね」

「・・・叢雲さん半分返そうか」

「嫌よ」

「まぁいい、後は好きにしなさい。ただ、もう夜遅いから今日は早く帰りなさい」

「はあい」

「あ、そうだ。時雨、叢雲」

「何?」

「羊羹ありがとう。嬉しかったよ」

「・・・・」

「かっ、帰るわよ!おやすみっ!」

「はい、お休み」

 

その夜、寮であっという間にキスチョコは発見された。

艦娘甘味センサーは極めて感度が高いのである。

そして、経緯を知った艦娘達は分け前を要求し、結局1つずつ配られた。

それでも時雨と叢雲の手に3個ずつ残ったのは全くの偶然だったそうである。

 




こんな鎮守府移動劇は奇跡ですよね。そして奇跡といえばキスカ島です。
ソロルとチロルは似てますよね。そしてチロルといえばチョコです。

ゆえに提督はキスチョコを買ってきた訳ですが、誰も気づかなかったそうです。

提督「・・・・・・。」


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file03:100件ノ相談

4月17日午前 岩礁の小屋前

 

「はーい、今日も掃除から始めるわよ!」

鳥海が目を輝かせて小屋に竹箒を取りに行ったが、島風と夕張は既に疲労困憊だった。

島風の方は昨夜、部屋の惨状を鳥海に見つかり、早朝から移動直前まで掃除三昧だった。

夕張は午前3時までアニメを見てから寝たのだが、5時丁度に摩耶が起こしに来て、

「ほら!ランニング始めるぞっ!」

「止めてください死んでしまいます」

「さっさと出てこい!」

というわけで、へろへろの走りっぷりで実技棟のトラックを5周してきたのである。

(いつもは10周だが、明らかに寝不足を察した摩耶が半分に加減した)

「うえー、島風は疲れたよー。カレー食べて帰りたいー」

「私、小屋で寝たい。今なら丸3日寝られる自信があるわ」

しかし二人は、すぐに殺気を感じて振り返った。

そこには冷たい笑顔で般若の気配を背負った摩耶が仁王立ちしていた。

「お前ら・・・」

「ひっ!」

そこに、鳥海が戻ってきた。

「箒持ってきたわよ。皆で小屋周りを掃きましょ~」

島風と夕張がすっ飛んで行って箒を受け取ったのは言うまでもない。

 

「よし、大体こんな感じだなっ!」

摩耶が納得の表情で頷いた。

小屋の周りは丸テーブルや椅子が並べられ、オープンカフェのようだった。

普段は小屋の中に仕舞ってあり、金曜の昼から夕方まで展開する。

カレーは朝、鳳翔が大鍋に入れて渡してくれる。

しかし、小屋の中でも3つの鍋が湯気を立てていた。

2つはご飯である。

鳳翔がカレーを作ってくれているのだが、何せ大量であり全部任せては心苦しい。

その為、ライスは島で用意すると辞退しているのである。

残る1つは島風の提案で作り始めた、「甘口カレー」である。

鳳翔のカレーは本格派なので、一言で言えば辛めの大人の味である。

その辛さにびっくりしている深海棲艦に気付いたのは、勘の鋭い島風ならではであった。

対策として甘口カレーを思いついたのだが、鳳翔のカレーが好きな夕張達は「甘さ」の加減が解らない。

そこで、レシピを暁に依頼した。暁は

「べっ、別にレディだから辛口も食べられるのよ!これはお子様向けの想定なんだから!」

と言いつつ出してきたが、そのカレーを一口食べた島風が目を剥く程に甘かった。

それを恐る恐る提供してみると、甘口を選んだ深海棲艦達は大変喜んで食べたのである。

「ほら御覧なさい!レディを甘く見ないでよねっ!」

暁は胸を張ったが、この場に居る面々は未だに不思議に思っている。

黒糖、はちみつや牛乳等を加えながら、世の中の深さと不思議さを噛み締めるのである。

 

 

4月17日昼時 岩礁の小屋前

 

「はーい、次!カレーは甘口か辛口か?辛口の大盛り?良いぜ~」

手際良く注文を捌いていく摩耶と、全テーブルを埋め尽くす深海棲艦という風景。

何も知らない司令官が見たら腰を抜かしそうであるが、金曜昼時の恒例である。

「食器は返却所に返せよなっ!」

大盛りカレーを手渡しながら摩耶が言う。

返却所では島風と鳥海と夕張が一心に洗い物をしていた。洗っても洗っても追いつかないのだ。

返却所は何の変哲もない構造で、食器を置く為の前後に貫通した台がある。

その台の隅に、赤いボタンのついた小さな箱が置かれている。

食器を返しに来た深海棲艦の一体が、周囲に気付かれないようにそっとボタンを押した。

「あ、食器はこっちだよ~」

島風が何気ない風を装いながら、数字の書かれた黄色いプラスチックの小片を手渡す。

「アリガトウ」

深海棲艦は小片を受け取ると、何事も無かったかのように海に去っていった。

 

 

4月17日午後 岩礁の小屋前

「皆お疲れさま」

「ふええ、どんどんお客様が増えてくよ~」

「今日は100食は行ったね!次回はもう少し鳳翔さんに作ってもらわないと私達の分が無くなるわ!」

カレーの配布は昼時のみであり、15時を回れば食事客は居なくなる。

テーブルや椅子は綺麗に拭いて畳んであるが、小屋にはまだ仕舞っていなかった。

何故なら、別のお客様が来るからである。

 

「17:00」と書かれた小片を手にした深海棲艦は、17時きっかりに海から現れた。

夕張が小屋の中に案内すると、早速確認を始めた。

「なるほど、鎮守府は年中暖かかったのね」

「ソウデス。大キナ青イ壁ガ、アッタヨ」

「艦娘は何人位居たか覚えてる?」

「ウーン、少ナカッタト思ウ」

「深海棲艦になってからどれくらい経ったか覚えてる?」

「2年カナ、3年カナ、ソレクライ」

「解った。ちょっと待ってね」

夕張は素早くパソコンのキーを叩き、条件を入れた。すると、該当7件と表示される。

「どれか見覚えのある建物はある?」

深海棲艦が画面をじっとみるが、溜息を吐いて首を振る。

「コノ中ニハ、ナイ」

夕張が条件を変えると、該当5件と出た。

「この中は?」

「ウーン・・コレ、カナ?」

夕張はその鎮守府の他の写真を幾つか画面に出した。すると、

「コ!コレ!ココ!」

深海棲艦がぴょんぴょんと飛び跳ねる。夕張はにこにこしながら聞いた。

「見つかって良かったね。一緒に行く?」

しかし、深海棲艦はじいっと画面を見つめ、涙を浮かべながら、

「ウウン、コレデイイ。満足。叶エテクレテ、アリ・・ガ・・トウ」

言い終わる前から眩い光を発し始めたかと思うと、最後の言葉と共に消えてしまった。

摩耶が入ってきた。

「あの子、昇天を選んだんだな。」

「うん。見つかって嬉しそうだった」

「そっか」

島風が入ってきた。

「夕張っ!今の子で丁度100体目だったよ!」

「そっかあ。100体目の子が無事成仏してくれて良かったよ~」

鳥海、摩耶、夕張、島風の4人は自然と手を合わせて黙とうしていた。

 

深海棲艦達は小屋にカレーを食べに来るが、もう1つの目的を持つ子もいた。

それは、返却時に赤いボタンを押すと艦娘が相談に乗ってくれるというものだ。

相談の結果、元の艦娘に戻ったり成仏出来た子も居るという話も伝わっていた。

島風が手渡した小片には深海棲艦が来るべき時間が書いてある。

その時間通りに来ると、夕張が小屋に案内してくれる。

あとは先程の通りである。

 

最初はカレーを配っている時間に相談窓口を開いたのだが、ほとんど誰も来なかった。

相談しても必ず見つかるとは限らないし、相談自体が裏切り行為と見られかねない。

つまり、他の深海棲艦に相談していると知られる事を恐れていたのである。

夕方近くに来た深海棲艦からそう聞いた夕張が考えたのが現在の仕組みである。

これならカレーを食べに来た深海棲艦に聞かれる事もなく、他の相談者にも会わずに済む。

この仕組みを取り入れてから一気に相談者が増えた。

今ではカレーが切れる前に時間枠が埋まるので、先にボタンの付いた箱を回収している程だ。

ボタンが無い事に気付き、残念そうに帰る深海棲艦も居る。

 

「じゃあ、今日はこれで終わりだね。」

「今日みたいにあっという間に見つかると良いんだけどね」

「テーブルは仕舞っておいたぜ」

「ありがとー、お疲れ様ですぅ」

最後の後片付けをしながら、夕張達は互いにねぎらった。

現時点で100体と相談をしたが、元の居場所を特定出来たケースはおよそ4割。

見つかった鎮守府に行って昔の仲間と話しても、成仏や艦娘に戻るのは全体の3割程だった。

つまり6割はそもそも見つからず、1割は見つかっても深海棲艦のままだった。

その1割には共通した特徴があった。

なぜ自分を裏切って深海棲艦にしたのかという恨みを抱いていたのである。

夕張達は相談してるうちにこのパターンに気付く。

しかし、戻れない事に同情し、探す以外にも相談に乗るからと声をかけるのみとした。

怒りつつもしょんぼりと帰っていく深海棲艦を諭すのは可哀想だと思ったからだ。

「それで正しいよ。これはとても難しい問題だから、深追いしてはいけないよ」

提督は相談しに来た夕張達に言った。

「相談に来る深海棲艦でも、思いの強弱、種類は様々だし、時が解決する事もあるだろうよ」

その言葉通り、何回か相談に来て次第に思い直し、昇天した例もあった。

地道にデータを集め、1体でも多くの深海棲艦と元の鎮守府を巡り合せよう。

これがこの班の合言葉になっていた。

 

 

 




小説でカレーカレー書いてたらカレーが食べたくなりました。
スーパーに行ったらカレーコロッケがありました。
コロッケ美味しいです。

あれ?


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file04:教育者ノ適性(前編)

6月1日夜 提督室

 

「ふーむ。これは本当に凄い。まさに虎の巻だな。」

提督は綴じられた厚い紙の束から目を離すと、一人呟いた。

今朝、月次報告で妙高型4姉妹から教育資料が出来たと聞き、1日ずっと読んでいたのだ。

構成は艦種別かつ基本編と応用編がある。例えば戦艦応用編、といった感じである。

補足資料等も含めて20冊に渡り、極めて正確で実用的な情報であふれていた。

「私でも読む前より解った気がするから、艦娘達にとっては勉強になるだろうなあ」

「妙高達が持ってきた資料、読み終えたのか?」

今日の秘書艦は長門であった。

最後まで読むから先に帰って良いぞと言ったのだが、長門は

「主を置いていく秘書がどこに居る。警護の意味もある。案ずるな」

と、本を読みながら静かに待っていてくれたのである。

「たった今読み終えた。ああ、戦艦編を読んで思った事がある」

「なんだ?」

「長門は偉いな」

「えっ!?」

「これだけ多くの事を普段にしろ戦闘時にしろ捌いているのだろう?」

「ま、まぁその、イチイチ考えてるのではなく、覚えていれば自然と動けるからな」

「日頃からちゃんと鍛錬してないとそうはならん」

「かっ、からかうな!」

「からかってなどいない。尊敬してるんだよ」

「・・・提督は素だから困る」

「ん?何か言ったかい?」

「茶でも飲むかと聞いたのだ」

「煮込むなよ?」

「そっ、それは昔の過ちだ!」

「私はそのおかげで赤城に止めてくれと哀願されたぞ」

「どういう事だ?」

「いや、赤城を労う為に茶を入れようとしたのだが、長門から聞いた手順を言ったら」

「私が言ったと言ったのか!?」

「いや、長門から聞いたとは言ってない。手順だけだ」

「心臓に悪いから止めてくれ。私のイメージがどんどん崩れていくじゃないか」

「言ったら赤城があっさり変わってくれたよ」

「そりゃ、煮込むなんて言ったら変わってくれるだろう・・・」

「じゃあ本当はどうすれば良いんだ?」

「茶葉を、ぬるま湯でふやかすらしいぞ」

「時間はどれくらいだ?一晩とかか?」

「それでは湯が冷めてしまうではないか」

「じゃあ15分か?20分くらいか?」

「私も知りたいと思っていたところだ。折角だからやってみようか、提督」

 

25分後、提督室から

「にっ!にがっ!にがあああぁ!」

という2人の悲鳴を聞きつけたのは青葉であった。さすが強運の持ち主である。

 

 

6月2日昼 提督室

 

「お呼びですか、提督」

妙高型4姉妹が再び揃っていた。昨日と違うのは青葉と衣笠も呼ばれた事だ。

「青葉、ぜひお聞きしたい事が!」

「私へのインタビューは後だ。まずはこの資料だが」

提督は傍らの書棚を指した。そこには昨日届けられた資料がきちんと並んでいた。

「大変素晴らしい物だ。さすがは妙高型4姉妹、というべき内容だ」

「ありがとうございます。光栄です」

妙高が代表して応えた。

「ついては次の段階に進みたいのだが、まず青葉と衣笠に問いたい」

「なんでしょうか!?」

「1つは外部にここの教育の素晴らしさを伝える為、説明資料を作れないか?」

「お任せください!」

「もう1つは、実際に他の鎮守府を回ってPRする広報班を専従でやってみないか?」

「やります!」

「えっ!?」

青葉が即答したのを衣笠がぎょっとした目で見る。

「広報なんて天職です!今すぐ兵装を下ろせば良いですか?」

「気が早すぎるよ。それに兵装はちゃんと工廠に返してください。それと衣笠」

「はっ、はい?」

「ご覧の通りなので、どうか青葉のブレーキ役を引き受けてくれないだろうか?」

「・・・・・」

溜息を吐く提督と目が星になってる青葉を交互に見て、衣笠は思った。

こらアカン。私が居ないと結果は火を見るより明らかだ。衣笠は口を開いた。

「提督」

「なんだい?」

「受ける前にお願いがあります」

「聞こう」

「私を広報班長にしてください」

「もちろんだ。上司特権をバンバン使わないとブレーキが焼き切れるからな」

「仰る通りです提督」

「え~、衣笠が上司なの~?」

「言う事聞かないと資料として採用してあげないんだからね!」

「うえー、頑張りますー」

「さすが衣笠。すまないがよろしく頼むよ」

「はい」

「ところで提督!質問です!」

「さっきから聞きたそうにしてたな。何だ?」

「昨夜、提督室から絶叫が聞こえたのですが、あれは何が起きたのですか?」

「・・・黙秘権を行使します」

「えー、じゃあ仕方ないなあ」

「憶測でエンタメ欄に乗せたら文月に言いつけます」

那智が呆れたような顔をして口を挟んだ。

「提督、言葉に窮したからと言って、文月に言いつけても・・・なにっ!?」

那智の目線の先には提督に土下座する青葉の姿があった。

「すみませんすみません提督、文月様に言うのだけは勘弁してください」

那智は思った。今度から青葉に困ったら文月に相談しよう。

 

「ところで専従と言えば、妙高、那智、足柄、羽黒」

「何でしょう?」

「教育のやり方なのだが、専従化と現行の方法、どちらが良いか聞きたい」

「外部の受講生も呼ぶという前提ですよね」

「そうなるね」

「それであれば、専従化して特定の艦娘が講師になった方が良いでしょう」

「ふむ」

「今は先輩後輩の調子で和気あいあいと資料を作りながら教育も進めていますが」

「外部から来るとなるとケジメが必要であろう」

「し、資料をちゃんと覚えてる人が教えるべきだと思います!」

「資料も結構大量になっちゃったしね」

「だとして、だ」

「はい」

「まず君達は、講師として専従化しても良いかな?それとも代わりたいかい?」

「私は構わないわ。妙高姉さんはどう?」

「色々考えたけど、私も良いと思うわ」

「こ、講師役は緊張すると思いますけど、頑張ります!」

「1年以上かけて作った資料に愛着もあるのでな。引き受けよう」

提督はさらに質問した。

「君達は確定として、他に仲間を増やしたいかな?」

妙高が少し考えて、口を開いた。

「可能であれば」

「誰かな?」

「天龍さんと龍田さんを」

「えっ」

妙高以外の全員が聞き間違いかと思って妙高を見た。

「みょ、妙高さん・・・もう1度聞いて良い?」

「天龍さんと、龍田さんです」

提督室が静まり返った。

 

 



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file05:教育者ノ適性(後編)

6月2日昼 提督室

 

「・・・みょ、妙高、一体何があった?お父さんが相談に乗るぞ?」

提督が2回つばを飲み込んでから、やっとの思いで口を開いた。

足柄もさすがに心配そうな面持ちで姉を見つめている。

「何もありませんよ。おかしなことを仰いますね」

「おかしなことは私が聞いたような気がするのだが」

「あら、龍田さんにお話ししましょうか?」

「止めてください死刑確定です」

「うふふ、そういう事ですよ」

「なんだって?」

妙高は人差し指を立てながら説明を始めた。

「まず、天龍さんが怖いか~とか言いつつ駆逐艦の面倒をこまめに見てるのは御存知ですね」

「ああ、あれは照れ隠しだね。見抜かれているし実に微笑ましい」

「そして、龍田さんは非常に頭の回転が速く、場の制圧に長けています」

「世紀末の如き恐怖感があるのだが」

「でも、実際に暴力を振るわれた事は無いですよね」

「眼球2cm手前まで刃が迫った事はあるよ」

「それは余程の事をしたんじゃないですか提督?」

「ノックしてドアを開けたら天龍が部屋のど真ん中で下着姿で寝てた。そこに龍田が帰ってきた。」

「バラバラにされても文句言えない状況でしたね」

「完全に事故だよ事故。」

「まぁそれは提督が悪いとして」

「え?うそ?ひどい!バタビア地方裁判所に訴えて良い?」

「と・に・か・く!」

「はい」

「龍田さんが居れば、相当強力な子が来ても立ち向かえます」

「なるほど、誰がどんな状態で来るか解らないからな」

「そういう事です。天龍さんは基礎トレーニングにも長けてますしね」

「なるほどな」

「はい。それに、教師は6人居た方が良いと思います」

「艦種別か」

「そうです。出来れば8人から10人が理想ですけど」

「交代を考えるとそうだよな。でも、あと2人か4人・・・」

「ええ・・・」

「い、いや、あの二人は向いてない。というか学生を預けるのは危険すぎる」

「ですよね。数時間で百合の道に導きそうです」

「かといってあの二人はなあ」

「二人?三人ではなく?」

「あぁ、いや、あの子は真面目だから。残りの2人」

「そうですね。学生がうっかり私語でもしようものなら・・・」

「鉤爪でヘッドロックしそうだよな」

「容易に想像がつきますよね・・」

青葉は思った。明日のエンタメ欄は「妙高と提督は阿吽の呼吸!もはや夫婦!」で決まりです!

衣笠は思った。あーあ、今夜から早速ブレーキ踏んづけないとダメだ。いつも通りだけど。

足柄は思った。ちっくしょう、妙高姉さんてばいつの間に!巻き返さないと!

那智は思った。さっきから何の事だ?新しい暗号か?この解読表はどこだ?

羽黒は思った。砲撃しないお仕事って素敵よね。このまま戦いがなくなれば良いのに。

皆一様に考えているが、中身はこんな感じである。

「とにかく、まずは天龍と龍田に聞いてみるか」

 

「あらぁ、提督が呼ぶなんて珍しいわねぇ」

「天龍参上。提督、何の用だ?」

提督が一生懸命悪いイメージをもたれないように配慮して説明したが、

「要するに、保母さんと用心棒ね」

と、龍田は一言でまとめた。

「ハイ、ソウデス」

「なんで涙流してカタコトで喋ってるのかなぁ」

「ナンデモアリマセン」

「その顎、落ちても知らないですよ~?」

「止めてくださいごめんなさい」

龍田がふぅと一息つくと、

「天龍ちゃんはどうしたい?」

と、水を向けた。

「お、俺は・・俺が先生なんて出来るのか?」

「恐らく、この鎮守府で1、2を争うくらい向いてますよ」

妙高が言うと、天龍は真っ赤になって

「たっ、龍田はやりたいか?」

と、照れたままそっぽを向いてしまった。

「そうねぇ、正直軽巡はLV上げても戦力的に難しいからねえ」

「まぁ、遠征の方が主任務だったよな」

「五十鈴とか由良とか北上とか大井みたいにキャラが立ってると良いのだけど」

「あ」

「なあに提督?」

「長良と鬼怒はどうだろう?」

「何が?」

「いや、あと2人居た方がシフトが楽かなと」

「長良ちゃんも鬼怒ちゃんも頑張り屋さんだけど、傷つきやすい所があるからね~」

「う。そうか」

「まあストレス溜まったら提督の後ろ頭を坊主にして楽しめば良いのだけど」

「なにそれ怖い」

「何だったら今すぐ坊主にしてあげましょうか~?」

「勘弁してください」

 

妙高は思った。そう。この優位的立場を確実に取る制圧力。これが絶対に必要だわ。

 

「ま、まあ龍田、その辺でよしてやれよ」

「天龍ちゃんがいうのなら~」

「とにかく、俺はやっても良いぜ。龍田は?」

「一緒ならいいよ~」

提督は真剣な目で妙高を見た。

「いいか、妙高。最後のチャンスだぞ?」

龍田が笑顔のまま、見る間に真っ黒な雰囲気をまとっていく。

「提督~?どういう意味かしら~」

「本当に良いんだな!俺は命がけで聞いてるぞ?」

「死にたい提督はどこかしら~?」

妙高は少し考えた後、口を開いた。

「これ以上心強いパートナーは居ないと思います!」

「そうなの~?」

「龍田さん、天龍さん、どうか力を貸してください!」

「おう!一緒に頑張ろうぜ!」

「天龍ちゃんがご迷惑かけないように頑張るね~」

妙高達と天龍達はぎゅっと固い握手を交わした。

ほっと息を吐く提督に、龍田が振り向いた。

「提督は~、これからお説教ですよ~?」

「えっ!?」

妙高がくすくす笑いながら言った。

「じゃあ私達は天龍さんとお話してきますね~」

「えっ!?あっ、足柄さん!?」

「もちろん一緒に行くわよ妙高姉さん!」

「那智さん?」

「先程聞いた新しい暗号表を探してこないとな。失礼する」

「羽黒さん!?」

「ご、ごめんなさい!」

パタン。

龍田と二人きりになる提督室のドアが閉まる音を、提督は絞首台の床板が外れた音に感じた。

 

「なあ妙高」

「何です、天龍さん?」

「頃合い見て助けに行こうぜ」

「命は取られないと思うんですけどね」

「逆。龍田は提督に怖がられてるの気にしてんだよ」

「へぇ」

「龍田が傷ついて怒ってるって事に提督が気付けば丸く収まるんだけどなあ」

「そんな事に提督が気づいたら太陽が地球に衝突してしまいます」

 

ふえっくしっ!

 

「お説教されてるのにくしゃみとは余裕ですね~」

「くしゃみは勘弁してください」

「それと、時間割は出来てるんでしょうね~」

「時間割?」

「そう、時間割~」

「・・・なんで?」

「教室が3つ、実技棟1つ、仮想演習棟1つ、グループは6。毎日の配分どうするの~?」

「あ」

「・・・頭挿げ替えた方が良いかしら~」

「ごめんなさいすいません勘弁してくださいすぐやります」

「提督」

「何?」

「もう少し、私達に命じて良いんですよ~」

「え?」

「時間割が必要なら、当事者で考えろ~って言えば良いんです~」

「しかし・・」

「提督は全体を、将来を、ちゃんと見ててくださいね。それがお仕事よ~」

「龍田・・・」

「提督が変な方向に導いたら、鎮守府は終わっちゃいますよ~?」

「・・・そうだな。龍田はいつも、肝心な所で叱ってくれるよな」

「ドMはお断りです~」

「龍田が大事な所で支えてくれるから、乗り越えた危機も多い」

「おだててもダメですよ~」

「1年前、緊縮策の説明会の時もそうだったじゃないか」

「・・・・。」

「あの場で私に頭を上げろと言えたのは龍田だけだった。解ってて被ってくれたんだろ?」

「買い被り過ぎですよ~私は天龍ちゃんを助けただけ~」

「それなら、それでも良いさ。ありがとうな」

「はぁ。ドMにはご褒美になっちゃうから説教の時間終わり~」

「おいおい」

「時間割、考えておくわね~」

「よろしく頼むよ」

「あと、青葉に提督はドMだって」

「言わないでください」

「エンタメ欄に」

「外を歩けなくなってしまいます」

「尾ひれ付けて」

「引きこもり生活にならざるを得ない」

「・・・言わないわよ~」

ひらひらと手を振りながら、龍田は提督室から出て行った。

妙高、本当にこれで良かったのか?なあ?来月から月次報告の時間が怖いんだけど!

 

提督室から続く廊下の真ん中で、龍田はピタリと歩みを止めると、

「青葉さ~ん、そこに居るのは解ってるから、メモ帳のそのページくださいね~」

「ひいっ!?」

「スッパリ落としても良いのよ~」

「書いたページむしり取りました!受け取ってください!」

「良い子ね~」

提督室の外でこんなやり取りがあった事を、提督は知らない。

 

 




作者「うーん、いつから龍田さんはマフィアというかファミリーのドンになったのだろう」
足柄「あんまり悪口言わない方が良いわよ」
作者「これ以外のイメージが全く思いつかないんだよ」
足柄「・・・本当ハ提督想イノ良イ子デスヨ?」
作者「あっはっは、足柄、上手い冗談だなあ」
龍田「言い残したい事はそれだけかしら?」


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file06:罠ノ蜜

5月20日午後 第4316鎮守府

 

「困った・・・困ったぞ・・・」

司令官は頭を抱えていた。

この鎮守府は艦娘も数十を超える中堅クラスであったが、

「うちにも雪風!雪風ちゃんを迎えたい!」

と、雪風欲しい病を発症。

所属艦娘総出で遠征に行った資材を全て注ぎ込んだが幸運の女神は微笑まない。

悪魔の囁きに負けて資材をアイテム屋から大量購入してみたものの、まだお迎えに至らない。

「もう私財は無いし、こんなにLV1艦娘ばかり居ても意味が無い・・」

最近はもう新たな艦娘が出来ても迎えにすら行かず、秘書艦に任せっきりだった。

来ないとなるとますます思いは募る。

そんな時、司令室のドアがノックされた。

「なんだ!」

「あの、司令官、トップ開運流通の山田様という方がお会いしたいと」

「誰だそれは。何の用だといっている?」

「それが、艦娘運用と資源に関するお話だそうで」

司令官は一気に疑いの目になった。

資源は大本営か遠征か大本営公認のアイテム屋からしか入手出来ない筈だが。

「北上に隣室で控えるよう言っておけ。面会に応じる。もし怪しい輩なら大本営に連行してくれる」

「はい」

 

「お目通りが叶い光栄でございます、司令官様。私、トップ開運流通の山田と申します」

そういうと、中年の男は腰を深々と折り、名刺を差し出した。

中肉中背、スーツは普及品だがきちんとしており、礼儀も正しい。いかにも普通の会社員だ。

司令官は少し警戒を緩めた。

「ご苦労。今日の用向きは何か?」

「私どもは、司令官の皆様の仲立ちをさせて頂いております」

「仲立ち?」

「はい。たとえばこちらの司令官様が長門さんの建造に2回成功されたとします」

「ふむ」

「一方、別の司令官様は陸奥さんを2回建造されたとします」

「うむ」

「お互いに長門さんが欲しい、陸奥さんが欲しい。そういう時に私どもが出ます」

「交換、という事か?」

「仰る通りでございます。同じく改を止めたい方と早く改造されたい方の間でも」

「同じ艦でLV違いの交換という事か」

「左様でございます。大本営様の手続きにはございませんが、非常に需要がございます」

「ううむ」

「大本営様も大変多岐に渡る運用をされている以上、全ての需要に応じるのは困難でございます」

「・・・」

「そこで私どもが、ささやかながらお手伝いをさせて頂いております」

「で、うちに何の用だ?」

「申し上げました通り、私どもは仲立ちでございます。自ら建造する事は出来ません」

「そうだろうな」

「従いまして、より多くの司令官様とつながりを持つ事で、より希望に沿う事が出来ます」

「・・・。」

「しかし、私どもは創業したばかりで認知度が低い。そこでご挨拶に回っている次第です」

「・・・。」

「ご参考までに、私どもが交換のご依頼を受けている一覧と、資源相場表をお渡しします」

「資源相場、とは?」

「司令官様によっては、自ら開発を望まれる方もいらっしゃいます」

「うむ」

「その逆で、資源はあるので早く迎え入れたいという方もいらっしゃいます」

「ふむ」

「従いまして、艦娘を資源と引き換えたり、その逆も行っているのです」

「・・・・なるほど」

「私どもは司令官様のお望みを断りたくありません。ですので様々な方法をご提案しております」

「ふむ」

「こちらが資料と、相場表になります。私に御連絡頂ければ雨でも台風でも必ず伺います」

「ほう、仕事熱心なのは良い事だ」

「恐縮でございます。頑張りますので、何卒お引き立ての程よろしくお願いいたします。」

「解った」

「それでは、これにて失礼させて頂きます」

「ん?もう帰るのか?」

「ご多忙の中お時間を割いて頂いたのです。いつまでもお邪魔するわけには参りません」

「そ、そうか。まぁ、そうだな」

「本日は誠にありがとうございました」

「ん。おい北上、お見送りを」

「解りました。こちらへどうぞ~」

「失礼いたします」

 

パタン。

司令官はドアが閉まるのを見届けると、早速リストを探し始めた。

雪風雪風雪風・・・・くそっ、雪風だけ無いじゃないか。大鳳まであるのに!

しかし、大鳳を資源で手に入れるのは無理だ。凄まじい対価が必要だ。甘くないか。

これなら建造で頑張ろうという司令官が居るのも解る。

ん?

空母とかはLV1でも結構な額だし、高LVだと軽巡でもかなりの資源を得られるな。

司令官は慌てて鎮守府の艦娘リストを開く。

「あ、居る。居るぞ。LV30まで育てたが最近は使い道が無くて遠征に使ってる」

改の場合は、と・・なに!こんなに多い資源と交換できるのか?!

ま、まて、落ち着け。

雪風の代わりに来たLV1艦娘達と改クラスの軽巡を一掃すれば・・・

司令官は電卓を叩き、結果にニンマリした。

あはははは。

大和建造レシピさえ回せるじゃないか!

ご丁寧に交換資源には建造キットや高速建造材まで付いてる!

使える、使えるぞトップ開運流通!

とはいえ、足元を見られては癪に障る。数日待ってから山田に電話してやるとするか。

 

「ありがとうございました」

鎮守府の入り口で北上と別れた山田は、5分ほど歩き、止めてあった白のライトバンに乗った。

ライトバンには「トップ開運流通」と書かれている。

車の中で携帯電話を取り出すと、電源を入れ、ある番号に電話をかけた。

「お疲れ様。俺だ。手ごたえは十分だ。量が決まったら資源の手配を頼むよ」

先程までの誠実で気弱そうな顔とは違い、辣腕といった感じだ。

「まぁ、もったいぶって数日後に電話してくるだろう。」

「あの手の人間を信用させるには支払いが肝心だ。特に初回は絶対トチったらダメだ。確実に頼む」

電話を切ると、すぐに電話がかかってきた。番号を見てから応答する。

「おう、ヤ・・虎沼だ。ははは、ついヤマダって言っちまいそうになる」

 

 

5月23日午後 第4316鎮守府

 

「うむ、うむ。そうだ、艦娘45体の売却、いや、資源交換を依頼したい。」

「・・・そうか、解った。では本日の夕方だな」

司令官は電話を切ってニヤリとした。雪風ぇ、今度こそ迎えてやる!

 

その日の日没頃。

対象とされた艦娘達は司令室に集められ、山田と幾つか質問を交わしていた。

「はい解りました。破損個所はありませんね?」

「装備は標準ですか?あ、20.3cmですか。それは素晴らしいですね」

全員と質問が終わると、山田は分厚いリストから顔を上げ、司令官に向いた。

「ありがとうございました。確認が終わりました」

司令官は艦娘達を下がらせると、ぐっと身を乗り出した。

「で、どうだ?完全な未使用が多いが、改も居るぞ」

「はい。大変素晴らしい状態です。今回は今後の意味も込めまして、これくらいを考えております」

司令官は目を見張った。先日リストで計算した数字より更に1割も多い。

「これだけ一度に御提供頂けるので、精一杯の数字を出させて頂きました」

山田は両手を膝におき、司令官を上目遣いで見る。

「如何でしょうか?」

司令官は内心、充分な数字だと思ったが、欲が出た。

「もう少し何とかならんかね」

山田は内心舌打ちした。この強欲が。だから運が逃げるんだよ。

そしてマニュアル通り数秒間目を瞑り、考えるそぶりをすると、携帯電話を取り出した。

「少々お待ちください」

「うむ」

そして電話に向かって話し出した。

「あ、部長。1課の山田です。第4316鎮守府の司令官様とお話をしているのですが」

「・・はい、はい。何とかなりませんでしょうか?」

「え、それは、少し待ってください」

受話部分を押さえながら、山田は司令官の方を向くと、

「即決頂けるのであれば、あと鋼材330上乗せ出来ますが?」

と、畳みかけた。

「鋼材350追加。それで決めようじゃないか」

山田は内心舌を出した。読み通りだ。追加は取り分が減るがこれで落とす。

「解りました。この山田が責任をもって何とか致します!」

「うむ、調整は頼む」

山田が再び電話に戻る姿を見ながら、司令官は笑いを押さえるのに必死だった。

 




深海棲艦も、鎮守府側も、1枚岩ではありません。
魚心あれば何とやら。

金剛「そんなコト言って、作者がこの機能欲しいダケでしょー?」
作者「黙秘します」
金剛「弥生出てよ弥生って言いながら、オール30で回しては泣いてマスネー」
作者「止めてバラさないで」

艦名の誤字を直しました。
一部メタ過ぎる部分をカットしました。


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file07:罠ノ先

5月22日夜 某居酒屋

 

「大隈さん、こっちだ」

虎沼は、入り口に待ち人の姿を見つけると声をかけた。

大隈は黙ったまま虎沼の向かいに腰を下ろした。

黒のスーツ、薄い黒縁の眼鏡に肩までの黒髪ストレート。キャリアウーマン然とした身なりである。

「今回のリストだ。大隈さんの読みは近い。45だ」

大隈は黙ったまま素早く目を通していくが、1枚を抜き出すと虎沼に渡す。

「損傷程度が書かれていないわ」

虎沼が見ると、確かに損傷なしの欄にチェックが入っていなかった。

「すまん。全員未稼働か修理済だと確認している。記入漏れだ」

虎沼がチェックして返すと、残りの書類にも目を通し、電卓を叩いては走り書きをしていく。

「後はこれで良いわ。今回の報酬込み資源量はこれで良いわね?」

虎沼が走り書きを見ると、虎沼が予想した分より少し多かった。

「多くないか?」

「鋼材350プラスの分はこちらで受けるわ」

「交渉で押し切れなかったのは俺の責任だ。削られても文句は言えないが?」

「加えても充分良い数字よ。しかし、今後もという訳にはいかないわ」

「それはそうだ。少なく済ませる為の俺だからな。」

「共通の認識で助かるわ」

「じゃ、今回は特別という事でありがたく頂いとく」

「そうして」

「で、今日もいつも通りメシには付き合ってくれないんだよな?」

「この後報告の仕事があるわ」

「いつも通り、だな。じゃ、引き続きよろしく。報酬分は例のヤードに」

「交換日時が決まったら36時間前までに連絡を。じゃあ」

すっと席を立ち、足早に店を出ていく大隅を虎沼は目で追った。

命の恩人なんだが、まるでマシンのように感情が感じられない。深く関わるのは止そう。

虎沼は商社マンとして各国の会社と交渉してきたが、深海棲艦の増加に伴い海運ルートが消滅。

会社は規模縮小の為にリストラを実施。虎沼もその一人になった。

預金を切り崩しながら斡旋所で就職先を探していた所に大隈が声をかけてきたのである。

交渉の仕事という事で喜んだが、報酬は鋼材での支払いという不思議な条件だった。

しかし、商社時代に鋼材取引担当だった為、コネは沢山残っていた。

普段は必要最低限の分だけ現金化し、高騰時に放出する事で以前の預金水準までは戻していた。

海運ルート消滅後の鋼材価格は天井知らずだが、少しでも高く売って蓄えておきたい。もう若くないしな。

「あの、お連れの方は?」

店員が隣にやってきた。

「いや、帰ってしまったよ。とりあえず日本酒と肉豆腐、ぶり照りを頂戴」

「日本酒は熱燗ですか?」

「そうだ」

「はーい」

今日も飯が食える。その事には感謝してますよ、大隈さん。

 

大隈は列車に乗り、ある駅で降りた。

10分ほど歩くと寂れた砂浜に出た。濡れるのも構わず海にさぶざぶと入って行く。

首元まで浸かった時に一瞬鈍く光るとホ級の姿に戻り、そのまま潜航していった。

 

「ソウカ、ソレハ大漁ダナ。ゴ苦労ダガ、島マデ連レテキテクレ」

チ級は戻ってきたホ級から報告を受けると、ホ級を労った。

ホ級は今後の予定などを報告し、下がっていった。

各種混ざった45体の増加は大きな成果だ。

だが、45体も深海棲艦に変換し、説得する作業を思うとチ級はうんざりした。

しかし、他の深海棲艦ではこの作業は出来ない以上、自分がやるしかない。

だからこそ幹部待遇を受けられるのだから。

 

 

6月10日夜 第4316鎮守府

 

「司令官様、わざわざのお出迎え、誠にありがとうございます」

山田こと虎沼は約束の時間5分前に鎮守府に現れた。

司令官は既に艦娘達を整列させており、期待に目をらんらんと輝かせながら、

「さぁ、引き換えの資源はどこから来る?陸路だろう?トラックか?」

と、聞いて来た。虎沼は内心うんざりした。艦娘達の前で言うな。はしゃぎ過ぎだ。

ほら見ろ、艦娘が一人泣きそうになってる。

「資源は海路で参ります。間もなくだと思いますので見て参ります」

虎沼は海原から、幾つかの明かりを見つけた。

「左の方に見える、あれです」

 

鎮守府に入港してきたのは錆びの強く出た小型輸送船が数隻だった。

船から搬出された資源が手際良く鎮守府の資源庫に仕舞われていく。

司令官は搬入資材に釘付けで、艦娘達には言葉の1つもかけない。艦娘達は寂しそうだ。

虎沼は苦々しく思った。可哀相に。

 

空になった最後の輸送船に艦娘達を収容すると、虎沼は司令官に書類とペンを差し出した。

「この度はお疲れ様でした。それではこちらにサインをお願いいたします」

「解った解った。ほら、これでいいだろう」

司令官はロクに書類を見ることなくサインし、ペンを放り投げて返した。

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

虎沼は見てない事を重々承知しつつも司令官の後ろ姿に一礼し、輸送船に乗り込んだ。

それと共に船のゲートが閉まっていく。

「あの」

艦娘の一人が虎沼に声をかけた。

「私達は、売られたんですか?」

虎沼は一瞬唇を噛んだ。事実はその通りだが、この子達が何をしたってんだ?

「いえ、余所に異動です。一気に艦娘が減ると運用が滞るので資源補給も一緒に行いました」

虎沼は嘘を吐いた。

艦娘は少しほっとした表情を見せたが、虎沼は心の中で詫びた。

虎沼はふと思った。この子達は島に送った後どこへ行くのだろう?

以前、大隈さんに聞いた時は答えてくれなかったが。

ガコンと大きな音を立てて輸送船のゲートが閉まると、船はガタガタと揺れながら出航した。

 

 

6月10日深夜 某無人島

 

「大隈さん、この子達です」

虎沼は島に接岸した輸送船から、艦娘達を下ろして言った。

大隅はいつも通り艦娘を1人1人確認すると、輸送船の中に居る虎沼の所に戻ってきた。

「リストと相違ありません。受領サインもしたわ。お疲れ様」

「あ、そうだ」

虎沼は艦娘達の方に行こうとする大隈に声をかけた。

「何かトラブルでも?」

「司令官が艦娘達の前で売買である事を匂わせた。気付いて動揺してる子がいる。」

「他には」

「行先を心配している子がいる。今後必要が出た時に説明したい。この後どこに行くんだ?」

大隅はちらりと虎沼を見ると、

「それは答えない方がお互いの為。他には?」

と、答えた。虎沼は傷ついたように目線を外すと、

「いや・・ない」

と答えた。

「私は貴方の為に言ってるの」

虎沼は視線を戻すと、愁いを帯びた目で見つめる大隅と目が合ってドキリとした。

こんな表情をした大隅を見るのは初めてだったが、ここで心のアラートが鳴った。関わるな。

虎沼は言った。

「解った。それでは帰るよ」

「また連絡するわ」

島を後にする輸送船で虎沼は一人考えた。

秘密という事は、俺が説明している事も少なからず嘘が混じっているのだろう。

しかし、と虎沼は思った。

大隅のあの目は根っからの悪人じゃない。世界中で強欲な人間と交渉してきたから解る。

何を秘めている?深追いすべきじゃないのは解ってる。解ってるが、借りは返す主義だ。

 

「これから長い時間喫食出来ません。今の内に食事を済ませてください」

大隅が案内したテーブルには人数分の食事が並んでいた。

大隅は艦娘達が食べ始めたのを見届けると、浜に向かった。

虎沼の乗る輸送船は目視の限界位に小さくなっていた。

大隅はぎゅっと目を閉じた。私は何でこんな事をしているのだろう。世界の果てのようだ。

 

とぼとぼと艦娘達の所に戻ると、全員机に倒れこむように眠っていた。

食事には即効性の睡眠薬が入っていたからだ。

全員寝ている事を確かめると、大隅はホ級に戻り、チ級を呼んだ。

チ級は島の森から出てくると、艦娘の一人を抱えて森に入っていった。

しばらくするとチ級だけが出てきて、次の一人を抱えていく。

ホ級はその間ずっと、俯いたまま立ち尽くしていた。

最後の一人を運んでからしばらくしてチ級が出てきて、ホ級を呼んだ。

森の中の石段の所に、深海棲艦達が45体居た。

自らの手足をじっと見つめる者、互いに見合わせて声にならない悲鳴を上げる者。

何も言わない者。天を睨む者。

様々な反応だったが、一様に暗い雰囲気だった。

チ級は45体の深海棲艦達に向いて、口を開いた。

「解ッテイルダロウガ、オ前達ハ司令官ニ売ラレタ」

目に涙を貯める者、拳を握る者、地面を見つめる者。

「私モソウダッタ」

深海棲艦達が一斉にチ級を見る。

「トテモ悔シイ。ソシテ沢山、ソウイウ深海棲艦ガ、居ル」

「オ前達ガ、今マデ、見境ナク、討ッテキタ相手ニハ、ソウイウ者ガ居ルンダ」

深海棲艦達は静まり返ってしまう。

「我々ハ協力シテ、裏切者ノ司令官ニ、大本営ニ、復讐シテイル」

「イズレニシロ、売ラレタオ前達ニ、帰ル鎮守府ハ無イ」

「ココデコノママ、死ヲ選ブノモ自由ダ。止メハシナイ」

「デモ、モシ、チカラヲ貸シテクレルナラ、イツカ、司令官ニ復讐スルト約束スル」

チ級は言葉を切り、再び続けた。

「明日ノ朝、マタ来ル。考エテ欲シイ。我々ハ歓迎スル」

すすり泣き始める45体を置いて、チ級とホ級は海に帰っていった。

チ級は考えた。前回は1体成仏し、5体が仲間となり、2体は厭戦的で役立たずだった。

もっとも、2体を除いて既に討ち滅ぼされているが。

今回は少しでも使える奴が出てくるだろうか。

そろそろ、生意気な戦艦隊の鼻っ柱を折るくらいの成果を上げて欲しいものだ。

 

 




個人的には虎沼さん頑張って欲しいです。
リストラする経営者なんて深海棲艦になっちゃえば良いんです。

タ級「うちも要りません。変な物持ってこないでください」

filenoの誤りを補正しました。
本文の一部を訂正しました。


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file08:3割ノ苦労

7月1日午前 鎮守府提督室

 

「ほほう、通算3割かあ」

高雄は提督の笑顔を見てほっとした。

毎月1回、深海棲艦調査対応班、通称研究室の活動状況を報告する時間だ。

先月まで愛宕が報告していたが、たまたま用事が重なったので高雄が代わったのである。

そこで高雄は相談に来た深海棲艦数と成果を集計し、数字でまとめてみた。

しかし、3割という数字を見て提督ががっかりしないか心配だった。

そして、もう1つ密かに悩んでいた事があった。

「あ、あの。あまり高く無くて申し訳ありません」

提督はきょとんとした顔で高雄を見た。

「一体何を言ってるんだい?」

「なんと言いますか、その、華々しい数字ではないので」

「高雄」

「はい」

「これが相談件数3体で成功1件の3割なら、まあもうちょっと相談増やしてみようかと言うよ」

「はい」

「でもな、今まで完全に敵でしかなかった深海棲艦から143件も相談を受けてるんだぞ」

「は、はい」

「そしてその3割、44件も成功している」

「ですが、私達で対応したケースでは全員昇天してしまいました。」

「ん?あぁ、そうだなあ」

「でも提督は、たった1回で蒼龍さんに戻しました」

「それこそ偶然だ。1回しかやってないんだからな」

「艦娘になった蒼龍さんはLVを上げて頼もしい味方になってるのに、私達は1人も」

「高雄」

「あ、はい」

「昇天するのは艦娘に戻る事より卑しいことかな?間違って昇天させちゃったのかな?」

「・・・」

「違うよね。私も君達も、深海棲艦が望む形になる手助けをしたという意味では同じなんだ」

「・・・」

「手法が確実に解ったとしても、深海棲艦が天に帰る事を望むなら昇天になるんだよ」

「・・・・」

「そして君達は、3割もの高確率で願いを叶え続けてる。神頼みしたって3割も叶えてくれない」

「・・・・」

「なあ扶桑、3割も願いを叶えてくれる神様ならちょっとお賽銭弾むよな?」

秘書艦当番だった扶桑は、高雄にお茶を出しながらふふっと笑った。

「そうですね。早くケッコンカッコカリさせてくださいってお百度踏んじゃうかも」

提督はグキッと音がするかのような速さで扶桑の方を向き、あっという間に真っ赤になった。

「ば、ばか。真面目な話をしてる時にお前という奴は」

「あらあら、それでは提督の超が付く鈍感を直してくださいませ、高雄様~」

パンパンと拍手を打ちながら、扶桑は高雄を拝んだ。

「何を言ってるんだ全く。私はそんな鈍感じゃないぞ。なあ高雄?」

高雄は素早く目線を窓の外にそらし、

「黙秘します」

と、いった。

「神も仏も居らんじゃないか。ともかく、高雄達は凄い事をしているんだ。誇りを持ちなさい」

「あ、ありがとうございます。あと」

「あと?」

「実は、夕張がもうデータの保存場所が無いと言い出しまして」

「先日もそんな事を言って何か機械を取り寄せていたよな。どんだけ溜め込んでるんだアイツは」

「大事なものだけにしてねと常々言ってるのですが、全部大事だと言い張りまして・・・」

提督は溜息を吐いた。調査に夕張の情報は不可欠だ。3割はその成果ではある。しかし。

「夕張にちょっと話を聞こうか」

「いえ、その、今日はその件で電気街に買い物に行ってまして」

「なにっ!?エサの中に放し飼いにして大丈夫なのか!?」

「勿論、お目付け役で愛宕について行かせました」

「うーん、大丈夫かなあ。嫌な予感しかしないよ?」

「はい、私も送り出した後、ずっと嫌な胸騒ぎがするんです・・・」

「とにかく帰ってきたら一度来る様に言ってくれ。私から言うほうがいいだろう?」

「そうですね。既に研究所の半分が埋まりつつありますし」

「岩をくりぬいて2階を作るか?」

「工廠長さんがお怒りの姿がありありと目に浮かびます・・・」

 

 

7月1日午前 某電気街

 

「うわ~、このNAS消費電力少なっ!2つください!」

「凄い凄い!プラチナ電源こんな値段だよ大放出じゃん!3つ買うわ!」

「すみません、今コスパ一番のHDDってこれですか?え?これ50台限定?10個ください!」

愛宕は既に酷い頭痛に襲われていた。

ここに来てから夕張が何を言ってるのか、店員と何を話してるのかさっぱり解らない。

異星人の言語を喋ってる・・・あの箱に茄子が入ってるの?

「愛宕さん!OSとマザーボードも買って良い?」

「よ、予算内で押さえてね・・・」

「大丈夫ダイジョウブ。足りなければ小遣い!それでもダメなら魔法のカードがある!」

「それは大丈夫と言わないわ・・」

「うひゃっほーう!次はバックアップメディアだー!」

「ゆ、夕張ちゃん、待ちなさーい!」

愛宕は目が回りそうだった。

これって何の罰ゲームかしら?高雄姉さんにこっちを頼めば良かった。

 

 

7月1日昼過ぎ ソロル島の港

 

「お、重かった・・・さすがに買い過ぎたわ」

「だっ、だから・・宅配便で・・って・・」

「ソロルは離島だから高い・・もん・・・」

「だったら・・・もう少し・・・考えて・・・」

島の岸壁、あと数十mで研究室という所で、ついに夕張と愛宕は力尽きて座り込んだ。

電気街に1時間少々しか滞在させなかったのは、島風が

「夕張ちゃんを長時間あの街に放したらダメ!色々な意味で帰って来なくなるよ!」

と言った為である。見事に正解だったが、対策が甘すぎた。

1時間で脚の遅い夕張に何が出来ると思っていた。しかし、愛宕は見た事も無い速さで動く夕張を目撃した。

そして1時間後、駅前に山のように商品の紙袋を抱える夕張と愛宕の姿があった。

途方に暮れた愛宕は宅配便での輸送を提案した。

しかし、夕張は輸送中に沈められては水の泡だといって頑として拒否したのである。

仕方なく二人で持って帰ってきたのだが、あまりの過積載に2人とも疲労困憊だった。

愛宕は固く誓った。次は高雄姉さんと摩耶の2人で行ってもらおう。鳥海じゃ負ける。

時間は30分で。

 

座り込んでいる愛宕達を、研究室から出てきた高雄が見つけた。

「あら、帰って・・って、何これ!」

「た、高雄姉さん・・愛宕は・・頑張りましたが・・・返り討ちに遭いました・・・」

「一体何があったの!?愛宕?!愛宕!?しっかりしなさい!」

騒ぎを聞きつけて島風達も出てきた。

島風は山積みの紙袋を見て悟った。

「あー、夕張ちゃん、完全勝利したんだね」

夕張はぐききと島風の方に顔を向け、右手で拳を作って弱々しく突き上げた後、がくりとうなだれた。

「ちょ!夕張!おま、しっかりしろ!」

「あー、摩耶さん、夕張ちゃんは満足したのです」

「待て!おい!成仏するな!」

摩耶がゆっさゆっさと夕張を揺さぶるが、幸せそうな顔をしたまま夕張は目を開けない。

島風が歩み寄った。

「摩耶さん、ちょっとごめん。下ろして」

「なにか策があるのか?」

島風は夕張の耳元で何事か囁いた。すると、夕張がバチッと目を開けしゃきっと立ち上がると、

「そうだよね!危ない!さあ搬入するわよ!皆手伝って!」

と、勢いよく動きだした。

「島風、何を言ったんだ?」

「ここで寝ちゃったら鎮守府の皆が買ってきたもの取ってっちゃうよ~って」

「こんな訳の解んねえ部品誰も取らねえだろ」

「事実か否かじゃなくて、夕張ちゃんに効くかどうかが大事なんだよ」

テキパキ動く夕張を見て摩耶は納得した。

だが、やり終えた後の反動が凄そうだ。明日の早朝ランニングは勘弁してやるか。

 

 

7月1日15時 鎮守府提督室

 

「で、夕張は搬入し終えた後仮眠室で爆睡した、と」

「はい、気がついたら泥のように寝てて、どれだけ揺さぶっても起きませんでした」

「高雄の努力は認めるよ。それと、愛宕」

「対策不足の落ち度は認めるわ提督。ごめんなさい」

しょぼんとした愛宕の頭を、提督はいつになく優しく撫でた。

「違うよ。本当によく頑張ったな」

愛宕は提督を見た。苦労を解ってくれている。途端に双眸に涙が溢れた。

「ていとくぅ~、私、頑張ったんですぅ」

「うんうん、あの魔窟で支援艦隊もなく頑張ったんだよな。気づくのが遅くなってすまない」

「うぇぇぇ~ん」

高雄は戦々恐々としていた。愛宕がこんなになるなんて、あの電気街はどれだけ敵だらけなの?

5連酸素魚雷と20.3cmだけで足りるかしら?工廠に九六式機銃頼んでおいた方が良いかしら?

愛宕がいつのまにか提督に抱きついてるけど、今回だけは見逃しましょう。

「よしよし、愛宕、よく頑張った。よしよし、よしよし」

ちゃっかりしっかり抱きついてる愛宕を見ながら扶桑は溜息をついた。

あれでさえ気づいてないんだから、提督は犯罪級のニブチンさんよね。

 

 




今度電気街で夕張さんを探してみようと思います。
高雄さんでも摩耶様でも良いです。

filenoの誤りを補正しました。


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file09:青葉ノ仕事

 

7月15日昼 鎮守府提督室

 

「提督っ!失礼します!」

ドアからひょっこりと青葉の顔が覗く。

提督はコンマ1秒で答えた。

「私は無実だ。時間は無い。全て文月を通せ」

「あ、ええと、提督、失礼します」

続いて衣笠が現れる。

「おお衣笠。広報班関係で相談かな?入りなさい」

「その態度の違いについて、青葉は2時間ほどインタビューを申し込みたいのですが」

「私は無実だと言ってるじゃないか」

秘書艦当番の加賀は溜息を吐いた。提督は好きで燃料を投入してるようにしか見えない。

「お二人とも、御用があるなら入ってから仰ってください」

「はい。失礼します」

「提督とは後で御話を」

「ふふふふふ。青葉、私がいつまでも同じだと思うなよ。」

「なんですと?!」

「私は「NOと言える提督」を目指すのだ!」

「・・・提督がですかぁ?」

「なんだその解りやすいジト目は。だからお話はNOです。」

「明日のエンタメ欄まだ空白なんですよね」

「知らん。一切知らん」

「タイトルは「またいつも通り?今度はNOと言える提督を目指すそうです(笑)」」

「なにその失敗確定のタイトル。私はやるぞっ!」

「提督は強く意気込んでいるがこれもいつも通り。賭けは不成立、と」

「賭けってなんだ賭けって。賭博は御法度です」

「一口羊羹賭けるだけですよ?勝てば2倍になります」

「ダメです。NOです。許しません。」

「おっ、早速NOと言いましたねっ?やる気十分ですねっ?」

「ふっふーん」

「では賭けの元締めは龍田さんなんで、その調子でお願いします」

「今日も空が青いなあ」

「さぁ提督!龍田さんは教室棟の控室です。きっぱりNOと言ってきてください!」

「青葉、何の事を言ってるのか私はさっぱり解らないよ」

「・・・提督、せめて記事を新聞に載せるまでは持ちこたえてくださいよ」

「ゲーム開始直後、棒切れも持ってない状態で魔王とエンカウントさせるなよ」

「提督、龍田さんを魔王と呼ぶ、と」

「やめてください木端微塵にされてしまいます」

加賀がついにぷちんと切れた。

「青葉さん、御用事がそれだけならご退席を」

衣笠が慌ててとりなす。

「すみませんすみません加賀さん、違うんです。」

青葉の目は既に星になっていた。

「提督!どっちの記事を載せるのが良いですか?」

衣笠が目一杯青葉の靴を踏みつける。

「いたっ!衣笠酷いです~」

「いーから黙る。」

「はぁい」

提督は息を吐いた。秘書艦が居ない時は内鍵をかけておいた方が良いかもしれない。

しかし、龍田が元締めか・・・稼いだ羊羹は転売されてるのかな。いや、深入りはすまい。

 

「それで、青葉と二人でPRビデオとパンフレットを作ったので、ご覧頂きたくて」

衣笠が用件を説明していた。

6月に広報班が結成され、初仕事として外部へのPR資料を作る事を指示されていた。

その結果が今日出来たので、提督に報告に来たのである。

「なるほど。パンフレットは配りやすいし、興味を持ってくれたらビデオを見せる訳だね」

「こういう事は奇をてらわない方が良いと思いましたので」

「そうだね。ずっと続けていく事を考えると、後の信頼形成に影響しない事も大事だ」

「はい」

「このパンフレットは手堅くまとめられているし、写真やレイアウトも適切で解りやすい」

「ありがとうございます」

「衣笠の仕事か。上手い物だな」

「あ、あの、それが、パンフレットは青葉が一人でやってくれたんです」

場が静まり返った。

 

「加賀」

「はい」

「突風、竜巻、雹に注意が必要だな」

「地震や高波も」

「甲種警戒態勢で第1艦隊に非常招集をかけよう」

「第2艦隊も補給を済ませて外洋上で待機させましょう」

「そうか、津波の可能性もあるな」

「脱出用ボートを展開しておきましょう。訓練ではないと放送して」

青葉がついに口を開いた。

「提督っ!加賀さん!あんまりじゃないですか!」

「だってこれ、凄く真面目だぞ?」

「真面目に書きましたもん!」

「ありえません」

「全否定!?」

「衣笠、まだ裁判は結審していない。証言を翻すなら今がチャンスだ」

「隕石が落ちてくるかもしれないですけど本当なんです」

「さらっと言ったけど衣笠が一番酷いですよ?」

「そうか・・・・加賀」

「はい」

「我々も新しい鎮守府で1年少々頑張ったが」

「地球が滅亡するのではどうしようもありませんね」

「もー!青葉だってエンタメ欄じゃない記事だって書けるんですよー!」

3人が口を揃えた。

「だったら普段からそうしなさい!」

「何でハモるんですか!!」

「被害者だからです!!」

「うっ・・た、たまには青葉だって間違いはあるんですよ」

「たまにしかまともな記事が出ないでしょうが!」

「と、飛ばし記事が多めかもしれませんがさすがにそこまで酷くは」

「加賀裁判長」

「提督、発言を許可します」

「先月1か月のソロル新報でのエンタメ欄真偽率を確認したいのですが」

「許可します」

「あっ、ごめんなさいごめんなさい。って、いつから取ってあるんですか!」

「創刊号から全部あるよ?きっちりファイルして」

「しっかり読んでるんじゃないですか!」

「可愛い娘の作品だからな」

「えっ・・・」

「青葉も、加賀も、衣笠も、皆私にとって可愛い娘だからね」

「可愛い娘・・・・」

「でも意味がまるで逆とか、犯罪ギリギリのコメント編集には閉口する」

「きわどい方が発行部数が伸びるんです!もっと色々喋ってください!」

「私に引きこもりになれというのか。それなら他の子にもインタビューしなさい」

「提督のインタビュー記事は沢山ボロが出るからウケが良いんです!」

「ボロっていうな!誘導してるのは青葉だろうが!」

「引っかかる方が悪いのです!」

加賀は溜息を吐いた。提督はどうして青葉が机の下で速記してる事に気付かないのだろう。

「真偽の程はともかく、パンフレットが秀逸なのは確かです」

「本当なのにー」

「ビデオの方も出来ているのかしら?」

「はっ、はい。ご覧頂いて良いですか?」

 

ビデオは15分程の内容だった。

鎮守府各所の写真に始まり、教育の目的、期待出来る効果等が説明される。

続いて妙高型4姉妹や天龍型姉妹が教室で教鞭をとり、後輩は真剣な表情で聞いている様子、

先生や生徒へのインタビュー、休憩時間のドタバタぶりまで紹介されている。

そして学習期間や費用、問合せ先等の内容が入って終わりとなる。

提督は何度も頷きながら静かに見ていたが、ビデオが終わるとこう言った。

「明るく優しい雰囲気だな。興味を持たせ、安心させる勘所が押さえてあるね」

加賀も同調した。

「これでPRされれば、ソロル鎮守府に居る事を誇りに思えますね」

「やったぁ!」

衣笠と青葉はハイタッチして喜んだ。

「これは二人で作ったのかな?」

「私が紹介内容のナレーションと音楽を、青葉が映像とインタビューとシナリオ構成をしました」

「シナリオが・・青葉・・だと・・やはり隕石が・・・」

加賀が口を開いた

「青葉さん」

「なんでしょうか?」

「あなた、ちゃんとした記事を日頃から書いていたらもっと信用されるでしょうに・・」

「青葉は信用されるより、楽しみに待ってて欲しいんです」

提督が聞き返した。

「楽しみ?」

「今は取材される側は逃げ回りますけど、読む人はワクワクしてくれてます」

「ワクワク、なあ」

「島での生活はオフの外出は認められてますが、どこからも遠いので実質閉塞的です。」

「ううむ」

「その上で毎日硬い記事を出してしまったら、皆が息を抜けなくなってしまいます」

「む・・」

「ソロル新報はまたこんな事書いてるけど、本当は何だったのかなぁって話してほしい」

「・・・。」

「皆冗談だって解ってて、先輩後輩関係なく噂話にしてくれれば楽しいじゃないですか」

「・・・。」

「この島で皆頑張ってるのだから青葉が楽しい雰囲気を作る。それが仕事だと信じてます」

「・・・そう、か」

「はい!」

提督と加賀は青葉を尊敬の目で見ていた。そんな事を思っていたのか。誤解していたよ。

しかし、衣笠は伊達に妹をやっていなかった。

「そんな事言うけどさ、青葉」

「?」

「エンタメ欄のネタ見つけた時は目が星になって記事も嬉々として書いてるよね」

「!」

「でも硬い記事書く時は1本書くのでもダルそうにして延々時間かかってるよね」

「ちょっ!」

青葉は視界の隅で提督と加賀を見た。疑い始めてます。これは挽回せねばなりません!

「あ、青葉が楽しんで書かないと記事に暗い雰囲気が出ちゃうじゃないですか!」

「じゃあ硬い記事を楽しんで書いたら良いじゃない」

「うぐ」

提督と加賀は完全にジト目になっていた。あやうく騙されるところだった。

「硬い記事でどうやって楽しい話題にするんですか?無理があり過ぎます」

「秋の総合火力演習と第3四半期以降の戦略についてならインタビューを受けても良いぞ」

「販売部数が0になってしまいます」

「私は買うぞ」

「1でも0でも一緒です。文月さんから平均20部取れば日曜版出しても良いって・・・あ」

3人がジト目で迫る。

「俺達を日曜版の為に売ったな?」

「ちっ、違っ、違いますよ?!私は読者さんの為にですね」

「汗だくだぞ青葉」

「てっ、提督はヘンタイですか!うら若き艦娘の汗をどうしようっていうんですか!」

「青葉さん、話によっては座敷牢に」

「加賀さん、誤解です!冤罪です!」

「青葉~?日曜版の話は私も初耳だよ?最近やけに部数部数言うと思ってたけど・・・」

「大体衣笠がバラすからこんな事になったんじゃないですか!折角騙せてたの・・・に」

「加賀さんや」

「はい提督」

「座敷牢の鍵を」

「すぐお持ちします」

「提督っ!」

「な、なんだ?衣笠」

青葉が妹を見る。地獄に仏!?最後は頼れる妹!

「食事も大根下ろしくらいで良いです。1~2日空腹で反省させた方が良いです」

「何その超低カロリー食!!」

「なるほど。大根1本とおろし金を入れておけば良いか」

「下ろす所からセルフサービスですか提督?!」

「手配しておきます」

「確定!?待遇改善を要求します!」

「加賀、御情けだ。醤油とお箸と皿は入れてやりなさい」

「解りました」

「改善されたけどそうじゃないです!本当に大根おろしだけなんですか!せめてご飯を!」

「提督、鍵をお持ちしました」

「早っ!いつのまに!」

「うむ。衣笠、頼む」

「きっちり放り込んできます」

「ちょっ!?衣笠!?うそ!?」

「加賀、念の為連行中の警備を。明日の今頃出してあげなさい」

「かしこまりました」

「監視付きで連行!?しかも丸1日!?」

「短くないですか提督?」

「そこでそれを言いますか衣笠?」

「では2日後に開放します」

「加賀さん、そんな殺生な」

「よろしく頼む」

「認定!?」

「ほら行くよ青葉!」

「あう!あ、青葉は、青葉は無実ですぅ~!!」

ズルズルと座敷牢に引きずられていく青葉の断末魔の叫びは教室棟まで届いたが、

「また何かやったのね、青葉は」

という足柄の言葉に、学生達からはやれやれという重い溜息が返されたという。

 

 





青葉さんが使いやすいという作者さんも居るのですが、私は苦手だったりします。
そういう意味で色々青葉さんは今後変化の大きなキャラになるかも。


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file10:日常ノ戦争(前編)

7月20日昼 鎮守府仮想演習棟

 

「そろそろ昼クマ!片付けは終わりかクマ?」

「抜かりなしよっ!」

球磨は正午の鐘が鳴ると共に、班のメンバーと演習室から飛び出した。

装置は既に文句なく元通り片付けてある。

ドアを破壊する勢いで開けると、全速力で角を曲がる。

今日は仮想演習棟。演習相手はまだ片付け中。絶対的有利と確信した。

日替わり定食も人気デザートも頂くクマ!

しかし。

 

「せ、先客が居るクマ!?」

 

売店入口には既に列が出来ている。構成メンバーは後輩達のようだ。

「ど、どうしてクマ・・教室棟は遠い筈だクマ」

売店は球磨の言うとおり仮想演習棟の裏にあり、球磨達は一番近い所に居た。

昼の鐘が鳴った直後に全速力で走れば、理屈から言えば負けない筈である。

実際、まだこちらに向かって各棟から歩いてくる艦娘が見えるのだ。

その理由を、後輩の一人が教えてくれた。

「天龍先生が「今日はここでキリが良いから10分早く切り上げる」って・・・」

「それはチートだクマー!」

ズシャアッと地面に四つん這いになる球磨。10分は致命的な差異だ。

「球磨?どうしたんだ?」

そこに、丁度後輩達に囲まれた天龍が売店から出てきた。

球磨がゆらっと立ち上がる。

「・・・今夜、接近戦で勝負クマ」

「おっ、おい、いきなり何だよ?」

「午後9時、トラックで待ってるクマ」

「だから何の事なん・・」

「あ!列に割り込むなクマ!並んでるクマー!」

売店に突進していく球磨に首を傾げていると、先ほどの後輩が事情を説明した。

「・・んー、そう言われてもなぁ・・・まぁ良いか」

天龍はニヤっと笑った。丁度鈍ってたところだ。

 

「やっぱり敗戦だクマー!」

売店に入った球磨は絶望の叫びをあげた。

特大プリン、ダブルベリーチーズケーキ、栗蒸し羊羹、日替わり定食。

全滅である。

球磨の横を戦利品を手に後輩達がうきうきと通り過ぎていく。

勝利を確信していただけに反動は大きい。頬を一筋の涙が流れた。

球磨はやっとの思いで食堂へ移動した。

 

「あれ?どうしたんだにゃ?」

多摩は食堂に居た姉の落胆ぶりに驚いた。縦線が濃すぎて黒背景のようだ。

「多摩ぁ~!球磨は頑張ったのに!チートに負けたクマぁ・・・」

チート?どういう事?あれ、なんでミックス定食食べてるにゃ?

今日の日替わり定食は限定3食の鮭の厚切りステーキ定食だって朝から張り切ってたのに。

木曾は遠くからその様子を見て、今後の展開が容易に想像がついた。

一応、長門には言っておくか。まずは心配そうに見てる後輩に状況を聞こう。

 

 

7月20日午後9時 鎮守府校庭

 

「い、一体何事だクマ!?」

校庭を取り囲むように大量の椅子が並べられ、学生が座ってワイワイと話をしている。

普段この時間には消える筈の照明まで煌々と点いている。

「それはこっちのセリフです」

声の方を向くと提督が居た。

「なんなんだその禍々しい恰好は」

球磨も多摩も鉤爪に鎖かたびら、顔まで覆われた鉄兜という接近戦フル装備の出で立ちである。

「チート戦を仕掛けた天龍との戦いだクマ!邪魔しないで欲しいクマ!」

「邪魔はしないぞ」

提督の脇に出てきたのは長門だった。

「じゃあこれは何の騒ぎクマ!」

「チートに怒っているのだろう、球磨」

「そうだクマ!」

「なら、正々堂々白黒つけるべきではないのか?」

「うっ」

「だから皆で見届ける。武器も防具も無しの試合だ。天龍達にも納得させた」

「私は話し合いでと言ったんだが、長門が試合までは許せと言って聞かんのだよ」

「どうだ?」

自分達の為に動いてくれた長門には逆らえない。

「・・・解ったクマ」

装備を外すと、ドスンと鈍い音を立てて地面に落ちる。

戦艦でもこんな重装備は振り回せんぞと長門は思った。

この2人がフル装備した接近戦で勝てる奴が居るのだろうか?

 

青葉がマイクを握る。

「さー皆さんお待たせしました!天龍・龍田組と球磨・多摩組の対決で~す!」

わあああっと歓声が上がる。

バチバチと火花を散らせて睨みあう天龍と球磨。

歓声に少々引き気味の多摩と、溜息を吐いて平常運航の龍田という状態である。

「では第1種目を発表します!」

キッと球磨と天龍が青葉を見る。

「最初の試合はビーチフラッグスです!!」

ビーチフラッグス。

会場には旗が参加者より1本少なく立てられている。

旗から20mほど離れた直線上に、反対方向に向いてうつ伏せに寝る。

合図とともに旗を取りに走り、最初に旗を掴んだ人が勝ち。当然1人脱落する。

しかし。

「今回の特別ルール!合図と共にスタートですが、最初にトラック2周してもらいます!」

ゲッという表情の球磨、勝機ありとガッツポーズをする天龍。

「勝った方が1点ですが、相手選手に露骨な妨害をした場合はペナルティです!」

青葉をキッと睨む球磨と天龍。やるつもりだったなと長門は溜息を吐いた。

殺意の籠った視線を平然と受け流すと、青葉は高らかに手を上げた。

「さぁ、最初の対戦者は多摩さんと天龍さんです!トラックのスタートラインにどうぞ!」

多摩は思った。何で運動会になってるにゃ?

天龍は思った。さっさと直接対決させろっての。

「旗はこちらです。2周まわってスタートラインの所から旗めがけて来てください!」

「よっしゃああ!さっさと始めようぜ!」

「負けないにゃ!」

「いっきますよー!よーい・・どん!」

青葉の合図と共に、二人は飛び出した。

歓声が響き渡る中、トラック2周目終盤までは天龍がややリードしていた。

しかし。

「甘いにゃ!」

「なっ!?」

天龍は速力を維持する為、スタートラインを超える形でやや大回りで旗に向かった。

対して、多摩は地面すれすれまで屈みながら直角に近い角度で曲がりこみ、旗に飛び掛かった。

距離差が無くなり、振り向いて居ない事に焦った天龍の脇をすり抜けて多摩が旗を手にした。

大逆転劇に会場は一気に盛り上がった。

「あらぁ、天龍ちゃん負けちゃったの~」

ゆらあっと龍田が立ち上がる。メラメラとした炎が見える。

「頑張らないといけないわね~」

周囲で観戦していた後輩達が恐ろしさに涙ぐんでいる。

スタートラインに立つ球磨と龍田。

「服を切らせて骨を断つ・・・うふふふふ」

「ぜっ、絶対勝つ・・クマ」

あまりの迫力に球磨がひるんだその時、青葉がスタートの号令をかけた。

球磨は一瞬遅れ、そのまま僅差の構成となった。そして最終コーナー。

龍田がややアウトに寄ったのを見て、球磨は短距離になるインを取った。

しかし龍田は最終コーナーから体をバンクさせたまま、円を描くようにスタートライン上を掠めた。

球磨は多摩と同じく体を屈めた直角曲がりをしたが、イン過ぎて速度を落とさざるを得なかった。

結果、ほぼ速力を維持し、かつ最短距離でカリカリに攻めた龍田がタッチの差で旗を手にしたのである。

「最初!最初の油断が最後まで響いたクマああああ!」

球磨が転がりまくって悔しさを表現したのは言うまでもない。

 

 



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file11:日常ノ戦争(後編)

7月20日午後10時 鎮守府校庭

 

興奮する会場を割って進むように、トラック内側に鳳翔と数名の艦娘が現れた。

その周囲から別のざわめきが広がる。

艦娘達がテキパキと長机を組み立て、鳳翔は机の上に食器と小鍋を幾つか置いた。

青葉がマイクを握った。

「さぁ!第1種目は引き分けでした。気になる第2種目の発表です!」

4人の選手が全員青葉を見る。会場がしんと静まる。

「第2種目は倍々ヒーヒーカレー、最後まで生き残るのは誰!です!」

観客の大歓声と引き換えに4人はすーっと青ざめていった。

タイトルからして嫌な予感しかしない。

「ルールは単純。鳳翔さんが小皿一杯分のカレーを盛りますから食べてください。」

「4人同時に同じ辛さを食べ、ギブアップした方から負けです!」

「最後まで残った方が2点、2番目まで残った方が1点です!」

4人はほっとした。小皿一杯なら2~3口だ。一気に流し込めばいい。

そりゃそうだよな、長門が監修してる競技ならあまり外道な事は・・・

「なお、これは青葉のオリジナル企画です!」

訂正。命の危険がある。

「提督!本当に食べて大丈夫な物なのかにゃ!?」

「勝負はしてぇが死にたくねぇぞ!」

「ここまで救急車来てくれるのかしら~?」

「もし死んだら提督室に化けて出てやるクマー!!!」

提督が叫び返した。

「化けて出るなら青葉の部屋にしなさい!ていうかその前に降参しろ!命は保証しない!」

「えー!?」

「さぁ準備が出来ました!こちらへどうぞっ!」

爽やかな笑顔で青葉が4人をステージに導く。

4人は思った。青葉、明日そのカレー食わす。

 

ステージに並んだ4つの皿。

天龍はつばを飲み込んだ。悩んだら負けだ。雰囲気に呑まれるな!

球磨は目を瞑った。後ろを向いてるが、あれは鳳翔。命までは取られない筈だクマ!

龍田はじっと観察した。緑のカレーってほうれん草かしら?

多摩は揺らしてみた。水みたいにサラッとしてる。記憶に無い。嫌な予感がするにゃ。

「では1皿目です。制限時間は1分!ではどうぞっ!」

ガッと一気に飲んだのは天龍と球磨がほぼ同時だった。そして。

「大丈・・・ぐひぇぇぇぇ!」

「うげっ!焼ける!喉があああ!!」

垂直に飛び上る球磨、喉を押さえて椅子ごと転がり出す天龍。

最初からあまりの反応に、観客まで静まり返ってしまった。

多摩は辛さ抑止用の牛乳を飲む姉を見た。涙目だ。一体何が入ってる?

「さぁ30秒経過!グリーンカレー突破出来るか!」

グリーンカレー。

タイカレーとも言われるが、見た目の穏やかな緑とは裏腹に一瞬遅れて激烈な辛さが襲う。

れっきとした料理だが、食べられる人は限られる品である。

ふと思い出し、多摩は龍田を見た。

龍田は一口目のスプーンを咥えたまま静かに気絶していた。

多摩は提督の最後の言葉を思い出した。命の保証はない。

「後20秒!」

「にゃっ!?」

多摩は目を瞑った。走馬灯のように思い出の光景が駆け巡る。

姉ちゃんは突撃したにゃ。多摩も一緒に行くにゃ。

多摩はぐっと口に入れた。

 

「超展開になってきました!」

青葉が言うのも無理はない。覚悟して口にした多摩は、あっさり気に入ってしまったのだ。

「・・・おいしいにゃ」

観客全員が、提督が、牛乳を飲み干した天龍と球磨が、一斉に多摩を見た。

「辛いけど美味しいにゃ。御代わり欲しいにゃ」

全員が思った。英雄だ。すぐにわああっと歓声が沸きあがった。

青葉がマイクを取った。

「では2回戦に進んだのは龍田さんを除く3人の方です!どんどん行きますよ!」

「楽しみにゃ」

「え・う、お・・・」

天龍は席について冷汗を流していた。これに挑戦しないと球磨多摩ワンツーで敗北確定だ。

球磨は席に着くのを躊躇した。自分がリタイアしても1位は確実。でも天龍が2位では1点差だ。

そういう心境のまま、結局天龍も球磨も席に着いた。

多摩は早くもスプーンを握りしめて目を輝かせている。

「では2皿目です!倍々ドーン!」

天龍は今気づいた。タイトルに倍って付いてたって事は倍辛いのか!?

次の鍋から見えるカレーの色は一見普通に見えたが、あの1回戦の後だ、普通な訳が無い。

鳳翔が振り返った。よく見るとガスマスクをつけている。

目が合った。鳳翔は何度も首を振った。天龍はごくりと唾を飲んだ。何故ガスマスク?

小皿を持ってきた艦娘達が指で「×」と示し、「食べちゃダメ」という鳳翔の小さなメモを見せる。

小皿に盛られたカレーは1回目に比べて明らかに量が減っている。

一体どういう事だ?皿に乗ってるこれは何だ!?カレーですらないのか!?

「では準備完了ですね!いっきますよー!制限時間は1分です!ではどうぞっ!」

天龍は皿を顔に近づけた時点で異変を感じた。なんか湯気で目が痛い。そんな事あるのか?

球磨は先程の悪夢を思い出し、牛乳のコップに視線を向けた。大丈夫。私はまだ生きている。

覚悟を決めて一気に口に運んだのだが、

「クマああああああああ!!!!」

と、叫んだかと思うと、白目を剥き、がくりと椅子にもたれてしまった。

ぴくぴくと痙攣している。

会場は再び静まり返った。食べて気絶ってどういうレベル?

提督は考えた。鳳翔はどこからこんな魑魅魍魎のレシピを持ってきた?

長門が立ち上がった。

「ふ、二人とも止めろ!リタイアしても・・・誰も・・・」

長門が呆然としてるのを見て、天龍はそっと多摩の方を見た。

多摩は小皿のカレーを綺麗に舐めつくし、まだ食べ足りないといった表情だった。

会場がどよめいた。もはや勇者というより魔王。魔王様じゃ!

「リタイアします」

天龍は諦めた。多摩とは絶対激辛勝負しねぇ。

 

青葉はマイクを取ると、ちょっと寂しそうに言った。

「たった2回戦で終わっちゃいましたねえ」

天龍はぞっとしながら青葉を見た。何回戦まで用意していた!?

「1位が多摩さん、2位が球磨さんのワンツー!この時点で・・」

青葉の説明に耳を傾け、静まった会場の中で1人の声がした。

「青葉さぁん」

青葉が声の方を向くと、5回戦用のカレーがよそわれた大皿を手にした龍田が居た。

なんだか紫に近い赤のような、何とも言えない禍々しい色をしていた。

しかし、持っている龍田もカレーに負けない程の禍々しい気配をまとっていた。

「召し上がれ~」

会場にどよめきが起きた。いよいよ死者が出るのか?

「へ?青葉、参加してないですよ?」

「いいから召し上がりやがれ~」

かつてない迫力で青葉に迫る龍田。しかし、青葉はスプーンを取ると、

「えー、なんですかーもー」

と、平然と食べ始めたのである。

目を剥いて硬直する観客や龍田を置き去りにし、青葉はきっちり食べ終えると、

「おいしいですよ?」

と、言った。

「青葉ずるいにゃ!鳳翔さん!多摩も大皿で欲しいにゃ!」

青葉はさらにスプーンを戻すと、軽く1つ咳払いをし、

「では、改めまして!この勝負、球磨・多摩チームの勝利です!」

ぱちぱちと小さく始まった拍手は、やがて盛大な拍手と歓声に変わった。

龍田は地面にがくりと手をついて

「初めての敗北・・・完敗よ・・・」

と言っていた。

一方、人込みを縫って木曾が球磨に駆け寄って抱き上げたのだが、球磨の呼気を浴び、

「ぐはっ!匂いが目に!目にしみるうううう!」

と叫びながらそこらじゅうを転がる事になった。

結局ガスマスクをつけた艦娘達がタンカで球磨を工廠に運んだのである。

その後、今夜の件について鳳翔の口から事情が明らかになった。

鳳翔は元々極端に辛い味付けをしないので、加減が解らなかった。

1回戦用にはレシピ通りにグリーンカレーを作ったが、鳳翔には既に辛すぎた。

しかし青葉は平然と「甘めですよ?」と言ったので、自分の味覚を疑ってそのままとした。

そして2回戦用は鳳翔が普通に作ったカレーに青葉が持参したデスソースを注ぐ事を提案。

鳳翔は青葉に味見してもらい、「2回目だからこんなもんですかね」といった所で止めた。

しかし、決戦用の5回戦分を用意した頃から湯気で目が痛くなってきた。

やむを得ずガスマスクを装備したが、そのせいで喋れない状況になってしまった。

1回戦を見て自分の味覚が正しいと思い直し、合図を送ったが誰も気付いてくれなかった。

せめて被害を減らすべく少量にし、慌ててメモも書いたが、こういう結果になってしまった。

協議の結果鳳翔はお咎めなし、ただし激辛物を作る時は長門が危険度を見る事になった。

青葉は「納得出来ません!デスソース美味しいです!」と抗議した。

しかし、長門が有無を言わさず座敷牢に連行。

そして提督承認の元、3日間、食事は大根おろしのみという刑に処せられた。

今度は醤油も無かったそうである。

競技の翌朝、洗面所で出会った球磨と天龍と龍田は涙ながらに互いの生存を讃えあった。

当然売店の件は水に流したのである。

なお、多摩は密かに座敷牢を訪ね、「ですそーす」と書いたメモを手に立ち去った。

この後日談もあるが、それはまた別の機会に。

 




ブレアーズのデスソースを、間違って指に1滴つけてしまった事があります。
そこに運悪く小さな逆剥けがありまして、半日経っても染みてヒリヒリしてました。
うっかり舐めると本当に死に掛けます。
フラグじゃないからね!試さないでね!

1箇所時間軸表記が間違えてました。ご指摘ありがとうございます。


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file12:鳩ノ嘴

 

5月6日夕方 某海域の無人島

 

「ソロソロ、日ガ沈ミマスヨ」

「・・・エエ」

重巡リ級は小さな浜辺の木陰で眠っていた。日中お決まりの、お気に入りの場所だった。

いつも通り夕方に迎えに来た部下が声をかけると、むくりと起き上がる。

「今日モ、来タ?」

「・・・2体ホド」

「ソウ・・」

リ級は報告を聞いて悲しげな顔になった。

いつかあの装置を安定停止出来る日が来るのだろうか。

 

このリ級は深海棲艦の中でも最古の一人であり、整備隊を率いる大幹部である。

整備隊という名の通り、リ級が率いる部隊は深海棲艦を生み出す装置の整備を担っている。

といっても、整備はこのリ級しか出来ない。

装置は繊細で、深海棲艦が生まれるたびに活動を強めていき、放っておくと暴走してしまう。

暴走した時に生まれた深海棲艦は非常に好戦的で規格外の強い力を有している。

更に厄介な事に規格外の深海棲艦は既存部隊の言う事を聞かず、深海棲艦にも無差別に攻撃してくる。

深海棲艦達は大殺戮から逃れる為に当該海域を捨て、安全な海域に避難する事になる。

鎮守府は海域を守らざるを得ないので大攻勢をかけ、甚大な被害と引き換えに事態を収拾する事になる。

ゆえに、装置の調整は実は双方にとって重要事項なのだが、その事実は深海棲艦だけが知っている。

深海棲艦達は暴走の怖さを心底良く解っていた。

 

一方で、このリ級は徹底的に厭戦派であった。

戦っても深海棲艦が増えるだけで、何の意味も無い。深海棲艦なんて寂しい。

一刻も早く装置を止めて一人残らず成仏しよう。

そういう信念を持っていた。

だから他の幹部とは違い、部下が必要なければ兵装を持たない事を推奨し、戦闘すら命じなかった。

他部隊で戦いに疲れた深海棲艦や、最初から厭戦的な深海棲艦も積極的に迎え、成仏する事を祝った。

厭戦的になる深海棲艦は歴戦の強者という場合も多く、結果として、昔から戦闘力は高かった。

実際、迎えに来た部下はflagshipの戦艦タ級であり、リ級の警護の為に強力な武装をしている。

リ級が寝ている島の周りにも重武装の部下がずっと見張っていた。

大幹部でも重武装で歴戦の強者を相手にするのは骨が折れるし、そもそもリ級を殺したら装置が暴走する。

よって、他の勢力はどう思おうとも整備隊の活動に一切口出しする事は出来なかった。

 

「体ノ具合デモ、悪イノデスカ?」

タ級が気遣うように言うと、リ級は軽く手を振り、

「イイエ、眠イダケヨ」

と、答えた。

程なくリ級とタ級は音も無く潜航していった。

 

 

5月6日夜 深海棲艦の拠点

 

「アー、マタ、強クナッテルワネ」

リ級は溜息を吐いた。装置の状態を見ただけでどんな深海棲艦が生まれたのかも解る。

「随分、悲シミヲ持ッタママ、来チャッタノネ」

傍らに居たタ級が頷く。

「駆逐隊ガ、連レテ行キマシタ」

「ソウデショウネ」

リ級は溜息を吐いた。怒りに任せて戦闘しても、また深海棲艦になる子が増えるだけなのだが。

「ジャア、チョット、彼女ト話ヲ、シテクルネ」

そういうとリ級は装置に向かって歩いていった。

どうやって装置を調整するかというと、リ級が穏やかに装置に語りかけるのである。

装置から答えが返る訳ではないが、リ級がしばらく話しかけると活動が落ち着くのだ。

しかし、落ち着くだけであり、停止するほど低下する訳ではなかった。

装置の性別が女性か、そもそも性別があるのかも本当は解ってないが、彼女と呼ばれていた。

 

タ級はリ級の後ろ姿を心配そうに見ていた。

リ級が最近、日増しに弱っている気がする。

最古の部類だから、ある意味成仏してもおかしくは無い。

しかし、万一リ級が居なくなってしまったら、彼女をどうやって抑えれば良いのだろう。

伝承で、装置を止めるべく戦艦級の深海棲艦数隻で装置を攻撃した記録があった。

しかし結果は全く効かないどころか、彼女は暴れまくって大量の規格外深海棲艦を放った。

それらの討伐は熾烈を極め、深海棲艦も艦娘も1/10位に激減してしまったという。

従って現時点で唯一の妥協点が、リ級の「整備」による安定状態なのである。

 

20分ほど彼女に話しかけ、「整備」したリ級は、

「ジャア、マタネ」

といってタ級の元にゆっくりした足取りで帰ってきた。

「彼女ハ、落チ着キマシタカ?」

「エエ、今日ハ大丈夫」

「アノ」

「何?」

「彼女ヲ、落チ着カセルニハ、ドンナ話ヲスレバ、イイノデショウ?」

リ級は困った顔をすると、

「天気ノ事トカ、外ノ事ヲ話シテルケド、私以外ガ話シテモ、落チ着カナイノヨ」

と、肩をすくめた。

タ級は事の重大性に気付いた。

一刻も早くリ級に頼らない抑止方法を見つけなければ、いずれ大変な事になる。

そしてそのリミットはそんなに遠くないと、タ級の勘が告げていた。

「アノ」

聞きなれない声がしたので、タ級はリ級を庇い、攻撃態勢で振り向いた。

そこには2体のイ級が居た。

「ワ、私達、報告シタイ事ガ、アルンデス」

リ級がタ級をそっと押さえると、タ級は攻撃態勢を解除した。

「良イワ、何ガアッタノ?」

イ級達は話し出した。

「私達ニ、カレーヲ、御馳走シテクレル、小屋ガアルノ」

リ級が不思議そうに聞き返した。

「小屋?相手ハ人間?」

「人間ガ居ル事モアルシ、艦娘ダケノ事モアル」

「艦娘ガ、カレーヲ、私達ニ、御馳走シテクレルノ?」

「ソウ。トッテモ美味シイ」

「甘口、辛口、カレーラーメン!」

リ級とタ級が顔を見合わせた。なんだそれは?

「アト、小屋ニハ噂ガアル」

「噂?」

「ソウ。相談ニ乗ッテクレルッテ、噂!」

「元ノ鎮守府ヲ、探シテクレタリ、悩ミヲ聞イテクレル。成仏シタ子モ、居ルラシイ!」

リ級は考え始めた。

艦娘という事は鎮守府や大本営が関与している。

そもそも艦娘は我々を見たら即攻撃してくる者しか知らない。

だからこそ浜で寝てる時に間違って見つかったら大変だと、タ級が警護してくれているのだ。

それが攻撃しないどころかカレーを振舞う?相談に乗る?何故?

深海棲艦の数を減らしたいのなら、艦娘に攻撃させる方がはるかに手っ取り早い筈だ。

一方、タ級は報告そのものが信じられなかった。

「オ前達ナ、モウ少シ、マシナ嘘ヲ、考エロ」

イ級が必死になって反論した。

「違ウ!本当!」

「金曜日!オ昼!カレー曜日!」

「アノナ、シマイニハ、怒ルゾ」

リ級はタ級を制しながら言った。

「カレー曜日?」

「毎週金曜日ノ、オ昼ダケ、ソノ小屋ガ開クノ!」

「ソレガ、カレー曜日!」

「沢山ノ子達ガ食ベニ行ッテル!」

タ級は別の懸念を示した。

「毒デモ入ッテルンジャナイカ?」

「私達常連!1年位毎週行ッテ食ベテル!」

「何トモナイ!美味シイ!」

リ級は興味を持った。

「フウン。1度見テミタイナ」

タ級はぎょっとした顔でリ級を見た。

「モ、モシ攻撃サレタラ大変!」

イ級が言った。

「DMZ指定サレテル!安全!」

タ級が聞き返した。

「DMZ指定ダッテ?」

リ級は話を整理した。

カレーを振舞うのは深海棲艦に敵意が無い事を示し、定期的に場を持つ為だろう。

カレーを食べられる日として宣伝すれば覚えてもらいやすい。

イ級達が常連で健康も害していないという事は、噂になってる「相談」が相手の目的だ。

DMZ指定という事は、既に向こう側を相当信用している上級の深海棲艦が居る。

カレーだけでDMZ指定する程の信頼形成は難しいから、恐らく相談で良い結果が出たのだろう。

「イ級達」

「ハイ!」

「ドウヤッテ、相談ニ、乗ッテモラウカ、知ッテル?」

「カレー皿ヲ、返ス時、赤イ、ボタンヲ、押ス!」

「黄色イ札、クレル。札ニ書カレタ時間ニ、行ク」

「行ッタ事ハ、アル?」

「私達ハ、ナイ」

この情報だけで飛び込むのは確かにリスクがある。

油断させて幹部級を呼びだし、小屋の中で抹殺する作戦かもしれない。

しかし、本当に窓口なら。

リ級はしばらく考えたが、結論は出なかった。

虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。

「タ級」

「ハイ」

「DMZ解除方法ハ解ルワネ」

「問題ナイデス。全LV解除デキマス。今カラ解除シテキマスカ?」

「イイエ、カレー曜日ニ、行ッテミマショウ」

「ナ、何デスッテ?」

「本当ナラ美味シク食ベ、相談モ、シテミマショウ」

「デ、デモ」

「モシ、罠ナラ」

「罠ナラ?」

「DMZヲ解除シ、小屋ヲ吹キ飛バシテクダサイ。深海棲艦ヲ騙スノハ許サナイ。攻撃開始権限ハ一任シマス」

タ級は目を見開いた。リ級が攻撃を示唆するなんてこの部隊に所属してから初めてだ。

 



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file13:小屋ノ群集

5月8日昼 岩礁

 

「あっれ?提督か?」

摩耶がすっとんきょんな声を上げた。

そろそろ掃除も終わり、テーブルを出そうかという時に、本島から来る提督が見えたのである。

しかも飛龍と蒼龍を連れている。

「皆頑張ってるか?」

「提督ひさしぶり~」

「おぉ島風、良い子にしてるか~?」

「うん!」

「ちゃんと片付け出来るようになったか?」

「うっ」

「・・・ま、まぁ、頑張れ。きっと島風なら大丈夫。やれば出来る子だから。」

「うん!頑張るっ!」

「提督さん、島風の片付け具合を確かめに来たんじゃないんですよね?」

「そりゃそうだ鳥海、そろそろ蒼龍と飛龍にも参加してもらおうと思ってね」

そういうと二人がぺこりと頭を下げた。

「学生達と1年生活し、島にも十分馴染んだと思うんだよ」

「基礎教育も一通り、応用も幾つか学ばせてもらいました」

「凄く納得出来る内容で、勉強になりました」

摩耶がニコッと笑う。

「良いんじゃねぇの?うちらも手が足りなくて困ってたんだよ」

提督が応じた。

「消費量から見て毎週100食は出てるものな」

蒼龍と飛龍がぎょっとしたように提督の方を向く。

「ひゃ、100食!?」

夕張が頷く。

「もうね、店仕舞する時にはゴム手袋してても手がふやけてるのよ・・・」

「洗い物で?」

「そうよ。洗っても洗っても追いつかないんだもん」

二人が笑った。

「じゃあまず、皿洗いから手伝います!」

「交代要員が出来るのはほんと助かるわあ。ちょっとお昼寝できる」

摩耶がじろっと睨む。

「交代中は配る方を手伝えよ。アタシ一人でやってるんだから」

「えー」

「・・・4時半から走るか?」

「喜んで配るのをお手伝いします!」

「よし」

提督は思った。摩耶はしっかり夕張を支配下に置いてるな、と。

「じゃあ折角だからカレー食べていこうかな」

「あ、まだご飯が炊けてないんです」

「大丈夫大丈夫。仕事は赤城に頼んできたから」

 

「や・・やられた・・・」

赤城は承認待ちの書類を持って提督室に帰ってきたが、部屋はもぬけの空だった。

しかも

「カレー食べてきます。夕方に帰ります。ハンコ押しといて。提督」

という小さなメモが置いてあったのだ。

朝から一緒に居たが、おかしなそぶりは無かったので油断していた。

「まったく、しょうがないですね」

メモの下に置かれていた羊羹を頬張りながら、赤城はポンポンと承認印を押していった。

御駄賃と見るか、買収と見るか。赤城は考えていた。

大本営に見つかれば懲戒モノだが、こういう事はしょっちゅうなので押し方も慣れている。

提督は右上が少し掠れるように押す。左にやや傾けるのがコツだ。

加賀や長門は代わりに押すと凄く怒るので、内鍵をかけて見つからないようにしよう。

提督、用事はお早めに。

ハンコ押しが終わったら夕方まで何しよう。羊羹探してみるか。

 

「アー、カレー提督ダー!」

「久シブリダネー!」

「また来てくれたのか~、ありがとうな~」

摩耶と鳥海は呆気に取られていた。

なんで提督、深海棲艦に懐かれてるの?それにカレー提督って何?

正午きっかりに現れたのはいつものイ級2隻だった。

それは摩耶達にも解った。何となくではあるが。

「今日ハ、私達ノ友達モ、連レテ来タノ」

「友達?」

イ級達は前の日の夜、リ級とタ級に言われていた。

幹部と言っちゃダメ、友達として紹介しなさいね、と。

「アッチ!」

摩耶達が見ると、丁度タ級達が海面に浮上してくるところだった。

提督はイ級達の頭を撫でながらタ級を見上げると、

「おー!これは凄い!さぞ良い船だったんだろうな君は!」

と言った。

そして、タ級の影からリ級がそっと顔を出すと、

「お!もう一人か!摩耶!イ級達にカレー大盛り4つ!」

と、言ったのである。

「・・・・。」

リ級もタ級もイ級の友達を装う為、警戒しつつも敵意を見せないよう気を配った。

しかし、提督のあまりに無警戒な口調に毒気を抜かれてしまった。

「ア、エエト、コンニチハ」

「オ世話ニ、ナリマス」

「はいこんにちは。さぁ上がって上がって。」

その時、摩耶が声をかけた。

「二人とも、カレーは辛口か?甘口か?カレーラーメンもあるぞ!」

「ア、辛口2ツデ」

リ級とタ級は顔を見合わせた。全く驚いてない?

「兵装のある戦艦だと椅子が割れちゃうから、悪いけどここで良いかしら?」

と、平らな岩の上に大きなクッションを置いた所に案内された。

「私達ヲ見テモ、驚カナイノカ?」

夕張が答えた。

「珍しいけど戦艦も来るもの。浮砲台が来た時はさすがに海面に浮いたまま食べてもらったわ」

「ナ、ナニ!?浮砲台マデ来タノカ?」

「そうよ?あの時は波が小屋まで入ってきたから皆で水を掻きだしたわ。ねっ、イ級ちゃん」

「ネー」

リ級は呆気に取られていた。予想以上だ。何だここは。

 

「イタダキマース!」

「イ・・イタダキマス・・」

相変わらず器用に食べるイ級を横目に、恐る恐る食べ始めるリ級とタ級だったが、

「アレ、美味シイ」

「丁度良イ辛サデ、食ベヤスイ」

と言い、2口目からは普通に食べ始めた。

その頃から他の深海棲艦達もぞろぞろと集まってきた。

中にはリ級が整備隊の大幹部である事に気付いて敬礼しようとした者も居たが、タ級が

「ダメ!」

と、目で制したので慌てて平静を装った。

リ級はゆっくりカレーを食べながら思った。このカレーは美味しい。常連化するのも解る。

大盛りと聞いた時は躊躇したが、今となるとこれで良かった。

予想以上なのは食べにくる深海棲艦の数だ。

小屋が開いてから20分も経ってないのに、既に全てのテーブルが埋まって行列が出来ている。

イ級やト級どころかワ級やヨ級まで居る。所属部隊も様々だ。

しかし、美味しい食事にありついたからか、皆楽しそうにくつろいでいる。

少なくともこれだけの深海棲艦達が演技している気配はない。演技する理由も無い。

この光景は大本営側にとっても我々にとっても異様でしかないが、目の前にある事実だ。

「タ級」

「ハイ」

「ユックリ食ベテ欲シイ。モウ少シ様子ヲ見タイ」

「ゴメンナサイ」

「ナニ?」

「食ベ終ワッチャッタ」

リ級はがくっとなった。手遅れだったか。

「食器ヲ、下ゲテキマス」

「赤イ、ボタン、ダゾ」

「解ッテマス」

タ級が返却所に行くと、果たして小さな箱に赤いボタンが置いてあった。

そっと押すと、島風が

「あ、カレーついてるよ~」

と、布巾を持って走ってきた。

「ゴメン、ドコ?」

タ級が屈むと、島風が素早く手に小片を握らせた。

「大丈夫、取れたよっ!」

タ級は納得した。なるほど、そういう事か。上手い仕組みだ。

「アリガトウ」

タ級はそっと、リ級の所に戻った。

「ドウダッタ?」

「モラエタ」

「ソウカ」

タ級が見せた小片には、

「15:30」

と、書かれていた。

 



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file14:リ級ノ笑顔

 

5月6日15時 岩礁

 

「今日も大繁盛だったね~」

「いよいよ辛口が100食で危なくなってきたわ~」

「そろそろ鳳翔さんも限界だし、対策考えないとダメね~」

提督はぺたんと座り込んでしまった。

「こ、これ、毎週やってるのか?」

飛龍が冷たい水を提督に差し出す。

「みたいですよ。お疲れ様です、提督」

小屋に控えていた提督は、あまりの繁盛ぶりを見て1時間皿洗いを手伝ったのである。

しかし、1時間でも結構な労働だったのだ。

「食器洗い機でも買うか?」

「洗い残しが出るのよね~」

「金属製の食器に買い換えても良いぞ。単純な形のやつにしたら洗い易いだろう」

「あ、提督良い事言った!そうね、金属製の皿にするのは良いかも!」

「今のお皿は食堂に返して、来週から金属のお皿で出しましょう」

「今日も5枚くらい割っちゃったもんね」

「全部島風でしょ」

「あたしは3枚だもーん、2枚はお客さんだもーん」

「威張るな」

「あう」

ふと提督が蒼龍を見ると、何か考え事をしている。

「どうした、蒼龍?」

「んー、気のせいかもしれないんですけど」

「なんだい?」

「最初に来たリ級さんて、部隊のボスかも」

「まぁ、ボス禁止とは言ってないからな」

「そうじゃなくて」

「なんか問題か?」

「部隊の、ボスが、来てるんですよ?」

「辛口美味しいですって言って帰ってったぞ?」

「部隊ごと来たらどうするんです?」

「あー・・・・蒼龍さん」

「はいな」

「その部隊、大きいのかな?」

「とっても」

「何体位所属してるのかな?」

「二百隻は余裕です。数え切れませんけど」

 

全員がしんと静まり返った。

 

提督がギギギと摩耶達を見ると、摩耶達は光の速さで目を逸らした。

「あっ!お前ら私を見捨てる気か!」

「ナニモ聞イテマセンヨ」

「私達知リマセン」

「来週ハ提督ガ対応シテクダサイ」

「何カタコトになってる!しかも酷い事言っただろ今!」

「あ、でも」

「なんだ、島風?」

「リ級ちゃんと一緒に居たタ級ちゃん、相談のリクエストしたよ。今週はその1件だけだったの」

 

再び小屋に静寂が訪れた。

 

「ま・・・まさか・・・」

「毎週とか・・・ないですよね・・・」

「鳳翔が過労死してしまう」

「そのリストに私達も混ぜて欲しいです。いや、やっぱり混ぜないでください」

「どうしよう」

「絶対きっぱり断ってください提督!NOといえる提督目指すんでしょ!」

「二百隻もの深海棲艦が怒って襲ってきたら勝てる訳ないだろ!逃げる準備をするぞ!」

「どこに逃げるっていうんですか!」

「地の果てまで逃げてやる!」

「あ、襲われる事は無いと思いますよ」

「なんで?」

「あの部隊、戦わないんです」

 

三たび小屋に静寂が訪れた。

 

「は?」

「最後に私が所属していた部隊なんですけど、あの部隊は整備隊っていうんです」

「兵装の整備とかしてるの?」

「いえ、何を整備するのかは部隊員でも解らないんですけどね。」

「なんでやねん」

「何せ何もしてませんでしたから」

「どないやねん」

「整備隊は戦いたくないって子達を迎えてくれるんです。戦闘命令もされないし」

「あのリ級がそういう方針て事か」

「でしょうね。私はボスと直接話した事は無いんですが、重武装のタ級が守ってるって話でした」

「あのタ級か。確かに強そうだったな」

「あの子なら金剛4姉妹でいい勝負って感じかな」

「そんな事になって欲しくないがね。で、いつ来るんだい?言い訳考えとかないと」

島風が提督を指差した。

「ん?なんだ島風」

「き、来た」

振り向くと、タ級とリ級が提督の後ろの海面に居た。

 

「せ、狭くてごめんなさい」

夕張はリ級達に謝った。

普段は夕張と相談者の二人だけなので余裕がある。

しかし今回はリ級、タ級、摩耶、鳥海、夕張、島風、提督、蒼龍、飛龍である。

ぎゅうぎゅう詰めなのだ。

提督が溜息を吐いた。

「これは無理だよ夕張、外で話そう。」

「でも、元居た所を知りたいなら画面見てもらう事になるし」

「ソレハイイ、外デ話シマショウ・・・アツイ」

リ級が外に出たのを合図に、全員が小屋から出た。

「提督サン」

リ級が声をかけた。

「何でしょう?」

「コノ小屋ノ目的ハ、何?」

提督は一瞬沈黙した。深海棲艦からすれば喜べない目的だからだ。

しかし、嘘は止めよう。一か八かだ。

「深海棲艦に売られた艦娘達を成仏させたり、元の艦娘に戻す手伝いをする為の場です」

リ級は提督を見た。

「元ニ戻ッタ子モ居ルノ?」

「私です」

蒼龍が名乗った。

「アナタハ・・」

「flagshipのヲ級でした」

「・・ソウ。ジャアDMZ指定シタノモ、アナタネ?」

「はい」

「・・・・乱用ハ禁止ノ筈ヨ?」

「この1回しか使っていませんし、正しかったと信じています」

「艦娘ニ戻ッテ、ドレクライ?」

「1年ちょっとになりました」

「1年、コノ提督ヲ見テ、今モ、思イハ変ワラナイ?」

「はい」

「ソウ・・ソレナラ正シイノデショウ。タ級」

「ハイ」

「DMZハ維持サレテル?」

「2~3カ所、痛ンデマスネ」

「ジャア、直シテキテクレル?」

「解リマシタ」

そういうと、タ級は静かに島の周りを廻りだした。

リ級がタ級を見ながら言う。

「提督サン」

「はい」

「私ハ、深海棲艦ハ、人間ト争ウベキデハナイト、思ウ」

「はい」

「深海棲艦デ居ルノハ、辛イコト」

「・・・」

「ダカラ、装置モ、出来レバ止メタイ」

「装置?」

「深海棲艦ガ、新シク生マレテクル、装置」

「どうにもならないのですか?」

「生マレテクル子ガ、居ルカギリ」

「壊すとかは?」

「壊セナカッタシ、暴走シタラ巨大ナ深海棲艦ガ沢山出ル。私達デモ手ニ負エナイ」

「・・・・。」

「デモ、ソノ子ダッテ、幸セジャナイ。ズット泣イテタ」

「・・・・。」

「サッキ、売ラレタ艦娘ト、言イマシタネ」

「ええ」

「・・・・補給隊、ネ」

「補給隊?」

「艦娘ヲ買ッテキテ、深海棲艦ニ変エテル部隊。新シイ部隊」

「でもそれは、人間側が売るから成り立つ」

「ソウネ」

「私は、艦娘を売って私腹を肥やす人間が許せない」

「私モ、深海棲艦ヲ、悪戯ニ増ヤスノハ、ヨクナイト、思ウ」

「私達は、協力出来ますかね?」

「売買組織ト、戦ウッテ事?」

「それと、出来れば装置の停止方法も探したい」

リ級が提督を見た。

「ソレハ、貴方ニハ関係無イ話デショウ?大変ナダケヨ?」

「貴方は止めたいのでしょう?」

「ソウネ」

「だったら、一緒に考えますよ」

「・・・・・。」

「艦娘を売る仕組みの根絶を手伝ってくれる、お返しをしたい」

「・・売ル手段ヲ作ッタノハ、多分コチラヨ?」

「貴方の隊ではないのでしょう?」

「ソウネ」

「であれば、貴方も関係無いのに私達に手を貸してくれるって事じゃないですか」

「・・・・フフッ」

「?」

リ級は蒼龍を見た。

「ナントナク解ッタワ。嘘ジャナイヨウネ」

「提督は嘘をつける程に器用じゃないです」

「それ酷くないか蒼龍?」

「・・・ハハハハハッ!面白イ!」

そこにタ級が帰ってきた。

「DMZヲ、直シマシタヨ・・・ナンカ、楽シソウデスネ」

「タ級」

「ハイ」

「補給隊ノ仕事ヲ、邪魔スルゾ」

「ハイ?」

「ソシテ、装置モ止メル」

「!」

「アァ、装置ノ方ハ、止メラレルカ、考エテミル、ダナ」

「エ、エット?」

「コノ提督ガ、協力シテクレル」

「人間側の艦娘売却ルートを我々が潰す。協力してくれる礼として装置の止め方を一緒に考えたい」

「マァ、時間ハ、カカルダロウケド、ネ」

「セメテ、安定制御方法ガ、見ツカルト良イデスネ。暴走ガ怖イ」

「ソウシタラ、私ハ、オ役御免ダナ。イイ加減、成仏シタイ」

「ソンナ」

「深海棲艦ナンテ寂シイダケ。タ級モ、一緒ニ、成仏シヨウ」

「天国ニ、オ供スルノモ、イイデスネ」

「お二人は仲が良いんですね」

「ソウナノカ?」

「エッ?仲良シダト、思ッテタノデスガ」

「フフフ、冗談ダ。一番ノ戦友ダ」

「ヨカッタデス」

タ級は思った。

そういえばリ級がこんなに楽しそうに笑ってるのは初めて見たかもしれない。

「あ、あと、1つ相談が」

「提督カラ、私ニ相談ナノカ?」

「はい」

「・・マァ良イデス。ナンデショウ?」

「もし、貴方の隊で深海棲艦から戻りたいという子が居たら、この小屋を教えてあげてください」

「恐ラク噂ハ広マッテルダロウガ、ソウイウ相談ハ受ケル。ソノ時ニ言ッテミヨウ」

「充分です。ありがとうございます」

「・・・蒼龍サン」

「はい?」

「本当ニ、変ナ提督ダナ」

「それはもう」

「ちょ、そこは否定しようよ!むしろ素晴らしい提督ですとか言ってみよう?」

「皿洗いまでする提督を普通とは言えませんねえ」

「皿洗イ?」

「提督ったら忙しいのは可哀想だ~とかいって、今日の皿洗い1時間も手伝ったんですよ?」

「提督サン」

「はい?」

「変デス」

「まっすぐ見てキッパリ言わなくても!」

「皆サン、ドウ思イマス?」

提督以外が綺麗に声を揃えた。

「変だと思います!」

「泣いて良い?」

「ダメデス」

「はい」

「・・・フッフフフフ、ハハハハハハ!本当ニ面白イ提督ダ!」

リ級は提督の手を取ると、

「解ッタ。信用シヨウ、提督サン」

と言った。

 




深海棲艦関係のお話を3話書きました。
入力に数倍時間がかかります。
しばらくカタカナ見たく無いのでこの関係は放置プレイしようかと思います。

タ級「喝ヲ入レテヤロウ」


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file15:提督ノ悪夢

 

 

7月16日朝 食堂

 

「今日も焼き鮭と厚焼き玉子が美味しいね~」

伊勢が機嫌良く最後の卵焼きを口に入れた時、日向が食堂に入ってきた。

日向は伊勢を見つけると、おやっという顔をした。

「伊勢」

「む!ひゅうとん、おそひよ~♪」

「その呼び方は止めてくれ。飲み込んでから話せ。ところで、なぜここで食べている?」

「やだなあ、ここは食堂だからに決まってるじゃない。騙されないよ~」

「違うぞ」

「へ?」

「今日、秘書艦じゃなかったか?」

伊勢は箸を持ったまま数秒間ほど目をパチパチさせていたが、ハッと気づいたように

「ぎゃああああ!今日16日じゃん!しまったああああ!」

というと、猪の如く食堂を出て行った。

日向は飛んできた箸を掴み、溜息を吐いた。

良い姉なのだが、少しだけうっかりさんなのだ。

そして伊勢が残していった食器と盆を返却口に返しに行った。

さて、自分の分の朝食を頂くとしよう。

今朝は焼き鮭と厚焼き玉子か。私の好物だ。

 

秘書艦当番になった艦娘は、提督と一緒に食事を取る。

すなわち提督はまだ朝ご飯を食べていない。

伊勢は提督の分の朝食を持って提督室に向かった。

さすがに2回は食べられない。

 

提督室のドアの前はいつも通り静かだった。

言い訳しても仕方ない、謝ろうと覚悟を決め、伊勢はドアを2回ノックした。

いつもなら提督はすぐに返事を返してくれるのだが、返事が無い。

余程怒ってるのかな・・いつもはそんな事ないのだけどと思いながら、そっとドアを開けた。

 

「おはようござ・・・どうしたんですか!?」

提督はいつもの執務机ではなく、応接セットの椅子に座っていた。

テーブルにうつ伏せになり、グラスを握っている。

「て、提督!提督!」

引き起こすと強い酒の匂いがした。

顔色は青く呼びかけにも応じず、ぐったりとしている。

グラスにはウィスキーがかすかに残っていた。

提督がウィスキー?

下戸で付き合い酒以外飲まないのに。

「提督!提督!しっかりしてください!」

だめだ。長門に連絡しよう。

 

「とりあえず、これで様子を見よう」

長門がそう言うと、伊勢は溜息を一つ吐いた。

事態を連絡したところ、長門はすぐに提督を寝室に移して寝かせるよう指示。

その後長門が来て、提督の上着を脱がすと布団をかけたのである。

提督は幾分顔色が戻り、静かな寝息を立て始めた。

「提督、どうしちゃったんだろう」

伊勢は心配を隠せなかったが、長門が、

「心当たりがある。今日は当番を代ろう。」

という声に、長門を見た。

長門はいつになく悲しげな眼をして、静かに提督の手を握っていた。

「仕事は、今日は事務方に代わってもらった方が良いよね?」

「そうだな。すまないが頼めるか?」

「まかせて!」

 

「そうですか・・・」

文月は伊勢から状況を聞いても驚かず、淡々と業務代行の指示を部下に発した。

ただ、明らかに悲しそうな表情になった。

伊勢は聞いてみる事にした。

「提督があんな風に具合悪くなるのは、前もあったのかな?」

文月は目を合わせず、

「お父さんは、まだ苦しんでるんです」

と、短く答えた。

それ以上は憚られる雰囲気だったので、伊勢は事務所を出ると、自室に帰った。

 

「ただいま・・」

がっくりした表情で帰ってきた伊勢を見て、日向は再びおやっと思った。

「どうしたんだ?提督に御役御免とでも言われたのか?」

「違うのよ・・聞いてよ日向」

そして、伊勢はすっかり日向に話して聞かせた。すると日向も表情が暗くなり、

「まだ、引きずってるのだな」

と言った。

「ねぇ!長門も文月もアンタも何を知ってるの!?提督は何に苦しんでるのよ!」

日向は横を向いて口を閉じてしまったが、そこは姉妹だった。

日向の肩を掴んで揺さぶる。

「お姉ちゃんにも言えない事なの!?アタシだって心配なんだよ!」

日向の目に困惑の色が浮かび、やがて、日向はぽつりと言った。

「伊勢、提督を責めないと約束出来る?」

伊勢は聞き間違えたかと思った。私が提督を責める?

「私が責める?何でさ?」

「約束出来るかどうか聞いている!」

日向がいつになく大声を上げたので、伊勢は理解した。

これは重い話なのだ、と。

「・・・解った。約束する」

日向は溜息を吐くと、口を開いた。

「北方海域の、悪夢よ」

北方海域。

提督が当時の第1戦隊の4隻を沈めた海域。提督がソロルに来る事になった原因。

「北方海域って・・あの事?」

「そう。あの事よ」

「・・・あ」

伊勢は記憶の彼方から思い出した。

その第1艦隊には長門と日向も居た事を。

二人は大破しながら、辛うじて鎮守府に帰って来た事を。

ボロボロになった日向を、伊勢は抱きしめて迎えた事を。

そして。

凍えるような土砂降りの港で、土下座して二人に詫びていた提督の姿を。

 

「ご、5年も前の事でしょう?」

たっぷり時間が経ってから、伊勢はやっと口を開いた。

「そうだ。5年も前の事だ」

日向は応じ、続けた。

「私達が兵器である以上、戦闘が仕事だし、互いに攻撃してるのだから破壊されるのも当然だ」

「轟沈か破損かは被弾の程度にしか過ぎないし、戦闘中の行動は我々の裁量だ」

「失った艦娘は作り直し、より強く鍛え上げて討ち滅ぼすまで繰り返せば良い」

「それが兵器と、操作する人間の関係であるはずだ」

「しかし、提督は我々第1艦隊の失態を、轟沈を、全て自分の責任として負った」

「提督はあの時、確かに応急修理女神を間違って第2艦隊に装備し、我々に進撃命令を出した」

「しかし、提督は自らを、まるで我が子をなぶり殺しにした親であるかのように責め続けている」

「あの事の直後は酷いものだった。死霊が取り憑いたかのように痩せこけていった」

「夜中に悪夢を見て、自らを責める思いに耐え切れず、酒に手を出す事が何回かあった」

「最近は随分落ち着いていたと思ったのだが、な」

 

伊勢はただ黙って聞いていた。

妹が大破したという意味で、強く印象に残っている筈の自分でさえ忘れていた事。

それを、提督は未だに昨日の事のようにもがき苦しんでいるというのか?

「提督が、この鎮守府の完成式の時に言った事を覚えているか?」

日向の言葉に、伊勢は思考を止めた。

「え、えと、なんだっけ?」

「事務方、教育方、深海棲艦の帰還支援、そして中将から言われた腐敗の調査撲滅」

「ああ、そうだね、言ってたね」

「でも提督は、未だに腐敗撲滅の調査隊を作ってない」

「あ・・」

「球磨達はやる気満々で日々鍛えているのに、肝心の提督から創設命令が無い」

「・・・」

「提督は腐敗撲滅の任務を受ける前、立ち聞きしていた艦娘に問うたそうだ」

「何を?」

「危険な目に遭うぞ、それでも良いのか、と」

「皆は何て答えたの?」

「艦娘を売り飛ばすような輩には天誅を与えたいとか、賛成の声ばかりだったそうだ」

「まぁ、そうだよね」

「長門もその時は高揚していて、あまり気にしなかったのだそうだ」

「何を?」

「提督が中将に拝命の為に頭を下げた時、苦しそうにしていたのを」

「えっ」

「つまり、提督はあの事と重ね、恐れている」

「で、でも、引き受けたからには」

「やらなければいけない。1年以上経ったのだから、進捗を確認される筈だ」

「それで・・・」

「また、悪夢が目覚めたんだろう」

日向はそこまで言うと、目を伏せて黙ってしまった。

 

 





お菓子を買い溜めしたら一気に食べてしまいました。
増税太りと名づけて良いでしょうか?

日向「意思弱すぎだ」


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file16:長門ノ胸中

 

7月16日昼 提督の自室

 

伊勢から連絡を受けて数時間。日は高く上り、昼を告げていた。

しかし、この部屋の中では規則正しい時計の音と、提督の寝息だけが支配していた。

長門は目を瞑った。

あの日。

長門は目の前で、妹の陸奥を、大鳳を、そして蒼龍と飛龍を失った。

旗艦であった長門は己の未熟さを呪った。

戦法、航路、選択兵器、タイミング、全て自分の差配だったからだ。

自分は提督にこの惨敗を罵倒されても仕方ないが、日向はなんとか庇おう。

責任を取って第1艦隊旗艦を返上しよう。解体も覚悟しよう。

そう考えながら日向と寄り添い、鎮守府に帰港した。

しかし。

 

「長門。許してもらえない事は百も承知だ。全て手遅れだ。それでも心から詫びたい。本当にすまない」

提督はどしゃぶりの大雨の中、私の足元に土下座した。

一瞬、事態が理解出来なかった。

提督が艦娘に土下座するなどという話を聞いた事が無い。

そもそも、戦闘で弾を避けきれなかったのは己の未熟さで、鍛錬不足だ。

勝利を信じて送り出してくれた提督が、何故土下座をしている?

日向と伊勢は抱き合って再会を喜んでいた。

そうか。

私の帰りを一番喜んでくれた陸奥は、今、冷たい海の底に沈んでいる。

妹は、第1艦隊で一緒に鍛錬した蒼龍達戦友は、居なくなってしまった。

認識した途端、辛うじて長門を支えていた糸がぷつんと切れた。

支えを失った人形のように、長門は提督の傍らに座り込んだ。

「すまない、長門、すまない・・」

提督は謝り続けていた。

しかし、長門の中には提督を恨む気持ちは無かった。だから、

「提督、頭を上げて欲しい」

と言い、続けて、

「助けて・・くれ」

と、消え入りそうな声で呟いた。

提督は長門達を直ちにドックへ導くと、工廠長に最優先での修理を命じた。

十数時間の入渠の間、提督はドックで長門と日向の間で座り、誰が何を言っても石のように動かなかった。

目が覚めた後、長門は工廠長からこの話を聞かされた。その時、長門は決めた。

妹は深海棲艦と勇敢に戦って犠牲になった。蒼龍達もだ。

この上提督まで失ってはならない。失ったら私自身が折れてしまう。

だからずっと傍に居よう。自らを律し、鍛え、提督を支え、警護しよう。

この命が続く限り、最後まで。

「うぐ・・」

提督のうめき声で、長門は回想を止めた。提督の額にじわりと汗が滲んでいた。

 

穏やかな日差しの中、一面緑の草原で、陸奥が、大鳳が、蒼龍が、そして飛龍が遊んでいる。

手を振ると4人がこちらを向き、魔物でも見たかのような顔で驚く。

あっという間に景色が火の海に変わり、4人が沈んでいく。

「戦いで沈む・・・」

「私は・・」

「沈むのね」

「火が消えないね・・ごめんね・・」

4人の声が途切れ途切れに聞こえるのは、自分が出している叫び声のせいだ。

やめろ、行かないでくれ、私の大事な娘を奪わないでくれ。

その時、陸奥が沈みながら、恨めしげに言った。

「沈めたのは貴方よ。許さないわ」

やがて、陸奥は深海棲艦に姿を変えていく。

「許さない、許サナイ、ユルサナイ」

「うわああああ!」

提督は飛び起きた。

呼吸が浅く、速い。呼吸をするほどに胸が痛くなる。

また、この夢だ。

水差しの水をコップに注ぐと、長門は言った。

「起きたか?水を飲むと良いぞ」

提督は目を瞑り、頭をがくりと垂れた。

「長門、いたのか・・・」

「そうだ。私はここに居る。大丈夫だ」

「・・・・。」

提督はゆっくりとコップを受け取り、水を飲み干した。

 

長門は立ち上がると、部屋の窓を開けた。

潮騒の音が大きくなり、爽やかな風が入る。

日光が部屋の空間の埃に反射してキラキラと輝いた。

外は信じられないほどに綺麗で美しかった。

「長門」

長門は提督の隣に座った。

「なんだ?」

「今日の秘書艦は・・」

「伊勢だが、私に代えた」

「仕事は・・」

「文月に代行を頼んである」

「・・すまない」

長門は口を開いた。

「対策班の事で、悩んでいるのか?」

提督は力なく笑うと、

「長門は何でもお見通しなんだな」

と、答えた。

長門は呆れたように

「ほぼ毎日のように話して何年になると思ってるんだ?」

「私は未だに艦娘の事を解ってないとしょっちゅう言われるんでな」

「それは提督が遅すぎる」

「むう」

「提督」

「なんだ?」

「私はもう、信用出来ないか?」

「なんだって?」

「あの日、第1艦隊を沈めた私は信用出来ないか?」

「沈めたのは私だ」

「違う。私達、だ」

「・・・・。」

「提督が進撃を命じ、私の差配で妹達は沈んだのだ」

「長門が無理に背負うことは無い」

「そっくり返す。提督は勝算があって送り出したのに、その期待に応えられなかったのは我々だ」

「違う!私は応急修理女神が居ると慢心したのだ!」

「きちんと訓練をし、現場で適切な回避行動を取れていれば、応急修理女神なぞ用無しだ!」

「強い敵に対して備えているからこその進撃命令を発しておきながら、準備指示をミスったのは私だ!」

「現場で全ての戦闘行動を指揮したのは私だ!」

「私は提督室でぬくぬくと生き、今も死に損なってる人でなしだ!」

「それを言ったら、妹を死に追いやった私だって、生きてて良い訳が無かろう!」

「だから長門は命じられた作戦に赴いただけだと言ってる!責任は我々が取るもんなんだ!」

「ふざけるな!艦隊旗艦を馬鹿にしてるのか!現場の全権を握ってるんだぞ!」

「・・・・。」

「提督が今なお、あの日を悔いて自身を蝕んでいる事を皆知っているが、誰一人として望んでいない」

「・・・・。」

「提督の言うとおり、私達は兵器としての割り切りを捨て、繋がりを大事に支えあっている」

「・・・・。」

「私達は沢山の傷を抱えて、作っているが、支えあう事で今も活動出来ている」

「・・・・。」

「それならば元々提唱した提督も、私達にもたれかかって良いではないか」

「・・・・。」

「全艦娘に本音を晒すのが怖ければ私だけでも良い。沈めてしまった者同士、答えを探さないか?」

「見つかるかさえ解らんぞ」

「私には、支えていく覚悟がある」

「長門」

「なんだ?」

「それは、男の台詞のような気がする」

「なっ、だって提督が」

「でも、それで良い。それが長門らしさなんだ」

提督は長門の手を取ると、

「すまないが、助けてくれるか?前に進む為に」

と言った。

「馬鹿者・・私は年頃の女の子なんだぞ」

長門はキュッと、提督の手を握った。

 

 

7月16日午後 提督室

 

「一体どれだけ待たせんだクマー!」

「悪かった。悪かった」

「もう鉤爪研ぎ過ぎて爪じゃなくて刃になってるにゃ」

「何それ怖すぎる」

ふんすと鼻息荒くしている球磨多摩を含め、提督室に呼ばれた面々は強豪揃いだった。

長門は一通り喋り終わるのを待ってから、

「そろそろ良いか。腐敗対策班編成を発表するぞ」

と言った。

腐敗対策班、略して対策班は調査隊、工作隊、攻撃隊に分かれる。

調査隊は青葉達広報班と行動を共にし、訪ねてた鎮守府に異変が無いか確認する。

工作隊は疑いのある鎮守府に監視カメラを仕掛ける等の裏方役である。

攻撃隊は証拠の集まった対象に対し、攻撃を仕掛けるか、逮捕する。

 

長門が対策班の班長に就いた。

調査隊は鈴谷、熊野、陽炎、響の4名。

工作隊は山城、木曾、伊19、伊58の4名。

攻撃隊は金剛、比叡、榛名、霧島、利根、筑摩、球磨、多摩の8名となった。

早速調査隊の4人は指示の翌日から広報班について回る事になったのである。

 

 



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file17:虎沼ノ日

6月15日夕方 某居酒屋

 

「大隈さん、こっちだ」

虎沼は大隅に声をかけた。いつも通り、約束の時間ピッタリだなと思いながら。

「今日は定期報告だけど、何か変わった事とかはある?」

「司令官向けの資料はあらかた配り終えたが、1つ気になることがある。」

「何?」

「何度行っても司令官が居ない鎮守府が居る」

「居留守では無く?」

「居留守の場合、警備要員が出てきて今日は居ないというんだ」

「ええ」

「だが、艦娘が出てきて「ずっと来ていない」という鎮守府が幾つかある」

「ずっと?」

「そうだ。艦娘が出て来るという事は説明の意志がある。嘘じゃないと思う」

「どれくらい来てないのかしら」

「聞けた所では1年という所もあった」

「1年!?」

「大隅さんも驚きの声を上げるんだな。初めて知ったよ」

慌てて口に手をやりながら、大隅は動揺を隠せなかった。

「そこの艦娘さんと話をしてきたが、可哀想だったよ」

「どんな様子だったか、詳しく話して」

 

 

6月14日昼 第5122鎮守府

 

「大本営様には、この事は?」

「もちろん報告しています。それは日々の作業内容にありますので・・・」

「それで、お返事は?」

「特にありません」

虎沼は不思議に思った。1年も停止状態の鎮守府を放置してるのか?

確かに司令官室は綺麗に片付いているが、どことなく人の気配が薄れている。

「そうですか・・」

「あの」

応対した艦娘が言う。

「わ、私達、本当にこのままで良いんでしょうか?」

「と、おっしゃいますと?」

「山田さんに聞くのもおかしいと思うのですが、資材庫には上限まで資材が溜まっています」

「・・・。」

「毎日補給船が来るので、私達はちゃんと食事も出来ています」

「・・・。」

「でも、私達は毎日何もせず、ただ食事をするだけ。それが1年以上も」

「・・・。」

「このままで良いのか、半年位前までは皆でよく話してましたが、今は疲れ果ててしまって・・」

「・・・。」

「大本営さんにも言いましたけど、司令官が戻るまで待ての一言で・・・」

艦娘は泣き出してしまった。

「私達、本当にこのままで良いんでしょうか。役立たずと言われたくないです」

「・・・わ、私がお答えするのも変な話ですが」

「?」

「その状況は、本当にお辛いと思います。そして貴方達が悪いと言われて欲しくない。私はそう思います」

「・・・。」

「私も司令官さん向けの資料しか手持ちがないので何もして差し上げられないのですが」

「・・いえ、良いんです。ありがとう」

艦娘は涙を拭くと、寂しそうに微笑んだ。

 

 

6月15日夕方 某居酒屋

 

ドン!

大隅が無言でテーブルを叩いた。乗っていた箸やコップがガタガタと揺れる。

「あ、すいませんすいません。」

ぎょっとして見る周囲に慌てて虎沼が謝ると、痴話喧嘩のもつれかといった表情で向き直っていく。

大隅は両手を拳にしたまま、机の上でプルプルと揺すっていた。怒りで顔が真っ青だ。

「大隅さん、大隅さん、落ち着いてくれ」

はっとしたように手を机の下にやると、感情を表に出した事を恥じるかのように横を向いてしまった。

「・・ご、ごめんなさい」

「いや、良いよ。大隅さんが善だと解って、一緒に仕事出来るのを誇りに思う」

「え?」

「俺は深海棲艦が海運ルートを封鎖しちまったせいで、商社をリストラされた」

虎沼はシュッと、タバコに火をつけた。大隅はまだ横を向いていた。

「貯金も無い時の突然の出来事だったし、再就職先も無かった」

「そんな時に拾ってくれた大隅さんには、恩がある」

「しかし、移転先とか、資源の供給元とかの話をしてくれない事に何となく溝を感じてな」

「だから、今後も付いてって良い人かってのを知りたかったんだ」

虎沼は紫煙を吸い込み、吐き出した。

「俺は悪徳会社やマフィアとも仕事してきたが、大隅さんはその手合いじゃない」

「理由があって言えない事があるが、根は善だ。だから今後もついていく」

大隅は横を向いたまま、頬を赤くした。

「俺もその艦娘を助けてやりたい。異動させてやれないかな」

「・・・上司と話してみるけど・・・」

大隅は目を伏せた。我々が引き取っても、その先は悲惨だ。

本当の意味で助けてやれないだろうか。

大隅は我が身を呪った。どうして深海棲艦になってからこんな事を知ったのだろう。

ちゃんとした鎮守府に勤める艦娘の頃に、この情報を知ったなら。

「あ、そうだ忘れてた。もう1つ報告事項がある」

「え、何?」

「どうも、詐欺師が居るらしいんだ」

「詐欺?」

「なんでも後払いといって艦娘を取るだけ取ってドロンしたそうだ」

大隈は首を傾げた。補給隊では持続性を考慮し詐欺はやってない。艦娘を持っていってどうする?

「嫌な話ね」

「そう言う訳で、今後回る所では門前払いの確率が増えそうだ」

「解ったわ。また連絡する。そっちも何かあれば連絡を」

「了解」

 

 

 

 

6月16日朝 某海域

 

「司令官不在ノ、鎮守府カ」

「ハイ」

虎沼と別れた後もホ級は散々悩んだが、翌朝チ級に報告した。

チ級は考えた。既に鎮守府の資材が満タンなら、資材を払わなくて良い。

そうでなくても、司令官が居ないのだから僅かな資材と引き換えにすればいい。

「シカシ、呼ンダ後ガ今ノママデハ、ダメダ」

「ハイ」

チ級とホ級は同時に溜息を吐いた。

現在のやり方では、あまりに結果が悪すぎるのだ。

先日の45体の結果は惨憺たるものだった。

まず、翌朝迎えに行った時点で10体が居なくなっていた。

残る35体のうち10体は互いに砲撃しあったらしく重傷を負っていた。

15体は兵装を拒否したので、整備隊に預かってもらった。

結局20体を駆逐隊と戦艦隊に配分した。

しかし、ほとんどがLV1だったので、あっという間に轟沈するか敵前逃亡してしまう。

つまり1人も戦力とならなかったのである。

これは幹部会でも問題となり、戦艦隊幹部からは

「ウチニ回スナ。仲間ガ新入リヲ庇ウ為ニ却ッテ被弾スル。迷惑ダ」

と怒鳴りつけ、駆逐隊幹部からは

「艦娘ヲ見テ逃ゲ去ルカラ、弾除ケニモ使エナイ。ハグレ部隊ナンテ頼ンデナイガ?」

と言われ、普段は発言しない整備隊幹部のリ級までもが

「最初カラ、整備隊ニ入ル子ガ増エテイルガ、アテニサレテモ、困ル」

と苦言と呈される始末。

戦力増強の為の補給隊の筈だが継続する意味があるのかと、存在意義を問われてしまった。

大本営直轄鎮守府調査隊と取引していた頃は、主に隊長が輸送中に酷いセクハラをしていた。

それゆえに艦娘達にはいつか一緒に大本営や調査隊に復讐しようと言い、意欲を引き出せた。

しかし、虎沼は真面目で大本営と無関係だから敵役には使えない。

そんな虎沼の真っ当な手続きを見て、艦娘達は真っ当な結果を期待してしまう。

ゆえに深海棲艦になる事に耐えきれず、今のような惨状になってしまったのだ。

チ級にとっては大本営直轄鎮守府調査隊の代行策たる虎沼は痛し痒しだった。

だが、自身もセクハラの被害を受けていたホ級は真面目な虎沼と仕事する事は大歓迎だった。

ふと、気づいたようにホ級が言った。

「司令官ヲ、敵ニ出来レバ良イノデスガ」

「司令官ヲ?」

「ハイ。来ナクナッタ理由ガ酷イトカ」

「ナルホド。居ナイカラ言イ放題ダシナ」

「ハイ」

「ナニカ、捏造に使エル証拠ハ無イカナ」

「人間ノ事ハ人間ニ聞イテミマショウ」

「解ッタ。ソレガアレバ、艦娘向ケノ資料ヲ作ッテモ良イ」

「アト、厭戦的ナ艦娘対策ガ必要デス」

「ソウダナ。イツマデモ、整備隊頼リダト怒ラレル」

「整備隊ハ、ドウヤッテ運営シテルノデショウ?」

「ソウイエバ、増エル一方ノ筈ナノニ、極端ニ増エテナイナ」

「聞イテミテ、モラエマスカ?」

「解ッタ。デハ、オ互イ頑張ロウ」

「ハイ」

 




作者「小説を毎日書いてたら艦これ起動して無い事に気づきまして」
長門「本末転倒過ぎるぞ」
作者「自分で書いてて耳が痛くなりました」
長門「なら取り上げなければ良いじゃないか」
作者「色々都合がありまして」
長門「要するに展開に困ってるんだな」
作者「お主はエスパーかね」
長門「助けんぞ」
作者「ネタに詰まったらこちらが放置プレイになりますが」
長門「訂正する。助けられん。というか登場人物にネタを相談する作者って何なんだ」
作者「ほら、漫画家さんが良く言うじゃないですか、勝手にキャラが動き出すって」
長門「言葉通りに取るな。鉄格子の付いた病院に送られるぞ」



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file18:リ級ノ知恵

6月16日昼 某海域の無人島

 

「ダメダ。今ハ、オ休ミノ最中ダ」

タ級はチ級を睨みつけた。

幹部級であろうがなんであろうが、整備隊幹部であるリ級の唯一の楽しみを邪魔する者は許さない。

チ級は溜息を吐いた。整備隊はこのタ級を筆頭とする重武装した親衛隊が幹部を厳重に守っている。

戦艦隊の精鋭ですら倒せる親衛隊を怒らせたらチ級の火力なんかで勝てるわけがない。

「ワ、解ッタ。1ツ教エテ欲シイ」

「ナンダ」

「我々ガ艦娘ヲ呼ビ込ム時、厭戦的ナ艦娘ダケ世話ニナル事ヲ、申シ訳ナイト思ッテル」

「・・・。」

「シカシ、整備隊ハ、受ケ入レル割ニ、総数ガ余リ増エナイダロウ?」

「・・・。」

「ドウヤッテ、調整シテルノカ、教エテ、クレナイカ?」

タ級は疑いの目を向けた。

提督との小屋も含めて成仏させる手法は幾つかあり、相談に応じて使い分けている。

そのルートを、手法を、補給隊のチ級なんかに教えたいとは思わない。

しかし、艦娘を深海棲艦にしたくないというリ級の願いを叶えるには、使えそうな気がした。

一旦相談しようとタ級は結論付けた。

「私ハ知ラナイガ、後デ聞イテ、答エヲ用意スル。1週間マテ」

「頼ム」

大人しくチ級は引き下がった。怒らせたら海の藻屑にされかねない。

 

 

6月16日夕方 某海域の無人島

 

「ホウ、ソンナ事ヲ、言ッテキマシタカ」

いつもより少しだけ早く迎えに来たタ級から話を聞いたリ級は、浜で思いをめぐらせた。

現在、提督と「彼女」の調査の進め方について、毎週水曜の午後に打ち合わせをしている。

次回は明日で、いよいよ1回目の調査団受け入れという予定になっていた。

答えを1週間後と言ったタ級の判断は的確だった。

しかし、様子を見に来られて艦娘受入という微妙な瞬間をチ級に見られたら面倒だ。

それに、補給隊は元々艦娘の時点から接触し、深海棲艦にする。

上手く利用すれば深海棲艦になる前に艦娘達を保護出来る。

元の鎮守府は期待出来ないが、あの提督なら信用しても良いだろう。

2つ目の工作として、提督に相談してみるか。

「タ級」

「ハイ」

「明日、小屋デ、コウイウ提案ヲ、シテミヨウト思ウガ、ドウダロウ」

「ドンナ事デショウ」

「厭戦的ナ艦娘ヲ、引キ取ッテ欲シイ、ト」

「エ?深海棲艦デハ、ナク?」

「ソウ。艦娘ノママ」

タ級は少し考え、ピンと来た表情をしたが、

「デモ、チ級ニ、ドウ言ウカ、難シイデスネ」

と、答えた。

「ソウネ。イザトナレバ、借リヲ返シテ欲シイト言イマショウ」

「チョット砲ヲ向ケテモ良イデスカネ?」

「撃ツナ。粉ニナッテシマウ」

「我慢シマス」

「ソレト、明日ノ調査隊受ケ入レハ、残念ダガ中止ダナ」

「チ級ニ見ラレルト面倒デスカラネ」

「ソウダ」

タ級は顔をしかめた。折角話が進んでるのに、チ級が余計な事をしたせいで。

「・・・ヤッパリ、1発ダケ」

「ダメ」

「ハイ」

 

 

6月17日午後 岩礁の小屋

 

「・・・はい?」

提督は準備万端で目が星になってる夕張と島風、それにお目付け役の蒼龍と飛龍を連れて来た。

しかし、今日は先に相談したい事が出来たとリ級から言われたのである。

「鎮守府カラ我々ニ転売サレル艦娘ガ居ルノハ、知ッテルワネ」

「ええ」

「ソノ一部ダケダケド、深海棲艦ニ姿ヲ変エル前ニ、確保デキソウナノダ」

「なるほど」

「タダ、元ノ鎮守府ハ、アテニナラナイ」

「そうですね」

「ダカラ、ソチラデ引キ取ッテモラエナイカ?」

提督はニッと笑った。

「艦娘の頃の記憶を持ったまま、引き渡してもらえますか?」

「無論、何モシナイ」

「歓迎します。」

「ソレト、1ツ報告ガアル」

「なんでしょう?」

「ササヤカナガラ、補給隊ノ邪魔ヲ始メテイル」

「どういう事でしょう?」

「タ級」

「ハイ」

そういうと、タ級は静かに変化した。

提督はうっかり見とれてしまった。

北欧系の異邦人を思わせる、長身で銀髪碧眼の美人になったからだ。

夕張は何気ないフリをしながら、しっかり写真に収めた。

鼻の下伸ばしちゃって。青葉にチクってやる。

「はー、美人ですねー」

提督がダダ漏れの感想を口にすると、タ級は顔を真っ赤にした。

「なっ、なな、何を言ってる。からかわないでくれ」

「いやぁ、冗談ではないよ・・・痛あっ!」

提督が飛び上がった。蒼龍が提督の足を目一杯つねったからだ。

「へー、提督は銀髪碧眼がお好きなんだー(棒)」

「そ、蒼龍さん?」

「あとでお話しましょうねー(棒)」

「目が凄く怖いんですけど」

「何人か同席の上で、しっかり、お話、しましょうねー(棒)」

「嫌な予感しかしないんですが」

「死の予感てやつですねー(棒)」

「やめてくださいカンベンしてください」

「深海棲艦側の提督になっちゃえば良いんじゃないですかー?(棒)」

リ級がくすっと笑う。

「ソウネ、提督ナラ、タ級ト仲良ク仕事シテクレソウネ」

タ級は変化した姿のまま真っ赤になって反論する。

「ちょっ!や、止めてください!何言ってるんですか!」

蒼龍は完全にジト目で提督を見る。

「良かったですね、死後の就職先が見つかって」

「もう死刑確定なの?!」

「はい」

「肯定!?」

リ級がパンパンと手を打つ。

「トリアエズ、ソノ話ハ別途シテ頂クトシテ」

「したくないです」

「タ級ニ頼ンダノハ、詐欺ダ」

「はい?」

「補給隊ガ、声ヲカケソウナ鎮守府ニ、先回リシテ、声ヲカケタ」

「ほう」

「乗ッテキタ鎮守府カラ、艦娘ダケ先ニ貰イ、後ハ無視シテル」

「うわー、本当の詐欺だー」

タ級がニヤッと笑った。

「騙されるのが悪いのよ」

「そりゃ、こんな美人ならコロっと騙されるんだろうなあ」

「・・・蒼龍」

「なーに?」

「提督は好きで燃料を投下してるのか?」

「しらなーい」

「なんと言うか、君達、殺気が溢れすぎてるぞ」

蒼龍達は声を揃えた。

「原因に言われたくないわー(棒)」

タ級は泣きそうになりながら提督を見た。

「て、提督」

「何かなタ級さん」

「わ、私も謝ったほうが良いかな」

「私は既に、世界で君しか味方が居ない気がしてる」

タ級と提督は手を取り合って震えていたが、リ級は涼しい顔で、

「タ級ハ、打合セガ終ワッタラ、一緒ニ帰リマショウネー」

と言い、

「マァ、ソウイウ訳デ、補給隊ガ、詐欺師ト間違ワレルヨウニ、仕向ケテル」

と、続けた。

「なるほど。先に騙されてれば鎮守府も警戒するという事か」

タ級が続ける。

「上手い話なんか無いって事よ」

飛龍がふと気づいたように疑問を呈した。

「あの、その騙して取ってきた艦娘達はどうしてるんですか?」

リ級が頷いて答えた。

「ソコヲ相談シタイ。今ハ我々ガ、タ級ヲ通ジテ食料ヲ渡シ、無人島デ待機サセテイル」

「そうでしたか」

「デモ、我々ガ引キ取ッテハ意味ガ無イ」

「そうですね」

「ダカラ、コチラモ、頼メナイカ?」

「良いですよ。お任せください」

飛龍が問いただす。

「提督、そんなに受け入れて大丈夫なのか?」

「まぁ、多分大丈夫だ。ただ、面倒な交渉は発生する」

「事務方と?」

「いや、憲兵隊だ」

飛龍は首を傾げた。憲兵?

リ級は話をまとめた。

「ジャア、匿ッテル艦娘ト、転売艦娘ノ一部ヲ、引キ渡スワネ」

「解った」

「ソノ準備ガアルカラ、悪イケド、今日ノ調査ハ中止、ネ」

「えー」

「こら夕張、残念そうな声を出さないの」

「だってー」

タ級が呟いた。

「本当に邪魔よね、補給隊の奴」

「ん?どういうことだい?」

「要スルニ、補給隊トノ交渉中ニ、調査スル姿ヲ見セタクナイノダ」

「なるほど」

「ソシテ、タ級ハ、妙ニ私ノ体調ヲ心配シテルンダ」

「あ、そういえば」

「なんだいタ級さん」

「最近、リ級さん、元気が出てきましたよね」

「そうなの?」

「ヨク解ラナイガ・・・」

リ級は悪戯っぽく微笑むと

「提督ニ恋シテルカラ、毎日ガ楽シイノカモ」

と、言った。

急激に復活する殺気に提督は目を瞑った。

神よ、私は明日の日の出を拝めるでしょうか。

 




作者「タ級さんはロシア系の美人をイメージしてます」
タ級「・・・。」
作者「イメージしてます!」
タ級「繰り返さなくて良いから!」

タイトルの誤りを直しました。
見直しても見直しても誤りが残ってるなあ・・・しょんぼり。


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file19:数多ノ思惑

6月23日昼 某海域の無人島

 

「ホ、本当カ!?」

チ級はリ級の提案に小躍りしそうになった。

リ級からの提案は、まず引き取ってきた艦娘を島に集め、補給隊が説明し、意思確認を行う。

深海棲艦として戦う意志があるものは補給隊が連れて行って深海棲艦に変える。

意志が無いものは整備隊が引き取り、海原に放すなどの処置をする。

チ級は思った。

それなら意志あるものだけ連れて行けるし、無駄に深海棲艦へ変える手間も減る。

幹部会で突き上げられる事も減るだろう。

チ級は答えた。

「アリガタイ。ソレデ頼ム」

リ級は返した。

「コチラモ、準備ガアルカラ、取消ハ、無シデ頼ムゾ」

「解ッタ」

喜んで帰っていくチ級を見送ると、タ級はリ級に言った。

「深海棲艦ニナリタイ意志ノアル艦娘ナンテ、居ルノデショウカ?」

リ級は答えた。

「少ナイホド、我々ハ恩ヲ売レルシ、都合モ良イ。モシ、引渡シヲ拒ンダトキハ」

タ級はニヤリと笑った。

「砲門ヲ向ケテ、言ウコト聞カセマス」

リ級は頷いた。

「ソレデ良イ」

 

 

6月23日夕方 某海域

 

「整備隊ガ、艦娘ヲ、引キ取ッテクレルノデスカ?」

ホ級はチ級の話に首を傾げた。

「アア。ソノ方ガ都合ガ良イソウダ」

「ソノ後ドウナルノデショウ?マサカ、殺サレルノデハ?」

「イヤ、海原ニ返シ、他ノ鎮守府ガ拾イヤスイヨウニスルラシイ」

へぇと、ホ級は思った。

それならあの子達に深海棲艦にならないよう言い含めれば、事実上他の鎮守府に移せる。

ずっと待ちぼうけより、活躍の可能性が出るではないか。

「ダカラ、艦娘勧誘ノ、チラシヲ作ッテホシイ」

「ワカリマシタ。作成シ、配ッテオキマス」

「内容ハ任セタゾ」

「ハイ」

ホ級はチ級に心の中で謝った。

それでも、これ以上騙す事には耐えられなかった。

 

 

6月24日午後 某海域

 

「良イゾ、来テクレ」

タ級の合図と共に、夕張、島風、蒼龍、飛龍は走り出した。

ここは深海棲艦の基地。中枢真っ只中である。

丁度幹部達が不在の時間を狙って、リ級が調査隊を「彼女」たる装置の元に案内したのだ。

夕張の合図で、島風達は一斉に調査用の機械を手際良く設置していく。

何が役に立つか解らないが、とりあえず現象を押さえておきたい。

夕張が設置確認をすると、リ級に合図した。

リ級はいつも通り、彼女に話し始めた。

様子を見つつ、計器を確認しながら夕張は「彼女」の大きさに圧倒されていた。

禍々しいというより、物凄いエネルギーを感じる。

誰が何の為に、こんな物を作ったのだろう?

島風はそんな夕張の様子を心配そうに見ていた。

夕張は根っからの研究者だ。興味の為に危険な所に平気で飛び込みかねない。

どんなことがあっても守らねばならない。

大切な、たった一人の友達だから。

「マタ来ルワネ、ソレト、アノ子達ヲ怖ガラナイデネ」

リ級はそういうと、「彼女」から離れ、夕張に合図した。

「機器を回収してきて!」

回収も手早く行われた。

すぐさま一行は基地を離れ、小屋に戻って行った。

 

 

6月24日午後 車中

「珍しいな、いつもの居酒屋ではない所で会おうなんて」

虎沼は大隅から指定された場所にライトバンで迎えに行った。

大隅はライトバンの助手席に座った。

「人払いが必要だったの」

「そうか。で、話って何だ?」

「・・・あの、ね」

「あぁ」

「・・・怒らないで、聞いて」

「わ、解った」

「・・・私達が買った艦娘達はね、深海棲艦になったの」

「!?」

「今まではそれしかルートが無かったの」

「じゃ、じゃあ、あの資源は」

「そう。深海棲艦が海底で掘り出したものよ」

虎沼は別に直接深海棲艦に攻撃されたわけではないが、会社を追われた遠因ではあった。

その深海棲艦から資源が出ている・・という事は

「じゃあ、き、君も・・」

「そう。深海棲艦よ」

そういうと大隅は一瞬だけホ級に戻り、再び大隅に戻った。

「実際見ても信じられん。そもそも深海棲艦なんて見た事も無いしな」

「それはそうね。普通なら見てない人がほとんどよ」

虎沼は世間で言われる深海棲艦のイメージと目の前の大隅のギャップに困っていた。

「深海棲艦は人を見たら食べると聞いてたんだが」

「それは無いわ。私達は言わば幽霊みたいなものだもの」

「幽霊?」

「船の魂、船霊っていうんだけど、轟沈した船の霊なのよ」

「だからそんなに色白なのか?」

「そ、そこは解らないけれどね」

虎沼はふと、先程の言葉を思い出した。

「で、今後は売り先が増えるって事なのか?」

「売り先ではないけど、他の鎮守府に艦娘のまま拾ってもらうルートが出来たの」

「拾ってもらう?」

「元々、艦娘が深海棲艦と戦って甚大な被害を与えると、LV1艦娘として生まれ変わる場合があるの」

「ほう」

「そういう感じで、海に艦娘を放して、航行中の艦娘に見つけてもらうって訳」

「あ、そうすると」

「そう。鎮守府で待ちぼうけにされてる子達を結果的に移転させられるわ」

「だが、全員深海棲艦にならずに済むのか?資源は深海棲艦の物なのだろう?」

「出来るだけ消費したくないのはその通りよ。」

「じゃあ、司令官不在の場合だけ渡す専用の資料を作ろう。資材は渡せないが移転は出来るというような」

「と、いうパンフレットがここにあるの」

「でも、大隅さん」

「なに?」

「それを深海棲艦がするメリットが見えないんだが」

大隅は溜息を吐くと、ぽつりと呟いた。

「深海棲艦というより、私の意志よ」

「大隅さんの?」

「ええ。私、もう艦娘達が泣き叫ぶのを見るのが嫌なのよ」

「・・・。」

「そして、貴方を騙し続けるのも嫌になった」

「俺・・を・・?」

「そうよ。あなたは真面目に、ちゃんと仕事してくれるから、心が痛むのよ」

「大隅さんは、深海棲艦らしくないな」

「そう?」

「優しい女の子だよな」

「私も、元は艦娘だから」

「えっ!?」

「元は阿武隈っていう軍艦だったわ」

「・・・・。」

「私の司令官は何ヶ月も私に仕事を与えず、最後は遠征と偽って深海棲艦にさせられた」

「酷いな・・・」

「そう。酷かったの。だから凄く恨んだわ」

「そりゃ、恨むわな・・・」

「だから復讐してやりたかった。でも、艦娘達を騙すこの仕事に耐えられない」

「大隅・・・」

「だからせめて、深海棲艦になりたくない子を移転させてあげる事で罪滅ぼしをしたい」

「・・・。」

「貴方を騙していた事は本当に悪かったと思ってるわ。だから頼める義理ではないけれど」

「喜んで協力させてもらうよ」

「!?」

「そりゃ、聞いたって言えないわな。よく解ったよ」

「・・・。」

「でも、俺の見立て通り、大隅さんは善人だ。だから耐え切れなかったんだ」

「・・・。」

「俺の方はおかげさまで蓄えも出来た。成功報酬がなくなっても充分食っていける」

「・・・。」

「俺を窮地から救ってくれたのは大隅さんだ。だから今度は、俺が大隅さんを助ける」

「虎沼・・・さん・・・」

「どうせ、上司には内緒なんだろ?」

「!」

「秘密の共有だ。どこまで内緒にすれば良い?」

「上司には、パンフレットに全員で深海棲艦になる事を拒否してくれと書いてる事は言ってない」

「ははははは。そりゃそうだ」

「だからパンフレットを持参させないように言ってほしい」

「解った。」

「後、貴方への成功報酬は固定給だけど用意する」

「えっ?」

「資源0で交渉する事は上司命令だけど、貴方への報酬分は許可を貰ってるから。」

「・・・それは取っておくよ」

「何故?」

「いつか、大隅さんが、阿武隈さんとして帰って来た時に、カネが要るだろう?」

「で、でも、私は艦娘に戻れるかどうか」

「可能性は、捨てなければ0じゃない。俺は、大隅さんにも帰ってきて欲しい」

「・・・・。」

「俺の命の恩人で、仕事仲間なんだから、さ」

大隅はついに泣き出した。

「女の子を泣かせるのが趣味なの?」

「本当の事だ。だから取っておく。安心して艦娘に戻るといい」

「だから、方法が解んないんだってば」

「探せば見つかる。それまで命を大事にな」

「船霊だって言ってるでしょ」

「あぁ、そうだったな」

鼻をすすりながら笑う大隅と、虎沼はしっかり手を取り合った。

 

 




さて、それぞれの転機をまとめて書いてみました。
これから動いていきますよ。

球磨「あたし達はまた置いてきぼりかクマ?」
作者「えっ!?」
多摩「ちょっと串刺しにしてやろうかにゃ」
作者「やめてええええぇ・・・・」

4/27 一部設定を直しました。


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file20:艦娘ノ意思

7月10日朝 第5122鎮守府

 

「・・移転、ですか?」

虎沼は以前巡回した中から司令官不在と回答を受けていた鎮守府だけを回り直していた。

今回の目的は少し難しいが、心は晴れやかだった。

「はい。私どもが皆様に再びご活躍頂くため、他の鎮守府への移転をお手伝いします」

「・・・・。」

秘書艦の艦娘は考えるポーズを取ったのだが、

「悪くないじゃない、その話。」

虎沼が振り返ると、入口にもう1人の艦娘が立っていた。霞だ。

「お邪魔するわ」

迷う秘書艦と違い、入ってきた霞はきびきびと質問を始めた。

「まず、そちらの案を教えて頂戴」

「はい。こちらをご覧ください」

虎沼は専用のパンフレットを取り出す。

「皆様には他の鎮守府の目を避けて頂く為、我々が用意する輸送船に乗って頂きます」

「続けて」

「我々が小島までご案内した後、受入先の準備が出来るまで島でお待ち頂きます」

「ふうん」

「ただし、この時に注意事項がございます」

「何よ?」

「その島では深海棲艦から勧誘があります」

「はい?」

「司令官や大本営に恨みは無いか、復讐しないかと言って、深海棲艦になろうと誘ってきます」

「まぁ、してやりたい気持ちはあるけどね」

「そこが狙いです。しかし、深海棲艦から艦娘に戻る方法は確立されていません」

「片道切符って事ね」

「はい。そこを説明しないのです」

「なるほど、上手い事復讐を果たせるかも解らないし、元にも戻れないわけね」

「その通りです。我々の係員がお迎えに戻れば、以後の勧誘はありません」

「受け入れ先の鎮守府では、やっぱりタマよけ要員なの?」

「そこは鎮守府次第になる、としか言えません」

「否定しない所が素直ね」

「全て正直にお話して、乗って頂くか否かを判断頂きたいのです」

「承諾の単位は?」

「すみませんが、鎮守府の全艦娘となります」

「なぜ?」

「このお話は、正直申しまして大本営様の命令に背くことになります」

「そうね。あいつらからは待てと言われてるのだから」

「従いまして、大本営様に出来るだけ漏れるリスクを減らしたい」

「全員で受けたのなら秘密を守れるだろうって事ね」

「はい」

「もう1つ。鎮守府全員で移転先の鎮守府に行けるのかしら?」

「そこも、受け入れ先次第となります」

「駆逐艦だけ欲しいとか言われた場合は、軽巡達と離れ離れになるって事ね」

「残念ながら」

「・・・・。」

秘書艦と霞は腕を組んで考えている。

虎沼にとっても未承諾の段階から計画内容を話すのは危ない橋だった。

しかし、引き換え資材が多いといった餌が無い以上、誠実に話すしか信用を得る手段がなかった。

「そもそも、この目的は何?」

虎沼は一呼吸置くと、ゆっくりと話し出した。

「ある艦娘の方が、深海棲艦になりました」

「!」

「そして、深海棲艦への勧誘活動を心の底から後悔されています」

「先日、秘書艦様が司令官不在の事をお話し頂いた時、本当に寂しげな眼をされましたよね。」

「その事を元艦娘の方に話したところ、非常にお怒りになり、皆様に同情された」

「そして鎮守府で待ちぼうけになっている皆様に再び活躍の場を提供し、罪滅ぼしをしたいと」

「私も深海棲艦に海運ルートを潰され、リストラされてこの仕事につきました」

「元艦娘の方の思いは本物だと私は信じています。だからお手伝いをしています」

「もし皆様を深海棲艦に導くつもりなら勧誘の種明かしも、迎えの事も話しません」

「それを含めて今の時点で全て打ち明ける事で、私は皆様に誠意を示しているつもりです」

「リスクがある事も確かです。司令官様が今日、いや、明日帰ってくるかもしれません」

「それでも、お手伝いが出来るならさせて頂きたい。これが私達の目的です」

秘書艦と霞は静かに聞いていたが、霞が

「少なくとも貴方が嘘を吐いているようには見えないわね」

と言った。

「一つだけ、先に申しあげておきます」

「何かしら?」

「私の名刺にある山田というのは、本名ではありません」

「!」

「それだけ大本営の目を恐れている、という証拠です」

「本当に用意周到なのね」

「私がついている嘘は、これだけです」

「それも今話してくれた」

「はい」

「一応、山田さんのままで通すわね」

「そうしてください」

「山田さん、もう少しだけ時間はある?皆に聞いてみたいの」

「勿論です。なんでしたら出直しますが」

「それほどかからないと思うから、待ってて」

「はい」

霞が駆け足で出て行った。

ふと見ると、秘書艦がお茶を運んできてくれていた。

「あの、えっと、ありがとう」

秘書艦の言葉に、虎沼はにっこりほほ笑んで頷いた。

欲深い司令官との化かし合いもスリリングで楽しいが、こういうのも良いな。

何とか上手く行ってほしい。

相手の鎮守府が丸ごと受け入れてくれれば良いが。

秘書艦と二人、静かな司令官室の時間が過ぎて行った。

 

「信用して良いのかなあ・・」

「その山田さん自体が騙されてる可能性もあるんじゃない?」

霞は虎沼の提案を全員に話したが、艦娘達は素直に受け取らなかった。

それは虎沼の提案があまりに都合が良すぎるというのもあったが、

「司令官だっていつも通り「またね」と言って来なくなったしさ」

という、人間不信感が募っていたのだ。

「そうね、司令官からこんな仕打ちをされたんだから、疑って当然よ」

「でしょう?もう騙されるのは嫌」

「だけど、このまま待って司令官が帰ってくると思う?」

「だ、大本営は・・」

「何回陳情したと思ってるの。その度に待て、待て、待て。あたし達は犬じゃないわ」

「そう、です、よね・・」

「皆と離れ離れになるのは寂しいなあ」

「可能性は、あるわね」

「でも、そういう事を全部喋ってくれるってのは、信じて良いんじゃないかなあ」

「あっ!?」

堂々巡りに近い議論の最中、霞が声を上げた。

「どうしたの?」

「もう5時間も経ってる!すぐ決めるって言ったのに!」

霞と艦娘2人がどたどたと司令官室に走り、ドアを開けた。

「すみませ・・」

秘書艦と虎沼がソファに座ったまま、寄り添って静かに寝息を立てていた。

霞達は顔を見合わせた。

「変なの」

「まぁ、良いか。司令官が帰ってくるとは思えないよね」

「隙だらけで寝てるこの人を、信じてみる?」

「じゃあ、皆に伝えて来てくれるかしら」

「解った!」

霞がパンパンと手を叩くと、秘書艦と虎沼ははっとしたように目を覚ました。

「待たせたわね。全員、承諾したわ」

「えっ、あっ、解りました」

「ちゃんと手続してよ。寝ぼけて間違えたら承知しないんだから」

「お任せください!」

虎沼と笑顔を交わす秘書艦を見て霞は思った。この子が笑ったの、久しぶりに見た。

最悪騙されて深海棲艦に撃ち滅ぼされても山田を恨む事はすまい。

迎えが来ることを信じて、誘惑に負けないように頑張ろう。

 

 





作者「私はMではありませんので、ドSは苦手です」
霞「・・・・。」
作者「苦手ですよ?」
霞「何も言ってないわよ?バカじゃないの?」
作者「だから苦手だって言ったのに(涙)」


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file21:夏ノ足音

7月22日昼 大本営通信棟

 

「そっ、それは凄まじい証拠ではないか!」

憲兵隊長と中将に、提督は活動報告をしていた。

二人の都合がつかず、なかなか報告が出来なかったが、反応は期待以上だった。

そして転売された艦娘を保護出来るかもと聞いた二人は、椅子から飛び上がるほど驚いた。

「かっ、彼女達の記憶は残っているのか?」

「記憶調整はしないと約束してくれています。信用して良い相手です」

「それなら経緯とかも明らかにできるな」

「間違いなく逮捕理由となり、裁判上でも有意な証拠です」

「そうだな。その艦娘を証人として押さえれば確実に勝てる」

「お願いがあります」

「なんだ」

「艦娘達は、多かれ少なかれ司令官を、我々人間を恨んでいると思います」

「そう、だろうな」

「ですから、彼女達が証人の役割を終えた後、療養の時間を取って欲しいのです」

「具体的には?」

「我々が一旦研修生として引き取り、大丈夫と判断したら他の鎮守府に引き渡します」

「それは良い案だな」

「うむ、落ち着きを取り戻し、基礎訓練を積んだ艦娘なら引く手数多であろう」

「人間によって傷ついたのだから、人間として償いをせねばな」

「解った、提督。話をまとめる」

「はい」

「まず深海棲艦にされる前の転売された艦娘を君の鎮守府で保護する」

「はい」

「続いて対象鎮守府を君の攻撃隊で包囲、憲兵隊が突入、違法取引に応じた司令官を逮捕する」

「はい。我々は憲兵隊の皆様の支援に徹します」

「うむ。そして艦娘に軍事法廷での証人として出廷してもらい、その後再び君の鎮守府に返す」

「はい。」

「そして療養と基礎訓練を受けさせたのち、希望する鎮守府に引き渡す。そうだな?」

「間違いありません」

「素晴らしい。ああ、まあ、本当は転売そのものが無いのが一番だが・・・」

「腐敗撲滅の見せしめとしても充分良い形だと思う」

「そうですな中将。これなら憲兵隊の顔も立つ。提督、ありがとう」

「いえ、こちらこそ御力添えを頂ける事で大変心強く思います。感謝いたします」

 

提督は対策班編成後、ずっと考えていた。

金剛4姉妹や球磨多摩達は、軍務遂行者としては間違いなく一級だ。

しかし、こと逮捕となるとどうしても法を踏まえた行動が大切になる。

そうしないと弁護士から違法逮捕等と言われ、苦労が無駄になる恐れがあるからだ。

しかし、幾ら教育をしても弁護士は粗探しの玄人だ。付け焼き刃ではボロが出る。

その点、憲兵隊は軍隊の規律も弁護士連中の対処も心得ている。

従って、隠密行動的な攻撃を除けば憲兵隊を前面に出す方が得策だと判断したのである。

この案を長門に説明し、意見を求めると、

「良いだろう。金剛や球磨達には私から言い含めておく」

と、了承してくれたのだ。

 

「しかし、よく深海棲艦とそこまでの話を取り付けたな」

憲兵隊長の言葉に、提督が応じる。

「調査班の努力と苦労、それにカレーのおかげです」

中将がぴくんと反応する。

「カレー・・・だと?」

「鳳翔のカレーは深海棲艦にも好評なのです。そのおかげで信頼と絆が出来ました」

「食べてみたいものだな」

「お越し頂く事があれば、ぜひ、炊き立てのご飯と一緒に召し上がって頂きたいです」

中将はつばを飲み込んだ。

「ふむ。何か用事を考えてみよう」

「お待ちしております」

通信棟を出ながら憲兵隊長はしきりに驚いていたが、中将は何となく理解出来た。

攻撃する一方の敵だけだと思っていた深海棲艦と会話をし、元の艦娘に戻した男だ。

当然、最初から期待していたが、1年でここまで仕上げてくるとは。

さて、夏休みの案に大和をどう巻き込むか。五十鈴の説得はそれ以上に厄介だ。

 

「中将、御待ちしておりました。御承認の判をお願いいたします」

自室に戻った中将を待っていたのは、大和と書類だった。

やれやれと席に着き、早速中将は大和が差し出す書類に判を押し始めた。

「大和、そろそろ良い季節だなあ」

ポン

「良い季節、と仰いますと?」

ポン

「青い空、白い雲、透き通る海」

ポン

「あぁ、ソロルですね。提督達は御元気でしょうか?」

ポン

「先程、提督と通信で話をしたのだがな」

ポン

「何と仰ってましたか?あ、判はこちらの隅に」

ポン

「美味しいカレーが出来たそうだ」

ポン

「中将はお好きですものね、カレー」

ポン

「好みを覚えてくれてて嬉しいよ」

ポン

「確か、夏のお盆の直前は、上層部の方は外出が多いみたいですよ」

ポン

「五十鈴は話に乗ってくれるだろうか?」

ポン

「カレーよりはバカンスを強調した方がよろしいかと」

ポン

「日程調整と併せて頼めないかな?」

ポン

「お仕事を終わらせてくださると約束頂けるなら」

ポン

「頑張ろう」

ポン

「これで、今日の分は終わりです」

ポン

「よろしく頼むよ」

大和はトントンと書類を整えながら、

「五十鈴さんと話してみますね」

と、微笑んだ。

 

「まったく、あなたは中将に甘すぎないかしら?」

五十鈴は腰に手を当てて大和に答えていた。

「でも昨年も行くと言いながら結局行けませんでしたし」

「私達だって仕事で行ってないわよ」

「ですから、ご一緒にと思いまして」

「えっ?」

「五十鈴さんと、私と、中将で行きませんか?」

「護衛はどうするの?」

「夕雲さんとかどうでしょう?」

「あら、良いわね・・・あの子最近頑張ってるし」

「表向きは中将の護衛という事で」

「名目はソロル鎮守府の視察とでも言って、適当に見ておけば良いわね」

「鳳翔さんのお料理も美味しいそうですよ」

「美味しい料理、青い空、白い雲」

「透明な海、白い砂浜、名工の建てた宿泊所」

「・・・良いわねぇ」

「ですよねぇ」

「・・しょ、しょうがないわね。日程調整とかは任せて良いかしら?」

「ご安心を。万事大和にお任せください」

「そうね。中将だと心配だけど、貴方が居れば大丈夫ね」

中将が建物中に響き渡るくしゃみをしたのはその直後であった。

 

 




ちなみに、ソロル島という島は実在します。
こんなリゾート地でのバカンスを生涯に1回くらいやってみたいものですねえ・・・

素で間違えてた所を直しました。すいません。


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file22:協力ノ輪

 

7月24日午後 岩礁の小屋

 

「提督ニ、伝エタイ事ガ、アルノダケド」

リ級は打合せの後、おもむろに話し出した。

夕張が機材を仕舞いながら応じた。

「なんでしょう?」

「艦娘取引ノ、話」

途端に摩耶達も手を止めてリ級を見る。

「明日ノ昼頃、迎エニ来テ欲シイノダ」

「行くのは多分別の班になりますけど、顔合わせしますか?」

「ソウネ。タ級ト、顔合ワセヲ、シテ欲シイ」

「じゃあちょっと提督達を呼んでくるね!」

「ゴメンナサイ。オ願イスルワ」

 

「すいません、お待たせしまして」

「イエ、最初ニ言ウベキダッタ、ゴメンナサイ」

島風についてきたのは、提督、長門、鈴谷、山城、それに金剛だった。

タ級は一目見て頷いた。強者というのは独特の雰囲気がある、と。

「長門だ。対策班を統括している」

「鈴谷です。普段は鎮守府の調査とかやってるよ!」

「山城です。支援作業を主任務にしてるわ」

「金剛デース!最後に私達がケリをつけるネー!」

「班員は他にも居ますが、今日は隊長と顔合わせ位が良いだろうと思いまして」

「ソウネ。私ハ整備隊ヲ任サレテイル、リ級ヨ」

「警護ヲ担当シテイル、タ級ダ」

お互いに挨拶を済ませると、提督が切り出した。

「明日、艦娘達を引き取りに行くと聞きましたが」

「ソウ。艦娘達ハ、今夜島ニ移送サレル」

「ならば、我々は今夜でも構わないが?」

長門が言うと、リ級が首を振った。

「補給隊ノ勧誘ヲ、先ニヤラセル。我々ハ、補給隊ガ勧誘ニ失敗シタ子ヲ、引キ取ル事ニナッテル」

「なるほど、補給隊は泳がせるという事か。解った。」

「全艦娘ガ、断ッテクレルト、良イノダケド」

「不思議な会話ね。一致団結して深海棲艦になるのを阻止するなんて」

山城が言うと、リ級は

「深海棲艦ナンテ、ナルモノジャナイワ」

と、肩をすくめた。

「補給隊ハ夜ニ説得シ、朝マデ考エサセル。ダカラ補給隊ガ帰ッタ昼頃ニ、迎エニ行ク」

「迎えに行く場所が解らないんだけど・・・」

「明日ノ朝、タ級ヲ迎エニ行カセルカラ、ツイテ来テ欲シイ」

「結構大量に居るのかな?」

「鎮守府カラ連レテ来タ子ハ二人ダケド、取引分はソレナリニ居ルカラ、最大20体位」

「おおう。結構な数ね。相部屋で足りるかしら?」

「迎賓棟の研修生部分を使えば入るだろ。」

「あ、なるほど」

「あと、今回は無いと思うが」

提督が口を開いた。

「艦娘達を私達の手に渡すまいと企む者が出てくると思う。だから護送は十分注意してほしい」

「それならアタシと熊野に乗れば良いよ。守り抜いてやるさ!」

鈴谷が言うと、金剛が口を開いた。

「私達が鈴谷達をカバーしマース!指一本触れさせマセーン!」

山城も頷いた。

「瑞雲で索敵して追跡者を遊撃する。皆に状況を伝えるわ」

タ級は気付いた。今のでブリーフィングが出来ている。

この連中は高度に意思統率が出来ている本物だ。誇示しないのが証拠だ。

提督は頷いた。

「戦闘は避けたいが、リ級、タ級も含めて安全を脅かされる場合は攻撃して良い。一任する」

「エッ?」

タ級は驚いた顔をした。てっきり自分達の安全は自身で確保する物と思っていたからだ。

「何を驚いてる?仲間なんだから当然だろう?」

「ア・・アリガトウ・・」

リ級がにやりと笑うと

「提督、タ級ハ純心ナンダカラ、弄ブノハ止メテアゲテ。」

と、言った。

「そ、そうじゃない。この前もリ級さんがそういう事言うから修羅場になったんじゃないか!」

リ級が真っ赤になって固まってるタ級の手を取ると、

「アラアラ、ジャア本気ッテ事カシラ?」

と、くすくす笑った。

リ級の機嫌が良くなるのと引き換えに提督への視線の温度が下がっていく。

「こ、今度は前とは違うぞ!長門!」

「な、なに?何だ?」

「ガツーンと私の無実を言ってやってください!」

「・・・何で私が」

「男ナラ、自分デ、決着ヲ、着ケルモノヨ」

うんうんと皆が頷く。

「ま、待て皆!リ級のトークに乗せられているぞ!帰ってくるんだ!」

「アラ、私ガ酷イ女ミタイニ言ウノ?散々弄ンデオイテ・・・ウッウッ」

「打合せしただけでしょうが。泣き真似までしないでください」

「ウフフフフ。提督ト話スト元気ガ出ルワ」

「私は肝が冷えますよ」

「コレクライデ動揺スル人ニ、タ級ハ、ヤレナイワ」

「娘に結婚申し込まれたお父さんですか」

「アラ、私ニトッテ、タ級ハ可愛イ娘ミタイナモノヨ?」

「そりゃタ級さんは可愛いですけども」

 

瞬間、空気が凍った。

 

リ級は手を額にやった。ここまで自爆癖があると、うかつに水を向けるのは危険だ。

「ト、トニカク、タ級ヤ私モ守ッテクレルノハ感謝スル」

「ええ、皆で遂行しましょう」

リ級は指の間からちらりと艦娘達を見た。

班長の長門はさすがに動揺してないようだが、他の艦娘は居残り説教をする気満々だ。

ちょっとやり過ぎたか。

「ア、アー、サッキ提督ニ言ッタノハ冗談ダカラ、オ手柔ラカニ」

金剛が冷たい笑顔を返した。

「大丈夫ネー、ちょっと大根と座敷牢のカギを取ってくるダケデース」

提督がぎょっとしたように金剛を見る

「ちょ!き、昨日まで青葉が居た所か?しかも同じ刑っぽくないか!?」

「明日の朝には出してあげマース」

「・・・とほほ」

その時、タ級がきゅっと顔を上げると、

「ワ、私モ入リマ・・ムグググ!」

ガチンと場の時が止まったのを感じて、リ級が慌ててタ級の口を塞いだ。

「アー、私達ハ、ココデ帰リマスネー」

「ムグググ!ムグ!ムググウー!」

自分より大きなタ級を恐ろしい力で引きずったまま、リ級は海に消えた。

 

「・・・テートクー」

金剛の声がいつになく低く冷たい。

提督は諦めて溜息を吐いた。

「解った。座敷牢に入るよ。醤油をください」

「チガイマース」

ぷふっと、金剛が噴き出すと、他の艦娘達も笑い出す。

「ん?な、何?」

「テートク!油断は禁物デース!私達のヘルプに感謝してクダサーイ!」

「え、え、え?」

「怒ったフリですよ、フリ」

山城が涙を流しながら笑っている。

「リ級さんに弄られて困ってたじゃん?ああすれば止めてくれるワケさ!」

鈴谷が説明してくれて、やっと納得する提督だったが、

「そ、そうだったのか!私は夜中に夕食を差し入れに行かねばと思ってた」

と、長門までが言ったので、他の艦娘は思った。

この二人、良い夫婦だわ。あと、タ級、要チェック。会長に要報告。

 

提督は気を取り直して、

「あと、明日の作戦で何か質問はないかな」

と聞いた。

長門達はちょっと考える仕草をしたものの、

「あとは何とかなると思うよ」

という鈴谷の言葉に頷いた。

「よし!それでは対策班の初仕事だ。怪我の無いようにしっかり頑張ってほしい!」

「はい!メンバーにも伝えます!」

ぞろぞろと帰っていくのを見ながら、提督はそっと長門に手招きした。

「なんだ?」

「わ、私は助かったのか?」

「じゃ、ないか?」

「本当かな?前回は島に帰ってから酷い目に遭ったんだが」

「そりゃ、タ級だけ褒めたんだから仕方なかろう」

「・・・・何で?」

長門はがくりと頭を垂れた。これではきっとまた、大なり小なり爆発があるだろう。

「え、ちょっと、長門さん?教えてよ~」

「鈍感ってことだ」

「ど、鈍感?そんな事ないだろー」

すると、既に海に入っていた艦娘達まで全員がキッと振り向くと、

「鈍感!」

と一斉に言ったのである。

提督はがっくり肩を落としながら、島に戻ったのである。

そ、そんなに鈍感か・・・・もっと褒めれば良いのかな。

 

 





もう少し提督の勘の鈍さを改善しようかと思います。
なぜなら登場中の某艦娘から
「幾らなんでも人として鈍感過ぎて心配です。ていうか何とかしないと切り落としますよ?」
という短いお手紙を貰ったからです・・・


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file23:証人ノ護送

7月24日夜 某海域の無人島

 

「ココデコノママ、死ヲ選ブノモ自由ダ。止メハシナイ」

「デモ、モシ、チカラヲ貸シテクレルナラ、イツカ、司令官ニ復讐スルト約束スル」

チ級は言葉を続けた。

「明日ノ朝、マタ来ル。考エテ欲シイ。我々ハ歓迎スル」

連れてきた艦娘達を前にそこまでいうと、チ級はおやっと思った。

今回から深海棲艦にする前に説得する事になった。

しかし、何というか艦娘達に全然悲壮感が感じられない。

どういう事だろう?

 

首を傾げながらチ級が海に帰っていくのを見届けると、霞はフンと鼻を鳴らした。

「確かに、勧誘があったわね」

「お、お話長かったのです」

「他の子達はこの話で深海棲艦になったのかなあ?」

「とりあえず迎えを待ちましょ。しばらくかかるらしいけど」

ホ級は木の陰から様子を見守っていたが、確証を得たように頷くと、静かに海に帰っていった。

 

 

7月25日朝 岩礁の小屋

 

「オハヨウ、皆、待タセタカ?」

タ級が浮上すると、既に艦娘達は揃っていた。

昨日の明るい雰囲気とは違い、全員が兵装を固め、作戦に備えていた。

望遠用ゴーグルを首にかけ、兵装をチェックしながら一言も喋らない鈴谷と熊野。

砲門をキュッキュッと磨きながら、軽く微笑んでいる山城。

鱗のような模様があるウェットスーツに身を包み、長い狙撃銃を持つ伊19。

何か知らないが、3本の長い爪のような武具を嬉しそうに眺める球磨と多摩。

砲門を高く空に掲げ、ニヤリとする金剛と比叡。

いつも通りの響が際立つくらいだ。

タ級は瞬時に理解した。絶対敵に回してはいけない連中だと。

 

 

7月25日昼前 某海域の無人島

 

「ナッ、ナニッ!?誰モ行カナイノカ!?」

チ級はのけぞるほど驚いた。確かに今回は資材0で済んでるから痛手は無い。

無いが、誰も行かないというのは初めてだった。

朝から何度も確認し、色々説得を追加したがダメだった。

その時初めて、自分が深海棲艦にしてから説得していた威力に気付いた。

気が付いたら深海棲艦だったというのは1つの強い説得材料だったのだ。

しかし、変化させるには大人しく寝てもらわなければならない。

今、無理矢理かけても袋叩きに遭うだろう。

チ級は目を閉じた。幾らなんでも全艦娘を整備隊に引き渡せばタダでは済まない。

「説得ハ終ワッタノカ?」

ハッとして振り向くと、タ級が立っていた。腰に手を当てている。

万事休す。

「ス、スマナイ。全員拒否サレタ」

だが、タ級は鼻息を一つ吐くと、

「解ッタ、後ハ私ガヤッテオク」

と言った。

「イ・・・イイノカ?」

「幹部命令ダカラナ」

チ級はこれ以上の説得は無理と諦めていた事もあり、大人しく海に帰っていった。

タ級は艦娘達を見ると、唇に人差し指を当て、

「アト少シダケ、待ッテロ」

といった。

艦娘達は首を傾げた。これも勧誘?迎えはいつ来るの?

 

「航空機による索敵完了、全域クリア。タ級の合図を確認。球磨、多摩、上陸開始。」

山城の連絡に、球磨と多摩がざざざっと駆け上がっていく。

「こちら球磨。タ級以外の深海棲艦見つからないクマ」

「多摩にゃ。赤外線で調べたけど土に潜ってる敵も居ないにゃ」

「了解。鈴谷、熊野、響、上陸開始して」

「はい!」

 

再び現れたタ級と一緒に来た面々に、艦娘達は怯えた。

自分達と明らかに異なる恰好、ものものしい武装。気配。鉤爪?

高LV艦娘だろうが、何故タ級と一緒に居る?

「君達が今回の移動希望者かい?」

鈴谷の陰からひょこっと響が顔を出すと、艦娘達はほっとした顔を見せた。

「そ、そうよ。貴方達が鎮守府からの迎えなの?」

「そう。私達が護衛して鎮守府まで移送する。心配しないで欲しい」

「キッチリ守ってやるクマー!」

「え、えと、貴方達の鎮守府って、深海棲艦の拠点じゃないわよね?」

「私達が深海棲艦に見えるかにゃ?」

「い、いえ、だって・・・」

艦娘達はそっとタ級を見ると、響が言った。

「この人は君達を深海棲艦にならないよう手助けしてくれた仲間だよ。心配要らない」

「そ、そうなの!?」

「そう」

艦娘達はまだ戸惑っていたが、熊野が

「詳しい事は鎮守府で話しませんこと?お茶菓子もありましてよ」

といった事に納得すると、ようやく鈴谷と熊野に乗り込んだ。

「こちらでの全艦を収容!次の地点に向けて出航します」

「了解、タ級に合図せよ」

既に海原に出ていたタ級は、合図を見るとゆっくりと動き出した。

「もう1箇所寄っていくから、ちょっと我慢してね」

鈴谷は乗り込んでいる艦娘達に伝えた。

 

「コノ島ダ」

タ級は砂浜に立つと同時に、人に変化した。そして鈴谷達に

「浜で待っててくれる?」

というと、島に入っていった。

5分位経っただろうか。タ級に連れられて睦月が出てきた。

虚ろな表情をしている。

「彼女達が保護してくれる事になったよ」

タ級が優しく言うと、睦月は鈴谷達を見た。そして、

「お、お願い、ぶたないで」

と言うと、目を瞑ってしゃがみこんでしまった。

響はタ級に聞いた。

「何か、連れてくる間にあったのかい?」

タ級は弱々しく肩をすくめると、

「連れてくる時からこうだったの。酷く怯えててね。鎮守府で何があったとしか解らないの」

といった。

響はそっと、睦月に声をかけた。

睦月は目を瞑ったまま、両手で頭を抱え、うずくまって震えている。

「聞いてくれるかい?」

「・・・。」

「私の鎮守府は出来たばかりだったんだけど、深海棲艦に司令官と先輩艦娘を殺された」

「・・・。」

「鎮守府からずっと離れたところでその事に気づき、私も殺されそうになった」

睦月がそっと片目を開けて、響を見た。

「でもね、そんな時にここの鎮守府の人が助けてくれて、爆風から守ってくれた」

「・・・。」

「君がどんな酷い目にあったかは解らない。でも、ここの皆は傷を認めて、助けてくれる」

「・・・。」

「1度だけで良い。私を信じて欲しい。提督に会って話をして欲しい」

「・・・。」

「きっと、今まででは信じられない位良い未来を与えてくれる」

「・・ぶったり、しない?」

「頭を撫でてくれるよ」

「寒い夜に外に放り出したり、武器無しで出航させたりしない?」

「大丈夫。もしそんな事したら、私が味方になってあげる」

「・・・本当?」

「約束する」

睦月の目に涙が溢れ、響にひしと抱きついた。

 

ひとしきり泣き止むまで、響はずっと睦月をぎゅうっと抱きしめていた。

きっと提督なら、そうすると思ったから。

 

鈴谷がそっと、タ級に近づいた。

「話では2人と聞いていたけど」

タ級が首を振った。

「1人は自決していた。昨日の朝には話をしたのだけど・・・」

鈴谷は拳を握り締めた。

今までどれだけ、こんな辛い最後を迎えた子が居るのだろう。

鈴谷は響の手を握り、立ち上がる睦月を見て、

「いらっしゃい!羊羹は好きかな?」

と、ニッと笑って聞いた。

睦月は響の手をぎゅっと掴み、恥ずかしそうに俯きつつも、こくりと頷いた。

「よっし!じゃあ帰ったらご馳走してあげます!」

熊野が鈴谷の方を向き、

「あら良いこと、私の分もお願いするわ」

「えー奢ってよー」

「嫌ですわ、こういう時は言い出した人が奢るのが慣わしですのよ」

「そんな事言わないで、熊野お嬢様ぁー」

響はふと、睦月がかすかに震えている事に気づき、慌てて

「どこか痛いのかい?」

と聞くと、睦月が

「う、ううん。お姉ちゃん達がおかしくって」

と、少しだけ笑った。

「よーっし!鈴谷お姉ちゃんの船に乗りなっ!一緒に行こう!」

「う、うん」

僅かに顔に赤みが差したのを、響は心から喜んだ。

自分が何か出来た事が嬉しかった。

 

鈴谷はインカムをつまむと、山城に伝えた。

「収容完了、帰還準備完了、山城の合図を待つ」

「了解。帰還ルートの準備は良いか?」

「伊19、指定海域に到着なの」

「金剛、比叡、準備出来てるか?」

「心配無用デース!」

「護衛準備、出来てます!」

「よし、調査隊、護送開始。球磨と多摩も護衛に回れ。全艦撤収開始!」

「了解!」

鈴谷と熊野、そしてタ級を中心に、響、球磨、多摩がすぐ外側を、さらに外を金剛と比叡が囲む。

伊19が航行時の死角に先回りし、発射準備を済ませた状態で不審者が居ないか探している。

山城は少し離れて航空機による索敵を続けながら追従していた。

全10隻による護送は、滞りなく鎮守府への護送を完了した。

 

 

7月25日午後 岩礁の小屋

 

「今日ハ、凄イ物ヲ、見セテモラッタ。素晴ラシイナ」

タ級は響からお茶を受け取りながら言った。

「初回だったから、皆ちょっと高揚してたね」

響も茶を啜りながら答えた。

他のメンバーは本島の鎮守府に帰ったが、タ級を労う為に響だけ残ったのだ。

睦月は途中で寝てしまったので、鈴谷が抱きかかえて連れて行った。

「アノ様子ナラ、艦娘達モ、酷イ扱イハ、サレナイダロウ」

「そこは大丈夫。なにせあの提督だから」

「・・・ムシロ鈍感ニ、悩マサレソウダナ」

「積極的に肯定する。ところでタ級」

「ナンダ?」

「会長の加賀から言伝があるんだ」

「エ?」

「提督ファンクラブは年会費1296コインです、お早めに納付してくださいと」

「ハ?」

「提督ラバーは全員加入する事が義務付けられてます」

「ラ、ラバー?」

「ラバー」

「・・・響、モ?」

「入ってる」

「エ、エエト、何ノコトダカ」

「良く解ってるよね?」

「ソ、ソンナコトハ」

「自分に嘘を吐くと苦しいよ」

「ウゥ」

「提督は神経毒だから、1度触れたら最後なんだ」

「エ」

「ほら、たった1296コインで楽になれるよ。一人で悩んでても仕方ないだろう?」

「ア、アウ」

「さぁ、この規約を読んだら入会書にサインするんだ。」

「ソ、ソンナ急ニ」

「会員証は用意してきたよ。素直になって解放されよう?」

「ヒィ」

 

「お支払ありがとうございます。これで私達と同じ仲間と認定されたよ」

タ級は財布に会員証を仕舞うと、懐に戻した。

この妙な解放感は何だろう。まるで隠していた趣味を暴露したら受け入れられたような感じだ。

響は封筒にお金を仕舞いながら言った。

「来年は終了1か月前に納めに来てください」

「ハイ」

 

 




ついに1日4話投稿というアホみたいな事をやってしまいました。

皆様からの評価と感想が次の話を書く燃料でございます。
ネタバレしそうなのでお返事は書けませんが、全部拝見しています。
本当にありがとうございます。


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file24:睦月ノ記憶

 

7月26日朝 鎮守府提督室

 

コン、コン。

「どうぞ、開いてますよ」

今日の秘書艦当番は赤城だったが、少し声が硬かった。

それは昨夜着いた艦娘のうち、睦月だけは眠ってしまっていたので、今朝連れてくる事にしたこと。

そして、鈴谷達の報告で、睦月が虐待を受けていた可能性があると聞いていたからだ。

ドアが開くと、響に連れられた睦月が、ビクビクと怯えた様子で入ってきた。

とりわけ提督の白い軍服を見るといっそう激しく動揺したようだった。

提督と赤城は顔を見合わせた。なにがあったというのだろう。

赤城はそっと、睦月の前でしゃがみこみ、目線を合わせた。

「私は赤城っていうの。あのおじさんの下で働いてるわ」

「お、おじさん?」

赤城は構わず続けた。

「自己紹介できるかな?」

睦月は響の手をぎゅっと握った。

すると、響もぎゅっと握り返した。まるで手で会話するように。

「む、睦月です・・」

「そうか、私はここの提督をやっているおじさんだ。歓迎するよ、睦月君」

「・・・・・。」

提督は精一杯穏やかな声で話しかけたが、見る間に萎縮して行くのが解った。

時折ちらりと顔を上げ、すぐに怯えたように俯いてしまう。

提督は赤城に会話をするよう目で合図すると、自分はそっと離れた。

 

それから1時間近く、赤城はゆっくり、ゆっくり話をしていった。

最初は黙りこくっていた睦月だが、響に励まされ、次第にぽつぽつと話し始めた。

建造された時から司令官に期待外れだと罵倒されたこと、

自分が秘書艦の時はうまく開発が出来ずに叱られてばかりだったこと、

戦況が悪くなり、資材が減ってくると何もしていなくてもぶたれるようになったこと、

碌に修理すらしてもらえず、兵装も剥ぎ取られたまま出撃を命じられ大破したこと、

島に移る前日、司令官から「お前のような役立たずは誰も買うまい、迷惑かける前に死ね」といわれたこと。

睦月は本当に、淡々と、淡々と喋っていった。

赤城は聞いた。

「奥に居るおじさんを見て、怖いと思ったのは何故かしら?」

睦月の顔に動揺の色が走った。

「あっ、ごっ、ごめんなさい」

「良いのよ。顎の形が気に入らないとか、あんなおじさんは嫌だとか、理由を教えてくれないかな」

提督は静かに泣いた。そ、そんなに顎の形変か?

「ち、違うの、あの、服・・が」

「服?」

「し、司令官も・・同じ・・・白い軍服を・・・」

はっとしたように、提督は部屋を出て行った。

睦月はびくっとしながら

「あ、あの、提督を怒らせてしまったでしょうか?」

と聞いたが、赤城は

「そんなことで怒る人じゃないわ。」

と、にっこり微笑み、響は

「そんな事でもし怒ったら、私が庇ってあげる」

と言った。

提督は自室で一式の軍服を引っ張り出した。またこれを着るのか?

しかし、これしかないか・・・

 

ガチャ。

開いたドアの方を、赤城と響は2度見し、睦月は呆気に取られた。

まだらの緑模様になった軍服を着た提督がそこに居たからだ。

赤城は思わず素の口調になってしまった。

「てっ!?提督っ!?何ですかその格好?!」

睦月はあまりの事に声が出ない。口をパクパクさせている。

「ああ、いや、以前響達に茶をかけられた軍服があったのを思い出してな」

響はジト目で見ながら

「まだ取ってたの?いい加減捨てたらどうだい?色が抜ける訳ないじゃないか」

と言った。提督はガリガリと頭をかきながら、

「その、これなら白い制服じゃないから、怖くないかな、とね」

と、顔を赤らめながら呟くように説明した。

赤城は

「何を考えてるんですか・・・睦月ちゃんがそんな事・・で・・」

と言いかけて、止めた。

「くすくすくす・・あはははははは!」

睦月が提督を指差して笑い出した。

「緑のオバケ~怖い~♪」

提督が両手を肩まで挙げると

「泣いてる子はいねが~」

と言いながら睦月をゆっくり追いかけた。

睦月は部屋の中をきゃあきゃあ言いながら駆け回って逃げ、赤城にぎゅっと抱きついた。

すかさず赤城は弓を構える仕草をすると、

「悪い提督は成敗します!ドーン!」

といい、提督は

「や、やられたああああああ」

といってバッタリ倒れるフリをした。

それを見てきゃっきゃと笑う睦月の頭を赤城はそっと撫でた。

「ね、あれがうちの一番偉い人なのよ。怖いかしら?」

睦月が生き生きとした目で

「ううん!全然!」

と言った。

提督はそっと起きると、膝をついて

「睦月、おいで」

といった。

睦月は一瞬響達を見たが、響も赤城もにっこりと頷いたので、そっと近寄っていった。

ぽん。

提督の大きな手が、睦月の頭に乗った。

「こんなちっちゃい体で、よく今まで頑張ってきたね」

提督は目を細め、ゆっくりと頭を撫でていった。

「話はよく解ったよ、睦月。私から幾つか言うから、忘れないで欲しい」

「う、うん」

「まず最初に、ここに来た以上は睦月は私の大事な娘だ。」

「娘・・・なの?」

「そうだ。睦月は赤城や響と同じく私の娘で、大事な宝物だ。役に立つか立たないかなんて関係ない。」

「・・・。」

「だから私は睦月に戦う事を強いたりはしない。まずは充分に寝て、美味しい物を食べ、遊びなさい」

「いいの・・?」

「良い。ここには甘くて美味しい羊羹や、とても美味しい料理を作ってくれる人達が居る」

「・・・・。」

「辛かった事を忘れる事は無理だ。無理はしなくて良い。悲しい気持ちは悲しいまま持っていて良い」

「・・・。」

「その代わりに、ここで楽しい思い出を沢山作りなさい。皆仲間だ。私も味方だ」

「・・・。」

「最初は信じられないかもしれない。少しずつ、自分のペースで、信じられる人に話しかけてごらん」

「・・・。」

提督は、睦月の額と自分の額をこつんと合わせた。

「私は睦月に約束する。決して叩いたり、寂しい思いをさせたりしない。」

「・・・。」

「もう1つ。睦月が望むなら、私達は睦月に上手な開発や建造のやり方を教えてあげられる」

「上手な・・やり方?」

「そう。やり方を覚えれば色々な物が作れるようになる。睦月は今まで知らなかっただけなんだ」

「わ、私でも・・役に・・立つ・・・の・・・?」

「もちろん」

提督は睦月の小さな小さな手が自分の服を掴んでいる事に気がついた。

そして、小さく、かすかに泣いている事も。

提督は睦月を両手でぎゅっと抱きしめると、

「睦月。私の可愛い娘よ。ようこそ我が鎮守府へ」

と言った。その言葉で堰を切ったように、睦月は大声で泣き出した。

提督は睦月の小さな背中をさすりながら誓った。こんなになるまで虐待した司令官を絶対に許すまいと。

響は自分がここに来た日を思い出していた。

提督はあの時も、司令官を思い出して泣いた私をずっと抱きしめてくれた。

温かくて、大きくて、優しい人が傍に居ると知るのはとても安心する。

あれからしばらくの間、私は提督の傍を離れず、随分我侭を言ったけど、提督は許してくれた。

そして集団生活に入るよう言った後も、そっと教室の廊下から手を振ってくれた。

見守ってくれてると実感出来たから、安心して溶け込めた。

今は皆と一緒に居れば寂しくは無い。

だからきっと、睦月も大丈夫。

赤城は提督と睦月の姿を微笑ましく見ていた。

では、提督が隠してるつもりの、奥の棚3段目にある羊羹を切り分けますかね。

 





1日5話って、ちょっと自分でもおかしいと思います。
でもこの辺りは書くのが本当に辛くて、一気に書ききらないと途中で止まっちゃう気がして、なかなか踏み込めずにいましたが、書けて良かったです。
さぁ、解決に向けて動き出しますよ!


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file25:球磨ノ煎餅

7月26日夜 鎮守府提督室

 

「先日の護送に引き続き、立て続けとなるが、いよいよ本丸だ。」

提督は対策班員に話し始めた。本丸という一言に空気がピッと張り詰める。

「今回の任務は売買に応じた司令官の逮捕であるが、逮捕行為そのものは憲兵隊が行う」

「我々の為すべき事は2つ。1つは憲兵隊の安全確保、もう1つは艦娘による反撃の抑止だ」

「司令官が憲兵隊や我々を攻撃するよう指示した場合、艦娘は違法と知りながら従う可能性がある」

「艦娘同士で戦闘など悲しいだけだ。攻撃が始まる前に司令官を制圧したい」

「私も漠然としたイメージはあるのだが、皆の意見を聞きたい」

「睦月とタ級から売買に応じたのは第9610鎮守府と判明した」

「大本営から提供された相手の情報は以下の通りだ」

「この鎮守府は半島の先端にあり、港は天然の入り江を改造し、建物は岩礁に足場を組んで建てられている」

「背後は山で陸路が通じてるが、一本道ゆえ隠れる所は無い」

「海側は1km程隔てたところにもう1つ半島があり、海原への見通しはあまり利かない」

「所属艦娘は16体だが運用開始から3年を経ており、戦績も中位を維持している」

「司令官は毎日攻撃と遠征を発しており活動は活発である」

「従って艦娘の練度は高いと思われるが、高速修復剤の備蓄はほぼ枯渇している」

「活動時間帯は主に日中~夕方である」

「憲兵側は隊員輸送を兼ねた護送車1台と隊員10名が出動する。以上だ」

 

 

霧島が口を開いた。

「警戒態勢にもよりますが、不意をつくという手があります。」

「例えば朝食の直前や交代時間など、体制を整えにくい時に突入するというものです」

提督が答えた。

「憲兵隊からも早朝突撃の提案があったが、我々が司令室に到達する前に攻撃が発令される恐れがある」

「うちは違うが、鎮守府によっては秘書艦と一緒に寝てる場合もあるから、朝といえど難しいだろう」

ふと、妙な空気になった事に提督は気付いた。

「ん?なんだ?」

金剛がもじもじしながら、

「テ、テートクと同衾・・・」

というと、提督はハッと気づいて。

「違っ!違う!訂正!一緒なのは部屋!布団は別!別だよ!?」

山城が目を逸らして、

「あたしは・・一緒に寝ても良いけど・・ね」

と、ポツリとつぶやいたのを聞いて、霧島と筑摩があーあという表情で額に手を当てた。

同時に、ハチの巣をつついたような大騒ぎになる。

「テートクと同衾するのは私デース!」

「提督がイクを待たせるなんてありえないの!最初は私なの!」

「く、熊野は入籍前に同衾なんて、ど、同衾・・きゃっ」

「秘書艦特権に決まってるでしょ!今日の当番はあたしなんだからね!」

「ふっ、不潔!不潔です!全員消毒します!火炎放射器持ってきます!」

「はいはいはい、うちは無いから!無・い・か・ら!」

「無いんですか!?」

「ありません!」

「作ってください!」

「なぜ榛名までハモる!不潔と今言ったじゃないか!」

長門はその騒動の中、図を書いては、肘をついて考えていた。

「な、長門!助けてくれ!収拾がつかん!」

「んー?今忙しい」

「ちょ!会議にならんだろ!」

「もう少し考える時間が欲しい。頑張ってくれ」

「んな!?」

いつのまにか多くの艦娘がむーっと頬を膨らませて提督を見ている状況になっていた。

提督はしかめっ面をしてわざとらしく咳払いをすると、

「嫁入り前の年頃の娘と一緒に布団に入る父親なんてどこに居るんだバカモノ!ダメだ!」

と腰に手を当てて怒ったように言うと、場が納まった。

霧島が驚いたように

「へぇ、提督がNOと言って皆が聞くなんて珍しいですね。明日は傘持って行きましょう」

「茶化すな。ちゃんと会議するの!してください!」

「はーい」

やれやれといった表情で提督が椅子に腰かけた所で、長門が

「よし、こういう作戦で行ってみるのはどうだろう?」

と言った。

 

「ふむ、なるほど。それは予想の斜め上だろうな」

「普段からそうしてるかどうか、その瞬間があるかどうかですね」

「確かにな」

「留意点はこの時間ですね」

「あとはこれだ、この準備は図面が無いと難しいだろう」

「上手く出来ますかね?」

球磨がどうっと机に突っ伏した。

「もー面倒だクマー。バーッと正面から全員で突撃して強行制圧してしまえば良いクマぁ」

「陸上接近戦なら球磨姉ちゃんと二人で10分もあれば殲滅出来るにゃ」

「おいおい、艦娘を殲滅するな。ついでに司令官も怪我させるなよ」

「なんでにゃー?」

「多摩、悪事を働く司令官の所に所属してるってだけで袋叩きに遭ったらどう思う?」

「んー」

「当たり所が悪くて轟沈なんてなれば、深海棲艦になってしまうぞ」

「・・・。」

「まして球磨も多摩も接近戦では鎮守府最強の強者なんだ。ありえる話だろ?」

「にゃ・・」

「お前達は強い。強いからこそきちんと考えねばいかん」

「て、照れるにゃ・・・」

「仕方ないクマー、早く決めてクマー」

「考えてくれよ」

「苦手だクマー、霧島任せるクマー」

「まぁ良いですけどね。提督、こんな感じでどうでしょう?」

「こうして、こうで、こうか。ポイントはここだな」

「鎮守府の構造なんてそんなに変わりませんから工廠長に聞けば何とかなるでしょう」

「確認作業は事前にしろよ?」

「それは勿論」

「よし、じゃあその方法が使えるかどうか、すぐ調査に入ってくれ」

「了解しましたっ!」

「調べるのは支援隊でやるけど、球磨、多摩」

「クマぁ?」

「手伝って頂戴」

「鰹節小袋1つにゃー」

「う。わ、解ったわよ」

「多摩ずるいクマ!球磨はハチミツジャム1瓶クマ!」

「高すぎ」

「じゃあハチミツ飴クマ!」

「2粒」

「・・・まぁ良いクマ」

提督は思った。なんか女学生が宿題を手伝うノリだな、と。

 

 

7月28日午後 鎮守府提督室

 

「準備と調査で疲れたクマー」

「ここは提督室なんですよ!テーブルに突っ伏すのは止めなさい!」

「榛名は堅過ぎるにゃー」

「球磨さんも多摩さんも柔らかすぎです!」

「接近戦では体の柔軟性が大事クマー」

「その話じゃありません!」

提督は調査結果がまとまったという事でメンバーを集めたのであるが、ご覧の有様である。

今日も平常運航だなと溜息を吐きながら、机の引き出しを開けた。

「ほら、御煎餅あげるからちゃんとしなさい」

がばっと球磨が起き上がる。

「ザラメ煎餅もあるかクマ!?」

「ほれ、ここにある」

「頂・・・何するクマ?」

「ちゃんと大人しく会議に参加しますか?」

「う・・」

「しますか?」

「わ、解ったクマ」

しかし、球磨がニヤリと笑う。

「じゃあ・・・あれ?」

バリッ。

はっとして隣を見ると、多摩が奪取した煎餅の袋を開けていた。

「あっ!多摩!いつの間に!」

「視野範囲の外に袋を掲げるなんて隙だらけにゃ。狩りにもならないにゃ」

「あっ!揚げ餅返しなさい!」

「会議で指さないかにゃ?」

「なっ!提督を脅す気か!」

「にゃ?」

「くっ、揚げ餅には代えられん。解ったから返してください」

「しょうがないにゃー・・ニャギャッ!」

ふと見ると長門のげんこつが多摩の頭頂部にめりこみ、ゆっくり回っている。

「提督に失礼が過ぎるぞ。謝れ」

「い!痛いにゃ!ご、ごめん!ごめんなさいにゃ!グリグリ痛いにゃ!」

「よし」

痛さのあまり多摩が空に放った煎餅の袋は放物線を描いて球磨の手元に。

・・パリパリパリパリ。

長門と提督が音のする方を見ると、こちらに背を向けて球磨が煎餅を食べていた。

「こらっ!球磨!勝手に食うな!」

「ざっ、ザラメ煎餅とハチミツは球磨の物だクマ!」

提督は溜息を吐くと、

「ザラメ煎餅はあげるから袋返しなさい。あと、会議前に食べ終えるんだぞ」

「むふー、美味しいクマー」

「まったく。お前達少しは木曾を見習ったらどうだ」

球磨と多摩が木曾を見ると、きりっと行儀よく座っていたのである・・・が。

くぅ~っと、小さくお腹が鳴る音がしたかと思うと、木曾がみるみる顔を赤くした。

「んもー、木曾は可愛いにゃー」

「ザラメ煎餅あげるクマー」

あっという間に球磨と多摩からナデナデされ、木曾は両手で顔を覆ってしまった。

長門は溜息を吐くと、

「そろそろ良いか?始めるぞ」

と言った。

 

「ふむ。計画案は解った。危険性も少なそうだな」

「そうですね。武装して突撃するより少し準備はかかりますが」

「これはこれで面白そうだクマ」

「憲兵隊もこれなら簡単だな」

「後は艦娘達が反撃するまでに終わるかどうかだにゃ」

「このタイミングなら憲兵隊が強制停止命令を出せるから大丈夫だろう。」

「じゃ、この計画で」

「よし、憲兵隊に調整しておこう。明日は水曜か、あっちにも連絡するのに丁度良いな」

「こちらの準備も進めます」

「頼むぞ霧島。では、今回も怪我しないように!」

「はい!」

 

 



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file26:鎮守府ノ制圧

7月31日日没 第9610鎮守府 提督室

 

「大破したから帰って来た?馬鹿じゃないのかお前!」

「で、でも、大本営からの指導で、旗艦大破の場合は帰れと・・」

「適当に中破とか言っておけよ使えねぇなあ。じゃあ鬼怒呼んで来い」

「あ、あの、修理は」

「資源もバケツもネェよ。倉庫入って寝てろ。その前にさっさと鬼怒呼んで来い!」

「は、はい・・」

ちっ。

第1艦隊はほぼ1日中出撃と入渠を繰り返した。

入渠の度にバケツも資源も山のように突っ込んでるってのに羅針盤が逸れるか大破帰還だ。

おまけに第2、第3、第4艦隊は資源集め失敗するわバケツ拾い忘れて帰ってくるわ。

面白くねぇ!ほんと面白くねぇ!

 

コン、コン。

小さくノックする音がした。

「き、鬼怒、入ります」

「おう鬼怒、お前と夕張はさっき無傷で帰って来ただろ?」

「は、はい」

「爆雷補給したらもう1回行ってこい」

「え?に、2隻で行くんですか?」

「潜水艦攻撃出来て無傷なのは誰だよ?とぼけてんじゃねぇぞ」

「え、ええ、ええと、でも、4隻居ないと陣形が」

「どこにあと2隻居るんだよ!大破してる由良と五十鈴に出撃しろってか?可哀想だなあおい!」

「そ、そんな、修理してから・・」

「資源庫見てこいバーカ!お前らの補給分しか残ってネーヨ!」

「う、ううっ、そんな・・あんまりです・・・」

「ぐずぐず泣いてんじゃネーヨ人間でもネーくせに!さっさと行ってこい!」

「い、いってきます・・・」

ちっ、しみったれた雰囲気にしやがって。

どいつもこいつもあーだこーだ言いやがって面白くねえ。

睦月が居たら蹴り飛ばしてやるのに。

艦娘リストを開く。

建造してもロクなのが来ない。使えネェのは近代化改修に突っ込んでるから予備も無ぇ。

それにしても、売却屋待たせすぎだろ。あのアマ、詐欺かと思ったじぇねえか。

 

 

「こちら霧島。憲兵隊殿、準備はよろしいでしょうか?」

「あぁ、いつでも大丈夫だ。こういうのもワクワクするな。手筈通り頼むぞ!」

「お任せください」

インカムを切り替え、霧島は問うた。

「伊19、準備はどう?」

「もう少し待って。扉が開かなくて木曾が苦戦してるのね」

「大丈夫。時間までにはまだ余裕があるわ」

 

木曾は鎮守府と地面の隙間で、配線ボックスの錆びた裏蓋を相手に四苦八苦していた。

取り付けネジを外す筈が、電動ドライバーがあまりの錆びつきに耐えきれず壊れてしまった。

大型電動ドリルが使えれば簡単だが、大きな音を立てれば見つかってしまう。

やむなく蓋の溝に貫通ドライバーを立てて目一杯力をかけているが、ピクリとも動かない。

汗をぬぐう。時間が迫ってくる。開かないと配線が解らない!

「木曾、お姉ちゃんに任せるクマ」

ふっと振り向くと、哨戒任務中の筈の姉が立っていた。

「しょ、哨戒任務は?」

「多摩がやってるクマ。ちゃっちゃと終わらせれば大丈夫だクマ」

そういうと、球磨はネジの頭を鉤爪の刃で切り落とし、溝に爪を突き立てて押し込んだ。

すると、バキッという鈍い音と共に裏蓋が外れた。

「さ、早く作業するクマ」

「ありがと、お、お姉ちゃん」

「クマー」

手を振って戻っていく姉に感謝しつつ、木曾は配線をライトで照らしながら工具を取り出した。

ここだ。1カ所分岐線とスイッチをつければ終わりだ。ゴム手袋は蒸れるが感電防止には必需品だ。

 

 

7月30日夜 第9610鎮守府近海

 

「伊19から霧島へ。準備終わったのね」

「了解、始めましょうか」

霧島は隣にいるタ級に合図した。

タ級は携帯電話を取り出した。あの司令官と話すのは不愉快だが、これで終いだ。

 

「あぁ、散々待たされたから資材庫の準備はちゃーんと出来てるよ」

「では後30分ほどでお持ちしますので」

「さっさと来いや」

司令官はガチャンと電話を切った。もう少し早く来れば鬼怒達を行かせなかったのによ。

面白くねぇ!ほんと面白くねぇ!

 

鎮守府に錆びた輸送船が来たのは、それから25分後の事だった。

司令官は船を睨みつけながら岸壁の照明の下に立っている。

「早く接岸しろウスノロが!」

やがて輸送船からフォークリフトで、資材名の書かれたコンテナが船から運び出された。

コンテナ2つと補給用バケツが司令官の脇にきちんと並べられた。

睦月達を売り払った分の対価は後払いと言われていたが、連絡は途絶え、今やっと届いた。

ちっ、由良と五十鈴修理して第1艦隊に全補給したら無くなっちまう。

まぁバケツが6つあるから良いか。

 

伊19はスコープ越しにコンテナと司令官を捉えた。倍率を上げる。

木曾が振り向く。

「そろそろか?」

「もうちょっと待つの。合図するのね」

 

「お待たせしました」

人間の姿に変化したタ級が書類を持って船から降りてきた。

司令官は上から下まで無遠慮にじろじろ眺めながら言った。

「姉ちゃんよ、どれだけ待たせんだよ」

タ級は気持ち悪さにぞっとしたが、気迫で押し切った。

「睦月様ご売却の時に約束した資材はこの通りご用意しましたし、後日お支払いと申しました」

「1カ月以上も待つなんて聞いてねーぞ」

「揃い次第と申し上げた筈です。受け取り書類にサインを」

「ちっ。もう頼まねーよ」

司令官が書類にサインし、タ級に放り投げた。

「木曾、今ね」

伊19の合図で、木曾は取り付けたスイッチを回した。

 

ドン。

 

鎮守府全館の電源が落ち、明かりが消えた。

「なっ!何だ畜生!おい!誰か出てこい!」

言いながら司令官は顔を歪めた。

今居るのは大破した由良と五十鈴だけ、あとは遠征か戦闘中だ。倉庫まで声は届かない。

 

ドン。

 

目の前から強い光に照らされた。

「ぐおっ!」

眩しさに手をかざすも、動けなくなる司令官。

海の方から灯光器が幾つも点き、司令官を闇に浮かび上がらせていた。

それを合図に資源コンテナの扉が内側から開いた。

 

ドン。

 

司令官の立っている辺りの照明だけ再び点き、灯光器の光が消えた。

眩しさに苛立ち、まだ目を開けられないまま司令官は怒鳴った。

「何のつもりだ転売屋!喧嘩売ってんのか!」

「売ってるのは貴様の方だ」

静かな男の声に司令官は薄目を開け、ぎょっとした。

いつのまにか周囲を憲兵が取り囲んでいたのだ。

海の方を見ると武装した見知らぬ艦娘達まで居る。

「ゲッ!憲兵だと?!」

憲兵の一人がさっきサインしたばかりの書類を右手に掲げている。

「司令官。艦娘には出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造しか命令出来ない規則である」

「ぐっ」

「この転売契約書にある通り、貴様が所属艦娘を民間業者に転売した容疑がかけられている」

「・・・。」

「言っておくが、転売した所属艦娘も我々が保護している」

「!!!」

「貴様の逮捕命令が出ている。軍事法廷にかける為捕縛の上移送する。連行しろ」

「ち・・・畜生!畜生!あの女!憲兵の犬だったのか!」

「口を慎め。抵抗は許さん」

「うるせぇ!こちとら攻撃任務に必要な資材を調達しただけだ!大本営の命令じゃねえか!」

「それなら軍事法廷で同じ事を言いたまえ」

「放せ!放せ!ちくしょおおおおおお!」

輸送船から出てきた護送車両に司令官を放り込むと、霧島が近寄ってきた。

そして憲兵に小さな封筒を手渡した。

「ん?何だこれは?」

「転売屋と司令官が先ほど港で会話した際の音声付動画です」

「ほう、証拠が増えるのは助かるな。」

「それでは、これで失礼させて頂きます」

「うむ。後は我々でやっておく。協力に感謝すると共に、面白かったと提督に伝えてくれ」

霧島はにこりと笑うと、

「全艦娘に告ぐ。任務完了!直ちに撤収せよ!」

と、宣言したのである。

タ級は輸送船の中から一部始終を見届けていた。

ふと目が合った霧島と頷きあうと、輸送船に出航を命じた。

 



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file27:十六ヶ月目ノ視察

 

8月5日昼 鎮守府提督室

 

「提督にお知らせがあるみたい」

本日の秘書艦である扶桑は、提督に手紙を差し出した。

「大本営から?珍しいな・・」

開封し、内容を読み進めると、

「なんじゃこりゃ?」

と、声を上げた。

「どうなされたのですか?」

訝しがる扶桑に、提督は笑いをかみ殺しながら手紙を差し出し、

「まぁ読んでごらん」

と言った。

扶桑が手紙を開くと、こう書いてあった。

 

 指示書

 指示内容:

  ソロル鎮守府完成十六ケ月目の状況を確認する為、以下の者に視察させる。

  一.大本営中将(統括)

  一.艦娘大和(秘書艦)

  一.艦娘五十鈴(監査)

  一.艦娘夕雲(護衛)

 

 視察期間:

  開始:八月八日

  終了:八月十一日

 

 尚、宿泊ならびに食事の手配はソロル鎮守府側責任において手配するものとする。

 洋食可、喫煙者一名、洋食可

 

扶桑は最後の1行を見て提督が笑う意味を理解した。

「中将様は本当にカレーを召し上がりたいという意気込みが溢れてますね」

「大事な事なので2度言いましたって感じだよな」

「それに、そもそも16ヶ月目の視察ってありましたでしょうか?」

「ない。1年でも1年半でもないんだし中途半端過ぎるじゃないか。無茶も良いところだ」

「となると、簡単に言うと」

「明後日からカレー食べに仲良し同士で夏休み取って行くから準備しといて、という事だ」

「なるほど」

「まぁともかく、こちらも幾つか成果報告も出来るし丁度良い。扶桑、すまないが」

「海の見える迎賓棟の準備と、鳳翔さんへの注文ですね」

「3食カレーでは五十鈴さんが暴動を起こすから、アレンジは任せると言っておいてくれ」

「費用は鎮守府負担で良いのでしょうか?」

「私の財布で支払う気はないよ」

「いえ、大本営に請求すべきか、という事ですが」

「標準費用分だけ請求しなさい。視察名目だから、うちで全額負担すると中将が監査上面倒な事になる」

「こんなにしないと夏休みも取れないなんて、可哀想ですね」

「全くだよ。私は絶対大本営で勤務したくない。中将達もここに居る間は羽を伸ばして欲しいね」

 

 

8月8日朝 鎮守府提督室

 

秘書艦当番の長門と提督は世間話をしながら、隣同士で座り、静かに朝食を取っていた。

実に微笑ましい光景だった。

しかし。

ドンドンドン!ドンドンドン!

提督室のドアを勢い良く叩く者がいる。

「な、なんだ?こんな朝早くから」

提督と長門が顔を見合わせた瞬間、ドアが開いた。

 

「お邪魔するわよ!」

提督と長門は箸を持ったままぽかんと口を開けた。

サングラスに派手なアロハシャツ、短パンに草履という格好の中将。

同じくサングラスに白い水着でパーカーを羽織り、ビーチサンダルという格好の五十鈴。

ざっくりとしたデニムのワンピースと麦わら帽子にミュール、という格好の大和。

夕雲は一見普通の格好に見えるが、ピンクのフードが見えており、サンダル履きである。

 

「ちゅ、中将殿・・・その恰好で出発されたのですか?」

五十鈴が腰に両手をあてると、

「馬鹿ね、そんな訳ないでしょ!移動中に着替えたのよ移動中に!」

夕雲が遠慮がちに

「い、一応迎賓棟で着替えましょうと申し上げたのですが・・」

といったものの、瞬時に

「一番早くサンダルに履き替えて嬉しそうだったのは誰だったかな~」

と、大和に言われて真っ赤になってしまった。

「中将殿、また思い切り羽を伸ばされましたね。心配は無用だったようです」

「南の島のバカンスに軍服なんぞ似合わん!」

「・・・私共の勤務地なんですが」

「こんな青い空の下で堅い事を言うな」

「まだ午前7時前なのですが」

「おお朝飯の時間だな!わしらも頂けるかな!」

「ご用意は昼からの予定だったのですが」

「何とかしてくれ。腹が減った。お!そうだ!カレーラーメンで良いぞ!」

「・・・あ、あの、インスタントラーメンのですか?」

「カレー味で頼むぞ!」

「・・・長門」

長門はインカムで初めて食堂にお湯と箸を頼んだのである。

 

「うまあああい!」

喜びの声を上げる中将は予想の範囲内だったが、

「あら、インスタントと馬鹿に出来ないわね!」

「んふー、美味しいですー」

「美味しいけど、服につかないか心配ね・・」

と、艦娘達にも好評だったのである。

提督は

「中将、幾つか報告・・が・・」

と言いかけたが、長門が耳元で

「カレーは落ちないぞ」

と言ったのを聞き、慌てて口を閉じた。危うく自分で黄色のお化けになる所だった。

「とりあえず、我々も食べてしまおうか」

微笑ましい筈の朝食は、すっかり賑やかなものになった。

 

「うむ、憲兵隊から話は聞いている。非常に良い手際だと褒めていたぞ」

「恐れ入ります。こちらも逮捕や鎮守府内の捜査といった所を対応頂き助かりました」

時は過ぎ、しっかり食器類も(提督の安全の為)片付けた後。

すっかりバカンス気分満々の中将に、

「と、とりあえずご報告だけ」

と、提督が提案。中将はぐずったが、大和が

「大本営で書く報告書に何か書く事が無いと帰ってから大変ですよ」

と、助け舟を出し、打合せの時間が設けられたのである。

「取り調べに対し、司令官の供述では相手が深海棲艦だとは気付いていなかったそうだ」

「そうでしょうね」

「知らせる事も大事だと思う。大本営からも訓告するが、教育の場でも取り上げて欲しい」

「仰る通りですね。さっそく教育内容に追加いたします」

提督は教育というキーワードで妙高達から受けていた相談を思い出した。

「ところで中将、その教育関係の事なのですが」

「うむ?」

「先月から広報班を編成し、鎮守府を回って教育のPRをしているのです」

「ふむふむ」

「しかし、教育内容には良い反応を頂けるのですが、費用面で消極的になってしまうそうです」

「ほう」

「我々としても住まい、食事、教材、弾薬まで用意しますので、それなりに費用がかかります」

「そうだろうな」

「そこで、教育をクエストに入れて頂けないでしょうか?」

「クエストか。なるほど、鎮守府同士で金を動かさず、大本営費用でやる方が受けやすいな」

「はい。往復の燃料代の負担程度なら良いと思うのですが」

「なるほどな。帰ったら検討させよう。大和、メモしておいてくれ」

「かしこまりました」

「もう1つ」

「・・なんだ?」

「そんな悲しそうな声を出さないでください」

「手短に、手短にな」

「えー・・先日、長期不在となった司令官の鎮守府から、艦娘が集団脱出しました」

「なっ!?なにっ!」

「手短にと言うことなのでこれで」

「待て!詳しく聞かせろ!」

「ええっ、手短にと仰るから」

「いいからはよ」

「司令官が1年以上不在で何も出来ず、不安だと大本営に陳情したが聞いてくれないと」

「むぅ」

「そんな折に深海棲艦の誘いに乗って集団脱出した所を我々が保護しました」

「危ない所だったな」

「ただ、艦娘達は深海棲艦になる気は無く、最初から他の鎮守府への移転を希望してたようです」

「なるほど」

「確かに艦娘は建造や運営等で司令官の私財が絡みますが、あまりにも長期待機は酷かと」

「少し、考えねばならんな。五十鈴、次回の議題にしてみようじゃないか」

「そうね。意欲があるのに待ちぼうけというのは切ないわね」

「よろしくお願いします。我々で保護出来る艦娘は保護しますので」

「うむ・・・・で、提督」

「はい」

「そろそろ、海が見たいのだが」

提督はがくっと恰好を崩したが、それまで大人しくしていた五十鈴達も

「中将!たまには良い事言うじゃない!」

「窓から見える海が超綺麗ですよ!」

「早く水着に着替えて泳ぎたいな~」

と、声を上げたのである。提督はこれはもう無理だと判断し、

「解りました。砂浜にご案内しましょう」

と、応じたのである。

 





この中では五十鈴さんの姿を見てみたいです。
絵心ゼロなのでどうしようもありませんが・・・


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file28:提督ノ粋

 

8月9日昼 鎮守府提督室

 

「だから、物理的に無理だと・・・」

「断る!この長門に豆玉を持てというか?」

「どうしようもないでしょ?」

「しかし!しかし!」

「お姉ちゃんなんだから聞き分けなさい」

「断るったら断る!」

提督は溜息を吐き、工廠長は

「見せなきゃ良かったか・・すまん」

と、提督に詫びた。

 

事の発端は少し前にさかのぼる。

昨日から滞在している中将達御一行は、到着時は嵐のようで先が思いやられた。

しかし、浜に案内し、工廠長作のパラソル付寝椅子を渡した後は海水浴に夢中の様子だった。

連絡役として不知火がついたが、帰ってきた時の報告では飲み物を頼まれる程度だったと聞いた。

その後夕食として「世界のカレーフルコース」に舌鼓を打つと、酒席も辞退して寝てしまったのである。

用意していた酒は鳳翔の制止も虚しく隼鷹・足柄・高雄・榛名の胃袋に納まったのは言うまでもない。

そして今日は朝食もそこそこに、いそいそと浜に向かってしまった。

「手がかからなくて良いが・・もてなさなくて良いのか?」

本日の秘書艦当番である長門が提督に聞いたが、提督も

「んー」

と答えるのみであった。

その時、ノックする音が聞こえた。返事をすると、工廠長がにゅっと顔を出し、

「寝椅子は問題ないか?」

と聞いて来たのである。

「いや、非常に気に入って使ってると聞いてるよ。不具合も勿論ない」

「即席で作る事になったんでな、迎賓棟の部屋も大丈夫か?」

「あの職人芸の設備に文句言う人は居ないでしょう」

「おだてても何も出んぞ」

「私が使う寝椅子も欲しいですね」

「座る暇があるのならな」

「ここでの仮眠用に」

「過労死するから渡さん」

工廠長はふと思いついたように、

「問題といえば、もてなしの方は問題無いのか?」

「昨夜は酒席も辞退されて早々に休まれてしまいましたよ」

「船旅の後に丸一日海水浴すれば眠いのも仕方ないだろうな」

「今日も朝早くから浜に向かわれましたし、酒席ではない物を用意した方が良さそうですね」

「あまり夜遅いのも厳しいだろう」

長門が口を開いた

「食事は鳳翔が計画して仕入れてるから、今からの変更は難しいぞ」

「すると、食事会は難しいな」

「そうなる」

「ここならではで、何か楽しい思い出になるような・・」

「そうだ、花火大会はどうだ?」

「お?花火大会ですか」

「艦娘が主砲で打ち上げれば面白いのではないか?」

「なるほど、うちらしい趣向ですね」

「確か花火の規格書類があったはずだ。作り方が解れば作れるじゃろ。ちと持ってくる」

 

そして、打ち上げ花火の製法や種類の書かれた書類を見ていた時、長門が言った。

「花火の世界一は4尺玉か。胸が熱いな」

「長門は本当に一番が好きだな」

「憧れる。大きい事は良い事だ」

「小さくて可愛いも大好きだろ?」

「し、静かに。どこで青葉が聞いてるか解らないのだぞ」

「既に皆知ってるだろうに」

「な・・なんだと?提督喋ったのか?」

「長門さんダダ漏れですと青葉が言ってたぞ」

「うぅ・・長門型のイメージが・・」

「ちゃんと仕事してるんだし、普段格好良いからそれも良しだと私は思うぞ」

「ま、まぁ・・提督が言うなら良しとしよう」

「夫婦漫才は二人の時にやってほしいのだが?」

「漫才じゃないんですが」

「例えば長門だと、主砲は46cmを積んでるな?」

「先日開発成功しましたからね」

「そうすると、打てるのはおよそ1.3尺という所か」

長門がぴくりと反応した。

「・・・この世に4尺玉があるのに、その半分にもならぬ豆玉を打てというのか?」

「豆じゃない。1尺玉は普通の花火大会のメインだ。それに単純に46cmは1.38尺だしな」

「4尺玉を打つ」

「砲筒に入らないでしょ・・・」

「い・や・だ。4尺玉を打ちあげる!」

「聞き分けのない事を言わないの」

「い・や・だ!」

そして、冒頭の会話に続くのである。

ついに長門は腕を組んで視線を逸らしてしまった。一旦拗ねてしまうと長門は梃子でも動かない。

工廠長は無理な物は無理だと肩をすくめたが、提督は考えていた。

普段から実弾を撃っている長門の装甲なら4尺玉の打ち上げには耐えられるだろう。

問題が主砲の口径だけなら、何とかしてやれないか、と。

提督と工廠長が黙り込んでしまったので、長門は一瞬ちらっと提督を見て、視線を戻した。

まずい。矛を納めにくい。4尺玉は・・・無理か・・だけど。

「工廠長」

「なんだ提督?夫婦喧嘩は犬も食わんし、わしも要らんよ」

「違います。打ち上げ装置自体は作れますか?」

「大丈夫だ。調整機構付きの筒、火薬庫、遠隔発火装置だからな。主砲開発と似たような物だ」

「長門」

「4尺玉・・・」

「主砲は真上に向けられんだろ。2番砲塔の代わりに打ち上げ装置を積みなさい」

「!」

「主砲と違って真下に強い衝撃が来るはずだ。だから今日一日練習しておいで」

「じゃ、じゃあ!」

「ちゃんと練習したら4尺玉を打っていいぞ」

「本当か!本当なんだな!」

「あと、希望者を10人程集めなさい。長門一人で全部打つのは無茶だ。」

「うむ!うむ!」

「工廠長」

「なんだ」

「打ち上げ装置と対衝撃練習用の火薬を作るのはどれくらいかかりますか?」

「あっという間じゃよ。打ち上げ花火の大きさと台数さえ解ればな」

「長門、希望者は戦艦に限るな。そして希望者をここに連れてきなさい。発注内容を決めるから」

「解った!すぐ行ってくるぞ!」

疾風の如く提督室を出て行く長門を見て、工廠長は言った。

「女房のもてなしは心得てるな。感心感心」

「秘書艦です。まぁ、普段頑張ってくれてますから、これぐらいはね」

「女房に折を見て褒美を渡すのは良い夫の条件だからな。精進を怠るな」

「だから秘書艦ですってば」

 

「テートクー!花火大会なんてステキなイベントを良く思い付きましたネー!」

「気合い!入れて!打ちます!」

「魚雷と花火って似てるよねー」

「北上さんが行くところ大井ありですよ」

「毎日データ整理ばっかで運動不足だったんだ。たまにはドーンとな!」

「教育だと仮想演習がメインだからよ、火薬の香りに包まれるのが楽しみだなあ」

「打ち上げ装置って見た事ないのよね!ぜひデータに取りたいわ!」

「花火の祭りに参加しなきゃアタイの名折れってもんだ!」

「涼風ちゃん!一緒にやろうね!」

「と、いうことで丁度10名集まったんだが」

「・・・あのな長門、部屋を出て行ってから10分と経ってないぞ」

「インカムで非常事態扱いとして連絡したからな」

「完全に職権乱用じゃないか。金剛、比叡、対策班の仕事は大丈夫なのか?」

「明日まで整備以外特にありませんネー!」

「整備は霧島と榛名に全部任せてきました!」

「・・まぁ良いか。摩耶、夕張。調査班の仕事は?」

「こんな時の為に高雄・愛宕・鳥海が居るってもんだ!」

「せめてちゃんと頼んできたんだろうな?」

「はい!インカム聞いた後、溜息ついて送り出してくれました!」

「高雄、諦めたんだな・・・北上、大井、魚雷管から発射するなよ。水中爆発は洒落にならんからな」

「おうちでナデナデしたいんで1発貰って帰って良いですか?」

「ダメです。ちゃんと打ってください。」

「えー」

「涼風、五月雨、ちゃんと装置で打てよ。手で投げるなよ?」

「任っせときなー!喧嘩と花火は江戸の華だよっ!」

「喧嘩するな。そんで天龍、授業は?」

「今は夏休みだぜ?あと、補習なんて明日まで自習に決まってんだろ。」

「・・・まぁ、良いか。許可したのは私だからな」

提督は一通り見回すと、咳払いをして、

「君達に火薬の怖さを今更言う必要はないが、打ち上げ花火は実弾より扱いに不慣れであると思う」

「お祭りだからこそきちんと手順を踏み、皆で楽しもう」

「もし1人でも怪我をすれば花火大会はその場で中止する。忘れるな」

「これより工廠長と打ち上げサイズを調整していくが、無茶な要求をして困らせないように」

10人はキリッとした表情で

「はい!」

と、元気よく答えた。

 





春に夏の花火大会ってイメージ沸きにくいです。
時間軸を春に戻して良いでしょうか?

五十鈴「バカね、ちゃんと計画しなさいよ」


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file29:艦娘ノ花火(前編)

8月9日午後 鎮守府提督室

 

結局、以下のような構成となった。

40号(4尺玉)長門、金剛、比叡

10号(1尺玉)摩耶、天龍

4号(0.4尺玉)涼風、五月雨

仕掛花火:北上、大井、夕張

工廠長は発射装置と訓練用の火薬を作る為に工廠に戻っていった。

 

陣形や発射順など、決める事は多々あったが、長門を中心にテキパキと決めていった。

そして工廠長から用意が出来たと連絡が入ると、長門達はウキウキと提督室を出て行った。

提督は思った。

長門、きっと秘書艦の仕事を忘れてるな。まぁしょうがないか。

 

長門達が行って少し立ってから、とてとてと足音がした。

「お父さーん」

「おや、文月じゃないか。どうした?」

「さっき長門さんがいつになく嬉しそうな声で花火大会の招集をしてたのです」

「うん、今打ち上げ装置を取りに工廠に行ったよ。そのまま練習に入るだろう」

「今日の秘書艦さんは長門さんですよね?」

「だな」

「代わりの秘書艦さんを頼んできますか?それとも」

文月はにっこり笑うと提督の隣に立ち、

「お父さんも心配なら、お二人の仕事を事務方で代わりますよ?」

といった。

提督はその言葉ではっとしたような顔をすると、文月を膝の上に乗せ、頭を撫でた。

「文月は優しい子だなあ」

「えへへへへー」

「どうしようかなあ」

「長門さんは滅多に失敗しませんけど、珍しく嬉しそうだったので」

「そうだね。かなり浮かれてたな」

「です」

「・・・・。んー、頼んで良いかな?」

「お任せください、です」

「じゃあ羊羹持って行きなさい羊羹」

「事務方の皆で食べますね」

「よろしく伝えておいてくれ」

「はーい」

 

「工廠は近いようで遠いなあ」

提督がやっと工廠についた時、工廠の中は静まり返っていた。

提督は研究所のドアをノックした。

「はい・・・あれ、提督?」

「高雄、皆はどこ行ったかな?」

「すぐ裏の桟橋の所ですよ。海の上で打ち上げ装置の練習をするそうです」

そう言った途端、ドンという発射音がした。

「なるほど、じゃあ行ってみよう」

「あ、提督、これを」

そう言って手渡してくれたのは耳栓とゴーグルだった。

「助かる。ありがとう」

「お気をつけて」

 

「それじゃダメだ金剛!真上に向けて維持!垂直以外だと反動で吹っ飛ばされるぞ!」

「も、もう1回デスネー!」

「厳しいようなら30でも20でもすぐ作れるからな!無理するな!」

「やってみまース!」

提督がトンネルを抜けて桟橋につくと、金剛と比叡が海の上に居り、工廠長が指示していた。

提督は真剣な目で見ている長門の傍に行くと、

「長門」

「おや提督、どうしたんだ?」

「文月に甘えて仕事サボってきた」

「サボりはだめだろう」

「先にサボったのは?」

「・・・あ」

「気付いてなかったのか」

「す、すまん。夢中になってた」

「良いよ、そんなに嬉しそうな長門は久しぶりだ」

「気をつけねばならんな。」

「そうだな、真上に打つ40号は反動も凄いだろ?」

「ああ、金剛でも真上を維持したままの発射に手こずっている」

「使ってみて、今回厳しければ今年は30でも20でもよかろう。また来年がある」

「そうだな。厳しければそうする・・・ん?」

「なんだ?」

「来年?」

「毎年の恒例にしても良かろう。長門がそんなに楽しみならば」

「それこそ職権乱用ではないか」

「そんなに嬉しそうな顔で叱っても説得力ないぞ」

「・・そうだな。ありがとう。提督」

「気をつけろよ」

「うむ。もう大丈夫だ」

 

結局その夜、4尺玉は更なる練習が必要という事で3尺玉に変更となった。

それ以外は変更はしなかった。提督は仕掛花火を少々心配していた。何故なら

「普段20射線の酸素魚雷を2式も扱ってんだから大丈夫だよ~ほっほ~」

という、軽い感じの北上の声と

「面白いわ~面白いわ~新しい噴進砲に応用出来ないかしら?」

と、目が星になっている夕張だからである。

(大井が北上以外眼中に入ってない割にそつなくこなすのは皆知っている)

提督が摩耶に夕張達を頼むと耳打ちすると、摩耶は

「おう、ちゃんと考えてるぜっ!」

と返したのである。

 

 

8月10日夜 鎮守府の浜辺

 

「さぁー皆さんお待たせしました!第1回ソロル花火大会の開催ですよー!」

青葉の声がスピーカーに乗って届くと、観覧場所に集まった艦娘達がわああっと声を上げた。

提督は急遽工廠長が作ってくれた寝椅子に座り、同じく寝椅子に寝そべる中将達と同席していた。

 

「艦娘による花火大会か。バカンス最後の夜にふさわしいな」

中将達に昼食後説明したところ、とても喜んでくれた。

「大会と言うには発数が少ないかもしれませんが、楽しんで頂ければと」

「うむ。宵の口なら起きていられるだろう」

五十鈴が口を開いた。

「出来ればで良いのだけど、寝椅子で見られないかしら」

「寝椅子、そんなにお気に召しましたか?」

「椅子に座って見上げ続けるのは地面に座って見るより首が疲れるの。出来ればで良いのだけど」

「なるほど。それなら会場に運ばせましょう」

「ありがとう」

 

「では最初ですよ最初!記念すべき初の打ち上げは涼風さんと五月雨さん!」

「続いて北上さん、大井さん、夕張さんで仕掛花火!」

「前半の最後は摩耶さんと天龍さんの1尺玉で締めです!では、どうぞ!」

会場がしんと静まると、はるか先の海上でひゅるるるっという小さな音がして、

 

ドーン!

 

と、綺麗に4号玉の菊物が開いた。

花火は打ち上げる距離に必要な時間分、導火線の長さを取って点火を遅らせる。

打ち上げた勢いがなくなった頂点で展開すると最高に美しい花火となる。

また、波で揺れる海の上で打ち上げる事から、打ち上げ装置に設定する角度は常に変わる。

きっちり正しい導火線の長さと合うよう火薬を調整し、正しい角度をテンポ良く作り出す。

簡単なようで難しいのである。

 

ドーン!ドドーン!

 

次々と打ちあがっていく。

「たーまやー」

「かーぎやー」

という声に交じって

「涼風いいぞー」

「五月雨頑張れー」

といった声も聞こえ始めた。

 

盛り上がりに手ごたえを感じながら、涼風と五月雨が合図を出す。

すると北上と大井が距離を取り始める。涼風達が打ち上げた最後の1発が花開いた直後、

「せいっ!」

とかけ声を出すと、夕張が点火装置のスイッチを入れた。

北上と大井が高く掲げた棒の間に吊るされた仕掛けから、サアアッっと滝のように花火の火の粉が流れ落ちる。

網仕掛、ナイアガラと呼ばれる花火だ。

わああっと歓声が上がる。

 

夕張が摩耶に合図をすると、摩耶と天龍は頷いた。

ドシュッ!

 

網仕掛が終わる頃に、ひときわ大きい菊物が開いた。10号、すなわち1尺玉だ。

 

ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!

 

摩耶と天龍が衝撃に耐えながら続けざまに打つ様を見て、涼風と五月雨は黄色い声を上げた。

お姉さま格好いい!

 

ドドドドーン!

 

「いやあ、本当に素晴らしいです!素晴らしい花火です!」

青葉も興奮気味に声を張り上げる。

移転前であれば他所で行う花火大会の火が見えた事もあったが、ここでは皆無だ。

つまり2年近くご無沙汰だったのである。

 

最後の1発まで滞りなく打ち上げた後、涼風達はゴーグルを外し、ハイタッチした。

緊張で足がガクガクしてるが、それ以上の高揚感があった。

 

大歓声の中、青葉はマイクに叫んだ。

「さぁ!前半はお楽しみ頂けたでしょうか?この後煙が晴れるのを待って後半です!15分お待ちを!」

青葉はカメラの撮影結果を見ていた。良い花火ですね!これなら明日の1面に持ってこれます!

 

 




誤字の修正を行いました。
や~、気づかないものですね。すみません。


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file30:艦娘ノ花火(後編)

8月10日夜 鎮守府の浜辺

 

観客の艦娘達がわいわいと興奮気味に話しながら3つの列を作っていく。

1つは事務方の焼きそば屋台、1つは鳳翔の粉物屋台、最後の1つは間宮の甘味屋台である。

当然最後の列が一番長いが、そこは間宮。あっという間に捌いていく。

 

「夕食食べた後なのだけど・・・ソースの匂いを嗅ぐとね・・・耐えられないのよね・・」

五十鈴の声に大和と夕雲がうんうんと頷く。

3人とも焼きそばを啜っていた。

「でも紅ショウガと青海苔が誘うのです・・・」

夕雲の気弱な声に五十鈴と大和がうんうんと頷く。

「夏の夜の屋台はダイエットの天敵ですよね・・・」

「粉物も美味しそう・・ううっ・・」

「あら、でも大和も夕雲もプロポーション良いじゃない」

「五十鈴さんだって・・私は維持するの大変なんです・・・頑張ってるんですから・・・」

「昨日今日と相当運動してると思うわよ?」

「ご飯美味しいから頑張って動いてるんです。筋肉痛だけど明日も油断しません!」

「でも・・・」

五十鈴と夕雲は大和の傍らにある綿飴の袋をちらっと見た。他の二人は寸前でぐっと我慢したからだ。

大和が真っ赤になって

「あ、甘い物は・・・その・・あの・・別腹・・です・・」

というと、顔を伏せてしまった。しかし焼きそばは最後の1本までしっかり啜った。

「ちょ、ちょっとなら平気です。大丈夫です!」

と夕雲がフォローすると、大和は食べ終わった焼きそばの器を傍らに置き、綿飴の袋を開けた。

「じゃあお二人にも共犯になって頂きます」

「えっ!?」

「お、お砂糖・・・」

大和が幽霊のような顔で夕雲の間近に迫る。

「ちょっとなら大丈夫なんでしょ?」

「ひぃ!」

五十鈴が溜息を吐くと

「・・仕方ない、皆で頑張りますか」

「こっ、これくらいなら、すぐですよ、すぐ!」

と夕雲が返したのだが、そこに中将が

「おおい、たこ焼きと焼きもろこしとチョコバナナと鈴カステラ買ってきたぞ!祭りと言えばこれだろう!」

と登場したので、涙目になった3人から

「鬼!悪魔あぁぁぁぁ!」

と、言われてしまった。

中将は首を傾げた。なぜ3人は涙を流しながらムシャムシャ食べている?泣く程旨いのか?

というかそのリンゴ飴は私のモノだ!返せ五十鈴!

 

却って体力を消費する休憩時間が終わると、青葉は口元の青海苔を拭いながらマイクを取った。

焼きそばは飲み物です!デスソースに漬けた2人前なんて余裕です!エネルギー満タンです!

「さぁ後半です!最初は摩耶さん、天龍さん、涼風さん、五月雨さんの競演!」

「続いて長門さん、金剛さん、比叡さん、北上さん、大井さん、夕張さんの競演です!」

 

浜から届く割れんばかりの拍手を受け、摩耶と天龍が互いを見て頷いた。

摩耶と涼風、天龍と五月雨を頷きあうと、4人はゴーグルをかけた。

 

シュッ!

 

涼風と五月雨が同時に打ち上げる。数秒待って摩耶と天龍が同時に

 

ドシュッ!

 

と打ち上げる。同じだけ待って再び涼風と五月雨が打つ。これを4人は繰り返した。

観客席では菊物、型物、ポカ物が一糸乱れず2発ずつ上がっていくのが見えた。

歓声が次第に大きくなる。

最後の1組を涼風と五月雨が打ち上げると、4人はハイタッチした。

緊張で4人とも汗だくになっていた。

 

長門は成功を見届けると、金剛達に合図し、目元のゴーグルを確かめると身構えた。

何度やっても大暴れした40号を諦め、30号に切り替え、練習もした。

しかし、30号と言えど間違って客席に落ちれば榴弾並みだ。大惨事になってしまう。

火薬の怖さを知っている3人は自然と緊張した。

波が行って戻る、僅かな瞬間。

「行くぞっ!」

「はいっ!」

 

ドッフ・・・ヒュルルルルッ・・・

 

凄い圧力だが、これなら大丈夫だ。

そう思った直後。

 

ズ・・・ドーーーーン!

 

ほぼ真上から巨大な破裂音が3つ重なった。

これは艦隊決戦並みの音だな!油断せんぞ!

 

「・・さすがの3尺玉・・としか言いようがありません!」

先程の1尺玉でも大きさに感動した観客達は、3尺玉の桁違いの音と大きさの迫力に圧倒され、固まった。

しかし、さざめきのように、地鳴りのように、うおおおおっという大歓声に繋がっていった。

 

歓声を耳に2発目を装填する長門達。

その様子を見つつ、北上と大井は打ち上げ機器を構えた。

夕張は制御スイッチの安全蓋を外した。

今度は先程より複雑だが、失敗は許されない。

北上達と頷きあった夕張は、長門と合図を交わした。

 

「行くぞっ!」

「やあっ!」

 

 

ドッフ・・・ヒュルルルルッ・・・

パシュッ!パシュッ!パシュッ!パシュッ!パシュッ!

 

ズ・・・ドーーーーン!

パパパパパパーン!

 

 

3尺玉の下で小さな幾つもの花火が乱れ咲く。スターマインと呼ばれる複合花火だ。

風に流された火の粉が滝のように長門達にかかる。が、しかし。

 

「次!」

「はいっ!」

 

そこは歴戦の強者である。

キリッとした表情を崩さず、降り注ぐ火の粉の中一糸乱れず打ち上げる様は格好良いものだった。

この場に青葉が居たら、きっと写真に撮るのだろうが・・・

 

「さすが長門さん!皆さんも良い表情!火の粉が大迫力です!エンタメ欄ぶち抜きますよっ!」

 

放送席に据えられた頑丈な三脚と電動の雲台。

雲台の上には長さ2m、直径25cm程の巨大な超望遠レンズと一眼レフカメラが装備されていた。

青葉はカメラに繋がれた液晶を見ながら、ジョイスティックで雲台とシャッターを操作していた。

雲台は小気味良いモーター音を立てながらジョイスティックの操作にコンマミリ単位で正確に追従した。

カメラは青葉が軽くトリガーを引けば機関銃も真っ青の勢いでシャッターを切っていく。

夜の闇、海上、降り注ぐ火の粉という酷い状況にも拘らず、長門の表情を鋭いピントで逃さず捉えていく。

青葉はこんな重装備を持っていない。しかし、昼過ぎに放送席を設営していると夕張が現れ、

「お願い!浜から打ち上げる様子をこれで撮っておいて!構図は任せるから!」

と、この一式を設営していったのである。

おかげで自分のカメラと2台体制となったのだが、青葉はこのカメラに興奮しすぎて変な笑いが出てきた。

なんですかこのカメラ!どんだけ凄いんですか!幾らするんですか!ローン組んでも買いたいです!

 

パパパパパパーン!

 

最後のスターマイン一式まできっちり上がったのを見届けると、長門は満足げに姿勢を戻した。

服のあちこちが炭まみれなのに気づき、さっさっと払うと、

「皆、素晴らしい!良くやった!無事成功だっ!」

「はい!」

そして、打ち上げに携わった10人は自然と高々と腕を掲げ、

 

「えい!えい!おー!」

 

と、気勢を上げた。この声は浜にも届き、観客席の艦娘達も

 

「えい!えい!おー!」

 

と、答えたのである!

提督は長い息を吐いた。実際に最後まで終わるまで心配で、心臓は早鐘を打つかのようだった。

ぽんと、提督の肩を掴む者が居た。

ふり返ると、日向が居た。

「無事、終わったな」

「そうだな」

「心配だったか?」

「勿論だ。弘法も筆の誤りというしな」

「だが、無事成功した」

「あぁ、見事だった」

「今回、長門は尺を小さくしただろう?」

「そうだな」

「前なら何が何でもと40号を打った筈だ。長門も成長している。我々もだ」

「ああ、眩しい位にな」

「これからも、我々は提督の期待に応えるべく成長していく」

「・・・。」

「だから提督、我々を信じて欲しい」

「信じているさ。だが、愛する娘達の心配をするのは許してくれ」

「心配し過ぎて倒れるな。それでは本末転倒だぞ」

「・・・解った。ありがとう、日向」

「礼は長門に言うと良い」

そういうと、日向はそっと去っていった。

提督は1ヶ月前、悪夢を見た日の事を思い出していた。

そういえばあの時は伊勢が当番だったか。日向も聞いたのだろう。

長門があの時、静かに伝えた事。

 

「提督が自身を蝕んでまであの日を悔いてるのは皆知ってるが、誰も望んでいない」

 

私も、成長していかねばならないな。

提督はふっと息を吐くと、海原の長門達を見つめた。

 

 




夕張が渡したカメラシステムは完全に私の妄想です。
夕張さんが公式絵で持ってるジョイスティックって何に使うのかしらという所から膨らませてみました。
現代ならありそうな気はします。持ち運ぶの大変でしょうけど・・・


この話を書いた後、バシー島ボスA勝利で浜風さんをお迎えしました。
ちょっと嬉しい。


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file31:島ノ謎(前編)

8月14日夜 研究室

 

「うわ~ん、夕食時間終わっちゃったよ~」

夕張は涙目になりながら研究室でPCの電源を落とした。

研究室も夕張一人しか居ない。

もう少し早い時間なら表の工廠に妖精達が居て賑やかなのだが、この時間では誰も居なかった。

周りは僅かばかりの通路照明がついているばかりで、人影も無く寂しい。

「夏の夜ってなんか生温かくて嫌なのよね」

夕張は研究室の照明を落とし、ドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。

 

ガシャン。

 

その時、何か音がした。

「だっ、誰か居るのっ!?」

夕張は音のした方に声をかけるが、誰も居ないし何の返事も無い。

「ひ、非科学的な物は苦手なんだから止めてよね・・」

気味が悪いから早く帰ろう。夕張は研究室の鍵を回した。

すると、ズシンという鈍い音と目の端で何かがキラッと光った気がした。

「え?なに?」

夕張が恐る恐る音の方角を確かめるが、やはり誰も居ない。

そして、

「うぅぅぅぅぅ」

という、微かなうめき声がする。夕張は真っ青になり、

「いやぁぁぁぁぁ!」

と、脱兎の勢いで宿舎に帰っていった。

 

 

8月15日朝 食堂

 

「ほーんとなんだからぁ!島風ちゃん信じてよぉ!」

夕張は茶碗と箸を持ったまま、昨夜の恐怖感を全身で表現していた。

「そーっと振り向いたらさぁ、この世の物とも思えない声で「うらめしや~」って!」

島風はジト目で夕張を見返した。

「良いから夕張ちゃんは朝ご飯食べちゃいなよ。どんどん大げさになってるよ、もー」

そこに暁4姉妹が朝食を食べに来た。

「島風さん、おはようなのです」

「お!皆、おはよー」

「夕張さんは一体どうしたのです?」

「電ちゃん!聞いてよ!お化け!お化けが出たのよ!」

「ひぃ!お、お化けとナスは大嫌いなのです!」

「昨日の夜遅くに研究所を出て鍵をかけようとしたらね、うらめしや~って!」

「きゃああああああ!」

うずくまって耳を塞ぐ電とは対照的に、響は興味津々で聞き返した。

「夕張、それは何時頃だい?」

「え?ええっと、そうね・・・夕食時間は終わった少し後よ。食べ損ねたからよく覚えてるわ」

「どこから聞こえたんだい?」

「工廠の奥、燃料とかが置いてある所かな。工廠内は木霊するからはっきりとは解らないけど」

「何か見えたかい?」

「ううん、何も・・・あ、キラって何か光った!気がする!」

「人影は?」

「ず~っと無かったわよ」

「正確に、何て聞こえたの?」

「え~と、怖かったから覚えてないわ。なんかうめき声のような、呪ってるような声だった」

「うみねこの鳴き声と月の光の反射じゃないのかい?」

「ち、違うわよ!地の底から出てくるようなこわーい声だったんだから!」

「ふうん」

そこに、加賀が食堂へ入ってきた。

「おはよう加賀、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「おはよう響さん、何か相談?」

「この島でお化けの話って聞いた事あるかな?特に工廠の辺り」

加賀は少し首を傾げたが、あっと気づいた表情をして、

「そうね、お化けかどうかは解らないけど、島の裏側は行かない方が良いわね」

「どうして?」

「この島の裏にある岩礁で、何人もの司令官が自決したり深海棲艦に殺されてるの」

「・・・・・。」

「あと、実際問題として、島の裏側はあまり平地が無くて危ないから、行かない方が良いわ」

「なるほど」

司令官のお化けよお化けと興奮気味に話す夕張を尻目に、響は朝食のお盆を受け取った。

提督と何度も岩礁の小屋で夜まで居たけど、お化けなんて出なかった。

夕張、お疲れ。

と、お浸しを受け取りながら響は思った。

 

 

8月15日昼 提督室

 

「ボーキサイトが減っている?」

「あくまで、かもしれない、という話なんだがな」

提督室に来た工廠長は、ふと思い出したように提督に言った。

「大量に合わないのかい?」

「いや、帳簿は小数2位で1kg単位なんだが、1kg程度合わない事がある」

「計測者の見間違いじゃないのか?」

「いや、それはない。何せ量っとるのはうちの妖精達じゃからな」

提督は半信半疑だった。量が少なすぎるし、根拠が妖精だからと言われても・・・・

「あっ!わしの子達を疑っとるな!」

「いえ、滅相もありません」

「減っとる!間違いない!」

「わ、解りました。じゃあ丁度お昼ご飯の時間ですし、食堂で聞いてみましょうか」

「誰に聞くんだ?」

「ボーキサイトといえば1人しか居ないじゃないですか」

 

「なっ!酷いですよ提督っ!」

赤城は事情を聞いて口を尖らせた。

「ボーキサイトが減ったから私がつまみ食いしただろうなんて、あまりに直結じゃないですか」

「しかしな、そんな極微量は開発や建造では使えないし、前科ありだからなあ」

このやり取りを、響は黙って見ていた。

幾らなんでもその根拠だけで赤城さんを疑うのは可哀想だ。

「本当に知らないんだな?赤城」

「知りません。第一昨夜と言えば私は班当番でしたし、その後はすぐ寝ました」

提督は当番表を見た。

確かに赤城達の班は昨晩、夕食後には食堂の掃除をする事になっている。

提督は同じ班員を探し、雷と目があった。

「なあ雷、昨夜の班当番の時、赤城は長い事トイレに行ったりしなかったか?」

赤城がジト目になる。

「めっさ疑ってますよね提督」

「何の事かな」

雷はしばらく考えたが、首を振ると

「いいえ、思い出したけどずっと掃き掃除をしていたわ。しっかりやってくれて助かったもの」

赤城が勝ち誇ったように言った。

「ほら御覧なさい!」

「雷、赤城に買収されたんだったら、今なら司法取引に応じるぞ」

「ほんとに。別に買収されてないわよ?他の子に聞いてくれても良いわ」

「そうか・・」

「ふっふーん」

「ありがとう雷。で、加賀」

「なんでしょう?」

「赤城が部屋に帰ってきてから、朝まで居たか?」

「とことん疑ってますよね提督?」

「黙秘します」

「・・いいえ、赤城さんは帰ってきてからは出かける事は無かったと思います。先に寝てましたし」

「うーむむむむむ」

「ほらほら。ねー?」

提督は頭をかくと

「見立て違いのようだな。すまん、赤城」

「いえいえ、疑いがはれて何よりです~」

「工廠長、やはり誤差なのではないか?」

「わっ!わしの妖精達を疑うのか!」

「いや、だってトン単位扱うのにごく稀に1kgでしょ?人間なら10kg単位で間違えると思いますよ」

「いーや!そんな事は無い!うちの可愛い妖精達は正確なのじゃ!」

そんな事を言いながら、提督と工廠長は食堂から去っていった。

響は何となく、にこにこして食事を続ける赤城の態度に違和感を感じた。

あんなに疑われたのなら、もう少し怒っても良いのではないだろうか?

普段と何か違う気がする。何と言うのは難しいが。

むぅと考え込む響を見て、雷が言った。

「どうしたのよ?」

「い、いや、何となく変な気がしてね」

「でも、昨晩の赤城さんは真面目だったわよ。黙々と食堂を掃いてたもの」

気のせいか。響は肩をすくめると、味噌汁の残りを飲んだ。

 

 

8月20日午後 研究室

 

「この12.7cmはかなり特殊だの。大本営改造品か。ちょっと時間かかるぞ」

工廠長は響の主砲のメンテナンスをする為、砲を分解しながら言った。

「今日は主砲のメンテンナンスなんだ」

食後、響が言うと、暁達は

「今日はする事も無いから付き合うわよ!」

と、一緒に来てくれたのであるが、

「メンテナンス中って何も出来ないから暇よねー」

と、木の桟橋でちゃぷちゃぷと足を水につけていた。

「あれぇ、暁ちゃん?どうしたの~?」

暁が振り向くと、島風が研究室から出てくるのが見えた。

「響のメンテナンスに来たのよ」

「そうなんだ。じゃあ暇だね」

「かといって部屋に戻ると取りに来るのが面倒だしね」

寮の部屋からここまでは高低差もあるし、港をぐるっとまわりこむ格好になるので意外と遠い。

「あ!そうだ!研究室おいでよ!」

島風に誘われるまま、暁達4姉妹は部屋に入っていった。

「これって上手い下手があるのかな?」

響が不思議そうに言ったのは、折り紙の飛行機だった。

手順も短く、難易度も高くない。

しかし、響と電の飛行機は良く飛ぶのに、暁と雷と島風の飛行機は飛ばないのだ。

「へっ、部屋の中だからよ!外なら飛ぶんだから!」

そう言って外に駆け出していく暁に、外の方が酷いと思う響だったが、黙っていた。

「よーっし!揃ったわねー!」

暁達は横一線に立つと、えいやっと紙飛行機を飛ばした。

まっすぐ地面に激突した島風の飛行機は論外としても、程なく暁と雷の飛行機も落ちた。

響の飛行機はもう少し飛んだが、風に煽られたせいで桟橋の先の海面に落ちてしまった。

しかし。

「電の飛行機すっごーい!」

島風が褒めるように、確かに電の飛行機は良く飛んでいた。

次第に高度を上げ、緩やかに円を描きながら島の裏側に飛んで行ってしまう。

「あっ!見失っちゃうわ!」

暁が行こうとすると、電は

「し、島の裏側はお化けさんが出るのです!行っちゃダメなのです!」

そう言って暁を押さえるが、

「日中にお化けが出る訳ないわよ!探してくるから待ってなさい!」

「しょうがないわね!あたしも行くわ!」

と、暁と雷が出て行った。

 

「はわわわわ、お化けさんに食べられちゃったのでしょうか」

電が心配する通り、探しに行ってから2時間近く経っていた。

「お待たせ」

電が振り返ると、響がメンテナンスの終わった主砲を装備していた。

「探しに行こう。深海棲艦に襲われたかもしれない」

その一言で電と島風が立ち上がり、

「い、一緒に行くのです!」

「島風も探してあげる!」

と、なったのである。

 




書いてつくづく思いました。
推理小説作家さんは偉大です。


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file32:島ノ謎(中編)

 

8月20日夕方 島の裏側

 

「あ!居た!居たのです!」

電の声に響と島風が向き直ると、島の裏側の小さな浜で暁と雷を見つけた。

「よし、行こう!」

3人は進路を変えて近づいて行った。

「あ!響!あなた木登り出来る?」

近づいて来た響達に暁は聞いた。

「は?」

「紙飛行機が木の上にあったのよ」

雷が指す方角を見ると、少し高い枝の所に紙飛行機が引っかかっている。

「も、もう1度折り紙で折るのです」

辺りを見回しながら電がいう。よほどお化けが怖いらしい。しかし、

「一番飛んだ飛行機ほしい!取ってきてあげる!」

というが早いか、島風がするすると木に登り始めた。

「凄いな島風、木登りも出来るのか」

響が登っていく島風を見ていたが、ふと、

「それにしても、連絡の1つ位してくれたって良いじゃないか」

と、雷と暁に言った。

「ついつい探すのに夢中になっちゃって」

「ごめんごめん、でも、探し過ぎて疲れたわ~」

そう言いながら暁が手近な岩にもたれた。すると

 

ズ、ズズズッ!

 

「きゃあ!」

「な、なに!?」

岩は暁を支えるどころか、そのまま暁のもたれた分だけ横にずれてしまったのである。

「あ、暁、岩を動かす程重くなったのかい?」

「ちょ!レッ、レディに向かって失礼な事言わないで!」

「だってこの岩が・・・あれ、軽い」

響が岩を持ち上げてみると、中はがらんどうだった。

「模造・・岩?」

「そうね」

「何でこんなところに・・・あ」

ふと響が下を見ると、ぽっかりと小さな穴が開いている。覗き込む響と暁。

「奥まで続いてる感じ・・・ね」

「あ、見て!」

響が指差す方向には小さなトロッコやスコップ、ランプなどが見えた。

「誰か使ってるのかな?」

「こんなところに設備があるなんて聞いた事ないわよ?」

その時、

「飛行機取れたよ!そろそろお風呂の時間だよ!あれ?響ちゃん?暁ちゃん?」

という、島風の声が聞こえた。

「これは、日を改めた方が良いね」

「明日もう1度来ましょう!」

響と暁は顔を見合わせて頷き、そっと模造岩を元に戻して立ち去った。

 

 

8月21日昼 島の裏側

 

「足元大丈夫?」

「ええ、しっかりしてるし、水も無いわよ」

行くのを怖がった電を留守番として、暁・雷・響の3人は再び島の裏に来ていた。

模造岩を動かし、雷が最初に穴へ入っていく。

続いて暁、響と入って行った。

 

まず3人はすぐ見えたトロッコ等を調べた。

てっきり古い物かと思ったが、錆も少なくそれほど埃も被っていなかったので、新しいものと解った。

ランプもちゃんと点き、照らしてみると奥に続いている為、ランプの明かりを頼りに進んでいった。

足元は砂であり、やや足が取られる感じがした。

ふと見ると、沢山の足跡らしきものが見える。

「お化けに足は無いよね」

響がそういうと、雷や暁はぷっと吹き出した。

「そうよね、足があったら変よね」

「先に行きましょ」

数十メートル程進むと行き止まりになったが、上から光が届いている。

見上げれば縦穴があり、上から光がさしていた。

また、太いロープが垂れ下がっているのも見えた。

暁がぐいぐい引っ張るが、しっかり固定されているようだ。

「い、行くわよ!」

「1人ずつね!」

「気を付けて」

暁が登っていき、程なく良いわよと言う声がした。

「こ、これは狭いね」

最後に響が登り終えると、雷と暁が待っていた。

3人が立つのがやっとという狭いスペース。

目の前には巨大なレンガの壁があり、後ろは岩の壁。周囲はどこにも道がない。

ただ、聞こえてくる音や真上の感じから、工廠が近いと思われた。

響はランプを消して考えた。

ロープまで張ってこんな所に何の用だったのだろう?

「あ!」

声を上げた雷を見ると、もう1本のロープを持っていた。

岩壁の壁の上の方から垂れ下がっており、岩場に人が登ったような跡が見える。

しかし、先程の縦穴と違って

「結構高いね」

「身長の3~4倍はあるわね」

「あ、あたしは・・ちょっとムリ」

「私が行ってくるよ」

「き、気を付けるのよ、落ちてきたら受け止めてあげるからね!」

励ます雷に手を振って、響はゆっくりとロープと足場を頼りに登って行った。

かなり足場は荒い。岩の凹凸を利用して無理矢理作った感じだ。

ふうふう言いながら登りきると、響は満足の表情を見せた。

多分、想像は当たってる。

 

「ボーキサイトが減った日?」

工廠長は響達に聞かれて台帳を開いたものの、3人をじっと見ると、

「お前達、なんでそんなに泥だらけなんだ?」

「今は気にしないで!」

「まぁ、帰ったらちゃんと洗濯しろよ・・・ええと、この日、だな」

「8月14日の前は7月29日なんだね?」

「他は解らんが、その2つは間違いないと思うぞ」

「充分だよ、ありがとう」

首を傾げる工廠長を後に、響達は部屋に戻っていった。

 

「ピッタリなのです!」

部屋で着替えた後、電も入れて4人で調べた所、どちらも共通している特徴があった。

しかし、雷がきっぱりと答えた。

「その日というより、班当番を赤城さんがサボった事は1度も無いわよ?」

響は頭を抱えた。

何か見逃している事があるが、赤城は限りなく怪しい。

 

 

8月22日夜 島の裏側

 

「よ、夜の海って結構暗いわね」

暁は傍らの響に語りかけたが、

「しーっ」

と、注意されてしまい、しょぼんとしてしまった。

夕張の話から夕食時間直後が怪しいと睨んだ響は、暁と一緒に模造岩が見える所で監視していた。

恐らく今日、赤城が来るはずだ。

 

響が注目したのは、班当番の予定表だった。

7月29日、8月14日、いずれも赤城達の班が夕食後、食堂の掃除当番をする日だったのである。

それは8日おきに来るので、次は今夜だった。

食堂の方は赤城と同じ班である雷に任せ、4姉妹専用のチャンネルにインカムをセットしてきた。

電は万一響達が深海棲艦に襲われた時に助けを求められるよう、部屋でインカムを聞きながら待機している。

実際はお化けが怖いといって涙目になったので可哀想になって部屋に残したのであるが。

 

ちゃぷん。

 

「あ、ほんとに誰か来たわ」

「しーっ!」

 

人影は周囲をうかがうと、模造岩をそっとどかし、穴に入って行った。

響はインカムに話しかけた。

 

「え?赤城さん?居るわよ」

赤城に見えないよう振り向きながら、雷はインカムに答えた。

「ちゃんと箒持って、そ・・・・」

瞬間、雷が凍りついた。

この世で最も見たくない、黒光りする物体が2つ、こちらに不敵な視線を投げていたからだ。

 

「いやあああああああ!ゴッ、ゴッ、ゴーーーーー」

響と暁はインカムを取り落しそうになった。

耳をつんざくばかりの雷の悲鳴に交じって、艦娘達の悲鳴が聞こえる。

おそらく奴だ。可哀想に。

響は溜息を吐いた。雷はゴキが猛烈に苦手だ。

部屋では見た事が無いのに、来るかもしれないと押し入れの奥にホウ酸団子を山積みにしてる位だ。

 

「いやぁぁぁ来ないでぇぇぇ!」

ぶびーーんという不気味な羽音をたてながら、艦娘の一人に向かって飛んでいく。

赤城はそんな大混乱の中、黙々と床を箒で掃いている。

その時、ゴキが赤城をターゲットとして捉えた。

 





深夜の台所でゴキに出会うと気迫負けします。
やつらは何であんなに圧倒的存在感があるのでしょう?


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file33:島ノ謎(後編)

 

 

8月22日夜 食堂

 

ゴキが赤城に飛びかかるべく飛行ルートを変えた時、雷は赤城に慌てて声をかけた。

「赤城!奴が!あなたの方に向かってるわよ!」

聞こえてないのか?でも、ゴキに向かっていくのは足が震えて出来ない!

赤城の背後にゴキが迫る。その瞬間!

 

バシッバシッ!

 

箒がムチのようにしなり、振り向きもせずに2匹のゴキを叩き落とした赤城。

ヒュンと箒を一払いし、再び何事も無かったかのように掃き始めた。

艦娘達は一瞬静まり返ったが、その惚れ惚れする格好良さに盛大な拍手が上がった。

赤城は顔を背け、艦娘達に軽く手を振っていた。

雷が恐る恐る近づいて行き、

「だ、大丈夫?」

と聞くと、

「鎧袖一触よ、心配要らないわ」

と答え、ぴくんと動きが固まった。雷も固まった。

そういえばと、雷は過去を思い出した。

自分も大概弱いが、負けず劣らず赤城もゴキの来襲には悲鳴を上げて逃げていた気がする。

そもそも、言っては悪いが、赤城がこんなに格好良く、静かに振舞うだろうか?

記憶の呼び出し、思考、そして疑念へと変わる雷の表情をちらちらと数度見た後、赤城はさっと顔をそむけ、

「そ、掃除を済ませてしまいましょう」

と掃き始めた。

しかし、雷はインカムをつまみ、

「響、この赤城は赤城じゃないかも」

と、言うと、赤城は箒で掃く手がびっくんと固まった。

響はその連絡を聞くと、はっとしたようにインカムをつまんだ。

「電!」

「は、はいなのです!」

「今すぐ赤城と加賀の部屋に行って!加賀が居るか見てきて!」

「なのです!」

そして、傍らにいる暁に言った。

「暁!トンネルに突入!証拠写真を押さえるよ!」

「良いわ!こんな暗い外に居るよりマシよ!」

そして先行する暁が穴に入ろうとした途端、出てこようとする人影とぶつかってしまった。

どすん!

「きゃっ!」

「痛っ!だっ、誰っ!」

響は夢中でシャッターを切り、フラッシュが人影を捕えた。

倒れこんだ人影の傍らには、小さな包みからこぼれたボーキサイトが転がっていた。

その頃、電は目を疑った。

赤城も加賀も部屋に居ないのに、加賀の服だけが残されていたのである。

 

 

8月23日朝 提督室

 

「あのね、手をかけすぎです」

「面目次第もございません」

「ごめんなさーい・・・」

 

提督室には提督の他、本日の秘書艦である扶桑と、暁4姉妹、工廠長、そして赤城と加賀が居た。

響が説明した顛末はこうだ。

まず、赤城と加賀が工廠裏までのトンネルを掘り、ロープを垂らし、入り口は見つからないよう模造岩で隠す。

トンネルに行く日は赤城が夕食後の夜で、かつ喋らずに済む掃除当番となる日を選んだ。

そして当番には赤城に化けた加賀が対応し、その間に赤城がボーキサイトを失敬していたのである。

ロープづたいのルートという問題と、明らかに盗ったと解らないよう、盗る量は小さな包みに入れていた。

こうして、赤城のアリバイは完璧で、かつ工廠長は盗られた事に確証を持てなかったのである。

 

二人が白状したところによると、トンネルを見つけたのは赤城で、昨年の夏頃だったという。

その時はトンネルは工廠の真下まで来ていたが、工廠と貫通はしていなかった。

その為、赤城がオフの時間を利用して縦穴を掘り、ロープを垂らしたのだという。

加賀の方は1度だけ計画を聞いた時に赤城と一緒にトンネルを見に行ったが、それ以来行ってないという。

うめき声は、盗り終えてロープを降りた時、急に夕張からかけられた声に驚いて落ちたらしい。

 

「本当に痛かったんですよ・・50cm位でしたけど」

「天罰です」

「むぅ」

「一応、動機を聞こうか。まぁ赤城の方は解るが」

「ひどい!」

「ボーキサイトをつまみぐいしたかった。他に何かあるか?」

「出来るだけ長くバレたくありませんでした!」

「胸を張って威張るなバカモノッ!」

「でも上手く行きました!」

「まったく・・で、加賀の方はなぜ協力した。加賀はこういう時ブレーキ役だろう?」

「私の方はボーキサイトはどうでも良かったので、1回だけと思ったのですが」

「ですが?」

「その、赤城と衣装を取り換えっこして、赤城に成りすまして班当番をするのが」

「するのが?」

「なんだかスリリングでドキドキしちゃいまして、それが楽しくて病み付きに」

「あのね・・・」

 

はぁ、と溜息を吐く提督に、加賀は

「響さんの推理に間違いありません。いかなる罰も受ける覚悟は出来ております。」

と言ったが、赤城はしょんぼりと

「夜のおやつが・・・」

と言うのみであった。

「工廠長」

「んー?」

「無くなったのは合計どれくらいだ?」

「まぁせいぜい10kgってトコだろう」

「・・・赤城、加賀」

「はい」

「今回の罰当番として、二人でトンネル全体を穴埋めする事を命じます。」

赤城は

「うえ~掘った以上に埋めるなんて~」

と言ったが、加賀は

「・・・それでよろしいのですか?」

と、聞き返した。提督は口を開いた。

「座敷牢で辛い大根おろしを食べたいかね?」

「それくらい来るかと思ってましたが」

「盗った量が少なすぎるしなあ・・・それに」

ちらりと響達を見ると、

「夏休みの冒険として、正直楽しかっただろ?」

というと、響がちょっと目線を逸らし、

「き、嫌いじゃない・・・」

と言った。

 

 

「えいほーえいほーえいこらさー」

「砂ドンドン持ってきて~」

「あいよ~」

「砂のバケツリレーはきっついわー」

 

ハチマキをして作業する赤城と加賀に、伊勢、日向、山城、扶桑、飛龍、蒼龍、千歳、千代田が加わっていた。

彼女達いわく、

「一口貰ったので共犯という事で」

だそうだが、仲間を手伝っているというのがホントの所だろう。提督は黙って彼女達の当番を免除した。

その後、提督は間宮の店に行った。

「と、いうわけなんだが」

「良いですよ、やってみましょう」

その後、間宮はくすくす笑いながら

「提督はやっぱり、加賀さんと赤城さんに甘いですね」

と付け加えた。

「ば、馬鹿者。からかうんじゃない。頼んだぞ!」

「お任せください」

 

数日後。

「あーあ、全部埋まっちゃったねー」

「もうバレてしまったのですから、あっても仕方ないです」

「あと1回くらいダメだったかなあ」

「もう交代してあげません」

「そりゃ駄目ね」

「ダメです」

すっかり埋まった穴の前で、赤城がしょんぼりと座り、加賀が傍に付き添っていた。

そこに、響が包みを持って現れた。

「赤城、加賀」

「あら響さん、どうしました?」

「この通り、穴はちゃんと埋めたわよ~?」

「提督が、これを持って行きなさいって」

響が包みを開けると、麩菓子のような黒い棒が姿を現した。

「間宮さんの特製だそうだよ」

加賀は1本つまんで食べてみた。おや、これは・・・

「赤城さん、召し上がってみたら?美味しいですよ」

促されて赤城が口に運ぶと、

「ボ!ボーキサイトが入ってる!」

 

提督が間宮に作らせた「ボーキサイトおやつ」は「ホントにボーキ入り!」という注意書きと共に売店に並んだ。

以来艦載機のある子達は昼食後に売店でこれを買い、楽しく昼休みを過ごしたらしい。

勿論、赤城は大量に購入して部屋に備蓄しているそうである。

余談だが、工廠長は

「ボーキサイトを食用として消費していると大本営に言うべきか・・・ま、報告ケタ未満だし、ほっとくか」

と、苦笑しながら帳簿をつけているそうである。

 





作者「初めての推理小説です」
響「単に夏休みの日常だよね」
作者「推理小説です!」
響「そろそろ大人になろう?」


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file34:脱走ノ旋律(1)

8月28日朝 提督室

 

「ほうほう、なるほど」

提督が届いた手紙の1つを見てフフッと頷くのを見て、本日の秘書艦当番である長門はちりっと予感がした。

あのニヤケ顔は脱走を企てる時の顔だ。油断してはいけない。

 

提督は基本的に決まった休みの曜日は無いが、届け出れば休暇を取る事は出来る。

その為、事前から計画して休暇を取るのは良いのだが、うちの提督は突然脱走する癖がある。

長門はその度に提督を追跡して遥かな道を辿る事になる。

その為、脱走を察知しようとしているのだが、過去1度も止められたことがない。

まんまとしてやられた脱走劇を思い出すだけで腹が立つ。

演習中に目の前をパワーボートで脱走された時は神田の駅前で蕎麦を食べてる所を捕縛した。

ハンコを押す音がすると油断してたら赤城に代わらせて脱走しており、箱根の宿で捕縛した。

昼寝すると言って布団にカカシを入れて脱走された時は、富士急の流れるプールで浮き輪ごと捕縛した。

他にも枚挙にいとまがない。年に1回、いや3回は必ず脱走する。

対策を幾ら打ってもどんどん巧妙化していく。

郵便局員の格好に伊達メガネをかけ、目の前を堂々と脱走された事もある。

赤城のように共犯者がいるケースもあった。

さらに、私が四苦八苦して捕まえに行くと、

「やぁ、待ってたぞ!」

と、縛に着くも、まあまあと宿に案内され、予約しているのだからと丸め込まれてしまう。

そして翌日、コインロッカーに入っている大量の土産を二人で持って帰る事になる。

だから鎮守府に帰っても今一つ他の艦娘に脱走した事を信用してもらえない。

「夫婦で待ち合わせて息抜きしてきたんでしょ?」

「今更照れなくていいのに」

「前から言っといてくれればお土産頼んだのに・・・あ、これよこれ!ありがとー!」

そんな風に軽く流されてしまう。

実際、提督が脱走する時は閑散期であり、提督が居なくて困った事は1度も無い。

しかし!

脱走はよろしくない!非常によろしくない!組織の長が規律を乱していてはダメだ!

解るな諸君!

今年こそ逃亡開始時点で押さえるのだ!

悔し涙にくれながら座敷牢で大根おろしを食べて反省してもらう!醤油も御飯もゴマも抜きだ!

 

「・・え?」

「だから、休暇を取りたいんだけどさ・・」

長門は拍子抜けした。あの不敵な笑いを提督が浮かべてから3時間。まもなく昼になろうかという時。

提督が休暇届の入ったバインダーを手に、長門に手続きを頼むといってきた。

ぽかんとする長門に、提督は訝しげな顔をした。

「私が休暇を取るのはそんなにおかしな事かい?」

「うぅ・・」

「おっおい、なにも泣かなくても良いじゃないか。あれ?何か用事あったっけ?」

「違う・・何度言っても学習しなかった提督が、ついに休暇は脱走ではないと学んだか。猿が人になった」

「そこはかとなく馬鹿にしてるよね」

「うっうっ、解った。この長門、ちゃんと休暇手続きをしてくるぞ」

「じゃあこれ、よろしくね」

「うむ、うむ。すぐ事務方に出してくる」

提督はメモを書き、長門が出た事を確認すると窓を開けた。リュックは草むらの中だ。

 

「あ・・えっと・・長門さん」

事務方の敷波は困惑した表情を浮かべた。

長門はきょとんとした。

「どうした?書類が間違っているのか?」

「いや、書類は確かに休暇届なんだけど・・」

「提督が休暇届を事前に出すなんて槍が降りそうだが、制度上認められているのでな・・」

「そうじゃなくて、休暇が今日から明後日となってるけど良いの?」

「!!!!!」

その時、昼休みを告げるベルが鳴った。

「しっ、しまった!」

長門は慌てて外に出るが、そこには大勢の艦娘達が食堂や売店に向かって右往左往していた。

人ごみを掻き分けて提督室に戻ったが、案の定もぬけのカラだった。

窓にはロープが垂れ下がり、小さなメモ1枚が机の上に残っていた。

「伊勢海老が一番取れる所にある、和風な林の温泉宿で待ってます。 提督」

長門はくしゃりとメモを握り締めた。拳が震えだした。

「猿が悪知恵を働かせただけ・・・だと・・・今度という今度は許さん・・・許さんぞ・・・」

 

「島風良いぞ!さすが一番速い船だな!」

「へっへ~ん!でも長門ちゃん怒るんじゃないの~?」

「ちゃあんと休暇届は出してきたさ!」

「じゃあ何でこんなに慌てて出航したの~?」

「今から10分前に出したからな!」

「・・それって事前申請っていうの?」

「事の前じゃないか!」

「あ~あ、島風は知らないよ~」

大きなリュックを担いだ提督をボートで曳航しながら、島風は全速力で海原を疾走していった。

 

ドン!

 

長門に叩かれた食堂のテーブルがミシミシと音を立てた。

「諸君!聞いてくれ!また提督が脱走した!昼前の事だ!」

秘書艦達は緊急招集に何事かといった面持ちで集まったが、長門の言葉でやれやれという顔になり、

「どうせまた行き先メモがあるんでしょ?迎えに行ってくれば良いじゃない」

「妻は夫を支配しつつ、趣味に付き合ってやるのも大切だぞ」

「この前は提督室に旅行プランがぽろっと落ちてましたね」

「長門さん頑張ってください!そろそろお姉様のマフィンが焼けますから帰りたいです!」

「行く前からお土産リサーチしてたり、提督も我々に気を配ってますよね」

「今度のお土産は何でしょう、久しぶりですから楽しみです」

と、口々に言った。

長門は目を瞑った。度重なる脱走劇とお土産に秘書艦まで麻痺している!

「きっ!貴様達!提督の脱走を許すというか!」

そこに通りがかった龍田はくすくす笑いながら、

「提督は長門さんと夫婦旅行したいってのを言い出せないだけのような気がするな~」

「ド、ドサクサに紛れて変な事を言うな龍田!そういえばさっき誰かも言っただろ!」

「あら~、大体あってると思うのだけど~」

と言いながら、スタスタと歩き去っていった。

うんうんと頷きながら、伊勢が継いだ。

「脱走する日は決まって長門が秘書艦の時だよね」

「なっ!」

「御指名の意図満々じゃない?」

にやにやする秘書艦達。

長門は思った。今度こそケリをつける。もう脱走しませんとしっかり反省してもらう。

ふうと一呼吸置き、とっておきの切り札を提案した。

「・・・提督を座敷牢まで連れてきたら、鳳翔のディナー券と交換しようじゃないか」

ふっと、和やかだった空気が変わる。

「・・・本気?長門」

「ああ」

「報酬は何枚かしら?」

「最初の成功者に4枚渡す」

「秘書艦以外は協力を求めちゃダメ?」

「ダメではないがあまり大々的にしたくない。出来るだけ最小限で頼む」

「姉妹は良いですか?」

「金剛4姉妹か。良いだろう」

ガタッ!

秘書艦達は一斉に立ち上がると、すすすっと食堂を出て行った。

長門はニッと笑った。

提督よ、鎮守府最強クラスの秘書艦娘が追っ手となったぞ。逃れられるかな?

そしてふと我に返った。

鳳翔のディナー券は1枚3万コインと、おいそれと手が出せないが極上の美味揃いで有名だ。

夏休みに中将が来た時にさえこの券の発動は見送られ、普通のコース料理になった程だ。

4枚で12万コイン。滅茶苦茶痛い出費だが仕方ない。

あと、まだ青くて細い辛味大根を何本か買ってこなくては。提督のしばらくの食料として。

食堂の玄関脇で一部始終を聞いていた不知火は表情を曇らせると、そっとその場を離れた。

 

「艦載機、発進してください」

加賀の一声で一斉に飛び立つ。加賀が積めるだけ積んだ彗星だ。

加賀は昼食時に島風が居ない事に気づいていたので、真っ先に共謀を疑った。

その為、島風が無給油で往復出来る港をリストアップ。艦載機に島風の捜索を命じたのである。

「こちらの彗星は待機させておくわ。日が暮れるまでに見つかるかしら?」

パートナーとなった赤城が問うと、加賀は頷いた。

「日没までには十分な時間があります」

 

 




タイトルで嫌な予感がした読者の皆様は鋭いです。
通算80話記念長編の始まりです。


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file35:脱走ノ旋律(2)

 

8月28日昼過ぎ 提督室

 

「今回、ヒントは無し・・だと・・・」

伊勢は提督室にたどり着いたが、メモらしきものは見つからなかった。

望み薄と思ったが、伊勢は一応提督の机の周囲を見た。

ふと、伊勢はくずかごに入った丸められた紙をつまみ上げ、広げた。

「んー?」

伊勢はそれを懐に忍ばせると、提督室を後にした。

 

「あの港で良いんだよね?」

「うん。ありがとうな島風。あの辺りに寄せてくれれば良いよ」

その時、島風に通信が入った。

「島風だよ!・・・うん、そうだよ・・・へ!?う・・うん・・・」

提督は島風を見ていた。ちらりとこちらを見るし、様子が何か変だ。

素早く担いでいたリュックからシュノーケルを取り出し、リュックのふたをきっちり閉めた。

島風は通信を終えた途端、急加速しつつ回頭した。

「提督ごめんね!ディナー券がかかってるの!」

といって再び振り向くと、目を丸くした。

「あれっ?!て、提督!?」

そこには提督も荷物も無く、ただ提督の乗っていたボートのみが曳航されていた。

 

「そうか、気づかれたな」

日向は島風からの通信を聞いて溜息を吐いた。やはり一筋縄ではいかないな。

加賀同様に昼食に居なかった島風を疑ったが、日向は通信所に向かった。

そして制止する任務娘を羊羹1本で買収し、島風へ遠距離通信を仕掛けたが僅かに遅かった。

しかし、提督がどこの港に居るかは分かった。

「これじゃディナー券はナシだよね・・・」

「島風、捕縛出来たらディナー券、そうでなくても間宮羊羹をやろう」

「本当!?」

「本当だ。私が行くまで港近くの駅で捜索してくれ。見つからない間は提督の情報を集めてほしい」

「解った!」

日向は考えた。伊勢と手を組むか。どうせ最初から一緒に食べるつもりなのだし。

 

「いきなりダイビングとは参った参った」

港から少し離れた、空き地に砂利を敷いたような民間の駐車場に提督は現れた。

島風から緊急脱出したので軍服はずぶ濡れになったが、浜の岩陰で予備の服に着替えた。

浜まで近い場所で良かった。

しかし、島風の共犯を見抜き、なおかつ通信棟を使ってくるとは長門も手ごわくなったな。

気を付けよう。

駐車場の奥にある背の高い雑草をかき分けると、やがて1台の小さな自動車が姿を現した。

リアタイヤとボディの間に手を突っ込むと、果たしてキーがあった。連絡通りだ。

バタン!

助手席にリュックを置き、エンジンをかける。

車の運転なんて超久しぶりだが大丈夫だろう。シートベルトして取舵一杯!

 

「テートクの行動はワンパターンネー」

金剛はニコッと笑った。金剛、霧島、榛名は秘書艦当番ではないが、比叡が協力を要請したのである。

これで姉妹揃ってディナーです!提督には負けません!

提督が逃亡する度に仔細な顛末書を書いていたのは霧島だった。

その霧島が、ある店の名を上げた。

「提督は最近の脱走で六回ほどこの店に立ち寄ってアジフライ定食を食べてます。」

金剛達であれば余裕を持って往復出来る半島にある店。

「気合い!入れて!行きます!」

金剛、比叡、榛名、霧島は最大速力で向かっていた。

 

島風と合流した日向は残念な報告を聞いた。

「今までの電車は全部探したけど、提督らしい人は来なかったよ~?」

田舎の路線で1両編成、しかも始発駅なので、島風は居れば解るという。

「そうか、白い軍服だから解りやすいと思ったのだがな・・」

改札口で日向は腕を組んだ。

「さて、どうしたものか」

その時、伊勢が到着した。

「日向~!」

「伊勢、来たか。」

「ねぇねぇ、提督室にこんなのがあったんだけど」

日向が受け取った紙片には、数字が並んでいた。

「これは、電話番号じゃないか?」

「あそこに公衆電話があるよ!」

島風が言った。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

「はい、勝浦フォレストホテル・・」

「へっ?!あ、ええと」

日向は予想外の回答に慌て、受話器に向かって一瞬何を言うか迷ったが、

「あの、そちらに露天風呂か大浴場はありますか?」

「はい、檜の浴槽の天然温泉がございますが、何か?」

「解りました。ありがとうございます」

電話を切ると、ふふっと笑った。

「提督の宿泊場所が解ったぞ」

「え?どうして?」

「提督は木の浴槽の温泉が大好物だからな」

「なるほど」

「この港から勝浦は陸路だと回りこむ事になるが、海路なら直線だから追いつけるかもしれない。行くぞ」

「あ、日向」

「どうした、島風」

「ごめんなさい、もう島への帰港分しか燃料が残ってないの」

「解った。ここまでだと羊羹になるが、それで良いか?」

「うん、充分!最後まで協力出来なくてごめんね」

「いや、いい。協力ありがとう。ご苦労だったな」

「頑張ってね!」

 

フオン!

提督は高速道路を降り、細い山道をシフトダウンして飛ばしていた。

燃料は充分入ってるが、日が暮れると暗すぎて速度が出せなくなる。出来るだけ急がねば。

海沿いルートは見つかる恐れがあるから中央の山を突破する道しかない。

もう少しトルクに余裕のある車を選ぶべきだったか?

万一、長門が先に着いてたら悔しいじゃないか!

 

提督室の秘書席に座っていた長門はしきりに机を指でコンコンと叩いていた。

今回は意地でも探しに行ってやらんと決めたのだが、どうにも心配でならない。

その時ふと、自分が何かを握っていた事に気づいた。

そうか、提督のメモだな。

丸めたまま開くことなく、ぽいと机の上に投げる。

ほんと、困ったものだ。

ま、今回は私ではなく、血眼になった秘書艦達が提督を包囲する。

辛味大根も7本買ってきた。1週間座敷牢に入ってもらう。

カチャ。

「あら、長門さん」

「不知火か、どうした?」

「提督への報告書・・・ですが・・・」

と言いながら、不知火は長門を見て首を傾げた。

「ん?なんだ?」

「・・・・・提督を、追わないんですか?」

「もう聞こえてるのか。まぁ、休暇届で解るか。くれぐれも内密に頼むぞ」

「ええ、それは文月からも言われておりますので。」

「よろしく頼む」

「あ・・・し、失礼します」

不知火が何か言いたそうにしながら部屋を出ようとする。長門は気になった。

「待て不知火、なんだ?」

「・・・。」

不知火は困った。文月の指示と異なるが、このままでは提督が可哀想だ。

精一杯考えた挙句、

「・・・伊勢海老はどこで一番取れると思いますか?」

「一番か・・伊勢湾ではないのか?」

「千葉の南端、勝浦という所です」

「ええと、それがどうしたのだ?」

「すみません、これ以上は文月の指示に反しますので言えません」

不知火は頭を下げると部屋を出て行った。

 

「さて、島風の代わりをどうしたものか」

日向は悩んでいた。伊勢と二人では機動力が低すぎる。

「ねぇ日向、あれはどう?」

上空から、艦載機らしき音がする。

「そうか、あの2人ならちょうど4人だな。」

「でしょ?信号を送ろう!」

「昼間だから上手く見えると良いのだが」

 

「そうですか、解りました。現在位置を知らせてください」

加賀は彗星と連絡を取っていたが、赤城に向かって

「そちらの艦載機の出撃準備をしてください。今から言う座標に向かわせ、任務交代と継続を」

「解ったわ。島風が見つかったの?」

「島風は鎮守府に帰ったようです。代わりに、伊勢と日向から協力要請がありました」

「そっか。秘書艦同士で手を組むのは禁止されてないものね。夜間戦力としても頼もしいわ」

「それから」

「なに?」

「別の彗星からの報告で、金剛達も同じ方向に向かっている可能性があるとの情報が」

「当たりみたいね。私達も行きましょうか」

「そうね、あとは現地での勝負ね」

加賀と赤城は航行速度を上げた。

 

 



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file36:脱走ノ旋律(3)

 

8月28日昼過ぎ 勝浦の浜辺

 

「着きましたネー!」

金剛は陸に上がると、もと来た海を見ながらうーんと伸びをした。

「距離的には余裕ありますが、連続高速航行だと少ししんどいです」

「霧島は本ばかり読みすぎです。もっと運動しないと!」

「私は金剛姉様が居ればどこまででも全速力でいけます!」

「Oh!比叡は嬉しいことを言ってくれマスネー!」

そして、くるりと陸に向き直ると、

「後はアノ店にテートクが来るのを待つだけですネー!」

金剛が指差したその先には

「お食事 勝浦食堂」

という看板を掲げた、小さな定食屋があった。

「私達の姿があると来ないかもしれません」

「裏に神社の茂みがありますよ」

「Good!ソコで待ちましょう!」

「あ、営業時間聞いてきます!」

 

「扶桑姉様」

「山城、なにかしら?」

「なぜ姉様は探しに行かないのですか?」

「あらあら、山城は気づいてないの?」

扶桑は山城を見てくすっと笑った。ここは戦艦寮、扶桑達の自室である。

「えと・・何に気づいてないんでしょうか・・・」

「今日は8月28日よ」

「それがどうかしましたか?」

「長門さんの起工日よ」

「あ、そうか」

山城は提督の変わった持論を思い出した。

提督は、私達艦娘に誕生日を割り当てると言い出した。

軍艦である我々は、造船計画承認日、起工日、進水日、竣工日、改装日など幾つかの節目の日がある。

提督はその中で、起工日を誕生日と定義すると言ったのだ。

「それぞれ持論があると思うが、私はドックに最初に置かれる日を誕生日と呼びたいと思う」

そんな事を言っていた気がする。

以来、提督は起工式の日に合わせて艦娘達に贈り物を渡している。

そして、秘書艦や班長といった重鎮達には特に趣向を凝らした贈り物をしている。

「それなら、今日中に長門が行かないと台無しじゃないですか」

「そうなるわね」

「だから姉様は提督の気持ちを察して出かけなかったのですね」

「それもあるけど」

「けど?」

「長門さんがいつまでも気づかないなら、教えてあげなきゃ。ね?」

「なるほど」

扶桑は太陽を見た。まだ傾いてはいないが、提督の脱走からはそれなりに時間が経っている。

「そろそろ気づいてもらいましょうか」

 

「そんな大ヒントを出してしまったのですか~?」

「す、すみません。つい」

不知火は長門に伊勢海老の件を教えた事を文月に報告していた。

「あたしは、お父さんの脱走癖はそろそろ止めて欲しいと思ってるのです」

「はい」

「お父さんが一番反省するのは何をする事だと思いますか?」

「長門さん達が全員で捕まえに行く事でしょうか」

「違います。誰も行かない事です」

「だ、だれ・・も?」

「お父さんは計画して長門さんが追えるように準備してるわけです」

「はい。」

「それなのに待てど暮らせど誰も来なかったら寂しくないですか?」

「寂しいですね」

「一人で宿に泊まり、充分寂しい思いをして帰ってくれば、もう脱走しないと思うのです」

「・・・・。」

「お祝いをするのは良い事ですが、それを口実に心配をかけるような事はして欲しくないのです」

「・・・・。」

「・・・そ、そんな目で見ないで下さい、不知火さん」

「すみません。ただ」

「ただ?」

「今回は既に、秘書艦の方々が血眼になって追ってます」

「えっ?どういう事ですか?」

「実は、長門さんが・・」

不知火は食堂で聞いた顛末を話すと、文月は唖然とした表情になった。

「ディ、ディナー券とは長門さんも思い切りましたね」

「はい」

「秘書艦の方々は追跡に乗らないだろうから、長門さんを抑えれば良いと思ったのですが・・・」

文月は考えた。

秘書艦はこの鎮守府の古参であり、提督とのつながりも濃い。

傷つけるような真似はしないと思うが、何せディナー券4枚だ。目の色が変わっている。

もしやり方を間違えて民間の人や建物に被害が出れば大本営から追及され、反省どころかクビになってしまう。

どう収拾したら良いものか。

その時、外を提督棟に向かって歩く扶桑を見つけた。

「仕方ありません。不知火さん、大火事になる前に食い止めますよ」

「はい!」

 

コン、コン。

長門はぼうっと考えていた。伊勢の海老なのに千葉が一番とはこれいかに。

「ん、入って良いぞ」

「お邪魔するわね」

「扶桑・・・協力してくれないのか?」

「今回は中立を保ちます」

「まぁ、考えあっての事だろう。それで、何か用か?」

「今日が何の日か、思い出して欲しいと思って」

「思い出す?私が、という事か?」

「そうよ」

カレンダーを見る。別に予定が入っている日でもない。大吉でもない。

「んー?」

「今日は、8月28日ですよっ!」

長門と扶桑が声のする方を向くと、文月と不知火が立っていた。

「さっきは不知火が伊勢海老がどうだと言っていたのだが、どちらも解らんぞ・・」

「お父さんは何か書き残していませんか?」

「ん?あ、ああ、このメモはあったが・・・」

机の上で丸めていたメモを広げる。

 

「伊勢海老が一番取れる所にある、和風な林の温泉で待ってます。 提督」

 

「あ」

文月が続ける。

「思い出してください!8月28日ですよ!」

「だから、なんだというのだ・・・」

「長門さんの起工日じゃないですかっ!」

「・・・・・・・・・・え」

「本当にすっかり忘れてたんですね・・・」

「そ、そんなことを言ってもだな、急に起工日を誕生日だとか言わ・・・・あ」

扶桑は溜息を吐いた。

「これじゃ提督は浮かばれないわね・・・」

「なっ・・わっ・・私の誕生日祝いだというのか?」

長門を除く全員がこっくりと頷く。

「そ・・それなら・・そう言えば良いじゃないか・・・」

不知火が口を開く。

「率直に誕生日を祝いたいから外泊したいと言われたらなんて返します?」

「うっ」

「提督と二人で外泊など断じてなら~んとか、言いそうですよね」

「ぐっ」

文月が口を開く。

「でも、だからといって脱走を企てるのは良くないのです」

「そっ、そうだよな文月!だから私は」

「しかし、血眼になった皆さんが民間に被害を与える可能性を考えると、長門さんも悪いです」

「ぐう」

「ディナー券なんて大盤振る舞い過ぎです」

「・・・・はい」

「とにかく、民間人や施設に被害が出る前に終わらせますよ」

「どうするんだ?」

「皆さんの狙いはディナー券です。それを出来るだけ早く提督に知らせて帰って頂きます!」

「で、でも」

「何ですか不知火さん」

「提督は、その、長門さんの為に特注の料理を発注されてます」

「ええっ!?」

「伊勢海老のフルコース料理と、菓子職人特製のケーキを・・・」

「どうして不知火さんが知ってるんですか?」

「数週間前に、提督に注文するよう頼まれたんです。」

「そんなに前から逃亡を企てていたのか!」

「ポイントそこじゃないです長門さん」

「すまん・・・ん?そうなのか?」

「とにかく!」

「はい」

「事態は大変悪いです。そんなのを用意してるのにお父さんが帰ってくる筈がありません」

「そうね。そうでしょうね・・」

「一方で秘書艦さん達も勝負を中断したところでディナー券を諦める訳がありません」

「私も、もし貰えるならちょっと位なら悪い事に手を染めても良いです」

「おいおい不知火」

「それくらい危ない代物なんです」

「むう」

文月は溜息を吐いた。

「長門さん、自ら撒いた種は自ら刈り取ってください」

「・・・つまり?」

「ディナー券を考えられる参加人数全員分買ってきてください」

「ひい、ふう・・・じゅ、16枚!?」

扶桑は溜息を吐くと

「私は動いてないのですから、12枚ですよ」

長門はくらくらした。

12枚でも36万コイン。給料まるまる吹き飛ばしても全然足りない。

「さぁ早く!急いでください!」

伝家の宝刀を抜いた事の責任を長門は痛感しながら、よろよろと鳳翔の店に向かった。

 



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file37:脱走ノ旋律(4)

 

8月28日昼過ぎ 鳳翔の店

 

「・・・は?ディナー券を12枚も個人でお求めになるんですか?」

「そうなのだ。急いで頼む・・支払いは明日にでも定期を解約するから待ってくれ・・」

すっかりしょげかえっている長門を見て、鳳翔が言った。

「お急ぎのようですけど、手短に事情を聞かせてもらえませんか?」

そこで、長門は経緯を説明したのである。

「すると、必ず4人単位なんですね?」

「そうだ。4枚渡すと言って3班だからな・・・36万コイン・・・ははは」

「・・・・・。」

鳳翔は少し腕を組んで考えた後、ぽんと手を叩いた。

「そうだ、言い忘れてました!」

「な、なんだ?」

「今夜から新メニュー、予約制の特上ディナーを新設するんです!」

「?」

「従来のディナーは4名様1単位でお手頃に、特上ディナーは1名様1単位で豪勢に行きます!」

「・・・・。」

「お値段はディナー券が一人5千コイン。特上ディナー券は5万コインになります」

「!」

「ディナー券は4名様で1枚発行します」

「つ、つまりディナー12名分なら・・・」

「6万コインですね」

「鳳翔ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「く、苦しいです。まぁ、質は落としたくないので品数を減らしますが勘弁してくださいね」

「恩に着る!恩に着る!」

「あと、これに懲りたら、ディナー券を餌にするのは止めてくださいね」

「うむ!うむ!」

ディナー券3枚を持って走っていく長門を見送ると、鳳翔は思った。

元々ディナー券は大将がいらした時、金に糸目をつけず最善の料理をと言われて作ったコースでした。

まさか複数買いに来る人が居るとは思ってなかったですし、実際数える程しか作っていません。

4名と解っていれば鍋や船盛、大皿料理も作れますし、5千コインなら使ってくれる人も居るでしょう。

一方で一人5万コインも予算があれば、まさに糸目をつけず現在の力量を存分に供する事が出来ます。

瓢箪から駒かもしれません。早速メニューを考えてみましょう。

提督はいつかダメージを受けそうですが、脱走などするのが悪いのです。致し方ありませんね。

 

「かっ、買ってきた!」

「随分時間かかりましたね」

「鳳翔が4名様固定のディナーを作ってくれたのだ!」

「・・・・それは、幾らだったのですか?」

「一人5千コイン!」

文月はふーむと腕を組んだ。鳳翔さんは優しい方ですが、きちんと商売を考える方です。

4名限定なら合計2万コイン。それなら良い品を並べられるでしょう。

ディナーの評判を落とさず、長門さんの窮地を救い、背伸びすれば利用出来そうな値段設定。

さすがです。

文月は顔を上げて、

「それでは被害を押さえ隊の作戦内容を説明します!」

 

「な、なんだなんだ・・・・・」

提督はスーパーの地下駐車場に車を止め、ボディをチェックしていた。

じっとりと汗をかいていた。

田んぼの真ん中を貫く広域農道を走っていた1時間ほど前。

突然背後からエンジンの轟音がしたかと思うと、提督の車の上すれすれを飛び去って行った。

彗星だ。

あれだけ低高度かつ高速のままぶっ飛ばせる実力を持っているのは加賀の飛行隊以外に考えられない。

加賀が協力している?

程なく戻ってきた彗星は、今度は機銃を発射し始めた。

「なっ!なにっ!!」

ただ、跳弾地点を見ると実弾とは違い、派手な色が飛び散っている。

ペイント弾か。あれが付いたら取れない!上空からマークされてしまう!

提督は蛇行運転をしながら山に続く小道へ飛び込んだ。

こういう時に小型車は有利だ。細い山道だと上空が開けてない事が多いからな。

上を見ると案の定大木が生い茂り、航空機から姿を隠してくれた。

しかし、いつまでもそういう道ではない。

山の中腹にある、回り込むようなカーブの終わりで、

「うわっ!」

真正面に彗星のプロペラが見えた。

間一髪で車と彗星がすれ違うが、提督の車はスピンしてしまった。

はずみでエンジンが止まってしまう。

慌ててキーを捻るがカチカチというばかりだ。

彗星がゆったりと旋回しているのが見える。

向き直られたら終わりだ!

ふとATレンジがDになってる事に気づき、Nに戻してキーを捻る。

キュルルルル!オウン!

「頼む!」

地面の砂を巻き上げながら発車したその場所に、ペイント弾の雨が降り注いだ。

そんな勝ち目の薄い攻防は、意外な結末を見せる。

繰り返されていた機銃掃射が、ふっと止んだのだ。

提督が確認すると、彗星が急速に高度を上げていくのが見えた。

なんだ?何があった?

周囲を見て納得した。市街地に入ったのだ。

やがて大型スーパーの地下駐車場を見つけた提督は、他の車に紛れて入って行った。

提督はボディの状態を確認した。

奇跡的にガラス等に割れも無く、バンパーやボディにも損傷は無かった。

洗車コーナーがあったので丁寧に泥を洗い流し、ペイント弾のカスも拭き取った。

更に調べていくと、リアガラスに見慣れぬ小さな機械が付いているのを発見した。

提督はペリペリと剥がした。強力粘着剤付の発信機だ。

これが本命で、私を目的地に急がせる為のペイント弾か。手が込んでるな。

提督は発信機を持ったまま車内に戻った。

これをつけたという事は遠隔地に居て探査するのではなく、接近戦で探しに来る気だ。

今度は長門だけではなく、探査機を持った加賀、いや、複数の艦娘が協力している可能性が高い。

そういえば、島風にあれだけ早く手を回して買収するような手際の良さは、恐らく扶桑か日向だ。

なるほど、なるほど。秘書艦全員を動かしたな。

そもそも、ここに航空機が来たという事は目的地も発覚している可能性がある。

まああれだけ解りやすいメモがあれば不思議ではない。

ただ、宿が知れているならわざわざ彗星を出す必要がないから、まだ探査中という事だ。

しかし無人の広域農道や山岳路とはいえ、低空飛行し発砲までするという事は、かなり頭に血が上っている。

参ったな。宿は2名分しか取ってない。

宿は私のお気に入りで、ドタキャンするのも艦娘が大勢突撃してくるのも迷惑になってしまう。

報酬は何だ?羊羹5本とかか?寝返り工作に応じてくれるだろうか?

提督は徒歩で表通りに出た。

ここは港町で、そこそこ開けているが艦娘が市内を走り回ればすぐ騒ぎになるだろう。

ふと、信号待ちをしていた路線バスの行先を見ると頷き、発信機をくっつけた。

これで多少時間が稼げるだろう。早く宿に入ったほうが良さそうだ。

 

「日が傾いて来たネー」

「そうですね・・・」

「あ」

「どうしました?」

比叡が指差した先では、勝浦食堂がシャッターを下ろすところだった。

「まだ日没前ですヨー?!閉店時間は午後8時じゃないのですカ!?」

「き、聞いてきます!」

霧島が出てきた店の者と一言二言交わして帰ってくると、

「今日は売る物が無くなったので閉店なのだそうです」

「オーノー!」

「そんなに売れるって事は、美味しいのでしょうね」

「そうですねえ」

「お腹空いてきましたね」

「我々もどこかで食事を取りますか?」

「どうせなら名物が良いですネー」

「艤装も見張っておかねばなりませんし、2名ずつ交代で行きましょうか」

「それが良いわね。じゃあ金剛お姉様と比叡姉様、行ってきてください」

「頑張ってくれたから、霧島と榛名が先でイイネー!」

「お姉様が言うのだから先に行ってきて良いですよ!」

「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

「行ってきます!」

「美味しかったら教えてくださいネー!」

「はーい!」

 



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file38:脱走ノ旋律(5)

 

8月28日午後 勝浦近海

 

海原を全速力で突き進む長門と付き従う不知火。

文月と扶桑はそれぞれ航続距離不足、最大速力不足を理由に出撃を見合わせた。

文月から聞かされた作戦は本当に上手く行くのだろうか?

だが、被害が出たら一大事だ!急がねば!

 

「提督、お待ちしておりました」

女将が提督を玄関で迎え入れた。提督は頭を掻きながら、

「あーその、誰か追っ手は来なかったかな?」

すると女将は苦笑し、

「また抜け出してこられたんですか?」

「その通りだ。だが、今回は追っ手が複数のようなのだ」

「ご心配なく。どなたかお通して良い方は居ますか?」

「長門という艦娘は通して良い。予約した2人目だ」

「解りました。お任せください」

女将は仲居の一人に囁いた。

仲居は表に出ると、提督の車を裏の車庫に回し、戻ってくると静かに水を打ち始めた。

いかつい塀に囲まれた、武家屋敷を思わせる純和風な2階建ての建物。

入口の傍らには「勝浦フォレストホテル本館」と書かれた看板があった。

 

「おかしいですね」

加賀は発信機の電波と地図を重ねていた。

いつまでも市内をぐるぐると走り続け、30分と止まり続ける気配がない。

「日向さん」

「ん?」

「発信機が動き続けているのです。私がここから位置を示しますので、捕縛してきてもらえませんか?」

「解った。私と赤城で行こう。伊勢と加賀で艤装を見張っておいてくれ」

「そうですね。探査機のみの空母だけで夜行動するのは問題がありますし」

「よろしく頼む」

それから1時間後。

「発信機の位置に間違いないな?」

「ええ、間違いありません。そこです」

日向がインカムに話しかけると加賀が答えたが、

「提督にしてやられたな」

「えっ?」

日向は路線バスに近づき、リアバンパーから発信機を外した。

「市内循環バスに発信機が付いていた」

「くっ!」

加賀は悔しそうな声を上げた。2段構えの策も見抜かれた。陸戦は圧倒的に提督が有利だ。

長門が毎回振り回されたのも頷ける。

「では我々の情報を使ってみよう」

「何をお持ちなのですか?」

「提督が予約しているであろう宿の情報だ」

「それは良いですね」

 

「ここか」

日向は「勝浦フォレストホテル新館」と書かれた入口に立っていた。

「勝浦フォレストホテル、間違いない」

「大きなビルですねえ」

「シティホテルのようだな。だが見かけによらず、温泉もあるそうだ」

「ずるいですよね」

「・・ん?」

「提督と長門さんだけでこんな立派な宿に泊まるなんて」

「興味の対象は、宿というより料理ではないのか?」

「うっ」

「それに、提督を連れて帰ればディナー券だぞ」

「そ、そうでした!」

「ただ、予約しているのなら今日連れ帰るのは宿側に迷惑となろう」

「じゃあ明日また来ます?」

「取り逃してはマズいし、提督も帰りの足が無くなってしまう」

「そうねえ」

「だから提督に明日迎えに来ると伝えて、我々は海上に引き上げよう」

「一緒にゴハン食べたいなあ」

「宿は予約が無いと無理だ」

「うー」

「とにかく、ここで提督が来るのを待とう」

「提督にお腹空いたって言ってみましょう」

 

「美味しかった!」

「榛名、感激です!」

中トロ丼に舌鼓を打った霧島と榛名は、漁港内の定食屋から出てきた。

この値段でこの量!この味!たまりません!さすが漁港ですね!

同じ頃。

「だいぶ寂しくなってきましたネー」

「町と言ってもあまり明るくないのですね」

夏なので寒くはないのだが、夜になると暗くなってくる。

その時ふと、海原を見た金剛が言った。

「あれ、加賀と伊勢デスカー?」

「え?・・あ!そうですね!向こうも手がかりがあったのでしょうか!」

そこに二人が帰ってくる。

「お待たせしました!」

「この先の定食屋さんの中トロ丼、美味しいです!」

金剛と比叡がギュンと榛名に向き直る。

「中トロ丼あるの?」

「美味しそうデース!」

「じゃあ私が案内してきますので、霧島、見張っててください」

「お任せください!」

艤装が揃ってる事を確認した後、霧島も海原に加賀と伊勢を見つけた。

「・・まぁ、お姉様も食事を取らないと可哀想ですしね」

艤装が見つからない事を願いながら、榛名達の帰りを待った。

ぽえんと反芻する。

久しぶりの中トロ丼、美味しかったなあ・・・

提督が何度も食べているアジフライ定食も美味しいのでしょうか。

 

「長門さん」

「ああ、あれは加賀と伊勢だな」

「1枚目を準備します」

「頼む」

長門と不知火はそのまま加賀達に向かっていった。

「加賀!伊勢!」

「あ、あれ?長門、どうしたの?」

「こんばんわ」

「他に一緒に行動してるものは?」

「日向と赤城だけど?」

「良かった。全員のインカムを開いてほしい」

「え、ええ。解りました」

「皆、聞いてくれ。依頼は中止しようと思う」

「えっ!?」

「ただ、勝手に約束を反故にするのは申し訳ないから、ディナー券は渡す」

「ええっ!?」

「そ、それはさすがに申し訳ないです。それなら」

加賀が言いかけたが、インカム越しに

「ありがたく頂きます!」

と、赤城が大声で答えたので、その場に居た4人と日向は頭を垂れて溜息を吐いた。

ディナー券を加賀に渡しながら(一番信用出来そうだったので)、長門は聞いた。

「金剛達の行方は解るか?」

「彗星の報告ではこの町に来たのは間違いありません。」

「同じ事を伝えたい。位置を知りたいのだが手はないか?」

日向がインカム越しに答えた。

「私達で回れるところは回ってみよう」

加賀が言った。

「ギリギリ1回彗星を飛ばせるかもしれません」

「市街地だからあまり高度を下げないように頼むぞ」

「解っています」

 

「失礼します」

女将が提督の部屋に入ってきた。

「表に居た仲居が聞いた所では、海に何人かの艦娘が来ているそうです」

「そうか。やはり複数か」

「それと、先程から飛行機のような音が」

提督はぞっとした。

先程帰ったのは単に燃料切れか?まさか空爆するつもりじゃあるまいな・・・

「御加減が悪そうですが、大丈夫ですか?」

「艦娘達に陸地から最も近い所はどこだろう?」

「そうですねえ、坊主の岬でしょうか」

「あの車で行けるかな?」

「大丈夫でしょう」

「よし、道を教えてくれ」

 

「むふー、榛名おススメの中トロ丼、最高デシター!」

「金目鯛の定食も美味しかったです!」

・・・フオン!

「あ、あれ?」

「比叡、どうしたのですカー?」

「今通り過ぎた赤い車、提督が乗ってました・・・」

「何ですトー!?」

比叡はハッとしたようにインカムをつまんだ。

「榛名!霧島!食堂前の表通りを東に進む提督を発見!至急追跡せよ!」

「す、すぐ向かいます!特徴を教えてください!」

「ナンバーは・・5963!赤のコンパクトカー!」

「解りました!」

金剛は車が進んだ方の道路標識を見ると、インカムをつまんだ。

「待って!霧島!榛名!海路を進んでくださいネー!」

「ど、どこへ?」

「坊主の岬デース!」

比叡も同じ看板を見た。なるほど。坊主の岬で行き止まりだ。

提督は気付いてない。海と陸で挟み撃ちだ!

ディナー券は私達が頂きます!

 



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file39:脱走ノ旋律(6)

 

8月28日夜 坊主の岬

 

「加賀、伊勢、長門・・・え?不知火!?」

提督は防波堤から顔半分だけ出して確認すると、すぐ引っ込んだ。

防波堤に伏せたまま必死で考える。不知火という事は事務方?

マズイ!事務方は手配を全て頼んでいる。宿から何から情報がダダ漏れだ。

万一空爆などされては民間人や建物に犠牲が出てしまう。

どれだけ怒り狂ってるんだ?

ちゅ、中止だ。なにか降参の白旗の代わりになるような・・・

その時。

「チェックメイトデース!」

「ぎゃああああああああああ!」

「テッ、テートク?どうしたのですカー?」

「お姉様の呼びかけに絶叫で答えるなんて失礼ですよ!」

「こ、金剛、比叡・・・」

「ど、どうしたの?真っ青ネー?」

「丁度良いところに・・・って、何で居るの?」

「長門からテートクハンターとして雇われましたネー」

「よし解った。降参だ。長門達に捕まえたと速やかに連絡してくれ」

「気味悪いくらい大人しいデスネー?」

「良いからはよ」

「比叡、長門に伝えてきてクダサーイ。私は見張りとして残りマース!」

「了解しました!提督っ!お姉様に手を出さないでくださいねっ!」

「出してもイイケド・・ここじゃなくて宿の部屋がイイネー」

「だめええええ!」

「冗談デース、早く行ってきてクダサーイ」

「ほんとですね?ほんとですね?手を出したらミサイル打ち込みますよ?」

「ディナー外しマスよ?」

「行ってきます!」

全力で走っていく比叡を見ながら、提督は聞いた。

「ディナーって何の事?」

「鳳翔の店のディナー券が報酬デース!」

提督は溜息を吐いた。私だって1回しか食べた事ないあのディナーか。

大盤振る舞いだな長門。そこまで怒ってたか・・・うーむ。

 

「Noぉぉぉぉ~!」

金剛は長門から説明を聞き、へちゃっと座り込んでしまった。

「ゲームブレイクなんてアリエマセーン」

「す、すまない金剛。報酬のディナー券はちゃんと渡すから。」

「Winnerとして貰いたかったデース・・・」

長門が困っている様子を見て、提督は不知火からディナー券をすっと受け取ると、

「金剛!」

「・・ナンですかテートクー?」

「ほら、呼ばれたら立つ!金剛!」

「ハーイ・・・」

「表彰!金剛殿!貴殿は提督追跡チキチキレースにおいて、最も早く提督に辿り着きました!」

「・・・テートク」

「よって!ここに功績を讃えると共に!副賞として鳳翔の店のディナー券を差し上げます!」

「・・・えへへ。」

「どうぞ!」

「テートクー!アリガトネー!」

「ちょ!そ、それは私が買った・・むぐぐぐ!」

不知火が長門の口を押えている間、比叡達と加賀、赤城、伊勢、日向から金剛は拍手を受けていた。

 

ディナー券を貰った面々は意気揚々と引き揚げた。

加賀達と日向達は1枚で良いと言ったので、ディナー券が1枚余ってしまった。

その券は不知火に渡った。不知火は最初恐縮して断ったが、

「思い出させてくれなかったら、適切な対応も取れなかっただろう。その礼だ」

そのように長門から言われ、照れながら、

「で、では、文月さんと扶桑さん達と、一緒に行きます。頂けて嬉しいです」

と言って、受け取ったのであった。

そして、長門と提督は二人きりで車の運転席と助手席に座っていたのだが。

「まったく!あのディナー券は私が買ったのだぞ!」

「そうだな」

「よりにもよって一番おいしい所を作って持って行ったな!」

「そうだな」

「そもそも!こんな逃亡劇を演じるからディナー券を買う羽目になったんじゃないか!」

「その通りだ」

「提督は私を困った顔を見るのが趣味なんだろう!そうなんだろう!違うか!」

「・・・・」

「何故そこで黙る!ちゃんと否定しろっ!」

「いいえ」

「ここで否定するなっ」

「はい」

「・・・そ、その、あれだ。」

「?」

「わ、私の・・・起工日を祝おうというのなら、鳳翔のディナーで良いではないか・・・」

「嫌だ」

「何故だ!?」

「長門には、せめて一晩くらい良い景色と旨い食事と温泉にゆっくり漬かれる時間をあげたいのだよ」

「う・・・」

「誘って素直にうんと言ってくれるなら、脱走は」

「終わりにしてくれるのか!?」

「YESと言いますか?」

「終わりにするんだな!?」

「YESが先!」

「約束が先!」

むううっと睨みあった後。

「解った」

と、同時に言ったのである。

「さぁ、いい加減戻らないと宿に迷惑がかかる。行くよ」

「美味しい料理を食べさせてくれないと許さないからな」

「食べさせてほしいのか?よし解った!長門の初デレ記念日だな!」

「ばっ、バカ!それは言葉のアヤだ!」

 

「お帰りなさいませ」

「女将、遅くなってすまなかった。これが連れの長門だ」

「あら、随分と可愛い奥様ですね」

長門はそれを聞くと、かあああっと赤面してしまった。

「あらあら、純粋な良い方ですこと。さ、どうぞ。お部屋にご案内します」

「料理の方は用意出来てるかな?」

「勿論、ご指定の通りに用意しています」

「ありがとう。早速だが頼めるかな?」

「お部屋にお持ちしますね」

 

部屋に入ると、長門は目を丸くした。

「す、凄い、な」

「私が一番気に入っている宿なんだ。艦娘を連れてきたのは長門が初めてだ」

「そ、そうなの、か」

「ここは男女別の風呂が計5つあってな、時間帯で入れ替わる」

「そんなにあるのか!?」

「そうだ。1つで長く浸かるもよし、いくつも回るもよし、だ」

「・・・。」

「安心しろ。きちんと切り替えの時間は掃除が入るから、覗きは出ないよ」

「い、いや」

「?」

「失礼いたします。お食事をお持ちしました」

その時、女将が料理を持った仲居と共に入ってきた。

「ほら長門、伊勢海老のコースだぞ!」

「!」

「お刺身、お味噌汁、塩茹で、姿焼き、グラタンにパスタ、混ぜご飯もあるぞ」

「!!!!!」

「・・・長門、何か言ったらどうだ?」

「・・・・い」

「い?」

「いただきます!」

「ま、まあ良いか。食べ終わったら連絡するよ、女将」

「かしこまりました。あ、ケーキはもうお持ちしますか?」

「そうだな。ナイフも頼む」

「はい」

 

「あっ!」

長門はケーキを見て目が一層輝いた。

ケーキの上にはかわいらしい砂糖菓子の人形が乗っており、

「長門、誕生日おめでとう!」

と描いたプレートを持っていたからだ。

「こっ、これは・・・食べないで持って帰ろう」

「それじゃすぐ腐ってしまうよ」

「うわぁぁぁぁ食べるのが勿体無い!勿体無さ過ぎる!」

「腐らせるほうが勿体無いじゃないか」

「せ!せめて写真!写真を!」

「そんなに何十枚と撮っても変わらんと思うし、料理が冷めてしまうぞ・・・」

「なんと愛くるしい!なんと可愛い!」

「はぁ、全く聞いてないな」

提督は刺身を口に運びながらくすっと笑った。

少しでもリフレッシュになれば良いのだが、な。

明日は車を返し、昼にはここを発たねばならない。

せめて今宵は長門を好きにさせてやろう。

「・・・ところで、刺身貰って良いか?」

「ダメだっ!」

「ちゃんと聞いてるな。感心感心」

「まったく、油断も隙も無い」

「長門」

「なんだ?」

「いつも支えてくれて、ありがとう。力を貸してくれて、ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう」

「なっ、なんだ提督、藪から棒に」

「言ってるようで言ってない気がしてな。いつも感謝している。それだけだ」

「そ、それを言うのなら」

「?」

「提督の下で生活して、働けるのは、とても楽しい・・・ぞ」

「・・・」

「にっ、ニヤニヤするな!」

「長門、今日は大サービスだな!デレ顔可愛いよ!ごちそうさま!」

「~~~~~!!!!!!!」

「どうした、ケーキの皿を持って?」

「これは私が食べる」

「一人で!?」

「一人で!」

「良いよ。」

「止めないのか!」

「元々そのつもりだし」

「多すぎるだろう!」

「なんだ、私がむしゃむしゃ食べてしまって良いのか?」

「何故そうなる!私が2/3、提督が1/3だ!」

「解った。気の済むように切り分けて良いよ」

「・・・・・やっぱり、はんぶんこだ」

「そうか」

 

女将は廊下でくすっと笑った。

気の合う方とのお食事は楽しいですからね。そっとしておきましょう。

 




当初の案では機銃掃射で半日追い回され、艦対地ミサイルで撃ちまくられる予定でしたが、それだと提督は間違いなくクビなのでシナリオを変えました。
これでもかという攻撃シーンを期待された方はごめんなさい。


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file40:タ級ノ1時間

 

9月1日昼 某鎮守府脇のバス停

 

「うそ、行った後・・じゃない・・」

タ級はバス停の時刻表を見て力なくうなだれた。

リ級の指示で人間に化けて鎮守府を巡回(詐欺)しているが、タ級は車もバイクも運転出来ない。

そこでバスや電車を乗り継いで移動しているが、大抵の鎮守府は海沿いの田舎にある。

公共交通機関がある事自体が軍の威力だが、関係者の出入り時刻を除けば極端に便が無くなる。

タ級がうなだれたのは、1時間に1本しかないバスが7分前に出た後だったからだ。

次のバスが来るまで、あと53分。

 

ミーンミンミンミンミンミー

ジワジワジワジワ・・・ジー

 

タ級は力なくバス停のベンチに座った。

うっ。日陰なのにベンチが熱い。体温を上げないで。

このバスに乗って、駅に着いたら電車に乗って2つ乗り換え・・・か。

体温は上がるがテンションはどんどん下がる。汗と共に理性まで溶けそうだ。

 

ウ・・ミーンミンミンミンミンミィィィ!ミ!

ジーワジワジワジワ・・・ジワジワジー・・・ジワジワジワジワジワジワジワジワ

 

自己主張し過ぎのセミを砲撃したい。砲撃させろ。砲撃させてください!

なんで人間はこんな暑い陸上で生活するんでしょう?

場所によっては夏は50度を超え、冬は氷点下50度以下になるというのに。

さっき話した司令官によれば、ここは38度らしい。もう充分過ぎるほど暑いわ。

海なら少し潜れば夏でも涼しいし、冬でも氷点下50度なんて事はない。

確かに水中は会話には苦労するけれど、年中喋れる事の引き換えにこんな暑さを受け入れたくはないわ。

しかもこの体中にまとわり着くようなじとりとした湿度が堪らなく嫌!

 

うー、スーツが汗で塩まみれになって真っ白になってしまうわ・・・

あと何分耐えなきゃいけないの・・・

時計を見る。あと50分。

くらくらと眩暈がした。

こ、これだけ待ってるのに3分しか経ってないの?

うっ、汗が目に入った!凄く痛い!

 

バス停でタ級が辛うじて我慢出来ているのは、僅かな木陰と海から吹く風のおかげだった。

タ級はシャツのボタンを一番上だけ外した。もう気にしていられない。

いっそ海に飛び込んでしまいたい。元の姿に戻って泳いで帰りたい。

鎮守府が間近じゃなく、艦娘がうようよ居なければすぐにでも。

そうだ。ここは入り江だが、バスの来る方と反対にずっと行けば外洋の筈。

いっそ歩いて行こうかしら?

しかし、道の先を見るとゆらゆらと歪んでいる。ダメだ。ド炎天下だ。卵くらい焼けそう。

風が涼しいような生温かいような・・・

あと48分。

 

ちりーん・・ちりりーん

 

うぅ・・止めて・・私を煮込んでも美味しくないよ、ダシも出ないってば・・・・・・

 

タ級は土鍋で昆布と間違われて茹でられる夢から鈴の音で呼び戻された。

音のする方を見ると、鎮守府の入り口からリヤカーが出てくる。

 

「アイスキャンデイ」

 

太い筆の文字が遠くからでも良く見える。

タ級はぼうっと見ていた。なんか思考が止まっているけど、鈴の音が心地良い。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫かね?」

 

はっと気づくと、先程のリヤカーがすぐ近くに来ていた。

リヤカーを引いていたおじいさんがタ級の目の前で手を左右に振っている。

 

「あ、えっと、大丈夫・・です」

「バスを待ってるのかね?」

「はい・・・行ったばかりで」

「この時間はバスがなかなか来んからの」

「アイスキャンデー、売ってください」

「すまん。全て売り切れてしもうたよ」

「あ、じゃあ・・いい・・です・・・」

タ級は急速に力が抜け、視界がぐわりと歪むのを感じた。

アイスキャンデー売り自体幻覚かもしれないと思い始めた。

「だいぶ参ってるようだの。アイスキャンデーは売り切れてしもうたが・・・」

そういうと、リヤカーに蓋をしていた藁をがさがさと開くと、

「これをやろう」

ぼーっとしていたタ級は、手にヒヤっとした触感がして、びくっとなった。

見るとベンチに藁が敷かれ、その上に大きな氷の塊が乗っていた。

「キャンデイを冷やしてた氷の残りじゃ。まだ3貫目はあろう。バスが来る頃には溶けてしまうじゃろうが」

そういうとおじいさんはリヤカーを引き、そのまま去ろうとする。

タ級はハッとして、バッグの中から財布を取り出すと、

「あ、あの!お金・・・」

「いらんよ。お仕事ご苦労さん。気をつけてな」

おじいさんは軽く手を振ると、そのまま歩き去ってしまった。

タ級は頭を下げ、傍らの氷を改めて見た。

凄い。凄いわ氷!

隣にあるだけでひえひえゆらゆらとした冷気が来る!

まるで仏の慈悲のようだ!おじいさんありがとう!

ぺたりと手を着けるとあまりの冷たさに手を放してしまう。

そっと手をかざす。やってる事が冬場のストーブみたいよね。期待してる事は逆だけど。

この後何も無いなら抱き付いてしまいたい。いや、いっそ抱き付いてしまおうかしら。

いやいや待て待て私。ずぶ濡れじゃバスに乗れなくなってしまう。理性をふっ飛ばしてはいけないわ。

時計を見る。

あと40分。

13分経過・・・ゴールは遠いわね・・・

 

ベンチにちょこんと座るタ級は、傍らの氷塊のおかげで少しだけ生気を取り戻していた。

気を失って、万一深海棲艦に戻ってしまったら討伐されかねない。危ない危ない。

出来るだけ動かず、体力を使わないようにしないと。

氷は藁の上に置いてるだけなのにぽたぽた水が滴っている。あまり触らないようにしないと。

冷気!冷気で我慢するのよ私!

姿勢も変えず!出来るだけ!じっとしてよう!

 

ニチャ。

なんだろう。この足の感覚。何か踏んだかしら?

足を持ち上げ、その衝撃的な事実を知る。

靴の底が溶けかけている。

ちょっと!幾らゴム底だからって溶けるの?というかそんなにこのアスファルト熱いの!?

タ級は屈み、靴の避難所を探す。

ふと、氷から滴り続ける水が目に入る。

そっと手ですくってみる。

 

冷たい!冷たいわ水!まさに氷水!最高だわ!

 

そして自分の足元にすくった水をそっと放つと、じゅっという音と共に蒸発した。

タ級の目が丸くなった。

そ・・・即蒸発するってどういうこと?

 

もう1回すくう。

冷たい!

素敵!まさにオアシスよ氷水!もっと冷ますのよ!

もう1回かける。

じゅっ。

ひどい!酷すぎるよアスファルト!私の靴溶かさないで!

 

冷たい!

じゅっ!

冷たい!

じゅっ!

冷たい!

じゅっ!

タ級はいつの間にか、足元に氷水をかける事に夢中になっていた。

 

・・・はっ!?

いけないいけない、つい一心不乱に手ですくって足元に水をかけてたわ。変な人に見られてしまう。

あと何分かな。実はもうすぐだったりしないかしら。

 

・・・・・・ま、まだ15分もあるのね。

 

でも足元が涼しくなったからか、ベンチの周りが快適・・ちょっと楽・・少しだけマシ。

い、いや!氷も無くあのまま待ってたら大変な事になった気がするわ!

それよりは現状は良い筈!

そう思いながら顔をあげたタ級は、ベンチの上の氷を見て目が点になった。

 

なっ!?明らかに小さくなってる!減り過ぎじゃない?誰か削ったの?

こ、この氷が解けてしまったら私のオアシスが、理性が、終わってしまう、気がする。

氷様!無くならないで!

 

・・・・・・ぷはぁ!

氷を凝視しすぎて息をするの忘れてたわ。

落ち着け私、落ち着くの。

私が息を止めても氷が解ける速度は変わらないわ。

 

氷は小さくなるとますます勢い良く溶けるものである。

タ級は氷に手を合わせながら凝視した。

お願い!お願いです氷様!触りませんから、せめてバスが道路の向こうに見えるまで!

そういえば、さっきからあのおじいさん以外誰も通ってない気がする。

まるで世界に私だけ残されたようね。

 

ミーンミンミンミンミンミー

ジワジワジワジワ・・・ジー

 

うん、お前達は居たわね。

ナパーム弾撃ち込まれたいのかしら?火炎放射器で火の海にしてあげましょうか?

火・・あ・・・暑いもの想像しちゃった・・・もう攻撃する気力も無い・・・

後何分か見る気力も無いなあ・・・・

その時。

 

プシュー。バタン!

「お待たせ致しました。急行、蛇の目台駅行きです。運賃は前払いです」

タ級は電子アナウンスを全部聞いて、ようやく、目の前にある塊が待っていたバスだと気づいた。

「あ、あの、乗ります」

「終点までですか?」

「はい」

「350円になります」

支払いを済ませ、車内に入る。

外とまるで違う、涼しくてカラッと乾いた空気。んー!生き返る!

誰も居ない車内をとことこと歩き、窓辺の2人がけの席に座る。

傍らにバッグを置く。

シートがふかふかで気持ち良い。

 

「発車します、ご注意ください」

という電子アナウンスとバスのエンジン音を子守唄に、あっという間に眠りに落ちていった。

 

 

 





100%ピュアな日常編です。
少しだけ書き方を変えてます。
こういうのはアリでしょうか?ナシでしょうか?


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file41:(ネタバレあり)摩耶と天龍の放課後講座

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座だよ~!」

「1年後の世界って事で第2章に入ったけどさ」

「相変わらず時間軸弄りまくりだぁね」

「というわけで、またうちらの出番って訳だ!」

「ここでいつものお約束っ!ここから先は既に過去分を読んでる人向けだ!」

「ネタバレしてから読むとつまんねぇからなっ!」

 

 

 

 

 

- CM ---------------------------

 

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- CM終わり ---------------------

 

 

 

 

 

「摩耶と!」

「天龍の!」

「放課後講座ぁ~!いやっふぇ~い!」

「さぁ、物語もいい加減お仕舞いのようです」

「あと何話続くんだって感じですが!」

「とりあえず今までの話をまとめるぜ!」

「さて、1年経った4月から物語は始まった」

「妙高4姉妹が俺達のノウハウを四苦八苦して教材にまとめたんだよな」

「で、教材が整った時点で妙高4姉妹と、」

「俺達天龍型が教師役を専属で引き受けるって事になった!」

「お前が先生ねぇ」

「オレが一番驚いた!」

「でも、楽しそうに駆逐艦と遊んでるよな」

「ちっ!ちがっ!ビシバシ厳しく躾けてるぜっ!」

「その割には駆逐艦達がキャアキャアはしゃいでないか?」

「ひっ、悲鳴あげてるんだろ?」

「提督と加賀が遠くから微笑ましく見てたぞ?」

「なっ!」

「龍田の方が躾けてるような気がするけどな」

「あれは躾というより・・・いや、コメントは止めとく」

「胴元か?」

「い、命は大事なんだ。同室なんだよ!帰ったら居るんだよ!」

「解ったから泣くなよ」

「きょ、教育と言えば、青葉と衣笠が広報班になったんだよ」

「最初はPRビデオとパンフレット見せても反応がイマイチだったらしいな」

「まぁ半年分の衣食住+教材全額負担だと結構な額になるもんな」

「これは中将達がバカンスに来た時に交渉してクエストにしてもらったおかげで解消した」

「往復の燃料と教材一部負担なら常識的な額になるもんな」

「まだ他の鎮守府の艦娘迎え入れた話は書いてないよな」

「そもそも学生側の生活全く描いてないけどな」

「いっ、一方で、深海棲艦向けのカレー屋も繁盛してた」

「4月中旬には相談が100件迎えたんだよな?」

「おう。最初はどれが誰か解らねぇんだが、何カ月かすると見分けがついてくる」

「個性があるのか!」

「食べ方とか、歩き方とか、ちょっとしたクセだけどな。」

「同じイ級でも違うのか?」

「違う。だって、こっちでも同型艦って言ったって・・さ」

「・・・そうだな・・・」

 

  沈 黙 5 秒

 

「な、生番組だから深くは言わないが!」

「そ、そうだな!15秒以上沈黙すると罰則だったもんな!」

「続きだ続き!」

「5月頃には深海棲艦の大部隊の幹部の耳に入っちまう」

「整備隊、だったっけ?」

「そうそう。リ級がボスでタ級が護衛役」

「ニートの集まりだっけ?」

「ちょ!リ級は仕事してるだろ」

「装置に語りかけて落ち着かせる役だったっけ?」

「そうそう、それそれ」

「でもダベってるだけなんでしょ?」

「だから変に要約するな!それしか止める方法がねぇんだから!」

「で、その整備隊のリ級とタ級もカレー食べにやってくる」

「5月の事だったよな」

「目的を提督から聞いて、賛同したリ級はタ級にDMZを直させる」

「深海棲艦から戻りたいって奴から相談を受けたら小屋を紹介するとも言ってくれたぜ!」

「やっぱカレー旨かったのかな?」

「まぁ、タ級もリ級もカレー旨いって言って帰っていったけどさ」

「鳳翔カレーはすげーな!」

「いや待て。カレーが旨いから協力してくれたんじゃないぞ?」

「で、この先を説明するには補給隊の話が必要だ」

「カレーの所もう少し訂正したいけど、まぁ良いか」

「ボスがチ級で艦娘を深海棲艦に変化させられる、部下はホ級で人間に化けられる。人間側の協力者が虎沼。このトリオだ」

「だな」

「で、虎沼がうちとは別の鎮守府の司令官に、ボンビーでしょ?艦娘売買どないや?と持ちかけて成功する」

「ストレートに言うとそうだけど、だいぶイメージ違うぞ?」

「そんな感じで集めた艦娘達を眠らせて深海棲艦にしたけど、逃げ回るしあっという間にやられちゃう」

「深海棲艦の幹部会議で問題視されたんだよな」

「困ったチ級は整備隊にどうやって部隊を維持してるか聞く」

「でもタ級はチ級が好きじゃないから追い返してリ級に伺いを立てる」

「リ級は深海棲艦になる前にぶんどってしまえば良いじゃんという事で、艦娘の状態なら引き取ると申し出る」

「チ級はホ級に言うんだけど、ホ級は前々からこの仕事が嫌だったから、この仕組みを利用して逃がす策を考える」

「一方で、リ級はもう1つの指示をタ級に伝えてる」

「妨害だな。」

「虎沼が行きそうな鎮守府に先回りして、好条件を突き付け、艦娘を取るだけ取ってドロンする」

「見事に引っかかったDQNが居たわけだ」

「騙されたと思った直後に虎沼が来たからめっちゃ怒って追い返したらしい」

「ひでぇとばっちりだ」

「虎沼の方はホ級から事の真相と回避策を説明される」

「フラグ建てた時だよな」

「フラグって言うな。で、タ級がDQNから2体の艦娘を引き取ってくる」

「1体は睦月、もう1体は自決したらしい」

「来た時はすんげぇビクビクしてて可哀想だったな。そこまで追い詰めた奴に腹が立った」

「なんか睦月に敬語だったよな天龍」

「しっ、心配してたからつい口調が変になっちまったんだよ」

「駆逐艦達が「やっぱり保母さんだよね~」ってニコニコしてたぞ」

「今度、はぐれリ級拾って帰って来てやる」

「だから持ってくんな!毎回鎮守府直すの大変なんだぞ!」

「この頃だったよな、提督が悪夢を見たのは」

「まあ色々トラウマ撫でまくりの状況だったからな」

「虎沼撫でまくり?」

「変な想像しちまったじゃねぇか。とにかく、提督は悪夢を見て、長門に励まされる」

「やっとこさ腐敗対策班が結成されるんだよな」

「で、リ級が補給隊にNOといった艦娘とDQN司令官から騙し取った艦娘を引き取ってくれと提督に言う」

「提督からすれば深海棲艦になる前に保護出来るのも美味しいし」

「売り飛ばしたDQN司令官の動かぬ証拠も美味しいから二つ返事でOKする」

「さらには大本営の憲兵隊にその事を説明し、協力を取り付ける」

「腐敗対策班の初仕事がそれら艦娘達の回収だった」

「前日に腐敗対策班の班長とリ級タ級は顔合わせしたんだよな」

「で、回収日にタ級はファンクラブに加入した」

「させられたって感じもするけどな」

「しなかったら全空母の艦載機で総攻撃する算段だったらしい」

「マジかよ。加賀会長恐ろしいな」

「この物語で本当に怖いのは高LV艦娘が怒っ・・・うぷっ!」

「言うな。マジで命に関わるぞ。ていうか寝てる間に解体されるぞ」

「むーむーむー!」

「で、初仕事は無事完了する」

「睦月は赤城と響、それと提督のおかげで少しずつ打ち解ける」

「俺もDQN司令官討伐行きたかったなあ」

「逮捕支援だっての。腐敗対策班2回目の出動の時だな」

「提督に言ったら「お前は見つけ次第砲撃しそうだからダメ」って断られた」

「まぁ、提督も考えたうえで人選してるよな」

「どういう意味だよ?」

「天龍は気持ちの通りにまっすぐ動くだろ?それじゃダメな事もあるんだよ」

「うー」

「で、捕り物もちょっとした細工で上手く行く」

「木曾と球磨が活躍したな」

「球磨の鉤爪万能説が誕生した瞬間ともいえる」

「DQN司令官からしたら鎮守府の明かりが消えて訳の解んない光が眩しいと思ってたら憲兵隊に囲まれたって言う」

「弁護士に説明しても解ってもらえなさそうだよな」

「まぁそんなわけでDQN司令官は軍事裁判で負けて塀の中って訳だ」

「対空機関砲の餌食にならないのかよ?」

「あー、今も塀の中で生きてると思ってるか?」

「・・・・・ノーコメント」

「そういやDQN司令官逮捕の時、タ級も居たよな」

「そう。前日に提督が頼んだら2つ返事で受けてくれたらしい」

「逮捕のカラクリを改めて説明すると」

「まず、タ級がドロンじゃなくて、すっごく時間かかったけど売買費用用意出来ました~ってDQN司令官に連絡」

「DQN司令官は当然乗ってくる」

「その間に木曾が鎮守府の電源に細工して、全電源を遮断した後も港だけ復電出来るスイッチを着ける。」

「艦娘が遠征と出撃で一番出払った後、再度タ級が電話して、輸送船を港につける」

「誰も居ないからDQN司令官が港に出てくる」

「船から降ろされた資源を見て、ほいほい売買契約書の受け取りにサインしちまう」

「そこで鎮守府の全電源が落ちる」

「真っ暗になった後、霧島達がDQN司令官を探照灯で照らす」

「DQN司令官が眩しさで動けない間に資源コンテナから憲兵隊が飛び出して囲む」

「囲み終わったら探照灯を消し、木曾が港だけ電源を戻す」

「DQN司令官が目を開けるとあら不思議、憲兵隊が書類持って取り囲んでるって訳だ」

「ちなみに輸送船には憲兵隊が入ってた資源コンテナ以外に護送車も乗ってた。」

「DQN司令官連れてった車だよな」

「鎮守府の捜索や護送は全部憲兵隊がやってくれたから、腐敗対策班とタ級を乗せた輸送船は逮捕時点で撤退」

「こんな感じだな」

「ちなみに暁4姉妹の謎解き、花火大会、それとタ級の昼下がりの話は全体の動きには関わらないから割愛な」

「提督の逃避行も右に同じく、だ」

「というわけだ」

「今日はここまで。皆ありがとな!」

 




コメントありがとうございました。
どこまで続けられるか解りませんが、時間があれば更新しようかと思います。
なお、アンケートNGの件、FAQの当該事項に気付いてませんでした。
本文と後書きから質問の部分を抜きました。
今度はFAQの通り、必要があれば活動報告で付けることにします。
ご連絡ありがとうございました。


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file42:蟻ノ一穴

 

9月8日昼 某海域

 

「マ、参ッタ・・・ドウスレバ良インダ」

補給隊幹部であるチ級は頭を抱えていた。

リ級との約束に従い、チ級は連れてきた後、深海棲艦に変える前に勧誘をするようにした。

その結果、今度は誰一人勧誘に応じなくなってしまったのである。

「最近ハ、勧誘ガ鎮守府デ、文字通リ門前払イニナル場合ガ増エタヨウデス。困リマシタ」

ホ級は頷きながら困ったという顔をしていたが、内心はチ級に謝っていた。

何を隠そう、ホ級は勧誘を阻止している張本人なのである。

移転希望の艦娘向けに勧誘の注意を試したところ、100%期待通りの効果をあげた。

そこで、最近では輸送船内で虎沼からチ級の勧誘とその後の鎮守府からの迎えについて説明してもらっている。

一応、深海棲艦になりたければ止めませんとも言うが、希望する訳がないので追い打ちも同然である。

更に先月は虎沼が門前払いを受けるケースが急増し、取引総数も大幅に減っていた。

ゆえに1ヶ月を通して只の一人も勧誘に応じないという事態になってしまったのである。

「来週ニハ、幹部会ガアル」

「ハイ」

「深海棲艦ニ出来ソウナ艦娘ニ絞ッタ勧誘ハ出来ナイモノカ?」

「ト、言イマスト?」

「例エバ艦娘使イノ荒イ鎮守府ヲ重点的ニ当タルトカ」

「ソンナ内情マデ言ッテクレナイデスヨ」

「ソレモソウカ・・・」

「ソロソロ、潮時カモ知レマセンヨ?」

「・・・・。」

「連レテ来テモ文句言ワレマスシ」

「イヤ、モウ一度、何トカ挽回シタイ」

「・・・。」

「ホ級モ、営業活動ニ、参加シテクレナイカ?」

「人間カラノ報告ヲ聞ク限リ、私ガ行ッテモ適ワナイ気ガシマス・・・」

「使エル艦娘ヲ一人デモ連レテ来レバ、補給隊ヲ維持出来ルハズナンダ」

「・・・考エテミマス」

ホ級はそう言ってチ級と別れた後、しばらく考えに耽っていた。

やがて、意を決したようにある海域に向かって行った。

 

 

9月8日夕方 某海域の無人島

「アレ?オ前ハ、補給隊ノ、ホ級カ?」

タ級は海の涼しさに嬉々として膨大な書類と格闘していたが、珍客に手を止めた。

「ア、アノ、ココニ来レバ、相談ニ応ジテクレルト、聞イタノデ」

「ドンナ事ダ?」

「深海棲艦ヲ辞メテ、人間ニ、ナリタイノデス」

「!?」

「ドウスレバ、良イノデショウ?」

タ級は思わぬ申し出にびっくりした。

てっきり補給隊の運営についての相談かと思ったのである。

しかし、ホ級の目は真剣そのものだ。

教えてあげたいが、その方法は私も知りたい。いやいやいや。

タ級は少し間を取ってから、話し出した。

「教エテヤリタイノダガ、直接、人間ニナル方法ハ、解ラナインダ」

「・・・・・。」

「トリアエズ、ボスト相談スルト良イ」

「良インデスカ?」

「コウイウ相談ハ、ボスシカ対応出来ナイ。今カラ迎エニ行クガ、一緒ニ来ルカ?」

「オ願イシマス」

リ級は何か知ってるだろうか。もし知ってたら一緒に聞いておこう。

 

「時間ピッタリデスネ」

タ級が島に迎えに行くと、リ級は珍しく起きていた。

「最近、ホント調子良サソウデスネ。嬉シイデス」

「タ級ト提督ノ恋路ガ気ニナッテ気ニナッテ」

「ソレナラ・・・元気ジャナクテ、良イデス」

「マァマァ。アラ?ソノ子ハ?」

タ級の後ろからひょこっと出てきたホ級にリ級が気付いた。

「相談ヲ、シタイソウデス」

リ級が微笑んだ。

「良イワヨ。オ話シマショウ」

「全部、オ話シテモ良イデスカ?」

「秘密ハ守ル。心配シナクテ良イワ」

リ級の言葉に、ホ級は安堵の溜息を吐いた。誰かに全部打ち明けてしまいたかったからだ。

 

「ナルホド」

リ級はホ級から、補給隊の現状、ホ級がしていた事、そして人間に戻りたい事をすっかり聞いた。

ホ級が補給隊の要であることはリ級も知っていたが、積極的に取り組んでいるのだと思っていた。

これほど悩んでいたのなら、これ以上の妨害工作は要らない。

むしろ、補給隊そのものを無くす方向で動こう。自分の希望する未来と合致するし。

だとしたら、取引の為にはこの子の願いを何とかする必要がある。

しかし、嘘を言っても意味が無い。

リ級は熟考の後、口を開いた。

「我々ガ、知ッテル方法ハ、成仏スル方法ダケナノ」

「成仏・・」

「結果的ニ転生出来レバ辞メラレルケド、ソコハ我々デハ」

「ドウニモナラナイ話デスヨネ」

「タダ、手ハマダ他ニアルノ」

「ドンナ手ナンデスカ?」

「色々確カメナイトイケナイ事ガアルワ。13日マデ待テル?」

「ハイ。モチロン」

「解ッタ。ジャア13日ノ今頃ニ、マタ来テネ」

「ハイ。オ願イシマス」

 

帰っていくホ級を見送りながら、リ級はタ級に言った。

「ソロソロ、鎮守府巡リモ、終ワリニ、シマショウカ」

タ級の目が輝いた。

「本当デスカ!」

「何故ソンナニ嬉シソウナノ?司令官ニ、苛メラレタノ?」

「ウルサイ蝉モ、暑サモ、ウンザリナンデス」

「人間ニナッタラ、ソコデ生キルノダケド、ネ」

タ級は愕然とした。そういえばそうだ!

リ級はそんなタ級を見て、くすくすと笑いながら付け足した。

「デモ、提督ハ、ソコニ居ルノヨネ」

「ミャッ!?」

タ級はカクカクとリ級を見た。汗をどっとかきながら、

「ナ、ナナナナナナ何ノ事ダカ私ニハサッパリ」

と答えると、リ級はぷふっと吹き出して、

「ヤッパリ、タ級ハ可愛イワ。頑張ッテネ」

と、タ級の頭を撫でながら笑った。

タ級は顔から火が出そうだった。

最近、リ級が元気なのは良いが、妙に弄られる。

まさか提督ファンクラブ会員になった事もバレてるんじゃないわよね?ね?

 

 

9月9日午後 岩礁の小屋

 

「ジャア、今週ハコンナ感ジデ」

タ級は夕張達と打合せを終えた。

毎週水曜日の午後、「彼女」の調査と、艦娘売買情報の交換会をしていたのである。

「彼女」こと装置の調査については、数回の現象を見て、夕張が2回ほど機械を作ったが効果は無かった。

何が彼女を活発化させたり、沈静化させるのか。謎は深まって行くばかりだった。

ただ、タ級曰く、

「リ級ガ、元気ニナッテキタカラ、時間カカッテモ良イ」

という言葉に救われていた。

「今日、提督ト相談ハ可能カナ?」

タ級が摩耶に聞く。

「ちょっと様子見てくるよ、待ってな」

「ゴメンネ」

「良いって事。あ、夕張から目を離すなよ」

「了解。寝ナイヨウニ見張ッテオク」

「さすが、良く解ってる!」

そう言って摩耶とタ級はウインクを交わしたが、夕張は

「ちょっとぉ、少しくらい寝ても良いじゃんよぅ」

と、不満げだった。

 

「はいはいお待たせ。どうしたの?」

「呼ンデシマッテ、スマナイ」

「書類から逃げられてむしろ感謝してるよ」

「アァ、コッチデモ多イノカ?」

「てことは、そっちも?」

「毎日捌クノガ大変ダ」

「解ってくれるって嬉しいねえ。あれ?リ級は?」

「昼ニ、島デ寝ルノガ唯一ノ楽シミダカラ、奪ッタラ可哀想」

「それで代わって捌いてるのか。タ級は良い娘だね。」

「ソ、ソレホドデモナイ」

「きっと良い奥さんになるよ」

「!」

ボン、と瞬間湯沸かし器のように真っ赤になるタ級を見て、摩耶は思った。

提督の超鈍感は罪作りだよな・・・まぁ、もう諦めてるけど。

 



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file43:隊ノ終焉

9月9日午後 岩礁の小屋

 

「人間に、かあ」

「ソウナノダ」

事情を聞いた提督は腕を組んだ。

「艦娘に戻ってくれたら、近代化改修か解体の時に人間になれるけど・・・」

「ヤッパリ、深海棲艦カラ、艦娘ニ戻ルッテ所ガ問題ダナ」

「だね」

その場に居るメンバーは溜息を吐いた。

研究室でも艦娘に戻る方法を試行錯誤しているのだが、残念な事にまだ1件も成功していない。

全員満足げに成仏してしまう。

だからこそ、リ級が転売された艦娘達を艦娘のまま引き渡してくれる事に価値がある。

夕張が口を開いた。

「提督、やっぱり全体を通して1回見せて欲しいのですけど」

「見せられるんならとっくに見せてるってば」

「ヲ級から蒼龍に戻った所だけは録画してあるんですけど、それ以外が無いので」

「なんというか、日常会話してたらいつの間にか戻った、というものだったからな」

「蒼龍、私達のやってる事と貴方の時で明らかに違う事ってある?」

蒼龍はずっと考え込んでいたが、あっと声を上げた。

「何?蒼龍」

「えっとね」

「うんうん」

「提督と一緒に居たいなって、凄く強く思ってたよ」

「え」

「提督は話を聞いてくれて、皆とわいわいガヤガヤ楽しく話せて、小屋に来るのが楽しかった」

「あー、そうだったねえ」

「だから、艦娘に戻るとかの選択肢じゃなくて、ずっと提督と一緒に居たいって願ってた。」

「面と向かって言われると物凄く恥ずかしいんだが」

「今も変わってませんよ?」

「なっ!?」

「まぁ、違いと言えばそれくらい。後は最初から深海棲艦になりたくなかったって事」

「そういやそうだったね」

「後の方は個々の事情だけど、前の方は今から何とかなるよね」

「どういう事?」

「人間で居たい理由があるはずじゃない。だから光に包まれたらそれを強く願って・・という」

「それは物凄いバクチじゃない?」

「でも、今の所それしかないわけで」

「人間に戻りたい深海棲艦に、提督ラバーになってくれなんてセクハラだし」

「そりゃそうだ」

「ワ、私ハ、ソレデモ良イケド・・・」

「ん?タ級も戻りたいのか?」

「彼女ノ件ガ一段落シタラネ」

「あれもどうしたもんか、悩ましいね」

「正直手詰まり感があるわ」

「過去にリ級さんが話した内容を録音して聞かせてもダメだったしねえ」

「難しいものだ」

「1つ上手く行けばスルスル行きそうな気はするんだけどね」

「ふうむ」

「彼女ニツイテハ、深海棲艦モ長イ事調ベタガ、他ニ方法ガ見ツカラナカッタンダ」

「かといって、ずっとリ級さんに任せるのもなあ」

「ソウナノダ」

「皆、気持ちは一緒なんだけど」

「方法が見つからないのよね」

再び、全員が溜息を吐いた。

「とりあえず、その深海棲艦さんにはそれでも試してみるか聞いてみて」

「解ッタ」

「じゃあ、また来週ね!」

その言葉を合図として、全員が立ち上がった。

 

 

9月13日夕方 某海域の無人島

 

「イラッシャイ」

タ級に連れられて、ホ級が島を訪ねてきたのを見て、リ級は優しく迎えた。

「エエト、進展ハ、アリマシタカ?」

ホ級は期待と諦めがない交ぜになったような表情で聞いてきた。

リ級はにっこり笑って

「可能性ハ、出テキタワ」

「本当デスカ?」

「タダ、確実トハ言エナイ。説明ヲ聞イテ判断シテ欲シイノ」

リ級はタ級から聞いた研究室の話を伝えた。

「ツマリ、人間ニナリタイ理由ヲ強ク願イツツ、ソノ鎮守府デ生活シテ、心残リヲ解消シテイク、ト」

「ソウイウ事ネ」

「時間カカリソウデスネ」

「何カ心配事ガアルノ?」

「チ級ニ何テ言オウカト」

「ソコハ、心配要ラナイワ」

「エッ?」

「大手ヲ振ッテ行ケルヨウニ、シテアゲル」

「・・・ソレナラ、オ願イシマス」

「解ッタ。ジャア手配スル」

「私ハドウスレバ?」

「9月18日ニ、マタ来テクレル?」

「解リマシタ」

 

 

9月15日昼 深海棲艦の拠点

 

「ト、言ウ訳ナノ」

リ級は護衛班を連れて、戦艦隊の隊長であるル級の所に足を運び、話を持ちかけていた。

「・・・マァ、正直補給隊ハ要ラン」

「デショウ?」

「チ級モ解ッテルトハ思ウンダガ・・辞メルトハ、言イニクイノダロウ」

「補給隊ガ一番引キ渡シテル、駆逐隊ヲ説得シテクレナイカシラ?」

「構ワナイガ、チ級ト、ホ級ハドウスル?」

「ホ級ハ、私達ガ引キ受ケル。チ級ハ元々駆逐隊ダカラ・・」

「駆逐隊ガ、チ級ヲ受ケ入レルカ、ダナ」

「ソウネ」

「ソコモ含メテノ交渉カ」

「エエ」

「解ッタ。彼女ノ件ヤ、負傷兵ノ件デ、リ級ニハ借リガアルシナ」

「申シ訳無イケド」

「イヤイヤ、借リッパナシハ私ノ性ニ合ワナイカラ、丁度良イ」

「デハ、オ願イスルワネ」

「アア」

リ級が去っていくのを見送っていたル級は腰を上げた。

駆逐隊はリ級を嫌っているから、私が言う方が良いだろう。

いい加減、役立たずばかり寄越す補給隊に資源を掘って渡すのもウンザリしていた。

この機会に決着をつけてしまおう。

 

 

9月16日午後 深海棲艦の拠点

 

「ドウシヨウ・・・」

チ級は始まる前から大汗をかいていた。ついに1体も供給出来なかったのである。

一体どれだけ非難されるかと思うと、始まる前から頭が痛かった。

「幹部会ヲ、始メマス」

司会の順番になっていたル級が切り出す。

「マズハ、補給隊ノ話ダガ」

チ級はびくっとなった。最初という事は相当怒られる。

「先月ノ供給数ハ、ドウダッタ?」

「ゼ、0デス」

「ソウダッタナ。整備隊ニ何体行ッタノダ?」

「大体40体ッテ所カシラ」

リ級が答える。

「要スルニ、集メテモ、深海棲艦ニハ、ナッテクレナインダナ」

「ス、スミマセン・・」

チ級は諦めた。非難轟々でも、事実は事実だ。

「チ級ヨ、隊ヲ解散シナイカ?」

「エッ?」

「正直、資源ヲ掘ル時間ガアレバ戦闘シタイノダ」

「・・・・。」

「マァ、来テモ逃ゲ出スヨウジャ意味ガナイシ、来ナイナラ尚更ナ」

「ア、アノ」

「ナンダ?」

「ワ、私ハ、処分サレルノデショウカ?」

「イヤ、ソンナ事ハシナイサ」

「!」

「最後ハ残念ナ状況ダッタガ、今マデ功績ガアッタノハ確カダカラナ」

「・・・。」

「ダカラ、隊ハ解散スルガ、処分ハ無イ」

「・・・ア、アリガトウ、ゴザイマス」

「チ級ハ駆逐隊で、ホ級ハ整備隊デ、引キ取ル」

「ソウデスカ・・」

「反対ハ無イカ?デハ、次ノ話題ダ」

チ級はほっとした。隊が成果をあげられなくなったら殺されるかと思っていたからだ。

駆逐隊は元の部隊だし、隊長を含めて友人も多い。ホ級が整備隊行きというのも何となく解る。

呆気ないくらいの幕切れだったな。

丁度進んでる取引もないし、ホ級の言うとおり潮時だったのかもしれない。

 

「補給隊・・解散、デスカ」

チ級から聞かされたホ級は、ぽかんとした。

「アト、ホ級ハ、整備隊ニ配属トナッタ」

ホ級は呆然とした。

リ級が大手を振って行けるようにしてあげると言っていたが、隊がまるごと解散とは思わなかった。

改めて自分が相談した相手の凄さを実感したのである。

しかし、と、ホ級は思った。

これでなりたくないのに深海棲艦にさせられる子は居なくなる。良かった。

ただ、虎沼さんはまた失業しちゃうな。それだけは伝えないと。

 

 



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file44:ホ級ノ門出

9月17日夕方 某居酒屋

 

「そうか!良かったな!」

大隅は事業を解散することと、合わせて人間になるべく色々試してみる事を虎沼に伝えたのだ。

すると虎沼は満面の笑みで祝してくれた。

「人間になれたとして、姿は今と変わるのかい?」

「艦娘の頃は人間でいうと中学生位の感じだったから、どちらの姿で戻るかは解らないわ」

「え?ちゅ、中学生だったのか?」

「実際はもっと年上だけど!姿形って話よっ!あっ!ねっ、年齢は聞かないでよねっ!」

「女性にトシなんて聞かないよ・・・」

「でも・・」

「ん?」

「また虎沼さんは仕事が無くなっちゃうね」

「今度は蓄えもあるし、当分は鋼材屋さんだ」

「鋼材屋さん?」

「俺が報酬として貰った鋼材、まだ大量にストックしてるんだ」

「ああ、そういえば」

「それと、大隅さんの貯蓄分もまだ鋼材だから現金化しないといけない」

「!」

「だからまずはそれだ。落ち着いたら次の職を考えるが、数年はやりくりしてるだろうよ」

「あ、あの話、本当だったんだ」

「嘘ついてどうする」

「励ましてくれたのかなあって」

「勿論励ましだし、励ましで嘘言ったら余計酷いだろ・・・」

「そっか・・・うん、そっか・・・」

「おっおい、泣くなよ・・ほら、飲め・・って中学生か」

「ちゅ・・中学生じゃ・・ない・・ってば」

「でも、中学生と言えば、娘が生きてたらその位だなあ」

「・・・え?」

「小学校入学した直後だったんだが、妻と一緒に事故に遭ってな。二人とも即死だった」

「!」

「大隅さんで戻るなら一人でも生きていけるだろうし、ええと、艦娘だと・・何だっけ?」

「阿武隈」

「そうそう、阿武隈さんとして中学生になったとしても、俺が親代わりに面倒見てやるよ」

「えー、虎沼さんは良いお父さんなのかなあ?」

「あっ!馬鹿にしただろ!ちゃんと家事出来るんだぞ!料理だって作れる!」

「お父さん飲み過ぎだよ、はいお水!とかやらないといけないのかな?」

「ぐっ!!ふ、二日酔いは・・たまにしか・・ない」

「へぇ~?」

「うわ!疑ってるな!よし!娘として来たら深酒は一切しない!」

「そんな事言っちゃって良いの~?」

「俺はやると言ったらやる!」

くすくす笑いながら、ホ級は思った。虎沼さんが父さんか。それも良いかもしれない。

 

 

9月18日夕方 岩礁の小屋

 

「エ、エト、ホッ、ホ級・・・デス」

「よろしくねっ!あと、今提督呼んで来るから、中入って待ってて!」

タ級とリ級が久しぶりにカレーを食べに来て、予約をしていった。

島風は後がつかえないよう、最終枠を押さえた。

そして、時刻通りにタ級とホ級が姿を現したのである。

ちょんと岩に乗っかったかのような小さな建物を見て、ホ級は思った。

こ、この小屋が鎮守府?私が居た鎮守府より物凄く小さい気がする。

というか工廠も格納庫も港も無いじゃない!

「ア、アノ、タ級サン」

「何?」

「シ、信用シテ、良インデスヨネ?」

「大丈夫。提督ヲ信ジロ」

「コ、コノ鎮守府、高波デ壊レナイカナ?」

「ヘ?」

「ダッテ、今ニモ水ガ・・・」

「コレ、鎮守府ジャナイヨ?」

「エッ?」

「鎮守府ハ、アノ島ノ奥ダゾ」

「ソ、ソウナンダ・・・」

「ダカラ島ニ提督ヲ呼ビニ行ッタジャナイカ」

「良カッタ・・」

 

「おーい、お待たせ~」

提督が夕張に曳航されたボートで岩礁にやって来ながら、タ級達に声をかけた。

ホ級はガッチガチに緊張していた。どうしても人間に戻りたい!出来れば阿武隈の姿で!

よっこいせと降りてきた提督に直角に頭を下げると、

「ハッ、ハジメマシテッ!ホ級デスッ!フツツカ者デスガヨロシクオ願イシマシュ!」

言い終えてホ級は真っ赤になった。のっけからいきなり噛んだ!しかもなんか変な挨拶っぽい!

しかし、提督はにっこり笑うと、

「君が深海棲艦から戻りたいっていう子だね。提督です。よろしくね」

そういうと手を差し出してきた。

ホ級は焦って、

「オッ、オ金デスカ?用意シテナカッタノデスガ、エト」

「違う違う。握手だよ」

「ア・・・」

タ級がホ級の肩を叩きながら、

「大丈夫ダカラ、少シ、落チ着ケ」

「ハッ、ハイ!」

「まぁ立ち話も何だし、小屋に入ろうか」

夕張が声をかけた。

「提督!同席して良いですか?」

「勿論だよ。夕張達の知恵も借りないとダメだろう」

「わーい」

 

後片付けをしている面々を除き、ホ級、タ級、夕張、蒼龍、そして提督が小屋の中に入った。

タ級が一通り説明した。

「ソレデ、コノ蒼龍ガ、提督ニヨッテ艦娘ニ戻ッタ訳ダ」

「ナルホド!実績ガアルンデスネ!」

「一応、あるにはある」

「私ハテッキリ、色々実験サレルノカト!」

「勿論研究に協力してくれるんなら大歓迎よ!色々試して欲しい薬とか機械とかあるし!」

「ヒッ」

「夕張、目が星になってる。ヨダレ拭きなさい。乗り出すな。ホ級が怯えてるじゃないか」

「アト、提督」

「ん?」

「コノ、ホ級ハ、人間ニ化ケラレル」

「タ級と一緒か」

「ソウダ。ホ級、化ケテミテクレ」

「ア、ハイ」

「待って!ちょ、ちょっとだけ待って!」

「?」

全員が見ると夕張がHDDをガシャガシャと艤装に装填してる所だった。

「あの、夕張さん」

「何ですか提督、今忙しいんです!」

「どうして兵装にHDDが要るの?」

「何言ってるんですか!録画用ですよ録画用!ホ級さん!」

「ハ、ハイ」

「ちょっと待ってね!まだ半分装填しないといけないから!」

「ハ、ハァ・・」

装填の終わった片側からジャキン!とカメラ数台とガンマイクが飛び出してきた。

「ろ、録画用って・・・何台HDD装填するのさ?」

「これで最後・・・っと。え?12台ですよ?」

「なんで12台も要るの!?」

「撮り逃すわけに行かないでしょ?フル4Kで立体的に撮るならこれくらいは」

「そんな高画質で撮らなくて良いでしょが」

「いーじゃないですか!お小遣いで買ってるんだし!音だって凝ってるんですよ!」

「兵装を私物で改造するんじゃありません!」

「提督だって執務室に栗羊羹3本も隠し持ってるじゃないですか!」

「なっ!何故知ってる!どこから見てた!」

「青葉ちゃんと情報交換してるんですぅ!」

「個人情報の勝手な譲渡は禁止されてます!」

「提督は公人だから良いんです~!」

「そんな理屈は通りません!それから兵装没収します!」

「あ~ひど~い!提督の横暴を許すな~!」

ホ級はぽかんと見ていたが、タ級がホ級に囁いた。

「コレガ、ココノ日常ダ」

「・・・結構、騒々シイ?」

「ウン。コンナモノジャ、ナイガ」

「ソウナンダ」

「デモ、仕事ハ真面目ニスル」

「アマリ想像出来ナイケド」

「私モ、最初ハソウ思ッタ。スグ解ル」

「ソウナンダ」

「・・・楽シソウダロ?」

夕張と提督はぎゃんぎゃん論戦を交わし、蒼龍はゆうゆうとお茶を飲んでいる。

ホ級はふっと笑うと、

「・・・ソウネ」

と言った。

 




名称誤りを直しました。


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file45:龍田ノ授業

 

9月18日午後 岩礁の小屋

 

「よ、よし・・・じゃあHDD10台までな」

「しょ、しょうがないわね・・・FHD画質で妥協するわ・・・」

ぜいぜいと肩で息をする提督と夕張。

長時間の論戦の果てに訳の解らない所で妥協した訳だが、二人はぎゅんとホ級を向くと、

「さぁ!人間になってください!」

と言った。

「エ?エ?人間ニナル方法ハ知ラナイノデスガ?」

「化ケテクレッテ事ダロ」

「録画始めてるから、はよ!」

「エッ、エエッ!?ハ、ハイ!」

慌てつつも変化していくホ級を見て、提督は

「タ級が化ける時と光の色が違ったり、微妙な違いがあるね」

と言った。

「ソウイエバ、ソウカモ」

「じゃあタ級さんもついでに化けてください!」

「エッ?」

「早く!」

「ワ、ワカッタ」

「おおー」

「なるほど!違いますね!」

「相変わらず美人だねタ級さん。ホ級さんも、いかにも仕事出来ますって感じで格好良いね!」

「あ、ありがとうございます」

「び、美人だなんてそんな・・・やですよもう、提督ってばー」

夕張はふと蒼龍を見た。

ヤバい、青筋立ってる。画面に入れないようにしておこう。

でも、提督が鼻の下伸ばしてるのはしっかり撮っておこう。青葉に高く売れる。

その時、すすすっと蒼龍が提督の隣に行った。

「そ・れ・で!」

「ぎゃあああああああ!」

そ、蒼龍さん、爪立てて二の腕つねりましたよね。バッチリ写っちゃいました・・・

あれは提督かなり痛いだろうなあ・・・

「もう元に戻ってもらっても良いですよね?」

「い、いや、ホ級はそのままの方が良いんだけど」

「え?どうしてですか?」

「だって、鎮守府に連れてって長期滞在してもらうんだぞ」

「あ」

「研修に来た外の艦娘がホ級見たら大パニックだ」

「そりゃそうですね」

「かといって何週間もこの小屋じゃ申し訳ないし、研究室も島にあるしな」

「ですね」

「そういえばホ級さん」

「はい?」

「その姿以外にも化けられるものなの?」

「いえ、それは無理ですね」

「タ級さんは・・・イタタタタタタタ!」

「タ級さんは関係ないですよねぇ?」

「じゅ、純粋な興味!聞いてみたかっただけだから!他意は無いから蒼龍さん!」

「そ、蒼龍さん待った待った!もげる!腕もげちゃう!許してあげて!」

「タ級さん、随分提督の肩持つじゃないですか・・・うふふふふ」

「蒼龍さんの方が深海棲艦っぽいですよ!?」

「今flagshipヲ級ならフル武装して戦艦艦隊に突っ込んでいけそうって思います」

「物騒な話は止めてください」

「フンだ!!」

「痛いなぁ・・・そもそも蒼龍だって凄い美人なのに何を怒ってるんだか・・・」

「えっ?」

「えっ・・って・・何?」

「んもー、提督ったらぁ!」

「げふぉっ!」

あー、綺麗に提督の鳩尾に蒼龍さんの肘入りました。

さっきの腕捩じりよりダメージ大きいかも・・・

これ、FHDで撮ってどうするんだろう私・・・

まぁ良いか。青葉に売ろ。

ホ級は力が抜けてぺたんと座った。こういうの何て言うんだっけ・・・ええと。

「そういえば、人間の時は他の人から何て呼ばせてたの?」

「解った!どつき漫才だ!」

「は?」

「あ、いえ、あはははははは。ええと、何でしたっけ?」

「に、人間の時は何て呼ばせてたのかなって」

「大隅って呼んでもらってました」

「じゃあ鎮守府内でも大隅さんて呼ぼうか?あ、艦娘だった時の名前は憶えてる?」

「阿武隈でしたけど・・今とは似ても似つかないので大隅で良いです」

「そっか」

「じゃあまずは艦娘に戻る事を目指してみよう。そこまで戻れたら後は決まった手順があるし」

「人間に化け続けるのはしんどいのかしら?」

「んー、深海棲艦のままの時よりはお腹空きますけど、疲れるって程ではないです」

「とりあえず人間の姿で生活してみて、辛かったらその時また考えましょうか」

「ですね」

「蒼龍は化けられたの?」

「あたしはやろうと思わなかったので、出来るかどうかも解んないです」

「そっか。まあ蒼龍も今とは違うタイプの美人さんになったかもな」

「えー・・もう1回深海棲艦になろうかなー」

「それだけの為になるのは止めて」

「冗談ですよ。じゃあ鎮守府ではどこに泊まってもらいます?」

「迎賓棟の1軒で良いんじゃないの?研修生も来るけど部屋を分けられるし」

「ちょっと離れた方が良い?元に戻らないと出来ない事ってある?」

「え・・元に戻るのは海に潜る時か攻撃する時ですけど、どちらも要りませんし・・・」

「トイレとか、食事とか、寝るのも?」

「はい、平気です」

「じゃあ良いね」

「そうですね」

「よし、じゃあそろそろ島に引き上げようか」

「私はそろそろ失礼するわね」

「タ級さん、本当にありがとう」

「お礼は艦娘に戻った時で良いわ。しっかりやり方記録しといてね!」

「あ、はい。今後の為って事ですか?」

「私もいつか人間になるし!」

 

ピシッ。

 

夕張はごくりと唾を飲み込んだ。今は蒼龍さんを見てはいけない。

嫌な予感しかしない。ていうか気配が物凄い事になってる。あ、まだ録画中だった。

提督もきっとこれぐらい張り詰めた空気なら察するよね?

「そうだな。まずは彼女の制御方法を何とかしないといけないが」

ほっ。

「その後なら心置きも無いだろう。楽しみにしてるよ」

うっ、セ、セー・・・

「美人さんが増えるのは大歓迎だ」

セウト!

蒼龍にコブラツイストをかけられ絶叫する提督の声を聞きながらタ級は海に潜って行った。

良い人なんだけど・・・私が悪かったのかなあ?

人間になったらちゃんと守ってあげないと!

 

夕食の後、提督は鎮守府所属の艦娘を食堂に集めて大隅を紹介した。

「イタタタタ・・・と、いうわけで、今日から一緒に過ごす事になった大隅さんだ」

「艦娘さん、ではないですよね」

「うむ。大隅さんは元阿武隈さんで、今はホ級になっちゃったんだ」

文月が言った。

「蒼龍さんと同じって事ですね!」

「そうだね。深海棲艦から艦娘に戻るべく、その方法を探しにここへ来たって事だ」

長門が口を開いた。

「我々はこれで理解できるが、問題は外部から来ている子達にどう説明するかだ」

球磨が口を開いた

「隠してて後でバレる方が誤解が広がると思うクマ」

那智が少し顔を曇らせた

「しかし、普通に鎮守府で生活してた者は我々のように耐性は無いだろう」

提督が答えた。

「そうだね、どっちの意見も正しいから、悩ましいんだよ」

龍田がふぅと息を吐くと、

「大隅さぁん」

「はっ、はい!」

「ちょっとだけ、協力してくれるかしらぁ?」

「ひっ!?い、命だけは許してください!」

「別に取って食わないわよ~、良いですよね?提督」

「何か策があるのかい?」

「お任せ~」

「じゃあ頼むよ」

「ちょ!?こ、殺されませんよね?」

「こういう時、龍田は実に頼もしいんだよ。大丈夫。信じてごらん」

 

 

9月19日朝 教室棟

 

「起立っ!礼っ!着席ぃ!」

「今日も皆さん良い子ですね~」

大隅は教室に漂うビッシビシとした緊張感に負けそうだった。

ここだけ本当に軍隊。というより、なんというか・・・恐怖政治?

「今日は皆さんに、協力者の方をご紹介したいと思います」

教室が一瞬ざわめく。大隅の方を見てひそひそと話す子もいた。しかし。

「静かにしないと落としますよ~」

という龍田の小さな声にピタッと声が止む。

大隅は必死に考えた。落とす?何を?

「はぁい、こちらにいらっしゃるのが大隅さんです」

「お、大隅です。よろしくお願いいたします。」

大隅はぺこりと頭を下げると、艦娘達も頭を下げる。龍田が続ける。

「大隅さんは深海棲艦なのですよ~」

ぎょっとした顔で大隅が龍田の方を向くが、龍田は平然と

「でも、大隅さんはこちらに協力してくれると約束してくれました」

「大隅さんはご覧の通り人に化ける事が出来る特殊な能力があります」

「深海棲艦との戦いは、討伐だけではありません」

「大隅さんに協力をお願いし、艦娘に戻す方法を探したり、味方にする方法も模索する」

「色々な手を駆使して、少しでも我々の損害を減らし、より良い結末に導く」

「もしかすると、5体の深海棲艦を艦娘に戻す、なんてクエストが出るかもしれません」

「そうなっても慌てないように、今から慣れておいてくださいね」

はーいと、艦娘達は返事をした。

それでも、ちらちらと大隅を見る目は微妙だった。

恐る恐るという気持ちと、仲間なのかという安堵感のない交ぜになったような目だった。

しかし。

「見世物じゃなくて仲間なんだから、変な目で見るんじゃありませんよ~」

という、低い声と恐ろしい気配をまとった一言に、

「イエス!マム!」

と、艦娘達が涙目で答えた後は、普通に見てもらえるようになったという。

これを全ての教室で行い、午前中には説明を終えた。

そして、お昼。

「おーい、龍田~、大隅~」

龍田と大隅が歩いている所を提督が見つけて声をかけた。

「どうだった?ちゃんと理解してもらえたか?」

「ちゃあんと、納得させましたよ~」

「ありがとうな龍田。難しい役を引き受けてくれて助かったよ」

「ごく普通に、紹介しただけですよ。ね~?」

「はっ!はい!普通でした!」

「・・・あー、うん、良いや。ところで龍田、昼飯は食べたかい?」

「まだですよ~」

「なら、これをあげよう」

「・・鳳翔さんのランチ券じゃないですか~」

「2枚あるから2人で行っておいで」

龍田は少し考えて、

「2枚あるなら、天龍ちゃんと行きたいなあ」

「え?」

「天・龍・ちゃん・と・行・き・た・い・な」

「はい!ワカリマシタ!」

「じゃあ大隅さんは提督と食堂で食べて来てね~」

「なるほど」

「えっ、あっ、あのっ」

「提督、ちゃんとエスコートしてあげてくださいね~」

「うむ、解った」

手をひらひらさせて去っていく龍田を見送りながら、大隅は提督に聞いた。

「あ、あの、私、龍田さんを怒らせてしまったのでしょうか?」

「龍田が怒ったら今頃天国で賛美歌歌ってるさ」

「ですよね」

「じゃなくて、艦娘達が居る所に私と行って公認だって事を証明しろって事じゃないかな」

「あ」

「後は、早く艦娘達と打ち解けろって事だろう」

「な、なるほど」

「単純に天龍と食べたいというのもあるだろう。なんだかんだで姉思いだからな」

「そうなんだ・・」

「ところで龍田の授業、どうだった?」

「なんというか物凄い緊張感で、軍隊というか、マフィアの総会というか」

「・・・やっぱりそのノリなんだな」

「でも、皆さん物凄く真剣に聞いてました」

「逆らったら終わりだって事を皆理解してるな。それなら死者は出ないだろう」

「逆らうなんて恐ろしい事、誰もしないと思います」

「妙高の言った事は正しいって事か・・・」

「え?どういうことです?」

「気にしないでくれ。私の命に関わるから」

「解りました。忘れます」

「ありがとう。じゃあ食堂に行こう。好きな物を食べなさい。おごってあげよう」

「わ!ありがとうございます!」

「そうだ。当面の小遣いも居るな。秘書艦と相談して整えておこう」

「何から何までありがとうございます」

「今は緊張してるだろうが、うちに来た以上は私の可愛い娘だ。羽を伸ばして欲しい」

「・・・・。」

「そして、ちゃんと人間に戻って、したい事を叶えなさい」

「あ、ありがとう、ございます」

「応援してるからね!」

「はい!」

 




補給隊の結末については、これが当初からの案でした。
もう少し勧誘に足掻いて進退極まってからこうなるか、すっぱり諦めるか迷ってました。
ポイントはチ級が「隊を解体した後はどうなるか」という恐怖感をどれだけ持ってるかでしたが、これ以上追い詰めるのも可哀相かな、と。


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file46:睦月ノ希望

 

8月5日午後 工廠

 

「それで良い。出しやすい配置にしておきなさい・・・ん?」

妖精達と工廠の改装をしていた工廠長は、岩陰から覗いている赤い髪の毛に気付いた。

艦娘・・・だな。背丈からして駆逐艦か。

「どうした?用事なら入っておいで」

声にびくっとした後、緊張した面持ちで出てきたのは睦月であった。

「おや、睦月じゃないか。どうしたね?」

睦月は服の裾をぎゅーっと握っていたが、きゅっと顔を上げると、

「かっ、開発のやり方を!教えてくださいっ!」

と、一息に言うと、ガバッと頭を下げたのである。

だが、下げ過ぎた弾みで背負っていた煙突がずるっと下がり、ガイン!と鈍い音を立てて頭に衝突した。

「おっ!おい!大丈夫か!?」

工廠長が慌てて駆け寄って戻してやると、

「ふぇぇぇ、痛いですぅ」

と、睦月は涙目で後頭部をさすった。

「とりあえずここじゃ暑い。部屋においで。ジュースが冷えとるよ」

「うん!」

艦娘の中でも、特に駆逐艦は一番妖精と似てるかもしれんのぅ。めんこいのぅ。

 

「おいし~です~!」

ジュースを勢い良く飲む睦月を、工廠長はニコニコしながら見ていたが、

「さて、何で開発のやり方を気にしとる?」

と、聞いた。すると、睦月はジュースのグラスをそっと机に戻すと、

「司令官さんに蹴られるのは嫌なんです」

と、ポツリと言った。

見る間に工廠長の顔が真っ赤になり、

「あんの提督!こんなめんこい艦娘を蹴っただと!妖精達!九一徹甲弾を試験用砲台に装填!提督棟に向けよ!」

と怒鳴ったのである。

妖精達がきびきびと設置するなか、睦月が慌てて、

「ちっ、違います!ここの提督さんじゃなくて、前に居た鎮守府の司令官です!」

と訂正したので、発射寸前で待ったがかかり、提督の生命の危機は回避された。

「前の鎮守府か。随分な扱いを受けたのぅ。可哀想に」

「それで、失敗するのが怖くて、開発出来なくなってしまって、ますます叱られて・・」

「ふむ・・」

「提督さんは、まずは一杯食べて遊べば良いよって言ってくれたんですけど」

「当然じゃな」

「でも、私は、ちゃんと開発出来るようになりたい。役に立ちたいんです!」

工廠長は睦月の目を見た。怯えから来る逃避ではなく、未来を見る目だ。

「よかろう。では睦月。開発の件は、わしが面倒を看てやろう」

「あっ、ありがとうございますっ!」

「開発したいと思ったらいつでも訪ねてきなさい。提督にはわしから言っておく」

「い、良いんですか?」

「構わんよ。ただし、9月からは講義もあるから、機械の空いてる時に限られるがの」

「はいっ!」

「早速、今日もやってみるか?それとも日を改めるか?」

「おっ、お願いしますっ!」

「ふむ。では、操作方法からおさらいしてみよう」

 

開発用の機械の前で、睦月は緊張で拳を握りしめていた。

「後は、弾薬の投入じゃな」

「はっ、はい!」

「まあ、オール10は99%失敗する物じゃから気負わずとも良い」

「えっ・・・」

「なんだ?」

「司令官さんは、いつも資材が勿体無いからオール10で回せ、必ず成功させろって・・・」

「阿呆も休み休み言えと言うものだ。ほぼ失敗するのが当然のレシピだぞい」

「そ、そうだったんですか・・・」

「その司令官とやらをじっくり教育した方が良さそうだのう」

「あ、それは提督さんから、司令官と二度と会う事はないから心配しなくて良いよって言われました」

「ほほう。提督は何をしたんじゃろかのう。まぁ良い。続きじゃ」

「はい。今、弾薬まで入れましたから、あとはこのリモコンのボタンを押すんですよね」

「そうじゃ。押す前に黄色い輪の外に出るんじゃぞ。大きな物が出てくる事もあるからの」

「はい!」

「じゃ、押してごらん」

睦月はぎゅっと目を瞑った。

失敗しても良いと言われたけど、失敗したくない。失敗したくないよ。

お願いお願いお願いしますお願いです!

ポチッ。

 

キュイーンと機械が動き出し、目を閉じてても解るほどの眩しい光が放たれる。

そして程なく。

「ほっほー!これは良いの!」

工廠長が驚きの声を上げた。

恐る恐る睦月が目を開け、ぽかんとした。

機械の中にはドラム缶が数個、紐でつながっている。

「ふええええん」

泣き出した睦月に工廠長はびっくりした。

「ど、どうした?」

「また失敗しちゃいました~」

泣きじゃくる睦月の頭に工廠長はぽんと手を乗せると、

「違うぞ睦月。これは輸送用ドラム缶だ」

「・・・ふえ?」

「オール10で出る中では立派な物じゃよ」

「こ、これ、必要な物なの・・?」

「無論じゃ。遠征で持ち帰れる資材が増えるからの。血眼になって開発する司令官も多い」

「本当?」

「本当だとも。まぁ、見た目はドラム缶じゃから地味じゃがの」

「てっきり燃料のドラム缶が倒れただけかと思っちゃいました」

「燃料用ドラム缶とは色が違うし、輸送用のロープもついとる。そこが見分けるポイントじゃな」

「燃料用ドラム缶を塗り替えて、ロープを付ければ・・・」

「それは大本営がやっちゃいかんと言っとるでの」

「そうなんだ・・・」

「じゃから、これは開発でしか得られないんじゃよ」

「こ、ここでも必要でしょうか?」

「間違いなく必要じゃろうよ」

「よ、良かったぁ・・・」

睦月はぺたんと座り込んでしまったが、工廠長は

「今回は大成功じゃが、開発で失敗しても仕方の無い事なのだからクヨクヨしない。良いな?」

「は、はい」

「基本的に、どれだけコツを押さえても失敗する事はある」

「はい・・・」

「ま、失敗をより減らす為のコツは色々ある。根拠のある物からオカルト的なものまでな」

「はい」

「コツはこれから教えていくが、難しいレシピほど失敗する。失敗は常にある。心しておきなさい」

「はい!」

「と、いうのは司令官が心得るものなんじゃがのぅ」

「解ってくれると嬉しいです・・・」

「ま、今日は疲れたじゃろ、またおいで」

「はい!ありがとうございました!」

「輸送用ドラム缶はどうする?持って行くかね?」

「あっ、あの、出来ればこちらに置いといてくれませんか?」

「何故じゃ?」

「ここで初めて、成功した物だから、開発する前に一目見たいんです」

「はっはっは。解った。ではこの辺りに置いておこう」

「ありがとうございます!じゃあ!また来ます!」

「気を付けて帰るんじゃぞ」

「はい!」

睦月は寮に戻りながらニコニコ笑っていた。開発が成功したのも嬉しかったし、工廠長さんも優しかった。

これから色々な物を開発して、今度こそ鎮守府の皆さんの役に立つのです!

 



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file47:教授ノ教示

8月10日夕方 工廠

 

「ふむ、今日はペンギン大行進だの」

「ご、ごめんなさい・・足の踏み場も無いです・・」

あれから当番の日を除いてほとんど毎日、睦月は来ていた。

少しずつ1日に開発出来る回数も増えていたが、今日は本当に運が無かった。

1日頑張ったが、7.7mm機銃とペンギンしか出なかったのである。

「ペンギンはそのうち勝手に海に帰っていくから、ほっとけば良い」

「で、でも、資材を沢山使ってしまいました・・」

「この鎮守府は知っての通り授業で沢山の艦娘を受け入れておるから、資材は豊富に供給されておる」

「・・・・。」

「それに、今月は夏休みで溜まる一方じゃ。野晒しもいかんしの」

「い、良いんでしょうか・・」

「使った分を合計しても、同じ期間に補給された量の方がまだ多いわい」

「そうですか。良かった・・・」

「ところで昨日、睦月も見たじゃろうが」

「?」

「今日は花火大会じゃ」

「あ!昨日、物凄い爆発音を立ててたあれですか!」

「そうじゃ。昨日は花火の練習の為にこちらの練習を中止してもらったが、あれの本番が今日なのじゃよ」

「え、えーと」

「?」

「花火って、なんですか?」

「見た事ないか。そうか・・まぁ、実物を見るのが一番じゃろう。夕食後にまたおいで」

「はい!」

 

「足元に気を付けての」

「はっ、はい!」

睦月は工廠長に手を引かれ、艦娘達でごったがえす見物会場に連れてこられた。

そして妖精達と砂浜にシートを敷くと、皆で腰を下ろした。

「やれやれ、場所があって良かったわい。そろそろ時間じゃ、あの辺りを見ておると良い」

「星を、見てれば良いんですか?」

「大きな音がするから覚悟しておくんじゃぞ」

「はい!」

睦月が口をへの字に結び、ぎっと空を睨んでるのを見て、工廠長はくすっと笑った。

まぁ、備えるのは良い事だ。

「では最初ですよ最初!記念すべき初の打ち上げは涼風さんと五月雨さん!」

青葉のアナウンスが遠くで聞こえた後、

 

シュッ・・・ヒュルルル・・・

 

遠くの空に一筋の光が見えたかと思うと、

 

ドーン!

 

「う、うわあああああぁぁ」

工廠長が睦月を見た。目を見開き、キラキラと輝いていた。

「あれが、花火というものじゃよ」

「大きい音ですけど、凄く、凄く綺麗です!」

 

ドーン!ドドーン!

 

睦月は身を乗り出し、目を見開いたまま、次々上がる花火をじっと見つめていた。

何て綺麗なんだろう。この世にはこんなに綺麗な物があるんだ。

途中休憩になった後も、睦月は花火が上がっていた方を見たままぼうっとしていた。

艦娘達の喧騒の中、工廠長は睦月に語りかけた。

「あの花火の光も火薬で出来ておる」

「砲弾とかを撃つ、あの火薬ですか?」

「色付けの為に混ぜ物がされておる。だから花火用の火薬は砲撃には使えんよ」

「そうですか・・・」

「ペンギンはともかく、開発に成功した物は必ず需要がある。」

「・・・。」

「しかし、その時必要かどうかによって評価は大きく異なる。」

「!」

「だから、その時がっかりされても落ち込まん事だ。いつか役に立つ事もあろうからの」

「いつか、役立つ・・」

「そうじゃ。今夜、皆を楽しませた花火の火薬のようにの」

「そっか・・・そうですね・・」

その時、妖精達が工廠長の服の裾を引っ張った。

工廠長が見ると、焼きそばと綿飴を沢山持ってきていた。

「お前達・・食べきれるのか?まぁ、2つ頂こう。ありがとうよ」

苦笑しながら2つずつ受け取り、1つを睦月に渡す。

「焼きそばと綿飴は花火見物に必要な物じゃからの、頂くとしよう」

睦月はにっこり笑って、

「はい!」

と言いながら、割箸を開いた。

 

 

8月31日朝 工廠

 

「あら?」

新学期に備えて工廠の装備在庫を確認しに来た足柄は、倉庫の前で腕組みをする工廠長を見つけた。

「どうかされたんですか?」

「おう足柄か。いや、なに、ご覧の有様でな」

足柄がひょいっと中を覗き、ぎょっとなった。

ソナー置き場がパンク寸前だ。三式も九三式も山積みである。

隣の爆雷置き場も凄い事になっている。いつからこんなに三式や九四式がバーゲンセール状態になったんだ?

あ、あの店のサマーバーゲン今週末だ。いやそうじゃない。

「えと、こんなにソナーとか爆雷ありましたっけ?」

「少なくとも夏休み前には無かったのぅ」

「増える物でしたっけ?」

「違う。睦月がコツを覚えてバシバシ当てるようになったんじゃ」

「結構大変なレシピじゃなかったでしたっけ?」

「普通は低確率の物じゃよ。だが睦月はティンと来たらしい。」

「でも、これじゃ全艦娘に持たせても余りますよ・・」

「ちなみにここまでじゃないが、輸送用ドラム缶も15.5cm副砲も山積みじゃ」

「ドラム缶も副砲もレア物じゃないですか・・・」

「以下同文、じゃよ。提督からは好きなだけ作らせてやれと言われとるが、置き場所がの」

「ちょっと、これは相談した方が・・」

「やはり、そうかの」

 

「うわ!ソナーも爆雷も凄い数だな!良くやった睦月!偉い!」

「えへへ~!睦月頑張りました!」

「これで潜水艦は全く怖くないな!」

「ドラム缶も副砲も一杯出しました!」

「おお!遠征がより効率的になって助かる!副砲も需要はあるぞ!やるじゃないか睦月!」

「えへへへへ~」

ぐわしぐわしと睦月の頭を撫でまわす提督の肩を、足柄がつんつんと突いた。

「提督提督、倉庫が溢れそうなんです。煽ってどうするんですか」

「これだけ作れるのはこの鎮守府で睦月しか居ないし、重要な装備を沢山作ってくれたんだから褒めるのは当然!」

「で、ですが・・」

提督はひとしきり睦月をナデナデすると、しゃがみこんで睦月と目線を合わせた。

「睦月、1日に何回くらいなら、開発を楽にこなせる?」

「ええと、10回くらいは大丈夫。それ以上すると失敗が多くなってくるの」

「失敗するとペンギンが出てくるのかな?」

「ペンギンもあるし、見た事が無い物も出てくるよ」

提督は工廠長を見た。工廠長は肩をすくめて

「恐らくは陸軍装備だと思うが、戦車や装甲車、ロケット砲以外にも未知の物が出て来とるよ」

ふむと、提督は顎を撫でながら考え、工廠長に言った。

「どこか、そういう物を置いておける場所はあるかな?会議室の前とか」

足柄が言った。

「木の桟橋は進水訓練用に使うので、あまり占有して欲しくは無いわよ」

工廠長は考えながら、

「むしろ第2~4クレーンは使っておらんから、その周りは空いとるよ」

「どれくらい置いておけるかな?」

「睦月がこの半月で開発した量を考えれば、1~2ケ月分くらいかの」

「なるほど。睦月」

「なぁに?」

「この装備で、余った分を他の鎮守府の困ってる人達に分けても良いかな?」

「もちろんです!」

「そうか。睦月は良い子だな~」

「えへへへへ~」

提督は足柄に、

「悪いんだけど、文月を呼んできてくれないか?」

と言った。

 

「すごぉい!これ全部睦月ちゃんが作ったのですか~?」

「はい!頑張っちゃいました!」

「ソナーも爆雷も難しい品なのに、こんなに出せるなんて素晴らしいのです~」

「えへへ~照れちゃいます~」

事務棟で足柄から事情を聞いた文月は、一瞬考え、即座に不知火と敷波に声をかけた。

そして文月が睦月を褒めまくっている間、不知火達は鎮守府に必要な量を算出し、余剰分を割り出した。

「じゃあ、陸軍さんや他の鎮守府との取引はうちらに任せてもらいますよ!」

提督はびくっとなって、

「し、敷波さん?なんだか目がランランと輝いてますよ?」

「これは久しぶりの大商いです!腕が鳴りまくりです!大台行けるかな~!」

睦月がおずおずと尋ねた。

「御役に、立てたのかなあ?」

「もちろんです!睦月ちゃんにも分配しますよ!」

「分配?」

「売却して、開発にかかった資材を買う分を差し引いた残りが利益になります」

「う、うん」

「利益の一部は協力してくれた人に差し上げてるんです!」

提督が文月を見た。

「え、売ってるの?あげてるんじゃなかったっけ?そんな制度初めて聞いたんだけど・・・」

文月はきょとんとした顔で返した。

「前からありますよ?」

「あ、あれ、そうか。うん?」

「赤城さん、隼鷹さん、千歳さん、高雄さん、榛名さんが常連さんで、たまに那智さんや夕張さんも協力してくれます」

「あ、あいつら・・それで食費や酒代、機器代を捻出してたのか・・妙に羽振りが良いと思ったら・・」

「皆さんレートの高い品を一所懸命開発してくれるので新装備もすぐ揃いますし、鎮守府の予算も潤いました」

「良い事づくめの気もするが、なんか忘れてる気が・・・する・・・」

「陸軍の皆さんにもとても好評なんですよ」

「おおそうか、移転の時に世話になったんだっけ。」

「ただ、今までは駆逐艦の所が誰も居なくて困ってたのですが、睦月ちゃんが協力してくれれば大助かりです!」

睦月が目を輝かせた。

「ほんと?私、力になれるの?役に立てるの?」

「ふーむ。まぁ睦月も喜んでるし、誰も困らないし、良いか」

「睦月ちゃん、よろしくお願いしますね!」

「えへへへ、頑張ります~」

「無理はするなよ睦月。体を壊しては元も子もないからな」

「はい!」

遠目でその光景を見た後、不知火は桟橋から工廠を囲む山肌を振り返った。

山肌の上の方に、通信棟にあるような大きなアンテナが不自然に突き出していた。

提督が引っかかった事は恐らく、装備売買禁止という規定を思い出されたのでしょう。

でも、ご安心ください。

この鎮守府に会議室という名の電子取引所を作った時、憲兵隊、大本営、陸軍を招いて実務者級会談を行いました。

そして、陸海軍相互協力協定の一環として、装備売買を公式制度化したのです。

元々禁止と言いながら大本営自体が改造品を売ってましたし、我々は伊19の協力でその取引現場を撮影しました。

証拠写真と合わせ、大本営と憲兵隊に利益の上納を提示したところ、協定締結は大変スムーズに進みました。

手続きにはいつも通り時間がかかりましたが、昨年9月に公布され、今年4月から施行済みです。

売買レートは我々事務方がシステムメンテナンスと称して自由に「調整」出来ますから、黒字しかありえません。

やるなら胴元。規則は決める側。合法化してから公に。

さすが文月事務次官。龍田教授の一番弟子だけあります。

私も龍田会の会員として精進せねばなりません。

 




龍田会。
全容は出しません。出せません。
勿論、私は作者ですから全容を知ってます。
でもねえ、補給隊なんて可愛いものですよホント。え?例えばどんな事かって?
そりゃ秘密ですよ。命が惜しいですもの。
え?ちょっとだけ?バレない?
しょうがないなあ。誰にもナイsy

「さて、新しい作者さんはどこかしら~」


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file48:広報ノ提案

 

9月29日夕刻 第5151鎮守府港

 

「広報班の方ですね、お話は伺ってます。さぁどうぞどうぞ」

鎮守府の岸壁で待っていた吹雪は、青葉と衣笠の姿を見つけると一礼して迎えた。

司令官が大本営に教育クエストの説明を聞きたいと希望した所、広報班が説明に行くとの連絡があった。

ピンクの髪の艦娘だから遠くからでもすぐ解りますという説明には驚いたが、確かにその通りだ。

 

「やぁやぁ、ようこそ!いらっしゃい!」

「本日はお時間を割いて頂き恐縮です」

「いやいや、こんな遠い所へ大変だったね・・って、そうか、海か!」

「はい!まっすぐ来られますので大丈夫です!」

「まぁお茶でも飲んでくれ!おっ、吹雪、気が利くなっ!」

「冷茶嬉しいです!ありがとうございます!」

青葉は素早く室内を見渡した。

この鎮守府は情報によると、1度放棄された状態になり、新しい司令官と秘書艦から再出発したそうだ。

だから建物は古いが艦娘の数は少なく、司令官もまだ若い感じがする。

司令官が視線に気づいて口を開いた。

「いやぁ、まだ着任して間もないから艦娘も少くて万事右往左往してる有様だ。すまん!」

「随分早い段階から教育に興味がおありなんですね」

「今は正面の海をウロウロしたり、建造で四苦八苦してるが、早く艦娘達を安心させてやりたくてな!」

「安心、ですか?」

「やり方が解らないというのは不安じゃないか。戦い方、開発の仕方、何事にも手順がある!」

「はい」

「Lvが必要な物はおいおい頑張るにしても、手順を知らないのと知ってるのじゃ大違いだ!」

「なるほど」

「大本営に熟練艦娘の派遣は無いのかって聞いたが、無いと聞いてガッカリしてたんだよ」

衣笠は顎に手をやった。我々が元の鎮守府に居た時は熟練妖精の派遣はしていたが、艦娘はした事が無い。

「ただ、代わりに教育制度がクエストにあると聞いたんで、そりゃぜひお願いしたいと、こういう事だ!」

「なるほど。ではまず、説明の動画をご覧頂けますか?」

「おうよ!吹雪吹雪、おいで!」

「は、はい。失礼します」

 

説明を見終わった吹雪は目を輝かせていた。

「いいなぁいいなぁ、こういう教育受けてみたいです~」

「だろ?だろ?費用面も随分お手頃じゃないか」

「でも・・・」

「どうした?」

「教育を受ける間、相当長期間、鎮守府を留守にする事になりますよね」

「そりゃ最長半年だからなぁ」

「今の所、私と那珂さんの2人しか居ないですから、一人ずつになってしまいます」

「んー、でもどうせなら一緒に行きたいだろ?」

「それはそうですけど、その間誰も居なくなっちゃいますから、司令官の警護が」

「人間なら10人や20人どうってことはねぇんだがなあ・・・」

考え込んでしまう二人に、衣笠が話しかけた。

「例えば、教育の間、代わりに熟練艦娘を派遣する制度があれば利用したいですか?」

「教育の間っていうか、むしろずっと居て欲しいけどな!」

「はい。少しでも経験のある艦娘さんなら何かと助けて頂けそうですし」

「始めは集合教育で教育を受けて、その後ここで先輩艦娘さんと研鑽というのがベストだな!」

青葉達は顔を見合わせた。それは、異動希望者の理想ではないだろうか?

「えっと、今日は教育のご説明だけですが、教育明けの艦娘をこちらに異動する事も出来るかもしれません」

「本当かい?!」

「具体的なプランになってるわけではないのですが、ご要望があるなら持ち帰って検討します」

「そりゃ助かるよ!教育をしっかり受けてるなら即戦力だ!大歓迎だよ!」

「色々教えて欲しいです!」

「では、日を改めて検討した結果をお持ちします。ちょっと時間かかるかもしれませんが、必ずお答えします」

「待ってる。よろしく頼む!!」

 

 

9月30日朝 鎮守府提督室

 

「なるほど、教育の最中と、後か」

「始めたばかりの司令官や秘書艦では用意されてる機能すら知らない事が多いと思います」

「開発のやり方とかも、教えられた直後なら覚えてるでしょうが、やはり経験者が傍にいると違いますからね」

「睦月と工廠長みたいなものか」

「あれはちょっと特殊です」

 

へぷしっ!

睦月はくしゃみをした。

風邪かなあ。今日は少なめだけど、三式ソナー5台位で切り上げようっと。

ええと、材料は入れたから、ここに立って、左肩をちょっとあげて、首を傾げて、片足で立って・・・ぽちっと!

キュイーン!

あれぇ、九三式だ。傾げ方が足りなかったのかな。

まぁ良いです、次、張り切ってまいりましょー!

 

「それなら最初は1年とかで帰る派遣契約で、艦娘の希望で異動を選べるようにしたらどうかな?」

「そうですね。それならここに籍を置きながら転々と教えて回るって働き方も取れますし」

「万一酷い扱いをする鎮守府だったら契約を打ち切って脱出する事も出来るだろう」

「そうですね。虐待の実例もありますしね・・・」

「ブラ鎮は以前よりは減ったとは聞いてるけど、情報が少ない中で送り出すのは心配だからな」

「ブラチン?」

「全部カタカナで言うと別の意味になるから止めなさい」

「あー、たんたんたぬきの」

「年頃の娘がそれ以上喋るイケナイ。ブラックな運用をする鎮守府って事だ」

「解ってますよぅ冗談ですよぅ」

「お父さんをからかわないの」

「最近、よく鼻の下が伸びるお父さん、ね」

「何の事かな衣笠さん」

「この前のタ級さんが変化した時の提督、鼻の下伸びすぎでちょっと引きました。」

「どうしてその映像を持ってるのかな?」

「夕張ちゃんから仕入れましたので」

「提督のプライバシーって・・・」

「諦めてください!エンタメ欄の為に!」

「青葉しか得をしないじゃないか!」

「そんな事ないですよ、夕張ちゃんも結構稼いでますよ?」

「被害者全部私じゃないか!」

「隙が多いからですよ。もっとドキドキする危ないネタも作ってください!」

「そんな事したら命に関わりそうだよ。どれだけ情報源があるのさ?」

「そんな事をペラペラ喋ったら記者失格です。でも、簡単に24時間監視も可能ですよ?」

提督は思った。島の面積に対してパパラッチ密度が高すぎる。

そうでなくてもいきなりコブラツイストされるし、何でだろうと長門に相談したらジロリと一瞥され、

「自分で考えろっ・・・バカ」

って言われたし。

「それは置いといて、教育後の艦娘派遣・異動オプションは具体化したいね」

「手続き上は課題があるのでしょうか?」

「じゃ、ちょっと文月さん呼んできますね!」

「頼むよ」

 

「保護して、教育を受けた後の艦娘さんの異動、ですか?」

「そうなんだよ。艦娘の異動自体、制度化されてるのかな?」

「ありますよ。司令官が辞職される時とかに使います。通常はLV1に戻してから異動します」

「そうだろうな」

「あと、大本営からは保護艦娘の場合だけ、LVそのままで異動して良いという許可が出てます」

「それは良かった。でも、何故だ?」

「LV1にすると、艦娘になった後の記憶も消えてしまうんです」

「ほう・・・」

「で、ずっと後になって、裁判で証人として出廷してほしい時にそれじゃ困るからと」

「なるほど。ただ、あまりに辛い記憶を消せるならLV1になるのも良いかもしれないね」

「この件とは別に、教育を受けるか、記憶をクリアするか聞いても良いかもしれませんね」

「そうだね、来た直後だと自棄になってるかもしれないから、時間が経ってからかね」

「幸い、今の所は立ち直れない程に傷ついてる子は居ないですけど」

「いずれは遭遇するかもな。妙高達に伝えておこう」

「はい」

「で、今回の場合、手続きは決まってるのですが、大本営とやり取りがあるので一週間はかかります」

「まぁそんなものだろう」

「あとは、どなたを派遣するかという事です」

「それは教育班に聞いた方が良いだろうが、今日はちょっと今忙しそうなんだよな」

「いつ頃なら良さそうですか?」

「明日の月次報告の時で良いかな。依頼元の鎮守府は待ってくれそうかい?」

「1日2日なら大丈夫だと思います」

「よし、じゃあ引き続き進めていこう!提案ありがとう、衣笠、青葉!」

「はいっ!」

「文月、すまないがそういう指示が飛ぶ可能性がある。だから」

「準備しておきますね」

「よろしく頼むよ」

 

 



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file49:霞ノ涙

10月1日午前 鎮守府提督室

 

「うーん、朝からだいぶお疲れだね」

「す、すいません。ちょっと残業が続いてます」

「ふむ、ちょっと心配だね。どこかで休息を取れないのかな?」

「んー、中間試験の補習が終われば何とか」

「試験休みを設けたらどうだ?この時期だと夏バテも出るだろう」

「夏休み後すぐだからと思っていたのですが、良いかもしれませんね」

受講生が少しずつ増えていく中、講師陣は6名のままだった。

普段の授業は十分回せるが、試験や成績考察の時期はかなり忙しくなっていた。

「教育の事務方を設けようか?」

「教育の事務方、ですか?」

「採点とか、出欠台帳の編集とか、教材のコピーとか、連絡とか、事務作業はあるだろ?」

「あ、それ、代わってくれると凄く助かります」

「ちょっと考えてみるよ。他に何かあるかな。龍田は何か提案はあるかい?」

「私も丁度事務方を提案しようとしていたのよねぇ。後は受講者の将来かなぁ」

「ああ、それについてもこの後提案があるんだ」

「じゃあ、まずは聞きましょうか~」

 

「ちゃんと相手先が酷かった場合の手段も考えてあって、良いわねえ」

「おっ、龍田もOKか。そりゃ心強いな。」

「いつもこれくらいの提案なら安心なんだけど~」

「うっ・・精進するよ」

「それはともかく、あとは誰を最初にするかしらね~」

妙高が口を開いた。

「それなら、霞さん達が良いんじゃないかしら?」

足柄が答えた。

「ええと、元5122、集団脱出を決めた子達ね」

「そう。あの子達は自らの意志で鎮守府を出て、最初から異動を希望していた」

「確かに心のダメージも少なかったし、最初から意欲的に教育プログラムに取り組んでたわ」

「先頭に立ってる霞さんを中心に、統率も良く取れてるし」

「教育自体はどれくらい残ってるんだい?」

「応用課程が今週末までよ。習熟度も申し分ないからリピートは要らない」

「他の子達はまだ来たばかりとか、トラウマに悩んでたりとか、色々ね」

「そうだ、トラウマと言えば、なんだが」

「はい?」

「文月から聞いたのだが、通常の異動手続きではLV1に戻すらしい」

「はい」

「LV1になると、艦娘になってからの記憶を忘れられるそうなんだ」

「えっ」

「艦娘になる前の船としての記憶は残るそうだ。もし、あまりにもトラウマに苦しんでる子が居るなら」

「安易には使いたくないですけど、ね」

「そうだね。楽しかった記憶も、仲間の記憶も、忘れてしまうからね」

「はい」

「まぁ、そういう手段もあるという事を覚えていてほしい」

「解りました」

「じゃあ霞達を呼んでくれるかな?」

「はい」

 

「えっ?このまま異動するの?」

霞はきょとんとした表情で答えた。

「このままって、どういう事かな?」

「いえ、私はてっきり、LV1に戻る前の手続きなのかと思ってたから」

「そっか、移転手続きを知ってたんだね」

「秘書艦もやってたから、手続きは一通り知ってるわ」

「なるほど」

「だからここは静養先みたいなもので、この先は全員バラバラでLV1からやり直すんだと思ってたわ」

「えっ、知らなかったよ?私はこの先も皆で行けると思ってた」

「だって移転先の鎮守府、つまりここには全員で来れたでしょ。だから山田さんは嘘をついてないわ」

「・・そうだね」

「で、これ言ったら絶対アンタ泣くでしょ?」

「う」

提督は口を開いた。

「私はLV1からやり直すのも良いと思う。どちらの強制もしないし、個人毎に希望を取っても良いよ」

「んー、皆はLV1からやり直したい?私は選べるなら嫌だけど」

霞と提督は同席する他の艦娘達を見たが、皆首を振っていた。

「だって霞ちゃん、なんだかんだで優しいし」

「なっ!何言ってるのよ!ビシバシ鍛えて来たでしょ!」

「うん。とっても頼りになるし、皆でここまでやってきたんだもん」

「私も、皆と一緒が良いです!」

「しょ、しょうがないわね・・・」

「良いチームだな、ここは」

「からかうなら砲撃するわよ?」

「からかってない。じゃあ全員で受け入れ可能か、問い合わせてみるよ」

「戦艦とか正規空母とか居たらすんなり歓迎されたかもしれないわね」

「どの艦種だって大事なんだぞ。自分を卑下するのは止めなさい」

「ま、皆にこの際言っておくけど、バラバラになったからってヘタレるんじゃないわよ?」

「!」

「鎮守府にはそれぞれ事情があるんだし、グダグダ言ってもしょうがないでしょ?」

「うー」

「ほら、言った傍からグズグズ泣くな!まだ決まってないし、そうなってもって事よ」

「う、うん・・・」

「私達も出来るだけ希望に添えるようにするよ」

「いつごろ解るのかしら?」

「土曜の午前中には解ると思うよ」

「手ぇ抜いたら砲撃するわよ」

「解ってる」

 

 

10月2日午後 第5151鎮守府

 

「ええっ!?駆逐艦と軽巡と軽空母の12隻、このリストの子達がまとめて来るんですか!?」

青葉と衣笠はしまったと思った。もう少し段階を踏んで説明しないとショックが大きかったか・・・

「吹雪!あ、空き部屋足りるか?貸布団の業者にも手配しないといかんな!後なんだ?」

「か、歓迎会はお寿司ですかね?ピザですかね?お酒はどうしましょう?おつまみって何が良いんですか?」

「倉庫も余計な物捨てておかんと入らんな!いっそ増築するか?」

「どうやって増築するんですか?手順知らないです!」

「大本営に連絡したら教えてくれるんじゃないか?」

「か、確認しておきます!」

「ええと、あの」

「なんだ?」

「い、いいん、です、かね?」

「勿論だ!一気に14隻体制になって、しかも経験を積んだ艦娘達だろ?大助かりだ!」

「あ、その前に、一応経緯をご説明します。その上で決めて欲しいんです」

「経緯?」

「来る事になる子達の、今までの事です」

 

ズシン!

「ひっ!」

衣笠がのけぞる位、鬼のように真っ赤になった司令官は、拳で力一杯机を叩いた。

「放置・・・それも何の言伝も無く1年以上・・だと・・・そんなのは辞職するのが当り前だっ!」

吹雪も拳を震わせながら

「可哀想です!あんまりです!」

「吹雪!寿司もピザも用意しなさい!布団は羽根布団で行こう!」

「畳も全部入れ替えます!」

「おうさ!精一杯気持ちよく迎えてやろうじゃねぇか!」

「じゃあ、よろしいという事で伝えますけど・・」

「おう!よろしく頼む!で、いつ来るんだ?」

「え、ええと、教育が今日終わるんですが、手続きに1週間かかりますので、来週末の予定です」

「そりゃ丁度良い!その間に鎮守府掃除して待ってるからな!」

「来週の出撃は中止ですね!」

「そうだな!那珂ちゃんも呼んで来い!3人で大掃除するぞ!」

「はいっ!」

衣笠と青葉は互いを見てにっこりと笑った。

提督とは毛色の違う司令官だが、大丈夫だろう。

 

 

10月3日朝 鎮守府提督室

 

「皆!良かったな!全員受け入れてくれる事になって!」

「い、良いけど・・・土曜のこんな朝早くから大声出さないでよね!耳に響くじゃないのっ!」

「あ、そりゃ、すまん」

「提督さん、違うんです」

「え?」

「霞ちゃんは希望通りになったから喜びのあまり照れてるんです」

「ばっ!バカな事言ってんじゃないわよ!誰がそんな!」

「霞ちゃんのテレ隠しは皆良く知ってるもん」

「ちっ、違っ!」

「昨日ずーっと寝てなくて寝不足だから、目の下にクマが出来てるのです」

「こっ、これは、朝早くて眩しくて、その、あの」

「へー」

「うるさいうるさいうるさいっ!あーもう、バカばっかり!心配で当然でしょ!悪い?悪かったわねっ!」

「あーあー、泣いちゃった」

提督が口を開いた。

「異動を決め、束ねてきた者として、責任を感じていたんだね」

「うー」

「最後までしっかり頑張ったな。霞は立派に旗艦を務めたよ。よくやった。」

「!!!」

堰を切ったようにボロボロ泣きだした霞を、他の艦娘達が抱きしめた。

「ごめんね、全部負わせちゃったね」

「今から私達も、一緒に頑張るからね」

「一人にしないのです」

提督と秘書艦当番だった赤城、それに青葉達は優しい目で見ていた。良い仲間達だ。

そして、ごしごしと目を擦ったあと、真っ赤な目のまま、霞は皆に整列を命じると、

「提督っ!元、第5122鎮守府全艦娘を代表して!こっ、この度の差配に厚く御礼申しあげますっ!」

と、ピシリと敬礼して言ったのである。

「うん。ここでの課程を立派に修めた君達ならどこででも通用する。」

「忘れないで欲しいのは、まずは1年間の派遣契約で赴くという事だ」

「・・・派遣?」

「そうだ。派遣期間で様子を見て、1年後に、君達が異動先として良いかどうか決めるんだ」

「・・・・。」

「今度の鎮守府では可能性は低いと思うが、万が一派遣先の鎮守府で酷い目に遭ったら」

「・・・・。」

「まず派遣期間の間なら、残りの期間なんて無視してその日の内にうちへ帰ってこい!連絡は要らん!」

「えっ・・・」

「次に、異動した後に状況が悪化したら、通信棟からうちにSOSを出せ。逃げてきても良い」

「・・・・。」

「鎮守府自体に問題が無くても、困ったら訪ねて来るなり通信してきなさい。必ず相談に乗る」

「・・・・。」

「それが、私達が出来る君達への保障であり、約束だ」

「・・・。」

提督は霞の肩に手を置き、

「だから安心して、しっかりやって来なさい。この事、決して忘れちゃいけないよ。解ったね?」

「さっ・・・」

「?」

「サイテー!サイテーよ!ほっ、本っ当に迷惑だわ!何回女を泣かせれば気が済むのよ!」

霞は泣きじゃくりながら、提督にぽむぽむと拳を叩きつけた。

「そっか。サイテーか」

「そうよ!サイテーよ!うえええええん!」

提督はぎゅっとしがみ付く霞の頭を撫でながら、幸せな未来である事を願わずにはいられなかった。

 



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file50:赴任ノ心得

 

10月8日夜 鎮守府食堂

 

「それでは!霞ちゃん達の新たな門出を祝して!乾杯!」

「かんぱぁーい!」

おめでとうという声と共に、コップが、グラスが、ジョッキが、御猪口が触れ合う。

明日の出発を前に、送別会をしようという提案を採用し、食堂で送別会を開いたのである。

提案したのはもちろん赤城であるが、妙に一升瓶や酒のつまみが多い気がする。

「てっ、提督」

ふと見ると、霞が飲み物を持って隣に立っていた。

「か、カンパイ!

「おっ、カンパーイ」

ちん。

「本当に、ありがとう。ちゃんと御礼が言いたくて」

「今生の別れじゃあるまいし。またいつでもおいで」

「そうね、提督はきっとそう言うと思ったわ」

「霞はそれ、ウィスキーのロックか?」

「ウーロン茶に決まってるでしょ!」

「そっか。隙がないなあ」

「明日は最初の挨拶なんだから、い、色々考えないといけないのよ」

「霞って結構マメだよな」

「うっ、うるさいわね」

「まぁ座りなさい座りなさい」

「お邪魔するわ」

「明日行く鎮守府の司令官がどんな人かは聞いてるか?」

「あ、そういえば聞いてないわ。提督は知ってるの?」

「青葉達の報告だと、大柄で熱血って感じらしい」

「あら、気が合いそう」

「あと、情に厚いようだ。君達の経緯を聞いて前の司令官の行為にそれはそれは怒ったらしい」

「・・・そう」

「まぁ、上手く尻に敷くと良い」

「え?ここは普通、ちゃんと礼節を持って~とか言うんじゃないの?」

「そんな建前、今更聞きたいか?」

「建前も大事よ?」

「こんな酒席では本音で良いだろ?」

「提督はぶっちゃけすぎなのよ」

「そうか。だから艦娘達から叱られるのかな」

「要は隙だらけって事でしょ」

「そう!それ言われるんだ!なんでだ?」

「思い当たることは山ほどあるわ。そうね、本当に大事する女は一人に決めなさいって事かしら」

「皆可愛い娘達だ。絞るなんてありえんよ」

「それこそ建前よ。提督自身の気持ちってのがあるでしょ」

「こんなおじさんになって恋もあるまい」

「あのね・・・それじゃ艦娘達が可哀想よ。あんだけフラグ建てといて」

「フラグ?何の?」

「うわ!無意識の天然なの?最悪!」

「最悪とかいうな。一体何の事だ?」

「ひどいわね~、あんだけ艦娘達が解りやすいサイン出してるのに」

「何の?」

「・・・提督、つねられたりした事ない?」

「この前コブラツイストかけられたな」

「そ、それはまたダイナミックな表現ね・・・その時何があったのよ?」

「んー?ええと、深海棲艦と打ち合わせしてる時に人間に化けてもらったんだが」

「状況がまた凄いわね。提督が深海棲艦と会うって時点で相当非常識よ?」

「ここじゃ割と普通だよ。でな、化けた深海棲艦に相変わらず美人だねって言ったんだ。」

「・・・良く死なずに済んだわね」

「この説明だけで解るの!?」

「当たり前でしょ」

「なぁ霞!去る前に教えてくれ!皆に聞いても鈍感とか自業自得とか訳の解らない事ばかり言うんだよ!」

「皆、答えそのもの言ってるじゃない!」

「だからサッパリ解らんと!」

「そりゃ鈍感って言われるわね」

「どうしろというんだ・・・」

「とりあえず、私が言った事が答えと思って良いわよ」

「誰かに決めろっていう、あれ?」

「そう。ちゃんと、一人に決めなさい。それを皆に言うの」

「だって全員仲間じゃないか・・」

「女の子はその中でも特別扱いしてほしいし、それが誰かに決まるまでは不安なものよ」

「自分じゃなくても?」

「はあ?選ばれなければ勿論それなりの制裁をかますわよ?」

「例えば?」

「所構わず泣き続けるとか、一晩中ひっかくとか、何十年経っても蒸し返すとか、お茶にゴキ入れるとか」

「物凄く怖いんだけど」

「まっ、自業自得よね。コナかけたんだから」

「コナ?」

「コナ」

「例えば?」

「女の子泣かせるとか、何度も優しくするとか、心当たりない?私はあるわよ?」

「優しくするなんて毎日当たり前にしてるよ」

「だ・か・ら」

「はぁ!?それじゃ鎮守府で提督として仕事出来ないじゃないか!」

「公私きっちり分けて軍隊として厳しく行ってる司令官だって普通に居るわよ?」

「私には無理だ」

「ま、そうでしょうね」

「てことは・・」

「ずっとコナかけ続けるから、艦娘達からコブラツイストかけられて、鈍感と言われ続ける運命ね」

「・・・もうそれでいいよ」

「じゃあもう知らない。ところで、何でこのテーブル、刺身ばかりなの?」

「向こうには焼き鳥もあるよ?」

「なんというか・・・食事というより酒のツマミよね」

「絶対誰かが謀ったよな」

「・・提督?」

「私は下戸だ」

「じゃあ違うわね」

「霞は飲む?」

「いいえ、嫌いでは無いけど好きでも無いもの」

「じゃあ主賓の好みに合わせた訳でもないのか、なんだろうな」

「・・・あ」

「どうした?」

「あれ・・・」

提督が霞の指差した方を見ると、酒豪と呼ばれる面々が1テーブルを占領している。

前に並んでいた一升瓶がいつの間にかそのテーブルに移動し、全員で肩を組んで大声で歌っている。

「あー、あの辺りが震源地だな」

「うちの飛鷹も混じってるわね。いつの間にのんべぇ仲間になったのかしら」

「まぁ、別れを惜しんでくれる仲間ってのは良いものさ。一応、送別する人の好みに合わせたって事だな」

「12名中1名の、ね・・・」

「おっ、霞、見てみろ」

「なに?」

「ここは刺身だが、あのテーブルは凄いな」

「なによ・・!!!!!」

「ほら、ケーキとかタルトとかデザートばっかり。最初から全部デザートは無いよな・・・あれっ?」

ふと隣を見ると、こつ然と霞が消えていた。

向き直ると、霞が叢雲と壮絶なデザート分捕り合戦をやっていた。フォークで火花を散らしている。

改めて観察すると、電が果物コーナーで桃を貪ってるし、送られる艦娘はどこかで夢中になって食べている。

なるほど、もてなしてはいるのだな。私も刺身は好きだしなあ。

提督は苦笑しながら、炙りトロの刺身を口に入れた。

 

 

10月9日昼 第5151鎮守府

 

「いや、すまないすまない!」

霞達はドアを開けて出てきた人物にぎょっとした。

色黒の大男がTシャツにニッカポッカにゴム長靴、頭に手ぬぐい、首に長いタオルをかけていたからだ。

ツルハシでも持てばまんま道路工事の作業員である。

すぐ後から、マスクをかけ、手ぬぐいを被った艦娘が2人、ひょこっと姿を現すと、霞達に詫びた。

「すみません!新しい畳や布団を発注したら全部今朝届いてしまって!」

「何とか間に合わせようと3人で頑張ってたんだが間に合わなかったんだ!許せ!」

我に返った霞が、さっと敬礼すると

「司令官!只今を以って霞以下12名、着任致します!ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします!」

「さすがは教育を受けた艦娘だ!ありがとう!私が司令官だ!まだ日の浅い若輩者だがよろしく頼む!」

「ありがとうございますっ!」

「で!早速疲れてる所すまないんだが」

「はい!」

「畳の上げ方解るかな?古い畳と入れ替えたいのだが、どうしても上がらん」

「叩けば良いって聞いたんですけど、どれだけ叩いても埃が舞い上がるばかりなんです」

霞はがくっとよろめいた。これはかなり基本から私が教えないとダメみたい。

「解りました、案内してください!皆、手分けしてやるわよ!」

「はいっ!」

それからはテキパキと作業が準備が進んでいった。

霞達が凄い勢いで進めていくので、司令官は感心しつつも手持無沙汰でウロウロしていた。

「あ、司令官!」

その時、霞が司令官に向かって言った。

「なんだい?」

「軍服をお召しになってください!誰か来たら困ります!」

「しかし、手伝いをする時に軍服じゃ動き辛いしなあ」

「司令官は指令を発する人です!どんと座って指示してください!私達がやります!」

「お、おお・・」

「・・どうしました?」

「なんだか初めて、司令官になった実感が湧いてきた」

「良かったですね!じゃあ着替えて来てください!」

「あいよっ」

霞はくすっと笑った。ほんと、根の良さそうな人。良かった。

「あ、あの」

おずおずと吹雪が近づいて来た。

「何?」

「霞さん、秘書艦をお願いできませんか?」

「え?どうして?」

「わっ、私も艦娘として生まれたばかりで、手続きも何も良く解らなくて」

「・・・。」

「司令官さんに迷惑かけたくないんですけど、テキパキ出来なくて」

霞はニコッと笑うと

「解らない事はいつでも教えてあげるわ。でも、秘書艦は貴方がやりなさい。」

「で、でも」

「貴方が秘書艦。それが司令官の期待と指示よ。指示に従って期待に応える。良いわね?」

「そっか。そうですね!」

「大丈夫。ずっと一緒に居るし、手を貸してあげるから!」

「はい!」

霞は教育最終日の夕方、龍田に呼ばれた時の事を思い出していた。

 

「霞さん」

「はい!」

「貴方はきっと、今後鎮守府の中心で治める役になるわ」

「中心・・ですか」

「そう。だから、秘書艦は指示されない限りなっちゃダメ」

「え、ダメ、なん、ですか?」

「そうよ。中心で治めながら秘書艦なんて無理ですもの」

「・・・」

「だから秘書艦も、司令官も、艦娘も見える位置に居なさい」

「それは、どこなんでしょう?」

「そうね。第1艦隊以外、出来れば艦隊に入らない方が良いわ」

「えっ?艦隊に入っちゃいけないんですか?」

「ええ。特に第1艦隊は真っ先に戦いに出るし、秘書艦は司令官の補佐もする。そうすると鎮守府全体が見えなくなる」

「・・・。」

「だから秘書艦や第1艦隊所属といった華々しさは諦めなさい」

「・・・。」

「実際問題として、駆逐艦や軽巡では中盤以降も第1艦隊に居続けられる総合力は鍛えても得られないわ」

「そう、ですよね・・・」

「ただ、それはあくまで戦いに限った話。鎮守府を治めるのに艦種は関係ないわ」

「あ・・・」

「あなたは真面目で、気配りが出来て、裏表を理解し、頭もよく回る。鎮守府の中心で治める役に適してる」

「・・・」

「貴方が司令官、秘書艦、他の艦娘を見て、必要に応じて手を差し伸べ、育てながら鎮守府全体を治めるの」

「はい」

「私が今まで言ってきた事を忘れないで。表の栄光より貴方の力を発揮出来る立場と権力を掌握しなさい」

「龍田先生・・・解りました。頑張ります」

「はい、良く出来ました。じゃあ、これをあげるわね」

「カード、ですか?綺麗・・・」

「このカードを持ってる人は龍田会の一員よ。困っていたら、大本営を敵に回そうとも味方になってあげる」

「!」

「絶対、失くしちゃダメよ。それと、他の人達には内緒ね?」

「イエス、マム!」

「うふふふふ、物分りの良い子は大好きよ~」

 



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file51:長良ノ緒戦

10月4日朝 鎮守府提督室

 

「へっ!?きょ、教育・・ですか?」

提督室に居る事自体に緊張していた名取は、提督の話を聞いてびくりとした声をあげた。

朝、一緒に食事を取っていた長良、名取、由良の3人は、秘書艦当番である扶桑から声をかけられた。

「食事が済んで、落ち着いたら提督室に来てくださいね」

長良と由良は

「んー、提督室って事は出撃かなぁ」

「ソナーと爆雷の備蓄が沢山出来たって言うし、潜水艦討伐かもね!」

という感じで淡々としていたが、名取だけは心臓が口から飛び出るのではという程緊張していた。

別に何かやましい事があるわけではないのだが、提督室に入ると物凄く緊張する。

元々提督の指示をきちんと聞かねばとは思っていたのである。

しかし、テーブルの角が脇に当たった時に「ひゃうっ!」と変な事を口走ってしまった。

それ以来、提督室に呼ばれるだけでその事を思い出し、極度に緊張してしまうのである。

 

「いや、名取が教壇に立ちなさいという訳じゃないよ」

「す、すみません・・・」

「教育で色々と事務手続きが増えているので、そこを引き受けて欲しいんだ」

「なんか体が鈍りそうね~」

長良は腕を伸ばし、んっんっと動かした。

体を動かす事が大好きな彼女は、球磨、多摩、天龍と毎朝ランニングをする仲間である。

「事務方と違って専属までは求めないよ。教育方から声をかけられたら手伝ってほしい。」

由良が口を開く

「確かに、出撃の無い時の基礎訓練や仮想演習も、そろそろネタ切れですしね」

「手伝うのはいつでも良いわよ!水雷戦隊として働ければ良いし!」

その時、名取がおずおずと口を開いた。

「あ、あの、あの」

「ん?何かな?」

「あの、えっと、わ、私は、専属でも良いです」

「そうかい?」

「日々の教育で事務作業はあると思いますし、わ、私は、あ、あの、あまり、出撃・・したくない・・です」

これが名取の精一杯だった。提督の提案とも、他の人達とも違う意見を提督に向かって説明する。

心臓が破裂しそうだった。

すると、扶桑が、

「それでは、名取さんが専属、応援で長良さんと由良さんという事にしましょう。依頼は教育方からで良いですか?」

「え、えと、私が応援を頼んでも良いですよ?」

「名取さん・・応援を頼めますか?遠慮してしまいませんか?」

「えっ!あっ、あのっ、でもっ」

提督がまとめた。

「ん。それじゃあ教育方、名取、両方から応援を頼めるようにしよう。長良、由良、良いかな?」

「名取の事はいつもちゃんと見てるから、辛そうだったら自主的に手伝っても良いですよね?」

「勿論だ。そうしてくれると助かる。それから名取」

「ひゃいっ!?」

「誰でも得手不得手はあるし、苦手な事を苦手と認めるのは決して恥ずかしい事じゃないよ」

「・・・」

「長良も、由良も、扶桑も、もちろん私も、名取を仲間として心配してる。」

「・・・」

「だから、出来る事で手伝ってくれれば良いし、無理はしなくて良いよ」

「す、すみません・・」

「それじゃあ3人とも、よろしく頼む。扶桑、すまないが妙高を呼んでくれ」

「はい、解りました」

 

「えっ!名取ちゃん手伝ってくれるの!嬉しい!」

妙高がどうしても手が離せないという事で代わりに来た羽黒は、説明を聞いてそう答えた。

提督は思った。そういえば羽黒と名取は仲が良かったな。意外と良いコンビかもしれない。

「は、羽黒ちゃんが困ってるなら手伝いたいなって、思って」

「名取ちゃんなら相談しやすいし、長良さんも由良さんもお友達なので私も助かります」

「じゃあ羽黒、妙高達にも伝えておいてくれ。で、いつから手伝ってほしい?」

「可能な限り早くお願いしたいです。既に大変な事になってるので・・・」

「わっ!私は今からでも!」

「長良も由良も予定は大丈夫かな?」

「ええ、特に何もないです」

「先生の部屋ってそういえば見た事ないわ!」

「じゃあ、まずは状況説明兼ねて、教育棟を見て来たらどうだい?」

「そうですね」

「じゃあ羽黒、すまないけど案内を頼んで良いかな?」

「はいっ!」

 

長良達が出て行ったあと、扶桑がぽつりと言った。

「名取さん、羽黒さんが来た後、随分顔色が良くなりましたね」

提督が頷いた。

「最初から真っ青だったからいつ倒れるかと気が気じゃなかったよ」

「名取さんの提督室恐怖症、いつか治るんでしょうか」

「提督室恐怖症?」

「ええ、この部屋に入ると失敗するんじゃないかと凄く緊張するそうなんです」

「私、何かしたかな?」

「提督は何もしてないですよ。それは名取さんも解ってるんです」

「じゃあ名取と話をする時は教育棟で話をした方が良いのかな。なんか可哀想で見てられん」

「んー、名取さんの場合は、それも良いかもしれませんね」

「どうせなら楽しく過ごして欲しいものな」

「教育事務の仕事が合うと良いのですけれど」

 

「・・・・・・。」

長良達は呆気に取られ、羽黒はガリガリと頭を掻いた。

教育棟の中の職員室は全講師共同の大部屋だった。

しかし現在は、書類倉庫と言われても納得出来る位、紙の山があらゆる机を占拠していた。

しばらく見ていると、奥の方からひょこっと頭が見え、

「おっ!長良じゃん!どうした?」

「あっ!天龍居たの!?見えなかった!」

「もう書類に潰されそうだよ。長良助けてくれよ」

「その為に来たんだよ~」

「えっ!本当か!でも俺、今金欠だぞ?」

「個人的なアルバイトじゃなくて、提督から頼まれたんだってば」

「そっか!そりゃ助かる!じゃあ全部片付けてくれ!」

「主砲撃てば一発よね!」

「じょ、冗談です長良様!燃やさないでください」

長良はくるりと振り向くと、

「天龍の分、手伝ってきて良いかな?」

と、囁いた。

羽黒達はにっこり笑うと、

「いってらっしゃい!」

と、送り出し、

「じゃあ名取ちゃんと由良さんは私達の書類を手伝ってくれる?」

「良いですよ!」

「よ、よろしくね、羽黒ちゃん」

「こちらこそ!」

 

「あら?」

足柄は職員室に入った時に違和感を感じ、すぐ原因に気づいた。

「ねぇ羽黒ぉ、ここにあった書類知らない?・・あ、居ないか」

「あっ、砲撃編の小テストですか?」

「あら名取さん、由良さん、こんにちは。そうそう、その紙。そろそろ採点しないといけないんだけど」

「あと5枚くらいですからちょっと待ってくださいね」

「えっ?採点してくれてるの?」

「はっ、はい・・まずかったですか?羽黒ちゃんにやって良いって言われたんですけど・・」

「いいえいいえ、やって良いの!というか物凄く助かるわ!」

「じゃ、じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

その時、羽黒が帰って来た。

「足柄姉さん、授業終わったの?」

「ええ。ところで何で名取さんと由良さんが書類に埋もれて採点してるの?」

「教育事務方になってくれたんですよ。名取ちゃんが専属で、由良さんと長良さんが臨時」

「え?長良さんも居るの?」

「さっきまであっちで天龍さんと成績つけてたと思うんですけど・・・」

全員でそっと覗くと、ペンを持ったまま寝息を立てる二人の姿があった。

「ち、力尽きてるじゃない・・・」

「この量を一度にやろうとしたら無理よ・・・」

「とにかくこんな所で寝てたら風邪ひいちゃうわよ。運ばないと・・・」

「皆さん何やってるんですか~?」

「書類崩れたの?大丈夫?」

「怪我人か?運ぶぞ」

「あ、龍田さん、妙高姉さん。那智姉さん。名取ちゃんと長良さんと由良さんが事務方になってくれたんだけど」

「張り切り過ぎちゃったのかしら~?」

「その通りです」

「天龍ちゃんは私が背負っていくから、長良ちゃんお願いして良いかしら?」

「一人で大丈夫?手伝うわよ」

「うふふ、慣れてるから~」

そういうと、龍田はひょいと天龍を肩に担いでいった。

「・・・・じ、じゃあ、由良さん、手伝ってもらって良い?」

「も、もちろん。一緒に運びましょ!」

その後、天龍をゆうゆうと担いで歩く龍田の姿は多くの人の目に留まり、様々な憶測が流れた。

この事を青葉が突撃取材したが、

「うふふふふふ、内緒~」

と、はぐらかしたので、噂は噂を呼び、ますます受講生は龍田に忠誠を誓ったのである。

 



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file52:大隅ノ告白

10月5日夕方 鎮守府提督室

 

「んー!」

提督は席から立ち上がると、窓辺で大きく伸びをした。

もう少しで夕方だが、今日の作業は終わりだ。

「書類が出来てるのは助かるけど、中身を読んで、ハンコと署名というのも大変だなあ」

秘書艦当番である加賀は、トントンと書類を整えながら言った。

「夕張さんに何か作ってもらいますか?」

「壮絶な物が出てきそうだから止めとくよ」

「賢明なご判断です」

ふと見ると、中庭を歩く大隅が居た。

「そうか、そろそろ2週間、か」

「何がです?」

「大隅がここに来て、2週間ちょっとだなと」

「毎日研究室に通ってるようですよ」

「あまり根を詰めても上手く行かんと思うけどなあ」

「何か理由があるのかもしれませんね」

「ふむ・・ちょっと聞いてこようか」

 

はぁ~

大隅は提督棟の前にある大木の下で、芝生にちょこんと腰を下ろした。

もう2週間が過ぎたけど、全然上手く行かない。

研究室の人達は毎日試行錯誤してくれるけど、どれも失敗。

日に日に選択肢が減って、ふと無くなってしまうのではないかと怖くなり、今日は早く切り上げてしまった。

このまま上手く行かなかったらどうしよう。

「大隅さん」

「・・あ、て、提督さん!」

「良いよ良いよ座ってて。話しても大丈夫かな?」

「はっ、はい!」

 

「そっか、色々頑張ってるけど、ダメなんだね」

「このまま化けてる方が確実なのかなとか思っちゃって」

「それで良いなら良いんだけど、安心出来ないんじゃない?」

「そうですね。地上に行くのは結構怖かったです」

「地上に行ってたのかい?」

「ええ。あの、提督さんには怒られそうですけど。補給隊の活動でしたから」

「補給隊?んー、どっかで聞いた名前だな」

「簡単に言うと、艦娘を買ってきて深海棲艦にしてた隊です」

「おおう」

「でも、そこでの仕事が本当に嫌になっちゃって。隊も解散になりましたし」

「そうか。どうして、嫌になったんだい?」

「深海棲艦にするのは、艦娘さんが寝てる間に行うんです」

「大隅さんが変化させるの?」

「いえ。あの時は隊長だったチ級がやってました」

「そっか」

「艦娘さん達は目が覚めたら深海棲艦になってるわけで、とても悲しそうに泣くんです」

「まぁ、そうだろうな」

「私も元々は艦娘で、気付いたら深海棲艦だったんで、その気持ちが良く解る」

「うん」

「何でこんな悲しい思いを艦娘達にさせてるんだろうって、それが嫌で嫌で」

「そっか」

「だから補給隊が解散になって、本当に良かったと思います」

「なるほどね。ところで大隅さんはどうして、人間になりたいんだい?」

「えっ?」

「最初から、凄く強く人間になりたいって感じが出てたし」

「は、はい」

「何か訳があるのなら、良かったら教えてくれないかな」

「え、ええと。補給隊では、人間の方にも手伝ってもらってたんです」

「例えば、鎮守府調査隊とか、かな?」

「は、はい。凄くいやらしいおじさんで困りましたけど」

「あのおじさんに復讐しようにも、もうこの世には居ないよ。」

「えっ!?いえ、復讐する気は無いですし、居なくなったのは知ってましたが、亡くなったんですか」

「推測だけど、深海棲艦に狙撃されたと考えられる」

「深海棲艦も色々居るので、多分他の隊なんでしょうね・・・」

「あ、すまん、話の腰を折っちゃったな」

「いえ。調査隊の人が居なくなった後、凄く真面目に働いてくれる人と出会ったんです」

「ほう」

「その人と仕事してると楽しくて、でも深海棲艦て事を秘密にしてたから心苦しくて」

「ふむ」

「最後の方で本当の事を打ち明けて、ここに来る事も言ったんです」

「それで?」

「そしたら人間になれると良いね、阿武隈として帰って来たら親代わりに面倒見てやるよ・・って」

「そっか・・」

「だっ、だから、どうしても、阿武隈の姿で人間になって帰りたいんです!」

「その人の子供として、やり直したいって事か」

「はい。どうしても、どうしても、行きたいんです」

「うーん、何とかしてあげたいねえ。もどかしいねえ」

「提督・・さん」

「良い話じゃないか。普通の人は深海棲艦なんて見た事も無いだろうから、きっと驚いただろうに」

「姿を見ても信じられないなあって言ってました。あと、人を食べるんじゃないのって」

「デマが際限なく飛び交ってるからね。司令官でも誤解してる人も多い」

「でも、それでも戻って来てほしい、仲間だから、って」

「何とかしてあげたいな~」

「・・・。」

「その人とは連絡は取れてるのかい?」

「ここに来てからは1度も連絡してないです」

「ふむ。ちょっと一緒においで」

「はい?」

 

「・・・一般の方を迎賓棟に、ですか?」

「ファールかな?ヒットかな?アウトかな?」

「なぜ3塁線のライン上で止まったボールの判定みたいな難問を持ってくるのです?セウトって言いますよ」

加賀が腕を組んでふむと息を吐いた。

「あ、あの、無理して頂かなくても」

「だって人間になるまで連絡も出来ない会えないじゃ寂しいだろう?」

「だ、だから、頑張って短い期間で・・と」

「加賀ぁ~」

「そっ、そんな私が意地悪してるかのような声をあげないでください」

「頼むよ~」

「ん~、あまりにも特殊なので・・・ちょっと大本営に確認を取ってみます」

「確認というか」

「許可を取ってくれば良いのですね。全く無茶な・・・」

そして、20分程して戻ってきた加賀は、

「やりました」

「さすが加賀さん。ボーキサイトおやつと羊羹どっちが良い?」

「栗最中」

「なっ!!!!どうして今持ってる事を知ってる!!」

「4個」

「び、備蓄数まで知ってるのか・・・難しい交渉を成し遂げてくれたから致し方あるまい」

戸棚の奥からしぶしぶ4個の栗最中を出して手渡すと、

「頂きます。また補充しておいてくださいね」

「そうそうこんな難しい注文は無いよ」

「そうですか?」

「・・・すいません、補充しておきます」

「よろしくお願いします」

大隅は二人を見てて思った。こんなやり取りを虎沼さんと出来たら楽しいだろうなあ。

「そうだ、大隅さんも折角だから1つ食べてみるかい?限定物だから滅多に食えないよ」

「い、良いんですか?」

「じゃあお茶を淹れてきますね」

「・・・てことは」

「私はこれと別に頂きますが、提督も召し上がりますか?」

「食べますから3人分淹れて来てください」

「解りました」

計5つ・・だと・・

なんか最近加賀の交渉術がやたら上手くなってる気がする。

加賀は急須に湯を注ぎながら思った。

少し高い出費でしたが、おかげで大本営とも提督とも円滑に交渉出来ました。

文月さんが添削する短期集中講座はさすがに一味違います。

栗最中、赤城さんは喜んでくれるかしら。2個なんて一口でしょうけど。

 

「んほぉぉぉぉぉぉ~」

「やはり、この栗最中は絶品だなあ」

「上品な味ですね」

「こんな美味しいお菓子、始めて頂きました!」

「期間限定の上、1つ500コインもするんだぞ」

「たかっ!」

「味わって食べてください」

「はいっ!」

「・・・やっぱり、2つお返ししましょうか?」

「いいよ、赤城は1つじゃあっという間に飲み込んじまうだろ」

「御見通しですか」

「御見通しですよ」

「ごちそうさまでした。では、迎賓棟の1軒を通年で押さえておきますね」

「お、加賀さん優しい」

「5つ目の、お礼です」

「そっか。」

「あ、ありがとうございます!」

「方法が見つかると良いですね」

「お二人のおかげで、元気が出てきました!」

「焦らず、色々やってみればいい。会いたければ会えば良い。願いを諦めるなよ」

「はいっ!それじゃ、そろそろ失礼します!」

「呼びたくなったら私か秘書艦に相談すると良い」

「はいっ、ありがとうございます!」

 



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file53:逆ノ手

10月26日朝 鎮守府提督室

 

「んっ!なんだっ?」

提督が1通の封筒を見るなり表情がこわばったので、秘書艦当番だった長門が近寄ってきた

「どうした?提督?」

「霞から文が届いているぞ!」

「5151・・・そうだな、間違いない」

「まさか、虐待でもされてるんじゃあるまいな。いざとなったら第1第2艦隊で突撃するぞ!」

「ま、待て。まずは開封して読んでみないと」

「そ、そうだな。落ち着こう」

 

 拝啓 提督殿 鎮守府の皆様

 過日はひとかたならぬご配慮を賜り厚く御礼申しあげます。

 下名以下、派遣された艦娘は皆元気に、忙しく過ごしております。

 手紙での報告となった御無礼をお許しください。

 過ごしやすい季節になりましたが、どうぞ無理をなさいませぬよう。

 まずは無事のご報告まで。

                          敬具

 

 追伸: 龍田先生に万事完了とお伝えください。

 

 

「これはSOSの暗号じゃないよな?縦書きじゃないよな?透かし・・でもないな」

「だ、大丈夫だと思うぞ?そこまで深読みしなくても」

「最後の1文が凄く気になるんだけど」

「龍田を呼ぼうか?」

「うむ、伝えてくれと言ってるしな」

 

「はぁい、お呼びですか提督?」

「龍田、霞達から手紙が届いたんだが、見てくれるかな」

「・・・あらあら、しっかりやってるようですね~」

「SOSじゃないよな?」

「深読みしすぎです~」

「そうか・・それにしても、最後の一文はどういう意味なんだ?」

「送り出す時にアドバイスをあげたから、そのお返事ですね。ちゃんと報告してくるなんて良い子ね~」

「そうだな、さすが霞だなあ」

「上手く行くと良いですね~」

「そうだなあ」

「じゃあ、教育方には私から知らせておきますね」

「おぉ、そうだな。頼むよ」

「失礼します~」

パタン。

そうですか。鎮守府制圧完了しましたか。大体予想通りの頃合でしたね。

 

「そうだ、知らせると言えばタ級達にも知らせてやらないか?」

「ん?ああ、あの時協力してくれたからな。良いかもしれない」

 

 

10月27日夕方 鎮守府教育棟

 

「凄いわねぇ」

妙高は感慨深げに言った。職員室の机で雪崩を恐れずに仕事が出来るのはいつぶりだろう?

長良達と書類の緒戦は長良TKOという惨敗でスタートした。

だが、それが3人の整理魂に火をつけた。

翌日には提督に「3人とも専属でやります!」と宣言。

積み上がる書類の山を前に、

「やってやるわよー!」

「えい!えい!おー!」

と、気勢を上げて宣戦布告したのである。

途中、名取がパソコンを、長良が大型書棚を、由良がファイル等事務用品の購入を申請。

膨大な書類の束をきちんとファイルに収め、書棚に並べ、パソコンで台帳化。

講師陣に要否を聞いたり、運用を考えたりしながら整理作業に取り組んでいった。

その結果、およそ半数の書類が紙の山脈から整理された状態になったのである。

机から書類の山が消えたので、講師は机のスペースに書類を広げて作業できるようになった。

また、事務方が教材の複製や手配等を手伝ってくれるので、本来すべき仕事に時間を割けるようになった。

これらにより、疲労困憊だった講師の負担は大幅に減ったのである。

足柄が長良達に声をかけた。

「さっきはごめんなさいね、資料が漏れてて急に20部も用意してもらっちゃって」

「平気です!お任せを!」

「事務方、退屈じゃない?大丈夫?ちゃんと休んでる?」

「いえ、結構体力勝負なので体が動かせて楽しいです!」

「そういう物なんだ・・・じゃあ名取ちゃんは大変じゃない?」

「わ、私は、主にパソコンで台帳を整備してるので平気です。」

「名取ちゃん凄いんですよ!文書を番号で区分したり保管期限といったルールも検討してるんですよ!」

「そ、その方が、皆が解りやすいかなって」

「あの文書番号は名取ちゃんの発案だったのね。探すのに便利だからしょっちゅう使ってるわ。ありがとう!」

「あ、い、いえ、ありがとう、ございます」

その光景を見て、龍田は頷いた。

事務方は頭脳も体力も両方必要とされます。

長良も由良も頭の切れる方ですから、名取の案を理解して塩梅良く分担をしているのでしょう。

以前の職員室では受講生に見せるのは恥ずかしかったですが、このまま整理が進めば大丈夫でしょう。

提督も見てないようで、ちゃんと艦娘の適性を見てますね。感心感心。

 

 

10月28日午後 岩礁の小屋

 

「ホウ。ソウデスカ。アノ艦娘達ハ、無事異動シマシタカ」

打合せの後、霞達の異動成功を聞いたタ級は顔をほころばせた。

「少シシカ協力シテナイガ、気ニナッテイタ。アリガトウ」

「いやいや、君達のおかげで円滑に異動出来たんだ。感謝しているよ。」

「ソウカ?」

「あまりに怖い思いをしてるとLV1化しないといけないしね」

「LV1化ッテ、ナンダ?」

「簡単に言えば記憶の消去だよ。辛い事も忘れられるが、嬉しい事も全て忘れてしまう」

「・・・・ソレハ、可哀想ダナ」

「あまりにも辛すぎて今が苦しい時だけ、だね」

「ダナ」

「そうならないように出来たんだから、君達の意味は大きいんだよ」

「・・・ソッカ」

「そう。だから、ありがとう」

「ウン。ワカッタ。ドウイタシマシテ」

「そういえば、大隅さんは補給隊だったんだって?」

「ア、言ッテナカッタカ?スマナイ」

「いやいや。ところで、補給隊は解散したそうだけど、他に艦娘転売ルートはあるのかな?」

「我々ガ知ッテル範囲デハ、無イ」

「知ってる範囲?」

「深海棲艦ハ、小規模マデ含メルト沢山軍閥ガアルンダ」

「そうか・・」

「デモ、大規模ナ取引ニハ、資源トカ、対応組織モ必要ダカラ、ソウソウ居ナイ筈」

「増えないと良いな」

「ソウネ。トコロデ、ホ級、イヤ、大隅ハ、ドウダ?」

「研究班と色々やってるんだが、なかなか上手くいかない」

「彼女ノ件モソウダガ、色々、早ク見ツカルト良イ事ガ、溜マッテルナ」

「そうだね。探してる間は疲れるからな」

「マァ、ヤルシカナイナ」

「すまないけど、引き続き頼むよ」

「提督ガ謝ル事ジャナイシ、毎週来ルノモ慣レタ。デハ、リ級ニモ伝エテオク」

「ああ、よろしくと言っておいてくれ」

 

「ソウデスカ・・・」

リ級はタ級から艦娘達の報告を聞いて機嫌が良くなったのだが、LV1の話を聞いて考え込んだ。

記憶を消す、か。

深海棲艦の中にも悪夢に悩まされている者は結構いる。

轟沈した記憶、集中砲火された記憶、裏切られた記憶、ミスした記憶。

艦娘と違ってLVの概念が無いが、記憶を消せたら楽になれる子は多いだろうに。

「ドウシマシタ?」

タ級が心配そうに聞いて来た。

「イエ、深海棲艦ニモ、記憶ヲ消ス方法ガアレバ、楽ニナレル子ハ居ルダロウナト思ッテ」

「私ハ辛イ記憶モアリマスガ、ボストノ思イ出ガ消エルノハ、嫌デス」

「・・・アリガトウ。ソウカ。逆ノ考エモ、アルカ」

「ハイ」

「・・・・ア」

「ドウシマシタ?」

「艦娘カラ、深海棲艦ニスル方法ハ、アルンダヨナ」

「ハイ」

「ジャア、ソノ逆ヲシタラ、深海棲艦カラ艦娘ニ、ナルノカ?」

「逆?」

「艦娘カラ深海棲艦ニスル方法ヲ知ッテルノハ、チ級ダケカ?」

「ソンナ事ハ無イト思イマスガ、確実ニ解ルノハ、チ級ダケデスネ」

「・・・・駆逐隊、カ」

「私ガ連レテ来マショウカ?」

「無理スルト戦イニナル。数ガ多イカラ面倒ダ」

「ソウデスネ・・・」

「ウチニ、出来ル子ガ居ナイカ、確認シテミテクレナイカ?」

「ソウイエバ、結構増エマシタネ。解リマシタ。聞イテミマス」

「頼ム」

 




漢字の送り仮名をカタカナにするFEPって無いでしょうかね・・・
今はFEPって言わないのかな。


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file54:駆逐隊ノ蠱惑

10月6日 鎮守府通信棟

 

「うーん」

提督と本日の秘書艦である比叡は、帰って来たこの声に首を傾げた。

何かまずい事でも言っただろうか?

昨日、大隅から補給隊の解散を聞いた提督は、中将にも報告しようと判断した。

その為、任務娘の定常業務が済むのを待って、大本営に連絡を取ったのである。

腐敗撲滅を願う中将は喜んでくれるだろうと思ったのだが、このような反応が帰って来たのである。

「中将、どうされましたか?」

「あぁ、いや、提督。補給隊とやらの解散は喜ばしいのだよ」

「はい」

「しかし、今朝また、大本営内でスパイが見つかったのだよ」

「今朝、ですか?」

「そうなのだ。直近3ヶ月の遠征結果や慰安旅行案内、重点攻撃海域等の情報を盗もうとしていた」

「相手は人間だったのですか?」

「うむ。深海棲艦反応は無かったし、力も普通だったからな」

「どんな人間だったのです?」

「掃除夫だよ」

「うーむ・・どこに居てもおかしくない人で、入れ替わりが激しい人ですね」

「そうなのだ。雇う時に調査はするが、今回の場合はずっと勤めてた人間が買収された」

「どういった手口ですか?」

「簡単に言えばカネだ。成功すると何度でも宝石が貰えるらしい」

「そりゃ豪勢ですね」

「そういう事だ。妙に立派な家を建てたという情報が入ったので網を張ったら見事に引っかかった」

「持ちなれない大金を持つと、家や車に注ぎ込みますからね」

「高級家具とか葉巻、金ぴかの装飾品なんかも、そうだな」

「それが今朝だったのですね」

「うむ。だから少し憂鬱でな。それに、補給隊以外にも腐敗誘導組織は居るという事だ」

「解りました。引き続き調査を進めていきます」

「頼んだよ」

 

スイッチを切ると、提督は比叡に話しかけた。

「重点攻撃海域はともかく、遠征結果が何で要るんだ?」

「うーん、良く解りませんけど・・・」

比叡は考えながら、

「遠征先で会いたくない、とか?」

「深海棲艦が遠征してると言うのかい?」

「じゃあ逆に、遠征先で待ち伏せる為、とか?」

「確かに資源輸送とかであれば、駆逐艦と軽巡だけで行かせる事も多いよな」

「獲得量を増やす為に第2第3スロットにドラム缶積む事も多いですし」

「そうでなくても編成数をケチったり、弱い装備にしたりしますよね」

「そうか。手薄と言えば手薄か。慰安旅行は何だろう?」

「誰も居ない日を知りたいとか、ですかね?」

「そんな全員で行くわけじゃあるまいし」

「ですよねえ」

「すぐには思いつかんなあ。一応、秘書艦の皆には伝えておいてくれ。」

「はいっ」

「うむ、良い返事だ。比叡と居ると元気が出るよ。あ、邪魔してすまなかったね」

任務娘は提督と比叡に微笑むと、ぺこりと頭を下げた。

時間は少し遡る。

 

 

2月4日夕方 某海域

 

「アー、コノ人モ、GAMEOVERニナッチャッタ」

駆逐隊幹部であるロ級は、戻ってきたハ級から受け取るべき物が置かれて無かったと聞いた。

中将の話に出たスパイ活動を依頼したのは他でもない、このロ級である。

とはいえ、チ級のように艦娘売買といった大胆な行動はとっておらず、情報収集のみだった。

ロ級はこれこれの情報、というような限定で依頼する訳ではない。

大本営内で目に付いた書類や張り紙、何でも写真に撮って来てと頼んでいるのである。

一方で、報酬も大小様々な種類の宝石を渡していた。

集まる情報の1つ1つは玉石混合だが、スパイ役は目に付いたら写真を撮るだけという気軽さがある。

ロ級は全体を眺めて大本営や鎮守府が何に興味を持っているのか雰囲気を察する事が出来る。

そして万一スパイが捕まっても、何の為にこの情報を必要としたのかロ級の意図が解りにくい。

雑な指令に見えて巧妙なのであった。

報酬として渡している宝石は幾つかのルートで手に入れていた。

一番多いのは沈没船である。

金属部を装備等に使う為収集しているのだが、宝石は不要なので放置していたのだ。

もう1つは海底鉱山である。こちらの方は山に向けて実弾演習をした後に鉄鉱石を探していたら見つかったのである。

これらを磨くのが好きな深海棲艦達に預け、綺麗になった物をストック。報酬に使ったのである。

深海棲艦にとって宝石は、全く利用価値の無い物だった。

それで人が言う事を聞き、情報が得られるなら全く問題ないし惜しくもない物だったのである。

今日は2年以上情報をくれていたコックとの取引の日だった。

パッタリ止んだと言うことは、摘発されたか、動けない程の重病か、死んだという事。GAMEOVERだ。

小さく溜息を吐くと、ロ級はファイルを取り出し、NO95と書かれたコックの行をマジックでグイと塗り潰した。

戦艦専属コックだったから航路情報とか面白い情報をくれたんだけど、仕方ないか。

じゃ、次の人に電話しようっと。

次はNO253・・掃除夫?

同じ職の人の方が似たような情報に触れられるから穴埋めにはコックが良いんだけど・・

でも、掃除夫なら面白い情報に出会えるかもね。まあいっか。候補は幾らでも居るし。

足りなければ増員すれば良い。募集最新番号は既に1000を超えてるし。

ロ級は電話を持った。

 

 

2月4日夜 某宿舎

 

「はい、小沢ですが」

「えっと、トレジャーハンター事業部の者ですけど、小沢さんですか?」

小沢は記憶の底から引きずり出すのに時間を要した。

「まだ、ハンティングに興味はあります?」

ハンティング。思い出した。写真を撮るだけでお宝がもらえると先輩が言ってたアレだ。

冗談半分で応募したけど何の連絡も無いからすっかり忘れていた!

「はいはい、思い出しました。ええ、お願いします!」

「解りました~。それではデジカメはお持ちですか?」

「はい!」

「あと、データを頂くのにメモリーカードを1ヶ月預かりますので、その点をご承知おきください」

「メモリーカードは返ってくるんですか?」

「はい。次の月、報酬とセットで前回のメモリーカードをお返しします~」

「なるほど」

「では勤務場所など、幾つか教えてくださいね~」

質問に答えながら小沢は思った。

声だけ聞いてるとなんか小学生と話してるみたいだ。スパイごっこって感じか。

「では、エントリー完了です。ゲーム内容を説明します。」

「はい」

「対象は大本営の中で大事そうな書類とか、目に付いた張り紙とか、何でも良いのです」

「重要っぽい物の方が良いですか?」

「そうですね。それと、月に最低10枚は撮ってください。」

「はい」

「撮った写真を私達が見て、これは良いと思った物からランキングを付けていきます」

「・・ランキング?」

「ランキングの最高位の人から順に宝石を配分していきます。下位になるほどショボくなります」

「ちなみに最下位は?」

「そうですねえ、石ころとかもありえます」

「おおう」

「続けます。写真を保存したメモリカードは先程決めた場所に、白い封筒に入れて置いてください」

「はい」

「日時は6日の朝、7時から8時までの間です。」

「はい」

「来月の6日に、今度は私達が茶色の封筒を置いておきます。それが報酬です。盗まれても関知しませんからね」

「茶封筒を取る時に、次の写真を白い封筒に詰めて、代わりに置いておけば良いんですね」

「そうです。それと、1度でも滞ったらゲームオーバーとなり、参加資格が剥奪されます。」

「何か違約金とかはあるんですか?」

「全くありません。ランキングが低くても報酬がしょぼいだけです」

「月会費とかは?」

「ありません。無料です」

「へぇ、そうなんですか」

「はい。だから気楽にチャレンジしてくださいね~」

「解りました。じゃ、失礼します」

ガチャリ。

適当に写真10枚って随分緩いなあ。報酬もたかが知れてるかもな。

 

 



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file55:宝ノ獄

3月6日朝 大本営近くのソバ屋

 

「・・・は?」

小沢は少し前、白封筒を持って港に行った。2月6日から丁度1ヶ月目。

騙されたのでもたかが写真10枚だと気軽に行ったら、本当に茶封筒が置いてあった。

へぇ、本当なんだと意外に思いつつ白封筒と交換してきた。

そして、大本営に帰る前にとソバ屋に寄り、月見そばを頼んだ。

おやじさんがソバを茹でる様を見ながらビリビリと雑に茶封筒の口を破る。

そして、中を覗いて眉をひそめた。

5円玉位の、紺色の綺麗に輝く石が1つ。

宝石に詳しくはないが、指輪とかで見た事がある石に比べ、妙に大きいというのは解った。

これ、ハズレっていうか・・プラスチックのおもちゃか?

だよね、最初の1回で、こんな大きい本物くれる訳が無いよなあ・・・やっぱ騙されたのかあ。

小学生みたいな声だったしな。

・・・・・。

封筒から取り出し、手に持ってしげしげと見つめる。ひんやりし、石だと主張する重さ。

結構綺麗だな。まあ持ってるのも悪くないか。

でも、もし、もし本物だったら・・・・気になるなあ。

その時ふと、椅子の上にある新聞広告に目が留まった。

小沢はソバ屋を出た。蕎麦の味なんて気もそぞろで覚えていなかった。

辺りをきょろきょろと見回し、公衆電話を見つけると飛び込んだ。

手のひらにメモした番号をダイヤルする。

 

「はい、丸蛸宝石です」

「あっ、あのっ、鑑定をして頂きたくて」

「ソーティングですか。承りますよ」

「よ、良く解りませんが、真贋と種別を見て欲しくて」

「あっていますよ。質にでも入れるんですか?」

「ま、まぁ、そういう感じです」

「お越しくだされば1週間ほどで鑑定出来ます。費用は1万8百円です」

「いっ!?」

小沢は躊躇した。もし完全な外れなら大損ではないか。

でも、もし、万が一・・・損しても1回だけ。偽物なら諦めよう。そわそわし続けるより良い。

「わっ、解りました。お願いします。今OO駅の近くなんですが、どう行けば良いですか!」

 

 

3月13日昼 丸蛸宝石店

 

鑑定を頼んで1週間が過ぎた日。

小沢が店に着くなり、店長がいそいそと出迎えた。

先週、鑑定を依頼した時は事務員が適当に

「ハイハイ、お預かりしますねー」

といった感じで出迎えに来たくせに。

「いやいやいやいや小沢様、お待ちしておりました。さあさぁ奥へどうぞ。おい!お茶とお菓子をお持ちしろ!」

店長、手が擦り切れそうなくらい擦り合わせてるな。何だってんだ?

 

「サファイアの・・・本物・・・ですか?」

「はい。勝手ながらこちらで加熱非加熱の判別等、詳しい鑑定をさせて頂きました」

「えっ、いや、そんなお金」

「いえいえ、勿論当店で全額負担させて頂きます」

「は、はあ」

「それでですね小沢さん!あなた質に入れるって仰ってたでしょ?」

「えっ?え、ええ、良く覚えてましたね」

「ぜひ!うちで買い取らせてもらえませんか!業界最高値で買い取りますよ!」

こういう話はロクな事が無い。どうせ手数料だの何だので損するんだろう。

そうはいくか。

「で、私は幾ら貰えるんです?」

「ズバリ!45万円で如何でしょう!」

は?

小沢は目をパチパチさせたが、すぐ我に返ると切り替えした。

「で、手数料50万とかなんでしょ?」

「は?」

宝石屋の店長はきょとんとした。

「それじゃ詐欺じゃないですか。うちはそんな事しませんよ」

「じゃあ今良いですよって言ったら45万くれるんですか?」

「勿論です」

「手数料とか税金とかうんぬんかんぬん言って減らないんですか?」

「そういうのは全部差し引いた後の額です。差し引き前なら50万という所です」

面白い冗談だ。そこまで言うなら良いって言ってやろう。

変な奴が出て来たら一本背負いで投げ飛ばしてやる。

「解りました。売りましょう」

「ありがとうございます!こんなに早く決めて頂けるとは!さ、早速ご用意いたします!」

あ、あれ?

 

「ありがとうございました!またどうぞ、どうぞよろしくお願いいたします!」

店の外まで見送られたのは初めてだと、小沢は思った。

振り返るとまだ宝石屋の店長や店員が総出でにこにこして手を振っている。

初めてと言えば、財布が札でパンパンなんてのも初めてだ。

小沢はぎゅーっと頬をつねった。痛い。

たかだか写真10枚の代償が45万?3か月分の支給額じゃないか。手取りで考えれば半年分近いぞ。

まだ信じられん。どっかからドッキリ!とか言われそうな気がしてならない。

でも・・・今回俺は、ランキングのどれくらいなんだろう?

そんなに気合い入れて撮った写真でもなかった。

もっと気合い入れれば、もっと重要そうな写真を撮れば・・・あるいは・・・

 

 

7月6日朝 大本営近くのソバ屋

 

「・・ひひっ、ひゃっひゃっひゃっひゃっ・・むぐぐぐ」

小沢はこみあげてくる笑いを、片手で必死に押し殺した。

片手しか使えないのは、もう片方の手は茶封筒を握っているからだ。

茶封筒の中には色とりどり、大小幾つかの石が入っていた。

3月の衝撃的な結果を受けて、小沢はトップランカーになる為にはどうしたら良いか必死で考えた。

寝る間も惜しんで考えた。大事とは何か、重要だと判断してもらうとは何か、価値とは何か。

結果として、「審判が良く解る」という事を思いついた。

写真をいつ、どこで映したか、用語には注釈をつけ、毎週掲示される内容は毎週撮影した。

1ヶ月に提出する量はどんどん増え、6月に出した枚数は100枚を超えた。

その結果が、今朝届いたこの茶封筒であった。

努力するだけ認められる。しかもこんなに生々しい価値として。

先月の報酬も幾つかの宝石商に分散して鑑定を頼み、総額580万強だった。

一度に沢山持ち込むと値切られるのではないかと思い、分散したのだ。

現在の累計、881万。

先月より今月は明らかに多い。総額が1000万に乗るのは間違いない!

「天ざるお待ち」

「あいよっ!ありがとう!」

パキンと箸を開くと、勢いよく啜り始めた。

今日は非番にしてもらってる。今日は遠い宝石商に持ち込んでやる!

 

 

7月16日昼 大本営宿舎

 

「へっ、へへっ、へへへへっ」

小沢は銀行の通帳を見て満面の笑みを浮かべていた。

総額、1574万円。

エントリーから僅か3ヶ月で1500万超え。

これなら、家の頭金になるぞ。

だが違う。まだだ、今月も良いネタを送っておいた。多分トップランカーになれる筈だ。

3000万溜まったら家を現金で買ってやる!

一方で、隣室の住人は首を傾げていた。

なんか最近、小沢が機嫌が良い。今日はくぐもった笑い声が聞こえる。気色悪いなあ。

掃除夫の仕事ってそんな楽しいとも思えんし、恋人でも出来たのか?

浮いた話1つ無かったのに。

 

 

8月20日昼 大本営宿舎

 

「来た来た来た来た来た来たぜ来たぜぇ一気に来たぜコラァ!」

小沢は通帳を持つ手が震えていた。

記載された金額は2586万円。ついに今月は1000万円を超えた。

もう普段の金銭感覚とあまりにもかけ離れており、完全にゲーム感覚になっていた。

そして、今月は初めて封筒に1枚の紙が入っており、

「トップ20入りました!オメデトウ!」と書いてあった。

しかし、小沢は逆に目が点になった。

ちょっと待て、これでまだ上位20位の中に入っただけだってのか?

一体最高位は幾ら貰えるんだ?

メラメラとモチベーションに火が点いた。こうなりゃトップに立ってやる!

でも、と我に返った。

今でも指を咥えて見つめていたあの家が買える。買ってしまうか。

買っちゃうだって俺!家買っちゃう?買っちゃうの俺?うしししししし。

しかし、小沢の妙な浮かれ具合や夜遅くまで何かをやってるという話は次第に伝わり始めていた。

 

 

8月31日夕方 大本営近くの焼き鳥屋

 

「はぁ・・お前、何で土下座してるの?」

小沢は電話で呼び出された焼き鳥屋に出向き、開口一番そう言った。

職場の同僚が背広姿のいかにも極道風の面々に土下座していたのである。

「おぅ、お前さんがコイツの知り合いか」

「お、小沢、すまん、助けてくれ、た、頼む」

同僚は真っ青になっている。何をしたんだ?

「知り合いというか、同僚ってだけなんだが」

「まぁ、とりあえず話だけ聞いてくれや。コイツな、うちらから8万ツマンデるんだわ」

「いつ?」

「に、2ヶ月前だ」

「そうだな。うちらはエグ~いトイチとかと違って、月20%のやっすい金貸しや」

「や、安くないじゃないですか」

「それで良いって金借りたんはおんどれじゃろが!おう!?」

「ひぃ!」

「そんでな、1ヶ月の約束やったから、先月からいつ返すんだって聞いとるのにトンズラこきやがって」

「ら、ららら来月には必ず、必ず返しますから」

「トンズラこいてたヤツに信用なんかあると思うなよボケェ!」

小沢は溜息を吐いた。たかが8万借りる方も情けないし、そんなので大声張り上げる極道も大変だ。

「なあ、お兄さん」

「なんや?」

「今の時点で幾らなんだよ」

「追徴含めて15万じゃ」

「幾らなら手打ちしてくれる?」

「ほう、払うてくれるんか?」

「手打ちの額によっては。あんたもいつまでも手間隙かけるのも面倒だろ?絞れないよコイツ」

「・・・・」

小沢を値踏みするような目で上から下までじっと見た後、口を開いた。

「13万」

「11万5千」

「それじゃ経費が出んわ!」

「今証文返してくれるなら12」

「チッ!ええやろ」

小沢は財布から12万取り出すと、

「証文と今交換。俺、柔道の心得あるからな」

「わーってるよ」

「おい、この証文で全部だろうな?」

「あ、ああ。間違いない。それだ」

「じゃ、カネだ」

「ひぃふぅみぃ・・・確かにな」

「じゃ、これで仕舞いだ」

「ありがとうよ、お・ざ・わ・さ・ん」

「とっとと帰ってくれ。静かに焼き鳥食いたいんだ」

「へーへー、用は済んだから消えますよ」

「おやじさん、騒がせてすまない。ねぎまとレバー4本ずつ、あと熱燗2本くれ」

極道が出て行くと、同僚が小沢に土下座した。

「すまん。本当に、本当にすまん」

「月1万ずつ返してくれ。丁度1年だろ」

「ボーナスの時や余裕があったら出来るだけ先払い出来るようにするよ」

「滞らなければ良いよ」

「恩に着る。恩に着る・・・」

「店に迷惑だから土下座止めろ。一緒に食おうぜ。ほら」

小沢は泣きながらお猪口を傾ける同僚を見て思った。こいつは真面目に働いてる。

カネは大方、病気で伏せてる父親の為だろう。カネがかかるっていつも言ってるからな。

世の中、どんな良い奴でもカネがなきゃ御仕舞いだ。

俺も無駄遣いしないで出来るだけ長く多く稼がねぇと。トレジャーハンターの権利を使い切ってやる!

 

 

9月17日昼 大本営宿舎

 

「まだ、か・・」

小沢は1枚のメモを見ながら舌打ちをしていた。

8月に送った写真の対価は1500万を超えた。

それでもまだ「TOP10内に入りました!ヤッタネ!」のメッセージだったのである。

「あと、どう工夫すりゃ良いんだよ・・・」

頭を抱え込んだ小沢は気付いていなかった。

自室の壁に、コンクリマイクが付けられている事を。

小沢の話はついに憲兵の耳にまで届いていた。

夜な夜な何かをしているらしいという話。

家を買ったらしいという話。

困っている知人にポンと大金を貸したという話。

収集した情報から、何か違法行為に手を染めている可能性があると憲兵隊は睨んだ。

小沢は慎重に証拠を残さないようにしていたが、憲兵隊はその上を行った。

不在の時に自室を捜索、ごみ箱に千切って捨てられていたメモから機密情報流出に関与していると疑った。

そして、コンクリマイクと小型カメラにより、監視され始めたのである。

 

 

10月10日 憲兵隊取調室

 

「すると、何を撮影してこいといった指示はなかったんだな」

「はい」

小沢は取り調べには最初から素直に応じていた。

スパイの容疑がかけられている事、裁判で死刑になる重罪である事を知らされた小沢は、途端に意欲を失った。

確かにカネは大事だ。でも、カネの為に命を売っちまったらいけねぇや。

スパイってそんな大罪だったんだなあ・・・知らなかった。

「で、相手は見た事あるのか?」

「1度もありません。電話で連絡が1回来た後は、封筒でやり取りしてただけで」

「もし見たのなら、司法取引もあったんだがな」

「すみません。本当に見ていないのです」

「お前が始めたきっかけはなんだったんだ?」

「カネですよ。抽選で選ばれたら途方も無い金を簡単に手に入れられるって先輩から聞いて」

「その先輩は?」

「随分前に辞めましたよ。もう稼ぐ必要がなくなったからって」

「同じように関与してたってことか?」

「多分そうなんだと思いますが、実際に見た事は無いです」

「そうか・・」

「あの」

「なんだ?」

「俺は、死刑なんですよね」

「ん?まぁ、有罪が確定したらな」

小沢は憲兵隊の腰にあるピストルを見た。

 

ドスン!バタン!

 

パン!

 

「おい!何があった!入るぞ!」

入ってきた憲兵隊員が見たのは、床に座って呆然とする憲兵隊員と、血を流して死んでいる小沢だった。

「なにがあった?」

「有罪が確定したら死刑だという話をしたら、いきなりピストルを奪われて、自決したんだ・・・」

「・・・・有罪になる確率は少ない事も説明したのか?」

「い、いや・・・」

「それじゃ絶望して自棄になるのは当たり前だ・・・」

「・・・・。」

「この件、秘匿する。容疑者は取調べ中に発作を起こして病死。検死官にそう伝えよ」

「はっ」

「腰の物は取調室の外に置いておかねば危ないな」

「ルールを改正しますか」

「隊長には次第を伝えよ。死体はとっとと火葬してしまえ。骨は粉砕しろ」

「ははっ」

「弾を一緒に納骨するなよ。遺族がガタガタ騒いだら面倒だ」

「解りました。おい!死体袋もってこい!」

 

 




私が通常2編にする長さになりました。すみません。

深海棲艦側の協力者はどういう心理なのか。
きっかけは、経緯は、結果は。
そういう所も含めて、1回きちんと描写しておきたかったのです。

虎沼が極めて幸運、ともいえます。
逆に、先輩は逃げおおせたのだし、トップランカーは捕まっていない。
だから小沢さんが運が悪かっただけなのかもしれません。


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file56:幸運ノ前髪(前篇)

 

10月15日午前 鎮守府研究室

 

「そうよそう!忘れてたっ!」

「な、なんだ夕張・・遅刻してきたと思ったらいきなり大声出しやがって・・・」

夕張は数秒間棒立ちした後、憤慨する摩耶を無視して大隅の手を取ると、言った。

「全部話して!」

「は?」

「だから、全部!思いつくだけ!」

大隅は困惑した。何だろう?何かした私?

「え、えと、昨日冷蔵庫にあった麦茶飲みました・・・ごめんなさい」

「それは別にいいの!そうじゃなくて!」

「ほ、他は何も飲んだり食べたりしてないですよ?」

すっかり困り果てる大隅を見かねた高雄が言った。

「もう少し、何を話したら良いのか、何の為か、説明してあげなさいな」

「あ、そうか。ごめん。あのね、ヲ級ちゃんが蒼龍さんになる時に何をしたか考えてたんだけど」

「はい」

「前に居た鎮守府を見たいから、探して欲しいって言われたんだよ」

「そんな事があったんですね」

蒼龍が口を開いた。

「そうそう!夕張さんがあっという間に見つけてくれたの!」

飛龍が続いた。

「おかげで私は解体されずに済んだわ。感謝してるわよ、夕張さん!」

夕張の鼻が高く伸びた。

「へっへーん!でね、その時にどんな事でも良いから覚えてる事を話してって言ったんだ!」

「あ、だから全部話して、と」

「そういう事!さぁ、全部ぶちまけてください!」

「あ、あの、それは録画する必要があるのかな・・・カメラに向かって話すの恥ずかしいんだけど」

「メモ取るの大変なのよ!だからさぁ!ガンマイクに向かって!はっきりと!」

「ひっ」

その時、愛宕がポンと夕張の頭に手を載せた。

「だめよ夕張ちゃん。大隅さん怖がってるじゃない。思い出せなくなっちゃうわよ?」

「でも、アタシ速記苦手なんですよ。様子も納めておきたいし」

「私が書いてあげるから、ほら、マイクとカメラ仕舞って」

「はぁい」

愛宕は大隅の方に向き直ると

「じゃあ、覚えてる所からで良いから、ゆっくり、ね?」

「わ、解りました・・・」

大隅はしばらく考えていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「私は、鎮守府で建造された軽巡の中では、かなり後の方だったんです」

「北上さんも、大井さんも改2まで進んでましたし、球磨さんや長良さんも皆70以上で」

「鎮守府は大きくて、艦娘も沢山居て、凄く活発でした。」

「阿武隈は私が初めてだったそうです」

「建造された当初は司令官さんも凄く喜んでくれて、演習も出撃も頑張って行ったんです」

「装備はすぐに強力な物に変えてくれて、私も頑張ろう・・・って」

「でも、段々と他の艦娘さんとのレベルの違いが問題になっちゃって」

「何度か出撃する度に中破した後、司令官さんにレべリングしておいでって言われて」

「その日からずっと、駆逐艦の子達と遠征をこなしてました」

「その遠征でも私が旗艦だと失敗する事が多かったので、駆逐艦の子達が旗艦をしてくれて」

「毎日遠征して、少しずつレベルも上がっていたので、いつかは戦線復帰出来るかなって」

「でも」

大隅が俯いたので、愛宕は手を止めて語りかけた。

「一気に全部話さなくても良いのよ。休憩する?」

大隅はしばらく黙ったままだったが、やがて愛宕の方を向くと、

「い、いえ、続けます。で、でも・・」

「?」

「っ・・手を、握っていて、くれませんか?」

と、蚊の泣くような声で言った。

愛宕は大隅のすぐ隣に移動すると、ギュッと手を握り、

「高雄姉さん、筆記者交代ね~」

「だろうと思った。良いわよ」

「大丈夫。愛宕お姉ちゃんが傍に居るからね。続けられるようになったら続けてね~」

「・・・」

大隅は愛宕に握られた手をじっと見た。温かくて、柔らかいなあ。

深海棲艦になってから手なんて繋いでない気がする。

あ、そういえば、艦娘の時にも、つないだ事、無かったっけ・・・

ぽろぽろと静かに泣き出した大隅を、愛宕はぎゅっと抱きしめた。

「何か怖い事を思い出したの?可哀想に・・・」

大隅は最初嬉しくて泣いていたが、次第に別の涙に変わっていた。

深海棲艦になっても、この胸部装甲は得られなかった・・・間近で見ると絶望的な敗北・・・

胸元に刺さるような視線を感じた愛宕はひょいと離れると、

「あ、ごめんなさい、苦しかったかしら?」

「ち、違います。何というか、世の中どう転んでも得られないものもあるなって」

「?」

「あ、いえ、その、続きを話しますね」

「はいはい、じゃあ手を握ってますね~」

「お、お願いします」

大隅は一息つくと、再び口を開いた。

「私があの日、遠征から帰って来たら鎮守府が賑やかだったんです」

「聞いたら初の大型建造で、矢矧さんが来たって」

「その後、次々と阿賀野さんと能代さんも来たんです」

「司令官は第1艦隊に戦艦3隻と阿賀野さん達を組み合わせて毎日毎日演習を繰り返して」

「あっという間に阿賀野さん達はLV50を超えて、伊勢さんとかと潜水艦討伐に出て行って」

「毎回華々しい成果を挙げて帰って来て、司令官も嬉しそうで」

「その間、私はひたすら遠征してましたけど、失敗も多くて、そんなにLVも上がらなくて」

「そのうち、遠征も鬼怒さんや長良さんが引き受けるようになり、格段に成功率が上がりました」

「私は毎日鎮守府の掃除をしたり、食堂のお手伝いをしてたんですけど」

「私・・・邪魔なのかな・・って」

大隅の手を、愛宕はぎゅっと握った。

「装備も・・補給も・・ちゃんとしてもらってるのに」

「私は失敗ばかりで、全然上手く出来なくて、期待に応えてないなって」

「わ、解ってたんですよ。自分でも、失敗が多いって。でも、どうしたら良いか解らなかった」

「それでも、どこかで、期待に応えたかった。役に立ちたかったんです」

大隅はそこまで一息に言うと、呼吸を落ち着けた。しかし、段々と声は震えてきた。

「そ、そんなある日、司令官に呼ばれて」

「他の人と・・兵装を交換して欲しいといわれて、頂いたのは・・最初に持ってきた兵装でした」

「それで・・それで、ひ、一人で・・遠征にいって・・欲しいって言われて」

「久しぶりの・・指令が嬉しくて、期待に・・応えたくて・・何にも疑わなかったんです」

「指令書にあった通りの・・・ばっ、場所に行ったら・・・無人島で、何も無くて」

「島を歩いていたら、きゅ、急に・・眠く・・なって」

「お、起きたら、手足の色や、艤装が変だったんです」

「慌てて海に自分を写してみたら、ホ級になってて・・」

「ふと見たら、チ級が居るんです」

「わ、私、どうして良いか解らなくて、呆然としてたら、チ級から、力を貸して欲しいって言われて」

「私、ず、ずっと、誰かに・・役に・・立つって、言われ・・たかった・・」

「それが・・たとえ・・・深海棲艦でも」

「ど、どうせ、深海棲艦になっちゃったし、こ、ここでも役立たずって言われたくない・・って」

「でも、でも、その後、補給隊の、活動が・・じゅ、順調に・・なるに・・つれて」

「わ、私と、同じように、艦娘から・・・深海・・棲艦に・・ひっく、なった、子達が」

「うっ、ひっく・・・かっ、悲しそうに・・・恨んでる目で・・私を・・ひっく、見るんです」

「騙したな・・・嘘だったんだ・・・止めて、戻して、返して、帰らせて・・・って」

「チ、チ級は・・気に・・するな・・ひっく・・我々の・・役に・・・立ってるんだって・・言ったけど」

「も、もう、本当に・・・ひっく、本当に・・嫌だった・・・可哀想で・・見てられ・・なかった」

「だから・・来る艦娘に、深海棲艦になっちゃダメ・・だよって・・虎沼さんに・・」

「ひっく・・言って・・もらって・・それで・・誰も・・来なく・・なって」

「リ級・・さんに・・助けを・・・求めて・・・そ、それで・・ここに・・・」

愛宕は優しく大隅の頭を撫でた。大隅はこらえきれず、愛宕にしがみついて泣き出した。

孤立。

大型鎮守府ではよくあるパターンだ。

艦娘が艦隊必要数の3倍を超え始めると、どうしても普段使われない艦娘が出てくる。

2艦隊なら12隻の3倍の36隻、4艦隊なら同72隻を超え始めた辺り。

特に、同艦種の中で1隻だけ遅れてきた子はLVが合わないので孤立しやすい。

また、あまり愛宕自身面白くないのだが、新型艦娘は司令官の注目を浴び、他が雑に扱われる。

阿武隈も決して古い艦娘ではないし、レア度も高い。今も迎えたくて建造に励む司令官は居る。

しかし、直後に阿賀野型が揃って登場では分が悪すぎる。

阿武隈はレア度があった為に、文字通りコレクションにされたのだろう。

挙句、何らかの理由で初期装備状態で売られ、深海棲艦にさせられたのだ。

そして役立たずと言われたくないという恐怖感と、善良な心の板挟みで苦しんでいたのだ。

この子を一体誰が責められるというのだろう。

大隅は泣きすぎてゲホゲホと苦しそうに咳き込んだ。すると、

「ほら、ティッシュ置いとくぜ」

「お茶、飲むと良いですよ。ちょっとぬるめに入れましたから飲みやすいですよ」

摩耶と鳥海が机の上にそっと置くと、愛宕が頷いた。

ティッシュを2~3枚取り、大隅に握らせた。

大隅が鼻をかむ間、愛宕はずっと撫でていたが、にっこり微笑むと、

「どうせなら、スッキリしちゃいましょうか?」

と聞いた。

 



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file57:幸運ノ前髪(中編)

10月15日昼前 鎮守府研究室

 

大隅はきょとんとした顔になり、聞き返した。

「す・・スッキリ?」

「そうよ。辛い話はね、皆にぜ~んぶ話すとスッキリするわよ!」

「アタシだって別の鎮守府に行ったらなりかねない話だからな!他人事とは思えないぜ!」

「そうですよ、酷い話は皆にぶちまけて、皆で文句言いましょう!」

しかしそこに、ネガティブモードになった高雄がぽつりと、

「重巡て・・世間じゃ帯に短し襷に長し、戦力不足で燃費だけ悪いって言われてるのよ・・・ね」

との一言に、大隅を取り囲む重巡の3人がズーンと暗くなって俯いた。

さらに蒼龍と飛龍が、

「うちらも前の鎮守府じゃ、一航戦に比べてショボイとかいつも比較され続けたよね」

「弱いとかすぐ被弾するとか、弾除けやらなくて良いんだよ~とか言われてさ」

「当たりたくて当たってるんじゃないってのよ」

と追い打ちをかければ、夕張が

「私なんて同型艦さえ居ないから・・ね・・誰もデータの素晴らしさを解ってくれない・・」

と返し、

「アタシだって同型艦居ないし、誰も追いつけないから全力出せないし、どうすれば良いの・・・」

と、島風がぽつりと呟いた。

そして一瞬の後、

「はぁ~あ」

と、研究班全員が溜息を吐いた。

一気にダークな雰囲気になった事に大隅が慌てて、

「みっ、皆さんはちゃんとここで仕事してるじゃないですか!立派な仕事ですよ!」

と、バタバタと手を振ってフォローしたものの、すっかりダウナーの空気に支配されていた面々は

「えー」

「だって未だに成仏ばかりで艦娘に戻した事無いですし・・提督は1回で・・ぶつぶつ」

「アタシなんてカレー作って配ってるだけだぜ。喫茶店のバイトかっての」

「それ言ったら私なんて皿洗い専門なんですけど?」

「人間になって働く時は皿洗いと案内のバイト経験ありますって言って良いかな・・」

「もう週に1回カレー運ぶ運送屋って呼んでください・・艦載機何ヶ月も積んでません・・ははは」

「ここで日がな一日書類整理って、体の良い島流しだったのかしら・・燃料使わないし・・」

「データ解析してもこんなに上手く行かないとさ・・・モチベーション下がるよね・・・」

と、死んだ魚のような目でぽつぽつと答えを返した。

大隅はきょろきょろと室内を見回した。

こっ、これはあかん。本気でヤバい方向だ。そうだ!提督!提督呼んでこよう!

暗黒の雰囲気が充満しつつある研究室から、大隅は勢いよく飛び出した。

しかし、ドアの外は眩しくて足元が良く見えない。手をかざしてもあまり遮れない。

なんか変な眩しさだなあ。日が登ったからかな?

そんな事より早く、早く提督に知らせないと!皆がこのまま落ち込んじゃうのは嫌だ!役に立つんだ!

 

「どうぞ、開いてますよ」

本日の秘書艦である加賀は、ノックの音に答えながらドアの方を見た。

珍しいノックの仕方ですね。誰でしょう?

ドアを蹴破る勢いで入ってきた大隅は、ぜいぜいと息を切らしながら言った。

「てっ、提督さん!・・はぁ、はぁ・・あのっ!」

しかし、加賀はこちらを向いて呆気に取られている。

「どうした加賀、誰が来・・・」

提督まで書棚の陰からにゅっと顔だけ出したまま、ぽかんとした表情で見ている。

わっ、私、髪ぐしゃぐしゃかな?あ、前髪!崩れちゃってるの?!恥ずかしい!

提督が我に返った顔で口を開いた。

「え、ええと・・・・阿武隈」

「やですよ提督、ここでは見た目似てないから大隅でって言ったじゃないですか」

「お、お前・・気付いてないのか?」

「私の前髪の事はどうでも良いんです!それより研究室の皆が落ち込んじゃって大変なんです!」

「前髪じゃなくて、お前・・・」

提督と加賀が同時に壁の鏡を指差した。

「んもう、なんですか・・・・へ?」

鏡に映った自分の姿は、阿武隈だったのである。

 

「うあぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

夕張が柱に頭をガンガンぶつけた。

「一生の不覚っ!一生の不覚っ!一生の不覚ぅぅぅぅぅぅ!うおおおおぉぉぉ」

そんな夕張を無言でよしよしとなだめる島風。

そうだよね、散々苦労した時の動画だけ残ってて戻った瞬間だけ撮れて無いなんて。ツイてないね。

対照的に残りの面々は喜びに溢れていた。

「本当に良かったわねえ、阿武隈ちゃんに戻れて」

「方法なんてどーでもいいんだよ。戻りゃ良いんだよ戻りゃ!」

「毎週毎週カレー運んだ甲斐があったわ・・泣けてくるよ」

「提督に追いつく準備が整いましたわっ!」

「これで私に続いて2人目の誕生ね!仲間が出来て嬉しいわあ」

「そっか、これで相談を受けた時に、複数の子が艦娘に戻りましたって言えるんだね!」

阿武隈がくすっと笑った。

「複数って・・2じゃないですか」

「1じゃないんだから複数で問題ないでしょ!」

「えー、なんか詐欺っぽいですよ~あははははは!」

嬉々として喋っている阿武隈に提督が声をかけた。

「大隅さんだった頃に比べて、今は体の調子とか、気持ちの変化はあるのかな?」

「戻って嬉しいって気持ちで一杯なんで良く解んないです!」

「それもそうだな」

「あ、でも」

「何?」

「前髪が整ってるか、すっごく気になります!」

「髪形も変わったからね。元々阿武隈だった時にはそうだったのかな?」

「うーん、そうですねえ。そんな気もします!」

「話し方は明るくなったね」

二人の間に夕張が割り込んだ。

「ストップ!その話、ちゃんと撮らせて」

「ひっ!」

夕張の目が爛々と輝いている。復活早いな。

「今度は絶対にカメラを止めないからね。さぁ、私の質問に全てYESで答えなさい!」

「のっ、NOと言える日本人を目指します!」

「質問に全部答えた後で目指しなさい!さぁYESと言え!」

「なんだその嘘発見器的脅迫は」

「あれは全てNOです提督」

「鋭いな加賀」

「当然です」

「さぁ第1問!いつ戻った?」

「え、ええと、解りません」

「島風!バケツで水かぶせたれ!」

「んなことする訳無いでしょ・・何言ってんの夕張ちゃん」

「解りませんてどういう事だああああ!」

「ひぃぃぃぃぃ!ほっ、本当に解らないんです!命だけは!命だけは勘弁してえ!」

「言えぇぇぇぇぇぇ言わないとくすぐり倒すぞおおおおおお!」

「いやあああああ」

提督と加賀は研究室にくるりと背を向けた。日が随分高く昇っている。

「さ、帰ろうか加賀」

「間もなくお昼ですね」

「今日の日替わり定食は何かな」

「親子丼です」

「お、良いじゃないか」

言いながらさりげなく立ち去ろうとする提督に、夕張に押し潰されながら阿武隈は叫んだ。

「ちょっ!あはははは!てっ!提督っ!たっ、助けて・・うひゃひゃひゃひゃ」

提督はわざと自然な風を装いながら、傍に居た愛宕に声をかけた。

「愛宕達も一緒に食べないか?阿武隈の復帰祝いに昼飯おごってやってもいいぞ」

一気に愛宕達の目が輝く。

「えっ!本当ですか!特上定食食べたいです!」

「私も!」

「上握り!」

「鰻丼!」

「焼き肉定食大盛り!」

「私、天ぷら御膳!」

「あ、私もそれ!」

提督は真っ青になった。まるで食堂の高い物順リストのようだ。

「・・・全く遠慮ないな君達」

「今日だけは!今日だけはっ!」

提督はふと、財布を取り出して真っ青になった。

ヤバい。給料日直前だった。

キリキリキリと加賀を見る。

「・・加賀様」

「こういうケースでは、一般交際費の対象として認められません」

「加賀さぁん」

「泣きそうな声を出してもダメです」

「・・・一緒に食べないかね?」

「秘書艦の買収は違反です」

「あんみつをデザートにつけようじゃないか」

「うっ・・・」

「赤城と仲良くボーキサイトおやつ2人前。どうだね?」

「やりました」

歩きながら加賀は超高速で考えていた。

説得相手は事務方。最終的には文月だ。

自分が添削を受け、龍田の一番弟子を相手に何と言って説得すれば良いんだ?

何を言っても手の平で転がされた挙句、

「まだまだ、精進が足りませんね~」

と言われて却下されるのがオチだ。

そこに、不知火が通りがかった。

「あら、こんにちは。珍しい組み合わせですね」

加賀の目がキラリンと光った。

「不知火さん、お昼まだでしたらご一緒しませんか?」

「そうですね。何か皆さん嬉しそうですし、お話聞かせてください」

「好きな物を注文して良いそうですよ」

「えっ?随分景気の良い話ですね」

「大隅さんがついに、研究室の面々のおかげで阿武隈さんに戻ったのです」

不知火はぱあっと目を輝かせた。

「それなら一緒に祝わせて頂きます。良かったですね」

加賀は内心手を合わせた。何とか上手くやってください。ご武運を祈ります。

 



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file58:幸運ノ前髪(後編)

10月15日昼 鎮守府食堂

 

「そういえば不知火さん、今日はどうして艤装をつけてるんです?」

食堂の奥に場所を確保した一行は、楽しそうに料理を食べ進んでいた。

「あぁ、これは文月の指示なんです」

「文月さんの?」

「ええ。実は先日、時雨さんがたまたま工廠で元の兵装をつけたら起き上がれなくなりまして」

「へっ?」

「工廠長から、あまりに長い間兵装をつけないと筋肉が落ちるんじゃないか、と」

「そういうものなの?」

「解りませんが、それで月に1度、兵装を背負って仕事する事にしたのです。ただ・・」

「なんかあったの?」

「恥ずかしい話、凄く重くて・・・それに、艤装が書類に引っかかったり入り口にガツンと」

「新人の艦娘が良くやるアレね・・って、貴方達LV30超えてるじゃない」

「そうなんです。だから、月1といわず、もう少し背負ったほうが良いかと思い始めて」

提督はふーむと腕を組んだ後、

「人間に戻るかい?私はそれでも構わないが」

と言った。

不知火はパッと目を輝かせた。

「えっ、それは、あの、提督の娘として認めて頂け」

「ぅおっほん!」

加賀がわざとらしく大声で咳払いをした。

たった今、この食事会の謝罪の念は消えました。本気で行かせて頂きます。

 

「そっ、それにしても本当に良かったね、戻れて」

提督は加賀の背後に燃えさかる般若の気配を感じ取り、素早く話題を切り替えた。

「はい!何だか景色が輝いて見えます!」

「後は手続きをして、人間に戻るだけだね!」

「あっ、あのっ、今更ですけど、ありがとう、ございます」

「礼なら夕張達に言いなさい。そうだ。帰る前に1度、虎沼さんとここで会うと良い」

「本当ですか?」

「折角南の島に居るんだ。遊んで帰ってもバチは当たらんよ」

「わ、私、しばらくここで働きます」

「えっと、どうして?」

「私、前の鎮守府で、補給してもらうだけで役に立てなかったのが心残りなんです」

「うん」

「だから、ここでも、艦娘に戻してもらうだけ戻してもらって、何も貢献出来ないのは苦しいです」

「そうかな、夕張」

「んー?」

「今回の事で、研究班は直す実例が1つ出来たんだから、色々参考になっただろ?」

「今日の事を取り逃したのは大失態でしたけどね」

「でも、君達は覚えているだろう?」

「そうですけど。データは残せなかったし」

「君達が記憶してる事を文章として書き残すことも、データじゃないのかな?」

「・・・あ」

「阿武隈」

「はっ、はい!」

「さっきは行き過ぎだけど、夕張達は今後も、深海棲艦を艦娘に戻す活動をしていく」

「・・・」

「それは君と同じように、喜びを得る艦娘を増やす事になる」

「喜びを・・得る」

「うん。今後成功する手がかりにする為、今日君に起きた事を、夕張達に残して欲しいんだ」

「・・」

「時間は戻せないけど、覚えているうちにどんな小さな事でも良いから話してあげて欲しい」

「・・・」

「どれが役に立つかは解らないけれど、きっと積み重ねたら正解にたどり着く」

「・・・」

「力を貸してくれるなら、それを頼みたいな」

「私の記憶が、役に・・立つんですか?」

「間違いなくね」

「・・・ゆ、夕張さん」

「なぁに?」

「さ、さっきはゴメンなさい。この後、もう1度研究室に行きます」

「え?」

「それで、朝から夕張さん達とした事を1つ1つ思い出してみます」

「・・・」

「何か言ってない事とか、私だけが知ってる事があるかもしれませんし」

「・・でも、良いの?結構辛い事話してたよ?」

「ううん、もう大丈夫。今、提督さんに、私を認めてもらえたから」

「ん?阿武隈は立派な軽巡だぞ?それがどうかしたか?」

「えへへ・・・だから、夕張さん、付き合ってくれませんか?」

「もっちろん!徹夜してでも付き合っちゃうわよ!」

「あっ、明日もちゃんとやりますから、夜は寝かせて・・欲しいです」

「仕方ないわね。じゃあ、時間が勿体無いからさっさと戻りますか!」

「はい!」

「それにしても定食美味しかったです。御馳走様!」

「私までご馳走様というのは久しぶりだなあ」

不知火はぎょっとした顔で提督を見た。

「えっ、提督のおごりではなかったのですか?」

「その予定だったのだが給料日前で手持ちが小銭しかないんだ。すまない」

不知火は背筋に嫌な汗をかいたが、他の面々はご機嫌だった。

「研究室の祝勝会だしね!」

「高いの食べさせて頂きました!」

「じゃ、研究室に戻りましょう!」

「はい!頑張ります!」

「あ、あの、ええっ?」

目を白黒させる不知火に、加賀が涼しい顔で言った。

「ここは提督室のカードで払っておきますね。不知火さん、領収証は研究室付で良いのかしら?」

不知火が目を見開いた。牛煮込みハンバーグの最後の一切れをごくりと飲み込む。

あ・・この食事・・・加賀さん・・・まさか・・・

その時になって、龍田の休日特別講座の一コマが思い出された。

 

「相手と円滑な合意形成にはギブアンドテイクが不可欠ですね~」

「ここで質問。文月さん、比較的優しい案件の場合、どのように使いますか?」

「はい。先に利を得てから借りを後日早めに返します」

「時間の経過と共に期待値が利子のように増えますからね~。では、極めて難易度が高い場合はどうでしょう?」

「その時は、先に相手に利を渡して、身動きを取れなくします」

「うーん、半分正解ですね。では不知火さん、残りは解りますか?」

「えっ!えっ、ええと、ええと・・・すみません」

「では学んでいきましょうね。正解は、気付かれないようにする、です」

「き、気付かれないように利を渡す?どういう事ですか?」

「そうねえ、例えば事務方に来る依頼で一番NGにするのはなぁに?」

「ええと、税務上合致しない一般交際費の請求でしょうか」

「飲み会とか食事会とかね~」

「そうです」

「でも、不知火さんも一緒に喫食したとしたら、審査に手心を加えませんか?」

「そういう気配を感じたら誘いに応じませ・・・あ」

「はい、そういう事です。アウトかセーフか危ないなら、先に不知火さんを巻き込んでしまう」

「うわっ」

「厳密に言えば買収ですが、他の理由があればセーフですし、これでNGにすれば極めて後味が悪い」

「そ・・・そうで・・すね」

「こういう手を、テイクアンドギブ、とでも申しましょうか~」

「・・・・」

「皆さんも必要に応じて繰り出せるようになってくださいね。では次に移りますよ~」

 

ギギギギギと不知火は加賀を見た。

加賀は不知火を見つめてにっこり笑うと、

「では、一般交際費として落としてくださいね?」

と念を押し、不知火の前に領収証を置いた。

不知火はがくりと頭を垂れながら領収書を受け取った。

チェックメイト。気づきませんでしたよ加賀さん。さすが塾生NO2です。

ふふふふ。不知火は、不知火は燃えてきましたよ。

 

意気揚々と引き揚げる面々をかき分け、提督が不知火に近寄ってきた。

「不知火」

「何でしょうか提督?」

「すまん。加賀に泣きついたのは私だ。無理なら給料後に払うから言いなさい」

「あ・・」

「だから、阿武隈は素直に祝ってやって欲しい」

「・・・。」

「いかんな。頼んでおいて、なんか不知火が可哀想に思えてな。加賀を恨まないでやってくれ。すまん」

「・・て、ていとくぅ」

「おっ、おい、しがみついて泣くんじゃない!誤解され・・・」

パシャッ!

「決定的瞬間!青葉、見ちゃいました!不知火さんと提督の熱い抱擁!一言お願いします!」

 

よりにもよって最悪な人に最悪な瞬間を見られた。

不知火と提督は無表情になると、互いに顔を見合わせ、頷いた。

最優先事項の緊急事態だ。速やかに対処せねばならない。

 

「・・・不知火」

「はい」

「10cm高角砲実弾装填」

「出来てます」

「青葉」

「ひっ!?なんか蝋人形みたいですよ二人とも!」

「それ、消しなさい」

「ど、恫喝には青葉、屈しませんよ!」

「不知火、目標青葉、砲撃用意」

「待ってください!隅とはいえ食堂の中ですよ?!正気の沙汰じゃないですよ!」

「3」

「うそ!」

「2」

「解りました解りました消します消します!」

「今、すぐ、ここで」

「うぅぅぅぅ・・明日の朝刊のエンタメネタが・・・」

「1!」

「消しました消しました消しました!ほら!」

「・・・・・・うむ、消えてるな」

「提督」

「なんだ?」

「青葉のズボンのポケットにボイスレコーダーが」

「なっ!?何で知ってるんですか!・・・あ」

「消そうか」

「は、はぁい・・・」

しぶしぶデータを消し、立ち去る青葉を確認し、提督と不知火はガッと力強く握手した。

華々しい勝利!艤装を付けて今日初めて良い事がありました!

そしてふぅと溜息を吐くと、

「提督、事務所までご同行頂けませんか?」

と言った。

「解った。大人しく叱られるよ」

「不知火もご一緒します。ハンバーグの分」

「旨かったか?」

「大変美味しかったです」

「そうか。じゃあ、付き合ってくれ」

青葉は木の陰に慌てて隠れた。

おおおおおお。提督、不知火さんに告白!?ストレートに「付き合ってくれ」頷く不知火さん!?

これは売れる!売れますよ!

その時、青葉はがっしりと肩を掴まれた。

振り返ると衣笠が怒りに満ちた笑顔で立っていた。

「アンタは・・・また飛ばし記事書くつもりね・・・」

「ひいっ!」

「工廠長に青葉専用の座敷牢作ってもらったから、行きましょうね」

「何でそんなもの作ったんですか!やっ、やめっ!ぼ、暴力、暴力反対ですぅ~」

ずるずると引きずられていく青葉を遠くから見ていたのは龍田だった。

本当に、提督は隙がありすぎです。

不知火さんも、もう少し頑張りましょうね~

 

 




前回は本当にダークネスで救いも無かった訳ですが、正直ああいうのを書くと心理的にかなり大きなダメージを食らいます。
私は今回位の話を書く方が楽です。
龍田さんは有限実行の人ですから、この大規模な鎮守府を静かに支えてます。
龍田会は怖いだけじゃないのです。怖いけど。

というわけで、今後のシナリオも明るい方向に手を加える事にしました。
これ以上書くとネタバレになりそうなので、帰ります。


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file59:二人ノ阿吽

11月1日午後 鎮守府提督室

 

「そうかそうか、順調に来始めたか」

提督は安堵の表情でほっと一息吐いた。

毎月月初は各班からの報告が相次ぐ事になるが、今は広報班の時間だった。

秘書艦当番である赤城が口を開いた。

「それで、異動と派遣とどちらの要請が多いのですか?」

衣笠が答えた。

「そうですね、両方興味を持つ司令官が多いですが、最終的には異動が多いですかね」

青葉が継ぐ。

「一定期間のお手伝いだと帰る時に寂しいとか、折角鍛えるのだからずっと居て欲しいと」

「どちらの意見も妥当ではあるな。手塩にかけて育てるものだしな。」

「今月中に私達が建造した艦娘達はほとんど異動する事になります」

「そうか。あの子達はLV1からずっと教育を受け、教材の作成等にも手を貸してくれたんだよな」

「はい」

「異動先で楽しく過ごして欲しい。本当にそう思うよ」

「送別会を早めにやっておきますか?」

「そうだな。行先は皆違うし、時期も別れるから、揃っているうちにしてあげようか」

「手配しておきますね」

「うむ。さすが赤城だ」

「派遣の方は講師役としての期待の他、自分が使いこなせるか知りたいという話もあるんですが」

「それ、役に立つか事前に試したいって事じゃないのか?」

「はい。少し艦娘として大事にしてくれるかという点で気になりました」

「契約違反ならばちょっと第1艦隊連れて御挨拶に行かないといけないねえ」

「目が座ってますよ提督?」

「んー?球磨多摩にちょっと引っ掻いてもらうだけだよ」

「鉤爪で?」

「YES」

「・・・ちっとも穏やかじゃないです。断っておきます」

「そーかー、残念だなー」

「棒読みです提督」

「となると、やはり異動プランメインで展開した方が良さそうだね」

「私達も同意見です。後は私達が事後巡回しても良いかなと思ってます」

「なるほど、異動後の様子を取材とか理由もあるし、私が動くよりは騒ぎにならないか」

「はい。元々鎮守府を巡ってるわけですから、ついでに回れる範囲で回れば負担も少ないです」

「広報班としては人員は足りてるかな?」

「記者の数と印刷要員が足りません!」

「それはソロル新報の話でしょ。却下です」

「しょっちゅう座敷牢に入れられるから取材が滞るんです!」

「座敷牢に入れられるようなエグい取材をするから悪いんです!」

「この前の不知火さんと提督の熱愛も握りつぶされましたし!」

「だから人聞きの悪い事を言わない!一般交際費にしてくださいって事務方と話してただけだ!」

「普通の交渉なのになんで不知火さんがうるうる泣きながら抱き付いてるんです?」

「ふっ。青葉、何度も私が同じ手に引っ掛かると思うなよ。煽ってもノーコメントだ」

「ちっ。飛ばし記事書いてやる」

「また今夜も座敷牢で大根おろし食べたいの?」

「衣笠ぁ、あなたが敵の味方してどうするんですか!手伝ってくださいよ!」

「手伝ってるでしょ。まともな記者活動をしてくれるのを応援してるだけです」

「エンタメ欄はソロル新報の一番人気のコーナーなんですよ!」

「青葉が書きたいってだけでしょうが!」

「違います!エンタメ欄に良いネタがあると発行部数が急増しますもん!」

提督は溜息を吐いた。確かに女の子だから噂好きなのは解る。ゴシップ物は特に。

ただ、鎮守府内では確実にネタ切れになる。だからより過激な方向に走るようになる。

それは読者側もそうだろう。

・・・ん?

「青葉」

「何ですか提督。観念して単独インタビューに応じる気になりましたか?」

「そんな生贄みたいな事しません。じゃなくて、巡回先の鎮守府の様子を記事として書いたらどうだ?」

「だって司令官堅い人ばっかりなんですもん」

「司令官じゃなくても艦娘でも妖精でも良かろうに」

「あ」

「向こうの鎮守府に青葉が居る事だってあるだろう?」

「おお」

「勿論座敷牢は健在だから、変な飛ばし記事書いたら即入獄です」

「うえー」

「他の鎮守府に迷惑をかけないように、ちゃんと見聞きした事を書くなら許可します」

「・・・・。」

「ここで探し回ってもネタに困る日は近いだろう?」

「ま、まぁ・・・」

「どうかな?」

「そんな事言って提督、自分が取材を回避したいだけじゃないでしょうね?」

「いっ、イヤダナ青葉サン、ソンナコトナイデスヨ?」

「深海棲艦みたいな喋り方になってますよ提督」

「だってもう飛ばし記事で変な噂立てられるの嫌なんだもん!」

「あ、本音ぶちまけた」

「来たばかりの受講生から「お茶かけられるのが好きって、変わった趣味ですね」とかクスクス笑われるし」

「あの記事は良く売れました。今もまだ増刷してます。」

「だから!ちゃんと事実を書きなさい!ていうか増刷するな!」

「軍服が真緑になるまでお茶かけられたのは事実じゃないですか!」

「かけられるのと趣味として愛好するかは別な事くらい解るでしょ!」

「じゃあ趣味と性癖を今すぐ教えてください!」

「なんで性癖まで言わにゃならんのだ!私は至ってノーマルだ!」

「そんな人に限って踏まれるのは普通ダヨネとかロリ妻最高ですとか真顔で言うんですよ!」

「違います!文月は大事な娘です!そういう対象じゃありません!」

赤城と衣笠は肩をすくめた。提督は自爆し過ぎ。

肩で息をしながら提督は青葉を指差すと、

「とっ、とにかく、ソロル新報のエンタメ欄は今後他の鎮守府の事を書くように!」

「えー、目の前にネタの宝庫があるのにぃ」

「本気で発禁処分食らわせるぞ」

「横暴です!」

「横暴でも横棒でも横須賀でも構わん。これは命令です」

「しょうがないですねえ」

「おっ、言う事聞いてくれるのか。感心感心」

青葉はネタ帳を閉じながら思った。エンタメ欄と別に鎮守府の噂コーナーを作りましょう。

禁止されたのはエンタメ欄だけですからね。

衣笠がジト目で言った。

「青葉、新しい名前のコーナーで継続ってのは編集長として許さないからね」

「えっ!そんな事考えてたのか青葉!」

「なんでバラすんですか衣笠!折角丸く収まってたのに!」

「ちっとも丸くないよ!トゲトゲだよ!」

「宝は逃しません!」

「だめです!」

「あーもう!私の記事は禁止!禁止ぃぃぃ!」

「ソロル新報に死ねと仰るのですか!」

「私に頼らずやっていきなさい!」

「バンバン自爆する提督が目の前に居るのに他のネタなんて不自然極まりないじゃないですか」

赤城と衣笠は頷いた。指摘はもっともだ。協力はしないが。

「よし!じゃあこうしよう」

「何ですか提督」

「見聞きした事を、曲げずに、飛ばさずに、私の許可を得て書きなさい」

「面白い要素が全部飛んでるじゃないですか!タレ抜きの牛丼なんて誰が食べるんですか!」

「偽装のソースがかかりまくりって事じゃないか!」

「そのくらい皆解ってますから!」

「噂が独り歩きしてるんだよ!」

「75日で消えますよ!」

「増刷してるからいつまでも1日目じゃないか!」

「増刷しなかったらオークションで高値が付いちゃいますよ?」

「火を消してくれ頼むから」

「興味を持った人は大切な読者です!」

「そういや日曜版まで出始めたな」

「おかげさまで一日20部はコンスタントに出るようになりましたからね」

「文字通り私の噂でもってるんじゃないか!」

「次は50部、いや、100部目指しますよ!ゆくゆくは全国紙に!」

「やめてくれ。全国津々浦々に私の飛ばし記事なんて嫌過ぎる」

「大丈夫です提督。私が掲載を許可しませんから」

「き、衣笠さんが仏に見える。拝んで良いですか?」

「拝むよりお布施ください」

「よしよし、持って行きなさい持って行きなさい。大納言羊羹をあげようじゃないか」

「わ!ほんとにくれるんですか!ありがとうございます!」

「その代わりよろしく頼むよ」

「お任せください提督サマ」

「おぬしも悪よのう」

「お代官様にはかないませんよ」

「ウッシッシッシ」

「ヒッヒッヒッヒ」

「あの、提督、衣笠さん」

「なんだね赤城さん」

「青葉さん、撮影してますよ?」

「いっ!?」

「あっ、赤城さん!シーッ!シーッ!大スクープ・・・あ」

「では衣笠さん」

「はい、押収して座敷牢ですね」

「察しが良くて助かるよ」

「お任せください」

「ちょ!何この癒着!だ、談合!談合です!」

「では提督、広報班、作業に戻りますね」

「青葉も衣笠も無理はしないように」

「お任せください。では、失礼します」

パタン。

 

ふぅと息を吐く提督に、赤城がにこにこと話しかけた。

「本当に、提督は青葉さんに甘いですよね」

「いやいや、そんな事ありませんよ?厳しく行ってますよ?」

「広報班の現状を考えたら座敷牢入ってもたかだか数時間、長くて半日。むしろ休憩ですよね」

「お、おや。そーかー。ぜーんぜん気付かなかったなー」

「目が泳いでますよ」

「うっ」

「だからこそ、衣笠さんも安心なのでしょうけど」

「・・・。」

「それで、提督」

「なんだい?」

「そろそろお茶にしましょうか?」

「ん?まだ2時半じゃないか。3時のおやつには早いだろ?」

「それまで、羊羹の現在の備蓄についてじっくりお話を」

「えっ?」

「先程出してこられた位置、この私とした事が哨戒不足でした!」

「いや、別に全部把握しなくても」

「索敵は戦果の命運を分けます!敵機を見逃したら大変です!」

「それはそうだけど、かと言って私の羊羹の備蓄量を赤城が把握しても嫌な予感しかしないよ?」

「失礼な!私は少しでもミスを減らすべく努力しようとしているのに!」

「はあ。で、どうしようというの?」

「訓練として15時までに室内の甘味を全て索敵しますから、答えあわせをお願いします!」

「答えをあわせたら?」

「もちろんおやつタイムです!」

「要するに大納言の羊羹が食べたいのね」

「狙いは本練黒蜜羊羹です!ありそうな気配がします!」

「変な方向に近代化改修しなくてよろしい。まぁ良い。久しぶりに訓練に付き合おうか。」

「頑張ります!」

「イベント出撃もそれくらい高いモチベーションで臨んでほしいなあ」

「艦載機発艦中に話しかけないでください!」

部屋中を飛び回る彗星と、1つ1つを制御する赤城を提督は眺めていた。

少し食い意地は張っているが、赤城は加賀と並び、押しも押されぬ最強の空母だ。

冷静な加賀と温厚な赤城、この絶妙な二人の会話が戦場で皆の士気を高める。

寝食を、時間を共にし、戦い続けてきた2人だからこその掛け合い。

阿吽の呼吸、しなやかに曲がる強さ。これこそ我が艦隊の強さの真髄だ。

うんうんと頷く提督を横目に、赤城は彗星に指示を飛ばした。

「羊羹5本目!引き続き手を緩めるな!効率よく探せ!」

提督はぎくりと目を開けた。えっ?もう5本目見つけたの?

ちらっと金庫を見て、すぐに視線を戻す。

金庫に隠した栗羊羹は長門さえ知らない筈だし、彗星も金庫には近寄ってなかった筈。

い、いや、うっかり言葉にしたら本気で全部食われる。最後まで黙秘しなければ。

赤城は提督から視線を戻した。どうやら5本は間違いなくあるようですね。

今は3本しか発見してませんが、あと15分の内には必ず見つけます!

まずは提督がチラ見した大型金庫を重点的に捜索しましょう!

見ているようで無意識に外していました。いけませんね!

 



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file60:治療ノ台

 

11月4日早朝 某海域

 

「珍シイナ、ドウシタンダ?」

整備隊幹部であるリ級を訪ねてきたのは、戦艦隊幹部のル級と部下のカ級だった。

「ル級ノ、相談ニ、乗ッテモライタイノデス」

良く見ると、カ級はル級を支えるように肩を貸している。

ル級は傷ついてるようには見えないが、やつれている感じがした。

タ級はリ級を見た。いつもならそろそろお気に入りの島に行く時間だが。

「動ケルナラ、場所ヲ変エタ方ガ、良サソウナ話ダケド」

「スマナイ。モウ、歩ク気力ガ無イ」

リ級はタ級の方に向くと、

「会話ガ聞コエナイ程度ニ払ッテ。アト、妨害ヲ」

「オ任セクダサイ」

動けないというのはただ事ではない。

仮に戦艦隊が機能不全を起こし、隊員が暴れ出したら大変な事になる。

 

「ソ、ソレハ、辛イナ」

リ級はカ級とル級から事情を聞いて、思わず同情した。

ル級は最近、少しでも眠るとすぐに悪夢にうなされ、一睡も出来なくなっていた。

眠くて堪らないが、悪夢の恐怖も尋常ではなかった。

どうにもならなくなり、相談に応じてくれるという噂を頼りにやってきたのである。

「トリアエズ、「彼女」ニ診テ貰ッタラドウダ?」

「体ハ傷ツイテナイゾ?」

「ソレデモ、休養ハ取レルカモ、シレナイ」

「ソウ・・ダナ」

「立テルカ?」

「アア」

 

「彼女」

深海棲艦の大本営ともいうべき拠点に存在する巨大な装置。

鎮守府の研究班と共同で制御方法を探っているが、今はまだ進展がない。

私が動ける間は私が対応すれば良いとリ級は考えていた。

最近は提督とタ級を弄ると元気がモリモリ湧いてくるので、まだまだ行けそうな気もする。

ル級をカ級と一緒に「彼女」の下にある台へ載せると、すぐに「彼女」から光が下りてきた。

最初、辛そうに顔を歪めていたル級は、次第に静かな寝息を立て始めた。

「酷クナリ始メタノハ、昨年ノ春頃ダッタ」

ル級を見つめながら、カ級がリ級に言った。

「最初ハ、昼寝スルト悪夢ヲ見ルト言ッテ、昼ハ絶対ニ起キテテ、夜早ク寝テイタノダ」

「シカシ、段々、明ケ方ニモ見ルトカ、宵ノ口モ、ダメニナッテキタ」

「今年ノ春カラ夏マデハ、一旦良クナッタンダ」

「デモ、秋ガ終ワッタ頃カラ、一気ニ悪化シタンダ」

リ級はカ級に聞いた。

「ドンナ夢ヲ、見ルト言ッテタ?」

「轟沈シタ戦イノ、一部始終ヲ何度モ見テ、無線デ呼ビカケラレル声ガ、頭カラ離レナイラシイ」

「元ノ鎮守府ハ、思イ出セナイノカ?」

「思イ出シタ。ソシテ、皆殺シニシタ」

「エッ!?」

「タマタマ別ノ用件デ、私ガ行ッタ鎮守府ガ、ソコダッタラシイ」

「・・・。」

「ル級ハ話ヲ聞イテ、スグニ全艦ヲ招集シ、鎮守府ヲ砲撃シタンダ」

「ジャア、昔ノ仲間ハ」

「全滅シタダロウ。アノ砲撃と火災ジャ、生キ残ルノハ無理ダ」

「・・・・。」

リ級はル級を見た。

確かに、あの大部隊を率いるル級なら鎮守府の1つや2つ消し飛ばせるだろう。

しかし、そのせいで完全に望みが絶たれたかもしれない。

また、それが今苦しんでいる正体かもしれない。

リ級はカ級を見た。

「大抵1~2時間必要ダケド、アナタハ、ドウスル?」

カ級はル級を見つめながら答えた。

「一緒ニ居ル。モシ、私ガ鎮守府ヲ見ツケタノガ原因ナラ、申シ訳ナイカラ」

「アナタノ責任ジャ、ナイワ」

「解ッテルガ、ソレデモ」

リ級は「彼女」を見た。暴れる様子はない。大丈夫だろう。

「ジャア、起キタラ帰ッテ良イカラ、オ願イシテ良イカ?」

「解ッタ。アリガトウ」

「沢山眠レルト、良イワネ」

「アア」

 

リ級は部下のタ級を呼んだ。

「ココニ、何カ起キタ場合ニ、私ヲ呼ベル子ヲ付ケテオイテ」

「承知シマシタ」

「ジャア私ハ、ソロソロ寝ルワ」

「スグ指示シテキマスカラ、待ッテテクダサイ」

「エエ」

 

そう。

リ級は昼間、島で眠っている。

それは島の景色が好きなのもあるが、島が昼間静かだからである。

リ級は夜中ずっと起きて「彼女」に語りかけたり、見張ったりしている。

「彼女」は夜中に不調になる事が多いので、寝てる時に叩き起こされるのは辛いから、昼夜を逆転したのだ。

しかし、いつも夜中とは限らないので、昼寝ても寝始めた直後に叩き起こされる事はある。

提督達と会う場合は、会う直前まで眠っていたり、その夜だけはタ級に任せて寝るのである。

こういう不便さもリ級以外のなり手が生まれない原因であった。

リ級はぼうっとなってきた。いつも寝る時間をとうに過ぎている。

「オ待タセシマシ・・・」

タ級はリ級に言いかけて止めた。リ級が座ったまま、すぅすぅと寝ていたからだ。

タ級はそっとリ級を抱えると、いつもの島に向かった。

ここはもうすぐ、うるさくなる。

 

「エッ!マダ寝テルノデスカ!?」

その日の夕方。

いつも通り起こしに来てくれたタ級から、ル級がまだ起きないと聞かされた。

付き添っているカ級もさすがに疲れたのか、装置の隣で座りこんでるという。

「ジャア、付キ添ッテ、アゲマショウ」

「ナ、何故デス?」

「ル級ガ寝テルナラ「彼女」ノ整備ハ出来マセンカラネ」

「ソウカ、ソウデスネ」

 

「リ、リ級・・・」

カ級が疲労困憊の表情でリ級を見た。

「アナタモ寝ナサイ。後ハ私ガ見テオクカラ」

リ級の言葉に安心したのか、カ級はそのまま崩れ落ちるように眠ってしまった。

「アラアラ、余程緊張シテタノネ」

平らな床にカ級を横たえると、リ級はル級を見た。

規則正しく呼吸している事から死んだわけではないというのは解る。

しかし、この療養台で12時間近く眠るという事態に、リ級は面食らっていた。

 

ル級が眠る「彼女」の下にある台は、療養台と呼んでいる。

正確に言えば、「彼女」が新たな深海棲艦を産み落とす場所でもあるので、療養だけではない。

ただ、多くは傷ついた深海棲艦を横たえる場所であり、瀕死の状態でも1時間あれば回復してしまう。

それなのに、12時間近く寝続けている。「彼女」も動き続けている。

ル級の顔色はだいぶ良くなっている。今朝は本当に限界だったのだろう。

昔の仲間に会いにも行かず、鎮守府を壊滅させるほどの深い恨み。

一体何があったのだろう。

 

「ウ・・・」

結局「彼女」が光を消し、ル級が目を覚ましたのは、間もなく日付が変わる頃だった。

「起キタカ?水ヲ飲ムト良イ」

「カ・・・カ級ハ?」

「ソコデ寝テル。アマリニモ長時間ダッタカラナ。許シテヤレ」

「長時間?」

「眠リニツイテカラ、間モナク20時間ダ」

「エ」

「カ級ハ、夕方マデ、ズット見守ッテイタンダガ、疲レ果テテ、寝テシマッタンダ」

「・・・・ソウ、カ」

「叱ッタラ、ダメダゾ」

「叱ラナイ。アト、随分楽ニナッタ。アリガトウ」

「様子ヲ見テ、マタ眠レナイナラ、早メニ来ルト良イ」

「・・良イノカ?」

「遠慮ハ要ラナイ。タダ、治療中ヤ、誕生中ハ、ダメダガナ」

「ソレハソウダ。解ッタ」

ル級はカ級を優しく揺すった。何度かの後、カ級はようやく目を覚まし、

「ア!オ目覚メデシタカ!」

「長ク待タセテ、スマナイ。サァ、帰ロウ」

「ドウデスカ?少シハ楽ニナリマシタカ?」

「ズット楽ニナッタ。カ級ノオカゲダ。アリガトウ」

「イエ、ソンナ」

「サァ、帰ロウ」

カ級はル級を見た。面倒見の良いボスだから、このまま治って欲しい。

 



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file61:タ級ノ依頼

11月6日朝 某海域

 

「スマナイ。本当ニ、スマナイ」

リ級は驚いた。前の日の未明まで寝続けて帰ったル級が、またぐったりしている。

カ級に事情を聞くと、帰って眠った所、再び悪夢を見たらしい。

沢山寝られて安堵した後だっただけに、その失望と恐れおののく姿は周りが心配するほどだった。

そして、結局また一睡も出来ないまま今に至ってしまったのである。

どうしたら良いか。リ級もさすがにお手上げだった。

今日は金曜日。あまり借りばかり作るのは好きではないが、頼むしかない。

これはいよいよ、あの子を嫁に出さないといけないかしら、ね。

ヘくちっ!

リ級が見つめる先で、タ級は小さくくしゃみをした。

 

「よーっし!今日も張り切ってカレー売るぜ!」

「売ってないよ摩耶ちゃん」

「いーんだよ!お客様に対する気持ちで頑張るんだよ!」

「本当にバイト感覚になってきたね」

鳥海は微笑ましく光景を眺めていた。

先月、ホ級を阿武隈に戻せたという出来事があって以来、研究室の雰囲気が急速に良くなった。

一丸となって取り組めばとんでもない難題でも何とかなる。そんな空気だった。

そして、島風や夕張が熱心に掃除や準備、後片付けに関わるようになった。

やる気に満ちているというのは良いものですね。今日も張り切って掃除しましょう!

竹箒を持ってサクサクと掃き進めた、その時。

眼前の水面がブクブクと泡立ったかと思うと、タ級が姿を現したのである。

 

「・・・え、ええーっ!?」

タ級から事情を聞かされた鳥海達は考え込んでしまった。

轟沈する夢にうなされる深海棲艦を何とかしてくれないかって・・・・

目を瞑って考えていた摩耶がカッと目を見開いたかと思うと、

「奇怪な相談は奇怪な人に頼むのが一番!」

「だ、誰の事言ってるのよ。私は違いますからねっ!」

「んなもん提督に決まってるだろ!ちょっと行ってくる!」

 

ふえっくしん!

うー、最近寒くなってきたから風邪引いたかな。

風邪なあ・・・風邪・・・うーん・・・

そして秘書艦当番である長門に向かって言った。

「なあ長門、鍋焼きうどんの作り方知ってる?」

「・・・解らん」

「そうだろうね」

「ならなんで聞いた?暖まりたいのなら主砲1発撃ってやろうか?」

「飛んでくる砲弾で暖まるかもしれないが次の瞬間に粉微塵になるから止めてください」

「んー、今日は金曜だから昼飯はカレーだぞ?」

「カレー鍋焼きうどん・・・いかにも軍服めがけて飛んできそうだよな」

「合体させるな。誰もそんな事言ってない」

「そういや岩礁にも行ってないな」

「まだ仕事が残ってるだろ。そもそもまだ10時半じゃないか」

「はあい」

提督は考えた。プチ脱出って面白そうだよな。

長門は察した。プチ脱出とか考えてそうだな。

提督と長門は顔を見合わせ、フフフフフッと笑いあった。

 

「よっし、これで朝来た分の査読と承認終わりだな!」

「・・・・・。」

「どうした長門、具合でも悪いのか?」

「い、いや・・おかしいな・・ぶつぶつ」

「じゃあ、私は、これで」

「何を名取みたいな事を言ってる!まだ11時過ぎじゃないか!」

「だから、昼ごはん食べに行くんだってば」

長門はジト目で提督を見た。

「神田か?築地か?それとも大阪とかいうのか?」

「どこまで昼飯食べに行くんだよ私は!そんな所まで行かないよ!」

ますますジト目になった長門が口を開きかけた時、提督室のドアがノックされた。

「どうぞ!」

長門ははっとして後ろを見た。脱出の支援艦隊か?

 

「提督、ちょっと頼みが・・・ひっ!」

摩耶は提督室に入るなり悲鳴を上げた。長門が恐ろしい形相でこちらに主砲を向けていたからだ。

「な、なに?アタシ、何かしたか?」

「これから何をするつもりだ?支援艦隊か?白状しろ!」

「え?え?え?何?」

「長門、私は何も頼んでないよ。カレー食べたいといってから部屋も出てないじゃないか」

「いーや!提督はどんな妖術を使うか解らん!」

「妖術ってなんだ。私は妖怪か?」

「妖怪の方がまだ質が良い」

「妖怪より質が悪いって言われたよ。どうしたら良いかな摩耶?」

「とりあえず、夫婦喧嘩ならアタシの用件の後でやってくれよ」

「おぉ、そうだな。先に聞こうか。長門、いい加減に仕舞いなさい。何も頼んでないから」

「・・・・・本当だな?」

渋々長門が主砲を仕舞い始めた時、摩耶が言った。

「で、提督、悪いんだけど岩礁来てくれないか?」

長門がぴくんと反応した。

「提督っ!貴様油断させて騙し討ちとは卑怯だぞ!」

「なっ!?ホントに何もしてないって!」

「なら何故こんなタイミング良く摩耶が岩礁に来いって言うんだ!」

「本当に知らん!」

「次はあれか?カレー鍋焼きうどんの試食でもしてくれって言って連れてくのか!」

「はぁ?何だそれ・・・あ、でも、冬のメニューに良いなそれ」

「提督ぅぅぅぅぅ!」

「違っ!本当に!本当に知らないから!」

「一体何なんだよ・・・とにかく説明聞いてくれよ・・・」

 

「ふうん、悪夢で寝られない深海棲艦ねえ・・・」

「医者に行け・・・とも、言えないしさあ・・・」

「うーん、でも人間や艦娘に戻りたい訳じゃないんだろ?」

「そこは聞いてないけど、聞いてないって事はそうだろうな」

「どうしたら良いか皆目見当もつかんな・・・」

「そうなんだよ。だから提督を呼びに来た」

「なんで?」

「変なコト大好きだろ?」

「一体どういう情報源から出た話なのかカレー食いながら2時間ばかりお話しようじゃないか」

「長ぇよ、カレーなんて5分で食える」

ふぅむと提督は腕組みをした。接触した深海棲艦は少ないが、共通する事は悩みを抱えてるって事。

悪夢もまた、悩みや心残りから来るものだろう。

だとすれば、話を聞いてみるのは1つの手がかりになるかもしれない。

「相手のクラスは?」

「Flagshipのル級。大きな部隊のボスらしい」

長門が口を開いた。

「幾らなんでも許可出来んぞ。もし部下と大暴れしたらどうするんだ」

「治してくれなかったって逆恨みされたら全部隊を率いてやって来るかもしれんぞ」

「前の鎮守府のようにか?」

「そうだ。あれも誰がやったか解らんしな」

「・・・最低でも護衛は付けるぞ」

「そうだね。戦艦相手となると長門には来てもらわねばなるまい」

「部下が来ることを想定すれば私一人では難しいぞ」

「今日は金剛4姉妹は居るんだっけ?」

「ON当番だからダメだ」

「あちゃ。そうすると、オフの戦艦は誰だ?」

「伊勢、日向、山城、扶桑だな」

「まんま第1艦隊じゃないか」

「それくらい連れて行って良かろう。個人的には全艦娘に招集をかけたいくらいだ」

「・・・解った。伊勢達に招集をかけてくれ」

「よし」

「摩耶、私達はいつ行けば良い?」

「最終枠にするから17時だな」

「17時!?昼食にもおやつにも遅すぎるだろ。それじゃ晩御飯じゃないか!」

「昼飯食べてから来れば良いだろ!」

「そっか、それもそうだな」

「じゃ、17時ちょっと前には来てくれよなっ!」

摩耶は岩礁に戻って行った。

 

「随分鎮守府の活動と遠い所まで来ちゃいましたね~」

扶桑が呆れたように言うと、

「お人好しにも程があるんじゃないの?提督」

と、山城が続け、

「まぁ、ヒマだったから良いけどね」

とは伊勢の弁で、

「朝の仮想演習サボっといてよく言うな」

と、日向が溜息交じりに言った。

長門が口を開いた。

「良いか、相手は相談しに来るとはいえFlagshipのル級だ。部下も居る可能性がある!」

「提督に身の危険が迫る恐れがある場合は、脱出組と迎撃組に分かれて対応する。」

「伊勢、お前が一番装甲が固いから提督を連れて脱出しろ!」

「いいよアタシは迎撃で。こういう時は夫婦で脱出するのが良いんじゃない?」

「えっ?」

「長門が奥さんでしょ?鎮守府の誰もが知ってるよ?」

提督が口を開いた

「私は初耳だけど?」

「だって年に何回も夫婦で旅行してるじゃん」

「あっ、あれは提督が脱出するから追っかけてるだけだ!」

「あー、なるほど。そう見えるのか。なるほどなあ。いやぁ照れるなあ」

「感心してる場合か提督!」

「長門は私じゃ嫌かな?」

「んなっ!?・・・い、いや・・き、キライでは・・・ない・・・」

「ひゅーひゅー、やっぱり夫婦じゃない!しっかり逃げなさいよ!」

「あぁ暑い暑い。冬なのに暑いわあ。壁に大穴開けて風通し良くしましょうか?」

「末永く幸せにな」

「結婚式の日取りは事前に教えてくださいね。藁人形送りますから」

「扶桑さんさりげなく怖いです」

「うふふふふふ」

提督は溜息を吐くと、

「出来るだけ有事にならないようにするが、万一の時はよろしく頼む。信じているぞ」

というと、艦娘達はピッと背筋を伸ばし

「解りましたっ!」

と、答えた。

 



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file62:ル級ノ再会

11月6日夕方 岩礁

 

「あっ、提督っ!お疲れ様ですっ!」

夕張がいち早く気付いて手を振った。

「すみません。今日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、何か思いついたら発言してくれて良いからね」

「今日は何があっても録画しますからね!」

「わ、解った。解ったから興奮するな。心臓に悪いぞ?」

「ガルルルルルルル」

「すっかり撮影マニアになってしまったなあ夕張・・」

「提督、長門さん達は護衛ですか?」

「ああ。ちょっと今回は相手が相手なんでね」

「タ級さんもかなり強いんですけどね」

「そういやそうだ。こりゃ一本取られたな」

長門がジト目で見た。

「曲がりなりにも提督なんだから、護衛位は常に従えて欲しいものだが」

「曲がりなりにもってのがすっごい引っかかるなあ。一応提督だよ?多分」

「もっと酷いじゃないか」

「あ、来た」

見ると、リ級とタ級に加え、カ級に支えられたル級が姿を現すところだった。

 

「提督、ゴメンナサイネ」

「リ級さん、今回はかなりの難題だねえ」

「私モ、ドウシタラ良イカ解ラナクテ」

「そうだろうなあ」

 

ル級は提督の声にぴくんと反応した。そして提督と長門を見るなり目を見開いた。

カ級をどんと後ろに突き飛ばすと、よろめきながらも怒りの目で主砲を提督に向ける。

長門が素早く提督の前に立ちふさがり、主砲をル級に向ける。

扶桑達はあっという間にル級とカ級の周囲を囲む。

余りの展開にタ級はひるんだが、すぐに長門に背を向けて、ル級の前に立った。

リ級は驚きながらも、ル級に精一杯穏やかに話しかけた。

「ル級、コノ人ハ敵デハナイワ。私達ノ相談ニ乗ッ」

「コイツハ私ノ敵。元、私ノ司令官ダ」

日は黄昏色に燃え、海風が次第に強くなってきた。

 

誰一人、主砲1つ動かさなかった。空気がキーンと張り詰めていく。

提督は瞑っていた目を開けた。

さっきのル級の言葉。

ル級が戦艦という事。

だとすれば、可能性は1人しか居ない。

提督はかすれた声を発した。

 

「陸奥・・・お前なのか?」

 

ル級は怒りに満ちた目で提督の方を睨んだ。

「ソノ名ハ捨テタ。今ハル級ダ」

「轟沈する悪夢とは、北方海域の事だな?」

「ソレ以外ニ沈ンダ事ハ無イノデナ」

提督は、静かに岩場に正座し、

「陸奥。あれは私の過ちだ。この通り、詫びる。」

そういうと、深々と頭を下げた。

 

1分以上経っても、提督は頭を下げ続けていた。

次第に、ル級の主砲がブルブルと震えだした。

「ナゼ、私ヲ裏切ッタ・・・」

「ナゼ、アノ時進撃サセタ!」

「ナゼ!夜戦マデ進メタ!」

「ドレカ1ツデモ!シナケレバ!私ハ!轟沈セズ!深海棲艦ニモ!ナラナカッタ!」

提督が土下座をしたまま、途切れ途切れに返した。

「・・・私は・・・私は・・・ダメコンを積んでいると・・・思った」

「嘘ダ!積ンデタラ沈ム筈ガナイ!」

「そうだ・・あの時、私は・・、私は間違えて、第2艦隊に積んでたんだ」

「ナッ・・・」

「気づいたのは・・・陸奥が・・お前が・・沈んだ時・・だったんだ」

「・・・」

「すまない・・どれだけ謝っても償えるものではない事は解ってる」

「・・ソウダ・・・私ガ、私ガ、今マデ、ドレダケ苦シンダト思ッテルンダ!」

「1年近く、夜眠れなかったと聞いた。そんなに苦しい思いをさせて、本当に、本当にすまない」

「スマナイデ済ムカ!冗談ジャナイ!」

「その通りだ。本当に、その通りなんだ・・・」

提督は絞り出すような声で答えていた。

その時、日向がル級に声をかけた。

「なあ陸奥、私を覚えているか?」

「モチロン」

「提督はな、あの日の後、自らのミスを責め続け、本当に自分を追い込んでいったんだ」

「・・・・」

「私は今も覚えている。まるで死霊が取り憑いたようにやつれていったのを」

「・・ダカラ許セト言ウノカ・・」

「そうではない。事実を知って欲しい」

「・・・・」

蒼龍が口を開いた。

「あ、あのね、私はその時の蒼龍じゃないんだけど、提督に深海棲艦から艦娘に戻してもらったの」

「・・・・」

「その時提督は言ってた。陸奥さんが苦しんでるなら、他の艦娘に被害が出る前に討たれても良いと」

「・・ソレナラ、何故長門ノ影ニ隠レテイル!!卑怯者!!」

「あたしが絶対にダメだって言ったからよ。」

「・・・ナニ?」

「提督がすべき事はル級さんに、さらに仲間を殺したと傷を刻ませる事じゃない」

「・・・・」

「ル級さんの傷を解ってあげて、癒してあげる事だって、あたしが言ったの」

「・・・・」

長門が口を開いた。

「陸奥。久しぶりだな」

「姉サン」

「あの日、第1艦隊の旗艦だったのは誰だ?」

「ソレガドウシ」

「答えろ陸奥!」

「・・・ネ、姉サン、ヨ・・・」

「そうだ。では、現場での旗艦の仕事はなんだ?」

「・・・!!ソ、ソレハ違ッ!!」

「ええいうるさい!提督も勘違いが甚だしいから説教した!答えろ陸奥!旗艦の仕事は!」

「・・・カ、艦隊ノ、砲撃ヤ、行動、ヲ、指示、スルコト」

「そうだ。解ってるじゃないか。私はお前にあの時、岩山の右を回れと言ったのだ」

「・・・デ、デモ、姉サンハ」

「言ったのだ!違うか!」

「イ、言ッタケド・・・」

「その結果、お前は敵の魚雷をまともに2発も食らった!提督のせいじゃない!私のせいだ!」

提督が顔を上げ、長門の背中に向かって言った。

「長門、違う。進撃させたのは私だ。ダメコンを積んでると信じて行かせたのは私だ」

ル級以上の怒りの炎に満ちた長門が振り向いて提督を睨みつける。

「また蒸し返すか提督!我々が充分強ければダメコンなんぞ必要ないと言っただろ!」

「しかし、積んでると思ったからこそ小破でも進撃させたんだ・・・それは私が言ったんだ」

「やかましい!旗艦になる誇りとは、適切に差配出来る艦だと信頼されている事の証なんだ!」

「長門はいつだって正しい差配をしてきた!私は露程も疑ってない!」

「陸奥も大鳳も飛龍も蒼龍も私の差配で沈んだ!私の!私の可愛い妹を!この手で殺したんだ!」

「長門、それ以上自分を傷つけるな。責任は私が取らないと、旗艦が旗艦として働けん」

「堂々巡りはうんざりだ!一体何回この話をしたと思ってる!」

「何度でも言う。私は責任を取るのが仕事なんだ。だから指示が出来るんだ」

「ならば旗艦は僚艦に指示をするのだから責任があるって事じゃないか!」

 

殴り合いのように延々と続く長門と提督の口論のあまりの迫力に、ル級は砲を下げてしまった。

それを見計らうと、日向がル級の隣に寄り沿い、言った。

「長門と提督は普段凄く仲が良いが、この事件の事だけは互いに自分が悪いと絶対に譲らない」

「・・・」

「陸奥も今まで苦しんできたように、悩み、苦しんできたんだ。提督も、長門も、私達も」

「・・・」

「陸奥は精一杯やった。間近で見ていた私が言うんだから間違いない」

「・・・」

「ミスは誰にでもあるんだ。ダメコンを積み間違えた提督、魚雷を見落とした長門、そして」

「・・・」

「最後の最後、操船を、陸奥は間違えただろう?」

「!!!」

「あの時は取り舵がセオリーだった筈だ。しかし、何故面舵に取った」

「ソッ・・・ソレ・・・ハ・・・」

「小さな小さなミスなんだ。誰も悪気も無かったし、無論轟沈させる気なんてなかったんだ」

「・・・」

「だから、今からでも良い。帰ってこい陸奥。皆待ってる」

「ヘ?」

「さっき蒼龍が言っただろ。提督は、深海棲艦を艦娘に戻せる」

「ホント・・ナノ?」

タ級がにっと笑うと、頷いた。

「間違イナイ。コノ前2体目ガ成功シタゾ」

「提督はな、あの日から1度も戦艦建造をしていない」

「・・・」

「私達は兵器だから作り直せと何度進言しても聞かないんだ」

「・・・」

「提督は色々言って誤魔化しているが、陸奥はお前一人だと思ってるのだと思う」

「・・・」

「あれから提督は苦労を重ねて、私達を沈めない戦い方を編み出した」

「・・・」

「私達を一緒に経験を重ねた唯一無二の娘達だ、誰一人二度と沈めないと言ってな」

「・・・」

「呆れたものだ。最初の頃は兵器をそこまで大事にしてどうすると加賀とよく話したものだ」

「・・・」

「だが、提督は作り上げてしまった。だから私達はあの時から減ってないんだ」

「エッ?」

「凄いだろう?もう4年ものあいだ、1人も減ってないんだぞ」

「・・・」

「戻ってこないか陸奥。我々も、提督も、そして長門も、待ってる」

「モ・・」

「?」

「モドリタイ・・ワヨ・・」

「なら帰ってこい。必要な事をしてから。部隊を率いてるなら、ちゃんと引き継げ」

「・・・」

「我々はずっと待ってる。陸奥を」

「・・・」

「そして一刻も早く、あの夫婦喧嘩を何とかしてくれ。妹だろ?」

ル級と日向は提督と長門を見た。

互いの襟首を掴んでぎゃんぎゃん喚きあっており、蒼龍とリ級が止めに入っている。

ル級はがくりと肩の力が抜けた。

「ナンナノヨ、アレ」

「もううんざりなんだ。夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、それだ」

「関ワリタクナイワネ」

「それこそ、責任を取ってくれ」

「嫌ヨ、轟沈シタ挙句ニ夫婦喧嘩ノ後始末ナンテ」

「運命だ」

「・・・帰ルベキカ悩ムワネ」

「後になるほど大変だぞ」

「決定ナノ?!」

ル級はやれやれと肩をすくめると、タ級に向き直り、

「騒ガセテ、スマナイ。今日ハ、帰ル」

「大丈夫カ?」

「チョット、考エタイ」

「解ッタ」

そしてカ級を振り返ると、

「突キ飛バシテ、スマナカッタ。大丈夫カ?」

「平気デス・・・アノ」

「ナンダ?」

「庇ッテ、クレタンデス、ヨネ?」

「・・・アア」

「アリガトウ、ゴザイマス。嬉シカッタデス」

「大事ナ部下ダ。当タリ前ダ」

「・・・ジャア、帰リマショウ。肩貸シマス」

「・・アア」

 

「全く陸奥の奴!黙って帰るとは何と無礼な奴だ!」

喧嘩の後でやり場のない怒りを溜め込んでいた長門は、陸奥が帰ってしまったと聞いて憤慨した。

「でも、戻ってくるかもしれないぞ。時間はかかるかもしれないが」

日向がそういうと、フンと鼻を鳴らし、

「さっさと帰ってこいというのだ。いつでも歓迎してやると言うのに。なあ提督よ」

「全くだ。陸奥に似合いそうな装備もとっくの昔に用意しているのに」

「それは初耳だぞ提督」

「あっ」

「まさか、いつか帰ってくると4年間も待っていたのか?」

「なっ、長門だっていつも自室の布団を2人分用意させるじゃないか!」

「あれは私が広々寝る為だ!」

「干しては仕舞うだけなのに?」

「うっ、うるさいうるさい!私は女だから女々しくて良いのだ!」

「あっ酷い!男が私だけというのを悪用してる!横暴だ!」

「何でも良いのだ!ほら!陸奥も居ないならさっさと帰るぞ!燃料の無駄だ!」

「あ、片付け手伝わないと」

「良いですよ提督、私達でやっておきますので」

「そ、そうか、騒がせてすまんな蒼龍、皆」

「はいはい、夫婦喧嘩は今後岩礁でやらないでくださいね!」

「HDDの無駄でーす」

「撮ったのか!」

「一応」

「・・・夕張の根性には恐れ入るよ」

提督が弱々しく笑い始めると、面々は兵装を仕舞い、つられて笑いだした。

 




はい。ついにル級と提督、再会致しました。
カ級をどう動かすか、どう役割付けるか悩んだのですが、り陸奥たか、いや、ル級がボスとして部下にどう振舞い、弱った時にどう動くか考えると、これぐらいかなと思うのですけどね。

ちなみに今日の時点で、ネタ整理の放課後講座を除いて通算104話になりました。
100話の時に大きい話を持って来ようと思ってたんですけどね。


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file63:虎沼ノ準備

10月20日昼 鎮守府入口の港

 

「・・・・・。」

虎沼はきょろきょろと周りを見渡した。

洞窟内では沢山の人(?)が作業をしており、カーンカーンという鉄のぶつかり合う音がする。

奥の方では少女らしき人影が「よっし!3連続三式キタコレ!」などと叫んでいる。

島の上の方では大勢が動く気配がするし、「イチ、ニ!イチ、ニ!」という号令も聞こえる。

10月とはいえ日本とは明らかに違う気候。

カラッとしているが、3シーズン用のスーツでは暑すぎた。

虎沼は額の汗をぬぐった。

送って来てくれた艦娘は「待っててくださいね!」と言ってたが、この後どうなるのだろう。

 

 

10月18日夜 虎沼の自宅

 

補給隊の仕事が目に見えて減り始めた頃から、虎沼は副業の準備に動いた。

鋼材相場への参戦。

鋼材置き場に小さな事務所を建て、市場にアクセスする為の機材やインフラを整備した。

9月中旬、補給隊の解散連絡を受けて準備を加速させたが、潤沢ではない予算に四苦八苦した。

それらがやっとまとまり、準備が整ったのである。

これからが本当のスタートではあったが、虎沼は感無量だった。よし!これから頑張ろう!

そう思いながら帰ってくると、家の郵便受けに厚い封筒が届いていた。

親展や速達の指定、差出人に海軍の文字を見て虎沼は嫌な予感がした。

まさかあの鋼材を差し押さえるとか言ってくるんじゃあるまいな。あ、それは税務署か?

部屋に戻り、着替えもせず畳に座る。厚みはあるが重くは無い。

ビリビリと開封して取り出してみると、「招待状」と記されたカードが入っていた。

招待状?

虎沼の頭の上にハテナマークが点いた。

海軍に招待されるような貢献をした覚えはない。

もし艦娘取引に加担している事がバレたのなら、今頃逮捕されてる筈だから逆だ。

あ。

艦娘といえば大隅。人間に戻る為の入院(?)先が決まったのかな?

海軍ならありえるかもしれない。

カードを読み始めた虎沼は呆気に取られた。

果たして大隅の件だったのだが、相談があるので迎えの船に乗って来てほしいという。

それで招待状なのか?

よく解らんが、入院の保証人になってくれとかならお安い御用だ。

集合日時は・・・へ?19日の2000時って・・・明日じゃないか!

ま、まぁ、私は無職だし、準備は今日で終わったし、明日から急ぎの用件も無い。

行けると言えば行けるな。軍隊さんはいつもこうだよ。しょうがないなあ。

行先は・・ソロル鎮守府?

ソロル?どこだ?東南アジアの方だったかな。

あ!軍隊と言えば何着ていけば良いんだ?

営業用のスーツは着潰してボロボロだからさすがにみっともない。

うーむ、明日1着買ってくるか。

 

 

10月19日午後 市街地

 

「そりゃそうだよな」

虎沼は苦笑いした。日本で10月下旬といえば、店では冬物が幅を利かせている。

むしろ冬物すらバーゲンになりつつある。

スーツも例にもれず、夏物なんて売れ残りが数えるほどしかない。

一応袖を通してみたが、どこのチンピラだよという風情で、売れ残るのも納得という代物だった。

なんで濃紫の布に銀の糸でスーツ縫おうと企画したんだよ。会社潰れるぞ・・・

こんなの着て行って大隅が鎮守府内で肩身の狭い思いをしたら可哀想だ。

仕方がない。ソロルが赤道直下でない事を祈って、バンカーストライプの3シーズン用を買うか。

「すみません」

「いらっしゃいませ」

「このスーツ欲しいのですが、特急裾上げでどれくらいかかります?」

「お待ちくださいね・・・今なら1時間ほどです」

「じゃあお願いします」

「採寸しますので更衣室へどうぞ」

 

店員に裾を測ってもらいながら、虎沼は考えていた。

Yシャツは何枚買っておこう。

あれ?そういえば何日間なんだ?集合日時しか書いてなかった。

そもそもソロルに着くまでに何日かはかかるよな。船便だもんな。

「それではあちらでお会計を」

虎沼は店員について行きながら、束売りの白Yシャツと下着、そしてネクタイを掴んだ。

とりあえず1週間分、あと紺のネクタイなら大抵大丈夫だろ。

あれ、大きい旅行鞄あったっけ?洗剤や歯ブラシもストックあったかな。

「こちらが引換券になります。それでは1時間後、16時にいらしてください」

まずい!もう15時じゃないか!仕上がったら帰宅して荷造りして・・間に合うのか?!

「よっ、よろしく頼みます!」

虎沼は日用品コーナーに駆け出した。

 

 

10月19日19時58分 港

 

「あっ、お客さん!御釣り御釣り!」

「取っといてくれ!」

虎沼はタクシーに叫び返すと、全力で桟橋に走った。

くそ、1週間分の物を詰めたカバンが重い!でも捨てる訳にもいかない!

どこだ?どこに船が来てる?

桟橋まで辿り着いたが、船は見えない。

時計を見ると、20時丁度だった。

「ぜはー、ぜー、はー、えほっえほっ!」

普段運動なんてしてない上に、ここのところ毎日、事務所の机や棚を設置してたからな。

筋肉痛で走るのはきつい。

しかし、20時に集合と書いてあって20時に来たからと言って、もう居ない筈がない。

虎沼は改めて招待状を見る。もう矢印が指し示すド真ん中の位置。絶対ここだ。

「す、すみませぇ~ん」

人の声に桟橋を振り返るが、誰も居ない。あれ?

「こっちです~お待たせしました~」

海の方から声がする?

虎沼が声の方に目を凝らすと、真っ暗な海に2人の艦娘と、曳航している舟の姿があった。

それが間近まで来たとき、一人が声をかけた。

「あ、え、えと、お名前確認して良いですか?」

「虎沼です。迎えの方ですか?」

「はい。私は名取と言います。こっちが時雨ちゃん・・じゃなかった、時雨さんです」

「僕は時雨。よろしくね」

「ど、どうも。初めまして」

桟橋の上と海面で少しぎこちない挨拶が終わった後、名取が船を寄せた。

「じゃ、じゃあ、この船に乗ってください。私が引っ張りますので」

「・・・あの」

「はい?」

「ソロルまでは何時間位なんですか?長いなら、トイレとか行った方が・・良いですよね」

ちらりと虎沼は舟を見た。

屋形船っぽい外観だが、全長は短い。どうみても1テーブルあれば良い方だ。トイレがあるかも微妙。

これで外洋に出るというのか?

「中にお手洗い付きの部屋がありますよ。あ、今、限界ですか?」

ええい、ままよ。

「それなら大丈夫です。よろしくお願いします。ソロルにはいつ頃着くのですか?」

時雨が答えた。

「明日の昼前頃だと思うよ」

「荷造りで駆けずり回ったので、少し寝てても良いでしょうか?」

「大丈夫。あと、途中1度中継地に寄港する。けど、下船は出来ないよ」

「はい、軍事上色々制約があるのは存じてますので」

「助かるよ。明日の朝食は航行中になるから、舟の中で食べて欲しい」

「解りました。道中お世話になります。よろしくお願いいたします」

酔い止めに水。準備はしてあるさ!

 

 

10月20日昼 鎮守府入口の港

 

拍子抜けするほど揺れなかったなあ。

工廠に仕舞われていく、乗ってきた舟を見て虎沼は首を傾げた。

あんなに小さい舟で外洋なんて出たら文字通り3次元に揺すられてゲロゲロになるかと思ったのに。

世間一般の常識とは違うのかもしれん。軍の技術は凄いなあ。

その時、研究室と書かれたドアが開き、少女が姿を現した。茶色の髪。まだ幼い感じだ。

あの子も艦娘なのだろうか。

あれ?こっちを見て手を振ってる。

「おっ!お父さん!お父さぁん!」

虎沼はぽかんと口を開けた。誰?

 

 






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file64:扶桑ノ一口

 

10月20日昼 鎮守府提督室

 

「あっはっはっはっはっはっは!」

「ひっ、酷いです提督~」

「ごっ、ごめんごめん・・くっくっく」

「もー・・・」

阿武隈は虎沼を提督室に連れてきたが、怪訝な顔をしている虎沼を見て、事情を聞いたのである。

「絶対大隅さんの頃の方がしっかりしてたよな」

「ひどっ!」

「えっ!?この子が大隅さん?」

虎沼があまりの事に素で言葉を放ってしまったが、提督はにこにこしたまま、

「虎沼さん、そうなんです。この子が元大隅さん、今は阿武隈ちゃんです」

「あ!今お子様扱いしたでしょ!」

「だって・・うくくくく」

「ううう~笑うなぁ~!」

虎沼は事態をようやく飲み込みつつあった。

あの日、虎沼に別れを告げた大隅は、深海棲艦から艦娘に、そして人間になると言っていた。

背中に煙突とかが見える以上、今は艦娘、つまりは阿武隈の艦娘の姿なのだろう。

それにしても、背格好がまるで変った。なんというか・・・そう。

「うん、確かに中学生だ」

ぽつりと虎沼が言うと、阿武隈がきゅっと振り返り、

「なっ!?おっ、お父さんまで!」

「あのね、親代わりに育てると言ったけど、いきなりお父さんはさすがに面食らったぞ」

「じゃあ何て呼べばいいの?パパ?おじさま?」

「どちらも別の意味があるからなあ。逮捕されたくないし」

本日の秘書艦である加賀が頷いた。

「確かにパパと呼ばれながら阿武隈さんと手をつないで歩いてたら職務質問されますね」

「おいおい加賀、失礼だぞ」

「いえ、私もそうだと思いますよ」

「じゃあ何て呼ぶの?」

「んー・・・」

「さっきは笑ってしまったけど、あらかじめ呼ぶと決めればお父さんで良いんじゃないか?」

「な、なんというか、気恥ずかしいものですね。照れるというか」

「よっし!じゃあ改めて。よろしくね!お父さん!」

「お、おう。あ、そういえば、今は・・艦娘なんですよね?」

「ええ。艦娘の状態ですね」

「人間になったらまた姿が変わるんでしょうか?」

「姿はこの状態から背負ってる物が無くなる感じです。そして、今後は時間と共に成長します」

「そうだよ!何年かしたら綺麗なお姉さんになるんだから!」

「ほー」

「あ!お父さん今疑ったでしょ!」

「冗談だよ。可愛い可愛い」

「えへへへへ~」

「昼食は・・あ、大丈夫ですか?長い船旅だったから気分が悪いとか?」

「いえ、全然揺れなかったので大丈夫です」

「さすが工廠長の作だなあ。よし!じゃあ食堂へ行こうか」

「まさかおごりですか!?」

「まさかって何だ人聞きの悪い」

「だってこの前は不知火ちゃんダマしたんでしょ?」

加賀が答えた。

「違います。交渉スキルの実地訓練です」

「いや、あれは結局私が文月に頼んだよ」

「そうだったんですか?」

「うん、ちょっと不知火が泣きそうだったんでな。加賀も変な事をさせてすまなかった。」

「いえ、鎮守府を運営していく以上、グレーな事にも対応していかねばなりませんから」

虎沼は大きく頷いた。加賀と呼ばれる艦娘さんは、人間になったらきっと一旗挙げられる。

まぁ、ここでも充分重要なポジションについてるようだな。

「だって、どうせ今日もオケラなんでしょ提督?」

「阿武隈は容赦ないな!大丈夫だよ、給料出たから!」

「給料日前にオケラなんて金銭管理がなってないですよ~だ」

「ぐっ」

虎沼は苦笑した。自分も給料日前は結構カツカツでやっている。今度から言われるな。

「はいはい、じゃあ行くよ」

その時加賀が言った。

「ちなみに、今日こそ普通に一般交際費が使えますが?」

提督がマッハで振り向くと、

「お願いします加賀様!」

「特上天御膳」

「解りました!」

阿武隈と虎沼は顔を見合わせると、くすっと笑った。

 

「あぁ美味しいなあ美味しいなあ、特上天御膳美味しいなあ。久しぶりに食べたなあ」

「提督、お客様の前なのですから」

「いえ、本当に美味しいです。かき揚げも大きいし美味しい」

「こ、この丸い天ぷらも外はサクサク中ホわほわで、普段の天ぷらとは異次元です・・・」

食堂で揃って特上天御膳を頼んだ提督の一角は、艦娘達の刺さるような視線を浴びていた。

特上天御膳。

定番メニューとして昼夜とも頼めるが、他の食堂メニューに比べて追加料金が異様に高い。

そして待たされる。

他のメニューでも充分美味しいので、提督さえつい「と・・て、天ぷら御膳で・・」と言ってしまう。

ゆえに、艦娘にとってもいつでも食べられるけど食べられない代表だった。

それをすかさずオーダーする加賀はやはり交渉スキルが上がっていると言える。

虎沼はうっとりしながら言った。

「海軍の方はこんなに美味しい料理をいつでも食堂で食べられるんですねぇ・・」

すると、背後から幾つもの囁き声がした。

「違います・・」

「あるけど高過ぎて手が出ないんです・・」

「一口・・・一口食べたい・・」

虎沼は脂汗を書きながら、そっと背後を見た。

そこにはもう少しで化けて出そうという表情の扶桑が居た。

「ひっ!」

「扶桑さん、ご来賓の方が怯えてます」

「うらやましや~」

「口から魂が出かかってますよ?頼んだら良いじゃないですか」

「もったいないおばけが出ます~」

提督はふぅと溜息を吐くと、丸い天ぷらを箸でつまみ、つゆにつけると、

「扶桑、ほれ」

「そっ!それはっ!蓮根と海老団子の天ぷらっ!」

「ほれ」

「あ、あーん」

はむっ。

「・・・・んふ~」

「そんなに美味かったか?」

「はい!今日はとっても良い日ですねっ!ありがとうございます提督!うふふふふふ~」

と、軽い足取りで行ってしまった。

「扶桑の奴、あの天ぷらがそんなに好きか・・へぇ」

虎沼はそっと阿武隈を肘で突いた。

「な、なあ」

「何?お父さん」

「もしかして提督って」

「超の付くニブチンだよ」

「とすると、さっきのは」

「天ぷらが、じゃなくて、あーんしてもらった、ってのにも余裕で気づいてない」

「天然なんだな・・」

「そうなんだよ・・」

二人で溜息を吐く様子に、

「ん?どうしたんです?」

「い、いえ、なんでもありません」

「加賀さんが可哀想だって言ってたの」

「へ?」

その時、加賀が自分の所からシイタケの天ぷらを提督のつゆ皿に浮かべた。

「ん?くれるの?」

「あげません」

「え?じゃあこれは?」

「・・・・・あーん」

「へ?」

「あーん」

「・・良いけど・・つゆは誰でも一緒だろ?」

はむっ。

「んふー」

「・・・旨い、の?」

「かなり」

「そうか・・シイタケ好きか・・・」

阿武隈と虎沼は再び顔を寄せ合うと、

「ほ、本当に今ので気付いてないのか?わざとじゃないのか!?」

「私も信じられないけど本当だと思う!」

「ありえないだろ!フラグがもはや釣り針化してるじゃないか!」

「錨みたいな極太釣り針よね。視界遮り過ぎて前見えないわ!」

「うわあ、本当なんだなー」

「で、結構こまめで優しいと来てるのよ父さん!」

「嫌ですわ奥さん!それじゃ地雷原でサッカーするようなもんじゃない!」

「最近はコブラツイストかけられたらしいわよ!」

「・・・それだけで済んでるだけマシじゃないのか」

「そうとも言える!むしろそうよ!」

加賀はチラッと二人の様子を見た。

もう、なんだか仲の良い親子みたいですね。

それにしても食べさせてもらうのは予想以上に素敵なイベントでした。

扶桑さんグッジョブです。機会を狙ってまたお願いしてみましょう。

 

 



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file65:阿武隈ノ名前

10月20日夕方 鎮守府迎賓棟、虎沼の部屋

 

「はー」

虎沼は阿武隈に案内され、虎沼にあてがわれた部屋に入るとぽかんとした。

壁といい柱といい、調度品は落ち着いた配色だが、見るからに高そうだ。

手触りの良い柱やドアなんて生まれて初めてだ。

「凄いなあ。阿武隈もこんな部屋に住んでるのかい?」

「今はね。ここは来賓が泊まる部屋なんだって」

「うわぁ、来賓待遇なんてされた事ないからなあ」

「豪華だよねえ」

「見た目は地味だけど高級感溢れるって凄いよな」

「シックだよねぇ」

「・・・あ、阿武隈」

「なぁに?」

「最初に言っとくけど、うちは並以下の家だからな。こんな豪華な部屋は無いぞ」

「どこでも良いよ。お父さんと暮らせれば楽しいし」

「・・・」

「どうかした?」

「なんというか、まだ半日だけどさ」

「うん」

「阿武隈が、実の娘のように思えて来たよ」

「そっか」

虎沼はそっと膝をつき、阿武隈をそっと抱きしめると、

「お前は、頼むから私を置いて死なないでくれ」

と言った。

そうだよね。お父さんは奥さんと娘さんを一度に亡くしてるんだよね。

「・・・・うん、解った。お父さんも長生きしてね」

「ははは・・解った。うん、解ったよ」

虎沼は、静かに泣いていた。

 

 

10月21日午前 鎮守府提督室

 

コンコン。

「どうぞ、開いてますよ」

本日の秘書艦当番である扶桑が声をかけると、阿武隈と虎沼が姿を現した。

「おはようございます」

提督が声をかけた。

「おはようございます。良く眠れましたか?」

「はい。おかげさまで」

「ま、ま、どうぞこちらへ」

その時、再びノックする音が響いた。

「どうぞ、開いてますよ」

「失礼します!研究班、参上致しました!」

「お、待ってたよ。さあ座りなさい。話を始めよう」

 

「ええと、それじゃ聞き取りはしっかり終わったんだね?」

提督は夕張に話しかけた。

「はい。データもバッチリ頂きました!」

「基本的に、阿武隈を人間に戻した後は会えないから、そういう意味で大丈夫だな?」

「えっ?」

阿武隈はびっくりしたように提督を見たが、提督は優しい目で見返した。

「寂しいかもしれないが、民間人の周りを軍がウロウロして良い事なんてないさ」

「そ、それは・・・」

「ちなみに、虎沼さんはどのようなお仕事をされているのですか?」

「鋼材の取引です。実物も扱う事があります」

「すると、海運関係に縁がある訳ですね」

「そうですね。安全を考えれば陸路でしょうけど、コストを考えれば船便は捨てきれない」

「恥ずかしい話、軍はまだ日本近海の安全すら確保していません。お勧めはしかねますけどね」

虎沼はポンと阿武隈の頭に手を載せた。

「・・・そうですね。今までならともかく、今後は、ね」

「輸送先は、国外もあるのですか?」

「ありません。国内の東京から九州の湾岸工業地帯がメインでしょう。」

「ふうむ。軍艦での輸送はコストがかかり過ぎるが、護衛なら行けるかもしれんなあ」

「でも、護衛費用をお支払いする程の余裕は・・」

「扶桑」

「なんでしょう?」

「遠征にタンカー護衛があったよな」

「はい」

「そっと鋼材運搬船に書き換えておけないか?」

「大問題になると思いますわ」

「遠征かクエストに追加出来ないかなあ」

「・・・どちらも全鎮守府が対象ですから面倒でしょうね。独自演習なら簡単ですけど」

「虎沼さん、船便での頻度は?」

「何とも言えませんが、船を求めるような大型取引は年に数回だと思います」

「我々がその時、御一緒するのは問題がありますか?」

「普段も含めて、娘の知り合いと縁が残るのはありがたいですよ」

「ふむ。やり取りが郵便になるからちょっと面倒ですが、知らせてくれたら出向きますよ」

「ええっ?」

「そのうち阿武隈も人間の友達が出来て記憶も薄れていくでしょうが、それまで、もし必要なら」

「てっ!提督!」

「なんだい?」

「わっ!私っ!深海棲艦から人間に戻してくれた提督さんを!皆さんを!忘れたりしません!」

「そうですよ、私だって娘の恩人を忘れたりするものですか」

「・・・そう、ですか」

「はい!」

「まぁ、気が向いたら手紙を書いておいで。研究室宛でも、私宛でも良いから」

「はい!」

「夕張。そういう事だから縁は残るけど、あまり邪魔するのはいかんぞ」

「そりゃそうよね。私達は兵装持って上陸出来ないし」

「そうなんですか?」

「威力の強い武器だからねえ。普通は本土の軍港に入港して、兵装を預けた後に外へ出る感じよ」

「その後は移動するのに水路使うなとか名乗るなとか、うっとうしい規則があるんだぜ」

「うっとうしいって言わないの。大事な事なんだから」

「はあい。まぁそういう訳で、行く事は出来るけど、手続きが色々あるんだ」

「なるほど」

「だから今から来いって言われても無理だぜ」

「そ、そんな失礼なことしませんよ」

「アタシ達はかまわねぇんだけどさ。ゴメンな」

「いえ、縁が残るだけで充分です」

提督が立ち上がった。

「よっし!じゃあ阿武隈を人に戻して、虎沼さんに娘として引き渡そう!」

扶桑がハッとしたように声をあげた。

「あ!そうだ!」

「な、なんだ扶桑?」

「大変!お名前考えてませんでした!」

「は?」

 

「そ、そうか・・・人間になった時の名前か」

「苗字は虎沼で良いですけど、お名前が阿武隈じゃ・・・」

「うん、人間の女の子として虎沼阿武隈さんじゃちょっとゴツすぎるな」

「早口言葉みたいですよね」

「今まではどうしてた?扶桑たちに任せてしまっていたが・・」

「女の子が希望する名前を付けてあげたり、皆で考えたり、色々です。決まりもありませんし」

「後で考えるのでも良いの?」

「いえ、手続きの中で戸籍登録をする際に必要になるので、割とすぐ要ります」

「そうか。戸籍な。そりゃそうだ・・・・阿武隈」

「えっ!?きゅ、急に言われても思いつかないですよ!」

「ハイ!」

「なんだ夕張」

「ハイヴィジョンとか格好良くないですか!」

「・・・さて、虎沼さん」

「華麗にスルー!?」

「は、はい」

「なにか候補はありますか?」

「・・・」

虎沼はじっと阿武隈を見て、言った。

「私は以前、事故で妻と娘を一度に亡くしたんです」

「それは・・御気の毒に・・」

「再び突然失うのが怖くて、人と知り合うのも、友人も作るのも怖くなった」

「・・・」

「この子は、私が職を失って、本当に困ってた時に助けてくれました」

「お父さん・・」

「だから今度は私がこの子をちゃんと育てて、世に送り出してあげたい。幸せにしてあげたい」

「・・・」

「そう思えるような出会いを天が恵んでくれた。そう思うんです」

「・・・」

「だから、単純ですみませんが、恵の一文字でめぐみ、というのはどうでしょうか」

提督は問いかけた。

「どうかな、阿武隈」

阿武隈はにっと笑うと、

「恵って呼んでね!提督!お父さん!」

虎沼は涙ぐみながら阿武隈の頭を撫で、

「うん・・・うん・・・めっ・・恵・・・良く来てくれた。よく・・来て・・くれた」

「お父さん、今からこれじゃお嫁さんになる時は大変そうだなあ」

「もっ・・もう嫁入り!?どんな相手だ!お、おおおお父さんに紹介しなさい」

「喩えだってば」

「そ、そうか・・・そうか」

提督は他の面々と顔を見合わせ、クスリと笑った。

こりゃあ、阿武隈、いや、恵ちゃんと結婚する相手はお父さんの説得に苦労しそうだ。

 

 



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file66:最後ノ桟橋

10月21日午後 鎮守府工廠

 

「ほぅ、人間に戻ると本当に普通の中学生だな」

「なんで中学生限定なんですか!女の子って言ってください!」

「飴食べる飴?ぐるぐる巻きの」

「引っぱたきますよ提督!」

名前も無事決まった後、工廠長に確認したところ、人間に戻る最も確実な手段は解体だと解った。

そこで工廠内で阿武隈の解体式が行われ、あっという間に阿武隈は人間、つまり虎沼恵になったのである。

とはいっても、靴が普通の靴になった以外は、艤装を下ろした時とさほど変わってない。

更に幼くなった感じがするのは彼女の名誉のために黙っておく。

工廠長が口を開いた。

「さて、ええと、恵さん、だったの」

「はっ、はい!」

「たった今から、人として生きる事になる」

「はい」

「海の上には立てないし、重油やボーキサイトおやつを口にすれば毒になる」

「はい」

「深海棲艦にはまるで歯が立たないし、転んだだけで怪我するし、治すのに修復バケツは使えない」

「・・・」

「人間になった事を実感する為に、これより桟橋から海原に立ってもらおうと思う」

「え?」

「着替えは用意してある。しっかり実感すると良い。靴は脱ぎなさい」

「は、はい」

 

桟橋。

この鎮守府で生まれた艦娘達が最初に行う訓練が、この桟橋の上から海の上に立つ事、である。

艦娘にとって海は陸と同じか、より速く動ける「場所」である事。

この訓練をする前の艦娘を除けば、それがあまりにも自然な事なのだ。

だから今更海に立てませんと言われても、今一つピンとこない。

虎沼に手を引かれた恵は、桟橋の端に立った。

海面は今までと同じように、そこでゆらりと揺れている。

「さぁ、気を付けてな。間違いなく立てんからの」

「は、はい」

理屈では分かっているが、感覚が否定してしまう。だっていつも通り、その波間に左足を・・・

「うひゃっ!」

乗れなかった。

階段を踏み外したようにズブリと水中に潜り込んでいく足。右足も滑る。水中に引きずり込まれる!

「よいしょっ!」

その時、自分の体がすいと引き戻された。虎沼が抱え上げたのである。

「はっはっは!恵は軽いな!」

恵はじっと虎沼を見た。見る間に涙を溜めていく。

「ど、どうした?痛かったか?」

「ち、違う・・・お・・・お父さん・・・ありがと・・・」

「んお?よ、よしよし、大丈夫。大丈夫だぞ。お父さんがついてるからな」

「海・・立てなくなっちゃった」

「人間なら当たり前だからなあ」

「そっか・・・これが、人間になるって事なんだね・・・良く解った」

「よしよし・・あー、スカート濡れたか?」

「ちょっと。でも、平気」

「着替えはあるぞい。ほれ、部屋で着替えると良い。装備と違うから服もすぐには乾かんぞ」

「そっか、海で服が濡れるのも、すぐ乾かないのも、人なら当たり前、なんですね」

「その通りじゃ。小さな事、大きな事、色々解っていてもという事はあるじゃろ」

「はい」

「最初の内は戸惑う事もあるじゃろうが、艦娘の最初と同じじゃよ」

「そっか・・艦娘の最初も、海面に立てるのが不思議で、怖かったです」

「そういうことじゃよ」

「工廠長さん、ありがとうございます!お父さんと、人として生きていけそうです!」

「うむ。うむ。」

パチ、パチ、パチ。

ふと見ると、提督と扶桑が手を叩いていた。

「おめでとう!これで君は人間に戻れたんだ!」

「良かったわね!願いが叶って、本当に良かったわね!」

次第に拍手をする手が増えていく。

「おめでとう阿武・・じゃなかった!恵ちゃん!」

「感無量よ!海に沈んだ所までしっかり撮ったからね!」

「人間でも艦娘でも関係ない!ずっとダチだからな!忘れんなよ!」

「たまにはお手紙くださいね~」

「今夜は祝杯よ祝杯!ちゃんと祝って送り出したいわ!」

「そうだなあ。これは交際費になりますか扶桑さん」

「まぁ、良いんじゃないでしょうか。でも、飲み過ぎはいけませんよ?」

「やった!鳳翔さんのディナー!」

「ダメです。上限オーバーです」

「よっし!足りない分は私が出してやろうじゃないか!」

「てっ提督!一人3500コインまでしか出ないですよ?大丈夫ですか?」

一瞬、見つめ合う提督と扶桑。頷きあった後、二人は高雄の方を向いた。

「・・・高雄班長」

「は?は、はい」

「酒抜きで鳳翔ディナーと酒有りで食堂で打ち上げ、選びなさい」

研究班全員が高雄を見る。勿論鳳翔ディナーだよなと言う目で。

「んなっ!?なんという残酷な二択をさせるんですか提督!」

「5」

「ちょっと!」

「4」

「え・・・ええ・・えええええ・・・」

「3」

「ねっ、ねえ愛宕!ディナーは美味しく飲んでこそよね?」

「私下戸だから」

「ちょっ!ここは空気読んでよ」

「2」

「ちょ、鳥海!」

「私、今夜は泥酔した姉さんをおぶって帰るの遠慮したいです」

「ええっ!?」

「1」

「・・・うー、解りました解りました。酒なしディナーで」

「はい決定。皆、鳳翔ディナーだぞ~」

「わぁい!すっごーい!」

「無茶も言ってみるものですね!」

「新設コースですよね?」

「はい。すいません特上コースは勘弁してください」

「うわーうわー、信じられないよー」

研究班は高雄・愛宕・鳥海・摩耶・夕張・島風・蒼龍・飛龍の8名でしょ。

それに、私、扶桑、虎沼親子、か。

一人1500コインの差額なので、合計18000コイン。

痛いけど、まぁ、仕方ないか。初の人間化だしな。

「ええと、丁度4名セット3枚かな?良かった良かった」

しかし、提督の肩をつんつんとつつく手がある。

振り返ると、工廠長がジト目で見ていた。

げっ!しまった!工廠長忘れてた!

「扶桑、鳳翔に聞いてみてくれないかな」

「1枚だけ5名扱いですね。お待ちください」

 

「はい、5名にするのは構いませんけど、今夜はコースを組める程仕入れてなかったのですよ・・・」

インカムでの問い合わせに、鳳翔は申し訳なさそうに答えた。

「それに、随分大人数ですけど、何の会なんですか?」

「阿武隈さんが無事人間に戻って、親元に帰られるんですよ」

「それは何とかお祝いしたいですね・・・交際費ですか?」

「ええ、交際費です」

「どなたですか?」

「研究班の方々、提督と私、工廠長さん、それに引受人の虎沼さんと恵さんです」

「恵さん?」

「あ、人間になった後の阿武隈さんのお名前です」

「なるほど」

鳳翔は面々を考え、在庫を見た。

そうか。

「コースではないですけど、ステーキを含む鉄板焼きと、幾つかの副菜で如何でしょう?」

「内容はお任せ致しますけど、美味しそうですね」

「それで御一人3500コインでなら、こちらも承れます」

「あら、それなら提督が喜びますわ」

「提督、まさか全員分の差額を出そうとしてたのですか?」

「ええ」

ふうと鳳翔は溜息を吐いた。人が好すぎます。

「皆さんには、こちらの仕入れの関係でディナーコースでは無いとだけお伝えください」

「解りました。無理言ってすみません」

「大丈夫です。それでは、お待ちしています」

仙台牛のヒレ塊をステーキに、良いイカがありますから小さなお好み焼きを作りましょう。

まだ少し暑いかと思って、かぼちゃのビシソワーズを仕込んでいて正解でした。

明太子のサラダと一緒に前菜として出せますね。

何か急いで用意した方が良い予感がします。鉄板焼き用の野菜も切っておきましょう。

予約がない日で助かりました。

 

「提督」

「どうだった?」

「仕入れの関係でディナーコースは無理だそうですが、ステーキと鉄板焼きで如何でしょうかと」

「ステーキ!」

「ステーキ!」

「肉!」

「さ、さっきよりギラついてないか君達?」

「皆!目標!鳳翔の店!突撃用意!」

「はい!」

「ま、待て!主賓は人間!人間だから!」

「提督!連れて来てください!」

速い。

夕張が他の面々について行ってる・・・だと・・・?

タービン爆発しないだろうな・・・

そして、取り残された研究班以外の面々は、苦笑しながら言った。

「研究班の方々の底力って凄いですわね」

「まぁ、ぼちぼち行くかの」

「ええ。さ、虎沼さん、恵ちゃん、行こうか」

「お願いします」

「お父さん!行こっ!」

そして、扶桑は提督の袖を軽く引くと、

「鳳翔さんが、交際費の上限で予算を組んでくれましたよ」

と囁くと、提督と扶桑はにっこり微笑んだ。

「よし、お腹空いた!扶桑、行くぞ!」

 




はい。明日から連休という方も多いのでしょうかね?
如何お過ごしでしょうか。
私は飛び飛びですが用事があり、ほとんど投稿出来ないと思います。
というわけで2日連続で多めに投稿しておきましたので、連休中にゆっくりご覧ください。



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file67:袖ノ下

11月12日午前 某海域

 

「エ!?」

戦艦隊の隊員達は絶句した。

本日の出撃任務を終え、全隊員が揃ったのを見計らって全隊員が招集された。

全招集とは大規模攻撃かと高揚して集まってみれば、戦艦隊を解散するという。

 

「エ、エット、ボス」

「ウン」

「何故デスカ?理由ガサッパリ思イツキマセン」

「規模モ大キク、成果モ上々、統率モ取レテル、内紛モ無イ」

「マタ、ソノ日暮ラシノ軍閥ニ戻ルノハ嫌デス」

 

ここで混乱の理由を説明しておく。

深海棲艦は昔、大部隊というか組織という物がなかった。

轟沈時の僚艦や同じ鎮守府の者同士が数体で集まり、それぞれで行動していた。

行動が元の鎮守府や仲間達をそっと見たいという頃はそれで問題なかった。

しかし、復讐という目的が加わり、艦娘との戦いになった時から不都合が生じた。

なぜなら艦娘が戦う時は鎮守府、つまり国家の海軍を相手にする事になる為、多勢に無勢となるからだ。

無謀に戦を仕掛け、艦娘に連敗して鬱屈した気持ちになり、他の深海棲艦に八つ当たりする者が出てくる。

艦娘と戦う為、あるいは理不尽な攻撃から身を守る為、深海棲艦達は集まって軍閥を作りだした。

ただ、数名程度の軍閥では他の軍閥から容易に戦いを仕掛けられ、気が抜けない。

その為、気の合う軍閥は結託し、さらに大きな隊を形成していった。

戦う代表が駆逐隊であり、戦わない代表が整備隊である。

ただ、駆逐隊は海に浮かぶものを見つけたら客船でもゴミでも沈めるという無差別さがあった。

一方で整備隊は護衛隊を除けば武装さえさせないという徹底した厭戦ぶりだった。

どちらも極端過ぎると困った深海棲艦は、はぐれ艦隊となったり、新興派閥を構成する事になる。

戦艦隊も新興派閥の1つだった。

戦艦隊は「なすべき相手に皆で復讐、他には手を出さない」であり、多くの深海棲艦にとって塩梅が良かった。

その為、実力のある大規模な隊として一目置かれる状態となり、新興派閥ながら幹部会にも呼ばれるようになった。

認められた隊に所属していれば他勢力から戦いを仕掛けられなくなり、隊員は平和に過ごせる。

だから皆で組織を維持しようという機運が起こり、内紛も起きにくくなっていった。

要するに、所属する深海棲艦にとっては居心地の良い大事な組織なのである。

ル級は両手を挙げてざわめきを鎮めた。

「マァマァ、コレカラ言ウ事ヲ聞イテ欲シイ。路頭ニ迷ワセルヨウナコトハシナイ」

多くの視線がル級を見たが、最初は不安げに、次第に驚きのものへと変わっていった。

 

 

11月8日昼 某海域

 

一昨日に日向からちゃんと後始末をしてこいと言われた後、ル級は戦艦隊の扱いを迷いに迷っていた。

昨晩は久しぶりにあの悪夢からは解放されたが、今度は戦艦隊の行く末に悩み、目覚めは悪かった。

隊員達を放り出すような真似はしたくなかったし、安住の地を奪うのも心苦しかった。

だが、これだけ大規模な隊を任せられる後任となると、物凄く少なかった。

実力、人気、決断力、そういう諸々で隊員が納得する後任は誰かと考えた時、レ級が浮かんだ。

レ級は底なしに能天気で、戦力は高く、勘も鋭く、戦術にかけては天才肌だった。

しかし、レ級はル級から後任の相談を受けた所、とんでもない事を言い出した。

「僕モ一緒ニ行ク!皆ニモ話セバ、皆デ鎮守府ニ行コウッテナルヨ!」

と。

ル級は呆けたような顔をしたまま絶句した。

考えてもみなかったのである。

しかし、聞いて初めて、その可能性が高い事に気が付いた。

戦艦隊は轟沈して深海棲艦になった物の比率が高い。

そして、自分も含めてだが、再び艦娘に戻れるなどとは思ってもいない。

だからこそ恨みがあり、特定の「復讐すべき相手」が居るのである。

そして一方で、いつか討たれる事は受け入れつつも、それまでの間の安住の地を求めているのだ。

それが戻れる方法が見つかったと聞かされ、ボスが行きますと説明されたら、自分もと思うかもしれない。

いや、思うに決まってる。

頭の中でシミュレートするうちに、レ級が言った事が恐ろしく可能性が高いように思えてきた。

しかし、確かタ級は時間がかかる大変な作業だと言っていた。

ル級はごくりとつばを飲み込んだ。

戦艦隊全員で鎮守府に行ったら受け入れてくれるだろうか?

そして全員終わるまでどれだけかかるだろうか?

「ネ、ネェ、レ級」

「ナンダイ?」

「艦娘ニ戻ルノハ、時間ガカカルシ、作業ガ大変ラシインダ」

「フウン」

「ダカラ長イ間、順番待チガ必要ニナルシ、ソノ間、皆ノ世話ガ要ルト思ウ」

「一度ニ、ドーント、戻ルッテノハ出来ナイノカナ」

「多分」

「ウーン、モウ少シ詳シイ話ヲ聞キタイナア。誰ガソノ話ヲ知ッテルンダイ?」

「整備隊ノタ級カ、ボスノリ級ダ」

「タッチャンナラ、友達ダカラ聞キヤスイヤ。聞イテクル!」

「エ!、ア、他ノ隊員ニハマダ内緒ネ!」

「解ッテル~」

見送りながら、ル級は先程までとは別の事を悩み始めた。

順番待ちの間の深海棲艦の生活、どうしよう。

今は艦娘が戦闘で落として行った資源を補給源にしているが、鎮守府に救いを求めるのに戦闘継続は不条理だ。

補給隊に嫌だと言って断った資源掘削を復活させないとダメかもしれない。

まあ採掘の道具はそのままだし、戦闘しないなら時間もある。

警備班と作業班に分ければ交代勤務も出来るだろう。

連続採掘をすれば余剰分も出る。そうなれば鎮守府への手土産にもなるか?

 

「タッチャーン!」

そう呼ぶ声にタ級は書類から顔を上げた。

レ級か?最近は珍しい客ばかり来る。

「久シブリネ。元気ソウデ何ヨリ」

「堅苦シイ挨拶ハ止メテヨ。ソレヨリ教エテ」

「チットモ堅苦シクナイワヨ。ソレデ何?」

「150体ノ深海棲艦ヲドーント艦娘ニ戻シタインダケド、パパット出来ナイ?」

「・・・ハ?」

タ級はレ級の質問が一瞬飲み込めなかった。

「エ、ア、ナニ?」

「エエトネ、戦艦隊ノ皆ヲ艦娘ニ戻シタイノサ」

タ級は目を白黒させた。

「全員!?」

「全員。デ、艦娘ニ戻スノニ長イ順番待チダト可哀想ダカラサ、良イ方法無イカナッテ」

タ級は完全に固まってしまった。

確かに艦娘に戻る成功例はこの目で2例見ている。

しかし、逆を言えば2例しか見ていない。

それに150体が一気に応募するというのか?

「オーイ、タ級?大丈夫カ?オ疲レカイ?」

はっとすると、レ級が目の前で手を振っている。

ちゃんと説明しなければならない。

「ア、アア、イヤ、エエトナ」

「ウン」

「今マデ成功シタノハ、2例シカナインダ」

「ドノクライノ内?」

「大体200体クライ」

「他ノ子ハドウナッタノ?」

「7割ハ戻レナクテソノママ。3割ハ成仏シタ。」

「最悪ソノママ、3割ハ昇天、モシカシタラ艦娘?ッテ感ジカア」

「ソウナンダ。ダカラ、マダ確立シタ方法トハ言エナイヨ」

「何カ、戻レナイ理由トカ、ポイントガアルノ?」

「ソコマデハ解ラナイワネ。研究班ニ聞カナイト」

「研究班?」

「艦娘ニ戻ソウト、相談ニ乗ッテクレテル艦娘達ヨ」

「ヘェ、手ヲ貸シテクレル艦娘ナンテ居ルンダネ~」

「ウン、色々世話ニナッテルノ」

「タ級ノ友達ナラ友達ダネ。ヨッシ!研究班ノ子ニ話ヲ聞イテクル!」

「マ、待ッテ。研究班ノ子トハ水曜カ金曜シカ会エナイノヨ」

「今日ハ日曜ダヨ・・・」

「次ノ水曜日、一緒ニ行ク?」

「モウチョット、早クナラナイ?」

「私達ハ、研究班ニ頼ンデル立場ダカラサ」

「ソウカア。ジャア水曜マデ待ツシカナイカ」

「ル級サンハ、コノ事知ッテルノ?」

「ウン」

「ジャア、水曜日ニハ、ル級サンモ一緒ニ、来タラ良イト思ウヨ」

「ソウダネ、ソノ方ガ話ガ早イヨネ!」

「マズハ150体モ、オ願イシテ良イカッテ問題ガ、アルンダケドネ・・・」

「200体ッテノハ、ドレクライノ期間デノ話ナノ?」

「1年以上ヨ。週ニ2~3体ノペースダモン」

「ウワ!ソレジャア何カ手ガ要ルネ」

「手?」

「承知シテモラウ為ノ手、袖ノ下サ!」

「袖ノ下・・ネエ」

「相手ガ艦娘ッテ事ハ、司令官ガ親玉ダロ?」

「ソウヨ。ボスハ提督。気ノ良イオジサン。」

レ級はタ級をじっと見た。

「・・ナニヨ?」

「タ級、ホノ字?」

タ級は一瞬で真っ赤になると、バタバタと手を振りながら

「ソッ!ソウダ!ソロソロボスヲ迎エニ行カナキャ!」

「ジャア一緒ニ行クヨ」

「ナンデヨ!」

「チョットオ話シタイシ。良イデショ?」

「ウー」

タ級はにこにこするレ級をジト目で見た。この子は時折とんでもない事をする。

ただ、結果的には的を得た行動なので、誰も文句を言わないのだが。

でも、タ級は嫌な予感しかしなかった。そしてこういう予感は大概当たる。

「ホラ、早ク行コウヨ!」

「変ナ事言ワナイデヨ?」

「僕ハ1度モ変ナ事ナンテ言ッタ事ナイヨ?」

「・・・無自覚ッテ怖イワ」

「黄昏テナイデ、行コウヨ~」

レ級にぐいぐい引っ張られ、タ級はしぶしぶ腰を上げた。

 

 




カタカナ再変換の方法を教えてくださり、ありがとうございました。
うちのテキストエディタに同様の機能があったので、今回から活用しています。
作業効率アップ!黒野良猫さん、ありがとうございます!
同様に誤字とか矛盾とかそっと教えてくれる皆様、感謝しております。
最初から無きゃ良いんですけど・・すいません。


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file68:リ級ノ本音

 

11月8日夕方 某海域の小島

 

「アラアラ、今日ハ、レ級サンモ一緒ナノネ」

既に目を覚ましていたリ級は、タ級と一緒に現れたレ級を見つけると言った。

「リ級サ~ン、久シブリ~」

「元気ソウネ。楽シイ事デモアッタ?」

タ級はふと気づいて溜息を吐いた。

そういえば私に提督弄りをする時のリ級と、レ級の普段の行動って似てる。

気が合うみたいだし、もしかして根っこは似たり寄ったりなのかしら。

「デネ、リ級サン」

「ナニ?」

「提督ニ、タ級ヲ、嫁入リサセナイ?」

ぶふぇっ!

タ級は突然の提案に咳き込んだ。何を言い出すのこの変態戦艦!

「ウーン」

え?ボス、何で考え込んでるの?!

「タ級、提督にホの字なんだって~」

「チョ!何ヲ言イ出スノヨ!」

「ソレハ前カラ知ッテルンダケドネ」

「ボスマデ何言ッテルンデスカ!」

しかし、リ級とレ級がニヤリと笑いながらタ級を向くと、

「違ウノ?」

というと、タ級は真っ赤になって

「ウ、ア、ソノ、アノ、エエト」

と、口ごもってしまった。

「可愛イワヨネ~」

「タッチャンハ純真ダカラネエ」

「深海棲艦ノ、グラビアアイドルハ、伊達ジャナイワネ」

「良イ子デショウ?」

二人でひとしきり弄り、タ級が真っ赤になって黙りこくった後、リ級は少し俯くと

「・・良イ子ダシ、幸セニナッテ欲シイケド、一番ノ戦友デモアルノヨネ」

と、言った。レ級はそんなリ級を見てうんうんと頷くと、

「寂シイ?」

「チョットネ」

「本音ハ?」

「・・ゴメン。スッゴク寂シイカラ居ナクナッテ欲シクナイノ」

「ダヨネ。私モ、タッチャン居ナクナルノハ寂シイ」

「後ネ、私ハ艦娘ニ戻ルワケニ行カナイノヨ」

「ドウシテ?」

「誰ガ「彼女」ノ面倒ヲ見ルノヨッテ話」

「ア」

「暴走シタラ洒落ニナラナイデショウ?」

「・・・・・ウーン」

レ級は少し考え込むと、閃いたように目を開き、

「ジャア「彼女」ヲ使ッテ戻シタラドウカナ?」

タ級とリ級は眉をひそめた。

「ハ?」

「エット、「彼女」ハ作ルカ、治スカハ出来ルケド、艦娘ニ戻ストカ出来ナイデショ・・・」

「デモ、彼女ガ、大人シク艦娘ニ作リ変エテクレレバ万事解決ジャナイ?」

「ソリャソウダケド、ドウヤッテヤルノヨ?」

「艦娘ニ戻スヨウニ、操作ヤ設定ヲシタラ良インジャナイカナ」

「設定?」

「今マデ「彼女」ハ好キ勝手にシテタカラ、「深海棲艦」ヲ「作ッテ」ルンデショ?」

「ソ・・ソウネ」

「傷ツイタ深海棲艦ヲ寝カセレバ治療シテクレルシ、誰モ何モ言ワナイカラ自分デ考エテルンダト思ウ」

「ソウネ」

「ダッタラ、「今度カラ艦娘作ッテ!」ッテ頼ンダラ良インジャナイ?」

「ソンナ簡単ナ事ナノカ?」

「解ンナイケド、作ルノガ上手イ人ナラソウイウノ出来ソウジャン?」

「ソ、ソンナ都合ノ良イ人居ルカナ?」

「ダカラ提督ニ、タ級ヲ嫁ニヤルカラ、ソウイウ人連レテ来テッテ頼モウヨ!」

「オイ。私ガ袖ノ下カヨ」

「ソノ時、リ級モ一緒ニ戻レバ良イジャナイ」

「・・・・悪クナイケド、私ハ別ニ提督ラバージャナイシナア」

「ソウナンダ」

「マ、タ級ノオ母サンッテ設定デ良イカ」

「設定?!」

「ヨシ!ジャア提督ニ相談ニ行キマショ!」

「ハァ・・・今度ノ水曜日ハ大変ソウデスネ」

「何言ッテルノ。明日行クワヨ明日!」

「サスガリ級サン!話解ル~!」

「イエーイ」

ハイタッチするリ級とレ級に、タ級は慌てて聞いた。

「アッ、明日ハ月曜デスヨ?」

「ドウセ提督ハ島ニ居ルンデショ?旗デモ振レバ大丈夫ヨ、キット」

「ヤレバナントカナルヨネ!」

「ヨゥシ!ジャア朝ウチノ拠点ニ集合ネ。コノ3人デ」

「解ッタ!」

タ級は深い溜息を吐いた。今度からリ級とレ級は会わせない方が良い。混ぜるな危険、だ。

でもこの話。上手く行くと良いな。

 

 

11月9日早朝 工廠

 

「ふわあ~あ」

工廠長は身支度を済ませると外に出た。

まだ冷たい朝の空気。海面から立ち上る水蒸気が薄い霧のようだ。

「おはようございます!」

工廠長が声の方を向くと、いつも通り睦月がちょこんと敬礼していた。

「おはよう睦月。今朝も早いのぅ」

「えへへ・・・へあっ!?」

睦月がぎょっとした顔で自分を見ているのに気づいた工廠長は、

「どうした?」

「あ・・・あ・・・あああああ」

カタカタと震える指で工廠長の背後を指差す睦月。

つられて振り返ると、そこには深海棲艦が居た。

リ級、レ級、タ級。それもeliteかflagship級。

工廠長は普通なら飛び上がるほど驚いたはずだが、2体には何となく見覚えがあった。

「んー、あんた達、ひょっとして研究班の所に来てる方々かの?」

タ級がほっとした顔で口を開いた。

「約束ノ曜日ジャナイ時ニスミマセン。提督ト研究班ノ人ニオ願イガアリマシテ」

「まだ5時前じゃから、誰も起きとらんぞ」

「ア、ジャア後デ出直シマ・・ムグググ!」

しかし、レ級はタ級の口を塞ぐと

「何時ニ来タラ一番早ク会エルカナ!何トカ会イタイノ!」

「ふむ。摩耶と夕張は早朝ランニングしとるから、5時半位かのう」

「30分!ドッカデ待ッテテモ良イデスカ!」

「プハッ!レ級!アンマリ無理言ワナイノ!」

「まぁ、そこの木の桟橋の所で待ってるなら構わんと思うがの」

「アリガトウゴザイマス!」

「睦月」

「は、はい!」

「すまないが、実技棟のトラックで待ってて、摩耶達に知らせてくれんか?」

「解りました!」

 

「ほれ」

桟橋に座っていたレ級達が顔を上げると、工廠長がお茶を盆に載せて持っていた。

「もう冬じゃからの。南の島といえど寒かろう」

「ア、スイマセン」

「頂キマス」

「アリガトウ」

「わしも頂くとしよう。朝のこの眺めが好きでのぅ」

「霧ノ海原、デスカ」

「うむ。幻想的じゃろ?」

「太陽ガ眩シイデス」

「ははははは。そういうもんかの」

 

「え?今?」

「はっ、はい。研究班の皆さんを知ってるようでしたけど・・」

寝ぼけ眼の夕張をトラックに引っ張ってきた摩耶は、睦月から話を聞いて首を傾げた。

いつもの、といえば確かにタ級とリ級は居るが、レ級は知らない。

それに、今日は月曜日だ。いつもの日じゃない。

知らないタ級とリ級とレ級が、なりすましているかもしれない。

「夕張」

「うん」

「提督と長門に知らせてこい。アタシは姉ちゃん達を起こしてくる」

「そうだね!ちょっといつもと違いすぎる」

「あっ、今皆さんは工廠の裏の桟橋に居るはずです!」

「了解。睦月は一旦寮に戻ってろ」

「えっ!?ご、ご存じ無い方なんですか?」

「多分大丈夫だと思うけど、念の為だ」

「で、でも、工廠長さんが今応対してます!」

「なにっ!?」

「お茶出しておくからって」

夕張と摩耶は顔を見合わせると

「急ごう!」

「はい!」

「睦月は自室で隠れてな!後でインカムで知らせるから!」

「は・・はい」

 

「・・・・」

睦月は寮に戻ったものの、唇をきゅっと結ぶとドアを開けた。

工廠長さんの危機に何もしないなんてやっぱり嫌だ!

駆逐艦の自分が持てる対戦艦装備って何だろう?

相談してみよう!

 

 



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file69:「彼女」ノ姿

 

11月9日早朝 提督室

 

「うーん」

提督は眠い目をこすりながら、工廠の端を双眼鏡で覗いていた。

傍らには長門と、研究班の面々が揃っていた。

「夕張」

「はい」

「こっから見て、いつもの子達か解る?」

夕張は手渡された双眼鏡に目を凝らしていたが、

「正直、外観では何とも。ただ・・・」

「ただ?」

「工廠長とえらく盛り上がってます。」

「は?」

「工廠長が大笑いしてますから」

提督は頭をガリガリと擦ると、

「長門」

「うむ」

「赤城と加賀に発艦準備を済ませた状態で待機命令。第1艦隊を召集。」

「そうだな。万が一敵ならその位でないと厳しいな」

「ただ、他には一切言うな。ややこしくなる」

「うむ」

 

「ほほう、面白い事を考え付いたな!誰の案じゃ?」

「僕ダヨ」

「そういう柔軟な発想は大事じゃ。案外行けるかもしれんぞ!」

「ダヨネ!コレガ上手クイケバ皆ハッピージャナイ」

「おぬしも人間に戻りたいのか?」

「ウン!」

「うちで働く気があればいつでもワシを訪ねてくるが良い。採用するぞ」

「ヤッタ!モウ就職先決マッチャッタ!」

その様子を見ていた提督と第1艦隊、それに研究班の面々は肩から力が抜けた。

なんか警戒して損した気がする。

「工廠長」

「おっ!提督!遅かった・・・って、何で皆揃ってるんじゃ?」

「人騒がせな・・・曜日も時間も場所も違ったら偽者かと思って警戒するっての」

ジト目で見る摩耶に対してタ級が

「デスヨネ・・・ゴメンナサイ。リ級ト、レ級ガ聞イテクレナクテ」

と、頭を下げると、

「ソウ言エバソウネ。リ級ヤ、タ級ッテダケナラ沢山居ルモノネ」

「早ク相談シタカッタンダケド、余計ナ迷惑カケチャッタネ。ゴメン」

と、3体揃って頭を下げた。

ふうと一息ついた後、提督が口を開いた。

「まぁ、いつものリ級さんとタ級さんみたいだけど、そちらのレ級さんは?」

「先日相談シタ、ル級ノ部下ナンダ」

「ほう。じゃあ今日はレ級さんの相談なのかな?」

「あー、ここで話すのも寒いし、工廠の事務所に入らんか?」

「研究室の方が近くないか?」

「すみません。機材が多くてこの人数は・・・」

「夕張・・また何か買ったのか」

「ちょっ!ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」

「そのうち特別査察する必要がありそうだな。榛名と一緒に」

「焼き払わないでください!」

 

「うーん、「彼女」の設定を変えて操作する、かあ」

提督が話をまとめると、夕張は悔しそうに指を鳴らしながら

「その方向性は全く考えて無かった。考えたのレ級さん?天才ね」

「イヤァ、参ッタナア」

「でも、工廠長さん」

「なんじゃ」

「その、「彼女」の操作方法なんて・・・」

「言っておくがワシはまったく知らんぞ。今映像を見て初めて存在を知ったからのぅ」

「ですよね」

リ級が溜息をついた。

「ソンナ都合ノ良イ技術ヲ持ッテル子ナンテ・・・」

その時。

「こっ!工廠長さん!ご無事ですか!?助けに参りましたっ!」

バタンと勢いよく開いたドアの方を見た面々はギョッとなった。

睦月が見た事も無い兵装で身を固めている。

頭には暗視ゴーグル付きのヘルメット、服は白黒のダズル迷彩に防爆らしくモコモコとした凹凸がある。

右足にはガトリング砲、左足には噴進砲、背中にはやたら大きなミサイルを背負っている。

どれか1つでも発射されたら部屋ごと木っ端微塵になりそうだが、何より覚悟を決めた睦月の雰囲気が怖すぎる。

異様な迫力にリ級達はさっと両腕を上げた。

「ノー!撃タナイデクダサーイ」

「私達抵抗シマセーン」

「降参シマース」

提督は手を振りながら、

「なんで訛ってるんだよ3人とも。睦月、心配ないよ。いつも来てる子達だったから」

それを聞いた睦月は一瞬固まった後、へちゃっと座り込んでしまった。

「よ、良かったあ・・・兵装が無駄になって良かったですぅ」

提督が不思議そうに聞いた。

「ところで、どれも見た事無いんだけど、それなんて装備?」

「へ?」

「今、睦月が持ってる装備だよ。そんなのあったっけ?」

「いえ、無いですよ。発子ちゃんに相談して急いで作ったんです」

「発子ちゃん?」

「あ、ええと、装備開発の装置に居る子です」

「工廠長、あれって完全に機械じゃなかったの?」

「いや、わしも初耳じゃ。睦月、機械の中に妖精が居るのか?」

「ううん。装置そのものが意志を持った子というか、妖精そのものというか」

「そうなのか?」

「うん。ずっと操作してたら向こうから挨拶してくれたの。だから今は毎日お話してるよ」

提督とリ級は顔を見合わせた。もしかして?

「睦月、お願いがあるんだけど」

「何ですか提督?」

「ちょっと、会話出来るか試して欲しい子というか、機械が居るんだよ。」

「え、ええ、良いですけど」

そこまで言うと提督はぶるるっと身震いをした。

「あっ、防寒肌着着てくるの忘れてた。寒い」

長門がそれを見て

「ここは暖房もあまり入ってないからな。部屋に戻るか?」

「そうしよう。すまないが皆、後を頼めるかな?」

「解ったわ。じゃあ睦月、私達と一緒に深海棲艦の拠点に行きましょう!」

「ええっ!?」

「そこにその機械があるのよ」

「あっ、そういう事ですね。わっ、解りましたっ!」

 

「うっわー!すっごーい!大きいですねー!」

「シー、静カニ。他ノ深海棲艦ガ起キテクルト面倒ダカラ」

「あ、ごめんなさい」

研究班の面々と睦月は、リ級達の案内で整備隊の本拠地、「彼女」の元を訪れていた。

まだ深海棲艦達が活動をするには早い時間であり、使用予定も無い事という事で急遽案内したのである。

そして、「彼女」をしげしげと見ていた睦月は

「寂しそう」

と、ぽつりと言った。リ級は驚いたように

「エ、解ルノ?」

と聞いた。やり取りを聞いていた夕張はそっとカメラとマイクを装備しながら、

「合ってるんですか?」

「エエ。イツモハ、モウ少シ後マデ、私ガツイテルカラ」

「そうなんだ・・睦月ちゃん、ええと、発子ちゃんみたいに妖精さんがいるのかな?」

「うん。あの中に居るよ」

と、青く光る部分を指差した。

「その子は、どんな姿をしているの?」

「んー、えっとねー」

というと、睦月は「彼女」に近づいていき、しばらく会話すると、とてとてと帰ってきた。

「今来てくれるって」

「来る?」

「うん」

その言葉に反応するかのように、「彼女」の光がどんどん強くなっていく。

やがて輝きが収まると、駆逐艦のような被り物をした小さな女の子が台の上に居た。

睦月はとてとてと女の子に駆け寄ると、手を引いて戻ってきた。

「この子だよ」

全員が目をぱちくりした。こんな小さな子がこの海域で深海棲艦を生み出し続けていたのか?

「え、えっと、地上に来る事は出来るのかな?」

「ダ、大丈夫・・デス」

「タ級」

「ハイ」

「部下ヲ集メテ、コノ敷地ヲ封鎖。誰ニモコノ事ヲ知ラレナイヨウニ」

「ソウデスネ、行ッテキマス」

「急イデ。アト、レ級サン、悪イケド、ル級ヲ呼ンデキテ」

「オッケー!」

「配置ガ済ンダラ、全員デ小屋ニ移動シマショウ。長居ハマズイワ」

「解りました!」

程なく封鎖が済み、ル級が合流したのを受け、一行は岩礁に向かったのである。

 



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file70:東雲ノ真実

11月9日朝 岩礁の小屋

 

「ほっほー、めんこいのぅめんこいのぅ」

「ハウゥゥゥ」

岩礁にやってきた早々、工廠長は「彼女」の頭を撫でた。

「彼女」は頬を染めながら、嬉しそうに撫でられている。

「この子が、さっき言っていた装置の妖精かの?」

「妖精・・で良いんでしょうか。多分合ってると思いますけど」

工廠長は頭を撫でながら屈み込み、「彼女」と目線を合わせると、

「お名前はなんと言うのかの?」

「ア、エエト、皆カラハ「彼女」トカ、「装置」ッテ呼バレテタヨ」

「名前を付けられたことはなかったのか?」

「ハイ」

「まぁそうか。工廠の妖精達も意図的に付けぬ限りは名前がないからのう」

「そうなんですか?」

「うちは全員にワシが名付けた。皆可愛い我が子じゃからの」

「そ、そうなんだ・・」

その場に居た艦娘達は思った。工廠長も提督も似た者同士だ。

「じゃあ、何か呼ばれてみたい名前はあるかの?」

「特ニ・・ナイ」

「ふうむ」

工廠長は「彼女」の髪を手に取ると、言った。

「この色は東雲色、に近いかもしれん」

「シノノメイロ?」

「うむ。日本の伝統色で言うならの。というわけで、東雲、はどうじゃ?」

「シノノメ・・・ウン!解ッタ!」

「じゃあ東雲ちゃん、改めて。私は睦月です!よろしくね!」

「睦月・・チャン。ヨ、ヨロシク・・」

きゅっと握手した後、東雲はリ級に向き直ると、

「ア、アノ、今マデズット話シカケテクレテ、アリガトウ」

と、ぺこりと頭を下げた。

「良イノヨ。トコロデ貴方ハ、ドウイウ時ニ調子ガ悪クナルノ?」

東雲はきょとんとした。

「調子ガ、悪イ?」

「エエト、時折色ガ変ワッタリ、大キナ深海棲艦ヲ出シタリスルデショウ?」

東雲は真っ赤になって俯くと、

「ア、アレハ、失敗シチャッタ時」

「失敗?」

「轟沈シタ子ノ怨念ヤ執念ガ物凄クテ言ウ事ヲ聞イテクレナイトカ、攻撃サレテ集中力ガ乱レタ時トカ」

「フム」

「ソウイウ時ハ、上手ク作レナイママ深海棲艦トシテ誕生シチャウカラ」

「ジャア、作リタクテ作ッテタワケジャナイノネ」

「モチロン」

レ級が問いかけた。

「トコロデサ、東雲チャン」

「ナアニ?」

「深海棲艦ヲ、艦娘ニスル事ハ出来ルノカナ?」

東雲はうーんと考え込むと、

「艦娘ッテ、ナアニ?」

と聞いた。

「オオウ、ソウイウ事カ。エット、睦月トカ、ココニ居ルオ姉サン達ノヨウナ感ジ」

と、研究班の面々を指差した。

東雲はじっと見た後、

「轟沈スル前ノ、状態ッテ事?」

と言った。高雄が小声で

「やっぱり、深海棲艦は轟沈した艦娘達なのね・・・」

と悲しそうに呟いた。レ級は続けて

「ソウソウ。轟沈シタ時ハ怪我シテルト思ウンダケド、出来レバ怪我ハ無イ状態デ」

「エエト、今マデモ、怪我ヲ治シテルダケノ、ツモリナンダヨ?」

東雲以外の面々は驚いた。

「えっ?そうなの?」

東雲はもじもじしながら続けた。

「私ハ、元々建造ドックノ修繕妖精ニナル筈ダッタノ」

「ダケド、着任シタ直後ニ、鎮守府ガ攻撃サレテ、丸ゴト焼キ払ワレタノ」

「先輩ノ妖精サンカラ何モ教エテモラエナイママ沈ミナガラ、何カシタイ、コノママ死ニタクナイッテ」

「ソシタラ、イツノ間ニカ、アノ場所ニ居タノ。ソレデ、沈ンデクル子達ヲ何トカ治シテアゲタクテ」

「ソレデ、誰カ知リマセンカッテ海中デ叫ンダラ、同ジヨウナ格好ヲシタ子ガレシピヲ教エテクレテ」

「ダカラ今マデ、ソノレシピ通リニ直シテタンダケド・・・」

一同はぽかんとした。深海棲艦のレシピに従って轟沈した艦娘を改造してたって事?

「ア、アノ、ヤリ方ガ違ッテタノナラゴメンナサイ」

工廠長は東雲の頭を優しく撫でた。

「やり方に従っただけなんじゃから、東雲は何も悪くないぞい」

「工廠長サン」

レ級が考え込んだ。

「ダトスルト、轟沈時ノ状態ニハ戻セルンダネ」

「ウ、ウン。怪我ガ酷イカラ可哀想ダケド」

「工廠長サン」

「なんじゃ?」

「妖精ガ妖精ニ伝エル艦娘ノレシピハ解ル?」

「無論じゃ」

「ジャア、東雲ニ教エテアゲテクレナイカナ」

「ほう」

「デ、東雲チャン」

「ウン」

「私達深海棲艦ヲ、教エテモラッタ艦娘ノレシピニ従ッテ修繕シテクレナイカナ」

「それで上手く行くかのう?」

「ヤッテミリャ良イジャン。僕ヤルヨ」

全員がレ級を見た。この子凄いな。

「よし、まずは熟練妖精を連れてこよう」

 

「ふむふむ、説明はそれくらいかかるんじゃな」

東雲と熟練妖精の打ち合わせに混じっていた工廠長はレ級達を振り向くと

「説明に大体2日はかかるのう。水曜の午後という所じゃ」

と言った。

「ソウカー」

「説明ノ間、コチラニ預ケテ良イデスカ?」

「無論じゃ。提督も承知してくれるじゃろうよ」

「じゃあ東雲ちゃんは工廠に居てもらったら良いのかな」

「うむ。妖精じゃから妖精と一緒に過ごしたほうが良いじゃろうて」

高雄が立ち上がると

「私は提督に状況を報告してきます。他の皆は工廠長と東雲ちゃんを工廠に案内してあげて」

「了解」

「睦月ちゃんは工廠長さんに付いて行ってね」

「はい!」

「リ級さん達は、また水曜の午後に来てもらえるかしら?」

「エエ、解ッタワ」

「僕モ来テ良インダヨネ?」

「本当に初めての人になるの?実験台みたいなものよ?」

「ダッテ、誰カガヤラナキャイケナイジャン」

タ級が不安げにレ級を見る。

「レッ、レ級ハ大事ナ友達ナンダカラ・・・サ」

レ級はにっと笑うと

「コウイウ勘ヲ、僕ハ外シタ事ハ無インダ。大丈夫!」

と言った。

「じゃ、そういうことで、今日は解散しましょう!」

「はい!」

 

「また一気に話が進んだものだなあ。それにしても可愛いなあ」

「ア、アリガトウゴザイマスゥ・・・」

わしゃわしゃと東雲の頭を撫でる提督に工廠長が目を細めると、

「なぁ、妖精とは皆可愛いものじゃろう?」

「工廠長からすると孫みたいなもんですか?」

「まぁそうじゃの。で、これから熟練妖精がつきっきりでレシピを教えていくが」

「何か問題が?」

「東雲はあくまでも装置の妖精じゃから、正しい操縦者が必要じゃ」

「うん、そうでしょうね」

「じゃから睦月を指名したいのじゃよ」

睦月が驚いた顔で工廠長を見た。

「わっ、私でお役に立つのでしょうか?」

「うむ。現時点で最も優秀なオペレーターじゃとワシは思っておるよ」

睦月の目が潤んだ。

「工廠長さん・・・」

「というわけで、正式にオペレーターとしての許可を貰いたいんじゃがの」

提督は睦月を見ながら聞いた。

「睦月は専属オペレーターとして仕事するのでも良いのかな?」

「はい!それで私が役に立てるのなら嬉しいです!」

「まぁ、嫌になったらいつでも専属解除してあげるから心配しないで良いよ」

「はい!」

提督は東雲を向くと

「睦月が操作して、深海棲艦を艦娘に戻す為に、君に働いてもらいたい。承知してくれるかな?」

東雲はにっこり笑うと

「ハイ!チャント教エテモラッテ、皆ヲ治シタイデス!」

と、元気よく答えた。

「決まりじゃな」

提督と工廠長は深く頷きあった。

 




GWの間、実は何話か書いてたのですが、全部捨てました。
直前に本当に碌でもない都市伝説(要するに怖い話)を読んでしまい、気持ち悪い胸糞悪いと言いながらその話に引きずられ、変にネガなストーリーを延々と綴ってしまったためです。

なんというか、読んだ後もずっと頭にこびりつくような後味の悪い話というのは、長さに関係なく私は大嫌いです。
これはそういう話にしませんからご心配なく。
というか今もうっとうしいです。あの話の分だけ記憶を消去したい。


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file71:レ級ノ結果

11月11日朝 工廠

 

「工廠長」

「おぉ提督か。二人は順調じゃよ」

提督は本日の秘書艦である扶桑を連れて様子を見に来たのである。

「こんな珍しい事は滅多に無いから、バッチリ録画してます!」

夕張が案の定撮影に熱中してたので、提督と扶桑は顔を見合わせて苦笑した。

「レ級達は岩礁に来るんだろう?一応迎えに行ってやれよ」

「大丈夫!摩耶さんが行ってくれます!」

「夕張さんは?」

「レ級さんが艦娘になるまで録画しっぱなしです!」

「よく体力がもつな・・・並みのカメラマンを越えてないか?」

「邪魔しないでください提督!」

「わ、解った解った。そう怒るな」

その時、島風がそっと声をかけた。

「夕張ちゃんはホ級の時の雪辱を晴らすんだって、碌に寝ないで撮影してるんだよ」

「じゃあ撮り終わったらバッタリ行きそうだな」

「研究班の皆もそう言ってる。だから明日の早朝ランニングと片付けは無しだって」

「明日1日で足りるのかな?」

「島風は金曜日の朝まで起きないと思ってる」

「それが正解だろうなあ」

島風と提督は夕張を見て溜息をついた。良い子なんだが。

 

 

11月11日午後 工廠

 

「オッケー、来タヨ~」

「ヨ、ヨロシクオ願イシマス!」

対照的な二人だなあと提督は思った。

もう艦娘に戻る事を確信しているレ級と、心配で仕方ないといった風情のタ級。

そして。

「良いわよ良いわよ!さっきHDD積み替えたばっかりだし!準備万端よ!」

夕張、倒れるなよ。

そこに睦月と東雲が手を繋いで現れた。二人とも緊張の色が隠せないようだ。

提督が聞いた。

「二人とも、無理はしてないかな?日付は遅らせる事も出来るよ?」

顔を見合わせる二人だったが、同時に頷いたあと、

「大丈夫です!」

「ガンバリマス!」

と言ったのである。そこに工廠長が、

「念の為、午前中に普通に艦娘を製造してな、その後東雲に深海棲艦にさせたんじゃよ」

「へっ?」

「そしてそのまま、東雲に戻させて問題ない事を確認しておる。だから初めてではないんじゃ」

「なるほど」

「その子はあまり乗り気ではなかったんでの、睦月の近代化改修に使わせてもらった」

「解りました」

「あと、この通り熟練妖精も全員待機しておる。相当な事態にも対応出来るぞい」

ふと見ると、ピシリと敬礼しながら妖精達が整列している。

「これは頼もしいですね。じゃあ、始めましょうか」

「あ、そうだ。レ級さんとやら」

「ナンダイ?」

「艦娘に戻った時、艦種が変わるかもしれんぞ」

「ソウナノ?」

「どういう事です工廠長?戦艦の深海棲艦なら戦艦の艦娘になるのでは?」

「そこはわしも驚いたんじゃがの、午前のケースでは重巡の艦娘がイ級になったんじゃよ」

「へ?」

「で、戻すと重巡なんじゃよ」

「ええっ!?」

「じゃから、結果として同じ事もあるのじゃが、基本は元の艦娘に戻るって事じゃ」

「ほぉ。レ級さん」

「ナンダイ?」

「君は艦娘の時、何て呼ばれてたの?」

「僕ハ・・・加古ッテ呼バレテタヨ」

「おお、まさに違うケース」

「ソウイエバ、ソウダネ。重巡ダッタ」

「というわけで、加古に戻る可能性が高い。それは承知しておいてくれ」

「ソッカー、大和トカニナレタラ嬉シイナッテ思ッテタンダケド」

レ級はぺろっと舌を出した。

提督はタ級に囁いた。

「お茶目さんだよね、レ級って」

「オ茶目デハ済マナイノヨ。良イ子ナンダケド」

「ちょっとリ級さんに似てるよね」

「ヤッパリソウ思ウ?私モソウ思ウ」

その時、背後の海面からざばあっと水柱が立ったかと思うと、ル級とリ級が姿を現した。

ル級はかなり興奮しており、リ級は今回もなだめ役だ。

「レ級!アンタ!」

「ゲッ、ル級!」

「コンナ大事ナコト、報告位シナサイ!」

「イヤァ、戻レナカッタラ恥ズカシイジャン」

「戻ッタラ帰ッテ来レナクナルデショ!」

「・・・オオ!」

「オオ、ジャナイ!マッタク!」

「マァマァ、ル級サン、間ニ合ッタンダシ」

提督は再びタ級に囁いた。

「ほんとだ」

「デショウ?イツモコウナノ」

はぁ、と二人は溜息をついたが、夕張が痺れを切らしたように、

「さぁ始めましょうか!レ級さん!位置について!」

レ級はにこっと笑うと

「オッケーオッケー、ドコデドウスレバ良イノカナ?」

睦月が地面に書かれた青い輪を指差すと、

「兵装以外の荷物を置いて、あの中心に立ってください」

「兵装以外ノ荷物ッテ?」

「お金とかハンカチとか」

「・・・ナンカ入レル物クレル?」

「はっ、はい!」

それから5分間。

「エエト、コレモ違ウヨネ。コレモ私物カ。エエト・・・」

どこに仕舞ってあったというくらいの私物が籠から溢れる勢いで積みあがった。

タ級がついに苦言を呈した。

「アンタネ・・・」

「ダッテ!急ニ言ウカラ」

「ドンダケ私物持ッテルノヨ!」

「全部大事ナ物ダモン!」

「良イカラサッサトシナサイ!」

提督は摩耶に囁いた。

「島風や夕張のお仲間は深海棲艦にも居るんだな」

ふんすと摩耶は鼻を鳴らし、

「艦娘になったら徹底的に鍛えてやるよ」

と言った。

10分後。

ようやく私物を出し終えたレ級は円の中心に立ち、

「オ待タセ~」

と、手を振った。

「じゃあ、いきますよ~!」

東雲と睦月が手を繋いだまま言うと、二人は目を瞑った。

東雲がぼうっと青白く光り、その光がレ級の周りを球のように包み込んでいく。

「レ級カラ・・・艦娘ニ・・・」

「落ち着いて、1つずつ・・・大丈夫だよ・・・」

二人は目を瞑ったまま、小さな声で会話し続けた。

見守る者達にとって長い長い時間が過ぎた。実際は10分位だろうか。

やがて、球の光が弱まり、消えた後には

「・・・おぉ、目が冴えてきた。力がみなぎってきたよ!」

と、腕をぶんぶん振り回す加古の姿があった。

「成功、じゃな」

ぽつりと工廠長が呟いたのを合図に、一同はわあっと盛り上がった。

「オメデトウ!レ級!艦娘に戻ったね!」

「無事戻ッテ良カッタ。安心シタワ!」

「やったね!今度こそ、今度こそちゃんと録画したよ!」

「夕張ちゃん・・雪辱を果たしたね」

「ありがとう、島風ちゃん・・・これで寝れる・・・zzz」

「おい!ちょっ!ここで寝るな!」

高雄が東雲達のところに行った。

「大丈夫?疲れてない?」

「ええと、東雲ちゃんは?」

「平気」

「じゃあ二人とも平気です!」

「そう。それなら本当に良かった。でも今日はゆっくり休んでね。」

「うん!」

「アリガトウ。アノ、私」

「何かしら?」

「コ、ココニ居テ、良イノ?」

「工廠長!提督!」

「ん?」

「なんじゃ?」

「東雲ちゃんが、ここに居ても良いのかって聞いてるわよ?」

「当たり前じゃ」

「居て良い、じゃなくて、居て欲しい。東雲さん、お願い出来るかな?」

「ハッ、ハイ!アリガトウゴザイマス!」

「睦月」

「はい!」

「これからしばらくの間、東雲さんと二人で深海棲艦を元に戻す仕事が続く」

「はい」

「疲れたら休みを入れる。しばらくは様子を見ながら少しずつやっていこう。無理は禁止。良いね?」

「・・提督」

「なんだい?」

「睦月は、やっと、睦月しか出来ない事で役に立てそうです」

「そうだね。睦月が頑張ったからこその現在だよ」

「その未来をくれたのは、提督と、響ちゃんです」

「・・・そっか」

「提督、ありがとうございます!私頑張ります!ちゃんと役に立ちます!」

「その前に、私の可愛い娘って事を忘れないでくれよ?」

「うん!」

「東雲さんも、決して無理しないで。何かあったら睦月なり研究班なり私に言いなさい」

「解リマシタ」

「東雲さんの住まいは引き続き工廠長に任せて良いのかな?」

「無論。今まで使ってた部屋をそのまま使ってくれて良いぞ」

「エッ!アンナ快適ナ部屋ヲ使イ続ケテ良インデスカ?」

「構わんよ」

「嬉シイデス!アリガトウゴザイマス!」

睦月と東雲が手を取り合ってぴょんぴょん飛んでいるのを横目に、提督はル級とリ級に話しかけた。

「リ級さん、本当に長い事かかって、しかもうちで解決出来なくて申し訳なかったね」

「トンデモナイ。提督ガ居ナカッタラ、コンナ話ニナラナカッタ」

「これでやっと、私はリ級さんに1つ借りが返せたね」

「コチラモ借リダラケダケドネ」

「整備隊の子達はどうするの?一緒に戻るかい?」

「希望ハ聞クケド、オ願イスル可能性ガ高イワ。ソウデナケレバ戦イタクナイナンテ言ワナイト思ウノ」

「そうだよね」

「戦艦隊ト合ワセルト400近クナルノガ心配ネ」

「まぁ、長期計画でやって行こう。陸奥、いやル級」

「ドッチデモ良イワヨ」

「ありがと。リ級としばらく、そちら側での交通整理というか、順番調整を頼めるかな?」

「勿論。ソレカラ提督」

「なんだい?」

「定期的ニ海底資源ヲ持ッテクルワ。徐々ニ隊員ガ減ルカライツマデ出来ルカハ解ラナイケド」

「掘ッテクルッテ事?」

「ソウ。戻スノニダッテ経費ハカカルデショ」

「ナラ、ウチモ手伝ワセルワ。オ願イスル身ダシ」

「無理しなくて良いからな」

「大丈夫。戻レナクナルノハ嫌ダカラ」

タ級がそっと近づいてきた。

「ア、アノ、レ級ヲチャント戻シテクレテ、アリガトウゴザイマシタ。」

「それは睦月達に言ってあげてくれ。喜ぶよ」

「後デ言イマス。ソ、ソレデ、アノ、順番ハ後デ良イノデ、ワ、私モ」

「だって、リ級さん。整備隊からの希望者第1号じゃない」

「アラ、1号ジャナイワヨ?」

「えっ?」

「1号は、ワ・タ・シ」

提督とタ級はずずっと滑った。

「ボス!イキナリ居ナクナラナイデクダサイネ!」

「エー、タ級ニ任セテサッサト戻リタ~イ」

「ダメエエエエ」

「・・・冗談ヨ。最後ニ一緒ニ戻リマショウネ」

「ハイ」

ル級も頷くと、

「私モ最後マデ残ル予定ダ。先ニ部下ヲ頼ミタイ」

と、頭を下げた。

「解った。私達も最大限早く、確実に艦娘へ戻す」

リ級が言葉を継いだ。

「モシ最初カラ成仏ヲ選ビタイ子ガ居タラ言ッテネ。ソレハ私達デ出来ルカラ」

「そうなんだ」

「エエ。今マデモ悩ミガ大キ過ギル子ハ、ソウシテキタカラ」

「リ級も色々大変だったんだな」

リ級は提督を見た後、

「女ノ子ニ、コナカケテバカリダト、マタ、コブラツイスト食ラワサレルワヨ?」

と言いながら、くすっと笑ったのである。

 



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file72:隊員達ノ決断

11月12日午前 某海域

 

ざわめく戦艦隊の隊員達を前に、ル級は副砲を1発発射した。

無論空砲だが効果はてきめんだった。

ル級は咳払いをすると、説明を続けた。

「トイウ訳デ、レ級ハ見事ニ艦娘ニ戻ッタワ」

「ダカラト言ウ訳ジャナイケレド、私モ艦娘ニ戻ロウト思ウノ」

「ソレデ、皆ニコレカラ3ツノ事ヲ言ウワネ」

「1ツ目ハ、成仏スル意志ノアル子ガ居ルナラ、整備隊ニ頼ンデアゲル」

「2ツ目ハ、私ヤ、レ級ト一緒ニ、艦娘ニ戻ル挑戦ヲシタイ子ガ居ルナラ、一緒ニ行キマショウ」

「最後ハ、残ル子達デ新シイ隊ト、ボスヲ決メテ欲シイシ、決マルマデ私ハ残ルカラ安心シテ」

「マズハ、ドノ道ニスルカ、手ヲ上ゲテ貰ッテ良イカシラ?」

全員の顔を見渡した。

「成仏ヲ希望スル子ハ?」

カ級が素早く数えると、耳打ちした。

「大体20体位デス」

「ヨシ、ジャア次、艦娘ニ戻リタイッテ子ハ?」

カ級は数えるのを諦めた。

「ホトンド全員デス」

「ジャア最後、ココニ残ルッテ子ハ?」

しーん。

レ級のアドバイスがあって良かったとル級は内心ほっと息をついていた。

あのまま悩んでいたら想定外の事態にパニックになったかもしれない。

「ジャア、成仏ヲ選ンダ子ハ・・」

「アッ、アノッ!艦娘希望ニ変ワッテモ良イデスカ?」

ル級はカクッとつんのめったが、

「解ッタ。良イワヨ。ジャアモウ1回採決ヲ取ルワネ。成仏希望ノ子!」

あれっ?

カ級が目を凝らした後、ル級に振り向いて首を振った。

「エ、エト、ジャア残ルッテ子!」

おおう。

やはりカ級はしばらく探したが、ル級に振り向いて首を振った。

「ジャア・・・全員艦娘希望ナノネ?」

こっくりと隊員達は頷いた。

「解ッタワ。ソレジャア艦娘ニ挑ム為ノ話ヲシマス。ヨク聞イテ頂戴!」

 

 

同時刻。

リ級とタ級は整備隊の隊員達を集めていた。

「彼女」は消滅したと伝え、整備隊の役割が終わった事を理由に隊を解散する事を伝えた。

同じく安住の地が無くなる事への不安の声が上がった。

これに対して選択肢を提示したところ、こちらでは7割が成仏を希望した。

また戦って深海棲艦になるのはこりごりだという。

なるほど、それはそうだとリ級は思ったのだが、タ級がうっかり、

「艦娘ニ戻ッタ後、解体ヲ許サレレバ、人間ニナレルゾ?」

と言ったので、結局半々の割合になってしまった。

「ア、余計ナ事・・・言イマシタカネ」

リ級はふうと息を吐くと

「マァ、事実ダカラ良イワヨ。隠ス事デモナイシ」

と言った後、再び隊員達に向かって

「ジャア、成仏スル子モ、艦娘希望ノ子モ、最後ノ手伝イヲシテ頂戴!」

と言った。

 

 

11月13日午前 岩礁

 

「そういえばさあ」

夕張がテーブルを拭きながら言った。

「何、夕張ちゃん」

「もし、この前の方法で艦娘希望の子達が全員来ちゃったら、この小屋も終わりなのかな?」

鳥海が手を止めた。

「そっか。深海棲艦を生み出していた東雲ちゃんもここに居るわけだしね」

「じゃあ研究班も解散かなあ」

「東雲ちゃんの安定化も済んじゃったしね」

「東雲ちゃん、ほんと睦月ちゃんと仲良いよね」

「姉妹のように毎日楽しそうに遊んでるものね」

「今まで辛かったんでしょうから、沢山楽しんで欲しいわね」

「そうだねえ」

「アタシは、結構この仕事好きだったなあ」

「そうね。研究室も貰えたし」

「夕張を少しは真艦娘に出来たと思うしな!」

「えー」

「最初のうちは1周がやっとだったランニングも、最近は10周出来るじゃないか」

「そりゃあ毎朝怒られたし、最近は飛龍さんや蒼龍さんまで来るんだもん。嫌でもやるわよ」

「体動かさないと鈍っちゃうもん!」

「朝の空気の中で走るの気持ち良いじゃない!」

「3時のアニメ見逃してばっかりですよ・・・録画してるけど」

「だけど、だいぶスタイル良くなったわよね?」

「えっ!?うそ!ほんと!?」

「うん。夕張ちゃんお腹引っ込んだよ」

「そっか・・・頑張った甲斐がありました!」

「頑張ったのアタシなんだけど・・・まぁ良いや」

「島風も随分片付け出来るようになったわよね?」

「片付けないと榛名さんと鳥海さんがガスマスクして火炎放射器持って来るんだもん」

「物があるから片付かないだけですよ。全部燃やしてしまえばスッキリ」

「すいませんすいませんちゃんと片付けます」

「でも、最近は散らかす事も減ってきたわよね。押入れも含めて」

「査察が抜き打ちの上に厳しいんだもん。普段から気をつけるようになるよ~」

「良い事です」

「ま、まぁ、片付いてるって便利だよね」

「あら、島風からそんな台詞が聞けるなんて。それだけでも研究班の意味がありますわ」

「班長まで~」

皆がくすくすと笑い出したその時、水面がゴボゴボと泡立った。

「あら?」

愛宕が振り向くと、そこにはリ級とル級の姿があった・・・のだが。

「ちょ!なんでそんなに泥まみれなんです!?」

 

「ス、スマナイ。アリガトウ」

摩耶達がリ級達をぬるま湯で洗い、タオルで拭くと、鳥海が温かいお茶を出した。

「それで、どうしたんです?カレーはお昼からですけど」

「引キ渡シスケジュールヲ調整シヨウト思ッテ」

「ああ、艦娘希望者さんて事ね?」

「ソレモアルシ、海底資源ノ事モアル」

「昨日ノ午後カラ試掘ヲ始メタンダガ、何ガ要ルカト思ッテ」

「色々試料ヲ持ッテ来ヨウト思ッタラ、汚レヲ落トス時間ガナクナッテナ」

ル級が持ってきた麻袋を開けて、テーブルに出し始めた。

「マズハ定番ノ、鋼材トボーキサイトダ。火薬モ僅カナガラ調合デキル」

「私達はメタンハイドレートデ活動シテルケド、原油ハ掘リ当テテナイカラ燃料ハダメ」

「変ワッタ物トシテハ、コレダ」

そういうとル級は幾つかの宝石を取り出した。

「わっ、綺麗!」

「海底鉱山カラ取リ出シタ。サファイアト、アクアマリンダ。」

「文字通りアクアマリンね」

「宝石ヲ磨ク事ニ長ケテイル隊員ガ数人居ルカラ、欲シケレバ磨カセル」

「後ハ海草ヤ魚介類ナラ豊富ニ渡セルガ」

「どうだろう?提督呼んでこないと解んないね」

「解った。待ってろ!呼んでくる!」

 

「気にしなくて良いのに」

本日の秘書艦である加賀と一緒にやってきた提督は開口一番そう言ったが、加賀は

「ですが、鋼材と弾薬は改造並みに消費する事が解っています。補給は大事」

「まぁそうだけどね。無理して帳尻合わせようとしなさんなよ」

ル級とリ級は肩をすくめると

「提督ッテコウナノヨネ」

「コナヲカケルナッテ言ッテルノニネ」

「マァ、キットコノママナノヨネ」

リ級は蒼龍の方を向くと、

「コブラツイストハ、ホドホドニネ?」

と言ったが、蒼龍はふんと鼻を1つ鳴らしただけだった。

「しかし、海底鉱山の宝石は大粒だねえ」

提督は宝石を光にかざしながら言った。

「海底ダカラ人間ガ掘ッテナインダロウ」

「そう考えると、人間って勝手な存在だよねえ」

「マァ、哲学的ナ話ハサテオキ」

「そうだね。結論から言うと魚介類は大量に貰っても余らしてしまうと思うんだ」

「デショウネ」

「ただ、戻った艦娘が移転先が決まるまでの間の食料として助かる。だから人数分程度貰えないだろうか?」

「隊員達ノ食糧補給トイウ意味ネ。解ッタ」

「鋼材と弾薬は先程加賀が言ったように艦娘に戻す作業で必要になる」

「ソウネ」

「だから持ってきてくれるのは嬉しいのが本音。だから無理しない範囲で頼みたいな」

「メタンハイドレートモカ?」

「メタンハイドレートなあ。LNGならコージェネの燃料に使えるけど・・・」

夕張が言った。

「メタンハイドレート突っ込めば良いんじゃないですか?」

「そんな簡単に装置が受け入れてくれるのか?」

「あたし改造出来ますよ?」

数秒の沈黙の後。

「・・・本当か?」

「ええ。だってガスタービンですもん。燃えりゃ何でも良いんです。ゴミでもアルコールでも何でも」

「凄いな・・じゃ、じゃあ、持ってきてくれるなら持って来てください」

「大丈夫。任セロ」

「後は・・これか」

提督はサファイアの塊を再び持ち上げた。

「使い道・・という意味ではゼロなんだけど、個人的に好きだなあ」

リ級がくすっと笑うと

「ジャアソレモ、磨ク時間ガアッタラ持ッテ来テアゲル」

「まぁ、これは最下位の順位で良いよ。ところでお二人さん」

「何ダ?」

「大体何人位ってのは解ったのかな?」

ル級とリ級が顔を見合わせた。

「ソレガ・・・」

 

 



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file73:中将ノ吐息

11月13日午前 岩礁の小屋

 

 

「うむ、やはり400位だったんだね」

「ソウナル。ウチノ成仏組ガ多少多カッタンダケド」

「ウチガ全員希望シテシマッタンデナ。スマナイ」

「いやいや、流血が避けられるのはありがたい事だよ」

「そういえば、提督」

「ん?何だい高雄」

「東雲さん達が作業を始めたら、私達は解散なんですか?」

「いや、そうでもなかろう。リ級さん」

「ン?」

「まだ深海棲艦自体は居るんでしょ?」

「勿論。最大派閥ノ駆逐隊ハ健在ダシ、小軍閥モ沢山居ルシ」

ル級が言葉を継いだ。

「他ノ海域カラ来ル深海棲艦モ居ル」

「私達ガ全員居ナクナッテモ、コノ海域デ大体4割位ダ」

「わお」

「小軍閥は特に動向が見えないから、実際は3割位かもね」

「と、いうわけだ。だから全然希望者が途絶える事はなかろうし、窓口は開けておきたい」

「なるほど」

「まぁ、艦娘に戻りたいって子は東雲と睦月に任せても良いかもね」

「探索作業がなくなるのは楽になって嬉しいです!」

「とすると、夕張のデータはお役御免って事かしら?」

「うっ」

提督が肩をすくめた。

「直近では無くなるかもな。一旦整理して、必要な時に取り出せるようにしたらどうかな?」

鳥海が眼鏡をきらりと光らせて薄く笑うと

「HDDの中のお片付けですね・・頑張りましょうねぇ」

「ちょ、鳥海さんの笑顔が怖い・・・怖すぎる・・・」

「やっと解ってくれたね夕張ちゃん」

「うん、解ったよ島風ちゃん」

手を取り合って震える二人を尻目に、提督は鳥海達を向くと

「引き続き、この二人の面倒を見てやって欲しい。頼む」

「お任せください!」

「継続ってんなら気合入れてカレー作らないとな!」

「摩耶、意外とカレー小屋気に入ってるのか?」

「まぁな。愛着のある職場って奴だ!」

提督はにっこり笑うと

「ありがとう。引き続きよろしく頼む」

と言った。

「ソレデ提督、一度ニ引キ渡ス数ト搬入日ハ?」

「そうだね、搬入は水曜で良いよ。丁度東雲ちゃんの打ち合わせがなくなるだろ?」

「デスネ。こちらも都合が良いです」

「引渡しについては・・・高雄」

「はい」

「研究班で窓口やるとしたら、どのくらいなら可能だい?」

「そうですね・・一度に大勢というよりはコンスタントに少数が良いでしょうね」

「例えば?」

「水曜と金曜を除く平日の朝、桟橋の所で6体ずつ。数は睦月ちゃん達の疲れ具合を見ながら加減するわ」

「どうかな?」

「ソウネ。最初カラ大勢ヲ渡シテモソチラガ困ルダロウッテ思ッテタシ」

「最初ハソレクライダロウナ」

「ジャア戦艦隊ト整備隊デ3体ズツデ良イカシラ?」

「整備隊カラ先ニ初メテモ良イゾ?コノ件デハ世話ニナッタシ」

「ウウン。レ級ノアドバイスガ無カッタラマダ四苦八苦シテタト思ウワ。ダカラ貸シ借リ無シヨ」

「解ッタ。ソウイエバレ級ハドウシテルンダ?」

「加古かい?うちには元々古鷹が居るし、加古は建造出来てなかったから姉妹仲良く働いてもらう事になったよ」

「ソウカ」

「ソレハ何ヨリダ」

「しかし、毎日6体ずつ400体となると、本格的に派遣や移籍を恒常化させんといかんなあ」

「ソウダナ」

「まぁ、その辺は大本営と話すよ。とりあえず、まずはそんな感じで動き出そうじゃないか」

「ジャア、来週ノ月曜カラヨロシク頼ム」

「よし!じゃあ艦娘化第2弾、始動だな!皆、よろしく頼む!」

「はいっ!」

 

 

11月13日午後 大本営通信棟

 

「よ、400体の艦娘化・・・だと?」

「はい。ですから異動を計画的に行う必要が出てきました」

中将は提督の報告を聞いて絶句した。

深海棲艦の中で艦娘に戻ることを希望している者が居るというのは知っていた。

しかし、そんなに都合の良い展開は少数で留まるだろうと勝手に思い込んでいたのである。

それが3体の成功例が流れただけで400体もの希望者が並んだ。

中将はぽつりと言った。

「そんなに、艦娘に戻りたがっていたんだな・・・」

提督も顔を曇らせると、

「そうですね。我々は今まで、そんな願いがあるとは全く知らなかった」

「だが、知ってしまった以上は、叶えてやりたい。いや、叶えなくてはならんな」

「はい」

「解った。提督、艦娘に戻す事に成功し、異動の準備が出来た子は全員こちらに送りなさい」

「教育も含めて準備完了という事ですね?」

「うむ。ただ、経験があり、教育が不要という場合は強制はしない」

「解りました。あと、1つ報告が」

「なんだ?」

「その中に、我が鎮守府で轟沈させた子が1人居ます」

「なんと・・・」

「その子は、うちで引き取って良いでしょうか?」

「勿論だ。ああそう、他にも提督が引き取りたい子が居るなら引き取って良い。差配は一任する」

「ご配慮感謝します」

「うむ。それにしても、そんな大量の深海棲艦を艦娘にどうやって戻すんだ?」

「それにつきましては・・・・」

提督は東雲と睦月の話をした。

「そうか。あの虐待を受けていた睦月君がそこまで成長したか」

「はい」

「それに、鎮守府ごと焼け出された妖精が深海棲艦の生みの親とはな・・・」

「ええ」

「どちらも不幸な経緯を背負っているな。最大限の配慮をしてやりなさい」

「はい。あと、戻す作業で弾薬と鋼材が必要なのですが、特に弾薬が不足してまして」

「ふむ。必要量を言ってきなさい。定期船で運ばせよう」

「助かります。深海棲艦側も鋼材やボーキサイトを持って来てくれる事にはなったのですが」

「なにっ!?」

「えっと・・・何か?」

「し、深海棲艦が・・・艦娘に戻る為の鋼材を補助してくれるのか?」

「ええ、何でも頼みっぱなしは嫌だと言いまして」

中将は額に手をやった。頭の中で深海棲艦の定義がどんどん崩れていく。

「提督」

「は、はい」

「どこまで深海棲艦と仲良くなってるのかね・・・」

「とはいっても、協力者は固定してますし、その協力者も今回の作戦で全員艦娘になってしまいます」

「うむ」

「そして400体を艦娘に戻してもなお、この海域だけで3割にしかならないといいます」

中将はごくりとつばを飲み込んだ

「そ、その海域だけで、まだ800体以上居るというのか」

「残念ながら」

中将はくらくらしてきた。殲滅なんて先のまた先の話ではないか。

「ですから、今後も協力してくれる者には全面的に支援していかねばならないと思っております」

「そうだな。まぁ、信じてはいるが、提督」

「はい」

「君が深海棲艦の側になって我々と敵対するなよ・・・頼むぞ」

「ご心配なく。私は中将へのご恩を忘れてはおりませんので」

「ありがとう。では、異動希望数が解ったらまた連絡してくれ。手続きは開始しておく」

「それでは」

ぷつりとスイッチを切ると、中将は大和を振り返った。

「400体、か」

「毎日の建造数を考えれば充分紛れ込ませられる数字です」

「その通りだ。逆を言えば、それに見合うほど轟沈した艦娘が居るということだ」

「総数はあまり増えていませんからね・・・」

「艦娘が轟沈することの無いよう徹底することが、実は終結への早道なのかもしれんな」

「策の1つとして有効だとは思いますが、既に沈んだ者達も沢山居りますので」

「その子達を全て提督が拾えるとも思えんしなあ」

「出会ってくれれば良いとは思いますけどね」

「・・・とりあえず、手続きを頼むよ大和」

「お任せください」

中将は窓から外を眺めた。

深海棲艦。最初に誰がそうなり、何故ここまで戦火が拡大してしまったのか。

何となく予感めいたモノの中で一番悪いシナリオが、正解と言われつつある気がする。

人間が船を、いや船魂を、成仏出来ない程の怨嗟で水底に引きずり込まなければ。

そんなに恨ませたのは、つまるところ、人間同士の裏切りや敵対だ。

艦娘はありとあらゆる意味で被害者ではないか。

中将がいつになく遠い目で窓の外を見ているのに気づき、大和が声をかけた。

「大丈夫ですか、中将?」

「あぁ、大和。大丈夫だ。大丈夫。」

「そうですか・・・」

「・・・大和」

「は、はい?」

「船魂として、大和として呼ばれるのは、戦うのは、辛くないか?」

大和は意図を考える為に少し言葉を切ったが、やがて

「物として生まれ、魂が宿るほどに丁寧に作られた事には感謝してますよ」

「うむ」

「そして、その目的がたまたま敵国の艦隊と戦う為だった」

「うむ」

「私自身は敵国にも艦隊にも何の恨みもありません。けれど、作ってくださった方が望まれるのですから」

「その結果、怨念によって海底に引きずり込まれてもかね?」

「そこに関しては、やっぱり嫌ですよ。正直に言えば」

「そうだろうな」

「でも、元々船として作って頂けなければ、私は魂としてこの世に来る事も出来なかったんです」

「・・・。」

「役割を全うし、正々堂々戦って轟沈するなら本望ですよ。」

「そうかね?客船とか、戦艦以外の船の方が良かったのではないかね?」

大和はくすっと笑うと、

「戦艦だからこそ、降りかかる火の粉を自ら払い、仲間を助けられます」

「・・・・。」

「平和な世の中の客船なら、それはそれで良いですけどね」

「いつかこの戦いが終わったら、豪華客船に改造してやろう。約束だ」

「あら、良いですね。楽しみにしています」

「すまんな大和。つまらない弱音を吐いてしまった」

「いいえ。中将の優しいお気持ち、嬉しかったです。では、手続きしてきますね」

「うむ」

大和の後姿を見ながら、中将は紙巻煙草に火をつけた。

この事を考え出すと、どうしても禁煙が出来ん。弱いものだな。

 



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file74:姫ノ島(1)

●作者からのお知らせ●

これから記す姫の島シリーズは戦闘による残酷な描写が出てきます。
そういうのパスという方はシリーズが終わった次からご覧ください。

お知らせでした。



 

11月24日昼 大本営

 

「・・・一体何があったと言うんだ」

中将は各班から上げられた信じがたい報告に頭を掻きむしった。

数日前から、遠征に出かけた艦娘が帰って来ないという鎮守府からの悲鳴が大本営に集まりだした。

消息不明となった海域に大本営所属の駆逐艦を送って捜索したが、そこには海原があるばかり。

事態を重く見た大本営は捜索隊に彩雲を満載した空母を編入、飛行限界距離まで広域探査を命じた。

やがて、その1機から、

「し、島が・・海上を・・航行している・・ありえない・・・」

という奇妙な連絡を送ってきた直後に消息を絶った。

大本営は敵方の大型空母と判断。

直ちに近隣の鎮守府から艦爆300機、空母6隻、戦艦3隻、重巡10隻の大編成を送り込んだ。

しかし、海面を漂う彩雲の主翼の片側が見つかった以外は、空母どころか深海棲艦の1体も居なかった。

持ち帰った主翼は穴だらけだった。

中将に報告に来た分析班長は、ビニール袋に入った弾を1つ、中将に手渡した。

「主翼の桁に食い込んでいた弾頭です」

「重いな・・」

「これが主翼1枚に62箇所も撃ち込まれ、ほぼ全弾貫通していました。翼は一瞬で揚力を失ったでしょう」

「・・・」

「命中率と彩雲の回避能力を考えれば地上から数十基で一斉射されたとしか思えません。機銃ではありえない」

「・・・」

「彩雲の乗務員は最後に、島があると言っていたそうですね」

「・・ああ」

「それが事実なのでしょう。とてつもなく重武装で、移動する、島。」

「あ、ありえないだろう・・・」

「しかし、それしか考えられない。新手の深海棲艦かもしれません」

「浮砲台どころじゃないぞ」

「史実にある、要塞か、それ以上かもしれません」

中将はごくりと唾を飲み込んだ。

「これから大将に報告する。君も来てくれ」

「はっ!」

 

 

11月24日夕方 某辺境海域

 

「フンフーン」

海底に横たわったまま、ヨ級は大好きな昼寝に興じていた。

このヨ級はカ級と2体で一緒に行動していた。最小単位の軍閥と言っても良い。

海域で資源が豊富なエリアは強い深海棲艦がひしめいており、当然資源争いが活発に行われている。

この2体は考えた結果、海域の中でも辺境といわれる最も資源の少ない所に腰を据えた。

資源が少なければ元々やってくる深海棲艦も居らず、来たとしてもすぐに補給が切れて長期的な争いにならない。

そして、迷い込むタンカーや鋼材運搬船の周りを遠距離狙撃し、慌てて逃げる際に落とす僅かな資源を拾う。

潜水艦が極めて資源消費が少なく、2体しか居ないからこそ出来る生き方であった。

「ネェ、変ナ音シナイ?」

近くで寝そべっていたカ級が声をかけた。確かに小さな地響きがする。

ヨ級は音が来る方にソナーを打った。やけに質量が大きい。しかも近づいて来ている。

カ級と顔を見合わせ、ソナー発信地から離れると、海底の丈夫な洞穴の陰に身を隠す。

地震だとすれば激しい水流が来た時にしがみ付ける物が要るし、巨大な敵なら戦いになるのは御免だ。

そして様子を伺っていた2体は悲鳴をあげそうになり、すんでの所で互いの口を押さえた。

かつて見た事が無い程の巨大な物体がずるずると海面を通過していく。

少なくとも船舶と呼べる大きさではない。まるで、そう、島のようだ。

だが、海底からも見える兵装や発している光が深海棲艦である事を示していた。

通り過ぎて十分な時間が経ってから、二人はそっと手を放した。

「ナ、ナア、アレハナンダッタンダ?」

「解ラナイケド、アンナ大キイノ見タ事ナイヨ」

「カ、海上ハ、ドウナッテルンダロウ?」

「止メナヨ。見ツカッタラ洒落ニナラナイカモヨ?」

それでもヨ級は恐怖に興味が勝った。

不安そうに見上げるカ級を置き、ヨ級は潜望鏡を目一杯伸ばし、先端をギリギリ海面に出した。

見えた映像が一瞬理解出来なかったが、理解するとそのままの格好で沈んできた。

「ド、ドウシタノヨ?大丈夫?」

カ級がそっと声をかけ、肩に手を置くと、ヨ級がガタガタと震えているのに気が付いた。

「ア、エ、エエトネ」

「ウン」

「軍基地ガソノママ、深海棲艦ニナッテル」

「ハ?」

「ナ、何テ言エバ良イカ解ンナイケド、本当ニ、丸ゴト」

「ジャア港トカ鎮守府トカガアルノ?」

「滑走路モアッタ」

「冗談デショ!」

「ホントダッテ!見テキタラ良イジャン!」

「嫌ヨ!気付カレタラドウスルノヨ!」

バシャシャシャシャ!

何かが海水を叩く音がした。

顔を上げた二体が見た物は、通り過ぎる爆撃機の影と、迫り来る多数の爆雷だった。

 

「爆撃機275ヨリ姫ヘ、海底ニ居タ深海棲艦2体ヲ処理」

「ゴ苦労様。モウ少シ捜索シテ、他ニ居ナケレバ戻ッテラッシャイ」

「ハイ」

通信を終えると人影が立ち上がり、部屋の窓から外を眺めた。間もなく日が沈む。

かつて、ある島に、1つの港湾基地と建設中の飛行場があった。

しかし、深海棲艦と艦娘が島全域で壮絶な戦いを行った結果、島は丸ごと火の海に包まれた。

港湾基地と飛行場に居た妖精達は逃げ場を失い、巻き込まれて死ぬ事に怒り狂った。

怨念はかつての島、施設、妖精達、そして1体の深海棲艦として具現化した。

深海棲艦は妖精達から姫と呼ばれた。

島は姫の気の向くままに彷徨った。

先程通信してきた爆撃機が帰還し、格納庫で給油と整備が開始された。

厚いコンクリート製の格納庫には偵察機から大型爆撃機まで様々な機体が所狭しと並んでいた。

基地の周囲には、かつて島にあった木々に代わって高射砲や大砲が林立していた。

水中にも地上にも数多くの電探が設置され、常時動いていた。

島に居る妖精達は金色に輝き、たった1つの目的の為に昼夜問わず働いていた。

艦娘も深海棲艦も、我々を無差別に攻撃した敵。存在する一切を焼き払う。

タタタタタタ・・・

島の北側に設置した高射砲の一部が空の1点に向かって撃ち始め、程なく止んだ。

姫は見向きもしなかった。自動攻撃ユニットが撃ち漏らす筈もない。

通信が入った。

「偵察機1機ヲ撃墜。元艦ヲ攻撃シマスカ?」

丁度、水平線に日が沈み、急速に暗くなる時だった。

姫はニヤリと笑うと、通信に答えた。

「確認ガ居ルノ?今ハ逢魔ガ時。地獄ノ釜ニ放リ込ンデアゲナサイ」

「ハハッ!」

唸るように低い音で重々しく飛び立つ大型爆撃機とキーンという高い音を立てる攻撃機が3機。

4機を1つとする数編隊が次々と滑走路から飛び立っていった。

 

 




ここで出てくるモンスターは、「離島棲鬼」をベースにした「離島棲姫」とでも言えば良いでしょうか。
完全に架空の存在です。良いですか、架空の存在ですからね。
もしここ見てても本当に作らないでくださいね運営さん!
春イベだって資源不足でE2終わらなかったんですから!

というメタ情報。


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file75:姫ノ島(2)

11月24日夜 某海域 駆逐隊本拠地

 

「フザケンナヨ!ドコノドイツダヨ!」

珍しく言葉を荒げたボスであるロ級の態度に、報告に来たチ級は後ずさった。

遠征の帰りに艦娘の一行と接触・交戦し、軽く撃退したflagshipの軽母ヌ級が、

「変ナ艦船ガ居ル」

と言って偵察機を飛ばしたが程なく撃墜された上、多数の航空攻撃を受け、

「皆!水中ニ逃ゲテ!僕ハ無理ダ!振リキレナイ!ウワアアアア!!」

という通信を最後に轟沈してしまったのである。

更に僚艦達は全速力で海中に逃げたにも拘らず、大型爆雷の連続攻撃を浴びて轟沈したというのだ。

このヌ級はロ級と古くから駆逐隊を率いた、ロ級の一番の理解者であり戦友だった。

ヌ級が、精鋭艦隊が、通常の艦娘との戦いではありえない程の猛攻撃を受けて消滅してしまったのである。

「カ、艦娘ガ、ココマデ執念深ク攻撃スルトハ思エマセン」

チ級はゆっくり、そっと説明していった。

「マタ、モンスターガ出タ可能性ガアリマス」

ロ級は怒りの表情から絶望の表情に変わった。

「ウソ・・ダロ・・・」

しかし、ロ級は言葉と裏腹に、それしか考えられないという結論に達していた。

長年ロ級が深海棲艦として轟沈せずに生きてこられた理由の1つに、冷静な戦況判断能力があった。

あくまでも勝てる戦を仕掛け、負け戦はどんな手を使ってでも逃げる。

負け戦の代表格がモンスター、つまり規格外深海棲艦との交戦だった。

過去、規格外に強い深海棲艦は少数だが、数えるほどには出現した事があった。

自ら深海棲艦を生み出し、大部隊を形成し、勝手になわばりを作るモンスター。

たまたま選ばれた海域に住んでいた深海棲艦は着の身着のまま海域を逃げ出すしかなかった。

ロ級も過去、モンスターが出た海域に居た事があった。

ヌ級の知らせに全速力で逃げだし、途中、疲れて動けないというヌ級を懸命に曳航して難を逃れた。

文字通り手を取り合って生きてきた戦友を殺したのがよりによってモンスターだというのか。

セオリーに従えば、ここに留まるのも危険だった。

モンスターは血に飢えてるから群れの臭いをかぎつけてくる。

部下が大勢居るゆえに命令が達しにくく、計画外行動には鈍くなる。

速やかに指示を発し、海域を捨て、遠くに逃げねばならない。

 

しかし。

 

ロ級はギュッと目を瞑った。

このまま一番の戦友を葬った奴を放っておくのか?

逃げて、逃げた先で自分を許せるか?

 

ダ チ ヲ 殺 シ タ 奴 ヲ 逃 ス ノ カ ?

 

硬直するチ級に、3回深呼吸したロ級は、伝えた。

「私ハ、モンスターヲ討チニ行ク」

「ハイ!?」

「皆ニ死ネトハ言エナイケド、ヌ級ノ敵討チヲ手伝ッテクレル子ガ居ルナラ、広場ニ集マッテト言ッテ」

「ハ、ハイ」

「他ノ子ハ5分以内ニ発チ、コノ海域ヲ捨テテ外ニ出テ、1ヶ月ハ戻ルナト言ッテ」

「5分!?」

「チ級」

「ハイ」

「君ガ脱出組ヲ率イテ。密集スルト一気ニヤラレル。出来ルダケ艦同士距離ヲ取ッテ海底ヲ進ムンダ」

「ボ、ボス・・・」

「折角補給隊カラ帰ッテ来テクレタノニ、オ別レダネ。君ハ友人ダカラ生キテ欲シイ。楽シカッタヨ」

「・・・」

「サァ、早ク行ケ!モンスターハ絶対ニ情ケ容赦シナイカラ!」

「ミ、皆ニ伝エマス!」

 

 

同じ頃。

 

リ級を護衛しながら整備隊本拠地に向かっていたタ級達護衛班は、水底に真新しい破壊の痕跡を見つけた。

まるでクレーターのようにそこ一体だけが抉れており、威力の凄まじさを物語っていた。

海底資源採掘でもこんなに破壊しないなと眺めていると、ゴトリと岩が動いた。

「仲間カモ、シレナイワネ」

そう言ったリ級に頷くと、タ級達は岩をどかし、救助作業に入った。

しばらくして一体のカ級が見つかったが、酷い怪我を負っていた。

リ級が抱きかかえ、タ級が応急キットを取り出そうとした時、カ級が微かに目を開けた。

「シ・・シマ・・・」

「ナニ?」

「巨大ナ、島ノ、深海・・・棲艦・・・」

「・・・・」

「ト、遠クカラ、潜望鏡デ・・見タダケデ・・・空爆・・・」

そこまで言うと、カ級の目から光が消え、体が光に包まれると、跡形も無く姿を消した。

リ級はいつに無く険しい表情をしていた。護衛班は言葉を待った。

「・・・タ級」

「ハイ」

「全隊員ニ緊急警報。大至急鎮守府ヘ全員移動。出来ルダケ海底ヲ経由セヨ。装備ハ捨テロ」

「エ?」

「道スガラ説明スル。トニカク緊急警報ヲ!」

「ハイ!」

こんな怖い表情のリ級を初めて見るとタ級は思った。

実際目の前には恐るべき爆撃跡があり、深海棲艦の轟沈を見た以上、ただ事ではない。

「コッチヨ!」

リ級が案内する海底をタ級達は付き従った。

海中を航行する方が速いのに、何故走るのだろう?

 

 

少し後、再び駆逐隊の本拠地。

 

「チャント言ッタノカ?ソレニ、何デココニ居ル」

ロ級は広場に居るチ級を咎めた。一刻も早く離脱しろと言ったのに何をぐずぐずしている。

さらには駆逐隊ほぼ全員が広場に居る。正確に言えば広場に入りきっていない。

「モチロンデス、ボス」

チ級が頷いた。

「ボスヲ見捨テテ何ガ部下デスカ」

イ級が進み出た。

「私ハ大破シタ時、ボスニ助ケテモラッタ。恩返シスル!」

「ヌ級ノオカゲデ何度モ命ヲ救ワレタ!」

「ヌ級ハ優シカッタ!」

「駆逐隊ガアッタカラ軍閥争イニ巻キ込マレナカッタ!」

「モンスターガ何ダ!俺達ハ駆逐隊ダ!全テ駆逐スルンダ!」

「皆、殺ルゾ!ヌ級ノ敵討チダ!」

「オオオオオオオオ!」

地を震わせるような皆の叫びに、チ級は肩をすくめながら言った。

「ト、皆ガ言ッテ、誰モ行カナクテ。勿論私モ」

ロ級は溜息をついた。我が隊員ながらなんて血の気の多い奴等だ。知っていたけど。

顔を上げたロ級を、600を超える隊員達がまっすぐに見ていた。誰にも迷いは無い。

ロ級は顔を歪めた。誰も生き残れないかもしれない。本当に死地に導いて良いのか?

だが、それでも。

一瞬、脳裏にヌ級の怒った顔がよぎった。

お前なら逃げろって言うよな。解ってる。でもお前の居ない海底なんてつまらないんだよ。

ロ級は口を開いた。

「ヨシ、コノ戦イハ数ガ勝負ダ。今晩軍閥ドモニ声ヲカケロ。全備蓄資源ヲ使ッテ傭兵ヲ雇ウ」

隊員達はざわめいた。今までそんな手を使ったことが無かったからだ。

「ソシテ傭兵ト共ニ全隊員デ総攻撃ヲカケル。チャンスハ1回ダケダ。」

「駆逐隊ノ名ニカケテ、化ケ物ヲ仕留メテヤロウジャナイカ」

「ヨシ!各班資源ヲ持ッテ軍閥ヲ当タレ!明朝6時ニ集合ダ!」

ざっと隊員達が敬礼した。

ロ級は苦虫を噛み潰したような表情をした。

あの二人がこの特攻作戦に応じるとは思えないが、今生の別れだ。連絡はしてやるか。

 

 




誤字1箇所訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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file76:姫ノ島(3)

11月24日深夜 某海域 戦艦隊本拠地

 

「ナ、ナニソレ!冗談ジャナイワ!」

ボスのル級に至急会いたいと、リ級達が駆け込んできたのは、真夜中といって良い時間だった。

資源掘削で疲れている隊員達はすやすやと眠っていて起きもしない。

連日、順番に鎮守府に送り届けていたが、艦娘化はまだ緒に着いたばかり。

最後の隊員と一緒に艦娘に戻るのは1年先か、でも確実に戻れるから良いと思っていた。

しかし、息を切らして駆け込んできたリ級達から聞かされた、モンスターの存在。

それが場合によってはここに、そして鎮守府に達する可能性があるという。

「トニカク、一刻モ早ク、コノ海域カラ逃ゲナキャダメ。提督達モ危ナイワ」

「解ッタ。隊員達ニ緊急警報ヲ出スワ」

そこに。

「二人トモ、頼ミガアル」

声の方を振り向くと、ロ級が立っていた。

「一番ノ親友ガ、殺サレタ。コンナ事ヲ言エタ義理ジャナイガ、仇討チヲ助ケテクレナイカ?」

リ級がロ級に質した。

「アンタ、マサカ、モンスターニ一戦交エルツモリ?」

「ソウダ」

「全隊員ヲ殺スツモリナノ?正気?」

「ヌ級ダッテソウ言ウト思ウ。デモ、ヌ級ノ仇ヲ取リタインダ。ドウシテモ!」

ル級はロ級がぼろぼろと涙を流してる事に気がついた。

「一番ノ親友ッテ、言ッテタワネ」

「アア」

「・・・・考エガアル。チョット待テル?」

「チョットッテ、ドレクライダ?」

「数日ッテトコ。モチロン無駄死ニハサセナイ」

「ナァ、相手ガ成長スル前ニ叩カネバ勝ツチャンスハ下ガル。数日ハ致命的カモシレンゾ?」

「ソレデモ、カカルカラ」

リ級は話が飲み込めないという様子でル級を見た。

「ル級?アンタ、提督ニ何テ言ウツモリ?確実ニ死ヌワヨ?」

ル級はニヤリと笑った。

「コノ影響ハ、私達ダケジャ無イ筈ヨ。ロ級。オ願イダカラ私ニ預ケテ」

ロ級は迷ったが、戦艦隊員150体の存在は余りにも大きかった。

「・・・解ッタ。デモ、出来ルダケ早クシテクレ」

「ジャア、駆逐隊隊員モ鎮守府ニ来テ。攻撃シチャダメヨ?」

「ハア?艦娘ガ協力シテクレルワケナイジャナイカ。余計ナ被害ガ出ルダケダ」

「アノ鎮守府ダケハ別ナノヨ。隊員達ハイツ揃ウノ?」

「明朝6時ニ招集ヲカケテアルガ・・・」

「揃ッタラ一旦ココニ来テ。皆デ行キマショウ」

そこでリ級が声を上げた。

「アマリ群レテ行動スルノハ危ナイワヨ」

「ソウナノ?ウーン」

リ級が溜息をついた。

「解ッタワ。私達ガ駆逐隊ヲ鎮守府マデ誘導スルカラ、戦艦隊ハオ願イネ」

ロ級がリ級を見た。

「オ前モ協力シテクレルノカ?」

リ級はふんと鼻を鳴らした。

「ル級ノ為ヨ、ル級ノ」

ロ級もふふんと鼻を鳴らした。

「アッソウ。ジャア私モル級ノツイデニリ級ニ力ヲ借リルヨ」

ル級とタ級は溜息をついた。

この二人が揃うといつもこうだ。根っから憎んでる訳ではないようなのだが。

 

 

同時刻 鎮守府通信棟

 

「彩雲を木っ端微塵にし、艦隊が非常警報も発信出来ないほど短時間で轟沈させられた、というんですか?」

大本営からの緊急通信との連絡を受けた提督は長門を連れて通信棟に入り、中将から驚愕の事実を知らされた。

「そして非常に悪い事に、襲撃された時間軸を辿ると、敵は君の海域に向かっている可能性が高い」

「それは、深海棲艦なんですか?」

「解らない。言える事は彩雲のパイロットが言い残した、航行する島、という事だけだ」

「航行する、島・・・」

「とにかく、君の鎮守府に緊急撤退命令をかける」

「え?撤退するんですか?」

「一時の間だ」

「し、しかし、軍が逃げては・・・」

「守るべき市民が居るなら別だが元々無人島だろう?君を失うわけにはいかない。帰って来るんだ」

「いつです?」

「明朝0800時には出立したまえ・・・んお?」

「どうしました?」

「提督、聞こえる?五十鈴よ」

「はい、聞こえます」

「情報が少なすぎるんだけど、可能性としては伝承にある鬼姫の可能性が高いわ」

「鬼姫?」

「極端に強い大型の深海棲艦、といえば良いかしら。つまり1鎮守府じゃ到底太刀打ち出来ないって事」

「・・・・。」

「今、こちらで攻撃体制を整えてるの。隣接海域の鎮守府から報酬付きで討伐命令を出す予定よ」

「ならばうちの鎮守府を前線基地にしてはどうです?」

「他の鎮守府からそこに行くのに後3日はかかるわ。その間に攻撃されたら一瞬で灰よ。言う事を聞いて。」

「な、ならば、旧鎮守府はどうでしょう?」

「旧?」

「そうです。元の鎮守府があったところに、建物だけ建てるのは短時間で出来ます」

「うーん・・まぁ遠くなるといえばそうだけど・・大本営との中間位だし・・・」

「お願いします。見捨てたくないんです」

「何を?」

「我々を信じてくれている、深海棲艦達をです」

「提督、艦娘の身の安全の確保が最優先だぞ」

「そ、それは・・・その通りですが・・・」

中将は溜息をつくと、

「解った。ならばまずは旧鎮守府へ避難しなさい。」

「はっ、はい」

「旧鎮守府近海では、他の鎮守府からの偵察機も含めて、索敵を常時行う」

「はい」

「もし鬼姫が出没したら、その時は大本営に来てもらう。良いね?」

「ありがとうございます」

「あっきれた。本当に中将は提督に甘いのね」

「例の、君の鎮守府に居た子の事が気がかりなんだろ?」

「はい・・・」

「会えると良いな。我々も最大限早く体制を整える。必ず討伐隊が行くまで持ちこたえろ。命令だ」

「解りました!」

スイッチを切ると提督は長門に全艦娘非常召集命令をかけさせ、工廠長に連絡を入れた。

今から全力で準備しても、命令通り0800時の出発が限界だろう。

 

 

11月25日0700時 鎮守府工廠前の浜辺

 

「後どれくらいだ?」

「9割完了という所だ。補給を完全に行いたい」

「勿論だ」

提督は長門と指揮を執っていた。特に受講生の艦娘達は不安げな表情を隠そうともしない。

そこに。

「なっ、何あれ!」

「きゃああああ!」

提督と長門が振り返ると、夥しい数の深海棲艦達が一斉に浮上してくるところだった。

「提督!隠れろ!」

庇おうとする長門を提督は制した。

「待て!陸奥だ!全員砲撃するな!停止!」

 

「なるほど、皆で逃げてきたんだな。良い判断だ」

「モウ少シ遅カッタラ、スレ違イニナルトコロダッタナ」

「間に合って良かったよ」

「急ニ大勢デ来テシマッテスマナイ」

「緊急事態なんだ、仕方ないさ」

ロ級や駆逐隊の隊員達はぽかんとした表情でやり取りを見ていた。

リ級やル級は普通に接しているが、あれ、鎮守府の提督と艦娘だよな?

どういう関係なんだ?敵じゃないのか?

「じゃあ、旧鎮守府に移動する。工廠長!」

「なんじゃ?」

「申し訳ないけど、旧鎮守府に着いたら至急・・・」

「建物を建てるだけならあっという間じゃよ。任せておけ。さっさと行こう」

「解った。長門!」

「良いぞ!全艦補給が済んだ!」

「よし!それでは全体移動開始!」

 

こうして世にも奇妙な、艦娘と深海棲艦の大集団は、一路旧鎮守府を目指して出航したのである。




カナ違いを直しました。毎度すいません。
さらに誤字までありました。ほんとにすいません。


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file77:姫ノ島(4)

 

11月25日午後 旧鎮守府跡地

 

「偵察機による探査完了、異常反応なし。球磨、多摩、上陸開始して」

「了解」

山城の指示に応えた球磨と多摩はかつての鎮守府に素早く上陸していった。

集中砲撃を受けてから時間が経過した旧鎮守府は、すっかり草が生い茂る荒れ地と化していた。

ゆえに無いだろうとは思いつつも、念の為索敵をかけたのである。

提督は工廠長を見た。

「ほぼ更地というか荒れ地だが、どれくらい建物が建てられるかな?」

「残っている基礎次第だが、最悪は平屋だけじゃろう。しかし本当に跡形も無くなったのう」

二人の会話を隅の方で聞いていたル級がそっと近寄ってくると

「ゴメンナサイ」

と謝った。

「まぁ、誰も怪我しなくて良かったよ」

「もし鎮守府に妖精達が居たら恐ろしい事になったかもしれん。良かったのう」

「どういう事です?」

工廠長は遠い目をしながら言った。

「伝承では、昔現れた鬼姫は殺された妖精達の強い怨念から生み出されたと記されておる」

「・・・」

「そして、東雲が戻した艦娘の話を聞くと、轟沈時に強く怨念を持つ者ほど強力な深海棲艦になっておる」

「艦娘の頃の艦種と深海棲艦での艦種が異なっているのは恨みの強さでしたか」

「うむ。鬼姫の伝承と符合する所があるじゃろ」

「そうですね」

「陸奥がル級になったのも、私に対する強い怨念があったからだろうしな」

「・・・当時ハネ。戦イデ沈ムノハ覚悟シテタケド、ソレデモ諦メキレナカッタ」

「覚悟のある1人の艦娘でもそうなのじゃから、攻撃されるとは思ってない妖精なら尚更じゃろうよ」

「・・・」

「わしは、妖精こそ最も大切に扱うべきものじゃと思っておるよ」

「そうですね。色々当たり前と思っていますが、妖精達が協力してくれるからこそ成り立っている」

「うむ。それに・・」

「それに?」

「世界一可愛いしの」

提督とル級がずずっとつんのめった所に、通信が入ってきた。

「こちら球磨、東エリアの索敵完了。誰も居ないと言うか・・・単なる野原だクマ」

「多摩、西エリア探索完了。敵は居ないにゃ。こっちは地面がぼっこぼこで歩きにくいにゃ。」

工廠長は顔をしかめた。

「基礎も絶望的かもしれんのう」

「よし、上陸を開始する。工廠長の指示に従って再建作業を手伝うぞ!」

 

 

 

11月25日夕刻 仮設鎮守府

 

「いや、ほんと、人手が沢山あって良かったよ」

「人というか、ほとんど深海棲艦じゃがの」

報告の通り、地面は砲撃によって凹凸が激しかった。

工廠長が急遽土木作業用の道具を作り、全員で地ならしを実施。

妖精達のお墨付きをもらった後、工廠長が仮設の鎮守府を作ったのである。

提督はロ級を向いて言った。

「作業の協力に感謝します。おかげで日暮れに間に合いました。ありがとう」

ロ級はついっと横を向きながら

「ヌ級ノ敵討チニ必要ダカラ、手伝ッタダケダ・・・」

と言った。

「さて。鳳翔さん、間宮さん」

「はい」

「夕食は作れそうかな?あと、今後の食糧計画は」

「調理器具も材料も揃っているので大丈夫ですが、ただ」

「ただ?」

「元の鎮守府で想定していた規模の15倍近い状態なので、全員が一同に食事をするのは無理です」

「おおう」

「あと、鎮守府には1年分の備蓄がありましたが、それを駆使しても1ヶ月もちません」

「・・・おおお・・」

「あまり時間は、残されていませんね」

ロ級が口を開いた。

「イヤ、1ヶ月モ費ヤシタラ、取リ返シガツカナクナル」

リ級が頷いた。

「ソウネ。ロ級ノ言ウトオリ、1ヶ月後ナンテ想像モシタクナイワ」

提督はリ級に聞いた。

「どういう事だい?」

「私達ハ、アノ敵ヲモンスタート呼ンデイルケレド、過去ニ出タモンスターハ、必ズ成長シテタノ」

「成長?」

「エエ。現時点デ誕生カラドレダケ時間ガ経ッテイルカ解ラナイケド、時間ガ経ツホド・・・」

ロ級が言葉を継いだ。

「攻撃モ防御モ強クナル。部下ヲ増ヤス場合ガアル」

「モ、モンスターは、部下も作れるのか?」

「ソウ。ダカラ出来ルダケ早ク、ソレモ1回デ仕留メタイ。」

「出し惜しみをすれば手遅れになるという事か。よし、工廠長、通信施設は?」

「もう出来ておる、昔の位置じゃ」

「長門、ついてきてくれ」

「うむ」

 

「せ・・成長・・する?」

中将は提督の報告を聞き、やっとの思いで答えた。

今時点でさえ遠征に出かけた艦隊が丸ごと消し飛ばされる程の強さなのに、更に強くなる?

五十鈴がマイクを取った。

「提督、五十鈴よ」

「聞こえてます」

「史実でも鬼姫討伐に出た艦娘達は、夥しい深海棲艦と戦い、雲を突くような本体の姿に足が震えたとあるわ」

「・・・」

「現在が移動する島、という事は既に成長しているのでしょうけど」

「まだ大きくなるって事ですね」

「可能性が高いわね。あと、今日の昼に索敵指令を発したのだけど・・・」

「はい」

通信機から一瞬の静寂の後

「提督、落ち着いて聞いてほしいのだが」

「なんでしょう?」

「鬼姫はソロル島近くの岩礁に、腰を落ち着けたようなのだよ」

提督も長門も絶句した。後半日遅かったら・・・

「逃げて正解だったでしょ?少しは感謝して欲しいわね」

「・・・ありがとうございます、五十鈴さん」

「そんなに落ち込んだ声を出さないで。とりあえず、相手の位置は今は掴めてる」

「充分に距離を取った海上6カ所から電探で確認し続けているから、動けばすぐに解る」

「敵は深海棲艦を従えてるのでしょうか?」

「いや、現時点で深海棲艦反応は鬼姫だけだ」

「支援はどうでしょう?」

「それが・・な・・・」

「遠征組の被害があまりにも大きかったから、どの鎮守府も尻込みして手を上げようとしないの」

「大本営から君の鎮守府まで資源を搬送する護衛とか、兵装供与には多数手が上がってるんだが」

「・・中将、出来るだけ補給を大量にお願いします。少なくとも今頂いている分の15倍以上」

「君の所の艦娘はせいぜい60~70、受講生を入れても100という所だろう?」

「その通りです」

「今から慌てて艦娘を作ってもLV的に戦力にならんだろう?」

「・・・中将、ええと、落ち着いて聞いてください。」

 

「し、深海棲艦・・・1500体だと・・・」

「はい」

「それが、今回の討伐に手を貸すと言うのか?」

「はい」

「・・・資源は共通で良いのか?」

「確認したところ、合わない者もあるそうですが、各自加工出来るので平気だと」

中将は溜息をついた。

「・・・皮肉なものだ」

「と、仰いますと?」

「深海棲艦を討伐する為に用意した資源を深海棲艦が使い、鎮守府に代わって鬼姫を討伐するのか」

「あ、あの」

「うん?」

「私は人間ですし、長門達艦娘も居るのですが・・・」

「あ、いや、そうだな。すまん・・い、五十鈴!謝っておるではないか!すまん!悪かった!許せっ!」

「まったく・・・ごめんなさいねぇ。後でしっかりお仕置きしておくから」

長門と提督はごくりと唾を飲み込んだ。中将、御冥福を祈ります。

「ところで、それだけの大部隊だと、いつまで統率が取れるか解らないわね」

「そう思いますし、敵の成長を考えると、1ヶ月以内に決着しないとダメだと思います」

「理想は半月以内ね。必要な兵装を言って。最優先で送るわ」

「明日の午後にはとりまとめて送ります」

「了解よ。船団を仕立てておくわ。くれぐれも無茶はしないでね」

「はい。あと、作戦を立てる為、今までの消息不明の経緯や、探査結果を提供してもらえますか?」

「とりあえず食料を積んだ定期船を2時間後には出航させるから一緒に乗せるわ。明日の朝には届くと思う」

「助かります。それでは」

「御武運を」

 

「では、決まった事を皆に伝えようか。長門、しんどいだろうがもう少しだけ手伝ってくれ」

「解っている。作戦は明日、情報が届いてからだな」

「ああ。今日は夕食を取って、眠って、移動の疲れを癒そう」

「今朝の事が遠い昔に思えるな」

「全くだ」

提督と長門は視線を交わすと、ふふっと小さく笑った。

 

 



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file78:姫ノ島(5)

11月26日朝 ソロル付近の岩礁

 

「フーン」

探索班の妖精から、波が穏やかで手頃な岩礁があると聞いた姫は、自らの「島」を岩礁に上陸させた。

丁度背後にあるソロル本島が北からの海風を遮ってくれるので、浅い岩場と相まって非常に塩梅が良い。

ソロル本島に建物があったので調査兼掃討班を送ったが、誰一人居なかった。

それなら面倒も無いという事で、岩礁を拠点とする事にしたのである。

そして迎えた朝。

澄み渡る空が美しく明けていく様は、姫や妖精達に束の間の安らぎを与えた。

やがて明けきってからも、青い海と白い岩は楽園を思わせた。

北の凍てつく大地から数日をかけて南下してきて良かった。

姫は思った。ここで死ぬまで過ごすのも悪くない。

 

 

11月26日午前 仮設鎮守府作戦司令室

 

5隊に分かれて順番に調理、喫食、片付けを短時間で済ます、「朝食」という名の大イベントが終わった。

皆、急いで食べ過ぎて目を白黒させている事を重く見た提督は、食堂を4棟増設した。

部屋には駆逐隊、整備隊、戦艦隊のボスと、秘書艦全員、東雲と睦月、工廠長、それに提督が揃った。

元々この部屋は提督室と呼ばれていたが、提督が自ら

「皆で作戦を立てる部屋だから提督室はおかしいだろう。作戦司令室と呼ぼう」

と言い出した。

リ級やル級はどっちでも良いという顔をしていたが、ロ級は嬉しそうにしていた。

もっとも、リ級が指摘すると

「ニ、人間デモ気遣イノ出来ル奴モ居ルモノダナト、チョット見直シタダケ・・」

というような事をもごもごと言っていた。

「さて、これらが大本営に寄せられた今回の件に関係すると思われる事件の情報だ」

長門が顔をしかめた。

「遠征に出る艦隊の旗艦は必ず非常警報発信機を持っているが、1度も使われた形跡が無い」

日向が応じた。

「気づく前に襲われ、発信する間もなく全滅したという事か?」

ロ級が呟いた。

「ヌ級ノ部隊ハ、LVモ高カッタ。シカシ、遭遇シテカラ全滅マデ10分トカカッテイナイ」

赤城が聞いた。

「そんな短時間で、よく通信できましたね」

「通信シテイル最中ニ襲ワレタンダ」

「それは・・心中お察しします」

「一番ノ戦友ダッタンダ・・」

「・・・絶対何とかしましょうね」

「モチロンダ。ソノ為ニ居ルンダ」

扶桑が資料を見ながら言った。

「彩雲の主翼が穴だらけという事は、敵陣には相当高密度に高射砲台が設置されているのでしょう」

山城が溜息を吐いた。

「彩雲で逃げ切れない相手なんてどうすれば良いの?あれが最速なのに・・・」

「航空機が使えないと弾着観測射撃もダメになるわね・・航空戦艦としては嫌な状況」

「電探は積むとして、相手の射程はどれくらいなのかしら?」

リ級が思い出しつつ言った。

「襲ワレタ潜水艦達ノ周囲100mハ、マルデ隕石ガ衝突シタカノヨウニ黒ク抉レテイタ」

提督が返した。

「海中でそんな威力って大量の爆雷かな?1発なら恐ろしい威力だな」

「過去ノ経験ダト、海底ヲ走ッテ逃ゲレバ回避率ガ高カッタノダケド」

タ級が手を叩いた。

「ダカラ海底ヲ走ッテ移動シタンデスネ」

「ソウヨ。気付カレズニ逃ゲルツモリダッタモノ」

提督が溜息を吐いた。

「しかし・・・うちの鎮守府に腰を落ち着けてしまった以上は、対決せねばならん」

全員が提督を見た。

「ハ!?」

「どういう事ですか提督!?」

「ソロル乗っ取られたの!?」

「そういう事になる。岩礁に上陸しているらしい」

「カレー小屋ハ無事ナンデスカ?」

「諦めた方が良いだろうな。また建てよう」

「部屋の床下に隠したボーキサイトおやつが盗られちゃう!」

「何を言ってるんだこんな時に。それにどこに仕舞ってるんだ・・・」

「提督室の本棚の右奥に隠してる栗羊羹だって危ないかもしれませんよ?」

「何故知ってる!それに置いてくるわけなかろう。ほれ、ここにちゃんと」

「おやつ発見!包丁とお皿持ってきます!」

「やらん!」

加賀が赤城の頭にそっと拳を置いた。

「いい加減にしないと、ねじ込みますよ」

赤城の顔から血の気が引いた。

「すいません。大人しくします。それはとっても痛いから勘弁してください」

 

1時間後。

 

議論はし尽くされていたが、手詰まり感が拭えなかった。

提督は腕組みをした。

「うーん、後何か見逃してることは無いかなあ」

リ級がふと、思い出したように言った。

「ソウイエバ、潜水艦ガ言ッテタ事、変ダワ」

「何が?」

「潜望鏡デ見タラ、空爆サレタト言ッタノ」

「うん」

「モシ、鬼姫ガ深海棲艦ヲ作レルナラ、深海棲艦ヲ送リ込ム筈」

「そうだなあ。全滅したかどうかの確認はその場に留まれず、海中に潜れない航空機では難しいからね」

「アト、潜望鏡ヲ上ゲタノヲ見ツカッタンジャナク、海中ニ居ル時カラ見ツカッテタンダト思ウ」

「航空機の装備を揃えて離陸させるのはそれなりに時間がかかるしね」

「デモ、ソレシカナケレバ、ソウスルシカナイ」

「という事は、島の砲台と、その射程外や海中は航空機で攻撃、この2種類って事なのかな?」

「ある意味、物凄く大きな航空戦艦よね」

「アト、海中海上共ニ適応スルソナーヲ持ッテル可能性ガ高イワネ」

「兵装を確認したいですが、我々の狙いに気付かれれば対策される可能性がありますから、無理でしょうね」

「深海棲艦を配備する前に決着をつけたいな」

ぽつりと、東雲が言った。

「私ト・・・同ジ・・・ナノカナ」

全員が東雲を見た。

「そっか。東雲ちゃんは鎮守府で爆撃されて、海に落ちちゃったんだよね」

工廠長が尋ねた。

「東雲や」

「ナアニ?」

「妖精専用の通信チャネルがあるのは知っておるか?」

「ウウン、初メテ聞イタ」

「そうか・・」

提督が工廠長を向いて言った。

「どういう事です?」

「ほれ、うちの鎮守府がインチキしておると因縁を付けられた事があったじゃろ?」

「ありましたね。その後熟練妖精さんを各鎮守府に派遣しましたっけ」

「その時、各鎮守府の妖精と連絡したのがそのチャネルなんじゃよ」

「そういえば調整の時、通信棟を使ってませんでしたね」

「東雲、使い方を教えるから、通信出来るかやってごらん」

「イイノ?」

「まぁ、答えてくれるかは解らんがな。あと、皆。」

「何です?」

「この部屋に向こうの音も聞こえるし、部屋の中の音は相手にも聞かれる。喋ってはならんぞ」

「はい」

 

「姫」

「ドウシタ?」

「・・・深海棲艦ノ妖精カラ通信ガ入ッテキマシタ」

「ハ?」

「元鎮守府ノ妖精デ、鎮守府モロトモ攻撃サレ、深海棲艦ヲ作ッテルラシイデス」

「・・・・ソウ」

「オ話サレマスカ?偽物ノ可能性モアリマスガ」

「少ナクトモ、コノ通信回線ハ妖精専用ヨ。騙サレタトコロデ今更ヨ」

「・・・ハイ。デハ、ドウゾ」

「モシモシ」

 

 



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file79:姫ノ島(6)

 

11月26日昼前 仮設鎮守府作戦司令室

 

「モシモシ」

ガガッと言う雑音の後に聞こえた綺麗な声に、東雲は緊張しながら返事をした。

「モッ、モシモシ!」

「貴方モ可哀想ナ経験ヲシタワネ」

「貴方モ、トイウ事ハ・・・」

「私達モソウ。艦娘ト深海棲艦ノ戦闘ノ巻キ添エデ殺サレタワ」

「・・・オ名前、聞イテ良イデスカ?私ハ東雲ト言イマス」

「良イ名前ネ。私ハ名前ガ無イノ。デモ、姫ト呼バレテイルワ」

「ジャア、姫様デ」

「イイワヨ」

「姫様ハ、毎日何ヲシテイルノ?」

「ウーン・・・ソウネ」

「・・・」

「艦娘トカ深海棲艦ヲ見ツケタラ、力任セニ踏ミ潰シテルワ」

ぴくり、と動いたロ級に、そっとル級が手をかけ、頷いた。

ロ級は黙って頷き返したが、口惜しそうな目をしていた。

「ソ・・・ソレハ、巻キ添エノ復讐?」

「ソウネ。貴方ハ復讐シタクナイノ?」

「私ハ、傷ツイタ子達ヲ治シタカッタンダケド、深海棲艦ニスルシカ方法ガ判ラナカッタノ」

「ソイツラハ、貴方ヲ酷イ目ニ遭ワセタノニ?」

「私ハ建造ドックノ修繕妖精見習イダッタノ。ダカラ本来スル仕事ヲシタイ」

「ソッカ」

「姫様ハ何妖精ダッタノ?」

「何、トイウノデハナイワ。鎮守府ノ大勢ノ妖精ガ1ツニナッタノ」

「スゴイ!」

「凄クハ無イワヨ・・・マァ、アリガトウ」

「一人デハ寂シクナイデスカ?」

「ココニハ大勢ノ妖精達ガ居ルワ。格納庫ノ子達モ、砲台ノ子達モ、航空隊ノ子達モ、ミンナネ」

「ミンナデ、復讐ヲスル為ニ、一緒ニ居ルノ?」

「ソウヨ。全員、同ジ考エ」

「・・・・」

「貴方ハ・・コチラニ来テ一緒ニ復讐スル気ハ、無イワヨネ」

「ウン。ゴメンナサイ」

「イイノヨ」

そして、一息の間を置いてから

「ソコニ居ル人達ト、私達ニ戦イヲ仕掛ケルノネ?」

工廠長は目を見開いた。映像まで流れている?馬鹿な!

「目ヲ剥イタ、髭ノオジイサンハ、妖精ノ長ネ。ソノ隣ガ司令官カシラ?」

東雲はとっさに壁の方を向いた。すると、

「東雲チャン、皆ノ方ヲ向イテ。見エナイワヨ?」

自分の視界を通じて伝えてはならない事が伝わった事に、東雲は震えだした。

工廠長は優しく言った。

「東雲、わしの責任じゃ。良いから姫の言う通りにしなさい。」

東雲は工廠長を見ると、双眸に涙を一杯に溜めた。

「ゴ、ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・・」

「アラアラ、泣ク事ナンテ無イワヨ。」

「さ、東雲、おいで」

「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ」

工廠長は東雲を抱き上げると、そっと頭を撫でた。

提督は頷いた。全て合ってる。ブラフじゃない。

「姫、貴方の身の上に起こった事は確かに酷過ぎる。しかし・・」

ついに耐え切れず、ロ級が叫んだ。

「俺ノ戦友ノヌ級ガ、オ前達ヲ攻撃シタノカ?違ウダロ!八ツ当タリスルナ!」

「・・・アノ時マデ、私達ハ鎮守府デ手ヲ貸シテイタダケヨ。巻キ添エニシナケレバ良カッタノヨ」

「今、我々と戦って何になるんだ?」

「何ニモナラナイワ。私達ハ死ンデルンデスモノ」

「我々は今、深海棲艦を艦娘や人間に戻す試みをしている」

「・・・・」

「艦娘が深海棲艦に戻せる事は解ったし、次は東雲も戻す。貴方達にも協力してもらえたら我々は」

「別ニ戻リタクナイワ。協力シテモ、惨イ死ニ方ヲスルダケナンダカラ」

「それなら、妖精に戻って鎮守府には戻らず、これから幸せを探すのじゃダメか?」

「貴方達ノヨウニ、前向キニ幸セヲ掴モウトシテル人達ッテ、イライラスルワネ」

「もっと話をする時間をくれないか?」

「コノ気持チ、ドウスレバ貴方モ解ルカシラ・・・ソウネ、決メタワ。」

「何をだい?」

「次ノ標的、貴方達ニスルワ。ドコマデ逃ゲテモ絶対ニ仕留メテアゲル」

ロ級がわなわなと震えながら返した。

「仕留メルノハ、俺達ダ!」

「アハハハハハッ!言ッタワネ。イイワ、コッチカラ行ッテアゲル」

「えっ?」

「通信シテルノニ、発信源ヲ特定出来ナイトデモ思ッタノ?」

工廠長は天を仰いだ。原理的に考えれば探知は可能だが、途方も無く難しい筈だ。

映像の件といい、逆探知といい、自分の遥か上の腕を持っている。

「君達はわしとは比較にならない程の腕の持ち主なんじゃな」

「アラ、腕ヲ褒メテモラウノハ久シブリ。悪クナイワ」

「惜しい。余りにも惜しい・・・なぜ君達のような優秀な妖精が死なねばならん・・・」

「エエ、理不尽ヨ。ソシテ終ワッタ事。ダカラ、話モ終ワリ。明日ノ朝ニハ着クカラ楽シミニシテテ」

そこで通信は切れた。

 

東雲はカタカタと震えていた。

「ゴ、ゴメンナサイ。通信ヲ切ロウトシテモ切レナクテ、目モ瞑レナカッタノ」

「その位はあの姫ならするじゃろうし、指示したのはわしじゃ。怖い思いをさせてすまなかった。」

「ウウン、工廠長サンハ悪クナイ」

「少し、顔色が悪いな。休みなさい。睦月、部屋まで一緒について行ってあげてくれないか」

「うん。行こ!」

睦月が手を引いて東雲と出て行った後、工廠長は厳しい表情になると、提督を見た。

「提督、明日の朝というのを信用してはならん」

「ええ。もっと早いでしょう」

「既に移動を開始しているとして、準備せねばなるまい」

「大本営の支援は間に合わないし、鉢合わせする可能性が高い。キャンセルしておきましょう」

「奴は力任せに踏み潰すと言ったが、一方で高度な知能がある事も見せていた」

「ええ」

「だが、高い知能を持つ手合いほど、単純な罠や想定外の事態に弱い」

提督はふむと考えた後、

「長門」

「なんだ?」

「ル級達が鎮守府を一斉砲撃した時、どうやって対応した?」

「私は直接見ていない。対処したのは古鷹だ」

「呼んできてくれ」

「ああ」

 

「お呼びですか?」

「少し前の記憶になるんだが、ここに前の鎮守府があった時、一斉攻撃からどうやって逃れた?」

「土管通路です」

「土管通路?」

「裏の海から海中通路を掘って、工廠の中に土管でつなげたんです」

「ほう」

「元々は資材運搬用でしたけど、伊19と伊58が私達を曳航してくれて」

「一気には無理じゃったろ?」

「はい。何回か往復しました」

「その間、艦娘達はどうしていた?」

「提督棟と工廠の間の敷地に隠れていました」

「他には?」

「効果があったかは解りませんが、兵装を幾つか敷地内に撒いておきました」

「それは、どういう目的で?」

「私達が轟沈して、兵装が飛び散ったと思って貰う為にです」

「なるほど」

「他には何もしていません」

「解った。どうもありがとう」

「はい、失礼します」

パタン。

「反対側の海に逃げる地下通路は作っておいて良さそうじゃな」

「1600人分と、潰れた場合を考えると複数本掘った方が良いでしょう」

「あと、防空壕を作っておくかの」

「相手が航空爆撃で来るなら有効でしょう」

「奴は我々を艦娘と深海棲艦と思っておるから、艦隊決戦を想定するじゃろう」

「あ」

「どうした?」

「長門、文月を呼んでくれ」

 

「どうしたんですか、お父さん」

「文月、陸軍に連絡は取れるかな?」

「取れますけど、何を言うんですか?」

「高射砲や大砲台を大量に抱える陣地を、陸軍が攻める際の兵器を知りたいんだ」

「そして、その兵器を貸してもらうんですね。いつまでですか?」

「この鎮守府の近くの敷地に設置したい。昼までとか言って可能だろうか?」

「・・・急いで聞いてきます」

「加賀、ついて行って状況を説明してやってくれ」

「解りました。」

 

 



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file80:姫ノ島(7)

11月26日昼過ぎ 仮設鎮守府作戦司令室

 

昼時でも部屋を離れるのを躊躇った一同は、作戦司令室に握り飯を運んでもらい、食べていた。

そこに文月達が帰ってきた。

 

「お父さん!」

「どうした?」

「残念ですが重過ぎて、ここまでの輸送手段が無いそうなんです」

「重過ぎる?」

「基本的には航空機で爆弾をばらまくそうなんですけど、それだと高射砲の餌食になる」

「そうだね」

「だけど、榴弾を撃って1つ1つ潰すのでは時間がかかるし、航空機に見つかると反撃出来ない」

「うむ」

「その為、臼砲を遠隔操作して一斉射してはどうかと」

「臼砲?」

「物凄く大きな金属の丸い球を、45度以上上に向いた短い筒から打ち上げるそうです」

「大きな、というと?」

「陸軍が持ってる自走臼砲はドイツ製で、口径が60cmあるそうです」

「60cm!?」

長門が歯を食いしばり、拳を握った。

「り、陸軍に負けた・・・」

「張り合うな長門。あ、重すぎるって、まさか・・」

「自走臼砲は120トンあって、まるゆさんは無理、あきつ丸さんでも1台しか運べないと」

「工廠長」

「さすがに図面位くれないと自走臼砲を作るのは無理じゃぞ?」

「砲だけなら似た物を作ったじゃないですか」

「なんだ?」

「40号の打ち上げ花火発射装置です」

「・・・なるほどな。しかし、そんな巨大な弾と砲身をどうやって運ぶかのう」

「自走臼砲の移動手段は?」

「無限軌道装置で、最大時速6kmだそうです」

「ろ、6km!?」

「歩く速度じゃないか」

「それ以上出そうにも重すぎて無理だそうです」

「・・・工廠長」

「なんじゃ?」

「装置全体を使い捨てにしましょう」

「まぁ、見つかったら放棄するしかないし、そうなるじゃろう」

「そして、装置そのものを、現地で仕立てましょう」

「どういう事じゃ?」

「調整機能もすべてなくせば、単なる短い筒です」

「まぁ、それこそ臼じゃな」

「臼を洞穴と、読み替えたら?」

「が、岩盤を砲身とするつもりか?」

「弾もです。1発だけならこれで作れませんか?」

「弾は鋼材で包み、砲身側は繊維補強コンクリートを内側に塗って極端に短くすれば・・ああ、臼か」

「臼です」

「・・・いけるかもしれんの」

「妖精達でも建設作業出来ますか?」

「無論じゃ」

「ならば、この半島で湾に面したあらゆるところに、万遍なく着弾するように作ってください」

「途方もない数が要るぞ」

「ですから、発射装置は無線制御で」

「・・・無茶苦茶言いおって。久しぶりに腕が鳴るのう」

「お願いします」

「岩盤臼砲は妖精達に作らせよう。わしは砲の制御装置、防空壕と海中通路を掘ろう」

「手伝わせますか?」

「わしの方は要らん。妖精を運んでくれ」

「文月!」

「はい!」

「駆逐艦を全員召集。必ずダメコンを持ち、妖精1班毎に1隻ずつ付けなさい」

「はい」

「・・そうだな。敵はいつ来るか解らん。近い方から始めてくれ」

「解りました!」

「もし敵と遭遇したら応戦せず、全員散り散りに逃げ、海域離脱後に大本営に駆け込みなさい」

「わ、解りました・・・」

「必ず生きて、しのぐんだぞ、文月」

「お、お父さん・・・急いで行ってきます!」

「達者でな。それと、長門」

「うむ」

「大本営に仔細を説明し、午後の便を引き返させろ。もう無理だ」

「支援を断るのか?」

「元々支援志願者は居ない。もう出発の準備を整える頃だ。急いで伝えてくれ。長門にはまだ話もある」

「・・・解った」

ロ級はふんと息を吐いた。

「死ヌマデ付キ合ッテクレルノガ本当ノダチダガナ」

「軍は仕事だよ。それと、伊勢」

「うん?」

「お前は日向と共に受講生を連れ、元の鎮守府に返してこい」

「え・・・」

「受講生を巻き添えには出来ん。預かった子だからな。早く行きなさい」

「う、嘘でしょ。アタシは提督達と戦うよ!」

「誰かが引率しないと受講生達が迷うだろうが」

「なら、なら日向だけ」

「馬鹿者。姉妹離れ離れにするような指示はもう2度としない」

「でも!一隻でも多く戦艦は残らないと!」

「お前達はなんだかんだでしっかり教育を手伝っていただろう?後の世に伝えてくれ」

「止めてよ!今生の別れみたいな事言うの!」

「みたいな、じゃない。お別れなんだ。理解しろ。命令だ」

伊勢は絶句した。提督はどうしてそんな穏やかな顔で言えるんだ?

「比叡」

「はっ、はい」

「鎮守府内で生に未練があるものは大本営に避難するよう伝え、金剛4姉妹で導きなさい」

「ええっ!?」

「お別れだ比叡。元気でな」

「・・・・お、お姉様に、言います」

「言うんじゃなく、命令として伝えよ。良いな?」

「・・・」

「さ、伊勢も、日向も、比叡も、もう行くんだ。時間が無いぞ」

日向が口を開きかけた、その時。

バタン!

「テートクー!」

「金剛、丁度良かっ」

「ハイ!私、質問がアリマース!」

「・・なんだ?」

「提督にラブで、未練タラタラなら、ココに残って良いですカー?」

提督はぽかんと口を開いた。

「・・・ここは、滅亡するんだぞ?」

金剛はチッチッチッと指を振った。

「テートクー?」

「な、なんだ」

金剛はえっへんと胸を張る。

「良いデスカー?火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦デスネー」

そして前に身を乗り出し、提督に噛んで含めるように言う。

「何よりも生きて帰って来る事を最優先に考えなサーイ、勝てる戦しかしてはいけまセーン」

その仕草は、まるで・・

「解りましたか提督ぅ?」

かつて、金剛を叱った時の私だ。

とどめとばかりに金剛はバチンと解りやすいウインクをすると、

「破ったら、NOなんだからね!」

と言った。

提督はどうっと、椅子の背もたれに身を預け、目を瞑った。

「姫」の言葉に知らず知らずのうちに腹を立て、策に乗せられていたのかもしれない。

一息吐き、ゆっくり目を開けると

「伊勢、日向は受講生を送り届ける事。これは命令。」

「て、提督・・」

「ただし」

「?」

「また会おう。必ず」

「!」

「金剛」

「ハーイ!」

「再戦は出来ない。1発勝負だ。それでも勝てる戦にする為に、策を一緒に考えてくれ」

「フッフーン、霧島っ!」

「はいはい、策を用意してきましたよ」

「本当か?」

「ええ。榛名と一緒に考えたんです。長門さんが戻ったら説明しますね」

「提督」

「なんだ、日向」

「私達は、送り届ける受講生の鎮守府に、支援艦隊を頼んでみる」

「・・・・。」

「力と力の戦いなら1隻でも多い方が良い。場所はここと解っているしな。」

提督は日向をじっと見た。

「・・・ダメだと言ってもやるんだろ?」

「そうだ」

「・・・解った。ただ、断った鎮守府を恨むなよ?」

「無理な注文に解ったとは言わない。主の命に関わる問題なのだからな」

「・・・さ、行ってこい」

「伊勢、行くぞ!」

「こ、金剛!皆!提督を頼むね!無茶させないでね!」

「大丈夫デース!任せてくださいネー」

 

 




カナ表記直してマス。
指摘ありがとね。


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file81:姫ノ島(8)

 

11月26日昼過ぎ 仮設鎮守府通信棟

 

「・・そうか」

「なるほど、これで移動したのには理由があるって解ったわ。それにしても本当に姫なんて・・・」

長門は五十鈴との通信で、大本営から姫の島が動き出している事を聞かされた。

そして通信の経緯を説明したのである。

「それじゃ補給船団の派遣は中止するわね」

「うむ。提督は船団が途中で姫の餌食になる事をとても心配していたのでな」

「で、本題。大本営側の討伐隊が揃ったから伝えておくわね」

「・・なり手は居なかったのではないか?」

「あら、挙手しないなら命じるまでよ」

五十鈴はさらっと言った。

「大本営直轄部隊を軸に2大隊で行くわ。出航前に行先が、それも見知った場所だったのは助かるわ」

「可能なら教えて欲しい。どれくらいなんだ?」

「1つは戦艦、重巡、正規空母、護衛の軽巡。もう1隊は、戦艦、軽空母、駆逐艦よ」

「7隻か。それでもありがたい」

「長門。私は2大隊って言ったわよ」

「どういうことだ?」

「私は種別を言っただけ。船の数はおよそ80隻」

「!?」

「・・・あぁ、ありがと。ええとね、今のペースで行けば姫がそこへ到着するのは明朝9時頃」

「そうか」

「戦闘はどの海域でやるの?到着時間を合わせるわ」

「鎮守府正面海域だから、そのままだな」

「ど正面!?至近距離で殴り合うつもり?」

「そうだ」

「・・・何か考えがあっての事よね?」

「無論だ。色々趣向を凝らして迎えるつもりだ。盛大にな」

「珍しい言い方をするのね。じゃあ私達は姫の島を挟む反対側で良いのかしら?」

「鎮守府は半島の先端だが、鎮守府の正面海域自体はCの字型の入り江になっている」

「そうね」

「姫の島を入り江まで引きこむから、出入り口を塞いでくれ。索敵と通信は怠らないようにな」

「もちろん。そっちもちょっとでも形勢不利なら陸路でも何でも逃げなさいよ?」

「多分、この1回が全てだ。提督も覚悟している」

「ちょっと、変な事考えてないでしょうね?中将も私達も貴方達の為に最大限動いてるんだから」

「・・・提督の想定とはいささか状況も変わっているようだしな。伝えよう」

「長門」

「なんだ?」

「呑まれちゃダメよ。普段を思い出しなさい」

「・・・そうしてるつもりなんだが、な」

「怪しいわよ。それじゃ、今度は日没時に」

「解った」

スイッチを切ると、長門は息を吐いた。

先程の提督の目、あれは間違いなく死を覚悟していた。後で私に言うのも、そういう事だろう。

陸奥も居る。皆で一緒に大艦隊決戦の中で散るのも悪くないと思っていたのを見透かされたか。

だが、80隻もの大隊が来るなら、戦況は変わるのではないだろうか?

聞き入れてくれるかは解らないが、進言してみるか。

 

「提督、大本営と話を・・金剛達、どうした?」

「テートクに喝を入れてましたネー!」

「喝?」

「ネクラな顔してたから、昔、私達に言った事を言ってあげたのデース」

長門はきょとんとしたが、提督の表情から意味を理解した。

提督が実に苦々しそうな顔で横を向いていたからだ。

「まさか提督・・・金剛に叱られたのか?」

「うるさいうるさい!まったく、これから起こる事を考えたらそれくらい覚悟するだろ?」

「バカ言っちゃいけませーン。まだケッコンカッコカリさえ済んでませーン!」

「おっ!お姉様!早まってはダメ!見捨てないでええええ」

「比叡を見捨てたりしませんヨー。一緒に戦いましょうネー」

長門は一つ咳払いをすると、

「提督、大本営からの贈り物があるぞ」

「贈り物?」

 

「は、80隻が、背後から支援攻撃してくれるのか?」

「そうだ」

「それは・・望みが出てきたかもしれんな」

「うむ。特攻せずとも、な」

「・・・見抜いてたか」

「私も、それも悪くないと思ってたのだが、五十鈴に叱られた」

「なんだ、長門も叱られたのか」

「気にする所が違うと思うのだが?」

「ま、私も金剛に言われて思い出したよ。勝ち戦にせねば、な」

「ああ、そうだな」

「しかし、予定時刻が通信内容とあまりにもぴったりなのは気になるな。油断させる囮かもしれん」

「うむ、大本営も我々も最高速度は知らぬのだからな」

「解った。じゃあ霧島、作戦とやらを教えてくれ」

「はい!」

 

1時間後。

 

霧島の案を元に、深海棲艦各隊と艦娘がどのように分担するかを話し合った。

案では、島への上陸は不明な点が多過ぎるので回避する事になっていた。

しかし、駆逐隊のボスであるロ級は、隊を率いて上陸、姫に突撃すると言って譲らなかったのである。

「ロ級さん、それで良いんですか?」

提督がロ級を見て言った。

「ウン。君達ハ君達ノ流儀デヤルトイイ。私ハ元々弔イ合戦ヲヤルツモリダッタシ、ソレニ」

「それに?」

「向コウデ、ヌ級ガ待ッテルンダ。仇ヲ討ッテ、報告シテクルヨ」

リ級が溜息を吐きながら言った。

「戦ウ事ニ意味ナンテ無イト思ッテタケド、今回バカリハ、アンタノ気持チモ解ルワ」

ロ級が顔をしかめた。

「リ級ガ私ノ話ヲ解ルダト・・アァ、ダカラ艦娘ガ味方シテクレルノカ。納得シタ」

「ドウイウコトヨ?手伝ッテアゲナイワヨ?」

「手伝ウダッテ?海底火山ガ噴火スルゾ!逃ゲロ!」

「アンタネェ!」

ル級がとりなすように

「マァマァ、ソノ辺デ」

といった。

提督はロ級を見た。

ロ級は見返し、静かに頷いた。

提督は目を瞑り、一息吐き出してから頷くと、口を開いた。

「よし、それでは今回の攻撃手順と分担をおさらいしよう。違ってたら言ってくれ」

 

「ふぅい、地下通路と防空壕を作って来たぞい」

「工廠長、お疲れ様です」

「それから、提督、ほれ」

「なんですか、これ?」

「臼砲の発射装置じゃよ。マス目状に並ぶ1つ1つが発射ボタンだ。ちゃんと無線化したぞい」

「マス目の縦横には意味があるんですか?」

「列は左が最も鎮守府に近く、右が入り江の入り口じゃ。航路が多少ずれてもどれか当たるじゃろ」

「行は組じゃよ。1つの範囲に4回攻撃出来るようにの」

「4行5列だから20門か。結構敷設しましたね」

「ん?1ボタンで40門一斉射じゃよ。発射自体成功するか解らんからの」

「・・・・えっ?」

「じゃから、合計800門じゃよ」

全員が一斉に工廠長を見た。

「は・・800門・・ですか?」

「全部飛べばな。実際は2割って所じゃろう。なんせ岩の窪地を砲門と言い張っとるんじゃからな」

「それでも160発ですから大きいですね」

「うむ。弾は1発で3トンある。敵砲台を1つでも多く押し潰して欲しい物じゃな」

「砲門設置の進行状況は?」

「間もなく完了じゃよ。駆逐艦達が異様に速く動いてくれておる」

「そう、ですか」

「文月が15時までに終わらせて絶対に戻ると凄まじい圧力をかけとるらしい」

「・・・」

「文月の思い、無駄にするでないぞ」

「・・解りました」

 

 



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file82:姫ノ島(9)

11月26日午後 仮設鎮守府作戦指令室

 

各隊で細かな所を相談しているところで、作戦司令室のドアがノックされた。

「誰だ!」

「あの、良いかな?」

「おや、最上。どうした?」

「今回の相手は地上兵器もあるんでしょ?ちょっと良い物があるんだけど」

「なんだ?」

「僕がずっと前に作ってたこれ、使えないかなと思って」

最上が艤装から取り出したのを見ても、提督は何か解らなかった。

「なんだいそれは。やけに長い徹甲弾だな」

「これは有線誘導式の艦対地ミサイルだよ。地上に設置された建物や砲台を爆破する為に作ったんだ」

「有線誘導って事は・・・撃った後も制御出来るのか?」

「うん。最大で着弾5秒前まで制御出来るから、少しの範囲なら途中で目標変更出来る」

「凄いな」

「ミサイルは60発あるけど、発射台が2つしかないんだ。あと、僕と三隈しか撃った事がない」

「・・・・」

「だから、僕達にこれで攻撃する役割をくれないかな?」

「・・・有線誘導という事は、制御中はミサイルの実物を見続けないといけないのか?」

「ミサイルにカメラがあるからその映像を見るんだよ。」

「飛距離は?」

「そこが欠点。線の長さしか誘導出来ないから最大制御範囲は2km、飛距離も3kmってトコ」

「発射台はどれくらいの大きさだ?」

「これだよ。3連魚雷の発射機構と同じくらいかな」

「よし。工廠長」

「ん?」

「防空壕を、入り江の数箇所に作ってください」

「そこから撃たせるのか。確かに厚い防御の中で誘導操作する方が良かろうな」

「あは。防空壕から発射台の先だけ外に出すのかい?ミサイル陣地みたいだね」

「見つかった後の事を考えて幾つか作っておきたいが・・・」

「移動出来る事を考えたら、一人当たり3か所もあれば良いと思うよ」

「今から出来るかな?」

「ま、いけるじゃろ。やれやれ、また出発か」

「すいません。お願いします」

「敵がこう回って入り江に入ってくるとして、どこら辺が良いかの、最上」

「・・・ここと、ここと、この辺り」

「なるほどの。よし、行くか」

「うん!提督、ありがと!」

「最上と三隈はそれぞれ1カ所立ち会ったら帰って来てくれ。作戦詳細を説明する」

「解った」

 

 

11月26日夕刻 仮設鎮守府通信棟

 

「ふふ、そうか。やはりな」

「予想済って事ね。こちらは念の為にって再確認したんだけど」

長門は五十鈴から、姫の島が航行速度を上げた事を聞かされた。

「現在の速度を維持するなら夜明け頃って感じね」

「解った」

「先程、うちの大隊も出発したわ。あ、さっきは決まってなかったから言わなかったけど」

「なんだ?」

「正規空母に積んだのは、震電と流星よ」

長門は絶句した。

震電。

後部にプロペラを持つ独特のフォルムを持ち、兵装の少なさと引き換えに高度12000mまで登れるという。

しかし、確か・・・

「震電は開発中じゃなかったのか?」

「だから作り終われるか微妙だったの。無理なら紫電改を送るつもりだったんだけど」

「どちらもうちでは見た事も無い」

「震電なら時速700km出せるから、彩雲より逃げ切れる可能性が高いわ」

「そ、それはそうだな・・」

「あと、流星は他の攻撃機と違って防護装甲が厚いから、多少撃たれても耐えられるわ」

「良く間に合ったな・・」

「大本営を舐めないで頂戴。それに、航空機開発部が物凄く頑張ってくれたの」

「なぜだ?」

「彩雲の仇討ちだって」

「・・・そうか、そうだな」

「というわけで、大本営から愛を込めて大隊を送ったから、楽しみにしてて」

「解った」

「そっちはやっぱり艦隊決戦で行くの?」

「最終的にはな。全て終わったら話す」

「楽しみにしているから、終わったら絶対報告に来る事。良いわね?」

「そんなに念を押さずとも、特攻する計画は無くなったから安心するといい」

「やっぱりそういうつもりだったのね」

「やりたくて計画した訳じゃないぞ」

「まぁ、あんな化け物から指名されたら覚悟は要るわよね」

「だが、そんな事をしなくても何とかなりそうだ」

「じゃあ、次の通信は戦闘中かしら?」

「その前に、未明に1度だけ良いか?」

「良いわよ。相手の最終状況を知らせられるかもね」

「・・うむ」

「長門」

「なんだ?」

「まだいつもの長門じゃないわ。正直に言いなさい」

長門は溜息を1つ吐くと、

「・・・どれだけ準備しても勝てる確証が持てない。正直、こんなに怖いと思ったのは初めてだ」

「・・・。」

「深海棲艦の1部隊は上陸して刺し違える覚悟を決め、そういう計画をしている」

「・・・。」

「だがそれさえも、我々や残る深海棲艦達の行動が相当上手に運んで初めて開始出来る」

「・・・。」

「報告書を読むほど、敵の実力の高さがのしかかってくるんだ」

「・・・。」

「そして、姫は本気だ。どこまで逃げても絶対に追ってくるだろう」

「・・・。」

「不安で押し潰されそうだ。だが、作戦指令室で口にすれば実際にそうなってしまいそうで怖いのだ」

「・・・」

「私は、臆病か?」

「・・・無責任な事は言いたくないから、はっきり言うわね」

「うむ」

「まず、私が今の貴方の立場なら、同じ事を思うでしょうね」

「そう・・・か」

「だから、私ならこうするわ。長門」

「うん」

「提督に正直に言いなさい。作戦指令室で、他の人が居ても良いから」

「なぜだ?」

「きっと提督も、他の人も、怖さを押し殺してる」

「そう・・かな」

「そして、他にも怖がってる人が居るって解れば、状況は一緒でも安心するものよ」

「・・・」

「安心すればいつもの判断力が帰ってくる。思い通りに体が動く。そしたら作戦が上手く行く可能性が上がる」

「・・・。」

「僅かな可能性かもしれない。でも、私も貴方に死んでほしくない」

「・・・。」

「こんな非常時よ。やれる事はやってみない?」

「・・解った」

「じゃあ、次の通信で結果を知らせてね」

「そっ、そんなに早くか!?」

「当たり前じゃない。作戦が始まってからじゃ遅いわよ?」

「う・・うう・・・解った」

「いってらっしゃい!」

スイッチを切ると、長門は長い溜息を吐いた。

作戦指令室に戻る足は鈍かった。

本当に弱音をさらけ出して良いのだろうか?

しかし。

立ち止まると、長門は自分の足が震えている事に気がついた。

これではいつもの力は出せないだろう。

一か八か、五十鈴を信じてみるしかない。

 

 



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file83:姫ノ島(10)

 

11月26日夕刻 仮設鎮守府作戦指令室

 

「あ」

作戦指令室に戻ってきた長門は、思わず安堵の声を上げた。

部屋の中はル級と提督しか居なかったのである。

「他の皆は夕食と入渠、隊員達への説明に行ったよ」

「うちは加賀達が説明するのか?」

「そうだ」

「ル級の所は良いのか?」

「金剛カラ、提督ヲ一人ニシチャダメデース、ト言ワレテネ」

提督は苦笑した。

「本当に信用が無いなあ。もう大丈夫だというのに・・」

長門は目を瞑ると、その言葉を発した。

「私は、怖くてたまらない」

しんと、部屋が静まり返った。

「ネ、姉サン」

「長門・・?」

「提督、陸奥。これが偽らざる本音なんだ。正直、膝が震えるほど恐ろしい」

「・・・・」

「相手が深海棲艦の艦隊なら、レ級が6人並んでても戦えると自信を持っていえる」

「・・・」

「しかし、戦い方も謎なら、兵装もよく解らない巨大な敵なんだ」

「・・・」

「ほっ、ほんとに、描いた作戦で歯が立つのか?部下をまた殺してしまうのではないか?」

「・・・」

「そう考えると、どうしても怖い。怖くてたまらない」

長門が言葉を切ると、部屋に静寂が訪れた。

窓の外には燃えるような紫の夕焼けが広がり、窓が海風に揺られてカタカタと音を立てた。

静寂を切り裂いたのは、提督だった。

「ふーむ。長門ぉ」

「・・・な、なんだ?」

「俺もだわ。なんせ洒落にならんもんな。今回の敵は」

長門は気づいた。提督が自分を「俺」と呼ぶのは滅多に無く、砕けて本音を晒す時だ。

「そ・・・そう・・か」

「陸奥だってそうだろ?」

「マァ、ネ」

「姫が通信で、俺達が見えてると言った時にゃあ、ゾッしてな、危うく叫ぶ所だったぞ」

「ソンナ風ニハ見エナカッタワヨ」

「それはな、脱走する時に長門に嘘を悟られないよう顔に出さない訓練をしたからだ」

「何をやってるんだ提督は!そんな訓練しなくていい!」

「・・・動機ガ不純過ギルケド、マァ、アノ場デ叫ンデタラ士気下ガリマクリヨネ」

「だろうな。だが、まあ、良かったよ」

「なにがだ?」

「長門が怖いんじゃ、俺が怖いのも無理は無い」

「どういう意味だ提督?」

「鎮守府で一番肝が据わってるじゃないか」

「あのな・・・もう少し、女の子として扱ってほしいのだが」

「女の子かどうかとは別の問題だよな、陸奥?」

ル級は溜息を吐くと、提督をジロリと見て

「ソモソモ、提督ガ艦娘ヨリ肝ガ据ワッテナイッテ、ダメナンジャナイノ?」

「そうかなあ」

「ソウヨ」

長門は目をパチパチさせていたが、急にぷふっと噴き出し、腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ!陸奥に言われたら御仕舞いだな!」

「ネ、姉サン何言ッテルノヨ?」

「だって、陸奥は二人きりになると、「明日出撃無いと良いな、怖いもん」て私に縋って来たじゃないか」

「ナッ!ソンナ昔ノ話ヲ今シナクテモ良イジャナイ!」

「へぇー」

「ジャア提督モ出撃シテミナサイヨ!結構怖イノヨ!」

「・・・ああ。明日、そうなるよ」

「ソ・・・ソウ、ネ」

「長門」

「なんだ?」

「皆も、同じかな?」

「解らんが、噂は色々立っているようだし、それに」

「それに?」

「青葉が今日初めて、新聞を発刊していないんだ」

「・・・本当か?」

「本当だ」

「んー・・・よし」

「どうした、提督」

「情けない館内放送をやろう」

「は?」

 

「えー、えー、テストテスト。聞こえてるか?」

長門が廊下でOKのサインを出す。

「皆、提督だ。こんばんは。館内放送なんて慣れないんだが直接皆に言いたくてね。夜分すまないが聞いて欲しい」

「さて、もう伝わったと思うが、明日の夜明け頃、全員参加で大きな戦いが始まる」

「長年使った、この鎮守府正面の入り江を舞台として、来る相手は1体だ」

「しかし、情報を総合すると、1体で入り江の半分はあろうかという大きさらしい」

「・・・先に言っておく。私は敵が怖い」

鎮守府のあちこちでガタタタッという音が聞こえた。多分転んだのだろう。

しかし、提督はマイクを握り締めて力説した。

「むっ・・・ちゃくちゃ怖い!今夜は到底寝られない!トイレには長門に付いて来て貰いたい!」

ドドッという音が近くで聞こえたので振り向くと、ル級が転び、長門が額に手を当てて首を振っていた。

「だが!」

提督はふっと、穏やかな声に変えて言葉を継いだ。

「これを皆に言ったのは、不安なのは皆一緒という事を知って欲しかったからだ」

「決戦の直前に不安だというのは言いにくい事だ。つい黙ったまま心に秘める事もあるだろう」

「だが、恐れを持ったまま出撃して欲しくない。つい緊張して、いつも出来ている事が出来なくなるからだ」

「現在、この鎮守府には、艦娘も、深海棲艦も、たった1つの目的の為に集っている」

「それは、明日の朝やってくる敵を、いつもの通り、作戦通りに戦って勝利する為だ」

「皆でやるべき事を、いつも通りやろう。相手を1つ1つ攻略して、勝ち戦に仕上げよう。そして」

提督は一息入れてから、最後の言葉を放った。

「駆逐隊のロ級さんに、親友の弔い合戦への花道を作ってあげようじゃないか」

ざわついていた鎮守府全体が静まった。

そして、次第に、あちこちの部屋から、廊下から、

「やったろうじゃないかー!」

「怖いけど、怖いけど!頑張る!」

「やり遂げろよ駆逐隊!」

「精一杯応援スルカラネ!」

「えい!えい!おー!」

という声が聞こえてきたのである。

提督はそれを聞き届けると、

「じゃあ、見張りの者以外は目を瞑り、横になり、少しでも体を休めておくように。以上だ」

と言って、スイッチを切った。

 

「提督っ!館内放送まで使って何て情けない事を言ってるんだ!」

「だって」

「明らかにトイレの件は余計な一言じゃないか!」

長門が腰に手を当てて仁王立ちしながら提督を叱っていると、

「・・・提督」

二人が声の方を見ると、駆逐隊のボスであるロ級がそこに居た。

「ア、アノナ、提督」

「なんだ?」

「・・・ソノ・・・」

「?」

「・・・頑張ッテ、仕留メテクル」

「ああ、精一杯支援するからな」

「モシ、生マレ変ワレタラ、提督ト、平和ナ世界デ、友達ニナリタイナ」

「大破でも何でも良いから、思いを遂げたら戻ってきてくれ。東雲に頼んで治して貰うから」

「今ノ世ジャ、マタ敵同士ニナルゾ?」

「艦娘に戻せば良いんだろ?何だったら人間に戻しても良い。そしたら友達になれるだろう」

「・・・・。」

「思いを遂げたら、帰ってきてくれ。な?」

「ソンナニ余裕ヲ持ッテ戦エル相手ジャナインダガ」

「そうだけど、それでも、約束してくれ」

「・・・・思イヲ遂ゲルノガ、優先ダ。」

「解ってる」

「ジャア、可能ナラ、帰ッテクルヨ」

「ああ」

提督とロ級は互いに頷いた後、ニッと笑った。

「シッカリ潰シテクレ」

「任せろ」

長門はふと、自分の足の震えがなくなっていることに気づいた。

五十鈴、感謝するぞ。これで全力で戦える。

もう悔いは無い。

 



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file84:姫ノ島(11)

 

11月26日午後 姫の島指揮官室

 

「・・・以上ガ現在ノ航空兵力トナリマス」

「ソウ、ネェ・・・」

姫は机の木目を目で追いながら、不満気に返事をした。

通信相手の整備班長は緊張していた。

姫の機嫌が急速に悪化している。こういう時は要注意だ。無茶なオーダーが来なきゃ良いが。

「ネェ、班長」

「ハイ」

「今ハ滑走路ハ2本ヨネ?」

「ハイ。指揮棟ノ前ニ、航行前後ドチラデモ離着陸出来ルヨウ、AトB2本ノ滑走路ガアリマス」

「整備場ハ指揮棟ノ隣ニ3ツ、駐機場ハ指揮棟ニ対シテ滑走路ヲ挟ンダ向カイ、ヨネ」

「ハ、ハイ」

整備班長はごくりと唾を飲んだ。なぜ解りきった事を言う?

「現在ノ2滑走路ノ間ヲ起点トシテ、進行方向ニ対シテ斜メノ滑走路ヲ1本増ヤシテ。横風対策ニネ」

「・・・エッ?」

「ソレカラ、新型攻撃機ト大型爆撃機ノ運用試験ハ終ワッテルワヨネ?」

「セ、先日試験ガ終ワリ、既存機ト交代中デス。タダ、更新ニハ時間ガカカリマス」

「ナゼ?」

「製作ニ多クノ資源ヲ消費スルノデ、必要量ト資源補給量カラ計算スルト、後3週間カカリマス」

「ナルホド。ソレジャ旧型攻撃機ト小型爆撃機ヲ今スグ解体シナサイ」

「ゼ、全機デスカ?」

「エエ。ドウセ性能的ニモ使エナインダシ。ソレデ何台作レル?」

「明日ノ開戦マデニトイウ事デスヨネ?」

「開戦準備ノ話ヲシテナカッタカシラ?」

「・・・試算デハ、攻撃機800機ト爆撃機200機ナラバ」

姫の声が一段と低くなった。

「・・班長」

「ハッ!ハイ!」

「貴方ノ悪イ癖ハ、試算量ヲ大幅ニ減ラシテ報告スル事ヨ」

班長は冷や汗が止まらなかった。試算メモが見えているのか?

「モ、申シ訳アリマセン。シ、シカシ、滑走路ノ建設モアリマスノデ」

「当然、格納庫ヤ駐機場モ増設スルノヨ?滑走路ダケデ運用出来ナイデショ」

班長は絶句した。

「モウ1度聞クワネ。滑走路、格納庫、駐機場、ソシテ新型機ハ在庫モ併セテ、合計何台用意出来ルノ?」

「在庫ハ今、攻撃機100機、爆撃機50機デス」

「フウン」

「資材的ニハ攻撃機ガ計1700機、爆撃機500機デスガ、作業員配置ト時間ノ関係ガアリマスカラ・・」

姫の眉間のしわが一層深くなった。

「結局、開戦前ニ一体何機揃エラレルノ?サッサト上限値ヲ言イナサイ!」

「・・・攻撃機計1500機、爆撃機計500機ヲ・・ヨ・・用意・・イタシマス」

「0400時マデニ用意シナサイ」

「・・・」

「明日ノ戦イハ不意打チデ1艦隊ヲ潰スンジャナクテ、数十艦隊ト対峙スルノヨ?解ッテルノ?」

「・・・ハイ」

「アナタガ手駒ヲ出シ渋ッタラ負ケルカモシレナイノヨ?ソシタラマタ火ノ海ヨ?」

「モ、申シ訳アリマセン」

「ジャ、0400時ニ最終連絡ヲ。完成ノ報告ヲ待ッテルワヨ」

「解リマシタ」

姫はスイッチを切ったがイライラが収まらず、通信先を切り替えてスイッチを入れた。

「機関長」

「ハイ、オ呼ビデショウカ?」

「目的地ノ天候ト到着予定時刻ハ、イツカシラ?」

「天気ハ晴レ。風ハ微風。日ノ出30分前ニ到着出来ルヨウ航行中デス。何カ?」

姫は天井を睨んだ。日の出直前というのは開戦のセオリーに従えばベストだ。

敵がいつ来るか解らず、緊張して眠れずに夜を明かし、急速に明るくなる事で疲労がピークになるからだ。

熟練妖精だからこそ自然に導き出す最適解。整備班長もこうあって欲しいが練度が足りない。

不測の事態に備えたい気持ちは解るが、色々言い訳をし、余裕を大幅に取るのでつい厳しく当たってしまう。

それにしても。到着時刻はこれで良いのだろうか?

セオリー過ぎると敵に読まれるかもしれない。それに・・

「機関長、ゴメンナサイ。貴方ノイウ事ハ正シイノダケド」

「ハイ」

「日ノ出1時間後ニ調整シテクレルカシラ?」

「対応シマス。一応、理由ヲ伺ッテモ宜シイデスカ?」

「敵ノ予測ヲ少シデモ狂ワセタイノト・・・・日ノ出ヲ静カニ見タイノ」

機関長はふふっと笑った。

「ソロルノ夜明ケハ素晴ラシカッタデスカラナ」

「同ジ物ガ見エルトハ思エナイケド、ネ」

「ソレナラ、日ノ出ノ頃ニ紅茶デモ持ッテ行キマショウ」

「アラ、嬉シイ」

「他ニハ何カアリマスカ?」

「砲台ヤ電探等ノ装備ハ何割稼働出来ルカシラ?」

「0000時ニハ全テ復旧シ、稼働シマス。弾薬ハ整備班ガ1時間前ニ補充済デス」

「フウン。一応、最低限ヤル事ハヤッテルノネ」

「・・・姫様、差シ出ガマシイ事デスガ」

「ナニカシラ?」

「整備班長ハ、己ノ練度ヲ超エテ、良クヤッテイマスヨ」

「サッキノ通信ヲ聞イテタノ?」

「イイエ、何モ聞イテハオリマセン。ア、ソウソウ」

「何カシラ?」

「紅茶ノ添エ物ハ、ロールケーキデ宜シイデスネ?」

「アルノ!?」

「ハイ」

姫は喜ぶと同時に、じわりとその意味を理解した。

「・・・ワ、解ッタワヨ。キチント謝ッテオキマス」

「ソウデスカ。ソレデハ、夜明ケヲ楽シミニオ待チクダサイ」

「ヨロシクネ」

スイッチを切ると、姫はふうと溜息を吐いた。

機関長は老練で知識も豊富であり、物静かな島の重鎮だ。

島の航行運用から妖精達の揉め事解消まで、島に関する幅広い面倒を見ている。

だからこそ私は戦略と指令に集中出来たし、昔からずっと親のように育ててくれた恩人だ。

一方で、それゆえにあっさりと思っている事を見透かされる。

普段任せている事をあえて確認したのだし、何かあったと勘付かれるのも無理はなかったか。

少々浅はかだったと思いながら、コツコツと机を指で叩く。

しくじった。

私は一旦言った事を詫びるのがとても苦手で嫌いだ。

しかも気まぐれとか我儘という訳でもなく、ちゃんと理由があるから尚更だ。

目を瞑る。

大好物のロールケーキが瞼の裏に浮かぶ。前に食べたのはいつだっけ?

紅茶の香りとロールケーキの甘さが記憶に蘇る。夜明けを見ながら頂くのはさぞ旨いだろう。

しかし。

次第に眉間にしわが寄る。

当然機関長は用意する前に整備班長にさりげなく聞くだろう。

それまでに謝っていなければケーキは無い。

「ハテ、何ノ事デシタカナ?」

と、澄ました顔で言われ、ケーキケーキと涙ながらに連呼しても

「何カ、オ忘レデハ、アリマセンカナ。ヒ・メ・サ・マ?」

と、じろりと睨まれる。もう容易に想像がつく。思い出すだけで寒気がする。

そこで整備班長に八つ当たりすれば食事まで変更される。

大嫌いなピーマンの肉詰めが出てくるかもしれない。

味を思い出してブルルルルッと身を震わせる。

1度、徹底的に謝罪を拒否した事がある。

段々料理が減り、最後は給仕班が震えながらパンパンに膨れたシュールストレミングと缶切りを運んできた。

「選びなさい」という小さなメモが添えられていた。半狂乱で謝りに行った。

一体どこからあんな恐ろしいものを手に入れてくるのだろう?生物兵器以外の何物でもないじゃない。

逆らう、ダメ、絶対。機関長だけは怒らせてはいけない。

むむっと腕を組む。

解ってる。ちょっと、いや、かなり無茶な要求だという事は解ってる。

でも、信じられない事に深海棲艦と艦娘が共同戦線を張っている。おかしいにも程がある。

さらに逆探知した結果、相手の拠点は厄介な事に深い入り江の奥にある事が解った。

周囲の山や陸が邪魔で半島の外からは砲撃出来ず、入り江に入れば回避運動が取りにくい。

相手の艦船数も100や200では済まないかもしれないし、詳細な兵装も解らない。

半島全体を高々度から空爆するには幾らなんでも弾薬が足りない。

かといって我が島の支援砲撃無しに攻撃機だけで偵察に送り込めば対空砲と戦闘機にハチの巣にされる。

相手の艦船と航空機を島の砲火力で薙ぎ払い、制空権を取ってから攻撃機と大型爆撃機の編隊を送り込む。

最終防衛ラインの艦隊と、出来れば鎮守府も空爆した後に入り江に入り、じっくり砲撃して潰す。

そこまで大人しく通してくれる筈がないから、道中でも砲火力と航空兵力は消耗していくだろう。

幾らコンクリート製の格納庫とはいえ、我が島に砲弾の雨が降れば航空機の離発着も修理も困難になる。

それに、新型攻撃機は戦闘機に近い機動力があるが、旧型では敵の戦闘機が来れば終わりだ。

万一攻撃機が殲滅されたり、島の滑走路が破壊されたら爆撃機が飛べない。

爆撃機は潜水艦から地上建造物まであらゆる攻撃に必要な主火力だ。これが無ければ勝利は危うい。

戦闘機は偵察機を兼ねられる機体を開発中だが、マッハ1という要求速度がネックで完成していない。

ああもう!だから早く攻撃機と爆撃機の更新を進めろと言ってたのに!

そうよそう!まだ使えるだの一斉切替はトラブルが怖いだのと渋ってたのは整備班長じゃない!

思い出して腹が立ち、目をカッと見開いて机を拳でドンドンと叩く。

そして、がくりと首を垂れる。

だから私だけが悪いんじゃないという事で、夜明けを見たいという我儘も聞き、ロールケーキもくれる訳ね。

温情のある裁きだ。何も言ってないのに全部解ってくれているかのようだ。

・・・ああもう解ってます!解ってます機関長!でもね!でもね!

あれこれ考えを巡らせながら通信スイッチに触れては離し、躊躇い、怒り、落ち込むを繰り返した。

夕日が沈み、闇が支配し始めた頃、姫はついに意を決した。

ちくしょう!解ったわよ!言い過ぎたわよ!作戦で何とかするわよ!

本当に仕方がない。せめて大型爆撃機だけは優先して作ってもらおう。

・・・・・。

謝ればいいんでしょ!解ってます機関長!

姫はこれ以上無いというくらい渋い顔をしながら、えいっとスイッチを入れた。

 

 



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file85:姫ノ島(12)

11月27日0時 仮設鎮守府通信棟

 

「あっはははははは!てっ!提督ってば!予想の斜め上で宙返りするわね!あっ、あはっ!あははははは!」

五十鈴が笑い転げる声を聞きながら、長門はむっつりと顔をしかめた。

「まったく。本当に笑い事ではない。提督の再教育をしてほしいくらいだ!」

「こっ、これから・・・なっ、長門が・・・保護者・・おっ、お腹痛い!あは、あははははは!」

「提督の保護者なんて勘弁してくれ・・・」

「でっ、でもね、私も、中将の保護者って言われてるわよ」

「えっ?」

「大将から、中将の面倒は君がしっかり見てくれ、保護者なんだからって言われたもの」

「大和ではないのか?いや、大和でも変だが」

「大和は優し過ぎるからダメ。甘やかしちゃうもの」

「我々は一体何歳の人間の面倒を見てるのだ・・・・」

「鎮守府幼稚園って言ったら?」

一瞬、提督と中将が園児服にスモック姿というのを想像した長門は顔を歪めると、

「かっ・・可愛くない・・・」

「あぁ笑った。まさか開戦前夜に最前線からネタ満載の報告を聞くなんて思わなかったわ」

「こっちは溜息しか出ない」

「でも、長門の声は元に戻ったわね」

「・・・そうか?」

「ええ」

「非常に認めたくないが、提督の放送を聞いた後、足の震えが止まったんだ」

「・・・」

「なんというか、恥ずかしい事じゃないというか、怖くて当たり前なんだと思えてな」

「トイレについて行ってあげないといけないものね・・・ぷっ・・ふふふふふ」

「もう勘弁してくれ・・・あまりにバカバカし過ぎる」

「そうね。提督渾身の満塁ホームランね」

「・・・どういう事だ?」

「確かに、提督の言った事はバカバカしいわ。」

「うむ」

「でも、もし、怖いのはたるんでるからだ!なんて叱られたらどうする?」

「・・・もう、怖いとは言えないな」

「それで、怖くなくなる?」

「いや。黙って怯えているだろう」

「司令官が部下から怖いと相談された時、一番多い反応は励ます事」

「・・うん」

「次が叱る事。この2つ、どっちをされても部下はますます怖くなるの」

「そう・・・・だろうな」

「正解のセオリーは認める事。部下が怖いのを、そうだねって言ってあげる事」

「認める、か」

「で、でも、俺の方がもっと怖いから・・トイレ・・あははは!だめ!お腹!お腹捩れる!」

「・・・・」

長門は大きな溜息を吐いた。確かに満塁ホームランかもしれないが捨て身過ぎるだろ。

「それを館内放送ねえ。提督、根性あるわねえ。」

「根性?」

「きっと漫才師になれるわよ!」

「本当にあの提督について行って良いのだろうか?不安になってきた」

「あら、何を言ってるのよ長門」

「な、何がだ?」

「ちゃんと尻に敷いてあなたが教育しないとダメよ」

「・・・大本営の最高艦娘としてその発言は良いのか?」

「だって私、中将の保護者だし」

「・・・意外と気に入ってるのか?」

「早く大和に譲りたいと思ってるけどね。あの子は中将好きだから」

「そうらしいな」

「あら、長門も気づいてたの?」

「ずっと前に本人がぽろっと、な」

「へぇへぇへぇ、後でカマかけてみようかしら」

「じょ、情報源をバラさないでくれよ!?」

「大丈夫。とある南の島で自白したんでしょって言うから」

「丸解りじゃないか!何の伏せ字にもなってない!」

「誰から聞いたなんて言ってないわよ?」

「1人しか・・・あ」

「何よ?」

「あの時、そっちの重巡艦娘が4人居たな」

「・・・あー、なるほど。ソロル移動直後の日ね?」

「うわっ!なんて記憶力が良いんだ!」

「なるほどね。へぇー」

「と、とにかく、内緒だ。内緒だからな!大和に殺される」

「大丈夫でしょ」

「重巡達を速攻で口止めした時の迫力を見てないからそんな事が言えるんだ」

「へぇ・・じゃあ、本気なのね。くふふふふふ。今日はネタ満載ね。御代りはもう良いわ」

長門はドキドキしていた。姫より殺気立った大和の方が怖い。

「さて。最新の状況だけど」

「へっ?あ、ああ」

「姫の島がそちらに着くのは夜明けの前後でほぼ間違いないわ。」

「うむ」

「うちの艦隊は高速戦艦と軽空母を主体とした偵察隊が行くわ」

「偵察?」

「出来るだけ島の兵装を調べて、大本営まで一目散に帰って来いって言ってあるの」

「先に敵の情報が手に入れば助かるな」

「あとね、主力隊にはそちらの伊勢と日向も加わったわよ」

「そうか。良く間に合ったな」

「受講生達を送り返すのを大本営で肩代わりしたのよ」

「なるほど」

「主砲は41cmを2門、瑞雲は全て晴嵐に積み替えておいたわよ」

「せ、晴嵐・・だと・・」

「もちろん、航空機開発部が以下同文、よ」

晴嵐。

まだ実験段階の機体であり、その意味で試製晴嵐とも呼ばれる。

水上機として大本営史上屈指の爆撃能力を有する攻撃機である。

急降下爆撃可能な頑丈な機体を9500m上空まで引き上げる能力を持つ。

提督の鎮守府では唯一扶桑が保有しており、伊勢は非番になると扶桑に

「ちょっとだけ、ちょっとだけ拝ませて」

と頼み、晴嵐の前で搭乗する妖精がポーズを決めるのを伊勢が拝むという微笑ましい光景が良く目撃された。

日向はというと

「瑞雲12型が最強だろ・・睦月に弟子入りするかな」

と言っていたそうである。

「じゃあそちらは偵察隊が大本営に帰って来てから本体が動き始めるのか?」

「それじゃ戦いが始まっちゃうわ。偵察隊は大本営と通信出来る装備を持たせてあるの」

「じゃあ、帰りつつ通信で」

「情報をどんどん送ってもらって、大本営でまとめて、貴方達と主力艦隊に送る」

「偵察隊の接敵はいつ頃なんだ?」

「夜明け1時間前よ。発艦は1時間半前」

「発艦出来るのか?」

「夜でも発艦は出来るわよ。着艦は馬鹿みたいに難しいけど」

「なるほど。終わる頃には日が登るから構わんという事か」

「そういう事。ただ、ちょっと気になる事があるの」

「何が?」

「偵察隊の龍驤はね、行方不明になってる遠征艦隊の1つの、本来の旗艦だったの」

「本来?」

「たまたま龍驤が直前の出撃で小破して、ドック入りしてる間に代理の子を立てて遠征に出たら」

「・・姫に滅ぼされたのか」

「龍驤もそう思ってる。何度も絶対偵察以外しちゃダメよって言い聞かせたんだけど」

「開戦の火蓋が切って落とされる可能性があるんだな」

「ええ。だから夜明け2時間前辺りから念の為通信回線を開いておいて頂戴」

「私達も既に準備で動き回ってる頃だがな」

「長門じゃなくても良い。誰か居てくれないかしら」

「うむ。提督に相談する。以上か?」

「ええ。それじゃあ・・・てっ・・提督に・・・ぷふふふふふ」

「よろしく言っておく」

プチッとスイッチを切った長門は、通信棟を出た。

11月の真夜中は寒い。だが、日の出前はもっと寒い。

長門は計画を思い出した。海原で待つ形じゃなくて良かった。

耐えられはするが、万一日の出を過ぎても延々来なければ必要以上に疲れそうだ。

 

「提督」

「お?どうした長門、トイレか?一緒に行くか?」

「それは提督だろう、まったく」

「で?」

「明日の夜明け前後、姫がここに来る」

「そうだね」

「その1時間前に、大本営の先発隊である偵察部隊が姫に到達する」

「うん」

「装備を見るだけ見て帰還するよう命令されているが、そこの龍驤がな」

「命令を蹴って敵討ちをするかもしれない、か?」

「御名答」

「ふーむ」

「だから、夜明け2時間前から通信所に誰かを詰めておいてほしいと言ってる」

「確かに状況は知りたいなあ」

「だろう?だが、その頃は」

「準備も含めればもう始めても良い頃だな・・・古鷹と加古を呼んできてくれ。寝てるだろうが」

「解った」

 




単位を1箇所修正しました。ご指摘ありがとうございます。


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file86:姫ノ島(13)

 

11月27日1時 仮設鎮守府作戦指令室

 

「ふわああああ・・・ねみい」

「もう!加古!提督の前なんだから、ちゃんとして!」

「良いよ良いよ古鷹。それに加古。真夜中にすまない。」

提督は経緯を説明した。

「それで、私達が通信棟に居れば良いんですね?」

「いや、これから通信施設だけをこの地下の防空壕に移す」

「移せるんですか?」

「高い棟なんて真っ先に空爆されるからな。携行型の通信機器だからな。大丈夫だ。」

「ありがとうございます」

「二人でついてて欲しい。インカムで届いてない時はどっちかが知らせに来てくれ。」

「解りました。他に質問はない?加・・・古・・・」

提督と古鷹の目線の先には、見事な鼻提灯を膨らませて寝ている加古の姿があった。

「ちょ、ちょっと、加古」

つんつんと古鷹がつつくが全く起きない。

「こいつの肝っ玉の太さは・・変わらんな」

「そうなんですか?」

「深海棲艦の時はレ級だったが、確証の持てない艦娘化に第1号で飛び込んだからな」

「へー・・・うふふふふ」

「う・・うぅ・・」

「ん?うなされてる?」

「・・ちゃんと・・・聞いて・・・スカート引っ張らないで・・変態・・むにゃ」

途端に古鷹の鋭い眼光が提督に刺さる。

「・・・提督・・・セクハラ、したんですね?」

「ちっ!ちがっ!私は何もしてないぞ?それに艦娘に戻した直後に古鷹の所に連れてっただろ!」

「そうですけど・・・」

「大体、高雄達も一緒だったじゃないか!私は無実だ!」

「・・・・」

「なんでそんなジト目で見るんだ。それにそもそも寝言じゃないか」

「まぁ、そうなんです・・けど・・ね」

「私の目を見ろ古鷹!そんな事をするような人間に見えるか?」

「・・・・まぁ」

「?」

「提督の場合、無いですね」

「・・日頃の行いって大事だな。おい、加古、そろそろ起きてくれ」

「・・・んあ?」

「んあ、じゃない。話聞いてたか?」

「後で古鷹から聞くから・・・・・zzz」

「大丈夫かな・・・」

「とりあえず、このまま防空壕に連れて行きますね。ここの下ですよね」

「ああ。私は触らない方が良さそうだから、後から通信設備を持って行くよ」

「お願いします」

「長門、起きてるか?」

「ん、すまない、うたた寝をしていた」

「ちょっと手伝ってくれ。通信施設を防空壕に移す」

「解った」

 

 

11月27日夜明け2時間前 偵察隊

 

「皆、準備ええか?」

整備妖精が口を真一文字に結び、敬礼する。

龍驤は艦載機リストを破り捨てた。もう偽造する必要もない。

やっとここまで来た。

龍驤が大本営で受け取るよう指示された機体は震電だった。

震電の限界高度かつ高速で島の上空に到達、そのまま速度を落として機体下部のカメラで空撮し帰投。

後は艦隊ごと全力で大本営に戻る。そういう任務だった。

今回の出撃には震電・流星・紫電改しか使わないと、大本営に着いた時に言われた。

その為、大本営の倉庫には、各艦娘が持参し、換装された航空機が雑多に置かれていた。

龍驤は眉一つ動かさず、大本営の兵装妖精に偽造書類を手渡し、天山を「返却」として受け取った。

そして天山用の800kg爆弾と、ありったけの防御装甲を引っ掴んできた。

命令違反なんて百も承知だ。出航前、五十鈴も、偵察隊旗艦の霧島も再三再四、

「偵察のみよ偵察のみ。敵討ちは主力艦隊が絶対やるから!私達は情報を集めるの!良いわね!」

と言われ、龍驤はその度に

「んーもう、耳にタコが出来るわ。堪忍してやあ」

と、返したが、龍驤は決して承知したとは言わなかった。

そう。龍驤は大本営に呼ばれる前から覚悟していたのである。

ウチの大切な友達を葬り去ったド阿呆には、熱い灸を据えてやらなあかん。

出航前、龍驤は妖精達にささやかな復讐計画を打ち明け、志願兵を募った。

だが、龍驤から降りる妖精は居らず、むしろ普段より多かった。

今、龍驤も、乗艦する妖精達も、復讐という1つの目的の為に総力を挙げて動いていた。

ある意味、姫の島に集う妖精達より純粋でまっすぐな怒りの炎だった。

龍驤自身、万一姫の島に気付かれたら、妖精を他の艦に預け、自分は囮になるつもりだった。

化け物かなんか知らんが、あのド阿呆の寝ぼけ眼に鉄槌を下したる。絶対に。

「・・・・・」

瑞鳳は龍驤を見ながら、妖精からの報告を聞いていた。

どうも僚艦の龍驤の様子がおかしい。

それは偵察隊皆が思っていたけど、言うと解ったといった風情で手を振るので、それ以上言えなかった。

しかし、旗艦の霧島と僚艦の榛名は信じていなかった。

五十鈴とぎりぎりまで交代の調整をしたが、何故かどうしても代役が見つからなかった。

(調整を命じられた事務員を龍驤が軟禁していたのだ)

仕方なく出航したが、榛名は瑞鳳に

「絶対あの子は何か企んでる。掴んだら知らせて」

と、耳打ちした。

瑞鳳は妖精をやりくりし、なんとか交代で見張りをつけた。

報告によると、龍驤は一晩中煌々と明かりを点け、整備作業らしき音が聞こえていたそうだ。

確かに震電は物凄く繊細な機体だから、整備に時間はかかる。

だが、瑞鳳も43機積んでいるが、未明には終わらせ、妖精達を休ませていた。

5機の違いでそんなに時間が違う訳がない。

しかし、妖精は嫌な単語を発した。

もし爆装をするなら、夜を徹して行わねば間に合わない、と。

だが、瑞鳳は首を振った。震電の爆装なんてせいぜい60kgx4だ。

12000mの高さから島に向けて60kg爆弾を落としても風で流されるから碌に当たる訳がない。

それに、当たってもほとんどダメージなんて与えられない。

特攻するには震電は脆すぎるから、途中で全て撃ち落される。

こんな事も解らない程に龍驤が取り乱しているようには見えなかった。

ふと、瑞鳳は気付いた。

取り乱してるんじゃない。冷静に、物凄く強い意志を持って動いてる。

どう考えても可能性はない筈なのに、胸騒ぎが押さえられなかった。

その時。

「龍驤、瑞鳳!全機発艦開始!各小隊揃い次第偵察行動に移れ!多数で固まるな!」

霧島の発艦命令が下った。

瑞鳳の妖精達は対応に追われ、瑞鳳も目を放してしまった。

その様子を見て、龍驤は笑みを浮かべた。ついに、時が来た。

「さぁ仕切るで!攻撃隊、発進!」

龍驤は自分史上最速のペースで天山を発艦させた。気付かれて強制停止される前に、1機でも多く。

最初に異変に気付いたのは頭上を飛んでいく天山を見た島風だった。

「あ、あれっ!龍驤?偵察機って天山なの?」

「はよ!はよいけ!ほれ!」

「りゅ、龍驤!?あんた何持って来たの!?」

「島風ぇ!邪魔や邪魔!発艦の邪魔するといてまうで!」

「い、五十鈴!五十鈴!緊急事態!龍驤が命令違反で天山を発艦中!これから強制停止させます!」

「榛名、待ちなさい!」

榛名を制し、五十鈴は通信室で唇を噛んだ。やはり龍驤は命令に納得していなかった。

流星や紫電改の在庫数はくどいほど調べたが、天山はノーチェックだった。

だが、天山だって手続きが要る。恐らく書類を偽造したのだろう。

そこまでの命令違反を重ね、堂々と発艦させた。覚悟を決めている。

だが、と五十鈴は思った。

妥協出来るギリギリまで思いを遂げさせ、被害を最小限にすれば、主力艦隊の露払いにもなる。

命令変更は最小限にしなければ混乱してしまう。

龍驤が正常な判断力を維持しているか。分の悪い危険な賭けだった。

だが、五十鈴は維持しているほうに賭けた。

それは、他でもない龍驤だからゆえだった。

 



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file87:姫ノ島(14)

11月27日夜明け1時間15分前 大本営通信棟

 

「龍驤・・・五十鈴よ。教えて」

「なんや!もう発艦は終わったで!止められへんで!」

「信じられない早さね・・・で、この後どういう計画?」

「ウチはこれから艦隊を離脱し、あのド阿呆の航路の背後から追ったる」

「それで?」

「天山に乗せた爆弾を投下して、建物に集中空爆や!皆覚悟決めとる。ウチもや!」

「建物があるってどうして知ってるの?」

「知らんで!しかし島やろ?砲台なり滑走路なり格納庫なり、必ず地上に出てる建物はある筈や!」

「それはそうね」

偵察隊の榛名は真っ赤になって怒鳴った。

「攻撃は完全に命令違反です!そんな勝手は許しません!」

だが、五十鈴は意外な言葉を発した。

「天山の爆弾は何を積んだの?」

「800kg爆弾や」

「カメラは?」

「主翼前側に装着しといたで」

「追加装甲は?」

「下部と正面にありったけ重ねといた。要塞並みや」

「じゃ、特攻計画ではないのね?」

「特攻はせぇへん。しても・・・黒潮は喜ばんやろからな」

五十鈴は頷いた。賭けは私の勝ち。

「瑞鳳」

「はい」

「震電の機銃は整備してるわね?」

「ええ、もちろん」

ふうと一息つくと、五十鈴は口を開いた。

「五十鈴の責任で命令を変更します。空母2隻を中心に戦艦と駆逐艦で輪形陣を取り、その場で待機」

「艦隊はそれ以上絶対に島に近づいたらダメ。他から攻撃を受けたら確認せず即時戦闘を開始」

「う、うちが囮になる!」

「龍驤、最後まで聞いてから反論して」

「・・・」

「震電全機は最高高度と出来るだけ高速で最短距離を移動、島が見えたら撮影開始。何を撮っても良い」

「そして、天山も最高高度と出せる最高速を維持して移動。」

「良い?天山の空爆のチャンスは行きの1度だけ。決して7500m以下に下がらない事」

「!」

「もし投下出来なかったらそのまま帰還。鎮守府が近いから海底地形を変えたくないわ」

「天山達が空爆を開始したら震電も7500mより上の空域を維持、可能な範囲で敵の航空機を攻撃」

「空爆し終わった天山は他を待たずU字状に空域を離脱、最高高度で帰還しなさい」

「島が鎮守府から5km手前まで来たら未投下機も含めて全機帰還。これは主力隊への誤爆を防ぐ為」

「最後の天山が帰還を始めたら震電は四方に散って帰還開始。」

「震電帰還開始を合図に艦隊は輪形陣を解除、全速力で大本営に移動、艦載機は帰還しながら収容すること」

「駆逐艦は着艦出来なかった機体から搭乗員だけ回収し最短で復帰。機体やカメラは無視して良い」

「着艦した震電と天山が撮った写真と何か情報があれば全て通信で報告する」

「島や航空機が艦隊まで追ってきたら3手に分かれて海域を離脱しながら迎撃、その後帰還すること」

「これで良いわね?龍驤」

「・・・ほんまに、ええんか?」

五十鈴はニッと笑った。

「あのド阿呆に1発かましたいのは龍驤だけじゃないわ。でもこれが最大限の譲歩。もう許さないわよ」

「解ってる。うちはなんぼでも処罰を受けるから、妖精達を責めんといてや」

「それは後。今は作戦に集中しなさい。そろそろ探査されてもおかしくないわ!」

霧島と榛名は肩をすくめた。まぁそれなら多少の変更だし、五十鈴が言うのなら仕方ない。それに、

「ちゃんと撃ち込んで来なさいよ!」

「うちの鎮守府だって2艦隊も帰ってきてないんだから!かましてきてよ!」

「よし、一気に決めるで!」

 

 

11月27日夜明け1時間前 姫の島指揮官室

 

部屋のドアを叩く軽いノックの音が響いた。

姫はこの瞬間を心待ちにしていた。

昨晩は整備班長を捕まえ、ちゃんと事情を話して詫びた。

整備班長と相談し、攻撃機1200機と大型爆撃機400機の製作で折り合いをつけた。

丁度攻撃機3機に爆撃機1機の比率は最も訓練した形だ。

窓の外には真新しい滑走路が斜めに横切っている。

格納庫はコンクリートだと間に合わないので多重鋼板にしたが、この戦いが終われば換装する。

なにより、ちゃんとそういう調整をつけて今を迎えている。

きっと機関長は許してくれる。

カチャリと開いたドアから、機関長が入ってきた。ほら、笑顔だ。

「姫、約束ノ紅茶ト」

機関長はにっこりと笑うと

「ロールケーキヲ持ッテ来タゾ。ヨク謝ッタナ。」

姫は頬を赤くしながら

「ダッテ、ケーキ食ベタカッタンダモン」

「ソウカソウカ。ヨシ、窓辺ノテーブルデ食ベヨウ。置クノヲ手伝ッテクレ」

「ウン。日ガ昇ッチャウモノネ」

このケーキを食べたら、夜明けをすっかり見たら、全航空機を発進させる。

会話しながらカップや皿を並べていた二人は、微かな飛行機の音も、水平線上の群れも、気付かなかった。

 

同時刻 戦域上空

 

「こちら天山1-B小隊。見えました!建物も!対空砲台も!うじゃうじゃ居ますよ!」

「写真!写真撮ってや!」

「勿論です!じゃあ、滑走路脇の対空砲台に撃ち込みます!」

「待ちぃな!滑走路やて?」

「ええ、滑走路があります。3本!」

龍驤は一瞬で判断を切り替えた。

「天山全班、命令変更や!建物が面倒なら滑走路をいてまえ!」

「対空砲台じゃなくてですか?」

「滑走路や!そうや!滑走路を最優先でいてまえ!」

「は、ははっ!」

 

姫の執務机の通信ブザーが鳴ったのは、姫がケーキの一口目を口に入れた直後だった。

「姫、呼ンデオルゾ」

だが、姫は思い当たる事があったので、ケーキを味わう事に集中していた。

「多分整備班長カラヨ。滑走路ノ誘導灯テストノ終了報告。漏レテタカラ至急ヤルッテ言ッテタノ」

「ナラ、ソレヲ確認シナサイ。ケーキハ逃ゲン」

機関長はじっと姫を見て、促した。

姫は肩をすくめると、テーブルを離れて机の通信機のスイッチを入れた。

「ナニカシラ?」

「姫!大変デス!敵襲ノ恐レアリ!」

「ナンデスッテ!?一体ドコカラ!?」

そこまで言った時、1発の爆弾が滑走路脇の対空砲台に着弾。周囲の砲台も巻き込んで爆発した。

「ナッ!?迎撃!迎撃シナサイ!」

「始メテマス!準備出来次第開始シマス!」

「攻撃機モ発進!敵ハドコナノ!レーダーニ反応ハ?」

「アリマセン!今ノ時点デモ無インデス!」

機関長はとっさに窓から上を見た。そして姫に言った。

「敵ハ高々度ダ!レーダー圏ノ上カラ空爆シテオル!」

姫は愕然とした。

島のレーダーは正確な敵位置を知る精度と引き換えに、最高高度を5000mとしていた。

それは戦った経験から弾き出した、敵が肉眼で爆撃地点を定められる最大高度であった。

レーダーが高性能だったが故に完璧に信じており、全砲台はレーダー連携で自動攻撃としていた。

まさか超高々度から「当てずっぽう」で撃ち込まれるとは誰一人予想しなかったのである。

「クッソオオオ!」

姫は怒り任せに机を拳で叩いた。

「砲台ノ半数ヲ手動連携ニ変更!直チニ対応シナサイ!」

「了解!第1次攻撃隊発進シマス!」

 

 

「敵さんが来たで。逃げろ逃げろ!爆弾放り込んで上に逃げるんや!」

龍驤の指揮は冴えに冴えていた。基本作戦として五十鈴が示した内容はシンプルだった。

1小隊ずつ、到達直前にどこへ撃ち込むかだけ短く指定したら、後は投下し帰還するのに何の指示も要らない。

右に左に奥に手前に。対空砲台を翻弄しては爆弾だけ落とす。

敵の航空機が登ってくれば震電と天山は遥か上に逃げ、挙句に爆弾を放り出す。

運の悪い航空機はまともに爆弾に突っ込む形となり、空中で幾つも爆弾が炸裂していた。

こちらの被害もゼロではなかったが、撃墜数は少なかった。

龍驤は追加装甲のおかげと判断した。

「こちら天山3-A小隊。滑走路脇の格納庫1つ撃破!恐らく中の航空機でしょう。誘爆してるのが見えます!」

「隣接建物もいてこませ!じゃんじゃん上から放り込んだれ!」

「こちら天山3-B小隊、格納庫付近へ投下!」

 

「何ヲシテイル!」

「攻撃機ガ上昇スル間ニ四方カラ撃タレテ圧倒的ニ不利ナンデス!」

「砲台ハ!砲台ハ何ヲシテルノ!」

「敵ガ高高度デ速ク、手動制御デハ照準ガ間ニ合ワナイデス!」

「予測砲撃デ良イ!撃チナサイ!」

そう言った次の瞬間、指揮棟の壁に爆弾が着弾した。

壁は堅牢で辛うじて崩壊しなかったが、ピンポイントのように狙われた窓ガラスは耐え切れなかった。

そのすぐ内側で窓越しに上を見ていた機関長は、その爆風をまともに受け、反対側の壁まで叩きつけられた。

「グハッ!」

姫が駆け寄って抱き起こす。

「キ、機関長!機関長!シッカリシテ!」

「ヒ・・姫」

「ナニ!?」

「ヒ、引キ際ヲ・・見極メルンダゾ」

「救護班!誰カ!救護班ヲ呼ンデ!機関長ガ!」

機関長は優しい目で姫を見つめた。

「ミ、皆ヲ・・・無駄死ニ・・・サセテハ・・・ダメダゾ」

機関長の体が光に包まれていく。

「イヤ!イヤアアアアアアアアアアア!」

到着した救護班が見たものは、部屋の床に座って呆けている姫の姿だった。

「ヒ、姫・・・サマ」

「・・・・」

「オ気ヲ確カニ!姫様!」

「・・・アハ。ユルサナイ。許サナイワヨ?」

「姫様?」

「アイツラ・・・アイツラアアアアア!」

「ヒッ!」

姫は沸騰した頭を最高速で回転させた。そうだ。

「整備班長!」

「ハイ!」

「レーダー精度ヲ落トシテ良イ!高度10000mニ再設定!完了シタラ報告!」

「ハイ!」

「砲兵班長!」

「ハイ!」

「弾薬ヲ高性能爆薬榴弾ニ変更!8000m自発設定!照準ハレーダー誘導ニ切替!完了後待機!」

「ハイ!」

「航空隊長!」

「ハイ!」

「攻撃機ノ爆弾ト増槽ヲ下ロシ、機銃ノミ装備。最高速仕様ニシテ発進!潰セ!」

「解リマシタ!」

血走った目で姫は空を睨んだ。

アイツラ、皆、潰ス。

潰ス潰ス潰ス潰ス潰ス潰ス潰ス潰ス潰スゥウウウウウウウウウ!!!




すいません。ちょい設定間違いがあったので訂正しました。

度々すいません。2箇所ほど素で間違えてたので訂正しました。
ご指摘感謝。


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file88:姫ノ島(15)

11月27日夜明け 大本営通信棟

 

五十鈴は首を傾げていた。

開戦から1時間。

あんな急ごしらえの作戦にも関わらず、偵察隊からの報告は慢心しかねない程の上々ぶりだった。

よたよた上昇してくる敵航空機周辺を軽く機銃で撃てば、回避行動で失速するらしく全く登って来ない。

地上の砲陣地はぐいんぐいんと回っているが、龍驤の差配に翻弄されているのか全く撃ってこない。

天山は高々度から放物線かつ1発勝負で投下するゆえに着弾精度は極めて雑な物だった。

しかし、落としているのが800kg爆弾であり、多少外れても被害を与えられる。

既に幾つもの砲台と格納庫の1つから火の手が上がっている。

更に、帰還した天山が持ち帰った写真から、敵の砲台数や配置など、島の状況が明らかになっていた。

なのに、天山の攻撃はまだ半数残っているのである。

現時点で天山や震電の墜落は確かにあった。

しかし、撃墜はたった4機。調整不良による不時着の5機すら下回っている。

不時着機の搭乗員回収は駆逐隊が済ませたが、搭乗員は仲間の報告を聞いて大変悔しがっているそうだ。

このまま主力隊を呼び、高高度から大空爆を行えば、まさかの大勝利となるのか?

自らの問いに、五十鈴は首を振った。

勘は警報を鳴らし続けていた。

何故ならこんな戦力しかない相手なら、遠征艦隊が瞬殺された理由が解らないからだ。

 

 

同時刻 姫の島指揮官室

 

「レーダー調整完了、敵ガ見エマス!7500m付近デス!」

「高性能爆薬榴弾への換装完了!8000m自発設定完了!」

「最高速形態ヘノ装備換装完了!発進シマス!」

姫はニヤリと笑った。

「ショータイムヨ。始メナサイ」

 

 

同時刻 偵察隊待機海域

 

「こちら天山4-C小隊・・・・何か、様子が変です」

龍驤は返事を返した。

「なんや?4-C?何が変なんや?」

しかし、応答は無かった。

雑音にゾクッとした龍驤は、即座に全体発信に切り替えた。

「天山隊!応答可能な機体は答えてや!何があった!」

「こ、こちら・・・天山6-A小隊」

「どうしたんや!」

「く、空中で大爆発発生。目の前に居た天山4、天山5中隊が・・消えました」

「なんやて!?」

「あ・・・」

「なんや!」

「ほ、砲門が・・・」

「砲門が何や!?」

「一斉に、こっちを向きました」

「阿呆な事言うてないで逃げろ!」

しかし、応答は無かった。

龍驤は首から足まで鳥肌が立った。あれだけの追加装甲を施した天山が消滅?

ハッとしてスイッチを切り替える。

「瑞鳳!」

「なに?こっちは震電達に連絡が取れなくなってるの!」

龍驤は確信した。

「天山隊!全機撤退!装甲が効かん攻撃が始まった!繰り返すで!全機離脱!爆撃中止!はよ逃げろ!」

瑞鳳も回線を開いた。

「震電隊に緊急指令!最高高度まで上がって四散し全機離脱!繰り返す!緊急!全機空域離脱せよ!」

すると、瑞鳳の無線に応答があった。爆発音が背後で鳴り続けている。

「こ、こちら震電21号機・・・」

「どうしたの?」

「私は、こ、高度11000mに居ましたが、7500m近くに居た機体は爆発にて、ほぼ全滅しました・・・」

「貴方だけでも即時撤退しなさい!急いで!」

「て、撤退・・・します・・・・」

霧島が眼鏡をくいっと上げた。

「震電の撤退開始を確認。全艦輪形陣を解除。駆逐艦1班を先頭に複縦陣体制を取りなさい」

「榛名と私でしんがりを務めます。龍驤と瑞鳳は着艦対応を継続しなさい。全艦、大本営へ航行開始。」

榛名は呼びかけた。

「五十鈴さん、聞こえますか?」

大本営の通信室で、五十鈴は苦い顔をしていた。

「ええ、聞こえているわ。出来るだけ情報を集めて頂戴。帰還搭乗員は確実に回収してね」

五十鈴はふうと溜息を吐いた。

やはり、だ。

何らかの理由で島が体制を整える前に攻撃していたが、反撃体制が整ったのだ。

反撃前に格納庫1つと幾つかの砲台を潰せたのはまさに僥倖だった。

反撃が始まるや、一瞬で相当な犠牲が出た。それも7500mの高度で。

空域での爆発と言う表現から、三式弾のような弾を想像した。

それにしても、と、五十鈴は機体選択に胸をなでおろした。

大本営が用意させた流星は装甲は厚く、実用上昇限度は8950mに達する。

可能なら命中精度を完全に諦めて最高高度で爆弾を落とす空爆という手もある。

さすがに震電の12000mには敵わないが、7500mでさえ危険と解った以上は登れるほど望ましい。

加えて、流星の機動力は極めて高い。天山を上回り、零戦に匹敵する。

信じがたい事だが、敵の地上砲台は電探と協調制御されている可能性がある。

でなければ砲門が一斉にこちらを向くなどという悪夢が起こる筈がない。

 

どうっと椅子にもたれる。

この流れなら、遠征艦隊が次々消えた理由も納得できる。

最初弱いと見せかけ、行けると思って近づいた途端に強い武装で攻撃されたのだ。

見つけてから轟沈までは非常警報を発信出来ないほどの短時間ではなく、攻撃すら出来るほどだったのだ。

ただ、相手が弱々しいので轟沈させてから報告しようと油断し、至近距離から強い武器で攻撃され、瞬殺された。

なんとえげつない戦法だろう。

龍驤は歴戦の勘で即時撤退させ、艦隊が充分離れていたから生存出来たが、艦隊まで近寄っていたら全滅だ。

五十鈴は島の航行状況を見た。まっすぐ鎮守府を目指している。速度も全く変わっていない。

到達はあと1時間後という所だ。

五十鈴は通信機のスイッチを入れた。

「提督か長門は居るかしら?」

しかし、返って来た声は別の物だった。

「あ、あの、古鷹です。長門さんと提督に言われて、ここを任されています」

「おはよう古鷹。状況は聞いていたわね?」

「・・はい」

「大至急提督に伝えて頂戴。敵は7500mまでの攻撃機を中隊単位で殲滅させる力がある」

「は、はい」

「あと、敵の攻撃が弱くても、それは囮。絶対に深入りしちゃダメ」

「はい」

「これから主力艦隊は攻撃策を練り直します」

「はい」

「鎮守府正面海域に入った敵を背後から攻撃するつもり」

「はい」

「最後。敵が鎮守府海域に到達するのは後1時間後だと思うわ」

「伝えてきます!加古!ほらしっかりして!今からあなたが聞いてるの!任せたわよ!」

「お願い、ね・・・」

五十鈴は通信機のスイッチを切り替えた。

「龍驤」

「・・・なんや?」

「航空機の状況は?」

「うちの天山は18機を格納済整備中、3機が不時着、2機が帰還中、25機・・・未帰投や」

「帰還中の機体回収に全力を挙げて。全機のデータを集めて送って。主力隊の命綱よ」

「わ、わかってる・・・あ、あのな、五十鈴」

「作戦は私の責任。話は大本営で全部聞く。だから急いでまっすぐ帰って来て頂戴。解ったわね?」

「・・・解った」

「瑞鳳」

「はい」

「航空機の状況は?」

「震電43機中・・・回収済は1機、不時着は2機、帰投中が5機・・・未帰還・・・35機です」

五十鈴は息を飲んだ。天山は空爆後順次帰投させたが、震電は迎撃の為に留まらせた。

装甲の差もあった。しかし、ほぼ壊滅は予想以上の惨状だ。

「き、帰還中の機体回収に全力を挙げて。データも送って」

「・・・6機しか・・残りませんでした」

「瑞鳳、私を責めるのは帰還後に。今は主力隊と提督の鎮守府の為に力を貸して」

「ち、違います・・怒ってるんじゃないんです。まだ、何が何だか解らなくて」

「体勢を立て直すために、貴方に帰還する震電が撮影した情報が必要なの」

「ちゃ、着艦次第回収して送ります。」

「頼むわね。それと、霧島、榛名」

「お任せください。龍驤と瑞鳳が変な事しないように駆逐艦で周囲を固めてます」

「・・・助かるわ。大本営までの航行差配は霧島に任せていいかしら?」

「ええ。御心配なく!」

「五十鈴さん、榛名です」

「・・・なに?」

「この戦いは、互いに兵装が解らないから、腹の探り合いで、騙しあいです」

「・・・そっか。向こうも解らない・・・そうよね」

「戦果はあげました。負傷するのは艦娘として解ってます。」

「・・・」

「勝利を、提督に。五十鈴さん、まだ始まったばかりですよ!」

「・・・・榛名、ありがとう。そうね、弱気になったら負けね!」

「はい!」

「貴方達は絶対帰って来て!お願いよ」

「解りました!」

 

 

 



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file89:姫ノ島(16)

 

11月27夜明け15分後 仮設鎮守府作戦指令室

 

「よし、全員赤外線ゴーグル、ヘルメット、防爆チョッキを忘れるなよ。始まったら装着出来んからな!」

「提督っ!」

艦娘達に指示を飛ばしていた提督は、息を切らして駆け込んできた古鷹を招き入れた。

「どうした!」

「て、偵察隊が攻撃を敢行、7500m上空から空爆を実施、開戦状態に突入しました」

「そうか、やはりな」

「当初1時間は戦果をあげたものの、突然敵の反撃が激化。3式弾のような対空兵器で相当数が撃墜」

「・・・うむう」

「五十鈴さんからの言伝は4つ。」

「1つ目は7500m上空の攻撃機を中隊単位で殲滅させる力があること」

「2つ目は敵は囮として攻撃を弱める事があり、絶対深入りしてはいけない」

「3つ目は主力艦隊は策を再検討し、鎮守府正面海域に入った後で背後から攻撃する」

「最後は、敵がここに来るのは日の出1時間後という事です」

提督はふんすと息を吐いた。

「よし、古鷹!良く伝えてくれた!」

提督が全く落ちこまない事に古鷹はおやっと思ったが、

「は、はい!ありがとうございます!」

提督は工廠長を見た。

「やはり、今の案の通りで良さそうですな」

「そうじゃの・・こんな攻撃を予想する司令官はおるまい」

「後は、相手が入り江にすんなり入ってくれる事を願うのみですね」

「うむ。入ってくるかは相手の司令官の冷静さ次第。相手の砲火力が予想を超えておるのがいささか心配じゃの」

「ええ・・・よし古鷹、すまんが引き続き五十鈴との通信を聞いていてくれ!」

「はい!戻ります!」

「それから、そろそろ作戦指令室を第2防空壕に移すぞ。古鷹達も通信設備を持って今の防空壕から移ってこい」

古鷹は作戦を思い出し、地図を再確認した。

「解りました。私達も通信機器を持って第2防空壕に移動します!」

「うむ。現地で会おう」

 

 

11月27夜明け30分後 姫の島指揮官室

 

空爆は高性能爆薬榴弾の自動一斉射で応じ始めると、急に静かになった。

レーダーで見ていた砲兵班長曰く、爆撃機は射程圏外へ素早く引き返し、攻撃機は四方に散ったらしい。

混乱して統制が取れなくなったのだろう。爆撃機は怖気づいたか?

いずれにせよ、撤退数は飛来数より明らかに減ったそうなので、高性能爆薬榴弾は有効という事だ。

一方で攻撃機は機銃のみにしても役に立たなかった。

あの攻撃機でさえあのザマでは、旧型機なんて離陸出来たかさえ怪しいものだ。変えておいて正解だった。

しかし・・・

上昇速度を爆弾の搭載量と引き換えにした落ち度は認めるが、あんな高々度で飛んでくるなんて詐欺だ。

攻撃機が劣性である以上深追いは禁物。機体から増槽を下ろし、小型爆弾だけ搭載させている。

さっきの攻撃は艦娘が放った航空機だけだったが、艦隊戦となれば・・・・

そうだ、被害状況は確定しただろうか?

「整備班長」

「ハイ!」

「航空系ノ被害ハ?」

「B格納庫ガ爆破サレ、駐機場デノ被弾分ト合ワセ、攻撃機150機ト爆撃機50機ノ破壊ヲ確認シマシタ」

「滑走路ハ?」

「爆弾ガ数発着弾シマシタガ、後15分デ修理完了シマス」

「滑走路修理完了時ニ連絡ヲ」

「ハイ。ソレカラ後1ツ」

「ナニ?」

「高性能爆薬榴弾ヲ、先程ノ戦イデ7割消費シマシタ」

姫は絶句した。あれがなければ・・空爆に太刀打ち出来ない。

「エ、エット」

「現在急ピッチデ通常榴弾カラ変換中デス。タダシ通常榴弾7発デ1発ナノデ、後1回ガ限界デス」

「変換ハ、後ドレクライ必要?」

「30分デ間ニ合ワセマス」

「・・・オ願イ」

スイッチを切り替える。

「砲兵班長」

「ハイ」

「被害状況ハ?」

「25門使用不能ニナリマシタ。残リ575門デス」

「修理ハ?」

「平常時デ1日カカリマス。戦闘中ハ不可能デス」

「マァ、600門中575門動イテルナラ大丈夫カ」

「降ッテキタ爆弾ノ数ノ割ニハ、当タリマセンデシタネ」

「ソウネ」

「タダ、コチラモ10000mマデレーダー範囲ヲ広ゲタノデ、命中率ガ下ガッテイマス」

「ドレクライ?」

「ザット見テ4割デショウ」

姫は目を瞑った。5000mまでの設定なら通常榴弾で9割に迫っていた。

高性能爆薬榴弾は通常榴弾の7倍の資源を食いつぶす。

だから現在は単純に言って14倍のペースで資源を消費している。

高々度爆撃を高性能爆薬榴弾で撃退出来るのはあと1回が良い所だ。それでも通常の28戦分なのだから。

・・・もし敵がこの後オーバーロード作戦で来たら終わりだ。

そうなる前に、是が非でも短期決戦で。

あのオッサン提督だけは仕留めてやる。

その時、部屋のドアがノックされた。

「入リナサイ!」

「姫様、アノ、キ、機関主任デス。機関長代行トシテ、指示ヲ伺イニ参リマシタ!」

「解ッタワ、ヨロシク頼ムワネ」

「・・・ガッ、頑張リマス!」

「早速ナンダケド、奴等ノ拠点ニハ予定通リ着クノカシラ?」

「ハイ。航行系ニ一部損傷ガアリマスガ、修理シナガラデモ速度ハ維持デキマス」

「ソウ」

「ア、アノ、機関長カラハ、入リ江ニ入ル前ニ停止シ、姫様ニ確認シロト言ワレテマシタ」

姫は天を仰いだ。その通りだ。入り江の外に留まり、空爆で弱体化してから突入する筈だった。

しかし。

姫は握りしめた拳をわなわなと震わせた。

そんな小賢しい事をする時間はなくなった。

鎮守府だけをピンポイントで攻めてやる。

艦隊決戦なんて誰が決めた?そもそもうちは島。セオリーなんて知らないわ。

私から機関長を奪った事を死ぬほど後悔させてやる!

「機関主任」

「ハイ!」

「入リ江ニ入ッタラ敵鎮守府マデ真ッ直グ進ミ、シッカリ乗リ上ゲテ」

「エッ!?」

「可能ナ限リ敵鎮守府ノ建物ヲ押シ潰スノ。」

「シ、島デ特攻デスカ!?」

姫はにっこり笑った。

「モチロン航空機ノ発艦ヤ砲撃ニ影響ガ出ナイヨウニ、アト、戦闘後ハ海上ニ復帰出来ルヨウニ、ヨ」

若い機関主任は安堵の表情を見せた。姫は気が狂ったのかと思ったが、違ったようだ。

それにしても何て斬新な攻撃方法だろう。

「承知シマシタ!早速対応致シマス」

「ヨロシク」

ドアが閉まると、姫は無表情になった。今は戦争中。そう。戦争中。

奇策が好きみたいだから応えてあげる。島で鎮守府の建物を押し潰すのは予想してないでしょ?

私だって今思いついたんだから。

それに・・・

姫は窓の外を見た。

島が陸に乗り上げたら機関部はタダでは済むまい。恐らく航行不能になる。

事実上の特攻命令だ。機関長が聞いたら拳骨で叩かれるだろう。

それでも、確実に仕留められる短期決戦はこれしかない。

姫は時計を見た。到着まで後30分。

 



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file90:姫ノ島(17)

11月27夜明け1時間後 第2防空壕(作戦指令室)

 

 

第2防空壕。

工廠長は幾つかの防空壕を、この半島全体に点在させていた。

先程まで古鷹達が居た第1防空壕は、通信棟と正面入り口の間の地下にあった。

現在作戦指令室が置かれてる第2防空壕は、鎮守府から離れた、小高い丘の中腹の森の中にあった。

空爆となれば動けない建物なんて的になるだけだと、提督が鎮守府の全建物を捨てる決断をしたのである。

鎮守府はCの字型の入り江の最も奥(左)に位置している。

深海棲艦達はCの字で言う右に、艦娘達はCの字で言う上下にある防空壕にいた。

防空壕は半地下の構造で、上には必ず森がある。これは電探で検知されにくいようにする為だった。

さらにご丁寧な事に、鎮守府の寮や提督棟には艦娘の形をし、カイロを巻いた人形が置かれていた。

つまり鎮守府全体を囮に仕立てたのである。

 

「五十鈴さん」

「あら提督・・ぷふっ、良く眠れたかしら?」

「いや、あまり寝てないです。長門を付き合わせてしまいました」

「トイレに?ねぇ、トイレに?手は繋いだ?ねぇねぇ」

提督はすぐさま意味を察すると、顔をしかめた。

「・・・・長門、言ったのか?」

「黙秘する」

「バレバレじゃないか・・・まったく。ところで、相手の兵装は解りましたか?」

「偵察隊の報告では、島の外周部には砲台が密集してる。その数およそ500から600」

「うわぁ・・・大量だな」

「滑走路は3本、2本は進行方向前後、1本は斜めよ」

「空母の配置と似てますかね」

「そうね。あと、斜めの滑走路の先の島の外周部に小さい港がある」

「そこが深海棲艦の出入り口なんですね・・どれだけ出てくるのやら」

「駐機場は2箇所、格納庫は5箇所あるけど、駐機場の1箇所と格納庫1つは偵察隊が仕留めたわ」

「やりましたか」

「犠牲は大きかったけどね・・・」

「航空勢力がどれくらいか解りますか?」

「格納庫に何機入ってるか見えてないけど、4桁はいそうよ。あと、今までは攻撃機しか見ていないわ」

「強力な爆撃能力のある機体が居る筈なんですけどね」

「今の所は見てないわ。あと、島の中央部、滑走路脇には砲台とは違う建物が2つあるみたい」

「そこが本拠地っぽいですね。解りました。霧島、図面は書けたか?」

「はい!」

「では開始前最後の作戦会議に入ります」

「頑張って。私達も状況を見ながら入り口側から攻撃に加わるからね!」

 

提督の作戦はシンプルな攻撃の積み重ねだった。

提督はニッと笑った。絶対に予想外だと自信を持って言える。

うちの子達を絶対に沈めない為には、敵の予想の裏をかききる必要がある。

どれだけ後ろ指を差されようが勝ち戦にしてこそ意味があるのだ。

「提督!島が!入り江の入り口に見えました!まっすぐ鎮守府に向かってます!」

一呼吸置くと、提督は言葉を返した。

「島が入り江中央に来るまで待機。誰も何もしてはいかんぞ」

「はい」

「ロ級さん、待っててくださいね」

「ウン、頼ム」

 

 

11月27夜明け1時間後 姫の島

 

「入リ江ノ入リ口ニ到着!」

機関主任からの報告を、姫は窓のすぐ内側で聞いていた。

鎮守府の周囲はそびえ立つ切り立った崖が続くCの字型の入り江だ。

それにしても。

鎮守府はもう目視出来る程なのに、朝以来戦闘ゼロのままだ。

あれがあの鎮守府の面々の総力だったのか?

だとしたら随分間抜けなものだ。

姫はニヤリとした。

待ってろ、建物ごと踏み潰してやる!

「機関全速!鎮守府全域ニ上陸スル為航行速度ヲ上ゲマス!」

 

 

 

11月27夜明け1時間後 第2防空壕(作戦指令室)

 

「提督、島がまもなく半分を超えます」

「合図してくれ」

提督は工廠長から貰った発射装置の蓋を開け、スイッチを入れた。

発射ボタンがキラキラと光り、まるで宝石箱のようだった。

「5・・4・・3・・2・・1・・今!」

プチッ。

提督は一番右、入り江入り口側に設置された砲台の全ボタンを押した。

一瞬遅れた後、臼砲の大きな発射音と地面の底から来る揺れに襲われた。

「な!これが発射音か!?地震みたいだな・・・凄まじい・・・」

 

提督が発射ボタンを4つ同時に押した事で、1発3トンの塊が160発、発射される筈だった。

だが実際は工廠長が危惧したとおり、岩盤砲門の瓦解等で、発射出来たのは半数ほどだった。

しかし、それでも240トンの鋼鉄で包まれた岩石が島に降ってきたのである。

次々着弾する「弾」は、爆発こそしないものの、その質量に存分に物を言わせた。

島全体を傍目に解るほど上下させ、砲台をアルミホイルのように易々と押し潰したのである。

姫は目を白黒させた。大地震!?

「ナッ!?何!?一体何ガ起キタノ!?機関主任!」

だが、機関主任は目の前の光景が信じられなかった。

 

「3・・2・・1・・今!」

プチッ

ド・・・ズズズン・・・・

 

「3・・2・・1・・今!」

プチッ

ド・・・ズズズン・・・・

 

3列目まで撃ち終わった時点で、平均発射成功率は4割、そのうちの8割が着弾した。

つまり、計460トンの岩石が島に降ったのである。

島が単なる地面ならめり込むだけで終わるが、実際は航行機関を備えた機械である。

よって、島の内部では様々な問題が噴出していた。

「機関主任!第2ガスタービン停止!軸ガ歪ミマシタ!切リ離シマス!」

「機関主任!主変速機ノ制御システムニ異常!反転ギヤガ使用不能デス!」

「機関主任!操舵システムニ異常!直進ノママ固着!補助調整舵シカ動カセマセン!」

「機関主任!燃料パイプライン損壊!居住空間ニ燃料ガ溢レテマス!」

次から次へと来る問題に機関主任は忙殺されていた。

状況をまとめて姫に報告しようにも、それを上回る頻度で故障が増えていく。

「機関主任!過積載警報!島ノ重量ガコレ以上増エタラガスタービンガ吹ッ飛ンジマウ!」

機関主任は航行系システムのモニターを眺めて悟った。これはもうだめだ。

姫に緊急連絡を入れた。

「姫様」

「機関主任、状況ハ?」

「制御不能デス。コノ島ハ、メインエンジンガ爆発スルマデ直進スルシカナクナリマシタ」

「ソウヨネ。解ッタ。鎮守府ニ上陸出来ルヨウ最善ヲ尽クシテ」

「了解デス!総員!手動デ補助調整舵ヲ操作スルゾ!」

 

「提督」

「なんだ」

「島は航行速度を上げ、鎮守府に真っ直ぐ向かってます。このままだと、止まらない可能性が」

「どういうことだ?」

「鎮守府に座礁してしまう可能性が高いです」

提督は背筋が凍る思いがした。さすがに島ごと上陸してくるとは予想していなかったからだ。

「良いですか!3・・2・・1・・今!」

「あっ!」

提督の手が滑り、4行2列を同時に押下してしまった。

ド・・・ズズズン・・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

地面の揺れが鳴り止まない事に、提督達は顔を見合わせた。

1分程経過した後、ようやく揺れが収まった。

状況を確認しようと外を見た長門が叫んだ。

「て、提督!」

「なんだ!」

「鎮守府背後の山が・・崩れている」

「なんだと!?」

「あ、あと、島が・・・鎮守府の上に乗り上げている・・・あ」

「なんだ!?」

「崩落した山の土砂が、島に覆い被さったぞ。あれでは動けないだろう・・・」

その時、ズズンという爆発音がした。

「何か見えるか!?」

「島の後部端から火の手が上がっている。内部機関が火災を起こしているのかもしれないな」

入り江の山々に仕掛けられた砲門は800箇所に及んだ。

発射が成功しなくても、大量の火薬で岩盤にダメージを与える結果となり、爆発で小規模な地震が頻発。

結果、入り江のあちこちで大規模な土砂崩れが発生。

入り江の中央部のあった高い崖が崩れた土砂で埋め立てられ、Cの左半分と右半分に分かれてしまったのである。

一番犠牲になったのは目標の通り推進機関だったが、土砂崩れ等も含めると200門の砲台が崩れ去っていた。

やっとの事で格納庫からはいずり出た整備班長は、部下に指示をした。

「生キ残ッテイル爆撃機ト攻撃機ヲ至急駐機場ヘ。急ゲ!」

 

「よし!長門隊、出陣だ!」

「任せろっ!」

 

長門隊の目的は残存する砲台の破壊を進める事と、陽動だった。

艦娘は海上でなければ戦えないと思い込んでるだろうと言い、陸から砲撃して混乱を誘う予定だった。

しかし、ほぼ全速力で座礁し、機関系が大爆発を起こしたとあって、既に島の中は大混乱だった。

長門隊の面々は薄いリアクションに戸惑いながらも慎重に狙いを定め、第2目標である砲台を撃破していった。

が、その途中で次々と航空機が出てくる格納庫を発見し、砲撃を指示。

やがてC格納庫から出火し、程なく航空機に誘爆していった。

砲兵班長は必死になって長門隊の居所を見つけると、そこに砲を向けるよう指示した。

その時。

Cの字の下の位置から、加賀隊が爆撃機を発艦させていた。

加賀が放った爆撃機は完全に砲の死角である背後を突く形となり、なす術もないまま100門が失われた。

また、この空爆隊は格納庫Aまで始末し、攻撃機150機と爆撃機50機を出撃不能に陥らせたのである。

 



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file91:姫ノ島(18)

11月27夜明け1時間後 第1攻撃壕(最上の陣地)

 

「おおっ・・・おっきいね・・・ちょっと予想以上だ」

「そうですわね。本当に島という感じ。喫水線からの高さは意外と低いですけど」

最上は入り江の入り口(Cの字の右下)に陣を張っていた。

三隈は入り江の奥(Cの字の左上)に陣を張り、二人は相互通信を行っていた。

提督からの指示はミサイルが無くなるか陣地が壊されるまで攻撃するというものだった。

主たる攻撃対象を問われた時、最上は滑走路を選んだ。

それは、このミサイルの開発目的だったからだ。

三隈の応答を聞きながら、最上は発射装置を撫でた。

「ねぇ三隈、このミサイルは本当に地盤を貫通できるかな?」

「最後の5秒間で飛び上がって反転、地面へ垂直に突入、貫通後に起爆。ステキな設計ですわ」

「あ、ありがとう。でも、せめてもう少し試験してから実戦配備したかったな」

「仕方ないですわ。1発が高いですし」

「うん・・・おっと、そろそろだ。用意は良いかい?」

「いつでも良いですわ」

「じゃ、始めよう。・・・せーの!」

フシュッ!

発射時の反動は緩く、独特の感覚だった。

後端から勢いよく火柱は出るが、発射口をぬるっと出る感じで砲弾よりは圧倒的に遅い。

しかし、推進モーターはミサイルの速度を確実に上げていく。

ミサイルに装備された照準用カメラの映像を見るのが最上は好きだった。

時速数百キロに達し、コントローラーを動かすとその通りに旋回する。

おっと、妖精さんに当てたら可哀想だ。

反射的に避ける。

まるで自分が飛んでるような感覚だ。

見とれているとビーッとブザーが鳴った。制御不能になる10秒前だ。

最上は三隈との打ち合わせ通り、島の滑走路のど真ん中に着弾点をセットした。

再びブザーが鳴ると、映像が途絶えた。

さて、次を込めますか。

 

 

その時。

整備班長は格納庫の前で土砂や岩の撤去作業を指揮していた。

入り江に入った途端、まるで火山弾のような巨大な岩が雨あられと降ってきた。

砲台は相当数潰されたが、滑走路は岩の破片をどかせば使用可能だった。

滑走路は見た目こそ単なるアスファルトの広い道路だ。

しかし、重量級の爆撃機離発着に耐えられるよう、頑丈な基礎を埋め込んである。

この工法は費用も時間もかかるので周囲は渋い顔をしたが、整備班長が押し切った自信作だった。

だからこれだけの攻撃でも表面だけの修理で直り、短時間で復旧出来ると自信を深めていた。

しかし。

先程の座礁後、鎮守府脇の山の土砂崩れにより、作ったばかりのC滑走路は1/3近く埋まった。

しかも崩れた崖の残りが滑走路の目の前にそびえたっている。

あれでは攻撃機さえ離発着出来るか怪しい。爆撃機は到底無理。あの大量の土砂を撤去するのも困難。

だが、島が座礁して山に突っ込んで土砂崩れを受ける想定なんて不可能だったと自分を慰める。

折角作ったばかりだったのにと溜息を吐きながら何気なく横を向いた整備班長は、おやと思った。

何か丸い点が、白い煙を吐きながら自分の方に飛んできている。

整備班長も近くに居た班員も、命の危険より技術者としての興味が勝ち、そのまま見つめていた。

それは次第に大きくなったので、遙か遠くから飛んできたのだと解った。

さらに、自分に真っ直ぐ向かってたのに、自分の近くに来た時に突如避けるような軌道を描いた。

「!?」

横を通り過ぎた時に全体が見えたが、その姿は徹甲弾を引き延ばした物のように見えた。

新手の墳進砲か?さっき避けたように見えたのは偶然か?飛行中に能動的に動けるのか?

整備班は興味津々の視線で追い続けた。

それは滑走路の上空に到達すると、突然急上昇し、程なく地面対して垂直に落ちた。

つまり、横から見て「?」のような軌跡を描き、滑走路の真ん中にズンと刺さったのである。

静寂が訪れた。

爆発も何もしない。ただ垂直に刺さっているだけだ。

整備班長は現実を色々受け止めきれなかったが、何より刺さった事が信じられなかった。

自立式の脚があるのかと目を凝らしたほどだ。

自分が設計した滑走路の基礎は半端ではない。

1mも掘り下げた穴に、鉄筋コンクリートとバナジウム鋼板をミルフィーユのように重ねてある。

戦艦の装甲よりはるかに硬いシロモノだ。

その滑走路の基礎に、刺さっただと?

最後の軌跡が関係してるのか?

そもそも一体全体あれは何なんだ?

整備班長は困惑していた。

 

三隈は2発目が送ってきた着弾寸前の映像を見て、最上に声をかけた。

「あの、最上さん」

「なんだい?」

「ミサイルが起爆してない気がしますわ」

「へ?」

最上はゴーグルを取り、発射管からミサイルを取り出すと、状態を点検した。

えっと、ここは推進モーターと燃料だからもっと前か。信管は自動でしょ・・・あ。

「解ったよ三隈」

「なにがですの?」

「爆薬を入れてなかったよ」

「でもミサイルの重量バランスは設計値通りですわよ?代わりに何が入っているのです?」

「ダミーウェイトのタングステンさ。どうせならイリジウム合金を入れてみたかったんだけど」

「何故そのようなものを・・爆薬より高いじゃありませんか」

「設計時に爆薬の比重を間違えちゃって。飛行実験用に設計と同重量の物を詰めたのさ。大丈夫。害はないよ」

「そういう問題じゃないですわ・・それで、装填用の爆薬はどこにあるのです?今から換装しなければ」

「あは」

「ま・・・まさか」

「飛行実験の後で高比重爆薬を作ろうと思ってたけど忘れてた。今思い出したよ」

「入れ忘れというより、元々無いって事ですのね・・どうするのです?」

最上は腕を組んだ。

「うーん、とりあえず」

「ええ」

「滑走路が使えなきゃ良いんだから、ミサイルを刺していけば良いんじゃないかな?」

「はい?」

「弾頭は偶然とはいえ、対艦徹甲弾と似たような構造になってるし、刺さるんじゃないかな」

「・・・ミサイルを刺して滑走路上の障害物とし、航空機が発着出来ないようにするという事ですの?」

「さすが三隈だね。そういう事さ」

三隈は目を瞑り、額に手を置いた。

最上は良い子だし一人でミサイルを作れるほど頭も良いが、たまにちょっと抜ける。

だから守ってあげたくなる。

それにしても、刺してもすぐ撤去されそうよね。大丈夫かしら。

でも、タングステンという事は着弾焼夷効果がある。上手く行けば、あるいは。

「ま、最後まで続けようよ。提督には僕から謝っておくからさ」

「もちろん一緒に参りますわ。あと・・立てるのなら、滑走路の数カ所に固めて撃ちこみましょう」

「なるほどね。うん、解った。僕は三隈の言う通りにするよ」

最上はミサイルを発射管に戻し、ゴーグルをかけ直した。

三隈と攻撃位置を調整しながら、最上は思った。

次はどんなミサイルにしようかな。

これは操縦出来る時間が短くて物足りないし、高比重爆弾は実現のアテもないし、とんだ失敗作だね。

さっさと全部使っちゃおう。

 



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file92:姫ノ島(19)

11月27夜明け1時間後 姫の島A滑走路上

 

「ハ、班長・・・ナンデスカ、コレ?」

「俺モ・・解ラン・・・」

整備班員達は班長と刺さったミサイルに少しずつ近寄って行った。

なんというか、ボーリング場の巨大モデルみたいだ。滑走路がレーンで、立ってるのがピンで。

いやいや、A滑走路のど真ん中でふざけてる場合じゃない。

・・・・・あ。

班員達は次第に事態を飲み込んで我に返った。

ここは滑走路じゃないか。

こんなものが立ってたら航空機が離発着出来ない。至急撤去せねば!

整備班長はメモを取り出した。この変な物をどうやって撤去しよう?

思案しながら近寄っていった彼らは異変を感じた。

何だか妙に暑い。

ふと見ると、ミサイルが刺さった付近のアスファルトがちゃぷちゃぷと波打っている。

「!?」

更によく見るとミサイルの先端から白い煙が出ている。

「タッ、退避!退避!」

爆発するかと思い、慌てて一目散に逃げ出して伏せたが、いつまで経っても爆発は起こらない。

恐る恐る振り返った時、ギギギィという音と共にミサイルの1本が折れた。

土埃と共にアスファルトの「飛沫」が飛んだ。

整備班長ははっとして駆け寄った。

ミサイルが地中に埋まった部分が真っ赤に灼熱し、溶けた為にミサイルが折れたのだ。

灼熱部分がどれだけ基礎にめり込んでるか解らないが凄まじい熱量だ。

アスファルトは水溜りのように液状化している。

急激に加熱された事で基礎がミシミシと音を立てている。

このままでは基礎の鋼材が溶けて液状化現象を起こしてグズグズに歪んでしまう。

飛行機がバウンドして離着陸出来なくなるか、車輪のサスペンションが折れてしまう。

ここは滑走路の中央地点だ。半分の距離では攻撃機の離発着でさえギリギリだ。

何とかしないと滑走路が使い物にならなくなる。

整備班長は呟くように、

「ハ、ハヤク・・」

と言いかけたが、その頭上をまたミサイルが飛んで行くと、さらに滑走路の奥にズンと刺さった。

背後でもズンという音がして、振り返ると反対側にも刺さっていた。

ズン、ズン、ズン。

滑走路の前1/3、中央、後1/3の地点に次々とこの変な物が飛んできては刺さっていく。

整備班長はぽかんと口を開けた。手に持っていたペンが落ちた。

静かに、確実に、A滑走路が回復不能に陥っているのを理解したからだ。

表面の修復とは異なり、刺さった周囲も含めて基礎から掘り起こしてやり直さねばならない。

そう考えてる内にもミサイルは次々飛んできてズンズン刺さっていく。

こんな広範囲では全部作り直しだ。最低3日はかかる。

C滑走路もダメな以上、まともなのはB滑走路のみだ。

あ、まさかコイツらB滑走路までやる気じゃないだろうな!?

 

 

「あっ、またやっちゃった」

どちらかというと、普段試射していたのは三隈の方で、最上は作る役だった。

だから最上は操縦ミスが多く、この発言を聞いても

「どうしたんです?」

と、三隈は気楽に聞き返した。慣れっこというより、こんなので驚いてたら付き合えない。

「最後の3発、立て続けに砲台に当てちゃったよ」

三隈は最後の1発まできっちり滑走路に設定すると、ゴーグルを取った。

「別によろしいのではないですか?私の分はちゃんと立てておきましたし」

「そっか、ありがとう三隈」

「最上さんも撃ち終えたのでしたら、提督の所でお会いしましょう」

「うん、終わったよ」

 

最上が当てた砲台では大騒ぎになっていた。

今まで自分達を避けるように飛んでいたミサイルが急に向かってきたからだ。

最初は警戒していたが何回も器用に避けていくので、もう来ないと思い込んでいた矢先だった。

ミサイルは砲台の装甲が弱い真横から着弾、滅茶苦茶に幾つもの砲台を貫通していった。

しかし、最後に刺さった砲台でも何故か爆発しなかった。

中に居た砲兵は衝撃に驚き、不発弾だと安堵した。

だが、刺さったミサイルの先端が次第に赤熱して溶解し始めた。

砲兵はミサイルを見て、滴下する先を目で追ってあんぐりと口をあけた。

そこにあったのは、よりによって高性能爆薬榴弾だったからだ。

高温の金属なんて被ったら誘爆してしまうが、狭い砲台の中で榴弾の置き場所はそこしかない。

手で抱えられるような重さではないし、もちろん溶けた金属を受ける事なんてもっと無理だ。

砲兵は信管を抜こうと手を伸ばした途端、信管の先に1滴目がジュッと音を立てて垂れた。

すぅっと血の気が引いた2秒後。

「・・タッ、退避!退避ィィィ!爆発スルゾォォォ!」

砲兵達が全力で飛び出した数十秒後、ついに高性能爆薬榴弾に引火、砲台は内側から大爆発を起こした。

周囲の砲台は防爆装甲があったものの、ミサイルが貫通して脆くなっており、次々と瓦解。

3発のミサイルにより、砲台30門が使用不能に陥った。

 

 

11月27日昼前 第2防空壕(作戦指令室)

 

敵を森の中から砲撃した長門隊。

長門隊に応戦しようとした敵の背後をついた加賀隊。

どちらも序盤で華々しい成果を上げたが、最終的な被害は甚大だった。

長門隊は最初に意表を突く以外は特に策が無く、陽動である事から強装甲の艦娘達で編成していた。

一方、加賀隊は攻撃即撤退の戦略であり、艦隊への大きな被害は想定していなかった。

これに幾つか不運が重なった。

まず、島が大き過ぎた。これにより加賀隊の出撃位置と島が想定よりかなり接近した。

加賀は出航直後に島との距離が近すぎる事に驚きながら、赤城と相談し、急遽島と別方向に発艦させた。

これで距離は稼げたが、目標高度までは登れなかった。

さらに加賀は砲台が一斉かつ正確に長門隊に向いたのを見て、全機に最短ルートで行くよう指示を変えた。

これらにより、五十鈴の高度に関する警告が活かせなかった。

更に、大本営が流星を揃えたのとは異なり、通常の彗星だった為、機動性でも大きく劣っていた。

結果、主に3つの被害を受けた。

1つ目は別の砲台群に彗星達が早い段階で気付かれ、爆撃地点に着く前から対空一斉射を受けた。

2つ目は航空機の飛行ルートを辿られ加賀隊自体が発見されてしまい、発艦中から砲撃された。

3つ目は彗星の攻撃を免れた残存砲台が撤退中の長門隊を再捕捉、砲撃したのだ。

これらの結果は直ちに提督の元に飛んで来た。

「提督!長門隊から報告!」

「うむ」

「長門隊は砲台計100門、C格納庫を機体ごと撃破、ただし反撃で全員が大破しました」

「わ・・解った。よくやった。もう充分である。深追い無用、防空壕に戻れと伝えよ」

「はい!」

「提督!加賀隊から報告です!」

「あ・・ああ」

「砲台を150門破壊、航空機ごと格納庫を1つ撃破、しかし探知され反撃に遭いました」

「被害は?」

「加賀、赤城の航空隊は全滅、加賀が大破、赤城も中破、他は無事です」

「解った。充分な成果である。急ぎ防空壕に戻れ、以後予定していた出撃は中止だ。」

「はっ!」

言葉は発し終えた提督は歯を食いしばった。

出撃する者には全員ダメコンを持たせている。

島はあれだけ火の手が上がり、座礁し、土砂崩れまで被っている。

なのに長門隊も加賀隊も予想以上の深手をたった1回の出撃で負わされた。

一体どれだけ強い火力を持ってるんだ?

それに、まだ入り江に入って来てから敵の航空機は黙ったままだ。このままでは済むまい。

工廠長の臼砲はすべて使い切った。

我が鎮守府の攻撃隊は後、金剛班と扶桑班を残すのみだが、扶桑班は元々予備班で総合火力は小さい。

今回は軽巡以下は出れば死にに行くような物だと、全艦に裏方の作業を命じている。

それは現状を考えれば間違いなかったであろう。

更に、盲点だったが、島が鎮守府を全て押し潰した為にドックが粉砕され入渠が出来なくなった。

つまり、1度中破以上になれば出撃不能になってしまう。

戦闘が終わるまで防空壕が見つからず、艦娘達を守り切ってくれる事を祈るしかない。

あるいは敵に身を晒すのを覚悟で裏の海から修理妖精を乗せてソロルのドックを目指すか、だ。

提督は首を振った。それは危険が多すぎる。

深海棲艦達は先に戦艦隊と整備隊が島の残砲台を掃討する切り込み隊を演じ、駆逐隊が中央まで特攻する。

開始の合図は提督にゆだねられている。

計画では金剛班を後方支援として出撃させつつ合図を送る予定だった。

現状は計画よりはるかに悪い。轟沈者が出なかったのは奇跡と言ってもいい。

本当に計画通り進めて良い状況なのか?

後、敵戦力はどれだけ残っているんだ?

大本営の主力隊は本当に来るのか?来るのなら今すぐ来てほしい。

 

 

 



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file93:姫ノ島(20)

 

11月27日昼 姫の島指揮官室

 

姫は状況を整理する為、主要メンバーを招集した。

だが、その瞳には力が無かった。

朝日を見ていた頃は間違いなく勝利を、それも圧倒的な勝利を確信していた。

しかし、入り江に入った途端、文字通り暗転した。

あんな攻撃を一体誰が予想出来たというの?チートにしても酷すぎるじゃない!

何の攻撃も無いと入り江の中程まで突入した時、突如周囲の山が崩れ、巨大な岩が次々飛んで来た。

飛来物が余りにも多すぎてレーダーが索敵上限数を超えて計算機がパンク。

再び砲台は手動制御を余儀なくされたが、岩が当たれば砲台の装甲はまるで歯が立たず潰された。

結果、砲台の破壊と共に砲兵が次々と犠牲になってしまった。

姫は危険を承知で爆撃機を駐機場から格納庫に仕舞わせた。1機でも生き残らせる為の賭けだった。

しかし、その格納庫もやられた。

更に自慢の砲台は無残に壊れ、あちこちで火の手が上がっている。

機関主任とは鎮守府に乗り上げ、推進系と思われる大爆発があって以来、連絡が取れない。

そういう事なのだろう。

無事機関長と会えたかしら。ごめんね。私も、やる事をやったら行くからね。

姫は机の足元にある木箱をちらりと見た。

コン、コン。

「ドウゾ」

「航空隊長、整備班長、砲兵班長、参上イタシマシタ」

「早速ダケド、状況ヲ教エテクレル?」

整備班長が他の二人に黙礼で断りを入れてから、話し出した。

「ハイ。現在、滑走路Aハ敵方ノ攻撃ニヨリ基礎部分マデ崩壊。修理ニ数日カカリマス」

「C滑走路ハ山崩レノ土砂ニヨリ1/3ガ埋没。ヨッテ使用出来ルノハB滑走路ダケデス」

「格納庫ハABCノ3ツガ破壊サレ、DEノ2ツハ無事デス。駐機場モ1カ所ヤラレマシタ」

「コレラデ攻撃機300機ト爆撃機100機ガ失ワレ、残ハソレゾレ900機ト300機デス」

「通常榴弾ハ全テ高性能爆薬榴弾ニ変換シタノデ、コレ以上ノ補充ハ不可能デス。以上デス」

姫は頷いた。

「ワカッタ。次ハ砲兵班長、報告ヲ」

「ハイ。砲台ハ主ニ巨岩ト土砂崩レデ被害ヲ受ケ、現在マデニ計450基ガ使用不能デス」

「残ル砲台150基モ配置ノ偏リヤ旋回ニ支障ガアッタリト、通常ヨリハ弱体化シテイマス」

「レーダーハ復旧サセマシタガ、被害ヲ受ケテオリ精度ガ半分程度ニ落チテイマス。以上デス」

「ワカッタ。次ハ航空隊長、報告ヲ」

「ハイ。整備班長ノ報告ニモアリマシタガ、攻撃機900機ト爆撃機300機ハ準備完了シテイマス」

「タダ、現在ハB滑走路シカ使エナイノデ、一気ニ飛ビ立ツノガ難シクナッテイマス」

「敵ノ正確ナ現在位置ガ掴メテオラズ、闇雲ナ空爆ヲスルニハ範囲ガ広スギテ困難デス」

「既ニ爆撃機、攻撃機共ニ爆弾モ燃料モ満載シテイマス。以上デス」

「アリガトウ」

姫は思案した。

島は鎮守府に深く乗り上げ、崩れた土砂まで被り、もはや自力で海に戻るのは不可能だ。

ここが最後の戦いの場だ。

主火力である爆撃機はほとんど温存されている。他の被害を考えればありがたい。

ただ、滑走路が幾らなんでも1本では厳しい。

鎮守府に乗り上げてからも敵の攻撃は止むどころか一層激しくなった。

あのおっさん提督の生死は解らないが、全部終わってから死体を探せばいい。

そう。最後に勝つのは私達だ。

当時でさえ世界最強と謳われ、今まで鍛え続けた我々の技術力が1鎮守府ごときに負ける筈はない。

「砲兵班長」

「ハイ」

「レーダーヲ水平方向モ含メテ半球状ニ7000m圏内デ復旧出来ナイカシラ?」

「ソレナラスグニ可能デス。今マデノ方式ヨリ精度ガ落チマスガ」

「ソレデ良イワ。整備班長」

「ハイ」

「何トカC滑走路ヲ暫定デモ復帰シテホシイ。攻撃機ダケデモ離着陸出来ルヨウニ」

「・・・解リマシタ。航空隊長」

「ナンデショウ?」

「タキシングガ増エマスガ、島ノ外側カラ中心ニ向カッテ離陸シテクダサイ」

「・・・何トカシヨウ。タキシング中ノ空爆ガ怖イナ」

「ソレハ我々砲台ガ援護スル」

「ヨロシク頼ム」

「デハ、ソノ方向デ」

姫は航空隊長を見た。

「敵艦ガ総攻撃ニ出テクレバ即時大型爆撃機デ対応。攻撃機ハ護衛ニ徹スル事」

「モシ1500時マデニ出テコナイナラ、敵本陣ヲ攻撃スル。マズハB滑走路ヲ使ッテ攻撃機ヲ発進」

「準備ガ整ッタ攻撃機カラ赤外線反応ガアルトコロヲ中心ニ順次爆撃」

「攻撃機ガ発進シ終エタラ爆撃機モ飛バス。同ジク赤外線ヲ参考ニ爆撃スルコト」

「敵本陣ガ解ラナイ内ハ爆弾ヲ各機3発ハ温存スル事。見ツケタラ」

姫は一旦言葉を切ると

「全力デ敵本陣ヲ潰シテ。他ハ無視シテ良イ」

と言った。

航空隊長はその意味を理解した。隊員達が帰還する事はないだろう。

だが、そう悲観する事もない。帰って来れたところでこの島も間もなく終わるのだから。

「解リマシタ」

姫は全員を見回した。

「砲兵ハ飛行場護衛ト対空攻撃、航空隊ハ空爆。整備班ハC滑走路ノ修理、頼ミマス!」

「ハイ!」

 

 

11月27昼過ぎ 大本営通信棟

 

「・・・じゃあ、やっと揃ったのね?あ、ご、ごめんなさい」

「いえ、私も正直そう思いますので・・・」

思わず五十鈴は「やっと」と言ってしまい、詫びた。

主力隊は混成部隊。戦艦10隻、重巡10隻、空母8隻、軽巡30隻に及ぶ大編成だ。

しかしそれゆえに、足並み、つまり船速が揃わなかった。

戦艦だけでも金剛型の高速戦艦と提督の鎮守府から来た伊勢や日向といった低速型が混ざっている。

加えて、これだけの艦を一気に装備換装出来るドックは大本営でも持っていない。

ゆえに、順番に整備しては送り出し、次の艦娘を入れる事になった。

この為、真っ先に出発した艦と最後に整備が終わって出発した艦では相当な時間差が生じた。

そして最後尾の到着を待っていた結果、昼を越えてやっと揃ったという訳である。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

伊勢は可能なら大の字に寝っころがりたかった。それくらい全速力で走ってきた。

しかし、スタートがほぼ最後だったが故に、どうにもならなかったのだ。

「ひゅ、日向、大丈夫?」

ちらっと日向を見て、伊勢は息を飲んだ。

あれっ?普通!?

少し顔が赤いだけで息も切れてない日向を見て、思わず聞いてしまった。

「なんで!?」

「強化型タービンと缶を入れたからな・・」

「ずっ、ズルい!」

「最後に低速型が出航するのだぞ、少しでも早く着く為に装備するのは当たり前だろう?」

「だったら・・・言ってよ・・・」

「当然付けていると思ったのだ・・・許せ」

日向との会話で少し落ち着いた伊勢は、五十鈴からのコールに気付いた。

「五十鈴よ、伊勢、応答して頂戴」

「はい、伊勢です!」

「これから主力隊の作戦を開始するわよ。貴方達も作戦通りしっかり務めて頂戴」

「私達、本当に予備で良いの?」

「ごめんなさい。正直言えば計画外だったから、予備班にしか入れられなかったの」

伊勢は経緯を思い出した。

日向と二人で各鎮守府を説得して更なる応援を求めると言ったのを、五十鈴が

「既に相当数の支援を受けてるの。通常戦闘も行う以上、これ以上は厳しい。辛いだろうけど解って」

と、言われ、

「貴方達の装備を無制限で入れ替えるから好きな物を言って。そして主力隊予備班に加わって頂戴」

と、代替策で提示されたのである。

伊勢は溜息を1つ吐いた。

まぁ、主力隊が全滅したら私達も行く事になる。この大艦隊が沈むとは思えないけど。

「解った。じゃあ頼むわ」

「よし!主力隊、作戦開始よ!」

伊勢は通信を終えると、日向だけに聞こえるように言った。

「何というか、鎮守府のすぐ傍に居るのに、隠れて待機なんて、ね」

日向は伊勢の肩を叩いた。

「きっとこれも運命なのだろう。我々が仕事出来る時に精一杯仕事しよう」

「じゃあタービン貸して」

「・・・・タービンだけだぞ」

「やった!あ、そこの洞窟でちゃちゃっと交換しよう!」

「そもそも、ドックじゃないところでタービン交換なんて出来るのか?」

「うちの妖精達は賢いから大丈夫!」

「まったく・・・」

溜息を吐きながら、日向は同じく予備隊だった隼鷹と飛鷹に向かって言った。

「すまない。ちょっとそこの洞窟で整備をしてくる」

隼鷹がニッと笑った。

「アタシ達も行くよ。時間あるんだし、座って艦載機の整備したいんだよね」

飛鷹は持ち場を離れる事に抗議の意思を示したが、皆が行くのではと肩をすくめて着いて行った。

 



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file94:姫ノ島(21)

 

11月27日13時 姫の島指揮官室

 

通信のブザーが鳴った。

「姫様」

「何カシラ?」

「敵ノ大艦隊ガ入リ江ノ入口ニ集マリマシタ」

「深海棲艦ハ居ルカシラ?」

「確認出来マセンガ、艦娘ダケデ50隻以上イマス」

「ソウ」

姫は目を瞑った。いよいよ鎮守府の艦隊で総攻撃に出たか。

ふふふ。待っていた。ここが最後の地になるとは思わなかったけれど。

姫は館内放送のスイッチも入れた。

「皆、予定通リ、迎撃作戦ヲ開始シナサイ。コレガ最後ノ戦イヨ」

そして一息置くと、

「全艦焼キ払エ!航空機モ全テ撃墜シロ!跡形ナク潰セ!機関長ノ敵討チヨ!」

これに、島全体の妖精が呼応し、島を揺るがす程の咆哮となった。

 

 

同時刻 第2防空壕(作戦指令室)

 

「てっ、提督!大本営の主力隊と思しき艦娘達が!」

提督は悩みの底から、古鷹の声を聞いてはっと顔を上げた。

すぐさま通信を切り替えた。

「いっ、五十鈴さん!主力隊の攻撃開始ですか!?」

「やっとつながったわね提督。そうよ。今から始めるわ!」

「我々も相当被害を被ってます。あと2艦隊しか居りません」

「大丈夫。私達が残りの勢力を始末してあげる!」

「充分気を付けてください」

「ありがとう。では後で」

 

 

五十鈴の指示は切れ間の無い連続攻撃だった。

戦艦1隻、重巡1隻、軽巡3隻が1班を組み、10班を作る。

各班は所定のコースを航行して砲撃し、帰投。

ポイントは5班が5コースで同時にこれを行い、残る5班は再装填等を行う為、後方で待機する。

攻撃と準備を絶え間なく切り替える事で、島には連続攻撃を与え続ける格好になる。

空母は入り江内側すぐの位置で旋回し続け、絶えず艦載機を発進、着艦、整備、そして発進を繰り返す。

ただし、砲兵力の弱体化と流星の装甲に賭け、確実に爆撃出来るよう、高度は2500mに下げていた。

作戦が開始され、最初の5班が出陣した、まさにその時。

 

 

島から黒い煙が立ち上った。

 

 

艦娘達は、少なくとも最初は、そう思った。

 

 

目を凝らす戦艦達。

発艦した航空機にどこから出た煙かと問う空母達。

 

 

しかし、その時間さえも致命的だった。

 

 

最初に気付いたのは、島と距離を詰めていた第1班の戦艦だった。

彼女は五十鈴に悲鳴にも似た声で緊急警報を発した。

 

 

同時刻 第2防空壕(作戦指令室)

 

防空壕の監視窓から外の様子を見ていた加古は、一瞬目を疑った。

そして、首だけ振り向くと提督を呼んだ。

何故なら足が震えて提督の所まで歩いていけなかったからだ。

「て、てて、提督・・・」

「どうした加古?顔色が真っ青だぞ?」

「そ、外に、航空機が居る」

「そりゃ主力隊の大攻勢が始まってるんだから居るだろう。どうした?」

加古は自分の頬をバシバシとひっぱたくと、金切り声をあげた。

「違う!敵の!信じられない位バカデカイ爆撃機の大編隊が居るっ!」

提督は窓に駆け寄ると、危ないと制する古鷹を振り切って外を見た。

そこには信じられない光景が広がっていた。

提督は通信機のマイクを引っ掴み、叫んだ。

「五十鈴!五十鈴!艦隊を湾の外に出せ!大至急!全滅させられるぞ!」

しかし、五十鈴はその頃、主力隊との通信で忙殺されており、提督からの通信には気付かなかった。

気付いたとしても、全ては手遅れだった。

 

 

大型爆撃機。

それは姫の自信作だった。

絶対的な装甲、柔軟な作戦追従性、圧倒的な破壊力を実現する為の機体。

島のレーダーと協調出来る装備を持ち、優に24時間以上飛行出来、どこまででも追っていく。

最新鋭の攻撃機が総重量6tであるのに対し、大型爆撃機のそれは80tに達する。

8発のターボプロップエンジンを同調させる事は至難の業だが、島の妖精達なら可能だった。

この機体は新開発の2000kg爆弾を26発搭載出来、最短15秒で全弾投下出来る。

この爆弾は海面突入時に誤爆しない信管が組まれており、海上海中問わず攻撃可能だった。

つまり、厚い装甲の戦艦だろうが海底に潜む深海棲艦だろうが、どこに居ようと知った事ではない。

投下すなわち相手の轟沈を意味するのだ。

姫はこの機体に「ピースメーカー」の愛称を与えていた。

我々を火の海に沈めた艦娘も、深海棲艦も皆滅ぼして、妖精に平和な世を取り戻す為の切り札。

だが、もう我々は動く事は出来ない。全てを轟沈させる事は不可能になった。

ならば。

大型爆撃機300機が持つ7800発、計15600tの爆薬をありったけの憎悪を込めてくれてやる!

 

 

主力隊の艦娘達が煙と思ったのは、この大型爆撃機と、護衛の攻撃機が離陸する姿だった。

あまりにも大量で、あまりにも大型であったが故に、航空機と認識出来なかった。

 

 

勝負は、たった20分で終わった。

姫の、一切文句のつけようのない完全勝利だった。

近づいていた艦娘達に爆弾の雨が降り、反撃も出来ないまま次々轟沈していく姿。

主力隊は程なく統制を失い、大パニックになった艦娘達は入り江の狭い入口に殺到。

我先にと脱出を図った艦同士が前後左右から衝突。

身動きが取れなくなった艦娘達の上空を、爆弾の黒い影が塗りつぶしていった。

程なく、黒い影は巨大な赤い炎に変わった。

爆撃機が全弾投下した後も、湾の入り口は轟沈した艦娘達が放つ光が延々と上がり続けていた。

 

姫は窓からこの光景を眺め、静かに微笑んでいた。

最後の最後に勝利したのは我々だ。

あの艦数なら100発も落せば十分だった。

しかし、これが最後。華々しくやりたかった。

実に美しい弔いの花火だった。

艦娘も、深海棲艦も、二度とこの世に迷い出るな。

その時、通信のブザーが鳴った。

 

「爆撃隊長ヨリ姫ヘ、艦娘ノ全轟沈ヲ確認」

「オ疲レ様。貴方達ハ最高ノ仕事ヲシタワ。アリガトウ」

「・・・機関長ニ、報告デキルデショウカ」

「勿論ヨ」

「・・・デハ、コレカラ帰還シマス」

「エエ」

 

爆撃隊との通信を切った途端、再度ブザーが鳴った。誰だ?

「ハイ」

「姫!艦娘ト、深海棲艦ガ、現レマシタ」

一瞬の空白の後、姫は目の前の景色がぐにゃりと歪んだ気がした。

まさか・・・撃ち漏らしたなんて・・・・もうダメだ。全部使いきった。

掠れた声で返した。

「・・・ドコカラ来タッテ言ウノ?地獄?」

「シッカリシテクダサイ!艦娘ハ湾ノ中央部ニ位置シ、深海棲艦ハ島ノ港カラ次々登ッテキマス!」

「・・・モウ航空機ハ無イワ」

「私ハ、攻撃隊6班ノ班長デス」

「?」

「攻撃機ノ6班カラ12班ハ先程離陸シキレズ待機中デス。我々ハイツデモ発進デキマス!」

姫の瞳に光が戻った。

「ホント!?」

「ハイ!我々攻撃機450機ニ命令ヲ!」

姫はカッと目を見開くと、言った。

「全機発進セヨ!島ノ全エリアデノ戦闘行動ヲ許可スル!上陸スル奴ヲ優先!全テ吹ッ飛バセ!」

「ハハッ!」

 

 



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file95:姫ノ島(22)

大型爆撃機が主力隊に情け容赦なく爆撃していた頃。

 

第2防空壕の提督と深海棲艦達は大激論を交わしていた。

要は島に爆撃機がまだ残っているか、飛行中の爆撃機がまだ爆弾を持っているかという事だった。

今出て行って爆撃機がまだ爆弾を持ってれば犬死するだけだと反対する提督。

あれだけ出たのだからもう居ないし、全部撃ち尽くしただろうという深海棲艦達。

そうこうしているうちに、爆撃音が止んでしまった。

更に、爆撃機は鎮守府正面海域からまだ遠ざかる方向に飛んでいる。

駆逐隊のロ級が叫んだ。

「提督!今マデノ協力ニハ永遠ニ感謝スルガ、今ダケハ!ヤラセテモラウ!」

整備隊のリ級も賛成に回った。

「仮ニ残ッテイテモ、今ガ最大ノチャンスダト思ウ。ロ級ヲ支援スルワ」

戦艦隊のル級も

「提督、多少ノ犠牲ハドウシタッテ出ルワヨ」

提督はついに折れた。

「解った!行って来い!金剛班出撃!全力で砲台を1つでも多く潰せ!」

「私達の出番ネ!フォロミー!皆さん、ついて来て下さいネー!」

「オオー!」

「頼ムワヨ!」

「イッテキマス!」

 

提督はマイクを握り締めた。

ついに、出してしまった。

本当に、本当にこんな賭けをして良かったのか?

頭を抱える提督に、扶桑からの通信が届いた。

「提督、お話がございます」

「扶桑か、どうした?」

「ずっと観察していたのですけれど、島を航空戦艦と例えるなら、今は座礁してますよね」

「そうだね」

「座礁した後、後部で爆発があったのは、推進機関の過負荷だと思います」

「うむ、そうだろうね」

「それでも砲台が動いてるのは、他の場所で発電施設が生きているからだと思います」

「・・・だろうな」

「ならば発電施設を止めてしまえば、砲台も、電探も、管制システムも無力化出来ませんか?」

「それはそうだが、それはどこにあるんだ?」

「発電施設は解りませんが、後部の爆発で今も放置されている所と、真っ先に消火された所があります」

「・・・・」

「真っ先に消火された所を砲撃すれば、発電施設、あるいは燃料庫を破壊出来るかもしれません」

「そ、それは、賭けだな」

「賭けです。でも、何もしないで見ていたくありません」

「・・・・」

「提督、事態は一刻を争います。どうか我が主砲と、晴嵐達にお命じください」

提督は目を瞑った。その時。

「こちら日向。提督、生きてるなら応答してくれ」

提督は両方の回線を開き、繋げた。

「扶桑、日向達だ!日向!聞こえているぞ!」

「ええっ!?日向さん、ご無事だったのですか?」

「提督、扶桑、こちらには日向、伊勢、隼鷹、そして飛鷹が居る。我々は予備隊で待機中だった」

「体勢は整ってるのか?」

「伊勢です!もっちろん出来てます!晴嵐達は既に甲板に乗ってます!」

提督は一瞬で思考した。

「よし!扶桑隊出撃!狙いは島後部の鎮火箇所とその周辺の一斉攻撃。手段は扶桑に任せる!」

「はい!」

「隼鷹さん、飛鷹さん、航空機を発艦し、敵の航空機を徹底的に邪魔してくれ!」

「あいよ!いっくぜー!」

「さぁ、飛鷹型航空母艦の出撃よ!」

「日向と伊勢は扶桑隊に加わってくれ!手段は同じく一任する!」

「日向、いい?出るわよ!」

「伊勢のやつ、張り切り過ぎだ」

「日向」

「なんだ?」

「伊勢達を、頼む」

「任せろ」

 

 

11月27日13時半 姫の島指揮官室

 

「エエイ、コイツラ一体ドコニ居タノヨ!」

姫は机を割らんばかりの勢いで叩いた。

攻撃機450機は総力を挙げて島に上陸する深海棲艦を攻撃していた。

残存砲台は懸命に海上の金剛隊と扶桑隊を相手にしていた。

しかし。

深海棲艦達は港から少数のグループで上陸し、あっという間に崩れた砲台や建物の陰に隠れてしまう。

そして稼働中の砲台に侵入すると内部で滅茶苦茶に砲撃。次々と機能停止させていったのである。

砲台の爆発に巻き込まれる深海棲艦が続出したが、覚悟を決めた深海棲艦達は実に獰猛だった。

攻撃機は苛立って爆弾を投下するが、攻撃機の爆弾装填数はたった2発しかなかった。

その為、次々と弾切れになっていった。

一方で深海棲艦は少数ずつ、そこらじゅうから上陸していた。

ついに爆弾が切れた攻撃機は機銃掃射に切り替え、低空を飛行しだした。

それを見たロ級、リ級、ル級は、残忍な笑みを浮かべた。

おいおい、こちとら深海棲艦だぞ?

対空能力があるの忘れてないかい?

ル級がロ級にそっと手を置いた。

「私達デ航空機ヲ潰スカラ、今ノウチニ準備シナサイ。突入タイミングハ自分デ決メテ」

リ級が口を開いた。

「ル級、アタシ達ハアナタヲ支援スル。ロ級、ヌ級ニヨロシクネ」

ロ級は二人を見た。

「アァ、伝エルサ。姫ニハキッチリ落トシ前ヲツケテモラウ」

ル級が言った。

「サテ、ナニカ良イタイミングハ・・・」

 

その時。

ズズンという鈍い音と共に、島の電源が落ちた。

攻撃機は突如消えたレーダーの表示に動揺していた。

「今ヨ!」

戦艦隊全員が海上に姿を現すと、一斉に対空砲撃を開始。

低空で索敵していた200機近くが一瞬で撃墜された。

その隙を見て整備隊が一斉に上陸。

最後まで稼動していた砲台も、突然の停電になす術はなかった。

戸惑いながら出てきた砲兵達に銃を突きつけて制圧し、砲台を占拠。中から破壊した。

それらを横目に見ながら、駆逐隊は全員で未だ破壊されていない、島の中央にある棟に突撃した。

姫の臭いがする。プンプンするゼエエエ!!!

 

姫は侵入者を、奴らが棟に入る前から気付いていた。

だから指揮官室の自分の席に腰掛け、到着を待った。

 

パタン。

「指揮官室ニ入ル時ハノック。ソレガココノルールヨ」

姫は窓の外を見ながら、悠然と言い放った。

「ヘェ、ソウ。俺達ハココノ者ジャナイカラ知ラナイネ」

馬鹿にしたような口調で言ったのを、姫はギッと睨み返した。

「オォ怖イ怖イ。怖イネエ」

ロ級は手を後ろで組んだまま睨み返した。二人の間で見えない火花が散っているかのようだった。

駆逐隊の隊員達も指揮官室の前までは来ていた。

しかし、姫の気配に圧倒され、ロ級しか入る事が出来なかったのだ。

隊員達は固唾を呑んで耳をそばだてた。

「・・・ヨクモ、機関長ヲヤッテクレタワネ」

「ヌ級達ニ手ヲ出スカラダヨ」

「アタシ達ハ世界最高ノ職人ト言ワレタ妖精ヨ!オ前達トハ違ウ!」

「デ、アンタガ指揮シタノカ?」

「エエソウヨ。アタシ一人デ全部考エタワ」

「・・・今回ノ俺達ノ攻撃、誰ガ考エタト思ウ?」

「ドウセ提督ッテ言ウンデショ?ソレトモ貴方?」

「両方不正解。正解ハ、俺達全員、ダ」

「ハ?」

「皆デ知恵ヲ出シ合イ、話シ合ッテ決メタンダヨ。艦娘ト、深海棲艦ト、提督ト、妖精ガ、ナ」

「・・・・」

「アンタ達ノ装備ハ凄カッタ。対スル俺達ハ原始的ダッタ」

「ソウネ。投石器ナンテ、ドコノ石器時代カラ持ッテキタノヨ?」

「ダガ、アンタ達ハ負ケタンダヨ」

「・・・・」

「コレカラ地獄ニ連レテイクワケダガ」

「アタシハ天国ニ行クワ。機関長ガ待ッテルモノ」

「散々艦娘ヤ深海棲艦ヲ嬲リ殺シニシテオイテ、天国モネェヨ。ソノ機関長トヤラモナ」

「・・・・」

「最後ニ、コノ世デ1ツ勉強シテ行キナ」

「何ヨ」

「コノ世デ、一番強ェノハナ、技術ジャナクテ、願イ、ダ」

「願イ?」

「ソウダ。相手ヲ想イ、願ウ心ダ。ソシテ最モ弱イノガ、恨ム心」

「・・・」

「俺ハ提督カラ、ソレヲ教ラレタ。アンタガ賢イナラ、今回ノ敗戦カラ学ビナ」

姫はロ級から目を離さず、机の下で手を動かしていた。

その時の顔を見逃さない為に。

一番右のスイッチを上げれば、電源が起動する。

「ダッタラアンタモ、私ヲ恨マナイ方ガ良インジャナイ?」

「俺ハ無理ダ。頭ガ悪イカラナ。ダカラ提督ニ全部任セタンダヨ。大成功サ」

ロ級はニイッと笑った。

姫はありったけの憎悪をこめて睨みつけた。だが、コイツには通じない。

くそ、負けないわ。

2つ目のスイッチ、誤操作防止用の蓋を開けて。

「アアソウ。トコロデゴ存知カシラ?」

「ナンダ?」

「島ハアンタ達ノセイデ停電中ダケド、1箇所ダケ電源ガ生キテル所ガ在ルノ」

「ホウ」

「ソレガ、ココ」

「デ?」

「アタシガ指ヲ動カセバ、棟ゴト吹ッ飛ブワヨ。」

「・・・・」

「提督ノ所ニ連行スルツモリデショウケド、ソウハ行カナイワ。アタシノ勝」

「ハァ?」

姫はロ級が全く動揺しない事に動揺していた。どういう事だ?提督は元の妖精に戻したいと・・・

「俺ノ願イハナ、オ前ヲ地獄ニ連レテクッテ事ダ」

ロ級は両手を前に出した。そこには溢れんばかりの手榴弾が握られていた。

そのまま1つを残して床にばら撒くと、残した1個のピンを抜いた。

「総員!用意!」

廊下で次々と手榴弾のピンが抜ける音がしたのを聞いて、姫は絶句した。

こいつら、特攻・・・

ロ級がニイと笑った。

「ヌ級ニ紹介シテヤルヨ。賢イガ最後マデ判断ヲ間違エ続ケタ姫様ッテ、ナ」

姫の指がスイッチから離れた。ガチガチと顎が震えだした。

「ヤ、ヤメ」

 

島の外側では、弾が切れた大型爆撃機達の特攻が終わっていた。

ターゲットとなった金剛班と扶桑班は、懸命に応戦しながら耐え抜いた。

しかし、それぞれ程度は異なるものの、全艦破損していた。

山城などは本当にダメコンが発動してしまったほどだった。

互いに体を支え、何とか航行していた金剛班と扶桑班のメンバーは、数回の爆発音に気付いた。

その意味を、彼女達はすぐに理解し、悲しげに俯いた。

ロ級さん、提督は本当に待ってるんですよ。

本当に、本当にそれで良かったのですか?

 

扶桑達が島の港に着くと、ル級達戦艦隊と、リ級達整備隊、それに投降した妖精達が居た。

ル級も、リ級も、燃え盛る指揮官棟を見ていた。

妖精達は泣いていた。

ル級が一番先に気付き、隊員達と共に島から降りてきた。

「戦艦隊モ、半数ガヤラレタ。モウスグ艦娘ニ戻ル予定ノ子モ居タノダガ、ナ」

リ級も傍に来ると、ぽつりと言った。

「整備隊ハ、護衛隊シカ残ラナカッタ。セメテ天国ニ成仏シテ欲シイワネ」

 

皆が島を振り返ると、島全体が煌々と輝きだした。

島に残った妖精達も、輝きだした。

そう。島自体が深海棲艦であり、命運尽きたのだ。

艦娘達も、深海棲艦達も、手を合わせて頭を垂れた。

生まれ変われたなら、平和な世界で、静かな海で会いましょう。

 

 



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file96:姫ノ島(23)

11月30日夕刻 大本営「上層部会」会議室

 

 

「しかし、私がそんな処遇では誰も納得しないでしょう」

中将が提案に異議を唱えたが、

「これは、君一人の問題ではないのだよ。」

と、大将は静かに言った。

 

「姫の島」事案。

 

大本営は自国内総攻撃に対処する為の甲種非常招集を除き、事実上最高レベルで艦隊を召集した。

ゆえに、集められた艦娘達はほぼ最強揃いといっても過言ではなかった。

攻撃計画は24日の問題発覚後、26日夕刻の出発直前まで大本営の頭脳が総出で考えた。

工廠では考えられる最善の兵装を24時間体制で作り、艦娘達に装備した。

指揮は最も経験豊富で適任との判断から、五十鈴が抜擢された。

つまり、考えられるありとあらゆる事をやって送り出したのが、主力隊だったのである。

それが僅か20分で全滅。

五十鈴は出撃以外指示らしい指示すら出せなかった。

当然、ほとんど成果らしい成果も挙げられなかった。

高錬度で経験豊富とはいえ、明らかに主力隊より少数だった偵察隊にも劣る結果だった。

表向き、五十鈴は体調を崩したとされていたが、実際は自決を図っていた。

直後に中将が通信棟に様子を見に来て発覚し、辛うじて命は取り留めたが、今も眠り続けていた。

中将は艦娘を召集した鎮守府を1つ1つ回り、司令官に頭を下げていった。

賠償出来るものではないが、それでも何か希望があれば最善を尽くすと言って。

確かに、希望の艦娘とより良い兵装が補充されれば構わないという司令官も半数以上居た。

しかし、驚き、怒り、絶句し、憔悴していく司令官達を見て、中将は責任を取る決意をした。

辞職ではなく、罷免して欲しいと。

 

しかし。

 

上程され、緊急に開かれた上層部会では、罷免どころか辞職も許さないと言い渡されたのである。

それに対して中将が発した台詞が、冒頭の一言という訳である。

納得出来ないという中将に対し、別の参加者が口を開いた。

「良いですか、中将殿。」

「姫の島事案は一切秘匿する事になっています」

「幸い、姫の島の諸事は本土から離れた遥か南で発生し、マスコミも嗅ぎ付けていない」

「艦隊が巻き添えになった鎮守府にも既に大本営側で製作し訓練した艦娘を補充した」

「表向き、全く理由が無いのですよ。中将が罷免される理由が」

また別の参加者も、重々しく口を開いた。

「正直、あれだけの最精鋭を送る必要があるのかと我々は懐疑的な見方をしていた」

「しかし、彩雲撃墜で開発部が血眼になって敵討ちをと言い張ったから、許したのだ」

「だが実際は、偵察隊の龍驤が唯一成果を挙げたが、元を正せば命令外行動の追認だ」

「つまり、大本営も、最精鋭の艦娘も、ひいては我々のやり方全てが歯が立たなかったのだ」

「もしこのような事が世間に事実として知れれば大本営全体が危機に陥るだろう」

「五十鈴殿には極めて大きな負担をかけた。色々、責任を取りたい気持ちは、私個人としては」

その先を遮るように大将が口を開いた。

「まとめるとな、中将が辞めた所で何一つ問題が解決するわけではない」

「そして生臭い事を言えば、辞める方が問題が起きかねんのだよ。先日の艦娘売買事案と同じで、な」

中将は唇を噛んだ。

結局は組織温存の為の決断。それは腐敗の温床にもなっている。

この会議室に集う人間で、完全に清廉潔白な人間は一人も居ない。私だってそうだ。

もっと言えば、この組織の上に位置する諸々だってそうだ。

だが、全体が腐敗してしまえば根元から崩壊する。

素面で大将に反論するのは壮絶な勇気が必要だったが、中将は口を開いた。

「それでも、どこかで腐りかけた根を絶たなければ、木は枯れてしまいます」

大将はふっと笑った。

「中将」

「はい」

「木を腐敗から救う為に、腐ってない幹を切り倒してどうするというのだ?」

「え・・」

大将は身を乗り出し、参加者だけに聞こえるように声を潜めると、

「良いか?」

「中将がその理由で辞めねばならんというなら、ワシらも含めて上は誰も居なくなるぞ」

聞いた他の参加者は、一様にニッと笑うと、ぼそりと呟いた。

「まぁ、お互い探られたくない腹はありますからな」

「でなければ、このテーブルに着くことは難しい」

「私は正直、中将が最もクリーンだと思っておりますよ」

「おいおい、君がそれを言うかね」

「ここは酒席じゃないぞ。大将殿も素面であられるのだ」

「まぁ、振ったのはワシだし、最近少し耳が遠くて、な」

「はははははは」

中将は目を瞑り、五十鈴に、犠牲になった艦娘達に手を合わせた。

すまない。

これが現実だ。

本当に、君達が命を賭して守るべき組織なのか、私は胸を張って言い切る自信はない。

それでも、それでも、何の罪も無い国民が、深海棲艦の餌食になる事を防げるのは、ここだけだ。

指を上げて参加者の笑いを制すると、大将は中将に声をかけた。

「中将」

「は、はい」

「そう怖い顔をするな。君が責任を取るというのなら、やってもらいたい事がある」

「なんでしょうか?」

「姫の島事案を解決したのは、君が腐敗撲滅の為に立ち上げた組織だな?」

「その通りです」

「・・・彼らがどうやったのか、まとめたまえ」

他の参加者が言葉を継いだ。

「確かに、聞きたいですな。一体どうやってあの化け物を倒したんだ?」

中将は絶句した。深海棲艦と協業して攻撃しましたなどといって信じてもらえるのか?

数秒思考した後、

「すみません。その件は置いておいて、大将と個人的にお話がしたい」

「個人的に、か?」

「はい」

大将はじっと中将を見て、雰囲気を察すると、

「ふむ、ならば他に議案も無いから今日は閉会としよう」

参加者が去り、大将と中将だけが残った。

「で、何だ?」

「大将、場所を変えましょうか」

「そこまでの話か・・・解った。来たまえ」

 

大将が中将を連れて自室に戻ると、秘書艦に声をかけた。

「すまんが、出航してもらいたい」

秘書艦はじっと大将を見ると、インカムに話し始めた。

「護衛艦4隻は出港準備。出航は秘匿、私から3km離れてジャミングを頼むわね」

大将は肩をすくめた。

「何も言わなくても全て通じるというのもありがたいが怖いな」

「もーっと私に頼っていいのよ?」

「いや、いい。行く先で指定はあるかね、中将」

中将は一息つくと

「南に行って、暁の水平線を見ませんか?」

秘書艦はくすりと笑うと、

「護衛艦はソロル鎮守府への往復に備えなさい。帰還は明日の夕刻よ」

と、インカムに告げた。

中将は目を丸くした。

大将がそっと耳元で、

「な、良し悪しだろ?」

と、囁いた。

 

 



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file97:姫ノ島(24)

11月30日夜 洋上、船室内

 

大将は中将から、提督が深海棲艦と手を結んだ事を聞かされた。

「な、なんと、そういうカラクリか」

「私も作戦全容はまだ確認しておりませんので、本人に聞いた方が早いかと」

「確かに、万一通信中に漏れたら大混乱になりかねんから、行くしかないな」

「何を見ても、驚かないでくださいね」

「そんなに見るもの聞くもの驚きに満ちているのか?ある意味楽しみだな」

その時、秘書艦が音も無く部屋に入ってきて、大将の傍にすっと寄ると、

「明日のお仕事は持ってきたから、寝る前に済ませてね」

といいながら、書類の束を3つ、すとんと置いた。

「お酒はハンコの後ね。じゃ、寒ブリでつまみをこしらえてくるからね」

そしてとことこと部屋を出て行った。

秘書艦を眼で追い、パタンと閉まるドアを中将は呆然と見ていた。

そして大将に視線を戻すと、規則正しくハンコを押している。

「あ、あの」

大将は書類から目を逸らさず、しかし砕けた調子で言った。

「なんだい?」

「そ、その、3つの意味は」

「あぁ。今やってるこの束は何も見ずにハンコを押して良い束」

「この束は引っかかるからハンコを押さずに読め、という束」

「この束は突っ返すから、見ても見なくてもどっちでも良いという束、だ」

「そ、そこまで仕分け済みですか」

「だからこの束を押してる間は普通に会話出来るって寸法だ」

「なるほど」

「そして、彼女は「酒はハンコの後」と言ったろう?」

「・・・あ」

「つまり、読むのは帰る時で良いってことだ」

「・・・凄いですね」

「それに、寒ブリは私の大好物だ。そしてここは急に決まった予定外の船内だ」

「ど、どこまで見透かしてるんでしょう」

「大本営のありとあらゆる、隅から隅まで承知してるだろうよ」

「はあ」

「さて、そろそろハンコ押しも終わる、ということは」

ガチャリ。

「寒ブリの刺身とみぞれ鍋を持ってきたわ。中将さんは端麗辛口で良かったわね?」

「えっ!?は、はい、その通りです」

「書類にかかるといけないからこっちに用意するわ。そこで手を洗ってね。御飯は軽めにしとくわね」

見る間に用意されていく様子に、中将は思わず大将を見た。

大将はにこりと笑うと

「ケッコンカッコカリも、良いもんだぞ」

と言った。

 

 

12月1日朝 ソロル鎮守府

 

「いやほんと、ここが無事で良かったよ」

姫との大戦闘が終わると、提督は戦没者の慰霊碑を立て、旧鎮守府を引き払った。

提督は言った。

戦闘に加わった大多数が重傷を負っており、早々に治療してやりたい。

だが、戦闘で命を散らせた艦娘も、深海棲艦も、そして妖精も、今後も弔いたいと。

工廠長が旧鎮守府跡を整地しなおし、大きく立派な慰霊塔を建てた。

これなら背の高い草が生えても見つかるじゃろう、と。

全員で手を合わせ、黙祷を捧げると、慰霊塔の一番上に、ぽうっと火が灯った。

小さくて柔らかい、丸い火だった。

そんな構造にはなっていないんじゃがと工廠長は呟いたが、提督はにっこりと笑い、

「また来るからね」

と言うと、声に応ずるかのように少し大きくなり、また戻った。

その火は、鎮守府正面海域の入り江の入り口からでも良く見えた。

「いつ来てもすぐ解るように、という事なのかのう」

湾を後にする途上で、工廠長は切なそうに呟いた。

提督は

「何があったのか、自分が轟沈した事も解ってない子が居るのかもしれませんね」

「お盆の時期には、行かんといかんな」

「年中行事が増えましたね」

「そうだな」

隊に属さない深海棲艦からの攻撃を警戒し、無事だった軽巡と駆逐艦が周囲を固めた。

しかし、ソロルへの道のりは波も穏やかで潮の流れも良く、至極順調だった。

まるで誰かが守護してくれているかのようだった。

 

ソロル鎮守府に戻った後、提督は真っ先に入渠計画を練った。

提督が

「大解放無制限ですよ~こんな時に使わずしていつ使う!」

と涙ながらに入渠を要する全ての艦娘に高速修復材を適用。

東雲に聞いたところ、

「効キマスヨ」

という事だったので、生還し、負傷していた深海棲艦にも適用。

すっかり在庫はすっからかんになってしまったが、文月が

「またお使いに行って来れば良いのですよ~24時間体制で」

というと、駆逐艦と軽巡の面々がびくっとし、

「そろそろ東の海も恋しいですよね~?」

というと、潜水艦の面々がびくりとなった。

その上で

「鎮守府の根底を支えるのは駆逐艦、軽巡、潜水艦の使命ですよ。頑張りましょうね~」

と、ニコニコしながら早々に旅立たせたのである。

「ふ、文月、休む時間はあげるんだぞ・・・」

と提督が言うと、文月はにっこりと笑い、

「大丈夫です。でも、皆さんの奮闘で命を繋いだからには、私達も出来る事はしないといけません」

と言い残すと、事務方の面々を連れて事務棟に入っていった。

そこに、一番に入渠を終えた長門が髪を拭きながら出てきた。

「ちゃんと治療されてきたな。良かった」

「当然だ。バケツも使ってもらったしな」

「・・・良かった」

「てっ、提督、何を急に泣いてるんだ?」

「ほっ、他の、鎮守府には本当に申し訳ないが、それでも、うちの艦娘達が生き残ってくれて嬉しい」

「・・・・」

「こんな戦況で、こんな事は他の誰にも言えない。だが、私は」

提督は長門の肩に手を置くと

「長門が、皆が、目の前で轟沈したら、生きていく自信が無い」

「・・・・」

「本当に、本当に、帰ってきてくれて・・・ありがとう」

静かに嗚咽する提督の背中を、長門はそっと撫でつつ、1つの事実を告げた。

「提督。提督なら、主力隊の兵装を削ってでもダメコンを持たせただろ?」

「・・・当然だ。長門達全員に持たせただろ?」

「そうだな。だが、あの子達は持っていなかった」

「!?」

提督は信じられないという表情で目を見開いた。

長門は続けた。

「確かに、あの航空機の爆撃は一発轟沈も当然という代物だった」

「しかし、何度も爆撃したわけではなく、1度に全部投下していた」

「つまり、扶桑班の山城が受けた特攻と同じようなものだ」

「山城が散々兵装を積むと駄々をこねたのに、提督は絶対ダメコンを積めと言って命令した」

「渋々従っていたが、あの後、山城は提督に頭を下げていた」

「え?見てないよ」

「提督が後ろを向いてる時だったし、騒然としていたからな」

「えー」

「まぁ、つまりそういう事だ。提督は油断無くダメコンを持たせたから、山城はここに居る」

「・・・・」

「扶桑の機嫌が良いのも、自分が戦果をあげたからじゃなく、山城がようやく提督の理論を受け入れたからだ」

「まぁ、山城は納得しきってないって感じではあったな」

「うむ。表立って反論するものは居ないが、心の底から全員納得していたわけではない」

「・・・まぁ、そうだろう。それぞれ持論があるだろうからな」

「だが、今度の戦いで、提督の理論の正しさは証明された。山城によってな」

「・・・そうだね」

「ふふ。早々に演習を再開したいな。皆が強く記憶してる間に。もっと強くなれそうだ」

「長門」

「なんだ?」

「長門が言うのだから本当だと思うが、もしそうなら、ダメコンは必須にすべしと進言したいな」

「まぁ、いつか中将が来るか、会う事もあるだろう。その時に言えば良い。私も力を貸すぞ」

「良いね、長門が傍に居れば勇気が出るからな」

長門が少しスネた顔で言った。

「・・・女の子として扱って欲しいのだがな」

提督はにっこり微笑んだ。

「もちろんさ」

 




姫の島シリーズが24話を超える事が確実になりました。
ちょうど24話で収めて「2シーズンモノですね!」ってコメントしたかったのに。
でも36話までは書けません。
そろそろラストですよ!


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file98:姫ノ島(25)

12月1日午前 ソロル鎮守府入口の港

 

提督は姫の島の事件において、史上最大の問題に直面していた。

次々と回復していく艦娘・深海棲艦達。

疲れが癒され、長時間の緊張が解けた結果、くぅとお腹を鳴らす子が増えた。

しかし、旧鎮守府もろとも携行した食料は押し潰されてしまい、食事は2回飛ばしていた。

榛名は大丈夫ですと言いながら虚ろな目をしていたし、赤城は野生に戻りかけていた。

 

可及的速やかに飢えを満たす事。

しかし、食わせる物が無い。

他の鎮守府は遙か遠くにあり、分けてもらう事も出来ない。

提督は途方に暮れていた。

 

その時。

鳳翔が出航時、島から運び出し切れなかった食料があるかもと言ってきた。

提督は地獄に仏を見たような顔で鳳翔を見返した。

それをとにかく食べさせなければならない。

出来るだけ短時間で何でも食い物にするには、焼いてしまうのが一番だ。

ゆえに、最も簡単に出来る、レンガ式のバーベキュー炉に鉄の網を載せた物を工廠長に幾つか作らせた。

砂浜に畳を置き、風除けの壁と暖を取る焚火も用意した。

疑問に思うだろう。

坂の上には食堂があるのだから、そっちで良いじゃないか、と。

しかし。

もう誰もがへたばっていて、歩く事も、食堂の再開準備も、それを待つ事も嫌だったのだ。

雰囲気を察し、ル級やタ級など、動ける深海棲艦達は海に潜っていった。

そして程なく、カニや魚、貝といった魚介類を山ほど抱えて帰って来た。

鳳翔と間宮は提督と共に、醤油、塩、レモン等の調味料とソーセージを抱えて帰って来た。

「俺が切るからどんどん串に刺して焼け!貝?焼いて開いたら醤油!カニ?もいで焼け!」

後に加賀はこの時の様子を、

「提督が初めて格好良く見えました。良い作戦指揮でした。」

と語る。

やがて網の上で香ばしい香りが立ち上り始める。

獲物を狩る狼のような目をした艦娘達が、深海棲艦達が、ぞろぞろと集まりだした。

辛うじて列を成しているのは最後の理性だった。

「皿と箸を持て!」

ザザッ!

「目標、2番網のアジ!」

ザッ!

「よし!右から順番に取れ!」

サササササササッ!

あっという間に網の上が空になる。鳳翔達がどんどん乗せていく。

「多摩!それはまだ生!こっち食え!」

「イ級!肉あるぞ!持ってけ!」

指図を数回繰り返すと、皆の皿に食べ物が乗り始めた。

座る場所を探すのももどかしそうに、バーベキュー炉に近い所へ腰を落ち着けていく。

そして。

 

がふがふがふ。

むしゃむしゃむしゃ。

バリバリバリ。

 

余りにも空腹で、食事というより飢えを満たすという行為をする際、誰もが無口になる。

焚火の香りを嗅ぎながら一心不乱に手を動かし、顎を動かし、飲み下し、皿から次を取る。

全員、全くの無言。

戦闘中かという程殺気立った雰囲気。

提督は一心不乱に切り続けていたが、ふらっと包丁を持つ手元が狂った。

その手首をすっと掴むと、

「危ないぞ提督。交代しよう」

いつの間にか長門が横に居た。

片手にはシシャモが連なる串を持っていた。

顎がまだ動いているのと、シシャモの減り具合を見ると、幾つか毟ったらしい。

長門は半分以上残る串を提督に渡した。提督は頷くと、

「1つ貰う」

「全部食べろ。そしたら焼いてくれ。腕を水に浸してからな。炉は暑いぞ」

「解った」

シシャモを毟りながらちらりと皆を見る。まだ目がギラギラしてる。先は長いな。

長門と提督は互いを見て頷くと、作業に戻った。

 

 

そのど真ん中に、大将達は到着したのである。

 

 

「こ・・・これは・・・一体・・・」

中将はそう呟いた。

鎮守府の港に軍艦5隻が入り、一行が降りて来たのに誰一人出迎えがない。

というより、100%自分達に気付いてない。下手をすれば軍艦が入港した事さえも。

大将は黙ったまま目を凝らした。

浜には野火のようにそこらじゅうで焚き火が焚かれている。

冬の冷たい潮風が吹きすさぶ浜で、艦娘と深海棲艦がバーベキューをしている。

だが、近づいて行っても全く会話らしい会話が聞こえない。

ガツガツと貪る音、パチパチと火のはぜる音、じゅうじゅうと焼ける音、漂う美味しそうな匂い。

「おい!そっちの貝に醤油!こっちの網置けるぞ!」

などと叫びながら、腕から湯気を立てながら焼き続ける提督と工廠長。

一心に下ごしらえをする長門、間宮、鳳翔。

その背後には山のように積まれた魚介類。

「鮭と秋刀魚!あがるぞ!」

枯れかけた声に呼応し、ゾンビのように群がる艦娘と深海棲艦達。

そして食べ物を手にすると、元の場所に戻って再び無言で食い漁る。

呆然とする大将達の脇を、背後のドックから駆逐艦と思しき艦娘が駆け抜けていった。

目は血走っており、一直線に提督に向かいながら、

「ウォォォォォォォ!!!アタイのメシィィィィィ!!!」

と叫んでいた。

その気迫は大将でさえ声をかけるのを躊躇った程だ。

 

大将はうむと頷くと、帽子を取り、襟のボタンを外すと、秘書艦に

「予備食料があるだろう?我々も手伝・・・」

と言いかけたが、既に秘書艦はにこりと笑いながら、食料を入れ、山積みにしたプラ製コンテナを叩いた。

「大本営の大和に連絡しておいたわ。1時間後に食料満載で出航するわよ!」

 

そこでようやく、龍田が一行に気付いた。

口に運びかけていた骨付きソーセージを天龍の口に素早くねじ込むと、

「文月!不知火!」

と言いながら駆けだした。

文月と不知火はその時、熱々のホタテ貝の貝殻をこじ開けるべく箸で格闘していた。

しかし、すぐさま事情を理解すると、左右に散った。

龍田に追いついた文月は一緒に駆け寄ってきて、ビシッと敬礼した。

 

「雷様!」

 

そう、秘書艦に向かって。

「名誉会長殿!このような僻地に御足労をおかけし、誠に申し訳ありません!」

「ふ、文月であります!御目にかかれて光栄の極みであります!」

雷は軽く手を振ると、

「こんな状況で堅い事は無し。よく頑張ったわね。私も鼻が高いわ。さ、コンテナ運ぶの手伝って」

「はい!」

 

置いてけぼりにされた大将と中将が浜にのの字を書いたのは言うまでもない。

その後、不知火に引っ張られてきた提督を見上げて、大将と中将はクマが出たかとのけぞった。

軍服も顔も煤にまみれて、全身真っ黒だったからだ。

「中将殿に・・た、大将殿!?ようこそお越しくださいました。こんな恰好で申し訳ありません!」

二人は気にするなと涙ながらに提督と固い握手をした。

気付いてもらえないってこんなに寂しいものなのだと理解した二人であった。

 

その後。

「焼き鮭でお腹一杯クマ。長門、交代するクマ」

「うえっふ。死ぬほどカニ食べたわ・・・鳳翔さん、交代しましょ」

ようやく駆逐艦や軽巡が腹を満たし、交代してくれた事から提督達も食事にありつけた。

失礼してとガツガツ食べ進める提督に手を振り、大将はぐるりと浜を1周した。

艦娘も、深海棲艦も、食べ終えたら係を交代し、新たに来る者に席を譲り、ゴミを集める。

自律的に、協調して動いている。

大きく頷きながら、再び提督の所に帰って来た。

「あっ」

立とうとする提督を制し、畳に座った大将は、艦娘達を見ながら口を開いた。

「過酷な戦いを制した者の雰囲気は違うな」

「恐れ入ります」

「ざっとで良い。あらましと、被害度合を教えてくれ」

 

 



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file99:姫ノ島(26)

12月1日午前 ソロル鎮守府入口の港

 

提督は長門から受け取ったおしぼりで顔を拭うと、咳払いを一つした。

 

「まず、艦娘は100名。うち受講生40名を送り返し、艦娘は全員生還させました」

「おぉ」

中将が唸った。

「深海棲艦側は出航時1500体居りましたが、多数の犠牲が出ました」

「姫への敵討ちを望み、突撃した部隊850体は全員轟沈」

「突撃を後方支援した2部隊650体の内、555体が轟沈」

「最終的にここに居るのは私達を含めて160弱。およそ9割が沈みました」

大将は眉をひそめ、目を瞑り、じっと聞いていた。

「我々が生還出来たのは、他でもなく、主力隊の、そして五十鈴さんのおかげです」

中将が意外な顔をした。

「なぜだ?主力隊は、為す術も無く全滅したのだぞ」

「・・・主力隊は、敵の爆撃を一手に引き受けてくれました」

「・・・・」

「そして五十鈴さんは、要所要所で精神的に支えてくれた」

提督は居住まい正すと、

「順を追ってお話します」

と、言った。

 

「まず、敵の存在を中将から、化け物である事を五十鈴さんから教えて頂き、我々は離脱準備に入った」

「準備がほぼ整った時、深海棲艦の皆が鎮守府に集まってきた」

「集まった深海棲艦の多くは、以前から艦娘化や腐敗撲滅で協力してくれていました」

中将が口を開いた。

「元、君の所に居た艦娘も、来たのかね?」

「エエ、私ヨ」

提督の後ろにル級が立っていた。

「私ハ、深海棲艦側ハ既ニ被害ガ出タシ、イズレ艦娘側モ実害ガアルカラ早ク手ヲ組モウト考エタ」

提督は頷いた。

「我々は避難する目的だったが、滅ぼさねば滅ぼされるという切羽詰まった理由が生じた」

リ級が寄って来ながら口を開いた。

「モンスターハ、遭遇前ニ逃ゲルノガ最善策。ダケド、狙ワレタラ成長前ニ立チ向カウシカナイノ」

提督が継いだ。

「だから我々は利害の一致を見て手を結び、旧鎮守府に移動し、攻撃方法を検討した」

「中将殿から頂いた情報、深海棲艦達の被害状況や証言から、敵規模を予測した」

東雲がちょこんと提督の裾を持ったので、提督は膝の上に乗せた。

「この、元妖精である東雲にも活躍してもらいました。」

「ワ、私ハ・・」

「この子が敵のボスと通信をしてくれて、攻撃理由や思考方法等が解った。」

「デ、デモ、位置ヲ特定サレチャッタノ」

提督は東雲の頭を撫でた。

「敵は朝乗り込むと言ってきました。それはブラフと考え、短時間で準備出来る事を考えました」

「相手は自分の技術に絶対の自信を持っていた。だから艦隊決戦ではなく意表を突く事にした」

古鷹が手を拭きながら言った。

「提督が鎮守府は真っ先に攻撃されると言って、地下数カ所に防空壕を作りました」

「実際、姫の島は湾に入ると一直線で鎮守府に乗り上げ、あらゆる建物を押し潰しました」

提督が続けた

「Cの字型の入り江である鎮守府正面海域全体を1つの戦場と見立て、陸も使う事にしたのです」

赤城が言った。

「戦艦と空母と重巡は、長門班、加賀班、金剛班、扶桑班の4班に再編成。全員ダメコンを装備したわ」

夕張が笑った。

「軽巡と駆逐艦と潜水艦は裏方役。連絡係とか情報収集とか弾薬補給とか色々大変だったのよ?」

工廠長が言った。

「ワシらは鎮守府のある入り江の内側に向かって800門の臼砲を用意したんじゃ」

中将が聞き返した。

「は、800門の臼砲?どうやって作ったんです?」

工廠長は提督の方を見ながら言った。

「提督がの、臼砲なんてただの短い筒で良いから、岩を抉って砲筒と見立てろと言うて、な」

「た、弾は?」

「掘った岩の残りじゃよ。もっとも、崩れないように鋼鉄と混ぜたがの」

「発射は?」

「無線式の遠隔装置じゃよ。まったく、提督の無茶振りには困ったもんじゃよ」

提督は工廠長を見ると

「そんな嬉しそうに困られてもなあ」

「まぁ、普段から無茶を言いおるからの。慣れておるよ」

「いつも感謝してますよ。実際、臼砲の砲撃によって島にあった砲台は相当数潰す事が出来ました」

「予想外じゃったが、臼砲の発射で崖が次々に崩れ、島は滑走路が1本埋まり身動きが取れなくなった」

「ええ。そして、戦略でも我々は徹底的に裏を掻こうとしました」

長門が口を開いた。

「提督は艦娘が陸で戦って何が悪いと言ってな、私達は森の中を走っては砲撃を繰り返した」

「あの森は旧鎮守府に居た時は走破訓練コースだったから、熟知していたという事もあるんだがな」

加賀はシシャモを飲み込むと言った。

「長門さんが陽動に出てくれたので、私達は島の近くから爆撃機を使って空爆しました」

「もう少し引きつけられれば良かったのだがな。すまない」

「いえ、五十鈴さんの警告を生かせなかったのはこちらの落ち度です。すみません」

提督が言葉を補った。

「長門は強装甲にしてましたが、余りにも捕捉が早く、加賀が助けようと予定外の低空空爆を行った」

「結果、航空機の軌跡を辿れらて加賀隊が見つかり、航空機もろとも返り討ちにあってしまった」

「長門隊も陽動の結果、大破してしまったんです」

大将が頷いた。

「続けてくれ」

「我々は臼砲を打ちつくし、長門隊も加賀隊も大破した。」

「鎮守府は姫の島が乗り上げて全て潰されたので、修理も食事も出来なくなった」

「期限が一気に狭まり、本当に深海棲艦達を送り出して良いか迷っている時、主力隊が来てくれた」

「だが、敵は本当の兵力を温存していた。敵の主兵力は巨大な爆撃機だったんです」

加古が言った。

「1機に8つもエンジンがついていて、大きくて、長くて、胴も太かったんだよ」

提督は頷いた。

「目視した後に五十鈴さんに撤退を進言する通信を発しましたが、応答はありませんでした」

ル級が口を開いた。

「爆撃機ハ姫ノ島カラマッスグ主力隊ノ上空ニ向カイ、爆弾ヲ投下シ、ソノママ通リ過ギタ」

提督は頷いた。

「私は爆撃機が弾を残してる可能性を危惧したが、深海棲艦の皆は好機到来だと主張した」

リ級は肩をすくめた。

「アラ、結局正解ダッタデショ?」

提督は頬を掻いた。

「まぁ、弾が残ってれば特攻してこないだろうからな。正解だった、認めるよ」

リ級はニヤリと笑った。

「賭ケ以外ノ何者デモナカッタケドネ」

長門が口を開いた。

「爆撃機は通り過ぎる際、1回で全爆弾を投下した。あれでは戦艦でさえ1発轟沈だった」

提督は頷きながら表情を曇らせると、

「でも、1回の攻撃だった。もし主力隊が全員ダメコンを積んでいたら、助かったかもしれません」

中将は顔を歪めた。ダメコンか兵器か、大本営内でも壮絶な言いあいがあったのを思い出す。

結局、そこまでの敵戦力はありえないという事で兵装になってしまったのだが。

「深海棲艦の皆が突撃するにあたり、我々は3つの事をしました」

「1つは金剛班に、残存砲台の掃討を命じました」

「1つは扶桑の提案で、扶桑班に島の発電施設を潰させ、兵装の無力化を図った」

「最後は主力隊の生き残りだった隼鷹さんと飛鷹さんに、航空機の帰還を邪魔させた」

中将ははっと気付いた。

「そうか。君のところの日向と伊勢、それに隼鷹と飛鷹は数合わせ出来なくて予備隊に・・・」

金剛が腰に手を当てて言った。

「砲台掃討はだいぶ上手く行ったケド、後ろから来た攻撃機の特攻は酷かったネー」

扶桑も頷いた。

「爆撃機も島に着く前から我々の攻撃に気付いていたのでしょう、まっすぐ突っ込んできました」

山城が横を向きながら言った。

「提督がダメコンを積めと命令してくれなかったら、私は完全に轟沈していたわ」

扶桑がニコニコ笑いながら

「山城、提督に言う事があるんじゃないかしら?」

山城は真っ赤になりながら

「え、えと、あの、提督の戦法を臆病とか散々言っちゃって・・ごめんなさい」

提督は

「それも本当だからな。でも、何であれ生還してくれて本当に嬉しい。それだけだよ」

と応じ、続けて

「山城、その時の状況を説明してくれるかい?」

と言った。

 

 



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file100:姫ノ島(27)

12月1日午前 ソロル鎮守府入口の港

 

山城は咳払いを1つすると、話し始めた。

「扶桑姉様、私、それに日向さんと伊勢さんで、島の後部側面を集中砲火してたの」

「最初に特攻に気付いたのは日向さんで、直ちに最大戦速で8の字周回するよう命じられた。」

「でも私は、狙いを付けた位置が燃料タンクだと確信していたから、撃ち漏らしたくなかった」

「移動開始が遅れた事が災いして、モロに爆撃機5機が横から突っ込んできたわ」

「爆撃機の妖精は目を瞑ってた。完全に覚悟を決めていた」

「爆撃機は衝突と同時に猛烈な勢いで燃え上がったわ。多分そういう素材ね」

「その後も次々来た爆撃機に私は押し倒されるように沈んだわ」

「終わりだと観念したらダメコンが発動して、海面に戻れた時には攻撃が止んでいたわ」

扶桑が山城の肩を叩きながら言った。

「山城の勘は正しかったわ。あれに着弾した後で液体が噴き出し、島が停電したのよ」

ル級は納得したように頷いた。

「我々ハ突撃ノタイミングヲ見計ラッテイタ。敵ノ攻撃機ハ爆弾ガ切レテ低空飛行ニ入ッテイタ」

「ソコニ、ソノ停電ガ来タ。攻撃機ガ動揺シタヨウニ見エタカラ、ソレヲ合図ニ突撃シタ」

リ級が継いだ。

「ル級達ハ海上カラ攻撃機ヲ一斉射シ、我々ハ砲台ヤ格納庫ニ突撃シテ制圧シタワ」

「ソシテ・・・ロ級達ハ姫ノ本拠地ニ突ッ込ンデイッタ」

タ級も俯くと

「ロ級サン達ハ仲間ガ攻撃機ノ特攻デ吹キ飛バサレテモ、真ッ直グ突入シテイッタ」

「相手ハ命ト引キ換エニ行ク手ヲ阻ミ、コチラハ屍ヲ踏ミ越エテ突撃スル。凄惨ダッタ」

ル級が引き取った。

「ソシテ本拠地突入後、ロ級サンノ「総員用意」トイウ声ガシテ、程ナク棟ゴト爆散シタ」

「私達ハ痛手ヲ負ッテモ生キヨウトシタケド、ロ級ハ違ッタ。最初カラ死ヌツモリダッタ」

リ級がぽつりと言った。

「アノ子ハ、ヌ級ガ最高ノ理解者ダッタカラ、早ク傍ニ行キタカッタノ、カモ」

そして横の浜を見つめながら、

「馬鹿ナ奴。ホント、馬鹿ヨ」

と、付け加えた。

提督は目を伏せた。

「目的を達したら帰って来いと約束したけど、目的が友人の元に行く事だったんだな・・・」

扶桑も呟くように言った。

「爆発音がした時、提督が悲しむだろうなって、すぐ思いましたわ」

長門が提督を見ながら言った。

「提督は今回集まった深海棲艦を全員丸め込んで艦娘に戻す気だったろう?」

「えっ!俺いつ話したっけ?」

「聞いてないぞ。だが提督の事だから、そんな事だろうと思っていた」

「ううううう」

「何年提督と生活を共にしてると思ってるんだ?」

「それはまぁ、そうだ。」

提督は肩をすくめると、

「姫の棟が爆破された後、程なく島は丸ごと消滅しました」

「跡形無く壊された鎮守府の跡に、我々は合同慰霊碑と慰霊塔を立てた」

山城が言った。

「塔の上で姫がおじいさんに頭撫でられてたわよね?」

一瞬、全員の行動が止まり、一斉に山城に視線が向いた。

「えっ?な、何よ?じっと見て」

提督がそっと言った。

「わ、私は、小さい丸い火だけ見えたんだけど」

工廠長もコクコクと頷いた。

「わしも、火しか・・見えとらん」

ぎょっとした顔で長門が言った。

「えっ!?何も見えなかったぞ?火ってなんだ?」

扶桑が首をかしげながら、思い出すように言った。

「慰霊碑というか、入り江の入り口まで、大勢の妖精や主力隊の皆さん、深海棲艦さんが居ましたよ」

扶桑姉妹以外の全員がすーっと青ざめた。

「な、何か言ってたの、かな?」

扶桑が頷きながら、

「ええ。提督が今後も弔いたいと仰った時、皆さん大層喜んでましたわ。」

「ひぃっ!?」

「工廠長さんがお盆の時期に来ようと言った時も、ぼたもち宜しくと仰ってましたわ」

工廠長は飲みかけの水を喉に詰まらせた。

「うっ!げほっ!げほっ!何?ぼたもち!?」

山城も何を今更という風情で言った。

「だから帰りの航海は静かで潮の流れも良かったじゃない。あれだけ大勢に守られてたんだから」

提督はふと、長門が自分の軍服の裾を握りしめている事に気付いた。

更に、膝の上の東雲がカタカタ震えている。

長門の手を握り、東雲の腹の上にそっと手を重ねると、二人はぎゅっと掴んできた。

提督はごくりとつばを飲んでから、問いかけた。

「え、ええと、ええと、山城さん」

「なんで真っ青なんですか?」

「その、その子達は、今も居たりするのかな?」

扶桑はきょろきょろと周りを見ると、

「到着したのを見届けて帰ったみたいですね・・・ええ、今は居られませんわ」

山城はニヒャリと笑うと、

「あ!提督の後ろに恨めし気なロ級さんが!」

「ぎゃああああああああああああああああ!」

山城は最初、叫んだ提督を指を指して笑い転げていたが、そのままピタリと止まった。

「な、なんだよ、山城・・・もう脅かさないでくれよ」

山城はそっと呟いた。

「ええと、幽霊さん?成仏出来ないなら手伝いましょうか?」

「・・・・・提督ノ、バカヤロウ」

ぎょっとして全員が振り向くと、ずぶ濡れになったロ級がそこに立っていた。

「ひぃぃぃぃぃぃ!じょ、成仏!成仏してくださあああああい!」

ロ級は全身から怒りのオーラをほとばしらせ、わなわなと体を震わせながら、

「提督!ナンダコレ!」

といって拳を突きだした。

提督と長門が出されたものを見て、同時に

「あ」

と呟いた。

それは、ダメコンの欠片だった。

「提督ガ!手榴弾ハ!箱ノ中ダト言ウカラ!適当ニ掴ンデ持ッテッタラ!コレガ挟マッテタンダ!」

リ級がぽかんとした後、ロ級を指差し、腹を抱えて笑い出した。

「カッ、艦娘ノ!ダメコンガ!深海棲艦ニモ効クッテ解ッテ良カッタワネ!最高!アハハハ!」

ロ級が真っ赤になって怒った。

「ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!提督!私ニ何カ恨ミデモアルノ!」

提督と長門は両手と首をブルブル震わせて否定した。

「ちっ!違う!そんな事は決して!」

「提督も我々も、今の今までロ級は皆と成仏したって思ってた!本当だ!」

ロ級は大きく振りかぶってダメコンの欠片を浜に叩きつけた。

「チクショウ!コノ!クソ提督ゥゥゥゥ!」

東雲がとことことロ級に寄っていくと、

「運命ッテ、カコクダヨネ」

と、背中をぽんぽんと叩いた。

「アンタ、過酷ッテ意味解ッテンノ!?」

東雲は首をかしげながら、

「ンー、ナンカコウイウ時、使ウ?」

リ級は浜を転がっていた。

「アッ!アハハハ!ロ級ガ!ロ級ガ!子供ニ説教サレテル!傑作!死ニソウ!アハハハハハハ!」

ロ級が火山の噴火口のように真っ赤になったかと思うと、

「リ級!テメエ!許サネェェェェェェ!」

と、浜を追い掛け回した。

東雲は肩をすくめ、首を振りながら、

「ヤレヤレ、デスネ」

と、溜息を吐いた。

提督はぺたりと畳に座り込んだ。

もう疲れた。本当に、疲れたよ。

大将が同情の言葉をかけようとしたその時、赤城が言った。

「提督」

提督はゆっくり顔をあげた。

「なんだい?」

赤城はにっこり笑った。

「そろそろお昼です。メニューは何ですか?」

提督は長門が呼びかける声を聞きながら、ふわっと意識を失った。

 




予測した貴方、エスパーですか?

誤字1箇所訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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file101:姫ノ島(28)

12月1日夕方 ソロル鎮守府入口の港

 

提督が目を開けると、自分の部屋だった。

窓から入る日の光は黄昏色で、倒れた時間と随分違っていると気付いた。

むくりと起き上がると、傍らの椅子に座ったまま、長門が寝息を立てていた。

出発から帰還まで、私以上に活躍し、大破までしたんだ、疲れているのも無理はない。

「お疲れ様。でも、そのままだと風邪を引くぞ?」

そっと頭を撫でると、眠ったまま長門が微笑んだ。

「女の子と言うか、立派な大人の美人さんなんだが、そう言ったら怒るかな」

撫でても長門が目を覚まさないので、提督は撫でながら呟き続けた。

「もうすぐLV99か。一式用意してあるんだが、ケッコンカッコカリ、受けてくれるかなあ」

ぴくりと動いたので手を放すが、再び寝息を立て始めたので、また頭を撫でる。

「人生でこういう事を言った経験が無いからな。ええと、なんて言えばいいんだ?」

「書類揃ったからヨロシク・・・じゃ仕事みたいだしなあ」

「飲み会の後で酔ったフリしてポケットにねじ込む・・・ムードが無いとか言って怒りそうだなあ」

長門はぴくりと反応したが、提督はすっかり長考モードに入っていた。

「うーん、大きなぬいぐるみに書類括り付けて枕元に置いとこうか」

「長門だからなあ。ぬいぐるみばかり見て書類捨てられそうだ。なんかありありと光景が思い浮かぶ」

ぴくり。

「参ったなあ・・・本当に思いつかん。陸奥に頼んで渡してもらおうかな。羊羹1本で」

その時。

「だああああああ!もおおおおおおおお!」

「なっ!長門!起きてたのか!?」

「まったく!さっきから聞いてればなんだ軟弱者!男ならスパッと言わんかスパッと!」

「ひっ、人の独り言を狸寝入りで聞いてる方も聞いてる方だろう!」

「良い事言ったら起きて受けようと思ってたのにロクでもない方法ばかり!起きるに起きられん!」

「えっ?」

「なんだ!」

「良い事言ったら・・・受けてくれるのかい?」

「あっ」

提督がにこっと笑った。

「武士に、二言は無いよね?」

ポストもかくやと言う程全身真っ赤になった長門は天井を睨みつけると

「陸奥ぅぅぅぅぅぅぅぅ!全然ダメではないかぁぁぁぁぁ!」

と、叫んだ。

当然、翌朝のソロル新報エンタメ欄はこの記事が1面ぶちぬきで載ったのは言うまでもない。

新聞を片手に艦娘達がきゃあきゃあ大騒ぎとなり、長門がそこらじゅうで質問攻めにあった日。

一方で。

扶桑が真夜中に山城を従え、藁人形を持って島の奥の森に入って行ったとか、

金剛が赤城や加賀と並んで間宮のバケツパフェをやけ食いしていたとか、

なぜか摩耶が超不機嫌だったとか、比叡がいつになくご機嫌だったとか、

色々な噂話が飛び交った。

確認されている事実は、長門と提督が揃って腹を壊した事くらいである。

それは長い移動中、温度管理不徹底だった栗羊羹が元凶と言われているが、二人は黙したままである。

 

それから3ヶ月が過ぎた。

 

「ようやく、陸奥の番だねえ」

ル級は肩をすくめて、

「モウ誰モ、ル級ッテ呼バナイカラ、今更ヨネ」

と、言った。

「さ、始めますよ~」

睦月はすっかり慣れっこになった作業を始めた。

 

戦いを生きぬいた深海棲艦達(希望しなかった一体含む)は、一人、また一人と艦娘に戻っていった。

途中半月ほど、

「東雲一人で頑張ってるんだから、バカンスをあげます!」

と、提督が決め、睦月と二人で好きな所へ行って良しと、小遣いと休暇を与えた。

しかし東雲は

「外ハ良ク解ラナイシ」

と、工廠や研究室、島巡りや鳳翔の料理、間宮のおやつ、そしてお昼寝を堪能したらしい。

まもなく期間が終わるという頃、提督が温泉宿に連れて行き、帰りにアジフライ定食を食べて来た。

東雲は終始楽しげにはしゃいでいたが、帰り道、なんと東雲は普通の妖精に戻ってしまった。

睦月も提督も慌てたが、東雲は

「大丈夫ですよ、ちゃんと手順は覚えてますから」

と言い、休暇明けから深海棲艦達を艦娘に戻していった。

睦月は胸をなでおろしたが、提督は思った。

普通の妖精以上になってないかい?と。

一方。

艦娘に戻った深海棲艦は、そのまま人間まで戻る子が多かった。

それは、

「色々考えたんですけど、また戦って、恨んで沈むのは辛いから」

という理由が多かった。

提督はそうだねと笑顔で送り出し、後見人にもなったそうである。

人間になったうえで、事務方として働いている子もいる。

「これなら出撃する事はないし、皆と働くのは楽しいから」

と言って。

尚、駆逐隊のロ級は皆の予想通り曙として戻った。

全員から

「そうだよねぇ」

「うん、絶対そうだと思った」

「ロ級だけは賭けが不成立だったもんね」

「解りやす過ぎたよね」

「完璧だったもんね」

「私でさえ外さなかったぞ」

と口々に言われ、真っ赤になって提督を追い回したそうである。

ちなみに彼女も人間に戻ってしまった。

いわく、

「どっかでヌ級が生まれ変わってる気がするから、探しに行く!」

であった。

提督は連絡先を伝え、路銀をたっぷり渡すと、

「困ったらいつでも来なさい。見つかるまで応援してあげよう」

といって送り出した。

隠匿された大事件、姫の島事案。

提督の鎮守府はその為、表彰を受ける事も、提督が昇進する事もなかった。

龍田は大和に鬼気迫る勢いで圧力をかけ、抗議したそうだが、雷が

「秘匿案件だから功績として記録出来ないの。お願い。解ってあげて。大きな借りとしておくから」

と、とりなした。

3ヶ月という時間は、鎮守府でも、大本営でも、事案を過去の話題として押し流すに充分だった。

姫の島に匹敵するような規格外深海棲艦は出たわけではない。

だが、そこまで行かなくても、毎日沢山の深海棲艦と艦娘の戦いは続いていた。

新しく深海棲艦の棲む海域も見つかっていた。

誰もが、立ち止まってはいられなかったのだ。

 

無事ル級が陸奥に戻ると、睦月が提督を振り返り、

「これで全員、戻りましたね!」

と言った。

だが、提督は

「いや。あと一人、居る」

と、眉をひそめたのである。

「ええと、誰ですか?」

睦月と東雲が一生懸命思い出そうと視線を上に向けながら問うと、提督は、

「五十鈴さんだよ」

といった。

 

 

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

「五十鈴さんへの面会ですか、珍しいですね」

看護師は訊ねてきた提督に向かってそう言った。

「珍しい・・・ですか」

看護師は台帳を見ながら

「ええ。中将が時折おいでになりますが、それ以外は・・・」

「そうですか。今日は面会可能ですか?」

「可能です。あ、中将が丁度お見えになってますね」

 

 

あの日。

五十鈴は主力隊全滅の報(正確には4隻残っていた)を聞いて、即座に自分を責めた。

あれ以上どうしようもなかったというのは、言い訳に過ぎない。

沈んだ者達はさぞ恨みに思うだろう。

言う通りに装備を変え、言う通りに行動し、たった20分で海の底に沈められたのだ。

五十鈴は常に持ち歩いていた護身刀を抜き、躊躇せず鳩尾を突いた。

薄れ行く意識の中で、微かに中将の叫び声がした気がした。

 

中将は血溜まりの中に倒れ伏す五十鈴を見つけた。

ごく、ごく僅かに脈があるのを確認した中将は、そのまま抱き上げて病院棟へ走った。

8時間以上を手術室で、その後2週間以上を集中治療室で過ごした。

しかし、体調は戻っていくのに、目を覚ます事はなかった。

大本営内では五十鈴に同情する声が圧倒的だった。

五十鈴が何をしたというのだ。

開戦直後なのだから差配で取り返しのつかないミスをしたわけでもない。

そもそも準備は開発部だのなんだのが横槍を入れまくってたじゃないか。

五十鈴が責めを追うのはお門違いだと、嘆願署名まで出た。

大将は全員に訓示した。

様々噂が出ているようだが、一切責めを負わせるつもりは無い、その理由が無いと。

大本営内ではしばらく、かなりの時間、五十鈴を心配する声があった。

しかし、1ヶ月、2ヶ月と過ぎていくと、次第に絶望視する論調が高まっていった。

もう目覚める事はない。

多くの人が、艦娘が、そう思い始めていた。

いや違う、いつか必ず目を覚ます。

大本営内でそう信じているのは、3ヶ月たった今、中将一人になっていた。

 



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file102:姫ノ島(29)

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

「五十鈴、調子はどうだね」

五十鈴の手をそっと握ると、中将は優しく話しかけた。

「外はそろそろ、五十鈴の好きな梅の花が咲き始めるよ」

「去年の今頃は、五十鈴と約束していた花見が雨で中止になったなあ」

「来年で良いではないかと言ったのは私だった・・・・」

中将はぎゅっと、五十鈴の手を握った。

「五十鈴。わしに約束を果たす機会をくれんかのう・・・・」

中将はこの3ヶ月で10歳は年老いた気分だった。

実際、元々白かった頭は確実に白さが増していたし、明らかに痩せていた。

大和は大層心配していたが、原因ははっきりしていたし、痛いほど解るので、何も言えなかった。

 

コン、コン。

中将は涙を拭うと、

「はい!」

といった。看護師だろうか?

ガラガラと開いた戸の先には、提督が居た。

「中将殿・・・」

「提督か。久しぶりだな」

「随分お痩せになりましたね」

「はは。五十鈴から少し痩せろと散々言われておったからな・・・・」

「そう、でしたか」

「ところで、今日は五十鈴の見舞いに来てくれたのか?」

「正確には、違います」

「と、言うと?」

「おいで」

提督が促すと、東雲と睦月がおずおずと入ってきた。

「ええと、この子達は?」

提督は頷くと、言った。

「艦娘にとって、最強のドクターと、そのオペレーターです」

中将の表情が変わった。

「どういう事だね?」

「この子は、あの戦いの後、鎮守府で会ってるんですよ」

「う、うむ?記憶に無い。すまん」

「東雲ですよ」

「うん?東雲君は確か、駆逐艦のような被り物をして、東雲色の髪をしていなかったかな?」

「さすが中将です。でも、その後私と旅行した帰りにこうなりまして」

「!?」

「東雲はこっちが正しい、元の姿なのだそうです」

「・・・」

「それが鎮守府を巻き込んだ戦いで海の底に沈んだ」

「・・・」

「艦娘が深海棲艦になるように、東雲もあの姿になっていたのです」

「そうだったのか・・・可哀想にな・・・」

中将は優しく東雲の頭を撫でると、東雲はにこりと笑った。

「東雲は、妖精に戻ってからも深海棲艦を艦娘に戻し続けています」

「ほう」

「そして、艦娘に戻った後の子達の治療もするようになりました」

「治療?」

「ええ。特に心の問題を、です」

「心の、問題?」

「戦闘で敵方からかけられる恨みの言葉、激しい戦闘の情景、沈み行く僚艦の言葉」

「・・・」

「艦娘達はそういった事に晒され続けている。だから心を閉ざすものも居る」

「・・・」

「東雲は、そういった者達の心に話しかけ、癒し、許し、時に忘れさせる」

「・・・」

「五十鈴さんの状況は断片的に聞いてます。体調は回復してるのに、目を覚まさない、と」

「その通りだ」

「もしそれが、五十鈴さんが自らを責め続けているのなら、周りの声を届けてあげたい」

「周りの、声?」

「ええ。嘆願書が出たこととか、大将の言葉とか、中将がどれだけ献身的に来ているか、と」

「ば、ばかもの。わしの話は良い。」

「そういう事が出来るのは、私が知る限りではこの二人しか居ない」

「・・・」

「中将、この子達に、五十鈴さんに話しかけることを許可頂けませんか?」

中将は東雲の目をじっと見て、話しかけた。

「この子はな、おじさんにとって、かけがえの無い艦娘なんだ」

「うん」

「おじさんが君のように小さい子に願うのは本当に済まないと思う。だが」

中将は地面に正座し、手をつくと

「今は藁をも縋りたい。頼む。助けて、やってくれ」

東雲はこくんと頷くと、

「うん、やってみる。きっと、思いを解ってくれると思う」

そして睦月を振り返ると、

「始めましょ?」

と言った。

世界でたった一人。

東雲という極めて繊細な、極めて高度な仕事が出来る妖精を操れるオペレーター、睦月。

共に手を取り、笑い、ケンカし、泣き、食べ、学ぶ。

そんな二人は、中将が発する思いは本物だとすぐに見抜いた。

ならば。

「中将さん、お願いがあるの」

「な、なんだね?」

「東雲ちゃんの右手を、両手で握って」

「こ、こうか、ね?」

「それで、目を瞑って」

「うむ」

「もし、目の前に五十鈴さんが出てきたら、正直に思いを打ち明けて」

「・・・・」

東雲が言った。

「恥ずかしがって違う事を言ったら、もう二度とチャンスは無い」

「!」

「絶対に、約束して。正直に言うと」

「・・・わ、解った」

東雲が黙って左手を睦月の方に伸ばした。

それはいつもの、作業を始める合図。

睦月はにっこり微笑むと、両手でその手をとった。

東雲と睦月は目を瞑り、長い長い言葉を呟き始めた。

中将はぐにゃりと意識が歪むような感覚に襲われた。

 

ここはどこだろう?

湿地帯のような地面に、沢山の花が咲いている。

周囲を見回すとあちこちに池や水路があり、奥には風車が2台動いている。

空は青く澄み渡り、気候は穏やかで優しい。

サクサクと、草を掻き分けて歩く。

中将は1つの予感がしていた。

きっとここに、五十鈴は、五十鈴の魂が居ると。

橋の袂を、深い草むらの中を、水路を、くまなく探す。

やがて近いほうの風車小屋にたどり着くと、階段を、内部を、屋根を探していく。

ややぬかるんだ地面に何度も足を取られ、裾に泥が付くが気にもせずに。

ついに、中将は叫んだ。

「五十鈴!五十鈴!居るのは解っておる!五十鈴!」

叫びながら、歩きながら。

2つ目の風車小屋の周囲をぐるりと。

「五十・・・」

中将の視線の端に、小屋の裏の階段に腰掛け、雑草の長い茎を手に持って。

遠くを見る五十鈴が、居たのである。

 

「い、五十鈴」

中将はそっと、足音さえ憚るように近づいていった。そっと。

五十鈴は遠くを見つめたまま、全く答えようとしない。

こちらを見ようともしない。

死んでいるのかと思うほどだ。

だが、中将はそうではないと信じていた。

五十鈴を必ず取り戻すと。

 

 




矛盾点のご指摘がありましたので一部修正。
ありがとうございます。


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file103:姫ノ島(30)

3月10日午後 大本営病院内特別病棟

 

提督が見守る中、東雲によって五十鈴の意識空間に連れて行かれ、五十鈴を見つけた中将。

そっと、五十鈴の傍の地面に立った。

中将と、階段の上の方に座る五十鈴は、ほとんど同じ目線だった。

中将はふと、五十鈴の見ている方を見た。

そこには少し大きな水溜りがあり、太陽の光が、周囲の花が、キラキラと映りこんでいた。

「綺麗だな」

「・・・・・ええ」

五十鈴が始めて返事を返した事に、中将は叫びたい気持ちだった。

もう3ヶ月も耳にしていない、五十鈴の声。

どれだけ聞きたかった事だろう。

「・・・こんな所まで、私を笑いに来たの?」

「誰も、誰一人として、五十鈴を笑ったりなどせんよ」

「嘘。碌な指示も出来ないまま、世界一の艦隊を沈めた愚か者よ」

「1つ訂正だ」

「何?」

「あれは、世界一の艦隊ではなかったのだよ」

「え?」

「世界一の艦隊は、提督の艦隊だ」

「・・・」

「提督は、あの忌々しい島に、山を崩して襲い掛かった」

「・・・」

「森から艦隊砲撃を行い、岩を打ち込み、発電施設を砲撃した」

「・・・」

「そして」

「・・・なによ」

「全員に、ダメコンを持たせたんだ」

「!」

「実際、山城は砲撃中に爆撃機の特攻にあった」

「・・・」

「じゃが、ダメコンを積んでいたおかげで生き残った」

「・・・」

「五十鈴はダメコンを乗せろと主張しておったではないか」

「・・・」

「だが、その主張を通してやれなかったのは私のせいだ」

「ち、違う。違うわ!私が敵方の航空戦力をもっとよく見て、慢心しなければ!」

「無茶を言うな」

「えっ?」

「提督ですら、敵が発艦させた後に爆撃機の存在を知ったのだぞ?」

「・・・」

「知らないものに備えられるわけがあるまい」

「・・・」

「そして、雑音だらけの大本営と違い、提督の鎮守府は提督の意志だけで動ける」

「・・・」

「もしあの艦隊を、五十鈴が五十鈴だけの意志で動かせば、絶対に違う結果になった」

「嘘・・・嘘よ・・・あたしのせいなのよ・・・」

「五十鈴っ!」

中将は五十鈴の手首を掴んだ。

「ひっ」

「もう良い。もう良いんだ。五十鈴。お前は、お前は、本当に、よくやったんだ」

中将の目に涙が溢れた。

「もう自分を傷つけてはならん。大本営全ての失態を一人で背負わんで良い。」

五十鈴の目が揺れ始めた。

「頼む。頼む五十鈴・・・私の・・・傍を・・・離れないでくれ」

「・・・えっ?」

「五十鈴。お前の居ない世界はねずみ色のモノクロだ。何の色も、味も、香りもない」

「・・・」

「ただ時計が針を回し、ただ明るくなり、ただ暗くなる」

「・・・」

「お前が傍に居るからこそ、梅の花を、桜を、紅葉を、愛でる気になる」

「・・・」

「お前が居るからこそ、私は仕事を、あの国を、守ろうと思えるんだ」

「・・・」

「あの国を守りたいんじゃない。私は、お前と、傍に、居たいのだ・・・」

「・・・」

「頼む。私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と、二度と、離さんから」

五十鈴は目をつぶると、くすっと笑った。

「私のパートナーだった提督は皆大出世したわ。」

「ん?」

「あなたはどうなるのかしら?楽しみね」

五十鈴が優しく、少し悪戯っ子の目で見つめていた。

中将は五十鈴を抱きしめた。

「ちょっ!」

「うるさい・・・もう離さん」

「・・・ええ。離さないでね」

 

「くぉぉぉぉぉ」

「きゃあああああ」

病室で3人の様子を見守っていた提督は、東雲が唸り、睦月が恥ずかしげに叫ぶのに首を傾げた。

今までこんな反応無かった気がするよ?

何があったというんだい?

その直後。

 

「う・・・」

五十鈴が目を覚ました。

「いっ!五十鈴さん!気がつきましたか!」

だが、五十鈴は途端に顔を真っ赤に染めると、もじもじし、壁のほうを向いてしまった。

「?」

提督は頭の上に巨大な疑問符の付いたままだった。

提督は目覚めた東雲と睦月に

「なあ、何があったんだ?」

と聞いた。

東雲は、やっと目覚めた中将の頬に、睦月は五十鈴の頬に、それぞれ人差し指をぷにぷに押し込むと

東雲が中将の声色を真似て、

「私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と離さん」

続けて睦月が、五十鈴の声色を真似て、

「ええ。離さないでね」

そして二人手を取ると、

「ぎゅむー」

といいながら抱きついたのである。

 

茹でダコのように真っ赤になり、湯気が立ち上る五十鈴さんと中将って、レアな絵だなあ。

青葉と夕張連れて来れば良かった。

事情をすっかり理解した提督は、ニマーっと笑い、

「ケッコンカッコカリは良いものですよ、中将、五十鈴さん」

というと、東雲と睦月がきゃあきゃあ言いながら提督にしがみついた。

中将は鬼のような形相で、

「やっ!やかましい!やかましいぞ!絶対生涯の秘密だぞ!喋ったら島流しだからな!」

呼応するかのように五十鈴も提督を指差しながら

「それだけじゃないわよ!ええ、もう、深海棲艦だらけの海に放り込むわ!放り込むんだからね!」

しかし。

提督、東雲、睦月の3人はこれ以上ないくらい邪悪な笑みを浮かべると、順番に、

「私と一緒に、戻ってきてくれ。二度と離さん」

「ええ。離さないでね」

「ぎゅむー」

五十鈴は両手で顔を覆いながら、

「いやああああああ!不覚!私の生涯最高の不覚よ!」

中将は目を真っ赤に血走らせて、

「やめい!繰り替えすな!恥ずかしくて死にそうだあああああ!」

と、叫んだ。

提督はふふっと笑うと、

「良いじゃないですか。収まる所に収まった、という事ですよ」

その時。

「あ、あの、病室ではお静かに・・・」

と、注意しに来た看護師は、起きて顔を手で覆っている五十鈴を見て、

「せっ!先生!先生!五十鈴さんが意識を取り戻しました!」

 

3ヶ月もの間眠り続けていた五十鈴は、すっかり筋肉が細くなっていた。

ゆえに、日常生活に支障が無いところまでリハビリが必要と指示された以外は、問題は無かった。

「リハビリはお二人でやれば良いんじゃないですか?」

提督がにこにこして言うのを、主治医は首を傾げながら応じた。

「確かに付き添いの方が居ると、効果が上がりますから、私もお願いしたいですが・・・」

にひゃりと東雲が笑うと

「夫婦の共同作業」

と、ぽつりと言った。

ボンと真っ赤になり、恐ろしい形相で振り返る五十鈴と中将。

提督は必死に笑いをかみ殺しながら、東雲に

「こっ、こら、隠してるつもりなんだからバラしちゃかわいそうでしょ」

と、言った。

「提督・・・そろそろ用事があったんじゃなかったかね?」

「アラ残念。それなら用事を優先し・て・く・だ・さ・い・ね」

提督は今日だけは中将の睨みも怖くないと思ったが、良く文月が

「楽しいと思ったことに、お代わりを求め続けてはいけませんよ」

という言葉を思い出すと、

「よし、じゃあ東雲、睦月。「用事」を、済ませに行こうな」

と言うと、

「では中将、五十鈴さん、またいつか」

と、頭を下げたのである。

しかし、睦月が手を振りながら、

「末永くお幸せに~」

と言ったので、看護師の2人は察してしまったようである。

 

提督は病棟を後にしながら言った。

「これで全員だ。よし東雲、睦月!何でも奢ってやるぞ!」

東雲がキラキラした目で

「フグ!」

と言った。

「し、東雲さん?どこでそんな不吉な単語を覚えたのかな?」

「龍田さんが、提督が奢るって言ったらそういえば良いよって言った」

あんの軽巡!何を吹き込んでやがる!

「フ~グ!フ~グ!」

東雲と睦月の無邪気なコールに、

「わ、解った。帰ったら鳳翔の店で頼もう。な」

と、折れたのである。

慢心ダメ、絶対。

提督は心の中で呟きながら、預金残高を必死に思い出していた。

 




はい。
お疲れ様でした。
姫の島シリーズ完了でございます。
そして私は、筆を置きたいと思います。

だから今回のあとがきは全体のネタにも触れちゃいます。

「艦娘の思い、艦娘の願い」を書く前のグランドデザインは、第1章だけの予定でした。
それも15話くらいのショートで終わらせようとしてたんです。
とんだ大脱線というか兵站広げ過ぎというか。
ニコ動で説明してますが、元々MMDで艦これドラマを描くとしたらどんな背景が必要なのかを考えるために真剣に短編を1本書こうとしたんです。
それが真相。
1章は表計算ソフトでシナリオとタイムテーブル書き起こしながら、後半で矛盾が無いようまとめて行きました。
何でこんな無茶な短時間でこんな事してるのこの子達と泣きそうになりました。
やらせたの私ですね。はい反省。
ただ、悩み苦しんだおかげで、本来の目的だったソロル鎮守府のディテールはしっかり出来たので、無事に3Dモデルも公開と相成りました。
ですから本来は、1章で役割は終わってたんです。

でももうちょっと書きたいなと甘えさせて頂き、仕切り直して書いたのが第2章です。
第2章だけで103話。
途中のfile41がおさらい講座でしたので、それを抜いて102話。
まさかのfilenoダブりが2回もあって102になったのは内緒です。
ただ、今回で大長編となった姫の島シリーズは完了。
これで(私が覚えている)全ての伏線を回収したと思っております。
色々広げようと思えばまだ広げられますけどね。

ちなみにロ級は最初から曙の設定でした。
ただ、彼女の場合は大変台詞に特徴がある。ありすぎる。
なのでいつ出すか、どう出すかはかなり悩んでました。
必死に考えてあれくらいという残念仕様の脳ミソなので勘弁してください。
勘弁といえば、ほんと誤字脱字の多さはすみませんでした。
結局最後まで指摘を受けては直すという感じでした。
教えてくださってありがとうございました。

私は元々シナリオ書きさんではありません。
実を言えば小説を書くことも得意ではありません。
手を動かさずにあれこれいう人になりたくないので、手を出している。
それが真相です。
私の趣味はMMDという小さな界隈で、背景を細々と作ることでございます。
今でもだいぶ出ていると思いますが、素人がいつまでも話の兵站を広げると碌な事がありません。
文月さんいわく、「お代わりは求めすぎるな」というやつです。
だから皆さんにお気に召して頂いている間に、完成扱いにしちゃいます。

正直、第2章を書いたのは、付けて頂いた評価のあまりの高さゆえでした。
もうちょっと書いても皆付き合ってくれるかな・・・ほんとかな?
そんな気持ちでございました。
書き終えた2014/5/23夜時点で調整平均7.84。
ほとんどが7点以上に集中するという信じられない状況です。
8点超えたら3章行くかと思ってたのも懐かしいお話。
今から行くわけないとタカを括ってますw

そうそう。
私は素人で、これを糧にプロを目指す事もありません。
だから単純に高評価で喜び、低評価で泣きます。
よって、
ずっと読んでくださり、感想を書いてくださった方。
高く評価してくださった方。
そして、仕方ねぇなと誤字や誤りを指摘して頂いた方。
本当にありがとうございました。

ほんとに、ほんとにありがとう!!




・・・なーんて言ってたのが5月23日の深夜だったわけですが。
5月28日現在、調整平均8.73、平均8.31。
人生で初めて3度見しちゃいました。

ご祝儀で調整平均8.01位になっちゃったりして~・・とか思ってました。
でも8.73まで行くと、さすがに「ありがとう」で終わらせられないなと。

ええ。3章書こうと思います。
計画だけはありましたので。
3章は書き方というか、視点を変えます。
5%位楽しみにしててください。

一応、ここまででも読み切りではありますので、気長にお待ちください。

と、今更書いて誰か気付いてくれるのかしらと。
金曜までに誰にも気付かれなかったらそっと戻しておこう。そうしよう。


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第3章 それぞれの時間
時雨の場合(1)


1章が鎮守府全体にまつわる大イベントと時間毎の反応を書きました。
2章は発生するイベント毎に、そこに関わる人々を描きました。
3章ではもっと一人一人に近づいて描写する予定です。
あくまで予定です。大事な事なので2度(ry

そもそも、完結と言った後で足して良いのだろうか?
書いて、誰も気づかなかったらどうしよう?
別の小説として仕立てるべきだろうか?それが気付かれなかったら申し訳ないじゃないか。
しれっと3章書いた方が良いのか?
いっそこのまま終わりと言い張るか。でもこんなに沢山の感想と評価を頂いては・・・
(最初に戻る)

迷いに迷った私に放ったリアル友人の一言。
「もう観念して3章書きなよ」

ソウデスネ。

というわけで、皆さんのノリに驚きつつ喜んでおります。
ありがとうございます。
間違いなく3章は、皆様のおかげで始まります。



時雨はふと書類から顔を上げて、外を見た。

クリアな海、カラッと晴れた空、真っ白な砂浜。

こんな事を言うと北の方や本国の鎮守府の皆様に申し訳ない気もするが、飽きた。

あまりにも変わり映えしない。

まるで窓ガラスに描かれてるんじゃないかというくらい、毎日同じ景色。

違う所を探す方が難しい。あ、今日は入道雲が1つある。

 

鎮守府どころか深海棲艦や大本営まで巻き込んだ「姫の島」事案から1年。

皆すっかり元通りの運用に戻っていた。

時雨はここ、ソロル鎮守府で事務方という職務についている。

事務方とは言うが、仕事は事務作業や外部への手配に留まらない。

鎮守府では艦娘、妖精、任務娘、売店や食堂の従業員等、大勢が動いている。

誰かと誰かの間に立って交通整理をするという、いわば鎮守府のよろず相談役である。

そんな仕事だから、職務上知ってしまう秘密も多岐に渡る。

各種発注内容、個人の嗜好、果ては提督が脱走した後の宿泊先まで。

ゆえに事務方の長である文月からは

「職務上知りえた秘密を外部に漏らしてはいけませんよ。特に青葉さんには絶対に」

と、言われていた。

 

11時半。

 

時雨は両腕を前に伸ばし、ぎゅうっと背伸びをしてから席を立った。

後30分で昼だが、朝からぶっ通しで仕事をしていたから少し休憩したいと思った。

事務所を出て給湯室をひょいと覗くと、サーバーにコーヒーが残っていた。

あっ、良かった。貰っちゃおう。

食器棚から、底に「しぐれ」と書かれたカップを手に取る。

こここっとコーヒーを注ぎながら、時雨はつらつらと思い出していた。

 

 

 

3年前。ソロル鎮守府に引っ越してすぐの頃。

 

提督が

「誰か事務方の応援を引き受けてくれないか?忙しくなりそうだから頼むよ~」

と呼びかけながら歩いてたのは、前の鎮守府からこの地に引っ越してきた直後の事だった。

時雨は丁度荷解きが済んで休憩していたのだが、真っ直ぐ提督に駆け寄って手を挙げた。

挙げた手が提督の目前に迫ったのと、時雨の並々ならぬ気迫に気圧された提督は、

「あ、ありがとう時雨・・・何か怒ってるか?」

と聞いた。

時雨はじっと提督を見つめると

「引き受けるよ。今すぐに」

と言った。

今度こそヘマはしない。敷波と同じ職場で働くんだ。

 

 

 

7年前、旧鎮守府での事。

 

時雨と敷波は同じ駆逐艦で、着任時期も重なったのですぐに仲良しになった。

同じ艦隊で出撃する事も多く、同じようにLVを上げ、休日が合えば一緒に出掛けたりしていた。

そんなある日、艦娘達の間を1つの噂が流れた。

提督が何日も指示を出していない、死んでしまったかもしれないというのだ。

確かにここ数日、提督が指示し、指揮を執る出撃は一切行われていない。

それに、演習や遠征も本来は日替わりの筈だが、ずっと同じ、基本的なパターンで繰り返されている。

提督の出張や脱走でたまにある事ではあったが、最近提督が外出や脱走したという話もない。

それになにより、秘書艦達が落ち着かない様子でドタバタ走り回っている。

4日前の大雨の夜に提督が長門に土下座していたという噂も微妙に信憑性を帯びてきた。

死んだって・・・まさか何かの責任を取って自決したのか?

艦娘達は今後を不安に思い、同時に聞こえてきた話に青ざめた。

提督が居なくなると鎮守府は取り潰され、所属艦娘は記憶を奪われ、一人一人バラバラに再配属される、と。

時雨と敷波はその話を、食堂で興奮気味に語る白露から聞いた。

白露が去った後、敷波はナポリタンをフォークでくるくる絡め取りながら言った。

 

「ふん!冗談じゃないよ!折角ここまで頑張って来たのにさ!ねえ時雨!」

 

時雨もこくりと頷いた。

「噂が嘘だといいね・・・ところで、そんなに絡めて食べられるのかい?」

「おおっ」

改めて巻き直してから、はむっと口に入れる敷波を時雨は見ていた。

敷波と折角友達になれたのに、離れ離れになるのは嫌だ。ここの記憶が無くなるのも嫌だ。

時雨は時計を見た。今日は夜の遠征当番だから準備しないといけない。資源集めだから帰りは夜中になる。

こんな日は出来れば敷波と行きたいけど、今月は班が違ったから仕方ない。

「僕はそろそろ遠征だから・・・行ってくるね」

「いってらっしゃい!お土産はチーズケーキで良いよ!」

「・・・孤島の資源鉱山のどこにチーズケーキを売ってる店があるのか教えて欲しいな」

「えー、あるかもしれないじゃーん」

「本当にあったら怖いじゃないか」

「しょうがない。じゃあ土産話で我慢するよ~」

「いつもの場所へいつも通りの遠征だよ。そんなに土産話もないよ・・」

「巨大怪獣が出て来たとかさ、隕石が降って来たとかさ」

「土産話の為にそんな経験をしたくないよ」

敷波はニッと笑うと、

「そりゃそうだ。じゃ、気を付けてね~」

と、手を振って送り出してくれた。

 

数時間後。

帰港した時雨は、掲示板に新しい紙が貼られている事に気付いた。

それは筆頭艦娘の長門から全艦娘に向けた通達であった。

時雨は読み進め、最後の1行で目を見開いた。

 

当鎮守府所属の艦娘は、当面の間、下記原則を遵守すること

一.出撃する海域と対象者は全て秘書艦の指示に従うこと

一.高速修復材は使用禁止。修理は指定時間を待つこと

一.軽巡・駆逐艦・潜水艦は別途通知する新班編成にて、遠征任務を主に行うこと

 

尚、増加する事務作業に対応する為、事務方として下記の専属要員を配する

事務方は出撃や遠征等、従来の職務を免除する

 

 事務長 文月

 事務員 不知火、叢雲、敷波

 

 

時雨は補給もそこそこに駆逐艦寮の階段を駆け上がると、敷波の部屋のドアを叩いた。

ガラガラとドアが開き、眠そうに眼を擦る敷波が出てきた。

「あれ・・時雨?なに?チーズケーキ買ってきてくれたの?」

「違う!じ、事務員て何だい!?」

敷波はちらりと部屋を見返した。そこにはすやすやと眠る同室のメンバーが居た。

「んー、ちょっと外行こうよ」

 

寮を離れ、食堂の奥の岸壁まで歩いた後、敷波は話し始めた。

「えっとね時雨、これは内緒にしてほしいんだけど」

「うん」

「今ね、提督は、生きてるけど、全くお仕事してないんだって」

「・・・びょ、病気・・なのかい?」

「病気というより、あまりのショックで寝込んじゃったらしいんだ」

「ショック?」

「第1艦隊が、ほぼ壊滅したらしい」

 

時雨は開いた口が塞がらなかった。あの高練度の第1艦隊が?一体何があったというんだ?

敷波は続けた。

 

「第1艦隊の壊滅も痛いけど、提督が寝込んだ事がバレると大本営が取り潰しに来るらしい」

「え・・・」

「そうならないように、表向き、提督が指示をしているように見せかけなきゃいけない」

「そ・・そうだね・・」

敷波は人差し指をピッと立て、顔を近づけ、小声で続けた。

「具体的には、出撃、演習、遠征の指示と、提督の事務仕事を滞りなくこなさないといけない」

「元々、提督が基本的な指示をし、手続きを秘書艦や艦娘が手伝うのは認められてる」

「だからうちでは、外には手伝ってるって言いながら、指示自体から艦娘がやるんだって」

「指示内容は前から提督の仕事を見てた文月が考えて、私達は諸手続きを手伝う」

「これが事務方計画なんだよ」

時雨が口を開いた。

「でっ、でもっ、何で敷波がやるんだい?艦娘は他にも沢山居るじゃないか」

敷波は時雨を見返しながら言った。

「だってさ、事務方計画が失敗したら私達みんな離れ離れなんだよ?」

「う、うん」

「私は時雨と離れたくない。友達だって事を忘れたくない。その運命の采配を他人任せにしたくない」

「!」

敷波はニカッと笑った。

「だから、アタシがいく。さっき文月に誘われた時、そう言って即答したの」

時雨はまっすぐ敷波を見返した。

「じゃ、じゃあ、僕も行くよ。僕だって!」

すると、敷波は肩をすくめた。

「文月がね、轟沈を確実に避けつつ出撃をこなし、資源も並行して回復させたいって言うんだ」

「うん」

「具体的には出撃は重巡以上で近海を、軽巡、駆逐艦、潜水艦は遠征に特化させるつもりらしい」

「・・・」

「それで、遠征組の休息を考えるとこれ以上事務方は増やせない、キツいけど頑張ろうって言われた」

「・・・」

「時雨の気持ちは嬉しいけど、事務方を増やすのはダメって言われると思う」

時雨は本当に先程まで行っていた遠征が恨めしく思えた。

何でこんな大事な時によりによって・・一緒に居たら無理矢理でも志願したのに!

泣きそうになる時雨に、敷波は慌てた。

「でっ、でもさ!別に特攻隊員になったわけじゃないし!」

「・・・」

「同じ敷地内には居るし、オフが重なれば遊べるし!」

「・・・」

「なっ、泣かないでよ時雨ぇ・・・」

時雨はぐいと腕で涙をふくと、

「・・・もし、事務方が疲れたら僕に言って。いつでも、どんな時でも、交代するから」

と言った。

敷波はにこりと笑うと、

「うん」

と答えた。

 

 



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時雨の場合(2)

7年前、旧鎮守府での事。

 

時雨は敷波が事務方になって以来、毎日のように遠征の合間を縫って敷波の部屋に行ったが、

「ごめんね。敷波ちゃんは今日もまだ帰って来てないよ」

「毎日遅いから、私達も心配してるの。あ、お茶飲んでいかない?」

と、同室の子達から聞き、とぼとぼと帰る日が続いた。

2週間もすると部屋に上がって世間話をする関係にはなったが、やはり敷波が居ないと寂しかった。

 

敷波が事務方になって1ヶ月ほど経った。

表向き、鎮守府は平静を取り戻したし、大本営が乗り込んでくるなんて事も無かった。

しかし。

ある日、時雨は唸りながら食堂で夕食の焼き鮭を箸でつんつんと突いていた。

食欲がない。敷波は大丈夫だろうか。このまま心配してたら僕が先に倒れてしまう。

いけないいけない。それじゃ敷波が心配するじゃないか。でも、大丈夫なのかな・・

その時。

「おっ!時雨じゃん!久しぶりぃ!」

バッと振り返ると、そこに敷波が居た。

一瞬固まり、次に渾身の力で敷波にぎゅむっと抱き付く時雨。

「ぐほっ!しっ!時雨・・・くるしい・・・お、折れる・・折れちゃうよぉぉぉおお」

「あっ!ごっ!ごめん!」

「ふえーい。でも久しぶりだね。隣良い?」

時雨は首を縦に振り過ぎてぐきりと筋を違えてしまった。

 

「イタタタタ・・・」

「あんなに激しく振るからだよ・・・はい」

敷波がくれたおしぼりを肩にあてる。気持ちいい。

「じ、事務方はどうだい?忙しいって聞いてるけど」

「何度も部屋に来てくれたんでしょ。ほんとごめんね。最近まで日を超える頃に帰ってたからさ」

「そんな有様なのかい・・・ほ、ほら、もし疲れたなら交代するよ」

すると敷波はふんすと鼻から息を出し、

「敷波さんはそんなにヤワじゃないの!負けるつもりなんてないからね!」

といい、続けて、

「それに、これから楽になるんだよっ」

と言った。

「どういう事だい?」

「うん。提督が帰って来たから」

時雨の表情がぱあっと明るくなった。提督が帰って来たって事は!

「じゃあ、もうすぐ事務方は解散なんだね?また一緒に海に出られるんだね!」

しかし、敷波は頭を掻きながら言った。

「それが、事務方は今後も継続しようって決めたんだよ」

「ど・・どうしてだい!?」

敷波は時雨の耳元まで顔を寄せた。

「あのね」

「うん」

「文月の差配と、私達が書く書類の方が、提督がやってた頃より上手なんだって」

「は?」

「それを最近、大本営から褒められててさ。止められなくなっちゃったのよね」

時雨の顔からすうっと表情がなくなった。

「それなら・・・提督を教育的指導すれば良いじゃないか。僕・・行くよ?」

「時雨、すっごく怖いよ。般若背負ってるよ。それに、アタシも満更でもないんだ」

「何でだい?」

「だってアタシ達の仕事を、大本営に認めてもらったんだよ?」

「あ・・・」

「大本営に褒められるなんて、よっぽどの戦果をあげないとありえないじゃん」

確かにそうだと時雨も思った。

出撃にしろ遠征にしろ、成果が良い時に褒めてくれるのは先輩艦娘。

余程の時でも秘書艦や提督だ。

大本営に褒められるとなると、それこそ討伐で奇跡的な勝利を成し遂げたとかでないと・・・

なるほど。

時雨は頷いた。

そう考えると、事務作業とはいえ嬉しいかもしれない。

「だからアタシは、事務方に残るつもりだよ」

それでも、時雨は心配そうに言った。

「さっき、少しはマシになるって言ったけど、ちゃんと休めるのかい?」

「今後は大丈夫だと思うよ。だからまた休みが重なったらお出かけしようよ!」

「・・・」

時雨はじわっと涙が出た。もうずっとずっと遊びに行ってない気がしていたからだ。

この会話でさえ1カ月ぶりなのだから。

「泣く程嬉しいかね?そうかそうか・・・・え?マジ?嘘、な、泣かないでよ時雨ぇ・・・」

慌てて頭を撫でる敷波と、唇を真一文字に結んでこらえる時雨。

通り過ぎる艦娘達はそれを見て微笑んだ。

敷波、焼き鮭でも横取りしたの?

 

 

それから4年が過ぎ、ソロル鎮守府に引っ越した後。

 

事務方の応援を呼びかけた提督に凄まじい迫力で応募し、晴れて時雨は事務方になった。

提督から翌朝9時に事務棟に行ってと言われたので、その10分前に時雨は事務棟の前に立っていた。

期待に胸膨らませながら事務棟に入ろうとした時、丁度後ろから来た敷波が発した声に呼び止められた。

 

「へっ?応援が来るって聞いてたけど・・・時雨なの?」

 

時雨は少しむすっとしつつ振り返った。

「僕が来たら・・・迷惑だったかな」

しかし、敷波は眉間にしわを寄せ、真剣な表情でぐいっと時雨の腕を取ると、

「ちょ、ちょっと来て」

と言って強引に引っ張っていった。

 

事務棟の近くにある木立に時雨の身を隠し、辺りを気にしながら敷波は言った。

「どんな酷いミスをしたの?もみ消してあげる。応援は最初から1人少なかったって言っとくから」

時雨は敷波の尋常ではない迫力と台詞に気圧されながら答えた。

「と、特に何も失敗してないよ。敷波と一緒に仕事したかっただけさ」

敷波は驚愕の表情をした後、理解したのか、あちゃーという顔をして拳を額に当てた。

「・・・ええとね、時雨」

「うん」

「来てくれるのは嬉しいんだけど」

「うん」

「前の鎮守府でも、正直しんどい時は何回かあったのね」

「うん」

「でね・・・」

「うん」

「アレが増えたじゃない」

敷波が指差した先は教室棟の方だった。

「そうだね。校庭とか、演習施設があってびっくりしたよ」

敷波は指の先を時雨に変え、ずいっと寄った。

「何で、よりによって、こんな超忙しくなる時に来たの!」

時雨は困惑しながら答えた。

「だ、だって、誰か手伝ってくれって提督が言ったのは昨晩だったんだよ?」

敷波は目を見開いた。

「はあ!?て、提督、まさか、それだけしか言わなかったの?」

「うん・・い、忙しくなりそうだから手伝って欲しいって」

「なりそう!?既に忙しいどころか史上最悪の修羅場なんだってば!来ちゃだめだって!」

時雨はくすっと笑うと、

「なら僕は、やっと敷波を手伝えるんだね。良かった」

と言った。

敷波はきょとんとした顔になると、溜息を吐き、

「・・・・もぉ~、知らないからね~」

と言いつつ、手を引いて事務棟に案内してくれた。

敷波は時雨が1度決めたら梃子でも動かないのを知っていた。

だが、敷波が顔を赤らめ、時雨に見えないようにしていたのを、時雨はしっかり見ていた。

喜んでくれている。時雨はそう理解した。

ただ、そういう事をあえて言わないのが時雨である。

ガチャ。

「文月さん、応援に来てくれた時雨だよ」

時雨の手を引いて現れた敷波の声に、文月は見ていた書類を机に置いて立ち上がると、

「文月です。事務方になってくれてありがとうございます。よろしくお願いしますね~」

と、深々と頭を下げた。

「い、え、いやいやいや、ぼ、僕は時雨、よろしくお願いするよ。あの、頭を上げてくれないかな」

時雨は先程の敷波、今の文月の様子を見て、ちりちりと嫌な予感がし始めた。

一体どれだけ悲惨な職場なんだろう。

でも、それなら尚更友人を手伝い、窮地を救わねばならない。

 

結局、その後事務棟の扉を叩いたのは初雪と霰、それに黒潮だった。

皆、全く説明は聞いておらず、「大変そうだから手伝いに来たよ?」という程度の認識だった。

ゆえに文月は

「お父さん、もう少し事情をちゃんと説明しないとダメです。めっ!」

と、珍しく提督を説教しに行った。

もっとも、提督は

「文月は辛くても我慢する子だから心配で心配で・・・人手はあったほうが良いだろ?」

と、膝の上に乗せられてナデナデされ、あっさり丸め込まれて帰ってきたのは秘密である。

 

そして着任早々、時雨は事務方の事情をイヤというほど知る事になる。

 




誤字を訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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時雨の場合(3)

3年前。時雨が事務方に着任した日の朝。

 

着任者と事務方との顔合わせが終わった後、文月はにこりと笑って言った。

「今日は初日ですから、仕事を覚えて頂く事も兼ねて軽く行きましょ~」

と文月は言ったが、その言葉に敷波が静かに首を振り、叢雲が

「あまり夢を見させるのは可哀想よ」

と継いだ事に不知火が深く頷いた。時雨達は首を傾げた。

時雨達は1人1つずつ机をあてがわれた。真新しい木の香りのする広い机。良い香りだ。

デスクスタンドも、ファイルも、ペン立ても新しいし趣味が良い。エアコンも効いている。

心地の良い職場だなあと思った時。

 

どすっ。

 

申し訳なさそうな目をしながら敷波が書類を置いた。

鈍い音の通り、高さは10cmを超えている。

「じゃあ、説明してくね。今日は申請書の確認と訂正をやってほしいんだ」

「どうすれば良いんだい?」

「こっちのファイルの中身が記載例。これなら大丈夫って書き方と判断のポイントが書いてある」

「うん」

「で、この束から1枚取る」

「うん」

「ファイルから同じ書式を探す。この申請書は・・・このページだね」

「ああ、同じ書類・・・でも、随分書いてる事が違うね」

「書くマスが違うとか、書かなきゃいけない事が無いとか、あるでしょ」

「そう・・だね」

「で、赤いボールペンを持つ」

「うん」

「位置が違うだけなら正しい位置に転記して、抜けてたり間違えてるならそれが何か書いて欲しいんだ」

「なるほどね。解ったよ」

「記載は短くて良いからね。これが相手だから」

と、束をパンパンと叩く敷波。

「うん、頑張るよ」

ふと、時雨は気になった事を聞いた。

「ところで敷波」

「ん?なぁに?」

「これはいつまでにやれば良いんだい?今週中?」

敷波が頭をポリポリと掻いた。

「あー・・・えっとね。これ、1日分なんだ」

「・・・へ?」

「とりあえず5枚出来たら見せに来て。一緒に確認しよ。私はあそこの机に居るからね」

指を追った時雨は目を疑った。机?書類置き場じゃなく?

あ!デスクスタンドの上端が見えてる!

「ま・・まさか・・・あの書類に埋もれているのが敷波の机なのかい?」

「今日の分と、今日までの分の書類なんだ。早く片付けないと雪崩が起きちゃうよ」

時雨はハッとして文月の机を見た。だが、文月の机はほとんど紙が無い。

「文月は少ないんだね」

敷波は力なく笑うと言った。

「休憩取りたいなと思ったら、ちらっと見てみると良いよ。文月千手観音て言われてるから」

「え?」

その時。

 

どすっ。

ずしっ。

ずん。

音の方を見ると、他の三人も同じように書類の山を置かれ、青ざめていた。

なるほど。これを増員無しでこなすのは不可能だ。

それにしても、千手観音てどういうことだ?

 

 

時雨は手元が霞んだ。正確には、意識が飛びかけた。

14時。

首をぶるぶると振る。食後で一番集中力が切れる時だ。ちょっと休もうかな。

周りに気付かれないようにそっと腕を伸ばす。

そういえば、文月を見ると良いと言ってたっ・・・

時雨は文月を見たまま目が点になった。

両腕が残像が見えるほどの速さで動いている。まさに千手観音のように。

書類を取り、資料を引き、判断し、何かを書き込むか判を押している・・・多分。

それが全く絶え間なく、紙は次々と流れるように受付から終了のカゴに入って行く。

1枚を何ミリ秒で処理しているのだろう・・・

文月が受け付けカゴの最後の1枚を取った瞬間。

いつの間にか近づいていた不知火が文月の受付カゴに、高さ20cmはある書類の束を置いた。

代わりに終了のカゴから同じ位の高さの書類を持ち帰り、席に戻って行く。

時雨はそのまま不知火に視線を移した。

不知火の机の前には様々なプラケースが蓋を開けて置かれている。

ケースには「経理1課」「資材本部」「OO鎮守府」「酒屋」等、行先が書いてある。

不知火は左手に持った書類をチェックしながら、右手に持ち替えては指で弾いていく。

弾かれた紙は無駄の無い軌跡を描きながら、それぞれのケースに収まっていく。

ケースの1つが満杯になった。

すると不知火は席を立ち、「発送」と書かれた台に運ぶと、代わりに空のケースを手に取った。

不知火は片目で位置を測りながら慎重にケースを置き、出来栄えに納得したようにうむと頷いた。

そして着席した不知火は、元の作業に戻っていった。

弾かれる紙はまるで、見えないレールに乗っているかのように同じ軌跡を描いている。

時雨はごくりと唾を飲んだ。

敷波や叢雲も自分とは桁違いのペースで処理しているが、まだ人間として理解出来る速度だ。

だが、あの二人は次元が違う。何というか・・・本当に、次元が違うとしか言いようが無い。

なるほど、文月は千手観音に違いないが、不知火も人外の存在に違いない。

二人に祈ったら御利益があるだろうか?

時雨はそっと手を合わせると、書類に向き直った。

せめて渡された分は頑張ろう。眠気なんて吹き飛んでしまった。

 

 

17時。終業の鐘が鳴った。

 

結局、山は半分ちょっとしか減らせなかった。

これほど終業を告げる鐘が早いと感じた日があっただろうか?

時雨は正直心が折れそうだった。なにせ余りにも訂正箇所が多すぎるのだ。

チェックを終えた書類をジト目で睨む。

今日、自分がチェックした書類は「設備使用許可申請」「休暇申請」「文具手配申請」だ。

どこの鎮守府にも普通にあり、書く欄も少ないこんな書類に、何故こんなに個性的な記載があるんだ?

君達には失望したよ。宇宙クラスのボケを詰め込まないでくれよ。突っ込み疲れたよ。

丸文字で枠からはみ出てるなんて可愛い物だ。

借用期限欄に「チョット借せ」とか、ありえないだろう。眼帯没収するよ?

思わず突っ込みの口調のまま書いてしまったじゃないか。

少しペースを落としながら、時雨は考えを継続した。

事務方を全鎮守府で標準とすべきではないか?

いや、むしろ艦娘達に正しい書類の書き方を教えるべきではないか?

普通の鎮守府には教育施設など無いが、ここのように艦娘数が100を超える所はザラにある。

こんな書類を秘書艦一人で相手にしてたら過労死しないか?僕なら絶対お断りだ。

「時雨さーん、初雪さーん、霰さーん、黒潮さーん」

文月の呼ぶ声がした。

「はい!」

文月の所に駆け寄ると、文月の机の上は朝と同じく綺麗に片付いていた。

朝は普通に見ていた机の上の綺麗さが、今は畏敬の対象に代わっていた。

「皆さんお疲れ様でした。夕食の時間ですから今日は上がって良いですよ。後は私達でやります」

初雪達は一様にほっとした表情を見せたが、時雨は

「せ、せめて今日渡された分は頑張るよ。返すのは申し訳ないから」

と言った。文月は時雨を見てにこっと笑うと、

「じゃ、ご飯はちゃんと食べて来てください。手伝ってくれるのはとてもありがたいです」

と返した。

「無理しなくて良いんだよ~?」

と敷波から声が飛んで来たが、時雨はにこっと微笑んだ。

今から親友の机に書類を重ねるのは余りに可哀想じゃないか。

 

 



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時雨の場合(4)

3年前。時雨が事務方に着任した日、夕食後。

 

睡眠時間を考えると早く始めねばと、急いで食事を取り、まっすぐ事務棟に帰って来た。

しかし、机の上の書類が減っている。4cm位あったのに5mm位しかない。

飛ばされたかと思って足元等を探していると、文月が部屋に入ってきた。

「あれれ、忘れ物ですか?夕食終わっちゃいますよ~?」

「文月。違うんだ。食べて帰って来たんだけど、書類が飛ばされたのか、減ってるんだ」

「あ、それは不知火さんですよ。ご飯のついでに作業するって、少し抜いてました」

「え?」

「不知火さん、ああ見えて皆の様子をちゃんと見てるんですよ」

「・・・」

「ついでに言うと、今日から来てくれた人の中で時雨さんが一番でした」

「えっ・・と?」

「処理してくれた書類の数と、その出来栄えです。ダントツでした!」

「も、もう見てくれたのかい?」

文月はぺろりと舌を出しながら言った。

「ご飯食べながら、ですけどね」

ふと文月の机を見ると、かわいらしい弁当箱が乗っていた。

「一人で夕食を食べたのかい?」

「いいえ、不知火さんと一緒ですよ」

「え?」

「不知火さんが皆さんの残りの書類を片付けながら、私は全件を確認しながら」

「二人で仕事しながら黙々と食べたのかい?それじゃ味気なくないかい?」

文月はきょとんとした顔をした。

「普通にお喋りしながら食べてますから・・楽しいですよ?」

時雨はぐにゃりと視界が歪んだような気がした。

夕食を取り、お喋りしながら、自分達が1日がかりでやった以上の仕事を済ませるかこの2人は。

「いつもは食後も書類が残っちゃうんですけど、今日は楽しくデザートを食べられました!」

時雨は目を瞑った。この二人に到達出来るかは解らないけれど。

「文月が夕食も楽しく食べられるように、僕は頑張るよ」

文月はにこっと笑うと、

「ありがとうございます。じゃあ、あとちょっと、頑張ってくださいね~」

と、席に戻っていった。

時雨が作業を再開し、しばらくしてから敷波が帰って来た。

「ふぅーい、美味しかったぁ。あれ、時雨・・早いね。無理しちゃダメだよ?」

時雨がにこりと微笑んだのに頷き返すと、敷波は文月に声をかけた。

「文月さん。天龍さんから訂正した新入生向け演習申請が来てたけど、あれで認めるの?」

「まだ難しいですね。仮想演習を取り入れてもらって、実弾演習をもっと減らしてもらわないと」

「だよね。提督から言ってもらった通り、実弾演習は1人月1回を守ってもらわないとね」

「何かの為にと2回、3回を認めてしまうと、元の木阿弥ですからね」

「天龍さん納得するかなあ。前から実弾演習と仮想演習は違うって、かなりこだわってたし」

そこに。

「文月!邪魔するぜ!」

「あ、天龍さん。こんばんは」

天龍はニコニコしながら文月の机の傍まで入ってきた。

「どうよ文月、新入生向け演習。それくらいなら認めてくれるだろ?」

「んー・・残念ですが・・」

途端に天龍の表情が険しいものに変わる。

「残念!?申請内容では1人2回しか実弾演習してないじゃないか・・うち1回は装填演習だぜ?」

「新入生の皆さんは1回ですが、天龍さんは計7回する事になりますよね?」

「そっ・・それは・・でも、指導役が手本見せなきゃ説明出来ねェよ・・・」

「でも、この演習を認めると鎮守府が潰れちゃいます」

「申請の度にそう言うけどピンピンしてるじゃん。こっちだってキッチリやってんだからさぁ」

ぴくり。

それまで聞き流していた時雨は思わず作業の手が止まった。

きっちり?あんな申請書を書いておいて?

「そう言われても、無い袖は振れないのです。お父・・提督が言った事は本当なんです」

「真面目に指導するのを邪魔するのか?あんまりあれこれ言ってると、しまいにゃ怒るぜっ!」

「そんな睨まないでください。怖いです~」

理由があって断っているのに何と言う言い草だ。文月に加勢せねば!

そう思い、立ち上がって振り向いた時雨の先には、全く予想外の光景が広がっていた。

文月が自らの頭を庇うように覆った腕に、一枚の申請書が貼り付いていた。

良く見ると、そこには時雨が書いた赤い大きな文字で

 

 【借用期限は日付を書いてください。「チョット借せ」とか、ありえないよ】

 

と、書かれていた。天龍が出した設備使用許可申請書だ。

天龍は口を開けたまま硬直していたが、ささっと書類を剥がすと懐に仕舞い、

「あー・・・・も、もうちょっと練り直してくるわ。邪魔したな」

と、そそくさと出て行ったのである。

 

文月は呆然とこちらを向く時雨に気が付くと、

「時雨さんには借りが一つ出来ましたね~」

と笑い、敷波も

「時雨の字って意外と迫力あるよねえ。アタシもちょっとびっくりした」

と、ニカッと笑った。

事情が呑み込み切れない時雨の様子を見て、文月が説明した。

「誰しも、自分の話はちゃんと筋が通っていると信じてます。だけど筋は無数にあるんです」

「よって陳情の回答や、こちらからの指示は、その多くが納得出来る形になりません」

「納得出来ないというのは困るという事です。そういう時、人は感情的になります」

「感情的になった人に私達が感情的に応じると泥沼になり、不毛な結果になります」

「だから私達は感情的になった人を冷やすタネを持っておく。これが最善の道なんですよ~」

敷波が補足した。

「時雨の指摘は正しかったし、「キッチリ」してないでしょっていう暗黙の答えにもなったって訳」

時雨はぺたんと椅子に座りこんだ。

あの短時間で天龍の性格と展開を予想し、書類の山から瞬時にあれを見つけ、偶然を装って見せる。

そうでなければこの展開に持ち込む事は不可能だ。

今の僕には到底出来ない。でも・・・

「ぼ、僕も・・精進したら君達のようになれるかな?」

二人は顔を見合わせると、肩をすくめ、

「あまり頑張って裏を見ると、先に人間不信になっちゃいますよ?」

「ならない方が良いと思うよ~」

と、言ったのである。

「・・と、とにかく、あと4枚、頑張るよ」

時雨は椅子を回し、作業を再開した。

ちなみに天龍は自室で龍田に(少々有利なように)訴えたが、申請書をちらっと見た龍田は、

「天龍ちゃん・・・ズルしようとしてもだめ。ルールはきっちり守りましょう。ね?」

と言い、天龍の鼻先を指でつつきながらくすっと笑った。

 

そんな赴任初日も永遠ではない。

時計はついに21時を差した。

 

「し・・・しんどい・・・な・・・」

出撃で大破しても泣き言を言わない時雨が、一人給湯室で壁にぐったりともたれていた。

書類を見過ぎて頭がくらくらしていた。

「・・・ほらぁ、アタシが言った通りでしょ?無理しちゃだめだよって」

顔を上げると両手を腰に当てた敷波が居た。

「僕は今、心から敷波を尊敬しているよ」

「ふええっ!?お、おだてても何も出ないよ!・・あ、飴食べる?」

「違うよ。僕の本心だよ」

敷波は困ったような顔をしつつ時雨の頭を撫でると、

「だいぶお疲れだね・・もうちょっと少なくした方が良かったかな。後引き取ろうか?」

と言ったが、時雨は

「いや、書類はさっき終わったんだ」

と返した。

敷波は時雨を撫でていた手を放し、代わりに反対の腕を差し出した。

「はい!」

敷波がニッと笑いながら差し出した手には、可愛らしいマグカップが握られていた。

中には氷が浮いたコーヒー牛乳が注がれている。

「・・・くれるのかい?」

「こういう時に飲むと美味しいからね!まずは良く1日頑張ったねってご褒美だよ!」

「頂くよ」

時雨は受け取ると、早速こくこくと飲んだ。

牛乳とガムシロップが多めだ。冷たくて甘くて美味しい。喉に、体に沁み渡る。

「そ、それと、ね」

「?」

「そのカップは・・時雨用だよ」

「えっ?」

そうっとカップを上に持ち上げて底を見ると、「しぐれ」と書かれていた。

「え、えっと、事務方なんて大変な所まで手伝いに来てくれた、お、お礼・・・だよ」

時雨はじっと敷波を見た。敷波はこういう事は照れるらしく、なかなか言わない。

それに、このカップは敷波がずっと前に気に入ったといって買ってた奴じゃないか。

時雨は頷き、にっこり笑って口を開いた。

「・・・ありがとう」

「こ、今度のオフは一緒に取ろうね」

「うん」

「服とかパジャマとか、いっぱい買おう!」

「たい焼きも食べたいね」

「あ!良いね!私お好み焼きも!」

「じゃあ決まったら申請書書こう・・・」

二人は互いを指差しつつ、

「ちゃんとね!」

と、ハモッたあと、くすくすと笑った。

 

 

そして現在。

 

「しぃ~ぐれぇ~?何やってんの?」

目を開けると、敷波が横に立っていた。

「もう御昼だよ?ご飯食べに行こうよ!」

「ええっ!・・・あ」

手元のカップには、半分ほど入ったコーヒー。少しぬるくなり始めてるが、まだまだ熱い。

時雨は超のつく猫舌である。

「んー?」

敷波はちらりとカップを見ると、冷蔵庫から牛乳を取り出し、残り半分を満たした。

「ほら、アイスコーヒー!飲みやすいでしょ!」

「量が倍になっちゃったじゃないか」

「良いから良いから!今日の日替わりはハンバーグなんだからさ~」

「えっ?どうして日替わり定食のメニューを知ってるんだい?」

普通に明日のメニューを間宮さんに聞いても

「明日のお楽しみですよ~」

と言って教えてくれない。その日、昼食時間に食堂でメニューを見て初めて知る事が出来る。

だが、球磨は何故か鮭料理の日だけは解るらしい。

てっきり球磨の超人的な執念かと思っていたのだが、何か方法があるのだろうか?

考え出す時雨に敷波はニヤッと笑いながら、

「誰が食材発注してるのかな?出てくる定食と前日発注内容との相関性は分析済なのだよ」

と、返した。

時雨はふうと溜息を吐くと、

「それって、職務上知りえた秘密じゃないのかい?」

敷波は指を振ると

「だから、外部には喋ってないでしょ?」

と返した。

「ほら!一気に飲んで!行くよ!」

「・・・・・・ぷはっ!」

「良い飲みっぷり!行こっ!」

「あ、し、敷波!洗うから待っておくれよ」

 

そして。

 

「・・・うーむむむむむ。3色そぼろ丼にコロッケ・・・食材は一緒だもんなあ・・・」

という敷波に、

「敷波ちゃんに読まれてる気がしたから、裏を掻いてみました~」

と、間宮は片目を瞑りながら声を掛けた。

「そうか。一昨日のジャガイモの発注量はいつもより多かった。複数日で計算しないとダメか・・・」

ぶつぶつ言う敷波に、

「悪い事は出来ないね、敷波。でも、僕はそぼろ丼好きだけどな」

と、時雨が肩を叩きながら言うと、

「ふん!そぼろになっても、あたしは負ける気なんてないんだからね!」

と、敷波は返したのである。

 

食事後。

 

まだ昼休み中だったが、時雨は事務棟に戻ってきた。

昼前に済まそうと思っていた書類が、考え事をしていたせいで残ってしまったからだ。

初雪なら間違いなく

「午後から本気出すから」

と言って休むだろうが、時雨はこういう所をきっちりしないとどうにも落ち着かない。

書類を思い出す。

「設備使用許可申請」152枚。

チラッと時計を見る。

昼休みはあと10分。

まぁ終わるだろう。

時雨は流れるように申請書をめくりながら、さらさらとペンを走らせた。

最初の頃は書き方見本を見ながら悩んでたよね。

今では大体頭に入ってるし、どこまで許されるかのルールのボーダーも解っている。

あまり細かい所を突いても無駄だから、ボーダーを明らかにはみ出た奴だけ。

だが、1枚でぴたっと手が止まる。

何故ビーチバレーをやるのに海上標的と模擬弾の申請が出ているんだ?

申請者は・・・あー、天龍さんか。

教育班になってもちっとも変わらない・・・

眼帯の裏に提督の写真貼ってるって青葉にタレこんでやろうかな?

いやいやいやいや。職務上の秘密だ。

時雨はペンを持つと、

「こんな申請をすると、眼帯の裏の人が泣くよ」

と、コメントを入れた。

 

さて、後4分。残り48枚。さっさと仕上げてしまおう。

 

 




誤字を訂正しました。


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叢雲の場合(1)

 

ソロル鎮守府、現在。御昼前。

 

「アンタ・・酸素魚雷喰らわせるわよっ!」

叢雲は事務所の受付窓口で、相手をしていた夕張についに噛みついた。

受付待ちの列に並ぶ艦娘達がぎょっとしたようにこちらを向くが、夕張は目をキラキラさせると

「えっ?昨晩新型の魚雷迎撃装置が完成したの良く知ってるわね!じゃあそれの試験を早速申請・・」

「試験じゃなあああい!」

顔を真っ赤にした叢雲はドン!と受付台を叩いた。

叩いてから叢雲はしまったという顔をした。

 

 

旧鎮守府からソロルへ引っ越す時、各施設の配置は不知火と文月で考え、工廠長に渡した。

工廠長の方が建築設計に長けているので内装等の詳細は任せたが、幾つかは事細かに指定した。

事務棟の受付台もその1つであり、

「受付台はとにかく丈夫に。天板は厚さ5cm以上の樫の木で、他は鋼の塊で作り、床と溶接してください」

工廠長は持ってきた文月に尋ねた。

「ちと大袈裟じゃないか?これじゃ受付台の基部は450mm厚鋼材だぞ?バリケードにでもするのか?」

文月はにこりと笑った。

「それで世界に平和がもたらされるのです」

工廠長は首を捻りながら、

「なんだか良く解らんな。まあ、別に構わんが・・・」

と言いながら、自分の図面に書き加えた。

 

 

「あ、あのねえ・・・私は予算が無いからこれ以上の追加試験はダメだって言ってるの」

叢雲は次第にジンジンしてくる拳をさすりながら台の上の花瓶を見た。良かった。倒れてない。

「えー」

「えーじゃない」

叢雲は受付台を睨みつけた。

どうしてこの台はこんなバカみたいに固いのよ・・・

 

叢雲は興奮すると手近な物を拳でドンドンと叩くクセがある。

それは例えば受付台、食堂のテーブル、部屋のちゃぶ台、廊下の壁などである。

特に受付台はアホな相談を受けると一気に血圧が上がるから激しく叩かれやすい。

旧鎮守府では少なくとも3台は文字通り叩き潰したし、その度に文月から

「備品は大事にしてくださいね・・・」

と言われて平謝りしていた。

普段は叩かないように、せめて叩く直前で力を抜くように、かなり気をつけている。

だが、夕張、天龍、北上、更に加古も加わったが、何度言っても聞かない連中と話していると忘れてしまう。

しかし。

この受付台になってから、嫌でも意識するようになった。

なぜならぶっ叩くと、怒りどころか記憶がぶっ飛びそうなくらい痛い反動が返ってくるからだ。

一度怒髪天に達し、両手で渾身の力を込めてぶっ叩いたら本当に手の骨にヒビが入ってしまった。

痛みで悶え転げたら天龍が真っ青になってドックまで運んでくれた。

野次馬を蹴散らし、迅速な対応を取ってくれた事には感謝するけど、元々怒らせたのは天龍だ。

大体、受付台を叩いて返り討ちに遭ってドック入りしましたなんて屈辱以外の何物でもない。

だから入渠時間一杯、顔の半分までお湯に潜っていた。

しかし、こっそりドックを出ようとしたら提督と秘書艦の赤城が心配そうな顔で待ち構えていて、

「叢雲大丈夫か?鎮守府内で中破したと聞いたよ。仔細は知らんがゆっくり休め。な?」

と、頭を撫でられながら優しく言われ、顔から火が出るかと思った。

翌日、それでもヘコミ1つ無い受付台を指差しながら涙ながらに何とかしてくれと文月に言ったら、

「作り付けなので動かせないのですよ、申し訳ないのです~」

と言いながら深々と頭を下げられてしまった。

元々自分のクセが悪いのであり、これではぐうの音も出ない。

そこに天龍が現れ、

「き、昨日は、ほんと悪かった。これ、あの、見舞い、な?」

と、言いながら小さな花束を置いて行った。

「も、もう、しょうがないわね・・・」

もごもご言いながら叢雲は給湯室で花瓶に水を入れてくると、受付台に活けた。

それが意外にも良い雰囲気と香りをもたらし、何となく相談もまともになるような気がして、

「・・・・悪くないわね」

と言いつつ、以来、叢雲は受付台に花を絶やさないようにしていた。

だから大切な花瓶なのだ。

 

なのに。

また夕張との交渉は暗礁に乗り上げるのかと叢雲は溜息を吐いた。長期戦か。

だが、その肩をつつく者が居る。

振り返ると初雪が書類を持って立っており、叢雲の耳元に顔を寄せると

「任せて」

と言う。

叢雲は肩をすくめて、初雪に場所を譲った。

ずいっと割って入った初雪は、何枚かの紙を夕張に差し出した。

「・・・はい」

夕張はきょとんとした顔で初雪を見た後、視線を差し出された紙に向けつつ受け取った。

「あ、えっと、何?」

「今、夕張が許可されている試験場利用申請書」

「そう・・ね。ああ!これ近々じゃない!忘れてた!」

「どれかと今回の申請を、差し替えるのは、アリ」

夕張はガリガリと頭を掻いた。

「う・・・うううーーん・・・これは外せないでしょ・・・これ・・も・・ああ、これ・・・」

初雪は一切表情を変えずに続けた。

「一旦返すから、今週中に、決めて」

夕張がぎょっとした顔で初雪を見る。

「えっ!こ、今週中!?明日しかないよ?」

初雪がさらに言葉を畳みかけていく。

「返さなかったら、全件、却下」

夕張が目を白黒させた。

「ええええっ!?」

しかし、初雪はくるりと背を向けると、

「じゃ」

「ちょ!え!初雪ちゃん!?冗談でしょ!」

初雪は首だけ返し、じろりと夕張を横目で睨み付けると、

「冗談言ってるように、見える?」

「いいえ見えません初雪様」

そして叢雲の手を取りながら

「叢雲さん、ちょっと教えて欲しい事があるの。来て」

と、呆然とする夕張を置いて叢雲を引っ張っていった。

「なっ、何?教えてって・・・」

数歩歩いてから、初雪は叢雲をチラリと見ると、

「仲間の救助は、駆逐艦の本分」

と、ニヤッと笑った。

叢雲は呆気に取られたあと、入口を振り返った。

書類を見ながら苦悶の表情で出て行こうとする夕張が見えた。

誰が受付やってくれるんだろうと戸惑っている艦娘達も見えるが、見えないふりをしよう。

夕張を目で追いながら、叢雲は

「あんたの書類、後で半分やっといてあげるわよ・・・あ・・・ありがと」

と言った。

初雪はにこりと笑うと、

「じゃ、よろしく」

と、まだ夕張を目で追う叢雲の手に30cm近い高さの書類を持たせた。

重さに慌てて叢雲が振り返った。

「なっ!?なによこれ!」

「半分」

「これで半分ですって?どれだけ溜めたの!?」

「2週間」

「何してたの!」

「・・・・」

叢雲がピンときた表情をして、ジト目で聞いた。

「・・・寝てたわね」

初雪はドキッとした表情でそっぽを向いた。

「も・・黙秘権を・・行使」

叢雲は溜息を吐くと、

「しょうがないわね・・・今やってあげるから受付代わって。これで貸し借り無しよ」

初雪がぱああっと喜びながら、受付に向かって歩いていった。

「却下」

「ひいっ」

「ダメ」

「そんなぁ」

初雪が何か極悪な対応をしてるような声がするが、きっと気のせいだ。

叢雲はパパパッと書類を捌き始めた。

文月はやり取りを見ていて、微笑んだ。

応援に初雪が手を挙げたと聞いた時は、正直何でだろうと思った。

3度の飯よりお昼寝大好きの筈なのに。

理由を聞いてもハッキリとは答えてくれなかったが、今はよく解る。

叢雲が交渉で困っていると、その度にちょんちょんと助けに入り、確実に始末するのだ。

確かに初雪は書類を捌くのがとても遅い。

同時期に入った時雨と比べると1/5も出来ず、間違いも多い。

だからなるべく書類仕事は渡さないようにしてるが、それでもあの有様だ。

一方で叢雲は書類仕事は完璧だが、根が真っ直ぐで正直者だから搦め手の折衝とかは苦手だ。

さっき困っていたのも夕張がルールをとぼけて踏み倒してきたからだ。

初雪が出なければ摩耶に申し入れしようかと思っていたが、その必要はなさそうだ。

二人の欠点を無理に直そうとは考えてないし、叢雲と初雪のコンビは丁度良いかもしれない。

それにしても、と文月は思った。

今はまだ週初めの昼休み前だからまばらだが、金曜の昼休みは事務棟の外まで受付の待ち行列が出来る。

1回でOKになってくれればいいのだが、そんな人は居ない。

事務方は指示や諸手続き、調整といった他の仕事も多いので受付にあまり戦力を割きたくない。

だが、授業中や演習中に来いとも言えないし、外に出るなとも言えない。

何とかならないかなあと、珍しく溜息を吐いた。

 

 

 



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叢雲の場合(2)

 

「・・・あーもー」

叢雲は初雪から引き取った書類を捌きながら毒ついた。

多くの子が書いてくるのが「設備使用許可申請」「休暇申請」「外出許可願」「文具手配申請」だ。

しかし、時雨とも話した事があるが、とにかく間違いが多い。

正確には、ちゃんと書く子は毎回正しいが、間違う子は毎回のように間違える。

「なんでこんなコトを書くのかさっぱり解らないわ」

そこに、初雪が書類を抱えて来た。

「・・合ってる、かな?」

「見せて」

叢雲は1枚目を見て固まった。記載内容よりコメントの方が個性的だ。

見る間に怪しくなる雲行きを察して、撤退行動を試みる初雪。

「・・・じゃ」

その背後からガッと首根っこを掴む叢雲。

「待ちなさいっ!」

「くえっ」

「アンタ・・これじゃますます申請者が混乱するじゃない」

「だって」

「何よ」

「良く解んないんだもん」

「事務方が何言ってるのよ・・・」

「事務方だって、人間」

「アタシだって人間よ!人外みたいに言わないで!」

「えー」

「えー・・じゃないわよ・・・」

そして、溜息を1つ吐くと、

「どこが、どうして、解んないのよ?」

「言われると、思い出す。でも、すぐ忘れちゃう」

叢雲は頬杖をつくと、目を瞑った。

そうか。

私達事務方は毎日のようにほぼ全書類を相手にしている。

毎日正しい書き方を意識して繰り返すから、忘れる事はない。

教育班の妙高4姉妹や龍田、研究班の高雄4姉妹がいつも正しいのも、頻繁に書くからだ。

だが、普通の艦娘達は書式を見るのが何カ月に1回とかで、教えても次に書く頃には忘れている。

ここでぴくぴくと眉が動く。

よく書いてる筈の天龍や夕張が間違えるのは明らかにルールの踏み倒しだから省くけどね。

更に、初雪が毎日目にしてる筈なのに忘れてるのは紙の山に隠れて寝てるせいだけどね!

叢雲は横目で初雪を見ながら聞いた。

「じゃあ、どうすれば解る?」

「んー、解る人が書いてくれれば良い」

「・・・」

「申請書は、何かを頼みたいって事を文書化するもの」

「・・・そう、そうよね・・・」

「だから依頼者は中身を書きたい訳じゃなく、頼めれば何でも良い」

「中身はちゃんと解る人が書くといい、か」

叢雲は、はっとしたように顔を上げると、

「それよ!」

と、言った。初雪は解ってもらえた事に満足げに頷くと、

「じゃ、今後は叢雲が、書いて」

「何言ってんの!違うわよ!」

「ええー」

「そうじゃなくて、あらかじめ書かれている紙があればいいのよ!」

初雪は首を右に60度くらい傾けて必死に理解しようとしている間に、叢雲はささっと書類を書くと、

「文月!これ認めてっ!」

と、差し出した。

文月は仕事の手を止めると、書類を見た。

それは備品購入申請書だった。

数秒間じぃっと見た文月は、ぽんと手を打つと、

「面白いですね!」

と言いながら承認欄に判を押し、

「不知火さん、お願いします~」

と、不知火の背中に向けて紙を弾いた。

不知火は振り返りもせずに右手で紙を受け取ると、そのまま手首を返し、

「大本営資材購買部」

のカゴにトスした。

 

数週間後の昼休み。

 

 

島風はそうっと、事務棟の扉を開けた。

ここは、とにかく苦手だ。

また何回も違う違うと言われて出し直すのかなあ。

でも、今度の休日に外出するには、どうしても明後日には届け出を済ませないといけない。

今日出して明日OKならよし、赤ペン食らいまくったら出し直して明後日。間に合うかなあ。

溜息を吐きつつ、覚悟して入った島風は、違和感にあれっと思った。

いつも混んでる受付周りに誰も待ってる人が居ない。

ラッキー?

そして視線が受付の横に向くと、そびえたつ棚にびっくりした。

こんなのあったっけ?もう覚えていない。

棚を見ると、その上には

「休暇・外出 出張・清算 買いたい 借りたい 返したい その他」

と大きく書いてあり、「休暇・外出」という所から目線を下げた。

棚に並ぶ薄い引き出しの目線の先にあった引き出しには、ラベルが貼ってあった。

「休暇を取りたい(今日だけ)」

「休暇を取りたい(今日から複数日)」

「休暇を取りたい(明日以降の1日)」

「休暇を取りたい(明日以降の複数日)」

「一人で外出したい(1日)」

「一人で外出したい(泊りがけで複数日)」

「複数人で外出したい(1日)」

こんな感じで延々と並んでいる。

おおっ!と思いながら、「一人で外出したい(1日)」の引き出しを開け、紙を取り出す。

なんと!中身がほとんど書いてある。

しかも書かなきゃいけない所が赤枠でマークされてる!

へぇーと思いながら記入用の机に行くと、机も同じように目的別に別れている。

休暇・外出用と書かれた机の前に立つと、目の前の壁に記載例が沢山貼られている。

島風は自分のケースを例から見つけ、ふんふんと言いながら、班名、班長、自分の名前、外出日を書いた。

あれ?これだけで良いの?

なんか前は鎮守府の名前とか延々と書いた記憶があるんだけど。

曖昧な記憶を手繰りながら書いた紙を持ち、そーっと事務所内の事務方を見る。

ふと顔を上げた叢雲と目が合った。ヤバ!一番チェック厳しい人だ!

困りながらえへへへと笑うと、てくてくと叢雲が歩いて来た。

「どうしたの?」

「きゅ、休日に外出したくって・・・これを」

「見せなさい」

「は、はい・・・」

島風はぎゅうっとスカートの裾を握って目を瞑る。

怒られませんように怒られませんように怒られませんように怒られませんように怒られませ・・・

「良いわよ、これで」

島風はネッシーと遭遇したかのような顔をした。

「・・・・へっ!?」

「・・・なに?不満なの?」

「ちっ!違っ!違います!」

叢雲は書類に「承認済」の判をタンタンと押し、外出許可証の部分を切って島風に手渡すと、

「はい、手続き終わりよ。お疲れ様」

と言って席に戻っていった。

外出許可証の紙を手に、事務棟の外でぽかーんとする島風。

あれ?明後日までに間に合えば良いなって思ってたのに・・・あれ?

じわじわ実感が湧いてくる。

・・・・はっやーい!

 

叢雲が備品購入申請書で依頼したのは、沢山の引き出しが付いた書類棚と掲示板だった。

書類様式自体は大本営の指定だから変える訳にはいかない。

でも、うちの鎮守府で、かつ目的まで決まったら、書類の記入内容はかなり固定される。

叢雲が目を付けたのはそこだった。

まず、よく申請される目的を細分化する。

細分化した各目的に合わせ、出来る限り項目を記載した状態で印刷する。

印刷した書類は目的をはっきり書いたラベルを貼った引き出しに仕舞っておく。

どうしても本人に書いてもらう必要がある箇所は赤枠を付け、記載机の前に例を掲示しておく。

見ながら書けば大きな間違いも減るし、申請しやすい筈だ。

実物が出来て初めて理解した初雪は

「おおっ!これは・・凄い!」

と驚いていた。

文月はにこにこしていた。初雪のアイデアと叢雲の知識の融合策。きっと上手く行くだろう。

取り入れた初日から目覚ましい効果があった。

ほぼ100%間違いが無くなった。あっても些細な物だからその場で直せる。

依頼する側は書く項目が減って怒られなくなり、その場で申請が通るようになったと喜んだ。

事務方もチェックする箇所が減り、正しい内容が増え、にこやかに短時間で応じる事が出来る。

今まで再申請、再々申請、再々々申請がザラにあったのが無くなり、処理枚数も1/5まで減った。

そのほとんどがリアルタイムで処理出来るので、書類が机の上に積みあがらない。

もちろん定型化出来ないケースは残るし、個別対応も残るが、件数は従来の1%にも満たない。

しかもそこは大体天龍か夕張か加古なので、文月が応じる事にした。

他の事務方ならともかく文月にはどう転んでも勝てないので、天龍達も申請前に諦めるようになった。

つまり、全体的に件数が激減したのである。

 

「へぇー、これ良いねえ」

提督は棚のラベルを追いながら言った。

「その他の所にさ、脱走用の書式も追加を」

「提督・・・」

「ひっ!なっ!長門居たのか!じょ、冗談です冗談!」

「まったく、油断も隙も無いな」

「それはともかく、これは皆にとって大勝利だねえ・・・長門」

「なんだ?」

「すまないが間宮さんの所に行ってきてくれないか。2人に褒美を、な」

「・・・解った。行ってくるぞ」

提督の財布を受け取り、走っていく長門の後ろ姿に手を振りながら、

「ところで文月さんや」

と提督は言いかけたが、

「脱走許可証は、長門さんの承認印が必要としておきますね」

と一言で返され、がくりと頭を垂れた。無理。

 

「えっ?表彰?」

提督と文月が席にやってきて、そう言われた叢雲はきょとんとした。思ってもみなかったからだ。

「申請者にとっても、事務方にとっても、良くなる事をしたんだから当然だよ」

叢雲は少し頬を赤らめた。

「じ、事務方でも表彰されるのね・・・」

「表彰!叢雲殿。貴殿はこの度、申請手続きにおける優秀な策を考案した事を称えます!」

「・・・・」

「これは副賞の羊羹です!おめでとう!」

「・・・わ、悪くないわ・・ね」

「表彰!初雪殿。以下同文です」

「ありがと・・・頑張る」

羊羹を受け取り照れ笑いする2人を、事務方の面々、それに提督と長門は拍手で祝ったのである。

 

 



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不知火の場合(1)

 

現在。午前7時。

 

今朝は湿度が、少し高い。66%から70%位か。気温も上がりそうだ。

ケースの設置位置を8mm机側に近づけよう。

踏みしめる砂のサクサク感と水平線の霞み具合を見ながら、不知火は思った。

海原から朝霧が消え、日はきちんと顔を出し、空の色はすっかり蒼くなっていた。

朝食後の休息時間。めいめいが好きに過ごす時間。

不知火は島の散歩が日課となっていた。

今日は何が違うだろう。

 

「そうですか?会話との相関関係とか、湿度を細かく見ると、違いが見えて来て面白いですよ~」

 

3年前。ソロル鎮守府に引っ越してすぐの頃。

以前の鎮守府に比べ、変わり映えしない天気だから飽きますねと文月に言った時の答えだ。

だが、文月はぺろっと舌を出すと

「もっとも、これは龍田会長の受け売りですけどね」

と付け加えた。

しかし、不知火はこの言葉の意味をしっかり理解したとは言えなかった。

後半の湿度については、半年間、朝夕毎に湿度計を見て自分の感覚を正確に合わせていった。

だから今は大体5%以内の誤差で解る。

これが何の役に立つかというと、書類をケースへ弾いた時の放物線との関係である。

湿度が低い日は地面効果が増えて紙が長く滞空するので、書類ケースを遠めに置く。

湿度が高い場合は紙が湿気を帯びて重くなるので書類ケースを手前に置く。

どのくらいの距離で置くと収まりが良いかは経験則に基づいた相関関係図が頭の中で完成している。

だが。

前者の方はとんと解らない。

会話との相関関係とはなんだろう?

湿度60%と66%で感情が変わるとも思えない。

何を見落としているのだろう。

後者の方もそれだけなのだろうか?

そんな事をつらつらと考えながら、島を軽く一回りするのである。

 

おや?

 

島の裏側の浜辺を通りがかった時。

浜の少し高い所に誰かが居るのが見えた。

目を凝らすと、同じ事務方の黒潮であった。

「おはようございます、黒潮さん」

不知火は近づきながら声を掛けた。

黒潮はきゅっと振り返ると、

「おはよう不知火はん!今日もええ天気やんな~」

と、にっこり笑った。

しかし・・・

不知火は首を傾げた。

何故黒潮は私服なのだろう。

傍には大きなパラソルと寝椅子、クーラーボックス、本まで置いてある。

不知火は目を瞑って記憶を辿った。

朝食を取りながら読んだ新聞には金曜日と記されていた。祝日でもない。

うん、間違いない。

 

 今 日 は 平 日 だ。

 

「え、ええと、始業までには戻って来てくださいね?」

黒潮はきょとんとした後、手首をぱたぱたと振りながら、

「今日は土曜やろ不知火はん。いけずな事せんといて~」

不知火はぎょっとした。昨日の新聞を読んでしまったのか?

い、いや、昨日のエンタメ欄は間宮さんが限定どら焼きを売る話。

今日は提督が数回転がるほど派手に転んだのに怪我一つなかったという話。

一昨日は比叡がまたカレーを作るのに失敗したって話だった。

うん。間違いない。

大体、昨日一日日付印をあれだけ押して誰も間違いと言わなかったじゃないか。

合ってる・・・はず。え?違うの?

 

長考する不知火の様子に、黒潮は笑顔から次第に不安げな表情になると、小声で、

「え、ええと、今日は11日・・・・やろ?」

と言った。

不知火は顔を上げて、勝利宣言を行った。

「10日です」

黒潮の目が見開かれた。

「うち、寝ぼけて1日間違えてしもた!部屋と3往復して運んだのに、なんちゅうこっちゃ~」

そして慌ててパラソルを畳もうとして指を挟み、

「痛ったー!」

と言いながら指を口に咥えたのである。

不知火は安堵半分溜息半分の息を吐くと、ポケットから救急キットを取り出した。

「絆創膏、ありますよ」

黒潮はてへへと頭を掻きながら受け取り、

「すんまへんなー」

と言った。

不知火は寝椅子を畳み、クーラーボックスを肩にかけると

「手伝います。行きましょうか」

と言った。

「おおきに!」

にこっと笑い、パラソルと本を持つ黒潮と並んで寮に引き返す二人。

「土曜日は、いつもここで?」

「んー、いつもやないで。この時期だけ、ここで本を読むんよ」

「どうしてです?」

黒潮は少しだけ目を瞑って考え込むような仕草をした後、

「この時期だけ、なんか風が気持ちええんよ。暑うもなく、寒うもなく」

「そう・・ですか」

不知火は考えた。

自分は年中、同じ日課を同じ時間にきっちりこなすのが好きだ。

朝の散歩なんかがまさにそうだ。悪天候で中止すると負けた気分になる。

特定時期、それも風が気持ち良いからという理由の為に、これだけの装備を持って浜に来る。

思いつきもしなかった。

「海水浴するにはまだ寒いさかい、どなたはんも来ないんや。本を読むには都合ええんやで」

なるほど。

不知火は頷いた。

海水浴に適さない時期なんて誰も浜に来ないというのは自分の思い込みだった。

静かな浜で、心地よい風を感じながら椅子に寝そべって本を読む。

考えてみると・・・

「うん、良さそうですね」

黒潮はくすっと笑うと

「ほな、不知火はんも明日来る?」

「並んで本を読むんですか?」

「本じゃなくてもええけど・・・」

黒潮は苦笑いをすると、

「実は、一人だとちょい寂しいんよ」

「え?」

「部屋に居るとな、皆がようさん話しかけるし、物とか蹴りとか飛んでくるさかい、ちっとも読めへん」

「なるほど」

「せやかて浜で本を読んどって、気ぃ付いたら昼食の時間過ぎとったとかな、ちょい寂しいねん」

不知火は解る気がした。

「あー」

「誰か居ったら、「そろそろ昼ちゃうか?」って言ってくれそうやん?」

「二人で読み過ごしても、それはそれで笑い話になりますしね」

「せやせや!別にタイムキーパー役を頼みたい訳やのうて、一緒の目的で過ごしてくれる人が欲しいねん」

「部屋には居ないんですか?」

「面倒やとか、本なんて読まへんとか、ええから枕投げしよとか、全然やなあ」

不知火は空を見た。1回位付き合ってみるのも良いかもしれない。

「じゃあ、明日」

「晴れるとええなー」

不知火は指をすっと、西の水平線に向けた。

「あの辺りが澄んでいるので、明日は晴れます」

黒潮は目を真ん丸にすると

「さすが不知火はん!明日の天気も解るんかいな!気象庁の人みたいやん!凄いなあ」

不知火は少しだけ頬を染めると、

「ど、どうという事はありません」

と言った。

何だか明日が急に楽しみになってきた。

 

 



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不知火の場合(2)

 

現在、とある金曜日。午前。

 

カツン!

 

不知火は眉をひそめながら席を立った。

おかしい。

今日は上手くケースに入らない。

首を捻って1分ほど考えた後、原因に辿り着いた。

しまった、設置位置を8mm机側に近づけてない。

湿度は・・・うん、変わってない。

いけないいけないと思いながら調整し直す。

・・・・・ぃよし!

落ちた紙をケースに置くと、席に戻った。

うん、綺麗に決まるようになった。こうでないと気持ち悪い。

ピシピシピシと指で書類を弾きながら、不知火は明日の事に思いを馳せた。

飲み物は何を持って行きましょうか。

コーヒー?紅茶?ジャスミン茶?温かい方が良い?冷たい方が良い?

あ、読了してない本が無かったかもしれません。

ナマゾン超特急で頼んでもここまで4日かかりますから、今からじゃ間に合いません。

仕方ない。ソロル新報を朝イチで買うと衣笠さんに頼んでおきましょうか。

あ、新聞がガサガサすると迷惑でしょうか?

そもそも風が強かったら新聞は読み辛いですね・・

 

「不知火さん、不知火さん」

 

不知火はぽんぽんと肩を叩かれて我に返った。

「えっ!?あっ、何でしょう・・・」

そこには文月が居て、

「次の書類を頂きたいのと・・・あと、ケースから溢れてますよ?」

「ああっ!?すみません!」

文月は小首を傾げた。珍しい事もあるものだ。

 

 

「さ、先程は失礼しました」

 

不知火は文月に謝った。

昼食時。

他の事務方の面々は食堂に行くが、文月と不知火は事務所に残ってお弁当を広げる。

昼休みに訪ねてくる艦娘が居る以上、誰かは残らなきゃいけない。

ただ、そこまで他の事務方に頼むのは可哀想だという二人の気遣いであった。

ちなみにお弁当は昼夜共、時間直前に鳳翔が店から運んできて二人のロッカーに入れてくれる。

最初は自炊していたのだが、提督が

「それじゃあんまりにも可哀想だ。せめて美味しい物を食べなさい」

と、提督が鳳翔に頼み、ポケットマネーで払ってくれている。

鳳翔のお弁当は毎回違って、どれも美味しい。

当然、こんな事がバレたら大騒ぎになるので他の艦娘達には内緒である。

わざわざ自分達で買ったお弁当箱に詰めてもらい、事務所ではなくロッカーで受け取るのはその為だ。

だから二人はハッキリ言って提督に甘い。

以前、龍田から、

「事務方が甘やかすから、提督がいつまでもへっぽこなんですよ~?」

と、くすくす笑われながら鋭く指摘された。

二人は真っ赤になって俯いてしまったが、龍田は

「でも、だからこそ提督らしいとも言えます。まぁ最悪、私が出ますから好きにやりなさいな」

と、にこにこしていた。

だが二人はそれを、

「もしお前達が取り返しのつかない下手を打てば提督を消すぞ」

という指示と理解した。だからこそ毎日緊張感を持って取り組んでいる。

一所懸命とは、1つの所に命を懸けると書く。

二人はこの意味を重々理解していた。いや、させられた。

 

「いえいえ、別に大失敗した訳じゃないですし・・・でも珍しいですね」

「あ、あの、明日が楽しみで」

「明日?」

そこで不知火は文月にすっかり話して聞かせた。すると文月は

「楽しそうですね!私もお邪魔したいなあ・・・」

と言った。

「聞いてみましょうか?」

「良いんですか?」

不知火はにこっと笑うと

「文月さんと一緒に居るのは楽しいですから」

と言った。

 

大判焼きを片手に帰って来た黒潮に確認すると、

「大歓迎やで!3人も居たら楽しいやろなあ。なんや用意せんとなあ」

と、にこにこしていた。

 

 

土曜日、8時過ぎ。

 

 

「今日はここ!ここや!」

 

黒潮の言う位置、方向に寝椅子を並べ、パラソルを広げる。

不知火が持参したクーラーボックスにはジャスミン茶の入ったボトルとコップが3つ。

文月はどっさりと文庫本を持ってきて、

「読みたい物があればどれでもどうぞ!」

と言った。

不知火は言葉に甘えて、小説を1冊借りた。

しかし。

 

「く、黒潮さん・・・それは・・・?」

 

文月と不知火は、黒潮がバッグから取り出した物に目が点になった。

 

しっかりしたツインバーナーのガスコンロ。

ボール、卵、粉、水、それに・・・

 

「タコ!?」

「せやで!明石もんや!もう塩揉みして茹でてあるからすぐ行けるで」

 

黒潮はタンタンタンと手際良く切り揃えると、

「せや、これ忘れたらアカンなー」

と、バッグからたこ焼き器を取り出した。

 

「・・・・・・・」

 

不知火も文月も、ページを捲っていたが内容がさっぱり頭に入らない。

何故なら。

たこ焼き器の中で、じゅうじゅうとタネが焼け、香ばしい匂いがふわふわほわりと漂うからだ。

朝食は食べてきたが、じゅるりと涎が出る。

そして。

「焼けたで!ネギとマヨかけてもええか?」

こくこくこくと頷く2人。

ネギを鷲掴みで乗せ、ソースとマヨネーズと青のりをたっぷり。

「ほな、召し上がれ!」

 

ぷすっ!

外はちょっとカリっと、中はしっとりぷるっぷる。爪楊枝でしっかり蛸を貫いて安定させるのがセオリー。

ほわわんと湯気の出る1つをゆっくり持ち上げる。

乗ったネギ達がこぼれないよう、手を添えて口に運ぶ。

そーっと・・・はもっ。

 

・・・はふはふはふはふ!

あっ!熱っ!熱っ!あふっ!

落さないように口をすぼめつつ、熱気を外に逃がす。

たこ焼きとは、この食べる姿がタコに似てるからというのが語源・・じゃないか。

「・・・・どうや?」

「美味いですね!」

「これはプロの犯行ですね」

二人の絶賛に黒潮は頭を掻きながら

「たまたま、たまたまやで~?気にせんといて~な~」

といいながら、たこ焼きを口に運び、満足げに頷いた。

「ほな、次いくでー」

 

 

「・・・けぷっ」

 

11時半。

 

朝からずっとたこ焼きを楽しんだ3人は、焼いては平らげ、焼いては平らげていった。

黒潮はたこ焼きにこれほどのバリエーションがあるのかというくらいの風味を披露した。

そして3人で3時間近く舌鼓を打ち続けた結果、皆様お分かりの通り、

 

「の、喉元までたこ焼きが居ます」

「お腹一杯なのです~」

「うーわ、ちと食い過ぎたわ~」

 

という状態だった。

黒潮は1種類をせいぜい6個くらいしか焼かなかった。理由を聞いたら

「食べ残したらお天道様に叱られるんやで~」

と言う。だからたこ焼きは綺麗に無くなっていた。

 

 



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不知火の場合(3)

 

とある土曜日の昼過ぎ。

 

黒潮がガスコンロ等を仕舞いながら、思い出したようにぽつりと言った。

 

「1回な、赤城はんに焼き始めた所を見つかってしもたんよ」

 

不知火と文月は心の底から哀悼の意を込めた眼差しを送った。

「・・よぅ解ってくれて嬉しいわ。解放された時には腕パンパンで、うちの1ヶ月分の備蓄がのうなってたんよ」

「私も・・・あります」

「不知火はん、死んだ魚のような目をしとるで。何かもっと恐ろしい経験があるん?」

「私、うどんを打ってたんです」

文月と黒潮はごくりと唾を飲み込んだ。

うどん打ちは1回でも重労働だ。

全体重をかけてしっかりこね、上半身全体で打ち、延々と正確に切って、茹でて、やっと出来上がる。

「15回打った時点で脚も腕も上がらなくなって赤城さんに土下座して勘弁してもらいましたが・・・」

「・・・・」

「自分は・・・結局1本もうどんを食べられませんでした」

「な、なんという悲惨な体験・・・」

「エゲつない。エゲつないでホンマ・・・」

「あの後から、私はちょっとうどんが苦手になりました」

「完全にトラウマですね」

「そら、しゃあないで・・・」

「解ってくれますか!」

しかし、その時。

不知火は、うんうんと頷く二人の後ろに、鎮守府のある坂から砂煙をあげて誰かが走ってくるのが見えた。

「!」

噂をすれば影!赤い方か!

「はっ!早くたこ焼き器を仕舞うんです黒潮さん!」

「あ、あわわわ、ファ、ファスナーが噛んでもうた!」

「う、上に!上に座って!」

 

ざざっ!

 

「何か焼いてませんでしたか!?ソースの焦げるにおいが!」

不知火は内心震えていた。

浜から寮まで直線距離でも優に500m以上ありますよ?どんだけの嗅覚を持ってるのです?

黒潮は明らかに挙動不審だった。

「あ、ああああ赤城はん?い、いや、う、うちらは本を読んでただけやで?」

赤城の目がジト目に変わると、ゆっくり、きょろり、きょろりと3人を見回す。

「今日の風の流れと湿度からすると、発生源は皆さん以外考えられないのですが・・」

そんな能力を増強せんでええやんと黒潮は言いかけて止めた。

既に赤城が赤城でなくなっている気がしたからだ。

これが噂の・・・

ぴくりと赤城の鼻が動く。

くんくんくん・・・くんくんくんくん!

犬か君はと不知火は心の中で突っ込んだ。

「不知火さん」

ぎくり。一滴の汗が滴る。お、落ち着け。ボロを出したら嫌な予感しかしない。

こっ、これが湿度と会話の関係なのか?バカな!

「・・・不知火に何かご用ですか?」

「口の端に・・鰹節がついてますよ」

不知火はハッとして、つい拭ってしまった。しかし、

「しっ、不知火はん!うちはかつぶしは使うてへんで!ネギと青海苔だけや・・・・・・あ」

赤城が邪悪な、勝ち誇った笑みを浮かべている。般若を背景に背負って。戦闘力が急上昇している!

「この私を差し置いて・・・お好み焼き・・パーティ・・だと・・・・」

「ちっ!ちゃう!たこ焼きや!パ、パパパパーティやない!ほんの!ほんのささやかなもんや!」

「先程は本を読んでただけと仰いましたね・・・」

「ひっ」

「逃げ切れるとでも思いましたか・・・・」

赤城の目がギラリと光る。

こりゃアカンと黒潮は観念した。でも食材はホンマにもう無い・・・どないしよう・・・

その時。

「赤城さぁん」

「・・・なんですか、文月さん」

「今日は【閉店】、です」

赤城が途端にぎくりと硬直した。

不知火と黒潮は我が目を疑った。

けっ、気圧されてる?赤城が噂の食欲大魔王モードなのに気圧されてる!?

あのモードになったら提督や長門さんはおろか、加賀さんですら死闘を演じないと勝てない筈なのに?

何この竜虎決戦状態。

さらに、文月は上目遣いのまま目から光を抜き、赤城を見つめながら言葉を継いだ。

「お代わり自由では、無いんですよ?」

すると、赤城の雰囲気があっという間に戻ったかと思うと、

「あは。皆さん仲良く召し上がってくださいね。では私はこれで。」

と言って、スタスタと去っていったのである。

黒潮も、不知火も、ぽかんとしたまま文月の種明かしを待った。

「・・・私は、丁度居合わせただけなんですけどね」

頷く二人。

「その日、私はちょっと用事があって街に出たんです」

「帰る前にご飯食べていこうと思ったんですけど、港近くの通りの様子が変だったんです。」

「変?」

「ご飯屋さんだけシャッターが下りてたり、本日閉店って札が下がってるんです」

不知火と黒潮は嫌な汗がじわりと出てきた。まさか・・・

「おかしいなあと思って歩いてたら、通りの端にあったハンバーガー屋さんが開いてたんです」

息を飲む二人。

「店に入ろうとしたら、赤城さんと、大本営の武蔵さんが居て」

最悪だ。ブレーキ無しのツインターボエンジンじゃないか。

展開が読めて手で顔を覆う二人。

「お二人のどちらかが窓口で品物を受け取る間、もう一人は席についた途端に飲むように平らげて」

「窓口にはお二人いずれかが常に並んでましたし、両方で並ばれる事も多かったです」

「お店の人は絶え間なく補充してたんですけど・・ゾンビのようにやつれた顔をしてて・・」

「メニューの所に「メガセット完食で何回でも御代わりOK!」ってキャンペーン看板が見えて」

悲惨すぎる展開に涙が止まらない二人。

「やがて在庫払底したって断られて、食べ足りないと言いながらお二人が出て行かれて」

「その後、窓口に行ったら、サイドメニューのプリンしか残ってませんって謝られてしまって」

「お肉屋さんでコロッケを買って話を聞いたら、2人が入った店は次々閉まり、救急車も何回か来たって・・」

「酷過ぎる」

「殺生や・・・殺生やで・・・」

「翌日、大本営に商店街の会長さんから苦情が行って、大本営からうちにも問い合わせがあって」

「そら・・そやろな・・」

「加賀さん同席の元で、私が見てた事、お肉屋さんで聞いた事を言った上で聞いたんです」

「完璧に逃れようのない状況やんなあ」

「そしたらお父さんには絶対内緒にしてって言うので、私が提督名で状況と謝罪文を書いて送ったんです」

「凄まじいカードですね」

文月は険しい表情になり、声を潜めると、

「あれを見て、うちの鎮守府では食事をバイキング形式にするのだけは絶対止めようって決めました」

二人は尤もだと頷いた。もし赤城の後に食堂に入ったら、残ってるのはせいぜい食器と爪楊枝だ。

「だ、大本営の食堂だけは勤務しとうないな・・・」

「そうですね・・大和さんと武蔵さん、他にも大勢・・・・」

「毎日誰か倒れてそうですよね」

三人はちょっと空を見上げてブルブルと震えた。

あんまりにも簡単に予想がつき、あんまりにも悲惨だったからだ。

文月がぽつりと言った。

「間宮さんと鳳翔さんは、凄いですよね」

「・・・・花でも買うてこうか?」

 

 



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不知火の場合(4)

 

赤城と文月が竜虎決戦をやった日の晩。

 

「こんばんは」

「鳳翔、邪魔するぞ」

「提督、長門さん、お待ちしておりました」

提督達はカウンターに腰を落ち着けた。

「給料出たから、長門と二人で御馳走になりに来ました」

「夫婦水入らずですね」

「ま、まぁその、カッコカリ、だがな」

「うふふふ、早くカッコが取れると良いですね」

「そうなんだよなあ・・今は長門が出撃すると心配でならん」

「私の差配は不安か?」

「違う。万が一、億が一、指先でも怪我したらと思うとだな」

「・・・心配のし過ぎだ。それもそうだが、演習に応急修理女神は必要ないと何度言えば解るのだ」

「万が一、億が一、システムに不具合があったら・・・」

「解った解った。まったく・・・ん?鳳翔」

「なんです?」

「随分大きな花を活けてあるな。前から・・あったか?」

「それが・・・」

「どうしたんだい?」

「今日の昼過ぎに文月さんと不知火さん、それに黒潮さんがいらして」

「うん」

「なんだか妙に優しい目をされて「ほんまに毎日大変やな、おおきにな」と仰って、頂きまして」

「へ?」

「ほ、他には何か言ってなかったのか?」

「ええと、あ、この後間宮さんの所にも行くと」

「間宮さんと鳳翔さんで、毎日といえば、食事・・か」

「菓子の線もあるか?」

「いや、鳳翔さんのデザートはここでしか食べられないからな」

「なるほどな」

「確かに、うちらの分を作ってくれている間宮さんと鳳翔さんには感謝の一言だよ。ありがとう」

「それは私も同意するが、なぜ今日なんだ?」

「うん、私もそこが解らない。鳳翔さんはなにか心当たりはあるかい?」

「いえ・・・解りませんけど、黒潮さんが昨晩、タコを買い求めにいらっしゃいました」

「タコ?」

「今日、友達に美味しいタコ焼き食わせたいんや~って」

「黒潮らしい買い物だなあ」

「明石のタコがあったので、塩揉みして茹でて渡してあげたんですけど」

「たこ焼きでなんか苦労したのかなあ」

「まぁ、それぞれ事情があるのだろう。それより提督、すまないが私もお腹が空いた」

「私もだ。じゃあ鳳翔さん、よろしく頼みます」

「はい、お任せください」

 

 

同じ頃。

 

文月と不知火は龍田と島のはずれにある「会議室」に居た。

兵装を鎮守府間で売買する「市場」を仕切る電子取引所を運営するために。

「市場」は毎週土曜日の21時に開始し、23時に終了する。

たった2時間?と思われるかもしれないが、秒単位で売買取引が成立し、兵装の市場価格は乱高下する。

ソロル鎮守府に移る為に加賀が2晩かけて行った取引量が僅か5分にも満たないと言えば解るだろうか。

会議室という名の部屋は2階建て構造だった。

1階は本当に殺風景な、簡素な長机とパイプ椅子が並ぶ会議室風の部屋。

その上に位置する、隠し扉と高度なセキュリティ装置で守られた空間が、ここである。

中央に巨大なスクリーンがあり、兵装毎の確定取引金額と取引高が整然と並んでいる。

龍田、文月、不知火の3人はスクリーンに対して円弧状に並んでいる席に座っている。

席にはそれぞれ6面ずつ並ぶマルチモニタがあり、それをくまなく見ながら、

「ただひたすらに、我が鎮守府に有利になるように市場価格に手を加える」

簡単に言えば、我が鎮守府に在庫がある「手持ち兵装」は「希少で高価格」とする。

もちろん、鎮守府で必要とする「要入手兵装」は「余剰在庫豊富で低価格」とする。

それぞれ売り払い、買い取りが終われば、「本来の」値段にジワリと戻す。

だから乱高下するわけだが、そこを参加者に気付かせない工夫はこれでもかと実装されている。

龍田が自ら構築したシステムである。

元々、鎮守府間での兵装売買は正規の手段が無い。

しかし、大本営は「陸海軍相互協力協定」にて、装備売買を許可するとしている。

その他様々な細則を勘案すると、結局この「電子取引所」でやり取りするしか無い。

そうなるように協定そのものから作っているのだから当然だ。

もちろん、取引所を利用するにあたっては、「契約金」と「システム利用料」が必要である。

やるなら胴元。規則は決める側。合法化「してから」公に。

龍田が常に言っていることだ。

もちろん市場への参加は自由であり、全ての鎮守府が参加しているわけではない。

そして、参加する司令官に聞くと、異口同音にこう言うのである。

 

「大本営の憲兵隊に囲まれる結末になる位なら、高くても取引所を利用するほうがマシさ」

 

そう。

龍田は「補給隊」と、自らの鎮守府が行った転売鎮守府討伐の顛末をPRに利用したのである。

転んでもタダでは起きない。身に降りかかった厄災さえも利用する。

ソロル鎮守府、そして龍田会維持の為に。

 

24時。

提督も長門も他の艦娘達もすっかり寝静まった頃。

3人は出来高を勘定し、帳簿をつけていた。

そろそろソロル鎮守府を無補給で2年動かせる程度の預金が溜まってきた。

残高を見て龍田は眉をひそめた。つくづく姫の島事案が恨めしい。

主力隊に従事し轟沈した艦娘の所属する鎮守府の沈静化には、裏で雷名誉会長に相当動いて頂いた。

その資金は全面的にこちらで持ったので、目が飛び出る程の支出が必要だった。

あれがなければ今頃は5年分は余裕で溜まっていたのに。

龍田はふぅと溜息をついた後、顔を上げて言った。

 

「不知火さん、今日の売り上げも、いつも通りケイマンのペーパーカンパニーにね」

「はい」

「文月さん、発送準備は週明けで良いけど、確実にね」

「はい、受け取りのほうも確実にします」

「いい子ね~じゃ、下でお茶でも飲みましょうか」

 

 

「そういえば、雷さんは会長時代、どんな方だったんですか?」

茶を飲みながら不知火が聞くと、龍田は床に眼をやったまま、

 

「聞いた話よ・・ナイショね」

と、話し始めた。

「昔、大本営以前の組織でも、全体に腐敗が蔓延した事があったそうなの」

「その時、名誉会長は大艦隊を操り、自らも乗り込んで、たった一晩で数十の鎮守府を粛清したそうよ」

「大本営のヴェールヌイ相談役は知ってるわね?」

二人はコクリと頷いた。

「彼女いわく、雷が本気で怒った時の恐ろしさはロシアのスターリングラードの比ではないそうよ」

「あと、今だから話すけど、提督がソロルへ異動になった頃、名誉会長は調査隊の腐敗に気付いたの」

「その時、名誉会長は「そろそろ、また運動しないといけないかしら?」と言った。」

「私は火の粉から提督を守れない艦娘は鎮守府ごと潰されると思い、計画の全容を名誉会長に送ったわ」

「名誉会長からの返事はたった一言、「それを貴女の卒業試験にするわ。後の食い扶持もね」だった」

「成功すれば会長職を拝命出来る、失敗すれば・・・」

龍田は手で首をすいっと切る仕草をした。

二人は背筋が凍る思いだった。話を総合すれば提督も我々も本当に消されてもおかしくなかったのだ。

「計画が上手くいって、電子取引所も出来て、文月が仕組みを整えてくれて、本当にほっとしたわ」

「でも、鎮守府を、提督を守るのは、異動の時だけじゃない」

「これからもずっと、皆を守り続けていかなきゃいけないの」

不知火は恐る恐る聞いた。

「あ、あの、会長」

「なぁに?」

「わ、私達が、もし大きな失敗したら、提督を消すんじゃ・・・ないんですか?」

「え?そんなこと言ったかしら?」

「あ、あの、「最悪、私が出るから好きにやりなさい」という意味は・・・」

文月も真剣な表情で聞いている。

龍田はきょとんとした後、くすくす笑い出した。

「私、ファミリーのドンか何かと間違われてるのかしら~」

「い、いえ」

「もし貴方達も歯が立たない事が起きたなら、私が表に立って、提督や鎮守府を守ってあげるって事よ」

「あ・・・」

「だから貴方達が思う通り動いて、提督をしっかり支えてねって言いたかったんだけどなあ」

「ま、真逆に捕らえてました・・」

「恵ちゃんが来た時の艦娘達への説得とか、姫の島事案の資金面とか、色々やったでしょ?」

「そうですね・・」

「恐怖政治なんてやっても意味無いわ。それは名誉会長も同じ意見」

「・・・」

「ただ、いざという時への備えは怠らない。それは兵装だけじゃなく、資金もパイプも軍事演習も」

「・・・」

「でなければ名誉会長が怒ったからといって、数十の鎮守府を一晩で粛清出来る訳が無いでしょ?」

「そ、そうですね」

「ここがあったから、姫の島の後、大勢の深海棲艦を受け入れても破綻しなかったんだと思うけど?」

「そうですね」

「提督の思いを実行するには、それなりにお金がかかるの」

「はい」

「というわけで、今日はもう遅いからお仕舞い。あ、一つだけ」

「?」

「あんまり私のこと、怖がらないでね~?」

「はっ、はい!」

「いい子ね~、じゃ、おやすみ~」

「会長、お疲れ様でした!」

文月と不知火は顔を見合わせた。

こんなに身近で何度も話を聞いている会長の話でさえ、真逆に意味を捉えていたなんて。

「・・・噂で判断したらダメですね」

「そう、ですね」

「じゃあ、帰りましょう」

「はい!」

 

外は一面の星空だった。

 




ぬいぬいさんは割とシナリオを考えやすいキャラです。
だからまた先の方で続編をだすかも、かも。


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高雄の場合(1)

さて、研究班はネタがかなり集まってます。
まずは班長である高雄のお話から。


 

 

1年前、姫の島事案の少し後。鳳翔の居酒屋。

 

「うー」

高雄は飲み干した1合升をコトリと置くと、唸り声をあげた。

目がどろーんとしている。

「ここのところ、ずっと湿っぽい酒を飲んでるわね、高雄」

一緒のテーブルで飲んでいた足柄が話しかける。

「なんて言うかね・・・引っかかってるのよ」

「おっ、空いてるじゃん。ほら」

同じく飲み仲間の隼鷹は1升瓶の栓をきゅぽんと開けると、高雄の升に注いだ。

「ありがと・・・」

「引っかかるってのは、姉妹の事?」

「んー、そうじゃなくて」

「言いにくい事か?」

「ちょっとね・・」

「提督が変だという事に気づいたとか?」

「最初から知ってるわよ」

「恋人が欲しいとか?」

「今更よ」

「なんだ、ついに悟りの境地に入ったのか?アタシは諦めてないぜ?」

高雄はがっと升を掴むと、くいっくいっと飲み干した。

「おおー」

「高雄は相変わらず良い飲みっぷりだねぇ・・・」

「うー」

「さっさと喋っちゃいなさいよ。楽になるわよ」

高雄は足柄を数秒間見つめた後、目をそらしつつ口を開いた。

「・・・・仕事の、事」

「仕事?カレー小屋に飽きた?」

「そっちは摩耶が楽しそうだから良いの・・・」

「深海棲艦を艦娘に戻す方は、東雲組がやってくれるんだろ?」

「・・・・・。」

 

東雲組。

もちろん東雲と睦月を指した単語である。

東雲と睦月の二人が見つけ出した、深海棲艦の艦娘化手順。

高度過ぎて二人以外出来ないが、従前の艦娘化より遙かに確実な方法だった。

東雲はまだ慣れないと言って慎重に作業をしていたが、最近では10分弱まで下がってきていた。

東雲と二人三脚で対処しているのは専属オペレーターの睦月である。

睦月は練習の果てに運任せの開発ではなく、開発装置の妖精と話して目的の物を作れるまでになった。

「朝起きたら、朝食の前に発子ちゃんとお喋りしながら、これを何個か作るのが日課なんです」

と言いながら、兵装庫に三式ソナーを積み上げる。

こういう睦月だからこそ元修繕妖精で、かつて深海棲艦を建造していた東雲と話しながら作業が出来る。

研究班も3割の成功率を誇ったが、1体辺り最長で数週間かかり、成仏する方が多い。

かたや東雲組は10分もあれば100%艦娘化を実現する。

東雲と睦月が艦娘化を任せられたのは自然な流れだった。

 

「どうした?東雲組が嫌いなのか?」

「ううん。東雲ちゃんと睦月ちゃんは凄く頑張ってるし、むしろ申し訳ないわ」

「申し訳ない?」

「ええ。私達がちゃんと艦娘化を成功させていたら、全部二人に押し付けるような事にはならなかった」

「・・・」

「私達だって精一杯試行錯誤した。提督の期待に応えたかった。でも結果として、役に立てなかった」

「んー・・・」

「戻せないと伝えた深海棲艦達は、驚き、腹を立て、それは悲しげに去っていった」

「・・・」

「私、研究班の、それも班長まで拝命したのに・・・・これじゃ、失格よね・・・」

足柄は肩をすくめると、高雄の額をピシッと弾いた。

「なーに言ってんのよ!」

「うー、なによぅ」

「大体、東雲ちゃんがここに来たのは研究班が深海棲艦と信頼関係を構築したからでしょ」

「・・それはそうだけど、でも」

「で!」

「はい」

「深海棲艦にあれこれ言われてるの、私初めて聞いたんだけど?」

「・・・誰にも言ってないもん」

「何で言わなかったのよ」

「提督に言えば心配かけるし、誰かがやらないといけない。他の子にさせるのは可哀想だったから・・・」

「辛くても頑張ってるじゃない。偉いと思うわよ」

「だけど」

隼鷹がずいっと身を乗り出した。

「あのさ、東雲ちゃんは元々建造妖精なんだし、深海棲艦作ってたんだから、専門家じゃん?」

「・・・・まぁ・・・ね」

「高雄は専門家じゃないし、そういう装備も無いだろ?」

「・・・」

足柄が言葉を継いだ。

「潜水艦相手なら、私達重巡は手が出せない。駆逐艦は戦える。だから重巡は無用かしら?」

「・・・・・」

「敵の重巡や雷巡が来た時に私達が駆逐艦を守れば良いように、得手不得手は必ずあるのよ」

隼鷹がとくとくと酒を注ぎながら言った。

「そうそう。高雄が出来る事をやればいい。それに、東雲組も今まで不幸続きだったらしいじゃん」

「・・・」

足柄がバシッと高雄の背中を叩いた。

「大丈夫!高雄が適した役があるわ!こんなに良い子なんだもん!」

高雄が鼻をすすりながら足柄を見た。

「・・・うー、足柄ぁ」

「もー、しょうがないわねえ・・・はいはい」

抱き付いて泣きだす高雄を、足柄はぽんぽんと頭を叩いた。

しばらくして高雄がそっと離れた時、鳳翔がテーブルに皿を置いた。

「だしまき卵、置いときますね」

「えっ?うちら頼んでないよ?」

鳳翔はにこっと笑うと

「サービスです。高雄さん、私も応援してますからね」

高雄はぐしぐしと目を擦ると、

「うん、ありがとう、鳳翔さん、ありがとう」

と答えたが、すかさず、

「アタシは?」

「私は?」

と、足柄と隼鷹からギラリと睨まれた。

酔っぱらいは絡みやすく、忘れやすいのである。

 

 

翌朝。

 

「あ・・たま・・・痛・・・」

布団から上半身だけ起き上がると、そのまま手を額にやり、目を瞑る。

自力で帰って来た記憶はある。

玄関を開けたら鳥海が両手を腰に当てて仁王立ちしており、

「姉さん!またこんな時間まで!あ!服に汚れが!シミになっちゃうからすぐ脱いでください!」

と、言われた記憶もある。

そして。

鳳翔の店で足柄に言われた事を、高雄は珍しく覚えていた。

俯いたまま、布団の端を見つめる。

「・・・・・」

本当に自分に適した役があるのだろうか?

提督が私を班長に指名して良かったと思ってくれる日は来るのだろうか?

「ほれ」

目の前に水の入ったコップがにゅっと出てきた。

「ありがと・・摩耶」

見なくても解る。こういう気配りが出来るのは摩耶の良い所だ。

「最近、毎朝そうだよな・・・何か悩みあるなら言えよ?」

「ん・・・」

「それと・・・服着ろよ。風邪引くぜ」

「うん」

コップの水を一息で飲み干すと、枕元を振り向く。

きっちりアイロンがかかり、畳まれた制服が置いてある。

間違いなく鳥海の仕事だ。

妹達は皆良い子だ。心配をかけてはいけない。

それは解ってるんだけど、この苦しさの出口はどこにあるんだろう。

 

ガチャ。

「姉さん、提督が研究班全員に朝食後来てほしいって言ってるわよ~」

「おはよ・・・愛宕・・・」

「あーあ、今朝もバッチリ2日酔いね。顔は洗った?」

「今から」

「おかゆ作ってあげるから、その間に支度しておいてね」

「うん」

愛宕が再び出て行ったドアの音を合図に、高雄は起き上がり、洗面所に向かう。

愛宕は高雄が二日酔いだと、食堂に行って土鍋一杯におかゆを作ってくる。

他の人は鳳翔のおかゆが一番と言うが、私にとっては愛宕のおかゆが一番だ。

なぜなら、おかゆという食事に、優しさという気持ちが沢山入っているから。

解ってる。だからこそ。

髪に櫛を通し、ボタンを留めていく。

自分が辛いと思う事を、妹達に押し付けたくは無い。

手袋を嵌めた時、愛宕が戻ってきた。手に土鍋を持って。

「ぱんぱかぱぁん!おかゆでーす!」

その後ろから、鳥海がひょいと顔を出す。

「お茶碗とか借りてきましたよ。皆で食べましょ!」

高雄はにこりと微笑んだ。

 



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高雄の場合(2)

 

1年前、姫の島事案の少し後の朝、寮の前。

 

呼び出しを受け、高雄は班全員に声を掛けて提督室に向かっていた。

高雄4姉妹、島風、夕張、飛龍、蒼龍、それに東雲と睦月。

結構大所帯になったなあと、つらつら思った。

ノックした後でドアを開けると、本日の秘書艦である加賀、それに文月が居た。

一目で高雄は室内の空気の固さに気が付いた。良くない兆候だ。

「おはよう高雄・・・ん、ちょっと痩せたか?」

提督の言葉にぎくりとする。

東雲組に艦娘化作業が移ってから、あまり箸が進んでないからだ。

「い、いえ、大丈夫です」

「そうか・・・・さて、すまないが研究班の皆に頼みたい事がある」

高雄は愛宕と顔を見合わせる。

「私達に・・ですか?」

「うん。まずは文月、状況説明を」

「はい、こちらにお越し願えますか?」

皆で会議コーナーに向かうと、テーブルの上に幾つかの資料が並んでいた。

「姫の島事案終結後、在籍艦娘は60人。前は他に受講生40人が居ましたが、全員送り返しました」

「一方、艦娘化希望で、作業の順番を待つ深海棲艦は現時点で100体少々居ます」

「事案以前の艦娘化計画では400体いましたが、通いで週に3回、1回に6体ずつ作業を受ける筈でした」

高雄は少し悲しそうに目を細めた。自分達では到底こなせないペースだ。

「しかし、通って頂く訳にはいかなくなってしまいました」

愛宕が首を傾げた。

「何故ですか?姫の島は消滅しましたし、海域のダメージは余りなかった筈ですが・・・」

加賀が口を開いた。

「深海棲艦達も当初はそう思って、帰ろうとしたの。でも、海中は紛争地帯になっていたのよ」

「紛争地帯?」

高雄と愛宕は同時に眉をひそめた。

提督は姉妹って面白いなあと思ったが、その直後に加賀に脇腹を小突かれてびくっとなった。

どうしてばれたんだ?

加賀はそ知らぬ顔で続けた。

「ル級さんによれば、前は駆逐隊・戦艦隊・整備隊が強大ゆえに小軍閥も大人しく、治安も維持されていた」

「しかし、3隊が姿を消した事で、再び小軍閥による勢力争いが海域中で発生している」

「戦闘で隊の拠点も破壊され、いつ偶発的な戦闘に巻き込まれるか解らない状況らしいのです」

愛宕が口を開いた。

「今の状況を隊の残存組では抑えきれない、という事?」

「ル級さんは抑えて来るって言ったんだけど、提督が止めたの」

提督が頷いた。

「徐々に減って最終的には0になるんだ。どこで反撃が始まるか解らんだろう?」

文月が溜息を吐いた。

「お父さんの指摘はその通りなのですが、それで、艦娘以上の深海棲艦達を一気に受け入れる事になりました」

「現在、深海棲艦達は受講生の部屋に泊まり、受講生用の食堂で食べてもらってます」

「大本営に資源追加依頼をしてますが、深海棲艦向けという事で前例が無く、根回しが遅れています」

「特に深刻な問題が食料です。あと、人間に戻り、陸に帰る際に渡してあげる路銀の確保が厳しいです」

「今は事案直後に雷名誉会長から送って頂いた物資を切り崩して持ちこたえてますが、今のペースなら・・・」

文月は一旦言葉を切り、皆を1度見回した後、

「・・・1ヶ月弱で底を尽きます」

提督はうむと頷くと、言葉を継いだ。

「文月の試算もな、深海棲艦達が私達と同じ食事量だった場合という仮定なんだ」

「我々より多いならもっと短くなるし、少ないなら伸びる。追加補給については数週間は絶望的だろう」

高雄達は空の茶碗を持ち、野獣と化した赤城を想像した。

余りの恐ろしさに鳥肌が立った。うっかり寝てたら噛み付かれそうだ。

「そこで、だ。」

提督は高雄達を見た。

「まず、研究班の呼称はそのままだが、編成を3つに分けたい。」

「・・・」

「カレー小屋は深海棲艦との唯一の接点だ。最後まで続けたい。摩耶が仕切り、鳥海、島風、夕張と対応してくれ」

「姉貴の代わりは少し荷が重いけど・・了解」

「艦娘化作業は東雲と睦月、作業関係の事務と艦娘化後の大本営との調整を飛龍と蒼龍に頼みたい」

「ガンバリマス」

「任せてください!」

「そして、高雄と愛宕には島内に居る深海棲艦と我々の橋渡し役というか、調整役を頼みたい」

「はい・・・ええと、例えばどんな事でしょうか?」

「まずは深海棲艦の生活に必要な資源量をまとめて、文月に伝えて欲しい。」

「はい」

「次は相談窓口だ。戦艦隊はル級が、整備隊はリ級がとりまとめるから2人の相談に乗って欲しい」

「はい」

「あと、申し訳ないが・・・」

「?」

「深海棲艦達にも艦娘に戻るまでの間、資源調達を手伝ってもらえないか、聞いて欲しい」

「なるほど。その辺りの調整をすれば宜しいんですね?」

「最初だけでも私から頼もうか?」

「いえ、大丈夫だと思います」

「解った。難しければいつでも言ってきなさい。色々あるだろうから、私も協力は惜しまないつもりだ」

文月が口を開いた。

「私達事務方も資源受入や管理といった、既存作業と重複する所は出来る限り引き受けます」

高雄が頭を下げた。

「助かります。すみませんが色々相談させてください」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

提督が頷いた。

「では皆、よろしく頼む」

 

「アラ、アラアラ」

「生活全般マデ世話ニナルノハ申シ訳ナイワネ・・」

ル級とリ級は高雄の説明を聞き終わると、申し訳なさそうに顔を見合わせた。

「実際、昨日まで艦娘と同じ形での生活でしたけど、過不足とか違和感はありましたか?」

高雄の問いに、リ級が話し始めた。

「1ツハ食事カナ。私達ハ1日1食デ足リルシ、1回辺リモ7割クライデ充分ヨ?」

「そうなんですか?」

「エエ。後ハ起キタ子ガ水中ジャナイッテ驚イテタ事」

「あはは、なるほど」

「アトハ違イハナイト思ウワヨ。ル級サンハ何カアル?」

「私ハ元々ココノ艦娘ダシ、特ニ無イワネ。ア、部下達ニハ迷惑カケナイヨウニッテ言ッテオイタワ」

「それは助かります」

「他ハ・・体ヲ動カシテナイト怒リッポクナルッテ事カナ」

「えっと、どういう事でしょう?」

「今ミタイニ、毎日待機ノ状態ヨリ、出撃ヤ遠征ヲシテタ方ガ、皆ノ仲ガ良イノ」

愛宕は遠慮がちに、

「体を動かすついでに資源や食糧を調達してきて・・というのは無理ですよね・・」

と聞くと、リ級はちょっと考えた後で、

「アア、私達ノ分デショ。ンー、食料ト・・資金ノ調達ナラ、出来ルワヨネ?」

「ソウネ。安定的デハナイケド」

「えっ・・どうやってです?」

「私達ガシテイタ商売ヲ、再開シマショウ」

「商売・・・というと?」

「私達整備隊ハ漁業ヲヤッテタノ。魚貝類ヲ取ッテ、加工シテ、海産物トシテ売ルノ」

「そ、そんな事してたんですか」

「今ハ海上、特ニ遠洋漁業ハ壊滅的デショウ?」

「・・なるほど」

「ダカラ私達ガ護衛付ノ漁船団ヲ編成シテ、色々ナ海ヘ行クノ」

「それなら安全ですものね」

「取ッタラ干物ニシタリ、冷凍シタリ、骨ヲ抜イタリ、瓶詰メシタリ、カマボコトカヲ作ッタリ」

「完璧に水産加工業ですね」

「出来タラ各国ノ市場ニ持ッテ行クノ」

愛宕が首を傾げながら尋ねた。

「どうやって市場に持ち込むんですか?」

「タ級ミタイニ人間ニ化ケラレル子ガ何人カ居ルカラ、ソノ子達ガ、ネ」

「タ級さん達、重労働ですね」

「仮ニモ軍艦ダカラ平気。デモ、タ級達ガ陸デ運ボウトスルト、親切ナ人ガ沢山来テクレルミタイ」

「それって・・・」

リ級はにやっと笑った。

「マァ、タ級ハ提督シカ眼中ニナイケドネ」

愛宕がにまりとした。

「あらまぁ・・うふふふふ」

リ級は手をパタパタと振り、愛宕に顔を近づけると、

「デモ、提督ガ長門ニ求婚シタト聞イテ、今ハ寝込ンデルノ。可哀想デショ?」

「なんて純情なの!」

「提督ニ責任取リナサイッテ言イタインダケドナア・・・」

「言うんだったら一緒に行きますよ~?」

リ級はにやりと笑うと、

「コウイウノハ絶妙ナタイミングッテノガアルカラネ、大丈夫。」

高雄は肩をすくめると、ル級を見た。

「リ級さんの方は解りましたけど、ル級さんの方は何か商売されてたんですか?」

「勿論」

「教えてもらっても良いですか?」

 



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高雄の場合(3)

 

1年前、深海棲艦達の寮。

 

提督から交渉役を仰せつかった高雄は、ル級とリ級の居る部屋に来ていた。

高雄に商売の事を聞かれたル級は、何故か少し照れながら話し始めた。

「戦艦隊ノ商売ハネ、海底資源ノ掘削ト販売ヨ」

「海底資源というと、以前伺った鉄鉱石とかですか?」

「売リ物ハ宝石。鉄鉱石トカハ自分達デ消費シテイタカラネ。今モ取ッテコラレタラ良カッタンダケド」

「問題が、あるんですね?」

「エエ。軍閥達モ資源獲得ニ躍起ニナッテルカラ、資源鉱山地帯ハ特ニ戦闘ガ激シイノ」

「そこに行くんじゃ避難してる意味が無いですね」

「ソウナノ。ゴメンナサイ」

愛宕が頬に手を当てながら思い出すように呟いた。

「宝石は・・確か、サファイアでしたっけ?」

ル級が頷く。

「他ニ、ルビー、クロムダイオプサイド、アレキサンドライト、翡翠、珊瑚、水晶モ取レルワ」

「そういうのをどうやって捌くんですか?」

「ネットカフェヨ?」

高雄達はル級の答えに目を剥いた。

「はい?!」

「人間ニ化ケテ陸ニ上ガッテ、オークションサイトデ出品。発送ハ郵便局カラ週1回」

「稼げます?」

「1件ハ少額ダケド、数ガ出ルカラ、コンスタントニ稼ゲルワ」

「他にも手段があるんですか?」

「宝石商経由デ「クリスティン」トカ「ザザブーズ」ニ出品シテルワヨ」

高雄達はぐっと身を乗り出した。

「凄いじゃないですか!」

「ナカナカ出品サセテクレナカッタケド、1度出品スレバ数百万トカ、数千万ニナッタコトモアルワ」

「数千万・・・羨ましい」

「掘リニ来ル?水深600m位ダケド」

「そもそもそんな深くまで潜れないわ」

「研磨ノ方ハ大変ヨ~?研磨班ニ入ッタラ水晶デ練習サセルケド、筋ノ良イ子デモ1年ハカカルワ」

「うわお」

「ダカラ研磨班ノ子ニハ頼ンデ最後マデ頑張ッテモラウ事ニシタワ」

「まぁ、1個当たれば大きいですものね」

「当タラナケレバ寂シイケド。マァ、ウチハソンナ感ジ」

高雄は頷きながら言った。

「なるほど、解りました。まずリ級さんの方は食料調達に直結するからぜひお願いします」

「解ッタワ」

「ル級さんの方も、事業を再開してください。ただ、売り上げは全て貯金してください」

「定期的デハナイケド、ソレナリニハ稼ゲルワヨ?」

「そのお金を、整備隊も含めて、異動したり人間となって帰る子達の路銀にしてくれませんか?」

「ナルホドネ。ソレクライナラ今デモ払エル位ノ蓄エハアルシ・・・解ッタ、引キ受ケルワ」

「再開する際、作業はこの島のどこでされます?」

リ級は言った。

「浜辺ガ良イワネ。設備ハ運ンデ来ルケド・・衛生面ヲ考エルト作業場ハ室内ガ良イワネ」

ル級は言った。

「静カナ方ガ良イカナ。私達モ設備ヲ持ッテクルシ。後ハ原石ノ仮置場所ガ欲シイワネ。大量ニ置クカラ」

高雄はうーんと首をひねりながら、

「リ級さん、ル級さんと建物が隣接すると困ります?」

と聞いたところ、

「ウチハ食品ヲ扱ウカラ、薬品ノ煙ヤ匂イハ避ケタイワネ」

「研磨班ノ子ハ研磨デ失敗スルト機嫌悪クナルカラ、皆ノ所カラ少シ離レタ方ガ良イト思ウワヨ」

愛宕が言った。

「離れた所なら・・工廠裏の森とかどうかしら?」

「アノ森?」

「ええ」

「ソウネ、良インジャナイカナ。建物ヲ建テルノ手伝ッテクレナイカシラ?」

「ウチモ加工場ヲ作ッテモラエルト助カルンダケド」

「提督に確認を取ってみます。ちょっと待ってもらえますか?」

高雄は加賀とインカムで話をすると、頷いて通信を切った。

「うちで建てて良いとの事です。工廠長に伝えて欲しいとの事でしたので、今から行ってきます」

「アリガトウ」

高雄は愛宕と顔を見合わ、にこっと笑った。少しずつ事態が好転している気がする。

 

 

「森に・・研磨所?」

「はい」

「研磨所って、何があれば良いんじゃ?」

「あ」

高雄達は言葉に詰まった。内部構造までは煮詰めてなかった事に気づいたのである。

工廠長はふぅと溜息をつくと

「どうせヒマじゃしの、今から森に行くから関係者を呼んできてくれ」

「え?今からで宜しいんですか?」

「構わんよ」

「愛宕、呼んできてくれるかしら?お願い」

「はぁい、行って来ま~す」

 

「工廠長、オ手数カケマス」

「なんじゃ陸奥か。例の趣味の延長か?」

「ソンナトコ。デモ、ココマデ来ルノニ結構頑張ッタノヨ?」

「商売出来る程になったんじゃから、立派なもんじゃよ」

「ア・・アリガト・・」

高雄が首を傾げた。

「趣味?」

「陸奥は艦娘だった頃、彫金が好きでな。色々勉強してる内に研磨も覚えたんじゃよ」

「長門ニ以前、ブローチヲアゲタンダケド、恥ズカシガッテ付ケテクレナイノ」

「長門さんが宝石・・・ちょっと想像つかないわ」

「似合いそうだけどイメージが浮かばないって感じね」

「概ね二人の想像の通りじゃよ。ただ、あのブローチのデザインは良かったのう。わしは好きじゃ」

ル級が頬を染めた。

「エヘヘヘ」

「で、どんな建物が要るんじゃ?」

「ンー、平屋デ、天井ハ高メ。換気ガ良ク出来テ採光率ガ高イコト。後ハ照明ガ遠近デ数箇所、机ハ・・・」

具体的に指示を入れていくル級を見て、高雄は

「人は見かけによらないわね・・・」

と呟いた。

 

1時間後。

 

「ソウ!ソウ!コンナ感ジ!素敵!コノママ彫金デ生計立テテ行ケナイカシラ?」

室内に入り、うっとりするル級。

「艦娘に戻る前に一生分掘り出して、隣の貯蔵場所に置いとけば良かろう」

「無茶言ワナイデヨ・・・掘ッタ物ノ中デ宝石ニナル割合ガドレダケ低イカ・・山ニナッチャウワヨ」

「だったら残念じゃの。潜水艦達ではそうそう掘れんだろうし」

「モゥ、夢ガ無イワネエ。海底掘削マシントカ開発シテヨ・・」

「それは最上にでも頼むんじゃな」

「・・・エー」

「ま、艦娘に戻った後も貯蔵が尽きるまでは仕事場として使えば良い。この森は誰も使ってないからのう」

「ホント!?ジャア早速機材ヲ運ンデクルワネ!」

「うむ。提督にはわしから報告しとく」

高雄がぺこりと頭を下げた。

「すいません。そうして頂けると助かります」

「建てるのはこれで全部かの?」

「あと、リ級さんが浜に加工場が欲しいと」

「加工場?」

高雄は愛宕を向くと

「愛宕はル級さんの搬入作業についてあげて。私は浜に行くわ。何か問題があったらインカムで呼んでね」

「ええ、解ったわ」

 



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高雄の場合(4)

 

 

1年前、姫の島事案の少し後、鎮守府の砂浜。

 

機材を浜に積み上げていたリ級は、工廠長と高雄達を見つけると手を振った。

「工廠長サン!待ッテタワ!」

「加工場が欲しいじゃと?」

「チャントシタ工場ガアレバ最高。最悪、普通ノ倉庫ガアレバ良イワヨ?」

「工場・・のぅ。作った事が無いから図面が引けるかどうかじゃな。言うだけ言ってみい」

リ級は数秒考えた後、立て板に水のごとく話し始めた。

「エエト、立地ハ海ニ面シテ欲シイケド、食ベ物ヲ扱ウ場所ダカラ浸水ハ厳禁。建物内ハ防水加工ヲ・・・」

 

15分後

「・・ココノ天板ハステンレスデ表面ハNO4、ココニチタン製ノ直径1mノ釜ヲ75cmノ高サデ・・」

工廠長の眉がぴくぴくと動いた。

「ホントに細かいのう!」

「言ウダケ言ッテミロッテ言ッタジャナイ!」

「まったく、提督といい陸奥といい文月と言いお前さんと言い、なんでこうも似た者が揃うかのう」

「類ハ友ヲ呼ブカラヨ」

工廠長は図面を訂正し終えると、

「・・・こんな感じか?」

「ア、入リ口ハ奥行キヲ少シ広ゲテ。入口正面ニ風除ケノ壁ヲ作リタイノ、アトネ・・」

その時、愛宕が戻ってきた。

「ル級さんの方は後は大丈夫だって・・・あら、どうしたの?」

「リ級さんの加工場の打合せで、図面作ってるんだけど・・・ね」

その間もピシピシ指定していくリ級に、工廠長が溜息を吐いた。

「お前さんが一番細かいわ」

「マアマア」

愛宕は納得したように頷いた。

 

 

更に2時間後。

「こんなもんかの。まさかこんな短時間で基礎工事からするとは思わんかったわい・・」

「良イワネ!良イ仕事ガ出来ソウ!」

工廠長が建物を作った後も設備を入れながら手直しを重ねた結果は、どうみても食品工場だった。

「こんな短時間でこんな工場が出来るって、さすが工廠長さんよね・・・」

愛宕が巨大な換気口を見上げながら言った。

「コレナラISO対応デHACCP的ニモ良イワ。皆ニ天プラトカ作ッテアゲルカラネ!」

「ほほう、天ぷらはわしの好物じゃ。期待しとるぞ」

「マカセテ!」

愛宕が首を傾げた。

「天ぷらって・・・海老天とか?」

高雄が首を振った。

「天ぷらっていうのは、この場合薩摩揚げの事ですよね?」

リ級が頷いた。

「ソウヨ。形モ中身モ様々。オデンニ入レタリ、炙ッテ食ベルト美味シイワヨ」

「へえ、薩摩揚げの事を天ぷらって言うのねえ」

その時、整備隊の部下の一人が走ってくると、ピシッと敬礼しながら言った。

「ボス!機材搬入終ワリマシタ!」

リ級はにこっと笑うと、

「ジャア早速、試験運転ニ入ルカラ」

というと、加工場に向かって歩き出したが、すぐにひょいと振り返ると、

「ア、工廠長サンハ、モウチョットダケ居テ。手直シガ出ルカモシレナイカラ」

「まだこき使うか」

「使イ始メテ解ル問題ッテアルノヨ。チョットダケ!チョットダケ一緒ニ居テ!」

「しょうがないのう・・・」

「ア!入ル際ハ、ソノゴム長ヲ履イテ消毒槽ニ!ハイ!帽子!白衣!マスク!ゴム手袋!」

「目が三角になっておるぞ・・・白衣きついのう・・・」

「ホラ、帽子ハシッカリ被ル!エアシャワーハコッチ!」

「とほほ・・・」

あっという間に引っ張られていく工廠長を笑顔で見送ると、高雄は提督棟に足を向けた。

提督に説明した後、また寄りましょう。工廠長さんが倒れないように!

 

 

所変わって提督室。

 

「二人とも、たくましく生きてるなあ」

提督が高雄の報告にしみじみ言うと、加賀も頷いた。

「ちゃんと上を目指した仕事ですね。それにしてもクリスティンに出品出来るとは・・・」

首を傾げながら加賀に聞き返す提督。

「良く解らんが・・・それって、凄いのか?」

加賀は呆れたような顔をして答えた。

「世界中の名品が集まるオークションハウスです。出品出来ること自体名誉ですよ」

「んー、陸奥は艦娘より宝石デザイナーになった方が良いんじゃないか?」

「あ、陸奥さんの話では、石が研磨によって宝石になる確率は物凄く低いそうなんです・・・」

「なるほど。主収入にするには不安定なんだな」

「ですね・・」

「んで、とりあえず今の所問題は無いんだね?」

「はい。大丈夫です」

「うん、良くやってくれた。高雄達のおかげで迅速に解決の目処がついた。これなら事務方も安心出来る」

「い、いえ・・・あの、ありがとうございます」

その時。

提督室のドアがノックされた。

「はい!」

加賀の返事に応じるかのように、ドアが開くと、リ級がひょこっと顔をのぞかせた。

「提督、加賀サン、コンニチハ。高雄サン、サッキハアリガトウ」

「いえいえ。工場の出来栄えは如何ですか?」

「完璧。デ、工廠長サンヘ御礼ヲ兼ネテ、早速天プラヲ作ッタノ。良カッタラ試食シナイ?」

「おっ。それは良いね」

「頂きます」

 

はむっ。

 

「・・・旨い天ぷらはそのまま食うのが一番と聞いていたが、実感したのは初めてだ」

「もうこれは、そのままで料理ですね」

「お魚の味が濃厚で、もっちもちね。美味しいです~」

「こんな美味しいの食べた事ない・・・皆にも食べさせてあげたいわね」

「ウフフ。魚モ取レタテダカラネ。工場ノ皆モ喜ブワ」

提督が箸を止めて言った。

「折角工場も作ったのだし、持続体制を取るべきだ。うちにも販売する形で卸せばいい」

「ソウネ、一部ハ工場ノ建設費ト相殺スル形ニシタイシ。ココニモ売レルナラ嬉シイワ」

「建設費?律儀だな」

「アンナ凄イ工場貰ウワケニ行カナイデショ。文月トハ話ヲ済マセタワ。後ハ請求方法ト必要量ガ知リタイワネ」

高雄がにっこり笑った。

「請求方法は私がお教えできますからご心配なく」

「アリガトウ。ジャア、必要量ハ誰ニ聞ケバ良イカシラ」

「高雄、すまないが鳳翔と間宮さんの所に案内してあげてくれ」

「交渉も立ち会いますね。それじゃ、行きましょ」

「提督、アリガト」

「こちらこそ」

リ級と提督は笑顔で握手を交わした。

 

「ISO基準でHACCP対応の工場で作ってるんですか?安心ですね!」

間宮が目を丸くした。

「裏ノ浜ニ工場ヲ作ッテモラッタノ」

「まさに産地直送ですね・・・んー、このボール美味しい!」

「ソレハウチノ子達モ好キ。アトハ・・コレガ人ニハ好評カナ」

「さつま揚げも味が濃厚ですね。これなら軽く炙るだけで立派なおかずです」

鳳翔がゆっくり噛み締めながら言う。

「間宮さんと鳳翔さんのお墨付きなら文句なしですね!」

「ソレデ、必要量ハドレクライカシラ?」

間宮と鳳翔の顔つきが変わる。商人同士の会話だ。

「そうですね、美味しいから頻度を上げたいですが・・・」

「これらを幾らで卸してもらえるか、ですね」

リ級は眉間にしわを寄せながら電卓を数回叩くと、二人に見せた。

「・・・1kg辺リ、コレ位デ」

「え?こんな値段で良いんですか?」

「輸送費ガ無イシ、工場建設費ノ相殺分モアルシ、オ世話ニナッテマスシ」

鳳翔と間宮も自分の電卓を取り出し、それぞれ叩いた後で見せる。

「ええと、じゃあこの位大丈夫ですか?」

「うちはこれくらいで」

リ級は頷いた。

「ソレクライナラ問題ナイワ。トリアエズ2週間位ハ毎日様子ヲ見マス?」

「そうですね。後は需給量を少しずつ合わせて行きましょう」

「供給ハ明日ノ午後カラデ良イカシラ?」

「OKです!」

「じゃ、よろしく!」

リ級が鳳翔や間宮と力強く握手する様を見て、高雄は愛宕に囁いた。

「こうやって、皆で仲良く生きられたら、それが一番よね」

「ええ、そうね、姉さん。」

「私達が頑張って、第一歩を作らないとね!」

「そうね・・・ほんと、そうね!」

 



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高雄の場合(5)

リ級が天ぷらを初めて鳳翔達に卸した日の夜。

 

「・・・んふ~♪」

高雄は口に広がる美味しさに思わず唸った。

ここは鳳翔の店。連れはいつも通り隼鷹と足柄である。

店のカウンターには霧島と榛名が居て、榛名は天ぷらを口に入れると目を丸くした。

「榛名、感激ですっ!このさつま揚げ、鳳翔さんの手作りですか!?」

榛名の問いに鳳翔は首を振ると、

「私では無理ですね。リ級さん達が作ったんですよ」

隼鷹はやり取りを聞きながら天ぷらを箸でつまみ上げた。

「確かに、これは本土でも相当な料亭行かないと出てこないレベルだぜ・・ウマイわ・・」

足柄がくいっと升を開けると頷き、

「飲み込むのが勿体無いわよね」

「だねえ」

榛名が空になった皿を指差して言った。

「鳳翔さん!御代わり良いですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

高雄は皿をじっと見た。

焼き網で軽く焦げ目をつけた天ぷらが数種類、同じ形に切り揃えられて並んでいる。

皿の端には窪みがあり、大根おろしの入った出汁醤油が入っている。

九谷焼の平皿が華やかさを添え、見た目からして食欲をそそる。

リ級達の傑作を鳳翔が仕上げるとこんなにも素晴らしくなるのか。

次の1切れを取り、手を添えつつそっと口に運んだ。

大根おろしの中に僅かに生姜が混ぜられている事に気付く。実に良いアクセントだ。

「・・・んー♪」

あ、これは枝豆入りだ。これは日本酒に合う。間違いなく。

升を傾ける。

美味しいなあ。あれこれ考えるより味わおう。美味しい。それでいいじゃない。

「ぷはっ!鳳翔さん!お酒頂戴!」

「早っ!高雄、今夜は飛ばすねえ」

「だって天ぷら美味しいんだもん!」

「飲み過ぎに気をつけろよぅ。また摩耶に叱られるぞ」

「はぁい。でも、鳳翔さん、もう1杯!」

 

 

翌朝。

 

ぐ・・おぉぉおおぉぉ。

激烈な頭痛と耳鳴りの中、高雄は目を覚ました。

頭の中でヘビメタのライブが開催されている。

ドコスコ叩きまくっているバンドの皆さん、今は静かな時間が良いなあ・・

お願いだからHanger18は止めて・・・

「み・・水・・」

やっとの事で布団から上半身を起こす。

頭痛が更に悪化する。頭の中で5万人のファンがアンコールを叫んでいるかのようだ。

「うぅぅ・・・」

天ぷらを一口、日本酒を1合という単位でぐいぐいやってしまった。

もう間違いなく飲みすぎだという所から更にお代わりを頼んだ記憶がある。

なんか嬉しくて、お開きにしたくなかった。それを差し引いても調子に乗り過ぎた。

周りを見ると、愛宕達はまだ眠っていた。

時間は夜明け前。まだ皆を起こすのは可哀想だ。

そっと抜け出して、台所に行く。

 

シャー・・・コポポポポポポッ!

手の中のコップで、水道の水が溢れている。

 

二日酔いのときの水の飲み方。

手は腰に!

コップの淵を軽く咥えたら!

顔を思い切り上に上げて!

一気に飲み干す!

それを3回!

・・・・うっ・・・3杯目は飲み辛いけど、飲まないと後がもっと辛いから、頑張る。

 

コップ3杯の水を飲むと、高雄は少しだけ回復した。

どうせこの状態で朝食は取れないから、ちょっと浜風にでも当たってこよう。

愛宕宛てのメモを残すと、そっとドアを閉めた。

 

サク・・サク・・ヨロヨロ。

夜が明けたばかりの砂浜を踏みしめながら歩いていると、ずっと先に何かが見えた。

高雄は何度か瞬きをした。二日酔いで残像でも見えてるのかな?

だが違った。近づいていくと、次第にはっきりと輪郭が見えた。ル級だ。

「おはよう」

「オハ・・エッ!?」

「どうかしたの?」

ル級は心配そうに高雄を見ながら

「顔色真ッ青ダシ・・・フラツイテナイ?大丈夫?」

「あ、あははは。これはその、二日酔いなの」

「酒ガ好キ?ソレトモ・・・」

ル級はじっと高雄を見ると

「何カ、辛イ事ヲ忘レタイ?」

高雄は苦笑いをすると、

「今日の場合は、その逆なの」

「逆?」

「隣、良いかな」

「エエ、構ワナイワヨ」

「よっ・・と。ええとね。ずっと前、私達が艦娘化を手掛けていた事があったの」

「東雲チャンノ前ヨネ?」

「そう。でも、私達は時間もかかるし、成功率も3割位だった。」

ル級は頷いて先を促した。

「だから7割の子には戻せない、つまり頼って来てくれた子を追い返す事になった」

「東雲ちゃんが来て、全員戻せるようになって嬉しかったけど、自分達の役割を見失ったの」

「でも、先日のリ級さんの加工場やル級さんの研磨場を調整したり出来て嬉しかったの」

「提督にも良くやってくれたって言ってもらえたし、天ぷらも美味しかった」

高雄は照れ笑いを浮かべると、

「だからいつもより多く飲んじゃって、この有様よ」

ル級は遠くを見ながら言った。

「私ハ、艦娘ニ戻ル方法ナンテ100%ナイト言ワレテタワ」

「私ガココニイルノハ、リ級ト高雄達ガ知リ合イデ、高雄達ガ艦娘ニ戻スノニ成功シテタカラヨ」

「ダカラ高雄達ノ努力ハ決シテ無駄ジャナイシ、私ハ感謝シテルワヨ」

高雄は俯いたまま頷いた。その時砂浜に、きらりと涙が1粒沁み込んだ。

「これから、まずは皆が艦娘に戻るまでの間、よろしくね」

「私モ及バズナガラ手伝ウカラ、皆デ窮地ヲ乗リ切リマショ」

「ええ」

二人はしっかり握手した。

 

 

姫の島事案後、復興開始から5カ月後の事務棟、文月の席。

 

「へぅぅぅ・・・」

深夜。

文月は自席に戻ると机に突っ伏した。

この展開は100%予想外だった。生きてて良かった。

高雄は文月にお茶を出しながら、

「やっと、終わりましたね・・・あとは大本営がなんと言ってくるか」

と言った。

激変から2ヶ月。

高雄は天井を何気なく見ながら、この間の出来事を反芻した。

 

 

姫の島事案後、復興開始から3カ月目。

 

大きく3つの事が起きていた。

1つ目は、島に山が増えた事である。

 

戦艦隊の深海棲艦達は、宝石の研磨班以外、手が空いた者は出来る限り採掘作業に従事した。

結果、ル級が陸奥に戻った時には研磨室の奥に、採掘された鉱石で山が出来上がっていた。

工廠長は

「さすがにハズレの確率が高くてもこれだけあれば生涯研磨出来るんじゃないか陸奥?わははは!」

と、笑っていたが、陸奥はジト目で工廠長を見ると

「本当に、生涯研磨し続けても全然足りないわよ・・・もう、皆頑張り過ぎ・・・」

と言った。

だが高雄は、陸奥が嬉しそうにしているのを見逃さなかった。

研磨室が出来てすぐの頃、高雄は採掘班の皆に、陸奥が研磨の仕事を望んでいる事を伝えた。

採掘に携わった深海棲艦達は宝石になる確率が恐ろしく低い事を知っていたし、

「ボスニハ本当ニ世話ニナッタカラ、恩ヲ返ス最後ノチャンス!」

といって、普段に輪をかけて猛然と採掘し、幾つもの鉱山を掘り尽くしたのである。

見た目は驚くが、まだこれは僅かしか影響がないから良い。

 

2つ目は研磨班の持続が決定した事。

研磨班の子達も、採掘班に負けず劣らず、最後の奉公と言って頑張った。

その甲斐あって良い値段で売れる物も幾つかあり、人間として陸に戻る子達にかなり裕福な路銀を持たせられた。

「陸奥さん・・本当に、お世話になりました。御恩は一生忘れません」

「落ち着いたら手紙出しますね!」

と、口々に言って旅立っていった。

そんな中、研磨班だった弥生は艦娘に戻った後、進路の希望を聞かれた時、

「研磨の技・・頑張って身に着けたので、出来れば活かしたい・・・です」

と、研磨班の続行を希望した。話を聞いた陸奥は、

「んー、弥生ちゃんは良い腕してるし、手伝ってくれたら嬉しいわね」

と返した。

提督は高雄から話を聞くと、

「研磨班として頑張れば良いよ。飽きた後で人間に戻るのも良いさね」

と、継続をあっさり許可したのである。

「例の基本契約がまとまったら、それに準じた形で手続きすれば良いよ」

高雄はがっくりと肩を落とした。

その基本契約が、3つ目。

高雄も文月も巻き込む最大の難関となっていくのである。

 

 




時間軸が読みにくかったので少し手を入れました。
ごめんなさいね。

誤字1箇所訂正。ご指摘どうもです。


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高雄の場合(6)

 

姫の島事案から5カ月後の事務棟、文月の席。

 

文月はようやく顔を上げると、高雄に話しかけた。

「ほんと、この2ヶ月大変でした・・・打ち上げ会でもしましょうか」

「そうですね。良くまとまったなあって内容ですものね」

文月と高雄の口から、思わず溜息が出て、互いに顔を見合わせるとへへっと笑った。

「高雄さんが居てくれて、ほんと良かったです。私だけでは倒れてました」

「そんな、文月さんが仕切ってくれたから、ここまでこれたんですよ」

二人は間違いなく死闘を戦い抜いた戦友だった。

 

きっかけは、リ級達整備班が作る水産加工品の売れ行きだった。

 

提督は

「あれはリ級達が育てたブランドなんだから、うちが邪魔したらいかんよ」

といって、一切経営に口出ししなかった。

しかし。

高雄はリ級から商品開発の相談を受け、鳳翔や間宮と積極的に交流会を設定したりと、協力を惜しまなかった。

その結果、味の良さ、品質の高さ、企画センスの良さが世間で評判になるのに時間はかからなかった。

表沙汰になるのを避ける為、全く宣伝していないのに、注文はじわじわ増えていた。

タ級は納入者として世界各国に飛び回る毎日を過ごしていた。

予想外の需要増加と、段々と減っていく従業員。

困り果てたリ級は艦娘に戻る部下達に、引き続き手伝ってくれないかと頼んだ。すると、

「良いですよ、御仕事楽しいですし」

「陸に戻っても就職先無いかもですし」

と、あっさり残ってくれる子も多かった。中には

「それなら艦娘のままの方が運ぶの便利ですよねっ」

と、艦娘のままの子も居るくらいだ。

並行して、リ級は提督に相談した。

「一時的ナ流行ガ終ワルマデ、工場ヲ使ワセテクレナイカシラ?寮ハ返シテ、自分達デ家ヲ建テルカラ」

提督は今更という顔で笑いながら答えた。

「変な遠慮しなくて良いよ。それにそれ、本当に一時的な流行なのかなあ?」

そして工廠長を呼び、居住棟や風呂屋、それに食堂を作らせ、

「ここを社宅として使えば良いよ。頑張りなさい」

と言って引き渡した。リ級は礼を述べた後、

「建設費ハチャント売リ上ゲカラ返スワネ」

と言った。

やがて、この工場に、整備隊を始め、艦娘や人間に戻った深海棲艦達が次々就職しだした。

こうして従業員は確保出来たが、ついに注文は受け切れずに断るしかない状況となっていた。

工場増やしても良いよと提督は言ったが、リ級は、

「嬉シイケド、原材料ノ漁獲高モアルシ、増産デ品質ガ下ガッタラ台無シダシ、味モ落トスワケニハイカナイワ」

と、増産を拒否。交代体制を固めるなど、従来以上に厳格な品質を維持する策を取ったのである。

 

 

さて、そんな中、ついにリ級とタ級が艦娘に戻る順番がやってきた。

「ジャア、先ニ行クワネ」

と、リ級が艦娘化作業を経て、戻った姿は

「・・・・び、ビスマルク!?」

「これは予想外でした!」

「うわー、誰も居らん!胴元の龍田はんの総取りやわー」

と、口々に悲鳴が起きた。

リ級改めビスマルクは自分が賭けの対象になっていた事を知ると溜息を吐いたが、

「全くもう・・・でも、注目されるって良いわね」

と、にやりと笑った。

提督から

「艦娘に戻ったんだし、そろそろ増産して稼いだらいいじゃない」

と言われると、顔を真っ赤にして

「品質管理は厳にやらないといけません!規律が緩まないよう、これからもビッシビシ行きますからね!」

と答えると、ギャラリーからは

「あ、ドイツっぽい」

「うん、ドイツっぽい」

「ドイツやね」

「さっすが品質の国ドイツやで」

ビスマルクは顔を真っ赤にすると

「ドイツドイツ言わないでください!まったく!ほら、タ級も戻ってらっしゃい!」

と、ぶんぶんと手を振った。

「エー・・・ナンカ行キニクイナア」

と言いながらタ級は椅子に座る。東雲達は戻そうとするが、ギャラリーから

「ちょ!ちょっと待った!まだ投票が終わってないわ!」

と引き止められる一幕もあった。

そして戻った姿は

「は・・・浜風・・だと?」

「うそでしょ!この流れなら絶対レーベちゃんだと思ったのに!」

「この短時間で3万スってしもうたわ~たまらんな~」

「タ級が人間になった時に銀髪だから、ちとちよだと信じて疑わなかったのに!」

そんな事を口々に言われて浜風はしょぼーんとしていたが、提督がぽんと手を叩きながら、

「あ、浜風が大人になった感じ、タ級が人間になった時に似てる!」

と言うと、ぱあああっと明るい表情になり、提督にぎゅむっと抱き付いた。

提督は浜風の頭を撫でながら、

「で、二人とも人間まで戻るかい?」

と聞いた。

ビスマルクと浜風は顔を見合わせると、にっこり笑い、

「艦娘の方が商売に都合良いんで!」

と、声を揃えたのに対し、提督は

「堂々と副業宣言しないように。艦娘になったからには私の言う事聞いてもらうからね!」

「えー」

「えーじゃなくて・・・」

「提督の言う事聞くのは良いのですけど、今、工場を畳むと・・・」

「大勢の従業員が路頭に迷うんだよなあ・・・」

「はい・・・それが可哀想で可哀想で・・・・うっうっ」

提督はあからさまな泣き真似をするビスマルクをジト目で見て、

「・・・・謀ったね?」

「ドイツ人嘘ツカナイヨー、正直者ネー」

「目一杯嘘っぽいぞ、その台詞」

「日本語ヨクワカラナイ」

「都合良くドイツを前面に出したな・・ま、折角ブランドに育ったから続けて良いけど」

「ダンケシェーン!毎月の諸経費分はちゃんと納めるから認めて!お願い!」

「じゃあ詳細は高雄達と決めなさい」

と、言った。

 

それから1週間後の深夜0時。

高雄、愛宕、龍田、文月、不知火、ビスマルク、それに浜風は、壮絶な第6回会議を終えた。

ちっとも終わりが見えない会議。

その名を「白星食品基本契約内容検討会議」という。

 

白星食品というのは勿論、元リ級のビスマルクが運営する社名である。

 

深海棲艦、艦娘、人間が入り乱れ、鎮守府のど真ん中で運営する「会社」

ありとあらゆる事が異例づくめの中、前例無しなんて良い方。下手すれば軍規に触れる。

大本営に通信で相談した時、法務部の事務官は

「事情が事情ですからね・・・まずは基本契約と細則という案にまとめてください。審議します」

と回答され、続けて声を潜めて

「白星食品の蒲鉾、大本営でも超人気なんで、ぜひ継続の方向でお願いします。全力で応援します!」

と、言われた。

 

しかし。

ありとあらゆることを決めていかねばならない。

軍規と商売は相性が悪く、そこらじゅうで問題を引き起こした。

「艦娘が食品工場で働く場合の指示は「出撃」に相当するか」

「残業代は「夜戦手当」と同額で良いか」

「危険手当は付けるべきか否か」

1つ1つが小さく見えて根が深く、ちっとも終わりが見えない。

 

龍田も事態を重く見て参加したが、さすがに手に余り、大本営の雷名誉会長に相談した。すると雷は、

「私もこんなケースは経験無いからね・・こっちの審査は精一杯甘くさせるから、とにかく形にまとめて頂戴」

と、言うばかりだった。

後半は提督も秘書艦も会議室に連行され、教育班も全員駆り出されて文書化作業は進んでいった。

こうして2カ月を費やし、白星食品と大本営の基本契約、そして細則をまとめ上げたのである。

 



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高雄の場合(7)

契約書をまとめ上げた翌日の大本営、中将の執務室。

 

「提督か、入りたまえ」

ノックの音から提督と判断した中将は、書類に目を落としたまま答えた。

今日は基本契約書を持ってくると言ってたな。郵送すれば良いのに律儀だな。

そんな事を思っていた中将は、大和に突っつかれて顔を上げた。

「どうした・・・うおおおっ!?」

中将は目を剥いた。

果たして提督と高雄、愛宕が居たのだが、3人はそれぞれ黒い大きなスーツケースを持っていたのである。

そして目の下はスーツケースに劣らず真っ黒なクマが出来ていた。

「て、提督・・・今日は基本契約書案を持ってくるという話・・だったが・・・・・」

提督は溜息を吐き、スーツケースをぽんぽん叩きながら言った。

「これらが、基本契約書と、細則です」

「・・・全部かね?」

「はい。これで、1部です」

「1部!?」

「ほら、中将の机に中身を置いてあげなさい」

「い、いや・・・ちょ・・・」

ズン!

ドズン!

ドス!

20冊近い百科事典のようなファイルを置くと、

「では、審査の程、宜しくお願いいたします」

と、きっちり一礼して回れ右をしたのである。

 

それから1ヶ月後。

提督宛に中将から承認の通知が来たのだが、なんとなく文字に力が無い感じがした。

その晩、龍田は雷名誉会長に通信をすると、雷の疲れきった声が返って来た。

「上層部会の連中は1冊目の半分で泡を吹いたし、根性で1冊読みおえた憲兵隊長は入院したわ」

「・・・・・」

「でも、私は大和、五十鈴、中将、大将、それにヴェールヌイを集めて、全員で1回全部読もうって決めたの」

「す、すみません」

「まとめてくれた貴方達の方が大変だったでしょ。血の滲むような内容だったわね」

「週3回のペースが精一杯でした」

「でしょうね。ヴェールヌイが初めて、シベリアの流刑地より酷いって叫んで倒れたわ」

「そ、相談役まで倒れましたか・・・」

「ほんとに、正攻法ならあれもこれも引っかかる中で、良くまとめたと思うわ。」

そして一拍置いてから、

「さすが会長、良い仕事ね」

と継いだ。

通信を終えた後、龍田と文月が力なくハイタッチした。

 

2日後に開かれた締結式ではメンバー全員が涙ながらにぎゅっと抱き合い、健闘を讃えあった。

健闘というより、むしろ生きている事を喜び合ったと言っても良い。

ほんと、死ななくて良かった。

「あの」姫の島事案が霞んで見える程に過酷な状況が来るとは思わなかった。

提督はメンバーに3日間の休暇を与えたが、全員一様に、「寝て過ごした」と答えた。

したい事がなかったのではなく、本当に寝たかったのだ。

 

 

そんな事があったので、研磨班が「開業」する道筋はしっかり整っていたのである。

高雄は陸奥と弥生にお茶を出した。

「なんだか全部ビスマルクさんにやってもらっちゃったわね」

「気になるなら施設利用料の一部でも負担してあげたらどうです?」

「そこはビジネスなので」

「ドライですね陸奥さん」

「うちも結構毎月の費用がかかるのよ。うちは資材置き場が膨大だから」

「まぁ・・・そうですね」

「文月からは悪路踏破演習に使って良いなら安くするって言われたけど断ったわ」

「崩れてきたら怖いですものね」

「それもあるし、研磨中に揺らされたら困るから・・・」

「なるほど。ところで弥生さんと二人で回せるんですか?」

「手を縮めるつもりだったし、丁度良いくらいよ」

「規模を縮小するんですか?」

「ええ。これからは1つ1つちゃんと作って、丁寧に売りたいの」

「なるほど。陸奥さんの拘りを生かすんですね」

「これからは私はオークションハウス専門、弥生はオークションサイト専門という感じ」

「楽しめると良いですね」

「だったらもうちょっと料金安くする気ない?カッツカツなんだけど!?」

「それは文月さんに聞いてください」

「ダメって事じゃない」

「そういえば・・作品を売店に置いてみませんか?」

「売店に?」

「陸奥さんの方は高過ぎて手が出ないでしょうけど、弥生さんの方はサイト用なんですよね?」

「そうね」

「だったら、艦娘の子達も対象者になるんじゃないかなあって」

「価格上限を低めに押さえれば、修行場として良いかもねえ」

弥生はうむと頷いた。

「なるほど。造形センスで勝負ですね・・・・や、やって、みます」

「弥生ちゃん・・・怒ってる?」

「お・・怒ってないです・・すみません。表情、硬くて」

「売り子さんとして頑張るなら笑顔の練習もしましょうね!」

「うえっ!?・・わ・・私が・・・売り子・・・」

「自分で作った物の感想が生で聞けるわよ!頑張ってね!」

弥生は少し青ざめながら答えた。

「ええと・・・ええと・・・が・・・頑張り・・ます」

高雄は頷いた。

途中、しんどかった事もあったけど、この体制なら深海棲艦達を受け入れ、様々な未来を提示出来る。

日々調整事は発生するけど、仕事したって納得出来る。

提督にも褒めてもらえた。

やっと任命してもらった事に報いる事が出来た。

「じゃあ売店に置けるかどうか、間宮さんの所へ相談に行きましょ!弥生ちゃん!」

高雄が差し出した手を、弥生はおずおずと握った。

「お・・・お願い・・・します」

「ええ、任せて頂戴!」

高雄は弥生を案内しながら、ニコニコと笑っていた。

役割が出来、それをこなせている。

それは本当に嬉しい、幸せな事なのだ。

 



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摩耶の場合(1)

 

 

現在。金曜日のカレー小屋。

 

「はーい、次!カレーは甘口か辛口か?」

摩耶の掛け声は、深海棲艦の間ではすっかり馴染んだ光景であった。

だが、姫の島事案の前と今では幾つかの変化があった。

 

 

時は遡って1年前、姫の島事案の直後。

 

姫の島事案によって、この鎮守府で唯一被害を受けたのがカレー小屋だった。

島が岩礁の上に乗り上げた為、丸ごと潰れてしまったのだ。

提督が再開すると表明した為、摩耶は鳥海、島風、夕張と共に様子を見に来たが、

あまりの潰れぶりに誰も声が出なかった。

「こ、これは、建て直し・・だよなあ」

「岩礁もかなり削れましたね・・水没箇所が増えてます」

摩耶と鳥海の呟きに、島風が

「あたしの勘だけど、出来るなら復元した方が良いと思う」

と言ったので、摩耶は工廠長を呼んでくる事にした。

 

「見事にぺったんこだのう」

「真っ平らだよな」

「むしろ陥没しておるのう」

岩礁に来た工廠長は、杖の先でつんつんと小突きながら呆れた表情で言った。

摩耶は返事しながら、夕張が眉をぴくぴくさせてスネているのに気付いた。

夕張、違う。あたし達が言ってるのはあくまで小屋の事だ。お前の事じゃない。

「ま、無くなった物はなさそうじゃの」

というと、杖でコンコンと岩を叩きながら何事か呟いた。

すると小屋は空気を入れられたゴムボートのようにぷくぷくと元通りに復元し始めた。

周辺の岩も削れた箇所が戻り、海面から顔を出したのである。

「すげぇ!さすが工廠長!」

摩耶は感心しながら見入っていたが、ふと夕張を見るとカメラを回していた。

さっきまでスネてたのに切り替え早いな。

「これで元通りじゃが、変えたい所はないのかの?」

「外観は変えない方が良いって島風が言うんだよ」

「ふむ。それも一理あるな。内装はどうじゃ?コンセントとかガス栓とか足りとるか?」

「んー、復活させた後、どれくらいお客さんが戻るかも解んないし、とりあえずこれで良いよ」

「復活は今週金曜からか?」

「その予定」

工廠長が返事をしようとした時、遠くの海面から水柱が上がった。

「・・・紛争が酷くなれば、来たくても来られなくなるかもしれんのう」

「戦火が拡大しなきゃ良いんだけどな」

「もし被弾したら遠慮なく相談に来い。すぐ直してやるから」

「サンキュー、送ってくよ。じゃ鳥海、悪いけど食器とか一応洗っといてくれ」

「解ったわ。ほら、島風、夕張、手伝って」

「うぇーい」

「はーい」

 

その日の夕食時。

 

「洗ってる最中も戦闘してる風だったのか?」

「ええ、遠くだけど、何回か水柱が立ってたわ」

「ふぅん」

合流した鳥海達から報告を聞いた摩耶は渋い顔になった。戦ってる最中にカレー食いに来るだろうか?

始める前に提督と相談した方が良いか、ちょっと姉貴に聞いてみよう。

「そうね、確認を取った方が良いと思うわ」

研究室に戻ると愛宕が居たので、摩耶は状況を打ち明けて相談した。

「やっぱそうだよな。作る量も考えなきゃいけないよな」

「それもあるし、貴方達の身の安全をどう確保するかも、ね」

摩耶は一瞬きょとんとして、おおっと驚いた顔をした。

「そうか!戦闘地域だもんな!」

「そうよ、紛争地帯なんですもの」

愛宕は苦笑しながら答えた。摩耶は本当にカレー小屋の事になると集中しすぎるきらいがある。

「提督室には高雄姉さんが居る筈よ。報告してくるって言ってたから」

「サンキュー。じゃあ行ってくる!」

 

提督棟の前で、高雄と包みを抱えるリ級に出会った。

「よっ!リ級さんこんばんは。姉貴、どこ行くんだ?」

「コンバンワ」

「間宮さんの所に営業よ」

「営業?」

「コレヲ売ッテ良イッテ、提督カラ言ワレタノ」

リ級がパッと包みを広げると、美味しそうな天ぷらが並んでいる。

「うわあ、これリ級さんが作ったのか?旨そうだな~」

「良カッタラ1ツドウゾ」

「じゃあこれ、頂きっ・・・・うっ・・うまっ!これホントに旨いな!」

「ウフフフフ」

「営業、上手く行くと良いな!」

「アリガト・・・アラ、ル級、ドウシタノ?」

摩耶が振り返ると、ル級が手を振りながら近づいてくるところだった。

「研磨場ノ方、準備終ワッタワヨッテ報告ヲネ」

「ル級さん、お疲れ。あ、そうそう、カレー小屋の方の外洋で、結構砲撃戦が続いてるみたいだぜ」

「ヤッパリ・・」

「これから提督のとこに行って、カレー小屋開けるのか、量をどうするか相談しようと思って」

高雄は顔をしかめると

「最悪・・誰も来ないかもね」

と言ったが、ル級は小首を傾げると、

「ンー、イツモ通リ用意シテ良イト思ウワヨ?」

と言った。

「まぁ、そんな事を提督に聞いてくる。じゃあ姉貴、リ級さん!しっかり売ってこいよっ!」

「解ったわ」

「ガッツリ売ッテクルカラネ!」

「ル級さん、一緒に行こうぜっ!」

「エエ」

 

「で、陸奥はなんでいつも通りで良いと思うんだい?」

提督は事情を聞き終えると、ル級に向かって聞いた。

「簡単ヨ。アノ子達ニトッテカレーハ大事なイベントダモノ。戦闘ナンカ止メテ走ッテクルワヨ」

「そうかあ?海域中で紛争やってんだろ?」

「ヤッテルワヨ。幾ツアルカ解ラナイ位ノ軍閥同士デ」

「だったら」

「ジャア摩耶サンニ1ツ質問」

「ん?なんだ?」

「小屋ニ近イ所デ1回デモ攻撃ガアッタ?」

「いや、アタシも鳥海が見たのも小屋から遙かに離れた沖の方だった」

「双方ニ相当ナ理由ガ無イ限リ、DMZ指定外ノ海域ナラ戦イガ起キル筈ヨ。DMZノ至近距離デモ」

「そっか、沢山の軍閥が内戦してるのに、なぜカレー小屋近海で起きないかって事か」

「エエ。タダ、再開スル時ハ普段ヨリ早メニカレーノ匂イヲサタ方ガ良イカモ」

「今日から再開しますよーって知らせる為か」

「ソウイウ事」

「だ、そうだ。摩耶、どうする?」

「いつも通り用意するのは全然構わないぜ?」

「解った。ただ、念の為、護衛は付けよう」

提督は本日の秘書艦だった比叡に向かって、

「比叡、討伐隊に護衛するよう伝えてくれるかな?」

「解りました!」

摩耶が両手を上げながら言った。

「こ、金剛達が護衛?なんか気が引けるぜ・・・そこまでいるか?」

提督はきょとんとすると、何を言ってるんだという顔をした。

「お前達は私の指示で紛争地帯に出向くんだぞ?必要なら第1艦隊でも出す」

摩耶は提督をまだ困惑の目で見ていたが、提督は大真面目な顔をして、

「私は私の大切な娘達をもう誰一人として沈めない。あ、お前達もダメコンを装備していけよ」

「お・・う」

摩耶が少し頬を赤らめて返事すると、比叡がニコッと笑って口を開いた。

「摩耶さん、金曜ですよね?集合時間を教えてください!」

「ええっと、早めだよな・・・だとすると、0900時で良いかな?」

「じゃあ金曜の0900時、小屋に近い方の浜で良いですね?」

「おう!」

「じゃ、姉様達に伝えます!」

「なんか悪いな。よろしく頼むぜ」

「出来れば・・・護衛を交代しながらカレー食べたいです。美味しいと評判なので!」

「まっかせな!ちゃんと用意しておくぜ!」

 

 



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摩耶の場合(2)

 

 

1年前、カレー小屋再開の朝。0850時。

 

「うぅ~ねむいよ~」

「・・・ZzzZz」

いつも通り、いや、いつも以上に眠さ全開の島風と夕張。

姫の島事案ですっかり時間軸が狂ってしまい、折角身に付いた早寝早起きの習慣が崩れていた。

鳥海は何度か起こそうと声を掛けたり揺さぶったが、摩耶の到着を見て肩をすくめた。時間切れだ。

金剛が島風達を見て

「夕張・・立ったまま寝るとは器用デスねー」

と苦笑した。

「まったく!少し気合いが足りんのではないか?」

叱ろうとする利根を摩耶は無表情なまま制し、「2.5」とラべリングされたカプセルを二人の口に押し込んだ。

数秒間、島風も夕張も無反応だったが、突然カッと目を見開くと

「かひゃい!かひゃいいいいい!!!!」

「うぉぉぉぉぉ!ひ!ひうぅぅ!」

と、真っ赤になって口を押えながら浜を転がりだした。

討伐隊の面々が何事かと摩耶を見ると、摩耶は冷たい笑みをたたえたまま、懐から小瓶を取り出した。

多摩がきらりと目を光らせた。

「デスソースにゃ!カレーに入れるのかにゃ!?」

「いんや。こいつらの目覚まし専用さ。多摩のカレーには入れようか?」

「入れて欲しいにゃ!」

「ちょっとだけな」

「にゃ!」

金剛はごくりと唾を飲み込んだ。摩耶、全く躊躇せず実行しましたネー

筑摩は思った。こうなると解ってるなら、なぜこの二人は昨日だけでも早く寝ないのでしょう?

夕張と島風はようやく起き上がると、鳥海から貰った牛乳を飲み、

「ちょっと!この前と比べて物凄く増量したでしょ!少しは警告してよ!というか手加減してよ!」

「島風、もうちょっとで天国にぶっ飛んでいく所だったよっ!」

摩耶は二人の猛抗議を平然と受け流すと、

「討伐隊の皆が出張ってくれてるのにダラけてるからだ。そもそも紛争地に行くんだから気を付けろ」

そして、目をすっと細めると、

「提督は第1艦隊出してでも守るって言ってくれた。期待に応えなきゃ承知しねぇ」

ただならぬ迫力に夕張と島風は手を取り合って首を縦に振るしかなかった。

霧島は思った。癖の強い部下を動かすにはこれくらい必要なのですね。勉強になります。

 

小屋に着いた一行は小屋周りの清掃を終えると、コンロでカレーを温め始めた。

ご飯を炊く柔らかい匂いも程なくし始める。

「それにしても・・・」

摩耶は腰に手を当てて岩礁を眺めた。かなり足場の汚れが酷い。

「ん!とにかくしっかり掃除してから店開けるっ!夕張!甘口カレー作り始めなっ!」

「はぁい!もう作り始めてるわよ!」

「よしっ!残りの皆で掃除するぜっ!」

 

 

そして迎えた昼。

 

討伐隊が交代で掃除を手伝ってくれたので、いつもの時間に開店を迎える事が出来た。

摩耶は思った。

いつも通りと言えば、毎週最初に来てたイ級達は、今は他の子達と食堂で食べてる頃だ。

ちょっと調子狂うな・・・あれ?

ザバァ。

「来マシタ!」

「お前達・・・食堂で御昼食べられるだろ?」

2体はニコッと笑うと、

「金曜ノオ昼ハ、ココデ、カレー!」

「私達ノ、習慣!」

と言った。

摩耶はふっと笑うと、

「おい、復活第1号と2号!大盛りカレーで良いんだなっ?」

「ウン!」

「イツモ通リ!」

「よし!」

 

それから10分後。

 

イ級達2体が来た後、客足が途絶えてしまった。

「やっぱり、姫の島事案で犠牲になった子も多かったんだろうな」

摩耶がポツンと呟いた事に、鳥海も頷きながら言った。

「それに、数日前まで小屋が潰れてたから、それを見て諦めちゃったかもね」

夕張は鍋をかき混ぜながら溜息を吐くと、

「残りは持って帰る事になるかもね・・・」

と言ったが、島風は

「いつもの時間まで、もうちょっと待ってみようよ。きっと来るよ!」

と返した。

 

更に20分後。

 

ゴゴゴゴという地響きのような音がする事に、金剛は気が付いた。

岩に耳を当て、音が海底から来る事を確かめると、

「摩耶、地響きデス。近づいて来てますネー」

と言いながら、討伐隊の面々に頷いた。

比叡達は兵装に実弾を装填すると、身構えた。

摩耶も身構えつつ、そっとダメコンを撫でた。

鳥海はイ級達から食べ終わった皿を受け取ると、2体を自分の背後に隠れるよう導いた。

ブクブクと泡立つ海面が・・・広い!

どんだけ来るんだ?

 

 

ザバァン!

ザバザバザバァッ!

 

次々と上がってくる深海棲艦達を見た摩耶達は、ぽかんと口を開けた。

小さな花束の入った袋。

オカエリナサイ!と書かれた横断幕。

色とりどりの宝石。

兵装の代わりにそれらを手にした深海棲艦達が次々顔を出し、ぞろぞろ列を作りだしたのである。

「・・・何・・・持って来たんだ?」

摩耶の問いに、上がってきた深海棲艦達は口々に答えた。

「ココノ復帰祝イダヨ!」

「カレー小屋、モウダメカト思ッテタケド、復活シタンデショ?」

「オ祝イオ祝イ!」

「マタ美味シイカレーガ食ベラレル!」

討伐隊の面々はしばらく様子を見ていたが、次第に状況に納得したように砲を下ろした。

金剛はふうと一息つくと、

「引き続き警戒は怠らないでクダサーい、でも、この子達は大丈夫そうネー」

と言った。

 

 

「えっ?今日は休戦になったの?」

夕張はカレーを食べている深海棲艦から話を聞いていた。

「ソウダヨ。朝カラカレーノ匂イガスルッテ話ガ皆ノ間ニ広マッタノ」

「それで?」

「軍閥ノ1ツガ、白イ旗ニカレーノ絵ヲ描イテ、カレー小屋ガ復活シテルカラ、今日ハ止メヨウッテ叫ンダノ」

「ソシタラ、アットイウ間ニ戦闘ガ止ンデ、アチコチデ、カレーヲ書イタ旗ガ立ッタノ」

それを聞いた整備隊のイ級達はザブンと潜っていった。

摩耶と鳥海は呆気に取られた。

自分達が思う以上に深海棲艦達にとってカレー曜日は大事なイベントらしい。

これには金剛達も驚いていた。

「海域の戦闘を中止させるほどの威力があるとは驚きデース・・・」

深海棲艦の一体が、摩耶におずおずと尋ねた。

「ア、アノ」

「何だ?どうした?」

「来週モ、カレー小屋、開ケテクレル?」

摩耶はニッと笑うと、

「もっちろん!食いに来てくれるなら、ほっかほかの用意して待ってるぜ!」

尋ねた深海棲艦は、ぱあああっと顔をほころばせると、

「ジャア、毎週金曜日ハカレー曜日デ、停戦日!」

と叫び、その場に居た深海棲艦達はスプーンを高々と掲げ、

「毎週金曜日ハ、カレー曜日デ、停戦日!」

と、応えたのである。

そこに、イ級達が戻ってきて

「ホントニ全部戦闘ガ止ンデルヨ!」

「皆ノカレーノ絵、上手イヨ!」

と、報告した。

夕張は島風と顔を見合わせた。

これは重要な任務になるかもしれない。

摩耶は金剛の方を向いた。金剛は肩をすくめると、

「私達も、そろそろカレー食べたいデース」

と言った。

 

 



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摩耶の場合(3)

 

 

1年前、カレー小屋再開日の夕方、提督室。

 

「ほほぅ!カレー曜日は停戦日か!凄いじゃないか!金剛達もご苦労だった!ありがとう!」

報告を聞いた提督は拍手をしながら言った。

「間違いなく摩耶達の功績だな!これは何か祝いをしないといけないね!」

「あ、いや、祝いはさ・・深海棲艦達からこんな物貰ったんだ・・・」

横断幕や花束、宝石を見せる摩耶に、提督は

「まさに摩耶達に対する評価の結晶だ。受け取っておきなさい」

と、ニコニコ笑って頷いた。

「そういえば、今日聞いた事なんだけどさ」

摩耶は眉をひそめた。

「ん、どんな事だい?」

「戦闘をしたくない軍閥の奴らが、艦娘や人間に戻りたいって相談して来たんだ」

「良いんじゃないか?」

本日の秘書艦である加賀がハッとした声で制した。

「待ってください。その数は?」

摩耶が頷いて答えた。

「ざっと聞いただけでも、希望者はこの海域の6割近く居るって言うんだ」

 

提督室が静寂に包まれた。

 

「確か・・・事案の前、戦艦隊と整備隊全員で大体海域の3割とか言ってたよな」

「ええ」

「650体で3割だから・・およそ2000体か」

「でも、事案で相当犠牲になりましたよね?」

「約1500体参加して、残った子はここに居るから・・・500体の6割として300体か」

「今日聞いた限りだけどな」

「よし。こちらとしても受け入れたいんだが、作業に時間がかかる。順番待ちになると伝えなさい」

「いつから始める?」

「基本的には整備隊と戦艦隊が終わってからだ。恐らくは3~4ヶ月かかるだろう」

「そこまで伝えて良いか?」

「伝えるなら5ヶ月と言っておいてくれ。早まる分には喜ぶだろう」

「そっか」

「それまで停戦してくれると良いんだがな・・・」

「今は交渉相手というか、まとめ役が居ないからなあ・・・」

コン、コン。

「はい!」

「提督、アクセサリーノサンプルガ出来タカラ・・・何シテルノ?」

「陸奥か。ちょっと困った展開になっててな」

 

「フウン。ジャア、カレーニ働イテモラッタラ?」

ル級の言葉に全員が首を傾げた。

「カレーが働く?」

「ソウ。海域ヲ決メテ、来週モカレー食ベタカッタラソコデハ戦闘禁止ッテ言ウノ」

「DMZみたいなもんか」

「ソウネ。タダ、300体ガ住メル海域全体ヲDMZ指定スルノハ無理。ダカラカレーデ言ウ事聞イテモラウノ」

「怒らないかなあ」

「私カラ言ッテアゲマショウカ?」

「出来るの?」

ル級はきょとんとした。

「私、一応戦艦隊ノボスナンダケド?」

提督はル級の様子を見て、ふぅと溜息を吐くと言った。

「解った。その件は陸奥に任せて良いかな?」

「イイワヨ。ジャア来週ノ金曜日、一緒ニ行クワ」

「無理するんじゃないぞ?」

「エエ」

「護衛付けるか?」

「別ニ難シイ話ジャナイカラ良イワヨ」

「慢心してないな?」

「大丈夫ヨ」

「・・・ダメコンは持ってけ」

「疑リ深イワネ・・マァ、良イケド」

 

 

再開翌週の金曜日。

 

いつもは真っ直ぐカレー小屋に並ぶ行列が、扇型になっていた。

要の部分には1枚の立札があり、ル級と護衛の部下達が看板を挟むように立っていた。

看板にはこう書かれていた。

 

 戦艦隊ト整備隊ノ有志ニヨリ、艦娘ニナル方法ヲ試行中。

 期間ハ約5ヶ月ヲ予定。

 試行期間中、コノ小屋カラ半径25km圏内デハ戦闘ヲ禁ズ。

 1週間ノ間ニ戦闘ガ起キタ場合、次ノ週ノカレー提供ヲ中止スル。

 

「半径25kmッテ広クネ?」

「砲撃距離考エタラ仕方ナイダロ」

「ウッカリ範囲内デ戦闘シナイヨウニ気ヲ付ケルノガ大変ダヨネ」

「デモ、戦闘シタラ、カレー曜日ガ中止ニナッチャウンデショ?」

「原因ニナッタラ皆カラ袋叩キニ遭ウゾ。想像スルダケデ恐ロシイ」

深海棲艦達がめいめい話す中、1体がぽつりと呟いた。

「25kmノ中ニ居タラ、攻撃サレナイッテ事ダヨネ?」

全体が一瞬静まり返った。

「ソウ、カ」

「入ルナトハ、言ッテナイモンナ」

一体がル級に尋ねた。

「ナ、ナア、ル級サン・・・入ッテモ良イノカ?」

ル級はじろりと一瞥すると

「入ッテハイケナイトハ、書イテナイカラナ。静カニシテル分ニハ良イダロウ」

と、大仰に答えたのである。

深海棲艦達の間にどよめきが漏れた。

「私、戦闘スルノ嫌」

「魚取ッテ平和ニ暮ラシタイ」

「中ニ入ッテ、ソットシテヨウヨ」

「ア、ル級サン」

「ナンダ?」

「試行ガ無事ニ終ワッタラ、私達モ艦娘ニ、ナレル?」

再び場が静かになった。一身に注目を浴びる中、ル級はうむと頷き、

「ソノ予定ダ。楽シミニシテロ」

と、答えたので、深海棲艦達に再びどよめきが起きた。

その日、カレーを受け取りに来る深海棲艦達の表情は色々だったと摩耶は振り返る。

単純に嬉しそうな者、考え込む者、首を傾げる者、複雑な表情をしてる者。

色々な思いが渦巻きながら、運用は開始されたのである。

 

 

カレー小屋再開から1ヶ月後の木曜日。提督室。

 

「へぇ、戦闘自体が止んだのか」

「ソウダヨ!25km圏内ダケジャナクテ、海域全体デ戦闘ガ起キテナイノ!」

提督室に居るのは本日の秘書艦である赤城と、摩耶達カレー小屋の面々、ル級、そして整備隊のイ級達だった。

何故ここにイ級達が居るかというと、提督が、

「艦娘に戻るまでで良いから、海中の様子を教えてくれないか?もちろん危ない所は行かなくて良いよ」

と頼んだのである。

そしてイ級達が報告する度に一口羊羹を1本ずつ手渡し、

「そうかそうか。ありがとうな。また教えてくれるかい?」

といって帰したのである。

こうしてイ級達は毎日のように提督を訪ねては詳細な情報を伝えていた。

それによると、看板が立った翌日でさえ半径25kmではなく30km位先でしか戦闘は起きなかった。

間違って弾が飛びこんでしまう事を物凄く警戒したらしい。

しかし、元々小屋の25km圏内に海底資源鉱山、つまり重要な攻略拠点が集まっていた。

もちろんそれを見越してル級は指定したのだが、この事に後から気付いた軍閥達は

「アレ、ココマデ離レテ何ノタメニ戦闘スルンダ?」

「コンナ僻地要ラナイヨ」

「資源鉱山ヲ確保シタイケド、鉱山ノ周リデ撃ッタラ、カレーガ無クナッテ袋叩キデショ?」

「ダヨネ。ドウスレバ良イノ?」

「資源ヲ確保シタイノハ皆同ジデ、デモ戦闘ハ禁止ダカラ、エエト・・・アレ?」

と、軍閥同士で相談している姿が散見されたらしい。

数日前、ある軍閥の隊長がついにル級の真の狙いに気付き、

「フザケルナ!コレジャ勢力拡大出来ナイジャナイカ!カレー小屋ナンテブッ壊シテヤル!」

と、単身小屋を砲撃する為に突撃しようとしたらしいのだが、

「マアマア隊長」

「小屋ハ大事ナンダ、ソウ怒ルナ」

「勢力争イヨリ毎週ノカレーダゼ」

「ハイハイ連行連行」

「トックリト、カレーノ良サヲ説明シナイトナ」

と、数十体の深海棲艦達が隊長をどこかへと連れていった。

数時間後、げっそりとやつれた様子で帰って来た隊長は

「モウ小屋ヲ攻撃シヨウナンテ言イマセン。カレー美味シイデス。ガラムマサラ」

と呟きつつ、とぼとぼと帰って行った。

この話に尾ひれがついて深海棲艦達の間を瞬く間に伝わり、現時点では

「全海域で戦闘禁止、守れない者は外洋に連行され、カレー教のelite信者として改造される」

という風に伝わっているらしい。

イ級達の報告に、ル級はケロッとした表情で、

「アラ、ヤット戦闘ガ止ンダノ?マァ狙イ通リダカラ良イケド」

と言った。

摩耶が腕を組みながら言った。

「改めて思うけど、カレーの威力って凄ぇんだな」

ル級は肩をすくめて、

「ソウヨ。以前遠征ヲ指示シタラ、カレーガ食ベラレナイッテ拒否サレタ事モアッタワ」

「遠征拒否!?」

「以来ズット、出撃モ遠征モ金曜ノ昼ニカカラナイヨウニ調整シテタワ。結構面倒ダッタノヨ」

「うっかり休めないなあ」

「マァ、ソレダケ楽シミニシテルッテ事」

提督は頷いた。

「これで艦娘化希望の子達が巻き添えで轟沈してしまう確率は大幅に減ったね」

ル級が頷いた。

「漁業ヲシテル整備隊ノ安全モ確保サレルワネ」

「というわけで、摩耶、明日もよろしく頼むぞ」

「おう!任せときなっ!」

 

 



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摩耶の場合(4)

 

 

カレー小屋再開から3ヶ月が過ぎた、ある金曜日。

 

戦艦隊、整備隊の希望者が全員艦娘化に成功し、広く希望者を受け付ける事になるらしい。

この話は瞬く間に海域の深海棲艦達に知れ渡った。

カレーを取り分ける摩耶にも、

「艦娘化ヲオ願イスルノハドコデ頼メバ良インデスカ?ア、辛口デ」

と、直接聞いてくる深海棲艦が次々現れたのである。

片付けをしながら、島風が言った。

「そろそろ、他の子達の目を気にせず艦娘化の相談が出来る空気になってきたのかも」

夕張も頷いた。

「そうね。私にも艦娘化希望者の募集が始まったら教えてって直接言われたわ」

鳥海と摩耶は顔を見合わせた。

「んー、相談の受け方、ちょっと変えてみるか?」

「そうね。姉さん達にも聞いてみましょう」

 

「そっか、前はあんなに怖がってたのに、オープンに言えるようになったのね」

高雄は感慨深げに頷きながら報告を聞いていた。

「そうねえ。今の方法も一部残して、カレー配布中の受付窓口も再開したらどうかしら?」

愛宕の意見に摩耶はふむと頷いたが、

「窓口なあ・・・でも人員不足なんだよな・・・」

「どういう人が居れば良いの?」

「仮に窓口を夕張と島風に任すなら、皿洗い。鳥海だけじゃ圧倒的に不足する」

「皿洗いだけ?」

「とりあえず」

「じゃああたし達が行くわよ」

「姉貴達が?めちゃめちゃ忙しいんじゃないのか?」

「最初の頃は忙しかったけど、今は金曜のお昼位抜けても平気よ」

「カレー小屋ってあったかい雰囲気だから好きなのよ~」

摩耶は首を傾げながら

「そんなもんかな・・・まぁ、姉貴達ならホント助かる。来週からで良いか?」

「良いわよ!」

「よぉし、やるぜっ!」

 

 

カレー小屋再開から4ヶ月が過ぎた金曜日。

 

「はいは~い!艦娘化希望の方はこっちよ・・ち!ちょっと!押さないで!机が壊れる!」

「相談受付はこっちだよ~!見学会参加の人もこっちだよ~!」

 

再配分により夕張が艦娘化専用窓口の作業を、島風が秘匿相談を受け付けていた。

そんな中、受けた相談を見直していた島風が、

「艦娘化の後が不安だって話があるの。こんな生活になりますってのを見学出来ると良いんじゃないかな?」

と言い、陸奥やビスマルクと相談し、研磨所と食品工場を見学させてもらえる事になった。

また、東雲組にも相談し、艦娘化作業自体を見学する事も許してもらった。

こうして、島風は見学会の受付も引き受ける事になったのである。

夕張の方は予想以上の深海棲艦が長蛇の列をなし、カレーを食べながら列に並ぶ強者も居た。

一方、島風の方も数は少なかったが、順調に見学会への応募が集まったのである。

 

 

翌日の土曜日。

 

「島風、こっちよ!皆さん、こちらをご覧ください。工場の内部です。ここはかまぼこを作ってるんですよ」

島風の引率で見学に訪れた深海棲艦達は、ビスマルクの説明を熱心に聞いていた。

ビスマルクは説明も上手であったが、

「え?あの機械?あれはかまぼこの形を整える機械。あれを置く時には色々あってね・・」

と、話が逸れて長引いてしまうのが珠に傷である。

一方。

「これが原石、これが研磨した後。ほら、こんなに小っちゃくなっちゃうの」

陸奥はサンプルを見せながら説明していく。

「これ・・・お土産・・・キーホルダー・・・」

見学の最後で、弥生が小さな動物の形に削った石を付けたキーホルダーを籠一杯に持ってくるのだが、

「カワイイ!」

「コレ欲シイ!」

「ア、私モソレ欲シイ!」

「ちゃ・・・ちゃんと・・・並んで・・・・沢山あるから・・・」

と、深海棲艦達の迫力に気圧されながらも、頑張って対応していた。

 

 

週明けの月曜日、提督室。

 

「減らない?」

「そうなんだよ・・・艦娘化希望者数の合計が300どころか500も超えちまってさ・・・」

「何回も受付してる子が居るのかな?」

「番号札を渡してるし、順番に鎮守府に受け入れてるからそんな筈ないんだ・・・」

摩耶は高雄と共に提督室を訪ねていた。

理由は毎週のように大量に押し寄せてくる深海棲艦達が一向に減らない事だった。

提督は秘書艦当番だった長門と顔を見合わせた。

「うーん、ちょっと陸奥に聞きに行こうか・・」

 

陸奥は研磨作業用ゴーグルを額に押し上げながら言った。

「そうよ。あの時、隊に所属せず、傭兵にもならなかった子は500体位の筈よ」

提督は頷いた。

「計算は大体あってたな。摩耶、先週時点で何体応募が来てるんだ?」

摩耶は肩をすくめながら答えた。

「713」

陸奥が首を傾げた。

「明らかに勘定が合わないわね・・」

「だろ?しかも夕張が言うにはさ、週を追う毎に増えてるって言うんだ」

長門と陸奥は揃って眉をひそめた。

「増えてる?」

「そうなんだよ・・あたしも見てるけど、行列が長くなってる気がする」

陸奥がごくりと唾を飲み込んだ。

「まさか・・外から来てるんじゃ」

全員が一斉に陸奥を見た。

「外?」

「だって、海域の深海棲艦は、東雲ちゃんがここに居る以上増えるはずないじゃない」

「だよな」

「そして、多く見積もっても500って筈なのに、700を超えたって事は・・・」

「あ、あたし、来週聞いてみる」

「そうか。来てる子達に直接聞いてみりゃ良いのか」

長門が継いだ

「もし外から来てるなら、なぜ来たかも確認しておいた方が良いだろう」

「お、おう、そうだな」

 

そして金曜日。

 

「ウン、僕ハコノ海域ニハ住ンデナイヨ」

聞き始めた最初の1人が海域外の深海棲艦だった事に、摩耶は複雑な表情を浮かべた。

「コノ海域ニ移住シテコナイト、ダメナノ?」

「いや、そんな事は無いんだけどさ、なんでここの事を知ってるのかなって」

「僕ノ周リデハ有名ダッタヨ?美味シイカレーガ食ベラレル洋食亭ト、艦娘ニ戻シテクレル病院ガアルッテ」

「そっか・・・一緒に来た子は居るのか?」

「ウン。アノ辺デカレー食ベテル子達」

指し示した方を見ると十数体の深海棲艦が楽しそうにカレーを食べている。

「あの辺り・・・全部か?」

「ウン。皆デ来タヨ。何ヶ月カ待ツッテ聞イテルシ、移動中ニ襲ワレタラ怖イカラ」

「結構遠い所から来たのか?」

「ソウダネ・・・ココヨリハズット寒イ所ダッタヨ」

「他に、ここに向かってきてる子を見かけたかい?」

「ウン。僕達モ前ノ集団ニ付イテイッタシ」

摩耶は頷いた。間違いない。

 

 

その日の夕方、提督室。

 

摩耶は提督と、本日の秘書艦である比叡に向かって報告していた。

「そうか。遠方で噂を聞きつけ、道中の安全も考えて大勢で来てるって事か」

「ああ、それで間違いないと思うぜ。カレーの出る数もずっと増え続けてるしな」

「とすると、300とか500って数字は全くアテにならなくなるな」

「まぁ、既に今日の時点で804だしな・・・」

「は、804!?」

「1日で100体近く手続きした。受付の夕張が突っ伏してしばらく起きてこなかった」

「色々な意味で見直しが必要だな。研究班を全員呼んでくれ」

「おう、行ってくるぜ」

「比叡、調査隊の鈴谷と索敵支援隊の山城を呼んでくれ」

「あ、はい、解りました。」

 

 



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摩耶の場合(5)

 

 

カレー小屋再開から4ヶ月少々過ぎた金曜日の夕方、提督室。

 

「夕張、お疲れじゃん?」

「1人で100体分の手続きはさすがに可哀想ね・・・」

鈴谷と山城から口々に同情の言葉が出ると、夕張は虚ろな目のまま、へへっと笑い、

「私、結構・・・頑張ったよ・・・」

と弱々しく答えた。

摩耶はふぅと溜息を1つ吐くと、

「解った解った。今日頑張った褒美に没収してたサーバラック、1つ返してやる」

と言った途端に夕張の目に光が戻り、シャキンとしたかと思うと

「奥の奴ですよね?やった!明日オフなんですよ!電気街行ってきます!」

と、出て行こうとしたので、摩耶は夕張の襟首をガッと掴んだ。

「くえっ」

「提督の話は始まってもいないが、どこ行くんだ?」

「じ、事務棟で外出手続きを・・・」

「話が終わってからな」

「それじゃ受付閉まっちゃうー」

提督は溜息を吐くと、

「比叡、夕張の明日の外出手続き、時間外でも受けてやれと事務方に頼んでくれ」

「はーい・・・あ、文月さん?比叡です。えっと・・」

夕張が提督を見て

「ついでに明後日有休欲しいなあ・・なんて」

提督はにっこり笑って見返すと

「来週から調査隊と索敵支援隊に手伝ってもらおうと思う。定時までにまとめられたら認めようじゃないか」

夕張がカッと目を見開いた。

「あと12分ですね!任せてください!さぁとっとと決めてしまいましょう!」

摩耶が提督を見ると、提督と目が合った。そして二人はそっと、肩をすくめた。

しかし。

 

「東雲ちゃんは現時点で1日何体なら疲れを残さずに処理できる?」

「んー、15体は大丈夫」

「睦月ちゃんも良い?」

「良いです!」

「OK!調査隊の響ちゃんは小屋で暮らした事もあるし、島風と相談をお願いしたいわね。それで・・」

驚異的にテキパキと捌く夕張を見て、他の面々は呆気に取られていた。

さっきまでの力尽きた夕張はどこに行ったんだ?

まるで原稿を読むかのごとく、淀みなく編成理由を説明していく。

こうして瞬く間に決まった編成内容を、比叡が書き取ったのである。

 

カレー配布対応 :摩耶、鳥海、伊19、伊58

艦娘化受付   :愛宕、夕張、鈴谷、熊野

見学相談受付  :高雄、島風、響

研究班事務方  :山城、木曾、陽炎

 

提督はふむと頷いた。

「皆の特性を良く見てるな。しかし、ここでもついに事務方登場か」

夕張は腕を組みながら言った。

「件数が増えれば書類作業に没頭出来る人が居ないと困るのはどこでも一緒よ」

「ま、そうだな。しかし島風と響か。意外な二人だが、なるほどな」

「島風ちゃんはずっとやってきたし、響ちゃんは小屋暮らししてたでしょ」

「あえてタイプの違う二人を置き、高雄にまとめさせるか。ふむふむ。良い提案だ」

「どう?」

「・・・摩耶、何かあるか?」

「いーや。普段からこれくらい働いてほしいなって事くらいだ」

うんうんうんと頷きまくる研究班から提督に向き直った夕張は腕時計をぺしぺしと叩きながら、

「4分前!」

「ううっ」

「有休っ!!」

「仕方ない・・解った。許可するから申請してきなさい」

「いやっほぉぉぉぉぉ」

猛然と事務棟に駆けていく夕張を見て、摩耶は

「提督、1カ所だけ直して良いか?」

「ん?」

「ここ」

「・・・・高雄、どうだ?」

「きっとその方が良いと思います」

「解った。運用してみて他も変えたければ変えて良い。比叡、直してくれるか?」

「じゃあ、掲示用の編成表として大きく書きますね」

 

 

翌週金曜日。

 

「あれえっ!?」

すっとんきょんな声を上げたのは勿論夕張である。

目線の先にある班編成表には、こう書かれていた。

 

カレー配布対応 :摩耶、夕張、伊19、伊58

艦娘化受付   :愛宕、鳥海、鈴谷、熊野

見学相談受付  :高雄、島風、響

研究班事務方  :山城、木曾、陽炎

 

高雄型4姉妹の中で一番情に厚い愛宕の班に自分を入れた筈なのに・・何故?

言い間違えたか?!いや、そんな筈は無い。そこは慎重確実に比叡さんへ伝えた筈。

摩耶はジト目で夕張に声を掛けた。考えてる事が丸解りだ。

「何変な声出してんだよ夕張」

「うー、あれー、おっかしぃなぁ」

「提督の承認印が押してあるだろ」

「そ、そうなん・・だけど・・」

ちなみに。

結局貰った有休なんかでは全然足りず、昨夜まで機器を入れては設定を変えていた。

もちろん機器のほとんどは趣味の為だが、高雄達には今後の仕事の為と言ってあった。

「ほら、掃除手伝え」

「変ねぇ・・こんな筈ないのに・・・」

摩耶が夕張に近づくと、背後から耳元で

「サーバラックの一番下に置いてある外付HDD、趣味用だよな?」

びくっとした後、そっと振り返る夕張が見た物は、笑顔で箒を差し出す摩耶だった。

がくりと首を垂れつつ箒を受け取った。色々ツイてない。

その時、伊19と伊58が竹箒を手に戻ってきた。

「外掃き終わったのね!」

「テーブルは並べる順番とかあるのでち?」

「おう!並べる場所の地図を書くから、その通り頼むぜっ!」

「はーい!」

摩耶は深く頷いた。素直な部下って良いなあ。

そして溜息をつき、振り返る事なく言った。

「夕張、次は3.5のカプセルを用意してるが、放り込まれたいか?」

箒を持ったまま舟を漕いでいた夕張は、それを合図にきびきびと動き出した。

 

そして開店を迎えた。

 

金曜昼時の岩礁で、2本の行列はすっかりお馴染みになっていた。

1本は摩耶が配るカレー行き。夕張、伊19、伊58は洗い物係だ。

1本は愛宕達が応じる艦娘化受付行き。事務方を含め7人体制で応じていたので円滑に進むようになった。

見学相談受付は行列が出来る程ではなかったが、ちらほら来ていた。

今週は20体が見学を希望し、相談は3体だった。

最後の相談に対応したのは響だった。

「一人デ戻ルノハヤッパリ寂シイノデ、他ノ子ニモ来テモラッテ良イデスカ?」

「友達が居るなら皆連れて来ればいいさ。人間にも艦娘にも戻れるから、好きに選ぶと良い」

「アマリ広メナイ方ガ良イデスカ?」

「噂になれば広まるんだし、別に内緒の話でもないさ。気にしなくていい」

「ア、アリガトウゴザイマス。ジャア誘ッテキマス」

「道中気を付けて」

「マタネ!」

響は手をひらひらと振って見送った後、受付の行列を見てはたと気づいた。

あれ、内緒にしてくれって言った方が良かったのかな?

3秒考え、軽く頷く。

うん、提督はそんな事言わないさ。

その時。

 

「ごめーん!今日はここで辛口カレー終わりー!後はカレーラーメンか甘口だけー!」

 

摩耶が手を合わせて辛口売り切れを宣言したのを、班のメンバーはぎょっとして聞いていた。

今まで毎週増量しており、閉める頃でも甘口も含めれば何とか班員分くらいは残して終わっていた。

鳳翔にはドラム缶のような寸胴鍋に作ってもらっているが、今日は更に大鍋1つ追加した筈。

それが閉店前に無くなった?ついにこの日が来たか。

班員は暴動が起きるかと思ってヒヤリとしたが、深海棲艦達の反応はというと、

「アー、今日ハ多イシ、並ブノ遅カッタカラナー、マタ来週」

「良イヨ摩耶サン、今日ハラーメン頂戴」

「僕ハ元々甘口希望ダカラ」

といった穏やかなものだった。

深海棲艦側もこの小屋を大事にしている。

そんな雰囲気を感じ取れたので、摩耶はニコッと笑った。

「あいよっ、カレーラーメンお待ち!」

 

 



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摩耶の場合(6)

 

 

カレー小屋再開から5ヶ月弱の金曜日、夕方の岩礁。

 

すっかり片付けも終わり、帰途に就いた面々は誰ともなく雑談をしていた。

「いや、ほんと、今週から7人体制にして良かったわ」

「今日1日で182体登録が増えたわよ。トータル986」

「もう1000体間近じゃん?」

「来週には間違いなく行くわね、1000体」

「東雲組も月曜から土曜までフルで対応してるけど、週に70~75体が限界なのよね」

「その中の艦娘希望の子は再教育もしてるから、寮の運用もかなりギリギリ」

「もう少し艦娘化が手分けして出来たら良いのですが」

「夕張、あんたなんか作れないの?」

「無茶言わないでよ・・録画映像解析しようにも、やってる事が速過ぎて追いつけないんだもん」

摩耶が意外そうな顔をしながら言った。

「へぇ、夕張でも解らないデータがあるんだな」

摩耶は素直な感想を言っただけだったが、それで夕張のスイッチが入ってしまった。

「・・・・そうよね。私がデータに負けるなんて、ありえないわよね」

「お?い、いや、アタシは単に感想を」

「・・・うん、もう1度頑張ってみる!だからサーバ買って!」

高雄がドドッとすっ転んだ。

「この前ラック1本分色々買って来たじゃない!あれを使いなさい!」

「しょうがないじゃない!データが重いんだもん!」

摩耶は夕張の背後に立つと囁いた。

「おやぁ、あれは今後の仕事の為じゃなかったっけ夕張さん?経費で買ったのに全部趣味用なのかな?」

夕張は滝のように汗をかきながら

「あ、あははは。そう!そうよね!すっかり忘れてました!」

「だよなー、あはははは」

「あははははは」

危ない危ない。摩耶さんにバレたら本気で破壊されかねない。

しょうがない。番組録画用のサーバから3台引き抜いて使うとしよう。

しかし、秒間30フレームで撮っても睦月の操作は残像しか見えない。

一体どれだけ高速に処理してるの?60フレームで間に合うかしら?

 

 

翌週、水曜日の朝。

 

「摩耶さーん!やったよ!」

ふらふら走ってくるテンションの高い夕張を見て摩耶はすぐに勘付いた。

「夕張・・・お前、徹夜だな?」

「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでよ」

「そんな状態でランニングしたら倒れちまうだろうが」

「まぁ、ランニングしたら3~4日は寝てられそうよ」

「解った解った。今日は中止な。で、何がやったんだよ?」

「ついに睦月ちゃんと東雲ちゃんが何してるか解ったの!」

「マジか!?」

「うん!」

「で、それを出来そうなのか?」

「へ?」

「・・・いや、何をしてるか解ったんだろ?」

「うん!」

「だから、それを肩代わり出来るような機械は作れそうなのか?」

夕張は手をひらひらさせると

「無理に決まってるよ~あっはっはっは~」

と笑った。

「夕張、摩耶、おはよう。なんじゃ朝から?」

現れたのは散歩中だった工廠長だった。

「あ、工廠長。聞いてくれよ。夕張が睦月と東雲が何してるか突き止めたらしいんだけどさ」

途端に工廠長の目の色が変わった。

「なにっ!?あれを解析出来たのか!?」

夕張がビシッとVサインを出す。

「データにバッチリ収めました!150pのBBC製4Kカメラでね!」

「なんか良く解らんが」

「1秒間に150枚撮れるカメラって事よ」

「とりあえず工廠で話さんか?」

 

「で、何が解ったんじゃ」

「東雲ちゃんは1秒間に60回以上情報を返してきてるわ」

「ううむ」

「で、睦月ちゃんは1秒間に50個以上の命令を発してるの」

「平均的な妖精で10程度、熟練者で20じゃから、もう神の領域じゃのう」

「それを10分間絶え間なく続けてる。命令数はおよそ2万5千から3万」

「気が遠くなるのう」

「かなりの頻度で同じ命令が出てくる。恐らく状況を確認してるんだと思うんだけど」

「様子を見ながら慎重にやっとると言っておるし、間違いないじゃろう」

「そして残念な事に、同じ艦娘に戻る場合も、同じ深海棲艦から戻る場合でも命令が違う」

「どういう事じゃ?」

「例えばイ級から吹雪に戻るのと、リ級から吹雪に戻るのでも違う」

「ううむ」

「そしてイ級から吹雪、イ級から白露に戻るのでも違うの」

「なんと・・・規則性が無いのか」

「ええ。ただ、最初のごく短い所は皆一緒。だから睦月ちゃんと東雲ちゃんは確認結果を見て処理を変えてる」

「パターンはあるのかの?」

「まだ上手く取れたデータが15ケース位しかないから、パターン解析までは出来てないわ」

「しかし、東雲と睦月はあの短時間でとんでもない事をやっとるんだのう」

「改めて偉大さが解るわね」

「ええと、結論的には自動化は無理なんだな?」

「現時点では少なくともこれを装置化しようとしたら鎮守府より大きな機械が必要でしょうね」

「それを普通の妖精で操るなら数十、下手すれば百の単位でオペレーションする事になるじゃろう」

「・・・東雲組、凄ぇなあ」

「ほんとにそうね」

「しかしまぁ、夕張も大したもんじゃのう」

「へ?」

「良くここまで分析したもんじゃよ。わしは横で見てても速過ぎて解らんかった」

「じゃあ夕張のデータを見れば、工廠長や熟練妖精なら支援可能なのか?」

「同じケースなら操作は出来るじゃろうが、3万もの命令となれば1体で1日仕事じゃし、耐えられる装置がない」

「うわー、東雲も神様クラスって事かあ」

「そういう事になるのう。どちらが欠けても絶対に出来ん作業って事じゃ」

摩耶はふと、ぽつりと言った。

「偶然でもなんでも1発で艦娘に戻した提督って、恐ろしい強運の持ち主だよな」

「・・・そうじゃのう」

「普段はぼけーっとしてるのにね」

「夕張に言われたら御仕舞じゃのう」

「なによー」

「ま、出来る出来ないはともかく、やり方を分析出来たのは大きな進歩じゃろうて」

「わーい」

「提督にも報告したら良いじゃろう」

「そうかな?」

「価値を解るかどうかは別じゃがな」

「・・・ですよねー」

 

「・・・えっと、つまり、睦月は凄く早口って事?」

提督が苦し紛れに放った答えに夕張ががくっと頭を垂れたのは言うまでもない。

「ポイントそこじゃありません!」

「で、でも、1秒間に50命令出してるんでしょ?」

「そうですけど!」

「私は普通に喋っても早口言葉で舌噛むからな!」

「威張らないでください!」

摩耶が助け舟を出した。

「とりあえず、工廠長が見てても速すぎて解らなかったのに、夕張は解析出来たんだから偉いって言ってたぜ」

「なんだ、そういうことならそうと言ってくれれば」

「さっきから言ってるじゃないですか!」

「だって150pとか60フレームじゃブレるとか言われても解んないんだもん」

「しくしく・・・頑張ったのに」

「よしよし解った夕張。今日と明日の休暇を許す」

「へっ?」

「徹夜とか、それに近い状態が続いてるだろ?ゆっくり寝なさい」

「何で言わないのに解るんですか?」

「こういう事があると寝食忘れて没頭するだろ?それと、朝早いのに目の下にクマが出来てるしな」

「・・・へぇー」

「なんだ?」

「意外と見てるなあって」

「まぁね。とにかく工廠長が認めたのなら凄い事なのだろう。その150なんとかは」

「150pカメラです!」

「と、それで分析出来た夕張が、な」

「う」

「ゆっくり休め。な?あ、これも持って行きなさい」

「やった!栗蒸し羊羹ゲット!」

「じゃあ金曜日、カレー小屋の準備には間に合うように起きるんだぞ」

「はーい」

 

夕張がパタンと閉めて出て行くと、提督は摩耶を向き、

「摩耶、色々大変な状況にもめげずに良く頑張って指揮しているな。ありがとう」

「えっ?」

「高雄達のみならず、金剛達も差配を褒めていた。私も安心して任せられる」

「い、いや、ええと・・」

「そうだ。これを人数分持ってきなさい。日向、手提げ袋を出してくれ」

秘書艦当番だった日向は溜息を吐きながら提督を見た。

「・・・なぜそんなに栗蒸し羊羹を持ってるんだ」

「売ってたから?」

「もういい・・・・摩耶、これで良いか?」

「サンキュー!日向、助かるぜ」

 

摩耶が研究室に帰る足取りは軽かった。

姫の島事案の後、姉貴達も食品工場や研磨所の立ち上げに夜遅くまで頑張ってた。

アタシはただカレー小屋を運営してるだけだって思ってたけど、提督も周りの皆も褒めてくれた。

こういうのって嬉しいな。

 

研究室のドアを開けると、山城達が蒼龍達と打合せを行っていた。

「今週は60体受入OKって事ね」

「そうね。艦娘希望で教育課程を受けてる子の内、2人が卒業検定で落ちちゃったの」

「妙高達の卒業検定は厳しいからねえ」

「というわけで、62体じゃなくて60体で」

「解ったわ」

摩耶はにこっと笑うと、

「皆!提督から差し入れ!栗蒸し羊羹だぜっ!」

と言いながら部屋に入って行った。

 

 



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天龍の場合(1)

平日は帰ったら突っ伏して寝てしまってます。
今日は雨の日曜なので、書けるだけ書いてみますね。




 

 

3週間前、鎮守府教室棟。

 

「天龍さん、良いかしら?」

天龍がかけられた声の方を向くと、妙高が紙とバインダーを持って立っていた。

その表情と持ち物から天龍はピンときた。

「出たか?」

妙高は肩をすくめた。

「ええ、2回目よ」

天龍は手を差し出した。

「解った。後は俺がやる」

「ごめんなさい。一応、今までの経緯はこのバインダーに入ってるわ」

天龍は「村雨」と書かれたバインダーと一緒に受け取った1枚の紙を見て言った。

「おおぅ、こりゃ解りやすい意思表示だなあ」

妙高も頷いた。

「かといって、標準カリキュラムを変える訳にはいかないのよ・・・」

「カリキュラムは正しいさ。他の奴はそれで巣立ってんだ。でも100%は救えないってことだ」

「最近、天龍さんの負担が増えてるわよね。応援を考える?」

「いや、大丈夫」

「そう?」

「いざとなれば龍田にお話してもらうさ」

妙高は頷いた。

「最強ね」

天龍は頷き返した。

「劇薬だけどな」

 

 

放課後。

 

教室で天龍は、一人の受講生と机を挟み、向かい合って座っていた。

 

「・・・・お前、わざとだな?」

天龍は先程妙高から受け取った答案用紙をひらひらと揺らしながら尋ねた。

答案用紙に書かれた採点結果は0点。

清々しい程、名前以外何一つ書かれていない。

村雨はぷいと顔をそらすと、そのまま黙ってしまった。

天龍は目を細めた。

後をスムーズに進めるには、ここが最も大事な場面だ。

 

姫の島の事案後、教育班の役割はかなり様変わりした。

事案前は普通の鎮守府から受講生を募る事が多かったが、今は「元」深海棲艦が相手だ。

前も転売艦娘の再教育をやっていたので、クセのある生徒の経験が0という訳ではない。

だが、東雲によって深海棲艦から艦娘に戻った子達は、以前に比べてクセの強い子が増えた。

天龍は村雨の教育課程が記されたバインダーをペラペラとめくりながら言った。

 

「なぁ村雨。」

「・・・」

「普段は常に上位に居るお前が、おさらいの卒業検定で1問も解らないって事はないだろ?それも2回も」

「・・・」

天龍は村雨の瞳に少し動揺の色が現れたのを見逃さなかった。

そのまま村雨をじっと見ながら、言葉を切った。

辺りはすっかり夕方で、棟の外では艦娘や深海棲艦、元艦娘の人間が入り混じって遊んでいる。

静かな教室の中にも、時折きゃあきゃあという声が木霊していた。

ちらちらと天龍と外を見る村雨。

天龍はふっと一息つくと、机に肘をつき、両手を組んだ。

「こういう事をする奴は、お前が初めてでもねぇしな。」

「・・・・」

「じゃ、これから俺が言う事がお前の思いと違うなら、ちゃんと言えよ」

半信半疑の表情をありありと出したまま、しばらく天龍の目をじっと見た村雨は、渋々頷いた。

天龍は村雨の目を見たまま話し始めた。

「まず、うちの抜けた提督は信用出来る」

・・・こくん。

「授業が終わった後、皆と遊ぶのは楽しい」

・・こくん。

「寮生活は慣れてるから平気」

こくん。

「授業内容は過去の事を覚えてたから割と楽勝だった」

こくん。

天龍はにっと笑った。よし。

「間宮の飯はまぁ悪くない」

「・・・すごく」

天龍は聞こえにくかったかのように、気だるそうに返す。

「んー?」

「間宮さんのご飯は、凄く、好き」

「旨いか?」

こくん。

「卒業した後、配属先の鎮守府の司令官や艦娘と、今のように仲良く出来るか心配だ」

・・・こくん。

「卒業の検定を通っちまうと、すぐにここから出なきゃいけない規則は知ってる」

こくん。

「補習なんて簡単だ」

こくん。

天龍はわざと囁くような声に切り替えて身を乗り出し、

「だから、補習上等で白紙を出した」

こ・・・ぴくっ!

村雨が半分頷いたまま固まり、上目遣いに天龍を見た。

天龍は片方の眉を上げながら、あらあらといった様子で

「喋らなければボロは出ねぇと思ったのに。・・・・違うか?」

と言った。

村雨はがくっと頭を垂れた。

 

クセの根底にあるのは強い不信感だ。

ちゃんと仕事をしたいとは思う。だから艦娘に戻る事を希望する。

だが、轟沈に至った経緯が邪魔をして、司令官や同僚、さらには講師も信じきる事が出来ない。

心を許した相手に裏切られた、とても怖い記憶があるからだ。

LVを1に戻せば全ての記憶を取り去る事が可能だし、実際に処置した事もある。

しかし、LV1にした後、何もかも忘れてしまった子の有様を見て、天龍は処置に反対するようになった。

なぜ艦娘に戻って仕事をしたかったのかとか、楽しかった思い出とか、大事な事まで忘れちまうから、と。

だから天龍は教育班が標準カリキュラムでは受け止めきれない子を専門に引き受ける事にしていた。

たとえば、普段は優秀で真面目なのに、卒業検定だけ何度も白紙で出したりする子とか。

 

天龍はわざと大きな溜息を吐きながら話し続ける。

「あのなぁ、俺が今まで何人の、それもお前みたいなクセのある艦娘を相手にしてきたと思ってんだよ」

「・・・・」

「俺は確かに轟沈の経験はネェよ。だけど、轟沈経験のある奴等を教えて来たし、その後も沢山知ってる」

村雨ががばりと顔を上げて天龍を見た。

「不安になるのは当たり前だ。だから、俺達は送り出す時に必ずお前らに約束するんだ」

「・・・なんて?」

天龍はにやりと笑うと、

「もし異動先の連中に心底ムカついたら、いつでも向こうに黙って帰ってこいってな」

村雨が目を見開いた。

「そっ!そんな事したら軍規違反じゃない!」

天龍はにやっと笑った。

「んな事知らねぇ。それに、この約束は提督の承認を貰ってる」

「なっ!?」

「もし監禁されて脱出出来なきゃ非常通信してこい。特殊部隊引き連れて、力ずくで迎えに行く」

「ち、鎮守府同士で戦闘するって言うの!?」

「ならねぇよ。うちの球磨多摩コンビは知ってるな?」

「あ、あの、鉄の鎧みたいなの着て毎朝走ってる人達?」

「そうさ。あの二人が本気でキレたら50人位艦娘が居る鎮守府でもモノの1時間で制圧する」

「・・・」

「真夜中に音も無く艦娘共をふん縛り、司令官の喉元に鉤爪当ててコンバンワだ」

「そ・・そんな・・」

「嘘だと思ってるか?」

「だ、だって、無理よそんなの・・」

天龍は懐から2枚の写真を取り出した。

「ナイショだぜ・・・ほれ」

村雨は写真に写った光景を見て目を見開いた。

「・・・なっ・・・・・・」

「信用してくれたか?」

「し、司令官が7色モヒカンになってる・・・」

「うちの卒業生を延々とイジメてくれたからな。またやったらこの写真ばらまくって言っておいた」

村雨はふと我に返り、

「相手が大本営に訴えたらどうするのよ・・・」

天龍は軽く首を傾げると

「俺達さ、大本営には大きな貸しがあるんだわ」

村雨は絶句した。

天龍はにっと笑うと、

「だから、お前はどこに行こうと俺達が付いてるって事を忘れなきゃ良いんだ」

と言いながら、ぐっと親指を立てた拳を突きだした。

村雨はちらちらと天龍を見て、目を伏せると

「でも・・こ、ここに・・・・・もう少し・・だけ・・」

と言い、口をつぐんでしまった。

天龍はそのまま村雨の頭をぽんぽんと撫でながら、

「ま、卒検落ちたのは事実だ。補習は3週間。俺が受け持つ」

村雨は意外そうに天龍を見た。天龍は片目を瞑ると

「しっかりダチの赴任先と連絡手段聞いとけ。あと・・・白星食品の競争倍率は3.1・・だったかな」

と言った。

村雨は眉をひそめた。後半の意味は何だ?

数秒後、ハッとした顔で肩をすくめる天龍に向かって言った。

「募集要項ください!」

「んー・・・卒業検定0点で落ちた奴が受かるかねぇ」

「出来ます!やってやります!」

天龍は真面目な顔に戻った。

「下手な鎮守府より規律の厳しい会社だってのは知ってるな?サボれるようなトコロじゃねぇぞ?」

「はい!」

天龍は村雨の目の前で人差し指をすっと立てた。

「補習期間中の入社試験は1回きり。最終週の水曜に試験、結果発表はその金曜だ」

「・・・」

「補習時間で試験対策してやるから、落ちんじゃねぇぞ!」

「はい!」

天龍は村雨を見た。村雨は真っ直ぐ見返してる。迷いはなさそうだ。

こいつは特に算術に長けてる。

ビス子の奴、経理担当探してるって言ってたからな。

丁度良いだろうが、試験はイカサマ無しの一発勝負。しかも難しいと来てる。

未来を自分で掴めよ村雨。手ぇ貸してやるからさ。

 



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天龍の場合(2)

 

村雨の試験勉強に付き合い始めて1週間後、鎮守府教室棟。

 

「ふーん」

天龍は自分のクラスで、村雨の答えたSPI(適性検査)結果を見ていた。

最初は赤裸々どころか本音がダダ漏れだったが、上手に対応するようになった。

俺と2人きりで行う面接もそこそここなせるようになった。

そろそろ、頃合いかな。

目の前でちょこんと座っている村雨に、天龍は書類を見たまま声をかけた。

 

「村雨さぁ」

「なんでしょう?」

「面接やってみっか」

「あ、はい。じゃあ相談室に移動して・・」

「いや、今日はここでやろうや」

「!?」

村雨はババッと教室を見回した。

天龍のクラスは皆で1つの講義を受けるといった、いわゆる授業らしい授業が無い。

それぞれが個別に課題に取り組んでいる。

人数も現時点では4人しかいない。教室はガラガラだ。

しかし、その4人は極めて濃かった。

 

遠い目をし、いつもぼうっと窓の外を見ている白雪。

しっかり服を着て眼鏡をかけ、黙々と分厚い参考書に向かう祥鳳。

夜戦以外興味無いと、2000時まで寝続ける川内(今も机に伏して寝てる)

軍服と防弾チョッキを着て本を読んでいる伊168。

 

「ぃよっし!じゃあ面接官はこの席座るから、村雨は教壇な」

と言いながら、天龍は教壇正面の席を叩く。

「えっ!?あのっ!こ、ここでですか?」

「大丈夫だよ。別に誰もここで面接やったって怒りゃしねぇよ」

「う・・あ・・は・・はい・・」

「最初からやろうぜ。一旦棟の外に出て、1分待って戻ってきて教室のドアをノックする。な?」

村雨は数秒目を瞑り、

「解りました」

と答えつつ、後ろ手に教室のドアを閉めて出て行った。

すると、祥鳳と伊168がじゃんけんをし、伊168が悔しそうな顔をした。

「あーもー、また負けたっ!」

祥鳳が天龍が立ったばかりの席に座ると、

「天龍さん、私が最初で良い?」

「おう、奇天烈な質問かましてくれ」

伊168は祥鳳の隣に座ると

「アタシは?」

「例の質問頼む。あと、伊168と祥鳳とはケンカ腰な」

「ええっ、また?・・・・ねぇ川内さん代わってよ」

「zzZzZZ」

「川内起きろ、仕事だ」

「んあー?外明るいじゃんよぅ」

「伏したままで良いから質問1つ言え。伊168も何とか頑張れ」

「うーい」

「はーい」

「白雪、最後に専務って言って振るから判定を。後、講評を頼む」

「・・・・天龍さんは?」

天龍は入り口脇の席に腰を下ろすと言った。

「俺は司会」

 

コン、コン。

「はい、どうぞー」

天龍は事務的な口調で答えた。

それを合図にガラガラとドアを開けながら、村雨は用意した台詞を発した。

「失礼しぃっ!?・・・します」

戸口で呆然とする村雨に、天龍は小さく頷いた。そうでなきゃ練習にならねぇ。

「では、部屋の中央へどうぞ」

「あ、は、はい」

 

ぎくしゃくと歩く村雨が教壇に上るまでの僅かな時間、村雨と天龍は目と身振りで会話した。

 

 「ど、どどどどどういうことですか?」

 「俺が面接官とは一言も言ってないぜ?」

 「うー」

 

「では、お名前を」

「は、はい。村雨です。よろしくお願いいたします」

白雪が何かを小さくメモしたのを見て、村雨は唾を飲んだ。

えっ?白雪さんまでグル?

そこに祥鳳がニコニコ笑って言った。

「で、当社なんかに何のご用でしょうか?」

村雨は目を見開いた。か、考えるのよ。これはすべて罠。切り抜けないと!

「御社は水産加工品で世界を相手に勝負されていて、私も」

話を遮るように伊168が言った。

「勝負はしてないわよ。ところで、貴方はここで何がしたいのかしら?」

村雨は言葉を切ってしまった。

すると、ニコニコしたまま急速にダークな雰囲気を纏った祥鳳が伊168に噛みついた。

「私の質問に答えてくださってるのに、横からごしゃごしゃ言わないでくれません?」

伊168は祥鳳を無視し、村雨を睨みつけた。

「何がしたいのって聞いてるんだけど、そんな事も答えられないのにここへ来たの?」

村雨はきょろきょろと祥鳳と伊168を交互に見た。

「え、えと、わ、私は」

途端に祥鳳がギロリと村雨を睨んだ。

「当社に何の御用かって聞いてるんですけど・・・私より伊168の言う事を聞くのかしら?」

「ひっ・・・あ、あの」

「貴方、自分の事も解らないの?」

「ええっ!?」

そこで川内ががばりと起き上がると

「村雨ちゃん」

「は、はい!」

「・・・夜戦好き?」

「・・・はい」

「ん、よし・・・zzZzZZ」

ずっと黙っていた天龍が

「では専務、判定をお願いします」

という声に白雪がこくりと頷いたのを、村雨はぎょっとした目で見た。

「残念ながら、当社では採用出来ません」

村雨の口がかくんと開いたのを見ながら、天龍が手をパンパンと叩いた。

「はーい、皆サンキューなー」

「お疲れ様でした」

「村雨ちゃんもお疲れさま!」

「zzZzZZ」

「・・・・」

そこで我に返った村雨は、顎に手を当ててむぅと考え込んだ。

本当の面接会場でここまで酷い事態が揃う事も無いだろうが、それぞれの要素は考えられる。

余りに酷過ぎる状況で却って冷静になった。

天龍は意外、という表情をしつつ村雨に声を掛けた。

「怒鳴ってくるかと思ったけどな」

「めちゃくちゃ驚いたけどね」

「それが狙いだからな」

「でも、相手の意図はともかく、面接が行儀よくトラブルなく進むとは限らない」

「そういうこと」

「天龍さん」

「なんだ?」

「白星食品の面接試験って、圧迫方式なんですか?」

天龍は片目を瞑ってガシガシと頭を掻いた。

「んー・・・圧迫じゃねぇんだが、ビスマルクは厳格に会社を運用してる」

「はい」

「そのノリのまま質問飛ばしてくるから、厳しいと感じる事はあるぜ」

「例えば?」

「さっきの伊168の問いはビスマルクが実際に聞いて、ほとんどの奴が答えたのに不合格にされた」

「ええっ!?」

「唯一合格したのはたまたま訪ねた時に答えた不知火だけって聞いてる」

「不知火さんって・・事務方の?」

「おう、あの大魔神だ。以来ビスマルクから再三転職しないかって誘われてるらしい」

「何て答えたんですか?」

「試験終わったら教えてやるよ。でないと万が一聞かれた時に口から出たらアウトだからな」

「そっか」

「とにかく、今のままだとちょっとカマかけられたら答えが出てこなくなるってのは自覚したな?」

「ええ、先輩方と天龍さんのおかげです。ありがとうございました」

「・・・村雨って、真面目というか、礼儀正しいよなあ」

「なんですか急に?」

白雪がジト目で天龍を見ながら言った。

「そうですね。私達は真面目でもなく礼儀正しくも無いですからね。先生も含め」

天龍が頬杖をがくっと外した。

 

 

 



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天龍の場合(3)

 

村雨が初めてクラスのメンバーと面接をした直後、鎮守府教室棟。

 

「んじゃ白雪、講評頼む」

天龍の言葉に、白雪が少し考え込むような仕草をした。

「・・・天龍さん」

「なんだ?」

「村雨さんのSPI・・見ても良いですか?」

天龍は村雨を見た。

「白雪に見せても良いか?」

村雨が答えようとした時、白雪が村雨をじっと見ながら言葉を被せた。

「私がSPIを見たら貴方の色々な事が赤裸々に見えてしまいます。それが嫌なら今のまま答えますよ」

村雨は白雪を見た。星占いって雰囲気じゃない。白雪の表情は大真面目だ。

そして、白雪はジト目になりながら天龍を見た。

「・・・と、きちんと仰ってから可否を問うべきですわ、天龍さん」

天龍は白雪にぺこっと頭を下げた。

「・・悪ぃ、白雪。そうだな」

天龍は村雨が不思議そうな顔をしてるのに気付いた。

「ん?どうした?」

「あ、いえ、あの、先生と生徒がまるで逆みたい・・って」

天龍は肩をすくめた。

「俺は今はたまたま白雪の先生って事になってるが、白雪は本物の天才だし、さっき言ってる事も事実だ」

白雪はふいっと窓の外に目線を逸らしたが、少しだけ頬が赤くなっていた。

「どうする?村雨。劇薬には違いねぇ。自分で決めな」

村雨は目を瞑って数秒間唇を噛んでいた。

「お願い、します」

天龍は村雨のSPI記録を白雪に渡し、良いから良いからと村雨を隣に座らせ、手を握った。

急に手を握られた事に村雨はびっくりしたが、この1週間で理解していた事があった。

天龍は、理由の無い事は何1つしない。これもきっと、意味がある。

白雪はゆっくりと最初から結果を見ていたが、ファイルを閉じると、

「村雨さん」

「は、はい」

「裏切ったのは長い付き合いだった子ですね?」

村雨の顔からすうっと血の気が引き、天龍の手を握る力が抜けた。

 

教室内を沈黙が支配した。

 

川内が僅かに頭を上げ片目だけきょろりと天龍に向け、質すような視線を寄越した。

それに気付いた天龍が頷くと、川内は再び伏せて寝息を立て始めた。

 

天龍の手の中で村雨の手はかたかたと震えていた。

でも、まだ、大丈夫。

白雪は村雨をじっと見ながら言った。

「今のまま、未来へ踏み出して大丈夫ですか?」

「・・・」

「いえ、言葉が悪かったですね。このまま未来に踏み出すのは、危険です。」

「・・・」

「貴方が残り時間ですべき事は、恐怖を吐き出す事です」

村雨は掠れるような声を出した。

「はき・・だす・・・?」

「ええ。天龍さん風に言うなら・・・」

白雪はスッと目を細め、ピッと人差し指だけを立てると

「裏切り者のクソ野郎がお前に何したか喋っちまいな!・・です」

村雨の顔面は蒼白で、手はじっとりと汗をかいていた。

そろそろ、無理だ。

天龍はちらりと白雪を見た。

白雪は天龍に小さく頷きかえすと、

「これは最終目標です。白星食品の試験対策は簡単でしょうから、こちらも並行して進められるはず」

村雨の手がぴくりと動いた。

「村雨さん、貴方の対策キーワードは1つだけ。それは・・・」

村雨はごくりと唾を飲み込み、白雪の言葉を待った。

「度胸です」

村雨は酸欠の金魚のように口をパクパクとさせた。思いが絡まりすぎて言葉にならない。

白雪は天龍を見た。

「講評は以上ですが、天龍さん、何かありますか?」

天龍は頷いた。

「おう、1つだけ」

「なんでしょう?」

天龍は村雨の手をぎゅっと握りながら言った。

「白雪はこの件、乗るかい?」

白雪は真っ青になっている村雨を数秒間、じっと見た後でにっこり笑うと、

「ええ」

と、答えた。

「伊168はどうする?」

「んー、保留かな」

「祥鳳は?」

「艦載機が関わらないなら喜んで」

「川内は?」

「夜戦なら」

「よし、川内も参加、と」

村雨が天龍を見た。

「え?あの、夜戦・・・するんですか?」

伊168が肩をすくめながら言った。

「川内ちゃんは夜戦が絡まないとYESって言わないからね・・」

そして続けて、

「あと、あたしが保留って言ったのは村雨ちゃんの事が嫌いなんじゃなく、中立点が必要なのよ」

「中立点?」

「すぐに解るわよ。村雨ちゃんが求めるならいつでも助けてあげるからね」

「は、はあ・・」

天龍は伊168に向かって言った。

「おいおい、それじゃ俺達がなんかヤバい事する人みたいじゃねぇか」

1ミリ秒も躊躇わずに伊168が返した。

「みたい、だったらどんなに良かったかしらね」

「良い事を教えてやるぜ」

「なによ」

「ここに居る奴は全員天龍組って呼ばれてんだ」

「もー!あたしはたまたま!たまたまここに居るだけなのに!」

祥鳳がウィンクしながらとどめを刺した。

「あなたも同類って事」

「絶対!絶対認めないんだからね!」

白雪が頷きながら言った。

「そもそも軍服と防弾チョッキ着て潜るのを拒否する時点で我々の仲間です」

「いつ敵襲があっても良いようによ!潜らなくても戦えるもん!」

「普通の潜水艦は水着を着て潜って出撃しますよ?」

「ぐっ」

天龍がパンパンと手を打ちながら言った。

「ほらほら、同類でも親戚でも似た者同士でも良いじゃねぇか」

「全部違うっての!」

「いーから、とりあえず、度胸付けるのに何が良いか、意見募集」

 

しんと静まった教室で、村雨は何となく嫌な予感がした。何となく。

 

「じゃ、川内」

「岩礁地帯を最大戦速で航行」

「祥鳳」

「爆撃の雨の中を弾無しで撤退」

「白雪」

「後ろ向きバンジージャンプ」

「伊168」

「パス!ていうか、最初なんだから加減してあげなさいよ!殺す気!?」

 

村雨は最後の伊168の言葉にごくりと唾を飲み込んだ。

ま、まさか。幾らなんでもホントにやらないよね?

あ!その為の仮想演習場よね。そうに違いない・・・何とか言ってよ天龍先生!

 

「んー、岩礁が続くサンゴ礁はちょっと遠いんだよなあ」

「今から行ったら丁度夜になるよ!」

「しょっぱなから夜航の最大戦速はきっついだろー」

「夜は良いよねぇ、夜はさ」

「夜が良いのは解ったが今回はパスな」

「えー」

「爆撃は悪かねぇんだが、協力してくれそうな空母が居ないんだよな~」

村雨が疑問の表情で祥鳳を見たが、その視線を受け止めた祥鳳はにっこり笑い、

「なんでしたら副砲ガン積みで炸薬榴弾の雨を降らせてあげましょうか?」

「い、いえ、いいです」

「艦載機なんてこの世からなくなっちゃえばいいのです!」

「えええっ!?」

「祥鳳は砲撃させたら百発百中なんだから雨じゃなくてフルボッコじゃねぇか」

「うふふふふふふふ」

「まぁいずれ隼鷹でも巻き込むか。そうすっと、最初はバンジーか」

「えっ?」

「定番ね」

「でも最近、あの辺りってずっと東雲組が使ってるわよ。大丈夫なの?」

「別に艦娘化作業してたって上から飛び降りるのは構わねぇだろ?」

白雪が首を振った。

「天龍さん、そういう所で確認をしないから怒られるんですよ、この前も事務方から・・」

天龍は苦い顔をした。おかんか?

「あー解った。解ったぜ白雪。確認とりゃ良いんだろ?」

「その通りです」

渋々天龍はインカムをつまんだ。

「・・・あー、高雄、俺だよ。天龍。ちょっと良いか?」

 

「はい、高雄です。あぁ天龍さん。・・・え?またやるんですか?・・・はぁ・・・はぁ・・・」

インカムでやり取りする高雄の様子を見ていた愛宕は思った。

相手が天龍さんって事は、またバンジーかしら?

白雪さんも変わったものが好きよね・・・

 

 



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天龍の場合(4)

村雨がバンジーをする事になった後、鎮守府教室棟。

 

天龍がインカムを離すとガッツポーズを取った。

「いよし!許可は取ったぜ!」

すかさず白雪がジト目で見る。

「高雄さんが許可を出す筈がありません」

「今日は艦娘化作業が終わったって言ってるんだ!誰も居ないんだから良いじゃねぇか」

「設備使用許可申請書」

「そっ・・・それはさ・・・」

「設備使用許可申請書」

「ううっ」

「申請書」

「・・・そうだ!白雪!」

「なんでしょうか?」

「許可取って来てくれ!」

「・・・・何故受講生が」

「ほっ、ほほほらあれだ・・・ぇぇと・・・・実務!そう!実務練習だ!」

「むしろ天龍さんがきちんと申請手続きが出来るように練習が必要では?」

天龍はそこで満面の笑みを浮かべた。

「だろ?俺じゃそんな有様だから、村雨連れて行ってきてくれ!」

「村雨さんの、実務練習ですか?」

「そう!そうだよ白雪!頼めるのはお前しか居ないんだ!」

白雪は溜息を1つ吐くと

「反撃術としてはまだまだですが・・・仕方ありません。村雨さん、行きましょ?」

「えっ・・あ・・・はい・・」

「じゃあ俺達は先行ってるぜ!」

「肩の荷が下りて嬉しそうですね」

「ぅえっ!?そっ、そんな事無いぜ白雪。」

「じゃあ一緒に行きますか?」

「・・・お願いします白雪様」

「・・・私が卒業するまでには書類書けるようになってくださいね」

「うす!」

「・・・じゃあ安全確保はよろしく」

「よし!ほら伊168、祥鳳、行こうぜ!」

天龍は滴る汗を拭った。

最近、何故か俺が事務棟に行くと文月がニコニコ笑いながらすぐに出てくる。

以前は叢雲とか時雨を呼んで「ちょい頼む!マジで!」と拝めば認めてくれた。

しかし、文月にはそういうのは一切通じない。

「マジでダメです~」

と、氷のような笑顔を浮かべたまま即座に断られる。

だが!天龍組きってのキレ者、白雪なら大丈夫だろ。

そこまで考えて天龍はがくりと肩を落とした。

もういっそ、教授待遇で迎えてしまおうか・・・・白雪を。

 

「よし!足場もクレーンも痛んでないな!ロープは良いか?」

天龍は工廠の山の上からふもとの祥鳳達に呼びかけた。

「チェックOKよ!フックも着用具も大丈夫です!」

「よーしよし!上等だぜ!」

そこに白雪の声が飛んで来た。

「陸の部分にエアクッション敷いて無いじゃないですか!」

「ロープ点検したんだから大丈夫だろ!」

「ダメです!文月さんの許諾条件です!」

天龍は小声で呟いた。

「ちっ・・・白雪まで敵に回ったか」

すかさず白雪の声が飛んで来た。

「文月さんに言いつけますよー!」

「わ、解った!解ったから止めてくれ!準備頼む!」

 

エアクッションを膨らませる白雪と祥鳳を置いて、天龍は伊168と村雨を連れて崖の上に上っていった。

頂上に着いた後、天龍は村雨に話し始めた。

「さて、ここのバンジーはあのクレーンから垂れ下がってるロープを巻きつけて飛ぶわけだ」

「は、はい」

「バンジージャンプ自体は見たことあるか?」

「は、はい」

「よし。じゃ、準備はどうかな」

村雨が口を開きかけたその時。

「準備出来ましたー!」

「ちゃんと村雨さんに説明しましたか~?」

下から飛んで来た二人の声に、天龍はうむと頷いた。

「じゃ、村雨」

「はい」

「始めよっか」

「ええっ!?」

目を剥く村雨にきょとんとする天龍。

「どした?トイレか?」

村雨は素で答えてしまった。

「違うわよ!あ、いえ、違います」

「じゃ、なんだ?」

「あ、あの、飛んだ事なくて」

「それならこの後やり方教える。心配ないぜ」

「そ、そうなんですけど、えと、あの」

「なんだ?はっきり言わないと伝わらないぜ?」

村雨はうーっと唸った後、目を瞑って、

「おっ!御手本見せてください!」

笑われる?呆れられる?それとも叱られる?

そうっと片目を開けると、天龍はすでにフックを自分の腰に付けていた。

「よし、村雨。見てろ。まず、手はこういう感じで後頭部に軽く添える。絶対にロープを持つな」

「・・・・」

「前のめりに崖から、真っ直ぐ体を傾けていく。今回は前向きで良い。ジャンプはするな」

「・・・は、はい」

「落ち切るまで口を閉じてろ。反転した時に舌を噛む事がある」

「・・はい」

「最初の反転までは特に時間が長く感じるから、減速するまでしっかり待て。解ったか?」

「はい」

「出来るな?」

「・・・・・・・はい」

「・・・・。じゃ、下で待ってるぜ」

言い終えると、天龍はすっと崖に落ちていった。

村雨は慌てて天龍の姿を追ったが、同時に崖の高さを目の当たりにすることになってしまった。

たっ・・・高っ!高ぁぁぁ!!!

目線の先、遙か下の方で天龍がびよんびよん上下している。

やがて祥鳳と白雪に支えられ、フックを外すと

「祥鳳!良いぞ!」

祥鳳が手元の紐を手繰っていくと、フックが帰って来た。

村雨は頭の中が真っ白になっていた。顎がガチガチ鳴っている。

え、えっと、前のめりになるんだったよね・・・もうほとんど覚えてない。思い出せない。

伊168は村雨にしっかりとフックを固定すると、村雨の両肩をぎゅっと掴んで振り返らせた。

「村雨ちゃん。最初のヒントをあげる。これが何を練習する為だったか、覚えてる?」

村雨は伊168を見た。ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「ど、度胸・・・を・・・」

「そう。度胸をつける練習。で、貴方はどうやって練習するの?」

「こ、ここ・・から・・飛び・・おり・・・て・・・」

「貴方は飛びたいの?」

村雨は必死になって首を振った。

伊168は村雨の顔にぐいと近寄った。

「貴方は何を我慢しているの?」

村雨はのどに詰まった飴玉を吐き出すように、精一杯の力を振り絞って言った。

それでも囁くような声だった。

「こ・・・」

「こ?」

「怖い・・です・・・で、でも・・行かなきゃ・・」

「じゃあどうして今泣いてるの?」

村雨は泣きじゃくりながら答えた。

「み、皆さんが・・・用意してくれて・・・天龍さんも・・私が言ったから・・飛んで・・・」

伊168がすっと眉をひそめた。

「村雨ちゃん、ダメよ。それじゃ貴方はまた恐怖を飲み込んでしまってる」

「・・・へ?」

「周りが言うから、用意してくれたから、断りづらい雰囲気だから。それは、貴方の意思?」

「で、でも、でも・・」

「もう1度聞くわね。貴方は、何を練習しなければいけないの?」

 

崖の上で伊168と村雨がやり取りをしている様子を、天龍は一言も言わずに見上げていた。

白雪が言った。

「上手く言えるでしょうか?」

「・・・解らねぇ。でも、言えるまでやるしかねぇ」

「そうでないと、繰り返しますからね」

「ああ。自分の思いは自分だけのものだ。流されて壊しちゃいけねぇ最も大事なもんだ」

白雪はふと、首を傾げた。

「でも、バンジー楽しいですけどね」

天龍は眉をひそめた。

「毎日のように嬉々として飛び降りてんのはお前だけだ。俺だって」

「なんです?」

「・・・・な、なんでもねぇよ」

「天龍さんて、不器用で、一生懸命ですよね」

「!」

「それで良いんですよ。だから皆付いてくるんだと思います」

「・・・お喋りは終わり。動くようだ」

 

 



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天龍の場合(5)

 

村雨がバンジーをする事になった後、崖の上。

 

伊168は村雨を揺さぶった。

「考えなさい!貴方は何の為に度胸をつけるの?」

村雨は伊168の目の前で、膝を突いてぺたんと地面に座り込んでしまった。

瞳は虚ろで、伊168の方向を向いているが、何も見ていないかのようだった。

伊168は射るような視線で村雨を見続けた。もう少し。

白雪さんと申請書を出しに行って・・・その前に皆で度胸をつける案を出しあって・・・

そうだ。白雪さんの言ったキーワードは度胸試し・・・違う!度胸、度胸だけだ!

そして・・・その前は・・・・

 

「貴方が残り時間ですべき事は、恐怖を吐き出す事です」

 

村雨は目を見開いた。

そうだ!

このどうしようもない恐怖を、私は飲み込んで飛び込もうとしていた。

でも、白雪さんは、今のまま未来に踏み込むのは危険だといった。

吐き出す?

吐き出すって何?

飲み込むのが飛び込む事なら、吐き出すのは。

伊168は大声で怒鳴った。届け!

「村雨ちゃん!貴方の思いは何!」

村雨の目が伊168を捕らえ、ハッキリと焦点が合った。

「い・・・嫌・・・わっ、わた・・・私・・・」

「何が嫌なの?言いなさい!」

村雨はありったけの声で叫んでいた。

「飛び降りるのは嫌!怖いから嫌あっ!」

伊168がにこっと笑った。

「解ったわ。じゃあ階段で降りましょ」

「あ、あの、でも、皆さんに怒られるんじゃ・・・」

「大丈夫。そうなったら私が助けてあげる」

 

村雨の絶叫を聞き、天龍は手を腰に当ててふっと笑った。

「1回目で出来るなんて、飲み込み早ぇじゃん」

白雪が頷いた。

「祥鳳さんと伊168さんは泣きながら飛び降りて、岩礁連れてかれましたよね」

「お前は笑いながら飛び降りたよな」

「昔から好きなんです」

「おくびにも出さなかったじゃねぇか。やり方教えてくれとか言ったよな?」

「大好きなんですって言ったらやらせてくれなさそうだったので」

「・・・お前の心理を読む能力には勝てねぇよ」

白雪が目線を下げながら自嘲気味に笑った。

「だから行く先々の司令官に気味悪がられて、この有様ですけどね」

天龍はぽんと白雪の頭に手を置いた。

「どこにも行きたくねぇなら、ここに居りゃ良い。ここではお前は必要なんだ」

白雪は天龍をじっと見た。

「文月さん対策のためにですか?」

「ばっ・・・ちがっ・・・そうじゃなくて」

白雪はくすっと笑った。

「・・・それでも、良いですけどね」

その時、伊168が泣きじゃくる村雨の手を引きながら、ゆっくりと崖を降りてきた。

 

伊168はさらりと言った。

「村雨ちゃん、飛びたくないんだって」

村雨が天龍へ怯えるような眼差しを向け、半歩後ずさった。

天龍はにっと笑うと、

「よし、タイミングはギリギリだったが、言いたい事、自分の思いを言えたな。初めてだし、ま、合格だ!」

「・・・・へ?」

「お前は言いたい事をぐっと飲み込んで、飲み込んだがゆえに行きたくない未来に行っちまった」

「・・・」

「行きたくない未来で恐怖を味わって、自分を追い詰めた果てに、沈んだんだろ?」

「・・・」

「お前は、お前の思いを大事にしろ。そしてお前の思いをちゃんと伝えろ」

「・・・」

「お前の思いはお前だけのもので、お前そのものだ。周りが何と言おうと、曲げたり壊したりするな」

「・・・」

「明日からもドンドンお前の思いを言わせるから、しっかり付いて来いよ!」

「・・は、はい」

村雨はへちゃりと座り込んでしまった。

「どうした?」

「こ、腰が・・抜けちゃいました」

「しょうがねぇなあ・・・」

天龍はひょいと村雨を抱えると、

「じゃあ後片付けを、伊168、祥鳳・・・あれ?白雪?」

祥鳳が溜息を吐きながら上を指差した。

「ここまで準備出来てるのにしないわけが無いじゃないですか」

村雨は祥鳳の指の方角を追ってぎょっとなった。

自分がさっきまで居たところに白雪が立っている。それも後ろ向きに。

あっという間もなく、白雪が宙に舞った。

「ひゃあぁぁあぁぁあああぁ・・・あはははははは!」

びよんびよんしながら飛び込みの姿勢をしたり、泳ぐような姿を見た後、村雨は天龍を見た。

天龍は片目を瞑った。

「白雪はバンジーが大好物なんだ」

村雨はロープをつけたまま、器用に崖を登っていく白雪を呆然とした目で追った。

天龍は続けた。

「人によって思いは様々だ。だから自分の思いを相手が同じ気持ちで解ってくれるとは限らねぇ」

「例えば白雪は、楽しい事としてバンジー行きましょうって誘うかもしれねぇ」

村雨はゾンビのような顔で天龍の方を向き、ぶるぶると首を振った。

「喩え話だから俺を掴むな。でも、そうなったら、自分の思いをちゃんと伝えないと、連れてかれるぜ?」

村雨はこくこくと何度も頷き、はっと思い出したように聞いた。

「て、天龍先生は、バンジー・・・好きですか?」

天龍は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「大っ嫌いだ・・・けれど・・・出来ねぇって答えるのは俺の思いに反するんだ」

「な、なるほど」

「だから、嫌いだけど、嫌いだけど、やる」

「あ、あの、さっきは手本を見せてほしいなんて言ってすみませんでした」

「いや、もう慣れてっからさ・・・しかし、白雪はあれの何が好きなんだ・・・」

白雪以外のメンバーは同時に溜息をついた。

その後も数回に渡り、白雪のはしゃぎ声が崖の間に響き渡った。

 

その夜。

 

「ってことで、村雨が俺達天龍組の仲間入りをした記念って事で!カンパイ!」

「おめでとうございます」

「おめでと~村雨ちゃ~ん」

間宮に食堂の隅を借りて、小さな夕食会の席を用意してもらった。

「・・・可哀想に、ついに貴方も引き込まれたわね」

「伊168も居る天龍組にね」

「わっ!私は」

天龍が祥鳳に抗議しようとする伊168の肩をぎゅっと引き寄せると、

「仲間だもんな!」

「う・・・わ、解ったわよ」

伊168は不承不承という言い方だったが、表情は嬉しそうだった。

「今日は伊168、大活躍だったな!」

「だってアタシしか居なかったじゃない!」

「話の成り行き上、そうなっちまったからな」

「村雨ちゃんが言えるかなあって、凄く心配だったしさ・・・」

村雨はちらと伊168を見た。

「あ、あの、ありがとうございました」

「ちなみにあの場で嫌だと言えなかった場合、マジで夜の岩礁に連れて行かれます」

「ええええっ!?誰か出来るんですか?」

川内が小首を傾げた。

「アタシ、別に普通に出来るよ?」

村雨は目をパチパチさせた。

「どうしたの村雨ちゃん?」

「せ、川内さんがちゃんと起きてるの・・・初めて見ました」

「あれっ?そうだっけ!まぁ良いや。夜はアタシが本領発揮する時間だよっ!」

天龍が御飯を飲み込んでから言った。

「2000時位からだよな」

「YES!そして終わりは日が昇るまで!」

「なんで夕方は起きる時間に含まないんだ?」

「代わりに朝焼けの時間を含んでるじゃない」

「え、えっと、じゃあ冬は17時には暗いですから、そのくらいから活動されるんですか?」

川内は村雨の質問にぎくりとした後、

「い、いやー、開始は2000時なんだよね!」

「何でですか?」

「夜戦は2000時開始だから!」

腑に落ちないという表情の村雨と、色々理由を追加する川内。

「とっ!とにかく!あたしは夜なら岩礁でも最大戦速でぶっとばせるよ!」

「昼は出来ないんですか?」

「居眠り運航になっちゃうからね」

「そんな状況でも寝るんですか!」

「そんな状況にならないように出航しないけどね!」

「えー」

天龍は川内と楽しそうに話す村雨を見て微笑んだ。

それで良い。村雨、仲間と打ち解ける事を思い出せ。

 

 



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天龍の場合(6)

 

 

村雨の夕食会が終わった夜、天龍の自室。

 

「ふぅ~い、今日も頑張ったぜっと」

「天龍ちゃん、おかえりなさい」

部屋に帰ると龍田がタカタカとパソコンのキーを叩いていた。

「おう、ただいま。龍田はほんと忙しそうだよなぁ・・」

天龍がちゃぶ台の傍に座ると龍田はキーから手を離し、

「あらぁ、ごめんなさい。天龍ちゃんに構ってなかったかしら~」

と、背後からぎゅっと抱きついた。

「いや、そういう意味じゃねぇよ」

「良いじゃない、スキンシップ、スキンシップ~」

「・・・ま、いいけどさ」

首を少し傾けて龍田の頭とこつんと触れ合った時。

ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!

天龍のポケットでスマホがメールの着信を知らせた。

「ん?」

画面を見ると、タイトルに

 

「相談、良いですか?」

 

と書いてあった。

天龍は真顔に戻ると、メールを読み始めた。

 

 夜分ごめんなさい、先月までお世話になっていた電なのです。

 赴任先の鎮守府の運用について相談があるのです。

 私は秘書艦としてやりくりしてるのですが、いつも資材不足になって困っているのです。

 司令官さんは良い人で、出撃も育成もとても熱心なのです。

 最近は装備を整えたいと仰って開発を強化しているのですが、失敗ばかりなのです。

 そちらでやるより失敗続き・・というより、ほぼ100%失敗なのです。

 司令官さんがほとほと困ってるので助けてあげたいのです。

 どうしたら良いでしょうか?

 

「あらぁ、どこの子?」

「んお?ええとな・・・」

差出人のアドレス帳を開き、メモ欄を見た。

「・・・第14125鎮守府、秘書艦として行ってる」

「ということは、司令官は新人さん?」

「そういう事。相談内容もいかにも、だ」

「赴任前のLVは?」

「2」

「じゃあほとんど新人さんねぇ」

龍田はPCを操作しながら首をひねった。

「そうね・・毎日1000前後溜めては1桁になるまで使ってるわね・・・」

「マジか?」

「ほら」

「・・・・ホントだ。1桁だと食事も困るだろうから秘書艦としては頭痛ぇだろうな」

「毎晩頑張って出撃してるのね。建造は少ないみたいだけど」

「んー・・・・あ!」

「どうしたの?」

「この時点でこの開発を毎日回すのはキツイだろ・・・ボーキの量から考えて艦載機狙いか?」

「赤城さんを迎えた頃と一致してるわね・・・でも、このレシピは見たこと無いわ」

天龍と龍田は顔を見合わせた。

「・・・間違えてねぇか?」

「20、10、60、110・・・あ」

「もしかして、20、60、10、110がやりたいのか?」

「横縦間違えて覚えたのね~」

「よっし」

天龍は返信をタップした。

 

 電、元気そうだな。天龍だ。

 相談読んだぜ。司令官と頑張ってるじゃねぇか。

 早速だが返事だ。最近回してるレシピ、艦載機狙いなら弾薬が60で鋼材が10だぜ。

 それでもダメならまた連絡してこいよ。

 あと、余裕が出たら燃料11、弾20、鋼材111、ボーキ10もやってみな。

 

「ま、こんなもんだろ」

「あらぁ、秘蔵のレシピ教えちゃうの?」

「良いじゃねぇか」

「可愛い教え子ですものね~」

「ま、そういうことだ」

天龍は手を組み、腕を上にぎゅうっと伸ばした。

「ねぇ天龍ちゃん」

「んあ?」

「休み取れてる?大丈夫?」

「そういや妙高にも言われたな。俺は傍から見てヤバいほど働いてるか?」

「天龍ちゃんのクラスに常時誰か居るって状況は最近になってからでしょう?」

「そりゃそうだが、妙高達や龍田はいつも大勢教育してるだろ」

「私達は教科書通りに教えれば良いけど、天龍ちゃんの場合は教育というより療養だから」

「そうか?確かに教科書はねぇけどさ・・・」

天龍は思い出したように笑いながら、

「白雪はすぐに新入りの指導ポイント見抜くし、伊168は封印された心をこじ開けるのが上手い」

「川内は絶妙なブレーキ役だし、祥鳳はそれを解ってて揺さぶりをかける」

「俺は確かに先生やってるけど、実際教えてんのはあいつらのようなもんさ」

龍田はにこっと笑った。

「天龍ちゃんの人徳よねぇ」

「ん・・んなもん・・ねぇよ」

「天龍ちゃんの言う通り、あの子達の能力が高いのは事実だけど、凄過ぎて敬遠されちゃった子達だもの」

「そこが解らねぇよな。提督も言ってたけど好きにやらせりゃ良いじゃねぇか」

龍田は溜息をついた。

「提督は許容範囲が広過ぎるからね・・・」

「待て龍田。それはつまり俺もってことじゃねぇか」

「さぁ、どうかしら~」

「まぁ・・・良いや。それで思い出したんだけどさ、龍田」

「なにかしら~」

「あの4人、マジで行き先ないのか?」

龍田は困った笑顔を浮かべた。

「過去と能力を説明するとね、相手先の鎮守府がどこも尻込みするの」

「けど、あいつらはホントに頑張って自分を鍛えてるからさ・・・」

「ええ。だからこそ、それを受け入れられる鎮守府も少ないの」

「大きな鎮守府でもダメなのか?」

「残酷な話、もし彼女達が戦艦や正規空母なら引く手数多だったでしょうね」

「うちの提督は、どの艦種も大事だって言ってくれるのにな・・」

「そうね。でも、それは多数派ではないの」

「・・・だとしてさ、龍田」

「なぁに?」

「この先も深海棲艦を艦娘化して教育するなら、うちのクラスに来る奴は絶えないだろ?」

「・・・ええ、現実論としてはそうでしょうね」

「そいつらの為に、あの4人を雇えないか?」

「・・・まぁ、提督はOKと言うでしょうね」

「提督は・・って事は」

「肝心な事は、白雪さん達がそうしたいかって事」

「・・・」

「あの子達が、自ら教育班の講師を望むならいつでも頼んであげる」

「・・・」

「でも、天龍ちゃんが行く先が無い事に同情して動いたら、それこそあの子達が可哀想」

「・・・」

「私個人としては・・良い案だと思うわ」

「・・・龍田」

「あの子達は凄く頭が良い。だからあらゆる物を通り越して結果を読んでしまう」

「・・・」

「結果が見えてしまうから、司令官を想ってるほど、良かれと思って意見してしまう」

「・・・」

「でも自分の言う事を聞かない事に司令官は疎ましく思い、言われた通りの結果になって驚き、恐れるようになる」

「・・・」

「そして、それぞれの艦種としての戦い方に嵌めればあの子達は才能を発揮出来ない」

「・・・」

「あの子達を動かすのは優秀な人じゃなくて、思いの通りにやらせてあげる人」

「・・・そうだな」

「そこまで認めて、受け入れて、使ってあげられるのは・・・」

「・・・うちの提督くらいじゃね?」

「ええ。でも、行き場が無いからここに来ると言うのと、来たくて来るのでは全く違う」

「そうだな」

「あの子達が最大限能力を発揮して一丸となったら、うちの第1艦隊並みの実力だと思うんだけどね」

「・・・」

「あの子達が望む未来としてうちの鎮守府が上がるなら、それはとても嬉しい事なんだけど、ね」

「・・・何とかできねぇかなあ」

龍田は天龍の鼻先をつんと指で弾くと

「頑張ってね、天・龍・先・生」

「うー」

「うふふふふ」

 

 



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天龍の場合(7)

 

 

夕食会の翌日、鎮守府教室棟。

 

「だから、ミサイルぶちかませば良いじゃない」

伊168が拳を振って力説する姿に、村雨はペンを持ったまま目を白黒させていた。

 

きっかけは天龍が朝何気なく言った事だった。

 

「硝煙の匂いってサイコーだよな!」

祥鳳が頷いた。

「直接撃ちあうのは正々堂々としてて素敵ですよね。艦載機なんて卑怯臭い物要りません」

伊168がぽつりと言った。

「でも、直接撃ちあえば優秀な艦娘でもまぐれ弾に倒れるかもしれない。間接攻撃にすべきよ」

村雨が首を傾げながら言った。

「間接攻撃となると、艦載機による空爆攻撃しかないですよね・・」

白雪が言った。

「爆撃機が来る事が解っていれば互いに戦闘機を出しますから、航空機同士の直接攻撃になりますよ」

天龍が言った。

「じゃ、村雨」

「はい」

「味方が最も傷つかずに敵を倒す方法を、5人の意見としてまとめな」

「・・・・へ?」

「ちゃんとお前の意見も入れるんだぞ。今日中な」

と言って、天龍は講師用の席に腰かけると、書類に向かってしまった。

村雨はごくりと唾を飲み込んだ。嫌な予感がする。むしろ嫌な予感しかしない。

ちらりと後ろを見ると、既に伊168と祥鳳が睨みあっている。

川内は寝始めたばかりなのでぴくりともしない。

白雪は外を見ている。

村雨は講義ノートを取り出した。ここの鎮守府で学んだ色々な事が書かれている。

藁をもすがる思いでページをめくっていくと、1つの単語が目に飛び込んできた。

「ブレーンストーミング法」

よし、これをやっちゃおう!

 

「え・・・えええええと、祥鳳さん、伊168さん、白雪さん、川内さん」

「なにかしら?」

「なによ?」

「・・・」

「zzZZzZZZ」

「これからブレーンストーミング法で、味方がより傷つかずに敵を倒す方法について、意見を出しませんか!」

 

しーん。

 

反応が無い、ように村雨は思った。しかし。

 

「あら、あらあらあら」

「へぇ」

「面白そうですね」

「ちょっとだけ参加する・・・むにゃ」

 

やる気に満ち溢れた面々の顔がそこにあった。

というか、少し溢れすぎている気がする。

寝てた筈の川内まで目だけこちらに向けているし。

「どうやるの?」

「ええと、あの、今回はブレーンストーミングで、ち・・・」

4人が一斉に反応する。

「ち?」

村雨は両手をぎゅっと握ると、

「チーム戦で勝った方の意見を採用します!」

4人が頷いた。

「良いわね・・で、どうやってチーム決めるの?」

村雨はノートの白紙のページにばばっと5本の縦線を引いた。

「アミダです!横線は天龍先生に引いてもらいます!」

天龍はひょこっと顔を上げた。

「呼んだか?」

「先生!アミダの線引きお願いします!全員別の所に行くように引いてください!」

「おう、良いぜ」

「引いた横線を隠して返してください」

「こう・・畳めば良いよな・・ほらよ」

「はい。じゃ!名前を書いてください」

途端にキン、という音がした。

伊168のペンと祥鳳のペンが右端の上空でがっちりぶつかっている。

「右端、私が書きたいんですけど」

「奇遇ね。あたしもよ」

村雨は見る間にどす黒くなっていく二人の雰囲気に切り込んだ。手遅れになったらまずい!

「じゃんけん!3回勝負で!行きますよ!最初はグー!」

両腕を振って捲し立てる村雨に気圧された二人はじゃんけんの姿勢に変わった。

天龍はその様子を遠くから見ていた。なるほど、あの二人には今度からああしよう。

 

「な・・・なんで15回も続けてあいこなんですか・・・・」

掛け声を出すのに疲れ切った村雨に対し、祥鳳と伊168が同時に相手を指差す。

「だって!向こうが!」

そこで白雪がくすっと笑うと

「気が合うんですね」

祥鳳と伊168が真っ赤になって白雪に反撃する。

「違っ!」

「違いますわ!」

だが白雪はにこにこしたまま

「アミダが始まらない以上、お二人でチームになっては如何ですか?」

「う」

白雪が村雨にパチンとウインクすると、村雨は瞬時に意味を理解した。

「じゃ!祥鳳さんと伊168さんで1チーム!白雪さんと川内さんで1チーム!私が書いてまとめます!」

そして天龍を振り返ると

「すみません!このアミダは次の機会に使います!」

「おう。あ、これ使え」

村雨にぽいと放り投げたのは付箋紙の束だった。

村雨は頷き、

「ありがとうございます!じゃ!まずは手段をどんどん挙げてください!」

白雪が継いだ。

「ご意見は一言で。付箋紙に書ける長さまでにしましょう」

 

 

昼の鐘が鳴った。

 

村雨は付箋紙に「カーフェリーに自動車爆弾満載」と書き込むと、肩で息をしながら、ぱたりとペンを置いた。

「ふ・・・付箋紙が・・・無くなりましたので・・・これで終わりにします」

「えー」

「しょうがないわよ、紙もないし、御昼の鐘も鳴ったし」

白雪がにこりと笑うと

「じゃあ午後は出た手段から抽出して優位理由を検討しましょう。お疲れ様でした」

と言って、村雨の肩をぽんと叩きながら、席を立った。

天龍がパンパンと手を叩きながら言った。

「よーし。んじゃあ昼飯食べに行こうぜ!」

机にへちゃりと突っ伏していた村雨に、川内が

「村雨ちゃん、一緒に行こっ!」

と声を掛けた。

村雨はピクリと反応し、ふんすと息を止めて起き上がると、

「うん!」

と言って起き上がった。

 

「おぉ・・・」

天龍は思わず唸った。

普段は行儀良く食べている村雨が、伊168が、祥鳳が、貪るように昼食をかきこんでいる。

「今日はずいぶん食べるなあ」

という天龍の言葉に

「あれだけ意見言えばお腹空くわよ!」

「3時間喋りっぱなしだったんですから!」

そう、伊168と祥鳳は返したが、村雨はむぐむぐとご飯を飲み込みつつ席を立ち、間宮に茶碗を差し出すと、

「お代わりください!」

「あらあら、次も一杯召し上がりますか?」

「はい!」

「じゃあ重たくしておきますね」

「ありがとうございます!」

といって、再び席に着くと物も言わずに続きを食べ始めた。

天龍はその様子に苦笑しながら、自分のトンカツを箸でつまもうとしたが、箸は小皿の上で空を切った。

「・・あれ?」

楽しみにしていたトンカツが丸ごと無い。

ふと目線を上げると、白雪と川内が明後日の方を向いてもぐもぐと口を動かしている。

天龍はジト目で睨みつけた。

「・・・・どっちだ?」

何の事でしょうというような視線を寄越した川内と白雪だが、天龍は川内のこめかみを流れる汗に気付いた。

「川内・・・・最後のチャンスだ。司法取引に応じてやっても良いぜ」

白雪が非難する目で川内を見た。川内はごくりと飲み込むと、口を開きかけたが、

「・・・あ」

と言って、白雪に向かって目を見開くと硬直した。

天龍は溜息を吐くと

「白雪、法廷ごと爆破するのはナシだ」

「中南米辺りでは常套手段かと」

「いいから、机の下で突きつけてる酸素魚雷の安全装置を戻せ」

「司法取引を要求します」

「・・・二人とも今日のおやつ抜きでカンベンしてやる」

「起爆します」

「1週間バンジーと夜戦演習の禁止も追加するか?」

「・・・止むを得ませんね。ではおやつ抜きで」

「おうよ」

村雨が恐る恐る机の下を覗き込むと、白雪が器用に酸素魚雷の安全装置を掛ける所だった。

冷や汗がどっと出た。あれ実弾じゃん!

顔を上げた村雨に、白雪はにこりと微笑んだ。

「これを瀬戸際外交というのですよ」

村雨はこくこくこくと頷いた。

こんなにも平和は儚いものなのだと噛み締めながら。

 

 



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天龍の場合(8)

 

 

白雪と天龍の司法取引が成立した昼食会の席、鎮守府食堂の中。

 

天龍がジト目で川内と白雪を見た。

「司法取引に応じたんだから動機位言え」

「満腹にあと少し足りませんでした」

「先生トンカツ全然食べてなかったからダイエットしてるんだなって」

「俺は超楽しみにしてたんだよ!5切れ全部取りやがって!」

「好物を最後に取っておくなんて、ブルジョワのする事です」

「そうだよ、でないと取られちゃうよ」

「だからってホントに盗るな・・・足りないならご飯のお代わり行けよ」

「駆逐艦や軽巡にはおかずのお代わりくれないじゃないですか」

「トンカツお代わり出来るなら行ったけどさ」

「お前らなあ」

そこに、祥鳳がトンカツの乗った小皿を天龍の前にことんと置いた。

天龍と川内と白雪が一斉に見た。

「えっ?」

「トンカツ!」

「しょ、祥鳳・・・これどうした?」

祥鳳が肩をすくめると

「トンカツのお代わり欲しいですって頼んだんです。あたしは一応空母ですから」

「戦艦・空母特権か」

「正規空母さんのように全てのおかず無制限という訳ではないですけど。じゃ、私は1切れ貰いますね」

「あっ・・真ん中」

「おいし♪」

天龍は溜息を吐きながら小皿に視線を戻して目を見開いた。

「・・・なんで3切れしかねぇんだ?」

いや、待て。犯人探しより先に食べてからだ。

天龍は真ん中の2切れをガッと掴むと、一気に口に入れた。

「あー!」

「一気食い!贅沢!」

天龍は涙目で頬張りながら、空いた箸で川内と白雪をビシビシと差した。

「おひゃへら、まひゃふひゃひれひゃへひゃはろ!」(お前ら、また二切れ食べただろ!)

しかし、川内と白雪は肩をすくめた。

「今度は私達してませんよ?」

「司法取引がパアになったら困るし、私達が1切れずつ食べたら残りは2切れじゃないですか」

疑いの眼差しでしばらく二人を見たが、渋々小皿に箸を戻すと、再び空を切った。

「!?」

はっとして反対側を見ると、伊168と祥鳳がゆうゆうと食後のお茶を飲んでいる。

更に視線をずらすと、やけに慌ててお茶漬けをかき込む村雨が居た。

天龍は3秒考えた後、

「祥鳳、一口羊羹1本」

祥鳳は首を傾けた。

「2本。ここまでだ」

祥鳳は肩をすくめると

「見て解るじゃないですか」

「・・・どこをだよ?」

「村雨ちゃんは口元に衣がついてて、伊168さんは袖口にソースがついてます」

がばっと確認する二人に、

「とかあったら解りやすいですよね」

「あっ!引っかけたわね!」

「仲間を売るなんて酷いです!」

天龍はゴゴゴゴと真っ黒い気配を漂わせると、

「お・ま・え・ら」

「み、見たら祥鳳さんが取ってたし、御飯だけだと寂しくて!」

「ひっ!だ、だって!一気に食べた後に残ってたから!」

「罰として、二人で一口羊羹2本ずつ買ってこい。今」

 

「美味しいですねえ」

「ほんと、旨いなあ」

「羊羹はこう、きちんと切ったのを少しずつ頂くのも良いですけど」

「一口羊羹を丸かじりするってのも」

「美味しいですよね~」

「甘い物の後は渋茶がたまんねぇな!」

伊168と村雨がジト目で見る中、ずずずと渋茶を啜る天龍と祥鳳。

「川内さんと白雪さんが司法取引で私達が罰金刑って不平等じゃないですか」

「不平等はんたーい」

天龍はじろりと伊168と村雨を見ると

「司法取引ってのは先着順でな、カルテル摘発でも順を追う毎に罪が重くなるんだ。嫌なら盗るな」

「ちぇー」

「はーい」

「・・・伊168は反省の意が見られないから、今日のおやつ当番を命ずる」

「うえっ!?」

「ほらお前ら、お菓子の希望を言いな」

ところが祥鳳達はしーんとしている。

「・・・・どうした?」

「だって」

「明日は」

「我が身ですから」

「ここは庇うのが仲間かと」

その言葉にぱぁぁっと表情が明るくなる伊168と反対に、天龍のこめかみで青筋がぷちんと切れた。

「お前ら!また俺の飯盗る気マンマンなのか!!!」

「食事はスポーツです!」

「真剣勝負です!」

「戦場です!」

「油断した者の負けです!」

「そんな殺伐とした雰囲気じゃなくて、仲良く飯食おうぜ・・・」

「今日は煮物と生卵で負けたけどトンカツで勝ったよ!」

「海苔と煮物は逃がしません。あとトンカツ2切れはボーナスでした」

「ご飯美味しいです。でもトンカツはもっと美味しいです」

「シメは生卵ダブルの卵かけごはんに限ります。トンカツは真ん中一切れを追加で食べましたから良いです」

「海苔を盗られたのは不覚だったけど、トンカツ3切れは美味しかったから良し!」

「お前らなぁ・・・・ま、やるなら勝手にしろ。だが、俺の飯を盗るな」

「我々天龍組の元締めじゃないですか」

「競技でハブるのは可哀想です」

「一緒に差しつ差されつのスリルを楽しんでほしいですし」

「なにより、私達のボスじゃないですか」

何だか解らないが仲間意識を感じて天龍がうるっとしたが、

「まぁ、一番隙が多いので取りやすいんですよね」

「しっ白雪ちゃん!今はダメだよ本音言ったら!」

「あら失敬」

という白雪と川内の発言を聞いて涙が引っ込み、無表情になると、

「3日間バンジー抜き」

「えええっ!」

「今日は21時就寝」

「ちょ!とばっちり!!」

「うるさい」

そしてジト目で残りのメンバーを見ると

「お前らもまだ俺からメシを盗る気か?」

3人はぶるぶるぶると首を振った。

 

午後。

 

食事が済んで一番眠くなる筈の時間。

天龍のクラスでは怒号が飛び交っていた。

 

伊168と祥鳳はミサイル攻撃最強論を展開し、白雪と川内は直接攻撃最強論を展開していた。

「離れた場所の地下から攻撃出来るんだから長距離弾道ミサイル以上に有効な策は無いわ」

「飛ばす前に司令部に切り込んで殲滅させれば良いじゃない。夜の闇に紛れれば基地攻めなんて大した事ないわ!」

「その前に撃つもん!電探張りまくってやる!」

「MD防衛はテクニカルな問題があります。互いに攻撃して防衛出来ずに滅亡しては意味がありません」

村雨はペンを持ったまま目を白黒させていた。

ふと、皆の目が一斉にこちらを向いた。

「どう思う!村雨ちゃん!」

「へっ?」

「そうよ、貴方も意見を言いなさい!」

「あ、あの、ええと」

「今2対2です。貴方がどちらに着くか、その論理が納得出来るかで決まります」

「ふええっ!?」

「直接攻撃だよね!それも夜戦で!」

「・・・・」

村雨は必死に頭を回転させていたが、

「み、ミサイルが良いかなって・・」

「切り込んで戦うのは何でだめなのよ!?!」

「え、えっと、川内さんは強いです」

「う・・・ありがと・・」

「でも、私は弱いです」

「・・・・」

「ミサイル発射なら私でも操作出来ますが、直接攻撃で私がまぐれで生き残っても碌に攻撃出来ません」

「・・・」

「だから、きっと、最後まで戦力が落ちないのは、ミサイル攻撃かなと」

白雪がくすりと笑った。

「装置が壊れなければ、ですけどね。ただ、オペレーターの技量に依存が少ないのは貴方の言う通りです」

「!」

「でも最初のタイトルは、味方が最も傷つかずに敵を倒す方法でした」

「!!!」

「ミサイルが撃つ人の技量に依存度が少ないのはその通りですが、相手の撃ってきたミサイルを防ぐ技術が無い」

「・・・・。」

「カーフェリーに自動車爆弾を積んで突っ込ませるのと同じく、防げなければ味方は傷付いてしまう」

「・・・・」

「そこは、どうお考えですか?」

 

 

 



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天龍の場合(9)

 

 

ブレーンストーミングが煮詰まりに煮詰まった時。天龍の教室。

 

白雪の問いに、村雨は数分間かけて考えた。

湯気が出る程真っ赤になって超高速で頭を回していたが、その果ては

「・・・参りました」

そう言って、へちゃっと机に伏してしまった。

天龍は書類を書き終えてぐうっと伸びをすると、村雨達に声を掛けた。

「意見はまとまりそうか~?」

村雨は伏したまま

「そもそも無理っぽいです~」

と、答えた。

天龍は肩をすくめると、

「おやおや、それじゃあ頭脳派集団の名折れじゃないのか~」

と言った。

伊168はむっとした表情で反撃した。

「じゃ、先生はこの問題、解決策があるって言うの?」

「あるって言ったらどうする?」

「つまらない方法だったら論破してあげる」

「論破出来なかったら?」

「晩御飯のデザートを奢ってあげるわ!」

天龍はパンと手を叩くと伊168を指差し

「その言葉に偽りはないな伊168?」

「無いわよ!さぁ、言ってご覧なさい!」

「その策ってのはな」

5人が天龍を見た。

「・・・敵を味方にしちまうんだ」

「え」

「それって、アリ?」

「攻撃方法じゃないんですか?」

「だから、味方になるように仕掛けるんだよ」

「例えばどういう事ですか?」

「ちょっと前まで、お前達は深海棲艦で敵だったわけだろ?」

「あ・・」

「どうしてここに居る?」

「・・・カ、カレーが・・・美味しかった・・・から・・・」

「艦娘や人間に・・・戻れるって・・・噂を頼りに・・・」

「つまり、こっちに来る方が良いなって思ったからだろ?」

「・・・そ・・・そう・・・ね」

「そういう事だぜ!さ、反論は?」

むふんと胸を張る天龍に、5人は

「・・・なんか、なんとなく面白くないです」

「反論はないけど、未明に夜戦仕掛けたいかな」

「魚雷抱えた艦載機並みにムカつきます」

「徒競走かと思って準備してたらバイクで来やがった感じ」

しかし、白雪だけは眉間にしわを寄せて熟考した後、

「私達は敵味方に分かれて戦闘する事を前提にしてましたけど、そもそも攻撃とも言われてないですね」

伊168が渋い顔をしながら答えた。

「・・・そ、そうだけど」

「前提を作ったのは私達で、その前提のせいで破たんした」

「う・・・ぐ・・・」

「物凄く不本意で、いつかぎゃふんと言わせたいですが、今は完全に天龍さんの勝ちです」

「くぅぅぅぅぅ・・・・」

机に拳をダンダンと叩きつけて悔しがる伊168に他の3人が続いた。

「口惜しい・・・口惜しいよね・・・」

「今なら深海棲艦に化けても良いってちょっと思います」

「レ級になれる自信があるわぁ」

「ですよねえ」

5人のジト目を受けながらも、天龍は

「真面目な話、論議には前提が必要だが、前提を作り過ぎたら論議が歪む。それは賢い奴ほど陥るんだ」

「・・・・。」

「歪んだ論議の果てに全滅すると解ってる戦争へ突入なんて、ぞっとしねえだろ?」

「・・・」

「だから、論議が尽くしてもどうも腑に落ちねぇ時は前提を疑え。余計なもんがねぇかって、な」

川内が溜息を吐いた。

「完敗、ね」

白雪が窓の外を見た。

「天龍さんが100%の正論を言いました。今夜はハリケーンでも来るのでしょうか?」

祥鳳が伊168の肩を叩いた。

「昼夜ダブルの出費、お疲れさま」

伊168は悔し涙をこぼした。

「負けた・・・完全に負けた・・・」

村雨は腕を組むと

「この教訓はきっと、入社面接でも使えますよね」

天龍は頷いた。

「入社面接どころか、人生のあらゆる所で使えるぜ。今日の事が悔しかったら忘れちゃいけねぇぞ」

5人は何度も深く頷いた。

「お、お前ら・・・本当に悔しかったんだな・・・」

こくり。

天龍は息を吐くと

「解った解った。ちょっと設問が意地悪だったよ・・・食後にくずきり奢ってやるからさ」

と言った途端。

「やった!」

「先生大好きです!」

「冷たくて美味しいのよねえ」

「黒蜜マシマシでお願いします!」

「私きなこ大盛りで」

天龍はがくりと頭を垂れた。ホント現金な奴らだなおい。

ていうか村雨すっかり溶け込んでるじゃねぇか・・・取り越し苦労だったか?

 

夕食後。

 

「んふー」

「くずきり美味しいです~」

 

星空の元、外のベンチに腰掛けてくずきりを頬張る6人。

「いいか、バトルするんじゃねぇぞ、特に俺のを狙うな。絶対だ」

と、何度も言い含める様子に、間宮から

「お夕飯も狙われてましたものね・・・」

と言われ、一瞬ぽかんとした後、

「あっ!やっぱりお前ら俺のシュウマイ食ったな!」

「気付くの遅すぎです」

「本当に気付いてなかったんですか?」

「ごちそうさまで時効でしょ」

「梅干しはセーフってことですね」

「レンコン美味しかったです」

「おまえら・・・・奢るの止めるぞ」

途端に空気がしんと冷えたものに変わる。

「えっ・・・それは酷いです。抗議します」

「全力で夜戦仕掛けるわよ?」

「魚雷で側面支援します、川内さん」

「遠距離から副砲で徹甲弾かましますね」

「とどめは五連装酸素魚雷の出番ね、見てなさい!」

天龍は間宮に向くと

「何とかしてくれ・・・」

間宮はむんと両手を腰に当てると、

「先生を困らせるような悪い子にはおやつ売りませんよ!デザートも抜きです!」

5人はぎょっとした顔になるとぺこりと頭を下げ、

「天龍先生すみませんでした」

「ちょっと調子に乗りすぎました」

「謝りますので水に流してください」

「明日お茶淹れます」

「明日からメインのおかずには手を出しません」

と、謝罪(?)の言葉を口にした。

 

天龍はくずきりにしっかりと黒蜜を乗せてから口に運びながら、言った。

「本当によぅ・・・そんなに悔しかったのか?」

「はい」

「かなり」

その時、伊168が溜息を吐きながら言った。

「・・・ほんとはね、私達が悔しいのは、自分達に対してなんだ」

「うん?」

「私達が勝手に作った前提で論議が間違った方向に行った」

「そして、それに全く気づかなかった事を、凄く怖いと思うんだ」

「私達は朝から1日かけた挙句、ミサイルか直接攻撃かの2択が唯一の選択肢だって疑ってなかった」

「一方で、どちらもおかしいとも感じていた」

「でも、ずっと話してきた経緯は決してちゃかしたものじゃなかったから、それしかないと言い聞かせてた」

「先生の言う通り、あたし達だけだったら、全滅覚悟の戦争を始めてしまったかもしれない」

「それが、凄く怖い。その怖さを、先生に八つ当たりしてるだけなの」

伊168が4人を見ると、4人はこくりと頷いた。

天龍はふっと笑うと、言った。

「・・・今日の話は、あくまで授業だ。別に失敗したって死ぬわけじゃねぇし、非難される事もねぇ」

「だけど、場面によってはそうなる」

「そういう場面で失敗してから気付く事にならなかった分だけ、お前らは運が良かったのさ」

「話してて、答えの全てがおかしいと思ったら、今日の話を思い出せば良い」

「昨日の村雨じゃねぇが、たとえフックを固定して飛び込む直前でも、気付いて言えば変えられるんだ」

「早く気付くほうが円滑に変えられるが、手遅れと思って言葉を飲み込んだら本当に手遅れになる」

「その時どれだけ格好悪くても、変えようとする努力は止めちゃいけねえ」

天龍は星空を見上げながら言った。

「お前らは優秀だ。一人一人がちっとやそっとじゃ追いつけねぇ位凄ぇんだ」

「だからきっと、お前らは正しい方向に周りを導けるって、俺は信じてるぜ」

天龍は次のくずきりを口に運ぼうとしてぎょっとなった。

くずきりが溢れそうなくらい増えていたのだ。

「おっ、お前ら・・くずきり嫌いか?」

「好物ですよ?」

「美味しいし好きだよ」

「だから先生にあげるんじゃん」

「認めてくれた先生に、ね」

「先生がピンチになったら世界の果てからでも助けに来るからね!」

「ははっ、そりゃ頼もしいな」

「でも夜戦に限ってね」

「そこは譲らねぇのかよ!」

「昼は寝てるもん」

「まったく・・・」

そういいながら、天龍はくずきりを頬張った。

いつもより一段と美味しいなと思いながら。

 



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天龍の場合(10)

 

 

村雨の試験勉強開始から2週間後の夕方。教室棟。

 

「・・・なぁ」

「なんでしょう?」

「お前、なんで艦娘なんだ?」

 

この珍妙なやり取りの主は天龍と祥鳳であった。

1日の授業が終わり、教室には天龍と祥鳳だけが残っていた。

それは月に1度の大事な時間だった。

 

祥鳳が天龍組に来た理由は艦載機の搭載を拒否する事と、先生が教える事以上の高度な見解を持っているが故だった。

たとえば戦略の授業の始めに、艦隊戦の戦略について説明してくださいと指された時には、

「艦隊戦の勝敗は数の論理と稼動率が重要であり、複数の鎮守府で一斉攻撃し、兵站を十分に確保する事が大切です」

と、言ってしまったので、他の受講生は

 

「他の鎮守府とどうやって連携攻撃すれば良いんですか?」

「兵站の確保はどうすれば良いんですか?」

「数の論理なら1艦隊6隻という上限を少ないと思うのですが、どうすれば増やせますか?」

 

など、至極もっともだが答えようがない質問を講師が浴びる事になり、

 

「あ、あわわわ、あの、ええと、単縦陣とかですね、そちらのお話を・・・あうううう」

 

と、授業が立ち往生してしまったのである。

天龍は1日で目を回していた羽黒を見かねて引き受けたのだが、数日じっくり話して祥鳳の才能を確信した。

そして、祥鳳に聞いた。

「ここは学び舎だ。希望したって事は、お前は何か学びたい事があるんだろ?」

祥鳳は頷いた。

「海軍に限らず幅広く戦い方を学び、艦載機無用論を極めたいんです」

天龍は頷くと、

「提督も幅広い兵法を求めて読み漁った事がある。図書室に行ってみな。好きなだけ学べば良い」

ぱあっと喜ぶ祥鳳に、天龍は2本指を立てると

「ただし、条件が2つ」

祥鳳は頷いた。

「1つ目は、1ヶ月に1回、状況をまとめて俺に報告しろ」

「2つ目は、卒業生の救助を手伝え」

祥鳳は眉をひそめた。

「1つ目は解りますけど、2つ目は何ですか?」

天龍は頷くと、ぐいと近づき、1段声を潜めた。

「卒業生がな、赴任先の鎮守府でイジめられたり上手く馴染めなくて塞ぎこむ事がある」

「俺達は逃げ帰ってきた艦娘を保護したり、強行突破して連れ帰る事がある」

「お前が研究してる艦載機無用論を使って、奪還作戦の戦略を立ててくれねぇか?」

祥鳳の目が輝いた。

「実戦経験を積ませてくれるんですか!」

「おう。ただし、呼ぶ時は常に本番で命が最優先だ。戦闘禁止の場合も多いし、希望するケースが来るかは解らねえ」

「・・・」

「だが、重要な役回りだ。やるか?」

祥鳳がニヤリと笑って頷いた。

「私の理論の到達点とも合致します。やります」

そこで天龍は祥鳳をブレーンに、天龍、球磨、多摩、木曾を実働部隊とする「救助隊」を立案した。

このプランは天龍から龍田へ、そして提督に伝えられた。

提督は龍田と天龍の提案を聞き、しばらく考えた後、

「ダメコンを必ず持ち、私に出動を隠さず、相手を殺さない事。万一の責任は私が取る。やってみなさい」

と言った後、

「名前・・救助隊なぁ・・まあ・・甲標的みたいなもんか・・・」

と、ぽつりといった。

先日、天龍が村雨に見せた7色モヒカンにされた司令官も「救助隊」の成果である。

そして今日はもう1つの約束である、「月に1度の報告日」であった。

冒頭の天龍の言葉に、祥鳳は肩をすくめた。

 

「なんでと言われましても・・・」

「むしろ学者とかそっちの方があってねぇか?」

「戦略は実戦結果をフィードバックしてこそ「使える」物になりますから、考えるだけでは意味がありません」

「そうだけどさ・・ここまで書ける奴を戦場に置くのはリスクが高過ぎる」

「リスク?」

「失ったらあまりにも勿体無ぇって事だ」

祥鳳は俯いたが、頬は少し赤かった。

「・・・でも」

「ん?」

「私が配属された先の司令官は皆、進言した事を聞いてくれませんでしたし・・・」

祥鳳は膝の上でギュッと拳を握ると

「私にエンジンの無い艦載機を持たせて奥深い海域に突撃させましたよ」

予期せぬ告白に、天龍は言葉を飲んだ。

黄昏色に染まる教室の中で、祥鳳は天龍を見ながら悲しげに笑った。

「海域に着いて発艦指示した時、妖精達から報告を聞いて頭が真っ白になりました」

「艦載機の1つから「どんな兵器も使いようというのなら、これでも使ってろ」って書き置きが見つかって」

「相手の艦載機が群れを成して飛んで来るのが見えたんですけど、飛べる艦載機を使えるのが羨ましかった」

「一切の気力を失って撃たれるまま水底に沈んでいく時、艦載機無しで戦える力が欲しいと心から願いました」

「今はここのおかげで艦娘に戻りましたけど、もう2度と艦載機を積むのは嫌・・というより、怖くて積めません」

祥鳳の目には零れそうなほどに涙が溜まっていた。

「こんな私は、艦娘で居るべきではないのでしょうか?」

天龍は祥鳳を真っ直ぐ見返したまま、ぐっと唇を噛んだ。俺は軽はずみな言葉で下手を打っちまった。

「俺が何か言うより、俺を納得させた人から言ってもらった方が良いと思う。だから、来てくれ」

「え・・・?」

「頼む。俺を信じてくれ」

 

コンコン。

「どうぞ」

本日の秘書艦である加賀は、ノックの音におやっと思った。

この叩き方は天龍さんですね。珍しい。

「提督、加賀、邪魔するぜ・・」

「天龍か。どうした・・・ん?天龍組の祥鳳さんか?」

祥鳳が頭を下げる際、加賀は祥鳳の目が真っ赤な事に気付いた。泣いたのでしょうか?

提督は席を立つと、まっすぐ祥鳳の前に歩いていき、

「救助隊は貴方の立てた戦略によって素晴らしい成果をあげ、かつ、隊員も毎回無事に帰って来た」

「なかなかお会いする機会が無くて後回しになっていましたが、感謝を申し上げたかった」

そう言って帽子を取ると、

「ありがとう」

と、深々と頭を下げた。

祥鳳は一瞬呆然とした後、ハッとしたように

「いっ、いえいえいえ、あ、あの、頭を上げてください。わ、私は当然の事をしているだけで、その」

と、両手をぱたぱたと振った。

提督は頭を上げるとにこりと笑い、天龍に向いた。

「それで天龍、用向きは?」

天龍はインカムを外して手に持つと、眉をひそめたまま提督を見つめ、口を開いた。

「提督、大真面目な話だ」

「聞こう」

「・・・俺は祥鳳の話を聞いて提督が何を言うか想像がついたし、それを言う事は出来た」

「うん」

「でも、俺はヘマをして、俺の言葉じゃきちんと届かない状況にしちまった」

「・・・」

「だから、提督から言葉をかけて欲しい。忙しいのは百も承知だしヘマをした事は詫びる。でも、頼む。祥鳳の為に」

天龍はざっと頭を下げた。

「良く解らないが、今日の書類仕事は終わったよ。祥鳳さんの話を聞こうじゃないか。さあ、かけなさい」

そう言って、応接セットを指差した。

 

「・・・・・」

 

天龍が順番に話し、祥鳳がぽつりぽつりと補う形で轟沈の直前からの経緯を話し始めた。

書き置きのくだりの際、加賀はちらりと提督を見て提督室の外に出ると、小声でインカムに話しかけた。

これはマズい。とってもマズい。

「加賀です。全秘書艦に緊急連絡を行います。これから当面の間、提督の言う事を・・聞かないでください」

海上でこの通信を聞いた長門は眉をひそめた。

「加賀・・長門だ。もうすぐ鎮守府海域に着くんだが・・・ええと、今のはどういう意味だ?」

「長門さん。今、提督は、元深海棲艦だった祥鳳さんの、それは可哀想で理不尽な経緯を聞いています」

「・・・」

「ゆえに、提督がかつてない程怒ってます。かつてないほど」

長門は額に手を当てた。厄介な事になった。まったく、私が居ない時に。

「提督は憤慨して怒鳴り散らしてるのか?」

「いいえ。黙ったままじっと聞いています。ただし」

「ただし?」

「顔が溶岩のように真っ赤です」

長門は溜息を吐いた。加賀があんな事を言ったのも無理はないが、残念ながらそれでも不十分だ。

長門は全チャネルを開いた。

「・・・長門より全艦娘へ。」

「第1艦隊旗艦の責において命ずる。これから解除の命あるまで提督からの指示を無効とする。」

「非常招集、全軍突撃、ICBM発射など、高レベルの命令が発されるかもしれないが、全て訓練である」

「繰り返す。この長門が解除指示を出すまで、提督からの指示は無効である。厳に守る事!」

長門はチャネルを戻すと、加賀に言った。

「加賀、提督が何を聞いたのかまとめてくれるか?」

 

 



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天龍の場合(11)

 

 

祥鳳の告白を提督が顔を真っ赤にしながらじっと聞いている夕方。提督室。

 

「ですから、もう艦載機が怖くて積めないんです」

「・・・・・」

 

天龍は説明を進めるにつれ、提督の迫力が等比級数的に上がっていく事に震えが止まらなかった。

途中、誤魔化して説明を切り上げようとしたが、ギヌリと目玉を動かして続きを促され、立つに立てなかった。

こ、こんな提督見た事ねぇ・・・沈黙が不気味過ぎる。

そして天龍は耳から外していたので気付かなかった。

自分のインカムから全艦娘に話が筒抜けになっている事を。

 

・・・バキッ。

 

祥鳳が最後の言葉を発した直後、提督が握りしめていたボールペンの柄が折れた。

天龍はごくりと唾を飲み込んだ。

提督を下手に起爆させれば大変な事になると本能が告げていた。

手遅れかもしれないが、精一杯の軟着陸を試みよう。諦めたら終わりだ。

ちらりと祥鳳を見ると、蒼白になってかたかたと震えている。

天龍がそっと机の下で祥鳳の手を握ると、祥鳳はぎゅうっと握り返してきた。

 

「提督。祥鳳は、もう艦娘で居るべきではないのかって、俺に聞いたんだ」

「・・・」

「提督の考えを、聞かせてくれ」

 

すううう・・・ひゅううう

すううううう・・・ひゅうううううう

すうううううううう・・・ひゅううううううううううぅぅぅぅぅぅ・・・・

提督が目を瞑り、顔を伏せて深呼吸をしている。

長い長い3度目の息を吐ききると、スッと顔を上げた。

あれっと思うくらい、にっこりと笑い、いつもの気配で。

 

「祥鳳さん」

「は、は、はい」

「貴方の戦略は、何度も我々の艦娘が証明した通り、極めて有効性の高い理論だ」

「・・・」

「その才を発揮出来るなら、艦娘でも、人間でも、貴方の意思に従って決めて良いと思う」

「・・・」

「ただ、私個人の欲で言わせてもらえるなら、艦娘で居てもらいたい」

「え・・?」

「艦娘である限り、いつか、うちの鎮守府にお越し頂ける可能性があるからだ」

「あ、あの・・・」

「祥鳳さん。貴方は滅多に得られない逸材だ。そして努力を惜しまない秀才だ」

「・・あう」

「この鎮守府が今の形でいる為に、沢山の優秀な艦娘達が努力してくれている」

「・・・」

「君の隣にいる天龍もその一人だ」

「・・・」

「貴方は受講生であり、残念ながら、課程を終えればうちの鎮守府を卒業してしまう」

「・・・」

「でも、もし、数多ある鎮守府からうちを仕事場として選んで頂けるなら、最大の敬意を持ってお迎えしたい」

「・・・」

「まあ・・・それは・・・ともかくとして、だ・・・」

天龍はどこかから地響きがしているような気がした。気のせいか?

「君に・・・そんな鉄くずを・・・小汚いやり方で渡してくれやがった・・・」

天龍は目を見開いた。震源は目の前だ!提督笑ってるのにオーラ黒すぎる!目が虚ろ!虚ろだよ!

祥鳳は全身に鳥肌が立った。やっぱりさっきの雰囲気が正しかったんだ!鬼姫より怖い!

「最低の司令官が居る鎮守府に、ちょっとご挨拶に伺おうじゃないか」

天龍と祥鳳は同時に呟いた。

「・・・へ?」

 

「加賀ぁっ!加賀はどこぞ!どこに居るぅぅぅぅ!!!」

 

提督室の外で必死に通信していた加賀はついに来たと目を瞑り、息を吐いた。

向こうでも火の手が上がってしまいましたが、そっちの消火は赤城さん、任せましたよ。

ガチャ。

あぁ、こっちの火の手の方が酷いです。提督が仁王立ちしています。むしろ噴火レベルです。

 

「おぉ加賀!探したぞ!」

「ちょっと用事がありまして」

「そうか!じゃあ加賀、全艦フル装備で出撃しよう」

ぎょっとする天龍と祥鳳。

加賀は言葉を慎重に選んだ。油断すれば一瞬で足元をすくわれそう。15m級の横波でもこんなに怖くない。

「・・・目的は?」

「ちょっと司令官にご挨拶をと思ってね」

「ならば1艦隊で、護衛兵装程度で良いのではありませんか?」

「やだなあ加賀さん、遠距離から鎮守府ごと火の海にするためだよ」

「・・何故でしょうか?」

「祥鳳さんの敵討ちだからだよ」

「場所はどちらなのか・・ご存じなのでしょうか?」

提督がロボットのように顔だけ祥鳳に向けた。

「ひいいいっ!」

「どこなの・・かな?」

「に、ににににに2291鎮守府です」

提督が加賀に向き直った。

「2291鎮守府だそうだよ」

加賀はふぅっと時間をかけて息を吐いた。質問ではこれ以上引き延ばせない。結論を伝えねばならない。

「・・・承りかねます」

提督の額にビシビシと太い青筋が2本浮かんだ。笑顔はもはや狂気のそれだった。

「どういう・・事かな?」

加賀は少し腰を落とし、ぎゅっと足を踏ん張った。まだです。私はまだ倒れる訳にはいきません。

長門さんは鎮守府近海まで帰って来てますが、少なくとも後10分は持ちこたえねばならないでしょう。

ここは譲れません。

加賀はゆっくりと息を吸い、静かに答えた。

「大本営中将殿との約束をお忘れですか。提督が深海棲艦の側について鎮守府を攻撃しないように、との」

提督は次第に目を見開きながら言葉を発した。

「それなら・・・司令官だけ、暗殺しようじゃないか」

祥鳳は震えが止まらなかった。

私があんな迫力で指示されたら何でも言う事を聞いてしまいます。さすが加賀さん。一航戦は格が違いました。

だが、表向きの冷静さとは裏腹に、加賀は既に全精力を使い果たしつつあった。

猛烈な圧力をかける提督に一言言い返すのには凄まじいパワーが必要だったのだ。

加賀は必死に腹式呼吸で耐えていた。

まるで次々降ってくる火山弾を操船だけで回避しているかのようだった。ちょっとでも舵を間違えれば即死だ。

言葉を選び間違えたら提督は起爆してしまうでしょう。

「・・・鎮守府だけ残れば・・・良いという物では、ありませんよ」

提督が飛び出しそうなほど目を剥いた。迫力がさらに増した。

「わざと艦娘を轟沈させた司令官だよ?この世に居る事が間違いだとは思わんかね・・・加賀?」

加賀はぐっと口を結んだ。降ってくる火山弾が大き過ぎて至近弾でさえ竜骨が折れそうです。

もう16インチ弾なんて怖くありません。

「な・・なりません。最大限譲歩して、けっ、憲兵隊に事と次第を・・説明して・・こ、告・・・・」

加賀は歯を食いしばりながら半歩後ずさった。言葉が継げない。提督の顔色はもはや紫色だ。

天龍はもう涙目だった。提督怖ぇ!マジで怖ぇ!

もはやこれまでかと加賀が目を瞑った時。

ガチャ!

「提督、遠征から帰ったぞ。大成功だ」

加賀が振り返ると、普通にドアを閉める長門がそこに居た。

しかし、長門の額に浮かぶ汗を見て、加賀は目で感謝の意を示し、膝から崩れ落ちた。

長門は加賀に頷くと、キリッと提督を見た。

もうほとんど化け物になってるな、提督。

 

長門は真っ直ぐ提督を見据え、すっと目を細めた。

ゆらりと提督が長門を見た。

艦隊決戦でも無いほどに空気が張り詰めた。

「提督」

「何だ」

「私達を路頭に迷わせるつもりか?」

ピクリ。

長門はすっと左手を見せる。薬指の指輪がきらりと光った。

「私が結婚する主人など、失職した犯罪者で良いというのか?」

「う・・ううっ」

加賀、天龍、そして祥鳳は固唾をのんで見守っていた。あの提督が押されてる!

長門は眉一つ動かしてない。戦艦はこんな過酷な戦況に普段から対峙しているのか?

長門はビシリと提督を指差し

「そもそも!」

「むうっ」

「そんな事をして祥鳳が喜ぶのか!」

「しっ、しかしっ!司令官が祥鳳にした事は余りに陰湿で酷過ぎるではないか!」

「提督」

「な、なんだ」

「話の経緯はインカムで加賀から聞いた。司令官がやった事は腹に据えかねる程の下衆な行動だ」

「だろ!」

「だが!我々が路頭に迷う事も考えず、精一杯諭す加賀に刃を立てる提督の行動はどうだ?」

「ぐっ!」

のけぞる提督に、長門はカッと目を見開いた。

「それこそ、五十歩百歩の愚行ではないか!」

ガーン!

解りやすい反応を示すと、提督はがっくりと膝をつき、両手を床についた。

天龍達は尊敬の目で長門を見た。凄ぇ!あの提督に勝った!

「ううぅ・・・祥鳳の為に・・私は、何も、何もしてやれないのか・・」

提督の目からぽたぽたと涙が零れた。

「あんまりだ・・・あまりに残酷で、可哀想ではないか・・・」

長門は気まずそうに頭をガリガリと掻いた。

提督の言いたい事は解らなくもないし、自分も出来る事なら司令官をぶん殴ってやりたい。

実際、加賀からインカムで説明を聞いていた秘書艦の面々は

「なんて最低の司令官ですか!気合!入れて!殴ります!」

「その司令官と実弾演習組んであげましょう。山城、核弾頭を」

「いや。その鎮守府がS勝利する度にエラー猫を送り付けてやろう。じわじわ殺してこそ意味がある」

「それなら全ルートうずしお配置はどうよ?ボスの前で必ず弾切れになるように調整してさ」

等と物騒な事を話し合っており、赤城が孤軍奮闘で火消しに躍起になっていたのである。

だから秘書艦達は、艦娘達の蠢きに全く気付いていなかったのである。

 



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天龍の場合(12)

 

 

提督が長門に言い負かされた夜。提督室。

 

祥鳳は室内を見回した。

ぼろぼろ涙をこぼし、四つん這いに伏す提督。

腕を組み、天井を睨む長門。

「お気持ちは解ります、解るのですが・・・」と提督をなだめる加賀。

自分の手を離さず、口をぎゅっと結んだままの天龍。

 

皆、自分の話を聞いてくれた結果だ。過去は変わらないが、胸のつかえは取れた気がした。

今まで何かしようとしてくれた人は居なかったし、提督は赴任するなら歓迎すると言ってくれた。

きっと、それは嘘ではない。

もう充分思いは伝わった。ありがとうと祥鳳が言おうとした瞬間。

 

バタン!

 

提督室の扉が開き、

 

「提督!何も指示しちゃダメだクマ!」

 

という声がした。

室内に居た面々は、ドアの方を見てぎょっとした。

 

全身鎧に身を包み、鉤爪と12cm30連装噴進砲を持っている球磨と多摩が先頭に居た。

その後ろには酸素魚雷を撫でながら無表情の北上と、薄く微笑む大井。

珍しく主砲を手に、むすっとした表情で立つ青葉と衣笠。

暗視ゴーグルを首にかけ、黒革の手袋をきゅっと嵌める鈴谷と熊野。

その後ろにも提督室前の廊下には、重装備を固めた艦娘が集結していたのである。

長門は球磨達を睨みつけた。

「私の指示が聞こえなかったのか?提督の指示は訓練として聞き流せと言った筈だが」

 

大井が冷たい視線を返しながら言った。

「勿論承知していますが、私達は提督からまだ何も指示されておりませんわ」

熊野が床を見つめながら言った。

「加賀や長門の理屈は正しいですわ。ですけど、私は提督と同じ思いですの」

多摩が鉤爪をガチガチと鳴らした。

「提督の知らない所で多摩達が勝手にやった事にすれば、提督や長門は安泰だにゃ!」

球磨が両手を腰に当てた。

「だから提督は何も指示しちゃダメだクマ!そして私達の行き先も知らないと言い張るクマよ!」

 

だが、提督はすっと顔を上げると、無表情のまま

 

「全艦娘に告ぐ。2291鎮守府に突撃」

 

と、言ったのである。

一瞬、提督室に静寂が訪れたが、すぐに

 

「あー!」

「だっ!提督言っちゃダメだって今言ったクマ!何言ってるクマ!」

「そうですよ!何言ってるんですか提督!結局説得聞いてなかったんですか?!」

「提督命令なんだから行って良いんじゃないかしら?」

「長門命令で訓練として無視しろってなってる最中だから中止じゃね?」

 

など、一斉に大騒ぎとなった。

だが、提督は両手をあげて静まらせると、祥鳳の前で膝をつき、目線を合わせて口を開いた。

「君の身に降りかかった事は、どのように見ても信じられないほど酷い」

「この言葉が偽りでない事は、そこに並ぶ私の娘達の怒りが何よりの証拠だ」

「しかし、娘達が自ら出撃するといって気づいた。司令官に直接報復する事で娘達が処分されるのは耐えられん」

「だから、出撃はさせられない。期待させてしまって本当に申し訳ない」

そして、深々と頭を下げた。

「この通りだ」

 

祥鳳はきゅっと目を瞑り、しばらくしてから目を開けた。

「提督の、所属艦娘は幸せですね」

「うん?」

「間違いなく言い切れますが、他の鎮守府で、司令官がここまで艦娘の為を思ってくれる所はありません」

「・・・」

「本当に、本当に羨ましいです」

「・・・」

祥鳳は目線を落とすと、もじもじとしながら言った。

「あ、あの、あの」

「なんだい?」

「わ、私も、こちらにお世話になりたいと言ったら、提督から娘として扱ってもらえますか?」

「・・そ、それは・・勿論だが」

祥鳳は提督の手をきゅっと握ると、

「では、異動先として、こちらの鎮守府を希望いたします。きっと御役に立ってみせます」

提督は祥鳳の手を握り返した。

「本当に、私の所なんかで良いのかい?」

「ええ。どうして天龍さん達が、皆さんが、こんなに輝いてるのか、よく解りましたから」

「過去を無理に忘れる必要はないが、それ以上にここで楽しい思い出を作って欲しいと心から願う」

「役に立つ、立たないに関係なく、貴方は今から私の可愛い娘だ。今までに拘らず好きな道を歩んで欲しい」

「ようこそ、我が鎮守府へ。心から歓迎するよ」

祥鳳の手を握る提督の手に、ぽたぽたと涙が零れた。

「わっ、私・・・嬉しい・・・です」

祥鳳の目から零れた涙だった。

 

「おめでとうクマー!」

「うちらの仲間だにゃー!」

 

球磨と多摩がヨロイ越しにガシャガシャと拍手をすると、次第に提督棟全体へ拍手の音が響き渡った。

北上がコキコキと首を曲げ、うむっと背伸びをした。

「さてさて、提督が言っちゃった以上は出撃出来ないし、歓迎会でもしよっかぁ」

「さすが北上さんですね、早速間宮さんに言ってきます」

「明日のエンタメ欄は「知将の祥鳳さん、提督に泣かされる!」で決まりですね!」

「待ちなさい青葉。それじゃまた私が誤解されるじゃないか」

「歪曲報道したら座敷牢送りなんだからね!」

衣笠の言葉にぎょっとした青葉の

「もう大根おろしは勘弁してくださぁい」

という声に、一斉に笑いが湧きあがった。

 

場所は変わって食堂。

 

急遽決まった為、夕食を兼ねた食事会となったが、祥鳳の歓迎会が行われていた。

祥鳳はあちこちの席に呼ばれて目を回していたが、やっと解放されて席に付いた。

その隣の席に、天龍は腰をかけた。

「ほら、お疲れ」

祥鳳は天龍から冷たい烏龍茶の入ったグラスを受け取ると、

「ありがとうございます。頂きますね」

と言い、こくこくと飲んだ。

「祥鳳、さっきはほんと悪かったな」

きょとんとする祥鳳に、天龍は

「ほら、なんで艦娘なんだとか言っちまったじゃんか」

祥鳳はくすくすと笑うと、

「気にしてないですよ。学者になった方が良いって意味で、けなす意味も無かったんですから」

「そうだけどよ、あんなに泣かせちまったわけだし」

祥鳳は首を振り、

「だからこそ、今まで言えなかった事を打ち明けるきっかけになりましたし・・・」

にっこりと笑うと、

「それに、提督の娘になれましたから」

天龍はぺこりと頭を下げた。

「すまん」

「良いですよ、先生」

「・・・・・ん?」

「な・・なんでしょう?」

「祥鳳はもう、受講生じゃ・・・ねぇだろ?」

「あ」

「明日からどうする?」

「んー、もう少し勉強したい所がありますし、出来ればしばらく、今のままで居たいんですけど」

「一応提督に聞いてみるか。ちょっと来てくれ」

「はい」

 

「・・・あぁ、良いよ」

提督はお茶を飲み干すと、あっさり認めた。

「勉強する所も天龍のクラスで良いのかい?」

「ええ。皆が卒業するまで、出来れば一緒に居たいです」

「そっか。仲の良い学友同士って事か」

「はい」

「1つ確認なのだが救助隊は続けるかい?この機会に手を引きたいならそれでも良いよ」

天龍は黙って祥鳳の言葉を待ったが、

「出来れば続けたいです。理論が正しいか試す素晴らしい機会なので」

と、答えた。

「義理ではないね?無理してないね?」

「違います」

「ん。それじゃ、天龍の助手としてクラスに居たら良いんじゃないか?」

天龍はえっという表情をした。

「助手?」

「龍田から頼まれててな。天龍に優秀な助手を付けてくれって。祥鳳なら間違いないだろ?」

「あいつ・・」

「嫌か?」

「嫌な訳ないだろ・・・というか祥鳳は良いのかよ?今後も次々入ってくるぜ?」

「それはそれで勉強になりますし、天龍さんと一緒の方が救助隊としても都合良いのでは?」

「まぁ・・そうか」

「別に1人に限定する事もないから、天龍が必要なら言って来い。大変な仕事してるんだからな」

天龍は眉をひそめた。

「大変な仕事?」

提督は頷いた。

「フルカスタムのオーダーメード教育なんだから、大変な仕事だろうよ」

「俺は別に大変と思ってやってねぇよ」

「なら、大事な仕事と言っても良いさ」

天龍は頭を掻いた。

「大事・・なぁ」

「もし天龍組が無かったら、祥鳳さんがうちに来る気にはならなかっただろうよ」

「・・・」

「こんな逸材を迎えられたんだから、それだけでも大変な価値のある仕事だぞ」

祥鳳は顔を真っ赤にして俯いた。

「天龍、いつもありがとう。きちんと休みを取って、これからも続けてくれよ」

天龍はにっと笑うと

「任せとけ!」

と言った。

 

 



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天龍の場合(13)

 

 

祥鳳の歓迎会が開かれた夜。鎮守府の浜辺。

 

「んー」

川内は鎮守府内で、艦娘達が祥鳳の話にどう反応するか、歓迎会の席で提督が話していた事を聞いていた。

そして歓迎会の席では、もう1人の姿をそっと追っていた。

川内は浜にごろりと転がった。目の前に明るい月が見えた。

「私はバレない内に、卒業しちゃった方が良い・・よね・・」

 

寝返りを打つと、細かい砂がパラリと舞った。

 

「でも、ここは居心地良いんだよね・・・」

 

川内はごろり、ごろりと寝返りを打っていた。

 

翌朝。

 

「・・・・あれ?」

教室のドアを開けたまま、きょとんとした声を上げたのは伊168だった。

天龍は伊168の方を見て聞いた。

「どうした?」

「祥鳳・・あなた、この鎮守府に異動したんじゃなかったの?」

書物から顔を上げた祥鳳は戸口を見て

「そうよ?天龍さんの助手になったの」

「助手?」

「まぁ、今までと変わんなくて良いって天龍さんは言ってるわ」

天龍が頷いた時、本鈴が鳴った。

「そういう事。んで、今朝はついに川内が遅刻かよ・・・・・」

村雨が言った。

「そういえば川内さんて、明るい内は寝るって言ってるのに毎日きちんと出席してますよね」

白雪がぽつりと言った。

「・・・今朝は寝坊したみたいですね」

天龍達は一斉に白雪を見た。

「何で解るんだ?」

白雪はすいっと窓の外を指差した。

「そこに居られますので」

天龍達が集まって白雪の指の先を追った。

 

「え?どこですか?」

「・・・見えねぇぞ?」

白雪は溜息を吐いた。

「皆さん、たかだか1km先の木陰で寝てる人が見分けられないなんて・・・」

「白雪さんの識別能力が凄まじく高いんだと思います・・・」

「そうでしょうか?」

「んじゃー、伊168、村雨」

「はい?」

「何ですか?」

「白雪の指す方向にまっすぐ行って、起こして来い」

 

果たして。

 

「居ました・・・ね・・・」

「結構遠かったんだけどさあ・・・しかも・・・なにこれ・・・」

「木の間で葉っぱを被って寝てますよ・・・」

「どうして白雪はこれを見つけたの?ありえないわよ・・・・」

村雨が傍に寄り、ゆっさゆっさと川内を揺さぶると、川内は寝ぼけた声を出した。

「んおー」

「川内さん、川内さん、朝ですよ。」

「あー・・・あと5分・・・」

「ダメですよ川内さん、起きてください。時間過ぎてますよ」

「司令官に・・・すぐ行くからって・・・言っといて・・・・zzZzZZ」

「何言ってるんですか、もう」

「夜戦の仕方教えてあげるから・・・響ちゃん・・・むにゃ」

 

村雨と伊168は顔を見合わせた。

 

「・・・報告したい事があるって?」

時は昼休み。

 

皆で食事をした後、天龍はそっと間宮の売店でカステーラを買い、講師の控室で一口目を食べようとしたその時。

村雨と伊168がやってきて、そう告げたのである。

「頼む。カステーラは勘弁してくれ。俺の楽しみなんだ。」

「解りました。1切れを二人で半分こします」

「勘弁してくれてねぇじゃねぇか・・・まったく・・1切れだけだぞ・・・」

「ありがとうございます」

 

「響って、言ったのか?」

「はい」

「ふーん」

天龍は頬杖をついた。

寝起き直後は過去の記憶と現在がごっちゃになる事がある。

文字通り寝ぼけていた可能性もあるが、天龍組に居ない響と言い間違えるのもおかしい。

天龍は川内のファイルを開いた。

過去所属していた鎮守府の番号を見ると、空白になっていた。

川内が回答していないという事だ。

「今なら、思い出してるって事かな。それとなく聞いてみるか。ありがとうな」

「いえ、川内さんにも祥鳳さんみたいに良い方向へ行って欲しいですから」

「先生、任せました!」

「おう」

 

帰りのホームルーム。

 

「川内、居残りな」

「うぇー!?」

「遅刻したんだから当然だろ」

「うー」

「じゃーねー」

抗議の声を上げる川内を置いて、村雨達は教室を後にした。

そして、ちょこんと座る天龍と祥鳳を見て、

「・・・あ、そっか。祥鳳ちゃんも助手だもんね」

と、眠そうに顔を上げた。

天龍は矛盾を感じて問いかけた。

「ん?なんで今朝のやり取りを聞いてないのに助手の事を知ってるんだ川内?」

すると川内は急にドキリとした顔をし、目をきょろきょろさせた後、

「あ、き、昨日の提督と天龍先生の会話が聞こえたから・・さ・・」

と言った。

天龍は頬杖をつくと

「あの宴席の中で普通の声で話してたのに良く聞こえたなあ」

川内がぱたぱたと腕を振り、明らかに挙動不審になった。

「い、いやその、あの、そう!私は耳が良いの!良いのよ!」

「それにしちゃあ今朝は随分呼んでも起きなかったらしいじゃねぇか」

「あ、朝が・・・弱い。そう!低血圧なのよ!」

「でも今日までずっと無遅刻だったじゃねぇか」

「げっ」

「げっ・・・って・・・それは良い事なんだからさ・・・」

「・・・・。」

川内は俯いてしまった。

 

教室に、静寂が流れた。

天龍はじっと川内を見ていた。

この態度は、何か言いたいけど踏み切れねぇって感じか。何が引っかかってる?

「記念すべき祥鳳の初仕事なんだから、お手柔らかに頼むぜ」

天龍が肩をすくめながらそう言うと、川内は俯いたまま口を開いた。

「・・・祥鳳ちゃん」

「何かしら?」

「ここは良い鎮守府だよねぇ・・・」

祥鳳は頷くと、

「そうね。たまたま艦娘化の為に辿り着いた先だったけど、色々びっくりしたわ。こんな所もあるんだって」

「普通じゃないよね」

「ええ。ここまで艦娘に任せている鎮守府はそうそうないでしょうね」

「・・・良かった」

天龍は川内が消え入りそうなくらいの小声で呟いた一言にピクリと反応した。

「何がだ、川内?」

「え?」

「良かった・・・って、言ったよな?」

しまったという表情になる川内。

「え、あ、い、いや、ええと、ええと、い、居心地が良かったって意味だよ!」

祥鳳が首を傾げながら

「確かに居心地は良いけど、別に隠すような事じゃないでしょう?」

「う・・・え・・・いや、あの、私じゃなく・・あわわわ」

天龍は賭けてみる事にした。

「響か?」

川内が目を見開いた。

「なっ!?何で知ってるの!」

次の瞬間、川内は天龍の襟首を掴み、物凄い勢いで締め上げながら

「ダメだよ!あの子に絶対言っちゃダメ!ダメなんだから!」

天龍は目を白黒させながら川内の腕をパシパシと叩いた。締められ過ぎて声が出ない。

「ちょ!川内、止めなさい!貴方がダメよ!」

「あ」

我に返った川内が手を離し、ぜいぜいと息をする天龍。

賭けは成功だったが、どストライク過ぎたって事か・・・なるほど。大変な仕事だぜ、提督。

しゅーんと俯く川内を見ながら襟元を正した天龍は

「全部喋ってみろよ川内」

と話しかけた。

 

 



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天龍の場合(14)

 

 

川内が居残りになった夕方。天龍の教室。

 

「黙ってる以外に手を貸してやれるかもしれねえだろ?な?」

天龍が言葉を足したが、川内は沈黙して俯いたままだった。

ぎゅっと手を握ったかと思うと緩め、またぎゅっと握る。そんな事を繰り返していた。

天龍はふと窓の外を見た。

「そういや祥鳳が打ち明けたのも、昨日の夕方だったよな」

祥鳳がくすっと笑うと

「そうですね。つい喋っちゃいました」

「なんでだろうな」

「黄昏時って言うじゃないですか。なんかふと、張っていた気が抜けるのかもしれません」

「空も綺麗だしなあ」

「ですね」

 

「・・・あたしは、夕日なんて大嫌い」

 

天龍と祥鳳が視線を向けると、川内が俯いたまま、膝の上でムギュッと手を組んでいた。

 

「夕日なんて・・・逢魔が時なんて・・・嫌い・・・嫌い・・・大嫌いよ!」

 

川内がキッと顔を上げると、双眸に涙が溜まっていた。

 

「だって!司令官と私が殺された時間だもん!」

 

天龍と祥鳳は身じろぎ1つせず、川内の次の言葉を待った。

正確には、身動きが取れなかった。

 

「私の居た鎮守府は出来たばかりで、他には響だけ。私は秘書艦をやってたんだ」

「司令官は、進撃する度に私達が破損して帰ってくる事をとても気にしてた」

「そう。ここの提督のように、私達をとても気遣ってくれる良い人だった」

 

川内はちらりと、苦々しそうに窓の外を見た。

 

「あの日、私は司令官と一緒に鎮守府近海の南西諸島まで行ったの」

「響はバケツ獲得の為に遠征に出してて、鎮守府には私と司令官しか居なかった」

「司令官が戦場を自分の目で見たいというから、1戦だけして帰るつもりだった」

 

川内はそこで言葉を切った。

再び、教室に静寂が戻った。

 

祥鳳が声をかけようとするのを、天龍が目で制した。

こういう時に焦らせてはいけない。

川内に視線を戻した天龍が見たのは、川内の涙が目から落ちる瞬間だった。

 

「私は・・駆逐艦2隻と戦って勝った・・筈だった」

「被弾したけどA勝利だよって、司令官に言ったんだもん」

「丁度こんな綺麗な夕方で、私が海域から離れようとした時、後ろから撃たれたの」

「完全に油断していたから、その1発は致命傷になった。司令官も深手を負ったまま海に沈んで行った」

「振り返ると、遠くにeliteの雷巡チ級が見えた」

「事態が解らなくて、でも物凄く悔しくて、沈みながら何故だって問いかけた」

「そしたらチ級の奴、資源を強奪する為に都合の良い鎮守府だったからって言った」

「私達かどうかなんてどうでも良かったんだって事も悔しかったし・・・」

「なにより、司令官を巻き添えにしてしまった事が、凄く、凄く悔しかった」

 

川内は鼻をすすり、わんわん泣き出した。

 

「司令官は、私が夜戦を戦いやすくする為にって、なけなしの資源で暗視ゴーグルを買う手筈を取った」

「それなのに、その取引を悪用して、資源を乗っ取る為だけに私達は卑怯な手で殺された」

「司令官の優しさを踏みにじった、あいつが許せなかった!」

「だから私は、深海棲艦に化けてでも、響をあいつの手から守りたいと思った」

「ずっとずっと、心配して、探し続けて、探し続けて・・・」

 

川内は何度もしゃくりあげた。

 

「ひ、響がここに居る事、加賀さんのおかげで生き延びた事、あいつが消し飛んだ事を知った」

「それでも、たった二人の鎮守府から、こんな大きな鎮守府にいきなり行った響が心配で仕方無かった」

「だから、だから、夜に、ずっと鎮守府内を歩き回って、響が幸せに過ごしてるのか調べてた」

「提督が長い間手元に置いて面倒を見てくれた事も、今は腐敗対策班に所属しながら勉学を続けている事も」

「同じ暁型の駆逐艦の仲間と一緒に、毎日楽しく過ごしてる事も聞いた」

「・・・だから、私は目標がなくなっちゃった」

「い、今までずっと、響が心配で、響を守りたくて、それだけを思ってきたから」

「調べれば調べるほど、私は・・もう・・要らないんだって・・・解って・・・」

「だから、未来をどうして良いか・・・解んなくなっちゃった・・」

 

祥鳳はそっと席を立つと、川内の背中をさすった。

 

「だ、だから、お願い。私の事は響に言わないで。今、幸せなら、響の幸せを壊したくない」

「そんな事をしたら、きっと司令官は怒るに違いないから・・・・」

 

そのまま泣き伏す川内を見て、天龍は頭を抱えた。

川内の気持ちは痛いほど解った。

まるで実の親のように、轟沈してなお響の身を案じ続けたのだ。

その響が幸せに過ごしていると知った今、名乗り出て生活を壊す事は躊躇われた。

そして、自分が居なくても幸せだと知って、目標を失ってしまい、卒業後が描けなくなった。

願いの通りだったから良かった事には違いない。

でも。だけど。

 

天龍は拳を机にそっと打ちつけた。

ああくそ、経験値が足りねぇ。

何とかしてやりてぇのに、どうしたら良いか全く出てこねぇ。

歯を食いしばって天井を見上げる天龍に、祥鳳が声をかけた。

「天龍さん」

「・・・なんだ、祥鳳」

「正解なんて、無いと思います」

「・・・祥鳳」

「私、寮に行って皆を呼んできます。天龍さんは川内さんについていてください」

川内が祥鳳の肩を掴んだ。

「お、お願い・・・響には、響には言わないで」

祥鳳がにっこりと笑った。

「心配しないで。呼んで来るのは天龍組の人だけですよ」

天龍はハッとして顔を上げた。

「祥鳳、天龍組の方は頼む。俺は、龍田を呼ぶ」

川内が首を傾げた。

「龍田・・・さん?」

「ああ。絶対悪いようにはしない」

 

10分後。

 

「ええと、急ぎの用事って言うから戻ってきたけど?」

「どうしたんです?おやつは取ってませんよ?」

「長くなるなら晩御飯持って来ましょうか?大盛りで」

という3人と、

「天龍ちゃんが緊急の用事なんて珍しいわねえ」

と、教室のど真ん中の席に座る龍田が居た。

天龍は首を傾げた。なんつーか、龍田が入ってきた途端、龍田がボスになった感じがする。

その通りだけど・・・ま、いいか。

 

「皆、集まってくれてありがとな。相談したいのは川内の事だ」

うんうんと頷く面々。

「川内が俺と祥鳳を信じて、重要な秘密を、そして苦悩を打ち明けてくれた。俺は何とか解決してやりたい」

「けど、俺のアタマじゃ上手く納まらねぇし、提督には昨日の今日だから言いづらい」

「だから、まずは俺が一番信じてるお前らにこの秘密を相談したい。手を貸してくれるやつだけ残ってくれ」

天龍は頭を下げた。

「頼む」

 

一瞬の静寂の後。

「し、仕方ないわね・・・やってあげるわよ」

「何言ってるんですか、川内さんにも良い未来が来て欲しいです!」

「私が川内さんの為に出来る事なら何でもしますよ」

そして。

「天龍ちゃんが困ってるなら、助けてあげるわよ。さ、言って御覧なさい」

という龍田の言葉に促され、天龍は説明を始めたのである。

 

 

 



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天龍の場合(15)

 

 

川内が衝撃の告白をした夕方。天龍・・もとい、龍田の教室。

 

「地獄で鉄鉱石掘ってるチ級をもう1度沈めてあげたいわねぇ・・残念・・ほんとに残念・・うふふふ」

告白内容を聞いた龍田のコメントに、天龍組の5人は小さくなって震えていた。

さすが影のドンと言われる龍田。たった一言で場を支配下に置いた!

 

龍田は静かに川内の方を向くと、にっこりと笑って口を開いた。

「川内さぁん」

川内はびしっと背筋を伸ばすと

「イエス!マム!」

と返事したのだが、それに対する龍田の次の言葉は

「じゃあ、成仏するの?」

だった。

 

川内は目を見開き、震える声で聞いた。

「あっ、あああああの、あ、あた、あたし、ややややっぱり不都合な存在なんでしょうか?」

溜息を吐く龍田。

その時、伊168ががばりと川内の前に進み出て、

「たっ、確かに、響ちゃんと会えば響ちゃんが動揺するかもしれないけど、せ、川内ちゃんは、私達の」

と、必死になって庇おうとしたが、龍田が薄目を開けて

「今は川内さんとお話してるの。望むなら後でじっくり、ね?」

という一言で膝から崩れ落ちた。

伊168はガチガチ震えながら川内を振り返った。

川内はそんな伊168に優しい目を向けた。

 

 ごめん!私!庇おうとしたんけど無理!

 ありがとう!私一生忘れないから!

 

と、いうような会話を目で行った二人であった。

 

「川内さぁん」

「ひぃぃぃっ!!」

「・・・そこまで怖がらなくても」

「こっ!怖がってません!ボス!」

「・・・ええとね、邪魔だから消すって話じゃないし・・・」

龍田はふっと笑うと、

「本気で邪魔なら・・聞いたりしないわ」

と、呟いた。

放心したようにぽかんと口を開けている伊168。

目を瞑り、頭を抱えてうずくまる村雨。

この二人とは対照的に、白雪は静かに龍田を見ていたのだが、ぽんと手を打って呟いた。

「・・・なるほど」

一瞬、龍田はチラリと白雪を見た。

白雪と龍田の視線が交差し、互いに頷いた。

天龍は苦笑しながら頬を掻いた。どうしてこう龍田は怖がられるんだろう?

別におかしな事は何一つ言ってないんだが。

ま、白雪は解ったみたいだな。

「川内さぁん」

「あ、あわわわわわわ」

「落ち着いて聞いて」

「は、は、は、はい!」

「響ちゃんは、今現在着々と成長しているわ。受講生としての生活も楽しそうよ」

「でもね、腐敗対策班は今、事実上機能していないの」

「それは今、うちが掌握している腐敗事項が無いから。つまり開店休業状態」

「響ちゃんを除く他の班員は、それなりに経験があるから鎮守府で思い思いに過ごしてる」

「けれど、響ちゃんは教育課程を終えてしまったら」

龍田は川内から目を逸らし、窓の外を見た。

「多分、時間を持て余しちゃうんじゃないかなぁ」

川内の目に動揺の色が広がった。

龍田は遠い目をしながら、そのまま続けた。

「戦いの中で、オフに見つけた趣味で、勉強した事で、それぞれやりたい事を見つけて、伸ばしていく」

「それがここの艦娘には認められているし、失敗しても、見つからなくても、叱られる事は無い」

「響ちゃんも、今のままでもその内に進みたい道を見つけるかもしれないけど・・・」

龍田は目を閉じると、

「誰かが傍に居たら、間違った道に落ちる心配は減るでしょうねぇ」

川内は膝の上に乗せた手をぎゅっと握った。

「まぁ、そんな独り言はさておいて・・・川内さんのお話だったわね」

「!」

「川内さんは、ずっと響ちゃんの事を心配していた」

「・・・」

「うちの鎮守府に居て、その中で上手く溶け込んでて、ちゃんと生活してる事も見届けた」

「・・・」

「沈む前に願っていた事は叶い、未来に望みが無く、生きる事に罪悪感を感じるなら、無理に居る必要はない」

「・・・」

「うちの鎮守府では、昇天のオプションを遂行してあげる事も出来る」

天龍は疑問の表情を浮かべたが、龍田の目配せになるほどと頷いた。

「かなり悶え苦しむけど、葬ってあげる事は出来るわよ」

「・・・」

「それで良いのかしら、川内さん?」

 

俯いたまま押し黙る川内を、3対の目が見つめていた。

 

1つは龍田、もう1つは祥鳳、そしてもう1つは白雪だった。

天龍は考えていた。

龍田は矯正方向に解り易い道しるべを置いたが、もし川内が気力を使い果たしてたら見えないかもしれない。

その時は俺が立ち回るか。仕方ねぇが、それが龍田の期待する役回りだろう。

少なくともこの部屋の中で、川内がこのまま居なくなるのが良いと思ってる奴なんて居ねぇからな。

天龍は面々の顔を見渡した。

・・・村雨、伊168。もうちょっと相手を見ろ。龍田が地味に傷付いてる。

祥鳳は黙って成り行きをよく観察してんな。参考にするって言ったのは伊達じゃねぇ。

それにしても、白雪が全く読めねぇ・・・龍田の言ってる事は解ってるが、祥鳳とは違うって感じだ。

いずれにせよ、川内が自分で道を決め直さないと意味がねぇんだ。

龍田がこれ以上言葉を追加するのは危険だし、場は固まっちまった・・・どうするか。

ふと見ると、川内が小刻みに震えだしていた。このままだとまずい方を選ぶかもな。

天龍が口を開きかけたその時。

 

「そうだ。これから飛びましょう、川内さん」

 

あぁ思い出したというような飄々とした声でそう言ったのは、白雪だった。

川内は呆気に取られ、白雪をぽかんと見返した。

 

「・・・え?」

 

白雪はにこりと笑った。

「丁度さっき、呼び出される前に準備出来てたんです。日暮れ時に飛ぶのって面白いんですよ」

「へ?」

「さぁさぁ。許諾条件では夕食後には片付けないといけないんで、行きましょう」

「え?あの、私、バンジー苦手・・・」

「さぁ、行・き・ま・しょ・う・ね」

「え!ほ、ほんと苦手なんだって!ちょ!ねぇ!後ろからベルト引っ張らないでってば!」

ぐいぐい引きずられていく川内は目を白黒させながら

「て、天龍先生!た、助け」

と言ったが、天龍が何か声を掛ける間もなく、教室のドアがぴしゃりと閉められた。

天龍は呆然としていた。そもそも白雪は川内を引きずれるほど力が強かったのか?いや、そうじゃなく。

天龍はそっと、龍田を見た。

龍田が止めなかったって事は、白雪のプランを認めてるって事だが・・・

「た、龍田・・どう考えりゃいいんだ?」

龍田は肩をすくめると

「荒療治だけど、白雪さんに賭けるしかないわ。あのままだと昇天を選んじゃっただろうし」

「や、やっぱりそうか」

「ええ。そこまで思い詰めていたなんて・・・まだまだ私も精進が足りないわね。ごめんなさい」

「いや、荒療治だろうが何だろうが、川内は・・仲間でいて欲しい。これは俺の願いだけどさ」

祥鳳が立ち上がった。

「私、最後まで見届けます!」

伊168と村雨が顔を上げた。

「川内さんはきっと、一人残してしまった事に凄く責任を感じてるんですよ・・・・・」

「私も、川内ちゃんが好き。友達が居なくなるのは嫌。だから私も見届けに行く!」

「天龍ちゃん。私達も行きましょうか」

「おう」

「皆、待って」

龍田はインカムをつまんだ。この召喚が吉と出るか凶と出るかは五分五分だ。

成功させるには剃刀並みのタイミングが必要だ。

龍田は通信を終えると、じっと見つめる面々に話し出した。

「計画を聞いてくれるかしら?」

 



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天龍の場合(16)

 

 

川内が白雪に拉致された夕方の15分後、崖の上。

 

日没直後の薄暗い山道を、バンジー用のハーネスを纏った白雪と川内が登っていた。

白雪は鼻歌交じりにひょいひょいと登って行く。

「ほ、本当に慣れてるんだね・・・」

「川内さんは夜道は大丈夫ですよね。ほら、急ぎますよ」

「そりゃ、大丈夫だけど・・え?・・ちょ・・速いよ・・」

「あ、ここは狭いので先に登ってください」

「う、うん」

 

パチン!

 

白雪は素早く川内のハーネスにフックを固定した。

「へっ!?」

「ロープは点検済みですから」

「何!?あ!フックかけたの!?」

「はい」

「はいじゃなくて・・・もぅ、びっくりするじゃ・・」

白雪は更に進もうとする川内の襟をグイと掴んだ。

「ここが飛び込み位置ですよ?」

「危なっ!」

 

崖の下には6つの人影があった。

「だいぶ遅れちゃったね!まだ登ってるかな?」

「こんなに薄暗いんだから、そんなに急いで登れるわけないよ。きっと・・・」

そこまで言った時、川内の「危なっ!」という叫び声が聞こえた。

「もう飛び込み台にいるぞ!」

天龍の声に全員が見上げた瞬間。

 

「う、うわぁ・・高いねぇ・・・」

「じゃあどうぞ」

そういうと白雪は、まだ息が切れつつ、こわごわ下を覗き込む川内の膝をかくんと押した。

全くの予想外だった川内は、為す術も無く宙に滑り出した。

「えっ?!ちょっ・・・うわああああああああああああああああああ!!!!」

崖に沿うように、濃紺色の空中をゴムロープが垂れていくのが見えた。

 

「し、白雪・・騙し討ちでダイブさせやがった・・」

「荒療治も荒療治ね~」

「川内ちゃん、フックを掛けられる時に拒否しなかったのかな・・・」

「最初から確信犯なら気付かれないように装着したのかもね。登ってる時とかに」

「・・・・」

 

川内はゴムが伸びて減速する寸前まで絶叫していたが、減速し、反動で数回宙を上下する間、無言になった。

村雨達がやっとの事で川内を捕まえて地面に下ろした時、川内はボロ泣きしていた。

「うっ、うぐっ、ひぐっ、こっ、怖かった・・・めっちゃくちゃ・・怖っ・・うぅううぅぅ・・・」

伊168がハンカチを握らせながら言った。

「そりゃそうだよ川内ちゃん。ほらハンカチ使いな」

川内はハンカチで両目を拭き始めた。

「うえっ・・・ひうっ・・ありがと・・・えぐっ、えっ」

「目隠しバンジーは最も恐いそうだから、夜の闇バンジーはそれを上回るさ。ありえない」

「・・だよね・・き、聞いてよ・・白雪ちゃんてば・・ひ、膝かっくんしたんだよ・・」

「じゃあ覚悟も決められないまま落ちたのかい?」

「うん。高さを見ようと思って下を覗いてたらさ・・い、いきなりかっくんだよ?しっ、信じられないよ」

「なら、お尻ペンペンが必要だね」

「そう!ホントにそうだよ!司令官に・・・言っ・・・て・・・・」

ん?

お尻ペンペン?

つい答えてしまったが、それって、6307鎮守府の・・・・

川内はガクガクと震えながら、そっとハンカチを下ろした。

目の前にちょこんと立っていたのは伊168ではなく、響だった。

 

川内の心臓は立て続けに耐久テストを受けているかのようだった。

勢いで喋ってしまった秘密、物凄い龍田の圧力、突然のバンジー、そして。

会っちゃいけないと固く思っていた、響。

川内は口を開けたが、言葉を発する事と呼吸する事が絡まり、喉が詰まってしまった。

「ひ、ひび・・げふっげふっ!!」

むせかえる川内の背中をとんとんと叩きながら、響はにこりと微笑んだ。

「大丈夫かい?落ち着いて」

「げほっげふっ・・・あ、ああ、ああああの」

「川内、おかえり」

「へ・・・」

響は微笑んだ顔のまま、ぽろぽろと涙をこぼし、

「お・・おかえり・・・・おかえり・・・・」

と言って、川内にぎゅううっと抱き付いた。

川内は目を白黒させていた。

響の言葉と、背骨が折れそうなほどの全力での締め上げに。

周囲が2つ目の意味に気付いたのは、数十秒経ってからだった。

 

「ご、ごめん。本当にごめん」

「へ、へへ・・・大丈夫ダイジョウブ」

引き剥がされて平謝りの響と腰をさする川内は、二人ともぺたんと浜に座りこんでいた。

「ビニールシート持ってきましたよ。さ、どうぞ」

祥鳳が二人の近くに敷くと、立っていた面々も腰を下ろしたのである。

「川内・・・あ、あの、あの・・・」

「どうしたの、響?」

「本当に、あの時は、ごめんなさい」

「ええと、あの時って?昔の事で謝ってもらう理由が解らないんだけど・・・」

「あの時、私が早く遠征から帰って、司令官に化けてるあいつを見破れたら、助けられたんじゃないかって」

「あいつってのは、チ級の事だよね?」

響がこくりと頷いたのに対し、川内はカラッとした声で笑った。

「あっはっはっはっは!」

「せ、川内?」

川内は笑い終えると、

「私と司令官が沈んだ海域は鎮守府から数時間は航行した先だよ?響が会った頃にはとっくに沈んでたよ」

「えっ?正面海域じゃなかったのかい?」

「南西諸島だよ。だって司令官が、外洋での戦闘を参考に見たいって言ったんだもん」

「・・・川内1隻で南西諸島まで出て戦闘したのかい?」

「あ、あは、言われるとそうだよね。ちょっぴり冒険だった気もする」

「冒険じゃなくて無謀だよ。それじゃ沈められても仕方ないじゃないか」

「そっかー」

「・・・私がむしろ川内と司令官をお尻ペンペンした方が良いような気がしてきた」

「はは。響にペンペンされる、か。そうだよね」

「そうだよ」

「・・・響、ほんとにごめんね。一人残しちゃって、本当にごめんね」

「ううん。でも、あの時、ここの加賀が居なかったら、私もチ級に沈められていたと思う」

「そっか」

「でも、助けてくれた加賀が、川内の姿と重なったんだ」

「え?」

「川内は、演習の時、遠征の時、出撃の時、ずっと姉のように優しくしてくれたじゃないか」

「・・・」

「司令官も優しかった。川内も優しかった。6307鎮守府は大好きだった」

「私も、大好きだったなあ」

「あの鎮守府の雰囲気を、ここでも感じたんだ」

「そっか」

「ここでは色々な人が良くしてくれるけど・・」

響は川内の手をぎゅっと握ると、小さな小さな声で

「慣れる程・・川内が居ないのが・・寂しかった」

と言った。

 

 



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天龍の場合(17)

 

 

川内が響と衝撃の再開をした夜、浜辺。

 

川内は響の告白を聞き、そっと手を握り返すと、

「私はずっと響が心配だった。だから深海棲艦になって、本当にあらゆる海域を捜し歩いたんだ」

「6307鎮守府は取り潰されてしまったから、響の生死も解らなくて」

「ここには艦娘に戻れる鎮守府があるって聞いたから来たんだけど、響が居てびっくりした」

「でも、響は暁達と話してて楽しそうだったし、ちょっと調べたら上手くやってるって解って」

「私は帰って来れたけど司令官は蘇らないし、一人残った後に辛い事もあったんじゃないかって思ってさ」

「だから、何も言わずに、気付かれないまま出て行こうって思ってたんだ」

川内は響の手をぎゅうっと握ると、意を決したように言葉を紡いだ。

「でもさ、卒業後の希望する道を書こうとするとね、どうしても響の顔が浮かんで来るんだ」

「私は響が心配だったのか、寂しくて響と一緒に居たかったのか、もう解んないんだ」

そして響を見ると

「だって、こうして二人でいると凄く嬉しいんだもん」

響は再び川内にぎゅむっと抱き付いた。川内は響の頭を撫でた。

「・・・弱いお姉ちゃんで、ごめんね」

「違う。川内はずっとずっと、私を忘れずにいてくれた。だからまた会えた」

「そう・・かな・・」

「絶対そうだ。異議は認めない」

「・・・そっか」

「だからまたどっか行っちゃうなんて絶対に認めない」

「思い出して辛くならない?」

「ならない」

 

龍田はすっくと立ち上がると、

「じゃあそろそろ、私達は帰りましょうか~」

と言い、天龍達も立ち上がった。

「だな。後は姉妹仲良く過ごせば良いさ」

「後で教室にお握り置いといてあげるから、話した後、二人で食べれば良いわよ」

川内が伊168を見て微笑んだ

「ありがと・・ね」

「どうって事ないわよ」

村雨が腕を伸ばしながら、

「よぉし、じゃあバンジーの用意を片付けま・・」

と、言いかけた時。

「ひゃぁあああぁぁああぁぁああああ・・・やっほぉぉぉぉぅ!」

浜に居た面々はごくりと唾を飲んだ。

何となく、何となく上を見たくない。

天龍がぽつりと言った。

「・・・ええと、川内がダイヴしてから更に暗くなってるよな」

伊168が脱力した様子で答えた。

「もう月明かりが頼りのレベルなんですけど」

村雨が言った

「砂浜でも足元がおぼつかないですよ・・・」

祥鳳が上を見ながら言った。

「白雪さんが、見えないんですけど」

龍田が川内の肩を叩きながら言った。

「さっき飛び込むのと、今飛ぶの、どっちが良かったかしら?」

川内は青ざめながら言った。

「さっきに決まってるじゃないですか!幾ら夜が好きでも今飛ぶなんて轟沈するより怖いですよ!」

龍田は頷きながら言った。

「白雪さんの、せめてもの情けだったって考えましょう」

「そ、そうなのかなあ・・・」

しかし、その頭上から

「あっはははははは!ひゃ~!いやっほ~う!!」

と、白雪の嬉々とした声が降ってきた。

2回目・・だと・・

 

浜に居た面々はがくりと頭を垂れた。

天才は時として理解し難い事がある。

天龍は声を張り上げた。

「白雪ぃ!もう暗くなってんだから片付けて降りてこい!撤収するぞ~!」

すると

「あと1回だけぇ・・・ひゃあああああっほぉぉぉぉぉぉ」

という声がした後、

「皆さんもぉぉぉおぉ・・・飛びませんか~?」

という声が追って来たのだが、見事なまでに

「結構です!!!」

と、ハモって返したのは言うまでもない。

だが、響がくすっと笑うと

「なんだか、昔の事なんてどうでも良くなったよ」

そして、川内を見上げて

「もう、どこにも行かないでくれないかな。お願いだから」

と言った。

川内は響の頭をぎゅっと抱きしめた。

「うん・・今度こそ・・・今度こそ、一緒に居ようね」

「うん」

 

「ええええっ!?」

食堂でたまたま夕食を取っていた加賀は、傍らに立つ響と川内から顛末を聞いていた。

すっかり最後まで聞いた加賀は目を細めながら響を優しく撫でた。

「そう・・・また会えるなんて、本当に、本当に良かったですね」

「これからは川内さんが力になってあげてくださいね、以前のように」

川内はぺこりと頭を下げた。

「響を守ってくださって、本当にありがとうございました」

すると、加賀も頭を下げ、

「悪用しようとしたのはチ級ですが、原因を作ったのは私です。ごめんなさいね」

「かっ、加賀は何も悪くない。私は何も恨んでなどいない」

「・・でも」

「そうですよ!司令官だってちゃんと取引出来ていたら念願の暗視装置を手に入れられたんですから」

「・・・ありがとう」

そう言って、3人はふふっと笑ったのである。

 

翌日。

 

コンコン。

「どうぞ!」

本日の秘書艦である赤城は、提督と目を合わせ、にこりと微笑んだ。

昨晩、加賀から聞いた通りの時間だ。

「提督、赤城、邪魔するぜ」

「天龍、最近よく会うな」

「そうだな」

「ま、ま、立ち話もなんだ、入りなさい」

 

「経緯は今朝赤城から聞いたよ。こんなに長い年月を経て再会出来るのは間違いなく運命だよ」

川内が身を乗り出して言った。

「あ、あの、あたしは、祥鳳みたいにスゴ腕じゃない。でも、響の傍に居たいんです!」

「これから一生懸命頑張ります!だから、ここに、居させてください!」

提督は頷いた。

「祥鳳にも言ったが、役に立つ、立たないは関係ないよ。今から君も、私の可愛い娘だ」

「天龍からは、極端に夜が好きと聞いていたが、経緯を聞くとその限りではないのかな?」

川内は提督に頭を下げると

「あ、あの、夜中に起きてたのは、響が幸せか調べていたんです・・・」

提督は微笑んだ。

「緊張して、心配して、毎日調べていたら昼夜逆転の生活になるのも無理はないね」

「ごめんなさい」

「響の現在には納得してくれたかな?」

「はい」

「これからは一緒に居ると良い。そしたら無理に昼夜逆転して活動しなくても良いだろう」

「はい。で、でも・・・」

「うん?」

「や、夜戦は・・・好きなんです」

「はっはっは!出撃で夜戦になりそうな時は川内に声を掛けるよ。赤城!秘書艦に伝えておいてくれ」

「ええ、解りました!」

「響」

「なんだい、提督?」

「良かったな」

「・・・スパスィーバ」

「うん?なんだって?」

「あ、ありがとうって、意味だよ」

「よしよし、うん、響がそんなに嬉しそうに笑うのは初めてだ」

「・・・・」

「提督!」

「どうした、赤城?」

「こういう時こそ、そちらの棚の右上2段目にあるあれを!」

「おぉそうか!舶来菓子のビスコッティがあったな!」

「はい!」

「よしよし、じゃあ赤城、コーヒーを・・・」

「淹れてきますね!」

「・・・・ん?赤城さんや」

「はい?」

「ビスコッティは昨晩買ってきて隠しておいたんだけど?」

「細かい事は良いじゃないですか。コーヒー淹れてきます!」

「細かい・・・か・・な?・・・あれ?なんか騙されてるような・・・」

響と川内はちらりと目線を交わし、くすっと笑った。

 

ちなみに、その日のソロル新報のエンタメ欄の見出しは

 

「姉参上!川内参上!涙のご対面!そのお相手は!」

 

だった。

ゲラ刷りでこのタイトルを見た衣笠はしばらく眉をひそめた後、

「アウ・・・んー・・むー、まぁ、おまけでセーフかなあ」

と、言ったらしい。

 



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天龍の場合(18)

さて、今回は緊迫感を出す為、残酷な表現が含まれます。
そういう表現が苦手な方で、白雪と伊168の結末は解らなくて良いやという方は、第25話から読んでください。

今回は本当に書き方だけで2人を分けられるかという限界にも挑戦しました。
・・・解るか心配デス。



 

村雨の入社試験3日前の月曜朝、提督室。

 

「・・・・ええと、どういう事でしょうかね」

「解りませんか?はっはっは」

「このオッサン、南国に居過ぎて呆けたんじゃねぇか?」

「こらこら、見たまま言うのは失礼だぞ」

 

本日の秘書艦である日向はだいぶ前から無表情になっていたが、心底安堵していた。

今日の担当が比叡や伊勢じゃなくて良かった。今頃第3次大戦が始まっていたに違いない。

インカムのスピーカーから長門の歯ぎしりが聞こえる。

愛するダンナの悪口を延々聞いてるんだから仕方ないか。

それにしても、と相手の秘書艦をチラリと見る。

あまり良い躾を受けていないな。あれではチンピラだ。

うちのとはだいぶ違う。

 

 

「よっし、最後の追い込みだ!今日と明日の2日間は村雨の試験と面接対策に集中するぜ!」

「おーう!」

天龍の掛け声に4人は元気良く手を挙げた。

この3週間で村雨はメキメキと成長していた。試験対策にも手応えがあった。

最初は一言話すのも喉に何か詰まってるのかと思うくらい途切れ途切れだった。

だが、今は良く話す。むしろ喋り過ぎだ。おかずを盗る悪癖まで覚えてしまった。しかも俺のだけ。

「てことで、筆記試験は全員でやろう。試験会場の緊張感に押されないようにな!」

伊168が渋い顔をする。

「げっ!」

祥鳳と川内は肩をすくめた。

「SPI・・・まぁ良いですけど」

「響が大事ってアピールできるかなあ」

だが、天龍は白雪を二度見した。

「ど・・どうした白雪、具合悪いのか?」

全員が一斉に白雪を見た。

窓の外を見ていないうえに、柱の陰の席に隠れるように座っている。

目線は机の上をじっと見つめている。

天龍が白雪に近づいた。

「・・・な、なぁ、白雪。辛いなら工廠長呼ぶぜ?」

白雪はゆらりと顔を上げて天龍を見たが、どことなく焦点が合っていない。

「・・・・いや」

「え?」

「お、お願い・・来ないでください・・天龍さん・・もう水は・・許してください」

そう言ってがばりと両腕で頭を抱えて机に伏せると、がたがたと震えだしたのである。

「せ、先生に・・・何言ってるのよ・・・水・・って?」

伊168が話しかけようとするのを天龍は制した。

この反応・・睦月の最初の時と同じだ。

天龍は参考書にあった1つの単語を思い出した。

 

 フラッシュバック。

 

過去にあった辛い事や嫌な事で、普段は封印されている記憶が何かの弾みで表に出てしまう事。

DV、PTSDなど、強いストレスを受けた者の後遺症だ。

白雪ははっきりと天龍と言った。

天龍はそっと祥鳳の所に行き、

「様子を見ててくれ。俺は原因を調べてくる。頼んだぞ」

と言った。

祥鳳は天龍をじっと見た後、こくりと頷いた。

天龍は村雨達を連れて、そっと教室を後にした。

 

教室棟の外に出ると、伊168が天龍に話しかけた。

「ね、ねぇ、白雪ちゃんどうしたんだろう?大丈夫かな?」

天龍は腕を組んだまま答えた。

「んー、あれは多分、相当嫌な過去を、なにかのきっかけで思い出したんだ」

「何かのきっかけ?」

「あぁ。そしてムカツク事に、その嫌な事は、別の天龍が絡んでる」

「・・・あ、だから、先生の名前を」

「そうだ。だからあの場に俺が居続けると、過去と現在がごっちゃになっちまう」

「そっか・・」

「問題は何がきっかけかって事なんだが・・・」

村雨が先を指差した。

「あれ、青葉さんじゃないですか?」

天龍は目を細めた。確かに青葉だ。

「何か無かったか聞いてみっか」

 

青葉はカメラを下ろし眉をひそめていた。これは売り物になるかどうかじゃなく記事にしたくありませんね。

「よぉ青葉、何やってんだ?」

青葉は天龍を2度見した。

「・・・えっ!?・・・あ、ああ、うちの天龍さんですよね?」

「俺はここの天龍で間違いねぇぜ・・・何でそんな事聞くんだ?」

青葉はうーんと腕組みをすると、

「ちょっと、これ付けといてください!」

といい、「ソロル鎮守府PRESS」と書かれた腕章を天龍の腕にはめた。

「お、おいおい、俺、カメラなんて触った事ねぇぞ?」

青葉はむすっとしたまま、天龍の鼻先に人差し指を突き付けた。

「今、外からすっごくムカつく天龍が来てるんです。間違ってうちの艦娘から攻撃されないようにする為ですよ」

天龍が青葉の腕を掴んだ。

「詳しく教えてくれ。人一人の大事な事に関係してるかもしれねぇんだ」

青葉は目を白黒させると

「うぇっ!?わ、解りました。じゃあ・・・うちの部屋に来てください」

 

「・・・あぁ、うちの天龍さんね。それなら良いわ」

青葉の部屋を開けた途端飛んで来たのは衣笠の声で、衣笠のオーラはどす黒かった。

「もうほんとにあのクソ司令官ムカつく!提督なんで招集もかけないし言い返さないのよ!」

そう言いながら机を拳でダンダンと叩いた。

そして、ふと、すっかり怯えている伊168と村雨に気付くと、

「あ、ごめんね、オープンにするね」

といって、ヘッドホンのプラグを抜いた。

すると、スピーカーから複数人の声が聞こえだした。

「これは提督室の会話だよ。他言無用ね」

青葉がしぃっと人差し指を唇に当てると、天龍達はこくりと頷いた。

 

「簡単な話じゃないか。ここにある異動候補者リストの1018番を引き渡したまえ。それだけだ」

聞きなれない中年男性の声だ。

「繰り返しご説明しておりますが、候補者の異動先は、審査の上で我が鎮守府が決める事です」

説明する日向の声は、珍しく苛立っているようだ。

「ンな事は何度も聞いてんだよ!」

一際大きく聞こえた声に、思わず村雨と伊168は天龍を見た。

その声は、話し方は、天龍の声そっくりだったからだ。

だが、声や話し方はそっくりでも、言ってる内容はまるで違うとすぐに解った。

これは恫喝だ。

そして、続いて聞こえた声に全員が眉をひそめた。

 

「良いからさっさと白雪がどこに居るか言えよこのノロマぁ!あぁもうじれってぇなぁ!」

 

天龍は全ての糸がつながった。

そして、現状が薄氷の上に成り立ってる事、状況が極めて切迫していると直感した。

「青葉、長門はどこだ?」

「戦艦棟。きっとこれを聞いてる」

「青葉、俺が俺だって証人として、一緒に来てくれ」

「そうだね!」

伊168が軍服のポケットから懐中時計を取り出すと、鎖を天龍のベルトに付け、時計を胸の内ポケットに入れた。

「んお?」

「世界で1つしかない時計なんだから、大事にしてよね!」

怪訝な顔をする天龍の手首に、村雨が髪を結ぶゴムを巻いた。

「お、おいおい」

「予備ですから」

「・・・よし、戦艦棟に行くぜ」

「はい!」

 

「これは、白雪さんの離脱を考えた方が良いのではありませんか?」

「しかし、提督の部屋からは鎮守府内が全て見通せる。移動に気付かれたら奴らは何をするか解らない」

コンコンコン!

「・・・誰だ?」

「青葉です!」

「よし、入れ」

ガチャ!

「!!!」

「お前・・は・・うちの天龍だな」

「長門、加賀、脅かしてすまねぇ」

「いや、お前は何も悪くない。むしろとばっちりを受けている側だからな。疑ってすまない」

そして腕章や鎖などを見て

「・・・識別証か?いいな、私も何か・・・そうだ、これをつけろ」

と、小さなウサギのキーホルダーを天龍の刀の柄につけると、にっこりと笑った。

「俺はクリスマスツリーかっつーの」

天龍は少し頬を染めながら、ガリガリと頭をかいた。

 

 



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天龍の場合(19)

 

 

天龍がクリスマスツリーにされた午前、長門の部屋。

 

 

「となると、ますます引き渡す訳には行きませんね」

加賀は天龍から白雪の様子を聞くと、即座にそう言った。

「長門さん、今までの会話と総合すると、彼らは白雪さんを消すつもりでしょう」

「・・・そうだ、な」

長門の目尻がぴくぴくと痙攣した。相当頭に来ているようだ。

そして天龍達を見ると

「かいつまんで話す。今朝早く、あの司令官と秘書艦の天龍はアポイントも無しに提督を訪ねてきた」

「最初から高圧的な態度で求めているのは、お前達の所に居る白雪の即時引き渡しだ。」

「我々はいつでも飛び出せるよう、提督室の会話を日向のインカムを通じて聞いている」

「奴らは極めて無礼な態度で恫喝しているが、憲兵隊に突き出せるような決定打はない」

「それは逆に、奴らがそういう場面に慣れ、逮捕を避ける事に長けている証左でもある」

「そう思うほど、奴らの言葉の端々からは、何らかの犯罪の匂いがする」

「白雪の反応から察するに、轟沈した白雪が再び艦娘になった事に不都合があるのだろう」

「もし奴らに引き渡せば白雪は消されるというのが、私と加賀の勘だ」

「我々は白雪を逃す事を考えて、現在念の為・・・」

その時、ビビーッとブザーが鳴った。

「どうだ夕張?」

「長門さん、残念ながらビンゴ。鎮守府を囲む形で8艦隊。露骨に戦闘態勢。大本営への通信はジャミングされてる」

「・・・解った。状況をまとめてくれ」

「了解。もし白雪ちゃんを連れてこられるなら妖精用の核シェルターに案内するって工廠長が言ってるけど?」

「見つかったら艦隊が総攻撃してくるだろう。間に合うか解らない」

天龍が長門の腕を掴んだ。

「待て。教室棟とシェルターを地下でつないだらどうだ?白雪は俺の教室に居る」

「よし。夕張、工廠長は地上で解らぬよう地下通路を作り、その後封鎖出来るか聞いてくれ」

「待って、聞いてくる」

「頼む」

通信を切ると、長門は目を細めた。

「青葉」

「な、なんでしょうか?」

「大本営まで通信可能な海域まで走れないか?」

「燃料は満載してますけど、艦隊の1つにでも見つかれば強行突破出来る確証が持てません」

「そう・・だな。速さなら島風だが、8艦隊も出してくるという事は軽装でもあるまい」

「はい」

「司令官達に気付かれぬようにするには少数で行くしかない」

「・・・」

「海底鉱山の辺りは水深が深いからレーダーを避けられるだろうが、伊19も伊58も遠征中・・で・・・」

長門が伊168を見た。

「・・・へ?」

「白雪の命、そしてうちの存亡がかかっている。事を伝えるため、大本営まで潜ってはくれないか?」

天龍が首を振りながら、伊168と長門の間に立った。

「長門、それはダメだ。プランBにしてくれ。」

「1度だけだ!どれだけの緊急事態かは」

「ダメだと言ってんだ長門!俺は伊168には潜らせねぇって約束してるんだ!」

おろおろする青葉と村雨、その村雨にすがりつくように震える伊168を長門は見ながら言った。

「約束を守ろうとするのは、とても良い事だ天龍。だが、その為に全員が」

天龍は凄まじい殺気を放ちながら長門を睨みつけた。

「それ以上言うな長門。それは卑怯な責任転嫁だ。伊168はそういう言葉に苦しんでんだよ!」

村雨は伊168の手を握って、頷いた。

見上げた伊168の顔面は蒼白で、囁くような声だった。

「ご、ごめ・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。私・・・」

加賀は目を瞑っていた。少しずつ霧は晴れてきた。予想通り大厄災が待ち受けていた。

赤城が朝の御飯を7杯しか食べないなんておかしいと思ったのです。

 

「・・・・・」

時折、うみねこの泣く声が遠くに聞こえる他は、教室には冷たい沈黙が流れていた。

たっぷり10分は経った後、祥鳳はそっと席を立つと、白雪の隣に座り、背中を撫でた。

白雪はすすり泣きながら、そっと祥鳳にすがった。

まだきっと、話を聞いてはいけない。泣き止んでからね。

祥鳳は背中をぽんぽんと優しく叩きながら、思いを巡らせていた。

自分はそういえば、どうして泣かなかったのかなあ。

 

天龍と長門の睨みあいは、夕張が鳴らしたコールブザーで終了した。

「・・・なんだ?」

「長門さん、天龍さんの提案はOK、教室の真下まで通せるって」

「・・もう1本、戦艦寮の下にも頼む」

「もちろん。もう寮の下には全て引いたし、教室の方も・・あ!出来たって!行って良いわよ!」

「よし!天龍、この話はひとまず置く。シェルターへ移動するぞ!」

「・・おう」

そして天龍は村雨と伊168に

「お前らだけで白雪と祥鳳を連れて来い。まだ白雪が落ち着いてるか解からねぇからな」

というと、

「はいはーい」

「・・・任せて」

と、二人は返した。

 

夕張が調べたところ、8艦隊全てに高練度の正規空母、戦艦、軽空母、重巡が確認された。

奇妙な事に、所属を調べると3つの鎮守府に属している艦娘が混ざって編成されていた。

さらに、彼女達はデータ上、現在は港に居るとされていた。

明らかに非合法な出陣だ。

さらに、対戦シミュレーション結果は分が悪いというより、ほぼ負けが確定している状況だった。

高雄達研究班の面々は相談を続けていた。

「長門達になるべく公平性を保った形で伝わるようにしましょう」

「絶望的とか、敗戦確定とか言っちゃダメだぜ、夕張」

「で、でも、相手は全部LV120以上なんだよ・・・うちで100突破してるのは長門さんだけなのに」

「それでもだ。相手のLVを正確に伝えるだけにしろ。な?」

「う、うん・・・」

睦月はそっと、研究室のドアを閉めた。

そしてインカムをつまんだ。

「ビスマルクさん、応答してくれますか?」

 

ビスマルクは自社の執務室に居た。

長門から緊急事態と聞き、工場の操業を止めようかと言ったが、気付いてないように装えと言われた。

その為、材料を投入せずに機械だけを動かし、従業員は既にシェルターへ逃がしていた。

自分はこの方面からの攻撃を一人で防衛するつもりだった。

遠い海原から、血生臭い匂いがぷんぷんしてくる。

「・・・ええと、睦月さんかしら?」

「はい。睦月です」

「どうしたの?何か御用?」

「海底を、思い出して欲しいんです」

「・・・大本営方面の、ね?」

「はい」

ビスマルクはふむと考えたのち、

「ええ、大丈夫」

「深海のみで海域を離脱できますか?」

「・・・そのまま行くと2カ所、厳しいわね。ただ、どちらも回避ルートがある」

「了解です。もう1つ教えてください」

 

 

ピクリ。

白雪は足元の異変を感じ取った。なんだこれは?

「どうしたの、白雪さん」

「祥鳳さん、床下に注意してください。変です」

「ゆ、床下?」

そう言った時、床板の1枚が正方形に外れると、

「祥鳳さん、白雪さん、村雨ですよ!こっち来てください!」

と、村雨がひょこっと顔だけ出して言った。

「・・・・教室の地下に通路なんてありましたっけ?」

白雪が首を捻ったが、続いて顔を出した伊168は

「工廠長さんが今作ったの!さぁ、これで行くわよ!ついてらっしゃい!」

祥鳳が首を傾げた。

「どこに行くんです?」

村雨が言った。

「工廠地下の核シェルターです。案内します」

ただならぬ単語が出て祥鳳は驚いた顔をしたが、白雪は悲しげに顔を伏せると、

「また殺しに来たんですね。巻き添えを厭わない、あの時と変わらない」

と、呟いた。

「さぁ!早く!」

伊168の声に祥鳳が立ち上がって白雪の手を引いたが、白雪は座ったまま

「私が死ねば、皆さんは生き残れます。置いて行ってください」

と言った。

 

 

 



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天龍の場合(20)

 

白雪が同行を拒否した直後、天龍の教室。

 

 

祥鳳がゆっくりと振り返った。

「白雪さん。私は貴方と一緒に居たので今回の全容が見えていません」

「・・・」

「でも、核シェルターという位の事態なのですから、白雪さんが想像する物の重大さは解ります」

「・・・」

「白雪さん。だから私は貴方と一緒に居る事にします」

「!?」

「私は天龍さんから貴方の事を頼まれましたし」

「・・・」

「友人を見殺しにしてまで生き残る程、偉くも無いですから」

といって、にこりと微笑んだ。

白雪は自分の手首を掴む祥鳳の手を振りほどこうとした。しかし祥鳳はますます強く握った。

「だ、ダメよ・・あいつらは・・・血も涙も無い。本当に皆殺しにするわよ・・・早く逃げて」

しかし、伊168と村雨はよっこいしょと出てくると、白雪の両脇に立った。

「な、何してるの二人とも・・気は確かなの?」

「連れて来いって言われたしさ」

「来てくれないなら、ここに居るしかないわ」

「あ、アホな事言ってないで、早く逃げて・・・早く・・・」

「じゃあ白雪ちゃん、立って、動いて」

「だ、だから私が居ると皆巻き添えに」

「それは後で考える問題。今は一緒に逃げるか、ここに居るか、よ」

白雪が目を伏せた。

「し、信じられない・・・無茶苦茶・・・」

村雨がにやっと笑った。

「だって天龍組だもん」

白雪は溜息を吐き、キッと顔を上げると

「さっさと行きましょう!案内してください!」

と言った。

 

衣笠はこめかみの血管が切れそうだった。

提督があの部屋に居なかったら間違いなく20.3cmを乱射しながら突入してる。

なんなんだあいつらの言い分は!?

だが、衣笠はヘッドホンから聞こえた声にピクリとなった。

・・・・やっと来やがった。

本当に待ちくたびれた。

とうとう尻尾を出しやがった。

「落ち着け・・落ち着け私・・奴らが言った通りに、言った通りに書くのよ」

そして素早く書類を封筒に入れると、階段を下りて行った。

 

「今、何とおっしゃいましたかね?」

今まで司令官と秘書艦の攻撃一方だった展開が反転した。

押し黙る司令官と秘書艦を、提督と日向が静かに圧力を加え始めていた。

日向は何気なく提督を見て二度見した。

目が死んでる。まるで光が無い。

確かにこれだけ罵詈雑言を浴び続けたんだから立腹するのも無理はない。私も正直胃が変になりそうだ。

だが、言ってたのは相手の秘書艦の天龍であって、司令官ではなかった。

さっきまでは。

突然、司令官と秘書艦が来てから間もなく3時間になる。

これだけの間、文字通りのれんに腕押しでゆらゆら回避され続けるとは相手も予想してなかったのだろう。

ついに司令官が勇み足の一言を放ってしまった。

 

「おい、いつまで引き延ばしても大本営は包囲網に気付かんぞ。さっさと引き渡さんとここを火ノ海にするぞ」

 

「何と、おっしゃいましたかね?」

提督は真正面の司令官を見据えたまま、静かに同じ質問を繰り返した。

司令官は秘書艦との間の机の表面を睨みつけた。

 

「包囲、網・・・」

 

提督の声のトーンが下がりだした。

重苦しい沈黙が更に司令官達に圧力を加える。

 

「大本営が、気付かない?」

 

言ってはならない筈の台詞。

 

「鎮守府を、火の海に「する」・・・と、仰いましたね?」

 

提督は「する」の所に一段と強い力をこめた。

明確に逮捕要件が成立する一言だからだ。

司令官が歯を剥きながら提督に向き直った。

それから15分以上、4人は互いをにらみ合った。

提督は一歩も譲らなかった。

長門、加賀、気づいてるな?

恐らくこいつらは周囲を固めている。何とか大本営に知らせ、一人でも多く脱出しろ。

こいつらと刺し違えても、私はお前達を庇ってみせる。

日向だけはすまないが、お供を頼む。

長門、愛しているぞ。

提督は机の下で左足をそっと組むと、足首のホックを外した。

 

「次第によっては、ここではない所で御話する事になりそうですな」

「・・・・・」

「例えば、軍事法廷とか」

 

司令官は靴先で秘書艦の天龍を小突いた。

秘書艦の天龍ががばっと応接セットの机の上に片足を乗せて踏みこんだ。

「いい加減にしろよオッサン!刀の錆になりてぇなら・・」

提督にすいっと刃が伸びたが、キン、という音がした。

日向が飛行甲板で秘書艦の天龍の刀を受けていた。第1主砲の砲門が真っ直ぐ秘書艦の天龍を向いている。

同じく第2主砲は司令官に向けられた。

日向は秘書艦の天龍を凄まじい迫力で見上げながら、口を開いた。

「これで、お前達が先に攻撃を開始した事になる。リアクション次第では、こちらも応戦するぞ」

司令官に向いた日向の全砲塔からガシュンという重い音がした。実弾装填完了の音だ。

司令官の額に血管が浮かび上がった。

「提督ぅ!?これはどういうことだあっ!艦娘ごときが司令官に向けて実弾を」

だが、日向は既に怒髪天に達していた。

「うるさい下衆野郎!これ以上提督を愚弄すれば砲撃するぞ!」

秘書艦の天龍は日向を睨みつけた。

俺はLV97だが、航空戦艦の46cmを至近距離で受ければタダでは済まない。

発射されたら一発で轟沈してしまうし、司令官も粉微塵だ。

そして第1第2主砲の一斉射など、航空戦艦には朝飯前だ。実弾も装填済だからタイムラグは無い。

なにより。

日向に対して提督は一言も指示していない。日向がこの状況で発射しても提督は一切罪に問われない。

 

司令官は内心で舌打ちした。

一切を被る覚悟でこの日向は動いている。

ろくに出撃もさせず、艦娘を甘やかすだけのボンクラ提督だという情報を鵜呑みにしたのが間違いだった。

だが、証人は消しておかねば枕を高くして眠れない。1度消したというのに余計な事を。

ならば鎮守府ごと始末するだけだ。我々は最初からここに居ないのだからな。書類上は。

「出直すぞ。天龍」

司令官は席を立とうとしたが、提督が声を掛けた。

「まぁ、もう少しゆっくりして行ったらどうですか?どうせ行き場は決まってるんですから」

怪訝な表情で顔を上げた司令官は目を見張った。

提督がピカピカに輝くブローニング1910の銃口を自分に真っ直ぐ向けていたからだ。

 

日向は相手から目を離さず、眉1つ動かさなかったが、動揺を隠すのに苦労した。

提督の小型拳銃に対する偏愛ぶりは、あの兵器マニアの夕張すら舌を巻く。

その提督が最も完成された構成だと言い、夕張が渋々認めたのが、あのブローニング1910だ。

僅かにグリップからはみ出た特注のマガジンが、外見から解る唯一の狂気だ。

1発目と2発目が防弾チョッキをも貫通するKTW弾、3発目は着弾内部で炸裂するダムダム弾。

それが3セットの9発構成で、1発目は常にチャンバーに装填されている。

提督はヒマさえあればただひたすらにこの銃で練習を重ねていた。

1発で伊勢の装甲の僅かな隙間を正確に貫通させたのを見た時はぞっとしたものだ。

日向は提督の意図を理解した。こいつらを帰すつもりはないのだと。

ならば私も、提督に従うだけだ。

天国だろうが地獄だろうが、その果てまでお供するぞ、提督。

 

 



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天龍の場合(21)

 

日向が提督の本気を確かめた直後、提督室。

 

 

司令官の視線は銃口に釘付けだった

「こ、攻撃する意図は、無い。ひ、引き上げるだけだ」

提督は低い声で返した。とても低い声で。

「引き金はウルトラフェザーだ。私の指が怒りで痙攣しないよう、せいぜい祈れ」

司令官のこめかみを脂汗が流れた。

 

 

時は少し戻り、核シェルターの中。

 

白雪達がシェルターに到達すると、衣笠が待ち構えていた。

「白雪ちゃん、貴方何を知ってるの?大本営に告発したいんだけど、話せる?」

祥鳳が庇う形で進み出ようとしたが、白雪が制した。

「私はその為に帰って来たんです。全部お話しします。正確に書き写してください」

 

衣笠が文章として書き終わる頃、睦月が長門を説得していた。

「し、しかし、今完成したのだろう?大丈夫なのか?」

「テストをしている時間はありません!」

長門は悩みぬいた揚句

「よし。後は運だな。青葉!」

「・・・へ?」

「乗れ!」

「え!?何何!?何の話ですか!?」

衣笠が2つの封筒を手渡した。

「これが私が書いた告発状、そして白雪ちゃんの告白文よ。爆弾級のスキャンダルだからね」

「えっ!?読んで良いですか!?」

睦月が青葉をカプセルに導いた。

「もちろんです!さぁこの中でどうぞ」

「ありがとうございます!・・・って、なんですかこれ?」

「青葉、提督室の中の写真は撮ったわね?」

「あいつらを凶暴そうに撮っておきました!」

「よっし!それも持ってるわね!」

「はい!」

「じゃあカプセルを閉めます!開いたら大本営に向かって突っ走ってください!」

「ま、待って!睦月ちゃん!」

「なんですか!時間が無いんです!」

「あの、これ、いつテストしたん」

バタン。

一同が呆然とする中、睦月が力いっぱい蓋を閉じた。

中でドンドンと叩きつつ何事かを叫ぶ青葉を完全に無視し、妖精達が試験用魚雷発射管にカプセルを押し込んだ。

少し離れた所では、夕張がこわごわ装置を覗き込んでいた。

「ええと・・・睦月、これ、何?」

夕張は睦月から仮想ディスプレイ用のゴーグルを貸して欲しいと言われ、数分前に手渡していた。

今、そのゴーグルはビスマルクがかけており、剥き出しの機械の中の椅子に座っていた。

「説明より見てください!ビスマルクさん!準備オッケーですか!」

「良いわよ!シャッターが開いて海中が見えたわ。オールグリーン!新装備ってワクワクしてくるわね!」

「右手が操舵、左手が出力です。視界は前方向140度のみ。後退は微速しか出せませんからね!」

「艦載機のようなもんでしょ!解ったわ!」

天龍と天龍組の面々は目を白黒させていた。何が始まるんだ?

睦月がビシリと妖精達を指差した。

「モーター始動!発射用意!」

天龍が歯を食いしばってのけぞった。まさかこれ、あの・・・

「てーーーっ!」

パシュウウウウウウウウゥゥゥウゥゥウゥゥ・・・・・

カプセルが発射されたらしき音と共に、巨大なドラムリールからケーブルが勢いよく引き出されていく。

ビスマルクの傍らにあるモニターに、小さな赤い点がポワンと点いた。

点は急速に中央から遠ざかっていく。

睦月がマイクを掴んだ。

「青葉さん!聞こえますか!」

雑音の後にスピーカーから青葉の悲鳴が聞こえてきた。

「ちょっ!怖っ!もうちょっと上!上を進んでください!海底が見えてます!」

ビスマルクは眉をひそめた。

「操舵がシビア過ぎるわ。もう少し中央付近をマイルドにして!」

睦月が背後の装置を弄った。

「これでどうですか?」

「んっ・・・・良いわ!ガンガン行くわよ!」

モニター上の点は赤から青に変わったが、青葉の悲鳴は一層増した

「うひゃ!かっ!海底!海底に居るカニまで見えてます!岩っ!怖っ!ひえええええええ!!!」

睦月がビスマルクに言った。

「索敵範囲外の水深に達してます。左のスロットを手前に戻せば速力を下げられますよ?」

ビスマルクが平然と返した。

「この位平気よ!もうすぐ1個目の難関よ!捉まりなさい青葉!」

「ひええええええええ落ちるうううううううぅぅぅ!!!!」

ポーンという音と共にモニターの点の色が青から黄色に変わり、左下の数字が150から下がり始めた。

睦月はマイクのスイッチを切ってからビスマルクに言った。

「ビスマルクさん、深すぎます。カウンターが0になったらカプセルが圧潰します」

一同はぎょっとした顔で睦月を見たが、二人は真剣そのものだった。

「まだ135ある!この谷を抜けた方が早いのよ!」

「少しだけ速力を下げてください。ダメージが減ります」

「解ったわ!」

一同はモニターを見つめていた。カウンターの下がり方は穏やかになったが、既に110を切っていた。

「よし、一気にショートカットしたわ!上の谷に出るわよ!」

その時、スピーカーからブツンという音がして、ビスマルクが悲鳴を上げた。

 

「ちょ!何も見えなくなったわよ!」

「スロットルを下げてください!」

 

村雨が震えながら、指を指した。

「む、睦月ちゃん・・・ケーブル・・・切れてるよ」

全員が村雨の指先を追うと、さっきまで勢いよく出ていたケーブルがだらりと垂れさがっていた。

睦月が目を見張った。

「そんな・・・切れる筈が・・・」

衣笠が睦月を揺さぶった。

「ケ、ケーブルが切れたらどうなるの!?」

睦月が渋い顔をした。

「非常事態が発生した時はモーターが停止し、生命維持装置が最優先に働きます」

「それで!?」

「生命維持装置がバッテリー切れになるか圧潰寸前の段階でカプセルだけ浮上させ、強制的に海面でドアが開きます」

衣笠がモニターを見た。

「今、青葉はどこに居るの!?これじゃ解んない!」

ビスマルクはゴーグルを取ると、机に海底図を広げた。

全員が覗き込む中、ビスマルクは1点を指差した。

「下の谷を抜けた直後だから、ここに居るわ」

「結構・・・遠いね」

夕張が声を上げた。

「ちょっと待って!そこは、あいつらの艦隊のど真ん中だよ!」

衣笠が睦月を揺さぶった。

「バッ!バッテリー!バババババッテリーは何時間持つの!」

睦月が申し訳なさそうに言った。

「2時間・・・です」

衣笠が崩れ落ちた。

「た、単に海上を行くなら余裕で行けるけど、それじゃ・・・敵艦隊をやり過ごすのは無理だよ・・・」

ビスマルクの表情が曇った。

「もし、着底先が下の谷なら、限界深度を遥かに越える事になるわ」

「そ、それじゃ、すぐにカプセルが浮上しちゃうじゃない・・・」

衣笠がギッと伊168を見た。

天龍が間に入る間もなく、衣笠は伊168の肩を掴んだ。

「た・・・助けて・・・助けて伊168さん・・・お願い・・・姉さんが・・・・死んじゃう・・・」

伊168の目が揺れ、ぎゅっと目を瞑った。

「こ、怖いんです・・・戦闘海域で・・・機雷に肌が触れて・・深手を負うのが・・・」

工廠長が伊168に声を掛けた。

「うん?肌に触れるって、どういう事じゃ?」

伊168はするりと軍服の上着を脱いだ。

「おっ、おい!」

天龍は止めたが、伊168の肩から背中には、大きな火傷の跡が見えた。

 

 

 



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天龍の場合(22)

 

 

伊168が軍服を脱いだ後、核シェルター内。

 

 

「私は・・・海中機雷に触れて、一発轟沈したんです」

工廠長は眉をひそめた。

「お前達。きちんと治してあげなさい」

あっという間に伊168を取り囲んだ妖精達は、火傷の跡を綺麗に治していった。

その間、工廠長はシェルターを出ると、布の塊を手に戻ってきた。

「うちの潜水艦には、出撃や遠征の際はこれを必ず装備させておる」

伊168が手渡されたそれは、腕や脚も含めた全身を包みこむウェットスーツだった。

スーツには変わった形の模様があった。

「その鱗のように見えるのは機雷不発化装置じゃよ。水の膜で遮って起爆装置を誤解させる」

伊168はギュッとスーツを握りしめた。

「こ、これが、あの時あったら、わ、私は、私は・・・沈まずに済んだよ・・・」

「うちでは当たり前じゃ」

伊168はぎゅうっとスーツを握りしめ、じっと目を瞑っていたが、やがてカッと目を開けると

「私!行きます!このスーツ貸してください!」

工廠長が頷いた。

「差し上げるよ。まだ何着かあるしの」

「あ、ありがとうございます!」

天龍が伊168の肩を掴んだ。

「本当に、行けるか?苦しければ俺が」

伊168は天龍に首を振った。

「もう充分守ってもらいました。傷を直して貰い、手段を手に入れました。行きます」

天龍は頷いた。

「よし」

 

加圧室のハッチを手で支えながら睦月が叫んだ。

 

「いいですか伊168さん!ケーブルを辿って行けば間違いなく着きます」

「はい!」

「水深250mを最高上限としてください。それ以上は見つかる恐れが増えます!」

「はい!」

「工具リュックは持ちましたね?酸素ボンベチェックOKですね?」

「はい!」

睦月と伊168の視線が絡み、二人は黙って頷いた。

「ずっとモニターしていますからね!」

「ええ!ハッチを閉めてください!」

「では、ご武運を!」

ガコン・・・ガチャン!

ハッチが閉まると同時に、室内にざぁっと水が流れ込んできた。

伊168はフンと鼻を鳴らすと、ゴーグルをかけた。

「伊号潜水艦の力、見ててよね!」

 

伊168は水深400mを高速で航行していた。

ケーブルが比較的太かったので、辿るのは容易だった。

一段深い谷に辿り付いた時、伊168は声を上げた。

「こちら伊168、聞こえる?」

「睦月です!」

「谷に向かうケーブルが沈没船に引っかかってるわ」

「なっ!?」

「外すのは簡単だけど、また絡まる可能性はあるし、沈没船を全てどかすのは困難よ」

「・・・・解りましたし、大丈夫です。進行方向上絡まないように外して先に進んでください」

「解ったわ」

 

青葉の乗ったカプセルは、下の谷ではなく、上の谷ギリギリの淵に着底していた。

伊168は下の谷の深さにぞっとした。

「は、半分ちょっとだけ、上の谷の淵に乗っかってる。カプセルに青葉も見えるわ」

通信を聞いた衣笠はへちゃりと床に崩れ落ちた。さすが強運の姉だ。私なら谷底だろう。

「ケーブルをたぐって・・・来たわ。コネクタが1つ千切れてる」

「伊168さん、工具で全コネクタを揃えて切り落とし、新しいコネクタを」

「ええ。・・・よし、行けた。これを繋ぎなおすのね?」

「はい。そしてバッグの中にある黒いフックにケーブルを絡めてください」

「・・・・やったわよ」

「フックをコネクタの上下にある突起に嵌めこんでください」

「・・・固っ・・・ちょっと待って・・・あっ!!!」

「どうしました!?」

「ソナー・・・打ってる。ちょっと作業中止する」

 

スピーカーから微かに、コーン、コーンという音がする。

シェルター内では艦娘同士が、人差し指を口に当てて「シーッ」という仕草をしていた。

 

たっぷり5分は過ぎた頃、

「多分・・・大丈夫。再開するね」

「お願いします、あまり音はたてないように」

「解ってるわ・・・よし、入った!」

「では、モーターの右側面に移ってください」

「待って、片付けて移動する」

睦月はビスマルクを探したが、既に機械の中でゴーグルをかけて待機していた。

「ビスマルクさん、そろそろです」

「ええ。最高速は出さない方が良いかしら?」

睦月は一瞬躊躇ったが、

「いえ、逆に最高速のみでお願いします。修理に消費した時間分、残り時間が減ってます!」

「・・・・プレッシャーかけてくれるわね。良いわ!」

「移動したわよ!15cm四方のパネルがあるわ!」

「そうです!そのパネルを開けてください」

「OK、次は?」

「赤いボタンを10秒押してください」

時間が経つと、モニターに再び青い点が灯った。

ビスマルクが反応した。

「OKOK!映像が返ってきたわよ。ゲージも105・・・あ」

「どうしたんですか!?」

「燃料用の酸素がかなり減ってるわ。あと1/3」

「生命維持の為にずっと使ってましたから仕方ないんです。なので全速力でお願いします」

「解ったわ!」

「後は何するの!」

「伊168さんの後方に壁や障害物は無いですね?」

「・・・無いわ!下には谷底が見えてるだけ!」

「谷に向かって何秒で飛び込めますか?」

「・・・そうね、15秒」

「青いボタンがモーター再起動時間を決めます。1回3秒ですから5回叩いてください!」

「解った!」

伊168が飛び込むルートを確かめ、青いボタンを押そうとしたその時。

黒い影が一瞬横切った。

「!!!!!」

上を見た伊168が捕らえたのは、大型機雷の群れだった。

「くっ!」

伊168は青いボタンを1回だけ叩くと、カプセルの真後ろから蹴った。

反動で工具バッグを掴んだ伊168は体育座りのように体を丸めた。その瞬間。

キュイーーーーーーン!

カプセルの推進モーターが作動し、凄まじい勢いで発射していった。

伊168はモロに推進流に巻き込まれた為、肺の中にあった空気を全部吐き出してしまった。

どうする事も出来ないまま、伊168は上下左右も解らぬ錐もみ状態で押し流されていった。

元々伊168達が居た場所を、次々と機雷が爆破していった。

 

「おかしいわ、15秒にしては短すぎる」

ビスマルクの指摘を聞くまでも無く、睦月も気付いていた。

3秒しか経っていない。

「ビスマルクさんはそのまま、最大限大本営を目指してください!」

睦月はマイクに叫び続けた。

「伊168さん!伊168さん!応答してください!」

その睦月の肩をぽんと叩くものがあった。

睦月が泣きそうな顔で振り向くと、にっと笑う天龍が居た。

「代わりな」

よろめいて座り込む睦月の代わりにマイクを握った天龍は

「おう伊168、聞こえてっか、天龍だ!」

スピーカーからは小さな雑音しか聞こえてこない。

「また息を吐き出しちまってガボガボ言ってんじゃねぇだろうな?」

「なぁ伊168、俺は今猛烈に秘密をバラしたくてしゃーねーんだ」

「お前が返事しなかったら、とっておきのヤバいネタ、このまま喋っちまうぜ~?」

ガッ・・・ザザザッ・・・・

「俺が初めて伊168の受け持ちになった翌日、潜水艦寮の物干し場でさぁ・・・」

「ガガッ・・・そ・・・以上・・・じゃないわよ!言ったら殺すわよ!」

「おー、無事か伊168?」

少しの沈黙の後、

「・・・鼻に水が入って超痛い。あと、耳にも」

わんわん泣き出した睦月の頭をぽんぽんと叩きながら、天龍は言った。

「よっしゃよっしゃ、さっさと帰ってこい。アレをバラされたくなきゃあな」

 

 

 



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天龍の場合(23)

 

 

伊168が応答した後、核シェルター内。

 

 

伊168はインカムの先の天龍に噛み付いていた。

「こんなキツイ任務達成したのに言う事それだけなの!?ひどくない!?」

「空母の一隻でも仕留めて来るかあ?」

「あのねぇ!・・・あれ・・・睦月ちゃん?」

天龍に促された睦月は泣きじゃくりながら応答した。

「ひっ・・・へうっ・・・ごっ・・・ご無事で・・何より・・・です」

「ねぇ、工具バッグの一番下にあるのって何?」

「・・・へっ?どんな形ですか?」

「魚雷っぽいんだけど、なんか、先が幾つも分かれてる」

睦月は怪訝な顔をしていたが、ハッとしたように、

「多弾頭対艦ミサイルです!抜くの忘れてました!」

「なんでそんな物騒なもんが工具バッグに入ってるのよ!しかも剥き出しだったわよ!誤爆したらどうすんのよ!」

「ごめんなさぁい!明日テストする予定だったんですぅ・・・」

村雨がぽつりと言った。

「じゃあ伊168ちゃん、撃っちゃえば?」

「へ?」

「睦月ちゃん、潜水艦からは撃てないの?」

「いえ、弾頭以外は元々酸素魚雷ですから、伊168さんの発射管から撃てます」

「操作方法は?」

「敵の艦影に向けてAIを起動したら発射するだけで、後はミサイルが勝手に考えます」

「多弾頭って事は、複数攻撃できんのか?」

「はい。最大8隻まで・・・の筈」

「筈って!」

「だってだって!明日テストする予定で!」

「まぁ、失敗しても、かすり傷くらい負わせられるんじゃね?」

「あ、えと、破壊能力は700mm鋼板を破れる位の威力があります」

「ちょっと!誤爆したらアタシ即死じゃない!」

「うえーんごめんなさーい!」

「怖っ!めっちゃ怖っ!」

「だったらポイしてこいよ、敵艦のほうにさ」

「ええ、もう、そうする。そうするんだから!」

「あ!敵艦との距離は?」

「推進流でだいぶ流されたから・・・ええと、5km位かな」

「それなら良いです!2km圏内には入らないでください!」

その時、ビスマルクが叫んだ。

「酸素切れのアラートが鳴ったわ!どうすればいい?」

睦月はがばりとモニターに飛びついた。

「・・・もう間近です。操舵桿の上についてる射出ボタンを押してください!」

「了解!青葉、飛び出しなさいっ!」

睦月は振り向いてマイクに叫んだ。

「カプセルが大本営に到達しました!ミサイル発射して良いです!」

「了解!敵の船底に大穴開けてあげるから!」

 

ガシャン!

減圧が済んでハッチが開くと、祥鳳が伊168に飛びついた。

「良かったぁ!おかえりっ!おかえりっ!」

「な、泣かないでよ祥鳳・・ちょ、調子狂うわよ」

「おう、良くやったな」

「あのさ、復帰1回目って、普通リハビリ程度の軽~い奴から始めない?」

天龍は肩をすくめた。

「そこはほら、天龍組だから諦めな」

川内が頷いた。

「暗闇で膝かっくんでバンジーさせるところだよ?」

だが、伊168はハッとしたように、

「それより状況はどうなったの?」

長門と加賀が近づいてきた。

「皆のおかげで最善の展開に出来たと思う。礼を言う。」

「まずは青葉さんが、海面に飛び出した勢いが強すぎて、そのまま中将の部屋に飛び込みました」

「・・・・へ?」

「おかげで執務中だった中将に直接告発文を手渡し、かつ、緊急事態である事を納得頂けました」

呆気に取られる伊168、肩をすくめる衣笠。

「大本営は直ちに3鎮守府に憲兵隊を急行させました」

「8艦隊のうち7艦隊は逃げ戻りましたが、伊168が重症を負わせた艦娘達は帰着が間に合わず・・」

「書類と実状の不一致を確認した憲兵隊は、司令官2人を緊急逮捕しました」

「・・・」

「青葉と憲兵隊が乗った水上機が、その後我が鎮守府に急行しました」

「・・て、提督は無事だったの?」

「お話します」

 

 

時は少しさかのぼり、提督室。

 

提督が時折、ひょっと銃を握り直すのに逐一反応していた司令官は疲れ果てていた。

この地味な精神攻撃でも、2時間以上続けばボディブローのように効いてくるのである。

その時。

「んだとぉっ!?勝手な事すんじゃねぇよ!」

突然秘書艦の天龍が大声を上げた。

日向がギヌリと睨みつけたが、秘書艦の天龍は目を白黒させながら叫んだ。

「ふざけんな!憲兵隊が急襲って、お、俺達を見殺しにする気かコラァ!」

憲兵隊という単語に司令官は秘書艦の天龍を見て口走った。

「なんだと・・・今日は・・・憲兵隊は・・・合同訓練で手薄な筈だろ?」

秘書艦の天龍は司令官を向くと

「訓練が中止されて、召集された憲兵隊が出動しやがったらしい。俺達の鎮守府にも向かってるってよ!」

司令官はがくりと椅子の背にもたれた。

居る筈の無い場所に居る事が発覚してしまう。終わりだ。

秘書艦の天龍は声を張り上げて司令官を揺さぶった。

「おい司令官!こういう時はどうすんだよ!寝ぼけてんじゃねぇぞ!」

日向はまっすぐ秘書艦の天龍を見ながら、

「周囲全てに怒りを撒き散らすなど、弱い者だと宣伝するようなものだ」

秘書艦の天龍は司令官を突き放すと、

「へぇ、上等な説教垂れてくれるじゃねぇか。なら最後に決闘しよう・・・ぜっ!」

といい、日向の飛行甲板をすり抜け、提督の頭に刃を振り下ろした。

日向が咄嗟に提督を庇おうとしたその瞬間。

 

タン!タン!タン!

 

小さく乾いた音が、室内に響いた。

秘書艦の天龍は目を見開き、腕をだらんと垂れ下げた。

「俺が・・・遅れを・・・」

そう呟くと、そのままどうと倒れこんだ。

司令官は秘書艦の天龍の骸の先に、硝煙のくすぶるブローニングを構え、日向を庇う提督の姿を捉えた。

呆けていた司令官は、見る間にどす黒い雰囲気を纏うと、

「お・・・お前・・・・俺のっ・・・俺の天龍をおおおおおおおお!」

牙を剥きながら軍刀を抜こうと、した。

 

タン!タン!タン!

 

日向は提督を見た。

司令官は秘書艦の天龍に折り重なるように倒れていたが、提督の銃口は前を向いたまま、小さく震えていた。

「提督、任務完了だぞ」

日向はそういうと、提督の手からそっと、ブローニングを抜いた。

「・・・なぁ、日向」

「なんだ?」

「この司令官と天龍も、絆があった気がする」

「全体的に、どうしようもなく歪んでいたがな」

「私の、お前達への愛は、歪んでいるのかな」

「時折脱線しそうにはなるな。例えば祥鳳の件は危なかったぞ」

「・・・そうだったなあ」

「だが、決定的に違う事がある」

「なんだ?」

「私達は、一から十まで提督に教わろうとは思っていない。」

「・・・」

「提督も弱さを抱え、私達も弱さを抱え、それぞれに思いがあると知っている」

「・・・」

「だから一人一人が出来る事を自立的に受け持つ。その空気を作っているのは提督だ」

「・・・そうなのかなあ」

「そうだ。なぜなら」

「・・・なぜなら?」

「提督の言うままついていくのはとても心配だからだ」

「それ、褒めてないよね」

「ああ、褒めてない。私としてはもう少し規律正しく、脱走せず、甘い物を控えて欲しいと思ってる」

「注文が多いな」

「死してなお最後まで付き従うのだ。あるべき主としての注文は増える」

 

 



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天龍の場合(24)

 

 

日向が物凄く遠まわしに告白した後、提督室。

 

 

提督は目をパチパチさせた後、ぽそっと呟いた。

「・・・日向」

「なんだ?」

「お前は、私に死してなおついてきてくれるのか?」

「当たり前だ。ただ、私だけではなく秘書艦や、所属艦娘の多くはそう思ってるようだがな」

「こんな提督なのに?」

「こんな提督だから、心配でならないのだ」

「・・・日向」

「なんだ?」

「今更だが、飛行甲板は盾じゃないんじゃなかったか?」

「・・・まぁ、そうなるな。」

「盾に使うならケブラー層を作れよ」

「・・・提督」

「なんだ?」

「・・提督が私を守ってくれた姿、格好良かった・・ぞ」

「練習って大事だなって思ったよ」

「そうだ。明日から基礎体力訓練に参加するといい」

「謹んで遠慮する」

「なぜだ!」

「その間、射撃訓練しているよ」

「・・・先程の銃撃は、既に相当の腕前だったぞ」

「そ、そう?」

「だが、そのニヤケ顔で冷める」

「すいません」

日向がくすっと笑ったその時。

「うおー!憲兵隊の突撃ですぅぅぅ!!大人しくしろぉぉぉぉ!!・・・・あれ?」

「青葉?何してるんだ」

「何って!」

「この2人なら私に襲い掛かってきたから射殺したよ」

「・・・誰が?」

「私がだよ」

「・・・二人も?」

「・・・そうだが?」

青葉が更に口を開こうとしたとき。

「提督殿!憲兵隊であります!」

提督はスッと敬礼を返すと、

「この二人がそれぞれ刀を振って襲い掛かってきたので銃で反撃した。私が行った」

「ご無事で何よりであります。おい!遺体を運び出せ!」

「はっ!」

「部屋の外で、お話しましょうか」

 

提督棟の休憩所で、憲兵隊のリーダーは出されたコーヒーを啜った。

「実は数ヶ月前からあの鎮守府には良くない噂があり、内偵を進めていたのです」

「ほう」

「その担当官が、白雪でした」

「!」

「白雪が訓練中の事故で轟沈したと聞き、我々は相当に調べたのですが、どうしても証拠が掴めなかった」

「・・・」

「今日届いた告発文が白雪が知る暗号に従って書いてあったので、調査員の白雪と確証した」

「・・・」

「本当に惨い殺され方だったようです、白雪は」

「差し支えなければ、どのように?」

「訓練と称し、数名で押さえつけられ、死ぬまで水中に頭を沈められたと」

「・・・なんと惨い事を・・・」

「けれど、白雪はこうも書いてました」

「?」

「この鎮守府で、今はとても幸せだと」

「・・・そうですか」

「無重力はとても気持ちがいいと言ってましたが、素潜りの事ですかね?」

提督は天龍の報告を思い出した。

「海中ではなくて、空中、ですね」

「あ・・・バンジー?」

「きっと、水にはまだ触れたくないのでしょう」

「・・・ええと、こちらでは出撃させてないのですか?」

「ええ。全く」

「彼女は戦術、砲術、操術全てにおいて最高成績を納め、洞察力も鋭い天才ですよ?」

「だとしても・・・」

提督はにこりと微笑むと、

「私は、娘がやりたい事をさせてあげようと思うんです」

「娘?」

憲兵隊のリーダーがきょとんとする様を見ながら、青葉はにっこりと笑っていた。

そうなんです。うちの提督は、とっても変わった、自慢の提督なんです!

 

「と、いう感じでしょうか」

加賀からすっかり話を聞き終えた伊168は、ぺたんと床に座った。

「じゃ、じゃあ、私のミサイル攻撃も役に立ったんだね」

「ええ。港に居る筈の艦娘が敷地に居ない上に大破して帰ってきたのです。言い逃れのしようがありません」

「提督も無事だった」

「ええ」

そこで伊168はぎゅいんと白雪の方を向くと、

「ていうか!白雪ちゃん探偵なの!?」

「いえ、あの、私は大本営の事務員でしたよ?」

「えっ!?でも、内偵・・・」

「私は元々、普通に建造された艦娘だったんですけど、先が読め過ぎる事で司令官から気味悪がられて」

「あ・・・」

「だから色々な鎮守府をたらいまわしにされた後、大本営でずっと事務員をやってたんです」

「・・・」

「事務員をしてると色々な人の論文を読む事も多かったので、それで戦術とかを覚えました」

「そうなんだ・・・」

「ええ。だから私はごく普通の艦娘です・・・・・なんで皆さん首を振るんですか?」

「将棋で加賀に参りましたと言わせたのはお前だけだからなあ」

「え、だって、詰め将棋を覚えてるだけですよ?」

「何通り覚えてるんだよ?」

「500通りくらいですけど・・普通ですよね?」

「だから普通じゃねぇっての」

「1km先で隠れて寝てる川内さん見つけるし・・・」

「え、あれは、見えたから見つけたと・・」

「私、間際まで気付かなかったです・・・」

祥鳳がぽんと白雪の肩を叩いた。

「まぁ、普通かそうでないかより、白雪ちゃんが幸せならそれが一番じゃない」

すると、白雪は顔を真っ赤にして

「・・・暴露されてしまいました」

と言った。

天龍はうむっと伸びをすると、

「よっし、あとは村雨を白星に放り込めば任務完了だな~」

と言ったのだが、白雪はきょとんとした顔で

「え?解散・・・なんですか?」

「あ、ああ。だって苦しい原因は取れただろ?」

「私、進路決めてないですけど」

「あ・・・そうか。何が良い?行きたい先とかあるか?」

「そうですね・・」

白雪は数秒考えた後、

「天龍さんの助手がいいです」

「え・・・俺の?」

「はい」

「そ、そりゃ、凄く助かるし嬉しいけど・・・良いのか?」

「勿論」

にこにこする白雪に、伊168が

「バンジーの設備あるからでしょ?」

というと、

「そうそう。こんなに近くでタダで飛び放題の所なんて無・・・・あ」

「お前・・・・」

「あっ!えっと!素敵な素敵な天龍先生と一緒にお仕事したいなあ」

「超棒読みじゃねぇか!俺はおまけかよ!」

「失礼ですね。お菓子ならおまけが主目的なんですよ?」

「おまけにもならねぇって言いたいのか!」

「ちっ!違います!私はただバンジーが好きで、さすがに毎日遊び呆けるのは申し訳ないので、仕方なく手伝いを」

「何も違わねぇじゃねぇか!」

「でっ!ですからっ!どうせ手伝うなら天龍さんの元でと」

「・・・・なんか取ってつけたような感じだなあ」

「そっ!それを言うなら伊168さんはどうするんです?」

「アタシに逃げないでよ」

「同じ天龍組じゃないですか」

「まぁ・・・そうね。もう潜れるようにはなったけど、このスーツがないとやっぱり嫌だし」

「うちの艦娘として所属してれば良いんじゃね?滅多に出撃ないし」

その時、文月がくすりと笑った。

「潜水艦さんが増えると、オリョールクルージングがもっと回せますねえ」

「!?」

文月の策に気付いた伊168は

「わっ!私も天龍先生の助手になりたいなー!」

「・・・・はぁ?」

「なっ!なりたいなっ!」

「何でだよ?」

「何でって!何か冷たいわね!これからも大変なんでしょ!?」

「ま、まぁ・・そうなるかも、だけどな」

「じゃー良いじゃない。それとも何?祥鳳や白雪は欲しいけどアタシはいらないって言うの?」

「そんな事言ってないだろ。お前も来てくれるんなら嬉しいぜ!」

「・・・ふ、フン。だから行ってあげるわよ」

「解ったよ」

そして天龍は村雨に向くと、

「うっし!じゃあ明日は総復習、明後日本番だぜっ!」

と言ったのである。

 



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天龍の場合(25)

村雨の入社試験が明日に迫った朝、教室棟。

 

「おはようござい・・ます」

ガラガラと教室のドアを開けた白雪は意外な光景に声が詰まった。

ドアを開けた後に挨拶をするのは大本営時代に教えられた結果であった。

そして普段、この教室に最初に来るのは自分であり、返事は無かったのだ。

ところが、今朝は違った。

「おはようございま~す」

明るく返事を返したのは、村雨だった。

 

「・・・今朝は早いんですね、村雨さん」

「はい!朝食も早く食べちゃったので、来ちゃいました!」

「明日になっちゃいましたね」

「ほんと、あっという間の3週間でした」

「特に先週は・・・毎日大変でしたね」

一瞬白雪は村雨をチラリと見て、すぐに目線を逸らしたのだが、村雨はジト目になると、

「・・・・私が来たからって言いたいです?」

「いえ、そうではなく、本当に、もう時間が無いなと」

村雨は白雪の言葉を反芻した。

「・・・時間が・・無い?試験対策はちゃんと・・・」

白雪は村雨の前の席に腰を下ろした。

「村雨さんが来た時、明日まで3週間、普段通りの時間があると思っていたんです」

「まぁ、そうですよね」

「ところが実際は、ちゃんと出来たのは2週間弱で、後は私達それぞれの事で邪魔をしてしまいました」

「邪魔だなんて、そんな」

「事実上1週間は、出来事そのものや、その後の思い出話で終わってしまいました」

「そ、そりゃ、あれだけの出来事だったから・・・ソロル新報も号外や特大号がバンバン出ましたし」

白雪が村雨を真っ直ぐ見た。

「私は、天龍組の皆さんにも、この鎮守府にも大きな借りがあると思ってます」

「・・・」

「ですから、村雨さんの事も、きちんと解決してあげたい」

「白雪・・さん」

「私が2週間前に申しあげた事、村雨さんは覚えていますか?」

村雨は目を瞑った。

 

 「貴方が残り時間ですべき事は、恐怖を吐き出す事です」

 

白雪はまだ1回も話した事が無い私の、最も奥にある問題をさくりと見つけたのだ。

「恐怖を・・吐き出す、ですよね」

白雪が小さく首を振ったので、村雨があれっと思い、問いかけようとした時。

 

「おーす、おはよう白雪・・・って、村雨早ぇなぁ!感心感心!」

天龍が盛大に欠伸をしながら入ってきたが、村雨の姿を見つけて目を輝かせた。

「伊168の奴が時間ギリで飛び込んでくるのは何度言っても直らねぇが、村雨は真人間になったな!」

カッカッカと笑う天龍の背後から

 

「へー、私は真人間じゃないんだ、そーなんだー」

 

という、絶対零度の視線を放つ伊168の声がした。

村雨が戸口を見ると、川内と祥鳳と伊168が揃って天龍の背後に立っていたのである。

天龍が笑った表情のまま凍ったのは言うまでもない。

 

「きょ、今日は・・あれだ・・じゅ、15分前に全員揃うなんてなぁ・・良い日だなっ・・と・・」

天龍がそっと伊168を見たが、伊168はあきらかにツンツンしている。

祥鳳は小さく肩をすくめると、口を開いた。

「もう少し、時間に余裕を見て揃う方が良いと思いますよ。登校時間も決まってるんですし」

「時間丁度に正確に行動するのは軍事行動として当たり前じゃない。授業開始に遅れた事は無いわ!」

「そりゃあそうだね。さっさと来ましたって延々と同じトコに居たら敵の的になっちゃうし」

川内の言葉に伊168はビシリと指を指し、

「そう!そうよね!さすが川内さん!話解る!」

そう言ったのだが、白雪が頬杖をつき、窓の外を見たまま、

「ここは学校で、我々は学生で、学校が決めたルールがあります。ルールに従う事こそ軍事行動の基本では?」

と、返されてしまい、

「ぐげっ!」

と、苦い顔になった。

村雨がパタパタと腕を振ると、

「み、皆さん落ち着いて・・私は明日の事が心配で、部屋に居ても落ち着かなかっただけなんです」

というと、ふっと全員が村雨を見て、

「だよね。村雨ちゃんは明日が試験だもんね」

「今日こそ落ち着いた雰囲気で残課題を消化しないとね。ケンカしてる場合じゃないね!ゴメン!」

「あ、あの、ありがとうございます」

「でも村雨ちゃん、来た直後に比べて良い笑顔するようになったよね」

「そうですか?」

「ちゃんと言えるようになったしね」

「言わないと確実に酷い未来が待ってますからね」

川内が瞬間的にネガモードをONにすると、床を見ながら呟いた。

「言っても時折酷い目に遭うけど・・ね・・」

村雨は川内を見ながら聞いた。

「川内さんはバンジーと轟沈どっちが嫌ですか?」

川内は村雨に死んだ魚のような瞳をやると、

「それを翻訳するとね、精神崩壊か死刑か選べって事だよ?選ばせるの?」

「どっちも嫌過ぎですね」

「たまに、後ろに白雪ちゃんが居て、膝かっくんされるんじゃないかと今もぞっとするんだよ」

「・・またバンジー行きましょうね。苦手な事は克服しましょう」

いつの間にか背後に居た白雪から、そう耳元で囁かれた川内は本気で驚いたらしく

「うわぁあぁっ!」

と言いながら椅子の上で数センチは飛び上がった。天龍は小さく溜息を吐くと、

「こら白雪、趣味は楽しむもんで、引きずりこむもんじゃねぇ」

と言った。

白雪は定位置に戻りつつ、

「今日こそ、村雨さんの本当の解決を、皆で進めましょう」

と言った。

鳴り響く本鈴を合図に、天龍が頷いた。

「まずは模試だな」

 

 

「えーっと、皆、SPIありがとな。真剣な雰囲気が作れて良かったと思う。村雨はどうだったよ?」

「いつになく真剣な雰囲気だったので戸惑いましたけど、おかげで本番を意識出来ました!」

「そっか。結果を採点したけど、俺から見て自分自身を変に誇張せず、卑下せず、上手く表現してると思う」

「あ、ありがとうございます」

「他の奴のSPI結果は面白過ぎるから本番の後な。じゃ、模試はこれで終わり。後は・・・」

「面接、ね?」

「んー、本来なら伊168の言う通り面接なんだが・・・」

祥鳳が目を細めると、

「その前に、何かあるんですね?」

天龍が頷いた。

「そうだ。白雪、もう1度村雨に言ってやれ」

全員が白雪を見ると、白雪はコホンと咳払いし、村雨に向かって目を細め、向けた手を人差し指だけ立てると

「裏切り者のクソ野郎がお前に何したか喋っちまいな!」

と言った。

すると、それまで柔和な笑顔をしていた村雨が固まった。

天龍はそっと目を閉じた。やっぱりな。

 

「え・・あ・・あ、あれ?恐怖を吐き出す・・・じゃ、あ、ありませんでしたっけ?」

村雨は努めて冷静を装いながら白雪に問いかけたが、白雪は真っ直ぐ見返すのみだった。

伊168は村雨に話しかけた。

「恐怖の吐き出し方は、最初にやったバンジー以降、随分滑らかに、穏やかに出せてると思うわ」

祥鳳が頷いた。

「今も相当キツイ事を言われた訳ですが、落ち着いて処理出来てます。ちゃんと成長されてますよ」

村雨は祥鳳の方を見たのだが、天龍は

「対処法は合格だが、そもそもそんなものねぇ方が良いに決まってる」

つられて見た村雨に、天龍は眉をひそめると

「ほら、俺達に喋っちまいな」

「な、なな、何の事だか・・・」

「俺達は世界で一番お前を心配してる仲間だぜ。隠す事はネェだろ?」

天龍から目線を外そうと振り返った村雨は、まともに白雪のどアップと対峙する事になった。

「ひぃえっ!?」

「喋っちまいな」

「あ、あああああ、あの」

二人を避けるように視線を逸らすと、今度は伊168が居た。

「あっ!」

「助けが欲しいなら、今すぐ助けてあげるわよ!」

「お、おおおおお願いします・・・助けて」

「解ったわ。じゃあ助けてあげる」

伊168は村雨の両肩を掴むと、

「さぁ、何もかも吐いちゃいなさい!それしか貴方に道は無いの!」

と言った。

村雨は泡を吹きそうだった。

 



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天龍の場合(26)

村雨が包囲網に囲まれた朝、教室棟。

 

肩まで固定されて逃げようがなくなった村雨は、それでも泣きそうな顔で川内に救いを求める視線を向けた。

なんとなく、このメンバーの中ではまだ温情をくれそうな気がしたのである。

だが、

「アタシは響の事は誰にも言わないと誓ったけど、ずっと言わなかったら突き落とされて、結局言わされたよ?」

と、何か悟りの境地に達した目で返された。

ぐぎぎと祥鳳に視線を泳がせると、

「私の場合は夕方の雰囲気に押されて喋っちゃったんですが、今から考えると本当にあの時で良かったです」

そこで祥鳳はネガモード全開で溜息を吐くと

「拒否するほど状況が酷くなりますし、絶対諦めない人達ですから」

と、ぽつりと言った。

伊168は村雨の肩においた手を頬に当てると、ぐいんと自分に向けた。

「でも、約束したら、たとえ緊急事態でも、戦艦相手でも一歩も引かずに守ってくれる。あたしが証人よ!」

村雨はついに笑顔の表情が剥げ、悲しそうに黙ってしまった。

そっと伊168が頬から手を離すと、村雨は天龍を見た。

天龍はまっすぐ村雨の目を見たまま、口を開いた。

「なぁ村雨・・最初に面談した時の事、覚えてるか?」

「・・・はい」

「あの日お前は、丁度今と同じように、悲しそうに、途切れ途切れに俺に答えたんだ」

「・・・はい」

「それから約3週間後の今朝、お前は生き生きとした良い目をして、楽しそうに話してた」

「・・・はい」

「白雪の見立てはとんでもなく正確だ。だからこそ克服どころか打ち明けるのもすげぇ苦しいのは百も承知だ」

「・・・」

「だけど、お前に上辺だけ元気になって欲しくねぇ。ちゃんと心から笑って欲しい」

「・・・」

「嫌な過去も良い過去も全部過去として、だから今の自分がここに居る、それで良いんだって解って欲しい」

「う・・・」

「そう思うのはデカイ後押しが要る。一人でそこまで切り替えるのは無理だ。だからこそ俺は、ここに居る」

「・・・」

「俺は、お前達からそう信じてもらえるよう、あらゆる事を出来るだけ、全力でやって来た」

「・・・」

「俺が不安なら俺の力不足だから詫びる。でも、今は俺だけじゃなくて、皆も居る」

「・・・」

「俺は断言する。ここに居るメンバーは、世界で一番お前の悩みに対して解決する力がある」

「・・・」

天龍はふっと笑うと、

「今、皆が揃ってる時に賭けてみねぇか?」

 

村雨は少しの間顔を伏せた後、静かに1人ずつじっと見まわしていった。

にっと笑う川内。

眼鏡をくいっとかけ直しながら頷く祥鳳。

微笑んだまま、わしゃわしゃと自分の頭を撫でている伊168。

そして。

窓の外ではなく、自分を優しい目で見る白雪。

 

「・・・・わ、解りました。お話します。でも、誰にも・・・言わないで」

 

村雨の小さな囁きに、5人はこくりと頷いた。

村雨は伊168に、

「手・・・握って・・・良いですか?」

と言ったのだが、言い終える前に伊168は村雨の差し出した左手を両手できゅっと包んだ。

 

「私の居た鎮守府では、駆逐艦が沢山居ました」

村雨が数回呼吸をした後、ぽつりと語りだした。

「司令官は建造しては似たLVの娘で艦隊を編成し、公平に育成してくれました」

「着任時期が似てるとLVも近くなるので、私は、ある子とほぼいつも一緒でした」

「鎮守府の様子がおかしくなったのは、艦数が80隻を越えた頃でした」

「丁度その頃、出撃で出会う子や、建造で出てくる子達に、見慣れない子が増えました」

「さらに大型建造という制度が出来て、潜水艦の子達は東の海に毎日何度も出撃するようになりました」

「司令官は見慣れない子と出会う事にかかりきりになり、私達のような高LVの駆逐艦は待機が増えました」

「決定的におかしくなったのは、ケッコンカッコカリの制度が出来たという話が流れた頃からでした」

 

村雨は伊168の手をぎゅっと握って、言葉を切った。

本当に言いたくない。本当に嫌な部分に差し掛かる。

でも、伊168の温かく柔らかい手の感触が、背中を押してくれた。

 

「ケッコンカッコカリの制度が説明された日、同艦で2人以上居た子は全員解体されました」

「明確な説明は無かったけど、噂では司令官は100隻にならないよう、大幅に艦娘を整理するつもりだと」

「改2になった子、戦艦や空母のように主力を担える子、新型艦は優遇されるけど、そうでない子は・・・」

村雨は唇を噛んだ。

「ケ・・ケッコンカッコカリで、指輪を嵌められた子だけが鎮守府に残れる、って」

 

村雨の目に涙がにじんだ。

「そ、それまで、艦娘同士は艦種が違っても仲が良かったんです」

「同艦で2隻以上居た子も双子だ三つ子だって・・・」

「でも、噂が流れ始めた日を境に、駆逐艦、軽巡、軽空母、重巡の子達は急速に仲が悪くなっていった」

「そして、あの朝を迎えました」

 

村雨は言葉を切った。切ったというより、嗚咽が酷くて息が切れてしまったのだ。

そんな村雨の鼻に、ティッシュが押し当てられた。

「はい、ちーん」

ちらりと顔を上げると、白雪がにっこり笑ってティッシュを持っていた。

「7合目まで来ましたよ。はい、ちーん」

村雨はふむっと鼻から息を吐いた。

「良く出来ました」

思わず苦笑しながら見上げる村雨に、白雪はティッシュをくるくると丸めながら、

「では、昔話の続きを」

と、さらりと促した。

 

村雨は、白雪のその一言で、はたと気づいた。

そうだ。

確かに私は、今から話す事で、沈められた。

だがそれは、昔話なのだ。

これから起こる未来ではない。変えられないけれど、既に終わった事なのだ。

言葉にするのも嫌だけど、言ったからと言ってまた起きる訳ではない。

それに、この人達ならきっと・・・・

 

 解ってくれる。

 

右手でぐしぐしと目を擦ると、村雨は目の前の伊168に話し始めた。

 

「あの日の朝、司令官は一気に20隻近くを解体や近代化改修に使いました」

「噂通り、昔から居る子で、主力を担えず、改2の道が無い子ばかりでしたが、1つだけ予想と違った」

 

村雨は目を瞑り、目を開けて、言った。

 

「私達が驚いたのは、LVが90の子も含まれてたんです」

 

すっかり涙が引いた村雨は、淡々と話し、目線は床の継ぎ目を力なく追っていた。

 

「私とその子は、噂を気にしつつ、自分達がLV90である事を拠り所に、何となく対象外だと思ってた」

「二人きりの時、いくらなんでも90に乗ってれば、このままケッコンカッコカリだよねって言ってたんです」

「だからそんな険悪な雰囲気の中でも、私とその子との仲は保たれていた。唯一の拠り所だった」

「でも、噂より悪く、自分が確実に死のリストに載る対象だと解り、その子は焦ったんだと思います」

 

村雨はそこまで言い切ると弱々しく深呼吸をして、続けた。

本当に思い出したくない部分。

 

「その日、私達は朝食後、すぐに遠方の海域に出撃する事になってました」

「実際に出撃し、私は旗艦の指示で、その子と2人で敵の轟沈を確認する事になりました」

「敵に近寄って行った時、1隻の潜水艦がまだ戦闘状態にあったのに気付かなかったんです」

「そいつは魚雷を撃ってきたんですけど、信管の安全装置を外していなかったのか、私に当たっても不発でした」

「魚雷は私に当たって跳ね返り、その子の方に行った」

「私はその子に魚雷が行ったと言い、避けるのを見届けてから、他の敵艦を再び調べました」

「全艦轟沈したのを確認した時、その子が近づいて来たのに気付きました」

「確認結果を聞こうと振り返ったら、その子が物凄い顔をして、敵の魚雷を手にしていた」

村雨は床の継ぎ目を負うのをやめると、目を伏せた。

 

 「そして魚雷を私に投げつけながら、「死ね」って言ったんです」

 

 



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天龍の場合(27)

 

村雨が轟沈の経緯を説明した午前、教室棟。

 

 

村雨は言い終えて、何度も深呼吸をしていた。

楽しかった鎮守府の生活。そう自分に言い聞かせ続けた記憶。

だから、轟沈理由である、この部分の記憶は自分にとって不都合だった。

この部分さえなければ、とても楽しい鎮守府の、大切な、幸せな生活の思い出だから。

そして、これを口にするのを躊躇い続けたのは、もう1つ理由があった。

深海棲艦になった後、1度だけ、信じていた友達にこれを言った事があった。

その時、全てを聞いた友達は、友達と思っていた子は、自分に向かってきっぱりと言い放った。

 

 LV90にもなって反撃出来なかったの?

 そんな事だから沈められたんだよ。

 しっかりしなきゃダメだよ。

 

私は硬直した。そしてその子と一気に疎遠になってしまった。

なぜなら、自分が遠い海域に逃げたから。

それから長い時間、毎日ずっと泣いて過ごした。

 

 私が悪かったのか?

 どうすれば良かった?

 あんな殺意を持った目で友達から睨まれる状況を予想して生きて行けと?

 私がしっかりしてなかったの?

 

 沈められたのは・・・・

 

 沈められたのは、私が至らなかったから、当然の事なの?

 

涙が枯れ果てた頃、私は1つの選択をした。

もう2度と、轟沈の経緯を誰にも話すまい、と。

そしてこれらの記憶を封印し、楽しかった頃の記憶だけを思い返し、いつか討たれる日まで過ごそうと。

 

「・・・・さん」

村雨は目を瞑ってこの苦い部分を思い出していたので反応が遅れたが、次第に外の様子に意識が向いた。

「・・です!そこを黙っちゃダメです!村雨さん!」

ぎょっとして目を開けた村雨を、伊168と白雪がゆっさゆっさと揺さぶっていた。

あまりに強く揺さぶられているので、村雨は目を白黒させた。

 

「え?え?私、全部言いましたよ?」

 

伊168が般若のような怖い顔で睨み付けた。

「違う!今!今考えてた事!」

「え?え?え?」

 

白雪が村雨の頬を挟んで自分に向かせ、

「私達の前に、誰に言って、何て言われたんです!そこが大事なんです!」

 

村雨は目を見開いて凍りついた。

これこそ絶対に誰にも言ってない筈の、知られてはならない、最も言いたくない、恥ずかしい、苦しい記憶。

白雪ははったりをかましてるに違いない。絶対そうだ。言えない。これだけは、これだけは・・・・

だが、白雪はとどめを刺すかのように、村雨の目の前に人差し指を突き付けて怒鳴った。

 

「裏切り者のクソ野郎が、お前に何したか喋っちまいな!」

 

村雨はショックに耐え切れなくなり、催眠術にかかったかのように焦点の定まらない目になった。

ぽかんと開けた口はしばらく動かなかったが、その間中白雪は村雨の肩を揺さぶりながら

「喋れ!喋れ!喋ってよ!それが貴方の心を傷付けてる原因なのよ!」

と怒鳴り続けた。

 

村雨は一見、無反応のようだった。

しかし、やがて体がガクガクと震えだすと、

「なんで・・私が・・悪いのよ・・・」

「言えっ!なんて言われたの!なんて!」

「・・そんな・・レベルにもなって・・なぜ反撃出来なかったのって」

「他には!」

「そ、そんな事だから・・沈められたんだって」

「後は!」

「・・・・あ・・・・あ・・・・あ」

「それ!吐け!吐いちゃえ!!」

「し、しっかりしなきゃ・・だめだよって」

「全部言ったかっ!」

「もうない・・これで・・全部・・言っ・・」

すると、村雨は目を瞑り、双眸に一杯の涙を溜め、

「うわぁあぁぁぁああん!ひっ、酷いよっ!酷いよぉぉおおぉぉぉぉおお!!!!」

と、堰を切ったように大声で泣き出したのである。

「よし!良く言えた!言い切ったわね!」

伊168が村雨の頭をぎゅっと引き寄せると、村雨は伊168にしがみ付いて大声で泣き出した。

 

天龍は祥鳳をチラリと見た。

祥鳳は形は違えど、抉るような言葉で傷ついた身の上だ。

村雨の様子を見て、フラッシュバックしないかと心配だったのだ。

祥鳳は伊168にすがりついて泣き続ける村雨を優しい顔で何度も頷きながら見ていた。

小さく息を吐きながら、天龍はメンバーを見回し、一番手が必要な人の下に歩いていった。

「・・よく頑張った。ありがとよ」

背中をさすられた白雪は、ぜいぜいと肩で息をしながら、

「じょ・・助手の初仕事・・キッツイです・・」

と、答えたのである。

 

 

1時間後。村雨はようやく落ち着いてきた。

 

「なぁ村雨」

「ひぐっ・・な、なんでしょうか」

「随分ひでぇ事言われたな」

ウサギのように真っ赤になった目で天龍を見返した村雨は

「ほっ、本当に・・さっき、気付きました」

「何をだよ?」

「私・・どっちも友達だと思ってたんです」

「うん」

「友達が、それも、親友って思った友達が、殺しに来る筈無い、酷い事を言う筈無いって」

「ああ・・」

「だから、私は殺されて、酷い事を言われて、色んな思いを、全部無理矢理蓋をしちゃったんだなあって」

「・・そっか」

「そうでないと、自分がその人を友人と判断したっていう、見る目の無さに気付いてしまうから」

「・・・」

「さっき、伊168さんと白雪さんがこじ開けてくれなかったら、きっと、もう二度と、誰にも言えなかった」

「・・・」

「蓋を開けられて、あらゆる押し殺した思いを言えて、わんわん泣いたら・・・」

「泣いたら?」

村雨が頬を染めてお腹を抱えると、くるるぅと鳴った。

「お腹が空きました」

天龍と村雨は互いを一瞬見つめ、ぶふっと吹き出した。

「はっはっは!腹に溜まった思いを吐き出したら腹が減ったか!違ぇねぇ!そりゃ良いや!」

「わっ!笑わないでくださいよ~」

白雪は、そんな村雨のぽんぽんと背中を叩いた。

「もうすぐお昼ですから我慢しましょうね~」

伊168は無言のまま、ずっと村雨の手を撫でていた。

「伊168さん、何か思う所が?」

白雪の言葉に伊168が軽く俯いたまま、

「なんで、その子はそんな追い打ちをかけるような事を言ったのかなあ・・・わかんないや」

「・・・・」

天龍が床を見ながら、そっと口を開いた。

「人は他人を理解出来ると思ってるが、そんな筈が無いんだ」

5人はじっと天龍を見た。

「なぜって、お前はお前を全部理解しているか?私は解らん。自分も解らんのに、他人が解る筈がない」

天龍は顔を上げると、

「だから知った風に悟るのは良くないし、考えが解らない人が居て当たり前で、何も落ち込む事は無いんだ」

天龍はそう言って肩をすくめると

「・・って、あの提督に言われたよ。随分前にな」

白雪が顎に手をやると、

「・・・あの提督は、時折、深いですね」

天龍が頷いた。

「普段は抜けてるけどな」

一番素直に5人が頷いた時、昼を告げる鐘が鳴った。

 

「ご飯!」

「お昼!」

「日替わり!」

「定食大盛り!」

「おかず戦争!」

 

急激に目が輝く面々に溜息を吐きながら、

「解った解った。そんじゃ、ランチ食べに行こうぜ!」

と、天龍は腰を上げた。

 

 

 



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天龍の場合(28)

 

 

村雨が倒れそうなくらいの空腹でたどり着いた食堂で。

 

「麻婆丼、大盛りお願いしますって言ったら具も大盛りになりました!」

村雨がキラキラとした笑顔で丼を見つめている。

「良かったな・・うん、喜びとヨダレがダダ漏れだぜ。せめて全員揃うまで待て・・後ちょっとだから・・」

「今日はミックスフライ定食のフライをダブルにしてもらいました!」

「祥鳳が最初からお代わりなんて珍しいな」

「私も村雨さんとお揃いで麻婆丼の大盛りにしました!」

「白雪って、地味に良く食べるよな」

「地味にってなんですか?」

「そういう印象が無いからさ」

「そんな印象が付いちゃったら乙女として良くないじゃないですか」

「バンジーに関しては?」

「最高ですけど?」

「それだけかよ!」

「朝飛んでも昼飛んでも夕方飛んでも夜飛んでも最高です」

「・・・・どれだけ好きなのかよーく解ったよ」

「お待たせ!ごめんね!」

「おっ、今日の麺類は豪勢なカツが乗ってんなぁ!」

「パイコー麺だよ!贅沢して大盛り頼んじゃった!」

「へぇ・・俺もそれにするかなあ」

「あら天龍さん、皆さんに狙われてないですか?」

「ま、間宮さん、あのさ、なんつーか、それ、誤解される・・・・」

「ども青葉です!天龍さんが狙われてるそうですけど、入院前に抱負を一言お願いします!」

「俺じゃなくておかずだっての」

「おかず狙われるんですか?」

天龍は数秒天井を睨んだのち、

「間宮さん、俺もパイコー麺!大盛りで頼むぜ!」

「あっ!もう少し!もう少しコメントを!」

「拒否!」

「ひどっ!」

 

「ごちそうさまでした~」

天龍がにっと笑うと、

「よぅし、これで村雨対策が1つ解ったぜ!」

「うー」

何故村雨が唸っているかと言えば、パイコー麺のカツを奪取出来なかったからである。

天龍は普通にするすると食していたのだが、村雨は麻婆丼を一口運んだ途端、

「あっ!熱っ!あっつ!」

といい、慌ててレンゲで小さく掬い直すと、ふぅふぅと冷まして食べたのである。

今日は丼、それもトロッとした麻婆餡だったが故に、いつにも増して熱かったのだ。

そして大盛りという事で、食べるのに時間がかかってしまった。

ゆえに普通に食した天龍の方が先に食べ終えていたのである。

「村雨には今度から熱い物を食わせよう。餡かけ焼きそばとか鍋焼きうどんとか」

「べーっだ!夏場にそんな熱い物、間宮さんは置きませんよーだ!」

しかし白雪はナプキンで唇を拭くと

「いえ、ありますよ?」

「なっ!?」

「夏こそ熱い物で涼しくなろうって、餡かけチャーハンとか、シャハンメンとか」

「あー、そういやあったなぁ。頼まなかったけど」

「今年の夏は頼む事が増えそうですね」

「なっ、なんで・・だよ」

「だって、村雨さんが猫舌と解ってて頼むはずが無いじゃないですか」

「げっ」

「ですから盗られないようにするためには、天龍さんが熱いのを頼むしかないと」

「そっ・・・そんな・・・俺、天ざる大好きなんだけど・・・」

すると村雨だけではなく、伊168と川内も

「大好物です!」

「あたしも好きだよ!」

「天ぷらはかすめ盗る物よね!」

と、力強く応じた。

俺は天ざるの時は絶対こいつらと相席しねぇと天龍は窓の外を見て思ったが、ハッと気付いたように

「ああっ!忘れてた!」

と声を上げたので、他の5人はぎょっとした表情で天龍を見た。

「天龍さん・・何を忘れてたんです?」

「今言ったことを間宮さんに言いつけるとかナシですよ?」

だが、伊168が

「まさか村雨ちゃんの受験応募してないとかじゃないよね~」

と笑って手を振ったのに対して

「・・・・その、まさか・・・だ・・」

と、弱々しく答えた。

 

天龍は両手で頭を抱えると、

「ど、どうしよう・・・締め切りは先週とっくに終わってるし・・・」

といいながら、頭をガリガリ掻いた。

最初は冗談かと思っていた伊168と村雨は、次第に天龍が本気で困ってる様子に気づき、

「え・・・」

「ほ、ほんとに・・・明日受けられないんですか?」

と、オロオロしだした。

白雪は食後のお茶を啜ろうと湯飲みに伸ばした手を引っ込めると、

「ええと、天龍さん」

「うわーどうしよ、どうしよう・・・あぁ、こんな事なら・・・・」

「天龍さん」

「なぁ白雪どうしよう?ビス子に頼んだら入れてくれっかなあ?」

「ビス子って呼んでるんですか?」

「そんな事は今めっさどうでも良いだろ。一緒に考えてくれよぉ・・・」

何かを言いかけた白雪はくすっと笑い、

「スーパーデラックスあんみつ食べたいなあ」

「それ食ったら何とかしてくれるか白雪!?」

「良いですよ~」

「よっし!待ってろ!」

 

白雪はスーパーデラックスあんみつを最後の一口まできっちり食べると、けぷっと息を吐いた。

「んふー、大満足です~」

「で、で、どうすんだ白雪!夜中に受験者リスト偽造すんのか?俺達は何すりゃいいんだ?」

じっと見つめる5人に、布巾で手を拭いた白雪は、携行しているメモ帳から紙切れを取り出した。

「じゃーん。はい、村雨さん」

村雨が受け取った紙きれを見ると、自分の名前が書かれた受験票だったのである。

 

5人は凍りついた。

「ど、どんな魔術使ったんだ白雪?」

「簡単ですよ、手続きを締め切り前にしたんです」

天龍の頭の回路が暴走した。明らかに時間軸に矛盾がある。

え?俺が困ったのはさっきで、締め切りは1週間前で・・え?あれ?

伊168がある結論を導きだし、そっと呟いた。

「やっぱり白雪ちゃん・・・ついに・・・そんな能力を・・・」

白雪が無表情になった。

「なんかすごく失礼な想像してませんか?」

祥鳳がわたわたと左右を見た。

「に、にににニンニクと銀の5寸釘・・・あとは鮫の頭と紅葉の葉っぱを床の間に飾るんだっけ・・・」

「私は吸血鬼でも鬼でもありません。それに全体的に間違えてます」

川内は両手を組んで目を閉じ、何やら呟いていたが、

「・・・・オンカカカビサンマエイソワカ!はぁっ!怨霊退散!」

と、白雪の額にお札を張り付けたのである。

だが、白雪は淡々と札を剥がし、

「私は怨霊じゃないです」

と言ったので、川内はぐっとのけぞり、

「うぬおうっ!なんと強い物の怪だ!札を自力で剥がすなんて!」

と、言った。

白雪の額についに青筋が浮かんだ。

「・・・良いから話を聞きやがれ」

5人はザッと居住まいを正した。

 

「タネは簡単です。実務練習ですよ」

天龍は首を傾げてぽかんと反芻した。

「じつむ・・・れんしゅう?」

白雪の額にもう1つ青筋が浮かんだ。お前コノヤロウ。

眉をひそめ、考えていた村雨は、

「うーん?何か聞き覚えが・・・・あ、あああああっ!」

と、手を打った。

「何々?何それ!やっぱり白雪ちゃんタイムスリップ出来るの?」

「魔術にしては事務的な名前だよね!さすが元事務員!」

「村雨ちゃんは生贄役?」

「村雨ちゃんも悪魔なの?」

白雪がドズンと拳でテーブルを叩いた。

「そろそろ、アタシが悪魔説、止めろ」

こくこくこくと5人が頷いた。魔王を怒らせたら喰われる。

 

 

 



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天龍の場合(29)

 

白雪が魔お・・・おほん、種明かしをし始めた食堂。

 

白雪は説明を続けた。

「2週間前、授業で村雨さんがバンジーする事になったじゃないですか」

川内が確認した。

「恐怖を吐き出す練習の?」

白雪は頷いた。

「そうです。あの時天龍さんが文月さんに申請するのを嫌がって、私達に行かせたじゃないですか」

天龍が天井を睨む。

「んお?そうだっけ?」

白雪が眉をひそめた。

「すっかり忘れてやがりますね」

祥鳳が先を促した。

「それでそれで?」

白雪は咳払いを1つすると、先を続けた。

「その時、どうせ締切が近いんだからと、ついでに村雨さんに応募用紙を書いてもらったんです」

村雨はやっと合点が行ったといった表情をした。

「あ!だからやたら書類が多かったんですね!私バンジーするのになんで略歴が必要なのか不思議だったんです!」

白雪は頷いた。

「村雨さんに実務練習をと天龍さんが言ってたので、丁度良いかなって」

伊168は頷いた。

「・・そうだよね。エントリーシートは自筆署名が要る筈だし」

川内が笑いながら、

「タイムスリップ出来んだから筆跡くらい偽造出来るよねって思ったよ!あっはっ・・ごめんなさいすみません」

川内を射殺した視線を元に戻した白雪は

「・・・で、受験票が昨朝教室に届けられて私が受け取ったのですが、あの騒ぎがあったので」

伊168は溜息をついた。

「そうだよね。あれ、昨日の事だもんね・・・」

村雨が腕を組んだ。

「最近1日が濃過ぎるよね」

白雪は肩をすくめると

「まぁそういうわけで、村雨さんに今手渡しました。あんみつは実務練習の手間賃として美味しく頂きました」

天龍は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ぐ!」

白雪はわざと満面の笑みをたたえた。

「とっても美味しかったです」

天龍がべそをかきながら財布を開いた。

「ち、ちくしょう。助かったとはいえ大損害だぜ・・」

白雪は人差し指をぐいと立てると、

「悔しかったら今度からご自分で手続きに行く事ですね」

天龍はハッと気付いたようにニタリと笑った。

「ふっふっふ。あの時とは違うぜぇ、白雪」

「・・・なんですか?気味悪い」

「あの時は確かにお前は受講生、俺は教師だから俺が行くのが当然だったが、今はお前は助手だっ!」

「!!!!!」

「だから俺は遠慮なく、助手に上司として指示すればいいのだぁ!」

白雪はまだまだという表情で首を振った。

「・・・天龍さん」

「ふふん。なんだ?」

「助手になりたてなので、仕事のやり方を教えてくださるんですよね?」

「へ?」

「なったばかりの助手に教えもせず一人でしてこいなんて「サイテー」の上司じゃないですよね?」

途端に天龍の表情が曇った。

「えっ、だって、お前の方が上手・・」

伊168が頬杖をつきながらいった。

「ヒドイナーカワイソーダナー」

「伊168、ものすげぇ棒読みじゃねぇか。こっちの味方になってくれよ」

「実際の話、アタシは知らないから御手本見せてよねっ」

「おう、だからそれは白雪に・・・」

白雪が天龍をジト目で見た。

「・・・」

「しっ、しら・・・ゆき・・・に・・」

一歩も引かぬ白雪。

「・・・」

「た、頼むぜ白雪ぃ・・助手なんだろぉ」

ますます目を細める白雪。

「・・・」

天龍はがくりと頭を垂れると、

「お願いします白雪様」

白雪が勝ち誇った顔で

「仕方ないですね」

と、とどめを刺した。

村雨は白雪を見て思った。仕事が出来る能力は時として武器になるのだと。

しかし、ああいうギリギリの駆け引きはどうやって学べば良いのだろう。

 

 

翌日。

 

白星食品のゲートで白雪から貰った受験票を差し出すと、村雨はざっと敷地に入って行った。

いよいよテスト当日。落ち着けば大丈夫。大丈夫。

 

SPIは何度もやった内容が出て来たので、1つ1つ冷静にこなしていけた。

昼御飯は出されたお弁当で1つ1つのおかずに感嘆しながら、ひょいひょいと箸を進めた。

そして昼休みが終わる頃。

応募者が集まる待機所に、社員と思しき作業服を来た人が入ってきた。

途端に場が静まり返る。

 

「えっと、今から名前を申し上げます!」

村雨は一気に血圧が上がった。もうSPIの採点が終わった?午後は全員受けられないのか!?

「・・さん、OOさん、△Oさん、△△さん、□×さん、□□さん、××さん。以上の方は・・・」

村雨はギュッと目を瞑った。自分の名前が呼ばれなかった。泣きそうになりながらカバンに手をかけると

「・・・お帰りください」

えっという顔で社員を見ると、社員は厳しい顔で

「呼ばれた方以外は5分以内に2Fへ上がり、自分の受験番号が書かれた面接会場控室に入ってください」

というと、足早に去って行った。

村雨は片付けてから喫食したのですぐ席を立ったが、慌てて仕舞う子、泣きながら会場を後にする子が入り乱れた。

階段を登りつつ、これはプレッシャーをかけるテストなのか、これが規律なのか判断に迷っていた。

こういう時、白雪ならどうするだろう。

 

第21面接控室と書かれた部屋に、村雨の受験番号ともう1つの番号が書かれていた。

そっと部屋に入ると自分が最初だったが、奇妙な事に気が付いた。

椅子が無い。

ちら、ちらと部屋の中を探しても、椅子が無い。

外の廊下には右往左往する受験生以外、社員らしき姿はなかった。

変わってるなあ、本当に無いのかなあと思案していると、受験生らしき小さな女の子が1人入ってきた。

その子は戸口に立った途端、緊張した面持ちで

「失礼しますっ!今日は面接、よろしくお願いいたします」

と言って頭を下げた。

村雨は手をぱたぱたと振った。

「あ、あの、私は会社の人じゃないんです。面接受けに来た方です」

すると、入ってきた子は恥ずかしそうに

「あ、あの、すいません。私そそっかしくって」

と言って舌を出した。

村雨はその子の脇に歩いていくと、励ますように言った。

「大丈夫だよ、一緒に待ってようね」

「あ、ありがとうございます・・・ええと」

「どうしたの?」

「椅子・・・無いんですね」

「そうなの。控室なのに椅子が無いって珍しいわよね」

「長く待つ事になったら足がしびれちゃいますね」

村雨は顎に手をやった。長時間立たせるのが目的なら、何の為だ?

入ってきた子は

「あ、あの、変な事言っちゃったでしょうか」

「ううん、なんで椅子が無いのかなって私も思ってたんだ」

「普通、ありますよね」

「ねぇ、何で無いのか一緒に考えてみない?」

「え?あ、無い理由、ですか?」

「そう!だってここ、白星食品だよ。凄い人達が運営してる会社なのに、用意し忘れてるって変じゃない?」

「そ、そうでしょうか・・」

「だって、机はきっちり置いてあるよ?」

「だからこそ・・たとえば1F控室の椅子が足りなくて急遽持って行ったとか」

「そうね」

あっさり認めた村雨に、その子は慌てて

「ふえっ!?わ、私は、あ、あの、可能性を」

「うん。それも可能性。何も解んないんだもん、可能性も多くて良いよね!」

「あ、は、はい」

「んー、置き忘れを言われちゃったから・・待って」

そういうと村雨は手帳を取り出し、1ページ破ると、1行目に

「1Fの椅子が足りなくて持って行った!」

と、書いた。

「よーし、呼ばれるまでどんどん交互に言ってこう!」

すると、その子はぱあっと明るい表情になり、

「面白そうですね!」

「よし!じゃあ私は・・・工場で働いてる人の気持ちになってみる為!」

「工場、の?」

「そう。前に見学会に参加した時、工場の人は立って仕事をしていたわ。てことはあまり座れないって事でしょ?」

「そうですね・・」

「だから、ちょっとの時間で音を上げないか見てるとか!」

「ふえっ!見張られてるんですか!?」

「解んないけど、可能性」

「可能性・・」

「じゃ、貴方の番!」

「ええとええと・・・じゃあ、元から立って会議する部屋である!」

「おおっ!それ面白いね!んじゃー・・・」

 

 




計200話だそうです。


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天龍の場合(30)

 

村雨が1人の女の子と夢中でアイデア合戦をしている午後、白星食品の面接控え室。

 

入室からまもなく30分になろうとする頃。

「・・メタボ対策で全社的に事務用椅子を取り払った。後は何かあるかなあ?」

「もう書く所が無いですよ」

「あ、そっか。貴方のおかげで沢山出たわぁ」

「いえ、私もこんなに楽しく時間を過ごせるとは思ってませんでした」

「それにしても、まだ面接始まらないのかなあ。もう30分近く経つよね」

「あ、あの、村雨さん」

「うん?・・・あれ、どうして私の名前知ってるの?胸のプレートは受験番号だけなのに・・・」

するとその子はポケットから眼鏡を取り出すと、すちゃりと掛け、

「ええと、1次面接は合格です。これから2次、つまり社長面接を受けて頂きます」

村雨はきょとんとしたが、数秒後。

「あ、ああ、貴方、面接官だったの!?」

するとその子はにっこりと笑い、

「はい。とっても楽しい面接でした!」

と言った。

村雨は、ずしゃりと床に座りこんだ。白星食品恐るべし!こんな面接知らないよ!

面接官の子は目を白黒させると

「だ、大丈夫ですか?どこかで座りますか?」

「う、ううん・・あ、お手洗い行っても大丈夫かなあ?」

面接官の子はこくりと頷き、

「大丈夫です。ただ、すみませんが同行させて頂きます。外部との通信は失格になりますから止めてくださいね。」

と言った。

 

お手洗いから第2面接会場に移る間、村雨は面接官の子と話をしていた。

面接官の子は社員で、昨日急に指名されたのだという。

「部屋で眼鏡外して、椅子が無い事を話題に30分お話しして、条件に会えば連れてきなさいと言われて」

「・・・どんな条件で合格になるの?」

「それは、ごめんなさい。言えないんです」

「あは、そうだよね。ごめんね」

「・・・・」

面接官の子は周囲をちらちらと見ると、村雨の耳元で

「社長は今日、ちょっと機嫌が悪いです。話を遮ると悪化するので、じっと聞いて吉です」

と、囁いた。

村雨は驚いて面接官を見たが、面接官の子はにこっと笑った。

「楽しかった御礼です」

そして、1つのドアの前に立つとコンコンとノックして僅かにドアを開け、首だけ突っ込むと

「失礼しまぁす。宜しいですよね?」

と聞いたのだが、すぐさま

「行儀の悪い真似をするんじゃありません!入るなら入る!しっかりなさい!」

という厳しい声が飛んで来た。

面接官の子が一旦部屋に入り、

「ご、ごめんなさい、あの、えっと、受験番号125の村雨さんに入って頂いて良いですか?」

「・・・良いわよ、入りなさい」

というやり取りがあり、出てきた。

村雨はしゅんとする面接官の子の頭を撫でながら、

「元気出してね。貴方のおかげで落ち着いて受けられるような気がするの。ありがとう。」

というと、面接官の子はにこりと笑い、

「うちに来てくださいね!」

と言った。

 

「受験番号125、村雨入ります」

「どうぞ!」

 

部屋に入ると、ビスマルクを中心に、両側に2人座っていた。

そこに対するように、椅子が1つ置いてある。

「そちらにおかけください」

「ありがとうございます」

ビスマルクに促され、一礼すると村雨は席に着いた。

30分立ちっぱなしだった事も重なり、思わず口をついて出てしまった。

「うわぁ、座り心地の良い椅子ですね」

言った後、村雨はしまったと思った。面接で余計な事を言ってしまった。

しかし、ビスマルクはグイッと身を乗り出すと、

「解る!?あぁ、解る人は解るのよね!その椅子は見た目は地味なんだけど名工の作なの」

「お尻の形に合う感じがします」

「そう!そうなのよ!座面の部分の作り方がとっても凝っててね、木の材質が」

 

25分後。

 

「だから、見た目は地味でも良い物は座った瞬間に解る!見た目に騙されてはいけないのよ!」

話が終わるまでの間、左右に座る人物は時折ビスマルクに

 

 「あの、質問を・・・」

 

という視線を投げかけたが、ビスマルクは脇目も振らずに語り続けた。

だが、村雨はビスマルクの言う事を納得して聞いていたし、結論も納得出来た。だから村雨は

「本当にそうだと思います」

と、目を細めた。

ビスマルクはようやく左右の視線に気づいたらしく、ウォッホンと大きな咳払いをすると、

 

「じゃ、どうしてそうだと思うのかしら?」

 

と、聞いた。

 

村雨は少し顎に手を置き、目を瞑って考えをまとめると、ビスマルクを真っ直ぐ見て話し始めた。

「私は今日、ここに居ます。」

「ここに来るずっと前、私は友達だと思ってた子の大きな裏切りに遭い、轟沈してしまいました」

「沈んだ後の深海棲艦の時にも友達の言葉で深く傷つき、艦娘に戻った後も、他の人を信じられませんでした」

「そんな私に手を差し伸べてくれたのは、すっごく怖い天龍先生でした」

「私はずっと、天龍先生は言葉遣いは悪いし、手続きはすっぽかすし、怖い人だって思ってました」

「でも、天龍先生が受け持つクラスメイトは、皆さん凄い人ばかりで、なぜか皆天龍先生を信じてるんです」

ビスマルクが初めて、ほうという顔をした。

「どうしてだろうって思ってたんですけど、付き合っていくうちに何となく解って来て」

「確証したのは、一昨日の事でした」

面接官の3人はじっと聞いていた。

「クラスメイトの伊168さんは怖くて潜れないと先生に告白し、先生は絶対潜らせないと約束してた」

「でも、一昨日の大問題が出た時、長門さんは緊急事態ゆえ、伊168さんに大本営まで潜るよう頭を下げた」

「普通なら鎮守府最高艦娘の頼みで、正当な理由なのだから先生も長門さんの味方をしてもおかしくなかった」

「でも、天龍先生は、伊168さんと長門さんの間に割り込み、一歩も譲らずに依頼を断ったんです」

「その後、伊168さんは工廠長に悩みを解決してもらい、自分の意思で潜ったんです」

「あの時、天龍先生が長門さんと一緒になって頼んでたら、きっと伊168さんは潰れてました」

「そうしなかったから伊168さんは立ち直れた。天龍先生は見た目は怖いけど、中身は凄く温かくて優しい」

「最後まで守り抜くあの姿勢を、私は教えとして守って行きたい」

「そして、見た目で判断してはいけない、騙されてはいけないって思ったんです。良い意味でも、悪い意味でも」

 

話し終えた村雨に、ビスマルクはふむと頷いた。

「良い話ね」

「はい」

「もしマニュアル臭い喩え話をしてきたら徹底的に質問攻めにしてあげようと思ってたんだけど」

「はい」

「そんな話を載せてる本がある訳ないし、一部は私も聞いてたわ。証人が自分じゃどうしようもない」

ビスマルクは肩をすくめると

「良いわ。最後の質問」

「はい」

「貴方はここで何がしたいのかしら?」

左右の面接官がぎょっとした顔でビスマルクを見た。

村雨は真っ直ぐ見てくるビスマルクを見て、唾を飲んだ。

 

 ほとんどの奴が答えたのに不合格にされた。

 

そう、天龍が言った質問だったからだ。

そして天龍は、唯一合格した不知火の答えを教えてはくれなかった。

 

 万が一聞かれた時に口から出たらアウトだからな。

 

そう言っていたが、その通りだと思った。このプレッシャーなら藁をもすがりたい。

でも、答えは本当に知らない。

ならば。

 

 私は、何と答えたいか。

 

すぅと1呼吸すると、村雨は答えた。

 

「私は、この鎮守府があったおかげで、深海棲艦から艦娘に戻り、心の傷も治してもらえました」

「鎮守府には大好きな人が居ます。天龍組の皆も、研究班の皆も、提督も、みんな」

「そしてここは、食品会社です。魚を取り、美味しい物を作って、売る事で、ずっと作っていける」

「食堂で食べたここの蒲鉾はとても美味しかった。美味しい物を作って売り、鎮守府の収入にもなる」

「皆を幸せにして、鎮守府が少しでも長く続く為に役に立てる。こんな良い恩返しはありません」

村雨はすっと息を吸い、身を乗り出すと、

「私を存分に使ってください!」

と言う言葉で締めくくった。

 

村雨が言い終った後も、しばらくビスマルクは村雨を真っ直ぐに見ていたが、やがて目を伏せると

 

「結果は追って知らせます。今日はこれで終わりよ。お疲れ様」

 

と、表情を変えずに言った。

 

村雨は不安だったが、言うべき事は全て言ったと思い直し、静かに頭を下げ、

「今日は、ありがとうございました。よろしくお願いいたします」

そういうと、静かに席を立ち、帰途に着いたのである。



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天龍の場合(31)

 

 

社長面接会場を出た直後、白星食品の廊下。

 

「・・・失礼いたしました」

パタン。

一礼してドアを閉めると、廊下には2人が待っていた。

すぐに受験生を見破ると、村雨とその子は互いに

 

 「これから?」

 「うん!」

 「頑張って!」

 「ありがとう!」

 

と、目線と小さな身振りでやり取りを交わしたのである。

 

1Fに降りると、先程1次面接をした子が不安そうに立っていた。

そして村雨の姿を見つけると

「村雨さん!」

と、駆け寄ってきたのである。

「どうしたの?」

「なんか、なんか心配だったので」

「ええと、お名前教えてもらっても良いかしら?」

「あ、ご、ごめんなさい。私は薫っていいます」

 

薫と並んで工場の敷地を歩きつつ、村雨は口を開いた。

 

「薫さんは、艦娘じゃ・・ないよね?」

「薫ちゃんでいいですよ。ええと、私は前はイ級で、元は皐月です!」

「そっか。私も1度、ロ級だったんだよ」

「じゃあ、村雨さんも東雲さんに?」

「そうそう。あ、私も村雨ちゃんで良いよ」

「じゃあお仲間ですね~」

「そうね~」

間もなくゲートという時に、薫はピタリと立ち止まると、

「社長面接、どうでしたか?」

村雨は考え込んだ後、

「薫ちゃんのおかげで慌てずに済んだから、言いたいなって事は言えたつもり」

「・・・」

「凄い会社だなって思ったし、受かったら良いなって思うけど、そこはビスマルクさん次第だから」

「・・・村雨ちゃんは、帳簿とか数字とか、嫌いですか?」

「算術は長けてるって天龍先生に言われてるし、数学は嫌いじゃないよ?」

「私、村雨ちゃんと一緒に働きたいなあ」

「薫ちゃん・・・」

 

ゲートの外で村雨は振り返った。

ゲートのレールを挟む形で、薫と村雨は見つめ合った。

 

「い、今は、今は、これ以上言えないですけど、あの、私も村雨ちゃんが合格する事を祈ってます!」

「ありがと、薫ちゃん!私もここに来たいよ!」

「じゃあ、お疲れ様でした!」

「お疲れ様!あ、あと、面接ありがとっ!」

「こちらこそ!」

 

 

村雨は何となく寮に帰りたくなくて、夕方の教室のドアを引いた。

すると、天龍が教師用の席に座っていた。

 

「おう、遅かったじゃねぇか」

「・・あ、先生。待っててくれたんですか?」

「終業で即帰れたら楽なんだけどさ、教師も色々仕事があるんだぜ」

「今日はどんな悪い事をして反省文書いてるんですか?」

「あのな、俺は教師だっての。なんで反省文書かなきゃならねぇんだ」

「じゃあ今は何してるんですか?」

「・・・・秘密だ」

村雨はジト目になると素早く天龍が伏せた紙をひっくり返した。

書類名は「反省文」と書いてあった。

「やっぱり」

「ちっ!ちがっ!違うぜっ!これは伊168が書いたのを俺が見てるんだ!」

良く見ると氏名欄は伊168になっている。

「伊168さんが?・・・あ、ついに遅刻したんだ」

天龍が肩をすくめた。

「原因はオマエなんだけどな」

「えっ!私?」

「試験が心配だったらしくてさ、寝られなかったんだと」

「そ、そうだったんですか・・」

「・・村雨、うちの皆と連絡先の交換は済んだか?」

「とっくに」

「他の子は?」

「それが・・」

「どうした?」

村雨は天龍に近い席に座ると、少し経ってから口を開いた。

「この3週間を振り返ると、天龍組の皆との付き合いって、すごく温かくて、互いの距離が近くて、楽しかった」

「・・・」

「きっと私が、生涯友達で居たいなって思うのは、天龍組の皆と天龍先生です」

「おいおい、いきなりなんだよ、て、照れるだろ・・・」

「それまでの子達とも決して仲が悪くなった訳じゃないんですけど、どことなく上辺だけだった気がして」

「・・・」

「だって、自分が本心を決して出さないように偽ってたから、当然なんです」

「・・・」

「だから、私は天龍組と、天龍先生の連絡先があれば良いなって」

「・・・そうか。自分でそう決めたのなら、そうすりゃ良いさ」

「はい」

「あ、白星食品の試験の件、明日皆が居る時に話して欲しいんだけど、良いか?」

「はい!勿論!」

「帰って来たのが今頃って事は2次面接までは行けたんだろ?」

「先生、1次面接があんなんだって知ってたんですか?」

「・・・・へ?あんなんて、なんだ?」

「やっぱり知らなかったんですね。じゃあ明日お話します」

「お、おう」

「・・・うん、来て良かったです」

「茶でも飲んでくか?」

「いいえ。あんまり居ると全部話しちゃいそうです」

「そうか。ん。解った。じゃあまた明日な」

「はい。じゃあ、また明日」

 

教室のドアを閉めた時、村雨は少し俯いた。

白星食品に合格すれば、もうあと少ししかここには来られない。

生涯で一番楽しかった時間かもしれない3週間。その時間をくれた教室、先生、クラスメイト。

寂しいけど・・・ううん。寂しい。それが自分の、本音。

 

 

翌日。

 

「おはようございま・・・村雨さん、お早いですね」

「白雪さん、おはようございます!」

白雪は後ろ手にドアを閉めようとしたが、ドアが引っかかった。

「?」

振り返ると、川内がドアの隙間に見えた。

「あ、ごめんなさい」

ドアを開けると、伊168、川内、祥鳳が立っていたのである。

 

「先生遅~い」

「おやおや、重役出勤ですね?」

「待ってたよー」

「ほらほら、早く入って!」

「おはようございます、天龍先生!」

 

天龍はいつも通りの時間に教室に入ってきたが、そんな言葉が帰って来たので目を白黒させた。

「お、おいおい、皆早ぇな・・竜巻来るか?」

「折角言う通り早めに来たら今度はその言い草って酷くない?」

「あ、いや、マジで。どういう風の吹き回しだ?」

「決まってるじゃないですか!昨日の事を聞きたかったんです!」

「村雨ちゃんに、先生が揃ってからって頼んで待ってもらってるんです!」

「なるほどな」

「さぁ村雨ちゃん!どーんと!」

「は、はい」

照れながら壇上に登った村雨はえへんと咳払いすると、前を向いた。

「じゃ、昨日の事をお話しますね」

 

「で、30分経った後で面接官ですって言われて」

「ひぇぇ~!」

「そ、それは予想外だねえ」

「普通に受講生の子と暇潰しするつもりだったんで、いつもの話し方でした・・・なんで合格だったんだろ」

「怖いねぇ怖いねぇ」

「で、面接はそれで終わったの?」

「いえ、それがですね、そこから2次面接で社長とって・・・」

伊168と川内が相槌を打つ中、祥鳳と白雪は顎に手を添えたり、しきりにメモを取っていた。

天龍は静かに全員の様子を観察していた。

 

「で、ビスマルクさんが最後に質問って言って」

「うんうん」

「さらっと、「貴方はここで何がしたいのかしら?」って」

この一言に、祥鳳、白雪、そして天龍の動きが止まった。

「む、村雨・・・さん」

「なんでしょう・・白雪さん」

「そ、その質問・・・何て答えましたか?」

「解ってます。天龍先生に誰も合格した事が無い質問だって言われたの覚えてましたから・・確か・・」

「正確に!出来るだけ正確に教えてください!」

村雨は数秒、目を瞑って考えていたが、そのまま口を開いた。

 

「私は、この鎮守府のおかげで艦娘に戻れ、心の傷も治してもらった」

「鎮守府に居る人は、天龍組の皆も、研究班の皆も、みんな大好き」

「白星食品で魚を取り、美味しい物を作って、売る事で、ずっと作っていける」

「美味しい物を作って売り、鎮守府の収入になれば、こんな良い恩返しはない」

村雨は段々頬を染めつつ、

「で、私を存分に使ってください、と言いました」

 

 



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天龍の場合(32)

 

例の質問にどう答えたかを村雨が説明した直後、教室棟。

 

祥鳳は村雨の内容をじっと聞いていたが、やがて白雪の方に向いた。

白雪と祥鳳はうむと頷きあった時、天龍は村雨に尋ねた。

「それで全部か?敷地出るまで他に無かったか?」

村雨は考えていたが、

「後は面接会場の棟からゲートまで最初の面接官の子が送ってくれましたけど、それは・・」

白雪がハッとしたように顔を上げた。

「むっ、村雨さん!その話、詳しく!」

「えっ!?ええっと、社長面接終ってホッとしてたのであまり覚えてないんですけど」

「覚えてるだけでも!」

「ええとええと、面接官の子が薫ちゃんていう名前だって聞いて、その子も深海棲艦だった元艦娘で・・」

考え込む村雨に、白雪がそっと尋ねた。

「社長面接の事、何か聞かれましたか?」

「あ!うん!聞かれた!良く解るね白雪ちゃん」

「何て答えましたか!?」

「えうっ!?え、えと・・言いたい事は言えたつもりとか、受かるかどうかはビスマルクさん次第とか」

「悲観的な事や悪口は言ってませんね!?」

「・・・それは無いです。薫ちゃんと一緒に仕事したいねって言ったの覚えてます」

「その方の特徴は?」

「艦娘の頃が皐月ちゃんだったってだけあって、金髪で、ちっちゃくて可愛い子です」

「薫さん・・・薫さん・・・どっかで聞いたような・・・・」

白雪がガタリと立った。

「天龍さん、ソロル新報のバックナンバーは?」

「んお?確実にあるのは青葉達の所か、提督のとこだな」

「青葉さんの所に行きましょう!」

 

コン、コン。

「はーい」

「おっす、衣笠。邪魔したか?」

「大丈夫だよ。明日の原稿も決まったし」

「悪ぃけど、バックナンバーで調べたい事があるんだよ」

「記事検索ならそのパソコンでやったら?使って良いよ」

「ほんとか?どうやるんだ?」

白雪が飛び出てパソコンの前に座ると、

「やり方教えてください!急いで調べたい事があるんです!」

と言った。

白雪の真剣な様子に衣笠は席を立つと、一通りきちんと教えてくれた。

「ありがとうございます!」

しばらくタカタカと打っていた白雪は、1枚の記事をじっと見つめた後、

「村雨さん!この人じゃないですか!」

と言った。

村雨が画面を覗き込むと、昨日親しく話した子の顔があった。

「あ、そうそう。この子だよ。なんか緊張してるねこの写真。実物の方が可愛いよ」

「あの、む、村雨さん、ここ・・・」

白雪が指を震わせながら、写真の下を指差した。

全員が白雪の指先を負うと、そこには

 

 経理部長 柳田 薫

 

と、書いてあった。

「え?え?何?この子がどうしたの?」

不思議そうにする衣笠を除き、5人は硬直し、白雪は溜息を吐いた。

最初に村雨に声をかけたのは天龍だった。

「お、おい、村雨・・・しっかりしろ」

ふるふると揺さぶったが、村雨は放心していた。

 

「あはは・・部長捕まえて頭撫でちゃったよ・・・終わったよ私。」

 

と呟きながら。

伊168は優しい目で村雨の肩を叩いた。

「どうせどう足掻いても明日は来るんだよ」

川内が村雨の頭を撫でた。

「しゃーない!ケーキバイキング奢ってあげるよ!」

祥鳳はそっと肩に手を置いた。

「そうよ、事務方に就職って手段もあるかもしれないわ」

白雪が頷きながら言った。

「いっそ天龍先生の助手になって私達と仲良くやりましょう」

天龍が眉をひそめた。

「お、おいおい。待てよ。結果を見ずに諦めるな」

村雨が振り返ったが、既に涙目だった。

「だって!部長ですよ!知らなかったとはいえ頭撫でて友達口調で話しちゃったんですよ!」

「それでも、だ。もう結果は決まってる。やれる事はやった。だから腹括って明日見てこい」

「う、うぅぅぅぅ・・・怖いよ~」

天龍は溜息を吐くと、村雨に笑いかけ、

「しゃあねぇなあ・・・んじゃ明日は全員で行こうぜっ!」

「・・・へっ?」

「お、良いですねそれ」

「工場入った事無いんだよね~」

「発表は工場のゲートのすぐ内側ですよ?」

「ちょっとでも入れれば良いの!」

「もし村雨さんが落ちてたら、皆でそのままヤケ食いしましょう」

「良いね良いね!明日は確か、鳳翔さんの店で串カツバイキングやってるよ!」

天龍が後ずさった。

「お、おいお前ら。俺は鳳翔の店で6人分奢れるほどの金なんて持ってねぇぞ?」

村雨がすっと振り向いた。

「じゃあこうしましょう。私が合格してたら5人で先生の分を奢ります。ダメだったら私達に先生が奢ってください」

白雪達もこくりと頷いたが、天龍は冷や汗をかきながら

「ま、待て村雨。今から自暴自棄になるな。ていうか物凄く不利じゃねぇか俺」

「・・・や、やっぱり先生、私が落ちてると・・・」

「ぐっ!い、いや、そうは言ってねぇんだが・・・」

「受けますか!」

「わ、解った・・・解ったよ・・・ATM何時までだっけ・・・」

祥鳳が何か言いたげに口を開きかけたが、白雪にしーっと人指し指を当てられた。

「じゃ、そういう事で。明日はそれじゃあ鳳翔さんの開店時間に合わせましょう」

「ええっと、11時開店だよね!」

「そうです。というわけで、10時45分に白星食品正面ゲート前に集合しましょう」

「はい!」

天龍は無意識にガシガシと親指の爪を噛んでいた。

龍田からみっとも無いから止めろと言われているのだが、極度に緊張した時にどうしても噛んでしまう。

5人が衣笠に挨拶して出て行った後も猛烈に思考回路を働かせていた。

村雨自身は落ち込んでたが、俺の見立てでは、村雨は合格してる気がする。

もし村雨の事を落とすなら、どうでも良いのだからゲートまで送る理由がねぇ。

そしてそこまで腹黒い奴を部長に据えるほどビス子は阿呆じゃねぇ。

多分、多分大丈夫。大丈夫なんだが・・でも万が一。

一人ぽつんと残った天龍に、衣笠が話しかけた。

「あの、大丈夫?」

「な、なぁ・・・衣笠」

「なぁに?お金なら無いよ?」

「ちげーよ・・・鳳翔の串カツバイキングって一人幾らだ?」

「ん?ええとねぇ・・・」

衣笠はチラシの山をペラペラとめくると、

「あった!ええとね、一人税込2700コインだって。まぁ鳳翔さんの店としては破格だよね」

すうっと青ざめる天龍。全員で2万弱じゃねぇか・・・

がくりと肩を落として帰ろうとする天龍を見て、衣笠は思い出したようにゴソゴソと机を漁り始めた。

「ちょっとだけ待って!」

「あー?」

「あった!」

とてとてと近寄って来た衣笠が手渡したのは、鳳翔の店の割引券だった。

「これで2割引になるよ!期限も切れてないし大丈夫!あげる!」

天龍は涙目で、無言のまま衣笠をぎゅっと抱きしめた。

部屋の外では青葉がメモを取るか取るまいか悩んでいた。

天龍と衣笠の恋路なんて特ダネだ。でも姉としては妹の幸せを祈りたいけど百合の道?でもジャーナリストとして・・

思いつつそうっと覗き込んだ青葉を見つけた衣笠は

「あ、姉さんおかえり。ほら天龍、いつまでも泣いてないで!村雨ちゃんが合格してりゃ良いんでしょ!」

と、パンパンと背中を叩いた。

青葉は首を傾げた。百合展開にしては軽すぎますね。私を見ても驚かなかったし。

しばらく様子を見ましょう。証拠固めが大事です。

 



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天龍の場合(33)

 

 

村雨の合格発表の朝10時50分、白星食品敷地内。

 

 

白星食品の敷地内の奥では、合格者が掲示板に掲げられていた。

川内は躊躇する村雨の艤装を掴んで引っ張っていた。

「ほら!村雨ちゃん!自信持って!ていうか自分で歩いてよ!」

「ほ、ほほほほほほら、あれよ、私、こ、心の準備が」

「不合格なら串カツ奢ってもらって助手になれば良いんですから、どっちでも悪くないじゃないですか」

村雨は数秒考えると、ぽつりと言った。

「・・・そっか。なるほど」

天龍の眉が吊り上った。

「そっかじゃねぇ!良いからさっさと行くぞ!」

天龍は服の上から財布を撫でた。中には下ろしてきたばかりの2万コインが入っている。

普段外食なんて滅多にしねぇから、1回の食事に万単位なんてゾッとしねぇ。

だが、俺が払う場面って事は、さすがに元気つけてやらねぇと可哀想だからな。

いろんな意味で俺が払う事になりませんように!

「良いから村雨、そろそろ覚悟決めろ!」

「うー・・・・」

「犬じゃねぇんだから」

「わん!」

「吠えてないで、ほら!探す・・」

天龍が言い終る前に、白雪が遮った。

「あ・・・・ありました」

 

白雪の声が5人の脳に到達するのに少しの時間が必要だった。

そして、その分の反動も大きかった。

村雨は掲示板を探しながら白雪の襟首を掴んで揺さぶった。

「ええっ!?どこ!どこなんですか白雪さん!」

「ぐうぅ・・・くっ、苦しい・・・苦し・・・首・・・・」

「村雨ちゃん待って待って白雪ちゃんが真っ赤!」

「あ!ごめんなさい!ねぇ白雪ちゃんどこなの!」

咳き込んで弱々しく指差す白雪。

その時、祥鳳が声を上げた。

「あった、ありました~」

「うぉぉぉぉ祥鳳さぁん!どこですかあああああ!?」

「あ、慌てないで・・・ひいふぅ・・左の列の上から5つ目です」

村雨はギッとその位置を睨み付けると、果たして、

 

「NO125 村雨さん」

 

と、書いてあったのだが、全員が眉をひそめた。

何故なら他の人は他に何も書いてないのに、村雨の名前の隣にだけ、

 

「経理部配属」

 

と、書いてあったのである。

「・・・なんで?」

「SPIで数学に適性ありって見抜いたんでしょうか?」

だが、白雪は頷いた。

「きっと、柳田さんです」

「・・・・あ、経理部長!」

「はい」

そこで村雨はアッと声を上げた。

「どうした村雨?」

「面接から帰る時、薫ちゃんから帳簿とか数字とか嫌いかって聞かれたなぁって」

白雪と祥鳳ががくりと肩を落とした。

「そ、その一言があったんですか・・・・」

「なら合格確定じゃないですか・・・」

「え?え?え?そうなんですか!?」

「だって、配属先を考えるような質問を落とす人にしないでしょう・・・」

「面接は終わってるわけですし」

「あ」

「それで、何て答えたんです?」

「数学は嫌いじゃないって。あ、そうだ。薫ちゃん、一緒に働きたいって言ってた」

「もう丸解りじゃないですか」

「ビスマルクさんはキッチリ隠し通しましたけど、薫さんはダダ漏れですね」

天龍はにっと笑った。

「っしゃ!村雨!合格おめでとう!皆で胴上げだぜ!」

「よーし!」

「わっしょい!わっしょい!」

「うは!ど、胴上げなんて!はっ!初めて!です!あはははっ!」

「良くやったぜ村雨っ!」

「あ、ありが・・・ありがとう・・・ございます」

「なんだ、今頃泣き始めるのかよ」

「うっ・・だって急に実感が・・嬉し・・あっ、ありがとう・・皆・・ありがと・・」

その時。

「村雨さぁん!」

ぐしぐしと涙目の村雨が声の方を振り返ると、薫が走ってくる所だった。

「!!!」

「良かったです!合格おめでとう・・・って、どうしたんです?」

「あ、ああああああの、し、失礼な事しちゃって、すみませんでした!」

「なにがです?」

「え?あの、経理部長さんなんですよね?」

「それが何か?」

「え、あ、あの、知らなかったんで頭撫でちゃったり友達口調で話しちゃったり・・」

薫はポンと手を叩くと、にっこりと笑い、

「職場の子達からいっつもされてるんで、気にしてないです」

そして急に真面目な顔になり、ひそひそ声で、

「あ、でも、社長にしたらダメですよ。物凄く怒られますからね!」

と続けた。

村雨は泣いて良いやら笑って良いやらの顔のまま、

「あ、あの、ありがとう。私、経理部でお世話になるんですね」

しかし、薫はきょとんとして、

「え?何で配属知ってるんですか?」

と聞いたので、村雨は掲示板を指差しながら言った。

「書いてあるんで」

薫はまず眉をひそめて掲示板を見、次に目を見開いて釘付けになり、次第に口が開くと、

「あ・・あ・・・あああああ!消すの忘れて印刷しちゃったあああああ」

というと、わたわたと両腕を振りながら、

「あっ!あのっ!配属先は見なかった事に!でないと社長に」

と言ったが、

「・・・薫さん、何の騒ぎかしら?」

7人が視線を向けた先には、ビスマルクが立っていたのである。

「ぴっ!」

「どうしたのと聞いてるんです」

天龍がビスマルクとの間にずいと割って入った。

「いやー、うちの村雨が世話になったらしくてさ、旧交を温めてたんだわ」

ビスマルクの眉間に皺が寄った。

「旧交ですって?薫さん、まさか手心を・・って、そういう面接じゃないわよね」

天龍と薫がビスマルクに話しかけてる間、伊168が川内に修正液を手渡した。

祥鳳がそっと川内を隠す形に移動すると、川内は修正液で配属先の文字を消していった。

近くで見ると意外と文字が大きい。ペンを振って修正液を補充したいが、音をさせたら気付かれる。

天龍が掲示板を向こうとするビスマルクに話しかけた。

「聞いたぜ1次面接。度胆抜かれたけどよ、一体誰のアイデアなんだ?」

ビスマルクが天龍に向き直ると

「ふっふーん。あれはアタシの発案よ」

ひょこっとビスマルクの前に現れた白雪が口を開いた。

「椅子が無いという解りやすく、ともすれば怒りを誘発しやすい状況で二人きり」

「そう!当たり前の状況では人の素顔なんて見れないわ!」

「だから受験生と言われても解らない人を指名した。例えば薫さんのような」

「そうよ。薫さんは眼鏡を外して作業服を着なければ完全に受験生にしか見えないしね!」

「仰る通りです。さすがですね」

「ふっふーん」

川内は音をたてないように必死で振りながら4文字目を消していた。後1文字。

天龍はチラッと作業経過を見てから、口を開いた。

「あの面接で見たかったのは、やっぱり怒りっぽさなのか?」

「怒ってうちの従業員を殴ったり怒鳴ったりすれば失格だし、横柄な態度も以下同文ね」

「まぁそうだよな。それで?」

「合格条件は30分間、面接官、つまり相手の受験生の足を引っ張らない事。それ以外も良い事は加点する」

「足を引っ張るってのは?」

「例えばあれこれ言って1Fの控室にある椅子を持ってこさせるとか。逆に自分で行けばOK」

「確かに、そういう時に地が出ますよね」

「あれを考えるのは苦労したのよ!」

「さすがですね~」

「ふっふーん」

川内と伊168は手でパタパタと紙をあおいでいた。早く乾け!

だが、ビスマルクはふうっと息を吐くと

「薫さん」

「はっ、はい!」

「・・・・すっかり天龍組の人と仲良くなったのね」

「はい!」

「それは良いんだけど、貴方、勝手に村雨さんの配属先まで掲示してはダメよ?」

川内と伊168は硬直し、祥鳳は目を剥いた。何故バレてる?

「あ、あの、ええと、消し忘れに気付いてませんでした。ごめんなさい」

しゅんと俯く薫。両手を腰に当てるビスマルク。

「まぁ、今朝掲示してるのを見た時に気付いたんだけど、どうせすぐ解る事だからとそのままにしたのよ」

川内と伊168はがくりとうなだれた。既にバレてたのか。

ビスマルクはくすっと笑うと掲示板に近寄り

「まぁ良いわ。川内さん達が綺麗に消してくれたし、それに」

くるりと村雨の方を振り向くと

「村雨さん、薫さんは普段は有能なんだけど、こんな調子でたまにやらかすの。しっかり支えてあげてね」

そしてにっこりと笑い、

「ようこそ白星食品へ。数字に強い子は大助かりよ!」

と、言ったのである。

天龍はふっと笑うと

「俺の受け持った中で数字への強さはピカイチだ。ビス子の探し人に合うんじゃねぇかな」

ビスマルクは眉をひそめると

「ちょっと、飲み屋以外でビス子って言わないでって言ったじゃない」

「お、悪ぃ。だがホントに太鼓判を押すぜ。うちの卒業生、しっかり面倒見てやってくれよ」

ビスマルクはくすっと笑うと

「大丈夫。救助隊招集なんてシャレにならないし、私はこれでも社員には気を遣ってるのよ?」

「良い会社じゃなきゃ元々行かせねぇ」

「OK。信用してくれて嬉しいわ」

「で、いつから行かせりゃ良いんだ?別れを惜しむ時間位あるんだろうな?」

「同じ敷地内でしょ?」

「色々あるんだよ」

「とりあえず、来月1日から来て欲しいんだけど」

「丁度キリがいいな。解った」

「別途案内は送るけど、1日に控室として使った1Fの部屋に集合よ」

「おう、解った」

「じゃ、待ってるからね!村雨さん!」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 

 



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天龍の場合(34)

 

天龍組の一同がほっと一息ついた昼時、鳳翔の店。

 

「いらっしゃいませ。あら、天龍さん。お久しぶりです」

「鳳翔さん、邪魔するぜ」

「それに可愛い子を大勢連れて・・どうなさったんですか?」

「今日は教え子全員で来たんだ。この村雨が白星食品の入社試験に合格したんだ!」

「あらあら、それはおめでとうございます」

「だから、串カツを皆で頂こうと思ってさ」

「まだお昼の時間には早いですから貸切でしょう。お好きな場所にどうぞ」

「じゃ、カウンターにさせてもらうぜ」

白雪がニコニコ笑って言った。

「先生に日頃の感謝の気持ちを込めて、今日は先生の分、皆で奢るんです。串カツとデザートを」

天龍はおずおずと5人を振り返った。

「なぁ、本当に俺の分奢ってくれんのか?無理しなくても大丈夫だぜ・・ん?デザート?」

「はい。幾つかとっても有名なのがあるんですよ!」

村雨がにこりと天龍に笑いかけた。

「私が最後でしたけど、白雪さんも、川内さんも、祥鳳さんも、伊168さんも皆、天龍先生に救われました」

「え・・」

「感謝の気持ちを形にするのって何かきっかけが必要ですから、今日は丁度良かったんです」

伊168がニヤリと笑った。

「村雨ちゃんが不合格だったら思い切り水を差す所だったわよね~」

「ほんとですよ!受かってて良かったぁ!」

天龍は困ったような照れたような笑顔で

「お、俺は大した事してないぜ。お前らで互いに治しちまったじゃねぇか」

「でも、私達をしっかり受け止めてくれたのは天龍先生一人でした」

「クラスで浮いたり、テストに白紙回答した私達を信じてくれた」

「天龍先生が居たから私達は集えたし、やりたいようにさせてくれたから心の傷を治す事が出来た」

天龍は真っ赤になりながらバタバタと手を振った。

「お、おいおい、なんだよ、そ、そんなに持ち上げやがってさ。あ、あー、午後は雷か?敵襲か?」

川内が笑った。

「あっはは、先生可愛い~」

「おっ、俺は天龍様だぜ!こっ、怖い事を売りにしてんだ!がおー!」

鳳翔が平皿とご飯を手渡しながら、

「じゃあ今日は皆さんのお祝いなんですね。心をこめてサービスいたしますよ。ではオーダーを!」

「玉ねぎ!」

「うずら!」

「ナス!」

「チーズ蒲鉾!」

「はさみレンコン!」

「イカホタテ!」

 

1時間後。

 

白雪がチラリと見渡した。

「・・・み、皆さん今まで見た事ない位食べましたね。そろそろ終了ですか?」

「ちょ、調子に乗って・・食い過ぎた奴・・・手を上げろ・・」

「せ、先生だって・・その串の数は尋常じゃないじゃないと・・思います・・ううっ」

「多分、うずらの卵、20個は食べました・・」

「ソースがケースの半分まで減ったわ・・・誰も2度付けしてないのにこれって凄くない?」

遠目に解る程の丸いお腹を抱えた天龍組の面々に、鳳翔は

「皆さんには少し多過ぎましたね。美味しそうに召し上がるのでつい・・すみません」

と、頭を下げた。

「鳳翔は何度も止めてたから悪くねぇよ」

「そうですよ、ご飯を2回も御代わり頼んだのは私です」

「本当に、本当に鳳翔さんのお料理は美味しいわぁ・・幸せ・・」

そんな中、白雪は静かにメニューをじっと睨んでいたが、意を決したように鳳翔に手をあげた。

「すみません、私、デザートに白玉あんみつお願いします。バニラアイス多めで」

「解りました。少々お待ちくださいね」

鳳翔が去ると、面々がギロリと目玉だけ白雪に向けた。

「デ・・デザート・・だと・・」

「しまった・・鳳翔の白玉あんみつは絶品だって・・今思い出したぜ・・」

「お、おのれ・・静かに余力を残してたのね・・」

「奪いたいけど・・・胃が破裂する・・」

「せ、せめて、アイスを・・・うえっふ、無理」

白雪は溜息を吐くと、

「一応、食べる前に言ったんですけどね・・・」

そして鳳翔が運んできた白玉あんみつを受け取ると、

「うひょおおお、本当に美味し~い!ひゃあ!最高です!」

と、羨望の眼差しの中をムシャムシャ食べ進めたのである。

 

「ごちそうさまでした~」

ガラガラと引き戸を閉めると、天龍がうーんと伸びをした。

「んー、本当にマジで食いまくったなぁ!皆、ごちそうさん!タダ飯最高だぜ!」

「それにしても先生、良く割引券なんて持ってましたね」

「衣笠に貰ったんだ」

「鳳翔さんもオマケしてくれたから一人分より安く済みました。先生、ありがとうございました」

「礼は衣笠に言いな。いつかソロル新報の定期購読でもしてやれよ」

川内が考える仕草をしながら呟いた。

「鳳翔さん大丈夫かな?ちゃんと黒字なのかなあ?」

天龍はにっと笑うと、

「鳳翔はきちんと計算してる。例えばああいう奴が来ても潰れないように、な」

村雨が天龍の指差す方を見ると、親しげに話しつつこちらに歩いてくる赤城、加賀、飛龍、蒼龍が見えた。

「・・・・あ」

「掃討部隊が・・」

「草木の1本も残らなさそうですね」

蒼龍が天龍達に気付き、手を振った。

「おーい!皆も鳳翔さんのバイキング行くの~?」

「私達は開店と同時に行ったんですよ。だから今帰りです」

「あ、良いんだ~!」

「ちょっと食べ過ぎちゃいました」

「何が美味しかった?」

白雪はうむと頷いて

「白玉あんみつですね」

と、言い切った。

すると赤城がぽんと手を打ち、

「そうです!鳳翔さんの白玉あんみつは絶品です!白雪さんありがとうございます!忘れてました!」

それを聞くと加賀が溜息を吐きながら、

「お願いですから、あんみつを桶に入れて持ってきてと頼まないでくださいね」

「ええっ!?なぜですか!?」

「デザートは涼しげな器で頂くから良いのであって、桶に山盛りのあんみつなんて見るだけで・・・」

「普通の器なんて何十回とお代わり頼まないといけないじゃないですか」

「1回で我慢しなさい。それと、串をテーブルに平積みするのもダメですよ」

「なぜっ!?」

「この前雪崩が起きて大変な事になったじゃないですか。あまり鳳翔さんに迷惑をかけてはいけません」

「串入れなんてすぐ一杯になるから良いアイデアだと思ったんですけど・・・」

「そういう問題ではありません」

異様な会話に呆然とする天龍組に、飛龍が苦笑しながら

「いつもこんなんだよ。じゃあ、またね」

と、言いながら店に向かって行った。

立ち尽くす6人だったが、伊168がぽつりと

「私達なんて・・全然平気だね」

「串で雪崩が起きるって、どれくらいの本数が要るんだろう」

天龍がうーんと考え込み、ふむと頷くと、

「よし、腹ごなしにバイトすっか!」

「え?どういう事?」

「さっきの礼に、鳳翔の店の裏方手伝うんだよ。片付けとかなら出来るだろ?」

「あ、良いですねそれ!」

「皆、腹は落ち着いたか?」

「動いても大丈夫です。戻しません!」

「よし、じゃあ鳳翔に聞いてみるか」

 



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天龍の場合(35)

 

 

赤城達、昼御飯掃討部隊が突入した直後。鳳翔の店。

 

天龍の申し出に、鳳翔は少し目を潤ませながら答えた。

「本当に本当に助かります。出来た物を運んで、空の食器や串を下げてくださいますか?」

天龍は腕まくりをした。

「よっし、他の客も含めてテーブル割り当てしようぜ!」

しかし、鳳翔は静かに首を振った。

「いえ、もうのれんは下ろしましたから、他の方は入って来ません」

「・・・えっ?」

鳳翔はきりっと表情を締めると、声をひそめて続けた。

「目標は厨房に一番近いテーブル席に座って頂きました」

「も、目標?」

「皆さんは2班に分かれ、バケツリレーの要領で、厨房と席の間で等間隔に立ってください」

「とう・・かん・・かく?」

「良いですか、赤城さんを見続けると酔ってしまいますから出来るだけ見ないように」

「は?」

「加賀さんは食事中に話しかけると機嫌が悪くなるのでダメですよ」

「あ、はい、解りました」

「飛龍さんと蒼龍さんは普通に喫食なさいます。蒼龍さんは幹事役をしてくれるので頼って良いです」

「は、はあ・・」

「制限時間は今回60分間と長いですが、何とか乗り切ってください」

天龍がついにこらえきれずに質問した。

「鳳翔、何か軍事作戦のようなノリだけど、そこまで・・」

鳳翔は天龍にビシリと人差し指を向けると、

「軍事作戦以外の何物でもないのです!」

「えええっ!?」

「今まで数々の伝説となった事態は、いつもこんな幕開けだったのです!」

「そ、そうか・・」

「絶対に油断は禁物!ここは戦場!肝に銘じてください!」

「な、なんか目が血走ってるぜ鳳翔・・」

「テーブルで料理をサーブする人は順番に交代してくださいね。一番疲労度が高いと思うので!」

「お、おう・・・」

「全員生きて60分後を迎えましょう!」

「おーう」

天龍と白雪達は互いに顔を見合わせると、そっと肩をすくめた。

出来た料理を運び、空き食器を下げるだけだ。

それも相手は1テーブル。こっちは6人で料理は鳳翔がやってくれる。

確かに正規空母4隻だけど・・・フラグ?そうかなあ?

 

 

そして40分後。

 

ゾンビのような歩き方で、伊168が厨房の休憩コーナーによろよろと辿りついた。

そこは椅子が数個と簡易テーブルがあるだけだが、仕事から解放されるだけで楽園のように見えた。

最初の油断した自分達に叫んでやりたい。鳳翔の言った事が正しかったよ、と。

白雪と村雨は既に机に突っ伏していた。

「あ・・伊168さん・・お疲れ・・さ・・・ま・・・」

村雨が途切れ途切れに声を掛け、伊168がふっと遠い目をした。

「交代した天龍先生達の目が虚ろだったわね」

白雪が頷いた。

「川内さんも祥鳳さんも、あの地獄でよく耐えてます」

伊168が死んだ魚のような目で横を見た。

「確かに、これだけの串が崩れたらちょっとしたパニックが起きるわね・・・」

村雨は伊168と同じく、赤城達が食した串の山を見上げながら言った。

「串カツをこれだけ消費するって事は、それ以外も消費するんですよね」

白雪が頷いた。

「すっかりその他を忘れてましたね」

村雨がへへっと笑いながら言った。

「御飯も味噌汁もあるんだよ・・・って、ね」

伊168が深い溜息をついた。

「私達・・・最後の10分間、また出るんだよね」

白雪が二人にお茶を差し出した。

「ですから残り時間で少しでも体力を回復しておかねばなりません。さぁどうぞ」

伊168は茶を啜りながら言った。

「ありがと。連続耐久オリョールクルージングより酷い物なんてこの世に無いと思ってたんだけど・・」

村雨も頷いた。

「鳳翔さん、私達が手伝わなければこれを一人で1時間回す所だったんですね」

白雪がふっと笑った。

「プロって凄いですね」

二人がこくりと頷いた。

 

 

「ふぅ~っ!」

「とても美味しくご飯を頂けました」

残り2分きっかりでオーダーは止まり、ジャスト60分で赤城と加賀は食べ終えた。

飛龍は綺麗に食器を片付けていた。

蒼龍はぜいぜいと息をする天龍達に心配そうに声を掛けた。

「あ、あの、大丈夫?」

「い、いや、大丈夫、だ・・・蒼龍、ほんと助かったぜ」

見上げる天龍に蒼龍は苦笑しながら

「まぁ、慣れちゃったからさ」

と返した。

 

最後の10分を迎える頃、赤城が

「調理時間を考えると、そろそろラストオーダーですよね?まとめて頼みましょう」

と言ったので、天龍は料理をサーブしながらごくりと唾を飲んだ。

これは大津波が来る。あの3人の今の様子じゃ耐えきれねぇ。

ゆえに、天龍は班の交代ではなく全員で当たる事にした。

読みは極めて正しく、ついに鳳翔が

「もう大皿じゃなくて、こっちで渡した方が良いですね」

と、油切り用のザルが乗ったステンレス製のバットに揚げたての串カツを次々積み上げると、

「これは3つしかないので、終わったらすぐ回収してきてください」

と言いながら手渡した。

もう菜箸でサーブするのも疲れ果てていたので、白雪達は省力化に力なくも喜んだのである。

 

そして60分のアラームが鳴るのと同時に、赤城と加賀は最後の一口をごくりと飲み込んだ。

天龍はあまりに時間通りの見事さに呆然としていた。

あれだけ無茶苦茶にオーダーしていたように見えたのに、全て計画的だったというのか?

高速思考する天龍に、そっと蒼龍が声を掛けた。

「ええと、信じられないと思うんだけど、赤城と加賀にとっては余裕を持った普通の食事なんだよね」

天龍は虚ろな目で蒼龍を見返した。俺達なんて全然食べた内に入らねぇ。

空母1隻の運用は空軍基地1つ運用するのとそう変わらないと誰かが言ってたが、解る気がした。

だが、すぐに疑念が湧いた。

蒼龍や飛龍だって正規空母なのにそんなにバカ食いしてないし、祥鳳は俺達と一緒に普通の量を食べる。

どういう事なんだと天龍は再び首を傾げ始めたが、赤城が言った。

「じゃ、デザートは何にしましょうか、皆さん?」

加賀がメニューを見ながら言った。

「そうね、私はクリームソーダを」

飛龍はメニューを睨みながら言った。

「んー、やっぱ私はコーヒーで」

蒼龍は赤城を見ながら、

「赤城さんはどれを?」

「ええとですね、ええと・・・白玉あんみつの列で」

天龍は赤城の「列」という一言に赤城を2度見したが、蒼龍は涼しい顔でメニューをひょいと手に持つと

「了解。私は宇治金時にしようっと。じゃ、オーダーしてきますね」

と、厨房に向かって歩いていった。

よろめく天龍を祥鳳と伊168がすんでのところで支えた所に蒼龍の声が聞こえてきた。

「えっと、クリームソーダと、コーヒーと、宇治金時と、白玉あんみつと、くずきりと、磯部餅と、草もちと・・・」

天龍はふわりと遠のく意識の中で頷いた。赤城が「列」と言ったのはやっぱりそういう意味かよ、と。

 

 



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天龍の場合(36)

 

赤城達が去った後しばらくして。鳳翔の店。

 

「う・・・」

天龍がそっと目を開けると、見慣れない天井が見えた。全身が筋肉痛だった。

「ぐおっ・・イテテテ」

無理矢理上半身を起こし、鳳翔の店の座敷席だと解った。

周囲では村雨達が天龍を囲むようにすやすやと寝息を立てていた。

「お目覚めですか?」

天龍がゆっくり顔を向けると、鳳翔がおしぼりを手渡してくれた。

天龍はごしごしと顔を拭きながら言った。

「鳳翔が運んでくれたのか?悪ぃな」

「いえ、皆さんで天龍さんを運ばれて、休んでくださいと申し上げたら皆さんすぐ眠ってしまって」

「今は・・何時だ?」

「もうすぐ、食堂でお夕飯の時間ですよ」

「あの後、赤城達は?」

「普通にデザートを平らげて御帰りになりましたよ?」

「・・恐ろしいなあ。あ、食堂が夕食って事は夜の部の開店時間だよな。すぐ撤退するぜ」

鳳翔は首を振った。

「お店を開けられる程食材が無いので臨時休業にしました。ゆっくり休んでください」

「わ、悪ぃ、助かるわ・・・」

「んー」

天龍が下を見ると、ごろんと寝返りを打った村雨の頭が自分の膝の上に乗っていた。

「・・・大活躍だったな。偉かったぞ」

天龍はそう言いながら、村雨の頭をぽんぽんと撫でた。

「えへへへ・・・むにゃむにゃ」

村雨は寝たまま笑うと、再び寝息を立て始めた。

「まったく、お子様だぜ」

そこに、鳳翔が声を掛けた。

「お湯のみと冷たい麦茶を置いておきますね」

天龍が鳳翔を見た。

「・・・なあ鳳翔」

「なんですか?」

「赤城や加賀は、いつもあぁなのか?」

鳳翔は少し考える仕草をしたが、

「食べ放題の時はそうですね。ただ、今日はいつになくオーダーが多かったです」

「えっ!?そうなのか?」

「はい。特にチーズ蒲鉾のオーダーが凄くて・・・フェア用の在庫が切れてしまいました」

「あの2人相手に食べ放題はヤバくねぇか?」

「確かに利益どころか大赤字です」

「だろうなあ・・・」

「でも、それで良いんです」

「えっ?」

「食べ放題フェアをやると、トータルで原材料費位にはなってるんですよ」

「それじゃ大赤字じゃねぇか・・」

「元々こういうフェアは、頂き過ぎた分をお返しし、感謝する気持ちでやってますからね」

「そっか」

「もっとも、全員が赤城さんと同じ量を召し上がるなら、5倍くらいに値上げしないといけないですけど」

鳳翔と天龍はやれやれとばかりに苦笑いをした。

「むにゅー」

天龍はゆさゆさと村雨を揺さぶった。

「ほら村雨、いつまでも俺の膝を占領してんじゃねぇ。起きろ」

「うー?」

「ほら」

むくりと起き上がった村雨は、ぽえんとした表情のまま

「お腹空きました」

と呟いた。

「あんだけ昼飯食っても、夕飯時になると腹が減るんだなあ。ほら伊168、祥鳳も、起きろ」

「zZzzZZ」

「・・・うふふん」

「ぐっすり寝てやがる。ほら川内、夜戦の時間だぜ」

「どこ!?どっ・・痛あっ!」

「怪我したのか?」

「ちっ・・がう・・・筋肉・・痛」

「はいはい俺もだ。他の奴起こせ」

「あーい」

村雨は白雪を揺さぶった。

「白雪さん、白雪さん、夕飯の時間ですよ。起きてください」

白雪はしばらく起きなかったが、やがて物凄くテンションの低い声で

「うー・・・」

と、唸りながら起き上った。

「白雪さんて低血圧なんですか?」

「・・そんな事無いんですが、全身がギシギシ言ってます」

ようやく目覚めた5人に、天龍が声を掛けた。

「うっす、皆、起きたかぁ?」

「起きましたー」

「あちこち痛い・・お風呂入りたい・・」

「筋肉痛ってお風呂入ったら治るかな?」

「治ると思いますけど・・・」

「けど?」

「皆さん、歩けます?」

「・・・物凄くゆっくりなら」

「右に同じ」

「私も」

「アタシも」

「皆、まずは手伝いご苦労さんな。あと、寝る場所を貸してくれた鳳翔に礼を言って帰ろうぜ」

「はーい」

「夕食終わっちゃいますもんね」

「ご飯食べたらお風呂行きましょう」

「だねー」

「皆で仲良く入りますか」

「広いお風呂で良かったね」

しかし、厨房から顔をのぞかせた鳳翔は、

「あ、皆さんのお夕飯作ってるんで、もうちょっと待ってください」

と、声を掛けたのである。

 

「しみじみ美味しいなあ」

「肉じゃがにコロッケ、ひじき、そして豆腐のお味噌汁がこんなに美味しいなんて」

「ほんと、上手い人が作ると普通のご飯でも美味しいわ」

「お店を開ける人のレベルを思い知りますね」

「海苔で巻いたコメすら旨いわあ・・日本人で良かったってじみじみ思うぜ」

天龍達が口々にコメントを発したのに対し、

「普通のご飯を褒められると照れますね・・あの、ありがとうございます」

と、一緒に食卓を囲んでいた鳳翔はもじもじしたのだが、すっと居住まいを正すと、

「今日は本当に危ない所を助けて頂いて感謝しています。ありがとうございました」

と、頭を下げた。

「や、やっぱり普通じゃなかったんですか?」

「うーん、さすがに300を超えるとは思わなくて。200位を予想してたので」

「200でも十分おかしいと思います」

「俺達全員でどれくらい食ったんだ?」

「約100って所ですかね」

「じゃあ赤城達4人で俺達が食い過ぎたと思う量の3倍食ってんのかよ。すげぇなあ」

「い、いえ、あの」

「?」

「赤城さんと加賀さんのお二人で300串です」

全員の箸が止まった。

「ちなみに飛龍さんと蒼龍さんはお一人50串位です。」

「ええと、飛龍と蒼龍の二人で俺達全員分を食ったのか?」

「あと、デザートですね」

「・・・そして加賀や赤城は、二人で俺達の3倍食ったのか?」

「大体」

「じゃ、じゃあ、4人の合計は・・・」

「410少々です」

村雨は目を見開いた。

「・・・よ?!よんひゃくぅぅうう!?」

「そうですよ。大体ですけど」

「そりゃあれだけ運ぶ事になるわけだ」

「御飯もお味噌汁もキャベツも飲み物もわんこそばのようにお代わり頼まれましたしね」

「ちなみに御飯は5升召し上がってました。業務用炊飯器まるまる1つ分ですね」

「ほ、鳳翔ってすげぇなあ」

「何がですか?」

「そんな量の飯作ってたら、俺なら手が痙攣して動かなくなるぜ」

「うふふ、正規空母さんは良く食べると言われますけど、実際は戦艦の方々の方が量は多いんですよ?」

「えええっ!?」

「ど、どれくらい・・なんだ?怖いけど聞きてぇ」

「串カツだけなら御一人で200を超えるでしょうね」

「ひえええ」

「でも、そういう召し上がり方はされないんですよ」

「というと?」

「例えば金剛さんなら、前菜で鳥のささみ入りサラダ山盛り、メインはステーキを5ポンドと鉄板焼き」

「デザートはホールケーキ、そして食後のラスクと紅茶」

「ひええええ」

「多分皆さんの感覚だと、食後のラスクだけでお腹一杯かと」

「うそだろ・・・」

「長門さんなら炊き合わせ野菜と冷奴を副で、主がすき焼き鍋とお刺身に生卵は5個位、ご飯はおひつで数回」

「デザートは羊羹半分と渋茶という感じですかね」

「は、半分て?」

「間宮羊羹の半分です」

「ひぃぃぃぃぃ」

「それで、軽めです」

「あわわわわわ」

「毎日それだけ用意してんのかよ・・しんどくないか?」

「うちは大和型の方がおられませんから楽な方です。数多く手際良く用意するのは実戦あるのみです」

白雪は鳳翔の手を見ながら言った。

「職人の手ですね」

「料理は力仕事ですから、どうしても皮膚が荒れて固くなってしまいます。お恥ずかしいですね」

「よっし!全員箸を置け!」

天龍の声を合図に、村雨達が箸を置き、ビシリと背筋を伸ばす。

きょとんとする鳳翔。

「えっ?」

「一同、礼!」

「いつもありがとうございます!」

「今日は骨身に沁みて鳳翔さんの苦労が解りました!」

「これを毎日なんて私なら倒れちゃう」

「本当に感謝いたします」

「美味しいご飯をありがとうございます!」

「こいつらの言う通りだ。鳳翔、いつも本当にありがとな。苦労が良く解ったぜ」

鳳翔はそっと涙を拭いながら笑った。

「・・・はい。ありがとうございます」

 

 



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天龍の場合(37)

 

鳳翔との夕食後。鳳翔の店の玄関先。

 

「御馳走様でした!」

「またいらしてくださいね」

帰ろうとした面々に、鳳翔はお礼だと言って甘味無料券を1人ずつ手渡した。

「いや、休ませてくれて夕食食わしてくれたんだから良いって」

と、天龍は遠慮したが、鳳翔はにこりと笑い、

「それはそれ、これはこれ、です」

といってぎゅむっと掴ませたのである。

「鳳翔の店の甘味類は割と良い値段するし、悪い事しちゃったなぁ」

川内がにこっと笑った。

「そうかなあ。鳳翔さん嬉しそうだったよ?」

「んー・・そうか?」

村雨が頷いた。

「境遇や苦労を解ってくれる人が居るって本当に嬉しいですから、ね」

伊168が村雨の頭をぐりぐりと撫でた。

「あたし達はちゃあんと村雨の苦労を解ってるからね~」

「あうぅ・・ありがとうございます」

「良い子良い子~」

白雪がくすっと笑った。

「伊168さんて、気に入った子の頭を撫でるのがクセですよね」

「あー、そうかも」

「頭を撫でられると安心しますから、良いんじゃないでしょうか」

村雨がピタリと歩くのを止めた。

「どうしたの?」

伊168の声に振り向いた天龍は、村雨を見てびくっとなった。

村雨が泣きだしていたのである。

 

「お、おい、村雨・・どうした?」

「なんか辛いこと思い出したの?」

村雨をそっと囲む5人に、村雨はしゃくりあげながら言った。

「わっ、私・・・こんなに・・・こんなに楽しい時間を過ごした事なかった・・・」

「伊168さんも、白雪さんも、川内さんも、祥鳳さんも、天龍先生も、皆優しくて、親切で」

「毎日楽しくて楽しくて、あっという間に過ぎていっちゃった」

「しっ、白星食品に・・合格したの・・嬉しいけど・・ここから離れるの・・辛いよ・・寂しいよ」

「今日も・・皆で・・行ってくれて・・嬉しかった・・心強かった・・楽しかった・・」

「時間が・・こっ・・このまま・・止まって・・欲しい・・よ・・別れるの嫌だよ」

そう言うと、村雨はそっと抱きしめた伊168にすがりついて泣きだした。

天龍は目を瞑り、しばらく腕組みをして考えていたが、白雪をついついと突き、ひそひそと話をした。

白雪は聞く途中から

「ええっ!?」

「そ、それは・・出来ますけど・・」

「大丈夫なんですか?」

などと、異を唱えるような言葉を返していたが、最後には

「・・・まぁ、それなら」

といって折れたようだった。

天龍は村雨の肩を叩き、

「まぁ、そうしょげるなよ。でも、思いは解ったぜ。だから最後に一働きしてやる」

「・・・ふえ?」

「成功するかは解らねえ。でも成功しようが失敗しようが、俺達はずっと村雨の味方だぜ!」

ぐいっと親指を立てる天龍に、

「・・・はい」

と、村雨は泣き笑いの顔を返した。

 

その夜遅く。

 

「・・・まぁ、そうねぇ、それはもっともなんだけど・・・」

と、龍田は言うと、首を傾げながら、

「でも、どうして天龍ちゃんがそんな事に気付いたの?」

と言った。

「えぅっ!?そっ、それ・・は・・」

「それは?」

「・・・」

「・・言いにくい事なのね?」

「・・・うちの村雨がさ、すげぇ悲しそうに泣いたんだ」

「あらぁ?白星食品に合格出来なかったの?」

「いや、合格したんだけどさ、したからこそ俺達と疎遠になっちまうだろ」

「まぁ、そんなに軍と食品工場に接点は無いものね」

「村雨は俺の教室で過ごした時間が、本当に楽しかったらしいんだ」

「・・・深海棲艦になる程、辛い過去だったから余計なんでしょうね」

「初めて、心から楽しい時間を過ごして、いきなりぶっつり疎遠になるのが寂しくて仕方ねぇって泣くんだよ」

「でも・・同じ敷地内なんだし、提督は食堂とか売店とか立ち入って良いって言ってるわよね?」

「そうなんだけどさ・・」

「それを認めちゃったら、他の子も最初は寂しいと思うのよ?」

「それも龍田の言うとおりで解ってるんだけど、なんか、なんか引っかかるんだよ」

「・・・・勘、ってことね?」

「ああ」

龍田は頬杖を突いた。自室で天龍と二人きりだと、龍田もフランクである。

「んー、天龍ちゃんの勘は外れないからなあ」

「甘やかす前例になりかねねぇのも解るんだけどさ・・・」

「天龍ちゃん。ええと、白雪さん達は私情抜きに信用して良いのね?」

「俺は大丈夫だと思う。だが、龍田に確認して貰えれば万全だ」

「1度皆には会ってるけど、しっかりお話したのは川内さんだけだから、もう1度会わないとダメね」

「具体的な話は後でも良い。でも時間があまりねぇんだ。判断だけしてくれねぇか?」

龍田は溜息を吐くと

「良いわ。今度の日曜日は空いてるから面談しましょ。でも・・」

「なんだ?」

龍田は目を細めると

「その子達は清濁併せ呑む事になるから、本気で面談するわよ?」

天龍は頷いた。

「あぁ。後で辛くなるなら最初から没になる方が良い」

「了解。天龍ちゃんの頼みじゃ、しょうがないわねえ」

 

土曜日の夕方。

「た、龍田さんの面接!?白星食品の面接より怖いよ!しかも明日!?」

「ハラショー。川内と一緒に居られる手段が出来るなんて渡りに船だよ」

「本当に話をまとめて来たんですね・・」

「まぁ、100%艦載機と縁が切れるお話ですからそれも良いかと思いますけど・・急ですね」

「あたしだけ元の計画通りかぁ。ま、先生と仕事するんだから良いけどね」

天龍から計画と進捗を聞かされた5人は三者三様の反応を見せたが、

「ま、村雨ちゃんの為に一肌脱ぎますか!」

と、にっこり笑って頷いた。天龍は頷きながら、

「村雨には結果がまとまるまで内緒な。ぬか喜びさせたら可哀想だからさ」

と、人差し指を唇に当てた。

明日、どうか上手く行ってくれ。

 

 

そして迎えた日曜日の朝。

 

「じゃぁ、川内さん、入ってください」

「・・・失礼いたします」

「時間が短いから、悪いけど単刀直入でお話するわね」

川内はごくりと唾を飲んだ。相変わらず視線だけでも滅茶苦茶な迫力だが、村雨と響の為だ。

お姉ちゃんとして、私、頑張る!

 

数分後。

 

「では、失礼します」

一礼してドアを閉めた川内に、4人が近寄った。

「な、なぁ、感触はどうだった?」

「やっぱり銃を突き付けられたのかい?銃声は聞こえなかったけど」

「質問はどんなことをされましたか?」

「ちょ、ちょっと、一度に聞かないで。順番に・・・」

しかし、その時ドアが開くと、

「次、白雪さん、どうぞ~」

と、龍田がにゅっと顔を出しながら言ったのである。

 

御昼の鐘が鳴った。

 

「はぁい、面接はこれで終わり。皆を呼んできて~」

「解りました。龍田さん、休日に時間を割いて頂きありがとうございました」

「いいのよ~」

祥鳳が呼びに行くと、天龍達が部屋に入ってきた。

龍田はしばらく考え込んでいたが、目を瞑ったまま口を開いた。

「1つだけ、お願いがあるの」

白雪が静かに見返した。

「なんでしょうか?」

「始めるきっかけは村雨ちゃんの為だけど、村雨ちゃん以外の為にも全力を注いでくれるかなぁ?」

響がにこっと笑った。

「やるさ」

「じゃあ、ご飯を食べた後、ちょっと知恵を貸してほしいな」

「?」

「提督の説得工作。成功したら合格って事で」

「!」

 

 



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天龍の場合(38)

 

龍田が天龍組と響を面接してる頃。鎮守府の中庭で。

 

「あ!伊168さん!」

「村雨ちゃんか。どうしたの?」

村雨が伊168を見つけると、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

「あの、川内さん見かけませんでしたか?」

「んー、響ちゃんと一緒に居るんじゃないかな・・・解んないけど」

「その響さんを探してるんだけど二人とも見つからなくて」

「なにかあったの?」

「響さんの連絡先を聞いておきたかったの」

「あぁ、それなら知ってるよ。メアドと電話番号とIDで良い?」

「うん、十分」

「じゃあ通信でアドレス帳送ってあげる」

「・・・よっし、受信した。ありがと!」

「準備、進めてるんだね」

「天龍先生が何かしようとしてくれてるみたいだけど、就職は間違いない未来だし」

「まぁ、そうよね」

「後で聞き逃した事に気付いたら嫌だなって思って確認してたら、響さんの連絡先聞いてなかったって」

「でもさ、働き出してからだって売店とか食堂では会えるでしょうに」

村雨の動きが固まった。

「・・・・・へ?」

「え?」

村雨は伊168の肩をがっしりと掴んだ。

「ど!どういうこと?ねぇ、会えるの!?入って良いの!?」

「ちょ!く、苦しいって・・・落ち着けっ!」

「う、ごめん」

「全くもう・・・ええとね、白星食品の社員は鎮守府の食堂と売店には入場が認められてるの」

「ほんと!?」

「そうよ。外部の受講生も利用する為に作られてるから良いだろうって、提督が言ったらしいわ」

村雨はぺたんと膝をついた。

「鎮守府の子とは連絡だけで、もう一生会えないんだと思ってた」

「大袈裟ねえ・・・それに鎮守府に入れなくても連絡して外で会えば良いじゃない」

「あ」

「・・・考えが回らなかったのね」

「うん」

「だからあの時大泣きしたのね」

「う・・・ん」

「まぁ、普通に生活してれば知らない情報だよね」

「伊168ちゃんは何で知ってるの?」

「随分前、白星食品が出来るちょっと前に、提督達がそういうルール決めでドタバタしてたの」

「へぇ」

「私はまだ普通の受講生だったんだけど、先生からコピー頼まれた書類がルールの最終稿だったのよ」

「それで?」

「だからコピーのついでに読んでたの。まぁ、潜水艦だから情報集めるのは好きだしね」

「なるほどねえ」

「そういやそういう事、天龍先生話してないよね」

「うん」

「明日にでも教室で聞いてみたら?教えてくれると思うよ」

「ありがと!凄く気が楽になったよ!」

「役に立てて良かったわ」

「じゃあね!」

「ええ、また明日」

ててっと駆けていく村雨に手を振りながら、伊168は微笑んだ。

明日は色々衝撃的な日になりそうね、村雨ちゃん。まぁ良い事だから良いんだけど。

それにしても先生たちは上手く行ったのかなあ?

 

 

午後、提督室。

 

「なるほどなぁ・・・確かに白星食品と陸奥の工房だけって必要も無いしなあ」

だが、本日の秘書艦である加賀は首を捻った。

「それは鎮守府の仕事なのでしょうか?業務を拡大し過ぎるのは如何なものかと」

龍田は頷いた。

「ええ。歯止めは必要です。コンツェルンになりたい訳じゃないしね」

「その辺、龍田さんはどのようにお考えなのですか?」

「教育と敷地という2つの歯止めをかけようと思ってるの」

「教育と敷地?」

「ええ。まず教育の方だけど、人間として旅立たせるにしても、いきなり世間に放り出すのは可哀想よね」

「そうですね」

「だから、教育期間の間に起業させてみるの。安定させられるなら卒業後は一般金融に切り替えさせる」

「なるほど。経営の実習って事ですね」

「近いのはベンチャーキャピタルね。でも、そこまで教育方で引き受けるのは無理だから今まで出来なかった」

「確かに」

「もう1つの敷地というのは、言うまでも無くこの島の中にある白星食品と陸奥さんの工房の話」

「鎮守府との経理事務って事ですか?」

「ええ。2社との決済関係まで事務方がしてるから重荷になっちゃってるの」

「そうですね」

「だから鎮守府の経理部門と教育用ベンチャーキャピタルを受け持つ部署を、白雪さん達で作ってもらうの」

「鎮守府の経理もですか?」

「ええ」

提督がふむと頷いた。

「事務方は書類改善で随分作業が減ったらしいが、それでも不知火や文月は遅くまで仕事してるからなあ」

「ええ。もう少し軽くしてあげても良いかと思うわ」

「・・・ふむ」

じっと考える提督に、白雪は恐る恐る口を開いた。

「不躾だとは承知しておりますが、申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ん?良いよ、そんなに堅くならずに言ってごらん」

「私、大本営で経理事務をしていたんです」

「ほう」

「ですから、昔やっていた事なので、素人ではないつもりです」

提督は白雪をじっと見た。

「・・・しかし・・・これをやると、バンジー出来る回数が減るかもよ?」

「うぐふうっ!」

「大丈夫?」

「うぅ・・・だ、大丈夫・・大丈夫です」

「・・・ホントに?」

「死力を尽くして効率化に励みます。絶対に時間を捻出します!」

「・・・龍田さん」

「何でしょうか?」

「最初から全部負わせるのは可哀想じゃないかな?趣味と両立させてあげようよ」

「んー、それならまず、白星食品と工房の経理事務からやってもらいましょうか」

「それくらいが良いと思うよ。まだ事務方がパンクした訳じゃないしね」

「・・・パンクするまで手をこまねくつもりですか、提督?」

「ひっ!?いっ!いえっ!そんなつもりは!」

「その前に手を打ちやがれ、ですよ~」

「だ、だだだだだからこの案を通して良いよ!良いから!」

「そうですか?じゃ、そうしますね~」

 

一同が去り、パタンとドアが閉まった後、提督はへちゃりと机に伏した。

龍田は苦手だ。言ってる事は正しいんだが。

そんな提督の背中に、加賀は優しく手を置いた。

「んー?」

「・・・提督も色々大変でしょうけど、私も精一杯支えますので」

「解ってる。いつも本当にありがとうな。感謝してるよ」

加賀はくすっと笑った。

 

 

月曜日、天龍の教室。

 

「・・・え?言ってなかったっけ」

「聞いてないです聞いてないです超聞いてないです」

村雨から指摘を受けて、白星食品と鎮守府のルールについて説明してなかった事に気づいた天龍は、

「悪ぃ悪ぃ、これに書いてあるし、細かいのはビス子から聞いてくれ。俺説明は苦手なんだ」

と言いながら、村雨に書類を手渡した。

「説明が苦手って・・・先生でしょう?」

「先生にだって得手不得手はあるんだぜ・・・」

「とにかく、食堂と売店は入れるんですね?」

「おう、特別な理由が無い限り、時間は0800時から2000時までって制約はあるけどな」

「まあ夜中に入るつもりも無いですし」

「そんなとこだ。で、今朝はもう1つニュースがあるんだぜ?」

村雨が首を傾げた。

「ふえ?なんですか?」

 



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天龍の場合(39)

 

 

龍田が提督を説得した翌日の月曜日、天龍の教室。

 

むふふんと笑みを浮かべる天龍を見た後、村雨はふと横を見た。

伊168も祥鳳も川内もニコニコしている。むしろ私がどんな反応をするか興味津々という様子だ。

ちらりと白雪の方を見ると、いつもと変わらないそぶりだが、眉毛が時折ぴくぴく動いている。

あれは明らかに何か知っている。

何だろう。この一人だけ教えてもらってない感。

「えー、皆して私をぼっち扱いですか・・・」

村雨がむぅとむくれたのを見て、天龍がパタパタと手を振った。

「悪ぃな。話が決まったのは昨日の事で、ぬか喜びさせるなって俺が言ったんだ」

「ちゃんと教えてくださいよぅ」

「おう。簡単に言うとな、お前が働き出してからも俺達と話せるぜって事だ」

村雨は眉をひそめた。

「・・・連絡先は聞いてますし、食堂とかに入れる事は今聞きましたよ?」

「そうじゃねぇ。ええと・・・祥鳳、説明頼む」

白雪が眉をひそめた。

「そっから丸投げじゃ前口上にもなってないじゃないですか。そんな事だから龍田さんから」

「あーあーあー、俺は何にも聞こえないー祥鳳頼むー」

白雪が舌打ちした。

「ちっ、予算カットしてやる」

天龍がニヤリと笑った。

「まだ教育班の予算管理は経理方の仕事じゃないぜ」

白雪が拳を固めた。

「くっ」

村雨は真ん中で頭をふよふよ揺らしていた。一体何の話?

「ええと、白雪さんと天龍先生の仲が良いのは解りましたけど、そろそろ説明しても良いかしら?」

溜息交じりに祥鳳が眼鏡をくいと上げた。

 

「経理・・方?」

「ええ。鎮守府の中ではそう呼ぶ事になりました」

「で、白星食品と陸奥さんの工房を相手に、経理事務をすると」

「そういう事ですね」

「メンバーは白雪さんが会長で、祥鳳さんが社長で」

「響さんが部長、川内さんが主任補佐」

うとうとしていた川内がガッと祥鳳の方を向くと

「ねぇ!みんな部長とか会長とかなのに、私だけなんで主任補佐なのよっ!」

「冗談ですよ」

「んもー」

「白雪さんが事務長、私達と響さんは事務員です」

白雪が頷いた。

「でも、ゆくゆくはベンチャーキャピタルとして事業性を審査したり」

そして片目を瞑ると

「教育班の誰かさんが趣味で実弾演習やってないかチェックしたりするんです。き・び・し・く♪」

だが、天龍はいつもやられてばかりではなかった。

「あーそうそう、白雪さんや」

「ふふふん。なんですか?」

「バンジーの設備、俺が管理者になったから」

白雪が見事にフリーズしたのを全員が目撃した。

「・・・・は?」

油切れのロボットのようにギコギコと天龍に向いた白雪に向かって、天龍がついっと人差し指を差した。

「俺がバンジーの設備管理者だぜっ!」

白雪がごくりと唾を飲み込んだとき、天龍は

「さぁーて、実弾演習どんだけ計画しようかなー」

「・・・ぐふっ」

天龍は教師用の机の上に足をどかりと投げ出すと、目を瞑り、くいくいと耳かきをし始めた。

白雪が歯ぎしりをしながら応じる。

「演習1回1バンジーでどうよ?」

「だっ・・だめです・・予算・・削」

「設備傷んでるから取り壊すって進言しようかなあ」

「げふうっ!」

「経費節減になるぜー?どーしよーかなー?」

数秒の沈黙の後。

「・・・さい」

「んー?」

「ば、バンジーの・・・設備を・・どうか、維持してください。」

天龍は勝ったと思いながら白雪を見て、ぎょっとなった。

白雪がさめざめと泣いており、村雨、伊168、川内、祥鳳がジト目で睨んでいたのである。

「げっ!?」

「せぇんせ~、白雪ちゃんがカワイソウでーす」

「ちょっとやり過ぎだと思いまぁす」

「経理方に圧力かけてるって青葉さんに知らせてこよっかなー」

「むしろ文月さんに報告した方が良いんじゃないかしら。あとは経理方で書類止めるとか」

慌てて足を下ろし、ガタガタと立ち上がった天龍は

「あ、その、すまん・・いやマジ、ごめんな白雪。そんな気にしたか?じょ、冗談だってば・・」

と、白雪に近寄りながら頭を下げたのである。

伊168がフンと鼻を鳴らした。

「村雨ちゃんが可哀想だからって折角手を尽くしたのに、余計な事するから感謝してもらえないのよ」

村雨が伊168を見た。

「あ、あの、この前私が泣いたから・・ですか?」

川内がやれやれとばかりに肩をすくめた。

「そうだよ。先生ってばさ、龍田さん説得して、私達を面接させて、提督にも説明してんだよ」

「え・・・」

祥鳳が継いだ。

「これから天龍先生も忙しくなるってのに、助手は伊168が居れば良い、お前達は村雨を助けろって」

「そっか。先生、そんな事してくれてたんだ・・・・」

村雨は少し俯いた。

何でハブられたんだろうって思ってたけど、そうだったんだ。

村雨はくすっと笑った。本当に天龍先生は・・・天龍先生ってば。

そして白雪の隣でしきりに謝る天龍と白雪を見た。

先生って本当に不器用で、優しくて、真っ直ぐなんだなあ。

・・・・あ、白雪さんが泣きながらチラチラこっち見てる。嘘泣きに本気で謝られて困ってるのかな?

白雪と村雨達は目と口パクで会話した。

「天龍先生が調子に乗り過ぎたからだし、ほっとけば良いんじゃないの?」

「このまま凹まれても困るじゃないですか」

「むしろ、後でバレたら怖いって所ですね?」

「さすが祥鳳さん、よくお分かりで」

「だったら設備維持しっかりねって済ませたら?」

「それ良いですね」

 

「おぉい白雪ぃ、ほんと悪かったって・・・なんか買ってやるからさぁ・・飴とか」

「うっ、ぐすっ、そ、それじゃあ・・」

「おっ、それじゃあなんだ?言ってみ・・あ、あまり高いのはカンベンな・・・」

「ば、バンジーの・・設備を・・ちゃんと・・維持してくれますか?」

「あぁ。メンテは白雪に任せるぜ。」

白雪は天龍の言葉に、続けていたしゃくりあげも思わず止めてしまった。

「は?」

「俺は管理者だからさ。点検とかメンテとか面倒だし、毎日飛ぶの白雪なんだからやっといてくれ」

白雪は村雨達と視線を交わし溜息を吐いた。管理者とは何か、みっちり説教した方が良いかもしれない。

半日くらいかけて。

「よっし!白雪も泣き止んだところで」

「呆れ果ててるだけです」

「そんな感じだぜ!解ったか村雨!」

村雨は天龍の解りやすいウィンクをジト目で返した。

「結局先生何も説明してないじゃないですか」

「だから説明は苦手だってさっき言ったじゃねぇか。苦手な事は得意な奴に頼む!」

にひひと笑う天龍に、村雨はすいと立ち上がると、

「先生、ありがとうございます」

と、頭を下げた。

天龍は手をパタパタ振りながら

「よせやい、良いって事よ・・・うえっ!?」

天龍が良く見ると、村雨が頭を下げたままポロポロと涙をこぼしていたのである。

 



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天龍の場合(40)

 

 

天龍が村雨の涙に驚いた頃、天龍の教室。

 

 

「今日はなんなんだよ、もぉ、白雪に続いて村雨まで・・・何で泣くんだよぉ」

天龍に背中をさすられ、村雨は頭を下げたまま、

「だって・・わっ・・私が寂しいって言った・・わがまま・・の・・為に・・」

天龍は頭をガリガリと掻くと、ついと横を向いて

「甘やかすとダメになる奴も居るけどさ、村雨は頑張りすぎて疲れちまう気がしたんだよ」

「頑張り・・すぎる?」

「面接でビスマルクに存分に使ってくれって言ったんだろ?」

「は、はい」

「ビスマルクは自分自身がクソ真面目だからさ、きっとかなりハイペースになる筈だ」

「・・・」

「そこに仕事相手が文月達の事務方だとさ、ハイペースにハイペースだから休む所がねぇ」

「・・・」

「同じ島の中でも、住む所が変われば色々勝手も変わる」

「・・・」

「白雪達なら村雨の顔見ただけで体調が解るし、ダベって気晴らしも出来るだろ?」

「・・・」

「だからさ、経理方と適当に息抜きながら、やる事やりな」

村雨はぐしぐしと涙を拭いていたが、ハッとしたように天龍を見た。

「あ、あの、天龍先生」

「ん?」

「ビスマルクさんの問いに、不知火さんは何て答えたんですか?」

村雨の問いに、天龍は一瞬天井を見たが、向き直ると。

「あー、その、俺達以外には内緒な」

「はぁ、良いですけど」

天龍はうおっほんと1度咳払いをすると、表情を仏頂面にして、

「何がしたい、ではありません。大好きな提督の為に役立つ事をするだけです。」

と言った。

白雪は肩をすくめながら言った。

「不知火さんは大真面目に答えたのに、ビスマルクさんは恋路の部分に興味津々ですよね」

祥鳳は頬に手を当てながら言った。

「一途で奥ゆかしい恋ですよねぇ、如何にも不知火さんらしいっていうか」

川内は首を傾げた。

「あたしなら好きなら好きって言っちゃうなあ。一緒に夜戦しよっ!とか言って」

伊168は黙ったままだったが、ちょっと頬を赤くしていた。

天龍が伊168を見た。

「んお?何想像してんだよ」

伊168ががばりと向き直って反論した。

「ちっ!違!違うわよヘンタイ!」

「何ムキになってんだよ?俺、何も変な事言ってねぇぞ・・・」

「あーもう、うるさいうるさいうるさい!」

「?」

訳が解らないという天龍に、村雨がうんうんと頷きながら言った。

「きっと、夜戦という言葉に甘~い想像をしてたんですよ」

「ちょっ!」

祥鳳がニヤリと笑った。

「あらあら、まぁまぁ、うふふふふ~」

「ムカツク!ムカツクぅ~っ!」

天龍が首を振った。

「なんか解らねぇけどさ、とりあえず、不知火がそう答えてからビスマルクに散々誘われてるんだと」

村雨が聞いた。

「一体どこに転職させるつもりなんでしょう?」

白雪がぽつりといった。

「恐らく、社長秘書とか、そんな所じゃないでしょうか」

村雨が眉をひそめた。

「え、なんでですか?」

「だって、色々口実を付けて提督と不知火さんを会わせやすいじゃないですか」

「会わせるとどうなるんですか?」

「不知火さんが照れるじゃないですか」

「照れるとどうなるんですか?」

「美味しいんだと思いますよ、ビスマルクさん的に」

「んー?」

腑に落ちないという顔の村雨に、

「他人の恋路を横で見て楽しむ嗜好があるって事でしょうね」

と、祥鳳が言葉を継いだのだが、

「そっか!そういう事だったのか!」

と、村雨より大きな声で手を打ったのは天龍だった。

村雨と天龍を除く面々が溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

入社の日まで、村雨は入社手続きや引っ越しを進めながら、経理方の設立を手伝っていた。

なにせ自分の為に白雪達が仕事を引き受けてくれたのである。少しでも手伝いたいという思いが強かった。

事務棟の空き部屋に机を並べた白雪達の事務所で、事務方から仕事の引き継ぎ説明を受けていた。

説明は主に時雨が行ったが、

「・・ということなんだ。白星食品さんからこの数字を貰えるのは助かるよ」

と、ちらりと村雨を見ながら言った。合格の報を知っているのだろう。

村雨は一生懸命メモを取っていた。白雪達が楽になるなら出来るだけの事はしたい。

引継を入社式前日の夜まで聞いた為、大慌てで最後の引っ越しを済ませたのは御愛嬌である。

 

そして入社式。

 

「・・ですから、我々は皆さんを歓迎します。白星食品にようこそ!」

ビスマルクの挨拶は少々長く、足が痺れている子も居たが、村雨は生き生きとした目で見ていた。

職場は薫の居る経理部だったし、仕事の1つには白雪達経理方との時間もある筈だ。

それになにより、0800時から2000時の間なら、鎮守府に入れる。

 

「それでは、各部からの迎えが来るまでこちらでお待ちください」

 

人事部が説明を終え、ちらほら迎えが来る中を村雨は大人しく待っていた。

しかし、他の人が次々社員の迎えに席を立って行くのに一向に経理部は誰も来ない。

そうこうしているうちに、ついに村雨1人となってしまった。

「・・・あれ?」

最後の1人を見送りつつ、村雨は部屋の入り口から廊下を覗いたが、誰も居ない。

席に戻ったが、ぽつんと座っている事が急に寂しくなってきた。

私、何か薫さんの気にするような事しちゃったかなあ?

忘れられちゃってるのかな?

人事部の人に聞いた方が良いのかな?あ、でも、人事部の位置知らないしなあ・・・

不安が徐々に強くなってきた時。

 

「なぜ時間を間違えてメモを取る・・メモの意味がないではないか」

「ごめんなさーい」

そんな二人の声が廊下からしたかと思うと、

「ほら、村雨が寂しそうに座ってるじゃないか。可哀想に・・・」

村雨が顔を上げた先には、長月と薫が立っていた。

「ごめんなさーい、お迎えの時間を間違えて覚えてました~」

「村雨すまない。他の課に行って間違いに気付いたので遅れてしまった」

村雨はガタリと席を立つと

「い、いえ、来てくれたので良かったです。ほっとしました」

「では、共に行こう。我々の経理部へ」

 

建物の奥、静かな廊下を歩いた先に

「経理部」

と書かれたドアがあった。

村雨はここまでの道のりを反芻していた。

元々居た鎮守府では、1度案内された道を聞き直すとそれはそれは怒られたからだ。

そんな村雨の様子に気づいた長月が声を掛けた。

「案ずるな村雨。これは案内ではないし、後で地図を渡して説明するから」

村雨は照れたように笑うと

「つい鎮守府のノリで考えてしまって。すいません」

薫がぽんぽんと村雨の肩を叩きながら言った。

「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。社長の前以外は」

ドアを開けながら長月が溜息を吐いた。

「薫はもう少しおっちょこちょいを何とかして欲しいがな」

村雨は小さく笑った。

「そうですね。ぽつんと座るのは寂しいです」

「あうーごめんなさーい」

事務所はどこかしら、事務方の事務所や職員室に似ているなあと村雨は思った。

膨大な書類を綴じるバインダーと、それが並ぶ棚。

個人用の机は4つあったが、使われている形跡があるのは3つだった。

じゃあ残る1つが自分の席かなと思っていたところ、

「村雨さんはこの机を使ってくださいね~」

薫がぽんぽんと叩いた机は、使われている形跡がある席だった。

村雨は恐る恐る

「あ、あの、その机はどなたかが使ってるんじゃ・・」

と言ったところ、薫と長月は顔を見合わせて苦笑いをした。

「実は、先日までもう1人いらしたんですけど・・・」

「辞めてしまったんでな」

 

 



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天龍の場合(41)

村雨が使われた形跡のある席を示された頃、白星食品経理部。

 

村雨は気になったので、二人に先を促した。

「えっと、何があったんですか?」

薫がパタパタと手を振りながら席に着いた。

「立ち話する必要も無いので、とりあえず座りましょう」

長月も頷くと、席に着いた。

「別に悪い結末ではないのでな、安心してかけて欲しい」

村雨はそれまで全く気にしていなかったのだが、長月にそう言われてから気になりだした。

これは今聞いておかねばならない。いざとなれば扶桑さんに御祓いを頼まねば!

「で、どうしたんですか?」

ずいっと追及する村雨に、薫と長月が交互に話し出した。

「そちらの席には、瑞鳳さんが座ってたんです」

「口数は多いが仕事はちゃんとするし、細かく気配りも出来る良い奴だった」

「様子が変だなあって思ったのは1ヶ月くらい前の事でした」

「うむ。仕事中もそわそわしてるし、終業時間になると一直線に帰るようになったのだ」

「それで、お昼に聞いてみたんです」

「なかなか口を割らなかったんだが、最後には白状したんだ」

村雨はごくりと唾を飲んだ。いったいどんな秘密が?

 

薫はんーむと少し考えた後、村雨に尋ねた。

「村雨さんは、転生って覚えてますか?」

「ええと、轟沈して船霊になった後、建造とかで再び呼び戻される事ですよね?」

「そうだ。艦娘として沈んだ時、深海棲艦にならず、昇天を選ばなければ転生の経緯を辿る」

「それがどうしたんですか?」

「瑞鳳さんは、深海棲艦から深海棲艦に転生したそうなんです」

 

村雨が首を捻る間、部屋に沈黙が訪れた。

 

「・・・ええと?」

「あのですね、瑞鳳さんは最初建造された時は瑞鳳さんだったそうなんです」

「はい」

「そして轟沈した時、深海棲艦のヌ級になった」

「はい」

「そして深海棲艦として轟沈した後、船魂になり、深海棲艦として転生した」

「ほえっ!?」

「そして東雲さんの噂を聞いて、ここで瑞鳳さんに戻ったそうなんです」

長月が腕を組みながら言った。

「深海棲艦として轟沈した時は昇天を望んだ筈が、なぜか転生してしまったそうだ」

「ヌ級から何になったんですか?」

「来た時はチ級だったらしい」

「それで、なんで辞めちゃったんですか?」

「深海棲艦時代、ずっと仲良しだった人が、駆逐隊のボスになっていたロ級さんだそうなんです」

「凄い人と友達だったんですね」

「その方はずっと前にここで曙さんになって、そのまま人間に戻って、瑞鳳さんを探してたそうなんです」

「へぇ!」

「その子が久しぶりに提督を訪ねてきた時、偶然鎮守府の食堂で再会したんですって」

「うわ!運命の出会いですね!」

「最初解らなかったが、まさかと思いつつ声を掛けたら当たりだったそうだ」

「へぇぇぇぇ」

「その日から旧交を温めた瑞鳳は、仕事を続けるか、友達と一緒に人間になるかずっと悩んでたのだ」

「なるほど。それで、会社を辞めたって事は・・」

「ええ。瑞鳳さんも人間に戻って、友達と一緒に花屋さんで働いてるらしいです」

「先日葉書が来てたな。急に辞めてごめんなさい、こっちは二人で楽しく暮らしてますってな」

村雨は何度も頷いた。

「良い話じゃないですか~運命を感じますね~」

だが、長月と薫は弱々しく苦笑した。

「瑞鳳さんのお話自体は良い話なんですけどね」

「?」

「3人で頑張って回していた仕事だったから、2人では手が足りなくてな。本当に困ってたんだ」

「あ、そっか。そうですよね」

「だから村雨さんが来てくれて大助かりなんです。申し訳ないのですけど、実戦で覚えていってください」

村雨はにこりと笑った。

「仕事、色々教えてください。瑞鳳さんの穴を埋められるように頑張ります!」

薫は頷いた。

「担当なんですけど、村雨さんは経理方の方と知り合いだそうですね」

「はい。一緒に学んだ友達です」

「丁度瑞鳳さんがしていたのが、鎮守府への支払いを含む支払関連だったんです」

長月が頷いた。

「私も薫も随時フォローするから、支払関係を担当してくれないか?」

村雨はこくりと頷いた。

「はい!頑張ります!」

薫が頷くと、長月が書類を手渡した

「では改めて、経理部へようこそ。まずは各部の配置から説明する」

 

 

「本当に我々と仕事する担当になるなんて、漫画みたいですね」

経理部での説明はしっかり準備されたもので、村雨が自室に帰ったのは2100時近かった。

そこで村雨は早速白雪に教えてもらった番号へ電話したのである。

村雨は電話の先で、白雪がくすりと笑うのが見えるかのようだった。

「そうだよね。たまたま前に担当してた人が辞めちゃって人手不足だったんだって」

「でもまあ、手間が減って良かったです」

「へっ?」

「もし村雨さんじゃなかったら徹底的に審査を厳しくして村雨さんに代わるのを待とうかと思ってたので」

「う、うわああ・・」

「そうならなくて良かったです」

「あ、でも、最初は教えてもらいながら仕事するから、遅かったり間違えてるかもしれないけど、あの」

だが、白雪は冷静な一言を放った。

「ダメです村雨さん。そこは友人だろうと親だろうときっちり正しい数字を出してもらいます」

「へうぅぅぅ頑張りますぅぅぅ」

「でも、仕事の後はお喋りしましょうね」

「・・・うん!」

「それで、今日はどんな事があったんです?」

「ええとね、あ!私、入社式の後に待ち惚けになったんだよ~」

「早速酷い目に遭ってますね。さすが村雨さん」

「どういう意味?」

「いえ、なんでも。それより入社式のお話を」

村雨は白雪と電話で話しながら窓の外を見た。

昨日まで居た鎮守府の寮があんなに小さく見える。

同じ島の中に居るのに、白星食品の社員寮と鎮守府の寮で行き来する事は出来ない。

見える景色も随分違う。白雪はきっと、あの辺の窓の中に居るのだろう。

昨日までバシバシ肩を叩きながら間近で喋れた白雪ちゃんとも、電話でしか話せない。

「同じ島の中でも、住む所が変われば色々勝手も変わる」

天龍が言った事はその通りだったと村雨は思い出していた。

「・・・何か考え事をしてますね?」

白雪の言葉に村雨はぎくりとした。白雪の鋭さは天下一品だ。隠しても仕方がない。

「あのね、今日からこの部屋で住む事になって、白雪ちゃんと会えなくて寂しいなあって」

白雪は一瞬沈黙した後、

「私も、寂しいですね。パシパシ肩を叩く人が居なくなって」

そして続けて

「でも、こうして話せます。連絡出来るならまた会えます。仕事でも会えます。なにより、ずっとお友達です」

と言った。

村雨はぐしぐしと涙を拭きながら

「うん、そうだね。そうだよね」

と返すのがやっとだった。

しばらく話し、電話を切ると、白雪の表情は途端に曇った。

電話では出さないように気を付けていたが、村雨が心配だ。

電話の向こうで泣いていたが、ホームシックなのだろうか?

走れば5分位の距離なのに何とももどかしい。

敷いておいた布団にころんと横になる。

むぅと眉をひそめては寝返りを打ち、うーんと言っては寝返りを打つ。

しばらくゴロゴロと転がり、がばっと上半身を起こすと、

「よし!明日相談する!」

大きく頷くと電気を消し、バタリと横になった。

 

 



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天龍の場合(42)

村雨の入社から1ヶ月経った後。鎮守府経理方の会議室。

 

「と、いう事で、えっと、この数字が先月、この数字が今月の実績で・・・」

この1ヶ月、連日のように長月と薫がみっちりと教えた結果、村雨はメキメキと成長していた。

一方で白雪達と一緒に聞いた事務方の説明を薫達に説明したので、求められる数字を効率よくまとめられた。

「これなら今月は、村雨さんに説明してもらっても良さそうですね!」

「うむ。村雨は本当に飲み込みが早くて助かる。ぜひ鎮守府への説明役も頼む」

と、二人から太鼓判を押されたのである。

そして社内で何度か練習し、長月が同伴する形で、白雪達の待つ経理方に書類を持参したのである。

「・・という事になりますが、ご質問は?」

「お待ちください」

恐る恐る上目遣いに白雪を見た村雨は、ぞくっと鳥肌が立った。

白雪がかつて無い程真面目に書類を凝視しながら、時折電卓を叩いている。

そっと長月を見ると、長月はにこりと笑って頷いたので、小声で聞いた。

「あ、あの、何か失敗しましたかね?」

「いや、立派な説明だった。私より上手い」

「じゃ、どうして白雪ちゃ・・経理方の人は怖い顔で書類見てるんでしょう?」

「それは当然だ。あの書類に従って数千万のカネが動くのだから、真剣に確認してくれなければ我々も困る」

「気迫が凄いんですけど」

「あれで怖がってては身が持たないぞ。不知火が確認すると親の仇のように睨んでたからな」

「な、なるほど」

「文月の場合は顔は笑ってるが般若の軍団が背後にいるかのようだった」

「ふ、普段からは想像もつかないですね・・・」

「まあ、数字を作ってるのが薫だから、精度は・・」

長月が言いかけた時、白雪が顔を上げた。

「完璧ですね。全ての数字が合っています」

そしてほっとした表情になると

「白星食品の書類は信じて良いと言われてましたが、その通りのようですね」

と言った。

村雨が返した。

「えっと、という事は、陸奥さんの工房は・・・」

川内が途端にげっそりとした表情で肩をすくめ、

「昨日まで訂正に次ぐ訂正。真夜中までかかっちゃったわ。こういう夜戦はお断りよ・・」

と言った。

長月ががたりと席を立った。

「では、今月の処理はこれで良いのだな?」

白雪が頷いた。

「ええ、ありがとうございました」

「ならば私は事務所に戻る。村雨、今日はこのまま帰宅して良いぞ」

「えっ?」

長月がふふっと笑った。

「友人と会話を楽しむと良い。鎮守府を出るのは2000時を超えるなよ。薫が怒られるからな」

「あっ・・・ありがとう、ございます」

「礼なら薫に言え。薫の計らいだ。ではな」

ひらひらと手を振ると、長月は行ってしまった。

 

村雨が白雪を振り返ると先程とは打って変わって、すこし呆けたような表情になっていた。

「村雨さんの方はどうですか~?」

「一気に気が抜けましたね」

「経理方って、どっちを向いても結構大変な仕事なんですよ~」

川内がくすくす笑いながら言った。

「ついに平日のバンジーは諦めたよね、白雪ちゃん」

「えええっ!?」

「月次処理とか陸奥さんとやり取りする時は食事の時間も削らないといけないんで・・・」

「バンジーどころじゃないですね」

「予定より早く本来の仕事も引き受けつつあるのですが、もう少しバンジーを楽しんでおくべきでした」

「なんで早めたんですか?」

白雪はふぅと溜息を吐くと

「響さんが文月さんと不知火さんの三文芝居に引っ掛かりまして」

と言うと、川内がとりなすように

「ま、まぁまぁ。響も後で気付いたし、今はその分頑張ってるじゃない」

「そうなんですが・・・うっうっ」

「今週中には白雪ちゃんに代わって貰ってる分も引き取れるしさ、もうちょっと協力してよ」

「解りましたよ~」

川内と白雪の会話を聞いていた村雨は、自分との間に吹く微妙な隙間風に気がついた。

自分が白星食品で長月や薫と過ごした時間を、白雪達は経理方として過ごしている。

白雪達は友達という事は変わらない。

でも、私も白星食品で過ごしている以上、互いに知らない事が出てくる。それは仕方ないのだ。

互いに自分の足で立ち、会えば友達として過ごす。そうしていこう。

川内が考え込む村雨に気が付いた

「どったの?」

「ううん。元気でやってるなあって」

「もうへとへとだよぉ」

「私も色々大変だけど、一緒に元気に働こうね。ちゃんとした数字持って来るから」

「ほんとお願いね。出来れば陸奥さんの面倒も見てください」

「あ、そこは会社が違うので」

「うぇー」

白雪が目を細めて自分を見ている事に、村雨は気付かなかった。

入社式の夜の電話で村雨が心配になった白雪は、翌日天龍に相談していた。

天龍はむうっと考え込んだ後、

「・・しばらく放っとけ。次に会った時の目を見ろ。死んでたら取り返しにいくから言え」

と答えたので、白雪は頷いた。

天龍はやると言ったらやる。取り返すと言ったら取り返す。だから今は白星食品に任せてみよう、と。

そして今日。

説明する村雨の目は生き生きとしていたし、長月とも楽しそうに話をしていた。

新しい環境でちゃんと生きて、仕事をしている。

仕事が大変なのはどこでも同じだ。

一緒に働く人と仲良く出来るか否かが生活の質を決めていく。それが目に出る。

だから村雨は、仲良く生きている。でももうちょっと確かめよう。

 

「白雪ちゃん、なんか私の顔についてる?」

村雨が白雪の視線に気づいて声を掛けた。

「白星食品で働くのは楽しそうですね」

「んー・・そうだね。薫ちゃんも長月さんも凄く尊敬出来るし、仲良くしてくれるよ」

「部長をちゃん付けですか」

「薫ちゃんは薫ちゃんだよ~、1日付き合えば解るよ~」

「終業後も一緒に居たりするんですか?」

「お風呂や食堂とか一緒に行ったりするよ~」

「お休みの日は?」

「んー・・・」

村雨は一旦言葉を切ると、

「休みの日は・・会ってないかな」

と、答えたのである。

 

「1日ずっと、一人で居るのですか?」

白雪は言葉のトーンを少し変えた。余り良くない兆候かもしれない。

「え?あ、違うよ。一人で引きこもってるとかじゃないの」

村雨はぶんぶんと手を振った。

「じゃあ何をしてるんですか?」

白雪はぐいっと身を乗り出した。村雨はきっちり追い込まないと、はぐらかす癖がある。

「え、えぅ・・」

村雨は左右をチラチラ見ると

「ナイショだよ?」

「はい」

しばらくもじもじした後、

「つ、釣り・・・」

と言ったのである。

 



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天龍の場合(43)

 

村雨の入社から1ヶ月経った後。鎮守府経理方の会議室。

 

「休日に一人黙々と釣りって、かなり寂しい絵じゃないですか?」

白雪は完全に眉をひそめていたし、

「平日で気を遣い過ぎて、一人になりたいとか?」

と、川内も心配そうな表情に変わった。

しかし、村雨は手を口に当てると、

「あ、違う違う!一人じゃなくて、社長と、浜風さんと3人だよ!」

白雪達は首を傾げた。

「どういうつながりで?」

村雨はうーっと唸った後、喋り出した。

「さ、最初、最初はね、川内ちゃんの言った通り、毎日すっごく気疲れしてたんだ」

「やっぱり」

「でね、1週間終わった土曜日に、工場沿いの海辺を散歩してたんだ」

「縦線背負ってとぼとぼ歩いてる姿が容易に想像つきます」

「抱え込まないで相談してきなよって言ったのに」

「だ、だって、いきなりそんな事言ったら心配させちゃうじゃない」

「入社式の夜の電話の時点でバレバレです」

「うぇっ!?」

「だから天龍さんと村雨さんを取り戻しに行く可能性も検討してました」

「ふえええっ!?」

「・・・・で?」

「えっ・・ええとね、散歩して、島の裏の方まで行ったんだ」

「結構足場が悪く無かったですか?」

「ううん、砂利の細い遊歩道みたいなのがあったよ?」

「おや、いつの間にそんな道が」

「その道沿いに歩いていったら、浜風さんが居たの」

「ほうほう」

「何してるんですか~って聞いたら、これから釣りをするんだって」

「へぇ」

 

 

村雨が入社して1週間目の休日。海の見える高台の上。

 

「これから釣りをする所ですよ」

浜風は袋から折り畳み椅子を取り出しながら言った。

「随分重装備ですね」

村雨は浜風の周りを見た。幾つもの袋やバッグがある。一人で持って来るには多すぎる。

「ボスは快適にしたがるので。あ、ボスは今、忘れ物を取りに行ってます」

「ボス?」

「あぁ、ええと、ビスマルク社長です。ボスは深海棲艦時代の呼び方なんですが、その方が慣れてるので」

「なるほど」

「そうだ、これから時間はありますか?」

「えっ?私?」

「はい」

「あ、大丈夫ですけど」

「なら、一緒に釣りをしてみませんか?村雨さんのお話聞きたいなって思ってたんです」

「え?私の事ご存じなんですか?」

「ええ。ボスがあの問いを仕掛けて突破した2人目の人ですからね」

村雨は一瞬考えて、はたと思い出した。

「あ、面接の」

「です」

「あの答えは見事だったわ!」

村雨と浜風が声の方を向くと、私服姿のビスマルクが居た。

「わあ、可愛いですね!」

村雨のコメントにビスマルクは目をキラキラさせると

「そう!?そう?!普段がちょっと露出高い制服だから、休みの日はロングスカートとか良いなって」

「お洒落なお嬢様って感じです」

「もー上手いんだからぁ、しょうがないわねぇ、椅子もう1つ持って来るわね。そこに座ってなさい!」

と、パラソル付の椅子を指差すと、元来た道を帰って行った。

「あっ、手伝いますよ!」

浜風がついて行こうとしたが

「大丈夫よ~!すぐ帰ってくるから~」

そう言いながら、ビスマルクは軽やかな足取りで行ってしまった。

「なんだか申し訳ないですね・・・」

浜風はにこりと笑うと

「いえ、ボスは喜んでましたし、良いと思いますよ。じゃあサイフォン出すの手伝ってください」

と言いながら、折り畳み式テーブルを広げた。

「解りました!」

 

戻ってきたビスマルクを挟む格好で、3人で座った。

「浜風はね、深海棲艦の時、ずっと私を守ってくれたのよ」

ビスマルクがそう切り出すと、浜風は少し頬を染めながら返した。

「その前に、私を拾ってくれたのはボスじゃないですか」

「最初の出会いは凄かったわよねぇ」

「ど、どんな感じだったんですか?」

村雨がそっと尋ねると、ビスマルクはマグカップのコーヒーを啜ってから答えた。

「浜風さんはタ級で、私はリ級だったんだけど、最初にあった時は酷く怒ってたわよね?」

ビスマルクがそう言うと、浜風はバツが悪そうに海の方を向きながら言った。

「あまりに悔しい戦いで轟沈したので、敵にも味方にも腹が立って腹が立って、気付いたらタ級でした」

「私はその時、既に結構長い事深海棲艦をやってたし、軍閥を率いてたけど、たまたま一人の時だったの」

ビスマルクは水平線の先を眺めながら言った。

 

 

遙か昔。

 

「ソコヲドケ!」

タ級(今の浜風)は苛立っていた。

今の何かに苛立っているのではなく、自分が沈んだ経緯に苛立っていたのだ。

納得が行かない。とにかく納得が行かない。沈んだ事にも、深海棲艦になった事にも。

リ級(今のビスマルク)はタ級に言った。

「ドクノハ構ワナイケド、オ話聞カセテクレナイカシラ?」

タ級はギヌロとリ級を睨みつけた。

「・・・ナニ?」

しかし、リ級は全く動じなかった。

「ナンデ、ソンナニ、イライラシテルノ?」

「・・・関係ナイ」

「ソウネ、全ク関係無イワ。ダカラヨ」

「・・・ダカラ、ダト?」

「タ級ニナルッテ、余程ノ怒リガ無イトナラナイモノ」

「・・・」

「私モ阿呆ナ司令官ノセイデ、燃料切レデ停泊シテタ所ヲ袋叩キニサレテ沈メラレタ訳ダケド」

タ級がリ級を二度見した。

「ナ、ナニ!?燃料切レ?」

リ級は肩をすくめた。

「ソウヨ。阿呆モ良イ所デショ?」

「信ジラレナイ阿呆ダナ」

「ソレデモ、リ級ナノヨ。タ級ニナルッテ、何ガアッタノカナッテ、ネ?」

「・・・司令官ガ、主砲ノ弾ヲ積ミ忘レタ」

リ級は目を見開いた。

「ハー!?」

「私ハ単縦陣ノ最後尾ニ居タカラ、ボス戦マデ出番ガ無カッタカラ気付カナカッタンダ」

「ソレデ?」

「私ハ帰還シヨウト必死ニ回避シタ。デモ、隣ノ艦ニ当タッテ進路ガ変ワッタ魚雷ガ私ニ直撃シタ」

「エー!?」

「モット早ク気付イタラ!主砲ニ1発入ッテタラ!後チョット魚雷ガズレタラ!回避出来ル距離ガアッタラ!」

「・・・ソリャ、納得デキナイワネ」

「デショ!モウ悔シクテ悔シクテ!」

「解ルワァ。私モ後チョット燃料ガアレバ港ニ逃ゲ込メタモノ」

 

 

 



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天龍の場合(44)

 

村雨が入社して1週間目の休日。海の見える高台の上。

 

うみねこが鳴いた。

村雨はようやく言葉が出た。

「そ、そんな酷い轟沈理由だったんですか、お二人は」

ビスマルクはクッキーを割りながら呟いた。

「もう酷いというか、阿呆というかね。深海棲艦を長くやったおかげで過去の記憶に出来たけど」

浜風は村雨からマグカップにコーヒーを注いでもらいながら言った。

「よく、腹立たしいを通り越すって言いますけど、私は腹が立ちすぎて通り越せませんでしたね」

村雨は自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら、続きを促した。

「で、二人で司令官の阿呆ぶりを披露して、すっかり意気投合しちゃったわけ」

「私はきちんと訓練した成果を、護衛隊長として発揮する事にしたんです」

「私はガス欠で蜂の巣なんていうショボイミスをしないって心に決めたし、今も教訓として気を付けてるわ」

「そうだったんですね」

ビスマルクはひょいっと釣糸を海に投げると、釣竿をホルダーに固定した。

「そんな訳で、私にとって浜風はずっと私を守り支えてくれた、一番の戦友なの」

浜風はこくりと頷くと、

「私も、深海棲艦になった直後に、良いボスと出会えて良かったです」

村雨は海原を見ながらいった。

「良いなあ。うらやましいなあ」

ビスマルクが村雨の方を見た。

「あなたも深海棲艦だったのよね?どんな経緯だったの?」

村雨は水平線を見たまま微笑んだ。

「私は、鎮守府で起きた人員整理の最中に友達に裏切られ、魚雷を投げつけられて沈みました」

「そして、沈んだ先で知り合った子に打ち明けたら、私がしっかりしてないのが悪いって言われちゃって」

村雨は目を瞑った。

「だから、色々な海域を逃げ回っては、ずっと泣いてました。だから楽しい思い出とか・・わわっ!」

村雨がすっとんきょんな声を出したのは、ビスマルクががっしりと抱きしめたからであった。

「私達の場合は司令官が阿呆な事に腹が立ったけど、貴方は本当に深い傷を負わされたのね」

浜風が村雨の頭を撫でた。

「よく鬼姫になりませんでしたね。私ならなっちゃうと思います」

村雨はビスマルクの方に顔を向けた。

「でも、深海棲艦の最後の頃、ずっと毎週金曜日にここでカレーを食べてたんです」

「そうなの?」

「それまでは長く居ると傷つけられそうで怖くて、すぐ移動しちゃったんですけど・・・」

村雨は頬を染め、

「こ、ここのカレーがあんまり美味しくて、出て行くぞって決めても、躊躇ってる間に金曜になっちゃって」

「あー」

「いつのまにか金曜日はカレー曜日が体に染みついちゃって、襲われてもどうでも良いやって」

「恐れよりカレーを取ったのね」

「ここの辛口カレーは悪魔です」

「ほんと、美味しいのよねぇ」

「丁度欲しかった辛い食べ物って感じでしたね」

「で、そのうちに東雲ちゃんの話を聞いて、順番待ちして戻してもらって」

ビスマルクがそっと村雨を放すと、目を覗き込みながら言った。

「今は思い出したりしないの?苦しくは無い?」

「天龍先生と、天龍組の人に告白して、わんわん泣いたら、気持ちが落ち着いたんです」

「・・そっか」

「でも、か、カレーが理由で東雲ちゃんの事を知ったというのは今初めて言いました」

ビスマルクが悪戯っぽく笑った。

「あら、じゃあ3人の秘密ね」

「です」

「じゃあ私も秘密を1つ教えてあげるわ」

「なんですか?」

「ここだけの、話なんだけど」

「はい」

ビスマルクは目一杯溜めてから、にやっと笑って言った。

「浜風さんは提督にホの字なのよ。ファンクラブに入る位」

てっきりビスマルク自身の秘密を打ち明けるものと油断していた浜風は、耳まで真っ赤にしながら言った。

「ちょ!人の秘密を暴露しないでください!しかもそれ!何で知ってるんですかっ!あ・・しまっ・・」

自爆した事に呻きつつ、頭を抱えてしゃがみこむ浜風を見て、村雨は頷きながら

「なるほど。他人の恋路を傍で観るのは楽しいですね」

と言ったところ、ビスマルクは人差し指をついと上げると、

「でっしょー?だから不知火ちゃんも来て欲しいんだけど、警戒されちゃってさー」

にまにま笑う二人に浜風はがばりと立ち上がると、ぶんぶん両腕を振り回しながら、

「ふっ!二人して!わっ悪い癖!そう!悪い癖ですっ!いけません!」

と、叱るつもりで言ったのだが、村雨もビスマルクも満面の笑みで

「今度提督の所に行く用事があったら一緒に行きましょうね~」

「バレンタインのチョコ、世界中から取り寄せてあげるから頑張りなさいよ~」

「あ!それは美味しそう!」

「浜風に1つずつあげたら残りは皆で食べるわよ!白星食品の恒例行事なの!」

「こっ!恒例行事にしないでください!昨年は大変だったんですから!」

「なーによー、社員皆で応援してあげたじゃない」

「あれは応援じゃなくて!冷やかしというか、からかいというか、面白がってるというか」

「だって面白いもの」

「んなっ!?」

「うわあ、じゃあ来年楽しみですね~」

「むっ!村雨さん!ダメです!楽しみにしてはいけませんっ!」

ビスマルクはふっと村雨に向き直ると、

「お互い、過去は酷い事、阿呆な事、色々あったけど、今は今よ。楽しんで生きましょ!」

「はい!」

「そうね、私達は雨が降らなければ毎週この時間にここに居るから、村雨さんも来ると良いわ」

「えっ!?良いんですか?」

「良いわよ。秘密を共有する仲ですもの!」

浜風がビシリと村雨を指差した。

「さっ!先程の話、絶対に絶対に絶対に他言無用ですからねっ!でないとっ!」

「でっ・・でないと?」

「クビです!」

「ええええっ!?」

ビスマルクが村雨に耳打ちした。

「浜風さんは人事部長だから、本当にやれる権力があるわ」

「ひえええっ」

「私もこの配置は失敗したって思ってるの。営業部長とかにしとけば良かったわ・・・」

浜風がジト目でビスマルクを見た。

「なにをこそこそ話してるんですか?」

「いっ!?いえっ!なんでもないわっ!」

「また減俸にしますよ?」

村雨が首を傾げた。

「また?」

「この前のバレンタインの時、裸でリボン巻いて提督を誘惑して来いと言ったので」

「社長がですか?」

「ええ。ですからセクハラで減俸70%3ヶ月の処分にしてあげました」

「厳しっ!」

思わず口走った村雨にビスマルクも頷きながら

「そうよねぇ、酷いわよね。給料日直前なんてご飯にも困ったわよ・・」

浜風はカッと目を見開くと

「なにが酷いですか!最大限の温情処分ですっ!反省してないなら1年延長しますよっ!」

「ひっ!ご勘弁を!」

「反省なさいっ!」

仁王立ちする浜風と平謝りするビスマルクを見て、村雨はくすっと笑った。

こんな二人の姿を見るのは休日しかありえない(筈)

「本当に、お二人は仲良しなんですね」

村雨の言葉に二人は見返しながら

「・・・そうですね。時折暴走する以外は」

「一番信用してるわね。うん」

と言ったあと、浜風が尋ねた。

「そういえばボス」

「なに?」

「ボスが面接で聞く、あの質問て、何がポイントなんですか?」

 

 



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天龍の場合(45)

 

 

村雨が入社して1週間目の休日。海の見える高台の上。

 

浜風の問いに、ビスマルクはひょいっと浜風の方を向いた。

「貴方はここで何がしたいのかしら?、ってやつ?」

「はい」

「そうね。1つはマニュアルじゃない答えを聞きたいって事。あとは・・」

浜風と村雨の視線を一身に浴びたビスマルクはにっと笑うと

「仲間に迎えたい位、何かを思ってる奴かって事よ」

ふーんという表情で浜風はビスマルクを見た。

「てことは、村雨さんの回答は仲間に迎えたいと思ったわけですね」

「そうよ。働く事で友達に恩返しなんて面白い事言うなあって」

「不知火さんの場合は?」

「もちろん提督との恋路が気になったからに決まってるでしょ!」

「さっきと目的違ってるじゃないですか」

「仲間に迎えたいという点では一緒よ!」

「ウォッチしたいだけじゃないですか!」

「毎日楽しいじゃない!」

浜風は深い溜息を吐いた。

不知火さんだから心配ないと思いますが、ほだされて迷ってはいけませんよ・・・

「でも、不知火さんったら事務方が性に合ってるんでって言って、全然興味持ってくれないの」

村雨と浜風は黙ったまま頷いた。

「そうだ、村雨さん」

「なんでしょう?」

「どうやったら不知火さんを引きずり・・・いえ、雇えるかしら?」

村雨は即答した。

「提督と恋仲になる決定的な何かがあれば」

「決定的な何かって?」

「有無を言わさずケッコンカッコカリ出来るとか」

がばりと浜風が立った。

「それなら私がっ・・・・あ」

村雨はうっかり反応して呆然と立ち尽くす浜風を指差すと

「ね?」

と言った。

ビスマルクはふーむと腕を組むと

「なるほど・・・食いつかせるには餌が足りないって事ね」

「釣りじゃないんですから」

「似たような物よ」

一瞬、浜風は不知火が無表情のまま釣れている姿を想像し、変なの・・と思った。

「まぁ良いわ、そろそろちゃんと釣りしましょ」

「不知火さんのですか?」

「お魚さんの方よ」

「はーい」

 

 

現在、鎮守府経理方の会議室。

 

「で、釣りをして帰ってくるのが休日の楽しみになったの」

白雪と川内はほうっと溜息を吐いた。

「なんだ、すっかり仲良しさんが居るじゃないですか」

「社長との話は気疲れしたりしないの?」

「んー、釣りの時の社長は社長っぽくないから平気ですね。普段はキリッとしてて怖いんですけど」

「そっか」

「じゃあ、救援隊に出て行ってもらわなくて大丈夫ね?」

「あ、はい。大丈夫です。それに・・・」

「それに?」

「もし、どうしても寂しいと言ったら、きっと薫さんは辞める事を許してくれると思います」

「・・そっか」

「その時は経理方で雇ってください!」

「入隊試験があります」

「うええっ!?」

「バンジージャンプと実弾夜戦演習と、あと何してもらおっか?」

「ちょ・・」

「面接は外せないですよね」

「だっ・・誰のでしょう?」

「とりあえず1次面接は私、2次が不知火さん、3次が文月さん、4次が加賀さん、5次が龍田さん」

「どう考えても落す為の面接というか、生きて帰れないじゃないですか」

「ソロル鎮守府は甘くないのです」

「みー」

白雪はくすっと笑った。

「だから村雨さんは、しっかり今の場所で頑張ってください」

「だよね。皆に一生懸命後押ししてもらってやっと入ったんだもんね」

「はい。それに」

「それに?」

「少なくとも月1回は、私達と会えますから」

「天龍先生とも会いたいなあ」

「あぁ、だったらご飯食べていけば良いじゃないですか」

「2000時までに先生来るかな?」

「連絡したら来ると思いますよ・・ちょっと待ってください」

白雪がインカムをつまみ、話す様子を見て、村雨はおぉと頷いた。

インカムを付けるという事は、受講生等の外部関係者ではなく、鎮守府所属の艦娘になった事を示す。

天龍はずっとインカムを付けていた(滅多に活用しないが)が、白雪達が受講生の間は貰えなかったのだ。

「どうかしましたか?」

白雪の問いに、村雨はにこりと笑うと

「ううん、白雪ちゃん、インカム良く似合ってるよ」

そういうと、白雪は嬉しそうに微笑んだ。

「天龍先生、どうにかして19時には食堂に来てくれるそうですよ」

 

「おっ、なんかOLっぽくなったなあ村雨!」

夕食を人数分用意して待ってると、天龍と伊168が5分位遅れてやってきた。

「OLっぽいってなんですか?」

「大人っぽくなったなって事だよ!」

「で、天龍先生は伊168さんに感化されて遅刻魔になったんですね?」

そう言うと伊168はべーっと舌を出し、

「違いますぅ。明日から受け入れる子達の準備をしてたんだからねっ!」

村雨が天龍を見た。

「私達の後輩ですか?」

「またクセの強そうな奴だぜ。しばらく来ねえから楽だったが、4人同時と来たもんだぜ。マッタク」

村雨が目を細めた。

「その子達も幸せな未来に切り替えてあげてくださいね、先生!」

天龍はにっと笑うと

「おう、この天龍様に任せとけってんだ!」

といった。

「さぁさぁ食べましょう。お蕎麦が乾いてしまいますよ。今晩は天ざるですから~」

ギクリとした様子で天龍が固まった。

「む、村雨・・・頼む。キスの天ぷらだけは勘弁してくれ」

村雨がぱたぱたと手を振った。

「学生じゃないんですからおかず取ったりしませんよ」

「そ、そっか」

「デザートの団子1つで勘弁してあげます」

「!?」

天龍はハッとして自分の膳と他の人のを見比べた。

皆の膳にはデザートの串団子は2串6個、自分は1串3個。

天龍は抗議の声を上げた。

「おっ、おいおいおい、さすがに1つと言って1串まるごとはナシだぜ村雨ぇ」

「私が食べたのは1個だけですよ。串ごとはさすがに」

天龍はジト目で残るメンバーを見たが、ふっと笑った。

「祥鳳、伊168、お前達だな?」

「証拠でも?」

「伊168、口の端に餡子。祥鳳、膳の下に串押し込んでるだろ?」

「!!!」

村雨が声を上げた。

「先生すご~い!正解ですよ~」

「へっへーん。ちゃんと御見通しなんだぜっ!」

「じゃあ天ぷらも当てちゃってください」

「!!?」

天龍が目を向けると、自分の膳から天ぷらが綺麗に消えていたのである。

良く見ると天龍を除く全員の口がかすかに動いている。

天龍が涙目で両手の拳を振りながら言った。

「ちょ!!お前ら!俺の天ぷら盗るんじゃねぇ!」

白雪達は自分の皿から1つずつ天ぷらを天龍の皿に戻すと

「食べてないですよ~」

「お団子も返しますよ~」

「ほらほら、泣かない泣かない」

と、ぐしぐし泣く天龍の肩をぽんぽんと叩きながら言ったのである。

 



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加賀の場合(1)

鎮守府重鎮、登場です。



 

 

現在。鎮守府空母寮、加賀・赤城の部屋。

 

「んん・・」

うっすらと靄のかかる視界の中で、加賀は目覚めた。

空母としては意外な事に、加賀自身は夜型である。

本当は夜の方が元気なのだが、空母的には働けない。

このアンバランスさは元々加賀型戦艦として作られた名残なのかなと思う。

夜型の反動は目覚めに現れる。具体的に言えば超の付く低血圧である。

毎朝の事だが、体に力が入るようになるまでに10分、まともに動けるようになるには20分かかる。

こういう時、

 「目が覚めて10秒でビーフシチューを頂けます!お任せを!」

と笑う赤城が心底羨ましく思う。

その赤城は加賀の目覚めを熟知しているので、一旦起こした後、20分は声をかけない。

ありがたい事であるが、自らの体は恨めしい。

「くぅぅっ・・・」

歯を食いしばって指を動かしてみる。

起き抜けは本当に力が入らない。悔しいくらいどうにもならない。

今も目一杯頑張っているが、まるでスローモーションのようだ。

普通の鎮守府では総員起こしという、10分で起きて準備を済ませる命令がある。

他所の加賀は大丈夫なのかと本気で心配になる。

他所、というのは、うちの鎮守府では総員起こしに30分かける事になっているからだ。

これは加賀が秘書艦になった時、提督に恥を忍んで目覚めの悩みを打ち明けたところ、

「私はどうやってもヒカリモノが食えないんだが、それを食えと命じられるようなものだね」

と言い、総員起こしの時間を加賀が起きられる20分に5分の余裕を足して30分としたのである。

(総員起こし5分前からは寝台で待機するので、準備出来るのは30分でも25分間)

これについては過去、大本営の少将に視察の際発見され、

「たるんどる!ただちに直せ馬鹿者!」

と、叱責された事がある。

提督は事情を話したが、少将は頭に血が上るばかりで聞き入れず、しまいには

「出来ないのは気合いが足りんからだ!」

そう、怒鳴ったのである。

加賀は秘書艦として視察に付き添っており、これを聞いてすっかりしょげかえったのだが、提督は

「では少将殿、この後は少し遠いので、あれで移動いたしましょう」

と言いつつ、自転車を指差したのである。

今度はすうっと血の気が引く少将を尻目に、提督はひょいと自転車にまたがると、

「さぁ少将殿。さぁそちらの自転車に」

と促した。

空母や戦艦など、巨大建造物の多い海軍では自転車は必需品であり、乗れるのが当然である。

だが少将は、どうしても自転車に乗れなかった。

勿論提督は解ってて促している。

先ほど自分が言った事がモロに跳ね返る事になった少将は、青ざめた顔が真っ赤になるまで沈黙した後、

「・・気合いではどうにもならん事も、あるな」

と、がくりと肩を落とした。

提督はその後、ペダルレンチを持ってこさせると、2台ともペダルを外してしまった。

訝しがる少将をペダルの無い自転車に乗せた提督は、

「では、地面を足で蹴って進みましょう。それでもずっと楽ですから」

と促し、その後の各所を蹴るだけの自転車で回ったのである。

「ほう!自転車は!蹴るだけでも!楽な!物だな!風が!気持ち!いいな!」

少将は乗り初めこそフラフラしていたが、最後は結構な速度を出して機嫌よく乗っていた。

そして視察の後、提督は再びペダルを付けさせると、

「さ、もう乗れるはずです」

と、ペダル付の自転車を指差したのでえある。

尻込みして首を振り続ける少将に

「大丈夫です。いざとなれば私が身を挺してお支えします」

といって後ろの荷台を掴むと、少将は渋々自転車に乗り、ペダルを漕ぎ始めた。

最初はよろよろとしていたが、突然

「あ、あれっ!?乗れる?うは!乗れる!乗れるぞおおお!」

極めてスムーズに漕ぎ出したのである。

しばらくして戻ってきた少将は興奮した様子で尋ねた。

「一体どういう事だ!今まで何度やってもダメだったのに!魔法か!?」

「自転車で転ぶのは、人間がハンドルや体の傾きで左右のバランスをとる事に慣れてないからです」

「ふむ」

「また、人間は、足でペダルを漕ぐ事にも慣れておりません」

「ふむ」

「普通の自転車に乗る場合、両方同時に要求されるので、慣れるのは実に大変です」

「うむ」

「ですからまずは、左右のバランスを取る事に慣れて頂きました」

「ペダルを外して乗った事か」

「はい。少将は飲み込みが早く、視察の最後には高速で走行されてましたので、ペダルを付けたのです」

「1つずつ練習した、という事か」

「はい。既にバランスを取る練習が済んでおりますので、ペダルを漕いでも転ぶ事は滅多にありません」

少将は腕組みをして聞いていたが、

「気合いではどうにもならなかったが、手順を踏めば出来るのだな・・・」

「手順があれば、出来る事も、ございます」

「手順が無く、出来ない事もある、か」

「起き抜けの低血圧をどうにかする手順は、今の所、ございません」

「・・・ふむ」

少将は提督の方を向くと、

「良く解った。総員起こしの件は報告から外す。それと、自転車に乗れるようにしてくれた事、礼を言う」

「ありがとうございます」

「え、ええと、これはしばらく乗らなくても覚えてるものか?」

「最初のうちは忘れないように乗られるのがよろしいかと」

「うむ、そうしよう」

こうして視察は終わったが、視察の後、加賀は提督に謝りに行った。自分のせいで迷惑をかけてしまったと。

だが、提督は

「加賀がどれだけ大切か考えれば、こんな事どうという事はない。いつも助けてくれるのは加賀の方だしな」

と、笑って返したのである。

この日を境に、加賀は提督を密かに想い慕ってきた。

現世でも、来世でも、この魂が朽ち果てるまで傍に居ようと。

提督から勝利より戻る事を優先するよう強くお願いされた時も嬉しかった。

だが、提督を強く意識するようになったのは、この日が境だったと思う。

それゆえに加賀は、今も1つだけ、誰にも言っていない悩みがあった。

提督は

「仮とはいえ、重婚は良くないだろう」

と言い、その相手を長門に定めた。だから加賀の左手には、指輪は無い。

加賀は長門より早く鎮守府に来たし、ファンクラブ会長をしているように、一番長く慕って来た自負もある。

確かに長門の人の良さは解るし、提督の危機を救った功績も数多い。

だが。

しかし。

それでも。

・・・私も。

「はぁーぁ」

ようやく動くようになった左手をそっと宙に上げると、加賀は薬指を見て溜息を吐いた。

「そろそろ起きられる~?」

ふいに、加賀の左手の先に人影が現れた。

この部屋で生活を共にし、一番の戦友である赤城であった。

「・・おはようございます」

「今朝は頭痛は無いですか?」

「ええ、心配要らないわ」

そう言いながら、加賀はむくりと上半身を起こした。

加賀は起き抜け1時間位、偏頭痛に悩まされる事がある。

だから低気圧の来る日の朝は最低だ。台風シーズンなど泣きたくなる。

ひょんな事から提督も持っている持病と知り、二人で大いに盛り上がった事を思い出す。

・・また、提督。

今朝は妙に提督の事が引っかかる。面白くない。実に面白くない。

「・・・ばか」

加賀は視線を下げて小さく呟いたのだが、

「今朝はご機嫌斜めですね?」

と、あっという間に赤城に見破られた。

「う」

バツが悪そうに上目で見る加賀をふふんと柔らかい笑みで見返した赤城は

「さぁさぁ、朝ご飯を頂きに参りましょう」

と、加賀の手をぐいと引っ張った。

 




最近は感想を頂く事がめっきり減ってしまいましたが、第3章の書き方はあまり面白くないのでしょうか・・・
と、心配してます。
元々第3章は実験的なスタイルゆえ、表にするか迷ってたんで余計に、ね。


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加賀の場合(2)

 

 

現在、朝。鎮守府食堂。

 

「頂きます!」

「いただきます・・」

最初の膳からおかず山盛りの赤城に対し、加賀は軽くよそったご飯とお味噌汁だけだった。

加賀は食事もスロースターターである。少しずつ食べ始め、途中はしっかり、最後は細く。

ご飯にお味噌汁をかけてさらさらと口に運び出した時。

「オッハヨーゴザイマース!」

声で背中を叩かれたかと思う位の元気良い声が飛んで来た。

見なくても解るが、振り向かないのは失礼だ。

「おはようございます、金剛さん・・・おや、今朝は御一人なのですね?」

「オー!加賀良くぞ聞いてくれマシタ!」

「どうしました?」

金剛はしょんぼりとした顔になりながら言った。

「今朝は比叡が当番で、榛名と霧島はまだ帰って来てないのデース・・・」

当番、というのは秘書艦の事だなと加賀は思った。そういえば今日は比叡さんでした。

「榛名さん達は出撃ですか?」

「YES!御昼頃戻ってくる予定デース」

「なるほど。では一緒に召し上がりませんか?」

金剛の表情がぱっと明るくなった。

「良いのデスカー?」

「金剛さんなら、私達とそれほど食事の時間差も無いでしょうから」

加賀が言ったのは訳がある。

赤城や加賀が1回で食べる量は、駆逐艦や燃費の良い軽空母の何倍にもなる。

頑張って早く食べるようにはしているが、駆逐艦達と一緒に食べると長く待たせる事になり、可哀想なのである。

ちなみにその加賀でさえ、赤城が食べ終わるまではゆっくりお茶一杯飲むくらい待つ事になる。

「では、膳を持ってきマース!」

金剛が手にした膳を見た時、加賀はおやっと思った。

「・・朝はサラダだけなのですか?」

金剛はもぐもぐと口を動かしながら、きょろきょろと首を振った後、ごくんと飲み込み、

「違いマース。これはアペタイザーね」

「・・・ええと?」

「これからメインディッシュを美味しく頂く為に、軽く食べ始める物デスねー」

加賀はがぜん興味を示した。自分のペースに合っている食事法かもしれない。

「この後はどうなるのですか?」

金剛はにこっと笑った。

「ご覧に入れますヨー、ちょっとペース上げて頂きますネー」

デザートを食べながら、加賀は金剛に言った。

「前菜、主菜、締め、そしてデザートという順番なのですね」

「そうなりますネー。一般的なコース料理デース」

「コース料理・・・」

「加賀もコース料理が良いなら提督に言えば良いネー」

「そうですね。私は最初から主菜が入らないので」

「今日は比叡ですから補足説明してくれるかもしれませんネー」

「なるほど」

「加賀、おかげで楽しい朝食になりました。ThankYouネー!」

「いえ、こちらこそ良い事を知りました。ごちそうさまでした」

「では、またネー」

ぶんぶんと手を振りながら去っていく金剛を見送ると、赤城は

「金剛さんと一緒に居ると元気をもらえますね」

と、ニコニコ笑っていた。

「そうですね・・・どうしようかしら」

「コース料理への切り替えですか?」

「ええ・・でも私だけはワガママかしら?」

「それなら私も食べましょうか?」

「えっ?」

「私は美味しければ何でも良いですし、加賀さんが美味しく食べられるなら、その方が嬉しいです」

加賀はにこにこ笑いかける赤城を見て照れた。

赤城さんは本当に躊躇なく懐深く飛び込んできます。

「あ!蒼龍ちゃーん!飛龍ちゃーん!」

赤城が二人を見つけると席を立ち、

「コース料理食べませんかー?」

加賀は思った。補足説明をどこから始めるべきか。きっと二人は頭の上に疑問符が付いている。

振り返って頷いた。やっぱり。

 

「正規空母の食事を、コース料理に変えたい?」

提督は比叡に承認した書類の束を手渡しながら、説明をした加賀と赤城に聞き返した。

「はい」

「どういう流れでそうなったんだい?」

「今朝、金剛さんが御一人で食堂にいらっしゃいまして」

バサバサバサッ・・・・

3人が音のした方を向くと、書類を取り落し、涙をほとほとと流している比叡が居た。

「私とした事が・・お姉様可哀想・・お話しながら食事するのを何より楽しみにされているのに・・」

加賀が慌てて

「で、ですから御一緒にどうですかとお誘いして、一緒に頂いたんです」

光の速さで加賀に寄り、ぎゅっと手を握った比叡は

「ありがとうございます!お姉様が寂しい思いをしなくて済みました!この御恩は必ずお返しします!」

「あ、いえ、ど、どういたしまして」

提督は手をパタパタと振りながら、

「あー・・比叡、解ったから書類拾っといて。それで、金剛が関係あるのかな?」

「は、はい。金剛さんはコース料理じゃないですか」

「まぁ金剛というか戦艦は全員そうだね」

加賀がもじもじし始めたのを見て、赤城が継いだ。

「加賀さんは、食べ始める時に山盛りのおかずを見ると、胸焼けがして食べられなくなるんです」

「私は赤城が食べ終わった後の皿の山を見ると食欲がなくなるけどね」

「それは置いといて」

「まぁ慣れたけど」

「それで、金剛さんの前菜、主菜と徐々に食べる食べ方の方が嬉しいと」

「ふーん」

加賀は俯き加減に頬を染め、人差し指をもじょもじょと絡めていた。

こういう仕草はあまりしないので、提督は可愛いなと思って眺めていた。

「・・提督?」

「んえ?」

「んえ、じゃなくてですね、コース料理に変えても良いですか?」

「加賀の理由は解ったけど、赤城達はそれで良いの?」

「私は美味しければ良いですし、飛龍達もご飯が減らなければ良いと」

「・・・比叡、文月を呼んでくれ」

「はーい」

 

「お父さん、お呼びですか?」

「解るかどうか解らないんだけど、赤城の1食の内容とコース料理ってどっちが高いの?」

「赤城さんの1食に勝てるコース料理なんてないですよ?」

「即答だね」

「即答です」

「ええと、次の質問ね」

「はい」

「赤城が食べる分をコース料理にした場合、今とどっちが高い?」

ついに赤城が口を尖らせた。

「提督っ!どうして全ての基準が私なんですかっ!加賀さんの悩みなのに!」

きょとんとした顔で提督と文月が赤城を見返すと、

「だって・・なぁ」

「一番高額な方で算段を付ければ、後は減らすだけなので」

「うん」

「当たり前のように私が一番食べるって!証拠はあるんですか証拠は!」

「赤城・・・」

「なんですか提督?」

「文月の情報収集・集積能力を甘く見るなよ?」

「え?」

文月は目を瞑り、人差し指を立ててそらんじた。

「赤城さんが先月購入した、ボーキサイトおやつの量は28.6kgです」

「どうしてそんな事をすらすらと!?」

「余りにも衝撃的な量だったので覚えてました」

「そもそもどうして個人別の量を知ってるんですか?」

「間宮さんのマーケティングデータは完璧なので」

提督は頬杖をつきながら

「ちなみに2位は?」

「確か・・瑞鶴さんが2~3kg位です。ただ、多分翔鶴さんと一緒に召し上がってるので・・」

「何その桁違い」

「他にも鳳翔さんの所で、食後にあんみつを桶に盛らせて15人前召し上がったとか」

「何故知ってるんですか!」

「直後に鳳翔さんのお店に行って、あんみつを注文したら売り切れと言われたので訳を聞いたんです」

「げっ」

「メニューに「桶盛り」を作った方が良いでしょうかと真剣な眼差しで聞かれました」

「何て答えたんです?」

「赤城さんしか食べないから特注扱いで良いだろうって言いました」

「通常メニューになれば安くなったかもしれないのにぃ」

だが、赤城を除く全てのメンバーが声を揃えて

「間違って頼んだら大変な事になるからダメ」

と、拒否したのである。

「となると、赤城ベースで考えても仕方ないか。突出し過ぎてるね」

「赤城さんが召し上がるという要素も踏まえつつ、という意味で考えると」

「そっか。じゃあ加賀さんくらいの普通の人を基準にすればいいんだな」

「私は何なんですか?」

「聞きたいかね赤城さん?」

「なんか嫌な予感しかしないから良いです」

「賢明だね」

「正確な単価ベースやその他の事情も考えると、間宮さんに確認した方が良いと思いますよ」

「ふむ・・じゃあ聞きに行く方が早いか。この時間だと昼の仕込みをしてる頃だろうしな」

 



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加賀の場合(3)

 

 

現在、午前中。鎮守府食堂。

 

 

「正規空母の方々のお料理を、コース料理にですか?」

「どう思う?」

皮むきをしていたジャガイモを机の上にそっと置くと、間宮はうーんと考え込み、

「・・・止めた方が良いと思いますよ」

「どうしてそう思うのかな?」

「戦艦の方々は、基本消費量と最大消費量にあまり差が無いんです」

「常に多いって事か」

「はい。ですが正規空母の方々の場合、その差が激しいんです」

「艦載機の被害度合に左右されますからね」

「兵装によっても異なりますね」

「でもボーキサイトおやつは常に良く食べるんだな」

「うるさいですよ提督」

「そして、コース料理は前菜や付け合せは調整出来ますけど、主菜は1人1回ですから」

「・・・ええと?」

「お代わりが、出来ません」

ズシャアアッ!!

提督と文月は溜息を吐いた。誰が膝から崩れ落ちたか見なくても解る。

「赤城、まだコース料理に変えると決まった訳じゃないから」

「お・・・おおおおお代わり不可なんて・・・なんて恐ろしい・・・恐ろしや・・・」

「そうすると、赤城さんにコース料理をとなると」

「ほぼ毎回凄まじい廃棄が発生するか、出撃の後に赤城さんが餓えます」

「1回でも餓えた赤城なんて遭遇したくないよね」

「艦娘が1人2人食べられちゃうかもしれません」

「うむ」

加賀はしょぼんとしていた。

自分もお代わり不可、毎回定量と言われたら辛い。

平常時固定では足りないタイミングが絶対出るだろうし、最大量を毎回供されても食べきれない。

「という感じですね」

提督はふむと考え込んだ後、

「なあ間宮さん、前菜の調整は可能なんだよね?」

「はい。今もある程度作って、足りなければ追加する形にしています」

「なら、前菜だけ正規空母の皆にも渡してくれないかな?」

加賀が顔を上げると、提督がこちらを見てにっこりと笑っていた。

「加賀は最初の食べ始めにどっかりと盛ってあるとしんどいのだろう?」

「は、はい」

「あら、それで1膳目は必ずねこまんまだったのですね」

提督は間宮に向き直った。

「だから、加賀が辛くないように、最初は前菜だけの膳を渡す」

「戦艦の方と同じですから問題ないです」

「で、2膳目からは戦艦以外の子達と同じメニューで、お代わり自由とする」

「はい、それは今までどおりですから問題ありません」

「まぁコース料理との折衷案だから合わない前菜もあるかもしれ・・ん?」

加賀が提督の後ろからぴとっと体を寄せ、耳元で囁いた。

「・・・充分です」

「・・そっか。じゃあ間宮さん、そんな変更を頼んで良いかな?」

「解りました。ではお昼からそうしますね」

「お願いします」

間宮はくすっと笑うと、

「提督も意地を張らなければ宜しいのに」

「・・・あぁ、うーん、その、なぁ」

途端に歯切れの悪くなる提督とくすくす笑う間宮を、加賀は交互に見た。

なんだろう?

「赤城、そういう事だから、今までの食事に前菜が追加されます」

「お、おおおおおかわりは?」

「出来ます。というかそこまでうろたえないの」

「やったあああ!」

勢いよく立ち上がってバンザイをする赤城に

「うん、さすがは間宮さん、皆さんの食事を良くご覧になってますね」

と、文月は頷いた。

 

「お父さんごめんなさい、今日は少し忙しいので戻らねばなりません」

そう言って文月が帰った後、いそいそと

「比叡さんが手伝ってくれるなら、下ごしらえの食材をもう少し持ってきますね」

と言いながら間宮が席を立った。

加賀は何となく、間宮のそれに違和感を覚えた。わざとらしい感じがする。

比叡は奥の席でジャガイモの皮むき(の練習)に夢中で、赤城は昼のメニューの推理に忙しい。

何となく、提督と二人きりの状態。

そして提督は、いつになく複雑な表情をしていた。何かを躊躇うような、決心がつかないような。

「むー」

「提督」

「むむー」

「どうかされたのですか?」

「・・・・・」

黙ったまま加賀に振り向いた提督は、しきりにガリガリと頭を掻いたり、腕を組んだりしている。

やっぱり我儘が過ぎると叱責されるのか、取り消そうかと口を開きかけた時。

「あのな、加賀」

「は、はい」

「先日、8艦隊に包囲された件で、1つ改めようと思った事があるんだ。き、聞いてくれるかな」

「何でしょうか?」

「私は指輪を贈る相手は長門1人にしてたのだが、ほ、他の情勢を踏まえて、少し広げようかと思う」

「・・・」

「だからと言って嫌がる子には渡したくないから・・その、加賀は、貰ってくれるかな?」

提督が懐から取り出した箱を開けると、小さな細身のリングが収まっていた。

加賀はがくりと頭を垂れた。

「・・・・提督」

「う、うん?」

「なぜ・・・なぜこのような場所で・・・」

提督はその時確かに見えた。加賀の真っ赤な怒りのオーラが。

「ひっ!?いっ、いや、決心がつかなくて、切りだせるタイミングを見てただけで、その」

「それなら提督室にお戻りの後とか・・せめて通信棟でも、私の部屋でも良かったのに」

「な、何だったらやり直すか?すぐ移動するぞ」

「・・・手遅れです」

「へっ?」

加賀が俯いたまま、すいっと指差した方を見て、提督はぎょっとなった。

いつの間にか青葉がカメラのシャッターをバッシャバッシャ切っていたのである。

「うわああっ!いつの間に!」

「ども青葉です!提督!今のお気持ちを一言お願いします!」

提督はごくりと唾を飲み込んだ。もう1面トップは免れない。毒食らわば皿までだ!

「かっ、加賀っ!いつも支えてくれる君と強い絆を結びたい!どうかケッコンカッコカリ、受けてくれっ!」

そう言いながら加賀の目の前に指輪の入った箱を差し出したのである。

加賀はあまりの展開にくらくらと眩暈がした。

この光景は写真的に美味し過ぎる。明日の朝刊1面トップは決まった。ぶち抜きでこの写真が載るだろう。

しかも青葉はなおカメラを構えている。エンタメ欄まで総ざらいする気か?

猛烈に恥ずかしい。鏡を見なくても顔が真っ赤だと解る。もう溶けそうだ。

けど、けれど、そうであろうと・・・

大きく溜息を吐いてから、加賀はにこりと笑い、提督の手に手を添えた。いっそ綺麗に撮ってもらおう。

「謹んで、お受けいたします。魂が朽ち果てるその日まで、一緒に」

「おおー!求婚を承諾されましたっ!良い顔!良い笑顔!素敵ですっ!これは全面ぶち抜きで!」

猛烈なシャッター音を聞きつつ提督が見上げると、穏やかに微笑む加賀の顔があったのだが、

「おおっ、微笑みながら加賀さん泣き出しました。感極まっ・・・むぐぐぐぐ」

青葉の口を両手で塞ぎながら赤城は加賀に頷いた。これ以上の野暮はさせません。

「ありがとう」

提督がぎゅっと加賀の手を握ったその時。

「いよっしゃあああああ!」

という力強い声がして、一同はぎょっとして声の方を向いた。

声の主は食堂の入り口に居た浜風だった。全身で大きくガッツポーズをしている。

「あ、ええと、浜風さん?」

「何でしょうか提督っ!」

「な、なにが、よっしゃ、なのかな?」

「だって提督、長門さん以外ともケッコンカッコカリしてくれるんですよね!?」

「あ、ああ、そうだが・・」

「なら私も、ケッコンカッコカリ、お願いします!」

「・・・へ?」

「指輪も書類も用意します!LVはあとちょっとなので毎日頑張って稼ぎます!」

「あ、うん。・・え?」

「良いですよね提督っ!?」

提督は頬を掻いた。ケッコンカッコカリは司令官が指輪等を用意して艦娘に伝えるものだ。

艦娘から提督に逆指名され、書類や指輪まで貰うというのは前代未聞だ。

だが、この鎮守府は、艦娘の思いを大切にする事が誇りだ。ならばこれも、ありだろう。

「浜風がLV99になっても気が変わらなければ、構わないよ」

提督はそう言ってにっこりと笑った。

浜風も提督を見つめて微笑んだ。

だが、加賀はそれを聞いてジト目になった。

 



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加賀の場合(4)

 

現在、昼前。鎮守府食堂。

 

加賀はジト目のまま提督に尋ねた。

「提督、両の指全部にみっちり指輪をなさるおつもりですか?」

「そんな大量に浜風が用意する訳ないだろう」

「違います。他の子です」

「あっはっはっは。アイドルでもあるまいし、私にそんなに」

ドン。

「・・・加賀さん、このバインダーは何かな?」

「提督ファンクラブの標準会員とプラチナ会員の名簿です」

「ファンクラブ?プラチナ会員?」

「私が会長です」

「そうなの!?」

「クラブの基本年会費は税込1296コイン、プラチナ会員は年5400コインです」

「地味に高っ!」

「通常会員は年2回の総会に参加出来、プラチナ会員は更に毎月提督のベストショット集が届きます」

「本気で今初めて聞いたんだけど?」

「プラチナ会員は15名です」

「そんなに!?」

「ちなみに、プラチナ会員は全員この鎮守府に居ます」

提督はすうっと血の気が引いた。段々意味する所が理解出来てきた。

「この情報が流れれば、当然、プラチナ会員達は今の浜風さんと同じ事を言ってくるかと思われます」

提督は浜風を見た。

「浜風さんは・・その・・」

浜風はグイッと親指を立てた。

「もちろんプラチナ会員です!」

提督は赤城を見た。

「赤城さんも・・会員なの?」

「いえ、私はスタッフです」

「スタッフ?」

「総会の準備と後片付けを」

「食べ放題なんだね?」

「はい」

「なるほど」

「・・・・ん?どうしてお分かりになったんですか?」

「赤城がスタッフを買って出る程のメリットって言ったらそれしか無いじゃないか」

「失礼ですね!私は加賀の親友ですよ?」

「その親友の加賀が赤城に手伝ってもらおうと考えたら当然メリットを用意するだろう」

「うっ」

提督は数秒間考え込んだが、

「それでも私は受ける!そして、私は2つの指輪をする!」

「ええと、どういう事でしょうか?」

「1つは私がデザインを頼み、長門や加賀にあげたのとお揃いの指輪だ」

「もう1つは?」

「浜風のように、娘がくれるのとお揃いの指輪だ」

「我々3人以外の子達とはケッコンカッコカリをなさらないのですか?」

「しても、私は指輪を増やさない。私が既にしている指輪とお揃いのデザインにしてもらう」

「なるほど。提督とケッコンカッコカリをしたければ、このデザインの指輪をしろという事ですね」

「うむ。だから2つ目の指輪のデザインは、浜風に任せる!」

「ひええっ!?」

浜風は冷や汗が吹き出てきた。プラチナ会員の面々を思い浮かべる。

下手なデザインなんか採用しようものなら・・・我が身に明日は無い。

目を白黒させる浜風の肩を叩く者が居る。

振り返ると赤城が肩を掴んだままにこやかに笑いかけた。

「陸奥さんにデザインしてもらえば良いじゃないですか」

「な!なるほど!あ、あの、提督は、それで良いですか?」

「そうだね。陸奥なら良いデザインをしてくれそうだしな」

「わ、解りました。では早速!」

「気が向かなかったら止めて良いからね。無理はしちゃダメだよ」

「大丈夫です!」

駆けだす浜風を提督は見送ると、加賀の左手へそっと指輪を嵌めた。

「あ」

「加賀。鎮守府はドタバタが続きそうだが、これからもよろしく頼むよ」

加賀は目頭を拭うと、にっこりと微笑んだ。

「・・解りました」

「良かったですね提督」

声の主はにこにこ笑う間宮だった。

「あの、うん。やっと言えたよ。しかし、重婚だよね、これって」

「理由などなんとでもこじつければ良いのです」

「そうかなあ・・なんとなく罪悪感が」

「どうしても一人にと仰るなら私だけでお願いします」

「・・・意外と加賀さん、主張するね」

「ここは譲れません」

「もしかしてずっと待ってたとか?あ、いや、冗談だよ。怒らないでくれ」

「・・・待ってましたよ。ずうっと」

「え?」

「ずうっと、ずうっと。総員起こしを曲げてくださった時から」

「あぁ、加賀さんが起きられる時間に調整した事かい?懐かしいなあ」

「ええ、もう懐かしいですね」

提督はごくりと唾を飲んだ。

「・・・・そんなに前から?」

「はい」

「ずっと?」

「ずうっと」

「・・・長らく待たせて、すまなかったね」

「報われましたから、待っていた事など」

「そっか」

「はい」

「あのー、提督さん、加賀さん」

「何だい間宮さん?」

「青葉さんが猛烈にメモ取ってますけど?」

加賀が素早く弓を構えたが、そこにはキイイと閉まりつつある裏口の扉が見えるだけだった。

「しまった!喋り過ぎました!この分では号外が出てしまいます!」

がたりと立つ加賀に、赤城が声を掛けた。

「どうせすぐ解る事なのですし、まとめて伝えて貰えば良いじゃないですか」

「尾ひれ葉ひれ捏造の嵐になるのでは?」

「元ネタが既に1トン爆弾級ですから味付けも必要ないでしょう」

提督が頬を染めながら頭を掻いた。

「う、うん、確かに爆弾級だね・・・一直線の思いだからかなり照れたよ。嬉しいけど」

「あ、その、ずっとお慕いしてたので」

「よ、良く解ったよ」

「これからは、ずっと一緒に居て良いですか?」

「秘書艦は日替わりだよ?」

「毎日でも構いませんが」

「長門からもそう言われたけど断った。君の負担を考えるとダメだ。大事な人だから余計にね」

「あ、あう・・・」

「これに限らず、LV100以降も絶対に無理は許さない。演習でもダメコンを持って行くように」

「そ、それは大袈裟では」

「大袈裟だろうが袈裟がけだろうが持って行きなさい」

「・・・はい」

比叡がガリガリと首筋を掻きながら言った。

「あのー、そろそろベッタベタのラブコメは・・・痒いんですけど」

提督は照れ笑いをしながら

「ごめん」

と言うに留まったが、加賀は提督にぎゅっと引っ付いて目を瞑り、

「夫婦ですから」

と言った。

赤城はそんな加賀を見て小さく肩をすくめると、呟いた。

「恋人の頃はバカップルって言うけど、夫婦になった後は何ていうのかしらね・・・」

 

 

午後。

 

加賀が憂慮した通り、ソロル新報は求婚3時間後には臨時特大号として発売してしまった。

ファンクラブ会員以外もこぞってネタとして買いに来たので、

「本日発売の臨時特大号は只今増刷してまーす!お、お待ちくだ・・待って!お願い!押さないでぇぇ」

と、衣笠が群衆に潰されながら目を回す事になった。やはりツイてない子である。

そしていち早く記事を読んだ子達は指輪の進捗を確認したがり、浜風を探す。

広い島の中で1人を探すうえ、あてもなく歩き回る事になった艦娘達は、

「ぜぇぜぇ・・・浜風ぇ・・・デザインは決まったのかぁぁ」

ビスマルクは会社の倉庫に怯える浜風を匿うと、鎮守府と通じるゲートを閉鎖してしまった。

うぉぉぉうぉぉぉと鋼鉄のゲートをひとしきり揺さぶった後、艦娘達は次の行き先として、

「陸奥さぁぁぁん・・・指輪、指輪は出来たのですかぁぁぁ・・・」

と、陸奥の工房の戸や窓を叩いたのである。

 



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加賀の場合(5)

 

 

臨時特大号が発行された日の夕方。陸奥の工房。

 

「ほんとに・・仕事にならないわね」

陸奥は「閉店」と掲げても尚、常にガタガタと揺らされ続ける玄関や窓を見て溜息を吐いた。

「本気で・・怖い・・です。戦艦に囲まれる、より。あのうめき声が・・」

弥生は自分の周りを作業机で囲み、バリケードのようにしている。頭に修復バケツを被っているのが可愛い。

「なんかゾンビの襲撃を受けてるみたいよね」

「こっ・・怖いこと・・言わないで・・・ください・・・今夜・・寝られなく・・なります」

「あら弥生、ホラー映画は嫌い?」

「大嫌い・・です」

「サスペンスとかも?」

「キライ」

「ふーん」

陸奥はにやりと笑うと、

「あっ!弥生の背後の床からゾンビがっ!」

「にゃあああああああ!!!」

50cmは飛び上った弥生に満足した陸奥だったが、飛び上った場所を見て固まった。

「陸奥さぁぁぁぁん」

そこには本当に、床板を外して現れた扶桑が居たのである。

「ぎぃやぁぁぁぁぁああああぁぁあああぁぁ!」

蒼白になった弥生と陸奥は抱き合ったまま床にへたれこんでしまった。

 

「やり過ぎです」

「も、申し訳ありません」

提督室に居るのは秘書艦の比叡、広報班の衣笠(青葉は販売に追われている)、そして加賀と扶桑である。

秘書艦当番ではない加賀がこの場に居るのはお察しの通りである。

「まったく、いつもは超の付く常識人の扶桑なのに、どうしたと言うんだ」

提督の発言に扶桑を含めた全員が提督を見た。信じられないと言う目で。

「え?え?なんだ・・皆して変な目で見て」

「どうしたって・・・そりゃあ・・・」

「ケッコンカッコカリしたいからですよね、扶桑さん」

扶桑はこっくりと頷いた。

提督は数回パチパチと瞬きをした後、

「それなら・・本当は秘書艦当番の時に渡そうと思ってたんだけどね・・」

といって、引き出しから指輪の箱を取り出した。

「へっ!?」

「あれっ?ケッコンカッコカリ、受けてくれるんでしょ?違ったのかな?」

「あ、あの、提督から頂けるんですか?」

「扶桑がどうしても贈りたいっていうなら貰うけど?」

「あ、いえ、あの、その、予想外で・・・付けて頂いても、良いですか?」

「勿論だよ。今までありがとう。これからもよろしく頼むね」

「はい・・・はい・・・」

加賀は薬指のリングを嬉しそうにくるくると回しながら言った。

「提督は他にどなたへ差し上げるおつもりなのですか?」

提督は満面の喜びを讃える扶桑の左手に指輪を嵌めると、加賀の方を向いた。

「なんで?」

「その方に連絡してあげたら扶桑さんのように苦労しなくて良いじゃないですか」

「なるほど。そういえばそうか」

「で?誰なんですか?」

「やたら身を乗り出しましたね比叡さん」

「気合!入れて!聞きます!」

「現時点でLV99っていう時点で相当絞られるでしょ」

「ええと、秘書艦では長門さん、日向さん、加賀さん、扶桑さんですね」

「後は・・文月さん、龍田さん・・・ええと」

衣笠がぽんと手を叩いた。

「あ、経理方の白雪さんもです」

提督は苦笑いした。

「良く知ってるね・・それで全部だよ」

「全員にあげるんですか?」

「白雪は違うかな。面識もないから向こうが面食らうだろ。ちゃんと説明するけどさ」

「日向さんは?」

「貰って欲しいなあ。勿論用意してるよ」

「文月さんと龍田さんは?」

「何故にセット扱いするのかな?」

「じゃあ龍田さん」

「・・・・凄く悩んでます」

「別にケッコンカッコカリしたからと言って魂まで捧げるわけじゃ・・・」

「というか、龍田は私を良く思ってるのかなあ?」

「え?」

「な、なんだよ・・・だってあんなに怖いんだよ?」

「あんなに気を遣って、手を尽くしてくれてるのに」

「表向きの言葉だけで判断するなんて提督もまだまだですね」

「大真面目な話、怖くないですか比叡さん?」

「否定はしません」

「でも・・」

「何だね加賀さん」

「プラチナ会員2号さんですから」

「1号は?」

「私です」

「へぇ・・・って、龍田さんプラチナ会員なんですか!?」

「衣笠がっつり食いついたねぇ。青葉に似て来たね」

「止めてください提督」

「しかし、龍田が、そうか、プラチナ会員だったんだ・・・」

「新たな発見ですね」

「そだね」

「で、それを踏まえたうえでどうされるんですか?」

「・・・聞いてみるよ」

「「指輪要りますか?」とか、間抜けな質問したら間違いなく手を切り落とされますよ?」

「そうなの!?」

「当たり前じゃないですか。そんなこと言われたら私だってお姉様譲りの主砲撃ちますよ?」

「そ、そうか。じゃあ何て聞けばいいんだ?」

「正直に告白すりゃいいじゃないですか。ダメなら振られるだけです」

「超絶恥ずかしいじゃないか。その後しばらく気まず過ぎるし」

「切り落とされるより良いじゃないですか」

「そりゃそうだけど・・・うーん」

「だから迷われているのですね」

「うん」

「・・・加賀さん、提督に甘々になりましたね」

「もうちょっと鍛えても良いと思います」

だが、加賀は提督の手をきゅっと握ると

「きっと指輪のせいです」

と、頬を染めた。

「と言ってますけど扶桑さんは・・・うおわっ!?」

比叡は提督の机の隣でしゃがみこみ、

「うふふふふふふ」

と、指輪をうっとりと眺め続ける扶桑を見つけたのである。

「指輪の威力、凄いですね!」

「まぁその、こんなに喜んでくれるなら何よりだよ」

「で、文月さんは?」

「あの子もどうしたものか迷ってるよ。私をお父さんと呼んでるしね」

「父としてはOKでも夫としてはナシとか?」

「外見的にもそうだろうなって自覚はある」

「養子縁組カッコカリだったらピッタリですよね」

「うん、それならしっくりくるね。文月が承知してくれるか解らないけど」

「既に実の子のようなもんじゃないですか」

「私はそう思って接してるけど・・・」

「文月さんは本当は役職として呼んでたりして」

「うおう」

「で、指輪渡すんですか?」

「ますます悩ましくなりました」

「じゃあ龍田さんと文月さんには渡さないと」

「龍田の場合は渡しても渡さなくても怖いから渡す、文月の場合は渡したいけど憲兵が来そうで怖い」

「別に憲兵さんは来ないと思いますけど。認められてるんですから」

「雰囲気的に、だよ」

「まぁ文月さんに渡した時の青葉さんのヘッドラインはすぐ思い浮かびますよね」

「なんだよ」

「「ロリコン提督、ついに文月にまで手を出す!」」

「そこで2人でハモらないように。それとどんだけ歪曲してるんだよ。報道のありかたに問題がある」

「でも、どう考えても売れそうなタイトルですよね」

「やっぱり!とか言って買って行きそう」

「やっぱりってなんだやっぱりって!」

「まぁまぁ、とりあえず誰に渡すかは解った訳ですけど、指輪はもうあるんですか?」

「用意してあるよ」

ふうむと比叡は考えていたが、

「なら、渡しちゃいませんか?!」

と言った。

 



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加賀の場合(6)

 

 

臨時特大号が発行された日の夕方。提督室。

 

「渡しちゃえって、今?」

「はい!」

「なして?」

「私達が一緒に居ますよ!そうしたら流血の事態にならないんじゃないですか?」

「おお!なるほど!」

「じゃあお呼びしますね!」

「急展開だなあ・・・」

加賀と扶桑はそっと提督の手を握ると、

「何かあっても、私達がお守りしますから」

といって微笑んだ。

「ほんと心強いよ。ありがとう」

 

「どうした提督、用事だと聞いたが」

「日向、ええとな、まずは改めて、いつも私を支えてくれている事に感謝し・・」

「あー!!」

「ど、どうした扶桑!?」

「提督っ!私っ!そういうお言葉頂いてません!」

「・・・へ?」

「指輪を頂きながら、これからもよろしくねしか言ってもらってません!」

「な、なに!?ゆ、指輪!?ここはそういう場なのか!?」

「あー・・・」

提督は一瞬迷ったが、

「扶桑さん、ちゃんと言うから待ってくれるかな?」

「絶対ですよ!」

「うむ」

「なら待ちます」

「よし。それでだね日向」

「か・・」

「か?」

「か、髪型は崩れてないか?急いで来たから、その、鏡を見て無くてな」

「大丈夫だよ日向。ちゃんといつもの通り、りりしくて可愛いぞ」

「そ、そうか・・」

「で、その日向にな、指輪を用意したんだよ」

「あ・・・」

「ケッコンカッコカリは他の鎮守府は司令官からの命令に近いが、うちでは自由意志にしたい」

「・・・」

「その、承知してくれるかな?ケッコンカッコカリ」

日向はしばらく固まっていたが、

「ま、まぁその、てっ、提督が折角用意してくれたのだからな」

といって、小さく小さく頷いた。

そして皆の拍手の中、提督は日向の左手に指輪を嵌めたのである。

提督が扶桑の手を取り、求婚のやり直しをしている間、日向は加賀にそっと話しかけた。

「これが、ケッコンユビワ、か」

「ええ。私も今日頂きました」

「なんだかくすぐったいな」

「重くない筈なのに重くて」

「冷たい筈なのに暖かくて」

「見てるだけでニヤニヤが止まらなくて」

「とにかく、ただ、嬉しいな」

「・・・でも良かった」

「何がだ?」

「日向さんとは本当に長い事一緒に居ましたし、色々相談にも乗って頂いたので」

「本当に、色々あったな」

「だから、提督を大好きな日向さんの思いが叶って、良かった」

「んえっ!?なっ、なぜ勘付いた?ずっと黙ってたのにっ!」

「私も表情を抑える事には慣れてますから」

「う、ううう、気付かれてたとは恥ずかしいぞ」

「私も今、喜びで一杯ですよ」

「全く表情に出てないが?」

「普段の5倍くらい気を引き締めてます」

「締めないとどうなるんだ?」

「だらしなく笑いながら提督に抱き付いてしまいそうです」

「愛が溢れてるな」

「ええ。それで良いんだと思います」

日向は視線を戻した。提督が龍田にこわごわ指輪を嵌めている。

「龍田の奴、嬉しそうだな」

「そうね。龍田さんも我々に負けず劣らずポーカーフェイスですが」

「滲み出る喜びは隠しようがないか」

「でも提督は気付いてないですね」

「提督がそんな繊細になったら海水が干上がってしまうよ」

「地球上から空気が無くなるでしょうね」

「全くだ」

日向と加賀はそっと顔を見合わせると、くすくす笑った。

 

「え?」

「だからね、文月は、私とケッコンカッコカリをしてくれるかい?」

「・・・・」

文月は数秒間ぽかーんとした後に、

「良いんですか?」

「文月が良いなら」

「あ、あの、確かに私はLV99ですけど、普段兵装持ってないし、出撃しないし」

「戦闘力強化だけの為にするわけじゃないからね」

「あ、あの」

「ん?」

「ケッコンカッコカリしたら、やっぱり旦那様って呼ばないとダメですよね?」

「いんや、お父さんで構わないけど?」

「そうなんですか?」

「夫婦でも子供がいる所だと父さん母さんで呼び合う所もあるじゃない」

「じゃ、じゃあ私はお母さんて呼ばれるんですか?」

「今まで通り文月って呼ぶつもりだけど?」

「・・・じゃあ、OKです。」

「制度があれば、文月とは養子縁組カッコカリをしたいけどね」

「あは。そうですね。私もお父さんとは親子になりたいです」

「どうして?」

「親子の縁は永遠に切れませんから」

あっさり放たれた強烈な答えに一同はぐきりと文月を見た。

父と呼んでいたのはそういう訳か。誰よりも強烈な愛情表現じゃないか。

「制度が無くて残念です~」

と言いながら、文月は提督の袖口をぎゅっと引っ張った。

「とりあえず、指輪を嵌めてくださ~い」

「解った。じゃ、手を出して」

文月の小さな細い指にリングを嵌めると

「えへへへへへー」

と、文月はにこにこ笑ったのである。

龍田は顎に手を当てて考え続けていたが、文月と提督の会話が一段落したのを見て口を開いた。

「旦那様ぁ~」

「なっ、なにっ!?」

「冗談ですよ提督。そんなに慌てないで」

「んで、なんだい?」

「浜風ちゃんのように、艦娘側から贈るのもありにしたんでしょ?」

「そうだね」

「それはそれで良いと思うのだけど、陸奥さん達や浜風ちゃんに平和を取り戻してあげないと」

「・・・なるほどね。このまま明日を迎えるのは良くないよな」

「はい~」

「何かいいアイデアがあるんだね、龍田?」

「ベストかどうかは解りませんけど、希望者窓口を作ってはどうかしら?」

「ふむ。でもどこで?」

「提督室だと秘書艦さんが普段のお仕事と合わさって大変ですよねえ」

「う、うむ。人数が読めないしな」

「事務方では・・・きついのね。解ったわ」

「すみません。今週は締め切りが重なってるんで」

「どうしようかしら・・・」

その時、すいっと加賀が手を挙げた。

「あの、ファンクラブで対応しましょうか?」

龍田がぽんと手を打った。

「なるほどぉ。良い手かもしれないわ・・・あ、提督の前でクラブの事言っちゃって良かったの?」

「もう打ち明けました」

「じゃあ提督とケッコンカッコカリしたい人は、ファンクラブの加賀さんを訪ねるという事で」

日向が心配そうに口を開いた。

「それなら秘書艦当番は落ち着くまで外すか?」

「・・・そうね、次の当番は3日後だけど、微妙な所ですね」

「なら飛ばしておく。それと、応援は要らないか?」

提督が首を傾げた。

「ファンクラブに入った子でも20名位だろ?半日くらいで済むんじゃないか?」

全員が提督を睨んだ。

「ひいっ!」

「甘い。甘過ぎです。」

「羊羹に練乳かけたくらい甘いです」

「何その凶悪なデザート」

加賀が溜息を吐いた。

「まぁ、明日になれば解りますけどね」

日向が返す。

「解ってからでは遅いだろう。加勢しようか?」

比叡がにこっと笑うと

「私、明日オフですから手伝えますよ!」

加賀が申し訳なさそうに

「そうですね・・すみませんけど、日向さん、比叡さん、お手伝いを願えますか?」

と言った。

 

 



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加賀の場合(7)

 

提督と加賀のケッコンカッコカリが特大号で報じられた翌朝。

 

朝食に向かっていた金剛4姉妹は、掲示板に大きく張り出された紙に目を止めた。

「お知らせ・・デスね」

読み始めた金剛の隣に、榛名がそっと寄った。

「何のご案内なんですか?」

霧島は概要欄を読み、ふうんという表情で頷いた。

「なるほど、提督とケッコンカッコカリを希望する場合は、ファンクラブに申請すれば良いそうです」

比叡が溜息を吐きながら肩をすくめた。

「それを決める為に、昨日は大騒ぎだったんですよ~」

榛名は掲示板から目を離さぬまま尋ねた。

「要するに、私達から提督へ求婚出来るって事ですか?」

比叡が頷いた。

「そうです。昨日、浜風ちゃんが提督にケッコンカッコカリを申し込んで、良いって言われたんです」

霧島が続きを促した。

「特大号のエンタメ欄で報じてましたね。で、何が大騒ぎになったのです?」

「ほら、指輪のデザインを浜風さんが決めた物に統一する事にしたでしょう?」

「ええ」

「そしたら浜風さんと注文先の陸奥さんに出来たのか出来たのかと問い合わせる人が殺到して」

「あー」

「終いには扶桑さんが床を剥がして工房に突撃しちゃって」

「・・あー」

「ですから、希望者を取りまとめようって事で、ファンクラブが窓口になったんです」

「だからこの張り紙って事ね。陸奥さんも・・とんだとばっちりですね」

霧島が頷きながら振り向いた。

「でも良かったですね。金剛お姉様も榛名お姉さ・・・あれ?」

霧島は二人が居た筈の空間と、遠くに見える砂煙を呆れた顔で見つめていた。

比叡が先に口を開いた。

「わ、私も窓口の受付手伝うし、窓口開くの10時からだから・・・あと3時間はあるんだけど・・・」

霧島が肩をすくめた。

「朝食を召し上がってから行っても遅くないでしょうに・・・ん?」

霧島は、掲示板の前で食い入るように張り紙を読む涼風を見つけた。

読み終えた涼風はキッと受付のある方角を睨むと、

「ちぃ!アタイとしたことが出遅れたよ!!メシ食ってる場合じゃねぇぇぇぇ!!!」

と、声をかける間もなく一直線に駆け出して行ったのである。

霧島はふと足元を見た。

なんとなく、掲示板の所から会場の方に向けて、砂が抉れている気がする。

「・・・比叡姉様」

「なに?」

「・・・朝食は、しっかり召し上がった方が良いと思います」

「ほえ?なんでですか?」

「予感です。恐らく昼食を召し上がる時間は無いかと」

比叡は霧島の視線の先を見た。地面に何か書いてあるの?

 

同じ頃。

加賀は赤城に頼み、普段より早めに起こしてもらっていた。

勿論会場の準備をする為である。

受付まで立って並ぶのは可哀想だと考え、比叡達より先に会場へ行き、椅子を並べておこうと思ったのだ。

用意を済ませ、出かけようとすると赤城が

「今日は私も秘書艦当番では無いので、お手伝いしますよ!」

と力こぶを作って見せた。

加賀は少し躊躇った。御礼を用意していなかったからだ。だが、赤城は見透かしたかのように、

「別に手伝うたびに御礼なんて要らないですよ。友達の窮地は救うのが戦友というものです」

と、にこっと笑ったので、お願いする事にしたのである。

二人が事務棟の脇を回り、会場に指定した集会場が見えた時、ぎくりと立ち止まった。

赤城が言った。

「なんか黒い塊のようですね」

加賀はごくりと唾を飲んだ。皆が動き出すのが予想より遙かに早い。しかも多い。

まだ朝食の時間が始まって間もないと言うのに。

加賀はインカムをつまんだ。

「加賀です。日向さん、比叡さん、現状を教えてください」

「日向だ。朝食を取り終える所だが、どうかしたか?」

「比叡です。これから朝ご飯ですけど?」

「まず、比叡さんはしっかり召し上がってからお越しください」

「はい?」

「日向さん、召し上がった量で、仮に昼抜きになっても大丈夫ですか?」

「・・・・そんなに酷いのか?」

「酷いです」

「・・・すまない。ご飯をもう1杯頂いてくる」

「召し上がった後、事務棟と提督棟の間の茂みにいらしてください」

「・・・会場ではなくてか?」

「はい。まずは状況をご覧頂いて、覚悟を決めて頂かないと」

「・・・更に応援を呼ぶか?」

「どなたか可能でしょうか?」

「まだ今日の出撃には早いから、長門に少しだけ来てもらうのは可能だろう」

「なるほど、長門さんなら、あの大群衆を突破して会場に入れるかもしれません」

スピーカーからごくりという音がした。比叡だった。

「あ、あの、そんなに大勢並ばれてるんですか?」

加賀は溜息を吐いた。

「ファンクラブ全員は想定通りですが、メンバー以外の方が大勢居られます」

 

「あ・・・あの群衆はなんなんだ?」

草むらの陰からそっと覗いた長門はすぐに顔をひっこめ、加賀の所に戻ってきて声を潜めながら継いだ。

「まさか、全員応募者なのか?」

加賀はそっと頷いた。

「今日、集会場を使う予定は私達だけです」

日向は肩をすくめた。

「手続きは1人当たりどれくらいかかるんだ?」

長門がふうむと顎に手を当てながら答えた。

「提督と書いた時は記載項目に迷った事もあって・・・3時間くらいかかったぞ」

重苦しい沈黙が訪れた。

「皆、こんな所でしゃがんでどうしたんだい?」

加賀達が声の方を見ると、時雨がきょとんとした顔で立っていた。

「は、早くこっちに!見つかってしまいます!」

加賀はぐいと時雨の手を引っ張った。

「わわっ!」

 

「なるほど、1人3~4時間の手続きをあの人数に対して行うのは無理だよ」

「や、やはりそうだよな」

「困りました」

時雨はふむと考え込むと、

「今、書類手続きまで済ませないといけないのかい?」

加賀は溜息を吐いた。

「ケッコンカッコカリとして確定するには必要ですからね」

時雨は壁の陰から顔を半分だけ出し、群衆を詳しく偵察した後、そっと戻ってきた。

「並んでる人を見るとLV99の子は居ないようだけど・・・」

「99の方で、希望しそうな人には提督が渡してしまいましたからね」

「・・・だとすると、今手続きをしてもLVが足りないから書類が無駄になると思うよ」

時雨の指摘に、加賀がポンと手を打った。

「なるほど、では今回は仮予約として、注意事項や費用を説明し、承諾した人のお名前を貰いましょう」

「そうだね。そしてその人がLV99になってから、個別に手続きと支払をすれば良いと思うよ」

比叡がやっと笑った。

「それならすぐ終わりますし、陸奥さん達にも迷惑はかからなくなりますね」

長門が頷いた。

「そうだ。あれだけ大勢を相手にするなら今回の手続きは出来るだけ簡素化した方が良いだろう」

加賀は時雨の手を取った。

「時雨さん、お知恵を貸して頂き助かりました」

「僕は何もしてないよ。早く終わると良いね」

「そういえば時雨さんは、並ばれないのですか?」

時雨は急にもじもじすると、

「ぼ、僕は、その、出撃しないから・・申し込んでも迷惑かな・・って」

加賀はにこりと微笑むと

「同じ事を文月さんも仰ってましたが、提督は戦闘力強化の為だけじゃないよと返してましたよ」

「あ、う」

「ですから、お気持ちのままに」

「ま、まだ、LV40位だけど・・」

「いつまでに、という期限も無いですから」

時雨は顔を真っ赤にすると、

「そ、そそ、それじゃ、後で、じ、時間があったら、いくよ」

と、小さく小さく呟いた。

加賀は頷いて微笑んだ。

「今週一杯開けてますからね」

 

 



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加賀の場合(8)

 

 

提督と加賀のケッコンカッコカリが特大号で報じられた翌日。午前9時50分。

 

「皆!待たせた!これより受付を始めるぞ!さぁ、係官に道を開けよ!」

長門の良く通る声が響き渡ると、群衆はざあっと集会場の入り口から退いた。

加賀は長門に近寄って囁いた。

「そろそろ出撃のお時間でしょう?後は我々で何とかします」

「大丈夫か?」

「はい」

「・・解った。ではすまないが、頼む。集会場に入るまで外から見張っておく」

「助かります」

加賀は途中で1度だけ振り向いて長門に微笑みかけると、集会場に入って行った。

 

「・・・ご用意頂く費用、注意事項は以上です。応募されますか?解りました」

加賀はカリカリと書類に名前を書き込む足柄を見ながら、心から時雨に感謝していた。

当初計画通りに書類手続きまでやろうとしたら徹夜しても今週中に終わらなかっただろう。

応募者は予想をはるかに超え、昼休みには大行列になってしまった。

普段は規律の乱れにうるさい那智でさえ

「並べば求婚出来ると聞いてな」

と、昼休みから妙高型4姉妹に天龍までが並び、午後の授業開始時間になってもそのまま並んでいた。

龍田が一瞬現れたが、5人の様子を見て溜息を吐きながら帰って行った。諦めたのだろう。

当然、講師が居ないので休講となる。すると受講生も午後の早い段階から

「休講なら並んじゃおうよ!」

と、列に並び出した。

夕方、出撃から帰って来た長門は

「な、なな、なんだこれは・・・」

と、朝よりも長い行列にのけぞったが、顔をしかめ、ずずいっと列に分け入り、

 

「ええい!加賀達係官の負担を考えよ!ここから後は明日以降にせよ!提督は逃げん!手続きは出来る!」

 

と言って、その時集会場の入り口に並んでいた天龍を境に、その後ろを全て追い返したのである。

加賀はゆらりと入口を見上げると、長門が良い笑顔でうむと頷いた。

さすが、提督が一番先に求婚しただけの事はあります。まるで救いの女神のようです。

 

「書き終わったわ!これで良いかしら!」

「ええ、問題ありません」

「・・・っしゃああああああ!!」

最後だった足柄達とつられた天龍が万歳三唱をしている間、加賀達は書類を整え、片付けに入っていた。

「記載済の書類は提督室の金庫で預かってもらいましょう」

日向が答えた。

「そうだな。今日は伊勢が秘書艦だから話も通じるだろう」

「皆さん、まとめられましたか?」

憔悴しきった赤城と比叡は突っ伏してえへへと笑うばかりであったので、加賀と日向が整えた。

何せ昼食どころか休憩も全く取れない状態だった。赤城が12時間以上食べずに居るなんて奇跡である。

加賀も相当しんどかったが、

「後は私が運びますので、皆様は食事に。食堂が閉まってしまいます」

と、皆を促した。

 

コンコン。

「はーい、どうぞー」

伊勢の元気で大きな声に苦笑しながら、加賀は提督室のドアを開けた。

「・・加賀、何かやつれてないか?」

「多少」

「書類を全員に書かせたのかい?」

「いえ、今日は仮申込です。正式な書類はLV99になった時に用意する事にしました」

「それが正しいよ。今日の書類は一人当たり何枚組なんだい?」

「1枚です」

「それにしてはやたら枚数が多いね・・鎮守府中の艦娘が希望を出したのかい?」

「むしろ受講生から人気です」

「なんでだろう?」

「先日の8艦隊包囲事件の時に日向さんを守った事とか」

「あ、ああ。あれはもう夢中だったからなあ」

「あと、あ、あの、ええと」

「ん?」

「そ、その、わ、私への、こっ、告白の・・記事で」

「お、おお・・」

伊勢は肩をすくめた。

提督まで加賀につられて頬染めちゃって・・初々しい事。

でも、この場にいる私はどうすりゃいいのっていうか、明らかに浮いてるよね。

高エネルギー空間展開中ってこういう事なのかなあ。日向の好みは良く解んないわ。

まぁ、妹の命の恩人だし、良い上司だけどさ。

「それで・・ええと・・用件を聞いても良いかな?」

「あ、ごめんなさい。この書類を失くすと大変な事になるので、金庫で預かって頂きたいのです」

「まぁ良いか。伊勢、悪いけど仕舞っておいてくれるかい?」

「はーいはい」

その時、加賀のお腹がくぅと鳴った。

途端に耳まで真っ赤になった加賀は

「あ、あの、その、失礼しますっ!」

といって出て行こうとしたが、

「待て加賀、今から行っても食堂は間に合わんぞ?」

という提督の声に振り返った。

時計を見ると食堂のオーダーストップになる時間だった。

「まだ夕食を取ってなかったのか?」

「今日の受付分を捌くのに手間取ってしまいまして」

「手間取ったというより、件数が多過ぎたんじゃないのか?」

「う」

「・・・ん、よし」

提督は立ち上がると、

「伊勢、すまないが今日は仕舞にする。片付けを頼む。私は出る」

「・・・あー、なるほど。まだ鳳翔さんの店なら間に合うわね」

「そう言う事だ」

「提督は食べてるんだから、更に食べると太るよ~」

「デザートでも頂いておくよ」

「あ!良いんだ」

「・・そうか」

提督は戸棚からカステーラを1本取り出すと、

「日向と分けて食べなさい。加賀、行くぞ」

と言いながら提督室を出て行った。

伊勢はによんと笑った。平静を装いながら加賀と手をつないでるの、しっかり見ちゃったもんね。

提督の机の上にカステーラを置くと、ぽんぽんと叩いた。

ま、こうやって面倒な用事を頼めばきちんとケアするから好かれるわよね。

「さて、と。片付けますか!日向もさぞ疲れてるでしょ!」

伊勢はコキコキと指を鳴らした。

 

サク、サク、サク。

月明かりの中、砂を踏みしめながら、提督と加賀は黙って手をつないで歩いていた。

提督の考えと意識はずっと1点に集中していた。手をつないだままで良いのか離すべきか。

部屋を出る時、きっと加賀は遠慮すると思い、深く考えずに手を取ったのである。

だが、外を歩く段になって大胆な事をしてる事に気づき、離した方が良いのかずっと考えていた。

こんな悩みを山城辺りに知られたら1ヶ月は笑われそうだ。

ちらりと加賀の表情を盗み見る。

月明かりだから良く解らないが、少し俯いて、でも怒ってる雰囲気ではなさそうだ。

鳳翔の店の引き戸を開ける時にそっと放してみよう。うん、そうしよう。

 

 



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加賀の場合(9)

 

提督と加賀が鳳翔の店に向かう途中。2020時。

 

 

「・・・・」

加賀の心拍数は人生最速をマークしていた。

鼓動が大き過ぎて耳元で心臓が動いてるかのようだ。

空腹と重なってくらくらしてきた。

確かに鳳翔さんの店は食堂より遅くまで夕食を出してくれるが、それでも時間に余裕はない。

でも、提督と二人で晩御飯などと言われ、もし手を引かれなかったら一晩は余裕で悩んだ筈だ。

あ、あれ?待ってください。

夜に二人きりで手をつないで歩くって、これは逢引き・・という奴ではありませんか?

今気付きました。

て、てて、提督と二人きりでディナーデート・・・夢を見てるようです。

お願いですから夢オチなんて言わないでください。

あ、手を握る強さはこれで良いのでしょうか?

変に思われてないでしょうか?

へ、変といえば変な顔になってないでしょうか?

ど、どこかに鏡は無いでしょうか?

 

売店の陰で2つの人影が身を隠すように動いた。

川内と響だった。

「提督と加賀さん、どこ行くんだろうね?で、なんで私達隠れなきゃいけないの響?」

「むぅ・・むむぅ・・」

「・・どうしたの?柱を握りしめて」

「デート・・羨ましい」

「あー、まぁデートのようにも見えるね」

「手をつないでる。間違いなくデート」

「え?・・あぁ・・そう・・だね。良く見えたね」

「うぅう・・・リア充爆発しろと言いたいけど、加賀と提督には恩がある」

「そうだねえ。二人のおかげで私達はここで会えたんだもんねえ」

「でも、でも、加賀さんちょっと交代しろ・・いやいやいやいや何言ってるんだ私」

しゃがみこむ響の頭をぽんと撫でると、

「今朝一番に申し込んだんでしょ?ケッコンカッコカリしたら、手をつないでデートすりゃ良いじゃない」

「私はまだLV25だよ。先がどれだけ長いか解るだろう?」

「頑張って出撃したらあっという間だよ!」

「・・・そうかな」

「そうだよ」

「・・・でもその前に手をつないで歩きたい」

「単に手をつなぐだけなら書類でも渡す時に」

「そうじゃない」

「・・・あとは提督やファンクラブと相談するしかないんじゃない?」

むむむうと真剣に考えだす響の頭を川内はわしゃわしゃと撫でた。響はかわいいなあ。

 

迎賓棟の裏で、20回目のシャッターを切り終えた青葉はにまにま笑っていた。

提督も加賀さんも初々しいですねえ。望遠レンズ持って来てて正解でした。

だが、カメラで撮影結果をプレビューして愕然とする。

全部ブレてるじゃないですか!ああこれも!これも!これでは使い物になりません!

昼間は良いのですが、夜は本当にダメですね・・

ふむぅ、これは新しいレンズを買わねばなりません。600mmF4とか!

とりあえずはフラッシュを持ってきましょう。今後の事は衣笠に相談しましょう!

まぁ写真は残念な事になりましたが、週刊連載記事の「噂のあの子」として使えそうです。

もう少し取材を進めましょう!

 

「つ、着いた、ぞ・・」

「はい・・あ」

「ん?な、なんだ加賀?」

「い、いえ、手・・」

「つ、つないだまま入るか?」

「あ、そ、それは、あの、いえ、いいです」

「よ、よし、入るぞ」

チリンチリンと扉が開く鈴の音に鳳翔は振り返った。

そこには真っ赤な顔をした提督と加賀が針金のようにぎこちない姿勢で立っていた。

あらあら、青葉さんの記事は今回誇張無しのようですね。

「いらっしゃいませ、今日は飲み・・ですか?」

「ち、違うんだ鳳翔。加賀の晩御飯を見繕ってくれないか?」

「あら、まだ召し上がってなかったのですか?」

「例の受付で間に合わなかったらしいんだよ。美味しいのを頼む」

「提督とお二人分ですか?」

「私は食べてるんだが、付き合いで軽くお茶漬けでも貰おうかな」

「解りました。お待ちください。席は・・奥のテーブルにどうぞ」

「ありがとう」

 

テーブルを挟んで向かい合った加賀と提督は、カチコチに緊張していた。

「か、加賀・・」

「あ、あの、て、提督、な、なんでしょうか?」

「い、いや、その・・・あ、て、手続き件数はどれくらい・・だった?」

「ま、まだ、数えておりません」

「そ、そう、か」

「い、今から数えてきましょうか?」

「い、いや、いい」

「は、はい」

それっきり、互いに顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

 

「あー、奥の方に薪ストーブでもあったかしら。ここまであっついわー」

すっかり出来上がっていた足柄はぽつりと言った。

「まぁ結婚2日目だからしょうがないんじゃね?」

隼鷹が返した。

「新婚ほやほや、微笑ましいですね」

高雄も頷いた。

「ああなりたいですか?」

榛名は手に持ったおちょこを足柄にぐいっと向けた。

今日はケッコンカッコカリを申し込んだ者同士という事で榛名も相席していたのである。

「えっ、私?」

「そうです!提督と逢引きするなら、どうしたいですか?」

真剣な眼差しの榛名はともかく、隼鷹と高雄は興味津々といった風情で見ている。

足柄は冗談としてネタに流すか真剣に応えるか迷ったが、

「・・・私が加賀の席に座ってたら、きっと訳の解らない事を喋りまくると思うわ」

と、本音をぶちまけた。

「何故・・そう思われますか?」

「だって、提督と二人きりでじっと黙ってるなんて、恥ずかしくて間が持たないもの」

「それもそうですね」

「なんか取り分けとか一生懸命やっちゃって、肝心な事は何も言えず・・あぁ見えるわ、ショボイ私が!」

「もう少し踏み込みたいけど勇気が出なくて踏み込めないって感じですか?」

「そう!それよ!きっとそう!家に帰った後で一人でうじうじ後悔するのよ!あぁもう嫌!」

「じゃあ踏み込めば良いじゃないですか」

「言ってくれるけどね、そういう榛名はどうなのよ?」

「はっ!?榛名ですか?榛名は良いです。つまらないです!」

「私にこれだけ恥ずかしい事を言わせておいて逃げるの?」

「へうっ」

隼鷹が榛名のおちょこに酒を注いだ。

「ほら、高速戦艦の最高峰はどうなんだよぅ。語ってごらんよぅ」

榛名は数秒間、じいっとおちょこを睨みつけた後、くいと一息で飲み干し、タンと置くと、

「はっ、榛名は・・提督の隣に座ります!」

「隣とな!」

高雄達3人はどよめいた。意外と大胆だ!

「そっ、それで、は、榛名は、榛名は・・・ふーふーしてあげます」

「ふーふー!」

「そして、そして・・・」

榛名はガッと徳利を掴むと中の酒を一気に飲み干して、

「あーんしてあげます!」

度肝を抜かれた3人が復唱した。

「ふーふー、あーんとな!」

「そうです!そっ、そして、そして、そのお箸で御飯を食べます!」

「間接キッス!」

「大胆!」

「計画的!」

「あ、あとは、あとは、しょっ、食後は・・食後は・・」

3人が榛名にぐいと近づいた。

「食後は!?」

榛名は目一杯顔を赤らめると、ぎゅっと目を瞑ったまま、

「ひっ・・・ひざの上で手をつなぎますっ!」

と、言い切ったのである。

 



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加賀の場合(10)

 

 

加賀が晩御飯を食べ始めた鳳翔の店。2040時。

 

 

足柄達のうぉおぉおおぉというどよめきを調理場で聞いた鳳翔は、ちらりと声の方角を見た。

榛名さんが真っ赤になるまで飲むなんて珍しいですね。お水をお持ちした方が良いでしょうか?

さて、加賀さんは前菜を召し上がったようです。メインのステーキと鉄板焼きをお持ちしましょうか。

「お待たせしま・・・どうされました?」

皿を加賀の前に置こうとした途端、加賀が突然、ガタリと立ちあがったのである。

加賀は真っ赤になってプルプル震えている。

「あ、あの、なにかお口に合いませんでしたか?」

心配になって鳳翔が聞くが、加賀は全力で首を振ると、

「・・・てっ」

「?」

「て、提督の・・横に、座ります」

「は、はぁ、良いです、けど・・」

提督は目を白黒させた。

榛名の声は良く通るので、当然提督と加賀にも筒抜けだった。

さっき榛名が言った事をやるつもりか?やるつもりなのか加賀!?

「そ、それではこちらに置きますね」

加賀の迫力に何かを察した鳳翔はさっとテーブルを離れた。

榛名達に背を向ける格好で、提督と加賀はちょこんと隣同士に座った。

後ろの方でどよめき声がする。足柄達だろう。

鳳翔が足柄達に「あまり囃し立ててはいけませんよ」と叱る声を聞きながら、提督は加賀に言った。

「なぁ、加賀」

「はっ、はい」

「昼は食べられたのかい?」

「・・・いえ」

「それなら鳳翔のご飯をしっかり頂きなさい。私は昼も夜も食べてるんだし気にしなくて良い」

「で、でも・・・」

「そっ、それにだな」

「?」

「きょ、今日は、お礼をしたかったんだよ」

「え?」

「窓越しに見たよ、本当に凄い数が殺到したじゃないか」

「・・・」

「中には話題作りの為とか、友達が申し込むからってノリの子も居るのだろうが」

「確かに、費用と手続きを説明したら、考えると言って帰って行った子も、居ましたね」

「それでも、そういう子にも説明をしたのだろう。加賀はよく頑張ってくれたよ」

「日向、赤城、比叡も労ってあげてください」

「それは明日。今は加賀に、まずは加賀に礼を言いたい。ありがとう」

「そ、そんな」

「だからきちんと食事を取って欲しい。」

提督はそっと加賀の手を握ると、

「大事な加賀に倒れてもらっては困るんだ」

と、続けた。

加賀の血圧はうなぎのぼりに上昇した。見る間に耳まで真っ赤になっていく。

「・・あ、あ、あの、う、うしろ、み、見られ」

「何もやましい事はしていない。仮とはいえ、ケッコンしたのだから」

「え、えう」

「・・・か、可愛いぞ、加賀」

加賀はそこで意識がふっつり途切れた。

 

「加賀。朝よ、起きられる?」

「んん・・」

相変わらずのうっすらと靄のかかる視界の中で、加賀は目覚めた。

が、今朝は意識が急速にはっきりしてきた。

体はいつも通りなので、金縛りにあってるかのようだ。

それより。そんな事より。

・・・・・なんで私は布団で寝てるのだ?

声を掛けたのは間違いなく赤城だし、靄の先に見えるのは自分の部屋だ。間違いない。

でも、布団に入った記憶が無い。

それどころか部屋に帰って来た記憶すら無い。

動揺しながらも一生懸命思い出す。

ええとええと、一日ずっと受付をして、提督の所に書類を持って行って・・

て、手を優しく握ってもらって、鳳翔さんの店に連れてってもらって・・

お店で前菜を食べてたら榛名さんの声が聞こえて・・・

勢いで提督と隣同士に座って・・・

お礼を言われて・・

て、手を握られて、か、かわ・・かわいい・・かわいいって・・

「きゃあっ」

思わず手で顔を覆った加賀は、体が動いた事に更に驚いた。

まだ目が覚めてから10分も経ってない。

「あ、あれ?無理したらダメですよ?大丈夫ですか?」

心配そうな赤城の声に顔を真っ赤にした加賀は、そのまま10分位硬直していた。

恥ずかしくて赤城の顔を見られない。

結局起きるまでいつも通りかかったのである。

 

「ほんとに、加賀も加賀ですし、提督も提督です」

 

加賀から昨晩の事を訊ねられた赤城は、半身を起こした加賀の向かいに正座すると話し始めた。

「昨晩、加賀が倒れたと、鳳翔さんからインカムで連絡があったんです」

「お店に着いたら一足先に工廠長さんがいらしていて」

「提督は酷くおろおろしながら、加賀を助けてくれと叫びながら工廠長さんをわっしわっし揺さぶってて」

「あまりに激しく揺さぶられたので工廠長さんまで目を回しちゃって」

「結局私が加賀の状況を鳳翔さん達から聞いて、単にのぼせただけだと判断したんです」

「で、提督は長門さんに引きずってってもらって、私が加賀を背負って帰って来たんです」

加賀は真っ赤になりながら聞いていた。とんでもない醜態を晒してしまったようだ。

赤城はふぅと溜息を吐いた。

「昼夜とご飯を食べて無くてへろへろの中でも提督とランデヴー出来たのが嬉しかったのは解りますけど」

加賀は目を瞑った。どんぴしゃ過ぎてぐうの音も出ない。

「中学生じゃないんですから、手を握られたくらいで失神しないでください・・・」

加賀はぽつりと言い返した。

「だ、だって・・だって、ずっと想ってた・・・から」

赤城ははぁーあと深く溜息を吐くと、

「ま、そんなだからこそ提督は加賀を愛するのでしょうけど」

「うぇぇええっ!?あっ、ああああ愛!?」

「だから、これくらいでうろたえないでください。いつものクールな加賀さんが台無しですよ」

「でっ、でででででででででも」

赤城は加賀の頭にぽんぽんと手を置いた。熱があるんじゃないかという位頭が熱い。まったく。

「加賀は、提督と夫婦なんですよ」

「夫が妻を大事にするのは自然な事です。提督の優しさを喜んで、堂々と受ければ良いのです」

「あう・・」

「長門さんを御覧なさい、ケッコン後も変わらずしゃきりとしているではありませんか」

「そ、そ、そうですね」

「あ。エンタメ欄は諦めてくださいね」

「へ?」

「現場で青葉さんがバッシャバッシャフラッシュ焚いてましたし」

加賀はへちゃりと布団に伏した。もうエンタメ女王と呼んでください。いや、やっぱり呼ばないで。

「今朝は朝早くから販売所に皆さんが集まってたんで、1部買って来たんです」

がばりと加賀は起き上がると、手渡されたソロル新報のエンタメ欄をめくった。

そこにはデカデカとした文字で

「提督の愛の囁きに加賀轟沈!目撃者が語ったノックアウトの言葉!」

キンと硬直した加賀を見て、赤城が溜息を吐いた。

今日は外に出したらあっという間に囲まれて、全く仕事にならないでしょうね。

 

「おお赤城!加賀は大丈夫か!」

提督室のドアを開けた第一声がこれであり、赤城は溜息を吐いた。今日何度目の溜息だろう。

「大丈夫に決まってます。のぼせただけなんですから」

「で、でも、どこか打ってるとか、古傷が開くとか」

「倒れた時に頭でも打ったんですか?」

「何を馬鹿な事を言ってる!しっかり抱き止めたに決まってるじゃないか!

「じゃあ打ってるはずが無いじゃないですか」

「し、しかし、ほら、搬送中とかさ」

「私は100%素面でしたし、落としてもいないから大丈夫です。それより」

「あ、ああ、なんだ?」

「昨日の件がソロル新報で大々的に報じられて、加賀が硬直してるんです」

「・・・・あの記事は私も顔から火が出そうだったよ」

「ですから、今日受付の仕事をさせるのは可哀想です」

「・・・そうだな」

「それに」

赤城は本日の秘書艦である日向を見ると、

「今日は日向さんも秘書艦です」

「まぁ、そうなるな」

「昨日申請出来なかった子は今日来るに違いありません」

「そうだな」

「今週中は受け付けると言った以上、今日と明日は何とか開けなくてはいけません」

「そうだな」

「というわけで提督、やってください」

「そうだな・・・へ?」

「へ、じゃありません」

 

 

 



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加賀の場合(11)

 

 

加賀が倒れた日の朝。0750時。

 

仁王立ちする赤城に提督は恐る恐る聞き返した。

「えと、あの、なんで私なのかな?」

「今は閑散期です。」

「そ、そうだね」

「閑散期の提督業務代行程度なら事務方で充分可能です」

「あぁ、うん、そうだね」

「本件に携わっていて、他にヒマな方は居りません」

「・・・あの、赤城さん」

「なんでしょうか?」

「もしかして怒ってる?」

「もしかしなくても怒ってます」

「一応、理由を聞いて良いかな?」

カッと赤城は目を見開くと

「親友に恥をかかせてくれたからです!」

「そ、そんな、確かに手を握ったけど愚弄するつもりは全く無いんだよ赤城、私は」

赤城はピッと人差し指を提督に向けた。

「加賀に直接言った諸々の事ではありません!」

提督は赤城のあまりの迫力にのけぞった。

「えええっ!?」

「加賀が倒れた後のうろたえようは一体何なんですか!みっともないにも程があります!」

「ぐふうっ」

「挙句の果てに翌朝まで「どこか打ってないかぁ、心配だぁ心配だぁ」って」

「・・そんな情けない顔してた?」

日向が頷いた。

「してた」

「ぐふっ」

「まったく!提督が情けない事をすればそんな人を夫にしたと加賀まで馬鹿にされます!」

「ぐおうっ」

「今日明日と受付を代わり、立派なダンナだと皆に示してください!」

「うっ・・ううっ・・・そ、それはその通りだけどさ」

「私も比叡も手伝いません!良いですねっ!」

バタン!

提督に一切の反論の余地を与えずに赤城は提督室を出たが、出た後で日向にインカムで囁いた。

やり方は教えてあげてください、時折様子は見てあげてください、と。

赤城からのインカムを聞いた日向はふっと笑うと、提督に言った。

「よし、昨日何を説明したか言うぞ、必要ならメモを取ってくれ」

「すまんな日向」

「なに、昨日のカステーラのお礼だ」

「・・・・美味しかった?」

「美味しかった」

「今度、カステーラの店に一緒に行こうな」

「それは楽しみだが、まずは今日明日を乗り切る事が優先だ」

「そうだな・・・よし、教えてくれ」

「うむ」

 

11時。

本人は変装のつもりなのだろうが、サングラスをかけて頬かむりをした解りやすい加賀が寮のドアを閉めた。

さささと木立を抜け、集会場の裏口の扉をそっと開け、周囲を見回してから後ろ向きに入った。

しかし。

中には腕組みをして仁王立ちする赤城が居た。

「加賀」

加賀は5cmは飛び上がった。

「ぴっ!」

「何しに来たんですか?」

加賀は滝のような汗をかきながら、やっとの事で振り返った。

「ワッ、ワターシ、カガチガーウヨ?」

赤城はジト目になりながらフンと息を吐いた。

「3文芝居にもなってませんよ。手伝いは禁止と言ったでしょ?」

「ううっ」

もじもじする加賀を見て、赤城は手でうなじを掻いた。

「・・・そこの隙間から覗いて御覧なさい」

加賀は言われた通り、そっと受付の方を覗いた。

果たして大勢の艦娘と提督が居たのだが、レイアウトが昨日とまるで違う。

昨日は長机を4つ並べ、加賀、赤城、比叡、日向が1人ずつに説明し、書類にサインをしてもらっていた。

しかし今日は長机は8つになり、3人ずつ座って黙々と書類を読んだり書いたりしている。

提督はと言うと、壁に大きく書いたケッコンカッコカリの資料を示しながら、大勢の艦娘に説明している。

「・・というわけで、指輪は1種類です。指輪はデザイン中だからお楽しみに!」

はーいという揃った声を横耳で聞きつつ、加賀は赤城を振り返った。

「どういう事なんです?」

赤城は肩をすくめた。

「どうもこうもありません。提督御一人で残り2日間捌いてくださいと言ったんです」

「なんと酷い事を」

「加賀に恥をかかせたのだから当然です」

「わ、私はあれくらい」

「と・に・か・く」

「はい」

「日向さんから説明内容を聞いた提督は、資料を模造紙に大きく書いたんです」

「張り出されてるあれね?」

「はい。で、会場に来た提督は机をあの配置にしてから、艦娘を20人ずつ部屋に入れたんです」

「・・・」

「で、説明を聞いて、想像と違ったら帰って良い、合ってたら長机で仮予約書に名前を書きなさいと」

加賀はふむと頷いた。

確かに説明する内容は同じだし、一緒に聞いて困る物でもない。

聞いたうえで友達と相談して帰るのも自由という訳だ。

ノリで来た子も帰りやすいし、書類の記載項目は名前だけだから間違える物じゃない。

だから書くのは各自でやりなさい、という事か。

加賀は再び提督を見た。

「・・説明は終わり。これで良ければ仮予約書の注意事項を読んで、OKならサインして籠に入れて欲しい」

提督がにこりと微笑むのを合図に、艦娘達がわいわいと立ち上がった。

長机に向かうのは1/3という所で、残りは提督に群がったのである。

その内の一人が提督に色紙を差し出した。

「サインお願いします!」

「うーん、サインなんて署名しか書いた事無いけど、それでいいかな?」

「良いです!」

提督は受け取ったマジックで「念力岩をも通す」と書いた後に自分の名を記し、手渡した。

「わぁっ!ありがとうございます!帰ったら司令官に自慢します!」

「司令官も、自分も、大切にしなさい。思いはきっと、叶うから」

「はい!」

その子の頭をわしわしと撫でた後、

「じゃ、次の20人、入っておいで!」

と、言ったのである。

加賀は頷いて赤城を振り返った。

「提督は御一人で、対応方法を変えて、私達の何倍ものペースで仕事してますね」

赤城はがりがりと頭を掻いた。

「大変さを解ってもらおうと思ったんですけどね、完敗です」

「ええ」

加賀は再び提督を見て目を細めると、

「さすがは私の旦那様です」

と、満足気に呟いた。

 

日が沈む頃には希望者の対応を終え、提督は机の籠に入った書類を整えていた。

「お疲れ様でしたっ」

「提督、見事だった」

振り返ると、にっと笑う赤城と微笑む日向が居た。

「いやぁ、本当に昨日は大変だったんだなって良く解ったよ。やってみるもんだね」

「・・あれ?ぶちぶち文句言わないんですか?」

提督は肩をすくめた。

「元はと言えば私が浜風に承諾し、他の子もOKと言ったからだ。自業自得だよ」

「ふーん」

赤城はじとーっと提督を上目遣いで見た。

「な、なにかな赤城さん?」

「強がりの割合は?」

「じゅ、10%・・・かな。あははっ」

「・・本当は?」

「すいません5割です。すっごい疲れてうんざりしました」

「正直で宜しい」

「恰好位つけさせてくれよ」

「それなら昨晩格好つけてくださればよろしかったのです。大勢に醜態を晒しておいて何を言いますか」

「うげふっ」

「・・まぁまぁ赤城、そういじめるな」

「日向さん、こういう事で甘やかすのは良くないですよ」

「提督も反省しているだろう。な?」

「そうだね。人の目をきちんと気にして、恥ずかしくないダンナとして生活しなきゃいかんな」

「まったくです」

「脱走もみっともないから、金輪際止めるんだな」

「ふえっ?そ、それとこれとは」

「止・め・る・ん・だ・な?」

「・・・はい」

日向の冷たく鋭い眼光にしゅーんと俯きながら頷く提督に、日向はうむと深く頷いた。

「そもそも、提督が旅の供をしろと言えば喜んでついて行くぞ」

「・・そうかなあ」

「私は行く」

「・・そっか」

「そうだ」

赤城はフンと息を吐くと

「まったく、親友を預けて良いのかとっても不安です」

「そ、そう言わないでくれよ」

「・・・と、言いたいところですが、これ以上説教すると加賀が艦載機を繰り出して救援に来そうなので」

「へっ?」

「良いですよ、入ってきてくだ」

入口を振り返った赤城は言葉が引っ込んだ。

加賀が宙を舞っていたからである。

「提督ぅぅぅっ!!!!」

そのまま加賀は、提督に飛び込んだ。満面の笑みで。

「ぐふおうっ!」

全力で飛び込まれた提督は辛うじて抱き止めると

「昨晩は恥をかかせてすまなかったね加賀、うろたえないように気を付けるよ」

「私こそ・・私こそ、お店で気を失うなど、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「良いんだよ加賀」

「大好きです提督。お会いしたかったです」

「私もだよ」

ぎゅむっと抱き合う二人に赤城は溜息を吐いた。

なんか、いくら説教してもあっという間にダメエネルギーを補充してそうな気がします。

リコンカッコマジってないでしょうか?

 



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加賀の場合(12)

 

希望者受付2日目が終わった夕方。

 

赤城はぼりぼりと腕を掻いた。もういい加減、ベッタベタなラブコメ展開が痒過ぎます。

同意を得ようと日向を見ると、日向は人差し指を軽く咥えながらぽつりと

「良いなあ」

と、呟いていた。

赤城はがくりと肩を落とした。どこもかしこもこんちくしょう。味方は居ないのですか。

本当に、本当にもう、誰か空爆を許可してください!

「赤城、赤城」

声のほうを見ると、伊勢が入り口で手招きをしている。

「なんですかー」

「なんか、疲れ果ててるわね」

「エネルギー吸われますー」

「あー・・傍目にも解るベッタベタのラブコメ展開ね」

「16インチの至近弾受けるより心の疲労が大きいですー」

「ところでその、聞かれて困ってる事があるんだけどさ」

「なんですかー」

「提督ファンクラブって、受講生でも入れるのか、と」

「えー」

「えーって」

「知りませーん」

「誰か解らないかなあ」

「加賀なら解ると思いますよー会長ですからー」

「すっごい投げやりだな」

「もう槍でも棒でも投げますよー」

「解った解った。そろそろ夕飯の時間だから食べてきなって」

「うー」

よろよろと歩いていく赤城を見送ると、伊勢は室内の様子をちらりと見て溜息を吐いた。

質問出来る雰囲気じゃないわね。明日出直そう。

長門は偉いなあ。ケッコンカッコカリをしてもそれまでどおりだったもの。

加賀は解りやすいラブラブカップルやってるから周囲が疲れるわ・・・

 

長門はとぼとぼ歩いていく伊勢を見つけ、声を掛けた。

「伊勢、どうした?」

「あぁ長門さん。なんかラブコメビームにやられたわ」

「ラ、ラブコメビーム?なんだそれは」

「集会場行ってみれば解るけど、お勧めはしないよ~」

「お、おい・・行ってしまった。大丈夫なのか伊勢は・・・」

長門は数秒思案したが、

「敵の新兵器なら対応を考えねばならないな」

と、集会場に向かった。

 

ガチャリと集会場を開けた長門は中を見て、ごしごしと目を擦った。

あの鉄仮面と言われた加賀があんなデレ顔をしているのを初めて見た気がする。

提督の顔にしまりがないのは見慣れてるから平気だが。

で、傍で日向は指を咥えて何をやってるんだ?

この中の誰に声をかけるといったら・・・

 

「提督、何してるんだ?」

「あ、長門。おかえり。演習はどうだった?」

長門は違和感にぞくぞくした。

普通、これだけ会話すれば加賀はすすっと離れる筈だ。

だが離れるどころか表情すら変えず、抱きついたままだ。

「あ、ああ。順当にS勝利してきたんだが・・・」

「それは何よりだ」

提督は苦笑しながらそっと加賀を離そうとしたが、加賀はびたりと張り付いて離れない。

「す、すまん。ええと、しっかり補給を済ませなさい」

長門がすうっと無表情になった。

「解った。・・・ところで加賀」

「・・・」

「加賀」

「・・なんでしょうか?」

長門はつかつかと加賀の傍まで行くと、耳元で

「喝!!!!!」

と大声で怒鳴ったのである。

「ひっ!」

「目が覚めたか!」

「あ、あわわわわわ」

ぴよぴよと頭を揺らしたままの加賀に、

「自らの愛の為に、愛する者や周囲に迷惑をかけるな!時と場所を考えよ!それが出来ぬお主ではあるまい!」

と、厳しく言い渡したのである。

加賀ははっとして提督を見た。

「ま、またご迷惑をかけてしまいました」

「んー、こういう事は、お休みの日とか、デートの時にしような。示しがつかなくなる」

「・・はい」

提督は長門の方を向くと

「すまない、私が言うべき事だ」

長門はフッと笑うと

「そうだが、私の旦那様はそういう事に長けてないからな」

「うっ」

「この位の肩代わり、この長門、いつでも請け負うぞ」

「・・・いや、これで最後にするよ」

「そうか?」

「ああ。長門の旦那はちゃんとしてるぞって、納得してもらうためにな」

長門はニコッと笑った。

「ちょっとだけ、期待しておく」

「ちょっとだけか」

「ちょっとだけ、だ」

長門はパチンとウインクすると、

「弱い所もまた、提督の一部だ。私は丸ごと受け入れると決めた。だから弱さも受け入れる」

提督、加賀、日向は長門をじっと見た。

「な、なんだ?」

「かっこいいなあ長門」

「はい」

「うむ。ちょっと惚れた」

長門は頬を染めると、

「みっ、皆してからかうな!加賀!日向!迷惑をかけるなよ!」

と言いながら部屋を出て行った。

「さぁて、じゃあ書類を金庫に運ぶかね」

「手伝うぞ、提督」

「赤城さんに怒られないかな?」

「心配要らないわ。万一の時は私が盾になりますから」

「親友同士で喧嘩しちゃダメだよ。赤城は君の為に私を叱ったのだから」

「私達、です」

「なんだ、加賀も叱られたのか」

「はい」

「じゃあ叱られた者同士、しっかりやろう」

「ええ」

くすくす笑いながら、加賀達は書類をまとめて会場を後にした。

 

3日目。

 

案の定、時間ぎりぎり、最後の最後に現れたのは時雨だった。

もう他に誰も居なかったので、提督はマンツーマンで説明すると、

「どうする?サインするもしないも自由だし、これは仮申込みだから気が変わっても平気だよ」

と言ったが、時雨は意を決した顔で

「あ、あの、か、書くよ。書くために来たんだ」

と言いながら持参したペンを握りしめていた。

「提督、そろそろ時間ですよ」

入口の方を向くと、加賀が立っていた。

「ありがとう加賀。時雨が書き終わるまで待ってて欲しい」

「では、出来ている書類を集めますね」

「頼む」

その時、時雨が顔を上げた。

「提督、書き終えたよ。1つ質問しても良いかな?」

「うん、なんだい?」

「昨日から演習申請書の提出件数がうなぎ登りなんだけど、知ってるかい?」

「・・・へ?」

「そう、だよね。事務方で代行してるから知らないだろうと思ったんだ」

「どういうことだい?」

「僕も昨日は解らなかったんだけど、きっと皆、LVを早く上げたいんだと思う」

「なぜ演習で?」

「だって提督、出撃海域は近海に限定してるじゃないか」

「あぁ、解除してないね」

「だから、特に高LVの子がLVを上げるには、演習しか手が無いんだ」

「確かに近海で百そこらのEXPを貰っても、高LVの子には嬉しくないね」

「うん」

「かといって、いきなり外洋の高難度海域に出て良いなんて言わないよ私は」

「そうかい?LV50ともなればオリョールでも余裕だよ?北方でも安定して回れると思うけどな」

「油断大敵だ。特にLV上げが目当てなら、普段はしない焦りが出そうだしな」

「まぁ、そうだね」

「だからあえて、制限は解除しない」

「それなら、演習の交通整理というか、ルール付けが必要だよ。今は先着順だから」

「骨肉の争いになるって事か」

「既に順番争いが酷いよ。今は不知火が捌いてるけど制御不能になるのも時間の問題だよ」

「解った。至急ルールを検討しよう。ありがとう時雨」

「ぼ、僕が出来るのは、こういう事だから」

「他の人は教えてくれなかった。その細やかな気遣いはそう簡単に真似の出来ない事だよ」

「う、うう」

提督は時雨の頭をよしよしと撫でながら

「ほんとに、いい子に成長したな」

と言った。

時雨はふよふよと立ち上がり、

「じゃ、じゃあ僕はしちゅれいするよ」

と、少し舌を噛みながら出て行った。

 



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加賀の場合(13)

リクエストにお答えしまして、あの子にご登場頂く為、ちょっと加賀編を延長します。


 

 

希望者受付が終わった翌日、午前。

 

「演習申請は応募多数につき受付中止。 事務方」

入口に貼られたこの張り紙を見て、怨嗟のうなり声を上げながら一人、また一人と帰って行く。

再開時は教えてねと声をかけていく子はまだ良いのだが、何とかしてくれと陳情に来る子も居る。

この為、お人よしの叢雲や時雨は事務所の奥に席を移し、交渉に強い初雪、不知火が窓口側に陣取った。

これで迎撃体制はカンペキだと思っていたが、今朝訊ねてきたこの子は迫力が違った。

「なんとかしてください!お願い!最後尾でもなんでも良いですから!」

「ダァメ」

「おっ!お願い!お願いだから!」

「却下」

「そこをなんとか!お願い!」

「・・ダ、ダメったら、ダメ」

「一刻も早くケッコンカッコカリしたいの!ねぇ!見逃して!」

「うぅぅうぅう」

1番手の初雪が押し切られそうになり、不知火が加勢した。

「空き枠が出たらすぐにお知らせしましょう」

「いつになるか解らないじゃない!」

「す・ぐ・に、お知らせします!」

「空き自体がいつ出るか解らないじゃない!演習は毎日10枠60隻分しかないんだから!」

「そ、それはどこの鎮守府でも」

「最後尾に入れておいてよ。すぐ知らせてくれるなら一緒でしょ!それで今日は帰るから!ねっ!」

「う、ううっ」

元々諦めの良い子は張り紙を読んで尚入ってくる事は無いので、ある程度覚悟はしていた。

しかし、それでもこの子は凄い迫力だ。

ついに不知火さえ後ずさりし始めたその時。

「どうしたんですか~?」

と、ニコニコ笑いながら文月が出てきた。

叢雲はあぁと小さく言うと目を瞑った。あの子、可哀想に。自業自得ではあるけれど。

叢雲は昔、この事態を「仏の文月」と呼び、あっという間に定着した。

文月から意味を尋ねられた時、叢雲は澄ました顔で

「ニコニコとした笑顔が仏様のように見えるからよ」

と答えたが、実際は・・・

「文月さんお願いよ!演習に入れて!なっ、何でもします!」

「なんでもするんですか~?」

「はい!何でもします!」

「んー、仮予約書の写し、お持ちですか~?」

「はっ!はい!ここに!」

差し出された書類を文月は受け取ると、

「じゃ、没収しますね」

と言って、そのままスタスタと席に帰っていく。

数秒後、何があったかようやく理解した艦娘は大慌てで文月に向かって

「ちょっ!書類返して!返してぇぇぇぇ!」

と叫ぶが、文月は首から上だけ振り向くと、

「何でもすると、言いましたよね?これの代わりに演習に出してあげます」

と、うっすらと瞼を開け、光の無い目でぼうっと見つめる。

鬼姫も裸足で逃げ出す凄まじい迫力に言葉すら出せず、ガタガタ震えだす艦娘。

チェックメイト。不知火は小さく頷いた。

長門さんも引き下がる程恐れられるこの迫力に勝てる人は、技を仕込んだ龍田会長だけです。

叢雲は離れた席から全体を眺めていた。

この鎮守府であの技を会得しているのは龍田と文月だけだが、何度見ても怖い。

生きたまま魂をもぎ取られるかのようだ。

文月はゆらりと艦娘に向き直り、追い込みに入る。

「・・いつまでもガタガタ騒いで聞き分けのない娘に、提督の妻になる資格はありません」

「にっ!二度としません!ごめんなさい!それだけは!書類だけは返してぇ!」

だが文月はそのまま表情すら変えず、艦娘の目の前で書類をゆっくり縦に破いたのである。

「あ・・ああ・・ろ・・6時間も・・並んだのに・・・・」

力なく頭を垂れる艦娘を見て、叢雲は手を合わせた。

また1人成仏させたわね。

この鎮守府は緩く穏やかな気風だが、それでも一線を越えた者には非情である。

閻魔大王の不知火が首を縦に振らなければ即時撤退し、決して文月を召喚してはならない。

有無を言わせず成仏させる文月、略して仏の文月。

この鎮守府の鉄の掟。触れてはならないタブー。

受講生の方は掟をよく知らずに動きますから、時折こういう悲劇が起きます。

この掟に逆らっていたのは天龍と加古位だけど、何度か痛い目に遭ってから大人しくなったわね。

ちらりと文月を見ると、裂いた書類をすとんと受付近くのゴミ箱に落とした。

それを見た叢雲は、おや、と思った。

いつもなら更に目の前でシュレッダーにかけ、失神させてフィニッシュなのに。

べそをかきながら出て行く艦娘。

艦娘、ゴミ箱と視線を戻していくと文月と目が合った。

すると、文月は一瞬ぱちんとウィンクした。

返して良いの?という表情を返す叢雲。

文月は席に帰りながら頷いたが、ちょいちょいと指先で耳に触れた。

話を聞いて、事と次第によっては返して良いって事ね。

不知火達が席に戻ったのを横目に見ながら、叢雲はそっとゴミ箱から紙を引き抜いた。

ゴミ箱には他に何も入っていなかった。

奥義を発動させながらとどめを刺さなかったのも異例なら、話を聞いて来いと言うのも異例だ。

どうしてかしら?

首を傾げながら、叢雲は畳んだ紙をポケットに入れ、そっと事務棟の裏口から外に出た。

 

「うっ、ぐすっ、うえっ、ひっく、うえええん」

工廠近くの浜辺でぐしぐしと泣き続ける艦娘を見つけると、叢雲は声を掛けた。

「ちょっと、あなた」

ごしごしと涙を拭きながら、その子はそっと振り返った。先程より2回りは小さく見える。

余程怖かったのね。まぁ解るけど。

「なぜ早さにこだわるの?この鎮守府に所属し、普通に出撃してればいつかLV99になれるわよ?」

双眸に溢れるほどの涙を浮かべながら、その子はじっと叢雲を見ていたが、

「・・・早く、強くなって、提督に、しょ、勝利を、渡したかったの」

「どうして?」

「わ、私を・・早く育てる為に、て、提督は・・・無理して進撃させたから」

叢雲は眉をひそめ、片手を腰に当てた。

「あなた、提督を知ってるの?私は割と昔から居るけど、記憶に無いわ」

「ずっと・・・ずっと前に、ちょっとだけ居たの。ほとんど出撃しっぱなしだったし」

叢雲はその子の隣に座った。

「話して御覧なさい」

 

「ん?」

出撃後の補給を済ませた工廠からの帰り道、加賀は浜辺に人影を捕えた。

一人は事務方の叢雲ね。

もう一人は・・・ん?

加賀は顎に手を当てて考え込んだ。見た事がある。どこかで。どこだ?

その子が体育座りから足を投げ出す格好に変えた時、加賀は目を見開き、駆け出して行った。

 

「あの提督が連続出撃?ありえないわ」

「し、信じてくれなくてもホントなの。帰って来てはバケツ被って、すぐ出たもの」

「じゃあ僚艦は?」

「僚艦の子は疲労マークがつくと次々変わった。出続けてたのは旗艦の私一人よ」

「・・・それは提督のやり方じゃないわ」

「嘘じゃない、嘘じゃないの!あーもー」

その子はどかりと足を投げ出した。

「提督は艦娘をとても大事にするの。もう2度と誰も沈めないって約束したのよ」

その子はがばりと叢雲の肩を掴んだ。

「どういう事?その話、詳しく教え・・」

その時、ざざっと足音がした。

「大鳳・・さん?」

大鳳はゆっくりと加賀に向きなおった。

「か・・加賀・・ちゃん?」

 

 



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加賀の場合(14)

 

希望者受付が終わった翌日。昼前。

 

 

「はー!?本当に居たですってぇ!?」

叢雲は大声を上げた後、人の居ない浜で良かったと内心思った。

加賀は頷きながら言った。

「ええ。大鳳さんは元、ここの艦娘でした」

大鳳は伏し目がちに言った。

「たった1週間しか居なかったんだけど、ね」

叢雲はそれでも疑問が残った。

「ええと、私も結構この鎮守府に居るんだけど、1週間しか居なかったってどういう事かしら?」

「私は、建造されてから1週間後に、北方海域で轟沈したんです」

叢雲の疑念が氷解した。

「だから貴方、今の鎮守府の掟をことごとく知らないのね!」

加賀は大鳳に尋ねた。

「ええと、目が真っ赤ですけれど、泣いたのですか?」

大鳳がしょぼんと頭を垂れると言った。

「折角申し込めたケッコンカッコカリをダメにしてしまったんです。私、また焦っちゃったの」

意味を掴みかねる加賀に、叢雲が補足した。

「事務等の入り口に、演習の受付中止の張り紙を出してるじゃない」

加賀は頷いた。

「2カ月先まで予約で埋まったのですから無理も無いですね」

大鳳はがばりと顔を上げた。

「そ、そんなに先まで埋まってるの!?」

「ええ。皆ケッコンカッコカリに申し込まれた方です」

がくりと頭を垂れる大鳳を見ながら、叢雲が続けた。

「それで、大鳳さんは事務方の受付に入って来て、それは長い間ごねたのよ」

「す、すみません・・・」

「まぁ・・大鳳さんはあの時もそうでしたね」

「え?」

「一刻も早く完全勝利して自分がMVPになると言って、皆が止めるのも聞かずに出撃していきましたよね」

「ううううう・・・その通りよ・・・」

「だから連続出撃なのね・・それって提督の指示じゃなくて自分の意思じゃない」

「面目次第もございません」

「で、延々とごねた挙句、不知火がついに匙を投げて、文月が出張ったの」

加賀は展開が読めた。

「あー、鉄の掟に触れて成仏させられたんですね」

大鳳は力なく頷いた。

「成仏・・・うん、そうね、その通りだわ」

「ケッコンカッコカリをダメにしたって事は・・引換券を刻まれましたか?」

「真っ二つに破かれたわ」

そこで加賀もおや、という顔をした。いつもの文月なら情け容赦なくシュレッダーにかける筈だ。

加賀が叢雲を見ると叢雲がこくりと頷いたので、加賀は素知らぬふりをした。

「それでわんわん泣いてたのですか?」

「だって、だって、もう提督とケッコンカッコカリ出来ないじゃない・・・」

「あれはあくまで求婚する為の物で、提督から求婚される場合は今まで通りですよ?」

「だって、1週間しか居なかった私を提督が覚えてるわけないじゃない」

「あまり面白くない話ですが・・・」

すうっと仏頂面になった加賀は、誰を見る事無く続けた。

「提督は当時、遠征部隊を総動員して資材を集めては、大鳳さんのレシピを回したものです」

「・・・」

「やっと出た、やっと来てくれたと、それは御喜びでした。そんな簡単に忘れるでしょうか?」

「・・・」

「ちなみに遠征部隊の皆様は、これで地獄から解放されるとそれはそれは喜んだものです」

ハッと思い出したように叢雲が叫んだ。

「あ!昔、無茶苦茶過密スケジュールの遠征が1カ月近く続いたけど、そういう事だったの!」

叫んだ後、途端にジト目になった叢雲は

「あたし達が命がけで運んだ資材が、こんなワガママ娘になったのね・・・」

大鳳は顔を赤らめながら

「なっ!おっ!お母さんみたいな目しないで!」

「こんな子に育てた覚えはないわ」

「ちょっ!天龍先生と同じ事言わないで!」

「天龍さんは当時第6駆逐隊の隊長で遠征を統括してたわ。言う権利が当然あるわよ」

「うぅううぅぅう」

「お母さん悲しいわ」

「お母さんいうな。加賀ぁ、何とか言ってよぅ!」

「私も建造された身なので、遠征部隊の皆様には頭が上がりません」

「ううっ」

「あー、加賀は良い子に育ったわねぇ。お母さん嬉しいわあ」

「お母さぁん」

超わざとらしく加賀の頭を撫でる叢雲と、その叢雲に抱きつく加賀。

二人をジト目で見た大鳳はぶんぶんと両腕を振りながら、

「あーもー!解った!解ったわよ!お母さんごめんなさい!これで良い?」

「ねぇ加賀」

「なんでしょうかお母さん」

「反抗期かしら?」

「反抗期ですね。反省してません」

「げっ」

ふと、加賀が聞いた。

「大鳳さんは、今、天龍組なんですか?」

「・・そうよ。艦娘に戻った直後に提督室へ行こうとしたら速攻で天龍組に編入させられたわ」

「あー」

「あー」

「あーって何よ!良いじゃない久しぶりに帰って来たんだから!」

「・・・今もそう思ってますか?」

「うっ・・・あ、挨拶くらい・・・いいよねって、思う」

「それで、天龍さんに何をされましたか?」

「座敷牢で1日座禅組まされたわ。装甲空母がそれくらいで音をあげる訳ないもの!きっちり勝利したわ!」

「あー」

「あー」

「だからあーって何よ!」

「その後、天龍さん溜息ついてませんでしたか?」

「な、なんで解るのよ?座禅しても痺れず勝ったわって言ってるのに溜息で返すなんて酷いわよね!」

加賀はズビシと大鳳を指差した。

「酷いのは大鳳さんです」

「ふえええっ!?」

叢雲が呆れ顔で訊ねた。

「あなた、本当に解らないの?」

「うっ・・・そ、そりゃ、天龍さんから「反省しろバカヤロウ」って拳骨で叩かれたけど」

「当然ね」

「ちょっとは同情してよ!すっごく痛かったんだから!」

「出来る事ならしてあげたいわよ。出来ないから困ってるんじゃない」

加賀は両手を腰に当てた。

「ほんっとうに、間違いなくあの大鳳さんですね。1ミリもお変わり無いようで」

「なんか全然良い意味に聞こえないよ・・・」

「良い意味に聞こえたら耳鼻科に行くべきです」

「加賀も酷いよぉ」

その時、大鳳の頭に叢雲の拳骨が落ちた。

「いったーい!」

「反省しろバカヤロウ!」

叢雲は内心文月に毒ついた。こんな事ならさっさとシュレッダーしてくれれば良かったのよ!

だが、加賀はぐりりぐりりと大鳳の頭を撫でた。

「うー」

「とりあえず、もうお昼ですから食堂に参りましょう。叢雲さんも如何ですか?」

「あー・・」

もう断ろうかと思ったが、ポケットの紙の事もある。なによりお腹が空いた。

「・・行くわよ」

加賀はにこりと微笑んだ。

 

 



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加賀の場合(15)

 

 

希望者受付が終わった翌日。昼前。

 

 

 

「でもねっ、やっぱりしっくりこないのよ!」

昼食のカレーを頬張りながら、大鳳は戻ってくるまでの経緯を説明していた。

轟沈した時は特に提督に恨みもなかったので、深海棲艦にはならなかった。

そのまま海原を彷徨い、別の鎮守府で再び大鳳として建造されたが、案の定先走り過ぎて轟沈。

それを何度か繰り返した後、ふと気づいたのだと言う。

「色々な司令官に従ってみたけど、やっぱり一番しっくりくるのは提督だって!」

すっかりジト目になった叢雲がポツリと返した。

「ワガママ聞いてくれるってだけでしょ」

「ちっ!違うわよ!それだけじゃないわ!」

加賀は溜息をついた。

「あってる事を認めましたね。それで、それだけじゃないというのは?」

「・・司令官達は、私を珍しい兵器としてしか見てなかった」

「・・・」

「でも提督は、兵器でもあるけど、それに加えて、それ以上の思いをもって接してくれた」

「・・・」

「出撃すれば敵だらけの海原で、バンバン弾撃って艦載機繰り出してボロボロになるまで戦うわけじゃない」

「そうね」

「私は何回か轟沈したけど、遠ざかっていく海面を見ながら、決まって建造からの事を思い出したわ」

「・・・」

「そしたら困った顔をしながら、それでも許してくれた提督の笑顔が一番ハッキリ思い出せた」

「・・・」

「最後に沈んだ時、提督の元に帰りたいなあって思ったら、Flagshipのヌ級になってたわ」

「え?」

「だからこっちだったかなー、あっちかなーって、ずっと海原を彷徨ったの」

「・・・」

「彷徨ってる途中で、そういえばこの格好じゃ提督に会っても解ってもらえないって気付いて」

「気付くの遅すぎです」

「うぅ、そんな事言わないでよ。で、艦娘に戻してくれる鎮守府があるって教えてもらって、ここに来たの」

「ふむ」

「工廠の人に何となく見覚えがあるなあって思ってたら提督が通りかかって」

「ふむふむ」

「あ!提督だって気づいて、東雲ちゃんに戻してもらった後、すぐに提督棟に行ったら捕まっちゃって」

「提督棟は所属艦娘以外入室禁止ですからね」

「私だって所属艦娘じゃない」

「元、です」

「むー」

「それで、天龍組に送られたんですね」

「そうよ。ねぇ加賀、これって不当逮捕でしょ?そう思わない?」

「至極真っ当というか、よくそれだけで済んだなと」

「ええええっ!」

叢雲は黙ってカレーを食べていたが、あやうくスプーンをへし折るところだった。もう限界だ!

「えー、じゃないわよ!バカかアンタは!」

「バカって言わないで!」

「バカじゃなきゃアホよ!アホー!!!」

「・・・まだ、アホならいいよ」

「え?」

大鳳はにこっと笑った。

「バカは愛が無いけど、アホは愛があるもん」

叢雲はその一言で怒気を抜かれてしまった。

そっ、か。

文月がどこまで承知でシュレッダーしなかったのかは知らない。

でも、この子は、破天荒だけど憎めない所がある。

近い人物を思い起こすと、該当した一人に溜息を吐いた。

元レ級のお騒がせっ子、加古だ。

二人を会わせてはいけない。どんな核分裂反応が起きるか・・

「おっ、大鳳ちゃん!」

・・・言った傍からコノヤロウ。

「あー!加古ちゃあん!」

知ってんのかよ!

「どったのー?」

「カレー美味しいよー」

「知ってるよー!アタシはカレーに卵を落としてもらったのだあ!」

「・・・おいしそう」

加古は大鳳の隣に腰を下ろし、テーブルに自分の膳を置いた。

「こう、卵をしゃくしゃくとほぐしてだね」

「うんうん」

「黄身のとろりとした所が一番混ざったこの辺りをすくってだね」

大鳳がごくりと喉を鳴らした。

「はむっと食べるわけでひゅよ!」

スプーンを口に入れた加古はぎゅうっと目を瞑ると

「んんー!最高でひゅー」

「わっ!私も生卵欲しい!」

「食べたいかね?」

「食べたいです!」

「仕方ない。1つ譲ってあげよう」

「わぁい!」

嬉しそうに自分の皿に卵を落とす大鳳を横目に、加賀が訊ねた。

「・・・そんなに生卵をお求めになったんですか?」

「だって6個パックしか売ってなかったんだもん」

「そもそも、どこでお求めに?」

「スーパーだよ?」

加賀と叢雲は途端にジト目になる。

「どちらの・・スーパーですか?」

「ガフェルト島のNGストアだよ?」

「いつ行かれたのです?」

「今朝だよ?」

「外出許可は?」

「外出てないよ?」

加賀と叢雲は同時にカッと目を見開くと

「ガフェルト島は立派な外です!」

と、ハモったのである。

加古は外出の定義を加賀から聞くと目を丸くして、

「や~、領海の外に出るのが外出だと思ってたよ~」

「曲解も良い所です」

「いや~参った~」

「まったく・・今度からはちゃんと許可とってください」

「はぁい、ごめんよぅ・・・あ、そうだ大鳳ちゃん」

「なぁに?」

「演習申し込めた?時雨捕まえられた?」

途端に叢雲はジト目になる。

「それ、どういうことかしら?」

「ほら、昨日から演習申し込み中止になってるじゃん」

「そうね」

「でもダメだぞーってなった後でも、時雨を拝み倒すと何とかなったって教えてあげたんだ!」

ゴチン!

「いったぁい!」

「反省しろバカヤロウ!」

叢雲はヒリヒリ痛む手をさすりながら頷いた。やっぱりこの2人、似てる。

「うぅう・・・」

「加古ちゃん、卵美味しいねえ」

「でっしょー!?」

「こう、しっかり混ぜて食べるのも美味しいよ?」

「白身と黄身を?」

「そうそう」

加賀はふぅと溜息をついた。加古はきっと、外出許可の話をもう覚えてないだろう。

楽しそうに話す加古と大鳳を見ながら、加賀は思い出した。

 

「大鳳を旗艦から外して欲しい?」

きょとんとする提督に加賀が答えた。

「そうです。第1艦隊から外していただきたいのです」

「なぜかな?」

「彼女は仲間の危険を顧みず、無鉄砲に突っ込みすぎです」

「まぁ装甲空母だからなぁ」

「中破でも飛ばせるからといって、わざわざ中破になりに行くような振る舞いは艦隊を危険に晒します」

「わざと被弾したのかい?」

「明らかに敵に身を晒す形になるのに、そこから発艦した方が近いからと」

「ふうむ」

「たまたま当たらずに済みましたが、明らかにセオリー無視です」

「・・・」

「提督?」

「んー、加賀の言いたい事は解ったけど、答えはNOだ」

「なっ!?何故ですか提督」

「昔ね、兵士に一番向いてる血液型はO型だって言う説があったんだ」

「は、はぁ」

「だからO型の人ばかり集められた部隊があったんだけど、どうなったと思う?」

「上手く行ったのでは?」

「いいや。結果は大敗北だったのさ。」

「・・・」

「なぜかと言うとね、戦い方がワンパターンになってしまったんだ」

「ワンパターン・・・」

「そう。その戦い方がもっとも効率が良いとなると、その戦い方しかしなかった」

「・・・」

「だから敵に簡単に見抜かれて、その対策を打たれて全滅しちゃったんだ」

「・・・」

「セオリーってのは、理屈上勝ちやすい方法だったり、経験則からの結果だったりする」

「はい」

「でも、その対策もまた、打ちやすいわけだ」

「・・・」

「だから大鳳のように、型破りの戦い方が時折混ざると、相手は対策をしにくくなる」

「ま・・まぁ、そうですが」

「だからといって大鳳の肩を持つわけじゃないよ。大鳳にも安全な行動を学んでもらう必要がある」

「はい」

「ただね、出来るだけ多種類の戦術を持つ事も、安全策の1つだと思うんだ」

「・・・」

「加賀に気苦労をかける事は解っている。すまないとは思うが、皆の為、手を貸してくれないか?」

提督が何故困った顔をしながら大鳳の様々な意見を聞くのか、そして採用するのかようやく理解した。

確かに意表を突かれれば敵は大混乱に陥る。

大鳳が敵艦隊のド真ん中を横切ると言った時も敵は結局撃ってこなかった。

あれはたまたま撃てなかったのか、あまりに予想外で準備が間に合わなかったのか解らない。

結果的に、あの行動がS勝利に繋がったのは確かだ。

大鳳の戦術は、その多くが予想外の奇天烈なものだ。

だから艦娘達もあまりに予想外で悲鳴を上げた。私もそうだ。

だが、それをうまく取り入れられたら、提督の言うとおり多彩な戦術を持てる。

自分にそこまで可能だろうか?

長考に入る加賀に、提督は言葉を足した。

「大鳳の案の肝心な部分をきちんと汲み、ブレーキを踏めるのは、加賀だけだと思うんだよ」

加賀は溜息をついた。そこまで信用されては応えるしかない。

「解りました」

「今も言ったとおり、大鳳にはブレーキ役が必要だ。必要なら遠慮なく叱っていいからね」

「そうさせて頂きます」

 



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加賀の場合(16)

筆が横滑りどころかドリフトしてます。
一晩中書き続けて現在5時。明るくなってきましたねえ。



 

 

希望者受付が終わった翌日、昼過ぎ。

 

「まったく、大鳳の奴はどこほっつき歩いてんだよ・・・」

かきこむように昼食を済ませた天龍は、島の中を捜し歩いていた。

朝からずっと大鳳が来ない。部屋にも居ない。外に出た様子は無いから島の中に居る筈だ。

しかし、と天龍は立ち止まった。

反省させようと座敷牢に入れてみれば

「正座記録更新!足は痺れてません!自己新記録ですっ!」

と、自慢げに胸を張る始末。

ありゃどうやって反省させれば良いんだ?

「こんな時は白雪に聞きてぇなぁ・・ん?」

そうか。

経理方に居るんだから相談するのはアリか。

気付いた天龍は事務棟に足を向けた。

 

「あぁ、成仏させられた大鳳さんですか?」

天龍から大鳳という言葉を聞いた途端にジト目になった白雪は続けて、

「泣きべそかきながら浜に行ったようですけど」

成仏という単語を聞いて天龍は嫌な予感がした。

「お、俺が言うのもなんだけど、大鳳は仏の文月を召喚したのか?」

白雪はこくりと頷いた。

「早くケッコンカッコカリしたいから演習に混ぜろと」

天龍は手のひらを額に当てた。

「あっちゃー・・ますます申請が通りにくくなるじゃねぇか・・」

「でも・・文月さんはさほど怒って無かったですよ」

「え?」

「お灸を据えるだけで、その後叢雲さんをフォローに出したんです」

「・・・」

「ところで天龍さんは、あの大鳳さんを昔からご存知なんですか?」

「なんでだよ?」

「今、苦虫を噛み潰したような顔をなさったからです」

「・・・ずっと前、うちの艦娘だったんだがハチャメチャな奴でさ。1週間で轟沈したんだ」

「よほど無謀な戦術で進撃されるんですね?」

「ビンゴだぜ白雪。あぁするする会話が進むから楽だ。うちから手放すんじゃなかったぜ」

「逃した魚は大きいのです」

「自分で言うか?んでさ、あいつに付ける薬を探してんだよ」

白雪は眉をひそめた。

「・・・・・それは比喩じゃないですよね?」

「比喩って?」

「バカにつける薬はなんとやら、です」

「・・いや、あいつは、ハチャメチャだが馬鹿じゃねぇ」

白雪はにこりと笑った。

「それが解っていればスタート方向は間違ってないです」

「で、どうしたら良い?」

「提督に会わせてはいかがですか?」

「提督に?」

「・・・あ」

「なんだよ?」

「提督は、その轟沈を気にしてますか?」

「そらあもう。それで戦い方も鎮守府の運営スタイルも大きく変わったからな」

「・・・」

天龍は白雪の長考をじっと待った。

やがて白雪はうむと頷くと

「文月さんに聞きましょう。あの指示の訳を」

と言った。

 

「ありゃりゃあ、見られていたのですか~」

白雪から大鳳との対決の件を切り出された文月は、テレテレと頬を染めると俯き加減になった。

「あまりお見せしたい物じゃないのですけどね」

「その後、叢雲さんを派遣された意図を知りたかったのです」

「どうしてですか?」

「あの大鳳さんは天龍組なんですが、天龍さんも手に余ってるんで」

「・・・なるほど」

すっと真顔になった文月は

「ちょっと、経理方の会議室でお話しましょうか」

と、席を立った。

 

「大鳳さんが昔のままなのは、天龍さんもお分かりですね?」

「あぁ、相変わらず切れ者でハチャメチャだ」

「その通りです。だから今、お父・・提督に会わせればまた提督を困らせます」

「だろうな」

「でも大鳳さんに悪意は全くない」

「ああ」

「そして何より、提督は大鳳さんを認めていた」

「・・・そうだったな」

「提督を困らせない程度には気付いて欲しい。でも折角帰って来たのに追い詰めるのは可哀想」

「あぁ」

「・・・天龍さんはどんなアプローチを?」

「座敷牢で座禅1日」

「それで、結果は?」

「正座連続大記録達成って威張ったから拳骨1発」

「予想以上に酷いですね」

「あぁ。反抗期のちび共とは訳が違う」

白雪がジト目で天龍を見た。

「ちびで悪かったですね」

「白雪の事とは言ってねぇ。大体、白雪は終始俺の事を弄って遊んでたじゃねぇか」

「人聞きの悪い。上手に転がしてたと言ってください」

「もっと悪いじゃねぇか」

文月はぽんぽんと手を叩き

「本論に戻りましょう」

「おう」

「すみません」

「大鳳さんにはもう少し、周りが見えて欲しい。心配してる事とか、傷ついてる事とか」

「そうだな」

「ですから、余計なお世話かと思いましたが、叢雲さんを当てました」

「んー」

「叢雲さんはとても繊細で優しいです。一方で真っ直ぐに叱る事が出来る」

「あぁ」

「想いを込めて叱られる事で気付いて欲しい。それが、叢雲さんを送った理由です」

「確証は無いって事か」

文月は肩をすくめた。

「特効薬があればとうの昔に処方してます。あの時だってお父さんを散々苦労させたんですから」

「俺達も建造中はブラック企業並みの労働環境だったんだが」

「それは妖精さんの気まぐれなので」

「まぁな。今なら睦月に頼んだら一発で出してもらえるのにな」

「・・・・」

「どうした、文月?」

「もしかして・・そうか」

「ん?」

「特効薬が、あるかもしれません」

白雪が眉間にしわを寄せたまま口を開いた。

「睦月さんはハイレベルですが、そこまで都合良く建造出来ますか?」

「でも、言う事を聞いてくれそうかどうかといえば、もう、同型艦召還しか・・」

「・・・」

白雪は首を振った。

「もし、今の大鳳さんと同じ考えの方だったら、ダブルですよ?」

「はうううううっ!」

文月は頭を抱えてうずくまった。

あの大鳳が二人?加古とのコンビで手一杯だってのにトリオ化したら鎮守府が崩壊する。

「それに・・・本当に、単に言う事を聞いてないだけなのでしょうか?」

「え?」

「キレ者、という事はお二人とも仰ってる。私もそう思うし、提督も認めていた。」

「あ、ああ」

「その割に行動が一致しません」

「それは・・そういう性格なんじゃないかなと思ってましたけど・・」

「少し、お話してみたいです、大鳳さんと」

「でも今、どこに居るかなんて」

「叢雲さんに聞けば解りますよ?」

「あ」

文月はインカムをつまんだ。

 

「経理方の白雪です」

「初めまして、だよね?大鳳です」

 

食堂のテーブルを挟んで向かい合った二人を、遠くの植込みの陰から4対の目が覗いていた。

天龍、加賀、文月、そして叢雲である。

「な、なぁ、なんで隠れるんだ俺達?」

「さぁ。私は引っ張り込まれました」

「私は怒ってるって事になってますし、すぐに許しては意味がありません」

「私は本当に怒ってるからちょっと気持ちを整理したいわ」

視線の先の二人は穏やかに会話していた。

白雪は会話に織り込んだ質問の答えを整理しながら、慎重に次の言葉を繰り出していた。

しばらく話した後、大鳳はふっと目を細め、表情を固めた。

「・・貴方なら、ちゃんとお話ししても良さそうね」

白雪は頷いた。やはり、演じていた態度だったか。

 

 

 



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加賀の場合(17)

 

 

白雪と大鳳の対談は続いていた。

 

「なるほど、セオリーが嫌いという訳ではないのですね?」

大鳳は頷いた。

「マスターしてるしね。けど、目の前に障害物があるのに青信号だからと発進するのは愚かでしょ?」

「はい」

「機動部隊は無傷で、相手だけ全滅するのが最高の勝利」

「ええ」

「そのカギは、敵が撃てない状況に持ち込む事」

「撃て、ない」

「そうよ。撃たないじゃなくて、撃てない」

「撃てないように、仕向ける戦術」

「ええ。敵が一番撃てないのは、敵自身が予想した未来と一番異なる時。違うかしら?」

「そうですね」

「それは敵の動きから能動的に敵の想定する未来を推定し、最も異なる場を作れば良いわ」

「ええ」

「そうしつつ、こちらが最も敵を撃ち易い場に仕上げ、確実に潰すだけよ。ね、理屈は簡単でしょ?」

白雪は頷いた。だが同時に理解した。それを具現化する所までついて行ける艦娘は、ほぼ居ない。

白雪は視線を落とした。今の大鳳は、かつての自分だ。

自分が普通に思考して導く結論を誰も理解してくれない。どれだけ説明しても。どれだけ叫んでも。

そして自分は疎まれ、恐れられ、たらい回しにされた。

自分と違う事は、大鳳は全くめげてない事だ。

周囲の艦娘が理解しようとどうしようと強行突破出来る力がある。

白雪は深い深い溜息を吐いた。

世界でただ一人でも自分を認めてくれる人が居れば、人は物凄く強くなれる。突破する力が湧く。

大鳳の強さの理由は、提督が認めてくれたからだ。

白雪は大鳳のニコニコした顔を見て、ぽつりと言った。

「大鳳さんは、この鎮守府が最初の建造ですか?」

「ええ、そうよ」

「良いですね。本当に、本当に羨ましい」

「えと・・・何が?」

「その理論を、提督は許してくれたのでしょう?」

大鳳は目を丸くした。

「良く解ったわね!そうよ!提督は装備を用意してくれて、会得するまで好きなだけ試せって言ったわ」

白雪は目を瞑った。

過去の司令官が誰か一人でもそんな事を言ってくれたら、私は・・私だって。

そして白雪はすうっと目を開けた。でも、そんな提督が、ここに居る。

大鳳が信じ、私も信じるに足ると思う、提督が。

提督とは経理方を始める時の1度しかあった事が無いが、その時提督はこう言った。

 

「・・・しかし・・・これをやると、バンジー出来る回数が減るかもよ?」

 

私はあらゆる論戦に備えたつもりだったが、これは全くの予想外でクリティカルヒットだった。

そして結局、仕事量は少なめにスタートする事になった。

提督は私の好きな事を知っており、未来を考え、好きな事が出来なくなる事を心配したのだ。

そう。提督は私の「趣味の心配」をしたのだ。

経理方を作らねば早々に立ち行かなくなる状況で、志願した艦娘の趣味が出来なくなる事を心配する。

自分の窮地より相手の楽しみに心を砕く。そんな人がこの世に何人居るだろう。

・・・あ。

白雪の脳裏で、あらゆる情報がピンと1本の線で繋がった。

大鳳を動かしている力は、思いは、実にシンプルだったのだ。

「・・大鳳さんは、本当に提督の事が大好きなんですね?」

大鳳はこくんと頷いた。

「私がこの身を捧げるべき殿方は提督御一人。他の誰に邪魔されても必ず辿り着いてみせる」

「最初に轟沈した時にあちこちの鎮守府を彷徨ったのはどうしてです?」

途端に大鳳が照れた。

「私は焦る癖があるし、提督の資源を無駄に使いたくなかったの。轟沈しても記憶を残せる事が解ったし」

「他所で経験を積もうとした、という事ですか?」

「LVは1になるから記憶だけね。けど、他所では思い通りに出来ないし、勝手に婚約された事もあったわ」

「それで他の鎮守府へ異動する為に何度も轟沈したのですか?」

「ほ、他に手がなかったから仕方なかったの。私の左手の薬指は予約済だし、貞操は守らなきゃね」

「深海棲艦になったのは?」

「理論が最終段階に入ったから一人で実戦で検証したかったの。軽空母になったのは予想外だったけど」

「検証結果は?」

大鳳は満面の笑みを浮かべた。

「提督に自信を持って捧げられる、とだけ言っておくわ」

白雪は息を飲んだ。提督の為に自らを深海棲艦に堕としてまで理論を追い続けたのか。

そして恐ろしい事に、本当に完成させてから提督の元に来たのだ。

「し、深海棲艦から元の艦娘に戻れるという確証があって、深海棲艦になったのですか?」

大鳳はペロッと舌を出すと

「そこは100%賭けよ。艦娘に戻れるかも、大鳳として戻れるかも、記憶を持ったまま戻れるかも、ね」

「なぜそんな危ない賭けを」

「予感に従ったの。轟沈してなお記憶が残ったのだから、提督を想い続ければきっといけるってね」

「でも、これからそれをやったら、提督は決してお喜びになりませんよ」

「誰も轟沈させないって約束したらしいわね。その話、貴方に聞いても良いかしら?」

「私もその話は知らないのです。私も知りたいのですが・・・」

白雪はふと、じっとこっちを見ている4つの顔に目を向けた。彼女達なら知ってる。

だが、これをどうやって納得してもらえるように説明したら良いのだ?

白雪は大鳳に向き直った。

「現時点で、私は理解しました。でも、彼女達に説明し、納得頂ける自信がありません」

大鳳はにこりと笑った。

「素晴らしいわ。この世で本当の私を信じてくれる人が倍に増えたのだから」

白雪は思わず微笑んだ。本当にこの人は、憎めない。このバランスは天性のものだろう。

「とりあえず、提督の約束の事、聞いてみましょう」

 

「提督が約束した経緯、ですね?」

加賀が復唱すると、大鳳は頷いた。

「ええ。私のせいだって聞いたし」

「100%ではありませんが、一端は否定できませんね」

白雪がおずおずと尋ねた。

「私も一緒に伺ってよろしいですか?」

「ええ。ここの艦娘である以上、知っておいて欲しいですから」

「では、お願いします」

加賀は文月を見た。

「もし違ったら、指摘してください」

文月はコクリと頷いた。

「あの朝、提督は北方海域に貴方達を出撃させる前、ダメコンを持たせる筈でした」

「長門さんに言ってるのを聞いたわ」

「でも、その直後に貴方は出撃前に1回だけ開発がしたいと言い出した」

「・・りゅ、流星を出せそうな気がしたのよ・・」

「さらに貴方が都合3回も開発した為、工廠は提督の指示と違う事で命令系統が混乱した」

「うぅ・・」

「結果、妖精達は指示を取り違え、ダメコンを第2艦隊に積んでしまった」

「え・・」

「文月さん、事実関係はこれであってますね?」

文月はまっすぐ大鳳を睨みながら言った。

「はい。提督は間違いなく第1艦隊にダメコンを積むよう指示していました」

大鳳が顔色を失った。

 

 



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加賀の場合(18)

 

文月の告白は続いていた。

重苦しい沈黙が、食堂の一角を占領した。

大鳳はぽかんと口を開いたまま、カタカタと震え出した。

その後の経緯は身をもって知っているからだ。

横殴りの雪、次々と被弾する僚艦達、重傷を負いながらも私の名を叫ぶ長門。

なんでダメコン積んでくれなかったのかな、戦術の何が悪かったんだろうと沈みながら考えた事。

自分はそれでも提督の事が大好きだ、必ず帰るなどと呑気に思っていた。

そんな・・ダメコンは・・提督のミスじゃなくて・・

ガタリ。

大鳳の思考は、文月が椅子を蹴倒して立ち上がった事で中断させられた。

ようやく焦点の合った大鳳の目の前には、怒りに燃える文月が突きつけた人差し指があった。

「あの後、提督は1週間以上食事もロクに取らず、憔悴していく一方でした!」

「第1艦隊を全滅させたのは自分のせいだと、何を言っても聞いてくれなかった!」

「そのまま死んじゃうんじゃないか、自決しちゃうんじゃないかって本気で心配したんです!」

「陸奥さんは沈んだ後、ずっと提督を恨み続け、もう少しで提督を殺すところだった!」

「長門さんと提督は、この件は互いに自分が悪いといって今尚自分を責め続けてます!」

「私が事務方を引き受けたのは、提督の無実を知っていたから!信じていたからです!」

文月の双眸には涙が溢れていた。

「世界を敵に回そうと絶対最後まで無実のお父さんを守り抜く盾になる!その為に強くなったんです!」

ガタッ。

加賀は文月の椅子を起こすと、文月をそっと座らせた。

文月は机に伏してわんわん泣き出した。

叢雲は黙って文月の背中をさすりだした。

日々多忙な事務方の長をこれだけ長く務めるのは、並大抵の精神力では持たない。

根っこにある思いは恐ろしく純粋で強靭なものだったのだと納得しながら。

 

「・・大鳳さん」

大鳳は呼びかけた加賀に、やっとの思いで顔を向けた。

あらゆる表情が抜け落ちていた。

「提督は貴方達の轟沈から1週間後、私達に言いました」

「お前達は私の仲間であり娘だ。もう二度と、仲間を殺さない。殺してはいけない」

「その後、1ヶ月近い時間をかけて、自室で世界各国の兵法を読破されました」

「何かに取り付かれたように、昼夜全く関係なく、部屋に篭ったままです」

「私達は長門と文月の元で、提督が出したであろう命令を組み立てて自律運営をした」

「所属艦娘が大切に思う、この鎮守府を守る為にです」

「1ヵ月後、提督は仲間を守る為の戦い方と称し、所属艦娘全員に過酷な訓練を課しました」

「浸水修復中に敵戦艦と遭遇した場合、何が必要かといったレベルの訓練でした」

「そして提督は、主砲を外してでも強化タービンや缶を持てと言いました」

「潜水艦達には機雷対策を施したウェットスーツを着せました」

「出撃時はどこへ行くにも必ずダメコンを持たされ、2人で指を差して所持確認をさせられました」

「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦、絶対生きて帰れと再三再四言われました」

「そんな提督を、そんな訓練を、そんな命令を、臆病だの、バカらしいだの言う声はありました」

「それでも提督は決して止めなかった。絶対に、二度と沈めないと、口癖のように言っていた」

「いつしかそれは、この鎮守府の当たり前になりました」

「そして大鳳さんが来る少し前、我々は島が丸ごと深海棲艦になった化け物に狙われました」

「ダメコンを持たなかった大本営の艦隊は壊滅しましたが、私達は誰も沈みませんでした」

「命の恩人と認識した艦娘達は、以来、提督の教えを確実に守るようになりました」

「提督は確かに、北方海域事件によって凄まじい傷を負いました」

「でも、そこから提督は学び、立ち直り、この鎮守府を大本営すら一目置く存在に育てました」

「我々は、提督の弱さも、命令や準備が間違うかもしれない事も、知っています」

「だから私達は自ら気をつけ、皆で互いに確認するようにしています」

「これが、提督の約束であり、ここの掟です」

大鳳は力なく俯きながら、ぽつぽつと話し始めた。

「文月さん、私のせいで、本当に辛い思いをさせてしまってごめんなさい」

「加賀さん、説明してくれてありがとう。よく解ったわ」

「白雪さん、話を聞いてくれてありがとう。与太話だと思って聞き流してね」

「叢雲さ・・」

ドン!

大鳳はびくっとして顔を上げた。

拳を机に叩きつけたのは、叢雲だった。物凄い目で大鳳を睨んでいる。

「アンタ、何するつもり?」

大鳳は俯き、蚊の鳴くような声で囁いた。

「わ、私が居たら、また提督に迷惑をかけてしまうかもしれないから、消える」

「消える?」

「艦載機に私を攻撃させて沈む。二度とここに来ないって誓うわ」

「・・ふざけんじゃないわよ」

「ふ、ふざけてなんかない・・わ、私、世界で一番大好きな提督に、そんな酷い事したんだよ?」

「・・・」

「大好きな人に、憔悴するほど辛い傷を与えたんだよ!」

加賀は目を瞑りながら言った。

「ですが、提督は生きてます」

大鳳は加賀を見た。

「それは、皆が頑張ったからでしょ?必死で守ったからでしょ?私、完全に疫病神じゃない・・」

加賀はすっと目を細めた。

「本当に疫病神で、提督にとって厄種でしかなかったら、我々が貴方を生かしておくと思いますか?」

「え・・」

「我々の力を甘く見ないでください。提督を想う強さは、貴方にも引けを取りませんよ?」

「・・・で、でも」

「なんです?」

「もう私、提督に合わせる顔がないよ」

「大鳳さん、提督の目を節穴だと仰るんですか?」

「へ?」

「提督は建造以来、出撃や演習から帰ってきては様々な発見や戦術をまくし立てる貴方の話を聞いていた」

「うぅ・・だって、だって、見つけた事が嬉しかったんだもの・・」

「提督は、ずっと聞いていた。そして貴方に何て言いましたか?」

「会得するまで好きなだけ試せ・・・納得したら教えてくれって・・・」

「貴方はここに、何をしに来たんですか?」

「て、提督に、私の戦術を報告して、身も心も捧げる為に、帰ってきたの」

加賀は目を細めると、

「それなら、提督の指示を果たしに来た訳じゃないですか」

「そ、そうだけど、でも」

「私は貴方の他人の痛みを省みない我侭さがある限り、決して提督に会わせはしないと考えていました」

「・・・」

「提督の痛み、長門の痛み、文月の痛み、我々の痛み、ご理解頂けましたか?」

大鳳はしょんぼりとしながら、こくりと頷いた。

加賀は小さく頷いた。

「文月さん、私が連れて行きます。良いですね?」

しゃくりあげながら、文月は頷いた。

加賀は差配に一瞬躊躇したが、腹を決めた。

「叢雲さんは文月さんに付き添ってあげてください。天龍さんと白雪さんはご同行願えますか?」

「ええ」

「じゃ、行きましょうか」

大鳳はよろよろと顔を上げた。

「・・どこに?」

「勿論、提督の所にです」

「・・へ?」

叢雲は皆に見えないよう、仮申込書の折り畳んだ紙片を素早く加賀に手渡した。

加賀は叢雲の目を見て頷いた。

今日の秘書艦は・・扶桑さん、ですね。

 

 



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加賀の場合(19)

 

加賀が大鳳を連れて提督棟に入った午後。

 

「ここまで来て何をしてるんですか」

加賀は廊下の柱にしがみつく大鳳に声をかけた。

「だ、だだだだだって、提督に何て言えば良いの?」

「素直に謝ることです。行きますよ」

「あ、ま、待っ」

コン、コン。

「どうぞ、お入りください」

扶桑の柔らかい声を耳に、加賀達は提督室のドアを開けた。

大鳳達が続いたが、大鳳は小さくなって白雪の陰に隠れている。

「おや、加賀・・・どうした?」

「な、何がでしょうか?」

「・・・・・。扶桑、すまないが用事を頼みたい」

扶桑はお茶の用意を始めたところだったので、慌てて戻ってきた。

「は、はい、どういった事でしょうか?」

「カステーラを3本、買ってきて欲しい」

「お時間がかかりますが・・」

「構わない。すまないが、頼めるかな?」

「わ、解りました」

首を傾げながら出て行く扶桑を見送り、ドアが閉まった後に加賀は提督を見た。

「ええと、どうして解ったのです?」

「言いにくそうにしてた事、ちらちらと扶桑を見てたこと、そして」

提督は大鳳を見た。

「大鳳は、昔から扶桑によく叱られてたからな」

大鳳がはっとして顔を上げた。

「て、提督・・」

提督はがたりと席を立ち、真っ直ぐ大鳳に歩み寄った。

「久しぶりだね、大鳳」

提督は目を瞑り、目を開けた。目頭から涙が零れ落ちた。

「・・おかえり」

提督はただそれだけ言うと、大鳳を両腕でぎゅうっと抱きしめ、頭を撫でた。

「随分大人びたね。沈ませてしまった後、そんなにも辛い思いを重ねてきたのかい?」

大鳳は言葉に詰まった。

「どれだけ謝っても許してもらえるものではないが・・」

提督はすいと下がると、そのまま正座しかけた。

「だめぇぇっ!!!」

「!?」

大鳳はぼろぼろと涙をこぼしながら、床の上で提督にしがみついた。

「ふ、文月さんから聞いた。提督のミスじゃなくて、私が出撃直前にごちゃごちゃ開発したから・・」

「大鳳・・」

「ごめんなさい、ごめんなさい提督。悪いのは、悪いのは全部私」

「大鳳、違うよ」

「・・へ?」

そっと大鳳の頬から涙を拭うと、提督は寂しそうに微笑んだ。

「出撃前の最終確認をするのは私であり、出撃の全責任を取るのも私なんだ。だから、私の見落としなんだ」

「違う、違います提督」

「君達は何の為に私の命に従う?安心して戦う為だろう?私が安心を担保しなければいけないんだ」

「だめ、それ以上言わないで。文月が可哀想」

「・・文月が?」

「文月は、世界中を敵に回しても提督の盾になるといってる。提督が提督を責めたら文月が苦しむ」

「・・・」

「あの件は、私が余りにも勝利を焦っていたから起きた事なの。だから提督は悪くないの」

「仮にそうだとしても、それをきちんと指導出来なかったのは私なんだよ」

「私の為に色々な人が傷ついて悲しんだ。提督もそう。もうこれ以上傷ついて欲しくない」

「・・・だから、一人で背負うのかい?」

「私がしでかしたことなのだから責任を取るわ」

「どうやって取るんだい?」

「命を以って、償います」

「誰に償うんだい?」

「もちろん、提督にです」

「私が私の娘が自害するのを見て、ああ立派に責任を取ったねと頷くと思うかい?」

「!」

「次の瞬間、私も後を追うよ?」

「そっ!それはダメ!」

「愛する娘を追い詰めて死なせてしまったのに、どうしてのうのうと生きなきゃならない?」

「でも、でも、提督は皆に愛されてるから」

「それは理由にならないよ。そこまで思い詰めさせた事に責任を取らねばならないな」

「・・・え?だ、ダメ、絶対に、絶対にダメ!」

提督は足首のホルスターから銃を取り出すと、皆が止める間もなくぴたりと自分のこめかみに当てた。

「やる」

「お、お願い・・だめ・・何でもするから止めて」

「なんでもするんだね?」

「します」

「じゃあ、命を以って償うなんて金輪際言うな」

「へ・・?」

提督はそっと銃の安全装置をかけると、ホルスターにしまった。

「大体、自決して何の責任が取れるんだい?」

「・・・・」

「残される我々の身にもなりなさい。そういう我侭な所は昔からの悪い癖だぞ、大鳳」

加賀はちょっと視線を逸らした。自分も少し耳の痛い話だ。

「うぅ・・」

「大鳳が責任を取るのなら、悪い事を自覚し謝りなさい。そして同じ事をしてはいけない」

「・・はい」

「お前は天性の素養を持ち、突き進める素晴らしい力を持っている。その力を正しく使いなさい」

大鳳は涙を浮かべながら提督を見た。提督は頷いた。

「ところで、うちに帰ってきてくれるのかい?」

大鳳はこくりと頷いた。

「私の戦術理論と、あと、あの」

「うん?」

「私の身も心も、提督に捧げます。その為に戻ってまいりました」

「え!?」

「世界広しといえど、心から従いたいと思う殿方は提督お一人でした」

「あ、あぁいやその」

「LVは大幅に下がってしまいましたが、また頑張ってLV99まで上げます」

「・・・」

「そうしたら、私を貰ってください」

提督は大鳳の耳元で、そっと囁いた。

「もしLV99まで頑張ったら、指輪と書類を用意してあげよう」

「・・へ?」

「それで、北方海域の事、水に流してくれるかい?」

大鳳は何も言わずに提督にぎゅむっと抱きついた。

加賀はほっと息を吐いた。仮申込書はもう、必要ないですね。

提督は大鳳の頭をよしよしと撫でながら聞いた。

「そういえば、戦術理論は完成したのかい?」

「したと、思ってたのですけどね」

「どうかしたのかい?」

「独りよがりかもしれないので、誰かに確認して欲しいなあって」

「ああ、それなら」

提督は白雪を見て微笑んだ。

「はい?」

「白雪さん、バンジー飛び放題付きの有給休暇を3日間あげるから、確認に付き合ってくれないか?」

白雪は表情すら変えるのを忘れ、コクコクコクと何度も首を縦に振った。

経理方になってからというもの、本当にバンジー出来る時間が減っていた。

まさに天恵!棚から牡丹餅!さすが提督解ってる!

天龍は頷いた。そうか、白雪を動かしたい時はこうすりゃいいんだった。

管理者になったのにすっかり忘れてたぜ。

「白雪さん」

「はい!」

「まずは仮想演習場で2艦隊紅白戦としたい。白雪は検証者として、参加者を考えて欲しい」

「・・・本気の紅白戦ですね?」

「一切手加減無用、だ。それで良いな、大鳳?」

大鳳はにこりと頷いた。

「1つだけお願い」

「なんだ?」

「こちら側に加賀さんを」

加賀は大鳳を見た。

「加賀さんには私が何をしたか、間近で見て欲しい」

大鳳がこちらを向いた。あれは真面目なお話の時の目でしたね。

「解りました。提督、私は構いません」

「そうか。では他のメンバーは白雪一任とする。天龍」

「ん?」

「仮想演習マップ、1つ適当に作ってくれ」

「・・適当に?」

「絶対に皆が不慣れなマップを」

天龍はにやっと笑った。

「何でもありか?」

「何でもありだ。そして、開戦まで一切非公開だ。」

天龍は頷いた。

「6隻1艦隊の2艦隊前提で良いな?」

「ああ。それで良い。早速頼む」

「任せな」

天龍が提督室を出ていった後、白雪は提督に話しかけた。

「参加者の案を申し上げます。ご意見を頂きたく」

 

 

 



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加賀の場合(20)

 

大鳳の戦術理論を証明することになった後、午後。

 

 

提督室に呼ばれた面々は、一体何が始まるのかと興味津々だった。

そして仮想紅白戦、それも一切妥協せず仕掛けて良いという提督の言葉に歓喜した。

仮想演習ならどのマップも飽きるほどこなしている。裏も表も知り尽くしている。そう思った瞬間。

「今回の紅白戦は新マップで行う」

一斉に提督を見る艦娘達。

「では、紅白メンバーを伝える。白雪、頼む」

「はい。では紅組から。」

「旗艦、大鳳さん」

「2番、加賀さん」

「3番、祥鳳さん」

「4番、山城さん」

「5番、加古さん」

「6番、最上さん」

「次に白組です」

「旗艦、金剛さん」

「2番、比叡さん」

「3番、霧島さん」

「4番、榛名さん」

「5番、赤城さん」

「6番、伊19さん」

「次にルールを説明します」

「これから紅組、白組に別れ、陣形や戦術を相談してください。時間は30分間です」

「マップは開戦直前まで公開しません。説明後、即開戦です」

「兵装は提督が仮想演習用に許可しているものは使用可能で、使い方は性能限界まで自由です」

「ダメコンの着用は今回に限り任意とします。装着しても、しなくても構いません」

「戦術は全て双方の艦隊に一任します」

「開戦後、どちらかの艦隊が全員大破するか、15分経過時点で終了します」

「紅白戦は3回勝負です。開戦時にダメージは全回復し、消費弾薬は補充されます」

「兵装は1隻につき1種類1回だけ交換OKです。してもしなくても可です」

「より多く相手にダメージを与えたほうが勝ちです。ダメージ計算は演習と同じ方法で行います」

「以上です。ご質問は?」

金剛が肩をすくめた。

「戦艦4隻に赤城さんと伊19さんじゃ・・ちょっと強すぎませんカー?」

比叡も頷いた。

「赤城さんもLV98ですし、伊19さんは最強のスナイパーです。再配分した方が・・」

だが、霧島のこの声で一気に雰囲気が変わった。

「そういう私達が束になっても勝つのが危ういと、そう言いたい訳ですね?」

問われた白雪は肯定も否定もしなかった。

赤城は榛名と小声で相談を始め、伊19は冷たい瞳で対戦相手を見ていた。既に戦闘態勢だ。

俯いてぎゅっと拳を握っていた大鳳は顔を上げると

「確かに不利。でも、理論を証明するにはやるしかない。皆、力を貸して!お願い!」

祥鳳はくいと眼鏡を上げると、

「うふふ。こういう状況こそ腕が鳴ります!」

山城がニヤリと笑った。

「扶桑型を馬鹿にしてると痛い目見るわよ?」

加古は肩をすくめた。

「勝つときは勝つし、負けるときは負けるんだよ。でも、ちょっと寝てられない状況かな。ははっ」

最上は目をキラキラさせていた。

「大鳳、使えたら使って欲しいものがあるんだ。後で説明するね!」

加賀は大鳳と目を合わせ、軽く頷いただけだった。

提督が口を開いた。

「この紅白戦は、別に誰かを卑下するとか持ち上げるとかじゃない。そこは間違えないでくれ」

「目的は大鳳の理論の検証だ。だから両陣営とも本気で取り組んで欲しい」

「検証の為、いつもの演習より自由度が高いことに留意してくれ」

「あと、演習終了時点で遺恨を残すな。だから汚い真似は一切するな」

「・・つまりだな」

提督はニヤリと笑った。

「汚い真似さえしなきゃ、何でもアリだ。頭を使え。手を抜いたら終わりだぞ」

白雪はくすっと笑った。上手い焚き付け方だ。

この戦いはセオリーを徹底的に身につけた上級者と、破天荒な戦いを飲み下せる者の戦いだ。

そこをわざと説明から外している。

大鳳の戦術理論は多くの艦娘にとって理解すら難しいものだろう。

だから採用するなら、新しいセオリーとして広めるくらいでなくてはならない。

ならば、今までのセオリーが太刀打ち出来ないという証拠が是が非でも必要なのだ。

「始めようか。じゃ、旗艦同士、握手してくれ」

金剛がにこりと笑って右手を差し出した。

「本気出しますヨー?」

大鳳はこくりと頷き、手を握った。

「胸を貸してください!よろしくお願いします!」

 

20分後。

仮想演習場のミーティングルームで大鳳は唇を噛んだ。

メンバーの能力、戦術は凄まじくハイレベルだ。それも実戦に裏打ちされている。

どれも捨てたくない。でも統一を欠けば勝てる相手ではない。

「うぅぅうぅ、皆の戦術、どれも良いよぅ」

山城がくすっと笑った。

「貴方って素直ね。ほんと昔と変わらない」

大鳳はぱたぱたと腕を振った。

「だってだってだって!」

祥鳳はルールのメモを眺めていたが、ふと呟いた。

「命令系統は、自由ですね」

大鳳が眉をひそめた。

「つまり、どういうこと?」

「先程から伺っていると、近い持論の方がいるんです」

「ええ」

「例えば大鳳さんと加賀さんで第1小隊、山城さんと最上さんで第2小隊、私と加古さんで第3小隊というのは?」

「しょ、小隊?」

「ええ。旗艦の大鳳さんは艦隊代表に過ぎず、実質の命令系統は小隊長が行う」

「・・・」

「そうすれば、3小隊は独自に動けます」

「・・・」

「ただし、各小隊の勝利目標を旗艦に決めてもらわないと力が分散します」

大鳳はじっと目を瞑っていたが、

「・・・皆さんはこの案で良い?」

皆がこくりと頷いたのを確認した大鳳は、

「第1小隊の目標は、赤城」

加賀がピクリと反応した。空母同士の戦闘は赤城と再三再四やってきた。

二度と慢心しない。それが赤城との合言葉だった。

だから相当な細部まで検証を重ねている。筈だ。

「大鳳さん。相当な策が必要ですよ?」

大鳳は加賀を真っ直ぐ見た。

「この後説明するわ。お願い。私を信じて」

加賀は大鳳の目を見た。完全に本気で、勝利を確信してる。

「解りました」

大鳳は頷くと、山城達を見た。

「第2小隊の目標は、比叡」

山城がニヤリと笑った。

「へぇ、気が合うわね。私もそう言おうと思ってたのよ」

最上が頷く。

「そうだね。山城の全兵装をあれに変えれば相当な事が出来るよ」

山城はジト目で最上を見た。

「アンタは前科があるから全部は積まないわよ」

「今度は大丈夫だと思うんだけどなあ」

「だと思うで戦わずに轟沈なんて真っ平よ」

「じゃあ僕もだめ?」

「そうね。通常兵装も1スロは持ちなさい。後は好きにしなさい」

「はぁい」

大鳳が頷いた。この二人は気が合ってる。大丈夫だ。

「第3小隊の目標は、伊19」

「おおう」

加古が目を剥いた。

「軽空母と重巡洋艦でAクラスの潜水艦を潰せっていうの?」

大鳳が大真面目に頷いた。

「なんか出来そうな気がするの。ダメなら第1小隊と交代するわ」

加古がニヤリと笑った。

「なぁんで知ってんのかなぁ。ナイショにしてる筈なのにぃ」

祥鳳が眼鏡をきらりと光らせた。

「艦載機無用論の奥義、使わせて頂きます。目標、承知しました」

大鳳は皆をぐるりと見回した。

能動的に、最善を。この子達はそれが出来る。絶対。

「じゃあ後5分、小隊で調整を」

そして加賀の方を向いた。

「お待たせ。正規空母対策を説明するわ」

 

 



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加賀の場合(21)

紅白戦の準備がすんだ後、午後。

 

「全員演習装備は身につけたな?ベルトはしてるな?」

ヘッドホンから聞こえたのは天龍の声だ。

「今回のマップ、説明するぜ」

「うんざりするほどの浮遊氷山のオンパレードだ」

ゲッという表情になる金剛。氷山は常に位置を補足し回避し続ける必要があり、難易度が格段に高まる。

「気温は氷点下5度、もたもたしてると凍っちまうぜ?」

「中央に3つ、岩山が並んでる」

提督はマイクを握る天龍を見た。お前、このマップは・・・北方・・

「シンプルなもんだろ?じゃ、開戦!」

天龍は言い終えるとスイッチを切り、白雪を向いた。

「終了まで、俺が環境調整や判定とか仕切って良いんだよな?」

「ええ。私は評価作業に集中します」

提督は天龍に厳しい顔を向けた。

「天龍。どういうことだ?」

天龍は澄ました顔で言った。

「北方海域で勝たなきゃ、大鳳は勝てねぇだろ?」

「何にだ?」

「負けて怯える自分に、さ」

提督は苦悩の表情を浮かべた。

「な、何も、今でなくても・・・」

「提督。俺に任せてくれたんじゃないのなら、すぐ中止するぜ?」

「・・・そうだな。すまん」

「絶対、これは必要なんだ。今」

「・・・天龍が言うのなら、要るのだろうな」

「提督。思い出して辛ければ提督室で待ってても良いぜ?」

「・・・大鳳が戦うのに、私が逃げてどうする」

「・・無理だけはするなよ。俺が長門に怒られちまう」

「気をつけるよ」

 

大鳳は目を疑った。

あの時、敵艦隊に沈められた海域。北方海域が、目の前にそのままある。

大鳳は俯いた。あの時の私の戦術はことごとく通じなかった。

敵編成はあの時より輪をかけて強い。

・・・でも。

私だって、強くなった。理論は完成した。完成させた!

大鳳は顔を上げ、声をかけた。

「第2第3小隊長、目標を達成せよ!加賀、彩雲を!」

加賀が頷くと同時に、山城達第2小隊、祥鳳達第3小隊はさあっと散って行った。

 

「!?」

天龍は紅組の動きに釘付けになった。ありゃ何の陣形だ?

白雪は12隻の動きを、未来を、スクリーン越しに見続けていた。

 

「ふふふん。ねぇ祥鳳」

「こういうのを神の恵みっていうのかしらね、加古さん」

「どう見てもあの影だよなぁ」

「ええ。加古さんの勘がばっちり当たりました」

獰猛な目で加古と祥鳳が見つめる先は一番端の島の端の、小さな岩山だった。

「じゃ、ちょっとダイヴしてくるわー」

「ここで監視してます」

「ダメだったらよろしくねー」

「1発だけでも当ててくださいね!」

「まっかせなー」

加古はそっと、氷山に身を隠しながら岩山に向かった。

岩山の周囲はこちら側が浅瀬と砂浜、向こうは急に深くなってる。海の色で解る。

伊19はそこに居る。

加古はするすると岩山を登り出した。

 

ピッピーッ。

鳴り出したワーニングアラートに気付き、天龍は提督の方を向いた。

「提督、確認。艦娘は島に上陸して良いのか?」

「違反とは言ってない。アリだ」

「・・解った」

天龍は設定を無効にしつつ、苦笑した。

おいおい、常識外れも良い所だ。このまま行きゃ岩山の先は伊19の真上だぜ?

 

「山城、やっぱり全部僕の装備に変えるべきだったんじゃないかな?」

最上の指摘に苦々しく応える山城。

「だったらちゃんと動くって保障しなさいよ」

「世の中に100%なんて無いんだよ山城」

「アンタの兵器は動くか動かないか半々じゃないの!姫の島のミサイルのように」

「だーいじょうぶだって。魚雷版は伊168が試験して大成功だったんだから」

「・・お喋りは終わり。見えたわよ」

「んー・・・あーあ、よりにもよって比叡中心の輪形陣なんて可哀想に」

「知った事じゃないわ。全て運よ」

「山城は怖いね。じゃ、用意は良いかい?」

「全AI起動済みよ」

 

「流星とはいえ、本当に耐え切れるのですか?」

「実証済みよ。搭乗員さえビビらなきゃね!」

その一言に、不安がっていた加賀飛行隊隊員達は色めきたった。

鎮守府で最高錬度の搭乗員しか乗艦を許されない、文字通りの最強空母、加賀。

大鳳の飛行隊に後れを取るなという檄が飛び、力強い返事が返ってきた。

加賀は空を仰いだ。自分に反論する対抗策は無い。赤城は自分が知ってるあらゆる策を知り尽くしてる。

そう。付け入る隙はそこしかない。

 

 自分が知ってる策が世の全てだという、隙。

 

加賀はぞっとした。それはすなわち自分の隙でもあるからだ。

加賀は妖精達に話しかけた。

「皆聞いて。これは新しいセオリーになるかもしれない重要な実験よ。後で必ず意見を聞かせて」

ビシリと敬礼で返す搭乗員達に、加賀は微笑んだ。

「行きましょう」

 

「艦隊が4隻しかいない?それもバラバラ?」

放った水上偵察機からの報告を聞いて、金剛は事態が理解出来なかった。

まだ始まって5分も経ってないし、戦闘もしていない。

霧島が肩をすくめた。

「早々に氷山に突っ込みましたかね」

榛名がたしなめた。

「大鳳さんはともかく、山城さんは高LV艦娘ですし、他の方々だって」

「祥鳳さんも加古さんもうちに着たばかりよ。仮想演習に慣れてるとは言いがたいわ」

比叡は金剛に言った。

「私もおかしいと思います。2隻は別のどこかにいると思います」

「潜水艦を別動隊にするのは私達もやりましたから解りマスけど、分散させる理由が解りません」

「・・・」

「艦隊は固まって集中攻撃するからこそ威力が増しマス。これセオリーね」

金剛の言葉に、比叡はハッとした。しまった。

「金剛お姉さま!すぐに陣形を」

だが、比叡は最後まで言葉を発せなかった。海原に浮かぶ点を見つけたからだ。

「あ」

 

伊19はスコープの照準を慎重に合わせなおした。

山城の艦橋は大きくて解りやすい。充分遠くから撃てる。

シャクッと狙撃銃の弾を装填し、安全装置を解除する。

山城、終わりなのです。せめて1発で仕留めてあげるのです。

だがその時、真上から、音が降ってきた。

「!?」

その音は良く知った、極めてまずい音だ。だが、ありえない。

 

 魚 雷 発 射 音 だ

 

スコープから顔を離し、伊19はとっさに真上を向いた。

加古が上から落ちてきながら魚雷を発射していた。

伊19は固まった。

 

「は?」

赤城は放った彩雲からの報告に耳を疑った。

金剛4姉妹が猛攻を受けた。少なくとも比叡は大破したと。

赤城は航空機が何機居たかと問いかけたが、彩雲は0だと答えた。

加賀と大鳳が居るのに空爆しなかったというのか?何を積んだんだ?

赤城はマイクに向かって呼びかけた。

「伊19、山城は仕留めましたか?」

だが、応答は無い。

赤城は顔をしかめた。伊19と金剛4姉妹は別方面に展開した。

自分は金剛達の後を追う航路だが、最悪、動けるのは自分一人の可能性がある。

彩雲に捕捉している敵艦隊位置を尋ねると、2箇所の答えが返ってきた。

どちらに最上がいるかと訊ねた。可哀想だが一番LVが低いのは彼女だ。

確実に仕留められる相手から仕留めて弱体化させる。それがセオリーだ。

彩雲が返した最上達の座標に、赤城は進路を取り直して言った。

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

だが、そこで天龍からの通信が入った。

「赤城、空爆命中で轟沈。演習1回目終了だ」

赤城はぽかんと口を開けた。

そう思った瞬間、自分のではない艦載機が背後から通り過ぎた。

一体何が起きたというのだ?

 




誤字、というか書き間違いを訂正しました。
ご指摘ありがとうです。


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加賀の場合(22)

 

紅白戦の1戦目が終わった休憩時間、午後。

 

休憩時間に入った直後、白組の面々は一言も喋らなかった。

思考に全精力を集中しており、喋る暇がなかったのだ。

 

 一体、何が起きた?

 

「皆サーン!ちょっと話聞かせてくださいネー」

金剛がメンバーに呼びかけた。

「そうね。同じ事しても同じ事になりそうな気がするのね」

伊19は溜息をつきながら返した。

「比叡、さっき何を言いかけましたカー?」

比叡が泣きそうな声で応答した

「お、お姉様」

「比叡、まだ1回先行されただけデース。それにこれは、スポーツですネー」

「・・・スポーツ?」

「仮想演習では死にまセーン。楽しみましょう!」

比叡は呆気に取られた。金剛に悲壮感は全く無い。

そうだ。金剛お姉様はこういう人。だから何度も助けられてきた。

お姉様に勝利を。その為には。

「私、さっき轟沈する直前に、噴進砲みたいな物が見えたんです」

「噴進砲・・・」

「噴進砲は速度が遅いです!だから、敵の前に砲撃出来れば命中させつつ回避出来る筈です!」

「霧島、何が有効デスかねー?」

霧島が口を開いた。

「噴進砲なんて奇抜な物を使うのは最上に決まってます。弾着観測射撃で仕留めましょう!」

「なら、第4スロットを電探から水上偵察機に変更しまショー!」

金剛は伊19を見た。

「伊19は山城を見つけましたネー?」

「見つけたけど、仕留める前に仕留められたのね」

「僚艦は見えましたカー?」

「最上だと思うのね」

「山城と最上が噴進砲を持ってるなら、輪形陣は危険です!」

「そうですネー・・・赤城」

「なんでしょう?」

「攻撃機で索敵可能ですカー?」

「ええ、可能です」

「それではお願いしマース!今度は一緒に動きましょうネー」

「解りました。通信可能範囲に居てください」

「あと、第4スロットはダメコンにしてクダサーイ」

「何故ですか?」

「万一の時、敵を討ってクダサーイ」

「・・・解りました」

「伊19は何か変えたいですカー?」

「本気で行くから、甲標的を酸素魚雷に変えるのね!」

「じゃ、天龍をコールしますネー!」

 

「なんだ金剛?」

「兵装交換リクエストネー」

「よし、言いな」

「私、比叡、榛名、霧島の第4兵装を水上偵察機に変えマース」

「解った。他には?」

「赤城の第4兵装をダメコンにするネー」

「他は?」

「伊19に酸素魚雷を持たせマース!」

「これで全員交換不可だぜ?」

「OKネー」

「・・よし、交換完了。トイレとかはねぇな?」

「ありまセーン!」

「紅組のほうは兵装交換はねぇか?」

「ありません!」

「うっし。第2戦、開始10秒前!アラートで開戦だぜ!」

「わーかりましたー!」

 

ピッ・・・・ピッ・・・・ピピッ・・ピピッ・・ピピピッ・・ピピピッ・・ピー!

 

「始め!」

伊19は開始直後、金剛に行動計画を確認した。

すると金剛は申し訳なさそうに

「ソーリーです。他に思いつかないのです」

と返した。伊19は頷いた。

確かに、身を隠せるような都合のいい場所は他に無い。

だが。

上から来る可能性があるなら、上も索敵しておけば良い。

2度と意表はつかせない。

 

伊19は所定位置についた。

上空を索敵するには、僅かに水面から出なければならない。

ギリギリ海面に浮上した伊19は、慎重に狙撃銃を構え、魚雷を込め、安全装置を外した。

敵が見える前からの安全装置解除はセオリーに反するが、その分発射までの時間を短縮できる。

万一再び上から降ってきた時、今度こそ相打ちまで持ち込んでやる!

だが、伊19は全身にぞわぞわっと鳥肌が立った。

「!?」

何か解らないが、とてつもなく嫌な予感がする。

全く理由にならない理由だが、本能的に伊19は岩陰を離れ、沖合いに出た。

すると。

ドドドドドドドドドドーン!

そびえ立っていた目の前の岩山が崩れ落ち、ついさっき自分が居た場所に岩石の雨が降った。

伊19は海面に出たまま、顎をガチガチと鳴らした。体の震えが止まらない。

対潜水艦攻撃で山を崩すなんて聞いた事が無い。

だが、あの音は間違いなく岩山を砲撃した。それも偶然じゃなく、狙い澄まして。

あんなのを喰らえば対機雷ウェットスーツなんかじゃ到底太刀打ち出来ない。

それに、あんな強火力を持つのは一体誰だ?

「よっ」

ビクリとして振り向いた伊19の目の前に、加古が居た。

「・・あ」

「バーン」

ウインクしながら、加古は20.3cm砲を伊19の鳩尾にぴたりと当てた。

伊19はがくりと頭を垂れた。発射されたら間違いなく大穴が開いて轟沈だ。

「ええと、解ってるみたいだな伊19。轟沈だ」

天龍の声に伊19は

「完敗なのね」

と、呟いた。

加古がマイクに向かって話しかけた。

「良い砲撃だったよ祥鳳ちゃん!」

祥鳳はふんと鼻を鳴らした。

「艦載機なんて要りません!」

 

「あー、今度は赤城さんも来たわね」

山城は手をかざして言った。前回は最短航路、今回は迂回航路だ。

「向こうの航路は一緒・・ね」

最上が多弾頭噴進砲のAIを起動しながらニコッと笑った。

「巻き添えは運が悪いんだよね、山城?」

山城は肩をすくめた。

「そうね。じゃ、仕留めましょうか」

「了解!」

 

「航空機のレーダー反応あり!左舷方向!」

赤城が叫ぶと、金剛達が素早く水上偵察機を飛ばした。

「見つけました!方位2-9-・・2!距離25!砲撃用意!てー!」

ドドドドン!

榛名の指示通りに金剛型4隻が主砲を一斉射した。

 

「ああっ!」

「解ってるな最上。轟沈だ」

「くっそお、あと少しで噴進砲発射出来たのにっ!」

「戦闘終了までお喋り禁止。良いな?」

「解ってるよぅ・・・たくもう」

僚艦の最上を失いながら、山城は即座にプランを変更した。

敵は自分の真正面に居る。すなわち敵から自分の艦影は真正面の形で見えてる筈だ。

最上に当たり、私が方位を変えないなら、私が接近すると思って次弾の着弾距離は短くするのがセオリー。

ならば方位を変えず、後退すればハズレるって事よ。

私の欠陥は提督が治してくれた。だから私は、急停止が出来る。

「両舷!反転ギア装填後、後退原速黒18!」

そして、続けざまに叫んだ。

「多弾頭噴進砲!全弾水平発射!」

墳進砲の特徴の一つに、水平飛行が可能という事がある。

もちろんあまり長い間飛べばやがては着水するが、僅かな差なら関係ない。

そして、相手の測距を狂わせるには、仰角を必要とする砲弾を撃ってはならない。

水平に飛ばし、点のように見える噴進砲は、相手の測距儀の目くらましには丁度良いのだ。

90発の噴進砲が残した白い煙を、山城は見つめた。

全員、沈みなさいな。

 

「夾叉・・いえ、最上に命中!直撃!」

榛名はにっと笑った。勘が冴えてる。ならば次弾も速やかに撃つ。山城も沈めて一気に叩く!

「第2射用意!方位2-9-2!距離20!砲撃用意!てー!」

ドドドン!

だが、その時赤城の航空隊は緊急報告をしてきた。

「噴進砲が発射されたようです!回避行動に移ってください!」

数十もの白い点を確認し、全艦が一斉に散開した、が。

「なっ!?」

噴進砲が、追いかけてくる!?

「天龍だ。金剛4姉妹轟沈。赤城、お前はダメコン発動で戦闘再開。これでダメコンは使用不能だ」

赤城は歯を食いしばった。

「一航戦の誇り、こんなところで失うわけには」

だが、攻撃機は伊19の轟沈を知らせてきた。

つまり僚艦は全滅。たった一人というわけだ。

ならば目の前の敵を叩く。

「攻撃隊、山城に空爆開始!」

 

 



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加賀の場合(23)

 

紅白戦の2戦目中、午後。

 

「・・・山城さん、ごめんなさい」

大鳳は遠回りに敵艦隊を回りこむ航路を進んでいた。

赤城が金剛達と居て、最上が轟沈した以上、山城は袋叩きだ。

だが自分は、とても救援にいける位置に居ない。

艦隊が固まっていれば、あるいは。

「私達は私達の目標を遂行しましょう」

大鳳は加賀を見た。加賀は真っ直ぐ、澄んだ目で見返した。

「・・・ごめん。そうよね」

大鳳はキッと空を仰いだ。

「さぁ、やるわ!第六○一航空隊、発艦始め!」

加賀は指示を発した。

「敵、赤城。方位1-8ー0。全機発艦」

加賀の飛行隊が、大鳳の飛行隊が発艦していく。

大鳳が軌跡を睨みながら指示を与える。

「全機全速力を維持、高度8000mまで上昇、そのまま宙返りして敵艦に空爆開始せよ!」

 

「各艦は私を顧みず前進して!敵を撃滅してくださぁーい!」

「頑張ったな山城。だがそこまでだぜ」

「解ってるわよぅ。んもー」

不満げな口調とは裏腹に、山城はニヤリと笑った。

あれだけ赤城から艦載機を引きずり出して、撃ちまくらせた。

後はあの二人が氷山にでも激突しない限り、勝てる。

なぜなら第1次航空隊は全弾打ち尽くしたし、二人はそろそろ海域に着く頃だ。

赤城は補給しているヒマが無い。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

赤城は×印が付いた山城を見ながら呪いの言葉を放った。

あんなデカイ図体して逃げ過ぎだ。

ちょこまかちょこまか航路を変えるわ止まるわ急発進するわ。本当イライラする!

だが、やっと仕留めた。少なくとも最上と合わせて2隻は沈んだ。

敵は見えない。今のうちに艦載機の弾薬を補給しておかねば!

「艦載機の兵装を換装する準備をしてください!」

飛行甲板上に魚雷や爆弾が並べられる。帰艦する艦載機が見える。

・・・ん?

飛行甲板の上を、チラリと影が横切った気がした。

太陽は真後ろの上にいる。影が横切るという事は・・・

「真上・・直上!?」

赤城はぐいと見上げた。

「!!!!!」

赤城の真正面に、まさに爆弾を切り離したばかりの流星の群れが居た。

真っ直ぐこちらを向いている。

「あ」

自爆攻撃かと思ったが、流星はそのまま機首を上げ、海上すれすれを滑るように飛んでいった。

「・・良かった」

「良かねぇよ赤城。空爆命中で轟沈。演習2回目終了。決着も付いちまったぜ」

赤城はにこりと笑いながらヘッドセットを外した。

「艦載機が自爆しなかったから、それで良いんです」

 

「ではまず、天龍から聞こうか」

提督室に戻った面々は、提督の声に促され天龍の方を向いた。

「えっと、2戦とも白組は全艦轟沈。紅組は山城と最上が1回ずつ轟沈。あとは無傷だ」

天龍は肩をすくめた。

「ルール違反者双方なし。文句のつけようがねぇ。紅組の勝利だぜ」

「次、白雪。検証結果はどうだった?」

白雪はふうむと顎に手を当てながら

「一部運の要素もありましたが、紅組の戦術が一枚上手なのは確かです。ただ・・」

提督はおや、という表情をした。

「ただ、何だね?」

「この戦術をそのまま採用というのは無理でしょうね」

山城が食ってかかった。

「どういう事よ!」

白雪は肩をすくめた。

「AI自律誘導の多弾頭墳進砲なんて、ここにしかありませんし」

「うっ」

「そもそも山城さんがあんなに身軽なんてチートですし」

「そっ!それは提督が欠陥を治してくれたから!」

「加古さんが山を登る事も?」

「人間、山登り位出来るっしょ~」

「祥鳳さんが一回の砲撃で岩山を正確に倒して潜水艦を攻撃する事も?」

「じゃあ今やって見せた私はなんなのよ!現実にだってあれ位訳無いわ!練習すれば出来るわよ!」

「流星が高度8000mまで登って、そのまま海面すれすれまで宙返りしながら急降下する事も?」

「かっ、加賀さんの飛行隊は今日初めてで出来たよ?」

「加賀飛行隊の錬度がどれだけ化け物かご存知の上で言ってますか?」

「うぅうぅぅう」

「一言で言って、皆にとっては離れ業過ぎるんです」

大鳳はがくりと頭を垂れた。訓練に明け暮れすぎた。またやってしまった。

「役に立たない戦術じゃぁ、提督に捧げる意味は無いわね・・」

しょぼんとする大鳳に、提督は声をかけた。

「ありがたく貰うし、役に立つと思うよ」

「え?」

提督はちらりと白雪を見た。

白雪はにこりと笑った。

「そのままの採用は難しいですが、セオリーを変えていくチャンスです」

提督は頷きながら言った。

「セオリーは常に最新の常識と技術に基づかねばならん。しがみつけば時代遅れになる」

「例えば今日、金剛達は面白い事をしたな」

金剛が顔を上げた。

「何かしましたデスかー?」

「速力を落として赤城と併走し、赤城の艦載機からの索敵結果を元に砲撃しただろう?」

「は、ハイ」

「今までやってたかね?」

「いえ、やった事無いデース」

「何故やったのかな?」

「あんまりにもショッキングな負け方をして、何とか挽回したかったのデース」

「うむ。それはとても良い考えだね」

「良い考えデスかー?」

「そうだよ。今までのセオリーを壊してでも、さらに強くなろうと考えたってことだ」

「・・・」

「大鳳だって、セオリーは解ってるだろ?」

「提督の蔵書は全て読ませて頂きましたから、その範囲では」

「充分だよ。だが、大鳳はセオリー以上を目指した」

「は、はい」

「今はとても高い技量や技術が必要な策だが、使える要点がある筈だ」

「さらに、今の戦術と向き合う事で、金剛のように前向きにより良くしようと考える子も出てくるだろう」

「・・・・」

「そのまま役に立とうがどうしようが、鎮守府に新風を呼び込む為に必要な戦術なんだよ」

「提督・・」

「だからありがたく頂くよ、大鳳。よくまとめたね」

「あ、でも、私の戦術は私と加賀さんでやった部分で、他はそれぞれ皆さんが立てたんですよ」

「そうなの?」

加古がニヤリと笑った。

「レ級の頃は好き放題戦術試せたし、重巡が潜水艦と戦えたらかっこいいよねって」

山城も頷いた。

「艦隊戦は艦を見てるんじゃなくて、艦影を見てる。その盲点を考え続けてたのよ」

祥鳳はくすっと笑った。

「空母が砲撃で襲って来たらびっくりするでしょ?意表をついて無力化するのは私の理論の要です」

大鳳は祥鳳に向かって言った。

「敵が撃てないようにすれば良い。それは私の戦術も一緒です!」

「大鳳さん、貴方とは良い論議が出来そうね」

「ええ。また時間があったらお話しましょう!」

提督は榛名の方を向いた。

「榛名は戦ってみて、どうだった?」

「とっても不謹慎ですけど、わくわくしました」

「わくわく?」

「セオリー通りに互いが戦えば、如何に相手のミスを誘うかが主眼になります」

「まぁそうだね」

「それだと、足の引っ張りあいみたいでつまらないです。今日は何がどうなってるんだろうって!」

「意外な戦術に、驚きつつも新鮮だったって事か」

「はい!でも、次はこんなにボロ負けしません!」

伊19が頷いた。

「戦い方はまだまだ沢山あるのね。もっと勉強して、強くなるのね!」

霧島が眼鏡をくいと上げた。

「今回の紅白戦により、霧島の戦術力が向上しました!感謝しますね」

提督が手を打った。

「よし!じゃあ互いに握手して終わりにしよう!」

「今回は完敗デース!でも次回は負けないネー!」

「こ、こっちも頑張るから、負けないよー」

「加古さん、強かったのね!」

「レ級の時に会わなくて良かったねー」

赤城は大鳳に言った。

「艦載機が海面すれすれで起き上がったのは、偶然ではないのですね?」

「はい。計画通りです」

「特攻計画だったら平手打とうかと思ったけど、違うなら良いです」

「あんなに苦楽を共にした搭乗員を簡単に殺したりしません!」

「はい。それでこそ、うちの空母です!」

「み、認めて、くれるんですか?」

赤城はすいと人差し指を大鳳に突きつけた。

「前みたいにワガママで周囲を振り回したら許しませんよ?」

「ううっ・・気をつけます」

「うむ、よろしい。じゃあ歓迎会しなくてはなりませんね、提督っ!」

「んえ?」

「んえ、じゃあありません!ほら、鳳翔さんの店に予約して!」

「何でだよ。食堂で歓迎会がセオリーだろう?」

「セオリーは常に新しくなるのです!」

「財布の中身が変わらないからダメです」

「新しくしてください!」

「それは大本営に言ってください!」

「早速行ってきます!」

「行くんじゃありません」

加賀は大鳳に話しかけた。

「ごめんなさいね。これがいつもの事だから」

「ううん。やっぱりここは、楽しそうだわ」

「楽しいですよ」

「た、ただいまって、言って良い?」

加賀はにこりと笑った。

「おかえりなさい、大鳳さん」

 



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加賀の場合(24)

紅白戦から2週間が経過した。

 

「焼きそ~ば!焼きそばだクマ~・・・はいよ~1つ350コインだクマ!」

「たこ焼き焼けたにゃ~!沢山あるから心配しないで良いにゃ~」

仮想演習場は今日も盛況だった。

加賀は球磨達から大人しく買い求める艦娘達の姿を見て、うんうんと頷いてから演習棟に入った。

ほんとに大変な事を任されてしまいましたが、何とかなって良かったです。

 

仮想演習棟に連日並ぶ列を見て、ピンと閃いたのは龍驤だった。

黒潮を説き伏せ、共同出資して出店の屋台を始めたのである。

具体的には鳳翔から食材を買い付け、間宮から出店のセットを借りてきた。

最初、文月は黒潮を出す事に渋い顔をしたが、

「まぁ、飲み物とかを売って熱中症予防に貢献してくれるなら・・あ、月末には帰ってきてくださいね?」

と、条件付で承知したのである。

そして龍驤が焼きそばを、黒潮がタコ焼きを作って売る事にした。

飲み物はソーダ水か麦茶で、買った人にサービスであげる事にした。

屋台を立て始めた頃から既に列に並ぶ艦娘達はざわざわし始めた。

これはいける。当たる予感がビンビンするでぇと、龍驤は笑みがこぼれた。

二人が作り出し、辺りに暴力的なソースの匂いが漂いだすと、艦娘達の刺さるような視線を感じた。

出来上がった焼きソバをパックに詰めながら、龍驤は努めて冷静に売り文句を口にした。

「えー、たこ焼きぃ、焼きソバぁ、どっちも350コイン~。美味し~い美味・・ちょ!ひぃぃぃぃ!!」

売り始めた途端、艦娘達が津波のように買い求めてきた。順番がずれて小競り合いまで生じた。

狙いは超ストライクだったわけだが、ここまで凄い事になるとは全く予想していなかった。

龍驤は騒ぎを起こした事について加賀からこってり絞られたが、提督はふむと頷くと、

「今のやり方は加賀の言う通りダメだけど、需要はあるんだね。もう少し工夫したら営業再開して良いよ」

と言ったのである。

ゆえに二人は必死で知恵を絞った。

宝の山が目の前にあり、週単位のレンタル費用だって馬鹿にならない。

一過性のブームなら列が消える前に1個でも売らねばならない。

そして思いついた。買いに来させるから列が崩れる。列に並んだまま買えれば良いのだと。

「バイトせんバイト?」

と、龍驤が方々探し回った時、たまたま時間が開いていた球磨と多摩が手を挙げた。

黒潮のアイデアで球磨と多摩は鎧と鉤爪を装備し、商品の入った籠を首から下げて売り子になった。

この二人が地上戦でどれだけ恐ろしいか知っている艦娘達は、大人しく従ったので騒ぎは無くなった。

しかし。

「鎧兜フル装備での売り子はあっついクマ!何とかして欲しいクマ!」

「行列が崩れず平穏に済んでるのは私達のおかげにゃ!」

と、ソーダ水飲み放題と言う労働条件の追加と、賃金に関する大幅な譲歩を呑まされる事になり、

「とほっほぅ・・濡れ手に粟とはいかないよっと・・・」

と、龍驤は小さく溜息を吐きながら焼きそばを焼いている。一方黒潮は

「ぼちぼちやからええやん。もうちっと休みが取れるとええねんけど、贅沢な悩みやなぁ」

と、さほど気にも留めず山のようにたこ焼きを焼いている。

 

そもそも、なぜ仮想演習場がこんなに混雑しているのか。

 

仮想演習は大型の鎮守府ではどこにでもある。

鎮守府内外での演習を通じて艦娘に経験を積ませる為だ。勿論経験値が溜まればLVも上げられる。

しかし、今までは仮想演習と聞くと嫌がる艦娘も少なからず居た。

それは天龍の

「実弾演習と仮想演習は違うんだよなぁ・・緊張感が続かねぇし揚げ足取り合戦みたいになるしさぁ・・」

というコメントが状況を要約している。

仮想演習では、両軍共にセオリーに忠実に従って戦う事が絶対条件と信じ、それを繰り返していた。

この結果、特に鎮守府内演習では相手がセオリーに反するミスをしない限り引き分けになる事が増えた。

ガチガチに決まりきった戦術は飽きてしまうし、引き分けだと経験値も僅かしか入らない。

ゆえに、互いにミスを誘うという事に凝りはじめてしまい、演習後の雰囲気もあまり良くなかった。

それが、大鳳達と金剛達の紅白戦で一変した。

 

時は紅白戦の直後に遡る。

 

金剛は興奮気味に、

「大鳳達との仮想演習はとっても面白かったデース!奇想天外で強いネー!私達負けちゃったデース!」

と、あちこちで話して聞かせた為、

 

「ほう・・金剛姉妹がやられた、と?」

 

と、すぅっと目を細めた艦娘達が続々と対戦を申し出たのである。

金剛4姉妹は鎮守府の主力部隊の一翼を担っている常勝組だ。それがやられたとなれば只事ではない。

提督は大鳳に問うた。

「申し込みが多数来ているそうだけど、困ってるなら私から止めろと言ってあげるよ?」

「いえ!戦術の検証にこれ以上適した事はありません!出来ればやらせてほしいです!」

「メンバーは?」

「先日の紅白戦でご一緒した方々が嬉しいですね」

提督はしばらく考えた後、

「2艦隊以上編成し交代で行う事。君達も楽しんでやる事。現実に出来る事だけする事。守れるかな?」

「はい!」

そこで、いの一番に相談された祥鳳は白雪に打ち明けた。バンジーから帰って来たばかりだった白雪は

「思う存分、艦載機無用論を試せるチャンスじゃないですか。満足したら帰って来てください」

と笑いながら通常業務から外し、祥鳳を送り出した。

大鳳と祥鳳は寸暇を惜しんで議論を重ね、演習で検証を繰り返し、自らの理論を猛烈な勢いで強化していった。

増員には隼鷹と飛鷹に訊ねたところ、

「面白い事してるなぁって思ってたんだ。にひひっ」

「私達、結構やれるんだから!」

と、二つ返事で協力してくれることになった。

最上は仮想ながら無制限で新装備のテストが出来ると喜び、増員は誰が良いという問いに夕張を指名。

予算が無くて没にされた兵器のアイデアを次々とテストし始めたのである。

そして程なく伊19に核弾頭SLCMを持たせた事で艦娘達から大顰蹙を浴びる。

「開始早々、敵すら見えず艦隊ごと沈まされる気持ちにもなってよ!チートどころかトラウマよトラウマ!」

この為、抑止力として三隈と島風が招集され、最上は三隈と、夕張は島風と組む事になる。

最上と三隈のやり取りの一部を聞いてみよう。

「魚雷作る位なら大型対艦ミサイルの方が良いと思うんだけどなあ」

「大本営はまだSLCMもICBMも認可してくれてませんわ。残念ながら酸素魚雷の改造までですわ」

「AI無しの熱線誘導なんて時代遅れだよねぇ・・・たくもう」

「陳情書、今晩も書きましょうね」

「うん、そうだね!」

 

 



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加賀の場合(25)

 

 

紅白戦の翌日。

 

山城と加古は、

「いっひっひっひ。次は何してやろっかな~」

「急発進でL字航路とか面白くないかなー?後ろ取ったと思ったら一瞬で砲門がこっち向いてるっての」

「あははっ!良いわねそれ!どうやるどうする?」

と、笑いながらえげつない戦術を次々考案していた。大鳳から増員を問われた時には、

「そんなら鈴熊だよね」

と口を揃えたので、鈴谷と熊野に声をかけたのである。

最初、二人は

「折角大鳳達と戦う楽しい戦略を立ててたのにさ~」

「そうですわ。きゅうきゅうと翻弄して差し上げようと思ってましたのに」

と、残念そうな顔をしたが、山城が二人に何事かを耳打ちすると、

「ほぉーう、面白そうじゃーん!どうする?何する?」

「なるほど・・今時のレディの嗜みの一つなのですね。付き合ってあげますわ」

と、4人で顔を寄せ合いひそひそと話し、時折爆笑していた。

こうして、大鳳、祥鳳、隼鷹、飛鷹、最上、三隈、夕張、島風、山城、加古、鈴谷、熊野の12隻が大鳳組と呼ばれるようになる。

大鳳組の戦いを時間一杯味わった艦娘達は、演習が終わるとヘッドセットをむしり取り、

 

「だあぁぁぁああぁぁもぉぉおおぉぉぉぉおおイライラするぅぅぅううう!」

「水中誘導魚雷なんて卑怯でち!どうしろっていうんでち!」

「こっ、この私が・・ワンパン大破・・・だと・・・ありえない」

「絶対ズルい!ズルいズルいズルいぃいぃい!」

 

このように、最初は顔を蒼白にして猛烈に怒るのだが、異口同音に、

 

「どちくしょおおお!もう1回やらせろぉぉぉおおぉぉ!」

 

と、演習マスターである天龍に迫ったのである。

このあたり、やはり勝つ事を目的に作られた軍艦の船魂としての本能がうずくのであろう。

本来、仮想演習場の運用は運用経験のある艦娘や提督なら出来るので、天龍以外の教育方も出来る。だが、

「教鞭をとる者として全敗では受講生達に示しがつかぬ!さぁ次だ次!勝つまでやめんぞ!」

と、歯を剥き出しにしヘッドセットすら取らない那智を見れば察して頂けるであろう。

天龍も実はやってみたいなと内心思っているのだが、日頃から

「仮想演習なんてオモチャだって。俺は興味無いね」

と言ってた手前、ちょっと言い出しにくかった。更に追い打ちをかけるように興奮気味の妙高から

「天龍!運用出来るわね!やりなさい!」

と命令が飛んでしまった。

加えて、さすがに一人でぶっ続けに運用するのは可哀想と羽黒が1度だけ交代したのだが、

 

「ええええっ!?こ、この戦術は有りなんでしょうか無しなんでしょうか?」

 

と、奇想天外な戦術が出る度に提督に確認しに行くため、

 

「演習がぶっちぶち中断されて面白くない!天龍やって!」

 

と、演習者からも逆指名されてしまった。

その後、浜でしくしく泣く羽黒の肩にそっと手を置いたのは龍田だった。

「得手不得手で考える前に、羽黒ちゃんは今の仮想演習を極めたらどうかなぁ?」

「極・・める?」

「そしたらその戦術がNGかOKか、自分で判断出来るんじゃないかなあ?」

こうして羽黒も仮想演習行列の常連に名を連ねるようになった。

ちなみに現在では運用は天龍と龍田が交代でやっている。龍田はくるりくるりと左手の指輪を回しながら

「提督から頼まれたし~、天龍ちゃんがへとへとになるのも嫌だし~」

との事だが、実際演習した足柄曰く、

「龍田さんは天龍さんよりスリリングなマップだし、判定もシビアだから燃えるわっ!」

ということで、いつのまにか天龍が午前で初級者向け、龍田が午後で上級者向けとなった。

この二人がマスターである事でのメリットは、艦娘が判定を受け入れるという事だ。

たまには白黒つけがたい事もあるが、下された判定に、

「まぁ天龍はズルしないよね」

と言われ、龍田の方は判定に不満を言おうものなら冷たく一瞥され、

「イエス!マム!」

と涙ながらに叫ばされるだけだとすぐに浸透した。

龍田の一瞥の威力は仏の文月どころではないのである。

 

一方で加賀は提督から、仮想演習に関する指示を受けた。

1つは演習全般の監視統括。もう1つは、

「最強の空母として、演習から学ぶ事もあるだろう。秘書艦になった日に報告してほしい」

というものだった。

1つ目は、たとえば山城や加古を理詰めで説き伏せられるのは加賀だけという事情がある。

単に抑制するだけなら龍田の一瞥でも良いし、山城には扶桑の

「山城、いけませんよ?」

という一言でもたちどころに効く。だが提督は

「戦術検討自体は楽しませてやりたい。力づくではなく理詰めでダメな理由を説明してやって欲しい」

といった。

加賀は渋い顔をした。山城も加古も加賀が1話せば10反論する連中だからだ。しかし提督に手を握られ、

「鎮守府最強の知将の言葉なら皆聞くだろう。大変なのは解るのだけど加賀にしか頼めないんだ」

と言われ、思わず頬を染めて頷いてしまったのである。

 

最初の数日間、加賀は1分に1回は溜息を吐いていたし、山城達と良く口論した。

戦術があまりにもハチャメチャに見えたからだ。セオリーのセの字も無い。

しかし、彼女達はその戦術で圧倒的な勝ちを手にしている。そこに考えが至った時、ふと

「ハチャメチャとはなんだろう?セオリーに拘るのは勝ちたかったからじゃないか?」

という疑問に辿り着き、以来2日程、じっと黙って戦術を見ては、龍田や天龍と意見を交換した。

2日目の夜、休憩所で一緒になった祥鳳に感想を言うと祥鳳はにっと笑い、

「・・さすが加賀さんですね。そこまでご覧になってるなら」

と、行動の意図をそれぞれ短く解説してくれた。

「目から鱗が落ちるとはこの事かと思いました」

と、加賀自身が言う通り、この時を境に加賀は大鳳や祥鳳が行う戦術の意図を理解した。

それからというもの、加賀は熱心に連日仮想演習場を訪ねるようになった。

これは、新しい常識になるかもしれない。

奇抜な兵装や極端な戦術ばかり目につくが、とても大事な本質がある・・・

 

コン、コン。

「はいよぅ」

「おはようございます提督。本日は私、加賀が秘書艦を務めさせて頂きます」

「うむ。1日宜しく頼・・・加賀さん」

「なんでしょうか?」

「膝の上に座るのは止めなさい」

「ここは譲れません」

「キリッと仕事する加賀さんが好きだなあ。今日も見たいなあ」

「解りました」

テキパキ仕事し始める加賀を見て提督は小さく頷いた。

長門のようにきちんと叱るのは不得手だが、こんな手なら自分にもできる、と。

 

「ほう、大鳳と祥鳳の戦術はそんなに連戦連勝か」

「艦娘達は最上達の兵器や山城達の陽動に目を奪われてますが、それは本質ではありません」

「そうだね。珍妙な行動頼りで成功するのは最初の1回だけだからね」

「しかし、大鳳さん達は今尚ほとんど負けていません」

「ほとんど、と言ったかな?」

「はい」

「誰が勝ったんだ?」

加賀はふっと笑うと

「長門さんです」

と言った。

 

 



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加賀の場合(26)

 

紅白戦から1週間が経過した日の午後。

 

「長門さぁん、お願いですから仇討ってくださいよぉ」

たまたま演習棟の外を歩いていた長門は、悔し涙を浮かべる蒼龍に引き留められた。

「存分に競い合い、悪かった所を省みるのが演習であって、負けたからと敵討ちをするものではないぞ・・」

そう、長門は蒼龍を諭したが、後から出てきた飛龍や榛名達にまで

「1度!1度で良いから大鳳達が負けるのを見ないと腹の虫がおさまらない!」

と、凄まじい剣幕で押されてしまった。

長門はチラリと演習棟の周辺を見た。そう言われれば悔しげに砂を蹴ったりする艦娘達が居る。

大鳳達が強いのは良いが、今までやって来た事があまりにも通じないと鎮守府内の雰囲気にも悪影響を及ぼす。

「ふむ」

そう言いながら長門は、演習棟に入って行った。

「1回だけ戦いたいのだが、どれくらい待てばよいか?」

長門がそう言うと、今まさに始めようとしていた艦娘達がざざっと席を退いた。

「い、いや、順番は守る。そこまでの気遣いは無用だ」

と、手を振ったが、その手をぎゅっと握られ、

「勝ってください長門さん!もう頼れるのは長門さんしかいないんです!」

と、涙を浮かべながら切々と訴えられてしまった。

「長門さぁん、メンバーはどうします?」

龍田の問いかけに、長門は迷わず答えた。

「第1艦隊で臨む。招集するから待ってくれ」

第1艦隊。

旗艦の長門、2番艦は伊勢、3番艦は日向、4番艦が加賀、5番艦が赤城、最後が陸奥である。

潜水艦出没の時は加賀と赤城が鬼怒と由良に代わるが、基本はこの6隻である。

いずれも姉妹、親友同士であり、ほとんど指示しなくても阿吽の呼吸で対処出来る仲だ。

招集に応じた面々は、長門から説明を聞くと無表情になった。

「ふうん。良いよ」

と、言ったのはいつもは多弁な伊勢だ。本気になった証拠である。

大鳳は休憩室に走った。

「皆、聞いて!長門達第1艦隊が出張ってきたわ!」

まさにケーキを口に運ぼうとしていた山城の手が止まった。

「・・・そこに伊勢は居た?」

「え、ええ、居たわ」

山城はすっと席を立つと、

「紅白戦のメンバーに鈴谷を加えた6隻で戦いましょう」

と即断し、大鳳も頷いたのである。

 

「双方、兵装を選んでくださいね~」

龍田の声に日向が尋ねた。

「姉と二人で立ち向かってみたいが、良いか?」

長門はふっと笑った。

「好きにすると良い。山城を目標とせよ」

「解った」

「加賀達はどうする?一緒に戦ってもバラバラでも良いぞ」

加賀は赤城に尋ねた。

「今回は勝ちに行きたいわね。どっちが良いかしら?」

赤城がニヤリと笑った。

「一緒に行動しましょう。ただし、単横陣で、間隔を置いて」

加賀は怪訝に思ったが、親友の案に乗ってみようと思った。

「長門さん、一緒に行動します。単横陣で、間隔を広めにとりましょう」

「よし、私と陸奥で挟めば良いか?」

だが、赤城が答えたのは、別の、意外な答えだった。

「・・・そう言う事か。解った。まずはそれが通じるかやってみよう」

 

「はぁい、両艦隊、準備良いわね。兵装間違いはないわね?じゃあ10秒後にスタートよー」

 

ピッ・・・・ピッ・・・・ピピッ・・ピピッ・・ピピピッ・・ピピピッ・・ピー!

 

「始め~」

龍田の声と共に、マップが映し出された。中央に大きめの島が点在し、幾つもの海峡が縦横に走る。

長門は顔をしかめた。敵位置説明が非常にしにくいうえ、しかも島に生える木が高くて見通しが悪い。

ここは赤城の案に賭けてみるか。

「よし、最初から赤城の案で行くぞ!」

赤城はにっと笑った。

「このまま移動します。第一次攻撃隊、発艦してください!」

「みんな優秀な子達ですから」

加賀と赤城がら艦載機が放たれる。

意外な事に、全ての機体が戦闘機だった。

そして長門も陸奥も、実弾の装填を済ませ、仰角を目一杯上げたのである。

 

「まだ電探に反応は・・無いわね」

大鳳は慎重に電探の反応を探っていたが、島のエコーが邪魔をしてとても聞き取りにくかった。

既に加古と山城は見えなくなっていた。

山城は開始直前、大鳳に、

「伊勢は、あたしがやる」

と言い残したのであるが、妙な迫力を感じた。

扶桑型の改良版が伊勢型ゆえ力んでいる理由は解らなくもないが、焦らなければ良いなと案じた。

 

「艦橋が幾ら高くても、この木の高さを超えるのは無理ですね・・・」

祥鳳は忌々しげに島の大木を見回した。

「かといって木登りする訳にも行きませんし」

大鳳は頷きながら、ピクリとした。敵戦闘機のエンジン音が聞こえた気がしたからだ。

「第一次攻撃隊、全機発艦!」

大鳳はボウガンに爆戦を装填すると、次々と打ちだした。

爆戦62型は多目的航空機だ。何があるか解らない時、非常に重宝する。

祥鳳は向かってくる航空機を見て言った。

「零戦・・・21型ですね。何故?」

大鳳は行けると踏み、62型に迎撃と殲滅を命じた。

しかし、その62型が次々撃墜され始めたのである。

「何事!?」

祥鳳は空域を睨みつけていたが、やがて叫んだ。

「しまった!熟練組です!」

 

零戦21型はもう充分に古い機体である。

祥鳳が何故と言ったのは、最新鋭機に比べれば性能に劣り、わざわざ選ぶ理由が無いからである。

しかし、とても長い間零戦21型と時間を共にし、まさに手足のように機体を操る熟練搭乗員が居る。

それが零戦21型(熟練)と呼ばれる部隊である。

加賀と赤城が放った、計180機の戦闘機は全て、この、零戦21型(熟練)であった。

零戦62型を事も無く撃ち落とす戦闘能力、そして圧倒的な機数。

大鳳の背中をぞくりと嫌な予感が走り、ぶるるっと身震いした。

次の瞬間。

「大鳳さぁん、轟沈です。終了まで会話禁止ね~」

大鳳は絶句した。嫌な予感は当たったが、何があったかさっぱり解らない。

 

「くううっ!」

雨あられと降り注いだ46cm砲弾を、祥鳳は辛うじて避けきった。

命中を免れたのは初弾が大鳳を挟んで反対側に集中した事と艦の小ささのおかげだった。

至近距離で轟沈を意味するバツ印が付いた。それも親友の大鳳に。

「・・・大鳳の仇っ!」

祥鳳はキッと艦載機達を睨んだ。実に実に忌々しい。

「墳進砲、全門斉射!」

3スロットに積まれた墳進砲計90発が一斉に21型に向かって飛んでいく。

これで敵機は回避行動に移り、陣形が崩れる。一部は機体同士接触して墜落してくれるかもしれない。

いずれにせよ、艦載機が体勢を立て直すまでは弾着観測出来ない、すなわち砲撃されない。

その隙に海峡に逃げ込み不利な位置関係を立て直す。

そして温存している10cm連装高角副砲の射程範囲に入ったら可能な限り連射して潰す。

だが。

「なっ!?」

祥鳳は目を見開いた。

零戦21型の熟練搭乗員は、墳進砲をごく僅かなエルロン操作ですいっとかわしたのである。

「あ・・あ・・あああああ」

祥鳳がガクガクと震えだした。陣形が崩れなければ、弾着観測射撃が・・・

 

「祥鳳さぁん、轟沈です。終了まで会話禁止~」

祥鳳はどさりと椅子の背に身を預け、ぜいぜいと息を切らした。

墳進砲90発撃って1発も当たらないうえ、相手は微かな姿勢変動だけで進撃してくる。

今までで最も恐ろしい体験だった。

「戦いの勉強に、終わりはないですね」

祥鳳はぐいと額の汗を拭った。

 

 



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加賀の場合(27)

第1艦隊と大鳳組の演習は続いていた。

 

「んー、あれは加賀かなあ」

「他には誰が見える?」

「ええとねぇ・・多分赤城、長門、陸奥だね」

「ちっ」

山城は島の木の上から偵察していた加古の報告を聞いて舌打ちをした。

伊勢型戦艦を叩いて扶桑型ここにありと高らかに宣伝するつもりだったのに。

「念の為聞くけど、伊勢と日向は見えないわね?」

「・・・うん。でも、加賀達も相当遠いよ?」

「へっ?」

開始時間からは相当経っている。

加賀と赤城を供にしていたとしても、接近する意思があればもう少し近づいてて良い筈だ。

接近していない・・接近出来なかった・・接近する必要が無かった!

山城ははっとして

「加古!すぐ木から降りなさい!退避行動に入るわ!」

と叫んだ。

「はーいはい」

加古はバッと木から飛び降りると、スタッと着地し、そのまま森の中を走り出した。

 

「視界から消えましたか。解りました。引き続き滞空してください」

「赤城、次の標的はどこだ?」

艦載機との通信を終えた赤城に、長門が尋ねた。

赤城はすうっと目を細め、

「お焚き上げを行いましょうか」

と言った。

 

島の端で4つん這いになった加古は、低い草のスキマから外を覗いた。

「んー・・・誰も居ない、ね」

しばらくじっと観察した後、海に飛び込んだ。

しかし、ジャンプした体が背後から猛烈に押された。

「げふっ!」

直後、次々と爆破音がした。

加古は海面で数回転がった後、立ち上がって自分のゲージを見た。

さっきまで無傷だったのに中破になってる。

だが、加古の口から出た言葉は

「よっしゃラッキ~」

だった。

何故ならつい先程まで身を潜めていた島は、今や火の海と化していたからだ。

あと少し飛び込むのが遅れたら確実に轟沈だった。

それに比べれば。

「中破でも生きてりゃ攻撃出来るもんね~」

加古はニヤリと笑うと、全速力で向かいの島に飛び込んだ。

 

「加古、被害状況は?」

「ごっめーん、トチって中破」

「上出来よ。砲撃方向は見当がつく?」

「長門達だね。間違いない」

「航空機は見えた?」

「零戦21型。でもあれは手錬だね」

山城は理解した。なるほど。だから「近づかなくて良い」のね。

だが、それなら。

「加古、対空的な安全は確保出来る?」

「洞穴に入ってるから平気」

「海は見える?」

「もっちろん」

「そこに居て、目標を達成しなさい」

「都合よく来るかなあ」

「都合は曲げるもの、よ」

「・・もし、山城と通信出来なくなったら好きにさせてもらうね」

「それで良いわ」

「じゃ、任せましたよ~っと」

 

「・・・・」

鈴谷はずっと目を瞑り、32号対水上電探のシグナル音に耳を傾けていた。

加古の居た島が猛攻を受けた事も聞こえた。

さすがに加古の生死は解らなかったが、その確認は山城からの指示にない。

私は私の目標を仕留めるだけだ。

コーン。ココーン。

鈴谷は薄く目を開け、無言のまま傍らの狙撃銃に弾を込めた。

 

赤城、加賀、長門、陸奥の戦略は「超長距離要塞」だった。

赤城と加賀が目一杯積んだ零戦21型を広範囲に展開。

自らの防衛と航空機の迎撃、そして発見した敵位置を「正確に」伝えさせた。

その報告を聞き、射程に物を言わせた長門と陸奥が弾道ミサイルのような軌跡で精密砲撃を行う。

この為、陣形では赤城と加賀が並び、長門と陸奥はぴったり寄り添っていた。

超の付く熟練である長門と同じ位置で打てば良いので、錬度がやや低い陸奥でも問題は無かったのだ。

最初に移動したのは、大鳳達が通る可能性のある海峡を全て射程範囲に収めるギリギリの位置に動く為だった。

敵は遠過ぎて狙えず、こちらは熟練の技で精密に当てる。

距離に物を言わせた戦術は本来大和クラスの戦術だが、赤城は躊躇わず応用した。

だが、零戦が沈黙した。敵が網に引っかからない。

今のままでも大鳳と祥鳳が沈んでいる以上勝利ではある。

待つべきか、仕掛けるべきか。

赤城は迷っていた。

 

「伊勢、張り切りすぎるなよ」

「大丈夫よ。2つ先の海峡交差地点で落ち合いましょう」

「・・・解った。焦るなよ」

伊勢と日向は海峡に侵入し、主砲を構えながら進んでいった。

隣接する海峡に1隻ずつ分かれ、敵に見つかっても、もう1隻が援護射撃出来るようにである。

海峡を半分ほど進んだ時、伊勢は尋ねた。

「・・・そっちはどうよ、日向?」

だが、日向の応答は無かった。

「!?」

砲撃音も爆発音も航空機の音もしていない。通信機の故障か?

だがその時、伊勢は島越しにはっきりと音を聞いた。

ターン。

伊勢は激しく頭を回転させた。日向に通信を送った後に狙撃音がした。

だが、日向は応答しなかった。すなわち既に仕留められていたという事だ。

音の方が後から来るという事は・・・超遠距離狙撃!

しまった!あっちには狙撃の名手、鈴谷が居るじゃない!

「くっ!」

海峡を1本ずらして突入していれば、日向は狙撃されずに済んだ。

だが今からのこのこ出て行くわけには行かない。

伊勢は長門への回線を開いた。

「長門、日向が遠距離狙撃された。狙撃された日向の位置を知らせるから、砲撃をお願い」

 

長門は伊勢からの通信に応じていた。

「了解。位置を聞こう」

「日向の推定轟沈位置は、マップのA7。詳細位置は」

「・・・詳細位置は?」

だが、伊勢からの応答は無かった。

長門はマップでA7付近を確認した。島が2つ、海峡が3本ある。

「この辺りの索敵部隊は?」

加賀が応えた。

「うちの部隊が間もなく到着します」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

山城は肩を揺すりながら息を切らしていた。

まったく心臓に悪い。悪すぎる。

直前に鈴谷から狙撃達成の報を聞いた山城は浮き足立っていた。

これで伊勢と勝負出来る。

LVも似通った所で、何かにつけては比較された伊勢と、やっと勝負出来ると。

陽動の為に海峡を渡り歩いていた山城は、通信中の伊勢とばったり至近距離で出くわした。

山城も伊勢も主砲に実弾を装填済だったが、山城は調整せず一斉射と告げた。

伊勢がインカムから手を離し、調整後砲撃と命じた僅かの時間差が運命を分けた。

山城の弾を受けながら発射した伊勢の弾は僅かに逸れ、山城の主砲の1本を吹き飛ばした。

小破対轟沈。

同じ戦艦クラスの勝負としては、見事に決まったといって良いだろう。

「山城、応答出来る~?」

「・・加古、やったわ。伊勢を仕留めたわよ」

「おおう、じゃあ伊勢を待ち伏せしていた僕はどうすれば良いんだい?」

「陽動行動は終了する。こっちも大鳳と祥鳳がやられてる。長門達本陣を1隻でも叩きたいわね」

「互いに2隻ずつ失ってるから、LVを考えればうちらの勝ちじゃない?」

「あんたが中破してあたしが小破してるから戦術敗北よ」

「あっ。そっかぁ」

「ええと、最上?上手く捕らえた?」

「辛うじて、だね・・・」

最上は電子双眼鏡を最大限拡大しながら舌打ちをした。これはもっと拡大倍率を上げられるよう改造要だ。

あ、前にも夕張からそんな事を言われてた気がする。今思い出した。

「捕らえてはいるの?」

「うん」

「・・・」

山城は迷った。41cmで46cmに立ち向かえるか?

だが、やらねば時間切れで敗北だ。

「加古、鈴谷は待機」

「うえー」

「了解。」

「最上、私が姿を晒さず砲撃出来る位置へ案内して」

「ええと、38400m地点だね。じゃあ現在位置から案内するよ。まずは前進」

山城は慎重に進み始めた。残時間との勝負だ。

 

 




1箇所誤字の訂正入れました。毎回すみません。


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加賀の場合(28)

 

第1艦隊と大鳳組の演習は終盤を迎えていた。

 

「策敵範囲を広げましょうか?」

赤城の問いに、長門は迷った。

幾ら熟練搭乗員でも、1人で見落とさず探せる範囲は限りがある。

だが数機編隊で固まらせていると、策敵そのものが出来ない部分が生じる。

じゅうたん爆撃式にくまなく探させているが、エリアが広いので一苦労なのだ。

そして今のところ、残りの敵方はどこに居るか解らない。

加賀がその時呟いた。

「燃料を考えますと、最後の指示になります」

長門は敵方のメンバーを思い返し、1つの推論に達した。

「策敵範囲を変更、我々から半径30km付近のエリアを集中探査せよ」

陸奥がこくりと頷いた。

「20.3cm砲の射程は約30kmだったわね」

「そうだ。最上、鈴谷、加古が異なる方向から一斉射するとすれば、30kmラインに並ぶ筈だ」

「見つけてから勝負が決まるまで一瞬ね」

「そうだな。装填を確認しておけよ」

その時、加賀が叫んだ。

「艦載機より連絡!39km付近に艦影を発見!」

長門は瞬時に反応した。

「方位と正確な位置を!」

「方位・・・2・・8・・1!距離・・38550m!」

「全主砲斉射!てぇぇぇっ!!」

加賀が方位と位置を伝えてから長門が撃つまで30秒もかからなかったと陸奥は証言する。

「神業的な再調整よね。それでドンピシャ当てるんだもん」

そう。この一撃で、山城は沈んだのである。

 

「間に合わなかったあああああぁ!」

ヘッドセットを外した山城は地団駄を踏んだ。

山城が持つ41cm連装砲は最大射程距離が38.4kmである。

安全な射程距離は25km程度だが、山城は徹底的に最大距離での練習を積んでいた。ゆえに

 

 38.4kmジャストの位置

 

まで移動しようとしていたのである。

微速であと100mまで迫った時、龍田の声がした。

「山城さぁん、残念でした~轟沈です」

ああっと思った直後、再び龍田の声がした。

「はぁい、演習時間終了ですよ~」

 

表示されたリザルトを見て、艦娘達は息を呑んだ。

長門達第1艦隊、轟沈2隻、それ以外無傷。

大鳳組艦隊、轟沈3隻、中破1、無傷2。

つまり。

「長門組の勝ちで~す」

十秒近い間艦娘達は呆然としていたが、次第に

「かっ・・・勝った」

「長門さん達が、勝った」

という、ポツリポツリとした声が広がり、次第に大きな歓声に包まれた。

だが、誰かが言った。

「第1艦隊ですらB勝利じゃ、私達じゃ太刀打ち出来ないよね」

「物凄い人達と演習してたんだねぇ」

「大鳳組、本当に強いねぇ」

そこに、ヘッドセットを外した大鳳達と長門達が出てきた。

大鳳がガリガリとうなじを掻きながらいった。

「負けちゃったわねぇ。さすが長門さんだわ」

「交えてみて良く解った。大鳳達の戦い方は至極真っ当だ」

長門の言葉に、意外と言う目で山城が見返した。

「卑怯だの奇想天外だのってのが大方の評価だけど?」

「だが、出来ない事は何一つしていないではないか」

「そうよ?出来ない事を仮想演習したって意味無いもの」

「なら何一つ後ろ指を差される事などない。この長門が保障するぞ!」

「・・・長門に認めてもらうってのも、悪い気はしないわね」

そこに、伊勢が歩み出た。

「山城、強くなったねっ!見直したよ!」

「伊勢・・・」

「・・正直言うとさ、扶桑もアンタも、一時期提督が付きっきりで修理したじゃん」

「欠陥を徹底的に治した時の事?」

「そう。あれがうらやましくってさ、ちょっと嫉妬してたんだよね~」

「・・・」

「でも、これだけ強いなら水に流して手打ちしたいんだけど、許してくれるかな?」

「・・・しょ、しょうがないわね」

と言って、伊勢と山城が握手したのを、日向はうんうんと頷きながら見ていた。

この二人がギクシャクしているのは長年何とかしたかったのだ。

加賀は赤城に言った。

「要塞戦法、面白かったです。さすがですね」

「ふふん。セオリーを踏まえて更に応用するのもまた、強くなる為の方法でしょ?」

「そうですね」

「そうそう簡単に、一航戦の誇りは失いませんよ!」

「でも、勝利に慢心してはダメですよ?」

「索敵や先制は大事にしたじゃないですか」

「策敵は充分だったでしょうか?時間一杯飛ばして見つけられなかった子達が居ますよ?」

「うぐふうっ!」

「これからも、鍛錬を続けましょう。ね?」

加賀がにこりと笑うと、赤城は苦笑しながら

「慢心ダメ!絶対!・・ですね」

と返したのである。

この1戦の詳細は青葉が全精力を注いだ力作として特大号で報じられた。

記事では実際の時系列の他、間近で見ていた龍田、白雪による解説も盛り込まれていた。

それぞれが行動した必要性、背景、状況、下された決断と結果。

読み込んだ艦娘達は

「訓練してるからこそ長門さんはこんな短い時間で山城さんを撃てたのね」

「鈴谷ちゃんのレーダー狙撃も凄いねえ。前から神業って評価があったけどさぁ」

「赤城・加賀隊の零戦が示した距離の正確さが恐ろしいと思うんだけどなあ」

などと、数日間はこの話題で持ちきりになった。

そして、大鳳達に対して、チートだの卑怯だのと言った陰口も消えたのである。

ちゃんと強くなり、ちゃんと戦えば勝つ事が出来る、正々堂々とした戦法なのだと。

ゆえに、演習が終わった後、大鳳達に戦法の解説や相談をする艦娘もちらほら現れ始めた。

大鳳は後日、改めて長門に礼を言いに行ったが、長門は

「私は事実を事実と言っただけで、実際に勝ち続けたのは大鳳達だ。もっと堂々とすれば良い」

と、にかっと笑ったのである。

 

「そっか。長門達が勝った事で、いかさまじゃないと解ってもらえたんだね」

「はい。また、かなりの辛勝でしたので、第1艦隊内でも訓練への集中度が増しました」

「まぁ第1艦隊がB勝利なんて珍しいよねえ」

「はい」

「んで、今も演習が大行列なのはどうしてなんだい?」

「皆、大鳳組にせめて一矢報いようとしてるのですが・・」

「結果は?」

「大鳳組は第1艦隊と戦ってからますます強くなったとの評判です」

「他に勝ったものなし、か。言っては何だが、負けばかりだとイライラするだろうに」

「いえ、それが」

「どうした?」

「大鳳組のメンバーが連日演習をしたおかげでかなりのLVになっているんです」

「ふむ」

「なので、負けてもLV上げに都合が良いと」

「・・・ケッコンカッコカリ?」

「YES」

「・・まぁ皆が頭を使って強くなるなら良いか・・良いのか?」

「そこは知りません」

「ケッコンカッコカリなら他人事じゃないでしょうに」

「あら、他人事ですよ」

「どうして?」

「だって・・」

加賀はそっと提督の手を取ると

「何人とケッコンカッコカリしようと、私は提督を信じていますから」

と、にこりと笑ったのである。

 



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青葉と衣笠の場合(1)

加賀編というか大鳳編は、あえてあの形で締めたいと思います。
・・・戦術について素人が詳しく書くと矛盾が噴出するからそっとしておこうという事も無きにしも非ずです。はい。すみません。




 

 

鎮守府正面海域の海上、日の出直後。

 

「はぁー、毎日毎日メンドクサイですぅ」

姉の青葉が沖合で息を整えながら、そう言ったのに対し、

「取材許可の交換条件なんだから、ブツブツ言わない!」

タオルを差し出しながら、衣笠はそう返事した。

「解ってますよう。理由もまぁ解りますが、それにしたってハード過ぎませんか?」

「嫌なら記者活動止めれば良いじゃない。ほら、帰ろっ!」

「うー」

姉の唸り声を無視すると、衣笠は鎮守府に舵を切った。

二人が後にした海では何十体もの深海棲艦達が目を回していた。

 

「ジャーナリストたる者、どこへでも行くのが当然ですっ!」

ソロル新報がほぼ隔日単位で発行出来るようになり、青葉はそう豪語するようになっていた。

近海で大規模な戦いがあると聞いた時は、皆が止めるのも聞かず、たった一人ですっ飛んでいった。

そして、なんと今まさに砲撃しようとしている深海棲艦の隣にピタリと寄り、

「ども青葉です!一言お願いします!」

「ウルサイ!今戦闘中ナノガ見エナイノカ!トイウカ誰!?ドッカラ来タ!?」

というような無謀ともいえる突撃取材を繰り返すようになっていたのである。

衣笠は姉が心配でならず、言う事も聞いてくれないと、ある日の夜、池のほとりで泣いていた。

これを間宮の店で買った甘味の袋を両手に下げた提督がたまたま見つけた。

「どうした衣笠、青葉がまたなんかやったか?」

「・・・怖いんです。心配で心配で、もう見てられないんです」

提督は衣笠の隣に座ると、頭をぽんぽんと撫でた。

「ふむ。何があった。話してごらん」

「実は・・」

事情を聞いて提督は深い溜息を吐いた。

「それじゃ衣笠があまりにも可哀想だ。ブレーキ役を頼んだのは私だ。少し青葉に灸を据えてやろう」

「あ、あの、もう座敷牢はあまり効果が無いんです。調味料やおにぎりまで持ちこむようになって」

「大丈夫。任せておきなさい」

提督は翌日、衣笠と青葉を呼んだ。そして青葉に訓練と称し、

「朝、鎮守府周辺で50体の深海棲艦の傍をすり抜け、無傷で帰ってくれば、その日1日取材しても良い」

と命じたのである。

ぶーぶー文句を言い、提督のネタを手に強く妥協を迫る青葉に対し、提督はぴしゃりと言い放った。

「あらゆる状況で安全を確保出来ると証明してから、どこへでも行くと言いなさい。衣笠の身にもなれ!」

そして青葉を真っ直ぐ見つめ返し、頑として譲らなかったのである。

本当にやらないとダメだと理解した青葉は、どうすればいいんですかとブツブツ言いながら下がっていった。

いまいち意図が掴めなかった衣笠に対し、

「出来る訳が無いだろう?そんな神業が出来るなら本当に安全だが・・ま、ほとぼりが冷めたら許してあげるよ」

と説明したので、衣笠はうーむとしばらく悩んだ後、こくんと頷いた。

簡単に諦める姉ではないが、さすがに課題が非現実的すぎる。大丈夫かな、と。

案の定、青葉は翌朝から「訓練」を開始し、衣笠は心配だったのでついて行った。

最初の数日はすぐ被弾して帰って来た。あっさりドック常連となった青葉は入渠の間ずっと

「あーまた被弾しました!悔しいです悔しいですう!」

と言っていた。

ドックの外では衣笠が胸をなでおろしていた。

鎮守府近海に居る深海棲艦は動きは早いが強烈に強い訳ではない。大艦隊も居ない。

姉が無茶をしても一撃大破はないので、ダメそうだと思ってから連れ戻しても小破程度で充分安全に帰れる。

連れて帰る距離も短い。

だから鎮守府近海だったのねと衣笠は思った。

まだいける、まだ訓練しますと暴れる姉を引きずって帰るのは大変なのである。

衣笠はそっと頭をさすった。シャンプーしてしまったし、もう温もりが残ってる筈も無いけれど。

 

2週間が経過した、ある日の夜。

衣笠が自室でくつろいでいると、青葉が大小2つの包みを持って帰って来た。

怪訝な顔をする衣笠の前で、大きい方の包みを青葉が開けると、沢山の小型カメラが入っていた。

青葉をその1台を抜き取ると、衣笠に手渡した。

「夕張さんから借りてきました!正真正銘のカメラですから安心してください!」

「え?私が撮るの?」

「異なる視点からの映像はとても大切です!動画で一部始終を撮影してください!1台任せましたよ!」

「・・まぁ、いいけどね」

翌日。

やぁ今日も来たなと工廠長に冷やかされ、仏頂面のまま青葉はドックに入った。

しかし、ドックの中で夕張から借りたもう1つの包みを開け、中からノートパソコンを取り出した。

パソコンでカメラの映像から深海棲艦と自分の位置関係や被弾状況を詳しく分析し始めたのである。

「・・ここで一気に取り舵にしたから相手は潮を被って撃てなくなったんですね。ふんふん」

ドックの外で待つ衣笠は姉が入渠時間を使ってそんな事をしているとは思わなかったのである。

 

それから1週間が過ぎた。

いつも通り仏頂面で入渠しに来た青葉は、ドックに入ると、にっと笑った。

カメラを借りる前は何度やっても15隻もすり抜ければ中破して衣笠に止められていました。

でも、今では20隻位なら小破で済むようになりました。やっと効果が出て来ましたよっ!

青葉は慣れた手つきでノートPCを起動しながら、手元のメモ帳を開いた。

「対策18Cはこれで良いでしょう。対策27Eは燃料半減以後の回頭時が問題ですね・・」

衣笠はドックの外で待ちながら嫌な胸騒ぎがしていた。

なんとなくだが、撮影時間が徐々に長くなっている気がする。

次第に長くなるという事は、敵の攻撃を避けられる方法を見つけてしまったのではないか?

姉に方法を見つけたのかと直接聞いてみたが、

「秘密です!」

と、いつも通りにっこり笑われてしまった。

姉はもう少しで事実に突き当たりそうな時でも、すっからかんでも秘密ですの1点張りだ。

完全に解ってしまえば丁寧に教えてくれるので秘密主義とは言えないが、今回は話が別だ。

見つけられては困るのである。

衣笠はもっと条件を厳しくしたほうが良いのではと提督の所へ相談に行ったが、

「青葉は運が強いからそういう日もあるよ。ありえないありえない。はっはっは!」

と、笑いながら衣笠の頭をくしゃりと撫でた。

撫でられた事は嬉しかったが、提督棟から出た頃には衣笠は顔をしかめていた。

いや、違う。

姉の記者活動に対する執念は半端ではない。是が非でも再開したい筈だ。

だが、50隻もの敵艦の傍をすり抜けながら無傷でいられるなんて、一体どれだけの強運が必要なのだ?

運と言えばと思い、雪風に可能性を聞いてみたが首を振られた。

「私が1出撃で、運で結果を明確に変えられるのは3回が良い所です。安定して50回なんて無茶苦茶です」

衣笠はそれでも疑いを晴らさなかった。

無砲撃で50隻もの敵艦を無傷のまますり抜けるなんて出来ないと、誰もが思っている。

誰も思いつかない何かがあるのではないか?それを姉は見つけたのではないか?

出来ない、という単語でハッとした衣笠は睦月を訪ねた。

三式ソナー製造率100%など、不可能を可能にした彼女なら何か解るかもしれない。

 

 



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青葉と衣笠の場合(2)

 

 

提督が命じてから3週間が過ぎた後、工廠。

 

「私がやってるのは手順として、妖精さんに欲しい物をちゃんと伝えてるだけですよ・・運じゃないです」

衣笠から三式ソナー製造率100%は運かと訊ねられた睦月は困惑気味に答えた。

「ええと、じゃあ、どうして私達は出来ないのかなあ?」

「・・例えばレストランで「お任せで」と言って、毎回好きな物が出てくるのは奇跡です」

「そうだね」

「でも、ミートソースが食べたい時、ミートソースくださいと言えば、毎回100%好きな物が出てきます」

「当然だね」

「皆さんはソナーが欲しいと思うだけで、手順としては妖精さんに「お任せで」と頼んでるんです」

「・・・・おおう!」

「青葉さんが50隻も毎日安定してすり抜けなければならないなら、その為の手順が必要な筈です」

「なるほど」

だが、姉が訓練を始めてから変わったのは、夕張から借りてきたカメラで撮影するようになった事だけだ。

カメラで撮った映像だけで姉は本当にそんな無茶を可能にする手順の手掛かりを得ているのか?

それとも単なる偶然なのか?

すっきりしないまま、衣笠は空を見上げた。

空はどこまでも続くような青さだった。

 

衣笠の心配は提督が指示した丁度1ヶ月後の朝に現実となった。

「・・・50!やった!やりましたよ衣笠っ!」

ついに50隻の深海棲艦の間をすり抜けて、かつ無傷を達成してしまったのである。

衣笠はカタカタと震えながらカメラを下ろした。

姉は本当にやってしまった。

そして、50隻をすり抜ける動画を撮った自分がまぎれもない証人になってしまった。

ひとしきり狂喜乱舞した青葉は、放心状態の衣笠を引っ張るように鎮守府へ連れ帰った。

 

「・・・は?」

呆然とする提督の前に、再び

「ソロル鎮守府PRESS」

と腕章を付けた青葉が鼻息も荒く立ちはだかると、

「証明、してきました!」

と宣言したのである。

提督は油切れのロボットのような動作で衣笠に本当かと尋ねたが、衣笠は肩をすくめながら頷いた。

あまりのショックで言葉も出ない提督に、青葉は

「青葉が50隻無傷すり抜けを達成した事について、一言お願いします!」

と、マイクを向けた。

「・・うん、凄いわ。青葉の底力に心底感心したよ。私の負けだ。今日一日取材して良いよ」

「いやっほーい!」

提督棟を飛び出していく姉に、衣笠は問うた。

「ねぇ!一体どうやったの!どうやってあんな事したの!?」

「ええとですねー」

「うん」

「・・・んー、もうちょっと、秘密です」

「えー」

その言葉通り、最初の内は小破する事の方が多く、取材は週に1~2回位だった。

しかし、徐々に成功する日が増え、今や毎日、それもぶちぶち愚痴を言いながらこなしているのである。

たまたま青葉の「訓練」の巻き添えになった元深海棲艦の艦娘いわく、

「物凄い勢いで接近してきてスレスレを掠めていくんです。自分が見えてないのかと心底怖かったです」

と、身震いしながら当時の様子を語る。

今朝方深海棲艦達が目を回していたのはこの為である。

この恐怖体験に背中を押され、東雲の艦娘化作業受付に駆け込んでくる深海棲艦も居る程だ。

 

さて。

現在、衣笠と青葉は広報班でもある。

他の鎮守府から艦娘を募集する集合教育は、深海棲艦の艦娘化と再教育がメインとなった為中止していた。

代わりに、よその鎮守府に異動させた艦娘達を定期的に巡回する仕事をしていた。

この仕事は艦娘の安否確認が主な役割である。教育方の天龍からは、

「イジメられてねぇか、鎮守府に変な気配が無いかしっかり見て来てくれ。信用してるぜ」

と、頼まれている。

ただ、艦娘の様子見だけでは相手の鎮守府に失礼なので、青葉は、

 

 「鎮守府を訪ねて」

 

という小冊子を作り、鎮守府内の写真や司令官へのインタビュー等をまとめていた。

これが結構真面目な内容で、さらりと司令官を持ち上げる内容になっていた事から大変好評だった。

で、今日はその巡回の日なのである。

「ええと、今日は5151鎮守府へ出張ですねっ」

青葉は外洋で高速巡航モードに切り替えた後、斜め後ろに続く衣笠に話しかけた。

「そうだねえ。霞ちゃん達元気にしてるかなあ?」

「もう3年近く経ちますからね」

「そういえば龍田さんから手紙を預かってるけど、今もやり取りしてるんだね」

「たまーにですけど、霞さんからも手紙が来てますよ。他も含めて龍田さん宛の郵便は多いですからね」

青葉の答えに、衣笠はふうんと頷いてから眉をひそめた。

「青葉、なんで手紙が来てる事知ってるの?」

「朝一と昼過ぎに配送室を訪ねてるからですけど?」

衣笠は溜息を吐いた。姉が1日どこに居るかはほとんど解っておらず謎に包まれている。

だが少なくともこれで1カ所は解った。行っちゃいけない筈の所だが。

「手紙の宛先と差出人漁っちゃダメでしょ!そもそも配送室は入室禁止じゃない!」

「漁ってないですよ!配送室の妖精さんに混じって仕分け作業を手伝ってるだけです!」

衣笠は合点が行った。どうして警備の厳しい配送室に入って宛名なんか見られたのか疑問だった。

しかし、仕分け作業を手伝うと言えば、毎日膨大な量の作業をこなしてる配送室の妖精からも歓迎される。

結果、堂々と宛先と差出人の情報を集めているのだ。

これをWinWinの関係と呼ぶべきか、周到な詐欺というべきか衣笠は迷った。

だが、青葉を大根座敷牢に送れば配送室の妖精は手伝いが来なくて困るだろう。

うぅ・・見逃すしかないのかな・・なんでこうギリギリセウト的なラインをこの姉は踏むかな・・・

考え込んでいた衣笠に、進路の先を見つめながら青葉が声をかけた。

「衣笠、高速巡航を解除して私の後ろに続いてください。私が横に移動したら反対に逸れてくださいねっ!」

「え?」

衣笠は真面目な顔で遠くを見る青葉の横顔を見て頷いた。これは冗談じゃないと。

衣笠は大人しく青葉の言う通りに従った。

姉は戦闘の時、実に頼りになる。

実は、現在鎮守府に所属する重巡の中で最もLVが高いのは青葉である。

教育方の妙高姉妹より高いというと驚く人が居るが、事実である。

ちなみに同2位は衣笠である。

姉が無茶な事をしないか心配で付き合ったらLVまで上がったという涙を誘うエピソード付である。

青葉が叫んだ。

「雷撃開始っ!方位0-7-2!水深3!距離1450!いっきますよー!」

パシュウウウウウ・・・・・ドドーン!

「うん、的中したようです!」

「ようですって・・・確認しようよ」

「もちろんです!」

青葉達はそのまま近づいて行った。

 

 



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青葉と衣笠の場合(3)

 

5151鎮守府近海の海上、昼前。

 

 

「・・・な、何事?」

霞は構えていた12.7cm砲を恐る恐る下げた。

最近、遠征の帰り、深海棲艦に待ち伏せされる事があった。

この為、ドラム缶を全スロに積んだ輸送役に加え、主砲を装備した護衛艦を配備するようにはしていた。

しかし、今日遭遇した敵は重巡クラスを筆頭にした艦隊。今までの単体駆逐艦とはケタが違った。

護衛役だった霞は主砲を構えてはいたが、砲の弾は既に切れており、こけ脅しに過ぎなかった。

まだ鎮守府までは距離がある海域だったので、脅しが効かなければ万事休すだった。

それが急に、敵の全艦が魚雷らしき攻撃を受けた後、動きを止めたのである。

「な、何か解んないけど逃げるわよ!」

霞は僚艦に撤退指示を出したが、

「ねぇ!霞さんでしょ!ちょ!ちょっとだけ待ってぇ!」

という衣笠の声が追ってきたのである。

 

海面にぷかぷか浮いている深海棲艦達を見て、霞は首をひねった。

小破や中破なら自分の意思で撤退し、海中に潜る筈だ。

轟沈ならやがて光と化して消える筈だ。

なのに、なぜ浮いたままじっとしてるんだろう?

目を凝らした霞はぎょっとして目を剥いた。

寝てる!?

「・・・zZZz・・・ZZzZ・・」

「うんうん、作戦成功です!」

はっとして顔を上げると、傍に満足げに頷く青葉が居た。いつの間に!?

「夕張さんの麻酔弾は良く効きますねぇ」

「ま・・麻酔弾?」

「霞さん!ご無沙汰してますね!青葉です!一言お願いします!」

「いっ、一体何の一言を言えばいいのよ!」

「何故ここで襲われたか、私達との再会について、麻酔で寝てる深海棲艦を見て、です」

「全部じゃないの!」

「順番に一言ずつお願いします!」

「いっ、言ってる間に起きたらどうするのよ!」

「起きませんて」

「・・り、理由は知らないけど前にも遠征帰りに襲われたわ。艦隊を相手にしたのは初めてだけど」

「ふむふむ!今までも襲われた事があったのですか!?」

「今までは駆逐艦1~2隻とかだったから、まぁ普通に対処出来てたのよ」

「今回は・・・重巡が1隻居る4隻体制ですね」

「皆はドラム缶をフル装備、私だけ護衛用に12.7cm2門装備。けど弾切れで万事休すだったわ」

「それであの距離でも砲撃も雷撃もしなかったのですね」

「・・そうよ。だから青葉さん達が攻撃してくれて助かったと思ったんだけど」

「けど?」

「麻酔銃って何よ!ちゃんとした主砲持ちなさいよ!」

「使ったのは麻酔魚雷ですよ?」

「銃でも魚雷でもどっちでも良いわよ!」

「ちゃんと当てたじゃないですかー」

「なんで倒さないのよ!」

「インタビューする為です!」

霞は事態が飲み込めず、数秒後にぽかんと口を開けた。

「・・・インタビュー?」

「インタビュー」

「・・・するの?」

「もちろん!」

霞は目を瞑り、深呼吸を5回行った。

だめ。落ち着いて。こんな事でぶち切れたら龍田会会員としての沽券に係わる。

カッと目を見開くと青葉に言い切った。

「眠らせようとどうしようと危機を救ってくれた事には感謝するわ。じゃあね!」

「待ってください!」

「・・・なによ?」

「まだ私達との再会についての一言と、寝てる深海棲艦への一言を頂いてません!」

霞はがくりと肩を落とした。なんだろう、この緊張感の無さ。

「後者については、深海棲艦も鼻提灯膨らませて寝るんだなって思った。前者については」

「はい!」

「嫌な予感しかしないわ!」

「ええーっ!」

「じゃ、私達はドラム缶積み直して帰るから!」

「解りましたっ!」

霞は僚艦達を向いて話し始めた。

「皆、怪我は無いわね。じゃ、ドラム缶を集めましょう!」

その時、横からそっと衣笠が申し出た。

「あ、拾うの手伝うよ。邪魔しちゃってごめんね」

「・・・」

霞は衣笠にも疑いの眼差しを向けた。なにせあの青葉の同行者だ。何を言い出すか解らない。

散らばったドラム缶を集めて積みなおし、ようやく帰ろうとする霞達を青葉は呼び止めた。

「ま、待ってください!もうちょっとだけ!」

「・・・一体何よ?」

「もうちょっと、もうちょっとで縛り終えますから」

振り向いた霞は2度見した。青葉は重巡の深海棲艦をぐるぐるに縛っていたのである。

「・・・何してるの?」

「ロングインタビューを海上でするのも落ち着かないので!」

「ロング?」

「インタビュー」

「・・・どこでやろうってのかしら?」

「近いんで5151鎮守府で・・・」

「御断りよっ!司令官が襲われたらどうするのよ!」

「だから縛ってるじゃないですか!」

「ロープ切られたらどうするのよ!」

「その時は青葉にお任せください!」

「任せられないわよっ!」

霞はぜいぜいと肩で息を切った。頭おかしいんじゃないのこの人!?

「あ、あの、えーと」

そんな霞に声を掛けたのは衣笠だった。

「・・・なっ、なによ」

「バカ姉が変な事言ってごめんね」

こっちはまともな話が出来るのか、いやいやダマされないぞと霞が半信半疑の目で見返した。

「・・で?」

「龍田さんから貴方宛と、提督から司令官宛の手紙も預かってるの。ちょっとだけ寄らせてくれないかな?」

「・・・」

「バカ姉には余計な事させないですぐ引き上げるようにするから。ね?」

霞は苦虫を噛み潰したような顔になった。

手紙をここで奪い、帰れと言う事も出来るが、衣笠はドラム缶の回収を手伝ってくれた。

何より龍田会長がいるソロル鎮守府との関係にヒビを入れるのは5151鎮守府にとって好ましくない。

だが、あのロープでぐるぐる巻きにした深海棲艦を曳航しようとしている青葉を本当に信用して良いのか?

霞は眉をぴくぴくさせながら長い事考えた挙句、

「・・・・ほんとに、司令官に危険が及ばないようにしてくれるのね?約束してよ?」

「うん、良く言って聞かせるから!」

霞は衣笠の返事も青葉の頷きも信用しきれなかった。帰ったらすぐにフル武装しておこう。

「あんた達も帰ったら即時補給してフル武装。良いわね?」

僚艦達はこくりと頷いた。

 

 

 



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青葉と衣笠の場合(4)

 

 

5151鎮守府司令官室、昼過ぎ。

 

 

「おぉ!君達か!久しぶりだなぁ!いらっしゃい!その節は本当に世話になったね!」

「司令官!随分貫禄が増しましたね!」

「太ったって言いたいのかい?当たってるけど最初からそれか!ひっどいなぁ」

「違います!なんというか、歴戦の猛者というか、武人の雰囲気が!そこはかとなく!」

「そうか?いやーはっはっは!参ったなぁ」

5151鎮守府の古びた司令官室に居るのは、司令官、霞、吹雪、青葉、そして衣笠である。

これに眠ったままの深海棲艦1体が居るが、寝てるので数えない事にしよう。

司令官と吹雪は青葉達を覚えており上機嫌で迎えたが、霞は1ミリも気を許していなかった。

実弾を装填した12.7cm砲と10cm高角砲を全門まっすぐ深海棲艦に向けている。

「ところで司令官!」

「なにかな?」

「早速インタ・・・いたたたたっ!」

用件をすっ飛ばして取材を始めようとする青葉の靴を踏みつけると、衣笠が横から口を挟んだ。

「ええと、2通手紙を預かっておりまして、こちらが提督から司令官に」

「ほうほう、や、頂きます」

「こちらがうちの龍田から霞さんに、です」

「おぉ、霞の話題に良く出る龍田さんか」

「えっ?具体的にはどんなお話が!?」

「うん?いや、霞は色々私達に教えてくれるのだが、よく龍田さんはこう言った、と言うんだよ」

霞はかああっと顔を赤らめた。

衣笠はにこりと笑って霞を見た。

「龍田さんの教えをしっかり守ってるんですね」

「そ、そうよ。私自身が蓄積したノウハウもあるけど、龍田さんの教えはとても役に立つわ」

「とても怖いけど?」

「そうそう、とても怖いけど・・・って何言わせるのよ!」

「ふむふむ」

「何メモ取ってるのよ!止めてよ載せないで!」

「青葉、ここはカット」

「エンタメ欄に・・」

「ダメ」

「わかりました・・・」

渋々消す青葉を見て、霞は1ミリだけ衣笠を信じても良いかもしれない、と思った。

衣笠は引き続き霞に尋ねた。

「霞さん達は、こちらの生活には慣れましたか?」

「えっ?ええ、司令官が良くしてくださるから精一杯お仕えしてるわ」

「うん、霞達には感謝の気持ちで一杯だよ」

「し、司令官は異動した子も、建造した子も分け隔てなく平等に接してくれてますから」

「当たり前だよ。それに霞はいつもほんと頑張ってくれるしなあ」

「あ、あ、ありがとうございます」

「司令官殿」

「おう」

「もし、またうちの鎮守府から艦娘を異動しても良いかという話があったら、受けますか?」

「もちろんだよ!こんなにちゃんとした子達が来てくれるなら大助かりだ。話があるならぜひ頼みたいね!」

「それは良かったです」

「そんな話があるのかい?」

「生い立ちは違いますが、霞さん達のように再教育を受け、異動を希望する子達は居りますので」

司令官の表情が曇った。

「艦娘を大事にしないなんておかしいとしか言いようが無い。一人でも多くの子が幸せになって欲しいよ」

「私達も同じ思いです。そう仰って頂けると心強いです」

「うちでは霞達も居る。安心して来なさいと伝えて欲しい」

「解りました。ちなみにご希望はありますか?」

「どの子でも歓迎するけど、まだ小規模で設備も少ないし、燃費の良い子の方が助かるかなあ」

「正規空母や戦艦より駆逐艦や軽巡ですか」

「軽空母もありがたいね」

「こちらのクラスだと正規空母でも運用出来ると思いますけど・・」

「それがね・・」

吹雪が口を挟んだ。

「実は少し前から赤城さんが着任されたのですが、日々の消費量が急拡大しまして」

「赤城さんは良く働いてくれるし、今も出撃してるのだけど、もう1隻赤城さんが来たら・・」

霞が溜息をついた。

「私達は赤城さんの食料集めだけで日が暮れてしまうわ」

衣笠はふうむと自分の顎をなでた。確か・・

「ええとええと・・あ、やっぱりあった!」

「なんだい?」

「ええとですね、輸送用ドラム缶、良かったら少しお譲りしましょうか?」

司令官が眉をひそめた。

「輸送用ドラム缶て・・高いんじゃないの?」

霞も頷いた。

「私もたまに兵装の電子市場を見るけど、とても手が出る値段じゃないわ」

衣笠がぽりぽりと頬を掻いた。

「うちの鎮守府で開発の専門要員みたいな子が居るんですけど」

「ほうほう」

「その子が毎日のようにドラム缶を開発するんです」

「なんとうらやましい」

「で、うちで使う分はとうに確保してるので、最近では異動する子にも持たせてるんです」

「おぉ」

「霞さん達の頃はまだ量が充分じゃなかったので、お渡ししてなかったんです」

「なるほど。でも卒業生全員に配るのは厳しくないかい?」

「全部は無理ですけど、こちらでそんなにお困りなら」

ふうむと司令官は考えた後、ニコッと笑って答えた。

「いや、ありがたいけど遠慮しておくよ。ズルは良くない」

「そうですか?」

「うん」

「じゃあ・・レシピをお伝えするのは構いませんか?」

「ドラム缶の?」

「はい」

「オール10じゃないのかい?」

「それより燃料と弾薬を30にした方が良いです。」

「へぇ」

「あと、必ず駆逐艦で、出来れば鎮守府最高LVの子から始めて、同じ子で1日3回以上回さない事」

「3回とは厳しいね」

「出る時は大体最初の1~2回に集中するようなんです」

「ふうむ。霞、日々のメニューにドラム缶開発をもう1回追加してくれるかい?」

「かしこまりました。駆逐艦の日課として対応します」

「助かるよ」

吹雪がおずおずと口を開いた。

「あのう、ちょっと興味があるので、3回だけ回してきて良いでしょうか?」

霞が素早く答えた。

「回せるだけの資源の余裕はあります」

司令官が頷いた。

「よし、私も興味がある。いっといで」

「行って来ます!」

吹雪が出て行った後、司令官が口を開いた。

「霞は鎮守府の資材状況も把握しているし、知恵袋的な存在だ。この鎮守府に無くてはならない子だよ」

「あ、あの、か、感謝致します」

「感謝と言えば感謝の気持ちは君達に届いているかな?私はちゃんと君達に礼を言えているかな?」

「へうっ!?あ、あああの、ちゃ、ちゃんと届いてるわ・・よ・・」

衣笠はにっこりと微笑んだ。如何に大事にされてるかが良く解る。

うちの卒業生が異動先で切ない思いをしていれば助けたいし、楽しく過ごしていれば嬉しい。

目を瞑ってうんうんと頷いていた衣笠が目を開けた時、司令官達の視線は後ろの1点に釘付けになっていた。

嫌な予感がしてばばっと振り向くと、青葉がマイクを向けていた。深海棲艦に。

 

 



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青葉と衣笠の場合(5)

 

5151鎮守府司令官室、昼過ぎ。

 

衣笠の射る様な視線の先で、青葉は平然と目を覚ました深海棲艦にインタビューを始めた。

「ども青葉です!一言お願いします!」

「縄ガキツイ」

「そこは諦めてください!ところで、どうしてさっきは襲ってきたんですか?」

「・・・アナタ、誰?サッキ居ナカッタワヨネ?」

「居ましたよ!後ろに」

司令官がぽかんとした表情で話した。

「深海棲艦って、話せるんだね。霞達は話した事あるかい?」

「ありません!」

「今初めて喋れる事を知りました」

「だよな・・」

衣笠は手を額に当てた。これが正常な反応というか、一般的な常識だ。

うちの常識を外で使ったらダメだっていつも言ってるのに、このバカ姉っ!

「青葉っ!」

「今インタビュー中ですー」

「中止中止!今は司令官達からお話を伺ってるの!」

「じゃあ衣笠に任せます!私はこの方と外でインタビューしてきます!」

「ちょっ!」

「司令官!後程単独インタビュー受けて頂けませんか!?」

だが、司令官が答えるより先に霞が

「絶対ダメっ!」

と主砲を向けながら凄まじい目で睨みつけたので、

「はいはい、撤退いたしますよぅ」

と、深海棲艦と一緒に出て行ったのである。

振り返った衣笠は、呆然とする3人を見て苦笑するしかなかった。

説明というか弁明と、この異様な雰囲気の立て直しかあ。やれやれ。

 

「縛ルクライナラ、早クトドメヲ刺シテクレ。本当ニ痛イ」

「はいはい、もうちょっとですからねー」

鎮守府の外れにあった小さな磯まで連れて行くと、青葉は深海棲艦の縄を解いた。

「・・・エ?」

「なんですか?」

「縄、外シテ良イノカ?」

「痛いんでしょ?」

「ソウダガ・・・殺サレルト思ッテタ」

「お仲間さんも寝てただけですよ」

「・・・・ナゼ、助ケタ?」

「どうして艦娘の遠征物資を横取りしようとしてるんですか?」

「理由ヲ聞イテドウスルンダ?」

「記事にします!」

「・・・記事?」

「はい!」

深海棲艦はしばらく青葉を見ると、ふっと笑い、

「記事ニナルホド面白イ話カ解ランガナ」

と、言いながら話だした。

 

5151鎮守府に隣接した海底は、ささやかな地下鉱山がある程度の貧しいエリアだった。

しかし、深海棲艦達もほとんど居なかった為、平穏に暮らしていた。

だが、周辺にあった複数の海底鉱山が掘り尽くされて枯渇し、流れ着く深海棲艦が増えたのだという。

「ダガ、元々ココモ資源ガ豊富ナ訳デハナイ」

「ふむふむ」

「アットイウ間ニ資源ガ底ヲツイテシマッタ」

「なるほど」

「飢エ死ニシナイ為ニハ、海上ヲ航行スル船舶ノ、積ミ荷ヲ狙ウシカナカッタノダ」

「他所に行こうとは思わなかったのですか?」

深海棲艦は肩をすくめた。

「長距離ヲ航行スルホド燃料モ残ッテナイシ、移住先ノアテモナイ」

「あれば移動したいですか?」

「シタイ・・・イヤ、深海棲艦デ居ルノハ辛イカラ、移動シナイカモシレナイ」

「じゃあ深海棲艦で居る方を何とかしたいですか?」

「ソッ・・・ソリャ、何トカデキルナラ何トカシタイガ」

「じゃあうちに来ませんか?深海棲艦から艦娘に戻せますよ?」

「ハア!?」

疑念の目を向ける深海棲艦に、青葉が続けた。

「うちは深海棲艦を艦娘に戻す仕事をずっと行ってるんです。復帰後の教育施設もありますよ」

「ソ、ソンナ話、聞イタ事モ無イゾ?」

「そう言われても、間違いなくあるので・・・」

「・・・」

疑いながらも動揺の目で見る深海棲艦に、青葉は続けた。

「じゃあこうしましょう。もしうちがそんな事をしていないと解ったら、燃料を満載してあげます」

「!?」

「それならうちが気に入らなくても他の移住先を見つけられるじゃないですか」

「・・・」

目を瞑ってしばらく熟考していた深海棲艦は、ぱちりと目を開けると、

「解ッタ。ダガ部下ガ本当ニ寝テイタダケカ確認シタイ」

「一緒に連れて来たら良いじゃないですか」

「!?」

「来る皆さん全員分の燃料差し上げますから」

「・・・ホントダナ?」

「はい」

その時。

「おぉ~い、青葉ぁ、用事終ったよ~帰ろうよ~」

青葉が声の方を向くと、衣笠がぶんぶんと手を振る傍に、艦娘が30人ほどいる。

鎮守府から送り出したのは確か12名。元々居た2名を加えても、倍に増えたという事か。

「幸せそうで良かったです」

青葉はにこりと笑うと立ち上がり、パンパンと服に付いた砂を払い、

「さ、一緒に行きましょう!」

と、深海棲艦に手を差し伸べたのである。

「!?」

青葉の様子を見ていた5151鎮守府の艦娘達は後ずさった。

重巡級の深海棲艦と青葉が手をつないで歩いてくる。どういう事!?

「あー、怖くない。怖くないですよー」

そして青葉は霞の目の前に立つと、

「また今度お話聞かせてくださいねっ!」

という言葉を残し、そのまま深海棲艦を連れてスタスタと外海に向かって進み始めた。

「あっ!ちょっ!待っ!待ちなさいって~」

その後ろを衣笠が追っていくのを、霞達は呆然とした表情で眺めていた。

 

「・・・本当ニ戻レルンデスカ?」

「戻れますよ?」

「戻レルナラ戻リタイヨゥ」

「じゃあ行きましょう!手をつないでください!」

重巡級の深海棲艦と部下の計4隻は青葉を先頭に一直線に並んだ。

「さぁ~参りましょう!引っ張ります!」

衣笠は思った。深海棲艦を4隻も曳航する青葉。

他の鎮守府の艦娘に見られたらどう思われるんだろ・・・まぁ・・良いか。

 

「今日の受付は終わってますけど、4体位ならすぐ出来ますよ。どうぞお入りください」

鎮守府に着いた早々、青葉は研究班の戸を叩き、高雄に事情を説明した。

「とりあえず戻すにあたって幾つか聞きたいことがあるので、こちらへ来て頂けますか?」

高雄が手招きをし、愛宕と二人で手早く4体分の問診票を作っていく。

その間に睦月と東雲がドタバタと出て行き、出来たばかりの問診票を手に、夕張が声を掛けた。

「じゃ、始めるわね。番号札1番の方、外に来て」

「ハ、ハイ」

駆逐艦の1体が不安げに研究室の外に出て行った。

他の深海棲艦達は研究室で出されたお茶を前に、じっと座って待っていた。

だが、5分程経った時、ついに重巡級の深海棲艦が耐え切れなくなった様子で青葉に向かって尋ねた。

「ア、アノ」

「なんですか?」

「シ、深海棲艦ノ艦娘化ッテ、コンナ簡単ニ済ム物ナノカ?」

「うちの鎮守府ではそうですよ?」

「他デハ、ドコデヤッテルンダ?横須賀辺リカ?」

「世界でここだけですよ?」

しんと、一瞬の沈黙が場を支配した後、

「・・・ェェエェェエェェェエェエ!?」

と、飛び上る勢いで驚いた。

その時。

ガチャリ。

「ほっ!本当に!本当に戻っちゃったよ!」

深海棲艦達は戸口に立ち、興奮気味に腕をぶんぶん振り回す艦娘に釘付けになった。

「エエッ!?」

「モウ!?」

「ウソ!10分経ッテナイヨ!?」

しかし、駆逐艦級の深海棲艦の1体が、ジト目で艦娘を見た。

「オ前ガ本当ニ俺達ノ仲間カ確認スル」

「う、うん」

「ヨシ。昨日ノ昼飯ハ?」

「シシャモの塩焼きと酢こんぶ」

「好物ハ?」

「ソーダ水」

「・・・俺ノ口癖ハ?」

「とりあえずいってみっか」

「・・・本物ノヨウダナ」

「認めてくれて嬉しいよ」

その時、ドアの外からひょいと顔をのぞかせた夕張が、

「はぁい、じゃあ番号札2番の方、来て」

と言った。

 

 



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青葉と衣笠の場合(6)

 

 

鎮守府の研究室、夕刻。

 

2人目が出て行った後、1人目は他の深海棲艦達から質問攻めにあっていた。

「ド、ドンナ感ジデ艦娘ニナルノ?」

「地面に丸い輪が書いてあって、そこに立つの」

「フンフン」

「で、そのままじーっと立ってると眠くなるの」

「ホウホウ」

「で、気づいたら艦娘になってるの。超びっくりしたよ!」

「イ、痛イトカナイノ?」

「うたた寝してたから覚えてないけど、痛くなかったよ?」

「気持チ悪クナッタリトカ無イ?」

「全然!むしろすっきりした感じ!」

青葉は勢いよくメモを取っていた。

これはどうしましょう。艦娘化の生の感想なんて貴重な美味しいネタです。

夕刊ワイド?特大号?いっそ臨時特大号?

 

1時間少々で4体とも順調に艦娘へ戻った。青葉は

「これは明日の特集ですね!記事書いてきます!」

と、勢い良く飛び出していった。

衣笠は溜息をついた。また中途半端に放り出すんだから。

だが、姉は記事を書いてる間は大人しい。しばらくはほっといて大丈夫だろう。

衣笠は高雄に向かって聞いた。

「ええと、高雄さん。艦娘化作業は終わりでしょうか?」

「今後の事をお話しますから、明日の朝9時にまたこちらに来てくださいね。」

愛宕が鍵を手渡した。

「皆さんは当面、205の部屋を使ってください。ええと、案内は衣笠さんにお願いして良いかしら?」

「良いですよ!無理を聞いてくれてありがとうございました!」

「こちらこそ助かります」

その時、艦娘に戻った子の一人がポツリと言った。

「・・艦娘に戻っても、お腹は空いたままだったね」

くぅ~っとお腹が鳴る音を追うように、チャイムの音が鳴った。

「あっ、皆ラッキーだね!丁度夕食の時間だよっ!」

がばっと衣笠を見る艦娘達。

「えっと、あの、私達ご馳走になって良いの?」

不安げに見上げる艦娘に、衣笠はパチンとウインクして言った。

「衣笠さんにお任せっ!」

 

「美味しい!」

「凄い!ご飯がつやつやで味がある!」

「・・前の鎮守府より美味しいわ」

まず食堂に案内した衣笠は、鎮守府で人気の料理を艦娘達に紹介した。

一口目を口に入れた艦娘達は目を輝かせ、次々と称賛の言葉を発したのである。

「充分食べましたか~?」

「はぁーい」

「まだ入るかな~?」

「はぁーい」

「じゃ、デザート行きますか!」

「デザート!」

衣笠はインカムをつまみ、青葉に話しかけた。

「青葉、そろそろ休憩入れない?」

「良く書き上げたの解りましたね」

「これから皆で鳳翔さんのお店行くんだけど、青葉も一緒に行かない?取材費で落とせるよ」

「直行しますっ!」

そして鳳翔の店の前で合流したのである。

中は程々に客がいたが、上手い事テーブル席を見つけ、水を運んできた鳳翔に青葉は言った。

「鳳翔さん、あんみつ6つお願いします!」

「あら、今日は可愛い子達をお連れなんですね青葉さん」

「はい!さっき深海棲艦から艦娘に戻ったばかりなんですよ!」

青葉がそう言うと、元深海棲艦の子がぎょっとした顔になった。

しかし。

「そうでしたか~じゃあオマケしてあげますね~」

「やった~!」

鳳翔が去る姿を目で追いながら、元深海棲艦の子が青葉に尋ねた。

「こ、ここでは深海棲艦は敵ではないの?あっさり言うから周りから攻撃されるかと思った」

「秘密にするような事喋ってないですよ?」

「元深海棲艦ってのは充分秘密でしょ!」

「そんな事無いですよ・・・・ええと・・・あ、あそこにいる人」

皆が見た先には隼鷹達とゲラゲラ笑いながらジョッキを傾けるビスマルクが居た。

「ビスマルクさんは元深海棲艦で、隼鷹さんとかは普通に艦娘です」

「・・・・」

「混ざって飲んでるでしょ?」

「そう・・ね・・・」

「ちなみにビスマルクさんは社長です」

「・・・はい?」

「窓の外に見える、あのおっきい建物見えますか?」

「白星食品て書いてある建物?」

「そうです。あの会社の社長さんです」

艦娘達は建物を凝視したまま絶句した。艦娘が会社経営してるの!?

「あ・・え・・も、元深海棲艦で、鎮守府所属艦娘で、社長さんなの?」

「はい、そうです」

元重巡の深海棲艦だった子は、ビスマルクを優しい目で見つめた。

「・・楽しそう。ほんとに、差別とか無いんですね」

「無いですよ?」

「・・・そっか。でも、外では言わない方が良いんだよね」

「ええと、ここじゃない鎮守府でも、我々は最初からオープンにしますよ」

「そうなの?」

「最初は隠すよう司令官さんに頼んだ頃もありましたが、あとで解る方がギスギスするんです」

「・・・」

「ただ、オープンにしようと隠そうと全ての鎮守府で上手く行くわけではありません」

「そうよね」

「なので、上手く行かなかった場合は他の鎮守府に異動させたり、うちに引き取ってきます」

「ええっ!?」

「・・なんか変な事言いましたっけ?」

「い、異動を無かった事になんて出来るの?」

「詳しくは言いませんが、出来ます。実際連れ戻した例もあります」

「・・・」

「そして異動先で楽しくやってるか、私達が定期的に確認しに行きます」

「・・へぇ」

「だから安心して、うちの卒業生として赴任すれば良いのです!」

「そっか」

ようやく、テーブルを囲むメンバーの顔に安心した表情が戻って来た。

青葉は頷いた。

なるほど、深海棲艦から艦娘に戻った子の中には、過去を秘密だと感じる子も居るのですね。

これは記事に追加しなくてはなりません!

衣笠は何となく周囲を見回していたが、ふと鳳翔がニコニコしているのに気がついた。

目が合うと、鳳翔はうんうんと頷き、厨房に戻っていった。

 

「お会計安くて助かりました。鳳翔さん、ありがとうございます」

財布に領収書をしまいながら、衣笠は鳳翔に礼を言った。

「うふふふ。青葉さんが良い事をしたご褒美ですよ」

「そういえばさっきニコニコされてましたね」

「青葉さんがお話した事で、あの4人の子達はきっと勇気付けられたと思いますよ」

「・・・そうかも、しれないですね」

「青葉さんは際どい記事とか、普段の派手な行動が目立ちますが、根は優しい方ですから」

鳳翔の言葉に、衣笠はにこっと笑った。

「ええ。大好きな姉ですから」

 

店の外に出た時、衣笠は自分が部屋まで案内するといったが、

「まぁまぁ、あんみつのお礼です。ここは青葉にお任せっ!」

と言って、鍵を手にスタコラ行ってしまった。

一行が見えなくなると、衣笠は急に眠気を覚えた。

そういえば5151鎮守府まで往復して、戦闘して、取材して、艦娘化を手伝ったんだっけ。

「ん~、衣笠さんおねむです」

衣笠はゆらゆらと自室に向かった。

 



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青葉と衣笠の場合(7)

鎮守府青葉達の自室、朝。

 

「衣笠、衣笠っ!」

「んにゃ~」

「朝ですよ衣笠っ!訓練の時間ですっ!」

「んぅ・・・」

ぽえんとしたまま、衣笠は洗面所に向かった。

昨日は鳳翔の店から帰った早々に布団に入り、今朝までバッチリ寝てしまった。

少し寝すぎたかもしれない。顔がむくんでる気がする。

パシャパシャと顔を洗い、身支度を整えると、既に青葉は準備体操を始めていた。

「青葉は朝からって言うか、一日中元気だよねぇ・・・」

「気になるんですか?いい情報ありますよ?」

「妹に商売するなよぅ」

「まだ売るとは言ってないじゃないですか」

「まだって事は売る気満々じゃない」

「コストがかかるんです!」

「・・じゃぁいいよぅ」

「衣笠が聞いてくれないとつまんないです・・」

珍しくしょぼんとした姉を見て、衣笠はガリガリと頭を掻くと、

「んー、じゃあ幾らなのよ?」

「3960コイン!」

「高っ!」

「を、取材費で落としてくださいっ!」

「・・・なんでよ」

「研究班が売ってる「グルコマッカーV!」の代金なんです」

「それ1個3960コインもするの?高すぎて売れないって」

「いえ、1980コインです」

「じゃあなんで3960コインなのよ」

「青葉と衣笠の分、2個要るじゃないですか」

「・・・・」

衣笠は口をすぼめ、ジト目で青葉を見た。

確かに最近、青葉は朝から全開で仕事を始めている。

でもほんとかなあ・・・なんか信用できないと第六感が告げている。

「・・・」

ジト目で見る衣笠に青葉が更に畳み掛ける。

「二人で体験談を載せれば信用も上がります」

「何の?」

「もちろん「グルコマッカーV!」の体験記事です!」

「・・・待って」

「何ですか?」

「今、青葉はその「グルコマッカーV!」を飲んでるの?」

ぎくりとした様子で青葉の歩みが一瞬固まる。

「い、いやぁ、なんというかその」

「私は、今、青葉が元気な理由を知りたいんだけど?」

「いやぁ、青葉さんも最近は朝がだるくて。装備が重かったりするわけですよ」

「そりゃ通常装備に加えて麻酔魚雷とか変なもの持ってるからでしょ!」

「うぐっ!」

「・・・じゃあ今朝もだるかったりするの?」

「そうですねぇ。ちょっと右肩がこったなー、みたいな」

わざとらしく右肩を大きく回す青葉を見て、衣笠は確信した。

「じゃ、今朝は訓練中止したほうがいいね」

「うぇっ!?」

「だって、だるいんでしょ?体調が万全の時に訓練しないと危ないもんね」

「そっ、それはそのなんと言いますか」

「じゃ、帰ろっか!」

くるりと回れ右する衣笠に青葉はぎゅむと抱きつくと

「うわああん!嘘です嘘ですごめんなさい!」

「大人しく白状すれば良かったものを」

「お代官様ご勘弁を!」

「・・・1個」

「へ?」

「最初から沢山買って効果無かったらイヤじゃない。1個買って半分こしよ?」

「さすが衣笠!解ってくれて嬉しいです!」

喜ぶ姉を見ながら衣笠は溜息をついた。姉貴に甘いかな、私。

 

そして。

「へうー、今日も無事終わりましたぁ」

「ほんと安定してすり抜けるよね」

「苦労しましたもん」

「そういえば、どうやってるの?」

「何がですか?」

「毎日コンスタントに50隻もの敵艦の脇をすり抜けるって凄い事だよ?」

「・・・・おぉぉお」

「なに?」

「衣笠が記事以外で私を褒めてくれました!」

「泣かなくてもいいじゃない!」

「久しぶり、とっても久しぶりですよ!今日はきっと凄く良い日です!」

「それはさておいて」

「おいとかないでください」

「教えてよ、やり方」

「教わってどうするんです?」

「万一、青葉が敵のど真ん中で救援が必要になったら助けに行く。その時使うから」

うーんと青葉は空を見上げて考え込んだが、

「衣笠には教えないことにします」

「なんでよっ!」

青葉は衣笠を見てにっこりと微笑んだ

「青葉にとって、衣笠はとってもとっても大事で、大好きな妹なんです!」

「・・・え?」

「だからこんな訓練とか、安全な取材なら、一緒に仕事したいんです」

「・・・」

「でも、私が倒れるような状況下に衣笠が来るのは嫌なんです」

「・・・」

「私が重巡で一番強くなったのはですね、衣笠を守れるようにするためなんです」

「へ・・」

「ずっとずっと前、前の鎮守府が砲撃された時の事を覚えてますか?」

「伊19ちゃんとか伊58ちゃんに引っ張ってもらって海底トンネルで逃げたときの事?」

「そうです。あの時衣笠は、私をポカポカ叩きました」

「う・・だって、なかなか姿が見えないから心配で」

「はい。私はあの時、取材にLVなんて関係ないと思っていたのです」

「・・・」

「でも、LVが高ければ、私はもっと早く衣笠に会えた筈でした」

「・・・」

「あの時は古鷹達の機転で命を取り留めましたけど、もし衣笠が私を待ったが為に轟沈したら」

「・・・」

「きっと私も、後を追うと思います」

「!」

「だから衣笠は鍛えなくて良いのです。私が衣笠を守れればいいんです!」

「・・・だから」

「?」

「だから、青葉はバカ姉なんだよっ!」

青葉は涙を流しながらキッと睨む衣笠を見て動揺した。何か誤解させただろうか?

「・・・」

「そっくり同じ事返す!青葉は私にとって一番大事な姉さんだし、青葉が倒れるのなんて見たくない!」

「き、衣笠・・」

「何の為に演習付き合って重巡2位になったと思ってるの!無鉄砲に首を突っ込む青葉を助ける為じゃない!」

「・・ぐう」

「青葉は記者活動が何より好きな事は知ってる!だから出来るだけ自由にさせてあげたい!」

「・・・」

「でもこんな戦地の只中で自由にさせれば、きっといつか傷ついたり大変な目に遭う!」

「・・・」

「そんな時に何も出来ないのは嫌なんだもん!」

「・・・」

「こっ、この前は、本当にどうしようもなくて、本当に無力感で一杯だった」

「この前?」

「青葉に告発状を持たせて海底を突破させたときの事!」

「あー、あれは滅茶苦茶怖かったですね」

「ケーブルがぶっつり切れたとき、青葉の真上には敵の戦艦隊が居たの」

「今の今まで知らなかったですよ!」

「鎮守府から余裕で辿りつける位置だったけど、太刀打ち出来る相手じゃなかった」

「・・・あー」

「そんな時、もしすり抜けの術が使えたら、絶対絶対迎えにいくもん!」

「・・・衣笠」

「バカ姉貴が無茶するんだもん!そういう救助だって出て来るんだよ!」

「海底突破は青葉、行きたくて行った訳じゃないんですけど」

「うるさいうるさいうるさい!」

「あ、わ、解りました、解りましたよ。御飯の後でちゃんと教えますから」

「・・・ほんと?」

「上目遣いで見ないでください。約束です」

「・・なら・・ゴハン行こっ!」

にっこり笑って手を引いていく衣笠に引っ張られながら、青葉は思った。

あれ?私、三文芝居にハメられましたか?

苦笑しながら、まぁ良いかと思い直した。

衣笠にさっき言った事はいつか言いたいと思ってましたし、衣笠の答えもきっと。

「今日のメニューは何だろねー」

「今朝はきっと豚の生姜焼きですね!そういう匂いがします!」

「えっ?私全然解んないよ?」

「いや、実際の匂いじゃなくて、勘です」

「ほんとかなー」

「じゃあ食後のイチゴ牛乳賭けますか?」

「乗った!」

青葉はぺろっと舌を出した。毎月22日の朝食に豚の生姜焼きが来る確率は98%なんです。

理由は知りませんが、たまに高確率でメニューが決まってる日はあるんですよね。

統計を取ってるからこそ解る事なんですが、ま、勘という事にしておきましょう。

そして衣笠が

「うっそおぉおぉお・・イチゴ牛乳確定だよぅ・・・」

と言いながら豚の生姜焼きの膳を取ったのは、これから10分後の事だった。

 




今回はちょっと、自分ルールを逸脱して言い訳を書きます。

リクエスト第2弾の青葉編だったわけですが、まずはご満足頂ける物になったか、とても心配しています。
なぜなら私は、とにかく青葉を動かすのが苦手なのです。
それは青葉というより、意志を持って伝えるジャーナリズムとは何か、という問いに対する答えを自らの引き出しに持っていないからです。
高度経済成長期などには、週刊誌でも夢中で読み入ってしまうほどしっかりと書かれた記事があったと噂には聞きますが、今、私がそれを実感するような記事は洋の東西いずこでも出会えていません。
中身の無い当たり障りの無い記事、ロクな裏づけも取らない推測記事、極端な賛成派か反対派べったりの提灯記事、詐称すれすれの記事、国家の意思に従って書かれた記事。
そういうものが占めてしまっています。
国営放送からしてそうですし、記事一本でご飯を食べてる人も以下同文ですので本当に手本が見つからず溜息が出てきます。
そういう訳で、青葉にどんなジャーナリストで居て欲しいかを、どう行動として具体化させてあげれば良いかという答えが見つかっていないのです。
もしどこかで、ちゃんと引き出しに入れるものが見つかったら青葉編を再び書くかもしれませんが、今回はここまでに致します。


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夕張の場合(1)

鎮守府の外れ、真夏のある日。

 

「ふぅ、やっと整備完了ね!」

夕張はそう言いながら、発電機の始動ボタンを押した。

ガスタービンエンジンは回転を上げ、低音から高音へ、やがて特有のキーンという音を上げた。

給湯と発電の安定化を示すランプが点灯したのを確認し、夕張はチラリと奥の発電機を見た。

「ターボディーゼルの音も嫌いじゃないんだけどね」

あと15分程ガスタービンを回して、問題が無ければ切り替えよう。

「年1回の主系発電機オーバーホール完了、緊急系ディーゼル発電機も異常なしっと」

 

話はソロル鎮守府が出来た直後の4月末まで遡る。

「そっ、それは一体全体どないやねん!納得できんで!」

説明会の会場で、龍驤は説明者である不知火に喰ってかかった。

「納得されようとどうしようと、秋の終わりまで給与を2割カットするしかありません」

「なんでやねん!う、うちら毎日頑張って働いてるで!」

「仕事ぶりに対する懲罰ではありません。鎮守府の整備費用を捻出する必要があるんです」

「せ、整備費用やて?」

「はい」

「・・・・・」

抗議しているのは龍驤一人だが、説明する不知火も含めて給与カットなんて嫌なのである。

不知火は眉をひそめつつ、経緯を思い出した。

全員から給与を一部集めて修繕費用の足しにするのはどこの鎮守府でも割とやっている。

大本営から来る設備運営補助費は「補助」とついてるとおり、非常に少ない。

これで屋根の雨漏りやドックの修理、果ては交換する電球代まで出さねばならない。

だが補助比はその2割にも満たない。まったくもって足りる筈がないのである。

しかし、今までこの鎮守府では徴収してこなかった。

ずっと昔は提督が自分の給与や私財を売って支払ってきたし、事務方がそれを知るや

「お父さんに自腹を切らせていたなんて・・」

と、文月が大いに憤慨し、提督に払わせるのは今後一切ダメですと宣言した。

事務方が稼ぎ口を探し回った結果、間違って出た陸軍装備を陸軍に売り払う事を思いつく。

しかし、最初の取引の時、1桁多く間違えた見積もりを出してしまった。

送付後に間違いに気付き、事務方は慌てに慌てたが、陸軍はあっさり支払ってきた。

「今後もこのまま行っちゃいましょうね~」

龍田の一言に不知火は鬼だと思ったが、元のレートも適当だったので、そのまま取引している。

陸軍装備が間違って出る事は稀だったが、1度出れば巨額になる。

ドックが1つしかない小さな旧鎮守府なら、たまに売る程度で充分運用出来たのである。

ところが、ソロル鎮守府ではドックは4倍、食堂は2倍、教育施設等も一気に増えた。

更に陸軍装備の備蓄は「深海棲艦による取引現場襲撃事件」の後始末で全て消えた。

文字通りすっからかんの状態にまで追い詰められたのである。

一方、文月・龍田が進める電子取引所創設は大本営と陸軍という鈍亀の権化みたいな所が相手だ。

今のペースだとどう転んでも前提となる陸海軍相互協力協定の公布は8月中旬。

取引所が開けられるのは9月。

開けられれば、鎮守府を充分運用出来る収入が入るが、銀行の決済時間もある。

実際に利益を手に出来るのは10月末。そして現在は4月末。

龍驤が涙目になってこっちを向いているが、この半年間だけは本当にどうしようもない。

龍驤は抗議から妥協点の模索に切り替えた。

「な、なぁ不知火、こんなええ南国の島に越してきたんや」

「・・・」

「休日にはちょっと出かけたり、羽を伸ばしたりしたいやんか」

「・・・」

「皆もやっと引っ越しが落ち着いて、出撃ペースとかも掴めるようになってきたんや」

「・・・」

「それが最初から給料カットじゃ士気もがくーんと下がってしまうで?」

その時、不知火の隣に文月が座った。龍驤はごくりと唾を飲んだ。

しまった。「仏の文月」を召喚してしまったか?もう撤退の頃合いか?

だが、龍驤は周囲の艦娘達から撤退は許さぬというチラチラとした視線を受けた。

特に夕張はぐっと拳を握って「行って!」と強いメッセージを送ってきている。

とほほ、ウチ一人が生贄って事やん、下手打ってしもたなあと思った時、文月が口を開いた。

「正直、今度のお願いについては事務方として申し訳なく思います」

おやっという表情をする艦娘達に、文月は続けた。

「確かに、私達事務方も含めて、給料が減るのは全くもって面白くありません」

龍驤は慎重に口を開いた。仏の文月の犠牲になるのは堪忍や。

「せ、せや・・ろ・・」

「でも、お父・・提督が私財を犠牲に私達を養ってくれたのは今の規模の1/3の頃でした」

「う・・・」

「今、この規模の維持を提督御一人で半年も賄うのは不可能です」

「そ、そりゃ、そうやな・・」

「確かに、今は鎮守府の設備が出来たてですし、そんなに修繕は要らないと思います」

「・・・」

「でも、幾ら新しくてもトイレにはトイレットペーパーが要りますし」

「・・・」

「植栽や雑草の手入れも要りますし、電球が切れたら変えねばなりません」

「・・・」

「陸軍装備も引っ越し前の緊急事態の対応の為にすべて売却し、今は在庫がすっからかんです」

「あぁ・・そういやそんな事あったなぁ・・」

「最低限の維持費に切りつめても、それでも2割は頂かないと厳しいのです」

「うぅぅ・・」

「他の方法で設備維持費用に相当する金額を捻出出来るなら、このお願いをすぐ取り消します」

艦娘達は一気に隣席の子と相談し始めた。騒然とする中で夕張は長考に入り、そして龍驤は、

「維持費のNO1はどこやねん?」

と聞き、不知火が

「まぁ・・・工廠ですね」

と言ったので、

「とりあえず工廠長呼んでこよか」

と返しつつ、席を立った。

 



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夕張の場合(2)

 

鎮守府の説明会会場、ソロル鎮守府が出来た直後の4月末。

 

「維持費じゃと?」

集会場に来た工廠長は異様な雰囲気に戸惑いながら、龍驤に聞き返した。

「維持費をどっか節約できんかいなという話題やねん。毎月なんぼかかるん?」

「妖精達の食費とかは抜いて良いのか?」

文月が頷いた。

「定期船で補給される分は抜いてください」

工廠長はふうむと言いながら帳簿を取り出した。

「そうさの・・天龍とか摩耶が設備を壊さなければ毎月200万コインという所じゃよ」

途端に艦娘達の殺気立った視線が天龍と摩耶に注がれた。

「わ、悪かったよ・・ほ、ほんと、もうやんないから睨まないでくれ」

「ちょ、ちょっと出撃でむかつく事があったんだって・・・わ、悪ぃ。ほんとごめん」

龍驤は更に聞いた。

「200万の内訳は?どんな所で費用がかかっとるん?」

「一番は電気代かのう」

「電気代・・・」

「電気はあらゆる所で使い、規模が大きくなり、離島になって基本料金も上がったんじゃよ」

「むー」

「電気代が200万の内、150万くらいを占めとるよ」

「げっ」

「後は修繕に使う工具が摩耗した時に買い替える分じゃな」

「そっ・・それは削れへんなあ」

「直す時に、費用節約したいから完全修理では無くて小破で良いと言われても無理じゃからな」

「そりゃそうやし、そんなの嫌やし」

「というわけじゃが・・節約するなら週4日勤務とかにしようか?非稼働日は電気代が減るぞい」

「代わりに修理出来ないって事やろ?」

「兵装への弾薬補給もな」

「それはすっごく困るから勘弁して」

「残業0でも構わんぞ」

「出撃や遠征の帰りが夜になる事も普通にあるんよ・・朝まで待つのはしんどいんや・・」

「勿論知っとるよ」

「いけずな事言わんといて」

「節約するという事は何かが不便になったり困る場面が出てくるもんじゃよ」

「そっ、そりゃあ、そうやけど・・」

「無駄の削減は常日頃から行っておる。あまりわしらを悪者扱いせんでほしいのぅ」

「いっ、いや、工廠の皆には感謝こそすれ悪者扱いする気はないんよ」

他の艦娘達も一斉に頷いた。

「ま、それは冗談じゃが。そういう状況じゃよ」

「よぅ解った。おおきにね」

「・・折角じゃし、関係する事もあるかもしれんから最後まで聞いていくとしよう」

工廠長は不知火が用意した椅子によっこいしょと座った。

「そういえば提督はおらんのか?」

文月がおずおずと工廠長に言った。

「お父さんに言ったら、お父さんは絶対自腹を切ると言い出すので・・」

「そうじゃろうな」

「でも半年で2400万~3000万コインも出してもらうなんて余りに残酷です」

「自宅を売るか退職金を前借するしかないじゃろうな」

「ですから!」

「わ、解った文月、そう興奮するな。泣くな!」

「うぅうぅうう」

ずっと考え込んでいた夕張が、工廠長に尋ねた。

「ねぇ工廠長さん、電圧系統別の費用割合は解るかしら?」

工廠長は帳簿を開いた。

「んー、ダントツは100V系じゃな」

「100V系・・・」

「電動工具、照明、清掃機器類など、使ってない方がおかしい物ばかりじゃからな」

「他は?」

「次が200V系じゃな。空調や揚重用小型クレーンとかに使っとる」

「特別高圧は?」

「戦艦や正規空母が大破した時にメインクレーンを動かすのに使うが、ほとんど無いのう」

さすがだという艦娘達の賞賛の視線が集まったが、

「あぁ、定期船からボーキサイトとかを積み替えるコンベアに使うか。毎日膨大にあるんでな」

という一言で、赤城にジト目が集まった。赤城は

「う、うぅ、ご迷惑をおかけします」

と、小さくなった。

「ま、特別高圧の分は100V系に比べれば微々たるもんじゃよ」

「てことは100V系と200V系を何とかすればかなり電気代が下がるんですね?」

「それはそうじゃが、どうしようと言うんじゃ?」

「発電所作っちゃいましょう!」

夕張の一言に、艦娘達は「またか」という表情で諌める目を向ける。勿論龍驤も向けた。

「ただでさえ財政ピンチ過ぎやねんから・・傷口広げたらあかんて」

だが、夕張は首を振った。

「ガスタービンなら安いよ。発電機も艦船用で行けるし」

「ガスタービンてなんや?」

工廠長がふうむと顎髭を撫でた。

「ガスタービンは作れなくもないのう・・じゃが、燃料はどうするんじゃ。大量に要るぞ?」

夕張がにいっと笑った。

「艦載機の航空燃料で行けるじゃない」

工廠長がさぁっと青ざめた。

「おっ・・お前・・・定期船に運ばせるつもりか?」

「だって、定期船の分は大本営持ちでしょ?」

「それはそうじゃが・・・」

「後、ガスタービンだから可燃ガスならOKでしょ」

「まぁな」

「それだったら発酵タンク作ってくださいよ」

「何を発酵させるんじゃ?」

「不知火さん」

「はい、何でしょうか?」

「今は植栽で切った枝とか、刈った後の雑草とかどうしてるの?」

「可燃の産業廃棄物として植栽業者に引き取ってもらってます」

「それが0になれば節約になるでしょ?」

「そうですね。ええと、月1万少々は減らせます」

「後、鎮守府内で出る紙ごみと食材の廃棄分もバイオマス燃料の原料として使えるわ」

工廠長はじっと考えていたが、やがて目を開けると

「給湯用のボイラー室と変電室を改造して中型コジェネレーションにしてしまうか」

「隣接してるんでしたっけ?」

「部屋は異なるが隣同士じゃ」

「なら好都合ですね。一応、商用給電に切り替えられるようにはしておきましょう」

龍驤が両手を上げた。

「ちょ、もうついていけへん。その辺は夕張と工廠長に任せてええか?」

「良いわよ。後でゴミの運用変更だけお願いが出ると思うけど」

「決めてくれたら従うで!」

工廠長が席を立った。

「じゃ、後は工廠の事務所で話そうかの、夕張」

「はい!」

 

「と、いう感じじゃの」

「仕切り壁に配線が無いのは運が良かったわね。思い通りに削れるわ!」

「まぁの。問題は新旧機材の入れ替えにかかる約8時間は停電し、湯が使えなくなる事じゃ」

「そこは合意が必要よね」

「提督に相談してみるかの」

 

「コージェネ化するんですか?」

「まぁ、ちょいと研究したいんじゃよ」

工廠長はあえて費用の話を言わなかった。文月が泣くと思ったからである。

「構わないですが、工事とかで停電とか起きませんか?」

「どうしても8時間は停電し、湯も止まるんじゃよ」

「ええと、その間一切電気使えないのですか?」

「うむ。全ての場所でな」

提督はちょっと考えた後、

「大本営からの通信を受ける通信設備とか、停電が許されない物にも予備電源が無いんですね」

「そうじゃな」

「丁度良い機会です。大本営に頼んでディーゼル発電機も設置してもらいましょう」

「ふむ」

「コージェネで電気と湯を作り、非常時はディーゼルに切り替わる。それで良いでしょう」

「一般的なバックアップ電源じゃな。特に問題ないじゃろう。それじゃ、良いんじゃな?」

「ええ。隠れていた問題が明らかになって良かったです。ありがとうございます」

「じゃから、提督はそう簡単に頭を下げる物ではないと言っておろうに」

「そうでした。夕張もすまないけど、頼むね」

「お任せください!」

 

 




一人称の間違いがありましたので訂正しました。


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夕張の場合(3)

 

鎮守府の説明会から一週間後。鎮守府波止場。

 

定期船から巨大なコンテナが幾つも下ろされた。

提督室で文月からディーゼル発電機が届いたと報告を聞いた提督は目を丸くした。

「ええっ!?普通こういうのって発注してから届くまで何カ月もかかるんじゃないの?」

文月はにこにこ笑いながら答えた。

「たまたま使われていなかった中古品があったそうなので!」

「へぇ、上手い事あって良かったねえ」

「はい!」

「じゃあ早速夕張達に知らせないと」

「もうご存知です。荷を下ろす所から手伝ってましたし」

「そっか。夕張は機械が好きだからなあ」

「目がキラッキラしてました」

「ははは・・・ま、良いか。報告ありがとう文月。怪我しないようにって言っといてくれ」

「はい!じゃあ失礼します!」

パタン。

扉を閉めると文月はふうと一息ついた。

お父さんに嘘は言ってない。

だが、龍田は陳情書をそっと回収し、ポケットマネーで倒産した半導体工場を買い取った。

そして工場に夕張達を連れて行き、発電機など必要な物を運ばせたなんてとても言えない。

文月は思った。龍田会長は一体どこで売りに出された半導体工場なんて情報を手に入れたのだ?

そもそも工場を買いとるのに幾らかかったのか?それをポケットマネーで支払うって・・

文月は首を振った。深入りは寿命を縮める。余計な詮索は無しだ。

 

「うひゃっほーう!この設備!早く試してみましょう!」

「ふむ。ターボディーゼル発電機じゃな。しかしこれ、ほとんど使ってないんじゃないかのう?」

「使った形跡がないですよね。こっちに比べると」

「・・・そんなものどうするんじゃ」

「電気設備はほとんどかっぱらってきましたからね!」

「夕張よ、うちのどこで試作用半導体製造装置なんて使うつもりなんじゃ・・・」

「これさえあれば1点物のLSIだって作り放題じゃない!最上も喜んでたわよ!」

工廠長は溜息を吐いた。

確かにサイズは小さいがシリコンウェーハから全て作れる。

それに何より、夕張と最上だ。こいつらはやりかねん。

 

更に一週間が過ぎた。

電力会社との調整、事前準備であっという間に時間は過ぎて行った。

夕張は設備の切替と並行して半導体ミニラボの建設も進めたので、毎日てんてこまいだった。

この間、節約策は他にも議論されたが、他はどれも少額に留まっていた。

つまり、電力の自家発化が最大の節減策であり、夕張には自然と期待が集まった。

他の艦娘達からは

「夜食持って来たよ!あたし達の給料の減り具合がかかってるんだから頑張ってね!」

「遠征の当番代わってあげる!あ、洗濯もしといたわよ!」

と、全面協力を受けていた。

夕張の昼間はずっと関係各社との打ち合わせや電話のやり取りで取られてしまった。

自ずと自分の作業は夜に回され、睡眠時間が押しやられる。

夕張がそれでも昼夜逆転にならなかったのは摩耶のランニングのおかげだった。

「昨日は遅かったんだからパスさせてぇ・・」

「させたら完全に昼夜逆転するだろ!今日は3周で良いから、取捨選択して寝ろ」

「でもぉ」

「ラボの方は後回しで良いじゃねぇか」

「そうはいかないわよ!」

そんな事を言いつつランニングを終えた所に、提督から呼び出しを受けたのである。

 

「失礼します」

「・・・あぁ、やっぱりな」

「何がですか提督?」

「夕張、お前昨晩何時間寝た?」

「うぇっ・・え、ええとぉ・・」

「ほれ、言ってごらん。怒らないから」

「に、二時間・・です」

「・・・」

「しょ、しょうがないじゃない!」

「本当に・・・しょうがないのか?」

「え?」

「そもそも研究とはいえコージェネ化をなぜそこまで急ぐ?ゆっくりやれば良いじゃないか」

「う・・」

「夕張は、自分がどれだけ重要な立場に居るのか解っているかい?」

「・・へ?」

「やっぱり・・」

「え、あ、あの、重要・・・って?」

「まず、研究班は夕張無しで立ち行かんだろ」

「あ、はい」

「艦隊で超広域索敵をする時の情報収集役は夕張以外に誰が出来る?」

「う」

「新兵装の最初の検証は?」

「ぐ」

「受講生への装備解説講義の講師は?」

「おうっ」

「新装備の開発とテストは?」

「あ、それは最上ちゃんも出来ます」

「・・訂正。軽巡以下の主砲開発とテストは?」

「ピンポイント過ぎますよ提督!」

「と・に・か・く」

「ううっ」

「・・・・一体どうしたというんだ。いつ夕張が倒れるかと心配でならん」

「・・・・」

夕張は困った顔をして俯いてしまった。

提督が自分を重要だと言ってくれたり心配してくれるのはとても嬉しい。

だが、理由だけは言えない。それこそ仏の文月一発召喚である。

ええとええとと必死になって考えていた時、電力会社からの連絡事項を思い出した。

「電力会社から停電のお知らせが来てるんです」

「・・・なんだって?」

「5月11日に検査で停電しますと」

「・・・それに間に合わせようとしてるのか?」

「はい」

提督は途端に申し訳なさそうな顔になると、

「私が通信棟の停電は困るとか言ったからか・・・余計な事を言ってしまったね」

「えっ!?ええとええと、いや、それはあの」

「大本営には通信不能になる事を伝えておくし、私から詫びておく。だから無理をするな夕張」

「あ・・の・・」

「1日2時間しか寝てなければ本当に倒れてしまう。何時間か知らんが停電は1回だ」

「・・・」

「さ、停電時間を言いなさい。大本営に知らせて来るから」

夕張は滝のように冷や汗を流していた。

確かに電力会社から停電のお知らせは来た。

だが、瞬間的に数回あるかも、という内容だったからだ。

「ほら、具合悪いんじゃないか夕張。汗だくだぞ?」

「あ、あは、あはははは」

「時間だけ教えなさい。それから今日はもう寝なさい。休暇届は書いておいてやるから」

夕張はごくりと唾を飲み込んだ。

今嘘を吐いても大本営から電力会社に確認が行ったら終わりだ。提督まで恥をかく事になる。

かといって本当の事を言えば気にするなと言われる。

だが、艦娘達からは一刻も早く完成させてくれとせがまれている。

ラボの完成は夕張自身が最も急ぎたいから外したくない。

全部ぶちまけてしまおうかと一瞬思ったその時。

「お父さぁん」

「おや文月じゃないか、どうした?」

「停電のお知らせについて大本営に連絡しておきましたので、報告に来ました」

「ん?夕張が言ってた5月11日の件か?」

「そうです」

「そうか。じゃあ文月、夕張が具合悪そうなんだ。部屋まで送ってあげてくれないか?」

「お安い御用です」

「頼んだよ。夕張、これで無理しなくて良くなったんだから、ちゃんと休みなさい。な?」

「は、はぁい」

パタン。

提督室を出た夕張は、そっと文月にタイミングよく表れた理由を聞いた。

「青葉さん達が今朝、提督室にコンクリマイクを仕掛けたんです」

「はぁ!?」

「それで試験中に、夕張さんに質問する提督の声が聞こえた来たと連絡がありまして」

「それで知ってたのね」

「はい。ところでそんな長時間停電の話ってありましたっけ?」

「瞬間停電をするかも、という話だよ。緊縮策とは言えないじゃん」

「なんでですか?」

「提督にバレたら文月ちゃんが泣くじゃない」

「あ・・」

「工廠長も言わなかったんだよ」

「・・・・・借りが出来ましたね」

「あはははは。その内兵装テストするときオマケ・・し・・・」

「解りま・・・ゆっ!夕張さん!?」

振り返った文月が見たのは、提督室の玄関に倒れ込んだ夕張の姿だった。

 

 



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夕張の場合(4)

 

 

鎮守府の説明会から二週間後。夕張の自室。

 

「う・・・」

夕張が目を覚ますと、自室の布団の上だった。

「・・・!?」

掛け布団を頭の上まで引き上げると、夕張は自問した。

あれ?部屋にいつ戻って来たっけ?まさか私、夢で働いてただけで寝てた?

「あ!起きたね!」

そっと目だけ覗かせた夕張が声の方を見ると、島風が立っていた。

「良く寝てたね!気分どう?」

「え・ええと、良く寝たって感じ」

「あははっ!だよね。もう夜だもん!」

ガバッと夕張が身を起こすと、窓の外はとっぷり日が暮れていた。

「あああああ・・・やっちゃったぁぁぁぁ」

「何が?」

「今日は電力会社の人と最後の打ち合わせをする日だったのに・・・」

「それは工廠長さんが代わってくれたよ」

「え?」

「ラボの方は最上さんがやってるよ」

「え?」

「発酵用の生ごみ収集方法は、間宮さんと不知火ちゃんでまとめてるよ!」

「へ?」

島風はにこりと笑うと、

「それと、皆から伝言預かってるよ」

「な、なんて?」

「一人でやらせてごめんね、皆で代わるから具合良くなるまでゆっくり寝てて、だって」

「ひぃいぃぃいい」

夕張はがばりと布団を被って倒れ込んだ。

やっぱり起きてたんだ。夢じゃなく、提督室出た直後から記憶が無いって事は・・・

「・・・島風ちゃん」

「なーに?」

「・・私がこの部屋に運ばれるまでの経緯、知ってる?」

「うん!」

「・・教えてくれるかしら」

「えっとね、まず文月さんが研究班に緊急連絡してきたの。提督棟で夕張ちゃんが倒れたって」

「うううぅぅぅう」

「私達全員で提督棟に行って、高雄さんと摩耶さんが担架でここまで運んだの」

「ふおおおぉぅ」

「工廠長さんが医療妖精さんと来て、過労と極度の寝不足だって診察結果で」

「・・・・」

「摩耶さんが、無茶し過ぎだって言って、工廠長さんもそうだなって返して」

「ひうううう」

「工廠長さんが、夕張ちゃんはラボを楽しみにしてるから、止めたら可哀想だって」

「・・・え?」

「だから私以外の研究班の皆で、話が分かりそうな人と代行の交渉をしていったんだ」

「・・・」

「私は夕張ちゃんの傍に付いててやれって摩耶さんが言ったの」

「・・・そっか」

「うん」

「・・・・・代役の条件とか、大変だったんじゃない?」

「んー、詳しい事は島風見てないけど、高雄さん達は1時間もしないで帰って来たよ」

「ふうん」

「えーと、あ、明日の朝になったら代行役の人がここに来るよ!」

「そうなの?」

「うん。夕張ちゃん、絶対どうなったか気にするだろうからって」

「あはは・・・何でも御見通しだね」

「だね!」

「おっ・・・御見通し・・・だよね・・・」

「・・・何で泣いてるの?」

「だっ、だってさ、私、発電所早く作らなきゃいけないの解ってるのにさ・・・」

「うん」

「工場でラボ用の半導体製造設備見つけて浮かれちゃってさ」

「うん」

「発電施設だけなら毎日確実に寝られるのにさ、バカみたいに両方同時に進めちゃってさ」

「うん」

「挙句の果てに倒れたのに、提督も、皆も、誰も怒らないんだもん」

「んー」

「挙句に代わって貰っちゃってさ、迷惑かけまくりじゃん」

「・・・」

「バッ、バカだよね・・私」

「んふふん。提督は大当たりだね!」

「・・・何を?」

「提督はね、起きたら絶対夕張ちゃんは自分を責めるに違いないって言ったの!」

「ぐ」

「そうなったらこれを読ませなさいって」

「?」

そういうと、島風が差し出した封筒を夕張は受け取り、封を切った。

 

夕張へ

 私がもう少し早く気付けば良かったね。

 倒れるまで働かせてすまなかった。

 体調管理は今後厳に行って欲しい。

 そうでないと私も心配で休めない。

 今日の事、私は誰にも何も命じてない。

 でも、日頃の夕張の頑張る姿を見てるから、

 皆は自主的に立ち上がってくれたよ。

 夕張が重要な役割を担ってるという私の話を

 信じてくれる気になったかな?

 島風の当番も、夕張の当番も、今日明日と

 外しておいた。

 あと、お小遣いを入れておくから、

 二人でゆっくり休息を楽しみなさい。

追伸:

 もし深夜アニメを延々と見て体調崩したら

 今度こそ摩耶が罰を与えます。

提督より

 

「うっ、ぐすっ、て、提督、摩耶さんに罰則頼むなんて酷いよ。怖すぎるよ」

島風は夕張から手渡された手紙を読んで、んふふんと笑った。

「提督も他の子も、夕張ちゃんの事、普段からちゃんと評価してるんだよ?」

「う」

「でも夕張ちゃん、意外と自分の事聞くの苦手でしょ」

「うぐぅぅ」

「一人で研究するの大好きだからあんまり噂話も聞けないし」

「ひぅううぅ」

「だから改めて言われて、びっくりして、照れて恥ずかしいんだよね?」

「ちょっ!そんなまっすぐに言わないでっ!」

「んふふん」

「・・・・うー」

「合ってるよね?」

「・・・・・・・あ、ああああ合ってるわよ、もぅ」

「へへへっ。あ、ねぇねぇ、幾ら入ってたの?お小遣い」

「え?あ、ああ」

夕張が封筒の中を見て固まった。

「2万・・・入ってる」

「ふええええええっ!?にっ!2万!?」

「あのコミック買えちゃうわ、一式頼むしかないわね・・・・って痛っ!殴らないでよ」

「なんでマンガなのよ!」

「全巻セット2万コインのやつ、欲しいんだもん!」

「高っ!」

「新品55冊組で送料無料なんだよ!ちっとも高くないよ!」

「二人で使えって書いてあるじゃん!」

「二人で読もうよ!絶対楽しいよ!」

「なんで折角のお休みに二人で部屋でマンガ読んでなきゃいけないの!」

「私の休息だから!」

「・・・夕張ちゃん、策を弄したつもりだね」

「ふっふっふ」

「だけどね夕張ちゃん、それは致命的な欠点があるよ」

「なによぅ」

「その漫画が今日明日で届くのかなっ!」

「のおおおぉぉぉぉおおぉぉおお」

「お休みは今日と明日なんだよ。しかも今日はもう2200時を回ってるんだよ!」

「は、早く!早く注文しないとっ!」

「スマホ出すな!だからダメだって言ってるじゃん!」

「な、ナマゾン超特急のメンバー専用航空便で頼めば・・ほら!明日中に届くって!」

「それまでどーすんのよっ!」

「た・・楽しみに正座して待つ」

「あほかーーーー!」

 

隣の部屋では木曾が二人の様子に気づいていた。

どうやら夕張が目を覚ましたようだが、覚ました途端大騒ぎだ。

ま、ちゃんと起きて喧嘩出来るなら大丈夫だな。

「ふわぁぁぁ・・・そろそろ寝るか」

隣が夜中に騒ぐのは諦めたと言うか慣れた。

「今日も変身とか叫ぶのかねぇ・・まったく」

 



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夕張の場合(5)

 

鎮守府の説明会から二週間後の深夜。夕張の自室。

 

「うぅぅうぅう、島風ちゃんが怖いよぅ」

「泣き真似で島風を落とせると思ったら大間違いだよっ!」

「・・ちっ、手の内がバレてるわね」

「へっへーん!どんだけ付き合ってると思ってんのよっ!」

「・・・だよね、島風ちゃん、ありがとね」

「・・・へっ?」

急に微笑んで真っ直ぐ自分の方を向いた夕張に、島風は眉をひそめた。

熱でも上がったの夕張ちゃん?

「私、ずっと打ち解けられないというか、一人ぼっちだなって思う事が多かった」

「・・・」

「きょ、今日の話を思うと、単に自分の思い込みって気もするんだけどさ」

「うん」

「でも、でもね、姉妹とか戦友とか、そういう繋がりでしか解らない事ってあるでしょ」

「多分、ね」

「私はそういう意味で、どっちも今まで無かったの」

「・・・」

「こんなに頑張って試験したんだよ、実験したんだよって言っても、解んないじゃん」

「・・まぁね」

「そんな時に島風ちゃんは来てくれたじゃん」

「ちゃ、着任時期があの時だったってだけだよっ!」

「でも、島風ちゃんは私と同じっていうか、一人の気持ちを解ってくれるじゃん」

「解るっていうか、島風もそうだったから。タービン1つ取っても皆と違うし」

「だからさ、島風ちゃんには色々本音を素直に言えた」

「・・うん」

「だから私の事、ちゃんと解ってくれてるって思えるし、それが嬉しい」

「・・・」

「私と付き合ってくれて、ありがとね。島風ちゃん」

「・・・わ、私も、一番の親友だから」

「ほんと?」

「ほんと」

「・・えへへへへ~」

「にっ!ニヤニヤしないでよっ!」

「島風ちゃんは可愛いなあ」

「あーうー!弄るなあああああ!」

島風が照れ隠しに、ぬいぐるみをポイと投げた。それは夕張の顔に当たったが、

「痛くないよー・・・あ」

夕張が凍りついた。

「どうしたの?・・・おぉっ!」

夕張が避けた弾みに、持っていたスマホをポチリと押してしまったのだ。

55冊組の漫画の注文確定ボタンを。

 

「はっ!早く注文キャンセルしなさいって!」

「島風ちゃんが飛ばしたぬいぐるみのせいじゃない!きっとこれは運命よ!」

「私別に読みたくないもん!それより鳳翔さんのランチコース行きたい!」

「ランチは1回だけど漫画は一生読めるよ!」

「漫画で美味しい思いは出来ないもん!」

ポーン。

その時、スマホが鳴った。夕張が確認するとメールが到着したという通知で、

「発送完了のお知らせ」

というタイトルだった。

 

「うううぅぅぅうぅう、ナマゾン早すぎるよぅ。普段遅いくせにぃ」

背を向けて体育座りをする島風に、夕張は何て声を掛けたら良いか悩んだ。

注文が確定した以上、提督に貰った小遣いは全額漫画に支払う事になる。

つまり冗談ではなく、

「到着まで楽しみに正座して待つ」

以外の選択肢はなくなったのである。

(自分の給料から出すですって?とっくにカードの引き落としで残高0よ!)

「あ、あのさ、島風ちゃん・・・ごめんね」

「うぅぅぅううぅぅぅう」

「き、きっと気に入ってもらえると思うんだ・・全額突っ込んじゃったのは悪かったけど」

「・・・・」

「ア、アニメで見てすっごい面白いなあって思ったんだ」

「・・・」

「同じようなアニメ、島風ちゃんも喜んでくれたし、多分・・・」

「・・良いよ」

「えっ?」

「今日と明日のお休みは夕張ちゃんの休息がメインだもん」

「・・・」

「変に電気街とかうろついたりしてたら意味ないもんね」

「・・・・あ、あああああああ」

「へ?」

「しまったああああ!電気街行くって手をすっかり忘れてたわ!」

「・・・」

「2万も予算あったらあれも、ああ、あれもこれも買える!」

「・・話聞けー」

「い、今からキャンセル出来ないかしら・・ええとキャンセルキャンセル・・不可だ」

「・・ぷふっ!」

「なによー」

「あははははっ!良かったね夕張ちゃん!ぐっすり眠れるよっ!」

「うー」

「せっ、正座して待つんでしょ!」

「むー」

「良いじゃん55巻セット!二人で喋って待ってようよ!」

「しくじったと解った途端ガッカリ感が半端ないわね・・」

「んふふん、ぽちったのもキャンセルしなかったのも夕張ちゃんだからねっ!」

「わ、解ってるわよぅ」

「じゃ、届くまで長い事かかるだろうから、お話してようね!」

「解ったわよぅ。それで、何話す?」

「今日はもう終わり。続きは明日だよっ!」

「なんでよ!私起きたばっかりだよ!」

「だってもう2300時だよ?」

「なんとっ!」

「明日だってランニングあるんでしょ?」

「え、あるの?」

「摩耶さん、別に休みにするとか言ってなかったよ?」

「あ、あわわわわわわ。早く寝ないと起きられないよ」

「じゃ、一緒に寝ようよ」

「・・・そうね、それ楽しいかも!」

「うん!じゃあ布団持って来るねっ!」

「あ、予備あるわよ」

「・・・なんで?」

「研究室で貫徹でやる時に持ってこうと思って」

「研究室で寝泊まりしちゃダメだって言われてるじゃん」

「だから持って帰って来たのよ」

「・・・ぷふっ」

「なによぅ」

「無駄な出費が多いよねっ!」

「だって買った後で禁止されたんだもん!」

「あはははっ!じゃあそれ貸して!」

「良いわよ~」

 

「こうして真っ暗な部屋で寝ると、修学旅行みたいだよねっ」

「そうね、暗い中で色んな話をしたりとか、枕投げたりとか」

「ま、枕投げは明るい所でやんない?」

「えっ?」

「でないと誰が何だか解んないじゃん」

「・・・枕投げで相手を認識する必要があるかしら?」

「うわ、無差別ボンバーじゃん!」

「ボンバーって」

「ボンバー♪ボンバー♪夕張ボンバー♪」

「くっつけるな!」

「あははっ」

 

翌朝。

 

「島風、お前がついていながら何やってんだよ」

「すいませぇん」

「眠い・・眠いわ・・」

目の下に真っ黒なクマを作った二人を前に、摩耶は溜息を吐いた。

「一体何やったんだよ。ゲームか?」

「そ、それがその、寝ようとして、2300時過ぎに二人で布団に入って」

「おう」

「そのままお喋りしてたら朝になって、摩耶さんの声がして」

「・・・・・はぁーあ」

摩耶は溜息を吐いた。

確かにドアの前で呼ぶ前から二人の声がした気がする。

時間前に起きてて感心感心と思ったが、寝てなかったのかよ。

「まったく、一晩も何話してたんだよ?」

二人は顔を見合わせた。

「何って・・・」

「特に大事な話は・・ないよね」

「・・・お前ら・・」

「ひっ!」

二人は摩耶から拳骨が飛んで来るものとばかり思い、目を瞑って身構えた。

が。

「・・・・ほんと、仲良いんだな」

摩耶はくすっと笑った。

「あ、あの・・・はい」

「アタシもさ、天龍と居ると時間忘れんだよ」

「・・・」

摩耶は空を見上げると、

「アタシは天龍と着任が近くてさ、まだ慣れてない頃は二人で海辺とかで話したんだ」

「へぇー」

「楽しくて楽しくてさ、夕方に話し始めたのに気付いたら満天の星空でさ」

「ありゃー」

「良く姉貴達に叱られた」

「摩耶さんがですか」

「おう。だから気持ちは解る」

「ありがとうございます」

「でも、夕張、お前は倒れたんだから、体を休めろよ」

「・・すみません」

「・・しょうがねぇな。今朝はランニング免除してやるから、今からちゃんと寝ろよ」

「はい」

「島風も、自分の部屋で寝ろ。また二人で居ると喋るからな」

「うん。そうする。ごめんなさい」

「良いって事よ。じゃな!」

立ち去る摩耶の後ろ姿を見ながら、島風は言った。

「摩耶さんて普段怖いけど、なんだかんだ言って優しいよね」

「普段怖すぎるけどね」

「普段は怖いね」

「じゃあ怒られないうちに帰って寝ようか」

「うん!じゃあ起きたらまた行くね!」

「じゃあね!」

「・・・行って良いよ夕張ちゃん」

「行って良いわよ島風ちゃん。私が見えなくなるまで見送るから」

「島風が見送るから良いよ夕張ちゃん。早く行きなよ」

「・・・・ぷふっ」

「じゃ、一緒に出発!」

「うん!」

こうして島風と夕張は、それぞれの自室に戻ったのである。

 



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夕張の場合(6)

夕張がランニングから帰ってきた1時間後。夕張の自室の前。

 

コンコンコン。

「あっれぇ・・居ないのかなぁ」

「最上さん、早いですね」

「あ、不知火おはよう。さっきから部屋をノックしてるんだけど、出てこないんだよ」

「おかしいですね。島風さんが付いてる筈なんですが」

その時。

「よっ」

「あ、摩耶さん、おはようございます」

「夕張は今、ぐっすり寝てるんだ」

「?」

「あいつ、島風と徹夜でお喋りして、寝たのが5時過ぎなんだ」

「・・・あー」

「島風に付いとけっていったアタシのミスだ。ゴメンな」

「いえ、それで良かったんじゃないでしょうか」

「そう、かな」

「友達とお喋りすると気分が良くなりますから」

「まぁ、そうだな」

「でも徹夜で話せばヘロヘロだよね」

「ですね」

「なんで夕張は体力の限界までやっちゃうかなぁ・・」

はぁ、と、最上達は溜息を吐いた。

「とにかく、進捗状況はアタシが聞いて工廠長に伝えておくから、教えてくれ」

「あ、じゃあこの報告書にまとまってるからあげるよ。既に完了、後は明日待ち」

「不知火・間宮組の方も完了とお伝えください。詳細はこれを」

「ん。サンキューな」

「いえ、ほとんどまとめたのは夕張さんですから」

「僕の方もほとんど最終確認だけだったし、簡単だったよ」

「あとは夕張さんが、明日の工事までに復調するか、ですね」

摩耶が腕組みをした。

「一体どうしたら、あいつはちゃんと休むかなあ」

「大人しく寝かせる方法ですか?」

「瞬間的に元気にさせる方法ならいっぱいあるけどね」

「反動で今度こそ倒れちまうだろ」

「否定はしないよ」

「それじゃ困るんだって」

「んー」

その時、隣の部屋の引き戸が開いた。

「んん・・・あれ?摩耶達か。ここで何やってるんだ?」

「あ、木曾、おはよう・・・寝る時眼帯外してナイトキャップ被るんだね」

「アリだろ?」

「好き好きだけど・・うん、アリだね。可愛いよ」

「お、おほん。で、何やってるんだ?」

「夕張を大人しく休ませる方法、何かないかなって」

「そんなの簡単だって」

「え?」

「耳貸せ」

木曾に耳打ちされた最上は

「げげっ!そっ、それは、お、大人しく寝るしかないけど、で、でも・・」

とガクガク震えだし、木曾はふっと笑った。

「ま、出来るとは思えねぇけどな」

摩耶が眉をひそめた。

「一体なんだってんだ?目の前で内緒話なんて好かねえんだけど?」

木曾は最上を見た。

「最上、言って良いか?」

最上は蒼白になりながら

「あ、ああいや、た、確かに確実だけど、いや、その、ぼ、僕の方にも影響が・・・」

「いーから言ってみな!」

木曾は肩をすくめると、口を開いた。

「丸ごと停電させんだよ」

数秒間、面々は沈黙した。だが。

「・・・なるほどな。夕張の趣味は全部電気が無きゃ出来ねぇ」

「ま、摩耶?電気が無いって事は冷蔵庫も電子レンジも止まるんだよ?つ、通信だって」

「そういう所だけ電気が来りゃ良いんだろ?」

「へうっ!?あ、ほ、ほら不知火、事務方だって困るんじゃないのかい?」

「電卓は電池とソーラーなので別に・・コピーもいざとなれば手書きで複写すれば良いので」

「いいっ?!」

「んー、意外といけんじゃね?」

「や、やややや止めようよ摩耶、研究班だってサーバー持ってるじゃん」

「んだから、仕事やライフラインの電気が来てれば良いんだろ?」

「あ、あうう」

「・・・最上」

「な、なにかな?」

「・・・お前も電気来ないと趣味が出来ねぇのか?」

「いっ、いや、いやいやいやいやそんな事は無いよ!?無いよ!?」

「解り易いなあ最上は」

「ぐうっ」

「ま、今日1日っていうか、明日の朝食までだって」

「お、おおぉおぉぉおぉおおぉ」

不知火が最上を見た。

「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「だ、だだ、大丈夫さ、大丈夫。友人の為だよ、あと22時間46分35秒,33秒・・」

「めっちゃめちゃダメそうですけど」

「あ!」

「ど、どうしました?」

「タブレットなら使える!予備バッテリを・・あ」

「???」

「Wi-fi基地局も・・ネット回線も停電だね・・・あ、あは、あはははは」

「も、最上さん?最上さん!しっかり!」

「寝るしかないね・・そうさ、解ってる事じゃないか・・・」

摩耶は頷いた。最上がこれなら夕張も観念して寝る筈だ。

「よし、提督に掛け合ってくるぜ!」

 

「へ?今日1日停電させたい?」

「おう、夕張を確実に休ませてぇんだ。非常電源は回すからさ」

提督はガリガリと頭を掻いた。

「ええと、非常電源でどこが電気使えるんだ?」

摩耶は工廠長から貰った配線図を提督の机の上に広げた。

「んーとな、通信棟と食堂と鳳翔の店は全部OK、工廠は100V系だけだ」

「配送室とか研究室は?」

「ええっと、照明だけだな。寮も一緒だ。サーバはUPS連動で自動的に電源が切れる」

「空調も切れるのかい?」

「そうだな・・・あ、提督棟だけは空調も生きる」

「なんだか悪いなあ」

「良いじゃん。非常時の給電を試してみて、勘弁ならねぇって所を直せばさ」

「実地検証って事か・・だが今からドーンってのは急すぎないか?」

「夕張は今日寝かせてやりたいんだよ」

「ふーむ・・・なぁ扶桑」

本日の秘書艦である扶桑は、ずっと小首を傾げて聞いていたが、

「インカムは停電時でも使えるのでしょうか?」

「ああ、それは大丈夫だ」

「夕張さんはお休みなんですよね?」

「ぐっすり寝てる」

「では、午後1時から、明日の朝食まで、という事では如何でしょう?」

「なるほど、皆には対応する猶予を与えるという事か」

「はい。連絡はインカムから全艦娘へ一斉放送出来ますし、お休みなら気付かれないかと」

「ふうむ。扶桑はこの話自体、どう思う?」

「夕張さんに効果があるかどうかはさておき、非常電源の検証は良い事だと思います」

「・・解った。それじゃ扶桑案で良いかな、摩耶?」

「あぁ、その方が良いと思う」

「よし。皆には私が本番前にテストしろとごねたと言っときなさい。」

「なんでだよ・・・って、そういう事か」

「矛先は必要だろうよ」

「気心知れた連中には伝えても良いだろ?」

「ま、その辺は扶桑と摩耶に任せるよ。じゃ、始めてくれ!」

「おう!任せとけ!」

工廠長は訪ねてきた摩耶の言った事に眉をひそめた。

「まったく、夕張は何をしとるんじゃか」

「一度灸を据えるのも兼ねて、しっかり休ませたいんだよ」

「まぁ、もう配線類は引いてあるし、ディーゼル発電機と直結するなら簡単じゃ」

「その辺アタシは解らないから頼んじゃっていいかな?」

「構わんよ。1300時丁度に切り替えれば良いんじゃろ?」

「おう」

「後はやっておくから、研究班とかに知らせておけ」

「サンキュー、工廠長!」

摩耶の後ろ姿を見ながら、工廠長は呟いた。

「やれやれ。夕張よ、愛されておる事を自覚しておるか?」

 



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夕張の場合(7)

 

停電が開始された昼下がり。夕張の自室。

 

「ん、んんん・・・あ・・れ・・」

ふっと夕張は目が覚めた。部屋が暑い気がする。

すぐに夕張はおかしいと思った。エアコンは常時29度設定の筈だからだ。

「リモコン触っちゃったかしら・・・」

布団に入ったまま枕元のリモコンをごそごそ探す。

表示は冷房29度のままだ。

そのまま布団から腕だけ突き出し、室内機に向けてリモコンを操作する。

いつものピッという応答音が無い。

その段階になって、初めてエアコンが作動してない事に気付く。

「!?」

一気に目が覚めた夕張は、がばりと起き上がった。

時計は1530時を指している。朝から10時間爆睡してしまった。いやそれは良い。

・・・停電してる?

でも部屋の照明は点いている。

コンセントのブレーカーが飛んだ?

慌てて部屋のブレーカーボックスを開けるが、ONのままである。

「?????」

夕張はしばらく立ち尽くし、手を顎に添えて考えていたが、やがて手を打つとスマホを開いた。

・・・・圏外ですかそうですか。LTEもWi-fiもダメですかそうですか。

てことは、島内基地局がやられてるわね。

いや、素直に考えれば停電してるのだろう。

でも、照明だけ点く停電・・・系統故障・・・あ。

 

 非 常 電 源 作 動 時 だ

 

だが、夕張は眉をひそめた。

非常用ターボディーゼル発電機はまだ発電室に搬入していない。

何故なら発電室になる場所は今はボイラー室と変電室である。

中の設備を外さないと2部屋の仕切り壁を壊して1部屋にするといった事も出来ない。

その工事は明日やるので、今は発電機を入れる所が無いのだ。

この為、ターボディーゼル発電機はボイラー室の脇でオーバーホールしている。

 

訳が解らないが、非常電源モードになってるのは確かだ。

工廠長が不在なら、それが解るのは鎮守府で自分だけかもしれない。

寝てる場合じゃない!直さないと!

夕張は工具バッグを引っ掴むと、勢いよく自室のドアを開けた。

 

ドルンドルンドルンドルンドルン。

ボイラー室の脇の外で、ディーゼル発電機は規則正しく運転音をさせていた。

工廠長は少し離れたゲートの脇に置いた寝椅子で寝そべっていた。

サングラスに浴衣、パラソル、傍らに麦茶という装備で、文庫本を読んでいた。

海水浴用にと作ってみた寝椅子だが、島の中でも意外と風があるから快適じゃな。

突然発表された一斉停電と工廠休止のお知らせには驚いたが、事情が事情だからの。

ま、たまには電気の無い生活も良いもんじゃ。

「こ、工廠長!?」

・・・お、ようやく来おったな。この為にここに居たからのう。

「何じゃ夕張」

「え!?あ、こ、これって」

「ターボディーゼル発電機と非常電源系統の動作テストじゃよ」

「え?え?え?今日そんな予定でしたっけ?」

「提督がの、本番前にテストしとけと言ったらしいんじゃ」

工廠長は摩耶から理由を聞いていた。聞いていたからこそ夕張には真相は言わない。

「い、え、ええと、いつまで?」

「今日の1300時から明日の0700時までじゃよ」

「あ、朝ご飯まで!?」

「・・・別に食堂は停電せんからご飯の心配はないじゃろう」

「そ、そそそそそそそそそうだけどでも」

「今日夕張が予定していた仕事は停電前に全部済ませといたぞい」

「あ、あああありがとゴザマス」

「カタコトになっとるが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ない」

「・・・・ま、もう停電しとるし、明日の工事までゆっくりするが良いじゃろう」

「あ、あうううう」

「寝椅子が欲しければ作ってやるからの」

夕張がガックリ肩を落として帰る後ろ姿に声を掛けた工廠長は、肩をすくめた。

一切電気の使えない状態なら大人しく寝るだろう。

ま、単純だがその通りじゃからの。

ゆっくり休め、夕張。

 

「あっついよー」

「あっついよねー」

文字通り何一つやる事が無くなってしまった夕張は、島風の部屋を訪ねていた。

「そういやナマゾンにマンガ頼んでたじゃん」

「・・・あー、そうだったね」

「あれって今日来るの?」

「その予定よ」

「もう来るのかなあ?」

「待って、状況を・・・あ、圏外だった」

「ま、まぁ、待ってようよ」

「・・・」

「・・・」

「・・・暇ね」

「暇だね」

「でも目は冴えてるのよね」

「10時間寝ちゃったもんね」

「島風も?」

「10時間45分寝たよ!」

「あ!私10時間丁度!負けた!」

「へっへーん、島風がいっちばーん!」

「それ、良いの?」

「・・まぁ一番という事で」

「・・・暑い」

「んー、じゃあ間宮さんの所にアイス食べに行こうよ」

「お金ないわよ?」

「本気で1コインも無いの?」

「YES!」

「・・・ちなみに、なんで?」

「今月の給料が出た直後にブルーレイBOX買ったからかなあ」

「・・・・夕張ちゃん、給料2割減になっても借金したらダメだよ?」

「貰った範囲で押さえるわよ。毎月残0だけど借金は0だもん!」

「もうちょっと実体経済にも予算を回そうよ」

「実体経済?」

「服とかご飯とかおやつとか」

「服は支給された制服が何着かあるじゃない。だから外出用と部屋用に分けてるよ」

「そういう意味じゃない」

「ご飯は食堂で頂いてるし、美味しいし」

「否定はしないけど、たまには外食とかさ」

「おやつは別になくても生きていけるし」

「否定はしないけどさ・・でもそれならブルーレイなんてなくても」

「生きていけないわよっ!」

「えええっ!」

「お給料貰って頑張ってるのは趣味の為だもん!」

「清々しいまでに実践してるけど貯金位しようよ」

「・・・まぁ、そうよね」

「おっ?素直じゃん」

「こういう時、自室用の自家発電装置位買える程度の預金があれば!」

「そ、そうだね・・理由が不純だけど」

「よし!来月から毎月1万ずつ貯金する!」

「もうちょっと根性見せなよ!5万ずつとかさ!」

「・・それがさぁ」

「なに?」

「ずっと前、同じ事を摩耶さんに言われてね、半年位出来なかったの」

「だろうね」

「だろうねって・・ひどいなあ。んで、摩耶さんがキレちゃって」

「だろうね」

「ちょっとは同情してよぅ・・で、5万ずつ取られてるの」

「・・・摩耶さんに?」

「うん。「アタシが貯金しといてやる!」って」

「記録は残ってるの?」

「毎月通帳のコピー見せてくれる。半年毎に定期にしてるって」

「100%おかんじゃん。摩耶さんすっごい親切じゃん!」

「でも通帳の実物は1回も見せてくれないの。銀行名も教えてくれないんだよ!」

「そりゃそうだろうね」

「なんでよー」

「だって通帳持たせたらATMすっ飛んで行ってブルーレイに変えちゃうでしょ?」

「うぐ」

「ダメに決まってるじゃん。島風だって渡さないよ?」

「おぉ島風よ、おまえもか!」

「島風、ブルータスじゃないよ?」

「・・・あっついよぅ」

島風は大きな溜息を吐くと、

「・・良いよ解ったよ、夕張ちゃんの分出してあげるから間宮さん行こうよ」

「いや、友達と金銭の貸し借りはしないの」

「奢ってあげるよ」

「奢りもなし。それじゃタカリだもん」

「アイス食べたいけど、一人で食べるの寂しいんだもん!」

「あ、じゃあ一口頂戴」

「・・・それで良いの?」

「良いよ。元々おやつ食べないし」

「よっし!じゃあ間宮さんとこに行こう!」

「おー」

 

 



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夕張の場合(8)

 

停電中の午後。間宮の甘味処。

 

 

「間宮さ・・・うわっ!凄い!満員?」

「いらっしゃいませ。停電のせいで混んじゃってるわね。ごめんなさい」

「あ、二人なんですけど・・・」

「ええと・・・奥のテーブル席で良いかしら?」

「大丈夫だよ!」

 

「えっと、アイス1つください」

「はいは・・え?1つ?」

「はい」

「・・・夕張さん、お金無いんですか?」

「どうして真っ直ぐ私に確定するんですか・・・その通りですけど」

「1コインも無いオケラ状態だもんねー」

「だって、島風さんは良く来るし、ちゃんとしてるし・・」

「ちゃんとしてなくてすみませんです~」

「ホントに・・でも島風さん、食べにくいんじゃない?」

「一口あげる事にしたんです!」

「・・・なんか昔、そんな小説があったわね。一杯のなんとやらって」

溜息を吐きながら間宮は厨房に戻って行った。

 

しばらくして。

 

「はいどうぞ。アイスですよ」

「わぁい、ありがとうございます!」

「それと、これを夕張さんに」

「え?え?頂いちゃって良いんですか?わ!クッキー!」

「お手紙入りクッキーですよ」

「お手紙入り?」

「はい」

「間宮さんからですか?」

「うふふふふ」

意味ありげに笑いながら立ち去って行く間宮を見送り、夕張はじっと皿を見つめた。

「・・・島風ちゃん、1つ食べてみない?」

「毒見役させないでよ!」

「いや、毒は入ってないと思うけど」

「観念して食べなよ。いっただっきまーす!」

美味しそうにアイスを頬張る島風を眺めながら、夕張は覚悟を決めた。

そして恐る恐る1枚つまむと、カリッと半分齧った。

あ、クッキー焼き立てだ。美味しい。もう半分も食べちゃお。

コリコリと噛み進めると、違う食感の塊が見つかる。

「・・ん」

そして口の中から細長い紙をするすると出した夕張は、もぐもぐしながらそっと紙を開いた。

 

 「お小遣いはどこへやった? 提督」

 

夕張は口の中のクッキーを盛大に吹き飛ばした。

「げっ!?てっ・・・・げほげほごほっ!」

「夕張ちゃん汚いなあもう。一体何・・あ」

「もうバレてる!ばらされてますよ!」

「まぁ・・気付いてから1時間も経たないうちにナマゾンに捧げたよね」

「コミック買っただけじゃない!邪教のお布施みたいに言わないでよ!」

「だって2万貰って速攻で2万の物買うってさぁ・・」

「いーじゃない!」

「だから貯められないんだよ・・・」

「んもーう」

むくれたまま夕張は次の1枚を口にし、紙を口から取り出した。

「ん・・」

 

 「来月から6万貯金な 摩耶」

 

「ひでぶっ!」

「あー」

「ひどっ!給料カットされるのに預金額上げられたよ!値下げ交渉しようと思ってたのに!」

「どうせ持ってたら一瞬で消えるし、良いんじゃない?」

「楽しみが、楽しみが消えるわ~」

がっくりした夕張は次の1枚を口にし、紙を口から取り出した。

「ん・・」

 

 「アルバイト大募集中です。借金する前に来てくださいね 文月」

 

「神様仏様文月様!」

「文月さんにまで心配させてるんだね・・・アルバイトって?」

「夜中に兵装開発するの。良い装備が出て来たら他の鎮守府に売るんだよ!」

「夕張ちゃんが行商に行くの?」

「ううん、事務方さんがやってくれるの。で、作者には報酬をくれるのよ!」

「へぇー」

「最低でもレア以上だからかなり失敗するけどね」

「島風もやってみようかなあ」

「結構難しいのよ。でも今度一緒行こうね!」

「うん!あ、最後の1枚だね」

「ああん、クッキー美味しいからもっと食べたいよぅ!」

「おやつはなくても生きていけるってさっき言ってたじゃん」

「あったら人生が潤うって実感したわ!」

「じゃ、おやつ予算残せば良いじゃん」

「うっ・・ブ、ブルーレイにすべきかクッキーにすべきか、それが問題だわ」

「随分安いハムレットだね。あ、そうだ。夕張ちゃん」

「なーに?」

「あーん」

「・・あーん」

・・・・パクッ。

「ふおおおおおおおおおお!アイス美味しい!超美味しい!」

「でっしょ」

「う、うおおお・・・うめぇ・・・一瞬意識飛んだ」

「そこまで感激しなくても。でも美味しいよね、間宮アイス」

「くりぃみぃで良い香りぃ」

「夕張ちゃんが溶けかかってるよ・・はむはむ」

「島風ちゃん!」

「ん?なに?」

「もう一口与えろください」

「だぁめ」

「ええとええとええと・・・あ」

「なに?」

「D型タービンオーバーホールキット、手に入ったんだよ」

「・・・えええええっ!?早く言ってよそれ!でもどこで手に入ったの!」

「ふっふっふーん」

「うぅうぅ・・・ゆ、夕張さん」

「なーにかなー?」

「オ、オーバーホールキット、譲ってください」

「良いよ。使う為に買ったんだもん」

「ほんと!?」

「その代わり、2口」

「うぐっ」

「2口」

「う、う、ううううう・・・良いよ」

「やった!とりあえず買っとくもんだ!」

「とりあえず買うから素寒貧になるんだと思うんだけどな・・・はい、あーん」

「あーん」

「んじゃ、さくらんぼもあげるよ・・あーん」

「わーい!あーん!」

「美味しい?」

「超美味しい!」

「じゃあ来月は1つずつアイス食べられるようにお金残しておいてね!」

「ええ、解ったわ!」

「あ、まだ1つ残ってるんでしょ、食べちゃいなよ」

「そうね!はむっ・・・んー」

 

 「あまり島風さんに心配かけてはダメですよ 間宮」

 

「・・・・」

「ねぇねぇ、何て書いてあったの?」

「・・・ほら」

「あ・・・」

「・・いつもありがとね、島風ちゃん。電気戻ったらすぐタービン補修してあげるからね」

「う、うん。ありがと、夕張ちゃん」

「で、島風ちゃん」

「なあに?」

「アイスもう食べないなら貰うよ?」

「おっ!お話してただけだもん!」

「あ!一気に行った!」

「むふふん」

間宮は厨房の陰でくすっと笑うと、そっと奥に引っ込んだ。

充分、休養は取れたようですね。

 

「ごっちそうさまでした~♪」

「ありがとうございます間宮さん、お手紙、大事にします」

「うふふふ、皆から大切にされてて良かったですね~」

「は、はい。良く解りました」

笑顔で送り出してくれた間宮に手を振ると、夕張のインカムに呼び出しがかかった。

「夕張さん夕張さん、ナマゾン超特急さんからお荷物が届いてます」

 

荷物の包みを見て夕張はうんうんと頷き、島風は目を見開いた。

「でかっ!冷蔵庫!?」

「ねっ!お得でしょ!」

「こっ・・これがマンガ55冊なの?」

「まぁまぁ、ここで開ける訳にもいかないし、部屋に運びましょ!」

 

 



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夕張の場合(9)

 

停電中の夕方。夕張の部屋。

 

「ひぃぃぃ・・・重かったよぅ」

「つ、通販だからこそ買えるわよね。店頭で買って帰ってくるのは死ねるわ」

「55冊にしても重すぎない?妙にぺこぽこしてるし」

「特典があるのよ!」

「特典?」

島風の疑問を横耳で聞きながら、夕張は包みを解いていく。

「ふんふんふーん・・・じゃーん!」

「おおっ!」

メインキャスト15体の特大フィギュアぁ!このセットでしか手に入らないんだよ!

「・・・マンガ本、1/4も無いじゃん」

「でもメインはマンガです!」

「フィギュア目当てで買う人がいっぱい居る気がする」

「それもそれで愛だから」

「ええと、フィギュアは箱から出さないんだよね?」

「YES。すぐ仕舞います」

「こんなに大量に仕舞える所あるの?」

「・・・・あっ」

「あっ、じゃなくてさ・・・」

「そうだった。そろそろ一大処分しないとダメだって思ってたんだっけ・・・」

島風はそっと押し入れの襖をあけて、そっと閉じた。

「雪崩寸前だね」

「仕方ない、準備だけしときますか」

「準備?」

「島風ちゃんも手伝ってくれない?」

「良いよっ」

 

「ええと、次はB-4だよー」

「OKOK。撮影台に乗せて~」

パシャッ!パシャッ!パシャッ!

「・・・夕張ちゃんて、停電でも電気に囲まれてるよね」

「まぁミラーレス一眼はバッテリ駆動だしね」

「・・それにしてもよくこんなミニスタジオセットなんて持ってるよね」

「ウーベイやフフオクに出品するなら必須でしょ?」

「・・・やたら写真の出来が良いよね」

「まぁ何度もやってるしね」

「ていうか出品物もやたら綺麗だよね?」

「箱から出した事無いもの」

「・・あのさ」

「はい?」

「何で買うの?」

「一目見たいから!それに可愛いじゃない!」

「出して遊ぼうよ!せめてちゃんと飾ろうよ!」

「今は箱に入った状態でも綺麗だし、ポーズも決まってるから動かす必要ないし」

「透明プラ越しで良いの?」

「うん・・そこに拘りはないわね」

「そっか・・・で、結局売っちゃうんだ」

「今回のコミックのように、特典で手に入れちゃったってのも多いからね」

「こんなの売れるの?」

「まぁまぁ。じゃ次」

「はぁい、B-5だよー」

 

「・・・つ、次、F-3。やっと終わりだね」

「ん?あぁ、撮影はね」

「へ?」

「この後梱包してナンバリングだよ」

「・・・・夕張ちゃんて、我慢強いよね」

「実験は我慢の塊だからね!」

「とりあえずお風呂とご飯行こうよ。もう1800時だよ」

「そうね・・よし、A-12梱包終わり・・メモも貼った。よし!行きましょう!」

「おうっ!」

 

食堂でご飯を食べ終えると、夕張はうーんと伸びをした。

「丸1日PCもTVもスマホも見ないって何ヶ月・・いや、何年ぶりかしらね!」

「・・・うん、夕張ちゃんならそんなもんなんだろうね」

「島風ちゃんなら?」

「先週の日曜はそうだったよ?」

「・・・何してるの?」

「長編の小説読んで途中からお昼寝してたよ」

「なるほどね」

「んで、夕張ちゃんの体調はどうなの?もう大丈夫?」

「ええ、バッチリよ!明日は張り切って工事を仕切るわよ!」

「・・良かった」

「心配かけさせちゃったもんね。ごめんね」

「ううん、大丈夫。夕張ちゃんが元気になれば」

「食べ終えた?」

「うん。ところでまだ続きやるの?」

「一応、2100時までって思ってるけど」

「おっ、一応普段より2時間も早く寝るつもりなんだね」

「さすがに明日も寝不足って言ったら摩耶さんに殺されるからね」

「だよねー」

「というわけで、出来たら2100時まで手伝ってくれないかなあ」

「良いよ」

 

島風はくるくる目を回し、ぜいぜいと息を切らせながら夕張に毒付いた。

「・・・た、確かに今2025時だけどさ」

「ええ」

「さ、最後の1時間の梱包ペースって、ほとんど本職の人じゃん・・・」

「本職の人ならもっと早いわよきっと」

「そっかなあ・・・手元見えなかったよ」

「あ」

「ん?どうしたの夕張ちゃん」

「寝るとこ、無い」

「え?」

島風がふとベッドの上を見ると、梱包された荷物がうず高く積まれていた。

布団は荷物の下敷きである。部屋の床も押し入れも梱包済荷物で占拠されている。

「予備の布団使えば?」

「どこに敷くのよ」

「うちの部屋」

「えっ?島風ちゃんの部屋に行っていいの?」

「だって、これじゃ座って寝るしかないじゃん」

「そうだけど」

「荷物が片付いて横に寝れるようになるまでの間だからね!」

「うんうん!」

 

島風の部屋の引き戸を開けた時、夕張は凍りついた。

島風はガリガリと頭を掻いた。

「あー、ちょっとどかすね」

「し、島風ちゃん・・・床が凄い事になってるんだけど?」

「凄いというか、片付けてないだけだよ?」

「片付けようよ!ゴミか要る物か解んないよ!」

「えー今からー?」

「だって!布団敷けないし!」

「良いじゃん・・ほら、この辺りに納めれば」

「嫌!ゴミ袋持って来る!」

ドタドタと廊下を取って返す夕張を見て、島風は溜息を吐いた。

夕張ちゃんは綺麗好きなんだか散らかし屋か解んないねぇ・・・

 

「ふう!これで良いわね!」

「凄いよ夕張ちゃん!まさか雑巾で拭き掃除までするとは思わなかったよ!」

「・・島風ちゃん、最後にいつ掃除した?」

「んー・・・・・」

「・・・」

「引っ越した日!」

「1ヶ月以上前じゃない!雑巾もバケツも真っ黒じゃない!」

「あー」

「んもー、せめて週1回は掃除しようよぅ」

「じゃあ週1回夕張ちゃんが泊まりに来ればいいんだよ」

「なんでよ」

「その時一緒に掃除してから寝ようよ」

「あのねぇ・・・ああっ!2200時回ってる!」

「わわっ!早く寝ないと!」

「とりあえず雑巾とバケツ片付けて来るね!」

「じゃあ島風は寝るね!」

「よろしくねっ・・・っておい!」

「バレた」

「ゴミの袋ポイしてきて!」

「はーい」

こうしてドタバタの挙句、島風の部屋で夕張と島風は眠りについたのである。

2230時の事だった。

 

「・・・槍が降るか?」

「起きて待ってたら最初の一言がそれですか!?」

「そこまで呆然としなくて良いじゃん!」

両手をだらりと下げてぽかんと口を開けた摩耶を前に、島風と夕張は口を尖らせた。

二人とも、1日に2回も長時間寝た為、今朝は0430時に目が覚めた。

摩耶は夕張の部屋に起こしに来るので、急いで支度し、夕張の部屋の前で待っていたのである。

「・・よ、よし、じゃあランニングするぜっ!今日は久しぶりに10周だっ!」

「し、島風も?」

「おうよ!」

「・・・とんだ巻き添えだよー」

「はっ、はっ、よっ、世の中っ、諦めはっ、必要だよねっ」

「ていうか夕張ちゃん、おっそーい!」

「な、なんで、そんなに余裕なのよっ!」

「島風、ちゃんと基礎体力訓練はしてるもんね~」

「ぐうううう」

「あとは元々の違いだと思うよ?島風は高速の駆逐艦だもん」

「ど、どうせ・・実験用の、軽巡ですよーだ!」

「だから高速は出せないけど、我慢強いんでしょ?」

「兵装もっ!一杯!積めるわよっ!」

「それで良いんだよ、出来る事が違うってだけなんだから!」

「・・・そっか」

「ペース合せてあげるから、10周しよっ!」

「・・・うん!」

二人が会話しながらも周を進めていくのを見て、摩耶はにっと笑った。

島風をペーストレーナーにするのは良いアイデアかもしれないな。

島風はぞくっと寒気がした。嫌な予感がする。

 

 

 



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夕張の場合(10)

 

工事の当日朝。夕張が走った運動場の中。

 

摩耶から、明日から毎日夕張のランニングに付き合えと言われた島風は目を見開いた。

「ええええええーっ!しっ、島風寝坊してないよ!?」

「おう。島風は寝坊してないし、足も速い!」

「うん!」

「だが、今まで部屋に何度榛名と鳥海が踏み込んだよ?」

途端に島風の顔色が変わった。

「あ、あは、あはははははは」

夕張が恐る恐る尋ねた。

「ふ、踏み込まれたって、何?」

「酷いんだよ!島風がゴミの中に住んでるって言ってね!」

「・・・あー」

「鳥海さんと榛名さんが火炎放射器持って押しかけて来るんだよ!」

「・・・・で?」

「片付けるか全部焼き払うか選べって言われるの!」

「全部焼いてもらうの?」

「片付けるに決まってるじゃない!泣きながら頑張るよ!」

「そうなる前に片付ければ良いじゃない」

「だっ・・・だって・・・後で使うかもしれないし」

「お菓子の包み紙とか使う訳無いでしょ!」

「綺麗だから捨てられなかったんだもん!」

摩耶が手をひらひらさせた。

「あー、まぁそういう訳でだ島風、夕張の矯正手伝え」

「つながってないよ!どういうことなの!」

「罰当番だっての!」

「うえー、疲れてますます片づけられないよ~」

「それは言い訳だ」

夕張も頷いた。

「そうね」

「ちょっ!夕張ちゃんまで頷かないで!」

「なぁ夕張、お前からも島風が片付けるように指導してやってくれよ」

「・・・しょうがないわねえ。じゃあほんとに週1回片付けに行こうか?」

「・・えぇぇえっ!?そ、そりゃ、片付くだろうけど・・・」

「んで、島風が夕張を毎朝起こしてランニングすると」

二人は声を揃えた。

「ま、摩耶さんは来なくなるんでしょうか?」

摩耶は腕を組んでふっと息を吐いた後、カッと目を見開き、

「結託してサボらないよう運動場で毎朝見張るっ!」

「やっぱし」

「信用されてないよね」

「二人だけにした途端どうなるかはこの前の徹夜トークで証明されたからな」

「うぅうぅうぅうう」

「解ったか二人ともっ!」

「うえーい」

「はーい」

こうして、島風は毎朝夕張を起こし、夕張は日曜に島風の部屋を掃除するようになった。

 

それから5時間後。

 

「いやー、事前準備がバッチリ決まったわね!」

「さすが夕張じゃのう。8時間の予定が4時間で終わるとは」

「工廠長さんの手配が凄いんですよ~」

「いやいや、夕張のおかげじゃよ」

搬入したガスタービンエンジン式発電機とターボディーゼル式非常発電機。

周囲には分電盤や制御盤などが整然と並んでいる。

「よし、では早速ガスタービンシステムの起動じゃな!夕張、押しなさい!」

「えっ!良いんですか!」

「無論じゃ!」

「じゃ、じゃあ・・・」

 

ポチッ。

 

ウイイィィイイイイイン・・・キューン

 

「良い音・・ガスタービンが立ち上がる時の音ってワクワクするわよね!」

「じゃのう」

しかし、回転が安定した後、程なく。

 

ビビーッ!ビビーッ!ビビーッ!

 

「何?何の警告?」

「んー、んんっ?!か、過負荷警報じゃ!発電機を落とせ!」

「はい!」

 

ビビーッ!ビビーッ!ビーッ・・・

 

キュウウゥウウゥウウゥウウウン・・・・

 

「おかしいわね。なんで過負荷になるのかしら?」

「最大発電量の1.3倍を超える負荷がかからない限り鳴らない筈じゃがな」

「昨日の非常系統接続は外したわよね」

「配電盤につなぎ直したからのう」

「とすると・・事前に調査した以上の電力需要があるって事?」

「そうじゃな。アラートが出た場所を詳細に調べるか」

「ええ」

 

「ふうむ。工廠、食堂、集会場、通信棟、売店、鳳翔の店は問題なしじゃ」

「仮想演習場、教室棟、迎賓棟、提督棟、事務棟も異常なしよ」

「となると・・・」

「残るは、寮ね」

工廠長がジト目で夕張を見た。

「お前さん、部屋で変な物つなぎっぱなしにしとらんか?」

「変な物ってなんですか!それに今日は何もつないでないですよ!」

「ふむ。ま、一棟ずつ調べていこうか」

 

「・・・・見つけました」

「うむ、調査時の183倍じゃ過負荷も良い所じゃな」

「重巡寮・・って事は・・・」

「一人しか思い当たらんのう」

 

「へっ?なんの事だい?」

突然、工廠長と夕張の訪問を受けた最上は目を白黒させた。

「今は工事時間中だから電気は使えないでしょ?使ってる訳が無いよ」

「発電機を起動させたらの、ここの負荷が高すぎて止まってしまうんじゃよ」

「この寮でって事かい?」

「そう。だからなんかバカデッカイ機器を接続してないかなって」

「うーん・・・思い当たる物が無いけど、僕の部屋なら調べてくれて良いよ」

「じゃ、お邪魔するわね!」

「・・あっれぇ・・無いわねぇ・・」

「こっちも無いのう。せいぜいドライヤーとか扇風機位じゃ」

「僕は自室では設計しかしないからね。三隈が嫌がるから」

「えー、でも、確かに重巡寮で調査時の183倍の量が・・・」

「寮のどこで流れてるか解るかい?」

「ええとね・・・C16かC17系統よ」

「ブレーカーボックスに部屋番号があるよ」

「あ、じゃあ解るわね。開けてみましょう」

「・・・206,207ね」

最上は首を傾げた。

「あれ?どっちも空き部屋の筈だけど?」

夕張達は顔を見合わせた。ネズミが齧って配線をショートさせたのか?

「行ってみましょう」

「僕も立ち会うよ。マスターキー借りてくる」

 

ガチャ。

「あ」

「ネズミ・・発見、ね」

「桃色頭の鼠だのう」

空き部屋の筈の206の中に居てこっちを見ながら硬直したのは、青葉であった。

「あ・・あれ?皆さん何してるんですか?」

「それはこっちの台詞だよ青葉。それで、この部屋で一体何をしていたんだい?」

「ソロル新報の印刷と、情報収集です」

「印刷はまだ解るけど、情報収集ってなんだい?」

「・・・黙秘します」

「あのな、別に没収したりせんし、このままだと発電機が回せんのじゃよ」

「へ?何でですか?」

「調査時の183倍の電気を、この部屋に繋げてる機械が消費して過負荷になっちゃうの」

「・・・」

「発電容量を今更変更出来んから、何とか範囲内に納めんといかん」

「・・・」

「その為には何の機械か解らんと問題の解決も、お前さんへの手の貸しようもないんじゃよ」

「・・・絶対、提督に内緒ですよ」

「う?うむ」

「最上さんも夕張さんも、秘密ですよ?」

「え、ええ」

「構わないけど?」

「元はと言えば・・・コンクリマイクなんです」

 



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夕張の場合(11)

 

 

工事の当日昼過ぎ。重巡寮の空き部屋。

 

青葉の発言に、夕張が返した。

「コンクリマイクって、壁越しに隣の部屋の音声を録音するマイクよね?」

「そうです。それを提督室に仕掛けました」

「うん」

「で?」

「ところが、停電の少し前、受信機が壊れてしまったんです」

「コンクリマイクの?」

「はい。困っていたら鈴谷さんが停電中にくれたんです」

「何を?」

「マイクロ波のレーダーです」

「・・・・・え?」

「ですから、提督棟に向けて、マイクロ波レーダーを設置したんです。配線も済ませました」

最上、夕張、工廠長は一瞬顔を見合わせると、

「あ、あは、あはははははは」

「え?え?なんかおかしいですか?何の話ですか?」

そしてひとしきり笑うと、

「大馬鹿者ぉぉぉおおおお!!!」

と、口を揃えたのである。

大声で怒鳴られたので、青葉はぐわんぐわんと目を回していた。

その声に気付いた衣笠が青葉達の自室から飛び出してきた。

「なっ!?何?あっ!バカ姉がまた何かしでかしましたか?すみません!」

「どうして青葉が悪いという方向で最初から対応するのかという事について」

「実際そうじゃろ!提督殺す気か!」

「え?え?え?」

最上が溜息交じりに言った。

「あのね、青葉、レーダーってのは遠くにいる敵を探す為に、とても強い電波を出すんだ」

「はい」

「強いマイクロ波ってのは、物凄く極端に言えば電子レンジなんだ」

「・・・」

「こんな至近距離から、提督棟に向けて電波を飛ばせば、棟ごと電子レンジになっちゃう」

「え・・・」

「コンクリマイクが使えないからって提督を蒸し焼きにしたいのかい?」

「そ、そんなことになるなんて・・・知りませんでした」

「ほんと、停電中で良かったわ。ていうか電力異常で止めて良かったわ」

「ど、どど、どうしましょう。提督丸焦げでしょうか?」

「時間的には数秒じゃったし、レーダーだって主電源があろう?操作盤はどこじゃ?」

「あれです」

「ふうむ・・・うん、電波発射スイッチはオフになっとる。大丈夫じゃ」

「よ、良かったです・・」

へちゃりと座り込む青葉に衣笠が立ちはだかり、

「もう・・何でも私に黙ってやるの止めてよね・・・困ってるなら相談してよ」

「ごめんなさい・・・で、どうしたら良いでしょう?」

「とりあえずレーダーは外す」

「はい、もう使う気ありません」

「んで、コンクリマイクの受信機はどれじゃ?」

「ええと・・これです」

「最上、解るかの?」

「ちょっと見せてもらうよ」

最上は受信機の小さな箱を色々な角度から見て、蓋を開け閉めしていたが、

「うん、電池切れじゃないかな」

「は?」

「だって、電池入ってるのにスイッチ入れても電源ランプ点かないよ?」

「そっ!そんな!たった1日しか使ってないですよ?」

「・・・1日中つけっぱなしにしたのかい?」

「だって、いつ会話があるか解んないじゃないですか!」

「・・・電池蓋の所に、定格使用で8時間て書いてあるけど」

「へ?」

夕張、工廠長、そして衣笠は大きな溜息を吐いた。まったく。

「最上、それDC電源コネクタある?」

「あるよ。6V2Aだって」

「・・・待ってて」

夕張は自室に取って返すと、使用していないACアダプタを幾つか持って来た。

「最上、どれか入らない?」

「えっと・・・うん、大丈夫。これがピッタリだよ。電力定格もあってるし」

「じゃあそれあげる。あと最上、悪いんだけどさあ」

「レーダーの撤去だね?」

「あと、コンクリマイク側もどうせACアダプタ要るんじゃないかしら?」

「だろうね。まだ在庫ある?無ければこれを弄って作っておくよ」

「じゃあこれも渡しておくから、無ければ作っといて」

「任せておいて!」

「ありがと。じゃ、工廠長、帰りましょう」

「今度こそ動くと良いのう」

そして寮の外まで見送りに出て来た衣笠に、夕張は苦笑しながら言った。

「衣笠さん。時には命に関わるから、電気も軽く見ないでって伝えておいて。お願いね?」

「ほんとにほんとにすみませんでした。良く言って聞かせますので」

「・・・衣笠さんも大変ね」

衣笠は苦笑した。

「あの情熱を出撃に生かしたら、とっくに鎮守府1位になってそうですよね」

うんうんと夕張と工廠長は頷いた。

 

再び発電室に帰って来た夕張と工廠長は、計器類のチェックを再開した。

「燃料ポンプよし。じゃあ・・・行くわよ工廠長」

「うむ」

 

ポチッ。

 

ウイイィィイィイイイイイイン・・キュイーン!

 

「お願いお願い・・ちゃんと動いて」

「・・・」

 

・・・ポン。

 

「安定給電ランプ点灯、給湯システムコールドスタート中」

「・・・・・」

「・・・給湯システムOK。ガスタービン回転数異常なし」

「夕張、ここはわしが見ておくから食堂と風呂で湯の確認を」

「解ったわ!」

外に出た夕張はインカムをつまむと、

「間宮さん!夕張です。お湯が出るか確認してもらって良いですか?」

「はーい、しばらく出しっぱなしにしておけばいいのかしら?」

「空気が出てボフボフ言うと思いますんで、気を付けてください」

「了解よ」

そして10分後。

「うん、ずっとお湯が出てますよ~」

「ありがとうございます!」

「もう使って良いのかしら?」

「非常電源から通常電源に変えるので、電気が一瞬消えるかもしれませんが、OKです」

「解ったわ。じゃあお夕飯作り始めるわね」

「お願いします!」

夕張は風呂でも湯が出続けているのを確かめると、発電室に戻った。

「工廠長!工廠長!」

「ん!?おお夕張か、室内でガスタービンの音を聞いてると耳が遠くなるな!」

「そろそろ!電気も!ターボディーゼルから切り替えたいんですけど!」

「そうじゃな!インバータ給電だからいつでも変えて良い!無停電で変えられる!」

「じゃあやりますよ!」

「うむ!」

バチン!

夕張がスイッチを操作すると、ターボディーゼル発電機が停止し、待機状態になった。

それから数分の間、異常が出ない事を確認した工廠長と夕張は、施設を施錠した。

「いやあ、結局6時間かかっちゃいましたね」

「それでも予定よりは早い。良くやったぞ夕張。提督に褒めてもらおうぞ」

「はい!」

 

「ん、予定より2時間近く早く済んだんだね。良くやった良くやった、お疲れさん!」

「・・・今回の件では、提督を始め、皆の気持ちが解って、凄く嬉しかったわ」

「そっか。私達は夕張の着任からずっと、そう接してきたつもりだった」

「・・・」

「だが、もう少ししっかり伝えたほうが良かったね。すまない」

「いっ!いえいえいえ」

「夕張もまた、私の大切な娘であり、重要な役を担う中核の一人だ」

「・・・」

「これまでの働きに感謝するし、これからもしっかり頼みたい」

「・・・はい」

「そうそう、これは今回のご褒美だ。1本ずつあげよう」

そういうと提督は、本練羊羹を2本取り出し、夕張と工廠長に1棹ずつ手渡した。

「友達と食べればいい。今日もゆっくり休みなさい」

「はっ、はい!ありがとうございますっ!」

そして提督棟の出口で工廠長と別れた夕張は、島風の姿を探し始めたのである。

 



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夕張の場合(12)

 

 

工事の翌朝、研究室。

 

「本当に皆様にはご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」

夕張が高雄達に頭を下げると、愛宕が

「うふふふ。でもちゃんと伝えあうって大切よねぇ」

と、返した。

「アタシも普段から気は配ってるけどさ、心配してるぜと伝えてなかった、な・・」

摩耶が目線を逸らしながら照れたように言う。

「摩耶さん、いつもありがとうございます」

「お、おお。面と向かって言われると照れるな」

「何でも言い合うのは島風ちゃんくらいですからね」

島風はにひひんと笑いながら口を開いた。

「でも夕張ちゃんがあそこまで金使いの荒い子だとは思わなかったよ」

夕張はジト目でニヤリと笑いながら返した。

「島風ちゃんがすごい汚部屋に住んでるって事が良く解ったわよーだ」

鳥海の眼鏡がきらりと光った。

「お二人とも、それぞれ課題を認識されたようなので、矯正に丁度よさそうですね」

二人の顔色が変わった。

「げっ」

「まずは夕張さん、お金についてのセミナーを受けましょう」

「え、ええとええと、だ、誰にでしょう?」

「龍田さんです」

「きょ、拒否権は・・」

「あると思いますか?」

「無いと思いまっす」

「正解です。では龍田さん、お願いします」

「えっ!?」

ぎょっとして背後を見ると、そこにはニコニコ笑う龍田が立っていた。

「よろしくね~」

良かった。もう少し余計な事を言っていたら命はなかった。

「島風さんはこのまま戦艦寮の榛名さんの部屋を訪ねてください」

「へっ!?」

「片付け方について相談に乗ってくれるそうです」

「・・・部屋、燃やされないかな?」

「それは返事次第ですし・・・」

鳥海がニヤリと笑った。

「逃亡すれば私が責任を持って部屋をきっちり燃やして差し上げます」

島風は涙目で頷くしかなかった。

 

それから1時間後、研究室では。

 

「商いを行う上で最も大事な人は誰でしょ~?」

「物を欲しがってる人ですか?」

「惜しいですね。もう少し限定しましょう」

「え、ええとええと?」

「正解は、無我夢中で後先考えず物を欲しがってる人、です」

「無我夢中?!」

「経験ありませんか?欲しいのになくて、やっと見つけてちょい高いけど買ったという事」

「・・・・ありすぎます」

「じゃあ次、商いで確実に儲けるのはどうすれば良いでしょ~?」

「ええとええと、想定ロス量を計算して売値を決める!」

「ざんねーん。正解は実体を持たずに手数料だけ取る、よ」

「なにそれ詳しく!」

「あのね~」

 

高雄達は仕事をしながらも、龍田の講義に耳が釘付けになっていた。

ネタが濃すぎる。やたらヤバいネタがぞろぞろ出てる。犯罪すれすれだ。

夕張の回答は悪い物ではない。むしろ常識的な模範解答に近い。

何故そこまで解っていながら実際の生活に生かさないのかが不思議だ。

高雄達の心配をよそに、龍田の講義は続いていく。

 

「じゃあ古典的な話題。オークションで実体を持たずに稼ぐ方法は何かしら?」

「商品とか、コストリスクがあるものを持たないでって事ですよね」

「もちろんよ~」

「・・・あ!オークションで稼ぐんじゃなくオークションサイトを運営する!」

「良い視点だけどもうひと捻り欲しいわ。サイトの運営は高価な維持コストがかかるから~」

「と、なると」

「適切なサイトのご紹介をするサイト、というのを考えてみましょうか」

「オークション参加者を集めて、紹介ごとに参加者から紹介料を取るんですね?」

「それじゃすぐに閑古鳥が鳴いちゃうわよ?」

「なんでですか?」

「オークションサイト自身は誰でもアクセスできるのに、お金払うのは馬鹿らしいでしょ?」

「確かに」

「じゃあどうしましょう?」

「ん・・んんんんん・・・・」

「・・降参?」

「教えてください」

「正解は、オークションサイト側に払わせるの」

「ええっ?」

「オークションサイト側に、1人客が行く毎に幾らって」

「ふーむ」

「オークションサイト側は企業だし、ライバルを蹴落としたいわ」

「ふむふむ」

「自薦には限界がある。コストパフォーマンスの良い他薦は喉から手が出る程欲しいの」

「なるほど」

「ベストなのは数十程度の似た規模のサイトがあって、紹介料を上下させられる状態ね」

「もっと払えばもっと褒めてやるって言うんですね?」

「簡単に言えばそうね。これが検索サイトのビジネスモデルよ」

「褒めてるんですか?」

「いいえ。検索結果の上位に出してやるって言うの」

「なるほど!検索結果の1位から見ていきますものね!」

「そういう事。褒め方を考える必要が無いという事もアイデアね」

「ふうむ、じゃあ荒稼ぎ出来るのは検索サイトが最強って事なんですか?」

「いいえ。検索サイトも検索性能維持に対する莫大なシステムコストがかかる」

「そっか」

「コスト増の1つの理由は対象範囲が広い事。だから1カテゴリで強くなるやり方もある」

「この分野は任せろって事ですね」

「そうよ。信用のおけるサイトが無料で開放されてたら当該分野の人は自然と集まるわ」

「その集まった人を紹介して欲しければ金を出せ、か。うおーそう言う事かー」

「飲み込みが早いわね夕張さん」

「面白いです!」

「でも、最初に言った通りこれは古典よ。今オークションサイトは事実上2強だから」

「強いサイトしか残ってなくて、数が少なくて皆知ってるから間に入れないって事ですね」

「その通り。正解よ夕張さん」

「ひゃっほーい!」

 

鳥海は苦笑しながら頬をポリポリと掻いた。ちょっと予定と違う方向に行ってる気がする。

夕張にお金の大切さと倹約を学んでほしいんだけど・・・商売でも始めそうな勢いよね。

 

「今日の予定はこんな所だけど、興味があるなら休日特別講座に来れば良いわ~」

「そんな事やってるんですか?」

「やってるわよ~、スケジュール表あげるわね~」

「わあ、日曜の1900時開始なんですね~」

「集まりが良いのよ~」

「あ!これ面白そう!ここ開いてますか?」

「ええと・・ええ、大丈夫よ。予約入れる?」

「はい!お願いします!」

「鳥海さん、こんな所だけど良かったかしら?」

「ありがとうございました。セミナー代は口座振替で良いんですよね?」

「ええ。月末までによろしくね~」

龍田が帰った後、鳥海は夕張に尋ねた。

「ええと、お金の大切さは解ってくれたかしら?」

「視点を変えればがっぽり稼げそうな気がしてきました!」

鳥海はがくりと下を向いた。だめだこりゃ。

セミナー名が「マネーの考え方とビジネスモデル創出の基礎」だったし・・間違えたかしら?

「が、がっぽり稼ぐのも良いけど、どっさり支出したら無意味なのよ?」

夕張はキリッと鳥海の方を向くと、

「その通りですね!ナマゾンだけじゃなくオークションや商店サイトも回って選ばないと!」

「あ、あの」

「使うクレジットカードもポイントや特典に注意して、最も効率の良い物を!」

「い、いえ、そういう方向じゃなくてね」

やりとりを聞いていた摩耶は夕張の背後に立つと黙って拳骨を落とした。

「痛った!な、何するんですか摩耶さん!」

「そうじゃねぇ!欲しいと思っても収支考えて節約しろってんだよ!」

「だから毎月残高0になるようにしてますよ?」

「貯めろって言ってんだよ!」

「えー」

「・・・月10万差っ引くぞ?」

「お金を大事にし、貯金出来るよう気を付けます!」

「よし」

鳥海は溜息を吐いた。摩耶に頼めば1分で済んだわね。

 




龍田の講義内容は(というか小説全体が)フィクションです。
ほんとにこれを真似て始めて損しても那珂ちゃんのファンを止めないでください。


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夕張の場合(13)

 

 

夕張が龍田の講座を受けている頃、戦艦寮。

 

島風は戦艦寮の榛名の部屋の引き戸を恐る恐る開けた。

「し、失礼しまぁす」

「ついに来てくれたんですねっ!榛名、感激ですっ!」

「あ、あああああの、よ、よろしくお願いします」

「じゃあ全部スッキリお焚き上げしましょう!火炎放射器持ってきますね!」

「お願いだから燃やさないでください」

「冗談です。それじゃどうやって改善していくか、考えていきましょうね」

「は、はい」

「まずは質問から、良いかしら?」

 

3時間後。

 

「何かに使えるかもで取っとくんじゃなく、何が欲しいかメモしとけば良いんだね!」

「その通りです。何かを見て使えそうと思ったらメモを見れば、役立つかが解ります」

「おおー!」

「お話を伺うと、ゴミを捨てたくないわけじゃないし、面倒な訳でもない」

「うん。ちゃんと分別まではしてるもん」

「何かに役に立ちそうで捨てるのは気が引ける。だから取っておいてしまうんですよね?」

「うん」

「ですから、役に立つ物が何か解るようにしましょう、って事です」

「ふむー!あ、でも、どうやってメモ取ろうかなあ」

「スマホに写真でメモを残す手もありますよ」

「写真で?」

「例えば袋を閉じたくて輪ゴムが欲しいなら、口の開いた袋を撮っておくんです」

「おお!」

「出来れば一言、輪ゴム!とか書いたメモを一緒に写しこんでおくと良いですね」

「なるほど!スマホならいっつも持ち歩いてるもんね!」

「はい」

「後は、過去に捨てていても諦める事です」

「えっと、どういう事?」

「たとえば昨日捨てたアレがあれば、今日のこの時使えたのにって事、ありますよね」

「うん!ある!」

「でも、捨てた時は知らなかったから仕方ない、今から探そうって淡々と思う事」

「出来るかなあ」

「そこが心配だと、いつまでもゴミを出せなくなってしまいますからね」

「・・そっか。うん、そうなんだよね」

「諦めを付けるには、ゴミを出す時間を決めてしまうんです」

「時間を?」

「ええ。例えば毎日2000時に出す。それを超えて気付いたんだからしょうがないって」

「・・・そっか」

「ゴミを出す事から自分で都度決めると、出した後で必要になったら後悔します」

「うん」

「でも、時間が来たから出しただけだって思えば、自分を責める必要はありません」

「で、でも、何時に出すって決めたのは島風だし・・」

「じゃあ榛名とお揃いにしませんか?」

「榛名さんと?」

「はい。榛名は毎日2000時に出します。それに揃えませんか?」

「一緒だから、仕方ない?」

「ええ。お揃いですから」

島風はギュッとスカートを握り、目を瞑った後、

「・・・・やってみる」

と言った。榛名はにこりと笑い、

「しばらくはお迎えに行きますから、一緒にやってみましょうね!」

と返した。

 

その日の夜。

 

夕張に手伝いを頼まれた島風は、夕張の部屋を訪ねていた。

島風はリストを読み上げていた。

「次は商品番号E-5だよ。どのカテゴリで出すの?」

夕張はペンをくるくる回しながら言った。

「そうねえ。普通に考えればホビーの食玩カテゴリなんだけど・・・」

「だけど?」

「あんまり有名じゃないから、競争率が低くてせり上がらない気がするのよ」

「そっかー」

「必要な人が見る所・・見る所・・」

「あ!ごめん!」

「どしたの島風ちゃん?」

「2000時に榛名さんと一緒にゴミ出しするの!」

「お、もう15分前だね」

「部屋のゴミ集めないと!」

「じゃあ一緒にやろうよ。手伝ってくれたお礼」

「ほんと?助かる!」

 

「それで、夕張さんもいらっしゃったんですね」

ゴミ袋を持った榛名は夕張から説明を聞いてくすくす笑った。

「一昨日片付けたから今は散らかってなかったけど、押し入れも整理するって」

「あら、夕張さんがお掃除なさったんですか?」

「事情があって島風ちゃんの部屋で寝る事になったんだけど、足の踏み場も無くて」

「・・・でしょうね」

「なので、一緒にゴミ捨てて拭き掃除もしたんです」

「あぁ、しばらく島風さんについててもらえませんか?」

「週1回は一緒に掃除する事にしてます」

「ゴミ出しの付き添いは榛名が請け負いますね」

「そうね、二人がかりの方が助かるわ」

その時、島風が部屋から出てきた。

「お待たせ!」

「・・・何でそんなに大きな袋抱えてるの?」

「一旦、今まで取ってた物を全部捨てる事にしたの!」

「全部?」

「うん!だって必要かどうか解んないから!」

榛名がにっこり笑った。

「なるほど。必要なメモはまだ0ですものね」

「うん!あ、そうだ。夕張ちゃんごめん、これ間違えて持ってきちゃった」

「え?何?」

「ほら、さっきオークションで出そうとしてたE-5」

「あー、世界のラーメンライスセットね」

途端に榛名の目がハッとしたように見開かれ、慌ててスマホを取り出した。

「ゴミ袋に入れないでよ、大事な出品物なんだから」

「する訳無いでしょ。はい!」

榛名がグイッとこちらを向いた。

「せっ、世界のラーメンライスセットって、山脈堂リアル定食シリーズの第2弾ですか?」

「え?え、ええ、そうだけど・・・」

榛名はスマホの画面を指差しながらぐっと顔を近づけた。

「こ、この、NO25のイタリア編ありませんか!?」

「え、あの、コンプリートセットだから全部入ってるけど・・・」

「コンプリートセット!?特製コレクションケースと金のれんげが付いた奴ですよね!」

「え、ええ、そうよ」

「じょ、状態は?」

「新品未開封、冷暗所保管」

「・・・言い値で買おうじゃないですか」

「うえっ!?」

「さぁ仰ってください!幾らですか!榛名お支払します!」

夕張は財布を握りしめ、キラキラした目で真っ直ぐ見る榛名を前に困ったという顔になった。

今の榛名は龍田の言う「最も大事なお客さん」である。

これが赤の他人なら青天井で吹っかけりゃ良いが、榛名は毎日会う大事な仲間でもある。

変な値段にすると後の関係が悪くなる。こういう時はどうすれば良い?

「夕張さん、夕張さん」

振り向くと文月が立っていた。

「ん?どうしたの文月ちゃん?」

「そういう時は、榛名さんが出しても良いと思う額の1/3で良いと言うんですよ」

「・・まぁ、いいか」

希望額は一応8千コインだが、付き合いを考えれば下回っても仕方ない。世話になってるし。

「榛名さんが出しても良いと思う額の1/3で良いですよ」

「・・・えっ!?良いんですか!?せ、せめて1/2で」

だが、文月がにっこりと笑って口を挟んだ。

「いつもお世話になってるからって仰ってましたよ。ねっ?」

夕張はぎこちなく頷いた。

榛名はしばらく考えた後、

「・・・では、これで良いですか?」

と、2万コイン差し出したのである。

「!?!?!?!?」

夕張はあまりの高額に硬直したが、文月は1ミリも笑顔を崩さず、

「榛名さんは安く手に入って、夕張さんは早く売れて良かったですね!」

「えっ!?え、ええ、ああ、そうね」

「榛名、感激です!あの、申し訳ないのですが仕舞って来て良いですか?」

島風が笑った。

「じゃ、今日は私が榛名さんのゴミも出しておくよ。早く見たいでしょ?」

「そんな!申し訳ないです!」

「良いよ。そういうの手に入った時の気持ち、解るもん!」

「・・・ありがとうございます。この借りは必ず返しますね!」

榛名は嬉しそうに走り去り、島風がゴミ袋を抱えて出て行った。

まだ呆然としたまま二人を見送る夕張に、文月が言った。

「予定額を超えましたか?」

「え、ええ、充分超えたわ」

文月は頷いた。

「でしょうね」

 



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夕張の場合(14)

 

 

島風がゴミ捨てに行ってる頃、駆逐艦寮、島風の部屋の前の廊下。

 

夕張は納得顔の文月に尋ねた。

「希望額を超えたって、どうして解ったの?」

「解説が欲しいですか?生臭い話ですよ?」

「わ、解ったわ」

「ええと、熱烈に欲しがってる人、というのは基本的に弱い立場です」

「え?」

「自分の未来が、相手の気分1つで天国にも地獄にも変わるからです」

「そ、そうね」

「夕張さんは何故値付けに困りましたか?」

「え、今後の付き合いが気まずくなったら嫌だなって」

「榛名さんがそう言う事を考えないと思いますか?」

「あ」

「もう1つ。払っても良い額の1/3という事を伝えています」

「う、うん」

「ということは、その3倍をすれば、最大幾ら払っても良いと考えていたかバレます」

「あ」

「上限額にしろ現実に払う額にしろ、あまりにも安いと機嫌を損なわれかねません」

「うーん・・まぁ、そうね。100コインとか言われたらムッとしちゃったかも」

「そして、本当に支払って良いと思っていた上限額は榛名さんしか存じません」

「そうね」

「最後に、それを強く欲しがっている人ほど、市場価格を知ってます」

「そりゃあ、良く知ってるだろうしね」

「市場価格は知ってる、余り安い額では仲間の機嫌を損ねる」

「・・・」

「よって強く欲しい程、「1/3」というキーワードはいつの間にか無視されます」

「なぜ?」

「上限額は自分しか知りませんし、高く払う分には問題は起こりません」

「あ」

「ですからそのお金は、榛名さんがお支払して良いと思う上限額なんです」

「・・そうね。即決価格に設定しようとしてた額だもん。過剰では無いけど安くはないわ」

「でも、榛名さんは安く買えたと思ってます」

「そうなの?」

「はい。思い込みですけど」

「思い込み?」

「幾ら出すかと言うのは2つの側面があります」

「というと?」

「1つは夕張さんとの関係を損ねずに手に入れる事」

「うん」

「もう1つは、それにその値段を払って良かったんだと言う自分への言い訳です」

「あ」

「希望額の1/3で良いと言われて払ったんだから、希望より安く買えたんだ」

「・・・」

「そして思わぬ形で予定より早く手にする事が出来たんだ」

「そりゃ、予定外よね」

「早く安く手に入ったと思う事で、支払った事に対する自分への言い訳は完璧です」

「うん」

「市場価格通りに払ったとしても、例えば送料や手数料が浮いたとか色々補完するものです」

「なるほど」

「いずれにせよ欲しい物が手に入ったので、榛名さんは満足なんです」

「なるほど」

「ちなみに中身の程度は良かったんですか?」

「未開封の新品よ。箱はビニールで包まれたまんま」

「それなら完璧です。中身の程度が悪いなら、その点で後悔するかもしれません」

「・・・・文月ちゃん」

「なんですかなんですか?」

「そんな恐ろしい洞察力、どこで手に入れたの?」

「龍田さんの自習ドリルですけど?」

「自習ドリル!?」

「完全勝利!金額交渉の心理と勝ち方実践トレーニング、っていう」

「物凄いタイトルね」

「完全勝利シリーズは役に立ちますよ。陸軍との交渉でもだいぶ助けられましたし」

「レベル高っ!」

「お仕事上、あちこちの交渉で負けていたら予算が赤字になるので必死です」

「・・・文月ちゃんて偉いよねえ」

「ふえ?」

思わず文月の頭をもよもよと撫でていた時、島風が帰って来た。

「ゴミ出してきたよー!続きやろうよ夕張ちゃん!」

「・・・そうだ」

「どしたの?」

「文月ちゃん、この後時間ない?」

「1時間位なら大丈夫ですよ」

「ちょっとだけ、出品先の相談乗ってくれないかなあ?」

文月は小首を傾げると数秒考え、

「売れ残り20%未満を成功として、報酬は落札額の3%で良いですか?」

「おおう。い、良いわよそれで」

「じゃあ頑張りましょー」

 

「ですから、E-7のコレクションケースはあえて宝石カテゴリで出品かなと」

「ほえー」

「なるほどー」

「で、早く売りたいですか?ちゃんと儲けたいですか?」

「んー・・売れそうかなあ」

「そこはなんとも・・」

「ただ、人が常に欲しい物じゃないから大勢が入札する物ではないと思うわ」

「そうすると、たまたま競らずに一発落札もありえますね?」

「だね」

「ならば希望額95%で開始、115%即決、期限6日後ではどうでしょう?」

「欲しい人は適正値より少し安く、確実に手に入れられる費用として妥当な割増上限額、か」

「開始価格で入れた人も6日間も待たされる間、次第に気になって即決をポチると」

「はい。D-18とかと一緒ですね」

「全て理詰めね。文月ちゃん凄いわあ」

「そ、それほどでもないです・・・それにしても本当に沢山出品するんですね」

「押し入れの大整理なのよ・・・」

「引っ越す前にやれば良かったじゃないですか」

「そろそろだよねって思ってたら突然引っ越しが決まったからね」

「あー、まぁ、そうでしたね」

島風がにこりと笑った。

「とりあえず、落札されるのが楽しみだねっ!」

「だねー」

「じゃあ今日はもう寝ようか・・・ん?」

夕張はPCをシャットダウンさせようとした時、メール着信に気付いた。

「ん?ナマゾンの発送連絡かな?」

確認すると、即決で落札された事を示すメールだった。

「はや」

「まだ出品してから1時間経ってないよ」

「まぁその為の即決だもんねえ」

文月が人指し指を立てた。

「明日のお仕事に支障をきたしてはいけませんよ」

夕張は肩をすくめて、PCをシャットダウンした。

「OK、じゃあランニング前に早起きしてやりましょう」

 

翌朝。

 

「・・・・・。」

「・・・・。」

島風と夕張は呆然としていた。

即決で落札された事を示すメールが大量に届いていたからである。

中には決済まで済ませた人も居るらしい。

「世の中、肉食社会なのね」

「割増でも欲しい人がこんなに居るんだねぇ」

「せめて決済後の発送は早くしてあげましょう」

「だね」

 

その日の夕方。

 

再び大量の即決落札メールを受け取った夕張は、島風に助けを求めた。

「今日1日で出品した半分が売れたの!?」

「そうなるわね・・」

「値段安過ぎたんじゃない?」

「市場価格とそんなに変わらないわよ。ただ程度はちょっと良いけど」

「ねぇねぇ、文月ちゃんに解説してもらおうよ~」

「そうね」

 

 

 



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夕張の場合(15)

 

 

出品翌日の夜、軽巡寮夕張の部屋。

 

島風に連れてこられた文月は状況を聞き、ふんふんと頷いた。

「半数行きましたか。まあまあじゃないですか?」

「安過ぎたのかなあ?」

「いわゆるシールドプレミアより安かったんでしょう」

「それなぁに?」

「シールド、つまり新品未開封だけを集めるコレクターがいます」

「へぇー」

「ただ、新品未開封は発売終了から時間が経つほど絶対数が極端に減ります」

「だろうねえ」

「普通のコレクターも未開封が買えるならと、入札に加わります」

「そうねえ」

「だから、コレクターが多い分野は、シールドだけプレミア相場を形成します」

「そっかー」

「夕張さんはその貴重な、シールド出品者だったって事でしょう」

「なるほど、プレミアを考えれば割増の即決でも安かったって事ね」

「そういうことです」

「あー、もうちょっと割増しておけば良かったかなー」

「相手が品物と値段に満足していればクレームは減ります。欲は控えめで吉です」

「ま、そう思う事にするわ」

「後は普通に、早く欲しいから即決でポチった人も居ると思います」

「そうね」

「明日以降は数も一気に減ると思いますよ」

「そうかな?」

「欲しい人は絶対毎日チェックしています。出品から12時間以内が一番即決されやすいです」

「まぁ、期間の真ん中とかで即決ってあまりないわね」

「あれ、またお手紙のアイコンだよ?」

「あ、また即決。即決多いなあ」

「即決としての割増額が適正範囲なら、安心料として積極的に選ばれますからね」

「私、今まで即決額って単純に開始価格の2倍にしてたわ・・・ははは」

「もうちょっとくれたらすぐ売るよ、そんな値付けが一番ポチられやすいです」

「なるほどね。じゃ、この人への連絡を本日最後にしましょう!」

「そろそろ、眠いんで帰って良いですか?」

「あ、そっか。もう2100時だね。ありがとね文月ちゃん!」

「おやすみです~」

「じゃ、私達は決済処理を確認出来た分から宛名書きしよっか」

「うん!」

 

文月の言葉に反し、翌日も、その翌日も即決は続いた。

そしてついに期限の7日を待たず、5日目の昼には完売してしまったのである。

期限前に即決で完売というのは金銭的には嬉しいのだが・・

その5日目夜の夕張の部屋を見てみよう。

 

「に、25個目の宛名書き終わったわ。他書いてないのどれ~?」

「決済完了メールが12通来たよ・・これで全部決済済みだよ・・」

「じゃ、あの荷物がそっくりそのまま発送残って事ね・・・あはは・・」

「だいぶ減ったよ!右の山は終わってるし!」

「あ、そっか、左の山だけか」

「そうそう。もうあれだけだよ!」

「そう、ね・・・あはは」

「というわけで、もう寝ようよ」

「あ、もう2200時か・・・」

「だよ。明日に障るよ」

「うー、じゃ、手元にある1件だけ書くわ」

「うん!」

一度に落札されるのも善し悪しである。

 

出品から6日目の夕方。

仕事を終えた夕張と島風は、すっかり慣れた足取りで夕張の部屋に入った。

「やー、今朝大量に出荷したから部屋が片付いたね!」

「もう後は宛名書きだけだから、島風も書くの手伝うよ!」

「ありがと!今回の件、ほんとに助かったよ!」

「んふふん。早くやろっ!」

 

それから2時間後。

 

「・・・っと!終わり~!」

「お疲れ~!」

「まだ最終の集配に間に合うよ!持ってっちゃおうよ!」

「そうね!」

 

「あー、仕事終えたって感じするわー」

「冷やし中華が3割増しで美味しいねっ!」

「そうねー」

「でも夕張ちゃん、今回は偉かったね!」

「なにが?」

「前だったら夕張ちゃん、一晩中梱包作業してたんじゃない?」

「う」

「で、4日目くらいにぶっ倒れてそう」

「うぅぅううぅう容易に想像がつくわ」

「でも、今回は毎日2200時には寝てたし!」

「そりゃ、それは、島風ちゃんが2150時に部屋に呼んでくれたからよ・・」

「行こうって言った時、ちゃんと来てくれたじゃん」

「そりゃ、島風ちゃんを困らせたくないもん」

「だから夕張ちゃんは進歩したんだよ!」

「褒められてるのかなあ・・」

「し・・島風は・・ほめ・・た・・つもり・・だよ?」

「?」

夕張はふと、自分に落ちる影に気付いた。両手を腰に当ててる。すっごく見たポーズ。

ぎぎぎぎぎぎと夕張はゆっくり振り返った。

「ひいいっ!まっ!摩耶さん!」

「お前・・・そんな事で褒められる異常性を理解してるか?あ?」

「す、すすすすすすみませんごめんなさい」

「睡眠時間位ちゃんと計画的に取れよ・・自分が疲れてるかどうか位解るだろ?」

「む、夢中になるとつい忘れちゃって・・・」

「まったく。提督もアタシ達も心配してんだから、あんまり何度も倒れるなよ?」

「すいません」

「・・・大事な仲間なんだからよ。じゃあな」

夕張は摩耶から拳骨が落ちてこなかった事にも、最後の台詞にもおやっと思った。

慌てて摩耶を目で追うと、心なしか摩耶の顔が赤くなってるように見えた。

島風がニコニコ笑いながら言った。

「んふふん、摩耶さん、ちゃんと言うようにしたんだね!」

「何を?」

「夕張ちゃんに、大事に思ってるんだよって事!」

「そ・・そうね・・」

「じゃ、御馳走様!」

「ごちそうさまー」

 

「あ」

「どうしたの夕張ちゃん」

「もう、荷物は無いから、また元の部屋で寝られるんだって」

「あ、うん、そうだね」

「・・・」

「どうしたの?」

「この1週間、島風ちゃんと一緒に眠れて本当に楽しかったなあ」

「うん、島風も楽しかったよっ!」

「・・え、ええとね島風ちゃん」

「なーに?」

「し、しばらく通い続けても良いかなあ」

「全然構わないよ!ずっと一緒に寝ようよ!」

「ほんと?」

「うん!」

「・・・じゃあ、そうするね」

「だから掃除手伝ってね!」

「良いわよ!ゴミ出しも手伝ってあげる!」

「んふふん」

「えへへー」

こうして、どちらともなく二人は手をつないで部屋に戻ったのである。

 

 



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夕張の場合(16)

出品から2週間後。軽巡寮夕張の部屋。

 

今日は研究班全体の休日だった。

「ふおおお・・・おおおおおお」

自分の部屋でPCの画面を見ていた夕張は、驚きとも歓喜ともつかない声を上げた。

その声にマンガを読んでいた島風は顔を上げずに反応した。

「どうしたの夕張ちゃん」

「銀行から入金完了のお知らせが届いたのよ」

「あぁ、前にやったオークションの入金?」

「ええ。入金手数料とかオークション利用料とかを差っ引いた額が振り込まれたって訳」

「随分売ったもんねぇ」

「134点よ」

「文月ちゃんに報酬払うんでしょ~」

「・・そうね。全部売れたし、全部即決だったから条件はクリアしてるわね」

「幾らになったの~」

「差し引き入金額は・・・308万9203コインね」

「へーぇぇぇぇぇぇぇえぇえぇええええ!?」

「後から一気にトーン上がったわね。ターボチャージャーみたいだったわ」

「ちょ!?何その金額!?」

「まぁ買った金額より上回ったかなって感じだけど」

「普段どんだけ突っ込んでるの!」

「ま、まぁまぁ島風ちゃん、落ち着いてよ」

「じゃ、じゃあ、文月ちゃんには」

「落札額ベースだから・・・100410コインね」

「文月ちゃんぼろ儲けだね!」

「でも、あのレクチャーが無ければ全品落札は無かったと思うわ」

「そうだね。じゃあ早速払う?」

「そうね、そろそろATMも開くわね」

 

「・・・は?」

文月は目をぱちぱちさせると、

「報酬が10万コイン超えたんですか?」

「ええ。落札額ベースで3%だと100410コインだったわ」

「それは完全に予想以上です。2%にしましょうか?」

「全品売れたんだもの、気持ちよく貰って!」

「全品売れたんですか?」

「ええ、綺麗さっぱり、全部即決!」

「・・それは相当コンディションが良いと評価されたんでしょうね」

「今回取引してくれた人は全員エクセレントの評価を返してくれたわ」

「良かったですね。私もそんな事のお手伝いが出来て鼻が高いです!」

「お手伝いって言うか、文月ちゃんの戦略のおかげよ!ありがと!」

「えへへへへ。じゃあありがたく頂きます。お父さん貯金にしようっと」

文月の部屋を出た後、ずっと黙っていた島風は、意を決したように顔を上げた。

「夕張ちゃん!」

「な、なに?」

「あたし、摩耶さんに言ってくる!」

「ええええっ!?な、なんでよ!」

「夕張ちゃんそんな大金持ってるいけない」

「なんでインディアンみたいな口調になってるのよ!ていうか止めてよ!」

「行ってくる!」

「あっ!」

猛烈な速さで飛び出していった島風を、夕張は呆然と見送るだけだった。

 

「おーい夕張ぃ?開けるぞ」

ガラガラと夕張の部屋の引き戸を開けた摩耶は、中に居る夕張を見つけた。

「オークションで稼いだんだって?良かったじゃん」

夕張は観念したように通帳とハンコを差し出した。

「・・・・どうぞ」

だが、摩耶は受け取らなかった。

「んー、夕張」

「はい」

「自分ではさ、どう思う?」

「もの凄い残高で心躍るけど、これを遊びで使い切ったらかなりの馬鹿だと思う」

「・・・」

「だから、無くなる前に貯金してください」

「・・・なぁ、夕張」

「なんですか?」

「その通帳の定期にしてみねぇか?」

「え?」

「ロックオプション付きの高利回り定期なら、1年なり3年なり下ろせねぇ」

「・・・」

「だからお前の通帳で定期にしても安全だぜ」

「・・・」

「それに、自分で金額決めて、定期にしたらきっと、思い出に残るぜ?」

「思い出?」

「島風とオークションで稼いだ金ってな」

「・・・そっか」

「おう」

「あ、あの、これ、全額・・・貯金すべきなのかなあ?」

「・・・なぁ夕張」

「はい」

「確かにお前が買った物を、お前がオークションで売った訳だ」

「はい」

「でもよ、その間、島風はずっと付き添っててくれたんだろ?」

「はい。だから、島風ちゃんにも分け前を受け取る権利があると思うんです」

「おう」

「い、幾ら渡せば良いんでしょう?」

「それは本人同士で決めれば良いんじゃね?ただ」

「ただ?」

「アタシが立ち会ってやるよ」

「・・・はい」

「おーい島風!入ってこい!」

ガラガラと扉があき、そっと島風が入ってきて、もじもじしながら言った。

「あ、あのね夕張ちゃん、いきなり摩耶さんを呼んだのは悪かったと思うの」

「・・・え?」

「でっ、でもねっ、夕張ちゃんが慣れない大金を持つのは不安だったの!」

「・・・」

「ごめんね。気を悪くしてたらごめんね」

「・・・そりゃそうだと思うよ」

「え?」

「島風ちゃんの心配、その通りだと思うって言ったの!」

夕張はニカッと笑った。

「だって年中残高0だーって言ってるし、給料出たらすぐ使っちゃってたんだもん」

「う、うん」

「だから、島風ちゃんの事、怒ってないよ」

「ほんと?」

「ほんと」

「・・・・あ、ありがと」

「あとさ、島風ちゃん」

「なぁに?」

「半分貰ってよ」

「なにを?」

「利益」

「・・・・はー!?要らないよそんなの!全部夕張ちゃんの持ち物じゃん!」

「だって、梱包とか発送とかチェックとか手伝ってくれたじゃん!」

「だからって貰い過ぎでしょ!それじゃ今度から気兼ねして手伝えなくなるよ!」

「・・・そう?」

「うん」

「じゃあ、幾らなら貰ってくれる?」

「別に要らないけど・・・」

「ちょっとは貰って!バイト料でも良いから!」

「えー」

その時、摩耶が島風の頭をぽんぽんと撫でた。

「感謝の気持ちとして、ちょっと受け取れば夕張も満足するって。貰ってやれよ」

「うー」

「ほら、言ってよ」

「・・・じゃあ、1万コイン」

「良いけど、どういう基準?」

「提督からさ、二人でお小遣いにしなさいって2万コイン貰ったじゃん」

「倒れた時?」

「うん。でも夕張ちゃん、2万コインで速攻マンガ買ったじゃん」

「お前・・」

「うえええっ!ま、摩耶さんにバラさないでよ!」

「だからその半分!それで鳳翔さんのランチを食べたい!」

「あ、よっぽど行きたかったんだね」

「行きたかった!」

「んじゃ、二人で1万コインずつ持って行こうよ。今なら行けるよ」

「・・良いの?」

「うん。それで、残りは貯金する」

「・・・んじゃ、二人で2万下ろして来い」

「いえ、2万ならあるんです」

「なんでだ?」

「最初に榛名さんに売ったお金が、2万コインだったんで」

「・・・そっか」

「じゃあ、はい!島風ちゃん!感謝をこめて1万コイン!受け取って!」

「うん!ありがと夕張ちゃん!じゃあランチ行こっ!」

「じゃあ先に定期にしちゃうから、ATM寄ってっていい?」

「良いよ!」

「あ、あの、摩耶さん、ありがとうございました」

「・・・丸く収まったか?二人ともわだかまり無しだな?」

「ええ」

「うん!」

「しょうがねぇ二人だな。ま、仲良くやれよ」

摩耶は二人の頭をくしゃっと撫でると、そのまま部屋を出て行った。

 

翌朝。運動場のトラックの中。

 

「おはようございます。ええと、あの」

ランニングの為に呼んだ運動場でもじもじする夕張と島風を見て、摩耶は眉をひそめた。

「また徹夜したのか?」

「違うよっ!」

「違います。あの、いつもお世話になってるんで、これを」

そういって夕張が差し出したのは、鳳翔の店の焼き菓子詰め合わせだった。

「お、おい、これ高いんじゃねぇのか?」

「ランチで余ったお金で買えました!」

「まだちょっと残ってるんで、アイス2回位食べられます!」

「・・・・んじゃ、研究班皆で食おうぜ」

「それで良いんですか?」

摩耶はガリガリと頭を掻くと、

「どうせ部屋に帰れば姉貴達が居るしな」

と言った。

「あ」

「そっか、研究班ほとんど全員居るんですね」

「こんな旨そうな物持って帰ったら速攻で分けろって言われるからな。一緒なんだ」

ぷふっと夕張は笑った。

「じゃ、事務所の方に持って行きますね!」

「そうしてくれると助かるぜ。じゃあ・・・今日は5周な」

「あっ、優しい!」

「良かったね夕張ちゃん!」

「まったく・・・走る間預かってるから、しっかり走れよ」

「はい!」

摩耶は夕張達が走りだした後、そっと袋の中の箱を撫でた。

「仲間に気遣いなんか、いらねぇってのに・・・よ」

そしてふふっと笑うと、

「夕張!お喋りしながら歩くのはランニングっていわねぇぞ!」

と、声を張り上げた。

 

 



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夕張の場合(17)

 

工事から1ヶ月後。研究室。

 

朝、届いたばかりの郵便物の1つを開け、中を読んだ夕張は溜息を吐いた。

「あー、そっかぁ」

「どうしたの夕張ちゃん」

「んー、電力会社から最終的な基本契約料金の通知書が来たんだけどね」

「うん」

「思ったよりかなり減額率が悪いのよ」

「なんで?」

「簡単に言うと、今までうちは大量に電気を買う大口顧客だったの」

「お得意さんてやつ?」

「そうね。だからお得意さん割引が結構あったのよ」

「うん」

「でも一気に購入量が減ったから、そういう割引が適用出来ないんだって」

「ふうん」

「だから結局、予想額より結構高くなっちゃったのよ」

「・・・てことは」

「残念ながら、お給料は1割以上減るわね」

「ふ、文月ちゃんに聞いてみようよ!」

「文月ちゃんに?」

「うん!」

「高雄さん、ちょっと事務方の所に行ってきて良いですか?」

「あ、それならこの書類を出してきて欲しいんだけど、良いかしら?」

「はい!」

 

「凄いね。ほんとに千手観音のように見えるね・・文月ちゃん」

事務方の受付の所で文月を見た島風は、文月の書類捌きを見て呆然としていた。

夕張も頷いた。

「忙しそうね・・」

その時、時雨が通りがかった。

「事務方に何か用かい?」

「あ、時雨ちゃん。えっと、高雄さんからこれ預かって来たの」

「・・・うん、解った。確かに受け取ったよ」

「あと、文月ちゃんは忙しいよね?」

「そうだね。大体毎日あんなだけど、1500時過ぎくらいの方が幾分マシかな」

「そっか、じゃあ良いや」

「追い返すような形になっちゃったね。ごめんね」

「ううん。困ったら1500時以降にまた来るよ」

「ありがとう」

時雨に礼を言って事務棟の外に出た後、夕張と島風は通知書を手に溜息を吐いた。

「どうしよう・・・これで諦めるしかないかなあ」

「どうかしたんですか~?」

声の方を見ると、龍田が小さく手を振っていた。

「あ!先生!」

夕張がとててと走って行くのを島風は首を傾げて見ていた。

先生って、何?

 

「・・・紋切り型の対応ねぇ」

龍田は通知書を見てふっと笑った。

「そういえば営業担当が今月代わったばかりだったわね・・・夕張さん」

「はい」

「えっと、この特別高圧を使わないようにする事は出来ないかしら?」

「一時的にという事ですか?」

「永久に、よ」

「・・・工廠でしか使わないので、工廠長さんを呼んできます」

「それなら皆で工廠に行きましょう」

 

「特別高圧を使わずに済ませる方法か」

「ええ。交渉にどうしても邪魔なの」

「ふむ。使ってるのは2種類だけだ。1つはメインクレーン4基の揚重装置」

「ええ」

「もう1つは資材搬入用の超大型ベルトコンベアじゃ」

「ええ」

「揚重装置は・・そうじゃの、エンジン式に戻す方法かの。旧鎮守府の奴じゃよ」

「現行方式とどちらがランニングコストは安いかしら?」

「色々謳い文句はあったが結局エンジン式と変わらん。排ガスが出ないメリットはあったがの」

「ベルトコンベアは?」

「積み替え時間が増えるが、200V系の中型コンベアに切り替える手がある」

「・・中型コンベア複数配置は?」

「複数か・・それなら積み替え時間も減らせるじゃろうが・・」

「が?」

「ガスタービン発電機のオーバーロードが心配じゃの」

夕張も頷いた。

「ガスタービンは今の消費量なら余裕ですが、中型コンベア複数台が一気に動くとなると・・」

龍田は顎に手を置いた。

「発電容量を増やせないかしら?きっと消費電力量はこれからも伸びるし」

「足りてる内に、という事かの?」

「ええ」

夕張が眉をひそめた。

「やれるとしたら・・・廃熱利用かなあ」

「ガスタービンの廃ガスか」

「ええ。ボイラーはエンジンの冷却水で温めてますしね」

「廃ガスを給湯に使ったら上がり過ぎてスチームになってしまうからの」

「スチーム・・・蒸気タービンか」

「スターリングエンジンという手もあるぞい」

「そうね。蒸気タービンの復水器もスターリングエンジンの低温側も海水で冷やせば良いし」

「周囲は海水だらけじゃからの」

「・・作ってみますか」

「排熱量から発電可能量を計算してみるかの」

「ええと、賄えるかどうか解るのはいつ位かしら?」

「いつ解れば良いですか?」

龍田は自分の腕時計を睨んだ。

「可能な限り早く。出来れば1330時までに」

「後4時間か・・・急ぐぞ夕張」

「ええ。何とかします!」

「お願いね。私も交渉の準備を始めるわね~」

「終わったらインカムで伝えます!」

「島風は・・居ても解んないから研究室に戻ってお仕事してるね」

「うん、そうして!」

 

「・・・うむ、最大効率の組み合わせはこれで良かろう」

「スターリングエンジン式の発電機並列化が一番効率が良いとは思いませんでした」

「思ったよりガスタービンの廃熱量が少なかったからのう」

「でも、スターリングエンジンなんて、あっという間に作れますよね」

「発電機も余っとるしの」

「・・・」

「・・・」

「作っちゃいますか?」

「ふむ。高雄に断りを入れよう」

「あ、そうですね」

「本当はお前さんが気付かんといかんのじゃぞ?」

「すいません」

 

「発電容量増設工事ですか?ええ、今日は余裕ですし、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!龍田さんから1330時までって言われているので」

「えっ!?後3時間じゃない!」

「あー、確実な見込みって話ですから、1つ作れれば大丈夫です」

「そう?あまり焦ってやったらだめよ?怪我には気を付けてね」

「はい!ありがとうございます!行ってきます」

 

「・・・よっし!発電機と制御盤の接続も終わったわ!」

「高温側は充分暖まっとるよ。海水引き込みは終わったかの?」

「んー・・はい!バッチリです!」

「よし、はずみ車を回すか。手伝いなさい」

「はい!」

コ・・クン・・タン・・タン・・タンタンタンタンタンタン

「何度見てもスターリングエンジンが回るのは不思議だわあ」

「爆発も何もないし、巨大なはずみ車のあるタイプなら回転数も低くて静かだしの」

「そろそろ安定回転数ですかね」

「・・・うむ。定格発電に入った」

「ふーい。後はこのままランニングテストをすればOKですね」

「うむ。のこり4基もやってしまうかの?」

その時、島風がバスケットを抱えてやってきた。

「愛宕さんが飲み物持っていきなさいって!コーヒーとチョコクッキーだよー」

「ふむ。じゃあ回転の様子見をするという事で、一息入れるかの」

「そうしましょう!」

「はい工廠長さん!おしぼりどうぞ!」

「ありがとうな島風。気が利くのぅ」

「あー、温かいおしぼりで手をふくと気持ち良いわね~」

「コーヒーは砂糖とミルク幾つ?」

「わしは砂糖1つだけで良い」

「私は何も入れないわ」

「あれっ?夕張ちゃんブラック派だっけ?」

「んー、別に入れないだけ・・・入れた事が無いかも」

「入れてみたら?」

「・・・まぁ良いけど」

「牛乳と砂糖多目に入れるね!」

 

 



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夕張の場合(18)

 

電力会社との打ち合わせまであと2時間。発電室の脇。

 

夕張は島風が入れてくれたカフェオレを一口啜るとカッと目を見開いた。

「・・・し、島風ちゃん」

「なーに?口に合わなかった?」

「超美味しいんだけど、これ何?」

「・・・ふっつーのカフェオレだよ?」

「ええー!コーヒーって牛乳と砂糖入れるとこんなに美味しいの!?」

「何で知らないの夕張ちゃん!」

「入れた事無かったんだもん!お茶とかウーロン茶に牛乳とか入れないでしょ!」

「そうだけど、喫茶店とかなら普通に置いてあるじゃん!」

「・・・あれはパンケーキとかに使う物だって固く信じてたよ」

「良かったね、美味しい物発見できて」

「今までの人生相当損してた気がするわ」

「人生のスケールが小さすぎるよ」

「・・・美味しいわー」

「工廠長さん、もう1杯如何?」

「ん、いや、残り4基を組み立てるとするよ。安定してるようじゃしの」

「手伝いますよ!」

「夕張はもう少しカフェオレを楽しんでからおいで」

「ありがとうございます。じゃあ、この1杯飲み切ったら行きます」

「うむ。ではの」

「・・・島風ちゃんのおかげでまた1つ楽しみが増えたよ。ありがと」

「んふふん。週に1回位は間宮さんのお店に行けるといいね!」

「そうね。それくらい出来るように貯金しておくわ」

「・・・もうちょっと貯金しても良いんだよ?」

「もちろん。貯めないと怒られちゃうからね!」

 

「よし!これで行けちゃいます!」

5基のスターリングエンジンはトントントントンと小気味良い音を立てて回っていた。

追加した発電機が生み出す電力は意外な事に、既存発電量の半分近くに達したのである。

「スターリングエンジンの良い所は、ターボディーゼルの廃ガスでも回る所よね!」

「うむ。熱源が何であろうと熱量さえあれば良いからの」

「この発電量はきっと役に立つわ」

「うむ。随分100V系も200V系も余裕を持てたのう」

「じゃあ龍田さんに報告しに行きましょう!」

「まだ刻限までは30分ほどあるしの」

 

龍田は事務方の応接室に居た。

「あらぁ、もう実物が出来ちゃったんですか~?」

「ええ。この資料も全て実測値ですから確実です」

「私も準備出来たし、アテがあれば営業担当との交渉も余裕が出るわ~ありがと~」

「折角なので同席しても良いですか?」

「んー・・・他言無用に出来ますか~?」

「え?え、ええ」

「解りました。じゃあ同席しても良いですよ。工廠長さんはどうしますか~?」

「い、いや、わしは遠慮しておくよ。文月も同席するんじゃろ?」

「はい~」

「そうじゃ!わしはメインクレーンのエンジン化とコンベアの中型化も進めておくわい」

「助かります。お願いします~」

「・・・」

工廠長は席に座っている夕張の肩を叩くと、耳元で

「好奇心は猫をも殺すというぞ。同席は勧めん。忠告したぞい」

と囁くと、そのまま出て行った。

夕張が意味が解らずぼうっとしていると、工廠長と入れ違いに文月が入ってきた。

「龍田会長、今日は時計、これに代えても良いですか~?」

龍田と夕張は文月が持って来た時計を見た。随分古いゼンマイ式の置き時計だ。

1秒ごとにカチ、コチ、カチと金属が時を刻む音がしている。

「良いですね~、さすが文月さんですね~」

「この前骨董市で見つけたんです。可愛いでしょ~」

「じゃあ時間合わせましょうね~」

「は~い」

夕張は首を傾げた。わざわざ柱の電波時計を外して置時計にするのは何でだろう?

そこに不知火が入ってきた。

「中南海電力の方がお見えです。御通ししてよろしいでしょうか?」

 

「初めてお目にかかります。中南海電力第2営業部の相模谷、と申します」

「ソロル鎮守府の龍田と申します。事務長の文月、研究室の夕張が同席致します」

相模谷は夕張と文月をちらっと見ると

「・・ああ、初めまして」

と言いながら、どかりと腰を下ろした。

夕張は感じ悪いなと思った。私はもう何度か会ってるのに。

あの時もこんな風に居丈高だったな。技術の人は真面目で優しいおじさんなんだけど。

ちらっと見ると、文月も龍田もニコニコしている。

「お越し頂いたのは、今朝鎮守府に頂いた通知書について申し上げたい事がありまして」

そう言いながら龍田は夕張から貰った手紙を広げた。

相模谷はちらりと手紙を見て、出されたコーヒーを手に取ると、

「ええ、それが何か?」

と言って、啜り始めた。

「簡単なお話です。高過ぎるので契約打ち切りますね~」

相模谷はカップを持ったまま硬直した。

 

夕張は一瞬、先程の態度から一気に転落した相模谷に溜飲が下がる思いがした。

しかし。

 

相模谷は口に入ったコーヒーをごくりと飲み下すと、気は確かかと言う目で龍田を見た。

「あの、龍田さんと仰いましたね?」

「はい~」

「こちらで今契約されているのは特別高圧2系統と100V、200V系の待機用です」

「はい~」

「こちらの施設でご用意されるんですか?特別高圧を?」

「それは軍事機密ですが、もう用済みだと申し上げてるんです~」

1ミリも笑顔を崩さない龍田。

眉間に皺を寄せているが、次第に汗を流し始める相模谷。

部屋を沈黙が支配する。

そんな沈黙の中、文月が持って来た時計が音を刻む。

 

カチ、コチ、カチ。

 

たっぷり1分以上沈黙した後、相模谷はようやくカップを机に戻し、慎重に口を開いた。

「全て、契約解除されるのですか?待機契約分も?」

「はい~」

夕張はおやっと思った。待機契約はターボディーゼル発電機故障時に備えて持っておきたい。

だが、夕張はこの静かで凄まじい圧力の中で口を開く事は出来なかった。

部屋の静寂も、文月達のニコニコした笑顔も今は怖すぎる。

 

カチ、コチ、カチ。

 

更に数十秒か、数分の沈黙が流れた。

「あ、あの、海底ケーブルは3月末にこちらまで専用線を引いたばかりでして」

「契約は私が行いましたし、その為に高い初回料金をお支払したんで~」

「あ・・そうですか・・」

 

カチ、コチ、カチ。

 

「ほ、ほんとに契約解除なさるんですか?」

「はい~、高過ぎるので~」

相模谷の目が泳ぎだした。

 

カチ、コチ、カチ。

 

夕張は事情が見えてくると、相模谷が可哀想に思えてきた。

ソロル鎮守府は軍事施設であり、電力会社は送電ケーブルを引けと言われれば断れない。

それが遠方の島で、軍施設以外に需要が無いという最悪の高コスト対象でもだ。

だが、それは軍施設が容易には撤退しない、つまり長期契約を見込むハラがある。

1回の旨味は少なくても長期契約なら、いずれはコストを回収し、利益に出来る。

しかし、引いたのは僅か2か月前。つまり今はほとんどコストを回収出来ていない。

1つでも契約が残るならその契約をべらぼうな高額にすれば予定通りコストを回収出来る。

それが今朝の状態だ。

契約がある限り電力会社の勝ちなのだ。

しかし、全て要らないと言われたら超大赤字であり、それは営業マンの成績を直撃する。

まさかこんな話が来るとは考えもしなかったから、あんな最初の態度だったのだろう。

しかし、それは可哀想なくらいの重傷を自らに与える事になった。

その時点でようやく、夕張は文月の行動を理解した。

あの置時計は可愛いとか、ノスタルジーの為とかで置かれたのではない。

1秒1秒響き渡るカチコチという音は、張りつめた雰囲気を更に極限まで高めている。

見かけは小さい子供である文月を相模谷の目に留まる入口側に座らせたのは油断させる為だ。

徹底的に相模谷を追い詰める工作は、開始前に完了していたのである。

龍田と文月の策は完璧だ。準備ってそういう事か。

後は二人は黙っていても望む答えが引き出せるわけだ。

これを回避出来る営業マンは相当の手練か、島に着く前から油断しない人だけであろう。

いずれにせよ相模谷はまんまと頭のてっぺんまで罠に嵌ったのである。

 

 



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夕張の場合(19)

 

 

龍田達の打ち合わせ中。事務方応接室。

 

カチ、コチ、カチ。

 

相模谷はカバンから契約書らしき書類を取り出し、隅から隅まで目を走らせていた。

恐らくは解約時の違約金など、特約事項を探しているのだろうが、龍田が見落とす筈が無い。

というより契約時にそんな不利な条件を盛り込ませる筈が無い。

相模谷が口を開きかけたその時。

 

ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!

ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!

 

時計が1400時を告げた。

完全にタイミングを邪魔された相模谷は溜息をついてから口を開きなおした。

「あ、あの、先程は不躾な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

「気にしてないですよ~」

「とっ、当社と致しましては、こっ、ここで契約を解除されてしまいますと、非常に、その」

「なんですか~?」

「ふっ、敷設費用などが、回収出来なくなりますので、こ、困るのです」

龍田がニコニコ顔から、ふっと薄く目を開けた。

「気にしないですよ~」

「ひぃぃぃっ!」

取りつく島も無いというのはこういう事だなあと夕張は溜息を吐いた。

可哀想だが文月や龍田が協力する必要性は0である。

あとはじっくり待って相手が自壊するのを待てば良いからである。

一方、相模谷に残されたリミットは極僅かで、しかも妥協点は龍田達の気分次第だ。

撤退を飲まずに済ませる起死回生の1手があるとすれば・・・

 

「す、すみません。あ、あの、契約の継続を」

「高過ぎるので嫌です~」

「りょ、料金はその、最大限検討させて頂きますので」

その時、文月がニコニコ顔を止め、ぼうっと光の無い目を開けると相模谷に向けた。

「先日、うちの夕張はそのようにご相談した筈ですが?」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

「あんなに何度も打合せしたのに、こんな料金出してくるなんて信じられないです~」

「あ、ああああああの、社内規定ではこの金額になってしまいまして」

「知った事じゃないです~」

「い、一両日中には訂正案をお持ちしますので」

「今決めてください」

「い、今!?」

「・・もう解約通知返送します~」

「そっ!それはご勘弁を!」

「じゃあ幾らにするんですか~?」

「あ、あああのあの、し、支店長に決済を貰わないと」

その時、龍田が口を開いた。

「田山ちゃんじゃ話にならないわよ?二宮ちゃんに電話してあげましょうか~?」

「せっ!せん!専務をご存じなんですか!?」

「はい~」

だが、ここで相模谷は致命的なミスを犯してしまった。

 

「・・・ほんとに御存じなんですよね?」

 

ピシッ。

部屋の空気が凍りついた。

夕張は目を閉じた。相模谷さん、それはダメだわ。交渉素人の私でも地雷だと解るわ。

ハッタリを警戒するマニュアル通りなんでしょうけど、時と場合と相手を選ばないと・・・

私はもう怖くて二人のほうを見られないわ。

龍田はふっと息を吐くと、懐から携帯を取り出し、黙って操作し始めた。

「あ、あの?」

「・・・あ、二宮ちゃ~ん?龍田だよ~。赤羽のフィリピーナちゃんと和解出来た~?」

夕張は口に含んだコーヒーをむせ返した。辛うじて吹き出さなかったが鼻に逆流した!

ツーンと来て痛くて涙出て来たけど咳き込んだら殺される!

「・・そう。良いのよ御礼なんて。ところで少しお話を聞いてくれないかしら」

あ、終わった相模谷。

「私がね、二宮ちゃんとお友達なのよって言ったら、嘘つくなって怒られちゃったの」

相模谷が手を宙に浮かせて首を振り、違いますというポーズを取ってるが手遅れだ。

「私が嘘つきじゃないって事、説明して頂けないかしら?そう、ありがと~」

冥福を祈るわ、相模谷。

「あとね、電気代、使わない分を外したら割引を全部解除されてしまったの。そうよ~」

酷いトドメだ。

龍田は相模谷に携帯をすっと差しだした。

「自分の耳で確かめなさいな~」

 

カチ、コチ、カチ。

 

カタカタと震えながら電話を受け取った相模谷は一声聞いて直立不動になった。

「あの・・・はいっ!本社第2営業部1課の相模谷です!はい、溝口課長です。はい・・」

夕張は同情の目を相模谷に向けた。現実とは余りに残酷だ。

「いえ!にゅ、入社14年目で・・・いえ、そのような事は決して・・・はい・・」

電話の先の怒声がここまで聞こえる。専務怒り狂ってるわね・・・

「・・えっ、そ、それで良いので・・・ひっ!もっ、申し訳ありません!」

せめて社員で居続けられる事を祈ってあげよう。

「わ、解りました。直ちに、はい、特殊契約にて対応致します。申し訳ありま・・・あ」

一方的に切られた電話を呆然と眺めた後、ハンカチで本体をキュッと拭くと龍田に返した。

そして契約欄に丁度1ケタ少ない金額を書きこみ、

「申し訳ありませんでした。専務が了承されましたので、こちらで」

といって差し出したのである。

龍田は金額の上1ケタを1から3に書き直すと、

「これで良いわ」

と返した。

呆然と見返す相模谷に続けて、続けて言った。

「あと、特別高圧は本当に不要よ。100Vと200V系の待機だけで良いわ」

「えっ・・・よろしいのですか?」

費用が取れない以上、高コストになる特別高圧のメンテが不要になるのは渡りに船だ。

「あと、会社で困ったら、二宮ちゃんにミーナちゃんの話聞きましたって言いなさいな」

「み、ミーナちゃん、ですか?」

「ええ。ミーナちゃんよ。右の口元のほくろが可愛いんですって」

「・・・ええとそれは、あの、フィリピンパブの・・・」

「二宮ちゃんが酔っ払って火遊びしたら認知するしないのって大火事になっちゃったの」

夕張は再びコーヒーでむせ込んだ。さっきより鼻に入って超痛い!

何その核爆弾級スキャンダル!

龍田と文月はニコニコ笑うと、揃って言った。

「すぐに正式な書面で送って来てね」

「かっ!かしこまりましたっ!それでは失礼させて頂きます!」

平身低頭で感謝の目すら見せる相模谷が帰って行った。

文月と龍田も相模谷の後を追ったが、夕張は部屋に残り、そっと鼻をかんだ。

たった1時間の打ち合わせで契約額が朝提示された額の1/3に減っちゃった。

発電機導入しなくても龍田さんが乗り込めば増額分を打ち消せたんじゃなかろうか?

しかし、最後の最後でとどめを刺さず、専務が良いと言った金額の3倍に上げた。

さらに専務のウィークポイントを教えた。おそらくあれでクビも左遷も無いだろう。

相模谷を助けた理由は、そうする事で今後ずっと龍田に頭が上がらなくなるからだ。

電力会社との関係は結局は切る事は出来ない。切れなくはないが不便だ。

ならばこちらの言う事を聞く人が担当になっていれば僥倖だ。

夕張はそっとソファの背もたれに身を預けた。

龍田先生は理想の商売相手を探すんじゃなくて、望む商売相手に「してしまう」のね。

私には到底出来ないわ。

夕張は置時計を見た。

 

カチ、コチ。

 

もし、相模谷が間抜けで本当に解約へ突き進んだら?

現状なら、うちは当面は全く問題なく自家発電機で運用出来る。

だが、電力会社としてはロスコスト回収の為に是が非でも再契約したがるだろう。

それこそ、担当の首なんてあっさり変えるだろう。

そういう意味では互いに最善の結果になった訳だけど・・・・

夕張はふと思った。

どうして龍田はパブのホステスと電力会社専務の核爆弾級スキャンダルを知っていたのだろう。

そして解決に協力したような口ぶりだったけど、何をしたんだろう。

だが次の瞬間、龍田の薄目を開けた横顔を思い出した。

いけないいけない。深入りすれば私にあの目が向けられる。

横で見てても震えがくる程怖かった。

変に口にすればあっさりドラム缶の墓に入れられて冷たい海の底に沈められそうだ。

まだ生きていたいから深入りしません!

そこで初めて、工廠長の言った事を思い出した。

 

「好奇心は猫をも殺すというぞ。同席は勧めん。忠告したぞい」

 

そうね。工廠長は精一杯止めてくれたのね。

それ以上一言でも余計な事を言えば消されかねないものね。

良く解ったわ工廠長。もう同席しません。今日の事は誰にも話しません。

「あら~、お疲れさま~鼻大丈夫?」

夕張がふと見ると、いつもの龍田が戸口に立っていた。

「あ、はい。お陰様で。お見送りに加われなくてすみませんでした」

「良いのよ~。あ、事務方で通知書を預かっても良いかしら。計算に使いたいんですって」

「ええ、後はお任せして良いですか?」

「文月ちゃんが対応するわ~」

「あ、あの、龍田先生、ありがとうございました」

「こちらこそ、久しぶりに実地訓練出来て楽しかったわ~」

ひらひらと手を振って去っていく龍田が見えなくなると、夕張は言葉を反芻した。

え・・・・訓練?本気じゃないって事?

今更になって夕張は冷汗が吹き出てきた。

絶対敵に回してはならないし、味方である限り最も頼りになる。

数回深呼吸をした後、夕張はようやく席を立った。

 

 

 



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夕張の場合(20)

 

龍田達が打ち合わせした日の夕方。工廠事務所。

 

「こんにちは~」

「おや夕張・・その、打合せは、終わったのかの?」

「ええ、終わりました」

「そうだ、メインクレーンとコンベアの対策は終わったぞい」

「あ、それは、何よりです」

「抜け殻のようになっとるの・・打合せ、大迫力じゃったろ?」

「なるほど、ええ、大迫力でした」

「わかっとると思うが、他言無用じゃぞ」

「ですね」

「わしも前、打合せに出た事がある」

「・・・」

「詳しくは言えんが、その晩は寝られんかったよ」

「・・・」

「この鎮守府の為にどれだけ頑張ってくれとるかという一面を見たんじゃよ、わしらは」

「・・・・」

「わしらが思う以上に、彼女達は頑張ってるんじゃろうよ」

「・・・」

「・・・じゃから、そっと応援してやれ。変に怖がらず、噂を立てず、な」

「・・そうですね。最強の味方ですからね」

「その通りじゃよ」

「・・・私も、あんな風に役に立ってるんでしょうか?」

「今度の発電機の件は事務方をかなり助けたじゃろうよ」

「そうですかね」

「それに、研究班はお前さんのデータが頼りなんじゃろ?」

「・・・まぁそうですけど」

「出来る事で役に立てば、それで良いのじゃよ」

「・・・そっか」

「そうじゃ」

夕張と工廠長は互いに顔を見合わせると、ふふっと笑った。

「戻ります」

「うむ、高雄達が心配しておろう」

 

翌日の夜。

 

「ねぇねぇ、装備は何を持って行けばいいの?」

「んー、特に無いわよ。運が上がる物があれば良いけどね」

「まぁそうだよね」

夕張と島風が向かっていたのは、深夜の工廠だった。

研究室の向かいにある「会議室」と書かれた部屋。

普段誰も使う気配がないこの部屋に、今夜は明かりが灯っていた。

 

「はい天山!天山出ぇ~ました。隼鷹さんおめでと~うございます!」

ガチャリとドアを開けた途端飛び込んできたのは、不知火のこの声だった。

「不知火ちゃん!来たよ!」

「夕張さん、ご協力ありがと~うございます!おや、今夜は島風さんも御参加ですか?」

「うん!開発のアルバイトに来ました!」

アルバイト。

事務方が艦娘に出している唯一のアルバイトがこれである。

要するに深夜使われていない工廠を使って兵器開発を行うのである。

レアやホロ級の装備を出せば当たり、陸軍装備が出れば大当たりだ。

当たりのポイント数は前に一覧表になっている。

上手く開発出来ると不知火がマイクを前に褒め称えると言うわけだ。

「おっ、幸先良さそうね。じゃあ早速やりましょうか!」

「普通に開発すればいいんだよね?」

「そうよ。あ、ちょうど兵装開発装置が2つ開いてるわ!」

「行っちゃおっか!」

 

そして30分後。

 

「ハイ8cm高角砲出ぇ~ました!島風さんそのまま行ってくだ~さい!」

不知火が言う通り、島風は調子良くレア以上の兵装を幾つか出していた。

一方で夕張はというと・・

「あっれー、またペンギンだぁ」

「んふふん。島風、だいぶ儲かっちゃったよ!」

「いーわねー、私まだ1つも出してないよー・・・ソナー狙い過ぎかなー」

「じゃあ運を分けてあげるよ!」

そういうと島風は夕張の手をギュッと握った。

「・・・よし!」

手をつないだまま、夕張は開発のスタートスイッチを押したのである。

結果。

「三式!三式ソナー出ぇ~ました!夕張さんおめでと~うございます!」

「んふふん、これから頑張ってね!」

「よっし!もうひと頑張りしちゃいましょう!」

 

2時間後。

 

「毎度ありがと~うございました!」

不知火の声に見送られながら、二人は会場を後にした。

島風は上機嫌だった。

「結構くれるんだねえ。私4300コイン!」

夕張は涙目だった。

「うぅ・・どうせ1800コインよぅ・・・1万は稼ぎたかった・・・」

「1800コインだと・・・特上天御膳が食べられるね!」

「いや!あれだけ頑張ったのに1回の食事で終わりなんて切なすぎる!」

「美味しいよぅ特上天御膳」

「じゃあ島風ちゃんはそれで食べる?特上天御膳」

「うっ・・・天ぷら定食で良いかな」

「天定は200コインじゃない!」

「だって初めてのアルバイトの報酬だもん!大事に使うもん!」

「間宮アイスが36回も食べられるのよ!そっちの方が良いわ!」

「うん、そっちの方が良いね」

「だよねだよね!」

「・・・それはそうとさ、あんな不知火ちゃん初めて見たんだけど」

「え?そうだっけ?」

「無表情でクールなイメージだったのに・・・鼻つき眼鏡にラメジャケットなんて・・・」

「・・・あー、でもあれは、頑張ってるよね」

「明るくしようと必死だけど真面目な性格だから弾けきれてないというか」

「でもね、あの不知火ちゃんの不思議トーク、何故かあの場にマッチしてるでしょ?」

「うん」

「面白いよね。また行く?」

「うん!」

 

鎮守府の説明会から1カ月後、集会場。

 

「・・・以上により予算内に収まりましたので、給与カットは取り消しとします!」

わぁっと艦娘達は歓声を上げた。

夕張を褒める声もあちこちから聞こえた。なにせ節減策の主役である。

面と向かって沢山の拍手を受けた夕張は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

夕張はこの発表内容を前日の夕方に聞いていた。

文月が不知火を従えて研究室を訪ねてくると、内容を報告した上で、

「この件では夕張さんに大変なご協力を頂きました。些少ながら御礼をお持ちしました」

と、大きな風呂敷包みを置いて、深々と頭を下げて帰っていったのだ。

「なにかしらね~」

愛宕が皆の前でするすると包みを解いた。

「げっ」

何気なく愛宕がどかした物に、夕張の目は釘づけになった。

包みの中には鳳翔の店の菓子折り詰め合わせの箱が人数分入っていたが、その上には

 

ゼンマイ式の置時計

 

が乗っていたのである。

愛宕は夕張の硬直した顔に首を傾げ、視線の先の置時計を手に取ると、

「この時計がどうかしたの?夕張ちゃん」

「い、いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ」

摩耶が時計をコンと弾いた。

「なんかきったねぇな。ちょっと雑巾持って来るわ」

「あ、いや、あまり大事にしなくても良いかな・・なんて」

高雄は時計を受け取ると、あちこちから眺めまわした。

「折角の頂き物ですし、結構良い物ですよこれ。ゼンマイ巻いてみましょうか」

「あ、あの、動かすと音がうるさい・・ですよ」

鳥海が首を傾げながら夕張に聞いた。

「夕張さん、この時計をご存じなんですか?」

「し、知ってるどころじゃないわ。この時計は不幸を呼・・ぶとも言えないか、うーん」

「???」

島風が夕張をじっと見た。

「・・・」

「な、なに?」

「言いたいけど言えないって顔してる」

ぎくうぅっ!

「ちょっ、えっ、いや、あの、い、命に関わるの・・お願い聞かないで」

「ふーん、解った。で、夕張ちゃんはあの時計は見たくないの?捨ててこようか?」

夕張は数秒迷ったが、

「・・・ううん、ここに置いといてくれるかな。忘れないために」

といった。

その時、夕張のすぐ傍の窓ガラスから小さな影が消えたのを、研究班の誰も気づかなかった。

人影は研究室を離れながら、

「秘密は、守れそうですね」

と呟きながら、そっと立ち去った。

その時、スカートの裾からチラリと銃が見えた。

提督とお揃いの、ブローニング1910であった。

 




夕張と島風編、終了です。

実は私、この二人は非常に動かしやすかったです。
頭の中で勝手に物語が進んでいくのを見てピックアップする感じで書けました。
それくらい簡単ですが、あまり長いのは好まれないようなのでこの辺で。
ちなみに一番簡単なのは天龍組です。だから45話も書けたのです。
一方、全くストーリーが出てこないのが、実は金剛4姉妹だったりします。
キャラが強すぎるのかイメージが強すぎるのか、辛うじて榛名さんと比叡さんがショートショートで動かせるくらい。金剛さんは1シーン程度。霧島さんはもう全く出てこない。
暁4姉妹は夏休みに響とちょこっと動かしましたから金剛4姉妹よりは動かせますね。ほっといても勝手に動いてくれるフリーダム響さんのおかげでしょう。
今どこに居るのか良く解ってません。不思議度は青葉並。
不思議といえば私の鎮守府にお迎えしてない大鳳さんや雪風さんの方が動かせました。二人とも早く来てくれないかな。

さて。
第1章は46話、第2章は103話でしたが、第3章は現在123話。
気付いたらあの長かった2章を超えてました。

3章は皆様のご声援で始まり、ご感想を燃料に続けております。
第1章と第2章を合わせると149話なので、その位が潮時かなと考えてます。
アンコールで折り返しってのも書き過ぎかなと思うのですけど。
それに、後26話も皆様に見捨てられず行けるか解りませんが、そんな事を思ってますということで。
・・・とか言いながら感想に応えててあっさり150超えたりして。
ああやりそうな気がしてきた。

最後に。
感想を書いて頂いた全ての方に感謝しております。ありがとうございます。
1つ1つ何度も拝見しております。
ただ、返信として未来のネタをバラシちゃいそうなので個々の返事は致しておりません。
すみませんが何卒ご容赦願います。
この後書きを書いた理由ですか?
たまにはちゃんと感謝している事をお伝えしないと、と思いまして。
それでは、銀匙でした。


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弥生の場合(1)

あまり取り上げられてないよね、という事で睦月型の皆を描いてみました。



駆逐艦寮、現在。真夜中。

 

「・・んぅ・・・うぅ~ん・・・がはっ!」

弥生は真夜中にあまりの息苦しさで目が覚め、そして周囲を見回し、溜息を吐いた。

睦月の腕が自分の首の上に乗っている。

文月がうつ伏せで自分の腹の上に覆い被さっている。

毎晩のように起こされる身にもなって欲しいが、寝てる間の行動なのでどうしようもない。

この二人の寝相の悪さは鎮守府の中でも折り紙つきだ。

たまたま夏のキャンプで睦月と同室になった球磨が、

 

「夜中に鳩尾へ踵落とし食らって死にかけたクマ。殺気も感じないからフラ戦より怖いクマ」

 

という出来事があり、以来「球磨殺しの睦月」という徒名で呼ばれ、伝説になっている。

もちろん睦月自身は1ミリも記憶に無い。

「・・・んん~っ!」

起こさないようにそっと二人をどかすと、ふるるっと震えた。

寒い。掛布団はどこへいった?

首を動かした範囲では見つからなかったので、仕方なく半身を起こした。

そう、出来れば起こしたくなかったのである。

 

弥生は東雲によって深海棲艦から艦娘に戻った者の一人である。

深海棲艦の頃は同じく深海棲艦だった陸奥が率いる戦艦隊で、研磨班として働いていた。

一番最初から陸奥に習っていたし、陸奥からセンスが良いとよく褒められた。

艦娘に戻る時も陸奥と一緒に最後まで研磨作業を続け、沢山の宝石を売った。

仲間が去る時の路銀にする為にである。

艦娘に戻った後も、提督の計らいで陸奥と一緒に小さな工房で宝石を磨いている。

戦艦隊の仲間が文字通り山と積んでくれた原石から、月に1籠分だけ取ってくる。

そして陸奥と半分ずつ分け合い、1ヶ月かけて1つ1つ調べては磨くのだ。

 

会社として厳格に運用するビスマルク率いる白星食品とは違い、陸奥は経営の関心は薄かった。

だから二人は提督の鎮守府に所属する普通の艦娘であり、寝食も鎮守府内で行う。

そして空き時間があれば借用した工房で過ごして良いという許可が出ている、という形だった。

実際は長門も提督も陸奥と弥生の職人としての才覚を知っていたので、

「二人で週に1日だけ演習に顔を出し、後は好きにしなさい。非常時は手を貸してくれ」

と、言われていたのである。

ちなみに陸奥は第1艦隊の6番艦を務める実力者だが、第1艦隊の召集そのものが少ない。

ここ1ヶ月を振り返っても大鳳組との仮想演習戦に1時間ほど駆り出されたくらいだ。

極めて特殊なソロル鎮守府だからこそ成り立つバランスであった。

 

そんな弥生は部屋に来たばかりの頃は、驚き半分怒り半分で勢いよく睦月と文月をどかしていた。

だが、床を数回ほど転がり、目覚めた二人は

「姉としてみっともない所をおみせいたしましたにゃ~、私とした事が情けないですにゃ~」

「ふみぃ~、申し訳ないのです~。今回の、むにゃ・・睡眠妨害に・・つきまして・・」

と、起きてるとも寝てるともつかない様子で詫びの言葉を紡がれ、こちらが寝るに寝られない。

しかも話してる相手の方は翌朝、

「へっ?そんな事言いましたっけ?」

と、ケロッと忘れている。

つまり自分の睡眠時間を削られるだけだと気付いた弥生は、以来そっとどかすようになった。

 

そして現在。

「・・・ええと」

弥生が部屋を見回すと、自分の掛布団は皐月がしっかり抱え込んでいた。

「・・・・」

ああなると引っぺがすのは本当に骨が折れるし、皐月自身の掛布団は皐月の下敷きだ。

どうしたもんかと首を捻っていると、腰の辺りにぽすっと小さな衝撃が走る。

振り返ると文月がいつのまにかこちらに足を向け、片方の足の先が自分の腰に当たっていた。

もう片方の足は先程まで弥生が寝ていた枕の上に乗っている。

「はぁー・・・」

またそっとどかさない限り、もう横にもなれない。

だから身を起こしたくなかったのである。

最初は昔別れ別れになった姉妹と同じ部屋で一緒に過ごせる事をとても喜んだ。

今も嬉しい事は嬉しいが、それは相手が起きてる時に限らせてもらいたいと思う。

「・・怒ってなんかないよ、怒ってなんか・・」

湧き上がる何かを抑えた弥生は、そっと立ち上がった。

そして部屋の入り口に転がっていた睦月の枕を拾いながら廊下に出た。

廊下は月明かりで青白かった。

窓の外を見ると、満天の星空と月が見えた。

「・・綺麗」

弥生は深海棲艦の頃から、星空を見るのが好きだった。

月は細い三日月が好きだった。その方が星が良く見える気がしたから。

でも月の無い晩は暗すぎて嫌だった。

今夜は丁度、弥生好みの三日月だった。

「・・また起こされたのか?」

弥生が声の方を向くと菊月が居たのだが、弥生は息を飲んだ。

「・・菊月」

「なんだ?」

「お願いだから顔にきゅうりパックしたまま出てこないで。心臓が止まる」

「海の上の紫外線は強いから寝ている時の手入れが肝心だと扶桑が言ってたんだ」

「妹のパック顔を見たのが死因なんて嫌」

「まったく、わがままな姉だ・・・」

ペリペリときゅうりを剥がす菊月を見ながら弥生は考えた。

私もきゅうりパックした方が良いだろうか?

だがすぐに思い直した。1日中室内で研磨作業をしてるのだから紫外線も無いだろうと。

「で、また起こされたのか?」

菊月の問いに弥生は肩をすくめて頷いた。

菊月は溜息を吐くと、睦月部屋の引き戸を少しだけ開けて覗き込み、振り向いた。

「・・・文月はなぜ逆立ちしたまま寝てるんだ?」

弥生は首を振った。

「私が居た時はうつ伏せで寝てた」

「文月と睦月の寝相はもはや曲芸だな・・弥生」

「ん?」

「提督に頼んで部屋を変えて貰ったらどうだ?毎晩ではしんどいのではないか?」

「・・・睦月達が、傷つく」

「事実だから仕方ないだろう」

「それに、睦月達と昼間を過ごすのは、楽しい」

「・・・そうか」

「うん」

「なら、今夜もうちの部屋で寝れば良い」

そう。

この鎮守府で睦月型は睦月、文月、皐月、菊月、三日月、望月、如月、弥生が居る。

本来、同型艦は1部屋が基本だ。

しかし、4人定員の部屋であり、7人目として睦月が着任した時点で割り当てられた二部屋の一大部屋替えを実施。

そして寝相の極めて悪い睦月と文月、それに何故か2人の攻撃をかわせる皐月が合部屋になった。

もう1部屋は菊月、三日月、望月、如月の4人が入り、その時は平和だったのである。

しかし、そこに一人遅れて着任した弥生が睦月部屋に入って一人負けしているのが現在だ。

駆逐艦寮は人数が多く、部屋もギリギリで運用している。

他の鎮守府に比べれば部屋は広いが、畳部屋で昼は勉強部屋、夜は布団を敷いて寝る構造だ。

軽空母以上は1人1ベッドで机も置いてあるし二人部屋だ。大層羨ましい。

「海の見えるベッドがいいなー、レディの嗜みよねー」

とは某暁型駆逐艦の台詞だが、弥生が激しく頷いて同意したのはそういう事だ。

「さ、入れ。遠慮は要らぬ」

弥生が菊月達の部屋に入ると別世界が広がっていた。

皆きちんと掛布団を被って寝ているのだ。

「枕は持って来たか?」

弥生は菊月の問いにこくりと頷いた。

「なら、もう寝よう」

菊月の布団へ一緒にもぐりこんだ弥生は、ことりと眠りに落ちて行った。

菊月は弥生の寝顔を確認すると、うむと頷いた。

弥生が睦月部屋になると聞いた菊月は、ずっと弥生の事を心配していた。

相部屋だった時、菊月が一番文月の洗礼を受けていたからである。

睦月部屋の引き戸は開け閉めするときゅいっと音が鳴る。

夜中に開けるのは起こされた弥生だけなので、その音がすると迎えに行く。

でないと弥生は朝まで廊下に座って空を見つめている。

遠慮しなくて良いと言ってるのだが、誘わないと入って来ない。

「まったく、手のかかる姉だ」

菊月もまた目を瞑った後、すぐに静かな寝息を立て始めた。

 

 




一部矛盾した点があったので書き換えました。


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弥生の場合(2)

陸奥の工房、昼。

 

眠い。

工房の自分の席で、弥生はしょぼしょぼする目をそっと擦った。

寝不足が最近積み重なってきている。

宝石は中には1cm近い大きさの物もあるが、大概は2mm程度の粒である。

従ってほんの少し手元が狂えばカットの仕上げが悪くなるし、一切取り返しがつかない。

むんと気合を入れ、眉間に皺を寄せる。

その方が眠気が飛ぶような気がするからだ。

それでも、今日のノルマは楽なものにしようと思った。

見学者に渡すお土産用のキーホルダーを補充しておこうか。

あれなら大きいし、宝石にならないと判断した原石を動物の形とかに磨くだけだ。

サファイアのカットに比べれば失敗しても笑って済ませられるし、磨く練習にもなる。

最近、毎週のように深海棲艦の見学会が開かれる。

いっぺんに何十体も来る訳ではないが、足りなければ可哀想だし、多めに用意してあげたい。

電動砥石を動かし、ストーンの研磨に入って行く。

荒研ぎまでは先日済ませてあるが、今日の出来も仕上がりを左右する大事な工程だ。

1つ、また1つと削って行く。

ドルドルドルという回転音は単調で眠気を誘う。

眠い。

その時。

 

カランコローン、カランコローン。

 

入口に吊るしてあるドアベルが鳴った。

弥生が電動砥石のスイッチを切って振り向くと、羽黒が立っていた。

「あ、あの、お出かけ用に小さなブローチが欲しくて、その」

陸奥がにこりと微笑んだ。

「それなら弥生が幾つか作ってたわ。見てみる?」

「あ、はい。お願いします!」

弥生は作っていたブローチをケースごと盆に載せると、羽黒の近くのテーブルに持って行った。

「わぁ、可愛い」

羽黒は楽しそうにブローチを眺めていたが、弥生が眉間に皺を寄せてるのに気付いた。

「・・・あ、あの、何か気に障るような事してしまいましたか?」

「弥生・・怒ってなんかないですよ?」

「ご、ごめんなさい」

「だから・・怒ってないんですって・・もう、そんなに気を遣わないでください」

陸奥は首を傾げた。

弥生は確かに普段から無表情だが、今日はかなり怒ってるように見える。

羽黒が怯えるのも解らなくはない。

 

「あら、あらあら」

陸奥は羽黒が帰った後、弥生に訳を尋ねた。

弥生はしばらく躊躇っていたが、やがてぽつぽつと寮の近況を話して聞かせた。

陸奥は同情的な眼差しで答えた。

「幾ら文月ちゃんでもお腹の上に乗られたらしんどいわよね」

弥生は黙って頷いた。

「確かに部屋割り上は仕方ないんだけど、毎晩だと仕方ないでは済まないわよね」

「・・・でも、睦月達とお喋りするのは、好きなんです」

「同じ部屋だからこそ喋れるって事はあるものね。私も長門と同室だから解るわ」

「・・一人部屋は、きっと寂しいと思う」

「そうね・・・部屋は一緒だけど安眠を確保する方法、か」

「・・わがまま、かな」

「そんな事は無いわ。きちんと寝る事は大切よ」

「・・・」

「で、昨夜はそのまま寝直したの?」

「いえ・・・隣の菊月が寝床を貸してくれたので、一緒に寝ました」

「それは初めて?」

「いえ、何度か貸してくれてます」

陸奥はポンと手を打った。

「じゃあこんなのはどうかしら?」

 

「別に、構わないぞ」

夕食の後、弥生は菊月達の部屋を訪ね、菊月に陸奥から聞いた策を打ち明けた。

起きてる間は睦月部屋に居るが、寝る時だけこっちで寝かしてもらえないか、という事である。

先に相談した睦月も薄々自覚していたので、

「その方が良く眠れるなら、夜だけバイバイですね~」

と言ってくれたし、文月や皐月も

「寝てる間に迷惑かけてしまってごめんなさいです~」

「僕もどうやって攻撃を避けてるのかさっぱり解んないからね、力になれなくてごめんね」

と、気持ちよく送り出してくれたのである。

 

その夜。

布団をえいこらさと抱えて来た弥生は湧き上がる安堵感に自分で驚いていた。

こんなにも安眠を楽しみにしていたのか、と。

「お、お邪魔・・します」

「皆の布団は窓側に寄せておいた。布団一組はそこに何とか入る筈だ」

弥生は頷いた。多少布団が入りきらなくても全然問題無い。解決出来る物の方が遙かに大きい。

気持ち的には寝袋でも構わないくらいだ。

「ありがとう、皆」

弥生がぺこりと頭を下げると、如月がニコニコして言った。

「同じ睦月型の姉妹なのですから遠慮は要りませんよ。さ、皆も目覚ましをかけましたね?」

菊月がチラッと如月の目覚ましを見て、パチンとスイッチを上げた。

「あ、あら。言ってる本人が上げてないのはダメですね」

「構わない。助け合えば良い」

「では皆さん、おやすみなさいませ」

「おやすみ」

「うむ」

「・・おやすみ」

弥生は安堵と共に1つ大きく深呼吸をすると、あっという間に眠りに落ちて行った。

 

「ひえぇぇえええ・・・遅刻!遅刻ですにゃ~ん!あれ~!?」

隣の部屋の絶叫で目が覚めた菊月は、もぞもぞと枕元に置いた時計を手に取った。

睦月姉はたまに寝ぼけて夜明け前なのに遅刻だとか騒ぐ事があるからだ。

布団の中に引っ張り込んだ時計を見た途端、菊月は目をパチパチさせた。

「・・・なっ、なにっ!?」

何度見ても朝食時間終了5分前。普段起きる時間を55分も過ぎている。

食堂までは全速力で走っても5分かかる。食べる時間が無いからもう無理だ。

菊月は必死に記憶を辿った。

昨晩もいつも通り、皆で確認して目覚ましを掛けた・・筈だ。

自分のアラームスイッチも確認したし、如月のアラームをONに上げたのも覚えている。

だが、時計のアラームボタンはしっかりオフになっている。いや、それどころじゃない。

「み、みんな!起き・・・・」

がばりと布団を開けた菊月は、かくんと顎が下がった。

そこには望月の目覚ましに手をかけたまますやすやと眠る、文月の姿があったからだ。

 

「ごちそうさまでした~」

 

睦月型全員大寝坊で朝食を食べ損ねるという珍事に宿直当番だった神通は溜息を吐きながら、

「さすがに、これは提督に報告しないとだめですよ・・」

と言い、全員で提督室に出頭するよう命じた。

そのまま提督室に向かい、睦月と菊月が事情を説明して謝ったところ、提督は苦笑しつつ、

「珍しいなあ。間宮に何かないか聞いてくれないか。少しでも食べないと辛いだろう」

と、特に咎めもせず、本日の秘書艦である扶桑に命じた。

そして応接コーナーで、睦月達は卵かけごはんを2杯ずつ食したのである。

睦月達は駆逐艦の中でも燃費が良いので、これでも十分お腹一杯になるのである。

どこかの誰かさんに聞かせ・・いえ、なんでもありませんよ赤城さん。

 

 



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弥生の場合(3)

提督室、睦月達が大寝坊した日の午前中。

 

「それにしてもなぁ・・文月は寝ぼけて隣の部屋まで行くのかい?」

睦月達が食べ終えた頃を見計らい、笑いを噛み殺しながら提督は文月に尋ねた。

文月は耳まで真っ赤になりながら

「そ、それが、本当に覚えてないんです。気付いたら菊月と如月の間で寝てて・・」

菊月は眉をひそめた。

「間というか、上というか、な」

如月は苦笑しながら、

「横切ってましたね、私達の上を」

「はうぅぅうぅぅぅううぅう」

その時、弥生は頷いた。

「私、文月が真夜中にラジオ体操してるの、見た」

「ふええええっ!?わっ、私がですか?」

「睦月も、片足立ち、してた事がある」

「恥ずかしいです~っ!?」

提督はポリポリと頬を掻くと、

「良く踏み潰されずに寝てるね、弥生と皐月は」

と言ったので、弥生はついに

「潰されて・・ます」

と、小さく告げた。そこに菊月が

「毎晩のように起こされていて困っているらしい。何とかならないだろうか?」

と、口添えした。

提督はふーむと腕を組むと、

「ゆっくり寝られないのは可哀想だね。弥生はどうしたい?希望を言ってごらん」

と尋ねた。

「あ、あの、ベッドは・・だめ?」

弥生がおずおずと尋ねると、提督はしばらく考えたのち、

「ベッドは・・寝相悪いと落ちるよ?」

「はううううぅっ!」

睦月と文月が頭を抱え込むのを、レアな絵だなと提督は苦笑しながら眺めていた。

文月にも苦手な物があったんだなあ。可愛いけど。

「弥生は寝相良いのかな?」

菊月が頷いた。

「大丈夫だ。落ち着いて寝てる」

「皐月は?」

「僕も大丈夫。たまに他の人の布団を取っちゃうけど」

「うーん・・それなら、背の高いベッドを2つあげようか?」

「・・どういう・・こと?」

「弥生と皐月は、ハイベッドの上で寝る。文月と睦月は畳の上で布団を引いて寝る」

「!」

「ベッドの下が使えるなら昼間も困らんだろう。弥生達は安眠出来て、文月達は今まで通りだ」

「ほ、本当に、ベッドなんて・・も・・貰っちゃって・・良いの?」

「木製なら工廠長に頼めばすぐ作ってくれるだろ。扶桑、頼んでくれないか?」

「解りました」

 

その日の夕方。

遠征から帰って来た暁4姉妹は、駆逐艦寮の前で作業している工廠長を見つけた。

「何してるのです?工廠長さん」

「おや電か。提督に頼まれての、ベッドを作ってるんじゃよ」

「ここは駆逐艦寮よ?近くで作らないと運ぶの大変じゃない?」

「ん?弥生と皐月の分なんじゃが・・・」

数秒の沈黙の後。

「え・・ええー!羨ましいのです!」

「べっ、別に羨ましくなんか・・羨ま・・羨ましいわねこんちくしょう!」

「ハラショー。寝心地が良かったら私達も陳情しよう」

「結構高いわね!飛び跳ねたら天井に当たるかもね!」

そこに弥生がやって来た。

「な・・何の・・騒ぎ?」

「凄いじゃない弥生!一体どうやってベッドなんて手に入れたの?」

弥生は数秒考えた後、

「文月と、睦月のおかげ、かな?」

と言った。

「ねぇねぇ、寝心地がどうだったか明日教えて!」

「いい、けど」

「約束よ~!」

「さて弥生、部屋の準備は出来たかの?」

「はい」

「じゃ、運び込むかの」

 

「わぁい!僕もベッドなんて嬉しいなぁ」

「・・・」

弥生は声こそ出さなかったが、皐月と同じ位喜んでいた。

皆と離れ離れにもならず、一緒の部屋で、安心して眠れる。しかも憧れのベッド生活!

「いい、かも」

「邪魔するぞ」

「あ、菊月・・達。皆でどうかした?」

如月がひょこっと顔をのぞかせた。

「ベッドを見学しに来たんですよ」

 

「おっほー、ふかふかだねー!」

皆で順番にベッドの上で寝起きしたり、マットレスに手をめり込ませたりした。

「布団とはまた違った感触だな」

「う、うむ、寝心地は良さそうだが、ちと高くないか?」

菊月の指摘通り、背の小さな睦月型の面々には、ベッドの床が肩まで来る程の高さだった。

だが、そうでなければ下の空間で過ごす事が難しいので、仕方ないのである。

そして、如月がぽつりと言った。

「文月さん、睦月さん、ベッドごと投げ飛ばしたらダメですよ?」

睦月が顔を真っ赤にしながら

「そっ!そんな事しな・・・い・・・ように念じて寝る」

文月は

「気を付けます、としか言いようが無いですぅ」

と、小さくなった。

「さ、明日は寝坊しないよう、今夜はもう寝ましょうね」

如月の一声を合図に、睦月達はそれぞれの床についた。

 

弥生は夢を見ていた。

海は大しけで、四方に激しく揺れている。

艤装のおかげで海に立ってはいるが、掴まってないと転がり落ちそうだ。

「う・・うぅーん・・・うう・・・ん?」

ふっと目が覚めた弥生はぎょっとなった。

下に接地している感覚が無い。

「!?」

周囲を見回した弥生は状況を飲み込むと、顔から火が出そうになった。

弥生はハイベッドの周囲にある「柵」に手足を絡め、自らを宙づりにしていたのである。

そりゃあ揺れるわけだと溜息を吐きながら一旦降り、ベッドに戻ろうとして気付いた。

ベッドで睦月が大の字になって寝ている。

ふと思い返す。なんで私はベッドの「外」で寝ていたのだろう?

大体、いつも寝る前と目覚めた時の位置に大きな変わりはないし、布団も掛ったままだ。

状況から考えれば睦月が限りなく怪しいが、確実な証拠はない。

確実な事は、ベッドに戻れないという事だ。

弥生は溜息を吐くと、周囲を見回した。

皐月はベッドの上で寝ている。

文月は睦月の布団の上でうつ伏せになって寝ている。

なので文月の布団は空いている。

「よし」

弥生は文月の布団を自分のベッドの下に引きずり込み、そこで横になった。

真上に睦月というのはある意味ハイリスクだが、元の布団位置と違えば襲われにくい気がした。

そういえば、皐月は何故襲われないのだろう?

そんな事を考えながら眠りについた。

 

翌日。

 

「・・なかなか手ごわいわね」

弥生から経緯を聞き、そう言って眉をひそめたのは陸奥である。

「どうして宙づりになってたかは解らないわよね?」

「はい」

「逆に言えば、息苦しさとかも無かったって事ね」

「はい」

「皐月ちゃんは結局どうだったの?」

「朝まで寝てたそうです」

「襲われなかったのかしら?」

「本人は・・記憶はないと」

「そういえば、弥生ちゃんは畳で寝た後はどうだったの?」

「・・・・・あ」

「何?」

「襲われ・・ませんでした」

「あら?」

「宙づりに気を取られてました。そういえば下で寝た後、起こされなかったです」

「てことは、最初からそこで寝てみたら?」

「・・なるほど」

「眠かったりする?仮眠取る?」

「いえ、職場ですから」

「じゃあ、今日も仕事始めましょ。無理したらだめよ?」

「ありがとう、ございます」

 

その日の夕方。

「ふむぅ、なるほど。はい、私は全然構いません」

陸奥の工房での仕事を終えた弥生は、睦月に陸奥の提案を聞かせた。

睦月がベッドの上で眠り、弥生はベッドの下で寝る。

出来ればうまくいって欲しい!

 

 




誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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弥生の場合(4)

駆逐艦寮、現在。陸奥の提案を決行した翌朝。

 

「おぉおおぉおぉぉおお」

弥生はこの部屋に来て初めて、自分の目覚ましのアラーム音が鳴るまで眠れた。

ちょっと、いや、かなり感動した。

これでようやく皆と一緒に住みながら安心して眠れるんだと思いながら半身を起こした。

掛布団がかかったままだ!昨晩寝たままだ!

頭上の睦月は大丈夫だろうかと、そっと四つんばいでベッドの下から這い出した。

幾ら弥生の背が低くても勢いよく立ち上がればベッドの床に頭が当たる。

折角気分よく目覚めたのに、そんな失態を演じたくない。

「・・・・」

立ち上がって覗き込むと、睦月が眠っていた。

寝た時に比べれば頭と足の位置が逆になってるが、今までを考えれば些細な差だ。

そういえばと、弥生は部屋を見回した。文月はどこだ?

そして程なく、皐月のベッドの上で大の字になって寝る文月を見つけた。

皐月は同じベッドの隅の方で小さくなって眠っていたのである。

 

「んー、別に起きた記憶はないけどなあ・・朝まで寝てたよ」

起きた後尋ねると、けろっとした顔で皐月は言った。

弥生は少し考えた結果、1つの結論に達した。

皐月は攻撃をかわしていたのではなく、攻撃を受けても寝たまま対処していたのではないか?

皐月だけ襲われないのではなく、皐月は襲われても起きないのではないか。

それなら文月や睦月は二人に無差別に攻撃を仕掛けていた事になるから納得できる。

「そういう・・ことでしたか」

だが、それでも謎が残る。

なぜハイベッドの下で寝ると襲われないのだろう?

 

陸奥の工房に来た弥生は、早速陸奥に報告した。

「・・とりあえず、まずはおめでとう、よね!」

「あ、ありがとうございます。陸奥さんのおかげです」

「皐月ちゃんへの仮説もそれで合ってると思うわ」

「そう、でしょうか」

「ええ。で、私もやっぱりベッドの下で襲われない理由が解らないわ」

「はい」

「・・・カメラを付けてみたらどうかしら?」

「カメラ・・ですか?」

「理由が解ればすっきりするでしょ?」

「まぁ・・そうですね」

「研究班辺りに相談してみましょ?」

 

「真っ暗な中で一晩撮影したいんですか?」

夕張は書類作業の手を止めて陸奥達の話に聞き返した。

「ええ、そういうカメラないかしら?」

「ありますよ、何台必要ですか?」

「な、何台?」

「ええ。沢山要るって人も居るんで」

「どうする?2台くらい借りてみる?」

「・・・はい。じゃあ、2台で」

「OK。同じ機種が良いわよね・・・これで良いか。じゃ、説明するね!」

 

弥生は夕張から借りた2台のカメラを部屋に持ち帰ると、皆に説明した。

「そうですね。夜中に私達がどんな動きをしてるか興味があります!」

「変なシーンが写りこんでたらカットしてくださいね~」

「この部屋の皆で見たら、あとは消すから、心配しないで」

「じゃあ良いですよ。2台あるんですよね。どこに置きましょうか?」

「1台は、私の、枕元から、足元に向ける」

「それが主目的ですからそれで良いですよ。もう1台はどこにしましょう?」

「じゃあ、僕のベッドの上に置いとく?」

「そうですね!今夜も文月さんが登るかどうか解んないですけど!」

「ほんとに覚えてないんですー」

「じゃ・・・これでセット完了。後は電気を消せば、録画開始」

「暗視カメラの映像ってどんな風に写るんだろうね!楽しみだよ!」

「明日は皆お休みですから、そのまま再生してみましょう」

「じゃあ寝ましょうか」

「お休みー」

 

そして、翌朝。

 

弥生は再び、アラームの音で目覚めた事に感動していた。

間違いない。2日続けて邪魔されなかった!

弥生はベッドの下からすいっと抜け出ると、3人の居場所を探した。

・・・・睦月が寝ていたベッドで文月が寝ている。

睦月は皐月のベッドで寝ている。

皐月はベッドとベッドの間でくの字になって寝ている。

これは凄い絵が取れてそうな予感!

 

朝食を急いで取り終えた睦月達(隣室の菊月達も)は、睦月の部屋に集まった。

そして弥生の枕元にセットしたカメラから再生したのである。

最初の2時間程は、特段動きは無かった。

 

が。

 

2時間半ほど経った時点で、文月が突然むくりと立ち上がった。

「!?」

釘付けになる文月、興味津々の面々。

画面の中の文月は、突如奇妙な行動を始めた。

それはゾンビが踊る盆踊りのような、奇妙な奇妙な踊りだった。

「な・・何してるんでしょう・・」

「鼻提灯膨らませてるって事は・・寝てるんだよ、な」

「予想以上に激しい動きをしてましたね」

やがて踊り終えたように動きが収まると、てぽてぽと辺りを歩き回りだした。

そして弥生の寝てる方に迫ってきた!

「ああっ!弥生危ない!」

が、しかし。

 

 ガイン!

 

文月は見事にハイベッドの枠に肩を打ちつけると、反対側にどたりと倒れた。

「そうか・・中腰になるほど器用には動けないんだな」

菊月がぽつりと言った。だが。

「おっ、ね、ねえ、はしごを掴んだよ?」

「・・登り始めましたね」

文月が弥生のベッドに上り、カメラから見えなくなった直後。

 

どすん!

 

「あ」

「睦月ちゃん・・投げ飛ばされたんですね」

「明らかに自分の意思じゃなく放り投げられたって軌跡だったな」

「文月・・本当に寝てるのかこれ?」

「全く記憶に無いです!」

「すごいですね。寝たままここまで動けるなんて」

 

そして。

 

「あ、睦月が立ち上がった」

「皐月ちゃんのベッドの方に行くよ・・・」

「あ、あ、カメラの死角に!」

 

その後も念の為という事で最後まで再生したが、時折弥生の寝返りが見える位だった。

 

「じゃ、じゃあ、もう1台のカメラだね」

「睦月ちゃんがどうやって皐月ちゃんを投げ飛ばすのか!」

「ぼ、僕、寝てる間に何されたんだろう・・」

「では、再生しますね」

 

皐月の枕元に置かれたカメラは、睦月が投げ飛ばされるまでは平穏だった事を示していた。

しかし。

 

「うわ!睦月ちゃんが鼻提灯膨らましながらベッドのはしご登ってくる!」

「赤外線でアップはこわっ!一種のホラーだよこれ!こわっ!こわああっ!」

 

だが、次の展開は全員の意表を突く物だった。

 

「あ」

 

睦月がベッドに入り込んできて寝息を立て始めると、皐月はむくりと起き上がったのだが。

 

「あれ?起きてる?」

「目開けてるよ?ほら、目をこすってる」

「えっ!?僕全然覚えてないよ?」

 

画面の中の皐月は睦月に布団をかけると、そのままそっと梯子を下りて行った。

足音がしないのを見ると、そのままベッドの間で寝たらしい。

 

 

 



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弥生の場合(5)

駆逐艦寮、現在。録画した映像を見終えた直後。

 

如月が言った。

「皐月さんは完全に目を開けてましたわね」

望月も頷いた。

「布団かけてたしな」

睦月も頷いた。

「足元確認してからはしご降りて行きましたし」

三日月が言った。

「あれは起きてるでしょ?どう考えても」

皐月は眉をひそめた。

「だって!僕本当に覚えてないよ!」

文月は腕を組みながら言った。

「覚えてないけど起きてるって事なんでしょうね」

弥生はしばらく考えていたが、ぽつりといった。

「物凄い、気遣い、ですね」

菊月が言った。

「睦月達の過酷な洗礼を受け続けて進化した、という事か。それにしても」

睦月達が一斉に向いた先は、文月だった。

「・・・・へっ?」

「踊るのはともかくとして、寝てる人を投げ落とすのは・・なぁ」

「幾らなんでも危険じゃねーの」

「で、でも、本当に覚えて無くて・・・」

「睦月がどうして無事で居るのかがむしろ不思議なくらいですわ」

「今の時点で痛くないの?睦月ちゃん」

「全然どこも痛くないですよ?平気です」

「睦月・・・タフだな」

「タフって言うか、そこまでされたら起きようよ」

「えー」

「それにしても、弥生の安眠を守っていたのがベッドの枠だったとはな」

「確かに中腰にならないと入って来れませんものね」

「なんか、ゲームで低能のゾンビを相手に無双プレイするやり方みたい」

「・・なんか皆さん酷くないですか?」

「やってる事が酷すぎるでしょうが!」

「ひうっ・・だって、本当に寝てる間なんですもん」

その時、弥生が言った。

「・・・結果的に、文月と睦月は、ベッドの上で寝た後は、大人しい」

菊月も頷いた。

「そうだ。私もそれは思った。最初から二人がベッドの上で寝てれば良いのではないか?」

「へっ?」

「無意識に、上で寝たいと思っていたのではないかと思ってな」

「・・・なるほど」

「今夜だけ、試してみたらどうだ?カメラ付けて」

「今度設置する時は部屋全体が見える位置に1台置きたいね!」

「そうですけど・・どこに置きます?」

「天井の角とかどうかな?あの辺りなら置いておけそうじゃない?」

皐月が指差したのは天井と箪笥の隙間だった。

「なるほど。高い所から撮れば全体が良く解りそうだ」

「で、もう1台は菊月達の部屋に置いとこうよ!」

「わ、我々の部屋か?」

「うん!」

「我々の方は何も無いぞ・・・」

「無きゃ無いで良いじゃん!意外な発見があったら面白いじゃん!」

如月は肩をすくめた。

「まぁ・・良いですけど。明日もお休みですし、今夜やってみましょうか」

 

翌朝。

 

「んじゃ、まずは僕達の部屋からだね!」

そういうと皐月は再生ボタンを押した。

「・・・お」

「文月ちゃん、今夜は静かなスタートですね」

「睦月ちゃんも静かだね」

「床で寝てる皐月ちゃんが、今寝返りを打ったね」

「掛布団を巻き取って抱き枕にしたね」

「布団・・・物凄い圧縮かけてない?」

「締め落とす勢いだよね」

「圧縮袋に入れてもああは縮まらない気がするよ?」

「あ」

「や、弥生ちゃん?ダメだよベッドの下から出て来たら!」

「ゾンビに襲われるよ!」

「もしかしてそのゾンビって、睦月と私の事ですか?」

「・・・あ、お手洗いに入った?」

「弥生ちゃん、記憶ある?」

「・・・全く、無い」

「あ、帰って来た」

「はやっ!入口からベッドまで一直線!」

「しかもベッドの枠に頭ぶつけてない!」

「寝たまま中腰になれるの?さすが弥生ちゃんね!」

「・・そんな事で褒められても・・嬉しくない」

 

そして映像はこの後特段のハイライトも無く、終わりを告げたのである。

 

如月が大きく頷いた。

「・・・凄いわ」

「何がだい、如月?」

「二人をハイベッドの上で寝かせると徘徊癖が無くなるのね!」

「は、徘徊癖・・」

「確かにそうですけど他に言い方が無いでしょうかと・・」

「これで弥生ちゃんの平和が確保されるわね!」

「え、ええと、僕の平和も確保されるよ・・」

「じゃ!これで終わりにしましょうか!」

頷く菊月達。驚く文月達。

「ええっ!?」

「こ、これから菊月達の部屋の様子を・・」

「弥生さんの問題も解決したし、もう充分じゃないですか!」

「・・・往生際が、悪い」

如月がぎくうっと固まったのに対し、睦月が笑顔で話しかけた。

「さ、早く見ましょ?」

菊月がごくりと唾を飲み込んだ。

「さ、み、皆、準備は良いか?」

「何の?」

「訂正。覚悟はいいか!」

「なんでそんなに緊張してるの菊月ちゃん?」

「万が一!万が一恥ずかしい映像が写っていたらと思うと!」

「大丈夫だって。文月ちゃんを抜くのは相当難しいから」

「・・それもそうか」

「ふええええっ!?」

「さすがに寝たまま変な踊りを踊って人を投げ飛ばすのに比べたら」

「いっ!言わないでください!」

「・・そうね。そうよね」

「よっし!じゃあ再生するよ!」

皐月が再生ボタンを押した。

「・・・皆、行儀良く寝てるなあ」

「ですね」

「・・・一時停止してるわけじゃないよね?」

「ちゃんと再生してるよ?」

「・・ほんとに動かないね」

そっと如月が溜息を吐いた時だった。

「あ」

「えっ?何してるのこれ?」

「起きたのは・・如月ちゃん?」

「ええっ!?」

「あ、三日月ちゃん起こしてる・・・」

「三日月ちゃん記憶ある?」

「ないです!あれっ!起きてる?!・・・あれれっ!?」

「望月と菊月も起こしてるね・・・二人とも覚えてる?」

「おっ、覚えてないわよ!」

「知らぬ!一切知らん!」

「あ、4人とも立った」

「円陣・・組んでるみたい・・・」

「あ、一方向に向いた」

「何するんだろう・・あ、前の人の肩に手を置いた」

「・・ぐるぐる回り始めたね」

「菊月ちゃん鼻提灯膨らませてるね」

「てことは完全に寝てるのに規則正しく周回してるって事?」

「凄いねえ。何というか、さすが菊月って感じ」

「何がさすがなんだ何が!」

「まあまあ、菊月さん落ち着いて」

「文月!何をニヤニヤしている!」

「えっ、だって、お仲間・・・」

「仲間じゃない!仲間じゃなああああい!」

「あ」

「一斉に止まったね」

「うわ、そのまま揃って布団入ったよ」

「・・・・また静かになった」

「も、もう1回あるかな?」

「もう夜明けですからねえ・・」

そのまま再生が終わるまで見続けたが、後は微かに寝返りを打つのみだった。

皐月が停止ボタンを押した。

満面の笑みを浮かべた文月と睦月に対し、打ちひしがれた表情の如月達。

睦月が引導を渡した。

「私達、仲間ですねっ!」

「いやあぁぁああぁぁあぁぁああぁあ」

その時。

 

ガンガンガンガン!

「何ですか何ですか?何の話ですか~?」

窓ガラスを叩きながら問いかける青葉の声に背筋が凍る程の冷たい笑顔で応じる文月と如月。

「ひっ!?」

「一切、黙秘いたします~」

「この事に触れたら・・・ソロル新報は速攻で廃刊にします~」

青葉は余りの迫力にだらだらと冷汗をかくと

「失礼いたしました~!」

と走って逃げて行った。

「これは、睦月型姉妹の秘密だよ」

「うん。外に漏らすべからず。自滅したくないよね」

「ぽろっと言わないように気をつけようぞ」

「あ、皐月、カメラから映像消しておいて」

「はーい」

 

こうして自分達の部屋で何が写っていたか、睦月達が語る事は一切無かったのである。

 



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弥生の場合(6)

 

睦月達が自分達の夜の秘密を知った1週間後。駆逐艦寮の廊下。

 

「・・・睦月、やっぱりあの事、提督には話しておきたい」

朝食後、部屋に戻ってきた弥生は睦月にそう告げた。

「皆の合意が要りますにゃ~ん」

「今ならまだ、皆部屋に居ると思う。聞いてみたいけど、良い?」

「良いですよ~」

 

「提督に打ち明けるのは、構わない」

弥生の提案に対する口火を切ったのは菊月だった。

「まぁ、提督は口を割らないと思うんだけど、さ・・」

望月が頬杖を突きながら言った。

「気になるのはその日の秘書艦の方、たまたま提督室を訪ねてきた方、あと・・」

如月が指を数えながら言う。

「強運の青葉やパパラッチで稼ぐ面々が提督棟周辺に居る場合も脅威ですね」

三日月が如月の言葉を継ぐ。

「そういう意味では、提督室には大きな脅威があります」

皆に一斉に見られながら、文月は先を続けた。

「盗聴用のコンクリマイクです」

皐月は目を見開いた。

「ええっ?何でそんな物があるの!?」

「青葉組が仕掛けていて、さらに、ほぼ24時間聞き続けてます」

弥生はしばし考えてから、口を開いた。

「提督にだけ、伝えるのは、皆、良い?」

弥生を囲んだ面々はこくりと頷いた。

「じゃあ、提督にだけ伝える作戦を、練りましょう」

皐月が頷いた。

「まずは部外者の排除だね。一番少ない時を狙おうよ」

 

 

「・・・提督棟周辺、人影無し。クリア」

「菊月さん、マイクの傍受電波から室内音は取れますか?」

「まだダメだ。秘書艦と会話している。これでは録音だと気付かれる。静寂で1分欲しい」

「こちら皐月、今、秘書艦の外出を確認。スケジュール通りだよ」

「了解。菊月さん、静寂を確認して録音を始めてください」

「あぁ、解った」

「赤城さんが帰ってくんのは最短30分だよね?」

「道の途中に30分食べ放題のチケットを撒いといたけど、上手く引っかかるかなあ?」

「帰りが早ければ屋内戦を始めねばなりませんね」

「赤城を大破させる事は、避けたい。赤城の食い意地に、賭けます」

「まぁ、他ならぬ赤城だからな。それにしても、枚数はあれで良かったのか?」

「はい。3枚でなければダメなんです」

「いずれにせよ最短の可能性はあるし、菊月の準備が済み次第提督棟に突入しよう」

「警護組は言葉による警告と警告砲撃に留めろよな。殲滅攻撃や遠方狙撃は禁止だよ」

「解っていますよ。皆、打合せ通り催涙弾頭に換装していますね?」

「炭疽菌、マスタードガス、戦術核、炸薬榴弾等の実弾は禁止だぞ?確認したか?」

「えっと・・うん、大丈夫。催涙弾だよ」

「・・・よし、提督室内音の偽装音、準備完了だ」

「コンクリマイク発信機は給湯室の戸棚の中です。電源を遮断するのは偽装音発信後ですよ」

「解っている。長月ほど完璧ではないが、大丈夫だ。任せておけ」

「それでは準備完了、ですわね」

如月の言葉に睦月が頷いたのを見て、弥生はすうっと目を細めた。

「良い?睦月、望月、行くよ。弥生、出撃します!」

建物の影を伝い、周囲を警戒しながら一丸となって動く弥生達。

提督棟にたどり着くと正面玄関の扉をそっと開け、中を確認した弥生は菊月に頷いた。

菊月はクレープゴムを巻きつけた靴で音も無く階段を駆け上がった。

そしてそのまま提督室隣の給湯室に入ると、戸棚の1つをそっと開いた。

隅の方にコンクリマイクを見つけ、マイクにつながれた発信機から出る実際の音を傍受した。

カチッ、コチッ。

提督室の時計音以外に音は無い。丁度良い。

タイミングを合わせ、用意した室内偽装音の電波を発信すると、コンクリマイクの電源を切った。

靴のクレープゴムを外しながら肩につけたデジタル無線機を握った。

インカムはパパラッチに盗聴される恐れがあるから使わない。

「菊月、所定を完了した」

提督棟の1Fが無人だと確認した弥生達は菊月の声に頷き、主砲を構えたまま階段を登った。

 

 

コン、コン。

「どうぞ~・・・おや、どうした?」

本日の秘書艦である赤城は用事で外に出していたので、提督は自分で返事をした。

その声に応じるように睦月と文月が入って来たので、提督は首を傾げたのである。

この二人が揃ってくるのは珍しい。

 

「あ、あの、頂いたベッドの件でご報告をですね」

「ん?皐月か弥生がベッドから転げ落ちたかい?」

「い、いえ、それが・・」

スカートの裾を握ってもじもじする睦月を見て、提督はポンと手を叩き、

「他の皆もベッドが欲しくなったのかい?追加するなら構わないよ」

と言った。

益々赤面する睦月を見かねた文月が意を決したように、

「・・・提督にだけ、恥を忍んでお話ししま」

と言いかけたが、提督は自分の唇に人指し指を当てながら文月を手招きし、手元のメモ帳に、

「壁に耳あり、庄司にメアリー」

と書いた。

文月はぶふっと一瞬笑ったが、すぐに頷きながら、

「その辺りは、対策済です」

と言いながら、指をパチンと鳴らした。

それを合図に望月と如月が入ってくると、踵を返し部屋の中から廊下に主砲を構えた。

皐月と弥生は身を屈めて2カ所それぞれ窓の傍に移動し、同じく主砲を構えつつ外を窺う。

菊月は部屋に入ると逆探知用パラボラレーダーを入念に動かしながら音を聞いていた。

弥生と睦月は日陰になる位置で双眼鏡を構え、重巡寮を監視している。

誰を最も警戒してるか一目瞭然だ。

やがて菊月が親指を立てた拳を突きだすと、望月と如月がドアを閉め、扉の脇の壁に立った。

提督はその様子を頬杖を突きながら見ていたが、ふぅと一息吐き、

「・・・まるで特殊部隊の拠点防衛任務だね。随分厳重だなあ」

文月は眉をひそめた。

「睦月型の最高機密事項なので」

提督は肩をすくめた。

「良いよ。秘密は守るから言ってご覧」

この子達ならこの程度は朝飯前だし、赤城の不在も織り込み済みなんだろう。

 

「あれぇ~、なんか変な気がするな~」

「どうしたんです、衣笠?」

ヘッドホンのボリュームを上げて聞き始める衣笠に、執筆の手を止めて青葉が問いかけた。

ここは重巡寮にある青葉達の編集室(もちろん無許可)である。

「提督室のコンクリマイクの音、なんかループしてる気がする・・・」

「何でそう思うんですか?」

「たまにね・・時計の秒針の音がカチッチッってなるの。他はカチッコチッて言ってるのに」

「どのくらいの周期です?」

「・・・1分、くらいかなあ」

「良く解りませんが、後でマイクをチェックしに行きますか」

「そうだね。今は原稿の校正を優先しないと発行が遅れちゃうからね!」

「その通りです!その通りなんで・・そろそろエンタメ欄の記事にOK貰えませんか?」

「ダメ。それはそれ。これはこれ」

「ふえーん」

「グダグダ言うとエンタメ欄無しで発行するからね!」

「ひーん」

 

 

 



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弥生の場合(7)

 

睦月達が提督に秘密を打ち明けている最中。提督室。

 

「・・・ふーむ」

「その、ハイベッドだからなのかは解らないんですけど」

提督は文月から夜の有様を聞き終えると、腕を組んだ。

「ハイベッドで寝るようになって、動きが無くなった、か」

「はい」

「ええと、睦月と文月は目覚めの時に変化はないかな?ちゃんと休めてるかい?」

「寝苦しいかって事ですか?」

「寝起きに疲れてるとか、そういう事は無いかな?」

「私は別に問題無いです。睦月さんはどうですか?」

「私もいつもと変わらないです」

「だったら、ハイベッドじゃなくて2段ベッドにして、二部屋とも入れてあげようか?」

「2段ベッドですか?」

「うん。2段ベッド2つで全員寝られるし、まぁその、より寝相が悪い子が上という事で」

「はうぅぅうぅうぅ」

睦月は双眼鏡を覗きながら顔を真っ赤にしたが、

「・・はい。同じ姉妹ですから、皆でベッドで寝たいです」

文月はそう言って提督と微笑み、頷いた。

「ま、問題ないかやってみれば良い。工廠長もベッド作るのは簡単だと言ってたし」

「弥生さんの言う通り、お父さんに相談して良かったです」

「あ、ええと、工廠長にベッドを作るのを頼むのは、秘書艦経由で指示しても良いかな?」

「はい。そうでないと怪しまれますし」

「寝相の事は、墓まで持って行く事にするよ」

その時、外を見ていた皐月がヒュイッと口笛を吹き、手信号で「移動せよ」と合図した。

文月は小さく頷きながら、

「お父さんを信じてます。それでは、長居は目立つので失礼するのです」

「工廠長には今日中に頼んでおくよ」

「はい!ありがとうございます!」

その間、睦月達は装備を仕舞い、全員で一礼すると、あっという間に居なくなった。

提督は苦笑しながら、

「結構悩んでる子は居るし、そもそも、そんなに気にしなくて良いと思うんだが・・」

と、独り言を言った。

それぞれから秘密にしろと約束させられているので言えなかったが。

今の対応で良かったかなと思いつつ書類にハンコを押していると赤城が帰って来た。

「いやー、今日はとってもツイてました!」

「何かあったのかい?」

「甘味30分食べ放題のチケットが3枚も落ちてたんです!」

「・・・だからお使いの帰りがいつもより30分以上遅かったんだね?」

「いっ!一枚!一枚だけしか使ってないですよ?!」

「2枚は加賀と後で行くから、余った1枚は今食べちゃえ、だろ?」

「提督はエスパーですか!?」

提督は溜息を吐いた。

赤城は1枚や2枚だと友人の加賀と行こうとして懐に仕舞ってしまう。

4枚だと飛龍や蒼龍まで誘おうとするので、同じく仕舞ってしまう。

しかし3枚なら後で加賀と2人で行く+余り1枚と考えるから、安心して1枚をすぐ消費する。

そうすれば時間ぎりぎりまで食べまくるから確実に30分時間を稼げる。

そういう事だよな文月。君の策だろう?

「ま、チケットを楽しみに、今日は頑張って仕事してくださいな」

赤城はにっこりほほ笑んだ。

「はい!お任せください!」

提督はハンコを手に考えた。

睦月型の面々は弥生を除き、遠征のプロだ。

必要量に加え、未開拓の島に分け入って偵察し、資源を運び出してくる事もある。

上手く行けば大成功扱いになるが、深海棲艦と鉢合わせして地上戦に突入するリスクも高い。

だから睦月達は球磨多摩コンビに弟子入りして陸軍顔負けの地上戦能力を手に入れた。

そもそも、その球磨多摩コンビも元をただせば、私がつい

 

 「大成功なら金のハチミツ飴と特選鰹節を買ってあげるよ」

 

なんて言ったら翌日には骨董市で鎧兜買って来て走り回るようになった。

その夏には

「もっと訓練するクマ 行ってくるにゃ」

という連名のメモを残し、勝手に外人部隊に入隊して過酷な訓練を受けて帰って来た。

結果、最早誰も追いつけない程の地上戦能力を手に入れて来たし、今も鍛錬に余念がない。

間違いなく凄いし有能だが、大本営に報告すれば完全に懲戒モノだ。

まぁ美味しそうに飴と鰹節食べてたし、それで満足したみたいだから良いんだけど。

きっと普通の鎮守府とは違うんだろうな。

どこが違うのかもう解んなくなってきたが。

「提督、お茶をどうぞ。随分考えこまれてますね」

「まぁその、うちって外から見たら普通の鎮守府なのかなってね」

「外の評価は良く解りませんが、皆は心地良く過ごしてるんだから良いんじゃないですか?」

「心地良く過ごしてくれてるかな?」

「ここほど艦娘の意思を尊重する鎮守府も無いですからね。居心地は良いと思いますよ?」

「・・それなら良いか」

「ええ。外の評価より皆の評価です。皆、提督を慕ってますし」

「おお、嬉しい事言ってくれるじゃないですか赤城さん」

「ほら、机の右の引き出しにあるベルギーワッフルを!」

「よしよし良いとも、1袋丸ごとあげようじゃないか」

「ありがとうございます!」

「・・・ん?何でそれがあるって知ってるの?」

「仕舞ってきますね!」

「おーい、赤城さーん・・・」

パタン。

・・・・・乗せられた、な。まぁいいか。

 

「うわぁうわぁ!良いわね良いわね!睦月型全員ベッド生活なんて!」

 

工廠長が2段ベッドを運び込むのを見つけた暁と雷は、菊月達の部屋に入ると幾度も羨ましがった。

「一体どうやって提督と交渉したの?」

きらきらした目で問われた菊月は不審なほど目を泳がせながら、

「そ、その、あれだ。遠征成功550回記念として貰ったんだ」

「・・あーそっか。睦月型の皆は一番高密度に遠征へ出てるもんねぇ」

頷く暁に対し、雷はもっともな疑問をぶつけた。

「なんで500回の時じゃなかったのかしら。中途半端よね?」

「ごっ、ごーごー記念らしいぞ?」

「だったら555回の時の方が良いでしょうに」

「そっ、その辺は良く解らないが」

「後で提督に聞いて来ようかしら?私達も欲しいものね、ベッド」

「う、あ、いや、その」

「どうかしたの?」

「な、なな、なんでも・・・そ、そうだ!ベッドに寝てみるか?」

更に二人の目が輝きを増した。

「え?良いの!?」

「勿論!遠慮するな。さぁ寝るが良い!」

そして小声で

「提督に確認する件は忘れてくれ」

と呟いた。

「えっ?なぁに?」

「何でもない何でもない!さ、ここは私のベッドだから寝て良いぞ!」

「じゃ、一番艦だから最初に行くわね!」

「良いけど・・・別に関係ない気が」

暁は早速2段ベッドの下に潜り込むと、

「これはこれで、天がい付きとも言えなくもないわね!」

と言いながら勢いよく仰向けに大の字になって倒れ込んだのだが、雷と菊月が

「あ!」

「危な」

と制止する間もなく、

 

ガイン!

 

「う・・・うぉおぉうぅうぅ」

立派なたんこぶを抱えてうずくまる暁に、菊月は

「に、2段ベッドは、落下防止用の枠があるからな・・後頭部直撃は痛かっただろう・・ほら」

と言いながら手ぬぐいで氷を包み、暁に差し出した。

「・・・ありがと」

雷はふむっと頷いた。

「暁型は当面、布団生活で良いわ!」

一方で暁はむうっとした表情で

「重巡以上の皆は枠の無いベッドよね・・・あれこそレディの嗜みにふさわしいわ」

と、頬を膨らませた。

 

この後、不知火を始めとする他の駆逐艦達もベッドの噂を聞きつけて見に来たが、その度に暁が

「ベッドは危険よ!危ないんだから!」

と、たっぷり大袈裟な身振り手振りで降りかかった災難を説明し、たんこぶを見せたので、

「なるほど・・・安全策が凶器に変わってしまったのですね。柵だけに・・おほん」

「ハイベッドの下で勉強出来れば良いと思ってたけど、うっかり頭をぶつけそうだね」

「そっかぁ、ベッドもベッドで何もかも良い訳じゃないんだね~」

などと言いながら帰って行った。

ちなみにその後、睦月型以外の駆逐艦でベッドを所望した子は誰も居ない。

羨ましがる話もあまり聞こえてこない。

なお、睦月型全員がベッドで寝た一晩を録画した所、全員きちんと寝ていたらしい。

「布団で寝てた時より、目覚めは、すっきりしてます」

というのは弥生の談である。

 

 



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最上の場合(1)

ちょっとここで珍しい人にスポットライトを当てたいと思います。
鎮守府開発部隊の重鎮、最上、登場です。



 

現在。重巡寮最上の部屋。

 

「最上さん、最上さん。0640時です。起きてくださいな」

「んー、あと5分・・むにゃ」

 

最上と同室である三隈はくすっと笑った。

このやり取りは完全に毎朝の恒例である。

最上は目覚めればさらりとしているが、まどろみの時は甘えん坊の子猫みたいで実に可愛い。

この反応を楽しみに毎朝ばっちり目覚めるので、三隈にとって最上は最高の目覚ましである。

「最上さん、また朝食に間に合わなくなりますよ?」

目を瞑ったままぽえんとした口調で、最上は答えた。

「卵かけ・・ごはんで・・良い」

三隈は指先でそ~っと最上の頬を撫でた。

「ほぉら、時間ですよ~」

「うー」

最上は三隈が撫でた所を指先でカリカリと掻くが、起きる気配はない。

お気づきの通り、三隈は最上を起こす気が無い。

何故なら出来る限りまどろんだ最上を見ていたいからである。

「んー・・・」

ごろんと寝返りを打ち、三隈の方を向く最上。

三隈は両手で頬杖を突きながらそんな最上をしばらく見ていた。

また眠ってしまった。今朝も実に可愛い寝顔。

ピンと立った寝癖が可愛さを倍増させてます。

いつまで見てても飽きませんわ。

しばらくして、三隈は時計を見た。0730時を過ぎていた。

もうそろそろ行かないと迷惑がかかりますね。名残惜しいですが、食堂に行きましょう。

 

それから更にしばらくして。

 

「あ・・三隈、今何時?」

「0810時ですわ」

「・・・・・へ?」

「もうすぐ、0810時ですわ」

バチッと最上の目が開き、がばりと起き上がる。

「あ、あわ、あわわわわわ。また寝坊しちゃったのかい?」

「一応、0640時にはお声掛けしたんですよ?」

「うん、記憶の片隅に何となくある。ま、まいったね。今朝こそ食堂で朝ご飯と思ったのに」

「朝ご飯ならこちらに」

そう言って三隈は盆の上の布巾を取ると、二人分の朝食が姿を現した。

三隈は先程食堂に行って間宮に頼み、2人分の食事を貰ってきていたのである。

「今朝もまた三隈に迷惑をかけちゃったね。ごめん」

「気にしてないですわ。さ、顔を洗ってきてくださいな」

 

最上が顔を洗う為に起き上がると同時に、三隈は部屋を出た。

廊下の端にある簡易調理場で味噌汁の入った鍋をとろ火にかけ、やかんで湯を沸かす。

「ふ~い」

洗面所から最上が出てくる少し前に戻ってきた三隈は鍋から椀に味噌汁をすくうと、

 

「はい、お味噌汁ですよ~」

「ん、ありがとう三隈」

 

そしてご飯の入ったおひつを開けながら、

 

「今朝は普通で良いですか?」

「・・ちょっとだけ多めにくれるかな」

「はいどうぞ」

「ありがとう」

「では、頂きます」

「頂きます」

まだ少し寝ぼけている最上はもぐもぐと食べている。

その様子を、三隈はおかずをつまみながらにこにこと見ていた。

 

三隈が最上を積極的に「起こさない」のは、このように二人きりで朝食が取れるからである。

自他共に夫婦と認める北上大井コンビと違い、三隈はいちゃいちゃする趣味は無い。

また、友達として年中漫才を繰り広げている熊野鈴谷コンビとも雰囲気が違う。

最上の行動を把握しきって動く三隈と、ほとんど気付いておらず気ままに振舞う最上。

 

「もうちょっと最上が気付いてくれたら良いのにねぇ」

 

別の艦娘からそう言われた三隈は

 

「それが最上さんの良い所ですから」

 

と、全く意に介していない。

三隈は最上を観察しつつ一緒に過ごす時間を楽しんでいるのだ。

それは、最上の容姿や性格のみならず、才能に惚れ込んでいるからである。

三隈は最上と一緒に開発し、出撃し、演習し、遠征する。それが当たり前であるかのように。

だから提督も含めたこの鎮守府における三隈の渾名は「最上専属おかん」である。

名付け親は青葉であり、三隈も気に入ってるようである。

 

「じゃあ食器洗って、食堂に返してくるね」

「ありがとうございます」

返す事まで三隈にさせるのは申し訳ないと、最上が食器を洗って食堂に返しに行く。

部屋を出て行く最上を手を振って見送ると、三隈は二人の布団を干し、パンパンと叩いた。

今日は風が少し強い。帯紐で結んでおこう。

幅広の帯紐で布団を巻いた時、最上がてくてくと食堂に向かって歩いていくのが見えた。

後ろ姿を見送る。

もう、いつもの最上だ。美味しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

「さて、部屋を掃きましょうね」

 

「間宮さんごめん、食器をお返しするよ」

「あら最上さん・・・うん、今朝も綺麗に洗ってありますね。ありがとうございます」

「迷惑かけてるのはこっちだし、綺麗じゃないと間宮さんが洗い直す事になるからね」

「それにしても、本当に朝が弱いんですね」

「夜更かししてるつもりはないんだけどね」

「最近は最初からお二人の分は別に用意してるんですよ~」

「あぅううぅう、ちゃんと起きなきゃ皆に迷惑かけてばかりだよ~」

「起こしに来た木曾さんを廊下まで投げ飛ばす球磨多摩さんより良いじゃないですか」

「ちっとも良くないよ。最悪よりマシってだけじゃないか」

「最悪は・・・いえ、言わないでおきます」

「まだ上が居るのかい?」

「ええ。何人か」

「・・・段々、自分が普通かなって思えてきたよ」

「でも、提督は毎朝きっちり0700時に起きてますよ」

「ひえぅ」

「秘書艦の方も大体0630時起きですね」

「おおう」

「球磨多摩さんも寝起きは悪いですけど、起きる時間自体は0500時位ですよ?」

「なんと!」

「その後長良さん達とランニングされてますからね」

「うわー、ランニングなんて嫌だよ」

「好きじゃないと毎朝は出来ないですよね」

「僕は好きじゃないから3日坊主になりそうだよ」

「お好きな物は、やはり開発ですか?」

「開発というか、三隈と相談しながら構想を練ったりしてる時かな」

「じゃあその時間を朝にしてはどうですか?」

「早朝に開発するって事かい?」

「ええ。まぁ三隈さんのお気持ちもあると思いますけど」

「んー、ちょっと聞いてみるよ。ありがと!」

「はい」

 

「朝早く・・・兵装開発ですか?」

食堂から帰って来た最上の提案に、三隈は首を傾げた。

「何故そんな事が必要なんですの?」

「僕は三隈と構想を練るのが好きだから、それを餌にすれば起きられるかなって思うんだ」

「・・・はあ」

「だって、このままだと三隈に迷惑かけっぱなしじゃないか」

「迷惑なんて思ってませんけど?」

「え・・そうなのかい?」

「はい。別に」

「・・あう」

「それに、兵装開発はアイデアも大事ですが、破綻しない理論づけが必要ですわ」

「うん、そうだね」

「朝が弱いのに無理して朝考えるより、きちんと日中に考える方が良い結果になりますわ」

「そっか」

「はい」

「んー、じゃあ寝坊対策はまた別途考えよう」

「緊急事態とかで早起きが必要なら、私がなんとしても起こしますわ」

「・・なんとしても?」

「なんとしても」

うふふふと笑う三隈を見て、最上はふと思った。廊下まで投げ飛ばされるのだろうか?

まぁ非常時なら仕方ないよね。毎朝は勘弁して欲しいけど。

三隈は内心そっと息を吐いた。楽園は死守しました。

 

 



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最上の場合(2)

 

 

現在。重巡寮最上の部屋。

 

「も~がみ!入るよ~?」

「ん?瑞鳳かい?おはよう」

「おはようございます、瑞鳳さん」

「三隈さんもおはよ!」

自ら引き戸を開けて入ってきたのは瑞鳳である。

瑞鳳は旧鎮守府から異動する際、府内全兵装を丸ごと複製した猛者である。

ここソロルの鎮守府では、装備開発に熱心な子達は2手に分かれる。

1つは新しい装備を考案するのが好きな子達。

もう1つは公認された装備を製造するのが好きな子達である。

前者の代表が夕張であり、最上、瑞鳳、霧島、たまに千歳と続く。

ちなみに後者の代表が睦月であり、隼鷹、高雄、足柄、たまに榛名と続く。

新兵器は検証まで済ませて大本営に送ると、追証され、必要性が認められれば公認となる。

公認化の際は報奨金が貰えるが、滅多に採用されず、額が少ない。

開発そのものが楽しくて仕方ない夕張達は、採用は気にせず100%趣味でやっている。

ちなみに隼鷹、高雄、足柄が上手い訳は飲み代を稼ぐ為、というのは公然の秘密である。

話を戻そう。

 

「あ、三隈さん、これお土産ね」

「それなら・・紅茶を淹れてきますね」

「わーい」

瑞鳳は嬉しそうに笑いながら三隈にクッキーの袋を手渡した。

これは言うまでも無く最上達の部屋に入る為の入場料である。

長時間話し込むため、何かつまみたいというのも勿論ある。

よって、よほど緊急の場合を除けば何か食べ物を持って来るのが習わしとなっていた。

 

「でね、大本営からこの間の返事が来たの」

瑞鳳はそういうと、注がれた紅茶をこくりと飲んだ。

最上が上を向きながらそらんじた。

「ええと、瑞鳳が出したっていうのは多弾頭SLCMだったよね?」

「そうそう、潜水艦1隻で敵の潜水艦隊を殲滅出来るって奴」

「海域の水圧を急変させて内部から崩壊させるってのが良いアイデアだったよね。それで?」

「高過ぎるからダメだって」

「うちで作った時、そんなに高かったっけ?」

「1発2億くらいかな」

「酸素魚雷2発分だよね・・別に高くないと思うけどな」

「大本営の試算では何故か1発5億なんだって」

「どうしてそんなに差が出たんだろう」

「戻って来た資料にはね、特注のVLSIを使わずにICで基板組むって書いてあるの。」

「そりゃまたなんでだい?」

「資源不足だからって」

「資源が不足してるから1チップ化するんじゃないかな・・」

「だよね。なんかズレてるの。それに弾頭部分も1つ1つ熟練工に手作業で作らせるって」

「弾頭なんて鋳物で作れば安いと思うんだけどな」

「だよね。うちで動いた設計と散々変えた挙句に高過ぎてダメとか言われても困っちゃうわ」

「良いと思ったんだけどね」

「というわけ。まぁいつも通りよ。最上の方は何か作ったの?」

「乙標的ってのを作ったよ」

「乙標的?」

「簡単に言えば甲標的の無人版だよ」

「どうやって動かすの?」

「有線リモコンだよ」

「リモコン?」

「操作するのを外から出来れば乗り降りの時間分だけ早く出撃出来るじゃない」

「そりゃそうね」

「だから甲標的の操縦席部分を潰して、6本の魚雷と自爆装置を仕掛けたのさ」

「自爆装置?」

「全部撃ち終わったら漂わせて、敵が回収しようとしたら機雷代わりに自爆するわけさ」

「えぐっ!」

「でも大本営からは「甲標的と間違えて回収したら味方が犠牲になるからダメ」だって」

「甲標的だって1度も回収出来てないのにね」

「でもこれは突き詰めれば多弾頭中距離ミサイルで良いんだって後で気付いたんだ」

「姫の島で投入した有線誘導の奴?」

「ううん。あれの改良型」

「何を改良したの?」

「ミサイルはキャリアとして弾頭を目的地近くに運ぶだけって考え方にしたんだ」

「その方がシンプルだよね」

「で、目標近くで短距離だけ自律的に動ける弾頭を発射する」

「うんうん」

「後は弾頭が標的まで自分で飛んで行ってドーン」

「一丁上がりって訳ね」

「ただ、これも問題があってね」

「どんな?」

「制御機構が複雑だから1発10億の大台を切れないんだよね」

「うわーう」

三隈はのんびりとお茶を飲みながら二人の会話を聞いていた。

本当にマニアックな会話だが、最上が実に生き生きとしている。

重巡は世間で言われているように、

「戦艦には火力負けし、航空機は少数しか積めず、水雷戦隊には高コストである」

という中途半端な立場である。

「せめて潜水艦を撃てればもう少し役に立てるのになぁ」

最上がそんな話を提督にしたところ、

「んじゃ航巡になってみるかい?」

という事で航空巡洋艦への改造を受けた。

しかし、それでも航戦より防御が弱いという点が悩みの種になってしまった。

すっかりしょげかえる最上に提督は

「多くの兵器や艦載機を扱えるんだから、兵器に詳しくて、思う所もあるんじゃない?」

「ある!すっごいある!」

「だったら大本営に兵器を提案してみたら良いさ。兵装開発を兼務としても良いよ」

と提案されたので、最上は三隈と早速兵装開発班を立ち上げた。

ちなみに、まだ大本営に採用されたケースは1件も無いが、提督は

「非人道的じゃなきゃうちで使えば良い。他鎮守府との演習時や視察中には使うなよ」

と、許可しているので、自分で出撃の時に使ったり、欲しがる仲間に売ったりしている。

最近人気の品を一部紹介すると、

 

・日除機:艦娘の上空を飛行し、日除けの布を張る無人機。

・催涙砲:深海棲艦に催涙効果があり、一定時間足止めする小型墳進砲。

・蚊取弾:エリア一帯に虫除け効果のある薬剤をばらまける散弾。陸上用。

・水浮コンテナ:輸送用ドラム缶4つ分を1つで運べるお洒落な小型コンテナ。

・電子辞書双眼鏡:高倍率を誇り、見えた艦種を自動識別する辞書付双眼鏡。

・艦載機もどき:艦載機撤退用の囮。深海棲艦が好む香りを発しながら飛んでいく無人機。

 

こんな具合である。

 

コン、コン。

「はーい」

最上がノックに答えるとガラガラと引き戸が開き、夕張が顔をのぞかせた。

「おじゃまー、お、ずほにゃんも居た」

「あれれ、夕張どうしたの?」

「ええとね・・あ、先に。三隈さん、これを」

夕張から手渡された袋を見て、三隈は眉をひそめた。

「・・・この煎餅はどうやって手に入れたんですか?万引きはいけませんよ?」

「確かに年中オケラだけど万引きしてないよ!事務方のバイトしたんだってば!」

「これ、高い御煎餅じゃありませんか」

「いっつも免除してもらってるから、たまには美味しいの持ってこないとね!」

 

そう。

夕張が年中機材や趣味に有り金全部突っ込んでいるのは鎮守府の誰もが知っている。

無い物を持ってこいと言っても仕方ないので、夕張だけは「入場料」を免除されている。

代わりに兵装開発に必要な機材や工具等はほとんど夕張の私物を借りている。

私物と言ってもNC旋盤や半導体試作機等の大型設備まで持っているので侮れないのだ。

一方で、そうは言ってもと言い、たまにこうして手土産を持参するのである。

それは大概、ちょっとお願い事がある時である。

だから最上はにこりと笑い、

「良いよ、特に作ってる物はないし、何をすれば良いんだい?」

と返したのである。

 



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最上の場合(3)

現在。重巡寮最上の部屋。

 

 

「丁度クッキーと紅茶頂いてたから塩辛い物が欲しかったんだよ。ありがとう」

最上がそう答えると、三隈はやれやれと腰を上げ、

「じゃあ緑茶を淹れてきますね」

と、急須を手に出て行った。

「ちょっと思いついて仕事抜け出してきただけだから手短に話すわね」

「うん」

「ようやく艦娘化が深海棲艦に知られ始めたけど、もっと知って欲しいなって思うのよ」

「なるほどね。ただ、艦娘化自体世界でここだけだし、しょうがない面はあるよね」

「だから深海棲艦にPRしたいんだけど、文字通り海って広いじゃない」

「そうだね」

「それでさ、自律航行出来る船に宣伝看板付けて放し飼いに出来ないかなあ?」

「放し飼いって・・・勝手に航行して宣伝して来るって事?」

「そう。あと、受けたい子は船に乗ってボタンを押すと、ここに戻ってくるようにしてさ」

「なぁるほど。PRだけじゃなくて客引きもするって事だね」

「遠方まで巡航出来る位のサイズでさ、そういうの作れないかなあ」

「まぁ艦橋とか面倒な艤装も要らないよね」

「台船みたいに乾舷を低くすれば乗りやすいかなって」

「コストが安かったら何隻か作って放し飼いにすれば効果が出るかも!良いじゃない!」

「うん、そうだね。面白そう」

「と、言う事を思いついたので、考えてみて~」

「あれ、もう帰るのかい?もうすぐ三隈がお茶持って来るよ」

「事務方にお使いに行く途中で寄っただけだからさ。長引くと心配かけるし」

「じゃ、煎餅1枚食べて行きなよ。これ美味しいよ」

「そうね。ん・・まひゃね!」

煎餅を咥えた夕張が出て行くと、入れ違いに三隈が戻ってきた。

「夕張さん、もうお帰りだったんですね」

「うん、仕事抜け出してきたらしい」

「面白いアイデアでも思いたんですの?」

「さすが三隈だね。その通りだよ」

「聞かせてくださいます?」

 

「って感じでさ、どうかな?」

三隈に説明しながら描かれたラフスケッチを見ていた瑞鳳は腕を組むと、

「鉄の看板に文字を塗っただけだと夜の間見えないんじゃないかな?」

「あ、なるほど」

「ただ、照明を外につけると潮風で照明装置が傷むから、中から照らすようにして・・」

「こう、昼夜問わず遠くからでも目を引いてくれると良いよね。どうやれば良いかな」

三隈が考えながら言った。

「夜間隠密行動の逆をすれば良いのではないですか?」

「静かに、波を立てず、明かりを出来るだけ消すか覆う、だったよね。その逆か」

「うるさく、波を立て、煌々と明るく?」

「まぁ間違いなく目立つわね」

「うるさくするって、何が良いかなあ?」

「PR目的なのですから、騒音を発するのはマイナスですわね」

「明るく元気な雰囲気が良いよね」

「うーん、だとすると軍歌を流すとか?」

「パチンコ屋みたいに?」

「あぁ、軍艦マーチ良いね!」

「なんか凄い事になりそうな・・・まぁそれは置いといて、次は・・・」

「波を立てる?」

「夕張の提案通り船体の乾舷を低く幅広にすればどうかな?沢山乗せるにも都合が良いよ」

「あぁ、深海棲艦を乗せて帰ってくるんでしたわね」

「そうそう。PRを読んで、海面からよっこいしょって乗れれば簡単じゃない」

「なるほど、そうですわね」

「いいかもね。あと、看板の両脇に固定のシートを用意したら座りやすいよね」

「あ、それ良いね。明かりを煌々とってのは看板を大きくすればいいんじゃないかな?」

「船底にも看板を付けて、海中に向かってPR出来るようにしても良いんじゃない?」

「ほとんど水に沈んでる幅広の船体で、水中海上両方にPR看板があって」

「ガンガン軍歌を鳴らしながら自動航行してくる船・・・」

「ま、作ってみようよ」

三隈はふぅむと考え込んだ。

「目立つという事は攻撃されないかしら?なんか撃ちまくられる気がしますわ」

「そうだね。どうやって回避行動出来るようにしようか?」

「船体の周囲にジェット水流式の姿勢制御システムを入れておけば良いんじゃない?」

「あ、それいいね。高波対策にもなるし」

「出航後は勝手に進み、帰るボタンが押されるか鎮守府に帰れるギリギリまで航行する、ね」

「そんなもんだね。じゃ、僕が船体と看板をデザインするよ」

「私は・・航行動力系と航行プログラムを作るわね」

三隈が溜息を吐いた。

「もう作るのですね・・それなら、製作する為の場所を工廠長さんと調整してきますわ」

 

2日後。

 

「のう、最上・・・」

「なんだい工廠長?」

「ドックから海に出すのも一苦労じゃぞ、このサイズは・・・」

「戦艦クラス100体乗せて台風の中を突っ切るならこれくらいないと浮力が足りないよ」

「そんなに乗せる事になるのかのう」

「解んないけどね」

その時、研究室から夕張が顔を出した。

「デカッ!なにこれ?最上作ったの?」

「うん、夕張の案を具現化してみたよ」

「え?わ、私こんなデカブツ頼んだっけ?」

「ほら、深海棲艦勧誘用の船だよ」

「ええっ!?こんなバカデカイの!?」

「戦艦クラスを100隻乗せるって考えるとね」

「5体とか10体で良いじゃん・・・野球場入りそうな勢いだよ?」

「ほら、大部隊で来たいってケースもあるかもだし」

「そりゃまぁ、過去に実際あったけどさ・・・」

目の前にそびえたつ巨大看板とシートが並ぶ船を見て夕張は思った。

別の意味で夜に出会いたくない相手だ。もし気付かず衝突したら恥ずかしいじゃない。

そう。夕張はまさか看板が光って音が鳴るなどとは微塵も思っていなかったのである。

「とりあえず、周辺を回って帰って来られるかこれからテストするよ」

最上の言葉に、夕張はふっと溜息を吐いた。

「そうね。考えるよりやってみましょうか!」

工廠長は肩をすくめた。わしは知らん。

 

 

その日の夜。

 

 

夜戦に突入した、とある艦隊の旗艦艦娘は、肩の傷口を抑えながら歯を食いしばっていた。

敵が予想以上にしぶとく攻撃してくる。

「くっ!艦隊全員中破以上ってよ。なんとか敵艦の気を逸らして撤・・・たい・・・」

ふと、横から来た物体を見て呆然とした。なんだあれは?

 

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

 

煌々と輝く巨大な看板には、これまた大きな文字で

 

 ソロル鎮守府では深海棲艦の艦娘化実施中!

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と、書いてある。

双眼鏡を使うまでも無く読めるってどんだけデカい看板なの?

 

「・・・オイ、アレハ、ナンダ?」

勝利を確信しながら追い込みに入った深海棲艦達は、艦娘達から目を離すつもりはなかった。

しかし、艦娘と我々のど真ん中に割り込んできた巨大な看板は嫌でも目に入る。

チカチカして眩しく、射線上ゆえ、艦娘に砲雷撃するのにあまりにも邪魔だ。

それに、何で軍艦マーチ鳴らしてるんだ?派手にも程がある。馬鹿にしてるのか?

「敵ノ・・囮カ?随分派手ダナ」

僚艦は眉をひそめ、主砲を構えた。

「面倒ダ。撃ッテシマオウ!」

まぁあんな看板、主砲が1回当たれば粉微塵だろう。

艦娘はしっかり追い払わねば海域の平和が乱れる。

「ヨシ!目標看板!撃テ!」

 

 



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最上の場合(4)

 

深夜。ソロル鎮守府から少し離れた海原。

 

 

ドン!

 

深海棲艦側が一斉射した。看板の手前でパシャパシャと水柱が立つ。

「チッ。マダ近カッタカ。ドンダケデカインダ。次ハ直撃サセル!」

 

ドドドン!

 

「!?」

深海棲艦達は弾着時に目を疑った。

あんな巨大な船体はタンカーのように鈍重な動きしか出来ないだろうとタカを括っていた。

しかし、看板は着弾直前、弾と弾の合間に収まるよう、すいっと回頭したのである。

深海背艦達の背中を嫌な汗が伝った。

 

「バ・・バカナ」

「オ、オイ、コッチヲ向イタゾ」

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

じわじわと近づいてくる看板。

 

「ヨ、ヨセ。ヤメロ・・・来ルナ」

 

ドドドドドン!

すいっ

 

「マッ、真横ニ動クダト?!」

「ウワアアア!来ルナ!来ルナアアアア!」

もはや半狂乱で撃ちまくった。

 

ドドドドドドドドドドン!

すいっすいっ

 

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

大音量と想像を絶する巨大な看板にすっかり肝を潰した深海棲艦達は一目散に逃げ出した。

 

「ヒィィィィイィイィィィイィイイ」

「逃ゲロォォォォオオオォオオオ」

 

艦娘達はこの成り行きを呆気に取られて見ていたが、ハッと気付いて

「てっ!撤退!総員撤退ぁ~ぃ!」

と、一目散に逃げ出したのである。

何だか解らないが、あの変な看板のおかげで助かった!

 

 

それから2時間後。

 

「・・・・マ、撒イタ、カ?」

「・・・アァ、俺達ト違ウ方向ニ進ンデル」

「クソ、皆トハグレテシマッタ。一体全体何ナンダアレハ?」

「ダ、ダガ、撃ッテハ来ナカッタゾ?」

「撃ッテ来ナイ上ニズンズン近ヅイテ来ルカラ余計怖インジャナイカ!」

「ソレニ、アノスイスイ避ケル器用サハ何ナンダ?」

「ドウシテ船ガ真横ニ動ケルンダ?」

「トニカク、マタ見ツカル前ニ逃ゲヨウ」

「アノ看板ニ書イテアッタ事、ホントカナ?」

「何カ書イテアッタカ?逃ゲルノニ必死デ覚エテナカッタ」

「艦娘ニ戻リタキャ乗レッテ」

「・・・・船ヲ横ニ走ラセル技術ガアルンダカラ、出来ソウナ気モスルヨナ」

「・・・艦娘ニ戻レルノ?」

「オ、オイ、マサカ行ク気ジャナイダロウナ?」

「マッ、マサカー」

「オイオイ、シッカリシロヨー」

「アッハッハッハ」

「ハッハッハッハ」

 

そしてコポコポと潜り、看板の方を振り返った二体は思わず息を吐き出してしまった。

海面に戻る。

「ガハッ!ハッ!鼻ニ水ガ!」

「ゲホゲホゲホッ!」

そして互いに顔を見合わせると

「海中ニモ看板ガアッタゾ?」

「ソレニ、海中ニ没シテル船体、超巨大ジャナイカ!」

「ドンダケデカインダヨ」

「・・・モウ、今夜寝ラレソウニナイ」

「アア。我々ダケ寝ラレナイノハ悔シイカラ仲間ニモ話ソウ」

 

こうして、看板を見た深海棲艦は次々と周囲に尾ひれを付けて聞かせたため、

 

「迫リクル巨大看板」

 

として、たった一晩で定着してしまった。

 

翌朝。

 

「んー?」

 

戻ってきた船体を引き揚げて確認していた最上が眉をひそめた。

まるで大量に至近弾を受けたかのような凹みがある。

急ごしらえで船体作ったから波で歪んじゃったのかな?

それは三隈も気づいていた。

 

「最上さん、船体にかなり歪んだ跡がありますね」

「そうだね、波の圧力で歪んじゃったのかな?」

「考えにくいですけど・・・内部補強します?」

「んー、全箇所補強出来る程の浮力的余裕は無いんだよね・・」

「後は外側で補強するか、ですね・・・」

「んー、硬質ゴム塗料を塗ってみようか?」

「船体にダメージを与えないって事ですね」

「うん。もしかすると岩礁や氷山に当たったのかもしれないし」

「良い対策ですわね。でも・・」

「でも?」

「ゴム塗料、在庫が蛍光ピンクしかないですわ・・・」

「良いんじゃない?目立つじゃん」

「い、良いのかしら・・・」

 

しばらくして。

 

「おーい、最上ぃー、三隈ぁー」

「やぁ瑞鳳、どうしたんだい?」

「プログラム見直してたんだけどね、深海棲艦反応があったら近寄って行くってどうかな?」

「良いじゃない、目的にぴったりだよ」

「だよねだよね!だからプログラムちょっと更新するね~」

「はいよ~」

「ところで昨夜って出航させたんだよね?」

「うん、今朝戻ってきたよ」

「で、なんでピンクに塗ってるの?」

「船体が凹んでるんだよ。ほら。氷山か岩礁に当たったかもしれないと思ってね」

「そっか。もう少し制御の応答速度上げた方が良いかも。ちょっと数字弄っとくね」

「うん、ゴム塗料も塗ったし、今度は大丈夫じゃないかな」

「じゃあ今夜はもう少し遠くまで行かせるの?」

「そうだね、燃料をもう少し積んでみるよ」

 

そして、2日目の夜。

 

「タッ!タタタタタ大変!」

「ドウシタ、何ガ大変ナンダ?」

「レ、例ノ軍艦マーチ鳴ラシナガラ迫ッテクル看板ガコッチニ向カッテキテル!」

「ナンダッテ?!我々ノ住マイガ割レテルノカ!?」

「シカモ船全体ガ、ナンカ、ボワント赤く光ッテル!」

「elite級ニナッタッテノカ!?」

「ワカンナイ!デモ、モウスグ来ル!」

「ヨシ、アノ海底ノ岩陰ニ潜モウ」

「ソウダネ!昨日ハ海底ヲ走ッテ逃ゲテ上手ク行ッタモンネ!」

 

30分後

「・・・・ネェ」

「ナンダ」

「軍艦マーチノ音ガ、ズット真上カラ聞コエテクル気ガ、スルンダケド」

「気ニスルナ。気ニシタラ負ケダ」

「ト、隣ノ岩場ニ動コウヨ」

「見ツカルゾ?」

「モシカシテ・・・見ツカッテルンジャナイ、カナ?」

「ナンダッテ?」

「見ツケテルケド、攻撃スルツモリハナイッテ事ジャ・・・」

「・・ヨシ、確カメテミルカ」

「ドウスルノ?」

「俺ハココニ残ルカラ、オ前ハアッチノ岩陰マデ走レ」

「!?」

「モシ看板ガ、オ前ニ攻撃シタラ、俺ガ撃ツ。俺ガ撃タレタラ、オ前ガ撃ッテクレ」

「・・ワ、解ッタ」

「ヨシ・・行ケ!」

 

その声を合図に、深海棲艦の片方が少し離れた岩陰まで移動した。

そっと隙間から様子を伺っていた残りの1体は、看板が僅かに動いた事に気付いた。

丁度二体の間に居る。

それにしてもデカイし派手だしうるさいし。

一体何なんだ、あの看板というか船というか、変な物は!

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

 

イラッ☆

ピンクの船底を見上げてるうちに腹が立ってきた。

よし、上等じゃないか。

 

もう1体の方に近づいていく。

「俺ハココニ居ルカラ、皆ヲ呼ンデキテクレ」

「エッ?」

「船ニ乗ッテミル」

「乗ルノ!?」

「宣伝ノ通リナラ、広告主ノ所ニ連レテッテクレルンダロ?」

「ソ、ソウダネ。艦娘ニ戻シテクレルッテ言ウシ」

「嘘ダッタラサ、船ノ上デ看板ヲ撃チマクロウゼ!」

「ナルホド!船ノ上ナラ回避サレナイネ!」

「テコトデ、皆呼ンデキテ!」

「アーイ」

 

「コンナモン信ジテ良イノカナア」

「音楽トイイ看板ノ謳イ文句トイイ、ウサンクサインダケド」

赤いボタンを押そうとしていた深海棲艦の後ろで別の一体が呟いた。

「自爆スイッチダッタリシテ」

押そうとしていた手が止まった。

「・・ウッ」

その可能性はある。だが、こいつは終始攻撃してこない。

あまりにも弱い理由だが、あれだけ器用に逃げ回るのだから攻撃しようと思えば出来る筈だ。

ええい、ままよ!

 

ポチッ!

 

 



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最上の場合(5)

 

 

深夜。ソロル鎮守府からそれなりに離れた海原。

 

深海棲艦が赤いボタンを押した所、がががっとスピーカーから雑音が聞こえたかと思うと、

「えっとー、深海棲艦の皆さん、おはようございます。こんにちは、こんばんは」

「!?」

話しかけられるとは思っても見なかったので戸惑いを隠せない一行。

「これから私達の鎮守府までご案内します。10分後に出航します。全員乗船してください」

「鎮守府までは 5 時間を予定してます。シートに座り、ベルトを締めてください」

深海棲艦達は互いにシートベルトを確認し、それが終わった頃にポッポーと汽笛が鳴った。

「それでは、出航します」

軍艦マーチが鳴り止んだ事に安堵したのもつかの間。

キュィィィィィィイイイィィイイン!

「!?」

看板の中から聞こえるエンジン音が急激に大きくなり、全員シートに押し付けられた。

はっ!速っ!何この加速度!

波!正面から横から!波が!もろに被る!

だが、船は一切途切れることなく猛烈な加速を続けていった。

「ヒェェエェェエエエエ!!」

 

ポ・ポポ・ポポ・ポポ・・ポーッ!

自室に居た瑞鳳はあれっと思った。

あれは深海棲艦を連れてきた時に船が自動的に吹く汽笛だ。

2回目でもう応募者が居るのか?それとも故障か?

双眼鏡で船のシートを覗いた瑞鳳は呟いた。

 

「あ」

 

レンズ越しに見えたのは、シートベルトをして目を回している深海棲艦達だった。

ざっと数えて10体くらいは居る。

お、お客さんだ!夕張達研究班に知らせないと!

瑞鳳はインカムをつまんだ。

 

「ヒ、酷イ目ニ・・遭ッタ」

「そんな速かったんですか?本当にすみません」

高雄と愛宕が深海棲艦達に謝っている時、すぐ傍で瑞鳳、最上、夕張が原因を調査していた。

 

「あっ、速力50ノットに設定しちゃってた。ごめーん」

「波が穏やかな時だけ上限35ノットに設定って頼んだじゃん」

「ごめんごめん。ここだけ古い値で書きなおしちゃった」

「50ノットって瑞鳳、それエンジンの設計上限出力じゃん!」

「だねー。でも5時間も回せるって事は仕様書かなりサバ読んでるんじゃない?」

「今度は回せるだけ回してみようよ」

「60ノット位?それとも70いっちゃう?」

「船体がバラバラになっちゃうよ。今回は戻そう」

「予備が来たら高速艇造って試したいわね。とりあえず今回は最大35に戻すね」

 

深海棲艦達、それに愛宕は溜息を吐いた。

高雄がジト目で瑞鳳を向いて言う。

「あのね、折角希望者が乗ってくれるんだから、もうちょっと丁寧に運んできなさい」

「そうね、設定間違いしたのは事実だよね。ごめんなさい」

深海棲艦の方を向いて瑞鳳がぺこりと頭を下げた。最上はふむふむと頷きながら、

「そうか。波を被らないように風防も設けたほうが良いね。強化ガラスがあった筈」

それを見て、グループのボスらしき深海棲艦がやれやれといった感じで口を開いた。

「モウ、イイ。トコロデ、艦娘ニ戻シテクレルノハ本当ナノカ?」

「ええ、本当です」

「1体辺リ、ドレクライカカルンダ?1週間トカカ?」

「大体8分位ですね」

「・・・・ハ?」

「10分はかからないと思います」

目をパチクリとさせる深海棲艦達と対照的に、研究班の面々は淡々と書類を取り出した。

「じゃ、問診票を御一人ずつ書きますので、こちらのテーブルにどうぞ」

 

それから3時間後。

 

「まだ、余裕で昼前なんだけど・・・」

「全員、戻っちゃった、ね・・・」

自分の身の上に起きた事がまだ信じられない元深海棲艦の艦娘達。

「えっと、良いですか?昼食場所と本日の宿泊場所を説明しますよ~」

「は~い」

説明する夕張と艦娘達の様子を見ていた最上は大きく頷き、

「目的は達してるね。それじゃ、今夜も引き続き試験航行させよう!」

と言った。

 

 

3週間後の朝。大本営「上層部会」会議室

 

「では、最後の案件になります」

司会の言葉を、中将はあくびを噛み殺しながら聞いていた。

決まりきった話題、決まりきった結論。眠気も増すというものだ。

 

「・・・えっ!?・・・え、ええと」

司会が原稿を見て驚く様子を見て、大将が声を掛けた。

「どうしたのかね?はやく言いたまえ」

「は、はい。え、ええと、深夜に巨大な看板が出没するようです」

「・・・なんだって?」

「看板です。看板自ら航行出来るようですが、呼びかけには一切応じなかったそうです」

「ふむ。夜なのに良く看板があるなんて解ったね」

「煌々と明かりが灯り、始終軍艦マーチを大音量で流していた、と」

「・・・疲れて幻覚でも見たんじゃないのかね?」

「深海棲艦との交戦中や遠征の帰り等、複数の報告があり、全て特徴が一致しております」

「あぁその、看板には何て書いてあるのか解ってるのかね?」

「なんでも、深海棲艦を艦娘に戻すから船に乗れと」

ぶふうっ!

中将は飲みかけたコーヒーでむせ返った。

100%提督の鎮守府の仕業だ!

「どうかしたのかね中将?」

「いえ、飲もうとした時に咳が出ただけで・・げふっげふっ」

「そうか。で、艦娘への影響は?」

「ありません。ある艦隊は夜戦時に看板を囮として無事撤退出来たらしいですし」

参加者の一人が言った。

「そんな目立つ看板なぞ深海棲艦がすぐ砲撃しそうなものだがな」

「ところが、巨大な割にすばしっこいそうで、幾ら砲撃されてもかわしていたそうです」

「どれくらい大きいのかね?」

「中型貨物船並の全長、全幅だそうです」

「!?」

会議室内が大きくざわめいた。

「一体誰が操ってるんだ?神業も良い所じゃないか」

「通信には一切応じないようです。あと」

「あと、なんだね?」

「実際に深海棲艦が乗船したのをある艦隊の雪風が見ておりました」

「ほう!どうなったのかね?」

「15分程停船し、深海棲艦達が全員乗り込んだ後、急加速して航行していったと」

「きゅ、急加速?どのくらい出ていたんだね?」

「雪風の話では30ノット以上出ていたと」

「30ノット!?」

「一体全体何者なんだ?それに、深海棲艦を艦娘に戻せるものなのか?」

「わしは開発部に長く居るが、そんな話は聞いた事が無いぞ?」

「それは囮の看板で、どこかの鎮守府が一斉砲撃して船ごと沈めてるんじゃないか?」

「そんなデカイ船をイチイチ作るコストを考えたら割に合わんよ」

「一体誰が、何の為に・・・」

首をひねる列席者をちらっと見た後、中将は溜息を吐いた。

提督に確認せねばなるまい。

 

「提督、中将から通信が入っていると、通信棟から連絡が参りました」

本日の秘書艦である扶桑は、インカムに耳を当てながら言った。

「は?」

「内容は良く解りませんが、お急ぎとの事です」

「解った、すぐに行こう」

 

 



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最上の場合(6)

 

中将と提督が通信中。鎮守府通信棟。

 

 

「は?看板?宣伝?何の事でしょうか?」

次第を説明された提督はすっとんきょんな声を上げた。

「んん?提督の所ではないのか?」

「看板の謳い文句から考えるとうちしかありえなさそうですが、聞いておりません・・」

「わしもそう思う。すまんが確認を頼めるかな?」

「はい。やってるか否か以外に何か確認事項はありますか?」

「やたら巨大だが攻撃回避技術が尋常ではないらしい。どうやってるのか知りたい」

「解りました」

 

任務娘に礼を言って通信棟を出た提督は、扶桑に言った。

「夕張はどこかな」

「呼んでみますね」

二言三言会話を交わした扶桑は提督に向き直ると

「先程、艦娘化希望の深海棲艦が30体近く来たそうなので、ちょっと手が離せないと」

提督は確信した。話題の船はうちだ。

「扶桑、研究班の所に行こう」

 

「まぁた随分盛況だなあ」

工廠近くは見慣れない艦娘達と深海棲艦でごった返していた。

「はい!艦娘に戻ってまだ説明を聞いてない方!こっち集まってくださ~い!」

「問診票書き終えた深海棲艦の方はこっちですにゃ~!」

高雄や睦月の声が枯れている。そりゃこれだけの人数を相手にしてたらそうなるだろう。

「扶桑、夕張がどこに居るか見えるかい?」

「ええと・・・あ、あちらの長机に」

 

「あ・・提督・・お疲れ様です」

「・・・随分疲れてるな夕張」

「艦娘化希望の深海棲艦達が連日、昼夜問わず船で乗り付けて来るんですよ」

「夕張が作ったのかい?」

「いいえ、私がPRする船があれば良いねって話をしたら、最上が作ってくれたんです」

提督は溜息を吐いた。夕張じゃなくて最上か。瑞鳳辺りも噛んでるんだろう。

「で、その船はどこにあるんだい?」

「もう随分前に出航しましたよ」

「誰が操船してるんだい?」

「誰も乗ってませんよ」

「・・・へ?」

「自動操船プログラムが勝手に周回コースを回ってるんです」

提督は数秒考えた後、

「扶桑、重巡寮に行こうか」

と言った。

 

コン、コン。

「はーい・・・って提督!?ど、どうしたんだい?呼んでくれれば良かったのに」

引き戸の先に提督と扶桑を見た最上は慌てて自席から駆け寄ってきた。

無論三隈も隣に居る。

「あー、艦娘化PRの看板を積んだ無人船を作ったかい?」

「うん。もう1ヶ月くらい航行試験してるよ」

提督は溜息を吐くと、

「それならその旨、私に報告位しなさい。大本営から確認が来たんだよ」

「あ。そうだ言ってなかった。テストが終わったらと思ってたんだ。」

三隈が恐る恐るといった様子で口を開いた。

「えっと、艦娘さんと衝突事故でも起こしてしまいましたか?」

「いや、弾をすいすい避ける巨大看板が夜な夜な出没するけど、ありゃなんだと」

「えっ?艦娘に撃たれてるのかい?」

「いや、深海棲艦達らしい」

「そっか。じゃああの歪みは至近弾によるものだったんだね」

「夕張から少し聞いたが、自動操船なんだって?」

「うん、大体の周回コースを決めてあって、障害物や攻撃はその場で回避するよ」

「最上一人で作ったのかい?」

「船体と看板は僕と三隈、制御システムは瑞鳳だよ」

提督はなるほどと頷いた。この3人が組んだら誘導ミサイルでも作れるからな。

「図面とか性能諸元とか制御システムを大本営に提供しても良いかな?興味津々の様子でね」

「んー、一応瑞鳳に聞いてみるね」

そういうと最上はインカムをつまんだ。

 

「一晩で作ったプログラムだから恥ずかしいけど、良いよ」

最上の通信に慌てて飛んで来た瑞鳳は、説明を聞いてそう答えた。

「ま、今回は問題になってないから良いけど、鎮守府の外に出すなら一言言ってね」

「うん。忘れててごめんなさい」

「次回から必ず事前に申し上げますわ」

「すみませんでした」

「ところで、1ヶ月運行したんでしょ?」

「うん」

「何体位誘いに応じて来たの?」

「乗船数で良いのかい?」

「え?作った船って看板のみじゃないの?」

「看板も付けてるし、海面からすぐ乗り込めるようにシートも装備してる」

「あぁ、それで周回しながら乗せて帰ってくるって事か」

「ううん、乗ってボタンを押したら全速力で帰ってくるよ」

「そうなの?」

「大丈夫、ちゃんと全席シートベルトは付けてあるって」

「いや、そうじゃなくて」

「そうかい?深海棲艦達には結構評判がいいんだよ」

「シートベルトが?」

「うん」

「何体くらい乗れるの?」

「席数は100席。戦艦級の深海棲艦でも耐えられるよ」

「転覆しない?」

「乾舷が1mもないからね。船体はほとんど水の中さ」

「乗ってる子達は波でずぶ濡れじゃないか」

「最初はそうだったけど、今は強化ガラスの風防とエアコンを付けてるから快適だよ」

「へぇ。揺れは?」

「ほとんどないよ。幅60m長さ120m、3胴式で排水量2万トン」

「デカッ!エンジン何使ってるの?」

「15万馬力のLNGガスタービン2基並列だよ。駆動方式はジェット噴流さ」

「2基並列!?」

「実測値で50ノットを5時間位出せたよ」

「実測って・・出したの?」

瑞鳳が肩をすくめた。

「制御プログラムのミスで出ちゃったの。最初の1晩だけだけどね」

「はー、それを見てたのかなあ」

「何がだい?」

「大本営に上がった連絡では、深海棲艦を乗せた後30ノットは出てたって」

「それは今でもだね」

「はい?」

「今でも波が荒れてなければ35ノット出すもん」

「特急なんてもんじゃないね」

「風防付けてからは深海棲艦達からも好評だよ。遊園地のアトラクションみたいだったって」

提督は溜息を吐いた。まぁ良いんだけど。

「随分衝撃的だったから話題が逸れちゃったけど、何体位誘いに応じたの?」

「乗船数どれくらいだっけ?瑞鳳解る?」

「トータルですと・・・250体位ですね」

「250!?凄いじゃないか!」

「1日平均10体位だよ。僕は100体満載するかなって思ってたんだけど」

「いやいや、それでも凄いよ。ちなみにどの辺りまで行けるの?」

「設計上は太平洋ならどこでも行って帰って来られるよ」

「な、南極も?」

「距離的にはね。流氷とかで周囲を囲まれると脱出できないけど」

「ちなみに、何隻居るの?」

「まだテスト中だから1隻だけだよ。夕張からは何隻か配備させる構想をもらってたけど」

「研究班がパンクしちゃうよ」

「だよね。あ、そうだ。研究班がてんてこまいしてるのを何とかしようと思ってたんだ」

「そうしてやってくれ。夕張がグロッキーになってたから」

「解った。最優先で対応しておくよ」

その時、三隈が部屋に戻ってきた。

「提督。図面、プログラム、性能諸元表を印刷してきました。こちらの封筒に入っています」

「ありがとう。じゃあ大本営に送らせてもらうよ」

「はぁい」

 



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最上の場合(7)

 

 

送付から1週間後の午前、鎮守府通信棟。

 

提督は中将と通信を行っていた。

「提督、例の船、大本営の開発課から回答が来たんだが傑作だよ」

「ええと、どういう事でしょう?」

「新型の補給巡回船として採用するそうだ」

「あのバカデカイ船をですか?」

「大将が回避性能をいたく気に入ったらしくてな。なんかに使えと命令したらしい」

「まぁ、あの船なら乾舷が低いから荷役は楽ですが」

「あ、いや、積載量を増やす為に乾舷は上げ、狭い航路用に細身にするそうだ」

「まぁそうでしょうねえ」

「というわけで、開発課から君の所の最上、三隈、瑞鳳に報奨金が出るそうだ」

「おっ、初採用ですね」

「まぁ本当に少額らしいんだが、年に1件も無い採用例だ。大いに褒めてやりなさい」

「ありがとうございます」

「ところで・・この船で深海棲艦は応じて来たのかね?」

「それが段々と増えてまして、1ヶ月弱の累計で300体を超えました」

「なんだって!?」

「私も驚いたのですが、最近はほぼ毎日20体は来ます」

「そういえば最近、君の所から毎日のように訓練済艦娘が来るようになってきたね」

「ええ。ほとんどが今回のケースです」

「・・戦わずに済むなら、それに越した事はないな」

「はい」

「ま、賞状とかが届くから、最上達に渡してやってくれ」

「解りました」

 

数日後。

 

「えっ?採用されたのかい?」

「補給船のベースとしてね。それで採用の賞状と盾、それと副賞が届いたんだよ」

提督室に最上、三隈、瑞鳳を呼んだ提督は、経緯を説明した。

だが最上は表情を曇らせると

「元々の発案は夕張なんだ。一緒に表彰して欲しいなあ」

「図面に記載が無かったからなあ・・・」

「副賞って何だい?」

「商品券だね」

「・・三隈、僕は夕張にせめて副賞をあげたいと思うんだけど」

「夕張さん、年中オケラですものね。良いですわよ。三隈のも差し上げます」

「私も良いよ、表彰されたのが嬉しいし」

「ありがと。じゃあ提督、夕張も呼んでくれないかな?」

「良いとも」

 

「へっ?私は思いついた事をぱぱっと喋っただけだよ?」

「でもそれが起点になってるからね。表彰状が無くて申し訳ないんだけど」

「良いよ良いよ」

「まぁ、私は読み上げるからさ。じゃあ最上!」

「はい!」

「表彰!最上殿!貴殿は三隈、瑞鳳、夕張と共に装備開発に多大な貢献をしました!」

「・・・」

「よってここに表彰すると共に、記念の盾と副賞を差し上げます!」

提督から賞状等を手渡され、その場の面々から拍手を受けると、最上はぽわっと頬を染め、

「あ、いや、褒められるって嬉しいね。あ、じゃあ副賞は夕張に」

「へっ?」

「商品券らしいよ。賞状の代わりに受け取ってくれないかな」

「え、良いの?良いの?ありがとう!」

「じゃあ次、三隈さん!」

「はーい」

「表彰!三隈殿!以下同文です!」

「ありがとうございます。では、私も」

「えっ!三隈さんもくれるの?」

「ええ」

「じゃあ最後!瑞鳳!」

「はい!」

「表彰っ!瑞鳳殿!以下同文ね」

「ありがとうございます!うわぁ、表彰状って嬉しいですねぇ」

「まぁそうだね。嬉しいものだよね」

「じゃ、喜びのおすそ分け!」

「えええっ!?3人ともくれるの!」

「うん」

「ねぇねぇ、幾らの商品券なの?」

「おぉ、そう言えば私も見た事無いから見せてくれ」

「え、えへへ。じゃあ開けますね・・・」

と、言って夕張が封を切って取り出すと・・・

「・・・500コイン、だって」

「・・・は?」

「うそ!?」

「な、何枚か入ってるんじゃないの?」

「・・・1枚だけ・・・だよ」

「のっ!残りは?他も?」

「え、ええと、待って・・・待ってね・・・」

「こ、こっちも500コインだ」

「こっちも・・・」

「・・・・・」

提督や秘書艦まで皆、数秒間沈黙したのち、

 

 「大本営のドケチっ!」

 

と、ハモったのである。

提督が眉をひそめた後、

「よし、じゃあ私が昼御飯奢ってやろう!好きなの頼みなさい!」

「えっ、良いのかい?」

「やったー!」

「折角だ。私達も一緒の席で食べようよ比叡」

「そうですね!お祝い昼食会です!」

その時、三隈が

「提督、特上天御膳は、アリですか?」

4人+比叡のキラキラした視線に、ほんの少し前にケチと叫んだ手前、

「一人辺り1800コインも追加だからダメ」

とは言いづらかった提督は、

「ひ・・・い、良いよ。お、奢・・るよ。なんとか・・するよ」

と、涙目で言ったが、三隈はくすっと笑うと

「冗談です。天ぷら定食で良いですよ」

と訂正し、ブーイングの表情になる最上達にウィンクした後、

「でも、間宮アイスをデザートにつけてくださいね?」

「おぉ、天ぷら定食に間宮アイス6人分だな!良いとも良いとも!」

と笑顔で返した。

夕張は頷いた。

最初から天定+アイスだとアイスが拒否されるだろうが、特上天御膳の代わりなら安く感じる。

提督が喜んで払ってくれるなら次回以降もねだりやすいという事か。

夕張はそっと三隈に耳打ちした。

「今後の道を残したわね?」

三隈はにこりと笑った。

「最上さんの才能なら、この後幾らでもこういう機会がありますから」

 

3カ月後。

 

「ようこそ、艦娘化希望の皆様。問診票がお済でない方は1番の窓口にお並びください」

「問診票を書き終えた方は2番の入り口をお入りください」

「艦娘に戻った方は順番に説明しますので、3番の入口が開きましたらお入りください」

 

桟橋の脇の岩盤をくり抜いた形で3つの窓口が新設され、1日中音声案内が鳴っている。

艦娘化した子達にアンケートを実施した結果、教育課程の希望者は全体の2割程度だった。

そしてその2割の中も基本的な事をおさらいしたいという子達が多くを占めていた。

そこで短期間の総復習コースを新設した所、大変好評を博した。

つまり受付窓口の効率化、希望者の選別、教育時間の短縮化を図ったのである。

この結果、1日100体まで受け入れられるようになった。

看板船は最近では数日帰って来ない事もあるが、50体程乗せて帰ってくる事もあった。

現在の看板船は第2世代で、定員は50名に減っていた。

初代看板船は解体処分されてしまったが、壮絶な最後だったのである。

その話は1ヶ月ほど遡る。

 

「んー、どうしようかなあ」

「どうしたんですの最上さん」

「本来なら間もなく出航時間なんだけどね」

「ええ」

「出航5時間後位から、鎮守府がハリケーンに見舞われるんだよ」

「あらら」

「ハリケーンのコースは南東の海から鎮守府近海を通過して、そのまま北西に進んでいく」

「予想中心気圧は・・930hpa、かなり強烈ですわね」

「そうなんだ。もし出航を取りやめても」

「そんな高波の時に係留してられるか、微妙ですわね」

「うん。かえって出航してる方が高波でも姿勢制御システムが働くから安全かもしれない」

「でも海の上で遭遇するのも危険ですし悩ましいですわね。瑞鳳さんは何と言うかしら?」

 

「じゃあ北東に出航させたら?」

瑞鳳の提案に最上はポンと手を打った。

「お!そうか、台風の進路から外せばいいね!すっかり忘れてたよ!」

「でしょ。ハリケーンが鎮守府に居る時間帯は帰って来ないように足止めさせるから」

「完璧だね。さすが瑞鳳!」

「えっへっへー」

 

 



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最上の場合(8)

ハリケーン襲撃当日の夕方、空母寮瑞鳳の部屋。

 

「瑞鳳、ちょっと良いかな?」

「んー?どしたの最上ちゃん?」

「それがね、悪いニュースなんだ」

「どうしたの?」

「ハリケーンの発達が急激で、更にコースが変わってしまったんだ」

「悪いって事は・・」

「そう、今日の航行コースに被っちゃうんだ」

「自動航行だからね・・今更回収出来ないよ」

「呼び戻す機能があってもいいね」

瑞鳳は顔を曇らせた。

「その前に、帰ってこないかもね」

最上は肩をすくめた。

「それならそれで仕方ないけど、出来れば帰ってきて欲しいね」

 

その頃、現地では。

 

「オ、オイ、アノ雲ハ洒落ニナラン。コッチニ撤退シテ良カッタノカ?」

「艦娘達ノ射程圏内カラ退避スルニハ、コレシカナカッタジャナイカ・・」

 

艦娘達との戦いで劣勢になった深海棲艦の艦隊は、急速に近づいてくる雲に突き進んでいた。

背後には追撃態勢の艦娘達が居た筈だが、少し前からレーダーには映らなくなった。

恐らく巨大なハリケーンに突進するような愚行は避けたのだろう。

至極正しい判断である。

そう。艦娘達からは逃れられたが、目の前の雲は、海域は、異常だった。

遠目でもくっきり目が解るってどれだけデカいんだ?

次第に波を越える度に落ちる高さと角度が洒落にならなくなってきた。

「コレダケノ高波デハ海中モ大荒レダ。避難スル所ガ無イ。参ッタナ」

「僕達、沈ンジャウノ?」

強さを増す雨の中、袖を引っ張り聞いてくる部下に返す言葉が無い旗艦。

その時。

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

 

「・・・・?」

景色が真っ白になる程の豪雨の中、目を凝らした旗艦は看板の明かりが微かに見えた。

あれは、噂の・・・

「ゼ、全艦手ヲツナギ全速前進!真正面ノ看板ニ向カエ!」

「ナ、波ガ高イヨウ」

「進マナイヨウ」

「ガンバレ!ガンバルンダ!」

 

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

 

やっぱりそうだ。艦娘化の勧誘広告の巨大看板と、船室がある。

「サァ頑張レ!アノ船室ニ入ルンダ!」

「ウヒャッ!」

ザパァンと高波が押し寄せると、喫水線の下にある筈の看板が目の前に現れる。

そして次の瞬間、落下した船体が押し出す猛烈な波に襲われる。

それでも6体の深海棲艦達はなんとかデッキに這い登ると、右舷の船室内に入った。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲッ」

「ダ、大丈夫カ、オ前達!」

「ウェーン、怖カッタデスー」

「ココドコデスカー?」

波の頂点から落下する時の急角度と無重力感は恐怖以外の何物でもない。

シートの固定台座にしがみ付くのがやっとだった。

だが、風防によって豪雨と暴風、そして波から解放された事で、少しだけ気が楽になった。

「ネェ!シートベルトシタラ座レルンジャナイ?」

「ソウダナ!皆シートニ座レ!」

何とか波間の穏やかな時を狙ってシートに座り、ベルトを固定すると、

「オ、オオ、何トカナリソウダナ」

そして改めて風防越しに外を見た深海棲艦達はぞっとした。

波の高さは30m以上の大しけであり、あの中にまだ居たら力尽きていたかもしれない。

「タ、助カッタ・・」

シートに固定されているという事に安堵した深海棲艦達は、そのまま眠ってしまった。

だが雨と潮ですっかり衰弱しており、動く事もままならなかった。

 

それから3時間後。

 

「おっ、おい!見ろ!船だ!」

「おーい!おおおーい!」

「近づいてくるか?」

「来てる感じだけど、気付いてるような反応が無いよ?」

「よし、皆、なんとかこちらから行って気付いてもらおう!行くぞ!」

 

先程、深海棲艦達を追い詰めていた艦娘達は、ハリケーンを直前で回避した。

しかし、暴風圏、強風圏を避け続けて航行した為に、当初予定航続距離を大幅に超過。

結果、海原の真っ只中で旗艦の戦艦が燃料切れという最悪の事態になってしまった。

周囲には島の1つも見当たらず、残りの船の燃料も僅か。

絶望的な状況で海原の先に見えたのが看板船、という訳だった。

 

「す、すまない皆、あと少し、このまま直線で行けば辿り着く!」

戦艦を懸命に引っ張る軽巡と駆逐艦達。

「いっちに!いっちに!いっちに!」

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

 

「軍艦マーチが聞こえるぞ!もう少しだ!」

「いっちに!いっちに!いっちに!」

 

こうしてやっとの思いで船に辿り着いた艦娘達は、左舷の船室に入った。

「た、助かった。皆、礼を言うぞ」

「なんか船体が歪んでいるが・・大丈夫なのか、これ?」

「お腹空きましたー」

「ええと・・このボタンを押せばソロル鎮守府って所に行くみたいですね」

「聞いた事が無いが・・鎮守府なら頼み込めば燃料位は補給してくれよう」

「じゃ、じゃあ押しますね」

 

ポチッ。

 

「えっとー、深海棲艦の皆さん、おはようございます。こんにちは、こんばんは」

「えっ!わっ、我々は艦娘なのだが・・・」

「きっと自動音声ですよ」

「これから私達の鎮守府までご案内します。10分後に出航します。全員乗船してください」

「あ、え、ええと、全員乗船してるのだが」

「だから、自動音声ですって」

「鎮守府までは 6 時間を予定しています。シートに座り、ベルトを締めてください」

「解った。皆、席に着いてベルトをしよう!」

「・・それでは、出航します」

軍艦マーチが鳴り止むと、次第にエンジン音が大きくなり始めた。

キュィィ・・・ィィィィイイイン!

ガクガクと船体が大きく震える。エンジンの音が不安定だ。

「頼む・・皆を・・助け・・」

緊張だけで精神力を保っていた旗艦の戦艦は、シートでがくりと意識を失った。

 

 

 



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最上の場合(9)

ハリケーン襲撃の翌朝、鎮守府工廠前の浜辺。

 

「いやー、すっごい大雨だったね!」

「もうどこから海面か解んなかったよー」

「工廠によく浸水しなかったよねぇ」

「バカにするでない。設計は完璧じゃよ」

「さっすが工廠長だねー」

ハリケーンが完全に過ぎた後、恐る恐る出てきた艦娘達は、真っ先に工廠に向かった。

そこが一番鎮守府の中で海面に近いから心配になったのだ。

しかし、工廠長の言葉通り、工廠も設備も全て無事だった。

皆で工廠や浜に流れ着いた流木やごみを拾い集めていたその時。

 

ポ・ポポ・ポポ・ポポ・・ポーッ!

 

「・・へ?」

瑞鳳は耳を疑った。

確かに帰航条件には合致してるけど、誰か連れて来たの?

ていうか、あの船よく耐えきったわね。夕張がデータ欲しがりそう。

瑞鳳は竹箒を近くの艦娘に手渡すと、インカムをつまんだ。

汽笛の音は最上や三隈も聞いていたし、意味も知っていた。

「あれぇ?お客さんだねぇ」

「ハリケーンから逃げて来たのかもしれないですわ」

「だとすると、艦娘の可能性もあるね。夕張達に知らせよう!」

 

鎮守府の波止場に着いた看板船は、まさに満身創痍の状態だった。

船体も看板も歪み、風防はあちこちヒビが入り、ドアも開けにくかった。

推進制御機能も複数個所で破損し、エンジンも片方しか機能していなかった。

しかし、皆が驚いたのはそこではなかった。

 

「艦娘が左舷側、深海棲艦が右舷側で目を回してるよ」

「乗り合わせた事、知ってるのかなあ」

「まぁとりあえず、艦娘達は入渠ドックへ、深海棲艦達は起きるのを待って受付だね」

「よーし皆、ドックに運んじゃいな!」

「おーう!」

 

そして数時間後。

 

修理を終えた艦娘達が提督室を訊ねてきた。

「提督殿、完全修理してくれた事、厚く御礼を申し上げる」

「いやいやお互い様だよ。それにしても何があったんだい?」

「深海棲艦との戦闘後、ハリケーンを回避したら海原の真ん中で燃料が切れてしまったのだ」

「うわ」

「どうしようもないと思っていたら、あの看板が見えてな」

「まぁ遠くからでも見えるだろうね」

「何とか皆で航行し、船に乗り込んで、看板を信じてボタンを押したのだ」

「そうか。じゃあ緊急避難先としても使えるって事だね」

「それにしても・・・深海棲艦の艦娘化など出来るのか?」

「あぁ、うん、もう1500体以上やってるよ」

「な、なんだって!?」

「あの船に乗ってきた子だけでも600体以上やってるしねえ」

「・・・・はぁ」

「どうした?」

「い、いや。ところでここはどこの辺りなのか教えてはくれないか?」

「あぁ、そりゃそうだね。この位の海図でいいかな」

「充分だ」

「現在地はこの辺りだよ。間もなく昼だから、昼食を食べてから出航するといい」

「重ね重ね感謝する」

「赤城、一緒に昼食をとって良いからこの子達を食堂に案内してくれ」

「解りました!」

「さて、緊急避難先の件、最上達に伝えるかね」

 

一方、工廠近くの浜辺では。

「本当ニ本当ニ、危ナイ所ヲ助ケテクレテ感謝スル」

「高さ30mの高波じゃあシートベルトがあって良かったね」

「アレガ無ケレバ死ンデイタ」

「とりあえず、お疲れの所悪いけど、艦娘化しちゃおっか」

「ア、アア。ソンナ早ク済ムノカ?」

「1人8分くらいだよ」

「・・・・ソンナ早イノカ」

「そっか、皆もっとかかるって思ってるんだね?」

「アノ看板ノ噂ハ皆聞イタ事ガアッタ。ダガ誰モ帰ッテコナイカラ真偽ガ解ラナカッタ」

「まぁ艦娘になっちゃったら海底には帰れないもんね」

「アト、時間ガドレクライカカルカ全ク見当ガ付カナカッタ」

「そっか。じゃあその辺を盛り込んだ看板にしようかなあ」

「じゃ、問診票書くからこっち来て」

深海棲艦の一行が研究室に入ったとき、提督が最上の所にやってきた。

「おおい」

「あ、提督、どうしたんだい?」

「さっきの船に乗ってた艦娘達がね」

「うん」

「ハリケーンを避けていたら燃料切れになり、たまたま通りがかった看板船に乗ったんだって」

「へぇ」

「海原での艦娘緊急避難場所としても使えるなら、看板に追加して欲しいなあって」

「うーん、一緒に乗って大丈夫かなあ」

「・・まぁね」

「僕としては、緊急避難船と看板船は分けたいなあ」

「船の痛み具合はどうだい?」

「残念ながら解体するしかないよ。見た目以上に内部のダメージが大きすぎるんだ」

「そうか」

「機関系はオーバーホールすればいけそうだから、船体と看板だけだけど」

「まぁ、それなら緊急避難船も一緒に作ってよ。出航させて良いから」

「解った。それなら今回の反省も踏まえて少し小さくするから、2隻作らせてもらうよ」

「その辺は最上に任せるよ」

「うん」

「いずれにせよ、最上の作った船が深海棲艦や艦娘の命を救ったよ。誇らしい事だ」

提督がわしわしと最上の頭を撫でると、最上はぽうっと頬を染めながら、

「・・・えへへへ」

と笑った。

 

こうして作られた2隻の船だが、それぞれの看板にはこう書いてあった。

 

 ソロル鎮守府では深海棲艦の艦娘化実施中!

 深海棲艦の皆様!今なら無料で艦娘に!

 お一人様、たった8分で戻れます!

 このチャンスをお見逃しなく!

 いつ乗るの?今でしょ!

 さぁ船に乗ってボタンをPushしよう!

 

 本船は緊急避難先として巡航中です。

 破損や燃料切れで航行不能の艦娘の方。

 ご乗船頂き、ボタンを押してください。

 ソロル鎮守府までご案内します。

 

 

それぞれのキャッチコピーを見た提督は、傍らに居る最上に言った。

「・・まぁ、なんだ。よく特色が出てるよね」

「でしょ?結構頑張って考えたんだよ」

「・・最上が考えたの?」

「そうだよ」

「・・そっか」

「ところで、新しい船はだいぶ小さくなったね」

「そうだね。30m級の高波にも耐えないといけないし」

「耐えられるんだ」

「もちろん。その代わり定員は50名に半減したけどね」

「まぁ良いんじゃない?」

「燃費は35%改善したよ」

「それは素晴らしいね」

「と言うわけで、出航させるね」

「一体でも一人でも多く、救い出せると良いな」

「そうだね」

「ところで、勧誘船に誰か乗ってない?」

「うん。元深海棲艦の艦娘が二人乗ってるよ」

「なんでまた?」

「実験なんだけど、躊躇ってる子が居たら説得出来ないかなって」

「艦娘が見えたってだけで怯えて来ないんじゃない?」

「可能性はあるし、居ないほうが効率的なら降りてもらうよ」

「まぁ、その辺は最上に任せるよ」

「解った」

 

結果、提督の心配通り艦娘が居ると乗ってくる深海棲艦は随分減ってしまった。

なので勧誘船も避難船も無人のまま、今日も元気に海原を航行している。

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

 

そう、軍艦マーチを響かせながら。

 




最上編、終了です。

爽やかで軽いタッチの天才肌というのが私の中の最上のイメージです。
皆様はどんな感じでしょう?

さて、次はどなたにしましょうか・・・


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扶桑の場合(1)

 

 

現在。鎮守府裏の森。

 

「おんかかかびさんまえいそわか・・・やあっ!」

艤装を解き、錫杖(しゃくじょう)と宝珠を手にした扶桑は、真言を唱え終えた。

地蔵菩薩様、本日もどうぞよろしくお願いいたします。

森の中でもひときわ大きく太い、注連縄を張った木と地蔵尊に一礼すると、振り返った。

「あら?」

艤装の影に、何かが隠れた気がした。

それは多分、実体が無い。

「怖がらなくても良いのですよ」

扶桑の優しい声に反応したのか、そっと出てきた姿を見ると、扶桑は

「どうしたのです?何か手を貸せることはありますか?」

と言い、にっこりと微笑んだ。

 

 

その少し後。朝の提督室。

 

「提督、いい天気ですね」

「そうかい?私はシュウマイになった気分だよ」

汗ひとつかかず涼しげな扶桑とは対照的に、提督はへちゃりと机に伏した。

やがて顔を上げると書類の上に汗がぽたりと落ちた。

「数日前までは無駄な抵抗をしたよ。濡れタオルを首に巻いたりもしたさ」

ぽたり。

「けれどね、0700時から気温32度に湿度68%はね、おかしいよ」

扶桑が小首を傾げる。

「昨年の平均気温や最高気温と比べても、それほど差はありませんよ?」

提督は再び机に伏した。

「昨年と比べて違う事はだね、扶桑」

「はい」

「昨日からエアコンが壊れてるという点が挙げられる」

「明日の夜でしたっけ、部品が届くのは」

「その通り。最短でね。もう今から連絡船が来るのを待って居たいよ」

「お仕事して頂きませんと・・」

「もう全部ハンコ押しちゃうか全部拒否したいです」

「選別位してくださいね」

「うー」

溶けかかる提督の姿を困ったように見ていた扶桑は、ポンと手を打つと、

「提督、涼しくなる良いお話がございました」

提督が自分の腕枕から片目だけ上げて扶桑を見返す。

「話~?」

扶桑は頷いた。いつもの提督ならこの時点で止める筈なのに止めない。

まぁ、事実をお伝えするのも秘書艦の務めです。

 

「提督、姫の島の事、覚えてらっしゃいますか?」

「・・・酷い戦いだった。あぁ、そうか、あれは12月だったか」

「はい」

「幾ら冬の季節の話だからと言って、思い出しても涼しくならないよ・・」

「いえ、違います」

「んー?」

「全てが終わった帰りの海路を覚えておいでですか?」

「・・・ええと、皆満身創痍で空腹で、慰霊塔を遠目で見ながら帰ったね」

「はい」

「随分海が穏やかだった・・・よね?」

「その通りです」

「うん」

「その後、浜で私が提督に問われて申し上げた事、覚えておいでですか?」

「待ってくれ・・ええと・・えーと、バーベキューをして」

「はい」

「大将殿に戦況のあらましを説明して」

「はい」

「合同慰霊碑を・・建てて・・・」

「はい」

提督がピクリと首を上げた。

「工廠長がお盆にはぼたもち持って来いって言われたんだっけ?」

扶桑が苦笑した。

「それも正解ですが、その少し前ですわ」

「うー・・・ううううう」

「提督が、今後も弔いたいと仰ったのを聞いて、亡くなった皆さんが喜んだ、という所です」

「あ」

「思い出して頂けましたか?」

「うん、そうだった。また・・来るって・・言った・・ね」

「ええ、そこを思い出して頂けましたか」

提督はカレンダーを見た。

「あれ、お盆って・・・」

「昨日からですわ」

提督がごくりと唾を飲み込んだ。エアコンが壊れたのも昨日だ。

「ふ、扶桑さん?」

「はい」

「なんで・・思い出させた・・のかな?」

扶桑は目を瞑り、やれやれと溜息をついた。

「どうもこうもありませんわ。そろそろじゃないかと催促されているからです」

「さ、催促?」

「はい」

「ええっと、それは・・」

扶桑は肩をすくめた。

「提督の周りにおられる方々ですわ」

がばりと提督は身を起こすと首を回し、周囲をぐいぐいと見回した。

「な・・何も居ない・・けど」

「私は山城とは違い、こういう事で冗談は申し上げませんわ」

提督の背中を嫌な汗が伝った。確かに扶桑の言うとおり、扶桑はこういう冗談は言わない。

という事は。

「え、ええとええと、どなたが居るのかな?」

扶桑は見回すような仕草をした後、

「妖精の方々で、良いんですよね。ありがとうございます」

と、提督よりずっと左の方を向いて御礼をした。

提督もつられてその位置を見るが、何も見えない。でも一応頭は下げておく。

提督の汗はすっかり冷や汗に変わっていた。

「ど、どど、どうすれば良いかな?」

扶桑は肩をすくめた。

「工廠長とお盆に参ると仰ったのですから、伺えばよろしいのでは・・」

提督は何度も頷いた。

「よ、よし、工廠長を呼んでくれ」

 

「なんじゃ提督・・うん?」

提督室に入ってきた工廠長は、腕をさすった。

「どうしました工廠長?」

「いや、暑い筈なんだが、寒気がしての」

「ほぅ、それは話が早い」

「なんじゃと?」

「工廠長、姫の島を覚えてますか?」

「無論じゃよ」

「去り際に何と仰いましたか?」

「去り際じゃと?」

「去り際です」

「わしがか?」

「ええ」

「ふーむ・・・慰霊塔に丸い火が灯った、という事か?」

「惜しい!そのもうちょっと後です」

「ん?んー、はて、なんだったかのう」

その時。

「!」

「ど、どうしました?」

「い、今なんか全身に鳥肌が立ったぞ!何だというんじゃ?」

扶桑がついに口を開いた。

「皆様が大層お怒りなんですよ」

「み、皆様、じゃと?」

「はい」

目を左右に動かした工廠長はハッとした顔で、

「・・霊、かの?」

と言い、扶桑が頷いた時、

 

ポーン!

 

と、時計が半刻を告げる鐘を鳴らしたので、工廠長は20cmは飛び上がった。

「ひっ!」

提督が静かに告げた。

「ええと、工廠長が仰ったのは、お盆の時期に来ようという事です」

「お、お盆・・」

扶桑が後を継いだ。

「そして皆様の返事は、ぼたもちをよろしく、と」

扶桑の言葉に工廠長はぎゅっと目を瞑って考えていたが、

「・・・・すまん。本当に忘れておった」

と、何もない空間に向けて謝った。

「というわけでですね、工廠長」

「お、おう」

「ぼた餅を持って、草刈りにでも行きませんか?」

「慰霊碑の所にじゃな?良かろう。忘れていた罪滅ぼしじゃ」

「じゃあ間宮さんの所に行きますか」

 

 

 



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扶桑の場合(2)

 

 

現在。食堂の調理場。

 

「困ったわね・・」

間宮は検品作業を終えて首を傾げていた。

「間宮さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

「あ、提督、工廠長さん、おはようございます」

「どうしたの、困った顔して」

「それが、もち米と小豆と砂糖が何故か大量に届いてしまって」

提督と工廠長はごくりと唾を飲み、扶桑は横を向くと、

「悪戯はいけません。めっ!」

と、随分低いところに叱るような仕草をした。

「え、ええと、何か?」

「あ、あああああいや間宮さん、それ、私が買い取るよ」

「わ、わしも半額出す」

間宮はますます首を傾げた。

「へ?提督と工廠長さんがですか?いえ、間違えて届いたので返品します」

「い、いや、間違いでも何でも良いんじゃよ」

「お二人とも様子が変ですよ?」

「と、とにかく、その材料を使ってぼた餅を作って欲しいんだよ」

「ぼた餅・・あぁ、お盆の時期ですものね」

「そ、そうなんだよ」

「でもこれだけの量ですと全ての艦娘の皆様に配っても余りますよ?」

「良いの。良いから。お願いします」

「出来るだけ急ぎで頼みたいんじゃ」

「・・・あの、お二人ともお顔の色が優れないようですけど」

「なんでもない、なんでもないんだ」

「この件に深い入りしちゃいかん」

「は、はぁ・・じゃあ、よろしいのですか?」

「よろしいのです」

「作ったら箱に詰めてくれ。持って行くんでな」

「皆様に振舞われるのなら、お昼御飯の時に出しましょうか?」

「い、いいや、違うんじゃ。お重に詰めてくれ」

「はい?え、ええ、良いですけど、どうし」

「良いから!これ以上聞いちゃだめ!巻き添えになるよ!」

間宮はついに眉をひそめた。

「・・・提督、工廠長さん」

「な、なんだね?」

「ご説明を」

「じゃ、じゃから深入りは」

「気持ち悪くて仕方ありません!ご説明を!」

提督と工廠長は顔を見合わせ、扶桑を見た。扶桑は肩をすくめると

「では、私からお話します」

 

「なるほど。姫の島で犠牲になった妖精の方々への弔いの品なのですね」

「そうなんです」

「私にもお姿は見えませんが、この大量の発注はそういう事なのですね」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ、扶桑さんが謝る事ではありませんから」

「発注書を細工した子はしっかり叱っておきますので」

扶桑がギロリと左の方を睨み、懐からお札を覗かせた。

「悪い子は、昇天ですよ?」

間宮がふうむと頷いた。

「ええと、おおよその対象数を教えてもらえますか?」

「・・・128体だそうです」

間宮は工廠長の方を向いて言った。

「工廠長さん」

「うむ?」

「工廠の妖精さんの場合、妖精さんのサイズでお一人2個でしたよね?」

「うむ。ゴマ小豆と小豆きなこを1個ずつじゃな」

「それなら128体の妖精さんの分、その2種類をご用意しますね」

提督が口を開いた。

「それはそれで、あと、手伝いを呼ぶから10名分、これは普通サイズで」

「解りました。それなら1100時にはご用意できます」

工廠長が時計を見ながら言った。

「午後から出発では帰るのが間に合わんじゃろう」

「そうですね。間宮さんにはぼた餅を頑張ってもらって、お弁当を鳳翔さんに頼みますか」

間宮が頷いた。

「では、出来上がりましたらお知らせします」

「よろしく頼むよ」

扶桑が間宮に言った。

「私の方から、もう悪戯しないよう言っておきましたので」

「ありがとうございます」

 

提督から説明を聞いた山城は即答した。

「姉様が行くならお供します」

「清々しいまでに姉思いだよね山城は」

「真っ直ぐです」

「うん、解った。じゃあ草引き要員を後6名集めてください」

「6名?」

「6名」

窓の外を見た山城はニヤリと笑った。

「そこに丁度6名居るじゃない」

提督と工廠長もつられて見た。

「6名+1だけどな」

 

「へ、草むしり?この暑いのに?」

「ちょ!?なんで島風が草引きしないといけないの?」

「お墓参りは良い事ですよ!」

「張り切って参りましょ~!」

「・・・・」

「うわー、アタシが自分で行けば良かったぁ」

「愛宕ちゃん外出中だからね」

そう。たまたま外を歩いていたのは

夕張、島風、鳥海、睦月、東雲、摩耶、そして高雄である。

さすがに妖精の東雲は可哀想と思い、提督は免除しようとしたが、

「睦月ちゃんを手伝います!」

と、元気良く返事を返したので、提督は摩耶に

「睦月達が熱中症にならないように、頼む」

と耳打ちした。

 

そして、昼過ぎ。

 

「意外と・・生えてなかったわね」

という夕張の言葉の通り、慰霊碑の周辺は草が生えていなかった。

それは皆忘れていたのだが、工廠長は周囲の地面も整地し、石畳を敷いていた為である。

よって、浜から慰霊碑までは全く草がなく、慰霊碑周辺の砂利に生えた草を引くだけで済んだ。

 

「よっし、引いた草は袋詰めしたか?」

「は~い」

「じゃあ一人一束ずつお線香を持って、そこの蝋燭で火をつけて、慰霊碑に供えよう」

一人ずつ焼香を済ませる中、扶桑が包みを手に取った。

「ぼた餅、お供えしますね」

「ありがとう扶桑、頼むよ」

「はい・・ほら、押さないの。ちゃんと数はありますからね」

何も見えない空間に叱るような仕草を見せる扶桑を見て、島風が山城に聞いた。

「誰が居るの?」

「ええっとね・・妖精かな。昔の東雲ちゃんにちょっと似てる」

「へぇ、そんなちっこい子なんだ」

「そうね」

焼香を済ませた提督は山城に訊ねた。

「なぁ、妖精しか居ないのかい?」

「そうね。大勢居るけど全部妖精みたいね」

「あの時は艦娘達も居たよね」

「艦娘達は帰属したんだと思いますよ」

「あ、そうか、そういうことか」

帰属とは、船霊として海原に戻り、Lv1の艦娘として拾われるのを待つ事を指す。

「じゃあ艦娘の子達はそれぞれ鎮守府で再び生活してるのかな?」

「まぁ昇天した子も居るでしょうけど、ここに残ってる子は居ないわね」

「そういえば工廠長」

「なんじゃ?」

「艦娘の子達は転属とか帰属とかありますが、妖精さんの場合はどうなるんです?」

「ふむ」

工廠長はぐるりとメンバーを見渡すと、

「他言無用を、守れるかの?」

こくりと頷く面々を確認すると、工廠長は一つ咳払いをした。

「姫は深海棲艦じゃったから死んだと言うたがの、実は妖精に死の概念は無い」

「・・・は?」

「妖精はの、必要とする者が居れば、ずっと生きていられるんじゃよ」

「そうなんですか?」

「うむ」

「では、今扶桑達にだけ見えている妖精達は・・」

「誰も必要としなくなって時間が経ってるんじゃろう」

「このままだとどうなるんです?」

「そうさの。今は扶桑が姿を認めて話しかけているから少し回復しておるが・・」

じっと聞き入る面々に、工廠長は

「誰もが完全に忘れてしもうたら、そのまま消えるのじゃよ」

「消えるのが、すなわち死という事ですか?」

「まぁそうじゃ。そこまで忘れ去られたら二度と戻れんからの」

「すると、あの子達が鎮守府を尋ねてきたのは・・」

「提督か、扶桑か、山城かが覚えてるのを察して、忘れないでと言いにきたのじゃろうよ」

 

うみねこが遠くで鳴いていた。

 



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扶桑の場合(3)

 

現在。旧鎮守府の慰霊碑前。

 

工廠長の説明を聞き、提督は眉をひそめながら腕を組んだ。

「切ないですね」

だが、工廠長はこう切り替えした。

「提督が構わんのなら、うちで引き取るぞ?」

「はい?」

「さっきの逆で、必要とされればどんどん元に戻る」

「・・・ええと」

「別に幽霊になったわけじゃないからの、元通りになれば誰でも見えるようになる」

島風が口を開いた。

「工廠長さん、聞いて良い?」

「うむ」

「東雲ちゃんは、どうして深海棲艦ぽくなっちゃったの?」

「必要とした先じゃよ」

「必要とした、先?」

「うむ。艦娘や人間が必要とするのと同じように、深海棲艦が必要とすれば、な」

「あ」

「深海棲艦のような被り物と、深海棲艦のような肌の色をしておったじゃろ?」

「うん」

「地上で艦娘や人間に必要とされるように、深海棲艦に必要とされたんじゃよ」

「ってことは、慰霊碑の所に居る子達も」

「再び深海棲艦に必要とされればそっちに行くじゃろうな」

「その、慰霊碑の周りに居る子達は、うちに来ても良いんですかね?」

「そこはわしには解らん」

「扶桑さん、聞いてみてくれないかな?」

扶桑は横の足元を見た。

「えっとね、私達に修理や補給をしたり、建造や開発を手伝ってくれるかしら?」

すると、扶桑の視線の先がにわかに輝き出すと、妖精達が姿を現したのである。

「あー!」

声を上げたのは東雲であり、現れたばかりの妖精の一人に駆け寄っていく。

そして手を取り合うと嬉しそうにはしゃいだ。

「東雲、知り合いかの?」

「ず~っと前、最初の鎮守府で一緒だった子です!」

「・・・と、いうことは」

「その後すぐに鎮守府が攻撃されて、私は海に落ちちゃって」

「そうか・・」

「皆は海に落ちなかったんだね」

すると、東雲と手を取り合っていた妖精が言った。

「あの時の皆は散り散りになったの。私はその後、この鎮守府で頑張ったんだけど・・」

「また攻撃されて、姫の島になっちゃったんだね」

「そう。本当に悔しかったの」

工廠長はふむと頷いた。

「のう東雲」

「はい?」

「深海棲艦の艦娘化作業を手伝ってもらったらどうかの?」

「へ?」

「今は睦月と二人じゃから休むのも大変じゃろう。じゃが大勢居れば楽になるじゃろ」

「そ、それはそうですけど・・良いんですか?」

「工廠の妖精は充分居るし、困ったら手を貸してくれれば充分じゃよ」

「そっか・・・」

「東雲と睦月の二人で、やってきた事を説明してあげなさい」

東雲は妖精達を見た。

「えっと、深海棲艦になっちゃった艦娘さんを戻すのを、手伝ってくれますか?」

妖精達はにこりと笑って頷いたので、工廠長が、

「よしよし、じゃあ皆でぼた餅を頂こうじゃないか、のう?」

と言い、妖精達はわあっと喜んだ。

扶桑はぼた餅を手に、そっと慰霊碑の周りを確認した。

ぽつんと1体きりとかで、寂しく思いを募らせてる霊は居ないだろうかと。

だが、周りには見えなかった。

「山城、自縛霊やはぐれた子は見えますか?」

姉の声に素早く応じて探し始めた山城だったが、やがて首を振ると

「・・・いいえ姉様。私の方では見えません」

「そう。じゃあ大丈夫かしら、ね」

 

その後鎮守府に戻ったところ、提督室のエアコンはしれっと動いたそうである。

提督がリモコンを手にしたままガタガタ震え上がったのは言うまでもない。

 

1週間後の朝。

 

提督は研究室を訪ねた。

「おぉ、なんだか大所帯になった感じだね!」

睦月と東雲は、今日も部屋の隅で妖精達に艦娘化作業をレクチャーしている。

「あら提督、お疲れ様です」

愛宕が淹れてくれたお茶を飲みながら、提督は目を細めた。

睦月も東雲も、可哀想な過去を背負っている。

それが今ではああして妖精達に教える立場になっている。

そのお膳立てを我が鎮守府が出来たのなら本当に嬉しい。

「あ、提督、おはようございますにゃん」

「どう?皆、解ってくれそうかい?」

「理解してくれた子はまだ1割位ですが、皆熱心に聞いてくれるので、そのうちには」

「そうか・・そうだな」

以前、夕張や工廠長が凄まじい作業と言った通り、艦娘化手順は説明するのも一苦労なのだ。

しかし、姫の島で数々の兵装を開発し運用した熟練妖精達は少しずつ理解し始めた。

飲み込みの早い者は準備プロセスを手伝ったりしてくれているそうだ。

少しずつ、少しずつ。

 

一方。

 

島の森では、休日を利用して扶桑が森林浴をしていた。

森の奥深くで山城と二人、地面にゴザを敷いて座り、大木に背を預ける。

木漏れ日の中、森の澄んだ空気を胸一杯に吸い込んでは、そっと吐く。

目を閉じる。

鳥の声、遠くの潮騒の音、木が水を吸い上げる音。

そういった諸々を耳にしながら、森の空気を吸い、吐く。

ふと扶桑が隣を見ると、山城が寝息を立てていた。

「あらあら、先程目覚めたばかりだというのに・・・」

だが扶桑は、山城を起こさなかった。

「今日は折角のお休みの日ですもの、ゆっくり眠っても良いですよ、山城」

くすっと笑うと、再び木に背を預けた。

小鳥が頭上でさえずっていた。

ふと、扶桑は左手を木漏れ日にかざした。

薬指には提督から貰った小さなリングが収まっている。

リングを見ながらぽつりと呟く。

 

「提督は提督らしく、最後の日まで私達にお命じください。胸を張ってお引き受け致します」

 

そう。

扶桑は心から、その言葉の通りに思っている。

 

扶桑型戦艦1番艦、扶桑。

日本独自の設計、世界初となる3万トン超の戦艦であるなど、建造中は期待を一身に浴びた。

しかし、時の悪戯で最後まで艦隊旗艦を拝命出来ず、山城が長くドックに居た事も災いした。

欠点ばかり言われるようになったのである。

そんなに酷い欠点じゃないはずだと扶桑は静かに涙していた。

だが、艦娘として着任した日、提督はこういって迎えた。

「おぉ、立派な船だねぇ。ようこそ我が鎮守府へ。歓迎するよ」

この人は批判しないかもしれない。

扶桑は警戒を完全には解かず、時間をかけて提督を観察していった。

やがて山城も着任し、航空戦艦になり、錬度も上がった頃、山城がぽつりと漏らしたのである。

「欠陥戦艦て言われ続けるのは辛いのよ」

提督は頷くと大本営から艤装の仕様書を取り寄せ、工廠長と首っ引きで調べ始めた。

何週間経っても提督は原因調査を諦めなかった。

「待ってなさい。必ずや問題を何とかしてあげよう」

山城はポーズだけだと肩をすくめたが、扶桑は観察結果からそうでもないかもと思っていた。

さらに数ヶ月が過ぎたある日、提督が嬉しそうに部屋を訪ねてきた。

「扶桑!山城!ドックへ来てくれ!多分いけるぞ!」

半信半疑のままドックで下ろした艤装に妖精達が改装を始めた。

「作業と検査で6日はかかるから、1週間経ったらまたおいで」

扶桑は他の人の修理を優先してくださいと提督に言ったが、

「大丈夫。この対応が終わるまで出撃を取りやめてるから破損した子は誰も居ないんだよ」

という答えに目を丸くした。

私達の改装の為に出撃を取りやめていると言うのか?

1日が過ぎ、2日経った3日目の朝。

扶桑は目覚めた時、ある変化に気付いた。

いつも起きぬけは首と太ももが張って痛かったのに、今朝はそれがない。

この痛みは物心付いたときにはあり、毎朝ゆっくりストレッチしないと治らなかったのに。

まさかとは思ったが、他に思い当たる節が無い。

提督の改修作業が功を奏しているのだろうか?

艤装を外した扶桑自身は船霊であり、実際の船は艤装部分である。

扶桑自身の健康は艤装部分の問題が無いほど良くなる。

問題とは、敵に攻撃されて破損した事も、元の設計が悪い欠陥もどちらも含む。

だから山城は自分よりも実は体が弱い。

扶桑がドックを訪ねると、提督は指揮机に伏して眠っていた。

手にはペンを持ったまま、手元の明かりは煌々と点いていた。

にわかには信じがたいが、もし自分の欠陥を本当に治してくれたのならば。

 

「その時は提督、扶桑は永遠にお供する事を、お約束いたします」

 

落ちていた毛布を提督の背中にかけながら、扶桑は提督に語りかけた。

さらに3日経ち、指定の144時間が過ぎた。

山城を連れていった扶桑は、山城と共に艤装を背負い込んだ。

なんというか、軽い。ずっと軽くなった。

「山城、いけるかしら?」

山城も変化には気付いたようで

「そういえば、最近背中の痛みが無いんです。艤装背負ってないからかと思いました」

「いいえ、きっと欠陥を提督が見つけて、直してくれたんでしょう」

「あんな短時間で?」

「6日間もかかったんですから短時間とは言えませんよ」

「私が前、どれだけドックに居続けたかを考えれば短いです」

「・・そうね。でも」

「でも?」

「痛みが減るのは良い事ですよ。提督のおかげなのでしょう」

「まぁそうですけど」

山城は姉の様子が変わった事に気づいた。妙に提督を庇っている。

あーあと溜息をつく。あんなおじさんに惚れるなんて。

姉は完璧なのだからもっと良い人と結ばれるべきなのだ。

でも、と山城は思いなおした。

姉様が好いた相手なのだ。姉の気持ちを尊重しようじゃないの。

 

その後、演習をしてみて扶桑と山城は歴然とした違いに気づいた。

体というか、艤装の取り回しが軽い。軽いと言う事は動かしやすく止めやすい。

更にはマニュアルに記された被弾危険個所が減っている。

砲台稼動部等にはケブラーの布で覆われ、弾薬や機構は厚い装甲に包まれた。

「もう欠陥戦艦なんて言わせないわ」

山城の言葉に頷きながら、扶桑は思った。

提督に言える日が来ようが来まいが、本日只今から扶桑は提督に全て捧げます。

 

扶桑は目を開けた。

改めて自分の左手を見る。

見るだけで幸せになれる、愛する人から贈られた小さな指輪。

何度見ても嬉しい。

長い間見つめ続けていた扶桑は、やがて山城と同じく静かな寝息を立て始めた。

木漏れ日は二人を柔らかく照らしていた。

 




扶桑編、終了です。
ちょっと短いので、続編があるかも。
今回は過去の経緯と姫の島の妖精達の後日談を押さえておきたかったのでご登場頂きました。
一部訂正入れました。


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加古の場合(1)

さて今回はリクエストから、加古さんです。


 

現在。工廠。

 

ドックで勧誘船をメンテナンスしていた最上に、加古が声を掛けた。

「やっほ~、最上ぃ~」

「やぁ加古、どうしたんだい?」

「なんか面白い看板乗せた船を作ったんだって?」

「これの事かい?」

「おぉ!ほんとに看板だ!予想以上に巨大だったから気付かなかった!」

「でも、第1世代は幅がこれの倍近くあったんだよ」

「倍?!」

「うん。それを見てた僕からすると今は普通だよ」

「へぇー。で、今はメンテナンス中?」

「そうそう。あ、三隈、そのメガネレンチ取ってくれるかい?」

「はいどうぞ。加古さんこんにちは」

「クマちゃんやっほ~」

ボルトを締めつつ、最上が毒付いた。

「しっかし、どうにかならないかなぁ、たくもう」

加古が首を傾げた。

「なんかあったの?」

最上が振り向いた。

「宣伝の為には低速で長距離航海させたいんだよ」

「だね」

「でも、希望者が乗ったら鎮守府に速やかに送りたいんだよ」

「なんで?」

「だってボタン押して20日後に鎮守府到着って言われても切ないじゃんか」

「おぉ・・そんな答えが来たら帰っちゃうね」

「だろう?」

「納得」

「で、低速には低回転ディーゼルが向いてるんだけど、超高速にはガスタービンが向いてる」

「まぁね」

「両方積むのはコストがかかり過ぎるし、低回転ディーゼルじゃ攻撃が回避出来ない」

「そりゃそうだ」

「だから今はガスタービンのみなんだけど、低速航行用の減速機負荷が激しいんだ」

「ほとんど低速だろうからねぇ」

「5回に1回ずつ帰って来た時に減速機をオーバーホールしなきゃならない」

「そんなに酷使してるのかぁ」

「その度に後部をバラすから再出航までの時間が遅くなるし、どうしたもんかってね」

「減速機をパッケージにしてアッセンブリ交換すりゃ良いんじゃない?」

「・・・そうか。出航後に引っこ抜いたパッケージをオーバーホールするんだね?」

「そう。あとは、ボタン押した子を別の手段で送るとか」

「別の手段って?」

「例えばこの船は低速ディーゼルで巡回のみとするっしょ」

「うん」

「で、勧誘に応じた子達はシートに座ってボタンを押すと」

「うんうん」

「シートだけパカンと外れて打ち上がるとかさ」

「緊急脱出装置みたいにかい?」

「そうそう」

「長距離かつ精密な射出制御は厳しいよ。成層圏まで打ち上げたら気圧制御もいるし」

「んじゃー、横に飛ばす」

「例えば?」

「ええっと、あれなんて言ったっけ、カスピ海の怪物」

「エクラノプランかい?」

「そう!それそれ。あいつなら積載物が多くても時速500km位出せるでしょ?」

「うん。確かに船は台船形状だから、エクラノプランを乗せられるけど・・」

「けど?」

「エクラノプランが行っちゃった後の船を見つけた子は切ないよね」

「・・・台船だけだもんね」

「あと、海が大しけの時はエクラノプランは飛び立てない」

「おおう致命的!」

「だけど減速機のパッケージ化は凄く良いね。早速検討してみるよ。ありがとう」

「うんうん。ところでこの船って今どこまで行ってるの?」

「ボタンが押されなければ、2週間くらいかけて太平洋の真ん中くらいまでかな」

「・・・あのさ」

「なんだい?」

「もっと伸ばせるの、それ?」

「燃料タンクを増やせば行けるよ」

「・・てことはさ、太平洋輸送ルート作れるって事?」

「んー、機動性が悪くなるからあんまり大量には積めないよ」

「どれくらい積めるの?」

「積載量で言えば、アントノフ2機分だね」

「ええと・・何トンだっけ、あいつ」

「おや、度忘れなんて珍しいね。アントノフの積載重量は600t。これは1200tだよ」

「そうだった。1隻幾らくらいするの、これ?」

「第2世代は単純なSWATH船型だから・・6000t級の高速フェリーと同じ位だよ」

「燃料コストは?」

「満載かつ、最速航行または攻撃回避状態でリッター100m」

「うわう。燃料の種類は?」

「軽油さ」

「うーむむむ、12000t運ぶのに軽油でリッター10mか・・・」

「これでも結構改善してるんだけどな」

「混載フェリーの倍の運賃を払うか、か・・・」

「何の事だい?」

「太平洋横断便を当時のフェリーの倍の値段で復活させて需要があるかって話」

「それはきついんじゃない?あの頃はコンテナ船やRORO船とかもっと安い手段があったし」

「でも確認したいなあ・・誰に相談したらいいと思う?」

「解んないけど、事務方辺りに聞いてみたらどうかな?」

「よっしゃ。ありがと最上!」

「どういたしまして。こちらこそありがと!」

 

「た・・・太平洋海運ルートが復活出来るんですか?」

加古の話に文月は目を剥いた。

「ただ、最低運賃は少なくとも混載フェリーの倍、いや、3倍近いと思うんだ」

「ええと・・最大積載量は?」

「1隻1200t」

「少なっ!」

「まぁ攻撃回避性能を維持する為だからねえ」

「一般的じゃないので、需要があるかどうか、ちょっと聞いてみますね」

「お願いしちゃっていい?」

「はい」

「じゃ、よろしくぅ!」

加古は再び最上の部屋を訪ねると、船の図面のコピーを貰って帰った。

 

加古は元々別の鎮守府の所属艦娘だった。

当時から戦術も含めて奇想天外な案を考えたかと思うと、すぐに実現しようとする。

最初は無理無理と言っていた周囲も実例を見て、「加古ならやるかも」と思うようになった。

だが、当時の司令官は伝統ある戦術を順守する事を好み、事ある毎に対立した。

対立は激しい憎悪にまで発展し、艦娘達とも疎遠になり、ついには幽閉されてしまう。

悶々とする中、轟沈時に強い思いがあると深海棲艦になると知った加古は肚を決めた。

あえて見つかるように脱獄し、制止命令をわざと無視し、自分を撃たせたのである。

「自分が思う通りに動きたいだけなんだ。お願い、お願い・・・」

沈みながら加古は強く強く望んだ。

そして深海棲艦のレ級として生まれ変わった加古は、奥深い海域で散々艦娘達を振り回した。

「ホゥラ、ヤッパリコノ戦術正シイジャン。アレモヤッテミヨウ」

こうして艦娘達を恐怖のどん底に引きずり込んでいたが、ある日ふと気づいた。

「ンー、ソロソロ戦法ノ検証モ飽キタナア。開発シタイナァ」

そう。深海棲艦の側では兵装や装備開発は行えないのである。

轟沈時に持ってきた装備を元に複製し、皆に持たせるというやり方だったからだ。

だが、加古は元々そっちの方が好きだった。

「開発シヨウヨ~、サセテヨ~」

当時のボスだった戦艦隊のル級に申し立てても

「開発スル装置ガ無イカラネエ・・・ゴメンネ」

と、肩をすくめられた。

以前の司令官に比べればずっと理解のあるボスだったので加古は我慢していたが、

「開発シタイナァ、開発~」

とは思っていた。

そんなある日、ボスのル級が艦娘に戻ると言い出したので、加古は迷わず言った。

「僕モ一緒ニ行ク!皆ニモ話セバ、皆デ鎮守府ニ行コウッテナルヨ!」

深海棲艦生活も飽きた!艦娘に戻ってどこか良い鎮守府を探そう!

そして提督の居るソロル鎮守府で艦娘に戻ったのである。

艦娘に戻った後、加古は進路の回答を保留にしたままソロル鎮守府をぶらぶらと歩いていた。

ここは前の鎮守府とは随分様子が違うと思ったからだ。

前の鎮守府ではビシビシと張り詰めた雰囲気で、食事も休憩も全て司令官から指示された。

だが、ここはやけに提督の影が薄い。

艦娘化の作業でも提督は艦娘達と混ざって見学してるだけで、何も指示しなかった。

売店や食堂も間宮が一人で仕入れからメニューまで全部仕切っている。

教育棟では艦娘が艦娘に教えている。

事務方は提督の業務を代行までしている。これって良いんだっけ?

そもそも、自分がぶらぶら歩いていても誰一人として咎めない。

「変な鎮守府だなあ」

広い砂浜で寝転び、見聞きした事を振り返っていると声を掛けられた。

「・・・加古?」

視線を向けると、そこには古鷹が居た。

 

 



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加古の場合(2)

加古が深海棲艦から戻った数日後。鎮守府の浜辺。

 

声を掛けてきた古鷹に、加古はむくりと半身を起こして向き直った。

「ええと、君はここに所属してる古鷹かい?」

「そうだよ」

そこで加古は思いついた。ここで生活している加古に話を聞いてみよう!

「ねぇ、ここの加古に会いたいんだけど、どこに居るかな?」

すると古鷹が寂しそうに笑った。

「ここには、加古は居ないよ」

「えっ?」

「建造出来て無いの。だから私は一人ぼっちなんだよ」

「・・・」

「あの、貴方は深海棲艦から帰って来た人でしょ?」

「そうだよ」

「今までどんな旅をしてきたの?」

「旅?」

「うん。私は、人生って長い長い旅のような物だと思ってるの。だから旅」

加古は古鷹を見た。

前の鎮守府の古鷹は司令官に輪をかけたように厳粛だったけど、この子は目が優しい。

「えっと、長いよ?聞いてくれる?」

「あ、じゃあ私の部屋でお話しましょ。お菓子もあるよ」

「おおっ!お菓子食べていいの?!」

「・・・ダメな所があるの?」

「前に居た鎮守府では食事以外一切禁止だったよ」

「そっか、随分違うんだね。うちだと提督からして耐えられないよ」

「は?」

「だって提督、仕事中に抜け出してお菓子買いに行ってるし」

加古はがくんと肩が下がった。なんだそれは?

「き、規律乱れない?」

古鷹は小首を傾げて

「んー、普段はゆるいけど、やる時はやる。それがうちの雰囲気だよ」

「ふーん」

「とりあえず、部屋に行こうよ!」

にこっと笑いながら差し出された手を握り、加古は古鷹について行った。

会話が温かい。態度が優しい。

こういう雰囲気は良いな。

 

「凄い旅をしてきたんだねぇ!それで、加古は人間に戻るの?それとも異動するの?」

「どうしようかなって迷ってんだ~」

「うちに来ない?提督も良いって言ってくれると思うの!」

「んー」

最初に会った時の寂しそうな笑顔に比べて、今の古鷹はキラキラした瞳で嬉しそうだ。

これで嫌だと言ったらまた元に戻ってしまうだろう。

でも、自分にも求めている物がある。本当に長い間、求めている物が。

「・・・あ、あのね古鷹」

「うん」

「ここでは、開発したり、戦術を考えても良いのかな?」

「えっと、どういうこと?」

「あのね」

加古はどうして深海棲艦になり、何を悩んでいたかをきちんと説明した。

前の鎮守府に居た古鷹なら、自分勝手な奴だと説明が終わる前に叱り飛ばされただろう。

だが、目の前の古鷹はきょとんとして言った。

「ここでは当たり前だよ?」

「へ?」

「提督がそうしろって命じてるし」

「・・・どういう事?」

「あのね、うちに入ると必ずやらなきゃいけない事があるの」

うえっと加古は思った。また規則で縛られるのか。

「自分が何の艤装を持つかって事を、自分で決めるの」

「は?」

加古は一瞬訳が解らなくなった。

兵装の指定なんて司令官しか持ってない特権で、言われるままに装備する物ではないのか?

気に入ってようが嫌いだろうが、出撃先での戦果を最優先にと言われて・・

「それも、皆何カ月も悩んで決めるんだよ」

「ど、どうして?」

「物凄く過酷なケースを想定したテストがあるの」

「例えば?」

「魚雷を受けて開いた穴を修理してる時に敵戦艦の艦隊と遭遇したら対応出来るか、とか」

「!?」

「自分一人で正規空母3隻が放つ艦載機の空爆を振りきれるか、とか」

「!?」

「こういう事が起きた時、この装備をこう使ってこうする、というのを自分で決めるの」

「・・・」

「そしてそれらのテストに合格しないと出撃や遠征に出る事を許可されないの」

「・・・」

「だから私も、演習しながらこの艤装に決めるまで2カ月かかったんだよ」

加古は古鷹の装備を見た。20.3cm、水偵、電探、それにダメコン。

「とにかく不意打ちは困るから水偵は外せないの。結果的には定番だけど納得してるよ」

「弾着観測射撃を考えるなら、ダメコンより15.5cmじゃない・・かな?」

「あ、これも提督の指示でね、1スロットは必ずダメコンを積む事が義務付けられてるの」

「へ?」

「だから全艦娘、必ず1つダメコンを持ってるよ」

ダメコンは高価で貴重な装備だ。全艦娘が持ってるなんて聞いた事が無い。

せいぜい急速に育成が必要な艦娘か、強襲部隊の旗艦くらいだ。

なぜって、全員で持てば艦隊当たりの攻撃力が大幅に落ちてしまうからだ。

「提督はね、私達に口酸っぱく言うの」

「なんて?」

「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦だって」

「は?」

何だその臆病な指示は?

「帰る事を最優先に考え、遂行が難しければ作戦を放棄しろ、勝てる戦しかするなって」

加古は目を白黒させた。なにせ前の鎮守府では

「屍になってでも後に続く仲間の為に道を切り開け!国の為に絶対任務を達成しろ!」

と教え込まれていたからだ。

「わ、私達は戦う為の兵器じゃないの?」

古鷹がにっこり笑った。

「提督はね、私達の事を娘達と呼ぶし、誰一人沈めないって約束したんだよ」

加古の中で何かがカチリと音を立てた。

ああ、そうだ。

前の鎮守府を忌み嫌っているというのに、自分はそのやり方を基準にしていた。

でも、ここの鎮守府は、全く異なるルールで動いている。

艦娘達は確固たる基本ルール、目標、そして広範囲に渡る自由な裁量を与えられている。

それは艦娘達にとって高度な思考が必要だが、結果に納得する事が出来る。

要求レベルの高さから見て艦娘達の練度も高い。だからこそ出来るオーダーだ。

ついて行くのは大変だが、それはまさに自分の理想郷ではないか?

加古はそこまで考えた後、浮かれそうになる自分を戒めた。

待て。そんなに簡単に見つかる筈が無いんだ。今までどれだけ苦労してきた?

本音を晒し過ぎて幽閉された事を忘れたか?暗く悲しい日々を忘れたか?

・・だけど。

「古鷹」

「なに?」

「提督と話が出来るかなあ?」

「私と一緒に行けば大丈夫だと思うよ」

「じゃあ、付き合ってくれる?」

「お話だけで、変な事はしないって約束してくれる?」

「うん。兵装も持ってないしね」

加古の目をじっと見ていた古鷹は、にこりと頷いた。

「じゃ、良いよ」

 

コンコン。

 

「どうぞ」

本日の秘書艦である赤城は、ノックの音におやっと思った。

この叩き方は古鷹さんですね。珍しい。

「お邪魔します、提督」

「古鷹か。どうした?」

「加古が、ちょっと話したい事があるって言うので」

「お、君は先日戻った元レ級の加古さんだね?良いよ、入っておいで」

「失礼しまーす」

 

「それで、話とは?」

加古は服の裾を指できゅっと挟みつつ悩んでいたが、やがてキッと顔を上げると、

「あ、その、て、提督はさ」

「うん」

「わ、私が装備開発をしたいって言ったり、新しい戦術を考えたいって言ったら」

「うん」

「・・怒る?」

提督と赤城は揃って首を傾げた。

「なんで?」

「い、いや、その・・・」

言いよどむ加古に、古鷹が口を開いた。

「前の鎮守府で、こんな事があったそうなんです」

 

 



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加古の場合(3)

 

加古が深海棲艦から戻った数日後。提督室。

 

「ふうん。よっぽど心配だったのかね」

古鷹から聞いた説明に対する提督のコメントに、加古は首を傾げた。

「心配?」

「要するに司令官は自分の決定以外だと不安なんだろ?」

「・・・」

「他の事をやって失敗されるんじゃないかって心配と」

「・・・」

「他の事の方が上手く行った場合、自分の自信が揺らぐのが心配なんだろうよ」

その言葉は、加古が長年抱えていた疑問にすぽんと嵌った。

どちらも思い当たる節が幾つもある。あぁ、そう言う事だったのか!

「・・・あ」

提督は肩をすくめた。

「まぁ、普通は指揮官の言った通り動けってのが軍隊だからねぇ」

「・・・」

「でも私はね、戦場の遙か遠くで、君達の通信を聞いてるだけなんだ」

「・・・」

「そして君達は目の前で体験してるわけだ」

「・・・」

「私が判断しなきゃいけない事はある。うちが何を大事にするかとか、戦闘に加わるかとか」

「・・・」

「何もかも押し付けるのは提督として怠慢だけど、君達に任せる所は任せた方が上手く行く」

「・・・」

「私はそう信じてるし、艦娘だからって海の上で戦わなきゃいけないとも思ってない」

「遠征要員って事?」

「いやいや、間宮や鳳翔のように食を支えるのも大事な事だと思うし」

「・・・」

「文月が事務方を担うのも、睦月が深海棲艦を艦娘に戻す事も立派な仕事なんだよ」

「・・・」

「ここでは皆が自分が出来る事、得意とする事をやってほしい」

「・・・」

「全体として機能しないなら機能するよう調整するけど、ほとんどそんな事も無い」

「・・・」

「それに、私だけじゃ手に余るなら、皆に相談するしね」

加古は静かに聞いていたが、最後の一言にピクリと反応した。

「・・相談?」

「相談」

加古はじっと提督の目を見ると、提督は首を傾げながら見返した。

提督が艦娘に相談する、という事を提督は微塵もおかしいと思っていない。

周囲の艦娘達も聞き返した事に、相談の何が気になったのだろうという目をしている。

相談するとは、自分と艦娘達を対等に見て、意見を聞きたいと思ってるという事だ。

加古は目を閉じ、静かに息を吸い、吐いた。落ち着け。まだだ。

ここまで手の込んだ芝居をする事も無い筈だ。現状ではその必要性が無い。

だが、加古はまだ信じかねていたので、一芝居打つ事にした。

「じゃあ、商売を始めても良い?」

提督は小首を傾げた。

「商売をしたいのかい?」

「そう思ったら、って事」

加古はぺろりと舌を出したが、提督の目を見続けていた。

提督は間髪を置かずに答えた。

「事務方に相談して、採算性をちゃんと考えなさい。顧客に迷惑をかけるなよ?」

提督の返事を聞いた加古は目を剥いたが、次第に笑いが込み上げてきた。

「ふっ・・ふっふふふふふ・・・あはははははははっ!」

「?」

見つけた。あたしが住みたい鎮守府はここだ!

そう思った途端、ぼろぼろと涙が零れてきた。

本当に、本当に長かった!

「ごっ、ごめんね提督」

「笑ったり泣いたり忙しいね」

「散々、散々探し回ったんだもん」

「何を?」

「ここのような鎮守府を!」

「・・そうか」

「提督!お願いします!ここに着任させてください!」

提督は入り口でそっと目頭を押さえていた古鷹に言った。

「古鷹」

「は、はい」

「部屋にもう1組、布団を用意しなさい。良かったな、やっと妹が来たぞ」

「はい・・・ありがとう、ござ、います」

「加古。私は君を私の娘として歓迎する」

「娘?」

「そう、娘だ。だから役に立つか立たないかはどうでも良いんだ」

「・・・」

「さっきのが本気か知らないが、商売であれ自分の装備であれ、自分でしっかり考えなさい」

「・・・」

「自分で勉強しても良いし、教育班に教えを乞うても良い」

「・・・」

「戦う事を無理強いはしないが、危機の時には手を貸して欲しい」

加古はすっと目を細めた。

「・・それで鎮守府が滅亡するような事になっても?」

提督は頷いた。

「皆が出して良いと思う事を全て集めても滅亡するなら運命だろうよ」

「・・・」

加古は数秒間、じっと提督の目を見つめた。泳いでない。本気でそう思ってる。

参った。あたしが確認出来る事は全て確認した。懸念事項は無い。

「さ、まずは古鷹に同行して自分の部屋を確認しなさい。後は自由だ」

加古は少し考えてから言った。

「解らない事は、古鷹に聞いて良い?」

古鷹が答えた。

「大体の事は解るし、解らなくても解りそうな人は紹介出来ると思うよ」

提督はにこにこして二人を見た。

「姉妹仲良くやんなさい」

「提督、ありがとうございます。加古、いこっ!」

古鷹が満面の笑みで差し出した手を、加古は握ると、

「うん!じゃよろしくね、提督っ!」

と言いながら、部屋を出て行った。

 

パタン。

 

「うちが加古の期待通りだと良いなぁ」

提督がそう言うと、赤城は意外そうに見返した。

「納得して自ら着任を申し出たのですから、そうではないのでしょうか?」

「蓋を開けたら想像と違ってたって、よくあるじゃないか」

「先程提督が仰った事と、鎮守府の実際で、ほとんど差異はありません」

「そうかい?」

「むしろ現実の方が緩いですから」

「まぁ、気に入らなければ異動させてあげようか・・そういえば赤城さん」

「何でしょうか?」

「最近、夕食時間が1時間延びたのってなんでかな?」

「遠征で遠い子が間に合わないからですよ」

「・・・売店も?」

「歯ブラシとか買いたい子も居るかもしれないじゃないですか」

「ふーん・・・」

「な、なんですか?」

「延長した閉店間際に赤城がボーキサイトおやつを台車単位で買って行くと聞いたんだけど」

ぎくうっ!

「なんで閉店間際なんだい?」

途端に赤城の目が泳ぎだした。

「とっ、当番が終わるのが、その頃なので・・・」

提督はジト目になった。

「毎日備蓄を増やさなくても週に1回とかで買い置きしておけば良いじゃないか」

「一度に運びきれないんですよ・・」

「台車で運んでるんだろ?何日分か知らないけど」

「一晩で食べてしまいますもの」

提督は溜息を吐いた。

「あのね、加賀と仲良く食べる分をまとめ買いするのは結構だけどさ」

「え?買って行くのは自分の分ですよ?」

提督は数秒間赤城の顔を見た後、ちらっと目線を下げ、

「慢心すると、あっという間にその辺りに来るよ?」

と言った。

赤城はお腹を隠しながら頬を真っ赤に染めると、

「セッ!セクハラですよ提督!」

提督も負けず劣らず真っ赤になりながら、

「毎晩台車1台分もボーキサイトおやつ食べてたら太るに決まってるだろ!」

「じゃあ半分なら良いですか!1/3ですか!」

「一袋にしなさい!間宮だって分量考えて売ってんだから!」

「私に死ねと仰るんですか!」

「死ぬわけないだろ!あれだけ晩御飯食べておいて!」

「お小遣いで食べてるんだから良いじゃないですか!」

「艤装が入らなくなったらどうするんだ!」

「それは心配ありません!」

「やけに自信ありげだな・・理由を聞こうじゃないか」

「ほら、艤装のここにアジャ・・スター・・・・」

提督は再びジト目になった。

「・・・既にMAXになってないか?」

「あ、あれ?おっかしいなあ」

「おっかしいなあ、じゃなくて、それ以上広がるなよ?」

「広がるって表現おかしくないですか?」

「太るって言うよりリアルだろ?」

「生々しいですけど!」

「まぁ、私も甘い物好きだから気持ちは解るけどさ」

「やった!お墨付きを得ました!トロッコ買ってきます!」

「違う!いーから、ちゃんと艤装付けられる範囲で押さえなさい!」

「はぁーい」

提督は頬杖を突いた。

赤城は確かに加賀と双璧を成す正規空母の実力者だが、良いのかこれで?

甘やかし過ぎてるかなあ。

加賀は赤城の件をどう思ってるのかな。後で相談してみるか。

 

 



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加古の場合(4)

 

加古がソロル鎮守府に所属する事を決めた数日後。提督室。

 

所属すると決めて以来、加古は色々な事を精力的に試していた。

どこまで動くと、どこから誰が何を言うか、誰を留意するべきか知る為である。

結果として解ったのは、強い結束があるという事だった。

要するに皆がルールを知っていて、踏み外すとその場に居る誰かが注意してくる。

人によって言い方や説教の強さは多少異なるが、言ってる事は同じだ。

だが、しっかり根拠を持っておかしいと言えば、皆で話し合って考える。

総意が取れれば、どんなルールでもコロッと変えてしまう。

加古はこの柔軟性に舌を巻いた。

一方、加古は月に1度、周囲の目を盗みつつ、生卵を買いに島の外へ無断で出かけていた。

加古はカレーに生卵を乗せるのが大好きだったのである。

これは前の鎮守府に居た頃からやっていた。

しかし、無断で出ずとも簡単に外出許可が取れると知ったのはだいぶ後の事であった。

ある日、古鷹に誇らしげに生卵を見せ、見つからずに外出出来たよと告げた所、

「外出?事務棟で紙1枚書けば、5分位で許可出るよ?」

と聞き、加古は愕然とした後、涙を流して悔しがった。

前の鎮守府では班長、部隊長、旗艦を経由して司令官に承認してもらう必要があった。

無論相当の理由が無ければ一瞬で断られる。

生卵を買いに行くなどと言う理由では絶対に無理で、仕方なく無断外出していたのだ。

ソロル鎮守府のルールでは、軽微な違反は直し方を説明しなさい、というのがある。

だから古鷹はぐしぐし泣く加古の頭を撫でながら言った。

「良い子だからちゃんと申請書書きましょうね。すぐ済みますから無断はダメですよ~」

前の鎮守府の常識は通じないと心に刻んだ加古は、以来ルールをよく確認するようになった。

 

話は現在に戻る。

 

加古の部屋をノックする音がした後、引き戸がするすると開いた。

「こんにちは、加古さんいらっしゃいますか?」

自室で勧誘船の図面を眺めていた加古は、振り返った先の来訪者におやっと思った。

「いっるよ~・・・あれ、文月?珍しいね」

「先週頼まれた、太平洋横断航路復活の件ですけど」

がばりと加古は立ち上がった。

「おぉ!なんか反応あった?」

「それが、なんとか1600t積めないかって言う声が多いんです」

「なんでかな?」

「40フィートドライコンテナ50本というのが輸送単位らしいんです」

「1本どれくらいの重さ?」

「32トンだそうです」

加古は電卓を叩いて顔を歪めた。

「ゲッ・・・ピッタリじゃん」

「ですね」

「幾らなんでも多少余裕が無いと怖すぎるから・・・」

「2000t、でしょうね」

「んー、2隻で運べば良いのか」

「まぁそれなら余裕をもって1隻1200tで間に合いますね」

「需要の反応は?」

「資源、食料、製品、果ては原油まで。軍需も民需もありとあらゆるリクエストが出てます」

「原油なんてどうやってコンテナに積むのさ・・」

「ドラム缶に入れて積むと言ってました」

「考えるねぇ・・輸送費については?」

「払底している資源は何があっても欲しいそうなので、幾らでも出すと」

加古はニヤリと笑った。相当大きな商機ありだ。

だが自分は仕事としての海運なんて完全な素人だ。どうすれば良い?

「文月、海運に強そうな人知らない?」

文月は首を捻りながらインカムをつまんだ。

「んー、ちょっと聞いてみますね」

 

「へぇ、こんな人とまで交流があるんだねえ」

加古は夕張から渡された名刺を見て唸った。そこには

 

 虎沼海運株式会社 

 代表取締役社長 虎沼隆三

 

と書かれていた。

「この人の娘は、元艦娘なんだよ」

「へ?」

「深海棲艦になって、艦娘に戻って、人間になって、養子になったの」

「ってことは」

「そう、うちで手配したんだよ」

「凄まじいコネじゃん。今も連絡してるの?」

「月に1回位、恵ちゃんとお手紙をやり取りしてるよ」

「その子の名前?」

「そうそう」

「お父さん、1枚噛んでくれるかなあ」

「具体的な提案があれば良いんじゃない?」

夕張の言葉に加古は頭をガリガリと掻いた。

「んー、会社の社長さんを納得させられる資料?苦手だなあ」

文月が口を開いた。

「成功報酬3%で引き受けますよ?」

「この場合の母数って何?」

「加古さんが受け取る利益です」

「ま、それなら払えるね。文月ちゃん頼むよぅ」

「じゃあ計画を教えてもらって良いですか?」

「あたしも聞いてて良い?」

「勿論。秘密にする話じゃないし。あ、最上も呼ぼう」

 

「・・勧誘船を改造した貨物船で自動海運かい?」

呼ばれた最上(と三隈)はふむんと顎を撫でた。

「燃料格納庫が増えるから1100t位までかな、積載量は」

「1000t積めればOK。ただし2隻で1セットにする」

「合計1600t運びたいって需要を考えるとそうだよね」

「そういう事。多少余裕ある方が回避力上がるでしょ?」

「そうだね」

「航路は太平洋で決まりなの?」

「そこは聞いてみようと思ってんだ。想定は太平洋だけどさ」

「喜望峰回るのでも最大1000tなら大丈夫だよ」

「説明しやすいし、それで良いよ」

「1隻にコンテナ25本ずつ積むんだね」

「規定通りなら800tだけど、どうせ重量オーバーするコンテナもあるでしょ」

「そりゃそうよね」

「2隻単位で自動的に航路を決めて航行し、深海棲艦の襲撃は避ける」

「解りやすいわね」

「で、料金は?」

文月が両手を開きながらにこりと笑った。

「昔のフェリーの10倍です」

「高っ!」

「それがそうでもないんです。軍艦1艦隊でタンカー護衛した場合、45倍かかります」

「ゲロ高っ!」

「クエストの荷主可哀想だなー」

「更に、深海棲艦が攻撃してこない成層圏での空輸でも60倍から75倍です」

「さすが空輸・・洒落にならないわね」

「ちなみに陸路は15倍ですが、配送範囲が限られ、注文が殺到して20倍近いそうです」

「うーわー」

「ですから、10倍なんて大バーゲンなんです」

「実際のコストは?」

「ええと、約2.5倍でペイします」

「つまり75%丸儲け?」

「はい」

文月を含む面々は全員にひゃりと笑った。

「最上、2隻作るのどれくらいかかる?」

「燃料タンク増強、装甲と貨物室の追加が要るけど、アテはあるから3日で良いよ」

「念の為予備機は要るんじゃない?」

「4隻なら5日かな」

「解った。それで伝えておくよ」

「まずは虎沼さんが乗るかどうかよね」

夕張が名刺を掴んだ。

「早速連絡取ってみるね!」

「よろしくぅ!」

席を立とうとする面々に三隈がピッと人差し指を立てた。

「提督にもうご報告すべきでしょう」

加古は頷いた。

「おおう、そうだね。皆、一緒に説明してくれるかな?」

面々はこくりと頷いた。

 

 



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加古の場合(5)

 

 

夕張の招待に虎沼が応じて相談に来た日。提督室。

 

「御無沙汰しております」

「こんにちは、提督さん」

虎沼と恵の挨拶を受け、提督がにこりと笑った。

「お二人とも元気そうですね。さぁどうぞどうぞ、おかけください」

応接コーナーには文月、加古、古鷹、最上、そして夕張が座っていた。

 

「・・・攻撃まで回避して自動運行出来る船なんて、あるんですか?」

「別用途ですが、太平洋上で多数の運行実績があり、1度も轟沈していない船です」

鎮守府に招かれた虎沼は、危うく飲みかけのオレンジジュースを吹き出す所だった。

かつては物資輸送の主役だった海運。

深海棲艦の出没以来、外洋、それも特に主戦場と被る太平洋航路は完全に遮断されていた。

危険を承知で出航するのは近海向けの漁船と小型貨物船位で、極少数に留まっていた。

それでも毎日のように深海棲艦による襲撃と犠牲になった船のニュースが流れている。

そこに以前よりは高額だが、今となると格安で安全な海運手段が戻ってくるとなれば。

「プランは良く解りました。私の役割は?」

「対外的な窓口を行う前提で、事業参画のご判断と航路選定をお願いします」

「なるほど。ふむ、まずは事業の可能性を・・」

虎沼は資料を見ながら傍らの恵に向かって話しかけた。

「やるならこうだよなあ」

すると、恵は鞄から資料を取り出し、見ながら答えた。

「そうね、こうすれば良いと思う。最初は知名度も低いから、この分野を足掛かりに」

「なるほど。それならこの航路か」

「そうだね」

夕張は目を細めた。

「恵ちゃん、すっかり虎沼さんの片腕になったね」

すると、少し大人びた恵は頬を染めると、

「お父さんを無理させたら可哀想だと思って手伝ってたらいつの間にか、ね」

「ちょっと背も伸びたよね」

「ちょっとだけじゃないよ、3cmも伸びたんだから」

虎沼が顔を上げた。

「良いお話だと思います。航路は太平洋、米国西海岸と日本の間で始めてはどうでしょう?」

文月は頷いた。

「はい。私達もそこを皮切りにする事を念頭に置いておりました」

「では造船、給油、修理については鎮守府で」

「受注、運航差配、荷の積み下ろし、請求と債権回収は我々で」

文月がさらっと続けた。

「それで、利益の配分比率ですが」

途端に虎沼は眼鏡をくいっと上げ、恵の目がきらりんと光った。

「一番の、問題ですな」

文月がふふっと微笑んだ。

「その通りです」

虎沼は文月をじっと見た。

「まずはご提案を伺いましょう」

文月は真っ直ぐ見返しながら言い切った。

「我々7、そちらが3で」

文月以外の艦娘と提督は内心「酷くない?」と思ったが、黙っていた。

虎沼が眉をひそめた。

「んーーーーー」

片目を瞑って考えていた恵は虎沼に二言三言囁き、虎沼が頷いた。

「あ、荷物の保障は鎮守府側で宜しいですね?」

文月が途端に苦々しい顔になった。

「・・・ロイズとの交渉はそちらでお願いしたいのですが」

ロイズとは、イギリスにある海運関係の保険取引を扱う市場である。

出航する民間船は必ずロイズで保険をかけ、事故時はこの保険金で支払う。

保険が使われなければ投資者の利益になる。だから投資者にとっては賭博場である。

だが、海運保険はあまりにも事故が相次いでおり、バクチ過ぎて誰も出資したがらない。

保険として成立させ、かつまともな掛け金にするには特殊な交渉術が必要とされる。

当然虎沼は知っており、慣れた分野だが、3割なら受けかねるという事である。

虎沼はメガネを外して布で拭きつつ、わざと弱々しい声を上げた。

「いやぁ、掛け金も日を追う毎に上がっておりましてねぇ・・」

しかし、文月は恵を見つめると、にこりと笑い、

「人間に戻ってから、体調とか御変わりないですか?」

途端に虎沼の眼鏡を拭く手が止まり、渋い顔になった。

恵が養子になった経緯と我々への恩義を忘れてないよな、という意味だからである。

「む・・むむむむむ」

「難しいですね・・」

重苦しい4分半の沈黙の間、恵と虎沼は机の下で指でやり取りを交わし、

「ロイズは我々とするならば、取り分は我々3.5、そちらが6.5で如何?」

だが、意外にも文月は小さく首を振り、

「私達が6、そちらが4で良いです」

意外な申し出に、虎沼は警戒を解かないまま答えた。

「・・良いんですか?」

文月は上目遣いに虎沼を見て、ニヤリと笑った。

「代わりに、港湾荷役全般をお願いします」

「ぐっ・・解りました」

港湾荷役とは、簡単に言えば港で起こりうる全ての作業を指す。

荷の積み下ろしは勿論、船内清掃、ヤードへの輸送、果ては港湾役所への付け届け。

果ては停泊期間中に台風が来た場合、沖合いに避難させるタグボートへの手間賃等も含まれる。

その時携わる港湾労働者や業者の腕次第で高くも安くもなるバクチ的な費用だ。

虎沼は勿論知ってるが、面倒な事この上ないので黙っていたのである。

文月は決定事項を契約書の特記欄にさらさらと書きこみ、提督に署名させると、

「では、ご署名を」

と言って虎沼に差し出したのである。

提督がサインして手渡した事で土壇場の一押しを封じられた虎沼は黙ってサインした。

契約書を返しながら虎沼がニヤリと笑った。

「お嬢ちゃん・・見かけによらず豪腕だね」

文月はくすっと笑った。

「虎沼さんには敵いません。安心してお任せ出来ます」

「ふっふっふ」

「うふふふふ」

提督は苦笑するしかなかった。

文月の交渉術はもはやグローバルビジネスレベルなのではなかろうか。

見ていて全然不安にならない。鉄板の安定性だ。

 

それから1年が過ぎた。

 

太平洋航路の復活。

その報せは瞬く間に米国と日本の中を駆け巡った。

攻撃の回避機能を持った自動航行する小型貨物船。

船としては少量だが他手段より格安とあって、虎沼海運の受付は連日パンク状態だった。

船は増設に次ぐ増設を重ね、既に就航数は90隻を数えていた。

その全てが無事故とあって、保険料も「虎沼プレミアム」として破格の待遇を受けた。

虎沼海運は今までの事業をすべて清算し、この海運事業に特化。

虎沼はかつての同僚等に声を掛けながら、少しずつ従業員を増やしていったのである。

 

一方、鎮守府では。

 

「加古、予定通りNO16と38が来たよ。入渠お願い」

「あいよ~古鷹、NO16を第4クレーンで釣り上げる~」

「はーい」

貨物船の整備は加古と古鷹で行っていた。

最初は給油もメンテナンスも全て引き受けていたので、ドックには常に数隻存在していた。

ただ、船の多くは給油だけなので、文月と相談し、アルバイトを募集した。

 

 「港での給油作業!半日で2万コイン!手を貸してください!」

 

しかし、このなり手が少なかった。その後3万コインまで上げたが変わらなかった。

何故かを説明するより、夕張と島風がこのバイトを終えた直後の控室を見てみよう。

 

「・・げほっ、げっ」

「ハードだよねぇ・・島風、腕も足もパンパンだよ。夕張ちゃん・・うん、ダメだね」

「は・・半日で・・2万コイン稼げるって・・割が良いと思ったんだけど」

「普段簡単に入渠とか補給とか言ってるけど、妖精さんに感謝だよね」

「補給用の燃料ホースの微調整がこんなに腰に来るなんて思わなかったわ」

「ホース固定用のレバーも結構重いしね・・・」

「何とかなんないのかねー」

「お、終わって・・喋るのもしんどいって・・結構なもんよね」

「うん。お風呂入る?」

「むしろ・・入渠したい」

「そうだね・・小破くらい行ってそう」

「バ、バイトは・・文月ちゃんので良いや・・」

「だね」

 

というわけで、最初は集まったバイトもすぐ集まらなくなってしまったのである。

加古達の苦境を見かねた長門や金剛姉妹、重巡達も手伝ったが、焼け石に水であった。

船は増える一方で、計30隻を超えた時点で無理と判断した二人は文月に相談。

虎沼側と再交渉を行い、給油業務を虎沼側に移し、虎沼5、鎮守府5の割合で妥結した。

文月が交渉後、提督に報告した内容では、

「今回で加古さん達と打合せた比率通りです。1回目を高めに妥結しておいて正解でした」

一方で虎沼側も給油毎に鎮守府まで往復する分の燃料を節約したいと思っていた。

つまり互いに丁度良かったのだが、再調印の席上では互いに渋い顔をしながら、

「抜き差しならぬ事情ゆえ、こちらが運営出来るギリギリの妥結点とさせて頂きました」

「我々も今後大変ではございますが、御恩のある方がお困りとあらば何とか致したいと」

まさに狸の化かし合いである。

交渉後は故障対応だけとなり、二人の負荷は週に1~2隻というペースに落ち着いた。

現在は週3隻位だが、ちゃんと休みも取れているようである。

 

で。

 

鎮守府側にもたらされる利益を手にしているのは加古と古鷹の二人である。

その3%は自動的に文月の懐に入るとはいえ、母数が莫大であり全く痛くも痒くもない。

そもそも、加古も古鷹も艦娘としての収入で充分生活出来ているのである。

この話を聞いた提督は

「自分で考えて汗かいて稼いで役立ってるんだから立派な仕事です」

と、時折様子を見に来ては、わしわしと二人の頭を撫でて帰って行く。

加古は現状に満足していた。以前の鎮守府とはまるっきり違う。

自分の考えが皆の力添えで実現し、納得して働き、提督が褒めてくれる。

時折涙が出そうになる位嬉しかった。

古鷹もやっと来てくれた妹と毎日過ごせるのが楽しくて嬉しくて仕方が無かった。

だから、二人は稼いだ金には執着しておらず、相談した結果2つの事をした。

1つは加古が最上と夕張の所に行き、

「装備開発で欲しい物があったら買ってきなよ。支払いは任せな!」

と言った。二人はとても喜んだ。

ちなみに夕張が

「フィ、フィギュアやブルーレイも、その、娯楽の研究開発の一環だから・・あのね」

そう言いかけたが、

「そこは自腹でよろしくぅ♪」

と、軽く却下されたそうである。

一方の古鷹は間宮の売店に行き、間宮に

「これからは売店で皆が買うお菓子の代金は、私達がお支払いしたいのですけど」

と申し出た。

「だ、大丈夫なんですか?これが先月の売り上げですけど」

間宮が見せた帳簿を古鷹はチラリと見て、

「はい。ご心配なく!」

と言ったが、再び帳簿をじっと見て

「・・・ボーキサイトおやつ、凄い売上げですね。良いですけど」

と、苦笑しながら頬を掻いた。

間宮は

「それでは皆が感謝を忘れないように、値札はそのままにしましょうね」

そう言うと、レジの後ろの壁に

「お菓子の代金は古鷹さんと加古さんが払ってくれるそうです 間宮」

と、書いた。

お菓子の話題には敏感な艦娘達である。

この話は瞬く間に鎮守府中に知れ渡り、さすが重巡の天使は一味違うと言われた。

「え、え、そんな徒名があったんですか?て、天使じゃないです・・」

古鷹は耳まで真っ赤になりながらそう答えたそうである。

 



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赤城の場合(1)

さて、これからこの方にお越し頂く事に致します。
思えば最初に描いた艦娘さんでしたね。



現在、夜、売店裏の池

 

「・・・うん、今夜は誰も来ないようですね」

赤城はそっと立ち上がると、服についた土を軽く払い、部屋に戻った。

「おかえりなさい。この時間という事は、誰も居なかったのですね」

部屋に戻ると、加賀が声をかけつつ、すっと手元の本を仕舞った。

表紙に「保存版!花嫁衣装はこれで決まり!」と書いてあったのは見なかった事にする。

「ええ、今夜は誰も居ませんでした」

「最近、落ち着いてきましたね」

赤城は艤装を外しながらニッと笑った。

「居ないに越した事はないです。取り分も減りませんし」

加賀はそんな赤城をじっと見た。

「取り分が減らないと、艤装がピンチなのではありませんか?」

赤城は寝間着に着替えながらキリッとした顔で振り返りつつ言った。

「だからこうして朝晩の巡回をしてるじゃないですか!」

だが、加賀は眉間に皺を寄せながら返した。

「カロリー的には1回の出撃に遠く及ばないのですから、摂取量をそろそろ・・」

赤城はバタバタと両腕を振った。

「まっ!まだ大丈夫!大丈夫です!」

加賀はジト目になった。

「自覚があるなら、手遅れになるまで放置するのは慢心というものです」

赤城のこめかみを嫌な汗が伝った。

このままでは明日から食事制限だ。下手をすれば、

「皆様とランニングしてみては如何です?私も付き合いますよ」

と、5時に目覚ましをセットされそうだ。

冗談ではない。明日からの生活がこれからの数分間にかかっています!

慢心してはダメ。全力で参りましょう!

加賀は心配そうな顔をして言った。

「私も付き合いますから、明日からラン・・」

「ところで加賀さん!」

赤城の大声に加賀はびくりとした。

「な、なんですか?」

「提督とは最近如何ですか?進捗はありましたか?」

途端に加賀の頬がぽわっと赤くなった。

「い、いえ、私の話はですね」

赤城は機会を逃さず畳み込んだ。

「どうですか?手でも握りましたか?イチャイチャしてますか?」

加賀は真っ赤になって俯くと、

「あ、あの、この前秘書艦当番だった時に・・」

赤城は身を乗り出して聞いた。

「だった時に?」

「お、お茶と煎餅を一緒に頂いたんです・・」

「ほっほーう!どこで?どこでですか!」

「あ、て、提督室の、応接コーナーで・・」

「隣に座って?」

加賀がこちらを向くと、表情を曇らせた。

「む、向かい合わせで・・隣は勇気が出なくて・・」

赤城はぐっと拳を握った。

「そこは押しましょう!一航戦の誇り!押して行きましょう!」

加賀はますます小さくなり、俯いて畳にのの字を描きだした。

「お、押したいのは山々ですけど、嫌われては大変ですし・・」

赤城は拳の親指をぐいっと立てた。

「指輪をくれた程の仲なんですから、そう簡単に変わりませんよ!」

加賀は再び顔を上げた。頬が赤くて目が潤んでいる。かなり可愛い。

「で、でで、でも、男心と秋の空とも言いますし」

赤城は眉をひそめた。

「もし提督がそんな男だったら空爆してあげます!」

加賀はぶんぶんと手を振った。

「そっ!そんな!提督にお怪我をさせるような事はダメです!」

赤城は両手を腰に当てた。

「万が一の話です。加賀は明日秘書当番でしたよね?」

加賀は目が泳ぎだした。

「え、えっと、さぁ、ちょっと記憶が」

赤城は一層顔を寄せた。

「明日でしたね?」

「・・はぃ」

「じゃ、やってみてください!そして私に報告してください!」

「あ、明日?」

「明日」

「か、考えて覚悟を決めたいので1ヶ月くらい先に・・」

言いかけた加賀は赤城の表情を見て言葉を引っ込めた。

「・・良いですね?」

「わ、解り・・ました」

「では今日はもう寝ましょう!」

「・・はぃ」

赤城はパチリと照明のスイッチを切ると、布団に横になった。

加賀はまだ両手の人差し指をもよもよと絡ませながらブツブツ言っている。

きっとしばらくそのままだろう。

加賀に話の振り方を間違えると、提督との果てしないおのろけ話になります。

出会いの頃から話し始めると1晩経っても終わりません。

しかしあらゆる話題から加賀の気を逸らせるには最も効果があります。

ダイエットの話題から逸らせつつ提督とのおのろけも回避する。

難しい舵取りでしたが何とかこなせました。

赤城は小声で呟きつつ目を閉じた。

「上々ね」

 

翌朝。

 

ジリリリン!

目覚ましがいつも通りの時間に鳴り始めると、赤城は腕だけ伸ばしてパチッと止めた。

赤城の目覚めは大変良い。

目覚ましを止める頃にはきちんと意識がある。

そして、起き上がりながら加賀の布団の方を見て硬直した。

自分の記憶が確かなら、昨夜照明を消す前から両手の人差し指を絡めていた。

そして目の前に居る加賀は、目の下に真っ黒なクマを作りながら人差し指を絡めている。

・・まさか。

「か、加賀?」

加賀はどろんとした動きで赤城を見上げた。

「・・はい」

赤城は溜息を吐いた。本当に提督の事になると乙女だとは思っていたけど!

「・・寝てないですね?」

加賀はこくりと頷いた。

「・・はぃ」

赤城は両腕を腰に当てた。

「寝なさい」

「・・で、でも、今日は秘書艦当番で」

赤城は加賀を布団に寝かせた。

「いーから、寝なさい」

加賀は大人しく従った。

「・・おやすみなさい」

「秘書艦当番は明日の子と代わって貰いますから」

加賀は顔まで布団をあげると、ぽつりと言った。

「・・ごめんなさい」

赤城の心にその一言はちくりと刺さる。

すれ違う子達とあいさつを交わしつつ、赤城は廊下を歩きながら考えた。

ダイエット回避の為とはいえやり過ぎましたかね?

でも待って。そもそもやり過ぎって内容ですか?

隣に座るのってそんなに勇気が居るのかしら?

明日の当番は・・日向ね。

 

赤城は戦艦寮に向かった。

 



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赤城の場合(2)

現在、朝、戦艦寮伊勢達の部屋

 

「承知した。それなら私が今日、加賀が明日で構わない」

日向は机に向かって書き物をしており、伊勢は顔を洗いに出ていた。

日向は赤城の申し出を聞くと、あっさり引き受けた。

「別に明日も私がやって構わないぞ?加賀の体調は大丈夫なのか?」

赤城は溜息を吐きながら答えた。

「一晩中乙女な悩みをしていただけだから、寝れば良くなる筈よ」

「乙女な悩み?」

赤城は聞いてみる事にした。

「そうなの。あ、そうだ日向さん」

「なんだ?」

「提督とおやつを食べるとするじゃないですか」

途端に日向がもじもじし始めた。

「・・な、なんだ急に」

「どうしたのです?」

「い、いや、なんでもない。で、何だというのだ?」

「ええと、そうそう。おやつを食べるとして、日向さんは隣に座れますよね?」

がったん!

「ど、どうしたんです、椅子から転げ落ちるなんて?大丈夫?」

「だ、だだ、大丈夫。大丈夫に決まってるじゃないか。す、少し滑っただけだ」

「到底大丈夫って感じじゃないですけど」

「わ、私がこの位の事で動揺をする筈が無いだろう?」

その時引き戸ががらりと開き、伊勢が入ってきた。

「およ、赤城じゃん。・・・どしたの日向?」

「伊勢さん、おはようございます。いえ、日向さんに、提督とおやつ食べ・・」

だが、日向は赤城の後ろから口を両手ですぽりと塞いだ。

「わーわーわあああー!!!」

伊勢は日向をじっと見た。

「なになに日向?提督とデートでもすんの?」

一気につむじまで真っ赤になった日向は一層赤城の口を塞ぐ力を込めた。

「い、いいい伊勢まで何を言ってるんだ!私は加賀が具合悪いと言うから交代を」

その時、赤城が渾身の力を込めて日向の腕をふりほどくと、

「んぷはっ!こんな理由で窒息死したくない!」

「あ・・す、すまん」

赤城は日向の両腕を持ったまま伊勢に答えた。

「いやね、加賀が寝込んじゃったからさ、代わりを頼んだのよ」

伊勢は腕を組んで上を見ながら答えた。

「あー、そっか、日向は明日の当番だもんね」

「日向さん優しいんですよ、明日もそのままで良いよって申し出てくれて」

伊勢はニヤリと笑った。

「それは優しさって言うか、たくらみなんじゃないの?」

「たくらみ?」

「今日も明日も提督とおデートしたいって」

赤城もにへらと笑った。

「はっはーん、まぁ、加賀は意地でも明日は出て来るでしょうけど」

「ところで加賀の具合、どうなのさ?」

「あー、違います。昨夜加賀に提督とどうなんですって振ったらですね」

「勇気あるわね赤城。徹夜覚悟?」

「その辺の舵取りでしくじったりしません」

「さすが長い事親友やってないね。で?」

「提督と向かい合っておやつを食べたって言うんです」

「へー」

「だから隣に・・」

言いかけて赤城は気付いた。日向の腕がプルプル震えている事に。

「ん?どうかしましたか、日向?」

「か、加賀は・・・加賀は・・・」

「加賀は?」

赤城はさらっと返したが、目の前の伊勢の態度に首を傾げた。

真っ青な顔をしながら後ずさりしていたからだ。

「何してるんです、伊勢さん?」

伊勢は両腕を少し上げ、どうどうと落ち着かせるような仕草をしながら言った。

「ひ、日向、お、落ち着け、そこに居るのは赤城で加賀じゃない」

その時赤城はぞくりとした。なんか背後から凄まじい殺気がする!

「ひゅ、日向さん?」

「・・・・」

「日向さん!?」

「提督と・・二人で・・おやつ・・」

ふと気づいた伊勢は、再びにやっと笑いながら日向に言った。

「あぁ、今日交代するならやれば良いじゃん。どうせやった事無いんでしょ?」

日向は気色ばんだが、赤城に腕を抑えられているので足をじたばたさせた。

「ばっ!バカな事を!わっ、私は、て、提督の秘書としての務めをだな!」

「普通にやっても時間たっぷり余るじゃん」

「そっ!それはその、あの、あれだ!」

「お茶の淹れ方だって毎晩散々練習してるじゃん。披露してきたら?」

赤城は暴れる日向の腕を抑えつつも伊勢に聞き返した。

「お茶の淹れ方?」

「あー、日向はさ、武術一辺倒で真面目だったから淹れ方知らなかったのよ」

「へー」

「だから提督に指輪貰ってから花嫁修業しちゃってさあ」

「わぁぁああぁあ!それ以上言うな!主砲喰らわせるぞ!」

背後でガシャコンという装填音がしたので、赤城はびくりとなった。

だが、伊勢は慣れたものだった。

「毎晩あたしが日向の淹れたお茶を上手いか不味いか試飲させられてたって訳よ」

背後でがくりとする様子が赤城でも容易に解った。

「わ、私の秘密が・・」

赤城が答えた。

「お茶の練習をするのは良い事ですよ。御召艦とかになった場合にも使えますし」

「・・・そう、かな」

「はい。皆でお茶会をする時にも使えます」

「・・なるほど」

「勿論提督に「お茶!」って言われた時にも」

「・・提督はそんな事1度も言わないのだがな」

「まぁ聞いた事無いというか、普通に自分で淹れてますよね」

「来客がある時位だよな」

「そうですよ!来客の時に恥をかかずに済みますよ」

「まぁ、そうなるな」

ジャキッと装填解除の音がしたので、赤城は内心胸をなでおろした。

ふと伊勢を見ると、やるじゃないと目で合図してきた。

赤城は貸し1つですとジト目で返した。

だが、伊勢は伊勢だった。

「赤城なら提督室の甘味の場所知ってるでしょ?」

「・・幾つかありますね」

「食べても影響なさそうなのは?」

「んー、提督のすぐ脇にある棚の一番左上にあるかりんとうですかね」

「なんでそう思うの?」

「ヒマそうな時に自分で袋開けてぽりぽり食べてますから」

「お裾分けしてもらえそうかな?」

「大丈夫じゃないですか?」

伊勢は日向に向いてバチンとウィンクした。

「だ、そうよ。頑張って!」

日向は再び暴れ出した。

「何が「だ、そうよ」なんだ!」

「あんたマジで解らないの?」

「あ、う、ぐ、を」

「提督が暇そうにしてたら、お茶を持ってって、かりんとう食べたいですと」

「そっ!そんな恥ずかしい事言えるかああああ!」

伊勢と赤城がハモった。

「恥ずかしくない。全っ然恥ずかしくない」

日向は途端に俯いてしまった。

「お、おおおおお前達が変な事言うから今日は意識してしまうではないか!」

赤城が答えた。

「意識して実践すれば良いと思うんですけど」

「そっ!そんな事出来る訳無いじゃないでしゅか!」

伊勢が呆れ顔で言った。

「湯気出てるし舌噛んでるよ日向。別に同衾しろとか言ってるんじゃないんだし」

「どっ、どどどど同衾!?」

赤城が言った。

「結婚してるんですし・・ね」

伊勢も頷いた。

「ねー?」

赤城は急に腕をぐいっと後ろに引っ張られたので振り返った。

すると、そこには真っ赤になって目を回す日向が居た。

伊勢の声が被って来た。

「可愛いわよね。ちょっと弄るとあっという間にこうだもん」

「加賀も似たり寄ったりです。一晩中徹夜で悩んでたんですよ?」

「何を?」

「どうせ提督とおやつ食べるなら、隣に座れば良いじゃないと言ったんです」

「良いよねーとか言ってどっかり座っちゃえば良いじゃんねえ?」

「ですよね?そんな大層な事じゃないですよね?」

「・・まさか、それで今日寝込んだの?」

「そう言う事です」

「あーあ、日向と同じような子がもう1人居るとは」

「でも、そういう意味だと長門さんは偉いですよね」

「あまり照れてデレデレになったとか聞かないよね。長門はどうなんだろ?」

「おやつですか?」

「そうそう。どうせ日向しばらく目覚めないだろうし、聞いてこない?」

「ふむ、まぁ長門さんなら聞いても怒らないでしょう」

 

 




298話で締めると言ったな、あれはウソだ。


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赤城の場合(3)

現在、朝、戦艦寮長門の部屋

 

 

「どうした伊勢、赤城。珍しいな」

部屋を訪ねると、長門は本を読んでいたのだが、伊勢は本に釘付けになった。

「あ、あのさ・・長門」

「なんだ?」

「どうしてそんな本読んでるの?」

長門の持つ本には「奇天烈な発想をモノにする5つの方法」と書かれていたからだ。

質問を聞いた長門はうんざりした顔になった。

「あぁ、聞いてくれるか?」

「もちろん」

「・・提督がな、脱走をしなくなった」

「そういや最近しないね」

「それ自体は大いに結構なのだが、代わりに知恵比べを挑まれるようになった」

「知恵比べ?」

「たとえば、これだ」

長門から伊勢に手渡された付箋には

 

 かゅいほてをこちえげりゆ

 

と、書かれていた。

「なにこれ?断末魔の絶叫?」

「これは暗号なのだ。五十音の同じ行の1文字後の文字にすると良い」

「1文字後?」

「”か”なら”き”、”ほ”なら”は”だ」

伊勢はすぐさま赤城に手渡しながら言った。

「赤城、あげる。あたしこういうのパス」

赤城はじっと見つめながら、

「きょ・う・は・と・ん・か・つ・お・ご・る・よ・・今日はとんかつ奢るよ!」

長門はうなづいた。

「そうだ。良くそらんじて言えたな。私は紙が無いと解けなかった」

「ルール教えてもらいましたからね」

「ま、そういうわけだ。これが秘書艦になるたびに1枚ずつ来る」

「毎回同じルールなら、解読表を作っておいたら良いじゃないですか」

長門は肩をすくめた。

「あの提督だぞ?毎回違うんだ。前回はいろはの1文字前で降参寸前まで追い込まれた」

伊勢は首を傾げた。

「聞けば良いじゃん。解んないって」

長門が眉をひそめた。

「言えば「おや、降参か?解読は1番でなくて良いのかな?」って返されるんでな」

赤城は頷いた。

提督は長門の負けず嫌い&1番が大好きな事を十二分に知り尽くしている。

私なら「全く気にしません!」と胸を張って答えるだろう。

だが問題はそこではない。

「ところで長門さん!」

「な、なんだ?」

「とんかつ美味しかったですか?!」

「えっ?あ、ああ、そりゃ鳳翔の店のだったから美味しかったぞ」

伊勢も口を揃えた。

「鳳翔さんの店でとんかつデート!?」

長門は首を傾げた。

「晩御飯を共にしただけだ。それがどうしたというんだ?」

伊勢は赤城を向いて言った。

「ダメだよ赤城!きっとこっちが普通だよ!」

「ですよね!」

長門はますます首を傾げた。

「一体何の事なんだ?」

伊勢がキッと長門に向かって言った。

「ねぇ長門!聞いてよ!」

 

「き、気持ちは解るが・・二人ともそこまで照れなくても良い気がするな」

長門の答えに頷きながら、伊勢はさらに質した。

「長門は提督とおやつとか食べてるの?」

長門は困った顔を返した。

「私はそのような習慣が無いし、茶を淹れるのは苦手でな」

「苦手なの?」

「どうしても苦くなってしまうのだ」

「どうやって淹れてるの?」

「その・・茶葉をぬるま湯でふやかせば良いと聞いてな、20分位漬けたのだが」

「あー」

「何が悪いかもう解るのか!?」

どう説明したら良いのかと悩む赤城に対し、伊勢は

「提督室の隣の給湯室で良いんだよね?」

「うむ」

「じゃあさ、一旦湯を沸かすじゃん」

「ま、待てメモを取る・・・よし、沸騰までで良いのか?」

「沸騰までだよ」

「うむ。それで?」

「お湯呑に8割の辺りまで注ぎます」

「白湯をか?」

「そう」

「う、うむ。それで?」

「急須を取り出して、茶葉を1匙入れます」

「そ、その時になってから急須を出すのか?」

「その時です」

「わ、解った。それで?」

「そしたらお湯呑から急須に湯を移します」

「全部か?」

「全部です」

「う、うむ、それで?」

「砂時計を急須の隣に持ってきます」

「窓辺にあるやつだな?」

「そうです」

「さ、最初から用意してなくて良いのか?」

「いいんです!」

「わ、解った。それで?」

「急須の隣に置いたらひっくり返して3分カウントします」

「うむ」

「そしたらお湯呑に、1/4ずつ交互に入れます」

「1/4ずつ、交互にだな?」

「大体ね。そして3/4まで入れたら終わりです」

「つまり・・3回ずつ入れるんだな?」

「3回ずつです」

「急須に余ったらどうしたら良い?」

「もし余ったら、自分の湯呑に入れて」

「なるほど」

「そしたら急須を洗って仕舞い、砂時計も戻します」

「提督に出す前にか?」

「そうです」

「う、うむ。解った」

「そしたらそれで出したら良いよ」

長門は走らせたメモを見るとうむと頷き、

「やってみるか。礼を言うぞ伊勢!」

「こちらこそ、普通の感覚を取り戻せたよ。ありがと!」

赤城はなるほどと頷いた。

わざと手順を前後させているのは、それで湯を冷ましたり茶葉が開く時間を稼ぐ為だ。

給湯室の砂時計は3分用だ。

淹れる時間は3分ではちょっと足りないが、かといって6分は長過ぎる。

恐らく同じ手順で日向にも伝えたのだろう。

これなら解りやすいし、後で今取ったメモを見返しても同じように淹れられる。

さすが日向を妹に持つ姉だなと思った。

 

長門の部屋を辞し、廊下を歩きながら伊勢は言った。

「あれくらいのリアクションが普通だよね」

赤城も頷いた。

「普通と言うか、すっかり慣れている感じでしたね」

「カッコカリまでの間、散々振り回されたからかなあ」

「あぁ、脱走とか一人で対処されてましたよね」

「ま、あたし達が面倒だったってのもあるけど」

「何というか、関わらない方が提督が喜ぶ気がしましたよね」

「うん。提督もハッキリ言わないんだけどさぁ」

「明らかに長門さんにかまって欲しがってましたよね」

伊勢がビシリと赤城を指差した。

「そうそう!それ!ピッタシ!」

赤城は溜息を吐いた。

「ほんとにまったく、どいつもこいつもですよ」

「そこから長門は外して良いよね」

「ま、そうですね。あと伊勢さんも」

「ありがと。長門はさすが鎮守府最高艦娘だよね」

「認めざるを得ませんね」

二人はうんうんと頷きながら、途中で別れると、それぞれの部屋に帰った。

 

 



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赤城の場合(4)

現在、朝、空母寮赤城の部屋

 

「日向が無事代わってくれましたよ」

「そ、そうですか・・良かった、です」

赤城は加賀が答える様を見て溜息を吐いた。ホッとしながらガッカリしている。

「明日会えるじゃないですか。そんなガッカリしなくても」

「あ、いや、え、ええ、大丈夫。大丈夫です」

しょぼんとする加賀を見て赤城はどうしようかと思った。

もうすぐ自分は出撃しなくてはならない。

しかし、またのの字を書いて夕方まで過ごされては休ませた意味が無い。

ふうむと考えた後、ピンと思いついたので、赤城は小声でぽつりと言った。

「しょぼくれてると、明日も危うくなりますよ?」

俯いていた加賀はがばりと顔を上げた。

「どういう事でしょう?」

「日向さんは加賀の具合が悪いなら、明日も元通り当番をこなすと」

シャキン!

加賀が真っ直ぐ立ち上がったのを見て、赤城はすすっと加賀の隣に移動した。

解りきってるが、一応呼びかけてみる。

「加賀?」

だが、加賀は応じない。

そりゃそうだ。

徹夜して貧血気味で、更に起き抜けにいきなり立ったら・・・

とすん。

はいキャッチ。立ち眩みするに決まってるじゃないですか。

これで大人しく寝かしつけられました。我ながら良いアイデアでした。

さて、今日は哨戒任務。そろそろ班員を呼びに行きますか。

 

「皆様おはようございます」

「赤城さん、おはよ!」

「今日もよろしくお願いするよ」

「さっさと行っちゃいましょう?」

「あぁん、北上さん今日も素敵!」

赤城は頷いた。

今月のメンバーは瑞鳳、響、北上に大井。そして・・

「あ、あの、あのあのあのあの、よ、よろしくお願いします」

響の陰に隠れて囁くように言ったのは潮である。

深海棲艦から戻って来た子で、教育方から1ヶ月預かっている。

預かる際、教育方の妙高が相談に来た内容はこうだった。

「知識や基礎訓練は充分なんだけど、余りにも気が弱いから心配なの」

そういう時は天龍じゃないのと思って聞いたところ、

「天龍がね、今居るメンバーが濃過ぎるから却って萎縮しちゃうっていうの」

赤城は頷いた。確かに天龍組は現在ほぼ常設状態で、メンバーも常に複数名居る。

メンバーに共通しているのは強い自己主張であり、潮のように物怖じする子は居辛いだろう。

気の弱い子というのは滅多にないケースなので、専用クラスを作る訳にもいかない。

事実、この潮が2人目で、1人目は虐待を受けていた睦月である。

そんな訳で赤城の班は今月1人少ない5人体制だった事もあり、預かる事にしたのである。

実戦に出すのは今日が初めてだが、訓練で確認した限りでは対応も悪くない。

だが赤城はどの海域にどうやって初陣を出すか、しばらく考えていた。

悩んだ結果、

 

「今日はバシー島周辺を哨戒します」

北上はすすっと赤城に寄って行くと、耳元で囁いた。

「珍しいとこ行くじゃん。どしたの?」

赤城は返した。

「少し遠いけど戦闘海域は少ない。このメンバーなら主力部隊と噛む可能性は少ない」

「・・潮っちはLV高いけど実戦行動が読めないよ?」

「最悪、5隻で行けるでしょ」

大井が不安そうに言った。

「5隻なら行けます。足を取られなければ」

北上が継いだ。

「正面海域のちょっと遠いとこで良いんじゃない?今日は長門班も哨戒出てるしさ」

赤城は肩をすくめた。

「潮がLV1ならそれで解るんだけどね・・」

北上が溜息を吐いた。

「それはまぁ・・うーん・・まぁ・・そうね」

 

潮はびくびくしているがLVは48と高く、改造も近代化改修もフルに受けている。

そしてLVに相応しく、鎮守府独自の兵装選定テストも一発で合格したのである。

LVで言えば響の方が低い。

だが、その響に対してさえも

「あ、あの、しゅ、出発・・されないの・・でしょうか・・すみません!」

これでは羽黒の初期より気が小さい。

なんとなく加賀と日向の照れ顔が思い浮かぶ。

そこまでビビらなくても良いでしょうに・・まったく何が足りないのか。

赤城は目を瞑りながら言った。

「実戦でどこまで対応出来るのか、見たいのですよ」

北上がふと気づいたように言った。

「実戦した事・・あるのかな?」

大井が眉をひそめた。

「い、いくら何でもLV48まで実戦無しはありえないんじゃない?」

だが赤城はハッとした顔で、そのまま潮に尋ねた。

「ねぇ潮ちゃん、あなた、実戦経験はある?」

北上の予感の通り、潮が答えた。

「あ、ありません。座学と演習しかした事が無いんです」

赤城は北上に間宮羊羹を手渡しながら言った。

「北上さんのおかげで出撃前に大事な事が解りました。大井さんとどうぞ」

「ごっちー。大井っちぃ、これ預かっておいてー」

「船内冷蔵庫で冷やしておきますね」

赤城はうむと頷きながら言った。

「では、バシー島へ行きましょう!」

ぎょっとしたように北上が赤城を見た。

「ちょ!待ちなよ!LV48でも実戦未経験なんだからさ!」

赤城はニヤリと笑った。

「今日はあの子達が居る筈ですから。居なければ帰ります」

北上と大井は顔を見合わせたあと、ははぁんと頷いた。

赤城は潮を見た。

「実弾装填したわね?模擬弾や演習弾ではないわね?」

「はい!実弾です!」

「じゃ、皆出発!」

 

「お、おおおおお・・・」

海域に到着すると、潮が声を上げた。

「どうしたの、潮ちゃん」

「しゅ、周囲全部、水平線の先まで海なんて初めてです!」

「見た感想は?」

しばらくぐるぐると見ていた潮は赤城に振り向くと、

「とっても綺麗で、素敵です!」

その時、偵察機を飛ばしていた瑞鳳が静かに言った。

「深海棲艦隊を発見したと、連絡が入りました」

赤城が返した。

「相手はどんな感じ?」

「重巡2隻、輸送船4隻です。緑の旗を確認」

赤城は澄ました顔で

「方位と距離を教えてください」

「はい。こちらから見て、方位0-2-2、距離6800」

赤城は潮に言った。

「じゃあ潮さんは重巡2隻をお願い」

潮がぎょっとした顔で見返した。

駆逐艦1隻で重巡2隻を相手にするのははさすがに荷が重すぎる。

「あ、ああああああの、み、皆さんは?」

「任務上、私達は最低3隻の補給船を仕留める必要があります。さぁ時間が無いですよ!」

「あ、あああああの・・」

「第1次攻撃隊、全機発艦!北上と大井は準備が済み次第先制雷撃!」

「はーい」

「北上さぁん、待ってくださいなー」

赤城は潮を振り返って言った。

「我々の背後を突かれないようにしてくださいね!貴方に背中を預けます!」

潮は泣きそうになりながらもコクコクと頷いた。

 

 




ここで300話だから後はご想像にお任せしますとか言って投げっぱなしジャーマンしたら暴動起きますよね・・・
ええ、解っております。
解っておりますよ。
さてこの先はっと…


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赤城の場合(5)

あー、300話さえ突破してしまいました。



現在、昼、バシー島沖の海域

 

潮は懸命に測距しながら、魚雷を設定した。

使い慣れた4連酸素魚雷だが、緊張のあまり設定を何度も間違えた。

そして心配になって何度も確認してる間に距離が縮まってしまい、また設定を直す。

そうこうしてる間に雷撃可能距離ギリギリになってしまった。

「あ、あわ、あわわわわわわわ」

このまま突破されたら赤城達の背後を取られてしまう。

でも、本当に撃って良いのか?もし設定を間違ってたら、もう次発装填出来ない!

もはや重巡2隻は目視出来る距離まで迫っていた。

「~~~~~!!!」

進退窮まった潮はついに目を瞑って魚雷を発射したのだが、怖くて目を開けられなかった。

だが。

 

「ハイ、ザンネーン」

 

ハッとして顔を上げると、重巡リ級2隻がにっと笑いながら肩に手を置いた。

潮はその場で座り込んでしまったのだが、すっと息を吸って目を瞑ると、

「・・・一息に、お願いします」

観念したような声だった。

だが、重巡達は何もしてこない。

じわじわと時間が過ぎ、不安に耐え切れずそっと片目を開けたところ、

 

「バア」

 

目の前にリ級の顔があった。

「にゃあああああああああ!」

「アッハッハー、引ッカカッター」

潮は涙目になって両腕をぶんぶん回した。

「なっ、なんですか!なんなんですかぁ!」

「それはこっちの台詞です」

がばりと振り返ると赤城達が居た。声を掛けたのは赤城である。

「一体どうしたの?試験では良かったのに。引きつけるにしてもギリギリ過ぎるでしょう」

穏やかに問う赤城に返す言葉も無く、潮はしょぼーんとしてしまった。

そこに響がとことことやってきた。

「もしかして・・実弾撃った事無いのかい?」

潮は俯いたまま、こくんと頷いた。

「アーア、ソリャキッツイワ」

「赤城チャン、LV1の初陣デココハ無イワヨー」

「LVは・・48なのよ?」

「・・演習ダケデLV48?」

「そう」

「箱入リ娘モ良イトコジャナイ」

赤城は潮に尋ねた。

「そもそもどうして深海棲艦になっちゃったの?」

潮がぽつりと言った。

「鎮守府が深海棲艦の夜襲を受けたらしくて、目が覚めたらイ級になってました」

「昇天か転属すれば良かったじゃない」

「ほ、本当に寝てる間の事で、起きて変だと気づいた後もやり方を教えてもらってなくて、どうすれば良いか解らなくて」

赤城は溜息を吐いた。本当の箱入り娘だったのだ。

その鎮守府の司令官は潮を溺愛していたのだろうが、それでは潮自身が困る事になる。

そう、実戦でまるで役に立たないのである。

赤城はふと気づいたように深海棲艦達に言った。

「あ、そうそう、これいつものです。間宮羊羹12本。確認してください」

「イヤー、イツモアリガトウ。コレ大好キナンダ。ソンジャ、コレネ」

「ひぃふぅ・・はい、6つ確かに。あ、空き容器また渡しておくわ」

「了解。ジャーネー」

「さようならー」

去っていく深海棲艦に手を振る赤城達を見て、ついに潮が声を掛けた。

「あ、ああ、あの、あの、赤城さん」

「なんでしょう?」

「あれ、どなたでしょうか?」

「重巡リ級2隻と補給艦4隻の皆様ですよ」

「・・・手に持ってらっしゃるのは?」

「重巡2隻と補給艦4隻の船霊ですが?」

 

艦娘達が深海棲艦を撃破し、それが大本営で確認されると初めて敵撃破とカウントされる。

その証拠の品として持ち帰るのが、深海棲艦の船霊の入った容器である。

大本営がこれをその後どうするのかは知らないが、それが規定である。

本来は、轟沈して光った深海棲艦に向かって空容器の蓋を開けると船霊だけを取り込める。

 

潮は去っていく深海棲艦達と赤城の手を交互に見比べた。

「・・な、なんで、お持ちなんですか?」

「取引したからですが?」

んんん?

潮の混乱を見て響が補うような質問を被せた。

「どうして彼女達は帰って行くのに、船霊があるのかって事なんだと思うよ」

潮はハッとしたように何度も頷いた。

船霊を抜かれたら深海棲艦が生きてる筈が無い。

だからこそ撃破数としてカウントされるのだ。

赤城はけろっとした顔で答えた。

「あの子達とは違う魂なので」

響が両手を後頭部に当てながら答えた。

「赤城は無傷で船霊を貰える、深海棲艦は貴重な甘味が手に入るって事だね」

「更に新しい艦娘の実力も確認できます」

潮は俯いて沈黙していたが、ハッとしたように、

「わっ!私!本物の実弾を撃ちましたよ?100%当たらないと思ってたんですか?」

「ええ」

「そ、そんなにダメそうに見えますか?私・・」

「違います」

「何故ですか?」

「あの方達、艦娘で言えばLV150以上だから、砲雷撃避けるなんて朝飯前なのですよ」

「・・・は?」

「本来、こんな海域に居る方がおかしいの」

「ど、どうしていらっしゃるんですか?」

「私が頼んでるから」

潮は脳が沸騰するくらい考えたが、何がどうおかしいのか説明が出来なかった。

「さ、皆さん帰りましょう」

赤城が促したので、潮は悩みながら海域を後にした。

 

その夜。

 

「一体・・どうしたら良いのかな」

潮はぽつんと一人、体育座りをして池に写る月を見ていた。

鎮守府の中で夜、一人になれるところは意外と少ない。

教室棟、演習場、運動場、集会場は全て施錠されるし、売店も食堂も閉まっている。

通信棟、入渠棟、提督棟、工廠や事務棟は夜遅くまで誰かしらが居る。

寮なんかで一人になれる筈が無いし、森は入れるがとても暗くて怖い。

そういうわけで、売店裏の小さな池のほとり位しか残っていないのである。

しかし、ふいに視界が無くなった。

「だーれだ?」

潮はおずおずと答えた。

「あ、赤城さん、です」

「正解です!潮さんには間宮羊羹をプレゼント~」

そう言うと赤城は潮に間宮ミニ羊羹を手渡した。

「・・あ、ありがとう、ございます」

「はい。御礼をちゃんと言えるのは良い事ですよ」

「・・えへへ」

潮が羊羹を見ながらにこにこと笑ったので、赤城は近くのベンチに案内した。

「さて。潮さんはこの後、艦娘を続けると希望したのよね?」

「は、はい。私、前の鎮守府では何もお役に立てなかったので・・」

「聞かせて貰っても良いかしら?」

「ま、前の鎮守府の事ですか?」

「ええ」

潮はしばらく黙っていたが、やがて

「お、お話します」

と言った。

 

 



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赤城の場合(6)

現在、夜、売店裏の池のほとり

 

「そっかー」

潮の話を一通り聞いた赤城は頷いた。

前の鎮守府の司令官は莫大な私財を投じ、気に入った艦娘達を育てた。

それは出撃や遠征でのLV上げではなく、軍事演習は座学と仮想演習のみ。

艤装は輸送船や視察が来る時だけ装備させたが、それ以外は外させた。

司令官は艦娘達に、

「女の子として過ごしてくれれば良い。街や学校で学びなさい」

と言った。

最初の着任地でもあったので、何となく不思議には思っていたが従っていた。

ゆえに潮はきちんと高校まで入学していたというのである。

高校に入った直後のある朝、目覚めた潮は海底に居た。

慌てて海面まで泳いだのだが、目の前には焼け崩れた鎮守府があった。

そしてふと海面を見ると、イ級になった自分が居た。

後はひたすら逃げまくる日々だった。

幸い、艦娘自体のLVが高かったので駆逐艦ながら高い能力を有しており、

「なんてすばしっこいの!全然当たらないじゃない!」

と、攻撃してきた艦娘達は地団駄を踏んで悔しがったそうである。

しかし、なりたくてなった深海棲艦な訳でもなく、どうして良いか解らなかった。

いつも1人で彷徨っていたが、勧誘船が来たので思い切って乗ったのだそうである。

「もう、どうして良いか解んないんです」

潮ははむはむと羊羹を食べながら俯いていた。

赤城も考え込んでしまった。

「余りにも特殊な生い立ちよね・・」

「や、やっぱり変だったんですか?」

「貴方は何も悪くないですよ。そう命じたのは司令官ですからね」

「・・でも、司令官は優しくて大好きでした」

「けどね、今海は戦場で、貴方が見た通り、戦えないと知れたら滅ぼされるのよ」

「・・・」

「司令官はもっと違う所でそういう活動をすべきだったと思います。例えば孤児院とか」

「・・・」

「まぁ、司令官の事を貴方に言っても可哀想だからこれ以上は言わないです」

「はい」

「で、今後どうするか、よね」

「はい」

赤城は潮の頭を撫でた。

「一切制約が無いとして、今まで希望した事も全部忘れて、今、何をしたいかしら?」

潮は赤城をじっと見たあと、俯いてぽつりと呟いた。

「司令官さんに、会いたいですね」

「それは・・」

困った顔をする赤城に、潮はふっと笑った後に続けた。

「解ってます。司令官さんがお亡くなりになったという事は」

「そうすると・・」

「だからといって自決するつもりはありません。会えたら良いなって」

「・・・」

「私、司令官さんに言った事があるんです」

「どんな事を?」

「将来、学校をきちんと出てパティシエになりたいって」

赤城は聞き返した。

「ぱ、パテ?」

「パティシエ。洋菓子の職人さんです」

途端に赤城の目が輝いた。

「お菓子職人さんですか!」

潮は頷いた。

「はい!」

「良いじゃないですか良いじゃないですか!」

潮はますます俯いた。

「でも・・それはそれこそ、艦娘としては許されない未来ですよね」

「んー」

「司令官さんに言った時も、さすがに厳しいねえと困った顔をされましたから」

「・・・」

「解ってるんです。適わない夢だって事は。でも」

「いいえ!」

話を遮られた潮はぎょっとして赤城を見た。

「・・えっ?」

「良いじゃないですかパチ何とか!」

「ぱ、パティシエです」

「潮さんはLV48までなったのでしょう?」

「え、演習と座学だけですけど」

「つまり、ちゃんと勉強する事は出来るって事ですよね?」

「は、はい。高校はちゃんと試験に合格しましたし」

「だったら!そのパチ何とかの勉強をすれば良いんです!」

「勉強・・しても良いんですか?」

「どうやったらなれるか解りますか?」

「え、ええと、専門学校に行く方法が一般的で、他には弟子入りする方法もあります」

「弟子入り?」

「洋菓子店のマスターさんとかに頼んで、弟子入りするんです」

「目星はあるんですか?」

「ええっ!?が、学校のですか?洋菓子店の方ですか?」

「どちらでも良いです!」

潮はもじもじしながら答えた。

「あ、あの、洋菓子店さんの方なら・・心当たりというより、行きたいなって思うお店が」

「あるんですね!」

「は、はい」

「行きましょう!」

「はい!?」

「提督に相談して、きちんと筋を通して堂々と行きましょう!」

潮は目を白黒させた。

艦娘がパティシエ?あの司令官さえダメだと言ったのに。

「え、あ、あの、赤城さん?」

「そうと決まれば善は急げです。明日、起きたら朝食の前にうちの部屋に来てください!」

「え、あ、赤城さんのお部屋に伺えば良いんですか?」

「その通りです!」

「は、はい、解りました」

「じゃあ今夜はゆっくり寝てください。夜更かししたらダメですよ!」

「は、はい!」

「じゃ、待ってますからね!」

「お、おやすみなさい」

去っていく潮に手を振りながら、赤城はにこっと笑った。

最後の最後、潮はちょっとだけ、嬉しそうに笑っていた。

なんとかしてあげたいですね。

 

そう。

赤城が朝晩、池を巡回しているのはこういう事をする為である。

大勢が一緒に生活する鎮守府では、当然それぞれが様々な思いを抱えており、時に悩む。

自分で悩みをぶつけられる場合もあれば、一人で静かに抱え込む場合もある。

抱えても自分で解決出来れば良いが、傍から見て明らかに雲行きが怪しい場合もある。

あまり思いつめると任務に支障をきたすので、赤城が相談に乗っているのである。

これは別に提督や他の秘書艦から頼まれた訳ではないが、

「困ってるのは可哀想なので!」

と、自主的に続けている。

勿論加賀からダイエットを勧められた時の逃げ口上にも役立てているのである。

 

翌朝。

 

「加賀さん、お願いがあります!」

しっかりと目が覚め、顔を洗ってきた加賀を向きつつ赤城は言った。

「・・なんでしょうか?」

「今日は秘書艦当番ですよね?」

途端に加賀は両手を小さく顔の前に持ってきて、遮るような仕草をした。

「あ、あの、あの、な、並んでおやつを食べるのは」

「それは色々言いたい事がありますが後回しにします」

加賀は心底ほっとしたような表情になった。

「よ、良かった」

「で、今日は潮さんの相談で提督の部屋に行きます」

「はい」

「加賀さんはパチシェーって知ってますか?」

加賀は一瞬戸惑い、怪訝な顔をしつつ、

「・・・もしかして、パティシエですか?」

「お菓子職人さんだそうです」

加賀は頷いた。

「ええ、洋菓子職人の事ですね」

「潮さんが、それになりたいそうなんです」

「なるほど」

「ですから、提督を丸め込むのを手伝ってください」

加賀は小首を傾げた。

「・・丸め込まなくても、準備が整っているのなら反対されないと思いますが」

「ええっと、つまり、その、パチェーってなんだとか説明したりとか」

「パ・ティ・シ・エです。それでは喘息持ちの魔法使いになってますよ」

「・・・加賀さん」

「なんですか?」

「パティシエになる為の準備とかご存知ですか?」

「いいえ。ただご存知の方は知ってます」

「誰ですか!」

「間宮さんです」

赤城はのけぞるほど驚いた。

「ええっ!?間宮さんて和菓子職人では?」

「いえ、お菓子全般勉強されてますよ」

その時。

 

コンコン。

 

「あ、あの、潮、参りました」

赤城が振り向いて言った。

「良い所に!さぁいらっしゃい!」

「し、失礼します」

 

 



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赤城の場合(7)

現在、朝、空母寮赤城の部屋

 

「ええっ!あの間宮さんが!」

加賀の話を聞き、潮は目をキラキラさせた。

「もしパティシエとして活動されてるなら、勉強させてもらえるかもしれませんね!」

「いきなり外に修行に出るよりかは、提督も承諾しやすい筈です」

「はい!」

「ただ、潮さん」

「はい?」

「そうなると、こちらの鎮守府に着任されるという事で良いんですよね?」

潮はおずおずと聞いた。

「あ、あの、そんな理由で着任をお願いして良いのでしょうか?」

加賀は僅かに考えた後、潮を真っ直ぐ見て言った。

「言うべき事を全て包み隠さず言い、伺いを立ててみたらどうでしょうか?」

「ど、どなたにでしょうか?」

「もちろん、提督にです」

「わ、わわわわわ私が直接ですか?」

すがりつかれた赤城は頷きながら、噛んで含めるように答えた。

「潮さんが、直接、提督に、言うんです」

「は、はううううう・・・」

加賀がにこりと笑った。

「今日は私が秘書艦当番ですし、赤城もついて来てくれるのでしょう?」

赤城が頷いた。

「ええ、そのつもりです!」

「あ、あの、ご迷惑をかけてしまうのでは?」

赤城はにっと笑った。

「貴方が迷惑をかけるとすれば、もじもじして言うべき事を言わなかった場合だけです」

潮はぎくりとした。昨日の事を思い出したからだ。

「ひっ」

加賀が時計を見て言った。

「そろそろ提督に朝食をお持ちする時間です。お二人も食事を済ませてから来てください」

 

コン、コン。

 

「どうぞ」

加賀の声に促され、赤城に背を押されるようにして潮が入ってきた。

提督はコーヒーを飲んでいた。

「やぁいらっしゃい。コーヒーあるけど飲むかい?」

「あ、い、頂きます」

「私は何か甘い物を!」

「ええと・・あげても良いのかな加賀?」

「なんで加賀さんに聞くんですか?」

提督がジト目で答えた。

「赤城の保護者だからです」

「なっ!」

そして皆の予想通り、加賀はこう答えた。

「ダメです。コーヒーもブラックで」

「ええええっ!?」

 

「なるほど。それなら間宮の元で働けば良いじゃない。戦う事は無いよ」

提督は潮の告白を聞いてあっさり答えた。

「で、でも、パティシエになりたいからと言って着任を許して頂けるのでしょうか?」

「えーと、加賀」

「なんでしょうか?」

「間宮班見習いって扱いで問題無いよね?」

「全くありません」

「うん、別に問題無いよ?」

あまりにあっけなく済んでしまったので、潮の方が念押しする格好になってしまった。

「あ、あの、大本営さんには」

「給糧班として報告するよ」

「ぐ、軍事訓練は」

「間宮さんもそうだけど、事務方とか、白星食品の従業員とか、やってない子は居るし」

「し、視察の時は」

「給糧班として紹介するけど?」

眉間に皺を寄せた潮は

「そ、それで本当に良いんですか?」

「我々はそれで良い。ただね」

「ただ?」

「間宮さん、こと料理の事になるとかなり厳しいから覚悟しておきなよ?」

「あ」

「まぁ、鳳翔さんよりは優しいけど」

加賀は頷いた。

「お二人とも、自らにも厳しいですからね」

「というわけで、こっちは心配しなくて良いから、間宮さんに聞いてごらん」

「は、はい」

「困ったら我々の誰でも相談に乗るからね」

「・・で、では、こちらに着任させてください!」

「ん。潮、最初に言っておくが、私は君を娘だと思って歓迎するからね」

「娘・・・」

「普通は艦娘は戦力として評価する事しかないと思うけど、ここでは違う」

「・・・」

「まず初めに、君達は私の娘だ。だから何を置いても沈めたりしないと約束する」

「・・・」

「また、仕事に貴賎はない」

「・・・」

「戦力であれ、事務作業であれ、教育であれ、研究開発であれ、立派な仕事だ」

「・・・」

「だから君はやりたい事に向かって全力で突き進みなさい。出来るだけ支援するから」

「・・・」

「ただ、その道の結末に拭えぬ疑念を持ったら、双方納得いくまで話し合わせてもらう」

「・・・」

「ようこそ、我が鎮守府へ。最大限歓迎するよ」

潮はぐぐっと唇を噛んでいたが、目元からぽろぽろと涙が零れた。

「うっ、あのっ、あのっ、ちゃんと頑張って、立派なパティシエになります!」

「まぁとりあえず、所属艦娘としての手続きや寮の部屋を確認してから、だね」

「はい!」

 

「あらあら、パティシエ志望の子とは珍しいですね」

朝の片付けを終えた間宮は手袋を外しながら答えた。

同行した赤城は言った。

「いきなり外の店に行かせるのも心配なので、こちらで基礎的な事を教えてもらえませんか?」

間宮は尋ねた。

「ええと、潮さんは今の時点でどの程度経験があるのかしら?」

「あ、あの、お菓子作りの勉強は本でやってきました」

「作られた事は?」

「本を見ながらですけど、シュークリームまでは作れます」

間宮はふうむと腕を組んだ。

「では次の質問です。製菓衛生師と菓子製造技能士の資格はお持ちですか?」

潮は目を剥いた。

「せ、製菓衛生師の資格試験勉強は、前に艦娘だった時に始めてました」

「どのくらい進めましたか?」

「すみません。まだ1/3くらいしか読んでいませんでした」

「謝る必要はありませんよ。次の質問です」

「は、はい」

「今まで最大何人分を一度に作りましたか?」

「えっ?え、ええと、いちごのケーキを・・20人分くらいです」

「どういった時ですか?」

「前の鎮守府で司令官の誕生日会があって、その時に皆の分を」

「という事は、20切れ、3ホール位という事ですね?」

「ええと、一人ホールの1/4ずつだったので、5ホールでした」

「なるほど。その時の事ですが」

「はい」

「それが毎日4回ずつ週5日あるとして、こなせると思いますか?」

潮はしばらく考えたのちに答えた。

「もう少し体力をつけ、機材を揃えないとダメだと思います」

間宮はにこっと笑った。

「ん。大変さを理解して、己の体力も解ってますね」

「ほ、本当に大変だったので」

間宮は頷いた後、赤城に言った。

「教育方針は任せて頂けますか?」

赤城は頷きながら答えた。

「着任したばかりなので右も左も解っていません。そこをよろしくお願いします」

「ええ。潰すような真似はしないけど・・・」

間宮は潮に向かって言った。

「この食堂でさえ、3食250食ずつ作っているの」

「に、250食・・・」

「だからお菓子作りは朝晩に限られるし、班員になる以上は貴方には料理も手伝ってほしい」

「はい!」

「私も精一杯手伝ってあげるけど、勉強出来る時間は凄く限られる。それで良い?」

「はい。た、体力を付けなくてはなりませんし、お役にたちたいです!」

間宮はにこっと笑った。

「良い子じゃないですか。それじゃ、資格を取る事と基本的な事を覚えていきましょうね」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 



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赤城の場合(8)

パティシエは男性の菓子職人を指すというご意見がありますが、パティシエは男女共に使える事、女性専用のパティシエールという単語はまだあまり馴染みがないと考え、この小説ではパティシエを使う事にしようと私は決めております。気になっても那珂ちゃんのファンは辞めないであげてください。


現在、午前、食堂

 

赤城は潮と間宮の表情を見て、大丈夫かなと判断したのだが、1つ聞きたくなった。

「間宮さん」

「はい」

「うちの艦娘って、受講生含めても110人位ですよね」

「はい」

「どうして250食なんでしょうか?」

間宮はちらっと視線を外した。

「え、ええと、赤城さんは16人前召し上がりますし・・」

ぎくうっ!

「戦艦の皆様も7~9人前は軽いですからね・・」

赤城はぺこりと頭を下げた。

「毎日毎日すみません。御面倒をかけます」

だが、間宮は笑って答えた。

「大和さんと武蔵さんが居たら倍位になりますけどね」

赤城は思い出しながら頷いた。

「あー・・・」

潮がおずおずと尋ねた。

「私はお会いした事が無いのですけど、赤城さんは心当たりがあるのですか?」

赤城はカリカリとうなじを掻きながら言った。

「私、大本営の武蔵さんと仲が良いんです」

「・・どういう繋がりなんですか?」

「喰い放題仲間です」

「あ、なるほど」

「納得しないでください!まぁそれで、ある時街に行きまして」

「お二人でですか?」

「ええ。料理屋さんを幾つか回った後」

「何で回ったんですか?」

「まだ食べたいなと思っても食材が尽きたから閉店ですって言われまして」

間宮と潮は絶句した。

「最後にハンバーガー屋に辿り着いたら素敵なキャンペーンをやってまして」

「ど、どんな・・」

「メガセット完食で何回でも御代わりOKって」

潮は展開が読めて震えあがり、間宮はそっと黙祷を始めた。

「どうしたんですお二人とも?」

「い、いえ」

「その時、武蔵さんは78セット食べてまだ入ると仰ったんです」

「ひえぇえぇぇええぇえええ」

「結局そこでハンバーガー屋さんも品切れになったので、満腹まで見てないんですが」

間宮は手で口を抑えながら言った。

「お話聞いただけで胸やけが・・」

潮がぽつりと言った。

「ハンバーガー屋さんのメガセットって頼んだ事ありますけど・・」

「?」

「1セット食べきる前にお腹一杯でした・・よ・・」

赤城はきょとんとして返した。

「え、15セット目くらいからが美味しいじゃないですか?」

「うえっふ・・」

「ま、まぁ、それくらい武蔵さんは凄いんだぞ~って事で」

「良く解りましたし、いらっしゃらなくて本当に良かったです」

「豪快でさっぱりしてるし、面白い人なんですけどね」

「それでも、です」

「わ、話題が逸れましたけど、これからよろしくお願いしますね、潮さん」

「はい!間宮さん、よろしくお願いいたします。」

赤城はにこにこ笑いながら二人を見ていた。

なんというか、お母さんに料理を習う小学生って感じですね。

 

変化は早速その日の昼食から現れた。

 

食堂の入り口で、いつもの光景が変わった。

いつもであれば、追加料金を払うメニューの為、レジと厨房を往復する間宮の姿があった。

しかしレジには潮がちょこんと立っており、タカタカと操作する姿は手慣れた感じがした。

そして

「間宮さぁん、B定ワン、天定ワン、入りました!」

と元気良く声を掛けながら、オーダーの半券を台に置いていく。

そしてレジの方が空くとささっと洗い場の方に回り、食器を洗っていく。

その手際の良さに、食事に来た艦娘達は

「あの子着任した子かなあ?凄く慣れてる感じ」

「間宮さんがちょっとでも楽になったら良いよね」

「強力な助っ人だねえ」

と、微笑ましく見ていた。

 

そんな昼食が終わり、夕食の仕込みまでの短い時間。

「小麦粉のふるい方、良く見ていてくださいね」

「はい!」

ノートを手に真剣な眼差しで見る潮を従え、間宮が菓子作りの基礎を教えていた。

そっと様子を見ていた青葉曰く、

「間宮さんがそれは嬉しそうで微笑ましかったので、インタビューし損ねました!」

との事である。

 

数日後。

 

朝食と昼食の合間の時間を見て、提督と秘書艦の赤城が食堂を訪ねてきた。

赤城が様子を見に行きませんかと誘ったのである。

「やぁ間宮さん、潮、お邪魔して良いかな?」

「あら提督、こんにちは。どうぞ」

「おはようございます!」

「ん、潮、着任時より元気になったかな?」

すると潮はえへへと笑い、

「前の鎮守府でやってた事が役に立ったんです」

「どんな事だい?」

「駅の近くにあるお蕎麦屋さんでアルバイトしてたんです!」

「へぇ」

「お客さんが急いでるので、オーダーとかお会計とか、手早くしないと怒られるんです」

「そっか、まぁそうだろうなあ」

「あと、食器の余裕も少ないんで、洗い物は溜めないとか」

「ははは。まさにここの食堂の状況とぴったりだね」

「はい。それに、間宮さんがすっごく優しいので」

意外そうに見る提督の目線に気付いた間宮は照れ笑いをしながら、

「衛生に対する心構えとかはちゃんと理解してるので、あまり叱る理由が無いのです」

潮が笑った。

「それは蕎麦屋のおやっさんに拳骨とどやされながら教え込まれたんで」

「間宮さんより強力な先生がいたって事か」

「お客さんを具合悪くさせるような物は出せませんから、大事な事です」

「ふむ。それで、お菓子の方はどうだい?」

「あ、それなんですけど、当分外に行かなくて良さそうなんです」

「どうして?」

「間宮さん・・洋菓子にも物凄く詳しいんです」

これまた意外そうに見る提督と赤城の視線に間宮は頬を掻きながら、

「今までは食事の片付けに時間が必要で、洋菓子はたまにしか作る時間が無かったんです」

「まあそうだろうね」

「ですから、より多く作れる和菓子を中心にしてたんです」

「なるほどね」

「でも潮ちゃんが本当に手早く片付けてくれるので、今はちゃんとお教えする時間も出来ました」

「じゃあ潮は間宮さんから色々学べそうなんだね?」

「はい!ケーキも焼き菓子も、ゼリーとかプリンとかも!」

「良かったじゃないか」

「そして間宮さんにお許しを頂けたら、売店で売りたいなって思います」

「ほう!そりゃ私も皆も喜ぶよ。なぁ赤城?」

珍しく赤城がもじもじしている。

「あ、あのですね・・」

「なんでしょう?」

「もしご存じなら・・エクレーだかフレレアとかいうお菓子を作って欲しいです」

間宮がこめかみに指を当てて考えた後、

「・・エクレアですか?こんな形で、上にチョコがかかってて」

「そうですそうです!中にクリームが入っていて、皮がちょっとカリカリしてて!」

「あー、大丈夫ですよ。潮ちゃんもそろそろ作れます」

がっしりと潮の手を握った赤城は

「予約します!モカとチョコとダブルクリームを30本ずつ毎日!」

「ま、毎日ですか?!」

「毎日です」

だが、提督と間宮はふるふると手と首を振ると、

「そんな事したら速攻で病気になるからダメです」

「1人1日1本限定です」

赤城は涙目で振り返った。

「そんな!ずっと食べたい食べたいと憧れていたのに!」

「だから食べられるでしょ、1日1本。ほらそろそろ帰るよ」

「うー・・・」

「じゃあ潮、間宮さんと仲良くしっかりな。間宮さん、よろしく頼みます」

「ありがとうございます!」

 

 



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赤城の場合(9)

現在、午前、食堂

 

食堂を後にした提督は、赤城がぶつぶつ言っている事に気が付いた。

「何かな赤城さん?」

「いっ!?いえっ!なんでもっ!」

提督は真っ直ぐ前を見ながらそっと話し始めた。

「そういえば赤城さん」

「何でしょうか提督」

「先日、バシー島沖で完全勝利したじゃない」

「はい」

「あれ、物凄く早かったよね?」

ぎくっ

「あの時は潮も居て大変だった筈なのに、よく昼間の戦いだけで勝てたね」

「せっ、先制雷撃とかが効きまして」

「ふーん」

「・・何か?」

「いや、大本営が討伐してから何日か経ってますかって聞いて来たんだよ」

「何日か、と言いますと?」

「なんというか、送った船霊がえらい衰弱してたらしいんだ」

ぎくぎくっ

「それで確認したらしいんだが、私はそんな事無いですよと返事したんだよ・・」

「・・・」

「ただ、そういえば早かったなって、ね」

前を向きながらてくてく歩いていく提督を追いながら、赤城は溜息を吐いた。

私を見ないのはわざとだ。

提督は明らかに疑念を持ってるし、今の会話は追い詰める前の猶予に違いない。

以前、潮にも言っていたが、提督は疑念を持ったら徹底的に証拠固めを行う。

その上で話し合いを始める。

外堀を埋め、内堀を埋め、天守閣まで攻め上ってくる。

口調は最後まで穏やかだが、絶対に逃さない。

こうなった場合、取るべき道は1つである。

「提督室でお話して良いですか」

「そうだね。外は暑いからね」

早期の全面降伏。これ以外無い。

提督棟まで歩く間、ふと思った。

よく旧鎮守府からの異動劇が「提督の話し合い」に引っ掛からなかったなあと。

だがすぐに思い当たった。

異動劇の要件が成立してから完了までがたった3日で、完了翌日には打ち明けたからだ。

提督の調査は最低数日、大体1週間かかる。

調べる暇も無く自白された格好になったのだと気付いた時、ふむと頷いた。

長門は提督の追及論戦がトコトン恐ろしい事を熟知してますね。

さ、私もさっさと白状してしまいましょう。

 

「あー、エアコンて良いね。湿度も室温も低くて生き返る」

「全くです」

「・・・さて、どうするかね?」

「はい。全部お話します」

「よろしい。聞かせてもらおう」

赤城は静かに話し始めた。

「事の始まりは、武蔵さんと街に出かけた日の事でした」

「大本営の武蔵さんかい?」

「はい」

「ふむ、話の腰を折って悪かった。続けて」

「街に出るので艤装は解いてましたし、私服を着ておりました」

「規則上そうだね」

「町で用事を済ませた後、海岸に寄ったんです」

「うん」

「そしたら6人集まってバーベキューをしていて、声を掛けたら混ぜてくれたんです」

「ふむ」

 

その日。

 

出されるまま二人はしばらく食べていたが、申し訳ないので食材を買ってくる事にした。

「良いって、気にしなくて」

と遠慮する6名に、

「なに、私達は良く食べるのは自覚しているのでな。買い足してくるから待っててくれ」

そう言い残すと、近くのスーパーに向かったのである。

色々と食材を悩み、戻ったのは1時間半ほど経っていた。

「すっかり遅くなってしまった。急ごう」

「はい」

食材を手に戻った二人は、6人がバーベキューの火を囲んで眠っている事に気付いた。

だが、気付きたくなかった事にも気づいてしまった。

変装が少し解けていて、そこから深海棲艦の体が見えたのである。

 

 

赤城は悲しそうな眼をして提督に言った。

「私達は艦娘ですが、艤装も兵装も持っていませんでした」

「うん」

「本来で言えば大本営に急ぎ戻り、緊急警報を出すべきだったかもしれません」

「・・・」

「でも、彼女達はバーベキューを楽しんでただけで何も悪い事はしていない」

「・・・」

「だからそっと揺り起こして、見えてるよって伝えたんです」

「何と返したんだね?彼女達は」

 

 

「オ、驚カナイノカ?」

赤城は肩をすくめた。嘘を言っても仕方ないと思ったからだ。

「見慣れてますから」

だが、深海棲艦達は途端に敵意をあらわにした。

「見慣レテイル?マサカ、艦娘・・ナノカ?」

そして深海棲艦達は、人間の姿から深海棲艦に戻ろうとした。

だが武蔵はすっと片手で制した。

「我々は何も見ていないし、人の脚なんて見慣れてると言っただけだ」

「・・・」

疑いを解かない深海棲艦達に対し、武蔵はふっと笑うと、

「・・そう言う事にしてくれないか?買ってきた食材が無駄になってしまう」

「・・・」

そして武蔵は左手を軽く掲げると、

「豚カルビ、牛ロース、ジャーマンソーセージ、焼き鳥」

更に右手を掲げると、

「トウモロコシ、輪切りカボチャ、そして水と氷だ」

赤城がにこっと笑いながら軽く両手を上げ下げし

「生ビール、ウィスキー、焼酎にウーロン茶、水物だから結構重いんです。早く開けませんか?」

無言のまま数秒視線が交錯した後、深海棲艦達は自らを全て人間に戻すと、

「解った。お互い何も知らなかった、だな」

と言うと、武蔵はうむと頷いた。

 

数々のアルコールが入った結果、武蔵を除く7人はべろんべろんに酔ってしまった。

特に深海棲艦達は超ご機嫌になっていた。

「結構ねぇ、深海棲艦てさぁ、海に居ない事多いのよぅ」

真っ赤になった赤城が酒を注ぎながら答える。

「なんでよー」

「だって冬寒いし、海底じゃエアコン使えないし、いっつもずぶ濡れなんて真っ平よ」

「海に居るんだからしょうがないじゃないですかー」

「だからぁ、こうやって化けて陸に上がるんらよー、商売してる子も居るしー」

「よくー、バーベキューのー、材料買えましたねー」

「何も買ってないよー」

「じゃあどうしたのよー」

「コンロとか炭は浜に捨ててあったやつだしー」

「おーうリサイクルー」

「食材は海底で幾らでも取って来れるもーん」

「それで魚貝類ばっかりだったのねー」

「だから肉サイコー」

「いえーい酒美味しいヨー!これなんてお酒?」

「芋焼酎だ」

「芋焼酎イエーイ!」

その後、とっぷり日が暮れるまで宴は続いた。

途中、巡回中の兵士が気づいたが、武蔵が頷いたのでそっと去った。

夜になってから、事態に気付いた赤城は言った。

「もー、皆さんべろべろじゃないですか」

「うー飲んだよー」

「空がぐるぐる回ってますー」

「それでちゃんと帰れるんですか?」

「うー?」

そのまま深海棲艦の1体がざぶんと海に入るが、

「あーれー?戻んなーい。あははははは」

と言って波打ち際を千鳥足で危なっかしく歩いている。

武蔵はふっと息を吐くと、

「ま、これは我々の責任。宿を取ってやろう。待ってろ」

と言い、見えていた旅館に歩いていった。

程なく帰ってくると、

「7人分、宿を取ったぞ。1泊朝食分の支払いも済ませてきた」

赤城が聞き返した。

「7人分?」

武蔵が肩をすくめた。

「深海棲艦だけで泊める訳にも行くまい?私はこのまま夜戦だしな」

「ちょ!?私ですか!?」

「乗りかかった船じゃないか。鎮守府には上手く言ってもらうよう姉に伝えておくから」

姉とは大和、つまり中将の秘書艦である。信用度は抜群だ。

「んー、じゃあ良いですけど」

「では、さっさと運ぼう。手を貸せ」

「は、はい」

 

 



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赤城の場合(10)

現在、午前、提督室。

 

提督は思わず言ってしまった。

「それで、深海棲艦達と泊まって来たのかい?」

「もう既に深海棲艦達は爆睡してましたので」

「よく元の姿に戻らなかったね」

「どうも酔っ払うと戻れなくなるようです」

「ふうん。で、翌朝は大変だったんじゃない?」

「それがそうでもなくてですね」

 

 

旅館の朝ご飯は大変早い。

夜が明けたばかりの部屋に、仲居達はすすすっと入って来て準備を始めた。

赤城は深海棲艦達が戻ってないかとひやりとしたが、杞憂であった。

「いっただきまーす!」

「うわー、キュウリも梅干しも美味しー」

「冷奴おいしー」

「ご飯もつやつやだねー」

「あらあら、嬉しい事言ってくれるねぇ。もうちょっと食べるかい?」

「頂きます!」

赤城は(かなりセーブして)箸を進めながら観察していた。

旅館の人間達は深海棲艦だと全く気付いていない。

季節柄、どこか遠方から来た海水浴客か何かだと見ているのではないか。

確かに、パッと見て人間と違和感があるとすれば、かなり肌が白い事ぐらいだ。

だがこの位の人間も普通に居る。

昨日深海棲艦が言った通り、意外と陸のあちこちに居るのかもしれない。

「ごちそうさまでしたー」

「お粗末様。あらあら、きちんと片付けてくれたねぇ、ありがとう」

仲居はにこにこしながら膳を下げて行った。

旅館の人が居なくなると、深海棲艦の一人が赤城を向いて言った。

「ま、まさか宿まで世話になるとは思わなかった。酔って迷惑をかけた。詫びる」

すると、他の5人が続いて

「ごめんなさい」

と、頭を下げた。

赤城は最初に口を開いた一人に向かって話した。

「一応、聞いておきたいんだけど、貴方は何級?私は正規空母の赤城よ」

「リ級だ。こいつも同じ。他は全員、ワ級だ」

「個人的にはバーベキューをするくらい構わないと思うし、何も言うつもりはないです」

「そうか」

「あとね」

「ん?」

「他の深海棲艦と紛れないようにしてほしいんだけど」

「具体的には?」

「ええと、そうね、旗か何か持ってない?」

「これならあるけど・・・」

と言って見せたのは、テントに使う防水加工された緑の大きな布だった。

「拾った布だよ」

赤城はニコッと笑った。

「じゃ、艦載機が見えたら掲げてくれない?私なら砲撃しないから」

「な、なぜだ?」

「だって、一晩飲み明かした仲じゃない」

「・・・そっか」

7人はくすっと笑いあった。

「じゃ、お土産として、これでも持って帰って」

そう言いながら赤城が取り出したのは、間宮羊羹だった。1人1本ずつ手渡す。

「持ち歩いてるの?」

「まぁおやつに」

「おやつって大きさじゃないような気が・・」

「嫌ならいいですよ」

「頂きます!」

そして程なく赤城は大本営に、深海棲艦達は海に帰ったのである。

 

 

「ふーん、そんな事があったんだねえ」

「すみません」

「そういやなんか加賀が言って来た気がするよ。赤城が大本営の仕事で朝帰りになるって」

「それだと思います」

「結構前の話だよね」

「はい。結構前の話です」

「もう少し続きがあるんだよね?」

「はい。ここからが本論です」

「聞こうじゃないの。お、そうだ」

提督は戸棚から六方焼きの入った袋を取り出すとバリバリと開け、

「ま、つまもうよ」

といって差し出した。

大人しく話せばちゃんと褒美を出す。

絶妙な硬柔合わせ技には敵わないなと六方焼きを口に放り込みながら赤城は思った。

 

「敵発見!リ級2隻、ワ級4隻です!」

艦載機からの連絡に、赤城は一応確認した。

「緑の旗を掲げてないですよね?」

やや間があってから答えが返ってきた。

「リ級1隻が緑の旗を掲げてます!繰り返します!旗アリです!」

赤城はメンバーを見た。

北上、大井、最上、三隈、そして自分。

まぁこのメンバーなら接近戦でも勝てる。口も堅い連中だ。

「えっとね、一応砲撃しないで近づいて。私が撃ってと言ったら始めて」

「なんか理由があるのかい?」

「知り合いの可能性があるのよ」

大井が首を傾げた。

「深海棲艦にお友達が居るんですか?」

赤城が頷いた。

「そう言う事。ただ、違うかもしれないから皆はここに居て」

三隈が心配そうに言った。

「御一人で大丈夫ですか?」

赤城が振り返った。

「まぁ、ダメだったら助けてください」

北上が手をひらひらと振った。

「はーい。酸素魚雷用意しとくー」

 

赤城が近づいていくと、リ級達は撃ってこなかった。

「おぉい、もうお酒は抜けましたかー?」

果たして返ってきた答えは

「ア、ヤッパリー」

「平気ダヨー元気ー?」

と言いながらパタパタと手を振っている。

赤城は深海棲艦に近くまで寄ると、内心肝を冷やした。

リ級はflagship改の青白い炎を、ワ級もelite級の赤い炎を纏っている。

敵に回せば下手な戦艦程度なら返り討ちに遭ってしまう構成だ。

赤城はほっとしながらインカムをつまんだ。

「来て良いよー知り合いだった」

 

「イヤー、コノ前ハ世話ニナッタヨー」

「こちらこそ御馳走様でした」

「ジャーマンソーセージ美味シカッタ!」

「そちらのハマグリも美味しかったです!」

リ級が赤城を見ると

「ソウイエバ、赤城サン」

「なんでしょう?」

「間宮羊羹、ナイ?」

「なんでですか?」

途端ににへらんとした笑顔になったリ級は、

「久シブリデ超美味シカッタノヨー」

と言った。

「ま、まぁ、深海棲艦の方に間宮さんは居ないかもですね」

「ナノヨー、ダカラチョット分ケテー」

赤城はジト目になった。

「えー」

「勿論タダジャナイヨ?」

「というと?」

「確カ戦闘ッテサ、船魂持ッテ帰レバ勝ッタ事ニナルヨネ?」

「そうよ?」

「デモ別ニ、遭遇シタ船ノ船魂カドウカハ確認シナイジャン」

「そうですね」

「ダカラサ、他ノリ級2隻トワ級4隻分ノ船魂アゲルヨ」

「ほう」

「私達ハ羊羹ヲ、赤城ハ勝利ヲ手ニ出来ルッテ寸法。ドウ?」

「んー、何本?」

「滅多ニ会エナイカラ・・一人3本位欲シイナア」

「幾らなんでもそんなに大量に持ってないです」

「何本ナラアル?」

「ええとー、2本なら行けるわね」

「ジャア、計12本デ手ヲ打ツヨ」

「容器を渡せば良いのかしら?」

「ウン」

赤城が容器を手渡すと、

「チョット待ッテテネー」

といって潜って行き、20分もしないで戻ってきた。

「オ待タセー、頑張ッチャッター」

「チャントflagshipリ級2隻ト、eliteワ級4隻ダヨー」

「じゃあ間宮羊羹12本ね。はいどうぞ」

「アリガトー!」

「今度からどの辺りに居れば会えるかなあ?」

「貴方達の構成だと・・バシー沖かなあ」

「アー、ソウ言ウ事カ。解ッタヨ」

「あ、あと1つお願いして良い?」

「ナニー?」

「弾薬持って帰ると怪しまれるから、適当に撃つから当たらないでくださいね」

「オッケーオッケー、アタシラ避ケルノハ上手イカラ」

「余裕なら誰のが近かったとか、感想も聞けると嬉しいけど」

「解ッタヨー」

「じゃあ、また!」

「ジャーネー」

 

こうして深海棲艦達は海に帰って行き、赤城はメンバーに説明しつつ帰ったのである。

 

 



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赤城の場合(11)

現在、昼前、提督室。

 

提督はふむと鼻息をつきながら腕を組んだ。

「なるほど、戦果を得たかったんじゃなくて、向こうが羊羹を欲しがったのか」

「お土産にあげたのが悪かったんですかね」

「まぁ、別に良いんじゃない?」

「・・へ?」

「たださ、そうするといつも船魂は新鮮な筈じゃない?なんでしなびてたの?」

「それがですね、あっという間に噂が立っちゃったそうで」

 

 

「ゴメンネー、私達ノ姿ヲ見ルトflagshipリ級トeliteワ級ガ逃ゲチャウノ」

「まぁ何回もこの海域で戦いを仕掛けられるからでしょうね」

「容器ヲクレタラ捕マエテオクケド?」

「じゃあ空容器あげるから、今度お願い出来る?今回はしょうがないから」

「エッ?羊羹クレルノ?」

「信用取引です」

「・・期待ヲ裏切ラナイヨウニ頑張ルヨ」

「よろしくね」

 

 

「あっはっはっは!深海棲艦と信用取引とは面白いなあ」

「面目次第もございません」

「まぁ、ちょっとグレーな所あるけど、戦果には違いないんだよね」

「へ?」

「だって赤城の信用で契約して、報酬を目当てに彼女達は戦闘してるんでしょ」

「そうです」

「なら、結局は我々の為に戦闘を委託契約してるって事じゃない」

「別に彼女達を騙してるわけじゃないですよ」

「そうは言ってないよ。傭兵というかアルバイトみたいなもんだ。見方によってはね」

「まぁ、そうですね」

「ただ、そんなに仲良しなら艦娘に戻せば良いじゃん」

「へ?・・・・あ」

「発想が無かった?」

「そうでした。今は東雲組が居るんですものね」

「うん」

「そうします。なんか、餌で釣ってるような気がしてきたんで」

「ちょっと言い方が悪かったかな。責めてはいないんだよ」

「いえ、解ってます。言われて気付いたって事です」

「うん。じゃあ今度連れてきなよ」

「そうします」

 

「ヘ?」

赤城の申し出に、リ級達はきょとんとした顔になった後、手をぶんぶんと振った。

「マタマタァ、赤城マデ騙ソウッタッテソウハイカナイヨー」

「まで・・って、どういうこと?」

「最近サァ、変ナ船ガ、ウロツイテルノヨ」

「変な船?」

「ナンカサ、艦娘ニ戻リタキャ乗レッテ書イテルンダケドネ」

「・・あ」

「ヤケニ派手ダシ、騒々シイシ、近寄ッテキテ離レナイシ、攻撃ハ避ケルシ」

「・・あー」

「遭遇シタラ全力デ逃ゲ回ッテルンダケド、本当ニシツコイノ!」

「そっか、そういう事になるわね」

「・・ナンカ知ッテルノ?」

「その船、うちの勧誘船」

「・・・・エ?」

赤城は呆然とする深海棲艦達に肩をすくめた。

「本当なのよ。うちは最近戻せるようになったの」

リ級達はしばらく沈黙していたが、

「・・マジ?」

「ええ」

「・・本当ノ本当?」

「本当の本当。間宮羊羹3本賭けても良いわ」

「オオ!赤城ガ甘イ物ヲ賭ケルトイウ事ハ本当ダネ!」

「どういう意味かしら?」

「言葉通リダヨ?」

「今日は羊羹要らないのね」

「アッ、冗談デス赤城様」

「で、どうする?私としては来てほしいんだけど」

「マァ・・本当ナラ、戻リタイヨネ」

 

「というわけで連れてきました!」

提督室に赤城と共に来たのは、意外なメンバーだった。

能代、阿賀野、那珂、秋雲、舞風、若葉だったのである。

「同じ鎮守府の子だったのかい?」

能代が答えた。

「ええ。来た時期は違ったけど仲良しだったわ」

舞風が頷いた。

「大体一緒に出撃とか遠征とかで踊ってたよね~」

提督は頷いた。

「まぁ、これも何かの縁だ。これからも赤城と仲良くしてくれないかな」

「もちろんですよ~」

「バーベキュー同好会とか立ち上げましょう!」

「よっし、次のバーベキューでは那珂ちゃん歌っちゃうよ~」

「おっ、良いじゃん良いじゃん久しぶりに歌ってよ~」

「練習頑張っちゃうんだからね!」

わいわいと楽しそうに話す6人を手で軽く制すると、提督は言った。

「まずは今までの協力に感謝する。どうもありがとう」

「さて、たった今から君達を私の鎮守府に迎え入れるわけだけど」

「間違えずに居て欲しいのは、私は艦娘としてではなく、娘として迎えるという事だ」

能代が首を傾げた。

「え、ええと、軽巡能代として迎えると言う事ではないのですか?」

「そう。君は世界でたった一人の能代として迎えると言う事だ」

「・・・」

「建造して君そっくりの能代が来たとしても、その子は君と違う記憶を持っている」

「そう、ですね」

「君は世界でたった一人の能代なんだ。私が迎えるのは君であって他の誰でもない。そこを忘れないで欲しい」

「・・・」

「だから私は、君達に無理に戦いを強いたりしないし、轟沈させるような無理もさせない」

「・・・」

「戦うなら勝ち戦のみ、遂行が無理と解ったら捨てるのは作戦であって命じゃない」

「・・・」

「あと、別に戦わなくても良い」

「え?」

「この鎮守府を後で回れば解るが、食品工場、宝石工房、研究開発、事務や教育専門の子達も居る」

「・・・」

「つい最近ではパティシエになりたいと言って着任した子も居るよ」

「は?」

「私はそれらを良しとしている。その子がやりたいと思った事を、しっかりやって欲しいと思うからだ」

「・・・」

「やりたいと思ってる事が問題だと思ったら、とことん話し合わせてもらうけどね」

赤城が口を開いた。

「意地を張ると本当にとことん追い詰められますから、最初から大人しく自白する方が良いですよ」

「人聞きの悪い言い方するなあ・・第1印象が悪くなっちゃうじゃないか」

「でも、脅しじゃなくて理論的に追い詰めますよね」

「否定はしないよ。うやむやにはしないって意味だしね」

阿賀野はじっと聞いていたが、

「ん。解った。いいじゃないの~」

と、ニコッと笑った。

「寮の部屋割とか規則の説明は赤城に任せるから、しっかり頼むよ」

「うえー、結構あるんですけどー」

「まぁまぁ赤城さん、話は最後まで聞きなさい」

「なんですかー」

「今日の17時にな、潮と間宮がここに来るんだ」

ぴくり。

「・・・まさか」

「エクレアの試食をして欲しいそうなんだが、後1人くらい居ても良いかなと思うんだよね」

「一航戦赤城、出ます!さぁ皆さん!全力で参りましょう!」

能代達は頷いた。確かに美味しい物があると張り切れる。

そして理解した。赤城の交渉手法の元は提督だと。

どたどたと慌しく出て行った赤城達を見ながら、提督は苦笑していた。

本当に甘いものに目が無いなあ赤城は。

赤城が潮に頼んだ特別仕様のエクレアも持って来るそうだが、どんなもんやら。

 

そして17時になった。

「うーわー」

提督が何故棒読みのような感想を口にしたか。

その理由は潮が持ってきた1本のエクレアであった。

「モカ、チョコ、ダブルクリーム・・全部乗せの特大かぁ・・」

間宮も苦笑していた。

「名付けて赤城スペシャルだそうですよ」

「もはやフランスパンだね」

だが、それを見た秘書艦当番の比叡は言った。

「きっと、これ、売れます!」

提督は比叡に向いて言った。

「これがか!?ちょっとデカ過ぎるだろ?70cmはあるぞ?」

比叡は大真面目だった。

「もう少し長さを短く、幅を太く出来ませんか?」

潮が頷いた。

「その方がオーブンには入れやすいです」

比叡は確信したように頷いた。

「幅1.3倍、長さ9割で!」

その時。

 

コンコンココンコン!

ガチャ!

「頂きます!」

「まだノックの返事すらしてないよ私は。それから手は洗ったか?うがいは?」

「生殺しですか!」

「いーから手洗いとうがい」

「・・・給湯室でしてきました!」

「はやっ!どんだけ早いんだよ!」

赤城は赤城スペシャルを見つけると、途端に目をキラキラ輝かせながら、

「素敵!素敵過ぎますよ潮さん!」

「あ、あの、赤城さんには相談に乗って頂きましたし、お菓子を作れるようになったお礼を・・」

「あー、潮さん」

「はい?なんでしょうか提督」

「赤城、きっと聞こえてない」

全員が赤城を見ると、口から長く伸びたエクレアを支えながらムッシャムッシャ食べていた。

恐ろしい勢いで咀嚼されていく。

「・・・こわいなー」

「蛇が丸呑みしてるみたいですね」

潮がニコッと笑った。

「でも、嬉しそうで良かったです。一息に召し上がるとは思いませんでしたけど」

「ま、幸せそうだね」

間宮が口を開いた。

「それで、お味の方に注文がなければ、この形で売り出そうかと思うのですが」

「良いじゃないかと私は思うが、比叡はどうだ?」

「先程申し上げた寸法の変更がされれば!」

「よし、赤城はどう思う?」

「こんな美味しいお菓子が売り出されるのは大歓迎です!」

「満場一致だな。間宮さん、潮、エクレア、よろしくな」

「はい!」

 

こうして鎮守府名物「赤城エクレア」が誕生した。

元々は「エクレアの赤城サイズ」だったのだが、皆が赤城エクレアと略すのでそちらが正式名称になってしまった。

ただ、このエクレア、赤城も予想外だった事がある。

まずは赤城以外にも大人気になってしまったと言う事だ。

普通のエクレアの4個分は優にあるのだが、値段は3倍に満たない。

なので2姉妹や4姉妹の子達は切り分けて食べればお得だったのだ。

こうして普通サイズのエクレアは少量の販売に切り替え、メインは赤城エクレアになっていった。

だから夕方から夕食後の売店は壮絶な分捕り合戦になる。

赤城は池を巡回してから立ち寄るのでいつも出遅れるのだが、

「はい赤城さん、ご予約の1本ですよー」

と、潮が奥の冷蔵庫から出してきてくれるのである。

ボーキサイトおやつはそのままのサイズで1袋に制限されてしまったが、今回はしくじりませんでした。

1本は1本です。

赤城はニヤリと笑い、高らかに勝利宣言をしてから赤城エクレアにかぶりつくのである。

だが、毎日そんな大きなエクレアを食べて無事とは行かず、

 

「えいほ、えいほ、えいほらさ~」

「赤城さん、ラップタイムがどんどん悪化しています。もっと走りましょう」

 

ついに艤装が悲鳴を上げてしまい、加賀の監視付きで毎朝ランニングする事を命じられたそうである。

 




赤城編、終了です。

超中途半端な話数になりましたね。
更に申しますと、まだご登場待ちの方も居るんです。
ええ、大体皆様予想通りだと思います。
その方が出ないと終われないでしょ・・・
といって、これで意表をついて提督と作者のだらだらラジオとか延々書いたらブーイングの嵐だろうなあ(滝汗)

という事で、ここで終りではありません。
艦娘リクエストはお待ちしてますが、最近とんと新艦娘と出会えていません。
敵の方もお目にかかった事の無い方も多かったりします。
今回のイベント(AL&MI)も辛うじてAL(E2)までは突破しましたが、そこで力尽きました。
取材費にしたって3万も突っ込む事になるとは思わなかった・・とほほ。
そんな訳で、リクエストに応えられない子も居るんですが、何卒ご容赦くださいませ。

追伸:
文字直しました。ご指摘どうもです。


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木曾の場合(1)

ええと、今回は戦闘・損傷・轟沈の表現があります。
生々しくないように書きましたが、一切そういうの見たくないという方はこのシリーズを飛ばしてください。
ただ、割と長編です。ごめんなさい。



 

現在、鎮守府軽巡寮。

 

「・・・ぃよし」

入念な柔軟体操を終えた木曾は、改めて着衣を確認した。

分厚いクッションビーズ入りのインナー、その上に黒いジャージの上下(3本ライン入り)

ピッピッと裾を伸ばす。

大事な眼帯は勿論外してある。というか制服以外の時は付けない。

ガラリと引き戸を開ける。

気合いの入れ方は海域のボスと戦う時以上だ。

なにせこれから一瞬の油断も許されない所に行くので当然と言えば当然である。

廊下を歩いていると、向こうから長良がやって来て軽く手を振った。

「おはよ。毎朝大変ね」

「どうって事はない。戸口の前に立つなよ」

「この寮にそんな命知らず居ないって。じゃ、いつも通り待ってるって伝えて」

「あぁ、任せな」

そう言いつつ、隣の部屋の戸の前に立つ。

長良も含めて廊下に誰も居なくなった事を確かめると、木曾はがくりと肩を落とした。

「うー、毎朝しんどいなぁ。何とかならないかなぁ・・」

仲間達には弱みを見せてはいけないが、この作業は本当にしんどい。

自分しか出来ない事は解っているし、期限は刻々と迫っている。

むんと口を結び、再び気合を入れ直すと引き戸をガラガラと開けた。

室内の光景を見て、入れた気合いが萎えそうになるのを懸命にこらえる。

今朝も凄い事になってるなあ。

布団は掛敷とも、あらぬところに飛んで行っている。

ベッドとベッドの隙間に右半身だけ埋まった状態で多摩が寝ている。

球磨は板の間に大の字で寝ており、パジャマの隙間からお腹を掻いている。

痛くないのかなと溜息を吐いた後、自分により近かった球磨に声をかけた。

「姉貴、姉貴、時間だろ」

「・・・・」

だが、木曾は起きて欲しくなかった。厳密に言えば寝ぼけて欲しくない。

しかし、起こさなければ、

「なんで起こしてくれなかったクマ!お姉ちゃんの事が嫌いになったクマか!?」

と、その日1日涙目で後ろにくっつかれる。それも面倒なのである。

「あーねーき!起きてくれよ、ランニング行くんだろ?」

「・・・」

今日もこれでは起きないか。木曾はそっと溜息を吐き、第2段階に移る事にした。

「ほら!起きろってーの!」

ゆさゆさゆさと揺さぶるが、全く起きる気配が無い。

もっと声を大きくするかと目を瞑って息を吸おうとした瞬間。

「!?」

あーあ、1回目だ。

放物線を描いてドアの方に飛んでいく自分を認識した木曾は受け身の体制を整えた。

 

どずん!

 

引き戸ごと廊下に叩き出された木曾はむくりと起き上がり、

「よっし!クッションビーズは今日も快調だぜ!」

と言いながら再び部屋に入って行った。

 

そう。

球磨も多摩も超がつく程起きない上、寝ぼけると起こしに来た人を投げ飛ばす。

二人とも陸軍で接近戦を学んで来た猛者ゆえに体力は尋常ではない。

さらに、目覚ましなど3秒も鳴れば片手で粉砕してしまう。

そんな二人に投げ飛ばされれば、他の子では1発で本当に中破してしまう。

ゆえに木曾が仕方なく毎朝起こしている。

木曾にしか出来ない、危険極まりない役割なのである。

以前、木曾は厚手のパジャマの重ね着などで対応していたが、傷が絶えなかった。

ゆえに提督に冗談で姉の癖を話した後、

「危険手当欲しいね」

そう言って笑ったら、提督は

「ふむ。こんなの使ってみるかい?」

といいつつ手渡してきたのは、着ぐるみの中に着るインナーのチラシだった。

つま先から頭部まですっぽり収まり、全身分厚いクッションビーズに包まれる。

木曾は目を細めた。

「良いねえ、こういうの」

提督は頷いた。

「ふむ。よし、1着買ってやろう」

だが、木曾は下に小さく書かれた値段を見て目が点になった。

5ケタの数字が書かれていたからだ。

木曾は慌てて値段の欄を指差しながら提督に言った。

「い、良いのか?」

提督は頷いた。

「このままじゃ木曾が可哀想だからな」

意外と早く、発注から4日後には手元に届いた。

早速提督の部屋で封を開け、インナーを着用した木曾は一言、

「なんか掴みやすい生地だから、むんずと掴まれそうだな・・」

といった所、提督は

「つるっつるのジャージを上に着たら掴まれにくいんじゃない?」

木曾はビシリと提督を指差し、

「アリだな!」

と叫んだ。

そしてインナーの上から着られるジャンボサイズのジャージが届いた翌朝。

「・・・・」

木曾は自分の部屋の鏡の前でポーズを取っていた。

提督がくれた、計8万コインもする対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)である。

確かに見てくれはもこもこだが、提督の優しさに包まれている気がして、

「えへへへ」

と笑った後、すっと顔を引き締め、軽い足取りで姉の部屋に向かった。

いけないいけない。外でこんな顔は出来ない。

 

どずん!ばたん!

 

毎朝繰り広げられる大きな物音は、他の軽巡達の目覚ましにもなっていた。

そして始まった音をまどろみながら聞いていたが、

「今日はどっすんばったんの間隔が短いね」

「球磨多摩、ついに合せ技でも繰り出すようになったのかな?」

「ちょっと心配だね。辛そうだったら助けに入ろうよ」

「最悪、催涙弾撃ちまくれば起きるよね」

などと言いながら様子を見に来た艦娘達は我が目を疑った。

まるで相撲取りのようにコロコロの木曾が廊下まで飛んで来てはボヨンと跳ね返り、

「まだまだ!まだまだあ!」

と、すぐに起き上がっては部屋に突進していたからである。

「・・・凄いね、木曾」

「あんな事毎朝してりゃ、そりゃ雷巡1位にもなるわぁ」

「あれが単に姉さんを起こしてるだけなんだもんね・・・」

「どんだけハードなトレーニングなのよ。実弾演習より酷いじゃない」

「ていうか起こしに来た妹をあそこまで全力で投げ飛ばす姉ってどうなのよ」

「球磨型って一体・・・」

だが、そこで、

「球磨型っていうと木曾やあたし達も含まれるから球磨多摩と言って欲しいなー」

「そうですわそうですわ!」

と、首を傾げた北上と、北上に寄り沿う大井が訂正を求めたが、艦娘達はジト目で見ると

「・・北上達も異次元だから、合ってるよ」

「今・・球磨型だからだって気付いて凄く納得したわ」

と、短い言葉で却下されたのだが、北上は軽く肩をすくめると

「えー、あたしら普通だよね大井っちー」

「もうどこからどう見ても普通ですわ」

「眠いから寝直そうよー」

「あっ、待ってください北上さぁん」

立ち去る二人を見送りながら、他の艦娘達が重い重い溜息を吐いたのは言うまでもない。

球磨型ってば。

 

結局この日は球磨が6回、多摩が7回投げ飛ばしてようやく起きた。

大丈夫かと心配する周囲に木曾は額の汗をぬぐいながら、

「ちょっとばかり、運動になったぜ」

と、爽やかに答えて自室に戻って行った。

艦娘達は凄まじい寝癖で部屋を出てきた球磨多摩を確認した後、

「さすが爽やかだよね」

「男前だよねえ」

「木曾が唯一まともだよね」

「まともというか、凄く良い子だと思う」

「姉思いだよねぇ」

と、口々に木曾を称賛しつつ部屋に戻ったのである。

 

 



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木曾の場合(2)

対姉貴用特殊スーツで姉達を起こした日の朝、鎮守府軽巡寮。

 

「お、おぉおぉおお」

部屋に戻った木曾は、対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を脱ぐと感嘆の声を上げた。

傷がどこにもない!赤タンも青タンもない!押して痛い所も無い!

何度も投げ飛ばされて少しだけ目が回ってるが、これはスーツのせいじゃない。

提督にお礼を言わないと!

 

「おっ、効果あったか!」

「見てくれ!どこにも赤タンも青タンも切り傷も出来てないだろ!」

「・・今までそんなに傷だらけだったのか?」

木曾は肩をすくめた。

「3メートルは宙を舞って引き戸ごと廊下に叩きつけられるからな」

提督は頭を抱えた。

「一度球磨達に言ってやろうか?妹殺す気かって」

木曾は苦笑した。

「寝ぼけてる時で本当に覚えてないらしいんだ。仕方ないのさ」

「それでもさぁ」

「姉達は知ってるし、謝ってくれてる。覚えてない物を責めても可哀想だしな」

「・・・木曾は優しいなあ」

「んなっ!?」

「ところで木曾、何回位投げ飛ばされるの?」

「少ない時で10回位、多い時は20回位だな」

「今朝も?」

「13回」

「だったら汗かいてないか?」

「まぁ、じわっとな」

「だったら洗って干す間の予備が居るんじゃないか?」

「あ」

「手配しといてやる。同じので良いか?」

「は、8万もするんだぞ!?」

「良いよ。そんなに大変な思いをして起こしてるんだ。支援艦隊とでも思ってくれ」

「・・・解った。服は大事にする。そして出撃では最高の勝利を持ち帰ってやる!」

「幾ら入渠で治るとはいえ、怪我はしないようにな」

木曾はにっと笑った。

「あぁ、任せな」

提督の部屋を出た後、木曾は周囲を見回し、にふんと頬をゆるめた。

しっかり気を張ってないと嬉しくて嬉しくてにやけてしまうのを抑えられない。

クールに、クールに。格好良く振舞わないと。

そんなある日。

 

「今日は木曾と一緒に出撃だクマ」

「でも途中で離れ離れにゃー、寂しいにゃー」

「いーから姉貴、頭撫でるの止めてくれ」

「なんでだクマ?」

「木曾は可愛い妹だにゃ。撫でるのは当たり前だにゃ」

 

大本営から深海棲艦が大量に見つかったと聞いた提督は、攻める前に話し合いたいと言った。

だが大本営は手遅れになる前に叩かねばならないと主張。

結局、中将のとりなしで大本営出撃の前に交渉艦隊を送る事を許された。

しかし、猶予はたった1日。今日の2400時までだった。

提督は大本営が今朝送ってきた資料を睨みつつ、秘書艦達と相談した。

過去に派兵例の無い海域であり、とにかく情報が少なく、短期間で検討を進めるしかなかった。

出来るだけ高速に到着出来る事、相手の出方や海域変動に臨機応変に対応出来る事、交渉失敗時の撤退防御に不安が無いこと。

幾つもの条件から、軽巡もしくは雷巡のみの編成で出張る事にしたのである。

ただ、ここソロルの軽巡達はほぼ1日中遠征に出ずっぱりか、川内のように専属職がある。

そう簡単に揃わないだろうと思われたが、ぽっかりと揃っていたのが球磨型の5人だった。

提督は5人を呼ぶと、状況を全て説明した。

「という状況なんだが、君達5人で行けるかな?」

球磨は眉をひそめてハチミツ飴を転がしながら海図を睨んでいたが、一ヶ所を指差し、

「伊19と伊58をここに置いてほしいクマ」

「・・なるほど。ふむ、手配出来るな。長門、伊19と伊58を呼んでくれ」

「解った」

「他には?それで行けそうかな?」

北上がすっと1ヵ所を指差した。

「そうね。あたしらはここで待ってて、雷撃準備をしとくよ」

大井が継いだ。

「相手がこう回ってくる場合、私達の雷撃で潰せると思います」

「そうにゃ、それで良いにゃ」

木曾は多摩に問うた。

「どうせ陸走りまくるんだろ?どこから上がるんだ?」

「この辺りかにゃ?」

多摩の問いに球磨が頷いた。

「上陸地点は多摩が警戒しておくにゃ。帰って来て森の中でズドンは間抜けにゃ」

木曾が継いだ。

「なら俺は、球磨の姉貴と一緒に行く」

北上は飄々と答えた。

「南の海上は大井っちも居るし、万一の時はあたし達で敵を食い止めるよー」

その時。

 

コン、コン。

「伊19、伊58、参上したのね!」

「多弾頭SLCMを6発装填して来たでち!」

「気が早いな。今回は殲滅じゃないぞ」

「でも私達が揃って呼ばれるって事は、相当まずい状況下での撤退支援だと思うのね」

提督は肩をすくめた。

「さすがだね。お察しの通りだ。まずは海図を見てくれ」

「はいでち」

「計画を整理するよ。追加装甲を施した木曾と、甲冑を着た球磨が交渉団ね」

「・・・提督」

「何だ、伊19」

「話し合いに行くって聞いたのね」

「そうだけど?」

「その恰好じゃ、どう考えても殺戮部隊が怒り狂って突入してきたとしか見えないのね」

「あ」

「もう少し、話し合いって雰囲気が必要なのね」

「かといって今更メンバー変更は出来ないし、装甲は外せないし、どうするかな」

「それなら勧誘船に乗って行けば良いのね」

「・・おぉなるほど。長門、設定出来るか最上に聞いてくれないか?」

「任せろ」

球磨達は顔を見合わせた。どうなっちゃうんだ?

 

「お待たせ。航路プログラムを書き換えたよ。念の為海図を見せてもらえるかな」

「これだね」

「うん、水深は大丈夫だね。勧誘船はこう移動して、この辺りで留まるよ」

「そこまで乗ってられるかねえ」

「今、夕張が風防を強化仕様に変えてる。狙撃弾くらいは跳ね返せるよ」

「お守り程度の効能だな」

「無いよりマシさ。あ、スクリーンにはダメージのサインを出しておいたからね」

「どう見れば良いクマ?」

「青は通常、黄色で破損多数、赤で行動不能」

「信号と一緒にゃ」

「そうだね」

提督が口を開いた。

「じゃ、計画を説明するぞ。良く聞いてくれ」

説明された中身はこのようなものであった。

対象となる海域は全体に浅瀬で、北を上に俯瞰した場合、Jの字に見える島である。

深海棲艦の本陣はJの中央下、入り江の一番奥に位置している。

島は細く、全て深い森に覆われており、所々急峻な崖もあり、人は住んでいない。

深海棲艦側は周辺海域に居る分も含めれば、衛星写真の推定でおよそ3000体。

本陣正面の浅瀬に数多く展開しているが、島の裏に当たる東南方向はほとんど居ない。

この為、球磨多摩木曾の三人はまず北から勧誘船に乗って南下し、交渉を試みる。

ダメな場合は勧誘船を放棄して東に迂回する。

ここでまだ可能性ありと考えるならば島の南東側から上陸。

沢を伝って北西に進み、本陣の背後へと島を横断し、2回目の交渉を試みる。

多摩は上陸地点に留まり、2度目の交渉が失敗した時に二人の撤退を支援する。

北上と大井は南の海域で待機している。

北上達は2度目の交渉が失敗した場合、西回りで追ってくる深海棲艦達がいれば魚雷で迎撃。

伊19と伊58は北の彼方の海中に潜んでおり、多弾頭SLCMと狙撃銃を持っている。

1度目、2度目それぞれの撤退支援、もしくは交渉成功時の帰路安全確保を支援する。

提督は説明を終えると、ゆっくりと話し始めた。

「皆、改めて出撃前に言っておくよ」

「仮に戦争になれば大本営が総指揮を執り、多くの鎮守府が加わる大海戦になるだろう」

「また数多くの艦娘が、深海棲艦が轟沈するだろう」

「しかし、そうなる前に、我々は未来を変えられるたった1度のチャンスを得た」

「我々が艦娘化出来る事を説明し、本当に話し合いで解決出来ないか聞いてきて欲しい」

「確かに大規模に集まったケースでは、恨みで怒り狂った姫のようなケースが多い」

「だが、目の前の子達は戦いを望んでいないかもしれない」

「戦う前に、戦わずに終わらせる未来へ切り替えたい。これはそういう作戦だ」

提督はそこで一旦話を切り、皆を見回しながら再開した。

「だが、重要な作戦だという事を踏まえても、決して忘れないで欲しい」

「普段から言ってる通り、作戦遂行困難と判断した場合に捨てるのは作戦だ。命じゃない」

「一切話し合いに応じる姿勢が無く、戦う気満々の面々と判断したら即座に帰ってこい」

「繰り返すよ。作戦遂行困難と判断したら即座に、あらゆる手を使って帰ってくるんだ」

提督は再度全員の目を見回すと、

「作戦が成功しようと失敗しようと、必ず、必ず帰って来てくれ」

球磨がにこっと笑った。

「提督、充分解ってるクマよ」

「行ける所まで行ってみるにゃ。でもダメだった時は逃げるからよろしくにゃ」

「酸素魚雷撃ちたいけど、今回は撃つ事態になって欲しくないねぇ」

伊19が手を挙げた。

「なんだ伊19」

「いつもの通り、オプションは使って良いのね?」

「その必要があれば。今から許可する」

「解ったのね」

木曾は頷くとにっと笑い、

「提督に最高の勝利を、な」

と言った。

 

 




出撃理由を訂正しました。
まあ、一晩悩んでこれが精一杯。
無理の無い展開って難しいですね。


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木曾の場合(3)

交渉団出発から3時間後、海上。

 

「んー、やっと着くな」

「艦娘が船に乗ってるって変な感じだクマ」

「楽だったから良いにゃ」

その時、勧誘船がポーンと1度汽笛を鳴らした。

「営業活動開始だクマ」

球磨は営業活動と言ったが、実際は看板に明かりが点き、軍艦マーチが鳴る事を差す。

いつもは出航後5km位航行したら始まるが、今回は相手の位置が解っている事と、

「大音量で軍艦マーチ聞き続けるのはしんどいにゃ」

という事で、本陣の近海まで沈黙するようプログラムされていたのである。

木曾は鳴り始めた軍艦マーチを聞き流しながら、双眼鏡で艦影を探していた。

 

更に1時間後。

 

「水平線に見えるの、深海棲艦か?」

木曾は双眼鏡を球磨に手渡した。

「んー・・・艦種は特定しきれないけど深海棲艦だクマ。凄まじい数だクマ」

そう言いつつ多摩に双眼鏡を手渡す。

「ざっと3000と言われるだけあるにゃ。相当大きい個体も混じってるにゃ」

返って来た双眼鏡を再び覗く木曾と、目を細めて水平線を見つめる多摩。

「こういう時は水上偵察機が欲しくなるにゃ~」

「水上機?要らないね、そんな物は」

しかし、球磨はジト目で木曾を見た。

「要らないって言うより、整備するのが難しくて手に負えないだけじゃないかクマ?」

ぎくり。

木曾は双眼鏡から目を離さなかったが、硬直していた。

球磨が言う通り、木曾は大変不器用である。

新しくTVを買った時もリモコンを手に

「い、一体・・どれを押すと電源が入るんだ?」

と、固まっていた。もちろん予約録画なんて出来ない。

部屋の家電はTVと黒電話とエアコンだけ。スマホもケータイも持ってない。

だから艦娘達からは最もアナログな部屋として広く認知されている。

「木曾が雷巡になった時、酸素魚雷を整備出来るか心配だったにゃ」

「不器用を押してよく覚えたクマ。偉いクマ」

「いーから姉貴、ガシガシ頭撫でるの止めてくれ。深海棲艦を見逃しちまう」

球磨が撫でる手を止めて言った。

「そういえば、木曾は何でお姉ちゃんって言ってくれないクマ?」

「そうにゃそうにゃ。姉貴なんて他人行儀だにゃ」

木曾は展開に嫌な予感がして、左舷船室を出て右舷に向かうデッキを歩きながら答えた。

「敬ってる姉だから姉貴で良いんだよ。他の呼び方なんて恥ずかしくて出来ないね」

木曾の後をピタリ付き添う二人は甲冑のブレス(顔の前の覆い)を上げた。

「言って欲しいクマー」

「聞きたいにゃー」

木曾は振り返って両腕を腰に当てた。

「いーから今は索敵に集中しろっての!」

「お姉ちゃんって言ってくれたら頑張るクマ」

「にゃ」

木曾は明らかに嫌そうに姉達をジト目で見た。

二人とも目がキラキラ光ってる。こうなると梃子でも動かない。

・・・すっごい恥ずかしいから嫌なんだけどなあ。

木曾は深い溜息を1つつくと、小声で球磨に向かって言った。

「お、お姉・・・ちゃん」

「なんだクマー?」

「多摩にも多摩にも!」

「お、おおおお、お姉・・ちゃん・・・」

「やったにゃー!」

そして多摩と球磨はそれぞれ木曾の左右の両腕を掴むと、

「じゃ、撤退にゃ」

「飛び込むクマー」

と言うや否や二人は元来た左舷方向に突進。木曾ごと3人で海に飛びこんだのである。

木曾は面食らいつつも叫んだ。

「あ、姉貴!一体なん」

「息を止めるにゃ」

「潜るクマー」

がぼん!

何の覚悟も無く後頭部からダイビングする格好になった木曾は鼻に水が入ってツーンとした。

しかし、木曾は目の前の光景に釘付けになっていた。

右舷方向から何発もの砲弾が着弾し、船室も看板も跡形も無く爆散したのである。

勧誘船は攻撃回避能力があるし、そもそも深海棲艦達は左舷方向に居た筈だ。

 

しばらく後。

木曾に交代で酸素ボンベの空気を吸わせつつ、海底を歩くように進む球磨と多摩。

やがて3人は島の裏側につくと、海上にざばんと出た。

「やっぱり甲冑に酸素ボンベ仕込んでおいて正解だったクマー」

「にゃー」

「げほっ!げっ、ゲホゲホゲホ!」

咳き込んでいるのは勿論木曾であり、球磨多摩は平然と木曾を曳航していた。

「木曾はまだまだクマー。でも可愛いから許すクマー」

「喋ってる最中でも上空の榴弾の気配位感じられないと危ないにゃー」

「そんな器用な真似出来るか!」

そこで球磨の表情が陰った。

「でも、あの弾は深海棲艦の撃った弾じゃないクマ」

「えっ?」

驚く木曾を見ながら多摩が継いだ。

「砲弾の飛翔音は間違いなく14cmだったにゃ」

「待ってくれ。14cmなんて骨董品、俺達は誰も装備してないぞ」

「そうだクマ」

「って事は?」

球磨が眉をひそめながら、鎮守府への回線を開いた。

「提督、判断を仰ぎたいクマ。状況を説明するクマ」

 

「艦娘に砲撃されたって事だな」

「そうだクマ」

「君達の怪我は?」

「無いクマ」

「上出来だ。現在地は?」

「着弾地点を中心として東に2km進んだ海上だクマ」

「着弾地点が見える奴等から見えない所まで移動したか?」

「ここまで海中を潜ってるし、島の反対側だクマ。周囲に艦娘は見えないクマ」

提督は目を細めた。

「上空に・・・水偵や艦載機は?」

球磨と多摩は油断なく空を睨んだが、

「見えないクマ」

「聞こえないにゃ」

「砲撃された時の深海棲艦達との距離は」

「深海棲艦の艦影が僅かに水平線上に見えたクマ」

「解った。少し待て」

提督は顔の前で両手をピタリと合わせると目を閉じた。

明らかに深海棲艦の砲撃ではない。

何故なら勧誘船は深海棲艦の攻撃なら回避出来るからだ。

14cm弾頭の飛翔音がしたという多摩の証言とも一致する。

勧誘船は民間船の外観で非武装であり、国際条約で攻撃は禁止されている。

一方で深海棲艦は条約などお構いなしに撃ってくる。

艦娘も深海棲艦も似たような弾を使うし、爆散した船は引き揚げるのも困難だ。

だから着弾した弾の種類を特定出来る証拠など残らないのが普通だ。

一方で最上は「船上以外で深海棲艦反応がある場合、攻撃を察知して回避する」と説明した。

演習等をしている艦娘が撃った弾に誤作動しない為の条件だ。

だがそれは今回の場合、深海棲艦が攻撃圏外にしか居なかったという証拠になる。

この被弾を無理なく説明するならば。

提督は目を開けると、長門を見て言った。

「偽装工作。開戦を望む者がいる」

長門は頷いて答えた。

「勧誘船に深海棲艦が攻撃した事を口実に交渉を中断させる気なのだろう」

「この交渉は極めて少数にしか知らされていない」

「大本営での炙り出しを頼むか?」

「ああ、暗号通信で頼む。まずは状況と可能性を大和経由で中将に伝えてくれ」

「任せろ」

長門が駆け出して行くと、提督は球磨に伝えた。

「球磨。後方からの攻撃を警戒しつつ、この事実を深海棲艦達に伝え、交渉に臨め」

「解ったクマ」

「伊19は南側への索敵を中止、現在地から後方に艦娘や艦載機が居ないか探れ」

「了解なの~」

「伊58は引き続き深海棲艦達を監視。2正面状態だが耐えろ。地点移動は許可する」

「訓練より簡単でち」

「油断するな。北上、大井。お前達も索敵対象に艦娘や艦載機を追加しろ」

「うへー、楽な任務だと思ってたのにー」

「仕方ないですわ北上さん・・作戦が悪いのよ(ぼそっ)」

「何か言ったかな大井さん」

「な、なーんにも申し上げておりませんわ!をほほほほほ」

「そうか、1人で1年位長期遠征したいのか。丁度南極調査船の護衛任務があってな」

「ごめんなさいすみません申し訳ありません。前向きに深い反省を検討する所存です」

「まったく・・頼んだよ」

「はぁーい♪」

提督とのやり取りを一緒に聞いていた加賀はふむと考えた。

大井は実力者だが今一つ提督を尊敬していない節がありますね。

ここはひとつ、帰って来たら提督の素晴らしさについてご説明しないといけません。

ダイジェストでお話すれば良いでしょうか。3日3晩ほどで済みますからね。

 

 



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木曾の場合(4)

本編に関するコメントが恐ろしいくらい無いのは、思い切り外したのか、はよ続き持って来いって事なのか・・・
ガクブルしつつ後者だと信じて。
加賀さん登場させといて良かった…


勧誘船轟沈から2時間後。

 

球磨達は予定通りの上陸地点に辿り着いた。

「上空索敵。航空機無し。海上も北上大井以外の艦娘も見えず。多摩、どうクマ?」

「同じにゃ。木曾は見つけたかにゃ?」

「・・いや、居ない」

「じゃあ上陸するクマ」

「木曾、油断しちゃだめにゃ」

「解ってるさ」

「・・やっぱり代わってあげようかにゃ?」

「いーから。ここを頼むぜ姉貴」

「気を付けるにゃ」

「姉貴もな」

「にゃー」

ザクザクと草をかき分け、あっという間に沢を登って行く多摩。

木曾は球磨の作った道を懸命に辿りながら思った。

よくあんな鋼鉄の甲冑つけたまま山登れるよな・・・

とてもじゃないが、俺には無理だ。

 

 

「標的アルファの全体轟沈を確認。繰り返す、標的アルファの轟沈を確認」

 

司令官室で無線を聞いていた男は、ふっと笑った。

「破片を回収したか?」

「船首の一部が近くまで飛んで来たので採取しました」

「よろしい。画像を送れ」

「はい」

ヴヴヴヴとFAXが動き出し、印刷された写真を見た。船名が読み取れる。

「良くやった。急ぎ海域を離れ、第5艦隊は全員帰投せよ。隠密行動を継続せよ」

「はっ!」

 

 

「アノ爆発ハ何ダッタンダ?」

「ソモソモ、アノ船ハ何ダ?」

「乗員ヲ救助シナクテイイノカ?」

深海棲艦達は勧誘船の爆発を見た後ざわついていた。

その場を動くなという命令が出ていたので様子を見に行く事はしなかった。

だが、延々と黒い煙を上げ、やがて真っ二つになって沈む姿をずっと見続ける事になった。

しばらくして、一体の後期型イ級が本陣に駆け込んで来た。

「姫様ニ報告アリ!」

ざざっと深海棲艦達が道を開け、後期型イ級はそのまま浜を走った。

そして程なく北方棲姫と、その侍従長であるflagshipル級の前に出た。

「報告シマス!爆発シタノハ勧誘船ダッタヨウデス」

「何故解ル?」

「コレガ漂着シマシタ」

差し出されたのは巨大な看板だった。真ん中に砲弾らしき大穴が開き、ひしゃげている。

侍従長は受け取ると頷いた。

「・・確カニ。爆発マデノ様子ハ?」

「最モ近カッタ物ノ話デハ、爆発ノ前ニ何度モ着弾シタト思シキ上下動ガアッタト」

侍従長は傍らの北方棲姫を見た。

「姫様・・」

呼ばれた北方棲姫は悲しげな表情で俯いた。

以前から北方棲姫は、部下が自分を護って討たれていく事が嫌で仕方が無かった。

少なくとも、我々は何もしていない。

我々はこの身になった後も静かに海の底に住んでいるだけだ。

もう戦いは嫌だとぬいぐるみを抱えて鎮守府から逃げ、軍規違反で沈められた。

契約を破ったのは解っているし、沈められた事に恨みは無い。

だが、もう轟沈したのだから罪は償った筈だ。

ただ静かに住んでいたいのに、なぜ更に戦いを仕掛けられなければならないのか。

「戦イハ・・モウ嫌」

侍従長はぐっと唇を噛むと、目を伏せた。

今回、ここに陣を張ったのは勧誘船を招く為だった。

勧誘船の噂を聞いて、北方棲姫は皆で人間に戻ろうと提案した。

部下達も穏健派であり、反対する者も居なかったので、どうすれば巡り会えるか考えた。

情報を集めたが、艦娘化をどこの鎮守府でやってるのかはついに知る事が出来なかった。

色々な海域の海底に移動して船を待ったものの、巡り合う事が出来なかった。

なので、わざと地上で陣を張れば、勧誘船を回してくれるかもと考えたのだ。

果たして船は来てくれたが、目の前で轟沈してしまった。

部下の話を考えれば、誰かに砲撃されたというのが妥当な結論だ。

船が砲撃され、近くに居たのは我々だから、我々が真っ先に疑われる。

深海棲艦だというたったそれだけの理由で釈明も聞いてもらえないまま攻撃される。

集まっている数が多い程、いきなり情け容赦なく総攻撃されてしまう。

もう他に、勧誘船は居ないのだろうか?

諦めて迎撃体制を整えねばならないのだろうか。

いや、準備はとうの昔に整っているが、迎撃許可を出して良いのだろうか。

許可と言った途端、北方棲姫がとても嫌がる大海戦が始まってしまう。

しかし向こうが撃って来るなら、北方棲姫を守らねばならない。

戦わずにこの場を引き払う猶予は、もう僅かな予感がした。

侍従長は静かに目を開け、北方棲姫に退却を進言しようとしたその時。

 

ガシャンガシャンガシャン!

 

姫の座る切り株の背後にある草むらがざわざわと動き、音が段々近づいてくる。

誰か居る!?無人である事は確認した筈だ。動物か?でも金属のような音がしないか?

戸惑いながらも砲門を構えた侍従長の前に

 

「話を聞いてほしいクマー!」

 

と、球磨が飛び出てきたのである。

侍従長も北方棲姫も、その場に居た深海棲艦達はぽかんとして呆気に取られた。

あらゆる予想を240度位ずれていたからだ。

聞こえてきた声は艦娘、それも球磨のそれに聞こえた。

海から来なかったのはまだ理解出来ても余りにも外見が違う。違い過ぎる。

斜め上どころか斜め下に突き抜けてる。

微かな記憶を辿れば、これは中世の鎧兜というか、甲冑だ。

なんだろうこれ?

ホントに艦娘?

 

「エ、エト、何ノ話デショウカ?」

 

数秒後、ようやく北方棲姫が言葉を発した。

球磨はギギギと軋み音をたてながら北方棲姫の方を向いて言った。

「私達はさっき、まっすぐ向こうで爆発した勧誘船に乗ってたクマ!見えたかクマ?」

北方棲姫達は恐る恐る頷いた。

「私達は深海棲艦の艦娘化をやってるソロル鎮守府から来たクマ!」

その時、木曾がようやくたどり着いた。

「あ、姉貴、早過ぎる。ちょっと待てって・・おうわっ!」

だが、球磨はお構いなしに続けた。

「私達の用件は1つだけだクマ!艦娘に戻る気はないかクマ?」

侍従長がそっと片手をあげた。

「ア、アノ、落チ着イテクダサイ。モウ少シユックリ話シテクダサイ」

しかし、事態を理解した木曾はそのまま侍従長に向いて言った。

「今が最後のチャンスなんだ。攻撃命令が下りたら俺達じゃ止められない!」

球磨は北方棲姫の方を向いて言った。

「あの砲撃は開戦したい誰かの差し金だクマ!時間が無いんだクマ!信じて欲しいクマ!」

 

北方棲姫はじっと球磨達の言葉に耳を傾けていたが、球磨にぴょこぴょこと近寄って行った。

侍従長が

「ア、姫様」

慌てて止めようとしたが、北方棲姫は球磨の足元まで行くと、

「兜ヲ取ッテクダサイ。御顔ガ見エマセン」

と言った。

球磨はきょとんとした後、ガシャンと音をさせながら手を打ち、

「そうだそうだクマ。すっかり忘れていたクマ。ごめんクマ」

といって兜を脱ぎ、しゃがみこんで北方棲姫と目線を合わせた。

「球磨型1番艦の球磨だクマ。貴方達と無闇に戦いたくないんだクマ」

といって、にっこりと笑った。

木曾は侍従長に右手を差し出すと

「木曾だ。よろしくな」

と言った。

侍従長はそっと握手をすると、再び北方棲姫を見た。

北方棲姫はじっと球磨の目を見ていたが、やがて

「1ツ教エテクダサイ。確実ニ艦娘ニナレマスカ?」

と、聞いた。

球磨はきょとんとした後、ニッと笑いながら答えた。

「大丈夫!東雲組がちゃんと戻してくれるクマ!」

その様子を北方棲姫は食い入るように見つめていたが、やがてこくりと頷き、

「侍従長、コノ人達ヲ信ジマショウ」

と言った。

 

 



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木曾の場合(5)

 

球磨と木曾が説得を開始してから10分後。

 

北方棲姫の言葉を聞き、侍従長はようやく頷いた。

球磨は立ち上がって艦隊向けの回線を開くと、

 

「こちら球磨。深海棲艦達は交渉に応じたクマ。本陣に集まって欲しいクマ」

北上が最初に返した。

「あーい、艦載機も艦影も見えないよー」

「気色悪いくらい誰も居ないですわ」

「森の中も誰も居ないにゃ」

「伊19、伊58は?」

「・・・・」

「伊19、伊58、状況を知らせて欲しいクマ」

しかし、伊19も伊58も応答しなかった。

球磨は2度呼びかけたが応答が無かったので回線を鎮守府に切り替えた。

「提督、緊急事態だクマ!伊19と伊58の応答が消えたクマ!」

だが、提督は短く答えた。

「ん。解った。深海棲艦達は応じたかい?」

球磨は面食らいながらも答えた。

「え、あ、艦娘化に応じてくれるそうだクマ・・」

「よし。金剛達が間もなく近海に到達する。連合艦隊を組み鎮守府まで護衛しなさい」

「あ、あの」

「二人の事は心配するな。それより護衛中の攻撃に備えろ。油断するな」

「解ったクマ」

「深海棲艦達にも伝えなさい。気を付けてな」

提督が通信を終えると、丁度長門が帰って来た。

「大本営の方はどうだった?」

長門は首を振った。

「気づいて無かった。今から餌を撒いても掴めるかどうか微妙だと言っている」

提督は溜息を吐いた。

「後は伊19と伊58のオプション行動が頼りか」

長門が聞き返した。

「オプション行動に入ったのか?」

「開始信号をキャッチしたし、現在通信が途絶えている」

長門は腕を組んだ。

「無事を祈るしかないな」

 

オプション行動。それは出発前に伊19が、

「いつもの通り、オプションは使って良いのね?」

と聞いた事を覚えておいでだろうか。

これは伊19だけに許されている全権委任行動を指す。

簡単に言えば、提督が伊19の行動を後から承認するから独断で動いて良いという事だ。

作戦に重要な関与が疑われる未知の対象を発見した際、伊19の判断で発動出来る。

発動しても多くは情報収集だが、提督は伊19に迎撃まで含んで良いと言ってある。

つまり伊19は必要とあらば多弾頭SLCMを大本営に向けて発射する事さえ出来る。

伊19は提督と長い付き合いがあり、絶大な信頼があってのことだった。

潜水艦の情報収集能力は艦娘のそれを圧倒的に上回る。

近辺の船舶や航空機の動きのみならず、交わされる無線通信も傍受出来る。

特に伊58は通信が暗号化されていてもリアルタイムに解読する能力を有していた。

加えて伊19達は、最上謹製の高効率スターリングエンジンに換装していた。

このエンジンは排ガスがなく、長期間潜水航行でき、熱源探査にも引っかかりにくい。

これに自らの通信を一切絶つ事で、極めて秘匿性の高い行動を可能としていた。

ただ、そのまま隠密行動を開始すると、提督も轟沈かオプション行動かが解らない。

その為、隠密行動開始時は大本営にも知らせていない特殊な信号を発する事にしていた。

球磨から連絡を受ける前にこの信号を受信していたので、提督は落ち着いていたのである。

 

「・・そういう感じで、まもなく来る護衛艦隊と一緒に鎮守府へお連れするクマ」

提督との通信を終えた球磨は、北方棲姫達に説明を行った。

じっと聞いていた侍従長は、ゆっくり確かめるような口調で返した。

「ツマリ、戦艦ヲ含ム艦娘達ガ、鎮守府マデ護衛シテクレルトイウ事デスカ?」

「簡単に言えばそう言う事だクマ!」

その時、深海棲艦達がざわつきだし、侍従長が海の方を見た。

「何事ダ?」

後期型イ級が振り返った。

「確認シテキマス!」

5分程で帰って来た後期型イ級は言った。

「艦娘が2方向から、少なくとも9隻接近中!」

数字を聞いた球磨は艦隊向け回線を開いた。

「北上、大井、多摩。今どこだクマ?」

「北上だよ。まもなく島を回り終えるけど」

「一旦止まって、止まったら照明弾を真上に撃って欲しいクマ」

「はいはーい。本人確認ねー」

やがて球磨達の左側で、3発の照明弾が見えた。

球磨は再び回線を開いた。

「金剛、僚艦は誰だクマ」

「オーウ間に合ったデース!私達4姉妹と、利根姉妹に来てもらいましたデース!」

「現在地を教えて欲しいから、照明弾を真上に撃って欲しいクマ」

「了解デース!」

すると球磨達の右側で、6発の照明弾が見えた。

球磨は一旦回線を閉じると、北方棲姫に

「球磨の仲間だクマ。安心して欲しいクマ」

といった。北方棲姫はこくりと頷き、侍従長に迎撃しないよう指示した。

球磨は再び回線を開いた。

「金剛達も提督との通信は聞こえていたクマ?」

「勿論デース。どこぞの裏切者が居るかもしれないのですねー?」

「そういう事だクマ。だから海上護衛を私達で行うクマ」

「他に支援艦は居ないのデスかー?」

「私達だけだクマ」

「・・了解デース。保護対象が多いですが、輪形陣で帰りまショー!」

「それで良いクマ。帰りの指揮は金剛に頼んで良いクマか?」

「まっかせなサーイ!」

こうして、艦娘11隻による深海棲艦3000体の海上護衛が始まったのである。

その中で球磨は北方棲姫と侍従長の傍に居る形とした。

移動中に攻撃を受けた時、情報連携が必要だからだ。

「さ、早く帰ろうクマ」

にっこりほほ笑む球磨にちょっとだけ微笑み返す北方棲姫を見て、侍従長は頷いた。

姫様は結構人見知りする方なのですが、球磨さんには懐いたようですね。

 

一方、とある海底では。

「間違いないのね。隠しているけどあの子達の主砲は14cmなのね」

「でも、どうして駆逐艦が持てるでち?」

「無理して持ってるのね。船体が傾いてるのね」

「写真撮ったでち?」

「勿論、1人ずつ全員撮ったのね」

「航路が随分変でち。このまま進めば民間の漁港に入ってしまうでち」

周囲に鎮守府は無い。伊19が眉をひそめた。

「・・・陸路を使われると面倒なのね」

伊19も伊58も陸の上でも行動は出来るが、全身を包むウェットスーツである。

街を歩いていたら目立つことこの上ない。

「仕方ないのね。これを使うのね」

「何カ所か貼り付けておくでち」

伊19と伊58は同時に停止すると、それぞれの水中銃から紫色に塗られた弾を発射した。

弾丸は発射と同時に小魚の形に変化し、ゆっくりと相手に迫って行った。

「・・・・?」

駆逐艦の1隻が気配を感じて振り返った。

目を凝らすと、自分の後ろから小さな魚が2匹泳いでくる。

ふふっと微笑むと、再び前を向いた。

だがその魚に見えた物は駆逐艦の靴に、磁石と粘着剤で覆われた発信機を発射した。

発信機のシグナルから、上手く貼りついた事を確認した伊19はニヤリと笑った。

「夕張達の発明もたまには役立つのね。私達はここから監視するのね!」

「はいでち!」

 

 



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木曾の場合(6)

 

球磨と木曾の説得完了後、鎮守府提督室。

 

「さ、さ、3000体じゃと?!」

「はい」

肩をすくめる提督と呆然とする工廠長。

予想通りだなと日向は溜息を吐いた。

長門に呼ばれ、計画を聞いた日向自身、まだ実感が全然湧かない。

「ま、まさか解ってるとは思うが、この島に超高層ビルは建てられんぞ?」

「そりゃそうでしょうね」

「じゃあ3000体もどこで生活するんじゃ?」

「旧鎮守府、今は慰霊碑がある所です。慰霊する子ももう居ませんし」

「う、うーむ。周辺の山を切り崩して地ならしをすれば行ける、か」

「一応、姫の島事案前に浜辺はやりましたけどね・・」

「その後島が突っ込んだし、高層の建物を建てるなら地盤改良は必要じゃろう」

「なるほど。どれくらいかかりますかね?」

「3000体分の艦娘化と軽い教育が出来るようにとなると、1週間は要るぞい」

「その、艦娘化作業なんですが、東雲組の妖精さん達はどうですか?」

「技術継承は終わってる筈じゃ。東雲睦月の代わりを妖精2名でというのは無理じゃがな」

「どれくらい並行出来ますかね?」

「睦月に聞いてみよう」

 

提督室に呼ばれた睦月は思い出しながら答えた。

「・・ええと、今は1チーム8人でやってもらってます」

「あの時来た128人は、もう全員出来るの?」

「はい。それは大丈夫です。実績もあります」

「すると、16体並行で出来るって事で良い?」

「機材と設備があれば」

「1体辺りの時間は?」

「うーん、東雲ちゃんほど早くはないので、作業20分に休憩10分でしょうか」

「1時間2体と見て良い?」

「はい。ただ24時間ぶっ続けとかは止めてください」

「そこまでしないけど、何時間位ならいける?」

「最初は4時間8体位で、最大12時間24体位までで」

「だとすると、ずっと2交代にすれば良いのかな?」

「といいますと?」

「1設備辺り午前と午後それぞれ4時間ずつ2班交代で使用する」

「はい」

「それで8設備並行で毎日8時間ずつなら、1日128体だよね」

「全然問題ないと思います」

「およそ3000体と聞いているから、週2日休み入れて1ヶ月少々か」

「はい」

「睦月から説明してもらって良いかな?」

「大丈夫ですよ」

「あの子達だけで、旧鎮守府で自律して働けるかな?」

「艦娘化に加えて衣食住、定期船の対応も含めて問題ありません。熟練の方々ですから」

「今回の主役だからね、助かるよ」

「・・・あ、1つだけお願いして良いですか?」

「なんだい?」

「今仰った今回の主役って事を、提督から妖精さん達に伝えてもらっても良いですか?」

「士気高揚の為って事かな?」

「はい」

「じゃあ先に言った方が良いね。連れて来てくれるかな?」

「はい!」

 

「というわけで、今回は3000体もの艦娘化作業です。主役は間違いなく皆様です」

提督の説明に鼻息を荒くする妖精達。

「1ヶ月少々の予定ですが、どうか皆無理せず対処すると約束してください」

提督が妖精達を見回すと、うむうむと頷いていた。

主役と言われてかなり嬉しいようだ。

「ここまでで何か質問は?」

一人がおずおずと手を挙げた。

「何でしょうか?」

妖精は工廠長に訴え、工廠長が提督に言った。

「仕事が終わった後、休みが欲しいそうじゃ」

提督はふむと頷いた後、

「なるほど。骨休めは必要ですね。それなら5日間の休暇で如何でしょう?」

言ってみるもんだという表情でニコニコする妖精達に、提督は

「それでは、詳しい事は睦月から聞いてください」

睦月はにこりと頷くと、

「じゃあ皆さん、工廠長さんと設備の相談をしましょー」

「ではの提督、早速対応を始めるぞい」

そう言うと、工廠長は妖精達や睦月と一緒に提督室を出て行った。

そして入れ替わるように長門が駆け込んで来た。

 

「提督、大本営の大和から報告が来た」

「おぉどうした。何があった?」

「大本営内に、勧誘船が深海棲艦の攻撃を受けて轟沈したという目撃情報が上がってきた」

「中将には我々の報告は伝わってるのかな?」

「あぁ。そして、それを知らせてきた人物がな」

「誰だ?」

「少佐だ」

「・・・そう言う事だったのか」

「妙に都合が良すぎるとは、思っていたのだが・・」

提督と長門が渋い顔になったのは訳がある。

二人が少佐と呼ぶ人物は、第3鎮守府の司令官を務めている。

第1、第2、第3鎮守府。

大本営警護の為に至近距離に置かれた鎮守府で、通称御三家の1つである。

御三家の司令官を務めれば幹部コースまっしぐらだが、かなりの実績が必要である。

ちなみに残り2つの鎮守府は少将級が務めており、次期大将候補と囁かれている。

ここから解る通り、普通は少佐クラスの人間がなれるような役職ではない。

だが、この少佐は就任直後から数々の輝かしい成果を上げており、大抜擢されたのだ。

ただし、長門が言った「都合が良すぎる」という噂もあった。

「たまたま」主力部隊が通りがかった所で深海棲艦が民間船を襲っており、応戦した。

それが少佐の戦績でかなりの割合に上っていたのである。

索敵して深海棲艦と戦った場合に比べ、民間船襲撃中の深海棲艦を倒せば評価は5倍。

それはそれだけ、民間船舶を救う事を優先させたい思惑が大本営にある。

「もし、鎮守府が民間船舶を砲撃し、深海棲艦のせいにして沈めているとしたら・・」

長門は目を細めた。

「その司令官は高く評価されるが、深海棲艦は濡れ衣だとますます恨みを募らせる」

提督は両手を組み、目を瞑りながら答えた。

「本当なら一大事だし、この仮説の証明には動かしようのない証拠が必要だ」

「大本営では大将が外出先から戻り次第、臨時の上層部会を開く事になったらしい」

「いつだ?」

「日没頃だと聞いている」

「証拠があれば中将に進言出来るが・・」

その時、提督室をノックする音がした。

 

 



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木曾の場合(7)

皆様、ご感想を沢山送って頂き本当にありがとうございます。
励みになります。
感謝の気持ちをこめて各ネタ増刷。結果として3話分増やしました。
だから本日は5回、明日4回配信します。
お楽しみください。



深海棲艦達が説得に応じた午後、鎮守府提督室。

 

コン、コン。

ドアをノックした後、伊19と伊58が入ってきた。

「提督!伊19、伊58、戻ったのね!」

「おぉ!二人とも無事だったか?怪我はないか?お腹空いてないか?」

「全然問題無いのね!それより面白い事が解ったのね!」

「なんだ?」

「勧誘船を狙撃したのは艦娘、それも駆逐艦娘だったのね」

「ほう」

「その子達を見つけたからオプションを発動して、私達は尾けていったのね」

「うむ」

「その子達は途中で民間の漁港で上陸して、第3鎮守府に帰ったんでち!」

「待て。2つ教えてくれ」

「何なのね?」

「1つは、その駆逐艦は14cm砲を持っていたかい?」

「持ってたのね。これが写真ね」

提督は差し出された写真を見て顔をしかめた。

「どの子も船体が傾いてるじゃないか。これじゃ回避行動も取れまい。可哀想に・・」

「もう1つの疑問は何でち?」

「どうして陸路を追えたんだい?」

「艦娘の靴に発信機をつけたんでち!」

「鎮守府内に居るって証拠もあるかな?」

「超望遠でその子が鎮守府敷地内に居る事も撮影済でち!」

長門が拳を作った。

「やったな伊19!伊58!素晴らしい成果だぞ!」

「伊19、大金星なのね!提督のご褒美、期待しちゃうなのね~」

だが、提督は顔をしかめたままだった。

「二人には褒美を渡すが、あと2つ証拠が要る」

「何でち?」

「勧誘船に着弾したのが14cm砲という証拠、その子達以外撃てなかったという事」

「それは・・」

「ああ、球磨達の帰投を待つしかない。長門、帰投予定は?」

「あと1時間後だが、急ぐよう伝えよう」

「そうしてくれ。あと、そういう証拠が無いか聞いてくれ」

「私達はどうするのね?」

「まずは間宮アイスを食べてきなさい。その後球磨達に説明を頼む」

「はーい!」

 

「解ったクマ。でも難しいクマ。金剛、まずは速力を全体上限まであげるクマ」

「了解ネー!皆さん!ついて来てくださいネー!」

通信を切り、腕組みをする球磨に、北方棲姫と侍従長が向き直った。

「ドウシタンデスカ?」

「ええと・・2つ探し物があるんだクマ」

「ナンデスカ?」

「1つは、勧誘船に当たった弾を特定出来る物はないかって聞いてきたクマよ」

北方棲姫が侍従長を促すと、侍従長はそっと、ひしゃげた看板を取り出した。

「我々ハコレシカ持ッテナイガ、役ニ立ツカ?」

球磨は目を見開いた。

「こっ!これは砲弾が真ん中を貫通してるクマ!素晴らしい証拠だクマ!」

「モウ1ツハ何デスカ?」

「皆の中でこの穴にぴったりの弾を撃つ兵装を持ってる人は居るクマか?」

「エエト・・5.5インチ?中途半端な口径ダナ」

「うん、ぴったり14cmだクマ。これが中途半端かクマ?」

侍従長は肩をすくめた。

「5インチハ駆逐艦ガ、6インチハ軽巡ガ持ッテルガ、5.5インチナンテ無イ」

「・・所持兵装に無い口径クマか?」

「ソウダ。聞イタ事ガ無イ」

球磨はニヤリと笑って回線を開いた。

「提督、証拠は揃ったクマ」

 

「・・ほう、14cmは深海棲艦の兵装としてありえないんだな?」

「そうだクマ」

「球磨、良く気付いた。お手柄だぞ。すまないが看板を急いで持って帰って来てくれ」

「解ったクマ!」

球磨との通信を切ると、提督は立ち上がった。

「よし、中将に直接話す。通信棟に行こう!」

長門が頷いた。

「解った。球磨達が帰投したら通信棟に来させよう」

 

「・・提督、それは確かなのか?」

大本営の通信室で、中将は大和と共に顔を歪めた。

「残念ながら、証拠が揃いつつあります」

「具体的には」

「第3鎮守府に帰投した駆逐艦隊が、14cm単装砲を全員所持しておりました」

「うむ」

「勧誘船に乗船していた艦娘が14cm砲の飛翔音を聞いた後、勧誘船が爆発しました」

「うむ」

「勧誘船から吹き飛んだ看板に弾の貫通穴が開いており、計測した所14cmでした」

「・・おぉ」

「そして深海棲艦達は14cm口径の兵器を持っておりません」

「なっ、なにっ!?」

「我々で言う所の、12.7cmまたは15.2cm砲しか無いのです」

「・・・完璧だな」

「更に言うと、勧誘船は深海棲艦が攻撃圏内に居れば自動的に回避します」

「うむ」

「しかし回避のそぶりもなく被弾した。艦娘から攻撃されたとしか考えられないのです」

「決定的な証拠は看板だな。どこにある?」

「間もなく鎮守府に到着します」

「提督、事態は一刻を争う。その看板をここまで持ってきてくれ」

提督は数秒間沈黙した。大本営は第3鎮守府の目と鼻の先だ。

もし看板を搬送する意味を知られれば総力を挙げて阻止されるだろう。

提督の沈黙の意味を理解した中将は穏やかに言った。

「少佐がこれから命令を発する事は出来ないから、安心しなさい」

「どうしてです?」

「上層部会に出席するからだ。警備を理由に妨害電波を発し、秘書艦は控室に隔離する」

「そんな警備ありましたか?」

「ある訳ないだろう。先程の連絡を受けて少佐を逮捕する準備をしていたのだ」

提督は頷いた。

「解りました。急ぎ運ばせます」

「頼んだよ。わしらも取り逃がさないようきっちり準備しておく」

スイッチを切った提督に、長門が話しかけた。

「速さなら島風だが・・」

だが、提督は首を振った。

「嫌な予感がする。証人として木曾、その護衛に北上と大井を同行させる」

「そのまま5人を向かわせても良いのではないか?」

提督は首を振った。

「そうしたいが、球磨多摩は疲れ果ててる筈だ。無理はさせたくない」

 

「や、やっと帰ってきたクマー」

「海上航行はしんどいにゃ。陸を走る方が楽にゃ」

浜で仰向けに倒れて息を切らせる球磨と多摩を、木曾は呆れたような目で見下ろした。

「姉貴、それは艦娘としてどうかと思うぞ・・・」

「だって浮力に余裕が無いんだクマ」

「甲冑着てるからだろ?」

「舵も加減速も重いんだにゃ」

「だから、甲冑着てるからだろ?」

木曾と球磨多摩はじっと見つめ合った後、

「木曾は頭良いクマー」

「さすが私の妹にゃー」

「いーから頭撫でるなっての!」

侍従長は不安げに3人を見ていた。本当に信用して大丈夫なんだろうか?

だが、北方棲姫はにこにこ笑っていた。

「アンナ風ニ仲ノ良イ姉妹ガ、私ニモ居タノヨ」

「姫様・・」

「平和ナ海ナラ、陸ナラ、アアヤッテ笑イアエル筈ダヨネ?」

「・・ソウデスネ、姫様」

「早ク人間ニ戻リマショウネ」

「ハイ」

そこに長門と伊19、伊58が走ってきた。

「木曾!大井!北上!損傷はあるか!?」

「ないよー」

「私もありませんわ」

「俺も無い」

「うむ、では補給をしながら我々の話を聞いてくれ」

説明を聞いた北上は肩をすくめた。

「うひゃー。第3鎮守府が黒幕で、この看板がそんなヤバい証拠とはね」

長門はうなづいた。

「そこで、木曾、北上、大井は次の任務だ」

北上は肩をすくめた。

「大本営にピザの宅配だねー?」

長門は苦笑した。

「そうだ。詳細を詰めるのは通信棟で行う。来てくれ」

球磨ががばりと起きた。

「私と多摩はどうするんだクマ?」

「提督は、二人は疲れ果ててるだろうから外すと言ってるが・・」

一瞬、球磨はうっと詰まったが、長門を睨むと、

「可愛い妹達だけ連続で出すわけにはいかないクマ!一緒に行くクマ!」

「そうにゃ!」

長門は肩をすくめた。

「提督と相談してくれ。提督も心配してるだけだからな」

「解ったクマ」

そして長門は看板を手に取り、ふむと眺めた後インカムをつまみ、

「夕張、輸送用ケースを作って欲しいんだが、今から研究室に行けば良いか?」

と言った。

 



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木曾の場合(8)

深海棲艦達が説得に応じた午後、鎮守府提督室。

 

「まずは皆、難しい任務を良くこなした。本当にありがとう!大金星だ!」

「意外に優秀な球磨ちゃんて、良く言われるクマ」

「球磨と多摩は疲労が濃いな。間宮アイスを用意しているから食べて休みなさい」

「アイスは食べるけど、休まないクマ」

「・・疲れてるんじゃないか?それに次の任務は高速輸送だぞ?」

「ぐっ」

球磨と多摩は元々速力は速いが、重装備を仕込んだ甲冑のせいで低速まで下がっていた。

「行くなら、甲冑はお留守番だ。だが危険な任務だ」

それを聞いた球磨と多摩は提督を真っ直ぐ見返した。

「なら尚更妹達だけで行かせないクマ!」

「甲冑は脱いで鉤爪だけ持つにゃー!」

提督は手で額を抑えると、

「・・解った。伊勢、間宮アイスを全員に渡してくれ。概要を食べながら聞いてくれ」

「やったにゃー!」

「次の任務は木曾、お前が主役だ」

「あぁ」

「すまないが大本営の中将の所に、この看板を持参して欲しい」

「運ぶだけか?」

「正確には輸送と状況の証言だ。経緯は整理出来たか?」

「勿論だ。任せてくれ」

「経路上での襲撃が予想される。皆で護衛を頼む。手段は問わない。北上、どう思う?」

北上が目を細めた。

「第3鎮守府とドンパチやる可能性があるんだよね?」

「あぁ」

「まず・・色々な意味で良いんだよね。御三家だよ?」

「構わん。機銃1発でも向こうに先に撃たせればベターだが、お前達の命が優先だ」

「その辺は解ってるよ・・・んー」

「どうした?」

「後方支援はどう考えてる?」

「加賀と赤城をメインに空母勢を考えてるが?」

「意味ないって」

「なぜだ?」

「大本営近辺は航空機飛行禁止じゃん。その中から撃たれたら反撃出来ないよ」

「う」

「それに、長引けば夜になるから飛べないし」

「ぐ」

「夕張誘って良い?」

「速度的に無理だ。リミットが短い」

「じゃあ加古っちと古鷹さん」

「・・長門」

長門がインカムをつまんだのを見た後、提督は北上に向き直った。

「金剛達を付けようか?」

「んー、なんとなく小さな船で構成した方が良いと思うんだー」

「そうか。だから古鷹型、か」

提督は頷き、それ以上は言わなかった。

北上の能力に、何となくでビシバシ当たる予感というのがある。

「なんとなく」航路を変えてハリケーンや渦潮をかわした事は数知れず。

「なんとなく」爆雷を持って行ったら敵潜水艦の群れに遭遇する。

理由が理由になってないが、北上の勘は当たる。

提督はそれをよく知ってるから、普段から計画に北上が口を挟んだら素直に受け入れる。

今、想定している状況は明らかに異常だ。

大本営の間近で艦娘同士が実弾で戦うなど、発覚すれば大スキャンダルになるからだ。

普通に考えればありえないが、提督は間違いなくそうなると確信していた。

だが、どこまで相手がやってくるか、どう切り抜けるかの判断に迷った。

ゆえに、北上の予感に賭けたのである。

 

「提督、古鷹と加古、参上いたしました」

「今日の整備残ってるのにー」

「こっちが優先に決まってるでしょ!」

「お客さんが怒るー、虎沼社長って結構がめついしー」

提督は二人をなだめつつ言った。

「北上のたっての御指名なんだ。木曾達を護りたい。力を貸してくれ」

「明日の整備手伝って欲しいなー」

「よし、最上と夕張を1日派遣しようじゃないか」

「乗った。で、北上、何して欲しいのん?」

北上は海図を広げた。

「えっと、この鎮守府を無力化したいんだわさ」

加古の顔色が変わった。

「・・御三家じゃん。良いの?」

「良いんだって」

「よっぽどヤバい事するの?」

「こいつがしてるの。で、木曾がその証拠を運ぶって訳」

「うわー、それ最上のICBMで鎮守府吹き飛ばした方が早いよ?」

「相手が御三家だから、上層部会決定が無いとうちらが国賊扱いになるんだよー」

「ぐはメンドクサっ」

「んーまぁ、まぁ、そうねぇ」

「で?木曾の安全確保はどうやるの?」

「あたしと大井っちで挟んで突破するから、後方から支援してよー」

「つーかさー」

「何?」

「君達が湾に入る前に鎮守府の電源落とせば良いじゃん。何も出来なくなるっしょ」

「・・ふふん、そこは球磨多摩に任せるつもりなのさ」

「なるほどね。特殊部隊の二人なら確実だなー」

「特殊部隊ってなんにゃ?」

「二人の徒名」

「聞いた事無いクマ!もっと可愛い徒名が良いクマ!」

「甲冑着て地上戦訓練してる2人に可愛い徒名が付く訳ないっしょー」

「むー」

「まぁ徒名の話は後だ。北上、続きを」

「考えられる状況はね、到着時刻は日没に近いんだ」

「・・へぇ」

「で、湾近辺から航空機は飛行禁止」

「んだね」

「湾内は重装備の警護艦娘や巡回兵が居るし、監視カメラもあるから安全だと思うんだ」

「解るよ北上ぃ。その直前だな?」

「そういう事。湾近辺で、湾突入前の近海エリア」

「この辺だろ?左右両側を無人の山が挟んでるし」

「幾つか道路だけは通ってる。大小様々な入り江も多いんだよね」

「人知れず狙撃し、沈みゆく船を引きずり込んでバラすにはピッタリだよな」

「残念ながらね」

提督は目を瞑った。本当にそんな戦いにこの子達を送り込んで良いのか?

「でも、陸路で行っても結局第3鎮守府の脇を通らないといけない」

「航空機で強行突破したら?」

「対空砲の密集度が半端じゃないし、許可を取ればバレて滑走路上で狙撃されるよー」

「あーもーICBMの方が早いよー」

「認めるけど、無理なのは解るっしょ?」

「ちぇ。となると、あんたはこう考えてるね?」

「聞くよー」

「最初に球磨多摩が陸路でサンチンに到着。電車かな?」

「サンチンて何?」

「第3鎮守府」

「なんていうか・・・まぁ、いいや・・」

「で、あたしと古鷹が後方支援位置についたら合図してサンチンをちゅどーん」

「うん」

「相手がパニくってる間に君ら突撃、警備湾内に可能な限り早く到達」

「あ、ちょっと違う」

「んー?」

「3人での突撃は最初だけ。アタシと大井っちは入り江の敵を見つけ次第遊撃」

「・・魚雷撃ちたいんだね?」

「まぁその・・まぁ・・そうね」

「となると、木曾だけ大本営で球磨多摩と合流か」

「多分そう。あたしらは木曾の到着後に撤退離脱。相当入渠しないとダメっしょ」

加古がにやっと笑った。

「4隻ならいっぺんに入れるし、それも良いか!」

北上は提督を向いて言った。

「てことで・・提督、良い?」

提督は顔を手で覆ったまましばらくピクリとも動かなかった。

やっと顔を上げても苦り切った顔をしていたが、ハァと溜息を吐くと、

「球磨、多摩、景気よくブッツリ落として来い」

「任せるクマー!」

「二度と使い物にならなくしてやるにゃー」

「あ、毒ガスとかは無しだぞ。民間人の建物も同じ町内にあるんだからな」

「解ってるにゃー」

「加古。お前の制圧速度が鍵だ。頼むぞ」

「へへっへー、了解ぃ」

「古鷹、加古の事、頼んだよ」

「任せてください!」

「北上、大井。魚雷は後で好きなだけ撃たせてやるから戦場では無茶するな」

「冗談だよー。まぁ大井っち居るし、大丈夫」

「北上さんはしっかりお守りします!」

「いや、あの、木曾をね」

「北上さんは!この!大井が!しっかりと!」

「・・・解った。北上、木曾を頼む」

「あいよー」

「皆、解ってるだろうが帰ってくるのが至上命令だからな」

「あぁ、解ってるさ。提督」

「全員補給は済んでるな?ダメコンは持ってるな?アイス食べたな?」

「はい!」

「よし、ならば計画を承認する。気を付けて行ってくるんだぞ」

その時、夕張が入ってきた。

「看板運搬用に水に浮く高気密ケースを作ったわ!取っ手も付けたから持ちやすいよ!」

木曾は黒のスーツケースを受け取り、中の看板を確認すると蓋を閉じた。

「礼を言うぜ夕張。じゃあ行くぜ!」

出て行く木曾達を見送ると、提督は硬い表情になり、長門に言った。

「龍田を呼んでくれ。保険をかける」

 

 



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木曾の場合(9)

日が傾いて来た頃。

 

球磨と多摩は木曾達と別れ、大本営行きの特急電車に乗っていた。

「この時間から大本営行きの特急って誰が乗るのかにゃ~?」

「周辺で働く人とかじゃないかクマ?」

多摩は久しぶりの電車の感覚が楽しかった。

球磨はやっぱり眠くなるなあと思っていた。

親しげに話す二人と同乗した客達は、二人を特に気にする風でもなかった。

鉤爪や装備を入れた揃いのカバンを二人仲良く持つ姿は、高校生のそれに見えたからだ。

海軍関係者は勿論艦娘と気づいたが、無許可の上陸とは夢にも思わなかった。

元々大本営に向かう列車では艦娘を見る事は珍しくなかったのである。

 

「大本営前、大本営前。終点です。御忘れ物の無いようお降り下さい」

喧騒の中でホームに降り立った二人は、チラリと時計を見た。

日本の列車運行管理は優秀だ。予定時刻と16秒しか違わない。

自分達が最大戦速で航行するよりうんと早く着けた。時間の余裕は多い程良い。

「まずは、工作場所まで無事に辿り着くクマ」

「にゃ」

終点は大本営前駅とはいうものの、第3鎮守府の手前で終わっている。

第3鎮守府の先には第2鎮守府、大本営、その先に第1鎮守府と続いている。

配置は勿論大本営を護る為であり、駅の改札の先には検問、すなわち所持品検査所がある。

係官は歩いて来た球磨達にすっと敬礼した。

「球磨様、多摩様ですね。御所属は?」

二人はライセンスカードを見せながら言った。

「ソロル鎮守府だクマ」

「カードのご提示ありがとうございます。鞄を拝見させて頂きます」

「兵装と艤装だクマ」

工具箱、艤装類、鉤爪・・・鉤爪!?

検査官は鉤爪に釘付けになったが、鎮守府の刻印がある事を見つけると鞄を閉じた。

最近は次々新しい兵装が追加されるから覚えきれない。

「どうぞ、お通りください」

「クマー」

「にゃー」

二人は係官に笑顔を返すと検問を後にした。

人込みに紛れると、二人は揃って7番出口を右折した。

第3鎮守府裏の駐車場近くに変電設備がある筈だ。

そこに繋がる電力の引き込み線を切断する。

工作地点は幾つか地図で候補を絞っている。

だが、監視小屋等があるかもしれないと思い、余裕を持って来たのである。

そして20分後。

「にゃー・・・」

「・・・クマー」

二人は気の抜けた声を漏らした。

そこは駐車場の隅の三角形の土地だった。

雑草生い茂る地面から突き出ている1本の木製の電柱。

その電柱で鎮守府に引き込まれている10本近い電線が全て支えられていた。

監視カメラもなく、公道とは1mそこそこのフェンスで区切られているだけ。

外人部隊の演習ではこういう場合本物は他所にあり、ここはトラップとかそんな感じだ。

当然二人は警戒して周囲を調べ回ったが、本物にしか見えない。

これが大本営を守護する一翼を担う鎮守府の給電状況とは、あまりにもお粗末すぎる。

多摩は肩を落としながら球磨に言った。

「警備もこないし、鉤爪であの電柱ぶっ倒してさっさと変電所壊すにゃ・・・」

だが、球磨はくいくいと指で指示し、さらにジト目で言った。

「それは合図の後だクマ。多摩、変電所よりあれを壊すクマ」

球磨が指差した方向を見て、多摩は目を見開いた。

「な・・なんであんなのまでこんな所で野晒しなのにゃ?」

球磨は絶縁手袋と電動ドライバーを取り出しながら言った。

「隙だらけなのは好都合だクマ。とっとと工作するクマ」

だが、多摩は鎮守府を見ながら首を傾げていた。

ソロル鎮守府では余程の深夜を除けばどこかしらで艦娘がキャーキャー言っている。

要するに、うるさい。

だがここは、まだ日没前なのにしんと静まり返っている。

「他所の鎮守府はこんなに静かなのかにゃ?静か過ぎる気もするにゃ」

球磨はネジを外しながら言った。

「裏手だから聞こえない可能性もあるクマ。見つからないうちに終わらせるクマ」

「にゃー・・」

多摩はもう1度首を捻ると、球磨を手伝い始めた。

 

二人が丁度出口を出た後、駅検問室長の机の電話が鳴った。

「あぁ少佐殿・・はい、司令官や秘書艦といった方はお見えになっておりません」

「はい・・はい。大本営の艦娘の方もお見えになっておりません」

「ええ、ご命令は全員に徹底しておりますが、せめて対象者のお名前を・・あ」

検査室長は一方的に切られた電話を見つめながら溜息を吐いた。

司令官や秘書艦を見つけたら応接室に留め置けなど、無茶な事を言うものだ。

司令官の拘束など、万一間違いならこちらの首が飛んでしまう。

せめてどの司令官か、秘書艦の誰か指定してもらいたいものだ。

大本営の艦娘が来たら連絡するという指示の方は別に構わないが、何故連絡が要る?

すっきりしないし何か気色悪い。トラブルを抱えるのは御免だ。

どうぞ誰も来ませんように。

 

「そろそろ上層部会が始まるねー」

北上は時刻を確認しながら言った。

「ええ。大本営までは最短でいけても1時間以上かかりますけど」

「会議終わっちゃわないよね」

「中将さんに持ちこたえてもらうしかないですわ」

「想定戦域へ日没前につけるかなあ」

「今のペースでは日没直後になりますわ」

「もっと急げればいいんだけど、これ以上は出せないからねえ」

水平線を睨む木曾に、北上が思い出したように話しかけた。

「そういや木曾っちー」

「なんだ、作戦か?」

「いや、毎朝球磨多摩コンビに放り投げられてるじゃん」

「・・起こしてると言ってくれ」

「あの時さ、どうやって起こしてるの?」

「普通だよ。姉貴起きろって揺さぶってる」

「んー、それならさー」

北上は木曾に耳打ちした。

「そうやってみたら一発で起きると思うよ~」

だが、木曾は顔を真っ赤にした。

「でっ、出来る訳無いだろ!」

「そぉ?毎朝投げ飛ばされるより良いじゃないと思うんだけど」

「もっと無理だ・・あ、古鷹、加古。そろそろ分岐か?」

加古が頷いた。

「ん。じゃあアタシ達は回り込んで後方支援するからね」

「皆も気を付けてね!」

「そっちもな!」

短く言葉を交わすと、加古と古鷹は針路を変えていった。

 

大本営の会議室では少佐が壇上で状況を説明していた。

「以上から、非武装で派遣した勧誘船を深海棲艦が轟沈させたと考えられます」

この一言に会議室の面々はどよめいた。

少佐はますます声を張り上げ、用意していた船首の写真を取り出して訴えている。

中将はしきりに腕時計を確認していた。

到着予定時刻まで後1時間丁度。20分を切れば厳重な警備のある湾に入る。

だから最も危険なのは湾の外側、今から40分の間だろう。

「どうか・・無事で居てくれ」

そう呟く中将を、隣に座っていた大将は靴のつま先で突っついた。

中将が大将を見ると、一瞬だけこちらを向くとフッと笑い、頷いた。

気付いてないふりをしろという事か。それにしても、大将は何かされたのだろうか?

中将は少佐を見た。少佐の演説は続いていた。

少佐は1度だけ、言葉を切って水を飲んだ時に海の方をチラリと見た。

発信機を仕掛けたんだ、どこかの鎮守府が訴えようとしてくるに決まってる。

空港も駅も国道も検問がある。引っ掛かれば拘束する手筈になっている。

厄介なのは海路で直接大本営に来る場合だ。

その為に大本営手前の海路上に、鎮守府のほぼ全艦娘を配備しておいた。

この海域以外の所属艦娘が来たら完全に粉砕して証拠は残すなと指示してある。

せいぜい悔しがって深海棲艦にでもなるがいい。

私の出世の為だ、艦娘だろうが何だろうが沈めてやるさ。

 



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木曾の場合(10)

太陽が丁度沈んだ頃。

 

「やば、少し前に出すぎちゃった」

「加古、大丈夫?・・そう、気をつけてね」

のんびりとした会話だが、状況は凄惨を極めていた。

小さな島と半島の間を抜けようとした加古が、足元に光るセンサーを発見した。

「あ、これ侵入者センサーだ」

加古がそう言った途端、海を挟んで反対の方角から砲弾の雨が降ってきた。

ご丁寧に島の左右側どころか島を通り越した背後までみっしりと着弾。

島の裏の僅かな空間しか安全圏が無くなってしまったのである。

しかも、その島も次々と着弾する弾に木々はなぎ払われ、ついに燃え始めた。

「島が丸裸になるまで撃つ気かなぁ。木が可哀想」

古鷹はのんびりそう言ったが、明らかに二人は絶体絶命の状態だった。

「加古、どうする?」

「んー・・榴弾うるさいなあ。考え事してるんだからさぁ・・・」

古鷹はニコニコして、じっと加古の答えを待っている。

「まぁ良いか。古鷹、合図したら全力でそっち。な?」

そういうと加古は、人の形に似た木を1本手に取った。

そして葉っぱの束を幾つか巻きつけると、島で燃え盛る炎で炙った。

やがて木の全体が燃えたのをしばらく眺め、じゅっと海水につけてちょいと触り、

「ん。人肌の温度。古鷹、良い?」

「良いよー」

古鷹の返事を聞いた加古は示した方向と反対にその木をぽいと放り投げた。

すると砲撃がそっちにずれたのである。

「いくよっ!」

「やったね!」

こうして砲火から逃れた二人は、島の陰になっている半島の森の中に飛び込んだ。

砲撃は木が飛んでいった地点を中心に拡散していたが、古鷹達からは逸れていた。

加古は対岸に目を凝らしつつ、古鷹に尋ねた。

「えっとさ、古鷹。砲門か弾道見える?」

古鷹はしばらくじっと見ていたが、

「探照灯点けないと解んないなあ・・・」

「大体も無理?」

「ええっとねぇ、多分あの岩と岩の間なんだけど・・」

古鷹が指差した所をじっと見ると、一見森に見えたが、2つの岩に挟まれた入り江だった。

加古はその上を見てにやりとした。

「んじゃあさ、ダメ元で、あれ撃ってみようよ」

示された方向を見て古鷹はニコッと笑って頷いた。

「加古スペシャルをくらいやがれー!」

「左舷、砲雷撃戦用意!てー!」

ドドドン!

森の中から古鷹と加古が放った数発の砲弾は、入り江の上にあった大木に命中した。

木が大きく揺すられた事で、木が支えている巨岩がゆらり、ゆらりと揺れた。

「もう一丁!」

「てー!」

ドドドン!

しかし、その砲撃を察知したのか、榴弾が突如加古達の周りに着弾し始めた。

「うわ、気づかれた!逃げろ!」

「加古!こっち!」

古鷹は加古より夜目が利く。先程砲火の在り処を聞かれたのもその為である。

今も古鷹は僅かに残る日の光を頼りに、加古の手を引いて獣道を疾走した。

しばらく走ると、砲火は再び見当違いを砲撃する形になった。

加古は視界が開けたところで古鷹を引き止めた。

「古鷹古鷹、あれ」

「あ、砲火だね。そっか、私達、割と横まで回り込んだんだね」

「砲火が見えないように砲門の前を布で覆ってる?」

「そうだね。だとすれば見つけにくかったのも道理だね」

「なるほど、頭良いなあいつら」

「演習のネタ探しは置いとこうよ」

「あいよぅ。じゃ、終わらせよっか。古鷹は岩の根元の木を撃って崩して」

「はーい」

「アタシは飛び出てきた奴を狙い撃ちするからさ」

「根元を狙って・・・そう。撃てぇー!」

ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

規則正しく着弾した数発の砲弾は、ついに木を粉砕し、巨岩がバランスを失った。

ぐらりゆれた巨岩は、音もなく砲火の真上に落ちていったのである。

加古は巨岩が立てた水音の中に、かすかな悲鳴を聞きつけた。

間違いないね。ブッ飛ばすッ!

加古は獰猛な笑みを浮かべると、脱出しようとする艦娘達を狙って横から砲撃。

不意に砲撃されて一発轟沈した艦娘を見て、後続の艦娘達は慌てて戻ろうとした。

だが、戻った艦娘達は古鷹が上から突き刺すように撃った榴弾が直撃した。

出ようとする者、戻ろうとする者で大混乱になり、全く反撃出来ずに壊滅した。

巨岩落石から僅か10分後のことであった。

「へん。いっちょあがり~」

「結構居た感じだね」

「砲弾から考えりゃ重巡クラスかね。ま、どうでも良いけど」

「木曾達、大丈夫かな」

「よっしゃ、また敵を探そう!」

「うん!」

二人が再び獣道を走り出そうとした、その時。

「よぅ」

びくりとして主砲を構えた二人の前に、ぬうっと大きな影が現れた。

「悪くないな。2人で12隻沈めるとは大したものだ」

古鷹は恐る恐る言った。

「どなた、でしょうか・・」

「おおすまない。大本営大将直属の大和型戦艦二番艦、武蔵だ」

古鷹はほっと息をついた。

「ソロル鎮守府の古鷹と加古です。仲間が襲われているんです」

「解ってる。もうすぐ全ての入り江と山頂の暗視写真が集まる。見つけ次第始末する」

「私達を助けてくれるんですか?」

武蔵がニコッと笑った。

「そう依頼を受けてるからな。一緒に来るか?お前達は頼りになりそうだから助かるが」

加古は古鷹と顔を見合わせ、武蔵に頷いた。武蔵の火力は大いに頼りになる。

ここは下手に散るより力を合わせたほうがいい。

「よし、この戦、武蔵に任せてもらおうか!」

 

 



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木曾の場合(11)

木曾達が証拠品を輸送する途上、日没間近の海上。

 

「ちっ、やるじゃないか」

木曾は小破状態で、スーツケースを吹き飛ばされないよう懸命に匿っていた。

島風1人で来ていたら既に轟沈していただろう。

北上の予測通り、大本営の町明かりが見えた途端に砲弾の雨が降ってきた。

3人とも自らに降りかかる弾薬の雨を避け、懸命に応戦していた。

相当変則的な回避運動を取っても至近弾が次々降ってくる。

大きく逸れた弾着はほとんどない。闇雲に撃ってるわけではなく正確な射撃だ。

しかも相手の砲火が全く見えない。

水柱の太さは様々で、46cmも混ざっている。鎮守府全艦で総攻撃して来てるのか?

弾着方向から発射元を推定しようとするが、複数ある事しか解らない。

余りにも不利な状況だ。

「木曾っち、大井っち、ごめん。30秒だけ砲撃止めて支えてくれる?」

北上を見ると、北上は両手に信号銃を持っている。

「GOサインか?」

「そうだよ。今ここで撃ってくる奴なんて1つしかないもん」

「・・・よし」

水柱をぬって木曾と大井がピタリと北上を支えた。

「良いぞ!」

「・・・あれ?あれれ?」

「どうした北上?」

「・・・信号銃の弾が海水被っちゃった」

「なにっ!?」

「あ、一旦回避しよう」

 

ドドン!

 

「回避指示遅いだろ北上!水中銃じゃないんだから海水被らせんな!」

「夜だから弾見えないし、乾いてる所なんて無いんだよぅ。どうしよっか大井っち」

「まず明かりを覆って夜戦対応しましょう」

「そうだね。木曾っちは・・って、もうしてるね」

「やってなかったのか!?」

「今やったよ。んで、どうしよっか」

3人とも遮光した事で、幾分砲弾の着弾精度が悪化した。

「木曾さん、照明弾は?」

「緑だけある」

大井が笑った。

「あはは、私も緑なんですよ~」

木曾は数秒沈黙したが、

「・・・おい!ダメじゃないか!」

「やっぱり木曾さんとはツーカーの仲にはなりきれないですねー」

「だったら北上は持ってるのかよ!」

「あたし?あたしは赤しか持ってないよー」

「バカやろぉぉぉぉ」

その時。

「大声で騒ぐと的にされますよ」

声の方を振り向くと、雪風が居た。

「大本営の雪風さん?」

「大将直属の雪風です。任務を終えて余裕があります。何か手伝いますか?」

木曾はスーツケースを手渡すと

「これを中将に。ソロルから愛をこめてってな」

「確かに。他には?」

だが、木曾の背中を北上が押した。

「な、なんだ?」

「木曾っち、雪っちと一緒に行きな。ここは二人で良いからさ」

「バカな!無茶だ!」

「正面突破より雪っちと行く方が成功率は高いよ。渡したら証言出来ないじゃん」

「う」

「いーから北上様を信じなさいって。あ、黄色の信号銃か照明弾持ってない?」

「黄色の照明弾ならありますよ」

「よっしドンピシャだね。1個頂戴」

「どうぞ。では木曾さん、こちらへ。北上さん大井さん、御武運を!」

「よろしくねー」

雪風達が充分離れたのを確認すると、砲撃の合間をぬって2人は照明弾を主砲に込めた。

そして肩を寄せ合い、腕を組んだ。

「大井っち、良い?」

「・・良いわよ北上さん!」

「・・・せーの!」

ドン!

黄色と緑の大きな火柱が夜空に舞った。

 

海原を見ていた球磨は2本の火柱を確認した。

「GOサインだクマ。行けるかクマ?」

「行けるにゃ!」

「今だクマ!」

ズズン!

第3鎮守府に繋がる全ての電線が、多摩が斬り倒した電柱と共に千切れた。

多摩が鉤爪を掲げてニヤリと笑う。

鎮守府は多くの照明が消えたものの、司令室を含めた幾つかは明かりがついていた。

無停電電源装置(UPS)が瞬時にバッテリーから給電するよう切り替えたのである。

規定時間が過ぎても電力が復旧しないと判断したUPSは、自家発電装置を起動させた。

その途端。

ドゴン!

自家発電機からもうもうと上がる炎と真っ暗になった鎮守府を見て、球磨は肩をすくめた。

本物の自家発電機を公道のすぐ脇に設置するなんてありえないクマ。

隙があり過ぎてダミートラップかと疑ったけどこっちも本物だったクマ。

発電機には燃料と電源があるんだから、ちょっと弄れば爆弾になるクマ。

これで鎮守府内への給電はどれだけ早くても数時間は無理だクマ。

仕上がりに頷く球磨の隣で、多摩は暗闇の先の海原に目を凝らしていた。

「・・球磨」

「何だクマ?」

「あれ、砲撃の水柱・・かにゃ?」

球磨はじっと目を凝らした後、目を見開き、

「・・・なっ!?あれじゃ突破は無理だクマ!支援に向かうクマ!」

「にゃ!」

 

「・・・雪風、すまない。やっぱりそれを頼む。車を止めてくれ」

雪風と防爆装甲のリムジンで大本営に向かっていた木曾は、防波堤の袂で車を止めさせた。

「北上さん達を助けに行くんですね?」

「ああ。姉貴だからな」

「ならば・・そうですね、これを持っていって下さい」

「なんだ?信号銃じゃないか」

「とても珍しい色なんです。お二人に会えたら真上に撃って下さい」

「・・解った」

「皆様に幸運を」

銃を懐に入れ、防波堤の上を走った木曾は、そのまま最大戦速で海に出ていった。

雪風は木曾を見送るとドアを閉めた。

「運転手さん、鑑識研へ急いでください」

リムジンはキュキュキュッとタイヤを鳴らしながら夜道を猛然と加速していった。

 

その頃。

「北上さんを傷つけるの・・誰?」

大井は破れた服を手で庇いながら呟いた。

北上も自分も中破状態であり、ダメージよりも体力が落ちており、息も切れてきた。

「まぁ、なんていうの。こんなこともあるよねぇ」

「そうですわね、北上さん」

大井は北上に落ち着いて返事したのとは裏腹に、怒りを抑えられなくなりつつあった。

明かりを消し、砲撃を控え、蛇行や転回を繰り返しているのに砲撃は執拗に狙ってくる。

しかも砲撃が複数個所からランダムに来るので特定すら出来ない。まさに袋叩き状態だ。

対策も打てぬまま、あっという間にここまで追い込まれた。

ふっと薄らぐ意識に疲労を感じる。

ここで止まったら終わりという予感を信じて操船を続けていた。

実弾演習とも深海棲艦との戦闘とも違う気味の悪い戦い。

自分達だけ目隠しをされながら、集団で突き飛ばされるような不快さ。

せめて1箇所だけでも特定し、ありったけの魚雷を打ち込んでやりたい。

そうだ、木曾はもう着いただろうか。

ふと、大井は微笑んだ。

北上さんと一緒だから、これが最後のミッションでも良いかな。

ま、ダメコン積んでるから最後って事はないんだけど、さすがにしんどい。

だがその時、大井はありえない声を耳にした。

「仕方ねぇ。出てやるか」

「木曾!?貴方何してるの?」

「姉貴達を見捨てるなんて、ガラじゃねぇんだよ」

「ミッションを達成しなさい!それが私達が受けた命令よ!」

「だから、敵を全部ぶっ倒してから皆で行けばいいだろ?」

大井は木曾をじっと見た。これは話して翻すような決意じゃない。

「そうだ。雪風にこれ貰ったんだ。良い色らしいぜ」

そういうと木曾は真上に向けて信号銃を撃ったのだが、

「あれ?音ばっかりで光んないな」

木曾は銃口を覗いたが、微かな硝煙の匂いが撃ち終わった事を示していた。

なんだこりゃ?後で雪風に文句言ってやる。

肩をすくめて信号銃を投げ捨てた時、水柱の間に微かな砲火が見えた。

木曾は真っ直ぐ睨みながら二人に言った。

「北上!大井!真正面に敵だ!俺が突撃する!」

 




後は明日のお楽しみ。
言い回し一ヶ所訂正しました。
その子らしさを出すってかなり神経使っても難しいものですね…毎度ご指摘感謝です。


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木曾の場合(12)

木曾が信号弾を撃った直後、湾を見渡せる山頂。

 

「うぐああっ!」

湾の脇にある山の上で、第3鎮守府所属の戦艦娘は暗視双眼鏡を取り落とした。

そのまま両手で目を覆いながらよろめき、陣地の壁にもたれる。

「ぉあぁあ・・目・・目が、目がああああ」

目を瞑っているのに、目のすぐ先に真っ白な紙があるかのように何も見えない。

木曾の撃った信号銃は強力な赤外線だけを発する弾丸だった。

これを暗視双眼鏡で増幅し、可視光に変換した状態でまともに見てしまったのである。

ターゲットは赤外線を発する熱源部が少なく、船体も小さい為に暗視双眼鏡でも見え辛かった。

その為増幅レベルを最大に設定して目を凝らしていた。

通常、投光器や照明弾のように強い可視光と混ざった赤外線ならばフィルタ機能が働いて可視光に変換されない。

だが、赤外線のみの場合はフィルタ機能が働かず素通りしてしまう。

暗視双眼鏡の仕様上の欠点だったが、戦艦娘はその欠点を知らなかった。

ゆえに、まるで天体望遠鏡で太陽を見たかのような苛烈な光に、全く予想外の形で襲われたのである。

戦艦娘は肩で息を切りながら地面に崩れ落ちた。

「くう・・ぅ・・い、一体、なんなのよ・・」

手探りで暗視双眼鏡を拾い上げると、プラスチックが焦げる嫌な臭いが鼻を突き、ひどく熱い部分があった。

壊れている事は明らかだった。

目の見えない腹立たしさもあって、力任せに暗視双眼鏡を投げ捨てた。

戦艦娘は息を整えながら考えた。

あれだけ撃って、まだ1人も仕留められていない。

それに、少し前から衛星画像を鎮守府のスパコンで解析した進路予測情報も届かなくなった。

その進路予測情報も、ターゲットが見た事無い程のトリッキーな回避行動をするがゆえに、普段は8割の確率で当たるのに1割も当たらなかった。

総出で撃ちまくっているが故にうんざりする程砲弾を消費していた。

鎮守府で何かあった可能性もあるが、直しても予測が当たらないのならと優先順位を下げた。

しかしそれが裏目に出てしまい、最後の切り札だった暗視双眼鏡が壊れた今、ターゲットを捕捉する手段が無くなってしまった。

戦艦娘は歯を食いしばった。

索敵時点ではいつも通り楽に勝利出来ると信じていたのに、どうしてこうなった。

「ヘッド!ヘッド!標的ブラボーをロスト!予測位置を教えてください!」

「ヘッド!標的アルファをロスト!至急修正情報を送ってください!」

耳にかけたインカムから、砲撃部隊が自分に位置を問いかける声が聞こえていた。

とはいえ視力はしばらく戻らない。答えようが無い。

ここで砲撃の手を緩めればこれ幸いと大本営の湾内に入られてしまう。

「くそっ!どうすれば良いのよ!」

その時、インカムが外され、その耳元で囁かれた。

「どうしようも無いわよ?」

戦艦娘はぞっとした。全く気配を感じなかったからだ。

とっさに地面を蹴って逃げようとしたが、その足を払われ地面に叩きつけられた。

「ぐはっ・・いたたたたた」

腕を捻りあげつつ上にのしかかって来た主の声は、静かで穏やかだった。

「貴方、幾ら自分が吸熱布を被っても、長居すれば地面が熱を帯びるの解ってる?」

「・・・」

「指揮だけの場合も数カ所を周って地面を冷さないと赤外線探査で簡単に解るのに・・」

「・・・」

「まして、同じ陣地に滞在して撃ちまくるなんて、ちょっと愚かねぇ」

「・・・」

「3次元計測の為に上から測距するのは良いアイデアだけど、機器の予備は用意すべきよ」

声色は駆逐艦のようだが、逃げようにもしっかりと手足を固められて動けない。

「残念だったわ。ほんと、期待してたのに」

静かな声と裏腹の猛烈な殺気。見えない分余計恐ろしい。

怖くて逃げくてたまらないが、力を入れるほど関節が悲鳴を上げる。

「はっ、離せ・・あいたたたたたっ」

「この雷様に、かなうとでも思ってんのかしら?」

戦艦娘はぴたっと動くのを止めた。むしろ力が抜けたという方が正しい。

御三家を含めても、この海域で雷は1人しか居ない。

戦艦娘はガタガタと震え出した。

表向きは大将の奥方で、可愛くて優しい方だと評判だ。

だが龍田会の名誉会長職を務め、その昔、数百の艦娘をたった一晩で粛清したという。

その徒名は・・・

 

 死神の雷・・だ。

 

つま先から頭のてっぺんまで鳥肌が立つ。

見えない筈の目の前に過去の思い出がよぎる。

そ、走馬灯?

嫌、死にたくない!

「ひっ、ひぃ、ひぃぃぃいぃいいぃい」

「新妻ごっこも楽しいけれど、やっぱ戦闘よねぇ。獲物を狩るスリル。わくわくしちゃう」

「お、おおおおお許しを雷様。これは少佐殿の命令で」

「歌うのは後になさいな」

雷が軽く手刀を当てると、戦艦娘は一瞬で気を失った。

まぁこれだけ脅せば素直に喋るでしょ。

雷は鼻歌交じりに慣れた手つきで縛りあげながらインカムをつまんだ。

「武蔵さん、そっちは終わったかしら?」

「ああ、古鷹と加古の協力で戦艦と重巡級は全員沈め、昇天させたぞ」

「それで良いわ。こっちの荷物運ぶの手伝ってくださいな」

「さっき言っていた山頂の陣地か?」

「ええ、そうよ」

「すぐ行く。待ってろ」

 

「本当の戦闘ってヤツを、教えてやるよ」

真正面の入り江に見えた僅かな砲火に真っ直ぐ木曾は向かって行った。

途中でそっと、2発の酸素魚雷を水面ギリギリの深度で射出。

その魚雷にやや遅れるように進んでいった。

「くっ!」

水平に赤外線ゴーグル越しに見ている艦娘達は、木曾の距離が掴めなかった。

ヘッドである戦艦娘からの位置修正指示も無かったので、同じ所を撃った。

だが、水柱は木曾の後ろに着弾した。

「ヘッド!標的チャーリーが移動しています!修正距離を教えてください!」

指示を仰ぐが、雑音しか帰って来ない。

ゴーグルを思わず外すが、もうどこにいるかさえ見えない。暗すぎて測距儀は使えない。

慌ててゴーグルを掛け直し、木曾を探しながら舌打ちをした。

「どうしろってのよ」

その時、木曾はすっと停止した。

「?」

やっと見つけた艦娘は、立ち止まる木曾を見て、何がしたいんだと訝しがった。

その時、艦娘達の足元に魚雷2発が着弾した。

突然の火柱。予想外の被弾にパニックになる艦娘達。

「きゃあああ!」

木曾は一瞬の明かりと声を頼りに位置を補正した。

「そこかあ!」

艦娘達の至近距離まで一気に辿りつくと、素手で攻撃を開始した。

「お前らの指揮官は無能だなぁ!」

取っ組み合いには全く慣れていない艦娘達は次々と投げ飛ばされていった。

「ひぇぇぇえぇえぇええええ」

多少抵抗する艦娘も居たが、

「寝起きの姉貴達に比べりゃ楽勝だぜ!」

ひらひらとかわし、木曾はぶるんぶるんと艦娘を振り回し、逃げ惑う艦娘達に向けて思い切り投げつけた。

「きゅ~」

仲間に直撃された艦娘達はその場で気を失い、目を回していた。

最後尾に居た数名は陸に逃げた。

そして道路に止めてあった1台のライトバンに乗り込んだ。

「くそっ!逃げるな!」

車のエンジンがかかった瞬間、聞き慣れた声がした。

「なめるなクマぁ!」

木曾は浜に居た最後の艦娘を投げ飛ばした後に声の方を見ると、信じられない光景があった。

・・・ガタン。

車は客席が前後にスッパリ2分割され、車がV字型に崩れ落ちたのである。

座席に座ったまま呆然とする艦娘達の前に2つの影が現れた。

冷たく光る鉤爪をゆらゆら掲げる球磨と多摩だった。

「お前達も、この車のように真っ二つになりたいクマか?」

艦娘達は真っ青になり、両手を挙げてブルブルと首を振った。

浜からようやく追いついてきた木曾に、多摩がニヤリと笑った。

「遅かったにゃー」

木曾はフッと鼻で笑うと、球磨や多摩と片手をパチンと合わせ、艦娘達に言った。

「弱すぎる!!」

 

 



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木曾の場合(13)

木曾が単独突撃した後の海上。

 

「20射線の酸素魚雷、2回いきますよー」

「北上さん、今日持ってきたのは酸素魚雷じゃないですし、20射線も無いですわ」

「ふふん、口癖って奴よ」

「ああん!ワイルドな北上さんも素敵!」

「まー、もうやっちゃいましょー」

「北上さんがいいって言うなら」

そういうと二人はそれぞれ魚雷を12発ずつ2回、計48発発射した。

木曾が見えない信号弾を撃ってから、一気に砲撃が的外れになり、数も減った。

だから二人は息を整えられた。

その際、敵の群れを視認したので、狙い澄まして魚雷を発射したのである。

射線の先には第3鎮守府の軽巡、軽空母、駆逐艦からなる60隻の連合艦隊が居た。

艦娘達は魚雷を見て、くすっと鼻で笑いながら少しだけ陸から離れた。

確かに48発もの高密度に飛んで来る魚雷は、見た目だけは脅威だ。

だが、所詮は魚雷。

落ち着いて避ければ当たらない。当たらなければ爆発もしない。

そのまま陸に当たって爆発するから陸から離れておけば良い。それがセオリー。

そう思っていた。

しかし、北上達が撃ったのは多弾頭AI魚雷だった。

自ら進行方向を修正し、至近距離で弾頭が10個に分裂する。

そんな魚雷など見た事もなかった艦娘達は目の前で分裂した姿に呆然となり、動けなかった。

結果、ほぼ全ての弾頭が命中し、連合艦隊は一瞬で全滅した。

このたった1回の攻撃で第3鎮守府所属艦娘の6割が轟沈したのである。

北上は大井と盛大な火柱を見ながら頷いた。

「これが重雷装艦の実力って奴・・・あ、あいたたたた」

「北上さん大丈夫!?しっかり!」

「腰がいたーい、早く修理したーい」

大井はくすっと笑った。

頭が良くてしっかり仕事するのに、ちょっと抜けてて決まらない北上さん。

本当に可愛いわ。まだまだ生きないとね!

残る4割の多くは武蔵、古鷹、加古の3人が沈めていた。

生き残ったのは雷が気絶させた戦艦娘1人と、木曾達と戦った10人程度の艦娘達だけ。

戦いが終わってみれば、第3鎮守府の所属艦娘はほぼ壊滅していたのである。

 

「よって、J島攻略作戦と名付け、これを遂行する事を提案するものであります!」

少佐は演説を終えると無線機のスイッチを入れ、顔をしかめた。

いつまで妨害電波を流してるんだ。これでは戦況が解らないではないか。

少佐の耳元には超小型無線機が仕込んであり、イヤホンを通じて戦況が伝わる筈だった。

しかし会議の直前に大将が妨害電波を発信すると言い、以後は雑音しか聞こえない。

まぁ良い。鎮守府総出の連合艦隊が負ける筈が無い。後で報告を聞くさ。

諦めて無線機の電源を切った時、会議室のドアが開き大和が入ってきた。

少佐は明らかに不愉快な顔になった。

「中将の・・秘書艦殿ですね。現在は秘書艦殿も立ち入り禁止の筈ですが?」

そう。中将から秘書艦も立入禁止と言われて非常に反発したのは少佐自身であった。

秘書艦が居れば戦闘に随時指示を加えられたものを、余計な事をしやがって。

何が機密保持だ。いつもそんな事しないクセに。

だが、大和は構う事無く中将に歩み寄ると、何事かを耳打ちしている。

「中将殿、我々には秘書艦を遠ざけろと言っておいてそれでは示しがつきませんよ?」

しかし、中将は冷たい笑みを返した。

「そろそろ黙れ。ここから先は取調室で喋るんだな」

少佐は眉をひそめた。

「・・どういう事でしょうか?」

「君が勧誘船を襲撃させた事が明らかになったんだよ」

少佐はじっと中将を見て、肩をすくめた。

「どこから出た情報か知りませんが、嫉妬に狂ったガセネタは大概にしてほしいですな」

大将が静かに微笑む傍らで、中将は少佐を睨みながら言葉を継いだ。

「では、証拠を並べるとしよう。入りたまえ!」

すると、スーツケースを持った雪風に案内されて木曾と球磨が入ってきた。

木曾は服のあちこちが焼け焦げていた。

木曾が頭を下げた。

「大将殿、ご無沙汰している。中将殿、こんな恰好で申し訳ない」

「いや、無理を言ったのはこちらだ。よく来てくれた。ありがとう」

その時、大将が雪風が持つスーツケースを指差しつつ言った。

「その、スーツケースは何かな?」

木曾が答える。

「うちの勧誘船の残骸だ。弾がこの通り、真ん中を貫通していたんでな」

ギリッ!

少佐は歯を噛みしめた。今まで1度も弾痕が残る事など無かったのに。

雪風が静かに言った。

「鑑識に回した結果、この弾丸は14cm単装砲の物と解りました」

少佐が声を張り上げた。

「なぜ艦娘の兵装と言うんだ!深海棲艦の兵装に決まってるじゃないか!」

球磨が冷たい目で少佐を見た。

「14cmは5.5インチだクマ。でも深海棲艦達の主砲は5インチか6インチしか無いクマ」

少佐は球磨を指差した。

「先程も報告した通り、発見したのは我が駆逐艦娘だ!14cmは積めない!」

「そうかクマ?うちの潜水艦はこんな写真を撮ってきたクマ」

球磨がそう言うと、スクリーンに14cm砲を抱え持つ駆逐艦娘の写真が大写しにされた。

「ぐっ」

「付け加えると、この子達は第3鎮守府で寮の部屋に入ったクマ」

そう言うと、部屋で14cm砲を机に置きつつ、談笑する艦娘達の写真に切り替わる。

明らかに自室で寛いでいる雰囲気だ。

少佐は真っ赤になっていた。

うちの艦娘が気付かないとは、一体どれだけ遠方から撮影しやがった?!

「ぐぬううう」

中将が木曾に声を掛けた。

「それにしても、勧誘船で被弾してから修理する時間も取れなかったのか。すまなかった」

木曾は眉をひそめた。

「いや、勧誘船では無傷だったが、これを輸送中に、ここの湾のすぐ外で攻撃されたんだ」

その途端、中将の額に幾つも血管が浮かび上がった。

「ソロル鎮守府の艦娘を・・誰が砲撃したというのかな?」

雪風が答えた。

「少佐の所の艦娘達です。赤外線写真に写りました」

「ううっ!」

少佐の目が泳ぎだした。

大将直属の艦娘達は皆、異能者と呼ばれる程の突出した能力を持つ。

雪風は強烈な運の持ち主だ。他所の鎮守府の雪風のそれを数十倍上回る。

彼女がカメラを持てば、うちの艦娘が隠れようと本当に撮影された可能性がある。

雪風の言葉なら間違いないと、会場の面々は少佐へ冷たい視線を投げ始めた。

少佐は拳を握りしめながら言った。

「私は何も指示していない!艦娘達が勝手に!」

だが、その声は良く通る声で塞がれた。

「じゃーん!木曾達を襲撃したご本人に聞いてみましょう!」

入口に現われたのは雷と、泥だらけの戦艦娘を背負う武蔵だった。

その後ろの廊下では、古鷹と加古が北上達との再会を喜び合っていた。

どさりと椅子の上に下ろされた戦艦娘は、ようやく意識を取り戻した。

雷は目隠しはそのまま、手足を縛っていた縄は解いたのである。

しかし、戦艦娘はもはや戦意を喪失しており、ぐったりとしたままだった。

「う、うぅ・・」

「じゃあ歌ってもらおうかしら」

耳元で雷に囁かれた戦艦娘は震えあがった。

「ひっ!」

「さっき言いかけた事、今回は誰の命令だったのかしら?」

その時、少佐が大声で怒鳴った。

 

 



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木曾の場合(14)

上層部会に木曾達が証拠品を献上した後、大本営会議室。

 

少佐はそれまでの落ち着いた態度から豹変し、真っ赤になって戦艦娘に怒鳴った。

「裏切り者め!命令もなしに勝手に行動しおって!」

その言葉に戦艦娘はぽかんとした後、わなわなと震えだした。

目隠しが涙に濡れた。

「そんな・・あ、あんまりです少佐。私は、私は少佐の命令で出撃したのに」

「何を言う!気でも触れたのか!」

「鎮守府の艦娘全てが、少佐の為に、訴え出る者の到着を阻止する為に」

「黙れ!嘘を吐くな!嘘を吐くなああああ!」

戦艦娘はキッと上を向くと、

「ならばなぜ貴方のサインのある出撃命令書がここにあるのですか!」

そう言いながら、胸元から命令書を取り出したのである。

少佐は目を見開いた。

「お、お前、それはシュレッダーで破棄しておけと・・・」

戦艦娘は命令書を握りしめながら言った。

「私は毎回、懐に入れてお守りにしてたんです。少佐殿を、お慕い、してましたから・・」

雷はすすり泣く戦艦娘の手元で命令書を読み、大将にジトっとした視線を送った。

大将は軽く溜息を吐くと、ややあってから頷いた。

するり。

雷は戦艦娘の目隠しを解くと、肩に優しく手を置いて言った。

「もう見えるわね?」

「は、はい。あの、雷様、私は神に誓って本当の事を申しました」

「解ってるわ。貴方を信じるわよ。見てなさい」

にこっと微笑んだ雷は振り向き、真っ直ぐ少佐を見つめながら演壇に向かって歩き出した。

コツ、コツ、コツ。

一歩歩く毎に猛烈な殺気がみなぎっていく。

硬直していた少佐は辛うじて身をよじった。

そして雷が来る反対側に逃げようとしたが、そこには部下を連れた憲兵隊長が居た。

だが憲兵隊長は少佐を取り押さえようとはせず、壇の下で距離を保っていた。

まるで死者を弔うかのような目で。

少佐は凄まじい悪寒に襲われた。足の先からうなじまで鳥肌が立つ。

はっとして振り向くと、雷がすぐ傍の足元に居た。

「・・・えっ?」

次の瞬間。

雷はひょいと飛び上ると、少佐の左頬に渾身の右ストレートを叩きつけた。

「グボアッ!」

綺麗な放物線を描いて憲兵隊長の足元まで吹っ飛んだ少佐はピクピクと痙攣し、白目を剥いていた。

雷はスタンと着地し、両手を腰に当てつつ少佐を見下ろすと、

「女を泣かして嘘つくような男はサイテーよ!成敗!」

と言い、続けてギヌロと会場の面々を見渡し、

「アンタ達はこんな最低男の偽装を延々見抜けなかった事を大いに反省しなさいっ!」

そう言って、バン!と演台を叩いたのである。

雷の声は元々良く通る上、スピーカーを通じて会議室中に大声で響き渡った。

ゆえに参加者はシャキンと起立し、その直立不動のまま

「申し訳ありませんでした!」

と口を揃えたのである。

何故か木曾達まで口を揃えてしまったのは雷の凄まじい眼力ゆえである。

大将は口を開いた。

「少佐を捕縛し、逮捕せよ」

憲兵隊長がビシリと敬礼した。

「ははっ!おい!留置場にぶちこんでおけ!鎮守府を取り調べるぞ!」

そのまま少佐は憲兵隊員に引きずられて退場していった。

大将は視線を木曾に向けると、

「少佐は今後処罰を行うとして・・木曾」

「はっ!はい!」

「まずは今回の活躍に礼を言う。君達のおかげだ」

「・・はい!」

「次に、話を戻して、深海棲艦との交渉はどうだった?戦闘は避けられそうか?」

木曾はすっと息を吸い込むと、

「深海棲艦3000体は全く戦闘を望んでおらず、人間に戻る事を希望しています!」

大将は少しだけ、怪訝な顔をした。

「人間に・・かね?」

「はい!」

大将は少し悲しげな目をすると、

「3000体も艦娘になってくれたら心強かったが、少佐のような者も居るしな・・」

と言い、続けて、

「よし。無理強いは出来ん。解った。ソロル鎮守府で人間まで戻せるかね?」

「旧鎮守府跡を改装し、その準備を進めています!」

「うむ、よろしい。資材等、必要な物は定期船で運ばせる。中将、仔細は任せた」

「ははっ!」

そして大将は雷を見ると、

「雷、これで勘弁してもらえるかな?」

声を掛けられた雷はにこっと笑い、

「さっすが私の旦那様ね!良い差配よ!」

と返した。

大将は苦笑しながら、

「それでは上層部会を閉会とする。皆、この事案は外部にはくれぐれも内密にな」

と、片目を瞑り、唇に人差し指をあてたのである。

 

「いやはや、無茶苦茶な1日だったなあ」

大本営のドックで修復し、明日帰ると球磨から通信を聞いた提督は、長門に言った。

「ああ。大事件がこうも一気に来るとしんどいな」

提督は視線を動かした。

「さしあたり、今後1週間どうやって皆さんを養うかという大問題があるんだけど」

北方棲姫はぽよんぽよんと応接セットの椅子の上で跳ねていたが、提督と目が合うと

「別ニ海底デ待ッテルカラ良イノデス。ゴハンモ何トカシマス!」

「そうは言ってもね・・・でも、それしかないなあ」

侍従長は北方棲姫の隣で微笑みながら言った。

「我々ハ攻撃サレナイト保証シテモラエルダケデ充分デス。ユックリ眠レマス」

だが、北方棲姫は提督を上目遣いに見ると、

「ア、デモ、コノ椅子・・・楽シイデス」

と、再びぽよんぽよんと跳ねていた。

提督は苦笑しながら、

「そんなに気に入ったのなら、差し上げますよ」

「ホント!?」

「長椅子とかソファとか、工廠長に明日辺り作らせましょう」

「ソレ、ポヨポヨ出来マスカ?」

「ぽよぽよ?」

北方棲姫は椅子の上でぽんぽんと跳ねた。

「ポヨポヨ!」

なるほどと提督は頷くと、

「それなら、そういう物を作らせましょう。思い切りぽよぽよ出来るように」

北方棲姫が目を輝かせてコクコク頷いたのは言うまでもない。

こうして深海棲艦との凄まじい共同生活が始まったが、この続きはまた別の機会に。

 

なお、これも秘匿事案となったので、またしても提督は何も評価されなかった。

「階級の1つ!勲章の1つ!せめて賞状の1枚でも出せないのですかっ!」

怒り狂った龍田は大本営まで乗り込んで警備兵をなぎ倒し、大和の部屋に殴り込んだ。

龍田のあまりの迫力と殺気に涙目になりながら大和は雷を呼んだ。

「本当に本当に申し訳無いんだけど、ダメ」

名誉会長にきっぱり言われた龍田は何も言えず、とぼとぼと帰ってきた。

その日の夜、鳳翔の店では

「まぁまぁ、私は気にしてないからさ・・」

そう言いながら提督が龍田に酒を奢るという珍しい光景が見られたのである。

 

 




次は事案後の光景、いよいよ木曾編の最終話。
18時配信予定です。
ええ、まだ固まってないなんて口が裂けても言いませんよ。


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木曾の場合(15)

少佐事案の翌日の夕方、鎮守府工廠近くの海上。

 

大本営から戻ってきた一行から、古鷹と加古は仕事場に寄ると言って分かれた。

今日の1800時には整備を済ませた船を出港させる約束だったからだ。

「いやー、大本営のゴハン、美味しかったねぇ」

「ほんとだねー」

ニコニコと満足気に帰ってきた古鷹と加古は、仕事場の中を見て呆然となった。

「ちょ!?」

「な・・なんで?」

緊急呼び出しを受けた時、入庫していた船は2隻だった。

どちらも軽い修理が必要で、クレーンで上げていた筈なのにどこにもない。

そして、加古は気づいた。

「バ・・バラバラに・・なってる・・」

多分船体のどこかだったなというレベルまで、文字通りバラバラになっていた。

ご丁寧に溶接箇所まで剥がされている。

もうショックで思考がまとまらない。

「だ、だだ、誰が・・こんな・・」

わなわなと震え始める加古の視線の先にある事務所から人影が現れた。

加古が目を見開いた。

「ちょ!最上!あんた!」

最上がその声で振り返ると、爽やかに笑った。

「やぁおかえり。早かったんだね」

「は、早かったんだねじゃないよ。これあんたの仕業?」

「これって?」

「船!バ、ババ、バラバラになってるじゃん!」

「あぁ、そうだよ」

「そうだよじゃないよ!何してくれてんのさ!」

「昨日提督からね、二人の代わりに船直しておいてって頼まれたのさ」

加古はグワングワンと大きく何度も頷いた。

「その通りです!その通りですよ!完全にバラせなんて誰も言ってないよ!」

最上はスパナを手に普段通り話し続けた。

「いやね、直そうとしたらネジ穴が僅かに広がってる所が幾つかあってね」

「そりゃこれだけ航海重ねてるんだからネジの1つ2つ」

「まぁ聞いてよ。3次元計測器にかけたら船体が前後端で11ミリも捩れてたんだ」

「それくらい曲がるよ・・普通だよ・・」

「で、他に無いかってバラしたら、設計で想定してない所が色々磨耗してるの!」

加古は涙が出てきた。色々諦めて現実を受け入れるしかない。

「・・・うん」

「だから補強しながら、磨耗状況の写真を撮ってたのさ!」

古鷹は頭を抱えながらよろよろと事務所に入っていき、加古は鼻を啜った。

「・・嬉しそうだね」

「もう素晴らしい資料だよ!自分の設計が航海後どうなるか見れるなんて!」

加古はへっと笑うと、最上を死んだ魚のような目で見つめた。

「それでね最上さん」

「なんだい?」

「そろそろ、返さないといけないんだよ」

「何を?」

加古はビシリと部品を指差した。

「この船を!航海出来る状態で!2時間後に!出航させないといけないの!」

「あは、無理に決まってるじゃないか」

加古は見る間に真っ赤になっていった。

「解るよ!解りますよ!さらっと言わないでよ!立つ瀬が無いよ!」

「まぁまぁ、話は最後まで聞いてよ」

「もう加古さん泣きたいですよ。いやいっそアンタ撃って良いですか?」

「だめですわ!」

加古が声のほうに視線を向けると三隈が腰に手を当てて立っていた。

加古の額にビシビシビシと太い青筋が走る。

「三隈ぁぁあああ!」

「なっ、なんですの!?」

「お前が付いていながら!付いていながらあああああ!」

「付いていましたし、提督から本日1800時までというお話も伺ってます」

「だったら!なんでこんな惨状許したですか!」

「ですから、新しい船をご用意したんですのよ」

「・・・へっ?」

最上がにこっと笑った。

「もうすぐ夕張が曳航してくるよ」

三隈が頷きながら言った。

「この2隻は研究用に頂く代わりに、新しい船を3隻作ったんですの」

「1隻は勧誘船のニューバージョンだよ。破壊されちゃったからね」

「新しい2隻の船体番号は虎沼様にもお伝えしてありますわ」

「提督にも許可貰ってるし、作るのに工廠の妖精達も協力してくれたんだよ」

加古はあまりのショックに放心状態でぺたんと砂浜に座り込んだ。

ロシアンルーレットで最後の1発まで空だった時より酷いショックだ。

「あ、船、あるの・・」

そこに夕張がピッピッと笛を鳴らしながら誘導してきた。

真っ白でピカピカ輝く綺麗な船体が2つ。

ドックに入った夕張は座り込む加古に気づいた。

「あ、加古さん帰ってたんですね。お疲れ様!どう、この船?いーでしょー?」

最上が首を傾げながら指差す。

「ほら、あれだよ。見ないのかい?」

事務所から飛び出てきた古鷹が、

「か!加古!加古!ふ、船!船あったの!?ねぇ?!」

と、ゆさゆさ揺さぶったが、しばらく加古は呆けていたという。

加古は思った。

このミッションどころか人生で最も心臓に悪い出来事だった、と。

そして誓った。もう不在時に最上には渡さねぇ。

 

そして少佐事案の翌々日の朝。

「・・・・・」

木曾は自室で対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を着たまま考え込んでいた。

どうしよう。北上が言った事を試してみるか?

今日はあれから初めて起こす朝だ。

大本営で泊まる事になったのでどうしようかと焦ったが、大本営の雷は

「こんなに頑張ったんだもの、たまには目覚まし無しで寝なさいな!」

と、自然に目が覚めるまで寝る事を許してくれたので、大本営を破壊しないで済んだ。

あれが毎日出来るなら良いが、それだと二人は昼過ぎまで起きてこない。

試すか?試すのか?あんな手を?

確かに寝ぼけないで起きてくれるなら今後本当に楽になる。

楽になるが・・・楽になるけど!

「・・・うー」

無意識に机の上に置いてあた眼帯を手に取り、ぎゅっと握りしめる。

眼帯は1度、裏の革の縫い目が解けてしまった事があった。

その時、木曾は加賀に頼んで小さな小さな提督の写真を売ってもらった。

写真を丸く切り抜き、裏の革に挟んでから縫い直したのである。

だから戦域の最前線でも、いつも提督と一緒。

縫い目がザクザクなのは気にしない。自分にはこれ以上出来ないし。

そんな極めて恥ずかしい理由だから死んでも誰にも言えないが、眼帯が大事な理由だ。

「ど、どうしたら良いかな、提督・・・」

眼帯を握りしめたまま呟いた後、きゅっと唇を結んだ。

1回ずつ、それぞれにやってみよう。1回だけなら、なんとか。

ダメならすぐ元の方法に戻す。

 

ガラリ。

 

毎度毎度脱力する光景だ。

だが今朝は、都合の良い寝相だった。

板の間で球磨と多摩が並んで寝ていたのである。

これなら1回で済む。

「・・・ふぅ」

だが、踏み出しかけてゾッとした。

いつも通り寝ぼけられたらダブルで投げられないか?

い、いや、提督の対姉貴用特殊スーツ(木曾曰く)を着てるんだ。

大丈夫。大丈夫。・・大丈夫?

車を真っ二つにする二人だぞ?

しばらく悩み、再び決意を固める。

そーっと足を踏み出す。

ふいっと、球磨が手をあげる。

びくりとして固まると、球磨はそのまま自分の腹をぽりぽりとかいた。

お、落ち着け俺。起こしに来ただけなんだ。いつもやってる事だろ。

ちょっと方法が違うだけ。違うだけなんだ。

そして木曾はそっと二人の耳の間に口を近づけると、

「お、お姉ちゃん・・・朝だよ。起きて」

と言った。

すると二人はバチンと目を開け、

「木曾!今なんて言ったクマ!?」

「なんかお姉ちゃんて聞こえたにゃ!ホントかにゃ!」

と詰め寄った。

木曾はあまりに早く目覚めた事に戸惑いつつも

「しっ、知らねえ。それよりランニング行くんだろ!さっさと支度しろよ!」

と、明後日の方を向きつつ、どすどすどすと大股で自室に戻っていった。

「ねー木曾ぉー、何て言ったクマー!」

「もう1回!もう1回言ってにゃー!」

二人はそう言いながらドンドンドンドンと木曾の部屋の戸を延々叩いていたが、そこに

「うーるさいわねー、ほら、起きたんだったらランニング行こうよ!」

と、通りかかった長良にせかされて渋々引き上げていった。

木曾は部屋の中で溜息を吐いた。

確かに一発で起きた。寝ぼけも何も無かった。

だが恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。今も顔が真っ赤なのが解る。

それに、長良が通りがかってくれなかったら、二人は言うまで戸を叩き続けただろう。

「両方良いのは頬被りだけってか・・」

中破上等のど根性体力勝負か、ガシガシ精神力を削られる羞恥プレイか。

なんでこんな究極の選択を迫られるんだ?

姉を起こすってそんなに凄まじい事なのか?

木曾は明日からどうしようと思いつつ、そっと机の上の眼帯を手に取った。

「提督ぅ・・どうしたら良いんだよぅ」

そう言うと深い溜息を吐いたのである。

 

同じ頃、北上と大井の部屋では。

「ね・・ねぇ加賀っち・・・」

「なんでしょうか?」

「もう夜が明けたよ」

「綺麗な朝焼けですね」

「大井っちが白目剥いて泡噴いてんだけど、提督とのイチャコラ話はまだ続くの?」

「ええ、あと2/3ほど残ってます」

「今までかかって1/3しか終わってないの?!」

「これでも解りやすいようにダイジェスト版でご説明してますが?」

薄れ行く意識の中で大井は思った。

幾ら北上さんと一緒とはいえ、こんな死に方は嫌だ。

もう二度と提督に「作戦が悪い」などとは口が裂けても言うまい、と。

 

 




8月の終わりと共に、木曾編(球磨一族編)終了です。
小説書いてるうちに夏も終わったよ・・

球磨姉妹は個人的には最も個性的な人々だと常々思っておりました。
なのでそれに負けないストーリーとキャストという事で、こんな形でまとめてみました。
文句なしのキングたる球磨多摩、異次元の北上夫妻、唯一真面目な木曾。
だから木曾さんが苦労人ポジションになるのは割と仕方ない訳です。
今後改善の見込みも薄そうですが、問題があれば提督に相談にいける。
そんなバランス関係です。

加古さんと古鷹さんはちょっと前にもご登場頂きましたが、もうちょっと足しておこうかなという事で、戦闘シーンと夕方のお茶目なひとコマを書きました。
三隈が居なかったらどうなってたんでしょう。
さすが提督。最悪の事態は回避するよう仕込んでます。

今回初めて出した物と言えば大本営周辺の町や列車の描写です。
当然フィクション100%の街ですが、こういう機会でもないと取り上げるのも難しかったので加筆しておきました。
駅とかは多分二度と出てきませんw
二度と出てこないといえば、大本営の大将直属艦娘達の戦闘シーンもきっと今回限りでしょう。

さて、珍しく次回お越し頂く方は決まってます。
これが公開される頃には・・
筆も進んでるかな。
進んでると良いな。
進んでて欲しいな・・

最後に改めまして、いつもコメントありがとうございます。
誤字や矛盾のご指摘については、本当に誤りの場合は順次直しております。
こちらもありがとうございます。
ちなみに睦月は最初から寮住まいが正でしたので、遡って直してます。
基本、鎮守府所属艦娘は全員寮生活です。例外は白星食品の従業員だけ。
他には無いよねとドキドキしながら読み直していたりします。
こんなドキドキは要りません。
ときめきは欲しいのにありません。
はぅ。


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雷の場合(1)

さて、天龍に続き、同じ艦娘の子を書き分ける事に再び挑戦します。
読み難かったらごめんなさい。



 

 

現在、鎮守府駆逐艦寮。

 

「いってきまっす!」

「いってらっしゃい!汚れたらすぐ言いなさいよ!」

雷は兵装を背負って遠征に発つ深雪達に手を振った。

 

ソロル鎮守府では駆逐艦、軽巡、雷巡は、専属者を除き遠征に出かける毎日である。

出撃はそれこそ少佐事案のような特殊な場合に限られていた。

遠征は輸送艦と護衛艦に分かれ、輸送は駆逐艦が、護衛は軽巡が対応する。

従って軽巡について駆逐艦が並んで航行する形になるので、駆逐艦を

「軽巡に引率されるお子様」

という事も多い。むしろそれが定着している。

もちろん皆様ご存じの通り、この言い草に最も敏感な暁は頬をぷっくり膨らませ、

「お子様じゃないって言ってるでしょ!」

と反論するが、言った方はその姿にますます目を細めつつ

「ごめんごめん。あーもーほんと可愛いわー」

そう言いながら頭を撫でまわす。すると暁は

「ナデナデしないでよっ!」

と、ますます反発する。

ただ、そう言いつつ手を振り払わない所を見ると本気で嫌な訳ではなさそうである。

提督は暁がお子様扱いされるのを嫌がる事を知っている。

だからお子様とは言わないが、遠征完了報告に行くと、

「うんうん、ありがとう。ほら、暁お姉ちゃんに配分を任せるから、仲良く食べるんだよ」

と、大袋入りの人形焼きやアイスキャンディをくれる。

飛び跳ねて喜ぶ暁を見て雷は思う所はあるが、姉は喜んでるしと何も言わなかった。

雷自身は子ども扱いされてもまぁそんなものだと受け入れている。

ある時、他の2人はどう思っているのだろうかと気になり、聞いてみた。

すると響は帽子をちょっと深く被りながら涼しげな目線を返し、

「子供特権をフルに使えば豊かな生活を送れるし、歓迎してるよ」

そんな達観した答えが帰って来たし、同じ場に居た電は遠征の準備の手を止めると、

「優しく接してもらえて嬉しいのです」

と笑って答えた。

姉妹でも色々な考えがあるものだと一人納得した雷であった。

 

ところで、雷は駆逐艦だし専属もしていないが極めて特殊な扱いになっている。

何故かを説明するより現在の雷を見てみよう。

「あぁ夕張!服はもう洗濯機に入れて!榛名は?そう、さすがね。菊月!シーツ出しなさい!」

このようにビシビシ指示を飛ばしつつ洗い物をどんどん回収している。

食事の時もこぼした子の対応をしたり、空席を指し示したり、常に歩き回っている。

「料理が冷めちゃうだろう・・ひとまず食べたら良いじゃない」

苦笑する提督から言われた時も肩をすくめつつも油断なく周囲を見回し、

「どうしても気になっちゃうのよ・・あ!こら!醤油は落ちないからすぐ脱いで!」

と、醤油をこぼした島風をぐいぐい押しながら洗濯場の方に消えて行った。

だから雷の昼御飯は具がしっかり入った特注のおむすびに変更された。

冷めてから食べても美味しいだろうから、と。

そんな訳で、雷は寝てる時も立ち止まらないとか、先祖はイルカだとか噂されている。

 

どこの鎮守府でも雷は良く働くと言われているが、司令官にべったりという事が多い。

しかし、ソロルの雷は鎮守府全員の洗濯と、共有部全ての掃除を引き受けている。

更に、制服に何かあると艦娘達はまっすぐ雷を訪ねる。例えば、

「雷さん、ここの糸がほつれちゃったんですけどお願いして良いですか?」

「解ったわ、貸しなさい!」

といった具合である。

他の艦娘でも、例えば時雨とかは縫い物程度なら普通にこなせる。

だから私服やパジャマは自分で縫ってしまうし、縫えない子達の分もやったりする。

制服だけ、皆が雷に頼むのは理由がある。

例えば雷に、先程のように糸がほつれた制服を渡したとする。

すると雷は服全体の状態を調べ、弱くなっている所をメモしてからほつれを縫って返す。

そしてメモを元に縫製の問題点と改善方法を付けて大本営の雷に手紙を送る。

大本営の雷は手紙を元に制服の縫製自体を変えるよう指示書を書き起こす。

これに大将が何も言わずにハンコを押すのでガチガチの正式な命令となる。

こうして次回届く制服は見た目は変わらずとも着易くなったり、丈夫になっている。

この仕組みを艦娘達は

「雷目安箱」

と呼んでいる。

ただ、雷はさっぱりしたもので、

「あの、直して頂いてありがとうございました。すごく着やすくなりました」

などと御礼に来た子達にも

「良かったじゃない!頑張ってね!」

と、にこっと笑って返すのみで鼻にかけない。

そんな訳で、艦娘達は長門に対するそれとは別の意味で全く雷に頭が上がらない。

正真正銘「鎮守府全員にとってのおかん」なのである。

遠征の免除自体も雷が頼んだ訳ではなく、

「遠征先で何かあったら一大事じゃない!」

と心配した他の艦娘達が相談して外す事にした。この申し出を雷は

「あら、嬉しいじゃない。毎日きちんと御洗濯出来るわ」

と、ニコニコして受け入れた。

寮と池の間にある広大な物干し場と隣接する洗濯場。それが雷の職場である。

その洗濯場の奥には畳の座敷とちゃぶ台、お茶のセット、ガス台やシンク等がある。

これも雷は何も言ってないが、工廠長や妖精達が

「洗濯場は使いやすい配置で、寮から最短距離にあって、適当に休める場所があって」

等と相談して設計したのである。

雷はこの座敷をいたく気に入っており、大体ここに居るか、どこかを掃除している。

一方、雷は放っておくと本当に1年中働いているので、

 

 ソロル鎮守府就業規則第58条 

 1)雷は以下の日に就業してはならない。

  ア)4月30日から5月5日

  イ)8月12日から15日

  ウ)12月28日から翌年1月3日

  エ)全ての日曜日

 2)雷は15日以上有休を取得する事。

  この日数に1項の休日は含めない。

 

と、決められた。

雷はこの規則を申し渡された時、洗濯物が溜まると言って大反対したが、提督が

「その期間は各自で洗濯させます。これは提督命令です」

ときっぱり言ったので不承不承従った。

規約に従い、初めての休みとなった4月末。

案の定、雷は

「あぁあ気になる・・それはネットに入れないと傷んじゃう・・それは先よ・・」

と、洗濯場の建物の陰から皆を見守っていた。

翌日も全く変わらなかったし、もう少しで洗濯場に飛び込みそうな勢いであった。

これじゃ休みにならないと艦娘達は溜息を吐いた。

その翌日、提督は雷を呼ぶと、

「大本営の雷さんを訪ねて日頃のお礼をしてきて欲しい。非公式だけどね」

と、龍田と文月に随伴する事を命じ、護衛は金剛4姉妹と伊19に指示した。

雷は提督の説明を聞きながらちらちらと洗濯場の方に視線を送っていた。

もう気になって気になって仕方がない。

今日はちゃんとネットに入れたかしら?襟の裏はブラシで擦ったかしら?

しかし、龍田と文月が行き、金剛達が警護するとなると公式以上の重要度だ。

何故自分がその場に呼ばれたのだろう。目安箱の件か?

いずれにせよ大事な用件だと解るし、とても断れる雰囲気じゃない。

雷が溜息を吐きつつ渋々頷いたのを見て、提督は言った。

「じゃ、皆、明日の朝出発出来るよう、準備を進めておくように。以上だ」

 

 



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雷の場合(2)

 

 

翌日午後、大本営応接室。

 

大本営に着いた龍田達は、真っ直ぐ雷達の待つ応接室に案内された。

金剛達が廊下で控える中、龍田、文月、雷の3人は室内に通された。

「いらっしゃい。よく来たわね」

応接室で出迎えた大本営の雷に、龍田達はビッシビシに緊張しながら敬礼した。

「はいっ!名誉会長様にお目通りが叶い、恐悦至極に存じ奉ります!」

「そんなに緊張しなくて良いわよ。わざわざお礼に来てくれるなんて嬉しいわ」

「はいっ!」

五十鈴がニコニコ笑いながら雷に話しかけた。

「あなたがソロルの雷さんね。制服への提案はいつも凄いと思っていたの。会えて嬉しいわ」

「あっ、ありがとうございます!」

「貴方のおかげで私の制服も随分良くなったの。礼を言うのはこちらの方よ」

大本営の雷は手紙の束を取り出した。

「仕様変更指示をかけると何通も艦娘達から礼状が届くの。これはあなたの功績よ」

「それは雷様が採用してくださるからです。いつも本当にありがとうございます」

そう言って雷は手紙を受け取り、1通1通目を細めて読んでいた。

手紙を読み終えた頃、文月は小箱を3つ、大和達それぞれの前に差し出した。

「これは、陸奥が皆様にと」

箱を開けた大和達は目を見張った。

「・・これは・・」

「なんて素敵なブローチ・・・」

大本営の雷が目を細めて問うた。

「何という名前の石なのかしら?」

龍田が答えた。

「雷様のはアウィナイト、大和様のはルビー、五十鈴様のはツァボライトです」

文月がにこりと笑った。

「どれもクリーンな大粒は大変珍しいとの事で、ぜひ皆様にと陸奥が申しておりました」

大本営の雷がくすっと笑った。

「こういう時、ポーズだけでも遠慮した方が良いのよね、本当は」

龍田は静かに微笑みながら頷いた。

「はい。ただし、カメラか口うるさい者が居る場合に限る、と教わりました」

大本営の雷はくすくすと笑った。

「あなたの記憶力は素晴らしいわ龍田。その通りよ」

そして箱を閉じると

「私と五十鈴はもう戻るけれど、大和は応対出来るわね?」

大和が頷いた。

「はい。雷様お任せください。」

「そういう訳で中座して申し訳ないけれど、皆さんはゆっくり羽を伸ばしてね」

大和は五十鈴を見て言った。

「五十鈴さん、中将の秘書艦をお願いいたします」

五十鈴は雷と共に立ち上がりながらにこりと笑い、

「任せておきなさい。ダーリンの事は良く解ってるから」

そう言いながら出て行った。

二人が出て行った後も緊張を解かない龍田達に対し、大和は

「ここじゃ落ち着かないでしょうから、金剛さん達もお呼びして宿に移りましょうか」

と言いながら、二人が土壇場で変な事をしなくて良かったと胸をなでおろした。

 

龍田達一行が車で案内されたのは、半島の先の小高い丘の上にある旅館だった。

半島全体が旅館の敷地であり、ふもとの入り口には警備兵の駐在所があった。

敷地内では兵士が巡回し、監視カメラやセンサーが張り巡らされている。

そう、ここは要人専用の旅館なのである。

車列の1台に大和を見つけた警備兵はすっと敬礼した後、脇のボタンを押した。

ブザーが鳴りつつ分厚い鋼鉄のゲートがゆっくりと開き、ガガンという音を立てて止まった。

大和がにこりと微笑みながら警備兵に頭を下げたのを合図に、車列は静かに入って行った。

 

雷はストレッチリムジンに乗るのは生まれて初めてだった。

落ち着いたサンドベージュ色の分厚い革で覆われた室内は濃密な高級感に溢れていた。

全く揺れない室内に、車は本当に動いてるのかと何度も窓の外を見たほどだ。

だが、雷は席の隅にシミを1つ見つけて以来、それをどうやって落とすか考えていた。

水拭きは・・されてるでしょうね。中性洗剤?それでだめなら革専用洗剤で・・いやいや。

半島の坂を上る間、大和が龍田に話しかけた。

「この宿は・・御案内した事ありましたっけ?」

「いえ、初めてだと思います」

「そうでしたか。ゆったりした雰囲気なので気が休まると思いますよ」

「それは楽しみです」

そして次に大和が放った一言で、雷の考えは中断された。

「5月5日の朝までゆっくりしていってくださいね」

「ええっ!?」

ソロルと大本営は通常の速度で航行すれば丸半日かかる。

提督に言われたのは5月2日の午後で、準備を済ませた後、翌朝早くに出航した。

だから今は3日の夕方だ。

ここから2泊もしたら鎮守府が洗濯物で埋まってしまうのではないか?

取り返しが付かなくなりそうな予感がする。

雷は弱々しく大和に反論した。

「え、あ、あの、明日の朝に帰るんじゃ・・ない・・の?」

大和はにこりと笑った。

「御来賓の方々を1泊なんかで追い返したら雷様に叱られてしまいます」

そう言いながら、大和は龍田と目配せを交わした。

 

もちろんこの訪問全体がでっち上げである。

龍田は何とか気兼ねなく休ませてあげたいと相談され、そのまま提督に持ちかけた。

「誰よりも働いてもらってるから、たっぷり確実に休んでもらいたいわねえ」

「うん、そうだね。でも、普通に宿を取ったぐらいじゃ途中で帰ってきそうだな・・」

提督と龍田は苦笑しながら相談を進め、

 ・大本営の招待という形で宿に案内する

 ・容易に帰れない所に建つ宿にする

 ・美味しい御馳走を楽しんでもらう

 ・観光旅行も手配する

という条件を大和に伝え、費用は全てソロルで持つから一芝居打って欲しいと頼んだ。

大和は最優先で検討し、この旅館ならシナリオも描けると回答してきたのである。

そして護衛班という事で呼び出され、詳細を聞いた金剛は

「Yes!役得デース!」

と小躍りした。

こんな無茶が通ったのは少佐事案から日も浅かった事もあった。

ただ、無茶は無茶なので、諸々の御礼として件のブローチを贈る事にした。

突然の事でも対応出来る贈り物を手元に用意してある辺りは、さすが龍田である。

ちなみに、大本営の応接室やリムジンは、大本営の雷ならにこりと笑いながら

「よろしくね」

と言うだけでいつでも使う事が出来る。

そこで反論しても大将のハンコ付指示書がすぐ出て来ると誰もが知っているからだ。

大本営の掟の1つである。

大和は昨日、書き上げたシナリオに許可を取るべく、五十鈴や雷に見せた。

二人は企画書を見て開口一番

「ソロルは面白い事考えるわね!同じ雷として嬉しいわ!」

「でも、折角あたし達も出るんだし、ちょっと面白味があっても良いと思わない?」

五十鈴の言葉に雷はきらりんと目を光らせると、

「良いわね・・リムジンの中にタクシーメーター付けとくとかどうかしら?」

「ワンメーター10万コイン位かしら」

「50m毎に上がるとかね。あ、応接室で皆でバナナ眼鏡かけて待ってるとかどう?」

「話し方だけ超堅いんでしょ?」

「もちろん!ギャップが強いほど面白いわ!」

「雷さん、いっそ一緒に行ってきたら良いじゃない」

「あははは!わざと同じ制服着て?そうね!制服久しぶりに袖通してみようかしら!」

「そのままソロル行って「どっちがどっちでしょー」って提督に聞くとかね!」

このようにノリノリで応じたそうである。

大和は驚きながらも

「真面目な企画なんです!五十鈴さん指示書書き換えないでください!雷様も!」

などと突っ込みまくっていたが、二人の意外な一面が見られた事が嬉しかった。

話は現在に戻る。

 

 



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雷の場合(3)

少々木曾編で飛ばしすぎて体調崩しちゃったので、本編から当面、6時と11時の2回の配信を上限とさせて頂きます。



現在、旅館正門前

 

雷は声を上げた。

「ほわぁぁあぁぁあああ」

出迎えた女将達は深々と頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました」

玄関ホールに立った雷は前後左右天地あらゆる所をぐるぐると見回した。

調度品は高級な事もさることながら、

「なんて綺麗に磨かれているの!この艶!素晴らしい!信じられない!素敵!」

と、隅々まで観察した。

女将はにこにこと笑いながら、

「調度品を褒める方は多いですが、掃除の仕方をお褒め頂いたのは初めてです」

そして雷に頭を下げ、

「ありがとうございます。清掃係の者もきっと喜びます」

と言った。

しかし、雷は御世辞で褒めた訳ではなかった。

これは自分より遙かに卓越した技能を持った職人が居るに違いない。

でなければここまでピカピカにならないと。

だから雷は迷わず言った。

「清掃係さんに会わせてください!」

女将は目を丸くした。

「ええええっ!?きょ、今日はもう帰宅しておりまして」

「なら明日で良いわ!ちょっとだけで良いから会わせて!」

「え、ええと・・・」

女将は困った顔で大和を見たが、大和が肩をすくめつつ頷いたので、

「それでは明日伺わせます。朝食後で宜しいでしょうか?」

「お仕事の合間、都合の付く時で良いですから!私があわせるわ!」

「い、いえいえ滅相もありません。それでは朝食後という事で」

「よろしく頼むわね!」

龍田と文月は全体を見回した。

明らかに掃除の仕方を教わる気満々の雷。

既にお土産を漁り始める比叡、榛名、そして伊19。

温泉の効能書きにガッツリ釘付けの金剛と霧島。

文月は深い溜息を吐いた。

「ちゃんと計画通り進むでしょうか・・心配です」

龍田と大和は目を合わせつつ、苦笑するしかなかったのである。

女将が会話が途切れたのを見計らって言った。

「では、お部屋の方にご案内いたします」

 

「この世の物とは思えませんデース!」

金剛が絶叫した通り、旅館の夕食は大変美味だった。

キラキラ輝く宝石の如く盛り付けられた料理を口に入れては、美味しさに箸が止まる。

目を瞑り、舌の上に乗る料理の素敵な味を、噛むのも忘れてしばし味わう。

「んふー・・」

ゆっくりと箸を進め、1つ1つの料理に舌鼓を打つ。

「大本営の人達は毎日こんな美味しい物を食べているデスかー?」

金剛の問いに大和はぶんぶんと首を振ると

「無理です!こんな豪華な御馳走滅多に頂けません!」

と、強く否定したのである。

そこでぽつりと伊19が

「タッパー持ってきたら良かったのね」

と言ったので、この台詞に面々はしみじみ頷いた。

仲居はにこにこ笑いながら

「全部は無理ですが、一部はお土産として売っておりますよ」

それを聞いた雷は、

「これ、お土産にあります?」

「ございますよ。鱈子ときくらげの炊き合わせでございます」

「ありがとう!きっと暁達も気に入ると思うの!」

なるほどと頷いた伊19達もこぞってお土産の有無を聞き始めたのである。

宴は進み、途中から日本酒も振舞われた。

料理は食事として食べても美味しいが、酒にも良く合った。

最初、金剛4姉妹は警備中だと断ったが、酒の銘柄を聞いて涙目になった榛名は許された。

幻の名酒だったらしい。

大和と差しつ差されつ酒を飲み進めながら、ふと榛名は聞いた。

「そう言えば、五十鈴さんは中将さんと仲良しなんですか?」

その途端、大和の手がピタリと止まり、表情がぎこちなくなった。

「あ、あは、そ、そうですね・・・」

だが大和の両脇に座っていた榛名と龍田は既にだいぶ酔いが回っていた。

その為大和の変化に気付かないまま、龍田は大和の盃に酒を注いだ。

「そうそう、さっきもさらっと変な事言ってたわよ~」

榛名が応じた。

「ほえ?なんですか龍田さん」

龍田がにやりんと笑いながら言った。

「ダーリンの事は良く解ってるから、とか言ってたわ」

榛名が目を丸くした。

「なんと!超アツアツじゃないですか!」

大和は左右から注がれるまま次々酒を飲み干していたが、やがて小声で何か呟き始めた。

「どうしたの大和ちゃ~ん?良い飲みっぷりねー、いっそコップで行っちゃう~?」

言いながら、どくどくどくとコップに注ぐ龍田。

それを掴んでぐいぐい飲み干した大和はしばらく下を向いていたが、ふいに顔を上げた。

金剛達、素面の面々はぎょっとした。大和の顔が真っ赤で目が座ってる!

完璧に出来上がってる!しかも悪い方向の酔い方だ!

「ヘ、ヘイ龍田・・そろそろ中将の話題はFinishって事で・・」

だが、既に大和のスイッチは入れかけていた。

「じょ~だんじゃないっれのよ~・・ヒック」

「何がですか?榛名、冗談は言ってませんよ~、あはは」

「仕事中もイチャコラ、食事中もイチャコラ、間近で仕事する身にもなれってのよ・・」

そこで龍田も気づいた。

「・・大和さん、積もる話があるのね?」

「積もってますよー、ミルフィーユ並みに積もってますよー」

「聞いてあげるわよ~」

大和はじっと徳利を見た後、鷲掴みにしてぐいっと一気飲みした。

比叡が

「や、大和さん!?そんなに一気に行ったら・・」

と目を白黒させた。

金剛は目を細めて頷いた。三十六計逃げるに如かずデース。

そして向かいに座る面々の膳を見た。よし、食べ終えてる。

金剛は静かに話しかけた。隣の面々を刺激してはならない。

「Hey雷、文月、伊19。お腹一杯になったデスカー?」

3人は金剛に返事をしながらも、真向いに座る大和の豹変ぶりから目が離せなかった。

「え?え、ええ、そ、そうね」

「い、今は、大丈夫、なんですけど・・」

「なんか・・この後嫌な予感しかしないのね・・」

金剛はニッコリ笑って言った。

「この旅館、良い温泉があるそうデース。今から一緒に行きませんカー?」

すると3人は渡りに船とばかりに

「そ、そうね、すぐ行きましょ!」

「ええ・・もうダメですよね」

「ぜひ一緒に入るのね!」

今が撤退のチャンスと本能で察した3人は、隙を見てそそくさと部屋を後にした。

霧島はその時、榛名に水を渡していたのだが、ふと気配を感じて金剛を見た。

その金剛がウィンクを返した時、意味を理解してぞっとした。

私に死地へ赴けと?!

「えっ!?こ、金剛お姉様?」

金剛は目を細めて頷いた。

「素面の警備係は必要デース。・・霧島、比叡、GoodLuckデース」

比叡は置いていかれると知り、涙目で金剛に訴えた。

「お、お姉様、見捨てないでぇ~」

しかし金剛はすいっと膝を立てると、爽やかに笑いながら立とうとした。

「とても残念ですが3人が待ってマース。Sorry、私は雷達の警・・クエッ」

勝利間近だった金剛の襟首を電光石火の速さで掴んだのは、金剛の隣に座っていた龍田だった。

右手で大和にお酌しながらの早業である。

「あらー、どこ行くのー金剛ちゃーん」

金剛は立とうと両腕をバタバタさせて必死にもがいたが、龍田の力は凄まじかった。

どさりと座らされる。進めない視線の先に見えるのは部屋の出口と・・

「きっ、霧島っ?!」

霧島は既に立っており、ふっと溜息を吐きつつ仕方ないという表情で首を振った。

「金剛お姉様・・龍田さんがお話されたがってます。それではしょうがないですよね」

金剛は事実を認めたくなかった。認めたら負ける!

「No!ここは霧島達に任せマース!」

だが、霧島は戦後処理に入っていた。

「比叡お姉様、金剛お姉様と一緒に警護、宜しくお願いします」

比叡は無邪気な笑顔で返事した。

「お任せください!金剛お姉様と2人なら頑張れます!」

金剛は未来を想定して真っ青になった。

「No!違いマース!温泉には私が行くのデース!お姉ちゃんの言う事が聞けないデスカー!」

霧島はすたすたと出口に向かいながら、何気なく選んだ席次に心から感謝していた。

大和達の向かい、雷達と並ぶ側に座っていて本当に良かった。

内履きを履き終わると振り返り、霧島は金剛に勝利の微笑みを投げかけた。

「この駆け引きにより、霧島の計画力、向上しました。感謝しますね~」

確定しつつある事態に対し、金剛はそれでももがいていた。

「き、霧島待つのデース!た、龍田!離して下さいネー!」

「あらー、金剛ちゃんも飲みたいのー?待ってねー」

「全然違いマース!あ!霧島!霧島ァァァアア!」

パタン。

金剛の叫びを扉の中に閉じ込めた霧島は、眼鏡を光らせながら雷達に微笑んだ。

「さ、温泉に行きましょうね」

雷達は逆らわずに頷きながら、戦艦同士の戦いは凄いなと思った。

良く考えると戦艦じゃない人も居たような気がするが、戦艦より強いから問題ない。

 

 



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雷の場合(4)

宴の最中、宿泊部屋の中

 

閉じたドアを見て金剛は涙した。

「うっうっ、敵地の只中で見捨てられマシター」

「あらぁ、金剛ちゃん捨てられたの~」

龍田の言葉に大和がびっくんと反応し、わんわんと泣き出す。

「そうですよ・・中将は・・中将は私を捨てたんですよ~うえぇぇええぇん!」

金剛は青ざめた。大破着底したら一晩中愚痴につき合わされそうな鬱積具合だ。

榛名はすっかり酔っぱらっており、ふよふよと揺れながら大和の背中を撫でた。

「大本営は男の人、他にも居るから良いじゃないですか~」

大和は顔を上げた。

「居れば良いってもんじゃないわよー」

「居なければ話も始まらないですよ~?」

「そ、それはそうだけど・・」

金剛はこの話の流れに閃いた。

大和を中破の内に不発化させるチャンス!

さっさと収束させて温泉に突撃し、霧島をバックドロップで湯に沈めマース!

金剛は爆弾処理班のごとき慎重さで言葉を選んだ。一言でも外してはならない。

「大和は魅力的なのデース!だから今後赴任してくる司令官とLoveLoveするデース!」

「そ、そう、かな・・」

大和の目に生気が戻ってきた!

だが、そこで比叡が

「でも、好きな人の傍に居るとその人ばかり見ちゃいますよね」

と言い放ち、明るくなりかけた大和が途端にどろんとした顔になる。

「そうよ。私は中将が好きだったのに・・好きだったのにいいいぃい!」

金剛は比叡を心から呪った。

だが、比叡を非難しようとした口は龍田が押し込んだ徳利によって塞がれた。

「お待たせー、飲み足りなかったんでしょー?じゃんじゃん飲みなさーい」

「うぼべばぶぼべ!」

金剛は慌てて逃げようとしたが、龍田にヘッドロックされてしまった。

「ほらこぼしちゃだめよー、たんと飲みなさいな~、うふふふふふ」

ついに息が続かなくなり、金剛はごくごくごくと飲んでしまった。

金剛は目を見開いた。なぜなら超の付く下戸だからだ。

紅茶は大好きなのにロシアンティーを嗜まないのは少量のウォッカでも酔うからである。

徳利1/3ほど飲まされてしまった金剛は、途端にぽやんとした目になった。

「・・うー?」

「あはははっ!金剛ちゃんも提督に思ってる事、ぶちまけちゃいなさーい」

金剛はヒックとしゃっくりをしていたが、見る間に顔が真っ赤になった。

そしてぽつりと話し出す。

「・・テートクは・・ハレンチデース」

「ハレンチっていうとー?」

「愛する女の子は1人に絞るべきデース!一人をずっと真剣に愛すべきデース!」

「その一人と言うのは~?」

金剛はむんずと腕に力こぶを作った。

「勿論私デース!」

だが龍田は、自分の左手人差し指に嵌った指輪をくるくる回すと

「まだケッコンカッコカリもしてないし、求婚されてもいないんでしょ~?」

と、強烈な一撃をかました。

「はぐあっ!」

そしてそれはまたしても

「・・そうよ。どうせ私は求婚されてないしケッコンカッコカリもしてないわよぅ」

と、大和にまで着弾してしまった。もう轟沈寸前である。

比叡はようやく、収拾がつかない状況へと突入している事に気が付いた。

な、なにか・・何かフォローしないと。金剛お姉様が大変な事に!

とっさに言い放った言葉は、

「カッ、カッコカリじゃなくて、いきなり結婚というのもアリじゃないでしょうか!」

何か訳解らない事を言ってしまった。しまったと比叡は思った。

しかし、大和はその言葉がいたく気に入ったらしく、目をキラキラさせると

「・・そうよね。仮なんてどうでも良いわよね。婚姻届出しちゃえば勝ちよね!」

「そうです!その意気です大和さん!」

「そうよ。私は世界最大の戦艦よ。カッコカリなんて気にしなければ良かったのよ!」

そして榛名が頷いた。

「全くその通りです!提督と婚姻届を出すのは私です!」

金剛は榛名に反論しようとしたが、既に酔いは強烈な頭痛に変化し始めていた。

「ア、アイタタタ・・・頭痛薬飲みたいデース」

龍田は酔っぱらい特有である、中途半端に聞いた言葉を鵜呑みにした。

「飲みたりない?あらぁ、ごめんなさいねー」

「ちょっ!酒じゃな・・・うぶぼべば!」

金剛は再び酒をごくごく飲まされながら思った。今夜はツイてない。

そしてそのままバタンと倒れてしまった。

 

酒宴只中の頃、雷は中庭を見渡せる露天風呂に浸かっていた。

湯はどうしたらこうなるのかという位にまろやかで柔らかく、森の中のような芳香がした。

「んひょうえー」

発してから変な声だと気付き、慌てて顔半分まで湯に浸かる。

霧島達はまだ体を洗っていて気付かなかったようだ。

良い。

本当に気持ちが良い。溶けそうだ。

何だこの風呂は。

中庭には立派な柳を始めとした木々と草花が丁寧に植えられている。

剪定も見事であり、これを見ながら湯に浸かるとはなんて贅沢なのだろう。

雷は空を見た。

ここではソロル程満天の星空ではないが、幾つかの大きな星は同じように瞬いている。

「電や暁は今夜も遠征かな・・響は残業してるのかな・・」

 

そう。

 

雷が掃除や洗濯を頑張っているのは、それが自分の仕事だと思っているからである。

艦娘達や提督、工廠や食堂の皆が気持ち良く働くには、清潔な職場と装いが不可欠だ。

他の子でも出来るけれど、自分がまとめてやる方が効率が良い。

提督は清掃や洗濯もそれぞれ班当番に入れれば良いと言ったけれど。

ふっと笑う。

きっと自分が教え始めると、細か過ぎるとか厳し過ぎると言われる。

嫌われたくなくて妥協すれば自分がその中で過ごす事が気に入らなくなる。

だから提督の申し出は断って、全部自分でやっている。

正確に言えば、自分と、自分に乗船している妖精達で。

自分の気に入るようにしっかり洗い、しっかり掃除する。

綺麗になった洗濯物や部屋を見ると本当に清々しい気持ちになる。

皆には感謝されているけれど、自分では自分のわがままを通しているだけだと思う。

だから一生懸命働くのだ。わがままを許してくれる皆の為に。

湯船を見る。

きっとこの宿は、提督か龍田が考え出した計らいだろう。

鎮守府から誰か訪ねてくる度にこんな宿に2泊もさせたら大本営が破綻するし、大和自身

「無理です!こんな豪華な御馳走滅多に頂けません!」

と言ったではないか。

・・だからこそ。

湯船から拳を突きだす。

「絶対掃除の極意を掴んで帰るわよっ!」

雷は笑った。滞在中の目標が出来た!

その時、霧島がちゃぷんと湯船に入ってきた。

「んおー・・・良いお湯ってこういう事なんですねー・・うぉー」

「変な声出ちゃうわよね」

「はい。これは出ますね。ところで雷さん」

「なにかしら?」

「雷さんは今でもお掃除の技術とか素晴らしいのに、どうして更に学びたいんです?」

雷はちょっと考えた後、

「いつまでも綺麗な鎮守府であって欲しいじゃない!」

と、ニカッと笑いながら答えた。

 

 




またまた誤字訂正しました。
というか完全に間違えてました。
お恥ずかしい限り。ご指摘感謝ですよ。


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雷の場合(5)

艦これのツボは、穴だらけで矛盾に満ちた設定にあると私は思っています。
艦娘の航行の仕方も滑る、走る、艦船の形に戻る等、様々な論が展開されておりますが、そもそも艦娘の存在自体矛盾に満ちています。
でも、艦これやその周辺は、今とても面白い。エンタメとしては正しいわけです。
私は現状で良いと思いますので、このSSでも面白さを最優先としています。
だから矛盾があるという指摘はその通りですし、その解消は難しい。
いわゆる書き間違いは訂正しますが、膨大な矛盾との対峙は避けます。
理由は簡単。私が下手なので、そこに拘ると話がシラけちゃうのです。
矛盾無く面白い話が書ければ良いのですが、私の能力では無理なので、もうそこはゴメンとしか言いようがありません。



宴の後、真夜中の宿泊部屋

 

霧島は皆を連れ、売店やゲームコーナーで十二分な時間を過ごしてから部屋に戻った。

夕食の膳は下がっていたが、

「・・酒臭っ」

鼻をつまみながら霧島達は窓を開けた。

爽やかな空気が部屋に満ちていく。

「あー、気持ち良いわねー」

そして部屋の床を見た。

金剛は酔い潰されたのだろう、大の字にひっくり返っている。

比叡はその姉に寄り添うように眠っている。いつもの光景だ。

龍田は徳利を握り締めたまま大和にもたれかかって寝ている。凄いなこの人。

榛名はいつもと変わらない寝相で寝ている。またマイペースに飲みましたね?

霧島は溜息をつくと、

「そっちの布団が空いてるから、皆で詰めて寝ましょう」

といい、酔った面々に触れる事無く眠りについたのである。

 

「お粥がこんなに美味しいとは・・最高デース」

金剛はガンガンする頭痛と戦いながら、朝食の粥に感謝していた。

「金剛様、頭痛薬をお持ちしました。食後に服用なさってください」

「ありがとゴザイマース」

仲居から薬を受け取ると、金剛は3膳目の粥をよそった。

ゴマや人参、ひじき、野沢菜とかが細かく切られて沢山入っている。

「お粥食べるだけで栄養満点ネー・・あいたたたた」

ふと榛名を見ると全てのおかずをもりもり食べている。

龍田もいつも通りだ。

大和は・・あ、私と同類だ。頭痛薬貰ってるし。

その時、視線を感じた大和は金剛を見た。

金剛は粥の椀と頭痛薬を持って苦笑した。

大和も苦笑を返した。

二人の間に強い絆が生まれた気がした。

一方、雷達は霧島の差配に心から感謝していた。

「命の恩人よね」

「ありがとうなのね!」

「九死に一生を得ました」

そんな事無いですと手を振りながら、チクチクと良心の呵責に苛まれる霧島であった。

 

「失礼致します。清掃係でございます」

「お待ちしてました!お忙しいのにごめんなさい!」

「いえいえ、こちらこそお待たせしてすみませんでした」

これまた素敵な朝食の後、雷達の部屋に清掃係が訪ねてきた。

温和な表情の、初老の男性だった。

だが、雷はその手を見てすぐに職人だと見抜いた。

親指と人差し指が少し湾曲しているし、つやつやしている。

「・・・・」

雷は黙って清掃係の手を取り、じっと見た。

その手には指紋が無かった。

つやつやしていると思ったのは指紋が擦り切れていたのだ。

「あ、私にご用件と伺ったのですが・・・」

戸惑いながら尋ねる清掃係に、雷は真っ直ぐ目を見ると、

「無茶は承知の上でお願いします。掃除の仕方を教えてほしいの!」

龍田と大和は同時に溜息を吐いた。やっぱり。

文月はおずおずと雷に言った。

「あの、ここには掃除の研修に来た訳ではなくてですね、骨休めを・・」

雷は文月に向き直ると、にこっと笑った。

「昼間しっかり動いた方が夜はたっぷり眠れるし!」

「あ、あの、観光名所とかを回るのも良いかなって」

「こんな素敵な職人さんが居るのよ!技を見せて頂きたいわ!」

「わ、技というような物ではございませんよ、愚直に拭いているだけでございます」

雷は清掃係に向き直ると、じっと目を見ながら言った。

「絨毯に嘔吐物」

ピクリと清掃係が反応する。雷はそのまま続ける。

「・・・どうされます?」

清掃係はそっと答える。

「次亜塩素酸ナトリウムを混ぜた大量の塩をかけます」

「感染症予防の為ね。続けてください」

「はい。固まったら箒とちりとりで掬って取ります」

「固形物にしてしまうのね」

「はい。次に絨毯用洗剤を入れたぬるま湯をかけながら、亀の子たわしで」

「たわし?」

「ええ、たわしで軽く叩きつつ、手首を捻るように掻き出すと奥の汚れも浮きます」

「それで?」

「浮いて来た汚れは湯ごとちりとりで掬って捨てます」

「それで?」

「汚れが目立たなくなった後、水気を取り、重曹を少し入れた水で絞った雑巾で叩きます」

「何故重曹を?」

「嘔吐物は強酸性で絨毯の芯に残ります。だから重曹で中和して酸化を防ぐのです」

雷はにやりんと笑いながら、文月に振り返った。

「どう?これだけのノウハウを持ってる職人さんなのよ!」

文月はがくりと頭を垂れた。雷の目はキラッキラだ。もう説得は無理だ。

確かにこの旅館をここまで綺麗に維持している清掃係は職人に違いないが。

龍田は文月の肩をポンと叩いた。

「好きにさせてあげましょう」

「そ、それで良いのでしょうか?」

「楽しい事をしていれば気分転換になるでしょう。あの、清掃係さん」

「は、はい」

「ご迷惑をおかけしますが、お仕事の邪魔にならない範囲でご対応頂けませんか?」

「よろしいんですか?」

「ええ」

清掃係はにこにこ笑う雷に向き直り、微笑んだ。

「それでは、何なりと聞いてください」

 

「良いわよ!皆は行ってらっしゃいな!」

主賓が出かけない以上、観光旅行は中止にしようと龍田は言ったが、雷は首を振った。

「私は遊園地のアトラクションに乗ってるような物よ!皆も遊んできて!」

そう言うとすぐに清掃係に向き直り、

「で、こういう細い所はどうやって磨くのかしら?綿棒?」

「そういう所はですね、竹串にTシャツの・・」

と、二人の世界に入って行ってしまった。

まさか全員でぞろぞろ清掃係の後をついて行くわけにもいかず、龍田は苦笑すると、

「まぁ、この旅館の中なら安全かしら、ね」

大和が頷きながら

「念の為大本営の警護艦娘を2名、こちらに向かわせました」

そう言ってくれたので、

「じゃ、私達は予定通り観光旅行に出かける準備をしましょうか。手配もしてるし」

と言い、金剛達は強くガッツポーズを取ったのである。

 

「それでは雷さんの事、お願いします」

到着した警護艦娘が高LVの熟練者である事を確認した龍田は、二人に頭を下げて頼んだ。

「お任せください」

「深海棲艦から暴漢まで、あらゆる者からしっかりお守りします」

二人はピシリと敬礼して応じた。

 

そしてその日の夜。

比叡は

「ほんと、高層ビルから見る景色って素晴らしいですね!」

雷は

「デニム生地で擦ると鏡のウロコ汚れが簡単に落ちるなんて知らなかったわ!」

と言った後、

「来て良かったわー」

とハモっていた。

観光から帰った龍田が女将に確認したところ、

「お昼ご飯もそこそこに、本当に丸1日、掃除のあれこれを尋ねてらっしゃいましたよ」

と、笑っていた。

聞けば雷に相手をしているのが最も長く居り、清掃係を束ねる室長を務めているらしい。

「ほ、本当にお仕事に邪魔をしてしまって申し訳ありません」

龍田は謝ったのだが、女将はにこにことしたまま手を振り、

「あの者の名前は室峰というのですが、大層喜んでおりましたよ」

「喜んで・・いた?」

「雷様はとても勉強熱心な方だ、そんな人に私の技術を認めて貰えて嬉しい、と」

「そうでしたか・・」

「なので、雷様をお叱りにならないでくださいね」

龍田は苦笑しながらも

「解りました、そのように提督には伝えておきます」

と返したのである。

 

 




嘔吐物の処理方法も含め、書いてある事はフィクションです。実際に試して効果が無くても作者は責任を持てません。
折角なので科学的に中和出来る物に置き換えてみました。お酢じゃ無理でしたね。
またまた誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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雷の場合(6)

出立の朝、旅館正門前

 

「んー!本当にリフレッシュしたわー!」

旅館の玄関でむーっと伸びをする雷に、龍田と文月はほっとした表情を浮かべた。

当初の目標は達成したようだ。手段は全然違ったけど。

皆がリムジンに乗り、大和がドアを閉めようとした時、

「ちょっと待って!」

雷はぴょんと車を降りて女将にとててと駆け寄ると、

「名刺を頂いて良いかしら!」

と言い、1枚貰うと、

「ありがと!室峰室長にもよろしくね!」

と、手を振りながら車に戻ったのである。

女将は深々と頭を下げて見送った後、にこにこと笑いながら戻って行った。

本当に可愛い艦娘さんでした。

 

「はーい提督、雷、帰還したわよ!」

「御帰り。休みの最中に御使いを頼んですまなかったね」

雷は提督をじっと見た。

「・・ん?なんだい?」

しばらく提督と見つめ合った雷はにこりと笑い、

「良い旅だったわ!提督、皆、本当にありがと!」

と言った。

提督はふむと苦笑しながら、

「御見通しか。ま、元気になったようだし、良かった」

「ええ!元気いっぱいよ!」

「・・・その、元気いっぱいの雷さんに報告があってね・・」

「何かしら?」

「あ、いや、明日にしよう。な?」

「え、ええ。良いけど・・・」

「とりあえず大本営との往復で疲れたろう。ゆっくり風呂にでも・・あ」

「何かしら?」

「い、いや、なんでもない。なんでもないよ。今日はもう寝ると良いよ」

「え?お風呂入るわよ?」

「そ、そうだ!私の部屋の風呂を使いなさい!もちろん私は外に出てるから!」

雷は思い切りジト目で提督を見つめると

「・・・何があったか、おっしゃい」

「はい」

 

「なっ・・・なにこれぇぇぇ!?」

雷の絶叫が響き渡ったのは艦娘達の風呂場であった。

「誠に申し訳ございません。心からお詫びいたします」

脱衣所で三つ指をついて土下座しているのは足柄と那智であった。

妙高と羽黒も後ろで頭を下げて立っていた。

それは雷達が帰港する、ほんの1時間前の惨劇だった。

時は昼前に遡る。

ついに妙高4姉妹は大鳳組に(僅差で)勝った。

妙高達はそれまでの辛酸の数々を思い出し、感無量であった。

万歳五十唱で止まれば問題無かったのだが、足柄は那智を誘って昼過ぎに鳳翔の店へ入店。

隼鷹や高雄まで呼び出し、飲めや歌えやの大宴会を繰り広げたのである。

隼鷹達はまだ明るいからと軽く飲んで帰ったが、二人は更に機嫌よく盃を重ねた。

やがて鳳翔に夜まで閉店と言われ、二人は酩酊状態のまま風呂に突入。

最も入浴者が多い夕食直前の時間帯だった事が更に災いした。

二人は千鳥足で脱衣所をうろついた揚句、かごの中の着替えや艦娘達に次々と嘔吐。

阿鼻叫喚の大騒ぎとなり、駆け付けた長門と陸奥が二人を取り押さえたのである。

取り押さえた事で被害の拡大は阻止したが、相当数の制服が被害を被った。

制服の替えは各自持っているが、大量の洗濯物が発生。

さらに脱衣所は清掃完了まで閉鎖とされたのである。

「・・・・・」

すっかり素面に戻った足柄は、土下座したままそっと雷の足元を見上げた。

雷がぷるぷる震えてるのが見えたのですぐに顔を戻した。

ヤバい。おかん相当怒ってる。

「まったくもう!しょうがないわね!」

くいと腕まくりをした雷は、

「足柄!那智!」

「はい!」

「大きいほうの湯船に10cm位お湯を張って、制服を全て入れなさい!」

「はい!」

「妙高!」

「はい!」

「間宮さんの所に行って重曹を持ってきて」

「はい!」

「羽黒!」

「はい!」

「洗濯場から汚れ落としのブラシと衣類洗剤を持ってきて!」

「はい!」

「帰って来た早々!まったくもう!」

羽黒は戸口で靴を履く時に、ちらりと雷が見えた。

雷はとても生き生きと足柄達に指示していた。

本当に洗濯や掃除が好きなんだなとくすりと笑いつつ、洗濯場に駆け出した。

 

「い、雷様、こっちの制服、全て干し終えました」

雷は物干し場で足柄と那智が干した物を見て頷いた後、

「後は朝には乾くから畳んで皆に返すのよ。ちゃんとお詫びの言葉を添えてね!」

足柄ががりがりと頭を掻いた。

「はい。そうします」

那智は雷に頭を下げた。

「雷、すまなかった」

雷はにこっと笑い、

「これだけあると畳むの時間かかるから、二人は0300時起きね」

足柄と那智は声を揃えた。

「0300時!?」

雷は星空を見て言った。

「夜風があるからギリギリ乾くと思うわ。乾かない物だけガス乾燥機に入れましょ」

二人は絶句した。おかん本気だ。

「あ、は、はい」

「もう2100時になるから寝なさい。起きられなくなるわよ?」

「そ、そうします・・」

とぼとぼと去っていく二人を見つつ、妙高は雷に言った。

「あの、私達もまた手伝いますから、0300時起きは・・」

雷は妙高を見ると

「いいえ。今回は影響が大き過ぎるわ。畳んで謝る所まで二人にしっかりやらせます」

「は、はい」

「でも、明日の教育は代わってあげてね」

「わ、解りました」

「受講生の皆に迷惑かけちゃダメよ?」

「すみません」

心配げな妙高の腕を雷はぽんぽんと叩くと、

「どうせ二日酔いで午前中にはバタンキューだろうから、残りはあたしが代わるわよ」

「・・御見通しですか」

「勿論」

妙高は頭を下げた。

「すみません。宜しくお願いします」

「まっかせなさい!」

 

こうして再び0300時に集められた二人は黙々と洗濯物を畳んだ。

既に二日酔いの頭痛は始まっており、畳み終えたのは朝食後だった。

「皆部屋に居るし丁度良い時間よ。行きましょ!」

畳まれた大量の洗濯物を詰めた大籠を幾つも持ちながら、雷は二人の先頭に立った。

二人はだいぶヘロヘロだったが、だからこそ。

「ほ・・ほんとにすまなかったな。洗い終えたから返す」

「ごめんなさい。受け取ってくれるかしら?」

「お二人とも顔色真っ青ですよ!?い、良いですから早く寝てください!」

と、批判らしい批判も無く配り終えたのである。

雷は妙高達の部屋まで二人に付き添い、部屋に入ると言った。

「お酒は程々に。もう呑まれちゃダメよ?」

「う、うむ。反省した」

「ごめんなさーい・・」

「じゃあその服脱いで」

「へ?」

「汗かいたでしょ。洗っといてあげるわよ」

「で、でも、これから講義が・・」

「今日の二人の講義は妙高さんと羽黒さんが代わってくれたわ」

「そうなのか?」

「そうよ。二人に感謝しなさい。さぁ脱いだ脱いだ!ほら脱いだら寝る!」

「あ、ああ。実は二日酔いの頭痛が酷くてな・・」

「私も・・」

「そんなの御見通しよ。さぁ寝なさい。御昼はお粥持ってきてあげるから!」

「恩にきる・・」

「・・ありがと」

雷は布団に入る二人を確認し、両手を腰に当てると、

「まったく、しょうがないわね!」

と言うと、それぞれの部屋の洗濯物を拾いつつ洗濯場に帰って行った。

 

 



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雷の場合(7)

旅行の数日後、鎮守府の廊下

 

雷は心行くまで室峰室長直伝の方法で掃除していた。

教えてもらった方法は実に早く、綺麗に、汚れがつきにくかった。

ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、室峰室長とのやり取りを思い出す。

「掃除は趣味ではない限り、最短の解を施して手早く済ませる事が最善です」

「最適より最短?」

「その通りです」

「汚れが残っても?」

「そんな掃除の仕方は選択肢に入れません。簡単で綺麗になる方法を取るのです」

「方法が無かったら?」

そこで我に返る。

最後の1ヶ所を拭き終えると、ぎゅ~っと伸びをし、腰を叩く。

「・・・さてと」

洗濯場に戻って来た雷はポケットから数枚の紙を取り出し、ちゃぶ台に乗せた。

数日間、清掃時にずっと確認していた事がある。

先程の最後の問いに対し、室峰室長は悪戯っぽく笑って答えた。

「綺麗に維持出来るというのは、綺麗にしやすい素材で家を建てておくとも言えます」

雷はしばらくぽかんとした後、ポンと手を打った。

「掃除がめんどくさい素材は使わないって事ね!」

「仰るとおりです。使われていたら、リニューアルの時とかに入れ替えてしまうのです」

そう。雷が観察していたのは、その場に使うには相応しくない素材、だった。

メモを丁寧に文書に起こすと、雷は工廠に向かった。

 

「なるほど。確かに入り口近くに鉄の部品だからすぐ錆びる、か。もっともじゃの」

「でしょ。メッキした真鋳かステンレスに変えてくれないかしら」

「ふむ、それくらいならすぐ出来るわい」

「あとね、この辺りなんだけど・・・」

 

こうして2週間が経った。

雷は物憂げな表情で、ちゃぶ台でへちゃっと伏せていた。

「うー」

そこに提督が秘書艦の加賀と訪ねてきた。

「雷、ちょっと話しても良いかな?」

「えっ!?呼んでくれれば良かったのに!」

「忙しいだろうと思ってね。これお土産ね」

そう言ってカステラの包みを受け取った雷は

「お茶を淹れるから飲んでいって!」

「ははは。じゃあ御馳走になろうか、加賀」

「はい」

 

「雷、大本営というか旅館で掃除を学んだんだって?」

「だ、誰から聞いたのよ」

「龍田だ。最近凄く室内がピカピカになったなと思ってね、聞いたんだよ」

「そうなの」

「なのに・・あまり満足気じゃないね」

「・・ねぇ提督」

「なんだい?」

「どっか掃除出来る所ないかしら?」

「へ?なんで?」

「足りないの!」

「この広い鎮守府の共有部を一人でやってるってだけで相当だぞ!?」

「足りないの!もっと掃除したいの!」

「どうしたっていうんだい?」

「・・旅館でね、清掃係の人に色々教えてもらったの」

「うん」

「その通りやったら短時間で綺麗になるんだけどね」

「良いじゃない」

「あっという間に終わっちゃってつまんないのよ」

「おおう」

「かといって綺麗な所をさらに掃除するなんてバカバカしいじゃない?」

「まぁな」

「だからどこか掃除したいの!」

提督はふうむと考え込んだ。

今日は綺麗に維持してくれている事に感謝しに来たのである。

まさかもっと掃除させろと言われるとは思ってもみなかった。

雷が掃除していないのは、各自室と提督室である。

各自室は艦娘達と提督自身が、提督室は秘書艦の持ち回りである。

「とりあえず、提督室でもやってみる?」

「やる!」

「それで気がすむなら良いけど・・・」

という訳で。

 

「はーい提督、今朝も掃除に来たわよ。ほら出て出て!」

と、毎朝追い出されては15分位で呼び戻される。

そこにはピッカピカに輝く提督室が待っており、更に。

「本棚に入ってたお菓子は机の上に出しておいたわ。賞味期限切れのは捨てたからね?」

と、仕舞ってある1つ1つまで管理されるようになった。

こういう所までおかんである。

だから赤城が秘書艦の日は掃除が済むまで二人で廊下で睨みあいとなる。

なぜなら掃除が終わった後、提督室に争うように飛び込み、

「落ちてた羊羹頂きました!」

「机の上に置いてあるだけで落ちてない!」

「誰のか解らないので頂きます!」

「間違いなく私のだ!こら!食べるな!」

と、無茶苦茶な理屈で強奪されるのを阻止する為である。

だが、それさえも、

「うー、もっと掃除したーい」

雷は慣れてしまったのである。

 

そんなある日の夕方。

「あ、あの」

洗濯場を訪ねてきたのは、受講生の艦娘だった。

「あら、服でもほつれたの?貸しなさい。縫っといてあげる」

「いえ、違うんです」

「そんな所に居ないで入りなさいな。どうしたのよ?」

「あの、お掃除の仕方を教えて欲しいんです」

雷は首を傾げた。

その艦娘が言ったのはこういう事だった。

艦娘として教えられるのは軍隊生活と戦い方である。

そこは教育方が教えてくれるが、料理や掃除洗濯などは対象に入ってない。

「わっ、私、人間になる予定なんです。家事も知りたいんです!」

ふぅむと雷は顎を撫でた。

他の人がやってる掃除を咎めれば嫌われると思ってしてこなかった。

でも、教えて欲しいと言われれば断る理由はない。

何より、掃除したい掃除したいと暇を持て余すより良いではないか。

「おせんべ食べる?」

「頂きます。それで、如何でしょうか・・・」

「どのくらいの子達が教えて欲しいのかしら」

「しゅ、周囲では何人か、教えてくれたら良いねって子がいます」

一人じゃない、でもどこまで学びたいかが見えない。

雷はせんべいを1枚食べ終えると、うむと頷いた。

「ちょっと一緒に来てくれるかしら?」

 

雷達が向かった先は教育棟の事務室だった。

部屋では妙高が採点作業をしていた。

「妙高さん!」

「あ、雷さん、先日は足柄達が本当にお世話になりました」

「良いの良いの、気にしないで」

「今日はどのようなご用事ですか?」

「ちょっと知恵を貸して欲しいのよ」

 

「なるほど」

妙高は受講生と雷の話を聞いて頷いた。

「それでしたら、そちらの方と教科書を作ってみては如何でしょう?」

「教科書?」

「ええ。正確には何を教えるかという事です。教えるべき事は教わりたい事です」

「・・なるほど」

「教えたい事だけで説明すると、それが教わりたい事でなければ退屈な授業です」

「そうね」

「だから教わりたい事を知っている子と教科書を作れば効果的です」

「なるほど!」

「結果の分量が多ければ、それを入門、応用、上級編と分けます」

「そっか。どこまで学びたいかを選べるものね」

「はい。そういう感じで如何でしょうか?」

「凄く勉強になったわ!でも、そんなに手伝ってくれる?」

雷は受講生を見た。受講生はにこにこ笑い、

「もちろん!色々教えてください!」

と言い、雷と強く握手した。

 

教科書を作り始めて2ヵ月後。

雷と受講生の二人は教科書の原稿を手に提督室に向かった。

教科書のタイトルは

「お掃除とお洗濯の基本!これで楽してピッカピカ!」

である。

提督は最終稿を最初ペラペラとめくっていたが、

「へぇ・・食器用洗剤で・・ほほぅ、なるほど。・・ほおう!」

次第に食い入るように読み始め、秘書艦だった長門から、

「しっかり読むのは後にして、まずは雷達を労ったらどうだ?」

と、苦笑された。

「そ、そうだったそうだった。すまんな雷」

「良いのよ。お掃除に興味を持ってもらえるのは嬉しいもの!」

「これを後は製本するんでしょ?」

「そうよ」

「表紙はどうするんだい?」

「タイトルはそこにある通りよ?」

「青葉に頼んでさ、掃除する姿を撮ってもらったら?」

「掃除する姿?」

「雷は楽しそうに掃除してるじゃない。きっとイメージが伝わるよ?」

「・・そう、かしら」

「きっとね」

「わ、解ったわ」

 

こうして雷が嬉しそうに手すりを拭く姿がタイトルと共に表紙を飾った。

サンプルとして1冊大本営に送った所、五十鈴がこんな答えを返してきた。

「大将がね、うちの奥さんみたいだって放そうとしなかったわ・・・」

「なるほど」

確かに二人とも雷であるから解らなくはない。

ただそれは写真の上の話で、実際会えば滲み出る眼力ですぐに解るのだが。

「その大将から取り返して読んだんだけど、凄く勉強になるわ」

「教科書だけでも、という事ですか」

「ええ。実践的で具体的、この時はこうというノウハウがたくさん詰まってる」

「そうですね。私も読んで面白かったです」

「というわけで、これを数部ずつ全ての鎮守府に送ったらどうかしら?」

「全ての鎮守府にですか?」

「ええ。勿論版権はそちらの雷さんにあるから、本代は払うわよ」

「ふむ。一応確認してご連絡します」

「あと、大将がびーびー泣いてうるさいから、とりあえずもう1部送ってくれる?」

「解りました」

 

「ぜ、全鎮守府にですって!?」

「そうなんだよ。数冊ずつどうかって」

「や、やだ!」

「どうして?」

「そ、その、恥ずかしいわよ・・表紙・・」

「表紙?」

「だって割烹着で雑巾持ってるのよ?」

「可愛いじゃない」

「可愛くてもだめ!」

うーむと提督は空を見て考えたが、

「本人が恥ずかしいというなら仕方ないか。表紙写真無しなら良いかな?」

「ええ、それなら良いわよ」

「じゃあそう言う事にしよう。大将は大層お気に入りだそうだが」

「えっ?そ、そうなの?」

「らしいよ」

「・・でもやっぱり勘弁して」

「解った」

 

こうして表紙に雷が写っている版と文字だけの版が出来た。

写真版はソロル鎮守府の受講生だけが渡される。

この噂は瞬く間に津々浦々の鎮守府に広まった。

結果、異動した艦娘に対し、司令官が

「や、君はソロルから異動か!よく来たね!・・ところで、掃除の教科書は持ってきたかい?」

と、問われるようになり、雷の掃除講座は必須科目になりつつあった。

あまりにも多くの鎮守府で問われると青葉達から聞いた提督は、

「もう写真有りで配布したら良いじゃない」

と言い、その提督に肘鉄を食らわせながら龍田が、

「裏オークションで1冊5万コインまで競り上がってますよ。荒稼ぎ出来ますよ~」

と進言したが、雷は

「あたしの割烹着姿なんて恥ずかしくて見せたくないのっ!」

と、真っ赤になって逃げまわっている。

 

ちなみに、配布された教科書の利益は、教科書を作った受講生の子と山分けにした。

「い、いえ、ノウハウは全部雷さんの物ですから」

そういってその子は固辞したが、

「記念として教科書と一緒に持ってって。人間に戻った後の生活費になるでしょ?」

雷はにこりと微笑み、そう言って手渡したのである。

 

雷は今も月に2通は必ず手紙を書いている。

1通は室峰室長に、1通は元受講生の子にである。

中身は世間話だったり近況だったりと軽い物だが、返事を楽しみに投函している。

雷は講義を終えた後、ちゃぶ台の傍に座ってお茶を啜る。

「んー、今日も働いたわー」

そう言いつつ、秘蔵の御煎餅をポリポリと齧るのである。

 

 




雷編、終了です。
最終話はちょっと長めになりました。

今回はリクエストのうち、大和と金剛4姉妹を入れてみました。
以前申し上げたとおり、私は金剛4姉妹に関しては何故かほとんどストーリーが浮かばないのです。
金剛さんは別に腹黒キャラではありません。ちょっと策を弄してみるもあっさりバレてしまい、それが可愛いと評価される。そんな雰囲気を出せていたら良いのですが。


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日向の場合(1)

(間に合えば)6時、7時、11時公開予定です。
しかし・・ほんとに難産です。
このシリーズだけで既に8万文字以上を捨ててます。
まだ結末が見えてませんが、徐々に公開。



少佐事案から1週間後、旧鎮守府跡。

 

「なんとも、すさまじい光景だな・・」

日向は稼働を待つだけとなった基地の光景から目が離せなかった。

基地。

旧鎮守府跡地とその周辺に建つ、北方棲姫以下3517体の人間化を行う為の施設である。

日向は北方棲姫達と共に来たが、湾に入って一言、

「近未来都市みたいだな・・」

と、呟いた。

 

「姫様、コチラガ我々ノ部屋デ・・・」

「ドウシタノデ・・ス・・カ・・」

自室のドアを開けた侍従長と遅れて入った北方棲姫は言葉を失った。

あてがわれた部屋番号は、15001。

そう。

ここは地上150階建て居住タワーの最上階である。

680mの高さにある窓から見える景色は、航空機から見るそれに似ていた。

鎮守府のある入り江は、もはや視界の下の方にしか見えない。

眼下にぽつぽつと散らばる雲、水平線の先まで見渡せる外海。広大な澄み渡った空。

開閉機構のない1枚板の大きな窓は、その景色を充分美しく見せていた。

侍従長はそっと窓際まで近寄り、ガラスを軽くノックした。

「・・・潜水艦ノヨウニ、分厚イガラスデスネ」

北方棲姫は抱いていたぬいぐるみが床に落ちた事さえ気づかず、呆然としていた。

 

旧鎮守府の居住区画は、元々艦娘70人程度で一杯になる程の狭さだった。

そこに深海棲艦3500体以上を住まわせ、艦娘化と人間化(=解体)をせねばならない。

周囲はとても短期間で切り開けるような地形ではなかった。

限られた土地に大勢を住まわせる場合、古今東西方法はただ1つ。

上方向に伸ばすしかなかったのである。

工廠長は知る限りのつてを頼り、超高層タワーマンションを設計。

「もう2度と作りたくないのう」

工廠長は辟易した顔で感想を聞いた提督に答えたと言う。

タワーは地上付近は広く、上の階になるに従って細くなる格好である。

この為、上層階になる程部屋数が減っている。

最上階たる150階には、部屋は4つしかない。

うち1つは侍従長と北方棲姫の部屋、もう1つは日向の部屋になるはずだった。

しかし。

「私は停電とかがあっても、すぐ出られる位置に居ないとな」

と肩をすくめたので、予備である3階の1部屋を急遽割り当てる事になった。

他の深海棲艦達も次々とルームキーを渡されて部屋に入っていった。

つい自分の部屋が気になり、地上から数え上げて首を痛める子が続出したのである。

 

「テスト67、最高速搬送、開始してください」

試験主査を務める妖精はデジタル無線に向かってそう言った。

シュイー・・・ン!

テスト用の資材を積み込んだ搬送ロボットが、猛烈な速度でヤードを駆け抜けていった。

同じ光景が8回繰り返される。

やがてデジタル無線から応答があった。

「資源取り落としなし。平均所要時間15秒以内。設計通りです」

主査は頷くと、無線機に話しかけた。

「テスト終了。問題無し。搬送ロボットを全作業場に設置してください」

 

作業区画の施設も規模感にふさわしいスケールだった。

旧工廠と入渠用のドックを全て取り潰し、若干海側に埋め立てて拡張した土地。

最も陸側に並ぶ8つの作業場。最も海側は当然港である。

その中間には広大なストックヤード、燃料タンク、弾薬庫を並べた。

港には定期船が毎日何度も到着し、ひっきりなしに積み荷を下ろしていく。

これらは莫大な資源を調達・保管する為に必要だ。

しかし、妖精達が作業前にいちいち自力で運ぶのは無理があった。

そこで東雲組の妖精達はリクエストすれば搬送してくれる自動搬送ロボットを開発した。

作業場との間を資材を満載したロボット達が超高速で駆け抜ける。

作業場の中にそびえ立つ艦娘化装置と解体装置も東雲組の作である。

自分達が必要な物は自ら作る。東雲組の妖精達だからこそ出来た解決法であった。

 

この居住棟と作業場の間、提督棟があった付近に建つのが食堂兼管制塔である。

周囲は広大な緑地となっており、天気の良い日には芝生の上で喫食する事も出来た。

建物は1階から7階が食堂であり、荒天時は室内で全員が一度に食せる。

ただし全員が一気に食べる事は少ないので、5階、6階、7階は予備とされた。

食堂の上には管制室と通信室がある。

日向は管制室長、つまりこの基地の総責任者を提督から命じられた。

日向が任命時に理由を尋ねた時、提督は

「日向の冷静さが必要だと思う。困ったらいつでも相談しなさい。一人で悩むなよ」

と、答えた。

 

その言葉はすぐに現実となる。

運用開始から3日間は、文字通り上を下への大騒ぎだった。

 

最大の難所と思われていた深海棲艦達の受入は皆が注意を払った事もあり、順調に進んだ。

ところが、作業場の機械や搬送ロボットを敷設し終えた東雲組の妖精達が、

「あの、私達はどこに住めば良いのでしょうか・・」

と、おずおずと尋ねてきた。

日向は案内しようと地図を見て、妖精の居住区がどこにも無い事に気づき目が点になった。

設計中に他の建物を重ねてしまい、すっぽり消してしまっていたのである。

工廠長は初日は必ず何かあると言って自らの部下を大勢引き連れて来ていたが、

「まさか妖精の居住区画が無かったとは・・すまんかった」

と謝り、緑地の一角に妖精専用のマンションを建設した。

入居した妖精達は、

「広くて素敵!近くて素敵!」

と喜んだので、工廠長と日向は安堵の溜息を吐いた。

その後もトラブルは続いた。初日の大きな物だけでも

「全作業場の艦娘化装置を電源投入したら変電所のブレーカーが火を噴いた」

「リクエストが集中し、搬送ロボットが大渋滞を起こして立ち往生してしまった」

「遅れて出航した定期船と早めに入港してきた定期船が衝突しかけた」

などである。

誰一人としてこんな基地を運用した経験は無い。

信じられないトラブルを皆で手探りで直していくしかなかった。

初日の管制室はアラートが終業時刻まで鳴り止まず、情報も錯綜した。

そんな中で日向は静かな口調で冷静に指示を出し、2次災害を最小限に抑えた。

ゆえに、夕食の頃には既に、日向は信頼出来る人だと言われていた。

工廠長も今日明日のレベルで鎮守府に帰還するのは無理と判断。

部下の妖精達から東雲組を支援しようという提案もあり、

「しばらくこっちに常駐するから、何かあったら連絡してくれ」

と、提督に伝えたのである。

 

皆の奮闘の結果、4日目にはようやく重大アラートが鳴らない日が訪れた。

管制室に終業の鐘が鳴り響いた時、さすがの日向も

「静かな管制室って、良いな」

と思わず呟き、管制室で仕事していた面々も深く頷いたそうである。

もっとも、翌5日目には

「あのぅ、浮砲台さんが重過ぎて作業場のクレーンが曲がったんですけど・・」

という連絡が来る。

日向は工廠長に連絡し、第8作業場を大型深海棲艦専用に強化。

更に安全を期する為、第8作業場だけは2班合同で対応する事にした。

一方、作業時間や施設メンテナンスの時間配分も実情が見えてきた。

そこで再調整をかけ、第8作業場は2日に1回の稼働とした。

第1から第7作業場は毎日3ヶ所を稼働、2ヶ所をメンテナンス、2ヶ所を待機とした。

当初は毎日8箇所稼動する筈が最大4箇所に減った為、完了までの期間は倍以上となった。

日向から相談を受けた提督は中将に理由を説明し、期間延長の許可を取ったのである。

 

 



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日向の場合(2)

基地稼働から8日目の朝。

 

「一旦わしらは鎮守府に引き上げる。運用用に常時1分隊を駐留させるからの」

工廠長は日向にそう告げた。

鎮守府で入渠待ちの艦娘が増えた事と、基地が落ち着いた事を踏まえての判断だった。

日向は工廠長に礼を言い、鎮守府に工廠長達の帰還を連絡。

迎えに来た艦娘達と工廠長達が乗る船を、残留組の妖精達と港で見送ったのである。

「ふむ・・」

管制室に戻った日向は、キビキビ働く東雲組の妖精達を見て腕を組んだ。

妖精達が頑張っているのに、問題が無いからとただ座っているのは性に合わない。

かといって不慣れな管制指揮を今更気取るのも止めた方が良いように思う。

自分がこの基地の中で何をやるべきか、まだ見えていない。

間違いないのは自分は戦艦で、この基地が終了したら再び戦いに赴くという事だ。

丁度トラブルは片付いているし、少し体を動かすか。

「敷地を見回ってくる。トラブルが出た時は呼んでくれ」

日向はそう妖精達に伝え、兵装を背負って棟を後にした。

 

カン、カン、カン、カン。

タタタタタ・・キュイーン!

作業場の方からひっきりなしに金属を加工する音がしている。

ストックヤードを見ると、縦横に搬送ロボットが駆け抜けていた。

日向はそのまま歩を進め、作業場の様子を見て回った。

ル級、後期型イ級、ヌ級。艦娘化を受けている深海棲艦も様々だ。

東雲の作業場と異なる点は、メカメカしいか否かである。

東雲は睦月と手を繋ぐ為、装置の姿に変化せず作業を行ったので機械らしさはなかった。

どちらかと言うと魔法使いが術を使う光景に似ていた。

だが、ここでは配線やパイプがそこらじゅうに繋がる巨大な機械を妖精が操作している。

同じ結果に辿り着くのでも随分違うものだなと日向は眺めながら思った。

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

プシューッ・・・バクン!

大きなブザーの音と共に装置の蓋が開くと、そこには瑞鳳が眠そうに立っていた。

「艦娘化作業が無事終わりました。人間化工程でまたお会いしましょう」

妖精の説明を受けつつ、瑞鳳は鏡に映る自分の姿を興味深そうに見ていた。

やがて瑞鳳は、入口に立ってこちらを見つめる日向に気付き、にこりと笑った。

「あ!日向室長、こんにちは!」

「あ、いや、別に室長などと付けなくて良いぞ」

「じゃあ・・日向さんで良いですか?」

「ああ。無事戻れたのだな。作業の間はどんな気持ちなのだ?」

「寝てるって言えばいいのかな。うつらうつらしてたら終わってたの」

「そうか。それなら良かった」

日向はほっと息を吐いた。艦娘化が苦痛なら可哀想だと思っていたからだ。

「日向さんは何してるんですか?」

「ん?じっと椅子に座ってるのも性に合わないから見回りをな」

「じゃあご一緒して良いですか?」

「勿論だ」

 

瑞鳳は日向と並んで歩きながら、人間に戻った後にやりたい事を話していた。

「そうか、看護師になりたいのか」

「うん。私は戦うより、助けたいなって」

「同じくらい大切な事だ。上手く行くと良いな」

「ありがと!」

「そういえば瑞鳳」

「なに?」

「お前達は何故、皆人間になりたいのだ?」

「それは・・艦娘希望者がいない理由って事で良いの?」

「ああ、そうなるな」

「・・・」

瑞鳳はちょっと考えた後、口を開いた。

「私達は逃げて逃げて、逃げた果てに出会ったの」

「逃げるというのは、鎮守府からか?」

「そう。私達は元居た鎮守府も違うし、深海棲艦になった海域も違うの」

「うむ」

「皆に共通してるのは、もう戦うのが心底嫌になったって事」

「・・」

「大体の子は丸腰で鎮守府を逃げ出して、軍規違反を理由に沈められて深海棲艦になった」

「・・」

「鎮守府の仲間に撃たれ、深海棲艦からも攻撃されたから、とにかく逃げ回ったの」

「・・」

「そしてずっと北の方に行った海の底で、姫様達と出会ったの」

「北方棲姫か」

「そう。姫様も侍従長さんも戦わなくて良いから海底で静かに暮らそうって言うの」

「・・」

「私もそうしたかったし、それが出来たから嬉しかった」

「うん」

「でも、仲間が増えるに従って、艦娘達から見つかりやすくなっちゃった」

「だろうな」

「私達は誰一人戦いたくなかったから、見つかる度に海底を移動して逃げ回ったの」

「・・」

「逃げる頻度が増えて皆が限界を感じ始めた時、艦娘に戻れるって噂を聞いたの」

「あ・・」

「ピンクのすんごい派手でうるさい船がやって来たら乗れ。艦娘に戻れるらしいぞって」

「・・」

「噂は本当なのか、人間まで戻れるのかって皆興味津々だった」

「そう、か」

「でも幾ら船を探し回っても全然会えないし、どこで戻してくれるかも解んなかった」

「・・」

「だから陸に上がって私達を見つけてもらう事にしたの」

「それで大軍勢となって現れたのだな」

「軍勢っていうか、人間に戻りたい子達の集まりなんだけどね」

「そうか。すまない」

「ううん。で、本当に船が来て、色々あって、私達はここで人間になれる事になった」

「あぁ」

「皆すっごく喜んでるよ」

「それなら、こちらも本望だ」

そこで瑞鳳が俯きながら、ピタリと立ち止まった。

「でもね、私はまだ瑞鳳に戻った実感がないの」

日向は心配そうに瑞鳳に振り返った。

「どこか痛みや痺れがあるのか?妖精達に言ってやるぞ」

「そんな事はないんだけど、あ、あまりにも、あまりにもあっさり作業が終わっちゃって」

「・・」

「たった・・たった20分で・・痛みも何も無くて」

「・・」

「これならもっと早く・・知りたかった・・受けたかった・・って」

日向は、瑞鳳がすすり泣いている事に気づいた。

「お、おい・・」

「もう・・逃げなくて・・良いんだよね・・」

日向は穏やかな声で答えた。

「ああ。もう大丈夫だ」

瑞鳳は真っ直ぐ日向を見上げ、確かめるように言葉を紡いだ。

「寝てる時、ソナーの音や艦載機のエンジン音がしても飛び起きなくて良いんだよね?」

「ああ。ゆっくり眠るがいい」

瑞鳳の双眸から大粒の涙がこぼれた。

「ずっと怖かった・・怖かったよぉぉぉぉ」

瑞鳳は日向にしがみ付いてわんわん泣き出した。

日向は瑞鳳の頭をずっと撫でながら厳しい表情をしていた。

深海棲艦とは、無差別に人類や艦娘に戦いを仕掛けてくる者達と教わっている。

しかし、提督が岩礁でヲ級と話をしてから、こうして違うケースを見るようになった。

正確に言えば、そうした存在が居る事に気づいた。

総数を見れば、戦いを仕掛けてくる者の方が圧倒的に多い。

その為に我々は毎日のように出撃し、深海棲艦を倒し、人々を、船を護っている。

だが、瑞鳳のように戦いを避け、逃げ回る者を沈めるのは戦果なのか?

それは果たして、胸を張れる行為なのだろうか?

瑞鳳がこれほど涙するのは、我々が無差別に攻撃していたからだ。

では我々は、私は、どうすれば良かったのだ?

これからどうすれば良いのだ?

誰を敵と認識して戦えば良いのだ?

次に砲を向けた深海棲艦が助けを求めていたとしたら?

日向は泣きじゃくる瑞鳳を優しく撫でながら、ずっと自問自答していた。

 

 



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日向の場合(3)

基地稼働から8日目の夜。

 

「うん、今まで通り撃ちなさい」

提督がきっぱりと答えた事に、日向は通信室で返事に詰まった。

提督ならば、攻撃する前に確認してみるかとか言うかと思ったのだが。

「・・・」

「あー、ちょっと言葉が足りないか」

「うん」

「私達は、自分が知りえる範囲でしか判断しようがない」

「そうだな」

「例えば目の前の深海棲艦がバンバン砲撃してきたとする」

「あぁ」

「その子が内心、日向を憎んで殺してやると思ってるのか」

「・・」

「怖いから出鱈目に撃ちつつ逃げたいのか、今は見分けが付かない」

「そうだな」

「でも、いずれにせよ撃たれた弾に当たれば日向は傷つき、沈んでしまう」

「あぁ」

「私は、私にとってかけがえの無い、大切な日向を絶対に失いたくない」

「・・あ、その」

「ん?なんだ?」

「そういう・・恥ずかしい事を・・突然言うの・・止めろ・・」

「・・」

「・・」

「ずえったいに失いたくない!」

「繰り返すな!力むな!」

「だから日向、迷わず撃ってくれ」

「それで良いのだろうか・・」

「我々は戦いたくない子達にも手を差し伸べる用意をしている」

「そうだな」

「でも、救えない子が出るのは仕方ないんだ。神じゃないからね」

「・・あぁ」

「不幸な出合い方をして、戦いたくない子と砲火を交えたかもしれない」

「う、うむ」

「でもそれは、狙ってした事じゃない」

「あぁ」

「我々は出撃して戦いつつ、救いの窓を開けておく事しか出来ないんだ」

「・・」

「それでも他の鎮守府に比べれば、助けを求めている子の為になってるんだよ」

「・・」

「深海棲艦の攻撃が日向を傷つけないのなら、考える余地はあるよ」

「・・うむ」

「でも、深海棲艦の攻撃は日向に致命傷を負わせる。死と隣合せの瞬間に迷ったら負けだ」

「・・そうなのだが」

「さっきも言ったけど、私は日向を失いたくない。答の無い事で迷って欲しくない」

「そう、か」

「だから日向は私の命令通り撃ちなさい。忘れるな。私の、命令だからな」

「・・ん?」

「もし審判の日になぜ撃ったと神から問われたら、あいつの命令でやったと私を指差せ」

「・・なに?」

「私が全ての責任を取って地獄に落ちるよ」

「でっ・・出来る訳・・言える訳ないだろ!」

「それが提督っていう仕事だよ」

「仕事でもだ!」

「・・まぁ、今回もそうだけど、ヲ級とか陸奥、整備隊など、迷う出来事があったね」

「あぁ」

「でもな、姫の島みたいなケースがほとんどで、全力で向かっても危ない相手なんだ」

「そうだな」

「見分けられれば良いけど、今の所は解らない。これが事実だよ」

「混ざってるから、難しいよな」

「難しいんじゃなくて本当に解らないんだ。日向のせいじゃなく」

「・・」

「一方で、内情を多く知った事でより良い答には近づいていると思うよ、私達は」

「あぁ」

「だが今は、知っているだけで、それでどうすれば良いという所と結びついていない」

「うむ」

「だから、見分けられる基準を得るまでは、命令通り撃ってくれ」

「・・解った」

「よし」

「提督」

「なんだ?」

「もし提督が地獄に行くなら、私もついて行くからな」

「・・そうか」

「ああ」

「さて、良い子はあまり夜更かししないで寝るように」

「私を幾つの子供だと思ってるんだ」

「幾つでも、悩めば眠り辛く、眠りは浅くなるさ」

「・・いや、提督と話してだいぶ楽になった。ありがとう」

「対象数も多いし、トラブルも多くてしんどいだろう。伊勢も向かわせるか?」

「い・・いや、いい。余計混乱する」

「・・うん。日向だからこそ収められている気はするよ」

「褒め言葉と受け取っておく。そういえば、あいつらは律儀だな」

「ん?」

「北方棲姫も侍従長も、全ての部下が戻った後に戻ると言ってな」

「ビスマルクや陸奥もそんな事言ってたね」

「深海棲艦は皆、部下想いという事か」

「いや、違うね」

「なぜだ?」

「部下想いだから大部隊を率いる事が出来るんだよ。深海棲艦になってもね」

「・・なるほどな」

「だから北方棲姫なり侍従長に聞いてみる事は反対しないよ」

「何をだ?」

「見分け方さ」

日向は提督の言葉を理解するのに数秒かかったが、

「・・お、おぉ!なるほど!提督さすがだな!」

「ん?なんか褒められる事言ったっけ?」

「なるほど、なるほど!なるほどっ!!」

「いーから寝なさい。今から聞きに行ったら迷惑だからね」

「明日が楽しみだ!」

「じゃ、おやすみ、でいいかな?」

「あぁ!おやすみ」

スイッチを切りつつ提督は思った。

きっと夜中まで悶々と考えて寝ないんだろうな。

余計な事言っちゃったかな?

日向なら気付いてるかと思ったんだけど。

 

翌日。

朝食をさっさと済ませた日向は、タワーのエレベーターで最上階に向かっていた。

ピンポーン。

「ハァイ・・ア、日向サン。今開ケマス」

侍従長に通された日向は、窓にべったりと張り付いて外を見る北方棲姫を見つけた。

「ヒ、姫様、日向様ガオ越シデスヨ!」

侍従長が慌てて呼びかけるが、北方棲姫は振り返らない。

「・・なるほど、これは素晴らしい景色だな」

日向は侍従長に頷くと北方棲姫の隣に立ち、外を一緒に眺めた。

窓の外では足元に層状雲が様々な線を描き、上には羊雲が一面に並んでいた。

紺碧色の空をカンバスに、茜色と黄金色の陽の光が雲を彩り、刻々と変わって行く。

まるで天国のような、地球上の光景とは思えない程の美しさだった。

「・・海底デモ、艦娘ノ頃モ、コンナ景色ハ見タ事ガアリマセン」

「私もここに来て初めて見たな」

「日向サンモデスカ?」

「うむ。私は3階に居るからな・・これは良いな、心が洗われるようだ」

「トッテモ、トッテモ良イ景色デス」

北方棲姫は日向の方を向くと、

「本当ニ、今マデ、色々シテ頂イタ事、感謝致シマス」

と、ぺこりと頭を下げた。

「礼なら提督に言って欲しい」

「ソレデ、ゴ用件ハ何デスカ?」

「うむ、ちと相談に乗って欲しい事があるのだ」

 

「ンーーーーーーー」

侍従長は日向の相談を聞くと難しい顔をして考え込んでしまった。

「や、やっぱり見分け方は無いか・・」

日向は昨晩嬉しくてあまり寝てなかったが、良く考えれば答えがあるとは限らない。

深海棲艦の、それも大部隊を率いる幹部でも解らなければ、我々が解る筈も無い。

じっと待つ日向に申し訳なさそうに侍従長が言った。

「深海棲艦ノ想イ、デスカラネ。強サノ見分ケ方ハ簡単ナノデスガ・・」

「LVが高い程青白く光ってるとか、だよな」

「ハイ」

「そうか・・」

やり取りを聞きながら、北方棲姫はじっと外を見ていた。

 

 




ちなみに今回で、累計文字数が100万を超えたそうです。
没にしたのが同じくらいありますから、実際は200万位なんでしょうけど。
や~、達成感ありますね。
皆様のおかげです。ありがとうございます。


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日向の場合(4)

基地稼働から9日目の朝。

 

日向が残念そうな顔で帰って行った後も、ずっと北方棲姫は黙ったまま考えていた。

あの提督は大変な思いをして尚、我々に住まいや食事まで用意して救ってくれた。

人間になるまでの工程表と、部下達が嬉しそうに報告してきた内容とも相違は無い。

更には艦娘化には莫大な資材が必要なようで、船が毎日ひっきりなしに運んでくる。

つまり、相当な投資を行っている。

しかし、我々は最終的には人間、つまり海軍にとって何の役にも立たない存在になる。

人間に戻る事は部下の皆との約束だから曲げるつもりはない。

曲げるつもりはないが、深海棲艦や艦娘でいる間に出来る事は無いだろうか。

日向の願いは、我々同様に逃げ惑う子達を戦わずに救いたいという事だ。

我々とて、逃げ惑い、辿り着いた子達をずっと保護してきた。

だが、深海棲艦の考えは外見では我々でも解らない。

きちんと話して、その子の目を見続けなければ解らない。

提督や日向の想いに応えるとしたらどうすれば良い?

我々の願いを叶えてくれた彼らの願い、そして我々の願いの交わる点は。

北方棲姫は侍従長を見た。

「ア、アノネ、侍従長」

長い間北方棲姫と共にしてきた侍従長は、にこりと笑った。

「日向サンノ願イ、ドウヤッテ叶エマスカ?」

北方棲姫はしばらく迷った後、

「マズハ、案ヲ聞イテクレル?」

 

「鎮守府に連絡したいのか?」

日向は管制室を訪ねて来た北方棲姫と侍従長からそう言われ、首を傾げた。

「どうした?何か困ってるなら相談に乗るぞ」

北方棲姫はにこりと笑った。

「提督サンノ許可ガ必要ダト思ウンデス。内容ヲ聞イテモラエマスカ?」

そして日向は侍従長から説明を聞いてのけぞった。

「そ、それは、確かに提督の許可が要るな・・」

「デスヨネ」

そこで日向ははたと気づいた。

「も、もしかして、さっき相談した事を何とかしようとしてくれているのか?」

北方棲姫は頬を染めながら言った。

「恩返シ、デス」

 

「艦娘化の営業をしてくれるんですか?」

基地からの通信に応じた提督は、侍従長の説明に秘書艦の長門と顔を見合わせた。

北方棲姫の部下が津々浦々の海域に出かけ、深海棲艦に営業活動を行うというのである。

「マダ3000体強ガ深海棲艦デ、残リモ全員艦娘デス。相当広域ニ展開出来マス」

「それで、営業中の身の安全を確保する手段が欲しい訳ですね」

「アト、遠イ海域マデ往復スル手段ガ欲シイデス。疲レチャウノデ」

提督は長門に言った。

「最上と三隈を呼んでくれ」

 

「ああ、そんなの簡単さ」

最上は提督の相談にあっさり答えた。

「どうやって?」

「勧誘船の応用だよ。深海棲艦、艦娘どちらの攻撃も避けるだけだからね」

「だけって・・そんな簡単に出来るの?」

「深海棲艦の攻撃の方が多種多様だから、艦娘の攻撃を避けるのは比較的簡単だよ」

「そ、そうなんだ・・」

「だって艦娘には陸上型とか居ないでしょ。圧倒的に深海棲艦の方が多彩だよ」

「まぁそうだなあ」

「それに、今は深海棲艦反応が無いと回避しないようにロックしてるだけだからね」

「ロックを外すだけ、か」

「うん。高速移動に関しては元々そういう設計だよ。低速の方が苦手なくらいさ」

「自由に航行出来るけど、ボタン1つ押せば鎮守府に帰れるって風に作れる?」

「巡回プログラムじゃなくて手動にすれば良いだけだからね、簡単だよ」

「・・・連続で作るとして、1隻どれくらいの時間で出来る?」

「そうだねえ・・工廠の皆に頼んだら1隻2時間位かなあ」

「バーナー使える?」

「10隻位なら良いけど、大量だと工廠長がバール片手に怒鳴り込んでくるよ?」

「なるほど。休憩も考えれば1日3隻かな」

「4ドック全て使えば1日12隻だね」

提督はマイクを握った。

「手段は船として提供出来そうです。侍従長さん、何隻位欲しいですか?」

「ソウデスネ、5体1チームデ5チーム乗ッテ・・エエト・・50隻クライ」

最上が目を輝かせた。

「大量注文だね!」

提督は額に手を置きながら長門に言った。

「待て、文月を呼んでくれ」

 

「はい。資源的にも、内容的にも、大本営の許可が要りますね」

「やっぱりそうだよね・・なんて言おうかなぁ」

だが、文月はにこりと笑った。

「じゃ、ちょっと待っててくださいね」

「え、あ、文・・・行っちゃった」

そして10分後。

とてとてと帰ってきた文月は

「計画内容を承認頂きました。これが回答書です。承認書は後日届きます」

提督は目が点になった。大将承認済と記されていたのである。

「た、大将の承認なら完璧だね・・でもどうやったの?」

文月はにこりと笑った。

「少し貸しを返してもらっただけです」

提督は回答書に自分の印を押すと、最上に渡した。

「これを持っていって、細かな仕様を工廠長と相談してくれるかい?」

「事情の説明も込みだね、解ったよ。夕張にも相談して良いかい?」

「もちろんだ」

「えっと、出来た船は基地へ順番に送れば良いよね?」

「まずは5隻作ろう。そして試しに使ってもらおうよ」

「うん、テストしてくれると僕も安心だから、そうするよ」

「決まりだ。じゃあ最上、建造と運用後の整備を任せる。三隈、最上の事を頼む」

「解りました。最上さん、行きましょう」

提督はマイクを握った。

「お聞きの通り、護衛を兼ねた移動用の船を5隻回しますから、試してもらえますか?」

「エ、エエト、認メテ頂イタトイウ事デ、良インデショウカ?」

「もちろんです。戦いたくない子は1隻でも救いたい。お力添えに感謝します」

通信機は数秒間沈黙し、

「・・解リマシタ。我々モ最大限営業ヲ続ケマス。応募者ヲ先ニ回シテ良イデスカ?」

「先に、というと?」

「我々ヨリ先ニ、艦娘、アルイハ、人間ニシテ欲シイトイウ事デス」

「なぜ?」

「我々ガ減ッタラ、営業出来ナクナルジャナイデスカ」

提督は頷いたが、首を傾げ、

「え、でも、それだと皆さんが人間に戻るのが相当先になるかもしれませんよ?」

「姫様カラノ恩返シト思ッテクダサイ」

提督はゆっくりと気持ちを込めて答えた。

「深く感謝します。もし先に戻りたい子が居ればいつでも日向に伝えてください」

「解リマシタ。シバラク、オ手伝イサセテ頂キマス」

 

通信を終えた後、提督は文月に手招きをして、膝の上に座らせると頭を撫でた。

「いつもありがとうな文月。私はこんな事しか出来ないけどさ」

文月は気持ち良さそうに撫でられながら答えた。

「お父さんが素晴らしい仕事をしてくれるから、私達もお仕事出来るんですよー」

「そうかなあ。いつも頼んでばかりだよ」

「今回、大将が印を押したのも、少佐事案を解決した件が効いてます」

「解決したのは木曾達だよ?」

「そもそも交渉しようと決めたのは提督ですし、私達を育てたのも提督です」

文月の言葉に長門が頷く。

「そうだ。提督の教えが無ければ日向だって基地を運営する事など無理だった筈だ」

「元々皆が優秀だからね。私はその能力を使って良いと言っただけだ」

「それでも、それを許可出来るのは提督だけだ」

「そうですよお父さん、もっと自信を持ってください」

「そうかなあ」

「はい!」

提督はじっと見返してくる文月をわしわしと撫でた。

「ん。解った。二人の言う事なら間違いないか。ありがとう」

 

 



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日向の場合(5)

基地稼働から9日目。

 

こうして深海棲艦による深海棲艦向け営業という、前代未聞の活動準備が始まった。

北方棲姫達の艦娘化作業は中断され、妖精達も交えて基地の全員で知恵を絞った。

最初の問題は、艦娘や交渉相手から攻撃された北方棲姫の部下達をどう治療するかだった。

東雲組の妖精達は鎮守府の東雲に連絡。

翌日には東雲が基地に出張して来て東雲組の妖精達に修繕方法を伝授した。

また、営業する海域や注意点は最上に確認し、公海上に限る事などを確認。

サポートとして、営業船には領海付近や侵犯時はアラートが鳴る仕組み等を追加した。

一方で北方棲姫側からは

「コンナ感ジノ海底ダト住ミヤスイカラ、大集団ガ居ルト思ウ」

「コウイウ所ハ海底ノ潮流ガ激シイカラ居着ク事ハ無イ」

など、深海棲艦が居る確率の高い地形の特徴を教わった。

これは加古達にも伝えられ、商用航路を見直し、定刻運用や安全確保に役立つ事になる。

 

「デハ、行ッテマイリマス!」

最初に納入された5隻の船が出港して行った。

60ノットに達する最高速、強化された回避能力、1度に200体収容出来る積載量。

最上が加古の貨物船を解体・解析した結果を最大限反映した営業船であった。

色は噂を有効活用するという事で蛍光ピンクに塗られている。

船の大きさも相まって凄まじく派手である。

営業船は艦娘達に付近での戦闘を禁ずるシグナルを常時発信している。

更に、夕張謹製の深海棲艦探知を無効化する機器も導入されていた。

一方、深海棲艦には営業船がDMZと解るよう北方棲姫達が細工を施した。

こうして出来上がった5隻が港に揃い、盛大な任命・出港式が行われたのである。

最初に乗船する事になった125体の深海棲艦を代表し、拝命式でル級はこう答辞した。

「必ズ仲間ヲ見ツケ出シ、1体デモ多ク連レテキマス!」

日向に加え、列席した提督と長門は割れんばかりの拍手で応え、送りだしたのである。

 

とはいえ、最初の1週間は手ぶらで帰港する事がほとんどだった。

しょぼんと降りてくる隊員達に、日向は

「最初は知名度が無いから仕方ない。使い勝手はどうだ?困った事は無かったか?」

と話しかけ、照明の位置や緊急回避行動時にはブザーを鳴らす等の仕様改定を行った。

営業船の仕様が確定すると、順々に鎮守府から営業船が届き始めた。

日向は25隻目の建造が完了した時点で建造を中断してもらった。

実際やってみると1航海が長期ゆえに疲労を案じたのである。

そこで当初予定の倍の4交代とし、待機中は皆で情報共有や営業作戦を練ることにした。

深海棲艦達も日を追う毎に、

「コノ海域ニ居ルボスハ、ナンカ乗リ気ダト思ウ」

「ウン。恥ズカシガリ屋ナ気ガシナイ?」

「ア!解ル!ジャア船ダケソット置イトイテ見守ロウカ?」

などと活発な論議を展開するようになった。

 

こうして2ヶ月が過ぎたある日。

「提督、日向から通信が入ってるそうよ」

秘書艦当番だった加賀が提督に話しかけた。

「おお、そうか。つないでくれるかい?」

「解りました」

 

「提督、2ヶ月も通信で報告せず申し訳なかった」

「いや、書面で日報はちゃんと毎日貰っていたし、頑張ってるね」

「最近になって、やっと成果が出始めた。一度報告したいと思う。聞いてくれるか?」

「もちろんだ。ざっとでも良いから最初から教えてくれ。どんな様子だい?」

「最初の1週間はほとんど出会う事も無く、空の状態で帰って来た」

「うん」

「2週間目はそこそこ出会えるようになったが、門前払いが多かった」

「ふーむ」

「そこで艦娘化で何をするとか、戻った子を連れて行くとか、説得材料を増やした」

「なるほど」

「だから3週間目から、軍閥単位で応じてくれるケースが出始めた」

「ふむふむ」

「そして2ヶ月目に入ると、営業船についてくる子が何回か居るようになったんだ」

「ついてくる?」

「ああ。船には乗らないし港の中にも入って来ないが、ついてきて見守ってるんだ」

「ほう」

「だから北方棲姫達が近寄って行って、話を聞いたんだ」

「艦娘だと怖がるだろうからね」

「ああ。そしたら船に乗るのは不安、でも本当なら戻りたいと言うのだ」

「気持ちは何となく解るな」

「だから、基地に看板を掛けたんだ」

「看板?」

「深海棲艦の艦娘化と人間化の作業はこちらで実施中、という看板なんだが・・」

「良いじゃない。何で歯切れ悪いのさ?」

「その、東雲の妖精達が張り切り過ぎてな、物凄く大きいのだ」

「どれくらい?」

「湾の入口近くの山を覚えているか?」

「ええと、確か標高300m位だったよね」

「その山の外海に面した側、上半分だ」

「・・・高さ150m?」

「そうだ」

「デカイね」

「ああ。夜は山頂の灯台より先に見える」

「どんだけ」

「その看板を立てて以来、近海の深海棲艦達が直接来るようになった」

「結果オーライだね」

「今は日に10体は直接訪ねてくる。団体も出始めた」

「上々だね」

「営業船に乗るなり、自ら訪ねてくる深海棲艦の数は毎日60体近くになっている」

「今は1日の作業可能上限数は64体だっけ?」

「そうだが、東雲組は150体位まで大丈夫だと言ってる。だが、迷っている」

「どんな意味で?」

「資源や電力は良いんだが、物理的に作業場を増やす場所がない」

「体制的には後どれ位増やせそうなの?」

「チーム人数を半分にし、午後を2時間位伸ばしても大丈夫だと東雲組は言ってる」

「今の作業場の稼働状況は?」

「大型専用の8番は2日に1度。残り7ヶ所中5ヶ所稼働、1ヶ所メンテ、1ヶ所待機だ」

「1時間2体で1日8時間作業だったよね・・それだと80体にならない?」

「1ヶ所は集中して人間化、つまり解体工程をやっている」

「そんなに時間差があるのか」

「解体は設備の準備さえ整っていれば連続作業出来ると解ったからな」

「という事は、単純にもう1セット作業場があれば良いのかな?」

「その通りだが、もう場所が無い。断崖絶壁を切り崩すしかない」

「作業場を2階建てにすれば?」

「え・・2階建て?」

「うん」

「そうか。気付かなかった・・でも」

「ん?」

「搬送ロボットを・・3次元に動かすのか?」

「ベルトコンベアで一定量上に送り続けておけば、2階は2階で運用出来るんじゃない?」

「・・提督はあっさり解決してくるな」

「まぁ問題はあると思うけどさ」

「いや、イメージが見えた。あとは東雲組と相談する」

「必要なら工廠長と建造妖精に頼むからいつでも言ってきなさい」

「ああ、必要になったらその時は頼む」

「ちなみに、今の時点で艦娘と人間の希望比率はどれくらい?」

「ほとんどが人間化希望だ。9対1という程度かな」

「それでも1割は艦娘化希望なのか」

「ああ。もし沈んでも戻してくれるなら安心して戦える、とな」

提督は少し俯いた。

「・・それは、基地の永続を願うって事か」

「そうだ。だが、その子達には基地が有限であることを伝えた」

「そしたら?」

「人間に戻った子も居るが、沈まないよう気を付けるねと笑う子も居たよ」

「・・思いは様々だなあ」

「ああ。本当に多種多様だ」

「艦娘に戻した子はどうしたの?」

「営業活動を手伝ってくれる子も居るし、異動希望者は大本営に送り届けた」

「大本営側は何か言って来たかい?」

「艦娘が少しでも増えてくれると助かると言って、喜んで受け入れてくれた」

「・・沈めない工夫もして欲しいけどね」

「そうだな」

「他には報告はあるかな?」

「あ、その、伊勢は元気か?」

「それなんだけどね、日向さん」

「なんだ?」

「ひどく寂しがってるんだよ。伊勢お姉ちゃん」

「・・・あー」

「そろそろ、伊勢と交代でやってみないかい?」

「伊勢が管制室長・・大丈夫か?」

「二人で一緒に仕事しても良いじゃない」

「・・そっちは良いのか?」

「二人が居なくなるのは痛いけど、そろそろ日向も寂しいかなと思ってさ」

「まぁその・・提督は何でも御見通しだな」

「ダメなら定期的に遊びに行かせるでも良いさ。じゃあ近々行かせるから」

「解った。報告は以上だ」

「期待が大きくても手に余るような事をするなよ。気を付けてな」

「・・あぁ、解った」

スイッチを切ると日向は苦笑した。

ちょっと寂しい事、日に日に艦娘化希望者が増えて無理をすべきか迷っていた事。

言わなくても答えをくれる。

「本当に、何でも御見通しだな」

日向は目を細め、左手の指輪にそっと口付けをした。

「ありがとう、提督」

 

 



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日向の場合(6)

提督に報告した翌朝、0430時。

 

日向の部屋の鍵がカチャンと開く音に、日向はすぐ目が覚めた。

こんな朝早くに訪問客というのはありえない。誰だ?

傍らにある兵装を素早く装備すると、ベッドの陰に身を潜めた。

だが、勢いよく寝室のドアを開けて入ってきたのは

「じゃーん!日向元気にしてたー?」

誰がどう見ても伊勢であった。

日向は溜息を吐きつつ兵装を下ろした。

内心、タワーマンションの中で41cm砲を撃って良いかどうか心配だったのだ。

「伊勢、なんでこんな時間に・・」

「そりゃー可愛い妹に久しぶりに会うんだもん!全速力で来ないとね!」

鎮守府では班当番や出撃のスケジュールは、姉妹や交友関係も加味して設定していた。

よって、必ずではないが、姉妹は割と一緒に休み、行動出来ていたのである。

「まぁ、2ヶ月も会わないのは珍しいな」

「提督に聞いたら当面日向は帰れないって言うしさー」

「赴任前に比べると随分状況も変わったしな」

伊勢は兵装を壁に立てかけると、ベッドに腰を下ろした。

「その辺は提督から聞いたよ。面白い事してるじゃん」

日向も伊勢の隣に座った。

「がむしゃらにやって来たら、こんな所に居たという感じだ」

「日向らしくて良いと思うよ」

日向は伊勢を見た。

「当事者だと俯瞰して見る事が難しくなってくるんだ」

「そうだろうね」

「明日も作業場を2階建てにする打合せをするが、これで良いのか心配でな」

「図面出来てるの?」

「ラフスケッチだが、見てくれるか?」

「良いわよ。細かいの見ても解んないし」

「・・」

「ほら、ジト目で見てないでお姉ちゃんに見せて御覧なさいな」

「・・破くなよ?食べるなよ?」

「しないって!いーから!」

「・・これだ」

「ええっと、今は・・」

日向のラフスケッチを見ながら、伊勢は懐から基地の地図を取り出した。

「持ってるのか?」

「入港時に艦娘の子がくれたよ。ここって24時間誰か居るの?」

「ああ。真夜中に訪ねてくる希望者も居るんでな」

「そのまま作業に入るの?」

「いや、空き部屋に案内して、順番を待ってもらう」

「ふうん」

「妖精達を24時間体制で働かせるのは可哀想だからな」

「ま、そうだね。・・・あのさ日向」

「なんだ?」

「2階建てってのは解ったんだけど」

「ああ」

「2階の作業場の前の通路って、どうやって行くの?」

「・・なに?」

「これ、作業場の前だけ通路があって、端が断崖絶壁みたいに見えるんだけど」

「・・・」

「・・・」

「・・忘れてた」

「日向らしいわね!めっちゃ真面目なのにどっかぴよんとしてるの!」

「ぴよんて何だぴよんて!」

「こういう事よ。でさ、こういう風にスロープ付ければ?」

「深海棲艦は割と大きいのも居るんだ」

「大きいのは1Fでやったら?」

「・・そうか、NO7も大型化すれば1Fで出来るか」

「8が大型用なの?」

「ああ」

「じゃあ5番にしなよ!」

「何故だ?隣同士の方が便利ではないか?」

「それだと、大型化する設備同士がぶつからない?」

「・・あ」

「だから、端っこと真ん中くらいで」

得意げな伊勢に、日向は思った。

本当に姉か?いつもの姉はもっと・・・ん?

「・・伊勢」

「なに?」

「妙に冴えてないか?」

ぎくりとした様子で伊勢が固まる。

「・・た、たまにはアタシも冴えるのよ!」

日向はますますジト目になった。

「・・誰の知恵だ?」

「なっ、何の事かなぁ?」

「誰だ」

伊勢は目を泳がせていたが、至近距離にある日向のジト目に負け、ついに白状した。

「・・工廠長」

「やっぱり」

伊勢は足をバタバタさせた。

「なんで解るかなぁもー、折角工廠長が内緒でアイデア教えてくれたのにー」

日向は安堵しつつ溜息を吐いた。そうそう。これでこそ本物の姉だ。

「何年妹をやってると思ってるんだ」

伊勢と日向はじっと見つめ合うと、ぷふっと笑った。

「ま、そういう訳で、ソロルの皆も気にかけてるよ」

「ありがたいな」

「とりあえず眠いんだけど、その前にシャワー浴びたいなあ。どこ?」

「玄関の手前、こっちから見て右のドアだ」

「借りるねー」

とんとんと廊下を歩いていく姉の足音を聞きながら、日向はにこりと笑った。

そうだ。姉が居る生活は毎日こうだった。

・・・二人って、楽しいな。

しばらくして、遠くで声がした。

「日向ぁ!石鹸これしかないのぉ?」

「無い!」

「いつもの頼んどいてね~ん」

日向は溜息を吐いた。姉はどこでもあっという間に馴染むな。

私など1週間くらいは部屋に戻って来ても落ち着かなかったのに。

溜息を吐きつつ、枕元のメモ帳に「牛乳石鹸、バスサイズ」と書いたのである。

 

その日。

 

妖精達は作業場の2階建て化という日向の提案に目を丸くした。

日向は続けて、コンベアでの搬送や大型専用施設を1Fに集めるといった話も行った。

伊勢も鎮守府で聞いてきた事を伝えた。

東雲組の妖精達と工廠長の建造妖精達は長時間の論戦を展開。

最終的には建造妖精も認めたので、具体的な仕様や増設は妖精達に一任した。

そんな場であったが、日向は伊勢を自分の姉として紹介した。

伊勢が室長をやるのか、訪問者として時折来るのかが解らなかったからだ。

「そろそろ昼の時間だ、食堂へ行こうか」

日向は伊勢に話しかけた。

「はいよん」

 

「うん、味は美味しいね。凄いの出てきたらどうしようかと思ってたけど」

「朝食も食べたじゃないか」

「朝食のメニューなんて違いは解んないわよ。最も解るのは夜よ!」

「ところで、伊勢」

「なに?」

「伊勢は来訪者なのか、それとも室長なのか?」

箸の先を軽く咥えた伊勢は少し考えるようなしぐさをした後、

「室長でもないし、来訪者でもないなあ」

「どういう事だ?」

「あたしは室長ってガラじゃないでしょ」

「・・ノーコメント」

「うぅ、自覚あるから良いけどさ。でも、観光してさよならするつもりも無い」

「じゃあどうするんだ?」

「日向の手が回らない所をちょこまかやるよ」

「手が回らない所?」

「回らないっていうか、回しきれないとこ」

「あー・・」

日向は天井を見て考えた。幾つか思い当たる節があるが、しかし。

「伊勢」

「何?」

「そんな面倒な事を何故引き受ける?」

「なんでよ」

「普段絶対やらないだろう?」

「そうね。普段というか、鎮守府に居ればね」

「だろう?」

「ここじゃアタシがやんなきゃ困るからよ」

納得しきれないという日向の表情に、伊勢は笑って付け加えた。

「鎮守府ならさ、提督や秘書艦、文月ちゃん、工廠長とかが何とかするじゃん」

「まぁ、そうなるな」

「だからあたしが出なくても大丈夫っしょ」

「あぁ」

「でもここは日向1人で仕切ってるじゃん」

「妖精達が頑張ってくれているぞ」

「それは実務であって、方針を考えるのは日向でしょ」

「あぁ」

「そして、日向は深海棲艦への営業活動や大規模艦娘化だけで手一杯じゃない?」

「・・・」

日向は少し俯いた。手一杯と言われてそうだと気が付いた。

当初と想定がずれているのだから、鎮守府との役割分担も見直す方が良い筈だ。

そういう事を言っているのだろう。

「艦娘の教育とか、長期化による深海棲艦達への対応とかか」

「そういう事」

「確かに、気付いていなかったな」

「ま、それで当たり前なんだけどね」

「なに?」

「営業活動の統括と艦娘化の運営のかけもちだけでも大変だって提督は言ってたよ」

「う・・そうか」

「だから他に気になる事があれば助けてやれって、ね」

伊勢が片目を瞑ったのを見て、ようやく日向は納得した。

提督は本当に、何でもお見通しなんだな。

「ま、幾つか課題はあるけど、何とかなるって!」

日向は伊勢に頭を下げた。

「すまない。手伝ってくれるか?」

伊勢は日向の肩をバシバシ叩いた。

「なぁに畏まってるのよ、こういう時の姉妹じゃない!」

「痛い痛い・・解った」

日向は伊勢と視線を合わせると苦笑したのである。

 

 



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日向の場合(7)

今回の連休は(出来る限り)6時、12時、15時に公開する予定です。


提督に報告した翌日の午後。

 

「姫、これが我が姉の伊勢だ。これから副室長を務める事になった」

「伊勢です。妹がいつもお世話になってます」

「北方棲姫デス。ヨ、ヨロシクオ願イシマス」

「姫様ノ侍従長ヲ務メテオリマス。コチラコソオ世話ニナッテマス」

伊勢は日向に連れられて、北方棲姫と侍従長に会った。

そして、鎮守府で勧誘船に乗って来た子に対して、艦娘化の後に行っている事を説明。

最初、北方棲姫は緊張した様子を見せていたが、説明を聞くに従って打ち解けて行った。

「ナルホド、艦娘トシテ帰ル前ニ、オサライヲスルンデスネ」

「希望ニ応ジテ、教育内容ヲ変エテイルノデスネ」

「そうなの。内容や時間配分も受講者の意見を反映してるから、評判は悪くないよ!」

「デショウネ」

「コレハ良イデスネ」

「だから、艦娘として異動する前の子から希望を取ってみたらどうかなって」

「賛成デス。トッテモ良イト思イマス!」

「ソレヲ営業活動ニ取リ入レルノモ、良サソウデスネ」

日向はなるほどと思った。

確かに、戻った後上手くやって行けるか心配する子もそれなりに居たのだ。

長い間深海棲艦として過ごしてしまったが為に、記憶が間違っているのが不安だと。

「じゃあ案内を出して、説明会を開いても良いかな?」

「ハイ。ウチノ子達モ営業内容ニ盛リ込ミタイノデ、参加サセマス」

「決まり!説明会はどこでやれるかな、日向」

「食堂の最上階なら使ってないから、準備した物をそのままにしておけるぞ」

「良いわね、じゃあそこ貸して!」

「案内しよう。東雲組の管制官にも改めて副室長だと紹介した方が良いだろう」

「任せるわ!」

伊勢は立ち上がった後、北方棲姫と侍従長に向き直ると、

「そういう事で、妹と二人で頑張りますから、よろしくね!」

「色々迷惑をかけるが、引き続き頼む」

「ハイ!ヨロシクオ願イシマス!」

「出来ル事ガアレバ仰ッテクダサイ。オ手伝イシマス」

こうして4人は笑顔をかわしたのである。

 

「まずは説明会に集まってくれた皆、ありがとね!」

伊勢は説明会場で、参加した艦娘達を見回した。

色々な海域で深海棲艦になり、再び艦娘に戻る事を希望する子達。

それに加えて、営業活動の売り文句を探すべく内容を聞きに来た北方棲姫の部下達。

期待する目、聞き取ろうとする目、半信半疑の目。

そんな中、伊勢が最初に説明したのは、鎮守府でやっている教育であった。

教育と聞いて顔をしかめた子も居たが、内容を聞き終わると

「うん、おさらいなら、ちょっとやっておきたいかも!」

と、ニコニコとして応募用紙を手に取っていた。

次に、睦月と東雲がやっている心身のケアについても説明。

こちらはその場での反応は薄かったが、説明会の後で

「あ、あの、悪夢を見るのもケアを受ければ治るでしょうか・・」

と聞いてくる子が数名居た。

午前と午後の2回を3日間やって、伊勢は結果をまとめながら深く頷いた。

やはり勧誘船に乗って来た子達と傾向は同じだと。

翌日、伊勢は日向に言った。

「状況まとまったし、ちょっと鎮守府に行ってくるわ」

「通信も出来るぞ?」

「身振り手振り出来ないじゃん」

日向は頷いた。伊勢は話す時、大量のボディランゲージを使う。

「いつ戻る?」

「お姉ちゃん居ないと寂しいの?ねぇねぇ」

「そういう意味ではない」

「ちぇ、解ってるわよ。ええとね、明日の夜か明後日の予定」

「今日、営業船を1隻メンテナンスで鎮守府に回送するから乗っていくといい」

「速いんだっけ?」

「島風より速い」

「へぇ、便利ね。じゃあ借りる」

「NO3だ。一番外海に近いところに居る。1000時出航だが、遅らせるか?」

「あと20分か。OKOK、行って来る!あまり遅いと夜になっちゃうからね」

「なら、港で見送ろう」

伊勢がにやりと笑った

「やっぱり寂しいんでしょ。素直じゃないんだからぁ」

「・・伊勢」

「なによ?」

「無理して張り切ってないか?少しずつで良いんだからな?」

伊勢は日向の心配げな顔を見て、ぺろっと舌を出すと

「今回の内容は妙高達からの頼まれ事だから、実はとても楽でした」

日向は頷いた。

「そうか。妙高は心配してたのか?」

「勧誘船に乗ってくる子達が艦娘になる時と同じじゃないかってね」

「経験者が居るってありがたいな」

「そういうわけだから、ちゃっちゃと行ってくるわ!」

「解った」

港で伊勢の乗る営業船を見送りながら、日向は1人呟いた。

「早く、無事で帰って来いよ。たった一人の姉なのだからな」

 

その日の午後、鎮守府提督室。

提督は伊勢の報告を聞き、頷きながら言った。

「そうだね。基地は元々艦娘に戻りたい子は居ないという前提で作ったからね」

「出発前に妙高達から話を聞いたんだけどさ」

「うん」

「おさらい教育、大体一定数の空きが出てるらしいのよ」

「そっか、だいぶ簡略化したんだっけ」

「仮想演習場だけは大鳳組とやりあう子達で満員らしいんだけどね」

「それは主にうちの艦娘達だよね」

「ええ」

「整理すると、妙高達は深海棲艦の教育に慣れてきた」

「うん」

「仮想演習場を除けば、今の体制で余裕がある」

「ええ」

「基地で艦娘になった子達も教育やケアを望んでいる」

「そう」

「・・ただ、基地の子達は結構膨大だろ?どこに泊まらせるかなあ」

「一気に受け入れる必要は無いと思うから、空き枠の範囲で良いと思うけど」

「順番待ちが長いと基地でヒマじゃない?」

「それは無いわね。営業とか事務手続きとかで忙しそうだし」

「そっか、北方棲姫の部下だけじゃなくて皆でやってるのか」

「事務手続きは異動先の鎮守府でもやる筈だって、練習を兼ねてるみたいね」

「ふむ。妙高達はどれくらい余裕があるのかな」

「それは、本人から聞いたほうが確実ね」

提督は秘書艦である赤城に声をかけた。

「ええと、妙高、天龍、睦月、後は最上を呼んでくれ」

 

 



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日向の場合(8)

伊勢が提督を訪ねた日の午後。

 

 

「そうですね、確実という意味なら後1日30人位までは可能です」

「ただし、があるでしょ?」

妙高は天龍をちらっと見た後、肩をすくめた。

「ええ。天龍さんに任せる子が0なら、という意味です」

「天龍組の様子はどうだ?」

天龍が肩をすくめた。

「結構居る。今も6人抱えてる」

「あまり増えても困るよな」

「ハンドリングするという意味では今が限界かな」

「んー、龍田をそっちに回すか?」

「実際、手伝ってもらう事は今も多いからな」

「なるほどな。もう1つ教えてくれ」

「ん?」

「東雲の治療を、天龍組で採用しているかい?」

「・・そういや使ってない」

「取り入れてみる気は、あるかい?」

天龍はしばらく天井を睨んで考えていたが、

「そっか、そうだな。考えてみりゃ東雲に相談しても良かったんだな」

「という事なんだが、睦月」

「なぁに?」

「悩みを相談しに来る子が居たとして、睦月達はどう対応してる?」

「毎回違うけど、基本的には受け入れられない記憶だけを選んで消してるよ」

「それはどれ位かかるんだい?」

「15分くらいかなあ。心の傷の多さにもよるけど」

「天龍、その方法自体はどう思う」

「んー、本人が気づいてれば、そこを消すのはアリだと思う」

「気づいていれば、と言うと?」

「例えば今はどうしてもひまわりを怖くて見られないって言うとするだろ」

「うん」

「でもそれはずっと前に、先輩が轟沈した時にひまわり畑が見えたのが原因でさ」

「うん」

「だけど本人が辛すぎて、轟沈の記憶を封じてると辿り着かねぇんだよ」

「睦月達はどうしてる?」

「私達は本人の意識と関係なく強制的に記憶を辿るので、自覚させずに消します」

「それで、例えば今のひまわり恐怖症のケースは治るの?」

「はい。今まで何で怖かったんだろうって不思議そうにされますけど」

「天龍は、それじゃダメなんだろ?」

「前はそうだって言い切ったんだけどな・・」

「どうした?」

天龍は眉をひそめながら俯いてしまった。

「・・つい先日、出ちまったんだよ。記憶を全て消すLV1化するしかねぇ奴が、さ」

妙高が天龍の肩に手を置いた。

「あの子は仕方無かったわよ。記憶に耐え切れなかったんですもの」

天龍は提督の方を向き直って言った。

「お、俺はさ、辛い記憶も、これからを生きる理由になる筈だって思ってたんだ」

「うん」

「でもよ、記憶によっては、艦娘でいる事さえ危うくしちまう」

「・・そうか」

「あいつは記憶がよみがえった途端、深海棲艦に戻っちまったんだ」

「ん?その件は聞いてないな」

「すまねぇ、報告書をまとめるのが辛くて後回しにしてた」

「天龍一人で背負うのはあまりにも酷だ。そういう時は口頭で良いから私に言いなさい」

「・・怒らねぇのか?」

「何故だ?どうにもならん時の無力さは良く解る。姫の島事案で思い知ったからな」

提督室に居た艦娘達は、提督の寂しげな笑顔の意味を見抜いた。

あの時。

提督はやっぱり、姫の島の姫にも深海棲艦から戻って欲しかったのだということ。

けれど姫は、協力しても惨い死に方をするだけだからと即座に断った。

駆逐隊のボスは姫に対して怒り狂っていた。

そしてそのまま戦いに突入し、姫は昇天して行った。

天龍は提督を見たまま目を細めた。

「提督は、姫を救えなかったって自分を責めてるのか?」

提督は苦り切った顔をして見つめ返した。

「責めてるというか、全員救いたかったさ」

「あいつも、姫も、記憶が辛すぎたの、かな・・」

「確かに、艦娘や妖精として存在する全ての子が幸せなわけではないからな」

「親分によっても全然違うしな」

「親分って言うな。せめて司令官と言いなさい」

「いや、鎮守府の筆頭艦娘とか部隊長も含めた意味の、親分だ」

「あぁ、組織の上司って事か」

「そうさ。気が合えばいつもYesボスでニコニコだが、正反対なら針のムシロだ」

「天龍の表現は面白いくらい解りやすいな」

「そ、そうか?」

「妙高が推した理由もよく解るよ」

天龍が顔を赤らめた。

「からかうな。そういう事もあって記憶の消去もLV1化も一律反対じゃねぇよ」

「ほう、そう考えるようになったか」

「・・あぁ。場合によっては必要だ」

提督がにこりと笑った。

「天龍、ほんとお前さん成長したな」

「なに?」

「手法のそのものに罪は無いんだよ」

「・・あぁ」

「使い方を間違えればロクな事にならないんだが・・」

「ああ」

「一切禁止ってのもその手法でしか出来ない可能性を潰してしまう」

「・・・」

「我々は手法を何の為にどう使うか、そこを考えなきゃならないんだ」

「・・・」

「天龍は記憶消去やLV1化の役割を見つけたって事だろ」

「・・艦娘1人、犠牲になったけどな」

「昇天しちゃったのかい?」

「体はLV1化して旅立ったけどさ、元のあいつには小さな夢があったんだ」

「夢?」

「俺達のように教育者になりてぇってな。LV1化で綺麗さっぱり忘れちまったが」

「・・天龍、だったら尚の事、LV1化を捨てるな」

「俺は辛くて仕方ねえ」

「何がだい?」

「LV1化する前の苦痛に歪む顔と、処置後のあっけらかんと笑う顔のギャップだよ」

「いいか、天龍」

「・・」

「まず、そんな記憶を植えつけたのは天龍じゃない」

「そ、そりゃそうだけどよ、でも」

「まぁ聞きなさい。そして艦娘である限り、人間より遥かに長く生きられる」

「・・そうだな」

「元の状態では教育者になりたいのに深海棲艦に戻るほど、記憶に振り回されてたんだろ?」

「・・あぁ」

「だからもう1度、最初から幸せな記憶で組み立てるチャンスを与えたんだよ、天龍は」

天龍は目に涙を溜めていた。

「俺は・・本当にあれで良かったのか・・自信が無ぇんだよ・・」

提督は立ち上がると、ぽんぽんと天龍の頭を撫でた。

「今夜にでも全ての話を聞こう。鳳翔の店でチビチビやろうじゃないか」

「・・提督の手って、あったかいな」

「そうか?」

「おう」

「ま、ゆっくり話を聞くから、心配するな」

提督はひとしきり天龍を撫でた後、席に戻った。

天龍は撫でられた所をそっと手で押さえ、頬を染めていた。

「ええと、脱線しちゃったね。皆すまない。」

だがその場に居る面々は、にまにまと笑っていた。

「なんだ?」

伊勢が口を開いた。

「・・なんだかんだ言って、最後にきちんと締めるのは提督だね」

「当たり前じゃないか。私は皆に対する責任を負う為にここに居るんだ」

妙高はふっと笑った。

「受講生の子達の話を聞くと、それを当たり前と思ってない人、多いようですよ」

「そんなもんかね」

「司令官は命令を出す、お前達は言う事を聞いてれば良い、と」

「随分な言い方というか・・軍隊式に言えば正しいのだけど、その為には・・」

「その為には?」

「皆を把握し、全て見て決めて1人で責任を取らないといけない。キツい筈なんだがな」

「そんな事をいう司令官は、そんな事を考えてませんよ」

「どう考えてるんだ?」

「自分が見聞きした物が世の中の全て、失敗したらお前のせい、です」

「・・なるほどな、天龍」

話しかけられた天龍は、頭に手をやったまま提督に向いた。

「ん?」

「親分次第でとんでもなく変わるって、そういう事か」

天龍は悲しげに頷いた。

「俺んとこにくる奴らの親分は、大抵クズだからな」

「そうか」

「だから俺は、配属がここで良かったってつくづく思うぜ」

提督は肩をすくめた。

「私も大概へっぽこだし、皆に任せてばかりだがね」

「そういう事さ」

「ん?」

「へっぽこならへっぽこだって自覚してくれりゃ、周りはやりようがあるんだ」

「ちょ、ちょっとはフォローしてくれよ。切ないじゃないか」

「俺天才って思い込んでるへっぽこってのがクズなんだよ」

「・・あー、フォローのしようが無いなあ」

「うちに来た奴らを見続けた、俺の結論だ」

「まぁ、なんだ。それを他所の鎮守府や大本営で言うなよ?」

「なんでだよ」

「人は本当の事を言われるとムキになって怒るんだよ」

天龍がニヤリと笑った。

「それって、提督も同じ意見って事か?」

「おいおい、言質とって何するつもりだよ」

「決まってんだろ、安心する為だよ」

提督は頬杖をついて数秒間、天龍を見ていたが

「・・ま、こじらせた阿呆は救いようが無いさ」

とニヤリと笑った。天龍も微笑んだ。

会話の合間を見計らって、伊勢がそっと手を上げた。

「あのさ、天龍とラブラブオーラ作るのは今夜やって欲しいんだけどさ」

提督がきょとんとした顔で言った。

「えっ?ラブラブ?何が?」

部屋に居た艦娘達がジト目で見返し、同時に溜息を吐いたのは皆様ご想像の通りである。

 

 



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日向の場合(9)

伊勢が提督を訪ねた日の夜。

 

鎮守府と基地の役割分担などで話し合いは続いたが、結論は持ち越しとなった。

提督はひとまず皆を夕食に行かせ、赤城と二人で書類作業をこなした。

しばらくして伊勢が夕食から帰って来た。

「いやー、間宮さんのご飯は落ち着くし美味しいわー、おふくろの味だわー」

「伊勢、今日は泊まっていくんだろ。迎賓棟取っておいたぞ」

「そうだね。服とかは基地にあるから、自室に戻っても、ね」

「赤城、予約していた部屋の鍵、渡してあげなさい」

赤城は棚から鍵を取り出して伊勢に手渡した。

「27号室です。オーシャンビューですよ」

「あ、ちょっと嬉しい」

「そうだ、伊勢」

「なに?」

「念の為、迎賓棟の使い勝手で気になる事が無いかチェックしてくれるか?」

「なんで?」

「外部の人は基本遠慮するだろ。身内だから言えるって事もあると思う」

「なるほどね」

「私達は使わないから、ちょっと気になってたんだよ」

「言われてる事はあるの?」

「いや、無いから気にしてる」

「ま、そういう事ならしっかり見てくるわ」

「ちょっと矛盾してるけど、ゆっくり寝て疲れを取ってくれ」

「はいはーい。あ、そうだ」

「なんだ?」

「提督は基地に行く予定ある?」

「今の所無いが・・日向が何かあったか?」

「なんで日向って限定するのよ」

「他に思いつく事も無いからなあ」

「へぇ・・一応旦那様ね。ま、当たり。あの子、そろそろ寂しそうだからさ」

「最初の予定は1ヶ月だったからなあ・・何か理由を付けて行こうかね」

「よろしくね」

コン、コン。

提督室のドアをノックし、天龍が顔を覗かせた。

「よぅ提督、仕事終わったか?」

「時間に正確じゃないか天龍。もう少しだ」

「遅刻すると受講生から叱られんだよ」

「はっははは。互いに成長するのは良い事だね」

「・・たく。じゃ、応接コーナーで待たせてもらうぜ」

「あぁ。じゃあ伊勢、よろしくな」

「はーいはい」

「これはこれでよし、と。赤城、書類関係はもう無かったかな?」

「ええと・・はい、全部終わりですね。あと」

「あと?」

「今までご飯我慢して頑張ったんで、おやつください」

伊勢はずずっと滑り、天龍は頬杖をがくっと外した。

だが提督は慣れたもので

「よし、今日は人形焼きをあげよう。丁度デザートに良いだろ?」

「えー羊羹がいいなー」

「あまり多いと・・加賀がランニングの周回数増やすんじゃない?」

「ありがたく人形焼き頂きます!」

「じゃ、赤城も夕食食べてきなさい。本日閉店です」

天龍がぴこっと立ち上がった。

「よっしゃ、行こうぜ提督」

「はいよ」

 

提督が鳳翔の店の戸をガラリと開けると、鳳翔が出迎えた。

「こんばんわ、いらっしゃいませ」

「驚かないのかい、鳳翔?」

「組み合わせに、という事ですか?」

「うん。私が天龍とここに来るのは久しぶりだからさ」

鳳翔はぴっぴっと奥のテーブルを指差した。

「龍田さんが先にお見えで、教えて頂いたんですよ」

提督は天龍を見た。

「龍田にも同席してもらうの?」

「い、いや、ちょっと夕食兼ねて呑んでくるって言っただけだ」

鳳翔は手を振った。

「いえ、席は別にしてくれって言われてます」

「そうなの?」

「あと、龍田さんから提督に伝言が」

「何?」

「姉に変な事したら幾つか晒します、と」

「何その怖すぎる伝言」

「お伝えしましたからね」

「はいはい・・で、どこに座れば良い?」

「そうですね、こちらにどうぞ」

 

4座のテーブルで向かい合って座ると、串焼きを食べながら雑談を交わした。

「そっか、龍田ってくっつくの好きなのか」

「スキンシップ~とか言ってな」

「天龍的にはどうなのさ」

「姉妹としてじゃれたいだけなんだろって思ってほっといてる」

「北上夫妻とは違うか」

「あれもさ、意外と言われるほどでも無いんだぜ」

「そうなの?」

「別にガチレズしてる訳でもないしな」

「あ、そうなの」

「おいおい、噂丸呑みかよ」

「だってさぁ・・ほら、お猪口空いてる」

「ん、ご返杯。ほんとのトコはせいぜい腕を組んで歩く位だってさ」

「へぇ、それなら親友をちょいと超えたくらいか」

「大井が北上の才能に惚れこんでるけど、その意味の惚れるだからなあ」

「芸能人と熱狂的なファンて感じかな?」

「んー、むしろ芸能人とその人を発掘したマネージャー的」

「最上と三隈みたいなもんか」

「ま、近いわな。古鷹と加古とか、青葉と衣笠はもう少しあっさりしてるし」

「龍田と天龍はどうなのよ」

「俺達か?うーん、自分じゃ良く解んねぇ」

「そっか。んで、そろそろ話せるかい?」

天龍は視線をお猪口に移すと、こくんと頷いた。

「長い話になるぜ」

「良いよ、その為に場所を移したんだ」

「・・・」

天龍はくいと酒を飲むと、鼻を啜った。

「あいつが来たのは、2ヶ月くらい前だった」

「妙高がとにかく暴れて困るって言うんで、教育開始直後から引き受けた」

「俺は何日か話して、その激しさに驚いたんだ」

提督が口を挟んだ。

「ん?激しさ?」

「あぁ。少し前まで機嫌良く話してたかと思うと、いきなり激昂する」

「未来の夢を楽しそうに語ったかと思うと、この世なんてどうでも良いと言う」

「個人課題で文章を書かせても、前と中と後で書いてる事が違う」

「割と教室で暴れる事も多くてよ、今までには無いケースだと思った」

提督が頷いた。

「確かに激しいね。でも、その激しさは・・」

「なんだ?」

「自分の中で、物凄く戦ってたんじゃないかな」

天龍が頷いた。

「ビンゴだ。絶望する自分と、希望を持つ自分が2つに分かれちまってた」

「そんな感じだね」

「色々やったけどダメでな、白雪と相談して、特製の心理テストをやらせたんだ」

「ああ」

「だが、白雪は回答結果を見た途端血相を変えてさ、LV1にすぐ戻せって言うんだ」

「うん」

「今まで白雪はそんな事言った事無かったからさ、理由を聞こうとしたら」

「・・もしかして」

「あぁ、受講生が飛んできて、深海棲艦に戻っちまったって、な」

「・・・」

「俺は龍田と長良達事務方の加勢を得て何とか取り押さえた。だが・・」

「うん」

「あいつは深海棲艦としても新種になりかけてた」

「見た事が無い姿って、事か」

「ああ。明らかにヤバそうな姿だった」

「うん」

「それで俺に、嫌だ、思い出した、苦しい、もう死なせてくれって言うんだ」

「・・」

「どんどん眼の色が暗くなって、本当に深海棲艦として完成しつつあった」

「・・」

「俺は砲を向けたけど、撃てなかった。救いたくて躊躇っちまった」

「・・」

「そこに東雲と睦月が駆け付けてきて、大慌てで艦娘化とLV1処理をかけたんだ」

「・・」

「提督」

「聞いてるよ」

「俺はさ、過去を思い出とすれば、前を向いて生きられると思ってたんだ」

「普通はそうだよ。大概はそれで良いんだよ」

「でも、さ・・」

「うん」

「本当に良いのか・・すっかり自信がなくなっちまってさ」

提督はくいと酒を飲み干した。

 

 



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日向の場合(10)

天龍の話は続いていた。

 

自信がなくなったと俯く天龍の肩を、お猪口を置いた提督はそっと叩いた。

「天龍、自信を持っていい」

「何で言い切れる?」

「おいおい、あの時天龍が庇わなかったら白雪や伊168はダメになってたぞ?」

「あの連中から庇ったのは提督と日向だろ」

「私は外敵から皆を庇った。寄り沿って皆の中で二人を守ったのは天龍だ」

「・・」

「それにさ・・これ」

そういうと提督は、懐から紙の束を取り出した。

「赤城に探してもらったんだ。受け取りなさい」

「なんだよ・・」

天龍が受け取ったものを見ると、沢山の手紙だった。

「元天龍組の子達から、私宛に届いた礼状だよ」

天龍は封書や手紙にしたためられた事を読んでいった。

提督はしばらくして、天龍の頭を撫でた。

「これなんか天龍の事を一生の師と呼ぶとか書いてあるじゃない」

「・・」

「もう1度頑張ってみますとかさ、天龍の思いは、願いは、ちゃんと伝わってるんだよ」

「・・」

「天龍が居なければ、この子達は皆、記憶を失ってLV1にされたんだろ?」

「・・あぁ」

「でもこの子達は、今もちゃんと頑張ってる。青葉達のお墨付きだ」

「・・そうか」

「そうだとも。これは全部、天龍にあげるよ」

「えっ?でもこれ、提督宛だぜ?」

「天龍が読んで、元気を貰いなさい。天龍の成果なんだから」

「・・・」

「それとな、天龍」

「ん?」

「もし、どうにもならんほど辛いなら、今ここで教育方を辞めても構わない」

「・・」

「私も、妙高達も責めないよ。今回の件がどれだけ辛かったのかも解るからね」

「・・」

「気分を変えて遠征とかしばらくこなすのも良いかもしれん」

「・・」

「どうしたい?私は天龍の意志に沿いたいと思う。今結論を出さなくても良いが」

天龍は手紙の束をぎゅっと握り、額に当ててしばらく考えていた。

提督は静かに手酌で酒を飲み、鳳翔にもう1本と告げた。

鳳翔はしばらくして徳利を持ってくると、くすっと笑った。

「アルコールを全部飛ばされるなら、普通のお茶でもよろしいでしょうに」

「徳利からお猪口に注ぐのがお茶じゃダメなんだよ。文化としてね」

「お二人ともお酒は弱いですからね」

「そういうことだ」

鳳翔は天龍が掴んでる手紙の束に気がついた。

「あら、お手紙ですか」

「ああ、元天龍組の子からの感謝状だよ」

「天龍さんがあったかいからこそ、手紙を書く気になったのでしょうね」

「だろうね。良い先生だよな」

「ええ。誰よりも受講生の皆さんの行く末を案じてらっしゃいますよ」

天龍は身動き1つしなかったが、鳳翔は頷くと戻っていった。

それからさらにしばらくして。

「・・提督」

「あぁ」

「これ、アルコール飛ばしてたのかよ」

「私専用だ。ゼロじゃないが甘酒くらいしかアルコールは入ってない」

「道理で全然酔わねぇと思ったよ」

「私が下戸なのは知ってるだろ?」

「俺別に飲めるし」

「似たようなもんだろー」

「いーや!ぐ、グラス2杯はいける!」

「何を?」

「ビール!」

「・・いや、それくらいなら私も飲めるよ?」

「え、そうなの?」

「大本営で乾杯位飲めないと大変だからね」

「そうか」

「うん」

そしてまた、しばらくの沈黙の後。

「・・なぁ提督」

「んー?」

「俺があいつにした事、どこか気になる事はあったか?」

「そうだな、1つだけ言うなら」

「うん」

「深海棲艦になる程なんだから、まぁどの子もそれなりの傷を追ってるよね」

「あぁ」

「でも、その子が受けた傷に耐えられるとは限らないだろう?」

「傷に耐えられる、か」

「ああ。だから、最初の話し合いの直後にLV1化でも良かったかな、と思う」

「そうか」

「思い出にするってのは、耐えて、受け入れて、水に流すってことだからな」

「そうだな。だったら全員、LV1で良かったのか?」

「雑に考えればYESだが、別の意味でもったいない」

「もったいない?」

「普通の教育を拒否するのは、話を聞いて欲しいとか、不安だからってのもある」

「そうだな」

「それは話を聞くなり安心させてやれば、それでその子は復活できる」

「あぁ」

「伊168が言ってたぞ」

「・・なんて?」

「天龍が長門から庇ってくれた時、自分がこの世に居ても良いって感じた、とな」

「・・あいつ」

「そういう子が、それを書いて送ってきたんじゃないのかな?」

天龍は手紙の束をじっと見た。

「・・」

「今までこれだけ相手にしてきて初のLV1化なんだろ?」

「そうだ」

「無理な物まで天龍が付き合う必要も無いし、逆に全員LV1化する必要も無い」

「・・」

「世の中、一律にうんたらかんたらやって上手く行く事なんて何も無いんだよ」

「・・」

「一人一人違う体験や記憶を持ってる艦娘達なんだ、同じで良い訳が無いじゃないか」

「・・だよな」

「最初にしっかり見て見極める。そういってたのは天龍、お前さん自身だよ」

「あぁ」

「私はそれを聞いてなるほどと思ったよ。真実の重みがあった」

「・・そうか?」

「そうだ」

「・・そっか」

「ほれ、飲め」

「アルコール飛んでるから酔えねえけどな」

「良いんだよ。雰囲気は大事なんだ」

天龍はふっと笑った。

「・・あのさ」

「ん?」

「これからは、睦月達に頼む事も含めて、どうすりゃいいか考えるよ」

「白雪にも聞いてみれば良い。よく見てるよあの子は」

「あぁ、知ってるさ」

「・・さっきさ、提督室で言ったこと」

「どれ?」

「へっぽこはへっぽことして自覚してればってやつ」

「あぁ」

「あれは、俺にも言える」

「へっぽこって言うか、己を知ってれば強いってのは昔から言われてる事だよ」

「・・そうか」

「まぁ、天龍は私よりしっかりしてるから良いじゃないか」

「・・あんまり嬉しくねぇ」

「おう、言うじゃない」

「・・でも、提督には敵わねぇよ」

「そうか?」

「提督の周りには、こんだけの連中が集まってるんだからさ」

「仕事上仕方なく、って可能性もあるぞ」

「少なくともこの鎮守府の所属艦娘で、嫌々働いてる奴はいねぇな」

「・・天龍がそういうなら、そうなんだろう」

「俺の目を信じてくれるのか?」

「お前さんの人を見る目はアテになる。判断の勘所も含めて間違いない」

天龍はくいっと酒を飲み干した。

「・・うし、明日から仕切りなおす」

「相談でも報告でも、遠慮なく訪ねて来なさい。お前は遠慮が過ぎる」

「・・そうする。提督には、格好悪いとこ見せても良いしな」

「信用してくれてるって事で良いのかな?」

「それと、提督の格好悪い所は散々見聞きしてるしさ」

「げっ」

「あははっ」

「やっと笑ったな、天龍」

「・・あぁ、笑った。提督」

「ん?」

「ありがとう」

「よし。それで良い。じゃあお開きにしよう。待ってなさい」

提督が鳳翔に頷きながら立ち上がると、鳳翔はレジの方に歩いていった。

「鳳翔さん、今日も美味しかったよ。ご馳走様」

「ありがとうございます。お会計はこちらで」

「えらい安くない?」

「いつも私にこの店を好きにさせてくれる、お礼です」

「良いのに」

「それでも、です。礼は出来る時にしなければいけません」

「解った。こちらこそ、いつもありがとうね」

「はい」

「そういえば、龍田はまだ居るのかな?」

「少し前に御帰りになりましたよ」

「えっ!?全然気づかなかった」

「色々準備してたのに残念と仰ってましたよ」

提督はさっと青ざめた。

「・・一体何を?」

鳳翔はくすくす笑った。

「さぁ?」

提督は支払いを済ませて店の引き戸をがらりと開けると、天龍に声をかけた。

「おおい天龍、ほら、帰るぞ~」

だが天龍はカウンターに伏したままだったので、提督は戻ってきた。

「うー」

「なんだ、あれで酔ったのか?」

「眠い」

「おいおい、寮まで頑張れよ」

「眠い」

「しょうがないなあ・・ん、軽いな・・」

提督は天龍をおぶると、サクサクと砂を踏みしめていった。

途中、天龍はちらりと薄目を開けて提督を見ると、にふんと満足げに目を閉じたのである。

 

 




日向シリーズなのに・・という回ですが。
書いておきたかったので。


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日向の場合(11)

最近付いた評価1の方のコメントを見て、あらすじを直してない事に気づきまして。
それで、あらすじを現状にどうにか合わせようかとしてるんですが、あまりにも話がありすぎてどこをかいつまんで書けば良いのかと途方に暮れてます。
とほほ。


伊勢が提督を訪ねた日の翌日。

 

コン、コン。

「どうぞ、開いてますよ」

本日の秘書艦である加賀の涼しげな声に呼応するかのように伊勢が入ってきた。

「おはよ提督。部屋は特に問題無いと思うよ」

「そうかい?」

「ただ・・」

「ただ?」

「豪華過ぎて落ち着かなかったわ・・あはは」

「内装、そんな派手だったっけ?」

「ううん。落ち着いてて趣味は良いんだけど、やたら高級感が溢れてるから気が引けるのよ」

「まぁあれは大本営の中将や大将が来ても問題ないようにって作ったらしいからね」

「あー、納得。あたしにはちょっと豪華過ぎって思った」

「だとすると、受講生向けに一部改装してみるか・・」

「ま、分相応の部屋の方が落ち着くわね」

「考えておく。ところで、基地の子達の件、こんなのはどうかと思うんだが」

「なになに?」

 

その後。

提督は妙高と最上、そして三隈を呼んだ。

「というわけでな、異動希望者を招いておさらい教育を受けてもらおうと思うんだ」

妙高が頷いた。

「ええ」

「人数はその日受け入れられる分で良いが、上限はどのくらいにする?」

「そうですね、念の為25人を最大として良いですか?」

「解った。あと、日程は日帰りではなく、1泊2日にしようと思う」

「おさらいコースは軽めの1日で終わりますから、日帰りも可能ですけど・・」

「なんというかね、鎮守府の空気に慣れてもらおうと思ってさ」

面々はなるほどという表情で頷いた。

「いずれ赴く鎮守府とは違うと思うのだが、深海棲艦の頃よりは近いだろうと思ってね」

「そうでしょうね」

「うちに興味を持つ子が居るなら、来てくれても良いしね」

「さりげなくPRってわけね」

「ああ。だから2日目は基地に日暮れには帰れるように早めに出航させる」

「実質は1日だけど、泊まる事で長めに置いて、雰囲気を思い出させるって事ね」

「そういうことだ」

最上が手を挙げた。

「えっと、ここまでの移動手段はどうするんだい?」

「そこなんだけどね最上さん」

「うん」

「途中で迷われても困るからさ、往復用の船を1隻作れないかな?」

「小型で良ければすぐ作れるよ」

提督は伊勢に言った。

「じゃあこちらの準備が整ったら往復用の船を送るから、それを合図にしてほしい」

「うん、こっちもそれで準備しておくわ。あ、その船って私達も乗って良い?」

「勿論。往復したい時には使うと良いよ」

「よし、じゃあ私、基地に戻るね」

「もう戻るのか?」

「日向が心配するしね」

「最上、今日返す営業船は無い?」

「伊勢が乗って来たNO3を返すよ。もうメンテ終わってるし」

「早いね」

「特に問題が無かったからね」

「じゃあ帰りも営業船に乗って行けるのね。楽で良いわー」

「営業船の乗り心地はどうだった?」

「静かだし、揺れないし、速いし、何より攻撃回避してくれると思うと安心よね」

「あは、褒めてもらえて嬉しいよ」

「じゃあ営業船で帰りなさい。土産は何か買うのかい?」

「間宮さんのとこでケーキとクッキーを予約してるの。あ、もう出来るわね」

「じゃあそれと、これも持って行きなさい」

「あ、黒蜜羊羹。良いわね。ありがと!」

「気を付けて帰るんだぞ」

「解った。じゃあ皆、よろしくね!」

こうして伊勢は再び営業船に乗って帰った。、

鎮守府ではその後、妙高が中心となって教育プログラムの調整を進めて行ったのである。

 

伊勢が帰ってから3日後の日没頃。

管制室で久しぶりにアラートが鳴った。

「なに?正体不明の船舶だと?」

東雲組の妖精達の報告を受け、日向は双眼鏡を覗いたが、

「大丈夫だ。先日話した往復用の船だ。そうだ、あれが毎日来るようになる」

と言い、インカムで伊勢を呼んだ。

 

「まーた目に悪い配色ねえ」

「あぁ。最上の奴、蛍光イエローで船体を塗らなくても良い気がするんだが」

船体側面に大きく「ソロル-基地往復船」と書かれた船。

大きさは勧誘船より小さく、定員は40人程だ。

毎日研修生を乗せて往復し、時折日向達も乗るという意味で適切なサイズである。

鎮守府に連絡したところ、上限までOKとの答えが帰って来た。

また、船は自動的に0700時に出航するという。

行く順番は相談済だったので、第1陣の25名を送り出す事にした。

その中には北方棲姫の部下で、艦娘に戻っていた子も混じっていた。

翌朝出航した船は、再び昨日と同じ時間に空の状態で帰って来た。

鎮守府に聞いた所、14時頃に鎮守府を発ったという。

伊勢は頷いた。

「結構速いわね、島風でも追いつけないかも」

日向は腕を組んだ。

「さてさて、明日の夜に何を学んで帰ってくるかな」

翌朝。

第2陣も上限までOKと確認したので、予定通り25名を送り出した。

その日の夜、帰って来た船に乗っていた子達は目をキラキラさせていた。

「久しぶりの鎮守府の雰囲気、凄く楽しかったです」

「忘れてた事が幾つもあって、おさらいしてもらって良かったなって」

まずは良かったと、日向も伊勢もホッと息を吐いたのである。

 

「ソウデスカ、ソレハ良カッタデスネ」

北方棲姫は教育に行った部下の報告を聞いていた。

体験した方が営業に役立つだろうという判断だったのだが、

「楽しかったですよ、忘れてる事も結構ありました」

そういっててへへと頭を掻く部下に、北方棲姫は笑いながら

「楽シカッタノナラ、艦娘化シタ子達ハ全員受ケレバ良イ」

と、頷いたのである。

 

その後もほぼ毎日25名ずつOKのやり取りがあった。

時折、

「昨晩勧誘船で団体さんが来てしまったの、今日は御免なさいという事で」

と言って中止になる日もあったが、概ね順調な日々が続いた。

教育を受けた子が日向に送ってきた手紙によれば、異動先で役に立ったそうである。

日向は桐の小箱をそっと取り出し、蓋を開けた。

基地を始めて以来、旅立って行った子達が送ってくる手紙が入っている。

日向はふふっと笑うと、届いた手紙をそっと仕舞った。

 

 



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日向の場合(12)

営業活動開始から4ヶ月、教育開始から2ヶ月が過ぎたある日。

 

往復船の入港を出迎えた日向は、最後に降りてきた一人から声を掛けられた。

「やぁ日向、久しぶり」

日向は相手を見て目を丸くした。

「てっ、提督!?あっ、あれっ!?連絡来てたか?!」

「どうかねえ」

「な、なな、何してるんだ」

「何って、往復船に乗って様子見に来たんだよ?」

「ご、護衛はどうしたんだ!」

「艦娘は沢山乗ってたよ?色々話を聞かせてもらったし」

「違う!秘書艦はどうした!」

「時間見たら出航5分前だったからメモ置いて来たよ」

日向は額に手をやった。絶対長門が怒り狂ってる。

「いいから、通信室に来てくれ」

「はいよ」

「んなっ!?何故手をつなぐ!?」

「一緒に行くんじゃないのかい?」

「そ、そそ、そりゃ私が居ないとゲートが開かないが」

「だよね。ここは不慣れだし、案内を頼むよ」

「しょ、しょうがないな・・」

港に居た艦娘や深海棲艦達は、提督と日向の様子を見て、

「あれが旦那さん?」

「アンナ嬉シソウナ日向サン、見タ事ナイデスネ」

「いーわねー」

「オ熱イ事」

などと言いながらにこにこ微笑んでいたそうである。

 

「まったく・・だからメモ1枚置いてこつ然と消えるな」

「自動操船の往復船なんだし、行先は日向が居るし、安心だろ?」

「護衛も無しに出るなと言ってる」

「最上の船は逃げまくる事に関しては極上の性能だからな。信頼してるよ」

長門は提督の言葉に、マイクの前でぞくっとした。

提督が営業船で脱出したら第1艦隊総出で追っても逃げられそうな気がする。

確か・・島風でも追いつけないんじゃなかったか?

ぷるぷるぷると首を振るとおほんと咳払いして、長門は続けた。

「明日の業務はどうするんだ」

「秘書艦は誰だっけ?」

「・・赤城だ」

「大丈夫大丈夫。文月と上手くやってくれるよ」

「はぁー」

長門の溜息も解るなと日向は思った。

確かに月半ばであり、突発事案でもない限りルーチンワークの時期である。

赤城と事務方が居れば提督の言う通り代行など簡単だ。

しかし。

「だからといってな、抜き打ちで視察が来る可能性もあるんだぞ・・」

「それも夕張に頼んで確認してるよ」

「何をだ?」

「大本営の予定表を見て貰ったら、来る予定はないってさ」

「・・・」

「・・・」

「ちょっ!?今なんて言った!?」

「だから、抜き打ち検査が無い事は大本営の予定表を見て確認済だよ」

「どうして予定表を見られるんだ?最高機密じゃないか!」

「夕張のハッキング能力を甘く見るなよ」

長門は通信機の前で頭を抱えてるだろうなと日向は思いつつ、口を開いた。

「あのな、提督」

「なんだ?」

「そういう手際の良さを発揮する位なら、事前に一言長門に言えば良かろう」

「うーん」

「ここに来るのは単なる出張なんだから、先に許可を貰えば何の問題も無いだろう」

提督はぽかんと数秒間日向を見た後、はっと気づいたようにポンと手を叩いた。

「そうか!どうやって抜け出すか真剣に考えてたが、ここは出張だもんな!」

日向と長門は同時に溜息を吐いた。脱走癖が骨の髄まで沁みこんでる。

「すまんすまん。外に出ると長門に怒られるって展開しか想像出来なかったんだよ」

「・・今回は予想通りだがな」

「へっ?」

スピーカーからすうううっと息を吸い込む音がしたかと思うと

「バァッカモーーーーン!!!」

長門の声は管制塔の壁を突き抜け、第1作業場まで届いたという。

間一髪の所で耳を塞いだ日向は、ぴよぴよと目を回している提督を横目に、

「とりあえず、明日の往復船に乗せる。私も同乗して護衛する」

そう返事を返し、長門はぜいぜいと息を切らせながら

「日向、お前だけが頼りだ。すまないがよろしく頼む」

と、応じたのである。

 

「あー、まだ耳がガンガンするよ」

「これに懲りたら、脱走などしない事だ」

通信を終えた日向と提督は、管制室に入った。

東雲組の妖精達が駆け寄ってきて、さっきの大声は何ですかと聞いてきたが、

「ええとね、私が脱走したから長門に怒られたんだよ」

と提督が言うと、なぁんだという表情をしてあっさり戻って行った。

「え、あれ、それで納得するの皆さん?」

日向はジト目で見た。

「提督の脱走癖は妖精の間でも有名らしいな」

「そうは言うけどね日向さん」

「なんだ」

「明日もそうだけど朝から晩までみっちりスケジュール入ってるんだよ」

「まぁ、鎮守府の長なんだから暇な日など無いだろう」

「この2ヶ月、日向が心配だって思ってても、そんな調子じゃ様子を見に行く事も出来ん」

「事前に言って予定として組んで貰えば良いだろう。その為の秘書艦なのだから」

提督は再びぽかんとしていたが、

「・・おお!そうか!出張調整か!ちょっと行ってくるとか言うからダメだったんだな!」

日向は溜息を吐いた。

提督には休暇の取り方や秘書艦に頼める事とか、基本事項を再教育した方が良い気がする。

「もう1回海軍士官学校に行ってきたらどうだ?」

「基礎体力訓練とか座学とか無理です」

「休暇の取り方とか教えてもらえるぞ」

「それは文月さんから懇切丁寧に教えて頂きました」

「じゃあ秘書艦に頼めることは何だ?」

「・・抜き打ちテストは反則ですよ日向さん」

「基本中の基本じゃないか!今までどうしてたんだ!」

「え・・・聞きたい?」

「いや、展開が読めるから良い。あのな提督」

「はい」

「秘書艦は各方面との調整役だから、何かしたい時はまず秘書艦に相談しろ」

「調整といえば日向さんや」

「なんだ?」

「あの鎮守府の秘書艦って、他の鎮守府より大変かい?」

「いや、むしろ楽な方だぞ」

「そうか?他の鎮守府でしてない事、結構してるからさ」

「分野は多岐に渡るが、事務方や経理方、研究班などの各班で処理してくれるからな」

「そうか」

「鎮守府によっては艦娘同士の喧嘩の仲裁や掃除洗濯までやってる所もある」

「うちは雷がやってるか」

「それらをした上でなおかつ第1艦隊の旗艦も務めるのに比べれば、うちは楽だ」

「第1艦隊旗艦は長門って決まってるからなあ」

「そういう事だ。だから提督の無茶なオーダーでも聞く余裕はある」

「どうして無茶だと決めつけるのかな?」

「無茶でないオーダーを聞いた事が無いからな」

提督は腕を組んで考えだした。

「・・・んー・・・」

「・・」

「うん、そうだね」

「認めるな!いや、認めるならもうちょっとマシなオーダーを言え!」

「どのくらい無茶かな」

「蕎麦屋に入ってペルシャ絨毯売ってくれってくらい無茶だ」

「相当だね」

「蕎麦で思い出したが、パワーボートで脱走して蕎麦屋に行く提督なんて聞いた事が無い」

「でもさ、あの時のパワーボートのレンタル費用、結構高かったんだよ」

「そんな事は1ミリも聞いてない」

「えー」

「とにかく、黙って行動されるくらいならまだ話を通してくれた方がマシだ」

「長門もそうかなあ」

「当たり前だろう。あまり正妻に心配をかけるなよ」

「・・・解った。まぁ出張として予定組めば良いって気付いたしね」

「・・あらかじめ解っていれば手料理の1つも用意して待ってるというのに」

「え?何?手料理?」

「う、うるさい」

その時、管制室に伊勢が入ってきた。

「さっきの大声って・・あ、やっぱり提督だ」

「それはどういう意味かな伊勢さんや」

「どうせ許可も取らずに往復船に乗ってバレて長門に通信で怒られたんでしょって事」

「ストライク過ぎてぐうの音も出ないよ」

「出張スケジュール組めば良いじゃない」

「日向に今そう言われた」

「でしょうね」

「手料理用意して待っててくれるんだっ・・むぐぐ」

日向はハッとして提督の口を押えたが、

「へー」

と、によによする伊勢の表情を見て、日向は溜息を吐いた。

また事ある毎に弄り回されるネタが増えてしまった。

 

 

 



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日向の場合(13)

提督が基地にやってきた日の夜。

 

「で、二人とも元気でやってるかい?」

食堂で夕食を食べながら、提督は聞いた。

「そうね、部屋も住み心地は悪くないし」

「うむ。最初の1ヶ月はドタバタしていたが、今は落ち着いてるしな」

「そうか。東雲組のご飯は間宮さんの味付けとは違うけど、これはこれで美味しいね」

「あぁ。洋食メニューが多いな」

「日向は何が好き?」

「んー、ビーフシチュー、かな」

「ほぅ。いいね。伊勢は?」

「あたしはチーズオムライス!」

「へぇ、どっちも鎮守府ではあまり出ないね」

「そういやそうね」

「あ、そういえば日向は3階に住んでるって言ってたよね」

「そうだ。最上階をと言われたが、災害で停電とかした時に降りられないのでな」

「偉いなあ。でも3階じゃ景色は面白くないんじゃない?」

「ほとんど寝る為にしか使わないからな」

「ここなら、最上階から作業場の夜景を見たら綺麗そうだけどね」

「そう思うだろう、提督」

「うん」

「だがこの辺りはな、夜は低い雲が割と出るんだ」

「あぁ、軽く雨が降ったりしてたね」

「だから作業場の夜景はなかなか見られないんだ」

「そうか、雲を見下ろす、か」

提督はナプキンで唇を拭うと、

「二人とも食べ終えたんだったら、最上階の部屋を案内してくれないかな」

「ん?」

「日向が入る筈の部屋は空き部屋なんでしょ?」

「そうだが・・」

「ちょっと見てみようよ」

「まぁ、構わないが」

食堂から出た所、雲どころか雨がポツポツと落ちてきた。

「しまった、傘は持ってないな。提督、タワーまで走れるか?」

「良いよ、まぁ3人でゆっくり走ろうよ」

日向達が低速戦艦で良かったと思う提督であった。

 

「ほぉぉおおぉぉぉおおおおお」

「これは・・」

「凄いわね」

3人は明かりを消した最上階の部屋から、そっと窓越しに外を眺めていた。

超高層ゆえ部屋の窓はすべて嵌め殺しであり、開ける事は出来ない。

だがそれは、窓の仕切りが少ないので、外を見やすいとも言えた。

「眼下は確かに雲がある」

「下から見上げた時は雲は黒くて雨が降ってたけど・・」

「ここから見ると雲が月明かりで黄金色に輝いているな」

「上には星空、下には黄金色の雲海か。良い景色じゃないか」

「・・・そうだな」

「同じ場所でも、高さによってまるで違うね」

「うむ」

提督がしみじみと言った。

「こんな凄い物を建てられる工廠長って凄いなあ」

「そうだな」

「伊勢や日向もそうだけどさ、私は本当に良い部下に恵まれたよ」

「・・・」

提督がそっと日向の肩に手を乗せた。

「日向。長い事一人で奮闘させてすまなかったね」

「い、いや」

「日向や伊勢のおかげで建設当初よりずっと良い形でこの基地は機能しているよ」

「そ、そう、か?」

「だが、それゆえに赴任期間が延びているのは申し訳なく思う」

「いや、営業活動を提案したのは私の方だしな」

「私も定期的に来られないか、長門と相談してみるよ」

伊勢は二人の寄り沿う影に目を細めながら、そっと玄関のドアを閉じた。

たまには二人でデートなさいな。

「伊勢サン?何シテルンデスカ?」

ぎょっとして振り向くと、侍従長がゴミ袋を両手に持って立っていた。

「しーっ!しーーーっ!」

首を傾げる侍従長に、伊勢は手招きをして小声で話す。

「(今ね、提督と日向が中でデート中なのよ)」

侍従長の顔が真っ赤になる。

「(デ、デートデスカ?!)」

「(デートです!)」

「(ジャア、邪魔ハイケマセンネ)」

「(そういう事。あ、手伝ってあげる)」

「(ス、スイマセン。ソレデ、中ハドンナ様子ナンデスカ?)」

「(あれ、意外とこういう話好き?)」

「(割ト)」

伊勢と侍従長はにやりんと笑いながら、ゴミ袋を手にエレベーターで降りて行った。

しかしその後、日向の自室で、

「ただいま。いつここに帰ってたんだ伊勢?」

「あたしの事はどうでも良いじゃない。で、どうだったのよ!」

「なにがだ?」

「良い雰囲気だったじゃないの。提督となんか進展はあった?」

「・・・は?」

「いや、は、じゃなくてさ」

「景色をしばらく見て、今帰ってきたんだが」

「へ?」

「提督はそのままあの部屋で寝てもらった。家具もあったからな」

「・・・日向」

「な、なんだ?」

「お姉ちゃんが折角二人きりにしてあげたんだから、もっとこう、もっとこう!」

「何を怒ってるんだ?」

「あーもうじれったいわね!結婚してるんだからイチャイチャしなさいっての!」

途端に日向の顔が真っ赤になった。

「な、なな、ななな何を言ってるんだ伊勢!」

「ほら、今からもう1回行ってきなさいな!」

「行ける訳無いだろうバカ!もう寝る!」

バタンと自室に入ってしまった日向を見て、伊勢は溜息を吐いた。

ほんとに奥手なんだから。あれじゃチューの1つもしてないわね。

こうして大変健全な、伊勢曰くつまんない夜が終わり・・

 

「今から今日のスケジュール分、しっかり働いてもらいますからね!」

「まぁまぁ赤城さん、そんな厳しい事言わないで。ねっ?」

「長門さんから懐柔策に応じないようにときつく言われてますので!」

「ぐっ、先手を打たれた」

「さぁキリキリ歩いて!頑張りましょう!さぁ行きましょう!」

「はいはい。あ、日向、護衛ありがとね」

「今度からはちゃんと事前に連絡してくれ。ではな」

提督を赤城に引き渡した日向は、鎮守府を見渡した。

ちょこまかと建物が塗り直されていたりと細かい変化はあるが、

「やっぱり、家に帰って来たって気がするな」

日向はゆっくりと島を歩き回った。

基地のある所より赤道に近く、暖かくて居心地が良い。

まだ昼には早かったので売店に寄った後、2つの包みを手に最上達のドックを訪ねた。

営業船で世話になっているので、1度礼を言いたいと思っていたのである。

ドックの中を見ると目がチカチカした。

営業船も勧誘船も派手なピンク色だし、手前に見える往復船は蛍光イエローだ。

「ほ、補色とかそういうレベルを超えてるな」

そこへ、最上が事務所から現れた。

「あれ、日向かい?」

「最上か。営業船と往復船のメンテナンス、いつもありがとう。礼を言うぞ」

「御礼なんて良いよ。こっちもデータが取れて助かってるし」

「あぁ、ええとな、東雲の妖精達がこれを最上にと言っていた」

「へぇ、なんだろ?開けて良い?」

「あぁ」

包みの中から出てきたのはケーブルが複雑に絡む腕のような部品だった。

「・・・わお」

「何だか良く解らないものだな・・なんだこれは」

 



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日向の場合(14)

提督を鎮守府に送り届けた日の午前中。

 

最上は部品に同封されていた手紙を読んだ。

「ふむふむ、これが制御装置へのケーブルで・・これをこうして使うのかあ、へぇー」

「どういうことだ?」

不思議そうな顔をする日向に、最上は説明した。

「あのね、基地で資源を搬送してるロボットあるでしょ」

「あぁ」

「そのロボットが資源を積み下ろしする時のアームがこれなんだ」

「・・あ、確かに、この部分を見た事があるな」

「それで、東雲ちゃんに壊れたら1本頂戴って頼んでたのさ」

「何故だ?」

最上はアームを手に説明し始めた。

「いいかい日向、このアームは僕の腕の太さよりちょっと太いくらいだろう?」

「あぁ」

「それでいて短時間に大量の鉱石や弾薬を易々と積み下ろしするんだよ」

「まぁな」

「この大きさでそんな揚重性能を持つ品は、大本営の研究所でも作れてないんだ」

「なに?じゃあなぜ、基地で稼働してるんだ?」

最上がウインクした。

「東雲組妖精達の前歴は?」

「・・・・あ」

日向は気が付いた。姫の島を動かしていた妖精達は、確か・・

「そう。世界最先端と評され、島でも鍛錬し続けた技術者集団なんだ」

「そうだったな」

「だから彼らはこんな物でも平然と作り出す。僕にとっては最高の教材さ!」

「そ、そうなのか?妖精達からは確かに土産にしてくれと言われたが」

「お土産なんてものじゃないよ。あ!ちゃんと修理してあるんだ!嬉しいなあ」

「まぁその、私には良く解らないものだが、気に入ってくれたのなら良かった」

「皆にくれぐれもよろしくと伝えておいてくれないかな」

「あぁ、とても喜んでいたと伝えておく」

「面白いなあ、あ!三隈!今日のメンテ早めに切り上げよう!凄い物が来たんだ!」

「どうしたんですの?あら日向さん、ご無沙汰してます」

「久しぶりだな三隈。東雲の妖精達からの手土産を最上に渡したのだ」

「どう三隈!こんなスプロケットの形は見た事無いよ!凄いよね!」

三隈はにこりと笑うと、

「それなら、今日のメンテは私でも出来ますから、最上さんはそれをどうぞ」

「えっ!良いのかい?」

「ええ、遠慮なさらず」

「わ、悪いね三隈。ありがとう!」

「後でお話聞かせてくださいね~」

あっという間に事務所に引っ込んでしまった最上を見送った後、三隈に尋ねた。

「あ、余計な事をしてしまったか?私も手伝おうか?」

「いえいえ、この世代の船は整備性を重視しているので本当に簡単なんです」

「そ、そうか」

「それに」

「それに?」

「あんなにキラキラした最上さんは久しぶりなので、私も嬉しいですわ」

「お土産を気に入ってくれたのかな・・」

「しばらくあの部品を楽しく弄り回してると思いますわ」

「そうか。あ、そうだ。これはさっき間宮の所で買ってきたのだが」

「なんですの?」

「赤城エクレアだ。ちょうど品出しをしていたから買ってきた。食べてくれ」

渡そうとした日向は、三隈がプルプル震えている事に気が付いた。

「ど、どうした三隈?嫌いだったか?」

「・・あ、あのですね」

「うむ」

「今は受講生の方が常時100人以上になってるんです」

「そ、そうなるな」

「潮ちゃんは一生懸命お菓子を作ってくれるんですけど、それでも競争率が高くて」

「ほう」

「抽選会を制した人だけが、この赤城エクレアを食べられるんです」

「そ、そんな人気なのか?」

「ええ、鎮守府規則に追加されたくらい」

「規則?」

「ええ。赤城エクレアを購入者からいかなる方法でも奪取する事は禁止する、と」

「・・奪取?」

「ええ」

「そ、それは効果あったのか?」

「ですから今、日向さんは無事なんですよ」

三隈はささっと周囲を見渡すと、日向を促した。

「とりあえず、お入りください。皆で頂きましょう」

「なんだか持っているのが怖くなるな」

日向を事務所に入れた三隈は3人分の紅茶を入れ、嬉しそうにサクサクとエクレアを切った。

「最上さん、ほら、赤城エクレアまで頂戴しましたよ」

「うわスゴイ!今日はなんか怖いくらいツイてるね!」

「日向さんも召し上がって行ってください」

「そんな貴重なら、二人で食べてもらっても構わないぞ?」

「功労者には礼を尽くすべし、です」

「で、では頂くか」

はむっと一口頬張った日向は目を見張った。

以前食べた時よりも遙かに美味しくなっている。

「随分美味しくなったな・・」

「甘味女王達に満足してもらおうと、潮さんが死に物狂いで研究を重ねたのですわ」

日向は潮の苦労がすぐに解った。

金剛、球磨、大鳳、山城、龍田、熊野、大井、羽黒に愛宕。そして加賀。

世界中の甘味を取り寄せては食べ比べる事を趣味としている甘味女王達である。

他の艦娘達も侮れないが、女王達の舌の肥え方は半端ではない。

更には、潮が師と仰ぐ間宮は勿論の事、鳳翔もなかなか甘味へのコダワリがある。

最初に売店に出された時点でも間宮が納得する味であり、充分美味しかった。

しかし、女王達はそれ以上を求め、潮は頑張ったのであろう。

今は本当にパティシエのスペシャリテというレベルになっている。

素材を生かし、すっきりした甘さの中でふわり浮くように溶けるダブルクリーム。

コーヒーの香り豊かに、それでいて大人の甘みを持つモカ。

軽くブランデーの香りを含み、滑らかに舌の上で滑るように溶けていくチョコ。

それらのクリームを包む、さくりとしていながら絶妙な優しさを持つエクレア本体。

決して大きさだけが売りではない。

「なるほど、これはちょっと争いたくもなるな・・」

「いいえ、それどころではなく、本当に中破大破当たり前の争奪戦でしたわ」

「なに?そんなに凄まじかったのか?」

「ええ。売店前は毎日土嚢が積み上がり、塹壕が掘られ、砲弾が飛び交いましたわ」

「は?」

「あの加賀隊が離陸直後に全滅する程の激しさで、海域ボス戦が楽に見えましたわ」

日向は呆気に取られていた。想像を絶する争奪戦だ。

「半月ほど前、ついに炸薬榴弾の誤射で集会場が全焼してしまって」

「待て、そこまで撃ちまくって提督が良く黙ってたな」

「仰る通りですわ。その火事が原因で提督に気付かれてしまいまして」

「それまでバレなかったのか?」

「ええ。提督は提督室で昼も夜も召し上がりますし、お部屋は防音防弾ですし」

「そうだな」

「争奪戦の後は毎回、戦いの痕跡一つ残らぬよう、綺麗さっぱり片づけられてましたから」

「まぁ、提督は静かに怒るがトコトン怖いからな」

「ええ。菓子1つでここまで争うなら生産もお取り寄せも金輪際禁止だと仰って」

「ほう」

「潮ちゃんは遠くのパティシエの元へ修行に出すとまで仰って」

「ふむ」

「最初は皆、提督の甘い物好きを知ってましたからタカを括っていたんですの」

「うむ」

「でも提督は3日経っても禁止令を解かなくて、次第に皆が不安になり出して」

「それで?」

「なんとか禁止令を解いてもらうべく、動き始めたんです」

 

 

 



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日向の場合(15)

提督を鎮守府に送り届けた日の午前中。

 

最上達の事務所で紅茶を啜りながら、日向は三隈の話を聞いていた。

「どうやって禁止令を解かせたんだ?」

「まず戦闘の中心だった武闘派の球磨多摩姉妹と、重火器派の山城さんと大井さんが和解して」

「待て、その4人が本気で戦闘を展開していたのか?」

「4人どころか、甘味女王とその姉妹はどちらかの陣営についてましたわ」

「本当にガチの戦争じゃないか」

「ですから、中破大破当たり前だと申し上げましたわ」

「比喩じゃないのか。じゃあ最上達も熊野の加勢をしたのか?」

「いいえ、営業船の整備がありましたし。白星食品の皆さんとかも静観してましたわ」

「なるほど。しかし実弾を使っていたのでは提督が怒るのも当たり前だな・・」

「4人は提督室に出頭してもう争いませんと言ったんですけど、提督は首を振って」

「ほう」

「それで受講生の皆も呼んで大会議を開いたんです」

「ふむ」

「結果、先ほど申し上げた規則を制定して、購入を抽選方式にしたんです」

「抽選方式?」

「ええ。今は購入しようとするとすべて抽選です。昼と夜の2回ありますわ」

「なるほど・・ん?」

「どうしました?」

「私は、さっき普通に買えたが・・」

「特権、ですわね」

「特権?」

「はい。秘書艦と提督はいつでも買えるんです。1つは考案者の赤城さんの権利保護」

「うむ」

「もう1つは身を挺して争いを止めた提督はいつでも食べて良い、という事ですわ」

「そんな大げさな」

「それがですね」

「あぁ」

「禁止から解決まで2週間近くかかったんですけど」

「うん」

「提督はすっかり衰弱して2kgも痩せたそうなんです。本気を示されたと皆話してますわ」

「普段甘い物を食い過ぎなだけじゃないのか?」

「まぁまぁ、美化される部分はいつの時代でもございますわ」

「うーむ」

「いずれにせよ、艦娘達の間で提督の評判が凄く上がったんですの」

日向は何となく釈然としない気もしたが、考えてみると他に方法が無い事に気がついた。

確かに、この赤城エクレアは極上の逸品だ。

甘味女王達のスイーツにかける情熱は半端ではない。

お取り寄せも頻繁に行っているが、これに匹敵するスイーツを外で探すのは大変だ。

そして赤城エクレアは御値打ちである。わざわざ外の高い品を買うのが馬鹿らしくなる。

なのに他の女王のせいで自分が連日買えなかったら、溜まる恨みは半端ではないだろう。

以前も天龍と球磨が小競り合いをしかけたので競技で決着を付けさせた。

途中から激辛カレー勝負になったが、あれくらいやらないと矛を納めない。

「ふーむ」

「そして、このプロセスは受講生の方々にも評判だったんです」

「ん?どういう事だ?」

「提督の決定以下、経緯も結果も透明で公平だって」

「主題がエクレアの争奪戦ってのが締まらない話題だな。他所には知られたくないな」

「あら、意外と他の鎮守府でもあるんですよ。売店の甘味争いは」

「そうなのか?」

「研修先で聞いた話ですけど、筆頭艦娘派が独占してしまったり」

「うわ」

「提督に逆らわない子だけ食べられるとかも、結構聞きましたわ」

「・・そっか」

「それに比べれば受講生でも抽選に参加出来るんですから公平ですわ」

「最上や三隈も参加しているのか?」

三隈は俯いて、拳を握りしめた。

「朝晩毎回参加して・・もう58連敗中ですわ・・・」

最上が振り返って言った。

「200人以上の艦娘に対して20本ずつの2回だからね。結構厳しいよ」

「競争率10倍か。だが、全員応募するのか?」

「自分が食べなくても、それはもう凄まじいカードになるからね」

「その通りですわ。抽選券じゃなくて名札で抽選しようって意見がある位ですし」

「凄いな」

「抽選会の後、毎回当たる雪風さんの分を巡って、オークションもありますわ」

「雪風は食べないのか?」

「たまに一口貰えれば良いと。それ位なら落札者も喜んで応じますし」

「オークションか、龍田が噛んでそうだな」

「よくお分かりですわね。オークション参加料は一人200コインですわ」

「さ、参加費?」

「でないと全員参加するでしょ、と仰って」

「正論だが儲けてるなぁ・・」

「それでも半数近い方が参加しますし、雪風さんと山分けしてるそうですわ」

「はー」

「競り落とされる値段は大体1000コインを超えますわ」

「元の値段の倍以上じゃないか。この場合、丸儲けしてるのは雪風か龍田か・・」

手に付いたクリームをぺろっと舐めながら日向は思った。

秘書艦もたまには良い事があるな、と。

「という訳で、日向さん、本当に御馳走様でした」

「ありがとう。僕も久しぶりにエクレア食べられたよ」

「いやいや、紅茶も美味しかった。日頃の礼になれば何よりだ」

「また困った事があったら相談してよ。いつでも力になるよ!」

「そうさせてもらう。では、またな」

見送る二人に手を振りつつ、日向は鎮守府を後にしたのである。

 

 

教育開始から半年が過ぎた。

 

暇を見て少しずつ参加していた北方棲姫の部下達も全員教育を終えた。

提督もほぼ月に1度は顔を見せるようになった。

少し前から、日向は基地の変化に気付いていた。

当初から活気のある明るい雰囲気だったが、規律を重んじる空気が加わったのである。

それは主に、北方棲姫の部下達の変化によるものだった。

北方棲姫はどう思っているのだろうと心配になり、伊勢と二人で訪ねて行ったが

「イエ、ムシロ助カッテマス。規律ヲ守ッテクレル方ガ組織ハ動カシヤスイデスカラ」

と言われたので、日向は安堵の溜息を吐いたのである。

一方で伊勢は、前から気になっていた事を口にした。

「ところで姫様」

「ナンデショウ?」

「営業活動、いつまでやっても良いと思ってるのかなあ?」

そう。

営業船で出かければ、ほぼ必ず満員に近い応募者を連れて帰ってくる。

船についてきた子を誘いに行くのも、自ら訪ねてきた子を迎えるのもお馴染みの光景だ。

だが、それらは北方棲姫達が自分達の願いを後回しにするという犠牲の上に成り立っている。

日向が継いだ。

「我々としては一人でも多く救いたいが、その中には貴方達も含まれる」

「・・」

「今の気持ちを、聞かせてくれないか?」

「ア、エエト・・」

口を開きかけた侍従長を、北方棲姫はそっと制したのである。

 

 



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日向の場合(16)

再び平日なのですが、6時と11時配信にします。
やっぱり3回はしんどかった・・・


教育開始から半年後、北方棲姫と侍従長の部屋。

 

営業活動の終了時期について訊ねられた北方棲姫は、ゆっくりと話し出した。

「始メタ時ハ、日向サンヤ提督サンヘノ恩返シノツモリデシタ」

「私の相談を聞いてくれたのがきっかけだったな」

「ハイ。デモ、ソレ以来、皆ノ様子ヲ見テルト楽シソウナンデス」

「楽しそう?」

「ドウヤッテ興味ヲ持ッテモラウカトカ、説得ニ応ジテクレタトカ」

「・・」

「基地デ会議ヲ重ネテ、手法ガ上手ク行ッタト嬉シソウニ報告シテクルンデス」

「なるほど・・」

「デスカラ今ハ、恩返シトイウヨリ、コレガ新タナ仕事ミタイニ思エテマス」

「その、深海棲艦で居るのは痛かったり苦しかったりしないのか?」

「ソウイウノハ無イデスヨ。艦娘ノ頃トソウ変ワリマセン」

「そうか・・」

「タダ、コノ仕事ハ、資源ヲ沢山消費シテイルト思イマス」

「そうだな」

「デスカラ、逆ニオ聞キシタインデス」

「ん?」

「イツマデ、ヤッテモ良イデスカ?」

日向は伊勢と顔を見合わせた。そういう答えになるとは思わなかったのだ。

「よし。提督が次に来たら聞いてみるか」

「オ願イシマス!私達ハ長ク続ケタイデス!」

 

「そうか。そりゃあ良かった」

基地に視察に来た提督は、管制室で日向から北方棲姫達の反応を聞いて頷いた。

「だが資源消費量は凄まじいぞ。実際、大本営の側は何か言ってきてるのか?」

「それがですね日向さん」

「うむ」

「大体毎日、130体は戻してるでしょ」

「150近い時もあるがな」

「あと、結構LV高い子多いじゃない」

「まぁ、厭戦的になるのは歴戦の猛者が多いからな。Flagship級はザラだ」

「一方で、大本営が取っている統計によるとね」

「うむ」

「高LV深海棲艦を1隻討つ為に使う平均資源量に比べ、我々の方式は低コストだそうだ」

「あ、そういう事か」

「もちろんこの事は例によって秘匿扱いだけどね」

「提督はほんと秘匿扱いばかりだな」

「そうだね。龍田をなだめるのに苦労したよ」

「また怒ったのか」

「うん。いい加減評価しろってカンカンになってな」

「解らなくもないが、評価するのは無理だろう」

「公に深海棲艦で厭戦的な子が居るとか、話し合いが出来るとか言うのは無理だしね」

「応じない者がほとんどだからな」

「という事で、大本営は続けてくださいと、つい昨日言ってきたんだよ」

「随分タイムリーだな」

「そうだね。北方棲姫さん達にはなんて伝えようか」

「そのままで良いんじゃないか」

「じゃあ北方棲姫さんと部下の皆さんが良いならどうぞ、くらいにしておこうか」

「そうだな。あくまで厚意だから、無理強いは出来ないしな」

「うん。じゃあ言いに行くかい?」

「そうだな。提督と行った方が良いだろう」

 

「・・イ、良インデスカ?」

「ええ。こちらとしてもありがたいのです」

期限無しで、北方棲姫達が止めたいと思う時まで構わないと、提督は伝えた。

侍従長も北方棲姫もさすがに予想外だったようで、しばらくぽかんとしていた。

だが、侍従長は慌てて確認し始めた。

「モ、モシ、例エバ今月デ辞メルッテ言ッテモ・・・」

「その後皆さんを人間に戻すプロセスを再開して、基地を閉鎖します」

あっけらかんと答える提督に、さらに侍従長はぐっと身を乗り出し、

「サ、3年経ッテモ、マダヤルゾーッテ言ッテモ・・」

「基地の修繕とかも含めて対応していきますよ」

北方棲姫は提督の目をじっと見ていた。

この人は本気だ。

本当の事しか言ってないから目が揺れない。

「あぁ、でも」

「ナンデショウ?」

「私が定年を迎える前までが上限ですかね。多分後任者が居ないので」

北方棲姫は目を丸くした。そんなロングスパンでも良いというのか!?

「ソ、ソウデスカ・・」

「そうだよなあ。ビスマルク達にも私の定年後どうするって言わないといけないな」

「ソノ人達モ艦娘化作業ヲ?」

「いえ、蒲鉾作ってるんです」

侍従長がついに話について行けずに固まったので、北方棲姫が問い返した。

「蒲鉾ッテ、食品ノ?」

「ええ。白星食品って会社です。食堂で出てると思いますよ」

「大キナ笹カマボコトカ、デスカ?」

「ええ。世界中に輸出してます」

「・・・ソレハ会社デハ?」

「会社ですね」

「・・デモ、先程ビスマルクサント・・」

「ええ、ビスマルクが社長やってますよ」

北方棲姫はついに思考限界を超え、真っ赤になってひっくりかえってしまった。

 

「ソンナ鎮守府、聞イタ事ガアリマセン」

「まぁ割とユニークだな」

「割トノレベルジャナイデス!」

「まぁまぁ侍従長、落ち着いて落ち着いて」

日向が伊勢を呼び、北方棲姫達をベッドに移して数時間が経った。

提督は

「誤解されると嫌だからさ・・起きたら呼んでよ」

といって、隣接する自室に帰って行った。

(元々日向の部屋だったが、使わないので提督の宿泊部屋として譲ったのである)

1時間ほどして目が覚めた侍従長はぐっすり眠る北方棲姫を見てホッとした。

そして伊勢と日向から経緯を聞いた反応が先のやり取りである。

「食品会社ト言イ、船会社ト言イ、宝石工房ト言イ、ドレモコレモアリエマセン」

「提督だからこそ成り立ってるよねぇ」

「本当ニソウデスヨ」

「だから提督が辞める時は、大騒動になると思うわ」

「エッ?」

侍従長は伊勢を見た。

日向も伊勢を見た。

二人の視線を受けながら、伊勢はぽつりと言った。

「だって、こんな鎮守府の後任が、提督のような人が、再び来ると思う?」

2人は黙ってしまった。

100%無いと言い切れると思ったからだ。

「だから提督が辞める時、あたしも艦娘辞めて人間に戻ろうと思うんだ」

「て、提督と結婚するのか?」

「だーいじょうぶよ。日向の旦那さん取らないから。そうじゃなくて」

「じゃなくて?」

「他の司令官と上手くやってく自信が無いって事よ」

「マァ、優シソウナ人デスヨネ」

「色々な出来事も、私達の事も、貴方達の事も、ちゃんと考えてくれるしね」

「そうだな。艦娘を対等に扱ってくれる司令官は意外と少ないと聞く」

「私達ニ対話ヲ、ナンテイウ司令官ハ皆無デス」

「鎮守府がユニークなのは確かだけど、それ以上に」

「提督の方が得難い、か」

「そういう事。そして私達はその流儀に慣れ過ぎてる」

「確カニ、ココノ待遇ヲ期待シテ他所ノ鎮守府ニ行ケバ1秒デ砲撃サレマス」

「私でさえ容易にそう思うのよ、鎮守府の面々だって、ね」

「だろうな」

「提督ガ辞メル時ハ、本当ニ大騒ギニナリマスネ・・」

「貴方達はその前に人間にしてもらわないとね!」

「ソウデスネ、今ガ楽シイノハ提督ノオカゲデス」

「ふふっ、鎮守府に誰も居なくなりそうね」

「ええ」

「ま、先の事はともかく、とりあえず当面はこのまま仕事出来るわよ」

「ワ、私達ハココニ住ミ続ケテ良インデスカ?」

「なんで?」

「ダッテコンナ良イオ部屋・・」

「建て直す方がよっぽど大変だと思うわよ?」

「ソ、ソレハソウデスガ」

「別に悪い事してるわけじゃないし、良いんじゃない?」

「ンー」

「提督に聞いてみたら?」

「ソウデスネ、一応」

その時、北方棲姫が目を覚ました。

 



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日向の場合(17)

 

 

提督が基地に視察に訪れた日、提督の自室。

 

「あぁ、部屋替えしたいですか?」

あの部屋に居て良いのでしょうかと問われた提督の返事がこれである。

侍従長は一瞬ぽかんとしたが、ぶるぶると首を振ると

「違イマス!アンナ厚遇ヲ受ケ続ケテテ良イノデショウカト」

「構いませんよ。いうなれば姫様は取締役付の営業部長って感じですし」

「エ、営業部長?」

「うん」

侍従長は思わず北方棲姫を見た。

姫様が営業部長・・・

侍従長はダブルの縞模様が入ったスーツを着て名刺を差し出す北方棲姫を想像した。

どう贔屓目に見てもキッズコーナーの宣伝・・

「何ヲ想像シテマスカ?」

北方棲姫がジト目で見てるのに気付いた侍従長はパタパタと手を振った。

「イエ、ナンデモ」

北方棲姫は提督を見た。

「提督サン、マズハ私達ノオ願イヲ快諾頂イテ、アリガトウゴザイマス」

「こちらこそ御礼を申し上げますよ」

「私達ハ引キ続キ、戦イタクナイ深海棲艦達ノ捜索ト勧誘ヲ行イマス」

「前にも聞きましたが、艦娘や人間に戻りたい部下の方は居ませんか?」

「今ノ所、皆楽シソウニヤッテマス」

「もし戻りたいという希望があれば、いつでも受けさせてあげてくださいね」

「解リマシタ。無理ハサセナクテ良イトイウ事デスネ?」

「その通りです。御厚意でやって頂いてるんですから」

北方棲姫はしばらく提督をじっと見ていたが、

「私モ、配属先ノ司令官ガ提督サンダッタラ良カッタナァ」

と、ぽつりと言った。提督はにこりと笑うと、

「人間に戻る前、短期間だけ艦娘になるじゃないですか」

「ハイ」

「その時は私の配属になりますよ。一時的ですけどね」

北方棲姫はつまらなさそうに俯いた。

「今ハ・・・違イマスヨネ」

「私は対等に見て尊重してますけど、その方が良ければそうしましょうか?」

北方棲姫はくりくりした目で提督を見返した。

「ホント!?」

「良ければ、ですけどね」

「ア、アノ」

「はい」

「オ父サンテ、呼ンデ良イデスカ?」

「良いですよ。そう呼ぶのは二人目ですね」

「ワーイ、オ父サーン」

「おいでー」

「ハーイ」

伊勢と日向は、その一人目と、今まさに提督の膝の上に座った北方棲姫を重ね合わせた。

見た目ちびっこなのに思慮深いとか、膝の上が好きとか、どことなく似てる気もする。

止める間もなく膝の上に乗ってしまった姫に、侍従長は

「アーアー、ホントニ・・スミマセン提督」

そう言って謝ったのだが、伊勢がによりんと笑って

「侍従長って言うよりお母さんだよね」

というと、

「マァソノ、姫様ハ遊ビタイ盛リナノデ・・」

と言いつつ困ったという笑顔を返したのである。

 

その日の午後。

「そうか、解った」

日向は通信機のスイッチを切ると、小さく溜息を吐いた。

「提督達にも報告しておくか」

 

「ふむ、東雲の治療が必要な子が出たんだね」

「エット、ドウイウ事ナンデショウカ?」

日向は提督と北方棲姫、そして侍従長に集まってもらい、説明した。

今朝教育に向かわせた子の1人が、過去の事で悩んでいると妙高に打ち明けた。

天龍を通じて東雲に診てもらった結果、治療が必要となったのである。

提督が北方棲姫に言った。

「ええとですね、おさらい教育をしたり、鎮守府に行くと昔を思い出す子が居るんです」

「ハイ」

「その際、トラウマとか、とても嫌な記憶も思い出す子が居る」

「ナルホド」

「思い出して辛い時はそう言って頂ければ、深海棲艦も診てきた妖精が居りますので」

「・・・エ?」

「対話で解決したり、時にはその辛い部分だけ記憶を消すんです」

「辛イ・・部分、ダケ?」

「ええ。本人に意識させなくてもそうした処置が出来ます」

「ソンナ事ガ出来ルナンテ聞イタ事ガ無インデスケド、ソレモヤッパリ・・」

提督は頷いた。

「多分、うちの東雲しか出来ないでしょうね」

「ソレデ、今回ハ1人、ソウ言ウ子ガ居タトイウ事ナンデスネ」

「そうなります。割合としてはとても少ないですけどね」

北方棲姫はしばらく考えていたが、やがて

「アノ、ソノ治療ニハ何週間位カカルンデスカ?手術トカスルンデスカ?」

提督はきょとんとして、

「20分もあれば終わる筈です。手術とかもありません。日向、その辺何か言ってた?」

「教育課程は全部終わってからの相談で、特に問題無く済んだと言ってたぞ」

「だ、そうです。他の子と同様、明日の午後帰ってくると思いますよ」

侍従長はリストを広げながら言った。

「どの子か解りますか?」

「ええと、待ってくれ。メモを取った」

日向はその番号を告げたのだが、

「姫様・・・私ドモノ部下デス」

北方棲姫は悲しげに俯くと、

「ソウデスカ・・」

と言った。

日向はおやっという顔をした。

「え、ええと、姫の部下で艦娘になった子は随分前に全員教育を受けたと聞いたのだが」

侍従長は申し訳なさそうに顔を上げた。

「一人、深海棲艦カラ艦娘ニ戻ッタウエデ仕事シタイトイウ子ガ出タンデス」

「なるほど」

「ソレデ昨日戻シテモラッタ上デ、今朝ノ船ニ乗セタノデスガ・・」

提督は軽く頷いた。

「だとしたらその子は、最初から治療の相談をしたかったんじゃないかなあ」

「どういう事だ提督」

「ほら、伊勢が毎日説明会をしてるでしょ」

「そうね」

「その時姫様の部下の子も聞いてるじゃない」

「ソウデスネ」

「だから鎮守府に行けば、例えば悪夢を見るのも治せると知ってるわけだ」

「エエ」

「ここでは艦娘に戻っても、直接営業する以外の仕事なら手伝えるでしょ」

「はい」

「だから艦娘に戻って、治療を受けてから仕事を続けたかったんじゃないかなって」

「・・・ナルホド。ソウイエバ」

「ん?」

「艦娘ニナッテモ姫様ノ部下デ居ラレマスヨネッテ、何回モ聞イテイタ」

「うん。だから艦娘に戻る事より、悩みを解決したかったんだろう」

北方棲姫が寂しそうな顔になった。

「・・気付キマセンデシタ」

「姫様・・」

「部下トシテ働イテクレル子達ハ大切ナノニ・・」

提督は北方棲姫ににこりと笑いかけた。

「それを解っているから、何度も確認したんじゃないですかね?」

「エ?」

「悩みは辛いけど姫様と居たい。そう言う事じゃないですかね」

「・・ソウデショウカ」

「明日聞いてみたら良いですよ。何だったら同席しますし」

日向がハッとした様子で提督を見た。

「待て提督。明日の朝の便で帰る予定だろう?」

「大事な要件だろう?予定は調整するよ。通信室を貸してくれ」

「・・解った」

調整するという言葉を聞いて日向はほっと息を吐いた。

提督もミリ単位では成長しているらしい。

「ア、アノ、ゴメンナサイ」

「良いよ良いよ、待っててね」

提督は北方棲姫の頭をそっと撫でると、通信室へ歩いていった。

 



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日向の場合(18)

 

提督が基地に視察に訪れた日、通信室。

 

「明日は赤城ですし、代行で問題はありませんが・・」

鎮守府の相手は秘書艦の加賀である。

「今回は初めてのケースだし、ちょっと気がかりな事もあるんだよ」

「・・仕方ありません。明日は部屋でじっとしてます」

その時、提督はピンときた。

秘書艦当番を行った翌日はオフである。

加賀は大抵、オフの日には

「試食してくださいますか?」

「ここが解らないのですけど」

等と言って、手料理やクロスワードパズルを手に提督室に遊びに来る。

勿論提督の仕事がヒマになるよう、秘書艦の日に徹底的に片付けていくのだ。

「かいがいしいですねぇ」

加賀と同室の赤城はそんな加賀の様子をこう表現した。

提督は手帳を見て、ポンと手を叩いた。そうだ。

「加賀、悪いのだが明日も秘書艦を任せたいんだ」

「え?」

「次回赤城が2回になるようにしてさ、オフも2回続けて良いから」

途端に加賀の声が明るくなった。

「解りました。赤城さんに調整しておきます。提督は明後日お休みですよね?」

「お、良く知ってるね。たまには骨休めと思ってね。丁度加賀もオフになるだろ?」

「え、ええ、あ、あの、そうですね」

「ほら、以前美味しいチーズケーキ見つけたって言ってたじゃない」

「は、はい」

「明後日行こうか。今回の礼も兼ねて奢るよ」

「ひょぇっ!?」

「あ、いや、用事があるなら・・」

「ありません!あっても消します!」

「ん。それじゃすまないけど、明日も頼むよ」

「承知しました。それでは!」

提督は頷きながら通信機のスイッチを切った。

加賀なら任せて安心だ。たまにはケーキを奢るのも良いだろう。

 

翌日の日没頃。

「・・・姫様」

「オカエリ」

港で北方棲姫と侍従長、そして提督と日向は往復船を待っていた。

やがて到着した船から降りてきた艦娘の一人の前に、北方棲姫は進み出たのである。

「話ヲ、聞カセテクレル?」

「はい、姫様」

 

「ドウゾ」

「あ、ありがとうございます」

北方棲姫の自室に向かった5人は、向かい合って座った。

侍従長がコーヒーを淹れ、そっと皆の前に出した。

言いかけては俯く艦娘を北方棲姫は見ていたが、侍従長が戻ってきたのを見て、

「マズハ、ゴメンナサイ」

と、頭を下げたのである。

「ええっ!?なっ、なんでですか?あっ、あのっ、頭をあげてください」

艦娘はパタパタと手を振りながら北方棲姫を促した。

北方棲姫はゆっくりと頭をあげつつ、艦娘に聞いた。

「ドノクライ前カラ、悩ンデイタノ?」

「えっと、深海棲艦になってから、ずっとです」

「ドンナ悩ミダッタノ?」

「時折、昔の夢を見るんです。轟沈させられた夜の事を・・」

「辛カッタデショウネ・・」

「いえ、ほんとに、姫様のせいではないですから。ただ・・」

「タダ?」

「営業を始めてから見る頻度が上がって来ちゃって、眠るのが怖くなってたんです」

「・・・」

「そっ、それで、伊勢さんからケアのお話を聞いて、もしかしたら、って」

侍従長が提督を向いて言った。

「ドンピシャデシタネ」

提督は頷くと、艦娘に尋ねた。

「東雲の治療はどうだった?」

「それが、診察台に寝て、うとうとしていたら終わってたんです」

「時間はどれくらい?」

「悩みがあるって妙高さんに言ってから、終わるまで1時間もかかってないです」

北方棲姫は艦娘の目を見つめながら尋ねた。

「治療時間ハ?」

「ええと、多分15分かその位だと思います」

「妙高サンニ言ッタ後、ドウナッタノ?」

「はい。悪夢に悩んでるって言ったら、天龍さんを紹介してもらって」

「ウン」

「天龍さんが夢の内容を覚えてるか、とか幾つか聞かれて」

「ウン」

「それなら東雲さんに相談してみようって言われて、連れて行ってくれました」

「ジャア悪夢ヲモウ1度見ルトカ、怖イ思イハシナカッタノネ?」

「そう言うのは全くないです」

「今ハドウ?気分トカ変ワッタ?」

「その日の夜も夢は見ませんでしたし、なんだかちょっと気が楽になりました」

北方棲姫は納得したという顔で頷いた。

「ソレナラ、良カッタ」

「はい」

「ア、アノネ」

「はい?」

「今モマダ、私達ヲ手伝ッテクレル気ハ、アル?」

艦娘はにこりと笑った。

「もちろんです!お休みを頂いた分、しっかり働きます!」

提督が笑った。

「良かったね、姫様」

北方棲姫は侍従長を見た。

侍従長が笑って頷いたのを見て、ようやく北方棲姫は安堵の溜息を吐いたのである。

 

「え?海底資源は使えるかって?」

提督が帰る日の朝。

北方棲姫と侍従長が管制室を訪ねてきた。

「そういや前もそんな話があったね」

「ナンデソンナ経験ガアルンデスカ?」

「いや、君達の前にも4~500体の子達を戻してるんだよ」

「ハァ」

「その時に戻す為の資源を持ってきます~ってね」

「・・考エル事ハ同ジデスネ」

「え?でも、今戻してるのは姫様の部下じゃないじゃない」

「ソウデスケド、コレハ我々ノ希望デモアリマスシ」

「じゃあ、ええとね、燃料とボーキサイトはそのまま使えるよ」

「ハイ」

「ただ、火薬と鉄鉱石は加工が必要だね」

「ソウデスネ」

「そう。鉄鉱石を鋼材に、火薬を弾薬に出来れば助かるけどね」

日向が頷いた。

「確かに、製鉄所や弾薬工場を運用するだけの余力は、東雲組には無いだろうな」

提督が継いだ。

「だから、ボーキサイトと燃料にアテがあれば、良いんじゃないかな」

北方棲姫が首を傾げた。

「我々モ、海底鉱山デ掘リ出シタ鉄鉱石ハ鋼材ニ変換シテカラ使イマスケド?」

提督は北方棲姫を見た。

「鉄鉱石を鋼材に変換出来るの?」

「ハイ。ソウイウ班ヲ作ッテマスシ」

「んー、でも、営業もやるんだから大変じゃない?」

侍従長が話始めた。

「今、4交代制ニシテ頂イテマスヨネ?」

日向が頷いた。

「そうだな」

「今連レテ帰ッテクル深海棲艦数デ、東雲組ノ方ノ受ケ入レハホボ上限デス」

「そうだね」

「一方デノウハウモ固マッテ来テイルノデ、営業会議ハ減リツツアリマス」

「なるほど」

「ナノデ、4交代制ノ内、2ツ分ヲ資源採掘ニ回シテモ対応出来ソウナンデス」

「でも2交代は辛くないかい?」

「全部デ4交代デス。ツマリ、営業、休ミ、採掘、休ミ」

「ほう。採掘は皆出来るの?」

「出来ナイ子モ居マスガ、出来ル子ト混ゼタ班構成ニナッテマス」

「いつも通り無理にとは言わないけど、やってくれるなら助かるよ」

「解リマシタ。デハ東雲組ノ方ト調整シテモ良イデスカ?」

「もちろんだよ。お、そろそろ出航時刻だね」

「提督、色々アリガトウゴザイマシタ」

「こちらこそ。引き続き、日向や伊勢と仲良くしてやってね」

「アハハ、オ任セクダサイ」

「オ父サン、マタ来テクダサイネ!」

「また来月来るよ」

その時、管制室に伊勢が入ってきた。

「日向、提督知らな・・あ、居た!」

「ああごめん、もう出航か?」

「あと提督だけだよ、もう出るからね!」

「解った解った。じゃあね皆!また来月!」

「ハイ!」

こうして慌ただしく帰って行く提督を、港で日向達は見送ったのである。

 

 




1箇所カナ表記になってなかったので直しました。
ご指摘ありがとうございます。


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日向の場合(19)

 

提督が北方棲姫と調整してから2ヶ月が過ぎたある日。

 

「・・・おや?」

不知火は資源消費量の数字が気になった。

「ええと・・」

過去数ヶ月を遡ってみると、今月に入ってから急激に減っている。

出撃、被弾入渠率、遠征、艦娘化の作業など、使う方は特に減少している訳でもない。

不知火は首を捻りながら提督室に向かった。

 

コンコン。

 

「失礼します、提督」

「ん?おお、不知火か。どうした?」

不知火は秘書艦が居ない事に気がついた。

「ええと、長門さんは?」

「彼女は使いに出てもらってるよ。彼女に用かな?」

「いえ、資源消費量が減っているのですが、何かお心当たりはございますか?」

提督はちょっと考えたが、ポンと手を打つと

「あぁ、深海棲艦達が採掘を始めたのかもね」

不知火は何て返事をして良いか迷った。

「し・・深海棲艦が採掘して、我々と何か関係があるのでしょうか・・?」

「ああごめん。基地の子達が資源採掘をすると言ってたんだよ。減ってない資源はある?」

「・・・いえ、どれも減少傾向です」

「おや、鋼材と弾薬も作れたのかな?日向に聞いてみようか」

そういうと提督は基地向けの通信機を操作した。

 

コールの後、提督の説明を聞いた日向は、悪戯っぽく答えた。

「そうか。帳簿で見つかってしまったか。次に来た時に驚かそうかと思っていたのだが」

「てことは、やっぱり」

「なかなか見ものだぞ、姫達のコンビナートは」

「・・コンビナート?」

「そうとしか形容出来ないな」

「面白そうだね、ちょっと臨時で行こうかな」

「また長門に叱られるぞ。予定は来週なのだから待っていても良いだろう」

「ふむ。まぁ、そうするか」

「生産量は安定してから日報につけようかと思ってたんだが、困っているのか?」

「事務方が帳簿が合わないといってるんだ。確認してもらうから報告を始めてくれるかな」

「解った。今日の分に今までのを添えて送る」

「ありがとう。それで良いよ」

「今日以降のは日報で良いか?」

提督は不知火が頷いた事に頷き返すと、

「それで良いよ。よろしく頼む」

そこで、日向が少し柔らかい口調になった。

「あ、その、提督」

「なんだい?」

「ええとな、今度来た時の晩御飯は何が良い?」

「そうだね。肉じゃがでお願いするよ」

「そんなに気に入ったのか?他のも作れるぞ?」

「うん。なんというか、ホッとする味だよね」

「そうか」

「派手で美味しい料理も良いけど、ホッとする味ってのは大事だと思うんだ」

「そ、そうか、解った。じゃあ肉じゃがを用意しておく」

「日向と食べる晩御飯は楽しみだよ」

「あぁ。では来週待っているぞ」

通信機のスイッチを切りつつ、提督は不知火に言った。

「やはり、基地で資源生成を始めたようだ。来る数字と減少量を比べてくれるかい?」

だが、返事が無かったので提督は不知火を見た。

不知火は真っ赤になってもじもじしている。

「どうした?」

「・・・あ、あああああの」

「うん?」

「ひゅ、日向さんと・・仲良しで何よりです」

「まぁ、そうだけど・・何で不知火が真っ赤なの?」

「しっ、資料が来たら比較しておきますっ!」

言い残すと不知火は脱兎の如く走り去った。

呆然とする提督に戻ってきた秘書艦の長門が声を掛け、勿論説教されたのである。

生産量は順調に伸びて行き、1カ月後には鎮守府での使用量をまかなえるようになった。

更に1ヶ月後には、基地の使用分もカバーするまでに至ったのである。

 

基地が稼働を始めてから1年が過ぎた。

 

「日向室長カラ御挨拶ヲ頂キマス」

侍従長がそう言うと、列席者は壇上に登る日向を拍手で祝った。

 

3週間ほど前。

日向から1年になると話を聞いた提督は

「大事故も無く運用したのだから、皆と祝ったら良いじゃない」

そう答えたので、日向は祝日にすると共に記念式典を開く事にした。

提督や工廠長、最上達にも礼をしたいという日向の意向だった。

招待状を受け取った工廠長は

「日向は律儀じゃのぅ」

と笑いながら、参加に○を付けて返したのである。

 

日向は壇上に立つと、参列者を見回した。

伊勢、北方棲姫達、東雲組、工廠長とその部下達、最上達、そして提督と長門。

軽く息を吸うと、日向はいつも通り静かに話し始めた。

「1年前の今日、この基地は稼働した」

「それは北方棲姫組の皆が望む、人間に戻りたいという願いを提督が聞き届けた為だった」

「工廠長と配下の建造妖精達、さらには東雲組も総出でこの基地を作ってくれた」

「そして、この基地は更に別の目的を得て動いている。それは」

日向は北方棲姫と侍従長を見ると、

「私の願いを北方棲姫が聞き届けてくれたからだ」

「その願いとは、戦いたくない深海棲艦達を戦わずして艦娘や人間に戻す事だった」

「私は戦艦であり、戦う為にこの世に生まれた」

「しかし、それは非道な戦を仕掛ける者から味方を守る為で、逃げ惑う者を殺戮する為ではない」

日向は目を瞑り、再び開いた。

「残念な事に、艦娘や鎮守府の中にも悪しき者が居る」

「深海棲艦の中にも、ここに居る皆のように平和主義の者も居る」

「艦娘だから善、深海棲艦だから悪などという単純な構図ではない事を私は知っている」

「知っているが、助けを求めてるのか戦いを挑んでいるのか見分けがつかなかった」

「さらには、私が直接聞いても深海棲艦達は警戒し、怯えてしまう。本音は引き出せない」

「そう告げた時、ならば我々が話をしにいくと、姫が手を差し伸べてくれた」

日向は顔を上げ、参列者を見回しながら言った。

「この基地では、沢山の子達が様々な仕事に従事してくれている」

「深海棲艦達を探して連れてきてくれる営業方」

「艦娘や人間に戻してくれる作業方」

「怪我や被弾を治してくれる医務方」

「海底鉱山から原材料を掘り出してきてくれる採掘方」

「原材料を資源に変換してくれる生成方」

「外部各方面と調整してくれる経理事務方」

「食事を作ってくれる調理方」

「設備の故障を直してくれる修繕方」

「敷地を見回ってくれる警備方」

「皆を統括する管制方」

「北方棲姫、侍従長、伊勢、そして提督」

「ここに集う誰一人欠けても、今日を迎える事は出来なかったと私は確証している」

「今この時は、皆の想いの集まった結果だと、私は思う」

「だから私は、この場において、皆に礼を言いたい」

日向は一歩下がると、深々と頭を下げながら言った。

「本当にありがとう。皆の協力に心から感謝する」

ややあって日向が顔を上げた時、真っ先に拍手を返したのは提督だった。

うんうんと何度も頷きながら、バチバチと大きく手を叩いていた。

拍手はさざ波のように、やがて大きな喝采となった。

日向は何度か礼をしながら、提督の隣に帰って来た。

ざわめきが続くなか、北方棲姫と侍従長が壇上に立ち、北方棲姫が話し始めた。

「私ト侍従長ハ、カレコレ10年ノ間、ズット一緒ニ居マス」

「コノ10年デ、今日ホド嬉シカッタ事ハアリマセン」

「何故ナラ私ノオ友達ハ皆無事デ、毎日安心シテ暮ラシテイルカラデス」

「楽シク仕事シ、美味シイゴ飯ヲ食ベ、グッスリ眠ッテイマス」

「深海棲艦トシテ望ムベクモナカッタ筈ノ、幸セナ生活デス」

「コンナ毎日ヲ過ゴセルノハ、世界デ、ココダケデス」

「ダカラ今モ逃ゲ惑ウ子達ヲ、私達ノオ友達ヲ、ココニ誘イマショウ」

「暗ク冷タク、悲シミト恐怖ノ渦巻ク海底カラ、一刻モ早ク救イマショウ」

「ソノ為ニ必要ナ資源モ、出来ルダケ海底カラ調達シマショウ」

「今、ソノ全テヲ叶エテクレル皆ニ、深ク感謝シマス」

北方棲姫は一呼吸置くと、カッと目を見開いた。

「私達ナラ出来マス。私達ニシカ出来ナイ事デス。ヤリマショウ!」

同じく提督は二人に盛大な拍手を贈ったが、深海棲艦達の反応は違った。

立ち上がり、両の拳を突き上げ、大声で気勢を上げたのである。

感極まって涙する者も居た。

日向は提督に囁いた。

「3500体もの深海棲艦を束ねる物は、凄い物だな」

「惹きつける力があるというか、カリスマ性があるね」

「普段は可愛いちびっこなんだがな」

「そういえば、こっちでもポヨポヨしてるかい?」

「ああ。部屋に居る時は大体ベッドの上でポヨポヨしてる」

「侍従長も大変だねえ」

「そうでも無いみたいだぞ。二人仲良く過ごしている」

「それなら何よりだ」

「うむ。あと、姫は最近よく笑うのだ」

「そうか」

「だから、さっき姫が言ってたのは本当の事なんだろうと思う」

北方棲姫を微笑みながら見る日向を見て、提督は思った。

日向も、随分優しく笑うようになったな。

 



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日向の場合(20)

基地の記念式典は続いていた。

 

3人の挨拶の後は立食歓談の時間となり、食堂には数多くの料理が並べられた。

提督達も皿を手に回っていたが、日向がエクレアの前で足を止めた。

「あ、提督」

「んー?」

「エクレアといえば、鎮守府のエクレア内紛は終結したのか?」

提督は苦笑すると

「上手いネーミングだね。まったく大変だったよ」

「そりゃ、甘味女王の甘味争いとなればな」

「闘争本能剥き出しで実弾戦してたと聞いた時は、よく轟沈者が出なかったと肝が冷えたよ」

「抽選方式で収まっているのか?」

「それがだね」

「うむ」

「オークションでついに1個2500コインを突破したんだ」

「無茶苦茶だな」

「だから再び話し合ってもらって、鎮守府所属艦娘の抽選会は月に1度になりました」

「・・・む、むしろ悪化してないか?」

「毎日の生産量が50個に増えたから、半分の25個は受講生の子達で毎日抽選」

「うむ」

「残り25個の1ヶ月分を月初めの抽選で順番を決め、必ず回って来るようにした」

「ええと、例えば5月2日生産分は誰々の分、という事か」

「そういう事。それで大体月2~3回は全員食べられるようになった」

「なるほど、それは公平だな」

「どうせ皆で抽選会に参加してるからね」

「そうなると、雪風と龍田はしょんぼりしてなかったか?」

「いんや。雪風はもう充分稼いだと言っていたし」

「うわぁ・・」

「龍田は別の稼ぎ口があるから平気と言ってたが、そこを深く追求するのは止めた」

「命は大事だからな」

「ああ。というわけで、エクレア内紛は終結したよ」

「そうか」

「そういえばさ、日向」

「うむ」

「ここの室長なんだけど、秘書艦で持ち回りにするかい?」

「んー」

「日向と伊勢の二人だけにいつまでも背負わせるのもどうかと思ってね」

「気持ちはありがたいが、ころころ変わると経緯が解らなくなりそうだな・・」

「そうだね。そこは同意見。日向自体はどう思う?」

「んー、皆良くやってくれてるし、争いも無いし」

「うん」

「それに、立ち上げから携わってきたから、愛着もあるんだ」

「そうだねえ、こんな立派な基地を作ったんだからね」

「まぁ、私の力でもないのだが」

「間違いなく日向と伊勢の力だし、日向を任命して良かったと思うよ」

「・・そう、か。他の者ならもっと上手くやったのではと思う事もあったが」

「基地内の子達が日向に向ける目や言葉を見れば解るよ」

「うん?」

「誰もが日向を室長として認めてるし、敬意を持って接してる」

「そう、か?」

「ああ。だから日向がこの1年やって来た事は正しいんだよ」

「・・・」

「・・そうだね。そう考えると、引き続きお願いした方が良いね」

「あ、その」

「うん?」

「たまには、赤城エクレアを食べたい、かな」

提督が笑った。

「抽選に追加して、送らせようか?」

「い、いや、月に1度で良い。良いが・・」

「うん」

「提督が、持ってきてくれないか?」

提督は日向の申し出に一瞬きょとんとしたが、

「良いよ。じゃあ毎月1度、赤城エクレアを持って訪ねてくるよ」

「そうして、くれ」

「日向の作ってくれた晩御飯の後に、二人で食べよう」

「あ、ああ。それも良いな」

その時、伊勢の声がした。

「あのさぁ、お二人さん」

「ん?」

「皆ラブラブバリアに突入出来なくてエクレア取れないんですけどー」

ハッとして周囲を見ると、によりんと笑う面々が取り囲んでいた。

「熱イデスネー」

「良いなぁ」

「お幸せにねー」

「ヒューヒュー」

提督と日向は顔を赤くしながらエクレアの傍を離れると、

「うん、艦娘と深海棲艦が仲良くしているのは、本当に良い事だね」

と笑い、面々は微笑み返したのである。

 

「ふむ、もう1年経ったのか」

「はい」

記念式典の翌日。

提督は大本営の中将と通信し、基地の状況を報告していた。

しばらくの沈黙の後、中将が言った。

「大将の先見の明は、相変わらず冴えておられるな」

「と、仰いますと?」

「営業活動をするという申し出を受けた時、大将はこう仰ったんだ」

「はい」

「今回だけで3500体以上が望んだのだから、もっと大勢いるだろうとな」

「ええ」

「だから可能なだけやらせてやりなさいとね」

「・・」

「実際、今は累計でどれくらいになった?」

「人間に戻した子は3万人を超えましたね。艦娘は間もなく4000人ですが」

「・・なに?」

「ええと、ご報告してたかと思いますが」

「すまん。艦娘として来てる子が4000人近い事は見てたのだが」

「はい」

「に、人間として、3万人も返したのか」

「はい」

「・・そして尚、今もほぼ満員なんだろう?」

「ええ。ほぼ毎日130~150体を戻しています」

「・・そんなに、逃げ惑っていた子が居たのだな」

「最初は例外的な子達かと思ったのですが、もはや一定数居るとしか思えません」

「だが、その割合は、それでも少ないのだよ」

「いきなり戦いを仕掛けてくる深海棲艦の方が遙かに多いですね」

「・・全ての鎮守府に、救いの窓口を設ける程では、ない」

「そうですね」

「また龍田君に怒られそうだが、秘匿事案として続けざるを得ないか」

「ええ。今度はそちらに行く前になだめておきますよ」

「提督」

「はい」

「何というか、馬鹿の一つ覚えみたいで気が滅入るのだが」

「は、はい」

「これからも、よろしく頼む」

「はい」

「それなら君に表彰の1つもするべきだというのは、私も思うのだがね」

「いや、表彰の為にあちこち引っ張り出されるのも性に合いません」

「・・外部にどこから何と説明して良いやら解らんしな」

「今は知られていないが故に、元深海棲艦の子も普通に人間として溶け込んでますし」

「そうだな、元深海棲艦と知ったら拒否反応を示す人間もいるだろうな」

「言い方は悪いですが、そっとしておいて頂く方が順調だと思います」

「結果的に、提督の鎮守府も、基地も、我々への負担は極めて少ないしな」

「皆が頑張ってくれてるおかげなんですけどね」

「上層部会でも話題には上るが、問題になる事は全く無い」

「そうですか」

「だからこそ大将も私も、安心して君の案件に判を押せる」

「ありがとうございます」

「・・すまないが、やはり現状が最適だと思う」

「そうでしょうね」

「その、今度視察に行った時に何か出来る事は無いかな」

「あ、それならですね」

「うむ」

「大和さんにお願いして、スイーツのお土産をうちの子達に頂けませんか?」

「スイーツ?プリンとかか?」

「まぁそういうものです。大和さんは鎮守府きっての甘味女王と伺ってますし」

「なるほど。鎮守府も基地も街に出るのは不便な所だからな」

「そしてうちの艦娘達は結構な甘味女王揃いですから」

「ふむ。解った。それは必ずやろう。この後大和に伝えておく」

「よろしくお願いします」

「他には何かあるかね?」

「強いて言えば、今までのようにご相談への快諾をよろしくお願いします」

「結構怖い案件もあるがね・・解った」

「ありがとうございます」

「・・そうか、提督の所のカレーも久しく食べてないな」

「また来週にでも視察にいらっしゃいますか?」

「はははは。ごり押しはそう何回も出来んよ」

「いずれにせよ、お越しを楽しみにお待ちしてますよ」

「うむ。では、またな」

「はい」

提督は通信を終え、大淀に一礼すると通信棟を出た。

そのまま砂浜を踏みしめつつ、提督棟に戻る。

皆が頑張ってくれるから、大本営とも仲良くやれている。

提督はふと立ち止まり、空を見上げた。

私は皆に、ちゃんと何かをしてやれているのだろうか。

 




日向編、完了です。

突然ですが、本回を以って休載します。
理由は仙台と苫小牧を往復するフェリーとして木曾と北上が働いている(※1)と今更知りまして、これは乗りに行かねばならないなと思いまして。

※1:正確には「きそ」と「きたかみ」ですがそんな事はどうでも(ry

後は、お察しの通りネタ切れです。
日向編は公開分の2倍近い量を削りましたが、それでも難産だった話はキレが悪い。
今回の話が自分的にはギリギリと感じました。
折角皆様から一部のランキングに載せて頂けるほどに評価頂いてるのですから、きちんと面白い話をご提供したい。
なので、最近色々あったモヤモヤのリセットも兼ねて、遠い北の地で車走らせてきます。
豪雨予報とかある中を7時間で苫小牧から稚内まで観光しつつ移動とか、かなりの無茶ぶりですが、無事に帰ったら、またお会いしましょう。


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【番外編】響達の遠征(1)

こんにちは。
台風も通り過ぎようとしてますので、そろそろ再開します。
とはいえ15年動かしてないジープのエンジン並に錆び付いてますので、まずは番外編でウォーミングアップさせていただきます。



「・・・・」

遠征先に向かいながら、響はスイスイと見慣れた海原を進んでいた。

海面がキラキラと輝いている。

日の光の眩しさに目を細めつつ、やはり海は良いと思った。

晴れて凪いだ日は特に良い。

 

響は経理方で仕事しているので、本来は遠征の班当番はない。

無いのだが、毎日書類と睨めっこしていると気が滅入る。

だから時折暁と電に声をかけ、こっそりと役割を代わって貰うのだ。

経理方の長である白雪からは黙認してもらっている。

代わって貰うのは必ず「長距離練習航海」の日と決めている。

比較的短時間で高速修復剤が手に入る長距離練習航海はよく命じられる遠征である。

しかも長距離練習航海は命じられたら1日に何回も往復する事になる。

ゆえに長距離練習航海の景色は暁も電も見飽きている。

一方で響が川内とお喋りしながら気分転換するには丁度都合が良かったのだ。

ちなみに交代した暁や電は雷の洗濯を手伝いつつ、雷の煎餅を漁るのが定番となっていた。

雷も話相手が「たまに」出来るのは嬉しいらしい。

「毎日」だと秘蔵の煎餅があっという間に無くなるので嫌だという。

 

そんな訳で、響は川内と共に海原に出ていた。

この鎮守府では長距離練習航海は4人で行く事にしており、残り2名は那珂と能代だった。

今日は雲が幾つかあるが暑くも寒くも無く、波も穏やかである。

この海域は深海棲艦も来ないし、のほほんと航海するに絶好の日和である。

「飴食べる?」

そう言いつつ響の手に飴玉を握らせたのは川内である。

響はにこりと笑った。

「スパ・・あ、いや、ありがとう」

「別に言い直さなくても平気だよ」

川内は横に並ぶとそう言ったが、響は少し帽子をかぶり直すと答えた。

「いや、その、何というか、響らしさっていうのを大事にしたいんだ」

「響らしさ?」

「もう1回改造すれば私はヴェールヌイになるし、なった後ならロシア語も良いと思うんだ」

「ふむふむ」

「でも今は響。ヴェールヌイではないのだから、日本語で話したいなと思うようになってね」

「ヴェールヌイじゃない、響らしさって事?」

「そう」

川内はふーむと考えたが、

「私は響がヴェールヌイになるのって、転勤のような物だと思うんだよね」

「転勤?」

「響自身は変わってないけど、勤務先が変わって制服が変わったって感じ」

「・・」

「元々不死鳥と呼ばれる程に運と実績があったから、ロシアでも信用されたんでしょ」

「・・」

「だから私は響がヴェールヌイになっても全然気にしないよ」

「・・」

「それと同じで、響がスパシーバって言っても気にしない」

響は川内を見上げた。

「・・気にならないかい?日本の船なのにロシア語交じりで話すなんて」

川内は響を見返した。

「だとするとさ、ヴェールヌイになった後は100%ロシア語で話すの?」

「う、うーん」

川内は首を傾げた。

「私、スパシーバとマトリョーシカとボルシチしか知らないよ?」

「ボルシチは料理名だし、マトリョーシカはオモチャだよ・・」

「どの国籍の船であろうと、今まで通りお喋りしたいなあ」

「まぁ・・そうだね」

「それに、今からロシア語交じりでも響の経験した事の表れだと思うから、良いと思う」

「うーん」

「ほら、球磨ちゃんが語尾にクマーってつけるじゃない」

「うん」

「それと似たようなもんだよ」

響は目を見開いた。

「あ、あれと似たものなのか?」

「アイデンティティっていうか、キャラっていうか、そういう意味」

響は腕を組んで考え出した。語尾に何か付けた方が良いのだろうか?

ヴェールヌイならヌイ?響なら・・び、ビキー?

どっちも怪獣みたいで嫌だビキー。

いや待て。元々私はクールキャラで売っていた筈だ。どこで道を踏み外したのだ?

おほんと咳払いをしてから川内に尋ねた。

「じゃ、じゃあ、川内の夜戦主義もキャラって事かい?」

「あたしにとって夜戦は生き方だけど、個性という意味では同じかなあ、うん」

響は少しの間、過ぎ去る海面を見つめていた。

・・・気にする方が悪い方に進みそうな気がする。ビキーなんて定着して欲しくない。

「解った。川内がそう言うなら気にしない事にするよ」

「響が今を幸せに生きてくれるのが、私の何よりの願いだよっ」

そう言いながらニコッと笑う川内の真っ直ぐな視線に、少し照れた響は帽子で顔を覆った。

 

暁も姉として気を遣ってくれるが、気が向いた時だし正直もっと雑である。

さらに、気遣いっぽく見せて実は自分の為という邪なケースも良くある。

自分の器からピーマンだけ移し、「体に良いから貴方が食べなさい」といった感じに。

もちろん「食べないとレディになれないよ」といって少し多めにお返しする。

だが、川内のは純粋な優しさである。邪さが全くない。

自分の好物だろうと響が美味しいと言えば自分の皿から分けようとする。

なんというか・・そう。姉というより母の、優しさというより愛である。

母と言えば雷も居るが、雷は厳しいおかんであり、川内は優しいお母さんというか。

とはいえ、もし川内にそんな事を言ったら、

「えー、あたしそんな年じゃないよー」

などと誤解されそうなので言わないけれど。

響はポリポリと頬を掻いた。いつか川内にちゃんと感謝の念を伝えられるだろうか。

そんな二人の耳元でインカムが鳴った。

「はい、川内です」

「響だよ」

「センターの那珂ちゃんだよ、お話し中ごめんね」

少し距離を取って先を航行する那珂からの通信だった。

那珂は赤城の誘いで深海棲艦から艦娘に戻り、この鎮守府に異動してきた一人である。

着任時点でLV99、更にはあらゆる遠征をこなしてきた強者であった。

(元のLVは更に上だったが、提督とケッコンカッコカリしてないので99扱いとなった)

必然的に遠征時には旗艦を任される事が多かったが、那珂は旗艦と呼ばれるのを嫌がり、

「センターって呼んでねっ!あとちゃん付けで!」

というので、提督も「センターの那珂ちゃん」と呼んでいる。

響はインカムをつまんで答えた。

「構わないよ。どうしたんだい、那珂ちゃん」

「えっとね、今日はバーゲン会場で誰か練習したいかなって」

那珂の声を聞いて、響は苦々しい顔になった。

バーゲン会場なぁ・・

 



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【番外編】響達の遠征(2)

バーゲン会場とは那珂の命名であるが、高速修復剤を仕上げる場所の事である。

遠征任務の主要な目的である高速修復剤。

燃料のように汲んで来れば良いという訳ではなく、生成する必要がある。

鎮守府から持参する薬品を、遠征先で採取出来る液体と正確な割合で混ぜねばならない。

入れ物たるバケツは鎮守府の工廠で作ってもらうか、使用後に洗浄した物を持参する。

その為、今回の遠征では川内がバケツに薬品を入れて持参していた。

長距離練習航海の場合、目的地にあたる島で2種類の液体が湧き出ている。

うち1つは泉のような所で静かに汲めば紫色の混合液が出来上がるので簡単である。

曲者はもう片方の液体との調合である。

崖の斜面に突き出た数本の竹筒の先から緑色の液が出ている。

先程作った紫の混合液とこの液体を正しい割合で混ぜると液が透明になり、完成である。

足りないと紫色のままだし、ちょっとでも多いと真っ黒になってしまう。

なぜ曲者か。

1つ目の理由は筒から出る量が不安定で、止まったり出たりを繰り返していること。

2つ目は液自体の濃度が不安定なのか、必要量が毎回違うこと。

3つ目は、この液体はすぐに固まってしまうので溜め置く事が出来ないこと。

だからバケツを竹筒の下で構え、混合液が透明になったらすぐに引き抜くしかない。

さらに、時にどばりと出る液体が入るのを避けるべく、バケツをかわす必要もある。

もし配合を間違えればバケツを洗う所、つまり遠征自体のやりなおしとなる。

よってバケツ1回に付き1度きりのチャンスなのである。

行列の長さ、遠征の中で配分出来る時間などから、持ち帰れるバケツの最大数が決まる。

長距離練習航海の場合、演習時間が短く希望する艦娘も多い為、上手く行って1トライ。

つまりバケツ1個分が精一杯なのである。

混雑が酷く、行列が長ければトライせず涙を呑んで引き返さねばならない事もある。

中には修復剤を持ち帰らないと機嫌が悪くなる司令官も居り、艦娘達は必死である。

 

そんな訳で。

 

色々な鎮守府から来た艦娘達はバケツを手に、残時間にそわそわしながら前の人をせっつく。

運良く竹筒の前に出られても、ほんの少しでも多く混ぜたら1発でアウト。

極僅かなチャンスを得るべく殺気立った艦娘達が狭い場所にひしめき合う。

まるでタイムセールのワゴンの中からお気に入りの1点を見つけて引き抜くかの如く。

ゆえに「バーゲン会場」という那珂の例えはあっという間に定着したのである。

提督も1度その様子を見に行ってからというもの、

「バーゲン会場で怪我しないようにね。大変なのは解ってるから」

といって送り出すようになった。

だが、艦娘達としてもどうせならバケツを持ち帰りたい。失敗は悔しい。

高速修復剤の生成が長距離練習航海のメインイベントには違いないのである。

 

話は現在に戻る。

 

「希望する人が居なければ那珂ちゃん行ってくるけど?」

那珂の問いに、響は何て答えるか考えた。

自分もやり方は知っているが、実はあまり成功した事が無い。

一方で那珂は確実に成功する。

折角同行するのだから、アドバイスを貰って練習するチャンスかもしれない。

うんと頷くと、インカムをつまんだ。

「私は上手に生成出来ないから、教えて貰えたら嬉しいんだけど」

「オッケー、それなら那珂ちゃんと響ちゃんがバーゲン会場突入組ね」

すると、那珂に同行していた能代が頷いた。

能代も那珂と同じ時に着任した元深海棲艦である。

「じゃあ私の方で最初の液を汲んで手渡すわ。川内さん、一緒に行きましょう」

「解った」

「それで上手く行けば川内さんと響さんで出来るようになるでしょ」

川内が頷いた。

「じゃあ二人で成功率が上がるように頑張ろうね!」

「了解」

「よーし。皆、頑張っちゃおうね!」

単調になりがちな遠征において、那珂の明るい声は励みになるなと響は思った。

これもまた、キャラなのだろうか。

 

それからしばらくして。

 

「だぁあぁぁもぉおぉおぉおおお!」

バッシャン!

バケツの中身を地面にぶちまけたのは響である。

勿論混合液が真っ黒になったからである。

周囲に居た他の艦娘達からも

「気持ち解るわー」

「あれはね・・キッツイよね」

「ホンマ、この筒やらしぃで」

「運が悪かったですネー」

と、口々に慰めの言葉が出た。

1巡目は那珂と能代がひょいひょいとあっさり成功させた。

2巡目の道すがら、響は那珂から幾つかのポイントを聞き、復唱もしていた。

そして、川内から混合液を受け取った響は、那珂と一緒に竹筒の1本の前に立った。

足場が悪いから必要以上に移動すると転ぶよと那珂がアドバイスしたからである。

実際、響は過去何回か焦って移動しようとして派手に転んだ事があった。

響はなかなか出てこない筒の前でじっと待った。1分が1時間にも思えた。

隣の筒で成功したと歓声が上がってもじっと耐えた。

やがて、液は出た。

ゆっくりと緑色の滴が形成されていく。

計りやすいパターンであり、響は内心ほっとした。

数滴垂らし、紫色がほとんど薄まっていた所で、突然ドバッと出たのである。

バケツを握り締めるように緊張しきっていた響はあまりの変化に体が動かなかった。

那珂がとっさにバケツを押しやったが時既に遅し。

バケツの中身は真っ黒に濁ってしまっていたのである。

 

「皆、ごめん。また失敗してしまったよ・・」

怒りは収まったが、響は悔し涙を零しながら3人に頭を下げた。

しかし、那珂は笑って言った。

「今日は1回目じゃん。また来ればいいよ」

川内も肩をすくめた。

「アタシも散々失敗してるしね、あのバーゲン会場ではさぁ」

その後、黙っていた能代がぽつりと言った。

「私・・丁度あの状況の時に、避けようとしてバケツが手からすっぽ抜けた事があるわ」

川内が意外そうな顔で見返した。

「えー、能代さんてそういうウッカリはやらないイメージだったよー」

「だっていきなりドバっと出たらびくってなるじゃない!」

「それで手からすっぽ抜けたの?」

「もう見事なまでに放物線描いてバケツごと海の中よ。笑うしか無かったわ」

「え?那珂ちゃん今初めて聞いたよ?」

「恥ずかしいから箝口令敷いたのよ・・」

・・・ぷふっ。

「あー、響今笑ったでしょ!」

「わ、笑ってない。わら・・ぷふふふふっ」

「思い切り笑ってるじゃない。もー」

「じゃ、さっさと鎮守府帰ってバケツ貰って来よう!」

「おー!」

「み、皆ごめんね。次は頑張る!」

「その意気その意気!じゃあ今日は響ちゃんの練習デーにしちゃおうよっ!」

「い、良いのかい?」

「まとめて練習しないと覚えられないでしょ!失敗分は他の遠征でカバーしてあげる!」

響は那珂の笑顔が本当に頼もしく思えた。

いつかこんな風に頼れる人になりたいな、と。

 




明日からは6時と11時にお届けです。
皆さんが台風で被害にあってませんように(祈)


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【番外編】響達の遠征(3)

1度目の挑戦で液の出方に弄ばれ、成功を誓った響だったのだが・・

時に神様はイジワルである。

2度目の挑戦では出方は普通だったが高濃度だったらしく、たった3滴で真っ黒。

3度目は大行列で並ぶ前から無理と断念。

4度目は竹筒の前でバケツを受け取る時にまさかの取り落とし。

5度目は突如竹筒が大噴水と化し、順番を待っていた響のバケツさえ真っ黒になった。

真っ黒になったバケツを見て、響の何かがぽきりと折れてしまったのである。

「ひ、酷いよ・・今日は呪われてるとしか言いようが無いよ・・」

響は5度目の帰り道でついに泣き出してしまった。

「那珂ちゃんも・・さすがに大噴水は見た事無かったよ」

「皆呆然としてたよね」

「何の予兆も無くドバーン!だもんね」

「まぁ、こういう日もあるよ。早く帰ってお風呂入ろ」

響は川内にぎゅっとしがみついた。

悔しい。ここまで失敗続きだと今夜は寝られそうもない。

 

「きょ・・・今日も、ですか?」

白雪は真っ黒なクマを作り、目を血走らせた響と苦笑する川内を前に答えた。

「昨日、あまりにも遠征が酷い結果だったから、リベンジしたいって聞かなくて・・」

「白雪、無理は承知の上だが、このままじゃ悔しくて眠れない。眠れないんだ!」

白雪はちょいちょいと積み上がった書類を数え、カレンダーを見てふうむと言った。

「響さん」

「うん」

「今週はあと3日あります」

「うん」

「その間に、バーゲン会場で確実に成功する方法を見つけ、リポートにまとめてください」

「!?」

「バーゲン会場では私も昔の鎮守府で辛酸を舐めました。ぜひ方法を見つけてください」

「・・・・」

響は眉をひそめた。確実に成功する方法?そんなものがあるのだろうか?

だが、見つけたいのは私も同じだ。あんな悔しい1日を二度と体験したくない!

「・・やるさ」

「解りました。それではこれを任務とし、提督に正式に許可を貰っておきます」

「あ、そうか。そうだね」

「大手を振って行ってきてください!」

「頑張るよ!」

 

こうして響と川内が調査にあたる事になった。

サポートには舞風と若葉が着いた。

この二人も那珂達と行動を共にした元深海棲艦で、遠征の熟練者である。

なお、那珂と能代は80時間の遠征に出発したばかりだった。

「バケツ3個取ってくるから心配しないでって響ちゃんに伝えといてねっ!」

阿賀野からそう聞いた響は涙目で阿賀野に抱きついた。

「あらら」

「ほんとに、迷惑かけてるよね」

「そんな事無いよ、二人とも最近活き活きしてるんだから」

「・・活き活き?」

「元々、艦娘の頃、あの子達は遠征ではちょっとした有名人だったのよ」

「・・」

「でも、深海棲艦になったら艦娘と同じ遠征は無いのよね」

「・・」

「艦娘に戻れて、久しぶりに得意な事が出来て、頼られて嬉しいって」

「・・」

「だから、ほんとに心配しないでね」

響はぐいと腕で涙を拭くと、真っ直ぐ阿賀野を見返した。

「この恩は、必ず返す」

阿賀野はニコッと微笑み返した。

 

その後。

自室に居た舞風は、川内から調査の目的を聞くとジト目で顎に手を置いた。

「バーゲン会場の竹筒はほんっとーに性悪だからねぇ」

若葉は心底納得したという顔で頷いた。

「あれは・・何度やっても、困る。響の悔しい気持ち、解る」

響はがっしりと二人の手を取った。

「どうしても雪辱を果たしたい。力を貸してほしい」

「もっちろん」

「そうだな・・なら、いきなり行くよりも打ち合わせをしないか?」

「打合せ?」

「遠征を始めたら30分で済まさねばならない。落ち着いて話せないだろう?」

「なるほど」

川内が頷いてインカムを離した。

「集会場の会議コーナーを3日間押さえたよ。行こ!」

響は拳を握った。このメンバーなら何となくいけそうな気がする!

 

「・・今日の計画は大体こんな感じかな」

「そうだな。まずは1度目の遠征は現地調査で良いだろう」

「最初から行列に並べば時間稼げるっしょ!」

4人で決めたのは、まずは今日は出来るだけ何回もバーゲン会場に遠征するという事。

ただし、生成は最初から諦め、竹筒の行列にだけ並ぶ。

そして竹筒の周辺を動画で撮影し、液の出方や足場を撮影してこようというのである。

 

「まぁ、初日から正解に辿り着ければ世話無いよね」

4人で夕食のおむすびを頬張りながら、川内は他のメンバーに言った。

勿論場所は集会場の会議コーナーである。

現地での撮影は予想以上に困難を極めた。

まず他の鎮守府の艦娘達がひしめき合っており、全体を一度に写せるチャンスが無い。

さらに都合8回足を運んだが、液の出方に規則性は全く無かったのである。

若葉が溜息を吐いた。

「予想以上に・・撮影に手を焼いたな」

舞風が頷いた。

「他の艦娘達は殺気立っているから、少しどいてとか頼めないしねぇ」

響は尊敬のまなざしで舞風を見た。

「舞風は、あんな物凄い人込みの中で良く撮影出来たね」

舞風はウィンクしながら答えた。

「踊るのは大好きだもん」

若葉が苦笑した。

「もはや曲芸の域だったがな」

そう。

殺気立ってひしめく艦娘達を前に、舞風は

「1回で全体を撮れないから、分割して撮ってくるね!」

というと、汲んでいる子達の隙間からパシャパシャと何枚も撮ってきた。

幾度も液を避けたバケツが目前に迫る事もあったが、舞風は

「あらよっと!ほいさっさー!」

と、器用に体を曲げて躱したのである。

響が言った。

「舞風のおかげで足場を含めた全体像は掴む事が出来たね」

若葉が数十枚の写真を繋ぎ合わせたスケッチを眺めながら言った。

「何というか、記憶以上に酷い場所なんだな・・」

舞風も頷いた。

「こんなデコボコ足場じゃー、バケツ取り落したりしてもしょうがないよねぇ」

「地面は石と泥と固まった液が混ざりあってるって感じだな」

川内は腕を組んで考えていた。

「んー」

「どうしたんだい、川内」

「何で竹筒なんだろう?」

若葉がスケッチを指差した。

「そりゃ、湧き出ている所が崖の結構上の方だからじゃないか?」

「もう1つの液は普通に石枠で水路が組んであるじゃん」

「空気に長い事触れてると固まっちゃうからかなー」

ハッとした顔で響が言った。

「竹筒の中にも空気は入ってる筈なのに、どうして固まらないんだろう?」

舞風はしばらく考えていたが、

「固まってるんじゃ・・ないかな」

「というと?」

「まず、筒の中を液が流れるじゃない」

「あぁ」

「その時、中で空気に触れて少しずつ固まるとするでしょ」

「うん」

「そうすると、竹筒の中が徐々に狭くなる」

「うん」

「それで流れが悪くなって、最後にはポタポタって感じになる」

「・・おぉ」

「でも、元の水流が変わって無かったら、水圧に耐えきれなくなって・・」

「大噴水か!」

「小規模ならどばって奴だよね」

「じゃあ、水流が変わるのは中で固まった液に邪魔されてるって事か」

「予想だけどねぇ」

そこに、若葉がぽつりと呟いた。

「それ、なんか・・・」

若葉に3人が向いた。

「何?」

「・・動脈硬化みたいだな」

「ちょ!喩えが渋い!」

響がおずおずと聞いた。

「じゃ、じゃあ大噴水は・・」

「・・・クモ膜下出血、だな」

「こわっ!こわあっ!」

「ドロドロ血、良くない」

「うわー、もう血管とドロドロ血にしか見えないよー!」

「刻んだ玉ねぎをお供えしたらマシになるかなあ?」

「神棚も作る?」

「えーなにそれー」

「あははははは!」

こうして1日目は大脱線で幕を閉じたのである。

 

 




早速誤字、いや、間違って覚えてた語句を訂正しました。
ご指摘ありがとうございます。


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【番外編】響達の遠征(4)

 

方法を考え始めて2日目。

 

朝食もそこそこに集会場の会議コーナーに集まった4人はスケッチを眺めていた。

舞風がペンをくるくると回しながら言った。

「んー、問題はさー」

「うん」

「流量が一定じゃない事だよね」

響が拳を握って力説した。

「濃さも。大体あとちょっとって所で急に濃くなるじゃん」

ぽつりと若葉が言った。

「クモ膜下出血も、嫌だ」

「若葉、地味に蒸し返すね」

舞風がにひゃりと笑いながら言った。

「悲劇!バーゲン会場でクモ膜下出血!」

「ワイドショーのタイトルみたいだぞ」

川内が苦笑しながら言った。

「まぁそれは置いといて。そういえば昨晩思ったんだけどさ」

「何だい?」

「空気を遮断してたら、固まらないのかな」

3人はきょとんとしたが、やがて若葉が言った。

「空気に触れたら短時間で固まるから、そうじゃないか?でも、どうやって遮断する?」

「ほら、御弁当の醤油入れあるじゃない」

響が宙に掲げた指で形をなぞりながら言った。

「赤いキャップの付いた魚の形してる、アレ?」

「そうそう。あれに一杯に入れて、キャップをしたら固まらないかなって」

若葉が腕組みしながら考え始めた。

「・・理屈では・・そうなるな」

「でさ、醤油入れからバケツに垂らしたら」

「入れやすいね、とっても」

「そうか。不安定さを解消し、入れやすさも上がるな」

「これ、簡単で凄くない?凄い発見じゃない?」

「アタシ、鳳翔さんの所で醤油入れ貰ってくる!」

舞風があっという間に駆け抜けていった。

 

そして4人は、バケツと醤油入れを持参して島に向かったのである。

「よ、よし。吸い取るぞ」

竹筒の前で、空気を抜いた醤油入れをかざす若葉の手がプルプル震えている。

隣で舞風が両手で拳を作って応援している。

「落ち着いて、落ち着いて。活きの良い所をちゅるっと!」

若葉が怪訝な顔で見返した。

「活きが良いって・・何だ?」

「サラサラ流れてる所だよ!」

「ドロドロ血じゃない所だな」

「そうだよ!我々には健康な血液が必要なのです!」

周囲で汲んでいた艦娘達は首を傾げた。

この2人はバケツも持たずに何をしてるんだろう?

 

「・・・よし、吸ったぞ」

「おーい!こっちだよー!」

岩場から離れた所で待っていた響達が手を振る。

駆け寄る若葉と舞風。

「い、行くぞ」

「うん!」

3人が見つめる中、若葉は醤油入れのキャップを再び開け、下に向けた。

「・・・あれ?」

「どうしたの?」

若葉がどろんとした目で答えた。

「・・カチカチに固まってる」

3人はがくりと頭を垂れた。

「えーだめなのー」

「うわ、ほんとだ。もう石みたいに固まってる」

「良いアイデアだったと思ったんだけどなー」

「アタシなんか勝利のダンスをする為に身構えてたよー」

「どうする、今からもう1回並ぶか?」

「いや、もう時間切れだね・・帰ろう」

 

帰りの航路や、会議コーナーでも、4人は無口だった。

それぞれ考えたり、スケッチを手に取ったり、何か思いついては肩を落としたり。

だが、川内は響の様子を見て微笑んでいた。

経理方で仕事している時より生き生きとしている気がする。

たまにはこういう気分転換も良いかもしれない。

 

こうして、あっという間に2日目の夜を迎えたのである。

 

 

3日目の最終日。

朝から会議コーナーに全員集まったが、昼近くまでほとんど会話する事も無く考えていた。

「・・・そうだ」

やがて、響がぽつりと発した呟きに、他の3人はどよんとした目を向けた。

「何か思いついたのー?」

「今日で最後だからな・・何でも出来そうな事はやってみよう」

響は頷いた。

「最初に、川内が言った事が正しかったんだ」

川内はきょとんとした顔になった。

「ほえ?私何か言ったっけ?」

「川内は、なんで竹の筒なんだって言ったんだ」

「・・あぁ、言ったね。うん」

「そして、ビニールの醤油入れに入れた液は、空気を遮断してもあっという間に固まった」

若葉が頷く。

「そうだったな」

「でも、あんな長い竹筒の中を通っても、出口まで液体のままなんだ」

「・・あ」

「竹製の容器に入れたら、固まる時間は筒の中と同じになる筈、だろう?」

「・・そう、だね」

「だから竹製の容器で、バケツまで運べばいい」

川内が肘を突いて考え出す。

「バケツに、量を計って入れやすくて、竹で作れそうな形、か・・・」

若葉が応じる。

「注射器とか醤油さしとか、密閉する必要があったり形を変えるものは、難しいな」

響がハッとしたように言う。

「ところてん製造機とか?」

舞風が手をひらひらと振る。

「あれで液体は無理っしょー」

その時、若葉がポンと手を打った。

「耳かきはどうだろう?」

「耳かき?」

「ああ。竹製の耳かきなら、1滴位にならないか?」

舞風が頷く。

「そうだねえ。でも、何滴か要るのに1滴ずつ運ぶのは時間的に無理だよ~?」

川内が言った。

「なら、竹のコップで運べば良いんじゃない?」

「おお!」

「竹の先の方の細い節を使ってさ、全長を短くすれば数滴分のコップになりそうじゃん」

「なんか出来そうだね」

若葉が手を上げた。

「・・ま、待て。おさらいしよう」

3人が若葉のほうを向いた。

「うん」

「鎮守府から持参したバケツを持って、1つ目の液体を汲む行列に並ぶ」

「うんうん」

「その一方で、2液目の行列に、竹のコップを持って並んでおく」

「そうだね」

「バケツ組は1つ目の液を汲んだら大噴水が起きても良い位置で待機」

「うん」

「2液目の列に並んだ者は竹筒から、出来るだけさらさらした滴を竹のコップに入れる」

「流れが少なければ耳かきでかき集めても良いね」

若葉が頷く。

「そうだな。滴が集まったらバケツの所まで全速で移動」

「転ばないように注意だね!」

「そして固まる前に耳かきを使ってコップから取り出し、1滴ずつ入れて行けば・・」

「安全に、完成・・・・だな」

「・・・・・」

「欠点無いよね?」

「・・うむ。後はやってみないと解らないな」

「あ、耳かきとコップ、どうやって調達する?」

「工廠長、作れないかな?」

4人が同時に立ち上がった。

既に時計の針は午後を指していた。

 

「竹製の大き目の耳かきとミニサイズのコップじゃと?」

響達の真剣な眼差しとリクエストされた物のギャップに戸惑いながらも、

「綿棒と鉄のコップならここに・・・」

「ダメ!絶対!竹!」

予想外の迫力ある拒否に工廠長は驚きつつ、

「わ、解った解った。木でも無くて竹なんじゃな?」

「YES」

「ふむ。確か倉庫に竹棹が何本かあった筈じゃ」

 

工廠長は耳かきを作った後、倉庫にあった竹の根本の節を指差した。

「コップなら、この辺りかの?」

「いえ、あの、形がコップというだけで、もっと小さくしたいんです」

「どんなサイズが良いんじゃ?」

「これくらい」

「小指位の太さじゃと?」

「耳かきが入る位で良いんです!」

「深さは?」

舞風が親指と人差し指で長さを示す。

「このくらい」

「ふむ・・・じゃあ先端近い・・ここ位かの?」

「そう!そんな感じ!」

工廠長は1節分を切り落とすと、中をやすりでショリショリと削った。

「まぁ、こんなもんかのう・・」

「耳かきは・・入るね!OKOK!」

「作っといてなんじゃが・・こんな大きさじゃ酒のおちょこにもならんぞ?」

「良いの!」

「まさにイメージ通り!」

「さすが工廠長!ありがとう!」

「何故大絶賛されとるのかさっぱり解らんが・・・そんなものどうするんじゃ?」

「成功したら報告に来るよ!」

「そうか。ふむ、ま、気を付けての」

「ありがとー!」

工廠長は首を傾げながら、嬉々として去っていく4人を眺めていた。

 



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【番外編】響達の遠征(5)

 

島に到着した4人の表情はこわばっていた。

あらかじめ打ち合わせていた通り、川内と舞風がバケツ組として別れていった。

緑の液の順番待ちの列に並ぶのは、もちろん響と若葉である。

今回は響がコップと耳かきを持っている。並々ならぬ気合が入っていた。

前後に並ぶ艦娘達は不思議そうに響の手元を見ていた。

やがて、順番が回ってきた。最初から並んでいたので充分時間はある。

「よ、よし、特製コップ、用意した」

若葉が後ろを指差す。

「バケツの位置はあそこだぞ、確認したか?」

響がチラリと振り返って頷いた。

「した!」

「さ、サラサラの所だぞ!サラサラの!」

「わ、わわ、解ってる・・解ってるさ」

「ひ、響、プルプルし過ぎだぞ」

「手が勝手に震えるんだ!コップ押さえてくれ若葉!」

「し、仕方ないな・・・ほ、ほら」

「若葉だってプルプルしてるじゃないか」

「い、いいから早く汲んでくれ!」

「それは竹筒に言ってくれ」

「耳かきを使って掻き出せば良いだろう」

「あ、そうか。忘れてた」

川内は舞風とバケツを挟む格好で待機していた。

大噴水が起きれば川内が盾になり、舞風がバケツを持って避難する手筈である。

だが、響と若葉の腕が遠目に見てもブルブル震えている。

「ま、舞風ちゃん」

「なーに?」

「随分震えてない?あの2人」

舞風は苦笑しながら答えた。

「まぁ、前回の事もあるし、最終日だし、成功させたいし、色々あるもん」

こういう時、那珂なら何と言うだろう?

気の利いた事を言って落ち着かせたいが、上手い言葉が思いつかない。

汲み終えたのか、二人がこっちを向いた。

だが、かつて無い程ガチガチに緊張してる。右手と右足が同時に出てる。

川内はずっと考えていたが、とっさに口を突いて出た言葉は

「ど、動脈硬化になっちゃうよ!ほら、早くおいで!」

・・・ぷふっ。

途端に響達の動きが滑らかになった。

川内の元に辿り着いた響は笑いをこらえながら言った。

「せ、川内が動脈硬化って言うとは思わなかったよ」

若葉も頷いた。

「全くだ。ほら、コップ、持って来たぞ」

舞風がコップを受け取り、中に入っていた耳かきをゆっくりと引き上げると・・

「あ、液!液体じゃん!響やる?」

「ダメだ。手の震えが止まらない。舞風頼む!」

「オッケー、じゃあ1滴目!」

ポタッ!

「・・・まだ紫色だね」

「ほいさ!もう一丁!」

・・ポタッ

「まだ紫色だ!」

「あいよっ!」

・・・ポタッ

舞風が耳かきでコップの中身を混ぜながら不安そうな声をあげた。

「な、なんか固まり始めてきたよ!」

「まだ紫色だ!もう1回!」

「2滴入れる?」

「いや、1滴ずつ!ここで入れ過ぎは嫌だ!」

・・ポタッ・・

「うわー、もう粘性が!ハチミツのようだよ!」

「紫色が薄まって来た!もう1回だ!」

・・・ポ・・・タッ・・

「ひえー!固まる!固まっちゃううううう!」

「あ!透明!透明じゃない!?」

「バケツを光にかざしてみろ!」

「もうコップの中身ハチミツみたいだよー!」

「・・・あ」

「お、OK、じゃ、ないか?」

「後は鎮守府で、工廠長に聞いてみよう」

透明の液になったバケツを囲み、4人はぺたんと座り込んでしまった。

「あ、危ない・・ギリギリ過ぎる」

「で、でもさ、慣れればコレ、100%成功するよね?」

「そう、か」

「持って来るのをもっと早く歩けたらもう少し時間に余裕出来るし!」

「ここまで離れなくても良いんじゃないか?」

「そういうのは置いといて、とにかく、とにかく鎮守府に帰ろうよー」

「うむ。記念すべき第1号バケツになるか、確認せねばな」

響はくいっと帽子を上げた。

「み、皆、本当にありがとう。きっと成功してる気がする」

「響・・」

「わ、私はロクに役に立ってないけど、皆のおかげで形になった」

若葉がにこっと笑った。

「そんな事、無いぞ」

「えっ?」

「竹筒に最初に気付いたのは川内さんで、言葉を思い出したのは響だ」

舞風がにっと笑った。

「耳かきを思いついたのは、若葉だったじゃん」

川内が舞風を見た。

「上手に混ぜたのは舞風ちゃんだし?」

響はおずおずと言った。

「・・・じゃ、じゃあ、皆でやったって事で、良いのかな?」

舞風がにっと笑った。

「良いんじゃない?」

響は自分の両手を見た。

いつの間にか、震えが止まっていた。

響は3人を見た。

3人は響の言葉を待っていた。

響は一呼吸の後、ふっと笑って言った。

「スパシーバ。じゃあ皆、帰ろう」

「おう!」

 

「ふむ」

川内からバケツを受け取った工廠長は検査用のガラス板に乗せて確認していたが、

「うむ、間違いなく完成しとるよ。お疲れさまじゃの」

と言った。

反応が無かったので工廠長は4人の方を向いてぎょっとした。

「な、なんで涙ぐんでるんじゃ?」

「・・やった、やったよ」

「良かったね、良かったね響」

「これは、間違いなく快挙だぞ」

「提督に褒めてもらえるよ、きっと!」

工廠長は首を傾げた。普通の高速修復剤にしか見えない。

初めて作った訳でも無かろうに、そんなに失敗続きだったのかのう?

 

「ええっ!本当に見つけたんですか!」

白雪は4人から報告を聞いて驚いた。

言っては悪いが3日くらいでどうにかなるとは思ってなかった。

提督にもそう伝えてたし、提督も失敗前提だよねと返したほどである。

「す、すぐ提督に報告しましょう。説明出来ますか?」

「もちろん!」

 

「ふーむ、本当にバーゲン会場を制する方法を見つけたか・・」

「そうだよ。この4人で見つけたんだ」

「一旦竹のコップに入れて1滴ずつ耳かきで入れて調合する、か。言われればそうだよね」

「単純だから誰でも出来るよ」

「確かに。ふむ、これは見事だね」

「えへへへへ」

「よし、それぞれご褒美をあげよう。何が良い?」

舞風はバチンとウィンクしながら言った。

「新しいジャージ欲しいなー」

「舞風らしいね。良いよ、1着買ってあげよう」

若葉はちょっと照れながら言った。

「あ、あの、鳳翔さんのパフェが食べたい」

「よし。スペシャルクリームパフェを奢ってあげよう」

川内は響の頭を撫でながら言った。

「響と一緒に、1日お休みと、外出許可が欲しいな」

「出かけたいんだね。よしよし、お小遣いも付けようじゃないか」

だが、響はじっと黙ったままだった。

「・・ん?響は何が良いのかな?」

響は何度か上目遣いに提督をチラチラと見た後、

「川内とのお出かけは貰えたし・・あ、あのっ」

「ん?」

「て・・て・・」

「て?」

「・・提督に膝枕して欲しい」

秘書艦だった加賀が一瞬で石のように固まった。

 



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【番外編】響達の遠征(6)

 

固まる加賀に提督は気付く筈も無く、のんびりと答えた。

「そんなんで良いの?」

「それで良い。それが良い」

「まぁ・・そんなんで良いなら良いけど。いつ?」

「こっ・・ここここ今夜」

「夜?」

「ダー」

「・・・じゃあ寝間着で来て良いよ。どうせ朝まで寝ちゃうだろ?」

響が一瞬で真っ赤になった。

「ねっ!ねまっ!朝!」

だが、硬直が解けた加賀が慌てて

「なりません!ずえったいになりません!」

「ど、どうした加賀?」

加賀は両腕をぶんぶん振り回した。

「そこは譲れません!幾ら何でもいけません!」

戸惑いながらも頷く提督。

小さい子に膝枕したらあっという間に寝ると思うんだけど、なんか変だったか?

「えっと、じゃあどうするかなぁ」

「夕食前の10分!制服で!私同席で!」

提督が首を傾げた。

「同席?なんで?」

「なんでもですっ!」

響が不服そうに加賀を見返す。

「えー」

「えーじゃありません!最大限の妥協です!」

「夕食後30分」

「しっ・・しかし・・」

響は涙目で加賀を見た。

「折角のご褒美なのに・・だめなのかい?」

「ぐっ」

提督は苦笑しながら手を振った。

「まぁまぁ加賀、私は30分位構わないよ」

加賀は提督をそっと睨んだ。こぉのニブチン!

対称的に、響は満面の笑みを浮かべていた。

「ハラショー。決まりだね」

「じゃあ夕食食べたら提督室においで。一緒に行こう」

「解ったよ」

ブツブツと「私だってやってもらった事無いのに・・」と呟く加賀を尻目に響は頷いた。

ずっと前、蒼龍から言われた。チャンスは逃すなと。

 

「・・・で、どうしてこうなった?」

首を傾げる提督とジト目の響が見ている先には、長門、加賀、そして扶桑が居た。

「膝枕会場はここだと聞いたのだが?」

「私達もして欲しいです」

「30分とは申しません。20分、10分、いえ、5分でも!」

提督は溜息を吐いた。

「何だか良く解らないけど、響はご褒美だから30分ね」

「ダー」

「で・・皆は10分ずつね?」

「うむ、それで良い」

「致し方ありません」

「ありがとうございます!」

提督は布団の上に正座しながら言った。

「男の膝枕なんて何が良いのやら・・・んじゃ誰から?」

「もちろん私から」

「早いね響。既に寝ていたか」

「ハーラショー」

「なんでゴロゴロしてるのさ」

「頃合いの場所を探してるのさ!」

「で、何で深呼吸してるの?」

「そう言う年頃なんだよ」

「膝枕にうつ伏せなんて苦しくない?」

「全然!」

「あ、そう。ところで御三方」

「なんだ?」

「何でしょう?」

「はい」

「なんでそんなに響を睨んでるんだい?」

「気のせいだ」

「目を凝らしてるだけです」

「特に深い意味はありませんわ」

「扶桑さん・・持ってるの藁人形?」

「いやですわ、そんなもの持っていませんわ」

「今明らかに後ろ手に隠したよね?」

「艤装を直しただけです」

「そーかなー」

「提督!」

「な、なんだい響」

「頭ナデナデしてほしいな」

「こう?」

「・・んふー」

ギリッ!

「か、加賀、額に青筋立ってるぞ?」

「良く・・見ておきませんと」

「見てるというより睨んでるよね?それも物凄く殺気立ってるよね!?」

「気のせいですっ!」

「気のせいじゃないような気がするなあ」

「提督、手が止まってるよ?」

「ほいほい」

「ふにー」

「・・・」

「・・・」

「な、なんか沈黙が重いんだけど」

「気のせいだろう」

「そ、そうかな。なんか落ち着かないな」

こうして数時間にも思えた30分が過ぎ。

提督は響の頭をぽんぽんと叩いた。

「ひーびーきー」

「・・ふえ?」

「やっぱり寝てた。30分だぞー」

「しまった!横になってからほとんど覚えてない!」

「やっぱり寝ちゃうよなぁ。ま、時間だから起きとくれ」

「も、もう1回!」

3人が腕時計をぺしぺし叩きながら応ずる。

「なりません!」

提督は苦笑していた。

「見事にハモッたね。ま、約束は約束だからまた今度ね」

響は帽子を握り締めた。

「くうううっ、明日にすれば良かった」

提督は立ち上がりながら言った。

「えっと、長門達は順番決めてて。ちょっとトイレ行ってくるよ」

パタン。

伏してぺしぺしと布団を叩く響をよそに、長門、加賀、扶桑の3人は互いに見合った。

「・・恨みっこ、無しだぞ」

「先に勝った順番で良いですね」

「最初はグー、ですね?インチキしたら呪いますよ?」

一瞬の静寂。否が応にも高まる緊張を破ったのは長門の掛け声だった。

「ぃよし!勝ちぬき勝負!最初はグー!じゃんけんポン!」

加賀と扶桑は目を見開いた。

「なっ・・長門さんが・・チョキ・・そんな、馬鹿な」

「こういう時、長門さんは絶対グーだと思ってましたのに・・・」

「ふっ。意外性訓練の成果は伊達ではないわ。1番は私だっ!」

加賀と扶桑の間で火花が散る。

「次は負けません」

「2番目は私が!」

「最初はグー!じゃんけんポン!」

「きゃあああああ」

「・・やりました」

ガチャ。

「なんか叫び声が聞こえたけど・・って、何これどんな状況?」

「提督、順番は最初が私、次が加賀、最後が扶桑だ」

「はいはい。ひーびーき、布団にのの字を描いてないで部屋に戻りなさい」

「うぅぅううぅうう」

「また今度やってあげるから」

「・・本当?」

「約束しよう」

「・・指切り」

「はいよ。ほら、ゆーびきりげんまん」

「嘘ついたら徹甲弾飲ーます」

「随分太い針だなおい」

「指切った!約束だよ提督!」

タタタッと走って部屋を出て行く響。

「はぁ。ま、良いか。んじゃ始めようか長門さん」

「う、うむ」

 

こうして、長門、続いて加賀がぽへんとした表情で提督の部屋から出て行ったのである。

が。

 

「おぉい、扶桑さーん、10分経ったよー」

「zZzzzZZZzzz」

「爆睡してる所悪いんだけど、時間だよぅ」

「zZzzzZ・・むにゅー」

「もう、ほれー、鼻つまんじゃうぞー」

「zZzzzzZZ」

「あ、うつ伏せになった。・・ほんとは起きてるんじゃないか?」

「zZzZZzz」

提督は耳元で囁いた。

「・・そーっと脇腹とかなぞってみようかな?」

ピクッ!

扶桑が脇腹をなぞられるのが大の苦手である事は鎮守府中の誰もが知っている。

提督はジト目になると、

「なぞっちゃおっかなー、くすぐっちゃおっかなー」

ピクピクッ!

「ほれ扶桑さん、バレてるから起きてください」

ちらりと扶桑が片目を開けた。

「・・・むー」

「はい、今日はおしまい。また今度ね」

「むー」

「むーむー言ってもダメです」

「あっ、頭・・ナデナデしてください」

「良いけど・・皆なんでそんなにナデナデ好きなんだ?」

「安心・・す・・ZzzzzZz」

「こらー寝るなー!ほんとにくすぐるぞー!脇くすぐるぞおぉ!」

ガラッ!

「扶桑姉様っ・・・てっ!提督何してるんですか!!」

「起きないから起こそうとしてるんだ!山城!手伝ってくれ!」

「だったらワキワキする手の動きを止めてください!どこ触ろうとしてるんですか!」

「ちがっ!これは起こそうとしただけだ!」

「普通に揺さぶって起こせば良いじゃないですか!変態!スケベッ!」

「変態ではありません!」

「・・」

「・・」

「え、スケベは否定しないんですか?」

「取り繕ってもしょうがないし、な」

「スッケベースッケベー、提督のスッケベー♪」

「・・一人で南極海洋調査船の護衛したいんだね?5年くらいどうだ?」

「すみませんごめんなさい申し訳ありません調子に乗りました」

「良いから扶桑さんを部屋まで運んでください」

「提督がお姫様抱っこで運べば良いじゃないですか。姉様も喜びますよ」

「青葉に見られたら1面トップどころじゃないけど、良いの?」

「連れて帰ります」

「よろしく」

 

そして数日後。

「それでは、長距離練習航海、行って参ります!」

「竹セット持ったかい?」

「持ちました!」

「よし。じゃあ気を付けて行っておいで」

「はい!」

響達が見つけたやり方は複数の班で有効性が確認され、マニュアル化された。

時折、液の濃度が極端に薄い、あるいは濃い場合は失敗する事もある。

だが、持ってない場合に比べれば、平均5割は全体の成功率が上がったのである。

以来、長距離練習航海の遠征時には竹のコップと耳かきが必須アイテムとなった。

だからこの2つをまとめて「竹セット」と名付けた。

提督は舞風からこの名前を聞いた時、

「なんだか定食のコースみたいだなぁ」

そう反応したが、舞風はにっと笑って答えた。

「覚えやすいのが一番だよー」

「まぁ、良いか。あれで皆の成功率ががぜん上がったしね」

「あ、そうだ。ジャージありがとね、提督!」

「良いのあった?」

「あった!というかこれなんだけど?」

「ほう、普通の服みたいだね。生地はジャージっぽいけどデザインとかオシャレだね」

「今はジャージも色々あるんだよ。欲しかったけど手が出なくてさ!」

「幾らだったの?」

「上下で9万9180コインだよ」

提督が硬直した。

「・・・・へ?」

「いやー、欲しかったんだけど高過ぎて手が出なかったんだよねー」

「あ、ああ、そう、ね、ジャージって言うより高級服だね」

「限定ジャージだからね!可愛いし踊り易くて嬉しい!大事にするね提督っ!」

「あ、ああ、大事にしておくれ・・あはは」

 

トコトコと走って行く舞風を見送りながら、提督は力なく手を振った。

今度からは鳳翔さんの店で「好きな」デザートを奢ってあげよう。

うん、そうしよう。

 




さて。

これは第3章というより第2章的な書き方ですね。
少人数で繰り広げられる日常のひとコマ的。

それにしても、資料の為にジャージの値段をア○ゾンで調べたわけですが、9万とかあるんですね。本気で驚きました。

書き方が少し変わっておりますが、これは変えたというより、変わってしまったという事です。
いつも通り書いたんですが、北海道が広かったからですかねえ。


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長門の場合(1)

ええ。
この方に、ご登場頂きます。
そういう事でございます。

なお、初めから申し上げておきますが、私は艦娘の中で長門さんが一番好きです。
そういう事でございます。



パタン。

読みかけの「鬼才の目のつけどころ」という本を閉じた長門はデスクスタンドを消した。

月明かりに誘われて窓際に立てば、紺碧の海に月へ続く光の道が一筋。

海の夜は一面の漆黒ではない。

月明かりや波の白さ以外にも、藻が緑に、ホタルイカが青に光ったりする。

透明度が高い海域で海中に目を凝らせば、深海魚が放つ光も見える。

もっとも、ここに限れば、鎮守府近海に住む深海棲艦達の明かりが一番多いのだが。

暗過ぎるのも明る過ぎるのも善し悪しだなと、長門はふっと一息ついた。

傍らにあるベッドに目を向ければ、陸奥が枕元のライトをつけたままぐっすり眠っている。

枕元には宝石の解説書が落ちていた。

「まったく、眠る直前まで読まなくても良いだろうに・・行儀が悪いぞ」

長門はそう言いながら、ライトのスイッチを切り、自分のベッドに入った。

 

長門。

ソロル鎮守府における第1艦隊旗艦を長年務めている。

練度的にも最高位ではあるが、

「困ったら長門に聞く」

「とにかく長門さんが最後の頼り」

「長門さんがダメならダメだ」

と、艦娘どころか提督までもが口を揃える。

いかにも武人というべき落ち着いた口調。

情に厚く、真っ直ぐな性格。

自ら鍛錬を怠らず、日向と並び、冷静かつ公平に対処するので人望も厚い。

何より、提督の奇抜さを溜息一つで受け入れる寛容さがある。

同じ目に合えば他の艦娘なら青筋の1~2本プチッと切れてると皆が口を揃える。

その長門でさえ提督の脱走癖は堪忍袋の緒が切れた訳だが、

「長門が見捨てたら後は無いぞ」

最後の脱走から帰って来た後、日向から忠告された提督は、以来脱走を企てなくなった。

ゆえに提督と長門の関係は良好であった。

一番早くケッコンカッコカリをしたが、その後も周囲が拍子抜けするほど普段通りであった。

提督と対話していてもデレデレになるわけでもない。

穏やかで微笑ましい付き合い方だが、深い信頼関係があるという事は傍目にも解る。

那珂曰く、

「結婚20年目のおしどり夫婦みたいだよね~」

だそうである。

 

水平線が薄く白み始める頃。

サク、サク、サク。

長門は兵装を背負い、島の裏手を歩いていた。

日課としている朝晩の見回りである。

班当番で哨戒は勿論あるし、鎮守府近海は深海棲艦から見ればDMZ指定されている。

それでも踏み込もうとする者は、カレー曜日を愛する多数の深海棲艦の洗礼を受ける。

さらに、先日の8艦隊包囲事件を受け、変な艦娘艦隊が来たら知らせてくれる事にもなった。

ゆえに余程の事態でもない限り安心なのだが、それでも長門は欠かさずやっていた。

「オハヨウゴザイマス」

小さな入り江で体操をしているル級が声を掛けてきた。

このル級はカレー曜日愛好会の会長であり、長門との窓口役も引き受けている。

金曜になると会員と共に朝から岩礁を綺麗にし、洗い物も手伝ってくれるらしい。

摩耶達研究班は感謝しつつ、何度か艦娘や人間にならないかと誘ったのだが、

「ンー、昔嫌ナ経験シタシ、モウチョット自由デ居タイナー」

手伝いの礼であるカツカレーを頬張りながらそう答えるので、気が向いたらおいでと言っている。

ル級と出会ったこの場所は小さいながらも綺麗な浜辺であり、「小浜」と呼ばれている。

周囲は険しい崖に囲まれ、鎮守府からも遠く、宝石工房や白星食品とも死角である。

ゆえにこのル級を始めとする深海棲艦が浜辺で昼寝や日光浴を楽しんでいるのだが、提督が

「好きにさせてあげなさい。問題が出たら話し合おう」

と言ったので長門は黙認している。

だが、長門は普段と違う点を口にした。

「どうした、珍しいな。今日は木曜日だぞ?」

「・・・・ヘ?」

長門の一言にル級はぽかんとした後、

「・・金曜ダト思ッテタヨー」

と言い、へにゃんと肩を落とした。

長門は納得したように頷いた。

「そうだな。お前がこの時間に起きてくるのは金曜の準備の時だからな」

「コノ前ノハリケーンノセイダネ・・アレノセイデ曜日感覚ガ狂ッチャッタヨー」

 

ソロル鎮守府は数ある鎮守府の中でも1・2を争うハリケーン銀座である。

出来た後、丁度猛烈に成長している途上にあるハリケーンが直撃するコースにあるからだ。

元々この島に鎮守府を作る予定など無く、無理矢理作ったゆえの問題でもある。

長門はル級に尋ねた。

「前から気になっていたのだが、ハリケーンの時、お前達はどこに居るのだ?」

ル級は肩をすくめた。

「イツモ通リダヨ?海底ニ居ルシカナイヨー」

「ハリケーンの時の海底は、どんな感じなんだ?」

「ンー」

ル級はちょっと考えた後で、

「洗濯機ノ中カナ。上下前後左右カラ水流ガ来ルシ」

「ひどいな」

「一晩中グルグル回サレルカラ、フジツボトカモ綺麗ニ落チルヨ?」

「・・フジツボが着くのか?」

「主砲ノ内側トカニ、イツノ間ニカ生エテルノヨー」

「深海棲艦も楽じゃないのだな」

「ンー」

ル級はポリポリと頭を掻き、

「裏ヲ返セバ、全部自分デドウニカナル問題ヨー」

「ハリケーンもか?」

「ウン。今日ハシンドイナーッテ思エバ、別ノ海域ニ行ケバ良イ」

「まぁ、そうだな」

「組織内ノドロドロシタ問題ナンテ無イシ、ネ」

「・・艦娘の時、余程辛い事があったようだな」

「マーネ」

「逆に、深海棲艦になって良かった事とかはあったのか?」

「ソーネー、ソウイウ煩ワシサハ無クナッタシ」

「あぁ」

「ドコノ海ニ行クノモ自由ダヨ。海域ヲ全速力デ西ニ進ミ続ケタ事モアルヨ!」

「なぜだ?」

「本当ニ日ガ沈マナイノカ、ヤッテミタカッタ!」

「その為だけに全速力を1日中続けたのか?」

「ウン!何回カニ分ケテ地球ヲ1周シテキタヨ!」

「どうだった?」

「面白カッタケド、ベーリング海ニ迷イ込ンダ時ハ横波デ死ニソウニナッタナー」

「やはり波が高いか?」

「荒レ狂ッテスッゴイヨー。ヨクアンナ所デ、カニトカ取ル気ニナルヨネ」

長門はその意味に引っ掛かった。

「うん?人間が遠洋で漁をしてるのか?」

「ウウン。白星食品ノ子達」

「・・え?」

「何?」

「そ、そんな遠方まで行ってるのか?」

「アラユル海デ白星食品ノ旗ヲ掲ゲタ漁船ヲ見カケタヨ?DMZ張ッテルカラ目立ツシ」

「手広いものだな。だが、お前もそんなに世界中の海域を回って襲われなかったのか?」

「アル程度強サヲ持ッテレバ、ドノ海域ノ深海棲艦モ戦イヲ仕掛ケテコナイヨー」

「まぁル級クラスに戦いを挑むのは我々でも覚悟が要るからな」

「デショ。コッチガ仕掛ケナケレバ、大概ハ「ヤァ」「ジャアネ」デ済ンジャウシ」

「そう、か」

「艦娘ガ来ル日本ノ領海ハ全力デ避ケタシ」

「なるほど」

「艦娘デ居ルト、違ウ海域ニ行クト深海棲艦ガヤタラ撃チマクッテクルジャナイ」

「警戒か、恐れかは解らぬがな」

「ドッチデモサ。デモ、今ノ私ハドコデモ行ケルノヨー」

「ふーむ」

ル級は肩をすくめた。

「マァ、文字通リ放浪者ダカラ気ガ引ケルノハ確カダケドネ」

「どうやってここを知ったのだ?」

「知ッタトイウカ、アノ建物ニ、漁船ト同ジマークガアッタカラ寄ッテミタンダヨ」

「なるほど」

「ソシタラ丁度金曜日デ、カレーガ美味シクテサー」

「で、ここに逗留してるのか」

「ソウ言ウ事。ダカラハリケーン位平気ダヨー。曜日感覚ズレルケド」

長門はふむと言いながら周囲を見渡した。

この辺りは急峻な崖が多いが、面積としては悪くない広さがある。

ル級は何だろうという目で長門を見ている。

「避難所とかあると、便利か?」

「何ノ?」

「ハリケーンが来た時の、避難所だ」

ル級は腕を組んで考えるような仕草をした。

「ソウネ。アレバ便利ダケド、中途半端ニアルト争イニナッテ大変ダヨ?」

「というと?」

「今、コノ海域ニハ1万ヲ超ス子達ガ居ルシ、全員入レル避難所作ルノ大変デショ?」

長門は固まった。

 

 



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長門の場合(2)

 

ル級の一言に硬直した長門は、搾り出すように声を発した。

「・・な・・に?」

「ヘ?」

「い、1万・・だと・・?」

ル級は肩をすくめ、両手で説明し始めた。

「ダッテサ、週ニ1回美味シイカレー出シテクレルシ」

「う、うむ」

「鎮守府近海デノ軍閥争イハ徹底的ニ御法度ニナッテルシ」

「陸奥が指示したのが今も有効なのか・・まぁそうか。条件が変わってないしな」

「至近距離ニアル鎮守府ハ攻撃シテコナイシ、鎮守府ガアルカラ他ノ鎮守府ノ艦娘ハ来ナイシ」

「そうだな。わざわざ他の鎮守府の近海で戦闘したりはしないな」

「コウシテ艦娘トモ普通ニ話セルシ、希望スレバ艦娘ニモ人間ニモ戻シテクレルシ」

「うむ。日に100体近く戻しているな」

「海ハ暖カクテ綺麗ダシ、食ベ物ニハ困ラナイ」

「南国だし、魚貝類は豊富だな」

ル級は肩をすくめた。

「コンナ平和ナ楽園カラ、誰カ出テ行クト思ウ?」

「・・そうだな」

「確カニ艦娘トカ人間ニナリタクテ来ル子モ居ルシ、ソウイウ子ハ短期間デ居ナクナルケド」

「うむ」

「私ミタイニ、居心地良クテ居着イチャウ子モ居タリスルノヨー」

「そうか・・」

「大勢ニナッタカラ、カレーモ抽選制ニナッチャッタケドサ」

「抽選?」

「全員デ毎週押シカケタラ摩耶サン過労死スルデショ?」

「1万食はさすがに用意出来ないだろうな・・」

「ウン。ダカラ摩耶サン達ノ様子ヲ見テ、毎回500名限定ニシタノヨー」

「そうか。そっちで秩序を保ってくれていたのか。礼を言う」

「コッチモ末永ク食ベタイシー」

「競争率20倍か、厳しいな」

「ウウン、100倍ダヨ」

長門が眉をひそめる。

「うん?1万人居て500名だから20倍ではないのか?」

「エットネ、抽選枠ハ毎回100名分ナノヨー」

「ほう」

「残リノ枠ハ、外レ続ケタ人ノ救済枠」

「救済枠?」

「抽選ハ週ニ1回クジ引キチデヤルンダケド、ソノ外レ券50枚デ抽選ナシデ1回食ベラレル」

「ほう」

「ダカラソノ人達ノ枠ニ400名分ヲ割リ当テテルノサ」

「優しいな」

ル級は首を振った。

「デナイトサ・・凄マジク険悪ナ抽選会ニナッチャウノヨ・・」

「な、なるほど」

「最初ハ半々ダッタンダケド、順番待チガ長スギテネ・・・」

「そもそもハズレ50枚って、ほぼ1年外れたって事だよな・・」

「ソウナルネ。デモ外レ10枚ナンテアットイウ間ニ溜マッチャウシ」

「いっそ単純に順番待ちでも良いんじゃないか?」

ル級が真っ青になって手を振った。

「ダメダヨー」

「なんでだ?」

「受付ノ子カラ必ズ「食ベラレルノハ半年先デス」ッテ言ワレルンダヨ?」

「そうだな」

「クジ引キナラ、運ガ良ケレバ今日食ベラレルカモシレナインダヨ?」

「ま、まぁそうだが」

「少シデモ希望ガ無イト、食券争イデ内紛ガ起キチャウヨー」

「そうか・・」

「皆デ喧々囂々ノ大論戦ノ果テニ、救済策付ノ抽選ッテ事デ決マッタンダヨー」

「凄いな」

「1ツノ組織ジャナイ深海棲艦同士デ、コレダケ話シ合ウ海域ハ世界デココダケダヨー」

「他ではどうなるのだ?」

ル級は何を今更という風に首を傾げた。

「拳デ語ルカ、実弾デ決着付ケルト思ウヨ?」

「それに比べれば平和だな」

「イ級ガ、レ級ニ意見ヲ言ウナンテ、他所デハアリエナイ。初メテ見タ時ハビックリシタ」

「なるほどな」

「ウチラハ、カレー民主主義ッテ呼ンデル」

「本当にカレーが食べたいんだな」

「餓エナイノハアリガタイケド、魚貝類バッカリダト飽キテ来ルンダヨー」

「甘味はどうなんだ?」

ル級がピタリと動きを止めたので、長門は心配そうに声を掛けた。

「・・ど、どうした?」

「・・ソウダネ。艦娘ニ戻リタイナッテ唯一想ウノハ」

「う、うむ」

「お菓子ヲ思イ出シタ時ダネ!」

「涙目になる程か!」

ル級はバタバタと腕を動かした。

「ダッテ!海底デ甘味ナンテ一切ナイモン!塩味100%ナンダモン!」

「そこまでボロ泣きしなくても良いじゃないか」

ル級はがくりと肩を落とした。

「アー、シュークリーム食ベタイナー」

「・・うん?」

「艦娘ダッタ頃、1度ダケ司令官ガ喫茶店で奢ッテクレタノヨー」

「シュークリームを?」

ル級は夢を見るようなうっとりとした表情で答えた。

「ウン。美味シカッタヨー。死ヌマデニ、モウ1回ダケ食ベタイヨー」

長門がうちで作れるかもと言おうとした時、はめていた腕時計のアラームが鳴った。

朝食開始10分前のアラームだった。

「あぁ、もう行かねばならないな」

「オ仕事大変ネー」

「ありがとう。では、またな」

「ジャーネー」

長門はル級と別れると、見回りのルートを再び歩き始めた。

確かに、こうして見ていても視界のあちこちに深海棲艦が見えてはいる。

その深海棲艦達はこちらに手を振ったり、兵装を外して遊んでいたりと至極牧歌的である。

出撃先で見る敵意剥き出しの深海棲艦達と同じ外見だから昔は違和感もあったが、今は慣れた。

長門はチ級に手を振りかえした後、顎に手を当てた。

戦う必要が無く、艦娘と共存するこの場所を楽園と呼ぶ。

楽園を守る為に長い事話し合ってルールを作り、我々にも気を遣う。

深海棲艦=好戦的と断ずるのは、「人間は野蛮」というが如く大雑把過ぎるのではないだろうか?

長門は工廠の角を曲がった。今日も敵は見えず。ただし要報告事項あり、だな。

いずれにせよ、あのル級がそこまで統括しているなら、1度礼を考えるべきだろう。

提督に報告のついでに相談してみるとしよう。

それにしても朝食のアラームが鳴ってからだいぶ経ってしまった。

陸奥はまだ寝てるのだろうか?

 

「さすがに起きてるわよ」

長門は引き戸を開けながら陸奥を起こすべく声を掛けたが、陸奥は着替え終わっていた。

「起きたばかりだろう?」

「そ、そんなこと無いったら!」

だが、長門は自分の後頭部を指でつんつんと突いた。

「・・なによ?」

「寝癖。直したら食堂に行こう」

陸奥は慌てて鏡の前に駆け寄る。

「あ、あらあら。ん?そっか。今日は当番か」

「そうだ」

当番とは、もちろん秘書艦当番の事である。

普段、長門は陸奥と一緒に食事する。

だが秘書艦の時は朝食を持って提督室に行き、提督と一緒に食事を取ってから仕事を始める。

陸奥はニッと笑った。長門が秘書艦当番を楽しみにしているのは良く知っている。

「デートの時間を削っちゃ悪いから、すぐ直すわね」

長門は頬を染めながら返した。

「ば、馬鹿者。ちゃんと直せ」

「はーいはい」

「まったく」

 

陸奥は長門とほぼ同時期に着任したのだが、1度轟沈して離れ離れになった。

その為、長門はLV100を超えているが、陸奥はLV99にもまだ程遠い。

とはいえ深海棲艦時代に鍛えた戦略立案能力は秀でており、第1艦隊に復帰している。

縁あって戻って来てくれた妹は大事にしたいし、沈めた事に対する罪滅ぼしをしたい。

それは提督も同じ思いゆえ、第1艦隊所属でありながら宝石工房を許しているのである。

だが、朝食ギリギリまで寝るのを許すのは、ちと甘やかし過ぎているか?

「さ、行きましょ、姉さん」

にこっと笑う陸奥を見て、どうしたものかと思いながら長門は苦笑した。

 

 



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長門の場合(3)

 

「はぁー、朝から凄い話だねぇ」

朝食を取りながら、長門が報告した今朝の話に提督は目を見開いた。

「提督は知っていたか?」

「いんや、食べたい子が列を作ってるとばかり思ってたし、それが大体全員なんだと思ってた」

提督は、味噌汁を啜りながら肩をすくめた。

「私もそう思っていた・・」

「1万体かぁ・・」

「あぁ、1万体だ」

「日向の工場でも頑張って1日200体って所だから・・」

長門が指を追って数えた。

「・・3ヶ月近くかかるな」

「でも、戻るのは躊躇ってるんでしょ」

「だが、こうも言ってたんだ」

長門は甘味の経緯を説明した。

「そっか、砂糖が手に入らないんだね」

「というより、魚貝類以外手に入らないらしい」

「だからカレーとか甘い物を欲しがる訳か」

長門は提督の反応を見て、頃合いと判断した。

「でな、提督。そのル級には労いの意味を込めて甘味を奢ろうかと思うのだ」

だが、長門の予想に反して、提督は箸を咥えたまま考え始めた。

「・・・」

「ダメか?」

「あげるのは良いんだけど、他の深海棲艦から妬まれないかな」

長門はおおっと思いながら頷いた。

「なるほど、それはもっともだ」

提督はジト目になった。

「かといって潮に1万個もシュークリーム発注したら過労死するだろうしなあ」

「既に赤城エクレアの製造でてんてこまいだからな」

「だからもう少し部隊を増強したいんだけどねぇ・・」

「まったく、困ったものだな」

やっぱりここに帰着するのかと、提督と長門は溜息を吐いた。

 

給糧。

 

昔から兵站を軽んじるのが日本の軍である。

食べなくても弾が無くても戦えるといった発言が幅を利かせるブラックぶりである。

そんな事情ゆえ、この鎮守府のように間宮と鳳翔を調理専従としている所は極めて稀である。

間宮は複数の鎮守府で1人雇って巡回させ、普段は秘書艦が調理というパターンが最も多い。

間宮をお抱えで持っていても、食料輸送任務を兼務させるのが普通である。

鳳翔に居酒屋を任せている所は幾つかあるが、どちらかというと外部からの資金調達が目的である。

そんな中で潮のように間宮の手伝い兼甘味部隊を作りたいとまともに大本営へ申請すれば、

 

「何を言っておるか!たるんどるぞ馬鹿者!」

 

という一喝と共に却下されるのがオチである。

しかし、前線で働く艦娘達にしろ、妖精達にしろ、甘味大好きである。

だから潮は申請書類には中将の秘匿任務における間宮の支援要員と書いて申請を通したのである。

もちろん中将にはあらかじめ断りを入れてある。

なお、事務方の統計によれば、間宮達を専従化した事で全体効率は他の鎮守府より高まった。

その事は中将には報告しているが、中将も溜息を吐きながら、

「かといって、全体に水平展開出来る空気ではないよ・・」

と、答えた。

とはいえ、専従化しても間宮達は食事時や夕食後は特に忙しそうである。

ゆえに提督と長門は潮に続き、専従部隊を増強させる計画を温めていた。

だが、再び大本営に何と言って許可を得るかという部分が難関となって立ちはだかる。

龍田や文月にも相談を重ねているが、

「これ以上、過去の事案カードを切るのは難しいかな。非常用にも取っておきたいし~」

「極めて急を要したり、重大な理由があれば認めさせやすいのですが・・」

と、残念そうに言われていたのである。

 

提督がふと思い出したように言った。

「そういえばさ、長門」

「なんだ?」

「秘書艦を除く、皆の班当番って何があるの?」

長門が指を折りながら答えた。

「遠征、哨戒、遠征、教育、演習、出撃、休み、だな」

「・・教育?」

「提督の指示だったので残してはいるのだが・・」

「今は教育班もあるし、他鎮守府艦娘の受け入れ教育はやってないから・・」

「自主的な勉強会を除けば事実上休みだな」

「それを、カレー当番にしないか?」

「なに?甘味ではなくてか?」

「ああ、いや、カレーに限らなくて良いのか。調理当番にすれば良いか」

「・・・まさか」

「そう。深海棲艦向けを週1から毎日にするんだよ」

「研究班はどうするんだ?」

「東雲と睦月は従前通りだね」

「そうだな。最上達の勧誘船で来る深海棲艦達の対応もあるしな」

「蒼龍と飛龍は事務対応として東雲達と一緒にして良いと思う」

「うむ」

「そして高雄4姉妹、夕張、島風は、初めは料理や深海棲艦達の扱いについて指導してもらう」

「ふむ」

「皆が慣れて来たら、高雄達を深海棲艦向け甘味製造部隊にする」

「6人は多過ぎないか?」

「6人居たら小規模工場を回して大量生産出来そうじゃない?」

「そういうことか」

「まぁ高雄達に聞いてみないといけないけど、案外仕事として見ればそんなに変わらない」

「あと、誰か希望者を募っても良いかもしれないな」

「どうだろう、誰か居るかなあ」

「ここまでは良さそうだが、大本営に何と言うんだ?」

提督はニヤリと笑った。

「1万体の深海棲艦の暴動抑止対策だよ?」

長門はポンと手を打った。

「そうか!数だけでいえば直近数回分の鬼姫事案を合わせても足りないな!」

「至急かつ、鎮守府の総力を持って当たらなければならない事案だろ?」

「まぁ、楽園を求めて来てる者達だ。戦いになる筈も無いのだが」

「・・んー」

「大本営に説明する前に、高雄達と龍田達に確認を取らないか?」

「もちろん。呼んでくれるかな?」

「解った。食器を片づけてくるついでに呼んで来るとしよう」

 

提督は長門を見送ったあと、静かに左右の手を組んで眉間に皺を寄せた。

長門はああ言ったが、戦いになる可能性は高いだろう。

赤城エクレア紛争の例があるからな。

恐らく・・いや、そうなる前に手を打つ。打たねばならない。

皆が笑顔の内に。

 

「お父さん、御用事があると聞きました~」

「提督、つまんない話なら切り落としますよ~?」

「研究班、高雄以下8名、参上いたしました!」

長門がドアを閉めながら言った。

「提督、これで全員揃ったぞ」

「忙しい所すまない。既に起きている事、これから起きる事の対策を取りたい。聞いてくれ」

提督が硬い表情を崩さなかったので、龍田がすっと目を細めた。

「起きる、事?」

「ああ、そうだ」

 

「・・・という訳なのだが、意見はあるか?」

高雄は驚きつつ答えた。

「鎮守府至近距離でも艦娘希望の深海棲艦が居て当然だと思っていましたので・・」

夕張は深海棲艦用のレーダーを見ながら言った。

「うん。大体1万から1万2千て所ね。最近良く見るなあとは思ってたけど・・」

長門は鳥肌の立つ腕をさすった。

提督は赤城エクレアの味を深海棲艦達が知ったら、艦娘達と取り合いになると言った。

「潮は既に高負荷状態だし、艦娘達だって1万体分も順番を延ばしたくないだろ?」

提督はそう言い、龍田も頷きながら

「知ってしまったら定期的に食べたいと絶対言うでしょうね~」

と返していた。

もしあの時、アラームが鳴らなければル級に赤城エクレアを渡す約束をしたかもしれない。

慌てて取り消せば信頼関係を損ねるし、食べさせたら提督の言う通りになる所だ。

長門は目を瞑って静かに息を吐いた。危ない崖っぷちに立っていたものだ。

 

 



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長門の場合(4)

長門が安堵の溜息をついた時、夕張と島風がおずおずと手を挙げた。

「あ、あのー」

「どうした?」

「すいません。私達調理経験無いんです」

提督と長門が目を見開いた。

「ええっ!?毎週カレー作ってたんじゃないの?」

摩耶がガリガリと頭を掻いた。

「ごめん提督。夕張と島風は皿洗いと下ごしらえがメインで、調理はほとんどさせてない」

「なんで?」

「さ、最初はやらせたりもしたんだけどさ、まぁその・・」

言いよどむ摩耶の横で、島風が両手の人差し指をつんつんと合わせながら言った。

「料理・・苦手なんです」

一方の夕張は不思議そうに

「データ取って解析してるんだけど、何故か炭になっちゃうのよ」

提督は溜息を吐いた。

「そのデータの項目に、火加減・・ってのは入ってないのか?」

「いつでも強火ですけど?」

「だろうね」

「だって最高速で温まるじゃないですか!」

「だから炭になるんだよ・・・まぁ解った。ええと、飛龍、蒼龍」

「はい」

「なに?」

「二人は料理作れる?」

高雄が頷いた。

「ええ、お二人は手際も良いですよ」

飛龍が肩をすくめた。

「私達、前の鎮守府では一応料理当番もこなしてたし、蒼龍は私より上手いよ」

蒼龍はちょっと照れながら

「一応、和洋中それなりに。後はクッキーとか簡単なお菓子も出来ます」

提督は長門と頷きあった。

「よし、それなら安心だ。高雄達と一緒に行動してくれ」

「はい!」

「そうすると、夕張と島風は東雲組の事務対応出来るかな?」

「もっちろん!電子カルテ導入しちゃいますよー」

「受付の方がずっと気が楽だよ!」

提督は頷いてから摩耶を見た。

「という状況だが、摩耶」

「あぁん?」

「東雲組に付くか?料理班に行くか?」

夕張と島風がムキになって抗弁した。

「ちょ!私達を疑い過ぎですよ!」

「もうお片付け出来ない島風じゃないよ!週1回ちゃんと掃除してるもん!」

長門がとりなした。

「まぁまぁ、ずっと二人を見てきた摩耶が良いと言えば我々も安心なのだ」

視線を一身に浴び、目を瞑りながら腕組みしていた摩耶は、カッと目を見開くと

「二人の様子を週1回見に行く!」

と言い切った。

提督はふむと頷き、

「大丈夫そうだと思うまで、って事かい?」

「いーや、ずっと」

「そうなの?」

「完全に目を放すと絶対サボるが、定期的に監視すれば前よりはちゃんとやると信じてる!」

この摩耶の発言に夕張と島風はあからさまに嫌そうな表情をしたので

「なるほど、二人の様子を見るとそれで良さそうだが、摩耶の負担がちょっと心配だな」

「大した事ねぇよ」

「高雄、摩耶は二人の監視があるという前提で作業負荷設計を頼む」

「お任せください」

「他は大丈夫かな?龍田はどう思う?」

「大本営の説得は私と文月と提督でやりましょうね」

「だね」

「奇抜な発言はナシですよー?」

「気を付けます」

「じゃ、早い方が良いわねー」

「最初の説明は私、丸め込み工作は二人に任せるで良いかな?」

「それで良いわよー」

「お任せです~」

「よっし、じゃあ通信棟行くか!研究班の皆は明日の仕込み中だろ?戻ってくれ」

「ありがとうございます。では、我々は持ち場に戻ります」

「よろしく頼む」

長門が肩をすくめた。

「私はどうする?」

提督が片目を瞑った。

「通信棟に同行してくれたら嬉しいんだが」

「解った。大淀と一緒に少し離れた所に居よう」

「そうしてくれ」

 

バン!

執務室の中に居た中将と五十鈴は、ドアを蹴破る勢いで駆け込んで来た大和に驚いた。

「ど、どうしたんだ大和?そんなに慌てて」

大和は目を見開いて口をパクパクさせるが上手く言葉にならない。

「ソ、ソロ、ソロロロロ」

五十鈴はグラスに水を入れながら言った。

「とにかく落ち着いて。ほら、水を飲みなさい」

グラスを受け取った大和は一息に飲み干した。

ゴクッ・・ゴクッ・・ゴクッ・・ゴクッ!

「・・ぷはぁ!あ、あああのですね、ソロル鎮守府から」

「うん」

「い、1万体の深海棲艦と遭遇していると通信が!今!提督殿から!」

中将と五十鈴はぽかんと口を開いたまま数秒間固まったが、その後手を取り合うと

「ぇぇぇええぇぇえええええええ!」

大和は溜息を吐いた。

「叫び声まで息ピッタリですね」

 

中将は大慌てで通信室へ走りだした。

五十鈴は追いながら、あちこちぶつかる中将を見て、大和と似たり寄ったりねと溜息を吐いた。

中将は通信室に入るや否やマイクを握りしめた。

「・・・い、1万体というのは本当かね提督!」

スピーカーから提督の冷静な声が返ってきた。

「はい。懇意にしている深海棲艦から連絡を受け、索敵した結果1万から1万2千と解りました」

中将達はごくりと唾を飲み込んだ。中将が恐る恐る続けた。

「ぜ、全員イ級とかでは・・無いんだな?」

「話を聞いたのはflagship級のル級ですし、浮砲台等の大型個体も多く確認しています」

気を失って倒れ込む中将を受け止める五十鈴。

「だ、ダーリン!大丈夫!?しっかり!」

二人を横目に、ようやく最初のショックが過ぎた大和がマイクを握った。

「そ、それで・・敵とは話し合いが出来そうなのですか?それとも・・」

中将達はスピーカーを見つめた。交戦となれば過去のいかなる事案よりも相手が多い・・

「それにつきましては・・ん、あぁ、解った。仔細を龍田と文月からご説明いたします」

「はい、お願いします」

 

提督が龍田の肩を叩くと、龍田は軽く微笑んで頷いた。

龍田は文月と目配せを行い、マイクを握って話し始めた。

提督はそっと席を立ち、長門と大淀の居る所に移動した。

3人は龍田達の通信を聞いていた。

口調こそ静かだが、脅し、なだめ、煙に巻き、沈黙し、時に鋭い正論を入れる。

30分ほど過ぎた後、ようやく示された給糧班の大増員に中将達は案の定難色を示した。

しかし、それまでに過去の鬼姫事案をあれこれ例として聞かせていたので、

 

「全面戦争になれば深海棲艦達は2倍3倍と仲間を呼びますよ~?」

「我々が消滅し、そのまま本土防衛となった場合は大丈夫ですか~?」

 

という龍田、文月それぞれの呟きは大本営側にクリティカルヒットを与えたのである。

 

通常の戦闘でも、深海棲艦が開戦直前に仲間を呼ぶのはザラにある。

また、先日起きた鬼姫事案では、最後の最後で本土への進攻を許してしまった。

その時、少数の手勢しか居ない中で大苦戦を強いられた大和は青ざめた顔を中将に向けながら、

「む、無理です中将。4万5万の深海棲艦を相手に太刀打ち出来る軍事力はありません・・・」

と、涙ながらに訴えた。

 

中将は目を瞑って考えた。

給糧による粘り強い懐柔工作を併用した超長期防衛作戦。

如何にも提督らしい奇抜極まりない作戦である。

だが、失敗すれば日本全土が焦土と化すような大軍勢が相手なのに、余りにも心細すぎる。

まるで隕石をジョウロの水で砕くと言ってるようなものだ。

本当に怒り狂った深海棲艦達をそんな事で懐柔出来るのか?

だが、中将は反論する為の代替策が全く思いつかなかった。

数があまりにも膨大過ぎるからだ。

中将は理解した。

 

他に道は無い、と。

 



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長門の場合(5)

 

龍田達は中将の答えを待っていた。

目を開けた中将は、かすれ声で、神にすがるような口調で話し始めた。

「龍田君・・その、本当にその作戦は成功するのかね?」

龍田がたっぷり10秒沈黙を取った後に答えた。しっかり仕上げるのが龍田流である。

「・・我々の全精力を賭して、最大限尽力致します」

文月はそう告げる龍田の横顔を見ながら感心していた。

もはや役者として食っていける程の見事な演技だ、と。

五十鈴の声も悲痛なそれに代わっていた。

「解ったわ。臨時便を出してでも食材を供給するからね!遠慮しちゃダメよ!」

「お願い致します」

「さ、作戦状況の報告は・・」

「本作戦はとても長い期間を必要とします。大きな変動があった時でよろしいですか?」

「う、うむ。そうだな。下手に相手を刺激しても良くないな」

「通常通りの通信を行いつつ、いざという時は緊急通信をさせて頂きますね」

「わ、解った。それで良い。全部任せる」

 

提督達はジト目で龍田達の背中を見つめていた。

大淀が長門の耳元で囁いた。

「龍田さんも文月さんも、嘘は・・言って・・ない・・ですね」

長門が答えた。

「意味深な沈黙や、極めて紛らわしい言い回しは星の数ほどあったがな」

「ええ。要するに指定通り追加食材を送れ、特別な報告はしないって事なんですけどね」

「あぁ。我々の負担は全く変わらないが、これで食材はオーダーし放題になった」

提督は頬杖をついて呟いた。

「大本営ではこれから、我々が地獄のような防衛戦争をするって信じてるんだろうなあ」

長門が頷いた。

「うむ、大和は既に今生の別れのような声だ」

「まぁ嘘偽りなく数だけで言えば1万対100だからなあ」

大淀が肩をすくめた。

「数だけで言えば、それぞれ1対100の絶望的な戦況ですからね」

長門が溜息を吐いた。

「相手が準備や片付けを手伝う程カレーを心待ちにしていて、極めて牧歌的な点を除けばな」

「そういえば、一切その辺は説明してないな。聞かれてもいないし」

「ここの深海棲艦は出撃で出会う子達と違うって事を、大本営は知らないでしょうからね」

「まぁそんな状況の鎮守府なんてここ以外で聞いた事無いよね」

長門は顔を曇らせた。

「だが、一歩間違えば本当に争いになりかねなかった」

「うん?」

「今朝その話をした時、もう少しで私は赤城エクレアを奢ると言う所だった」

「ま、長門は礼儀を重んじるから言いそうだね」

「うむ。私は軽い気持ちだった。たまたま時計のアラームが鳴ったから言わなかった」

「それが運30って事だよ。良かったじゃないか」

「提督に言われて肝が冷えた。もう少し熟慮せねばならないな。気付いた提督はさすがだ」

「おいおい、褒められる程の事はしてないぞ?」

「いや、提督が居て良かった」

提督は長門の肩を叩いた。

「そんなに落ち込むな、長門」

だが、予想に反し、長門はがばりと顔を上げた。

「ああっ!」

「ど、どうした?」

「思い出した事がある。ちょっと失礼する!」

「長門?」

通信棟を出て行く長門を見送った提督と大淀は、不思議そうに顔を見合わせた。

丁度その時、龍田と文月は大本営の説得を終えた。

文月は提督の傍までやって来た。

「お父さん、これで大本営から食材を間違いなく調達出来ます」

提督は文月を膝の上に乗せながら頭を撫でた。

「いつもありがとうな文月。龍田も良くやってくれた。ありがとう」

「鳳翔さんのランチ食べたいな~」

「天龍と二人で、か?」

「大正解~」

「・・はい、2枚」

「やった」

「文月は何が良い?」

文月は首を傾げ、提督の手をきゅっと握った。

「もう貰ってますよ?」

「これで良いの?」

「はいっ」

「そうか。じゃあもうしばらくこうしていよう」

「えへへへへ~」

龍田はチケットを仕舞いつつ思った。

あの子は提督が引退する時には間違いなくついて行くでしょうし、提督も良いと言うでしょう。

ちびっこ特権か。ちょっぴり羨ましい。

 

ガラッ!

勢いよく開いた扉の音に、中に居た青葉はびくりと飛び上って振り向いた。

「なっ!だっ、誰ですか・・あ、長門さん」

長門は息を切らせながら言った。

「あ、青葉!一面トップを差替えろ!」

青葉は目を剥いた。

「ええええっ!?な、中身ご存じなんですか!?」

「1万体の深海棲艦の話!お菓子部隊大増員の話!」

「げげっ!」

「いずれ折を見て提督と私から全艦娘に話す!深海棲艦に変に漏れ聞こえてはならぬ!」

「う、うう・・大スクープが・・・もう印刷始めてるのに・・」

そこに隣の部屋から衣笠が入ってきた。

「あ、長門さん。どうしたの?」

「衣笠!これは扱いを間違えると本当に戦争になりかねん。1面を差し替えてくれ。頼む!」

衣笠はしばらく苦り切った顔で考えていたが、

「・・青葉、記事差替え」

青葉が目を剥いた。

「しょ、正気ですか衣笠!?」

「差し替え」

「・・はー、しょうがないですねー」

長門はそこでおやっと思った。いつもならなんだかんだ言ってごねるのに。

「そうか。二人とも重大さを解ってくれたのか。ありがたい」

だが、やはりと言うか、青葉が上目遣いに切り出した。

「あの・・その代わりですねー」

「なんだ?」

衣笠が両手の人差し指をちょんちょんと合せながら言う。

「ちょっとだけ買い換えたい物が・・えへへ」

長門がジト目になった。

「コピー機なら先日買っただろう?」

「それが、パソコンがかなり調子悪いのです」

長門は腕組みをして少し目を瞑った後、インカムをつまんだ。

「夕張、青葉達の印刷部屋に来てくれ」

 

夕張はパソコンをしばらく操作していたが、やがてげっそりした表情になった。

「こんな酷いSMART情報初めて・・毎日電源切ってます?」

「ちゃんとこうしてるよ?」

「それ画面の電源切ってるだけじゃないですか・・」

「こっちの電源落としたら、使いたい時になかなか使えないんだもん」

「あーあ、HDD温度ワースト75度・・Threshold以下がザラザラ・・ひっどいわー」

調査結果に信じられないという顔をする夕張だったが、衣笠と青葉は肩をすくめた。

「何言ってるかさっぱり解んないですよ?」

「ごめん、あたしも解んない」

埒が明かないと判断した夕張は、訴える先を長門に変えた。

「長門さん」

「なんだ?」

「HDD取り換えないといつ飛んでもおかしくないですよ、これ」

「飛ぶ?」

「えーと、HDDが壊れるって事です」

「そこだけ変えれば良いのか?」

「パソコンの性能自体は問題無いと思います。あ、電源とファンは替えた方が良いかな」

「夕張はそれらの交換作業は出来るのか?」

「ええっと、そうね。手持ちのパーツで行けちゃいます」

「部品代は提督室付で払う。作業費は赤城エクレア1本という事で手を打ってくれないか?」

夕張の目が輝いた。

「やった!打ちます打ちます!」

「よし、早速だが頼めるか?」

「はーい、じゃ部品と工具取って来まーす」

「青葉、衣笠、これで良いか?」

衣笠が頷いた。

「ま、新しいパソコン買ってきても設定で夕張にアルバイト頼まないといけないしね」

青葉は腕組みして思い出しながら言った。

「買った当初はサクサク動いてたので、あれに戻るなら良いですよ」

「よし、差し替えの件をくれぐれも頼む。問題が起きたら呼んでくれ。ではな!」

長門は売店に歩いていった。

 

 



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長門の場合(6)

 

「いらっしゃいませ。あれっ、珍しいですね長門さん」

潮はショーケースの内側から、売店に入ってきた長門に声を掛けた。

長門は頷きながらまっすぐ潮に向かって歩いて来た。

「繁盛しているな潮。ところで、赤城エクレアなんだが」

「ごめんなさい。今日の分は売り切れてしまいました」

「ならばすまないが、明日、1本売って欲しい」

「解りました。夜で宜しければお部屋までお持ちしますよ?」

「それなら夕張の部屋に届けてくれるか?報酬なのだ」

潮は納得したという顔で頷いた。

「なるほど。解りました。それじゃあ明日、夕食後にお届けします」

メモを取る潮に長門は声を掛けた。

「うむ、代金はここに置いておくぞ」

立ち去る長門の背中に、メモを書き終えた潮が慌てて声を掛ける。

「あ、長門さん!御釣り!」

「配達代だ。すまないが頼む」

「あ、ありがとうございます」

颯爽と出て行く長門の後ろ姿を見ながら、

「かっこいいなー、あんな風になりたいなー」

と、ぽうっと見つめる潮であった。

 

「提督」

「おかえり。大本営とはまとまったよ。どこ行ってたんだい?」

「ソロル新報にこの件が載るのを差し止めていた」

提督は首を傾げた。

「凄まじい耳の早さだな。どうやってネタを手に入れるんだろうな、あの二人は」

長門は考えた。

青葉達がこの部屋にコンクリマイクを仕掛けている事を提督は知らない。

だが、何らかの手段がある事は薄々知っている風ではある。

ここで説明は出来るが、二人から話しても良いと言われた訳ではない。

それでマイク撤去とかになったら二人は不義理だと怒るだろう。

考え込む長門を見て、提督は長門が知らないものと判断した。

「ま、色々ツテがあるんだろ。しかしそうなると、長く押さえても居られないね」

「うむ」

「じゃあ明日の夕食の後、説明すると掲示しておいてくれるかな」

「解った。あと、先程も言ったのだが」

「うん」

「そもそも、この件を知るきっかけをくれたル級には礼をしたい。甘味でなくても良い」

提督は顎に手を当ててしばらく考えていたが、

「掲示の後で良いから、ちょっと文月を呼んでくれるかな」

長門は少し首を傾げながら答えた。

「ん?文月か?解った」

 

「お父さん、御用事ですか?」

「またまた呼んですまないね。ちょっと教えて欲しいんだけど」

「何でしょう?」

「文月達が持ってる会議室あるじゃない」

「事務棟の中のですか?」

「いんや、工廠の隣の」

文月のこめかみを一筋の冷や汗が流れた。

 

会議室。

 

工廠の奥、研究室のすぐ隣という隔絶された空間にある部屋である。

中にはパイプ椅子と長机がロの字型に置かれている。

作成当時、文月は

「陸軍向け装備品の売却交渉を行う為」

として作ってもらった。

しかし、その後の「陸海軍相互協力協定」により、取引は電子化された。

その電子取引所は表向き大本営が運営している事になっている。

だが実際は、その会議室にある隠し扉から続く部屋の中で龍田達が行っている。

運営によって得られる莫大な利益は鎮守府の非常時に備えて裏帳簿で管理されている。

これは重要機密事項であるが故に、会議室は常に施錠され、事務方以外誰にも貸し出さない。

文月は慎重に言葉を選んだ。

「え、ええ。ありますね」

「半日か数時間くらい貸して欲しいんだけど、申請は文月宛で大丈夫?」

「はい。ただ、予約がある日時もあるので、いつでしょうか?」

「用向きはね、さっき大本営と調整してもらった案件あるでしょ?」

「深海棲艦対策の件ですよね」

「そう。その1万体という情報をくれた深海棲艦に礼をしたいんだ」

「なるほど」

「で、向こうは甘味が貴重だから、甘い物を御馳走しようかと思うんだけど」

「はい」

「島の中まで呼びつけるのは失礼だし、浜辺では他の深海棲艦が見てしまうかもしれない」

「そうですね」

「だから、島の端にあって、外から見えにくい会議室を使いたいんだよ」

文月は表情に出ないと良いなと思いつつ、ほっと胸をなでおろした。

電子取引自体は今では合法だが、設備を龍田達が真夜中に運用している事は内緒だ。

なぜなら提督が知れば

「そんな夜中にたった3人で頑張ってるのかい?可哀想に」

と、体制を強化しようとするだろう。

ただでさえ艦娘運用に余裕が無い中、これ以上お父さんの心労を増やす訳にはいきません。

「ええと、夕方までであれば大体大丈夫ですよ」

「ふむ。甘味について間宮さん達にも聞いてみようか。これから決めるから同席してくれる?」

「解りました」

提督は文月の僅かなぎこちなさに気付いていたが、黙っていた。

夕方までという事は、夜の会議室で何かあるのだろうか?

「長門、間宮さん達を呼んでくれるかな?」

「任せろ」

 

程なく、間宮、潮、そして鳳翔が提督室にやって来た。

「しょ・・将来的にそんなお話が」

「そうなんだよ」

1万体の深海棲艦向けに甘味を大量生産する。その際の技術指導をして欲しい。

提督の説明を要約すればそう言う事だった。

だが、潮はその数に着目した。

「幾ら6人いらしても、1万となると、週1でもかなりの負担だと思います」

「その通り。そこで3人に聞きたいのはね」

「はい」

「工場生産に向く甘味って何かなって事なんだ」

「えっ?」

「高雄達が直接手作りするんじゃなくて」

「工場で生産し、店舗で販売をなさるという事なのですね」

「その通りだ鳳翔さん。そして出来れば毎日供給したい。何か良い菓子は無いかな?」

「和洋どちらでも良いのですか?」

「あぁそうか。えーと」

その時、長門が言った。

「出来れば、シュークリームを作ってやってくれないか?」

「シュークリーム?」

「教えてくれたル級がな、死ぬまでにもう1度食べたいと言っていたのだ」

提督は数秒考えた後、

「潮、教えて欲しいんだが」

「はい!」

「今の体制で、艦娘向けにシュークリームを追加できる?」

潮はあっさり頷いた。

「え、ええ。エクレアとほとんど共通ですから、オーブンの余ったスペースで少量なら作れます」

「何個くらい?」

「そうですね・・日に20個は大丈夫です」

「それ以上増やそうとするとどんな問題が出てくる?」

「もう少しとなるとオーブンか、焼く時間が不足します」

「ふむ」

「膨大となるとクリームの製造時間、そして私の体力です・・・ごめんなさい」

「いや、いい。ならば10個なら負荷的にも大丈夫かい?」

「はい」

長門が首を傾げた。

「提督、日に10個じゃ到底足りぬぞ?それに、高雄達が工場を立ち上げれば・・」

「いや、ふと思ったんだがな」

「うむ」

「艦娘に戻ったら甘味が食べられますって言うのは、強力なカードなんじゃないか?」

長門は苦笑した。

提督は色々な考えを並列で行い、今まで話していた事と全然違う質問をしたりする。

これが艦娘達から

「提督は話が飛び過ぎ」

と言われ、不評を買う理由だ。

現に潮達は先程の話と整合性が取れず目を白黒させている。

だが、長門は慣れっこだったし、

「ケッコンする以上、相手を丸ごと理解する位でなければならぬ」

と、日々理解に務めていたので、提督の問いに対して

「艦娘に戻りたいと思う程の強い理由だが、それゆえに目の前にあって我慢出来るとは思えぬ」

と、返せるのである。

 

 

 



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長門の場合(7)

 

提督は長門の答えにしまったという顔で頭を抱えた。

「あーそうか。島の中で既に売ってると知った時点で紛争化するだけか」

「そうだ。気付いたら理性のタガが外れてしまうだろう」

提督は首を振った。

「うん、やっぱり工場生産化しよう。シュークリームって工場生産に向いてるかな?」

鳳翔が安堵したように頷きながら答えた。

「クリームと皮を別のラインで製造し、最終的に注入すれば良いので向いているでしょう」

「あ」

「どうした提督?」

「あのさ、クリームの注入を店先でやったら受けそうじゃない?」

長門は首を傾げた。

「生産時に入れるのと直前に入れるのとでは何か違うのか?」

潮が頷いて答えた。

「直前に入れれば皮の水分が低く抑えられるので、サクサクとした食感になります」

「なるほど」

「注入する所まで工場でやれば、お店でのオペレーションが簡単になります。ただ、皮は」

「ふにゃんとしちゃうんだね」

「はい。しっとりした方が美味しいと感じる方もいますから一長一短です」

「賞味期限的には?」

「どっちも使うクリーム次第です」

「なるほどな・・・そうだ、長門」

「うん?」

「どちらを出すか相談するという名目で、ル級に試食してもらうのはどうだろう?」

長門はポンと手を打った。

「なるほど。それなら他の深海棲艦に気付かれても言い訳が出来るな」

「ええっと、潮」

「はい」

「試食の為に1回だけ10個予約したいんだけど、いつなら作れる?」

「あの、明日は元々長門さんから予約が入ってるので、一緒に対応して良いですか?」

提督が長門を見た。

「長門が甘味とは珍しいな」

長門が肩をすくめた。

「記事差し止めの代わりに青葉のパソコンを直す事になってな」

「そうか、夕張の作業代だな」

「御名答」

「なるほど。発生した費用は提督室付で払っておきなさい」

「すまないが、そうさせてもらった」

「いや、諸々調整してくれてありがとう。よし潮、一緒で良いから明日10個頼む!」

「じゃあ5個はクリームを入れて、残りは別にお持ちすれば良いんですね」

「その通りだ」

「クリームは工場で作れそうなレシピ、ですよね?」

「うん。話が早くて助かるよ」

「解りました。間宮さん、シュークリームは基本形で良いでしょうか?」

「んー、エクレアの皮の材料と共通に出来るから、固めのアレンジの方が良いわね」

「そうか!そうですね!クリームはカスタードが良いでしょうか?」

「ええ、生クリームよりは扱いやすいでしょう」

「一応味について確認するかもしれないから、潮は同席してくれるかな?」

「解りました」

「文月、そういう訳で明日会議室を借りたいんだけど」

「大丈夫です。時間は何時ですか?」

長門が言った。

「奴は1400時まではカレー小屋対応をするから忙しい筈だ」

「じゃあ余裕見て1500時か?」

「3時のおやつ、か」

「丁度良いね。じゃあ文月、1500時から2時間位頼める?」

「はい。それなら1450時までに私が会場設営しておきます」

「忙しいんじゃない?」

「机を動かして掃除する位、鍵を開けるついでに出来ます」

「それならそのまま試食会に同席しないか?最後の1人として」

「わぁ、ありがとうございます!」

「ル級への通知は長門に頼んで良いか?」

「任せろ。明日はオフだから時間はある」

「あーそうか、休日の午後を中途半端に業務で潰すのは可哀想だな」

「私は別に構わないが・・・」

「いや、休みはきちんと取るべきだ。2日続けてで申し訳ないが、明日の当番と代わりなさい」

「ふふ。解った。ではそうさせてもらう」

「じゃ、皆、頼むよ」

「はい!」

皆が引き上げた後、提督は頬杖をついた。

「うーん」

見送った長門が振り返った。

「どうした提督、何か気になるのか?」

「文月は、会議室で夜中に何をやってるんだろうなあってね」

長門は首を傾げた。

「ん?夜中?」

「ああ。夕方までなら空いているという事は、夜に何かあるのかなってね」

長門はふむと腕を組んだ。

「あまり遅くに借りに来られても施錠とかで困るからじゃないか?」

「うーん」

長門はしばらく目を瞑って思い出していたが、

「私は毎晩島を見回っているが、会議室を使っているのはアルバイトの時だけだな」

提督は思い出したように手を打った。

「そうか!事務方が兵装開発アルバイトの会場として使ってたね」

「ああ。あれは夕方から装置を搬入してるし、アルバイト時間は夜中だ」

「そういう事か。アルバイトは結構人気あるしな。なるほどなるほど」

納得した様子の提督を見て、長門は頷いた。

「そろそろ夕食の時間だが、提督、書類はほとんど進められなかったのではないか?」

「長門が交渉に動いてる間に多少進めたが、まぁ大がかりな事があったからね」

「私がほとんど出ていたからな、すまない」

「いや、むしろ良くやってくれたよ。ありがとう」

「礼など良い。明日の当番は・・比叡か」

「そうか。じゃあ今日中に交代の交渉を済ませておきなさい」

「解った。では交渉ついでに夕食を持って来よう」

「頼むよ」

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。では返してくる」

「その間に準備しておくよ」

「解った」

長門が夕食の器を食堂に返しに出るのを見ながら、提督は書棚から紅茶の缶を取り出した。

缶を手に給湯室へ向かう。

やかんに水を入れて沸かす。

リーフを入れたティーサーバーに沸騰した湯を注ぐと、提督は氷を入れた桶にグラスを漬けた。

濃い目に出した紅茶をサーバーからステンレスのボトルに注ぎ、同じく氷の桶に漬ける。

冷蔵庫からレモンを取り出し、半分に切ると絞り機に乗せる。

体重をかけながらゆっくりレモンを押し付けていくと、じわりと絞り汁が出た。

その時、廊下から長門が声を掛けた。

「提督、返してきたぞ」

提督は振り返らずに答える。

「もう少しだから待ってなさい」

「そうさせてもらう」

ボトルを氷から引き抜き、揺すって触るが、再び戻した。もう少し置いておきたい。

レモンを絞り切り、冷蔵庫からカクテル用の炭酸水とガムシロップを取り出す。

ボトルを引き抜き、布巾で外側を拭うと、棚の奥からブランデーを取り出す。

役者が揃った。始めよう。

まずは紅茶の入ったステンレスボトルにレモンとガムシロップを注ぎ、軽くシェイク。

次いで、ボトルにブランデーをスプーン1杯入れ、グラスを氷から引き抜く。

「長門は炭酸が弱い方が好きだからな・・」

そう呟きながら提督は炭酸水を適量の少し手前で止め、グラスに注いだ。

グラスは冷やすが氷は入れない。濃さも味の内なのだ。

自分のグラスから一口飲んだ提督は小さく頷いた。

ティーソーダの出来上がりだ。

金剛に以前見つかった時は

「そんなティーは邪道デース!」

と言って頬を膨らませていたっけ。

意外と言えば意外、妥当と言えば妥当な反応か。

ふふっと笑うと提督は盆にグラスを乗せ、提督室に戻った。

 

「お疲れさん」

「ありがたい。これを飲むと秘書艦の1日が終わったと実感する」

「カレー曜日みたいな物か」

「ははは。そうかもしれぬな」

長門はグラスを受け取ると、こくこくと半分ほど飲み干す。

「ふぅ。相変わらず、提督のティーソーダは美味しいな」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「そうだ」

「うん?」

「どうして私にしか作らないのだ?」

「ティーソーダをって事かい?」

「あぁ。こんなに美味しければ他の秘書艦も楽しみになるだろうに」

提督は目線をすいっと逸らし、ポリポリと頬を掻きながら

「一応、正妻への特別サービスなんだが」

途端に長門の顔が真っ赤に染まる。

「んなっ!?」

「そういうのは嫌いかな?」

長門が俯き加減になりながら小声で答える。

「いっ・・・いいいいいや、きっ、嫌いでは、ない・・・」

「ん」

提督はそっと長門を見ながらグラスを傾けた。

照れる長門は本当にかわいい。

 

 



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長門の場合(8)

 

しばらく無言でグラスを傾けていた二人だが、ふいに長門が言った。

「もし、毎日の食事が刺身か塩焼きしか無かったら・・」

「深海棲艦の食事か」

「あぁ」

「刺身といっても醤油も無いし、わさびも無い」

「うむ」

「味気ないというか、塩味に飽きるだろうね」

「提督」

「うん?」

「班当番にはどんな物を作らせるのだ?」

「カレーには拘らないし、自主性に任せようかと思う」

「大丈夫か?」

「メニューに困ったらカレーで良いし」

「うむ」

「調理が苦手なら準備や皿洗い、片付けといった他の役もあるさ」

「うむ」

「ただ、作れるなら野菜の煮物とか丼物でも良いと思うから、限定はしないって事」

「ふむ、そうか」

「要するに、きちんと調味した物なら楽しみになると思うんだ」

「場所は今まで通り、岩礁でやるのか?」

「いや、ソロル本島の裏手にしようかと思う」

長門は今朝、ル級と話した場所を思い出した。

「小浜の辺りか?」

「そうだね。崖を削って浜を拡張し、浜までは鎮守府からトンネルを通す」

「それは良いアイデアだな。あの辺りは道が険しいからな」

「店舗のほか、テーブルや椅子も用意して、食べる場所は多めに用意しよう」

「ハリケーンの時にしまっておける場所も必要だな」

「高雄達のデザート店を1日中にするか、時間限定にするかは高雄達に任せるか」

「昼時は班だけの方が混雑はしなさそうだな」

「そうだね。デザートはほぼ行き渡る筈だし」

そこで長門と提督は同時にジト目になった。

「・・・提督」

「なんだい長門さん」

「今、凄く嫌な未来を想像したんだが」

「私もだが、長門から言ってみなさい」

「その、まさかとは思うが、またシュークリームが食べられる浜という噂が流れて・・」

「さらに他の海域から深海棲艦が押し寄せてくるって展開だろ。私も今それを思った」

「どうする?」

「ただ、ル級さんが噂を広めるとは思えないんだよね」

「これ以上大勢で抽選というのも無理があるだろうからな」

「念の為・・トンネルの中継地として勧誘船の船着き場で一旦地上に出すかね」

「何故だ?」

「東雲組の受付があるじゃないか」

「そうか。艦娘に戻りたければトンネルにご案内、か」

「トンネル入り口に勧誘文句を掲げておいても良いしね」

「それで対策になるだろうか・・・」

「あとはデザートを日向の工場で配布するか、だ」

「少し露骨過ぎないか?それにここからどうやって運ぶんだ?」

「運ぶのは往復船をもう1便回せば良いと思うが、まぁ確かに露骨だね」

「うーん、まぁ、とりあえずは今の提督案で始めようか」

「限りなく嫌な予感が当たりそうな気はするけどね」

「艦娘化希望者が大勢来たら日向にも相談するか?」

「頼もしいけど、あっちもあっちで北方棲姫の厚意に頼ってるからなあ」

「通信で報告を聞いているが、楽しそうにやっているぞ」

「まぁそうなんだけどね」

「仕事と捉えているのだから、長く続けられるのは悪い事ではない」

「・・そうか」

長門は最後の一口を名残惜しそうに飲むと、立ち上がった。

「では、そろそろ夜の見回りをしてから寝る。御馳走様、提督。また明日」

提督は長門の手をきゅっと握った。

「今日もありがとう、長門。足元に気を付けてな」

二人は一瞬見つめ合った後、長門は目を瞑って頷いた。

「あぁ」

 

翌朝。

 

「・・相談?」

「なに、時間はさほど取らせない。1時間もかからないさ」

「フーン」

今朝は正真正銘の金曜日であり、ル級はいつも通り小浜で体操していた。

ゆえに長門から声を掛け、カレー曜日の手伝いの後、相談をしたいと言ったのである。

ル級は首を傾げた後、

「マ、長門ナラ良イカ。何時?」

「1450時に、待ち合わせはとりあえずここで良いか?」

「ウン、大丈夫」

「では、よろしく頼むぞ」

「ハーイ。ジャーネー」

ル級と別れつつ、長門は腕を組んだ。

どれくらい甘味を喜ぶかが解らなかったので、一応内容は内緒にしておいた。

今から喜び過ぎて周囲に気付かれた場合、何となく嫌な予感がしたからである。

慎重に、慎重に。

折角昨日の朝は運良く助かったのだから、出来れば良い形に持って行きたい。

 

コン、コン。

「はい・・やぁ長門、おはよう」

「おはよう提督。比叡には昨夜説明しておいたぞ」

だが、提督はくすくす笑っていた。

「うん?なんだ?」

「それがさ、比叡さん、今朝朝食持ってきかけたんだよ」

「なっ!?」

「それで私の顔を見た途端思い出したらしくてな」

「あー・・」

「ヒエーって叫びながら出て行ったよ」

長門は額に手をやった。状況が容易に想像出来る。

「後で榛名が失礼な事しませんでしたかって謝りに来たし、朝から面白かったよ」

長門はくすっと笑った。

「そうか」

長門は朝食を並べながら思った。

他の鎮守府であれば当番作業の間違いとされ、反省文や懲戒処分となってもおかしくない。

だが提督は以前、同じ事を秘書艦になりたての自分がやった時、

 

「気を付けても、人はいつかどこかでミスをする。こんな事で済めば上々だよ」

 

と、笑っていた。

てっきり厳しく叱られると思っていたので拍子抜けしてしまった事を思い出す。

ただ、提督は続けて

 

「この間違いを他の人もしない様にするには、どうしたら良いかな?」

 

と、経緯を話しながら原因を引きだし、秘書艦当番表を作る事にしたのである。

長門は眉をひそめた。

しまった。比叡には直接口頭で伝えたが、当番表は書き直していない。

だから寝ぼけた比叡は当番表を見て間違えたのではないか?

そう思った時、ドアがノックされた。

 

コンコンコン。

「入れ」

長門の答えに一瞬の沈黙があった後、金剛に続いて比叡が入ってきた。

「・・長門、提督。さっきはソーリーね」

「間違えてしまいました。ごめんなさい」

提督は箸を持ちながら

「ご飯食べて良い?」

「あ、はい。大丈夫です」

「では、頂きます・・っと」

長門は提督に醤油さしを渡しながら言った。

「わざわざ謝りに出直してきたのか?」

比叡が俯き加減に答えた。

「は、はい。榛名が叫びながら説明もせず出て行くなんて失礼にも程があります、と」

金剛が肩をすくめた。

「般若背負って殺気立ってて傍目にも怖かったデース」

提督は苦笑した。

榛名は普段はにこにこして優しいが、怒ると球磨多摩並に怖い。

特に姉妹の振る舞いには厳しく、本気で怒ると笑いながら殺気立つと霧島から聞いた。

比叡は良く見ると目が赤い。さぞ叱られたのだろう。

長門が申し訳なさそうに言った。

「比叡、私が当番表を直してなかったから見間違えたのではないか?すまなかったな」

比叡が両手をぶんぶんと振る。

「ちっ違います!長門さんのせいじゃないんです」

金剛が比叡の肩に手を置く。

「ここまで来たら全部打ち明けまショー」

「・・そうですね、お姉様」

提督はほうれん草のお浸しをつまみながら言った。

「まぁ、言ってごらんよ」

 

 



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長門の場合(9)

提督に促された比叡は、そっと説明を始めた。

「わ、私、手帳をつけ始めたんです」

「ほう、偉いね」

「で、でも、その手帳の当番予定は伺ってすぐに変更したんですけど」

金剛が溜息交じりに言った。

「私達に言うのを忘れたんデース」

長門は何となく状況が解って来た。

比叡は起こされてしばらくは寝たまま行動するという特技(?)がある。

その時の記憶は全くないそうなので、動きながら寝ているとしか言いようが無い。

目覚ましをかけると寝たまま起きて(?)スイッチを止め、また寝てしまう。

だから榛名か霧島にシャッキリ目覚めるまで起こしてもらうのである。

何故金剛が除外されているかというと、金剛も比叡と同じだから意味が無いのである。

何かと似ているこの2人は互いの気持ちが解るのか、大変仲が良い。

比叡はしょんぼりと俯いた。

「今朝起こしてくれたのは榛名だったんで、提督と私の朝食まで持ってきてくれたんです」

提督は頷いた。気配りの榛名と言われる彼女だ、そのくらいやるだろう。

「でも、朝食を持って提督室のドアを開けた途端に昨夜の事を思い出して・・」

「それでビックリした、と」

「はい。普段なら部屋に着く頃には目が覚めるので、そのまま支度に入るんですけど」

提督は苦笑しながら言った。

「でも、たまに寝ぼけてるよね?」

「ええっ!?」

「だってこの前、生卵に中濃ソース掛けて渡したじゃない」

「へ?」

「やけにニコニコして渡すから、美味しいのかなーってそのまま食べたんだけどさ」

長門が聞いた。

「美味しかったのか?」

提督は肩をすくめた。

「ソースがやたら大量に入ってたから、もう間違いなく中濃ソースって味だったね」

金剛が額に手を置いた。

「比叡、幾らなんでもOUTデース」

「はうー・・申し訳ありません。記憶に無いです」

「やっぱり寝ぼけてたのね。まぁ良いけど」

「それで、ここに来るまでの間、どうやったら再発防止出来るか相談したんデース」

長門はご飯を海苔でつまみながら思った。

提督は比叡にも、自分と同じように失敗した事を振りかえらせたのだろうか?

提督はにこにこしながら聞いた。

「先手を打つとは感心だね。それで、なんか思いついたかい?」

「それが、結局確実にはいかなそうなのデース」

「今日明日の予定を書いた黒板をドアに貼るとか、色々考えたんですけど・・」

提督は味噌汁を啜りながら長門に聞いた。

「長門はなんか思いつく?」

「んー、寝ぼけるのをどうにかしろと言われてもな・・それに」

長門は比叡を見た。

「私が当番を代わってと頼まなければ、本来は正しい行動だったと思うと言いにくいな」

だが、提督は首を振った。

「いやいや、これが戦場で、進軍を止めて撤退しなさいと言った時なら大変な事になるよ」

比叡は提督を見た。

提督は鮭の1切れをつまんだまま続けた。

「それに、今回でいえば、やっぱり長門は当番表を書き換えておくべきだったね」

「ああ」

「何でか解るかい?」

長門は首を傾げた。

「うん?寝ぼけてても見れば思い出すという意味ではないのか?」

提督は頷いた。

「それもあるけど、今朝の場合で言えばもう1つ意味がある。金剛、解る?」

「ソーリーね・・」

「比叡は?」

「んー・・あ!」

「はい比叡さん!」

「榛名が朝食を取りに行った時に、気付けたんだ!」

「御名答。正解者にはもみじまんじゅうをあげましょう」

「やった!やりました!」

嬉しそうにまんじゅうを受け取る比叡を見ながら、長門がふむと頷いた。

「そうか。当番表は食堂と寮の間に掲示されているからな」

「あと、榛名や霧島は必ず掲示板の内容をチェックしてるからね」

「そうか。その時私と入れ替わった事が記されていれば」

「少なくとも朝食を用意せず、代わったのかどうか確認するだろう」

「そうだな」

「確認が必要だと榛名が気付けば、多分、いつもより早めに起こす筈だ」

「正解ネー」

「だとしたら比叡がヒエーと叫びながら廊下を走る事にはならなかったんだよ」

金剛と長門は冷たい視線を提督に向けた。

「・・洒落のつもりか?」

「さぁ何の事かな」

「おやじギャグは老けるヨー?」

「年相応という事だ。まぁともかく、そういうわけで」

「うん?」

「予防策としては、班当番を変わったら掲示板に書く、だね」

「すまない。気を付ける」

「長門でさえうっかりはあるから、依頼側・受領側共に確認しような」

「解りました!」

「YES!」

長門はジト目で提督を見た。

「私でさえってどういう意味だ?」

「長門が出来ない事を皆に言うつもりはないですよ?」

「なんで自分を基準にしないんだ?」

提督は金剛を見た。

「ねぇ金剛さん」

「ハーイ?」

「私が出来るから皆もやろうねって言うのと・・」

「長門がするから皆もやりまショーって言われる方が断然安心出来マース!」

「先読みして答えないように」

長門は困惑気味に言った。

「なぜだ?私はそんなに不器用に見えてるのか?」

「違いマース!」

「では、どういう事だ?」

「長門は物を買ったらちゃんと説明書を見て使おうとしマース」

「う、うむ。それが普通ではないのか?」

「でも提督は製品どころか包み紙とかを調べ始めそうデース」

提督がジト目になった。

「私がどう見られているか良く解ったよ」

「私達は長門の行動を理解する事は出来ますが、提督はサッパリ解りまセーン!」

「あー・・」

長門は苦笑した。そういう事か。

「だから長門のやった通りと言われれば安心して従えマース」

提督はシャカシャカと卵を溶きながら呟いた。

「どーせ私は奇想天外ですよー・・・おおっ!」

「どうした?」

「やはりこの角度で器を持つと、溶き卵に空気を混ぜやすいな!思った通りだ!」

提督を除く面々が納得の溜息を吐いたのは言うまでもない。

説教の最中に上手な卵の溶き方を並行して考えるような人を真似ろと言われても無理がある。

金剛が肩をすくめて長門を見た。

「解って頂けましたカー?」

「充分過ぎるほど解った」

提督は嬉々として卵かけごはんを頬張っていたが、

「まぁ、依頼者、受領者で当番表を確認して、書いて無かったら気付いた人が書こうよ」

比叡が言った。

「秘書艦の皆にも伝えます。長門さん、ご迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「いや、私の不注意もあった。許せ」

「それにしても、金剛はさすがお姉ちゃんだね。妹に付き添って偉かったね」

「YES!可愛い妹デース!」

「じゃあ金剛にももみじまんじゅうあげよう。もう下がって良いよ」

「あ、あのー、提督」

「?」

「出来れば後2つ貰えると紛争を回避出来るのデース」

「なるほどね。ま、榛名も朝から気苦労があったようだし、特別サービスだよ?」

「ThankYouネー!では失礼シマース!」

「失礼しました!」

 

 



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長門の場合(10)

 

パタン。

二人が部屋を去ると、提督と長門はどちらともなく溜息を吐いた。

「金剛は朝から明るいな」

「そうだな。明るいのは良い事でもあるのだが」

「・・朝食時の会話は出来なかったね」

「また秘書艦当番は来る。今回は仕方ない」

「おや、諦め良いね長門さん」

「まぁその、2日目だからな」

「でも次回は9日後だよ?」

「!!!!!」

「・・・長門さん?」

「・・・」

「なっ!?長門!?長門落ち着け、落ち着くんだ!」

「迂闊だった・・・」

しょぼんとする長門を見て、提督はカレンダーを見ながら声を掛けた。

「今度比叡が2連続で秘書艦する時、長門は2連休だろ?」

「そうだが・・」

「ならその時、二人で外出でもしようか?」

「!」

「何故顔を赤らめる?」

「とっ、とと、泊まるのか?」

「いや、日帰りで」

「そうか・・」

「なんで複雑な顔をする?」

長門はジト目で提督を見た。こぉのニブチン!

 

「うん。それが賢明だね」

「まだ工場の立ち上げには時間がかかるからな」

朝食も終わり、勤務を始めた後、提督は長門からル級に伝えた内容を聞いて頷いた。

「要件を言わずとも来てくれたのは、長門に対する信頼だね」

「私は別に何もしてないのだが・・」

「言った事は守る、時間は正確、騙さない」

「そんな事は当たり前だろう?」

「信頼ってのは、過去にやった事の積み重ねなんだよ」

「うーん・・理屈はともかく、実感はあまり無いな」

「それで良いよ。長門は長門だよ」

「まぁ良い。とにかく、1500時に会議室へ一緒に連れて行く」

「解った。私は会場に居る事にするよ」

「そうだな。その方が傍から見て自然だな」

「よし、じゃあそっちはそれで行こう。さて、ここでの今日のメインイベントは・・」

長門が首をコキコキと鳴らした。

「2日分の書類だな」

提督は書類の束を見て溜息を吐いた。

「しかも、昨日分も今日分も多いなあ・・」

長門が肩をすくめた。

「週末かつ月の後半だからな」

「よし、長門さん」

「なんだ?」

「流れ作業体制で行こう」

長門は渋い顔をしたが、

「・・仕方ない。1400時には済まさねばならないしな」

「それは事実上、午前中だけだと思うんだ」

「うむ。では、終わったら昼飯としよう!」

「げっ!?なっ、長門さん・・食事は大切ですよ?」

「遅れたくなければさっさとやろう!椅子を持って来るぞ!」

 

流れ作業。

 

普通、提督の仕事は書類を見て判断し、OKなら承認の判を押す。

この判を押す作業を秘書艦に任せるのが流れ作業である。

なぜか。

提督は判を綺麗に押すのがとても苦手なのである。

いっつも左半分は押し過ぎて滲み、右半分は押しが足りず掠れる。

普段は秘書艦がチェックして、あまりにも酷い物は押し直させている。

しかし、前に押した時と位置と角度をピタリと一致させないと2重になってしまう。

だから時間がかかってしょうがない。

普通、司令官や提督は承認自体の判断に悩むが、ここまで押印に悩んでるのは提督位である。

「よし、始めようか」

秘書艦席から椅子を持って来た長門は、判を持って提督と並んで座る。

長門は眉間に皺を寄せ、判を握りしめた。

なぜなら。

「よし、うむ、良いね、ダメ、良い、ダメ、よし、いいね」

「ハッ!ヨッ!ハッ!ハッ!ヨイサッ!」

さすがに文月の速度には劣るものの、提督も速読出来る即断の人なのである。

よって、押印する側もテンポ良く応じねばならないが、どうしても時間差は生じてしまう。

だから提督との間には押印待ちの書類ケースを作り、提督がケースに入れ、長門が取り出す。

それでも提督のペースに余り遅れずについて行ける実力が必要である。

よって、この作業が出来る秘書艦は、今の所長門と加賀の二人だけである。

そして3時間後。

「はいよ!これで終わり!」

「ハイ!ハイ!ハイ!・・・よし、押し忘れは無いな」

「やっぱり長門が押してくれるとサクサク終わるねえ」

「判断はそんなに早いのにどうして押印はいつまでも遅いんだ?」

「実は昔、右肘に矢を受けてしまってな・・」

「そうなのか?知らなかった」

「冗談ですよ?」

長門が深い溜息を吐いた時、昼食時間を告げるチャイムの音が響いた。

「お疲れ様。昼を食べた後は待ち合わせまでゆっくりすると良い」

長門は首を回しながら返事をした。

「そうだな。そうさせてもらう。では昼御飯を持って来る」

「あ、手がしんどかったら、食堂で食べても良いぞ?」

「・・いや、持って来る」

「そうか」

パタンと扉を閉めつつ、長門は思った。

食事時間位しか提督と二人きりでお喋りなんて出来ないからな。特権は使わせてもらう。

 

食後、食器を返して戻ってきた長門は、秘書席の机上を見てジト目になった。

席に座ると何かをしていたが、やがて意を決したように提督席にやって来た。

「・・・提督」

「ん?」

「ゆっくりさせてくれるんじゃなかったのか?」

「ゆっくりすれば良いと思うよ?」

長門はバッと付箋紙を提督に突き付けた。

「ならば!どうして!これがある!」

提督がにこっと笑った。

「だって、昨日は忙しくて渡せなかったから」

 

付箋紙。

 

提督から長門に愛をこめて渡される暗号の書かれた紙である。

最初は1文字後にずらすといった可愛いルールだったが、最近はかなりの難度である。

悩み始めたが最後、あっという間に日が暮れる事もザラだ。

「きょ、今日は乗らないぞ!ゆっくりするんだ!」

「そーお?」

「そうだ!」

長門は付箋紙を提督の机にパシッと置くと、秘書艦席に戻った。

「残念だなー、気付いたら面白いのになー」

「くっ!」

長門は拳を固めた。いつものペースに嵌められてはいけない。

どういう事かというと、

 

気になる

提督が同情を誘う悪魔の文句を並べる

ほだされてドツボ

突き返すが気になって仕方ない

再度ドツボ

最後の最後で閃くか、提督がそっとヒントを出す

半日無駄にする

 

である。

長門がフンと鼻を鳴らして秘書艦席に戻ると、

「今日のは1時間で終わる位、簡単な物なんだけどなー」

と、ぽつりと囁く声がした。

 

くっ!

 

そんな甘言には騙されない。

騙されないぞ!

前回は終業寸前まで全力で考えたから知恵熱まで出てしまったのだ。

絶対パワーアップしてるに決まってる。

 

「折角作ったのに・・付き合ってくれないんだね」

 

くっ!

 

同情を誘おうとしてもそうはいかない!ダメだ!

フンと一息つく。

 

チッ、チッ、チッ。

 

静かになった部屋で柱時計の音だけが静かに鳴り響く。

今は・・1305時か。

ル級との約束は1450時に小浜。ここから小浜までは余裕を見て20分。

・・・あと1時間25分、か。

書類仕事は午前中で終わってしまった。

こんな時に限って誰も来ない。もう少しゆっくり押印すれば良かった。

 

 



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長門の場合(11)

 

長門をそっと伺った提督は、する事がなさそうだと確信しつつ呟いた。

 

「今日はヒント1つあげちゃおっかなー」

 

くっ!

 

長門は頭をふるふると振った。

いや待て。あれは罠だ。

以前「ヒントをあげよう」と言われ、まるですっとこどっこいの事を言われた事がある。

解いた後にどこのヒントだったんだと聞いたら

「へ?暗号のヒントと言った覚えはないよ?」

とすっとぼけてくれたので、渾身の右ストレートを差し上げた。

きっと同じパターンに違いない。何度も同じ手は通じない。

 

チッ、チッ、チッ。

 

後1時間20分。

ただ座ってるとなかなか時間は過ぎないし、いかにも中途半端な時間だ。

もっ、持て余してなど、無いぞ。

 

チッ、チッ、チッ。

 

「・・早く来ないと気付いても解く時間なくなっちゃうよ~」

 

くっ!

 

だ、騙されない・・・騙されないんだ。

心頭滅却すれば火もまた涼し。いや違うな。

ええいどうでもいい!気にしないったら気にしないんだ!

 

ガタッ!

提督が席を立ったので、長門は身構えた。

なっ、なんだ?押しつけるつもりか!?

だが、提督は声を掛けながら部屋を出て行った。

「ちょっとトイレ行ってくるよ」

 

パタン。

 

ふーう。

これで提督の悪魔の囁きは一時中断だ。

良かった良かった。

 

・・シーン・・

 

提督が居ないと静かなものだな。

提督が居ないなんて脱走した時ぐらいしかないからな。

脱走した時は進捗状況を問い合わせたり指揮したりと大変で、いつもより騒々しいし。

 

チッ、チッ、チッ。

 

・・・・。

長門はそっと、秘書席の机の引き出しを開ける。

ノートを取り出し、パラパラと最初からページを捲る。

そこには今まで暗号を解いた時の試行錯誤の跡がびっしりと記されていた。

まさに苦労の痕跡である。

長門の額に青筋が浮かぶ。

どうしてこう奇怪なルールを思いつけるんだ提督は・・・

提督の暗号も解き方があるから出鱈目ではない。

長門はジト目になった。

いや、いっそ出鱈目な方が右ストレートを御見舞い出来るだけマシかもしれない。

 

チッ、チッ、チッ。

 

長門は片目だけ、うっすらと細く開けながら、しおりを挟んでいたページを開いた。

そこには

 

  たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

 =(1行分の空白)

  はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

   ゛       ゛

  (↑この点はゴミか?)

 

と、書いてある。

先程置いてあった付箋紙の内容を、提督に突っ返す前に書き写したのである。

()内は自分で追記したものだ。

これを書いている時点で既に負けてる気もする。

長門は溜息を吐きながら、過去の一コマを思い出した。

 

長門は立て続けに3回も解読出来なかった事があった。

3回目の時、時間切れだと言って悔しそうに机を叩く長門に、

「じゃあ今日は持って帰って良いから、解ったら持っておいで~」

提督にそう言われ、どうしても答えが知りたかった長門は伊58の元を訪ねた。

伊58は大本営の暗号解読班への留学から数日前に帰って来たばかりだったからである。

「これを復号出来ないか?」

提督の付箋紙を受け取った伊58は、一瞬見ただけで眉をひそめ、一晩預かると言った。

翌朝訪ねた長門に対し、

「これ、ドイツの暗号より難易度高かったでち」

と、目の下を真っ黒にしながら答えた。

そして、伊58が差し出した紙には、

 

 「ピヨって言ったら、レアチーズケーキか羊羹あげる」

 

と書かれていたのであるが、伊58は

「本当にこれが正解なのか自信ないでち・・」

と、溜息を吐いた。

だが、間違いないと確信した長門は伊58の背中を押して提督室に向かった。

その日の秘書艦は加賀だった。

ノックに応じた加賀の声を聞き、長門と伊58は大真面目な顔をして提督室に入った。

 

「あら、長門さんに伊58さん。どうしたんですか?」

加賀は書類を仕分ける手を止めて尋ねた。

「あ、その、提督に直接言いたい事があってな」

「お二人でですか?珍しい組み合わせですね」

「う、うむ」

「ごーや、眠いでち・・」

提督はいつも通り奥で書類相手に苦労して押印していたが、声に気付いたらしく

「ん?ついに伊58に応援を頼んだのか?」

と声を掛けてきた。

その一言で加賀は察したらしく、ジト目で提督に振り返り、

「もうMI6が降参と言ったのですから、暗号の開発は完了として宜しいのでは?」

と、言った。

伊58も長門もその台詞を聞いてジト目になった。

提督はそっと押し終えた判を引き上げ、満足げに頷きつつ顔を上げた。

「よしよし、上手く押せ・・うおおっ!3人そろってジト目だとさすがに怖いな!」

長門が口を開いた。

「提督」

「はいな?」

「イギリスの諜報機関が解けないような暗号を私にやらせてたのか?」

「いや、MI6に送ったのはもっと面倒な奴だよ。で、解けたのかい?」

伊58が疲れ切った表情で答えた。

「多分、解けたでち」

「何で多分なの?」

「原文が意味解んないでち」

「そーかなー?」

長門は提督の返事を聞いて不安げな顔になった伊58の肩を叩きつつ言った。

「いや、あれで合ってる。加賀、耳を貸せ」

加賀は長門の耳打ちを聞いて、怪訝な顔になった。

「・・は?」

「いや、騙されたと思って従ってくれ」

「わ、解りました・・」

提督が肩をすくめた。

「おいおい、3人で言うのか?」

長門がニヤリと笑った。

「人数限定はされてなかったんでな」

ぐっと渋い顔になる提督に向かって、3人は口を揃えて言った。

 

「ピヨッ!」

 

提督はその途端、まったくの無表情になった。

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

時間が経つにつれ、不安そうにちらちらと長門を見る伊58。

言わなきゃ良かったと頬を染める加賀。

だが、長門は真っ直ぐ提督を見続けた。

こういうブラフは提督の十八番だからだ。

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

たっぷり10秒過ぎた所で、提督はおもむろに右腕を突きだした。

拳を作り、ゆっくりと親指を上に突き上げながら、

 

「・・・・っっ正解ぃっ!」

 

と言った。

伊58が胸元を押さえながらしゃがみこんだ。

合っていて本当に良かった。心臓に悪すぎる。間違えてたら間抜けにも程がある。

加賀は苦り切った表情をしながら口を尖らせた。

「もったいぶりすぎです」

提督は言った。

「んもーしょーがないなぁ、じゃあこの3人限定だからね」

長門が頷いた。

「解った。で、選ばせてくれるんだろうな?」

提督は肩をすくめると、2枚のチラシを取りだした。

そこにはこう書かれていた。

 

 少量しか取れない超高級チーズをふんだんに使ったレアチーズケーキ!

 極上のなめらかさ!イギリス王室御用達!20もの賞を取った逸品!

 貴方のもとに専用冷蔵便にてお届けします!ぜひご賞味ください!

 

 昔ながらの由緒正しき製法と、伝統を守り続ける職人技が織りなす羊羹。

 全材料の生産地を限定し、厳選された特級品質の部分を使用。

 まるやかに深い、雑味のないコク。この味を、ぜひ貴方の舌でお確かめください。

 

チラシの写真越しでも美味しそうだというのが解る。

3人は揃って唾をごくりと飲み込んだ。

 

 



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長門の場合(12)

 

長門が今はこんなお取り寄せがあるのかと感心していると、提督が声を掛けた。

 

「3人で決めて良いよ。どっちにする?」

 

ギギギと音がしそうなくらい、ギクシャクした動きで加賀が尋ねた。

「ひ、一人ずつ選んで良いのですよね?」

提督は次の書類の押印位置を慎重に定めながら、事務的な口調で答えた。

「いや、意見はまとめてくれ」

加賀はそっと長門を見たが、長門は全速力で思考中だった。

どちらも食べたい。超食べたい。

というか、どっからこんな物凄い菓子を見つけてくるんだ提督は?

だが、1つを選ばねばならない。もう1つは食べられない。

長門は目を瞑り、深呼吸をした。

・・・ん、待て。

そもそもこの暗号を解いたのは他ならぬ伊58で、自分ではない。

いかんいかん。選ぶ権利があるのは・・

「伊58、好きな方を選ぶと良い。我々は従うぞ」

だが、振られた伊58はぶんぶんと手を振った。

「き、決められないでち!長門さん決めてでち!」

長門は微笑みながら言った。

「元々伊58が解けなければ食べられなかった物だ。伊58が食べたい物を選べばよい」

伊58は徹夜明けの血走った目を何度も瞬きしつつ真剣に考えた。

絶対どっちも美味しいに決まってる。

だからこそ選ばなかったもう片方が気になって仕方ない気がする。

どっちを捨てたらより後悔が少ないか?

片方を恐る恐る指差しかけては手を引っ込め、また出しかけては引っ込め。

真っ赤な顔とプルプル震える手が迷いに迷っている事をありありと伝えている。

その間、提督は手元の書類を順調に処理していた。

まるで気にしていないかのごとく。

だが、長門は僅かな違和感を察知してジト目になった。

妙に押印をスムーズにやってるな。

普段通り澄ました顔をしているが、状況を楽しんでいるに違いない。タチが悪いな。

こういう意地悪を二度としないよう、何とかしてぎゃふんと言わせられないだろうか。

長門は慎重にやり取りを思い返した。

 

チッ、チッ、チッ。

 

そうだ。2つとも食べられるじゃないか。

長門はニッと笑うと、二人にそれぞれ囁いた。

「ええっ!?それアリですか?」

「そ、それで良いならそうするでち。で、でも」

「迷うな。この長門に続け。一気に行くぞ」

2人は長門に頷き返すと、提督に向き直った。

「提督っ!」

「んー?」

「レアチーズケーキ!」

「ふーん。そっちで良いのね。よし、わかっ」

だが、次の瞬間、3人は続けて口を揃えた。

「ピヨっ!」

「・・・え?」

「羊羹!」

提督が目を見開いて絶句した。

対称的に澄ました顔の長門を見て、すがすがしい程の形勢逆転だなと加賀は内心思った。

確かに提督は

「この3人限定」

と言い、かつ

「意見はまとめてくれ」

と言った。

だが、「ピヨ」という事自体を1回限定とは一言も言ってない。

ゆえに1回目のピヨでチーズケーキ、2回目のピヨで羊羹をリクエストしたのである。

勝ち誇る長門、頭を抱えて必死に思い出す提督。

数秒後、提督は

 

「・・見事だ長門。ただ、これ以上のリクエストは勘弁してくれよ」

「それで良い」

「あーあ、じゃあ4個ずつ注文しますか。届いたら呼ぶよ」

「うむ。では我々は引き上げる。邪魔したな」

そう言いながら、長門は伊58を連れて部屋を出たのである。

 

「長門さん、すっごいでち!ごーや、そこまで頭が回らなかったでち!」

伊58は提督棟を出ると、長門に解説してもらうと尊敬の眼差しでそう返した。

長門はカリカリと頬を掻くと

「まぁ、あまり使うと険悪な雰囲気になるが、少し灸を据えようと思ってな」

一方で、伊58は急に真面目な表情になると

「そういえば長門さん、あの暗号は提督が考えたのでち?」

「うん?多分そうだと思うぞ」

「本当に一人で考えたのなら、物凄い事でち」

「そういう物なのか?」

「じゃあ長門さん、逆に暗号を作れと言われて作れるでち?」

 

長門は思わず立ち止まった。

パッと思い返しても五十音で1文字戻す程度はともかく。

あんな複雑怪奇なルールを思いつけるかと言われたら・・・

長門は溜息を吐いた。間違いなく無理だ。

伊58がげんなりした顔で言った。

「ごーや、これでも大本営では、最後の方は1時間もあれば暗号文を解いてたでち」

「そうだったのか」

「でも提督の暗号は、セオリーが全く通じないんでち」

「どういうことだ?」

「西洋の暗号は大体、eを探すんでち」

「e?」

「英文で一番多く使われる文字はeでち。だから原文とeを推定しながらルールを探すんでち」

「ほう」

「でも提督の暗号は、ルールが日本語特有で、しかも強度が異様に高いんでち」

長門は思い出したように尋ねた。

「そういえば、今回のルールはどういう物だったのだ?」

伊58は付箋紙を取り出した。

紙はよれよれになっていた。

よく見ると、そこには見た事も無いような関数式を何度も書いて消した跡がある。

徹夜で解いたというのは嘘ではないと物語っている。

 

「ええと、気付けばシンプルなんでち」

「うむ」

「1文字後と子音だけ、置き換えるんでち」

「なに?子音だけ?」

「解りやすく1文字目と2文字目で説明するでち」

「ああ」

「1文字目の暗号文はリ、ローマ字にするとRIでち」

「うむ」

「2文字目の暗号文はポ、同じくPOでち」

「ああ」

「2文字目の子音Pを1文字目の子音にして、1文字目の母音Iをそのまま使うと」

「ピ・・か」

「でち。このルールのまま全文字子音だけ1文字ずつ前に戻すんでち」

「待て。最初の1文字目の子音はどうするんだ?」

「一番最後の文字の子音になるでち」

 

長門はがくりと肩を落とした。解るかそんなもん。

 

伊58はどろんとした表情で呟いた。

「この暗号文の強度が高いもう1つの理由は、さっきも言った通り原文の奇抜さでち」

「正しく復号しても、奇っ怪な文章だから合っているかどうか自信が持てないんだな」

「でち。提督の性格まで理解してないと解けない暗号なんて滅茶苦茶でち」

長門は溜息を吐いた。

どうせあの提督の事だ。まともな原文なんて書く筈がない。

誇り高きイギリス人が暗号が解けないと答えるなど、さぞ屈辱だった事だろう。

遠くの空の下で心から同情するぞ、MI6の担当者よ。

 

・・・・・

 

「なーがと?どうした?」

「はっ!?」

 

提督の声に、長門は現実に引き戻された。

 

「眠い?ちょっと今日はお疲れか?」

「いや、そういう訳ではない。以前、伊58に復号させた時を思い出していた」

「あー、あの時の出費は痛かったよ・・」

「ムッツリニヤニヤしているから悪いのだ」

「え?どういう事?」

「判を押しつつ、迷いに迷う伊58を見て楽しんでいたであろう」

「何で解るんですか長門さん」

「だから天誅を下したまでだ」

「とほほ。図星だから返す言葉も無いね」

「そうだ。だからこれに懲りて、こういう悪戯は止めるんだな」

「・・あれ?」

「なんだ?」

「そのノートに書いてあるの、今日の暗号だよね?」

「!!!」

 

 



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長門の場合(13)

 

長門は提督が指差したノートを慌てて腕で隠したが、時既に遅しであった。

満面の笑みを浮かべた提督は

「なぁーんだ、長門さぁーん」

「なっ!なんだ!何を急に嬉しそうにしている!」

「ツンデレ属性があるとは知らなかったよー」

「ばっ!馬鹿者!誰がツンデレだ!」

「んもー、紙を突き返してきたからガッカリしてたのにー、このこのー」

「肘でつつくな!」

「よーし今日は大ヒントあげちゃおう、「タテヨコタテヨコ」だよ」

「さっぱり解らん」

「後は頑張って。で、待ち合わせまで後何分位あるの?」

ハッとして長門は時計を見た。

ル級との約束は1450時に小浜、ここを1430時に出ねばならない。

時刻は1425時。良かった。まだ遅刻じゃない。

「まったく、提督がロクでもない事ばかりするから慌てるんじゃないか」

「仕事中に過去を思い出す事まで責任を取れと言われてもなあ」

「うっ」

「ま、良いさ。で、何時に出るの?」

「1430時だ」

「じゃあそろそろだね。あぁ、文月の方は完了、潮は予定通りだそうだよ」

「何故知ってるんだ?」

「トイレのついでに見て来たから」

長門は溜息を吐いた後、キッと向いて言った。

「どうして徒歩10分もかかる会議室がすぐそこのトイレのついでになるんだ!」

「だってほら、私が長い事居なければ付箋紙持って帰るかなーって」

「策士か!トイレ自体嘘か!」

「いやいやそんなことないですよー」

「棒読みじゃないか!」

「でもそんな心配は杞憂だったんだねー」

「にっ、ニコニコするな!」

「ま、それはお土産にすると良いよ」

「もういい、行ってくる。あの道は急げないからな」

「険しい岩場だからねぇ。でも、日中なんだし海路を行ったらどうだい?」

「!」

長門は提督の言葉にハッとした。

そうだ。

小浜は陸路で行けば急峻な崖だが、会議室から海路で回り込めばすぐじゃないか。

艦娘の自分が陸路にこだわり、提督が海路を指示するって一体。

あぁ、勉強し過ぎて提督の奇人ぶりが移ってしまったのだろうか・・・

「な、長門さん?どうした?」

長門は額に手を当てながら立ち上がった。

「何でもない。行ってくる」

 

「オーイ、長門ー!」

小浜に続く海の上で、長門は自分に手を振ってくるル級を見つけた。

「待たせたか?」

「ウウン、丁度岩礁カラ来タトコダヨ」

「そうか。では早速だが場所を変えたいのだ」

「アマリ遠イノハ困ルンダケド・・1時間ッテ言ッテタヨネ?」

「案ずるな。すぐ裏の会議室だ」

長門はル級を先導する形で海路を戻った。

本当に海路は簡単だ。いささか不本意だが、提督に一言礼を言わねばならないな。

 

「提督、連れて来たぞ」

「やぁやぁ、貴方がル級さんですか。いつもうちの摩耶達がお世話になりまして」

「イヤイヤ、コチラコソ美味シイカレーヲ御馳走シテ頂キマシテドウモドウモ」

会議室のドアを閉めつつ、長門はくすっと笑った。

鎮守府の裏手、ほど近い場所にある岩礁。

そこで深海棲艦にカレーを振舞う鎮守府も鎮守府だが、手伝う深海棲艦も深海棲艦だ。

更にこうして、鎮守府側と深海棲艦側の代表が会議室で頭を下げつつ握手を交わしている。

きっと他の鎮守府の連中が見たら腰を抜かすのだろうな。

私達は慣れてしまったが。

「それでですねル級さん。ちょっと相談なのですが」

「ハイ、ナンデショウ?」

「食べたい料理はカレーだけですか?」

ピクリ。

ル級の動きが止まり、そっと上目遣いに提督を見返した。

「・・・ト、言イマスト?」

「実はですね、長門から皆さんが1年近く順番待ちしてると聞きまして」

「アー、50枚引キ換エノ件デスネ」

「はい。それじゃあんまりだという事で、当番制で毎日御提供しようかと思うんです」

「エ?」

「場所は岩礁から、先程長門と待ち合わせて頂いた浜辺に変えますけども」

ル級が手を振った。

「チョ、チョット待ッテクダサイ」

「はい?」

「・・・毎日?」

「YES」

「ワ、私ガ言ウノモナンデスガ・・食料足リルンデスカ?」

「あぁ、誤解があるといけませんね。一応今と同じ500食程度と考えてます」

「ソレニシタッテ多イデスヨ?」

「その辺はそこにいる文月が大本営を丸め込んだのでご心配なく」

ル級が思わず文月の方を見た。

文月はてへへと頬を染めて頭を掻いていた。

「エエト・・凄イデスネ」

「それほどでもー」

「で、メニューなんですけどね」

提督の言葉にル級がギュンと勢いよく向き直った。

「アッ、アアアアアアノ」

「何かご希望が?」

ル級は真っ赤になりながら

「オ、オムライスヲ・・オ願イシマス」

と、言ったのである。

提督は興味深そうに膝を乗り出した。

「オムライスに何か思い出が?」

ル級は昔を思い出すような目で答えた。

「ズット昔、私ガ艦娘ダッタ頃、司令官サンガ1度ダケ、デートシテクレタンデス」

「ほほう」

「喫茶店デ昼御飯ヲ食ベヨウト言ッテクレテ、私ハオムライストシュークリームヲ食ベテ」

「ほうほう」

「司令官サンハサンドイッチトプリンヲ召シ上ガッタンデス」

「なるほど。楽しい思い出の味なんですね」

ル級が寂しそうに頷いた。

「エエ。タッタ1回ダケノ、大切ナ思イ出デス」

提督は頷いた。

「解りました。当番の中でオムライスが必ず出るようにしましょう」

「ア、アリガトウ」

「抽選とか準備とか、良ければ引き続き手伝って頂きたいのですが」

「モチロンデス!頑張リマス!」

インカムを聞いて頷いた長門が口を開いた。

「ル級、実は我々からもう1つ相談があるのだ」

「エ?ナニ?」

ル級が長門の方を向いた時、会議室のドアがノックされた。

長門は外を確認してからドアを開けた。

外には包みを両手で抱えた潮が立っていた。

「お持ちしました」

「ありがとう、さぁ入ってくれ」

パタン。

潮が部屋の中に入るにつれ、ル級はクンクンと鼻を鳴らした。

そして長門の方を驚きの目で向いた。

「ナ、長門・・マサカ・・」

潮がニコニコしながら提督の傍の机に包みを置いたのを見つつ、長門は静かに言った。

「当番制に切り替えた後、摩耶達には甘味処をやってもらう予定なのだ」

「カ、甘味処・・」

提督がふわりと包みを開けると、シュークリームが10個収まっていた。

ル級は目を見開いた。見た事無いくらいキラキラした目で。

「!!!」

長門は続けた。

「専用の生産工場を作る予定なのだが、シュークリームは2種類の作り方があるんだ」

その言葉を聞いて不思議そうに見返すル級。

「1つは、皮がパリパリしていて、もう1つはしっとりしている」

「・・・」

「これから皆で試食するんだが、ル級がどちらが良いか意見を聞きたくて、な」

ル級はじっと目を瞑った。

その間に潮は皆に2個ずつ配り終えた。

さらにしばらくして、ル級がようやく目を開けた。

そして目の前に並ぶ2個のシュークリームをじっと見つめた。

瞼にはこぼれんばかりの涙が浮かんでいた。

皆は優しい目でル級の反応を待っていた。

 

 



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長門の場合(14)

 

ル級はゆっくりと提督の方に向いた。

「・・提督サン」

「うん」

「ヤッパリココハ、楽園ダヨー」

「そう?」

「ウン。楽園ハ、タダ景色ガ良カッタリスルダケジャダメ」

「ふむ」

「深海棲艦ニナッテ長イケド、コンナニ温カイ思イヲ受ケ取ッタノハ初メテヨー」

「礼なら長門に、な」

ル級は顔を上げ、長門に手を合わせる仕草をした。

「長門、アリガトウ。アリガトウ」

「い、いや、そこまでの事はしてないぞ」

「・・長門ガコンナニ優シイノハ、キット提督ノオカゲ」

「そう?」

「艦娘ハ育ッタ環境デ性格ガ決マル。文月モ、潮モ、皆優シイ目ヲシテル」

「うん、皆良い子達だよ」

「ソウダロウ・・ホントニ、死ヌマデニ、モウ1度食ベタカッタ」

「うん」

「デモ、深海棲艦ニナッタ以上、叶ワヌト思ッテイタ」

「普通はそうだよね」

「アア。ソレヲ2個モ頂ケルナンテ・・嬉シイ。本当ニ嬉シイヨー」

提督はにこっと笑って皆を見た。

丁度その時、文月が紅茶の入ったマグカップを皆に配っていた。

「インスタントで申し訳ないのですけど、飲み物があった方が良いかなって」

「うん、良い気配りだよ文月、ありがとう。じゃ、頂こう!」

「イタダキマース!・・アレ、コッチノクリームハ?」

潮がクリームの入った小さなビニール袋をつまんで指差した。

「この容器から自分で絞って入れます!」

「ヘェ・・面白イナァ。コノ尖ッタ所カラ入レルンダネ?」

「そうです!爪楊枝で袋の先に穴をあけて、後ろからゆっくり絞り出してください」

「オオ・・面白イネ」

「入れちゃったらどうぞお召し上がりください!」

入れ終ったシュークリームを両手でそっと持ったル級は、それはそれは緊張していた。

手が微かに震えているし、顔が真っ赤だったが、長門達はあえてそっとしておいた。

やがて、意を決してシュークリームにかぶりついたル級は、ポロポロと涙をこぼした。

提督はそっとティッシュを渡した。

「ほら、涙がシュークリームにかかってるよ」

「ウッウッ・・美味シイ・・美味シイヨー」

「ゆっくり食べると良いよ」

「ウー」

長門は微笑みながらクリームの入った袋を手に取った。

先にしっとりシュークリームから食べたが、エクレアとはまた違って美味だった。

エクレアの方がより複雑な味だが、これはシンプルで正統派のシュークリームだ。

誰もが素直に美味しいと言える。

1個をやっとの思いで食べ終えたル級は、しゃくりあげながら涙を拭いた。

提督はポンポンとル級の背中をさすった。

「ほら、紅茶も飲むと良いよ。美味しいよ」

「・・・」

長門はふと、文月の方を見た。

クリームの入った袋と爪楊枝を手に持ったまま凝視している。

「文月、どうした?」

「あ、いえ、どうやったら余す事無くクリームを絞り出せるかなって」

潮が首を傾げた。

「後ろからゆっくり捩じっていけばほとんど出ると思いますよ?」

だが、文月はビシリと潮の小袋を指差した。

「まだ袋が黄色いですよね!」

「へ?あ、ああ、そうですね」

「袋は元々透明ですから、色の部分はクリームです!」

「そ、そうですね」

「何とか、何とか全部出せないでしょうか!」

提督が苦笑した。

「余程クリームを余す事無く取り出したいんだね」

文月は真剣に絞り出しながら頷いた。

「美味しさの主成分ですから」

長門も絞り終えた容器をつまんで考えた。

確かにここに残ったクリームは、後は捨てるだけである。

勿体ないと言えば勿体無い。

だが、下手な絞り機よりもビニール袋の方が残さず絞り出せる。

1回使いきりだから衛生的でもある。

その時、長門はハッとした。

大量に生産し、皆が一斉に食べた場合・・・

「提督」

「うん?なんだい?」

「やはり最初から入れて出すべきではないか?」

「なんで?」

「別に入れる方式とした場合、1日で大量のビニールゴミが出るぞ」

提督はうーんと悩みつつ答えた。

「この方式ならね。でも実際採用するなら店員が渡す直前に絞り機で入れて渡すと思うよ?」

「そうか、それなら大丈夫か」

文月が残念そうに言った。

「誰が一番絞り切れるかって競争は出来ないんですね」

「まぁ、大量生産だし、狭い浜だからゴミ削減が優先だよ」

1個目の余韻を噛みしめつつチビチビと紅茶を啜っていたル級が顔を上げた。

「ポイ捨テナンテ、サセナイデスヨ?勿論毎日掃除当番ヲ送ルシ」

「入れるの楽しかったの?」

「マ、マァソノ・・楽シカッタ」

ル級は照れたような顔で答えた。

そして、提督とル級は最初からクリームを入れた方のシュークリームを食べ始めた。

ちなみに他の面々は既にペロッと完食している。

「皮がしっとりしてる方が、オーソドックスなシュークリームって感じだね」

長門が頷いた。

「そうだな。ただ、少し縮んでしまう気がする」

「外見がって事?」

「うむ」

「文月はどう思う?」

「上手く言えないんですけど、優しい感じがします」

「優しい、か」

潮が継いだ。

「皮が水分を吸って柔らかいのと、皮とクリームが馴染んでいるのかもしれません」

その時、提督はル級を見てびくりとした。

ル級がもう1つのシュークリームにかぶりついたまま目を見開いて固まっていたからだ。

「ど、どうした?」

「・・・」

提督の声に長門達もル級を見た。

潮が心配そうに声を掛けた。

「・・あ、あの、変な物でも入っていましたか?」

ル級は潮に目で違うと合図しつつ、黙々と残りのシュークリームを平らげた。

全部口の中に入ってからも、目を閉じてずっともぐもぐと口を動かしていた。

やがて本当に名残惜しそうにごくりと飲みこむ。

提督達はル級の言葉を待っていた。

 

「・・・コレ」

 

提督はル級に手を拭く為の布巾を渡しながら言った。

「思い出の味、かな?」

ル級はこくりと頷いた。

「ビックリスルクライ、覚エテルノトソックリ同ジ、ダッタ」

「そうか」

「ウン」

「じゃあ皆、レシピは最初から入れる方で行こうか」

長門達はにこりと笑って頷いた。

「そうだな」

「決まりですね」

「解りました」

ル級がハッとした顔で文月を見た。

「エッ!?コ、コッチデ良イノカ?絞リ出シタカッタンジャナイノカ?」

文月はにこりと笑った。

「そっちは、生産が安定してから別途相談します」

長門が片目を瞑った。

「今まで我々に何も言わずに協力してくれた礼だ。受け取って欲しい」

ル級は再びぐしぐしと溢れる涙を拭いながら

「ウン・・手伝ッテキテ良カッタヨ」

と、言った。

提督はル級に話しかけた。

「それでね、ル級さん」

「ウン」

「店を開けた後の話なんだけど」

「ウン」

「この話が噂でも広がらないようにお願いしたいんだよ」

ル級は少し考えた後、ブルブルと震えはじめた。

「ソ、ソウダネ。アラユル海域カラ押シ寄セテキソウダネ」

「そうなんだよ」

「地上組ヲ除ケバ、ドノ海域ノ子モ甘味ヲ手ニスル可能性ハナイカラネ」

聞きなれない単語に提督と長門は問い返した。

「・・地上組?」

ル級はしまったという顔で慌てて手で口を塞いだが、二人の視線にがくりと肩を落とすと

「人ニ化ケテ、地上デ暮ラシテイル深海棲艦達ノ事ヨー」

と、呟いたのである。

「もうちょっと、詳しく聞いても良いかな?」

尋ねた提督をル級はじっと見ていたが、

「私カラ聞イタッテ、言ワナイデヨー?」

と言いつつ、話し始めた。

 

 



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長門の場合(15)

地上組、とは。

深海棲艦は一定割合で、人に化ける能力を有している。

化けられる姿は1つだったり複数だったりするが、なぜなのかは深海棲艦達にも解らない。

人に化けると、普通の人と同じように地上で生活する事が出来る。

ただ、兵装を展開して攻撃する事は出来ない。

化けた姿を元に戻し、海水の上で艤装を展開しないと攻撃態勢になれないのである。

だが、深海棲艦の中には高度な知性を持つ物も居り、

「直接武器ヲ持ッテ戦ウ事ニ、興味ハ無イ」

と言い、兵器を使わずに地上で活動している者達が居る。

それを地上組と呼んでいるらしい。

地上組は海中の深海棲艦達と連絡を交わしている派閥もあるし、一切絶っている者も居る。

ル級が告げた事を要約するとこうなる。

 

提督は紅茶を啜りながら聞いた。

「ル級さんは見た事あるの?」

ル級はこくりと頷いた。

「昔、イタリアノ港町デ、燃料タンクガ壊レテシマッタ事ガアッタ」

「うん」

「ソノ時丁寧ニ治シテクレテ、燃料モクレタ人ガ居タ」

「へぇ」

「怖クナイノト聞イタラ、私モ実ハ深海棲艦ダト言ッテ姿ヲ戻シテ見セタンダ」

「・・実例あり、か」

「全体デドレクライ居ルカハ知ラナイヨ。デモソウイウ例ヲ他ニモ知ッテル」

「派閥って言ったよね」

「ウン」

「どのくらいの単位なの?」

「全体像ハ知ラナイケド、1ツノ会社程度ハ見タ事ガアル」

「会社か。数人単位って事だよね?」

「イヤ、モット大キイ」

「ほう」

「ソイツハ、1500人ノ社員全員ガソウダト言ッテイタ」

提督達はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 深海棲艦は、鎮守府近海までしか現れず、地上には上がって来ない

 現れたら好戦的に応じて来るが、組織的連携能力はほとんどない

 対話能力も乏しく、大型の個体でせいぜい一言二言呟くくらい

 

これが大本営が世間に公表している深海棲艦の「常識」である。

要するに人間や艦娘と対等ではない、下等な化け物であると定義しているのである。

長門はガリガリと頭を掻いた。

確かにこの鎮守府に居ると、この「常識」がまるで合わないケースは多々あった。

だが、地上で、それも会社組織まで運営しているとなれば根底から定義が崩れる。

この情報をどう取り扱ったらいいだろう。

長門はここが会議室で良かったと心から安堵した。

提督室なら今頃は青葉達が爛々と目を輝かせながら号外を刷ってる頃だ。

だが、提督は頬杖をついたまま穏やかに返した。

「ま、そういう子も居るだろうよ」

ぎょっとした顔で文月が提督を見た。

「お、驚かないんですか、お父さん!?」

「今更って感じだなあ。んー、だってさ」

「は、はい」

「白星食品は水産加工業の分野では既に世界トップランクに入ってるんだよ?」

「あ」

 

ビスマルク率いる白星食品。

漁業から製品化まで自社対応出来る、今となっては数少ない会社である。

大量生産は品質が下がると言って通販専門でやっているが、加工品の中でも

「色々天ぷら」

「雪ん子蒲鉾」

「簡単ブイヤベースセット」

「本物カニカマ」

といった定番商品は昔から圧倒的な人気を誇り、ライバル企業の追従を許さない。

料亭や高級レストランどころかロイヤルファミリーの御用達まで拝命している。

その割には良心的な値段設定であり、庶民から金持ちまで広く愛されている。

毎回予約開始数分で完売してしまうというのも頷ける。

 

潮がポンと手を叩いた。

「そっか、身近にサンプルがありましたね」

「だろう?」

長門が肩をすくめた。

「あれは艦娘に戻ったから出来たのだろうと思っていた」

「そんな事無いさ。ビスマルクはリ級の頃にあの工場を設計したんだから」

「そうか、そういえばそうだな」

「今も丁寧に維持しながら使ってるけど、大掛かりな改修はしていない」

「うむ」

「という事は、深海棲艦の時代からその後の展開を良く考えてたって事さ」

「そこまでの思慮が出来た、という事か」

「浜風もタ級時代に鎮守府詐欺してたじゃない」

「艦娘売買をする司令官ホイホイか。そういえばそうだったな」

「だから別に、自然な会話が出来る事も、陸に上がってるのも不思議じゃない」

「提督、この話は大本営に報告するのか?」

「いや、言うつもりはないよ」

「なぜだ?」

「まずは信じられないから、嘘だ、どっから聞いた!ってなるに決まってるじゃない」

「・・」

「それに答えたら、じゃあ証拠見せろーってなるじゃない」

「そ、そうだな・・」

「ル級さんはただでさえ忙しいのにそんなどうでも良い事で邪魔しちゃ悪いよ」

文月が思わず突っ込んだ。

「お、お父さん的には小さな事でしょうけど、大本営的には一大事ですよ?」

「んー、じゃあ文月、その後どうなると思う?」

「え?そ、その後ですか?」

「きっと公安警察、機動隊、陸軍なんかが地上組を探し始めるよ?」

「・・」

「地上では撃てないんだから、反撃も出来ずに捕縛されちゃうよ?」

「・・」

「更に人間界は大混乱になって、隣が深海棲艦じゃないかって疑心暗鬼になるよ」

「・・」

「不景気で鬱積が溜まってるんだ。魔女狩りだのなんだのと余計な事が起きるに決まってる」

「悲しいくらい、あり得る未来ですね・・」

「だから問題が起きて、何か知ってるかと聞かれたら答える。それまではほっとくさ」

「・・」

「それに・・ル級さん」

「ウン?」

「うちで人間に戻した深海棲艦達が何万人と居るじゃない」

「アア」

「その子達の就職先に、地上組の会社もあるんじゃない?」

「!」

不意をつかれたル級はぎくりとした顔をした後、がくりと肩を落とした。

「ソノ通リヨー、結構該当スルヨー」

「やっぱりね」

長門は提督に尋ねた。

「どうしてそう思ったんだ?」

「だって、やけに就職率が良いんだもん」

「確かに、どこにも不採用で行くあてがない、というケースは無かったな」

「幾つか良く見るなあっていう会社もあるしね」

ル級は肩をすくめた。

「昔ノヨシミトイウカ、同ジ境遇ノ者トシテ採用スルッテ言ッテタヨー」

「少なくとも今は問題無いように見えるし、我々が送り出した子達の為にもなっている」

「・・」

「深海棲艦だから悪者という単純化は止めにしよう。海でも陸でも、な」

「そうだな」

長門は頷きながら思った。

自分はここに慣れていると思っていたが、それでもまだ深海棲艦に対して偏見があったのだ。

提督に言われて初めて気が付いた。

長門はル級に向かって言った。

「もし、私の言動で腹立たしい事があったら許して欲しい」

ル級は首を傾げた。

「別ニ長門ト話シテテ不愉快ニナッタ事ナンテナイヨー?」

提督がにこりと笑った。

「良かったな、長門」

長門は苦笑いを返した。

提督の思考は一体、我々のどれだけ先に居るのだろう。

 

 




今更ですが、1ヶ所訂正しました。


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長門の場合(16)

「ジャーネ!」

「こちらの準備が整ったらまた連絡する。それほど待たせるつもりはない」

「ウン、解ッタ!楽シミニシテルヨ!」

「また来てください」

「ハイ、アリガトウゴザイマシタ!」

ル級を見送った長門達は、ふぅと息を吐いた。

「長門、礼が出来て良かったね」

「あぁ。良い形に持って行けた。感謝するぞ、提督」

「文月も潮も、長い事つき合わせて悪かったね。ありがとうね」

潮が頷いた。

「工場用のレシピ、しっかり皆さんに伝えられるよう練習しておきますね!」

「頼んだよ」

文月が言った。

「お父さんも相変わらず、大変なお仕事ですね・・」

「そう?」

「なんというか、普通の鎮守府なら起こりえない事ばかり起きてますから・・」

長門が頷いた。

「そうだな。今日の午後の事は1つ1つ、他所ではありえない物ばかりだった」

文月はにこっと笑った。

「お父さんだからこそ、この鎮守府は回せるんですよ」

「褒め過ぎです」

提督は顔を赤らめながら、くしゃくしゃと文月の頭を撫でた。

「えへへへへー」

長門はそんな二人の様子を見て目を細めて微笑んだ。

文月も交渉の時は恐ろしいが、それも提督の為を思っての事だからな。

だが、長門は文月と交渉した時を思い出してブルッと震えた。

・・・本当に、文月を向こうに回すと恐ろしいのだ。

 

「へぇー、屋台の出店みたいなもんかーい?」

「面白そう!」

「戦わないしお役にたてるので嬉しいのです!」

 

夕食後。

食堂に集まった艦娘達を前に、提督と長門は構想を説明した。

艦娘達は最初、班当番の休みが減る事にウエッという表情をしていた。

まぁまぁと提督はなだめようとしたが、長門がすいっと提督を制すると、

 

「班当番は今後、遠征・哨戒・調理・休み・遠征・演習・出撃・休みでどうだ?」

 

そう提案したので、

「賛成!じゃあ料理の後は休みなんだね!」

「料理当番が楽しみだね!」

「・・班当番が4日単位で2種類あるって感じだな。悪くない」

と、すぐに採用されたので、提督はなるほどと頷いた。

「事後相談になってしまったが、休みを増やして良かったか?」

「班当番は鎮守府で任意に決めて良い事だから構わない。ナイスフォローだ長門」

提督と長門はそう囁きあった。

この指示で一番変化のある研究班、それもカレーチームのリーダーだった摩耶は

「あの小屋には愛着もあるけど、ま、こういう形なら悪くないか!」

と頷いていた。

こうして艦娘達への説明も終わり、来週金曜から小浜で料理を振舞う事になった。

一方、摩耶達の工場について話が及んだ時、

「あの、ちょっとお願いが」

そう切り出したのは間宮だった。

「うん、どうした?間宮さん」

「その工場、出来れば艦娘向けのお菓子も作れるようにしてほしいのです」

提督は頷いた。

「そうか。潮専用のキッチンてことだね?」

「ええ。潮さんが毎日調理場の片隅できゅうきゅうとしてるのが可哀想で」

潮は間宮を見た。

「間宮さん・・」

「潮さん、貴方はもう充分に成長しました。そろそろ一人で回しても良いと思います」

「だ、大丈夫でしょうか」

「大丈夫です。お菓子作りで困ったらいつでも相談に来てくださいね」

「あ、あの、食事時間のお手伝いは続けます!」

「負荷状況と相談しながらで良いですよ」

提督が手を挙げた。

「一応、大本営には間宮の部下となってるから、視察の時はそれらしく、ね」

潮が笑った。

「ここまで教えて頂いたのですから、今後もずっとお手伝いさせてください!」

間宮はくすっと笑った。

「ほんと、潮さんは良い子ですね。解りました。でも無理は禁物ですからね」

「はい!」

長門が言った

「それならば提督、調理場は食堂の地下としてはどうだ?」

提督も頷いた。

「そうだね。広さ的にもそれ位ないと困るしね」

そっと高雄が手を挙げた。

「あの、大量のお菓子を小浜まで運ぶ手段は・・」

「食堂の地下の工場から、そのまま地下経由で工廠前まで運べるようにする」

「はい」

「工廠から浜まではもう1本直通トンネルを引く。1回積み替える事になるけどね」

「それ位なら大丈夫ですね」

「地下の移動手段はコンベアよりはレールと電動トロッコの方が安心かな?工廠長」

「そうじゃの。大量といっても24時間運び続ける訳ではないし、トロッコなら人も乗れるしの」

夕張が目を輝かせた。

「私達も乗って良いですよね?」

「良いよ」

「やった!工廠から食堂への直通列車確保!」

「そうか。工廠と食堂は結構離れてるからね」

「雨の日とかうんざりしてたんですよー」

「よしよし、じゃあ人荷両用のトロッコ列車としよう。工廠長、頼めるかな?」

「出来れば工場の図面も一緒に貰いたいんじゃがのう」

「そうか。ええと、潮、高雄、あと間宮さん」

「はい」

「工場と小浜に何が必要か、工廠長と決めてくれるかな」

「解りました!」

「ええと、工廠長。まとめると」

「菓子工場、地下鉄、販売店舗、連絡トンネル、じゃな」

「はい」

「やれやれ、ほんとに改築の多い鎮守府じゃよ」

提督と長門は頷きあった。工廠長は嫌そうに言っているが、表情は嬉しそうなのだ。

「では各班、当番で何を作るか決めておいてくれ」

「はい!」

「さっきも言ったけど、カレーとオムライスは全班作れるようになってくれ!頼むぞ!」

「解りました!」

こうして計画は動き出した。

 

その日の夜。長門の自室。

「なにしてるの?」

そろそろ寝ようかとベッドに入りかけた陸奥は、机に向かって腕組みをする長門に声を掛けた。

「うん・・・大した事では・・ない」

「ふーん」

明らかに上の空の返事だと思った陸奥は、そっと長門の後ろから手元を覗き込んだ。

だが、そこにあったノートの書き込みを見た途端、眉をしかめて言った。

「なにそれ?」

耳元で声がした長門はびくっと振り返ると

「むっ陸奥、傍に居たのか。すまない」

「やっぱり上の空だったのね。それなに?」

「提督の暗号だ」

陸奥はホッと胸をなでおろした。

長門がついに異星人の言語でも習い始めたのかと心配したのだ。

「うん?何でホッとしてるんだ?」

「別に良いのよ。で、解けそうなの?」

「いや、それがサッパリなんだ」

「見せてもらって良い?」

「あぁ。とはいえ、これで全部だ」

 

  たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

 =(1行分の空白)

  はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

   ゛       ゛

  (↑この点はゴミか?)

 

「この、()内の文字も暗号なの?」

「いや、これは私が書いた追記だ」

「このイコールは?」

「元から書いてあった」

陸奥はしばらく見ていたが、

「これ、濁点じゃない?」

「うん?」

「ゴミかって書いてある奴よ。ほら、が、とか、ぎ、とかの右上にある点々」

「私は同じを現す「〃」かと思っていた」

「そうかもしれないけど」

「いや、妙に小さい事を考えればそうかもしれぬな」

「あと、同じ所で区切ってあるわね」

「ああ、この2カ所だろう?」

「そうそう。」

陸奥は眉間に皺を寄せて穴が開く程見ていたが、

「・・・規則性が・・無いわね」

「どういうことだ?」

 

 

 



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長門の場合(17)

長門の質問に、陸奥は暗号文を指差しながら答えた。

「上の行に「あ」が2回出て来るじゃない」

「そうだな」

「でも、その時の下の行は「う」と「さ」でしょ」

「あぁ」

「単純に引き算なのかなーって思ったんだけど、違うみたいね」

長門は陸奥を見た。

「引き算?」

「ほら、これが文字じゃなくて数字なら、小学校の算数みたいじゃない」

そう言いながら、陸奥はメモの余白にペンを走らせた。

 

    5

  - 1

 -----

    4

 

「ほら、こんな」

「懐かしいな」

「でも、違うみたい。解んないわね」

「提督の暗号だからな」

「これ、ちゃんと答えあるんでしょうね?」

長門が頷いた。

「毎回、必ずある」

陸奥がヤレヤレと肩をすくめた。

「あんまり夜更かししちゃダメよ姉さん。じゃ、おやすみ」

「あぁ、お休み」

すぐに寝息を立て始めた陸奥をチラリと見た長門は、またノートに目を戻した。

引き算、か。

片目を瞑っても斜めに見ても何か見える訳でもないのだが、長門はしばらくそうしていた。

やがて諦めたように肩をすくめると、長門もベッドに入った。

 

長門は夢を見ていた。

深海棲艦の群れを倒し、残るはレ級1体。

敵が撃ってきた弾が1発、至近距離に着弾する。

「ふっ、効かぬわ!」

こちらから反撃しようとしたその時、足をつんつんと突かれた。

「誰だ!戦闘中だぞ・・うん?」

長門が目を向けると、そこには羅針盤娘が立っていた。

「?」

怪訝な顔をする長門に向かって、羅針盤娘がカタカナの五十音表を見せた。

「・・何だ?」

「問題!コノ暗号ヲ解ケ!」

「はぁ?!」

「でないと強制的に敗北Dになります」

「ちょっ!」

「制限時間は5分です。さぁ始めてください!」

「ま、まて。暗号文はどこだ?!」

その時、レ級がニヤリと笑って赤い付箋紙を手に持った。

「コレカラ問題ヲ15問連続デ出シマス」

「止めろ!5分で15問なんて無茶苦茶ではないか!」

「問答無用!第1問!」

「うわああああああっ!」

 

がばっ!

 

「ゆ・・夢、か」

ベッドで飛び起きた長門は、一瞬周囲を見回した。

近くに居るのはすやすや寝ている陸奥だけだ。

長門は呼吸を整えつつ額に手をやり、ふっと笑った。

あれが気になって仕方ないんだな。

深海棲艦はともかく、羅針盤娘までもが五十音表を持ってくるなんてありえない。

どうかしてる。

 

・・・・。

 

長門は何かが引っかかった。

 

 五十音表?

 

陸奥を起こさないように忍び足で机に向かい、デスクスタンドをつける。

メモ用紙にひらがなで五十音表を書くと、ざっと眺めた。

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 やゆよ

 らりるれろ

 わをん

 

 

そういえば提督の部屋にはいつも五十音表とアルファベット表が掲げられている。

以前理由を訪ねたら、

「発想の転換をする時、私には必要なんだよ」

と笑っていたな。

表を書き終えた長門は、暗号を書いたノートを取り出した。

 

  たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

 =(1行分の空白)

  はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

   ゛       ゛

  (↑この点はゴミか?)

 

そこでふと、長門は真ん中の「=」に目が留まった。

大抵、イコールは暗号文の右端に書いてあり、そこに正解を書くようになっていた。

ということは、ここに書けというのか?

 

「・・はきの・・うぬやかるさなく・・いしすねれ・・としなす」

長門は何となく呟いていた。

・・うん?

そういえば提督は何か言っていなかったか?

 

  「よーし今日は大ヒントあげちゃおう、「タテヨコタテヨコ」だよ」

 

思い出せたが、何の事だかさっぱり解らない。

まったく、タテだのヨコだのクロスワードじゃあるまいし。

 

「としなす・・たてよこ・・」

 

ふと、伊58の言葉がよぎる。

 

 「提督の暗号は、ルールが日本語特有で、しかも強度が異様に高いんでち」

 「提督の性格まで理解してないと解けない暗号なんて滅茶苦茶でち」

 

「としなす・・ていとく・・」

 

 「英文で一番多く使われる文字はeでち。だから原文とeを推定しながらルールを探すんでち」

 

「タテヨコ、タテヨコ・・」

 

うん?

ふと、五十音表に指を走らせた長門はしばらく追っていたが、

「あっ・・ああっ!」

そう言いながらしばらくペンを走らせていたが、

「・・あ、あれ?」

と言った後、ペンが止まってしまった。

「うーん・・」

どうしても1文字、ルールに合わない物がある。

そんな筈は無い。

しばらく長門は見ていたが、その時、腕時計のアラームが鳴った。

 

「なに!?巡回の時間だと!?」

 

ハッとして窓を見ると、とっくの昔に日が登っていた。

いつもであれば巡回後に起こすのだが、出遅れたから今日は時間がないかもしれない。

長門は陸奥を揺さぶった。

「陸奥!陸奥!起きろ!朝だぞ!」

「えー」

「今日は時間が無い。頼む。起きてくれ!」

「んむー」

ごしごしと目を擦りながら起き上った陸奥は

「おはよう姉さん・・うわっ!」

「なんだ?」

「目の下黒いわよ?あ!徹夜したの!?」

「い、いや、完徹では、ない」

「でも相当起きてたのね・・そんなに気になるの?」

「そうだな。では巡回に行ってくる。間に合わないようなら陸奥一人で朝食へ行け」

陸奥はにこりと笑った。

「そんな事しないわよ。じゃあ支度してるわね・・って姉さん!」

「なんだ?」

「それ、寝間着よ?そのまま巡回するの?」

「!!!」

陸奥は思った。姉さんが真っ赤になって着替える姿はちょっと可愛い。

 

サク、サク、サク。

 

「ふぅ」

遅れた時間の分だけ、長門は早足で回っていた。

時折さぁっと爽やかな風が頬を撫でる。

工廠から裏手に回ろうとした時、後ろの方から声がかかった。

「おはようございます、長門さん」

「不知火か。今日も早いな」

「日課ですので。長門さんはいつもより少し遅めですか?」

「あぁ、少し出るのに手間取ってしまってな」

「そうでしたか。では余り御引止めしてはいけませんね」

「ありがとう。では、またな」

「はい」

 

長門は小浜に差し掛かった。

巡視の意味もあるので海路は取らず、陸路を歩いていた。

ここも、トンネルが出来れば歩きやすくなるな。

そう思いつつ浜を見ると、何となく違和感を覚えた。

「うん?」

浜辺に降りて考える。

まだ工廠長の工事が始まった訳ではないから、トンネルや店は無い。

だが・・

「この浜・・こんなに何も無かったか?」

周囲の崖はともかくとして、砂浜には小石一つ落ちていない。

綺麗な砂浜である。

「いや、確かあの辺に岩があったし、波打ち際には・・」

そう。

枯れて打ち上げられた海藻、流木、貝殻。

沖合には尖った岩も顔を覗かせていた筈。

長門はジト目になった。思い当たる事は1つしかない。

「ル級が・・もう片付けたのか?」

確かに、これだけ余計な物が無ければ工事に着手しやすいだろう。

「それほどまでに・・楽しみにしているのだな」

長門は1つ大きく頷くと、踵を返した。

提督の耳に入れておかねばならない。

 

 



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長門の場合(18)

 

コンコン。

「どうぞ、お入りください」

「すまない、食事中だったか」

提督室に入った長門は、向かい合って茶碗を持つ扶桑と提督を見つけた。

「すまんが食事は続けるぞ。どうした長門?」

「一応報告なのだが、小浜が恐ろしく綺麗になっている」

提督が興味深そうに聞き返した。

「ええと、どんなふうに?」

「昨日の朝までは藻や貝、流木や岩が見受けられたが、今は砂浜しかない」

「岩まで撤去したって言うのかい?」

「あぁ。記憶にある岩が無くなっている」

提督は茶碗を置き、少し考えた後にこりと笑うと、

「本当に、楽しみにしてるんだね」

「ああ、そうとしか思えぬ」

「そうか、そうか・・」

頷く提督の声を聞きながら、長門は何気なく部屋を見渡した。

そして部屋の隅に掲げられていた五十音表が目に留まった。

「・・ぁぁぁあああっ!」

いきなりの大声だったので提督は味噌汁でむせ返り、慌てて扶桑が布巾を手渡した。

「げほっげほっ、な、どうしたんだ長門?」

「あっ、いや、すまん提督、大丈夫か?」

「いや、気管にちょっと入っただけだ。で、なんだい?」

長門がニヤリと笑った。

「最後の1ピースが埋まったのだ。失礼する!」

 

パタンと閉じられたドアを見た後、首を傾げる扶桑に、

「きっと、暗号が解けたんだろうよ」

と、優しい顔で提督は応じたのである。

 

「あ、姉さん、もう朝食の締切ギリギリよ?」

帰って来た長門に陸奥はそう言ったが、

「すまん陸奥、食堂には一人で行ってくれ!暗号が解けそうなんだ!」

と言って長門は机に向かってしまった。

陸奥は肩をすくめつつ出て行った。

長門は昨夜書いたメモ帳を取り出した。

「・・やはり、そうだったか」

 

長門が解読の為に用いた五十音表は

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 やゆよ

 らりるれろ

 わをん

 

と、書いていた。

だが、提督室に掲げられた五十音表は

 

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 や ゆ よ

 らりるれろ

 わ を ん

 

だったのである。

長門は大きく頷いた。

「これで、「り」と「し」の関係もルールに収まったな」

その時、陸奥の声がした。

「姉さん、朝食持って来たわよ」

「うん?持って来た?」

振り向いた長門は驚いた。

食堂で食べる御膳を2つ、陸奥が片腕で持っていたのだ。

「あ、危ない危ない!」

「バランス取ってるんだから触らないで・・はい」

そういって陸奥は長門に1人分が載った膳を渡す。

長門はベッドの上に膳を乗せた。

「あら、机で食べないの?」

「メモが汚れたら、折角解いた暗号が無駄になるからな」

「え!解けちゃったの?」

「ああ。文章になっているから間違いないだろう」

「教えて教えて!」

「間宮に迷惑をかけぬよう、先に食べてしまおう」

「解った!じゃあとっとと食べちゃいましょう!頂きます!」

「陸奥」

「なに?」

「・・ありがとう」

長門と陸奥は一瞬目を合わせると、どちらともなくクスッと笑った。

「何言ってんのよ。お互い様でしょ」

 

「それでそれで!?」

大急ぎで食事を済ませ、片付けてきた陸奥は長門を急かした。

「うむ、まず、暗号文はこれだ」

 

 

 たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

=

 はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

  ゛       ゛

 

 

「そうね」

「読み方だが、まずこれを用意する」

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 や ゆ よ

 らりるれろ

 わ を ん

 

「・・五十音表ね」

「そうだ。これに上の行と下の行の文字に挟まれた真ん中にある文字が、答えだ」

「てことは、1つ目は」

「上が「た」、下が「は」だから、「な」だな」

「次が「お」と「き」?」

「行末は次の行に繋がると考える。そして下の文字はやはり濁点だった。」

「とすると正解は・・「が」?」

「そうだ。次は「そ」と「の」の間だから、「と」だ」

「な・が・と・・・長門!」

「うむ。そう言う事だ」

だが、更に続きを読もうとする陸奥の前から、長門はすいっとノートを外してしまった。

「あっ!続き読ませてよ!」

だが長門は真っ赤になって首を振った。

「いっ、いいいいや、こっ、これ以上は、ならぬ」

「いーじゃない!ここまで読んだら徹底的に気になるわよ!」

長門は真っ赤になったまましばらく考えた後、

「だっ、誰にも・・言うなよ」

「言わないわよ」

「じゃ、じゃあ、自分で解くが良い」

陸奥は長門からノートを受け取ると、しばらくして同じように顔を真っ赤にして

「あ、あら、あらあら」

と、口に手を当てながら呟いた。

長門はおやっと思った。

「よく、「り」と「し」の関係が解ったな」

陸奥は首を傾げたが、

「・・ああ、2文字ずつ開いてるって事?でもちょうど真ん中ってルールでしょ」

「そうだが、私は引っかかった。陸奥の方が解読に向いてるかもしれないな」

陸奥はニヤリと笑った。

「それにしても、ちょっと安心しちゃった」

長門は首を傾げた。

「何で安心するんだ?」

「だって姉さん、提督と会ってもデレデレしたりしないじゃない」

「ああ」

「だから周りがいう程仲良しカップルじゃないのかなーって」

「そっ、その・・て、提督は・・だ、だだ」

「?」

「大好き・・だ」

陸奥はバタバタと手を動かした。

「ひゅーひゅー、そんな事初めて聞いたわー!あぁ熱い!あっついわー!」

「からかうな馬鹿者!」

「いやー、これで超安心!仮じゃない結婚まっしぐらね!」

長門は首を傾げた。

「仮じゃない結婚って・・出来るのか?」

陸奥がケロッと言った。

「人間になれば良いんじゃない?」

そうか、と長門は思った。

いずれ提督も鎮守府を去る。その時に人間に戻ってついて行けば良い。

元より提督の居ない鎮守府に興味はない。

「じゃ、陸奥さん安心して仕事行ってきます!今なら新作2つは行けそう!」

「い、いって・・こい」

長門は陸奥を送り出してしばらくぼうっとしていたが、やがてパンパンと手で頬を叩き

「よし!今日は遠征をこなしてくるか!」

すくっと立ち上がると、ノートを机に仕舞って部屋を後にした。

 

遠征から帰って来た長門は高速修復剤のバケツを工廠の妖精に預けると、小浜に向かった。

浜辺が見えた途端、長門は目を見開いた。

 

「んなっ!?なんだ!」

 

夥しい数の深海棲艦がそこに居た。

だが、なんだか様子が変である。

最後の方にいるイ級がぴょんぴょんと飛び跳ね、中を覗きこもうとしていた。

「うん?肩を貸してやろう」

長門が屈んで背を向けると、嬉しそうにひょいと乗るイ級。

つられて長門も中を覗きこんだ。

 

 



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長門の場合(19)

長門達の視線の先には、摩耶とル級が立っていた。

 

「まだ!店が出来るまで!時間かかるぜっ!」

「何度モ言ッテルガ、出来タラ本当ニ呼ブ!呼ブカラ!」

 

浜でこちらを向きつつ、しきりにメガホンで叫んでいる。

奥では建造妖精達ががヘルメットを被って基礎工事を進めていた。

「ど、どういう事なんだ?」

長門の呟きに、ふいっと振り返ったタ級が言った。

「長門、ココデ料理屋ト甘味処ガ出来ルノハ本当?」

「あぁ、間違いないぞ。今までのカレー小屋の代わりだ」

「マ、毎日トイウノモ本当カ?」

「あぁ、毎日だ」

タ級をグイと押しのけてチ級が尋ねてきた。

「ヤ、ヤッパリココカラ25km圏内デ争イガ起キタラ・・」

長門は頷いた。

「今まで通り、1週間営業停止だな」

近辺に居た深海棲艦達が「ヤッパリソウカ」とどよめいた。

しかし、数が余りにも多過ぎるので、

「エッ、ナニナニ?」

と聞いてくる深海棲艦と、その答えを聞いた後の

「ヤッ!ヤッパリ!」

という反応とが重なりあい、大きなざわめきとなった。

最初のタ級が再び長門に尋ねた。

「ア、アノ、イツ開店予定デスカ?」

「昨日の時点では来週と聞いてたんだが・・待ってくれ」

長門はインカムをつまんだ。

深海棲艦達もしんと静まり返った。

「摩耶」

「あ、長門さん!演習から帰って来たのか?ちょっと来て欲しいんだ!」

「目の前に居るぞ」

「え!?」

「ほら、ここだ」

長門がぶんぶんと手を振ると

「あ、手が見えた!」

「聞かれたので確認したいのだが」

「なんだ?」

「開店予定は来週金曜で良いのか?」

「群衆を見て工廠長が頑張ってるから1日位早まるかもしれないけど・・」

「解った。予定通り来週金曜の昼から、だな?」

「あぁ、今はそう伝えておいてくれ。変わったらル級に伝えるから」

インカムを離しながら長門は答えた。

「今は予定通り来週金曜、昼食時から開く」

静かに話を聞いていた浮砲台が長門に尋ねた。

「ツマリ、次ノカレー曜日カラ変ワルンダナ?」

「そうだ」

浮砲台は頷くと、くるりと背を向けた。

「解ッタ。デハ皆、今ココニ居テモ邪魔ナダケダ。迷惑ニナラナイヨウ引キ上ゲヨウ」

「エー、来週カラカー」

「誰ダヨ、今日カラ先着順デアイスガ貰エルナンテ言ッタ奴ハ」

「長門サーン、マタ来週ー」

 

こうして深海棲艦達は引き上げていき、浜には摩耶とル級、それに妖精達だけが残った。

ル級は疲れたのか浜にへちゃりと座り込んでいた。

 

「サンキュー長門さん、助かったぜ」

「ゴ迷惑ヲオカケシテ、スミマセン」

「いや、別に構わない。何でも今日並べばアイスが貰えるといった噂が流れたらしい」

「なるほどね。だから先を争ってたのか、アイツら」

「一体誰ガ・・私ソンナ事言ッテナイヨー」

「だろうな。私も言ってないしな」

「デモネ、1万体モ居ルトネ、突飛ナ噂ガ出来チャウ事、結構多イノヨー」

「とにかく、収まって良かった」

「長門ガ来テクレタオカゲヨー、アリガトネー」

長門は苦笑した。ル級も日々大変なようだ。

「そうだ、お茶でも飲まないか?」

長門の言葉にル級は喜んだが、摩耶はピクリと固まった。

鎮守府内では長門の不器用さは広く知れ渡っている。

疲れた所に異次元のお茶なんか飲んだらル級が永久の眠りについてしまう!

「あ、アタシ、ジュース買ってくるよ。待ってな!」

長門が答える前に摩耶は走り出していた。

摩耶の後ろ姿を見送りながら、長門は取り出しかけたお茶のペットボトルを艤装に仕舞った。

遠征中に飲もうと思って買っていたのが3本余っているのだが・・・

 

深海棲艦達が大いに期待しているという話は工廠長や摩耶を通じてあっという間に広まった。

その話がだいぶ広まってから耳にした青葉は

「うぬおおお!私が情報戦で後れを取るなんて!小浜周辺も取材範囲に入れねばなりません!」

と、大層悔しがったそうである。

一方で艦娘達は

「頑張ってメニュー考えないとねー」

「アタイは取っておき、江戸風アサリ飯で勝負!」

「おおっ、本当に取っておきだね!でも何と戦うの?」

「私はクリームシチューにフランスパンを添えてみようかしら」

「うちはたこ焼き作るで!」

「おかずにならないよ~」

「何言うてんの!たこ焼きなら10種類は作れるで!」

「それなら焼きそば添えようよ~」

「おっ、タコ焼きそばセット良いね~」

「ラーメンギョーザとか良くね?」

「麻婆豆腐とかニラレバ定食も美味しいよ!」

「サワークリーム入りのボルシチで決まりだね」

などと盛り上がったそうである。

 

そして日曜日。

 

「あ、長門さんがいらっしゃいましたわ!」

食堂で昼食を取っていた長門の背後で声がした。

「うん?どうした?」

振り向くと熊野と鈴谷が立っていた。

そのまま二人は長門の向かいに腰を下ろしつつ答えた。

「ごきげんよう長門さん。少しお話してもよろしいですか?」

「すまないが、冷めてしまうので食べながらで構わないか?」

「もちろんですわ」

鈴谷が話し出した。

「あのね、来週金曜からの調理当番の事なんだけどさ」

「うむ。皆頑張ってるようだな」

「熊野がね、シチューとパンを作りたいって言うんだ」

「ほう。そこまで作れるとは大したものだな」

「ただ、お店のキッチンで作るとなると、どうしても時間が足りないんだよねぇ」

「どれくらい時間が欲しいのだ?」

「少なくとも5時間。出来れば前の日の夜から作りたいんだ」

「ふむ、それを店のキッチンでやるのは確かにしんどいな」

長門が理解を示した事で、鈴谷はぐいっと身を乗り出した。

「でっしょ?それでお願いなんだけど」

「なんだ?」

「お菓子工場の隣に、料理用のキッチンも作ってくれないかなあ」

長門は箸を置いて腕を組んだ。

確かに、シチューに限らずあらかじめ作っておきたい場合はあるだろう。

トロッコの競合が発生するかもしれないが・・うん?

長門は目の端に工廠長を見つけたので手を振った。

「あ!工廠長!」

「おぉ、なんじゃ長門か。熊野、鈴谷と一緒とは珍しい絵だのぅ」

「すまないが教えて欲しい。地下の工場に調理用キッチンを併設出来るだろうか?」

「今からか?なぜじゃ?」

「調理班が時間のかかる料理の仕込みを小浜でやるのはしんどいと言ってな」

工廠長は顎髭を撫でながら難しい顔をした。

「既に地下は菓子工場で目一杯使っておるから、拡張してもトロッコ駅までちと歩くぞい」

それを聞いた熊野と鈴谷はしょぼんとした。

「しまった・・もっと早く相談すれば良かった」

「そうですわね。500人分のシチューとなると、台車を使ってもしんどいですわ」

工廠長は首を傾げた。

「ここの下でないとまずいのかの?」

「いえ、そこにこだわりはございませんけど・・」

「あまり寮から離れてると行くのがしんどいじゃん?」

「いや、全く別の所ではなく、途中に作ればどうじゃ?」

「途中・・ですの?」

「うむ。トロッコのレールはの」

メモ帳に図を書きだす工廠長を、長門達が囲んだ。

 

 



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長門の場合(20)

工廠長は図を描きながら説明していた。

「ここが食堂、ここが工廠で、ここを浜とするとな」

「はい」

「この辺・・集会場の地下から下りの傾斜が始まるが、そこまでは水平なんじゃよ」

「なるほど」

「じゃから食堂と集会場の間位にもう1つ駅を作り、そこに調理場を作るのはどうじゃ?」

「全然問題ありませんわ!」

「さっすが工廠長!」

「まぁ、技術的にはそういう回答になる。ところで長門、この話は・・」

長門は首を振った。

「提督には承認を得ていない」

工廠長は肩をすくめた。

「なら、承認を得られたらおいで。試験もせんといかんから直前になって来るなよ?」

「引きとめて悪かった。礼を言う」

「やれやれ、商売繁盛じゃわい」

工廠長が去った後、長門は二人の方を向かずに淡々と食事を続けていた。

見なくても、期待のこもった眼差しでこっちを見ているのは解っている。

「北欧風のオシャレなホーローをふんだんに使ったキッチンとか、素敵ですわー」

「ピザ釜とか大型オーブンとかあっても良いよね!」

「歓談する為のソファとかが置かれたラウンジがあってもよろしくてよ!」

「映画とか見られるシアターとかあっても良いよねー」

二人は際限なく夢を膨らませているが、少々脱線してないか?

将来を考えればキッチンを作っておくのは悪くない気もするが、どこを落とし処にするか・・

その時。

「・・予算も考えてもらいたいな~」

いきなり後ろから耳元で囁かれた長門は箸を取り落しそうになった。

一切気配が無かったぞ。お前は暗殺者か。

溜息を吐き、箸を持ち直しながら答えた。

「龍田か。脅かすな」

「あら~、ごめんなさいね~」

「で・・ええと、予算と言ったか?」

「そうよ~、地下敷地の掘削、電気ガス水道の敷設、業務用キッチンだってタダじゃないわ~」

にこりと笑ったまま龍田が鈴谷達を見ると、

「ひぃぃいいぃぃいぃい!」

鈴谷は真っ青になって叫んだが、鈴谷に抱き付かれた熊野は恐怖のあまり声が出ない。

「本当の事でしょ・・傷つくな~」

長門がお茶を一口啜ると、ふぅと溜息を吐いた。

「そうだな、龍田ならどこに落とす?」

龍田は数秒考えた後、

「うーん、北欧風とかシアターラウンジは論外としてー」

がくっと肩を落とす二人。

龍田が首を振ったら提督でも覆すのは無理だ。

「食料庫とセットで、大型の調理場があっても良いかもねー」

そう言いつつ、龍田はすっと目を細めながら、刀を後方にひゅっと回すと、

「でも、それを夜中に勝手に使ってはダメよ・・赤城さん」

「ぴぃっ!」

長門はチラリと刀先の方を向いて苦笑した。

龍田から見て、赤城は背後の植え込みの陰に隠れてる位置関係である。

だが、龍田の刀先はピッタリと赤城の喉元に向けられている。

「盗み食いしないと・・お約束、出来ますか~?」

「はっ・・ははははい、や、約束、いたします」

「じゃあ加賀さんに罰則付きの監視、頼んでおくわね~」

「ええっ!?」

「・・何かご不満でも~?」

「一切ありません龍田様!」

長門はさらさらとお茶漬けを啜りつつ思った。

この鎮守府のボスは誰が何と言おうと龍田だな、と。

長門はコトリと茶碗を膳に戻し、立ち上がりながら龍田に言った。

「調理室は施錠可能な入口ドアとするか」

「監視カメラも要りますね~」

「鍵の管理は秘書艦・・いや、ダメだな」

「ええ。盗人に鍵を管理させるなんて冗談にもならないわ~」

赤城がジト目になった。

「明らかに私の事差してますよね。そこまで信用してないんですか?」

そこで初めて龍田がゆっくり赤城の方を向いた。

「信用出来る実績がおありだとでも~?」

「ひぃぃいぃいいぃぃ!!!すいませんごめんなさい申し訳ありません!」

数秒間見ただけで赤城を完全降伏させた後、

「では、提督への御進言、お願いして良いですか?長門さん」

と、何事も無かったように龍田は言い、長門も膳を返しながら頷いたのである。

鈴谷達、それに遠巻きに見ていた艦娘達は思った。

龍田さんの迫力に太刀打ち出来るのは、やはり長門さんしかいない、と。

調理室の鍵は誰が預かる事になるのだろう?

青葉はメモを取っていた。

「大型調理場開設か?食材の詰まった調理場の鍵管理は誰の手に!」

 

「そうか。定期船が山のように食材持って来るからね」

「食堂の冷蔵庫は、艦娘用だけで手一杯だからな・・」

長門は提督に提案する際、まずは深海棲艦向け食糧の保管場所が無い事を問題提起した。

それは確かに誰も気づいて居なかった事であり、至急対応が必要だからだ。

さらに、冷蔵庫は高潮に備えて浜より高い所に置いておくべきと進言。

そこで工廠長の話を引用し、途中駅が作れる事、そこまで作るなら調理場も、という流れである。

「ふーむ、良さそうだけど、予算面で事務方が何と言うかなあ?」

長門は頷いた。

「龍田に確認したが、セキュリティを確保した上で必要な物は用意しても良いと」

「セキュリティ?」

「赤城対策だ」

「ボーキサイトは入ってないけど・・まぁ居るわな」

「食材が山のように保管されるからな」

「侵入者センサーと監視カメラかなあ」

「その辺が妥当だろうな」

「自動迎撃システムは・・なあ」

「あぁ」

二人は溜息を吐いた。

 

旧鎮守府でも、ここでも、艦娘による食材や資材の盗難はある。

多くは出来心の初犯だが、何犯も重ねているのが赤城である。

捕まえて叱るとしばらく止めるのだが、出撃がなく、食欲に負けると手を出し始める。

犯行の都度、赤城といたちごっこになる。

段々巧妙になる赤城に苦り切った提督と長門は1度、防犯システムを最上に任せた。

「自動迎撃だね、解ったよ!」

と微笑む最上に、ニュアンスの微妙な違いを二人は感じたが、とりあえず頷いた。

その夜。

食堂の手前で赤城は工廠長の暗視カメラから配線をそっと抜いた。

これで安心。さぁ夜食パーティーですよ!

だが、食堂の中で、1塊の集団が赤城を待ち構えていた。

「?」

最上謹製の自動迎撃システム。

ガトリング砲を積んだ超小型ホバークラフト数十隻をAIが集中制御する仕組みである。

凝視する赤城、モーター音と共に浮上するホバークラフト。

食堂は一瞬にして戦場と化した。

辛うじて直撃を避けた赤城だったが、夜間ゆえに自慢の艦載機部隊が使えない。

弓を構えるどころか非常警報を発する余裕さえない。

赤城は訳も解らないままホバークラフトの集団から一晩中逃げ回り、大破まで追い込まれた。

翌朝。

「ほ、本気で轟沈するかと思いました・・慢心ダメ、食堂怖い」

赤城が入渠しながら震えている、実弾はさすがに可哀想ですと同室の加賀が訴えてきた。

間宮からも食堂が穴だらけで滅茶苦茶ですと苦情を受けてしまう。

提督と長門は溜息と共に最上に迎撃システムの撤去を命じたのである。

弱過ぎればいたちごっこ、強過ぎれば轟沈者や巻き添えを出しかねない。

ゆえにセキュリティシステムの落とし処について、提督と長門は頭が痛いのである。

 

 



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長門の場合(21)

 

提督は深い溜息をついた。

「だが、いたちごっこはもう勘弁して欲しいよな」

長門が頷く。

「工廠長にはもう散々聞いてるから、これ以上アイデアを求めても辛いだろう」

秘書艦当番の加賀が申し訳なさそうに言った。

「赤城さんの見張りは龍田さんから依頼を受けましたが、完全な担保は難しいですね」

「何か良い策は無いものかね・・気付かれないような配置とか」

長門はポンと手を打った。

「提督、龍田に任せてみたらどうだ?」

「監視システムをか?」

「あぁ」

提督はしばらく考えた後、

「なるほどな、龍田に相談してみるか」

 

「良いわよ~、面白そうね~」

龍田はやけに機嫌が良くなったが、提督は念を押した。

「言っておくが龍田、轟沈や巻き添えは無しで頼むぞ」

「轟沈はさせないわよ~」

「・・巻き添えありか?」

「共犯者は一網打尽よ~」

「あぁ、それは構わない。全く関係ない第3者は巻き添え無しで頼みたいんだが」

「解ってるわよ~、じゃあ実際作るのは工廠長で良いわね?」

「良いよ」

「じゃあ設計したら工廠長に依頼するわね~」

軽やかな足取りで出て行く龍田を見送ると、提督は不安げな眼差しで長門を見た。

「頼んでおいてなんだけど、大丈夫かな」

「龍田は最上ほど無茶ではないからな」

「そう願うよ。で、肝心の鍵は誰が管理するんだい?」

「事務方だ。文月から連絡があった」

「彼女達なら厳格だし、正しいね」

「使用許可も設備使用許可申請に含めるそうだ」

「既にある手順で納めるなら皆も解りやすいね」

「さて、では調理室の件、工廠長に正式に依頼してくる」

「鳳翔に声を掛けて、調理場の監修を頼みなさい」

「そうだな。間宮は工場の設計で忙しいだろうからな。行ってくる」

部屋を出て行こうとする長門を提督が呼び止めた。

「長門」

「なんだ?」

「・・勤務が続いてる。頼んだのは私だが、ちゃんと休んでくれよ」

長門はくすっと笑うと

「解っている。案ずるな」

そう言って出て行った。

頬杖をつく提督に、加賀が話しかけた。

「長門さんは、頼られると生き生きしてますね」

「うーん、時に自分の疲れを無視し過ぎるきらいがあるからなあ」

「提督は皆の事を良く見てると思います」

「そうかな?」

「本人でも気付かないような、ちょっとした疲れにも気を配ってますよ」

提督は少し俯いた。

「仲間になるのはとても長い時間がかかるけど、失うのは・・一瞬だからね」

加賀はそっと、提督の肩に手を置いた。

「大丈夫です。皆で支えあってますから」

提督は加賀を見て微笑んだ。

「そう言う言葉が自然に出てくるのなら、大丈夫だな」

加賀は笑って頷いた。

提督はふと、カレンダーを見て言った。

「そうだ、加賀さん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「なんでしょうか」

「来週の火曜日か水曜日、余裕があるかな?」

「ええと・・どちらも大丈夫ですが、どうしてですか?」

「長門の息抜きに外出しようと思うんだが、比叡が困っていたら相談に乗ってほしいんだよ」

「なるほど。長門さんは火曜水曜と続けてオフでしたね、今週は」

加賀の表情が少し曇ったが、提督は気付かなかった。

「ほら、この間加賀と行った様に、日帰りでちょっと映画でもと思ってね」

加賀の表情が明るくなる。

「あ、日帰りですか?」

「そうだよ。日帰りというか、長くても夜には戻るよ」

加賀はほっと息を吐いた。

「そうですかそうですか。はい、解りました」

「それじゃ、悪いけど火曜日で頼むよ・・って、なんで嬉しそうなの?」

「なんでもありません」

 

こうして、トロッコは

「工場前」-「調理場前」-「工廠前」

という路線と、

「工廠前」-「小浜前」

という2路線が出来た。

路線が別れたのはトンネルと地下通路に分かれたという事もあるが、

「万一、深海棲艦達が暴徒化した場合に封鎖できるように、の」

という工廠長の判断であり、提督も了承した。

 

調理場の件はソロル新報の記事と、提督からの告知によって艦娘達に伝えられた。

「お店は売るだけって事だね」

「売るって言うか、配るって言うか」

「まぁその辺は良いじゃん!」

「この位置だったら、いざとなれば間宮さんに聞きに行けるね!」

と、評判も良かった。

一方で

「調理場のセキュリティって龍田さん仕込みなんだってね・・」

「警備中に立ち入ったら切り落とされるって聞いたよ?」

「こ、こわ~」

「さすがに赤城さんも挑まないよね~」

こちらの方は噂で拡散し、色々な尾ひれがついているようだが、これは龍田の策である。

 

そして、月曜日の午後。

 

「へぇ、綺麗で明るいねえ」

提督は完成し、研究班と潮が練習している最中の菓子工場を訪ねていた。

地下とはいえ、地上に換気を兼ねた採光窓を開けており、外のように明るい。

タイルの床にステンレスで統一されたキッチンは使いやすく、洗い易さにも配慮されていた。

「潮」

「あっ!提督!」

「すまん、練習の邪魔をしてしまったかな?」

「いえ、大丈夫です」

「まだ慣れてないとは思うけど、使い勝手はどうかな?」

「今までより作業出来る場所が多く取ってあるので、とっても使いやすいです!」

「そうか」

「高雄さん達の作業エリアと近いので、様子を見るのも楽なんですよ~」

潮の案内を聞きながら、提督は頷いた。

この構成なら高雄達が何か困っても、すぐ傍に潮が居るので聞きやすい。

「高雄、頑張っているようだね」

「すっ、すみません気付かなくて」

「いやいや、熱心にやってるなあと思って見てたよ」

「機械に早く慣れませんと、数が作れないですからね」

「多く作れるのは最終的な目標だけど、無事故が大前提だからね。無理するなよ」

「ありがとうございます!」

「潮も、張り切り過ぎて疲れないようにね」

「解りました!」

「ん。じゃあ皆、頑張ってね」

「はい!」

菓子工場から調理場まではそのまま地下通路で続いている。

提督はふと、調理場の前に人影を見つけた。

誰か解った提督は、そっと足音を消して背後に立つと、

「うぉっほん!」

「きゃぁあぁあああ!!・・・って、提督じゃないですか」

「何やってんのかな赤城さん?」

「な、なななな何もしてませんよ?」

目を泳がせる赤城に提督はジト目になった。

「お使い頼んでから、なかなか帰って来ないなあと思ってたら・・」

何を隠そう、今日の秘書艦当番は赤城なのである。

「すいません。良い香りがしてたのでつられました」

「料理上手な深海棲艦が居ないと良いね」

「なんでですか?」

「戦闘中に料理の匂いでおびき出されて轟沈なんて末代までの恥だよ?」

「そんな事しませんよ!」

「そーかなー?」

「可愛い部下を疑うおつもりですか提督?」

「つぶらな瞳でそんな事言ったって、現にここで道草食ってるじゃん」

「げ」

「まったく。良いから戻りなさい。秘書席に書類積んでおいたから」

「うえー」

「上も下も無いの。ほらほら」

「提督はどうなさるんですか?」

「比叡と少し話をしてからすぐ戻るよ」

「御同行しても良いですか?」

「嫌な予想しか出来ないからダメです」

「ちぇー」

「さぁさぁ、戻りなさい」

「カメラ位置が解らないですね・・ぶつぶつ」

「何か言ったかな赤城さん?」

「な、なーんにも言ってないですよ!じゃあ急ぎますので!」

提督はジト目で赤城を見送りながら溜息を吐いた。

龍田のシステムを相手に挑むなんて恐ろしい度胸だなあ。

提督は赤城が見えなくなったのを確認してから、調理場のドアを開けた。

 

 



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長門の場合(22)

 

提督は頷いた。

「なるほど、赤城が嗅ぎ付けるのも無理はないな」

調理場の中ではソースの焦げる良い香りがふわんと漂っていた。

「あっ!テートク発見デース!」

金剛がぶんぶんと手を振ったので、提督は金剛の方に歩いていった。

「調理練習は上手く行ってるようだね」

「YES!今日はティーチャー黒潮の指導でお好み焼きを作ってるんデース!」

「ソースの匂いが良いね」

「ほら提督、あっちを見てくだサーイ!」

金剛が指差す先で、黒潮が傍で見守る中、比叡が鉄板を挟んでこちらを向いている。

正確には、鉄板の上で焼ける複数のお好み焼きをそれぞれ監視している。

提督はそっと金剛に尋ねた。

「ひ・・比叡さん、上手く作れるのかな?」

金剛はきょとんとした顔で答えた。

「比叡が作るの苦手なのはカレーとグラタンだけですヨー?」

「ええっ!そうなの!?」

「フィッシュ&チップスとか、チャーハンとか、美味しいデース!」

傍に寄って来た榛名も頷いた。

「比叡姉様は、特に小麦粉を焦がさずルゥにするのがどうしても苦手なんだそうです」

「だからお好み焼きとかはノープロブレムデース!」

「じゃあお手並み拝見しようかね」

じゅうじゅうと焼けるお好み焼き6枚。

カッと目を見開いた比叡は両手に大きなヘラを持つと、

「気合い!入れて!行きます!」

と言った後、ひょいひょいひょいと綺麗に6つともひっくり返した。

これには傍で見ていた黒潮も

「比叡さん上手いわぁ、隅っこの方も器用にやったなぁ」

と手放しで褒めていた。

「やるねぇ、比叡さん」

提督が感心していると、金剛が肩をすくめた。

「本当は私が頑張らないとNOなんだけど、上手く行かないんデース」

「どうなっちゃうの?」

「お好み焼きが逃げるんデース」

補足を求める視線を榛名に投げると、榛名は

「タイミングが早かったのか、持ち上げたら真ん中で崩れちゃって・・」

提督は金剛に何事かを囁いた。

「えっ?!そ、そうですネー、そうだったかも・・ええっ!?ほんとデスかー?」

榛名はそそっと提督の脇に立った。

「それで行けると思うよ・・うん?どうしたの榛名さん?」

「あ、あのっ、ヘラの持ち方を教えて欲しくて」

「あぁ、大きいヘラは持ち方を変えると良いんだよ。こうやってね・・・」

あぁ、提督と手が触れ合ってます。榛名、感激です・・・

榛名はぽわんとした表情を浮かべていた。

「じゃ、もう1回チャレンジしてきマース!」

鼻息荒く金剛が向かうのと入れ替わるように、比叡がこちらに歩いて来た。

「黒潮さんに合格と言ってもらえましたぁ・・あれっ!提督!?」

「ひっくり返すの上手かったねえ。見てたよ~」

「見ててくれたの?なら、頑張った甲斐がありました!」

「黒潮のお墨付きなら間違いないね」

「あ、提督、御一つ如何ですか?」

「折角だから頂こうかな」

紙皿に乗ったお好み焼きを受け取ると、提督は箸を入れた。

ふんわり箸が通る柔らかさで、表面の焦げも無く絶妙なきつね色だ。

ソースとマヨネーズが格子状にかけられている上に、青のりとかつぶし。

オーソドックスな関西風お好み焼きである。

「具材は何入れたの?」

「基本材料以外は豚肉だけです。豚玉ですね」

切り分けた一片を口に入れた提督は、ほうと言いながら食べ進めた。

「うん、火もちゃんと通ってるけどふんわりしてて美味しい。肉は下味付きかな?」

「あ、はい。塩コショウしてあります」

「チーズとか餅入れると美味しいんだよね」

「なるほど、今後チーズ入れてみよう」

「焦げやすいから小さなサイコロ状に切って、タネを置いてから埋め込むと良いよ」

「そうですね。次やってみます・・とはいえ調理当番外れてますけど」

「秘書艦だからね・・でもオフの時に金剛達の当番が重なったら手伝えば良いじゃない」

「良いんですか?」

「苦手なメニューを無理して作る事は無いけど、美味しく作れるなら良いじゃない」

「やったあ!」

比叡が嬉しそうに笑ったその時。

「YES!YES!テートクー!ヤッタヨー!」

皆が振り返ると、金剛が綺麗に焼けたお好み焼きの入った皿を手に満面の笑みを浮かべていた。

「テートクの言う通り、勢いをつけて刺しこんだら上手く行ったデース!」

「良かったじゃないか」

「皆で味見してもらっても良いですカー?」

「よしよし、一切れ頂こう」

「お姉様の作ったお好み焼き、嬉しいです!」

提督は比叡が作ったお好み焼きの残りを見て言った。

「この4つはどうするの?」

「ええっと、今、霧島も作ってるので、お姉様達と食べる分として2枚あれば良いんですが・・」

「じゃあ2枚余るんだね?ちょっと包んでくれないかな。持って帰りたいんだ」

「えっ?そんなに気に入ってもらえたんですか?ありがとうございます!どうぞ!」

「ん。ありがとう。あ、そうだ比叡」

「なんですか?」

「明日明後日と秘書艦当番でしょ」

「はい」

「明日、私は長門と外出するから、食事は皆と食べなさい」

「出発とお戻りはいつ頃ですか?」

「ええとね、定期船で大本営に行って帰ってくるつもり」

「なるほど。じゃあ日暮れ前には御帰りですね」

「そう言う事だ。明後日は通常通り。いいかな?」

「解りました!」

榛名が苦笑した。

「無人の提督室に朝ご飯を持って行ってはいけませんよ、比叡姉様?」

「だっ、大丈夫・・です」

「一瞬の沈黙が怖いなぁ・・榛名、頼むよ」

「はい、お任せください」

「じゃあ冷めないうちに失礼するよ」

「テートク!またネー!」

こうして提督は2枚のお好み焼きを持って帰り、

「お、ちゃんと書類仕事済ませたね、感心感心」

と言いながら、赤城にその2枚を手渡したのである。

もちろん赤城は

「おやつ、ありがとうございます!」

といってあっという間に平らげたのは言うまでもないが、その作者が比叡だと聞いて

「料理全般ダメなわけじゃないんですね~」

「やっぱりそう言う感想だよね?」

「ええ。てっきり全滅だと思ってました」

「私もさっき1枚食べたんだけど、美味しかったから意外に思ったよ」

「本当に、普通に美味しく頂けましたね」

このやり取りを聞いた衣笠と青葉は絶句した後、顔を見合わせると、

 

「祝!比叡さんお好み焼きに成功!」

 

という号外がすぐに出された。

号外を受け取った艦娘達は

「ええっ!比叡さんが!?」

「まぁこの鎮守府なら何でもあり得るよね~」

「爆弾低気圧でも来ないと良いのですが」

口々にそう言い、当の比叡は、

「やっぱりそういう風に見られてたんですね・・調理役が回ってこない筈です」

と、苦笑していたそうである。

 

 



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長門の場合(23)

 

火曜日の朝を迎えた。

今日は長門がようやく迎えるオフの日であり、提督が長門を外出に誘っていた。

 

「じゃあ行こうか」

「う、うむ。あ、あの、提督」

「何?」

「へ、変じゃないか?この恰好」

「良く似合ってると思うよ」

戦艦寮まで迎えに来た提督の前に、笑顔の陸奥に押し出された長門。

いつもの凛々しい姿とは裏腹とも言える格好だったので、提督はびっくりしたのである。

白くつばの広い帽子に、膝下まである半袖の真っ白なワンピース。

ローヒールもハンドバッグも白い。

白一色の中で唯一、胸元でキラリと光るのは陸奥が作ったサファイアのブローチである。

「コーディネートは陸奥かい?」

「そ、そうだ。ほ、本当に似合ってるか?変だったら変だと言ってくれ」

「似合ってるよ?」

「本当に本当に本当か?」

「着慣れないんだろうけど、長門のスラッとしたスタイルに良く似合ってるよ」

「・・・」

真っ赤になって俯く長門に、提督は手を差し伸べた。

「ほら、行こうよ」

長門は黙って手を差し出した。

「サンドイッチを作ってもらったから、船の中で朝ご飯にしよう」

そう。

今日は長門も提督も、定期船に乗るお客さんである。

市街地を歩く際、長門の艤装は大きいので邪魔であり、今日は全て置いていく事にした。

ゆえに、定期船に乗って大本営に行き、その近辺の市街地で遊ぶ予定なのである。

 

「よろしくお願いします」

「行ってらっしゃいませ」

定期船で大本営の港に着いた二人は、正門でライセンスカードを出しながら外に出た。

ここからは完全に普通の町である。

キョロキョロとする長門と並んで歩きながら、提督は思った。

そうか。そういえば二人でゆっくり外出って、これが初めてだったね。

今までは私が脱走して追いかけさせる形だったから、殺伐としていたなあ。

「良い天気で良かったな、長門」

「そうだな、向こうとはまた、違った空だ」

街中では誰が話を聞いているか解らない。

だから鎮守府の名前とかは極力伏せておくようにと、大本営から通達が出ている。

街中を通って大本営に勤務する者は大変だろうなと思うのだが。

「今日は映画に行こうかと思うんだけど、他が良ければ合わせるよ?」

「いや、映画で良いぞ」

「じゃあ映画を見て、ご飯を食べて帰りますか」

「・・・」

長門が黙って提督の手をそっと握った。

「うん?」

「い、いや、で、でで、デートなら、手をつなぐものなのだろう?」

提督はにこっと笑った。多分陸奥から吹き込まれたのだろう。

「そうだよ。じゃあ行こう。映画館はこっちだ」

 

「うっ・・ぐすっ・・・うううぅぅう」

「ほらほら、ハンカチ貸してあげるから涙拭きなさいって」

「す、すまない提督・・・うぅぅうぅうう」

ここは映画館に程近い喫茶店。

提督と長門が選んだ映画は戦争の時代を舞台にしたベッタベタのラブロマンス物。

さらに、ヒロインが越境直前、流れ弾に当たって息を引き取ってしまったのである。

エンドロールが終わっても長門は号泣しており、提督は長門の背中をさすっていたのだが、

「あ、あの、入れ替え制ですので・・すみませんが・・」

係員がそっと伝えて来たので、提督は場所を移したのである。

「ウィンナコーヒー2つ、お持ちしました」

「色々ありがとうね」

「いえ、大丈夫です」

提督がウェイトレスに頭を下げたのは、入店時に

「すまないが、あまり目立たない場所を用意してくれるかな」

と頼み、店の奥の方の、表通りから見えない席を案内してもらったのである。

「あ、あんまりだ・・あれではフローレンスが可哀想ではないか・・」

「そうだねえ。あとほんの僅かだったね」

「あの時、あのタンポポに気を取られなければ・・うぇぇぇえええん」

「よしよし、また思い出しちゃったんだね」

こうして2時間ほど、提督はぽんぽんと長門の頭を撫で続けていたのである。

 

泣いたらお腹がすく。これは古今共通の摂理である。

 

ようやく泣き止んだ長門と冷めたコーヒーを飲み、喫茶店を出た後、目に留まったのが

「ちゃんこ鍋」

の看板であった。

「そういえば、向こうでは出ないメニューだな」

「結構おいしいよ。食べてみるかい?」

「うむ。興味があるし・・お腹が空いた」

「あはははっ。よしよし、ここで御昼にしよう」

座敷に通された提督と長門は、ひょいひょひょいと平らげてしまった。

こういう外出ではあまり食べないようにする長門であるが、

「あ、あの、提督」

「・・うん、もうちょっとというか、もう1杯行けるね」

「うむ」

ということで、2種類目の鍋を追加注文。

「はっ、ハーフサイズもございますが・・・」

と、店員は言ったが、提督は手を振って

「すまん。私が良く食べるんでね。普通サイズで良いよ」

そう返した。

店員が2つ目の鍋を持って来たあと、長門はそっと言った。

「て、提督、ありがとう」

「なにが?」

「ほんとは私がほとんど食べてしまうのに・・」

「見栄を張りたいお年頃、でしょ?」

「・・そう言う事だ」

「気にしなさんな。ほら、そろそろつみれが煮えて来たよ」

「おおっ!」

「んじゃ、再び」

「いただきます!」

 

ちゃんこ屋を後にした提督と長門は、再び並んで歩きだした。

日は少しずつ西の方に傾き始めていた。

「いやー、良く食べたねえ」

「うむ。だが、あの出汁は素晴らしいな」

「しっかり味があるのにあっさりしててしつこくないね」

「鳳翔なら食べた味を再現出来るのかもしれないが・・」

「うちらは無理だよね」

「そうだな。提督、少し腹ごなしをしないか?」

「良いよ、どの辺りを歩きたい?」

「海辺の辺りを・・良いか?」

「良いとも」

 

海に隣接した公園を並んで歩く、提督と長門。

ベンチが幾つか並んでいたので、その1つに腰かけた。

「向こうとは、空気が違うな」

「そうだな。向こうは湿度は一緒位だが、もう少し暑いな」

「こっちは秋だからなあ」

「秋、か」

「私は好きな季節だよ」

「ふうん。そうか」

提督は海の方を見ながら言った。

「長門」

「なんだ?」

「今日は誘いに応じてくれて、ありがとうな」

「うん?今日は元々私の骨休めではないか」

「そうだけどさ。これでも結構勇気を出して誘ったんだよ?」

「なぜだ?」

「初めて、脱走じゃない二人きりの外出だからね」

「・・・」

「最後の脱走の時、長門は誘ったら来てくれると言ったけどさ」

「あぁ」

「いざ誘われたら嫌だなあとか思ったらどうしようってね」

「・・ふふっ」

「なっ、なんだよ。笑うなよ」

「おかしな事を言うと思ってな」

「なんで?」

「私達は既に仮とは言え結婚したのだぞ?」

「うん」

「私は・・・」

長門は言いかけて、続きを考えて顔が真っ赤になった。

「な、長門?」

「わ、わた、私は、その・・」

つられて提督も真っ赤になっていく。

「あ、ああ」

「その・・提督の事を・・丸ごと受け入れると決めたし、その・・」

「うん」

「・・・だ、大好き・・・・だ」

二人の間、ベンチの上で繋がれた、提督と長門の手。

提督も、長門も、なんとなくその手を見つめていた。

その時。

 

 



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長門の場合(24)

提督と長門の背後からいきなり声がかぶさってきた。

「かぁーーーーっ!初々しいわねー!うぶねー!」

「見てるこっちが痒くなるな!」

提督と長門がガバッと振り返ると、それぞれ一眼レフを構えた中将と五十鈴が居た。

そうしている間もバッシャバッシャとシャッターを切っている。

「ちょ!な!何してるんですか!」

「撮るな!フラッシュを焚くな!」

ふんと息を吐いた中将、ニヤリと笑う五十鈴。

「これでどれだけ恥ずかしかったか解っただろ?」

「あたし達を冷やかしたお返しよ」

提督は溜息を吐くと、ぽつりと呟いた。

「私と一緒に戻ってきてくれ・・二度と離さん」

長門が首を傾げながら尋ねた。

「なんだ?さっきの映画にそんなくさい台詞があったか?」

提督は必死に笑いを噛み殺し、中将と五十鈴が真っ赤になった。

「うっ!うううううるさいぞ提督!まだ覚えてたか!」

「だっ、ダダダダーリンのプロポーズの言葉を馬鹿にするのは許さないわよ!?」

五十鈴の言葉に事態を理解した長門は

「お、おおお・・中将殿・・そんなセリフを・・・よくぞ・・・」

「ええいうるさい!五十鈴は私のハニーだ!文句は認めん!」

提督と長門は穏やかな笑顔で、

「いいえ、羨ましいです」

と言ったが、提督がぽつりと

「・・ハニー」

そう繰り返したのが、長門のツボにはまった。

「プッ・・ふふっ・・て、提督・・・笑わせるな」

「やかましいやかましいやかましい!ダーリンとハニーで何か間違っておるか!」

「い、いえ、何も間違ってないですよ」

だが、五十鈴はふっと真面目な顔になると、

「貴方達、変な覚悟決めてないでしょうね?」

と言った。

首を傾げる3人に、五十鈴は続けた。

「これから、1万体の深海棲艦を相手に、100人で戦うんでしょう?」

「・・・」

「どう考えても無茶としか言いようが無い中で、直前にデートなんて・・」

ハッとした顔で中将が続けた。

「確かに本土防衛は厳しいが、それでも何とかする。自殺行為はするんじゃないぞ?」

「姫の島事案でも止めたけど、貴方達を失うのは本当に痛いのよ?」

提督と長門は顔を見合わせた。

一部、龍田達の苦労を無駄にするかもしれないが・・・

「長門、言っておこうよ」

「そうだな。この二人にだけは」

「お、おい。まさか本当に自決作戦を・・」

「違うのです中将殿。ちょうど人影も無いですし、ご内密に願いたい事が」

「う、うむ」

 

「・・・提督」

「はい」

「まず、結論としては、龍田君達の論法で押し通そうと思う」

「と、仰いますと?」

「確かに実情と異なる点はある。あるのだが、相違点を正しく言う方が大問題だ」

「でしょうね」

「ね、ねえ長門」

「なんだ?」

「その、本当にル級は自発的に規則を定めたの?」

「我々は何も言ってないからな」

中将が深い溜息を吐いた。

「カレーが食べたい、だから迷惑をかけないように自分達で秩序を守る、か」

「ええ」

中将は空を見ながら言った。

「・・・深海棲艦は、案外、我々人間と同じような知能を持っているかもしれないな」

長門はそっと提督を見たが、地上組の事を話すつもりはなさそうだったので黙っていた。

「私と五十鈴はその件を承知した。その上で、龍田のストーリーで行く」

「はい」

「群衆はちょっとしたことが引き金になって暴徒化する。くれぐれも気を付けるように」

「はい」

五十鈴がくすっと笑った。

「じゃあホントに、普通のデートだったのね」

「いっ!?」

「そっ、そこに戻るのか五十鈴!?」

「冷やかさないから安心なさい。でもそれならそれで、もっとイチャイチャしたら?」

どういう事だろうとぽかんとする提督と長門を見て、

「五十鈴・・まだこの二人には早いようだよ」

「そうね。見るからに奥手そうだものね」

と言いながら中将達は席を立った。

「では提督、そのうちまた、ソロルを視察に行くよ」

「その時は艦娘達のカレーを御馳走しますよ」

「楽しみにしておる。定期船が出るまでには戻れよ?」

「ええ、解りました。ありがとうございます」

 

二人が立ち去った後、提督は長門に言った。

「始める前に、言えて良かったよ」

「ああ。あの二人には真実を伝えておきたいからな」

「そうだね。後は大和さんか」

「まぁ、大和にはあの二人が伝えてくれるだろう」

「だろうな。じゃあそろそろ冷えて来たし、私達も戻ろうか」

「解った」

そう言って立ち上がった長門を、提督はそっと抱きしめた。

「!?」

「その前に、ちょっとだけイチャイチャしてみます」

「どっ・・どど、どうすれば良いのだ私は」

「そのままで良いよ」

突然の事に驚いた長門だったが、その一言でふっと我に返った。

そして、コツンと提督の肩に頭を預けると、囁いた。

「大丈夫。私は貴方と共にある」

提督が頷き返した時、二人の傍の街灯が点いた。

 

「なぁ、長門」

「なんだ?」

「まだ出航まで1時間はあるよね?」

「あるぞ」

「ちょっとここ、寄っていこう」

「うん?」

提督が指差す先にあったのは「写真館」だった。

 

「奥様との記念撮影ですか。お任せください」

「出来た写真は郵送してもらえるかな?なかなか来られないんだ」

「もちろんです。それでは何枚か撮らせて頂いて、最も良い物を御送りします」

「すまないね」

「では、こちらへ」

 

奥の小部屋には、1人がけの椅子が1つ。

赤いカーペットと白い壁だけなのだが、なかなかに趣のある雰囲気になっている。

「さぁ、長門、座りなさい」

「いっ!?いい、いや、提督を立たせて座る訳にはいかぬ」

「良いから、ここは私の顔を立ててくれ。な?」

しばらく長門は迷っていたが、やがてそっと椅子に腰かけた。

「はーい奥様!御帽子がございますのでもう少しお顔をあげてください」

「う、うむ」

「旦那様、もっと目一杯奥様の隣まで寄ってください!入らないので!」

「こ、こうかな?」

「もっと!もっとピッタリまで!」

「こ、こうかい?」

「お手の位置が宜しくありません。右手を奥様の肩に!」

「ええっ・・こうか?」

「よろしゅうございます。奥様!」

「な、ななななんだ?」

「・・お二人とも、凄く御幸せそうですね」

長門はカチンコチンに緊張していたが、くすっと笑うと答えた。

「ああ。今とても、幸せだ」

 

 パシャッ!パシャッ!パシャッ!

 

「それでは最もよろしい物をお送りいたします」

「これで足りるかな?」

「充分でございます。御釣りを・・」

「良い。その分、しっかりと頼みます」

「・・畏まりました」

写真館を出た後も、長門はずっとによによと笑っていた。

「どうした、長門」

「いや、その」

「?」

「お、奥様と呼ばれるのも、悪くない、な」

「奥さんて呼ぼうか?」

「提督からそう呼ばれるのは微妙だ」

「・・・ハニー?」

「ぶっ!あはははははっ!それは無い!それは無い!」

「そうだよね」

上機嫌で定期船に向かう長門を見て、提督はそっと神に祈った。

願わくば、長門に少しでも多くの幸せをお与えください、と。

 




長門シリーズ開始から、物語の中ではまだ6日しか経ってないのに既に24話な訳で・・・


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長門の場合(25)

 

長門と提督がデートから帰ってきた夜。

定期船の出航が積荷の関係で予定より遅れた為、鎮守府に着いたのは夜遅くだった。

しかし。

自室に戻ってきた長門を待ち構えていたのは目をキラキラ輝かせた陸奥だった。

「提督、服の事何か言った?手つないだ?どこに行ったの?誰かからナンパされた?」

機関銃のように質問を浴びせられた長門は、

「ま、待て。話は風呂の後にしてくれ」

と、部屋着にお風呂セットという格好で部屋を飛び出したのである。

「・・・・」

長門は目を瞑って湯船に浸かった。

何となく予想はついていたが、さて、一体どこからどこまで話したものか。

 

昨日の夕食後、陸奥に提督と骨休めに出かけると言った途端、陸奥は

「あらあら、デートならおめかししないとね!任せて!」

と目を輝かせ、慌てて工房に取って返していった。

そして長門が本を読み終わり、早めに寝ようかと思っていた時に戻ってきた陸奥は、

「お待たせ姉さん!どれが良いか決めて!」

といって、長門のベッドの上に3セットの服装を並べて見せたのである。

長門は硬直した。

左のセットは・・なんというか、布がとても少ないな。ちょっとどころではなく恥ずかしい。

右のセットは布は多いんだが・・きっ、切れこみが深すぎないか?そこまでか!?

どちらにしても街を歩けない。いや、恥ずかしくて部屋を出られない。

長門は真ん中のセットを見た。

帽子、ワンピース、靴もバッグも真っ白に統一されたセット。

とても普通だ。素直に良いと思う。これなら着たい。

だが・・

長門はジト目になった。

左右のセットを組み合わせた陸奥の事だ、何かおかしな細工がされてるんじゃないか?

服を手に取り、目を皿のようにして服を調べる長門に陸奥は眉をひそめて訊ねた。

「何よ?」

「何か・・何かないんだろうな」

「胸元ががばっと開いてるとか?実はスケスケとか?」

「や、やや、やっぱりそうなのか!」

「なってないわよ。生地もレースじゃないから透けないし」

「突然服が短くなるとか、水着に変わるとか、無いな?」

「ないったら。それどんな仕組みよ?」

「・・・本当に、普通の服だな?」

陸奥は肩をすくめた。

「逆効果だったかしら」

「どういう事だ?」

「最初からそれが良いと思ったんだけど、そのまま勧めても着ないかなって思ったの」

「・・」

「だからわざと派手な服を左右に置いてみたんだけど」

長門はふっと息を吐いた。

「気にし過ぎたようだ。すまない」

「姉さん、昔より疑り深くなったわよね。それって提督のせい?」

長門はうっという表情をした後、重い溜息を吐いた。

「否定出来ないな。だが、このセットはなかなか良いぞ」

「うん、似合うと思う。あと、姉さんはあまり付けないけど、こんなアクセサリはどう?」

陸奥がそう言いながら出してきたのは、サファイアのブローチだった。

「・・白の装いに深い青が良く似合うな」

「大き目のブローチだけど、肩口に1点だけなら派手ではないと思うの」

長門はブローチを手に取ってゆっくり眺めた。

「世間がどう見るかは解らないが、私は綺麗だと思う。これは陸奥の作か?」

「そうよ」

「・・そうか」

「じゃあ明日付けて行かない?」

「そうだな。貸してくれるか?」

「ええ。この辺りに着けると良いと思うわ!」

 

長門は目を開け、湯の中でゆっくりと腕を伸ばした。

そう言えば陸奥はブローチを付けると言った時、いつになく嬉しそうな顔をしていたな。

ちゃんと、陸奥のおかげで楽しめたという事は伝えたいな。

長門は周囲を見回したが、広い風呂場は長門一人だけだった。

修理ではない入浴は艦娘達の娯楽の1つゆえ、時間を問わず居るかと思ったのだが。

(修理の入渠は長時間過ぎて飽きてしまうらしい)

もうすぐ日を超えるからか?

ゆっくり入りたい時には良いかもしれないな。

そう思った時、ガラリと扉が開いた。

「ん?鳳翔か?」

「はい。長門さん、珍しい時間にいらっしゃいますね」

「今日は提督と外出して、先程定期船で戻って来たのでな」

鳳翔はくすっと笑うと、体を洗いながら言った。

「逢引きは楽しかったですか?」

長門は苦笑しながら返した。

「鳳翔は鋭いな。この一言だけで解るのか」

「・・そうでも無かったりするのですけどね」

「・・と、いうと?」

鳳翔は少し迷っていたが、

「ええと、提督にはナイショですよ?」

「う、うむ」

「実は半月くらい前、提督からご相談を頂いたんです」

「・・提督から?」

「ええ。長門さんをがっかりさせない為に、どんな風に逢引きしたら良いだろうって」

「んなっ!?」

「どうしました?」

「て、てて、提督・・なんと言う相談をしてるのだ」

「どうしてです?」

「お、男なのだからそれくらい自分で決めれば良いではないか」

鳳翔は髪にタオルを巻きつけて湯船に入ると、長門の隣に落ち着いた。

「私は良い事だと思いますよ」

「なぜだ?」

「男と女は違う生き物です。特に考え方には隔たりがあります」

「・・」

「デートのプランを自分一人で決める人が居ますけど・・」

「うむ」

「それは、自分の好みを押しつけてるって事ですから」

「・・」

「それに、提督はプランは持って来たんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。それで、中身で気になる事があれば言ってくれって」

「ならば私に聞けば良かろうに・・」

「随分悩んだそうですよ」

「何をだ?」

「長門さんに相談して楽しみにして貰うか、当日びっくりしてもらうか」

「・・写真館も鳳翔の提案か?」

鳳翔は首を傾げた。

「いえ、私は映画とお食事だけですよ?」

「そうか」

「あ、喫茶店の位置は調べておくように言いました」

「なぜだ?」

「長門さんが泣いた時に隠れる場所として」

「う」

「・・ふふ、御役に立てたようで、嬉しいです」

「あれは助かった。礼を言う」

「といっても、あの映画にするよう進言したのも私なんですけどね」

「映画を見るのは提督のプランではなかったのか?」

「いえ、提督はスカッとするアクション物を選んでたんです」

「私はそちらでも構わなかったのだが・・」

長門と鳳翔は頷きあうと、一緒に湯船を出て脱衣所に戻った。

「提督もそう仰いましたが、長門さんが泣いてる間、提督はどうしてました?」

長門はバスタオルを体に当てたまま、きょとんとした。

「・・・ええと」

「はい」

「あ!」

「・・今までお気づきになってなかったんですね」

「ずっと、頭を撫でてくれていた・・な・・」

「お気に召すかなと思ったのですけど・・」

「本気で泣いてたからあまり覚えていない・・なんという不覚・・」

「予想以上にツボに嵌まっちゃったんですね」

「だ、だってフローレンスが!」

「あ!待ってください!ストップです!」

「!?」

「・・私は明後日のお休みの時にその映画を見に行く予定なのです」

「そ、そうか。すまない」

「それでいえば」

「なんだ?」

「その時、陸奥さんとご一緒する予定なので、陸奥さんにも言わない方が良いんですけど・・」

長門は服を着ると、軽く櫛を当てながら言った。

「ありがたい。これから顛末を説明する所だったのだ」

シュッと最後の紐を結び終えた鳳翔は、にこっと笑った。

「それならご一緒させて頂いて、よろしいですか?」

「え?」

「プランをチェックした者として、結果が気になっていたんです」

「あ、ああ、あの、えーと」

「明日にでも提督に伺おうかと思ってたんですけど、その方が良ければそうしますよ?」

長門は考えた。

いずれにしろバレるなら、自分が話した方が良い。

それに・・

「良いだろう。その代わり、提督の元々のプランを教えてくれるか?」

「解りました」

 

部屋に帰った二人を見て、陸奥が声を掛けた。

「あら?鳳翔さん?」

「お風呂でご一緒になったんですよ」

長門は肩をすくめた。

「ああ。それで、今日の顛末を聞きたいというので、な」

陸奥は頷いた。

「プランナーとしては出来栄えが気になる訳ね」

「そう言う事です」

長門が眉をひそめた。

「うん?何故陸奥が知っている?」

「服のコーディネートを相談した時に聞いたからよ」

長門は溜息を吐いた。情報がダダ漏れだ。

「どこで誰が聞いてるか解らないのだから、これ以上あまり広げてくれるなよ?」

「とっくに皆知ってるよ?」

「なに?」

陸奥は今朝のソロル新報を長門に手渡した。

「ほら」

「んなっ!?」

1面トップのタイトルには大きな字で

 

 提督と長門さんが極秘デート!

 デートコースも入手!全て見せます!

 近親者が語る長門さんの裏話付き!

 

と、書いてあった。

 



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長門の場合(26)

 

タイトルを見た長門はプルプルと震えだした。

「どうしました?」

「なによ?」

「・・・む、むむ陸奥ぅぅううぅう!キサマああああ!」

ガッチリヘッドロックされた陸奥がギブアップのサインを出しながら、

「そ・・そんな・・大した事・・言ってないわ・・よ・・」

鳳翔がソロル新報のエンタメ欄を開きながら、

「ほ、ほらこれです長門さん、全然大した事無いですよ」

がっちり陸奥の頭をロックしたまま、長門は記事を読んだ。

散々引っ張って期待させてはいるが、実際は、

「映画館に行き、食事を食べる、としか書いてないじゃないか」

「そういう事です」

「裏話って、服を陸奥と相談して決めたって事か?」

「そう・・だって・・ば」

陸奥を解放し、長門は記事を最後まで読んだ。

「陸奥、すまない。だが・・これだけの内容であのタイトルは詐欺じゃないのか?」

ゼイゼイと息を切ったあと、陸奥は

「何言ってるの。ソロル新報のエンタメ欄はいつもそんなもんよ?」

「そうか」

「書かれた本人はタイトル見てドキッとするけど、実際は大した事無いの」

「・・」

「でも、変な事をぽろっと書いてないよねって事で、確認する為に買わざるを得ない」

「なるほど」

「だから私は買ったし、鳳翔さんも・・」

鳳翔が頷いた。

「同じ理由で1部買わせて頂きましたけど、案の定問題はありませんでした」

「そう、か」

陸奥が笑った。

「でも、今日の新報の売れ行きは凄かったそうよ」

「買われたとしてもこの位の事なら大丈夫だな」

陸奥が頷いた。

「そういう事。青葉だけならともかく、衣笠が良く抑えてるからね」

「どういうことだ?」

「この位の記事なら、書かれてもまぁ平気でしょ」

「そうだな」

「でもタイトルはすっごく気になるから、購買部数は伸びる」

「うむ」

「その辺の限度を超えないギリギリの所を、衣笠も青葉も心得てるって事よ」

「・・なるほど」

「だって、それを超えた暴露記事なら、二度と取材受けないでしょ」

「その時は・・ソロル新報を潰す」

「おおう、意外と姉さん怖いわね」

「私がこのタイトルでどれだけ肝をつぶしたと思ってるんだ・・」

「加賀さんが言ってたわ、極めて不本意だが、青葉に鍛えられたって」

「ん?」

「ほら、加賀さんってエンタメ欄の記事に乗る事多いじゃない」

「・・言われればそうかもしれぬな」

「タイトルで驚いて、慌てて買って中身読んでホッとするって事が何度もあったらしいの」

「・・うーむ」

「だから今は、少々の事では取り乱さなくなりましたって」

「そんな訓練に使いたくないな・・」

「それはともかく、私達も慎重に取材に答えたんだからね」

鳳翔が頷いた。

「相談してる現場に踏み込まれてしまって、ここで答えないと飛ばし記事になるかなと」

 

飛ばし記事とは曖昧な部分を記者、つまり青葉の憶測で補完した記事の事を指す。

ここソロル鎮守府の青葉が持つ現在の徒名は、

 

 飛ばしの青葉

 

である。

これは朝の訓練で深海棲艦達の傍をすり抜けていくので恐れられているという意味が1つ。

もう1つは飛ばし記事の名人として恐れられている、という意味である。

もっとも、あまりにも酷い飛ばし記事は、いくら青葉が掲載しようとしても衣笠が

 

 「エゲつない記事は書くなって言ってんでしょ」

 

と、笑顔で真っ二つに原稿を破るので載る事は無い。

勿論青葉は涙ながらにお目こぼしを訴えるが一切妥協しないのは妹の特権である。

とはいえ、衣笠も100%ダメという訳ではない。

ホントかな、嘘かな、でももしホントだったら面白いよね。

そんな記事には熟慮の末、OKを出す事がある。

特に人の色恋沙汰の噂に餓えている艦娘達であるから、

「中途半端だと青葉さんが飛ばしますから、正直に答えて衣笠ブレーキに期待しましょう」

青葉に問われてしどろもどろになった陸奥に、鳳翔はそう耳打ちしたのである。

長門は腕を組んだ。

「まぁ、確かにこの内容ならバレても良いが・・」

鳳翔が頷いた。

「後で衣笠さんに、細かく書くとお二人に身の危険が迫る可能性があると言っておいたんです」

陸奥はハッとしたように手を叩いた。

「だから結構答えたのに記事になってないんだ」

「陸奥はどこまで喋ったんだ?」

「映画のタイトルとちゃんこ鍋セットまで話したわよ?」

長門は改めて記事を読み返したが、どこにも記されていない。ただ・・

「料理屋Tというのは、確かにあの店のイニシャルだな・・」

「そうよね」

「このTという1文字が、衣笠ブレーキに精一杯抗った青葉の痕跡という事だな」

その時。

ガララッ!

「その通りです長門さん!」

「なっ!あ、青葉!?」

「夜分恐縮です!ソロル新報の青葉です!じっくりお話伺います!」

「一言じゃないのか!?」

「一言どころじゃすみませんよ!」

「もう記事にしたではないか!」

「続報です!実際のコースとご感想をお願いします!」

「なんでだ!?」

青葉がきょとんとした顔で聞いた。

「私が書かないと、明日皆さんからそれぞれ質問攻めにされますよ?」

長門はぎくりとなった。

確かに提督とデートとなれば、皆も興味津々の筈だ。

デートの事実を既にバラされているとなると・・・

「くっ、だから秘密にしておいた方が何かと都合が良かったのだ・・」

「もう表に出てしまいましたから諦めてください!」

「明らかに差し止められないタイミングを狙ってるじゃないか!」

「お出かけ前の夕刊で、速報飛ばし記事として公表した方が良かったですか?」

「ぐふうっ」

「一応私達も最善の方法を考えてるんですよ?」

長門は目を瞑って顎に手を添えた。

なんか腑に落ちない。何となく言いくるめられてる気がする。

どこだ。どこに違和感がある?

そうだ。

「・・速報は、衣笠に止められただけじゃないのか?」

青葉が目を剥いた。

「何でご存じなん・・・あ」

「ふっ、やはりな」

「ひっ!引っかけましたね!」

「仕掛けたのはそちらも同じであろう」

「ぐっ」

長門はふっと溜息を吐くと、

「青葉、飛ばしをせず、配慮してくれるなら正直に説明しよう」

「・・タイトルとか導入部に夢を持たせる書き方はしますよ?」

「中身として、説明した事に尾ひれを付けなければよい」

青葉はちょっと考えた後、

「・・解りました。では、インタビューを始めます。あ、陸奥さん、鳳翔さん、良いですか?」

陸奥がくすっと笑った。

「丁度これから、私達も話を聞く所だったのよ」

「ええ、青葉さんは聞き上手ですから、嬉しいです」

長門は苦笑した。判断はこれで良かったのだろうか?

 

長門の話を聞きながら、青葉はペンを走らせつつ質問を重ねていた。

「それで、ちゃんこ鍋屋を出た後はどうされたのですか?」

鳳翔が肩をすくめた。

「提督に提示されたプランはここまででしたね」

長門が鳳翔に訊ねた。

「では、提督が最初に持ってきたプランとの相違は、映画のタイトルと喫茶店だけか」

「はい」

「・・そうか」

青葉が長門を見た。

「あのー」

「あ、ああ、すまん。その後は大本営の近くに公園があったので、そこに行ったな」

「白岩海浜公園ですね。ベンチにはお掛けになったんですか?」

「あぁその・・座った、な」

青葉の目がキラリンと光り、同じく目を光らせた陸奥と頷きあった。

「つまり、座った以外にも何かされたという事ですね?」

 

 



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長門の場合(27)

 

青葉に鋭い指摘をされた長門は思わずのけぞった。

「んなっ!?」

青葉は言葉でたたみかけ、眉をひそめた。

「チューですか?まさか濃厚な接吻まで・・」

長門は慌てて手を振った。

「ばっ!馬鹿者!そんな破廉恥な事するか!ベンチの上で手を重ねただけ・・・あ」

青葉はコロッと冷静な顔に戻ると

「提督とベンチの上で手を重ねる、と」

鳳翔が頷いた。

「さすが青葉さん、話を引きだすのが上手いですねー」

「それほどでもー」

長門はがっくりと頭を垂れた。この辺はボカしておこうと思ったのに。

だが、中将達と会った件は言わない方が良いな。

「それで、良い雰囲気になってどうしたんですか?」

「その・・」

「・・」

「て、提督に・・」

「はい」

長門はギュッと目を瞑ると

「・・だ、大好きだと、言った」

3人はのけぞりながらそれぞれ声を発した。

「おお!長門さんにしては大胆ですね!」

「あっつい!あっついわー!」

「うふふ、愛を確かめ合ったんですね~」

だが、そこから回復が早いのはやはり青葉だった。

「提督は何か言いましたか?」

「さ、誘いに応じてくれて、ありがとう、とな」

再び3人はのけぞった。

「純真!純真ですねー!」

「ふおおぉぉあっつい!誰か消火ポンプ持ってきて!!」

「提督もこういう事にはうぶなんですね~」

長門はほっと息を吐いた。どうやら切り抜けられそうだ。

だが、青葉は上手な聞き手だった。

「そこまで行ったら押し倒す位アリですよね?」

顔を見合わせる陸奥と鳳翔。

「さっ・・最後まで行っちゃったの・・かな?」

「ご夫婦なのですから別に良いのでは?」

長門はぶんぶんと手を振って否定した。

「ちっ、違う!そこまではしていない!」

青葉が静かに返した。

「・・・では、どこまでですか?」

目を見開き、口に手を当てる長門。

王手飛車取りを決めたような顔をする青葉。

ぽかんと口を開ける陸奥、まさかという顔で目を見開く鳳翔。

数秒間の沈黙の後、観念した長門が口を割った。

「て、てて、提督と、ぎゅっと・・した」

青葉が慎重に問い返した。

「それは、提督さんに、長門さんが、抱き付いたんですか?」

「ちっ、違う。提督が私をぎゅっとした」

「長門さんは?」

「そ、そのままで良いと言われたから立っていた・・」

「ベンチから何故立ち上がってたんです?」

「も、もう時間だから帰ろうと立ち上がったのだ」

「提督はいきなり抱きついたんですか?」

「と、特に断りは、な、無かった」

「ちゅーは?」

「無い!本当に無い!ただぎゅーっとしただけだ!」

青葉はペンを握り直した。

「ええと、帰ろうと立ち上がった時、提督が強く抱きしめてきて長門さんは抵抗出来なかった」

「ちっ、ちがう」

「どこでしょう?」

「て、提督は、優しかったし、て・・」

「て?」

「抵抗するつもりは・・元々・・無い」

陸奥と鳳翔は顔を真っ赤にして俯いてしまったが、青葉はさらさらとペンを走らせた。

「なるほど、じゃ、帰ろうと立ち上がった時、提督が優しく抱きしめてくれて嬉しかった、と」

「そ、そう、なる」

「当然、そのまま真っ直ぐ定期船に戻る訳無いですよね?どこに行ったんですか?」

陸奥と鳳翔の顔が長門により一層近づいた。

その時、午前1時を告げる鐘が鳴った。

鐘のおかげで、長門は青葉がブラフをかけている事に気付けた。

だが、あの事を話すのは悪くない。

「提督がな、最後に写真館に立ち寄ろうと言ったのだ」

「写真館・・ですか。あぁ、公園との間に小さい写真館がありますね」

「良く記憶しているな、青葉」

「大本営周辺だけですけど。それで、行ったんですね?」

「あぁ。それで、その、一緒に写真を撮ったんだ」

「記念写真ですね。提督がお掛けになって、その傍に長門さんがお立ちになったんですか?」

「逆だ。提督はなぜか私を座らせたのだ」

青葉がペンを走らせながらにっと笑った。

「提督、合格っと。あ、当然ですよ。そこで提督が座ったら阿呆も良い所です」

「なぜだ?」

「愛する奥様を大事にするという意味で座らせ、自らは傍らで立って肩に手を置く。定番です」

長門は頬を染めた。

「青葉が言った構図そのものだったな。そうか。そういう意味なのか・・」

「椅子が2つなら、お二人でお掛けになるのもOKです」

「そうか。だが、1つしかなかった」

「まぁ小さいお店ですからね。それで、その後はホテルですか?」

「馬鹿者!定期船に乗って帰って来たわ!」

「あぁ、船の中にもお布団ありますからね」

「違う!そういうハレンチな事はしていない!」

青葉がついに信じられないと言う目で見返した。

「・・まさかとは思いますが、これで終わりじゃないですよね?」

「天地神明に誓ってこれで終わりだ!」

「・・・小学生の初デートばりに健全な1日ですねぇ」

「大きなお世話だ!私はとっても楽しかった!」

青葉の目がキラリンと光った。

「ほうほう、ほうほう。とっても、楽しかった、と」

長門は真っ赤になって腕をぶんぶんと振り回した。

「あーもう!悪いか!とっても幸せだ!滅茶苦茶嬉しかった!文句あるか!」

3人が優しい顔で返した。

「全然」

「全く問題ないわよ」

「協力した甲斐がありました」

青葉は壁の時計を見て慌てて立ちあがった。

「では、朝刊に間に合わせるべく急ぎますので、私はこれで!」

去ろうとする青葉に鳳翔が声を掛けた。

「衣笠さんにリテイクかからないように表現してくださいねー」

「解ってますー!」

青葉が去ると、長門はぐったりと椅子の背にもたれかかった。

言わない予定の物まで残らず引きだされた気がする。

これだけ聞かれて中将と会った所を言わずに済ませたのは褒めてもらって良いと思う。

陸奥が冷蔵庫から麦茶を取り出すと、2人に手渡した。

「ほら、喉乾いたでしょ?」

長門はゆっくりと顔を上げると、受け取った。

「ありがたい」

「満身創痍ね、姉さん」

「青葉のインタビューは、よく傍目で見ていたのだが」

「提督のインタビューね」

「そうだ。だが、傍目で見るのと受けるのは大違いなのだな」

鳳翔が頷きながら言った。

「青葉さん、聞くだけじゃなくて引きだすのが上手いですよね」

「あぁ。えらく大袈裟に言われて、否定しようとして本音が出てしまう」

「そのタイミングが上手いのよね。真似出来ないけど」

「勘弁してくれ陸奥。あんなやり取りが毎晩あったら私はどうにかなりそうだ」

「そう考えると、衣笠さんて凄いですよねえ」

3人は溜息を吐いた。

その頃、青葉は提督の自室で

「長門さんを抱き締めて無理矢理キスしたってのは本当ですか!?」

「誰から聞いた!キスはしてない!」

「抱きしめたんですか!」

「・・・否定しない」

「ちぇー、ほんとなのかー」

「・・どういう意味かな青葉さん」

「先程の取材源と話が一致してるって事です。あーもー」

「なんで不満なのさ?合ってるなら良いじゃない。それより眠いんだけど・・」

「後1つだけ!1つだけ」

「んもー、なにー?」

「提督は長門さんの事、愛してますか?」

提督はきょとんとした後、

「当然でしょ。正妻だよ?」

と、うっかり言ってしまったのである。

 

翌、水曜日の朝はいつになく賑やかに始まった。

皆が指差しているのはソロル新報の本日のタイトルを示した黒板だった。

そこにはこう書かれていた。

 

 おしどり夫婦の実態!

 提督と長門さんのデートコース全公開!

 意外な結果に本紙記者も呆然!

 さらに、直に聞いたそれぞれの愛の一言も一挙公開!

 

「こ、これは・・買わねばならないな・・」

長門はタイトルを見た途端、呆然としていた。

周囲を艦娘達が聞きたそうな顔でチラチラと見ては、足早に販売所に向かって行った。

ソロル新報販売所の行列を待ち、やっと衣笠の所に辿り着いた長門は声を掛けた。

「おはよう」

「あ、長門さん、おはようございます」

そして衣笠はパチンとウィンクして、

「ちゃんと、それぞれとのお約束は守ってますからね」

と言った。

長門はホッとした表情で代金を払い、1部受け取ると、寮に足を向けた。

だが、その途中でハタと立ち止まった。

・・・それぞれ?

・・・まさか。

・・・いや、提督なら大丈夫・・か?

嫌な予感がする!

 

ガラッ!

 

突撃する勢いで帰ってきた長門に陸奥は驚き、飛び起きて訊ねた。

「な、なに!?何があったの姉さん?」

「青葉は提督にも、インタビューしたらしい」

「まぁそうでしょうね。青葉は証拠固めするから」

長門は机に向かうと、エンタメ欄をばさりと開いた。

「・・・・・」

顔を洗い終えた陸奥が、まだ食い入るように記事を読んでいる長門に近寄った途端。

「良かった!良かったあああああ!」

「びっ、びっくりしたぁ」

「陸奥!良かった!変な事は書いてなかった!書いてなかったぞ!」

「良かったわね姉さん・・見ても良い?」

「好きなだけ読むと良い!」

陸奥はエンタメ欄をふんふんと言いながら読んでいたが、

「へぇ・・正妻だから愛して当然、か。良かったわねぇ」

と、ニヤニヤしながら長門を見た。

長門が頭のてっぺんまで真っ赤になって俯いたのは言うまでもない。

 



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長門の場合(28)

 

朝食後。

「じゃ、私は仕事行って来まーす」

「気を付けてな」

工房に出勤する陸奥を送り出すと、長門はぽふっとベッドに倒れ込んだ。

起きてから僅かな時間しか経ってないのに酷く疲れた気がする。

原因を思い返し、はっとする。

そうだ。昨夜は青葉に質問責めを受けて余り寝ていないからだ。

思い当たった途端、どっと眠気が襲ってくる。

本当は・・2度寝は・・良くな・・布団・・かけ・・

 

ポーン!

 

部屋の時計が毎時30分を知らせる鐘を鳴らした時、長門はふと目が覚めた。

むくりと起き上がり、頭を振る。

何だか随分寝てしまった気がするが・・何時だろう。

時計を見ると10時半を指していた。

 

・・・3時間も寝てしまったのか。

 

ギュッと伸びをしながら、これでは陸奥の事を叱れないなと思った時、ふと気が付いた。

青葉がインタビューしている間、陸奥と鳳翔も起きていた。

二人は眠くないのだろうか?

ちょっと様子を見に行こう、か。

長門は顔を洗い、身支度を整えると部屋の戸を開けた。

 

長門は店の脇で水打ちしている鳳翔を見つけて声を掛けた。

「鳳翔」

「あ、長門さん、おはようございます」

「昨夜は深夜まで付き合わせてしまってすまなかったな」

「とんでもない。私の方からお願いしたのですし」

「青葉が突入取材する事までは予想外だったであろう?」

「それこそ、長門さんのせいではありませんよ」

「まぁそうだが、寝不足ではないかと気になってな」

「大丈夫です。いつもの閉店時間位ですから」

「0100時は過ぎていたぞ?」

「お客様が帰った後に片づけてますからそんなものですよ」

「・・大変なんだな」

「その分、お店を開くのは1100時からですし、午後も小休止を入れますし」

「仕込み時間もあろう?」

「寝る前にやるか、起きてからするかは体調に応じて決められますから」

「そうか。あ、そうすると、まもなく開店か」

「はい。といっても、混み始めるのは1200時近いですけど」

長門がそっと欠伸を噛み殺したので、鳳翔は言った。

「お茶でも如何ですか?美味しい玄米茶が手に入ったんですよ」

「邪魔ではないか?」

「大丈夫です」

「では、すまないが御馳走になろう」

 

「・・うーむ」

カウンターに陣取った長門が玄米茶を手に唸るので、鳳翔は振り向きつつ声を掛けた。

「どうかしましたか?」

「いや、実に美味しい」

「ありがとうございます」

「どうしてこう、お茶の味が違うのだろう?」

「どちらとです?」

「私が給湯室で居れた茶はもっと苦くて、なんというか・・硬いのだ」

「・・うーん」

鳳翔は自らのお湯呑に注いだ茶を一口飲むと、

「お茶の種類と、それに合った淹れ方、ですかね。違いがあるとすれば」

「やはり、この茶葉は高いのか?」

鳳翔はくすっと笑うと

「茶葉は高いほど美味しいのではなく、より自在に変えられるんです」

「変えられる?」

「ええっと・・」

そう言いながら鳳翔は、棚の上の方から缶を取り出した。

「これは御来賓の方用の、それはそれは高い茶葉です」

「何故そのようなものがあるんだ?」

「練習用にちょっとだけ仕入れてあるんです。淹れるのを見ててくださいね」

そういうと鳳翔は2つの急須を置き、同じ分量の茶葉を入れた。

長門はじっとそれからの鳳翔の行動を見ていたが、強いて違いらしきものが解らなかった。

「さ、どうぞ」

出された2つの湯呑に注がれたお茶を見る。

「!?」

既に色が違う。

片方をそっと手に取り、一口啜る。

「甘みがあって・・旨い」

すぐにもう1つを手に取り、啜ると

「・・味が、無い」

そんな長門の様子を、鳳翔はくすくす笑いながら見ていた。

「ほんとに長門さんは素直ですね」

「い、いや、びっくりした。こんなに違うんだな」

「ほんの僅かな、タイミングの差なんです。お湯の温度とか、淹れる手順とか」

「出されるまで見ていたが、違いが分からなかった」

「そうなんです。高いお茶は極めて厳密に扱えば、とても美味しくなります」

「こっちは甘くて柔らかくて、香りも良いな」

「でも、ほんの僅かに間違えただけで大失敗になります」

「こっちは本当に、色の付いたお湯のようだな」

「つまり、取り扱いがシビアなんです」

「うむ」

「では次、こちらの普通の茶葉を使いますね」

「う、うむ」

再び長門は2つの茶葉の扱いを見ていた。

だが、片方はとうに湯呑に注いだのに、もう1つは急須に入れっぱなしである。

「ほ、鳳翔?」

「はい」

「そ、そっちの急須、さすがに長く置き過ぎではないか?」

「そうですか?しりとりでもしますか?」

「い、いや、そろそろ入れた方が・・・」

「うふふふ。じゃあ淹れましょうね」

そして再び、2つの湯呑が出された。

「どうぞ」

まずは先に注がれた方を飲む。

「ぬるいが・・普通の味だ」

そして長門はもう1つを手に、どれだけ苦いのだろうと少し躊躇ったが、

「・・あれれ?」

鳳翔が再びくすくすと笑った。

「ほんとに、長門さんは教え甲斐がありますね」

「どうしてだ?あんなに長く置いていたのにほとんど苦さが変わらない」

「それが、普及品の茶葉の良い所なんです」

「?」

「普及品の茶葉は、かなり雑に淹れたとしても及第点の味が出せるんです」

「うむ」

「高い茶葉は極上の味も出せますが、それには相当な集中力が必要です」

「違いが判らなかった私では無理だな」

鳳翔は再び、普及品の茶葉で入れたお茶を長門に出した。

「ただ、普及品でも、ここまでは幾つかのポイントを知っていれば出せます」

長門はごくりと飲んで目を見開いた。

「美味し・・あれ、これは・・」

鳳翔がにこりと笑った。

「はい。最初にお出しした玄米茶です」

「ど、どうやれば良いんだ鳳翔!教えてくれ!」

それからしばらく、長門は鳳翔にやり方を詳しく聞いていた。

「なるほどなるほど、お茶を淹れるのも仕込みが大事なのだな」

「大袈裟な物ではありませんが、美味しく淹れるコツみたいなものですね」

「今度提督にこれで出してみよう。楽しみだな」

長門が手帳を仕舞った時、

「鳳翔さーん、こんにちはー」

「今日は演習で完全勝利したから御昼食べに来ました~!」

という子達がぞろぞろと入って来たので、長門は席を立つと鳳翔に声を掛けた。

「では鳳翔、邪魔したな。お茶の淹れ方を教えてくれた事、礼を言う」

「上手く行くと良いですね」

 

長門は鳳翔に手を振りながら、陸奥の工房に向かった。

 



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長門の場合(29)

 

「あの、陸奥さん、起きてください。今日はどうしたんですか・・」

長門が工房のドアを開けると、陸奥の傍らで困り果てている弥生の姿を見つけた。

「どうした?」

「あ、いらっしゃいませ」

「陸奥の様子を見に来たのだが・・」

「それが、眠ってしまっていて、声を掛けても起きてくれなくて・・」

長門は頷いた。鳳翔のように耐性は無い、か。

それはそうだな。毎日私より早く寝てるのだから。

長門はそっと弥生に尋ねた

「昨夜は少し、夜更かしが過ぎてな。今日は急ぎの用はあるのか?」

弥生はパラパラと手帳をめくったが、

「いえ、今日は・・予定は、ありません」

「ならば陸奥は私が連れて帰ろう。弥生は店を閉めるか?残るか?」

「もう少し、残ります。いつも、戸締りは私がしてますから、大丈夫」

「そうか。陸奥が迷惑をかけたな。それと、いつもありがとう」

「い、いえ、そんな・・」

「では」

陸奥をひょいと背負うと、長門は寮に向かって歩き出した。

朝は新聞を読んでテンションが上がっていたから普段通り過ごせたのであろう。

だが・・

長門はそっと、肩口の陸奥に向かって囁いた。

「ありがとう、陸奥。お前のおかげで楽しいデートだったぞ」

長門はその時見えていなかったが、陸奥は薄目を開けて微笑み、再び目を瞑ったのである。

 

午後。

 

「zzZzzZZ・・zzZZzZZ」

「うーん」

戦術のテキストを相手に自習を始めたものの、すやすやと眠る陸奥の寝息が気になる。

正確に言えば気になると言うか、猛烈に眠気を誘われる。

食後に加え、テキストがガチガチに硬派な事も眠気を誘う。

「・・いかん!」

パンパンと手で頬を叩くと、席を立った。

少し外を歩いて来よう。

 

「・・もう出来ていたのか」

工廠から小浜に続くトンネルを見て、長門は声をあげた。

そのまま長門はコツコツとトンネルに入って行く。

「ん?長門か。珍しいの」

「工廠長、さすが仕事が早いな」

「地下鉄系はまだ試験中じゃが、それ以外は概ね完成したわい」

「今は何をしてるんだ?」

「トンネルが思ったより暗かったんでの、照明を追加しとるんじゃよ」

「これで小浜への行き来が簡単になるな」

「店も出来とるよ」

「見て行っても良いか?」

「良いが、トンネルの壁に触るでないぞ。ペンキがまだ乾いとらんからの」

「解った」

コツコツとトンネルを歩き、浜に着く。滑らかな道だ。

崖を伝うように続いている道が、トンネルの道幅と比べるとやけに細く見える。

「もう、あの道を使う事は無いかもしれぬな・・・ん?」

道を少し登った所にある岩の先に、1体のカ級が座っていた。

良く解らないが、ぽつんとした佇まいは哀愁に満ちている気がした。

「なんだ?」

長門はそっと、道を登り始めた。

 

「どうかしたのか?」

「・・・」

長門の声に、カ級はちらっと振り向いたが、また俯いてしまった。

長門はカ級の隣に腰を下ろしたものの、どうしたものだろうと困ってしまった。

こういう時、提督ならひょいひょいと聞きだしそうだが。

ザ・ザーン・・・ザバー

岩に打ちつける潮が砕け、波が寄せては返す。

二人の居る空間に、波の音だけが響いた。

 

しばらく俯いていたカ級が、再びちらっと長門を見た。

「なんだ?何か困っているのか?」

「・・・」

カ級は口を開きかけては躊躇い、閉じた。

「・・解決になるかは解らぬが、話すだけ話してみないか?」

長門は出来るだけ優しく言いたかったが、不慣れな分野なのでぎこちなかった。

それは自覚していたので、

「その、こういう事は慣れて無くてな。下手ですまない」

と、付け加えた。

カ級は再び長門を見ると、不思議そうに言った。

「貴方ハ、長門。艦娘デショウ?」

「うむ、そうだ」

「ナノニ、ナンデ私ノ事ヲ気ニシテクレルノ?」

「うーん」

長門は腕を組んでしばらく考えた後、

「御近所さん、だからかな」

と、大真面目な顔で返したところ、カ級はぷっと笑って、

「確カニ近クニ住ンデルケド、ソレデ良イノ?」

「別に戦ってるわけでもないしな」

「・・マァ、ソウネ」

「話す方が辛いか?」

「ウウン、ツマンナイカナッテ思ッテ」

「なら、とりあえず話してみれば良い」

カ級は躊躇っていたが、やがて長門の方に向き直ると、話始めた。

「・・アノネ」

「うん」

「私達ハカレーガ大好物ナノ」

「1万体も居るのに500食に制限してくれているのだろう?」

「ウン。ソコハ摩耶サン達ノ限界ガアルカラ良インダケド」

「うむ」

「私ネ、本当ニクジ運ガ無イノ」

「あー」

長門はル級の言った事を思い出しながら続けた。

「確か抽選は100名、救済枠が400名だったな」

カ級はこくりと頷いた。

「私達ハ毎回、ガラガラポンヲ回スノ」

「ほう」

「赤色ノ玉ガ出レバ当タリ、白ノ玉ガ外レ」

「うむ」

「白ノ場合ハスタンプカードニ1個ハンコヲモラウノ」

「50個溜まると食べられるという、あれだな」

「知ッテルノ?」

「カレー曜日愛好会の会長から聞いている」

「ソウカ。デモネ」

「うむ」

「抽選で当たる子は月に2回3回と食べてるんだけど」

「うむ」

「私ハコノ1年デ1回ダケナノ」

「・・50回溜まったんだな?」

カ級はこくりと頷いた。

「1年近く外れ続けるのは辛いな・・」

「・・タダネ、救済枠モ、気ニナル事ガアルノ」

「というと?」

「50回ノ外レッテ言ウノハ、50回分デ良イノ」

「ええと、どういう事だ?」

「例エバ10回目、20回目、40回目ニ当タッテモ、53回目ニハ50回分ニナル」

「あ、そういう事か」

「ダカラ何回カ食ベテイタ子モ、50回溜マッタト言ッテ救済枠ニ並ンデルノ」

「それは、釈然としないな」

「デショ?私ノクジ運ガ悪イノモ悪インダケド、ソレヲ思イ出シタラ切ナクナッチャッテ」

「それで、ぽつんとしてたのか」

「ウン。ツマンナカッタヨネ。ゴメンネ」

「いや、良い」

「会長ハ毎週頑張ッテルシ、文句言ッテマタ調整ニナルノモ可哀想ダシ、言エナカッタノ」

「そうか。お前は優しいのだな」

「・・・」

長門は手帳を取り出した。

手帳の裏表紙から電卓を取り出すと、しばらくタカタカとキーを叩いていたが、

「・・おや、そういう事か」

と、呟いた。

首を傾げるカ級に、長門が顔を上げた。

「会長と話がしたいのだが、連絡はつくか?」

「呼ンデ来レバ良イ?」

「あぁ。忙しければ後ででも良いから、少し話したいと伝えてくれ」

「解ッタ」

カ級が海に潜っていった後も、長門はメモ帳に書きこみながら電卓を叩いていた。

そしてインカムで何事か連絡をし、納得したように頷いていた。

 

 



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長門の場合(30)

 

カ級が呼びに行ってから10分後、ル級をつれてカ級が戻ってきた。

「ハーイ長門サーン、ドウシタノヨー?」

「連レテキマシタヨ?」

「カ級、ありがとう。ル級、忙しい所すまない」

「平気ダヨー、何カアッタ?」

「抽選について、進言と提案があるのだ」

「ウン?」

「間違ってたら教えて欲しいのだが、これで合ってるか?」

長門が見せた紙にはこう書いてあった。

 

抽選の玉数:10000球

当たり玉数:100球

救済措置回数:累計50回

1回の救済数:400食

 

「ウン、間違ッテナイヨー」

「この場合、50回外れ続ける確率は約60%だ」

カ級が頷いた。

「大体半数近クガ救済ッテ、皆言ッテル」

「6000体が1回400食の救済で食べ終わるには16回必要だ」

ル級が頷いた後、首を傾げた。

「ソウ・・ダネ・・アレレ?」

「なんだ?」

「救済枠ッテ毎週ヤッテルカラ、50回アル筈ナンダヨー」

「そうだ」

「デモ16回デ終ワッチャウノ?毎回満員近イヨー?」

ル級とカ級は顔を見合わせて頷いた。

長門は続けた。

「先程カ級に聞いたのだが、途中で当たっても50回外れたら救済されるな?」

「ソウダネー、当タッタ時ニスタンプカードハ回収シテナイヨー」

「とすると、1万人全員が50回+当選回数分後に1回救済措置を受けるんだ」

「ア」

「当選者分は約40%、つまり4000食」

「一方、救済枠の余剰分は34回。それに400食をかければ13600食だ」

「・・・ツマリ、当選者が食べててもおよそ1万食ハ余ル筈ダネ」

「そうだ」

「・・・アレレー、ジャア毎回200食分ハドコ行ッテルノ?」

「ちなみに、摩耶達に聞いたのだが」

「ウン」

「毎回カレーは320食しか用意してないそうだ」

「ヘ?」

「摩耶が言うには300食だと少し足りないから、大盛り分と余裕を見て320にしてる、と」

 

 ザ・ザーン。ザザザーン。

 

しばらく、事実が沁みこむまでル級とカ級はぽかんとしていた。

が。

「ェェエェェエエエェエエエエエ!?」

「ウッソー!?」

長門は二人の絶叫に頷いた。

そりゃそうだろう。

500食になるよう調整していたつもりが300食しか出ていなかったのだから。

「ちなみに300食として計算すると、50回で9800食程度だから概ね計算が合う」

 

ル級はがっくりと岩に四つん這いになった。

「ソンナ・・・ダカラ後ノ方デ並ブト売リ切レニナルッテ言ワレルノカ・・・」

長門はル級を見ながら、摩耶からの伝言を伝えた。

「だが、摩耶達が応じられるのは現状で限界だったらしい。だから丁度良かったのだ」

「ヘ?500ジャナイノ?」

「その、500という数字はどこから出て来たんだ?」

ル級はしばらく空を睨んで唸っていたが、

「・・・・ア」

「思い出したか?」

「・・・多分私ガ、トリアエズ500ニ制限シヨウッテ・・言ッタカラ・・ダヨー」

長門は溜息を吐き、カ級はジト目で見た。

「会長・・確認シテナカッタンデスカ?」

「ゴメンダヨー、デモ結果的ニ正シクテ良カッタヨー」

そして、長門は続けた。

「ちなみに金曜からは、毎日500食の準備をしている。ル級から500食と聞いたのでな」

「アーウー」

「ただ、余らせるのは勿体ないから、クジと救済枠を計算したのだ」

「フンフン」

「こうすると、大体ピッタリになる」

 

抽選の玉数:10000球

当たり玉数:400球

救済措置回数:連続30回

1回の救済数:100食

 

「これからは毎日配るから、30回だとおよそ月に1度は救済が発動される」

カ級がうんうんと頷いた。

「当選も400食になるから、救済枠に行く確率も30%程度に下がる」

「当タッテ食ベラレル確率ガ増エルッテ事ネ?」

「そうだ。余る数も60食程度だから、大盛り等を考えれば誤差といえる」

「ナルホドネ」

「ただし、これは当りが出たらポイントカードは回収しないといけない」

「本当ニ1ヶ月外レ続ケタ人ダケ救済ッテ事ネー?」

「うむ。ちなみに現状通りとするなら、こうなる」

 

抽選の玉数:10000球

当たり玉数:150球

救済措置回数:累計30回

1回の救済数:350食

 

カ級が渋い顔をした。

「現状通リッテ事ハ、当タッタ人モ更ニ救済枠デ食ベラレルンデショ?」

長門が頷いた。

「当選者がかなり有利な仕組みだな」

「何トナク納得デキナイナー」

ル級は腕を組んだ。

「外レ続ケテモ月1回ハ食ベラレルンデショ?」

「そうだな」

ル級はガリガリと頭を掻いた。

「当タッタ人ノポイントカード回収ッテ、微妙ナンダヨネー」

「というと?」

「例エバ現状ダト、49回外レテ50回目ニ当タッタトスルデショ」

「うむ」

「アル程度溜マッテルトネ、回収シヨウトスルト泣クンダヨー・・」

カ級が遠い目をした。

「確カニ、アト1回デ食ベラレルッテ所マデ溜メタラネ・・」

「当タリヲ順番ノ繰リ上ゲト見ルカ、エクストラボーナスト見ルカ、カ」

長門が答えた。

「後者を取っても当選者数は100体から150体に増える」

「・・ウン」

「救済措置までの回数も50回から30回に減る」

「・・オオ」

「しかも週1回から日に1回になるから7倍速く貯まる」

「・・オオオオ!」

「年1回から月1回と説明するより、そう言った方が説得力はあるだろう」

「ソウダネ」

「ちなみに前者の場合は、当選数が一挙に4倍に増える」

「オオ!」

「勝って良い気分で食べられる確率が今の倍以上に増える」

「イイネ!」

「救済措置までの回数、7倍速く貯まるのも一緒」

「ソウダヨネ!」

「ただ、ポイントカードは回収、だ」

「ウームムムムム」

長門は説明しながら、多分当選数150で現状通りになるだろうな、と思った。

だが、カ級はル級に訴えた。

「会長!」

「ナ、ナニ?」

「私、本当ニクジ運無インデス!クジ運ダケハドウニモナラナインデス!」

「マァネ・・・」

「ダカラコノ機会ニチョットデモ平等ニ!何卒!」

長門がぽつりと言った。

「滅多に当たらなければ、不公平感は少ないかもしれないな」

二人は長門を見た。

「エ?」

「ドウイウコトデスカ?」

「ちょっと待ってくれ・・ええと・・」

長門が電卓を再び叩きはじめるのを、二人はじっと待っていたが、

「ふむ、こういうのはどうだろう?」

 

抽選の玉数:10000球

当たり玉数:10球

救済措置回数:累計30回

1回の救済数:340食

 

 

カ級が目を見開いた。

「タッタ10人シカ当タラナイノ!?当タル訳無イジャン!」

ル級がそっと尋ねた。

「ア、アノ、ポイントカードハ・・」

長門が頷いた。

「回収しないで良い」

ホッとするル級の横で、カ級が気付いた。

「アレ、総食数ガ350ニ減ッテマセンカ?」

「そうだ。今の摩耶達の作る分量だ」

「他ニモ理由ガアルンデスカ?」

長門が肩をすくめると

「将来、1万5千とか2万になった時に備えて生産量を温存しておく、という事だ」

ル級がごくりと唾を飲んだ。

 

 



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長門の場合(31)

 

長門の言葉を聞いて、ル級が深い溜息をついた。

「正直、モウ増エテ欲シクナインダケド・・」

カ級が肩をすくめた。

「キット増エルヨ。トイウカ実際増エテルヨ?」

長門が真面目な顔で言った。

「増えすぎれば小競り合いもあろう。艦娘か人間になるように説得して欲しい」

ル級が砕ける波を見つめながら言った。

「マァ、イツマデモ放浪者ッテ訳ニモイカナイヨネー」

長門はル級を見た。

「我々の鎮守府では、艦娘に戻し、異動させた場合は定期的に様子を見に行くんだ」

「フウン」

「それで卒業生の様子がおかしければ、連れ帰る」

「!?」

「自主的に避難して来ても、受け入れる」

ル級が目を剥いた。

「ハー!?」

長門は首を傾げた。

「何かおかしい説明があったか?」

ル級は腕をぶんぶん振り回した。

「ダッ、ダッテ、モシ向コウノ鎮守府ガ艦隊出シテ追ッテ来タラドウスンノサ?!」

長門は眉一つ動かさずに答えた。

「追い返すか、引き入れるか、殲滅させる。その後、何も無かったと大本営に報告する」

「ハイソウデスカッテ大本営ガ言ウ訳無イジャナイ!」

「言わせる。我々には、それが出来る」

「チョ、調査隊ガ来ルデショ!?」

「奴らはとうの昔に壊滅させた。案ずるな」

ル級は長門の目をじっと見た。

言ってる事が正気の沙汰とは到底思えない。

だが、この目は本当の事を言っている。

長門が言う事が本当なら、この鎮守府は記憶にある昔居た所とは明らかに違う。

大本営直轄鎮守府調査隊と言えば顎をしゃくるだけで鎮守府を取り潰せると恐れられた組織だ。

それを潰した?一体どうやって?

だが、ル級はそれがハッタリではないという予感がしていた。

何から何まで常識外れとしか言いようが無いこの鎮守府なら本当にやるかもしれない。

この鎮守府、謎すぎる。敵に回してはいけない気がする。

ル級が絶句したのを見て、長門はポンと手を叩いた。

「そうか。近海に住んでいても説明は聞いた事が無いのだな」

「ソ、ソウネ。ソンナ事思イモヨラナイシ」

「それなら説明会でもするか?」

「!?」

ル級は1分近く、じっと目を瞑って真剣に考えていた。

そしておもむろに、カ級に尋ねた。

「カ級、1ツ教エテ」

「エ?ナニ?」

「サッキノ長門サンノ話ヲ聞イテ、ドウ思ッタ?」

「・・・」

カ級は少し躊躇った後、

「ルールヲ守ッテ、ゴ迷惑ヲカケナイヨウニ過ゴソウト思イマシタ」

ル級は頷いた。やっぱり同じような事を感じたのだ。

長門は首を傾げた。

「説明するだけで、無理矢理戻すような事はしないぞ?信用してくれ」

「ア、イヤ、ソコハ信用シテイル」

「あぁ、忙しいから時間が取れないか?」

「ソ、ソソ、ソウネ」

「ならば案内看板でも立てるとしよう」

「ソウネ!ソレナラジックリ読メルシ」

誰でも読める看板なら証拠として残るから、滅多な事は書かないだろう。

ル級はそう読んだのである。

長門は続けた。

「いずれにせよ、抽選条件の変更はした方が良いと思うぞ」

「ソウネ。折角500食作ッテクレルノニ300食シカ食ベナキャ勿体ナイモンネ」

「うむ。最終結論は任せるが、もし350食の案にするなら明日中に言ってくれ」

「解ッタヨー、ジャア何ニナッタカ明日ノ午後ニデモ言イニ来ルヨー」

「何時にする?」

「出来レバ夕方位ガ助カルヨー」

長門は手帳を見ながら言った。

「そうだな。私も明日は外に出るから、夕刻の方が良いな」

「ジャア1700時位デ良イ?」

「解った。では明日の1700時に、な」

「了解。急イデ皆ニ提案シナイト。説明スルノ手伝ッテヨー」

ル級に頼まれたカ級は頷いた後、長門を見て、

「長門サン!」

「なんだ?」

「・・アノ、色々考エテクレテ、アリガトウ」

長門はにこっと笑った。

「色々思惑はあろうが、納得出来る方向になると良いな」

その時、ル級がふと立ち止まった。

「・・ソッカ」

「うん?どうした?」

「長門サン、深海棲艦ハ全部自分デ解決出来ル問題シカナイッテコノ前言ッタケド」

「ああ」

「ココノ近海ニ居ルト、他ノ深海棲艦ノ意思ニ左右サレルヨー」

「・・そういえばそうだな」

「コノ楽園ハ素晴ラシイケド、艦娘生活ニ近イノカモネー」

「人が二人いればしがらみは起きるそうだからな」

ル級は苦笑した。

「1万体モ居ルンダカラ仕方ナイネー」

「お前は良くやっていると思うぞ」

「エッ?」

「上手くまとめている、と言ったのだ」

「ソ、ソウカナ」

「私もたった100人だが、この鎮守府の艦娘達をまとめている。気持ちは解る」

「エ?鎮守府ノマトメ役ッテ司令官ジャナイノ?」

長門が深い溜息を吐いた。

「うちの提督は、いささか興味に偏りがあるのでな」

ル級は長門の言葉の中に含まれる意味を瞬時に悟った。

「オ仕事大変ネ・・」

長門が頷いた。

「だから、苦労は良く解るぞ」

うんうんと頷きあうル級と長門を見て、カ級は肩をすくめた。

結局、深海棲艦でも艦娘でも似たような苦労をしてるのだな、と。

 

「うーん、まぁ350でも500でもあまり変わらないと思いますよ?」

夕食の席で食堂に居た面々に対し、長門は顛末を説明した。

そして話の流れによっては350食または500食になると言った時の反応である。

「材料のほとんどはスライサーなりミキサーなりで機械処理してますし」

「多少、調理時間とかが変わるかもですけどね」

「まぁ、運ぶ手間は350の方が助かるよね」

長門は手を挙げてざわめきを制した。

「というのが今日時点で向こうと話した結果だ。居ないメンバーにも伝えておいてくれ!」

「はーい」

長門は頷いた。これでしっかり伝わるのがこの鎮守府の良い所だ。

「Hey!ところで長門!」

「どうした金剛?」

「テートクとのデート、チューは無かったんですカー?」

「・・・は?」

否定しようと金剛の方を向いた長門はのけぞった。

その場に居た全艦娘がキラキラした目でこっちを向いている。

「あ、いや、その・・・」

「したんですカー!?」

長門は観念して答えた。

「・・・してない」

その途端、一気に艦娘達ががっかりした表情になると、ぞろぞろと席を立ち始めた。

金剛が信じられないという目で見返した。

「ホントにチューすらしてないんですカー?!」

「青葉さんが言ってたのはほんとの事だったんだー」

「溜息ついてたもんねー」

「ちょっとねー」

長門は真っ赤になって腕をぶんぶん振り回した。

「ううううるさいうるさいうるさい!チューしなくても楽しかったんだ!」

だが、艦娘達から帰ってきたのは期待外れという深い溜息だったのである。

長門は俯いた。そんなにチューが無いとダメなのだろうか?

というか、どうして全部説明しないといけないんだろう・・・・

「・・帰ろう。御馳走様」

長門は膳を返却口に返すと、食堂を後にした。

 

 



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長門の場合(32)

「姉さんは真面目ねぇ」

役目を済ませた長門は練習で淹れた茶を陸奥に振る舞いながら、食堂での出来事を話した。

「どうすれば良かったのだ?」

「意味深に笑って「ナ・イ・ショ」とか言っておけば良いのよ」

長門はどういう表情をすれば良いのだろうかと考え込んでいたが、陸奥は

「でも、そんな風に煙に巻く姉さんなんて全く想像出来ないわね」

「おい」

「良いじゃない。姉さんは不器用だけど真っ直ぐ。そんな姉さんを提督も好きなんでしょ」

「そ、そう、か」

「無理して何でも上手くならなくても良いのよ」

「ふーむ」

「ところで、お茶、美味しいわよ」

「そ、そうか?ほんとの事を言ってくれ」

「嘘言っても意味が無いでしょ。大丈夫よ」

「20回も練習すると味が良く解らなくなって来てな・・」

「根詰め過ぎよ。昨日は遅かったんだし、今日は早く寝た方が良いんじゃない?」

「陸奥は寝られるのか!?」

「なんで?」

「昼間あれだけ寝てたじゃないか!」

「不足分を取り返した感じかな。だから今夜は今夜よ。姉さんは眠れないの?」

「いや、午後に十分疲れたから、寝ようと思えば眠れる」

「じゃ、もう寝ましょうよ」

「そうだな。下手な考え休むに似たり、だ」

長門と陸奥はそれぞれのベッドに入ると、程なく静かに寝息を立て始めたのである。

 

 

木曜日。

巡回と朝食を済ませた長門は、自室で兵装を再点検していた。

ル級には外に出るとぼかして言ったが、今日は出撃の日である。

とはいっても第1艦隊としてではなく、後輩の引率である。

鎮守府の中で練度、つまりLVで極端な差があると同一艦隊として編成しづらい。

故に秘書艦が持ち回りで、まだ成長途中の艦娘達を引率するのである。

実際、以前の鬼姫事案では諸条件を勘案すると潜水艦と重巡しか出せなかった事がある。

いつも戦艦が出張れる訳ではない。

「護れない場合があるのだから、皆の練度が上がるよう手を貸そう」

長門は引率出撃の際は、必ず艦隊の最後尾に付く。

旗艦は学ぶ事が多いし、実際練度も上がりやすい。

反対に最後尾は被弾する事が多い割に、練度は上がりにくい。

その時、長門の部屋の扉を叩く音がした。

 

「失礼いたします。今日はよろしくお願いいたします」

旗艦を務める神通が訪ねてきたのである。

「わざわざ来ずとも、集合場所で挨拶するので構わなかったのに」

そう言いながら長門は神通を部屋の中に通した。

「いえ、長門さんはお忙しいのに、付き添って頂けるのですから」

長門は冷蔵庫から麦茶を取り出そうとして、隣の瓶に目が行った。

時計を見る。十分余裕はある。

「・・神通、すまないが15分程時間はあるか?」

「はい。準備は済ませてきましたので問題ありません。予行演習でしょうか?」

「いや、ちょっと頼みがあるのだ」

「お任せください。何をすれば良いのですか?」

「味見をしてほしいのだ」

神通が首を傾げた。

 

「・・待たせてすまない。これなのだが」

「焙じ茶、ですね?」

「うむ」

神通はくんくんと香りを嗅いだ。

「良い香りですね。それでは、失礼していただきます」

「うむ」

「・・とっても美味しいです!」

「わ、私だからと遠慮は無用だぞ?忌憚無き意見を聞きたいのだ」

神通は首を振った。

「そのご心配は無用です。本当に美味しいですよ」

「そ、そうか・・」

「これ、長門さんが淹れたのですか?」

「そうだ」

「お上手なんですね・・」

そう言いながら神通はこくこくとお茶を飲み干した。

長門はうむと頷いた。最後まで飲んでくれたのなら大丈夫だろう、と。

「実は、鳳翔から茶の淹れ方を教えてもらってな」

「まぁ!」

「だが、自分で何度も練習していると味がこれで良いのか解らなくなってしまってな・・」

「そ、そんなに練習されたんですか」

「陸奥にも一応及第点は貰ったのだが、姉妹の贔屓目もあろうかと思ってな」

神通はにこりと笑った。

「陸奥さんも贔屓目なく、美味しかったんだと思いますよ」

「ありがとう、神通。今日もよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 

「皆、揃っているか?」

「はい!」

今日のメンバーは神通、皐月、菊月、三日月、龍驤、そして長門である。

長門を除き、主に支援艦隊や資源獲得の遠征をこなしている子達で、Lvは30前後。

この辺りの練度が一番悩ましい。

Lvがもっと低ければ演習に呼ばれるし、50以上なら実戦に引っ張りだこである。

多少の前後はあるが、Lv20から40の辺りは演習にも実戦にも呼ばれにくい。

大鳳組に呼ばれ、仮想演習であっという間に乗り超えた鈴谷と熊野のような例もあるが、

「ちょっと停滞する子が多い頃合い」

である。

長門はこのエリアの子達に重点的に声を掛けていた。

この位の練度になると、戦い方にも独自性が出てくる。

変なスタイルで固まってしまうと、艦隊としての行動に支障をきたす。

ゆえに、戦い方のチェックとアドバイスも兼ねていたのである。

神通は緊張した面持ちで訓示していたが、最後に

「・・という事で、本日は東部オリョール海まで行こうと思います」

と、告げた。

 

東部オリョール海。

 

重巡や戦艦など、比較的大きなクラスが出る海域である。

統計として、対潜水艦能力が少ない事もあり、潜水艦だけの隊を作って出撃させる司令官が多い。

ゆえに「恐怖のオリョクル」「潜水艦の蟹工船」「ブラック職場」などと徒名されている。

ちなみにソロルでも以前は潜水艦隊による出撃を週に何度か命じていた。

だが、伊168が着任した頃。

文月が急に、これからは毎日5回は行かせましょうと提督に進言したのである。

そして事務方と提督が資源調達について会議を開いていると、潜水艦娘達が

「ブラック労働断固反対!」

「他所は他所、うちはうちでち!」

「潜水艦にも普通の労働環境を!」

「資源調達より先に赤城さんを取り締まってください!」

という旗を持って提督室になだれ込んできたのである。

「ここは提督室ですよ・・それに、言う事が聞けないんですか?おやつを一ヶ月抜きますよ?」

殺気立つ文月にガクガク震えながらも涙目で陳情を続ける潜水艦娘達。

提督はしばらく考えていたが、

「そうだね。非常時でもないし、取締が先というのは正しい意見だね」

と、潜水艦娘達の言い分を全面的に受け入れた。

文月は苦り切った顔をしつつ、

「それならせめて遠征でちょっとずつでも稼いできてくださいね?」

「任せて、なの!」

「サボったら連続耐久オリョールクルージングですからね?」

「ひっ!」

「まぁまぁ文月、潜水艦の子達だけに強いるのは可哀想だよ。出来る範囲で、な?」

潜水艦娘達が鬼の文月、仏の提督と呼ぶのはこういういきさつがあったのである。

ちなみにその日以来、潜水艦娘達は自主的に数多くの遠征に出かけている。

「オリョールクルージング以上に遠征で稼いでますね。大体計画通りです」

月次報告の際、帳簿をめくりながら涼しい顔で文月がそう言い放った時、提督は気付いた。

文月は最初からこの展開を狙っていたのだ、と。

 

そのような背景があり、ソロル鎮守府からオリョールに出撃する機会はほとんど無い。

ただ、オリョールは熟練の潜水艦でなければ、案外難易度の高い海域である。

それでも長門は神通に任せる事にした。

万一仲間の命を危険に晒すような行為があれば、その時点で撤退させればよい、と。



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長門の場合(33)

長門が見守る中、神通は説明を続けていた。

 

「目標は、第2回戦まで行き、A勝利を飾る事とします!」

 

長門は頷いた。それならちょっと背伸びした位の目標だ。運が悪くなければ大丈夫だろう。

 

「神通、行きます!」

 

そして。

神通は重巡2、軽巡2、駆逐2を見つけたと龍驤が告げた後も最大戦速で航行した。

このため、敵がのけぞる程の至近距離で遭遇、なかば強引に同航戦に突入したのである。

長門は距離を取って神通達の攻撃を支援しながら、その動きをメモしていた。

神通は旗艦を意識し過ぎているのか、少し動きが固いな。

もう少し龍驤が知らせた後で減速していれば接敵もスムーズになる筈だ。

龍驤の艦載機捌きは安定しているな。

さすがに一航戦には劣るが、祥鳳や瑞鳳等と一緒に配備すれば十分主力を担えるだろう。

それにしても。

長門は敵弾をさらりとかわしつつ思った。

驚いたのは菊月、皐月、三日月だ。

遠征の為に球磨多摩に弟子入りしたのは知っていたが、あの動きは何だ?

戦闘開始前に三日月が小島に潜み、島の中から催涙弾で砲撃。

砲弾が着弾し、敵が咳き込んでいる間に菊月と皐月が狙い澄まして致命傷を与えている。

全くの無傷で戦闘を終えているし、攻撃の合間に神通達をアシストしている。

Lv以上に実力があるな。これなら出撃でも充分頼もしい働きをするだろう。

 

昼の戦いで敵を撃退した為、神通は皆を集め、ダメージを確認した。

神通と龍驤が小破手前、他は無傷という状況だった。

神通は頷いて言った。

 

「予定通り、更に進撃したいと思います!」

 

長門はすすっと近づき、艦載機発見後の航行速度の事だけアドバイスした。

神通はハッとしたように目を見開くと、

「すみません。突撃するのは昔の癖です。直し切れてないのですね。改めます」

と言った。

 

そして迎えた第2回戦。

「ちょ・・ちょーっち、奥まで来すぎてないかな・・あはははは」

龍驤が神通にそっと振り返った。

神通は両手で顔を覆っていた。

長門は静かに兵装を点検し、水上機の発射準備を進めていた。

手帳に物を書いている余裕はなさそうだ。

 

神通はボスから逸れるルートを進んでると思っていたらしい。

途中、それにしては多い弾薬と燃料が漂流していたのを皐月と三日月が回収したのだが、

「今日は運が良いんですかね・・?」

そう言って神通は最後まで自らの判断を疑わなかった。

だが、実際はボスに向かって真っ直ぐ向かっていたのである。

長門は気づいていたが、あえて言わなかった。

直前で逸れる可能性もあった。

逸れなくても突然かつ予想外の事態にどう応じるかを見ておくのも良いと思ったからだ。

菊月達は3人で海図を見ている。

神通がショックを受けている理由に気付いたようだった。

 

空母2、戦艦、重巡2、そして駆逐ニ級。

 

間違いなく、オリョール海のボスに接敵してしまったのである。

神通はぎゅっと両手で拳を作り、キリッとした顔になると、

「菊月さん!皐月さん!三日月さん!」

「はい!」

「複縦陣形式としますが、貴方達を第2分隊として一任します!分隊長は菊月!良い?」

菊月はすっと目を細めた。

「その期待に応えて見せよう」

神通は長門を見た。

「長門さん!eliteのヲ級をお願いします」

「解った」

「龍驤さんは左の重巡への爆撃を!」

「よ、よっしゃ、頑張るでぇ!」

「私は戦艦と戦います!」

だが、長門が止めた。

「神通、待て」

神通が振り返ったのを見て、長門はニッと笑った。

「戦艦が、居るんだぞ?」

神通は刹那の間考え、ハッとした。

「すみません!私は左の空母に行きます!龍驤さん、2回目は戦艦への空爆を!」

「よっしゃ!」

そう。

先程は1回で済んでしまったが、双方いずれかに戦艦が居る場合、攻撃は2回行える。

更に艦載機からの攻撃は大ダメージを受けやすいので、敵空母は出来るだけ早く潰す方が良い。

神通は自身が軽巡である為、「2回目」の攻撃を組み立てる経験が少なかったのである。

長門は頷いた。

強いプレッシャーのかかる状況下でも軽いヒントを与えれば神通は気付く。

もう少しで旗艦を張れるだろう、と。

 

龍驤の流星改が奇跡的に敵の戦闘機をすり抜けた。

まさに砲撃体制にあった重巡に急降下爆撃を敢行。誘爆を誘い、一発轟沈に追い込んだ。

「や、や、やったでー!う、うち大活躍やー!」

喜び飛び跳ねる龍驤。

弾着観測射撃でeliteヲ級を沈めた長門が、その様子を見て諌めた。

「龍驤!喜ぶのはまだだ!敵攻撃に注意しろ!」

「そ、そうやったー!」

仲間を沈められ、怒り狂ったもう1体のヲ級は艦載機を一斉に発射。

喜んでいて逃げ遅れた龍驤に雨あられと爆弾を降らせた。

「あっかーん!ちょっちピンチすぎやー!」

懸命に逃げる龍驤に山のような至近弾が降り注ぐ。

ついにその一発が艦橋に突き刺さる・・・が。

「ふ、不発?不発弾やね?ソロモン海のようには行かないよ、っと!へっへーん!」

つまんで敵の方に放り投げる龍驤。いわゆる攻撃ミスだ。

ホッとする龍驤に長門の言葉が飛んで来る。

「龍驤!運に頼るな!戦闘終了までしっかり対応しろ!」

「すんませーん!」

長門はハッとした。

しまった。そろそろ敵戦艦が捕捉に入る。

龍驤が狙われたら、あの装甲では戦艦の主砲弾には耐えられない!

だが、観測していた水上機からの報告を聞いた長門は呆気に取られた。

まさにその戦艦が沈みつつあるという内容だったからである。

何故だ?

敵の方も一体何があったのかと呆然としている。

その時、長門の視線の先で、もう1隻の重巡が攻撃を受けて沈んだ。

背後からの攻撃で。

長門は神通を探した。

神通はヲ級の前で、艦載機攻撃を猛スピードと急回頭でかわしながら魚雷を発射していた。

魚雷が良いコースでヲ級に迫る。ダメージは確実と思われた、その時。

 

ドドドーン!

「!?」

 

今度はそのヲ級が、背後からの猛攻を受けて大破した。

追い打ちをかけるように正面から神通の魚雷が命中し、轟沈して行った。

長門は煙を避けながら、敵の数を数えた。

おかしい。駆逐艦が1体居た筈・・・

そうだ。菊月達は?

 

その時。

 

ザバァアァ。

「!?」

長門の目の前に、駆逐ニ級が海の中から浮き上がって来た。

長門がとっさに砲を構える。

だが。

「案ずるな。我々だ」

 

駆逐ニ級の下から声がしたかと思うと、菊月達が現れた。

良く見ると駆逐ニ級は動けないよう縛られていた。

長門はハッとして、菊月に尋ねた。

「ま、まさか、こいつを囮に使ったのか?」

皐月がシュノーケルを外しながら、にこっと笑って答えた。

「深海棲艦は味方の真下に艦娘が居ても気づかないんだよ。遠征中に偶然見つけたの!」

神通が龍驤を連れ、そっと近づいて来た。

「皆さん、無事ですか?」

三日月が頷いた。

「3人とも無傷です」

その間、菊月がそっと駆逐ニ級の縄を解くと、真っ直ぐに見つめながら、

「我々と共に、艦娘に戻るか?逃げるか?・・それとも、散るか?」

と言った。

「・・・艦娘ニ、戻ル?」

「あぁ」

「・・・」

菊月は神通に振り向き、軽く頷いた。

つられて長門が神通の方に向いたとき、

 

「馬鹿ニスルアァアア!」

 

駆逐二級がそう言いながら、菊月に襲い掛かったのである。

 

ドン!

 

ニ級の叫びと一発の砲撃音が重なった。



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長門の場合(34)

再び向いた長門達の視界の先に、煙立つ主砲を構えた菊月が見えた。

菊月は昇天するニ級の方を見向きもせず、目を瞑り、俯いたままだった。

「・・・愚かな」

長門はその言葉の端に、なぜ刃向かったのだという悔しさがこもっている気がした。

 

ハッとした神通は長門に恐る恐る尋ねた。

「え、えっと、か、完全勝利・・・で、良いですよね?」

長門は頷き、

「ああ、そうだ。完全S勝利、だな」

と言い、続けて、

「神通、良い差配だった。菊月達を分隊化させた判断が勝利に貢献したな」

「あ、ありがとうございます」

「龍驤。艦載機攻撃は非常に安定していて良い捌きだが、戦いの途中で気を抜くな」

「ほんま、すんません。今回は肝が冷えたわ」

「三日月、皐月、菊月。お前達は本当にLv31なのか?131の間違いではないのか?」

船霊を回収してきた三日月と皐月は首を傾げながら答えた。

「なんで?」

「間違いなくLv31ですけど・・」

なんとなく、全員の注目が菊月に集まった。

菊月が長門の方をちらりと向いて答えた。

「Lvや戦いに興味は無い。遠征で鎮守府、いや、提督に恩返し出来ればそれで良い」

長門は目を細めた。

「それだけ戦いで頼りになる事を知らせれば、提督は大いに心強いだろうと思うが、な」

菊月は上目遣いに見返すと、

「・・・こんな事は、威張れるものじゃないがな」

と言ったが、ちょっと頬が赤くなっていたので長門はそれ以上言わなかった。

神通が装備を戻しながら言った。

「では、帰還致します!」

 

「長門、ゴメンダヨー。ヤッパリ150食当タリノ計500食デ御願イダヨー」

「うむ、そうだろうな」

出撃から帰った長門はその足で小浜に向かい、ル級と会話していた。

「ソノ代ワリ、コレ以上増エナイヨウ、艦娘化ノ案内ハ我々モ積極的ニヤルヨー」

「そうしてくれればありがたいな」

「長門ノ言ウ通リ、艦娘化ノ後ノ事ヲ心配シテ踏ミ切レナイ子ガ結構居タンダヨー」

「それならやはり・・」

「ウン。イツデモ読メル案内看板ヲ小浜ニ設置シテ欲シインダヨー」

「解った。それはこちらで用意する」

「頼ンダヨー、金曜ハイツモ通リ正午カラデ良インダヨネ?」

「待て、確認する」

長門はインカムで高雄達と会話をすると頷き、

「間違いない。明日の1200時に開店だ」

「長門、本当ニ今回ノ件ハアリガトダヨー」

「少しは礼が出来たかな?」

「少シドコロジャナイヨー、本当ニアリガトウダヨー」

長門はル級と握手を交わしながら、少し前に倒した深海棲艦達を思い出した。

自分は戦艦ゆえおかしな話だが、殺意を剥き出しにして戦うより、この方が良い。

「ドウシタヨー?」

「いや、ル級が居てくれて良かったと、な」

「照レルヨー、ジャア私ハ抽選会ガアルカラ帰ルヨー」

「気をつけてな」

「マタネー」

長門はル級が見えなくなるまで見送っていた。

 

提督室にて戦果の報告をした神通達に、提督は言った。

「神通、良い指揮だったね。後は慣れだね。旗艦として場数を踏もう」

「ありがとうございます!」

「龍驤も良くやったね。重巡を一発なら充分主力級だね」

「もっとほめてほめてー!」

「ただ、戦場で前祝は控えような」

「あー、気をつけます」

「菊月」

「なんだ?」

「君達は遠征で突出した成果をあげ続けてるから実力は高いだろうと思ったのだが」

「・・・あ、あの」

「うん?」

「遠征の成果なんて、いちいち、確認してるのか?」

「終了時に君達が書いてくれる報告書はきちんと読んでるよ」

「そ、そうか」

「菊月の報告書は簡潔で解りやすい。文字も綺麗で読みやすい」

「・・・」

「ありがとう、菊月。もし嫌でなければ、これからは出撃任務もこなしてくれないか?」

「・・て」

「?」

「提督の為になるのなら、そうする」

菊月の頭を、提督はそっと撫でた。

真っ赤になって俯いてしまった菊月を、皐月と三日月がにこにこしながら見ていた。

 

「・・・という訳なんだが」

「むしろ良い理由が出来たね。丁度良かったよ」

神通達が下がった後、長門はル級と話した説明看板の話を提督に報告した。

元々、提督は艦娘化の誘いをしようと言っていたので、良い理由が出来たと言ったのである。

「中将殿達は存じているが、少しでも減らす努力はした方が良いだろうしな」

提督は本日の秘書艦当番である扶桑に声を掛けた。

「えっと、扶桑さん」

「はい」

「看板は・・んー・・高雄・・かなあ?」

「いえ、高雄は今、製造から店でのサーブまでを総点検している最中ですし」

「あ!そうか!」

「睦月さん、夕張さん、それに島風さんで如何でしょうか」

「実際手がけてる子達か・・うーん・・」

扶桑は首を傾げたが、長門は肩をすくめて

「表現が心配なら、衣笠青葉で良いのではないか?」

といい、提督は

「なるほど、あの資料は見事だったからね。よし扶桑、5人を呼んでくれるか?」

「畏まりました」

「私は辞しても良いか?」

「うん、扶桑さんを通じて、後で秘書艦全員に伝えてもらうから大丈夫だよ」

「解った。それでは休ませてもらう」

「お疲れ様。どうもありがとう」

長門が去った後、扶桑はぽつりと呟いた。

「凄いな~」

「ん?どうした扶桑」

「いいえ、なんでもありませんわ」

首を傾げる提督に、扶桑はそっと微笑んだ。

 

程なく睦月達が到着したので、提督は一通り説明した。

「私達がやってる事を説明する看板、ですか?」

睦月と東雲がちょっと首を傾げながら問いかけたので、提督は

「えっとね、ここでは艦娘に戻れるし、戻っても安心だって事を伝えたいんだ」

「安心?」

「例えば東雲組で短時間で100%戻せるとか」

「ふんふん」

「戻った後、天龍達がちゃんとおさらい教育してくれるとか」

「はいはい」

「異動した後も青葉達が様子を見に行ったり、万一の時は逃げて来て良いとかさ」

そこで大きく頷きながら青葉が言った。

「なるほど!全体概要の解りやすい説明と、勧誘を兼ねた看板なんですね!」

「そういう事。衣笠達には関係者への聞き取りと看板のデザインを頼みたい」

「お任せです!」

「夕張、看板作製と設置を頼んでも良いかな?」

「工廠長てんてこ舞いですものね。解りました!」

「島風」

「なーに?」

「いつもすまないけど、夕張が看板に余計な事をしないように監修を頼む」

「はーい」

「もー、全然信用ないですねー」

むくれる夕張に、それ以外の面々からジト目が飛んだ。

「この前だって、電気ポットのコンセントが通行の邪魔だーって言ってさ」

「あー」

「一気に温まるコードレス瞬間湯沸かしポット~って誇らしげに持って来たけどさ」

「う、うん」

「スイッチ入れたら爆発しちゃったじゃん」

「蒸気弁に安物使ったのが敗因よね。うん」

だが、周囲の面々は一斉に反論を始めた。

「火力が強すぎたんだっての!」

「ちょっとニトログリセリンの配合間違えただけじゃない!」

「そもそもなんで火薬で温めようって発想になるのよ!燃料で良いじゃない!」

「アルコールランプなんて遅すぎて待ってられないわよ!理科の実験じゃないんだから!」

「ガソリンバーナーならちゃんと沸くわよ!」

「ガソリンが燃えると臭いがきついんだもん!」

だが、提督がぽつりと、

「コードが通行の邪魔にならないような場所に置けば良かったんじゃないの?」

というと、

「あ」

と言って夕張が固まった。

 

 



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長門の場合(35)

 

夕張が今気付いたと認識した青葉達は大きな溜息を吐き、島風はフォローに入った。

「夕張ちゃんは真っ直ぐなだけだよ。私が傍に居れば何とかなるって」

衣笠がそっと島風の手を握った。

「甲種危険物で劇薬だけど、頑張ってね!」

睦月達が継いだ。

「天才と何とかは紙一重です。島風さんの双肩に鎮守府の安全がかかってます!」

頬を膨らませる夕張を見て、扶桑がとりなした。

「ま、まぁまぁ。夕張さんは発電機の開発等で多大な貢献をされてるのですし」

「そっ、そうですよね扶桑さん!」

提督が肩をすくめた。

「天才と認められてるんだからな。たまに紙一重ずれるだけで」

夕張が眉をひそめた。

「ええと、それって褒められてるのか、けなされてるのか、どっちでしょう?」

「日本特有の表現だね」

扶桑が頷いた。

「玉虫色ですわ」

だが、青葉と衣笠は、あまり良い意味の割合は高くないなと感じ取ったし、納得した。

夕張が研究と言って消費する資源や資金は、最上と並び鎮守府内で突出している。

先程の例のような事故は夕張の方が件数が多く、程度は軽い。

せいぜいポットを爆発させる位ではあるが、週に1回はどこかで何かしている。

最上の方はたまにしか事故を起こさないが、1回が酷い。

食堂防衛システムの事故では結局食堂そのものを建てなおす羽目になった。

他の艦娘達は

「何であのマッドサイエンティスト達を提督は放任してるのかしら・・」

と、不思議がる声も多い。

最上が大事故を起こしても半日ほど座敷牢で再発防止策を考えなさいと言われる程度である。

夕張なんかは事情を説明するために提督室に呼ばれるが、

「ちゃんと片付けて、失敗の原因をよく考えるように」

と諭されるだけである。

それについては過去、扶桑は提督に問いただした事があるが、

「新しい事っていうのは安全策も解らない。失敗を厳罰化したら挑戦出来ないよ」

と、言った後、

「スイッチを入れる前に仲間に被害が出ないかなという配慮は学んでほしいけどね」

といって溜息を吐いたのである。

ゆえに、提督は最上や夕張に頼み事をする時は、必ず三隈と島風にも声を掛ける。

三隈達が最上達を理解した上でリミッター役になる事を期待しているし、実際応えてきた。

だからこそ提督は二人の行動をあまり制限しないとも言えるのである。

 

衣笠がまとめた。

「えっと、じゃあ私達で原稿を仕上げて、夕張さんに渡せば良いですか?」

「そうだね。夕張と島風は看板化と設置を頼みたい」

「ハイ質問!」

「なんでしょ夕張さん?」

「その看板は、夜も見ます?」

「こっそり読みたいって子も居るだろうねえ」

「わっかりました!」

「話は最後まで聞きなさい」

「ふえ?」

「だから、看板の上に、看板が読める程度の照度があるLED照明を付けなさい」

「えー」

「なに?」

「文字が光るとか、動画で説明する為に4Kディスプレイを看板風にして設置するとか」

「却下」

「つまんなーいつまんなーい!」

「今回は真面目でつまらないお役目です」

「ちぇー」

「時に扶桑さん」

「はい?」

「さっき保留にした束、持ってきてくれるかな」

「は?はい」

提督はさらさらと束をめくり、1枚の紙を取り出した。

「あぁこれだこれだ」

夕張が目を見開いた。

「ちょ!私が書いた来年度の研究開発予算稟議書!」

「これさ・・幾らなんでも高過ぎるって文月コメントがあったんだよねぇ・・」

「ま、まま、待ってください!だって広域無人索敵機の開発には色々基礎技術の開発が」

「それは文月も解ってるから、如何した物かって私に判断を求めて来たんだよねー」

夕張は提督の発言の意味する所を理解した。

「ぐ」

「・・・大人しく看板作ってくれるかなー?」

「ひっどーい!来年度予算を盾にするなんて!提督の横暴を許すなー!」

「・・・扶桑、却下のカゴに入れといて」

「みー!」

「・・・大人しく看板作ってくれるかなー?」

「しょうがないわね・・」

「文月が決めて良いよって言っておいて」

「喜んでさせて頂きます!」

「じゃあ出来栄え見て決めるから、保留のカゴに戻しておいて」

「ぐっ」

提督は皆に向いて言った。

「えっと、だいぶ回り道したけど、そういうわけで皆、よろしくね」

「はーい」

ブツブツ言う夕張を引っ張っていく島風、早速東雲達に確認し始める青葉達。

そんな皆が帰った後、扶桑がお茶を運んで来た。

「お疲れ様でした。そろそろ今日の業務を終わりに致しませんか?」

「ありがとう。その前にちょっと状況整理に付き合ってくれるかな」

「解りました」

「今回の深海棲艦事案だけど、まずは大本営への説得は完了」

「はい」

「追加食糧の発注は事務方に依頼済、保管場所は調理室の冷蔵庫」

「はい。港から保管場所までは地下鉄経由で運びます」

「食事の調理は各班持ち回りで毎日500食、デザートは高雄達が地下工場で製造」

「シュークリームを1万個ですね」

「うん。出来た料理とデザートは地下鉄というかトロッコ列車で輸送」

「トロッコ列車は運行試験まで工廠長が実施済、現在は高雄さん達がリハーサル中です」

「地下通路は工廠前で一旦地上に出て、更にトンネルで小浜へ続く」

「地下通路出口は600mm鋼板の非常扉があり、いつでも封鎖出来ますわ」

「その動作試験も終わってるよね?」

「ええ。工廠長さんの報告書にありました」

「トンネルの建造も終了」

「トンネルは両端を非常扉で閉められますし、中央にある階段で山の上に出られますわ」

「ハリケーンの高波対策だね」

「はい。もちろんテスト済です」

「店舗の方も完成、喫食用の丸テーブルと椅子、それにクッションも準備済」

「喫食セットは店舗と反対側の倉庫に全数仕舞えます」

「店の調理場の動作確認はされてるかな?」

「菓子店は高雄さんがリハーサルでやってます。料理屋の方は工廠長さんがしていますね」

「後はリハーサルの完了報告と、作ってもらってる看板を立てれば良い、か」

扶桑はリストを追っていたが、

「ええ、それで良いと思います」

「やっとここまで来たね」

「はい」

扶桑が頷いた時、提督室の扉がノックされた。

「どうぞ、お入りください」

「失礼致します!最終リハーサルが無事完了致しましたので、ご報告に参りました!」

「ありがとう。実際やってみてどうだった?」

高雄は少し頬を掻くと

「料理とお菓子では結構勝手が違いますね。運び方とかも」

「あー、シュークリームは潰れやすいか」

「そうですね。ただ、4回目のリテイクで概ね問題は無くなりました」

「全部一度に運ぶの?」

「いえ、2500個ずつ作っては運びます。追加するかは当日の様子次第です」

「そうだね。その方が無駄が出ないね。ところで高雄」

「はい」

「調理班の方を配慮する余裕はありそうかな?」

「ええ。リハーサルでもそれを見越した人員配分にしています」

「さすがだね。ハッキリ頼んでなかったから無理かなと思ったんだけど」

「ご心配なく」

「うん。高雄に任せて良かったよ」

高雄は頬を染めると、少し俯いた。

「それじゃ、明日から忙しいと思うから、休みなさい」

「はい!では失礼いたします!」

高雄が帰ったのを見て、提督は扶桑に言った。

「よし、看板はそう早く出来ないだろうし、今日は閉めようか」

「解りました」

「扶桑、今日もありがとうね」

「はい」

「じゃあ看板の件と確認が済んだ事、すまないけど秘書艦の皆には伝えておいてくれ」

「解りました」

「では本日閉店。お疲れ様!」

 



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長門の場合(36)

そして、金曜日の朝を迎えた。

「・・・」

長門はいつも通りの巡回を行っていた。

そして最後に立ち寄った小浜でポリポリと頬を掻いた。

 

ゴミ1つ落ちてない浜は予想していたが、飾り付けまでされている。

どう考えてもこんな時間から高雄達が準備する筈が無い。

浜の両側に大きな花輪がいくつも並び、

 祝料理屋開店!カレー曜日愛好会一同

 祝菓子店開店!深海棲艦ご近所一同

等と書かれている。

長門は傍まで寄って確かめたが、ちゃんとした花輪である。

深海棲艦達は一体どこで用意したのだろう。

・・・地上組、か。

「オハヨウゴザイマス」

振り返るとル級とカ級が立っていた。

「おはよう。立派な花輪だな。ありがとう」

だが、ル級は肩をすくめた。

「オ祝イノ気持チハ確カナンダケド、実ハ苦肉ノ策ナンダヨー」

「何がだ?」

カ級が継いだ。

「モウネ、皆昨夜ノ抽選会カラ超絶ヒートアップシチャッテ」

「あー」

「徹夜デ並ブトカ、1番ハ俺ダトカ、祝イノ品ヲ渡ストカ大騒ギニナッチャッテ」

「・・先日の大群衆の件も考えると、解らなくはないな」

「ダカラ未明マデ掃除シテ、高雄サンニ断ッテテーブルトカ並ベテネ」

「うむ」

「ソレデモ元気ガ有リ余ッテル子達ニ花輪買ッテキテモラッタノ」

「地上組の店か?」

「ソウイウ事。夜中ニ買イニ来ルナッテ怒ラレチャッタヨー」

「他の皆は?」

「サスガニ疲レ果テテ明ケ方ニハ寝チャッタヨー。昼ニハ起キテ来ルヨー」

「我々も準備はすべて済ませた。初日は色々あると思うが、よろしく頼む」

「コチラコソ、ヨロシクダヨー」

その時、カ級が長門に近づいた。

「うん?なんだ?」

「私ネ、私ネ、昨夜ノ抽選会デ生マレテ初メテ当タッタヨ!」

「おー、良かったじゃないか!」

「ホントニ嬉シクテ、マダ眠レソウニナイ!」

「喜び過ぎて寝過ごすなよ?」

「モウ食ベルマデ寝ナイヨ!食ベタラスグ寝ルヨ!」

「頑張れ。昼までもう少しあるが、メニューを楽しみにしてると良い」

「ウン!」

ル級達と別れた後、長門は提督室に向かった。

コン、コン。

「どうぞ」

提督室のドアを開けると、食事を済ませた加賀と提督が居た。

「おはよう、加賀、提督。もう執務に入ってるのか?早いな」

加賀は肩をすくめた。

「今日は昼から小浜で何かあるかもしれないので、それまでに済ませる事にしたのです」

提督はハンコを押し終えて顔を上げた。

「で、どうした?巡回で何かあったか?」

長門は頷いて、顛末を報告した。

 

「予想以上だねえ」

「あぁ。いくら体力を使わせようという目的でも、花輪まで用意するとは思わなかった」

「今日の調理班は誰だっけ?メニューも解るかな?」

加賀はパラパラと資料をめくったのだが、顔がこわばった。

「ど、どうした加賀?」

加賀はゆっくりと提督に顔を向けると、

「そ、それが、お好み焼きランチだそうですが・・」

「なんか変かな?」

「金剛さんの班なのですが、何故か、比叡さんが追加されてます・・・」

「へー」

平然としている提督に対し、長門は目を見開いていた。

「ちょ、ちょっと待て!何故比叡が入っている!」

加賀は提督の机をドンと叩いた。

「よ、よよ、宜しいのですか?」

「良いんじゃない?比叡のお好み焼き、結構おいしかったよ?」

長門と加賀は提督に詰め寄った。

長門はそっと、提督の額に手を当てた。

「・・熱は無いようだな」

「あれ?数日前のソロル新報読んでない?」

「は?」

「何の記事だ?」

提督は棚からソロル新報のバックナンバーを手繰り始めた。

「ええと・・ああ、号外扱いか。青葉達もよっぽど慌てたんだな」

そこには

 

 「祝!比叡さんお好み焼きに成功!」

 

という1枚物の号外が綴じられていた。

加賀と長門は食い入るように読んでいたが、

「ひ、比叡が・・あの毒薬としか言いようのないカレーを作る比叡が・・・」

「カレーとグラタン以外は普通に作れる・・そんな、馬鹿な・・・」

「二人とも随分だね」

二人はギッと提督を睨んだ。

「比叡がカレーの試食をしてくださいと言って来た時の恐怖感を知らないから言えるんだ!」

「そうです!皮付きのスイカとかが浮いてるルゥにスプーンを刺さないといけないんですよ!」

「そもそもルゥの色が蛍光緑とか訳解らない色なんだぞ!?」

提督は二人をなだめた。

「まぁまぁ、過去に悲惨な体験があるのは良く解ったよ。トラウマを引きずり出して悪かったよ」

「まったく」

「ご理解頂ければそれで」

「でもね、私はそのお好み焼き、食べたんだよ」

二人が目を見開いた。

「ゆ、勇気あるな、提督・・具はなんだ?マンボウか?サンゴか?」

「医療班は待機させていたんですよね?」

提督は肩をすくめた。

「榛名から事前に、カレーとグラタン以外は大丈夫と聞いてたんでな」

「そういう事か」

「では、金剛さん達は御存じだったのですね」

「一緒にお好み焼き練習してたからね」

ようやく二人が安心したと言う顔をした。

「初日から重症者続出で病室が満員なんてシャレにもならないからな」

「文字通り深海棲艦達と全面戦争になってしまうでしょうし」

「あのお好み焼きなら大丈夫だってば」

「解った。それなら良いだろう」

「なんなら、書類が早めに上がったら調理室と工場を見に行こうか?」

加賀が頷いた。

「それでは流れ作業で処理しましょう」

「加賀さん慎重だね」

「万一を心配してるだけです」

「解った。じゃあ加賀さん、頼むよ」

「了解しました。あ、長門さん」

「なんだ?」

「宜しければ、別働隊として」

「うむ。これから金剛の部屋へ様子を見に行ってこようと思う」

「お願いします」

提督は溜息を吐いた。

「本当に酷い目に遭ったんだね」

二人は深く頷いた。

 

トン、トン。

「失礼する・・・ぞ・・・」

ガラリと扉を開けた長門はジト目になった。

「あ、す、すみません。御見苦しい所を」

「早く起きなさ~い!」

「ぎ、GiveUpネ・・霧島・・」

「zzzZzzzZZZ」

金剛の頭を左右から拳骨を当ててグリグリしている霧島。

比叡を両腕で高く持ち上げている榛名、それでも寝ている比叡。

長門は溜息を吐いた。

「毎朝の光景、なんだな」

榛名がドスンと比叡を布団の上に落としながら言う。

「ええ。こんな感じです」

それでも比叡は起きなかったので、長門は頷いて訊ねた。

「榛名、教えて欲しいのだが」

「はい?」

「その、比叡は、お好み焼きを食べ物として作れるのか?」

榛名は霧島と顔を見合わせた後、溜息を吐いた。

「カレーの試食では何度もご迷惑をおかけしてますものね・・」

「い、いや、それを蒸し返すつもりはないのだが・・」

霧島が継いだ。

「今日の当番表をご覧になって、心配で様子を見に来られたのですね?」

「その通りだ」

「比叡姉様は、何故かカレーだけは本当にBC兵器並の物になってしまうのですが」

榛名が頷いた。

「カレーとグラタン以外は本当に大丈夫です」

長門は一段声を潜めた。

「後で提督と加賀が調理室と工場を巡回するのだ」

霧島が頷いた。

「加賀さんが秘書艦なら、提督の身を心配されるのも無理はないですしね」

榛名が継いだ。

「ただ、提督は先日召し上がってるんですけどね」

「そうらしいな。提督は美味しかったよと言っていた」

「ええ、お持ち帰りになったほどで、比叡姉様がとても喜んでました」

「そうなのか」

「後でそれを赤城さんが美味しく召し上がったと聞いて、比叡姉様笑ってました」

長門はなるほどと頷いた。

青葉達はそのやり取りをコンクリマイクで聞いて、慌てて号外として出したのだろう。

「解った。あーその、今日の主役は金剛達だから、寝坊しないようにくれぐれも頼む」

「お任せください!」

「どんな手を使ってでもお姉様達をしっかり起こします!」

「榛名達なら間違いはなかろう。では頼んだぞ!」

 

 




今更ですが、1ヶ所訂正しました。


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長門の場合(37)

物語の途中ですから・・感想、書き辛いですかね。
ただ、どれくらいのネタを長門編に盛り込んで良いかそろそろ迷ってます。
好評なら拡張路線、それ以外なら集約路線に入ります。



長門が地下に続く階段を降り始めると、ふわりと良い香りが鼻をくすぐった。

「バターの香り、だな」

長門は自然と笑顔になった。恐らく潮であろう。

果たして潮は自分の厨房で忙しく働いていたが、長門が驚いたのは

「高雄達・・もう始めているのか」

そう。

広い工場の中で、ゴウンゴウンと大小様々な機械が動いている。

高雄達は白衣やマスク、ゴム手袋といった完全装備で機械の間を歩いている。

長門の姿に気付いたのか、愛宕が長門の居る通路まで出てきた。

「おはようございまーす」

「この時間から始めないといけないのか?」

「いえ、2時間もあれば良いんですけど・・」

「うん?」

「調理班の万が一に備えて、我々は早めに済ませておきましょうって姉さんが」

「・・・比叡、か?」

愛宕は頷いた。

「先日、お好み焼きを成功させたのは存じてるんですけど、それでも万一はありますから」

長門と愛宕は顔を見合わせて苦笑した。

やはり過去を考えると、にわかには信じられないのである。

「調理場から一番近いのはここだ。最悪の事態の時には助けてやってくれ」

「短時間で作れるように、ラーメンのセットは備蓄してあります」

「準備万端だな」

「賞味期限は1ヶ月ありますから、その間のどこかで誰かが失敗した時の予備なんですけどね」

「まぁ、可能性は十分あるだろうな」

「折角心待ちにして頂いてるのなら、美味しいのを届けたいですものね」

「うむ。愛宕達が居ると安心だ。すまないが頼む」

「はーい、じゃあすみませんが、作業に戻りますねー」

「ありがとう」

長門は線路に並行して続く地下通路を歩いていた。

調理場前の駅の前で、調理場に続く通路を見て立ち止まった。

「・・予想以上にものものしい感じだな」

まだ誰も居ない調理場の入り口は、鈍く光る鋼鉄製の扉で閉ざされていた。

入口の脇には何やら操作する為のパネルが小さく見えている。

なんとなく近寄ってはいけない予感がした長門は、そのまま踵を返そうとした。

「おはようございます」

長門は背後からかかった声にびくっとした。

「た、龍田か・・おはよう」

「どうかしましたかー?」

「今日から開始ゆえ、様子を見に来たのだ。そうだ、セキュリティはどうだ?」

龍田は静かに微笑むと

「昨夜、赤城さんがかかりました~」

長門は手を額に当てた。もう挑んだのか。

「・・一応聞くが、被害は?」

「ありませんよ~?」

「設備等の破損、ならびに赤城のダメージは?」

「設備は無事ですし、赤城さんの艤装も特段問題無いですよ~?」

長門は龍田の言い方に引っ掛かった。

「・・どういう事だ?」

「うふふふふ~」

「・・まぁ、いずれにせよ、いよいよ開始だな」

「そういえば、なかなか良い看板になりましたね~」

「うん?」

「小浜の勧誘看板、ご覧になってないんですか~?」

長門はハッとした。花輪に気を取られていた。

「すまん、どの辺りにあった?」

「トンネルの小浜出口側の真上ですよ~」

「ありがとう!確認してくる!」

長門が去った後、龍田はリモコンのスイッチを押した。

鈍く光る鋼鉄製の扉の手前の床がぱかっと開き、金属の檻がせり上がってきた。

檻には赤城が入っていて、眩しそうに手をかざしている。

龍田は溜息を吐きながら近づいて行った。

「開始前日夜に忍び込もうとは良い度胸ですね~」

「・・・」

「今日から皆さんが成功させようと一生懸命練習を重ねてるというのに・・」

「・・・」

「というわけで、赤城さんには専用の罰をご用意しました~」

「・・?」

「そろそろ、皆さんが調理をしにやって来ます~」

「・・・」

「赤城さんにはこのまま居て頂きます」

「・・・」

「今、赤城さんの居る所は、換気扇の導風路です~」

「・・?!」

「檻越しに美味しそうな匂いを満喫してくださいね。あ、ご飯は夕方まで抜きです~」

「んなっ!」

「もうやらないと約束するなら晩御飯だけは食べさせてあげます~」

「まっ、まだ朝食前ですよ!?」

「3日位放置しましょうか~?」

「止めてください死んでしまいます」

「お手洗いは檻の中にありますので、それで脱獄という手は通じませんよ~」

「あっ!ほんとにある!」

「ちなみにこの檻を知ってるのは私だけだから、大声あげても誰も来ませんよ~」

「ひっ!」

「じゃ、そういう事でー」

 

パタン。

赤城は暗闇の中で溜息を吐いた。

龍田の防衛システムはやはり工廠長のそれとは比較にならなかった。

 

赤城は昨夜、高雄達が引き上げたのを見計らって地下に入った。

調理室の通路に入る手前で小さな手鏡を通路にかざし、防犯カメラが無い事を入念に点検する。

明らかに手慣れた動作だった。

だが。

いつもの工廠長の作りなら、いかにもという防犯カメラがあるのに今回は何度見ても無い。

「困りましたね・・」

索敵をきちんとして敵状を押さえなければ作戦を始めるのは危険です。

しかし、何度見ても通路には何も無いとしか言いようがありません。

単に部屋の中だけのシステムという可能性もあります。

でも、システム設計者はあの龍田さんです。

そんな甘い事をするでしょうか?。

赤城はしばし考えたが、それでも欲が勝った。

虎穴に入らずんば虎児を得ず!全力で参りましょう!

そう言って赤城は操作パネルまで忍び足で歩み寄ったのだが、

「・・・あれ!?」

操作パネルにあと1歩という所で床が抜け、どさりと落ちたのが檻の中だったのである。

「あいたたた・・・」

腰をさすっている間に素早く蓋が閉まり、周囲は真っ暗になってしまった。

「うえー、ここどこですかー?」

しばらくは手探りで檻を揺さぶったりしていた赤城だったが、やがて諦めた。

金属の厚みや重量感が半端ではない。こんな堅牢な檻では勝ち目はない。

この狭いスペースでは艦載機も発艦出来ないし、砲撃すれば自分にも被害が及ぶだろう。

「しょうがないですね・・」

そう言って、諦めて檻の中で寝ていたのである。

 

「はー、朝昼と続けてご飯抜きなんて・・」

赤城は再び暗くなった檻の中で肩をすくめると、懐から袋を取り出した。

忍び込む前に資材庫で失敬したボーキサイトである。

「隠し味にするつもりが非常食とは・・慢心してはダメですね」

小さな欠片をポリポリと齧ると、赤城は溜息を吐いた。

 

「おおぉ・・・」

トンネルから出て振り向いた長門は思わずうなり声をあげた。

これだけ離れているのにしっかり字が読める。

派手過ぎず、堅苦しさも感じないオシャレなデザインで、文字も読み易い。

艦娘化とはどんな事をするのか、鎮守府で何が学べるのか、異動先の不安にどう答えているのか。

短い文章を重ねて端的に説明しているが、

「気持ちがよく籠っていて良い文章だ。胸が熱いな」

長門は苦笑した。

こういうセンスを青葉は持ち合わせているのに、どうしてソロル新報はああなんだろう?

 

 



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長門の場合(38)

「皆さーん!ちゃんと昨夜は寝ましたカー!?」

「はーい!」

「練習通りしっかり頑張って500食作りまショー!」

「はーい!」

金剛の勢いのある声に、班員である最上達は慣れっこだった。

「じゃー本日の分担を決めマース!一人1本引いてくだサーイ!」

金剛が持つ筒から竹串の柄が飛び出している。

引きぬいた竹串は、先端に色が塗られていた。

「では、当番一覧デース!」

今日のメニューは班員で話し合って決めたので全員が解っている。

誰がどのパートを作っても良いように練習もしている。

なので、誰がどこをやるか、誰と一緒になるかは当日決めようという事になった。

これは金剛の提案だったが、

「ちょっとドキドキするね!」

「たのしみだねー」

という事で採用されたのである。

仕事にちょっとした楽しみを盛り込むのは金剛らしいところである。

様子を見に来た愛宕はくすっと笑うと、そのまま工場に戻っていった。

 

まもなく1100時になろうかという時。

金剛達は保温庫と共にトロッコ列車に乗っていた。

「Yes!皆さーん!数は間違いないですカー!?」

「イエーイ!」

「お好み焼きは美味しく焼けましたカー?」

「もっちろんです!」

「保温庫は全て固定しましたカー?」

「はーい!」

「じゃあ出発進行デース!お店に行きまショー!」

「イエーイ!」

こうして、金剛達は上機嫌で調理場を後にしたのである。

 

その頃。

 

ぐーきゅるるー・・きゅるるくー

 

檻の中で赤城は突っ伏していた。

こ、この刑は、凄まじいですね・・・座敷牢なんて物の数に入りません。

お好み焼きが焼け、ご飯が炊ける素敵な香り。

それが延々と、それも出来立てほやほやの状態で襲い掛かってくる。

換気扇が止まった後もいつまでも微かに香っている。

暗闇の中で想像だけが猛烈な勢いで膨らんでいく。

口の中は涎で一杯になるが、食べるどころか見る事すら出来ない。

「あぁ、豚玉、ネギ焼き、海鮮ミックスぅ・・」

頭の上でお好み焼きがひらひらと踊る。

ガバッと半身を起こして掴もうとするが、当然掴めない。

「あぁ・・ひとくち・・・ひとくちだけぇぇ・・・」

がくりと赤城は肩を落とし、再び突っ伏した。

さすが龍田さんの考える刑罰です。何というかこう、精神的にずっしりきます。

でっ、でも、まだ!まだ降参致しませんよ!

次こそは!次こそはああああ!

でも・・お腹空きました。

 

「Oh?テートクー?」

「加賀さんも、どうしたんですか?」

「花輪を見たいと提督が仰いまして」

トロッコ列車が小浜の店に着いた時、浜には提督と加賀が立っていた。

書類仕事が予想より長引き、調理場への巡回が間に合わなかったのである。

「看板も出来たって聞いてね。皆の様子も見ようかと思って。どうだった?」

最上がポリポリと頬を掻いた。

「衛生用の白衣とか手袋とかフル装備で調理し続けると結構暑いもんだね」

涼風が頷いた。

「最初は冷房が寒いって思ってたけど、途中から汗かいたよー」

「大量に火を使うからね。ただ、空調はもう少し強くても良いって事だね」

「最初は寒いけど、その方がアタイは良いと思うなー」

「加賀、工廠長に伝えておいてくれるかな」

「解りました」

その時、甘味処から摩耶が現れた。

「よっ金剛、予定通りだな」

「まっかせなサーイ!うちの班員はベストメンバーなのデース!」

「えっと、ここまでで具合悪い奴はいるか?」

「皆さん大丈夫デスカー?」

「はーい!」

「よし、じゃあ昼飯にしときな!」

「へっ?ま、まだ1110時ですよ?」

摩耶が肩をすくめた。

「奴らは1200時にはキッチリ列を作って待ってる。1400時まで水も飲めないぜ」

「そ、そんなに忙しいデスカー」

「だから今の内に喰って、しっかり体力つけとけ!」

「アドバイスThankYouネー!じゃあ皆さん!ランチを頂きまショー!」

「はーい」

提督がそっと金剛達の昼御飯を見ると、案の定だったので聞いた。

「失敗しちゃった分を食べるのかい?」

「ちょっと焼き過ぎたとか、形が崩れちゃった分デース。食べるのは問題ありまセーン!」

「どうせなら美味しくて形が良いのをあげたいじゃないですか!」

加賀が何か言いたそうにしていたので、提督は笑って訊ねた。

「比叡が焼いたのはある?」

「あ、これです。ちょっと大き過ぎたので不公平かなって」

「それ、もらって良い?」

「えっ!?い、良いですけど、提督が召し上がるならもっと良い物を・・・」

「良いから良いから、あ、箸貰うね~」

「あ、あううう」

戸惑う比叡を背に、皿にお好み焼きを乗せて提督が戻ってきた。

加賀はごくりと唾を飲み込み、半歩後ずさる。

「そんなに怖がらなくても・・はい、お箸」

「あ、ああ、ありがとうございます・・」

「じゃあ私が先に・・」

「いっ、いえとんでもありません。私が、さ、ささ、先に・・」

「んー」

躊躇う加賀に、提督はさっさと小さな一切れに切り分け、箸でつまむと加賀に差し出した。

「ほれ、あーん」

「!?」

「あーん」

「・・・・あ、あーん」

パクッ。

加賀は真っ赤になりながらもぐもぐと食べていた。

これがたとえ致命傷になっても、加賀は思い残す事はありません。

赤城さん、貴方を残して沈んでしまうかもしれないわ。ごめんなさいね・・・

・・・もぐもぐもぐ。

・・・あれ?

 

「えらい長い間噛んでるね。そんなに噛み応えのある具が入ってるの?」

そう言いながら提督はひょいと一切れつまんで食べた。

「!」

加賀はそれを見て更に真っ赤になった。

か、かか、間接・・・ああああ。

「どうした?そんなに熱かった?」

「い、いいいいいいえ」

「どう?美味しいでしょ?」

「あ、あああ、味がさっぱり解りません」

「小さ過ぎたか。じゃあもう一つ」

「えっ、えええええ?」

「ほれ、あーん」

「あ・・あーん」

 

長門はそんな二人の様子を少し離れた所から見ていたが、小さく溜息を吐いた。

加賀は間接キスとあーんで味どころの騒ぎではない筈だ。

あれだけ解りやすい反応をしてるのに、100%提督は気付いていない。

なぜあそこまで解らない?

だが・・・

胸の中にチリッとした思いが募るのを、長門は感じた。

少し躊躇ったが、2回目のあーんを見てサクサクと近づいて行った。

子供っぽいと言われるかもしれないが、それでも。

「提督」

「んー?」

「あ、あーん」

「なんだ、長門も比叡のお好みに興味が出て来たか。よしよし・・ほれ、あーん」

「ん」

長門はもっきゅもっきゅと噛みしめながら思った。

なんでたかだか箸で食べさせてもらっただけなのにこんなに美味しいのだろう。

「な?結構美味しいだろ?私ももう少し食べよう」

3人の様子を見ていた金剛は深い溜息を吐いた。

提督が女心に気付いたら地球から空気が無くなると言い切った日向が正しそうデース・・・

 

 



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長門の場合(39)

 

そして1150時。

「うおー・・すげぇ・・」

深海棲艦の果てしない行列を見て目を丸くする涼風に、摩耶が声を掛けた。

「落ち着いていつも通り、な?」

金剛班は深海棲艦へのサーブは初体験という事で、摩耶が料理屋に助っ人に入っていた。

「じゃあ最初は誰が受付やってみる?」

班員がもじもじしているのを見て、

「私の出番ネー!フォロミー!」

と言ったのは金剛である。

「よし。皆、聞いてくれ。はっきりと短い言葉で聞く。だからそれで解るようにしとく」

「具体的には?」

「店の前に出す為の黒板あるだろ?そこにメニューを書いて出しておけ」

「はい。私やります!なんて書きますか?」

「ええと、大盛りとか辛口とかあるのか?」

「それは無いです。何をかけるか選んでもらいますカー?」

「いや、それだと注文が複雑になりすぎて奴らが困る。その辺は統一しよう」

「じゃあマヨネーズ、ソース、かつぶし、青のりはデフォルトネー?」

「そうだ」

「じゃあご飯が居るか要らないかだけ聞きましょう!」

「よし、そんなら黒板にお好み焼き定食、ライス有り無し選べますと書け!大きくな!」

「はい!じゃあ出してきます!」

「奴らは列を乱す事もないし、大人しく待ってる。だから落ち着いてな」

「はい!」

「真心こめて対応すれば絶対伝わる。困ったらアタシが出てやるから心配すんな!」

「はい!」

「バックヤードに転びそうなものは置いて無いな?」

「これはここで大丈夫・・かな?」

「空の段ボールか?裏に放り出しておけ。通路は出来るだけ広く!」

「はい!」

その時、1200時を告げる鐘の音が鳴った。

「よっし!金剛!開店の合図だっ!」

「Hey皆さーん!開店デース!今日はお好み焼き定食デスヨー!」

深海棲艦達の放つ、わあああっという歓声が浜を包み込んだ。

長門は群衆の中にル級を見つけ、手を振った。

ル級はにこりと笑ってぺこりと頭を下げた。

提督と加賀は頷きあうと、長門に何かあったら呼ぶように言うと、そっと戻っていった。

挨拶とかをやって、変に堅苦しい場にしたくなかったのである。

 

そして1400時。

「・・・Oh、想像以上でしたネー」

「な、水飲むヒマも無いだろ?」

「恐ろしいくらいキッチリ500食だったね・・・」

「長門の事前調整がバッチリ効いてるよな」

「お、お姉様、良く立っていられますね・・・」

椅子に座って肩で息をしているのは比叡で、休憩室の畳にあおむけに転がっているのが涼風である。

6人の班員全員がこまねずみのように走り回った2時間であった。

準備はしたつもりであったが、

「アノ、出来レバ箸ヨリフォークヲ・・」

「ゴ飯大盛リハアリデスカ!?」

「スマナイ。座ッタラ椅子ガ壊レテシマッテナ・・・」

「爪楊枝アリマセンカー?」

などなど、色々な雑事に追われたのである。

ちなみに、隣で高雄達が開いている甘味処はさすがの差配であり、全くトラブルは無かった。

金剛が高雄達の店を見て頷いた。

「ほんとに素晴らしいサービスですねー・・おや?」

「お疲れ様、お茶をお持ちしましたよ~」

その高雄達の店から、愛宕がお茶とおしぼりを持って来たのである。

金剛は茶を受け取りながら感心したように、

「ThankYouネー、愛宕達は本当のプロフェッショナルデース。凄いネー」

と、しきりに褒めていた。

摩耶は

「まぁその、ずっとやってりゃこれくらい何とかなるって」

と言っていたが、褒められてちょっと嬉しそうだった。

 

「皆、大丈夫か?」

「あ、長門さん。お疲れ様で~す」

「ル級に先程聞いたが、甘味処も料理屋も好評だそうだ」

それを聞いた比叡が安心したのかへにゃんとした。

「・・そ、そうですか・・良かったぁ」

「提督もさっき、美味しいと言って食べていた。私達もそう思ったぞ」

「あ、ありがとう・・ございます。ほんとに嬉しいです」

比叡の目からきらりと光る物が落ちた。

 

「助けてもらったから手伝いマース!」

金剛達は甘味処が店仕舞いするまで自分達の片づけを行い、戻って来ていた。

結局、初日に捌けたシュークリームは5000個弱。

想定量の半分ほどであった。

そして1600時を境に、客の深海棲艦達がぱったりと居なくなった。

「不思議なくらい、どなたも居なくなりましたね」

高雄達がそう言った時、

「ゴメンダヨー!言ッテナカッタヨー!」

湾の先の方から声がしたかと思うと、ル級が数体の仲間を連れてくる所だった。

高雄達の傍まで寄ると、ル級は

「エットネ、私達ハ1600時以降ハオ邪魔シナイヨー」

「ソレデ、1600時ニナッタラ片付ケ班ヲ毎日送ルヨー」

ル級がそういうと、後ろに控えていた深海棲艦達がピッと敬礼し、浜の掃除を始めた。

「来タラスグ掃除サセルカラ、他ニモ手伝ッテホシイ事ガアッタラ言ッテヨー」

金剛はそのうちの1体を目で追っていた。

雑巾で丁寧にテーブルや椅子を拭いている。

「・・大切にしてくれてマスねー」

ル級が頷いた。

「私達ノ為ニココマデシテクレルノダカラ、当然ナノヨー」

高雄が頷いた。

「じゃあ、私達は店を、皆さんで浜と客席をお願いしましょう」

「他ニモアレバヤルヨー?」

高雄は少し考えた後、

「じゃあ、台風の時、客席をあの倉庫に仕舞って貰って良いですか?」

「鍵ハカカッテルノ?」

「いえ、横に引いてもらえば開きます。御案内しますね」

高雄とル級が行ってしまったので、金剛が

「では、私達も甘味処の後片付けをしまショー!」

と言ったのである。

 

「そうかそうか、丁度良い分担になりそうだね」

提督室に報告に来た高雄と金剛を前に、提督はニコニコしながらそう言った。

「でも初めての一日は結構しんどいデース。長門が休みに設定してくれてて良かったデース」

「そうだね。慣れないと無駄な力を使うからね。当番翌日が休みなのは正解だね」

「Yes」

「でも金剛達、高雄達のおかげで大成功で幕を開けられた。本当にありがとう」

「マッカセナサーイ!」

「い、いえ、そんな」

「もし、今日を通じて何か変えたい事、気付いた事があったら引き継いでね」

「Yes!解りました!」

「昼に聞いた空調の件は、工廠長が設定温度を下げてくれたよ」

「あー、それはGoodNewsネー」

「ゆっくり風呂に入って休んでくれ。お疲れ様!」

「はい、では失礼いたします!」

「じゃあね!提督ー!」

パタン。

 

加賀がふっと息を吐いた。

「長門さんが細かく調整したおかげで、何とかなりましたね」

提督が頷いた。

「今は互いに緊張してるだろうけど、それが解けた時が心配だね」

「毎日ですから、いつか油断もあると思います」

「大事故にならないように先んじて策を施して欲しい。秘書艦の皆に伝えておいてくれ」

「ええ、承知しました」

「ま、とにかく初日が無事済んで良かったよ」

 

 



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長門の場合(40)

赤城ファンの皆様へ。
強烈な固定概念に触れるには、それを認めてから始める必要があると、私は考えてます。
これ以上はネタバレになるので言えないのですが。


提督が安堵の溜息を吐いた頃、調理室の入口前に龍田が立っていた。

 

「赤城さぁん、そろそろお夕飯の時間ですけど~」

龍田が声を掛けても、檻の中で赤城はぐったりとしていた。

「なんだか憔悴してますけど、仰りたい事はありますか~?」

しばらくして、ゆっくりと顔を上げると

「・・ご飯は、匂いだけじゃお腹一杯になりません」

「そうですね~」

「本当にもうしませんから、夕ご飯食べさせてください」

「良いですよ~」

龍田がピピッとリモコンを押すと、檻が静かに開いた。

赤城は龍田の肩を借りながら立ち上がった。

通路の照明が眩しかったが、見える事が嬉しかった。

料理の香りだけ感じる暗闇の中、妄想と欲望に丸一日苛まれた。

自分の欲に疲れ果て、抜け殻のようだ。

もう2度とあの檻に入りたくない。あんな時間を再び過ごすのは精神的にキツ過ぎる。

・・・シャバに出るというのはこういう気持ちなのだろうか。

龍田がそっと尋ねた。

「盗もうと思うのは、どんな時なんですか~?」

赤城はしばらく考えてから、ぽつりと言った。

「待機が長く続いた時、ですかね・・」

「秘書艦のお仕事はある訳ですよね~?」

「ありますけど、提督はあまり無茶を言いませんし、事務方も居ますから」

「力を持て余すって事かしら?」

赤城は立ち止まると、しばらく考えて、

「・・そうですね。そうかもしれません」

「それならピッタリのお仕事があるんだけどな~」

赤城は龍田を見た。

「第1艦隊や秘書艦当番から外れるんですか?」

「い~え~、週に数回だけの簡単なお仕事ですよ~」

赤城は普段より思考能力が低下しているとはいえ、さすがに引っかかった。

「物凄く嫌な予感しかしないんですけど」

「提督から懲役という形で命令してもらっても良いですけど~?」

赤城はジト目になった。選択権は無いという事だ。

「・・何をすればいいんですか?」

「賢明なご判断です~」

 

コン、コン。

「失礼いたします~」

「おや、龍田に文月。どうしたんだい?」

「1つご報告がありまして~。お話しても大丈夫かしら~」

「良いよ」

 

「・・・そうか。確かに定期船は港に荷物を下ろすだけだね」

「工廠の駅からは地下鉄で運べますけど、いわゆる荷役作業は多少出るんです~」

龍田が説明したのは、昨日の朝の事である。

定期船が指定した食料を満載して鎮守府まで来たのは良かった。

だが、そのコンテナは港に下ろされた後、定期船は帰ってしまった。

「え、あれ、これって誰が調理室まで運ぶの・・・」

受け取り作業をしていた敷波は呆然とした。

「と、トロッコ駅まで運ぶといっても、40フィートコンテナですからね・・」

「大型クレーンで目一杯動かしても、駅までは微妙に距離が残るし・・・」

敷波に緊急呼び出しを受けた文月は、事情を聞いて頭を抱えた。

「とにかく、今日は事務方で運びましょう。不知火さん達にも応援を要請します!」

不知火達が到着し、荷役工程が決まった。

・定期船からコンテナを下ろす際、クレーンで出来るだけ駅に近い所まで運ぶ

・トロッコ列車を工廠前駅までコールする

・コンテナを開け、台車に積み替える

・台車をトロッコに積む

・トロッコ列車で調理室駅まで運ぶ

・調理室駅から調理室の冷蔵庫に運ぶ

これが週に2回から3回発生するのである。

「これ以上一気に注文しても冷蔵庫が無いしね・・」

「そうだね」

「というわけで、この荷役なんですけど」

「班当番に追加するかい?」

「毎日あるわけじゃないし、当番をこれ以上複雑化させるのもね・・」

「とすると?」

「そんな訳で困っていたら、赤城さんが手伝ってくださる事になったんです~」

提督はジト目になった。

「・・赤城に、食材を?」

龍田が頷いた。

「ご心配なく。事務方も一緒に作業します」

「うーん、それは事務方の仕事なのかなあ?」

「そうはいっても、適任者が・・」

 

コン、コン。

「どうぞ、お入りください」

加賀の呼びかけに応じて入って来たのは長門と間宮と潮だった。

「提督、すまない。少し良いか?」

「珍しい組み合わせだね。どうしたの?」

「間宮と潮が相談があるそうだ。聞いてやってくれないか?」

「はいよ。まぁ入りなよ」

潮が部屋の面々に気付いた。

「あ、お話の途中ですか?出直しましょうか?」

「いや、丁度行き詰まってる所だから良いよ」

「では、失礼するぞ」

入ってきた潮は服の裾を掴んで俯いていたが、長門が肩に手を置くと意を決して話し始めた。

「あ、あの、トロッコ列車を私達も使って良いですか?」

「構わないけど、理由を聞いて良い?」

「間宮さんと私は、毎日定期船から食材を受け取ってるんですけど」

「うん」

「食材は橇に乗せて、食堂までエンジン式のバギーで引っ張ってるんです」

「あぁ、今までそうやっていたんだね・・・」

「それで、バギーが跳ね上げる砂で、食材のケースが汚れちゃうんです」

「なるほど。晴れの日とは限らないしね。そりゃ大変だ」

「なので、搬送ルートを地下鉄に出来れば、とても助かるんです」

提督はポンと手を打った。

「龍田、合わせ技で行けるんじゃないか?」

龍田はしばらく目を瞑って考えていたが、

「・・間宮さん」

「はい?」

「週に2回ないし3回、調理当番用の食材も来るんです」

「あ、あの40フィートコンテナはその為の食材だったんですね」

「そうなんです。それで、荷役担当は赤城さんにお願いしたのですけど」

間宮と潮が気は確かかという目で龍田を見た。

「あ、赤城さんに食材の荷役当番ですか!?」

「コンテナごと丸飲みされちゃいますよ!?」

龍田は軽く微笑んで頷いた。

「赤城さんは、ちょっと体力を持て余すとつい手を出したくなるそうなんです」

提督はなるほどという顔で頷いた。

「だから腹ごなしさせるのね?」

「文字通り、お腹周りも減ると思うんです~」

加賀は小さく溜息を吐いた。

以前はマラソンをさせていたが、自分が朝起きられない事もあって最近は進んでない。

「ただ、間宮さんの言う通り、ついつい誘惑に負けてしまう事もあると思うんです~」

「でしょうね」

潮が展開に気付いた。

「あ、だから私と間宮さんで監視すれば良いんですね?」

龍田がにこっと笑った。

「私も立ち会います。正確には、私が赤城さんを起こして港まで連れて行きます」

長門はふるるっと震えた。

以前、天龍は時折朝寝坊をする事があったが、

「じゃあ、朝起こしてあげるね~」

と、龍田が言って以来、1度も寝坊する事が無くなった。

長門が不思議に思って天龍にその事をたずねると、

「あ、あの起こされ方は心臓に悪い。2度とされないように必死で起きてるんだ・・」

と、ガタガタ震えて答えた。

どういう起こし方かは最後まで教えてくれなかったが、あの怯え方は尋常ではない。

まぁ、赤城は朝は強い方だし、大丈夫・・かな?

提督はうんうんと頷きながら言った。

「じゃあ毎朝、間宮さんと潮はトロッコ列車で食堂用食材を運ぶ」

「ありがとうございます」

「調理室用の食材が届く日は、龍田が赤城と来て、赤城が運ぶ」

「私も手伝いますよ~」

「じゃあ龍田と赤城で運ぶ。赤城は間宮さんと潮も含めた3人で監視」

「そうなりますね~」

文月が龍田に言った。

「会長、私達も行きますよ?」

龍田が首を振った。

「提督が折角事務方の負担を軽くしようとしてくれてるのだから、厚意は受けなさいな」

「解りました」

提督が頬杖をついた。

「で、龍田さん」

「なにかしら~?」

「赤城は早速調理室に忍び込もうとしたんだね?」

「あら~、どうしてそう思われたのかしら~?」

「調理室の警備システム担当は龍田で、今日は一番食料がある日で、赤城の姿が見えないからだ」

長門がハッとしたように言った。

「そういえば、昨夜赤城が忍び込んだと言っていたな」

龍田は肩をすくめた。

「解放してあげる代わりにこの仕事を承知させたのよ~」

提督は頷いた。

「普通、複数人体制を敷く龍田が単独でと言うからおかしいと思ったんだよね」

「御名答~」

加賀は頭を下げた。

「皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません。同じ一航戦としてお詫びいたします」

「加賀さんのせいじゃないからねえ」

「それは皆解っているし、赤城もそんな事は言わないだろうさ」

「ですが・・」

「それなら加賀さん、前の日の夜は早めに寝るように赤城に言ってくれないか?」

「龍田さん、前の日の夜に教えて頂けますか?」

「良いですよ~」

「解りました。そのお役目、お引き受けします」

提督は溜息を吐いた。

「赤城が力を持て余して犯行に及ぶというなら、解消してあげよう。皆、すまないが頼む!」

全員がざっと姿勢を正した。

「はい!」

「で、文月さん」

「なんですか?」

「次はいつなの?」

「明日の朝の定期船です」

文月の答えに、提督室の中をピンとした緊張感が走った。

 




言い回し一ヶ所訂正しました。
毎度すいません。感謝です。
間違って覚えてること多いですね、私。


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長門の場合(41)

土曜日。

「おはようござ・・あらぁ、起きてらしたんですか~?」

龍田がそっと扉を開けたところ、身支度を整えた赤城が立っていた。

「おはようございます!すっかり反省した赤城ですよ!」

赤城の後ろでは加賀も起きていて、龍田にそっと頭を下げた。

龍田は目を細めた。

「行動で示してくださいね~」

赤城は振り向いた。

「では加賀さん、行って参ります!」

「いってらっしゃい」

パタン。

引き戸が閉まっても、加賀はなんとなく心配だった。

「様子を・・見に行った方が良いでしょうか?」

しばらく迷っていたが、意を決したように部屋を後にした。

 

そっと砂浜を歩いている加賀に、後ろから声がかかった。

「おや、加賀か?」

「あ、長門さん。巡回の帰りですか?」

「ああ。後は小浜の辺りだけだ。加賀は・・」

「赤城の件で・・」

「さすがに初日は大丈夫なのではないか?」

「初日だからこそ、とも言えます。あの、ご一緒して頂けないですか?」

「かまわぬぞ」

二人はそっと、港に向かった。

 

港では間宮達と龍田達が合流していた。

赤城はビッシビシに緊張した面持ちで答えていた。

「よろしくお願いいたします!」

「はーい、じゃあ台車はそっち、コンテナはこれ。中身の確認も並行してやるわねー」

「どうすれば良いですか!」

「台車に積んだ時点で私がチェックするから、OKならトロッコまで運んでね」

「はい」

「トロッコには台車ごと積んで、ロックしたら帰って来てねー」

「解りました!ロックの仕方を教えてください!」

「良いわよー、いらっしゃーい」

「はい!」

その時、間宮が手を挙げた。

「私達も一緒に習って良いですか?」

「じゃあ皆さんで行きましょうね~」

 

加賀は双眼鏡を下ろしながら、同じく双眼鏡を構える長門に言った。

「今の所、問題無さそうですね」

「・・うむ。赤城はひどく緊張しているようだな」

「妄想地獄はこりごりだと言ってました」

「なんだそれは?」

「私も解りません」

「・・ふむ、出てきたようだ」

「はい」

 

「じゃあ始めますね~、間宮さん達はまずご自身の食材を積んでくださーい」

「はい、では私達が1両目を使います」

「がんばってくださいねー」

赤城は早速、1台目の台車に食材を積んでコンテナから現れた。

「これくらいですかね?」

「これだと何回位で運べますか?」

「そうですね・・・10回位でしょうか」

「そうね、これで良いわ。でもバランスが悪ければ減らして良いわよ」

「承知しました!」

「じゃあ検品するわね~」

龍田が品物のラベルと発注書を交互に見ながら確認し始めた。

赤城は台車を固定するペダルを踏み、ハンドルに手をかけて待っていた。

 

加賀はそわそわしながら長門に言った。

「あぁ・・赤城さんが不穏な視線を・・」

長門が首を傾げた。

「積んであるのは小麦粉だぞ?生では食えまい?」

「その下にアンコの缶詰があるんですが、そこに視線が・・」

「・・・狙ってる目だな」

「ど、どうしましょう?爆撃機を出撃させますか?」

「コンテナごと吹っ飛んでしまうぞ。とりあえず龍田の手並みを拝見と行こう」

「は、はい」

 

ごくり。

龍田は台車を挟んで反対側で検品している。

赤城の右手がハンドルからそっと離れ、アンコの缶に伸ばそうとしたその時。

「死にたい船はどこかしら~♪」

赤城を見る事も無く、検品の手を緩める事も無く。

龍田がぽそりと呟いた。

赤城は慌てて手を引っ込めたが、僅かに台車が動いた。

「す、すす、すみません!」

龍田は一瞬赤城を見ると、小声で歌い出した。

「ららら~、換気扇~、妄想天国~♪」

赤城は真っ青になって震えだした。

 

「なんか様子が変わったな」

「真っ青になってますね」

「龍田が何かしたのか?」

「私には何も見えなかったのですが・・・」

「私もだ」

赤城が台車を押し、龍田が傍に付き添って歩き、駅に入って行った。

長門は双眼鏡を下ろすと

「大丈夫だと思うが、加賀はどう思う?」

「そうだと思いますが、一応最後まで見届けます」

「私も居た方が良いか?」

「いえ、大丈夫です。付き合って頂いてありがとうございました」

「うむ。では、小浜の辺りを巡回してくる」

加賀と別れてしばらく歩いた後、長門は振り返った。

加賀は物陰から心配そうに双眼鏡を構えて見ている。

加賀にとって赤城は最も長い付き合いの戦友だ。

姉妹とは違う、友としての付き合いも良いものだなと、長門は頷いた。

 

「・・・うーむ」

長門はゴミ1つ落ちてない小浜で唸った。

「海水浴場並の清潔さだな」

感心していると、海の向こうでぱしゃりと跳ねる影を見つけた。

「うん?」

ル級ではない。ル級なら帰るにせよ、挨拶をする筈だ。

双眼鏡を構えるが、そこにはもう誰も居なかった。

「・・」

手帳に「正体不明の影1つ、小浜」と書きこむと、長門は浜を後にした。

 

「どうだった?」

「ひっ!・・あ、長門さん」

「急に声を掛けてすまなかったな。そんなに驚いたか?」

「いえ、違うんです」

「どうした?」

双眼鏡を下ろした加賀は真っ赤になると、

「さ、先程提督がいらっしゃって」

「なに?提督が?」

「双眼鏡の目の前に、真下からぬうっと現れて・・」

長門は溜息を吐いた。いかにも提督がやりそうな悪戯だ。

「双眼鏡を下ろした時、もう少しで叫ぶところでした」

「よく我慢出来たな」

「一応」

「で?右ストレートでもくれてやったか?」

「そ、そそ、そんな事できません」

「そうか?私が代理でやっておこうか?」

「い、いえ、て、提督も心配してお越し頂いたそうなので」

「うん?そうなのか?」

「はい」

長門は腕を組んだ。一応心配はしていたのか。

「で、その提督はどこに行ったんだ?」

加賀がそっと指差した。

「あちらにいらっしゃいます」

長門は振り向いたが、遠かったので双眼鏡を構えた。

「・・・あー」

長門はげんなりした。

どうして砂浜で雪上迷彩の布を被っているのだろう。

砂は真っ白なのだから迷彩の黒や灰色の部分が際立って目立っている。

匍匐前進をしたいのだろうが下手過ぎる。

双眼鏡を龍田達の方に向けた。

龍田が明らかに笑いを噛み殺している。

赤城も見ないふりをしているが、肩が時折笑いに震えている。

まったく、提督は何をやってるんだ。

溜息を吐く長門に、加賀が言った。

「提督は・・わざとやってるのかもしれません」

「何故そう思う?」

「私から双眼鏡を借りて二人の様子を見た時に、仰ったんです」

「何と?」

「あれでは赤城のやりがいにはならないだろう、と」

「それとこれと、どういう関係があるのだ?」

「提督があの位置までがさごそと歩いていった時から、二人は気付いてました」

「そうだろうな」

「それまで赤城さんと龍田さんは対峙するような身構え方だったのですが」

「うむ」

「気づいた途端、二人で身を寄せ合って、笑いをこらえるようになったんです」

「・・」

「確かに集中が削がれてるという意味では良くないかもしれませんが」

「・・」

「赤城さんも、龍田さんも、楽しそうに仕事をされてるな、と」

 



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長門の場合(42)

加賀の説明を聞いた長門は顎に手を当てた。

確かに盗み癖を改めさせるには、厳しい姿勢を見せて始めないと意味が無い。

だが、仕事に意欲を持たせるには楽しさと充実感が必要だ。

その切替はとても難しい。

確かに、提督の却って目立つ間抜けな迷彩姿はその切替に役立ったようだ。

長門は再び提督に双眼鏡を合わせた。

肝心な事は・・・

「本当に提督はそこまで考えてあの姿をしているのか?本気ではないのか?」

加賀は答えを一瞬ためらったが、

「・・そ、そこまでお考えで・・あると、思・・いたい・・ですね」

「めちゃめちゃ歯切れが悪いではないか」

「い、一応私の旦那様でもありますので。そういう長門さんはどう思われます?」

「多分、上手く隠れてると思って被ってると思うぞ」

「それだと物凄く間抜けですが、それで良いのですか?」

長門は肩をすくめた。

「それでも旦那様には変わりない。自らの理想で実態と違うフィルタをかけても仕方ない」

加賀は尊敬の目で長門を見た。

だが、

「そこまで考える旦那様だったらとは、折々思うがな・・」

と言い、二人は深い溜息を吐いたのである。

 

ふえっくしょん!ふえっくし!

 

その時、盛大な提督のくしゃみが聞こえた。

「戦地なら間違いなく集中砲火を食らってるな。夜戦の探照灯よりひどい目立ち方だ」

「上空の艦載機でも気付きますね。初心者向けの的のようです」

長門はふと思った。

だが、そうだとしたら、提督は何故わざわざここではなく、浜まで行ったのだ?

ここから見ていれば森に隠れてほとんど見つかる心配はないし、実際ここにも来ている。

なにをもって、やりがいに繋げようとしているのだろう?

長門はジト目になった。どうせ本人に聞いてもはぐらかすに決まってる。

「加賀」

「はい」

「提督が浜で移動している速度に変わりはあるか?」

「そうですね。時折、なんというか、ジグザグというか、千鳥足というか」

「千鳥足?」

「ほ、ほら、今のような」

 

長門は首を傾げた。

30cm位左右に揺れながら進んでいる。

長門と加賀はその様子を注視していたが、やがてもごもごしたまま止まった。

「?」

なにをしたいのだろう?

ふと双眼鏡を龍田達の方に向けると、龍田達も気になるのか、チラチラと見ている。

「うーん」

そう言った長門の耳元で声がした。

「なーがと、何してるの?」

 

爽やかな朝の浜辺に長門の絶叫が木霊した。

 

「な、なな、なん!なんだと!?」

提督はひっくり返った長門を助け起こし、土を払った。

「ど、どうしたんだ長門?あ、あれっ?加賀まで何で蒼白になってるの?」

加賀は口をパクパクさせるが驚きの余り声が出ない。

長門がようやく砂浜を指差し、

「で、でで、ではあれは何なんだ?」

「はい?」

提督は単眼鏡で浜を見て頷くと

「あぁ、あれね」

「・・・提督が放ったのか?」

「そうだよ。ほら、朝の浜なんて動きも何も無いじゃない」

「そ、そうだな」

「だからなんか変な物が動いてれば、二人が共通の話題が出来て楽しいかなってね」

「あの中身はなんなんだ?」

「バタ足人形だよ?」

「バタ足人形!?」

バタ足人形とは、水泳教室にて正しい泳ぎ方と間違った泳ぎ方を見せる為の動く人形である。

上半身は両腕を上げたまま動かないが、足はモーターで数パターンのバタ足で動かせる。

なのでバタ足人形と呼ばれている。

「ヘルメットと白い作業服着せて、手の所に迷彩布を結んでおいたんだよ」

「だから動きがぎこちないのか」

「先日、暁達がバタ足人形を砂浜に転がして遊んでたのを思い出したんだ。面白いでしょ?」

 

その時。

 

「長門さん!加賀!ご無事ですか!?」

「敵襲ですか!?潮!参ります!」

「唐辛子パウダーは投げつければ目つぶしになるわ!」

「龍田、助太刀に参り・・あら?」

地面に座り込む長門と加賀、そして傍に居る提督。

だが、龍田達の視線が提督に集中し、

「あっ、あれっ!?あれえぇっ!」

「瞬間移動されましたか!?」

「あら~、やっぱり~人外でしたか~」

「や、やっぱり・・」

提督は顔をしかめた。

「やっぱりって・・・」

 

「事情は、解りました」

「大変お騒がせいたしまして、誠に申し訳ありませんでした」

 

龍田に土下座する提督と、それを見守る面々と言う構図である。

「本当に、本当に提督だと信じて疑いませんでした」

「慢心してはダメですね」

長門は黙ったまま腕組みをしていた。

さっきは思わず絶叫してしまったが、早朝で良かった。

鎮守府の皆に聞こえていたら非常警報が鳴ったかもしれない。

「じゃあ本当に、笑いを提供したかっただけなのね?」

「はい」

「長門さんにセクハラするつもりではなかったのね?」

「本当に普通に声を掛けたつもりなんだが・・」

龍田は長門に向いた。

「長門さん」

「う、うむ」

「先程の絶叫は、提督に声を掛けられたから、ですよね?」

「そうだ」

「提督に何と言われましたか~?」

「何してるの・・だったな」

「変な事はされてないですね?」

「声を掛けられただけだ」

そして首を傾げて加賀に訊ねた。

「変な事って、なんだ?」

言われた加賀は真っ赤になって俯いてしまった。

「うん?」

龍田はしばらく考えた後、提督に向き直った。

「提督~?」

「はい」

「提督の技術力はちょっと並外れてるの。私も含めて本物だと信じ込むくらいに」

「そうですか・・」

「だからもう少し、悪戯なら手を抜いて、解りやすく作ってくださいね~」

「畏まりました」

「じゃ、お説教おしま~い」

提督はほっと溜息を吐いたが、加賀達は数秒後、龍田に驚きの声を掛けた。

「ええっ!?ど、どうしたんですか龍田さん?」

「私に加えた罰に比べて猛烈に軽くないですか!?」

「熱でもあるのか龍田?」

「お、おお、お疲れですか?」

龍田は溜息を吐くと、

「提督は私が困ってるのを見て動いてくれただけよ。ただちょっと凝り過ぎなだけで・・だから、そこを伝える以外に何か必要かしら?」

全員が首を振った。龍田の決定に逆らうのは太陽に裸で突っ込む以上に無謀だ。

「じゃ、皆、仕事に戻りましょ。あと少しだから~」

「解りました!」

そして去り際に長門達を向くと、

「もう監視してなくても心配ないわよ~、ありがと~」

と言って去っていき、提督も

「長門、驚かせてすまなかった。人形を引き上げて私も戻る。じゃあね」

といって帰って行った。

加賀と長門は二人きりになると、ふっと息を吐いた。

「龍田は我々にも気づいていたのだな・・」

「そのようですね」

「それにしても、龍田が提督をあんな簡単に放免するなんて・・」

「以前の龍田さんでは無かった事ですよね」

長門はしばらく考えていたが、

「指輪の威力、か」

と言い、加賀もそっと頷いたのである。

 

長門がふと、思い出したように言った。

「赤城は今日、秘書艦当番では無いか?」

加賀が慌てて時計を見る。

「そうですね。まだ朝食の時間には余裕がありますが、終わりますかね?」

長門が双眼鏡で見ると、龍田がコンテナを閉める所だった。

「積み込みは終わったようだな」

加賀も頷いた。

「恐らく龍田さんは、赤城が秘書艦という事もご存じなのでしょうね」

「だから心配ない、という事か」

加賀は頷いた。龍田ならそれくらい十分考えられる。

 



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長門の場合(43)

「おはようございます!」

「おはよう・・って、意外と元気だね」

提督は朝食の膳と共に現れた赤城を見てそう答えたが、赤城は首を傾げた。

「意外って、どういう事ですか?」

「いや、朝から搬入作業やったのに元気だなと」

「起きる時間としてはちょっと早くなりましたけど・・」

赤城はてへへと頭に手をやった。

「おやつ買いこむ為に毎日台車作業やってた事もあるんで、割と慣れてます」

「あー、ボーキサイトおやつ毎晩買い占めてた事があったね」

「いっ、一応皆さんが買った後に残りを買ってたんですよ?」

「間宮さんが作った傍から売り切れるから毎日大変だったってこぼしてたけどね」

「うっ」

「ま、良いよ。じゃあ朝食にしようか」

「はい!美味しく頂けそうです!」

「それは何よりだ」

 

「・・そう言えば、提督」

あっという間に朝食を平らげた赤城が、淹れた茶を提督に渡しながら言った。

「うん?」

「研究班を支援してた子達はどうするんです?」

「ああ、山城達ね」

「そうです」

提督はさらさらと茶漬けを啜り、ちょっと考えた後に言った。

「・・結論から言うと、現状を事後承認してしまおうかと思ってる」

「といいますと?」

「名簿上は今も残ってても、他のとこで専従をしてる子が居るでしょ」

「経理方の響ちゃんとかですね?」

「そう。大鳳組で番頭役をやってる山城とかもそうだよね」

「はい」

「一方で、今は白星食品や工房では見学希望者を随時受けてくれているらしい」

「必要の無くなった業務もあるという事ですね」

「そういう事。現時点で滞ってるとも聞いてないし、名簿だけが取り残されてる気がする」

「なるほど。他にもありそうですね。では私の方で現状確認してきましょうか?」

「出来そうかな?」

「それは大丈夫かと思いますが・・ええと」

「ん?何?」

「確認には1日必要かと思います。御一人で書類作業になりますが大丈夫ですか?」

「今日はそれほど書類も無いけど、昼食時点で互いに進捗確認して午後を決めようか」

「なるほど、解りました。では膳を下げるついでに行ってきます!」

食器を片付ける赤城に、提督が話しかけた。

「・・なぁ、赤城さん」

「なんでしょうか?」

「今まで、大変かと思って回す仕事を意図的に少なくしていたんだけどさ」

「提督・・」

「そのせいで力を持て余していたのなら、すまなかったね」

「いえ、あの、私の方も黙っていてすみませんでした」

「とはいえ、確認は大変な作業だから無理しないでね。一番良いペースを探そうよ」

「・・はい!」

提督と赤城はにこっと笑いあった。

 

その頃。

長門は大本営の大和から通信が入ってるという事で、通信棟に来ていた。

「久しぶりだな大和。暗号通信とは、どうした?」

「幾つか、ね。まずはそちらの作戦。中将殿から伺ったけど・・驚く他ないわね」

「まぁその、通信だと説明しにくい事もあったのでな」

「同じ言い回しでも通信だと伝わらない事もあるから、それは解るけど」

「そう理解してくれれば助かる。幾つか、という事は他にもあるのか?」

「ええと、白星食品の事なのだけど」

「うん?どこかでトラブルでも起こしたのか?」

「逆よ。炎上している白星食品の漁船を見かけたって今朝報告が入ったの」

長門が眉をひそめた。

「ビスマルクに確認を取る。海域とかの情報はあるか?」

「あるわよ。メモは用意出来る?」

「ああ、始めてくれ」

 

「・・そうなのよ」

大和との通信を終えた長門が白星食品を訊ねたところ、会社内は騒然とした雰囲気だった。

それでもビスマルクは対策本部を抜け出し、長門を応接室に案内した。

「被害状況は?」

「漁船が2隻やられたけど、乗組員は無事脱出して他の漁船がピックアップしたわ」

「さすがに手回しが良いな」

驚く長門に対し、ビスマルクは声を落とした。

「実を言うとね、今回の事は少し前から懸念してた事なのよ」

「どういう事だ?」

「以前は私達乗組員が深海棲艦だったからDMZを張ってても違和感は無かったの」

「うむ」

「でも今、漁に出てる子は全員艦娘でしょ。DMZ張ってても疑われた事があるのよ」

「DMZを、ってことか」

「ええ。今回は深海棲艦に戻って見せろって言われて、出来なかったら攻撃された」

「戻ってみせろと言われたのか?」

「ええ。船に張ったDMZが本物かどうか確かめたかったんだと思う」

「ふーむ」

「今回の損失は大きくは無いけど、これが続けば生産出来なくなる」

「そうだな」

「どうした物かって今も会議してるんだけど、良い方法が無いのよ」

「DMZが本物と深海棲艦から認められるように、か」

ビスマルクは肩をすくめた。

「深海棲艦として漁をやってた頃には全然気にしなくて良かったんだけどね」

長門は腕を組んで唸り、ビスマルクは続けた。

「いずれにせよ、乗組員は無事だから心配ないわ」

「解った。提督には一応報告しておくぞ?」

「ええ。正式なリポートは後で書面で出すって伝えておいて」

「鎮守府側で何か手助け出来る事は無いか?」

「DMZを信用してもらえる方法があったら教えて欲しいわね」

「うーむ」

「あ、ごめんなさい。そろそろ戻らないと」

「解った。邪魔したな」

「いいえ、心配してくれてありがとう」

 

「ふむ。艦娘しか居ないからDMZを信用してくれなかったんだな」

提督の言葉に長門も頷いた。

「そうらしい。深海棲艦に戻って見せろと言われたようだ」

提督は次の書類を見ながら言った。

「・・ということは、その子達は化けられるんだね」

「あるいは、化けられる事を知っているか、だな」

「あとは、化けて漁をしている地上組が居るのを知っている可能性がある」

「・・・なるほどな」

「ま、そっちは置いておくとして、ビスマルク達の安全を考えないとね」

「うむ。どうしたら良いだろうか?」

提督は見ていた書類を却下のカゴに移し、次の書類を手にすると呟いた。

「・・あ」

「どうした?」

「ル級さんに連絡取れる?」

長門は少し眉をひそめたが、ハッと気づいたような顔になり、

「蛇の道は蛇か」

「そういう事だ」

「昼食の時に探し、居なければ誰かに呼んでもらおう」

「解った。どこまでしてもらうかは、白星食品側と相談で決めるけどね」

「ならばル級に連絡が付いたら、ビスマルクにも声を掛けておく」

「時間調整大変かもしれないけど、頼むよ」

「任せておけ。ではな!」

長門が出ようとした時、入れ替わりに赤城が昼食を携えて戻ってきた。

それを見た提督は長門の背中に声を掛けた。

「長門、ちゃんと昼ご飯は食べるんだぞ」

長門は軽く頷いて出て行った。

 

 



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長門の場合(44)

 

提督は長門と入れ違いに戻って来た赤城から中間報告を聞いていた。

「そうか。結構現状と名簿がずれていたか」

「ええ。それに、専従なのか班当番と兼業なのかがはっきりしない子も居るんです」

「例えばどの辺り?」

「ええと、大鳳組の鈴谷と熊野とか」

「どういう経緯で?」

「最初から大鳳組だった加古から、大鳳組拡張の時に声を掛けられて入ったんです」

「あーなるほど、専従化かどうかとかの話をしてなかったのね」

「そういう訳です。だから山城さんの意見とか、もう少し確認しないと扱いが見えないです」

「解った。じゃあそれは赤城の特命案件として良いかな?」

「ええ。秘書艦で持ちまわっても誰かがまとめないといけないですからね」

「頼むよ」

「お任せください!」

提督は赤城のやる気に満ちた表情を見て、任せて良かったなと思った。

 

その日の夕方。

「こちらは私共の代表のビスマルク、私は人事部長の浜風と申します」

「初メマシテ。ソロル海域代表ノル級ト、補佐ノカ級デス」

白星食品の大会議室には白星食品の関係者と深海棲艦、そして提督、長門、赤城が居た。

浜風が続ける。

「今回のお話、どこまでお聞きになりましたか?」

ル級が拳を高く上げながら答える。

「DMZヲ張ッテイタノニ漁船ガ沈メラレ、DMZヲ信用サレナクテ困ッテル、ト」

「その通りです」

「トンデモナイ事ヨー、疑ワシクテモDMZハ守ルノガ筋ヨー」

ビスマルクは溜息を吐いた。

「ただ、その約束はあくまで深海棲艦がDMZ内に居る場合、なのよね」

「マァソウダケドネー」

「だから攻撃した子達の言い分は解るのよ」

ル級は首を傾げた。

「アレ?ビスマルクサンハ、ドウシテDMZノルールヲ、ゴ存ジナンデスカ?」

「この会社に居るほとんどの子は元深海棲艦よ。この仕事もその時の副業として始めたの」

ル級が納得したように頷いたので、提督が切り出した。

「私は深海棲艦側のルールがあるのなら、それに沿った形で漁をしてはどうかと思うんだよ」

ビスマルクもル級も信じられないと言う目で提督を見た。

「な、なんだい?」

「し、深海棲艦側のルールを是とするの?」

「それが一番簡単で、攻撃から確実に乗組員の身を守れるならね」

「アノ、私ガ言ウノモナンデスガ、人間側カラスレバ勝手ニ決メラレタルールデハ?」

提督は肩をすくめた。

「我々のルールと言うか国際条約だって、人間側の勝手でしょ」

「ソ、ソレハソウダケド」

「現状の制海権は深海棲艦が握ってる。それは事実なんだよ」

「ハイ」

「ル級さんのように話し合いに応じてくれるなら話し合うけどさ」

「・・・」

「残念ながら現実は戦争状態で人間側の成果は芳しくない。話し合いなんて滅多にない」

「ハイ」

「一部の人間の記憶で、今頑張って仕事してる乗組員の命を危うくしてはいけないんだ」

「提督・・」

「というわけでね、ル級さん」

「ハイ」

「漁業やってみない?」

「ハイ!?」

その場に居た面々はあまりの急展開に目を白黒させた。

浜風は飲みかけたお茶でむせ込んでいる。

涼しい顔、というより小さな溜息で済ませたのは長門だけだった。

ビスマルクは提督の意図に気付くと、恐る恐る口を開いた。

「う、うちの漁業部隊をル級さん達に任せるって事ですか?」

提督は涼しい顔で頷いた。

「ルールどおりでしょ?」

「こ、こちらの漁法を覚えて頂くのも大変でしょうし・・」

「他に何か方法があるかい?」

「そ、それは・・え?」

ル級はカ級と二人でしばらく相談していたが、

「ア、アノ、漁業ソノモノジャナクテ、説明ト、イザトイウ時ノ応戦ナラ大丈夫デスヨ?」

と言ってきた。

提督が茶を啜っているのを見て、長門が口を開いた。

「船にはDMZを仕掛ける。深海棲艦が寄って来たらル級達が説明する」

ル級が頷いた。

「ソレデモ喧嘩売ッテクルナラ、漁船ダケ逃ガシテ、コチラデ応戦スルヨー」

提督はビスマルクに訊ねた。

「うちの海域の外に出るのは何隻位あるの?」

「ええと、確か・・」

浜風がパソコンのキーを叩きながら答えた。

「在籍船数は139隻ですが、外洋向けは90隻ですね」

「1隻ずつバラバラに行くの?」

「いえ、3隻1班の30班です」

長門が口を開いた。

「3隻を護衛するなら5人位は必要ではないか?」

ル級がカ級に言った。

「150程度ナラ・・アノ子達ニ頼メバ良イネ」

「ソウデスネ」

提督が聞いた。

「あの子達?」

「ウン。浮砲台組ノ子達」

「・・護衛に関しては信用して良いのかな?」

「元海境警備部隊ノ子達ダカラ結構実力アルシ、心配ナイト思ウヨ?」

「海境警備部隊って何?」

ビスマルクが答えた。

「巨大な深海棲艦の軍閥同士が隣接した場合、消耗戦を避ける為に互いのエリアを決めるの」

「ふんふん」

「特に好戦的な軍閥との海境付近で自分の海境線を守る護衛部隊が海境警備部隊よ」

「警備員みたいなものかな?」

ビスマルクは手を振った。

「いいえ。好戦的な軍閥は昼夜問わず隙があれば仕掛けて来てエリアを奪おうとするわ」

「ほう」

「だから海境警備部隊といえば、大体はその海域最強クラスの攻撃部隊が置かれるの」

提督が静かに深呼吸して続けた。

「要約すると、物凄く強い浮砲台が150体以上居るの?」

ル級がこくりと頷いた。

「大体250体位カナア」

カ級が首を振りつつ訂正した。

「第5班ハ人間ニ戻ッチャッタカラ200体位デスヨ」

長門はふと、思い当たる事があった。

「この間、工事中の小浜に1体来ていなかったか?」

ル級はしばらく天井を見て思い出していたが、

「ソウソウ、アノ時居タ浮砲台サンガ浮砲台組ノ組長ダヨー。ドウシテ解ッタノ?」

「解った訳ではないが、強そうで、かつ、落ち着いていたのでな」

「アノ人ハ頭良イデスヨー。ヨク仲裁シテクレルシ」

「ル級さんから話してくれないかな?良さそうなら私から正式に頼むからさ」

「大丈夫ダト思ウケド、ダメナラレ級隊ニ頼ムヨー」

ビスマルクが提督を見た。

「これは当社の問題で、提督にそこまで動いて頂く訳には・・・」

提督がにこっと笑った。

「良いじゃないの。ビスマルクも浜風もうちの所属艦なんだしさ」

「ですが・・」

「一応、ル級さんと面識があるのは長門なり私でしょ。浮砲台さんとしてもさ」

ビスマルクは少しの間考えていたが、

「すみません。これが上手く行けば本当に助かります。ル級さん、よろしくお願いします」

ル級達が立ちあがった。

「ジャアチョット話シテクルヨー、1時間位後デー」

カ級は先を行くル級に話しかけた。

「モシ、コノ交渉ガマトマラナカッタラ、本当ニ漁業スル事ニナルンデショウカ?」

ル級はぶるぶるぶると首を振った。

確かに白星食品の製品は美味しいし、自分だって末永く食べたい。

だが、ベーリング海の全てを凍らせる荒波の中でカニ漁なんて真っ平御免だ。

絶対に交渉を成功させてみせる!

 

 



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長門の場合(45)

 

ル級が交渉に出て1時間後。

「すみません、もっと天井の高い会議室を用意しておくべきでした」

「構ワナイ。慣レテイル」

ル級は交渉をまとめ、更には浮砲台組の組長を連れて来たのであった。

だが、浮砲台は巨大である為会議室に入れず、やむなく港での会議となったのである。

組長はビスマルクの方を向くと丁寧に頭を下げた。

「今日、ブイヤベースヲ久シブリニ食ベタ。美味シカッタ。コチラノ品ダト聞イタ」

ビスマルクはにこっと笑った。

「ええ。あれは結構引き合いが多いのよ」

「良イ品ヲ護ル為ニ手ヲ貸セルナラ、コンナニ誇ラシイ事ハ無イ。任セテ欲シイ」

役割の詳細についてビスマルクと組長が話し始めた。

その様子を見ながらル級が長門と提督の所にやってきて、そっと耳打ちした。

「組長ノ大好物ダッタンダッテ」

「ブイヤベースがか?」

「ウン」

提督が笑った。

「そりゃなんともタイミングが良かったな」

「ヤケニ話ガ早カッタカラ、向コウノメンバーニ聞イタンダヨー」

「カレー以外にも需要はあるものだな」

「1万体モ居レバ食ノ好ミダッテ色々アルヨー」

「そうか」

しばらくして、ビスマルクと組長が大きく頷いた。

どうやら合意に達したようだ。

ビスマルクが提督達の方にやって来た。

「浮砲台組の方達には、漁船警備として契約を結んだわ」

提督はケロッとした顔で言った。

「それが一番妥当だろうね」

ル級はあれっという顔をして提督を見た。

「サッキハ漁業ヤッテミナイカッテ聞キマセンデシタカー?」

提督は目線を逸らしつつ答えた。

「あれー、そうだっけー?」

「ソウダヨー、ダカラ一生懸命交渉シテキタンダヨー」

言った後、ル級がハッとした顔になり、

「マサカ、最初カラコノ結末ヲ見越シテ、ワザト酷イ話ヲ先ニ持ッテ来タ?」

「そんなことないよー」

「ドウシテ棒読ミデスカー」

「そんなことないよー」

「目ガ泳イデマスヨー」

「そんなことないよー」

ジト目でずいずいと提督に迫るル級を見て、長門がインカムで会話した後、とりなした。

「まぁまぁ、今回ル級が頑張ってくれた事には礼をするぞ」

「ドンナ事デスカー?」

「明日の昼食は、オムライスだ」

ル級がぎゅいんと長門を向いた。

「ホントデスカー!?」

「私が今まで嘘を吐いた事があるか?」

「ナイ!」

「そういう事だ。楽しみにしててくれ」

「スル!ヤッタ!明日ハホームランダ!」

飛び跳ねて喜ぶル級を見ながら、提督はそっと長門に言った。

「ありがとう、長門」

長門はくすっと微笑んだ。

 

翌日。

提督室に朝食を運んで来た長門はくすくす笑っていた。

「おはよう。どうした長門、楽しそうだね」

「い、いや、今朝巡回したのだがな」

「うん」

「ル級がそれはそれは嬉しそうに浜の掃除をしていたのだ」

「あー」

「本当にオムライスが楽しみなんだな、と」

「今日のメンバーは誰だっけ?」

「利根姉妹と陽炎達だな」

提督が頷いた。

「筑摩が居るから大丈夫かな」

長門が頷いた。

「陽炎も上手だからな。今日はどんなメニューでも安心できる」

「そう言えば、班編成で心配な日ってあるの?」

「ええと・・」

長門はリストを見ていたが、

「心配な連中は見事なまでに秘書艦や専従班に入ってるからな・・・」

「そうなの!?」

「調理と科学実験を同一視してる夕張も専従だし・・」

「あー・・」

「生まれてこの方包丁を持った事が無いと豪語してる那智も専従だしな・・」

「うーむ・・」

「逆に調理の上手な時雨、黒潮、敷波、叢雲なんかは惜しいな」

「全部事務方じゃない」

「うむ。不知火や初雪が調理してる姿は全く見た事が無いが、文月や霰も割と上手いと聞く」

「へー」

「調理に関してはあまり器用ではない扶桑も秘書艦だからな」

「へぇ、扶桑さんが・・意外だねえ」

長門は軽く頷いた。

「ところでどうする?朝食後にビスマルク達の様子を見に行くか?」

「あぁ、浮砲台組が今日から早速護衛してくれるんだったね」

「初出撃、だからな」

提督がふふっと笑った。

「なんだ?」

「いや、深海棲艦に護衛してもらう艦娘の乗る漁船って、他所じゃ考えられないよねぇ」

長門が肩をすくめた。

「ここでしかありえないだろうな」

「そうだね。よし、朝食を食べたら行きますか」

 

「提督、おはようございます。どうされたんですか?」

ビスマルクは驚いていたが、提督はニコニコしていた。

「ちょっと、皆さんに挨拶をと思ってね」

そう言うと提督は海で待機していた浮砲台達の前まで行くと、帽子を取って話し始めた。

「うちの娘達がお世話になります。皆様のご協力を頂ける事はとても心強い事です」

「皆様の護衛は必要以上の波風を立てず、この白星食品が存続する為の唯一の希望です」

「波風の強い海、暑さ寒さ、説明を聞いてくれない相手、様々な困難があると思います」

「ですがどうか、世界中で楽しみにしている深海棲艦、艦娘、そして人間の為」

「どうぞ力を貸してください。お願いいたします」

そう言って深々と頭を下げた提督に、浮砲台達は咆哮を以て応えたのである。

いつもより多めに汽笛を鳴らしながら出航して行く漁船達を見送ると、ビスマルクが言った。

「私から言おうかと思ってたけど、提督が言う方が効果はあったと思うわ」

「効果を狙ったというより、本音なんだけどね」

長門が頷いた。

「本音だからこそ、あれだけ共感したのであろう」

ビスマルクがニコニコ笑って言った。

「それにしても、うちの社員を大切に思ってくれてると知って嬉しかったわ!」

「そりゃそうだよ。ビスマルクの会社の子だもの。無事帰って来てほしいさ」

「上手く、行くと良いわね」

「そうだね。良かったら、帰って来た時に状況を教えてくれるかな?」

「ええ、解ったわ!」

「じゃ、仕事に戻ろうか、長門」

「うむ、ではビスマルク、またな」

去っていく提督と長門をビスマルクの陰から見送っていた浜風は、重い溜息を吐いた。

あの二人は傍目にも解る程の強い信頼関係がある。

恐らく提督引退の時は、長門が・・・

「はぁーあ」

「どうしたのよ浜風?」

「なんでもありませーん」

浜風の視線の先を追ってピンと気づいたビスマルクは

「奥さんがダメなら2号さんて手もあるわよ?」

と、浜風の耳元で囁いた。

浜風が真っ赤になり、両腕をぐるぐる回してポカポカ叩く様は結構可愛かったそうである。

 

 



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長門の場合(46)

 

その日の夕方。

秘書席で到着分の郵便物を仕分けていた長門が、ふと手を止めた。

「うん?提督宛に荷物が届いたぞ」

「私個人宛かい?」

「ええと・・あぁ、写真館からだ」

「ほう、この間、長門と一緒に取った写真かな?」

「もう出来るのか?」

「最近は早いからね。ちょっと貸してくれ」

「これだ」

長門から手渡された荷物は、厚みこそ3cm程度だが、A4程のサイズがあった。

「どれどれ」

ペーパーナイフを使って封を切ると、出てきたのは黒い厚地の表装に「Photo」の文字。

ハードカバーの本のようである。

「凄く丁寧に作ってくれたんだなあ」

開こうとする提督に長門が声を掛けた。

「ま、待て提督」

「ん?」

「私もそっちに行く」

ちょいちょいと提督の隣に回った長門を見届けると、提督はそっと表紙を開けた。

「おー」

「・・・」

極薄いセピア色のモノクローム写真は丸く縁取られている。

どこの応接室かと思う程、豪華に見える背景。

こうなる事を計算して配置された家具なのであろうが、提督はそれらを見ていなかった。

「良い笑顔だな、長門」

長門もまた、見ていなかった。

「いかにも提督らしい笑顔だ。とても良いな」

そう。

二人は互いの写真に写った顔をにこやかに見ていたのである。

「これは本当に、良い思い出になったなあ」

「あぁ。こういう表情で写真に写るのはなかなか無いだろうな」

二人とも写真に夢中だったので、不知火が入って来た事にも気づいていなかった。

「あ、あの、書類を・・・何をご覧になってるんです?」

そしてひょいと覗きこんだ不知火は

「こっ・・これ・・は」

交互に写真と提督達を見た後、次第に顔を真っ赤にすると

「し、失礼いたしましたっ!」

と言って出て行ったのだが、

「不知火さん不知火さん、提督室で何をご覧になったんですか~!?」

と、音速で飛んで来た青葉の取材攻勢を受ける羽目になり、

「提督!長門さん!証拠は挙がってます!写真を見せなさいっ!」

そう言って提督室になだれ込んだ青葉もまた、二人と写真を交互に見た後、

「・・・失礼いたしました」

頬を染めてすごすごと引き下がったそうである。

そして夕刊の見出しは

 

 提督と長門さん、幸せの記念写真!

 本紙記者も取材不可能な高エネルギー空間展開中!

 見た事無い程素敵な長門さんの笑顔!提督の良い顔!

 気になる方は提督室にGo!

 

そのように書かれたので、

 

 「提督ぅ~!提督っ!開けてくださーい!」

 「写真!写真見せてぇ!」

そう言って提督室の扉をドンドン叩く艦娘達で溢れたそうである。

普段ならそんな様子を見つけたら叱る筈の加賀や扶桑も

「み、見たいような見たくないような・・悩ましいです」

「見るべきか見ざるべきか、それが問題だわね・・」

自室でそう言いながら悩みに悩んでいたそうな。

ゆえに提督と長門は部屋から出られず、夕食を食べ損ねたそうである。

 

「まいったねー」

「提督、すまなかった」

ようやく人影が無くなった頃合いを見計らい、提督と長門は鳳翔の店に向かった。

「鳳翔、すまないが夕食を2人分頼むよ」

鳳翔は首を傾げた後、ポンと手を打って、

「あらあら・・よっぽど皆さん押しかけたんですね~」

と、くすくす笑い出した。

提督は肩をすくめた。

「もうね、怖くてドアを開けられなかったんだよ」

「お写真は持ってこられたんですか?」

「あぁ。置いてくるのも心配でね」

「じゃあ拝見して宜しいですか?」

「ええっ!?そ、そんな見せるものでは」

鳳翔がジト目になると、そっと扉を閉めつつ言う。

「じゃあお夕飯は余所で召し上がってくださいねー」

「待ってください鳳翔さん」

鳳翔が扉の陰から顔半分だけ覗かせると、にこっと笑う。

「・・うふふ?」

提督はがっくりと肩を落とした。

「・・解った解った。見せるからご飯食べさせてください」

鳳翔は再び扉を開けた

「はいどうぞー」

 

「へぇー、良い写真ですねー」

「そ、そうか?」

「わ、私達はとても気に入ってるのでな、却って見せるのが怖かったのだ」

「あー、変な事言われたくないですものね」

「鳳翔さんの場合は心配ないんだけど、何となく恥ずかしくてね」

「いやー、良いですよ良いですよー、幸せが溢れてますねー」

鳳翔はしばらく写真を眺めていたが、長門が

「あ、あの、出来れば夕飯を・・だな」

と言われたので、

「私とした事がいけませんね。では作ってきますね」

写真を提督に返すと、少し急いだ様子で厨房に戻っていった。

 

「ふむ、今日も色々あったな」

提督のティーソーダを飲みながら長門は自分の肩をギュッと掴んだ。

「おや、肩こりかい?」

「本当にそうかどうか解らぬが、な」

「どれ」

「?」

提督は長門の背後に立つと、肩甲骨の中央下、窪んだ一点を親指でグイッと押した。

途端に長門が目を見開いた。

「~~~~!!!!!!」

余りに痛過ぎる場合、人は叫ぶどころか身動きが取れなくなる。

「あぁ、結構凝ってるね。ちょっと凝り固まってるからほぐしちゃうね」

「~~~~!!!!!!」

10分後。

「ゼェ~、ハァ~、ゼー、ハー」

「痛いなら痛いって言うなり机でも叩けば良かったじゃん」

「ふっ、ふざけるな!本気で痛かったんだ!」

「今は良くなったでしょ?」

涙目からジト目になった長門は、つと提督の背後に回った。

「ん?」

「ならば、提督も」

ガッと提督の肩を掴む長門。

「この痛みを味わええええ!!!!!」

だが。

「おぉ良いよ良いよ、もうちょっと右」

「!?」

「もっと強くても良いよ?」

「!?!?!?」

「良いなー、奥さんに肩もんでもらえるって嬉しいなー」

提督が強がりでない事を知った長門は

「わ、私はあんなに痛かったのに・・」

と、呟いた。

提督はうーんと悩んだ後、

「肩がそんなに痛かったのなら、足ツボの方が良いかもね」

「足?」

「ちょっと右足貸してみ?」

「あ、ああ」

恐る恐る差し出す長門の足をお湯を含ませたタオルで拭きながら提督は言った。

「足ツボを押す前には、最初ゆっくり足首を回す所から始めるんだよ」

「足首を?」

膝の上に長門の足を乗せた提督は、ゆっくり足首を回し始めた。

「ほら、スムーズに回らないだろ。これが滑らかに回るように、ゆっくり回す」

手の温かさとゆっくり回される心地よさ。

これは良いかもしれない。

「・・・気持ち・・良い・・な・・・」

ついうとうとしてきた長門に、

「で、えっと・・肩は指の間だったっけ」

 

 激痛が走った。

 

「☆】◆!○★?△~!」

長門がピーンと硬直する様を見て、提督は押すのをピタリと止めた。

「ど、どうした長門?顔が真っ赤だぞ!?」

長門はぜいぜいと息を切らせ、がっしりと濡れタオルを掴むと微笑んだ。

「・・・提督」

「はい?」

「足を貸せ」

「へ?」

「足を!出せぇえええ!」

「そんな血相変えなくても・・はいよ」

長門は同じようにゆっくり足首を回したあと、渾身の力を込めて同じ所を押した。

 

 



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長門の場合(47)

長門は渾身の力をこめて提督の足の裏を押したものの、提督は

 

「んー、まぁ、チクチクするからやっぱりちょっと凝ってるのかなあ」

 

というだけであった。

長門はがくりと頭を垂れた。

「不公平だ・・・」

「そんなに痛かったのかい?」

「うん」

「うーん・・本来押して痛い筈が無いんだけど・・あぁ、そうだ」

足をさすりながら提督を目で追うと、提督は古い段ボール箱を開けて何かを探している。

しばらく探した後、

「あぁ、あった!」

と言って帰って来た手には、1個のゴルフボールが乗っていた。

提督は濡れタオルでボールを拭きながら言った。

「出来れば畳か、カーペットの上でやって欲しいんだけどね」

「う、うむ」

提督は板の間にタオルを置き、その上にゴルフボールを置いた。

そして、

「まずは、こんな風に足で掴む」

「なんだと?」

長門はぎょっとした。

提督は器用に足の指を使ってゴルフボールを掴んで持ち上げたのである。

「掴むだけだよ?」

「なんでそんなに器用に指が動くんだ?」

「手で掴むのは簡単でしょ?」

「手と足は違う!」

「グーとパーぐらい出来るよね?」

「出来るわけ無いだろう!」

「え、じゃあ足と手で握手は?」

「何故足と握手が出来るのだ!」

「何回かやれば出来るってば。まあ良いや。掴んだ後は踏んで転がすわけですよ」

提督は片足でボールの上に立ったり、足でゴロゴロとボールを転がした。

「これをやってれば大体痛くなくなるよ。後は自分で足の裏を押して、痛ければさらに押す」

「ひ、引っ込めるんじゃなくてか?」

「そのうち痛くなくなるからさ」

「そうなのか!?痛すぎて麻痺してるんじゃないのか?」

「だって、今も普通に触れば解るし」

「むぅ」

提督は再びボールを濡れタオルで拭くと、

「はい。部屋でやってごらんよ。痛くなくなる頃には肩こりも無くなってるよ」

といって手渡したのである。

 

その夜。

 

「何してるの、姉さん?」

風呂から戻った陸奥は、長門が床に置いたゴルフボールを凝視しているのに気付いた。

「ああ、いや、提督からこれを貰ってな」

「ゴルフボールを?」

「あぁ。肩こり解消法らしい」

「ええっ!?」

陸奥の大声に長門はびくっとした。

「な、なんだ?」

「お願い教えて姉さん!ほんと困ってるの!」

「し、しかし・・」

「頑張るから!ね!ね!ね!」

長門はしばらく考えた後、

「い、痛いぞ。それでも良いのか?」

「治れば!」

長門は肩をすくめると、陸奥が肩にかけていたタオルを指差した。

「なに?」

「そのタオル、濡れてるか?」

「ええ。頭拭いたから」

「丁度良い。貸せ」

「はい」

「右足を、出せ」

「ゴルフボール使わないの?」

「その前に、これが痛いかどうかだ」

 

数分後。

 

「いっ・・・いたたたたたた!!!!!いったああああああい!」

 

という、陸奥の叫び声が戦艦寮に響き渡った。

「な、なにこの凶悪な痛さ。姉さんどんだけの力で押したのよ!」

「陸奥、自分で押してみろ。本当に軽くしか押してない」

「えー」

恐る恐る押した陸奥はすぐ手を放した。

「信じられない・・こんな力で激痛が走るなんて」

「本当に提督はどうしてこう余計な事ばかり知ってるんだ?」

「姉さん、これ、痛くなくなったら本当に肩こり治るんでしょうね?」

「提督はそう言っていた。そして痛いなら、あれを掴んだり、踏めと」

陸奥はチラリとゴルフボールを見た。

自分で押すよりはやりやすいかもしれない。

「・・・やってみる」

「勇気あるな」

「骨は拾ってね!」

「縁起でもない事を言うな」

陸奥はそっと、ボールを掴んだ。

「つ、掴めるのか陸奥!?」

「これくらいは行けるわよ?」

「つ、次は床に置いて、踏むんだ」

陸奥は土踏まずの辺りで踏み始めた。

「ふうん、あまり痛くは」

だが、ある一点で激痛が走った。

 

「・・・いいいいったああああああい!」

 

床の上で転がりまわり、両手で足を抱える陸奥を見て、長門は震えあがった。

さ、最初痛くなくて油断させ、その後激痛とはなんて悪質な。

だが、それを指揮したのは他ならぬ自分。

この痛み、陸奥にだけは負わせないぞ!

意を決した長門はグイッと踏みつけた。

最初は痛くないだろうと思って、割と勢い良く。

だが、そのポイントはジャストミートだった。

 

「◆!○☆】△~!★?」

 

絶叫に気付いた金剛達が部屋に突入してきた時、長門達は床で転げ回っていたのである。

しかし霧島は、

「あー、ゴルフボール指圧法ですね。良く効きますよ?」

そう言いながらゴルフボールの上で片足立ちして見せ、長門達を呆然とさせた。

「こっ、これは拷問の一種では無いのか!?」

「普通の健康法ですよ?」

「提督は本当の事を言ってたのか・・・」

「提督に教えてもらったんですか?」

「あ、足の裏を指でギュッと押す方法もそうなのか!?」

「そうですね。肩こり、眼精疲労、便秘や腰痛にも効きます」

それを聞いて金剛が目を輝かせた。

「Oh!腰痛はドコですか!」

霧島の眼鏡が光った。

「ちょっと右足を貸して頂けますか?」

 

皆様の予想通り、今度は金剛の絶叫が戦艦寮に響き渡ったのである。

 

右足を抱えてプルプルしている金剛を見て、霧島が頷いた。

「明日から金剛姉様が起きない場合、これで起こす事にします!」

「霧島はミーを殺す気ですカー!」

「死にませんて。よっし!明日からこれで行きましょう!」

「お願いだから止めてクダサーイ」

「だったらさっさと起きてください!」

「うー、精一杯頑張りマース・・・」

榛名が微笑んだ。

「比叡姉様、確か、肩が凝ったと仰ってましたよね・・」

比叡がブルブル震えながら榛名をそっと見た。

「・・うふふふふ」

比叡が許しを請おうとした時、霧島が立ち上がった。

「じゃ、そろそろ帰りますね。お邪魔様でした!」

パタン。

 

再び二人きりとなった長門と陸奥は顔を見合わせた。

何となく、二人の頭の中で1つの文章が思い浮かんだ。

 

 健康のためなら死んでも良い。

 

健康にこだわりすぎるのは良くないかもしれない。

そうだ。

肩凝りは確かに痛いが、死ぬほどの物ではない。

時折肩を回すくらいの方が、アレを毎日耐えるより良いではないか。

そして互いの顔を見合うと、へへへと笑った。

 

「・・寝るか」

「・・そうね」

 

同時に立ち上がった二人はそれぞれのベッドへ直行した。

そして、床につくと間髪を置かず熟睡したのである。

 

 

 



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長門の場合(48)

月曜日。

 

長門が朝の巡回で小浜に差し掛かった所、

「ア、アノ、アノッ」

と、呼び止める声がする。

声の方を見ると、深海棲艦のイ級が居た。

「うん?どうした?」

イ級は少し躊躇った後、

「コ、コノ看板ニ書イテアル艦娘化ヲ受ケタイノデスガ、ドコニ並ベバ良インデショウ?」

と聞いて来たのである。

長門は頷くと

「こっちだ」

というと、工廠脇の艦娘化受付窓口に連れて行った。

「ここで問診票を書き、この窓口に入る。艦娘化が終わったらこっちで待つ」

「何時カラ開クンデスカ?」

「ええと、あぁ、0900時からだな。ここに並ぶと良いそうだ」

「アノ、1日何人マデ良インデショウカ?」

長門がイ級を見た。

「沢山居るのか?」

イ級がこくりと頷いた。

「深海棲艦ダト、駆逐艦ハトッテモ弱イ立場ダカラ、皆デ戻ロウッテ決メタンデス」

「どれくらいなんだ?」

イ級は思い出すように数秒沈黙した後、

「1500体ハ、居マス」

長門はごくりと唾を飲んだ。

それはこっちより、日向の基地で対応してもらった方が良い数だ。

「・・よし、それだけまとまっているのなら、相応しい場所がある」

「遠イノ?」

「うむ。迎えを寄越すよう頼んでみよう。今日の夕方、もう1度話を聞きに来てくれ」

「何日カ先ナラ、皆モ集マレルト思ウ」

「解った。一度に全員が行けるかは解らないが、数日先から開始としよう」

「夕方、ドコニ来レバ良イ?」

「先程の浜辺で良いぞ」

「解ッタ!アリガトウ!」

「うむ、気を付けてな」

パシャパシャと海に帰って行くイ級を見送ると、長門は提督室に向かった。

 

だが。

「ぉはょぅございますぅ・・」

出迎えたのは妙に元気の無い比叡だった。

「どうしたんだ、比叡?」

首を傾げる長門に、提督は肩をすくめた。

「榛名に指圧で起こされたらしいんだけど、後を引く程痛いかなあ?」

比叡と長門はギリッと睨み付けると

「本っ当に痛いんですっっっっ!!!」

「見事にハモッたね。まあそれで飛び起きて調子が出ないらしいよ。で、どうしたの?」

「あ、ああ。実は今朝、巡回の時に駆逐イ級が相談に来てな」

「ほう」

「看板を見て、1500体の駆逐艦が艦娘に戻りたい、とな」

提督は頷いた。

「看板大成功じゃない」

「そうだな。ただ、東雲一人に任せるには多すぎる」

「日向に連絡取るか。あと、輸送は往復船か、最上の勧誘船を借りるかね」

「うむ。それが良いだろう」

「比叡、通信の準備と、最上と三隈を呼んでくれ」

「はぁい」

「・・元気無いなあ。そんなに痛かったの?」

「はい」

「後で工廠長と相談してごらん。艤装の不具合かもしれないよ」

比叡はふと思い出すかのように天井を見ると

「あ、そういえば、先日の出撃の時に派手に転んでから、足が痛いんですよね・・」

「入渠しても?」

「ええ。今は損傷無しの状態の筈なんですけど、微妙に痛いです」

「それは変だ。ここは良いから今すぐ工廠長の所に行ってきなさい」

「え、でも、秘書艦・・」

長門が頷いた。

「私が代わっても良いぞ?」

提督が頷いた。

「とりあえずこの場は長門に代わって貰う。どれくらい休みが要るかによって後の事は決めよう」

「す、すみません。じゃあ行ってきますね」

「うむ」

比叡が出て行き、長門は招集を済ませると提督にたずねた。

「わ、私も指圧は結構痛かったのだが・・」

「比叡のような連続した自覚症状はあるかい?」

長門は首を傾げてしばらく考えたが、

「いや、それは無い」

「ずっと昔、扶桑と山城も続けた痛みを抱えていたのだけど、艤装が原因だったんだよ」

「そうだったのか」

「私と工廠長で艤装の図面を調べて、ほぼ1週間位ドックを占有して直したなあ」

「何が問題だったんだ?」

「設計だね。幾つかの絡まった矛盾があってね」

提督室に数秒の沈黙が流れ、長門は眉をひそめて聞いた。

「え、ええと、艤装の設計が原因という事は・・構造上の欠陥という事か?」

「平たく言えばそうだね」

「それを、提督と工廠長で直したのか?」

「そうなるね」

「たった1週間で?」

「いやいや。欠陥自体を見つけて、改善策をまとめるのには4ヶ月くらいかかったな」

長門は小さく頷いた。

長門が着任した時、扶桑は既に航空戦艦として活躍していた。

記憶にある扶桑型戦艦の能力よりも明らかに高い機動力を備えていたので、

「Lvが上がるとこうも変わるのだな。私も負けていられぬ!」

と、頑張ったのである。

だがその後、他の鎮守府で高Lvの扶桑を見ても、そこまでの機動力は無かった。

この違和感はどことなく気になっていたのだが、そういう事だったのか。

「・・なーがと?どうした?」

提督の呼びかけで我に返った長門は目を細めると、

「なんでもない。提督らしいエピソードだなと思っただけだ」

艦娘の欠陥を調査して直してしまう司令官など、提督くらいのものだろう。

 

「そんなに希望してるんだ、へぇー」

「じゃあ一旦勧誘船を貸し切りにして、ピストン輸送しましょうか」

提督の話にそう答えた最上達に対し、日向は通信機から答えた。

「往復船で運ぶより勧誘船の方が乗れるから助かるな。ただ・・・」

「どうした日向」

「仲間の完了待ちをする者が居住棟に多く居てな、居住棟の空きが少ないのだ」

「どれくらい?」

「待ってくれ・・そうか。今朝時点で4人一部屋として144人分だな」

「一部屋は最大何人まで行けるの?」

「一応8人まで行けるが、かなり狭い。6人が良い所だろう」

「とすると、頑張って200か」

「ああ。だが推奨は150と言う所だ」

「完了待ちってどういう事だい?」

「グループの中に大型艦が居る場合が主だ。大型用は2つしかないから作業待ちが発生する」

「現時点で何日位?」

「3日程度だ。その時間で艦娘化後の教育を受けてもらっている」

「他の待ちは?」

「通常サイズなら日に200体は戻せるが、そちらに送れるのが日に25人しか居ない」

「そりゃ結構なボトルネックになってるね」

「いや、人間化希望者が割合としては多いのだが、たまに半数近くが教育を希望するのだ」

「100人希望で25人枠じゃ当然待ちが出るね」

「こちらでも初歩的な教育は始めているが、希望者は待っているケースが多いな」

「今、受付から完了までおよそ何日かかってるの?」

「単独で来た場合は2日程度だが、数十体以上のグループならおよそ10日はかかる」

「なるほど。ドックの増設や大型化はもう無理かな」

「3階建てや地下埋設はさすがに避けたいし、東雲組の配分も限界だ」

「居住棟の増設も無理だよね。あ、メンテナンス効率化は?」

「今でも相当熟練域だ。これ以上は可哀想だろう」

「ふむ。じゃあ戻せる人数に合わせて教育対象数を増やすのが課題かな」

「そうなるな」

「長門、妙高を呼んでくれないか」

 




400話超えてましたね。
お祝いの言葉をかけてくれた方、ありがとうございます。
まだ長門シリーズはしばらく続きます。
長編ゆえに長門と誰かというシーン以外も多く含みますが、天龍編と同じようなものだと捉えて頂ければ嬉しいです。


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長門の場合(49)

 

「それでしたら、私達が持ち回りで出張しましょうか?」

提督から状況を聞いた妙高はそう答えた。

「イメージをもう少し教えてくれる?」

「私達4姉妹のうち1人が、1週間ないし2週間単位で交代で出張します」

「ふむ、ああ、そうか。移動時間を考えれば日替わりよりその方が楽だね」

「はい。あ、どこか教室として使える場所はあるでしょうか?」

日向が答えた。

「食堂の未使用エリアがまだ1フロアある。50~60人位は入れるぞ」

妙高が頷いた。

「それならそこで50人程度を上限に、毎日おさらい教育をします」

「なるほど」

「日に2セット行えば、100人ずつ対応出来ます」

「それは可能かい?こっちでは講師1人あたり、1日1セットだよね?」

「こちらでは鎮守府内のオリエンテーリングなどを行ってますから」

「そうか。それは基地では出来ないからなあ」

「ええ。まぁそういう所まで希望する子は従来通りこちらにお越し頂く方が良いかと」

日向が言った。

「そこまで忘れている子は比較的少ない。日に5人10人程度で充分だろう」

「なるほど」

「あと、こちらにも教師希望者が数名いるから、しばらく妙高達の講義を見て覚えさせる」

「なるほど、じゃあその子達が覚えるまでの間の対応だね」

「そうなるな」

「という訳で妙高さん、しばらくの間だけど出張対応頼みます」

「はい」

「最初に戻って日向、イ級達は何日おきに何体受け入れ可能かな?」

しばらくあってから、日向が答えた。

「勧誘船の上限、50体を毎日でお願いしたい。来週には枠を押さえておく」

「とすると、開始は来週月曜、毎日50体ずつおいでって事だね」

長門が訊ねた。

「何時に来させればいい?」

最上が答えた。

「往復船とかち合わない為には朝こちらを出て、午後戻ってくる方が良いよ」

日向が東雲組と相談して答えた。

「1000時位の到着が助かる」

「だとすると、0700時発かな」

「解った。それでは0630時集合、0700時発と連絡しておく」

「それと並行して、基地側で教育出来るように妙高姉妹に協力してもらう」

「はい」

「毎週1人ずつ4人持ち回り、で良いかな?」

「解りやすいのでそれで良いです」

「場所は基地の食堂予備スペース、受け入れ人数は日に100人、で良いかな?」

「はい。教材は私達で用意しますので、配布物を人数分印刷する所をお願いします」

「あぁ。それはこちらの事務方で対応出来るな」

「基地の子達で回せる目処が付いたら妙高達の出張は終わりね」

「はい」

「あと、勧誘船のチャーターもイ級達の対応が終わったら終わり」

「うん。でも・・」

「何だい、最上?」

「これが順調に行ったら、後に続く子も出るんじゃないかなあ?」

最上の言葉に皆がピタリと止まった。

「・・た、確かに」

「終わらない・・という事か」

一番早く対応したのは日向だった。

「それなら鎮守府からの対応枠を50体分常に確保しておくとしよう」

「大丈夫?」

「予備枠として考えれば、必要無い日は妖精達の休息にもなる。それで良い」

「決断早いね日向さん」

「基地の運用で嫌でも鍛えられた」

「それなら専用船を用意するかい?最上」

「んー、今使ってる往復船をもう1隻作れば良いよね?」

「充分だね」

「解った。月曜までに用意しておくよ」

「じゃあ勧誘船のチャーターは無し、往復船2号で最初から対応、だね」

日向が言った。

「その方が、うちの妖精達も迷わないから助かるな」

「じゃあ往復船2隻体制で、こちらは・・0700時発と1400時発か」

「そうだね」

「基地発は、今は0700発だよね?」

「そうなるな。ならば2号は1400時発にすれば解りやすいのではないか?」

「なるほどね。最上、それで良いかな?」

「オッケー、出発地が違うだけでどちらも0700時と1400時発なんだね」

「そうだね。じゃ皆、それぞれ準備と対応を頼む!」

「はい!」

 

「・・危なかったなあ」

「本当に良かったです」

イ級達への対応が決まった後、提督は長門と共に工廠へ向かった。

そこで聞かされたのが、比叡の艤装で整備ミスが見つかったというのである。

「今のままだと半分の缶からしか蒸気を供給出来ない所じゃったよ」

工廠長が汗を拭いながら答えると、比叡に向き直り、

「うちの子のミスじゃ。本当にすまなかったのう」

と、頭を下げた。

「い、いえ、本当にいつもお世話になってますし、しょうがないですよ」

恐縮する比叡を見つつ、提督は

「工廠長、すまないけど再発防止策と緊急点検を頼むよ」

「うむ、もちろんじゃ。これから妖精達と対策会議に入る。すまんが失礼するぞい」

工廠長が工廠に戻っていくのを見ながら、提督は比叡にたずねた。

「で、比叡さんは自覚症状は治ったの?」

比叡はきょとんとした後、

「・・あ、そう言えば痛くないです!今なら足の裏も痛くないかも!」

そう言って靴を脱ぐと、自ら足の裏の1点をぐいっと押した。

 

 もちろん、比叡は工廠長達が飛んで来る程の大声で叫んだのである。

 

比叡が転がりまわる様子を長門と提督はそっと見ていたが、

「・・今回の比叡の件、指圧の痛みとは無関係なんだね」

「指圧はチェックマーカーとしては使えないようだな」

と呟くと、共に溜息を吐いた。

 

その日の夕方。

 

「エ!?本当ニ来週カラ50人ズツ対応シテモラエルンデスカ?」

説明を聞いたイ級は目を見開いて喜んだ。

「そうだ。毎朝0630時にここで待っていてくれ。0700時に出発だ」

「迎エノ船マデ出シテ頂ケルナンテ・・アリガトウゴザイマス」

「一度に受け入れてやれれば良かったんだが、色々あってな。すまない」

「トンデモナイデス。コレデヤット、皆デ仲良ク戻レマス」

「艦娘に戻るのか?人間に戻るのか?」

「ソコハ月曜マデニ決メマスケド、多分、人間デスネ」

「・・そうか」

「ア、オ手伝イシテカラ人間ニ戻リマショウカ?」

長門はくすっと笑った。

「そんな気遣いはしなくていい。案ずるな。決めた道を行くが良い」

「ジャ、ジャア皆ニ伝エマス!」

「頼むぞ。気を付けてな」

「ア、ソウダ」

「うん?」

「アノ、今回ノ、オ礼デス」

そう言うと、イ級は長門に小さな指輪を渡した。

指輪は小さな宝石が数多くちりばめられており、大きさの割に重さがある。

「これはどうしたのだ?」

「海底デ拾ッタノ!綺麗ダッタカラ持ッテタ!アゲル!」

長門は躊躇ったが、イ級の好意を無にする事も無いかと思い、

「解った。ではありがたく頂いておくぞ」

と言って受け取ったのである。

 

週が明け、月曜の朝。

「・・うん、解った。じゃあ予定通り出航させるからね」

日向との通信を終えた提督は、秘書艦当番の加賀と頷きあった。

昨日までに最上達は船を仕立てていたし、妙高は一足先に昨日の午後便で基地へと向かっていた。

そして日向から、受け入れ準備に問題は無いという最終確認を取ったのである。

「よし、長門に伝えよう。小浜に行くか」

「私がインカムで伝えましょうか?」

「いや、一応最初だから、様子を見に行くよ」

加賀はくすっと笑った。

「解りました。そろそろ集合時間ですね」

 

「第1班50名、全員揃イマシタ!」

「うむ!時間前に揃うのは偉いぞ!」

「アリガトウゴザイマス!」

相談に来たイ級とは別に50体が、2列縦隊で整然と並んでいた。

そこに提督と加賀がやって来た。

「やぁやぁ、皆緊張してるね。心配しなくて良いよ、大丈夫だから」

すると、整然と並んでいたイ級達がわっと提督の元に駆け寄った。

「アー!カレーテートクデスネー!」

「カレー美味シカッタヨー!」

「今マデアリガトウ!アリガトウ!」

「そうかそうか、礼を言ってくれるのか。ありがとう。皆はこの後、どうするんだい?」

「人間ニ戻ルノ!」

「働クノ!」

提督は目を細めると

「そうか、じゃあこれでお別れだね。人間に戻っても元気でね」

「最後ニ会エテ良カッタ!」

「ジャーネ!カレーテートク!」

「陸デ会ッタラ挨拶スルネ!」

「あはは、見つけたらそうしてくれ。じゃあ長門の言う事を聞いてな」

「ハイ!」

提督は長門に頷いた。

「よし、では迎えの船に案内する!皆付いてこい!」

「ハイ!」

颯爽と歩いていく長門に並んでついて行くイ級達。

「・・加賀」

「はい」

「長門にイ級が着いて行く絵って、珍しいよなあ」

加賀はくすっと笑うと

「ここにいると、むしろ普通の光景の方が貴重ですよ」

「・・あれ、そういや普通ってどんな光景だ?」

「そう言う事です」

 

 



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長門の場合(50)

ポーッ!

「ジャーネー!」

「長門サーン!バイバーイ!」

「アリガトー!」

汽笛と共に蛍光イエローの往復船NO2が港を離れていくのを、提督達は見送った。

まとめ役のイ級が長門達に向き直った。

「アノ、コレカラシバラクノ間、オ世話ニナリマス。宜シクオ願イシマス」

長門が頷いた。

「案ずるな。お前も毎日大変だろうが、最後までよろしく頼む」

「ハイ!ジャア私ハ仲間ニ無事終ワッタト言ッテキマス!」

「気を付けてね」

「アリガトウゴザイマス!デハ!」

そして港には、長門と提督、加賀の3人が残った。

提督は言った。

「成り行きで長門にやってもらったが、明日からは日替わりにしようか?」

「いや、心配は無用だ。巡回のついでに見送るだけだからな」

「そうかい?まぁ何かあれば私なり誰かに言いなさい」

「あぁ。そうだ提督、まとめ役のイ級からこれを貰ったのだ」

「おや、珍しいというか、古そうなリングだね」

「海底で拾ったそうだが、貰って良かったのだろうか?」

「もちろんだよ。摩耶も以前貰ったよ。大事にすると良い」

「・・そうか」

「じゃあ長門、すまないけどしばらくの間、引率を頼むよ」

「あぁ。任せておけ」

「よし、加賀、戻ろうか」

「解りました。では、歩きながらですが本日の予定を・・」

長門は立ち去る提督と加賀を見た。

加賀は有能な秘書として手際良く提督を支えている。

実際、加賀が秘書艦の日はこなす仕事量が突出して高い。

そのおかげで提督の机周りは書類が溢れずに済んでいると言われている。

自分は正妻とか色々言われているが、加賀のように提督を上手に支えているだろうか?

 

 

水曜日。

 

「うむ、今日は頑張るか!」

巡回を前に、長門はパンパンと頬を叩いて気合いを入れた。

今日は提督の秘書艦当番である。

自分に出来る事を手際良く、ミスなくこなしていく事。

まずはそこからだと思ったわけである。

小浜の辺りに行くと、少しざわついていた。

「どうした、何があった?」

「ア!長門サーン!」

「ヨロシクオ願イシマース!」

基地に向かう子達は明るい声で応じたが、

「長門ォー、大変ダヨー」

と、長門にすがりついて来たのは他でもないル級であった。

「ちょ、ちょっと待て。今は船に案内せねばならぬ」

 

ポーッ!

往復船NO2が港から見えなくなった後、長門はル級に訊ねた。

「それで、一体どうしたと言うのだ」

ル級は手を合わせて詫びる格好をすると

「本当ニゴメンダヨー、話ガ漏レテルミタイナンダヨー」

と言った。

長門が首を傾げていると、カ級が補足した。

「ココデ美味シイシュークリームガ食ベラレル事ヲ、他ノ海域ノ子ガ知ッテタンデス」

長門は息を飲んだ。

「お、大勢押しかけて来たの、か?」

「マダ数十体程度ダケド、噂ガドコマデ広ガッテルカ解ラナインダヨー」

「今来てるのは近い海域の子だったのか?」

「ウウン、結構遠カッタノ。ダカラ問題ナンダヨー」

「その海域に、誰か行ってないのか?」

ル級はカ級に訊ねた。

「エート、アンナ遠クマデ誰カ行クカナア?」

カ級はしばらく考え込んでいたが、

「ア!」

 

「ウチノ者ガ、ツイ自慢シタラシイ。本当ニ申シ訳ナイ」

「あー・・・」

「ま、噂の出所は解った、な」

昼前の港に集まったのは、提督、長門、ル級、カ級、そして浮砲台組長であった。

白星食品の漁船を護衛していた浮砲台の1体が、休憩時にシュークリームを食べていた。

それをその海域の深海棲艦が見つけ、ゆさゆさと浮砲台を揺さぶりながら

「ド、ドドドドドウシタンデスカソレ!買ッタノ?貰ッタノ?拾ッタノ?!」

と、あまりにしつこく聞かれたので、つい、

「ソロル鎮守府デ貰ッタンダヨ。美味シイヨー」

すると目をキラキラさせた相手は

「海底資源トカアゲレバ良イノ?ソレトモナンカ契約スレバ良イノ?」

「ウウン、並ベバクレル。ア、艦娘ニナラナイカッテ誘ワレル」

さらに相手は目を見開くと

「エ!?艦娘ニ戻レルノ!?」

そして、いつの間にかざばざばと数体が浮上して来て

「艦娘ニ戻シテクレルンデスカ?」

「シュークリーム食ベサセテクレタ上ニ?」

「シュークリーム貰エルノ!?」

と聞かれながら囲まれたので、浮砲台はしまったと思いつつも

「・・ア、アァ。ソウダ」

と返事したそうな。

提督は腕を組みながら言った。

「・・やむを得ない、な」

「本当ニ軽率ダッタ。キツク叱ッタノデ許シテヤッテホシイ」

提督は肩をすくめると

「もうそこはしょうがないとして、対策を打たないといけないね」

長門が眉間に皺を寄せた。

「一体全体・・何人分を考えれば良いんだ?」

「その前に供給の問題がある。間宮さんと高雄を呼んでくれるかな」

 

「・・こ、これ以上は厳しいですよ」

更なる増産は可能かと問われた高雄は肩をすくめた。

「既に毎日7500個は製造していますし、体力的にも上限は1万です・・」

間宮が継いだ。

「生地やクリームの供給量的にも、あまり突出するとさすがに大本営がNOと言うかと」

提督は腕を組んだ。

「案の定だね。今の供給量が2500とかなら良かったんだけど」

「それはないです。初日から5000個を切った事はありませんし」

「かといって未知の来訪者に今のシュークリームを分けるって方法は無しでしょ?」

ル級は頷いた。

「・・今更無理デス。世界大戦ガ勃発シマス」

「そうなると、費用、作業場、原料、生産者、配布所、全て調達しないといかんね・・」

長門が肩をすくめた。

「これ以上班当番での対応は厳しいし、あまり専属者を増やすのも厳しいぞ?」

その時、ずっと相談していたル級と組長が顔を上げた。

「アノ、間宮サン」

「はい」

「ワ、私達デモ、シュークリーム、作レマスカネ?」

「はい?」

組長がル級を遮った。

「イヤ、言イ方ガ違ウ。シュークリームヲ作レルヨウ、教エテハクレナイカ?」

提督が訊ねた。

「そちらで対応するって事ですか?」

「ウム。コウナッタ責任ハ我々ニアルカラナ」

ル級が継いだ。

「海底資源ノ掘レル所ハ知ッテマスガ、ソコマデシカ案ハ無イノヨー・・」

提督は頷いた。

「長門、ビスマルクと龍田を呼んでくれ」

 

「海底資源の資金化ですって?」

「そうなんだよ。リ級時代になんかやってないかなと思ってね」

「うちは海産物の販売で間に合っちゃったから資源は売ってないわね」

何となく澄ました顔のビスマルクに、提督はさらりと言った。

「やってなくても手段を知らないかな?例えば、地上組に卸すとかさ」

途端にビスマルクがピクリと止まり、探るような目で提督を見た。

組長と龍田は静かに目を瞑っていた。

「・・・誰、ですって?」

「地上組、だよ」

ル級は目が泳ぎ出し、長門はそれに気づくと軽く首を振った。

ビスマルクはル級の狼狽ぶりに気付くと、溜息をついた。

「提督、あまりその単語を言わない方が良いわよ」

提督は目を細めた。

「特にどういう時に言わない方が良いかな?今後の為に聞いておきたいな」

「そうね。ここじゃない陸に上がった時は禁句ね」

「誰が化けて聞いてるか解らないから、だね」

「ええ。私達も認証の時以外は言わないようにしてるわ」

「で、ビスマルクさん」

「なに?」

「その人達の会社を通じて、捌けるのかな?」

ビスマルクはじっと提督を見返したが、明らかに動揺していた。

 

 



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長門の場合(51)

ビスマルクは慎重に言葉を選びながら提督に言った。

「えっと・・本当に怖い話だから化かし合い無しで行きたいのだけど」

「そうか」

「どうして会社って言ったの?そして捌けると思う理由は?」

提督はにこっと笑った。

「理由は2つ。まずは君がリ級の頃、取れた魚を市場で捌いたって言ったでしょ?」

「え、ええ」

「市場は開放的な場所じゃない。新入りは誰かの紹介が必要だ」

「・・」

「紹介者は市場に信用されてる。つまり長い事働いて信用を得てるって事だ」

「・・」

「信用を得た者が信用を失うような賭けをする筈ないから、君達を知ってるって事だ」

「ぐ」

「もう1つはこの前店を開けた時、花輪が飾られたでしょ。お金が無いと出来ないよね」

「・・」

「真夜中にこんな海の真ん中で金を稼ぐとしたら海底資源を売るか傭兵しかない」

「・・」

「短時間で傭兵は無理、数は沢山居る。なら知り合いに海底資源を売ったとしか考えられない」

ビスマルクはがくりと肩を下げ、額に手を当てた。

うっかり一言言っただけでこのざまだ。

オロオロするル級に、組長が

「ダカラ、コノ鎮守府ヲ甘ク見ルナト言ッタノダガ、本丸マデ攻メ込マレタナ」

そう言って、ル級にコツンと軽く拳骨を落とした。

そして、頭をさするル級をジト目で見ているビスマルクに

「モウ無理ダ。正直ニ話ス方ガ互イニ無駄ガ無イ」

と言った。

ビスマルクは苦り切った顔をしていたが、やがて上目遣いに話し始めた。

「しょうがないわね。提督のお察しの通り売れる。海底資源は引く手あまたよ」

「現状を考えれば当然だね」

「地上組は幾つかに分かれているわ」

「どの派閥なら声を掛けやすい?」

「なんで派閥の事まで知って・・・あ」

ビスマルクが目を見開いて口を押えたが、組長は溜息を吐いて言った。

「私ハオーストラリアノ派閥シカ知ラナイ。彼ラハボーキサイト専門ダ」

ビスマルクが弱々しく言った。

「私は・・ツテがあるとしたら日本ね。比較的大きいわ」

「得意分野は?」

「燃料と鉄鉱石。窓口は提督もご存じの子よ」

「どういう事かな?」

ビスマルクは肩をすくめた。

「駆逐隊のボスのロ級と親友のヌ級、覚えてる?」

「ええと、ロ級さんは曙さんだったがヌ級さんは・・・誰になってたんだっけ」

「うちの経理にいた瑞鳳よ」

「その二人が窓口なの?」

「ええ。人間まで戻ってるから都合が良いらしいわ」

提督が眉をひそめた。

「一応聞くけど、その地上組は後ろ暗い事はしてないよね?」

「犯罪には加担してないわ。その辺は調べたから」

「まとめると、燃料、鉄鉱石、ボーキサイトは日本かオーストラリアに販売先がある」

ビスマルクが頷きながら答えた。

「ええ、そうよ」

「その売却益を使って原材料を購入し、ル級さん達でシュークリームを作る」

ル級が頷いた。

「ソウデスネ。浮砲台組ノ方達ハ大キイカラ、我々ガ作ル方ガ良イヨー」

「そして押し寄せてくる子達の交通整理をしつつ、配る」

組長が頷いた。

「食ベル前ニ、食ベテ艦娘化カ、即時退去カ選バセル。我々ガ引キ受ケル」

「戦力的に間に合いそうですか?」

「ウチハ出払ッテル者ガ多イカラ少シ足リナイナ。レ級組ニモ声ヲカケヨウ」

「レ級組?」

「文字通リ、レ級ダケデ構成サレテイル軍閥デ、元傭兵集団ダ」

「話せる相手?」

組長がニヤリと笑った。

「オ好ミ焼キガ大好物ラシクテナ、コノ前ノハ本場ノ関西モンダト大絶賛シテイタヨ」

提督は頷いた。

「なるほど。上手く行ったらご馳走すると伝えてください」

「充分ナ手土産ダ。助カル」

「ふむ。じゃあ工場は私達で用意しようか。龍田、そろそろ頼めるかな?」

龍田はゆっくり目を開けると、組長に微笑んだ。

「私達にも燃料分けてもらいたいなあ。工場の運用に使いたいのよねぇ」

組長が一瞬固まったが、

「ワ・・解ッタ。必要量ヲ言ッテクレレバ用意スル」

続いて龍田は間宮を向き、

「間宮さん、深海棲艦向けのレイアウトはさすがに経験が無いでしょう?」

「ええ、そうですね」

そしてゆっくりとル級の方を向くと、

「誰が作るのか決まったら来てくれるかしら?寸法図るから」

ル級はガタガタ震えながら答えた。

「カ、カカカカカ棺桶ノサイズデスカ!?」

龍田はくすっと笑うと

「通路の幅とか決める為だけど・・ドラム缶に入れて魚のエサにしてあげましょうか?」

「スイマセン!ゴメンナサイ!コンクリ詰メハ勘弁シテクダサイ!」

「あら~残念ねぇ」

長門は思った。龍田の眼力は深海棲艦にまで通じるんだな、と。

「後は大体良いかな、龍田」

「ええと、工場はどこに建てますか~?」

「岩礁かなあ。その方が都合は良いよね」

「売り物のストックヤードもとなると、結構な広さが居るわね」

「・・長門、工廠長を呼んできてくれ」

 

「まったく、人が断りにくいタイミングで無茶を被せてきおって」

「狙ってるわけじゃないんですけどね」

「しょうがないのう。岩礁の地形を少し盛り上げて、地面を広げるかの」

「どれくらいで出来ますかね?」

「地盤整備に3日、上を作るのに2日くらいかの・・」

「じゃあ1週間くらいですね」

「図面があればの」

全員の視線がル級に集まった。

「イ、急イデメンバーヲ選定シマスヨー」

「日没までに・・お願いしたいなぁー」

「今スグ行ッテキマス!」

ダッシュで駆けていくル級を見て提督は思った。

龍田は地味に人の使い方を心得てるな、と。

「じゃあ図面は龍田さんと間宮さんに頼んで良いかな?」

「良いわよ~」

「レイアウト考えておきます」

「出来たら工廠長に直接持っていって良いからね」

「うむ、解った」

「資源売却の件は、どっちの方が良いのかな?」

ビスマルクと組長はひそひそと話した後、

「じゃあ私のルートで対応するわ。その方がお金になりそうだし」

提督は頬杖をついて少し考えると、

「なら、挨拶に行こうかな。ロ級さんとも久しく話してないし」

ビスマルクが目を剥いた。

「はぁ!?だ、ダメ!絶対ダメ!」

「なんで?」

「知られちゃいけないの!地上組の事は!深海棲艦と無関係の人間には!」

「そんなに厳しいの?知らない仲じゃないから良いかなって思ったんだけど・・」

「今のあの子が困った立場になるから、それは勘弁してあげて」

「じゃあその件とは別に訊ねていくのはアリ?」

「何で今の職場を知ってるのよって絶対聞くわよ、あの子」

「奇遇だねえとか言えば良い?」

「提督のお芝居は解りやすいからダメ」

「ダメか」

「ダメよ。お願い、困らせないで」

長門が肩をすくめながら言った。

「諦めが肝心だぞ、提督」

「そう?」

「そうだ」

提督は肩をすくめた。

「長門が言うんじゃ、しょうがないね」

ほっと溜息をつくビスマルクの横で組長は思った。

この鎮守府は龍田と長門が表面上仕切っているが、真の指揮者は間違いなく提督だ。

だがヒュドラのように、提督が居なくても代行して思考するシステムが出来上がっている。

とても分厚く、こんなに柔軟な組織構造は間違いなく提督の作だろう。

硬い石より柔らかい溶岩の方が始末が悪い。

腑抜けの鎮守府なら乗っ取る事も考えていたが、とんだ食わせ物だ。

こんなのを敵に回せば良い事など一つも無い。

早く気付けたのは幸いだった。

ル級達にも今一度徹底させておこう。

共存政策の維持が妥当、決して仕掛けるなと。

なにより、白星食品のブイヤベースが人質に取られているからな。

あれが食べられなくなるのは本当に困るではないか。

そこまで思った後、組長は溜息をついて立ち上がった。

「ソロソロ引キ上ゲル。レ級達ノ説得モスル時間ガ要ルカラナ」

そして組長は数秒間、じっと提督を見た。

提督も組長を見返したが、にこっと笑った。

「よろしくお願いします」

「・・・解ッタ」

海に帰りながら組長は思った。

自分もしっかり罠に嵌っている。

これでは同じ地上組元老院のメンバーであるレ級の事を笑えないではないか。

 




一ヶ所訂正しました。
思い込みって色々ありますね。
私だけかな…(汗)


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長門の場合(52)

そして5日が過ぎた。

「・・・随分様変わりした物だな」

長門は小浜に来ると、そう呟いた。

深海棲艦が砂浜の掃除をしているので、裸足で歩けるほどゴミ一つ落ちてない。

そんな浜辺に50体の駆逐艦が2列縦隊で並んで待っているのも見慣れてしまった。

だが、小浜の先には海しかなかったのだが、今は沖合に建物が見える。

海底から突き出た鉄骨に乗る形で海底資源ストックヤードとシュークリーム工場がある。

遠目には海底油田基地にも見えるが、

 

 「山田シュークリーム」

 

という物凄く大きな看板があるのでそうではないと解る。

当初、岩礁の地上露出面積を増やす案で計画されていたが、埋立期間等の理由で断念。

現在の方式に変更となった。

とはいえ、それでも納期に間に合わせてくるのが工廠長の熟練加減を物語る。

そう言えば。

「オハヨウゴザイマス!今日モ50体、ヨロシクオ願イイタシマス!」

挨拶してきたイ級に長門は頷くと、工場を指差しながら言った。

「知っていたら教えて欲しいのだが・・」

「ナンデショウ?」

「なぜ、山田シュークリームなんだ?」

イ級はあぁと頷きながら、

「白星食品ミタイニ名前ガ欲シイヨネッテ話ニナリマシテ」

「うむ」

「山ノヨウニ沢山シュークリームヲ作ル事ニナルカラ、山田シュークリームニシヨウッテ」

がくりと長門はつんのめった。

「ま、まぁ理由は解った。礼を言う」

イ級はうんうんと頷くと

「・・安直デスヨネー」

と言い、長門と二人で笑った。

 

ポーッ!

往復船NO2が港から見えなくなり、イ級が帰って行くと、長門は食堂に向かった。

今日は秘書艦当番だ。

そろそろ提督に朝食を持って行かねばな。

 

コン、コン。

「はいよぅ・・おはよう長門、今日も時間ピッタリだね」

「うむ、巡回をしてから食堂に行くと丁度この時間になるようにしている」

「いつもありがとう。今朝は何かあったかい?」

朝食を並べながら、長門は先程のやり取りを思い出して笑った。

「うん?」

「い、いや、新しく出来た工場なんだがな」

「あぁ、山田シュークリーム・・だっけ?変わった名前だよねえ」

「その名前を付けた理由が面白くてな」

提督が席に着くと、箸を取りながら言った。

「ほう、理由を聞いたのかい?」

「山のように作るから山田シュークリームなんだそうだ」

長門は厚焼き玉子をつまみながら言った。

「さらに言えば、名前を付けた理由が白星食品がカッコイイから我々もとなったらしい」

「てことは結構お気に入りなんだね?」

「そうだろうな」

提督は生卵を混ぜる手を止めた。

「深海棲艦達も普通に洒落とかのセンスがあるって事だね」

「・・そういえば、そうだな」

「まぁ、普通に会話したり、一緒に遊んでる時点で同等の知能を有してるって事だよね」

長門は提督の言葉に箸が止まった。

「待て提督」

「ん?」

「一緒に・・遊ぶって、どういう事だ?」

「あぁ。勧誘船で来る子達が居るじゃない」

「東雲に戻してもらう子達だな」

「だけど、順番を待ってる間があるでしょ」

「うむ」

「その時、暁とか電、子日なんかが、駆逐イ級とかと鬼ごっこや缶ケリやってるんだよ」

長門はぽかんとした。

確かに、特に電は攻撃訓練とかの成績は高いものの、

「戦いには勝ちたいけど、命まで取る事は無いのです」

と、口癖のように言っている。

「たまたま移動中に見てね。あぁ、先日のバタ足人形君も暁達が遊んでたんだよ」

「・・そうか」

長門は小さく溜息を吐いた。

確かに艦娘化を希望しなければ勧誘船には乗らないだろうから、友好の意思はある筈だが…

「どうした?」

「いや、人懐っこい深海棲艦も居るのだな、と」

「何言ってるんだ、北方棲姫が居るじゃないか」

「あ」

長門は茶碗を持ったまま思い出した。

 

日向の基地で営業部長と呼ばれている北方棲姫。

普段はキレッキレの才能をいかんなく発揮し、部下にもさすが姫様と一目置かれているが、

「オ父サンダー!」

月に1回、提督が往復船から姿を見せると駆け寄って行き、一気に子供になる。

「良い子にしてたかな~?」

「ハーイ!」

「今回のお土産は芋羊羹だぞ~」

「ワーイ!オ父サン大好キー!」

「はっはっは。そうかそうか」

「室長ハ今部屋ニ居ルヨー」

「よーし、日向の部屋に行くか。肩車してあげよう」

「ワーイ!」

この光景を見た者達は、まるで親子だなあと微笑ましく見守っている。

もはや基地ではすっかりお馴染みの光景である。

 

「ああそうだ、ずっと前から居たな・・」

「そういう事だよ、長門さん」

長門は食べ終えて、箸を置きながら思った。

我々が普段見聞きしている出来事のどれだけが世間の常識から外れて・・

いや、どれだけが世間の常識と符合しているのだろう。

きっと外れてる方が多いのだろうな・・・

 

提督は「秋の大規模出撃作戦参加要項」と書かれた書類を却下のカゴに入れつつ言った。

「工場は出来たみたいだけど、実際に生産準備は進んでるのかな?」

食器を返してきた長門はカゴを二度見した。

「て、提督?」

「うん、なんだい?」

「そ、それは大本営からの命令書ではないのか?」

「いや、任意だって書いてあるし受けるつもりないけど?」

「その任意とやらは額面通り受け取って良いのか?」

 

日本語が解らんと言われる理由に、行間を読む必要があるというのがある。

「お気持ちで」

「一応大丈夫です」

「任意です」

これらを文字通り受け取るとふざけんなと拳骨が飛んで来る場合がある。

つまりは前後の文章を読み、裏に込められた、

「常識程度には支払え」

「良いから来やがれ」

「自分から応募すると言え」

といった本当の文脈が隠れてないか、きちんと確認しないといけない。

大本営から発信される文書は特に、

「本音を正直に書けない、書くのはプライドが許さない」

という事が多いので、裏の意味の確認は必須である。

長門はひょいと書類を取ると、ペラペラとめくった。

確かに任意だとは前置きされているが、ありありと

「良いか、重要な作戦なんだから精鋭部隊揃えておけよコラ」

という思いが滲み出ている。

「提督、この任意は建前も良い所で、事実上の出撃命令ではないか」

提督は肩をすくめた。

「解ってるけど、行くつもりはない。いつも通り龍田と文月に頼むさ」

長門は腰に両手を置いた。

「私達第1艦隊はそれほどまでに信用出来ないか?」

提督は真っ直ぐ長門を見返した。

「我々は現在、超大規模作戦を年単位で展開中だ。深海棲艦にまで援軍を頼みながらな」

「それは大本営への建前であろう?」

「違う。良いか長門、主砲を撃つだけが戦じゃない」

「・・」

「知恵を比べ、相手を認め、穏やかに武器を仕舞わせる事も戦いなんだ」

「・・」

「我々が毎日艦娘や人間に戻している深海棲艦数を覚えているか?」

「日向の基地で200、東雲が150、だったな」

「うん。一方で海域で戦闘となる場合、相手艦隊は平均4.3体だ」

「そうだな。特に大規模作戦海域では6隻の場合が多いからそんなものであろう」

「そして相手を完全に全滅させるケースは少ないよね?」

長門が渋い顔をした。

 

 



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長門の場合(53)

全滅させるケースが少ないことを指摘された長門は、渋々答えた。

「まぁ・・大規模作戦となれば守備部隊はかわして本隊攻略の為に温存するな」

「それが正しいし、潜水艦隊なんかは100%無視する事もあるよね?」

「うむ。夜の方が怖いからな」

「だから1戦闘での平均轟沈数は約3体という統計が出ている」

長門が硬直した。

「さ・・3体・・だと・・」

「大破もノーカンだし、純粋な轟沈数ね。あと、うちの艦隊だけじゃないよ、全体の統計」

長門は胸をなでおろした。そこまで取り逃している覚えは無かったからだ。

「あ、あぁ。そ、そうか・・」

「さて長門さん」

展開を読んだ長門はますます渋い顔をした。

「・・うむ」

「大体こういう作戦って、1海域当たり、ボスまで入れて大体3回位戦うよね」

「・・あぁ」

「1回出撃すると、大体はボス前で怪我するから、1回で一気になんて行けないよね」

「よほどの運がないとダメだな」

「怪我の回復も補給も無制限とはいかないでしょ?」

「高速修復剤や資材を湯水の如く消費するからな」

「例えばこの間の姫の島事案では溜めていたバケツは全滅したし、旧鎮守府の建物も消滅した」

「あれは島の特攻で押し潰されたからではないか」

「うん。でも、直接攻撃だからこそ起きた損害だよね」

「ぐ」

長門は旗色の悪さを感じていた。

提督は理詰めで攻めてくる。草木一本残さない。

「話を戻すと、修理もあるから1日で10出撃位が上限でしょ」

「そうだな。それ以上無理すれば資源補給が間に合わず、バケツも尽きるな」

「つまり大規模作戦といいつつ、毎回ボスまで行ったとしてもね」

「う、うむ」

「1日1鎮守府で、3体×3回戦×10出撃で平均90隻しか轟沈させてないんだ」

長門が目を見開いた。

「・・な・・に?」

提督は静かに続けた。

「もう1度言うよ。我々は現在、毎日350体の深海棲艦を消滅させている」

「・・・」

「大規模侵攻作戦で全力出撃する4倍近い事を毎日ずっとし続けてるんだよ」

「・・・」

「第1から第4艦隊まで精鋭で固め、全艦隊を10出撃させてようやく同じなんだ」

「・・・」

「これを超大規模作戦と言わないでなんというんだい?」

「・・」

「さらに言えば、長門達は更にその上で出撃任務までこなしてるんだよ?」

「近い海域だけ、だが・・」

「遠くまで行ってる時に大規模な暴動が発生したら呼び戻せなくなるからね」

「あ・・」

提督は長門から「秋の大規模出撃作戦参加要項」を静かに受け取ると、

「だから、今更、我々が、こんな小規模作戦に関わる理由は全く無い」

そう言いながら、再び却下のカゴに戻すと、

「無いんだよ、長門。良いね?」

と、続けた。

長門は提督の放つ殺気にごくりと唾を飲んだ。

今まで、提督は大規模作戦になぜ出ないのかと聞いても

「ちょっと今回は方角が悪いよ、きっと」

「箸の割れ方が悪かったんだ。止めとくよ」

「あー、何となくね」

等とはぐらかして、その理由を答えてくれた事は無かった。

この変化は、つまり・・

「やっと本当の事を教えてくれたな、提督」

「まぁね」

「喜んで、良いのかな?」

提督は肩をすくめると

「デートしてくれたし、そろそろ本音で話しても良いかと思ったんだけど、嫌かな?」

長門は目を細めた。

「いいや、やっと信用を取り戻せたと思うと、嬉しい」

「やっと?・・何度も言うけど長門、あの事で君を信用しなくなったなんて事は無いぞ」

「では何故、今まではぐらかし続けた?重要かつ重大な判断程、後に知る事が多かった」

提督は眉をひそめた。

「あのねぇ、私はこの鎮守府の重要事項を決めて責任を取る為にここに居るんだよ?」

コツコツと床を鳴らしながら、長門はそっと提督の背後に回り、

「解っているが、旦那様が悩み苦しんでいるのなら、せめて一緒に悩みたい」

そういうと、ぎゅっと抱き付いた。

ややあってから、提督は溜息を吐いた。

「私は長門の素直な所が好きだ。だから正妻に君を選んだんだ」

「・・」

「だけど、私は搦め手を使うし、君達を護る為なら誹謗も甘んじるし泥でも飲む覚悟だ」

「・・」

「さらに言えば、長門が私のようにひねくれ色に染まるのは嫌だ。これは譲れない」

「提督・・」

提督は長門の腕にそっと手を重ねた。

「これからも、私が護りたい長門であってくれ。それが私が長門に望む唯一の願いだ」

長門は提督の後頭部に自分の額をコツンと付けて、しばらく動かなかったが、

「・・やれやれ、私の旦那様はワガママだ」

そっと離れて再び提督の前に戻ると、参加要項の書類を見ながら

「では、その作戦には我々は参加しない、そうだな?」

「あぁ。工作は私から文月に頼む。文月を呼んでくれ」

「解った」

提督と長門は見つめ合って微笑んだ。

 

「あー、また来ましたか。なになに・・・うわ、無駄が多いですねぇ」

「だろ?大鳳とかに見せたら一瞥して捨てるよね、きっと」

「どうしてこうセンスの無い作戦しか思いつかないんですかね、ここから回れば良いのに」

「単に直線距離だけで決めてるよね、これ」

「だから重巡までしか使えないんじゃないですか。回り込んで戦艦投入する方が良いです!」

「大体さ、このエリアを殲滅させるなら最上のICBM叩き込んだ方が早いよね」

「はい。お父さん達の新兵装提案をゴチャゴチャ言って断るからこういう時困るんですよ」

「派閥争いばっかりでちっとも融通効かないのは本当に変わらないねえ」

「もー却下却下です!」

「悪いけど頼んで良い?」

「任せてくださいお父さん!」

「文月は話が早くて助かるよー」

「えへへへへー」

作戦指示内容を前に、悪口で盛り上がる文月と提督を見ると、

「まさか・・単に作戦内容が気に入らないから断るのでは・・ないだろうな?」

と、先程のやり取りに少し疑いを持った長門であった。

そういえば、提督は断る時には全然関係ない理由をもっともらしく並べる癖があるが・・・

いや、考えすぎか。

 

「アー、提督サーン、長門サーン」

「やぁル級さん、こんにちは。間宮さん、摩耶、忙しい所ありがとうね」

「大丈夫ですよ」

「まぁアタシが居た方が話早いだろ?」

「翻訳して頂いて助かります」

山田シュークリーム工場の中で、間宮が機材の説明をする。

ル級達深海棲艦側が理解出来ないそぶりを見せると、

「あー、それはつまり、焦げちまうならコンベアの速度を上げろって事」

という感じで摩耶が噛み砕いて説明しているのである。

提督はル級に訊ねた。

「操作方法は解って来ましたか?」

ル級は調理用の帽子を取り、汗を拭うと

「解ッテ来タケド、マダマダ、マニュアルヲ見ナイト解ラナイヨー」

「そりゃそうだろうね」

「摩耶サンガ解リヤスク言ッテクレルカラ、頑張ッテ追記シテルノヨー」

 

そう。

 

ここにカレー小屋があった時、摩耶はひたすらに深海棲艦達からオーダーを取っていた。

その数万とも数十万とも言える会話を通じて、

「こういう言い方をすると伝わらない」

「こう言うとすぐ解る」

といった事を摩耶は経験的に会得していたのである。

 

 




本作品はフィクションです。
バケツ300杯以上使っても作者の鎮守府に明石さんが来ないとか、明日から始まるイベントとか、ま、全く関係ないですよ?


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長門の場合(54)

提督は頷いた。

摩耶が間宮の説明を適度に噛み砕いた事で、効率よく学べたのであろう。

「やっぱり、完全に艦娘と同じという訳じゃないんだね」

「まぁ、ほら、英語で表現しやすいニュアンスと日本語のそれって違うだろ」

「そうだね」

「そういうもんで、別に優劣じゃねぇんだよ」

「異文化コミュニケーションだね」

摩耶は腕を組んでふふんと笑った。

「そういうこった」

「すると摩耶はさしずめバイリンギャルか」

摩耶は途端にひきつった笑いになった。

「おいおい提督・・なんかえらい古い単語を持ち出してきたな」

「あれっ?ごめん、褒めたつもり」

摩耶の表情が苦笑に変わった。

「まぁ良いけどさ。それってモガとかと似たレベルだぜ?」

提督が肩をすくめた。

「おいおい、待ってくれよ。モガは幾らなんでも酷いでしょ?」

「変わんねぇって」

その時、長門は首を傾げつつル級に聞いた。

「モガってなんだ?」

ル級は肩をすくめた。

「サッパリ解ラナイヨー」

二人は摩耶達に向き直った。

「モガってなんだ?」

提督はふぅと溜息を吐くと、

「モダンガール、略してモガ。ハイカラな女の子って事だね」

二人は更に首を傾げた。

「ハイカラってなんだ?」

「まぁその・・大正時代の褒め言葉だよ」

摩耶が継いだ。

「もうちょっと後の年代だと、ナウなヤング、とかな」

長門が摩耶に尋ねた。

「どうしてそんな古い言葉を知ってるんだ?」

摩耶は途端に渋い表情になった。

「ぐ」

提督がニヤリと笑った。

「え、摩耶さん、もしかして昭和な人?こっち側?ねぇねぇ」

摩耶は顔を真っ赤にして否定した。

「ふっ、フザケルなっ!アタシはまだうら若き乙女だっ!」

だが、面々がぽかんとして沈黙した意味を理解した摩耶は、床にのの字を描き始めたので、提督が苦笑しながら説明した。

「ええと、まぁ大正から昭和の文化に詳しい摩耶さんと言っておくよ」

長門とル級は解ったような解らないようなという顔をしていた。

「ふーむ」

提督は間宮の方を向いて訊ねた。

「ところで間宮さん、予定通りと考えて良いのかな?」

「摩耶さんのおかげで既に1度説明は終わってます。予定より早いですし、充分間に合うかと思います」

「そっか・・あー、私が悪かったよ摩耶、ほら、いじけてないで」

摩耶は相変わらず顔を真っ赤にしたまま床にのの字を書いていた。

「うー」

提督はポンと摩耶の肩を叩いて言った。

「・・解った解った。頑張ってくれたから摩耶さんの好きな食べ物を奢ってあげるよ」

摩耶がちらりと提督を見た。

「何でも良いのか?」

「おお。間宮さんの店でも鳳翔さんの店でも潮の菓子でも良いよ」

摩耶は小さな小さな声でぽつりと言った。

「・・海老フライ定食、海老フライ大盛り」

「解った。長門、鳳翔にいつ作れるか聞いてくれるか?」

「任せろ」

 

ややあって、長門がインカムから手を離すと

「明日の夜、姉妹揃ってお越しくださいとの事だ」

提督も頷いた。

「そうだね。菓子屋の件でも頑張ってるしね」

摩耶ががばりと顔を上げた。

「待て!それなら後2人頼む!」

「ん、ああ。蒼龍と飛龍か」

「そうだよ。食い物の恨みは尾を引くんだよ」

「良いよ、じゃ6人分。摩耶は決まり。後は鳳翔に任せる。提督室付で払っておいてくれ」

「解った」

摩耶が思い出したように訊ねた。

「一応聞いておくけどさ、アルコールは・・」

提督は即答した。

「もちろん自腹でお願いします」

「だよな」

うっかりOKと言えば高雄がここぞとばかりに飲む事を良く知ってる面々であった。

なにより、鳳翔の店のアルコール類は結構なお値段なので隠しようが無い。

そんな領収証を経理方に出せば、

 

「あら~、提督がアルコール?どんな会議だったの~?詳しく教えてくださいな~」

 

と、龍田が冷たい目をした白雪を従えて事情聴取にやってきて、あっという間にバレる。

今だって相当おまけしてもらっているのだ。

平和を自ら壊したくない。

 

提督室に戻ってきた時、提督は長門の変化に気づいた。

「あれ、長門。その指輪はどうしたの?」

長門は手を見た後、頷いた。

「あぁ、この指輪は先日深海棲艦から貰った奴だ」

「随分綺麗になったね」

「陸奥に預けてクリーニングしてもらったのだ」

「さすが陸奥さんだね」

「やったのは弥生らしいがな」

提督は長門の手を取りながらしげしげと見つめた。

「なんかあつらえたように長門の手にピッタリ収まってる感じがするね」

「そ、そうか?」

「うん。それにこれ、結構上等な石のような気がする」

「あぁ、陸奥も手放すなと言ってたな」

「良い物だって?」

「ええと・・色々言ってたので忘れてしまった」

「ちょっと気になるね。聞きたいな」

「今日の書類は大丈夫なのか?」

「大本営からは例の作戦書しか来てないし、大丈夫だよ」

長門は小さく肩をすくめた。

きっと他の鎮守府では出撃準備命令が出て走り回ってるのだろう。

今一つ、この鎮守府が現時点で超大規模作戦を展開中と言われても実感が無い。

 

「そうよ・・って、さっき説明したじゃない、姉さん」

「すまぬ、覚え切れなかった」

「もー」

頬を膨らませる陸奥に、提督が言った。

「あまりに綺麗で気になったんだよ。教えてくれないか?」

「良いわよ。その指輪は今では貴重な2つの石が付いてるの」

「どれかなあ」

「まずはこれ、ファンシーブルーダイヤモンドよ」

「え、これってアクアマリンじゃないの?」

「とんでもなくランクの高いダイヤよ。この1粒で1200万は下らないわ」

長門は金額を聞いて硬直したが、提督はふんふんと言っただけだった。

「で、対を成してるこの石はアレキサンドライトよ」

「エメラルドかと思ったよ」

陸奥はふふっと笑うと、弥生にカーテンを閉めるよう言った。

そして白熱電球を点けると、その下にリングをかざした。

「おお・・赤に変わった・・こんなにハッキリ変わるんだね」

「ハッキリ変わるほど高価なの。これも800万クラスね」

「リング部分もこの青色の波打つ線が綺麗だね」

「ラピスラズリを波状のリングにして、同じく波打たせたプラチナのリングで挟んである。物凄い加工精度よ」

「凝ってる割にはゴテゴテした印象がないね」

「デザイナーは相当なセンスの持ち主ね。当然依頼主は貴族や王様でしょうね」

「陸奥さん出来る?」

「自力では無理。出来上がったのを見た時は20枚くらい模写したわ」

「模写?」

「アイデアを自分の引き出しに入れるにはそれを見ながら模写するのが一番よ」

「なるほどね」

「姉さんが貰ったんじゃなければ私が買い取りたいところなんだけど」

「軽く2000万はするんだもんな」

「クリスティンなら3500くらいまで行くんじゃないかしら」

「ほう。長門良かったね・・・なーがと?」

提督が長門の目の前で手を振ったが、反応が無かった。

「気絶してたね」

陸奥は白熱電球を消しながら言った。

「そうみたいね。あ、弥生、カーテン開けてくれるかしら」

「解りました」

「ちょっと書類取ってくるから、長門見ててくれる?」

陸奥は首を傾げた。

「ここで仕事するの?」

「長門が目を覚ますまでね」

「背負っていけば良いじゃない」

「出来るけど、長門はそういう姿をあまり見せたがらないだろ?」

陸奥はくすっと笑った。

「そうね。姉さんは自分の弱さをさらけ出すの、上手くないわね」

「という訳で、行って来るよ」

パタン。

陸奥が上機嫌だと察した弥生が訊ねた。

「どう、されたんですか?」

「姉さんを解ってくれる旦那様で良かったなって、ね」

「そうですね・・姉妹を大事にしてもらえるって、嬉しい・・」

「ええ。だからよ」

陸奥は長門を見ながら微笑んだ。

 

 



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長門の場合(55)

陸奥の工房で書類を捌く提督の傍らで、長門はすやすやと眠っていた。

「そういえば、長門の寝顔見るの久しぶりだなあ」

提督が手を止めてポツリと呟くと、陸奥が宝石デザインのスケッチ作業から顔を上げた。

「あら、前はいつ見たのかしら?」

「ええとね・・あれは私の部屋で長門が狸寝入りしていた時だね」

あまりの意外さに、弥生はカッティング中の石を勢い余ってざっくり2つに割ってしまった。

「・・あっ」

聞き耳なんか立てるんじゃなかったと青くなる弥生をよそに、陸奥はがっつり食いついた。

「何で狸寝入りなんかしていたのかしら?」

「ええとね、多分陸奥さんのせいだよ?」

「なんでよ」

「私の傍で狸寝入りしてれば私からプロポーズされるとか何とか言わなかった?」

「あ」

「・・やっぱりそういう事言ったんだね?」

「引っかけたわね!?」

「だって長門が起きた後、「陸奥!全然だめじゃん!」みたいな事言ったしなぁ」

「・・あー」

「あれが最後かなあ」

「それ以来って事は、随分久しく見てないのね?」

「そもそも、それ以外はせいぜいうたた寝位しか見た事無いよ。それもかなり浅い」

「それはいつの事?」

「姫の島事案で島が突撃してくる前の夜とか」

「良く覚えてるわね」

「頭をゆすりながらこっくりこっくりしてるのが可愛かったんだよ」

「ふうん」

「そういや長門さんは寝相良い方なの?」

「別に普通だと思うけど?」

弥生は再びカッティングしていた石をパキンと割ってしまった。

だが、弥生はその事に気付いていなかった。

全神経を提督と陸奥の会話に集中していたからである。

寝相と言えば、提督は重要な秘密を保持している。

そう。我々睦月型姉妹の極めて重要な秘密。

墓まで持っていくと約束した秘密を・・まさか・・

弥生はそっと足元に置いてある酸素魚雷を見た。

いざとなれば・・止むを得ません。

だが、何気ないふりをしつつ悲壮な覚悟を決める弥生とは異なる方角に提督達の会話は進んでいった。

「陸奥は夢とか見る?」

「んー、たまに宝石のデザインで良いのが出来たーって夢を見るわね」

「そのデザインは覚えてるの?」

「いいえ、出来たーって喜んでる自分だけ見えるの」

「ほほう」

「だから、良いからその作った物を見せなさーいって叫んで目が覚めるわ」

「続きはCMの後でって感じね」

「むしろWebサイトでって感じね」

「そうか。夢じゃ見られないんだからな」

「ええ。次の日は気になっちゃってスケッチが進まないわ」

「デザインてどうやって思いつくの?」

「基本的にはテーマを決めて、馴染む単語とかイメージをあてはめていくわね」

「テーマって?」

提督達の会話の展開に安堵しつつ、手元の機械に視線を戻した弥生は2度見した。

み、磨いてた筈の石が、根元から綺麗さっぱりなくなってます・・

砥石で全部削ってしまったんです、ね・・

も、もう少し簡単な作業に切り替えることに、します。

参りました・・

陸奥は取り出したブローチを見ながら言った。

「例えばこの前の提督と姉さんのデートに貸したこのブローチは、気品ある淑女、ね」

「うんうん、確かにそういう雰囲気あったよ。上手い物だねえ」

陸奥が頬を染めた。

「これで商売してるしね」

「いや、宝石に疎い私でもそう感じるように作れるってのは素晴らしいと思うよ」

「あ、ありがと」

「ちなみに・・そのブローチって高いのかな?」

陸奥がニヤリと笑った。

「なーに?買ってくれるの?」

「無茶な額を言わなきゃね」

「どうしようかなあ・・クリスティンに出す予定なのよねー」

「その為に作ってるんだからそうだよね。でも人手に渡ると思うと寂しいなあ・・」

「そういえばそろそろ次回の発送が迫ってるわねー」

振り向いて、まだ1ヶ月先ですと言いかけた弥生に陸奥は片目を瞑って合図した。

そのまま弥生は提督を見て納得した。かなり本気で買う事を考えている。

弥生も陸奥と一緒に商売してきたので、客の本気度合いは見れば解る程度にはなっていたのである。

提督はしばらく沈黙した後に訊ねた。

「む、陸奥さん」

「はーい?」

「・・お幾らでしょうか?」

「弥生、開始価格幾らだっけ?」

弥生は陸奥の問いかけにおやっと思った。

こういう時はいつも、落札予定額は幾らかと問うのに。

「は、はい」

弥生はストックリストを開いて調べると

「ええと、85万スタート・・です」

提督が白目を剥いて唸った。

「うおぉおぉぉぉ・・」

陸奥は溜息を吐いた。

「ちなみにスタートは85万だけど、落札はそんな物じゃないわよ?」

「もっと上なの?」

「これなら大体290~320位でしょうね」

弥生が頷いた。

「いつもの雰囲気なら、それくらい・・もう少し上、かな?」

陸奥がハッタリではなく、最初から素直な額を言うのも珍しい。

いつもとは違うのだなと弥生は思った。

しかし、提督は手で顔を覆っていた。

「320だと・・最上のロケットに乗って月旅行する方がまだ現実的だ」

「原価だってそれなりにかかってるのよ。開始値は吹っかけてないわ」

「良い作品なのは認めるよ。だからこうして悩んでるんじゃないか・・」

提督はそっと長門を見た。

穏やかな顔をしてすやすやと眠っている。

たっぷり1分ほどギュッと目を瞑って考えた提督は、キリッとした顔で陸奥を見た。

「60回払いで良いですか?」

「いいけど、金利が高くつくわよ?」

「毎月の支払額考えたら120回とか無いかなって思う位なんだけど」

「10年!?」

陸奥はローン計算表を見ていたが、

「48回払いで行けるんじゃない?」

「あれ、私の計算がおかしいのかな。48回で毎回幾ら?」

「19574コインよ」

提督は少し考えた後、眉をひそめた。

「うん?開始値で良いの?」

陸奥は肩をすくめた。

「300貰うつもりなら開始値なんて言わないわよ」

「そ、そうか。月2万なら、まぁ・・」

ほっとする表情を見せる提督を前に、陸奥はニヤリと笑った。

「お義兄さん相手だから手加減しないと、ね」

提督が真っ赤になった。

「あ、あ、あのね」

「姉さんをお嫁さんにしてくれるんでしょ?」

提督は陸奥を見た。

陸奥は冗談めかして言ってるが、その目は真剣だった。

提督は深く頷いた。

「・・うん。そこは信用してくれ。結婚するなら長門しか居ないよ」

「ふーん」

反論しない陸奥を見て提督は頷いた。一応は納得してくれたようだ。

「じゃ、このカードでお願いします。48回払いで」

陸奥はカードを受け取りつつ、ブローチのケースを取り出した。

「いつでも良いけど、ちゃんと姉さんにプレゼントしてよ?」

「他に渡す相手居ないよ」

陸奥はくすっと笑った。

「・・そう。じゃあ弥生、悪いけど出品リストから外しておいて」

「はい」

「思わぬ大出費をしてしまったなあ」

ケースに入ったブローチを受け取ると、提督はポケットにしまった。

「・・ただ、長門と結婚するのはかなり大変な道だよ」

陸奥はカードを返しながら眉をひそめた。

「なんで?」

「長門を奥さんにするには、人間になってもらわないといけない」

「そうね」

「なら、誰を次の旗艦にする?あれほどの調整役を誰に任せる?」

「あ」

「さらに言うと、私は単身赴任はしたくない」

「妹としても姉さんが一人で家にいる絵図は可哀想だから勧めたくないわね」

「そうなると、奥さんになった長門をどうやってここに呼び寄せるか、だよ」

「あ」

「一番前例が無いんだよね・・司令官の家族同居ってのは」

 

そう。

艦娘と司令官のケッコンカッコカリまでは割と多いが、それ以上となると極端に減る。

元艦娘にせよ人間にせよ、妻を鎮守府に呼ぶなどと大本営に申請すれば

「聞かなかった事にするよ。疲れてるんだろ?」

と言われてしまう。

真面目に相談した司令官も居たが、諸々の規則と希望があまりにも添わない。

結局、司令官が艦娘と結婚する場合は連れだっての退任というのが定説になっていた。

 

 



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長門の場合(56)

 

陸奥は肩をすくめた。

「でも、提督が軍を去るとなったら鎮守府中が大騒ぎよ?」

「だよね・・」

「白星食品なんて世界中に顧客が居るから、そう簡単に店仕舞い出来ないわよ?」

「とはいえ、後任の司令官が現状を受け入れるとは到底思えないんだよね」

「深海棲艦に警護してもらう艦娘の漁船、なんてね・・」

「そのノリで言うと虎沼海運と取引してる加古と古鷹も・・」

「深海棲艦が営業部長やってる日向さんの基地も・・」

「・・もう一体どこから説明すれば良いんだろうって状態だろ?」

「そうね」

「付け加えて言うなら、長門と離れて暮らす位なら今の方が良い」

「でも、それも善し悪しよ?」

「年の差でしょ」

「ええ、そういう事。ますます開いちゃうから」

 

艦娘は基本的に、年を取るという概念が無い。

10年経っても20年経っても今日と同じ姿である。

解体等を経て人間になると、そこから時が動き出す。

一方で司令官達人間は普通に年を取っていく。

ゆえに、長い間艦娘として従事していると司令官との別れを何回も経験する事になる。

それが辛くて人間に戻ってしまう熟練艦娘も居るので、実は根の深い問題だったりする。

大本営の五十鈴などは達観しており、

「その時の旦那様を精一杯愛して沢山好きって言ってもらうわ!後悔しないようにね!」

と、脇目も振らずに中将と熱愛中である。

 

「でも私も、現時点で長門を迎えたとしても相当な年の差だよ」

「・・まぁね」

「下手すると可愛い一人娘と言ってもしっくりくるからね」

「そこまでじゃないでしょ?」

「んー、文月くらいの娘が居てもおかしくはないよ?」

文月と聞いて弥生が振り返った。

「えと、長門さんが奥様になったら、文月は、養子になれるんでしょうか・・」

提督は頷いた。

「構わないんだけど、事務方として雇い直さないと・・鎮守府が止まるね」

「あ」

陸奥が頷いた。

「もう姉さんと結婚する時に鎮守府ごと民営化した方が早いんじゃないかしら」

提督が首を振った。

「いや、我々が軍人か民間人かは深海棲艦にとって大きな差だよ」

「というと?」

「反撃出来ないと解ったら、今護衛についてくれてる子達も牙を剥くかもしれない」

「・・・」

「パワーバランス、だからね」

「となると・・」

「大本営と協議するけど、深海棲艦と関連のある商売は畳む算段をつけるしかないね」

「白星食品と基地はもろに直撃するわね」

「山田シュークリームも同じ理屈でほぼ不可能だろう」

「私達はどうかしら?」

「土地さえあれば皆で運んじゃえば良いさ。海に出る必要もないし」

「そう、か、そうね」

「加古達の商売は貿易へのダメージが大き過ぎるから存続させてもらえる・・かなあ」

「そうねえ」

「最上達の研究開発は・・後任の司令官次第だな」

「それを言ったら潮ちゃんの甘味処もそうよね」

「事務方、教育方、研究方、大鳳組もグレーだね」

「結局ここ全部じゃない」

「ごく普通の司令官がここに着任して、じゃあよろしくと言われたら卒倒するだろうよ」

陸奥が溜息を吐いた。

「姉さんが結婚するのは相当先になりそうね」

「あるいは・・」

「何?」

「私が余命いくばくも無くなるか、だね」

陸奥と弥生は息をのんだ。

もし提督が急逝したら、この鎮守府は大変な事になる。

提督は長門の頭を撫でながら、寂しそうに笑った。

「色々な糸が絡み合ってさ、どう解決したら良いか解らなくなるんだよね」

その時、ふっと長門が目を覚ました。

 

「なんだ、そんな事を悩んでいたのか?」

妙な雰囲気を察した長門は提督達からすっかり話を聞いた後、そう言った。

「簡単な問題じゃないよ、これ」

「簡単な事だぞ?」

提督が眉をひそめた。

「何で簡単なのさ?」

長門はうーんと言いながらカリカリと頭を掻いた後、

「では試しに、ビスマルクに話を聞きに行こう。陸奥達も来るか?」

戸惑いながらも陸奥と弥生は頷いた。

 

「あら提督、仕事辞めるの?」

社長室で人払いをしたビスマルクは、長門から話を聞いてそう答えた。

提督は肩をすくめた。

「いずれかは来る話だよ。今じゃないけどね」

ビスマルクは顎に手を当てると

「もし予定があるなら半年前に言ってくれれば助かるわね」

「半年前?」

「お店畳む前に挨拶回りとかしたいし」

提督と陸奥はビスマルクを見つめた。

「えっ?」

「えっ、て・・何よ?」

「畳むの?」

「当たり前じゃない」

ぽかんとする提督の横から陸奥が突っ込んだ。

「なんで?世界的にこれだけ有名な企業なのよ!?」

こくこくと頷く提督に対し、ビスマルクは軽く両手をあげた。

「提督以外こんな副業認めてくれる筈無いし、今更他の司令官に従うなんて真っ平よ」

提督が首を傾げた。

「んー?浜風はともかく、ビスマルクは別に私にその気はないだろう?」

「あぁ、別に恋愛感情じゃないわよ」

「じゃあどういう事?」

ビスマルクは困ったものだという風に目を閉じた。

「どうして他の事には鋭いのにこの辺だけ鈍いのかしらね」

「この辺て?」

「あのね」

「はい」

「艦娘と対話し、言い分を聞き、戦果より艦娘を大事にしてくれる司令官なんて皆無なの」

「・・まさか」

「私の元の司令官の口癖は国の為に命がけで戦って来い、だったもの」

「それは檄を飛ばすというか、戦意高揚の為じゃないの?」

「提督からそんな台詞聞いた事無いわよ?」

「言う必要が無いからね」

ビスマルクはふっと目を細めた。

「さらに言えば、元の鎮守府では月に1人は誰か沈んでたわよ」

提督が僅かに気色ばんだ。

「・・な・・に?」

ビスマルクは自らの両手をきゅっと結び、諭すように提督をじっと見つめた。

「提督」

「あ、ああ」

「それが普通なのよ。だって海は戦地なんですもの」

「・・」

「だから私達も、仲間の艦娘が沈む事について殊更に悲しまないようになってる」

「・・なってる?」

「艤装にそういう制御装置があるみたいね」

提督はずっと引っかかっていた事に、ようやく納得出来た気がした。

あの時。

北方海域で第1艦隊がほぼ壊滅し、大鳳達が沈んだ時。

とてつもない喪失感に苛まれた提督と違い、艦娘達は冷静だった。

だからこそ今日があるのだが、その温度差に提督は少なからず戸惑った。

何故、姉妹が、親友が沈んだ事にそこまで冷静でいられるのか。

同僚の兵士が死んだとしても、人間なら戦意を喪失するか、自暴自棄になるというのに。

黙りこんだ提督に、ビスマルクは優しく言葉を続けた。

「ええとね、提督。ここは色々な意味でありえないわ」

「ありえない、か」

「ええ。戦い以外の仕事を好きにさせてくれて、大事にされて、誰も死なない」

「・・」

「そんな奇跡を提督のおかげで楽しませてもらえた。だから、提督が去るなら去るわ」

「・・未練はないのか?」

「繰り返すけど、提督以外の司令官がこの奇跡を認めてくれる筈が無い」

「も、もしかしたら大本営が認めて」

ビスマルクは言いかける提督にひらひらと手を振った。

「私、無駄な苦労や分の無い賭けには手を出さないの。リ級時代の教訓」

「そんなに低いか・・し、しかしどこかでは」

「私だけじゃ不安なら・・そうね、加古ちゃんに聞いたら?」

「加古、か?」

「ええ。響ちゃんや川内ちゃんでも良いと思うわ。外から来た子に聞いて御覧なさいな」

提督が口を開きかけた、その時。

「失礼しま・・あ、お話し中でしたか」

書類を読みながら入ってきたのは浜風であった。

「表に入室禁止って札を下げておいたのだけど、見てなかったの?」

「すみません。出直します」

出て行こうとする浜風に、提督が声をかけた。

「あ、いや、浜風待ってくれ」

「え?」

ビスマルクが頷いた。

「あぁ、浜風もそうね。丁度良いわ」

浜風が首を傾げると、目元のメガネがするりとずれた。

 

 



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長門の場合(57)

「提督が鎮守府を去るなら、ここに未練なんて1ミリも無いですよ?」

浜風はビスマルクを前にあっさり言い切った。

「ビ、ビスマルクが残るって言ってもかい?」

浜風が眉をひそめながらビスマルクに問いかけた。

「提督の居ない鎮守府に残るんですか?ボス」

「いいえ。残らないって言っても提督は信じてくれないの。会社に未練が無いのかって」

浜風はころころと笑い出した。

「あっ、あははっ!面白い事仰いますね提督!ははははっ!」

提督はそっと問いかけた。

「これだけ立派な会社にしたのに?」

浜風はくいっと眼鏡をあげながら笑った。

提督はその姿が、浜風が深海棲艦時代に人間に化けた姿と重なった気がした。

「提督」

「はい」

「先日、漁船が襲撃された時、我々は会社を畳む事を決める寸前でした」

「へっ!?」

「だって海で深海棲艦に漁船が襲われたのに、対策がないんですよ?」

「そ、そうだが」

「社員の命に比べたら会社の存続なんて二の次です」

「・・」

「今、私達が仕事してるのは、提督と長門さんの尽力があってこそです」

「・・」

「この工場をここに作れたのも、艦娘に戻ってなお続けられるのも、提督のおかげです」

「・・」

「第一、私がここに居るのは提督が居るからですよ?提督が居なくなるならついてきます」

「あー・・」

浜風はちょっと目線を逸らせると、

「その・・奥さんになれないのは解ってますけど、傍にいる位、良いじゃないですか」

「あ、あぁ、そう、だね・・何というか、すまん」

「だから迷わず会社を畳んで、皆に退職金払って解散します。そしてついてきます」

「そう、か」

「はい」

ガタリと提督は立ち上がると、

「二人とも、ありがとう。この話は今すぐって訳じゃないからね」

「出来れば閉店セールやりたいから半年くらい前に言ってね」

「あ!良いですね閉店セール!思いきり稼げそう!」

「でしょでしょ!」

「じゃ、じゃあ失礼するよ」

提督は小さく溜息を吐くと、長門達と共に白星食品を辞した。

一行の足は自然と加古の作業場に向かっていた。

 

「・・へ?辞めるの提督?」

「いや、もしもの話」

「ほうほう」

加古は提督と長門を交互に見た後にやりと笑い、

「いよいよ長門さんとご結婚で引退なのー?」

と言った。

提督は肩をすくめると

「話題の発端はそうだけど、皆の都合もあるからね」

加古は一瞬きょとんとした後ぷっと吹き出し、続いて腹を抱えて笑い出した。

「お、おい。何もおかしい事は無いだろう?」

ひとしきり笑い終えた加古は、涙を拭きながら答えた。

「て、提督が、艦娘の都合聞くなんて聞いた事ないよ。何の冗談?」

「冗談じゃないよ。私は」

真面目に返そうとする提督を加古は手で制した。

「ごめん。提督が真面目なのは解ってるんだけど、あまりにもおかしくてさ」

「おかしい?」

「だって、他の司令官は100%、全て自分の都合で身の処し方を決めるよ」

「・・」

「辞めたい時に勝手に辞めていく。私達には何も言わずにね」

「・・」

「更に言えば、私がこの仕事を続けたくても、新しい司令官がダメだと言えば終わり」

「・・まぁ、そうだね」

加古は右手をくるくると仕事場全体に向かって回した。

「ついでに言えばさ、こんな仕事認めてくれるの世界で提督だけだよ?賭けても良いよ」

「・・」

「艦娘が戦いに出ず、民間船直したり改造したり、その構想を練ってるんだよ?」

「加古がちゃんと考えたビジネスだから私は良いと判断したんだよ、それに」

加古は指一本で提督を再び制し、へらりとした表情を止め、すっと眉をひそめた。

「ちゃんと考えた考えないじゃない。艦娘に商売を許す司令官なんて居ないの」

「うーん・・あぁ、ありがとう古鷹」

古鷹が提督達にお茶を配り終えると、加古の隣に腰を下ろした。

加古は古鷹を見ながら言った。

「私は今も、寝る前、目が覚めたら全部夢だったってならないよねって不安に思う」

「・・」

「それくらい、ここはアタシにとっての楽園・・ううん、天国なんだよ」

「・・」

「前の司令官は、セオリーから手順を1つ前後させるだけで厳罰に処した人だった」

「・・」

「兵装も全部司令官が決め、いつ誰とどこに出撃するかも全部司令官が決めた」

「・・」

「逆らったら私は幽閉されたし、別の子は解体されたりしたよ」

「・・」

「でも、それは決して異常じゃない。私が聞いたここ以外の鎮守府は皆そうだった」

「・・」

「だからここに来て、古鷹があっけらかんと言った事全てが信じられなかった」

古鷹は肩をすくめた。

「でも、私の言った通りだったでしょ?」

「そうだね。未だに現実だって信じきれてないけど」

「・・」

「ここはあまりにも他の鎮守府と違い過ぎて、あまりにも艦娘に都合が良すぎたからね」

提督は寂しそうな視線で加古を見続けていた。

「別に、私は・・」

加古は提督に頷きながら言った。

「勿論提督はサボってないし、私達に迎合してもいない。提督の指導は間違ってない」

「そう、か」

「ただ、こんな形で保たれてる鎮守府があるって事は、恐らく他には秘匿されてるよ」

「なぜだ?」

「司令官に都合が悪すぎるよ。こんなに艦娘が勝手に動ける鎮守府はさ」

「・・」

「他の司令官はもっと、艦娘に言う事を聞かせたいと思ってる筈だし」

加古はふっと笑うと

「提督の言う通り、自分のプラン以上の結果を艦娘が勝手に出したら心配になるのさ」

「うーん」

「ま、提督が気に病む必要はないよ。少なくともアタシは提督に莫大な恩がある」

「恩?」

「そうだよ。着任以来今日までどれだけ好き勝手させてもらえたかは理解してる」

続けようとする加古を提督は遮った。

「好き勝手って、何も悪い事はしてないし世の役に立ってる。むしろ功績と言って良い」

加古がギヌロと提督に目を見開いた。

「だーから、そんな事言う司令官なんて提督しか居ないの。最後まで聞いてよ」

提督は両手を挙げた。

「OK。最後まで聞こう」

「ありがと。だからさ、提督が長門と結婚して引退したいならそれで良いんだよ」

「・・」

「誰かが文句言うならアタシが黙らせる。引き受けてもいいよ」

「いや、それは・・」

「それくらい恩を感じてるってこと。嫌がるだろうけど、提督の為に命張っても良いよ」

「間違いなく嫌だね。私の為に加古が命を落とすなんてあってはならない」

加古はふうと溜息をつき、古鷹はくすりと笑った。

「普通、こう言うと司令官達はそうかそうかって喜ぶもんなんだよ?」

「私には耐えられん」

「それはつまり、提督は私達を対等に見てるって事なんだよ」

「当たり前だ」

加古はズビシと提督を指差した。

「決定的な違いはそこ。他の司令官は艦娘を代えのある兵器としてしか見てない」

「・・」

「提督は同じ加古でも、私ともう1人を別の個体として見るっしょ?」

「記憶や思考方法が違うんだから当然だ。その違いを無視するなら人間だって変わらん」

「けど、司令官でそんな事まで気にしてる人は居ないんだよ」

「中将は違うと思うけどなあ・・」

「何万と居る司令官の中で数人がそう思っていてもゼロの誤差でしかないよ」

「そうか・・」

「てことで、アタシは虎沼さんに謝ってから仕事畳んで人間に戻り、提督の近くで暮らす」

「へ?」

「どうせ人間に戻ったって家族が居る訳じゃなし、恩師の近くで暮らすよ」

「恩師って・・あ、古鷹はどうする?」

古鷹は加古に向かってにっこり笑うと

「加古と一緒に、提督のお傍で暮らします」

「引退した私の近くで暮らしても、何もしてあげられる権力は無いよ?」

「別に権力の為に提督の近くに居たい訳じゃないですから。ね、加古?」

加古はニヤッと笑うと

「うん。提督の近くに居ると、絶対変な事が起きそうな気がする。毎日楽しそうじゃん」

提督は頭を抱えた。

「なんかそう言われるとそうなる気がするから言わないでくれる?」

「あはははっ。だって最上や夕張とかも行くでしょ。絶対あるね」

「なんで最上達が?」

「残る理由が無いじゃん」

「なんで?」

「他の司令官があんなに実験を認める訳無いっしょー」

「あ」

加古は椅子に座りなおすと、ジト目になって言った。

「あのさ提督、あれだけ艦娘達に好き放題自由にさせといてさー」

「・・」

「次の司令官からは厳しい軍隊生活になりますって言ったら、誰も残る訳無いっしょ?」

提督は頭を抱えた。

「ビスマルクが真っ平と言ったのはそういう事か。確かに軍隊としては甘かったかな・・」

加古はぽんぽんと提督の肩を叩いた。

「お父さんは娘達に超甘かったからねぇ。もう手遅れだと思うよ?」

加古の説明を聞いて、提督は唸りながら言った。

「だが、別に厳しくする理由も無かったからな・・成果は十分出てるんだし」

「提督辞めたら全員ついてくるんじゃない?」

「は?」

「あれだけデレッデレの加賀とか扶桑とかが残るなんて言う筈ないし」

「・・」

「言わないだけで提督の事慕ってる子達、結構多いよ?」

「・・」

「そういう気持ちが無くてもアタシみたいに面白さ期待してついてく子も居るだろうし」

「い、いや、さすがに全員て事は・・・」

「じゃあこの鎮守府の艦娘で、普通の鎮守府に行きた~いって話、聞いた事ある?」

提督が僅かな希望の目を長門に向けつつ聞いた。

「・・長門、聞いた事ない?」

長門は肩をすくめて首を振った。

「無いな。受講生なら変わった鎮守府だと言った者も居たが、批判では無かったし」

加古がとどめを刺した。

「当たり前じゃん。理不尽が一切なくて、平等で、自由にさせてくれるんだもん」

提督は手で額を押さえた。

なんか加古の言う事が現実になりそうな気がする。頭痛がしてきた。

提督は再び長門を見た。

「なぁ長門、この展開を予想してたの?」

長門はにこっと笑った。

「ついてくる所までは解らなかったが、提督の願いを邪魔する子は居ないと思ったな」

「なぜだ?」

「加古も言っていたが、我々は提督に恩義を感じているからな」

「うーん。でも私のせいで今出来ているやりたい事が出来なくなるのは可哀想だなあ」

加古と古鷹が再び笑い出したので、提督は頭を掻いた。

「何で笑うんだよー」

「もう本当に断言してあげる。絶対、全ての艦娘がお供するってさ」

「じゃあ皆の再就職先を考えないとなあ・・」

加古がこらえきれずに笑い出した。

「ぷっ・・あはははははっ!」

「おいおい、こっちは真剣に悩んでるというのに・・」

「あー面白い。自分が辞めるからついてくる艦娘の再就職先を心配する司令官なんてさ」

「頭痛くなってきたからそろそろ失礼するよ。邪魔したね」

「はいはーい」

去りかけた提督は、くるりと加古に向くと

「背中を押してくれて、ありがとう。おかげで吹っ切れそうだよ」

と言って、微笑みながら頭を下げた。

加古は提督が去るまで苦笑しながら手を振っていた。

ありゃあ、そこらじゅうに火種を撒いてるなあ、きっと。

いっそアタシも・・とか言ったら面白そうだなあ。やってみようかな。

古鷹が加古の目を覗き込んだ。

「ん?なに?」

「・・悪い事考えてる目だよ~?」

加古はぎくりとした。古鷹は怒ると怖いのだ。

 

 



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長門の場合(58)

 

一行は陸奥の工房に戻ったが、長門以外は押し黙っていた。

長門が肩をすくめた。

「どうしたというのだ?何かおかしいか?」

提督は肩をすくめた。

「なんというか、ここと他所の違いをじっくり聞かされてショックというかね」

長門が両手を腰に当てた。

「今更何を言ってるんだ。むしろ他所と同じ所がどこにあるのかと聞きたい」

「ぐふっ」

「それに、世間より酷いならともかく、ずっと良いと口を揃えているではないか」

「ええとね・・私の理解が悪いのかもしれんが・・」

提督は眉をひそめ、片目を瞑りながら、一言ずつ発した。

「私は、君達を、甘やかしたり、さぼらせる意図は全く無い」

「・・」

「皆が最も力を出す為には、得意な事をする事が一番いいと思う」

「そうだろうな」

「だから事務方を始めとして、やりたいという事をさせてきたんだよ」

「うむ」

「私達司令官の最重要任務は深海棲艦を減らす事、次が優秀な艦娘を増やす事だ」

「ああ」

「私はそれを追い求めただけで、皆から感謝されるなんて思ってもみなかった」

長門は小さく溜息を吐くと、陸奥を見た。

陸奥が笑って頷いたのを見て、長門は口を開いた。

「その追い求め方が、加古の言う、艦娘に都合が良かったのだろう」

「んー」

「理不尽が一切なくて、平等で、自由。ここを良く言い表してる言葉だぞ」

「私は皆に当たり前の事しか言ってない」

長門は提督の足を指差した。

「他の司令官にとっては、その銃と我々は、同じなのだ」

提督は眉をひそめた。

「ビスマルクも加古も古鷹もそんな事を言ってたね。どういう意味なんだ?」

「要するに、会話で操作出来る兵器、なのだろう」

提督はふるふると首を振った。

「感情がある子達なのに・・」

「もう1つ言えば、提督の立てる作戦は奇抜過ぎる」

「へ?」

「カレーで誘って話し合って納得ずくで艦娘化なんて作戦、誰が考えるというのだ」

「私」

「他で聞いた事は1度も無い。大本営の実験記録にさえ、無い」

提督は苦り切った顔をしていたが、

「・・・最終的には任務を遂行してるだけだ。何が違うというのだ」

「提督は私に、主砲を撃つだけが戦じゃないと言っただろう?」

「そうだね」

「もう既にそんな事を言う司令官自体、提督しか居ないと思うぞ」

「なんで?!」

「ついでに言えば、我々に陸で戦って何が悪いというような司令官も居ないだろう」

「どうして?」

長門は肩をすくめた。

「艦娘は軍艦だから、だ」

提督は気色ばんで反論した。

「違う。艦娘は、船霊が実体化した可愛い娘達だ」

長門はくすっと笑った。

「艦娘は軍艦である。大本営の言う前提を崩せるか否かが差異の始まりだ」

提督は呆気にとられた。

「・・見て解るじゃないか。こんなに傍で毎日生活してるのだから」

長門達は微笑みを返すだけだったが、提督には十分通じた。

「信じられない。信じられないよ。自分の現実より大本営の前提を優先するのか?」

「ああ、そういう事だ」

提督は首を振った。

「・・そうか。だからビスマルクも加古も、迷うべき選択肢が無いんだね」

「そうだ。残れば再び兵器として扱われる日々だからな」

「うちの鎮守府で生まれた子達は・・」

「兵器として扱われる事に戸惑うだろう」

「行かせちゃいけないんだな」

長門は肩をすくめた。

「繰り返すが、普通というか大多数は我々以外、だからな?」

提督はフンと鼻を鳴らした。

「そんな所にうちの娘はやらん」

長門はくすっと笑った。

「そうくると思った」

「あー・・だから、難しくない問題、か」

「そうだ。提督が辞める時は私達も居なくなる。それだけだ」

提督は陸奥と弥生を見た。

「君達もそう思う?」

陸奥は笑って頷くだけだったが、弥生はてとてとと提督の傍に寄って来た。

「ん?どうした弥生?」

「私の、前の司令官は・・駆逐艦は戦艦や空母の弾除けだと、いつも言ってました」

提督は顔色を失った。

「・・なに?」

「司令官の言う事は、絶対。でも、そんな事の為に生まれたのかと思うと、悲しかった」

提督は言葉を失った。

「沈む時、やっと開放されるという、安堵はあったけれど」

「どうか、本当の事を教えてくださいって、神様に、願ったんです」

弥生は目を閉じた。

「ここに来たのは、今日の話を聞けたのは、神様の答えなのだと、私は、思います」

少し言葉を切って、弥生は静かに目を開けた。

沢山の涙を溜めながら、言葉を続けた。

「ここに来てから、本当に、皆から、大切にして貰えました」

「姉妹で、仲良く喋り、ご飯を食べ、おやつを買い、お風呂に入り、眠れました」

「陸奥さんと、毎日、楽しく、仕事が出来ています」

「本当に毎日が楽しくて、温かくて、笑顔が沢山あった」

「それは暁達も、白露達も、軽巡も、空母も、皆、そう」

「加古さんの仰る天国という言葉は、その通りだと、私も、思います」

「それらが当たり前のように溢れかえる事に、私もいつしか慣れていたけれど」

「今、この時が、提督の思いで組み立てられている事を、思い出しました」

弥生はそっと、提督の手を取った。

「だから、私も、命を賭けてでも、提督の願いを、叶えます」

「今まで、私達の沢山の幸せを、叶えてくれたから」

提督は弥生の小さな手をきゅっと握り、やっとの事で声を搾り出した。

「まだ先だけど、私が引退する時は、人間として一緒においで」

弥生はこくりと頷き、微笑んだ。

誰もが今まで見た事無い程に、柔らかく、優しい笑顔だった。

 

提督と長門が工房を辞した後。

陸奥は請求書のファイルを開け、中から取り出した1枚を静かに破った。

「書き間違いが・・ありましたか?」

弥生が訊ねたが、紙を見てあっと声をあげた。

「それ・・提督へのブローチの請求書・・」

陸奥がにっこりと笑った。

「そうよ」

「請求・・しないんですか?」

「ええ。貴方と楽しく仕事出来てるのは、提督のおかげだし・・」

「そう、ですね」

「こういう形での恩返しも、悪くないわ」

弥生がこくりと頷いたのを見て、陸奥はにふんと笑った。

「ちょっと原価の分痛いけど、他で取り返せる額だしね」

弥生はくすっと笑った。

「あれくらいなら、今までの黒字で埋められます」

「じゃ、今日はもうちょっと頑張りましょうか!」

「はい」

 

その日の夕方。

 

提督室で遅れに遅れた書類作業を長門とこなしていると、文月が入ってきた。

「お父さ~ん」

「んー?」

「秋の大規模出撃作戦参加要項、きっちり突っ返してきました~」

「よくやった!偉いぞ文月!」

一瞬、てへへと笑った文月だったが、すぐに真面目な顔に戻ると

「それはともかく、変な噂を耳にしたんです」

「どんな?」

「提督が不治の病にかかって白星食品が店を畳む事になったって」

長門と提督は思わず顔を上げた。

「・・・はい?」

「何かお心当たりはありませんか?」

長門は肩をすくめた。

「物凄く中途半端に話が漏れたのだろうな」

文月は長門を見た。

「ご説明頂けますか?」

 

「なるほどなるほど、そうですかそうですか」

満面の笑みを浮かべ、きらきらした表情で文月はそう言った。

勿論説明の途中で、提督が

「まぁ文月は養子にするけどさ」

と、言った為である。

文月は長門を見ながら聞いた。

「で、長門さんはいつ位のご結婚を望まれますか?」

「わ、私か?」

「お話を総合すると、長門さんの希望時期がトリガーになるかと思います」

長門は押しかけたハンコを一旦持ち上げて眉をひそめた。

「あまり意識した事が無かったからな。急には、その、困る」

「でも50年後じゃないですよね?」

「提督が墓に入ってしまうからな」

提督が書類を捌く手を止めて長門を見た。

「なにそれひどい」

長門はトントンと判を押しながら答えた。

「大体そんなものではないか?」

「・・まあ、否定しないけどさ、ほら、末永く元気で、とかさ」

長門はきょとんとして提督を見た。

「人はいつか必ず死ぬからこそ、それまで後悔せぬよう生きるのだぞ?」

提督は書類を見ながらジト目になった。

「不老不死になりたいとは思わないけどね」

長門は再び判を押し始めた。

「不老不死になるのならもう少し若い時になって欲しかったな」

「どうせおじさんですよー」

「ふふ。まぁ横道に逸れてしまったが、その、2~3年は先ではないか?」

「ビスマルクが半年前には知らせろって言ってたしなあ。私としては後4年くらい働きたいけど」

文月が口を挟んだ。

「もっと早く知らせた方が良い人達が居ますよ」

「誰?」

「大本営と深海棲艦達です」

最後の書類をかごに入れつつ、頷いた提督は、

「ふむ、じゃあまずは、最上達に大切な仕事を依頼しますか」

「最上さん、ですか?」

きょとんとする文月と長門を見ながら、提督は言った。

「長門。最上、三隈、夕張、島風を呼んで欲しい」

「解った」

 

 



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長門の場合(59)

程なく、最上達が現れた。

「提督、ボクに何か用?」

「看板ならちゃんと作ったわよ?」

夕張の台詞に、長門は答えた。

「うむ、読み易く良い看板だった。さすがだな」

「簡単過ぎて暇だったけどね」

提督がにっこり笑った。

「じゃあちょっと、骨のある案件を頼みたいんだけど」

「なんだい?」

「深海棲艦を艦娘や人間に戻す装置。オペレーター不要な奴を頼むよ」

提督室がしんと静まり返った。

「提督もアメリカンジョークを言うようになったのかい?」

静寂を破ったのは、それでもにこにこと笑っている最上だった。

だが、夕張は目を白黒させていた。

「ちょ!い、幾らなんでもそんな機械は」

提督は両手を上げて夕張の話を遮った。

「すまないが冗談ではないんだ。まずは話を聞いて欲しい」

 

提督は最上達に経緯を説明した。

「なるほどね。提督と長門が鎮守府を去るなら、僕も艦娘を辞めるね」

最上の隣で三隈も頷いた。

「私達が誰も居なくなっても深海棲艦に道を残す為、なのですね」

「そういう事だ」

夕張は頭を抱え込んだ。

「た、確かに睦月ちゃんと東雲ちゃんのデータは今も取ってるけど・・」

「何がネックなんだい、夕張さん?」

「ネックなんて数えきれないけど、最大のネックは組み合わせが多種類過ぎる事ね」

「というと?」

「例えば駆逐イ級から戻すのだって、艦娘の何にでもなる可能性がある」

「うん」

「そして深海棲艦の種類は駆逐艦から鬼姫まである。組み合わせが多すぎるのよ」

「深海棲艦側を艦種別にするとかは?」

「たとえば?」

「深海棲艦の駆逐艦はこの機械、軽巡ならあの機械、みたいに」

「あ、それなら投入側は限定されるのか・・そうねぇ」

提督は全員に目線を戻すと

「そんな感じで、実現に道筋をつけて欲しい。必ず」

最上が顎に手を当てながら言った。

「どれくらいのサイズまで許容されるのかな?」

「耐久性や具現化が優先だけど、少なくとも修繕ドック位にはなって欲しいね」

提督の答えに最上からの返事は無かった。

三隈が心配そうに最上を見たので、提督もつられて見た。

 

最上は微笑んでいた。

正確には、薄く笑っていたが、目は笑っていなかった。

 

「ふふっ・・提督、本当にヘビー級のオーダーをかけてくれたね」

提督は頷いた。

「解っているが、これは最上達でないと絶対に無理だ。最上、必要事項を言ってくれ」

「・・勧誘船の運用、停止するね」

「致し方ない」

「大鳳組、抜けるね」

「解った。伝えておく」

「夕張、借りるね」

「二人も本件に専従としよう。ちと影響が大きいか。長門、東雲と睦月を呼んでくれ」

「ああ」

二人が来る間、最上は眉間に皺をよせ、ブツブツ言いながら指をしきりに動かしていた。

長門がそっと三隈に尋ねると、

「最上さんは本気になると、あんな感じで顔つきが変わるんですよ」

と、にっこり笑った。

数分後、睦月達が入ってきた。

「どうしました提督~?」

「お邪魔・・します」

「東雲、睦月、忙しい所すまないね。まずは説明を聞いてくれるかい?」

 

「では私達は、基地から来る子の医療対応のみになる、という事ですね?」

「あとは小浜で看板を読んで、数名規模で来る子達の対応」

「おー」

「それと、最上達が困っていたら助けて欲しい」

「はい!」

睦月と東雲は話を聞いてにこにこし始めたので、提督は訊ねた。

「なんか嬉しそうだね?」

「御仕事は楽しかったんですけど、ペースがちょっときつかったんですにゃー」

「そう、か。これからは勧誘船の分だけ減るね」

「ほとんどが勧誘船対応でしたから、一気に楽になりますにゃー」

「連休も・・取れる」

心底喜ぶ二人を見て、提督は頭を下げながら

「そこまで苦労してたのか。すまなかったね・・その、温泉でも行くかい?」

だが、東雲がとてとてと提督の隣に来て、1点の曇りも無い真っ直ぐな瞳でこう言った。

「すき焼き!」

提督がよしよしと頭を撫でながら

「解った。じゃあ鳳翔の店に行こう。長門、予約が取れるか聞いてくれないか?」

「あぁ」

インカムで鳳翔と連絡を取っていた長門は、

「ちょ、ちょっと待て。折り返す」

というと、困ったという顔で提督を向き、

「今週だと今しか空いてないそうなのだが、どうする?」

「良いよ」

その時、夕張がにひゃりと笑った。

「一緒に行っちゃってもいいかしら?」

島風も加勢した。

「東雲組に電子カルテシステム作ってあげたもんね~」

そして二人で肩を組むと、

「食べたいなー」

提督は苦笑しつつ返した。

「まあ良い。景気付けとして皆で行くか。文月さん、会議費として認められるかな?」

文月は溜息を吐くと、

「ちょっと鳳翔さんとご相談しますー」

といい、インカムでぼそぼそと長い事話していたが、

「すき焼きのコース、9名分、予約しました。移動しましょうか」

と答えた。

大歓声と共に睦月達は出て行き、提督が支度するのを長門と文月が待った。

「・・文月も食べたかったんだね?」

文月は提督の問いに、真っ赤になってこくんと頷きながら言った。

「お会計は私の方で処理しておきますので」

提督はぴくんとなり、文月の方を向いた。

「ちょい待ち。まさか自腹切らないよね?」

「あ、ええと」

言いよどむ文月に提督は、

「一人幾ら?」

「4200コインです」

「会議費で出せるのは?」

「さ、3500コインです」

「じゃあ、これを持っていきなさい」

そういって1万コイン札を渡した。

「えっ!?お、お父さんに自腹切らせるのは」

「いいよ。全額払うよりは安いさ」

「でも・・」

「だって、文月が払う理由の方が無いでしょ」

提督は笑ったが、文月はじっと提督を見た後に言った。

「だって、お父さんだって頑張ってるのに、お父さんには、誰も奢らないじゃないですか」

提督は予想外の答えだったのできょとんとした。

「え?」

文月は次第に涙ぐみながら続けた。

「あたしは、お父さんがずっと頑張ってるのを見てます。だから・・」

「文月・・」

「た、たまには、たまには、わ、私達から、お父さんに、ありがとうって・・言いたいじゃないですか」

提督は膝を曲げて文月と目線を合わせると

「ありがとう、文月。その言葉で充分だ。嬉しかったよ」

「お、お父、さん。うっうっうっ」

文月はきゅっと提督に抱きつき、提督はわしわしと文月の頭を撫でた。

長門は二人を見ながら思った。

この二人は、本当に親子であるかのように深い所で繋がっている。

提督を常に立て、気にかけてきた文月と、慈しんできた提督。

きっと人間になった後も、この二人は仲良くやっていくだろう。

長門は微笑みながら、二人に言った。

「ところで、鳳翔の店で争奪戦が始まってしまうのではないか?」

はっとしたように顔を上げた二人は

「行きましょうお父さん!」

「肉は自分で育てないとね!」

「その通りですお父さん!」

「長門!ぼやぼやするな!いくぞ!」

長門は二人についていきながら苦笑した。

本当に・・似た者親子だな。

 

「カンパーイ!」

そう言いながらカチンとコップを重ねたが、中身はウーロン茶やサイダーである。

単純に、酒を所望する人がこの中には誰も居なかっただけである。

「今夜は何の会なんですか?」

野菜のカゴを手渡しながら、鳳翔は提督に聞いた。

「東雲組のお疲れさん会なんだよ。今まで頑張って艦娘化を引き受けてくれたからね」

睦月はカシャカシャと全速力で生卵を溶きつつ言った。

「明日からはうんと楽になるんですにゃー」

「あらあら、それならお肉、サービスしましょうね」

「やったー!」

「良いのかい、鳳翔さん?」

鳳翔はくすくす笑うと

「良い席が盛り上がるのは、嬉しいですから」

と言いながら戻っていった。

 

 



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長門の場合(60)

 

ふつ、ふつ、ふつ。

柔らかな肉は程よくタレを含み、食べ頃である事を告げている。

糸こんにゃくや春菊が良い茶色に染まっている。

豆腐がくつくつと揺れ、ネギもくたくたに煮えている。

全員が箸を持ち、ごくりとつばを飲み、今か今かとその一言を待つ。

鳳翔が豆腐を返してにこりと笑うと、言った。

「火が通りましたよ、さぁどうぞ」

この一言の間に、第1回戦の勝負はついた。

「火」と言った時、同じ肉の両端をビシッと掴んだのは文月と三隈。

二人はそのまま一歩も譲らなかったので綺麗に二つに裂けた。共倒れである。

火花散る2人の箸を掻い潜り、下にあった小さめの肉を救出したのは夕張と島風。

結果的には文月達より大きかったので作戦勝ちである。

「ましたよ」と言う頃には提督と睦月が豆腐を卵に浸し、

「さぁ」の頃に東雲が皆の隙をついて大きな肉を引き寄せた。

一方、激戦地を避けてひょうひょうとネギと春菊をつまんだのは最上である。

「どうぞ」の頃に長門が苦笑しながら糸こんにゃくをつまみ上げた。

どうぞという前に中身の半分近くが消えているではないか。

ほふほふと言いながら、提督が続いて僅かに顔を出していた肉をつまんだところ、

「あー!」

「それはー!」

「みー!」

「お父さぁん!」

という声が被ったが、提督はふふんと笑いつつ引きあげた肉を卵にくぐらせると、

「ほれ、あーん」

といって長門に食べさせたのである。

不意打ちを食らった長門は反射的に食べてしまったが、食べながら顔を真っ赤にした。

こ、この席で、あーん、か・・

案の定、

「うーわー!ここで!ここでやっちゃいますかにゃーん!」

「凄いね提督!敵なしだね!」

「むしろ全方位に敵って感じですけど」

「ひゅーひゅー!」

と、熱い声が飛んで来たのである。

ちょっと照れながらひょいひょいと新しい肉を入れつつ、提督は

「東岸は調理に入るから、西岸から食べなさい」

と、菜箸で豆腐を仕切りのように動かしつつ言った。

最上が聞いた。

「提督って鍋奉行?」

提督は菜箸を動かしながら答えた。

「どうだろうねえ。率先してはやらないけど、誰もやらないならやるよ」

「このメンバーなら間違いなく提督の出番だね!」

「あー、皆、喰い専か。お、春菊欲しい人~」

「はいっ!」

「げっ!取られた!」

「その糸こんOKだよ」

「頂きにゃーん」

「その豆腐行ける・・はいよっと」

「何で東雲ちゃんだけ取り分けてあげたんだい?」

「背が低いから挑みにくいでしょ?」

東雲がふるふると首を振った。

「水平線上に良い色の肉の影が見えたら、掴みます」

「肉オンリー?!」

「そういえばさっき大きい塊持って行ったわよね!?」

「他は見えません」

「じゃあ野菜食べなさい。ほれネギ」

「むー」

「好き嫌い言わないの。ほれ、糸こん」

「あうー」

だが夕張は東雲の僅かな表情を見逃さなかった。

「はっ!提督!それは罠よ!」

「へ?なんでだい夕張?」

「まんじゅう怖い作戦よ!」

「・・チッ」

ぎょっとした顔で睦月が東雲を見た。

「し、東雲ちゃん、今舌打ったにゃーん?」

「黙秘します・・頂き」

「ああっ!その肉狙ってたのにー!」

「いーから喧嘩しないの。ほれ」

「ぎゃああああ!その肉は僕が育ててたのにー!」

「提督、それはあまりにご無体ですわ!」

提督は溜息を吐きながら新しく肉を乗せ、タレを足した。

「じゃあこれは最上の、ね」

恐ろしい勢いで肉が無くなっていくなあ・・うん?

「ねぇ、南岸のこの辺に肉無かった?まだ生煮えだったと思うんだけど」

「げふっごふっ!まだ生だったんですの!?」

「三隈かい!?意外だな・・」

「ふっ・・すき焼きと焼肉はチキンレースです」

「そこまで瞬間を争いなさんな、文月さんや」

「お父さん、甘い事言ってると一切れの肉も食べられませんよ?」

「殺伐としてるなあ」

「頂きにゃーん!」

「・・確かに煮えてたけど、煮えたか煮えてないかギリギリだったよね睦月さん」

「文月の箸の速さは良く知ってますにゃーん」

「しくじりました~」

「手の内を知ってる姉妹同士は怖いね。骨肉の争いだね」

そこに、肉の皿を手に鳳翔がやってきた。

「さぁさぁ、そろそろお肉を補充しましょうね~」

「やった!」

「解ってますね!」

「さすが鳳翔さん!」

「提督、さぁどんどん入れてくださいな!」

三隈に急かされ、提督は苦笑しながら答えた。

「あー、肉どころか最初の豆腐一切れで終了って感じだな」

その時、最上が長門をつつき、耳元で囁いた。

「西岸の糸こんの6mm下に肉があるよ、提督に食べさせてあげたらどうかな?」

長門がボンと真っ赤になりつつ、えいやと箸を延ばす。

ガシイイン!!

「・・凄い瞬間を見たなあ。長門が肉を掴み、最上が島風の箸をブロックしたか」

「邪魔されたー!」

「協業!?」

だが、長門は肉を鍋の中で押さえたままふるふると震えている。

「どうした長門?早く引き上げないと焦げちゃうぞ?」

長門は艦隊決戦の夜戦もかくやという程にギッと提督を睨むと、

「てっ!提督っ!」

「な、何?どうしたの長門?」

「あ、ああああ、あーん!」

と言いながら、ぎゅっと目を瞑りつつ、提督の口に渾身の力を込めて肉を押し込んだ。

果たして肉は提督の口に入ったが、刹那の沈黙の後。

「あ・・・あっひゅいーーーーー!!!」

突然の熱さに目を白黒させる提督の口に、夕張が慌ててコップの氷水を流し込む。

「て、提督!ほらお水お水!」

「おぶっ!んがぐぐ!」

文月が二人を引きはがす。

「な、何やってるんですか!自分で飲まないと気管に入っちゃいます!」

「げっほ!げっほげほげほ!」

「大丈夫ですか提督、御手拭をどうぞ?」

「す、すまん。げふっ」

修羅場と化した提督の一帯を、長門はしゅんとした顔で見ていた。

私はどうしてこうなのだろう。

ああいう女らしい行動はどうやったら取れるようになるのだろう。

 

「丸餅を9個、うどん玉4つをお願いします」

「解りました」

大騒ぎのすき焼き合戦もそれぞれのお腹が満たされるにつれて静かになり始めた。

まだ箸が進んでいる段階だったが、提督は鳳翔に締めのオーダーをしたのである。

ゆえに夕張は首を傾げて聞いた。

「まだまだ行けちゃいますよ~?」

「その位に始めておいた方が良いんだよ」

島風がオーダーを思い返して尋ねた。

「提督、どうして丸餅なんて頼んだの?」

「お楽しみシステムに化けるからです」

「お楽しみシステム?」

島風が首をかしげていると、鳳翔がやってきた。

「お待たせしました。おうどんとお餅です」

「おっ、ありがとう」

提督は鳳翔から皿を受け取った後、ふと長門の箸が進んでない事に気が付いた。

「なーがと?どうした?」

声をかけられた長門はびくりと反応した。

「あ、い、いや」

「ん?卵足すか?」

「いや、そうでは、ない」

「どうしたの?」

「あ、あの、提督、さっきはすまなかった」

「もう何度も謝ってくれたじゃない。気にしてないよ」

長門は提督をじっと見た。

「・・口の中、火傷して痛いのではないか?」

「ん?なんでそう思う?」

「提督、ずっと食べてないじゃないか」

提督はちらっと長門を見返して苦笑すると

「まぁ、その、ちょっと沁みるね」

「だから一緒に、我慢する」

提督はうどんと餅を鍋に投入しつつ微笑んだ。

「いいから食べなさい。今日は東雲の慰安の席なんだから、明るく祝ってあげなさい」

長門は提督の肩にコツンと頭を当てた。

「どうして私は、ガサツというか、女らしくないのであろうな」

提督はうどんにタレを絡めた後、箸を置いて長門を見た。

「誰がそんな事を言ったんだい?」

「誰も言わぬが、自分でそう思う」

「たとえば?」

「先程も、その、上手に出来なかったし」

「うーん」

「その後の対応も、夕張や、文月が上手にやってくれたから良かったが・・」

「え、あれ、もう少しで溺死する所だったんだけど?」

「私はああいう時、おろおろするばかりで何も出来ぬのだ・・」

「・・」

提督は黙ってぽんぽんと長門の頭をゆっくり撫でていた。

 

 



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長門の場合(61)

提督は長門に何と言うか思案していた。

雰囲気を察し、文月と三隈がせっせと鍋のうどんと餅をひっくり返している。

提督は長門にゆっくり話しかけた。

「なぁ長門、新装備って使いにくいだろう?」

「・・うん?どういう意味だ?」

「例えば主砲でもさ、発射命令から実際に衝撃が来るまでの時間差って違うじゃない」

「・・」

「開発成功した46cm砲に切り替えた時も、随分練習してたじゃない」

「・・それは、41cmとは色々勝手が違ったからだ」

「そうだね。長門だって、箸を使って自分の口に食べ物を運ぶのは慣れてるでしょ」

「・・それは、そうだ」

「でも相手の口に運ぶのは、あんまりやった事ないでしょ」

「さ、さっきが、初めてだった」

「46cmの1発目は的中したかい?」

「・・大外れだった」

「それは今もそうかな?」

「慣れた間合いならば、弾着観測射撃を駆使せずとも1発目から当たる」

「うん。回数をこなせば慣れてきて、上手になるって事だよ」

長門は顔を上げた。

「で、でも、それでは慣れるまで提督は火傷するではないか」

「別に煮えたぎった肉で練習しなくても良いじゃない。というかしないでください」

「そ、そう、だな」

「最初はお菓子とかが良いんじゃない?」

「・・その」

「ん?」

「提督は、まだ、練習に付き合ってくれるのか?」

提督はにこっと笑ってくしゃくしゃと長門の頭を撫でた。

「奥さんといちゃつく練習でしょ?楽しいよ」

「・・・ばかもの」

提督が返事しようとしたその時。

「あーのー、一応今、東雲組のお疲れさん会なんですけどー?」

「そこで高エネルギーフィールドを展開しないでくださーい」

「主役扱いされて・・ない」

「ねぇ最上さん、暑過ぎるからかき氷頼みましょうか?」

「そんなに暑いかい?席変わろうか?」

「・・最上さんは通常運行ですのね」

「そろそろうどん煮えるよ~」

夕張の横でうどんを返していた島風が目を見開いた。

「あっ!餅!餅凄いよ!」

全員が一斉に鍋に視線を戻した。

「何ですにゃーん?・・・にゃー!」

「まさに・・トリモチですね」

「色々ひっからまってる!あ!お肉ついてるの発見!これあたし!」

「あー!」

「じゃあこれ頂きますわ」

「僕はこれが良いかな」

「最上って・・実はネギ好き?」

「割と」

提督はそっと、最後の2つをつまんだ。

「ほら、1つずつ食べよう」

「・・それ、は・・」

「これは、あーんしなくて良いです」

長門はホッとした顔を見せた。

「そうか」

「ほれ」

「・・提督は、痛くないのか?」

「締めのお楽しみは食べないと終わった気がしないからね!」

長門がようやく微笑んだ。

「・・じゃ、頂くとしよう」

 

「ごちそうさまでしたー!」

「やあ、皆残さず良く食べたね。切れ端すら残ってないね」

「うどんでさらっと締めるのも良いね。丁度満腹って感じで」

「すき焼きのタレで頂くうどん、癖になりそうですわ」

「んー、じゃあタレとうどん買ってきて冷蔵庫にストックしとこうか?」

「・・それだけで食べるのは切ないですわ」

わいわいと言っていた面々に、すっと手をあげて制したのは文月であった。

そして文月は居住まいを正すと、

「では、提督から締めの言葉を頂きたいと思います」

と、言ったので、提督はにこりと笑った。

「そうだね。一応会議だもんね」

「そういう事です」

軽く咳払いした提督は、静かになった東雲達を見ながら言った。

「我々が深海棲艦を艦娘に安定して戻せるようになったのは東雲のおかげであり、」

「睦月が東雲と上手に連携出来る実力を備えていたおかげである」

「二人から教わった東雲組の妖精達が、日向の基地で艦娘化作業に取り組んでいる」

「まずは今日まで、最前線に立って作業してくれた二人に礼を言いたい」

「ありがとう、東雲、睦月」

パチパチと温かい拍手が沸き起こり、収まった後、提督は夕張達に顔を向けた。

「そして、その東雲がここに来るきっかけを作ったのは、他でも無い夕張だ」

予想外だったらしく、夕張はびくっとした声をあげた。

「えっ?」

「私がヲ級、つまり今の蒼龍から相談を受けた時に夕張が解決したからこそ、今に続く」

「あ・・・」

「夕張と、夕張を支え導く島風の二人にも改めて礼を言いたい。そして」

「鎮守府が移動した直後という最悪の状況下で、蒼龍と飛龍の受入を捌いてくれた・・」

提督は文月を見た。

「文月にも、改めて礼を言いたい」

「ふええっ!?」

「夕張、島風、そして文月。ありがとう」

再びパチパチと拍手が響く。

「や、やだ提督、あの、その、ありがとう、ございます」

「夕張ちゃん、良かったね!」

「お父さん・・覚えてたんですか・・」

うんうんと頷いた提督は、すっと真面目な顔になると、最上達を見た。

「さて、先程も言ったけど、私達はいずれ居なくなってしまう」

「その際、最も深刻な影響を受けるのは、艦娘や人間に戻りたい深海棲艦達だ」

「残念ながら我々以外に、深海棲艦を艦娘に戻せる者が居ないからだ」

「仮に現状を維持しても、いずれ私の定年が来てしまう」

「ゆえに、我が鎮守府最強の科学者である最上に、この難題を解決してもらいたい」

最上はすっと目を細めると、提督を見返した。

提督は頷いて続けた。

「先程最上が言った通り、夕張にも協力してもらわないと難しいと思う」

「三隈と島風にも二人をサポートしてもらわねばならない」

「さらに言えば、東雲と睦月にも力を借りることも多いだろう」

「開発に必要な費用は、文月に工面してもらわねばなるまい」

「最終的な調整の場面では、長門が深海棲艦と築いた信用がモノを言う筈だ」

「つまり、ここにいる皆の協力が不可欠となる」

「もし、この機械が出来たなら」

提督は一呼吸置いた。

「深海棲艦との関係は、単純な対立関係ではなくなると信じている」

「深海棲艦の怒りや悲しみの1つの原因は、轟沈する以外深海棲艦を辞める術が無い事だ」

「それは大変な絶望となり、自暴自棄になる子が出るのも無理は無いと思う」

「深海棲艦になる事自体は止められない、でも確実な出口があれば絶望はしない筈だ」

「今まで、最上が作ってくれた勧誘船のおかげで少しずつ戻れる事が認知されてきた」

「だからこそ基地やこの鎮守府に、沢山の深海棲艦達が助けを求めて来る」

「深海棲艦達を絶望させてはならない。自暴自棄は不毛な争いに繋がっていくからだ」

「その結果が今日の大海戦だという事を忘れてはならない」

「だから、我々の居なくなった後も、確実な手段を残したい」

提督は全員を見回した後、最上を見た。

「最上、よろしく頼む」

そういうと、すっと頭を下げた。

 

数秒の沈黙の後、最上が肩をすくめた。

「やーれやれ、なんだか壮大な事になってきたね」

そして三隈と見つめ合ってくすりと笑うと

「でも、提督が僕の事をそこまで評価してくれてるとは思わなかったよ」

「良かったですね、最上さん」

「うん。だからこそ、期待には応えないとね」

最上は提督に向き直ると言った。

「航空巡洋艦、最上。艦娘化装置の研究開発指示を謹んで拝命するよ」

提督はにこりと微笑んだ。

「ありがとう。でも、体に無理をするな。三隈、島風、二人の管理は頼んだよ」

「承知しましたわ」

「日を超える前には布団に放り込むね!」

「あたしゃ猫か!」

夕張が口を尖らせると、面々はどっと笑った。

 

 



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長門の場合(62)

「本当に、うちの子達は皆良い子に育ったなあ」

長門と並んで歩きながら、提督はぽつりと言った。

「そうだな。それは誇って良いと思うぞ、提督」

「私は何もしてないよ」

「・・違うぞ」

長門はざざっと提督の前に回り込んだ。

「・・長門?」

長門は真っ直ぐに提督の目を覗き込みながら言った。

「提督、8艦隊事件を覚えているか?」

「包囲された時だね」

「そうだ。あの時の向こうの秘書艦は天龍だった」

提督は途端に苦い顔になった。

「あー・・うん、思い出した」

「あの天龍と、うちの天龍は同じか?」

「いや。口調は似てるけど言ってる内容や行動がまるで違う」

「そうだ」

「個体差なんだろうが、あれは怒りを誘う口調だったなあ」

「その差は、司令官の差だ」

「うん?」

「正確に言えば、司令官が作り上げた鎮守府の空気の差だ」

「空気?」

「雰囲気、あるいは文化と言っても良い」

「・・」

「司令官が後ろめたい事をし、陰湿な空気を作れば天龍だってああなるという事だ」

提督は首を振った。

「もっと良い子にもなれたって事か。可哀想だ」

長門はすっと提督を指差した。

「そうやって提督は私達を慈しみ、愛してくれる」

「・・」

「だからこそ我々は、そうする事が自然と考え、提督の行動を見て自らも行動する」

「・・」

長門はにこっと笑った。

「我々を良い子達というなら、それは提督のおかげなのだ」

提督は星空を見上げた。

「ずっと、考えている事がある」

「なんだ?」

「私は皆に、ちゃんと何かをしてやれているのだろうか、とね」

「うん?」

「私は最重要任務の為に判断し、策を考え、命令している」

「・・」

「その結果として、君を始めとする皆に、時に命の危険がある事さえ命じる事もある」

「・・」

「加古やビスマルクは私を褒めてくれたが、皆はもっと私の為に働いてくれている」

「・・」

「皆が居なければ私一人では何一つ出来ん。どれだけ感謝してもしきれないんだ」

「・・」

「懸命に働いてくれる皆に、私は司令官として、人として、役に立っているのだろうか」

「・・」

「こんなにもありがたいと思う気持ちを、きちんと伝えきれているだろうか」

「・・」

「成果を出してくれている皆に、それに見合う褒美を渡せているだろうか」

「・・」

「私はずっと、そう思っているよ」

提督は長門を見た。

長門はいつになく優しい笑顔で微笑みかけた。

「案ずるな。提督は今まで通りの方法で、充分満たしているぞ」

「そう、かな」

「一時の褒美より、己を認めてもらっているという実感こそ、心を満たす」

「・・」

「ビスマルクや加古もそうだが、皆が幸せを感じるのはそういう事だし」

「・・」

「艦娘達一人一人を認めるという点において、提督の右に出る者は居ないだろう」

「んー、まぁそれは、褒美のつもりではなく、当たり前の事としてるからね」

「それを当たり前にしてくれる事こそ、一番嬉しい事だ」

提督はギュッと背伸びすると、トントンと腰を叩いた。

「じゃあ書類の残りをやってしまいますか」

「うむ、あと少しだからな」

「じゃ、行こうか」

「あぁ」

提督はすっと長門の手を取ると、提督棟に向かって歩き出した。

 

数日後。

「皆元気カーイ?」

「イエーイ!」

「準備出来テルカーイ?」

「イエーイ!」

「ホナヤッタロウヤナイカー!」

「イエーイ!」

提督と秘書艦の加賀は、異様に高揚した深海棲艦達の雰囲気に苦笑していた。

今日は山田シュークリームの操業開始日である。

どうしてこんなに高揚しているかというと、苦難の連続だったからである。

山田シュークリームを創業し運営するには、ざっというだけでも

・工場の建築

・海底資源の掘削

・海底資源の売却

・原材料の購入と搬送

・工場設備の習熟

・製造

・袋詰め

・製品の輸送

・配布店舗の運営

・輸送や配布中の護衛

・設備の維持

と言ったものがある。

税対応や株主説明、顧客開拓が無いと言っても、これだけ一度に降りかかれば大変である。

最初、ル級はカ級と二人で対処していたが、事務方から作業の全体を示されたり、龍田に工場の作業部隊も決めるよう急かされたり等で、計50体程の混成部隊が工場専属者となった。

しかし、これでも足りないと判断したル級は更に増援を要請。

専属ではないが、当番制で毎日数十体が商品を引き取りに来て輸送に従事する事になった。

並行して、浮砲台組とレ級組が山田シュークリーム側との基本契約を交わしていた。

当初、特にレ級組の組長は色良い反応ではなかったが、提督が

 

「山田シュークリーム認定、公式護衛部隊所属者」

 

というメダルを全員に配ると言った途端、急に機嫌が良くなった。

そのままとんとん拍子に調印式まで済ませ、約束のお好み焼きを食し、上機嫌で帰っていった。

レ級を見送りながら首をひねるル級に、提督は声をかけた。

「実力に見合う敬意を示すというのは、大事な事だよ」

浮砲台組の組長も頷きながら

「誇レル仕事トイウノハ、レ級組ニトッテ重要ナ要素ダ」

と続けた。

「ソウイウ物デスカ」

ル級は肩をすくめた。

全ての海を放浪者として旅した程に自由を好むル級にはよく解らない基準だった。

一方、山田シュークリームを組織として持続させるノウハウについては龍田が伝授した。

その初日、教材を持参して工場にやってきた龍田を見て、

「ヒッ!イッ、命ダケハオ助ケヲ!」

と土下座して震えあがるル級達に対し、

「失礼な子達ね~、本当に成仏させてあげましょうか~?」

と、殺意をゆらりと返した龍田も、提督にまぁまぁと説得されて矛を収めた。

以来、

「龍田閣下サエ言ウ事ヲ聞ク提督」

「ル級ノ命ノ恩人」

として提督の株が密かに上がったのは余談である。

結局、なんだかんだと提督達も山田シュークリームの立ち上げに協力。

ル級達はやっとの事でこの日を迎えられたという達成感に溢れていたのである。

 

「アァ、チャント出来テル。シュークリームガ出来テイクヨー・・」

工場の通路の窓越しに、ル級は機械の間を流れるシュークリームを見ていた。

提督はうんうんと頷きながら声をかけた。

「コンベアの速度調整、苦労してたよね」

「ウン」

「あんなに美味しそうに焼けるようになって良かったね」

「ウン」

「ル級チャン、泣カナイデ」

「頑張ッテイコウネ」

加賀はカ級達に撫でられるル級を見て、陸奥がル級だった頃を思い出した。

そういえば同じル級なのに、立ち居振る舞いが全く違いますね。

陸奥さんのル級は凛々しく皆を率いるリーダーという気がします。

あの子の方は周囲が自然と手を貸している気がします。

一口に司令官といっても色々な方がいらっしゃるようなものでしょうか。

 

こうして、焼き上がったシュークリームは船に満載され。

「デハ第1陣、出発イタシマス!」

「治安維持ハ任セテモラオウ」

輸送に従事する20体のワ級。

護衛は浮砲台組から10体、レ級組から40体が行う。

護衛班はフル装備の重武装であり、ものものしい雰囲気である。

なぜ工場直売ではなく、輸送するのか。

それはシューの焼き上がる時の香りと、工場の位置である。

普通に甘味にありつける艦娘や提督でさえクンクンと鼻を鳴らし、うっとりとする香り。

これを甘味に餓えまくった深海棲艦達が嗅げば我を失うのではないか。

工場は鎮守府の至近距離にある。ついでにいうと大切な小浜にも大変近い。

そこで大勢の深海棲艦達が暴動を起こした時、本当に抑えられるか。

ル級達は浮砲台組やレ級組のメンバーと真剣に話し合いを重ねた結果、

「海境付近ノ無人島デ配ル方ガ安全ダヨー」

「マァソウダナ」

「無人島ナラ、イザトナレバ島ゴト吹キ飛バセバ良イカァ」

という事で合意。

そこで提督が炙りトロ握りで工廠長を懐柔し、無人島にシュークリームの配布所を建設。

ル級達に三顧の礼をもって招かれた摩耶が配布所の運用方法を指導した。

輸送班は配布所に運び込んだ後、そのまま配布所を運営する。

護衛班は5体1組の10組体制で島の警護に加え、越境侵略を試みる者達を迎え撃つ。

艦娘に戻りたいと希望する者は輸送班の帰還時に一緒に連れて行く。

自由な海境通過を認めると暴動を起こされた場合に収拾がつかないと考えたのである。

ル級達からプランを説明された時、提督は黙って聞いた後、

「貴方達の流儀に任せるよ。色々考えてくれてありがとう」

と返したのである。

 

 



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長門の場合(63)

 

日没となる少し前、第1陣が帰ってきた。

心配して提督が様子を見に来たが、輸送班の皆は

「物凄ク喜ンデクレマシタ!」

「大成功デシタ!」

「美味シイッテ言ッテモラウノ嬉シイ!」

興奮気味にそう言い、一方で警護班の面々は

「押スナ押スナノ大盛況デ、列ノ整理ガ大変ダッタ」

「ホトンド宣伝シテナカッタノニ、一体ドコデ聞キツケタンダ・・」

「2000体並ンダ時ハ、正直圧倒サレタナ」

「明日カラハメンバーヲ倍増サセテ対応スル」

一様に疲れた顔を見せながらそう言った後、提督と加賀に向かって整列すると

「今マデズット、大変ナ思イヲシテ料理や菓子ヲ配ッテクレテタンダナ」

「苦労ガ本当ニヨク解ッタ。アリガタイ事ダ」

「明日カラ我々モ、一層マナー向上ニ努メル」

と、頭を下げた。

提督は頷きながら返した。

「店の子達に言ってあげてくれないか?きっと喜ぶと思うんだよ」

配布組の子が大きく頷いた。

「ソウダネ。アリガトウッテ言ワレルト私達嬉シカッタ!」

「だろう?誰も怪我せずに終えられて良かった。皆偉かったね!お疲れ様!」

「ワーイ!」

キャッキャと喜ぶ配布組と提督。

その様子を遠目で見ていた警護班の面々が複雑な顔をしていたので、加賀は訊ねた。

「どうかされたのですか?」

「アア、イヤ・・深海棲艦ガ成果ヲ報告シテ、ソレヲネギラウ提督ッテネ・・」

「モウ突ッ込ミドコロシカ無インダガ・・」

「ココデハ誰一人突ッ込マズ、ナチュラルニ行ワレテルナッテ・・ネ」

「そうですね、ええ、もうどこから突っ込んで良いか解りませんね・・」

加賀はそう言いながら、警護班の面々と苦笑を交わした。

目の前にある「山田シュークリーム」自体、大本営が知ったら上を下への大騒ぎである。

深海棲艦が深海棲艦に菓子を振舞う為に工場を運営出来るという事実。

工場や配布所を鎮守府の工廠が建て、運営ノウハウを間宮達が教えたという事実。

その理由が鎮守府に深海棲艦が甘味を求めて押し寄せない為の策であるという事実。

更に言えば菓子の原資は海底資源を掘り出して日本の地上組に売って得た物という事実。

そしてその工場で提督と艦娘と深海棲艦が親しく会話し、成果を喜んでいる事実。

ありとあらゆる点で大本営の把握する常識とかけ離れている。

加賀は溜息交じりに天を仰いだ。

これを説明する事態になったら、一体どこからどう説明したら良いのでしょう。

そんな日が来ないと良いのですが。

 

そして半月程経った、ある日。

「おやおや」

郵便物に目を通していた提督が声をあげたので、長門は小首を傾げて訊ねた。

「どうした?」

「あぁ、いや、中将殿と五十鈴さんが来るんだって。珍しいよね」

「そうか・・んなにぃぃいっ!?」

長門が大声を上げたので提督は手紙を持ったまま周囲をきょろきょろと見回した。

「えっ!?な、何?敵襲!?」

「ち、ちちち違う!い、いつ来るというのだ!?」

「・・読む?」

慌てて提督から受け取った手紙には、こう書かれていた。

 

 指示書

 指示内容:

  ソロル鎮守府大規模作戦展開状況確認の為、以下の者に視察させる。

  一.大本営中将(監査)

  一.艦娘雷(監査)

  一.艦娘五十鈴(中将秘書艦)

 

 視察期間:

  開始:十二月九日

  終了:十二月十一日

 

 尚、宿泊ならびに食事の手配はソロル鎮守府側責任において手配するものとする。

 作戦中である事を鑑み、出迎え式典は不要とする。

 喫煙者一名、シチュー、カレー可

 

「雷さんてシチュー好きなのかね。中将のカレーとどっちを優先すべきだろう」

のんびりしている提督を横目に、長門は紙を握りしめながらカタカタと震えた。

山田シュークリームが開業した日の夕食時、加賀と二人で

「視察とかあったら説明のしようが無いですよね」

「まぁそんな日は当分ないだろうがな」

「あっははは」

「はっはっは」

と、一笑に付した自分を殴ってやりたい。

これは一大事だ。間違いなく。

 

そして長門は、日付を見返して更にぎょっとした。

「て、提督!」

「なに?」

「と、到着日が・・今日だぞ」

「あらま」

「あらまじゃない!」

ダメだ、提督は事態を理解していない。

長門はインカムをつまんだ。

「長門だ。非常招集命令を発する。対象は全秘書艦と龍田、文月。大至急集合せよ!」

 

「・・そ、そんな、まさか」

「あらぁ、名誉会長が今日お見えになるんですか・・さすがに準備が・・」

「この書類が届いたのは今朝で間違いない。これでは不意打ちではないか」

「大本営の雷様って、死神の雷って徒名の怖い人ですよね?」

危機感を募らせる長門達の横で、

「島内巡視とかされるんでしょうか?ご案内はどうしましょう?」

「昼食は鳳翔さんにランチ頼もうか。案内人の人は同席可で良いかなあ」

「ぜひ私にご命令を!」

「そうだね。ちゃんと荷役やってる慰労も兼ねて赤城さんにしようか」

「やりました!」

と、のんきに盛り上がる赤城と比叡、そして提督という面々。

 

ズダン!

 

長門がついに青筋を立てて提督の机を叩いた。

「・・提督、緊急度の高い問題を優先してくれ」

「どうしたというんだい?」

「山田シュークリームを、どうやって、説明するんだ?」

「そのまま紹介するよ?」

「・・地上組の所は何と説明するんだ?」

「ええとねー」

提督は少しの間、小首を傾げた後、

「しない」

「は?」

「説明しない。そこに触れず、知ってるとも知らないとも言わない」

龍田が凄まじい剣幕で提督に迫った。

「五十鈴さんと大和さんならともかく、名誉会長がいらっしゃるんですよ?」

「無理?」

「絶対にバレます。私でも隠し通せません!」

「それにしても、どうして視察なんて来るのかなあ」

ずっと黙っていた文月が答えた。

「お父さん」

「んー?」

「もしかして、秋の大規模出撃作戦を蹴っ飛ばしたからじゃないかなって・・」

「あー、あれか」

龍田がへっという顔をした。

「あのつまんない作戦ねぇ・・資料残ってるかしら?」

「まだ廃棄処分にはしてないと思うが」

「あ、多分この辺です・・・ありました!」

「凄いね比叡。よく解ったね」

「私が捨てましたので!」

「偉い偉い」

龍田はぺらぺらとめくり、納得したように頷いた。

「これが原因ね」

「どういう事かな?」

龍田は最後のページの名簿の1点を指差した。

そこには作戦立案責任者として、第1鎮守府の少将の名前が書かれていた。

加賀が途端にジト目になり、提督はへぇという顔をした。

「あぁ、桶やんか」

「桶やん?」

「同期だよ。第1鎮守府の司令官になってたか」

加賀が継いだ。

「桶ヶ峰少将は次期大将候補の御一人ですが、タカ派の最右翼として知られてます」

龍田が頷いた。

「更に言うと、超絶嫉妬深いそうですよ~」

「そのソースはどこかな龍田さん」

「第1鎮守府所属艦娘と秘書艦の子~」

「あーあ、桶やん散々だね」

「断られたのを根に持った桶ヶ峰少将が、私達が遂行中の作戦に噛みついた」

「上層部会で紛糾して中将が火消しに走った」

文月がとぼとぼと提督の隣に寄った。

「でも、中将とお父さんは仲良しだから手加減するんじゃないかと疑いをもたれた」

「だから大将の代理として雷様が同行する事になった、そういうことですね」

提督はうんうんと頷いた。

「桶やんなら言うかな。大体想像がつくよ」

「ごめんなさい、お父さん」

提督は文月を膝の上に乗せるとわしわしと頭を撫でた。

「命じたのは私。文月は実行しただけ。だから文月は気にしなくていいよ」

「でも、交渉をもう少し慎重にやってれば・・」

龍田が首を振った。

「誰がやっても同じ展開よ~、このとんちんかんな作戦に参加しない限り」

「桶やんは自分の考える事が正義と信じて1ミリも疑わないからねえ」

「恐らく桶ヶ峰少将の事ですから、自ら乗り込んで来たがったのでしょうね」

「でも、さすがに桶ヶ峰少将といえど大将や雷様が行くといえば反論出来ない」

「出世コースから一気に僻地へ左遷されるからねぇ」

「雷様に難癖をつけて翌朝まで消息が掴めれば奇跡だと思いますよ?」

「第1鎮守府の司令官を務めてらっしゃるのですから、大本営の掟はご存知かと」

「ま、いずれにせよ、雷さんには正直に言うとしよう」

「地上組の事もですか?」

「・・ふむ」

提督は目を瞑るとしばらく考え、

「積極的には言わない。ただ、質問されたら答える」

「微妙な舵取りが必要ですね~」

「いや、雷さんや中将はこちら側にいて欲しいから、正直に言うさ」

龍田はふむと考え込んだ。

「それなら、長門さんとお二人で対応されますか~?」

提督は頷いた。

「それで良いよ」

長門はぎょっとした表情を見せた。

「わ、わわ、私は仕掛けられたらうっかり喋ってしまうかもしれんぞ?」

「それで良いよ。それが頃合なんだよ」

長門は額に手をやった。提督や龍田が考えている事が今一つ解らない。

「いずれにせよ、査察団のメンバーには聞かれたら素直に答える。良いね?」

「はい!」

その時。

「そんなに肩肘張らなくて良いわよ?」

聞きなれた声色。しかし明らかに異なる雰囲気。

龍田と文月がぞくりとした表情で、そっと入り口を振り返ると、

「お邪魔するわね!」

「提督、突然の訪問ですまんな」

「色々訳があるの。聞いてくれる?」

雷、中将、そして五十鈴が苦笑交じりに立っていたのである。

 

 



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長門の場合(64)

「もう全くもって、提督の推定通りなんだよ」

応接スペースに通された中将は、隣に座る五十鈴と顔を見合わせ、提督の話に肩をすくめた。

「私や事務官が提督の作戦について何度説明しても聞く耳を持たん」

雷は静かに茶を啜っていたが、ことりと湯飲みを机に戻すと、

「桶ちゃんは自分の中で方程式が出来上がると、他の見方が出来なくなるのよね」

五十鈴が頷いた。

「当たる事もあるんだけど、今回は大外れね」

提督が首を傾げた。

「桶やんは私をどう見ているんです?」

中将が答えた。

「犯罪に手を染めていると見ているよ。麻薬の密売とか、艦娘売買とか、反逆とか、な」

「はぁ?」

「今回の作戦が犯罪行為に都合が悪いから、あれこれ言って時間稼ぎをしてるに違いない、とな」

提督は頬杖をついた。

「桶やんも年取って勘が鈍りましたかね?」

「大将候補として軽率な発言は慎んで欲しかったのだがね」

雷がころころと笑った。

「桶ちゃんに大将は無理よ。器が小さすぎるわ」

「たった今、望みは絶たれましたね」

「いや、大将も含めて一致した意見だよ」

「そんなに上層部会で暴れたんですか?」

「よくそこまで仮想の想定の推論で人を黒と決め付けられるなと大将が呆れかえっておられたよ」

「桶やんの中では私は極悪犯罪者になってしまったんですね」

中将がそこでふっと笑った。

「ま、唯一、作戦に面と向かってNOと言ったからな」

文月がスカートの裾をぎゅっと握った。

「蹴っ飛ばし方が悪かったのでしょうか・・」

中将が首を振った。

「理由じゃなく、拒否されるとは一切想定してなかったのだろうよ」

雷がにこりと笑った。

「文月さん、貴方の回答は充分配慮した物だったわ。気に病む必要は無いわよ」

「名誉会長・・」

五十鈴が肩をすくめつつ言った。

「僕ちんが考えた作戦が素晴らしいのは決定的に明らか。それを否定するなんて犯罪的だ。そうだ、犯罪をしてるに違いない」

中将が頷いた。

「要約すればそういう理論だったな」

提督は目を瞑って首を振った。

「確かに自信満々というのが溢れ出ている書類でしたけど、余裕が無いのは本当なので」

五十鈴が口を開いた。

「まぁ、上層部会で桶ちゃんを一笑に付して終わっても良かったんだけど、確認も取らずに全否定するとちょっと可哀想でしょ?」

提督は苦笑した。

「もう桶やんは可哀想な人扱いなんですね」

「あの断定ぶりは他に言いようが無いわね。更迭も決まったし」

「早いですね」

「だから、最後のワガママくらい聞いてから作戦全体を中止にしましょうって事になったの」

「作戦中止ですか?!」

「皆がドン引きだったから大将が最終承認を保留したの。一応はあたし達の結果待ちだけど、否決前提の顔だったわね」

「うわぁ・・」

雷が再び茶を啜り、湯飲みに目線を落としながら言った。

「でね、到着するちょっと前にも見えたんだけど、山田シュークリームって何?」

五十鈴と中将はゆっくりと提督に視線を向けた。

長門はとっさに提督を見た。

龍田は納得したという風に頷いていた。

提督は組んだ両手に顎を置きつつ、机の木目を見て微笑んでいた。

桶やんの話は事実かもしれないが、手土産というか、懐柔する為の前ふりだ。

山田シュークリームの調査。それが主目的。

もしかすると、桶やんが衛星写真辺りで悪事の証拠として出した可能性もある。

大本営も知らなかったから説明に困ったのだろう。

だから、桶やんの言いがかりを名目として調べに来た。

そういう事か。

提督は顔の前で手を組んだまま、困ったという笑顔をした。

「さて、どこから説明したら良いでしょうかね」

五十鈴が静かに言った。

「私達は他の事に興味は無いから、2日間そのまま使って良いわ」

提督は時計を見た。良い頃合だ。

「そうなった背景を理解頂く為、幾つか説明が要ります。全てをお話しするより、実物をご覧頂くほうが早いでしょう」

雷がちらりと提督を見た。

「私達としてもその方が助かるわ」

「よし。ではまず、地下工場に行きましょうか」

「地下工場?」

提督は席を立ちながら答えた。

「ええ。大規模作戦の中枢です。すべてはここから始まります。龍田、警備システムの操作も行えるようにしてくれ」

「かしこまりました~」

 

「しょ、食堂の地下に深海棲艦向けのシュークリーム専用工場があるのか!?」

階段を下りながら中将はしきりに辺りを見回していた。

雷はくんくんと通路に漂う香りを嗅いでいた。

「良い匂いね~」

先を行く提督が振り向いた。

「あの工場で今作っています。試食されますか?」

「出来るの?」

「恐らく間に合うはずです・・・あ!高雄!」

提督が手を振ると、高雄がマスクを外しながら外に出てきた。

「提督、どうされ・・ちゅ、中将殿!五十鈴殿に・・あの、まさか」

「大本営の雷です。お邪魔してるわ!」

「大変失礼致しました。この工場の運営責任者の高雄です」

「気にしないで!それより、あの」

提督が継いだ。

「悪いけど、今、そこで出来上がったシュークリームを4個持って来て欲しい」

「すぐお持ちします!」

 

「先に、頂きますね」

提督は毒は無いと言うつもりでシュークリームにかぶりつこうとしたが、

「わぁ!まだあったかい!」

「んー!サクサクで美味しいわね~」

「クリームが!クリームがたまらんのう!」

信用されてるのは良い事なんだがと思いながら、提督は長門と目を合わせて苦笑した。

高雄が説明を継いだ。

「ここでは最大、1日で1万個作る事が出来ます」

中将は積み上がっているシュークリームを指差して言った。

「あれで1万個なのかね?」

「いえ、1度に作るのは2500個ずつです。希望者数に応じて調整します」

「今は大体、7500個で済むか、1万個作るか、どちらかですね」

高雄が工場の方をチラチラと見ているのに気づいた提督は声をかけた。

「ありがとう高雄、持ち場に戻っていいよ」

「すみません。これから搬送準備に入りますので失礼致します」

「うん」

 

提督はそのまま雷達をトロッコ駅に案内した。

「ここで製造したシュークリームを、このトロッコ列車に乗せて運びます」

「だいぶ先まで続いてるのかしら?先が見えないわね」

「後で線路を辿りますが、浜辺の所まで続いています」

「まぁ2500個となると運ぶのもしんどいな」

「その通りです。そしてこの先にあるのが、調理室です」

「調理室?」

「毎日、当番となった班が深海棲艦向けに500食分の食事を作るんです」

提督が指差した先の調理室からは、トマトの香りがしていた。

「今日のメニューは何だっけ?」

長門がリストを確認しつつ答えた。

「望月達の班で、イタリアンランチセット、だそうだ」

「ありがとう。ではご案内します」

調理室の前で手を振ると、調理器具を仕舞っていた菊月が出てきた。

「提督、視察か?」

「察しが良いね菊月さん。こちらは大本営の中将殿、五十鈴殿、そして雷殿だ」

「よろしくね!」

「ソロル鎮守府の菊月だ。お会い出来て嬉しく思う」

「今日のランチセット、ちょっとサンプルとして見たいんだけど」

「数食分は余剰がある。用意しよう。少し待っててくれ」

「ありがとう」

 

入口で菊月を待つ間、龍田がセキュリティシステムを説明していた。

「へぇ、この操作パネルにセンサーがあるのね!」

「はい。他に操作すべき物がありませんから、絶対ここに来ます」

「後は罠の真上に来た時点で」

「床を開いて落とし込めば終わりです~」

「・・この檻、随分良い匂いがしない?」

「ええ、換気扇の導風口なんですよ~」

五十鈴が眉をひそめた。

「なんでそんなところに檻を?」

「美味しそうな匂いだけ嗅がせてあげようと思いまして~」

雷が苦笑した。

「あー、真っ暗な中で空腹抱えて匂いだけ嗅いでろって事ね・・」

「そういうことです~」

「ギンバイしようって子には特に効果がありそうな刑罰ね」

「はい~」

説明を聞いた加賀はようやく納得した。

赤城の言っていた妄想地獄とはそういう事か。

赤城は檻に背を向けて震えている。思い出したくない体験だったのだろう。

加賀は赤城の背中を優しく撫でた。

龍田が檻を格納しおえた時、調理室のドアが開いた。

「待たせてすまなかった。これが今日のランチセットだ」

 

 



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長門の場合(65)

菊月が持ってきたランチセットを、中将達は嬉しそうに味見した。

「んー、このラザニア美味しいわー」

「トマトの粗漉しがすっごく新鮮ね!」

「付け合せのパンが重い!身が詰まってるな!」

「サラダも彩りが良いわね・・よく冷えてて美味しい」

中将達があっという間に平らげたのを嬉しそうに見ていた菊月だったが、

「提督、すまないがそろそろ運ばねばならぬ」

「そうだね。皆さんすいません。台車が通りますので駅まで戻ってください!」

一行が調理室からトロッコの線路まで戻ると列車が待っていた。

一部のトロッコがシュークリームを積載している状態である。

空いている所に菊月達が調理した料理のコンテナを積み始める。

「提督、調理室にいらしたんですね」

声をかけられた提督は振り向いた。

「高雄か。シュークリームと料理、一緒に運んでるんだね」

「ええ。この列車は1度に1万個のシュークリームを運べるのですが・・」

「2500個ずつ作っているから一緒に運べる、という事だね」

「はい。他に私達も乗れますし、調理室の子達の搬送を手伝う事も出来ます」

「うちらも乗れるかなあ」

「大丈夫だと思いますよ。浜までは少し距離がありますしね」

提督は頷くと、中将達に向かって言った。

「では積み込みが終わったらこの列車に乗って移動しましょう」

雷はちらりと積み込まれた保冷庫やトロッコ列車を見ていた。

核ミサイルを積めるような代物じゃない。

雷は五十鈴と目を合わせると、互いに小さく溜息をついた。

何が反逆の為の地下ミサイル基地よ。まったく。

一体何を根拠にあんなに自信たっぷりに言い放ったのだろう。

 

小浜についた提督は、トンネルの中から浜を指差して言った。

「ここが、作戦遂行地帯になります」

高雄が続けた。

「私達の甘味処が奥、班当番の皆さんは手前の食堂で配布します」

だが、中将達はそこからややズレた所を凝視していた。

深海棲艦達が行列を作っていたからだ。

行列の起点は食堂と甘味処だ。

一体どういう事だろうと中将が訊ねかけた時。

 

「ア!提督!コンニチハダヨー!」

ル級が提督に気づき、手を振りながら近づいてきた。

びくっとする五十鈴達を横に、提督はつかつかとル級に歩み寄った。

「おお、ル級さん。丁度良かった。ぜひ紹介しておきたかったんだ」

「ハイ?」

きょとんとするル級の隣で、提督は中将達に向いてさらりと言った。

「山田シュークリーム社長のル級さんです」

「ア、アノ、ル級デス。提督サンニハ、イツモオ世話ニナッテオリマス」

ぺこりと頭を下げたル級に、中将、雷、五十鈴はぽかんと口を開けた。

提督はル級に紹介する手振りをしながら続けた。

「こちらは大本営から視察に来られた中将殿、五十鈴殿、雷殿です」

ショックが抜けきらない3人は呆然としたまま答えた。

「は・・初め・・まして・・」

「雷・・よ・・」

「て、提督が、いつもお世話になって・・・」

提督は涼しい顔をしてル級に話し続けていたが、長門達は苦笑していた。

あれは提督、絶対にわざとやっている。

中将達はもはや錯乱の域に達しているだろうな。

「そろそろ列が伸びる時間だよね?」

「ソウダヨー、案内シナイトネー」

「最後尾のプラカード持ってきた?」

「ア!忘レタヨー、予備アッタカナー」

「倉庫にあるよ、持って来よう」

歩き出す提督をル級が押し留めた。

「良イヨ良イヨ、自分デ取ッテクルヨー」

「そうかい?場所解る?」

「ソンナ雑用サセタラ龍田サンニ殺サレルヨー」

「あんまり怖がらないでやってくれよ、龍田も良い子なんだからさ」

「組織運営ノヤリ方ヲ教エテ頂イタ教官デスカラネ!」

 

二人(?)のやり取りを見ていた中将は、ようやくぽつりと呟いた。

「なぁ、五十鈴・・」

「・・なに?」

「わしは今、なんか酷く変な夢を見ているような気分だよ」

五十鈴は肩をすくめた。

「・・提督にとっては、大した事ないでしょうね」

雷が五十鈴を見た。

「どうしてそう思うのかしら?」

「ずっと昔、提督があの岩礁に異動した日の事よ」

「・・わしの命令でな。そうか、五十鈴は護衛したんだったな」

「ええ。その時、提督は岩礁に座り込んでいるヲ級を見つけたの」

「ほう」

「あたしは砲撃すれば良いじゃないって言ったけど、提督はね」

「何て言ったの?」

「あの子は武装してない。ちょっと話してくる、ってね」

雷は目を細めた。

「その子とは話せたのかしら?」

「ええ。話すどころか艦娘に戻しちゃったわよ」

中将は頷いた。

「鎮守府が出来た時、提督から深海棲艦を艦娘に戻したという報告は受けたがな・・そんな事があったか」

雷も頷いた。

「あぁ、そういえば主人がそんな事を話してくれた気がするわ」

主人とは、つまり大将のことである。

「ええ。で、話を戻すとあの時もヲ級の告白を今のように普通に聞いていたのよ、提督は」

「提督は深海棲艦の言う事を聞く耳をもっている、という事か」

「ただ、一方で姫の島事案のように、戦うべき場面は理解している」

「提督の鎮守府だけであの化け物を退治してしまった件ね」

五十鈴が苦々しく頷いたのを見た後、雷はふと気づいた。

「そうだ、私も見ていたのにすっかり忘れていたわ」

五十鈴が雷を見た。

「何を?」

「ねぇ中将。姫の島事案の直後に主人と三人でここに来たじゃない」

中将はうーんと唸った後、

「あ、そこの浜でバーベキューやってた時ですね」

「そう。あの時提督は、艦娘にも、深海棲艦にも平等に食事を振舞っていたわ」

「あの者達は協力者の生き残りでしたからね」

「そう。提督は艦娘達と深海棲艦達の力を合わせて戦わせた。深海棲艦側に協力の意志があれば、それを実現出来るって事よ」

中将はハッとした。

「そうか。あの山田シュークリームも・・」

雷は頷いた。

「ええ。そして自主運営までさせているなら、共に理由がある筈よ」

 

「お察しの通りです」

提督は遠くに見えるル級と深海棲艦達の長い行列を眺めつつ、雷の質問に頷いた。

「まず、この海域には1万体を越す深海棲艦が居ます」

「うむ。深海棲艦反応がうんざりするくらいあったな」

「先日ご報告した通り、彼らは非常に高い自治能力があり、ランチセットも500食までと自ら制限している」

「あの行列ね」

「ええ。前日の夜に抽選会を開き、ご覧の通り整然と並び、開店を待っています」

「マナーも良いわね」

「はい。ですからせめて甘味はという事で、シュークリームは1万個用意出来るようにしています」

「あの味なら文句は出ないでしょうね」

「はい。ところがこの海域の外の深海棲艦達に、この話が漏れてしまいました」

「外?」

「ええ。別の海域を縄張りとする深海棲艦達もまた、甘味に飢えていたのです」

「・・」

「そこらじゅうの海域から大挙して来られては、ここの運営が破綻してしまいます」

「そうだろうね」

「高雄達の製造能力にも限界がある。食料のリクエストもあまり増やせない」

「そうだな。実を言えば今もかなり頑張って集めている」

「元々、この海域に住む深海棲艦達は、我々と1つの約束をしています」

「なんだね?」

「鎮守府の周辺で争いを起こした場合、1週間ランチセットを提供しない、と」

雷が目を見開いた。

「停戦・・協定って・・事?」

「そうですね」

中将は両手で頭を抱えた。

し、深海棲艦と停戦協定が出来る・・だと・・?

この数十年に渡る戦いの中、幾度と無く冗談めかして言われた夢物語では無いか。

深海棲艦との膠着した戦況、細っていく資源、貧しくなる一方の国。

せめて、海運に必要な海域だけでも休戦に持ち込めないか。

その為なら深海棲艦達の要求を飲むべく多少譲歩したって良い。

力を合わせ、戦って消耗していく以外の未来があるのではないか。

だが、それは必ず次の言葉とセットになっていた。

 

 「ま、無理だ。解ってる。冗談だって。ちょっと疲れたんだ」

 

今までの常識がグズグズに溶けていく。

否定しようにも、悪い冗談だと言おうにも、それは目の前に現実として存在している。

中将はあまりのショックで胃の中の物が逆流しそうだった。

真っ青になっていく中将の隣で、五十鈴が心配そうに中将の背中をさすっていた。

 



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長門の場合(66)

雷を前に、提督は説明を続けた。

「この配布所がパニックにならないよう、他海域の深海棲艦達には自分達が提供すると申し出てくれたのです」

「あの、ル級さんが?」

「ええ。ですから我々は工場で大量生産したり、配布する為のノウハウを教えた」

「・・・」

「結果、出来上がったのが、この海域の深海棲艦達が、海域外深海棲艦の為にシュークリームを製造する工場である」

雷はその先を継いだ。

「山田シュークリーム、なのね」

提督は頷いた。

「仰る通りです。ちなみに山のように作るから山田シュークリームなのだそうです」

「え?あの名前、提督がつけたんじゃないの?」

提督は苦笑した。

「何で私が」

「いや、どんな理由があるのかしらと聞こうと思ってたんだけど・・って!」

「はい?」

雷はある事に気がついて呆然とした。

「ちょっと待って・・それ、シャレって・・こと?」

「ええ。駄洒落以外の何者でもありませんね」

雷はがくりと頭を垂れた。

あの工場名は・・深海棲艦が考えた駄洒落・・

いったいどうやって上層部会に報告しろっていうのよ・・

いいえ、報告は出来るが、主人以外に誰が信じてくれるのだろう。

提督は腕をさすりながら言った。

「では、そろそろ冷えてきたので部屋に戻りましょうか」

中将は頷いた。

「そうしてくれ。頭痛が酷い」

 

提督棟に向かう間、雷はずっと腕を組んで考え事をしていた。

五十鈴はふらふらと歩く中将をずっと支えていた。

「さぁどうぞ、おかけください」

提督室で応接席に腰を落ち着けた雷は、ややあってから訊ねた。

「どうして、ル級はそこまでこの鎮守府を守ろうとするのかしら?」

提督は頷いていった。

「鳳翔と、摩耶のおかげです」

「というと?」

「私はヲ級と出会ったとき、カレーを喜んで食べる事に気がつきました」

「うん」

「そこで鳳翔がカレーを毎週作り、摩耶達が配った。悩み相談も受けました」

「ええ」

「長い間週1度ずつカレーを配った事で、食べたいと願う子達が住み着いた」

「・・多い割に友好的な深海棲艦しか居ないのは、そういうカラクリなのね」

「はい」

中将が呟いた。

「なぜ、他所から反抗的な勢力が来ないのだろう」

「先程のル級さんいわく、それなりの頻度で来ているそうです」

「ほう」

「ですが、追い返すか、仲間に引き入れてしまうのだ、と」

中将が幾らか生気を取り戻した顔で提督に言った。

「それではまるで・・鎮守府の警備員ではないか・・」

「見方を変えれば、食事を提供する代わりに鎮守府近海の治安維持をして頂いてるとも言えますね」

五十鈴が頭を抱えだした。

「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って」

「はい」

「治安維持を頼んだ先が隣の鎮守府の艦娘ってんなら解るわよ。なんで深海棲艦とそんな関係が結べるのよ・・」

「我々を滅ぼせば、週に1度のカレーが食べられなくなるからです」

「カレー・・恐ろしい威力ね」

「今では日替わりのメニューになりましたが、いずれにせよ深海棲艦達は味に飢えている」

「味?」

「自分達では調味料が手に入らない。だから塩味しかない」

「なるほど、カレー等、味付けされた食べ物は極めて貴重なのだな」

「はい」

雷は軽く頭を振った。

「中将じゃないけれど頭痛くなってくるわね。思考を自分の常識が邪魔するわ」

提督は頷いた。

「いえ、こんな短時間でここまでご理解頂けるとは思ってもみませんでした」

雷はへちゃりと机に伏して言った。

「私は深海棲艦との奇抜な事例は結構見てきた方だと思ってたのだけどね」

そしてくいっと頭だけ提督に向けると

「ここはあらゆる意味で常識が通じないわ」

「すみません」

「でも・・」

提督達は雷の次の言葉を待った。

「全ての鎮守府でここと同じ事が出来れば、戦争は終わるわね」

提督は頷いた。

「将来の状況を変える布石を打つ準備も、始めました」

「どういう事かしら?」

「山田シュークリームとは少し話がずれますが、よろしいですか?」

五十鈴が頷いた。

「良いわ。ちょっと気持ちを切り替えたいから」

「では、お話します」

 

「なっ!ちょ!だっ!だめよ提督!」

「・・はい?」

提督は前提である、長門と結婚し一緒に暮らす為に辞める予定である事を告げた時だった。

口をパクパク、目を白黒させて言葉にならない中将の代わりに、五十鈴が身を乗り出して発言したのである。

「なっ、何言ってるの!?提督が居なくなったらバランスが滅茶苦茶になるわよ?」

中将が辛うじて頷く事で意志を示した。

提督は寂しそうに目を伏せた。

「ですが、今のままでも私は年を取り、引退する日が来ます。長門も幸せにしてやりたいですし」

まだ言葉を足そうとする五十鈴に、雷は手を上げて制止した。

「続きが、あるんでしょう?」

「はい。これは前提です」

提督は深海棲艦を艦娘や人間に戻す機械を作ることについて説明した。

雷は頷いた。

「なるほどね。確かにそういう装置が鎮守府にあれば、戦うだけじゃなくて、他の対応が取れるわね」

「メンテナンスもありますから、無人島とかには置けないでしょうが」

中将がポツリと呟いた。

「絶望させない、か」

「はい」

雷はしばらく提督と長門を見ていたが、

「辞職するなら、完成させて、かつ、少なくともこの海域の子達は説得しておいて頂戴。荒れ狂った1万体を相手にしたくないわ」

と言った。

五十鈴はぎょっとしたように雷を見て言った。

「ちょ!み、認めるの!?」

「言ってる理屈は解るし、間違いでは無いわ」

「で、でも!」

雷は肩をすくめた。

「じゃあ五十鈴は提督をあの機械に放り込めとでも?」

「うっ」

提督が首を傾げた。

「あの機械、とは?」

雷はちらりと提督を見て言った。

「司令官の成長というか、老化を止める装置よ。要するに不老長寿。艦娘研究の副産物」

「要するに・・艦娘と永久に働けるってわけですね」

「そういう事。ただ、今はネズミで実験のレベルだし、あの881研究班が主導してるのよね」

加賀が顔をしかめた。

「881研究班・・年がら年中奇怪な実験してる変態連中ですよね?」

「せめてオカルトも対象範囲としている特殊な部隊といってあげて」

提督は肩をすくめた。

「なんというか・・永久に軍人というのは勘弁してほしいですね」

「ずっと若いままの長門と暮らせるわよ?」

「中将殿は実現したら処置を受けたいですか?」

中将がきょとんとして答えた。

「無論。五十鈴といつまでもイチャイチャ出来るからな!」

「清々しいほどの即断でしたね」

「完成をずっと待っておるからな」

「なるほど」

雷は肩をすくめた。

「まぁそっちは置いといて、帰るまでに報告書を書き起こすから内容確認してくれる?」

「もちろんです。お伝えしきれなかった必要事項があれば、見れば思い出すでしょう」

「そうね。じゃあこの応接セット、帰るまで借りて良いかしら?」

「解りました」

提督は言葉を区切った後、雷に訊ねた。

「ところで・・ありのままを報告されるのですか?」

雷は首を振った。

「出来る筈が無いでしょ。そんな事したら気が狂う司令官も出てきそうだもの」

「安心しました」

五十鈴は溜息をついた。

「まぁ、あれだけの深海棲艦を前にしていたら桶やんの作戦には参加出来ないわね」

提督は肩をすくめた。

「他にも、旧鎮守府で日向が基地を運用してるんですが・・3000体の深海棲艦と協力して」

雷がジト目になった。

「そうだったわね。ホントに良く過労死しないわね貴方達!」

「正直全く余裕がありません」

「充分解ったわ。その辺はちゃんと伝わるように書きましょう、五十鈴、中将」

「はい」

「主な報告事項をリストアップして、分担を決めましょ」

「はい」

提督は微笑んで頷いた。

以前、中将殿が五十鈴達を引き連れてきた時は完全にバカンスだった。

だが今回は、明らかに仕事モードである。

龍田達の緊張感も凄い。

雷が居るからだろうなと、提督はひとり納得した。

そしてこの分だと、地上組については触れる事はなさそうだと思った。

目を回しかけている中将等、既に手一杯の様子だからである。

 

そんな提督を、雷はちらりと見て目を閉じた。

 




すいません。
1ヶ所単語を間違えていたので直しました。


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長門の場合(67)

「ふう、本当にありがとう。助かるわ!」

「いえ、これぐらいは」

加賀から報告書の原稿を受け取った雷は額の汗を拭った。

提督は折々には中将達に実情を伝えていたし、雷は龍田から聞いていた。

しかし、

 

 見るのと聞くのは大違い

 

という奴で、今目の前に起きている事を説明する為には遡った説明も必要で。

報告せねばならない情報のリストを目の前に、雷達は吐息をついた。

その時、加賀や赤城達が一部の報告原稿を代筆すると申し出た。

勿論中将達が読み、加筆修正指示にも応じるといって。

雷は涙目で加賀の手を取って頭を下げた。

「こんなの2日じゃ到底書ききれないと思ってたの。恩に着るわ!」

こうして、提督室の応接コーナーは臨時の作業場のようになったのである。

 

「なるほど、こう話を繋げると解りやすいね」

「はい、この後はこのような流れで如何でしょう?」

「うん、そのまま続けてくれるかな」

「畏まりました」

長門は応接コーナーで中将とやり取りする赤城を見ながら言った。

「最近、赤城がやる気に満ちている気がするな」

提督は苦笑しながら頭を掻いた。

「良かれと思って仕事量を減らしたのが仇になっていたとはね。私もまだまだだ」

「解って良かったではないか」

「気づいてくれたのは龍田だよ。本当に、皆が動いてくれないと何も出来ん」

雷は加賀の原稿を読みながら、小さく聞こえる提督達の会話を聞いていた。

 

「よし、マイルストーン達成。今日はここまでにしましょ!」

雷の言葉に中将達、そして赤城達も安堵の溜息をついた。

時計は既に2100時を過ぎていた。

「じゃあ明日は0800時から再開ね。充分休んでおいて!」

皆が提督室を去ると、提督、長門、そして雷の3人だけになった。

雷はとてとてと提督の所に来ると

「提督、騒々しくてごめんなさい。明日もよろしく頼むわね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。お茶でもいかがですか?」

「あ、いいわね。悪いけどお願い出来るかしら?」

長門はにこりと笑った。練習の成果を披露する良い機会だ。

「では、私が用意してくる」

「おや、なんか嬉しそうだね長門」

「お茶の淹れ方を、ちょっと練習したのでな」

「ん、解った。じゃあ任せるよ」

「待っていてくれ」

長門がドアを閉めた後、雷は壁に貼られた五十音表を見ながら言った。

「提督、地上で働く深海棲艦について、何か聞いた事あるかしら?」

提督はふぅと溜息をついた。

雷は決して脅したりしないが、尋問は実に上手い。

小首を傾げて黙したままの提督をちらりと見た後、雷は続けた。

「私は昔、信じられない物を見たの」

「どのようなものを?」

「漁港の波止場で、網を直しているおばさんが居たの」

「はい」

「そこにもう1人のおばさんが近づいていったんだけど」

「ええ」

「二人が一瞬、深海棲艦になって、すぐ戻ったの」

「・・ほう」

「私は目を擦りに擦ったわ。深海棲艦が地上で暮らしてる、まして働いてるなんて」

「少なくとも世間一般的には聞いた事ないですね」

雷は提督の机に手をつき、提督に向かってぐいと身を乗り出した。

「でしょう?私はその後もしばらく見ていたけど、ずっと人間のままだった」

「・・」

「見間違えたのか、でもハッキリ見えた。でも聞いた事が無い」

「・・」

「これだけ非常識と隣りあわせで暮らしてる提督なら、何か知らないかなって」

「・・」

提督はふむと言って、こう返した。

「白星食品で働いている浜風は、深海棲艦の時から我々に協力してくれてました」

「ええ」

「例の艦娘売買事案、覚えておいでですか?」

雷がすっと無表情になった。

「あの忌々しい案件を忘れるものですか」

「あの時、売買組織の行動を阻害すべく浜風が動いてくれた」

「どうやったの?」

「深海棲艦だった浜風は、人間に化けて鎮守府を周った」

「は?」

「司令官に会い、売買を持ちかけ、応じた司令官から艦娘を預かり、消えた」

「き、消えた?」

「ええ。支払いをせずにドロン。要するに詐欺です」

雷は目を見開いて答えた。

「あ、あの、司令官達は、化けてる事に気づかなかったの?」

「はい。そして後から本当に来た売買組織の者を追い返したのです」

「あ、あぁ、既に騙されてるから」

「もう騙されないぞ、というわけですね」

雷は絶句した。

「更に言えば、その内の1人を逮捕する時にも協力してくれました」

「・・」

「支払いが遅れに遅れたが、今から持っていくといって」

雷はしきりに目を動かし始めた。

「憲兵隊の方々をコンテナに載せ、我々の部隊が先回りして工作し」

「・・ん?」

「取引交渉の最中に鎮守府の電源を落とし、憲兵隊の方に囲んでもらった」

「あ!その話知っている・・わ・・ええっ!?」

「どうしました?」

「憲兵隊の報告では艦娘に協力を受けたと書いてあったけど」

「はい」

「し、深海棲艦も居たの?」

「そういう事ですね」

雷はガクガクと手を震わせていた。

「じゃ、じゃあ、憲兵隊も、司令官も、誰一人として・・」

「見抜いた人は居ませんでしたね」

「ど、どんな姿だったの?」

「ええと、色白で、北欧的な、銀髪で背の高い美人でした」

想像する雷を見て、提督は

「丁度浜風が大人になったような感じでしょうか」

雷はこくこくと頷いた。

「・・そう。じゃあやっぱり、私の見間違いではなかったのね」

「でしょうね」

「深海棲艦は、声を発するどころか、会話をし、駄洒落を考え、詐欺まで行える」

「はい」

「・・ありがとう。長年の疑問が解けたわ」

 

ドアの外では、長門が聞き耳を立てていた。

なにやら驚いた声が聞こえたが、今入るのは提督に有利か、不利か、と。

だが、声はまた聞こえなくなったので、ガチャリと開けて入った。

「茶が入ったぞ」

提督はにこりと笑った。

「お、よし、楽しみだ」

提督が雷を見ると、小さく首を振ったので話を続ける事はしなかった。

茶を啜りながら、提督は思った。

地上組自体の話はしていないが、雷も自身の経験から似たような所に達するだろう、と。

「ん、長門!美味しいよお茶!」

「そ、そうか?」

雷も頷いた。

「ええ、充分美味しいわ。どなたに教わったの?」

「鳳翔だ。普通の茶葉でも美味しく入れる方法というやつをな」

「へぇー」

雷はにやりんと笑うと

「花嫁修業も着々と進めてるわけね、長門」

「んなっ!?」

「違うのかしら?」

「い、いいいいや、そのあの・・そういう、事だ」

「お、おお、そういう事なのか・・」

真っ赤になって俯く提督と長門を見て、雷はくすっと笑った。

「はぁー、色々な意味でご馳走様ね。そろそろ私も部屋に戻るわ」

「あ、鍵は受け取ってますか?」

「さっき加賀から貰ったわ。それじゃあね」

ひらひらと手を振りながら雷が出て行くと、提督は椅子の背にもたれた。

「やー、さすが雷さんだね。他の子とは一味もふた味も違う」

「疲れたであろう。片付けはやっておくから、先に上がったらどうだ?」

「いや、もう片付けたよ。お開きにしよう」

「解った」

湯飲みを盆に載せた長門と共に出た提督は、廊下を一緒に歩いた。

「・・雷さんが認めてくれて良かったよ」

「うん?」

「司令官を辞める話」

「あ、あぁ」

給湯室に入った長門に続いて提督も入った。

「なんだ?洗い物か?」

「いや」

長門の手をとって盆を流しに置かせると、提督はぎゅっと長門を抱きしめた。

「んなっ!?」

提督はコツンと長門の額に自分の額を重ね、囁いた。

「・・良かった、良かったよ」

長門は目を瞑ると、小さく頷いた。

「まだまだ道のりは長いが、必ず君と結婚するからね」

「あぁ。待っているぞ、旦那様」

長門はそっと、提督の背中に手を回した。

 



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長門の場合(68)

翌日。もはやとっぷりと日が暮れた後。

 

雷がそっと書類を下ろしつつ言った。

「・・お、終わったわね?終わったわよね?」

五十鈴がリストと書類を比較し終えると、答えた。

「・・ええ、全部終わったわよ雷、間違いないわ」

 

数秒間の沈黙の後。

 

「良かったぁ」

と、提督室に居た面々は安堵の溜息を吐いた。

雷、五十鈴、中将はへちゃりと机に突っ伏した。

机の真ん中には監査結果報告書がうず高く積まれていた。

鎮守府側は提督、加賀、長門、赤城が朝から専従体制で対応。

雷の総指揮の下、書類の編集や全体の整合確認等を分業体制でこなしていった。

秘書艦当番の比叡は時折提督に判断を仰ぎながら鎮守府の書類を片付けていた。

 

「とりあえず、全体の整合は取れたし、つじつま合わせも出来たわね」

「じゃあ左側のセットを鎮守府に、右側を私達が持って帰るからね」

提督が加賀に言った。

「書類を運ぶ為のケースがあった方が良いね。用意出来る?」

「そうですね。探してきます」

五十鈴はペシペシと書類の山を叩きながら言った。

「無いと思うけど、万一直接問い合わせがあった場合はここから答えてね」

「解りました」

雷はコキコキと手を鳴らし、ぎゅううっと伸びをすると提督に訊ねた。

「あー、食堂は閉まっちゃったかしら?」

「そうですね。オーダーストップを過ぎてますね。鳳翔に用意させますか?」

「そうね。作成に協力してくれた子は加賀以外揃ってるのかしら?」

「いますね」

「じゃあ加賀が戻ったらささやかだけど打ち上げをやりましょうか。うちで奢るわ!」

「ありがとうございます。じゃあ比叡、鳳翔に連絡してくれるかな?」

「あ、はい!ええと、ひぃふぅ・・7名ですね?」

「加賀も居るぞ?」

「入れてますよ?」

「ん?8名だろ?」

比叡はきょとんとした。

「え、あの、私も良いんですか?」

雷がにこっと笑った。

「もちろんよ!提督の代行したじゃない!お疲れ様!」

比叡は照れ笑いをしつつ言った。

「ありがとうございます。それじゃ、予約入れますね!」

 

 

「はいカンパーイ!」

「お疲れ様~!」

ぐつぐつと良い音を立てる出汁の中で具材が躍る。

冬の風物詩といえば鍋である。

「すみません。急なお話だったので鍋物しかご用意出来なくて」

「いや、晩御飯を兼ねてるし、本当に助かったよ鳳翔さん。何鍋かな?」

「牡蠣鍋です。美味しい牡蠣と良い味噌のストックがあったので」

雷は目を輝かせて言った。

「良いわね!牡蠣大好きよ!」

「もう少しありますから、牡蠣フライもご用意しますね」

「おっ、それは嬉しいね。わしは牡蠣フライが大好物でな」

「おや?中将殿、好物が変わりましたか?」

「ああその、五十鈴の作る牡蠣フライが旨くてな。だから牡蠣フライカレーが一番好物だ」

提督達は納得したように頷き、雷がにやりと笑った。

「五十鈴もしっかり奥さんやってるじゃない」

五十鈴は肩をすくめた。

「まぁ何回か、奥さんやったしね」

長門はそっと尋ねた。

「そ、その、五十鈴は司令官についていく事は考えなかったのか?」

五十鈴は寂しそうに笑った。

「今と違って、昔は艦娘も化け物扱いされてたから、選択肢が無かったの」

中将が五十鈴を見た。

「化け物?」

「ええ。人のような外見だけど何年経っても年取らないし、海に浮けるし、砲撃出来るし」

「だからなんだ?」

「怖がられたのよ。今と違って解体という概念がなかったし」

「年を取らないから?」

「そうね。だから艦娘もしばらくは鎮守府の外を歩けなかった」

「・・」

「解体の概念が出来て人間と同じく年を取れるようになって、それが認知されて」

「・・」

「ようやく、深海棲艦との戦いが、化け物同士の争いと陰口を叩かれなくなった」

「・・」

「そうなるよう、私のずっと前の主人達が尽力してくれたおかげよ」

「・・」

「だから海軍には恩があると思って、辞めなかったってのもあるわね」

長門が俯いた。

「そうか。すまない事を聞いてしまったな」

「良いのよ」

雷は鍋からひょいと牡蠣をつまみながら言った。

「私の姉の暁はね、解体処置を受ける第1号に志願したわ」

「・・そうだったわね」

「電も暁の少し後に、同じくね」

「という事は、お二人は・・」

雷は目を瞑った。

「海の見える墓地にお墓を買ってね、それぞれ私とヴェールヌイで喪主を務めたわ」

「そうだったんですか・・」

「二人とも本当に、人の社会の中で楽しそうに生きてたわ」

「・・」

「そうそう、暁が亡くなる直前にも病室で会えたの」

「ええ」

「ベッドで寝てたんだけど、私達に思い出話ばかりするのよ」

「・・」

「青春して、恋をして、大人になって、結婚して、年取って、本当に楽しかったって」

「・・そうですか」

「そして、レディとは何かよく解ったわってニヤリと笑って、それが最後だったわ」

「いかにもですねー」

雷はくすくす笑った。

「そうでしょう?ほんとに解ったのかしらって3人で肩をすくめたわ」

「では、電さんはその時・・」

「一緒に居たわよ。電はおばあちゃんになっても元気だったわね」

「へぇ」

「当時はまだ珍しかったけど、難民や孤児専門の私立学校の学園長として奮闘してたわ」

「ほう」

「物凄い数を受け入れて育てては母国に返していたわね」

「それは、なぜ?」

「知識が無いと助けられるものも助けられないのです、っていうのよ」

「確かに、紛争が起きれば教育は真っ先に滞りますからね」

「そして、やっぱり自分の国への贔屓目ってあるじゃない」

「ええ」

「だから教育を受けて、母国を良くする為に力を尽くしなさいって言ってたわ」

「偉いなあ」

「電はある朝、眠るように亡くなってたわ」

「・・」

「だから学園の子が見つけたんだけど、その葬式は凄まじかったわよ」

「どういう事です?」

「知らせを聞いたから、せめて祈りたいという子達が半年以上途絶えずに訪ねて来たわ」

「・・」

「後でリストを見たら、来てない国の方が少なかった」

「難民はともかく、孤児はどの国でもあり得ますからね」

「ほんとに、最後の日まで子供達を助ける事ばっかり考えてたわね」

コンロの火の上でコトコトと煮える鍋を、雷はじっと見ながら言った。

「んー、長門と提督がギリギリかしらねぇ」

と言ったので、長門は雷に聞き返した。

「ギリギリというのは、年の差か?」

「そう。アタシは人間になったらせいぜい小学生だし、大将は間もなく定年」

「・・」

「五十鈴だって中学か高校位でしょう?」

「そうねえ。ダーリンも大将とあんまり年は違わないものね」

中将は肩をすくめた。

「一刻も早く不老長寿の装置が実用化して欲しいものだね」

「ま、それから考えれば、まだ提督と長門ならバランスが良いわね」

提督が苦笑した。

「それでも凄く年下の美人さんを捕まえたなって冷やかされそうですがね」

雷がニヤリと笑った。

「さりげなく奥さんを持ち上げるじゃない。良い旦那になれるわよ」

「ありがとうございます」

「・・・出がけにね、主人から言われたのよ」

「何をですか?」

「提督にその気があるなら、第1鎮守府の後釜にどうかって」

長門達はうんうんと頷いた後、ぎょっとした顔で雷に向き直った。

「・・・ぇえええっ!?」

雷はチラリと提督達を見て、再びコンロの火に目を戻した。

「確かに提督が関わった事案は表に出せない事案ばかりよ。でも功績は莫大なの」

「・・」

「主人は将来的に、膠着している戦争とは違う道を取るべきだと思ってる」

「・・」

「でも、それを具現化してる司令官はまだ居ない、最有力は提督だ、とね・・」

「・・」

雷は肩をすくめた。

「でも、主人が思い描く未来は、既にここで日常になっている気がするわ」

 

 



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長門の場合(69)

素直に終わらないのが銀匙流。


意外な発言に呆気にとられる提督達を前に、雷の告白は続いていた。

「提督が引退を考えてなければ、辞令として第1鎮守府に呼んだでしょうね」

「・・」

「ねぇ提督」

「はい」

「貴方達が引退した後も、きっと色々起きると思うのよ」

「でしょうね」

「あまり、大本営から遠くない所に居てくれないかしら?」

提督はにこっと笑った。

「人間になった長門と一緒に住める家があって、仕事があるなら言う事無しです」

加賀がそっと付け加えた。

「あの、あまり家賃の高い所だと私達が困るので・・・」

その一言を聞いた時、中将の顔色が変わった。

「ま、まさかその、提督が引退する時に・・」

加賀はきょとんとして答えた。

「鎮守府の子達全員が引退すると思いますが」

雷と五十鈴の顎がかくんと下がった。

 

「お、おおお落ち着いて、落ち着きましょう」

しどろもどろになる五十鈴。

雷は頬杖をついて眉をひそめつつ呟いた。

「解ってる・・解ってるわ。予想出来なかったわけじゃないけど・・・うーん」

提督がそっと尋ねた。

「やっぱり、全員で一気には無理ですかね?」

「一気であろうとなかろうと、全員が居なくなるのは痛いなんてもんじゃないわね」

「ですが、司令官が居なくなった後は、艦娘達はLV1にされて異動ですよね?」

「基本的にはそうだけど、例外はあるわ」

「といいますと?」

「たとえば最上さんのように研究開発能力がある子は、そのまま大本営の開発部とかね」

提督は思い出したように頷いた。

「そうか。うちの白雪のような感じですね」

雷がますますジト目になった。

「あの子には何度も帰ってらっしゃいって言ってるんだけどね・・」

「えっ?そうなんですか?」

「白雪は大本営が抱えた問題を幾つも解決してきたの」

「解る気がします」

「ただ、提督と同じでどれも非公式な依頼ばかりだったのよ」

「ほう」

「だから表立って、それの為に呼び戻す訳にもいかなくてね」

「・・」

「それとなく自主的に帰ってこない~って聞いてもね、本当につれないの」

「何て返事が返ってくるんです?」

「いつでもバンジー出来て、仕事のスケジュールも休暇も自由でないと嫌だって」

提督はジト目になった。多分それは・・

「叶えられる筈がない条件をわざと出してるのよ、あの子」

「雷さんすいません。それはうちの現在の条件です」

雷と五十鈴が眉をひそめながら提督を見た。

「は?」

「誰も他にやらないので、バンジーの施設は白雪が独占してますし」

「・・」

「経理方の仕事を滞らせないという条件で、仕事のペースも休暇も任せてますので・・」

「・・自由って事ね」

「ええ」

雷がテーブルをダン!と叩いたので、提督達はのけぞった。

「ひっ」

雷はわなわなと震えている。

「提督・・貴方って人は・・」

「し、白雪はそれでも充分期日前に書類を揃えてますし、内容に問題はありませんし」

雷はギッと提督を睨むと

「まさか他の子にも同じ事言ってるの!?」

「お、同じ事と言いますと?」

「当番や出撃時間以外は自由にして良いとか!」

「そ、そうですね」

「班分けとか、各種訓練とか・・」

「は、班分けにしろ、当番内容にしろ、艦娘達が話し合いで決めてますが・・」

「まさか兵装まで・・」

「艦娘達に使いたい装備を考えさせ、テストに合格すればそのまま採用してますが・・」

雷はがくりと崩れ落ちた。

「・・・んもー」

「あ、あの?」

雷はジト目で提督を見た。

「提督」

「はい」

「貴方の所で艦娘に戻った子達にアンケートを取ったらね」

「はい」

「貴方の所より司令官がゴチャゴチャうるさいって回答がやけに多かったのよ」

「あ」

「・・もっと自由にした方が鎮守府は上手く回りますって堂々と意見した子も居たわ」

「あー」

「たまたまそこの司令官は貴方と考え方が似てたから何とか折り合いをつけてるけど」

「そ、そうでしたか」

「・・理想じゃなくこの鎮守府で実際に行われてたのね」

「・・」

五十鈴は苦り切った顔をした。

「それで上位に食い込む成果を叩き出し、誰も轟沈させてないって・・」

雷は頬杖をついた。

「サボってる鎮守府なら取り潰せば良いけど、本当に扱いに困るわね・・」

中将がはっはっはと笑い出した。

「・・ダーリン?」

「雷殿、大将の目は正しいという何よりの証明になりましたな」

「・・まぁね。でも」

「でも?」

「いきなり全鎮守府にこの流儀でよろしくなんて言えないわよ?」

「だからこそ大将殿も未来と仰ったのですよ。我々は一足先に未来を見たんですよ」

雷は何か気付いたような表情のまま、ずずいっと提督に身を乗り出した。

「ねぇ提督」

「はい」

「貴方さっき、人間の長門と一緒に住んで、仕事があるなら言う事無しって言ったわよね?」

「え、ええ」

「じゃあここで長門だけ人間に戻して、そのまま定年まで勤務しない?」

「・・・家族を鎮守府に住まわせるって事ですか?」

雷はすとんと椅子に座ると、五十鈴を見た。

「どうかしら?皆居なくなる位なら、ずっとマシな選択肢じゃないかって思うんだけど?」

五十鈴は中将と目線を交わし、溜息を吐いた。目で会話すると言う奴である。

「確かに、これだけのパフォーマンスを一気に失うのは痛いな」

「ここが丸ごと無くなる位なら、家族の同居なんて些細な問題よね」

「ええ。ここがあれば他の人も主人の言う未来を具体的に体験出来るって事でしょ」

「そうなるわね」

「ほら、先進的なモデルケースとして、家族と同居して影響を調べる実験と言えば・・」

「ここだけの例外扱いという言い分が作れるわね」

「例外扱いで1件だけ認めるなら、ますます些細な事になるわね」

鳳翔が鍋の火を止め、デザートのアイスを配りながら言った。

「ここが無くなると、白星食品さんも無くなるでしょうしね」

雷、五十鈴、そして中将までもが硬直した。

 

「し、白星食品まで・・閉じるっていうの?」

雷が死んだ魚のような目で提督を見た。

「ひっ!・・ビ、ビスマルクはそう言ってました」

提督の答えを聞いた途端、雷はそのまま目を見開いて提督に迫った。

「なんでよ・・必ずこの鎮守府が続けられるように新しい司令官は送るわよ・・?」

「わ、私以外の司令官につくのは御免だと言ってまして・・」

雷は首をぶるぶると振った。

「冗談じゃ・・冗談じゃないわよ。雪ん子蒲鉾食べられなくなるじゃない!」

「お、お好みでしたか」

五十鈴はうんうんと頷いた。

「有名どころの料亭は大概白星食品から仕入れてるし、大本営内にも沢山のファンが居る」

五十鈴はニヤリと笑って提督を見た。

「これはもう、提督は辞められないわね」

「えええっ!?」

雷ががたりと立ち上がると言い切った。

「雪ん子蒲鉾を死守する為なら提督の同居位、無理矢理にでも通してやるわ!」

「清々しい程私利私欲の為ですよね?」

「うるさいわね!雪ん子蒲鉾はアタシと主人の数少ない楽しみなの!」

「は、はぁ・・」

「と・に・か・く!何があっても同居のモデルケース鎮守府に指定してあげるから!」

「ええと・・辞めるという選択肢は・・」

雷が薄笑いをしながら提督を見下ろした。

ゴゴゴゴという地響きが聞こえ、急速に室温が下がっていく。

「この期に及んで・・あると・・思うのかしら?」

「ないですね」

雷はころっと笑顔になると、すとんと腰を下ろした。

「物分りの良い提督で嬉しいわ。アイス頂きましょ」

提督は滝のような冷や汗を拭っていた。

龍田は頷いた。

さすがは名誉会長。あの技は未だ健在ですね。

だが、落ちつき始めた場を再び修羅に戻したのは加賀だった。

「あの、雷さん」

「なにかしら?」

「重婚は、認められるんですよね?」

雷はスプーンを咥えたままジト目になった。

 

 



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長門の場合(70)

加賀の質問の意図を計りかねた雷は眉をひそめた。

正確には、解っていたが解りたくなかった。

「・・・ええと?」

加賀はゆっくり説明し始めた。

「提督は、私達数名に指輪をくださいましたが、同時に、艦娘からの求婚も受けました」

雷と五十鈴が眉をひそめた。

「・・・は?」

「ですから提督は、ご覧の通り、2種類の指輪をされてらっしゃいます」

「どういう・・こと?」

「1種類は私達に下さった指輪。もう1種類は求婚してきた艦娘達とお揃いの指輪」

「・・・」

「まだ求婚の実例はありませんが」

「・・加賀さん」

「はい」

「どれくらい・・可能性があるのかしら?そこまでは解らないわよね」

ドン。

五十鈴が一気に嫌そうな目になった。

「聞きたくないんだけど・・そのファイルは?」

「LV99になったら求婚すると決めている艦娘リストです。他の鎮守府の子も含みます」

「なんで!?」

「深海棲艦の子が艦娘に戻る際に登録したケースです。特に制限しておりませんし」

五十鈴がため息をつきながら続けた。

「・・聞き方を変えるわ。この鎮守府で登録してない子は何人?」

「20人も居ないかと」

「ざっくり言って100名が奥さん希望なの?!」

「そういう事になりますね」

ゴゴゴゴゴ・・・

雷が再び立ち上がる。怒りの気配がまるで青白い炎のようだ。

「提督・・」

「いっ!?」

「100名も・・重婚なんて・・認められる訳・・無いでしょ・・」

「で、でででででしょうね」

だが、加賀は立ち向かった。

「では、指輪を貰った子は良いのですね?」

「・・何人よ?」

「長門さんを入れて6人です」

「・・・・」

龍田でさえ寒気を感じる程の凄まじい気配を漂わせた雷はゆらりと加賀に訊ねた。

「妥協点をそこと言ったら、加賀は残りを抑えてくれるんでしょうね?」

加賀はすっと表情を消して答えた。

「無理ですが、それも認められないなら・・」

「・・どうするというの?」

「提督と心中します」

長門が加賀を見た。

「さっ・・させぬ!絶対させぬ!」

加賀はにやっと薄く微笑んだ。

「人間の長門さんなんて、物の数ではありません」

「ぐっ」

雷は息をのんだ。

加賀の目は真剣で、狂気に満ちている。

加賀が素晴らしく有能である事はこの2日間で良く解ってる。

もし加賀が愛に狂えば・・・本当にやってしまうかもしれない。

提督が死んだらすべてこの計画はパアになる。

雷は殺気立った雰囲気を消すと、溜息を吐いた。

「運用に支障が無いように後任を作りなさい。これは最低条件よ」

「解りました」

五十鈴はへぇと驚いた。

「雷が妥協するなんてね」

雷は苦り切った顔をした。

「不意打ちの上に余りにも人質が多すぎるわよ」

そしてジト目で提督を見ると

「881研究班が実用化したら真っ先に放り込んじゃお~っと」

と、提督にだけ聞こえる位の小声でぽそりと呟いた。

提督は恐る恐る雷を見た。

雷はちらっと見返すと、にやりと笑った。

提督はアイスの最後の一口をごくりと飲み込んだ。

 

 

雷達が帰る日がやってきた。

 

雷は長門と加賀に言った。

「じゃ、知らせを待ってね!先走って変な事しないでよ?」

「待っている。案ずるな」

「あまり長いと実行してしまうかもしれません」

「なっ・・なるべく早く頑張るわよ」

五十鈴は赤城達と会話していた。

「今回の協力に感謝するわ。本当にありがとね!」

「このケースは白星食品の基本契約書を運んだ実績がありますから」

「あー、あの契約書ね・・読むの大変だったわ」

「今度のも大変でしょうけど・・」

「どちらも貴方達のせいじゃないけどね!」

そして中将は、最後に提督から渡された包みの中を見て喜んだ。

「カレー弁当じゃないか!ありがとう!ありがとう提督!」

「一度お昼に召し上がって頂きましたが、あれだけでしたので」

「うむ!うむ!ありがとう!大事に食べる!」

「中将、色々ご負担をおかけしましてすみませんでした」

「いやいや、色々な事が解決出来た。それで良いと思うよ」

「そうでしょうか」

中将はにこりと笑った。

「大将の言う未来がこんなに楽しそうなら、わしも全力で支援する事にするよ」

「ええ。うちの艦娘達は・・本当に良い子に育ちましたよ」

「わしも色々考えを改めねばならん。また相談に乗ってくれ」

「ええ。もちろんです!」

提督と中将は固い握手を交わした。

 

ポーッ!

 

こうして雷達は大本営に帰って行った。

 

「本当に、毎回大本営の人が来ると大騒ぎだね」

提督が肩をすくめると、長門が継いだ。

「究極の普通と究極の異端児だからな。騒ぎにもなる」

「でも、うちが将来の普通と聞いて、ちょっと嬉しかったよ」

「うん?」

「艦娘達には、皆、笑っていてほしいからね」

「・・そうか」

長門はそっと、提督の手を握った。

提督は長門の手を握り返した。

 

数日後。

提督は大本営から届いた作戦中止通知を回覧の籠に入れた後、厚い書類をめくっていた。

赤城が調査した、リストに載っている専従先と、実際従事している役割の一覧である。

今日は赤城が秘書艦の日であり、それにあわせて持参してきたのである。

「はぁー、随分違ってたんだねえ」

「物によって現状を優先するか、リストを優先するか選んでも良いと思いますが」

「現状に合わせて良いよ。それにしても、よくまとめたね赤城。本当にお疲れ様」

「久しぶりにやりがいのある仕事でした」

「現状に不満を抱えてる子は居たのかな?」

「そうですね。調理当番が追加された時に休みが増えたので、その辺で鎮火したようです」

「そうか。怪我の功名だね」

「強いて言えば大鳳組がちょっと忙しすぎるのではという指摘がありますね」

「大鳳や山城は何て言ってるの?」

「新しい戦略を考える時間が少ないとは言ってました」

「ふむ。ちょっと二人を呼んでくれる?」

 

「お呼びですか?」

「どうしたの?」

 

程なくやってきた二人に、提督は切り出した。

「最上と三隈が抜ける件、急な事ですまなかったね」

大鳳は苦笑した。

「夕張さんもセットで特命事項対応と聞いたので、新兵器関連は穴が開きましたね」

「ところで、ちゃんと楽しんでやってる?忙しくてネタも考えられないって聞いたんだけど」

大鳳は肩をすくめた。

「以前はアイデアも良く出ましたし、試してない事も沢山ありましたし」

山城が継いだ。

「皆が古いセオリーに縛られてたんで楽しめたんだけど・・」

大鳳がわたわたと手を振った。

「た、楽しむというか、試せたんです。でも、最近は忙しいというのと・・」

「皆が応用力が付いてきちゃって、辛勝や負ける事も多くなってきたのよねぇ」

提督は山城に苦笑した。

「皆が強くなるのはとても素晴らしい事だけどね」

「でも・・こう、圧倒的な勝ちってのを久しくやってないんで」

「ストレスが溜まって来ちゃったのか」

「ちょっとね」

「今は何日おきに休んでるの?」

山城はすいっと提督から目線を逸らした。

「・・山城さん?」

「・・」

提督は大鳳に視線を向けた。

「・・何日おき?」

大鳳がつんつんと両手の人差し指を合せながら

「・・リクエストが多いので、前に休んだのは・・何か月前だっけ山城さん」

「わっ、私に振らないでください!」

一気に提督の目がジト目になった。

「なんちゅうブラック運用してるの君達は!」

「でっ!でも希望が多いんです!」

「体調を維持出来る範囲で応じなさいっての!それじゃ疲労で倒れちゃうでしょ!」

「でもっ」

大鳳が更なる反論を言いかけた時、赤城がぽつりと言った。

「大鳳さん、最近Lv80超えましたものね」

提督がピタリと沈黙し、山城があーあという表情で額に手を当てた。

 

提督室がしんと静まり返った。

「あ、あの、提督?」

赤城は声をかけるも提督が無反応なので、自分が言った意味に気が付いた。

「あー、ええと、お手柔らかに」

赤城が苦笑いしつつ後ずさった後。

 

「・・大鳳」

「ひゃいっ!」

低い低い提督の声に、大鳳は背を伸ばしながら返事をしたので変な声が出てしまった。

「まさか・・お前・・自分のLv上げの為に・・」

大鳳はぶるぶるぶると全力で首を振った。

「わっ、わたたっ、私だけじゃないですよ、他にもLvあげたいって子が」

「・・山城」

山城は諦めたように溜息を吐きながら答えた。

「・・はい」

「大鳳以外にもLvあげたい子、居るのか?」

山城はこくんと頷いた。

「対戦相手は全員そうですよ。まぁ私達も上がって損は無いですし」

提督は再び沈黙したが、やがて苦り切った顔を上げると

「とりあえず、週1回は休みを取る事。それと、運用を是正します」

大鳳は首を傾げた。

「はい?」

「保護観察役を入れ、現在の体制を監査してもらい、必要な修正を入れます」

「え?あの、お話が見えないのですけど」

「すぐに解る。赤城」

「はい」

「扶桑を呼んでくれ」

大鳳はゲッという顔をした。

大鳳は昔から扶桑には頭が上がらないのである。

だが、山城は目を輝かせた。

姉様と仕事出来るの!?

 

「お呼びでしょうか、提督」

「扶桑。悪いんだけど、私は大鳳組の皆にきちんと体調管理をして欲しいと思うんだよ」

扶桑は一瞬、ちらりと山城を見た後、こくりと頷いた。

「そうですね」

「だから大鳳組の現状を監査して、目処がつくまで是正指導を頼めないかな」

「構いませんが、秘書艦のお仕事は?」

「扶桑はどうしたい?私は扶桑の希望に合わせたい」

扶桑は嬉しそうに微笑んだ。

「では、当番の日は監査せず、秘書艦を務めさせて頂きますわ」

「ん。解った。扶桑もきちんと休みは取るようにね」

「承知致しました。それでは監査のお役目、お引き受けいたします」

山城は扶桑の様子をみて苦笑していた。

明らかに仕事が増えるのに秘書艦は外さないんだな、と。

 



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長門の場合(71)

「はぁー、見えてそうで見えてないな、節穴か私の目は」

扶桑達が下がった後、提督は重い溜息を吐いた。

赤城が肩をすくめつつ言った。

「学校の先生だって目を配れるのは30人だ40人だ言われてるんですよ」

「・・」

「提督は御一人で艦娘120人、さらに深海棲艦まで面倒を見てるんですから」

「かといってセクリタテアやゲシュタポを置くなんてゾッとしないしな」

「秘密警察ですか?私が言うのもなんですけど、治安は良好だと思いますよ?」

「重要課題ったってせいぜいギンバイだもんね」

「すみません」

「もう掴まる側に行かないでくれよ。鎮守府最強空母の一人なんだし」

「加賀さんからも空母の長としての立場を考えろと言われましたし、あの檻は怖すぎます」

「1つ良い事を教えてあげようか」

「なんでしょうか?」

「龍田さんの刑罰はね・・回を追う毎に酷くなるんだよ」

赤城はごくりと唾を飲んだ。あれより酷い刑罰?想像がつかない。

「まぁ、だから私も色々控えてるんだよ」

「提督も刑罰を食らったんですか?」

「私だって時にはサボって遊びたい日とかある訳ですよ」

「・・何があったんですか?」

「最初は事務方の叢雲が処理してる書類1日分を渡されました」

赤城は展開が読めて青ざめた。

「ま、まさか・・」

「2回目は敷波、そして3回目に至っては・・」

「展開が解ってて3回もやる事自体敬意に値しますが」

「あの時は私もまだ若かったんだ。そして3回目は不知火の分を渡された」

「あー」

「夕方ごろ、紙を捌き過ぎて手が切れてね、書類に血が付いてしまったんだが」

「・・はい」

「龍田さんが良い笑顔でね、汚れちゃった書類は書き直しって言った時に理解したよ」

「何をですか?」

「絶対容赦してくれないんだってね」

「・・そうですね」

「ほら、工廠長とかさ、長門は拳骨落としたり厳しく叱るけどさ」

「お説教の時間を耐えればまぁ何とかなりますよね」

「そうそう。でも龍田だけは違う」

「耐えられない処罰が待ってるんですね」

「懲りるまでね。4回目は文月と解ってるし、やっちゃいけないんだって悟ったよ」

赤城はぶるるるっと震えた。あれ以上の刑罰なんて真っ平だ。

しかも提督の例を考えればエスカレート度合いが半端じゃない。

「気持ちを新たに、二度とギンバイしない所存です」

「それが良いと思うよ。そういや赤城さん」

「はい?」

「ちょっと痩せたよね?」

途端に赤城の頬が緩んだ。

「え~、解っちゃいますか~?」

「なんとなくだけどね。主に何のおかげなの?」

「あーその・・ギンバイしなくなって間食が減ったからです・・」

「朝の運動じゃないんだ」

「食料庫に台車とトロッコ列車使ってゴトゴト運ぶくらい大した事無いですからね」

「そうか」

「・・なんですか提督?」

「いやその、私も最近制服がだね・・」

「しょうがないからおやつ没収してあげましょうか?」

「物凄く目が輝いてて嬉しそうな所悪いけど、きっと太るよ?」

「げっ・・やっぱりいらないです」

「でもさ、遊びにも行けないし、日がな一日仕事だとさ・・」

「つい食べちゃうんですよね」

「うん。皆の甘味を制限しないようにしてるのもそういう理由だよ」

「ここは物凄く規制は緩いと思いますよ?」

「自分がこのザマだからねえ・・食べる?」

提督はフライビーンズの袋を取り出した。

「あっ・・それ、凶悪なお菓子ですよ?」

提督はコリコリと豆を食べながら言った。

「そうなんだよね・・そら豆を揚げて塩振っただけなのに旨くて手が止まらなくて・・」

「しかも、隣で食べてるのを見てると食べたくなるし・・」

ひょいと出された赤城の手に豆を乗せながら、提督は次の豆を口に放り込んだ。

「気づいたら1袋消えてるんだよね」

再び出された赤城の手に豆を乗せながら提督は言った。

「一度食べ始めると無くなると買っちゃいますし」

赤城は乗せられた豆を噛みつつ手を出した。

「そうそう。際限なく食べちゃって」

「そして腹回りに溜まるという訳だね」

提督は自身の言葉にハッとした。

二人はそっと手についた塩を払うと、提督は袋を仕舞った。

「危ない危ない。なんでこう駄菓子って旨いんだろうね?」

「健康に悪い物ほど美味しいですよね」

「まったくだよ。ジャンクフードもそういう所あるよね」

「無性に安いハンバーガーとコーラが食べたくなるとか、ですか?」

「私はフライドチキンかな。3ピース位食いたくなる」

「ホットドッグの屋台を見るとふらっと迷いそうですし」

「ふらっと迷うなら焼きもろこしは外せないよ?」

「出来立てのお肉屋さんのコロッケの匂いとか凶悪過ぎますよね」

「凶悪さ加減なら出店の焼きそばの香りも捨てがたいぞ?」

「中華料理屋さんの換気扇の周囲とか」

「焼き鳥店の煙とかな」

「あぁ止めてください、お腹が空いてきます」

「カレーもそういう所あるけど、ここでは週1で出るからね」

「そういえば、おやつどころか食に関しての規制というか制約ってないですね」

「通販でのお取り寄せも自由にさせてるしね・・そうだよ赤城さん」

「はい?」

「なんでギンバイしたのさ?加賀みたいにお取り寄せすりゃ良かったじゃない」

「あれは・・」

赤城はふっと笑うと

「達成感が欲しかったんですよ。セキュリティを掻い潜って手に入れるっていう」

「そういう事か」

「工廠長は意外と、私のそういう所も解ってたんだと思いますよ」

「ふーむ」

「だからあんまりキツくないシステムにしてくれてたんだと思います」

「いや、それならギンバイを許すより、元々力を持て余してる方を何とかすべきだったよ」

「そうですね。今の方が毎日楽しいですし」

「そういやこれで特命事項も終わっちゃうねえ」

「若干残ってますけど、時間の問題ですね」

「んー」

提督は腕組みをしていたが

「行くか、旅行」

「はい?」

「勿論長門には許可取ってさ」

赤城はジト目になった。

「大本営の作戦を忙しいと言って蹴り飛ばした直後に遊びに出かけるんですか?」

「あれはさ、そこにある通り中止になったじゃない」

「次の作戦が来た時に先日遊んでたじゃないと言われちゃいますよ?」

「だってさ、もうほんとこの景色ばっかり見てるから飽きたんだもん」

「だもんじゃないです。それに先日長門さんと遊びに行ったばかりじゃないですか」

「うー、数カ月働いて数時間の外出のみって結構切ないよ」

「週に1日は休暇がある筈では?」

「書類溜めると悲惨だからせいぜい半休だね。長風呂入って寝たら終わり」

「休み明けに流れ作業すりゃ良いじゃないですか」

「あれ結構体力使うんだよ?毎週なんて出来ない。もう若くないよ」

「じゃあ出かけるなら先に寝ないとダメなんですか?」

「むしろ後かな。出かけた後に丸1日寝たい」

「本当におじさんですね」

「地上組に挨拶に行くとか絶好の用事だったんだけどなあ」

「どういう日程ですか?」

「朝行って挨拶して、昼間ちょっと観光して、美味しい晩ご飯食べてゆっくり寝る」

「別に鎮守府で鳳翔さんのディナー食べてれば良いじゃないですか」

「景色が違うんだよ赤城さん・・・」

机に突っ伏す提督に赤城は肩をすくめると、

「ま、以前のように脱走もしてないから発散したいお気持ちは解りますけど」

「なんか用事ないかなあ」

「外に出かける用事ですか?」

「そう。もう明らかに公務って感じのでさ」

「遠征でも行ってきたらどうですか?艦娘に混じって竹セット持って」

「いっそそれでも良いか。バケツ20杯くらい持って生成速度記録に挑戦してくるかな」

「本気にしないでください。生成場所占拠したら他の鎮守府からクレーム来ます」

「生成場所の近くを掘って、もう1つ生成場所作っちゃうとかさ」

「井戸が枯れたら文字通り袋叩きにされますよ?」

「あれもどうして修復剤になるのか解ってないよね」

「成分不明、効果のメカニズム不明、でも早く直るから使ってる、ですものね」

「その辺夕張さんに耳打ちしたら喰いつくかなあ」

「喰いつくでしょうけど、邪魔すんなって三隈さんか最上さんが夜中にやって来そうですよ?」

「ルイジ・フランキとかシカゴタイプライターとか構えてね」

「スーツ着て葉巻咥えてんですか?」

「そうそう。サングラスとかかけててさ」

「禁酒法時代のギャングじゃないですか」

「あの二人似合いそうだよね」

「似合いそうですけど、出会った時が命日になりますよ?」

「ま、そういうのはともかくとして・・」

「書類、溜まってますよ」

「うん、先にやっちゃおうか」

「龍田さん、怖いですしね」

提督と赤城は目を合わせると、へへっと力なく笑いあった。

 

 



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長門の場合(72)

 

赤城と提督がかけあい漫才をしている時。

提督室のドアの前では文月と長門が肩をすくめて立っていた。

「どうやら、お父さんの良からぬ虫は動かなさそうですね」

「あぁ。非常線を張らずに済みそうだ」

何故二人がここに居たか。

提督室には青葉達がコンクリマイクを仕掛けているが、その電波を事務方でも傍受している。

理由はただ一つ。提督が脱出を企てないか監視しているのである。

そういう話が出ると文月を通じて長門に緊急通報が入る。

実行に移される可能性が出てくれば艦娘達に非常線を張るよう長門から命令が下される。

その時、報酬付きの捕縛命令も出せるよう、文月は日頃から懸賞金を積み立てている。

提督の脱走に辟易していた文月と長門の思惑が合致した結果の対策といえる。

安堵の溜息を吐きつつ、長門は目線を下げてぽつりと言った。

「ただ、提督自身が休暇を取っていないのは確かだな・・」

文月も頷いた。

「大鳳さん達に休めと言ってましたけど、一番休んでないのはお父さんです」

「骨休め、させてやるか」

「えっ?」

「もうだいぶ、小浜関連も落ち着いて来ただろう?」

「そうですね。大体変動データも揃いましたし、順調です」

「トラブルの類は?」

「一切無いですね」

「小さい物も?」

「本当に無いです。拍子抜けする位」

「ふーむ」

提督ならどう判断するか。聞いてみるのも手か。

「よし、文月。本人に聞いてみるか」

「お父さんに、何を聞くんですか?」

「状況を振り返ってもらい、そろそろ休まないかと水を向けてはどうだろう?」

文月は首を振った。

「心配だから止めとくよって言うと思います。言い回しは別として」

「うーん、いかにもだな・・」

「とりあえず、引き上げましょうか」

「そうだな。皆に聞いてみるか」

 

翌日。

 

「・・と、いう訳なのだが、皆の状況はどうだ?」

夕食前に早めに集まって欲しいと皆に連絡した長門は、経緯を説明していた。

その手には先日赤城が整備したばかりの専従班リストがあった。

「教育班は勧誘船が来なくなった分、実は余裕があるのよね」

口火を切った足柄が肩をすくめた。

「往復船で来る子達にその分手厚く指導出来るけど、余裕なのは確かよ」

那智が頷いた。

「だから、基地からの受け入れ枠を増やすかと相談しようとしていたのだ」

妙高が継いだ。

「新しい訓練内容を検討する程には余裕がありますし、心配はありませんよ」

高雄が苦笑した。

「うちは休日を除いて計画通りの負担量ですね。今は少し忙しいですけど」

長門が訊ねた。

「それは続きそうなのか?可能なら、教育方から支援させようか?」

長良が答えた。

「教育事務方から1人くらい出せるよ?あたし行こうか?」

名取と由良が頷いた。

愛宕が首を傾げた。

「班当番の皆さんの方を手伝う部分でちょっと忙しいだけですからね・・」

摩耶、蒼龍、飛龍と話していた鳥海が継いだ。

「予想よりは負担も少ないです。ただ、班当番の手伝いをしてもらえると助かるかな」

長門が訊ねた。

「班の皆で、高雄達に助力を頼みたい者はどれくらい居る?」

呼びかけに対し、パラパラと手が挙がったので、長門は更に訊ねた。

「それは長良に頼む事でも良さそうか?」

手をあげながら木曾が訊ねた。

「配り方は理解したんだが、メニュー決めや調理法で迷う事がある」

「長良はそういう所はどうだ?」

長門から話を振られた長良はゲッと言う顔になり、

「ごめん。料理に詳しい訳じゃないから相談されても無理」

やり取りを聞いていた蒼龍が応じた。

「それなら私がその対応をして、長良さんに輸送関係を手伝ってもらえます?」

長門が蒼龍に訊ねた。

「今は蒼龍が輸送監督をしているのか?」

「ええ。高雄さん達で調理、配布、それに班当番の支援、私達が輸送と陳列、後は掃除です」

長良がニッと笑った。

「掃除とか物を運ぶのは教育事務方でもやってるから大丈夫!」

飛龍が頷いた。

「陳列はあたしが対応すれば良いから、輸送と掃除手伝ってくれたら嬉しいな」

長門は関係者が頷くのを見てから答えた。

「よし、では班当番支援を蒼龍に頼む」

「解りました。皆、遠慮なく相談してね」

「これで高雄達は調理と配布に専念できるな」

「助かります」

「飛龍と長良が輸送、陳列、清掃だな」

「任せといて!」

「よろしくね、長良ちゃん」

「教育、菓子の方はこれで・・あ、潮と間宮はどうだ?」

潮はニコニコして頷いた。

「忙しいは忙しいですけど、休みはちゃんと取れますし、なにより楽しいんです」

「新しい厨房はどうだ?」

「広くて綺麗で良いですよ。間宮さんの所とも近いですし」

間宮が頷いた。

「潮さんが毎日手伝ってくれるので、こちらも順調です。問題ありません」

「では、困ってる事は無いのか?」

「はい。あ、もうすぐ冬の新作を提供しますので楽しみにしててくださいね!」

潮の一言に、皆からわあっという歓声が上がった。

長門は鳳翔を見た。

「鳳翔の方は困ってる事は無いか?」

「そうですね。材料費が上がってますけど、白星食品さんのおかげで何とかなってます」

「営業時間や客の捌きとかでも困ってる事は無いか?」

鳳翔は高雄や足柄をちらりと見てくすっと笑うと

「最近は酔い潰れる人も居ませんし」

「・・そうか」

長門は頬を染めて俯く高雄や足柄を見た後、その隣にいた最上達を見た。

「今一番忙しいだろうが、最上達は休めているか?」

三隈が苦笑した。

「最上さんが昼夜逆転しないように毎日頑張ってますわ」

最上が頬を染めた。

「どうしても、後ちょっとって思って夜更かししちゃうね。ごめんね三隈」

「いえいえ」

島風はにひひんと笑った。

「その点夕張ちゃんを起こすのは簡単だもんね~」

夕張がジト目になった。

「あの起こし方以外にないの~?」

長門が首を傾げた。

「そんなに変わった方法なのか?」

夕張が口を尖らせた。

「ベッドから落とされるんですよ・・」

島風がにっと笑った。

「幾ら呼んでもくすぐっても起きないんだもん」

長門が眉をひそめた。

「疲れが溜まってるのか?無理に夜更かししていないだろうな?」

夕張がギクリとした様子でへらりと笑った。

「え、えへへへへ・・」

「お前は以前、本当に倒れるまで無理をした事があるからな」

「あー・・ありましたね」

島風がジト目になった。

「ありましたねじゃないよー、もー」

長門が島風の言葉に頷きながら続けた。

「途中で破綻されては希望が途絶える。長丁場だし、すまないが体調管理優先でな」

「そうですね・・解りました」

「僕も気を付けるよ」

三隈がくすくす笑った。

「御夜食で太るといけませんしね」

「ひうっ!?どうして気付いたの三隈!?見た目で解るのかい!?」

「体重計の上で長い事思案されていれば誰でも解りますよ」

「うぅぅ・・あっという間に2kgも太ったんだよ~」

島風が夕張を向いて言った。

「そういえば夕張ちゃんは研究に専念してるのに、まだ太んないね」

夕張が嫌そうな目で見返した。

「まだってどういう事よ・・確かに過去はそういう事あったけど・・」

島風はポンと手を打った。

「そっか、まだ羊羹一気食いしてないからか!」

「なっ!しっ!しーーーっ!」

最上がジト目で聞いた。

「あの煉瓦のような大きさの羊羹を一気に食べたのかい?」

「凄いんだよー、晩御飯食べ損ねたーって言って、ムシャムシャと・・」

「やっ!やめてよバラさないで!」

「夕張、夜に羊羹1本なんて太るに決まってるじゃないか・・」

間宮が両手を腰に当てた。

「栄養バランスも無茶苦茶ですよ。ちゃんとご飯食べに来てください!」

島風が笑いながら答えた。

「今回は大丈夫!島風が夕張ちゃんの分のご飯を部屋に運んでるから!」

長門がジト目になった。

「そこまでしてるのか?」

「だって放っておくとずーっと図面引いてるか調べものしてるし」

「食堂まででも歩いた方が気分転換になるのではないか?」

「呼んだら「良い所だから!良い所だから!」しか言わないんだもん」

夕張は頭を掻いた。

「なんか食事時間になると頭が冴えて色々思いついたりするんだもん」

「だから二人でご飯食べてるんだよー」

「ねー」

仲良く声を揃える二人に、長門は小さく溜息を吐きながら

「ねー、じゃなくてだな、それでは島風が大変ではないか」

と言った。

 

 



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長門の場合(73)

長門の言葉に島風はきょとんとして答えた。

「今はご飯以外も、掃除とか、洗濯物を出すのとかも全部島風がやってるよ?」

三隈が目を見開いた。

「ぜ、全部ですか?最上さんは片付けてくれたりお掃除は手伝ってくれますよ?」

夕張はえへへと笑った後、長門が放つ殺気にびくりとなった。

「夕張・・・」

「ひっ!」

「島風に任せたのはブレーキ役であって、メイド役ではないぞ」

「あ、あのその」

「完璧な真艦娘になれとは言わぬが、あまりに怠惰なようであれば・・・」

夕張はごくりと唾を飲み込んで、長門の次の言葉を待った。

「・・摩耶と島風を交代させるぞ」

夕張がしゃきんと立ち上がった。

「以後迷惑をかけないよう気をつけます!」

だが、時既に遅しだった。

摩耶が長門以上の殺気を放ちつつ、ゆらりと立ち上がった。

「専従になって大変だっつーから朝のマラソン解除した途端にその体たらくかよ・・」

「ひいいいいっ!?」

「・・0530時」

「はい?」

「朝食直前までマラソンやる。0530時に運動場集合」

ショックで言葉も無い夕張を横目に、摩耶は島風にも言った。

「島風も集合な」

「巻き添えなの!?」

「いや。島風は見学で良いけどよ。朝起こして引っ張って来てくれ」

ほっとしつつ島風は答えた。

「それなら大丈夫!」

あっという間に包囲網が敷かれた夕張は

「天国が・・あたしの天国が・・」

と、机にのの字を描いていた。

「残念だったね夕張ちゃん!」

「良い事は続かないわー」

長門は溜息を吐きながら摩耶を見た。

「摩耶、すまないが必要なようだ。頼めるか?」

「おう。ちょっとまともになったと思ったらこれだよ、まったく!」

「三隈の方は支援は要らぬか?」

三隈は頷いた。

「ええ。最上さんは平常運航ですし、ハンドリング出来てます」

「困ったら相談するんだぞ」

「かしこまりました」

「うむ、それでは続けるぞ。事務方はどうだ?」

不知火が答えた。

「いつも通りの忙しさですね。新たな案件も一通り軌道に乗りましたし」

「仕事量は増えてないか?」

「経理方に仕事を渡した分だけ新しいのを受け取ったという感じでしょうか」

「破綻はしてないな?提督は特に文月と不知火を気にかけているが」

「ご安心ください」

「よし。では経理方はどうだ?」

白雪が頬杖をついた。

「事務方から引き継いだ仕事が追加されましたけど、まぁ3人で回せますよ」

「そうか。祥鳳が抜けたままなのだな」

白雪は祥鳳を見てにこりと笑った。

「抜けたままというか、大鳳組に異動したと認識してますよ」

祥鳳は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

「すみません。ちょっと行って帰ってくる予定だったのですが」

「あれだけ人気なら仕方ありません。無理は禁物ですよ」

「ふむ。広報はどうだ?」

青葉が目を輝かせた。

「記者が全く足りません!ぜひ増員をお願いします!」

長門が反論する前に衣笠が手を振った。

「広報班は可もなく不可も無く。今後も二人で充分です」

「そうか。解った」

青葉はさっさと話を終わらせた衣笠に噛みついた。

「衣笠!せっかくのチャンスだというのに!」

「長門さんはソロル新報はどうだとは聞いてないでしょ」

「そこをうまく丸め込んでですね」

「そもそも、広報の仕事に穴開けるようだったらソロル新報休めば良いでしょ」

「逆じゃないんですか!?」

「逆な訳無いでしょ!つまらない冗談言うなら、あの原稿没にするからね!」

「それは勘弁してください」

長門はうんうんと頷いた。青葉のブレーキは衣笠しかいないな。

「よし、では大鳳組は・・・あぁ」

青くなって震えている大鳳と隣ににこやかに座る扶桑を見て思い出した。

提督から保護観察処分を受けていたっけ。

「じゃあ扶桑、状況を教えてくれるか?」

扶桑はこくりと頷いた。

「まずは実施時間を0900時から1200時と、1300時から1830時としました」

長門が訊ねた。

「普通だと思うのだが・・今までは?」

「朝食開始直後からきりの良い所まで、昼食後から夕食終了ギリギリまで、でしたわね」

大鳳が頷いたのを見て、長門は手を額に当てた。

「・・昼食時間以外ぶっ続けで15時間だと・・無茶苦茶だな・・」

大鳳が弱々しく補足した。

「2班・・交代制・・なんですけどね・・あ、すいません」

扶桑は大鳳から視線を戻すと軽く溜息を吐き、さらに続けた。

「後、仮想演習を1試合終える毎に15分の休憩を挟むようにしました」

「あまり聞きたくないが、今までは?」

「天龍さんか龍田さんがトイレタイムというまでぶっ通しですわ」

「やっぱりな・・」

伊168が肩をすくめた。

「今は天龍組に来る子が少ないから良いけど、実質半日になっちゃってるわね」

長門が頷いた。

「天龍自身はどうなんだ?」

天龍は龍田と顔を見合わせると苦笑した。

「正直しんどいと思う時は多いけどさ、到底断れる雰囲気じゃねぇしな」

「そうよね~」

「龍田は審判やりながら自分の仕事してるよな」

「午前中だけじゃ終わらないし、夜中にやるのもね~」

長門は扶桑を見た。

「午後は龍田一人でやっているのだろう?もう少し減らせないのか?」

扶桑は頷いた。

「はい。次は開催曜日を1日おきにするつもりです」

場内がざわめいた。

 

長門が手をあげて制し、扶桑に訊ねた。

「月水金のみとか、そういう事か?」

「そうです。午前午後共に3時間ずつにする事も考えたのですが」

途端にざわめきが大きくなったので、扶桑は肩をすくめると

「こういう状況なので、まだ曜日制限の方が良いかと思いまして」

大鳳が複雑な表情をした。

「開催日制になったら、そうじゃない日はどうしようかなあ・・」

赤城が肩をすくめながら口を開いた。

「それこそ、ネタを考える時間にしたら良いんじゃない?」

「・・そうか。戦ってないんですものね」

山城がニコニコして大鳳を見た。

「扶桑姉様はそういう所もちゃんとお考えになってるんですよ」

「1日おきなら振り返る時間に使うのも良いわね」

扶桑が皆を見回しながら言った。

「皆さんも追いつきたいというより、楽しいから演習なさっているのでしょう?」

頷く様子を確認した後、

「それなら大鳳さん達が長く続けられるように、協力して頂けませんか?」

扶桑の声にしょうがないよねという声が占める中、大鳳がぽつりと言った。

「あと19Lvかぁ」

赤城はジト目になった。

「やっぱりLv早く上げたいんじゃないの?」

大鳳は顔を真っ赤にした。

「あ、あうぅ」

長門が諭すような目で言った。

「このまま行けば間違いなくLv99になるのだから、無理して体を壊すな」

「はぃ・・」

「では扶桑、すまないが曜日制限の方も頼む」

「しばらくは様子を見ますが、一応それで対策は完了にするつもりです」

「解った。秘書艦当番の時に提督に報告しておいてくれないか?」

「ええ。そのようにいたします」

「古鷹、加古はどうだ?」

寝入っている加古を揺すりながら古鷹は答えた。

「問題ありませんよ。最上さん達から往復船と避難船のメンテを受注したくらいで」

「それは手に余る事は無いのか?」

加古がむくりと起き上がりながら言った。

「点検のペースは月1回だし、重整備が必要なほど痛む使い方してないからね」

「そうか。いざとなれば助っ人を回すから相談するといい」

「ありがとうございます」

「では睦月、そっちはどうだ?」

「ゆったりペースですし、仕事量も丁度良くて快適ですにゃーん」

「そうか。東雲共々困った事は無いか?」

「はい。夕張さんが導入してくれた電子カルテのおかげで書類の山も消えましたし」

「ふむ、夕張、さすがだな」

夕張がむふんと笑った。

「頑張っちゃいましたからね!」

「よし。では白星食品の方はどうだ?」

浜風が答えた。

「深海棲艦による警護が功を奏しており、危機は脱しました」

ビスマルクが継いだ。

「損失としては問題無い程度の額で収まったし、今はほぼ平常通りよ」

「浮砲台組に不穏な動きは無いか?困っている事は無いか?」

「大丈夫。向こうはうち以上に統制が取れてるし適切に動いてくれてるわ」

「よし。では陸奥の方はどうだ?」

陸奥は頷きながら答えた。

「特に問題無いわ。強いて言えば大粒になる原石が減ってきたわね」

弥生が頷いた。

「大粒のストックは・・来月、オークションに放出します。必要な方は、お早めに」

ざわめきを縫って長門が言った。

「よし、日向達には別途確認するか。専従班はそれで良いとして、他に困ってる者は居ないか?」

長門は見回したが、特に手を挙げる者は居なかった。

 

 



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長門の場合(74)

長門は専従班以外の面々を見渡し、目があった球磨に訊ねた。

「遠征とかでも困ってる事は無いか?」

「んー、強いて言えば飽きてきたクマ」

「まぁ、新しさを求めてするものじゃないからな・・」

「それくらいだクマ。バケツは竹セットのおかげで結構上手く行ってるクマ」

「響達が見つけた方法だったな」

「クマー」

「ふむ。では皆の方はこれで良いとして、次の話題に入る」

「提督の骨休めかクマー?」

「そうだ。誰か良い方法を思いつかぬか?」

天龍が口を開いた。

「提督ってさ、折に触れてはなんだかんだって奢ってくれるよな」

睦月が頷いた。

「この前もお疲れ様会を開いてくれましたにゃー」

天龍は頷いて続けた。

「でもさ、俺達が奢るって事、無いよな」

皆が思い出そうとしたので、一瞬会場がシーンと静まり返った。

「・・そういえば」

「ないわね」

「うん、あたしも記憶にない」

涼風が言った。

「それならさ、あたいらでなんか贈るってのはどう?」

五月雨が応じた。

「プレゼントとかって事?」

伊19が微笑んだ。

「皆で、ケーキ作るのも良いのね」

「料理作れる子も増えたし、持ち寄って祭りにするってのも良くないか~い?」

ふむと長門は考えた。

「そこまでは良い。だが、もう少し工夫したいな」

妙高が口を開いた。

「こちら以外の景色を見るのが気分転換になると仰ったんですよね」

「そうだ」

「教育方で少し考えていたのが、無人島でのオリエンテーリングなんです」

「ほう」

「あらかじめ危険の無い島を選んで、地図だけを頼りにゴールまで行くんです」

「オリエンテーリングをするのか?」

「いえ、その島で、皆で持ち寄った物でパーティをしてはどうかと思いまして」

赤城が頷いた。

「それなら提督も違う景色が見られますね」

「島はここから遠いのか?」

「低速型の方でも3時間あれば着けるかと」

「よし。他に案は無いか?」

皆が頷いたのを見て、長門は黒板に書き始めた。

「では、島で提督を祝う席を設ける為、何をするか、そして役割を決めていくぞ」

長門は意見を捌きながら思った。

提督よ、皆が一丸となって提督の為に動いているぞ。

この鎮守府に着任した時もそうであったが、規模が大きくなっても変わらない。

それは提督のやってきた事が正しいという事の証明だ。

楽しみにしていてくれ。

 

準備を始めてから数日後の朝。

長門が巡回で小浜に差し掛かった時、ル級から声をかけられた。

「長門、オーハヨーダヨー」

「うむ、おはよう。どうした?なにかあったか?」

「聞イタヨー、提督ノ祝賀会ヤルンダッテ?」

「・・どこから聞いた?」

「昨日ノ夕方、ココデダンスノ練習シテル子ガ居タカラ聞イタンダヨー」

長門は苦笑した。ダンスと言えば1人しかいない。

「舞風か?しょうがないな」

「提督ニハ内緒ナノ?」

「そうだ。骨休めをしてもらおうと思ってな」

「私達モナンカヤリタイナー、混ザッテ良イ?」

「祝ってくれるのか?」

「提督ニハ本当ニオ世話ニナッテルシー」

「そうか」

「ソレニ、私達ガ居タラ島ヲDMZニ出来ルヨー」

「なるほどな。皆武装はしていくが、最初から戦闘なぞ無い方が良い」

「・・良イカナー?」

「提督には内緒だぞ。秘密を守れるか?」

「頑張ルヨー」

「良いだろう。ではどういう形で参加する?」

「エエトネー」

その後、長門は朝食ギリギリまで小浜で話しこんでいた。

 

「・・ほう、教育班のオリエンテーリングに無人島ねえ」

提督は長門と妙高が提案した話を聞きながら、提示された資料を見ていた。

「良いね。鎮守府内オリエンテーリングだけだとちょっとマンネリ感があったからね」

「外洋で海図だけを頼りに航行する訓練にもなりますし」

「そうだね。いきなり外洋遠征じゃ可哀想だよね」

「という訳で、如何でしょうか」

「うーん、まぁ良いんだけど」

「はい」

「その島は安全なのかな?」

妙高はニコッと笑って頷いた。

「ええ、その辺は確認しています」

だが提督は、もじもじしながらこう言った。

「あーその、島を実際に歩いてみなくても、その、良いかなって、な」

提督が視察に乗り気だと見た長門は満を持して言った。

「そこなのだが、やはり視察は必要だと思う」

「うんうん、そうだよねそうだよね」

「提督の予定を見たが、明日と明後日は締切もないし、視察に出る時間もあろう」

「私も今朝気付いたがぽっかり空いてるね。まぁ大本営も休みたい人が多いのだろう」

もちろん事務方が調整を重ねて作り出した空白の2日間である。

「少し距離もあるし、折角だから泊りがけで行くのはどうだ?」

「泊まれるの?」

「テントでキャンプでも良かろう」

妙高が頷いた。

「毒のある生物は居ませんし、キャンプしても安全です」

「ほぅ、キャンプか。花火は毎年やってるけどキャンプは久しくしてないね」

「そうだな」

「うん・・予定もないね。なら視察に行こうよ。同行は長門と妙高の2人かな?」

「その予定だ」

提督はふふっと笑った。

「ん、よし。じゃあ明日を楽しみに今日を頑張るかね」

秘書艦の加賀が頷いた。

「仕事を残さぬよう、今日中に3日分きっちりやってしまいましょう」

「ん、ん、そうしよう。加賀、よろしく頼むよ」

「お任せください」

嬉しそうに微笑む提督を前に、長門達はそっと目配せをした。

 

翌朝。

 

「随分早くから出発するんだね。そんなに遠いのかい?」

「一応、全ての時間帯をご覧頂いた方が良いかと」

「そりゃそうだけど・・まだ日の出前だよ?」

「朝ご飯はあの舟に積んでおきましたので」

「は、早いね。まあ良いけどさ」

「舟は私が引っ張る」

「長門の曳航なら安心だね。よろしく頼むよ」

「じゃ、早速入ってくれ」

「慌しいね。まだ目が覚めきってないよ。ふわわわ・・」

提督をぐいぐいと曳航用の舟に押し込むと、長門と妙高は急いで出航した。

鎮守府の島全体が見える程の沖合いに出たところで、長門は海中に合図を送った。

すると、舟の死角となる位置にル級を始めとする数体の深海棲艦が浮上した。

無論、舟に仕掛けたDMZが本物であるという事を示し、無用な戦いを避ける為である。

なぜこのように朝早く出たか。

1つは艦娘達が既に誰も居ない事を提督に気付かれない為である。

食堂が開いておらず、人の声がしなくてもおかしくないのは夜明け頃しかない。

更に、提督がまだ寝惚けていれば判断力も鈍るし、深海棲艦の護衛も見つかりにくい。

「小さな船なのに全然揺れないね。動いてるのかなあ?」

提督は曳航される舟の中で、そっと障子窓を開けた。

窓ガラスの先の空は、出航前は濃紺色だったのに、いつの間にか朱色に染まっている。

「おぉ、暁の水平線か。そういえば海上からの眺めは久しく見てないなぁ」

提督が外を気にする時間、太陽との位置関係、窓から見える周囲の風景。

それらを事務方が全て厳密に計算して航路を決めていた。

更には前の日の晩、扶桑と山城が晴天祈願まで行う念の入れようである。

日がすっかり登るまでうっとりと眺めていた提督は、そっと朝食の蓋を開けた。

朝食は焼き鮭、海苔、ほうれん草のおひたし、それに大根おろしであった。

「ほうほう」

提督は目を細めた。全て好物で揃っていたからだ。

「今日は良い事あるかもね」

味噌汁の蓋を開け、お櫃からご飯をよそいながら提督は鼻歌を歌っていた。

長門達の一行は島を目指して静かに航行していった。

 

 



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長門の場合(75)

長門達の一行は1030時過ぎに島に到着した。

時間がかかったのは舟を揺らさないよう速度を落として進んだ為である。

 

波打ち際に敷設されていた杭に舟から伸ばしたロープを結わえると、提督は空を見た。

「んー、同じ海に囲まれた島でも空気が違うね。海の色もっ!」

提督がぎゅっと伸びをしながら言った言葉に対し、妙高が頷いた。

「海面に出ている島は小さいですが、かなり先まで遠浅なんです」

提督は海水をすくいながら言った。

「なるほど、浅いね。透明度は鎮守府の辺りと変わらないのかなあ」

「ええ。鎮守府の方も、かなり透き通った水色ですからね」

「いやー、今日のように天気が良ければ気分転換にもなると思う。これは良いよ!実に良い!」

何度も深呼吸する提督を見て、長門達はくすっと笑った。

気に入ってもらえたようで良かった。

 

「オリエンテーリングでは、こういった地図を渡します」

妙高から手渡された地図を見て、提督は頷いた。

「なるほど。白地図に近いんだね」

「ええ。あえて地形とチェックポイントだけにして、木々は書いてありません」

提督は地図と照らし合わせながら島の奥を見た。

「結構木々が生い茂ってるから、地形だけの地図とは違和感があるね」

「もちろん、そこが狙いです」

「そうだね。海図と実際の海域でのギャップも結構あるからね」

「ええ」

「色々自分達で書き込んで、図面と現実の差を理解する、か」

「仰るとおりです」

「良い勉強になりそうだね。さすが妙高だ」

妙高はくすっと笑って続けた。

「それでは、一部のチェックポイントまで、実際に歩いてみたいと思います」

そういって斜面を登り始める妙高に、少し離れてついていきながら提督は言った。

「おぉ、日頃の運動不足が露呈しそうだね」

長門が苦笑した。

「基礎体力訓練に参加しておけば良かったな、提督」

「朝は射撃訓練してるし、それに」

「なんだ?」

「皆との体力差はいかんともしがたいよ」

「訓練に参加しても、人間は提督1人だからな」

「そういう事」

「だったら私と一緒に巡回するか?」

「眠いから遠慮す・・おっと」

言った後で口に手を当てた提督を見て、長門はジト目になった。

「それが本音ではないのか?」

提督はすすっと視線を逸らした。

「さぁ何のことかな?」

長門は小さく溜息をついた。

「まったく」

 

昼前に最初のチェックポイントへ着いた時、提督は既に上着を脱いで息を切らせていた。

妙高からここがチェックポイントだと聞いた提督は平らな岩に腰掛け、息をつきながら言った。

「斜面は険しくは無いけど、結構距離があるね」

妙高は肩をすくめた。

「旧鎮守府で私達がやっていた山岳踏破訓練、覚えておいでですか?」

「早朝にやってたやつだろ?」

「ええ。今であれの半周分くらいです」

提督は思い出すような仕草をした。

「ん?ええと・・あれって確か」

「1セット3周です」

「・・たしか2セットやってなかった?」

「私達重巡と軽空母、正規空母はそうですね」

長門は肩をすくめた。

「戦艦は3セットで、軽巡以下は1セットだな」

「よくやったね皆。しかも自主的にだもんね・・」

「あの時は艦娘の数も少なくて、Lvも低かったですし」

長門が継いだ。

「今ほど独自の戦法ではなく、大本営のマニュアルに従ってたからな」

提督は肩をすくめた。

「あぁ、訓練に制限無しってやつか」

長門は頷いた。

「そういう事だ。だから幾つも自主的な訓練メニューを作っていた」

「そんなにやって、疲労骨折とか怪我はしてなかったの?」

長門は苦笑しながら答えた。

「今だから言えるが、小破手前の負傷は日常的だったな」

提督がジト目になった。

「・・今はそういう事はしてないだろうね?」

「していない。基礎体力訓練も鎮守府内をランニングするくらいだ」

「ええと、それは皆には軽いって事?」

「ウォーミングアップ程度だな。軽く動いた方が頭は冴える」

「それなら良い。効率よくLvを上げていく方が戦力は目に見えて上がるからね。変な根性論は無用だよ」

妙高が提督を見た。

「では次のポイントに移動してよろしいでしょうか?」

提督が苦笑した。

「えっと・・ポイントは幾つだっけ?」

「全体では20箇所ですが、今回行くのは次で終わりです」

提督は深呼吸すると、立ち上がった。

「・・・よし、お手柔らかに頼みます」

 

「ほー」

「ここは、静かですね」

「結構な高さだが、風も穏やかで絶景だな」

提督達が2つ目のチェックポイントに着いたのは夕方だった。

丁度太陽が西の海に沈むのを高台から望む形になったのである。

「長門が朝引っ張ってくれた時も、朝焼けが綺麗に見えてね」

「そうか」

「うん。海上から見る日の出は久しぶりで、とても素敵だった。ここの眺めも良いね」

「我々はよく海原から日の出日没を見ているがな」

「そうだね。皆が頑張ってくれるからこそ今日がある。ありがたい事だよ」

妙高が振り返った。

「そういえば、提督が指輪を贈った方は人間に戻ると伺いましたけど」

提督が苦笑した。

「・・あれなぁ」

「なにか問題でも?」

「いやね、大本営の雷さんとその話題をした最後にね、雷さんがさ」

「はい」

「司令官の不老長寿化装置が出来たら真っ先に放り込んでやるって呟いたわけですよ」

妙高が目を見張った。

「そんな装置があるんですか?」

「開発中なんだってさ」

「・・うわぁ」

「いや、装置を作ってるのが881研究班って事を差し引いてもだね」

「えっ!?途端に胡散臭くなりますよ?その話、本当なんですか?」

「なにせ881研究班だもんね・・」

「数字をそのまま読んでヤバイ研って言われてるのに・・」

「やってる事からしてそう呼ばれる事にフォローしようがないんだよね」

「完成したとか言って体の良い人体実験されそうな予感がするんですけど・・」

「なんかされそうだよね・・雷さんのあの目はやる気満々だったし」

「で、でも、もし失敗して提督が居なくなったら鎮守府は立ち行かなくなりますよ・・」

「うーん・・なぁ長門」

「なんだ?」

「もし私が881研究班の実験で失敗しちゃったとか言われたら・・」

長門がさらっと言った。

「最上のICBMを大本営に全弾打ち込んだ後、北方棲姫と共に攻め上る」

「・・あー」

「あぁ、伊19もSLCMを幾つか持ってるから、あれも打ち込むだろうな」

提督は水筒からごくりと水を飲んだ。

恐らく、長門達は今言った通りやる。そんな気がする。

更に言えば、長門達がやらなくても北方棲姫は独自に動く気がする。

ル級達はどうだろう?ちょっと解らないけれど。

・・人体実験で召集されないよう、この事を先に中将殿に言っておくか?

いやいや、そんな事を言ったら国賊扱いされる。

やっぱり言わないでおこう。

考え込む提督の傍で、長門はふむと考えた。

あの881研究班なんかの実験台になぞさせるものか。

丁度今夜は全員揃うし、話をしてみるか。なんと言って切り出すかな。

不気味な沈黙を破ったのは妙高の一言だった。

「では、今夜の宿泊場所に移動しましょう」

提督が膝をさすりながら聞いた。

「あ、ええと、ここから遠いのかな?」

「いえ、先程分岐した小道を下れば5分もかからず着きます」

「助かったよ。お腹も空いたし、日も沈んで暗くなってきたからね」

「お昼食べ損ねちゃいましたね。すみません」

「いやいや、私が遅かったから仕方ないよ」

妙高は食べ損ねた、と言ったがもちろん計画の内である。

「では、参りましょうか」

「うん、長門、行こうか」

提督は考え込む長門の前に手を差し出した。

ようやく気づいた長門はその手を取り、にこりと微笑んだ。

 

 



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長門の場合(76)

「・・・おや?」

下る小道の最後の曲がり角に差し掛かったとき、提督は耳をそばだてた。

「どうしました?」

妙高が提督に振り返る。

「なぁ妙高、人の気配がする。ここは無人島じゃなかったのか?」

「無人島ですが、今夜は沢山居ますよ」

「どういう事だい?」

「ご心配なく。ご自身の目でお確かめを」

「おいおい、押さないでくれって」

ぐいぐいと妙高と長門に押し出された提督が曲がりきった途端。

パーン!パパーン!

クラッカーが何発も盛大に鳴り響いた後、提督に眩しい光が向けられた。

「うわっ!なんだなんだ!?」

手を顔の前にかざしつつ身構える提督に届いたのは、金剛の明るい声だった。

「イェース!テートクゥ!お腹空かせてきましたカー!?」

「・・へ?あ、あぁ」

「皆さーン!せーの!」

 

 「メリークリスマース!!」

 

大歓声と共に光が消え、提督がようやく見えた先には、

 

「提督と祝い隊!クリスマス会!」

 

という横断幕がかかり、それぞれのテーブルには沢山の料理やお菓子が並んでいた。

そして各テーブルには艦娘や深海棲艦達が並んで座り、割れんばかりの拍手をしていたのである。

提督はぽかんとした後、ふぅと小さく溜息をついた。

「見事にやられた・・妙高、長門、演技が上手くなったじゃないか」

「視察自体は本当の用事でしたからね」

そう言ってくすくす笑う妙高。

長門がしてやったりという満足気な顔で

「さ、旦那様の席はこっちだぞ」

というと、テーブルの1つに案内した。

 

「テートクも揃った所で、皆さーン、飲み物は行き渡りましたカー?」

「イェーイ!」

「お腹空きましたカー!?」

「イェース!」

「VeryGoodネー!ではパーティの始まりデース!」

「イェア!」

提督は皆と一緒にコーラのコップを高く掲げた後、長門に話しかけた。

「瞬く間にクリスマスパーティが料理の分捕り合戦になったね」

「まぁそういうものだ。皆も準備で腹ペコだろうしな」

「これは長門の発案なのかい?」

長門は肩をすくめた。

「最初に、提督に休みと気分転換をと提案したのは文月と私だが、後は皆の意思だ」

「そうか・・お、ありがとう文月」

提督に対し、長門と反対側にちょこんと座った文月は、提督に取り分けた料理を渡した。

「今日の料理は皆で作ったんですよ~」

「ほう。間宮さんと鳳翔さんの料理かと思ってたよ」

「今日は間宮さんや鳳翔さんも含めて、普段休んでない人の慰労会も兼ねてるんですよ~」

提督は頭をカリカリと掻いた。

「大鳳の事をとやかく言えないね」

「そうですよお父さん。ちゃんと休んでくださいね。事務方だって休日があるんですから」

「ほう。休みを計画的に取ってるんだ」

「ずっと前からですよ。皆で交代で休んでるんです」

「そっか。部下の健康を考えてるのか。文月は良い上司だね。偉い偉い」

「えへへへへ~」

だが、長門がにやっと笑った。

「とはいえ、文月が本当の意味で休めるようになったのは最近だがな」

「な、長門さん!」

「ありゃりゃ。部下の事ばかりで自分は休んでなかったのかい?」

「どうしても決済とか、判断しなきゃいけない事があると、つい・・」

「解る解る」

長門が頷いた。

「まさに似た者親子だな」

提督が苦笑した。

「違いない。かくいう長門も休日まで朝晩の巡回をしてるしな」

「そっ、それは・・あれだ」

文月もうんうんと頷いた。

「休日に頼まれたら休み返上で頑張っちゃってますし」

「んなっ!?」

提督と文月はニヤリと笑いながら長門を見て

「娘は親に似るからな、長門」

「お母さんと似てて良かったです」

長門が顔を真っ赤にして慌てた。

「おっ・・おおおおおお母さん!?」

その様子を見ていたル級がくすくす笑いながら言った。

「仲睦マジイ親子ガ居ルヨー、微笑マシイヨー」

「おぉル級さん。来てくれたんだね。ありがとう」

「コチラコソ、楽シイ宴ノ席ナンテ物凄ク久シブリダカラ、嬉シイヨー」

「深海棲艦の皆ではこういう事しないの?」

ル級は首を振った。

「ココダカラ辛ウジテ理解出来ルケド、他ノ海域デハ戦時中ダカラネー」

「一応ここもそうなんだよ?」

ル級はケーキを賭けた輪投げに熱狂する金剛達を見ながらジト目になった。

「深海棲艦ノ拠点ハ、モット殺伐トシテルヨー。戦時中ニハ到底見エナイネー」

「まぁ色々なやり方があるって事さね」

ル級は提督を見た。

「マァ確カニ、ウチノ海域ノ子達モ含メ、深海棲艦ノ数ハ減ッテルヨー」

「うん」

「デモ、ソレハ殺サレテ、再ビ恨ミナガラ沈ムノトハ訳ガ違ウカラネ」

「戻りたいと希望する子に、その道を示して、納得したら戻ってもらう、だからね」

ル級は大皿からサンドイッチを取りながら肩をすくめた。

「鎮守府ト、コンナ幸セナ関係デ居ラレル深海棲艦ハ本当ニココダケダヨー」

提督は頷いて言った。

「別に仲が良かろうと、任務をこなしてる以上は文句を言われる筋合いは無いからね」

ル級が笑った。

「艦娘ヤ人間ニ戻リタイ深海棲艦ハ沢山居ルカラネ。ソコニ気ヅイタ提督ノ勝チダヨー」

提督はフライドポテトをつまんだまま、寂しそうに言った。

「そうだね。幾人かから聞いたが、深海棲艦になった理由は聞くに堪えない」

「・・」

「なりたくてなった訳じゃない。周囲が、上が、酷すぎる」

ル級はちらりと提督を見て、ぎょっとなった。

「・・本当に・・可哀想だよ・・」

「提督・・私達ノ為ニ泣イテクレルノ?」

「うん。あ、いや、戻ってきた子達の話を思い出してしまってね。ごめん」

文月がそっとティッシュを提督に差し出した。

「ありがとう、文月」

ル級は肩をすくめた。

「提督ノ部下ナラ深海棲艦ニハナラナサソウダヨネー」

涙を拭いた提督は首を振った。

「いや、私は昔、差配を間違えてな。4人も沈ませてしまった事がある」

「ソウナノ?」

「ああ。その1人は深海棲艦になり、私が居た鎮守府を火の海にしたよ」

ル級が慌ててテーブルの下を覗き込んで、再び戻った。

「なんだい?」

「足、アルヨネ、提督」

「・・ああ、幽霊じゃないよ。その時私達は引っ越していたからね」

「ソウダッタンダ」

「でも、経緯を考えれば私を恨む気持ちは良く解るんだよ」

「ソノ深海棲艦ハドウナッタノ?マタ襲ッテクルノ?」

「いや、許してくれたし、今は艦娘に戻ってる。ほら、あの陸奥だよ」

「エ?アノ宝石工房ノ?」

「うん」

「今見ルトソウトハ思エナイネ・・ソレナラ良イケド」

「心配してくれるのかい?ありがとう」

ル級はにっと笑った。

「私達ニトッテモ大事ナ提督ダカラネ」

「そっか」

「私達ノ為ニ、色々シテクレルノハ世界デココダケデス。レ級達モ言ッテタヨー」

提督は苦笑した。

「食べ物って大事だなぁ。味の好みが合ってて良かったよ」

「違ウヨ。深海棲艦ダカラト差別シナイッテ事ニ、恩義ヲ感ジテルッテ事ダヨー」

「協力してくれるんだから、感謝こそすれど差別する理由が無いじゃない」

「デモ、他ノ鎮守府ハ見ツケタラ撃ッテクルヨ?」

提督は腕を組んだ。

「自戒も込めて言えばね、そこはやっぱり司令官の勉強不足というか、怠慢だと思うんだよね」

「怠慢?」

「軍の教育で、深海棲艦とは話し合いなんて出来ないって言われる訳だけどさ」

「・・ソッカ」

「でもさ、こうして鎮守府の近海にも普通に居るわけじゃない」

「ソウネ」

「だから司令官がその目で見て、5分10分話してみる気があれば解る。かくいう私もこっちに来て解ったわけだけどね」

ル級が苦笑した。

「イヤ、5分トイウカ、一言声ヲカケルノダッテ、大変ナ勇気ガ要ルト思ウヨ?」

「それこそ最初は一緒にご飯食べるとかさ、色々あるでしょ方法は」

「ソコマデ考エルノ・・提督クライダト思ウヨ?」

「そうかなー」

 

 



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長門の場合(77)

ル級はカ級と互いにコーラを注ぎあいながら、更に提督に訊ねた。

「ソウイエバ提督ハ、ドウヤッテ深海棲艦達ト話スヨウニナッタノ?」

「ん?聞きたい?」

「スッゴク」

「まぁ別に隠すような事じゃないけど」

「フンフン・・ア、コーラ美味シイ」

「ええとね、何年か前に島流しになってね」

ブフッ!

ル級が飲みかけのコーラを盛大に拭き出した。

「うわっ!ル級さんにティッシュ!それから雑巾!」

「はい!」

ル級は激しくむせ込みながら聞き返した。

「ゲホ!ゲッホゲッホゲホ・・ナンナンダソノ幕開ケハ」

「いや、本当の事だからさ」

「色々ナ意味デ、ハチャメチャダナ提督ハ」

「照れるなあ」

ル級はジト目になった。

「褒メテナイ。チットモ褒メテナイ。何デ島流シニサレタンダ?」

「艦娘を4人も沈ませちゃったって、言ったでしょ」

「アァ」

「その海域に二度と行きたくありませんて、ずっと進撃命令を拒否してたわけですよ」

ル級は更に眉をひそめた。

「ハ?」

「そしたら島流し~って言われた」

ル級は深く頷いた。

「・・妥当ダナ」

「え?うそ?酷くない!?」

「酷クナイ。デ?」

「それが丁度山田シュークリームの下にある岩場だったのさ」

「ウワー、何モ無イジャナイ。事実上ノ死刑宣告ダネー」

「でね、そこに黄昏てるヲ級が居たのよ」

「黄昏テルッテ何?」

「その子は兵装も艦載機も持たずに、岩場に座ってずっと海面を見ていたんだよ」

ル級は首を振った。

「ナニソノ状況。理解出来ナイ」

「話を聞いたら可哀想でねえ」

「ン?チョット待ッテ。ドウヤッテ話ヲ聞イタンダヨー?」

「どうやってって・・隣に座ってだよ?」

「1人デ近ヅイテイッタノ!?」

「だって武器持ってないって解ったし」

「持ッテナキャ行クノカ?!」

「だってもう周囲に縦線入りまくりの落ち込んだ雰囲気で体育座りしてるんだよ?」

ル級は突っ込み疲れて手を額に当てた。

なんか自分がおかしいみたいな話の流れになってるけど、あれ、そうだっけ?おかしいの私かなあ?

もうコーラ飲もう。そうしよう。

ル級は肩をすくめた。

「モウ良イヨ、解ッタヨー、ソレデ?」

「しばらく話を聞いてたら冷えてきたから、お茶でもどうって言ったのさ」

ブフッ!

ル級は涙ぐみながら鼻を手で押さえた。

「ハッ、鼻ニ入ッタヨー!」

「文月!ティッシュ!」

「はいお父さん!!」

「ほらル級、チーン!」

「良イヨ、自分デカメルヨ」

提督からティッシュを受け取った時、ル級は思った。

きっとそのヲ級も、こうやって激しく戸惑ったんだろうな、と。

それに・・

「文月、私はもう手持ちが無い。ティッシュまだあるかな?」

「探してきます!」

「すまんな文月!」

「任せてくださいお父さん!」

ル級は二人のやり取りを見ながら思った。

自分達で言った通り、この二人はまるで親子のようだ。

温かくて、楽しそうで、そして艦娘も深海棲艦も人間と全く区別しない提督。

だからこそ懐柔された・・

いや、自分から打ち明ける気になったのだろう。

落ちついたル級は提督に続きを促した。

「ソレデ、ソノヲ級ト茶ヲ飲ンデ、仲良クナッタノカ?」

「正確には、聞いた話を元に、元々居た鎮守府を一目見たいというから探したんだよ」

「ホウホウ。見ツケラレタノカ?」

「うん。そしたらそこでヲ級の元の同僚が解体されかかっててね」

「ナンデ?」

「ヲ級になった艦娘の帰りを待ち続けて出撃しなかったから」

ル級は頷いた。

そりゃ命令無視なんだから、解体されても仕方ない。

「ウンウン」

「酷いよね、その位で解体するなんてさ」

「ダヨネ・・エ?」

「えって何?」

「ソ、ソレ、解体サレテ当タリ前・・」

「あ、文月ありがと。仲間が行方不明になったら心配するじゃない」

「ハ、ハァ・・」

「だから私がその子を引き取ったのよ」

「今モ居ルノ?」

「ええとね、元ヲ級さんがあの蒼龍、同僚がその隣に居る飛龍だね」

ル級は目を見張った。

「毎日オ世話ニナッテル、甘味処ノ、オ二人ジャナイデスカ!?」

「そうだよ。蒼龍さんは料理も出来るし、気配りも出来る良い子だよ」

なんて変な人と艦娘が揃ってるんだろうとル級は一人思った。

類は友を呼ぶ。そう言いかけてル級は口を閉じた。

それでは自分までこの人達の同類って事になってしまうじゃないか。

いや、断じて違う。断じて私は染まってない!

「ル級さん、ちらし寿司食べないか~い?」

声の方を向くと、ル級の真横に寿司桶を持った涼風が立っていた。

「アタイが作った江戸前ちらし、美味しいよ~」

「ア、ジャア1ツクダサイ」

「はいよ毎度あり~♪」

受け取ったちらし寿司を見ながら、ル級は急にハッとすると、がくりと頭を垂れた。

きっと他の海域の深海棲艦が今の光景を見たら変だと言うだろう・・

あぁ、知らない間に毒されていたなんて・・

「ん?どうしたんだ?ル級さん」

同じくちらし寿司を受け取った提督はル級に声をかけた。

「モウ、ホント、参ッタヨー」

「何が?おっ!これ美味しいよ!涼風の寿司!食べてごらんよ!」

涼風が頬を染めた。

「アタイの寿司美味しいかい?」

「これは旨いね!シャリが良いし錦糸卵の切り方も上手。ネタも良い味付けだね!」

「もう1つ持ってけドロボー!」

「貰っとく貰っとく。ありがとー」

鼻歌を歌いながら上機嫌で涼風が去った後、顔を上げたル級は提督を見た。

もう毒喰らわば皿までだ。

「提督サン」

「はいよ」

「・・モシ、提督サンニ、艦娘ダロウガ深海棲艦ダロウガ襲イ掛カッテキタラネ」

「うん」

「私達、近海ノ深海棲艦ガ総出デ応戦スルヨー」

「ん、それは嬉しいけど、どうして?」

ル級はぷいと横を向いた。

「・・優シクシテクレタ、恩返シダヨー」

「そうか。ありがたいけど死んだらダメだよ。あと怪我したらすぐ言いなさい」

ル級はぐいんと提督に向き直った。

「・・エ?ナンデ?」

提督はもぐもぐと寿司を食べつつ言った。

「うちの鎮守府では深海棲艦の怪我も治せるからさ」

ル級は数秒間、ぽかんとしていたが、

「ハァァァアァァアアアアァ!?」

と、思わず声を上げてしまった。

 

「ん?なんかあった?」

声に驚いた提督はル級を見た。

ル級は中途半端に手を上げながら、おそるおそる聞いた。

「エ、アノ、艦娘化シテ治スッテ事ダヨネ?」

「いんや。深海棲艦のまま治せるよ」

ル級の顎がかくんと下がった。何言ってるのこの人?

「シ、深海・・棲艦・・エ?」

「いや、出来るんだってば。嘘じゃないよ」

ル級はショックが大きすぎて頭痛がしてきた。

この鎮守府と長い事付き合って、もう大概の事では驚かないと思ってたのに。

「ナ、ナンデ?」

「ええと、どこから説明しようかな・・元々建造妖精だった子が居てね」

「ハイ」

「勤め先の鎮守府が戦闘に巻き込まれて、その子は海に沈んじゃった」

「・・」

「でもその子はどんどん沈んでくる艦娘達を助けたかった」

「ハイ」

「どうやったら良いか解らずに途方に暮れてたら、レシピを贈られたそうだ」

「レシピ?」

「轟沈した艦娘を深海棲艦として蘇らせるレシピを、ね」

ル級は絶句した。

「その子はずっと、自分は治療してると信じて疑わなかった」

「・・」

「でも、沈む前の艦娘達の負の思いに左右されて、様々な深海棲艦になってしまう」

「・・」

「時には鬼姫にまでなってしまったそうだ」

「・・」

「私達はヲ級の件以来、深海棲艦から相談を受けるようになっていてね」

「・・」

「暴走する深海棲艦発生装置兼治癒装置があるが、何とか制御出来ないかって言われたんだ」

「ハァ」

そこで提督は、コップに入っていたウーロン茶をぐいと飲み干した。

 

 



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長門の場合(78)

提督は一息つくと、続きを話始めた。

「ええと、どこまで行ったっけ」

「制御装置ヲドウニカシテクレト頼マレタ」

「ああそうだ。その少し前に、ある鎮守府で虐待を受けてた艦娘を保護したんだよ」

ル級の顔が僅かに歪んだ。

「虐待・・」

「そう。その子は苦手だった装備開発を克服したくて、うちでずっと特訓を続けたんだ」

「フウン・・」

「そして開発装置の妖精と話が出来るまで鍛え上げたんだよ」

「ン?開発装置ニ妖精ナンテ居ルンデスカ?」

ル級は一段と頭痛が酷くなった気がした。

もう自分の中の大概の常識は通じなくなっている。

「うん。開発装置の妖精と話せるなら、もしかしてって事で、その子を会わせたのさ」

「ハイ」

「そしたら元建造妖精さんが発生装置から出てきたから、一緒に保護したってわけ」

「・・」

ル級はごくりとつばを飲み込み、ふと目に入った自分の太ももをつねった。

・・うん、痛い。

残念だけど夢じゃない。

「その妖精は艦娘を深海棲艦にするレシピを持っていた」

「ウン」

「その子は妖精と会話する事が出来るから、厳密に処置を指示する事が出来た」

「ハイ」

「だからその二人で、深海棲艦を艦娘に戻す方法をあみだしたって訳」

「!」

「ついでに、その妖精が居るから、傷ついた深海棲艦を治す事も出来るってわけだよ」

ル級は二日酔いのようにズキズキ痛む頭で必死に理解しようとした。

結論から考えるに、提督の言ってる事は本当の事なのだろう。

その経緯が無ければその結論に至る事はありえない。

だが、イチイチ全ての事象が普通の鎮守府ではありえない。

なぜならそんな案件にかまう司令官など居ないからだ。

更に言えば深海棲艦の間に伝わる常識に照らしてもかなりの部分で相違がある。

「エ、エト、ソノ子トソノ妖精サンハ・・」

提督は辺りを見回した後指差し、

「ほら、あそこにいる睦月と、その隣の妖精。東雲ちゃんて言うんだよ」

ル級はハッとしたように

「東雲組!」

「そう。信頼と実績のスペシャリストだよ」

「ダ、ダカラ、コノ鎮守府デシカ艦娘化出来ナインデスネ・・」

「今はそうだけど、将来的には広がるよ。いや、広げてみせる」

「ドウイウ事デスカ?」

「睦月や東雲が居なくても、無人で艦娘に戻せる装置を開発する事にしたんだよ」

「エ・・」

「うちの研究部隊を総動員して当たらせてる。何としてでも実用化するつもりだよ」

「ソ、ソレハ、ドウシテデス?」

「私だっていつか寿命を迎えるし、引退する日が来る」

「ハイ」

「そうなっても、君達が艦娘に戻れる道を絶対に残したいんだよ」

「・・ナゼ?」

提督はふふっと笑った。

「だって、艦娘に戻れるなら、君達は絶望しないでしょ?」

ル級は提督を見た。

提督はニコニコしていた。

ル級はずっとモヤモヤしていた事を訊ねてみる事にした。

「ドウシテ・・深海棲艦ノ行ク末ニソンナニ気ヲ配ルノデスカ?」

「深海棲艦になりたくてなった子は少ない。でも戻る術がないのが現状だよね」

「ハイ」

「だからこそ深海棲艦になった事にショックを受け、希望を失って自棄になる」

「・・」

「深海棲艦が人間や艦娘に襲い掛かってくるのは、そういう気持ちが根底にあると思う」

「・・」

「望みをつなぐ事が出来れば、牙を剥き合うだけの関係から進められる気がする」

「・・」

「あくまで私の推定でしかないけどね」

ル級は目を瞑った。

この人は嘘をついてない。今言った通りに思ってる。

それなら。

「・・キット」

「うん?」

「キット、提督ノ言ウ事ハ、思イハ、深海棲艦達ヲ動カスト思ウヨー」

「そうかなあ。そうだと良いなあ」

「戦ワズニ済ムコノ海域ニ、ドンドン深海棲艦達ガ集マッテイルノガ何ヨリノ証拠ヨー」

「・・へ?」

提督の顔色が悪くなったので、ル級は手を振った。

「・・アァ、安心シテ。1万体ハ超エテナイデスヨ。艦娘ニナルヨウ説得シテマス」

「そ、そうか」

「デモ、艦娘ニ戻ッテル子達ト同ジ位、新タニ来テイマス」

「・・そう、か」

「最近ハ日向サンノ基地ニ行クヨウニ案内シテマス」

「ありがとう」

「イエ。サッキモ言イマシタケド、戻リタイ子ハ結構ナ割合デス」

「・・例外的割合でもないのか」

「エエ。怒ッテ興奮シテル子デモ落チ着イテ話セバ、戻リタイト言ッテ泣キマス」

「・・可哀想になぁ」

「ダカラ私達ハ、提督ナラ信ジテ良イヨッテ言ッテ送リ出シテマス」

「そうか」

「モットモ、最近ハ既ニソノ辺ハ解ッテテ、戻ル為ニ来ル子達ガ多イデス」

「ほう」

「ダカラ深海棲艦ノ間ニモ、コノ鎮守府ガ知ラレテキテルッテ事デスヨ」

「なら尚更、私が居なくなる前に艦娘化装置を完成させないとね!」

ル級は首を傾げた。

「居ナクナル・・定年デスカ?」

「それもあるし、懲戒免職もあるかもしれないし、病気で突然死って可能性もあるよね」

ル級が目を剥いた。

「ダッ!ダメデスヨ!提督ガ居ナクナッタラ本当ニ大変ナ事ニナリマス!」

「ダメって言われてもね・・病気ばっかりはね・・」

ル級はソロル鎮守府に新しい司令官が来た後の世界を想像した。

うん、色々終わりますね。色々。しかも根底から。

「オ願イデスカラ、少シデモ長生キシテクダサイ」

「深海棲艦に長生きをお願いされる司令官てのも不思議な絵図だよねぇ」

「モウ今更デス。ナンデモアリデス」

「今更か。まぁそうだね。あれ?長門はどこ行ったんだろう?」

キョロキョロする提督に文月が言った。

「長門さんはさっき、龍田さんの所に行きましたよ」

「へぇ、まぁパーティを楽しんでほしいし、良いか。文月も自由にしてて良いからね」

「はい。もう少ししたら適当に回ってきます」

「楽しんでおいで。そういえばル級さん」

「ハイ」

「なんで深海棲艦になったか、聞いても良い?」

ル級は少し俯いた後、ふぅと溜息をついた。

「マァ、良イカナァ」

提督はル級の横に席を移すと、ル級に新しいコップを差し出した。

「ん。よし、聞かせてよ。何飲みたい?」

 

その頃。

「提督が881研究班に人体実験されたらですか~?」

龍田は長門から耳打ちされた事にそう返した後、さらに続けた。

「万が一、提督を5体満足で返さなかったら皆は黙ってないでしょうし・・それに」

「それに?」

龍田は目を細めた。

「私・・止めないですよ。それらを」

長門がうむと頷いたので、龍田はにこりと笑って続けた。

「長門さんだって止めないでしょ~」

「むしろ先陣を切るな」

「あらぁ、先陣は最上ちゃんのICBMに核弾頭搭載した奴でしょ?」

「無論。ありったけの憎悪をこめて大本営に撃ちこんでやる」

「飛騨山脈の地下にある881研究班本陣の換気口が先ですよ~」

「そんな事をなぜ知っている?」

「龍田会のネットワークから~」

「どれだけネットワークとやらは広がってるんだ?まぁ、それはともかくだな」

「ド変態共に提督を渡すわけには行かないわね~」

「その通りだ。どうすれば良いだろうか?」

「そこまで解ってるなら簡単だと思うわよ~?」

「簡単か?」

「ええ。えっと・・あ、不知火さん」

「会長、お呼びですか?」

「睦月ちゃんと東雲ちゃん、それと瑞鳳ちゃんと一緒に、裏の浜にきて~」

「承知しました。お待ちください」

長門は首を傾げた。

なぜ瑞鳳まで呼ぶんだろう?

まぁ、龍田の事だから理由があるのだろうけれど。

 



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長門の場合(79)

長門が首を傾げた頃。

ル級がポツリポツリと身の上話をし、提督がこみ上げる怒りで顔をしかめていた。

「・・ダカラ私ハ、タンカーヲ庇ッテ沈ンダノヨー」

「なんなんだその作戦は。なんで艦娘がタンカーの弾除けにならなきゃならんのだ」

「ダヨネ?ダヨネ?提督、私ノ疑問オカシクナイヨネ?」

「艦娘を出撃させるなら兵装に弾薬、そして充分な装甲を持たせるのが当たり前だ」

「ウン。取リ潰シニ遭ッタ鎮守府カラノ異動組ダッテ、使イ捨テハ嫌ダヨー」

「遠征班に弾や燃料を補給するのが勿体無いから死んで来い?ふざけるなってんだ」

「ウゥ・・解ッテクレテ嬉シイヨー」

「飲め。もうウーロン茶でもコーラでも酒でも何でも持ってきてやるぞ」

「ジャ、ウーロン茶頂戴」

「よっし。たんと飲みなさい」

提督が大ジョッキになみなみとウーロン茶を注いでル級に手渡した。

「アリガト。異動シテカラ轟沈スルマデノ5日間デ、計30分シカ休メナカッタノ」

「休みも無いの!?」

「ウン。司令官ジャナクテ全部コンピューターガ指示スルノ。ダカラ24時間連続ダヨー」

「じゃあ・・その30分てのは?」

「凄く疲レテ、トイレ行ッタラ・・寝チャッタノ」

「・・あんまりだ。あまりに可哀想だ」

「異動前ノ鎮守府ハ幸セダッタカラ、余計辛カッタヨー」

「じゃあ、オムライスとかシュークリームは・・」

「勿論、異動前ノ鎮守府デ、ソコノ司令官ニ奢ッテモラッタンダヨー」

「随分な差だね。そういや、なんで取り潰されたんだい?」

「・・調査隊ヘノ賄賂ヲ断ッタカラダヨー」

「あいつら・・本当に死んで良かったよ」

「ソウ!長門ガ言ッテタケド、本当ニ壊滅シタノ?」

「うん。隊長は深海棲艦に射殺され、隊員達は皆、軍事裁判で極刑になった」

「深海棲艦ニ射殺サレタノ?」

「大本営はそう見てるよ。我々も状況からそれしかないと思ってる」

「・・深海棲艦モ、タマニハ良イ仕事スルネ」

「それはそうだ。私も組織の腐敗ぶりにはうんざりするよ」

「マァ、私ガ艦娘ニ戻リタクナイ理由ハソコダヨネー」

「なるほどね。よく解ったよ。それで、沈んだ時何を思ったの?」

「セメテ自由ニ、七ツノ海ヲ旅シテカラ死ニタイッテ思ッタヨー」

「うんうん。そんなにバカみたいに扱き使われたらその分自由にしたいよな」

「ウン。ダカラ、ル級ニナッタ後、世界一周シタヨー」

「ふうん。じゃあル級さんは今の生活に満足なのかな?」

「結構」

「そうか。深海棲艦でいるのは皆が皆、苦痛でもないのだな」

「・・タダ」

「ただ?」

「今ノママデ良イト思ウノハ、提督ノ居ル鎮守府ノ海域ガ平和ダカラダヨ?」

「・・そうか」

「ダカラ提督サン、本当ニアリガトウ」

「・・」

「カレーモ美味シカッタケド、シュークリーム食ベサセテクレタ時ハ本当ニ嬉シカッタ」

「長門が叶えてやりたいって言ったからね」

「言ッテクレル長門サンモ嬉シイケド、叶エテクレタ提督ニ一番感謝シテルヨー」

「そっか」

「ダカラ提督ノ下デナラ、艦娘ニ戻ルノモアリカナッテ思ウヨー」

「でも、私が引退したり死んじゃう事を考えたら」

「・・ソノ時ハ、深海棲艦デモ、海域ヲ彷徨ウ生活ニ戻ルンダヨネ」

「そうなるね」

「・・提督ガ死ンダラ後ヲ追ウカナァ」

「それなら人間まで戻って、海軍と無関係の人生を送ればいいじゃない」

「デモ、楽シイトハ限ラナイヨー」

「生きてれば、いつかは良い事あるさ。ほら、飲みなさい」

「提督ト、一緒ガ良イナー」

ウーロン茶を注ぎながら、提督はふと加古の言葉を思い出した。

 「もう本当に断言してあげる。絶対、全ての艦娘がお供するってさ」

提督はそっと自分の肩に頭を置くル級を見て苦笑した。

艦娘どころか深海棲艦まで来そうですよ加古さん。

 

その頃。

パーティ会場から少し離れた静かな浜辺に、長門達は居た。

「提督さんを人体実験の被検体にする訳にはいきませんにゃー!」

「です!」

鼻息荒く頷く睦月と東雲に対し、

「そんな事して失敗したらこの鎮守府がマズイ事になるって解ってるっしょ~?」

と、瑞鳳は手を振って苦笑していたが、龍田の

「881研究班のド変態共は自分達の研究の為なら平気で嘘つくわよ~」

という囁きで真顔になった。

「で、私達はどうすれば良いの?」

「提督の不老長寿装置、先に作って欲しいな~」

無茶言うなという表情になったのは瑞鳳だったが、睦月と東雲は

「んー、建造ドックをちょっと改造すれば良い気がするにゃーん」

「ですね~」

そして二人は瑞鳳に向き直ると

「お願いがありますにゃん」

「へ?私?」

「はい。多分、瑞鳳さん位、運が無いと無理ですにゃーん」

「う、運任せの装置なの!?」

「提督に入ってもらう時には運は必要無いんですけど、準備の段階ですにゃーん」

「どういう事?」

「装備開発で、間違って建造ドックを出して欲しいんですにゃーん」

「え、えと、建造ドックって・・開発出来たっけ?」

睦月が首を振った。

「鎮守府を新設する以外では、間違って開発するしかないんですにゃーん」

そう。

事務方主催のアルバイトを思い出して頂きたい。

陸軍兵装が(高値で売れるので)大当たりというのは御存じの通りである。

つまり、正規の品以外にも、間違って出てくる品があるのである。

その品は何も陸軍装備に限った話では無く、例えば家が出てきた事もある。

瑞鳳は昔から兵装開発を趣味としており、成功率を上げる為、ひたすら運の値を上げていた。

今では青葉を遥かに上回り、鎮守府で一番運が良い子だったりする。

何を期待されているか理解した瑞鳳は冷や汗が出てきた。

「え、えっと、つまり、限りなく0に近い可能性に賭けて建造ドックを引けって事?」

「にゃーん」

「・・勘弁してください」

龍田は肩をすくめた。

「ちょっと無茶だったかしら~」

長門がジト目で龍田を見た。

「ちょっとどころじゃないと思うぞ、龍田」

「そうかなぁ。ねぇ瑞鳳ちゃん」

「はい~?」

「ちょっとだけ、ここでやってみない?」

「外す公算が高いっていうか、それしかないと思うんだけど・・」

「じゃあ当てたら彗星一二型甲あげる~」

瑞鳳の目がキラリンと光った。

「本当ですね龍田さん!」

「帳簿ちょっと弄れば良いだけだから~」

どこの帳簿を弄るつもりだと思いつつ、長門は龍田を見た。

いつも通りニコニコ微笑む龍田がそこにいた。

いや、まさか・・でも龍田ならやりかねん。

「よし!やってみます!あ、でもここに開発装置無いですよね?」

すると、東雲がすっと両手を差し出した。

「開発装置の真似事くらい・・できますよ」

「え?そうなの?」

「両手を握って。後はいつも通り」

「こうで・・良いのかな」

「OKです。次にドックをイメージして・・ドックが出る事を・・願って」

「よっし!ドックドックドックドック」

龍田がにやんと笑いながら呟いた。

「・・ソルティー」

「ドック!ってそれ違う!」

「・・意識が乱れてる。ちゃんと思って」

「んもー、龍田さん酷いです~」

「ごめんなさい。つい」

「ドック!ドック!ドック!クレーンがあって!装置があって!」

東雲はじっと目を瞑っていた。

 



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長門の場合(80)

浜辺がやけに盛り上がり始めた頃。

「ヘイ提督ゥ!ちゃんと楽しんでますカー?」

背後からかかった声に提督は振り向いた。

「おかげさまでね。金剛、本当に君はこういうパーティにピッタリだね」

「ありがとうございマース!ピザ持ってきたけどどうですカー?」

「おっ、良いね。頂こう。ル級は要るかい?」

「提督ガ食ベルナラ食ベルヨー」

ル級の反応を見た金剛が一気にジト目になった。

「提督ゥ~?」

「はい?」

「またコナかけてますネー?時間と場所をわきまえなヨー!」

「・・え?何が?」

金剛はがくりと頭を垂れた。本当にこの提督は・・この提督は!

「もう良いデース。ピザあげマース」

「変なの・・おっ!こりゃ美味い!ソースが絶品だ!」

「そ、そう?それ、私が作ったんデース」

「お店に出せる味だよこれ!旨い旨い!」

「ふっふーん、私の実力、見せてあげるネー!このトッピングもどうですカー?」

「うん!イケる!シンプルだけどベーコンの塩味がチーズと合うね!」

「頑張って試行錯誤重ねましたデース!」

「金剛はちゃんと努力する子だよね」

「What!?」

「大胆なように振舞うけど、細かい所まで気を配ってるよね。お姉ちゃんらしいというか」

「ウー、提督ちゃんと見てくれてるんですカー?」

「全部見えてるわけじゃないけどね、報告書とか、こうして会った時とかね」

「あ、ありがとうございマース」

「こちらこそ、班当番の子達を上手にまとめてくれてありがとうね」

提督は金剛の頭をぽんぽんと撫でた。

「あ・・」

「ピザ美味しかったよ。良かったらもう少し貰っても良いかな」

「は、はい。全部あげマース」

「良いの?ありがとう。ほらル級も食べてごらんよ。これ美味しいよ」

「じゃあミーは次行きマース」

「足元気をつけてね」

「ハーイ」

ふらふら歩く金剛の少し後ろをついていきながら、比叡は思った。

作った料理を褒めて貰うのは嬉しい事です。

あんなに顔を真っ赤にしちゃって・・金剛姉様はやはり、提督の事が好きなんですね。

Lv99まではまだだいぶありますけど、頑張ってくださいね。

私も応援しますからね!

 

金剛が去った後、提督の背中にドンという衝撃が走った。

「おおう!なんだなんだ!?」

「オ父サーン!」

「おや、北方棲姫じゃないか。じゃあ侍従長さんも一緒かい?」

「ウン!向コウデオ話シテルヨ!」

ル級は提督を父と呼ぶ北方棲姫を見てぽかんとしていた。

「エ・・アノ・・オ父サン?」

提督は北方棲姫を膝の上に乗せると、ル級にパタパタと手を振った。

「本当の親子じゃないんだけどね、そう呼びたいって言うからさ」

「オ父サン、コノ人ダーレ?」

「えっとね、鎮守府の周囲の深海棲艦の皆をまとめてくれる、ル級さんだよ」

「フーン」

北方棲姫は机から顔を半分だけ出してじいっとル級を見た。

「エ、エト、ナンデショウ?」

戸惑うル級を更にしばらく見つめた後、北方棲姫はニヤリと笑うと、

「オ父サンニ、ホノ字デスネ?」

途端に真っ赤になったル級はバタバタと両腕を振って否定した。

「イッ!イヤイヤイヤ、チ、違イマスヨ、何言ッテルノコノ子!」

「こーら、初対面なのに変なこと言わないの」

提督にくしゃくしゃと頭を撫でられた北方棲姫は邪悪な笑みを絶やさぬまま

「私ハ北方棲姫デス。競争相手ダラケダケド、頑張ッテネー」

と言い放ち、ル級は耳まで真っ赤にして俯いた。

「基地の子皆で来たの?」

「ウウン。全員ジャ島ニ入リキラナイカラ、私ト侍従長ダケダヨー?」

「そっか。他の子はどうしてるの?」

「基地デ、クリスマスパーティシテルヨ?出前取リ放題ノ」

「取り放題なの?!」

「他ノ鎮守府ニ海底資源転売シテ、ダイブ稼ゲタカラ、ボーナス!」

「何それ聞いてないよ?」

「人間トシテ帰ル子達ノ路銀稼ギダッテ、侍従長ガ言ッテタ!」

提督はくいくいと北方棲姫の頭を撫でながら思った。

深海棲艦が採掘した資源を買う鎮守府なぁ・・・人の事言えないけど。

まぁ、理由も解るし、聞かなかった事にしようか。

「オ父サンオ父サン」

「どうした?」

「アノサンドイッチ、美味シカッタ?」

「チーズとトマト挟んである奴?美味しかったよ」

「アーン」

「何、食べさせろって?しょうがないなあ・・・ほら」

「ンフフフー、オ父サン大好キー」

「そうかそうか。もう1つ食べるか?」

「ウン!」

「ほれ、あーん」

「アーン」

ル級は北方棲姫と提督のやり取りを苦笑しながら見ていた。

なんだかさっきの文月と提督のやり取りと重なる気がする。

どっちもキレ者っぽいし。自分はどっちにも歯が立ちそうにない。

でも、親としてはきちんと行儀の良い子に育ってほしいし。

・・あれ?何でそんな事を気にしてるんだろう。

その時、北方棲姫がひょいと地面に降り立ちながら言った。

「ジャ、侍従長ノ所行ク!ソロソロ怒ラレチャウカラ!」

「転ぶんじゃないぞー」

「ハーイ!」

 

「あー、本当に賑やかなクリスマスになったなあ」

その後も何人かの艦娘達と話した提督は、お茶を飲みながらル級に言った。

「提督大人気デスネー」

「そうかね。そうだとしたら嬉しいね」

その時、文月が帰ってきた。

「お父さん、ただいまですよ~」

提督は膝の上に文月を乗せつつ言った。

「おかえり文月。ちゃんと食べたかい?」

「近年無いくらい食べました」

「楽しんできた?」

「ビンゴ大会でオモチャ貰いました!」

「そうか。よしよし」

「お父さんは楽しめましたか?」

「そうだね。ル級さんの話も聞けたし、料理は本当に美味しかったし、なにより」

「なにより?」

「この場に居る皆が楽しそうに笑ってる。それが嬉しくてね」

「・・そうですね。皆が笑ってるって、良いですよね」

「あぁ」

文月はダンスを披露する舞風や、声援を送る皆を見て微笑む提督の横顔をじっと見ていた。

もし仮に、お父さんじゃない司令官の居る鎮守府に着任していたら。

私は事務長になる事も無く、1隻の駆逐艦として出撃する日々だったろう。

いや、それならまだ良い。

虐待する司令官や艦娘を売り飛ばす司令官、犯罪の片棒を担がせる司令官だっている。

そんな事をさせられている子達との違いは、どこに着任したかに過ぎない。

「・・お父さん」

「うん?」

「深海棲艦の皆さんを救うのも重要なんですけど」

「うん」

「いつか余裕が出来たら、可哀想な艦娘の子達も救ってあげたいですね」

提督はル級を見た。

「深海棲艦になるような結末になる前に、か」

ル級は寂しそうに頷いた。

「モシ、アノ時、提督ガ助ケニ来テクレタラ、ル級ニハナラナカッタヨー」

「中将殿はそっちを何とかしようとして、腐敗撲滅に取り組んでるんだけどね・・」

「最近は、あまり目立った成果を聞いた事が無いですよね」

「幾つか検挙事例はあるけどね」

「お父さんのように、コンスタントに成果をあげ続けてるわけじゃないので・・」

「それに、深海棲艦を連れ戻すのは海軍の主目的に沿うけどね」

「はい」

「海軍の腐敗を正すのは、まず腐敗がある事を認めなきゃならない」

「はい」

「その上で、それによって甘い蜜を吸ってる人々を粛清しなきゃならない」

「はい」

「・・まぁ、物凄い抵抗に遭うと思うよ」

「そうですね」

「だから沢山の味方を作っておかないといけないね」

「味方・・ですか?」

「例えば深海棲艦から人間に戻った子達に世論を動かしてもらうとかね」

「なるほど」

「大本営内に、中将以外にも味方を増やすとかね」

「そう、ですね」

「・・それをやるなら、それこそ私が不老長寿にでもならないと厳しそうだなあ」

提督が苦笑したその時、浜の方からボンという爆発音がし、一瞬周囲が明るくなった。

艦娘達もピタリと静かになった後、浜の方を指差してざわめいている。

文月は提督を見た。

「お、お父さん・・」

「え、ええと、あれは何かの出し物・・なのかい?」

「全くそういう予定はありません」

「んー・・あれ、長門はどこだ?」

「いらっしゃらないですね・・あれれ?龍田会長も居ないです」

提督は眉をひそめた。

嫌な予感がする。

 



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長門の場合(81)

提督はキョロキョロと見回し、見つけると声をかけた。

「日向!」

「うむ!」

「日向が旗艦となって即応態勢を取ってくれ。編成は一任する」

日向がざっと会場を見渡して叫んだ。

「夜戦だ。第1分隊は伊勢、金剛、比叡、青葉、衣笠!正面から行くぞ!」

「はい!」

「第2分隊は霧島を旗艦とし、榛名、妙高、羽黒、北上、大井とする」

「はい!」

「第2分隊は浜を見通せる高台についたら連絡をチャネル5で送れ!準備完了後出発!」

霧島はメンバーを見回しながら言った。

「皆良いかしら?では第2分隊、出発します!」

提督は眉をひそめた。

「事故、侵略、誤攻撃、あらゆる事態を想定せよ。日向、行くぞ」

だが、立ち上がった提督を日向が押しとどめた。

「待て提督。先に私達で状況を調べてくる」

提督は反論しようとしたが、日向の目を見て言葉を飲み込んだ。

「・・よし、充分、気を付けるんだぞ」

日向は頷いた。

「解っている。残る者は皆、提督の警護を頼む」

いつの間にか会場に居た艦娘達も深海棲艦達も兵装を展開し、提督の周りを固めていた。

先程までの陽気とは打って変わった、静かで冷たい意思。

ル級はそっとセンサーを起動したが、島の外は警備している仲間以外の反応はない。

一体何があったのだろう。

日向は頷いた。

「では行ってくる」

 

「・・ケホッ。龍田、睦月、東雲、瑞鳳、不知火、返事をしろ!」

長門はもうもうと立ちこめる煙に向かって呼びかけた。

少し時は遡る。

瑞鳳は1回目こそ失敗ペンギンが出たものの、2回目に本当に整備ドックを引き当てた。

これには瑞鳳本人が目を丸くしたが、睦月達は目を輝かせた。

「さすが瑞鳳さん!じゃあちょっと改造してきますにゃーん」

睦月と東雲はドックの機械室の中にひょいひょいと入っていった。

程なく、鋼材を叩く音や溶接の火花が散り始めた。

「もう作ってしまうのか?そもそも図面も無しに作れるのか?」

長門は眉をひそめたが、龍田は

「あの子達に頭の中に図面が入ってるんでしょうね~」

と言ってその様子を眺めていた。

「ええと、私はもう用済みなのかな?」

瑞鳳は長門に訊ねた。

「戻っても良いと思うのだが・・龍田、どうする?」

「えっとねー、一応あの子達が帰ってくるまで居てくれるかしら?」

「じゃあ料理だけ持ってきても良いですか?食べたいのがあるんです」

「いいわよー、不知火ちゃーん」

「はい」

「瑞鳳さんと一緒に料理持ってきてくれる?ここで皆で食べましょう」

「解りました」

会場に戻った不知火と瑞鳳は、6人分の各種料理と飲み物を調達。

瑞鳳は格納庫に食料を満載し、不知火は両手に飲み物を持って帰ってきた。

二人を見つけた龍田はドックに向かって声をあげた。

「瑞鳳ちゃん達が料理持って来たわよー、ちょっと戻ってらっしゃいなー」

その直後、浜に居た面々は爆発音と共に煙に包まれたのである。

 

「うん?長門の声がしないか?」

日向は傍らに居る伊勢に話しかけた。

「そうね。会話からすると龍田さん達も居たようね」

「すると、先程のは何らかの事故か?」

その時、通信が入った。

「霧島です。島の高台に到着しました」

「日向だ。浜の状況はどうだ?」

「日向さん達と森を挟んだ反対側で、大きな煙が上がってます」

「浜に煙が立つような物があったか?」

「ええと・・何か大きな建物らしき物が見えます」

「建物?!」

「なんというか・・鎮守府の工廠みたいです」

日向は伊勢と顔を見合わせて首をひねった。

そんな大きな物は無かった筈だ。

日向はインカムをつまんだ。

「文月、ル級は傍にいるか?確認したい事がある」

「はい。隣にいらっしゃいますよ。何を聞けば良いですか?」

「浜に建物が出来てるらしい。深海棲艦は建物を作って襲撃するか?と」

ややあってから文月が答えた。

「ル級さんは周囲の深海棲艦数は変わってないし、そんな襲撃方法は無いと言ってます」

「解った。ありがとう」

日向は再び霧島との回線を開いた。

「霧島、攻撃の可能性は低い。また、長門の声がした。事故の可能性が高い」

「解りました。それでは私達も急行します」

「足場に十分注意するんだぞ」

「お任せください」

通信を終えた日向が立ち上がった。

「長門達が事故に遭った可能性がある。これより被害状況の確認と救出に入る!」

「はい!」

日向は浜に向かいながら、残った面々にインカムで説明を始めた。

 

それから30分が過ぎた。

浜には会場に居た全員が揃い、吹き飛んだ物の片付けも済んでいた。

「じゃあ結局、睦月が小破して、東雲の服がススで汚れた以外は被害も無いんだな?」

「・・はい」

被害は二人に加え、ドックの天井が木端微塵に吹っ飛んだ以外は奇跡的に軽微で済んだ。

そして砂浜に到着した提督の前でしょぼんとする龍田達、という構図である。

近年、長門や龍田が下手を打つ事は無かったので実に珍しい絵である。

被害程度が小さかった事もあり、艦娘達は興味津々の目でそっと見守っていた。

提督は面々をゆっくり見まわした。

「なんでまた、こんな夜更けに工事なんてやったんだい?」

長門が目を逸らしながら答えた。

「その・・提督が実験台にされる前にだな、こっちで装置を作ろうとしたんだ」

「実験台って?」

「司令官の不老長寿化装置だ」

提督は睦月の服から埃を払い、膝をついて睦月を正面から見た。

「睦月、そんな物作れるのかい?」

「建造工廠を改造すれば出来ると思って、その改造をしてたんですにゃー」

「うん?建造用の工廠なんてこの浜にあったの?」

瑞鳳がそっと手を挙げた。

「あ、あの、東雲ちゃんと二人で開発しました」

「建造工廠って開発できるの!?」

「あ、あはは・・出来ちゃいました」

「食事の用意は?」

不知火が手を挙げた。

「私と開発が終わった瑞鳳さんの二人で運びました」

提督は手を額に当てた。

「ええと、話を整理すると、早く不老長寿化装置を作りたいという事になった」

「あぁ」

「睦月と東雲がドックを改造すれば出来ると見当をつけて・・」

「にゃー」

「瑞鳳の強運で建造工廠を開発し・・」

「はい」

「瑞鳳と不知火が食事を運んできた時、本当に出来たドックの改造に失敗して・・」

睦月が首を傾げた。

「ええと、改造は成功したんですにゃー」

皆が一斉に睦月を見た。

「えっ?出来てたの?」

「はい。ただ、1度も使ってない工廠だったので、エネルギーが満ち溢れてたんですにゃー」

「・・うん」

「なのに改造後の再起動手順を間違えて通常レベルの場合でやってしまったんですにゃーん」

「・・手順間違えると爆発するの?」

「簡単に言うと電池をショートさせたようなものですにゃーん」

提督はがくりと頭を垂れた後、しばらくわしわしわしと睦月の頭を撫でていた。

そして長門達全員を1度見回した後、話し始めた。

「君達の一人でも沈んだら私は後を追うよと言ったの、覚えてるかな?」

「あれは脅しじゃなく、私はそれくらい君達の命を大事に思ってるんだよ」

「だから君達にも、私の命と同等に、自分達の命を大事にしてほしい」

提督は睦月を撫でる手を止めると、東雲と睦月をぎゅっと抱きしめた。

「怪我の程度が軽くて良かった。まずはそれが何よりだ」

「私の為に動いてくれるのは嬉しいけど、安全はきちんと確保して作業するんだよ」

睦月と東雲は提督にぎゅっと抱き付いた。

「ごめんなさいですにゃー」

「ごめんなさい、提督」

「・・ん。よし。ちゃんと謝れるのは良い事だ」

龍田達がそっと近づいた。

「提督、私も軽率だったわ。ごめんなさい」

「すまぬ。なるべく早く相談したかったのだが、鎮守府に戻ってからするべきだった」

「え、えと、ごめんなさい」

「不知火にも・・落ち度はありました」

提督は顔を上げると、瑞鳳と不知火に向いて言った。

「瑞鳳と不知火に落ち度はないよ。巻き込まれただけだね」

 

 



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長門の場合(82)

提督に落ち度は無いと言われ、不知火はおずおずと返した。

「そ、そうでしょうか・・」

「だって食事を運んだだけで叱られちゃあ、やってられないでしょ?」

「あ、あの、私が工廠を引き当てちゃったから・・」

「それ自体は別に悪い事じゃない。長門と龍田が命じたんだからね」

「は、はい」

「長門と龍田は監督者として、もう少し気を付けてね」

「はい」

「す、すまなかった」

「さて・・と・・・」

提督の視線を追った面々は、まだ焦げ臭い工廠を見た。

「・・・時に睦月さん」

「なんですにゃー?」

「・・まだ、使えると思う?」

ぎょっとした顔で睦月は提督を見返した。

「あれに入る気ですかにゃーん!?」

「・・・881研究班の装置に入る位ならね」

睦月が目を白黒させた。

「ちょ!ちょっと待ってくださいにゃーん。全体再点検しますにゃーん!」

「慌てなくて良いからね!別に直ちに今入らないといけない訳じゃないし」

その時、加賀が提督の横に立った。

「我々を御使いください。ただ眺めているのは性に合いません。手伝える事はある筈です」

「・・ん、そうか」

「はい」

「工廠長!東雲達を手伝ってくれ!」

「やーれやれ、わしらは文字通り年中無休じゃのう」

「照明を装備している者、工廠に向けて明かりをつけてくれ!」

古鷹を始めとする数名の明かりが工廠を照らし出す。

「睦月!東雲!資材は足りてるか?」

「屋根の修理用に鋼材がちょっと欲しいですにゃーん」

「島風、鎮守府往復にどれくらいかかる?」

「全速力出して良いなら1時間ちょっとかなあ」

「よし、許可する。加賀、夜間着艦は可能かい?」

「島風さんの護衛ですね。探照灯で飛行甲板を照らして頂ければ可能です」

「島風!鎮守府に帰り、補給後、輸送用ドラム缶に鋼材を入れて戻っておいで!」

「はーい!」

「護衛として加賀の航空隊をつける。敵勢力に注意せよ」

「解ったよー」

ル級が言った。

「コノ辺ハ私達ノ海域ダカラ、敵対スル深海棲艦ハ居ナイヨー」

「そりゃありがたい。じゃあ島風、敵勢力より流木とかに注意だね」

「はーい、じゃ、いってきまーす!」

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

「ん。気を付けてな。古鷹、帰投時の照明を頼む」

「加賀さんの飛行甲板を照らせば良いのですね?」

「そうだ」

「はい。では加賀さん、5分前に教えてください」

「解りました」

提督は睦月に声をかけた。

「鋼材が来るまでにも何かできるのかな?」

「屋根の修理以外は先行してやってしまいますにゃーん」

「睦月は小破しているから、怪我には十分注意し・・あれっ?」

「なんですにゃーん?」

「何で直ってるの?」

「さっき東雲ちゃんにちょいちょいと直してもらいましたけど?」

大きく頷く東雲を見て提督は苦笑した。

いつの間にか東雲の服の汚れも綺麗になっている。

絶対、普通の妖精の域を超えてるよ、東雲さん。

「あー、とにかく、また怪我しないようにね」

「今度は失敗しないのにゃーん」

「しっかり調べて、きます」

「うん、行ってらっしゃい」

 

こうして、3時間が過ぎた。

いつの間にか空には明るい満月が浮かんでいた。

月明かりに照らされ、砂浜や工廠は青白く神秘的な色に染まっていた。

「ふうーい、屋根もちゃんと修理出来ましたにゃーん」

「一仕事・・終えた」

二人はそう言いつつ工廠から出てくると、提督に

「出来たにゃーん」

「完璧」

と、報告したのである。

提督は二人の頭をわしわしと撫でた後、立ち上がり、一人で工廠に近づいて行った。

見上げる程大きな建造工廠は、3時間前と外見はほとんど変わってない。

提督は隅が焦げた「工廠」という看板をしばらく見上げていた。

睦月達が提督の傍にやってきて、ズボンの裾をつまんだ。

「・・ええと、睦月さん」

「なんですにゃーん?」

「作業受けた後、私も海に浮けるようになるの?」

「そういうのはリンクした艤装が受け持つ機能なので、提督には無いですにゃーん」

「あ、艤装は無いのね。じゃあ何が変わるの?」

「成長が止まるのと、工廠で怪我を直せるようになるって事ですにゃーん」

「疲れたら?」

「もちろん間宮さんのアイスで全快しますにゃーん」

「そういう事か。なるほどね」

二人の後ろに、そっと長門が近づき、心配そうに言った。

「あ、あの、提督の前に他の誰かで試さなくて大丈夫か?」

「どうですか睦月さん」

「確かに船魂からの艦娘化と、人魂の不老長寿化はちょっと違いますけど・・」

「うん」

「東雲ちゃんとなら何とかしますにゃーん」

提督は睦月と東雲を見た。

睦月と東雲はニカッと笑い返した。

提督はそんな二人を見て、ふふっと笑った。この二人なら信じてもいいだろう。

「・・・ん、じゃあやってみようか」

「万が一ダメなら普通の人間に戻しますにゃーん」

「そうしてくれ。猫とかにしないでくれよ?」

「提督を猫にするなんて無理があり過ぎますにゃーん」

「不老長寿化もかなり色々な法則無視してるけどね」

「そろそろ、始める」

「あ、ちょっと待って」

提督はそういうと長門に向き、長門の頬に手を当てながら言った。

「じゃ、行ってくるよ」

「・・成功を、祈ってるからな」

「うん。それなら安心だ」

行こうとする提督の手を長門はとっさに掴んだ。

どうしても、どうしても。

これが提督との最後の思い出になってしまったら、私はきっと生涯後悔するから。

びっくりして振り返った提督に、なおも長門は言葉をかけた。

「・・か、必ず帰って来てくれるな?約束だぞ?」

「あぁ、約束するよ」

「や、約束破ったら針千本飲ますからな!」

「解った。ちゃんと帰ってくるよ」

それでもなお、じっと提督を見つめる長門に、提督はにこりと笑って頷いた。

長門は唸りながら眉間に皺を寄せた後、提督にさっと近づいて口付けした。

突然の事だったので提督は目を見開いたが、長門は既に離れていた。

「・・おまじないだ」

提督はそっと、長門の手を1度だけ握った。

「ありがとう。行ってくるね」

月明かりでも赤くなってるのが解るものだと提督は苦笑しつつ、睦月達と入っていった。

長門は自分の手から消えていく提督の温もりのように、未来が儚く変わるのが怖かった。

本当に提督を装置に入れて良いのか。

今の幸せが一気に崩れてしまうのではないか。

提督が居なくなってしまうのではないか。

つま先から恐ろしい未来が這い登ってくるかのようで、長門は震えた。

だが、長門の肩を叩く手があった。

「姉さん」

「む、陸奥・・私は」

「祈りましょ。皆で」

長門は振り返った。

そこには艦娘も、ル級達も、皆が居た。

皆が優しく微笑みながら、長門を見ていた。

長門はそんな皆を見ながら、おずおずと言った。

「皆・・す、すまない。私一人では怖くて立ち向かえない。どうか、共に祈って欲しい」

皆がニッと笑い返した。

「長門さんに頼まれちゃ仕方ないねぇ」

「いっつもお願いしてたから、こういう時に借りを返さないとね!」

「私達モ精一杯応援シマスヨー」

さざ波のように広がる声を聞き、長門はふふっと笑うと、

「よし!皆で提督の不老長寿化の成功を祈ろうぞ!」

「おーう!」

 

 

そして迎えた、大晦日の夜。

 

「なぁ長門さん」

「なんだ、提督」

ここは鎮守府の提督室。

提督と長門はこたつに入って年越し蕎麦を食べていた。

大本営の休みに合わせて、12月30日から1月3日まではお休みとしている。

だが、提督は他に落ち着く場所もないしと、結局出て来ていた。

長門はそれに毎日付き合っていた。

もちろん、他の秘書艦達がニヤニヤ顔と共に、

「夫婦水入らずの時間があってもいいじゃない」

と言ったからである。

 

「良く考えたらさ、クリスマスの夜ってプレゼント貰える日じゃん」

「そういえば、そうだな」

「工廠があんな島で呼び出せたのも、改造工事が上手く行ったのも・・」

「提督が無事に我々の仲間入りを果たせたのも、神の贈り物かもしれないな」

 

そう。

あの夜。

提督の不老長寿化作業は多少時間がかかったが、30分弱で終了した。

装置から出てきた提督は、あまりの変化の無さに中止したのかと思った程だった。

「どこか痛いとか無いですかにゃーん?」

「どっこも。え?処置したの?」

東雲が頷いた。

「完璧に終わってます。変化は何も無いですか?」

「そういえば・・なんか体が軽くなった気がする」

睦月がニッと笑った。

「体脂肪は控えめに修正しておきました。サービスですにゃーん」

「ありがとうございます睦月様!」

東雲がジト目で言った。

「でも、食べ過ぎれば元通り・・気をつけてくださいね」

「頑張るよ」

そんな事を言いながら工廠を出た提督を待っていたのは、長門の熱い抱擁だった。

長門はぽろぽろと涙をこぼしながら次々と言葉をかけてきた。

「提督!終わったのか!無事か!幽霊では無いな!記憶はちゃんとあるな!」

長門の肩越しにニマニマ笑う皆と対峙する事になった提督はしどろもどろになった。

「ちょ、な、長門、み、皆の前!皆の前だって」

だが、その声を聞いた面々は一斉に後ろを向いた。

「えっ!?いや、そういう意味じゃないよ!なにその雑な対応!」

だが、長門はしっかりと提督を抱きしめたまま続けた。

「良かった・・良かった。私の旦那様。なあ睦月、上手く行ったのか?」

睦月はぐっと拳を突きだした。

「大成功ですにゃーん」

「ならばこれから、提督とずっと同じ時を歩めるのだな?」

「はい。大丈夫ですにゃーん」

「礼を言う・・礼を言うぞ睦月・・」

だが、提督は真っ赤になりながら言った。

「ちょ・・なが・・と・・苦しい・・です・・」

慌てて長門が離れたのも、カメラで一部始終を録画していた青葉が舌打ちしたのも。

翌日には報告を聞いた中将どころか大将までが装置に飛び込んだのも。

全て、今となっては笑い話である。

 

提督は蕎麦を食べ終え、箸を置きながら言った。

「神様の贈り物、か」

「あぁ。私はそう思っている」

「・・そうだね。サンタさんのプレゼントは別にあったしね」

長門が思い出すような仕草をした。

「他に・・何かあったか?」

提督はニコッと笑った。

「もちろん、長門の愛の篭ったキスだよ」

 

長門は真っ赤になって俯いた。

提督はそっと長門と肩を寄せ合った。

ラジオは新年の到来を告げていた。

 




長門編、そして3章終了でございます。
まずはこの長い話にお付き合い頂いた事に感謝致します。

82編にも渡り、途中で何度か長門が1回も出てこない回もあった訳ですが、皆様お分かりの通り、これは3章全体の締めでございます。
色々、このまま終わらせたくないという所に光を当てた結果です。

今年の3月4日に始まり、本日11月27日の投稿分までで書いた数が437話。
9ヶ月弱だから月に48話。1日1.5話ちょい。
うーん、どこまでも中途半端な数ですね。
年末どころか11月の終わりにそろえる訳でもなく、今日は週の終わりでもない木曜日、更に500話と言ったキリの良い数字でもないのは、いかにも私らしい半端感だなあと苦笑しています。
逆に言えば、書きたいだけ純粋に書きました。
揃える為の工作は一切していないという事です。

実は、ラストについては提督の死後、年老いた長門に語ってもらうという事も考えました。
しかし、穏やかなものであっても人の死に様というのは難しいのでございます。
それに、提督の死を思い出したら長門は泣くと思うから。締めがそれじゃ可哀想だなと。
ならば優しい未来を予感させる形のまま締める方が私らしいじゃないか。
そう思ったのが今回の結末です。
皆様は如何思われたでしょうか?
全体を振り返って印象に残った話とか、好きだった話とか、感想を頂けたら書いてきた甲斐があったなあと思いますので、ぜひお願いします。

なにはともあれ、皆様の激励によって始まった3章は、第1章や第2章を飲み込んで余りある話数まで成長し、ここに閉じる事となりました。

ちなみにこの後どうなるのと聞かれたら、何もプランはありません。
未定です。
ただ、もし私が再び筆を握るとしたら、きっとこの鎮守府の話を書くでしょう。
愛着はありますし。
書くとしたらという仮定の話ですよ?
かなりネタ切れ感が強いんですよ。
例えるなら、コメントがまさかの555件突破で短編をちょろっととか、評価がまさかの9突破で4章開始と言うレベルです。
いや、幾らなんでも無理でしょという喩えですよ?
オウンゴールフラグは建てないって2章の終わりで学びましたからね。
…た、建てませんよ?建てて…無いよね?

最後になりましたが、暖かいコメントを寄せて頂いた方々に、そして高い評価をつけて頂いた方に、厚くお礼申し上げます。

しんどい時、新着感想ありの知らせは本当に嬉しくて励みになりました。

それでは皆様、ありがとうございました。






…。
上を書いたのが昨日なんですが。
何気なく確認したら、評価9.03のコメント558…
いや、コメントはね、なんとなくクリアするかなとは思いました。
来週位に555達したら短編集考えないとな~とか、漠然と思ってました。
あぁ、もちろん評価9なんて無い無いHAHAHAと100%思ってました。


おほん。
あえて、あえて先に一言言わせてもらいます。

「一晩で達成なんて1ミリも予想してないよ!」

見事なビッグウェーブというか自爆フラグ達成しちゃったので、少なくとも短編集はなんとかしますよお代官様。

という訳で、執筆中フラグはそのままと致します。
や~、参った!完敗でございます。












ありがとうね。
めっさ嬉しかったです。
さて、どこをどう書こうかなあ…


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第4章 短編集
桔梗色の空


短編集を書いていこうかと思います。
本編を大きく動かすような話ではなく、以前書いた「響の遠征」のような軽いスピンオフ系とお考えください。

次章については基本構成を検討中ですが、固まりつつある方向を考えると短編集と並行、あるいは短編集の後でも良いかなと思ってます。

なので短編集を一応4章と呼び、新章は5章とします。

短編集は基本1話完結を目指しますが、長文になった場合は分けるかもしれません。



「あ・・・ふわぁぁ・・むにゅ」

昼食直後の午後の時間。

提督は手で口を隠しながらも大きな欠伸をした。

のろのろと机の上の書類箱に目を向けると、本日分はまだ1/3ほど残っている。

やろうと思えば2時間まではかからない位か。

あ、でも文月の付箋紙が幾つか見える。2時間は要るな。

いずれにせよ、今からやれば1530時には終わる。

きっとそれぐらいになると誰かが相談事を抱えて部屋の戸を叩くだろう。

その差配が終われば夕食、食後に誰も来なければ、めでたく本日閉店デンデンだ。

だが。

 

 非常にやる気が起きない。

 

参った。かつてない程やる気が無い。手足が重い。

うーん、不老長寿化による影響なのだろうか。

理屈的に色々無理があるからなぁ。

書棚の陰からそっと秘書艦席を見ると、サクサクと仕事を進める加賀がいる。

このままでは1500時少し前に加賀が様子を見に来て仰天する事になるから可哀想だ。

よし、少し歩いて来よう。

ガタリと席を立つと、加賀が振り向いた。

「資料なら取りますよ?」

「あ、いや、すまん。眠くて仕方ない。ちょっと体を動かしてくる。1時間以内に戻るよ」

加賀はくすっと微笑んだ。

「解りました。急ぎの用事の際はインカムでお知らせします」

「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」

 

提督は階段を降りながらインカムの電源スイッチを入れた。

そう。

不老長寿化のメリットの一つに、艦娘達と同じ通信機が使えるようになったというのがある。

提督が人間の頃は無線機を携行せねばならず、通信距離も短く、大変不便だった。

ゆえにほとんど持った事が無かったのだが、今はいつでも使える。

便利なもんだと思いながら、提督棟の玄関を開けた。

 

ジワッ。

 

昼下がりの太陽は眩しくて熱かった。

じめっとした湿度とは無縁のソロル鎮守府だが、カラッとしててもキツイ日差しは目に沁みる。

「うーん」

目を瞑ってギュッと伸びをすると、売店の方に向かって歩き出した。

 

「イチ!ニ!イチ!ニ!イチ!ニ!」

 

運動場ではどこの鎮守府でもやっている基礎訓練が行われていた。

基地から来た子達が着任先で困らないよう、一通りの訓練が実技演習として毎日行われているのである。

提督は声の方を向き、どことなくぎこちない受講生達の動きをニコニコして見ていた。

「提督!どうされたんですか?」

ふと横を見ると、ジャージ姿の足柄が居た。

「ちょっと気分転換。それにしても体育の先生みたいだね、足柄」

「みたい、じゃなくてそのものよ。1500時までは」

「そうか。毎日なのかい?」

「姉さん達と交代よ。今日は私と那智がここの担当」

「んー・・あぁ、那智はあれだね。足柄は私と話してて良いのかい?」

「今日は主に教えるのが那智で、私は補助だから」

「そうか。怪我には気を付けてな」

「解ってる。あ、集合かな。じゃあね!」

ここだけ切り取ると学校の光景だなと提督は思いながら、売店に向かった。

 

「いらっしゃ・・あれ、提督さん?」

「やぁ潮、さすがにこの時間は売店もまっすぐ歩けるスペースがあるね」

提督と潮は互いに苦笑した。

昼休み。

それは艦娘達が最も獰猛になる時間である。

もちろん出撃の時より怖い。

主戦場は2つ。1つは食堂の食券売り場、もう1つはここ、売店である。

食券売り場では数量限定の日替わり定食争奪戦が、売店は甘味争奪戦が行われる。

財布を手に目を血走らせて向かってくる姿は、潮にとって恐怖以外の何物でもない。

今はまだマシであるが、少し前には赤城エクレア紛争を体験している。

売店の100mほど前で壮絶な艦隊決戦が繰り広げられ、窓ガラスがビリビリと揺れる。

いつ砲弾が飛んで来るか解らない恐怖が20分以上も続いた後、急にしんと静まる。

勝者らしき艦娘達が煙の立ち上る砲を背負い、ボロボロなのに満面の笑みで、

 

「赤城エクレア1つくださいな」

 

と言うので、潮は震えながら渡したものである。

提督はふと、レジの後ろの壁にかけてある、

 

「ここでは実弾禁止!」

 

というピッカピカの看板を見て、ぶるるっと震えた。

生涯で5本の指に入る程の恐ろしい体験を思い出したのである。

 

 

 

その昔。

旧鎮守府では食堂と売店のレジを1箇所で捌いていた。

2つの争奪戦が1ヶ所で行われる為、争いが頻発するのは自然な流れだった。

その日までずっと、間宮は困った顔をしつつも争う艦娘達をやんわりと諭し、押さえてきた。

 

その日。

 

昼食時の開店直後、レジの前で順番争いを発端として揉めに揉めた艦娘の一人がついに実弾を発射。

弾はレジを打っていた間宮の肩をかすめて背後の壁に着弾し、壁にめり込んだ。

一瞬で静まり返る場。青ざめる艦娘達。

間宮は対応していた子に淡々とお金を返すと、窓口のシャッターを下ろしつつ言った。

「出て行ってください」

提督の昼食を取る為に早めに来た秘書艦の扶桑を除いて、誰もまだ食べていない状態だった。

だが、間宮の静かな迫力に恐れをなした艦娘達は粛々と撤退した。

実弾を撃った艦娘は長門や加賀といった秘書艦の面々から直属の班長にまで、それはきつく絞られた。

だが、事態はそれでは収まらなかった。

夕食時間になっても食堂が開かなかったのである。

そう。

間宮がストライキに入ったのである。

その時まで提督に事件を内緒にしていた艦娘達だったが、隠し通せなくなってしまった。

提督は隠した事も含めて怒り狂い、1時間に渡る説教を実施。

さらに、2時間以内に再発防止策をまとめて報告しなければ、全員1年間おやつ抜きと宣告した。

真っ青になった艦娘達は緊急臨時総会を開き、鎮守府規則として、

 

 鎮守府就業規則第45条

  食堂(売店も含む)内部全域および外周50m以内での紛争(特に実弾の使用)は厳禁とする。

  本規則に違反した者は全艦娘に菓子を奢り、かつ、1年間おやつ抜きとする。

 

という条項を定め、代表して長門と加賀が提督に報告した。

さらに私達が以後忘れないよう食堂と売店に掲げますと言って取り出したのが

 

「ここでは実弾禁止!」

 

という鋼鉄製の2枚の看板であった。

提督は間宮を刺激しない為、交渉者として自分が食堂に出向くと言い、席を立った。

その際、扶桑はほぼ全員が昼食を食べていない事を打ち明け、何とか夕食を出してもらえないかと告げた。

提督は肩をすくめ、言ってはみるけど期待しないでと返した。

普段怒らない人が怒るとトコトン怖いからである。

食堂に向かう提督の後を、少し距離を置いて艦娘達が続いた。

提督は来るなと何度も制したが、艦娘達は既に酷い空腹状態だったのだ。

案の定、間宮は食堂の扉を開けようとしなかった。

だが、提督の30分に渡る説得で、提督だけ食堂に入る事を承諾した。

 

暗い食堂の中で謝罪と説明を聞いた間宮だったが、静かに首を横に振った。

そして14cm砲を撫でながら今夜の夕食は抜きですと応じた。

せめて明日の朝からは頼めないかと手を合わせる提督をじとりと見た間宮は、すっと立つと厨房に消えた。

ややあって戻ってきた間宮は、提督に1つの包みを手渡した。

美味しそうな匂いが漂う包みを、提督は受け取りながら聞いた。

「・・これは?」

間宮は真っ直ぐ提督を見ながら言った。

「大きいおむすびが2個入ってます。極限状態でも皆が約束を守れるかどうか、見せて頂きます」

提督はごくりと唾を飲んだ。

約束を破るとは、すなわちこれを奪う為に実弾を撃つという事である。

通常なら、たかがおむすびを巡って実弾を撃つ事などありえない。

だが、今は状況が明らかに違う。

規則を作った直後とはいえ、昼飯も夕飯も食べていない。

昼を食べた私でさえ腹が減っているのに一日体を動かした艦娘達はさぞ空腹であろう。

文字通り、極限状態に近い筈だ。

提督はちらりと窓ガラスから外を見た。

あぁ、外に人だかりが見える。下がれと言ったのに。

とばっちりを食った子、遠征や出撃に出向いた子達は特に我慢の限界が近いのだろう。

この匂いでは提督室まで隠して持って帰る訳にもいかないな。

さらに、間宮は黙って提督の胸ポケットに無線機を差し込んだ。

「提督が外に出て5分間、砲撃音が聞こえなければ朝食以降は作りましょう。約束が破られるまで、ですが」

「こ、この無線機は・・」

「もちろん、ネタバラシはいけません。終わった後返してください」

「このおむすびは・・」

「提督の夕食ですわ」

「ほ、他の子にあげるのは・・」

間宮が冷たく笑った。

「提督の、夕食です」

提督はぎこちなく頷いた。いくら大きいとはいえ、たった2個を全艦娘で分けたら一口分にもならない。

「・・解った。他にリクエストはあるかな?」

「おむすびは玄関前で、5分以内にお召し上がりください」

提督は目を見開いた。

「皆の前で!?」

「あら、じゃあ再開の話は無しという事で・・」

「ま、待って。わ、解りましたよ間宮さん」

提督は溜息を吐いて席を立った。

明日の望みをつなげるにはリクエストを聞き、かつ、切り抜けるしかない。

四方八方敵しか居ない。

ちらりと仰ぎ見た天には、桔梗色に染まる夜空が見えた。

 

キィ。

 

・・・あー、期待と空腹で目がギラギラ輝いてる。狼の群れのようだ。

だが、すまぬ皆。これは間宮の試練なのだよ。

提督は死んだ魚のような目のまま、胸に刺さった無線機に何度か指差した後、肩をすくめ、包みを開けた。

ふわりとほぐし鮭の香りが漂い、球磨が深呼吸をした。

 

 ごくりっ。

 

全員が唾を飲む音がやけに大きく聞こえ、目はおむすびに釘付けである。

ジェスチャーは無意味だったか・・まぁ解んないよね。

その時、その無線機から間宮の声が聞こえた。

 

「そのおむすび2個が、皆さんにお渡しする唯一の晩ご飯です」

 

ああやめてくれ、焚きつけないでくれ間宮さん。

艦娘達が目を見開いておむすびを凝視してるじゃないか。

提督がおむすびを手に取ると、その手を半歩近づいた艦娘達の血走った視線がミリ単位で正確に追尾する。

提督は罪悪感で一杯となり、さすがにためらったが、

 

「提督。さぁ、どうぞ」

 

という無線機からの声に意を決すると、目を瞑って震えながらむっしむっしと食べ始めた。

もう味がさっぱり解らないです間宮さん。

大きい分食べるのに時間がかかって罪悪感倍増です。しかも目一杯圧縮してありますね?

コメと言うよりモチです。

1個で腹いっぱいなんですが・・・

そして、けぷっと言いながら2つ目を手にした時、

「あ・ああ・・あああああ」

「そんな・・晩御飯・・」

「私やってないよぅ・・」

悲壮な声が、呟きが、次第にざわめきとなる。

我慢の限界とばかりに、じり、じり、じりと提督に、もとい、おむすびににじり寄る艦娘も居た。

後ろに居た子が辛うじて羽交い絞めにして首を振ったが、この均衡は長くないと提督は察した。

提督は既に胃が変になりそうだったが、涙目で2つ目にかぶりついた。

「あ・・」

「2個とも・・」

「終わった・・晩御飯・・終わりました・・」

ロクに噛む事も無く最速でのみ込んだ提督は、半分涙目で無線機の方に向かって、

「全部食べ終えました、間宮さん」

と、答えた。

更に数秒の後。

ピーッというアラームが聞こえたのに続き、

「致し方ありません。お約束は守ります」

という声がした。

提督は膝から崩れ落ちた。後は朝まで全く覚えていない。

翌朝。

顛末を間宮から聞かされた扶桑は全ての艦娘に知らせた。

艦娘達は提督を勇者だと称えると同時に、間宮を怒らせてはならないという事を鉄の掟として刻んだ。

 

「ほんとに、その看板は恐ろしい威力を誇ってるよね」

提督は今尚ピカピカに光る看板を指差した。

艦娘達が毎日磨き上げているからである。

潮は苦笑した。

「確かに守られてますが、赤城エクレア紛争は怖かったですよ」

「間宮さんがブチ切れなくて良かったよ」

「あ、間宮さん言ってましたよ」

「なんて?」

「銃弾の1発でも建物に当たったら、鳳翔さんと私と3人で旅に出るって」

提督はあの日の間宮の冷たい笑顔を思い出した。

怒ったら本当にやる気がする。

「当たらなくて本当に良かったよ」

だが潮は、きょろきょろと周囲に二人以外誰も居ない事を確かめると、提督に手招きをした。

「え?なに?」

潮がそっと「実弾禁止」の看板をずらすと、微かに解る着弾の修理跡があった。

真っ青になって潮に向き直った提督に、潮は看板を戻しながら小声で囁いた。

「間宮さんに気付かれる前に直しておきました」

「ありがとう、潮。鎮守府の平和を守ってくれて。おおっぴらには出来ないが、こっそり何かあげようか?」

潮はにこっと笑った。

「いいえ。私の願いを叶えてくださった、お礼ですから」

提督はしばらく潮の頭をわしわしと撫でた後、幾つかの和菓子を買い求めて売店を後にした。

 

「潮に免じて、ですよ。私が気付かないとでも思いましたか?」

立ち去る提督の背中に視線を合わせつつ、間宮はそっと呟いた。

 

「ただいま。遅くなったね」

「まだ30分ですよ・・ん?少し御顔の色が優れませんが・・大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、いや、心配ないよ。それより仕事しないとね」

「私の方で解る書類は片付けておきましたので、すみませんが10件だけお願いします」

「そこまで済ませてくれたのか。加賀さんが秘書艦の日で助かった。本当にありがとう」

「いえ、そんな・・」

「そうそう。これお土産ね」

「和菓子ですね。お出しするのは1500時でよろしいですか?」

「それで良いよ。一緒に食べよう」

「あ、ええと、4個ありますが、3個召し上がるのですか?」

「私は1つで良いよ。2個はお土産にして赤城と食べなさい」

「・・ありがとうございます」

席に戻る提督の後ろ姿に、加賀はそっと提督に頭を下げた。

提督はいつも通り豆大福でしょうか。あ、最近は草もちの方がお好きでしたね。こちらにしましょう。

私は念の為、豆大福にしておきましょう。

加賀はぽっと頬を染める。

は・・はんぶんこでも、良いかもしれませんね。

だが、すぐに肩を落とす。

・・そんな大それた事、とても言えません。

チラリと残りのラインナップを見る。

赤城さんはきんつばが良いでしょうね。

芋ようかんと一緒に持って帰れば赤城さんは相当悩むでしょうけれど。

加賀はふふっと微笑むと、和菓子を棚に仕舞った。

振り返った時に提督の様子を伺う。

提督は書類を前に考え込み、頭をカリカリと掻いていた。

眠気は、取れたようですね。

席に戻り、大きく一呼吸する。

さて、1500時までもう少し頑張りましょう。

加賀は次の書類を手に取った。

 



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船魂の矜持(1)

すいません。
いきなり2話目から1話読みきりじゃなくなりました。
どうもこう、1話で1万文字とかあると自分で読んでて読みづらい。
長っ!って思うんですよね。
という訳で従来型のスタイルに戻します。



「本当なのかい?その話。見間違いじゃないの?」

隼鷹は自分のおちょこをつまんだまま、疑わしそうな目を向けた。

問い返した先は目の前に居る龍驤だが、龍驤は鼻息荒く返した。

「キミィ、うちの目を疑うんか?まぁ乗らないならええで」

「ま、待てよ。乗らないとは言ってないぜ」

「じゃあどうするん?メンツ決めなあかんし、乗るなら乗ると言ってや」

「う・・事務方には何て言うんだよ」

「そこは考えてあるで。うちに任しとき」

考え込む隼鷹に足柄が言った。

「行ってダメでしたでも良いんじゃないの~?」

「お前完全に酔っぱらってるな」

「ここをどこだと思ってるの!鳳翔さんの飲み屋なんだから良いじゃない!」

「はぁー、こういう時酔っぱらいに何言ってもダメだよなぁ」

「酒場に来て真面目に考える隼鷹が悪いんじゃないの~あはははっ」

足柄の言う事も尤もだと隼鷹は思った。

何で楽しい酒席で怪しげな話を真面目に判断せにゃならんのだ。

隼鷹はにっと笑うと龍驤に言った。

「今すぐ決めろってんならNO。明日の昼頃、まだ空き枠があるなら言って。飛鷹と相談して決める」

龍驤は肩をすくめた。

「はいはーい。ほな、うちは帰るな!」

隼鷹はとててと走っていく龍驤の背中を目で追った後、

「さぁ飲み直そうぜ~」

と、足柄に声をかけた。

 

隼鷹は実は酒そのものが好きなわけではない。

酒席独特の、高揚した楽しい雰囲気の中で話すのが好きなのである。

だから飲んでいるように見えて、その実注文をやり取りしたり、皿を片付けたり、他の子に注ぐ方が多かったりする。

皆が楽しく飲んでる中に居る、それは隼鷹にとって大事な意味のある時間だった。

だが、今夜は千客万来だった。

足柄に酒を注いだ途端、インカムが鳴ったのである。

 

「はーい、隼鷹だよぅ」

「事務方の敷波だよぅ。今どこに居るの?」

「へ?鳳翔さんの店だけど?」

「えっと、もうアルバイト始まってるけど、今日はキャンセルするの?」

隼鷹はごくりと唾を飲んだ。

「えっ!?あれっ?明日じゃなかったっけ?」

「元々はね。でも日程変更で今日になったよって、朝から掲示しといたんだけどなー」

「うえっ!?」

「もぅ、ちゃーんと見とけよー」

 

艦娘向けに事務方が募集している唯一のアルバイト。

それが月に数回ある兵装開発である。

給料以外に唯一小遣いを稼げる貴重な手段であり、隼鷹は毎回欠かさず出席している。

なぜならその収入こそが飲み代の原資なのである。

隼鷹はハッとして店内を見回した。

いつもこの時間には居る筈の高雄が居ない!

「え、えとさ敷波、もしかして高雄は・・」

「とっくの昔に始めてるよ。さっきロケットランチャー出してたよ」

「ゲ!」

「んでどうするの?キャンセルする?」

「い、行く!すぐ行くからキャンセルしないで!」

「はいよー。あ、もしかして足柄も居る?」

「・・居る・・けど」

「出来上がってるんだねー?」

「・・あぁ」

「隼鷹は?」

「きょ、今日はまだ酔ってない!酔ってないよ!?」

「まぁ受け答え出来れば良いよ。でも泥酔者はお断りだからね!」

「・・解った。足柄は置いていく」

「後がつかえてるから早くしてねー」

インカムを切った隼鷹はきょろきょろと周囲を見回す。

一人の影を見つけると慌てて近寄った。

「・・那智!なっちゃん!」

那智はテーブル席で一人座り、肴の皿を前に静かに酒を飲んでいたが、声に気付いて振り向いた。

「ん、隼鷹か。どうした?」

「ごめん。今日バイトの日だってすっかり忘れててさ」

那智は怪訝な顔になった。

「何を言っている。バイトは明日だろう。酔っているのか?」

「違うって。日程変更で今日になったって今敷波から連絡があったんだよ」

那智はがたりと立ち上がった。

「なんだと!?今回は私も予約してるのだ!」

「うげ、そうなの?足柄の事頼もうと思ったのに!」

「ん、足柄も・・あれはダメだな、完全に出来上がっているな」

「足柄のキャンセルはしといたよ」

「それは助かる。では部屋に連れ帰る役は羽黒に頼もう。鳳翔!」

騒ぎを聞きつけて出てきた鳳翔は苦笑しながら

「はいはい、残りの品はキャンセルですね?」

「すまぬ。これは頂いてから支払いをする」

鳳翔は時計を見た。

「アルバイト終了まではまだ余裕があると思いますよ」

「・・うむ。旨い肴を雑に食べるのは申し訳ないからな。隼鷹、先に行ってくれ!」

隼鷹は財布を取り出した。

「ええっと、足柄はまだ飲み中なんだけど、お愛想出来るかな?」

鳳翔は伝票をもう1枚取り出し、足柄のテーブルにあった伝票からすいすいと書き分けると

「枝豆天ぷらは割り勘ですか?」

「あ、ええと、肴はアタシ持ちで良いや。酒は割りで」

「・・では3000コインで良いですよ」

「安くね?4500位じゃない?出せるよ?」

「アルバイト行きそびれては可哀想ですからね。御釣り無しで良いように」

隼鷹はパンと両手を合わせ、1000コイン札を3枚出した。

「悪ぃ!じゃあ那智、羽黒の手配頼む!キャンセルにならないように言っとくよ!」

「承知した。向こうは頼むぞ!」

タタタと走っていく隼鷹を見ながら鳳翔は苦笑した。

あの足取りは完全に素面ですから、隼鷹さん、今日はほとんど召し上がれなかったようですね。

それなのに酒代は割り勘、肴は自腹なんて人が良過ぎます。

 

アルバイト会場である会議室の前は順番待ちの列でごった返していた。

「やっべぇ、今日は人数が多いや」

懐から予約券を取り出すと、

「ほんとごめん!ごめんよう!」

と言いながら会議室に入っていった。

 

「隼鷹さん、ご協力ありがと~うございます!」

 

ドアを開けると不知火の声が飛んで来た。

隼鷹は近くに居た敷波に声をかけた。

敷波は予約券すら確認することなく、空いた機械の前に隼鷹を案内した。

「あ、ごめん、那智も予約してるでしょ。もうちょっとで来るからさ」

「えーと・・うん、入ってるね。了解」

 

隼鷹はチラリと部屋の中を見回した。

高雄の顔色が良い。さっき陸軍装備引き当てたって言ってたな。今日は引きが良いのか。

夕張は殺気立ってる。余り当たってないな。

あ、マズい。今日は睦月が居る。あーあ、三式ソナー山積み・・あれ地味に金になるからな・・

自分に割り当てられた機械に視線を戻し、深呼吸を2回。

両手で自分の頬をパンパンと叩き、機械に向かって2回柏手を打つ。

いつも始める前にやる儀式。

「今日も陸軍装備が出てきますように!」

27、211、33、28。

いつも最初に回す組み合わせ。

「お願いします!陸軍装備!」

目を瞑ってバチンとスタートスイッチを押し込む。

機械が光を放ち、消え失せると。

 

「ハイ10式!10式戦車出ぇ~ました!隼鷹さんそのまま行ってくだ~さい!」

 

隼鷹はニヤリと笑った。よっしゃ、久々の大物ゲット。このまま行くぜ!

その時、遅れて入口から入ってきた那智はげっそりした顔になった。

10式戦車だと!?幸先の悪い物を見てしまったな。

これから機械を動かして何か残ってるだろうか?

 

「毎度ありがと~うございました!」

不知火の声に送られながら、隼鷹は会場を後にした。

会場はまだ宴たけなわで、行列は減っているがまだまだ並んでいる子が居る。

懐に仕舞った厚みのある封筒をポンポンと叩くと、隼鷹はにっと笑い、寮に向かって歩き出した。

 

 





ちなみに。
バイト中の不知火さんは一生懸命です。
ラメジャケットに鼻めがねをかけて、特有の言い回しで。
詳しくは3章夕張の場合(20)辺りにありますので、気になる方はどうぞ。
前に書いてるネタと重複する所の書き方って、難しいですね。
何度も同じ事を説明するのも読んでてウザいでしょうし。
うーん。


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船魂の矜持(2)

 

隼鷹が入る時、戸口の前の子達がゴネずに譲ったのは、隼鷹が常連だからというだけではない。

隼鷹は引きが悪くなったと見るやスパッと手仕舞うので、譲った所で大して影響がないのである。

今日は15分足らずで10式戦車や歩兵用TOWなど、幾つかの陸軍装備を引き当てた。

これだけあれば1ヶ月は充分晩酌代が払える。

ふと寮の方を見ると、羽黒が足柄の手を取り、ゆっくりと歩いている。

隼鷹は二人に駆け寄った。

「おーい、羽黒ぉ!足柄ぁ!」

「あ、隼鷹さん。こんばんは」

「うーい・・ねぇ隼鷹、バイト今日に変わってたの~?」

「おう、アタシも飲み始めてからインカムで呼び出されて気が付いた」

「あーあ、折角予約してたのになぁ」

「もう酔ってたからな・・悪ぃけどキャンセルしといた」

「泥酔者禁止だもん、しょうがないわよぅ」

「また今度一緒に行こうぜ!」

足柄が思い出したように顔を上げた。

「あー、ねぇ隼鷹!」

「なんだよ?」

「あなた払い過ぎよぅ。なんで肴代全部持ったのよ~」

隼鷹がふいっと目線を逸らした。

「いやほら、一人だけバイト行く事になっちまったからさ」

「良いわよぅ、アタシが掲示板見てないからだし。ほら、1000コイン持ってきなさいよぅ」

財布を取り出そうとする足柄の手を隼鷹はそっと抑えた。

「じゃあ今度さ、多目に払ってくれれば良いって」

「うー?そぉ?」

「ほら、寒くなってきたから早く帰ろうぜ」

「むー、約束よ・・」

「あぁ、約束だ」

 

足柄を部屋まで送り届け、帰ろうとする隼鷹を羽黒が呼び止めた。

「あ、あの、隼鷹さん!」

「んー?」

「きっと、足柄姉さんは今夜の事を覚えてないと思うんです、だから、1000コイン・・」

隼鷹はニカッと笑った。

「解ってるし、だから言ったの。断ればさ、あげる要らないの押し問答になって羽黒が風邪引くだろ?」

「あ・・」

「だからハナからそのつもり。羽黒も早く寝ろよ!」

隼鷹はざっと片手を振りながら重巡寮を後にした。

羽黒は隼鷹の背中にぺこりと頭を下げた。

 

「やっほーぅ、タダイマ!」

「おっかえりぃ」

自室の部屋の扉を開けると、飛鷹は机に向かったまま答えた。

いつもの光景だ。

隼鷹は飛鷹の机の上をひょいと眺めた。

「あー、エンジンの整備かぁ」

「ごめんね、妖精もアタシも今ちょっと手が離せないのよ・・」

「解る解る。アタシも2機残ってるからやっちまうか」

ややあってから、飛鷹は眉をひそめて隼鷹の方を向いた。

「あれ?今日は飲んで来る~って言ってたじゃない」

「それがバイトの日程が今日にずれててさぁ。呼び出し食らっちまったのさ」

飛鷹が苦笑した。

「また?もう遅刻でも常連になってない?」

隼鷹はてへへと笑った。

「最近は行列待ちの子がサクッと譲ってくれるようになったぜ」

「威張れないわよ、それ」

「だな。さ、整備やっちまおうぜ!」

「そうね。終わらないと気持ち悪くて眠れないもの」

 

長距離航路の貨客船、橿原丸として元々魂を授かった隼鷹。同じく出雲丸として魂を授かった飛鷹。

二人は軍特有の、命の割り切りが苦手だった。

乗せる物や人を大切に運び、傷一つなく、怪我一つなく送り届ける。それが民間船の使命だからである。

特に隼鷹は、戦いで1機でも帰ってこないととても辛く、悲しい気持ちになる。

ふと散っていった妖精の事を思い出すと涙が浮かんだりする。

死が日常茶飯事の軍の中で、殊更に明るい雰囲気を求めるのはそういう理由だった。

だから提督の言う、誰一人沈めない、その為に備えよという戦略にいち早く賛意を示した。

そういう隼鷹の姿を見て、次第に飛鷹もそう思うようになった。

今も暇を見ては艦載機の整備に時間を割くのは、整備不良で命を落とすのは可哀想だという思いからである。

ゆえに、隼鷹、飛鷹と乗組員たる妖精達との絆は、まるで家族のように太く強いものだった。

戦いとなれば互いに不眠不休で、互いの無事を祈って力を尽くす。

周囲からは運の強さを羨ましがられる隼鷹だが、実はこの絆がもたらした成果の方が多いのである。

 

「この前整備しきれなかったのは、この・・2機だよな?」

隼鷹は格納庫から機体を取り出して呟くと、机の上に居た妖精達が大きく「○」とサインを出す。

「こいつから始めるか。何か違和感あった?左前輪・・あ、タイヤ欠けてるじゃん。変えようぜ」

妖精達と一緒に2機の整備を終えたのは、それから1時間ほど経った後だった。

隼鷹が部品類を格納庫に片付けていると、妖精達が話しかけてきた。

「ん?そうか。最近はあまり全機飛行させる事も無いよなぁ・・1度やっときたいのは確かだけどさ・・」

その時ふと、鳳翔の店で龍驤が言った事を思い出した。

あれ本当かな?一応飛鷹には言っとかないとな。

「なぁ飛鷹、龍驤の奴が誘ってきたんだけどさぁ」

本を読んでいた飛鷹は胡散臭そうな顔になった。

「なになに?また変な話?」

「にわかには信じられねぇんだけど、一応伝えとこうと思ってさ」

「乗るの?」

「んー、微妙。他に誰が噛むかだな」

「とりあえず聞かせてよ」

「あいよ」

 

翌日。

 

「昼になったから来たで!」

ガラリと隼鷹達の部屋の戸を勢いよく開けたのは龍驤であった。

途端に飛鷹がジト目になった。

「なに?あの怪しい話?」

龍驤はニヤリと笑った。

「それがそうでも無いんよ?ほれ、これ見てみ」

そう言って取り出したのは1枚の航空写真だったが、隼鷹達は釘付けになった。

「今朝撮影させてきたんや。ほぅれ、言った通りやろ~?」

「マジか」

「・・嘘みたい」

「翔鶴瑞鶴とちとちよは1枚噛んだで」

ちとちよはともかく、翔鶴姉妹が噛むのは珍しい。まぁこの写真があれば信じざるを得ないしな。

だが、それなら・・

隼鷹は龍驤に訊ねた。

「・・赤城は?」

「今日秘書艦なんやて。勿体ない言うてたわ」

隼鷹は合点が行った。この計画に赤城の影が見えないのが引っかかっていたのだ。

龍驤が続けた。

「でな、今日は赤城が秘書艦やん?」

「あぁ」

「せやから、外部活動許可もかーんたんに取れるんやで?」

飛鷹が眉間に皺を寄せた。

「・・赤城さんを抱き込んだわね?」

「ちょーっち分け前をはずむだけやで」

「提督は何て言ってるのよ?あとで大目玉なんて嫌よ?」

「アホか君ら。提督がOK言うんなら赤城抱き込む理由が無いやんか」

「えー」

「えーやなくて。どうする?乗るか?反るか?人数は足りてるから1300時から行くで」

隼鷹は少し考えたが、飛鷹に二言三言耳打ちした。

「なるほど。それなら良いわね」

「だろ?」

龍驤が眉をひそめた。

「なんやねんな」

「こっちの話。解った、乗るよ。じゃあ1300時に何持ってどこ行けばいい?」

「97艦攻16機と投網を4つ。武器は最低限。格納庫出来るだけ開けといてや。集合場所は砂浜やで」

「工廠側の港っていうか、小浜じゃなくてか?」

龍驤がチッチッチと指を振った。

「あっちは1400時まで深海棲艦がわんさかおるやんか。砂浜の方が誰も居らん」

「許可取っていくんだから良いじゃん」

「ごみごみした所を行ったら燃料食うてまうやんか。それに砂浜の方が方角的にちょっち近いんや」

「あっそう。ま、解ったよ」

「ほなパパッと許可取って砂浜行くから集まっといてや」

「はいよー」

 

 



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船魂の矜持(3)

砂浜に走ってきた龍驤は、集まっていたメンバーに声をかけた。

「皆ぁ、獲物は持って来たかなー?」

「いぇーい!」

「燃料は目一杯積んだかなー?」

「いぇーい!」

「修理は完璧かなー?」

「いぇーい!」

「ほな行くでー」

龍驤を先頭に、翔鶴、瑞鶴、千歳、千代田、そして隼鷹と飛鷹の7隻は、砂浜からひょいと海に出た。

それぞれの妖精達は投網を97艦攻の足に括り付ける作業で大忙しである。

「距離的にはどれくらいなのさ?」

隼鷹が龍驤に訊ねた。

「皆の速力やったら行きは1時間、帰りは2時間てとこやろなあ」

「何時まで許可取ってるのさ?」

「1900時やで」

「じゃあ現場では3時間てとこか」

「そうやね。1700時帰投開始や」

隼鷹はそもそもの疑問を口にした。

「なぁ、どうやって龍驤はこの事を知ったんだ?」

龍驤は帽子をくいっと被りなおしながら答えた。

「簡単な話や。遠征から帰ろ思て航行しとったらな」

「うん」

「居眠りして航路外れてしもたんよ」

途端に隼鷹がジト目になった。

「アンタ・・」

龍驤が両腕をバタバタさせた。

「80時間の遠征行ってきた帰りの最終盤やで!もうごっつしんどかったんや!」

「まぁ・・あの遠征は出撃よりしんどいけどさぁ」

「せやろせやろ?ちょーっち寝てしもうてもしゃあないやろ?」

「解った解った。で、現場の緯度経度は?」

「海図あるで。えーと、この辺りや」

隼鷹は海図を二度見した。

「・・おい、普通の航路から目一杯外れてるぜ?」

「2時間は寝とったからな」

「他の皆はどうして気付かなかったんだよ?」

「あー、うち、寝ぼけて用事があるとかなんとか適当な事を口走ったらしいんよ」

「怖ぇなぁ。もうちょっとで完璧行方不明じゃねぇか」

「あー、まぁ、そうとも言うなぁ」

「で、自力で戻ったのか?」

「せや。真夜中で星明かりだけを頼りにな。よう帰れたわ。うちの妖精さんは賢いで!」

「自慢にならねぇよ」

龍驤はバツが悪そうに頭を掻いた。

「あはははは・・おっ!見えてきたで!あれや!」

龍驤の指差す方へ、皆が一斉に向いた。

水平線上に小さな山が見えていた。

龍驤は素早く飛行甲板を展開した。

「よっしゃ。艦載機、発進!まずは偵察、特に敵勢力の確認や!御仕事御仕事!」

飛鷹はすすっと隼鷹の傍に行くと囁いた。

「龍驤の乗組員はしんどそうね」

隼鷹は苦笑を返した。

「まったくだ」

 

オオーン・・・

偵察に向かった艦載機が島の方から戻ってくると、龍驤は通信を受けた。

「ほう、ほう、なるほどなるほど・・いよっしゃ、誰も居らんで!」

翔鶴が頷いた。

「じゃあ近くに行きましょうか」

だが、龍驤が首を振った。

「あの辺りは海中に尖った岩や変な潮流があるんよ。下手に流されると艤装壊すで」

「じゃあどうするんだ?」

「せやから投網持ってこい言うたやんか」

隼鷹が眉をひそめた。

「・・網ですくうのか?」

龍驤がきょとんとした。

「ボーキサイトだけ拾うんよ?他に何もないやん」

飛鷹が眉をひそめた。

「救助待ちの乗組員が居るかもしれないじゃない!」

「せやから、誰も居らんて」

「航空機で上空から見ただけでしょ!」

「ほなどないするねんな」

隼鷹がとりなした。

「ま、ま、最終的には投網でもさ、アタシ達がちょっと行って様子見てくるよ。ちょっとだけ。な?」

龍驤が腕時計をチラリと見た。

「しゃあないなあ。30分で何とかしてや」

「よっし、偵察機で航路案内頼む」

 

龍驤から持ちかけられた話。

それは浅瀬に座礁し、倒れている船の脇にあるボーキサイトを失敬しようという話であった。

今日見せられたのは現場の航空写真であり、山のようなボーキサイトがしっかり写っていた。

さらに、船の警護をしている筈の艦娘や救助隊、資源狙いの深海棲艦達といったおなじみの面々が居ない。

どこの航路にも使われてないから、外から流れ着いて人知れず座礁したのだろうというのが龍驤の読みだった。

龍驤自身、たまたま居眠りして航路を外れたからこそ見つけたのであり、チャンスであると。

だが、隼鷹達が話に乗ったのは資源目当てではなく、乗組員の救助目的だった。

昔は貨客船だった身としては傷ついた民間船を捨て置けなかったのである。

 

航空機からの案内と水中ソナーを使い、隼鷹達は無事に船の傍に到着した。

今はもう見なくなった鉱石運搬船、それもかなり大きい方だ。

だが、船体は航空写真で見る以上に腐食が進んでおり、相当の領域が朽ちて原形を留めていなかった。

積み荷と思われるボーキサイトは朽ちた船体とは対照的に、流れ出た形のまま小山のように残っていた。

船を取り巻く浜は白く、海は透き通り、空は真っ青で、椰子の葉が風に優しく揺れていた。

そのあまりにも残酷な対比に、隼鷹はぎゅっと唇を噛んだ。

どのような経緯があるにせよ、積み荷を抱えたまま浜に打ち上げられる程の屈辱は無い。

この船の船魂はさぞ悔しかったであろう、と。

隼鷹は格納庫から日本酒の1升瓶を取り出した。

せめてもの供養だ。

栓を抜くと、ポン!という良い音がした。

普段なら酒席の始まりを告げる良い音だ。

だが今は・・

「アタシはあんたを弔う。成仏して、次の世で幸せに暮らせよな」

そして、船体に酒をかけようとしたその時。

 

「あなたたち、何してるの?」

 

船の中から声がしたのである。

飛鷹が慌てて隼鷹の傍に寄り、副砲を声の方に向けたのと、その子が出てきたのは同時だった。

 

「ってことは、アンタ一人だけにされたのか」

「うん。だって舵折れたし、そりゃもう酷い大波で転覆まっしぐらだったもん」

「そっか」

「脱出した乗組員が無事だったら良いんだけどねぇ」

 

鉱石運搬船から出てきたのは、この船の船魂だった。ずっとこの島に居たらしい。

隼鷹はそっと尋ねた。

「なんで、ここから逃げなかったんだ?船魂なら海を渡れただろ?」

だが、その子は肩をすくめた。

「このボーキサイトを見張ってたの。預かった荷物ですもの」

隼鷹はニッと笑って頷いた。

「だよな。荷物を無事届けるのがアタシらの矜持だもんな」

「そう・・なんだけどね」

「うん?」

その子はふっと笑った。

「正直、もう待ちくたびれちゃって。だって何十年もだーれも来ないし。」

飛鷹がそっと船体を撫でながら言った。

「船体がここまで痛むくらいだもんね・・」

「そう。で、ある日気づいたの。ここって割と快適だって」

「え?」

「だからここで気楽に住んでたっていう方が正しいわね。今となっては」

そう言ってその子はハハハと笑ったあと、すっと目を細めた。

「ところで、貴方達は軍艦でしょう?どうして荷物を届けるのが矜持だなんて言ったの?」

「アタシらは元々貨客船。そっちの思いを強く込めて作られたんだ」

「・・そっか」

「そういうこと」

「で、どうしてここに?」

「・・あー」

隼鷹は言いにくそうに頭をかくと

「仲間がさ、一昨日ここを通りがかってさ」

「えー、気付かなかったなあ。寝てたのかなあ」

「その・・ボーキサイトを譲ってもらえたら嬉しいんだけどさ、ダメかな?」

その子はしばらく腕組みをした後、

「そうね。遺失物だって1年も経てば拾い主のものだもんね」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「なぁに?」

「見張ってたんだろ、これ。無理にとは言わないよ」

その子はくすくすと笑った。

「確かにそうだけど、別に祟ったりしないわよ。じゃあ私もお役御免ね」

「この後どうするんだ?造船所行くか?」

「ううん。なんか最近、海を変な物が泳いでるし」

「変な物?」

「貴方達とは姿形は全然違うよ。海の中から出てきて、なんか恨めし気なくら~い表情してる奴」

「アタシ達が戦ってる相手かもな」

「え?そうなの?」

「深海棲艦て呼んでるけどさ」

「あー、なんか言われるとイメージピッタリ」

「そうか」

「海も物騒になったわね。あれも武装してるの?」

「そうさ。だからアタシ達が頑張ってるわけ」

その子はしばらく考えていたが、

「こういう取引が通じるか解んないけどさ」

「うん?」

「あたしも貴方達みたいになれるかなあ?」

「わかんねぇけど、なんでだ?」

「そろそろ一人に飽きたし・・」

すいっと一升瓶を指差した。

「お酒好きなのよ」

飛鷹がくすくす笑い出した。

「良いんじゃない?隼鷹、良い飲み友達が出来そうじゃない」

「貴方達の拠点には飲み屋があるの?」

「あぁ。美味しい肴を出してくれる飲み屋があるぜ」

「じゃあ私をそこに連れてってくれるなら、このボーキサイトあげる」

隼鷹は飛鷹と顔を見合わせた。

提督は何て言うだろう・・・恐らく。

「工廠長が何とかしてくれそうだよね」

「そうでなくても東雲ちゃんいるし、提督なら置いてくれるわよ、きっと」

首を傾げるその子に向かって、隼鷹はニカッと笑って言った。

「良いよ!うちへおいでよ!」

その子が笑い返した時、龍驤が痺れを切らした声でインカムを鳴らしてきた。

 

 



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船魂の矜持(4)

「はぁい、次は右奥持ってって~」

投網を付けた艦載機が少しずつボーキサイトの山をすくっては空母へと帰投していく。

その空母では妖精が走り回っていた。

なにせ格納庫では全く足りず、ついには飛行甲板の上にまで積み上げる有様であった。

その子は飛んで来る艦載機に、次はどこからピックアップすれば良いかをテキパキと指示していた。

隼鷹は唸った。

「さすがだなあ」

その子はニッと笑った。

「本職だもん・・あ、次は左手前の山だよー」

こうして効率良く積載作業は進んでいき。

「これで終わりだねぇ」

隼鷹が訊ねた。

「えっと、海の上での動き方は覚えてる?」

「大丈夫大丈夫。毎日散歩行ってたし」

「じゃ、皆の所に行こうぜ!」

 

「なるほどなぁ、荷捌きが上手い筈やわ」

「い、いえ、それほどでも」

「おかげで作業時間は早う終わったし、1回で全部積んで帰れるわ。おおきにな」

「こちらこそ、連れてってもらえて嬉しいです」

龍驤達の所に戻った隼鷹達は、龍驤達にその子を紹介。

今は並んで鎮守府に向かって航行中である。

翔鶴がその子に訊ねる。

「それにしても、貴方一人で何十年も待ってたのですか?」

「うん」

「そんな長い間一人なんて・・可哀想に・・」

「もうお酒飲みたくて飲みたくて」

龍驤がよろけた。

「そっちかいな。ま、鳳翔さん所ならごっつ旨い酒や肴があるで!」

「楽しみ~」

「い、一応、提督には報告して、保護する許可を頂きませんと」

そこで龍驤はガリガリと頭を掻いた。

「今日は難海域での操船訓練って、許可貰ったんだよね・・あはははは」

隼鷹が訊ねた。

「海域は嘘言ってないな?」

「言ってへんで」

「ちょっと許可書見せな」

「これやで」

隼鷹は一通り読んだ後、ニッと笑った。

「よし。アタシ達が上手く説明しとく。荷物もないし丁度良いだろ?」

龍驤がホッと息を吐いた。

「ほな任せるわ。その間にウチらは貯蔵庫にボーキサイト入れとくから」

「いや、工廠側の砂浜に積んでおいてくれ」

「なんでや?」

「この子の手土産だからだよ」

龍驤はじっと、その子を見た。

「あー、そういう事か。解った。提督室から見える所に積み上げとくわ」

「頼むぜ」

「じゃあウチらは回り込んで下ろすから急ぐで。あんたらはこのまま砂浜からゆっくり移動してや」

「解った。そっちは任せたぜ龍驤」

「ウチらの事も上手に頼むで?」

「任せとけって」

 

「・・・ええと、じゃあその大きな鉱石運搬船の船魂が、その子って事なの?」

「そういう事」

提督はその子に目を向けた。

「ええと、お名前は?」

「船に名前はありましたけど、私は・・」

「船の名前は?」

「ムーンクリスタリー号です」

「綺麗な名前だねえ」

「あ、あの、私も気に入ってました」

「んー・・」

提督はしばらく考えた後、

「晶月・・でどうかなあ」

「しょう・・げつ?」

「うん、結晶の晶に、月で、しょうげつ」

「しょうげつ・・しょうげつ・・うん、呼びやすくて良いですね」

「そうか。じゃあ改めて。晶月さん、貴方は民間船の船魂だけど、うちの鎮守府で個別雇用しようと思う」

「い、良いんですか?」

「うん。見てくれたら解るけど、うちの鎮守府では鋼材やボーキサイト、燃料を大量に取り扱ってる」

「はい」

「それらは毎日膨大な量が届くし、膨大に消費しているけれど、今は専属の管理担当が居ないんだ」

「なるほど」

「だからその仕事を受けてくれたら、工廠の皆が喜ぶと思うんだよ。どうかな?」

晶月はにこっと笑った。

「荷物の管理なら任せてください!」

「うん、じゃあ工廠長と会ってもらおうかな。私も行くよ」

 

工廠近くの浜が見え始めた所で、隼鷹は切り出した。

「提督、晶月の手土産があるんだけど」

「なに?」

「あれ、さ」

提督は隼鷹の指差す方を見て、かくんと顎が下がった。

「・・あれ、何?」

晶月がにこっと笑った。

「ボーキサイトです。少なくとも50年以上前に預かったものですが、もう時効かと思います」

「何トンくらいあるの?」

「お預かりしたのは11万3800トンですけど、風化して減ってるから10万トン位だと思います」

「てことは・・うちの鎮守府のボーキサイト在庫は1万5千から一気に11万5千になるの?」

隼鷹が肩をすくめた。

「一応、ね。龍驤達皆で運んだから、分け前は欲しがるだろうけど」

その時、砂浜に居た龍驤達が気付いて寄ってきた。

ボーキサイトの山の近くには東雲組や工廠長も見える。

「て、提督・・あのな」

「いやぁ、良く運んで来たねえ。お疲れ様!」

「へ?」

「分け前はどれくらい欲しい?ボーキサイトが良いか?デザートとかのチケットでも良いぞ!」

てっきり怒られるかと思っていた龍驤達は戸惑いながらも

「ボーキサイトおやつ・・じゅ、10kgとか・・あはははは」

「そんなんで良いの?」

「え?そんなんて・・」

「だってこれだけ運んで来たんでしょ?」

瑞鶴が素早く龍驤に耳打ちした。

「よ、よし!ほなボーキサイトおやつ一人30kg!」

「他の皆もそれで良い?」

そっと頷く面々に、提督はニコッと笑い、

「ん、じゃあ後で秘書艦にチケット持って行かせるよ。あ!工廠長!」

「提督か・・一体なんじゃこのボーキサイトの山は?」

「晶月の贈り物ですよ」

「はて・・晶月とは?」

「この子です」

そういって提督は、工廠長に晶月を紹介した。

「昔座礁した民間船の船魂なんですけど、うちに来たいと言うので。晶月、この人が工廠長だよ」

「ほう。めんこい子だの。わしが工廠をまとめとるよ。よろしくな」

晶月はぺこりと頭を下げた。

「は、初めまして」

「うん?まだ実体はないのかの?」

「じ、実体ですか?私は船魂なので・・」

「それじゃご飯も食べられんからつまらんじゃろ。艦娘化してやるから、ちょっとじっとしときなさい」

工廠長が長い呪文を唱えると、晶月の体がぼうっと光り、それが消えるとはっきり見えるようになった。

「やぁ、実体になると可愛いらしさが一段と増すね。よろしく。晶月さん」

提督が差し出した手に晶月はそっと触れ、きゅっと握手した。

「手が・・触れる・・」

「兵装が積める船ではないけど、扱いとしては艦娘と一緒で良いんですかね、工廠長?」

「そうじゃの。船という意味では艦娘と同じじゃからな」

「あ、あの、供えてもらわなくても、自分でお酒を飲んだり、ご飯を食べられるんですか?」

「出来るよ。海も渡れる。他にも色々聞きたいだろうから、詳しくは周りの子達に聞くと良い」

「解りました!」

感慨深げに握手を続ける晶月と手を繋いだまま、提督は工廠長に話しかけた。

「で、晶月の仕事なんですが、在庫管理をお願いしようかと思うんです」

「そりゃ助かるが・・かなり色々な人とやり取りするし、なかなか忙しいぞい?」

晶月は工廠長の方を向いてにこっと笑った。

「今まで一人で寂しかったので、丁度良いです」

提督は頷いた。

「慣れるまでは工廠の妖精さんにも手助けして欲しいのですが」

「慣れるまでというか、専属要員はそのまま残すよ。わしの分だけでもそれなりにあるからの」

「あ、あの、よろしくお願いします」

「住まいはどこにするんじゃ?」

「寮を考えてますが・・どこが空いてるかな、赤城」

赤城はペラペラと書類をめくって調べた後、答えた。

「空母寮なら余裕がありますよ」

隼鷹が頷いた。

「アタシ達の隣の部屋が空いてるよ。ここに慣れるまでアタシが面倒見るよ」

晶月がほっとした顔をしたので、提督も頷いた。

「そうだね。ちょっとの時間でも知ってる人が案内した方が安心だろうからね」

「はい!」

「じゃあ明日からここで、工廠長の下で働いてね。部屋は隼鷹、飛鷹、案内してあげてくれ」

「任せとけ!布団とかも用意してやるからな!」

「はい、ありがとうございます」

「工廠長、明日は何時に来てもらえば良い?」

「0900時で良いよ。まずは説明から始めんとな」

「解った。隼鷹、すまないが」

「0900時にここまで送ってくれば良いんだな?」

「そうだ」

「大丈夫。ちゃんとやるよ」

提督は隼鷹をじっと見た。

「・・ん?なに?提督」

「いや、嬉しそうだなぁと思ってさ」

隼鷹は照れ笑いをした。

「アタシも元貨客船だからさ、仲間が増えて嬉しいなってさ」

「そうだね。じゃあよろしく頼むよ」

「よっし!晶月!飛鷹!行くぜ!」

「はい!」

「そんなに張り切ると転ぶわよ~?」

提督は3人を見送りながら、赤城に言った。

「なんだか隼鷹に妹が出来たみたいだな」

「そうですね。それに、寂しい思いをしていた民間船を救えたのが嬉しかったんじゃないでしょうか」

「何十年も一人ぼっちだったんだもんね・・」

「私も同じ空母寮ですから、気にかけておきますね」

「そうしてくれ。出来れば空母の皆には紹介してやってほしいな」

「ええ。今夜にでも」

「よろしく頼む」

「お任せください」

「じゃ、戻ろうか」

去ろうとする提督に、工廠長が声をかけた。

「ところで、このボーキサイト、どこに仕舞うんじゃ?」

提督がピタリと足を止めると、恐る恐る振り向いた。

「ええと・・」

「言っとくが今の貯蔵庫は3万しか入らんぞ?」

「だいぶ足りないですね」

「およそ8万程な」

「・・・・ど、どこにしましょう、ね」

「さぁてな。わしは知らん。提督室にでも置いたらどうじゃ?」

「工廠長ぉ~」

「よ、寄るな気色悪い!涙目で揺さぶられてもどうしようもないわい!工廠を見れば解るじゃろ!」

「そんな冷たい事言わないで、なんとかしてくださ~い!」

その時、赤城が言った。

「入らない分は私が頂きましょうか?」

提督と工廠長がギッと赤城を見た。

「本当に食べつくしそうだからダメ!」

「御茶目なジョークじゃないですか~」

「食うなよ?絶対食うなよ?!」

「毎日計量しとかんといかんな!明日から晶月に頑張ってもらわんと!」

「じゃあ今夜の内に・・」

「何か言ったか赤城さん?」

「い、いいええ」

「・・龍田を呼ぶよ?」

「神に誓って手を出しません!」

「よし」

辺りはすでに、夜の帳が下りていた。

 

ガコォオン!

「カンパーイ!」

おちょこを手にしたまま、隼鷹が苦笑しつつ言った。

「晶ちゃん、ほんと飲みたかったんだねぇ・・」

「何十年ぶりのお酒よ!五臓六腑に沁み渡るったら!」

「高雄が飲み比べで負けて潰れて尚、平気で飲んでるもんなあ」

「もう1杯飲んで良い?」

「大ジョッキ開けるの早過ぎ!もうちょっとペース落せ!セーブ!セーブ!」

「じゃあ日本酒にするよー」

「・・おちょこで?」

「コップで!」

隼鷹はやれやれという表情になった。

こりゃあ次のバイトは晶月も引っ張っていかねぇとなあ。

とっくりから注ぐ手がピタリと止まる。

ん?晶月は開発出来んのか?

・・まぁ良いや、その時はその時だ!

「足柄!呑んでるか!」

「飲んでるわよぅ!」

「晶ちゃんは・・あー、とっくりから直に飲むなー」

「おかわりぃ」

「うー」

「高雄、起きたか?」

「頭ガンガンするー・・晶ちゃんはー?」

「まだ飲んでるぜ」

「うぇっふ・・完全に負けたわ。トイレ行ってくる」

「あいよぅ、いってらっしゃーい」

その時、鳳翔が肴の皿を運んで来た。

「晶月さんは美味しそうに飲まれますね」

「もう嬉しくて嬉しくて!」

「好みのお酒だったんですか?」

「・・えっと、それだけじゃなくて」

晶月は周囲にくるりと視線を回すと、

「こんなに大勢の人と、楽しくお酒が飲めて嬉しいなって」

鳳翔はにこりと微笑んだ。

「じゃあこの1杯はサービスにしますね。あと、串焼き盛り合わせ、お待たせしました」

「待ってました!晶ちゃん、これ旨いんだぜ~」

「美味しく頂いてまひゅ!」

「あ!うずら!うずらだけはアタシが貰う!」

鳳翔は厨房に入る前にそっと振り返った。

隼鷹さん、本当に嬉しそうですね。

 

そして、その夜遅く。

 

「はーい」

ノックする音に飛鷹は返事をした。

「こんばんは、飛鷹さん」

「あら赤城さん」

「提督の指示でボーキサイトおやつのチケットお持ちしましたよ~」

赤城から封筒を2つ受け取りながら、飛鷹は答えた。

「ありがとうございます。あ、山分け分は取りました?」

「ええ。皆さんから3kg分ずつ頂きました。隼鷹さんにも伝えて頂けますか?」

「あれ?それだと少なくない?山分けで良いですよ?」

「チケットが10枚で3kgなので、それで良いです」

飛鷹はへぇと思った。大好物なのに珍しい。

その視線に気づいたのか、赤城は照れ笑いをしながら言った。

「最後には提督にもバレて、特にお咎めも無かったですしね」

「そもそも許可が得られなかったら行けなかったわよ?」

「龍驤さんとの契約には、お咎めの時のとりなし分も入ってましたから。では!」

閉まる扉を見つつ、飛鷹は苦笑した。

龍驤ってば、叱られた場合の援護まで赤城に頼んでいたの?

頼む龍驤も龍驤だが、引き受ける赤城もお人好しだ。

「みんな、お人好しよね」

飛鷹は窓の外を見上げた。

外は満天の星空だった。

 




終了です。ちょっと短編集にしては長めですかね。
本当は上中下位にまとめたいんですけど、シナリオ優先という事で。

私の隼鷹、飛鷹に対する解釈はこんな感じです。
お国の都合で軍艦になったからと言って、魂まですんなり変われない。
だから一生懸命折り合いをつけて生きている。泣く時は影で人知れず。
そんな気がするのです。

誤字の修正を行いました。
ご指摘、毎度ありがとうございます。


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一と五(1)

喋らせてほしいというリクエストにお応えして。
この4人のお話を致します。



「ええっと、5章の問3は右回りに反転・・よね?」

瑞鶴は上目遣いに、そうっと加賀を見た。

加賀は眉一つ動かさずに答えた。

「違います」

「えー、じゃあ答えは何ですか?」

加賀の声色が1段低くなる。

「自ら考えて導いてください。合っていれば正解と言いますので」

対する瑞鶴はギリッと奥歯を噛みしめた。

あぁもう、ケーキの味がまだ口の中に残ってる内から!

 

 

以前、大本営の雷から艦娘を辞める条件として、

 

「運用に支障が出ないように後任を作りなさい」

 

と宣告された加賀は、赤城と自分達の後任について話し合った。

大鳳は装甲空母で同型艦が居ないという事もあるが、性格的に色々不安という事で却下。

蒼龍と飛龍は性格も良く練度も高いが、搭載数に差があり過ぎるという事で保留。

そして翔鶴と瑞鶴が俎上に上った時、赤城は

「あの子達をきちんと育て、高Lvにしたらきっと私達以上の器になるわ」

と言って強く推したが、加賀は

「能力的には否定しませんが、代わりが務まるとは・・」

と、非常に渋い顔をした。

だが赤城はニコニコ笑いながら

「加賀さんの心配性も、この際直しますか」

「誰が心配性ですか。そもそも、あのかしましい方とはウマが合わないだけです」

「瑞鶴ちゃんの事だなんて一言も言ってないですけど?」

「ぐっ」

「きちんと私達の技術を継承すれば、大丈夫ですよ」

「そうでしょうか」

「やってみる前から色々言ってても仕方ないですよ」

「やらなくても解る事もあります」

「まぁまぁ。じゃあ私は翔鶴ちゃんに教えますから、加賀さんは瑞鶴ちゃんを」

加賀が無表情になった。かなり本気で怒っている証拠である。

「お断りします」

「当番表の空き時間を考えるとそれしかありませんよ?」

加賀はささっと4人が都合の付く時間を表から抜き出すと、渋い顔になった。

「なんですか、この嫌がらせみたいな空き時間の組み合わせは」

「では、私から翔鶴ちゃんに説明しておきますね」

「ま、待ってください。次回の班当番編成の時からで良いではないですか」

「次回編成変更は半年先ですよ?先日変わったばかりですから」

「ぐっ」

「その間に提督が何かの理由で引退されたら・・」

「く、うううっ・・・」

赤城は加賀の目を覗き込んだ。

「どうします?」

覗きこまれた加賀は数分後、苦渋の決断を下した。

「・・解りました」

「じゃ、言ってきますね」

部屋に残された加賀は重い溜息を吐いた。

悪い子ではないのは、解っている。

実弾演習にも参加し、仮想訓練でも良く見かける。実戦も出ており、順調にLvも上げている。

だが、先程自ら言った通り、ウマが合わない。

右と言えば左、上と言えば下、ツーと言えばツーと返される。

話し出すと短時間でお互いにカッチーンと来て口喧嘩になるので、なるべく会わないようにしている。

それが加賀と瑞鶴の現在の関係であった。

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

加賀がそう言うのは、もちろん瑞鶴の事を指している。

それは嫌いというよりは平和に過ごしたいから本当に勘弁してくれというお願いに近い。

あらゆる意味でウマが合わないのに、あの子が私の理論や話なんて聞いてくれる筈がありません。

どうすれば技術継承など出来るというのでしょうか。

加賀は再び重い溜息を吐いた。

 

時は流れ、加賀と瑞鶴の第1回勉強会は僅か2分17秒で終わった。

テキストを開くどころか、火蓋は加賀が扉を開けた挨拶の瞬間から切って落とされた。

そして最後は加賀が部屋の扉を乱暴に閉じて出て行ったのである。

加賀はどすどすと大股に歩き、自室にまっすぐ帰るとベッドに突っ伏した。

「・・・やってしまいました」

喧嘩はしないで行こうと思ったのに。仲良くするきっかけを掴もうと思ったのに。

「あーら、一航戦の仏頂面の方の」

扉を開けた瞬間からそれはないでしょう?

だから嫌だと言ったのに!

 

一方。

瑞鶴はしびれきった足をそっと組み直しながら言った。

「翔鶴姉ぇ、そんなに何度も言わなくても解ってるってば・・」

「いいえ、解ってません。何度言えば解るのですか、瑞鶴」

少し前。

遠征を終えて帰ってきた翔鶴は、部屋の隅で頬を膨らませている瑞鶴を見てすぐに状況を理解した。

そして机の上に置かれた見慣れない紙の束に気付き、手に取った。

「これは・・」

瑞鶴が自分をチラチラと見る視線には気付いていたが、翔鶴はそのまま中身を読み進めた。

それは加賀が、空母の船としての航行特性や離発着時の波のいなし方等、事細かに記したテキストだった。

章の終わりには確認テストまでつけられている。

最後に改めて1ページ目を見て、頷いた。

 

パタン。

 

翔鶴はテキストを閉じて目を瞑った。

記された内容の濃さと多さに、加賀がどのような覚悟でこの部屋に来たかが溢れていた。

決して適当に済ませようという雑な思いでは無い。

まして、子供のような言い争いで踏みにじってはならないものだ。

翔鶴はゆっくりと瑞鶴に向き直ると、言った。

「瑞鶴、そこに座りなさい。お話があります」

 

加賀がもう良いですと言って出て行った時、瑞鶴は窓から外を見つつ頭のてっぺんまで怒っていた。

なんでああ嫌味ったらしいのか。どうしてああ事細かにつついてくるのか。

自分が感じるままに動かすのが一番良い結果をもたらしてきた。

理詰めであれこれ考えていては、考えてる間に避けられる空爆にまで当たってしまう。

妖精達とも別に仲が悪い訳ではない。ちゃんと回してるのだから余計な事を言わないで欲しい。

・・・だが。

Lvが上がるにつれ、他鎮守府の強豪と演習をするようになって気付いていた。

経験が物を言う場面がある、という事を。

場数を踏んだ艦娘の予想を超えた戦い方に太刀打ち出来ない瞬間がある事を。

それが敵との戦闘時であれば、間違いなく怪我を負う問題だという事を。

このままで良いとは、言い切れなくなっていた。

瑞鶴はちらりと机の上のテキストを振り返った。

あれの中に、答えがある。

加賀はきっと、対抗策を知っている。

瑞鶴の勘はそう告げていた。

でも今までの戦い方を、操船を、全て否定されるのは嫌だ。きっと言われるに決まっている。

自分を全否定してまでして勝ちたいとは思わない。それなら今のままで良い。

再びちらりとテキストを見る。

あれを用意するの、どれくらい時間がかかったのかな。

瑞鶴の良心に、トゲのようにちくちくとした痛みが広がっていた時、翔鶴が戻ってきた。

とっさに瑞鶴はぷいと窓を向き、そしてその行動を痛烈に後悔した。

まるで自分が後ろめたい事がありますと言ってるような物じゃない!

翔鶴がテキストを手に取り、熱心に読み進めるに従い、瑞鶴は居心地の悪さを感じた。

ペラ、ペラ、ペラ・・パタン。

静かな部屋の中で紙をめくる音だけが響き、それが終わると予想通りの一言が飛んで来た。

「瑞鶴、そこに座りなさい。お話があります」

瑞鶴は諦めて、翔鶴とちゃぶ台を挟んだ反対側にちょこんと座った。

ちらりと時計を見る。

あぁ、夕食抜きでお説教決定だ。

翔鶴姉ぇがきっちり正座してお説教する時はいつも長いんだもん。

 

瑞鶴の予想通り。

夕食時間がもうまもなく終わろうという時になったが、翔鶴の説教は静かに続いていた。

瑞鶴は空腹を押さえながら翔鶴に抗っていた。

幾ら言われても譲れない事があるから。

「・・だって」

「だってじゃありません。瑞鶴、貴方も今のやり方でいつまでも通じるとは思わないでしょう?」

「翔鶴姉ぇ・・」

だが、加賀との戦いと違うのは、翔鶴はここで軽く微笑んで、こういうのである。

「貴方は何を心配してるのです?本当に言いたい事をお姉ちゃんに言ってご覧なさい」

瑞鶴は図星を指され、ぐっと言葉に詰まる。

キョロキョロと落ち着かない視線をあちこちにやる瑞鶴を前に、翔鶴はにこにこと笑って待つ。

瑞鶴が大変な恥ずかしがり屋である事を良く知っているからだ。

 

 




以前の繰り返しになりますが、定着している固定概念に挑む場合は、まずそれを認める所から始めねばなりません。
必ず認めた後のところまで書き切りますから、ご覧頂ければと思います。



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一と五(2)

 

翔鶴がじっと待っている事に耐え切れず、ついに瑞鶴は口を開いた。

「・・い、今までの私を、全部否定されたら、嫌なの」

消え入りそうなくらい小さな小さな声で、瑞鶴は言った。

「どうしてそう思うのですか?」

「か、加賀さんと私は、本当に考え方が逆で、加賀さんが歴戦の強者だから」

「今日、そう言われたのですか?」

「そこまで言ってない。挨拶から帰るまで5分もなかったから」

翔鶴は溜息を吐いた。

瑞鶴は仮定に基づき、実際を確かめずに防衛行動に走る癖がある。

「自分を全て否定されるのが怖くて、加賀さんが何も言う前からわざと喧嘩したんですね?」

「ぐ」

「良いですか、瑞鶴。あなたは実戦投入されている正規空母なのですよ」

「・・」

「提督の指示に従って数多の敵を撃破し、沢山の成果をあげて来たんです」

「・・」

「それは提督もご存じですし、褒めてもらった事も沢山あるではありませんか」

「そ、そうだけど・・」

「今回、私達に一航戦の方々がなぜ手ほどきしてると思いますか?」

「それは、自分達の方が格上だって解らせる為にわざと」

 

バン!

 

瑞鶴はびくりとして言葉を途中で止めた。

翔鶴がちゃぶ台を叩くのは最上級から2番目に怒っている時だからである。

ちなみに最上級になると平手打ちが飛んで来る。3番目は無期限のおやつ抜きである。

「・・瑞鶴、本当にそう思ってるんですか?」

瑞鶴はごくりと唾を飲んだ。

翔鶴の声色が低い。とても低い。

だめだ、どれだけ恥ずかしくても本当の事を言わねばもっと悪い結果になる。

「・・わ、解らない、です。加賀さんの、意図が」

翔鶴は一度深呼吸をした。

瑞鶴は上目遣いに姉を見ながら、非常に良くない状況が続いていると瑞鶴は悟った。

深呼吸しなければならない程怒ってる。

「今日、赤城さんは私に仰いました」

「・・はい」

「一航戦が退役を迎えた時、直系となる後継は貴方達しか居ないと」

瑞鶴は翔鶴を見た。

「だから、今自分達が知ってる事を全て伝える、その上で自分に合った答えを見つけて欲しいと」

瑞鶴は翔鶴の真っ直ぐな視線を受け止めきれず、目を逸らしながら言った。

「あ、赤城さんは、そう、かも、しれない、けど」

翔鶴は黙って加賀の残したテキストの最初のページを開き、瑞鶴に向けた。

「ここに全く同じ事が書いてあります。一航戦の方達を無意味に卑下するのは私が許しません」

「翔鶴姉ぇ・・」

「良いですか瑞鶴。貴方を馬鹿にする為だけにここまで手の込んだ書物を作ると思いますか?」

「・・」

翔鶴はテキストの1ヶ所を指差した。

「ここを御覧なさい」

瑞鶴は渋々目線を合わせた。

「貴方がより高みを目指す為に、ここから必要な物を補ってくださいとハッキリ書いてあります」

「・・」

翔鶴はぐっと身を乗り出し、瑞鶴の目を覗き込んだ。

「これでもまだ貴方は、加賀さんが貴方を馬鹿にする為にわざわざここに来たと言い張るのですか?」

瑞鶴はのけぞりつつ、涙目で翔鶴を見た。

もう四方八方囲まれている。自分の理屈は火の海に沈んだ。

ここは素直に白旗を上げないと余計こじれてしまう。

瑞鶴は蚊の鳴くような声で答えた。

「・・違います」

翔鶴はすくっと立ち上がると、瑞鶴を見下ろしながら言った。

「私はこれから、加賀さんと赤城さんに謝って、次回も来て頂くよう、とりなしてきます」

「しょ、翔鶴姉ぇ・・」

「本当は貴方が行く方が良いのですけど、困るでしょう?」

「うぅ」

「私が戻るまでの間、考えをまとめなさい。戻ったら聞きます。良いですね?」

 

パタン。

 

翔鶴が出て行った扉を見つめた後、瑞鶴はしょぼんと頭を垂れた。

ちゃぶ台の上には開かれたままのテキストがある。

瑞鶴は上目遣いにテキストを見て呟いた。

「・・本当に、本当かなあ」

にわかには信じられない。

あれだけ普段、目を合わせただけで苦虫を噛み潰したような表情をする加賀が・・

でも、テキストにはそう書いてある。

間違いなく加賀の筆跡だ。

瑞鶴はそっと、テキストの文字を目で追い始めた。

 

 

コンコンコン。

 

「はぁーい、どうぞー」

そうっと赤城達の部屋の引き戸を開けた翔鶴が最初に見たものは

「スネてなんかいません!」

と、涙目で部屋の隅に体育座りしている加賀と、溜息を吐いている赤城だった。

 

「本当に、本当に申し訳ありませんでした」

 

翔鶴は板の間にきちんと正座し、加賀に深々と頭を下げて謝っていた。

加賀は翔鶴が土下座したまま動かないので、バツの悪そうな視線を何度かチラチラと送った後、

「いえ、その、翔鶴さんは何も悪くないので・・あの、頭をあげてください」

「妹の不始末は姉の責任です。加賀さんがどれほどの思いであのテキストを執筆頂いたか」

加賀がぎくりとした顔になり、赤城が首を傾げた。

「テキスト?」

「あ、あわわわわ」

加賀は翔鶴に言うなとジェスチャーしたが、土下座したままの翔鶴が見える筈も無く。

「翔鶴さん、テキストってなんですか?」

翔鶴は頭を下げたまま訊ねた赤城に答えた。

「加賀さんが瑞鶴の為に、理論やノウハウを丁寧に記したテキストを作ってくださったのです」

途端に赤城がにやりと笑った。

「なぁんだ。やっぱりあの時隠した紙の束は瑞鶴さん向けのテキストだったんですね?」

加賀は真っ赤になって壁の方を向いてしまったので、赤城は翔鶴の手を取って言った。

「さぁさぁ、同じ正規空母同士、土下座なんて要りませんよ」

「で、ですが」

「それより、この後どうするかを話しませんか?」

翔鶴は赤城を見た。

赤城は翔鶴に微笑んだ。

加賀はちらりとその様子を見て溜息を吐いた。

ああいう関係だったら、本当に時間をかけて教えたい事が山ほどあるのに。

 

「・・すごい」

瑞鶴は翔鶴に言われた事をすっかり忘れ、夢中でテキストを読み続けていた。

あの時舵が空を切って敵の弾に追い込まれたのは、攻撃機がしくじったのは、敵が上手く避けたのは。

「・・そういう事だったんだ」

知らなかった。

全ては偶然ではなく、自分の行動が予測され、相手の都合の良いように追い込まれていたのだと。

もっと知りたい。もっと解りたい。もっと自分も強くなりたい。

もっと。もっと。もっと。

瑞鶴はペンを片手に次々とページをめくっていった。

 

壁に向かってむすっとした表情のまま座る加賀に向かって、赤城は声をかけた。

「で、加賀さんはいつまで壁の方を向いてるんですか?」

「・・」

「あ、あの」

翔鶴が再び謝ろうとするのを赤城は手で制した。

赤城には加賀が振り向くタイミングを逸して困っているのが良く解っていた。

そして今、更に謝られては完全にどうしようもなくなってしまう事も解っていた。

ゆえに赤城は涼しい顔でガタリと席を立った。

「そろそろ晩のおやつにしましょう。翔鶴さんも召し上がっていってくださいね」

「え?」

「今夜は加賀さんが取り寄せたチーズケーキなんですよ~」

加賀がピクリと肩を震わせた。

加賀はこのチーズケーキを月に何度も頼むくらい溺愛している。

「さぁて翔鶴さん、ちょっと運ぶの手伝ってくださいな~」

「え、あ、は、はい」

赤城について翔鶴が出て行った後、加賀はさささっとテーブルにもう1脚椅子を運んだ。

その椅子にちょこんと座って俯く。

あのチーズケーキだけは何があっても頂きます。

恥もへったくれもありません。

 

そして数分後。

 

ガラリ!

 

「わ、私も頂きま」

照れた顔で入口を見上げた加賀は凍りついた。

そこにはテキストとペンを手にした瑞鶴が呆然とした顔で立っていたのである。

 

「加賀さん、一緒に召し上がってくれるでしょうか」

翔鶴が不安そうに赤城に言うと、赤城はニッと笑って返した。

「加賀さんは時折、木に登って降りられなくなった子猫みたいになる事があるんです」

「え?」

「そういう時、手を伸ばしても怖がって掴んでくれないんです」

「・・」

「だから自分で降りられるように板を渡して、そっと離れておけば勝手に降りてきます」

「そ、そうなんですか」

「ええ」

翔鶴はにこりと微笑んで、ケーキを乗せた盆を持った。

「・・赤城さんは加賀さんを良くご存じなんですね」

赤城はティーポットとマグカップを手にして答えた。

「もちろん。命を預けるに足る、生涯最高の戦友ですからね」

 

 



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一と五(3)

翔鶴と廊下を歩きながら、赤城はふと気づいたようにくすっと笑った。

「どうされたんですか?」

「恐らくですけど、瑞鶴ちゃんと加賀さんは似てるのかもしれませんね」

「そうでしょうか?」

「二人とも不器用で、なかなか本心を言わなくて、意地っ張り」

翔鶴が苦笑した。

「加賀さんは解りませんが、瑞鶴はその通りですね」

「でしょー?二人とも素直になったらもっと可愛くなるのにね」

「そうですね。瑞鶴にはもう少し大人になって欲しいのですが・・」

赤城はふと、部屋の扉が少し開いてるのに気付いた。

おかしいですね。

私達はきちんと閉めましたし、加賀さんがこんな半端な事をする筈がありません。

そのまま入ろうとする翔鶴を、赤城はそっと制して自分が先に入った。

万が一があるかもしれないと。

 

「・・・」

「・・あー」

赤城と翔鶴は部屋に入った途端、何が起きているのかすぐに解った。

そして部屋の雰囲気に苦笑せざるを得なかった。

加賀は椅子に座ったまま、瑞鶴は入り口近くで立ったまま凍りついていたからである。

翔鶴は溜息を吐いた。

「瑞鶴は私が居ると思って飛び込みましたね」

赤城はやれやれと肩をすくめた。

「加賀さんは私達が帰ってきたと思って声をかけましたね」

二人は目だけ動かしてぎこちなく赤城達を見た。

頼むから助けてくれ、この場をどうにかしてくれというサインがありありと読み取れる。

だが、赤城はテーブルにティーポットとマグカップを置くと翔鶴に向かって言った。

「瑞鶴さんの分のケーキとカップを持ってきますので、すみませんが椅子を足しておいてください」

「は、はい」

スタスタと出ていく赤城を希望の灯が消えたような顔で見送り、がくりと俯く加賀。

ますますバツが悪そうな顔をする瑞鶴へ、翔鶴は加賀の正面に椅子を置くとポンと叩き、

「瑞鶴。さぁ、ここにお掛けなさい」

と促した。

 

マグカップとスプーンが当たって響くカチャカチャという音だけが部屋に響いた。

誰も一言も発しないので、赤城は苦笑しながら頬を掻いた。

一口目を食べる前に決着をつけたいですね。

こんな凍てつく雰囲気の中で食べても味なんて解りません。

赤城はチラリと翔鶴を見た。

赤城を見ていた翔鶴はこくりと頷くと、瑞鶴の方を向き直った。

「瑞鶴」

呼ばれた瑞鶴は肩をピクリと動かした。

「は、はい」

「最初に言う事がありますね?」

「・・」

「・・あります、ね?」

一段低い声になる翔鶴の声に、瑞鶴は渋々頷いた。

「は・・ぃ」

「まずはそれを、ちゃんと加賀さんを見て言いなさい」

ばっと顔を上げ、それだけは勘弁してくださいという必死の目で見返す瑞鶴を真剣な眼差しでまっすぐ見据える翔鶴。

容赦は一切ないと悟った瑞鶴は、膝の上に置いた手をぎゅっと握ると、口を開いた。

「わ、私・・最近の演習で、先制攻撃を浴びたり、攻撃に失敗する事が増えてたんです」

加賀がチラリと瑞鶴を見た。

「い、今までの手が通じなくて、でもどうして良いか解らなくて」

「・・」

「さ、さっき、加賀さんが置いて行ったテキストを見たら、その理由も対処法も書いてあって」

「・・」

「夢中で読んで、凄く納得して、解る事が面白くて、あっという間に全部読んじゃって」

赤城が驚いた顔をした。

「まぁ、テキストをもう読んでしまったんですか?」

「あ、あの、知りたくてたまらなかった事が、全部書いてあったから・・」

「ええ、それで?」

「い、一回読んだだけじゃ自分の身になってないけど、一気に霧が晴れた気がして、嬉しくて」

「・・」

「あ、あの、ええと・・か、加賀さん・・あ、ありがとうございます」

「・・」

翔鶴はまだ続きが無いかと待っていたが、瑞鶴はそれきり俯いてしまったので声をかけた。

「不合格です。ケーキはお預けですね」

瑞鶴は涙目でそりゃないよと翔鶴に訴えかけた。

こんなに一生懸命言ったのに!

「ふえええっ!?」

だが、翔鶴は静かに、しかしきっぱりと理由を告げた。

「貴方はその前に言うべき事があります。そこをきちんと言わなければなりません」

瑞鶴はおろおろして目を泳がせた。

姉が何を言いたいのかは明白だ。

なぜなら一番避けたかった事だから。

瑞鶴は赤城に視線を向けた。

それとなく目線を逸らしてる。

姉の指摘が合っていて、それを待ってるって事ね・・とほほほ。

最後にそっと加賀の方に目を向けると、加賀は素早く目を逸らした。

瑞鶴は奥歯を噛んだ。

くっ!

でも・・翔鶴姉ぇとこれ以上ケンカするのは嫌だ。

ここは我慢よ瑞鶴、あと少しだけ我慢するの!

「あ・・あの・・加賀さん」

加賀は目を逸らしたままだったが、直後に赤城から

「・・加賀、さん?」

という殺気を含んだ迫力ある一言にびくりとなりつつ、

「・・はぃ」

と、小さく返事して、そっと瑞鶴を見上げた。

「あの、その・・用意して来てくれたのに、わ、私を全て否定されるんじゃないかと怖くて」

「・・」

「よ、余計な事を言って、お、追い返してしまって、ご、ごご、ご、めん、な、さ、い・・・」

真っ赤になってプルプル震える瑞鶴に、赤城がにこりと微笑んだ。

「は~い、瑞鶴ちゃんは良く言えましたね~、ケーキ食べて良いですよ~」

翔鶴は妹の対応にいささか不満げだったが、赤城の台詞に不承不承納得したようだった。

瑞鶴の目には赤城が仏のように映り、思わず頭を下げた。

「あ、あの、あ、ああ、ありがとう・・ございます」

だが赤城は、その良い笑顔のまま言葉を続けた。

「さ、加賀さんも、瑞鶴ちゃんに言う事がありますよね?」

加賀がぎょっとした顔で赤城を見た。

赤城は笑顔のまま目を泳がせて動揺する加賀に近づいた。

「あ・り・ま・す・よ・ね?」

「ひ、ひいっ」

「・・ね?」

赤城の眼力に威圧され、がくりと肩を落とした加賀は、よろよろと瑞鶴に向き直ると、

「わ、わわ、私も、う、売り言葉に買い言葉で、酷い事を言ってしまったわ・・・ごめんなさいね」

と、ぽつりと言ったので、翔鶴がパンと手を打った。

「良かったわね瑞鶴!これで水に流せるわね?」

「ちょ!?えええっ!?」

瑞鶴は思わず翔鶴を見た。

自分が恥を忍んで言った事に比べて短すぎないか!?

だが、自分を見返す翔鶴の目は1ミリも笑っていなかった。

「違うとでも・・いうの?」

瑞鶴は一瞬で全身に鳥肌が立った。

最上級の怒りまで紙1枚の余裕もない!

もう一言くらい謝ってほしかったが、今の翔鶴姉ぇの迫力は凄すぎる。

本気で命の危機を覚えた瑞鶴はあっさり降伏した。

「すっぱり流します」

翔鶴がにこりと笑った。

「はい、良く言えました」

その機を逃さず、赤城が継いだ。

「じゃあ加賀さん、仲直りの握手をしてから頂きましょうね」

その時、そっと安堵の溜息を吐いていた加賀は息が引っ込んでしまった。

「・・えっ?」

「それまでみんなで待ってますから」

加賀がカタカタ震えながら目を上げて赤城を見たが、赤城は当然でしょという顔で見返している。

加賀はギギギと瑞鶴に向き直った。

瑞鶴は加賀にぎこちない笑顔を返した。

 

 ・・解ってるわね?

 ええ。やるまで許してくれないわ。

 そう、やるしかないの。

 やるしか・・ないわね。

 

妙な共有意識を持った加賀と瑞鶴は目で会話し、互いに頷くと、そっと手を差し出した。

「・・ごめんなさい」

「ごめん・・なさい」

翔鶴と視線を交わした赤城はにこりと笑って頷くと、

「さぁさぁ、仲直りしたところで皆でケーキを頂きましょう!」

と言った。

瑞鶴はそっとケーキを口に運んで思った。なんて美味しい晩ご飯!生きてて良かった!

 

そして。

翔鶴が流しで食器を洗い、赤城が拭いて居る頃。

ぽつんと残された瑞鶴は、同じく残された加賀に言った。

 

「あ、あの、加賀さん」

「何かしら?」

「か、確認テストの答えを・・教えて欲しいんですけど」

「テストまでやったのですか?」

「う、うん」

加賀はガタリと席を立つと、もう1冊のテキストを手に戻ってきた。

「良いですよ。何章の確認テストですか?」

「あ、1章から順番に」

加賀はテキストから目をあげて言った。

「全章やってしまったのですか?」

瑞鶴は頬を染めながら言った。

「お、面白かったんだもん・・」

加賀は溜息を吐きつつ、その実くすっと微笑んだ。

「解りました。では1章のテストから答えを言ってください」

 

 



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一と五(4)

その頃、流しでは翔鶴が赤城に頭を下げていた。

「赤城さん、色々本当にありがとうございました」

「あれで加賀さんと瑞鶴ちゃんが手を携えてくれたら良いんですけどね」

「私の方でも瑞鶴にはよく言い聞かせておきますので」

「あまり瑞鶴ちゃんだけ責めてはいけませんよ。加賀さんも子供っぽい所があるので」

「はい、解りました」

赤城達がニコニコ笑いながら部屋の扉を開けた途端。

 

「なんでよ!教えてくれたっていいじゃない!」

 

瑞鶴の怒鳴り声が飛んで来たのである。

加賀は瑞鶴の肩越しに赤城達の姿を認めたが、眉一つ動かさずに応戦した。

今度こそ正義は我にあり。

「その答えをどう導くかが重要なのです。答えだけ合えば良いというものではありません」

冷たい加賀の答えに、入口に背を向けて座っていた瑞鶴はますますヒートアップして答えた。

「ケッチー!ケチケチケチー!」

 

 カッチーン!

 

加賀の眉がハの字に歪んだ。

「なんですかその言い草は。正解ならば正解と教えると言っているのです」

「正解を知って考えるプロセスに立ち返る方法だってあるでしょー!」

「正解を先に知ったらそこで安心して考えなくなり、応用が出来なくなるのです」

「私は違うもん!ちゃんと考えるもん!加賀さんと違って!」

ゴン!

瑞鶴は突如襲われた激痛に泣きそうになりながら振り向いた。

「い、痛ったぁ・・あ、翔鶴姉ぇ・・何するのぉ?」

翔鶴は妹の頭頂部に落とした拳を静かに引きつつ言った。

「何するの、じゃありません。加賀さんの仰る通りです。またそうやってズルしようとして」

「うぐ」

「ちゃんと考えて、適切な答えを見つけたら加賀さんに訊ねなさい」

「・・うぅ・・解りました」

加賀はその様子を見てにふんと笑っていたが、

ゴン!

「・・んな!何をするのです赤城さん」

「ざまを見ろなどと邪な事を考えているからです」

「よっ!?」

「・・考えてなかったとでも?」

「・・考えてました」

翔鶴は両手を腰に当てた。

「もう!瑞鶴はちょっと目を離したらすぐ喧嘩して!」

だが、赤城はふっと笑うと、

「似た物同士、喧嘩する程仲が良いって事ですね?」

加賀と瑞鶴が音速で赤城に振り向きつつ、

「ちょっ!赤城さん!ない!それは!それだけは無いです!」

「全くです!赤城さん、言うに事欠いてなんという事を!誰がこのかしましい方と似てると!?」

「そうよね!一航戦の仏頂面の方と似てる筈ないですっ!」

翔鶴はとっさに平手を構えたが、赤城は涼しい顔で

「あらあら、こんな所に鏡があるのね?」

と、加賀と瑞鶴の間を指差した。

意味を理解し、ムッとした二人が

「もぅ!赤城さぁん!」

とハモったので、翔鶴と赤城は二人を指差してくすくす笑った。

 

「へぇ、翔鶴と赤城、瑞鶴と加賀が組んで仮想演習で対戦してるってのかい?」

「ええ」

提督に近況を尋ねられた赤城はこう答えた。

「言っちゃなんだが、瑞鶴と加賀は上手くやれてるのか?」

「最初はかなりギスギスしてましたけど、喧嘩の矛先を認識してもらったんです」

「矛先?」

「ええ。お互いに売り言葉に買い言葉が続くのは、思考が同じだからだって」

「似た物同士喧嘩するって奴か」

「ええ。傍から見てるとちっとも変わんないですもの」

「冷静な加賀、奔放な瑞鶴って印象だけどなあ」

「加賀さんは子供っぽい所がありますし、瑞鶴ちゃんも賢いですから」

「まぁ頭が良くなければ空母なんて上手に運用出来ないからね」

「・・あら、なんですか?褒めても何も出ませんよ?」

「そのまま言っただけだよ。君達は動く空軍基地で、君と加賀はその最高峰なんだから」

赤城はポッと頬を赤らめると

「しょうがないですねぇ、じゃあ今日は私がハンコ押しましょう」

「ほんと?いや助かるなあ。さすが赤城さん!」

「さ、始めますよ!」

 

その頃、瑞鶴の部屋では加賀が瑞鶴を相手に攻撃手順の解説をしていた。

「そこで太陽を背にして、こう・・攻撃機を急降下させるわけです」

「その時敵船が・・ここから、こう・・回避運動を取ったら?」

加賀は瑞鶴の指摘に渋い顔をした。

「・・攻撃は失敗しますね」

「やっぱりそうなんだ」

加賀は図面を見ながらうんうんと頷く瑞鶴を見て思った。

この子の成長速度は自分の予想を遙かに超えている。

運頼みの運用を改め、理論武装した上で適宜変えていくスタイルは敵が予測しにくいものだ。

大鳳が常々口癖のように

「いかにして敵が撃てない状況に持ち込むか、敵の予想をどう裏切るかが鍵よ」

と言っている通り、予測されにくい運用は有効な防衛手段だ。

加賀はきちんと手順を組んで動くのは得意だが、不定期に戦法を変えるのは苦手だ。

それは性格だから仕方のない事なのだが、瑞鶴はそれが出来る。

このまま行って、同Lvになったら・・勝てないかもしれませんね。

加賀は考え込む瑞鶴を見ながら寂しげに笑った。

いつまでも頂点に居る事は出来ない。それは解っている。

自分より新しく適切な設計で作られた艤装は、無理を重ねた自分のそれでは不可能な事を可能にする。

いつか追い落とされる恐怖。正確には、追い落とされた後の自分がどうなるかという恐怖。

それがウマが合わないと言って嫌っていた本当の理由かもしれませんね。

瑞鶴はふと加賀を見て言った。

「加賀さんてすっごいですね」

加賀は思考中だったので反応が遅れた。

「・・えっ?」

「この場面なら心理的に当たる方へ舵を切っちゃいますもんね!」

「え、ええ・・」

瑞鶴は再び図面に目を落としながら言った。

「敵の心理的要素まで理論的に考えて策を作ってあるんだぁ・・凄いなぁ」

瑞鶴の真っ直ぐで敬意のこもった声に、加賀はすいっと視線を逸らしながら

「私はきちんと考えておかないと動けません・・貴方は咄嗟に対応出来てうらやましいけれど」

瑞鶴は思わず図面から顔を上げ、耳を疑った。

加賀が今言った事って、私を評価してくれてるって事?

「あ、あの・・」

恐る恐る聞き返そうとする瑞鶴を遮るように加賀は咳払いを1つすると、

「では瑞鶴さんの言った通りに敵が動いた後はどう応じますか?これを本日の宿題とします」

「いへっ?」

「では、勉強会はこれで終わります。お疲れ様でした」

「あ、あの、ありがとう・・ございました・・」

一人残った瑞鶴は、加賀が立ち去った扉を見たままぽかんとしていた。

確かに2回目の勉強会以降、自分も気を付けてはいるが、加賀は喧嘩を売ってこない。

喧嘩せず純粋に正規空母の先輩として見れば、加賀は凄まじい努力家で、頭の回転も速い。

提督が加賀に厚い信頼を置いているのも当然だと思う。

それは例えば、操船手順にどのような理由があるかを訊ねてみれば解る。

どんな状況を訊ねても淀みなく理由と答えが返ってくる事に、瑞鶴は舌を巻いていた。

更に、この数ヶ月で学んだ一部を演習に適用すれば、面白いくらい攻撃も回避も決まるようになった。

演習相手から「強くなったわね!」と面と向かって言われた事もある。

実戦でも無傷で帰れるようになった。

でも、と瑞鶴は目線を落とした。

今は加賀の言うままに動いているだけで、自分の物になっていない。

そんなたどたどしい状況でもハッキリ成果に出るのだから、加賀の理論は凄まじい。

その加賀に認められれば、きっと自分は加賀の後を継げるだろう。

・・後を、継ぐ?

瑞鶴はふと、加賀の居なくなった鎮守府を想像した。

自分が正規空母最強と言われ、無数の状況の中で常に勝つ為の理論を答えねばならない世界を。

今は自分達が困っても、「赤城か加賀に聞きましょう」と言っている。

どんな状況でも望みのある答えを返してくれるから。

その期待がそのまま自分にのしかかる。

瑞鶴はぞくりとした。

そんな未来は来てほしくない。

導き出せなければ泣いてしまうだろうから。

赤城と加賀が居て、自分達が支える。

その方がずっと自分に合ってる気がする。

「・・でも、なぁ」

瑞鶴は加賀が暇さえあれば左手に収まる指輪を嬉しそうに眺めている事に気付いていた。

あれだけ慕っているのなら、引退する提督についていくと言うなら笑顔で見送らねばならない。

 

 後は、心配しないでください。

 

そう言える事こそ、今まで自分達を護ってくれた一航戦への最大の返礼になるだろうから。

でも、その後は。

 

 提督も加賀も、居ない。

 長門も、文月も、扶桑も、大鳳も、日向も、龍田も。

 もしかしたら、その姉妹達も。

 そうだ。

 「一航戦」と言った以上は赤城も居なくなるのだろう。

 安心して聞ける人が、誰も居なくなってしまう。

 

瑞鶴は溜息を吐いた。

「提督さん、ずっと引退しないで欲しいなぁ・・」

その時、瑞鶴はハッと我に返った。

「あれ・・加賀さんが考えた操船術の問題に対応するって・・うそ、宿題キツくない?!」

瑞鶴はテーブルにへちゃりと伏した。

遠い未来なんか考えてる場合じゃなかった。

今日の宿題どうしよう。

 

加賀はコツコツと廊下を歩きながら思いを戻した。

そろそろ、現実を受け入れる時期なのかもしれない。

いや、受け入れたから、瑞鶴との剣呑な状況が変わったのだろう。

受け入れられたのは提督のおかげだ。

提督は私が戦力にならなくても、役立たずだのお役御免だのと罵る事は無いと思うから。

いつかその日が来ても怖く無いと気付いたから。

加賀は左手の指輪を見た。これが何よりの証拠。大切な大切な証。

最強の正規空母という二つ名より大事な事は、提督の傍に居る事。

「ここは、譲れません」

加賀は窓の外を見た。

 

外はいつの間にか夕日になっていた。

雲が綺麗に焼けた、美しい夕日だった。

 

 




終了です。

私が赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴の解釈をするとこんな感じです。
加賀の有名な「五航戦の子なんかと一緒にしないで」という一言。
彼女が何を思って言っているのか丁寧に深掘りしてみました。

赤城は加賀を知ってるからこそ、他の艦娘に対峙するよりも深いところまで突っ込んでいく。
加賀の方も赤城が自分を解っていると知っているから、甘えたりする。

翔鶴と瑞鶴は凛とした姉と甘えん坊の妹という、艦これの世界では珍しく「普通の」姉妹関係です。
他では長門と陸奥くらいでしょうか。

皆様如何でしたでしょうか。


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あの日、大本営で(1)

さあ、この方の登場ですよ。



「おはようございます!」

大和は執務室のドアを開けつつ言うが、いつも通り誰も居ない。

時は0530時。

夜組との交代が終わるかどうかの時間ゆえ、中将が居ないのは別におかしな事ではない。

本来はもっと後に来ても良いのだが、

 

 邪魔されずに仕事出来る時間

 

というのは大本営に居ると、特に昼間は少ないのである。

夜更かしして取り戻そうとすると際限なく居残ってしまう。

体調管理面から考えると深夜残業は危険なのである。

ゆえに、朝早く来て片付ける事にしている。

だが。

大和は書類を自分の机に置くと、きょろきょろと周囲を見回した。

誰も居ない事は解ってるのだけど。

 

トコトコトコと中将の席に近寄り、椅子を引き、そっと腰かける。

日課としている、朝の小さな楽しみ。

椅子の肘掛をそっと撫でながら、大和の頬が緩んだ。

・・えへへへへ。

中将が五十鈴に告白して以来、二人はアツアツになる一方で、自分はもうダメだと思っていた。

だが、あの日を境に芽はちょっとずつ出てきた。ちょっとずつ。

 

そう。

あの日。

 

いつもの通り、通信準備が出来たと事務員からコールサインを受けた大和は中将に言った。

「では、定例報告を聞いてきます」

「うむ、よろしくな」

パタン。

ドアを閉じた大和は大きな溜息を吐いた。

朝から帰るまで、中将の隣には五十鈴がぴったりくっついている。

最近は机まで隣に並べ、椅子をぴったりくっつけて仕事している有様だ。

五十鈴はもはやLv200に手が届く。

敵潜水艦は恐れをなしたのか、とんと姿を見せなくなった。

中将と五十鈴。

大本営内で最も上手く行ったケッコンカッコカリとして、この二人の事は知られている。

中将が長い間一人で五十鈴を看病し続けた事も知られており、寛容な声が支配的だ。

 

艦娘の強化手段として881研究班がケッコンカッコカリを発表した時は懐疑的な見方が多かった。

そもそも、881研究班の言う事なんて胡散臭いという声、

そんな手を使ってまでして強化させたいのかという声、

司令官から命じられてと言うのは艦娘が可哀想ではないかという声、

司令官が艦娘を大事にし過ぎて出撃させなくなるのではと心配する声などがあった。

結局当時の中将、今の大将が、

「ならば私が最初の実験台になろう。雷と仲良くしたいからな」

と言ったので、雷はきょとんとした後、

「そう。じゃあこれからは旦那様って呼べば良いのかしら?それともご主人様が良いかしら?」

と、ニヤッと笑って返した。

以降、大将と雷は懸念された問題を起こさなかったので、最終的に全鎮守府に通知されたのである。

だが、大和は小さく首を振った。

皆が懸念した問題も大事な事かもしれない。

けれど、今なにより不満なのは

 

 「好きな人がいちゃいちゃしてるのを間近で見ながら仕事するってストレス溜まるのよね・・」

 

大和は再び大きな溜息を吐きながら、通信室のドアを開けた。

今日は南方ブロックの報告を聞く日か。ソロル鎮守府も入ってるわね。

長門に愚痴聞いてもらおうかなあ。

 

そしてソロル鎮守府の番になり。

 

「・・えっと、あと、補給に関しても問題は起きてないわね?」

「ああ、問題無いぞ」

「書面上は以上だけど、その他に報告事項とかあるかしら?」

大和はいつも通り、無いという即答を予想していたのだが、

「1点、ある。ええと、一応、だが」

という返答に、おやっと思った。

いつもの長門らしくない、歯切れの悪い言い方だったからだ。

大和は室内を見まわしつつ返した。

「ええっと・・今、周りには誰も居ないわ。安心して」

「あ、いや、別にマズい話ではないのだが・・うん?マズいのか?」

「まぁ話してみなさいよ。マズければ報告しないから」

「すまぬ。ええとな、大和」

「ええ」

「・・提督なんだが」

「また脱走でもしたの?」

「違う。その・・」

「?」

「不老長寿になった」

大和は聞き間違いかと思って必死に類義語を探した。

「え?ええと、あの、不労所得?」

「違う。例の881研究班がやってるという、不老長寿だ」

大和は眉をひそめつつ答えた。

「ヤバイ研がやってる不老長寿化はまだチーズがカビない程度で、マウスでも失敗レベルよ?」

「そうなのか?881研究班の進捗は知らぬが、雷が提督を放り込むと宣言したと聞いたのだ」

「まぁ雷さんとうちの中将は物凄く期待してるからねぇ」

「だが、あの881研究班の作った機械に提督を放り込むなんて真っ平御免だ」

「ハエになりましたとか平然と言いそうだものね」

「そうだ。だからうちの睦月と東雲に装置を作らせた」

大和は額に手を当てつつ答えた。

作りたいから作った?・・頭痛がしてくるわね。

「あのね・・12.7mm機銃作るのとは訳が違うんだけど?」

「勿論だ」

「どうやって作ったのよそんなもの・・」

「龍田が指揮したんだが、まず、無人島に建造工廠を作った」

「ちょっと待って。どうして建造工廠が作れるのよ」

「瑞鳳が兵装開発で間違って引き当てた」

「建造工廠って開発で引き当てられる物なの!?」

「だから、間違って引き当てたと言っている」

大和はペンを握りなおした。手がじわりと汗をかいて滑るからだ。

「・・それで?」

「次にその工廠を、睦月と東雲が不老長寿施設に改造した」

「いや、待って待って待って長門」

「うん?」

「ホットケーキ作るような口調で気安く言わないで。どういう理屈なのよ!?」

「ん、私は細かい事は解らぬ。少し待ってくれるか?」

「ええ。いいわよ」

オフラインになった事を確認して、大和はヘッドホンを外すと首を振った。

やはりソロル鎮守府と話すと異次元へ連れて行かれる気がする。

 

5分ほどして、再び通信がオンラインになった。

「ソロル鎮守府の長門だ。大和、聞こえるか?」

「・・ええ。聞こえるわよ」

「元気が無いな?どうした?」

「あのねぇ・・まぁ良いわ。で、どういう理屈なの?」

「それについては東雲が説明する」

そういうと、やや向こうでガサガサという音が聞こえた後、耳慣れない声がした。

「東雲、です。初めまして」

「あ、はい。初めまして。大本営の大和と申します」

「えっと、司令官の不老長寿化の理屈は、解体の逆です」

「解体の、逆?」

「艤装を解体する手順の中で、船魂が希望する場合、艦娘から人間に実体を変化させます」

「そうね」

「その、艦娘から人間という流れを、人間から艦娘とします」

「えっと、でも、艦娘なら憑依先の艤装が要るんじゃない?」

「その通りです。ゆえに艤装の代わりとして、無線機に憑依してもらってます」

「無線機?」

「インカム、ですね」

大和は目を瞑って考えた。

ちょっと待って。今なんか物凄い事をさらっと聞いてる気がする。

「ええと、整理していい?」

「はい」

「つまり、司令官を、インカムに憑依した艦娘として実体を変化させた」

「はい」

「艦娘とする事で不老長寿化するって事は、修理や疲労回復も・・」

「艦娘と同じく、ドックで行えます」

「海に浮いたり、兵装を使うのは出来ないわよね。無線機だものね」

「はい。仰る通りです」

大和は腑に落ちた自分に眉をひそめた。

え、あれ?

なんか納得しちゃったけど、だって881研究班はまだチーズの不老化しか成功してなくて・・

「あ、その、東雲さん」

「はい」

「その方法って、提督専用なのかしら?」

「いえ、普通の人間であれば、老若男女問いません」

大和はパタリとペンを取り落すと、

「・・ちょ、ちょっと待ってて、ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってて!」

そういうと勢いよくヘッドホンをむしり取った。

 

バタン!

ガン!

ゴン!

 

通信室のドアを開け放った瞬間、何かに当たってドアが跳ね返った。

予想外の動きに大和はドアに頭をぶつけてしまった。

額を押さえてうずくまる大和。

「い、いった~」

その大和の前に立ち、肩をぽんぽんと叩きながら、

「ごめんなさいね!でもいきなり勢いよく開けるのは危ないわよ?」

大和はハッとして見上げた。

果たしてそこには雷が立っていたのである。

 

 



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あの日、大本営で(2)

雷を見上げながら、大和は高速で思考した。

だが、ドアを当てた非礼を詫びる事、不老長寿化の話、自分は大丈夫だという事が混ざった。

ゆえに口をパクパクさせ、しきりにドアと通信機と自分の額を指差すという結果になった。

「もう!何なんだかさっぱり解らないわよ。落ち着きなさいな!」

「え、や、ええと、まず、ぶつけちゃってすみません」

「別に気にしてないわよ?」

「あ、あと、あの」

雷が首を傾げた。

「なに?通信機壊れたの?」

「あ、あの、ふ、不老長寿化が、出来たって」

雷はパチパチと瞬きした後、そっと大和の額に手を当て、

「ドアの打ち所が悪かったのかしら・・じっとしてなさい。医務班呼んであげるわ」

「い、いえ!信じて頂けないと思うんですが、あの、今!通信が!本当に!」

雷は大和が必死で通信機を指差しながら言うので、困った顔をしながら

「今、その人と通信が繋がってるの?」

「は、はい!直接お確かめを!」

雷は溜息を吐きながら通信室に入った。

宇宙人とでも会話したというのだろうか?

大和ったら可哀想に。記憶の錯乱だとすれば、長期入院が必要になるかもしれないわね。

とりあえず、医療班に引き渡す前に言う事を聞いてあげましょうか。説明しないといけないし。

ヘッドホンを被った雷は全く期待せず、

「雷よ!そっちはどなた?」

と聞いた。

医療班の電話番号を思い出していた雷の耳に飛び込んできたのは

「ソロル鎮守府の長門だ」

という返事だった。

「・・へ?」

雷は自分でも間抜けだと思う返事をした。

本当に応答が返ってきた。

それも、「あの」ソロル鎮守府である。

深海棲艦と仲良くしながら、連日深海棲艦を200体以上消滅させている、あのソロルである。

・・・今日はエイプリルフールじゃないわよね。

雷はずり下がってくるヘッドホンをぐいと直しながら、慎重に訊ねた。

「えっと、司令官の不老長寿化に成功したって大和が言ってるんだけど・・」

「その通りだ」

雷はマイクを持ったまま凍りついた。

 

15分後。

狭い通信室の中には、大将、雷、中将、五十鈴、そして大和がギュウギュウ詰めに入っていた。

勿論ヘッドホンではなく、スピーカーでオープンにして全員で聞いている。

ゆえに、戸口の前には警備兵が2人立つ程の物々しい警戒が敷かれている。

ソロル鎮守府の方も急遽提督が呼び出されていた。

中将は半信半疑でマイクを握った。

 

「て、提督」

「はい」

「その、不老長寿化を、受けたと聞いたが・・」

「ええ。昨晩、うちの子達が装置を作ってくれまして」

「すると、本当に不老長寿になったのかね?」

「作業した者曰く、完璧だそうです」

「そ、その・・作業者は信じられるのかね?」

「信用せざるを得ない事として、作業前に比べて15kg痩せました」

「へ?」

「作業者いわく、処置の時に体脂肪の数値をサービスで減らしておいた、と」

「・・・」

「普通、30分で15kgも体重が落ちませんし、今朝もそのままです」

「あ、ええと、提督」

「はい」

「わざと・・転んでみてくれんかね?」

「はい?」

「そ、それで小破して、ドックで直ったら間違いないではないか」

「そうですけど無茶苦茶なオーダーですね」

「別に小破するなら箪笥に小指をぶつけるのでも何でもいいんだが」

「んー・・・ちょっとお待ちくださいね」

「う、うむ」

それからややあって、スピーカーから小さな声で、

「い、良いのか?」

「軽く!軽くね!」

という声がした後。

 

 ドズン!

 

という音と、

「しまった!大淀!提督を運ぶから手伝ってくれ!」

「はい!」

という声、そしてバタバタという足音がした。

中将は大将を振り返った。

大将は肩をすくめると、

「恐らく、長門に足技でもさせたんだろう。待つしかあるまい」

と言った。

 

その後10分間、中将達は固唾を飲んで通信機のスピーカーを睨んでいた。

やがて、足音やガタガタという物音がして、

 

「いやお待たせしました!生まれて初めてドックで入渠してきました!」

という提督の声がしたのである。

 

「な、なにをしたんだね?」

「長門に軽く背負い投げをしてもらいまして」

「ふむ!」

「気を失って、かつ、ちょっと手を捻ったんですが」

「おお!理想的な怪我だな!」

「理想的・・まぁ良いです。それで工廠に運び込まれまして、修理時間が25分と出まして」

通信室にどよめきが響いた。

「おお!修理時間が出たか!」

「お待たせする訳にもいかないので、高速修復剤を使ってもらいまして」

「バケツも使えるのか!」

「はい。それで怪我が治ったのを確認して、急いで戻って参りました!」

「その、気力も回復するのかね?」

「ええ。良く寝たのと同じ位元気いっぱいです!」

中将はむにゅっと自分の頬をつねった。痛い。

そして傍らの五十鈴と頷きあった。

五十鈴がマイクを握った。

「えっと、その装置はまだ使えるのかしら?」

「はい。ただ、設置場所がソロルから離れた無人島にありまして」

「何か理由が?」

「いえ、そこでその装置を作れるかどうかやってみようという話になっただけです」

「とにかく、そこに行けば装置がある。そしてその装置はまだ使えるのかしら?」

通信機の向こうでもにょもにょと会話があった後、

「大丈夫だそうですが、何せ無人島の砂浜にあるので、あまり長期間放置してると・・」

「台風や塩害で壊れそうね」

「そういう事です」

五十鈴はキッと雷を見た。

雷はうむと頷き、

「良いわ!大将と私は15分で脱出する支度をするわ!五十鈴達もあわせて頂戴!」

「解ったわ!ダーリン、良いわね!」

「んお!?い、今から行くのか!?」

「当たり前じゃない!洋上で集合で良いわね雷!」

「もちろん!」

そして五十鈴はマイクを掴むと

「中将と大将もその装置に入ります。悪いけど準備をお願いするわ!」

「は?」

「だって、上手く行ったんでしょ?」

「はい」

「変な所ないんでしょ?」

「ええ。いつもと同じ体調です」

「じゃあうちのダーリンも受けさせてよ!881研究班の怪しい装置より遙かに良いじゃない!」

「えええっ!?か、かまいませんけど」

「離れた島にあるって言ったわね、位置はどこ?直行するわ!」

「え、ええと、長門、説明を頼む」

「解った。では現地で落ち合おう。五十鈴、メモの用意は良いか?」

「良いわよ!」

目が輝きだす雷と五十鈴を横目に、大和は他の事を考えていた。

大将も中将も毎日分刻みのスケジュールである。

いきなり長く開けて大丈夫なのかしら。

 

当然、部屋に戻った大将と雷を待ち構えていたのは長蛇の列だった。

だが大将はエッヘンと胸を張りながら

「大将は本日休業!ではまた明日!」

といって、雷の手を引っ張ってずんずん歩いていき、奥の自室に入ってしまった。

面々は一瞬呆気にとられたが、すぐにドンドンとドアを叩きながら、

 

「ちょ!急ぎの決裁なんですけど!大将殿!大将殿!?」

「あと2時間で国賓がいらっしゃるんですよ!?他に応対出来る人居ないですよ!?」

「明朝の会議資料はどうするんですか!とにかく開けてください!」

 

等と口々に叫んでいたが、その時既に大将は雷と共に旅支度を済ませ、窓から脱出していた。

勿論脱出用のシューターを用意していたのは雷である。

 

こうして。

 

大本営に次第に混乱が広がった頃、大将達4人はすでに海の上だった。

残された大和は予感が的中した格好になったのである。

すいませんすいませんと大和は頭を下げつつ、とんだとばっちりだと小さく溜息を吐いた。

一方。

大和が困るだろうと察した長門は東雲達を連れて島に急行。一行が来る前に準備を済ませた。

出発時、提督も行くと言ったが、

 

 「話が長くなるからダメだ。私に任せておけ」

 

と、長門が押し留めた。

そして大本営の一行が到着した直後、挨拶もそこそこに工廠へ案内すると処置を開始。

文字通り装置に「放り込んだ」のである。

そして一行到着の1時間半後には大本営に向けて送り返すと、自分達も引き上げたのである。

 

 



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あの日、大本営で(3)

事務員から通信が入ったと知らされた大和は、詰めかけた群衆を振りきって通信室に逃げ込んだ。

「ごめんね長門、本当に感謝するわ」

大和はぜいぜいと息を切らしながら長門に言った。

「いきなり上官が居なくなった後の混乱は、嫌というほど解っている。酷そうだな」

「良きに計らえとも言えないしね・・あ、提督も脱走癖あったわね」

「最近は鳴りを潜めてるが、酷い時は年3回もあったからな」

「こんな日が3回もなんて冗談じゃないわ」

「その通りだ。1度秘書艦の気持ちになってみろという事で、させた事がある」

「提督が秘書艦の仕事を?」

「そうだ」

大和は想像しながら口を開いた。なんか良い展開が見えないんだけど。

「・・どうだった?」

長門は深い溜息の後に返した。

「これが酷い物でな。何にでも、「良いよ任せるよ」と言ったものでな」

「う、うわあ・・」

「天龍と球磨はここぞとばかりに1日中実弾演習するわ、空母達はボーキサイト食いまくるわ」

「酷いわね」

「1日で全ての資源が半減し、結局龍田と事務方が怒り狂って私も含めた全員が叱られた」

「どうしようもないわね」

「勿論元凶である提督には右ストレートを御見舞いしたがな」

「すごいわね」

「当然だ」

「・・で、提督は反省したの?」

「・・そんな事で反省してくれるなら、世界は天使で溢れてるだろうさ」

「それって皆死んでるって事?」

「・・あながち違うとも言い切れないところが何とも言えないな」

「死ななきゃ治らないってね。ところで大将達は姿は変わったの?」

「あぁ。一応五十鈴と雷に要望を聞いてな、出来る事はした」

「二人はどんなリクエストしたの?」

「簡単に言えば2枚目の若い男にしてくれと」

「無茶苦茶ね」

「睦月がある程度整形出来るとうっかり言ってしまってな」

「で?」

「本人の希望もあって、大将は少し若返らせた。本人より雷が喜んでたな」

「他には?」

「大将は鍛えておられたから、特にそれ以外はしていない」

「ふうん。中将は?」

「あーその、まずは体脂肪率を減らした」

「まぁ・・妥当ね。他には?」

「あとはその、髪の毛を、な」

「黒く染めたの?」

「増やした。主に頭頂部の辺りをな」

「日々櫛を見て溜息ついてたからねぇ・・で、増えたの?」

「ああ。自毛でふさふさだ」

「白髪で?」

「そうだ。後は少し顔の皺を減らしたぞ。五十鈴の看病の時に老け込んだらしいからな」

「ええ。あの時はご飯もロクに食べなかったから・・」

「そうか。まぁ出てきた時、五十鈴がキャーキャー言ってたからな。良かったんじゃないか?」

大和はちょっと想像した。少し痩せて、顔の皺が減って、髪がふさふさの中将・・

「・・悪くないかも」

「まぁ、後は実際に見てくれ。変化度合いは中将の方が断然多い」

「楽しみにしておくわ」

「到着時間を考えれば、あと1時間の内にはそっちに戻るだろう」

「良かった。それなら国賓のいらっしゃる晩さん会には出席してもらえそうね」

「あ、大和」

「なぁに?」

「その・・中将は余程の事が無い限り我々と同じ時を歩める」

「うん」

「だからその、五十鈴と話し合ってはどうだ?」

「え?」

「五十鈴は、人間はあっという間に亡くなってしまうから、生きてる間に目一杯愛すると言っていた」

大和はハッとした。

「・・そう、だったんだ」

「だから、心配が無くなった以上、その、大和とも付き合っても、良いのではないかとな」

大和は悲しげに笑った。

「どうかなあ。中将が私の気持ちに気付いてるとは思えないし、ね」

「大和」

「んー?」

「わ、私の場合はな」

「うん」

「て、提督が、ずっとちょっかいを出してくれたから、いつの間にか言えた」

「・・そっか」

「だが、大和の状況がそうでないとしても・・大和には、笑顔が似合う」

「・・」

「そ、その、あれだ。言うのは一時の恥というではないか」

「聞くのは、でしょ」

「う、そうだったか?」

大和はくすっと笑った。

あの不器用な長門が一生懸命後押ししてくれるなんて。

「ねぇ長門」

「なんだ?」

「提督が旦那様になったら、楽しかった?」

しばらく無線機が沈黙した後、

「・・あぁ。今まで生きていて良かった。これほど幸せな日々は無いぞ」

「きゃぁーっ、臆面も無く言うようになったわね長門!」

「き、聞いたのは大和ではないか!」

「あはははっ!」

大和はひとしきり笑った後、

「・・・解ったわよ。それほど長門が言うなら、当たって砕けてみるわ」

「いつか結果を知らせてくれ」

・・よし、ダメでもともと。言うだけ言ってみよう!

通信機のスイッチを切った大和は席を立った。

そして大和が中将の部屋に戻った後、程なくして帰航の知らせが入ったのである。

 

「大和、ごめんなさいね。長門にやんわり叱られちゃったわ」

大将と中将の周りには書類を手にした黒山の人だかりが出来ている。

執務室には到底入りきらないので、会議室を臨時の執務室にしていた。

二人の間で五十鈴は夕雲達を上手に指揮しつつ仕事を捌いている。

そんな様子を雷と大和は少し離れた所で眺めていた。

「雷様が、長門に、ですか?」

「あら、あたしは正しい事を言うのなら誰の話でもちゃんと聞くわよ?」

「いえ、そういう意味では」

「ふふ。意地悪言っちゃったわね。とにかく、大和が大変だろうから考えてやってくれと」

「そう、でしたか」

「大変だった?」

「・・はい」

「主人も、中将も、飄々としてるようで毎日大変なのよ」

「そうですね」

「・・ところで、長門はこうも言ってたんだけど」

「え?」

「大和と中将の仲を取り持ってやってくれって」

大和は真っ赤になって俯いた。そんな事まで頼んでたのか!

「え、あ、うぅぅ」

「・・今も好きなのね。よく解ったわ」

「五十鈴さんと中将の恋話は、ここではもう、伝説みたいになっていて」

「そうね」

「だから、その、そんな所に私もなんて、言えなかったんです」

「そっか。まぁ、余計な事を言う人も居るかもね」

「仲を引き裂くつもりかとか、邪魔するのかとか、そんな事を言われないかなって、怖くて」

「うーん・・」

雷は腕を組んだが、

「これだけの大人数が働いてる以上、何をしても誰かは陰口を叩くわよ」

「・・そうですね」

「まずは中将の気持ちを確かめないといけないわね。とっとと片付けるわよ」

「へ?」

「こんな事百年悩んでても片付かないし、今日はチャンスよ」

「え、あ」

「間もなく業務終了時間だから、その後ね。大将と私も立ち会うわ」

「で、でも、あれだけ群衆が居るのに」

雷はニヤリと笑った。

「何の為に五十鈴に全部任せたと思ってるのよ」

「え?」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

終業の本鈴が鳴った途端、ぞろぞろと群衆が帰り出した。

そして本鈴が鳴り終わった後には2人ほどになり、それぞれ

「すみません。時間外までお願いしてしまって」

と、何度も頭を下げて出て行ったのである。

大和はそこに残る五十鈴達を見てぞくりとした。

中将と大将の後ろで、全員が凄まじい殺気を放っている。

笑顔なのに!

雷はそっと呟いた。

「五十鈴は終業時間までは有能で親切だけど、それは中将と定時後にイチャイチャしたいから」

「皆解ってるから、終業の鐘が鳴ったら諦めて撤退してくれるわ」

大和は答えた。

「そ、そんな人に挑むんですね・・」

雷は微笑んだ。

「あら、恋は戦争よ。昔から言うじゃない。さ、いくわよ」

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

青ざめた中将を前に、大和もガタガタと震えていた。

中将への一世一代の告白を、全て言い終えた。

だが。

大和はその事を少し、いや、かなり後悔していた。

何故なら今、かつて自分が沈んた時よりもはるかに怖い時を味わっていたからである。

もちろん艦娘として生を授かってからの間で一番恐ろしい時間だ。

鬼姫との遭遇なんてこれに比べればどうという事は無い。

まだこの場に、雷と大将が居る事がせめてもの救いだった。

 

そう。

眉を寄せ、

腕組みをして、

氷のように冷たい目で、

苦虫を噛み潰したような顔で、

仁王立ちして自分を睨みつける五十鈴が怖いのである。

 

 



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あの日、大本営で(4)

1人で部屋の温度を氷点下にしていく五十鈴。

雷は苦笑しながら言った。

「ねぇ五十鈴、そんなに睨んだら話も進まないわよ?」

殺意に満ちた五十鈴にこれだけ砕けた口調で話せるのは、さすが雷という所である。

「うるさいわね・・私のダーリンにちょっかい出そうってのよ?」

「あら、五十鈴も意外と小さいのね」

「貴方が私なら?」

雷はにこっと笑った。

「決まってるじゃない。こんな状況作らないわよ。そんな人は、最初から居ないの」

五十鈴はジト目で雷を見た。

「先に粛清するって事?それ、もっと酷いじゃない」

大将はふと、着任した後いつの間にか見かけなくなった艦娘達を思い出した。

ま、まさか・・

「とにかく、今日は五十鈴の話だから私は気楽よ!」

五十鈴が雷をちらりと見た。

「こんなに長い事一緒に戦った仲なんだから助太刀してくれたって良いじゃない!」

雷は目を丸くして聞き返した。

「えっ・・へぇ、そう。助太刀が欲しいの?」

途端に五十鈴が渋い顔になった。

「う、あ」

雷がニヤリと笑った。

「歴戦の強者で大本営で最も戦略家と言われる五十鈴が、恋話で助太刀が要るの?」

「ぐ」

「へーへー、次回の龍田会で報告しようっと。へー」

五十鈴が一気にうろたえた顔になった。

「や、やめてよ!それはカンベンして!」

雷はにふんと笑いながら上目遣いに五十鈴を見上げた。

「・・助太刀要る?」

「い、要ら・・ない・・わよ」

「そうよねえ、天下の五十鈴さんだもんねぇ」

明らかに助太刀して欲しそうな顔だったが、こう言われてはぐうの音も出ない。

「う、ううう」

雷はにこっと笑った。

「じゃあ私は大和の助太刀に回るわね」

そりゃ無いだろと目を剥いて絶句した五十鈴を見て大将は思った。

さすが龍田会名誉会長。謀略で右に出る者は居ない。ほんと、愛する妻で良かった。

敵だったらとうの昔に大本営は火の海に沈んでただろう。

「ちょ・・それ・・」

「ちょっと義理があってね。ごめんね!」

あっさり、しかも軽く謝られた五十鈴は途端にしゅーんとなった。

もうこの時点で五十鈴の負け戦確定である。

だが、中将はそんな五十鈴に声をかけた。

「昔、提督が言った事を思い出したよ」

「・・え?」

「これから数名に指輪を渡し、彼女達も慈しむけれど、正妻は絶対に長門一人だと、な」

「あ・・」

「五十鈴。わしは今まで、大和がこんなにも想ってくれているとは知らなかった」

「・・」

「大和はとても立派な艦だ。武蔵と並ぶ、日本を守る最後の砦であり、その名に恥じぬ素晴らしい子だ」

「・・」

「だからわしなど気にしていないだろうと思っておった。もっと良い男を探すだろうとな」

「・・」

「五十鈴に告白した時もダメだと思ったが、五十鈴をこの世に連れ戻すという思いで必死だったのでな」

「ダーリン・・」

「五十鈴が認めてくれて、こんなにも毎日楽しく過ごせて、わしは本当に幸せだ」

「・・」

「だからこそ、五十鈴は絶対に正妻で、これは生涯変わらない。約束する」

「・・」

「ただ、自分もやったから、ここまで面と向かって言うのは本当に勇気が要ると解る」

「・・」

「そして、五十鈴がしてくれたから、仲良く生きていくのは、こんなにも元気が出ると知った」

「・・」

「ケッコンカッコカリは戦闘力強化の為だと881研究班は言うが、そんな事はどうでも良い」

「・・」

「私がこんなにも楽しいように、私を想ってくれた大和にも、楽しく毎日を過ごして欲しい」

「・・」

「五十鈴。今までのように24時間365日一緒とは行かなくなるが・・」

雷は頬を掻いた。

そこまでべったり引っ付いていたのか。寝るのも一緒っぽいわね。

大将はちらりと雷を見た。

二人のようにもっとずっと一緒に居たいと言ったらひっぱたかれるだろうか。

「・・」

「五十鈴、大和ともケッコンカッコカリをする事を、許して欲しい」

五十鈴は頬を赤らめながら、

「・・せ、正妻の、特権は?」

「わしの部屋に入れるのは五十鈴だけだ。これは今後も変えない」

「御仕事中は?秘書艦は?」

「1日おき・・か?」

「・・私3日、大和1日」

雷がニヤリと笑った。

「独占欲強いわねぇ」

五十鈴が真っ赤になりながら叫んだ。

「だっ!だって!だってダーリンの事が大好きなんだもん!」

大将はぽっと赤くなって俯いた。そんなセリフを雷に言って欲しいものだ・・

だが、案外その願いは早く叶った。

「あら、私だって私に命じる事が出来るのは愛する主人一人だけよ?」

そう言いつつぽんと大将の肩に頭を預ける雷。

大将はぎゅっと雷を抱きしめた。

「ちょっ・・んもう、しょうがない人ね」

大和は真っ赤になる五十鈴や、抱き合う雷と大将を見てぞくりとした。

なにか大変な秘密をぞろぞろ見聞きしてる気がする。この後消されるのかしら?

中将がおほんと咳払いすると、

「五十鈴2日、大和1日、で、どうかの?」

五十鈴が上目遣いに中将を見た。

「・・ば、晩御飯は毎日一緒に食べてくれる?」

「うむ。五十鈴の手料理をな」

大将は中将の方を向いた。

「ほう、中将も手料理の晩御飯を食べられるようになったか」

「五十鈴の晩御飯は美味しいですよ」

「そうか。それは良かったな」

大将の腕の間からひょこっと顔を覗かせた雷は、五十鈴に

「それで良いんじゃない?それならそんな変わらないわよ」

と言ったので、五十鈴は不承不承頷いた。

大和はがくりと肩から力が抜けた。良かった。私まだ生きてる。

明日の朝日を拝めるかは解らないけれど。

「や、大和」

声をかけられたので、大和は中将を見た。

「はい」

「・・ありがとう。気付いてやれなくて、すまなんだな」

「・・はい」

「指輪は明日一番で手配するから、少しだけ待ってくれるか?」

「ええ。御待ちします。信じてます」

五十鈴が中将の背後に回り、ぎゅむっと抱き付きながら、

「ダーリンを困らせたら承知しないんだからね!」

と言ったので、大和は

「私の身も心も、もう中将のものですから」

と言って微笑んだ。

雷はくすくす笑った。

「あら、大和の方が正妻っぽいわね」

「んなっ?」

「旦那さんを困らせる女は見捨てられるわよ?」

しゅんとした五十鈴は横からそっと中将を覗き込んだ。

「ダーリン・・」

「だっ、大丈夫だよハニー」

「・・ほんと?」

「本当だとも」

大和はふと、雷が自分を見ているのに気付いた。

そっと視線をかわすと、雷はちょこっと首を傾げた。

大和は目を瞑ってぺこりと頭を下げた。

雷はそれをみてにこりと笑うと、

「じゃ!五十鈴・五十鈴・大和って順番で秘書艦やるのね!了解したわ!」

と言い、五十鈴も小さく頷いた。

「じゃ、今日の仕事終わり。解散しましょ」

「ん。皆、お疲れ」

 

ガタリ。

 

皆が大将の声に応じ、ほっとしつつぞろぞろと戸口に向かう中。

「中将っ!」

呼び声に振り向いた中将に、大和はぎゅむっと抱き付いた。

「んお!?」

そしてそのまま、唇に吸い付いた。

ありったけの想いを込めて。

 

大和が唇を離すまでの時間は30秒程の事だった。

だが、その時の五十鈴の様子を、のちに雷がぽろりと漏らした言葉によれば、

「鬼姫になる2秒前って感じだったわね」

そして続けて

「大和もあの根性があれば五十鈴と戦えるなって安心したわよ?」

と、ニヤリと笑ったのである。

 

そして今日に至る。

大和はゆっくりと、目を開けた。

あの日の事はこうして、今でも鮮明に思い出せる。

口付けをした時、最初は驚いていた中将が最後にはそっと頭を撫でてくれた事も。

全身が震えるほど嬉しくて嬉しくてたまらなかった事も。

その後、中将がちゃんと指輪と書類を持って、求婚してくれた事も。

泣きながら返事した事も。

「中将が不老長寿化してくれて、良かったなぁ」

そっと机の上をえへへへと笑いながら撫でていた時。

 

ガチャ。

 

「・・・んお?わしの席で何しとるんだ、大和?」

「・・あぇええっ?中将殿!?なぜこんな朝早くから!?」

「朝早く?いつも通りじゃよ?」

大和はハッとして時計を見た。

既にもうすぐ0830時になろうとしている。

あぁ何てこと。朝やろうと思ってた仕事がそのままだ。

更に大和は致命的なミスを犯していた。

「・・朝早く、わしの席に座っておったのか?」

ボンと真っ赤になった大和はぎこちなく中将を上目遣いに見ると、

「あ、あの、その・・・はい」

「そんなに窓際の席が良ければ、隣に置くか?」

「えっ?で、でも、隣は五十鈴さんの席・・」

「いや、反対側」

「えっ、いえ、あの、そう言う意味・・あ、それもいいかも」

「?」

「あっ、そのっ、ぜひ、お願いします・・良いでしょうか」

「良いよ。じゃあ動かすか。手伝ってくれるかい?」

大和は涙目でにこりと笑った。

「はい!」

ほら、毎日毎日、一つずつ良くなっていく。

まるで種から草が芽吹き、大きくなっていくように。

 

その日。

 

中将の所に訪れた面々は、並んで座る大和と中将に驚き、にこにこ微笑む大和を見て苦笑した。

そしてこう噂した。

あの鈍い中将殿も、やっと大和の想いに気付いたか、良かった良かったと。

そう。

大本営の面々は、大和の想いにとっくの昔から気付いていた。

知らぬは中将と五十鈴のみ、だったのである。

雷は廊下でそう噂するのを聞いて微笑んだ。

これで大和が怖いという相談も減るかしらね。

あの子、中将と五十鈴がイチャイチャする程プリプリ怒って廊下とか歩いてたから。

雷は肩をすくめた。

やれやれ、大本営内も日々騒がしいわ。

前はこういう時に白雪が動いてくれたけど、ソロルに取られちゃったし。

そうだ、モナカ持ってヴェールヌイの所に遊びに行こうかしら。

きっと分厚い本の山からひょいと顔を覗かせて、

「またサボりに来たのかい?」

って困った顔するでしょうけど、アタシは気にしないし。

諭す割にちゃっかりモナカは平らげてるし。

よし、うん、決めた!待ってなさいヴェールヌイ!

 

雷はタタタと走り出した。

外は綺麗な日本晴れだった。

 




また木曜で終わってしまいました。
5話構成にはちょっと短すぎたんです。

さて、何話位あれば「集」と言って良いのかとふと思う訳です。
一応まだ続きますがね。

なお、5章についてちょっとだけ。
1章には届きません。予定では30話未満です。
(自滅フラグは立てないのです)
ただし、実は2つ、あるんです。
どちらを出すかというより、最初に書いたシナリオがあまりにも奇抜で没にするか迷っているという。

とりあえずは短編集が続きます。


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文月と白雪(1)

日曜ですが、始めますよ?




「はーい、決裁済書類持って来たよー」

「あ、ありがとうござい・・ます」

白雪はひきつりながら、敷波が手渡したずしりと重い紙の束を受け取った。

 

経理方。

 

元天龍組の白雪と川内、そして響の3人で回している部署である。

年中快適な温度に保たれた事務棟の一角で、毎日過ごす専属職。

日焼けが嫌だと嘆く艦娘達からはズルイと言われる事もある。

しかし。

「・・・」

白雪は書類の山を誰に渡すか捌きつつ紙の束をジト目で見た。

当初の目論見は完全に外れてしまった。

通常の鎮守府では、経理作業は秘書艦が対応する。

逆に言えば出撃の合間に片手仕事で済むボリュームが普通なのである。

しかしここは、艦娘が会社を経営していたり、バイトしていたり、出先機関まである。

その違いを白雪は少し甘く見過ぎていた。

白雪は普通の鎮守府よりは多少多いだろうが、自分達なら余裕だと考えた。

上手く行けば毎日午前中だけ仕事すれば良いくらいじゃないかと。

もちろん早く済んだ後は一目散にバンジー場へ向かう予定だった。

だからこそ

「仕事が滞らない事を条件として、勤務と休暇は全て自己裁量」

と契約したのである。

 

しかし。

 

毎日来る書類の量は数cmに達する。100枚どころじゃない。

なぜか。

ソロルでは本来の鎮守府的な機能は徹底的に効率化されており、手間がかからないようになっている。

一方で各種専属方、子会社、特命等、不定形で金銭の動きが激しい特殊な要因が莫大にある。

ゆえに毎朝手渡される書類分でさえ、3人で頑張っても定時には到底終わらないのである。

そこに

「えっと・・ええっと・・ご相談・・良いですか?」

と、もじもじした弥生が宝石工房の経理書類を手に現れた日には深夜残業確定である。

クリスティンでの落札値が予想外だったので予算を修正したい、といった内容である。

昔は起票内容そのものの問題だったが、今起きている事は遙かに高次元で複雑だ。

仕事の特性上の問題であり、陸奥や弥生が悪い訳ではない。

だが、本土の会計事務所や税理士に電話すると開口一番、

「あぁ、またクリスティン絡みですか?大変ですねぇ」

と返されるようになった。

悩みの種はそれだけではない。

「やぁ、お邪魔するよ。ちょっと値の張る機材を手配する必要があってね」

そう言いながら最上と三隈が来ると、最近は頭痛がするようになった。

特命事項だから全面拒否する訳にもいかないが、予算なんかとうの昔に使い切ってる。

だから自分達が帳面合わせの為にうんうん唸って捻出方法を考えないといけない。

たまにしか来ないが、来たら自分がかかりきりになってしまうので響達が過負荷になる。

残業代を出してくれるからありがたいが、疲れる事に変わりはない。

最近は経理方の入り口に向かって誰が歩いてきてるのか足音で解るようになった。

それはつまり、自らに向けられた銃の撃鉄をゆっくりと起こされるような物で。

・・・胃が痛い。

「はぁ~あ」

白雪は窓から外を見た。

遠くに白星食品の看板が見える。

そう。

白星食品、古鷹達の造船所、鳳翔や潮の店、日向の基地はまともな書類をくれるのが救いだ。

もし全部が陸奥の工房みたいな変則性を持ってたら、大本営へ帰っても良いかもしれない。

改めて思う。

こんな手広く仕事してる鎮守府なんて世界中のどこにもない。

そもそも軍隊の仕事ですらない。

平日は忙殺状態、土曜日と祝日は突っ伏して寝てるので記憶無し。

だから日曜は日の出前から深夜まで、これでもかとバンジー台から飛び降りている。

「はぁ~あ」

白雪は再び大きな溜息を吐いた。

「どうしたの?具合悪いの?」

ぼうっと手を止めている白雪に近寄って声をかけてきたのは川内である。

「あ、ううん。忙しいなあって思ってただけです」

途端に響がこちらを向いてバツの悪そうな顔をすると

「私が騙されたせいで迷惑をかけてしまったね。すまない」

と言った。

だが、白雪はひらひらと手を振り、

「違います。私の見込み違いというか見積もり違いです」

「でも」

「響さんが騙されなくても、遅かれ早かれ我々に回ってきたものです。御気になさらず」

響はじっと白雪を見つつ、

「ありがとう。でも、相当疲れてるんじゃないかい?大丈夫かい?」

「んー、まぁ、疲れてはいますけど、いつもの事なので」

川内が困った顔で笑った。

「祥鳳の後釜を、そろそろ頼んでも良いんじゃないかなあ」

白雪はハッとして、川内をじっと見返した。

・・そうか。

経理方を始めた時は猛烈に仕事が出来る祥鳳が居た事をすっかり忘れていた。

だからボリュームの目論見外れにも割と楽観的でいられたのだ。

だが、途中で祥鳳が大鳳組に移籍し、4人が3人になった上に仕事は増加する一方だ。

引き出しを開け、当初の計画書を見る。

想定していた引き受けられる限界ポイントなんてとうの昔に越えていた。

これはもう、提督に救難信号を出して良いレベルだ。

白雪は川内に微笑んで立ち上がった。

「・・そうですね。ちょっと提督に相談してみましょうか」

響が立ち上がった。

「私達も一緒に行くよ。ね、川内?」

「もちろん!」

 

コンコンコン。

 

「どうぞ」

扶桑の声に応じて白雪達は提督室のドアを開けた。

「おや、白雪じゃないか。月次報告以外で来るのは珍しいね」

「すみません。本日は少々ご相談がありまして」

「良いから入りなさい。あ、扶桑、皆にお茶を頼む」

「えっと・・」

扶桑はちらりと白雪を見ると提督に向き直った。

「確か美味しい酒饅頭がありましたが、お出ししてもよろしいですか?」

「ん?そうだな。よし、扶桑も一緒にどうだ?小休止という事で」

扶桑はくすくす笑いながらはいと返し、白雪とすれ違いざま、

「早く席にお掛けなさい。疲れているのでしょう?」

と、囁いた。

白雪は苦笑した。

ここ最近の秘書艦達の勘の鋭さ、観察眼の鋭さは大本営のトップクラスに匹敵する勢いだ。

なにより・・

「おや、随分疲れた顔をしているね。可哀想に・・・そうか、増員の相談かな?」

提督からして一目自分を見てこれである。

どうしてこの提督が艦娘達の恋愛感情にトコトン鈍感なのか本当に解らない。

わざととも思えない。

世界の七不思議ですねと、白雪は思いつつ答えた。

「・・はい、そうして頂けると助かります」

「解った。じゃあ詳細を相談しよっか」

最初から言いづらい部分が終わったので、応接セットに座った白雪達は安心して酒饅頭を頬張った。

提督は酒饅頭を飲み込むと言った。

「んー、増員は2~3名って所かな?」

「・・確かに理想は3名増員ですが、1名でも大助かりです」

「最初4人スタートだったからね。ただ、それなりに計算とか事務仕事向きの子が良いよね」

「はい」

「候補は居る?」

白雪はうーんと唸ったが、

「1人・・いや、2人居るよ」

そう返したのは響であった。

「よし、教えてくれるかな?」

提督が水を向けると、響はこくんと頷いて答えた。

「電と陽炎だよ」

提督はふむと言いつつ自分の顎を撫でた。

「なるほどね。あの二人なら信用が置ける。でも・・」

「なんだい?」

「スネるんじゃない?暁お姉ちゃん」

響がしまったという顔になった。

「あー」

「・・かといって暁お姉ちゃんが経理・・な・・」

「う、うーん」

「何かしたい仕事があるかなぁ・・」

「ただ、電が経理方に来るなら、絶対一緒に来ると思う」

「だろうね」

 

 




1ヶ所誤字を訂正しました。
ご指摘ありがとうございました。


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文月と白雪(2)

 

提督と響の会話を聞いていた川内は首を傾げながら言った。

「うちの姉妹は部屋以外ばらんばらんで行動してるけどなあ」

異動前の鎮守府で建造された神通。

深海棲艦に壊滅させられた鎮守府から響を追って来た川内。

遠い海域で赤城と仲良くなって艦娘に戻った那珂。

全く違う地からやってきて、ここで落ち合った3姉妹。

神通は水雷戦隊の長として、川内は経理方として、那珂は遠征要員として、それぞれ忙しい毎日である。

「だからこそ部屋では話題が尽きないよ。みんな違う事やってるから面白いんだ」

提督が笑った。

「数多く姉妹の形があるのは良い事だよ。じゃあ本人に聞いてみようか」

 

「へっ?経理方?」

「なのです?」

「良いわよ」

 

聞き返した暁と電に対し、陽炎はあっさり頷いた。

「お、陽炎さんやる気だね」

「んー、まぁ妹達が近いとこに居るしね」

「あーそうか。事務方に2人居るね」

妹、というのは不知火と黒潮の事である。陽炎はこくりと頷いた。

「ゆっきーや舞ちゃんは遠征で成果あげてるけど、私はそこまでじゃないし」

ゆっきーは雪風、舞ちゃんはもちろん舞風の事である。

「浜風は白星食品の人事部長だしなあ。陽炎姉妹は大活躍だね」

陽炎は肩をすくめた。

「長女のあたしは地味なんだけどね」

「コツコツ成功し続けるというのは安心出来るし大変な事だよ。後輩の面倒見も良いと聞いてる」

「う・・あ、ありがとっ」

「陽炎が遠征要員から減るのは痛いが、それでも経理方を引き受けてくれるなら嬉しいよ」

「決まりねっ!」

「うん。んで、暁お姉ちゃん」

暁がジト目で提督を見返す。

「・・なーんかお子様扱いされてる気がするんだけど?」

「そんな事ないよ。暁型の長女だもんな!」

「そ、そうよ!」

「立派なレディーだもんな!」

「その通りよ!」

「で、暁は経理方行く?それとも今のままが良い?」

暁は電の方を向いた。

「電はどうするのよ?」

電は暁から視線を外しながら言った。

「今もあまり出撃はありませんけど、その、出来れば経理方で・・」

「うぐ」

提督は肩をすくめた。

「川内のとこみたいに姉妹それぞれ別の役割って形もあるけど」

暁はしょぼーんとして、俯いて椅子に座ったまま、ペシペシと靴で床を蹴っている。

「べっ、べつに・・」

「暁の場合は姉妹揃った方が頑張れるんじゃない?」

暁はちらりと提督を見上げた。もう泣きそうだ。

「・・」

「暁。私は皆が一番楽しく頑張れる所で頑張って欲しい。暁の願いはなんだい?」

提督の問いに対し、暁はしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。

「みんなで・・出撃したいなぁ」

「そうか」

「姉妹皆揃ってるのに、雷も響も一緒に来てくれなくて・・」

「ふむ」

「た、たまには、どーんと成果をあげたいもん」

「戦果って事かな?」

「そうよ。だって私達は軍艦だもん。戦う為に作ってもらったんだもん」

「そうだね」

「なのにお掃除が好きとか、戦うけど轟沈させないとか、川内と居たいとか」

「・・」

「・・みんな・・みんな、みんな勝手なんだもん!」

暁が叫んだ事に扶桑は眉をひそめたが、提督は小さく首を振って制した。

「ふむ。お姉ちゃんとして今まで色々考えてきた訳だ」

「当たり前じゃない!お姉ちゃんなんだもん!」

「考えたけど、妹達を前には言えなかった。そうだね?」

暁は消え入りそうな声で言った。

「・・だって、言ってる事は解るもん」

「軍艦として果たすべき役割と、妹達の願いの間で困っちゃったんだね?」

「そうよ。大人しく軍艦の責務を果たす事が楽しいって言ってくれたら苦労しないのに」

「それは暁達が、沢山の事を見て来たからじゃないかなあ」

「・・」

「暁達は軍艦だった時、それは長い事戦っただろう?」

「・・そうね」

「沢山の事を目の当たりにして、それぞれが自分だけの強い思い出があって」

「・・」

「たとえば響は、一人だけ残った事にすごく悔しい思いがあって」

響がふいと目をそむけつつ言った。

「残ったというか、皆の元へ帰れなかった事に、かな」

提督は頷いた。

「電は敵を助けた事が嬉しかったんだろ?」

「それもありますけど、助けた人達は全然怖くなかったのです。命を奪う事は無いのです」

「ずっと、ずっと、沢山思いを積み重ねてるから、一番個性が強い姉妹かもしれないね」

暁は下を向いていた。

「だからね、暁」

「・・うん」

「作られた目的だからといって、戦わなきゃいけないって頑張らなくて良いんだよ」

暁は黙ったままそっと、提督を見上げた。

「響達の言う事も、暁の言う事も、どちらも間違ってない。けど同時には叶えられないよね」

「うん」

「暁が一人で我慢しなくても良いけど、同じように妹達に我慢を強いてはダメだ」

「うん」

「そこで改めて聞くけど、暁は何か一番嬉しい?深海棲艦と戦う事かい?」

「戦うっていうか・・」

暁はもじもじと両手の指を絡めた。

「褒めて欲しい。暁達が居て良かった・・って」

「うん」

「役に立ってるって、自分で思いたい」

「うん」

「生まれて来て良かったんだって・・思いたい」

「・・そっか」

提督はガタリと席を立つと、腰をかがめて暁の目線に合わせると、帽子をひょいと取った。

「あ!なにす・・」

ポン。

提督は暁の頭に右手を置くと、ゆっくり撫でながら、

「暁はちゃんと色々考えて、与えられた任務を頑張ってるよ。私はよく解ってる」

「・・」

「暁も、雷も、電も、響も、良くやってくれている、うちに無くてはならない子達だよ」

「・・」

「出撃だろうと、遠征だろうと、専属方だろうと、してくれた事に貴賎は無い」

「・・」

「運営に貢献してくれているのだから、一番幸せな形で毎日を過ごして欲しいと私は思う」

「・・」

「暁、まずは今まで良くやってきてくれたね。ありがとう」

暁は椅子からぴょんと飛び降りると、そのまま提督にぎゅむっとしがみ付いた。

提督はぽんぽんと背中を叩きながら、

「うん。お姉ちゃんとして、使命を果たそうと頑張ったね。偉かったよ」

ついに暁は堰を切ったように泣き出した。

扶桑は提督にしがみついて泣く暁の姿を見て、優しい笑顔を浮かべた。

そういう事でしたか。

 

「私も経理方に行くわね!見てなさい!」

ひとしきり泣いた後、暁は笑顔でそう言った。

「それで良いんだね?」

「ええ!電も響も面倒見ちゃうわよ!」

響はフンと鼻をならすと、

「足手まといにならないと良いね」

「なによもう!暁はちゃんと出来るんだから!」

「計算いっぱいあるよ?」

「うぐ」

そこで電が

「お姉ちゃんは綺麗好きだから、書類の分類とかお願いしたいのです」

というと、暁は目を輝かせて

「お片付けは得意よ!しっかりやってあげるんだから!」

と胸を張った。

提督は白雪の方を向いて、

「という感じだけど、増員はこの3人で良いかな?」

と聞き、白雪は、

「賑やかになりそうですね」

メンバーの戦力配分先を考えつつ、そう返したのである。

 

こうして、暁達が来てから2週間が過ぎた。

「ほら、終わった書類貸しなさい!」

今ではおなじみの光景だが、暁は書類カゴを持って書庫と白雪達の間を往復している。

書類棚の間に置かれた巨大な作業机が暁の城である。

白雪は顔を上げ、暁に作業済の書類を手渡した。

にこりと笑って受け取り、戻っていく暁の背中を目で追いながら思った。

人は見かけによらないな、と。

 

 



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文月と白雪(3)

着任当初こそ頭に巨大な?マークを付けていた暁だったが、数日経った時、

「ねぇ、この書類とこの書類が別々に保管されてるのって後で使いにくくない?」

と言い出した。

その指摘は適切であり、そうですねと白雪が応じると、

「じゃ、まとめといてあげる。この書類は月1?」

「はい、月1です」

「関連するのはこの書類で、こっちも月1って言ってたわよね?」

「ええ、そうですね。同時に発生します」

「他に関連する物は無いわね?」

「無いですね」

「解ったわ!探しやすくしてあげる。見てなさい!」

そういって書類の保管方法から再整理を始めた。

一方で電と陽炎は手際良く書類の捌き方を覚えて行った。ただし電は

「お姉ちゃんが心配なので、ちょっと手を貸してくるのです」

と言って、時折書庫で書類の山に囲まれる暁を手伝ってもいたのである。

 

こうして過ぎた2週間だったが、今では暁は書類の管理人と化している。

響が書庫に行った時の様子を見てみよう。

「姉さん、昨年度5月のバランスシートを見たいんだけど」

「・・はいこれ。同月の収支報告明細は?」

「あ、そうか。貸してくれるかな」

「良いわよ!はい!」

といった具合で素早く書類を出し、関連書類も要らないかと提案してくれる。

暁が書類の管理役に徹してくれるので、経理方の面々は書類探しという作業から解放された。

そしてそうなってみて解ったのだが、書類探しはかなり時間を食っていたのである。

 

陽炎はというと、普段からちょいちょい大本営の規約や指示書を調べている。

なぜかという説明をするより、実例を見てみよう。

ある時、陽炎は白雪に大本営の指示書と書類を見せつつ言った。

「ねぇ白雪、この提出物ってこれだけで良いの?」

「といいますと?」

「これも出さないといけないようだけど、これは事務方が作るの?」

「えっ!?どうでしょう、聞いてないですね・・」

白雪は眉をひそめた。今までなら不知火に訊ねれば

「あ、それもよろしくです」

その一言で返されていたからだ。ゆえに陽炎が

「じゃ、聞いてくるわね!」

と言った時、白雪は言って良いものか迷いながら

「あ、あの」

と返すと、

「無きゃ不知火によろしくねって言っとくわ!」

パチンと白雪に軽いウインクを返しつつ、颯爽と事務方に向かって歩いていった。

そして程なく、

「んなっ!・・くっ、し、不知火が、落ち度など・・」

「だよね!」

といったやりとりが何回か聞こえた後、

「後はやってくれるって!」

そう言いつつ、ニカッと笑いながら戻ってきたのである。

がくりと肩を落とし、青い縦線が入る不知火の背中を遠目に見ながら、白雪は思った。

今までは事務方からあれこれオーダーされる一方で、押し返す余地はゼロだった。

正確には自分は文月に、川内や響は不知火に丸め込まれてしまうのである。

自分が初雪や叢雲に訴えても同じく文月達に丸め込まれてしまい、差し戻しとはいかなかった。

だが、不知火のあしらい方を知り尽くした陽炎がこちら側に着いた事で流れが変わった。

押し戻すというか、分担領域を交渉出来るようになったのである。

陽炎はさらっと頼む一方で、時折見慣れない書類を手に

「悪いわね。例の件頼む代わりにこれ引き受けちゃった」

と、ペロッと舌を出しながら帰ってくる事もある。

しかしそれは経理方で作った方が簡単に済む物であり、無闇に引き受けてはいない。

どうしてそれが解るかと言うと、大本営の規約や指示を熟知しているからである。

こうやって引き受ける分があるからか、不知火が青色吐息になっても文月は何も言って来ない。

さすが長女。ギリギリの塩梅は心得てるという事だ。

 

一方、電にはあえて、特定の担当を持たせてはいない。

それは彼女が常に経理方全体へ目を配っており、困っているメンバーの所に歩いていっては

「電がお手伝いするのです」

と、にこっと微笑んで手を貸しているのである。

経理方の誰がいつ忙しくなるか、そして全員の仕事を覚えていないとこうは動けない。

更には手隙の時は皆にお茶を淹れてくれたり、備品類をいつの間にか片付けてくれたりする。

こういう所を見ると暁型なんだなあと思う。

 

こうして。

 

 まぁ忙しいけど、コンスタントに定時をちょい過ぎた頃には終わる

 

という所まで改善していたのである。

 

金曜日の夜。

「お疲れ様ですよぅ、ふわーあ」

欠伸をしつつ引き戸を開けて入ってきた白雪を見た初雪は、ぽそっと言った。

「顔色、悪くないね」

「え?」

「いつもだと、木曜には、明らかな疲れが、顔に、出てた」

「あー・・」

「だから土曜日寝てても、皆で起こさないように、静かにしてた」

「そうだったんですね・・」

「でも、今週は、平気そう」

「んー・・」

週を振り返れば、2週前とは明らかに違う。

暁が元気良く走り回るので雰囲気が明るくなった。

電が全体をサポートしてくれるので、効率よく仕事出来る。

陽炎が不知火と調整してくれるので、仕事の質が改善されている。

そう。

3人が来てくれたから、仕事がしやすくなったのだ。

それはつまり・・

白雪は初雪に微笑んだ。

「そうですね。私もだいぶ、心配事が減りました」

初雪は白雪をじっと見た後、

「ん。良かった」

そう言って、にこっと笑い返したのである。

明日、もし元気に起きられたら土日両方バンジー行っちゃおうかな!?

 

数日後。

「そっか。不知火が負けたか」

「ちょっと予想外でした~」

「困ってるのかな?」

「いいえ。受け取ってくれる分もあるので、丁度分担範囲の再整理が出来てます~」

月例報告に来た文月から、提督は話を聞いていた。

「文月としてはどう思う?」

「さすがお父さんの采配だなって思いました~」

「いやぁ、今回はそこまで考えてないよ。ただそれぞれの希望を通しただけだ」

「希望を聞いてくれるから、頑張れるんですよ~」

「まぁ、事務方と経理方が回ってくれないと鎮守府の息の根が止まるからね」

「お父さんはそうやって、評価してくれるから嬉しいです~」

「いつもありがとう、文月。よし、それじゃ今月も頼むよ」

「は~い!」

 

パタンと閉じたドアから窓に目を向けつつ、提督は思った。

本当に、一人一人が頑張ってくれるから、この鎮守府は回っているのだと。

「・・よし、じゃあ次の子が報告に来る前に1枚でも書類を片付けるかな」

そう言いつつ書類を手に取った時。

 

コンコンコン。

 

どうぞと応じる秘書艦の比叡の背中を見つつ、提督は苦笑いした。

うちの子達はほんと時間に正確だね。事務方の次は経理方の月例報告か。

果たして扉を開けたのは白雪だった。

「ん。時間ピッタリだね」

「正確さは経理方の必須事項ですから」

「お、先日に比べると顔色が良くなったね」

「ええ。初雪にも言われました」

「自分ではどう?」

「土日ともバンジーを楽しめてます!」

「そりゃ良かった。じゃあ今度は水曜日の夜も楽しめるようになると良いね」

「え?水曜日の夜ですか?」

「うん。週の真ん中に楽しみがあれば1週間は早いよ」

白雪はポリポリと頬を掻いた。

「積極的に遊ぶ事を推奨される司令官なんて聞いた事無いですよ?」

「頑張る子には楽しんで生きて欲しいだけだよ」

白雪は目を瞑った。

こんな人だからこそ、忙しくても私はここを離れたくない。

大本営の雷からは毎月のようにお誘いの手紙が届くけど、大本営は横槍が多過ぎる。

なにより、バンジー出来る場所が遠いし高いし外出手続きが面倒臭い。

ふふっと笑った白雪は、すっと目を開けると

「では、月例報告に入りますね」

と言った。

 

 




はい。
昨日から全部読み直してるのですけどね、間違いの多さに辟易してます。
司令官というのは提督以外の司令官で、提督ってのはソロル鎮守府の司令官1人だけというルールが徹底されてなかったり、鎮守府内で通用する通貨は「コイン」で、外で通じるのが円等の各国通貨というルールが徹底されてなかったり、木曾を木曽と書いてたり、工廠長の口調がだいぶ違ったりと、改めて読んでみると違和感を感じるところがちらほら。
なので全編読み直しての大訂正キャンペーン中です。
シナリオに影響するような訂正はしませんのでご安心ください。

ちなみに、ご指摘のあったあの3文字は誤字では無いんです。
お疲れかと言われるくらいクオリティが下がってますかね…


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文月と白雪(4)

「かんぱぁい!」

「お疲れぇ!」

ガチャガチャとコップがかち合う音が響く。

今日は事務方と経理方合同のお疲れ様会である。

食堂の一角を借り、夕食を兼ねて一緒に食事を取る事にしたのである。

そう。

事務方からも経理方からも酒席を望む声は無かったので、

「どうせなら美味しい晩ご飯食べたいじゃない!」

と、陽炎が黒潮を巻き添えにして幹事を引き受け、間宮と話を付けたのである。

ゆえにコップの中に入っているのは麦茶とかウーロン茶である。

もっとも、皆が気にしているのはコップの中身ではなく、

「炭火焼きハンバーグうまっ!旨ぁああっ!」

「アジフライ大好き~!コロッケも美味しいのです~」

「山掛け麦飯が美味しいです。たまりません」

「天丼美味しいなぁ」

「・・とんかつ定食は、最高の贅沢」

「んー、広島焼きもなかなかええもんやなぁ」

「チャーハンぱらっぱら!」

そう、間宮が一人一人の希望に応えて腕を振るった料理である。

同じメニューの子もいるが、ほとんどがバラバラである。

文月は大テーブル1つを占める、総勢14名の顔を見ながら思った。

最初、たった4名でスタートした事務方。

当時の仕事はお父さんの代わりに出撃や遠征の指示をするという単純な物だった。

その後、そう言えばあれも困ってた、これもどうしようという事を引き受けて。

鎮守府の移転があって、仲間が増えて、毎日毎日大変だったけど。

皆の知恵で乗り越えて、経理方が出来て、ようやく全員が定時少し過ぎに終わるようになって。

ここに居る誰が欠けても物凄く困る。お父さんが居なくても困る。

そう。

今日のこの会も陽炎が企画して手配してくれたが、承認してくれたのはお父さんなのだから。

 

数日前。

お疲れ様会を開く事を一応報告しようと、提督室を訪ねた時。

提督は驚いたように書類から顔を上げた。

「え?自腹でやるの?」

「お父さんが居れば会議に出来ますが、多分緊張しちゃうと思うので」

「私が居なくても会議費使えば良いじゃない」

「他の子達へ厳密に対応する以上、自らを律さねば示しがつかないですから」

「・・ふむ」

そういうと提督はちょいちょいと手招きした。

「お父さん?なんですかなんですか?」

「えっと、私もその会に出席するよ。でも私は当日、ちょっと体調が悪くて急に休んじゃうから」

「・・ふえ?」

「間宮さんは察しが良くて、急に休んだ私の分はキャンセルしといてくれるんだよ」

文月はジト目になった。

「だぁめですっ!そういう事すると際限なくなっちゃいます!」

「そっか」

提督はふふっと笑うと立ち上がると、書棚から百科事典を1冊取り出した。

首を傾げる文月を見つつ席に戻った提督は、裏表紙の革の下端、折り返した所をカッターで切った。

「・・お父さん?」

怪訝な顔をする文月を前に、提督は切り口から茶封筒を抜き出すと、

「今見た事はナイショだよ、特に長門にはね」

自らの唇に人差し指をあててそう言った後、提督は茶封筒を手渡した。

文月が中を見ると、3万コインが入っていた。

「!」

「会費の足しにしなさい」

「で、でも!」

「規約に提督からへそくりを貰ってはいけませんという事はないだろう?」

「あう」

「いつも頑張ってるんだから、たまには、ね?」

そういって提督は、文月の頭をわしわしと撫でた。

文月は戻った後、陽炎に提督から費用を協力してもらえたとだけ伝え、茶封筒を手渡した。

「やるわね!さすが文月さん!わお!3万コインも!」

「何とかなりますか?」

「もちろん!だって普通の食事だもん!これなら御釣りが出るわよ?」

「じゃあ、御釣りが出たら返してください」

「解ったわ!」

 

こうして、皆が大満足した食事会が終わり。

寮に引き上げる皆を縫って、陽炎は文月に茶封筒を返した。

「はい御釣り。えっとね、一人600コインしか使わなかったから2万コイン以上余ったわよ」

「えっ?どうしてそんなに安いんですか?」

「晩御飯のオプション扱いなんだって」

「今晩の夕食とはメニュー全然違いますけど?」

「でも私達にとっては、これが晩御飯だからって、間宮さんが」

ふと文月が厨房の方を見ると、間宮がにこにこ笑いながらこちらを見ていた。

文月は深々と頭を下げた。

「あ、間宮さんから伝言。百科事典の背表紙の中とは提督も考えましたねって。何の事?」

文月はびくりとしつつ、陽炎から返してもらった封筒をしげしげと見た。

良く見ると封筒の端に糊の跡があるし、百科事典特有の革の香りが僅かに残っている。

文月は迂闊だったと思いつつ、自分の手でぴしゃりと額を叩いた。

・・本当にこの鎮守府は油断ならない人ばっかりだ。

 

翌日。

 

「え?御釣り?」

「はい。余りにも余ってしまったので」

今日は秘書艦が長門なので、文月は提督の膝の上に座り、二人はひそひそと会話している。

「幾ら余ったの?」

「2万1600コインです」

「なんで?!せっかく皆で集まったのにアイスしか食べなかったとか?」

「いえ、間宮さんにお父さんのへそくりだとバレまして、代わりに一人600コインで良いと」

「あちゃぁしまった。大きなネタ押さえられちゃったなぁ」

「ごめんなさいですお父さん。うっかり封筒ごと渡してしまって」

その時。

「・・二人して何をこそこそ話してるんだ?」

文月と提督はびくりとして長門に向き直った。

長門は首を傾げ、書類を手に怪訝な表情をしている。

「あ、あぁ承認の書類かい?」

「そうだが・・今」

「ん、ん、ハンコを押してしまおう。文月、ちょっと降りて」

「はーい、長門さん、貸してください!」

「え?いや、何の・・話・・」

「ん、ん、問題無いね。ほら、押したから朱肉が付かないように持ってって!」

「はい長門さんどうぞ!」

「な、なんだなんだ。なぜそう急がせる」

「気のせいだよ」

「気のせいですよ?」

長門は生乾きの2枚の書類を両手でそれぞれ持ちながら

「なんか騙されてる気がするな・・」

といいつつ戻って行った。

文月はタタタッと戻ってくると

「なので、御釣りが出ちゃったんですけど」

「ここはもうダメだ。今戻そうとすれば長門が勘付くし、明日まで置いとけば雷が気付く」

「あー」

「だから文月、それは事務方と経理方で開く宴の基金としなさい」

「・・良いんですか?」

「昨日渡した時点で無い物と思ってる。それで良い」

「わ・・解りました」

「そうだ。封筒はシュレッダーで処・・ひいっ!?」

ふと目線を上げた提督は、棚の陰から頭半分だけ出してジト目で見る長門に気付いたのである。

「・・・」

「なっ、なにかな長門さん!?」

「・・んー」

「なっ、何もしてないですよ?」

「・・また脱走とか良からぬ事を企んでるんじゃあるまいな」

文月がにこっと笑った。

「長門さんと同盟を結んだ通り、お父さんの脱走には一切手を貸しませんから!」

提督はげっという顔になった。

「いつの間にそんな同盟を・・」

「だから宿の手配とか、一切してあげないですよ~」

「とほほ。じゃあ今度、長門と文月連れて温泉旅行でも行こうかなあ」

「ふえっ!?」

「最初から一緒に行けば脱走じゃないでしょ?」

「ま、まぁそうですけど・・これはOKなんですか長門さん?」

「んなっ!?私に振るのか?」

「同盟国としては聞いておいた方が良いかなって」

じーっと二人から見られた長門は渋い顔で唸っていたが、

「まぁ、その、事務方とかに迷惑がかからない日程なら、良いんじゃ・・ないか?」

「お墨付きが出ましたよお父さん!」

「良かったよ文月!じゃあ今年の秋ごろでも行こうか!」

「行先を教えて頂いたら大本営とも調整しときますね!」

「さすが文月さん!話解る!」

「えへへへへ~」

「じゃあ長門!行先とか希望を考えておいてくれ!」

「わ・・解った」

長門は秘書席に戻りながら首を傾げた。

どうも・・何か丸め込まれている気がするのだが。うーん・・・

そっと長門を見送った提督と文月は、茶封筒を挟んでにっこり微笑み、頷きあった。

こうして事務方・経理方共通の宴会基金は通称「茶封筒」と呼ばれるようになったのである。

 




これにて終了でございます。

なお、本話ではクオリティの低下を指摘される事態となりました。
検討の結果、章構成の練り不足等、私に落ち度があったとの判断にいたりました。
よって、この事態の責を取り、年内一杯を予定していた4章の残りの話を全て破棄し、ここで終了とさせて頂きます。

誠に申し訳ありませんでした。


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第5章 提督が鎮守府に着任しました。なのに艦隊の指 揮を取ってくれません。
エピソード01


皆様のコメント、ありがたく受け取りました。
自身の判断として、一度言ったことのけじめとして、第4章はあれで仕舞いといたしますが、代わりに年明けからの予定だった第5章を繰り上げて始める事で、皆様の温かさに応えたいと思います。

5章はリクエストにお応えしてエピソード編です。
…奇抜さはこっちの方が少ないですからね(実は弱気)
どれくらい続けるか、深堀りするか等は皆様のコメントと評価を見て判断致しますが、いずれにせよ北方事件の前までとなります。
予定では15~20話程度になると見ています。

なお、4章までに比べると理由はありますが、ネガティブなトーンです。
不得手な方は読まない方が良いかもしれません。
ご留意ください。



「うおおっ!似合う!」

「これは・・」

「まさに龍田さんの為に作られたかのような・・」

「・・・んー、何というか、本当に似合ってるなあ」

龍田は一気にジト目になった。

全員一致のコメントとはいえ、これは褒められてるとは言えない。

ゆえに龍田は姉に訊ねる事にした。

「天龍ちゃんはどう思う~?」

だが、天龍は見るからに笑いをこらえたまま、

「わ、わりぃ、フォローしようがねぇ程似合ってるぜ・・」

と返したのである。

龍田は溜息を吐いた。こういう時は素直な姉より気が回る姉が欲しい。

 

元はといえば提督が余計な物を買った事が始まりだ。

「たまにはほら、気分転換でもしようかと思ってさ。どう?似合う?似合う?」

食堂で昼御飯を食べ終えた提督はそう言ってそれを披露したのだが、

「・・あちゃー」

「あ、あの、止めた方が良いのです」

「明らかに似合わないわよ?」

「なんていうか、ダメ」

などと散々酷評された。

どずーんと縦線が入った提督は、椅子に体育座りをしつつ、そっとそれを外してテーブルの上に置いた。

「これがダサいのかしらね・・」

そう言いながらかけたのは暁だったが、周囲から

「うは!間違いなくグレたお子様だ!」

「提督よりマシだけど!」

「違う。なんか違う」

「何て言うか、暁が負けてる」

「そう!ダボダボの特攻服を着た幼稚園児って感じ!」

「あ!解る解る!」

と言われたので、

「ちょっと!誰よ今幼稚園児って言ったの!」

と、アイウェアを外しながら怒鳴ったのである。

 

そう。

提督が買ってきたのはアイウェア、つまりサングラスである。

真っ黒のレンズはかっちり細身のスクエアで、緩くラウンドしている。

弦や鼻当てと言ったパーツは全て細めに作られており、レンズ部のソリッドな感じが強調されている。

いわゆるティアドロップタイプのサングラスとは別方向の迫力である。

そして昼食時の食堂は暁を皮切りに、一体誰ならこんなアイウェアを着こなせるかという事になった。

色々な艦娘達がかけてみるものの、これはという人が居ない。

押しつけられた霧島は眼鏡の代わりに何気なしにかけたが、その時周囲が固まった。

「おぉお・・ぉお」

「・・・あ」

「ハマ・・った」

「霧島さん、似合いますね」

「企業舎弟って感じ」

山城は提督の背中をぷにぷにとつつきながら言った。

「ほら提督!スネてないで見てくださいよ!ああいうのが似合うっていう事ですよ!」

「えー・・」

不承不承振り返った提督は

「うぉおおう!お前はどこぞのエージェントか!」

と、のけぞった。

霧島はそっとサングラスを赤城に渡すと、いつもの眼鏡をかけ直し

「・・・全く嬉しくありません」

そういうとつーんとそっぽを向いてしまった。

霧島をなだめに入った提督を横目に赤城がひょいとかけてみたものの、

「あ、違う」

「赤城さんは似合わないわぁ」

「なんつーか、あれよ。赤城さんは優し過ぎるから雰囲気が合わないんだ!」

「ダメ」

と言われ、嬉しいような悲しいようなという複雑な表情のまま、龍田に渡したという次第であった。

 

龍田はそれまで、アイウェアを特に気にした事は無かった。

視力は悪くないし、望月のように伊達眼鏡をかけるほどポップなオシャレに興味も無い。

なによりヘッドセットを付けたりする時に不織布のマスクでさえ邪魔なのに、余計な事はしたくない。

そう思っていた。

皆の畏怖の念溢れるコメントに龍田はムッとした表情のままアイウェアを外したが、提督が

「・・うん、じゃあ私は全会一致で似合わないって言われたから、それあげるよ。はい、ケース」

と言ってアイウェアのケースまで差し出してきた。

龍田は首を傾げながら答えた。

「・・え?別に要らないんですけど」

「龍田が一番似合うのは間違いないし、私が持っててもしょうがないし」

「提督がかけたら皆さんに笑いを取れますよ~?」

「そういう為に買った訳じゃないし!」

涙目の提督からケースをぎゅっと握らされた龍田は、

「・・はぁ、まぁ、貰っときます、ね」

といって、肩をすくめながらアイウェアをケースに仕舞った。

明日の会合にでもかけて行こうかしら。

なお山城に弄られる提督を見ながら、龍田はくすっと笑った。

本当に、変わった人。

 

時は2年程遡る。

提督は着任時から異例づくめの人だった。

赴任の連絡を受けた龍田は鎮守府から迎えを出しますと連絡したが、返事は

「大丈夫です。鎮守府で待っててください」

との事だった。

龍田は抜き打ちでの来訪を警戒し、数日前から敷地内全ての掃除や警備を引き締めた。

こういうのは最初が肝心だ。最初から叱られてはその後に悪影響を及ぼす。

そして当日。

徒歩でやって来た提督は、入り口に立つ警備兵に

「こんにちは」

と、にこやかに頭を下げて鎮守府に入っていったのである。

警備兵は一瞬自分の身に起きた事が理解出来ず呆然とした。

明らかに高い階級章を付けた人が、徒歩で、自分に頭を下げて、とことこ入って行った・・・だと?

ハッとした警備兵は偽物と疑った。ゆえに

「まっ!待て!止まれぇぇぇえ!」

と、両手で銃を構えてピタリと狙ったのである。

 

「良いね良いね!ここの警備はしっかりしてる!」

 

本物と判明した後、警備兵と共に司令室に入った提督はころころ笑いながら続けた。

「別の鎮守府の警備兵なんて、私が建物に入るまでぽかーんとしたままだったよ」

警備兵はクビを覚悟しつつ答えた。

「ま、誠に申し訳ありません」

「いえ、おかしいと思ったから制止させる。実に正しい行動です。何も謝る必要はないですよ」

提督が本当に怒ってなさそうだと気付いた警備兵は恐る恐る訊ねた。

「あ、ありがとうございます・・・ところで、あの」

「うん?」

「何故徒歩でいらしたのですか?鎮守府近辺とはいえ、反対勢力が居ないとも限りませんし」

提督は目を細めた。

 

反対勢力。

 

特定の鎮守府というより、海軍そのものに異を唱える人々の事である。

彼らの主張は

「海軍が深海棲艦を作ったに違いない。自作自演だ!」

「この経済状況で巨大な軍を維持する必要はない!」

「今すぐ海軍を全面解体し、その予算を国民に回せ!」

といったものである。

世間的には彼らの主張には無理があるので多数派にはなっていない。

だが、表立って行動している。

過去、過激なデモの果てに艦娘や司令官に対する暴行事件も起こしており、公安も動いている。

警備兵が呆然としたのは、司令官が、それと解る格好で外を歩く事の危険さを物語っている。

提督は持参したスポーツバッグをポンポンと叩いて言った。

「いやいや、近所までは私服で来たんだよ」

「専用車でお迎えに上がりましたのに・・」

「ちょっと、この周辺も見ておきたかったんでね。そこの角にある喫茶店のトイレで着替えたんだよ」

「はぁ」

「見た所、周辺住民の方ともそれほど剣呑な関係じゃないみたいだね」

「ここは元々ひなびた農村で、のんびりした土地柄ではありますが・・」

「そうそう。喫茶店のミックスフライ定食頼んだら美味しかったよ」

「あれは職員にも好評ですよ。カツサンドも美味しいです」

「そうか。それは今度食べに行かないといけないね」

「・・・いやいや、あまり無闇な外出はお控えください」

「のんびりしてるんでしょ?」

「しょっちゅう出歩かれると、その噂が立って、余計な者が来ないとも限らないですから」

提督は警備兵をじっと見た後、にこりと笑った。

「・・うん、なるほど。貴方がここを警備してくれるならここは安泰だ」

「ええっ!?あ、ありがとう、ございます」

「これから艦娘も増えるし、色々あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、いや、自分は職務をしているだけでありますので、あ、頭を上げてください!」

「では、そろそろ秘書艦の子と話をするので・・」

「はい、自分は持ち場に戻ります!」

「うん、ありがとう」

 

パタン。

 

龍田は秘書艦席から立ち上がると警備兵を送り出し、ドアを閉めてから提督の元に向かった。

 



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エピソード02





「貴方が秘書艦で良いのかな?」

龍田はすちゃりと敬礼しつつ答えた。

「そうよ、司令官。今は私が秘書艦だよ~」

「解った。改めまして。本日着任し、これから世話になるよ。よろしくね、龍田さん」

「・・は、はい」

龍田は返事をしつつ思考を巡らせた。

 

 ・・・龍田「さん」?

 

この鎮守府は新設ではない。

前の司令官が大本営への異動を希望し、代わりに元事務官で司令官経験の無いこの人が寄越されたらしい。

正規のルートではそこまで連絡されていないが、艦娘同士のネットワークは張り巡らされていたのである。

龍田は思い出しつつ溜息を吐いた。

所詮、事務官は事務官。

部下にさん付けなんて、今までではありえない。

事務官が指揮を執るなんてロクな事にならないだろう。

どうせ大本営流の堅苦しい許認可手続きを押し付けるんでしょうね・・・

 

「じゃ、ここのルールについて教えてくれるかな?」

 

龍田は目をぱちくりさせた。考えが読まれてるのかと思ったからだ。

い、いや、そんな筈は無い。船魂同士なら極稀にあるが、司令官は人間だ。

そしてこの話題は厄介だ。いきなり規則系から来たか。

なるほど、事務官らしい。得意なところから攻めるつもりね。

龍田は手にじわりと汗をかきつつ、慎重に答えた。

 

「・・ルール、ですか?」

「うん。鎮守府全体でどんな事が決まってるのか、自然に決まった事も含めてね。でないと」

「・・でないと?」

提督は首を傾げた。

「いや、私一人が間抜けな行動を取ったら迷惑でしょ?」

龍田は眉をひそめた。

普通、新しく赴任してきた司令官というのはローカルルールは自分仕様に引き直すものだ。

だからルールを聞くというのは、その後の

「くだらん!今から俺が決めた通りにしろ!」

という前フリである場合が多いし、だからこそ目的を探る為にわざとワンテンポ回答を遅らせた。

だが、この提督にはそういう鼻息の荒さが無い。

小首を傾げ、メモを手に説明を待っている。

これじゃ警戒している自分がバカみたいだ。

龍田は疑いの目の中に動揺の色をにじませた。

どうにも読めない。今までの手が通じない。こういうパターンが一番困る。

・・・参ったなあ。

とりあえず、自分が秘書艦だと「言っておいて」良かった。

龍田は鎮守府のローカルルールをゆっくり説明しつつ、そう思った。

 

実はこの鎮守府で、歴代の秘書艦を務めてきたのはずっと叢雲だった。

それは最初の司令官が叢雲を指名したから、という些細な理由だった。

しかし、司令官は既に2回代わっていた。

最初の司令官は昼夜問わず職務に励み過ぎたのか、これからという時に過労で死んでしまった。

2人目の司令官は雑な指示で次々と艦娘達を轟沈させたので艦娘達がボイコットし、大本営が左遷させた。

3人目の司令官はたった1カ月で大本営に自ら希望して異動したが、その理由というのが

「夜中に散歩していたら鎮守府の港から深海棲艦が見えた。光って不気味だったので怖くなった」

という理由だった。

ゆえに、鎮守府が出来てから2年になろうというのに、所属艦娘はたった5人しか居なかったのである。

 

通常、鎮守府を束ねる司令官が変わる場合、その所属艦娘達は全員記憶をリセットされる。

さらに、秘書艦のみを残し、他の艦娘達はバラバラの鎮守府に配属される。

しかし、彼女達は記憶も配属も含め、最初の司令官の頃からそのままだった。

なぜなら海軍の中でさえ、この鎮守府の司令官が交代した事はほとんど知らされていないからである。

最初の司令官から2人目の司令官に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

今後司令官を民間から募集しようという時に、過労死したという事実は不都合だったのである。

2人目の司令官から3人目の司令官に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

艦娘達は従順な味方であるというイメージ戦略を敷く中、ボイコットは不都合な事実だったのである。

3人目の司令官から提督に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

司令官として実に情けない異動理由で、これがゴシップとして伝われば海軍の恥だからである。

 

司令官にまつわるトラブルに限っても、これだけ全国津々浦々にあればそれなりの件数になる。

だが、1つの鎮守府で、2年も経たないうちに司令官が3人も交代するような事は初めてだった。

3人目から異動希望を受けた大本営は、あの鎮守府は呪われてるのかと頭を抱えた。

周辺住民からも、鎮守府が妙に静かだったり騒がしかったりするが大丈夫なのかと問われてもいた。

ゆえに大本営の中でも、この鎮守府の処遇を巡って意見が真っ二つに分かれていた。

全て仕切り直すか、どうにかして立て直すか、である。

喧々囂々の論議の果てに、審議委員会は結論を出さずに両意見を併記、つまり匙を投げたのである。

裁定を求められた中将は悩んだ挙句、あえて戦果を二の次にする作戦を思いついた。

あの鎮守府は混乱しているのではなく、新しい取り組みをしているのだと世間へ説明しよう、と。

だからこそ、あえて司令官経験が無く、中将と親交の深かった提督に白羽の矢を立てた。

事情を全て打ち明け、とにかくまず混乱を収束させてくれと中将は提督に告げた。

数日後、提督は中将を再び訪ねて赴任条件を提示。中将が頷くまで再三念を押した。

中将は苦笑しながらはぐらかし続けたが、最後には苦り切った顔をしつつ承認した。

大本営にとって提督は、この鎮守府に対するラストオプションだったのである。

 

この鎮守府で、叢雲は、歴代の司令官達に辛抱強く仕えてきた。

戦果が上がらないのは自分が上手く司令官を導けなかったからだと言って。

でも3人目がそんな理由で去ると知った時、叢雲の何かが切れた。

「もう私、司令官の世話をしたくないわ」

部屋で体育座りをして壁をぼうっと眺めている叢雲を見て、龍田は溜息を吐きつつ、

「じゃあ私が司令官を見定めて、良さそうなら引き渡すわ。それで妥協してくれないかなぁ?」

といった。

叢雲はしばらく龍田を見た後

「・・龍田もいっぺん司令官の本性を見てみると良いわ」

「そんなに酷いの~?」

「ええ。3ヶ月も見れば解るわ」

という事で、龍田は秘書艦を引き受ける事になったのである。

 

「大体こんな感じかなあ」

龍田がルールを説明し終わると、メモを取っていた提督はふむと顎に手を当てた。

「・・ねぇ龍田さん」

ほら来たぞと龍田は思った。

詳しくメモを取っていたから、評論家のようにケチをつけるつもりか?

龍田はそれぞれのルールにある背景や理由を思い出しつつ答えた。

「はーい」

「間食に関して何かルールある?」

「・・はい?」

龍田は首を傾げた。何言ってるんだこの人。

「かん・・しょく?」

「あぁ、えっとね、間食ってのは、おやつとか、夜食とか、とにかくその、時間外の喫食の事だよ」

「それは解ってるわ」

「おぉ、良かった」

「決め事は無いけど、売店も無いから~」

「んなにいいっ!?」

提督が立ち上がって大声を上げたので龍田はのけぞった。

「・・は?」

「あ、ご、ごめんね大声出して。あ、あの、えっと、じゃあ食事は今どうしてるの?」

「今は艦娘の皆で交代で作ってるよ~」

「デザートも?」

「デザートなんて作ってないわよ?」

「じゃあヨーグルトとかケーキとか発注してるの?」

「してないわよ~」

「えっ?」

「えっ?」

提督から信じられないという目で見られた龍田は内心激しく困惑していた。

この人は何に疑問を感じてるんだろう?

「こんな小さな鎮守府なんだから、間宮さんを迎えるほどの資金的余裕はないわよ~?」

 

間宮。

 

元は給糧艦の名前であるが、現在の位置付けは鎮守府で食事の世話を引き受けてくれる艦娘の事を指す。

戦闘に出ず、給糧関連の仕事に従事するがゆえ、艦娘といっても専用の契約を結ぶ事になっている。

その契約金が割と高いので、ある程度の規模を持つ鎮守府でないと雇えない。

どうしてもといって複数の鎮守府が合同で募集する事もあるが、専属より待遇が悪いのでなり手が居ない。

なお、軽空母の鳳翔を迎えた鎮守府では、小料理屋や居酒屋等の店を持たせる事もある。

ただしそれは周辺地域に向けたPR活動の一環であり、鎮守府の外に店を構えさせる事が多い。

無論、店を持たせられる程の財政規模が必要であり、こちらはもっと大きな鎮守府でなければならない。

 



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エピソード03





提督は口を開きかけて止め、真剣に腕組みして考え出した。

龍田は会話を思い返し、そんなに真剣に考える事があったかなと首を傾げていた。

やがて提督はうむと頷くと、

「解った!じゃあちょっと買い出しに行ってくるよ!」

「・・は?」

「確か市役所の近くにスーパーあったよね。あ、外で物買った場合は領収書があれば良いの?」

「あ、あの、鎮守府名義のクレジットカードがあるけど・・」

「あのスーパーで使えるかな?」

「普通に食事の買い出しとかで使えてるけど・・えっ?」

「えっ?」

「・・どなたが買い出しに行かれるんですか?」

「私が」

「何を・・お求めに?」

「えっと、牛乳とバニラエッセンスと・・あぁプリンのセット買う方が失敗しないかな」

「は?」

「え?」

龍田は眉をひそめながら聞いた。

「あ、の・・司令官が、プリンのセットを、スーパーに買いに行かれるんですか?」

「そのつもりだよ?あ、ホットケーキの方が好き?」

龍田は目を瞑って一呼吸置いた後、こう言った。

「死にたい司令官はどこかしら~?」

提督はジト目になった。

「えー、ダメですかぁ?」

「さっきの話を聞いてなかったんですか~?」

「反対勢力が危ないって話かい?」

「そうですよ~」

「じゃあ定期船で届く以外の食材調達はどうしてるの?調味料とかさ」

「私達は武装してるから、普通に地元のスーパーで買ってますよ~」

「あ、じゃあ一緒に来てくれるかい?それなら良いんでしょ」

「ええと、あの」

「ん?」

「メモ頂けば買ってきますけど・・」

「んー、牛乳とかあるから重くなるよ?」

「・・一応、艦娘ですし」

「んー」

そういうと提督はメモをカリカリと書いて手渡した。

「それで解るかい?」

龍田はふんふんと頷くと、メモをポケットに仕舞った。

「良いですよ~」

「ありがとう。あ、これ、振舞うまで皆には内緒ね。器あるよね?」

「一応揃ってるとは思いますよ~」

「良かった」

龍田は窓の外を見ながら言った。

「じゃあそろそろ、鎮守府内を御案内しますね~」

「お願いします」

龍田はドアを開けつつ思った。

ここに居て話をするから訳の解らない事になるんだろう。

外に出れば大丈夫だ、きっと。

 

「ここが工廠で・・あ!工廠長さぁん」

龍田が声をかけると、工廠長が振り向いた。

「龍田か。ん、おや、見ない顔だの。どちらさんかな?」

「本日付でこちらに着任しました。以後よろしくお願いいたします」

工廠長はぎょっとした顔で頭を下げた提督を凝視した後、

「あ、あんたは新しい司令官なんだろ?」

「え?はい」

「司令官がそんなに簡単に頭を下げる物ではないぞ?」

「ここでは皆さんが私より先輩ですから、色々教わる立場としては当然です」

工廠長は困惑した顔で龍田を見た。

龍田が頷きながら肩をすくめたので、工廠長は苦笑を返した。

「言っとる事は・・まぁ・・間違いではないがの・・」

「はい」

「ただ、上には上の態度というのがある」

龍田は提督の背後で何度も頷いた。違和感はそれか!

「上の、態度ですか」

「うむ。上がふさわしい態度をする事で、部下は安心してついていけるという事だの」

「俺についてこい的な、どっしりした態度という事ですか?」

「要約すればそうだの」

提督は肩をすくめ、自らを指差してこう言った。

「これが何か言った所で安心してついてこられますか?」

工廠長もぎょっとして見返したが、それ以上に龍田は驚いた顔で提督を見た。

「・・なに?」

「私は皆で決めて、やった事の責任を引き受けるつもりです」

「皆で・・決める・・じゃと?」

「ええ。工廠の中の事は工廠長さんが一番よくご存じでしょう?」

「そうじゃが、せ、せめて敬語は止めてくれんかの。上下関係がおかしくなる」

「じゃあもう少し砕けましょうか。そして海の最前線は艦娘の子達が一番知ってるでしょ?」

振り向いた提督に龍田は苦笑を返した。

「まぁ、そうね」

提督は頷きつつ工廠長に向き直った。

「知ってる人が決めるのが、一番しっくりきませんかね?」

「現状を変える決断という物もあるぞ」

「もちろん。そういう決定は私がします。でも、箸の上げ下げまで私は関与しませんよ」

「任せる物は任せる、という事か」

「ええ。例えば資材の発注タイミングとかは工廠長さんに任せます。書類を頂けば判を押しますよ」

工廠長は苦笑した。

「・・ふん。ま、そういう事ならわしはやりやすくて良いがの」

「餅は餅屋ですよ」

「あー、あとな、司令官」

「はい」

「工廠長さんは止めてくれ。工廠長で良い」

提督はくすっと笑った。

「解りました。ではこれからよろしくお願いします、工廠長」

工廠長は差し出された手を握り返した。

提督の笑顔を見ながら工廠長は思った。

こいつ、今までの司令官達とは根本的に違う。

警戒していてもいつの間にか、しょうがないなと言って手を握ってしまう気がする。

工廠長はちらりと龍田を見た。

朝の様子に比べて、龍田は警戒を緩めたか。あと、戸惑いを隠しきれていないな。

5人の中では一番キレ者で慎重だが、それでも戸惑うか。まぁ解るが。

とりあえず警戒は解きつつお手並み拝見、と言った所かの。

龍田は提督に告げた。

「じゃあ帰るついでに食堂もご覧頂きますね」

提督はくるりと龍田に向くと、あとに続きながら聞いた。

「そうか!食堂はあるんだね!良かった。キッチンもそこかな?」

「そうなりますね~」

「じゃあキッチンは一通り見せて欲しいね。後で使うし」

龍田がピタリと止まった。

「・・・はい?」

「え?なんで?だめ?」

「・・だめというか・・前例が無いというか・・」

「禁止事項じゃないんでしょ。ほらほら、時間が押しちゃうよ!」

「司令官、押さないでくださ・・あっち!あっちですよ食堂は~!」

「おおすまんすまん!さっさと行こう!」

工廠長は見送りつつ肩をすくめた。

今までとは違う事になりそうだの。上手く行くかは知らんが。

 

「ほぉー!これは良い!綺麗で片付いてる!うん、良いね!」

キッチンを見て頷く提督を見て、龍田は頬を掻いた。

工廠や弾薬庫よりキッチンを見て興奮する司令官って一体・・

まぁ日頃の手入れを褒めてくれるのは嬉しいけれど・・

「冷蔵庫は業務用だね!中広いな!おっ!良いバター使ってるね!」

言ってる事は当たってるが、本当にこの先やっていけるのかしら・・心配。

 

そして夕食時。

 

鎮守府所属の叢雲、電、文月、天龍が揃ったので提督は簡単な自己紹介を行った後、食事となった。

今晩の食事は龍田が作ったので、

「御馳走様でした!」

という皆の声に、龍田が

「はぁい、お粗末様でした~」

そう返したのである。

だが、その直後、

「ね!皆!待って!ちょっと待っててくれ!」

キッチンに去っていく提督をなんだろうと目で追う4人とは対照的に、やれやれと肩をすくめる龍田。

天龍が龍田に訊ねた。

「おい、何か知ってるのか?」

「一応ね・・ただ口止めされてるからぁ・・」

「あの、龍田さん」

「なぁに、電ちゃん」

「司令官さんと一日居て、その、どんな人だと思いましたか?」

電の質問に叢雲がピクリと聞き耳を立てる。

「・・変わった人よ。とっても」

眉をひそめ、それだけじゃ何も解らないと叢雲が口を尖らしかけた時。

「ほいお待たせ!デザートだよー!」

全員が提督を振り返り、そのまま手元を見た。

 

 



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エピソード04

提督からデザートを受け取った面々は、しばらくプリンを眺めた。

その後、美味しそうに食べる提督を真似てスプーンを手に取り、そっと口に運んだ。

彼女達にとって初めての甘味だったからである。

 

最初に目を丸くしたのは文月だった。

「お、美味しいです!これがプリンという物ですか!」

提督はにこりと笑った。

「気に入ってくれて良かった。明日から何かしらのデザートを出すからね~」

「あ、あの、これは買ってきたのですか?」

「材料は買って、龍田さんがご飯作ってる横で私が作ったんだよ」

 

ピタリ。

全員が手を止めて一斉に提督を見た。

 

「・・あれ?なに?」

「司令官・・が・・」

「キッチンに・・立ったのか?」

「え?なんか驚く所?」

「き、聞いた事無いのです」

「そう?もっと南方の前線基地だと、皆それぞれ自分のテントで調理してるよ?」

叢雲が溜息をついた。

「どこの陸軍の話をしてるのよ」

「あれ、陸軍だっけ。ところで味はどう?あと、嫌いな物とか教えてくれないかな」

真っ先に返事を返したのは文月だった。

「あたしは美味しいと思います!嫌いな物はとっても辛い物です~」

「い、電は、ナスが嫌いなのです」

プリンて意外と旨いなと思いつつ天龍は答えた。

「俺は特にねぇぜ」

提督はメモを取りながら訊ねた。

「ふんふん。龍田さんと・・叢雲さんは?」

その一言を聞いた叢雲が、ゆらりと殺気立ちつつ、そっとスプーンを置いた。

「・・あんたに一言あるんだけど」

龍田がぎょっとして叢雲を見た。

まだこの司令官が立腹した場合の反応は見ていない。

それに、気持ちは解るけど、貴方はまだ提督と会って30分も経ってないんだから喧嘩仕掛けるのは早いわよ!?

「あ、あの、叢雲ちゃん」

「龍田は黙ってなさい」

龍田は目を瞑りつつ肩をすくめた。

こうなった叢雲は言い切るまで言わせないと拳でそこらじゅうの物を叩き壊す。

叢雲は真っ直ぐ提督を見て言った。

「あんた、司令官、よね?」

「んー、そう・・だね」

「アタシ達はあんたの言う事を聞いて動く手駒で忠実な犬よ。敬語使ってどうするの?」

提督が眉をひそめたので、電はびくりとなった。

だが、提督の口から出てきた言葉は予想とは違う物だった。

「叢雲さん、私はさっきも言った通り、大本営で事務官をしていたんだ」

「それが?」

「そこでやっていた仕事はね、失敗学に基づいた研究とリポートなんだよ」

「失敗学?」

「そう。どこで誰が何を失敗してしまったか、成功した子達との違いは何かを研究していた」

「・・・」

「そこには轟沈事故も含まれるし、当該鎮守府と合同調査委員会を作って検証したりもしてきたよ」

「・・・」

「そんな調査とリポートを延々と続けたら、気付いた事があったんだ」

「なによ?」

「艦娘を大事にしてる鎮守府では、轟沈等の重大事故は少ないんだ」

「・・出し惜しみしてるってだけじゃないの?」

「いや。出撃数と轟沈数に有意な関係性は認められなかったよ」

「まどろっこしい言い方しないでくれる?」

「OK。要するに、皆に気を配って丁寧に運用する方が良い戦果を上げられるって事だ」

「・・」

「さっき叢雲さんは」

叢雲はたまらないと言わんばかりの表情でテーブルを叩きつつ叫んだ。

「司令官!」

「ん?」

「さん付けは止めて。私達は命令を聞く側なの。形だけの敬語は止めて!」

提督は叢雲を優しい目で見返しながら、噛んで含めるようにゆっくりと答えた。

「・・形だけじゃないよ。私は皆と運用全てを考えたいんだよ」

叢雲が眉間に一層皺を寄せた。

「は?」

「どこの海域に出撃するか、遠征や演習の達成目標といった決定は私が行うよ」

「・・」

「でも、例えば、海域での艦隊運用は全部旗艦に任せようと思うんだよ。陣形も含めてね」

「つまり、失敗しても私達のせいにしたいのね?」

「いや、作戦結果の責任は私が持つ。作戦中にどう動くかを指図しないって事だ」

「なぜ?」

「私は部屋に居て、君達の話を通信で聞いてるだけだ」

「・・ええ」

「それはつまり、敵も、気象条件も、波の形も、雰囲気も、何も見えてない。肌で感じても居ない」

「ええ」

「でも君達はそれが全部見えているし、解ってるだろう?」

「ええ」

「じゃあ君達がそこに適した作戦を立てた方が良いと思わないかい?」

「・・あんた、私達の話を聞くって言うの?」

「そうだね」

「犬の話を聞く司令官なんて聞いた事無いわよ?」

提督は肩をすくめた。

「私は元々事務官だから、司令官の常識とやらは知らないよ。その違和感は詫びるしかないね」

「・・」

「でも、私は大本営からの命令をこなす為に、私のリポート結果を信じようと思うんだ」

「命令って?」

「深海棲艦を減らせ、優秀な艦娘を増やせ、どんな手を使っても良い、だ」

「・・」

「それと、叢雲さん。これは最上級の命令として発するけど」

全員がピクリと反応し、そっと提督を見た。

初めての命令が最上級?一体何だというのだ?

叢雲は今までの自分の発言から、射撃演習の的にでもされるのかと覚悟した。

それならそれでも良い。思わず反撃してしまったが、もう疲れた。

叢雲は一呼吸置いてから、覚悟を決めて返した。

「・・なによ」

提督は笑顔を消し、すっと目を細めつつ言った。

「現刻を以て、金輪際、自分達を犬というな。私の部下に犬など居ない」

「え・・」

「繰り返すよ。ここには、私と、私に協力してくれる部下5人が居るだけだ」

「・・」

「犬も、命令を聞くだけの艦娘も、居ない」

「・・」

「たった1つの頭が出来る事は、配慮にしろ、思考にしろ、上限はたかが知れてる」

「・・」

「ここには6つの頭がある。全員で考えれば6倍、いや、10倍以上の事が出来る」

「・・」

「そういう意味では、指揮通りに動くだけの時代は現刻を以て終了だ」

「・・」

「君達の経験、見聞きした物、気付いた事、思った事、願う事、こうすれば良いと推定した事」

「・・」

「全部出してもらう。その中で最も良い物を作戦行動案としてまとめ、私が承認する」

「・・」

「作戦行動案は常時変わっていくだろう。それは遂行中もそうだろうから随時対応する」

「は?作戦行動中に作戦内容を変えるって言うの?」

「プランAもBも役立たずだと解る事もある筈だ。その時守るべきはプランじゃない」

「はぁ?だって承認された作戦行動書に基づいて動くでしょ?」

「君達を護る為なら承認印や書類なんて幾らでも偽造するよ」

「あ、あんた・・何言ってるか解ってるの?」

「大本営の監査役がこの場に居たら心臓発作を起こすレベルだというのは解ってる」

「あ・・あんたは、アタシ達が立てた作戦を承認し、作戦中の行動を任せ、途中変更も認めるって事?」

「その通りだ。飲み込みが早い子は好きだ」

「んなっ!?そっ、そんな事言ってんじゃないわよ!ふざけてるの!?何もかも違反よ!」

提督が目を細め、悪戯のタネ明かしをするかのようにニッと笑った。

「いんや、海軍が艦娘と締結した契約では、今言った通りにしても何一つ違反じゃないんだよ」

「・・えっ?」

叢雲は必死に契約条項を思い出しつつ答えた。

「鎮守府の運用時における契約内容をかいつまんで言うとね」

「・・」

「海軍は、艦娘に対し、出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造を命令出来る、とある」

「・・え、ええ、そうね」

「つまり契約には作戦立案を誰がしろとか、艦娘と相談してはならないなんてどこにも書いてない」

「そ、それは・・」

「もちろん軍人の部下に上官がこんな事言ったら軍法会議行きだろうよ」

「・・」

「でも君達は艦娘。軍艦の船魂が実体を持った存在だから、軍人ではない」

天龍はなるほどと思いつつ、興味津々の目で成り行きを見守っていた。

叢雲は明らかにうろたえていた。

「そ、そんなの・・方便、じゃない・・」

「その通りだ。だが私は大本営にこの方便を認めさせてからここに来た」

「な、なんでよ?」

「私は一人の頭脳の限界を知ってるし、課題を解決する為に皆に協力を求めたいからだ」

「あ、あんたが右と決めた事を私達が左と言ったら?」

「納得出来る理由があれば左にする。話し合ってより良ければさらに他に変えるかもしれない」

「・・・」

叢雲は提督を凝視しながら口をぽかんと開けた。

酷く喉が渇いてカラカラだし、呼吸が浅くなっているのは、単に会話が長かったからではない。

 

 



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エピソード05

叢雲が沈黙したので、電がそっと訊ねた。

「あ、あの、司令官さん」

「なんだい?」

「司令官さんは、その、深海棲艦は、全て沈めるべきだと思いますか?」

「・・・」

提督はしばらく腕を組んで考えていたが、真っ直ぐ電を向いて話し始めた。

「少し答と違うかもしれないけど、人間同士のたとえ話をするね」

「はい」

「色々な欲が絡んだ結果、A国とB国が戦争を始めたとするよね」

「はい」

「でも、兵士も含めて、A国の全員がA国を正しいと信じ、B国を憎んでるわけでもない」

「はい」

「そしてA国の国民全員がB国の文化や国民性を知ってるわけじゃない」

「はい」

「でも、戦争ってのは、その1人1人を見ずに、全てどの国の制服を着てるかで区別する」

電は悲しげに目を伏せた。

「・・はい」

「そして、軍は、敵国の服を着てる軍人を見たら無力化せよって部下に命ずるんだ」

「・・はい」

「でもね」

電はそっと提督を見上げた。

「?」

「戦争の最中にだって、敵国と通じる組織があったり、民間は意外と普通に商売してたりする」

「・・」

「私は正直、深海棲艦が何なのか解らない。だから、1つだけ言える事がある」

「?」

「深海棲艦に対する関心を失ってはいけない、という事だ」

「関心?」

「そうだよ。愛の反対は憎悪ではなく、無関心だ」

「・・」

「たとえば道端のビニール袋を踏み潰すのは誰も罪悪感は湧かないだろう?」

「は、はい」

「でもその中に友達のメガネが入ってると知ってたら踏み潰さないよね?」

「!」

「だから、関心を、知ろうとする努力を、するべきだと思う」

「はい」

「もし話せる相手が居るのなら聞いてみたい事が沢山あるし、手を結べる可能性もあるかもしれない」

「はい」

「・・答になったかな?」

電はにこっと笑った。

「はいなのです!」

やり取りを聞いていた叢雲は、はぁ、と深い溜息を吐き、頭を抱えつつポツリとつぶやいた。

「あんたは司令官っぽくないわ」

「そうだね。司令官のしの字も知らないしね」

「うーん・・」

叢雲はゆっくりと頭を起こし、少し考えた後、

「あんたを司令官と呼ぶのは違和感があるわ」

提督は叢雲の目を見つつ肩をすくめた。

「気が合うね。私も私一人で決めるかのような司令官という呼び名は好かない。何て呼びたい?」

叢雲はジト目で提督を見たあと、ふんと鼻を鳴らして答えた。

「・・・そうね。提督って呼ぶわ」

「そうか。じゃあ皆も提督って呼んでくれないかな?」

提督の呼びかけに対し、残る面々は

「賛成なのです!」

「別に良いけどよ・・」

「提督、ですか?」

「はぁい」

「よし、じゃあ私が居る部屋も提督室って呼んでくれ!」

こうして、提督は提督と呼ばれるようになったのである。

 

それから2週間が過ぎた、ある日。

 

「何言ってんのよ!島の左のあの岩場を回るからクソムカつく潜水艦に狙われるのよ!」

「右から回り込んだら敵艦隊と丁字不利の姿勢になってしまいます!絶対左!」

叢雲と文月が数cmまで顔を寄せあって睨みあっている。

ここは提督室の応接スペースであり、只今全員で作戦会議中である。

 

前の日。

秘書艦の龍田を除く4人が出撃した海域で、あと少しという所で戦略的撤退を余儀なくされた。

悔しがる天龍を前に、提督が全て形にしようと言いだし、話を聞きながら海域の立体図を作った。

そしてどこから撃たれ、どこに被弾し、気付いた事は無かったか等を徹底的に聞き出した。

それらを付箋に全部書き出し、次々と立体図に貼っていったのである。

今は次回どうすれば良いか、つまり対策を話し合う段階だった。

だが、そう簡単に対策なんて出ないし、それぞれに思いもあるから口論になりやすい。

とはいえ、最初の数日間のように水を打ったように静まりかえるよりは前進と言えた。

作戦会議をするようになってから、次第に艦娘達は提督と話す事、思いを口にする事に慣れ始めていた。

提督は一人一人の様子に応じてさん付けを止めたり、砕けた口調に変えていった。

艦娘達の方も提督の変化について、艦娘寮で寝る前に集まっては話しあっていた。

少なくとも今までの司令官達とは明らかに違うという事だけは、全員一致した意見だった。

 

提督はドーナツを齧りつつ、睨みあう二人の間にひょいとプレッツェルの皿を差し出した。

「ほれ糖分。補給は大事だよ~」

叢雲と文月はギリッと提督を睨んだが、そのままプレッツェルの皿に視線を移し、

「・・頂きます」

「・・はい」

渋々プレッツェルをつまんで口に入れたが、その途端

「あっ!旨っ!何これ!」

「イチゴ・・イチゴの味がするのです!」

といって2つ3つと手を出し始めた。

提督はガツガツ食べ始めた二人の間にそっと皿を置くと、腕を組んでふうむと唸った。

「何とかこう、相手の意表を突きたいよね」

電が苦笑して言った。

「ここの砂浜を突っ切るならともかく、海路としてはどっちかしかないのです」

提督は口に運びかけたマグカップをそのままに、電を見た。

「・・それだ」

「なのです?」

「真ん中の島を徒歩で突っ切ろう」

叢雲と文月がお前の気は確かかという顔で提督を見た。

「あんたね・・」

「なに?」

「あたし達は軍艦よ?軍艦が砂浜歩いて良い訳無いでしょ?何考えてんのよ?」

「プレッツェル美味しいですって食べてるのに?」

「そっ、それとこれとは違うのよ」

「それにさ、演習では艤装を装備して陸上を移動した後、そのまま撃ってるじゃない」

「射撃演習の事言ってるの?」

「そうそう。ほら、波止場に並んで海上の標的撃ってるでしょ」

「そ、そりゃそうだけど、あれは演習で」

「でも実弾使ってるでしょ?使えるって事じゃない」

叢雲が段々混乱してきた。

「そ・・え・・あれ?あれ?」

文月はぷるぷると首を振った。

「撃てますけど、陸上での移動速度は人と同じレベルですから、狙われたら回避出来ません」

「なるほど。それは問題だね。じゃあ狙われないように島をどう移動するか考えてみようか」

「へ?」

「君達や装備してる艤装は、何メートルの高さから海に飛び込んでも大丈夫なの?」

電が首を傾げた。

「計った事が無いのです・・・」

「そうか・・」

天龍はニヤリと笑って言った。

「2階の窓から海に飛びこんだ時は平気だったぜ?」

龍田が微笑みつつ天龍を見た。ただし、目は笑っていない。

「天龍ちゃん、それはどんな時にそんな事やったのかな~?」

「うぇっ!?」

ヤバい。遊んでて出撃に遅刻しそうになったからなんて答えたら酷いおしおきが待っている。

提督は顎に手を当てて言った。

「ふむ。じゃあ実際に検証してみようか」

全員が一斉に提督を見た。

 

「よーし!最初は叢雲からだ!準備良いか~?」

「かっ!風っ!高っ!こわっ!」

工廠長はジト目で提督達の成り行きを眺めていた。

まったく、何をしとるんじゃか・・

 

「クレーンで平らな板を吊り上げてくれませんか?」

提督がそう言ってきたのは2時間ほど前の事だ。

「クレーンって・・あの海に面してる大型クレーンかの?」

「そうです。艦娘の子達に乗ってもらうんで、なるべく揺らさないように」

「は?何故じゃ?」

「どの高さから落ちると艤装に影響があるかを知りたいんですが、もしやご存知ですか?」

「単純に艤装の規格という意味では、高波から落ちても大丈夫なようになっとるよ?」

「高波って言うと・・」

「ええと・・潜水艦、駆逐艦、軽巡、軽空母は15mまで、それ以外は20mまでじゃの」

「凄いですね」

「うむ」

「でも・・」

そう言って提督は艦娘達に振り返った。

「15mの高さから落ちた事ある?大体5階位の高さだけど」

叢雲が噛みつかんばかりの勢いで返事した。

「あるわけないでしょ!」

「だよねぇ・・では、工廠長」

「なんじゃ?」

「すいませんが、バンジージャンプの施設を作ってください」

「・・は?」

「飛び込み台は艤装が耐えられる高さで、最も重い艦娘が艤装込で使っても良いようにお願いします」

工廠長はジト目になって返事をした。

「15mと20m・・という意味かの?」

「限界よりは若干少なめ、余裕を持った高さで良いですけど、そうなりますね」

「それが必要なのかの?」

「今度の作戦で必要になりそうなので」

工廠長は龍田にこの命令を聞いても良いのかと問いかけるような目で見た。

龍田は肩をすくめてこくりと頷いた。

「まぁ・・作れるとは思うがの」

「あ、一人でも操作出来るようにお願いします」

「さらっと面倒な事を言いおって・・仕方ないのぅ」

工廠長はガタリと席を立ち、工廠の傍の崖を利用してバンジーの設備をこしらえたのである。

 



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エピソード06

 

叢雲は、バンジーなどした事がなかった。

だが、出来上がったバンジーの施設を誰から使うかと提督が問うた時、元秘書艦としての責任感と物珍しさで立候補したのである。

とはいえ、ハーネスをつけ、ロープを取り付け、崖上に続く小道を上る頃にはすっかり怖くなっており、挙手しなきゃ良かった、いや、でもいつかやるんだからと言い聞かせていた。

飛び込み台に叢雲を見つけた提督は、目を離さずに皆に話しかけた。

「よし皆!さっき言った通り、声を合わせてくれ!」

「はーい」

「なのです」

天龍は叢雲を見上げながら言った。

「う~わ、叢雲ちっちゃ・・」

天龍の声を聞いて、龍田はぽつりと言った。

「高波って、垂直に落ちる訳じゃなくて滑り降りるって意味なんだけどねー」

天龍はぎょっとしつつ龍田に向き直った。

「え?それ、大事なことじゃ…」

「まぁ激突はしないみたいだし~」

提督は旗を振り上げつつ言った。

「よし行くぞ!5!4!」

叢雲は飛び込み台の先端に立ち、歯を食いしばってカウントダウンを聞いていた。

何度もロープの固定具合は確かめた。

工廠長は信用してる…してるけど!

でも心拍数はうなぎ登りだし冷や汗が止まらない。

こ、ここ、こんな事、軍艦時代にだって経験した事無いし!

「3!2!1!」

手は後頭部。

前に倒れ込むようにそっと落ちる。

ロープは握りたくても握っちゃダメ!

だ、だだ、ダメなのよ叢雲!

「バンジー!」

叢雲はカッと目を見開くと

「いやぁああぁぁああああ!」

と大絶叫しながら飛び込んだ。恥も外聞もあるか!

足場を離れた瞬間、艤装が墜落警報を激しく鳴らし始めたが、もう聞こえない。

ドクン、ドクン、ドクン。

自分の心臓が耳元にあるのかというほどうるさく聞こえる。

ドクン、ドクン、ドクン。

ちょっと!も、もう地面が!地面が近いわよ!ロープ何やってるの仕事しなさいよ!

ドクン、ドクン、ドクン。

足の先から頭のてっぺんに向かって泡立ってくる恐怖の感覚。

ドクン、ドクン、ドクン。

ロープが切れたに違いないと思う位、永遠に落下する感覚。

ドクン、ドクン、ドクン。

声にならない叫び。げ、激突する、激突するぅうぅううう!

ぐいーん。

急激に落下速度が緩まり、地上に近い空中の1点で一瞬止まる。

追いついたかのように、叢雲の耳に急速に音が蘇ってくる。

だが。

「!?」

勢いよく空高く引き戻されていく。

「にゃぁああぁあぁぁぁあああ!?」

2回目、3回目の上下運動の後、ロープがするすると伸びてエアクッションにボフンと着地した。

「・・・・・」

エアクッションの感覚を全身で感じながら、荒い息をしつつ、ぐったりと横たわった叢雲は思った。

生きてるって素晴らしいわ。

あと、残りの人生は地面でも水でも良いから何かに足をつけていたいわ。

ハリケーンの日には出撃を勧めないって書いてあったのは実に正しいわね。

 

「お、おい、叢雲・・大丈夫か?」

ハッとして焦点を合わせると、提督が心配そうな顔で覗き込んでいた。

「あぁ良かった。呼んでもぼーっとしてるから・・気持ち悪いとか無いか?大丈夫か?」

「へっ・・平気!平気に決まってるでしょ!」

「受け答えはいつも通りだけど・・よし、一応工廠長に診てもらいなさい」

「ん・・」

身を起こした叢雲は工廠長に連れられてドックに向かった。

「艤装の性能とその子の精神的限界は違うよね。やっぱりやっておいて良かったよ」

天龍がジト目で提督を見た。

「たりめーだろ。俺達は艦載機でも砲弾でもねぇんだぜ」

「そうだね。でも、こういう所を見落とすと大失敗に繋がるんだよ」

「どういうことだよ?」

「艤装は15mの落下に耐えられ、崖の高さは7m。だから飛び降りて攻撃しろと命じたとする」

「あ」

「結果は艦娘が着地後に放心状態となり、そのまま集中砲撃されました、ってね」

「・・・」

「だからバンジーで先にやって良かったよ。うん。ちょっと困った状況だけどね」

龍田がそっと、提督の肩に手を置いた。

「当然ですけど、提督もなさるんですよね?」

「へ?」

「バンジー」

「・・・えっと」

提督は龍田に振り向いて納得した。

うん、やらなきゃ殺すって顔に書いてある。断れませんね。

「・・じゃ、ハーネス貸して」

「はぁい」

 

「せ、せめて掛け声!掛け声くらい送ってくれー!」

「提督はもちろん20mよね~?」

「いへっ!?」

「そこ15mですよ~?」

「え、あ、あの」

「皆さーん。せーの!」

「にっじゅう!にっじゅう!にっじゅう!」

「そういう掛け声は要らないよ・・・とほほ・・・」

提督は仕方なく20mの台に向かって登り始めたが、その様子は下から見て解る位のへっぴり腰である。

天龍がニヤリと笑いながら龍田に囁いた。

「なぁ、俺は提督が降りられない方に100コイン」

「レートは良いけど賭けは不成立ね~」

「んだよ、龍田も降りられない方かよ。なぁ、誰か降りる方に賭けねぇ?」

文月がこくりと頷いた。

「じゃあ私、降りる方に200コイン」

「まだ叢雲は帰って来てないか。電はどうする?」

「不謹慎なのです!パスなのです!」

「ちぇ。んじゃ、龍田と俺は降りられない方に100コイン、文月が降りる方に200コインな」

だが、再び上を見上げた天龍は

「げ!」

と言い、文月と電もつられて20mの飛び込み台を見た。

だがそこに提督の姿は無く、

「うわぁああああああぁあああああ!」

と、絶叫して落ちてくる姿が迫りつつあったのである。

 

「少なくともバンジーの掛け声かけるまで降りてこねぇかと思ったけどよ、すげぇな提督!」

天龍は、エアクッションの上で呆然とする提督に興奮した様子で話しかけていた。

提督は弱々しく頷いた。

「あ、ああいうのは早く済ませた方が良いからね。あ、あはははは」

「いやぁ、でも見直したぜ提督!てっきり口先だけの事務屋だと思ってたのによ!」

「そ、そうじゃないよ・・ちゃんとやったよ・・あはは」

だがずっと提督から目を離さなかった龍田は、提督の耳元で小さく囁いた。

「様子を見ようとしたら風で煽られて落ちちゃった、なんて言えないですよね~」

ぎくりとした提督は涙目で龍田を見たが、

「他の子には内緒ね~、解ってますよ~、うふふ~」

そう言いながら片目を瞑ったのである。

提督は肩を落とした。これは龍田に思い切り弱みを握られたなあ。

 

こうして、すっかり提督が自ら飛び降りたと信じ込んだ天龍は文月を連れて登って行った。

「おい!あの提督だって20m飛んだんだぜ!艦娘として負けてられねぇだろ!次はお前らな!」

龍田達にそう言い残して。

提督は地面に胡坐をかきつつ複雑な表情で見守っていた。よほど低評価だったのね、私。

そして。

「どこも異常なかったわよ・・って、何この状況」

「あぁ叢雲、良かったね。いや、叢雲の後、私が20mからバンジーしてね」

「は?」

「叢雲が放心状態になったのが良く解ったよ。一瞬走馬燈まで見えたよ」

「・・なんで提督が飛ばなきゃならないのよ?」

「龍田さんに命令されたんでね」

叢雲は溜息を吐いた。

まったく・・この提督は。

「本当に艦娘の言う事聞くのね」

「必要ならね。別に人間でも、艦娘でも、妖精でも、言う事にフィルタ掛ける必要はないでしょ?」

叢雲は涙目で飛び込む文月を見ながら言った。

「・・あんたが来る前の司令官はね」

「うん」

「深海棲艦なんて気色悪い物は化け物同士で戦ってろって言い放ったわ」

「・・」

「その前の司令官は、たかが艦娘が人間様と同じ飯を食うのかって笑ったわ」

「・・」

「最初の司令官は真面目で私達の事も気にかけてくれたけど、ある朝机に突っ伏して死んでたわ」

「・・」

「アタシ達を気にする優しい司令官は死んじゃって、ムカつく連中は生き残った」

「・・」

「あんたもアタシ達に構い過ぎない事ね。でないと早死・・きゃっ!?」

提督は叢雲をぎゅうっと抱きしめた。

事態が飲み込めない叢雲は慌てて聞いた。

「ちょっ!なっ!何してるのよ!」

 



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エピソード07

叢雲の耳元で、提督は囁いた。

「・・同情なんて何の役にも立たない事は解ってる」

「・・」

提督は鼻水を啜りながら言った。

「だが、だが・・こんなに大変な仕事をしてくれる部下に向かって、その二人は幾らなんでも酷すぎる」

「・・」

提督はぐいっと叢雲の後頭部に手をやり、叢雲の頭を自分の肩に乗せた。

「一体どれだけ辛い思いをしてきたか私はまだ知らないが、いつでも聞く用意はある」

「・・」

「約束するよ。私は決して君達を卑下しない。心を通わせるべき大切な部下なんだ」

「・・」

「もう1つ。優しかろうと一人で抱え込めばロクな事にならん。それは私でも、君でも、誰でもだ」

「・・」

「だから一緒に考えよう。思いを伝えてくれ。手が要るなら助けてくれと言ってくれ」

「・・」

「一人では膝が震えて立てなくても、二人なら、皆と一緒なら、きっと乗り越えられる」

「・・」

「叢雲、いつか話せる時が来たら、今までの事を全部聞かせてくれ」

「・・」

「嬉しかった事、悲しかった事、辛かった事、なんでも、全部。思い出した時、話したい時で良い」

「・・」

「私は傍に居る。ずっと、傍に居る。君達の話を聞く為に。より良い明日の為に、一緒に考えよう」

叢雲はぎゅうっと、提督の肩口に目と口を押しつけた。

涙が止まらないし、嗚咽も聞かれたくないから。

それでもひっくひっくと体が震えるのは止められなかったし、提督はずっと、叢雲をぎゅっと抱いていた。

その時、バンジー台からものすごい形相をした天龍が飛び降りた。

龍田は天龍の表情をカメラに収めていた。

 

「いやぁ、今日はバンジーだけで終わったね~」

「施設から作ったしね」

「あの、それで、どうやってあの海域を攻略するのです?」

食後のデザートとして出されたババロアを食べつつ、文月は上目遣いに提督を見た。

「明日もう一度会議して決めようと思うんだけど、やっぱり島を横断する方向になると思うよ」

「こ、攻撃は飛び込んだ後に行うのですか?」

「いや、飛び込むのは敵に予想外の形でばれたとか、やむを得ずっていう場合にしたいね」

ほっとする文月を横目に、天龍が口を尖らせた。

「って事は今日やった事はなんだったんだよ?」

「落ちるってのはああいう感覚だって理解出来たでしょ。本番の時に困らないじゃない」

「・・そんな事態にならねぇよう必死で気を付けるようにはなると思うけどよ」

「知っておくのは良い事だし、必要な事には慣れておくべきだね」

「えっ?」

「毎日とは言わないけど、慣れるまで何回か訓練しておこうよ。あぁ、えっと、私も付き合うからさ」

「なんでだよ」

「だってそんな訓練してる艦娘居ないだろ?」

「たりめーだ!」

「だから艦娘同士の戦闘や、艦娘の戦い方を知ってる深海棲艦には100%予想外だろ」

「・・う」

「だからさ、いざという時に使えるようにしとこうよ」

天龍は微妙な顔をしていたが、

「まぁ・・他の演習の合間にな」

と、返事をしたので、

「それで良いよ。あぁそうだ、天龍」

「なんだよ?」

「皆の演習メニュー考えてくれないか?こういう事は経験豊富な水雷戦隊の旗艦に任せたいんだよ」

天龍の頭の艤装がピコンと立ったので、龍田は溜息を吐いた。

ちょっとおだてられるとすぐ乗っちゃうんだから・・・

「よっしゃ!任せとけ!」

「任せたよ天龍さん!」

龍田はずずーっと茶を啜っていたが、提督は小声で言った。

「あ、龍田さん」

「はーい?」

「お姉さんのブレーキ役、任せたよ」

龍田はじとりと提督を見たが、提督は小首を傾げ、当然要るよねという顔で見返している。

龍田は溜息を吐いた。その通りだからだ。

「解ったわよ~」

 

 

その夜。

 

コンコンコン。

「はいよー、どうぞー」

「お邪魔します」

「おや龍田さん、どうした、こんな夜更けに」

「それは私の台詞よ~。提督室に侵入者かと思って撃退しに来たんだけど?」

「そりゃすまなかったね」

龍田はチラリと机の上を見た。

「・・海域の攻略法は、皆で考えるんじゃなかったんですか~?」

「痛いとこ突くね」

「やっぱり私達じゃ心配ですか?」

「いや、議論するにも、草案は必要なんだよ」

「草案・・」

「うん。艤装は飛び降りても壊れない事は解ったけどさ、皆がしばらく動けなくなる事も解った」

「そうね~」

「実はね、皆がすぐ動けるなら、この崖を使おうと思ってたんだよ」

そういうと提督は、島にある1つの崖を指差した。

龍田は立体図全体をじっと見ていたが、ポンと手を打つと指を指しながら言った。

「ここから入って、こう移動して、この崖から飛び込むのね~?」

「そういう事だ。だとすれば岩陰と松林で君達の姿は敵から見えないだろう?」

「完璧に敵の懐に不意打ちで飛び込めるわね~」

「だが、崖から飛び込んで、着水したらすぐ移動しないといけないんだ」

「行先は、この横穴ね~?」

「そうだ。撃ったらこの穴を抜けて、こう行って、こう。で、こうだ」

「あはははっ!面白い位脱出ルートになってるわね~」

「これなら我々は攻撃した後、敵から見えないルートで消える事が出来る」

「そうね~、間抜けな敵ならここまで逃げた後にこっちからも撃てそうね~」

「そう、なんだけどね」

「飛び降りた後にすぐ動きながら撃てないようじゃ、ここで集中砲火されて御仕舞ね」

「そういうこと。だからプランAは消えたんだよ」

「・・ねぇ提督」

「ん?」

「だったら降りた後、動けるように訓練したら?」

「それもあって天龍に水を向けた。ただ、あまり性急にやれば皆のトラウマになる」

「でも、この海域はさっさと攻略したいわね。シーレーン確保には重要な場所だから」

「その通り。だからプランBを考えてるんだけど、なかなか無いんだよ、これが」

「これだけ狭いエリアだから無理も無いわね」

「きっかけだけでもと悩んでももうこんな夜更けだ。な、一人の頭脳なんて所詮こんなもんなんだよ」

だが龍田はくすりと笑うと、

「一生懸命考えてくれる姿は嫌いじゃないけどね~」

「えっ?」

「でも、目の下にクマを作ってなかなか起きない提督なんて格好悪いから見たくないわ~」

「へうっ」

「だから今日はもうおしまい。さっさと部屋で寝てくださいな~」

「解りましたよ。じゃ、お休み」

「お休みなさーい」

パタン。

提督がドアを閉めた時、龍田は肩をすくめた。

寝る前にもう1度マップを見て案を考えようと思って来たのだが、提督も同じ思いだった、か。

「・・まだ、全部認めた訳じゃないけどね~」

龍田は指先で提督のペンをついっと突いて、ふふっと笑った。

最初の司令官は優しかったが、作戦に関しては一言も相談してくれなかった。

現地がどういう状況だったかという質問も無かった。

だから言いたい事が沢山あったけど我慢していた。

二人目の司令官には言いたくも無かったし、三人目はあっという間に居なくなってしまった。

「今度は、信じて良いのかなぁ」

龍田は小さく溜息を吐くと、そっと部屋の電気を消して立ち去った。

 

 





これにて本年の営業は終了とさせて頂きます。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ。


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エピソード08

明けましておめでとうございます。
元旦も休まず続けます。




翌日。

「・・それなら、ここから滑り降りるのはどうでしょう・・なぁんて」

そう言ったのは文月で、提督はぐきりと文月を見た。

「なに!?ちょっと待て!今なんて言った!」

「ふえっ!?」

「今!なんて!言った?」

「こ、ここから、滑り降りたら、どうかなって・・ご、ごめんなさい!」

提督は瞬きもせず岩の形を見ていたが、やがて文月の手を取ると

「お手柄だ文月!プランが整った!」

といってぶんぶん握手した。もちろん文月は

「ふっ?ふええ?ふえええ!?」

といって目を白黒させていた。

提督はその後、文月の頭をわしわしと撫でながら皆に説明した。

プランBは島の物陰を伝って移動するという点ではプランAと変わらない。

だが、崖の上から砲撃した後、なだらかに海に続く斜面まで徒歩で少々後退する。

そこから海に滑り落ちた後、洞穴等を伝って移動し、敵の背後から再度砲撃するというプランである。

メンバーはなるほどという目で見ていたが、頭を撫でられ続けた文月だけは顔を真っ赤にしていた。

それにようやく気付いた提督は

「あ!ああごめん!ずっと撫でちゃったね。ごめんね、大丈夫かい!?」

「あ、いえ、あの、頭撫でて貰った事無かったので・・」

「痛かった?」

「ぜんぜん・・全然、痛くないです!もっと撫でて欲しいです!」

「よし、お手柄の文月には大サービスだよ!」

「ふええ~」

ぽえんとした表情でわしわしと撫でられる文月を見て、

「・・ちょっと、うらやましいのです」

と、電が呟いた。

 

数日後。

 

皆で詳細を煮詰めたプランを手に、天龍は意気揚々と出撃していった。

それは例えば、電が

「だ、段ボールに紐を通した物を持って行くのです!でないと滑る時にお尻が痛くなるのです!」

と言った事に皆で頷いて採用した、という按配である。

「やっほーう!」

天龍達は攻撃を済ませると、段ボールを敷いて斜面を笑いながら滑り降りた。

バンジーに比べりゃこれくらい屁でもねぇ!

敵は天龍達の動きに最後まで翻弄され、背後からの第2回攻撃がとどめとなり全て轟沈した。

天龍達は数発の至近弾で軽傷、いわゆるS勝利という扱いであった。

「いよっしゃああ!あの憎ったらしい潜水艦が1発も撃ってこなかったぜ!」

「海中から見てるんだから地上の動きなんて解らないものね。ま、当然の結果よね」

「高い所から見ると潜水艦が解りやすいって初めて気づきました~」

だが、戻って来た面々の中で電が一人浮かない顔をしていたので、港で出迎えた龍田が訊ねた。

「どうしたの、電ちゃん」

「あ、いえ、お話する前に轟沈させて良かったのかなって・・」

「んー・・」

龍田はちょっと考えた後、言った。

「明らかに戦闘態勢で待ち構えている深海棲艦とは、やっぱり戦わないといけないんじゃないかなあ」

「提督さんは・・提督さんは何て言うか、聞いてみて良いですか?」

「ええ、もちろん」

 

「うん、撃って。相手が戦闘体制なら沈めるまでしっかり撃ちなさい」

戦果報告の最後で、そっと電は思いをぶつけた。

しかし、直後に提督がこう答えたので口をパクパクさせたが、言葉にならない。

提督は続けた。

「良いかい電。これは、私の、命令だ。戦いを仕掛けてきた深海棲艦は沈める事を目的として攻撃しなさい」

「な、なの、です」

「電の考えじゃない。私の、命令だ。いいね。私の、命令だよ」

龍田はチラリと提督を見て言った。

「電ちゃんにはそれだけじゃ伝わらないと思うわよ~?」

「そ、そうか?説明を頼めるかな」

電は涙目になって龍田を見た。

「あのね、電ちゃんは、深海棲艦を沈める事を自分で決めて攻撃してると思うと辛いでしょ~?」

「は、はいなのです」

「でもそれが、提督の命令に従っただけなら、少しは辛くないでしょ」

「え、ええと・・」

「だから電ちゃんが辛い気持ちになる事はない、提督が責めを負うよって言ってるのよ~」

「・・」

「何か補足はあるかしら?提督」

「合ってるよ。ええとね、電」

「はい」

「我々と深海棲艦は、平等に扱うべきだよね」

「な、なのです!」

「だとしたら、我々が話を聞けるのは、相手が話そうという意思がある時だけだよね」

「あ・・」

「そしたら少なくとも、砲門をこちらに向け、殺そうとしてくる相手に話す意思はないと解るよね」

「はい・・」

「だけどね、電」

「?」

「移動中とかの非戦闘時に遭遇して、攻撃態勢に入らない相手が居たら、この限りではないよ」

「あ・・」

「戦わずに済む方法があるかどうかはとても重要な課題だ。けれど、君達の命はもっと重要だ」

「・・」

「だから君や、仲間の命の危険がある戦闘時は、その命を護る為に戦闘に徹して欲しい」

「・・なのです」

「逆に、そうでない時、あるいは戦意を喪失してる相手に対して、話しかけるのは許可するよ」

「!」

「あくまで、電や、仲間達の安全が確保されたうえで、だ。守れるかな?」

「はいなのです!」

「よし。いずれにしても、今日の戦果は非常に素晴らしい。皆良くやってくれた、お疲れ様!」

「はい!」

「あ、そうそう。損傷確認を工廠で行い、1でもダメージを負っていれば入渠してね」

天龍が眉をひそめた。

「・・は?」

「ん?なんだい?」

「い・・1でも、入渠、するのか?」

「当たり前だ。損傷をなめるなよ?」

「せ、せめて小破以上で良いんじゃねぇか?」

「いや。1でも回復してもらうよ。それは」

「それは?」

「私の趣味だ」

ずずっとつんのめる天龍に

「まぁまぁ、そういう事で頼むよ!じゃ、龍田、夕食の支度を頼む!皆は工廠に行ってくれ!」

そういうと、提督は書類仕事に戻ってしまったのである。

 

「ああん!?ダメージ2だと!?ちっくしょー、入渠かよ。ドックで報告書書いちまうかなぁ」

天龍がぶつぶつ言いながらドックに入って行った後、最後に診断を受けた叢雲は

「叢雲さんはノーダメージですよ~」

と、一人だけ言われたのである。

「あっそう。じゃ、私は先に戻るわね」

叢雲はドックの中の面々にそう声をかけると、工廠を後にした。

 

コンコンコン。

「はいどうぞ~」

提督の呼びかけにガチャリとドアを開けたのは、叢雲だった。

「おや、ドックの順番待ちかい?」

「いいえ、ノーダメージだったの」

「それは良かったね。それで、どうしたんだい?」

叢雲はとことこと提督の横まで歩いてくると、

「一つ、謝っておかなければならない事があるわ」

「あ!私が取っておいたヨーグルト食べたの叢雲か?」

「そんな事しないわよ!」

「え?じゃあえっと・・あとなんかあったっけ?」

叢雲はぎゅっと服の端を握った後しばらく黙り、やがて意を決したように

「あ、あの、む、昔からの秘書艦は・・私なの」

と言ったのだが、

「あぁ、引継書類に書いてあったね」

提督はあっさりと返した。

「う、嘘ついて、ごめんなさい」

「なんで?今は龍田が秘書艦やってくれてるよ。あ、それとも陰で叢雲がやってるの?」

「いいえ、今は全部龍田がやってるわ」

「別に、私の代からは龍田が秘書艦と皆で決めたのなら、それで構わないけど?」

「そ、そう、なの?」

「龍田は初めて会った時、今は私が秘書艦だと言ったんだ」

「・・」

「だからそういうもんかって思ってたよ」

「あ、あんただって希望出したんでしょう?」

「別にわざわざ変えなくて良いよって答えただけで、代わるなら代わって良いよ?」

「・・」

「もしかして、秘書艦やりたい?結構大変そうだよ?」

「・・あのね、提督」

「うん」

「私はもう、二度と、秘書艦をやりたくないって思ってた」

「何故・・というのを聞いても良いかな?」

「良いけど、後にして」

「うん。聞こう」

「けっ、けどね、今なら、あ、あんたなら、や、やってあげても良いわよって、思ってるわ」

「・・そっか」

 

 



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エピソード09

叢雲は提督の反応を伺ったが、ぽかんとするだけなので次第に顔を真っ赤にしながら言った。

「・・あーもう!こっちこそ気を利かせなさいよ!」

「ん?え、えーと、あぁ、な、なんでそう思うのかなー?」

「超棒読みじゃない!まったく!」

「慣れてないんだよこういう事」

「何言ってるのよ。あ、あんな事した癖に」

「あんな事?」

更にきょとんとする提督を見て叢雲は眉をひそめた。あ、こいつ天然かも。

「もう良いわ。とにかく、歴代の司令官は私達に命令する一方だった」

「端々を聞くだけでも容易に想像がつくね」

「それでもちゃんと戦果を上げて、私達が帰って来られるならよしと思ってたわ」

「最初の司令官は戦果を上げてたんでしょ?」

「まぁね。新米だったから陣形の意味も掴み切れてなかったけど」

「おやおや、データがちゃんと頭に入ってないのなら、皆に任せるべきだったね」

「だから、今までの司令官達にそういう発想は無かったのよ」

「そうか。司令官が自爆するのは知った事じゃないが、とばっちりを食う君達が可哀想だな」

叢雲は眉をひそめた。

「同じ人間の事より、貴方は私達を優先するの?」

「んー、私が君達の失敗学の研究をするようになったのはね」

「ええ」

「人間が大嫌いなんだよ」

叢雲は息を飲んだ。

 

「ちょっと、格好を崩して話すよ」

提督はそういうと帽子を取り、詰襟のホックを外した。

「私は大本営の内部でずっと働いてたけど、大本営ってのは海軍のアタマなんだ」

「ええ、そうね」

「だからアタマが「あれやれ!これやれ!」って言えば実際に仕事が発生し、色々な物が動く」

「色々な物って?」

「ヒト、モノ、カネだね」

「あ・・」

「だから右へ1回動かせば良いのに、左に動かして、前に動かして、右に2回動かして、後ろに動かす」

「・・」

「するとより多くの人に、より多くの物と、より多くのカネが行き渡る。勿論無駄なんだけどね」

「・・」

「だから大本営には、あっちからもこっちからも俺にもくれって連中が寄ってくるんだよ」

「・・」

「そういう光景を十年以上見続けたら、心底人間って存在が大嫌いになったんだよ」

「・・」

「丁度その頃、君達艦娘の痛ましい事故を反省し、防いでいこうという珍しく綺麗な案件が出たんだ」

「・・」

「それは中将殿が考えた案だったが、カネ儲けにならないからと誰も見向きもしなかった」

「・・」

「だから私は中将に直談判して、117研究室を作ってもらった」

「・・」

「そこで部下を4名付けてもらい、事故原因を考えた。対策の一部はマニュアルにも反映されたよ」

「・・原因、は?」

「ほとんどはね、司令官が独断と思い込みで間違った指示を出したってケースだよ」

「・・」

「そんなのが見えた頃、中将がこの鎮守府の後任が居なくて困ってるっていうんで引き受けたんだ」

「・・なんで?」

「司令官が全部決めるより君達と決める方が良いと思うけど、誰も聞こうとしなかったからね」

「・・」

「もちろん中将のように真剣に未来を案じて動く人間も居るから、全ての人間がダメとは言わないが」

「・・だから」

「ん?」

「だから、アンタは、他の人間と違うのね」

「どう違う?」

「アンタの視線は、私達と同じ高さなのよ」

「んー」

「私達を見下す視線じゃない。私と同じ目の高さで物を見てる」

「あぁ、それはそうだね」

「えっ?」

「君達は素晴らしい能力を有している」

「え・・」

「私はたかだか1人の人間だが、立場上、君と同じ視線になろうと頑張ってるよ」

「・・アンタもアンタで、手がかかりそうね」

「そう?」

「不必要な自己卑下は同情を買おうとしてるように見えるから止めなさい」

「そんなつもりは」

「無いってのは解るけど、そう聞こえるから」

「・・解った」

「あと、間違っても人間が嫌いって話、他でしちゃダメよ?」

「叢雲さんだから話してるんだけどなぁ」

「・・なんでよ?」

「最初の司令官が唯一君の評価を残していてね」

「え・・」

「口が堅く、情に厚く、然るべき時に叱る事ができ、人間より信頼に足る艦娘である、とね」

「・・うっ」

提督は続きを言いかけた口を閉じた。

叢雲がボロボロと涙をこぼし始めたからだ。

 

「・・ごめ、なさい」

「落ち着くまでゆっくり座っていると良いよ」

提督は応接スペースに叢雲を案内すると、椅子に座らせた。

叢雲はそっと提督の服の端を掴んで、静かに泣き続けた。

やがて叢雲がしゃくりあげながらも服を離した時、提督は箱ティッシュを持って帰ってきた。

「ほら」

「う・・あ、ありがと」

「そっか。最初の司令官ともそういう話をした事は無かったのかい?」

「面と向かっては、無かったわ。あの人は無口で、私達と明らかに線を引いてたから」

「私とは違うね」

「そうね。正反対だったわ。若くて、ハンサムだったし」

「えー、傷つくなぁ」

「・・本気で言ってる?」

「いや、冗談という事にしておいてください」

「話は最後まで聞きなさい」

「はい」

「でもね、アタシは」

「?」

「アンタの方が、良いわ、よ」

「オッサン趣味?」

「主砲撃つわよ?」

「止めてください部屋ごと吹っ飛びます」

「そうじゃなくて、さっきも言ったでしょ。目線の話」

「あぁ。最初の司令官も同じ高さじゃなかったのか」

「そうよ。彼は作戦立案は全て自分の仕事だと固く信じてたわ」

「んー」

「だから私達の話は聞かずに、結果だけ見て次を考えてたわ」

「えっ?戦況についてとか、どこで被弾したとかも聞かなかったの?」

「そうよ」

「へー・・それはなんというか、無茶するなあ」

「だから今の方が、同じ失敗を繰り返さない、対策は打ってあるって思うから、その」

「うん」

「あ、安心して、出撃、出来るのよ」

「まぁそうだよね。失敗するのが解ってるのに同じ命令出されたら嫌になるよね」

「んもう!違うわよ!」

「へ?」

「あーもう!わざとやってんじゃないでしょうね!」

「なにが!?本気でさっぱり解らないよ?」

「~~~~~!!」

叢雲はギッと提督を睨みながらぼそぼそと呟いた。

「あ、ああ、アンタの方が安心出来るから好きって言ってるのよ」

提督はぽかんとした後、

「え、あ、えーと、そういう経験0に近いんでアレなんだけどさ」

提督は溶岩と見まごうくらい真っ赤になったままの叢雲に言った。

「その、その好きって言うのは、ラブって事?」

「ふざけんじゃないわよ!そんなこと言わせないで!」

「あ、えと、ごめん、えっと、あー、その、どうしたら良いんだこういう時」

おろおろする提督に叢雲はそっと近づくと

「・・ぎゅ、ぎゅっと、しなさい」

提督は叢雲の背中をそっと抱きしめた。

「お、あ、ええと、これで良いのかな?」

「あと、頭をナデナデしなさい」

「こ、こう?」

「そのまま続けなさい」

「・・あ、叢雲さん」

「黙ってやる!」

「は、はいよ・・・でもね叢雲さん」

「あーもう!良いから!ちょっとで良いから黙ってやる!」

「・・・はい」

たっぷり3分はそうした後、提督はぎこちなく言った。

「と、ところでね、叢雲さん」

「一体なによ」

「さっきから、その、皆が見てるんだけど」

がばりと振り返った叢雲を

「お、大人の関係なのです」

「抜け駆けはダメですよ~」

「お夕飯よって呼びに来たんだけど~、これなら白米だけあれば良いかしらね~」

「・・・」

真っ赤になって目を逸らしている天龍を除き、一同がドアの陰から興味津々の目で見ていたのである。

「・・・・・」

そっと見上げる提督を横目に、叢雲は見る間に真っ赤になると、

「いゃぁあぁぁああぁぁあああ」

と、絹を裂くような悲鳴を上げたのである。

 

 



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エピソード10

「・・・・・」

「あ、あー、えっと、い、頂きます」

「頂きまーす!」

夕食はカレーだったので、皆は嬉々としてスプーンを動かしていく。

だが、叢雲は席にこそ座っているが、真っ赤になった顔を両手で押さえたままピクリとも動かない。

提督は1皿目を平らげ、龍田に空の皿を渡した後、

「む、叢雲、さん」

「・・・」

「ほ、ほら、龍田が作ってくれたカレー、美味しいよ?」

「・・・」

「す、好き嫌い言う子はデザートあげないぞー・・なんちゃって・・」

だが、その言葉に反応したのは叢雲ではなく、

「あらぁ、提督を好きって言うとデザート貰えなくなるのかしら~」

と、ニコニコしたままお代わりを盛り付ける龍田であった。

既に真っ赤な顔をしていた叢雲が耳まで赤くなったのは言うまでもない。

提督は腕をぶんぶん振って龍田に抗議した。

「ちょっ!ちがっ!たっ!龍田さん!茶化さないで!」

「茶化してなんかないわよ~、はいお代わり」

「おっ、ありがとう・・はっ!いや違う!絶対違うでしょ!」

そこで電が

「お、大人な関係は甘くないのです?」

と言った。

叢雲は頭のてっぺんまで真っ赤になった後、

「だあー!いーわよいーわよ!なんか悪い!悪い?悪い?」

と、16ビートも真っ青の勢いでテーブルを両手の拳で叩きつつ言った。

「ちょ!こら叢雲、テーブル壊れる壊れる!」

「うるっさいうるっさい!皆で馬鹿にしてぇぇぇええ!もおー!」

そこで顔を上げたのは天龍だった。

「いーんじゃねーの?」

叢雲はギッと天龍に向き直った。

「・・は?何?何がよ天龍!かかってくんならきなさいよ!」

「んだからさ、別に提督を気に入ったんならそれでいーじゃねーか」

「う・・」

天龍はぐっとコップに入った水を飲み干すと、続けた。

「さっきはいきなりアレだったからビックリしちまったけどよ」

「・・・」

「提督が着任してからまだちょっとしか経ってねぇけど、確実に良い方向に向いてる気がするぜ」

天龍の言葉に文月と電が頷く。

「俺達がこうなりゃ良い、ああなりゃ良いってダベってた事のほとんどが実現しちまった」

「・・」

「それに、歴代の司令官に一番振り回されてたのは叢雲だろ」

「・・」

「だからまともな奴が来て、一番嬉しいのも無理はねぇさ」

「・・」

「提督が最初に言った通り、俺達と海軍で取り交わした契約はシンプルなもんさ」

「・・」

「そこには別に、俺達を気遣ってくれる奴を気に入ったら罰せられるなんて書いてねぇ」

「・・」

「だからさ、叢雲、俺は叢雲が提督を気に入ったんならそれでいいと思うぜ」

「・・」

「けどさ、好きなのか、気に入ったのか、そこはちゃんと考えろよ。間違えんなよ?」

「・・アタシは」

叢雲がついに口を開いたので、天龍は叢雲に耳を傾けた。

「おう」

「アンタの言う通り、段々悪くなる司令官に辟易してきたわ」

「俺達も、だけどな」

「そうね。皆でうんざりしてた。だから提督が本当に違うのか疑ってもいた」

「おう」

「今日の話を聞いて腑に落ちたし、一方で、ほんっと面倒くさい奴だって事も解った」

「・・・え?」

「そんな年で未だに綺麗事を言うなんて信じられないわよ」

「え?」

「人間だろうが艦娘だろうが玉石混在が当たり前でしょ。性悪の艦娘だって居るのよ」

「まぁ・・な・・」

「けど、そんな提督だからこそ、嫌いじゃないわ」

「・・」

「だから、しょ、しょうがないから、アタシが傍に居て、面倒見てあげるわよ」

「あー・・」

天龍はポリポリと頬を掻いた。めんどくせぇのは提督も叢雲もどっこいだと思うんだが。

「でもね!」

叢雲はズビシっと提督を指差した。

提督は急に振られたので目を白黒させた。

「はい!?」

「面倒見るってのは護ってあげるだけじゃないわよ!ビッシバシ鍛えるから覚悟なさい!」

「何を!?」

「あんたはもう分析官じゃなくてこの鎮守府の長なの!だから相応しい知識と態度をみっちり教えるわよ!」

「え・・ええと・・」

「例えば!」

「はい」

「就業中に詰襟のホック外さない!だらしない恰好をしない!」

「あぁ忘れてた。これ、一回外すと・・あ、ほら、上手く入らないんだよ・・」

「ガタガタ言わないで直す!」

「あいよ」

「それからねえ!」

水を得た魚のように次々と指摘を繰り出す叢雲と、はいはいと言いながら直していく提督。

二人のやり取りを他の面々は微笑ましく見ていた。

「色んな意味でごちそうさまねー、真冬なのにあっついわねー」

「なのです」

「でも、叢雲が元通りになって良かったぜ」

「元通り?」

「ほら、最初の司令官が来た最初の頃はさ、こんな奴だったじゃんか」

「そうでしたねー」

「うふふ、あれこれ言うのはとっても気になるって事の裏返しだものねー」

叢雲が龍田の一言にピタリと口をつぐみ、じとりと見つめた。

「・・何が言いたいのかしら?龍田」

「叢雲ちゃんが~、提督の事好きで好きでしょうがないって事~」

「んなっ!?」

「でなければ知識や態度なんて教える必要ないものね~、勝手に恥かいてれば良いんだし~」

「うぐうっ!?」

「提督~?」

「はいよ?」

「叢雲ちゃんは物知りだし、聞いていて損は無いと思うわ~」

「・・そうだね。そうするよ」

「でも~」

「?」

「イチャイチャするのを見るのは死ぬほどウザいから、TPOちゃんと考えてね~」

「以後気をつけます」

「破ったら切り落としますからね~」

「何を!?ねぇ何を!?」

「うふふふふ~」

提督はふと、叢雲の言った性悪の艦娘ってまさかと思ったが、

「何考えてるんですか~提督~?」

「何にも考えてません!」

「あらー、嘘は良くないわよぉ」

提督は助けてくれという視線を叢雲に送ったが、叢雲はいつの間にか淡々とカレーを食べていた。

提督は二度見したが、叢雲とて命は惜しいのである。

 

翌朝。

 

コンコンコン。

 

「はいよ~、おはよぅ」

提督は自室で返事をした。

制服を着て身支度も整えていたが、龍田が迎えに来るまでは自室に居る。

そうするよう言われた訳ではなかったが、いつの間にか習慣となっていた。

ついでに言えばまだ眠いので、敷いたままの布団の上にあぐらをかいて座っているのである。

だが。

「アンタ!酸素魚雷食らわせるわよ!」

いつもと違う声が飛んで来た事にびくりとした提督は、ぎょっとして入口を見た。

そこには仁王立ちする叢雲が立っていたのである。

「あれっ!?」

「あれっ、じゃないわよ!何時まで寝てるのよ!」

「いやほら、朝ご飯が出来るまで」

「ほらさっさと起きる!顔は洗ったの!?」

「身支度は整えてるし、制服も着てますよ?」

「襟のホックが片側外れてる!ちゃんとする!」

提督はとほほと思いつつ鏡を見ながら直した。これが龍田なら、

「しょうがないな~、ちょっとじっとしてて~」

といってちょいちょいと直してくれたのだが。

そこでふと思い当たる。

「あの、叢雲さん」

「終わったの?」

「終わったんだけどさ、龍田さんどうしたの?風邪かなにか?」

「今日からアタシが秘書艦として世話してあげるわよ。なに?不満なの?」

「・・んー」

提督はポンと手を叩くと

「あれだ、えっと、通い妻!」

ボンと音がする位一瞬で真っ赤になった叢雲は

「ふ、ふ、ふ、ふざけてんじゃないわよ!ほら用意出来たらさっさと行くわよ!」

「あ、ちょ!叢雲さん待って!」

こうして、提督の秘書艦は龍田から叢雲に「戻った」のである。

 

 



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エピソード11

「んー、なるほどねぇ」

「だから、毎日コンスタントにこなすならこのあたりの遠征が良いわね」

提督は提督室の執務席で、叢雲と肩を並べて座っている。

叢雲が座っている椅子は隣の応接コーナーから持って来たものだ。

二人で見ているのは提督が作った失敗学のうち、遠征に関するリポートである。

 

遠征。

 

一定の目的の為に艦隊を派遣する、いわばお使いである。

派遣する艦種は全て司令官に任されているが、成功しやすいパターンというのがある。

提督は成功したケースの資料を叢雲に見せ、鎮守府運営に必要な遠征を絞り込もうとしていた。

「だとすると、長距離練習航海は外せないね。駆逐艦で4人以上だと成功しやすいようだ」

「海上護衛も4人だけど、軽巡が1人は居る方が良いのね。まぁ内容を考えると納得ね」

「防空射撃演習も4人だね」

「そうだけど、今はまだボーキサイトを使う子が居ないから後回しで良いわ」

「なるほど。でも出撃と遠征を並行するなら、もう少し仲間が欲しいね」

「そうね。少なくとも出撃専門の第1艦隊を含めて、計20人は欲しいわ」

「うん。そこまで居れば交代で行けるから、出撃しつつ、日に数回とかの遠征も可能になるね」

「ええ。本当は第3艦隊や第4艦隊も創設出来る位の規模になりたいんだけど」

「第4艦隊まで許可されるのは相当大規模になってからだからねえ」

「そうね。だからまずは、第2艦隊だけで何度も回せる組み合わせを集中的にやるわ」

「現在の備蓄量は結構あった筈だけど・・ええと」

「待ってなさい」

叢雲はひょいと椅子から降りると、トコトコと書類を取って戻ってきた。

「昨晩時点でこれだけね」

「あ、ちょっと待って」

提督はそう言いながらリポートの別のページを開いた。

「何これ?」

「建造妖精さんに資材をどんな量で誰が頼むと何が出来たかっていうリストだよ」

「・・へぇー、こんな面倒くさいの良く作ったわね」

「教えてくれた場合だけだけどね」

「ふんふん・・なら駆逐艦と軽巡を狙って、後15隻建造してもらいましょうか」

「工廠って、1日にどれくらい作ってくれるのかな」

「建造時間は教えてくれるわよ?」

「いや、たとえ1回が1時間でもさ、だからと言って1日で24隻作ってくれないでしょ」

「そうね。そこは工廠長次第よ」

「じゃあ相談してこようか」

「誰に?」

「工廠長に」

提督の顔を見ながら、あぁそうだと叢雲は思い出した。

こう言う時、司令官達は

「じゃあ今日中に15隻作るよう指示しておいて」

と言うので、殺す気かという工廠長と、OKしてくれなきゃ困るという自分が大喧嘩になったものだ。

だから指示を受けるのがどんどん気が重くなったなと、目を細めつつ思った。

「どうしたの?何かあった?」

ふと気が付くと、提督が自分を心配そうに見返している。

叢雲はそっと提督の服の裾を掴むと

「・・大丈夫、なんでもないわよ」

と言った。

提督はそうかと言い、叢雲の頭にぽんぽんと手を置いてから歩き出した。

 

「そうじゃのぅ、まぁ1ドック辺り、建造は1日2回位にしてほしいかのう」

工廠長はこう答えた。

「だとすると建造は1日8隻までって事ですね」

鎮守府のドックは基本状態だと2つだが、提督が赴任前に最大数、つまり4つに増設させていた。

「それでも船を作るペースとしては驚異的に早い筈じゃがの」

「仰る通りですね」

否定せずニコニコ笑うが、そのまま動かない提督を見て工廠長は溜息を吐いた。

「・・・で、提督は何隻こしらえたいんじゃ?」

「すみません。出来れば15隻ほど、重ならないように」

「重ならないように・・じゃと?」

「ええ。同じ艦娘は1とカウントします」

工廠長は苦り切った顔をした。

「あまり重なる事は無いとはいえ、ゼロではないからのう」

 

改造前後も含め、同じ艦娘が2人以上居る状況を重なると言い、認める鎮守府と認めない鎮守府がある。

これは完全なローカルルールだが、この鎮守府では今まで認めてこなかった。

それは指示の取り違えを防ぐという事もあるが、

「同じ艦娘は同じ艦隊に編成出来ない」

という大本営から示されたルールへの対策でもあり、特に小規模の鎮守府では普通の選択肢である。

 

工廠長は渋い顔をした。

「んー、1日で15隻は厳しいのう」

「ですから、2日で結構です」

「ん、それで良いのかの?」

「ええ、重ならないようにしていただければ」

「ぐっ・・そうか、それがあったか」

「はい」

提督は笑顔だったがこれ以上は妥協しないだろうという事を悟った工廠長は

「・・解った解った。重なるのはこちらの責任で、重ならんよう計15隻、2日間で、じゃな?」

「はい」

「しょうがないのう・・あ、重なった子はどうすれば良い?」

「全員、叢雲さんの近代化改修に」

「ま、それが一番かの」

叢雲が提督を見て言った。

「ちょっと!何でアタシの改修なのよ!」

「秘書艦さんには苦労をかけるからね。能力を強化しておいて欲しいんだよ」

「あたしじゃ不安だって言うの?」

「いや。でも、強くなれば同じ事しても楽になるでしょ?」

「ま、まぁ、そう、ね」

「一番傍に居て手伝ってくれるんだから、こういう役得があっても良いじゃない」

叢雲はぷいと横を向くと

「・・う、受け取ってあげなくもないわよ」

と、小さくぽつりと答えた。

工廠長は手を振りながら言った。

「それじゃ復唱するが、駆逐艦と軽巡増強を目標として、この配合で計15隻になるまで建造、じゃな?」

「そうなります」

工廠長は頷きながら手を出した。

「解った。じゃあ承認印を押した指令書を」

「へ?」

「・・じゃから、指令書じゃて」

叢雲がハッとした顔になった。

 

「・・いやいや、お待たせしました」

「全く、指令書くらい用意してから訪ねてこんか」

「すいません。ではこれで」

「・・・うむ、叢雲が書いたのなら間違いないのう」

「間違いのある子が居るんですか?」

「雑に書く奴もおるでの」

提督は5人の顔を思い浮かべ、1人を特定した。

「あー」

「叢雲と龍田は信用出来るがの」

「解る気がします」

「ところで、提督に付く秘書艦は叢雲になったのかの?」

「そうらしいです」

「らしいって・・提督の命令じゃろ?」

「いえ、今朝そう言われましたので」

工廠長はジト目で叢雲を見た。

叢雲もジト目で工廠長を見返した。

「・・なに?」

「お前達、提督に黙って秘書艦を勝手に変更したのかの?」

「人聞きの悪い事言わないで」

提督は肩をすくめた。

「誰が秘書艦をするかというのは重大事項ではありませんからね」

「好きにせいという事か・・」

「ええ。でも多分、当分は叢雲さんがやってくれますよ。ね?」

「そうね」

「なぜじゃ?」

「ここの長として、知らなければいけない事が沢山あるそうなので」

工廠長は眉をひそめた。

「わしが言うのもなんじゃが・・提督は本気で艦娘達の話を聞くんじゃな」

「もちろん、工廠長の話も伺いますよ」

工廠長はニッと笑った。

「それなら建造や開発は計画的にしてもらいたいのぅ」

「どれくらい前に言えば良いですか?」

「そうさの・・妖精達の日程調整を考えれば前日には聞いておきたいのう」

「解りました。じゃあ今回のお話も明日から開始で良いですよ」

「なぬ!?」

「前日に聞いておきたいんですよね?叢雲、指令書の日付直してくれる?」

「はいはい」

叢雲はさらさらと訂正作業をしつつ、提督はなかなかの交渉上手だわと思い、ニッと笑った。

こういう押しの強さや、清濁併せ飲む覚悟がなくては丸め込めない事は沢山あるのだ。

それが解ってない人に一から教えるのは滅茶苦茶骨が折れる。

ただの正義感溢れるお人好しでは、とても鎮守府なんて回せない。

昨日の話を聞いて心配になり、龍田と相談して秘書艦を交代したが、杞憂だったかしら。

叢雲は直した書類を提督に見せてから、ポンと工廠長に手渡した。

 



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エピソード12

 

工廠長は訂正された指令書を受け取りつつ、呆気にとられた。

「そ・・それで、良いのかの」

「何がです?」

「わしらの都合で、提督の予定は2日ずれた訳じゃが」

「今回は別に今日や明日に無ければ鎮守府が滅亡するという訳でもありませんし」

「・・好きにせい、か」

「はい」

工廠長はふっと笑うと、指令書を脇に抱えた。

「解った。なるべく気の良さそうな子を揃えておくぞい」

「お願いします。工廠長が頼りですので」

「ふん。おだてても何も出んぞ」

「では、明後日の・・何時位ですかね?」

「午後には揃えておくよ」

「では夕方、1700時頃に」

「うむ。それで良い。任せておけ」

提督達の後姿を見ながら、工廠長は腕を組んで考えた。

司令官が調整の現場まで足を運ぶ事も異例なら、工廠側の希望で自ら発した指令を曲げるのも異例だ。

いや、異例どころか今まで1度も経験した事が無い。

工廠長は元々は建造妖精だが、様々な鎮守府を渡り歩くうちに交渉役とまとめ役をやるようになった。

体が小さいとやりにくいので、術を使って人間と同じ大きさに化けている。

攻め滅ぼされた鎮守府、取り潰された鎮守府、吸収合併された鎮守府。

鎮守府を離れた理由は様々だったが、1つだけ共通している事があった。

それは司令官が滅亡に導いた、という事である。

この鎮守府も最初は良かったが、後の2人は立て続けに阿呆だったのであっという間に傾いた。

だからそろそろ店仕舞いかと思っていたが、提督のような司令官は見た事が無かった。

「面白くなる、かものう」

ふふっと笑った工廠長は、建造ドックで妖精達を呼んだ。

妖精達はなんだなんだという顔で集まって来た。

 

こうして、2日が過ぎ。

 

「おー、見事!」

そう言ったのは提督だが、

「へぇ・・懐かしい顔が居るじゃねーか!」

天龍もそう言って、目を細めたのである。

 

刻限までに工廠で建造された艦娘は

駆逐艦が不知火、暁、雷、霰、敷波、如月、皐月、菊月、三日月、長月、時雨、初雪の12人、

軽巡が神通、球磨、そして多摩の3人であった。

重なった子が居なかったので叢雲がちょっぴりがっかりしていたのはここだけの話である。

 

提督室では入りきらず、食堂に招いた提督は皆を前に言った。

「皆さんようこそ!」

「うちの鎮守府はここに居る5人しか居ない小さな鎮守府でした」

「しかし皆さんが来てくれた事で総勢20名となりました」

「ただ、これからも規模を拡大しつつ、鎮守府を不満が無いよう運営し、戦っていくのは大変な事です」

「ですから私は、私の独断で物事を決めるのではなく、皆さんと知恵を絞りたい」

ここで不知火がピクリと眉をひそめたが、提督はそのまま話し続けた。

「皆さんも私だけでなくメンバー同士とも話し、より良くする為に力を貸してください」

「よろしくお願いします」

すっと頭を下げた提督に皆は動揺の色を隠せなかったが、

「・・お断りします」

そう言ったのは不知火で、やっぱりという顔で頷いたのは天龍だった。

一方で提督は

「良いね!意見第1号は不知火さんか!」

と、返したのである。

 

不知火は目を見開いて提督を見返した。

喧嘩上等、解体上等、鉄火場上等と密かに鼻息も荒く言い放ったのに。

なんか思い切り肩すかし食らって自分からどぶに足を突っ込んだようなこの感覚はなんなんだ。

「え・・あの」

「うん!話し合いでは自分の立場を示す事が何より大事だ。皆も言いたい事は言ってね!」

「はい!」

え、ちょっと待って。私は断ると言ってるんだけど、なにこの綺麗なまとまり方。

「ち、ちょっと待ってください!不知火はお断りしますと申し上げたのです!」

だが提督はニコニコして訊ねた。

「理由があるよね?」

「えっ?あ、その、は、はい」

「よし!聞こう!皆静かに!」

 

しーん。

 

不知火はごくりと唾を飲みつつ目をせわしなく左右に送った。

全員が、自分が何を言うんだろうという興味津々の表情でこちらを見てる。

くっ、しっ、不知火に落ち度は無かった筈です。

どうしてここまで追い込まれたのですか?!

叢雲はにふんと笑った。

さて、建造したての身で提督の術にいつまで抗えるかしら?

ま、せいぜい頑張りなさい。

 

不知火は伏し目がちに答えた。

「し、司令官は・・指令を検討して発する方と、伺っています」

提督は小首を傾げながら返した。

「誰から?」

あまりにも予想外の返事に不知火は素で答えてしまった。

「へ?あ、け、建造される間に読んだ、大本営のマニュアルに書いてありました」

「そうか。予習して来てくれたんだ。ありがとう」

再び予想外の返事が来た事で不知火は明らかに動揺し始めた。

「えっ?い、いえ。でっ、ですから軍人として私達は軍務に徹し、余計な思念は捨てるべきだと思います」

「そうか。なるほど。うん、軍人として非常に正しい答だね」

提督が認めてくれたので、不知火は更なる肩透かし感と、安堵の混ざった溜息を吐いた。

龍田は不知火に同情の目を向けた。

勇気は認めるけど論戦を挑むにしては脇が甘すぎるわね。

提督はにこにこ笑ったまま続けた。

「でもそれは、人間の、軍人に限った話でね」

不知火はぎょっとして提督を見た。

「は?」

「君達艦娘は、艦、つまり船魂が実体化してくれた存在で、専用の契約を海軍と結んでいるんだよ」

「あ・・はい」

「契約にはね、海軍は艦娘に対し、出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造を命令出来る、とある」

「そ、そうです、ね」

「そう。それだけなんだよ」

「へ?」

「作戦立案を君がやっちゃいけない、ましてや思念を捨てろなんて恐ろしい事、どこに書いてある?」

「あ、え、ええと・・」

「更に言えば、ここには司令官は居ないんだ」

「え?え?し、司令官が・・居ない?ではここの長は」

「私がこの鎮守府の長だけど、提督って呼んでもらってるよ」

「そ、それでは貴方が司令官では」

「いや、私は提督だよ」

誰の目にも不知火が目をくるくる回してるのが明らかになった後、

「不知火さん」

「は、はい」

「私は人間で、貴方は艦娘。だけど、こうして意思疎通が出来る」

「はい」

「同じように喜怒哀楽の感情を持ち、言葉を発し、深海棲艦を減らす為に手を貸してくれる仲間なんだ」

「・・」

「だから私は、貴方達の思いを無視したくない。一緒に考えて、皆で納得してやっていきたい」

「・・」

「戸惑うのは解る。海軍のマニュアルにそんな事は一言も書いてないからね」

「は、はい」

「でも私はそうやって行きたい。間違った方向に進みたくない。だから力を貸してくれないかな?」

一本。天龍は心の中で思った。

畳み込むまで一切淀みねぇな提督。叢雲の仕込みは伊達じゃねぇ。

不知火はたっぷり1分はのけぞって歯を食いしばっていたが、

「わ・・解りました」

と、がくりと肩を落としながら頷いたのである。

提督は皆に言った。

「えっと、今のはあまり良い例では無いのだけど、とにかく一方的な命令はしたくないんだ」

「だから皆、私の話だろうと、先輩の話だろうと、何か気になったら言ってほしい」

「ちゃんと伝えて、話しあって、何の為に何をするのか納得してから動いて欲しい」

「・・いいかな?」

暁がニコッと笑った。

「解ったわ!じゃあ私の事は一人前のレディとして扱ってよね!」

「ふむ。えっと、暁は・・おお、そうか。電のお姉ちゃんか」

電はぎくりとした様子で提督に向き直った。

「え、あ、は、はいなのです」

「電」

「なのです?」

「暁の言った通りにして良いかな?」

提督はすぐ頷くと思って軽く聞いたのだが、電は長い事腕を組んだまま身じろぎ1つしない。

「え・・あれ?電・・さん?」

困り果てた電はキッと雷の方を向くと言い放った。

「電は、この判断を雷に委任するのです!」

 

 



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エピソード13

 

電に指名された雷は1秒で答えた。

「暁はお子様だからレディの扱いをすると本人が困ると思うわよ?」

暁はキッと雷を睨んだ。

「んなっ!あたしのどこがお子様だっていうのよ!」

「ニンジン」

「うっ」

「ピーマン」

「ぐっ」

「辛いカレー」

「ふぐっ」

「・・食べられるかしら?」

「そっ!そんなの!そんなの・・食べられなくても・・ぐすっ・・レディ・・だもん」

あっという間に涙目ですすり泣き始める暁を見た提督は

「あーその、暁さん」

「ぐすっ・・なっ・・なによぅ」

「レディは人前で大泣きしないらしいよ。ぐっと我慢するんだって」

「!」

「暁お姉ちゃんはレディだもんな?」

「う・・うん」

「泣かないよね?」

「・・うん」

「よしよし、偉いね。さすが一人前のレディだね!」

「レディ?」

「レディ」

「そっ、そうよね!やっぱり私は一人前のレディよね!見てなさい!」

提督は雷を見て、意味を込めて頷いた。

雷は首を傾げながら肩をすくめた。

提督は靴紐を結ぶふりをしながら屈みこみ、傍らの電に向かって囁いた。

「こんな難問だとは知らなかった。すまん」

「解って頂けて嬉しいのです」

電と小さく頷きあった提督は立ち上がると

「よし!それじゃ堅い話はここまで!食事会で皆を歓迎したいと思いまーす!」

と大声を上げ、再び考え込む不知火を除く着任した艦娘達は拍手で応じたのである。

 

「チーズケーキって素敵ね!これこそレディに相応しいわ!」

「最後のフルーツタルトは渡さないのです!」

「もっと静かに食べられないのか・・ああっ!何をする!」

「へ?要らないんじゃないの?」

「食べる!食べるぅぅうぅう!」

「僕はやっぱり、ヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが好きかな」

提督は歓迎会を開こうと言って、龍田だけでなく文月達にも買い出しの供を頼んだ。

結果、皆がここぞとばかりに大量のお菓子を買ってきた為、デザートバイキングの様相を呈したのである。

提督はラズベリーケーキを頬張りつつ、凄まじい争奪戦を苦笑しながら眺めていた。

そこに。

「失礼します、提督。よろしいでしょうか」

「お、不知火さん。どうした?」

「あの、先程の件ですが」

「ええと、ここの方針って事かな?」

「はい」

「うん。どうした?」

「なぜ提督は、我々兵器に配慮されるのですか?」

「ん?んー」

「我々は軍艦であり、兵器です。例えば銃とかと同じです」

「・・」

「確かに銃を丁寧に扱えば壊れにくくなりますが、だからと言って銃に意見を求めたりはしません」

「そうだね」

「ゆえに凄く違和感があるのですが」

デザート争奪戦に興じていた新入生の面々は緊迫した場面になるのかと思い、不知火を見ながらしんと静まった。

叢雲は黙々とチーズケーキを頬張りつつ思った。

納得するまで議論する姿勢は悪くないわ。

提督のやり方に向いてるかもね。

一方、眉をひそめた文月がゆらりと実弾を装填したのを、龍田はそっと肩に手を置いて囁いた。

「まずは提督のお手並みを拝見しましょう。いつでも撃てるのよ」

文月は不承不承といった様子で装填を解除した。

 

そんな事を知ってか知らずか、提督は隣の椅子を引きながら言った。

「まぁまぁ、座りなさい。コーヒーは?」

不知火はちょこんと腰掛けながら答えた。

「いえ、結構です」

「うん。じゃ、質問に対する答えは2つ。まず1つは、君達は軍艦そのものじゃない」

「え?」

「君達は艦娘。正確に言えば、君は駆逐艦不知火として作られた船に宿った魂だ」

「あ・・・はい」

「付喪神、という言葉を知ってるかな?」

「い、いえ。不勉強で申し訳ありません」

「知らない事を知らないと言えるのは良い事だ。謝る必要はないから覚えてくれるかい?」

「はい」

「思いを込めて作られた物を長く使えば神が宿ると言われている。それが付喪神だ」

「神・・」

「そう。軍艦という物はね、莫大な手間隙をかけて作られ、多くの人の様々な思いを込めて運用される」

「そう・・ですね」

「乗組員は攻撃や荒波を乗り越え、無事に帰るべく、軍艦に命を託すわけだ」

「・・」

「私は君達を軍艦に宿った付喪神であり、そうした乗組員の思いも内に秘めていると思う」

「・・」

「だから君達を粗末に扱うという事は、神を、そして乗組員の思いを粗末にする事だと思う」

「・・」

「そういう不敬をしたくない。だから君達の思いを尊重したいんだ」

不知火はしばらく、テーブルを見たままじっと動かなかった。

そしてゆっくりと向き直った不知火を見て、提督はぎょっとした。

もう泣き出す寸前だったからだ。

「えっ!?な、なんか気に障ったかい?」

「・・軍艦としての不知火は、今もシブヤンの水底に居ます」

「・・そうだね」

「戦って、戦って、戦い抜いた果てですから、そこに沈んだ事に悔いはありません」

「うん」

「ですが・・共に沈んだ乗組員は、帰して・・あげたかった」

「・・」

「軍艦といえど船は船。命を預けてくれた乗組員に、応えてあげられなかったのは、悔しい」

「・・」

不知火は目を真っ赤にしながらすすり泣き始めた。

「・・てっ・・提督に・・言われるまで・・不知火は・・そこを・・そこに・・」

「・・」

「思い・・至り・・ませんでした。そっ、その、落ち度を・・認め・・ます」

「・・」

「す・・すみません・・でした、提督。しっ、不知火は・・」

「うん」

「こっ、今度こそ、共に働いてくれる、よっ、妖精達を気遣い、共に、必ず、必ず帰って参ります」

「うん」

「・・それで、元の乗組員の方々は・・私を許してくれるでしょうか?」

提督はボロボロ泣きながら訊ねる不知火の頭を、ぽんぽんと撫でながら言った。

「付喪神はね、粗末にすれば災いをもたらすけど、大切にすれば幸をもたらすと言われているよ」

不知火は提督をじっと見続けた。

「・・」

「私も君達を大事にする。その思いも含めてね。だから君達も、君達自身を大事にして欲しい」

「・・」

「そうすればきっと、幸、つまり元の乗組員達も納得してくれると思うよ」

「・・」

「ね?」

不知火が堰を切ったように、わんわんと声をあげて泣き始めた。

神通は提督を見ながら、そっと呟いた。

「私は武勲艦と言われてますけど、沈む前に、乗っていた皆さんだけは逃がしてあげたかったです」

「・・」

「そうですね。私達は軍艦だけの、兵器だけの存在では、無いのですね」

「私は、そう思ってるよ。大本営や他の司令官は知らないけどね」

「よく、解りました。あ、あの、提督」

「うん?」

「大切な事を思い出せた気がします。ありがとうございます」

「納得してくれたらそれで良いよ。あ、ええとね、不知火」

「うっ・・ぐすっ・・な、なん・・でしょうか」

「きっとこの後も、色々な艦娘達がこの鎮守府に来てくれると思うんだよ」

「・・はい」

「その時、私の方針が腑に落ちない子が居たら、不知火から今の話を伝えてくれないかな」

「・・・」

不知火はすいっと右手を上げてビシリと敬礼し、

「この不知火、不肖ながら提督の為、誠心誠意努力いたします」

「ん。ありがとう。よろしく頼みます」

他の皆は何も言わなかった。

何も言わなかったが、涙ぐむ者、頷く者、笑みを浮かべる者、皆優しい表情をしていた。

提督は皆の方を向いて言った。

「よし、じゃあ残ってるデザートを食べ切っちゃって、歓迎会をおわら・・・あれ?」

提督はその時初めて、テーブルの上の皿がすっかり空になっている事に気付いた。

「・・うん、綺麗に食べてくれて嬉しいよ。よし!じゃあこれからよろしくね!」

「はい!」

叢雲はによによしながら何度も頷いていた。

提督も鎮守府の長として、ちょっとだけサマになってきたわね。

まったく、ほんと、手がかかるわね。

龍田は叢雲をそっとつつくと囁いた。

「もう奥さんを通り越して、お母さんの心境なのね~」

「はん。あんな手間のかかる息子要らないわ」

「じゃあ認めても良い位の息子にしないとね~」

「そうね・・って何言わせんのよ!」

龍田はくすくす笑った。

天龍が言うとおり、面倒臭いのは提督も叢雲もいい勝負だ、と。

 



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エピソード14

こうして、総勢20名となった鎮守府は、歓迎会の翌日から動き出した。

まず食堂に集まった皆は、運用方法について相談した。

そこで出撃する単位の「艦隊」とは別に、訓練や行動を共にする「班」という概念を作る事になった。

龍田、不知火、文月、叢雲という1班。

天龍、暁、雷、電という2班。

神通、如月、長月、三日月、皐月、菊月という3班。

球磨、多摩、霰、時雨、敷波、初雪という4班。

4名と6名の班があるのはこなしたい遠征の制約に対応した為である。

提督は頷いた。

「ん、班編成で任務にばらつきがあるから、一定期間ごとに変えて行こうか」

「どれくらいにゃ?」

「そうだね。3ヶ月とか半年とか・・どっちが良い?」

「半年はちょっと長いにゃ」

「じゃあ3ヶ月おきにしようか。半年おきが良い人?・・よし。じゃ、次回からは期間と編成結果だけ報告して」

「どういう事にゃ?」

「期間も編成結果も君達が好きに決めて良いって事。私がここに居ると何か皆堅苦しくなってるでしょ」

「い・・良いのかにゃ?」

「もうちょっと増えたら球磨と多摩を分けてもう1班増やしても良いし、そうだね、班の数も任せるよ」

「そこまで任せるクマ!?」

「実際出るのは君達だから、変な班構成にしたら自分が困るでしょ」

「そ、そうだけど・・良いのかクマ?」

「良いよ。私は箸の上げ下げまでガタガタ言わないよ」

「箸の上げ下げどころか晩御飯のメニューから全部お任せって感じだクマ」

「あーそうね。うん。その位まで任せても良いと思うよ」

「な、なんでだクマ?」

「仕事して、遠征して、演習を重ねてLVをあげるんだ。どうせなら楽しんで欲しいからね」

「とっても不安だクマ」

「じゃあ球磨さんや」

「何だクマ?」

「私が後ろ向いてあみだクジで決めるのとどっちが良い?」

「何でアミダなんだクマ!」

「現場を見てない私が独断で決めりゃアミダだって考えたって似たようなもんだよ?」

「もう少し!もう少し希望を持たせてほしいクマ!」

「希望って?」

「提督に任せておけば安心だって思えるような希望だクマ」

「ごめん。そういうのここにはない」

「即答!?」

「いや、いつかバレるなら最初から白状しておいた方が良いでしょ」

涙目になる球磨を見つつ、神通は苦笑しながら天龍に囁いた。

「これは相当、私達が頑張らないとダメそうですね・・」

「あぁ。今のやり取りで今までもやもやしてたのがハッキリ解ったぜ」

「なんですか?」

「提督は自由にやらせてくれるが、軍の指導者としては全く頼りにならねぇって事」

神通はがくりと頭を垂れた。本当にここは軍隊なの?

「だが、したり顔で訳の分からねえ特攻命令を出す司令官より1億倍マシだ」

神通はそっと顔を上げた。

「俺達が怪我をしねえように、日頃から訓練して、話しあって、鍛えていきゃ良いんだからな」

「そ、それはそうですが・・」

「自分の為の訓練なら、訳のわかんねぇ事やらされるより身が入るぜ」

「でも、その訓練メニューは提督がお決めになるんですよね?」

「あ、言って無かったか。訓練内容は俺に任されてるぜ」

「は?」

「だから鍛えたい事を相談してくれりゃ俺がメニュー書き換えてくから、なんでも言ってくれ」

神通はふと思った疑問を口にした。

「えっと、提督さん」

「ふわい?」

提督はドーナツを咥えたまま神通に返事を返し、叢雲から片手チョップを食らった。

「げふっ」

「行儀の悪い事しない!」

「すみません。で、なに?」

「あ、あの、提督さんはこの後、何をされるんですか?」

途端に提督の表情が曇った。

「・・勉強です」

「はい?」

「叢雲さんに、みっちり、日がな一日、提督としての心得を教わる事になってます」

叢雲が腕組みして深く頷いたのを見て、神通は絶句した。

どうやら本当の事らしい。

「が、頑張って・・くださいね」

「おう」

再び叢雲から片手チョップが飛んだ。

「だらしない返事しない!」

「すいません!」

神通は天を仰いだ。ああ神様、ここは本当に鎮守府なのでしょうか?

別の意味で全く安心出来ないのですけれど!

 

「油断しましたね、次発装填済です」

神通は海の上では人が変わる。

程なく班員達からそう言われるようになった。

鎮守府の中では丁寧な物腰と大丈夫かなと心配になるくらい気弱な所がある。

だが、海の上に出ると、

「神通、いきます」

と出発する辺りから顔つきが変わり、キッと水平線を見つめるようになる。

最初こそ不安定な成果だったが、

「練度が足りません。皆さん、もう少し訓練に励みましょう」

と班員に提案。班員が頷くと、

「良かった。そう仰ってくれると思って、メニューはこういう形にして頂きました」

といって、皆の顔色が変わるような過酷なメニューを提示した。

だがそれは、班員自身に課された練習ではなく、神通がこなす練習量を見たからである。

おかげで現在、神通率いる第3班は驚異的な速度で成長を遂げていた。

今日は鎮守府内実弾演習の日である。

神通達の相手役を引き受けた天龍は、練度の低い暁と雷を左右のやや後方に従えた。

神通達が双眼鏡で粒のように見えたとき、天龍は迷わず二人に発射命令を下した。

「ってー!」

「暁!お前は敵速度を速く計算しがちだから抑えろ!二人はもう1回撃て!」

「解ってるわよ!やあっ!」

そして天龍は、そっとインカムをつまんだ。

 

天龍達からの魚雷が長月に着弾し、大破判定が出た時、神通は悔しさに顔を歪めた。

敵は3人しか見えなかったのに、なぜか最初に2発魚雷が来た後、遅れて2発来た。

後から来るのは1発だと思い、最後の1発への対応が遅れたのだ。

「長月、ごめんなさい。仇は討ちます」

神通の傍に居た菊月はぞくりとした。

言葉遣いこそ丁寧なままだが、その目は明らかに殺気立っていたからだ。

「こちらも雷撃で行きます。時間差応戦開始!」

 

「げっ・・ちっ、いい腕じゃねぇか、褒めてやるよ」

天龍は慎重に魚雷を避け続けていたが、変則的な魚雷攻撃をかわし切れず中破判定が出た。

日は暮れ始め、まもなく水平線に日が沈むところだった。

「ね、ねぇ、私達はもう魚雷を使いきったわよ、後は主砲が2発だけよ」

暁は不安げにそういったが、天龍は言った。

「奴らを料理するのは俺達じゃねぇ。ほら、しっかり4隻に見えるように航行し続けろ」

 

「・・・・」

電はそっと手元の時計を見た。

打ち合わせた時刻になった。

見つからない為にここに潜んでいたが蚊がうっとうしい。

出られて嬉しいのです。

電はそっと岩陰から双眼鏡を構えた。まさに計画通りの位置だ。

電はくすくす笑った。

「電の本気を、見るのです」

 

「んなっ!?」

大破、そして停船命令を受けた神通は、大混乱に陥っていた。

天龍達とはT字戦、それもこちらが有利な形を追撃の果てにようやく取った所だった。

そして次発装填済の魚雷を狙い澄まして撃ちこもうとした瞬間、被弾。

大破判定を受けてしまった以上、指示も出来ず沈黙するしかない。

同じように大混乱の中で次々無力化していく如月達を見て、神通は悔し涙をこぼすばかりだった。

なぜだ。敵は4隻とも右側面に居るはずなのに!

 

「えっと、神通さん達第3班は4人大破、2人が小破」

「・・・」

「天龍ちゃん達は天龍ちゃんだけ中破、他は無傷ね~」

「おい、今、だけってのを妙に強調しただろ」

「気のせいよ~」

提督と叢雲は、天龍と龍田のやり取りをへっと笑いながら聞いていた。

もう慣れっこだからである。

 




誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


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エピソード15

龍田は天龍をしれっと受け流しつつ続けた。

「今回のMVPは電ちゃんね。1人で3人大破させたんですもの~」

電は腕組みしながら答えた。

「出来れば全員沈めたかったのです」

龍田は肩をすくめた。

「電ちゃんの魚雷術は恐ろしいレベルね~」

そこまで黙っていた神通だったが、がばりと電を向くと、

「あっ!あのっ!」

「なのです?」

「恥を忍んで伺います!今回の戦術は、どのようなものだったのでしょうか!教えてください!」

提督が頷いた。

「そうだね。有効な戦術なんだから皆で共有しても良いかもね」

天龍はにやっと笑った。

「仕方ねぇなぁ。よっく耳かっぽじって聞けよ?」

「は、はい」

「う・・そんな泣かなくても良いじゃねぇか・・冗談だって、良いか」

「・・」

「俺と、雷と、暁の役割は、4隻揃って行動してるって見せかけ続ける事だったんだ」

「え?」

「あー、海図借りるぜ提督」

「良いよ、応接スペースで広げてくれ」

提督は演習海域の海図を手に、応接スペースに移動。

天龍達、神通達も応接テーブルをぐるりと取り囲んだのである。

天龍は続けた。

「・・えっとな、演習が始まった直後、電は俺達と別れて、こう進んで、ここに留まった」

神通は呆気に取られた。

「い、岩場じゃ・・ないですか」

「そうだぜ。で、俺達は魚雷を撃つ時は暁と雷に2発ずつ撃たせ、必ず4本単位で撃った」

「あ、だから時差が」

「それは半分は時差狙いもあったけどな。で、俺は常に横っ腹を見せ続け、暁と雷を前後させた」

「は、はい。ですから私は、天龍さんの影にもう1隻居ると思ったんです」

「だな。で、俺達は日暮れ、夜戦判定ギリギリまで逃げ回ると同時に」

「はい。反撃せずに逃げ回られたので追うのが大変でした」

「その時に丁度、電に対して神通達がT字不利になるように位置を取ったんだ」

そういって天龍は、自分達と神通達の配置を描いた。

「あ、ああ」

神通はガクガクと震え出した。ようやく油断した天龍達を追い詰めたと思ったのは・・

「時間的にもギリギリ、神通達が俺達に対してT字有利なら、俺達しか見ずに撃つだろ」

「は、はい」

「そこに神通達に対して一人だけT字有利となった電が、至近距離から魚雷を狙い澄まして撃ったのさ」

神通は目を瞑って天を見上げた。全て天龍の手のひらの上だったのだ。

如月が溜息交じりに言った。

「本当に、戦術の教科書が全然通じないわね」

菊月が続いた。

「ああ。ここで言ってもなんだが、我々は他鎮守府との戦いではそれなりに勝っているんだがな」

提督が頷いた。

「この前は重巡メインの艦隊に勝って来たよね」

「うむ。それくらい神通の指揮は的確なのだ」

神通はびくりとして菊月を見た。

「で、でも、今日はこんなに惨敗を喫してしまいました。すみません」

「いや、旗艦1人で背負うべき責ではない」

三日月が言った。

「そうですよ!私達は4隻居るって全員信じて疑わなかったです。それは自分で見て判断した事です」

「み、皆さん・・」

提督が口を開いた。

「神通、確かに艦隊は旗艦の指示で動くけど、私は1度も旗艦が全責任を負えと言った事は無いよ」

「で、ですが」

「じゃあ勝った時の手柄は旗艦だけのものかい?」

「違います!皆のおかげです!」

「なら負けた時もそうだよね。いま私が神通に期待してるのは、自分を責める事じゃないよ」

「え、あの・・」

「こういう戦術を取られた時の対策を皆で決めて欲しいのが1つ」

「・・」

「そしていつか、天龍達をぎゃふんと言わせる策を皆で編み出してほしいと言うのが1つ、だ」

「・・」

「如月達とそれだけ強い絆を結べた神通なら、出来るんじゃないかな?」

「えっ?」

神通は提督を見返した後、恐る恐る如月達を見た。

「あ、あの、私をまだ信じてくださるんですか?」

如月が頷いた。

「負けっぱなしの趣味は無いし、神通さんを信じてるわ」

長月は真っ直ぐ神通を見返した。

「無論だ。神通の指導があってこそ我々はこの練度になれたのだからな」

皐月がニッと笑った。

「あったりまえじゃん!ボク達のボスなんだからね!」

三日月が拳を握った。

「やられたらやりかえす!ですよ!」

菊月が頷いた。

「結論は出たであろう、神通。3班で今晩から作戦会議だ」

神通はポロポロと涙をこぼしながら、

「はい・・はい。不肖ながら、神通、もう1度頑張ります!」

提督は頷いた。

「ん。よし。皆お疲れ様。まずは全員ドックでチェックを受けて。補給もしっかりね!」

「はい!」

「あ、電は残ってね。じゃ解散!」

「なのです?」

 

皆が出て行った後、取り残された電は叢雲と提督を交互に見た。

「あ、あの」

「さて、電さん」

「はいなのです」

「MVPの人には副賞を用意する事にしました」

「!」

「何がいいかな?あんまり高いのはカンベンしてね・・」

電はしばらく迷っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「あっ、あのっ!」

 

そして夕食時。

天龍は傍らの電の目の前で手をひらひらと振った。

「おーい電、メシ冷めちまうぞ?」

だが電はぽやーんとした目のまま、

「えへへ、えへへへ」

と笑うのみであった。

天龍は叢雲を見た。

「なぁ叢雲、なんなんだこれ?」

叢雲は溜息をついて肩をすくめた。

「提督が、MVPの子には副賞を出すけど何が良いって聞いたのよ」

「あー、今日は電だったもんな。で?」

「電は提督に、頭を撫でて欲しいってリクエストしたのよ」

ピクリ。

文月の味噌汁を啜る手が止まった。

「あー、それで?」

「提督はその通りやってあげたわ。私が隣に居たし、いかがわしい事はしてないわ」

「頭撫でられたからぽへーっとしてんのか?」

「ま、そういう事ね」

「はー、ま、それなら良いけどよ、それにしても・・」

天龍は電をちらりと見た後、

「幸せそうな顔してやがんなぁ・・」

と言って食事を続けたのである。

 

そして、次の日。

 

「やりました!やってやりましたです!」

「今日の出撃で文月が大活躍したから、新海域を1発で突破出来たんだって?龍田が褒めてたよ」

「本領発揮したのですっ!」

フンフンと鼻息の荒い文月を見て、叢雲はやれやれと肩をすくめた。

提督はそんな叢雲に声をかけた。

「ん?どうしたの叢雲さん」

「なんで文月がそこまで頑張ったと思う?」

「いや、解んないけど」

「ま、本人から聞きなさい」

「OK。じゃあ他の皆はドックでチェック受けてね。で、文月」

「はい!」

「元気良いね・・えと、MVPの子への副賞なんだけど、何が良い?」

文月は満面の笑みを浮かべてこういった。

「膝の上に乗せてもらって、頭を撫でてほしいです!」

「え?あ、別に頭を撫でる事に限定しなくて良いんだよ。ほら、甘いものとかさ」

「頭を!撫でて!欲しいです!」

ずいずいと迫る文月。

提督はふと、叢雲もドックに行った事に気づいた。二人きり、か。

「・・ま、いいか。んじゃえーと、膝の上?」

「膝の上ですっ」

提督がギギッと椅子を引いて机との隙間を開けると、文月は嬉しそうにちょこんと乗った。

「で、頭を撫でるのね?」

「その通りですっ!」

提督は苦笑しながらわしわしと頭を撫で始めた。

「そんなに気に入ったのかい?」

「すっごく嬉しいのです~」

「ふーん」

しばらくそうした後、提督はふと言った。

「何かこうしてると、ちっちゃい娘を愛でる父親の心境になるねえ」

「あははっ、それならお父さんって呼びましょうか~?」

「おー、良いよ良いよ。呼んでみー?」

「えへへ、お父さーん」

「なんだーい?」

「えへへへへー」

頭を撫でられながら文月は思った。

こんな嬉しい記念だから、これからずっとお父さんと呼ぼう、と。

 




1箇所誤字訂正しました。
ご協力ありがとうございます。


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エピソード16

 

数日後。

 

「お父さぁん!」

にこにこして入ってきた文月を待っていたのは提督の機嫌の良い返事ではなく、

「部屋に入るときはノック!それとちゃんと提督って呼びなさい!」

と、いう、叢雲の尖った声だった。

「はぅぅ・・」

提督は腰に手を当て、頭から湯気を立てる叢雲をなだめにかかった。

「ま、まぁまぁ叢雲。呼び方については私が許可してるから」

叢雲は提督をギヌロと睨んだ。

「その呼び方については制限した筈だけど、約束を守れないのかしら?」

そこに文月が恐る恐る反論した。

「い、一応部屋の中でお父さんって言ったけど・・」

叢雲がゆらりと笑った。

「秘書艦の私が居ると解ってて・・無視して提督に直接呼びかけたって事かしら?」

「ひぃいいぃいい」

だが、叢雲は内心溜息をついていた。

 

あの日を境に、文月は何かしらの用事を見つけては提督に会いに来るようになった。

叢雲は秘書艦であり、秘書艦は交渉や何かしらの用があれば部屋を空ける。

なので帰ってみると文月が提督の膝の上に座っているという事が頻発。

提督が文月とお喋りし過ぎて仕事が滞るようになった時、ついに叢雲の堪忍袋の緒が切れた。

「幾らなんでも風紀を乱してるって事ぐらい・・解るわよね?」

どす黒い殺気を漂わせ、腕組みして見下ろす叢雲に、提督と文月は涙目で頷く他に無く。

 

 お父さん呼びは提督室で、提督と文月が二人っきりの時に限る事

 

という約束を(強制的に)させられたのである。

だが、と叢雲は思った。

こっちを制限しておくべきだったかしら。失敗したわ。

そう。

文月が膝の上に座る事を制限する方を忘れてしまったのである。

だから今、文月は提督の膝の上に当然のように座っており、提督は文月の頭を撫でている。

なんというか、仲良し親子を邪魔している叢雲という構図になるので実に居心地が悪いのだ。

だから叢雲は溜息を吐きつつ秘書艦席に戻るのである。

一方。

文月の方もミスを繰り返すような子ではない。

どうしたら現状維持、いや、改善に持っていけるかと必死に考えた。

その結果が、

「あ、お父・・提督、その書類は先月と一緒なので、差分の集計を報告すれば良いんですよ」

「ほうほう、そうか。あれと一緒か」

「です」

「うん、ありがとう文月」

「はい!」

という具合に、文月は大本営からの書類の捌き方を教える事にした。

そして提督とびったり引っ付いているので、

「それはお父・・提督的にはNOですよね?」

「おお、よく解るね。ここまで遠距離の出撃はちょっとまだ控えたいね」

「だとすると、受諾する出撃範囲は・・この海域の辺り・・ここまでですね?」

「そうだね・・うん、それで良いね。文月が居るとはかどるよ~」

「えへへ~」

といった具合に、提督の判断についてもするすると吸収して行ったのである。

叢雲は秘書艦席に座って事務作業をしつつ、イラッとしていた。

どうしてイラッとするのか解っており、それが故に言いに行くのは躊躇われた。

なぜって、

「わ、私も膝の上に座らせなさい!」

とは、この状況において到底言い出せなかったのである。

叢雲はそっと天井を睨んだ。

「お目付け役のポジションは失敗だったわね・・」

最初の間は提督とくっついてあれこれ会話出来たのだが、提督が覚えてしまえばそれきりである。

「文月は上手いポジションを見つけたわよね・・」

そう。

提督と戦略を一緒に考えるというのは、提督がその為に勤務している以上永続的である。

そして傍から見ても仲睦まじい親子にしか見えないほど親密な関係ゆえ、提督も気兼ねせず相談出来る。

叢雲は提督との関係を教える人と教わる人というポジションにしてしまった。

ゆえにそこにあるのは親密さではなく畏敬というか、畏怖の念である。

「はぁーあ・・」

叢雲はへちゃりと秘書艦机に伏した。

「あいつが天然だって事は解ってたし、龍田にTPO弁えろって言われたからよね・・」

そうだ。

このポジションを龍田が今も握っていれば、自分は・・・

いや、と叢雲は眉をひそめる。

文月ほど懐深く飛び込み、屈託の無い笑顔で甘える事が出来るだろうか。

・・到底無理だ。

叢雲が何度目かの深い溜息を吐いた時、提督室のドアがノックされた。

「・・どうぞ」

遠征の帰りにしては早過ぎる気がするわねと思いつつ、叢雲は開いてくるドアに目を向けた。

「あ!」

叢雲の驚いた声を聞いて、提督と文月は棚の影から顔を覗かせた。

「おーい叢雲さん、どうし・・・おや?」

「あ!摩耶さん!」

そこには書類を手に、提督を疑いの目で見る摩耶の姿があったのである。

 

「・・そうか。技術教育を受けてたんだね」

「お、おう」

摩耶が戸惑いつつも返事を返したとき、

「上官に向かって生返事しないの」

と、叢雲が溜息を吐きつつ告げると、

「わ、わりぃ・・出張先でも言われたけどさ、結局直らねぇまま終わっちまった」

摩耶は苦笑しながら返事を返した。

 

技術教育。

 

新米の司令官の支援や特殊な技能を訓練する為の艦娘交流を技術教育、または単に教育という。

メジャーなものは費用負荷軽減の為に大本営にて行い、遠征メニューとして申請する。

摩耶の場合は対空攻撃訓練の為、最初の司令官が熟練鎮守府に頼んで長期出張扱いで行かせたのである。

その為、摩耶は天龍と同じ頃に着任していたが、今日までこの鎮守府に起きた事を知らなかった。

 

叢雲、文月、そして提督から今までの成り行きを全部聞かされた摩耶は机を睨みつけていた。

「あいつ・・だからそんなに抱えたら体壊すぞって言ったのに・・」

叢雲は頷いた。摩耶は口は悪いが面倒見が良く気配り屋だ。

司令官の過労も当然見抜いていたし、お節介を焼いていた事を思い出したのだ。

「・・それに、二人目、三人目の司令官は何なんだよ?ふざけやがって」

提督が継いだ。

「私も仔細は今初めて聞いた部分がある。大本営に伝わってる以上に酷いね」

そういうと、提督は叢雲の頭をそっと撫でた。

「本当に、良く我慢してきたね。よくやった。よくやったよ」

叢雲が感極まって提督にすがり付いて泣き出したので、提督室を静寂が支配した。

摩耶は出された茶を啜りながら、叢雲と文月の二人を交互に見ていたが、やがてポツリと言った。

「なぁ、文月」

「なんですか?」

「最初の司令官や轟沈した艦娘達に・・線香の1本でもやれねぇかな」

その時、すうっと部屋の中に冷たい風が流れた事に摩耶は気がついた。

ふと見ると、文月の目が光を失い、ぼうっとした顔で話し始めた。

「慰霊碑が・・ありますよ」

提督が驚いた様子で文月に問い返した。

「えっ?もうあるのかい?てっきり無いのかと思って、落ち着いたら作ろうかと思ってたんだけど」

「あり・・ますよ」

摩耶は文月の表情に違和感を覚えた。なんていうか、なんかに操られてるような・・・

提督が頷いた。

「よし、それも検討課題としよう。いずれにせよまずは摩耶の帰還を祝わないとね!」

摩耶はぎょっとした顔で提督を見た。

「は?祝い?」

「そうだよ。遠征組は来られないけど、龍田に頼んで美味しい物を作ってもらおう。摩耶、何が良い?」

「あ、アタシはエビフライが・・好きだ」

「よし、じゃあエビフライをメインにしてもらおう。叢雲、伝えてくれるかい?」

「解ったわ」

摩耶が文月に視線を戻すと、いつの間にか文月はうつらうつらと寝入っていた。

摩耶は首を傾げた。さっきのは眠かっただけか?

食堂に向かう途中、叢雲がそっと摩耶に近づいて囁いた。

「あんたにはもう少し説明しておくわ。今夜、寮で」

「え?提督に言わなくていいのか?」

叢雲は目を背けた。

「言えない、のよ。でもアンタには聞く権利があると思うから」

摩耶は黙って頷いた。

 

その晩、歓迎会の席で摩耶の配属は2班と決まった。

摩耶は決定のプロセスをその目で見て唖然としていた。

配属理由は「天龍と仲良しだから」であり、承認時点まで提督は一言も口を挟まなかったからである。

そしてその理由で承認してしまったのである。

摩耶は頬を掻いた。

箸の上げ下げまでガタガタ言わない、か。こんなやり方聞いた事もねぇよ。

 

 



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エピソード17

少々ダークな展開に入ります。



翌朝。

「ふわーぁ・・」

大きな口を開けてあくびをしたのは天龍である。

なぜなら、つい明け方までかかって資源輸送任務をこなしてきた為であり、誰からも文句は言われない。

そう、言われないだけの理由があり、皆も承知しているから。

誰が直前、今、そして次に何をするかという予実表が食堂の近くに掲げられている。

実に小さな事だが、こんな事さえも提督の代になってから実現したのである。

 

では、過去はどうだったかというと。

 

「たるんどる!この馬鹿者め!」

 

あくびしている所を廊下でうっかり司令官に見つかろうものなら大目玉を食らってしまう。

特に2人目の司令官は連帯責任という言葉が大好きで、自分だけではなく、妹の龍田まで罰せられた。

だから天龍はずっと顔をしかめていた。

眠気を隠す為でもあり、理不尽な連帯責任への腹立たしさもあったからである。

そして、その日は訪れた。

 

「ふざけんじゃねぇよ!てめぇが大破した俺達に進撃命令出したからあいつは沈んだんじゃねぇか!」

 

ついに、天龍の堪忍袋の緒が切れたのである。

司令官が平静を装いつつ、ピクピクと眉を動かしながら応じた。

 

「わしのミスだと言うのか天龍?それに、その口のきき方は何だ。随分偉くなったものだな」

「違うってのか!テメェは司令官だろ!」

「そうだ。わしが司令官だ。だからわしの指示に無い被弾を勝手にするお前らが悪いのだ!」

「はぁ!?どんな理屈だよ!戦えって命令したのはテメェだろうが!」

「上官に対する口のきき方すら弁えられない程度の能力だから轟沈事故になる。お前は営倉行きだ」

「だったらテメェも営倉行くんだろうな?進撃命令を出した責任取って!」

「わしは進撃しろと指示しただけだ。沈めとは言っとらん。あぁ、龍田も連帯責任だな」

「なっ!」

 

それまで、叢雲はじっと司令官の隣で控えていたが、

 

「あんた、本気でそう思ってんの?」

 

と、静かに口を開いた。

 

「何か間違ってるかね叢雲?司令官が指令を発する事が間違っとるとでも?」

「詭弁は止めなさい。あの子が轟沈したのはあんたの進撃命令が原因よ」

「進撃を判断する際の情報伝達に問題があったのだろう。轟沈の危険があるとは知らなかった」

「・・私はあんたに状況を全て伝えたわよ。半数以上大破しているし皆の残弾も少ないと」

「知らんね。まったく、折角LV30まで上げてやったのに勝手に沈みおって」

叢雲のこめかみに青筋が浮き上がる。

「・・あげてやった?」

「そうだとも。連日演習部隊に編制して最優先でLVをあげてやったというのに、恩知らずが」

「・・LVをあげる努力をしたのはあの子で、上がったのもあの子。あんたは口先だけで、しかも間違えた」

「わしが指令を発しなければお前らは何一つ出来まい?立場を弁えろ、犬ども」

 

バキッ。

 

叢雲が握りしめていた鉛筆が折れた。

叢雲は今にも司令官に飛びかかろうという天龍の手を取ると、

「じゃ、あんたが招いた成果をあんたが受け取りなさい」

そう言うと、天龍を引きずるようにして司令室を出て行こうとした。

「おい。夜間演習の指令はまだ発しておらんぞ。お前も営倉行きになりたいか!」

司令官はそう言ったが、叢雲は足を止める事無く出て行った。

そして、そのまま通信室に行き、大本営の五十鈴に連絡を取った。

 

「・・あっきれた。轟沈は間違いなく司令官の責任よ。何も間違ってないわ」

「このまま行くと私達は報復としてわざと沈められかねません。だから」

「ええ」

「命令をボイコットする事を許可してください」

「そっ、それ・・は・・」

五十鈴はしばらく返事をしなかった。

通信機のジーという音が空間を支配して、いい加減聞き飽きた頃。

天龍はそっと、マイクをONにした。

「五十鈴、天龍だ」

「・・えぇ」

「俺は水雷戦隊の旗艦として、この責を取って解体でも雷撃処分でも受ける」

「・・・」

「最初の司令官があれだけ増やしてくれたのに、もう5人まで減っちまった。全員轟沈だ」

「・・・」

「幾らなんでも間違いで済ます限度は越えた。司令官の裁量って言っても無駄死には御免だ」

「・・・」

「頼む。頼むから、こいつら4人だけは、見捨てないで・・くれ・・」

数秒の後、五十鈴は

「解りました。貴方達のボイコットの件、許可します。私から中将と大将に説明します」

「!」

「ただし、扱いは極秘にさせてもらいます。それと、1つだけ約束して」

「何を?」

「司令官を殺したら本当に手に負えない問題になるから、絶対にやっちゃダメよ。解ったわね?」

「・・解った」

「司令官の処分は出来るだけ早く決める。だから、それまでボイコットしておいて」

「じゃあ俺達は全命令をボイコットするぜ」

「寮に立てこもって、正面入り口に施錠してなさい。食糧とか忘れずにね」

「そりゃ良いや。あいつのツラなんて見たくねぇからな・・でも、餓死する前に頼むぜ」

 

それから3日後。

 

「司令官、所属艦娘20名を轟沈させた件について上層部会でご説明願います。御同行を」

憲兵10名を従えた憲兵隊長が船でやってきて、ぐだぐだ言い訳を並べる司令官を連行して行った後。

天龍は自室で筆で字をしたためた。

 

「皆すまねぇ、俺が責任を取るぜ」

 

そう書いた紙を、遺書と書いた封筒に入れた。

そっと寮を抜け出した天龍は、司令官の机に叩きつけた。

司令官の机を睨みつけるように見下ろす。

初代司令官は良い奴だったが、この机に突っ伏して死んじまった。

2人目は俺が今葬り去ったようなもんだし、俺もここでこれから自決する。

なぁ、机だか部屋だかに取りついてる悪霊よ、頼むからこれで矛を収めてくれよ。

俺はお前を成仏させる方法なんて知らねェけど、龍田は俺の大切な妹なんだよ。

もう誰も、その手にかけねぇでくれよ。

 

天龍はどっかりと床に胡坐をかいて座ると目を瞑り、刀を首に当てた。

悪ぃな摩耶、帰ってくるまで待つって言った約束は反故にさせてもらうぜ。

だが天龍は、そこで長い事硬直してしまった。

 

・・くそ。

この刀で指先を間違えてちょっと切っただけで超痛かった。

首なんか切ったらどんだけ痛ぇんだろうなぁ・・死ぬ程痛ぇんだろうなぁ。

でも。

仲間を、妹を、守る為に死ぬんだ。犬死よりマシだ。

・・・あーでも、痛ぇんだろうなぁ・・・

もう2度と艦娘にはならねーぞ。

えっと、こう言う時は振りかぶった方が良いのか?それとも刃を押し込む方が良いのか?

やった事ねェから作法なんて知らねぇよ。

やったら死んじまうしよ。

あーもうどうしたら良いんだよ。誰か一番痛くない方法を教えてくれよ!

その時。

 

「あんた何やってるの?」

 

びくりとしつつ、そっと目を開けると、叢雲、龍田、電、文月、そして五十鈴が立っていた。

しまった。真剣に悩み過ぎて入ってきた事にも気づかなかった。

 

「・・あんた、何、やってるの?」

 

刀の柄を握りつつ、叢雲が聞いた事無い程低い声で繰り返す。

「い・・いや、その」

「まさか、自決とか、馬鹿な事、考えて、ないでしょう、ね?」

ゆっくりと、圧力を加えるように1単語ずつ叢雲は言いながら、恐ろしい力で天龍から刀をもぎとる。

刀を奪われた天龍は気まずそうに床を睨みながら言った。

「・・・だ、だってよ、誰か責任取らなきゃこんな大事収まらねぇだろ」

天龍を見下ろしながら五十鈴は言った。

「あなたが自害する方が更に大事になって大本営としては迷惑なんですけど」

 

 





前書きに警告を入れてみました。
え?雑?私は元々雑ですよ?


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エピソード18

バツの悪そうな目を向ける天龍に、五十鈴は続けた。

「今回の件、一切表沙汰には出来ないの。司令官を挿げ替える事も、20名も轟沈した事もね」

「えっ?」

「だから、次の司令官には、最初から居なかったと伝えてある」

「・・・」

「貴方達の記憶やLVに対する初期化作業もしないわ」

「・・俺達だけで、20人も弔えって言うのかよ」

「そうよ。それとも記憶を失ってLV1になるほうが楽ならそうするけど」

「いや、俺は死ぬまであいつらを忘れねぇ。忘れたくねぇ」

五十鈴は叢雲達を見たが、その目の色を見て更に訊ねる事はしなかった。

「叢雲秘書艦」

「・・ええ」

「3人目の司令官は10日後に着任です。それまでに準備を終えてください」

叢雲は五十鈴を見た。

「・・10日後?」

「ええ、通常は3日後だけど、これは大本営の都合よ。時間があいてしまう事は詫びるわ」

叢雲がすぐに意図に気付いて頭を下げたので、五十鈴は頷きながら続けた。

「あと、中将から預かり物があるわ」

「・・中将から?」

「ええ。この場で読んで、燃やしてくれるかしら?」

叢雲は封を受け取ると、中の便箋を取り出した。

 

 叢雲秘書艦、鎮守府の艦娘諸君

 海軍を代表し、司令官の愚行と、多数の犠牲者を出した事を深くお詫び申し上げる。

 本来ならば大将と共に参上し、皆に伏して詫びねばならない事態である。

 しかしながら諸事情により、この紙に全てを託さねばならない事を許して欲しい。

 同封したのは私と大将からの花代である。せめて一花、献上させて頂きたい。

 

封筒には分厚い札束が入っていた。

「龍田達に手紙を見せても良いかしら?」

「ええ」

叢雲は封筒の中を見ながら呟いた。

「・・とっても不毛な話だけど」

五十鈴は叢雲に向きつつ答えた

「ええ」

「・・このお金を返すから、あの子達を返して欲しいわ」

「そうね。あの男を司令官として任命したのも、ここに送ったのも、私達大本営」

「・・」

「中将も大将も許されるとは思ってないし、そういう意味のお金ではない事は解ってあげて」

「解ってるわ・・解ってる。けれど、あの子達はもう帰ってこない」

「そうね」

しばらくの沈黙ののち、最後に手紙を読んだ文月から返された叢雲は五十鈴を見据えて言った。

「今度の司令官は、大丈夫なんでしょうね」

五十鈴は悲しげに目を伏せた。

「二人目だって、私達は慎重に検討したわ。だから、もう・・約束できない」

「・・正直ね」

五十鈴がぽたぽたと涙をこぼしながら言った。

「私だって・・私だって、こんな事、こっ、こんなふざけた事、許されて良い筈が無いと思う」

「・・」

「皆返してあげたい。司令官は殺しても飽き足らない。なのに皆は沈み、司令官は異動するだけ」

「・・」

「中将も今回の事件には椅子を蹴飛ばす位怒ってた。だけど、だけど、これしかなかった」

「・・」

「ごめん、なさい・・ごめんなさい・・」

叢雲は静かに手紙に火をつけると、灰皿に落とした。

天龍は天井を睨んでいた。

なぁ、人間は確かに俺達軍艦を作ってくれたが、救う価値があるのか?

誰か教えてくれよ。

 

過去の出来事を頭を振って追い出した天龍は、あくびを噛み殺しながら考え込んだ。

あの日の事が妙に鮮明に思い出される。

なんか遠征から帰って来て以来、眠いのにもやもやして眠れない。

もやもやが次第に大きくなる気がする。

「・・あーもう!ウダウダしててもしょうがねぇや!聞いてくっか!」

そういって提督棟に歩いていった。

 

だが、天龍は提督室の前でしばらく躊躇していた。

暁達が増えて出撃や遠征の報告は頻繁にしているが、個人的な相談は初めてだからだ。

ぎゅっと目を瞑り、意を決してノックする。

「どうぞ」

叢雲の声に、天龍はそっとドアを開けた。

「あー叢雲、・・・提督、居るか?」

「居るわよ」

「叢雲、提督、邪魔するぜ」

ひょいと顔を覗かせた提督は意外そうな顔をした。

「良いけど・・今は徹夜明けだろ?寝なくて良いのかい?」

そう。

予実表と同じ物が提督室の壁にも掲げられており、叢雲が更新している。

天龍は部屋に入りつつ思った。

全く同じ部屋なのに、中に誰が居るかで全然印象が違うもんだな、と。

「あぁ。ちょっと聞きたい事があってよ」

提督は再び書類に目を落とし、応接コーナーを指差しながら言った。

「そうか。じゃあそっちにかけてなさい。あ、叢雲、お茶を」

天龍は目を剥いた。

「・・は?」

「これを判断したらすぐ行くよ、そんなに待たせないから」

天龍は提督の机の前まで来た後、少し動揺しながら言った。

「い、いや、ここで話すぜ?」

提督はひょいと書類から目をあげると

「なんで?立って話せるような短い用件なの?」

 

 報告事項がある場合は、司令官の前で直立不動の姿にて話すべし

 

それが当たり前だと過去三人の司令官は言ってたんだけど・・そっか。

今はもう、あいつらは居ねぇからな。

怪訝な顔になる提督に天龍は手を振ると、

「あ、いや、それなりにかかるから、座っとくぜ」

そう言ってどっかりと腰を掛けた天龍の後頭部に激痛が走った。

「痛ってぇ!」

振り向くと湯飲みが3つ乗った盆を持った叢雲がジト目で見ていた。

「な、なにすんだよ!今わざと盆ぶつけただろ!?」

天龍の抗議に叢雲は涼しい顔で答えた。

「いくら座って待てと言われようと、みっともない座り方は止めなさい」

「ぐ・・」

渋々膝を揃えて座りなおす天龍を横目に、やってきた提督は叢雲に言った。

「まぁまぁ、叢雲さん。今日はその辺で」

「ふん。甘すぎるとつけ上がられるわよ?」

「心しておくよ。で、話ってのは何だい?」

天龍はすっと息を吸い、まっすぐ提督を見た。

だが、数秒ですぐに目を伏せると、はぁと息も吐いてしまった。

「・・どうしたの?」

首を傾げる提督を上目遣いでそっと見上げた天龍は、

「あ、あの、さ、提督」

「ほいよん?」

ゴン!

空の盆の角が提督の頭に直撃した。

勿論叢雲が持っている。

「い・・ったい・・です・・叢雲さん」

「間抜けな返事をしない」

「す、すいま・・せん」

天龍は呆気にとられた。完璧に叢雲の方が支配的立場だ。

だから思わず天龍は言葉にしてしまった。

「提督は、ここで20人も沈められたって事、知ってるか?」

その途端、叢雲は無言ながら殺意を持った目で天龍を睨みつけた。

 

天龍!あんた極秘事項なのに口を滑らせたわね!?

 

だが、提督は頷くと、

「・・ああ。ボイコットの本当の理由だったそうだね」

と言ったので、叢雲はぐきりと提督に振り返った。

「な、何でその事を知ってるのよ!この前の説明からも省いたのに!」

「赴任前、中将から極秘事項として聞いたからね」

天龍は机に目を落とした。

「そう、か」

「だから君達が、私を信じて良いか物凄く迷うのも無理は無いと思うんだよ」

「・・ごめんな、提督。俺はさ、提督が凄く良くしてくれてるのも解ってるんだ」

「・・」

「だから・・だからこそ、怖いんだよ」

「怖い、か・・」

「俺がこうして夜通し遠征して来てあくびしててもさ、皆仕方ねぇって目で頷いてくれる」

「そりゃそうだ。徹夜明けなんだから」

「でも今までの司令官は予実表なんて作ってくれなかったし、あくびしただけで処罰されたんだ」

「生理現象にあれこれ言っても仕方ないだろうに」

天龍は俯いたままこくんと頷いた。

「当たり前の事を当たり前に言えるってだけでも、すげぇ進歩なんだよ」

「・・」

「俺達は、いや、俺は、立て続けに2人の司令官に裏切られたって、思ってる」

「実際そうだと思うよ?」

天龍はそっと窺うように提督を見た。

段々強くなるもやもやのせいで意識が飛びそうだ。

くそ、何言いたかったか解んなくなってきたぜ。

 




解り難かったので2箇所訂正しました。
すいません。


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エピソード19

 

天龍はいつの間にかぼうっとしつつ、言葉を続けた。

「今日は2人目の、司令官を追い出した日で・・あいつらの命日って事にした日・・なんだ」

「そうか。今日だったのか」

「なぁ・・提督」

「ん?」

「あいつらに・・一言、挨拶して・・くれないか?」

「そういえば昨日、慰霊碑があるって聞いたな。どこにあるんだい?」

「・・演習林の・・奥に・・ある」

叢雲は何か変だと思っていたが、妙に考えがまとまらなかった。

そして提督の声で考えは中断された。

「よし。叢雲さん」

「なに?」

「仏前に供える花束を買ってきてくれないかな。1対で」

「良いわ・・待ってなさい」

叢雲が出て行った後、天龍は提督と向かい合って茶を飲んだ。

ちょっともやもやが治まったが、さっき俺は何を言ったんだ?

はっきり思い出せねぇ。

くそ、眠くて仕方ねえ。何か喋ってないと寝ちまいそうだ。

ええと、何を言えば良いんだ?

やがて、天龍はぽつりと提督に言った。

「本人にこんな事言っても意味ねぇって解るけどさ」

「うん」

「提督は、俺達を裏切らないでくれよ。これ以上されたら、俺はもう、人間を信じられなくなっちまう」

提督は頷いた後、視線を逸らしながら話し始めた。

「・・今から言うのは、独り言だよ」

「ん?」

「例の司令官の現在なんだが」

天龍は目線を床に逸らした。もやもやが再び強くなる気がした。

「・・あぁ、窓際でヒマしてるのか?別の鎮守府で問題起こしたか?」

「確かに窓際に居るけど、先週から鉄格子のついた病室に行ったらしいよ」

天龍はふいっと提督を見上げた。

「は?どういう事だよ」

「五十鈴さんが例の司令官を送った異動先は、大本営資料室だそうだ」

「・・あんまり聞いた事ねェな」

「大本営の図書館は知ってるだろう?」

「・・た、たしか」

「まぁ良いよ。その図書館の地下にその部屋はあって、室長はヴェールヌイ相談役だ」

「!」

天龍がピクリとしたのをちらりと見て、提督は再び視線を逸らした。

「そう。あの、ヴェールヌイ相談役だ」

 

ヴェールヌイ相談役。

 

大本営の中でごく少数しか居ない駆逐艦娘の1人である。

大将とケッコンカッコカリをした雷と同期であり、この戦いの最初期からの生き残り。

表で活躍し続けている雷とは異なり、その存在や行動はほとんど明らかにされていない。

明らかにされている事は、ロシアで大改造を受けた最初の艦娘だ、という事だけである。

天龍は眉をひそめながら訊ねた。

「艦娘どころか大本営の中でも上から数えた方が早いお偉いさんだよな?」

「そうだね。大本営が持つ膨大な戦いの記録を全てその頭に収めてるお方だね」

「そんな所でぬくぬく・・え?じゃあなんで病院送りなんだ?」

「ヴェールヌイ相談役は五十鈴さんから何も聞かされずに司令官を預かって欲しいと頼まれたそうだ」

「・・あぁ」

「だが、どこかの間抜けな事務官がね、中将から聞いた話をうっかり全部喋っちゃったらしいんだ」

天龍はあの日の五十鈴の憤懣やるかたない表情を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ。

「・・う、うっかり?」

提督は頷いた。

「そう。資料を借りに行って相談役とばったり会ったらしくてね。話し込んでいたら、つい、うっかり、だそうだ」

「・・それで?」

「相談役はその時はそうかと仰っただけだったそうなんだが」

「あ、ああ」

「次の日から例の司令官は、ずっと、資料の移動を命じられたそうだ」

天龍が怪訝な顔をした。

「・・資料の、移動?」

「そう。第1資料室にある資料を配置を違えずに第2資料室に移動する」

「あ、あぁ」

「次の日は第2資料室に移動した資料を同じく配置を違えずに第1資料室に戻す」

天龍がますます首を傾げた。

「それで?」

「後は延々とその繰り返しだったそうだよ。毎日、毎日」

「そんなの適当に運んだってバレねぇだろ?」

「相談役は全ての資料の保管位置をご存知だから、1冊間違える毎に鞭打ち1回だったらしい」

「う、うわぁ・・」

「1箇所でも間違えれば鞭打ち。終わらなくても鞭打ち。完成させても翌日には全て元通り」

「・・・」

「まぁそれで3週間ももったんだから、よく耐えたほうだよ」

「な、なぁ提督」

「うん?」

「その仕事に何の意味があるんだ?」

「何も無いだろうけど・・見方を変えれば」

「変えれば?」

「極めて高い確率で・・作業者を発狂させられる事くらいかな」

天龍は遠くを見ながらにいっと笑う提督を見て、どっと冷や汗が出た。

そうだ。

ヴェールヌイ相談役は「ロシアで」改造を受けた。

そして、その艤装を使いこなすまで、かなり長い事滞在していた筈。

ヴェールヌイ相談役の、ずば抜けた記憶力。

まさか・・

「あ、あのさ、提督」

「うん?」

「ま、まさかその作業って・・ロシア式の・・」

提督は頷いた。

「拷問だね。本場では泥地に穴を掘っては埋めさせるんだけど」

「つ、つ、つまり相談役は・・・」

「どこかの事務官がうっかり話しちゃった内容をそれはそれはお怒りになったという事だろうね」

天龍はごくりと唾を飲んだ。

さっきから提督は、やけに「うっかり」に力を込める。

だが、強調すればするほどうっかりとは思えなくなってくる。

さらに、さっきから他人事のように話しているが、どう考えてもその事務官は提督に決まってる。

「あ、あの、さ、提督・・」

「うん」

「提督自身はさ、その、ど、どう・・思ってんだ?」

「20人も・・沈めてくれやがった事?」

低い声でむわりと殺気立つ提督に天龍は手を振った。

提督が本気で怒ったら怖いかもしれない。

「あ、も、もう良い、充分解ったよ・・」

「そう?あ、そうだ。天龍」

「な、なんだよ?」

「この独り言は最高機密だ。聞いちゃったのは仕方ないとしても、他の人には秘密ね」

「へ?」

「他の人に漏らしたら相談役から手紙が来るよ。2ヶ月バイトしなさいって」

「に、2ヶ月?」

「まぁ、そんな長い間持ちこたえられないと思うけどね」

「持ちこたえる!?」

「うん」

天龍はゆらりと自分を見た提督の目にぞわぞわと鳥肌が立った。

まるで光が無い、死神の目だ。

そもそも、ロシア式の拷問はとにかく酷い事で知られている。

「そ、その、バイトって」

提督がニッと笑った。

「もちろん、資料の移動だね」

天龍がのけぞった瞬間。

 

ガチャリ!

 

天龍はその音を聞いて椅子から5cmは飛び上ると、がばりと床に手を着き、

「ひぃぃいぃぃぃぃいぃ!お、おお、お助けを、お助けを、お助けをぉおぉ・・・」

と、入口に向かって土下座したのである。

 

「・・・は?何言ってるのよあんた」

 

涙目で見上げた天龍の目に写ったのは、ぽかんとして2つの花束を抱えた叢雲だった。

 

事情を聞いた叢雲は溜息を吐くと今にも泣きそうな顔の天龍に向き直った。

「天龍」

「な、なんだよ」

「あの司令官が軍の精神病院に入院したのは本当。その直前にヴェールヌイ相談役の部下だった事も本当」

「・・・」

「そこまでは公式な情報として、つい最近流れてきたわ」

「あ、ああ」

「その他に提督から聞いた事があるのなら・・」

天龍はごくりと唾を飲んで叢雲の言葉を待った。

「私達と、龍田以外には言わない方が良いわね」

「む、叢雲も、聞いたのかよ?」

「ええ。龍田のネットワークから断片的に入ってきて、提督が補足してまとめたのよ」

「じゃ、じゃあその、資料の移動ってのは・・」

「・・本当の話よ」

「じ、事務官がうっかり喋ったってのは・・」

提督が天龍にゆらりと向き直った。

「そうらしいよ・・随分間抜けだよねぇ。あぁ、どこの事務官かは知らないんだけどね?」

天龍はぞくぞくしながら叢雲を見ると、叢雲は冷たい笑みを含みながら、

「そうよ・・うっかりは誰にでもあるわ」

天龍はガチガチと震えながら叢雲に訊ねた。

「バッ、バババババイトの話は?」

「バイト?」

「うっかり喋っちまったら相談役から死のバイトしろって召集の手紙が来るって言う・・」

「あぁ、そんな事は無いわよ」

天龍は心底ほっとした顔を見せた。

「そ、そうか」

だが、叢雲はニイッと笑った。

「相談役を困らせるような事をしたら、雷様がその日の真夜中に粛清に来て、跡形も残さず始末されるわ」

提督もニイッと笑った。

「あぁ、そっちの方が確実だね」

「でしょう?あの雷様よ」

「そうだったそうだった。はっはっは」

「おほほほ」

もう言葉も出せず、涙目で提督と叢雲を交互に見続ける天龍に、叢雲は言った。

「ま、それくらい、その情報の取り扱いは慎重になさいって事」

「お、おう」

「じゃ、墓前に報告に行きましょうか。龍田達にも声をかけておくわ」

提督達についていきながら天龍は思った。

良かった。

なんとかチビらずに済んだ。

 

 



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エピソード20

シュッ・・シュッ・・パシュウゥゥゥゥ・・・

慰霊碑は岩を削って作られており、見上げるほど大きなものだった。

周囲はうっそうとした木々に囲まれており、どことなくうすら寒い場所だった。

持参した竹箒で慰霊碑やその周りを掃き清めた後、提督はマッチを擦って火を起こした。

その火から蝋燭へ、蝋燭から線香へと火をつけた。

3人で頭を下げて黙祷していると、

「あら~、提督も来てたの~?」

振り向いた先に居たのは龍田、電、文月、そして摩耶であった。

 

「・・轟沈は、事故でも、事件でも、とても嫌なものだ」

提督がそっと、慰霊碑に向かって語りかけた。

「幾つもの鎮守府で、沢山の轟沈を見て来たけど、一番やってはいけない事だと思う」

天龍達も慰霊碑を見上げた。

「あぁ。残された側も、ほんと、辛くてたまんねぇ・・」

「どうにかして、根本的に轟沈する可能性が無い方向にしていきたいね」

龍田が提督に訊ねた。

「・・どうやるの~?」

「正直、今は全く見当もつかないけど、いつか実現したい。それが、私が出来る弔いだと思う」

「随分時間がかかりそうね~」

「かかっても、やる。・・・そうだね、決めた!」

首を傾げる面々に提督は向き直って言った。

「轟沈がありえない運用を目指す!これをうちの鎮守府の目標とする!皆、力を貸してくれ!」

天龍達はくすっと笑った後、

「はい!」

そう、声を揃えた。

すると。

「!」

慰霊碑がまばゆいばかりの光を放ち始め、提督達は思わず目を瞑った。

電はその時、確かに耳にした。

「お願い・・必ずやり遂げてね」

という、小さな、優しい声を。

やがて光が失せた後、提督達はそっと目を開けた。

すると慰霊碑はそこに無く、空気は爽やかになり、あちこちから日が差す普通の森になっていた。

「あ・・れ・・う、うそだろ・・え?」

天龍は血走った目で刀を構えたまま、くるくると周囲を見ている。

どちらかと言うと警戒というより怯えきっている感じだが。

文月はぽかんと口を開けたまま呆然としているし、摩耶も文月の頭に手をやったまま動かない。

電だけは微笑みながら頷いていた。

提督が叢雲に訊ねた。

「な、なぁ・・この慰霊碑って誰が作ったの?」

「えっ?」

「・・だって自然には出来ないでしょ?」

「そ、そうなんだけど・・」

互いに目線をかわしつつ考え込む龍田と叢雲に、提督は首を傾げた。

「ま、引き上げようか」

摩耶は昨日の文月の様子を思い返し、ぶるっと寒気がした。

いや、まさかそんな。

だけど、それ以外になんて説明すりゃ良いんだ?

ぞわぞわ来る寒気から気を紛らわせる為、摩耶は天龍に声をかけた。

「おい、何してんだよ。置いてくぜ?」

天龍が涙目で飛んできた。

「う、うわ、止めてくれ!一人にするなよぉお!」

「そんなにガッシリ掴んでくるな。痛ぇって!」

摩耶は天龍を叱りながら思った。

あぁ、やっぱり天龍が居るとラクだな~

 

「は?わしはそんなもん作っとらんぞ」

道中、工廠長かなという結論になった面々は、あっさり工廠長から否定された。

提督は重ねて訊ねた。

「慰霊碑はいつからあったんです?」

「そもそもそんな慰霊碑なんぞ知らんぞ?」

「えっ?」

「えっ?」

提督は首を捻りながら天龍に向き直った。

「な、なあ、ずっと墓参りしてたんだろ?いつからだ?」

「そ、それがさ・・なんか記憶が曖昧なんだよ・・」

「え?だって、司令官を追い出した日なんだろ?」

天龍は手で額を押さえながら言った。

「いや、それが、よく考えたら月も日も違うし、あの時俺達は花を海に流したんだよ」

「え?」

「だって最初の司令官が亡くなった事も含めて秘匿事項だから、外から葬儀屋とか石屋呼ぶわけにもいかねぇし」

「となると、慰霊碑を外部に発注したって可能性も・・」

「ねぇよ。外には一切言ってねぇ」

提督はごくりと唾を飲んだ。

「だ、だとしたら・・え?じゃああれはなんだったの?」

沈黙の中で頭の中で思いをめぐらせ、1つの結論に達した面々は、すうっと青ざめた。

他に説明しようが無い。

オイルの切れたロボットのようにグギギと首を回しつつ、天龍は龍田に話しかけた。

「た、たた、龍田」

珍しく青ざめた龍田が目だけ動かして天龍を見る。

「な、なに?天龍ちゃん」

「も、もしあの時、提督があぁ言わなくて、い、慰霊碑が光らなかったら・・」

「ず、ずっと・・お参りを続けるだけで・・済んだら良い方だったかもね」

「そ、それってさ・・つまりさ・・」

「あ、あの子達の・・怨・・」

工廠長はポリポリと頬を掻いた。

「なんにせよ、消えたのなら満足したという事じゃろうよ」

工廠長の言葉にいち早く飛びついたのは文月だった。

「そ、そうですよね!」

天龍は胸を押さえながら言った。

「良かった・・まじで良かった・・お化けは勘弁だぜ」

電が頷いた。

「命を奪う事はとっても怖い事なのです」

摩耶は電に訊ねた。

「お、お前は、なんか怖がってねえよな。さっきのあれ、どう思うんだよ・・」

「きっと皆、提督がどんな人か心配だったのです。そしてお話を聞いて納得してくれたのです」

提督は頷いた。

「轟沈がありえない運用を目指す。うん、いつか、何とか実現したいね」

電は提督にとことこと近寄り、言った。

「まずは、深海棲艦の皆さんに話を聞きたいのです!」

「話し合いで事態が解決出来たら理想的だしね。他にも色々考えて行こう!」

「はいなのです!」

工廠長は苦笑した。

そんな方法があったらとうの昔に大本営がやってそうじゃがの。

まぁ、この提督なら、あるいは・・いや、持ち上げすぎかの。

そして海原を見て言った。

「第2艦隊・・神通達が帰ってきたのぅ」

提督達もつられて海原を見た。

神通達の後ろには見た事も無いほどに妖しくも美しい、夕日と赤紫に染まった空があった。

「西方浄土、とはよく言ったものじゃの」

提督達は大きく手を振った。

気づいた神通達もスピードを上げ、手を振りかえした。

「よし、今日の夕食時に皆に目標の事を話そう!」

提督はニコッと笑って頷いた。

摩耶は提督の隣に立って話しかけた。

「ならさ、この鎮守府に着任する奴にハッキリさせといたほうが良いぜ」

「何を?」

「この鎮守府が他所とは明らかに違う道を進むって事をさ」

「歓迎会の時に言ったように、ちゃんと説明してるけど?」

「あーいや、もうちょっと、何て言うのかな。根本的に違うんだって理解出来るような」

「んー・・」

「一発でデカいインパクトを与えられるようなものねぇか?ここならではでさ」

龍田が微笑んだ。

「あらぁ、ピッタリの物があるじゃないですか~」

提督と摩耶は龍田を見た。

 

翌日。

 

「こ、ここ、こりゃ確かにここならではだし、一発で思い知るけどよ・・・」

摩耶は20mの飛び込み台で歯を食いしばりながら下を見た。

洒落にならねぇ。

なんでバンジーの設備なんて鎮守府にあるんだよ!?

イカレてるとしか思えねぇ。

それに。

「何でアタシがやらなきゃいけねぇんだよぉぉおおお!」

摩耶は思い切り叫んだ後、ぎゅっと目を瞑った。

とほほ、何でこんな事になっちまったんだ。

 

 



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エピソード21

20話じゃ到底収まらなかった模様。



前の晩。

新しい目標を提督が説明した後、龍田が言葉を継いだ。

「私達は、明らかに他の鎮守府のやり方と異なる運命を歩む事になると思うのね~」

「その違いは並大抵のものじゃないし、吹っ切れる事が大事だと思うのね~」

摩耶はうんうんと頷いていた。

龍田は言葉を続けた。

「だから皆で、少なくとも1人1回はバンジージャンプをしてもらおうと思うの~」

摩耶はぎょっとした顔で龍田を見た。

「え?何?バンジージャンプ?」

「そうよ~」

「どこまでやりに行くんだよ?」

「敷地内にあるわよ~?」

神通達が不安そうな表情になる中、摩耶は加速度的に青ざめながら言った。

「な、なぁ、新入りは全員飛ぶとして、あ、アタシはさ」

「最低、1人1回、よ~」

「な、なぁ、重巡はほら、皆より兵装とか重いじゃん。設備痛んだら悪ぃしよ」

「あぁ、大和型戦艦でも耐えられるように作ってあるから心配要らないよ」

摩耶は歯を食いしばった。余計な事言うな提督!

「あらぁ、もしかして摩耶ちゃん、怖気づいちゃったかしら~」

「ふっ!ふざけんな!あ、ああ、アタシは怖くなんかねぇ!」

「そうよね~、天下の対空無双重巡、摩耶ちゃんだもんね~」

「おっ、おう!その通りだぜ!」

「じゃあやった事が無い皆さんは、明日0900時に工廠に集まってね~」

ちくしょう、とんでもない事になっちまったぜ・・

しょぼんとする摩耶の耳元で、天龍がぽつりと言った。

「俺は足がすくんでガタガタ震えたぜ。下から吹き上げてくる風が怖ぇのなんのって・・」

「やっ!やめろ!事前に怖い情報を言うな!聞きたくねえ!」

だが、摩耶がショックを受けたのは電のこの一言だった。

「わ、私達は何回か練習してますし、提督も何度も飛んでいるのです」

「は?」

「え?」

「て、提督も・・やってるのか?」

「はいなのです」

言っちゃ悪いが、艦娘でも何でもないあのオッサンが!?

摩耶は額を手で押さえた。

ダメだ。ここで拒否したら

「あの提督でさえ出来た事を出来なかった残念な艦娘」

という烙印を押されちまう。

摩耶は歯を食いしばった。

ほんっと、余計な事をしやがって、あんの提督野郎!

アタシは高いところが超苦手なのに・・・

苦りきった顔で周囲を見回すと、神通や菊月達3班は興奮気味に話している。

くそ、楽しみだと!?信じられねぇよ。

ふと目を向けると、球磨と多摩が押し黙っている事に気づいた。

摩耶はすすっと近づいて訊ねた。

「な、なぁ、もしかしてお前達・・」

「高い所は苦手だクマ」

「高い所まで登るのは良いけど、飛び降りるのが苦手、にゃ」

摩耶は思わず拳を握った。

お仲間発見!

「よ、よし、明日は3人で順番に飛ぼうぜ」

「なんでにゃ?」

「お、俺も・・苦手なんだ」

球磨と多摩、そして摩耶はガッシリと固い握手を交わしたのである。

 

摩耶は目を開けた。

そして自分が重巡である事を心から呪った。

なぜなら5m下の飛び込み台から、球磨と多摩が不安げに見上げているからである。

 

「は?何でアタシだけ20mなんだよ?」

朝、龍田から渡された資料には、確かに摩耶だけ20m台に行くよう指示されていた。

食って掛かる摩耶に龍田はニコッと笑いながら返した。

「艤装の落下耐性がね、潜水艦、駆逐艦、軽巡、軽空母は15mまで、それ以外は20mなの~」

そりゃないよと口を開きかけた摩耶に、龍田はとどめを刺した。

「提督は20mから何回も飛んでるから、教えてもらう~?」

なん・・ですと・・?

てっきり提督特権か何かを使って5m位から飛び降りてるのかと思ったのに!

一番高いところから飛び降りてるだと!?

くううぅぅ・・ほんと・・ほんっとーに余計な事しやがって提督野郎!

 

「ふえっくしっ!」

 

提督は提督室で大きなくしゃみをした。誰か噂してるのかなあ。

「何?昨日裸で寝たりしたの?」

「してないよそんな事」

「そ。じゃあ今日の勉強を始めるわよ」

「はーい」

「間抜けな返事をしない!」

「はい!」

 

ひゅうぅうぅうぅうう・・・

提督しか使った事が無い20mの飛び込み台で、摩耶は手すりを握り締めていた。

握る力が強すぎて手が真っ白になる程だ。

だが、摩耶はあるものを見つけ、ぷっと吹き出した。

そして、

「よぉし!みなぎってきたぜ!やるぞ!」

と言い、ひょいと宙に身を躍らせたのである。

 

「凄いにゃ!良くあの高さから飛び込んだにゃ!」

「1人で良くスパッと飛び込んだクマ!尊敬したクマ!」

「いやぁ、どうって事ねぇよ。にししっ!」

球磨と多摩にベタ褒めにされつつ、摩耶はニヤリと笑った。

提督の秘密、見ちゃったもんね~

その時。

「やぁ皆、様子を見に来たよ。もし気分が悪くなったりした子はドック行ってね~」

提督が叢雲を従えてやってきたのである。

んふふん。

摩耶はそっと提督の傍に行くと、

「こっわいけど~、しょうがないんだ俺の道~」

と、ぽそりと呟いた。

その途端にカキンと提督が固まり、ギギギと摩耶に向き直ると

「・・・見たね?」

「おう。バッチリな」

「あぁ、そうか。摩耶は20mだもんな」

「おぅ!提督も怖かったんだな~」

そう。

先程摩耶が言ったのは、20m飛び込み台の手すりに提督が書いた落書きである。

握り締めた丁度その位置に書いてあったのである。

そして、それを見た摩耶は勇気100倍で飛び込んだのである。

「当たり前だろ。最初飛んだ時は走馬灯が見えたぞ」

「なんだってバンジーなんか作ったんだよ。前からあったのか?」

「純粋に落下耐性向上というか、訓練の為だよ」

「そんなに荒れた海でも出撃させたいのか?」

「違う。例えば崖っぷちで撃ってから飛び込んで逃げるといった事が出来るようにして欲しいんだ」

「なんでだよ?」

「陸に上がって砲撃するという選択肢を作る為だよ」

「・・艦娘が、だろ?」

「あぁ」

「じゃあ何で提督が20mから落ちる必要があるんだよ」

提督は溜息をつきながら言った。

「龍田さんにやらなきゃ殺すと脅された」

摩耶は額に手を置いた。どういう状況か手に取るように解る。

龍田が殺気だった時の迫力というか押しの強さはハンパじゃないからな。

自分と似たような境遇じゃないかと思い至った時、摩耶は急に提督が可哀想に思えてきた。

「あー、その、災難だったな、提督」

「ありがとう。あれを解ってくれるのは今の所摩耶だけだよ」

「20mは、15mとは違ぇよな」

「ああ。あの2つ目の登り道からが怖いのなんのって」

「マジで崖のてっぺんから落ちる感じだもんな」

「ていうか、崖より更に上の空中から飛ぶ感じしない?」

「そう!そうだよ。だから風が四方八方から吹いてくるんだ!」

「それで微妙に飛び込み台が揺れるだろ?」

「揺れる揺れる!そうそう!」

摩耶は思った。なんだ、提督って結構良い奴じゃん。

自分は快適な部屋に居てあれこれ指図するってのが普通の司令官だ。

でも提督は、ちゃんと自ら足を運び、やれる事はやる。

「なぁ、提督」

「うん?」

「アタシが技術教育で聞いてきた対空兵装の使い方、他の奴らにも教えて良いだろ?」

「勿論だ。対空戦はとても重要だからな。後、出来れば」

「ああん?」

「対空兵器を対空以外にも応用する方法も考えてみてくれないか?」

「対空・・以外に?」

「そう。三式弾で相手の駆逐艦を攻撃するとかさ」

「何でだよ?」

「相手の意表をつけるし、いざという時の選択肢に出来る。メリットは多い」

「それも、轟沈がありえない運用って奴に役立つのか?」

「選択肢が多いほど生き残る率は上がるからね」

摩耶はフンと鼻を鳴らした。

「よぉし、アタシがちゃんと兵器の構造も勉強してきた事を証明してやるぜ!」

「任せたよ」

提督と摩耶は頷きあった。

 



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エピソード22

「・・って感じでどうよ?」

「それは止めた方が良いと思うよ、天龍」

「なに!?どこに問題があるってんだよ」

「ここに潜水艦が居たらどうするんだい?」

「げ」

天龍はガリガリと頭を掻いた。

順応するのが早ぇよ時雨。

 

「戦術意見交換会」

 

4班体制が軌道に乗った頃、提督が提案した会である。

提督が次に攻略する海域を定め、叢雲が大本営から海図や敵の数といった情報を入手してくる。

ここまではどの鎮守府でもやっているが、その後が違う。

全ての艦娘が食堂に集まり、提供された情報を基に戦術を決めていく。

それも各班で決められた制限時間内に各海域の攻略方法を決めた後、どの班の戦略を取るか議論するのである。

提督は議論の時は誰が誰の案に対して発言しても良く、案をその場で改良するのも可であると念を押した。

そして、半日近く食堂に籠って議論し続けても喧嘩にならない工夫も施した。

具体的には、良い発言をした子は提督の前に並べられた美味しそうな甘味類をどれでも1つ取る事を許される。

考えれば甘い物が欲しくなる。美味な甘味が良い事を言えば食べられる。

余計なお喋りをしたり黙っていると、他の人にどんどん取られていってしまう。

もっと言えば地味に提督がつまみ食いしてるので誰も取らなくても減っていく!

更に、良い発言をした子が甘味を堪能しつつ休憩すると、他の子にも発言する機会が回ってくる。

ゆえに全員が白けずに中身の濃い真剣な議論へと参加出来るのである。

 

さて。

 

最初は提督と居た時間の長さというアドバンテージを生かして1班や2班が圧倒的な勝ちを収めていた。

一方、第1回の後は3班や4班のメンバーはへとへとになってしまい、次の日まで寝込んでしまった。

「しょうがねぇな、遠征代わってやるよ」

肩をすくめて天龍達2班が出撃していくのを、申し訳なさそうに神通は見送った。

「これ以上ご迷惑はかけられません。皆で考える事に慣れましょう!」

負けん気の強い3班の面々は神通の言葉に頷き、交換会とは別に自主的な勉強会を実施。

耐性を上げて行った。

一方、4班は

「ねぇ敷波、次に行くこの海域、ここを通るのはどうだろう?」

「えーと・・あ、なるほど、近道出来るんだね。ならこっちもどう?陸路あるけど僅かだし」

「そうだね。そこなら潮流も良いし、燃費が稼げるんじゃないかな」

静かに熟慮する時雨と素直な敷波は、勉強会というより日常会話的に戦術を良く議論するようになり、

「ここで、潜水艦を撒く」

「どうやって・・やる?」

「ここは、魚が沢山居る。だから、あらかじめ魚の餌をばらまいておくの」

「そっ・・か。魚群でソナーをジャミングするのね」

奇想天外な案を生み出す初雪についていける霰というコンビが出来つつあった。

球磨と多摩は

「まぁ言いたい事が言えれば充分クマ」

「今まとまってる戦術でも勝てそうな気がするにゃ」

と、戦術に対してはおっとりした構えだったが、

「提督が陸路の選択肢もありうると言ってる以上、陸戦も訓練メニューに取り入れるクマ!」

「あと、毎朝皆でランニングするにゃ」

と、基礎体力と陸上戦闘訓練を重視した取り組みを行った。

こうして4回目となる今回では3班も4班も最後までバテなくなったのである。

龍田は時雨に次々問われて顔色を失いつつある天龍を見ながら提督に囁いた。

「あっという間に追いついて来たわねぇ、3班も4班も」

「色々な方向から考える癖を身につけてくれれば良いから、交換会は成功だね」

龍田は提督の前にずらりと並ぶ甘味類を見ながら言った。

「じゃあそろそろ賞品的な甘味を減らしても良いかしら。結構費用的に高いのよねぇ」

提督がキリッとした顔で向き直った。

「いえ、それはなりません」

「なぜかしら~?」

「これからも新しく艦娘を迎えますし、考えれば良い事があるという流れを崩してはなりません」

龍田はちらりと提督を見た。

提督が真面目な顔でまともな口調でハキハキ返す時は絶対裏に何か隠している。

ほら、鼻がぴくぴくしてるし、考えてみれば手に持ってるドーナツ、何個目?

龍田は少し考えた後、さらりと言った。

「・・そういえば、そろそろ、ケーキの新商品が出る季節よねぇ」

提督がびくりとしつつ答えた。

「さ・・さぁ・・私はその辺は解りかねましゅが」

やっぱり。

「提督も~、もう少しボロが出ないようにしましょうね~」

「精進致します」

「ただ、提督の言い分も間違ってないから始末が悪いのよねぇ」

横で聞いていた叢雲がぽつりと言った。

「ま、この鎮守府の文化としてしっかり定着するまでは様子を見ましょ」

「うん、甘味は大事な文化だよね」

「そっちじゃなくて考える方よ!」

「甘味だって立派な文化ですよ!?」

叢雲はジト目で提督を見た。

「アンタ・・まさか甘い物食べる機会を増やしたくて交換会思いついたんじゃないでしょうね・・」

「いやいや、そんな事は無いよ。戦う最中にも自然に考えて欲しいからね」

龍田は時雨と二人で対策を議論している天龍に目を向けながら言った。

「そうねぇ。天龍ちゃん達も考えて戦うようになってから被弾率が下がったわねぇ」

叢雲の追撃を逃れようと、提督は龍田の話に大げさに頷き、相槌を打った。

「そうそう」

「遠征でも成功する事が増えたし~」

「そうそう」

「交換会で他の人の考えを聞くのは良い刺激になるし~」

「そうそう」

「会議となれば会議費が使えるから提督も高い甘味をタダで食べられて良い事づくめね~」

頷きかけた提督は頷く寸前になった顔を必死に止めながら答えた。

「そ・・い、いや、何を仰いますかな龍田さん」

危ない危ない。

龍田は普段にこにこしてあまり喋らない。

それゆえに、この鎮守府で一番討議能力が進化している事を忘れそうになる。

そう。こうやって眉一つ動かさずに罠を仕掛けられるくらい。

「あらぁ、違ったかしら~ごめんなさいね~」

ホッと息を吐きつつ提督は答えた。

「ち、違いますよ。やだなぁ龍田さん」

「ところで、そのチョコケーキはそこらで普通に買えるものなのかしら?」

途端に提督が気色ばんだ。

「何を仰います!これは楓銘堂の1日100個限定の貴重なショコラフロマージュですよ!」

「なら、このタルトは?」

「これは洋蜜軒の完全受注生産のミックスベリータルトです!」

「じゃあそっちのチーズケーキは・・」

「これはホテル・ド・キャッスルの有名パティシエが作った話題沸騰中のレアチーズケーキです」

「なら、提督がさっきからパクパク食べてるドーナツは・・」

「アメリカはシカゴから進出してきたファンキードーナッツの今シーズン限・・定・・・」

提督はふと目を上げ、喋り過ぎたと口を手で覆った。

叢雲は氷のような冷たい目で、龍田は我が意を得たりという目で提督を見つめていたからである。

しまった。罠に嵌められた。

大本営仕込みの防衛術すら通じないだと?

叢雲が低い声を発する。

「アンタ・・そんな物こんなに沢山発注してきたの?」

「み、みみみ皆美味しそうに食べてるじゃないですか!」

「だから高かったのね・・請求書、提督に回しましょうか~?」

「勘弁してください龍田様」

叢雲はズビシっと提督を指差しつつ言った。

「次回からこの会の甘味代は提督が半額出す事。良いわね?」

「へっ!?」

「良いわねっ!」

証拠を押さえられてしまった提督は頷く他に無かった。

「・・はい」

叢雲は溜息を吐いた。自分の懐が痛むのだから無茶な買い方はしなくなるだろう。

提督は胸をなでおろした。まあ半額で買えるならよしとしよう。

龍田は目を瞑った。多分次回も変わらない量が並ぶんでしょうね。まぁ費用は半額になったから良いけど。

やり取りを聞いていた艦娘達はごくりと唾を飲み、めいめいの手元を見た。

今まで休憩を兼ねて雑にムシャムシャ食べていた物がそんな高級スイーツだったとは・・・

確かに怒りを忘れる位激ウマだけど。

そもそも提督はどうしてそんなに美味な甘味を知ってるんだろう・・

やがて皆、互いに視線を重ね、へへっと薄笑いを浮かべた後、堰を切ったように手元の甘味をバクバク食べた。

そして提督の前に残るスイーツ達に一瞥をくれた後、一層白熱した討議を始めた。

次回から減るかもしれないのなら、今のうちにまだ食べてない物を堪能しとかないとね!

 



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エピソード23

ふと、文庫本って一冊何文字位なのかなと調べたら、大体10万文字くらいだそうです。
ならば、この話は既に15巻目に突入してるんだなあと感慨深かった冬の夜でした。




龍田は会議費抑制の目的を達したので、ちょこんと元の席に戻った。

龍田が議論に加わると相手を瞬殺してしまうので、討議には参加しない。

ゆえに提督と共に良い発言をした子をピックアップする役を引き受けている。

その報酬として好きな甘味を2個受け取っている。

(うち1個はもちろん天龍にあげ、二人で仲良く食べている)

提督の秘書艦である叢雲も細かな雑用を行っているので積極的には議論に介入しない。

(当日食べられない分、大好きなプレッツェルの大袋を買ってもらう事で帳消しにしている)

ゆえに第1班のメンバーは実質半分しか居ない。

とはいえ。

残るは提督と日常的に戦略を話し合っている文月と、着任初日から提督に単独論戦を挑んだ不知火である。

ここで神通率いる第3班との議論の様子を見てみよう。

神通は説明の最終盤に差し掛かっていた。大丈夫。この案ならいける筈!

「・・そして、この島を回ったら魚雷をこの方向に発射します」

「ふんふん」

「すると敵は魚雷に挟まれる格好になり、停船を試みると思うので、その時にタイミングが合うよう移動します」

「そうですか」

否定的意見が飛んでこないので神通は畳みかけるように一気に説明した。

「わっ、私達はその後、こちらからこう回って、最後の1発を発射し・・敵を撃滅します。えと、あの、以上です」

「なるほど。では不知火から質問です」

神通はごくりと唾を飲み込んだ。質問が早いからだ。

で、でも、議論の練習は沢山してきた。

「は、はい。どうぞ」

「魚雷を計8本撃つ事になりますが、皆様は3連装ですから6本しか積んでいないのでは?」

「いっ、今はそうですが、4連装魚雷に換装する前提です。すみません。説明が抜けました」

文月がにっこりと笑いながら手を挙げた。

「はーい、私からもしつもーん」

「ひっ・・ど、どうぞ」

「4連装魚雷なら、ここで4発目と5発目を同時に撃つ事になりますけど、次発装填分の時差が出ませんか~?」

菊月がしまったという顔になる。つい3連装魚雷の感覚で数えていた!

「ぐっ・・その通り・・だ」

文月の言葉を不知火が海図を指しながら継ぐ。

「ここで挟み込めない場合、次の6発目と7発目を同時に撃っても、こう・・逃げられるのでは?」

「うぐっ」

「でも~、ここで撃つ魚雷の3発目を主砲に変えられますよね~」

「えっ・・あ」

「だとすると、連撃が3発目と4発目、5発目と6発目になるので次発装填の時間が出来ます」

「な、なるほど」

「ただ、それでも連撃2回目の5発目を撃つまでにもう少し時間的余裕が無いと厳しいですよ~」

「うーむ」

「もう1つ、こう行ってからここまで回り込む場合、燃料の残存余裕がかなり少なくなりますね」

「あ」

「確かに回避運動等をし続けたとしても間に合うとは思いますが、もう少し余裕を持ちたいですね」

皐月が眉をひそめた。

「そうだね・・夜戦までもつれ込んだ時を考えると不安だね」

考え込む神通達を、文月はにこにこと、不知火は真面目な目でしばらく見つめた。

やがて知恵熱でふらふらになった神通が呟いた。

「・・すみません。降参です」

文月が首を傾げながら言った。

「残存燃料との兼ね合いを考えた場合、ここで停船して、島を挟んだ敵に島影から主砲を撃ってはどうでしょう?」

菊月が上目遣いに文月を見た。

「・・島影から撃つのでは敵に当たったかどうか解らないのではないか?」

「そうですね。ですから島のこっちからこっち、敵の進行方向後方から前方に向かって、順番に撃って行くんです~」

「へ?」

不知火が続けた。

「途中で当たれば良し、当たらなくても目の前に追い出せますから至近距離から魚雷で仕留めれば良い」

如月が頷いた。

「主砲は単に島影から追い出す為のフェイクなのね」

「はい。3発目を主砲に変えればこの時点で丁度4本魚雷を撃ってるので、主砲で追い詰めつつ次発装填しておけます」

「なるほどな」

「とするとここから出てきた敵に2発まとめて撃ちこめますから、当たる確率もアップです~」

菊月は海図を睨んでいたが、はっとしたように手を挙げた。

「ま、待て。砲撃の移動が敵速度より早い場合、島のこちら側から出て来ず、こちらから出て来るかもしれないぞ?」

「お~、そうですね~」

「だっ、だから・・ええと・・そうだ、2手に分けてそれぞれに向けておくというのはどうだ?」

「1隻当たりは1ヶ所を睨んでおけば良いように、ですね?」

「そうだ」

文月は納得したように頷いた。

「なるほど~」

「その方がより対処能力は上がりますね。良い改造です」

不知火はそう言って、菊月を見てにこっと笑った。

菊月はバクバク鳴る自分の心臓を押さえた。この二人に論戦を挑むのは戦闘よりキツイ。

おかげで随分出撃時に冷静でいられるようになった。プレッシャーへの訓練にはなるが心臓には良くないな。

龍田は興味深そうに文月と不知火を見た。

この子達、まるで互いの考えが解るかのように自然に交互に話してるわね。

姉妹艦だとたまにあうんの呼吸ってパターンがあるようだけど、珍しいわね。

 

こうして、会はまとめの時間を迎えた。

「じゃ、次回の海域での戦術は、以上3プランでやってみようと思う。ただし毎回言ってるけど」

「全部役立たずかもしれないから出撃以降もちゃんと見て考えろ、だろ?」

「その通りだ天龍。皆も良いかな?」

「はい!」

「ん、よし。では最後にMVPの発表です」

 

そう。

提督は出撃や遠征以外の、こういう討議の場でもMVPを選出する。

それは必ずしも最も優秀な案を出した子とは限らず、

「今日は菊月さ~ん」

菊月は目を白黒させた。

「なっ?!わっ、私か?」

「文月達のプランの問題点を指摘し、短時間できちんと対策も打てたよね。そういうことです」

「あ・・でも・・案としてはほとんど文月達の物だぞ」

「うん。文月達の案は良いものだけど、文月達の実力に対する期待値通りとも言える」

「・・」

「対して菊月は私の期待以上の活躍をした、という点を評価したよ。次からも期待しているよ」

菊月はポッと頬を染めながら俯いた。

「そ、そう、か・・」

「だから菊月は終わった後ちょっと残ってね」

提督は皆に向きながら続けた。

「皆、それぞれ成長速度は違うけど、随分進歩してきたし、議論も活発になってきた。大変良い事だと思う」

「・・」

「神通」

「は、はい」

「植物と動物の差はなんだと思う?」

「え、えーと、酸素を作れるか否か、でしょうか」

「それも正解。他にあるかな?」

「え、あの・・」

「うん。後は自ら考えて移動できるか否か、という事があるよね」

「はい」

「我々は考えるからこそその考えに従って動く事が出来る。だから考える事は命を守る事でもあるんだ」

「・・指示書に従うという事もあるかと思いますが?」

「そうだね。内容を見て、従っても良いだろうと考えた結果、従うのなら良いよ」

「あ」

「絶対に盲目的に従う事だけはしないで欲しい。命令そのものが間違ってる可能性だってあるからね」

「・・・」

「だって・・」

提督はすっと自分を指差した。

「私がいつもいつも100%正しい事を言ってるように見える?」

皆が声を揃えて言った。

「全く見えません!」

「・・うん、良い返事で涙が出るね。だから、指示書は絶対正しいなんて信じないでね。ちゃんと考えてね!」

「解りました!」

摩耶はポリポリと頬を掻いた。

こんな事、他の司令官が聞いたら卒倒すんだろうな・・・

多摩は深い溜息を吐いた。

他鎮守府の子と演習後に話したけど、訓練も実戦も命令通りするだけだって言ってたにゃ。

こんなに真剣に考え続ける事を命じられる鎮守府ってここだけのような気がするにゃ・・

 

 



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エピソード24

 

片付けの済んだ食堂で、菊月、提督、そして叢雲の3人が居残っていた。

提督は菊月を見ながらゆっくり話し始めた。

「さて、菊月さん」

「うむ」

「MVPおめでとう。希望する物、あるいは事を聞かせてくれるかな?」

「・・・あ、あの」

「うん」

菊月はしばらくもじもじしていたが、やがて顔を上げて言った。

「提督は・・私達を大事にしてくれる」

「そうあろうとしているよ」

「今でも十分そうだ。だから、その、まだここに着任していない姉妹達も、呼んでやりたい」

「・・そっか」

「最近、Lv上げを兼ねて他の鎮守府の子達と演習をする事も多いのだが」

「うん」

「も、もちろん演習相手だからというのもあると思うが、その、目が、楽しそうじゃないんだ・・」

「というと?」

「なんというか、感情を押さえてると言うか、諦めているような感じなのだ」

「・・・ロボットみたい?」

「そ、そこまで無感情ではない。一応会話は成立するし礼儀も正しい。だが」

「だが?」

「さっき提督が言った、指示書を完璧に信じ、死の選択すら躊躇わないような気がするのだ」

「・・・」

「別に具体的な証拠や事例がある訳じゃないから考え過ぎかもしれない。でも、楽しそうには見えないんだ・・」

「なるほどね」

「私達は姉妹艦が多い。だから全員となると鎮守府の負担が増えるのも解る。で、でも」

「出撃の時に出会ったり、建造した結果来てくれたら、なるべく置くようにしよう。それで良いかな?」

「あ、あぁ。それで良い。もちろん、重なってしまったら仕方ない」

「うん。ローカルルールだけど、そこはごめんね」

「い、いや、良い。ルールはルールだ。気にしないでくれ」

「解った。それはそれで良いんだけど、すぐ叶えられる物ではないから副賞っぽくないね」

「・・え?」

「他に何かない?」

「・・提督」

「うん」

「大事にされていると実感出来る日々こそ何よりの褒美だ。深く感謝してるし、これ以上何も望まぬ」

菊月はそう言って、にこりと笑った。

提督は頷いた。

「・・うん。今後も君達一人一人に適切な運用を目指していくよ。約束する」

笑顔で握手する菊月と提督を見ながら叢雲は思った。

菊月って本当にストイックよね・・本当にあの文月の姉妹なのかしら?

 

こうして、皆で考えたプランを第1艦隊になった子達が出撃で実践し。

その結果をフィードバックし、戦術や必要な訓練を皆で考えてまとめる。

まとめた内容を提督に説明し、承認をもらった上で再び実施する。

出撃に必要な資源から遠征を割り出し、各班に命じるのも、文月と提督が相談して決めていった。

そんなある日。

「よし、ドックでチェックしてダメージ1でもきちんと治してね。お疲れ様!」

いつもの通り提督がそう言って第1艦隊の皆が出て行った後、文月は提督に訊ねた。

「お父さん」

「なんだい、文月?」

「ダメージ1でも入渠というのは趣味だってお父さんは言ってましたけど、本当の目的はなんですか?」

提督は文月を見返してふうむと考えながら言った。

「ショッキングな話だけど、それでも聞きたい?興味本位で聞く話じゃないよ」

「解りました。でも興味本位じゃないので聞きたいです!」

「他の子にはナイショ。守れるかな?文月」

「はい」

「解った。結論的には入渠を当たり前にして、修理する事を恥ずかしくない事だと思ってもらう為だよ」

「恥ずかしくない・・事?」

「天龍なんかは最初、簡単な修理をするのも艦隊から外す事と同義にとらえて凄く嫌がったんだ」

「はい」

「でも、事実として、駆逐艦や軽巡の耐久力はそれほど高くない」

「・・そうですね」

「戦艦の1のダメージは2%未満だが、駆逐艦の1のダメージは下手すれば8%近い。2で16%だ」

「はい」

「戦艦の4倍の速さで傷つくと考えれば、ダメージコントロールはよりシビアになるべきだよね」

「そうですね」

「もう1つ。どうも深海棲艦は、破損している艦娘に集中砲火する傾向があるらしい」

「集中・・砲火?」

「うん。ダメージ0の子に比べて、ダメージ1以上の子の被弾率は格段に上がるんだよ」

「え・・」

「ほら、鮫って怪我した人間の僅かな血を察知して襲ってくるって言うじゃない」

「は・・はい」

「だからダメージを0にして、集中砲火される確率を減らしたいんだよ」

「どうしてそれを皆に内緒にするんですか?とっても大事な事ですよ?」

「それを聞いたら怖くならない?特に戦闘中に被弾した場合」

「・・あ」

「深海棲艦達が寄ってたかって撃ってくるなんて思ったら、結構怖いと思うんだよ」

「・・・」

「だから内緒にしてるんだよ」

砲撃でダメージを食らった自分に次々と深海棲艦が群がってくる絵図。

文月は想像し、ふるるっと身震いした。

「あーほら、言わんこっちゃない。怖くなったでしょ~?」

「・・ごめんなさい、お父さん」

文月がひしと抱き付いて来たので、提督はぽんぽんと背中を撫でた。

「だから、ダメージ0で出撃しなさいというのは私の趣味。そういう事にしてるんだよ」

文月はこくんと頷きながら思った。

お父さんは自分が批判される事と引き換えに、艦娘達が怯える事を防ぎつつ対策を打ったのだ、と。

他にも色々、お父さんは策を打っているのだろう。

「・・ありがとう、お父さん」

「気にしなくて良いよ」

提督は文月の震えが収まるまで、ずっと優しく背中を撫でていた。

 

「アンタ、どんな悪い事したの?」

「は?」

叢雲が1枚の紙を手に提督の前に仁王立ちした時、提督はきょとんと首を傾げた。

「でなきゃこんな指示が来る訳無いじゃない」

そう言いつつ叢雲が見せたのは、大本営への出頭命令だったのである。

提督はぴしゃりと額を叩きながら言った。

「あーしまった!もう3ヶ月か」

「どういう事よ?」

「あー、私が来た経緯は説明したでしょ、叢雲さんには」

「ええ」

「経緯を聞かされた時、私はこの鎮守府の騒動を鎮めろとも言われてたんだよ」

「まぁ解るわ。あれだけ荒れに荒れてたらね」

「今となれば100%司令官のせいだって解るけど、赴任前には君達にも疑いはあったんだ」

「そりゃそうでしょうね」

「だから、私の生存確認と経過報告を兼ねて、3ヶ月に1回出頭しろって言われてたんだ。忘れてたよ」

「中将がそう命じたの?」

「いや、大本営の上層部会で決まったらしい」

「ふうん」

「まぁそういう訳だから、一緒に行こうか」

「解ったわ」

大本営から呼び出しがかかった場合、司令官の護衛を兼ねて秘書艦が同行するのが普通である。

「指定時間は・・ありゃ、明日の朝の定期船で行かないと間に合わないね」

「じゃあ夕方までには出張の支度を整えておくわ。日帰りよね?」

「そうだね。持参する書類は私の方で用意するから他の準備を頼む」

「良いわ。任せておきなさい」

叢雲は提督室を出る時、僅かに頬を染めていた。

提督と初めて二人っきりで外出なんて、なかなか悪くないわね。大本営内だけだとしてもね。

叢雲はくすくす笑いながら、出張用の鞄を引っ張り出した。

お土産・・買う時間あるかしら。そもそもお土産売ってるのかしら。

前回は随分前だったから忘れてしまったわ・・

叢雲は大本営の敷地案内図を見ていたが、やがてあっと小さく声をあげた。

 

 



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エピソード25

「・・・今、なんと仰いました?」

「だから、なぜ第3艦隊を使わないんだ?」

ここは、大本営の中将専用執務室。

きょとんとする提督と、首を傾げる中将を見つつ、叢雲はハタと気付いた。

1人目の司令官が死んだその日の朝、確かに川内・神通・那珂の3姉妹が揃って建造出来たのである。

その後の余りのドタバタと、2人目の司令官がその3人を一瞬で轟沈させた。

ゆえに第3艦隊の解放条件を満たしている事に全く気付いていなかったのである。

「えっと、叢雲さん」

そろそろと振り向く提督に叢雲はしょぼんとしながら

「ごめんなさい提督。確かに川内型3姉妹が一瞬だけ揃ったわ。でもクエストを有効にしてなかった気がするのよ」

提督は再び中将を見ると、中将は眉をひそめながら

「時間的に、最初の司令官が有効にしていたと思われる最後のクエストに入っていたよ。だから有効だ」

あの人は・・本当に何も言わなかったから。

叢雲はギュッと目を瞑り、提督の服の裾を掴んだ。

提督はそっと叢雲の頭をぽんぽんと撫でながら言った。

「すみません。我々は第3艦隊が使える事に気付いておりませんでした。帰ったら早速使います」

「それならそれで良い。では、3ヶ月間の状況をかいつまんで報告してもらいたい」

中将は提督にピタリと寄り添う叢雲と、順調な活動内容を聞いてある程度察したが、報告を終えた提督に言った。

「うむ。あと、ちょっと個人的な事で提督と相談したい。すまないが叢雲君、外してもらえるかな?」

叢雲はすぐに内容を察すると、

「解りました。私は外で控えてますから提督の口から直に聞いてください。それから、中将殿」

「うん?」

「その節は、御花代をありがとうございました」

「・・うむ」

叢雲は深々と頭を下げると、そっとドアの向こうに消えた。

提督は中将に向き直った。

「えっと?」

「あぁ。2人目の司令官を異動させた時にな、大将と私の連名で、詫びの手紙と花代を添えて送ったのだよ」

「なるほど。そうでしたか」

中将はジト目で提督を見た。

「もっとも、その司令官も誰かさんが相談役に漏らしたせいで病院送りにされたようだがな」

「うっかり話すとは、間抜けな事務官も居たものですよね」

「・・中将としては眉を顰めねばならんが、個人的には拍手喝采を送りたいね。誰かさんのうっかりとやらに、な」

「そうですか」

中将と提督はニッと笑いあった。

「ところで、叢雲とは仲良くやれているようだが、他の艦娘達とはどうだ?数は増えているようだが」

「私の方針を理解してもらうのに多少時間はかかりましたが、浸透した後は所定の効果は出ていると思います」

「ん?どういうことだね」

「現場経験皆無の私が司令官の真似事をしているのに、きちんと戦果が上がっているのが何よりの証拠です」

中将は苦々しい顔をした。

「本当に艦娘達に一切の戦術を任せているのかね?」

「最終的なプランを聞いて承認するか否かは判断してますが、最近は出撃海域も相談していますよ」

中将は机に肘をつき、手で頬を押さえた。

「信じられん。彼女達は実体化した船魂だぞ?戦術や戦略の思考が出来るのか?」

提督は持って来た鞄から1冊のファイルを取り出した。

「これは、他鎮守府との演習結果ですが・・」

「うむ・・」

「ここまでが艦娘達に考えさせる前、ここからが考えさせた後です」

「異様な勝率の上がり方だな・・Lvや装備はほとんど変化が無いのに・・」

「こちらが出撃結果です。これは報告しておりますが・・」

「うむ。このあたりを境に、格段に被弾率や失敗率が下がっているな」

「はい」

「それでは・・司令官に求められる仕事は一体何なんだ?」

「まだ完全には掴んでおりませんが・・」

「現時点の結論で良い」

「恐らくですが、大まかな方針を決め、艦娘それぞれの状態管理を行い、そして・・」

「そして?」

「人間を信じて良いものであると認識して貰う為、実の娘のように大事にする、という事でしょうか」

「それでは出撃させられなくなるのではないか?」

「確かに被弾報告を聞くとゾッとしますが、どのように大事にするかという事を明確に言えばそうなります」

中将は両手で頭を抱えながら言った。

「それは、他の司令官達には到底言えんよ・・」

「ならばせめて、人間と同じように大切にする、と・・」

「そうではない。大事にしろ、会話をきちんとしろと言えば必ず情が出る」

「もちろん。それが大事だと思いますので」

「情の移った艦娘達に武器を持たせて出撃命令をかけられる程、神経の太い司令官ばかりではないのだよ」

「しかし、事実として出撃させている訳ですから・・」

「・・提督」

「はい」

「民間人司令官の採用が始まっている事は知っているな?」

「ええ。私の着任とほぼ同時期でしたね」

「現時点で500人採用したが、既に23名も去っている」

「え?」

「仕事が面倒だとか、反対勢力にうんざりしたとかいう例もあるが、一番の原因は」

「は、はい」

「・・育てた艦娘達をもう傷つけたくないといって、ノイローゼになってしまうんだよ」

提督は腕を組んだ。

元々司令官の任務は書類仕事のみならず調整も多いので、基本的にハードワークである。

そして、軍艦が丹精込めて作られたからか、その船魂である艦娘達はいずれ劣らぬ美少女揃いである。

年端もいかぬ子達を何度も傷つけたくないというのは解らなくも無いと提督は思った。

中将は紙巻煙草に火をつけた。

「提督の言う事は解る。味方に対して高圧的にブラック労働を強いる司令官は害悪でしかない」

「はい」

「それは面接なり、着任後の評判で弾き出していくしかないんだが・・」

「はい」

「大事にしろというと、ますます廃人になる司令官が増えてしまいかねん・・」

「・・・」

「さらにいえば、つい先日の事だが」

「はい」

「艦娘と駆け落ちした司令官が捕まった」

「・・は?」

「秘書艦に一目惚れした司令官が、人間になった元艦娘と鎮守府から脱走したのだよ」

提督は絶句し、中将は深い溜息を吐いた。

「軍人はスパルタ過ぎて艦娘に不評だからと民間から採用した結果がこれだ。もうどうして良いやら解らん」

「その・・中将殿」

「うん?」

「大変なお仕事をなさってますね」

「・・提督」

「はい」

「そっちが順調なら、半年くらいで切り上げて戻ってこないかね?」

「今のお話から察するに、戻った後は至らない司令官達の教育ですよね」

「そうだな」

「ふんぞり返る軍人か、過保護な司令官達の、ですよね」

「ま、まぁ・・そうだ」

「・・私で、その人達に勝てるとお思いですか?」

「・・・」

中将はジト目で提督を見た。

提督は肩をすくめた。

中将は溜息を吐きながら口を開いた。

「・・無理だな」

「仰る通りです。事務屋風情が何抜かすと罵られるか、ボクもうヤダと言って脱走されるかでしょう」

「それじゃ誰がやってもダメじゃないか・・」

「はい。誰かが短期間やって何とかなる程、人間はそう簡単に変わりませんよ」

「君の人間に対する低評価ぶりは全く変わらんね」

「低評価と言いますか、人間はミスをし、私利私欲に弱く、自分が大事で、3つ子の魂100までなんですよ」

「それじゃ司令官養成幼稚園でも作るかね?」

「なるほど。保母さんに艦娘を混ぜて、子供の頃から艦娘と触れ合わせるのは良いかもしれませんね」

「冗談位解ってくれ」

「おや、良い案だと思ったのですが」

中将は額を押さえながら溜息を吐いた。

「それはもう良い。ところで、あの鎮守府の沈静化は出来そうかな?」

「ええ。軌道修正は行いました」

「乱れた原因は・・なんだったかね?」

「司令官です。3人の司令官それぞれにありましたが、特に2人目が酷いですね」

「最初の司令官もかね?」

「ええ。艦娘に対して余りにも情報を提供せず、一人で抱え込み過ぎた」

「うむ」

「結果として3人の司令官全てから信用されていないと艦娘達は考えたのです」

「うむー」

「あとは、轟沈させられた子達の怨念もあったようですね」

「お、おいおい、オカルト系は881研究班だけにしてくれ」

「残念ながら体験してしまったので、実話です。リポートをご覧になりますか?」

そう言って提督は鞄から封筒を取り出そうとしたが、

「あ、いや、それは、良い・・その類は苦手だ」

「そうですか・・ところで中将殿」

「うん?」

「艦娘達に戦況を聞いてあげる、というのは手軽で効果的です。それがあれば艦娘達は安心する」

「・・・」

「私が申し上げた方便をごり押しすれば海軍の建前は守れるはずですよ」

「艦娘は軍人にあらず、か」

「ええ。そういうことです」

「多少なりともそういう運営に興味のありそうな司令官に指示してみるか・・」

「あと、艦娘達を良く見ると、その性格は軍人タイプではない場合が多いです」

「ドライではない、という事か」

「ええ。割り切るのが苦手で、仲間思いで、あれこれ悩み、泣く」

「・・確かに軍人として生きるのは辛いタイプだな」

「ですから、その配慮は必要かと」

「・・・ややこしいな」

「彼女達が協力してくれるのですから、軍も妥協が必要という事ですよ」

「うむ、よく解った。引き続き頼む。あぁ、これ、頼まれていた書類だ」

「ありがとうございます。ではまた、3ヶ月後に」

一礼して去ろうとする提督に、中将は声をかけた。

「提督」

「はい?」

「命の危険は、感じてない、な?」

提督はにこりと笑った。

「ええ、大丈夫だと思いますよ。それでは」

パタン。

中将は次の煙草に火を付けながら思った。

提督が失踪したり撤退判断をしたら、あの鎮守府は取り潰すつもりだった。

不謹慎極まりないが、提督が1週間もたたずに亡骸になる方に賭けた者まで居た程だ。

だが、提督の話を聞く限り、鎮守府は体制を立て直しているし、実際戦果をあげつつある。

自分でもどうかしていると思ったが、提督を司令官として送る策は正しかったらしい。

「固定観念を捨てよ、か。大将殿が良く仰っているが・・」

中将はふと、司令官育成幼稚園の話を思い出したが、首を振った。

「い、いやいや、ありえん。ありえんよ・・」

 

 



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エピソード26

「話は終わったの?」

中将の部屋を出ると、せわしなく動きのある大本営の廊下で叢雲が待っていた。

「終わったよ。帰りの船の乗船時間まで後どれ位かな?」

「あと2時間・・40分後ね」

「乗船口に30分前集合だったね。じゃあ残り時間はどうしようか」

提督がそういうと、叢雲は途端にもじもじし始めた。

「あ、あ、あのね、提督」

「うん」

「こ、こんなの・・どうかしら?」

叢雲が手渡した紙を見た提督は、

「ほう!ほうほう!これは知らなかった!」

「い、行っても、良いわ、よ」

「よし、うん!十分間に合うね!行こうか!」

そういうと叢雲の手を取り、テクテクと歩き出した。

叢雲は俯き加減に、しかし頬を染めてついていった。

 

「いらっしゃいませ!」

「おお!想像以上じゃないですか!」

「良いわね良いわね・・大本営もなかなかやるわね」

そう。

二人が向かったのは中将の居る棟から徒歩でしばらく行った所にある土産物店である。

今回の提督のように大本営へ呼び出される司令官は日々居るし、逆に大本営の関係者が訪ねていく場合もある。

帰りを待つ部下、あるいは訪問先の懐かしい顔に手土産の一つでも、という事で大本営内に用意されたのだ。

それは気配りという面もあるし、反対勢力の襲撃から軍関係者を護る為という生々しい理由もある。

いずれにせよ、様々な土産が用意されている店内に入った二人は目を輝かせて真っ直ぐ進んでいった。

行先はもちろん、スイーツのコーナーである。

 

そして。

「あっ、叢雲さん叢雲さん」

「なによ!モンブランとスイートポテトまで絞り込んだんだから邪魔しないで!」

「もう出航45分前だよ!移動時間考えたら時間切れだ!」

「走れば10分で行けるわよ!あと3分待ちなさい!」

「両方買ってあげるから!」

「えっ本当?じゃあすみません、モンブランとスイートポテト22個ずつください。この人が払うわ」

「あっ・・1個じゃなくて?」

「皆の分のお土産よ?当然でしょ?」

「くっ・・仕方ない。早く詰めてください!」

店員は支払いを済ませて立ち去る提督達を、必死に笑いをこらえながら見送った。

艦娘を連れてくる司令官は少なからず居るが、交わされる会話は軍人の上下関係であり堅苦しい。

けど、さっきの司令官はあの艦娘の尻に敷かれてるわね。

普通のカップルというか、夫婦みたいで楽しそう。

 

「へー、大本営も洒落た事やってるんだなー」

「僕達全員に土産をくれるのかい?提督、あの、ありがとう」

「ハチミツ!ハチミツ関係のお土産は無かったかクマ!?」

「これが・・モンブラン・・」

「長月、スイートポテト頂戴」

「断固拒否する!」

「レディならこんな大きなモンブランは大口開けて食べる事になるからふさわしくないんじゃない?」

「何言ってるのよ!ちゃんとフォークで切り分けて頂くわ!だから取っちゃダメ!」

「ひ、一人1個はちゃんとあるのです・・喧嘩はダメなのです」

提督は大騒動を遠目に見ながらポリポリと頬を掻いた。

「あー、夕食後まで内緒にしてた方が良かったかなぁ」

叢雲がジト目で提督を見た。

「何言ってるのよ。ちゃんと言わなきゃ勘付いた子達が血みどろの争奪戦をするだけよ?」

「そんなにあっさり嗅ぎ付けるかなあ」

「甘味センサーを甘く見ない方が良いわよ」

「私が来るまで甘味食べた事無かったんじゃないの?」

「無かったわよ。でも1度食べて知ってしまった以上、ね」

「皆大好き甘い物、だね」

「そういう事よ」

「ふむ・・」

提督は周囲を見回すと、ちょいちょいと叢雲の手を引いて歩き始めた。

「なっ、なによ?」

「しーっ」

 

パタン。

提督室に戻ってきた提督は、カチャリと内鍵をかけた。

怪訝な顔をする叢雲を横目に、提督はそっと鞄を開けた。

「まだ皆には内緒だよ」

そう言いながら提督は、そっと書類を取り出した。

「何?」

「じゃーん」

そう言って取り出したのは、

「間宮雇用申請書」

だった。

「えっ?」

「これだけ皆が甘味好きなら間宮さんを雇っても良さそうだなと思ってね」

「今の規模で!?」

「いや、手引きによると最低25人規模は必要なようだから、その時点までは内緒」

「だから内鍵をかけたの?」

「そういう事。下手に漏れたらマズいんでしょ?」

叢雲は溜息を吐いた。

「アタシは甘味センサーを甘く見るなって言ったわよ・・」

「へ?」

叢雲は足音を立てずにさささとドアに近寄ると、素早く開錠してドアを開けた。

「にゃー!?」

「あらー」

「おっ、押さないで!きゃあああ!」

「うわぁあああぁ!」

どどどっと崩れ落ちてきたのは多摩、龍田、雷、摩耶。その後ろには残る面々が苦笑しつつ立っていたのである。

叢雲は肩をすくめた。

「甘味関連の話題を隠すなんて、この鎮守府じゃ無理よ」

だが、ちょっと様子が違うなと思った提督は文月に訊ねた。

「文月、本当に甘味関係の話だと思ったのかい?」

「あ、あの」

「うん」

「お父・・提督と、叢雲さんが、こっそり居なくなったので・・その」

球磨がニヤリと笑った。

「提督室でちゅーでもするのかと思ったクマ!」

叢雲が真っ赤になって腕を振った。

「なっ!何考えてんのよ!そんな事する訳無いでしょ!」

「つまんないクマー」

ようやく起き上がった摩耶が口を開いた。

「いてて・・なぁ提督、間宮さん雇うならマジで資源確保しとかねぇとキツイらしいぜ?」

「そうか。それなら遠征中心に切り替えて資源の備蓄量増やすか・・」

「あと、専用の予算も確保しないといけないらしい。結構高ぇって出張先の秘書艦がこぼしてたんだ」

「財源なぁ・・まぁ定期船が送ってくれる食材は種類が限られてるから、他のを買いたいんだろうなぁ」

「後は調理器具とかも必要なら購入するらしいし、運営維持費が結構かかるらしいぜ」

「向こうではどうやって財源確保してたのさ?」

摩耶はカリカリと頬を掻いた。

「あーその、ヨコナガシ、だ」

「横流し?」

「あぁ。資源をプールしておいて、他の鎮守府が急ぎで欲しいって言ってきたら運んで金を受け取る」

「そういう事か」

「ちなみに元締めは大本営の明石さんだから実質公認状態だけどな」

「ふーん」

提督は腕組みをした後、龍田の方を向いた。

「ねぇ龍田さん」

「なにかしら~?」

「うちらもやろっか」

「横流し出来る程資源余って無いわよ~」

「いやいや、そっちじゃなくて」

「え?じゃあ何?」

「元締め」

全員が一斉に提督を見た。

「そうだなぁ・・えっと、1班の人はこの後予定無かったよね?」

「ええ。出撃は明日だし~」

「ちょっとお話しようか」

 

「えー、おほん。極秘会議に御集まりの皆さんこんにちは」

「提督、何を言ってるの~?」

「こう言うのは雰囲気が大事なんだって!」

「さっさと始めなさいよ」

提督が突拍子もない事を言い出した後。

提督室に残った1班の面々は、ひそひそ声で話し始めた提督にきょとんとした顔で答えたのである。

「解った解った。じゃあえっと、まずはミッションの目的をおさらいするよ」

「間宮さん呼ぶ資金集めをするのでしょう?」

「それも用途の1つではあるけれど、こうした突然の支出に備えた財源を確保するって事にしておこうと思う」

「他に用途があるのですか?」

「摩耶の話からすれば、財源があれば不足資材の緊急購入も可能って事だろ?」

「そうですね」

「鎮守府が危機に陥った時、最後の手段があるのと無いのでは安心感が全く違うからね」

「で、お金を稼ぐ為に元締めをやるのですか?」

「可能なら元締めが一番儲かるからね」

「具体的には何をするのかしら?」

提督は胸を張って答えた。

「全くのノープランです」

龍田達がずずっと横に滑った。

 

 



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エピソード27

龍田がゆらりと刀を持ち上げて薄く笑った。

「これだけ引っ張っておいてノープランなの~?切り落としますよ~」

「だから、一人の頭なんてたかが知れてるって日頃から言ってるじゃないか・・」

「威張れる事じゃないわよ~」

「それはさておき、カネを稼ぐという事はコストに比べて高い収入を得続けるって事だ」

「そうよね~」

「タダ同然で仕入れられて、堂々と物凄く高価で何度も売れれば理想的だけど・・」

「そんな事は多分他がやってるわね~」

「まぁそうだろうけど、誰か何か、商売のネタになるような事に気付いた人はいないかな?」

「どういう事を思い返せば良いんですか?」

「ド汚い話、人が困ってる事を簡単に助けられるなら儲けられる」

「困ってる事ですか?」

「例えば、リンゴの木が沢山あるのに世界で脚立を持ってるのが自分一人なら脚立レンタルで大儲けだ」

「おぉ」

「相手が何かをやりたいのに阻害されていて、かつ、それを私達が出来る事、だ」

「んー」

考え込む面々の中、龍田は何かを思い出したようだった。

「どしたの?龍田さん」

「・・叢雲ちゃん」

「何よ」

「御花代、使って良いかしら~?」

叢雲は少し考えた後、

「・・そうね。最終的にはこの鎮守府の目的達成の為に使うんですものね」

提督はしばらく腕を組んでいたが

「あぁ、そうか。中将と大将がくれた弔いの花代だね」

「ええ、そうよ~」

「幾ら貰ったの?」

軽く聞いた提督に、これまた軽く叢雲が答えた。

「200万コインよ」

提督が啜りかけたコーヒーを吹き出した。

「は、花代に200万コイン!?」

「そうよ。私が受け取って、そのまま預かってるわ」

「まぁ背景を考えると大将殿が用意したんだろうなぁ・・」

龍田は頬杖を突きながら言った。

「幾ら貰ってもあの子達は帰ってこないけどね」

「そうだね。そして花代として貰ったから通常費用やお菓子代としては使いにくかったんだね」

「そういう事よ。かといってお墓とかを外注する訳にもいかなかったし」

「・・うん。轟沈の無い運用を目指す鎮守府の危機に備える基金だから、許してもらえるかもね」

「あくどい稼ぎ方したら罰が当たりそうよね」

「そうだね。後ろ暗い事はナシだね」

「だとすると~、投資関係はどうかしら~?」

「投資?」

「そうよ~、先物取引とか、為替取引とか~」

「龍田は経験あるの?」

「ちょっとだけ~」

提督はしばらく考えた後、ふむと頷くと財布を取り出した。

「よし龍田、ここに10万コインある。これで1ヶ月運用してみてくれるかな」

「お試しね~」

「そういう事。いきなりお花代に手をつけるより気が楽でしょ」

「そうね~、ただ、やるなら本気でやりたいなぁ」

「ん?どういう事?」

「それを御仕事にしたいって事~」

叢雲は眉を顰めた。幾ら自由にという提督でも、艦娘が日がな1日投資に明け暮れるなんて許すかしら?

「よし。じゃあ臨時で龍田を第1班から外す。あ、助手は居るかな?」

「お試しの期間は一人で良いよ~」

「作業するのはどこが良い?自室?それとも他に用意する?」

「んー、ここの1階の空き部屋使っても良いかなぁ」

「あぁ、幾つか空いてるね。角の部屋が広いんじゃないか?ここの下とかさ」

「じゃあそこにさせてもらいますね~」

上機嫌になった龍田を見つつ叢雲は肩をすくめた。提督、凄い事をあっさり認めたわね。

「ん。それなら1か月間はとりあえず龍田だけな。他の3人はどうする?他の班に編入するかい?」

文月が立ち上がった。

「あたしも、何か出来る事が無いか考えてみたいです~」

「んー、じゃあ不知火さんと二人で考えてみる?」

文月は不知火の方を向いた。

「やってみませんか?」

不知火は腕組みしてしばらく考えた後、

「今は何も思いつきませんが、提督の為になるのでしたら」

「決まりですね~」

叢雲は提督を見た。

「となると、アタシは?」

「しばらくは3人の事も心配だから、秘書艦としてここで待機していてくれないかな」

「しょ・・しょうがないわね」

ぶつぶつ呟く叢雲を見ながら、にこりと微笑んだ龍田は言った。

「あら~、1日中提督とくっついていられるわね~」

「ちょ!そ、そういう言い方しないで!」

ムッとした文月が

「あ、あの、相談とか御報告とかは伺っても良いですか?」

「もちろん。極秘だけど仕事として捉えてくれれば良いからね」

「解りました~」

こうして龍田と文月・不知火の3人は、財源確保という任務に就く事になった。

 

そして、1ヶ月後。

 

「というわけで、一回だけ4万コインまで減っちゃったけど、現時点ではプラスになりました~」

「・・・」

提督と叢雲は龍田が持参した日別の収支報告代わりに出された通帳に目が点になっていた。

最初、口座に振り込まれた10万コインは少し増えた後、一気に4万まで下落。

しばらく6万辺りと4万周辺を上下していたが、ある時からぐぐっと上昇していき・・・

「えっと、昨日時点で50万って読み方で良いんだよね?凄い成果だなぁ」

「そうよ~、やっとリズムが掴めて来たの~」

「んー、龍田さん」

「なにかしら?」

「作業的に座りっぱなしじゃない?肩凝りとか腰痛とか出てない?」

「大丈夫よ~、たまに班の子達に頼んで交代してもらってるし~」

「気分転換に演習や遠征かい?まぁ体を動かすには丁度良いかもね」

「いいえ、勿論出撃よ~」

「出撃!?」

「バッサバサ切り落とすとスッキリするわよ~」

提督と叢雲はごくりと唾を飲んだ。光景があまりにも解り易過ぎる。

「あ、あんまり無茶しないようにね」

「班の子達には迷惑がかからないようにしてるから~」

「それは良い心がけだけど、自分自身も大事にね。傷ついたらきちんと修理してるかい?」

「もちろんよ。あと・・文月ちゃん達はどうでした~?」

「そこなんだけどね龍田さん」

「・・やっぱり駄目だった~?」

「民間船の護衛とか幾つかやってみたけど、儲けにならなかったらしいんだよ」

「そっかぁ。護衛って着眼点は良いけど、長距離のタンカーや大型貨物船でも護衛しない限りは赤字よね~」

「タンカーはクエストに入ってるしね」

「大本営も押さえる所は押さえてるって事よね~」

「という状況だけど、どうする?龍田の所で人手が欲しいなら回すし、大丈夫なら班に混ぜるし」

「んー」

龍田はちょっと考えた後、

「あの子達なら頼りになりそうだし、しばらく手を貸してもらっても良いかなぁ?」

「良いよ。文月と不知火も必要なら手伝うと言ってたし」

「じゃあ私達3人はしばらく投資に専念するね~」

「元金として、花代の200万も使って良いよ。ただし追証含めて借金が膨らむ前に手を引いてね」

「解ったわ~、レバレッジは効かせるけど、元金は多い方が助かるわ~」

「ん。じゃあ名目上、龍田が班長で文月と不知火がメンバーで1班という扱いに戻しておくよ」

「当番内容が投資って事~?」

「そうだね。予実上は特命事項って書いておけば良いよ。あとは気分転換や休息も計画してくれるかな?」

「解ったわ。報告は今後も1ヶ月おきで良いかしら?」

「ペースとしてそれで大丈夫かな?」

「そうねぇ。急ぎなら個別に相談するわよ~」

「よし。あと、龍田」

「なぁに?」

「資金調達より龍田達の健康が大事だからな?いざとなれば放り投げて良いし責任は私が取る。のめり込むなよ?」

龍田はくすりと笑うと

「実際に投資をする時間は3時間も無いわ。後はほとんど情報収集だから~」

といったが、提督は目を細めると

「情報収集がどれほど大変かは元の職場で解ってる。触れる情報によってはそれだけで疲れるものだしな」

龍田はぺろりと舌を出した。

「あ・・そうだったわね。誤魔化せないな~」

「良いね?きちんと体調管理や気分転換をするんだよ?LV上げたりするのは二の次で良いからな?約束してくれ」

龍田はくすっと笑うと

「はぁい、解ったわよ~」

そう言いながら部屋を出た。

コツコツと提督棟の階段を降りつつ、龍田は微笑んでいた。

一旦は大損した事を咎められたり、逆に、もっと頑張れとノルマを課される可能性もあった。

気に入らなければ止めようと思っていたのだが、

「2名増員のうえ、念押しされたのが私達の体調管理じゃ、完敗かなぁ」

なんだろう。くすぐったい感じ。

嬉しい・・のかな。

だから・・

「提督の為に、本気出すのも悪くないかなぁ」

そう。

龍田は前から自己資金の一部を使って投資を行っており、今回の収支報告よりよほど良い運用をしていた。

今回通帳に記載された乱高下は全て計画的な物であり、あえて用意したともいえる。

要は大損や大儲けを報告した際に提督がどう反応するか、それを見る為の1ヶ月だったのである。

ガチャ。

龍田は提督棟出口のドアを開けた。

「二人には、情報の収集から手伝ってもらおうかな~」

ぎゅうっと背伸びした龍田は、まっすぐ文月達の寮に向かって歩いていった。

外は綺麗に澄んだ青空だった。

 





全くもって私的な話ですみませんが、母が心筋梗塞で昨夜入院致しました。
書きためた分がまだしばらくはありますが、締めるには幾つか足りない状態です。
ゆえに、リアルの成り行き次第では完結出来ないかもしれません。申し訳ありません。
もし宜しければ、母の早期退院を願って頂ければ嬉しく思います。


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エピソード28

沢山の温かいお気持ちを頂き、心強く思います。
ありがとうございました。

昨日、書き溜めていた分を全て予約投稿分として登録致しました。
少なくとも2月上旬までは毎朝配信出来るようです。
ただし、誤字脱字の訂正対応は遅延するかもしれません。
ご容赦頂きたく、よろしくお願いいたします。




「へ?仕事をくれって・・どういう事ですか?」

「じゃから、暇なんじゃよ」

提督は工廠長からそう言われてもピンと来なかった。

「え、でも、毎日出撃や遠征を3艦隊で行ってるんですから、補給とか修理とか忙しいのでは?」

「いんや、最近は帰って来ても補給のみというケースが多い。補給なんてすぐに済んでしまうからのぅ」

「そんなに被弾率が減りましたか」

「うむ。じゃからその、建造とか、開発とか、オーダーしてくれんかの」

提督のどうしようかという視線を感じた叢雲は、大本営のクエスト一覧を持って来た。

「それなら、この辺りのクエストをやったらどうかしら?」

「・・なるほど、えっと、開発が・・4件、建造が4隻か。報酬も悪くないね」

「この辺りは簡単だから、他の鎮守府では日課としてこなしてる事も多いわね」

「なるほど。工廠長」

「うん?」

「現時点で1日何隻位修理してます?」

「そうさの。大体3隻位かの」

「とすると、このクエストは無理だね。5隻入渠だもんね」

「そうね。ただ、セットしておくのは悪くないわよ」

「なるほどね。建造や開発は練習の効果がある物かな?」

「使い方さえ覚えればそれほど差は無いわよ?」

「それなら毎日叢雲さんがするのも飽きるだろうし、開発や建造は当番制にしよっか」

「そうね。その方が助かるわ。皆の気分転換にもなるでしょうし」

「資源的には毎日実施しても大丈夫かな?」

「それなりに揃って来たから問題無いわよ」

「重なった子は当番の子の近代化改修に当てようか」

「ま、当面はそれで良いでしょうね」

「どういう事?」

「能力的に最大値に達したら改修しても上がらないから勿体ないじゃない」

「そういう事か。じゃあ一番低いLVの子にあげる?」

「それじゃ近代化改修が最低LVだと思い知らされる事になるから止めた方が良いわね」

「なるほど、だから当面は、か」

「そういうこと」

「よし、工廠長、明日から毎日、開発4回、建造4隻をオーダーする事にします」

「操作を行う者は毎日当番で変わり、重なった子は当番者の近代化改修、じゃな」

「その通りです」

「ふむ。それ位のオーダーがあれば育成も出来るのぅ」

「育成・・ですか?」

「うむ。妖精の間でも引退や内部異動はあるからな。技術力の維持向上には適度な実技も必要なのじゃよ」

提督は叢雲がさらさらとペンを走らせて書き上げた指令書に承認印を押しながら答えた。

「なるほど・・ではこれで」

「うむ。確かに。こちらも準備しておくぞい。提督、ありがとう」

「よろしくお願いします。問題があったら相談してください」

「任せておけ・・」

工廠長は去り際、叢雲を見てふふっと笑った。

叢雲はジト目で工廠長を見返した。

「なによ?」

「すっかり一緒に考えるのが当たり前になったな、と思ってのう」

「そうね。それがこの鎮守府のやり方よ」

「・・良かったな、叢雲」

「うっ、うるさいわね。さっさと準備にかかりなさいよ!」

「解った解った。ではの」

工廠長は工廠に向かいながらつらつらと考えていた。

提督と最初に交わした、指示は前日にという事も自然に盛り込まれている。

小さな事じゃが・・約束を覚えてくれているのは嬉しい物じゃの。

叢雲のツンツンぶりは健在だが、不安やイライラした様子は鳴りを潜めとる。

叢雲だけでなく、鎮守府全体の雰囲気が丸くなっている気がするわい。

ふと見ると、摩耶と天龍が芝生に寝転がって談笑していた。

予実表をちらと見る。そうか。2班の遠征は午後からじゃったか。あの二人は相変わらず仲良しじゃの。

「工廠長さん、おはようございます」

声に振り向くと神通達3班が出撃の準備を済ませて並んでいた。

「うむ、おはよう。これから出撃かね?」

「はい!新プランを用意しましたので、今度こそ南西諸島のシーレーンを奪還してきます!」

「精一杯やっといで。傷ついたらすぐに治してやるからの」

「はい!その時はよろしくお願いいたします」

「うむ、気を付けての」

「神通、行きます!」

第3班の出撃を見送った工廠長は、うむと頷いた。

「さて、うちも準備に入るとするかの」

良い雰囲気に貢献するのなら、働き甲斐があるわい。

 

翌日。

「いきなり・・おぬしが当番ときたか・・」

「あぁん?何か文句あんのかよ」

「工具や機械を壊さんでくれよ?」

ジト目の工廠長と、溶接用の盾を構えた妖精達がずらりと対峙する。

その先に居るのは摩耶である。

工廠の入り口に立っただけでこんな対応をされるのには訳がある。

摩耶、そして天龍の二人は特に目的というか、作りたい物を強く意識して開発や建造に臨む。

それ自体は悪くないのだが、失敗ペンギンや別の物が出てくると

「だぁ!もーなんでこんなの出て来るんだよ!要らねぇよ!」

と、手近にある物を蹴り飛ばしたり叩き壊す。建造中の大砲を曲げてしまった事もある。

だから新入りの妖精にはいの一番に

「要注意トリオ」

として教えこまれる。

ちなみにトリオの3人目は不機嫌な時に入渠する事になった叢雲である。

摩耶は溜息を吐いた。

「そんなにビビるなって・・壊さねぇよ」

「何故そう言い切れる」

「提督からもこってり念押しされてるし、レシピを教えてもらったんだよ」

「レシピじゃと?」

「あぁ。まぁその、配合率って奴か?」

「まぁ良いがの。じゃ、最初は開発からじゃな」

「あぁ。えっと・・」

そう言いながら摩耶はポケットからメモを取り出した。

「ふんふん・・えっと、鋼材以外は10で・・鋼材だけ20、だなっと」

バチン。

開発装置から溢れる光が収まると、妖精達が一斉に身構えた。

ペンギンが入ってるのが見えたからだ。

摩耶はメモに一瞥をくれると舌打ちをした。

「ちっ・・ま、成功率5%未満だからな・・」

工廠長が訊ねた。

「ん?どういうことじゃ?」

「提督がさ、アタシが狙ってる装備がどれくらいの割合で開発成功するかって統計資料を見せてくれたんだよ」

工廠長は興味深そうに目を細めた。

「ほぅ。で?」

「この配合で回すのが一番割が良いけど、それでも5%未満の確率でしか成功しねぇんだと」

「なるほどのう」

「だから100回やって5回出れば平均以上だぜって教えてくれたんだよ」

工廠長は頷いた。

成功するのが当たり前、あるいは高い確率だと思ってるのに、失敗すればとてもイライラする。

だが、滅多に当たらんと言われれば、失敗してもまぁそんなもんだと納得出来る。

「期待と実際の補正をした、という事か」

「ん?なんか言ったか工廠長」

「何も。じゃあ次は建造1隻だの」

「よっし!回したいレシピがあるんだ!」

そういうと摩耶は次々と燃料と鋼材を放り込んでいく。

「沢山投入すれば成功するという訳でも無いぞい・・」

「闇雲じゃねぇよ。ちゃんと教えてもらったレシピ通りだって・・よし!入った!」

建造装置に資材を詰め終えると、

「戦艦が来ますように!」

と言いながらボタンを押し込んだ。

工廠長は建造班から作業予定時間を聞いて驚きながら答えた。

「ほう!どうやら戦艦の船魂をお招き出来たようじゃよ。良かったのう」

摩耶はガッツポーズを取って笑った。

「やったなぁ!」

「よしよし、じゃあ次は開発が・・3回、だのう」

摩耶は腕まくりしながら答えた。

「よおっし、みなぎってきたぜ!やるぞっ!」

 



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エピソード29

 

「と、いう訳だぜ提督!」

ふっふんと誇らしげな摩耶が提督室に連れて来たのは、

「伊勢型2番艦の、日向だ。あなたが提督?」

そう。鎮守府初となる戦艦の日向であった。

「うん。こっちが秘書艦の叢雲だ。まずはようこそ我が鎮守府へ。これからよろしく頼みます」

「あ・・」

席を立ってぺこりと頭を下げる提督に少し驚いた様子だったが、

「こちらこそ、よろしく頼む」

そういうと、丁寧に頭を下げた。

「歓迎会は今晩行うとして、摩耶、お手柄だったね。いきなり成功するとは大したもんだ」

「へへん!」

「歓迎会ではエビフライを用意するからね!」

「あは!やった!」

「本当に嬉しそうだね。あ、他の建造はどうだった?」

「あーその、ゴメン。重なっちまった」

「摩耶の近代化改修まで済ませたのかい?」

「いや、先に報告しとこうと思ってさ」

「解った。じゃあ摩耶はお疲れ。近代化改修したら当番終了で良いよ」

「サンキュー提督、改修は助かるぜ!」

日向は足取りも軽やかに出て行く摩耶を見送っていたが、提督の声に振り向いた。

「じゃあまずは鎮守府のルール説明からかな、叢雲さん」

「そうね」

「うむ、旅行から始めるのか?」

提督は手を振った。

「あぁ、そういう意味の無い事は廃止したよ」

 

旅行。

 

鎮守府内を巡回し、施設の場所や重要な担当者などの紹介を、たった1回だけ行う事を指す。

つまり1回案内する間に全部覚えろという事であり、基本的に無理な事である。

ゆえに新人は当然覚えきれずにアタフタする。

それを上官が叱り正す事で上下関係を確固たるものにする口実なのである。

日向は困った顔をした。

「あ、えっと、一度も案内してもらえないのでは、とても困るのだが」

「違う違う。ま、立って話す程の短い話でもないし、そっちにかけててくれないか」

「は?」

「何?」

「そ、そっちというのは・・秘書艦席か?」

「いや、そこの椅子」

「こ、これは・・来賓用の応接スペースではないのか?」

「うちでは会議用に使ってるよ、さ、かけてなさい」

日向は向かいつつ、明らかに今までとは違う雰囲気に戸惑っていた。

そしてぎこちなく応接コーナーの椅子に腰かけた時、提督は叢雲に話しかけた。

「そうだ。叢雲さん、パッケージ1つ持ってきてくれる?」

「解ったわ。待ってなさい」

「えっと、この書類までで中断するか・・・ふむ・・」

日向は椅子に座りながらもじもじしていた。

実は日向は、艦娘として1度轟沈した経験があり、再起、つまり転属を希望していた。

そして順番を待っていたら丁度摩耶が戦艦の建造指令をかけたので、これに応じたのである。

数週間前まで所属していた鎮守府では、艦娘と司令官の関係はもっと鋭い緊張感に包まれていた。

部屋の作りはそう変わらないのだが、戸惑うな。

なんというか、温かいというか・・

「や、お待たせお待たせ」

提督が応接コーナーに来たので、日向はビシリと立って敬礼した。

「そんなに緊張しなくて良いよ・・といっても不慣れだからしょうがないね。座って座って。ん、叢雲、ありがとう」

叢雲は日向の前に大き目の巾着袋を1つ差し出した。

「これは・・」

首を傾げる日向に、叢雲が説明した。

「新しく着任した人に渡す資料とか書類のセットよ。パッケージって呼んでるわ」

「パッケー・・ジ」

「そう。開けて御覧なさい」

「うむ」

日向が開くと、鎮守府の地図やごみの出し方等が書かれた冊子、部屋の鍵、書類の束が1つ入っていた。

「これは貴方の物よ。ただしこの束は表紙にある通り、中身を読んで署名したら、明日の1100時までに返して」

「うむ」

「ちょっと地図を借りるわね。貴方が今居るのはここ。寮がここ、貴方の部屋は大体この辺りよ」

「解った」

「今は少ないから艦種関係なく順番に入ってもらってるけど、今後は棟を分けるから部屋替えもあると思って」

「まぁ、そうなるな」

「今日は夕食時間まで特に用事は無いから、まずは部屋に行って、資料を読んでおいてくれるかしら」

提督は日向に言った。

「資料を読んでいて疑問を感じたり、解らない点があれば艦娘の誰にでも、私にでも遠慮なく確認してくれ」

「なに?」

「解らないまま行動するのはダメ。必ず情報を得て、納得してから動いて欲しい。良いね?」

「わ、解った・・」

「とりあえず、最初だから部屋まで案内してくれるかな、叢雲さん」

「ええ。良いわ。じゃあ日向、行きましょうか」

「あ、あぁ、解った」

日向はガタリと席を立った。

 

「な、なぁ、叢雲」

「なに?」

寮に続く道を歩きながら、日向は叢雲に訊ねた。

「その、私は1ヶ月ほど前まで他の鎮守府にいたのだが」

「・・あー、そういう事ね」

ガチャリと寮の入口ドアを開けながら、叢雲は苦笑した。

「前の鎮守府と余りにも違うから戸惑ってたのね」

「そうだ」

「解るわ。新人の子は比較的早く順応するけど、アタシ達のように普通の流儀を知ってると戸惑うわよね」

「叢雲も、転属したのか?」

「いいえ。私達は提督より前の司令官の頃からここに居るの。そして、彼らは普通の流儀だった」

「・・事情がありそうだな」

「そうね。今夜辺り話すわ。今の時点でアタシからアンタに言える事は1つだけよ」

「なんだ?」

日向に割り当てた部屋の前で叢雲は振り向くと、ニコッと笑った。

「安心なさい。あの提督は信じて良い。それが私達所属艦娘全員の見解よ」

「・・そうか」

「さ、ここがアンタの部屋。鍵貸して」

「これだ」

ガラガラと引き戸を開け、叢雲は中に入って行った。

「今は戦艦は貴方だけだから一人部屋になるわ。タオルとか歯ブラシはこの袋に入ってるわ」

「全部用意してあるのか・・凄いな」

「ま、最初の1回分だけだけどね。後は自分で買いなさい」

「前の鎮守府では、空き時間を見つけては不足分を買いに走っていたがな」

「そうね。それが普通。でもここは、そういう無駄な意地悪をバンバン廃止したわ」

「そうか」

叢雲はポンポンとアメニティの入った袋を叩きながら言った。

「アンタが持ってる巾着も、この袋も、電の発案。着任する子達に渡し忘れが無いようにってね」

「ふむ。良い案だな。電はここでは駆逐艦の班長か何かなのか?」

「いいえ、普通の班員よ」

「なに?それで良く意見が通ったな・・」

「ここは上下関係なく言いたい事が言えるわ。それに」

「それに?」

「すぐ解ると思うけど、とにかく毎日、よく考えて、意見を言うよう促されるわ」

「・・そうなのか?」

「ええ。提督はただ命じられるままに動く事を決して許さない」

「なに?そ、それが普通というか、そうすべきではないのか?」

「ここでは違うの。ま、詳しくはさっきの冊子を読みなさい。歓迎会の前までに読んでおいた方が良いわ」

「解った。早速読ませてもらう」

「じゃあね」

「うむ、案内をありがとう」

叢雲は廊下に出た後、ニッと笑って振り返った。

「一緒にがんばりましょうね!」

パタン。

日向はちゃぶ台の傍に正座すると、部屋を見回した。

4人一部屋の和室で、人数の多い駆逐艦や軽巡向けの部屋である。

つまり。

「一人で生活するには広いな・・まぁ、良いか」

巾着から冊子を取り出し、ペラペラとめくる。かなり細かく書かれている。しっかり読む必要がありそうだ。

「少し喉が渇いたな・・うむ、給湯室があるな。水を汲んで来よう」

その時、アメニティの中にマグカップが入っているのを見つけた。

「・・完璧な配慮だな」

日向はふっと笑うと、マグカップを手に給湯室に向かった。

 



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エピソード30

 

「誰だクマ?」

日向が給湯室の暖簾を分けて入ると、中に居た球磨と出くわした。

日向はすっと敬礼しつつ答えた。

「本日着任した、伊勢型2番艦の日向だ。以後、よろしく頼む」

「クマー!球磨は球磨型1番艦で、ここでは第4班の班長だクマ。よろしくだクマー」

日向は球磨が差し出した手を取って握手しつつ思った。

先輩と後輩が握手するというのも珍しいな。

「で、どうしたんだクマ?給湯室に何か用かクマ?」

「喉が渇いたので水を貰おうと思ってな」

「水?コーヒー飲めば良いクマ」

そう言って球磨が指差したのは、コーヒーサーバーだった。

日向は目を見開いた。

「えっ・・」

「どうしたんだクマ?」

「コーヒーが・・あるのか?」

「提督がこの辺の水はあまり美味しくないからって置いてるクマ」

「ひ、費用は・・どうなってるんだ?」

「誰も払ってないから・・多分提督が払ってるクマ」

「わ、私も・・飲んで良いのか?」

「ご自由にって張り紙がしてあるし、良いと思うクマ」

日向はそっとコーヒーサーバーにマグカップを置き、モカのボタンを押した。

こここっとコーヒーが注がれ、美味しそうな香りが漂う。

「ミルクと砂糖は要るクマ?」

「いや、ブラックで良い。教えてくれてありがとう」

「どういたしましてだクマ・・・あ!」

球磨が大声をあげたので、日向はびくりとなった。

「な、なんだ?」

「日向!提督にもう会ったかクマ?」

「あ、あぁ、会ったが・・」

「歓迎会やるって言ってなかったかクマ?」

「ええと・・」

日向は会話を思い出すと、

「あぁ、確か今夜だと言っていたな」

球磨はガッツポーズを取ると

「食事前に用事が無いのは球磨達4班だけだクマ!やったクマ!買い放題だクマー!」

そう言って部屋を出て行った。

日向はぽかんとして見送った。

買い放題って・・なんだ?

自室に帰った日向は、球磨との会話に首を傾げつつ冊子を広げた。

これは提督や叢雲が言った通り、早い所ここのルールを身に着けた方が良さそうだ。

だが。

「・・・は?」

「え・・ちょっと待て、こ、こんなんで・・良い・・のか?」

いちいち書いてある事が今までと違い過ぎる。

日向は途中で鞄からマーカーペンを取り出すと、最初に戻って読み始めた。

そして時折、きゅいきゅいと印をつけていったのである。

 

「・・・」

日向は一通り冊子に目を通した後、地図を手に鎮守府の中を歩き始めた。

こうして外を歩く分には、普通の鎮守府と変わらないな。

日向は少しホッとしていた。

建造中は2回目の着任という事もあり、それほど困る事は無いだろうと思っていた。

だが、最初の鎮守府とあまりにもかけ離れたルールに却って戸惑ってしまったのだ。

「・・うむ、海は良いな」

港の先までたどり着いた日向は、そこからじっと水平線を見た。

「轟沈がありえない運用を目指し、皆で考え、決めていく、か」

寄せては引いていく波を見つめ、日向はぽつりと呟いた。

「そもそも、敵艦隊は何の為に攻めてくるんだろうな・・・」

前の鎮守府では中堅的存在まで成長していたが、討伐に出かけた先は壮絶な世界だった。

「・・提督は、何か知っているのだろうか」

 

コンコンコン

 

「開いてるわよ」

叢雲は答えつつ、随分早いわねと思った。

このノックの仕方は知らない。となれば1人しか該当者がいない。

もし侵入者なら主砲で実弾かましてあげるけどね。

果たしてドアを開けたのは日向だった。

「失礼する。相談は・・この時間なら良いと書いてあったが、大丈夫か?」

「ええ。丁度提督も一息つく頃よ。そこにおかけなさい」

「すまない」

日向の顔をチラリと見た叢雲は首を傾げた。随分思いつめているように見えたからだ。

「提督、日向が相談だそうよ。コーヒーでもいかが?」

「やぁ、そうだね。あと5枚だし、ちょっと休憩するか。日向の分も頼めるかな」

「待ってなさい」

叢雲が給湯室に向かい、提督は日向に向き合う席に腰かけた。

「冊子はざっとでも読めたかい?」

「あぁ、一応目を通した。何度か読み直さねば覚えきれそうにないが」

「そうだね。旅行はあれをたった1回でやるんだから無茶苦茶だよ」

「旅行はどちらかというと上下関係の認識の儀式だからな」

「うちでは要らないよ。ところで、相談ってのは何だい?」

「うむ・・提督」

「うん」

「深海棲艦達は、何故あのように激しく攻めてくるのであろうか?」

提督はおやっという顔をした。

「という事は、日向さんは・・ええと、転属組か」

「まぁ・・そうなるな」

「どこの海域まで行ったのかな」

「沈んだのは、西の海域だ」

「随分先まで行ってたんだね。私達はようやく南のエリアのシーレーン確保に向けて動き出した所だよ」

「編成表を見たが、重巡1隻に軽巡と駆逐であろう?充分凄いと思うが」

「やっと仕組みが回り始めたから、これから少しずつ仲間を増やしていくよ。あ、ありがとう」

叢雲がかちゃりと二人にコーヒーを置いたので、日向は思い出した。

「そうだ、提督」

「なんだい?」

「寮にコーヒーサーバーがあったのだが、あれの費用は誰が支払っているんだ?」

「私だよ?」

いとも簡単にあっけなく言われたので、日向はぽかんとしてしまった。

「か・・勝手に・・飲んで良いのか?高いんじゃないのか?」

「まぁ安くは無いけど、ここらの水は本当にマズいから」

叢雲は提督を見た。

「忘れてたわ。あのコーヒーサーバーの費用、来月から経費で落とすわ。請求先も切り替えておいたから」

「おや、あの石頭が認めたの?」

「私や文月ではダメだったんだけど、龍田が話したら30分位でカタが付いたわ」

「・・どうやって説得したんだろう」

「聞かない方が身の為よ」

「そうか。じゃあそうさせてもらうよ」

日向は今の会話をどう受け取ったら良いんだろうと静かに考えていた。

「ところで、日向さんの質問だけど」

「あ、あぁ、覚えていたのか」

「もちろん。ただ、私も残念ながらまだ解らないんだけど、知りたいと思ってる重要事項だよ」

「え・・そうなのか?」

「うちの鎮守府では、最終的に轟沈がありえない運用を目指している」

「冊子に書いてあったな」

「その目標を達成するには、自らを鍛えつつ、戦う事を極力減らしていく方向になるんだよ」

「まぁ、そうなるな」

「だとすると、もし応じる深海棲艦が居たら話し合いで済ませると言った事も考えねばならない」

「そっ・・そこまで考えるのか?」

「もちろん。だから私も知りたいし、電は話し合いに応じる深海棲艦が居ないか気にかけてるよ」

「その・・提督は」

「うん」

「電の、あの言葉を叱らなかったのか?」

「あの言葉って?」

「電は必ず、とどめを刺したくない、敵を助けたいと言い出すだろう?」

「あぁ・・まぁ同じ船魂である以上はそうだろうね」

「ほとんどの司令官は一喝するか、一笑に付してしまう。だから電は心を病みやすく扱い辛い艦と言われている」

「んー、そうでもなかったけどなぁ」

「ここではどう扱ったのだ?」

叢雲が肩をすくめた。

「提督はきちんと電の考えを聞いて、戦争の全体論と個の考えの違いを説明した」

「うむ」

「その上で、攻撃態勢に入ってる相手とは戦い、話し合いに応じる場合は話して良いと言ったのよ」

日向は頷いた。

「それなら影響は無いだろうが、電がよくそれで良いと言ったな」

「嫌がってるようには見えないけど・・何か聞いてる?」

「なかなか非戦闘態勢の個体に遭遇しないって嘆いてるけど、もっと頑張って探すと言ってるから大丈夫だと思うわ」

日向は興味深そうに頷いた。

「そうか。最初に話を聞いていたら、こじれる事は無いのか・・」

叢雲は頷いた。

「提督は基本、寄り添うスタンスよ」

「寄り添う?」

「ええ。普通の司令官は対峙して、上から見下ろして命じるでしょ?」

「そうだな」

「でも提督は横に並んで寄り添う位置で話すのよ」

「どういう・・事だ?」

日向は首を傾げた。

 



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エピソード31

30話超えたのに、まだ長門さんの欠片も見えてこない件。



「・・・それで、軍隊として機能するのか?」

日向の戸惑い混じりの質問に、提督は肩をすくめながら叢雲に話しかけた。

「機能してると思うけどね、その辺叢雲さんはどう思ってる?」

「機能してるというか、させてるのよ」

日向は違和感を感じて叢雲に訊ねた。

「させてる?どういう意味だ」

「神通は、提督に任せられない以上、自分達がしっかりしなきゃダメだっていつも言ってるわ」

日向はぎょっとした。そんな司令官失格のような事を言ったらどんなに怒られるか・・・

だが、提督はあっさり頷いた。

「良かった。神通達にもちゃんと浸透してきたようだね」

日向は提督を2度見したが、叢雲はジトリと提督を見返した。

「あんたがバカのふりをしてるのは、私と龍田は解ってるけどね、それも狙いなんでしょ?」

「盲目的にアテにしちゃダメだって思って欲しいんでね」

日向は絞り出すように話し始めた。

「て、提督をアテにしないって・・皆で戦略から考えるっていうのは、本当なのか?」

「本当よ」

「目標とか理念じゃなくて・・現実・・なのか?」

「目標は轟沈させない鎮守府、現実としては皆で考える力を付けつつあるって所かな」

「スタートもゴールも現在位置も全て他の鎮守府と違うな」

「深海棲艦を減らして優秀な艦娘を増やすって大命題をどうクリアするかは一緒。ルートが違うだけだよ」

「・・」

「日向さん」

「なんだ?」

「だから私は、日向さんが何の為に深海棲艦が攻めてくるか考える事を一切制限しない」

「あ・・」

「ついでに言えば、電も似た方向性だから、協力出来る事があるなら協力して欲しいな」

「・・」

「何が目的への最短ルートか解らない以上、思いつく事は試しておきたいからね」

「解らないから、直接あいつらに聞く方法を考えよ、か」

「その通り。まずは深海棲艦の文化に対する興味を持ち続けてくれれば、それで良いよ」

「それで良いのか?」

「何か発見があれば報告してくれればいい。もし日向なりの答えを見つけられたら教えて欲しい」

「・・そうか」

「私からはこれくらいしか言えない。答えになってなくて悪いけど」

「前の司令官には、何を弱気になっているんだと叱られたから、あとは黙っていたんだ」

「そうか・・」

「うむ。叢雲、寄り添うという意味、よく解った。その通りだな」

「飲み込みが早いわね」

「答えは見つかってないが、随分と気が晴れた。ありがとう、提督」

「疑問を解消する為に何か試してみたい事とか思いついたら、私なり皆なりに相談してくれば良いよ」

「そうだな。ここは確かに、そういう空気があるな」

「おっと、もう1600時を過ぎたね。お使いを頼めるのは・・4班か」

日向はふと、球磨との会話を思い出した。

「買い放題って、なんだ?」

「え?あぁ、歓迎会の時にはね、御馳走を用意するからいつもより買い物が増えるんだよ」

「うむ」

「いつもは龍田が買い出しに出るんだけど、歓迎会の時とか、買い物が多い時は手の空いてる子にお使いを頼むんだ」

「そうか」

「で、御駄賃として、好きなお菓子を買って来て良いよって言うんだよ」

「菓子を・・食べるのか?」

「美味しいよ?」

「・・あ、その、前の鎮守府では大型討伐で連続出撃する時に、間宮アイスにありつくぐらいだったからな」

「間宮さん居たのか。羨ましいな」

「100人を超える艦娘達に食事を提供し続けられるのは能力特化した間宮だけだろう」

「んー、そうだよねえ。今も龍田+当番の1班で回してるけど、毎回22人前も作るの大変そうだもんなぁ」

「早く間宮さんを迎えたいわね」

「どうして迎えないんだ?」

「維持費が結構かかると聞いたんでね、今頑張って貯めてるんだよ」

「それは迎える時の条件次第だぞ」

提督と叢雲は一斉に日向を見た。

「・・へ?」

見られた日向は戸惑いながら答えた。

「た、確か、雇用申請書に書いてあったと思うのだが・・」

短距離選手も真っ青のタイムで書類を取ってきた提督は、叢雲と二人で食い入るように申請書を調べ始めた。

やがて。

「あ!ここ!ここよ提督!」

「なになに・・離島、遠隔地への宅配、複数鎮守府での合同契約時の交通費は鎮守府側で実費負担する事」

「料亭料理の所望等、特殊条件を追加する場合、間宮側が所望した調理器具や技能習得の費用を鎮守府側で負担する事」

「その他、間宮として着任する候補者との個別条件調整は鎮守府責任と実費負担にて行う事、か」

提督と叢雲は顔を見合わせた。

「とりあえず、うちの鎮守府だけで、普通の料理でお願いしますって言えば良いのかな?」

「別に離島でもないし、料亭料理なんて所望しないし・・」

「スイーツについては買ってくればいいしね」

「経費節減したいんだけどね」

「そこは私に免じて」

「免じられないわよ!そもそも何であんなに高いのよ!削減する方法考えなさい!」

「じゃあプレッツェルも無くなりますよ?」

「削減って言ってるでしょ!」

「じゃあプレッツェルも削減ね」

「プッ!プレッツェルは高くないじゃない!提督のドーナツが最初でしょ!」

「酷い!スイーツ差別だ!皆のささやかな娯楽なのに!」

「限定ドーナツとケーキをバカスカ買い過ぎだっていってるの!ついでに交換会の間バクバク食べ過ぎよ!」

「プレッツェル出すと皿ごと抱えて食べてるじゃん!」

日向はずずっとコーヒーを啜った。

艦娘と提督がまったく同じ土俵で大喧嘩をしている。

しかも話題が自分の好みのスイーツは減らしたくないって・・子供か?

神通の嘆きが解ってきた。

確かにこの鎮守府では自己鍛錬の能力がかなり要求されそうだ。

自由であるがゆえ、己の欲望に溺れぬよう気を付けねばなるまい。

だが、と日向はぎゃんぎゃん言いあう二人を見て微笑んだ。

こんなに温かくて優しい鎮守府も滅多にあるまい。私の出来る役割を果たすとするか。

「提督」

「ん!?なに!?」

「そろそろ買い出しに行くなら頼んだ方が良いのではないか?」

「おっと・・そうだな。叢雲さん」

「何?」

「プレッツェル減らさないから買い出し頼んでくださいな」

叢雲はポッと頬を染めると、

「しょ、しょうがないわね・・減らさないでよ?」

「減らさないから、ドーナツも減らさないでね?」

「う・・わ、解ったわよ」

ジト目で提督を見つつインカムをつまむ叢雲を見て、日向は頷いた。

仲が良くなければ喧嘩など出来ない。

叢雲は心から提督を信じているのだな。

 

「というわけで日向さん!これからよろしく!」

盛大な拍手で歓迎会が終わりを告げると、日向は少し疲れた顔ですとんと腰かけた。

日向以外の子達は片付けに勤しんでいる。

提督は日向の隣に腰かけると、ウーロン茶を入れたグラスを手渡した。

「皆から質問攻めにあってたね。大丈夫かい?」

「う、うむ。なんというか皆、好奇心旺盛だな」

「しっかり考えて遠慮なく言いたい事を言いなさいって日頃から言ってるからね」

「なるほどな。あ、頂くぞ」

「どうぞどうぞ」

日向がウーロン茶をゴクゴクと飲んでいると、エプロンをかけた龍田が寄って来た。

「お疲れ様。これからよろしくね~」

「よろしく頼む。そうだ。龍田」

「なにかしら?」

「この鎮守府には、赤城は居ないのか?どの鎮守府でも、割と早くから着任すると聞くが」

「・・居たわよ。以前の司令官が沈めてしまったけれど」

「そうだ、それで思い出したのだが、なぜ司令官が変わったのならやり直しにならないのだ?」

「長い話になるわよ~」

「聞いて良いのなら聞く。無理にとは言わない」

「まぁ、皆1度は気になって、全員知ってるから説明するわね~」

 

 



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エピソード32

一通り話を聞いた日向は、深く頷いた。

「・・そうか。それで合点が行った」

「どの辺が?」

「艦娘数の割に、龍田達一部の艦娘のLVが異様に高いと思っていた」

「・・そうか」

「ハイペースの遠征でLVを上げたにしては資源量はそれほどだし、説明がつかなかったのだ」

「なるほどね」

「龍田の目から見て、提督はどう映っているんだ?」

「そうねぇ・・」

龍田はちらりと期待の目で見る提督を見返した後、

「艦隊指揮官としては全く頼れないわ。戦術は辛うじて及第点だけど~」

「そうですか・・」

提督はがくりと肩を落としてお手洗いに歩いていった。

日向は提督を目で追いながら答えた。

「ず、随分辛辣だな・・提督は大丈夫なのか?」

「でも~」

「でも?」

「私達の面倒見は良くて、親切で、思慮深くて、優しい。この鎮守府に不可欠で、護るべき人よ~」

日向は龍田を見た。

龍田はにこりと笑った。

日向は溜息を吐きながら言った。

「その辺りも言ってやらないと、提督が立ち直れなくなるぞ」

「そうでもないわよ~」

「・・どういう事だ?」

「そうねぇ・・叢雲ちゃん」

「何?」

「明日1日、日向さんを秘書艦付添いって事にしない~?」

「えっ・・ま、まぁ、いいけど」

「秘書艦付添いって・・何だ?」

「早い話、提督室で1日過ごしてみるって事~」

「そ、そんな事して良いのか?」

「提督は私達が決めた事を、余程の理由が無い限りは拒否しないわよ」

「そもそも、秘書艦は提督が決めるんじゃないのか?」

「私達で決めてるわよ~」

「えっ?」

「えって言われても事実だから~」

絶句した日向に、叢雲が声をかけた。

「じゃあ明日、0900時になったら提督室に来て頂戴」

「う、うむ、解った。ところで片付けを手伝おうか?」

「今日は日向さんが主賓だから気にしなくて良いわよ~、疲れてると思うからゆっくり休んでね~」

こうして日向は、戸惑いながらも最初の日を終えたのである。

 

翌朝。

「今日は判断に関するおさらいよ。講義は無し。1日勤務する中で意識して動きなさい」

「ん。解った」

「じゃ、始めるわよ。まずは溜まってる書類から捌いて頂戴」

日向は借りた応接椅子の1つに腰かけ、秘書艦机の隅を借りた。

冊子を開いて読み進めるが、聞こえてくる提督と叢雲の会話がイチイチ突っ込みたくてたまらない。

「これ、承認しても良いんじゃないの?」

「天龍が予定使用弾数記載しないで実弾演習申し込んできてるのよ?」

「わざとじゃないかもよ?」

「専用の申請用紙があるのにわざわざ手書きしてくる時点で確信犯でしょ!」

「んー、じゃあ面白いから申請の3倍位演習時間許可してみようか」

「15時間も実弾撃たせたら在庫無くなっちゃうわよ!」

「15時間も連続で撃てば満足して、次回以降無茶な事言わないんじゃない?」

「はー、解ったわよ。じゃあ申請通り5時間、撃たせてみましょ」

「どうせ3時間も撃てば疲れちゃうだろうけどね・・」

笑いをこらえるのに必死でなかなか冊子が読み進められないなと思っていた所。

 

コンコン・・ガチャ!

 

「お父さ・・違った、提・・あれれ?日向さん?」

入口から顔を覗かせているのは文月だった。

「ん、昨日は歓迎会をありがとう、文月。どうした?」

「えっと、提督は居ますか?」

「うむ、叢雲とじゃれてるぞ」

文月はすっと目を細め、とてててと入って来ると日向の脇をすり抜け、

「お父さん、今朝届いたお手紙です~」

と言いつつ、一瞬の会話の切れ間を見て当然のようにちょこんと提督の膝の上に座った。

目で追っていた日向は2つの意味でぎょっとした。

傍までまっすぐ行くのでも怒られるだろうと思ったのに、提督は席を下げて座りやすいようにしたのである。

さらにごく自然に頭まで撫でている。

「おはよう文月、早速状況を教えてくれるかな」

「えっとですね、トピックスとしては大型攻略作戦の概要が発表されました。それに・・」

ふと叢雲を見るとありえないくらいジト目で文月を見ているが、文月は涼しい顔である。

な、なんだろう。ちびっこ同士がやるお父さん争奪戦より腹黒い感じがするな・・・

「じゃあお父・・提督、失礼しまーす」

名残惜しそうに去っていく文月をドアの外に押しやった叢雲は

「さ、続けましょ提督」

と言ったのである。

そして、まもなく昼になろうかという時。

コンコンコン。

「どうぞ!」

叢雲が声をかけると、そっとドアが開く。

「あ、あの、提督さん、いらっしゃいますか?」

「あら神通、また味見?」

日向はこの時、叢雲の「また」という一言にトゲのような物を感じた。

神通は縮こまりながらも

「は、はい。昼ご飯の新メニューに挑戦してみたんですけど・・」

提督は叢雲にひらひらと手を振りながら

「私の好みを気にかけてくれるのは嬉しいよ。じゃあ少し早いけど休憩にしようか」

「あっ、あのっ、ありがとうございます」

嬉々として応接コーナーを布巾で拭き始める神通を見ながら、日向は叢雲に訊ねた。

「よくあるのか、こういう事」

叢雲は肩をすくめた。

「そうね。週2回はあるわ」

「そんなに新メニュー作ってるのか!?」

ふと日向が目を向けると、神通は提督が座る際に椅子を動かし、腰かける所から手伝っている。

「きょ、今日はホワイトオムライスを作ってみたんです」

提督の傍に控えた神通は、そう言いながら持参したケースの蓋をパカリと開ける。

いかにも出来立て作り立てというほわりとした香りが部屋に漂う。

「これは美味しそうだね。・・へぇ、中身も白いんだねぇ」

「ホワイトソースとチーズで味つけしてみました。あ、熱いうちにお召し上がりください」

「ありがとう。じゃあ頂きます」

スプーンを手に、そっとすくって食べる。

その一挙一動を心配そうに見つめる神通は、

「ん!これは美味しい!良いね!」

という一言にホッとした様子で

「安心しました。お気に召さなければどうしようかと」

「うんうん、これはメニューに入れたら皆喜ぶだろう」

「では早速、龍田さんに提案してみますね」

「おっと、神通の昼休みが無くなってしまうね。早く食べるよ」

「あ、いえ、気にしないでください。舌を火傷されては大変です」

日向はそこでふと気づいた。

「な、なぁ叢雲」

対する叢雲はむすっとしたまま答えた。

「何?」

「今日の昼食のメニューではないのか?」

叢雲は首を振った。

「いいえ。だって、今日の昼食はきつねうどんとおむすびですもの」

「ええと、随分落差があるような気がするのだが」

「な・ぜ・か、神通はそういう質素な昼食の日に新メニューを持って来る事が多いわね」

日向はにこにこ笑って提督と会話する神通を見て、ポリポリと頬を掻いた。

要するに、味見というのは口実で、提督に手料理を振舞いたいという事か。

自分が昼食を食べられなくなるかもしれないのに、笑顔が天使の如く晴れやかだ。

まったく、健気なものだな・・

提督は神通に笑いかけた。

「それなら今度から、神通の分も作ったら良い。一緒に昼食としようよ」

「ええっ?宜しいんですか?」

「御昼抜きで働くのは可哀想だからね」

「あっ、ありがとうございます!」

そこでふと、日向はある事に気が付いた。

「なぁ叢雲・・叢雲?」

返事が無いので叢雲に目を向けると、叢雲は神通と提督を凝視してハンカチを噛んでいる。

日向は苦笑するしかなかった。

あぁ・・えっと、なんだこの昼メロ的展開。

午後もこうなのだろうか。

日向の予感は当たった。

不知火が1500時にコーヒーとクッキーを持って来たり。

遠征の報告をしに来た摩耶と長々お喋りしてたり。

連れ戻しに来た天龍までその輪に加わったり。

夕食の席では広い食堂なのに、わざわざ提督を囲むようにまとまってご飯を食べてたり。

なるほどなと日向は一人納得していた。

 



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エピソード33

そして、夕食後。

「1日提督室はどうでしたか~?」

洗い物を終えた龍田が日向の隣にちょこんと座った。

提督は早々に引き上げてしまったが、艦娘達は幾つかのグループに固まってめいめいお喋りしている。

ここだと大きいテーブルがあるので、食後の団欒にはもってこいなのだ。

日向は苦笑しながら答えた。

「まぁその、叢雲がストレスフルだという事はよく解った」

「奥さんの前で泥棒猫が旦那様と堂々といちゃついてるような感じ~?」

「・・その表現は生々し過ぎないか?」

「合ってるでしょ~?」

「合い過ぎだ。だが」

「なにかしら~?」

「提督は、ちゃんと信頼されているのだな」

「んー・・」

龍田は自分の顎に指をかけ、しばらく考えた後、

「そうね~、しょうがないから提督の願いを叶えてあげようかなとは思うわね~」

「お前も素直じゃないな」

「日向ちゃんはどう思うの~?」

「まだ出撃も遠征も演習もしていないから何とも言えないが・・」

日向はふっと笑った。

「まぁ、面白そうな鎮守府だな」

龍田は日向をじっと見た後、

「じゃあ早速だけど、日向ちゃんの明日からの編成先決めちゃいましょ~」

といって手を叩いた。

皆が話を止めて一斉に龍田達を見た。

 

「ほー!球磨!頑張ったね!よくやった!偉いぞ!」

球磨が手を引いて提督室に現れたのは、

「扶桑型戦艦の1番艦、扶桑です。宜しくお願い致します」

提督は扶桑を見て目を丸くした後、

「おぉ、立派な船だねぇ。ようこそ我が鎮守府へ。歓迎するよ」

そういってにこっと笑ったのである。

扶桑は小首を傾げた後、そっと提督に訊ねた。

「あ、あの、こちらに山城は着任しておりますか?」

「いや、まだお迎え出来て無いけれど、どうせなら姉妹仲良く過ごして欲しいね」

「ですが・・私達でよろしいのですか?」

「え?どういう事だい?」

「私達は、その、あまりよくない評判もありますから、着任を喜ばれない司令官もおられます」

「へぇ・・」

扶桑は伏し目がちに言った。

「わ、私は、こちらに来るまでに8つの鎮守府で建造されましたけど、結局解体されてしまいました」

「・・」

「で、ですから、解体されたとしても気にしませんし、あの、お気に召さないようなら早めに・・」

ガタリ。

提督が立ち上がったので、扶桑はびくりとして目を瞑った。

 

 「あー、運の無い戦艦なんて縁起でもねぇなぁ」

 「こんだけ鍛えてもこの程度かよ。もう解体だ!」

 「鎮守府のドックは君の部屋じゃないんだがねぇ」

 

解体される寸前に放たれた言葉を思い出す。

また言われるのかしら。

だが。

 

ふわりと手に温かみを感じて目を開けた扶桑は、自分の右手を提督が両手で包んでいるのだと知った。

そして。

「元の艦の経緯は知っているけれど、君が何か悪い事をした訳じゃない」

「あの・・」

「艦に宿った船魂、そして乗組員の思いを胸に具現化してくれた大切な存在だ」

「・・」

「まだ間宮さんも迎えていない小規模な鎮守府で申し訳ないが、私達は精一杯歓迎するよ」

扶桑は提督の目をじっと見ていた。

「扶桑さん。いつかあなたの妹の山城さんも必ず迎えると約束するよ。嫌でなければ、仲間になってくれないかな?」

扶桑はきゅっと目を瞑り、ぎゅっと提督の手を握った。

そして、

「よろしくお願いいたします」

と言った。

だが、8回の解体を経験していた扶桑は、どうしてもすぐには信じられなかった。

いつ裏切られても諦められるようにしておかないとね。

そんな扶桑を他所に、提督は笑顔でこう言った。

「うん、よろしくね。じゃあ叢雲さん、パッケージを渡してあげて。あと部屋割りも頼む」

叢雲が首を傾げた。

「そろそろ棟毎に分ける?」

「でも重巡がなぁ・・摩耶一人じゃ寂しかろう」

「じゃあ軽巡と重巡はセットにしたら?」

「なるほどな。それなら良いか。天龍と摩耶は仲良しだしな」

おや、と扶桑は思った。

 一人だと可哀想?

 仲良しだから同じ棟?

提督は何を言っているのだろう。私達を兵器として扱っていないというの?

 

その日の夕方。

 

「く、球磨・・どうした?絶好調過ぎないか?大丈夫か?運使い果たしてないか?」

「これから遠征なのに不吉な事言わないで欲しいクマ!」

提督が呆然としたのも無理は無い。

4隻建造したうち1隻は重なっていたが、扶桑を除いた残る2隻が、

「作戦会議でしょうか?ご飯の時間でしょうか?」

「貴方が私の提督なの?それなりに期待はしているわ」

単独でも滅多にお目にかかれない、赤城と加賀を続けて引き当てたのである。

だが、叢雲はとても渋い顔をしていた。

日向、扶桑、赤城、加賀。

ボーキサイトを鬼のように消費するメンツが揃ってしまった。

今までは摩耶達がちょこっと水偵を飛ばす位で、ボーキサイトは定期船の補給分だけで充分余っていた。

だが、これからはそうも言っていられない。

遠征対象をボーキサイト寄りにシフトして、燃料や弾薬も集めないといけないわ。

着任手続きを済ませた叢雲は龍田の仕事場を訪ねた。

「そろそろ来るんじゃないかなぁって思ってたよ~」

「遠征のシフトで間に合うかしら?」

「間に合わないと思うから、しばらくは演習でのLV上げに徹して貰って、出撃を控えてもらいましょ~」

「あ、そっか。出撃しなければボーキサイトも減らないわね」

「ただ、それは一時しのぎだから、遠征要員を更に増やしましょうか~」

「神通達を遠征に特化させるとか?」

「それもあるし、当面は開発を遠征向きの子に限定しましょうか~」

「なるほど。開発向け資源の抑制にもなるわね」

「重なりはしょうがないけどね~」

「あと、龍田達にも手伝ってもらって良いかしら?」

「んー、まぁ不足してる間はしょうがないかな~もうちょっとで5億なんだけど・・」

「え?何か言った?」

「何でもないわよ~」

叢雲はちゃちゃっとメモを取ると

「提督にも認識してもらわないとね。ありがと龍田!」

「どういたしまして~」

こうして、燃費の良い軽巡以下は遠征に特化し、戦艦や正規空母は育成目的の運用へと舵を切ったのである。

 

「なるほど、そういう理由だったのか」

「すみません」

「いや、まぁ戦艦や空母は練度がある程度必要だし、上がれば上がったで消費量が、な・・」

「軽巡どころか重巡さえ食堂で呆然としています」

「だろうな」

6ヶ月目の定期報告で、提督は中将から出撃頻度の低下理由を質された。

だが、それが戦艦や空母の育成と資源枯渇が理由と告げると承諾されたので提督と叢雲はホッとした。

実際、LV30を超えた赤城と加賀は目覚ましい成果をあげていた。

「赤城さんか加賀さんが居ると怪我しなくて済みますね~」

「日向さんや扶桑さんの火力は本当に頼もしいですね~」

出撃の度に同行したメンバーは褒め称えたが、報告書を見た提督達は青ざめた。

軽巡、いや、重巡の摩耶と比べても文字通り桁違いの資源を消費していくからである。

それは演習でさえそうであり、補給が追いつかない為にその日の出撃や演習を中止する事もあった。

「そういえば、あの、間宮さんの方は、どなたか応募してくれそうでしょうか?」

申請書はだいぶ前に送っていたが、なしのつぶてだったのである。

食事を作る当番や龍田からは、一気に3倍以上作る事になったと悲鳴が上がっていたのである。

誰のせいとは誰も言わなかったが、積み重なる丼を見て提督はすぐに理解した。

本来、軽巡と駆逐艦中心で成果を示してから中将には催促したかったが、思わぬ恰好で足を取られていた。

予定通りに行かないのが世の中なのである。

「うむ。戦艦や正規空母が着任した以上、優先して対処させるか」

中将の言葉に提督と叢雲が同時に溜息を吐いたので、中将はぷっと吹き出した。

「本当に息があっているな」

「まぁ・・その・・」

「半年も一緒に仕事してれば溜息くらい一緒に吐くわよ」

「そういうものか。まぁ良い。大変なら次回は半年後にするかね?」

「そうですね。そうして頂けると・・痛った!」

提督の靴を踏みつつ、叢雲は

「いえ、とりあえずは3ヶ月おきで!」

と返したのである。

中将の部屋を辞した後、提督は叢雲に訊ねた。

「えっと・・なんで3ヶ月おきで維持したんだい?」

「うっ、うるさいわね!皆お土産楽しみにしてるでしょ!」

叢雲はそう答えたものの、内心では別の答えがあった。

邪魔者がなだれ込んでくる提督室ではなく、二人っきりになれる出張は叢雲の数少ない楽しみなのだ。

 



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エピソード34

「え?宜しいんですか?」

「もちろん、何でもお好きなも・・げふっ!」

「ふざけないで!何勝手な事ばかり言ってるのよ!」

間宮は呆然としていた。

秘書艦が提督に肘打ちしましたよね・・全力で。

 

なぜこのような事になったかというと、面談の最中に間宮が

「料理の方は家庭料理ばかりですが、お菓子にはちょっと自信があるんですよ。うふふ」

と、少し得意げに言ってしまったからである。

同席していた龍田、文月、そして叢雲の3人よりも、目を輝かせたのは提督だった。

ぐっと身を乗り出して話し始める提督。

「お菓子ですか!得意な分野はどの辺りですか?興味のある物とかありますか?」

「そうですねぇ、今は練りきりを少々」

「上等な和菓子!それは嬉しいですなあ」

思ってもみなかった展開に、間宮は思わず聞き返した。

「え?」

「ここの近隣には和菓子屋がありませんし、和菓子は日持ちしないので入手が困難なんですよ」

「提督も・・和菓子がお好きですか?」

「和菓子でも洋菓子でも、甘味は芸術です!素晴らしい文化です!」

「うふふ、それでしたら売店を併設してお菓子も売りましょうか?」

「良いですね良いですね!食堂丸ごとお渡ししますから好きに改装してください!」

この辺りで叢雲はこめかみに数本の青筋を立てていた。

もう!何勝手な事言ってるのよ!

特殊な条件を追加すると契約金が高くなるから止めなさいって昨日あれほど言ったのに!

それに改装ですって?幾らかかると思ってるのよ!

そして先程の流れになったのである。

 

大本営に申請してから2ヶ月近く。

中将に催促した後、ようやく来てくれた間宮との面談だった。

艦娘とはいえ、間宮は鎮守府ごとに個別契約を結ぶ特殊な形である。

なぜそこまでするか。

間宮の建造は大本営でもたった1ヶ所のドックでしか出来ず、成功率は極めて低かった。

さらに育成には調理関係の免許取得から民間の料亭や食堂といった実務経験が欠かせず、大変時間がかかる。

ゆえに絶対数が全く足りない。

さらに、鎮守府内で働くと、少なからずトラブルもあったのである。

提督の鎮守府を訪ねた間宮も、つい最近他の鎮守府に三下半を叩きつけてきたばかりだった。

しかし、不安な面持ちで訊ねてきた間宮を待っていたのは全く予想外の事態だった。

「よくいらっしゃいました!皆で待ちかねましたよ。さぁさぁ、遠路はるばる大変だったでしょう」

提督自らが正門まで出てきて満面の笑みと握手で迎えられたのである。

間宮は思い切り戸惑った。

1歩下がって正門に「鎮守府」と書かれている事を確かめたくらいである。

 

以前雇われた鎮守府は、守衛に面談の為に来たと用件を伝えると、顎をしゃくって司令官の居る棟を指された。

迷いながらも示された棟に行くと秘書艦が待っていて、

「では、こちらに。司令官がお待ちです」

そう言われて応接間に連れられたのに長い事待たされた挙句、

「君が間宮候補か・・ま、よろしく」

そういってまた出て行ってしまったのである。

ずっとこんな感じだったが、なにせ初めての勤務地だったのでそんなものかと思っていた。

しかし、ある日の事。

 

 「君は良いな。こんな飯を作ってるだけで高給が取れる。こっちは体を張って戦ってるのに」

 

1時間近く愚痴を聞かされたあとの、この一言にブチンと切れた。

艦娘達が言うのならまだ解るし、実際羨ましがられた時は軽く微笑んで対処してきた。

しかし、この司令官がこういう事を言うのは我慢ならなかった。

毎晩良からぬ連中と宴席を繰り広げ、碌に報告も見てくれないと秘書艦が嘆いているというのに。

 

 「ならば、司令官殿が料理を振舞えばよろしいではありませんか」

 

そう言って、使っていた菜箸をぽいと司令官の前に放り投げると、支度を整え鎮守府を後にした。

怒りつつ大本営の組合事務所に戻る切符を買ったが、電車を降りる頃には大人げなかったかなと思っていた。

しかし、事務所についた途端に組合長から呼ばれ、正式な契約解除連絡が入ったと聞かされた。

ただ、組合長はそれを咎めなかった。

職人が多く乗船していた間宮は職人気質であり、特にこの子は強く影響を受けていた。

更に言えば、こうしたトラブルで間宮が一方的に悪かった事例は皆無である。

組合長はさらりと、あの鎮守府から要請があっても二度と応じない、それで良いねと訊ねた。

間宮は頷いた。

艦娘の子達には迷惑がかかるので一言詫びたかったが、解除された今となっては会う事も叶わない。

とはいえ、そんなに親しい子も居なかったので、詫びるとすれば秘書艦の子くらいなのだが。

組合長は溜息を吐く間宮をちらりと見ると、続けて言った。

「ところで、提督の鎮守府から要請が来ているが、受けるか?それとも休暇に入るか?」

間宮は迷いに迷った。

一旦契約すればほぼ休みなく働く為、契約終了後は長期間の休みを取る権利がある。

あこがれの菓子工房で修行するか、再び鎮守府で間宮として働くか。

以前なら要請が来ているのなら迷う事無く赴いただろう。

しかし、今は躊躇われた。

鎮守府はどこも同じようなものなのではないか。

あれが海軍の文化なのではないか。

間宮労働組合の会報でも悩みを綴る投書があるが、いかにもという内容だった。

だが、今回の事に少しだけ自責の念があった彼女は、面談だけ行ってみようと考えた。

面談時点なら気に入らなければ断れる。その為の間宮労働組合だ。

あれが海軍の文化なのか否か、確かめて来よう。

もし文化ならば間宮労働組合も脱退して解体してもらい、今まで貯めたお金で菓子職人として生きていこう。

そんな複雑な思いを胸に、間宮は提督の鎮守府を訪ねたのである。

 

「あいたたたた・・どうしたの叢雲さん」

「どうしたもこうしたもないわよ!調理以外の条件を追加したらどんどん契約金が増えるのよ!」

「でも、和菓子職人さんを迎えられる機会なんだよ?折角なら気持ちよく迎えたいじゃない」

「はん!お取り寄せの洋菓子の方が和菓子なんかより美味しいわよ」

 

ピクリ。

間宮の眉が動いた。

 

「・・取り寄せた物より美味しければ、どうします?」

「は?」

間宮がすっと目を細めて叢雲を睨んだ。

「私の作る練りきりが、取り寄せた物より美味しければ、どうしますと聞いているのです」

叢雲は真っ直ぐ睨み返しながら答えた。

「それなら売店を置いて売る事を認めてあげるわよ」

「食堂の改装もさせて頂きますし、和菓子に対する悪口を取り消してください」

「良いわよ。やってご覧なさい。でも負けたら基本契約金で働いてもらうわよ」

「勝っても基本契約金で結構です」

「あらそう。良いわよ、受けてあげるわよ」

この僅かな時間でも、間宮は提督が甘味に対して敬意を持って接してくれる事を感じ取っていた。

自分が大切にしてる物を大切にしてくれるのが嬉しかった。

だから契約する事をほぼ決めていたし、給金で欲を出すつもりは無かった。

だが、この生意気な秘書艦とは着任前にケリをつけておく必要がある。

和菓子の素晴らしさを理解させねばならない。

可及的速やかに。そして絶対に、二度と、悪口を言わせない。

私の実力の全てを投じてやる。これはプライドの問題だ。

一切目を逸らさず睨み続ける二人。

提督が口を開きかけたが、素早く龍田と文月の手がその口を塞いだ。

こんな龍虎決戦の真ん中にしゃしゃり出るなんて無謀すぎる。私達でさえ黙ってるのに!

 

「清潔にされてますね。気持ちが良いです」

「素晴らしい料理や甘味は清潔な調理場から生まれると私は思うんだよ」

「仰る通りですわ」

食堂に案内された間宮は、客席からキッチン、トイレまできちんと見て回り、頷きながら言った。

「70名前後までなら今のままで対応出来ますね。それ以上なら増築が要ります」

「今は20名程度だから問題無いね。えっと、ところで間宮さん」

「何でしょうか?」

 





過日入院した母ですが、ようやくICUを出られ、一般病棟に入りました。
皆様のおかげだと思っております。ありがとうございました。
ですが、まだまだ落ち着いたとは言えないので、書き溜めた分の放出という形を続けさせて頂きます。

取り急ぎご報告まで。


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エピソード35

 

提督は契約書をめくりながら訊ねた。

「契約オプションにある、資源採取ってどういう事?ここに書いてあるんだけど・・」

間宮は頷きながら答えた。

「調理にも、例えばボーキサイトとかの資源が若干量必要なのですが」

「そうだろうね」

「食事分の資源は、備蓄資源から使うなという鎮守府さんも多いんです」

「なんで?」

間宮は肩をすくめた。

「まぁ要するに、俺以外が資源を使えるのは気に入らん、という」

提督が一気にげんなりした顔になった。

「何それくだらない」

「そう仰いましても、そのオプションを所望される鎮守府の方が多いんですよ」

「私達の為に毎日3回もご飯作ってくれるのに、くっだらない意地悪もあったもんだなぁ」

 

 くだらない意地悪。

 

そうだ、と、間宮は思った。

他の間宮達も大多数が従っているので当たり前だと思っていたが、実にくだらない意地悪なのだ。

そういう小さな意地悪が、あの鎮守府には積み重なっていた気がする。

でも提督はくだらないとたった一言で言い切った。

甘味を認め、ご飯を「作ってくれる」と言い、くだらない意地悪と喝破する。

この人なら、職人として腕を振るうほどに、きちんと評価してくれるのではないか?

数秒の思考だったが、その間見つめられた提督は首を傾げた。

「ん?どうしたの?」

「い、いえ」

「うちでは資材庫から必要分を持ってって良いよ。工廠長に話してくれれば良いから」

その台詞に間宮は違和感を覚えた。

「え?あの、工廠長さんに調整するんですか?」

「資材管理してるのは工廠長だからね」

「えっ?」

「えっ?」

「て、提督が管理されてるんじゃないんですか?」

「私は、その道に詳しい者が決めるべきだと思ってるんだよ」

「はぁ」

「だから私は方向性を示したり、出撃海域とかは決めるけど、箸の上げ下げまでグダグダ言いたくない」

「としますと、たとえば私が着任した場合は・・」

「仕入れ、食事のメニュー、製造するお菓子。その種類や量、全部お任せしますよ」

間宮はぽかんと口を開けた。なにこの自由っぷり。

前の鎮守府ではアイス1つでさえ、命じられた種類と数しか作れなかったのに。

「え、あの、わ、私が、全部決めて良いんですか?」

「もちろん新しく艦娘が来たとか、人数の変動があれば随時お知らせしますからご心配なく」

「あ、はい、ありがとうございます・・」

「まぁそれも契約して頂ければ、ですね。すいません先走りまして」

「い、いえ、大丈夫です」

「じゃ、契約前から仕事して頂く訳にはいきませんし、何度も足を運んで頂くのも申し訳ないですし」

「?」

「叢雲さん。寮の部屋を1つ、間宮さんに今夜から割り当てるからパッケージ1つ持ってきて」

「そうね。そんな事を敗北の言い訳にされても困るし」

間宮と叢雲の間で再び火花が散るが、提督がむすっとした顔になると、

「こら、そういう事言わないの。ほら持ってきて」

「しょうがないわねぇ・・」

ブツブツ言いながら出て行く叢雲を見送りつつ、間宮はそっと提督に話しかけた。

「よ、良かったんですか?」

「えっ?どうしてです?」

「わ、私、まだ未契約ですから、近くに宿を取りますよ?」

「喧嘩売ったのは叢雲です。つまりうちの都合です。だからうちで衣食住を提供するのは当然です」

「・・・」

間宮はぼうっと提督を見返した。

なんというか、こんなに丁寧なもてなし、大本営でもしてもらった事が無い。

 

叢雲の甘味選定時間や宅配時間も考え、勝負は5日後となった。

最初の晩こそ言われるままに部屋に戻った間宮だったが、

「食客は性に合いません。買い出しとかお手伝いします」

と、翌朝から積極的に龍田達を手伝い始めた。

同時に、間宮は補給用の定期船を使って、より幅広く食材を手配する方法を教えてくれた。

町に買い出しに行かずとも大概の物が揃うようになり、食費削減にも繋がったのである。

また、調理場が空いてる時間を使い、間宮は道具を研ぎ、試作を重ねた。

職人は鍛錬を怠らないのである。

この為、艦娘達は

「良い匂いなのです・・」

「優しくて甘い香りよねぇ」

「んー、楽しみだぜ~」

と、食堂から漂う香りに、嬉しそうに鼻をくんくんとさせていた。

 

そして、勝負の時が来た。

 

審査は全員で行う事となった。

洋菓子・和菓子と書かれた紙に、両方食べ終わった後、良かった方に丸を付けて投票箱に入れる。

叢雲が仕掛けた勝負なので、開票作業は龍田が行う事になった。

「フン!私はこれよっ!」

叢雲が用意したのは、フランス名門菓子店から取り寄せたショコラミルフィーユだった。

チョコが、クリームが、フルーツが、そしてパイが。

濃厚にして繊細に重なり合い、極限まで高められた味と芸術性の融合。

提督が思わず

「えげつないなぁ・・あれを持ってきたのか・・」

と呟いた程の超一級品である。

「んふおぉぉおお・・さすがだ・・」

提督が唸った通りであり、艦娘達が全くの無言でなかなか飲み込まず、ゆっくり食べている。

そう。一口一口を噛み締める程の美味だったのである。

叢雲はむふんと笑った。

信じられないほど高かったが、これで負ける筈が無い。

対する間宮は練りきりを2種類出してきた。

梅の花を模した品が1つ、雪玉のようにモコモコとした白い饅頭が1つ。

「これは、見事だね・・」

「た、食べるのが勿体ないのです」

「何これ・・凄い、こんな細かい溝まで掘ってあるの・・」

ミルフィーユも皆で期待の目で見ていたが、こちらはもはや「鑑賞物」だった。

じっくり眺める子が多かったし、何を隠そう叢雲も、

「ありえないわね・・」

と言いながら菓子皿を持ち上げてしげしげと眺めていたのである。

「んー、上品だなぁ・・」

黒文字を使ってそっと練きりの一欠けを口に運んだ提督は目を瞑った。

ごてごてとした甘さでも、複雑過ぎる味でも無い。香りもほのかである。

あくまでもシンプルに、上品に、さらさらと解けるような儚さ。

すっと茶の入った碗に手を伸ばし、一口啜る。完璧なマッチングだ。

これは、これは本物の和菓子。これこそが上生菓子と言われる練りきりの真骨頂。

余韻を楽しむ提督の耳に、文月の驚いた声が飛んで来た。

「すごぉい!断面が5色なのです~」

提督は文月の皿を見た。白饅頭に見えたそれは、黒文字を差し込めば赤、緑、黄、そして餡子があり。

「ご、5色饅頭だったのか・・・」

提督は、その小さな饅頭も幾重にも切り分けて、少しずつ口に運んだ。

優しい色合い、自己主張しすぎない上品さ、ふわりとくすぐる小豆の香り。

目で味わい、舌で味わい、鼻で味わう。

名残惜しさを感じながらも、最後の茶の1滴まで堪能した面々であった。

 

そして、投票。

 

ほぼ全員が両手で頭を抱え込んで悶えていた。

こんな凄まじい2品から1つを選ぶだと?

だが、提督はあっさりと、いの一番に投票箱に自分の紙を投じたのである。

 

投票結果は、まさに接戦だった。

どの丸印も震えていたり何度も書き直した形跡があったりと、迷いに迷った事を示していた。

そして全くの引き分けのまま、最後の1枚、すなわち提督の投票結果に委ねられる形となったのである。

龍田が紙を開いた。

「最後の1枚は・・・は?」

龍田はあっという間にジト目になると、

「提督でしょ~、なんですかこれは~」

ぴらりと皆に見せたそれには両方丸がしてあったのである。

提督は肩をすくめた。

「こんな傑作に優劣付けられる訳ないだろ?両方美味しかったに決まってるじゃない」

「それじゃ勝負にならないわ~」

「結論は出たから良いと思うけど?」

「引き分けって事~?」

「違う違う」

提督はふるふると首を振ると

「まず、叢雲さん」

「なっ、なによ・・」

「この短期間でよくあのミルフィーユを探し当てたね。あれは知る人ぞ知る品。大したものだよ」

「わ、私の手にかかればどうって事は無いわよ」

「そして間宮さん」

「は、はい」

「久しぶりに上生菓子の本物を頂いた。こんな素晴らしい和菓子は今となっては出会う事すら困難だ」

「・・・」

「これほどの名品を作らせない契約を結ぶなんて罪だ。ぜひ甘味でも腕を振るって頂きたい!」

「えっ・・」

「必要な改装費用は何とかする。だからぜひお願いしたいと思う!異議ある者は?」

提督もあんなにキリッとした顔が出来るのね。ほんと人間て不思議よね~とは龍田の弁である。

誰一人異議を唱える者は無く、間宮の菓子作りは認められ、提督に促された叢雲は

「和菓子がこんなにも美味しいとは思わなかった・・前言撤回するわ」

「私も、皆さんの期待に恥じぬよう精一杯頑張ります」

と言い、間宮と叢雲は笑顔で握手したのである。

しかし、艦娘達と提督の拍手喝采を受けながら、間宮は静かに冷や汗をかいていた。

あんな美味しい洋菓子は初めであり、全くの予想外だった。侮らず、もう少し極めてみよう、と。

 

 



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エピソード36

 

数日後の午後。

 

「そこを何とかなりませんか?」

「いやぁ、そう仰られても・・」

龍田がひょいと食堂を覗き込むと、間宮と内装業者が打ち合わせをしていた。

業者が入場してからかれこれ2時間は過ぎているというのに、相当深刻そうね。

「どうかしたんですか~?」

「あ、龍田さん。甘味を売る売店コーナーなんですが」

「ええ」

「冷蔵ショーケースとレジを入れたいのですが、中古が幾ら探しても見つからないんです」

「なるほど~」

「かといって新品で買うと、輸送費まであわせるとこれくらいかかってしまいそうで・・」

龍田は見積書を見た。

適正というより、精一杯値引きしたであろう事が滲み出ている。

だが、それでも200万は軽く超えている。

間宮の言うとおり冷蔵ショーケースやレジの値段と輸送費がかなりの割合を占めているのだ。

「んー、もしこちらでケースを手配出来たら設置作業はやって頂けますか~?」

「ええ、それは構いません。私共も外販で買ってくるだけですから」

「そうね・・3日頂いて良いかしら~?」

間宮が表情を曇らせた。

「提督が、それはそれは首を長くしてお待ち頂いてるものですから・・」

龍田はくすっと笑った。提督も隅に置けないなあ。超鈍感だけど。

「待たせといて良いわよ~、最近食べすぎだったし~」

「えっ」

「それより、欲しい機種の型番とか解らないかしら~」

「あっ、これが候補リストです」

「ちょっと借りて良いかしら~、何台欲しいの~?」

「どうぞ。これが、元々考えていた図面です」

「はぁい、じゃあ3日後に結果をお知らせするわね~」

龍田はリストを手にすると、ひらひらともう片方の手を振って出て行った。

間宮と内装業者は顔を見合わせた。

たった3日で何か変えられるのだろうか?

 

3日後。

「こっ・・これ・・は・・」

「よく手に入りましたね・・」

「最低限のクリーニングはしてくれてると思うんだけど~」

間宮が買えれば最も嬉しいとメモに記していた、まるでケーキ屋にあるような大型冷蔵ケース。

それも4台まとめて、である。

そしてそのケースの上には、ちょっと古い物だが、よく磨かれたレジが1台。

中古品とはいえ、たった3日で実物を持ってきた事に、間宮も業者も舌を巻いた。

二人も中古業者は散々探したわけで、ゆえに揃える事が如何に大変か解っていたのである。

「使う前には念入りに掃除しますけど、今でも充分綺麗ですね。どこからこれを?」

「閉店したケーキ屋さんからよ~」

「・・どうやってそんな都合の良い物を探し当てたんです?」

「不動産屋さんのちょっとしたコネを使って、居抜きの物件を探したのよ~」

「ふ、不動産・・なるほど・・」

 

居抜き。

 

元々の店が置いていった設備を流用して開業する事を指す。

つまり、物件を購入すれば設備も手に入るのである。勿論中古なのだが。

「大きなケーキ屋さんが撤退した直後だったの~」

「偶然ですか。ラッキーでしたね」

「いいえ、ちゃんと探したよ~」

「え?どこをですか?」

「Webサイトの閉店・倒産情報よ~」

間宮はのけぞった。そりゃ確かにそこを探せば見つかるだろう。だが、思いもよらなかった。

「あ、あの、お店ごと買われたんですか?」

「いいえ、何も買ってないわよ~」

「へ?」

「物件を見に行ったら丁度リフォーム中で~、売り出す業態を変えるから設備は全部捨てるって言うから~」

「・・」

「じゃあタダで引き取ります~って言ったら喜んで譲ってくれたのよ~」

「・・」

「だから1tトラックを借りて運んできたの~」

「じゃあ・・このケースの値段って・・」

「トラックのレンタル代と交通費、計2万コインよ~」

間宮達はぽかんとした。

確かにこんな大型ケースを廃棄処分にするには産廃処分費用だってかなり高額になる筈だ。

それをタダで、しかも持って行ってくれるというのなら喜んで差し出すだろう。

理屈は解る。実にシンプルだ。

だが、中古でさえ1台数十万はする物をたった2万しか払わずに堂々と譲り受けた・・だと・・

間宮は見積書に目を戻した。

「え、えっと、ケースのクリーニングと設置、それと内装の小改造となると・・」

「これとこれ、あと、これだけですから・・ざっと見て30万くらいです」

「じゃあ・・龍田さん」

「は~い?」

「30万ですけど、発注してよろしいでしょうか?」

「良いわよ~、請求書は私にくださいな~」

「解りました」

「あ、えっと、設置前に念の為、レジとケースの点検もお願いして良いかなぁ?」

業者は苦笑した。値引きもされなかったし、まぁそれくらいなら良いか。

「解りました。メーカーに点検させましょう」

「お願いします」

こうして、食堂に売店コーナーが出来た。

ピカピカに磨き上げられた冷蔵ケースが一際目立つ。

だが、叢雲は首を傾げていた。費用が計上されていないのである。

「ねぇ、間宮さん」

「はい何でしょう?」

「あなた、こんな立派な設備を自腹で揃えたの?」

「いいえ、請求書は龍田さんにお渡ししましたよ?」

「・・あっそう」

叢雲はとことこと龍田の仕事場に向かった。

「お邪魔するわよ」

「あら~、売店どうだった~?」

「綺麗だったし、本物のケーキ屋みたいだったわ」

「でしょうね~」

「ところで龍田、請求書貰ったんでしょ?手続きするから貸しなさい」

「大本営には請求しないよ~」

「なんでよ?」

「ケーキ売る為に食堂改造しましたなんて言わない方が良いわよ~」

「うっ」

叢雲は顔をしかめた。

そうだ。あの石頭の大本営経理部がそんな事を知ったら怒るに決まってる。

元々間宮はアイスとかを作れはするが、日常的に食べさせる為じゃない。

「じゃあどうするのよ」

「基金から払っておくわよ~?」

「基金?お花代を原資にした奴?」

「そうよ~」

「確かに200万コインあったけど、今回ので使い果たすんじゃない?」

「そんな事無いよ~、まもなく7億だし~」

「へっ?」

「なぁに~?」

「な、7・・億?」

「7億。まだちょっと足りないけど~」

叢雲は溜息をついた。確かに龍田・文月・不知火のトリオならありうるかもしれない。

まぁ、7億もあれば工事代なんて余裕よね。

「じゃ、提督には龍田達の基金から払ったって言っとくわ」

「それで合ってるよ~」

「残高くらい提督に報告しなさいよ?」

「言わないわよ~」

「どうしてよ?」

「男に金の顔を見せちゃいけないのよ~、全部使っちゃうから~」

叢雲は龍田を見ながらジト目になった。

確かに、この前の間宮面談の時を思い出せば言えてるかもしれない。ならば。

「せめてアタシは知っておきたいんだけど?」

「知ったら提督が困ってる時にうっかり喋っちゃうんじゃないかな~」

「うっ」

我が意を得たりという顔になった龍田は続けた。

「大丈夫。ネコババしたりしないから~」

叢雲はポリポリと頬をかいた。

「じゃあ今の話、聞かなかった事にするわ」

「その方が良いかもね~」

こうした経緯を経て、龍田の仕事はますます誰も解らない特命事項になっていったのである。

 

 



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エピソード37

そんなある日の事。

「へぇ・・そういう経緯かぁ・・」

提督は頷いた後、

「どっから来たんだろう・・」

と、首を傾げ、

「よく解らないのです」

と、当の本人である電も首を傾げつつ答えたのである。

 

それは、いつも通りの出撃だった。

「よしっ!今度こそ決めたぜっ!」

摩耶は敵艦の居た所で巨大な水柱が上がったのを見て、敵の轟沈を確信した。

天龍とハイタッチして喜ぶ摩耶を、少し離れた所から電は見て溜息を吐いた。

相変わらず会話に応じてくれそうな深海棲艦は一人も居ない。

提督に先日言われた事は重々承知しつつも、それでも戦いになる前に対話の意思確認だけはしようと考えた。

ただ、単独で深海棲艦達の至近距離に行くなど、艦隊行動を乱せば摩耶達に迷惑をかけてしまう。

さりとて戦闘態勢を整えた艦隊で近づけば深海棲艦達も兵装を展開して戦闘が始まってしまう。

電は長い事考えた挙句に

「お話したい人は来て欲しいのです!」

と、いう大きな旗を、遙か彼方、戦いの前にぶんぶん振る事にしたのである。

天龍は

「それだって危ねぇんだけどな・・まぁ、仕方ねぇか。弾飛んできたら上手く逃げろよ」

と言い、摩耶にも説明してくれた。

今日も先にそれをして、でもやっぱり誰も応じてくれなくて、ガッカリしつつ摩耶の指示通り魚雷を放った。

誰のが当たったのかは解らないが、最後の1体もこれで轟沈だろう。

「はぁーぁ・・」

電は深い溜息を吐いた。いつになったらお話出来るのでしょうか。

だが。

 

「電!避けなさい!」

「へっ?・・はにゃぁああぁぁああああ!」

咄嗟に硬直してしまった電を雷が突き飛ばす。

その直後。

 

ひゅぅうぅうぅぅう・・・ドボーン!

 

電が居た所に巨大な水柱が立ったのである。

直撃しなくても中破間違い無しという勢いの高さである。

「!?!?」

摩耶はとっさに周囲を見回した。

敵艦の姿はどこにも無いし、艦載機のエンジン音も聞こえないし、魚雷の航跡も無いし、レーダーも無反応。

なら、この水柱は何だ?

超長距離から戦艦が砲撃でもしてきたのか?どんだけの練度を積めばこんな芸当が出来るんだ?

いずれにせよ、今のアタシ達には全く打つ手が無い。

摩耶は身構えつつ言った。

「おい!全員撤退するぞ!最大戦速用意!」

その時、暁が天龍の服の裾を引っ張りつつ、もう片方の手ですいっと指差して言った。

「ね、ねぇ天龍・・あそこに誰か倒れてるわよ・・ね?」

天龍は見た。

丁度消えた水柱の中心部に、艦娘が一人、倒れているのを。

「んなにぃっ!?」

深海棲艦に吹っ飛ばされたのか?それにしたって何キロ先から飛んできたんだ?

未だに砲撃音すらしねぇし全く訳が分からねぇが、肝心な事はそれじゃねぇ。

「暁!助けてやれ!摩耶!撤退はちょっと待て!」

「任せなさい!」

摩耶は索敵を続けながら天龍に怒鳴った。

「どうしたってんだよ?早く逃げねぇと全滅させられるぞ!」

「艦娘が倒れてるんだ!救助するぜ!」

「・・は?どっから来たってんだよ?」

「さっきの水柱、そいつが海に叩きつけられたものかもしれねェんだ」

「はぁ!?あんな高さまで吹き上がるような距離で叩きつけられたら即死だろ!?」

暁の様子を見た電と雷も駆け寄っていった。

「大丈夫!?しっかりなさい!」

天龍は艦娘と暁達の様子を見ながら返した。

「どんな理屈かは解らねぇけどよ・・水柱のど真ん中に居た事は確かだぜ」

「訳解らねぇ・・とにかく急げ!撤退の用意は進めろ!敵がどこに居るか全く解らねぇんだ」

摩耶と天龍は何度も周囲を見ながら艦娘に近づいて行った。

やっぱり、ここらにゃもう誰も居ねぇ。

一体この子は、どこから来たってんだ?

二人が到着しても、艦娘はまだ目を覚まさなかったしピクリとも動かない。

それでも海に浮いている辺りはさすがという所か。

天龍は艦娘をしげしげと見つめた。

怪我が全くない。それどころか服も新しいし、装備もピカピカだ。

墜落のダメージが全く無い。

これじゃまるで・・建造したての艦娘じゃねぇか?

だが、ますます訳が解らない。

なんだって建造したての艦娘が、こんな海のど真ん中で、電を狙い澄ましたかのように降ってくるんだ?

全員無傷だから今なら護衛位出来る。この子を放っとく訳にはいかねぇ・・

摩耶は異常あり、撤退すると鎮守府に通信を入れた。

「よし、今日は引き上げる。天龍はコイツの曳航、暁は後方、電は右、雷は左、アタシが針路正面を警戒する。行くぞ!」

「なのです!」

「油断するな。護衛任務と思って対応しろ!音に気を付けるんだ!」

「はい!」

こうして摩耶達は降ってきた艦娘と共に鎮守府へと帰還したのである。

 

提督と電達が首をかしげている所に、工廠に連れて行った摩耶と暁からインカムで呼び出しがかかった。

艦娘が目を覚ましたというのである。

「んじゃ私も行くよ」

提督は腰を上げた。

 

「うーん・・えっと・・あれ?ここは?」

「ふむ。入魂処理は問題無いようじゃの。お前達、ご苦労じゃった」

皆がドタドタと走ってきた音を横耳に、工廠長は作業にあたった妖精達をねぎらった。

「工廠長!落ちてきた子が目を覚ましたって・・おおっ!起きたね!大丈夫かい?」

提督は工廠で今目覚めたばかりの艦娘である最上を見てそう言った。

最上は提督の顔を見るとにこっと笑い、

「僕が最上さ。大丈夫。今度は衝突しないって。ホントだよ?」

あっけらかんと笑う最上に、雷は一気にジト目になった。

「もうちょっとで電に直撃する所だったじゃない!」

最上はきょとんとして、

「へ?僕、何かしたのかい?」

と、返したのである。

 

最上に訊ねた所、記憶にあるのは、遙か昔の艦の記憶の次は、ここで目覚めた以降の記憶だという。

「だから、海原にどうして降って来たのかって聞かれても、僕にはさっぱり解らないよ・・」

そう言って最上が肩をすくめた時、工廠長がとりなした。

「いやいや、最上に聞いても何も知らんよ」

提督は工廠長に答えた。

「工廠長は何かご存じなんですか?」

工廠長は頷いた。

「建造は、建造する船種でリクエストをかけ、それに応じてくれた船魂にあった艤装や実体を作るんじゃが」

「はい」

「海原に突如、艤装と実体だけが出現する事があるんじゃよ」

「あ、それが今回の・・」

「うむ。降ってきたり、海から浮いてきたり、いつの間にかそこに居たりと色々ある」

「なるほど」

「いずれにせよ共通している事は、その時点では魂が無い、つまり意識も記憶も無いんじゃよ」

「あ、だから聞いても無駄なんですね」

「そうじゃ。今わしらがやったのは、最上の艤装と実体で良いという船魂が居ないかとリクエストしたんじゃよ」

「ほう」

「上手く折り合いが付けばこうして魂が入り目覚めてくれる。ダメなら残念ながら解体するしかないんじゃがの」

提督は頷くと、

「ならば今回は頼もしい援軍となってくれたんだから、早速最上のお祝いを・・・あれっ!?」

摩耶が怪訝な顔をして提督を見た。

「一体何だってんだよ提督?」

「最上さん・・うちに着任という扱いで良いのかな?」

工廠長は肩をすくめた。

「ずっと昔に何度かやっとるが・・その時は当該鎮守府の着任扱いじゃったと思うぞい」

「今もそれなら良いんですが、一応大本営に確認してきます」

提督は通信棟に向かって走り出した。

 

 



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エピソード38

「そう、ドロップに遭遇したのね」

「なるほど。ドロップとは言いえて妙ですね」

提督は今回の件の報告と確認を取る為、大本営に通信を入れていた。

応答した五十鈴は驚いた風も無く答え、話を続けた。

「私達もなぜそれが起きるのかは解明出来てないんだけど・・発生する条件は解ってるわ」

「条件?」

「ええ。ドロップが起きやすい海域があって、そこで深海棲艦達を全滅か、それに近い大打撃を与えた後に起こるの」

「起きやすい海域で、大打撃・・確かに今回はこちらは無傷で全滅させましたね」

「海域はまとめてあるから後で送ってあげるわ」

「解りました。で、最上の処遇なのですが・・」

「提督の鎮守府で建造出来た場合と同じ扱いで良いわよ」

「うちに着任という事ですね。解りました」

「大本営への報告方法も海域資料と一緒に送ってあげる。敵の船魂を送る時に添付して頂戴」

「解りました。この場合、余力があれば進撃しても良いのでしょうか?」

「構わないわよ。僚艦が傷ついた時と同じ方法で保護すれば良いわ」

「なるほど。皆に伝えます。お忙しい所ありがとうございました」

五十鈴は一息置いた後、

「ところで、そっちは順調そうね。あの子達と仲良くやれてるのかしら?」

「日々教わりながら何とかやってますよ」

「そう・・良かった。本当に良かったわ。提督、あの子達をよろしくお願いします」

五十鈴の声が揺れる理由を噛みしめながら、提督は頷いた。

「ええ。勿論です」

 

通信棟から戻った提督は、待っていた摩耶達に説明した。

「へぇー、じゃあ今後もありうることなんだな」

「らしいよ。大本営もなんでそうなるのかは解らないみたいだけど」

その時。

「あら、天龍ちゃん達も新入生の様子を見に来たの~?」

入口から顔を覗かせたのは龍田であった。

 

「まぁ今も日常的に建造で艦娘は増えてるし、班は日常的に変わるのが当たり前になりそうね~」

「そうだね。まぁ班編成は皆に任せてあるから適当に仕切って良いよ」

「そう言うと思ったけど、もう少し手軽にしたいわね。どうしたものかしら~」

「班をわざと3隻とか4隻とかで作って、着任した子を既存の班に組み入れたらどうだい?」

龍田はハトが豆鉄砲を食らったような顔で提督を見た。

「・・・提督」

「ん?何?龍田さん」

「提督が使える案を出すなんて・・明日は雪が降るのかしら~」

提督は肩をすくめた。

「酷いなぁ龍田さん。私だってたまにはまともな事を言うよ?」

龍田はジト目になった。

「・・自覚あるから余計タチ悪いわね・・首を120度くらい後ろに捻ればまともになるかしら~」

「止めてください死んでしまいます」

「提督なら大丈夫なんじゃないかしら~?物の怪の類でしょ~?」

「物の怪なの私!?」

「冗談はさておき、じゃあ最上ちゃ~ん?」

電達と雑談していた最上は龍田の方に向き直った。

「ん?ごめん。なにか用?」

「この鎮守府では、最初にするのはバンジーって決まってるのよ~?」

「・・・へ?」

聞き違えたかと怪訝な顔をする最上、俯き加減にぶるっと震える摩耶。

「工廠長、最上ちゃんの点検は済んだのかしら~?」

「無論済ませとるよ」

「さすがね。じゃ最上ちゃん、早速始めましょうか~?」

「えっ!?」

うんうんと頷く面々に、

「ちょっ!着任と同時にバンジーなんて知らないよ僕!えっ!?旅行じゃないの!?嘘!誰か嘘だと言っ・・」

動揺しながら龍田に手を引かれ、工廠を後にする最上。

そんな二人を提督と艦娘達は力なく手を振りながら見送った。

 

20分後。

「・・・・」

「はぁい、お疲れ様~」

ぽへっとした顔で放心している最上からロープを外しつつ、龍田は思った。

提督はここまで想定した訳じゃないだろうが、バンジーは実に有用な効果がある。

加賀と赤城も、着任早々バンジーの洗礼を受けた。

まだ救いだったのは二人とも正規空母で、ともに20mから降りる事になったからである。

それでもぺたんと座り込んだ二人を前に、龍田は淡々とパッケージを渡しつつ、この鎮守府の方針等を説明した。

「はぁ・・そうですか」

「随分違うんですね・・」

二人も全く反論しなかったし、今、目の前に居る最上に至っては

「・・へぇ・・」

と、説明する龍田が心配になる程の無反応ぶりである。

そう。

不知火のように着任時に説明すれば異を唱えてきそうな事も、バンジーの直後に説明すると反論が来ないのである。

さらには

「ええ。だって着任早々バンジーに放り込むような鎮守府ですからね。それくらい普通です」

と、どんな事を説明してもさほど驚かずに納得してくれるようになるのである。

皆で決めたこの鎮守府のローカルルールは、どの鎮守府よりも飛び抜けてマニアックで、しかも多い。

一旦慣れてしまえば艦娘にとって実に居心地良い物なのだが、大本営の指導内容と余りにも違う。

だから何故そんなルールなのか、それで良いのか、罰せられないのかと受け入れる事自体を悩む子も居た。

最初は不知火が慣れるまで説得していたが、中にはなかなか納得出来ない子も居た。

あまりに拒絶するので何度か話し合った結果、解体を選ぶ子まで出てしまった。

それを機に、どうやって納得してもらうかという事に艦娘達は知恵を絞り始め、ルールの簡易化等も進めたのである。

一方、龍田は先にバンジーというショッキングなイベントを挟めばスムーズに説明出来る事に気付いた。

龍田は経緯を説明して提督に許可を求めたところ、

「マイナーなのは確かだからね。また解体なんて結果は寂しいし・・よし、龍田、私の責任で許可するから頼む」

と頭を下げられた。

龍田は意見が認められた事以上に、自分にしか出来ない仕事が出来て嬉しかった。

天龍型軽巡は、軽巡としては燃費以外は秀でた性能があまりないのが現実だ。

他所では遠征要員を任されれば良い方で、鎮守府が中規模以上になると用済みとして解体される方が普通であった。

今の生活に満足し、密かに解体される事に怯えていた龍田は、それを免れる理由が出来て嬉しかったのである。

ゆえに着任した艦娘へ最初にバンジーを処して説明する役割を、龍田は嬉々として引き受けている。

それは摩耶曰く

 

 「龍田の洗脳教室」

 

と言えなくもないが、結果的には誰も何も損をしていない。

 

否。

 

何も、というのは語弊があるかもしれない。

何故ならこの方式を取り入れた以降、

 

 「龍田さんは怖い人」

 

というイメージが新着の艦娘達に定着してしまい、畏怖の念で見られるようになったからである。

これは元々優しい性根の龍田にとって、地味に傷つき、寂しさを感じていた。

龍田は身の安泰の引き換えだから仕方ないと溜息を吐きつつも、だからこそ、

「おい龍田、どうした?腹減ったのか?」

と、気軽に話しかけてくれる姉は、以前にも増して大切な存在になったのである。

そしてそれは図らずも

 

 「あの龍田さんに物が言える天龍さん」

 

という形で認知される事になる。

ゆえにこの鎮守府では天龍姉妹の解体など誰一人想像もしないし、言い出さない。

龍田は途中でこの事に気づき、そこまで恐れられてるのかと驚いたが、

 

 「・・それで天龍ちゃんも安泰なら、しょうがないわね~」

 

と、腹を括ったのである。

こうして、鎮守府の基本的な運用が回り始めたのである。

 

 



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エピソード39

3ヶ月ほど経った、ある日の事。

「私が戦艦長門だ。よろしく頼むぞ。敵戦艦との殴り合いなら任せておけ」

日向は長門と力強く握手しながら思った。長門型の強さは折り紙つきだ。素晴らしい援軍が来たな。

 

日向は少し前、当番で建造指令を発したのだが、妖精達がやけにざわめいた。

何か間違えたかと怪訝な顔になる日向に、妖精達から建造時間を聞いた工廠長が声をかけた。

「長門型戦艦じゃの。高速建造剤を使うかね?」

「可能か?」

「うむ。今日の1隻目じゃし、問題無かろう」

「では頼む。提督に夜更けに伝えるのは気が引けるからな」

 

「・・・」

「・・・」

挨拶を交わした日向は長門を連れて提督室に報告に来たのだが、異様な雰囲気に気まずさすら感じていた。

いつもの事を考えれば、提督は

「おー、立派な船が来たね!戦艦とは素晴らしい!ようこそ我が鎮守府へ!」

とか言うだろうと日向は思っていた。

そしてそれは、たまたま在室していた秘書艦の叢雲もそう思っていた。

だが、提督は書類に押し付けたペンのインクがじわじわ広がるのも気づかず、長門を見たまま動かない。

そして長門もまた、提督と目が合った途端、それまでのキリッとした振る舞いがピタリと止まったのである。

 

無言。

全くの無言。

ただひたすらに無言。

そのまま3分が過ぎていった。

 

最初に声をあげたのは、日向だった。

「あ、その、提督・・建造で着任してくれた、長門、なんだが・・聞いてるか提督?」

一方で叢雲は俯き加減に目をそらした。

この意味が解らぬほど、叢雲は鈍感ではなかったのである。

だが大変残念な事に、残る3人はその意味が解らない程その方面に疎かったのである。

 

「な、長門型1番艦の、長門、だ」

「あ、ああ。よろしく・・頼みます」

 

日向は首を傾げた。

さっき私が説明したのだが、まるで聞いてなかったのか?

提督の様子が明らかに違うが、腹の具合でも悪いのか?

日向は叢雲に近づくと、そっと訊ねた。

「なぁ・・二人は具合でも悪いのか?長門は部屋に入るまではハキハキしていたのだが・・」

叢雲は複雑な表情をしながら日向を見返した。

「あんた・・本当に解らないの?」

「な、何がだ?」

叢雲は長い長い溜息を吐いた。くらくら眩暈がするのは勿論溜息のせいじゃない。

「はぁ・・ちょっと龍田の所に行ってくるわ。適当にお茶出してあげて」

「え?お、おい、今行くのか!?わ、私はお茶なんて淹れた事無いぞ!?おい!」

日向はとぼとぼと歩いていく叢雲の後ろ姿を呆然と眺めていた。

そして振り返り、再び黙って見つめ合う二人を見て思った。

一体全体、皆どうしたというんだ?

今、茶を淹れても気づかなそうだな・・・どうすれば良いんだ?

 

「あーあ、叢雲ちゃん可哀想に~」

龍田は弱々しいノックと共に入って来た叢雲を見て、只事ではないと察した。

すぐに仕事を中断して叢雲を椅子に座らせると、文月に茶を淹れさせ、不知火に菓子を用意させた。

提督と大喧嘩でもしたのかと予想を立てたが、叢雲から告げられたのはそれ以上の事実だったのである。

ひとしきり伝え、無言で最中を齧る叢雲を見ながら、龍田はふと気が付いた。

文月と不知火まで叢雲の背後で暗い目をしている事に。

そして、腕を組みつつ、気付いていなかった自らの感情を認めた。

 

 敗北感。

 

そして龍田はその時認識したのである。

 

 自分が、提督を好意的に捉えていた事に。

 

叢雲が伝えたのは、長門と提督が互いに一目惚れしたという事であった。

鏡に映った姿のように、互いに薄く頬を染め、ぽうっと相手を見つめ続けている。

まだ言葉すらロクに交わしていないのに、傍で見る自分がはっきり解るくらいの相思相愛だというのである。

「んー・・」

龍田は頬杖をついて考え始めた。

この鎮守府は提督の発案と行動により、艦娘にとってとても居心地良い場所になった。

それは龍田達ベテラン組から、つい先日入って来た新人組まで全員が口を揃える。

ゆえに、その居心地の良さを提供する提督に好感を、いや、恋愛感情を抱く子が多い。

恋愛感情は反応であり、本人が起こしたくて起こすものではない。

だが、同じ相手を気に入るという事は、自分に割り当てられる時間が消滅するか、減ってしまう。

ゆえにそうさせまいという感情、つまり嫉妬という感情が生まれるのである。

今までの艦娘達の間では、互いに提督に一線を越えたアプローチを仕掛けないという淑女協定を結んでいた。

だが、長門と提督は色々な意味で手遅れの所まで一瞬で進んでしまった。

龍田は眉をひそめた。

折角上手く行っているこの鎮守府で、提督が長門に現を抜かせば長門が嫉妬の炎に炙られる。

更には提督への憎しみにも変化し、内部から組織が崩壊する要因になりかねない。

動くなら早い方が良い。

龍田は叢雲、文月、不知火に向かって言った。

「今聞いた事、他の子達には内緒に出来るかなぁ」

叢雲がぽつりと返した。

「出来るけど、二人が動けばすぐバレるわよ?」

「その事について、今から私がちょっとお話してくるから・・ね?」

叢雲は頷くと、龍田に言った。

「あと、急で悪いんだけど・・秘書艦を外れても良いかしら」

「・・そうね。じゃあ、電ちゃんと一緒に調査に携わってくれると嬉しいんだけどなぁ」

「良いわよ・・ところで、長門には誰が教えるの?」

「う~ん、長門ちゃんはちょっと別の扱いをする事にするわ~」

「別・・って?」

「一応、本人に確認を取るから、皆はここに居てくれないかなぁ?」

「あ、龍田」

「なに~?」

「部屋には二人の他に、日向が居るわよ」

「それは・・こっちに来てもらった方が良いわね~」

そういうと龍田はインカムをつまみ、日向をコールした。

 

「なるほど。そういう事か。やっと解った」

日向は龍田の説明を聞き、合点が行ったと大きく頷いた。

「で、何故、皆してお通夜みたいな雰囲気なんだ?」

文月は力なく答えた。

「お父さんが取られちゃうのです・・」

日向は首を傾げた。

「よく解らないが・・提督が文月に注ぐ愛情は、恋愛というより親子の情だと思うぞ?」

「・・親、子?」

「あぁ。自分の愛娘を慈しむ親のようなものだな。文月だって恋愛をしている訳ではあるまい?」

「・・よく解んないですけど、お父さんと一緒に居たいです。その時間は減っちゃいますよね?」

「今も24時間べったりという訳ではあるまい?」

「そう、ですけど・・」

龍田が日向に訊ねた。

「提督と長門さんはどうしてるの~?」

「長門は呆然と立ち、提督は自席に座ったままだ。そろそろ書類がインクで真っ黒になるだろう」

龍田が溜息を吐きつつ言った。

「じゃあ私が行ってくるね~」

いつか起こるかもしれないとは思っていたけれど、ね。

龍田は席を立った。

 

龍田の足取りはやや重かった。

自分にも、提督が気になる感情(好きとは言いたくなかった)を認めた以上、今会うのは気が重い。

ましてや、あの叢雲をも葬るほどの高エネルギーフィールド全開状態だ。

だが、仕方ない。誰かが調停せねばならない。

この鎮守府を平和に保つために、誰かが。

 

コンコンコン・・ガチャ。

案の定返答は無いが、解っているので構わずドアを開けた。

・・予想以上ね~

龍田はつかつかと二人の間まで行くと、対空機関砲を空砲で1発撃った。

いくら対空機関砲とはいえ、至近距離で撃たれればその音の威力は絶大だ。

たちまち提督と長門は我に返り、日向と叢雲が居なくなり、代わりに龍田が居る事に驚いた。

「なっ、なにっ!?」

「む、叢雲!?日向!?あれっ?龍田さん!?」

龍田はジト目で腕を組んだ。

「二人にお話があるんですけど~」

長門はまだ知らなかったが、提督は良く知っていた。

この鎮守府の龍田が如何に凄まじい存在か、という事を。

「はい、聞きます」

長門は居住まいを正し、ピシリと返事した提督を凝視し、ついで龍田を見た。

司令官が艦娘に敬語!?しかも明らかに恐れてないか!?一体どういう事なんだ!?

 

「・・と、いう訳なのよ~」

「そ、そう、か・・」

長門は自分でもよく解っていなかった感情をズバリ指摘されたので、真っ赤になって俯いた。

しかし、提督は輪をかけた鈍感だった。

「んー、そういう経験がね・・あまりにも乏しくて・・ごめん、ピンと来ない」

龍田は溜息を吐いた。予想してた中で最も鈍感な反応より更に鈍感だ。

これじゃ叢雲が至近距離で好き好き光線を発しまくってても全く気付いてなかっただろう。

不幸な叢雲ちゃん。

「でね、この鎮守府が嫉妬に狂った皆の内紛で崩壊して欲しくないの~」

提督はまさかと言いかけたが、いつにない龍田の真剣な表情に口を閉じた。

「だから、長門さんには、長門さんである事を見込んで、1つお願いがあるの~」

長門は龍田を見た。

「なんだ?」

「あのね、長門さんにも憧れを持つ子達は結構いるの」

「うむ」

「だから、皆に長門さんを認めてもらって、そこから受け入れてもらう方向にしたいのよ~」

「・・どういうことだ?」

龍田は目を細めた。ここまでは順調だ。

 

 



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エピソード40

提督と長門を前に、龍田は説明を続けた。

「長門さんは尊敬出来る格好いい存在。だから提督が惚れても仕方ないっていう流れよ~」

「なるほどな・・だが私は着任したてでLVも1だ。そんなに都合良く行くだろうか?」

「うん。普通の方法だと無理だと思うの。だから、並の子達より厳しい道を行くしかないと思う」

龍田はそっと溜息を吐いた。

事ここに至り、自分が提督を好きだという気持ちがうっとうしい位解る。

どうして自分が他人の恋路の戦略を考えなきゃならんのだと、さっきから内なる自分が叫んでいるからだ。

しょうがないじゃない。と、龍田は内なる自分に言った。

だって、好きな人が好きになった人は自分じゃなかったんだから。

あ、自分で言って傷ついた。きついわね~

「具体的にはどうすれば良いのだ?自主トレとかか?」

「そうね。訓練メニューは天龍ちゃんがまとめてるから相談して欲しいけど」

「うむ、解った。他には?」

「さっき叢雲ちゃんと相談したんだけど、今から秘書艦をやってくれないかな~」

「な、なに!?今から秘書艦!?」

提督が眉をひそめた。

「ちょ、た、龍田、いくらなんでもそれはスパルタすぎないか?」

龍田は肩をすくめた。

「もちろん私が、最初の内、解らない事はサポートするわよ。表向きって事」

「それじゃ龍田が辛いだろう?」

龍田はポーカーフェイスが維持されてると良いなと思いつつ提督を見た。

その言葉に労働量をいたわる以上の気持ちがあったらどれだけ救われるかしらね。

「・・だからそんなに長くはフォロー出来ないわ。頑張ってもらうしかないわね」

長門は数秒、目を瞑って考えていたが、やがて龍田に向き直ると、

「そこまで手を回してくれるとは・・龍田殿、すまない。迷惑をかけるが、よろしく頼む」

と、頭を下げたのである。

龍田は思った。提督よりは鈍感じゃないかもしれない。そして礼儀正しい。

「・・で、提督」

「はい?」

「そういう訳だから、叢雲ちゃんの講座は今朝で終了。後は本番だからね~」

「・・えっ?・・あっ」

「長門さんは右も左も解らないんだから、ちゃんと提督が教えてあげるのよ~」

「あ・・そう・・だね・・」

事の重大さにようやく気が付いた提督が青ざめていくのを見て、龍田は思った。

・・意外と提督を苛めるのもスッキリして良いかもしれない。

嫉妬の二文字がうっとうしいけど。

「間違っても皆の支持を得るまではイチャコラ禁止よ。今言った計画が全部水の泡になるからね~」

だが、龍田にとって不幸な事に、この二人はその方面にトコトン無学だった。

「イチャコラって・・・なんだ?」

「会話禁止とか言われると仕事出来ないし・・具体的にどんなのがダメなんだい?」

真剣な眼差しで二人からこう言われた龍田は、がくりと頭を垂れた。

 

それくらい考えろと突き放す事も出来る。

だが、この二人で相談してもトンデモな結論になる事は明らかだ。

え・・

でも・・

なんで私がそんな事まで説明しないといけないのよぅ・・

これは一体どういう罰なのよ、教えてよ天龍ちゃん・・

 

この間、5秒。

龍田は覚悟を決める、鉛のように重い溜息を吐いた。

半分死人のような顔をしつつ、よろよろと龍田は二人の方に顔を上げた。

龍田は思った。

こんな事を乗り越えたら、きっとLVが5くらい上がるわね(※本人の希望です)

 

「あんまり何回も言いたくないから・・1回しか言わないわね・・」

 

こうして、龍田は、何がイチャコラか(龍田的見解)という事を二人に晒す事になった。

勿論二人は大真面目な顔をして聞いていたし、メモも取ろうとしたが、

「メッ!メモは!メモだけは勘弁してぇ!」

と、龍田が真っ赤になって首を振って阻止した。

青葉は長門から後日この話を聞いた時、

「どうして私はその時着任してなかったんでしょう!信じられない程の致命的な後れを取りました!」

と、地団駄を踏んで大層悔しがったそうである。

 

龍田が恥ずかしさのあまり、赤面しながら提督室を飛び出していった後。

 

長門は提督に言った。

「その、我々は・・もしかしたら龍田に何か大変な事を頼んでしまったのでは・・ないだろうか?」

「い、いや、だって何がイチャコラか解らないのは本当の話だし、それが禁止と言われた以上はなぁ・・」

「だが・・そうは言いつつも・・」

「聞いてみれば、こういう事を公の場でしたいとは、思わない事ばかりだったよね・・」

「う、うむ。それこそ私の未来の旦那様にも、あ、あんなハレンチな事は・・させぬ」

「ま、まぁせいぜい、旅先の宿の部屋の中とか、かなあ?」

「ふーふー、あーんをか!?」

「え?あ、そっち!?それ位なら良いかと思ったけど・・ダメですか長門さん?」

「い、いいいいや、き、嫌いでは、無い・・って何を言わせる!」

「ふげふっ!」

こうして、長門は着任初日から右ストレートを提督に御見舞いしたのである。

 

さて。

真面目を絵にかいたような長門は、その直後から「しきたり」に順応すべく提督と動き出した。

まずは全員がやっている通過儀礼、つまりバンジーの洗礼である。

「そう・・ロープをカラビナに通したら、きちんとナットを締めて固定するんだよ」

「こうだな」

「うん。それで、飛び込む時の姿勢はこう。真似して。まずは手を後頭部に当てる」

「こう・・だな」

提督に教わりながら二人でバンジーの準備を進める姿を幾つもの目が見ていた。

壁の陰から、廊下の窓から、草むらから、食堂の奥から。

その目の色は一様に複雑なものであり、ここにもその1人が居た。

 

「そんなに気になるのなら教えて差し上げれば良いじゃないですか・・」

間宮は肩をすくめながら、チラチラと二人を見てはアイスを食べる龍田を見て言った。

「せめて今日だけは顔を合わせたくないの~、思い出すから~」

「思い出す?」

「なっ、何でもないわよ~」

龍田はアイスを口に運び、アイスコーヒーのグラスを握った。

アイスでも食べてないと顔から火が出そうだ。

どうして自分が仮想の旦那様としたいと思っていた事を暴露しなきゃいけなかったのか。

勿論そうと解らないように説明したが、羞恥プレイにだって限度という物がある。

再び窓の外を見た時、そこに長門の姿は無かった。

提督の顔の先を見上げると、20mの飛び込み台の袂に長門が立っていたのである。

 

すうっ。

 

宙に突き出た飛び込み台に乗る前、長門は下を見て目を瞑った。

遠い遠い昔、進水式を間近に控えたドックで下を見下ろした時くらいの高さか。

あの時は飛び込む必要は無かったが、今度は飛び込まねばならない。

そうでなければ、自分はこの鎮守府に受け入れてもらえないのだから。

正直、怖い。

だが、提督は大和型まで耐えられると言い切った。己が上官を信じずに何とするか。

・・よし。行くぞ!

長門は目を開くと、カツカツと歩き出した。

手は後頭部、躊躇わず、ジャンプせず、ただ落ちるに任せる!

 

「!」

 

提督が、龍田が、実はほとんどの艦娘が。

長門のバンジーを見た。

それは微塵も歩みを止めず、カツカツと歩き、そのまま綺麗に落ちる姿だった。

落下中は口を開けない。舌を噛んでしまうかもしれないと提督が再三注意したからだ。

長門は提督に言われた通り、口を真一文字に結んだまま耐えた。

叫ぶ代わりに奥歯をぎゅううっと噛みしめていたが、それはギャラリーには解る筈もなく。

グイーン・・グイーン・・グーン・・・

4回目のバウンドで速度を殺したと判断した装置は、エアクッションの上に長門を下ろした。

「長門!長門っ!」

長門は駆け寄る提督に手を差し出しながら、

「確かに・・怖いものだな。あんな高波が起きている時には出たくないな」

と、今しがた居た飛び込み台を真っ直ぐ見上げたのである。

 

長門、一切躊躇わずに綺麗に飛び込む。

 

この話で艦娘達は持ちきりになったし、たまたま遠征中だった多摩達は帰るなり教えられた。

「も、ものすごい、クマ」

「さすがビッグセブンにゃ・・」

そう。

この1件で、長門はすでに勇者として見られていたのである。

それは龍田が描いた戦略であり、描いた以上の効果があったのだが、

「今だから言えるけど、あの時はすっごく複雑な気持ちだったわ~」

と、指輪を貰った後に龍田は苦笑しながら打ち明けたのであるが、それはずっと後の話。

 

長門が秘書艦を始めて3ヶ月が過ぎた。

最初はもやもやした気持ちを押し殺して対応していた龍田だったが、やがてその人柄を認め始めた。

それと同時に、なんでこんな良い人が提督に一目惚れしたんだろうと疑問を持ったが、

「恋は病気とは、良く言った物よね・・」

この結論で納得するしかないと肩をすくめたのである。

とにもかくにも、長門は真面目だった。

朝と日没後の2回、演習林を含めた鎮守府全体の見回りを行う。

トレーニングにも参加し、率先して動き、解らない事は素直に教えを乞い、きちんと礼を言う。

義理人情に厚く、優秀な相手を素直に認める。そして、

「秘書艦自らが手本を見せねばならぬ」

といい、第1艦隊になった班を率いて演習や出撃をこなしていった。

しかし、ある時期から少々無理をしているなと判断した提督は

「第1艦隊として演習で実力を蓄えつつ、鎮守府の奥の手として控えていてくれないか?」

と言って、それとなく出撃回数を減らさせた。

それは艦娘達もそう思っていたので異存は無かったのだが、

「もうすっかり、長門と提督はおしどり夫婦よね・・早すぎるわよ・・まったく・・」

と、叢雲が溜息を吐く程に相手の考えを理解する関係へと進んでいったのである。

 

 



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エピソード41

時は流れ、提督がサングラスを披露した日に戻る。

 

龍田は自室で、先程提督から貰ったサングラスを弄っていた。

良く考えてみれば、提督から貰った初めての贈り物らしい贈り物だ。

それがこれかよという微妙な気持ちはあるが、プレゼントには違いない。

 

「色々、あったわねぇ・・・」

 

右も左も解らない司令官と右も左も解らない私達でドタバタした事もあった。

ひたすら姉の連帯責任を取らされては天龍と二人で営倉で小声でお喋りした夜もあった。

なんだか印象すらよく解らないまま居なくなってしまった司令官も居たっけ。

でも。

提督が鎮守府に来てから鎮守府の雰囲気は一変した。

さらに長門が来てからは親しき仲にも礼儀ありという、ピンとした雰囲気になっていった。

誰が強制したものでもなく、長門に憧れる艦娘達が自主的に雰囲気を変えていったのである。

それでも相変わらず軍隊調文化とは程遠い。

しかし、視察に来た少将も総員起こしの件以外は文句を言わなかったから良しという事だろう。

戦果は皆の平均練度向上と共に上がり、大型討伐の補給支援といった役割も回ってくるようになった。

提督がやりたい事も、大本営にほとんど申請する事無く実現出来る所まで裏財源も整って来た。

龍田はサングラスをつついた。

私はすっかり、黒子役に収まっちゃったなぁ。これで良かったのかしら。

 

叢雲と電によってドロップ方法が解明された後、出撃部隊はなるべくドロップするよう命じられた。

ただし提督ではなく、龍田から、である。

ドロップは急増し、鎮守府の歳出や消費資材は減ったが、大本営には一切変わりないと告げている。

そう。

現在、提督が承認した全ての報告書は一旦、提督棟1階に居る龍田の元に集められている。

そして文月と不知火を含めた3人で添付する資料を「調整」してから大本営に伝えている。

3人以外は誰も知らない事だ。

ドロップは実際より少なく報告し、建造を数多く回したと報告する。

そして本来建造に消えた筈の資材は別の地に蓄積している。

この資材こそが裏財源の源なのである。

 

部屋の扉がノックされたので、龍田はサングラスから部屋のドアへと目を移した。

 

「はぁい、どうぞ~」

「失礼します。龍田さん、そろそろ時間ですが、宜しいですか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってたわ」

 

龍田はサングラスをすちゃりとかけると、迎えに来た不知火と文月に頷き、鎮守府を後にした。

海原の日光を遮るには丁度良いかもしれない。

 

午後。

鎮守府からやや離れた小さな島に、古びた木の小屋があった。

龍田達はサクサクと砂浜を踏みしめながら小屋に入って行く。

小屋に向かう砂浜には幾つもの足跡が付いていたが、やがて波に流されて消えていった。

 

小屋の床をココンコンと靴でタップすると、ガラガラという音がして床板が開いた。

龍田達はそこに現れた地下へと通じる階段へと進んでいくと、程なくして重武装の警備艦娘が現れた。

「ボディチェックを行います。艤装はお預かりします」

艤装を外した龍田達に、警備艦娘達は探知機を使って武器を隠し持ってないかチェックしていく。

「御協力ありがとうございました」

すっと身を引いて敬礼し、奥の扉を開ける警備艦娘達に軽く敬礼を返しつつ、龍田は入って行った。

 

「こんにちは~、皆さんお元気かしら~」

「Hey龍田、今月もスゴイねー!」

「いつも通りよ~」

すっかり仲良しになったある鎮守府の秘書艦である金剛とハイタッチした龍田は、いつもの席に座った。

文月と不知火がそっとすぐ後ろの席に浅く腰掛ける。

「あら龍田、そのサングラスどうしたの?」

上座の方から声が飛んで来たので、龍田はふっと緊張した微笑みに変わると、

「はい。提督からの初めてのプレゼントなんです」

と返した。

「あらそう・・って、今頃初めてのプレゼントなの!?」

「はい」

「相変わらず貴方の提督は天然というか・・鈍いわね」

「そうですね。本当に」

龍田がきちんとした返事を返している相手は、大本営の雷である。

昔は容赦ない粛清に次ぐ粛清を行って死神と恐れられ、生きた伝説と呼ばれている。

今は大本営の大将の奥方として、表にも裏にも広く顔が効く。

この会合は「雷会」と呼ばれている。

大本営の公式活動ではどうしてもケア出来ない案件を速やかに処理していく、雷独自の裏組織である。

メンバーは雷自らが声をかけた艦娘達であり、独自に組織を持つものも居る。

 

 「主人にあまり心労をかけるのは可哀想だからねっ」

 

雷はにこっと屈託のない笑顔で設立理由を語る。

だが、活動内容はかなり広範囲。もっと生々しく言えばエグイ案件もあるのだ。

数名の艦娘が入ってきた後、警備艦娘が合図したのを見ると、雷は頷いて口を開いた。

「皆の顔が今回も見られて嬉しいわ。じゃ、今日集まってもらった趣旨を説明するわね」

 

説明する雷の口調は明るかったが、龍田達は真剣な表情に変わった。

 

大本営所属艦娘の中でも、大将や中将が自らの判断で極秘裏に動かせる直属部隊が居る。

そして中将直属の大和が旗艦となり、ある海域に集まった深海棲艦達の討伐が開始された。

それは発見時には即討伐が必要な程に成長しており、鎮守府に連合艦隊要請を行う時間が無かった為だった。

戦いは非常に困難を極めたが、どうにか主な標的は撃破し、その目的を達成したのである。

「でもね、ここからが困り物なのよ」

雷は少し声色を下げた時、列席者の顔は既にこわばっていた。

特に大将直属の部隊は通称「異能者艦隊」と呼ばれている。

異常に強運の雪風、桁違いの強さを誇る武蔵など、大規模鎮守府でさえ太刀打ち出来ないと言われている。

それが束になってかかって辛勝する相手など、一体どれだけの相手だったのだ?

「雪風とか小さな子は上手く逃げたんだけど、大型艦船の子達は軒並み損壊個所があるのよ」

「大和や武蔵は目立つから、大本営のドックで大修理なんかしたらあっという間に発覚しちゃうのよ」

「特に大和の被害は甚大で、正直、大破レベルよ。良く沈まなかったと言っても良いくらい」

「確かに勝利はしたけど、大本営の中でも一部の承認だけで強行した事案だから知られたくないの」

龍田はすいっと手を挙げた。

「ん?どうしたの、龍田」

「私共の鎮守府に大和殿の修復を御命じください。こう言う時の裏資材です」

「あーそっか。頼んでも資材の流れでバレちゃうのか。とにかく、大和を向かわせるからお願いね、龍田」

「はい」

「武蔵は中破なんだけど・・誰か頼まれてくれない?」

「Yes雷!私達に任せてクダサーイ!」

「良かった。じゃあ金剛の所に向かわせるわね。えっと、次は・・・」

こうして龍田達は、雷の命で大本営の大和の修理を引き受ける事になったのである。

 

裏資材に高速修復剤(バケツ)は無い。

ゆえに、一切尻尾を掴ませないようにするには、通常修理で対応するしかない。

 

雷から大将承認済の極秘指令書は発行してもらったので、それを提督と長門に見せたところ、

「・・そうか。解った。資材は足りるかな?」

「ええ。そこは任せて~」

「しかし、高速修復剤が使えないとはもどかしいね」

「しょうがないわ、そういう命令ですもの~」

「解った。長門」

「なんだ?」

「すまないが修理が終わるまで、大和に付き合ってやってくれないか」

「なぜだ?」

「それだけの被害を受けたのなら大和自身だって傷ついてるだろう。ケアが必要な筈だ」

「わ、私が何をすればいいんだ?」

「長門は良い聞き手だ。話を聞けば良い。もし大和が甘味嫌いじゃなければ間宮に頼め。すべて私が払う」

龍田はふうんと思いつつ提督を見た。ちょっとは鎮守府の長らしくなって来たかなぁ。

 

 



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エピソード42

物も言わず、次から次へと大和はケーキを平らげていく。

間宮が苦笑しながら使用済の皿を引き取っていった。

大和さんが甘味女王だというのは存じてましたが、こんなに召し上がるとは・・・

少し前。

長門はドックの傍でぽつんと座り、ぼうっと海原を眺めている大和に声をかけた。

「隣に座っても良いか?」

「へ・・あ、あぁ。えっと、貴方が秘書艦さん?」

「うむ。ここの秘書艦を拝命している長門だ。よろしく頼む」

「大和です。この度は大規模な修理を引き受けて頂き、ありがとうございました」

長門は微笑んだ。こういう礼儀正しい相手は話していて気持ちが良い。

「礼なら手を上げた龍田に言ってやって欲しい。ところで、ここは冷えないか?」

「ううん・・じゃない、えっと、あの、大丈夫です」

長門は悪戯っ子のような目で大和の目を覗き込んだ。

「構わぬぞ。別に敬語で話す必要も無いではないか」

「う・・でも・・」

「修理完了までは長い時間を要するだろう。肩肘張っていては疲れてしまうぞ?」

「し、司令官さんはそういうの厳しくは無いの?」

「提督は箸の上げ下げまでガタガタ言うようなお方ではない。案ずるな」

大和はきょろきょろと見回した後、

「・・大本営の関係者は居ないわよね?」

「あぁ。ここには大和だけだ」

「じゃぁ・・よ、よろしくね、長門」

といって、にこりと笑ったのである。

「うむ。ところで、先程も聞いたが、温かい所に場所を移さないか?」

「んー、それなら食堂でお茶でも貰おうかしら・・」

「うちには菓子作りの上手い間宮がいる。なんなら甘味もどうだ?提督が・・おうっ!?」

長門は言いながら大和を見てびくっとなった。

両目がらんらんと輝いている。

「和菓子?洋菓子?ねぇねぇ、何個まで頼んで良いの?」

「あ、え、ええと、と、特に提督からは何も言われてないが・・」

「あーでも、そうよね。自制しないと申し訳ないし・・それはとにかく早く行きましょ!」

大和に背を押され、長門は苦笑しながら食堂へと案内したのである。

 

「うわぁぁあああ・・素敵・・まるで洋菓子屋さんみたい・・」

「いらっしゃいませ。ええと、もしかして、大本営の大和様ですか?」

「あ、はい。あ、しまった。ええと、言って良いんだよね、長門?」

「大丈夫だ。間宮は我が鎮守府専属だ」

「よ、良かった・・」

「色々大変なようですね。お飲み物は紅茶でよろしいですか?」

「はい!ロイヤルミルクティーで!」

「解りました。ではどのケーキがよろしいか、お選びくださいね」

間宮はそう言って厨房へと消えた。

大和はショーケースのガラスに顔をくっつけんばかりにして近づいた。

「こんな・・こんなレベルの高い間宮さんは滅多に居ないわよ。凄いわねぇ」

長門はポリポリと頬を掻いた。それは提督達が徹底的に鍛えたからだと思う・・

 

「え、えと、皆さんそんな物を召し上がってるんですか?」

「以前提督がくださったので、メモを取って通販でオーダーしてるんですよ」

間宮はごくりと唾を飲んだ。

正式に雇われて以来、間宮は不得手だった洋菓子作りに力を入れた。

ただ、一定のレベルは持っていたので、ある時クッキーの試食を頼んだのである。

内心では賞賛されると信じて疑わなかったのだが、艦娘達の反応が芳しくない。

「うん。ええと、素朴な味わいだよね」

「シンプルだし、こういう味も良いんじゃないかな」

褒め言葉とも取れるが、一方でもう少し何とかしろと言われている。

そこで間宮は、普段どんなお菓子を食べていたかと訊ねた。

すると艦娘達からは、ホテル専属パティシエや有名菓子処の名前がポンポン出てくる。

有名な品から知る人ぞ知る甘味まで、一体どうやって知ったと言うくらいだったのである。

間宮はヒアリングを終えた後、正直頭を抱えた。

ここでは甘味という言葉に対する要求レベルがトコトン高い。

この前、大人気ないかなと思いつつも叢雲の対抗策として供した上生菓子で普通だったのだ。

あまりにも、あまりにもこの鎮守府を甘く見過ぎていた。

間宮はそっと、ピカピカの冷蔵ケースや改装された部分を見た。

自分の為に、いや、自分の技術に期待して、龍田達は先行投資してくれている。

世界最高峰のパティシエ達に追いつく位の気概で挑まなければ、投資に見合うリターンにならない。

その日から間宮は、プライドをかなぐり捨てて一心不乱に自己研鑽を重ねた。

中途半端なものは出せないと、間宮は過酷なまでの修行を自らに課した。

定番商品であるアイスこそ初日から出したものの、他はしばらく出せなかった。

ようやく焼き菓子を皮切りにケーキを少しずつ出せるようになった。

勿論出す前には真っ先に提督の所へ行き、

「すみません。味見をお願い出来ますか?」

と言って披露した。最初、提督は何でも褒めてくれたが、

「お願いします。率直に、率直に教えてください!期待に応えたいんです!」

と、間宮は懇願した。それでも提督はオブラートに包みながら答えたが、

「なるほど・・確かに混ぜすぎで不味くなってますね。もっとシンプルにやってみます!」

などと、自らキツイ言葉に置き換えていった。

こうして、間宮は本来休暇中にやるはずだった甘味修行を鎮守府に居ながらやったのである。

昼夜問わず悩みぬいて研鑽に明け暮れたので、3ヶ月を数える頃には成果が出始めた。

今では

「通販するよりまずは間宮さんにリクエストしてみましょ」

というほどに信頼されているのである。

とはいえ、

「間宮さんのも美味しいのですが、やはりチーズケーキはあの店に限ります」

と言い切る加賀のようなケースもあり、100%賄えては居ない。

もっとも、提督は

「間宮さんが楽しんで作れる範囲で、作りたい物を作ってください。私は楽しみにしてますよ」

というので、加賀のようなケースも仕方ないと受け入れている。

以前の自分なら、

「私が作った甘味を差し置いてお取り寄せするのですか!?」

と、食って掛かったかもしれない。

それをしないのは、好きにやらせてくれる提督と、実力を認めてくれる艦娘達が居るからである。

そんな毎日を過ごした結果が、今の間宮なのである。

 

「・・はわわー」

大和は取り分けられたケーキを見つめて目を輝かせた。

「これはもう、芸術品レベルですね~」

間宮はにこりと笑った。

「お口に合うかどうか解りませんが・・」

「いいえ!これは美味しい!そういう雰囲気を感じます。ではっ!頂きますっ!」

大和は豪快に一口切り分けて口に運ぶと、途端に目じりを下げた。

「・・んふー♪」

もう1口。もう1口。

パクパクパクと3口でケーキを食べきった大和は深く息を吸い込むと、

「間宮さん!」

「はっ、はい?」

「今から、全部、2個ずつ、頂きます」

「・・へ?」

「ショーケースに並ぶ全ての甘味、全部2つずつ頂きます!はい財布!」

大和から札入れを受け取った間宮は、戸惑いつつ長門を見た。

長門は微笑んで頷きながら、

「すまぬが、可能なら言った通りにしてやってくれないか?」

と応じたのである。

 

 



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エピソード43

そして。

最後の一皿となったケーキを順調に食しながら、大和はその異常な戦いの核心に触れた。

「周囲全て・・そうね、大体10隻くらいの戦艦に囲まれたわ」

「それでよく生きて帰ってこられたな」

「武蔵と一緒に連続砲撃してたわ。もうごり押しも良いところ」

「さすがは大和型戦艦だな」

「でも艦橋にバシバシ当てられた時はもうダメかと思ったわ・・」

「しかし、なぜ大和1人が大破したのだ?」

大和は最後の一口を口に運ぶと、フォークをそっと皿に戻し、

「本当はね、轟沈が1隻居るの。その子を守ってあげたかったんだけど、守りきれなかったの」

そして俯くと、

「正確には、守ろうとしたんだけど、その子が自ら敵の前に飛び出したの」

大和はぽろぽろと涙をこぼした。

「戦艦がうじゃうじゃ居る中、幾ら潜水艦をどうにかしようったって軽巡が前に出れば蜂の巣よ」

長門は黙って聞いていた。

「16インチ弾の直撃で大破したその子は、足手まといになるから捨てていけって叫んだの」

「誰も見殺しにするつもりなんて無くて、だから一番近かった私が庇おうとしたの」

「でもそれで私の回避行動が鈍くなった事に敵はすぐ気付いて、攻撃が私に集まりだした」

「私が大破レベルの破損状態になった直後、あの子はさようならといって私の陰から飛び出した」

「敵艦隊は見逃すはずも無く、その子は私の目の前で沈められてしまった」

大和はそっと、ミルクティーを口に運んだ。良い香りが心に染みた。

「私、実はその後の事が少しだけ記憶に無いの」

「様子を見ていた五十鈴によれば、鬼のような形相で叫びながら撃ちまくってたらしいんだけどね」

「本当に、記憶に無いの。そして敵主力艦隊を数分で撃滅させたらしい」

「そんな事を私がしたのなら、もっと早くしてあげたら、あの子は沈まずに済んだ」

「ほんと、私って、ろくでなしだよね・・じっ、自分で・・自分が許せない」

「こんなところで、こんな良い思いをする資格なんて・・無いよね」

そういうと大和は、机に伏して泣き出した。

長門は頷きながら思った。提督の読みは見事なまでに当たっていた。

当たっていたが・・本当に聞くだけで解決するのか?

自害とか嫌な方向に行きはしないだろうか?

「大和さん」

大和がゆっくりと顔を上げると、いつのまにか真正面に間宮が立っていた。

「はい・・」

だが、その後の間宮は、長門の予想を完璧に裏切る事になる。

「甘えてんじゃないですよ~?」

ぽかんとする大和。何を言ってるんだとぎょっとする長門。

だが間宮は眉一つ動かさずに続けた。

「そういう事を言うなら甘味を絶って仰いなさい。食べてから言うのは甘えです」

「・・はぅぅ・・」

「記憶が無い?だからどうしたって言うんです。撃滅させたのは貴方なんでしょう?」

「そ、そうです・・」

「轟沈させる前にやれば良かった?その時やる方法を知ってたんですか?」

「い、いえ、今も解りません・・」

間宮は眉をひそめ、フンと鼻を鳴らした。

「知らないものをどうやって出来るんです?」

「・・・」

「そんな事は無いと慰められながら、方法も知ろうとせずダラダラ生きていくんですか?」

「う、うぅ・・」

「それこそその方に失礼です。その方は命を賭けて貴方を守ったのではありませんか」

「そ、その通り、です」

「貴方は生き残った。そんな過酷な事態を打破する力がある事をその方に教えられた」

「は、はい」

「ならばいつでもその力を放てるよう、方法を見つけ、鍛えるべきでしょう!」

「ひいっ!」

長門は青い顔をしながらも、間宮の言う事ももっともだと思った。

大和が背負うのは大本営であり、それはすなわち日本、いや、人類の最後の砦を意味する。

大本営が陥落するほどの事態になれば、恐らくはどの国も太刀打ち出来ない。

ならば1%の可能性でもあるのなら、更なる高みを目指しておくのは理に適う。

だが今、大和は悲しみのどん底だ。何もそんな時に言わなくても・・

「良いですか大和さん!」

「はいっ!」

「・・あなたのその力は、五十鈴さんを始めとして、沢山の方々を現に守ったのですよ」

「・・・」

「確かに仲間を1人失う事は辛い事。だけど沢山の人達を救った」

「・・・」

「今日のケーキは私からのプレゼントです。御代は要りません。お財布は返します」

「え・・」

「ですから大和さんは、その力を身につけて、ちゃんと使いこなしてくださいね」

「・・出来る、かな?」

ダン!

間宮が拳をテーブルに叩きつけたので、長門も大和も椅子から2cmは飛び上がった。

「ひぃっ!?」

「今吐いた寝言は聞かなかった事にしてあげます」

間宮の殺気漂う微笑みの前に、大和は蒼白になりながら震えた。

「あ、あわわわわわ」

間宮はぐいっと大和に顔を近づけた。

次は無い。

大和は間宮の笑顔の底にある凄まじい殺気を感じた。

鬼姫より怖い人がここに居たよ!

「貴方の力、ちゃんと、使いこなして、ください、ね?」

「はい!必ず使いこなせるよう精進させていただきますぅ!」

「よろしい」

間宮はそういうと大きく頷き、悠然と厨房に戻っていったのである。

一部始終を見ていた艦娘達は、一様に間宮の迫力に腰が抜けてしまった。

それは実は、大和も、そして長門もそうだったのである。

食堂の中を放心状態の空気が占めていった。

この鎮守府には一体どれだけ実は怖いという人がいるんだろう。

艦娘達はもやもやと、その候補になる対象を思い描いていた。

 

「はー、それは予想外だったなぁ」

提督は長門から一部始終を聞くと腕を組んだ。

「勿論私は、甘い物でも食べて休息を取れば良いという意味で言ったんだけどね」

「だろうな。あの展開まで読んで指示したのなら提督は神か物の怪だ」

「なんか龍田にも物の怪扱いされたなぁ・・まぁともかく、引き続き大和の面倒を見てやってくれ」

「うむ、解った。だが大和はあれ以来、なんとなく吹っ切れた目をしている」

「・・そうか。艤装も、心も、ちゃんと治ると良いな。任せたよ、長門」

「あぁ」

 

パタン。

 

長門が出て行った後、提督は傍らに控える加賀に言った。

「・・間宮さんがそんなに怖いって知ってた?」

「全く存じませんでした。以後留意します」

「だよね」

「ところで提督」

「うん?」

「あ、あの、今は臨時で秘書艦をさせて頂いてますが・・」

「長門に大和の付き添いを頼んでしまったからね」

「そ、その、今度から持ち回りで秘書艦をさせて頂けないでしょうか?」

「んー、そろそろ良いのかなあ。えっと、具体的なことは龍田に聞いてくれるかな?」

「へっ?」

「え?何?」

「ひ、秘書艦は、その、提督の選任では?」

「いや。今までは叢雲さんが自主的にやってくれたり、皆で決めてるみたいだよ?」

「ご、ご存じないんですか?」

「今まで1回も誰を秘書艦とするよ、なんて言った事ないからね」

「・・言われたいですね」

「え?何か言った?」

「何でもありません。次の書類にサインを」

「容赦ないね」

「サインを!」

「はい!」

 



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エピソード44

大和が大本営に帰っていった数日後。

それは、いつもの通り唐突にやってきた。

 

その日の秘書艦当番となっていたのは、比叡だった。

「はーい提督、大本営からお手紙ですよ~」

「はいよぅ」

比叡は金剛型戦艦の最後の1人として着任した。

これで第4艦隊開放だと祝賀ムードになる中、一足早く着任していた金剛を見つけた比叡は、

「早くお姉様と一緒に戦えるようになりたいんです!」

と、物凄い迫力で提督に迫り、出撃・演習・遠征を積極的にこなしたので、今や金剛と並び、すっかり主力の一翼を担っていた。

そのうえでこの多忙な秘書艦当番に挙手したのは、彼女なりに何か思う所があるのだろう。

それは提督にとってもありがたいことだった。

 

長門、扶桑、日向、そして加賀といった面々は凛とした佇まいで真面目に秘書艦をこなしていく。

それに対して、赤城や比叡は気さくで人懐っこい。

ゆえに提督も赤城や比叡と仕事する日が息抜きになっているのである。

「これで良いよね~」

「そうですね~」

龍田や叢雲がその場に居れば拳骨の1発でも飛んできそうな緩さであった。

 

しかし、封書を検めていった提督は、その中の大きな封筒を手に取った。

他を置いて開封し、読み始めると、次第に表情がこわばった。

提督は読みながら比叡に声をかけた。

「・・比叡」

「あ、はい。お呼びになりましたでしょうか?」

「・・大規模討伐作戦に参加するよう、指令が下された」

「え?」

「第1艦隊をここに呼んでくれ。最優先だ」

比叡は眉をひそめた。

 

「艦隊決戦か、胸が熱いな」

「いけるかしら・・」

「姉様・・山城は今回も必ず帰ってきます」

「鎧袖一触よ、心配要らないわ」

「全力で参りましょう」

「うむ。我が鎮守府も招集される程の評価を得るようになったか」

この時の第1艦隊は、長門を旗艦とし、扶桑、山城、加賀、赤城、そして日向であった。

「完了刻限が定められている以上、高速修復剤の大量使用と連続出撃は避けられそうにないな」

それは作戦を説明された第1艦隊全員の一致した見解であり、提督もそう感じた。

出し惜しみ出来るほど、まだ艦娘の層は厚くない。

恐らくは全員で第4艦隊まで常時フルに使って出撃と遠征を回さねばならないだろう。

低錬度の子には厳しい毎日になるだろうが、我慢してもらうしかない。

とはいえ、艦娘達の表情は興奮とやる気に満ちていた。

建造された目的に沿って本領を発揮出来る機会だからであろう。

提督もまた、初めての大規模作戦招集命令であった為、浮き足立っていたのかもしれない。

「よし!必須陥落目標は必ず達成するぞ!皆で頑張って制圧しよう!君達なら出来る!」

「はいっ!」

「まずは討伐がやりやすいよう、各班の再編、装備の見直し、不足装備の追加開発を最優先で行おう!」

「解りました!」

長門が声を張り上げた。

「よし!さっそく通常の班当番を解除し、食堂で臨時の作戦会合を全艦娘参加で行うぞ!」

「はい!」

提督を含めた全員が提督室を後にした後、小さく小さく、飾り棚の方からピシッという音がした。

 

討伐開始から2週間が過ぎた。

提督はここ数日、睡眠は3時間も取れていなかった。

次第に海域を制圧してはいたが、予想以上に敵の反撃は大きく、その速度は予想より悪かった。

そして提督は、執務中にどこかから、ピシッ、ピシッ、という小さな音がする事に気づいていた。

だが、どこからなのかさっぱり解らない。

そしてある日、長門との通信を終えた直後、提督は目を見開いた。

「そんな・・馬鹿な・・いや、そうか。お前達、だったのか・・」

 

「素敵な提督で嬉しいのね、伊19、そう、イクって呼んでも良いの!」

長門に連れられ、提督に向かってニコニコ笑う伊19を前に、提督は、

「うん」

と小さく、弱々しく頷き、続けて

「・・長門、全艦娘を食堂に集めてくれ。今実施中の作業は全て中止させなさい」

と言った。

長門は耳を疑った。まだ討伐は最初の海域が済んだだけだ。残り3つもある。

今も全力で出港準備を整えてるのに、わざわざ伊19着任の紹介を全員集めてするのか?

「提督・・紹介は後で良いのではないか?皆、忙しい。批判が集ま・・」

「長門っ!良いから言う通りにするんだ!」

目を瞑って大声をあげた提督の前に、長門は息を飲んだ。これは只事ではない。

自分が着任してからを思い出しても、提督はこんな言い方を1度たりともした事が無いからだ。

「・・解った。食堂に、集めれば良いんだな」

「全艦娘だ。遠征中の艦娘も全員帰投させろ。今、すぐにだ!」

長門は早足で提督室を出て行った。

話が見えなかった伊19は、きょとんとして提督を見た。

「提督?何をするつもりなのね?」

提督は疲弊しきっていたが、強い目で真っ直ぐ伊19を見返して言った。

「作戦から撤退する」

「どうしてなの?長門はまだあと3つの海域に進撃する必要があると言ってたのね」

「被害が甚大過ぎる。出撃部隊も資源補給部隊も、いや、鎮守府全体が疲労に包まれている」

「出撃ペースを落せば疲労も資源消費量も減らせる。多少の疲労轟沈は出るかもしれないけど、やり方はあるのね」

「そうだ。私はこの鎮守府を危うく取り返しのつかない方角に導く所だったんだ」

「・・どういう、事なのね?」

「今朝、それが割れたんだよ」

提督は飾り棚を指さした。

伊19が見ると、それは木製の、厚さ5cmはあろうかという大きな平板であり、そこに、

 

 「目標!轟沈がありえない鎮守府を目指す!」

 

と、書かれていた。

ただ、その板は真ん中から、木目にさえ沿っていない所から左右真っ二つに割れていたのである。

「・・物凄く不吉なのね。で、でも、こんな目標を・・掲げてたの?」

「そうだ。この鎮守府は以前、過去の司令官の愚策で20隻も轟沈させている」

「そうだったのね・・」

「私は、この鎮守府を引き継いだ時、その子達に約束したんだ。二度と轟沈をさせないと」

「・・」

「しかし、今の私は攻略出来ていないからといって皆の疲労を無視し、その極致に追いやっている」

「・・」

「このまま作戦を続ければ絶対に轟沈者が出る。板が割れたのはその警告だと思う」

「・・」

「オカルト的かもしれない。根拠にもならない。それでも私は、間違いに気づいた以上、止める義務がある」

「・・」

「長門から第1海域攻略完了の報告を聞いた直後に板が割れた。だから今が潮時なのだと思う」

「・・」

「君という偉大な潜水艦が来てくれた事はとても心強い。まだ誰も沈んでない。だから、今、止める」

「・・大本営から、怒られないの?」

「無論猛烈に叱られるだろう。降格や左遷もあるかもしれない。それで済むのならそれで良い」

「皆、頑張ってやってるのを止めたら、提督に腹を立てるかもしれないのね・・」

「気づくのが遅れた事は事実だから、後ろ指を指されても仕方ないよ」

伊19は黙り込んでしまった。

 

コンコンコン。

「・・入れ」

ガチャリとドアを開けた長門は、提督に言った。

「全艦娘、食堂に集めたぞ。出航していた艦娘は居なかったようだ」

提督は伊19に頷いた。

「良かった。じゃ行こうか」

伊19は両腕を組んで天井を見つめ、

「提督が、可哀想なのね」

そう、呟いた。

 

食堂に集まった艦娘達は、非常にざわついていた。

準備が完了してない、忙しい、話は後にしてほしい、いやいや鼓舞の1つも聞きたいなど、であった。

提督が長門と伊19を連れて食堂に入って来ても艦娘達は静まらなかったので、長門が手を叩いて制した。

間宮も雰囲気を察し、厨房から出てきた。

提督は一人一人の顔を見回してから、口を開いた。

「・・まずはここに居る全員に、お詫びを申し上げる」

そう言うと帽子を取り、深々と頭を下げた。

場が再びざわめいた。

 

 



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エピソード45

ざわめく艦娘達を前に、提督は気にせず続けた。

「今、君達の顔色を見て、思い知らされた。私は大変な過ちを犯す所、いや、犯してしまったのだ」

「だから現刻をもって、本討伐作戦から我が鎮守府は手を引く。繰り返す。現刻を持って作戦を中止する」

一気にざわめきが広がったが、普段はざわめきを止める側の長門が声をあげた。

「なっ!なぜだ提督!ようやく第1海域を制した!我々は次の海域の攻略計画を立てた!準備も進めている!」

うんうんと頷く艦娘が多数を占める中、頷かない面々が居た。

提督はその一人、龍田を見ながら言った。

「今、ダメージ0、疲労0、気力十分という者、手を挙げてくれないか?」

提督は言葉を切り、ゆっくりと見まわしたが、挙手する者は居なかった。

「長門。これが答えだ。我々は第1海域の攻略で既に満身創痍だ。これ以上の進撃は轟沈をもたらす」

「だ、だが、大本営は第4海域まで攻略せよと指示しているのだ。勝手に降りる訳にはいかぬ」

「いいや長門。私の命令で、私の勝手で、この作戦を降りるんだ。轟沈者を出してはならない」

「何を言っている!平時とは違う!我々のペースでシーレーンを奪還するのとは訳が違うのだ!」

「そうだ長門。私が犯した罪は、私もつい先程まで長門とそっくり同じ考えだったという事だ」

「当たり前だ!それが当然ではないか!」

その時、龍田がすうっと立ち上がり、静かに提督に向けて歩を進めた。

「・・なるほどね、提督。そんな考えだったんだ」

提督はまっすぐ龍田を見て言った。

「私は、忘れていたんだよ。龍田」

「・・ほんと、信用出来ない提督ね~」

 

 パン!

 

長門の、第1艦隊の、間宮の、そして全ての所属艦娘の前で。

龍田は提督の頬に、渾身の平手を打ったのである。

二人を除く全員が凍りついた。

 

龍田は数秒、じっと提督の目を覗き込んだ後、そっと提督の斜め後ろに控えて皆の方を向いた。

提督は、切れた口内の痛みを感じながら口を開いた。

「皆も知っての通り、この鎮守府には痛ましい、そして忌まわしい過去がある」

「愚かな司令官の独断と誤った指示で、20隻もの仲間が轟沈させられた」

「そしてその霊は、慰霊碑という形で私達の前に姿を現した」

「私はその慰霊碑に向かい、二度と轟沈させないと誓った。その途端慰霊碑が光に包まれて消えた」

「立ち会った電によれば、必ずやり遂げてくれという声を聞いたそうだ」

「だから私は、轟沈させない運用をこの鎮守府の目標として定め、提督室に掲げていた」

「・・だが」

そう言って提督は、脇に抱えていた板を皆に見せた。

「先程、この板が真っ二つに割れた。誰一人触っていない中、私の目の前でだ」

提督が板をテーブルに置くと、龍田がそっとティッシュを差し出した。

「口の中、切れてる?吐きだした方が良いわ」

「すまない」

受け取ったティッシュにそっと血を吐き出すと、提督は続けた。

「この板が割れたのは、沈んだ者達からの警告だと私は受け取った」

「これ以上進めれば轟沈者を出すぞ、何か忘れてないか?私達との約束を忘れてないかと!」

「・・そこまでされて、ようやく私は思い出したんだよ。ようやく、ね」

提督は伊19の肩を叩いた。

「皆が死力を尽くしてくれたおかげで、こうして伊19を迎える事が出来た」

「伊19は海のスナイパーと呼ばれている。解析能力も高いし、頼もしい仲間だ」

「今はまだ誰も轟沈していない。これから3海域を攻略するにはどう考えても時間が足りない」

「だから足りない時間をどうするか、ではなく、討伐そのものから撤退する」

「本来、もっと早く、もっと皆が疲弊しきる前にこの事に気付くべきだった」

「それはすべて私の責任だ。私が誤った方向に皆を導いてしまった」

「突然中止する事で徒労感、やるせなさ、私への怒り、批判、色々あると思う。全て甘んじて受ける」

「すまない、皆。私はこの件の一切の責任を取る。大本営には私が説明する」

「だからここで引いてくれ。あらゆる非常態勢を解き、休息してくれ。一人も轟沈する前に!」

「頼む!」

提督が再び大きく頭を下げた時、今度は誰一人として声を発しなかった。

龍田が皆を見回しながら継いだ。

「この件、提督の決断に異議ある人は居るかしら?・・そう。じゃ、長門さん」

びくりとしながら長門が口を開いた。

「な・・なんだ?」

「私は皆とこれから立て直し策を相談するから、提督と伊19さんを提督室へ連れてって~」

「あ、あぁ、解った」

「あと、大本営への連絡、よろしくね~」

「解った。任せろ」

「伊19さん、今はドタバタしてるけど、落ち着いたらバンジーしましょうね」

「え?ば、バンジー?」

「そうよ。それがこの鎮守府に来る子に最初にするしきたりなの」

「・・聞いた事無いのね」

「それでも、うちの鎮守府ではそうだから、従ってね」

「・・解ったのね。後でやり方、教えてなのね」

「うん。落ち着いたら、ね」

こうして、微笑みながらひらひらと手を振る龍田や艦娘達を後に、提督達3人は食堂を後にしたのである。

 

「・・・」

提督室に帰ってきた提督は、道中も含めて一言も喋らなかった。

長門も提督を何度かチラチラと伺い見るも、声をかけられずにいた。

ギシッ。

提督は帽子掛けにそっと帽子をかけると、応接コーナーの隅の椅子に腰かけた。

テーブルに肘から先を乗せ、目を瞑った。

全身が鉛のように重かったし、着任以来経験した事の無い罪悪感を感じていた。

何が自主性を重んじるだ。何が箸の上げ下ろしまでゴチャゴチャ言わないだ。

艦娘達の総意である進撃を真っ向から否定したではないか。

その時、ふと肩に何かが触れた。

振り返ると、伊19がニコッと笑って立っていた。

「提督・・肩凝ってるなの?」

「い、いや・・解らないが・・」

「ほら、こうすると・・」

「あげっ!?」

「痛い?いひひっ」

「いっ、痛っ!痛いです伊19・・さ・・ん」

「・・提督」

「うん」

「提督が言った事、なーんにも間違ってないのね」

「・・そうだろうか」

「川の石は、丸いのね」

「・・そうだね」

「それは、川の水の流れを、こっちじゃないよ、あっちだよって、一生懸命導いて、削れたからなのね」

「・・・」

「導く為には、自らの形が変わってしまう位、削れちゃうって事なの」

「・・・」

「提督は川の石、なの」

「川の石、か・・・」

「そう。皆が正しい方向に進んでない時、ちゃんとした方向に戻してあげるのが、提督の役目なのね」

「・・・」

「その時は削れるくらい辛くても、後になれば皆解ってくれるのね」

「・・これから更に、大本営にガシガシ削られるんだけどね」

その時、長門が伊19に頷き、肩もみの役を代わった。

手持無沙汰になった伊19は、提督の机の上にあった大規模討伐作戦の書類を読み始めた。

提督の言う通り、食堂で見た艦娘達は疲労困憊だった。

あれでは残り3海域を攻略する前に全員沈んでしまうだろう。

そんな無茶な進撃命令を大本営は出したのだろうか、と。

 



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エピソード46

長門は優しく提督の肩をもみながら囁いた。

「提督、先程はすまなった。説明を聞く前から声を荒げてしまった」

「当然の反応だよ。誰もが次の海域に全力で取りかかっていたのだからね」

「だが、説明を聞いて納得した。そして私もまた、沈んだ子達の事を失念していた」

「・・」

「気さくな山城、世話好きな叢雲、真面目な神通、思慮深い日向」

「・・」

「そんな仲間の1人でも失えば、討伐が終わった後も長く尾を引くだろう」

「・・うん」

「大破だろうが、疲労困憊だろうが、轟沈さえしていなければ間に合う」

「うん」

「間に合う段階で、提督が中止を決断してくれたのだ。感謝こそすれ恨む気持ちは無いぞ」

「・・長門」

「なんだ?」

「もし司令官が変わっても、皆を守ってやってくれ。どの司令官も間違いを犯すものだからね」

「弱気に過ぎぬか?」

「これから大本営に告げる事を考えれば、弱気にもなるよ。さて、と」

「どうした?」

「やる事をやるよ。通信棟に、行こうか」

「私も行く。第1艦隊旗艦としてな」

「・・止めても無駄だね?」

「あぁ」

「じゃあ伊19さん、ちょっとここに居てね」

「はぁーい」

伊19は生返事を返した。

書類の文章が回りくどいし、資料という資料が絡まって非常に読み辛い。

「なんなのね、これ。暗号か何かと間違えてるのね」

 

「中将は只今作戦会議中ですので、折り返しとさせて頂きます」

「解りました。終了目処は解りますか?」

「間もなく終わる予定ですが・・その」

「紛糾している、という事ですかね」

「・・その通りです。ですからしばらくかかるかもしれません」

「解りました。我々は御待ちします。通信は切って頂いて結構です」

「すみません。なるべく早くご連絡します」

「お願いします」

通信のスイッチを切った提督は大きな溜息を吐いた。

長門は提督に向いて言った。

「どうした?」

「あー、えっとね」

「うむ」

「ロシアンルーレットで引き金引いたら空だった感じ」

「・・なるほどな」

 

長門がくすっと笑った時。

 

ドンドンドン!ドンドンドン!

通信室の戸が勢い良く叩かれ、

「提督!長門!ちょっと待って!」

という龍田の声が聞こえたのである。

 

長門がドアを開けると、伊19を連れた龍田が入って来た。

「伊19ちゃんが、書類を解読してくれたのよ!」

「解読って・・どういうこと?」

怪訝な顔になる提督に、伊19が興奮気味にまくしたてた。

「この鎮守府の必須事項は、第1海域の攻略まで!なの!」

提督と長門は目を剥いた。

「えええっ!?」

「ど、どどどどういう事よ龍田さん!?」

「私もまだ詳しい事は聞いてないの、伊19ちゃん、教えて」

「イクで良いの。えっとね、この部分は、討伐全体の目的と必達目標が書いてあるのね」

「第4海域奥の主力艦隊と敵基地を攻め滅ぼす、とあるね」

「そうなの。で、この指示仔細第28条には、規模に応じて指定刻限までに指定海域を討伐の事とあるのね」

「そうだね」

「そして、付表41によると、ここはクラス6の鎮守府にカテゴリされてるのね」

「ええと・・そうだね」

「クラス6への指示は、付表22には無いのね」

長門が頷いた。

「そうだ。だからその情報は無視し、クラス4の指定に準じたのだ」

「そこが違うのね。付表22の注18に、付表22にないクラスは第56条に従って攻略する、とあるのね」

「・・・文字が小さ過ぎて読めん」

「い、いや、辛うじて読める。よく読んだねイクさん」

「イクで良いの。で、56条には、本項該当の鎮守府は攻略支援を目的として第1海域までの進撃で良しとあるのね」

龍田、長門、提督が一斉に56条に釘付けになった。

「・・ほ、本当、だ」

「指示書の解りづらさは相変わらず天下一品ね~」

「・・それなら私は、やっぱり君達から非難されて当然だよ。それを見落としてたんだから」

「その話は後なの!大本営に、何て言ったのね!」

「ま、まだ連絡してない。中将待ちだ」

「それなら良いの。クラス6の指定通り、第1海域の攻略を、指定刻限までに終えたって言えば良いのね!」

「・・・あ、そうか。・・そうだね」

「なんにも謝罪する必要はないの!胸を張って、終わった事を言えば良いのね!」

伊19がニッと笑った時、提督はぎゅっと伊19を抱きしめた。

「んにゃっ!?」

「ありがとう・・実は怖くてたまらなかった。助けてくれて、ありがとう。ありがとう・・」

伊19の肩に提督の涙が零れた時、通信機の呼び出しブザーが鳴ったのである。

 

「・・うむ、第1海域の攻略、ならびに伊19のドロップ、了解した」

「ありがとう・・ございます・・」

「ご、ご苦労だった・・本当に苦労したようだな」

「はい・・それはもう・・色々と・・」

「まぁ良い。皆でゆっくり休息し、充分英気を養ってから通常任務に戻りなさい。数日の休暇を許す」

「皆に・・伝えます。ありがとうございます」

「うむ。・・あー、いや、良いか」

「・・はい?」

「実はな、もう少し増援をという要請があって、クラス6でも余力がある者は海域2も頼んでいるのだよ」

「!」

「だが、まぁ、それだけ疲れた声をしてるのだ、提督の所は余力無しと報告しておく」

「ご期待にそえず、申し訳ありません」

「良い。所定の目的は遂行してくれたのだからな。では私は他にも待たせているので失礼するよ」

「はい・・では、通信を終わります」

ブツッ。

 

しーん。

 

数秒間、通信棟の中を静寂が支配した。

その後、提督が呟いた。

「終わった・・ね・・」

長門が頷いた。

「あぁ、結局私は横に居ただけだったがな」

「心強かったよ。ありがとう」

龍田がハッとしたように手を口に当てた。

「あ!じゃあ皆に海域2の進撃は元々要らなかったって伝えて来るわね!」

長門が頷いた。

「そうしてくれ。きっと龍田から言う方が皆納得するだろう」

「それはどういう事ですか長門さん」

「提督だとまた間違えてんじゃないだろうかと疑われかねないからな」

「ぐふっ」

「じゃあ急いで行ってくるわね~、えっと、全艦娘招集指示~」

提督はぐったりと椅子の背に頭を乗せた。

その提督の顔を、伊19が両手で優しく包むと、こう言った。

「イク、大金星なのね。提督のご褒美、期待しちゃうなのね~」

提督は一瞬目をぱちくりさせた後、笑った。

討伐が始まって以来、約2週間ぶりに心から笑うなと思いながら、笑った。

伊19はそっと手を離しながら、長門と肩を叩きあいながら笑う提督を見て思った。

ちょーっと涙もろいし頼りないけど、ちゃんと責任を取る優しい人、なの。

頼りない所は、しょうがないから、イクさん頑張っちゃうのね。

 

なお、提督が通信棟でスイッチを切った頃、真っ二つに割れた筈の板が元に戻った。

間宮さえ厨房に居り、誰も居ない筈の食堂のテーブルで、それは起こっていた。

直る瞬間を誰も見ていないのでどうやって戻ったのかはさっぱりだが、ヒビ1つ無く戻っていた。

龍田に呼ばれ、再び食堂に集められた艦娘達は、元に戻った板を見て愕然とした。

間宮を問い詰め、知りませんときっぱり言われた面々は理解した。

約束を忘れただけでこんな現象が起こせる何者かがここには居るのだと。

提督が言った事は大袈裟でも何でもなかったのだ。

もし、轟沈を頭を下げて防いだ提督の陰口でも叩こうものなら、それこそ強烈な罰が当たる気がする。

動揺した艦娘達は、そのまま実は第1海域の攻略だけで良かった事を告げられた。

その事を着任したての伊19がたった一人で解明したという事で、伊19は瞬時に人気者となった。

一方で、こんな解りにくい命令書があるかと、艦娘達は口々に嘆いたのである。

 

討伐作戦が終わった後、提督は古巣の117研究室に問い合わせた。

すると、本作戦での轟沈原因1位は過進撃による疲労轟沈だったと告げられた。

クラス6どころか10以下の小規模な鎮守府までもが第2、第3海域に突撃していたのである。

これには中将も首を傾げていたし、我々も不思議なのですと117研究室のメンバーは言った。

そこで提督は、伊19が指摘した事を伝えた。

驚いた117研究室は過進撃を命じた司令官に問い合わせたところ、全員が作戦指示書を誤解していた。

これにより、作戦指示書の記載方法について議論される事になった。

とはいえ、この不都合な事実は秘匿され、117研究室も提督も表立って評価される事はなかった。

ただ、数日の後、提督宛に大本営から小包が1つ届いた。

提督が封を切ると大本営で売っている焼き菓子が沢山詰められており、

「良い仕事をしたね。ハラショー」

というメモが添えられていたのである。

 




来ちゃいましたね。500話、150万文字オーバー。
でも、まだ大鳳建造のたの字も出てきてないですね。

ぶ、文庫本でも最後の一冊だけ、ちょいと分厚いというのは…よ、良くある事です。
い、いや、決して5章は15話位とか言ってた過去を誤魔化す為の言い訳じゃないですよ?(目逸らし)


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エピソード47

大討伐の後始末がようやく落ち着いた頃。

 

「あ、いえ、遠慮させてもらうわ・・」

「そうなの~?」

叢雲は自室で力なく笑いながら、訊ねてきた龍田に手を振った。

伊19を迎えた大討伐の為の全力連続出撃は、鎮守府に大きな影響を与えた。

艦娘達の疲労や破損、資源の枯渇といった直接的な影響も勿論あった。

だがそれ以上に、艦娘達の間における鎮守府内での力関係が変わったのである。

艦娘達の上下感覚は非常に複雑である。

まずは最も長く艦娘として活動している者が最も敬意を持って接される。

例えば大本営の雷やヴェールヌイ相談役がそうである。

次いで戦いに多く参加した者や貢献した者、LVの高い者、最後に艦種である。

この中で参戦、貢献、そしてLVの3点が、この大討伐により大きく変わったのだ。

ゆえに龍田は、現在皆が思う「順位」に従い、組織の再編を行う事にしたのである。

その際班長等の役職も入れ替えており、今日は秘書艦の再編について艦娘達の間を回っていた。

叢雲は、長門着任時に自らの希望で秘書艦を降りた。

ただ、今回の大討伐では出撃すれば潜水艦を薙ぎ払い、遠征にも何度も赴き、成功させて帰ってきた。

圧倒的な成功率は神業的な戦略で最後まで轟沈者を出さなかった文月と並び、賞賛を集めていた。

ゆえに龍田はこのタイミングで秘書艦にカムバックしないかと叢雲に訊ねたという次第であった。

もっとも、その文月は

「今もお父さんと仕事出来て楽しいですし、艦の性能的にも現状通りで良いと思うのです~」

といって、龍田&提督の補佐役を続けると表明していたのだが。

 

叢雲はちらりと龍田を見て嫌そうに目を瞑った。

にこにこ笑いつつも理由を聞かねば引かないという雰囲気を察したからである。

龍田は言外の意思が本当に良く解るわ・・主に圧力方向だけど。

叢雲はしばらくして、溜息を吐きつつ話し始めた。

「討伐の前は、色々な子達と遠征メインで、たまに潜水艦対策で出撃していたんだけど」

「そうね」

「・・とても楽なのよ」

「そう?結構出航回数も多いんじゃないかなぁ?」

「あぁ、違うわ。体力的な話じゃなくて、精神的な話」

「提督がもうフナムシ並みに嫌いとか~?」

叢雲が俯いたので、龍田は言葉を切った。

少し間を開けた後、叢雲は呟くように言った。

「て、提督の事は、今でも好きよ・・嘘じゃないわ」

「・・」

「でも提督の傍に居ると、他の子が提督にアタックする光景を頻繁に見る事になるわ」

「・・そうね~」

「提督が皆に好かれてるのは解るし、それは良い事だし、皆が集まってくるのも解る」

「ええ」

「でもね、毎日それだと、もっと私を見てよって提督に怒鳴りたくなって、いつもイライラしてた」

「・・」

「それが提督と離れたら、提督と仲良くした、とても良い思い出の記憶に浸ってられるのよ」

「・・」

「確かに提督の印象からは薄くなっていくでしょうし、負け犬の遠吠えかもしれない」

「・・」

「でも今、私は結構幸せで、他の子が提督とご飯食べてきたとか言っても笑っていられるわ」

「・・」

「だから、提督の秘書艦は遠慮するわ。提督と不仲になりたくないしね」

「・・」

叢雲は龍田を見て苦笑した。

「笑っちゃうでしょ?」

龍田はそっと、叢雲を抱きしめた。

「・・なんなら提督に拳の2つ3つ入れてきましょうか~?」

「止めて。提督が私だけを見てくれず、私の理想像と違うから腹が立ちますなんて理由にもならないわ」

「でも、恋する女の子としては普通だよ~」

「・・そうよね。でも」

「「あのニブチン提督が気付く筈が無いのよね」」

二人はハモったあと、プッと吹き出した。

「本当に犯罪級の鈍感よね~」

「でも、もし相手のそういう気持ちを繊細に理解出来る人なら、ストレスで壊れちゃうでしょうね」

「ほぼ全員が真っ直ぐに提督ラブだもんね~」

叢雲はニヤリと笑った。

「龍田は捻くれラブ勢よね」

「えー、そうかなぁ?私は別に普通だよ~」

叢雲はつんつんと龍田の太ももをつついた。

「アンタがここに隠し持ってる銃、提督とお揃いよね?」

龍田が無言で肩をすくめたので、叢雲がジト目になった。

「でしょ?」

「・・」

「・・認めなさいよ」

「・・たっ、たまたまよ、たまたまー」

「カスタムパーツまで全く同じガンスミスに頼んでるのに?」

「・・」

「真夜中の射撃場で提督と同じ場所に立って射撃訓練しているのに?」

「何の事かさっぱり解らないわね~」

「あらそ。じゃ、これを見て思い出しなさい」

叢雲はそう言って、取り出したスマホで1枚の写真を龍田が見た途端。

「きゃぁああぁあああ!いつの間に撮ったのよ~!」

「真夜中に遠征から戻った時よ。午前2時位だったかしら」

「・・・」

真っ赤になって押し黙る龍田を見て、叢雲はにふんと笑うとスマホを仕舞った。

「認めなさいよ。楽になるわよ」

「・・うー」

「・・ほら」

「わ、解ったわ、よ・・認めるわよ。もー」

叢雲は肩をすくめた。

「そこが解るんだったら、私の言った事、解るでしょ?」

「んー、私なら隙をついて強奪するけどなぁ」

「物理的にはそれが出来ても提督の心まで変えられる?私には無理よ」

「諦めたら試合終了だと思うんだけどなぁ」

「って事は、龍田は長門から強奪しようと虎視眈々と狙ってるわけ?」

「んー・・」

龍田は腕を組んだ。

今まで自分の気持ちすら認める事すらしてこなかったので、その先まで考えていなかった。

いや、考えないようにしていたのだ。

考え出したらきっと・・

「ごめん。叢雲ちゃんの事言えないわぁ」

「でしょ。好きな人が自分以外を好きな様子を間近で見るって、ダメージ大きいのよ」

「ダメージが大きいっていうか、私なら殺意が湧くかなぁ」

「でも提督がもし自分を好きだったら回りなんて気にしないでしょ」

「当たり前じゃな~い」

「そういう意味では、長門は尊敬に値するわ。幾ら貴方に言われたからと言ってもね」

「そうね~」

龍田は頷いた。

 

長門も提督も、龍田の言った「イチャコラ禁止令」を今も忠実に守っている。

鎮守府内で長門は、大討伐でも最前線に立ち続けた事もあり、今や誰もがNO1と認めている。

だから龍田のシナリオはとうに終わっており、堂々とイチャついても良い頃合いだった。

しかし長門も提督も、そういったそぶりを見せない。

明らかに親しい関係だと誰もが解るが、イチャつかない。

それは艦娘達にとっても「あの二人があぁなんだから自制しないとね」という役割も果たしていた。

「そうねぇ。だからこそアプローチしにくいんだけど」

叢雲は溜息を吐いた。

「それでも試食だ相談だお土産だ報告だおやつだって来てるんでしょ?」

「前よりは秩序が出来たわよ?」

「ルール作ったから、ね」

 

 鎮守府就業規則第22条 

 1)提督の執務中に報告や相談を行う場合、以下の内容を順守する事。

  ア)出撃・遠征・演習・建造・開発・特命案件・戦略関連

   →時間制約なし。ただし提督就寝中は緊急に限る事。

  イ)ア項以外の場合

   →1500時から1730時まで(ア項や先客を阻害しない事)

 2)1項に違反した場合、1ヶ月の間、提督室入室を禁ず。

 

「ルール作る時は揉めに揉めたけどね~」

「神通が「それじゃ試食を頼めない、私ばかり狙うなんて酷いです」ってさめざめ泣いたのが一番困ったわね」

「提督がその話を聞いて「別にいつでも試食OKだよ?」って言ったからあっさり解決したけどね~」

「提督の食い意地が張ってて良かったわ」

「お腹周りは着々と増えてるけどね~」

「あれは中年太りでしょ。運動しないからよ」

「日向ちゃんの基礎体力訓練に参加させたら1時間で倒れちゃったし~」

「初日から演習林踏破15kmマラソンなんてやらせたからでしょ」

「翌朝迎えに行ったらもう2度としないって泣いたらしいわよ~」

「相変わらず鎮守府の長としての自覚が足りないわよね」

「しょうがない人よね~」

龍田と叢雲はふふっと笑いあうと

「とりあえず、叢雲ちゃんが秘書艦をしたくないってのは解ったわ。無理にとは言わない」

「そうして欲しいわね」

「ただ、提督は相変わらずへっぽこだから、要所要所では助けてあげてね~」

「任せなさい。駆逐艦の新入生教育はしっかりやってるし」

「あー、だから駆逐艦の新入生の子達は礼儀正しいのね。でも、お手柔らかにね~」

「はん。後輩のだらしなさは先輩の恥よ」

「んー、じゃあ私は他にも相談あるからそろそろ行くね~」

そう言って立ち上がった龍田を叢雲は目で追うと、

「断ってごめんなさい。あと、話を聞いてくれてありがと。気持ちが整理出来たわ」

と、ぽつりといった。

「そのうち間宮さんのケーキでも奢ってね~」

龍田は手をひらひらさせながら部屋を出て行った。

 

 




E1から迷わず「丙」ボタンを押したLV97司令は私です。
え?五十鈴改2艦隊と3式ガン積みの由良艦隊の2艦隊体制だろって?
だから何だと言うんですか。
それぞれのしんがりは睦月と如月なんですよ?
怪我でもしたらどうするんですか(真顔)

時津風さん来ないかなぁ・・
明石さんでも良いです・・

※規則名に「ソロル」と入っていたのですが、紛らわしいので消しました。ご指摘感謝。


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エピソード48

ええと、5章は全体的に第一章の遥か前で、北方海域で四隻が轟沈する事件の手前まで、という全章の中で最も昔の話になります。

初代司令官の着任が一番古い時点で、提督の着任へと続き、龍田のサングラスはあらかた一章以降に続く基本体制が整った過去の1時点、そして今の話の状況はサングラスの時点から轟沈事件に向かって進行中です。



 

大討伐でLVがないと話にならないと痛感した艦娘達は、より多くの訓練を望み、傾注するようになった。

一方で提督はこの雰囲気に疑問を投げかけ、ついにある時から

「スポーツでもやり過ぎれば体を壊すんだよ。あまり過酷なメニューを課さないように」

と言い、更なる訓練強化の申請を否認するようになった。

しかし。

艦娘達は大人しく聞くふりをしながら、提督に隠れて自主的なトレーニングを重ねていた。

 

提督はある時から鎮守府の雰囲気に何となく違和感を感じ始めた。

全体に疲労感があるし、絆創膏やサポーターをしてる子が増えた気がする。

そこで、さりげなくドックで工廠長と雑談をして待ったりしていたが、証拠を掴めずにいた。

 

そんなある日の事。

「海の中からこんにちは~、ゴーヤだよっ!」

「ほうほう。これでようやくイクさんも寂しい思いをしなくて済むね」

「イクで良いの。でもその通りなのね」

伊58、通称ゴーヤと呼ばれる潜水艦である。

伊19の妹分に相当し、幸運と名高い雪風や瑞鳳に並ぶ運の強さを持っている。

伊19が当番で伊58の建造に成功したので、ようやく2隻目の潜水艦の着任と相成った訳である。

「良かったなあ。相部屋で良いのかな?」

「大歓迎なの!」

「伊19は勉強熱心だからね、色々教えてもらうと良いよ」

「そうなんですか!よ、よろしくお願いしますでち!」

「任せて!なの!」

提督はふと、手を顎に当てて考え込んだ。

今、秘書艦の長門はお使いで席を外しており、しばらく戻らない。

伊19と伊58は不思議そうに首をかしげている。

提督はちょいちょいと手招きをし、声を潜めつつ二人に話しかけた。

「あのね、伊19、伊58」

「なんなのね?」

「何でち?」

「機密保持と調べ物は、潜水艦の得意分野だよね」

「そうね」

「でち」

「君達を見込んで、極秘の指令を発しようと思うんだけど、受けてくれないかな?」

二人はピシッと敬礼した。

説明を終え、二人が出て行った後、提督は浮かぬ顔で窓の外を見た。

調査結果が揃ったら仕掛けてみるしかないなぁ。

こういうのは大本営に置いてきたつもりだったんだけど、こっちでも必要になるとはね・・

 

数日後。

「いや、何の話か解らないぞ、提督」

「そうかい?」

「そうだ」

ここは人払いをし、遮光カーテンを閉めた提督室。

真上から照らされるスポットライトは2人の人物を照らしていた。

応接コーナーに向かい合って座っているのは日向と提督。

だが、いつもの和やかな雰囲気ではなかった。

提督はテーブルに両肘をつき、顔の前で手を組んで言った。

「もう1度聞くけど、私が承認した以上の訓練や演習はしていないんだね?」

「そうなるな」

「・・・本当に?」

「ほっ、本当だ」

「ふうん・・」

提督は気だるそうな、じとりとした目線で日向を見た。

日向は表に出さないようにしていたが、内心はドキドキしていた。

 

日向、長門、そして神通の3人が艦娘達の特訓でコーチ役をしている。

特訓は、提督に申請してある基礎体力訓練の「前後」、つまり直前と直後に行っている。

基礎体力訓練は日向が起案し、提督承認済の訓練だ。

問題は特訓のほうで、提督非承認の上、隠蔽工作までしている。

艦娘達、特に各班長が班全体のLVを上げたがり、他の班に後れを取るなと競い合っていた。

日向達も訓練自体は悪くない、むしろ訓練に制限なしと皆を鼓舞していたが、うるさく言う提督に対しては徹底的な緘口令を敷き、発覚しないよう隠蔽工作をしていたのである。

 

日向は部屋に入った時、部屋の違和感以上に提督の雰囲気の違いに気づいていた。

目つきがいつもとまるで違う。

喜怒哀楽を真っ直ぐ顔に出す提督は百面相と言われているが、こんな表情は見た事が無い。

問いかけを止め、しばらく日向の表情を窺っていた提督は溜息を吐くと、

「ふむ・・じゃあ仕方ない。始めようか」

そう言って足元に置いていたスーツケースをテーブルの上にドンと置き、自分に向けて開いた。

スーツケースの蓋が日向と提督の間を遮る格好になり、日向には提督の首から上しか見えなくなった。

日向の不安が一段上がったのは、提督が上目遣いでこっちを見たからだ。

照明の加減なのか、半開きの目は心なしか光が鈍い気がする。

「さて・・日向さん」

「な、なんだ」

「まずは、工廠長から教えてもらった情報なんだけどね」

「あぁ」

「艤装は問題無いが、実体だけ怪我という治療件数が、2か月前に比べて4倍に増えたそうなんだ」

「そっ・・そうか」

ゴクリ。

日向は唾を飲んだ。

バレないと思っていたのに、何故気付いたんだ?

 

訓練を増やす程、疲れによる不注意から軽い怪我はしがちになる。

だが、実体だけの治療なら医療妖精のみの対応となり、ドックを使わないから記録に残らない。

艤装を外して訓練する事は隠蔽工作の一つだったのである。

提督は日向の目を見ながら続けた。

「基礎体力訓練のメニューは、私が承認した内容通りかな?」

「まぁ、そうなるな・・」

「安全は確保するよう念を押したよね?それに、何度か対策会議もしたよね?」

「う、うむ、そうだ」

「ならばどうして基礎体力訓練後の怪我の治療依頼件数が飛び抜けて多いのかな?」

日向は慎重に考えてから答えた。

「よっ、四倍になったのが・・全て基礎体力訓練後に集中しているのか?」

「・・いいや、あくまで累計だから、全ての時間だね」

「わっ、私の基礎体力訓練はメニューを変えてないし、怪我人も出していない、ぞ?」

そう。

基礎体力訓練の時間中に怪我をする子は居ない。

提督の言う通り何度も見直して手厚い安全策が取られているからだ。

だからこそ艦娘達から生温いといわれるのだが・・・

いずれにせよ特訓は基礎体力訓練ではないと、日向は自分に言い聞かせていた。

そうでないと自分を見る提督の目が恐ろしくてたまらない。

まるで獲物を狩る蛇のそれだ。

「・・ふむ。じゃあ別の所で怪我が増えてるって事だね」

「そうなんじゃ、ないか?よ、よく解らないが」

「そうかぁ」

「そうだ」

「じゃ次。基礎体力訓練の承認した書類がこれなんだけどね」

「うむ」

「私は紙の裏に連番を書く癖があってね」

ぎくり。

日向は飛び上がりそうになるのを必死にこらえた。

提督への隠蔽工作として、基礎体力訓練の開始と終了時間を記した紙を、特訓の時間を含んだ物とすり替えたのだ。

それは長門が行い、万事問題無しと言っていたのだが・・

「・・このページだけ、裏に連番が無いんだよ。ほら」

提督は首を僅かに傾げ、しかし日向をじっと見つめたまま、日向の前でゆっくりと承認書類を裏返して見せた。

隅の方に小さく記された連番は真ん中の1枚だけ抜け落ちており、番号が飛んでいる。

「表を見る限り、この3枚はセットだ。だがね・・真ん中の1枚だけ、連番が無いんだ。一体どういう事だろう?」

「しっ、知らない。私はその紙の表を書いただけだからな」

最初の基礎体力訓練時間の申請時とすり替え用の2回作ったが、両方とも日向が紙に書いたのは本当だ。嘘は・・吐いてない。

「すると、この2枚目の紙も筆跡は一緒のように見えるから・・日向が書いたのかな?」

「あ、あぁ。そうだ」

「間違いない?今、よく見てくれ。とても重要な事だからね」

提督は書類を再び返すと、スーツケースの蓋の手前ギリギリまで日向に寄せて見せた。

日向はじっと見た後、頷いた。確かに、すり替えた後の書類だし、筆跡から否定しようが無い。

「じゃ次。この写真をどう説明するのかな?日向さん」

提督が書類と入れ替えに見せたのは1枚のモノクロ写真だった。

だが、日向は歯を食いしばってのけぞった。

よりにもよってという、最悪の1枚だったからだ。

日向の頬を冷たい汗が流れ落ちた。

しまった。今までの発言が全て裏目に出てしまった。

どうしてそんな写真が撮れたんだ・・

 





~イベントネタ~
E1丙で明石・時津風探しを継続しつつE2丙攻略中。
E2丙は長門改・足柄・鬼怒・名取・加賀・日向でAFHIルート使ってます。
それにしても甲乙丙のレベル選択ありがたいですね。
これが無きゃ今回は正直パスしようと思ってたんで。


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エピソード49

日向がのけぞった写真。

そこには日向がメガホンを片手に、艤装を外した艦娘達を鼓舞している様子が写っている。

基礎体力訓練の1風景とも見えるが、問題はその背景、つまり場所である。

「演習林のこの辺りは鎮守府から遠く、海に近くてぬかるんでるから、基礎体力訓練には使うなと言ってあるよね」

特訓中ゆえに提督の目を避けたかったからとは絶対言えない。

だが承認された行為と異なる明らかな証拠だ。

「う、うぅ・・」

「時刻は基礎体力訓練としてこの書類に記された時間内だけど、だいぶ終盤だねぇ」

「うぅ」

「だがね・・私はどうしてもこの2枚目が気になって仕方ないんだよ・・そう。またこの紙に戻ってくるんだよ」

日向の目が泳ぎだした。

提督の言葉の迫力が尋常じゃない。

提督は次に、大本営のシールで封印され、機密と書かれた封筒をゆらゆらとかざしながら言った。

「これは大本営から取り寄せた、大本営に送った控え書類のコピー、なんだよ・・」

日向の目が見開かれた。

大本営に送った書類まではすり替えられる筈がない。

提督が封筒をぴたりと止め、日向に向けた目を一層細めた。

「なぁ、ここが最後の機会だよ日向。自ら打ち明けなければ・・私はこれを開封せざるを得ないよ?」

低く静かな提督の声。

静かだが決して心休まる類ではない声。

何より、普段とまるで違う、とてつもないプレッシャー。

執拗に証拠を集め、それらの上で確証を持って話している。

これが最後通牒なのだと日向は理解した。

提督の背後に牙をむき出しにした大蛇が見える。

少しでも言い逃れしたら最後、後は食い殺されるだけだ。

もはやこれまで。

すまん、長門、神通。せめて私が泥を被る。

日向はがくりと頭を垂れた。

「解った。正直に言う」

「聞こう」

日向はぽつぽつと話し始めた。

「最初は、その、大討伐の反省会の場だった」

「・・」

「今回の任務、全く余裕の無い過酷な出撃だったという意見が大勢だった」

「・・」

「だから皆で早くLVを上げようという事になったのだ」

「・・」

「そ、その書類は下書きが部屋に残っていたので、訓練時間を延ばす形で書き直した物と2枚目だけ入れ替えた」

「・・」

「そして最初に承認してもらった時間の前後を使って、提督に内緒で特訓をした」

「・・訓練方法は誰が考えた?」

「だ、大本営の訓練マニュアルから引用した」

提督は眉をひそめた。

「大本営の?あぁ、だからあんなメニューをしてたのか。君達のLV上げには効果ないよ?」

日向は大声をあげた。

「なっ!?なにいいっ!?」

提督は肩をすくめた。

「大本営のマニュアルは全く訓練してない民間人を水兵に育てる為のやり方だからなぁ」

「だ・・だから1km泳げとか書いてあるのか」

「オール持って船漕げとか、背筋鍛えろとか書いてあったでしょ」

「そ、そう・・だ・・」

日向はしゅーんとしてしまった。

「やってみて、LV上がった?」

「・・実はほとんど、上がってない」

「だろうね」

日向はがばりと提督に向き直った。

「ど、どうしてだ?」

「だって君達の場合のLVは、艤装取扱い技能レベルの略だからね」

「・・え?」

「艤装の扱いに慣れるほどLVが上がるんだよ。艤装外して舟漕ぐ訓練したって・・なぁ・・」

ま、まるで無駄だったというのか・・

気が遠くなっていく日向に提督は溜息を吐きながら続けた。

「確かに集中力を切らさないとか、反動を受けるバランス感覚や、操船し続ける体力をつける事は無意味とは言わないよ」

「・・」

「だけど、実体を鍛えてもその辺りしかLV向上につながるポイントは無い」

「・・」

「基礎体力訓練でバランスボールを使うメニューを入れたのはその為だしね」

「・・」

「だから更に背筋を鍛えようと1km泳ごうと舟を漕ごうと、あまり向上しないのは当然なんだよ」

「・・」

がくりと力の抜けた日向に、提督は書類に目を落としながら言った。

「あぁそうだ、日向さん」

「なん・・だ・・」

「共犯は伊勢だよね?」

「いっ、伊勢は関係ない!長門と神通・・あっ!しまっ・・」

「ふーん。そっか・・」

日向は両手で口を覆い、眉をひそめつつ目を瞑った。

絶望のどん底で呆けていたから、姉を庇うつもりでついうっかり喋ってしまった。

秘密にするつもりだったのに・・なんてことだ。

「じゃあ長門をここに呼んでくれるかな?日向は部屋に居て良いよ」

「わ・・解った・・」

居て良い、じゃなく、居ろという事だよな・・

日向は鉛のように重い体を引きずるように立ち上がった。

提督の追及がここまで恐ろしいとは思わなかった。

それに、この後どんな処罰が待っているのだろう。

 

少し後。

長門は提督から告げられた事を聞き、目を見開いた。

「んなっ!?馬鹿な!あの日向が口を割っただと!?」

「人聞きの悪い事を言うね長門。この偽造した2枚目を用意したと教えてくれたんだよ。これ、長門がすり替えたんだろ?」

ショックで動転していた長門はつい頷いてしまった。

「た、確かに私がすり替えた・・そんな・・あの日向が・・」

「だよね。ところで、日向にも言ったんだけど、その特訓だとLV上がらないよ?」

「んなにいいいぃぃっ!?」

長門は立て続けにショックを受けたせいで目を白黒させていた。

 

更に少し後。

神通はもう観念したという顔で、最初から大人しく認めた。

「あ、あの・・大変申し訳ありませんでした」

「大体事のあらましは解ってるけど、このメニューを探してきたのは神通で良いんだよね?」

「は、はい。昔乗組員さんがそれを毎日行ってらしたので、私達もと思いまして」

「うん。ただ、それ、人間には効果あるんだけど、君達のLV上げには効果無いんだよね・・」

「えっ・・」

神通はぽかんと口を開けた。

そんな・・嘘・・ですよね・・

あれが全部・・無駄・・なんて・・

どうっと血が下がった神通は、目の前の景色がモノクロに変わっていくような気がしたのである。

 

そして。

神通に日向と長門を呼ばせた提督はカーテンを開け、照明を消すと神通と静かに待っていた。

すっかりしょげ返った日向と長門が到着すると、提督はうーんと伸びをしながら言った。

「これで3人全員から話を聞いたよ。私が何の為に日々書類に目を通してると思う?」

「だ、大本営に提出して良いか確認してるのではないか?」

「んー、正確に言えば、中身が間違ってないか見てるんだよ」

「・・今回で言えば、特訓の内容という事か」

「そう。訓練時間が長過ぎないかとか、トンチンカンな事をしようとしてないかとかだね」

「うぅ」

「毎日計4時間も、それも生傷が絶えないような訓練をした挙句に無意味なら士気に影響するからね」

「・・」

「日向、すり替える前の2枚目の書類を書き起こしなさい。戻すから」

「わ、解った。その、念の為原本と揃えたいから、コピーを見せてくれないか?」

そう言って日向は手を出したが、提督は首を傾げた。

「え?コピー?これ見て何するの?」

「え?私が書いた書類の控えを大本営に送っていて、そのコピーを取り寄せたのだろう?」

「これが?」

そう言って提督が大本営のシールを剥がして開封すると

「遠征結果報告書(控)複写 送付のお知らせ」

という紙が出てきたのである。

「んなっ!?それ、全く関係ないじゃないか!」

提督は軽く肩をすくめた。

「私が関係あるなんていつ言った?それに自主トレは大本営に報告なんてしてないよ」

日向が眉をひそめた。

「えっ?」

「大本営からこの書類を取り寄せたのは確かだし、控え書類のコピーには違いないよね?」

日向はガクガクと震えだした。

「まっ、まま、まさか連番も・・」

「1枚目と3枚目に私が連番を書いたよ。日向を呼ぶ少し前だけど」

「く、癖が・・あるって」

提督は連番を消しゴムで消しながら言った。

「調査する時に仮定を記す癖があってね。まぁいつ、何の為に書いたか言わなかったのは私の落ち度だね。悪かったよ」

神通と長門はやり取りを聞いて次第にジト目になった。

完全な詐欺じゃないか。

日向は涙目で長門と神通を見た。

だが、長門はそのやり取りを反芻してハッとした。

「ひっ、日向!私がすり替えたと言ったか!?」

「い、いや。私は言って無いぞ?」

提督は書類から消しゴムかすを払いながら言った。

「日向はすり替え用の書類を書いたと言ったよ。君がすり替えたんじゃないかというのは私の仮定の確認だ」

「そんな事一言も言わなかったし、日向のすり替え書類の直後にそれを言ったじゃないか!」

「どんな順番で何を言うかは私の自由だよ」

「ぐぅ・・」

神通が恐る恐る言った。

「あの、メニューを私が見つけたというのも・・」

「もちろん私の推定だよ」

3人はがくりと頭を垂れた。

完璧に騙された。

 

 

 



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エピソード50

うなだれる3人を前に、提督は言った。

「私が君達に、どうしてこんな詐称を混ぜた質問をしたかというとね」

「・・」

「勝手に特訓をやった事と同じ位、承認書類の捏造や差し替えをした事を私は怒ってるんだよ」

「・・」

「捏造や差し替えといった詐称はね、今君達が味わっているように、信頼関係を一気に崩しかねない」

「・・」

「だから2度としないで欲しい。私もやりたくない。これは全艦娘に徹底して欲しい」

「・・解った」

「解りました」

「もう・・やらぬ。こりごりだ」

提督は3人を見回した後、言った。

「で、だ。言い分を聞くよ。日向からは少し聞いたけど、言いたい事があるでしょ?」

沈黙を破り、口火を切ったのは長門だった。

「わ、私達は悔しかったんだ。大討伐で必達目標を達成するのさえ全力を出してやっとだった」

「・・」

「だが、提督は自主的な訓練を認めてくれなかった。何とかしたいという気持ちばかり募ったのだ」

「・・」

「偽りは認めるし謝る。だが、何とかしたかった気持ちは汲んで欲しい」

神通は続けて言った。

「大本営の指示をこなすのに我々が窮する有様では、提督に恥をかかせてしまうと思ったのです」

提督は頬杖をついて溜息を吐いた。

「やっぱりそうだよね・・そんな君達にここで重大なお知らせがあります」

3人は一斉に提督を見、提督はげんなりした顔で続けた。

「先の大討伐の件、私は中将殿に抗議の意図を含めた確認書を送ったんだよ」

「・・抗議、だと?」

「うん。先日着任した伊58と伊19に頼んで、もう1度作戦指示書を解析してもらったんだよ」

「なぜだ?」

「君達が言った通り、演習で他鎮守府を圧倒するのになぜ苦戦だったのか納得出来なかったんだ」

「・・そう、だな」

「そしたらね、まず司令官LVの着任時間算定が、最初の司令官からの通算で計算されていて」

「は?」

「過去の艦娘達の轟沈が計算に含まれていないんだ」

「え?」

「要するに、今まで1隻も轟沈せず、最初の司令官がやっていたらクラス6だって事なんだよ」

3人は絶句した。

現状はそこから確実に20隻少ない。

さらに、提督の実際の司令官LVは、最初の司令官から通算された公称LVよりずっと低い。

「それらを全部伊19達が計算し直したらね、我々のクラスは12で、作戦参加対象外だったんだよ」

「・・うそ」

「本来だったら我々は今まで同様、定期船護衛とかの後方支援のお役目だったのさ」

3人は死んだ魚のような目になった。

それじゃあんまりだ。全く笑えない。

「だから長門、我々が第1海域を制したのは、ありえない程の快挙だったんだよ」

「・・」

「勿論文月を筆頭とする高度な戦術と、君達の考える行動が実を結んだからだよ。奇跡じゃない」

「・・」

「で、その回答が今朝届いた。読んで良いよ」

提督が長門に渡したのは中将から提督個人宛とされた親書だった。

 

 提督殿

 貴所属伊19ならびに伊58の検証内容は、全て正である。

 貴鎮守府がクラス6とされたのは大本営戦略課の誤りである。

 原因は貴鎮守府特有の事情を補正せず通常の計算で対応した事にあった。

 大幅に実力を超えた任務を課してしまった事について深くお詫び申し上げる。

 詫びの印として、1艦君の鎮守府に着任させる。

 必要な書類も全て持たせるので、手続きを取って欲しい。

 なお、本件は他の動揺を防ぐ為、秘匿事案とする。

 一切他言無用にすると共に、本書も破棄願いたい。

 

3人は提督と同じような、げんなりした表情になった。

「また秘匿なのか・・」

「クラス12がクラス6並の働きをしたのですから、表彰の1つ位してほしいですね・・」

「提督、うちの鎮守府だけの事情なら、またこういう事がありそうだな」

「無いとは言えないけど、だからと言って怪我してもLV上げろなんて言わないよ?」

「んー」

「轟沈させないのは私の目標でもあるし、沈んだ20隻の意思でもあるんだからね」

日向は先日の一件を思い出してぶるっと震えた。

「あ、あぁ、そう、だな」

長門は手紙を指差しながら言った。

「ところで、この着任する1隻というのは誰なんだ?」

「私もそれしか貰ってないからねぇ。とにかく、特訓とやらは中止。良いね?」

「あぁ。大討伐の結果が恥ずべき内容でないのなら、事情は一気に変わってくる」

「その手紙を貸してあげるし、詳細は伊19達に説明してもらって良いから、皆にも伝えて」

「そうさせてもらう。特訓を中止するなら理由が必要だからな」

「むしろ始める必要が無かったんだけどね」

「そうは言っても、始めてしまった物を止めるには理屈が要るのだ」

「解るよ。じゃあ長門、日向、神通。ちゃんと皆を説得する事。これを今回の件に対する処置とする」

3人が眉をひそめて提督を見たので、提督は首を傾げた。

「なんか不服かい?」

「い・・いやその」

「それだけで・・良いのか?」

「営倉行きとか、班長降格とか、その、罰・・は・・」

提督は頬杖をついた。

「タイミングは遅かったけど君達は自白したからね。自白すれば罰は加えない」

「うぐ」

「それに、長門の言う通り動き出した皆は説得する必要があるし、それはそれなりに骨が折れる」

「・・」

「だから、導いた君達が責任を取って、ちゃんと後始末をしなさい。そういう事だよ」

「はい!」

「あ、日向は2枚目をちゃんと書き直してから説得に行く事」

「う。そうだったな」

「はい紙とペン。じゃあ長門と神通はよろしく!」

だが、長門も神通も席を立たなかった。

「・・うん?」

「我々は共犯だからな。日向が書き終えてから共に行く事を許しては貰えないか?」

「そうですよ。お待ちしてますから一緒に行きましょう!」

日向は長門と神通を見た。

長門と神通はにこっと笑い、こくんと頷いた。

提督は笑って頷いた。横の糸がきちんと通ってるのは良い事だ。

 

こうして、その日の夜に特訓の中止とその理由が伝えられたのだが、

「それって、無茶苦茶危ない橋を渡らされてたって事ですよね!?」

といった批判も出たが、

「私達はクラス6並の実力があるって事です!お父・・提督の指導は正しかったのです!」

「ま、私達の魅力がそれだけあるって事よね。悪くないわ」

と文月と叢雲が言ったので、そちらに同調する声が大きくなった。

この辺は艦娘の「力関係で上の言う事を尊重する」という常識が影響している。

実は、文月と叢雲にはこの集まりの前に長門から説明し、そう言うように頼んだのである。

「否定的な意見が幾つも出れば場が収まらなくなる。すまないが工作に手を貸して欲しい」

と、頭を下げる長門に対し、

「別に嘘つく訳じゃないし、お父さんを助ける事になるから良いですよ」

「あんたも大変ね。ま、事前に言ってくれたからヘルプしやすいわ。任せておきなさい」

と、二人はニッと笑って答えたのである。

 

この一件を通じ、艦娘達は提督が書類を見ている意味を知った。

また、提督を向こうに回すと酷く厄介な事になると痛感した。

ゆえに、今後提督に内緒にする要件基準を引き上げた。

そして、どうしても内緒にせざるを得ない場合は徹底的にチェックする事を申し合わせたのである。

ただし日向は

「もう提督の追及を受けるのは真っ平御免だ。内緒話には加わらないぞ」

と、青ざめた顔で首を振り続けたのである。

 

数日後。

「あの写真、役に立ったのね?」

「そうだね。あれが決定的な証拠だったからね。ありがとう」

伊19は提督の肩を揉みながら言った。

「提督と私だけの秘密が出来たのね」

提督は溜息をついた。

「あんまり、こういう事が起きて欲しくないんだけどね」

「日向が言ってたの。提督が怒ると物凄く怖いって」

「んー、あれは怒りというより技能なんだけどね。まぁ、予定通りなんだけど」

「技能?」

「うん。昔、私が居た職場で覚えざるを得なかったんだよ」

「・・あんまり良い思い出じゃないのね?」

「そうだね。隠したい真実を引きずり出す仕事って、結構しんどいんだよ」

「そっかぁ・・」

「でも、人も、艦娘も、様々な理由で真実を隠す。それは弱さから来るんだよ」

「・・」

「過ちを隠したいとか、恥ずかしいからとか、色々な弱さがある」

「・・」

「事故なんてほとんどが何らかのミスだけど、大体最初は真実を隠して報告してくる」

「・・」

「だからあの手この手で揺さぶりをかけて聞き出すしかなかったんだよ」

「・・」

「真の原因が解らないと対策なんて取れないし、うやむやじゃ後世の為にならないからね」

「でも、話すのが怖いって気持ちも解るのね」

提督は頭を後ろに傾け、背後の伊19の頭とコツンと当てた。

「その通り。私だって不都合な事を積極的に言えないし、言わされたと思う方がマシなんだよ」

「え・・じゃあ提督は、わざと言わせたという風にしたの?」

「そうだよ。私が怖いから本当の事を言っちゃおうという方が皆が楽ならそれで良い」

「・・だから、技能、なのね」

「この技能を覚えるのは苦労したし、使う度にひどく疲れるし、ばれちゃいけないからしんどいよ」

「・・」

「だからこの役回りは私だけで良いと思ってる。他の誰にもさせたくない、嫌な役だよ」

「・・」

「いずれにせよ、私は一緒に仕事してくれる仲間はトコトン信じたいんだ」

「・・」

「面従腹背の軍の中で、せめてここだけは互いを心から信じられる雰囲気にしたい」

「・・そっか」

「今回は面倒な役を頼んで悪かったね、伊19」

「気にしなくて良いのね。提督の願いは、間違ってないのね」

「皆もいつか、解ってくれるかなぁ」

「大丈夫なのね」

「そうだと良いんだけど・・」

「イクは、ずーっと、提督の傍に居るのね」

「無理するなよ。恐れられるのは私だけで良いんだ」

「はーい。でも、調べ物があればいつでも言って、なの」

「任せたよ」

伊19と提督は目を瞑って頭を合わせたまま、しばらくじっと動かなかった。

 

「・・そんな事だろうと思ったわ」

提督室の扉の外で、龍田は納得したように小さく頷いた。

そしてふふっと笑うと、自分の事務所へと引き返していった。

聞きたい事は聞けた。謎は解けた。

文月と不知火にも、この事を知っておいてもらいましょう。

私達3人で当たれば何とかなるでしょう。

「組織の規律維持役を1人で背負うなんて無理よ、提督」

ほんと、お人よしなんだから。

 




~イベント情報~
バケツ100杯、全資源4万ほど費やしてE4まで攻略完了。
勿論全て丙ルートです。
E3までバケツ50杯位で済んでたので、E4はかなりダメージ大きかったって事ですね。
あ、E5は行きません。
だってWikiに「最終形態になってから本番です」とか書いてありますもの。
嫌な予感しかしないうえに、今うちの鎮守府の資源は全て7000切ってますんで、どう考えても無理です。はい。

それに、現時点で香取、U-511、時津風、明石、巻雲、朝雲、浦風、大鯨をお迎え出来ましたので、私的には充分でございます。
つい先日、膨大な資材と引き換えに開発成功した伊8までドロップしたのは苦笑しましたけども。


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エピソード51

叢雲さんは近代化改修等において「悪くないわ、私の魅力が増すのね」と言う場合があります。
なので、前回のような場面では「実力」ではなく「魅力」と言うだろうと判断したわけですが、これを誤字扱いする方々のコメントを見ると、ゲームに実装された台詞をアレンジして盛り込む事の難しさを感じます。
とはいえ、こういう所で解る人だけニヤリと出来るのもSSの楽しみの1つだと思うので、直さずに置いとこうと思います。



数日後。

「これからお世話になります。よろしくお願いいたしますね」

「こちらこそ。早速間宮さんと会ったんですね」

「はい。つい頼ってしまいまして。間宮さん、すみませんでした」

「いっ、いいいいえ、とんでもないです。総料理長の御役に立てるのでしたら」

「私は、もう総料理長ではありませんよ」

「はっ、はい!」

提督は間宮の様子を見て、気持ちは解らなくもないなと苦笑した。

 

大討伐の詫びとして中将が送ってきた艦娘は、鳳翔であった。

通常の着任と違うのは、新人ではなく、大本営の総料理長として長年勤めた鳳翔、という事である。

 

大本営には、非常に多くの人間と艦娘が勤務している。

普通の鎮守府では最大でも一人の間宮と鳳翔が配下の妖精達と食事を賄うが、大本営では食事専門の部署がある。

通常の食事については複数の間宮と人間達が所属する第1課が取り扱う。

そして宴席や来賓との会食等、重要な場面は複数の鳳翔と間宮が所属する第2課が仕切っている。

どちらかに所属する事も大変な栄誉だが、特に第2課は間宮と鳳翔達の憧れの的であった。

その第2課を束ねる総料理長を務めていたのがこの鳳翔なのである。

 

鎮守府の港に音も無く接岸した鳳翔は、そのまま食堂を目指した。

そしてそっと食堂に入ると、きょろきょろと中を見回した。

丁度艦娘達は居らず、居たのは朝食の後片付けをしていた間宮だけであった。

間宮は見覚えがあったので、水道の水を止め、恐る恐る訊ねた。

「あの・・失礼ですが、大本営の鳳翔総料理長殿ですか?」

「ええ。でも今日からこちらで勤める事になりました。だからただの鳳翔です。お世話になります」

間宮は目を丸くし、慌てて鳳翔の前まで飛んで来た。

「い、いつかお目通りが叶えばと思っておりましたが、まさかこんな所でお会い出来るとは思いませんでした!」

「とんでもありません。それに、自らの仕事場を貶めてはいけませんよ」

「はっ、はい!申し訳ありません!」

柔和に微笑む鳳翔とガチガチに緊張する間宮。

それはたまたま食堂の外を通りがかった青葉が20枚もシャッターを切る程の異様な光景だった。

そして撮影結果をプレビューしながら青葉はぞっとした。

何回かカメラ目線になってる!

物陰から撮影したのに気づかれてました!

大本営の大和さえ黙らせた間宮さんが緊張する相手・・一体何者!?

 

鳳翔は青葉をちらりと見た後、ゆっくりと食堂を見回し、にこりと微笑んだ。

「清潔で美しい秩序を感じます。素晴らしい状態を維持されてますね。貴方が管理を?」

「はい!私が管理しております。こっ!光栄です!ありがとうございます!」

「そうですか。では私は安心して店を構えられそうですね」

間宮はぽかんと口を開けた。

「・・へっ?あの・・」

鳳翔は悪戯っ子のように微笑むと

「大本営に居ては夢は叶えられそうにありませんからね」

と言ったのである。

 

さて。

間宮の案内で提督室を訪れた鳳翔は、挨拶を済ませると早速提督に書類を差し出した。

「こちらが大本営の事務方から預かって来た書類です」

「そういえば中将の手紙にも書いてましたね。どんな書類ですか?」

「出店申請書、土地購入報告書、什器類他購入報告書、資材手配申請書、です」

提督は数秒考えた後、鳳翔を見た。

「なるほど。外でお店を開くんですね」

「はい」

「あーでも、ここは本当に辺鄙な所ですからね・・お客さんが来るかどうか」

 

そう。

 

提督が着任した時はひなびた町と呼べる程度には人が居たが、時間が経つにつれ人口が減っていった。

それは不便な地の利だったり、戦況の長期化に伴う不景気だったり、高齢化だったりと理由は様々だ。

だが、人口が減っているという事は、当然客足も期待出来ないという事だ。

 

「それならそれで良いのです。海軍のイメージアップとか、そんな高尚な志ではありませんし」

提督は書類からひょいと目を上げた。

鳳翔が目を細めてくすっと笑ったので、提督は頷いてニッと笑った。

「なるほど。例の計画を実行するんですね?」

「ええ」

そこで、やり取りを聞いていた間宮がついに提督に対して口を尖らせた。

「確かに今は提督の所属艦娘ですが、総料理長に向かっていささか砕け過ぎではありませんか?」

すると、鳳翔はくすくす笑った。

「うふふ。ごめんなさい間宮さん。私と提督は特別な秘密を共有した仲なんですよ」

間宮はぎょっとした目で鳳翔を見返したが、提督はジト目になった。

「鳳翔さん、それじゃますます誤解されやしませんかね?」

「大人の関係とかですか?それも良いですね」

「あ、わざとでしょ~?」

「うふふふ、冗談ですよ。ちょっと意地が悪かったですかね~」

頭の上に山のような?マークが出来た間宮に、鳳翔は向き直った。

「ええとですね、私と提督は大本営で甘味お取り寄せ同好会の共同運営者だったんです」

「か、甘味お取り寄せ同好会?」

「ええ。世界で評判の甘味をどうにかしてお取り寄せするという同好会なんですよ」

「・・どうにかして?」

「ええ。各国の軍や非合法な運び屋を使ってでも取り寄せる、という」

間宮はようやく合点が行った。

ここの艦娘達の甘味要求レベルが高いのはお取り寄せの影響だというのは解っていたが、ルーツはここか。

「そうですか・・」

「あら、なぜそんなにげんなりした顔をなさるんです?」

「そのせいでここの艦娘達の甘味要求内容が猛烈に高いんです」

鳳翔がピクリと反応した。

「・・へぇ」

「私も少し甘味には自信があったんですが、供せるようになるまで3ヶ月はかかりました」

「御一人で特訓されたのですか?」

「ええ。折角出すなら美味しいともまずいとも言えないという微妙な顔をされたくないですから」

「あぁ、それは料理人のプライドが許しませんね」

「はい」

「でしたら楽しくなりそうですね」

「・・楽しい、ですか?」

「ええ」

そう言うと鳳翔は提督に向き直ると

「鎮守府の前にお店を開きます。小料理屋の形式で」

と言い、提督は頷いた。

「もちろん応援しますよ。えっと、回せる予算がどれくらいあるか、龍田に聞いてみるか・・」

鳳翔はニッと笑うと

「お金の面は御心配なく」

そう言って1枚の小切手を見せたのだが、提督も間宮も目を見開くような額が記されていたのである。

 

「さ、さすが総料理長。赴任手当も破格ですね」

間宮が思わず呟いたが、鳳翔は首を振った。

「まさか。これは雷さんの餞別兼、契約書代わりなんですよ」

もう少し聞きたいという提督の視線を理解した鳳翔は続けた。

「大将がいつかこちらにいらした時、素敵な料理でもてなしてほしいと仰って」

提督は頷きながら言った。

「大将殿は相変わらずグルメですか?」

「ええ。美味しい物の美味しい部分だけを、ちょっとずつ、沢山召し上がります」

「一番厄介ですね」

「腕の振るい甲斐はありますよ」

「まぁ、鳳翔さんが大衆居酒屋を開く姿なんて想像できないしなぁ」

「あら、低予算なら低予算なりに作れますよ?」

「いやいやいや。それじゃ鳳翔さんの技量があまりにも勿体無い・・・あ」

「なんでしょう?」

「お菓子は作ってくれますか?」

鳳翔は笑った。

「良いですよ。でも、どんな菓子を作るかは任せてもらいますよ」

「もちろん。後、うちに来賓が来る事は余り無いですが、祝い事はあります。その時に・・」

「当然間宮さんをお手伝いします」

「ならば私は他には何も言いませんよ。皆の癒し処計画、応援しますからね」

「ありがとうございます。お店が出来たら間宮さんもぜひお越しくださいね」

間宮が聞き返した。

「わ、私ですか?」

「はい。鎮守府での活動は毎日大変ですし、ずっと敷地内で居ると息抜きしたくなりませんか?」

「そうですね」

「だから少しだけでも鎮守府の外に出て、リフレッシュして帰って欲しいんです」

「鳳翔さんの住まいはどうします?寮でもお店でもお任せしますよ?」

「近所の様子次第ですが、どなたか解りますか?」

「それなら・・ちょっとお待ちください」

提督は受話器を上げた。

 




~イベント関連~
いやはや、皆様も大変なようで。
お疲れ様です。
うちは今日もちょろっとE4掘りに手を出して「ああぅダメだ~」と撤退しました。
矢矧さん、雲龍さん、早霜さん、清霜さん、山雲さん、朝霜さんといった方々にお越し頂きたかったんですけどね・・

とりあえず、燃料と弾薬が5000切ってるんで現在3艦隊で遠征に出てもらってます。
バケツがまだ60杯あるのがせめてもの救い。
始める前は178あったんですけどね。
まぁ、また地道に貯めて、イベント期間中に余裕が出たらもう1回くらい掘りに出てみようかと思います。


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エピソード52

「特に警戒するような反対勢力は居ないのですが・・」

呼ばれた警備兵はそう答えたが、続けて、

「最近はもはや人っ子一人居ないので、夜ともなれば野生の熊や鹿がのんびり歩いてますよ」

と言った。

提督はぎょっとした。

鎮守府の中は昼夜問わず騒がしい。

出撃や遠征でしょっちゅう出航や帰航があり、昼は敷地内で自主トレや訓練もやっている。

当番の無い者はお喋りに興じたり、キャーキャー言って走り回っている。

工廠はひっきりなしに金属音や溶接音、そして工具の音が鳴り響いている。

さすがに就寝時間を過ぎれば多少は静まるが、それでも艦娘達の気配で満ち溢れている。

一方で提督は着任日に歩いて来て以来、ほとんど正門から外の陸路に出ていなかったのである。

「あ、あの」

「はい」

「じゃあその、角にあった喫茶店も・・」

「とうの昔に店を畳んでしまいましたよ」

提督は頭を抱えた。

数年の間にそんなにも過疎化していたのか。

やはりあの日にカツサンドを食べておくべきだった。なんと言う不覚。

「ところで、その、夜中に動物が見えるものなの?」

「ええ。街灯はありませんが月や星の明かりで」

「それに目が慣れる位暗いって事?」

「はい。ですから御婦人が住まわれるには、いささか野生的すぎる気が致します」

御婦人と言われた鳳翔は急にニコニコすると言った。

「あら怖い。それなら寮に住んで良いでしょうか?」

「解りました。後で秘書艦が戻ったら部屋を用意させますよ」

だが提督は、頷きつつ苦笑していた。

以前会っていた時でさえ、鳳翔の航空部隊は高練度の精鋭揃いで、しかも機体は彗星六〇一空だった。

鳳翔は触れたがらないが、鳳翔自身も過去、特殊部隊を養成する為の教鞭を取った事もある手練れである。

今も軍務に関わらないとはいえ、本気になれば今の鎮守府全員でかかっても勝てないだろう。

それどころか周囲の山を含めてあっという間に火の海に出来る。そういうレベルだ。

熊なぞ怖くないでしょうにと顔に書いてある提督に気付いた鳳翔はむすっと頬を膨らませると、言った。

「しめ鯖でも召し上がりますか?提督」

提督は真っ青になると

「い、いや結構です。ヒ、ヒカリモノは、ヒカリモノだけは・・」

と言いつつ手を振ったのである。

 

礼を言って警備兵を帰した時、間宮も昼の支度があるからと言って戻っていった。

秘書艦当番の扶桑はまだお使いから戻ってこない。

提督は鳳翔と二人きりになった後、そっと訊ねた。

「こんな小さな鎮守府相手の店を持つ為とは思えないのですが、何故こんな異動を受けたのです?」

鳳翔はくすくす笑った。

「提督の鎮守府が危ない目に遭うかもと聞いたからですよ」

「・・戦いからは足を洗ったんじゃ?」

「攻める戦いからは、です。大事な人を守る為の戦いなら喜んで発艦命令をかけますよ」

「すると・・鎮守府の最終防衛ライン役を買って出た、ということですか?」

「んー、もしもですが、鎮守府で内乱があれば、私は提督をお守りしますよ」

「すると、大本営ではまだここの子達に疑いを?」

「ええ。でも、そう仰るという事は、提督はここの艦娘達を信じてるんですね?」

「そうですね。彼女達はシロです」

「では私も「依頼」をこなしつつ、気楽にここでの生活を楽しめそうですね」

「・・なるほど」

提督は納得したように頷いた。

過剰な討伐命令の詫びとはいえ、鳳翔総料理長を着任させるというのはあまりにもアンバランスだ。

しかし、柔和な振る舞いと総料理長としての顔が有名過ぎる鳳翔は、その軍事力にあまり注目されない。

要はクラス12の筈なのに、クラス6相当の働きをした事が大本営を警戒させたのであろう。

自己防衛力が高く、別の特技でカムフラージュ出来る鳳翔は監視役としてうってつけだ。

提督の護衛というのは鳳翔自らの意思で、雷辺りに許可されているかもしれないが依頼ではないだろう。

提督は溜息を吐いた。

「中将も相変わらず狸ですね。ここのクラスと忠誠度の再算定辺りを依頼されましたか?」

「うふふ。上から数えた方が早い方達は、腹芸もお上手ですからね」

「ええと、という事は私にも逮捕状や嫌疑がかけられてるんですかね?」

「まさか。私の友人にそんな無礼を働くのなら、棟ごと艦載機でローストにしてあげますよ」

あっけらかんと言い放ち、くすくす笑う鳳翔。

提督は思った。命拾いしたのは絶対熊の方だ。

 

そんな秘密を知る由もなく。

 

間宮から凄腕の料理人が来たと知らされた艦娘達は、挨拶代わりと振舞われた夕食に目を丸くした。

間宮の料理も自分達から比べればプロ級の腕前だったが、その間宮が食事が済むや否や、

「お手すきの時間で構いません!どうぞ手ほどきをお願いいたします!何卒!」

と、鳳翔に深々と頭を下げたのである。

艦娘達は驚きつつも納得した。間宮と比べても桁違いの料理なのである。

「もちろん喜んでお引き受けしますよ。私の店が出来るまでの間、一緒に調理場に立ちましょう」

「あっ!ありがとうございます!」

艦娘達は思った。

確かに鳳翔の料理が堪能出来るのは嬉しい。

だが、既に間宮が来てから提督に試食名目で手料理を振舞いづらいのに、完全に道が閉ざされてしまう。

複雑な表情で悩む子達を横目に、金剛は手を挙げた。

「ハイ!鳳翔サーン!」

「なんでしょうか?」

「私もレッスンに混ぜてもらって良いデスカー?」

提督は慌てて止めろと首を振ったが金剛は気付かなかったし、

「わっ、私も!」

「私もお願いします!」

数名の艦娘が手を挙げ、互いにバチバチと火花を散らした。

提督は溜息を吐いた。

私は知らない。知らないよー

 

 

1週間後。

 

「た、ただいま・・デース」

自室に帰ってきた金剛を迎えた比叡はぎょっとした。

「おっ!?お姉様どうしたんですか!顔色が真っ青ですよ!?」

「鳳翔のクッキングスクールは地獄デース・・」

「イジメられたんですか!わっ、私が敵討ちを!」

慌てて艤装を背負おうとする比叡を金剛が押し留めた。

「違いマース。レッスンがウルトラハードなんデース・・」

 

少し前。金剛の切ったキャベツの千切りを手に取りながら、鳳翔は言った。

「この位の固さのキャベツなら千切り幅は2mmが良いので、5mmでは少し太過ぎますね」

「ハイ!」

「1.8mmから2.2mmを許容範囲として、一人分4秒を目処に切り終えましょうね」

「What!?」

 

そう。

 

鳳翔が習得を要求するレベルは「プロ」である。

間宮は間宮ですさまじく高度な課題を言い渡されており、毎日頭を抱えている。

その間宮に言わせれば

「2mm幅でキャベツの千切りを4秒ですか・・ええ、もう、基本ですね・・」

と、力なく笑うので、相手のレベルに合わせてはいるようである。

それぞれにとって崖のように険しいハードルだが、聞けば丁寧に教えてくれるし、

「じゃあもう1回やるので見ててくださいね」

と、言った事を笑顔を絶やさずあっさりこなす鳳翔には誰一人として逆らえないのである。

 

比叡は金剛の為に紅茶を注ぎ、手渡しながら言った。

「それで、その、成果は上がってるんですか?」

金剛はうふふと力なく笑った。

「最初1.5cm幅だったのが、今では5mmまでは行けるようになりましたネー」

「凄い進歩じゃないですか」

「でも2mmまで行かないと認めてもらえまセーン」

「あ、あの、お姉様」

「ハーイ?」

「その、他には何を教えてもらったんですか?」

金剛はしゅーんとした顔で言った。

「・・それだけデース」

「えっ?で、でも、当番の無い日は昼過ぎから夜までずっと通ってますよね!?」

「そうデース」

「ひっ・・ひたすら千切りを?」

「千切りデース」

「2mmになるまで?」

「デース」

「あ、あの、丁寧に切れば、2mm位には・・」

「4秒以内って決められてるんデース」

「4秒!?」

「しかも1.8mmから2.2mm以内限定デース」

「あ、あの、お姉様」

「ハーイ・・」

「他の方は・・」

「不知火は水無しでジャガイモを調理する課題に入りマシタ」

「は?み、水無しで調理って、焦げちゃうんじゃ・・」

「鳳翔さんによれば、火加減と油加減で出来るそうデース」

「1回出来れば良いんですか?」

「その加減を2人前と10人前でマスターすればFinishデース」

「し、不知火さん、は・・」

「やつれてマース」

「・・・」

「神通は更にその先、ホワイトソース作りを今日終えましたネー」

「えっと、ホインツの缶詰を規定時間内に買ってくるんですか?」

「NO!バターと小麦粉とMilkから作るんデース!」

「ええっ!?ホワイトソースって作れるんですか!?」

金剛はうんうんと頷きながら比叡の手を握った。

さすが我が妹。私もそう思ってましたネー。

「だから千切りが終わっても艱難辛苦の道が待ってマース」

「え、えっと、じゃあお姉様だけが千切りやってるんですか?」

「NO!加賀が居マース!加賀には負けませんネー!」

「最下位争いじゃないですか・・」

金剛はバチンとウインクした。

「違いマース。千切りでリタイアした扶桑を加賀より先に超えたら鳳翔に土下座してリタイアしますネー」

「そこがポイントなんですね」

「今リタイアしたら最下位とイーブンデース。それだけはNOなんだからネー」

金剛はそう言って拳を握ったが、あんまり変わらない気がすると比叡は苦笑しながら思った。

 

 



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エピソード53

2ヶ月後。

 

「・・ん、よし、と」

鳳翔はしたためた手紙を入れた封筒を手に、自室を後にした。

そして鎮守府の配送室に出向くと

「大本営宛」

と書かれたカゴに入れたのである。

 

「・・そうか」

中将は鳳翔からの手紙を読み終えると深い溜息を吐いた。

「どうかなさったのですか?」

心配そうに尋ねてきた大和に、中将は肩をすくめながら答えた。

「提督の鎮守府に関する監査リポートが来たんだが」

「・・鳳翔総料理長ですね」

「うむ。クラス算定も妥当で、内乱の可能性は無く、提督を中心に強い結束力を誇るそうだ」

「えっと・・大変喜ばしいことですよね?」

「そうなのだが、クラスを超えた戦力の理由については、その手法がユニーク過ぎて水平展開出来ん」

「クラス12の鎮守府がクラス6並の働きをする為には、よほど凄い手法なんでしょうね・・」

「ユニークだから問題なのだよ・・一番期待していた事だったのだがな・・」

「どういう事ですか?」

「以前から提督の鎮守府には、クラス詐欺ではないかというクレームが上がってるんだ」

「あぁ、演習で負けた鎮守府からですね」

「そうだ。余りにも負け方が酷すぎる、詐欺かインチキでもやってるんじゃないかとな」

「あの長門がそういう事をするようには見えませんが・・」

「もちろんやっとらん。しかし、では何をしてる、うちもやりたいという鎮守府に説明しようが無い」

「ユニーク過ぎるって仰いましたけど、どんな事なんですか?」

「簡単に言うのは難しいが、艦娘が戦闘中も戦況から戦術を考え続け、随時変更してるんだ」

「・・は?」

「だから攻撃パターンも陣形も変幻自在。例えば洞窟に潜み、対空機銃で相手の艦橋を狙撃する」

「・・そ、そんな」

「そんな戦術を取られれば他の鎮守府の艦娘はあまりに予想外過ぎて対応できない」

「でしょうね・・」

「それは深海棲艦も一緒だから、著しい成果をあげてるって訳だよ」

なるほどと大和は思った。

あまりに予想外の事態に遭遇すれば普段の力なぞ出せる訳がない。

そしてそんな戦い方を大本営自らが推奨する訳にもいかない。

作戦命令通り、マニュアルに記された手順で動く事で手一杯の並の艦娘達ではとてもついていけない。

だが厄介な事に、それで戦果が出てしまっている。

インチキではないが、大本営が口にする事は出来ない戦術で。

「提督も最近では相手を刺激しないようにと指導しているようだが」

「それじゃ実力が発揮出来ないですね・・何の為の演習なんだか・・」

「だが、何故か批判の声がいつまでも収まらん」

「おかしな話ですね」

「せめて討伐の時に途中撤退してくれていたら、クラス詐欺の疑いを晴らせたんだがな」

「制圧してしまいましたからね・・素晴らしい快挙なのですけれど」

「そうなのだが、抗議の声は高まる一方だ。やむをえん。大将に如何扱うか相談してくるか」

「一緒に参りましょうか?」

「いや、長い内緒話になる。こっちで来訪者を捌いていてくれると助かる」

「かしこまりました」

 

「丁度、その関連話をしようとしていたんだよ」

「と、仰いますと?」

中将が訪ねた時、丁度大将以外居なかったので早速切り出したところ、そう返されたのである。

「実はな、阿呆な司令官が兵装に無理な改造を施していた事が解った」

「は?」

「砲塔が吹き飛んだ事故を調査していた117研が見つけた。弾頭を変え、火薬を大量に装填したらしい」

「・・・」

「兵装の無理な改造は艦娘に致命傷を与えかねず、厳禁事項というのは知っていたらしいのだが」

「ええ」

「その司令官は、提督の鎮守府に惨敗を喫したのが悔しく、どうしても勝ちたかったと答えたのだよ」

「・・」

「・・悔しがるのは悪い事ではないが、艦娘を危機に晒す改造に手を染める司令官は是正せねばならん」

「はい」

「117研は事故調査専門で、憲兵隊は技術論となると弱い。どちらに任せるのも難しい」

「ええ」

「・・まるで、あの案件のお膳立てをするような状況だが、承認するにはどうにも不安が拭えん」

「鎮守府調査隊の設立ですか。腐敗対策として権限と機動性を持たせた独立組織を作るという・・」

「だが、完全な独立組織では、もし乗っ取られたり暴走した時に歯止めが効かなくなる」

「せめて、大本営直轄組織としておかねばならないでしょう」

「うむ。もう1つは候補者だ。余りにも不可解過ぎる」

「候補に挙げていた者が次々と事故で死んだり退職していますからね」

「・・残った者の中ではこの男が筆頭だが、どうにも嫌な予感がするんだよ」

「一度白紙に戻したい所ですね」

「だが、提督の鎮守府に対する抗議の圧力は一向に消えぬのだろう?」

「・・そこも不可解なのです。なぜか提督のところだけ目の敵にされている」

「元事務官、という所かな。組織の長を君がやってみるかね?」

「お引き受けしても、恐らく報告を読んで判断する位しか対応出来ませんよ」

「それでも完全に手放しにするよりは良いだろう」

「・・つくづく提督をあの鎮守府に送ったのは間違いでした」

「提督はよくやっとるよ。妻は高く評価してるしな」

「いえ、働きぶりの事ではありません」

「どういう事だ?」

「大本営内でこういう時に使える貴重な手駒を失ってしまったという事です」

「・・うむ。もし提督が117研に居れば、有無を言わせず鎮守府調査隊隊長に指名したな」

「まさにうってつけですからね。金で動かず、人間を冷めた目で見、頭は良く回り、中立」

「いっそ呼び戻してはどうかね?」

「今までの司令官に不信感を持ち、提督を強く支持している所属艦娘達から今取り上げたら・・」

「次の司令官は命の保障が出来んな」

「はい。そして取り潰すにはあまりにも惜しい」

大将は溜息を吐いた。どうしてこうややこしい事になるんだ。

「提督のコピーを作れないものかな・・」

「881研の人間コピー機は被験者が廃人になりましたよ」

「そうだったな・・」

部屋の中を沈黙が支配した。

「いずれにせよ、候補者の身辺調査は更に厳しく行おう」

「はい。もし創設不可避ならば、不肖、私がとりまとめを行います」

「うむ・・そうしてくれ。ところで君の用事は?」

「鳳翔総料理長からのリポートです。ご覧ください」

大将は手紙を読むと、くすくす笑い出した。

「なるほど、なるほど。うちの子達と手合わせさせてみたいな」

「・・そういうレベルだと?」

「うちの子達を育て上げたあの鳳翔がここまで絶賛するんだからね」

「提督が着任する前は、そんな状態ではなかった筈ですが」

「この、考えさせる訓練が功を奏しているのだろう。後は」

「後は?」

「881研の言った事が、改めて証明されてしまったという事だ」

「・・艦娘は司令官と恋愛感情を含めた強い絆を結ぶと戦力が増すという、あれですか」

「うむ。ま、私と妻で証明したからこそ制度化されてるしね」

「ケッコンカッコカリ、ですか」

「そういう事だ。提督は所属艦娘達と強烈な絆を結んだ、という事だよ」

「事実婚・・ですか」

「はっはっは。上手いこと言うね」

「笑い事ではありません」

「ふむ。うちの子達は天性の才能で強いゆえ、他への応用は出来ん」

「はい」

「だが、提督のやり方は応用出来るのではないか?」

「提督からも言われました。艦娘がもっと安心して戦えるよう、心を通わせよと」

「ふむ」

「ですがそれは、例の廃人司令官問題の主要因ですからね」

「愛しすぎて狂ってしまう、か」

「はい」

「愛するなら充分に鍛えてから適切な海域に出し、適切に引けば問題なかろうに」

「そもそも出撃させられなくなってしまうようですからね」

「うちの妻なぞ出撃させないほうが機嫌が悪くなるぞ?」

「・・コメントを差し控えさせていただきます」

「元々、彼女達の本分は戦いの中に身を置く事だ。戦いが彼女達のやりたい事なんだよ」

「戦って国や国の民を護る事、戦った事を称えてもらう事、ですね」

「そうだ。あの船が居れば安心だと言ってもらえる事が最高の栄誉なのだ」

「しかし、電のような子も居ます」

「それぞれの古の記憶があるからな。だが電だって味方を護る為に戦えば強いぞ?」

「そうですね」

「とにかく、大本営としては提督は不正をしてないとPRし続けるしかあるまい」

「むしろ、声の出元を調べた方が良いかもしれませんね」

「ふむ。なぜ騒ぐか、か」

「ええ。軍内を騒がしくする事で得をしているものが居ないか、という事ですが」

「・・・」

大将は少し考えた後、

「我々の敵は案外、海以外にも居るのかもしれない、な」

と言った。

 

 



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エピソード54

 

年が変わり、雪が降りしきる本格的な寒さの底となった頃。

 

「これは困ったなぁ・・」

提督は手紙の束から取り上げた、中将からの手紙を読みつつ呻いた。

「どうした?」

その声に秘書艦当番だった長門が気付き、ひょいと顔を覗かせたのである。

「ほら、長門には話しただろ。うちがインチキやってるって疑われてる話」

「あぁ。あれから演習に出る場合は大本営のマニュアル通りに行動するよう指導しているぞ?」

「そうなんだけど、それでも大本営に陳情が絶えないらしい」

長門は眉をひそめた。

「勝てないからと言って大本営に言いつけてどうなるのだ?鍛える為の演習だろうに」

「どうにもならん。だが、まぁその、プライドにこだわる人間ってのもいるんだよ」

「・・まさか」

「生粋の軍人一家に生まれた俺様が事務官あがりの提督ごときに負けるなんてありえないって論理」

「・・そんな与太話を聞かねばならんのか?」

「大本営の上の方と裏で繋がってる人ともなればさ、道理を無理で捻じ曲げるんだよ」

長門は心底くだらないという顔で肩をすくめた。

「で、中将殿は何と?我々に素手で演習に来いというなら殴りあいでも構わんぞ?」

「いや。当面は他鎮守府との実地演習に参加しないでくれ、と」

「バカな!新人教育に演習は欠かせない。いきなり実戦に行けというのか!?」

「そうだね。かなり無茶な要求だ。そこまで言わないといけない位、中将が責められているのだろう」

「・・提督」

「なんだい?」

「まさかとは思うが、従うつもりじゃあるまいな?」

「言われた通りにはしておいた方が良いだろうね」

「し、しかし、鎮守府内の演習ではLV再評価にはならないであろう?」

「この指示なら、抜け道が1個だけあるんだよ」

「抜け道?」

「仮想演習だ」

 

「はて。耳が遠くなったかのう?」

「工廠長。そんな事仰らず」

なだめにかかる提督を飛び切りのジト目で見た工廠長はそのまま続けた。

「この敷地に仮想演習場を作れるような広いスペースがどこにあるのか聞きたいんじゃがの?」

「ありますとも」

「ほう。ぜひ聞かせてくれ」

「地下です!基礎が影響しないような大深度地下なら!」

どや顔になる提督に青筋を立てながら工廠長は怒鳴った。

「わしらは艦船の建造妖精じゃ!大深度地下の掘削技術も地下要塞の建造方法も知らんわ!」

「すぐにとは申しませんよ」

「なに?」

「ぜひ、学んで頂きたいんです」

工廠長は呆気に取られた。

建造妖精に地下建物の建設技術を学んで来いというのか?

「あのな・・幾ら妖精でも今日言われて明日プロになれる程世の中甘く無いぞい?」

「いつなら大丈夫です?」

「何故そんなに仮想演習場にこだわるんじゃ」

「実演習が禁じられたからですよ」

「なに!?なぜじゃ!?」

提督が肩をすくめると、長門が提督に並び、口を開いた。

「勝てないのは我々が強過ぎるのが悪いという輩が多くてな」

工廠長はがくんと肩を下げた。

「・・信じられない馬鹿者じゃな。海軍もそこまで落ちたか」

「知らぬ。だが今朝から禁止されたのは事実だ」

工廠長は嫌な汗をかき始めた。

「・・ということは、わしらが仮想演習場を作らないと」

「演習が一切出来ない、という事だな」

「・・艦娘達の機嫌が悪くなりそうだの」

「工廠で八つ当たりしないようにとは伝えておく」

工廠長はそんな事が通じない艦娘達を数えだした。

摩耶、天龍、球磨、多摩、叢雲・・

あぁ、両の指でも足りん。そうでない子を探す方が早いわい。

「やれやれ。馬鹿のとばっちりは勘弁してもらいたいのう」

「とばっちりは我々もなのでな」

「そりゃそうじゃな。強くなったのが悪いと言われては世も末じゃ」

「で、仮想演習場はいつ作れる?」

「待て待て長門。事情はよく解ったが、だからといって建造能力がすぐに身につく訳じゃないわい」

「ではどうする?」

工廠長は頭を抱えた。どう考えてもわしの貧乏くじじゃないか。

こんな物、とばっちり以外の何物でもない。

一人で背負わされるのは癪だ。よし。

「では無人島にこしらえよう。これなら地上建物として作れるからの」

「・・無人島?」

「そうじゃよ。どこにするかは長門、お前さん達に任せる」

ニッと笑う工廠長を見ながら長門はのけぞった。

要するに安全な土地を探して来いという事か!

提督は溜息を吐いた。残念だが工廠長にスキルが無い以上一番早く作れる妥当な提案だ。

だが、無人島の安全を確保し続けるというのは結構しんどい。

それにそんなに近海に都合の良い島など無い。

あまり遠ければ演習への行き帰りの安全が心配になる。

提督はふと気付いた。

「工廠長」

「なんじゃ」

「大深度じゃない地下なら可能なんですか?」

「微妙じゃが、防空壕レベルというか、地下2~3階くらいかの。基礎のある建物の下は無理じゃよ」

「山のトンネルはどうです?」

「岩盤や水脈等によるが、まぁ大深度地下よりは目処がつくのう」

「では、鎮守府の周囲にある山の中はどうでしょう?」

「・・なるほど。鎮守府周辺は過疎化して誰も居らんからの」

「無人島に近い状況ですし、ここからの移動も安全ですからね」

「そうじゃの。じゃが・・」

「?」

「その土地、誰の金で買うんじゃ?」

「あ」

「用地取得費用が要らんという意味で無人島と言うたんじゃが、大本営が認めてくれるのかの?」

「・・・」

 

そう。

鎮守府のあるこの半島でさえ過疎化しているのは、海が使えなくなった事による不便さからだ。

漁業やフェリー等で生計を立てていた人達は即座に生活に困り、その地を手放した。

そしてそういう人達をあてにしていた人達も立ち行かなくなり、次第に本土に移っていった。

半島でさえこれだから、島の暮らしはもっと早くから立ち行かなくなっていた。

ゆえに飛行場のあるような大きな島を除けば、人々は島の土地を放棄し、代わりに本土での住処を得ていた。

だから外洋に浮かぶ小さな島は全て無人島で、土地所有権を買う必要が事実上無いのである。

 

「さすがにこの周辺は、誰かが土地を有しているじゃろうよ」

「でしょうね・・」

「わしは近いから便利だし一向に構わんが、土地を手に入れてくれんと困る」

「そうですね」

「そこは提督に任せて良いんかの?」

「・・あまり任されても困りますが、考えてみましょう」

「その間にわしらも建設スキルを習得する専属班を作っておく。手分けしようぞ」

「解りました。それぞれでやってみますか」

「うむ」

提督と長門が議論しながら引き上げていくのを見つつ、工廠長は溜息を吐いた。

よし。さすがに1日2日では無理じゃろ。時間は稼いだ。

手隙の班は・・7班と1班か。

「1班!7班!大至急集まるんじゃ!」

工廠長は大声を張り上げた。

 

「お店の為にどこまで土地を買ったか、ですか?」

食堂で食事の支度を手伝っていた鳳翔は間宮に断ってから出てくると、提督の質問を問い返した。

「そうなんだよ鳳翔さん。ちょっと山の中に仮想演習場を作らないといけなくなっちゃって」

「・・軍施設を敷地外に作って良いんですか?」

「あ」

「・・一体どういう事か、事情を教えてくださいませんか?」

 

「なるほど」

提督の説明が終わる頃には、鳳翔はすっかりうんざりした表情になっていた。

「どの辺りが喚いてるか想像がつきますし、まぁ中将殿も苦労されてるのでしょうね」

長門が首を振った。

「独自の戦法は演習では全く使ってないし、同クラスでも互角の戦いをするように調整してるのだがな」

「・・調整?そこまでしてるの?」

「そうでないと演習がものの5分で終わってしまうのでな」

提督は目を瞑った。それじゃ瞬殺だ。対戦相手がインチキだと叫びたくなる気持ちも解るが・・

「なんでそんなに弱いんだ?」

「決まりきった行動パターンだからだ。陣形毎に2~3通りしかバリエーションがない」

「わぁお」

「だから最初の動きを見ればその後が解るし、LVが上がろうと行動がスムーズになるだけだからな」

「それでうちに強過ぎると苦情を言われてもなぁ・・なんだそりゃ」

「だから我々もなるべくクラスに合わせてぎこちなく動いたりしてるんだが」

「それで演習っていうか、こちら側に意味があるの?」

「制度上、LVを認定してもらう為には仕方ない事だと皆納得してる」

「出撃でLV上げた方が早いか?」

「我々はそれでも良いが、新入りや低LV艦娘はリミッターが強く効いてるからな」

「あー」

艤装の取り扱いレベル、通称LV。

艦娘が艤装を上手に取り扱えなければ、艤装の暴走や兵装の暴発の恐れがあるとして設けられた制度である。

LVが上げれば重いが高耐久の装甲にしたり、艦載機の搭載数や積載兵装数の上限を上げたり出来る。

要は取扱い技能に応じて、簡単に扱えるが弱い物から、扱いは難しいが強い物に徐々に換装していくのである。

低LV向けの装備や制約を総称してリミッターと艦娘達は呼んでいた。

しかし艦娘自身が熟知していようとも、それを評価してもらわなければLVとして認定されない。

その評価される機会が演習と出撃であるが、轟沈の危険性が無い演習は低LVの子にとっては重要だ。

なお、遠征でも評価されるが、こちらは評価での加点上限が低いのでLVを上げるには効率が悪いのである。

 

 



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エピソード55

鳳翔は待っててくださいと言い残すと食堂を出て行った。

5分ほどして戻ってきた鳳翔は、土地権利書の図面を提督達の前に差し出した。

「これが買った土地の詳細ですよ」

提督と長門はぽかんとした。

鎮守府の近くのトンネルから、鎮守府を取り囲むように半島の先端部分全てが所有地だと記されている。

提督は鳳翔を見た。

「・・何に使うつもりだったんです?」

「使うつもりと言いますか、頼むから買ってくれと言われまして」

「不動産屋に?」

「ええ。全く買い手が居ないから困っていたと」

「確かに雷様の小切手はありましたけど、よくこれだけ買えましたね」

「いえ、小切手は使ってないんです。もう破格としか言いようがない位の安い値段だったんですよ」

「・・よほど買い手が居ないんでしょうね」

「ええ。お店を建てる時も良い工務店を手配してくださいましたし、助かっちゃいました」

「では、鎮守府入口近くにあるトンネルから半島の先までは全部鳳翔さんの土地」

「鎮守府の敷地分は除きますけどね」

「ええと、どこか譲って頂けませんか?」

鳳翔はむふんと笑うと、頬杖をついた。

「さぁて、どうしましょうか。一応私のお金で買った土地ですし~」

「そこを何とか」

「んー、じゃあ私が唸る程の甘味1つで手を打ちましょう!」

鳳翔の笑顔を前に提督の顔が引きつった。

 

「随分と手心を加えた条件ではないか。良かったな」

長門はそう声をかけたが、提督の足取りは重かった。

「冗談言うな。鳳翔さんを唸らせるほどの甘味だよ?火星から鉄鉱石輸送する方が簡単だよ・・」

「そ、そんなに凄いのか?」

「甘味お取り寄せ同好会会長は伊達じゃないんだよ」

「だとすると、一筋縄ではいかないんだな?」

「そうだね。私や間宮さんが探せるような甘味は全て知ってると思うよ」

「ふむ・・」

長門は腕を組んでしばらく目を瞑った後、

「では、一筋縄では行かない人に聞いてみるとしよう。蛇の道は蛇だ」

「え?」

 

「あらー、提督が訪ねて来るなんて珍しいわねー」

長門がまっすぐ龍田達の事務室を訪ねた時、なるほどと提督は頷いた。

だが龍田がその方面も知識があるだろうか・・

長門が事情を説明し終えると、不知火や文月はジト目になっていた。

「愚かな小者に権力を握らせると碌な事がありませんね。木刀で天誅を加えたいです」

「そんな事でお父さんを悩ませるなんて・・ちょっと考えようっと」

「え?文月?何を考えるの?」

「なんでもないですよー」

「背負ってるオーラが黒い!黒いよ文月さん」

「気のせいですよー」

やり取りを遮ったのは、説明以来ずっと沈黙していた龍田だった。

「・・一か八か、やってみる価値はありそう、かな~」

提督は龍田を見た。

 

数日後。

 

さくさくと雪を踏みしめながら、提督は食堂から鳳翔の店に向かった。

両手で出来上がったばかりのそれを持って。

雪でひっくり返っては台無しなので慎重に歩を進めていく。

ガラガラと戸を開けつつ、提督は言った。

「鳳翔さぁん」

「あらあら提督、まだ開店には早いですよ。どうなさったんですか?」

「えっと、えー・・」

「ん?お顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」

真っ赤になる提督を小首を傾げて見返す鳳翔。

提督はギュッと目を瞑り、歯を食いしばった。まぶたの裏につい先程の光景が浮かぶ。

ええい間宮さん!人が台詞を練習してるのを盗み見て笑うの止めてくださいよ!

龍田に成功させる為にはそう言えって言われたんですから!

「・・うー」

提督はカッと目を見開き、

「ほっ、鳳翔さん!こんなの作ってみました!うっ、受け取ってくださいっ!」

一気に言うと、頭を下げつつ赤い包み紙で綺麗に包装された、平らな箱を差し出したのである。

今日は2月14日。

傍目には、それはバレンタインの逆告白以外の何物にも見えず。

「・・え?」

鳳翔にとって余りにも予想外だったのである。

「・・・」

頭を下げたまま、両手をぷるぷるさせながら。提督は動かなかった。

「あ・・あの・・」

鳳翔も次第に頬を赤らめると、そっと提督の傍まで行き、

「い、頂き、ます」

と言って受け取ったのである。

 

「なんか!なんかもの凄いスクープの匂いがします!邪魔しないでくださいぃ!」

「ちょっ!なんて馬鹿力ですか!不知火さん右足押さえてください!」

「了解です」

「いっ、痛っ!か、関節!関節は反則です!でも負けません!うおぉおおぉおお!」

正門の所では、文月と不知火が青葉を鳳翔の店に行かせまいと食い止めていた。

それを見ていた龍田は溜息を吐いた。青葉があの熱意をちょっとだけでも戦いに使ってくれたら・・

 

「で、では、開封いたしますね」

鳳翔が戸惑いつつも封を切ると、

「うわぁ・・」

と、目を輝かせた。

 

 教えて下さり、ありがとうございます!

 いつも美味しいご飯で楽しみです!

 甘味も美味しいよ!嬉しくなっちゃう!

 相談に乗ってくれてありがとう。

 

30cm四方のチョコの平板の上には、艦娘達からのメッセージがホワイトチョコで描かれていた。

文字が他の人の文字に重なる程、それこそみっしりと書かれていたのである。

鳳翔はニコニコと微笑みながら文字を追っていたが、

 

「鳳翔さんが来てくれて本当に心強いです」

 

というメッセージを見ると、

「もうちょっと、夢のある一言は無かったんですか?」

と、提督をジト目で見ながら苦笑したのである。

「色々感謝してるけど、なにより来てくれた事が一番嬉しかったからね」

そう言う提督を見て、

「・・鈍いのは相変わらずなんですね」

と、鳳翔は肩をすくめたのである。

 

数分後。

「ん、期待とは違いましたけど、唸らされた事は事実ですね~」

といい、

「解りました。じゃあ鎮守府に一番近い山を御譲りしましょうね」

と言ったのである。

龍田は店の外で青葉の上に馬乗りになりながら考えていた。

唸らせる、というのが条件で、唸らせるような美味、とは言ってない。

だから皆で心の篭ったメッセージを書いたチョコを送ろう。

後はバレンタインにちなんで提督に一芝居打ってもらいましょう。

それが龍田の提案だった。

とんちというか賭けに近い状況だったが、鳳翔さんは納得してくれるかしらね。

それにしても、2月の外は長居するものじゃないわね~

提督に何か温かい物でも奢ってもらおうかしら。

そう思った時。

 

ガララッ!

 

「あー、皆、青葉を離してやりなさい。もう終わったから」

「終わった!?何があったんです!青葉に言えないような、まさかいやらしい事ですか!?」

「なんでやねん。鳳翔さんに一番最初に見てもらう為だよ。見せてあげるから入りなさい」

「はい!あ・・ぎにゃー!カメラが水びたしぃぃぃいいい!」

龍田は提督に囁いた。

「首尾はどうでしたか~?」

「ありがとう。おかげで土地を譲ってもらえたよ」

店に入ってきた二人を見た鳳翔は頷いた。

こんな戦略を提督が思いつく訳無いと思いましたが、そういう事でしたか。

「提督」

「はい、なんでしょ?」

鳳翔は提督の耳元でごにょごにょと囁いたが、

「ええ、奢りますよ・・でも何でそれ限定なんです?まぁ良いですけど」

という、全く解ってない提督の返事に深い溜息を吐きつつ、厨房に戻ったのである。

 

「あったまりますねー」

 

青葉達がほわんとした顔で飲んでいるのは鳳翔特製のホットチョコである。

喜んで堪能する青葉達を尻目に、龍田はカップで揺らめくチョコを見て寂しげに笑った。

鳳翔さんから言われたからこれを振舞ったんでしょうね・・こんな気の利いた事思いつく筈がないし。

切ない目をしたまま、龍田は鳳翔を見た。

龍田と目があった鳳翔は、苦笑しながら肩をすくめた。

 

 バレンタインって気づいてますかね?

 いいえ、この意味すら解ってないかと。

 鈍感な提督だから・・

 しょうがないですねぇ・・

 

鳳翔と龍田は目で会話すると、苦笑しながら溜息を吐いたのである。

 



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エピソード56





こうして、皆の努力(?)により、鎮守府に隣接する形で仮想演習場を建設する事になった。

だが、提督室を訪ねてきた工廠長から意外な台詞が飛び出した。

 

「あー、資源が要るんですね」

「うむ。それも結構膨大にの」

 

仮想演習場を山の中に建設する。

建設技術を習得してきた妖精達が研修から帰って来て開口一番に言ったのが

「工事用建機を作らないと話にならない」

という事であった。

電動ドライバー程度ならともかく、シールドマシンやショベルカーと言った建機を作るには資材が要る。

建機を作り、建機で掘り進めた穴を補強するにも資材が要る。

その後仮想演習場を構成する機器類を作るのも資材が要る。

というわけで、膨大な量の資材が必要、という結論になったのである。

「演習が出来ない分、余力はある筈ですから遠征に行って貰いましょう」

提督は傍らに控える、秘書艦当番である加賀に頷いた。

「我々で資源計画を立てます。提督、御手数ですが中将殿の許可を」

「そうだね。じゃあ行ってくるから頼むよ」

「工廠長、必要資源量などを教えてください」

「うむ、解った」

提督は通信棟に向かいながら思った。

加賀が一番秘書艦らしい秘書艦になったかもしれない。

というより、加賀に差配してもらった方が私より真面目な運用になる気がする。

 

「・・そうだな。それなら怒鳴り込んでくる司令官も居ないだろう。許可する」

「ありがとうございます」

「必要な資源は遠征で調達するんだな?」

「・・はい。その予定です」

「解った」

提督の鎮守府が演習に出なくなり、苦情の申し立て件数が激減していた。

大将は愚かな事だと嘆いていたが、中将は直接突き上げられる立場だったので安堵していた。

演習は1鎮守府が、1日辺り最高10鎮守府と演習できるし、提督は律儀に10回こなしていた。

ゆえに連日、提督と演習した10カ所の相手が真っ赤になって怒鳴り込んでくる。

中将に取ってこれは拷問に近い事であり、とても精神的に辛かったのである。

怒鳴り込んでこない鎮守府が仏に見える程だった。

一方、苦情が減った事に安堵していた中将は、提督の鎮守府にフォローを怠っていた。

正確にいえば、クレームの元凶として無意識のうちに避けていたのかもしれない。

本来なら自分の非公式な依頼を聞いて演習を遠慮しているのだから、仮想演習場の資材は支援すべきだった。

だが、提督=抗議という図式が頭に出来上がっていた中将は、どうしても関わりたくなかったのだ。

すでにノイローゼになっていたのかもしれない。

提督は通信機が伝えてくる中将の声色の変化を感じ取っていた。

どうにも元気が無いというか、よそよそしいというか、避けられているというか。

なので、資源調達について相談するのを止めたのである。

「仮想演習場作成の報告書式を送るから、記入して送り返してくれ」

「施設が完成した時点でよろしいですか?」

「そうだ」

「解りました」

「・・うむ、ではこれで」

 

ブツッ。

 

通信終了のシグナルが点いたのを見て、提督はスイッチを切った。

一応、鳳翔さんには話しておくか。

・・もとい。

鳳翔さんに聞いてもらわないと、この切なさは収まりそうにない。

 

「何故だろうね、鳳翔さん」

「ふうむ。いささか無体な仕打ちですねぇ」

「理不尽な要求を呑んでいるのはこっちなのに・・さ」

「そうですよねぇ」

「これじゃ皆に設備が出来てもさ、こう、喜んでって言い難いんだよ」

「・・」

仕事が終わった後、木枯らしが吹きすさぶ中を提督は一人、鳳翔の店に向かった。

鎮守府の正門から30mも離れていないのだが、正門を出るとちょっとだけ楽になれた。

そしてその気持ちのまま、鳳翔に洗いざらいぶちまけたのである。

飲み慣れない酒を頼む辺り、よほど腹に据えかねたのだろうと鳳翔は思った。

そして提督の小皿におでんをすいすいと取り分けると、顎に手を当てて考え始めた。

中将が提督に気付かれる程忌避するようになるのは問題かもしれませんね。

なにより、私の友人に対していささか無礼です。

 

「うーん、貴方からの通信だから予想はついてたんだけどね・・」

提督が帰った後、店を閉めた鳳翔は店の2階に設置した通信機の前に居た。

ここは普通に歩いてもたどり着けない隠し部屋になっており、大本営の雷と直接やり取り出来る。

鳳翔と雷のホットラインとも言える部屋なのである。

「一体どういう事ですか?真面目に役目を果たす私の友人を忌避するなどありえません」

「そう怒らないで。貴方の言う事はもっともなんだけど」

「うっとうしいハエがたかってくるなら叩き潰せば良いではありませんか」

「ハエが多過ぎるのよ」

雷は吐き捨てるように言った。

「雷様、貴方の武勇伝とされる行動を、私はこの目で見た数少ない一人です」

「・・ええ」

「それとも、あの時とは異なる事情が?」

「うーん・・今回の場合、明らかな腐敗の証拠が無いのよ」

「ですが、提督を目の敵にするのは正しい事ではありません」

「その通り、その通りよ。でも、その他の事では私達の命に従って動く駒なのよ」

「だからなんだと言うんです?あの時だって粛清対象者は最後は貴方に跪き、泣いて忠誠を誓った」

「・・」

「しかし、腐敗に手を染めた輩は信じないと一言の下に切って捨てたではありませんか」

「・・あの時の腐敗は、演習の苦情とは違うのよ。そこは解るでしょ?」

「努力を重ねて体勢を立て直した鎮守府をよってたかって屠るのが腐敗以外の何物だと?」

「・・」

「いざとなれば私は、出発前に申した通り、いつでも発艦命令をかけますよ」

「・・」

「それがたとえ貴方の居る大本営を焦土と化す命令であっても、私は厭いません」

「・・敵の大規模な基地が見つかってるのよ」

「え?」

「まもなく、大討伐命令がかかる。今粛清して手駒を減らす事は出来ない」

「・・」

「理不尽なのは理解してる。中将からも聞いてる。でも今はダメなのよ」

「・・貴方達は、誰の味方ですか?」

「え?」

「大将殿と雷様は、誰の味方ですか?」

「私達は・・」

雷はしばらく言いよどんだが、

「日本国民の、味方よ。そして、敵は、深海棲艦」

「・・」

「鎮守府の質が低下しているのも、提督への嫌がらせも、数ある問題の1つよ」

「だから放置すると?」

通信機の向こうから机を叩く音がした。

「じゃあどうするのよ貴方なら!半数が生きて戻れないような苛烈な戦場が見えてる今!」

鳳翔は数秒沈黙した後、静かに言った。

「文句を言ってきた司令官を外洋の無人島に派遣し、そこで深海棲艦に始末させましょう」

「・・・え?」

「大討伐と粛清を、一気に片づけてしまえば良いのです」

「あ、貴方・・」

「提督の戦法に難癖をつける位自信がおありなら、やらせれば良いのです」

「そ、れ、は・・」

「軍の痴れ者は戦地で始末する。いつも通りの手法ではありませんか」

「で、でも、司令官の外洋派遣なんて不自然過ぎるわよ・・」

「一番槍の前線基地とでも言えば良いじゃありませんか。理由をこじつけるのは大将と貴方の仕事です」

「ぐ」

鳳翔が声を一段低くした。

「それとも・・貴方も腐敗の側ですか?」

「ちっ違うわ!それだけは取り消して!」

「ならばその作戦要綱を見てから取り消すかどうか決めますし・・」

「・・」

「取り消すに値しないと判断したら、その時私は一人で御挨拶に伺いますよ」

雷のこめかみを冷や汗が伝った。

 



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エピソード57

その昔。

 

雷が行った、腐敗撲滅の為の大規模な「粛清」

 

腐敗に染まった幾つもの鎮守府に居た司令官や艦娘、そして大本営の幹部クラスも一気に抹殺した海軍の機密事項である。

確かに作戦を決め、最前線に立ったのは雷だが、密かに作戦行動を支援した艦娘達が居る。

ヴェールヌイ相談役や五十鈴もその一人であり、鳳翔は最前線に攻撃させない為の陽動、つまり囮役を引き受けた。

ところが、その鳳翔の攻撃が想像を絶する強さだったが故に、雷はほとんど抵抗らしい抵抗すら受けずに粛清出来たのである。

 

そう。

屋内等の至近距離限定ならば雷はほぼ最強と言って良い。

だが、鳳翔は遥か遠方から地域全体を攻撃する事を得意とする。

もし距離を自由に取れる戦いとなれば圧倒的に鳳翔が有利なのである。

ふと、雷は思い出した。

 

「提督には、親友以上の思いがありますから」

 

鳳翔は提督の鎮守府に異動する前、雷の質問にそう答えた事を。

理由は雷も知らない。だが、その目は真っ直ぐで強かった。

 

 脅しでは、ない。

 

雷は静かにつばを飲み込んでから、そっとマイクを握った。

「・・良いわ。じゃあ貴方の言う通り、作戦と粛清を一気に進めましょ」

「作戦要綱を、楽しみにしておりますよ」

 

ブツッ。

 

雷は通信が切れた音を聞いた途端、肩で荒い息をした。

「ぜぇ・・はぁ・・・・へうっ」

口を両手で押さえる。胃の中の物が逆流しそうだ。

追い討ちをかけるように、手が今頃になってがくがくと震えてきた。

・・怖い。

あの時の鳳翔を見たからこそ、彼女が本気で怒るのが怖い。

全力で精神を張り詰めていないと論戦など出来ない。

決して言えないが、皆が崇拝するほど私は強くない。

本当に最強の艦娘は・・

「どうした雷、厄介事かな?」

背後から大将の声がした。

雷は涙目で振り返ると、

「・・ごめんなさい。説得に失敗したわ」

と、大将にすがりついた。

「ならば一緒に考えよう。どの件だね?」

大将が優しく背中を撫でた。

 

そして、2週間後。

 

「何度読んでも変わった作戦だなぁ・・」

「今度はどこの討伐なんだ?」

「太平洋の真ん中で見つかった深海棲艦の群れを相手にするんだって」

「艦隊決戦か、胸が熱いな。それで、うちはどこを任されたんだ?」

「いや、我々は資源輸送を主とする後方支援組だよ」

「・・また読み間違えてないだろうな?」

「伊19と伊58に最初に渡して翻訳してもらったから完璧です」

長門は溜息を吐いた。

「凄く説得力があるが、提督1人ならこの鎮守府は大変な事になりそうだな・・」

「その通りだよ長門君」

「自信満々に認める前に何とかしろ!」

「ふげふっ!」

長門から懲罰的右ストレートを受ける提督の図は、もはやおなじみの景色だった。

だからその時入って来た文月も顔色1つ変えず

「お父さん、作戦に対応するプランを持ってきましたよ~」

と、とてとてと近寄ってくるのである。

「あ、あぁ、文月ありがとう」

「どういたしましてです~」

提督は椅子に座りなおしつつ、そっと文月を膝の上に乗せた。

「で、どんな感じ?」

「なんだか前回の苛烈さに比べると恐ろしい位簡単ですね」

「いやいや、1つ1つは楽な任務でも回数が凄かったでしょ。時間内にこなすのは周到な計画が要るよ」

「んー・・仮想演習場建設の為に行った資材集めはこんなもんじゃなかったですし」

「へ?そ、そういえば5日で終わったって言った時、工廠長が目を丸くしてたね」

「はい」

「・・そんなペースでやったの?」

「24時間連続で3艦隊同時並行の9班体制でやっただけですけど」

「それを文月一人で捌いたの!?」

「計画立ててしまえば後はその通りに動いてもらうだけで、進捗管理は日に2回すれば充分ですし」

「・・・」

「私が寝てる間は不知火さんにやってもらいましたし、平気ですよ~」

「み、皆の休みは・・」

「2日で計10時間位ですね」

「・・睡眠時間込じゃないよね?」

「もちろん込みですよ?」

提督は溜息を吐いた。それはブラック職場です文月さん。

「・・あのね文月。せめて1日の活動は12時間以内にしてあげて」

「今度の作戦でもですか?」

「そうです」

「んー、大体・・じゃ、だめですか?」

「確実にお願いします」

「しょうがないですね・・じゃあちょっと計画直してきます・・どうしようかなぁ」

「ちょっと見せてくれる?」

「はい。どこを直せば良いでしょうか?」

提督はプランをめくりながら舌を巻いた。

本当に分刻みのスケジュールだ。

朝食7分30秒とか細かすぎる。

そんなにハイペースにしないとダメなのか・・・うん?

「文月さん」

「はーい?」

「終了予定が期間のちょうど半分の日付になってるけど?」

「へ?」

「ほれ、伊19達が翻訳した作戦書をもう1回読んでみ」

文月はしばらくじっと見た後。

「あれえっ!何で半分にしちゃったんだろ!?」

と目を丸くした。

「そういうわけだから、もうちょっと楽なペースにしてあげて」

「大丈夫です。前半ちょっと飛ばし気味にして、後半余裕のスケジュールに書き直します!」

「あ、あんまり飛ばさないようにね」

「締切日にタイトル以外真っ白なんて事態に陥る訳にはいきません!」

「そりゃそんな悪夢は勘弁してほしいけどさ」

「先憂後楽です!お楽しみは後に取っておくのです!」

「いや、文月さん。それは教科書的過ぎる。ちょっと工夫を足して欲しいなぁ」

「ふえ?」

「作戦期間後半はね、大体戦力不足になってくるんだよ」

「・・はい」

「だから余力があると、予定外だけどこれも頼むとか言われかねないんだ」

「あ!前回もそうでした!」

「そう。だから必要な余裕は持っておいて良いけど、余計な余裕は持たない方向で。ね?」

「なるほど、なるほど!よく解りましたお父さん!書き直してきます!」

「頼んだよ~」

「はぁい」

とててと走って行く文月を長門は目で追いながら思った。

あんな小さな子にそこまで泥臭いノウハウを仕込んで良いのだろうか。

「ところで提督」

「なに?」

「何故提督がプランを立案しないんだ?」

「あぁ、私のプランは個性的過ぎるって龍田と文月に指示書取られちゃってさ」

長門が眉をひそめた。

「・・個性的?」

提督は肩をすくめた。

「いや、最上が艦対艦ミサイル開発したじゃない」

「あぁ。先日そんな話があったな」

「だからミサイルで武装した無人のパナマックス級多目的貨物船を百隻くらい建造してさ」

「・・は?」

「そんで延焼しない程度の狭い単横陣で20隻ずつ5重に並べてね、一気に送り込むオーバーロード作戦ってのを立てたんだよ」

長門はがくりと頭を垂れた。

作戦要綱に書かれた指示フォーマットに0.1%も従ってない。

どれだけフリーダムなんだ提督の頭の中は。

「一体どこからそんなプランが出てきたんだ・・」

「だって、それなら敵がなんぼ撃ったって数隻は生き残るでしょ?」

「あ、あぁ、そう、かも、しれないな・・」

「無人なんだからどれだけ轟沈しようと長門達は無傷だし、パナマックス級で数隻分も運べば規定量輸送出来るっしょ」

長門は顔を上げると怒り交じりの薄笑いを浮かべた。

確かに目標は達成出来るかもしれない。

だが達成後、大本営宛に何千枚の始末書を書かねばならないのか。

「で、その間我々はどうするんだ?」

「んー、鎮守府の外に出たり仮想演習やるとバレるから面倒だね。そうだ、夕張に頼んで何かゲーム貸してもらおうよ」

長門が無言の右ストレートを食らわせたのは言うまでもない。

龍田、文月、仇は討ったぞ。

 

こうして、提督の鎮守府も含めた作戦が開始された、その日の夜。

 

「・・通信が来るって事は、答えが聞けるのかしら。鳳翔さん」

「ええ。貴方を腐敗側と疑った事は取り消し、お詫びします」

雷はマイクに当たらないよう、顔を外して安堵の溜息を吐いた。

良かった。何より聞きたかった一言だ。これでもう少し生きられる。

 

あの日。あの通信の後。

大将に全てを打ち明け、わんわん泣いた。

鳳翔が恐ろしいし、何より腐敗側の汚名を着せられたのが我慢ならないと。

だが、大将はそっと呟いた。

「いや、向こうから見ればそう見えても当然だね」

「でっ、でも!」

「我々は苦情を言う側の不条理を提督に押し付け、提督が必要な資材も自分で工面しろと言ったんだから」

「・・・」

「しかし、さすが鳳翔さんだね」

「・・へ?」

「私もそろそろ、連中の態度が鼻についてたんだよ。そう考えれば、今回の余計な事も丁度良いか」

雷は無言で大将を見た。

大将は雷の頭を撫でながら続けた。

「本土からかけ離れた戦地だし、一番槍の前線基地とは実に聞こえの良い理由だ」

「・・」

「それに、提督の件で中将に抗議した司令官連中について調べたら、面白い事が解ったんだよ」

「・・面白い、事?」

「一派、いや二派に集約出来るんだよ。深海棲艦が彼らを始末しやすいように計画を少し変えるとしよう」

雷は大将の言葉の奥に含まれた怒気に気付いた。

声色に出るという事は、主人は相当怒ってるわね。

 

大将。

 

元帥級が全て政治の場で予算獲得に明け暮れる中、実務者の最上位に立っているのが大将である。

海軍の行動を事実上策定し、最終決断をし続け、元帥級の誰かが死ねば元帥になれるポジション。

逆を言えば、元帥が誰か死ぬまで成功し続けなくてはならず、失敗すれば惨めに追い落とされる。

ウルトラハイプレッシャーな立場であるが、この大将になってから随分と久しい。

大将曰く、

 

 「可愛い妻と二人で楽しく仕事してるからね、平気平気」

 

と、軽く答える。

雷だって大好きな夫と二人で仕事するのは楽しいが、大本営は伏魔殿だ。

鳳翔の件を含め、大小さまざまな揉め事は24時間365日発生する。

雷は時に弱気になる事もあるが、逆に大将が弱気になるのを見た事が無い。

 

 「おいおい、私だって人間だよ」

 

大将はそう言って笑うが、時折到底適わないと思う事がある。

だからこそ自分に命じられるのはこの人だけと定めたし、以来ずっと付き従ってきた。

その事に後悔は無い。

大将が今の地位につき、実権を握ってからは大きな腐敗も無かった。

それは大将自らが腐敗に全く興味を持たず、そして同情もしないからだ。

 

 「ここに来るまでに腹黒い駆け引きは当然してきた。私の両手は血に染まってるよ」

 

大将はそう言い切るし、雷の「粛清」についても

 

 「必要な事だった。あれが無ければ今の海軍は無い。尊敬してるよ」

 

と言ってくれる。

そして大将が雷に何度も言ってきた事は、

「非合法には非合法でしか対抗出来ない。正義が勝つなんてのは綺麗事だ」

という事である。

雷会の本分はここにある。

非合法な手段を用いてでも不正を働く鎮守府を秘密裏に葬り去る力を蓄えておく為に、雷会はある。

事実、雷は雷会を発足させてからも幾つもの鎮守府を粛清してきた。

決して伝説は過去の物ではないのである。

大将は普段は自らの意見を表に出さないが、根幹の所では提督と同じく人を信じていない。

いや、むしろ更に苛烈だった。

 

 人は弱い。だから身に危険が及ばねば自らを律する事は無い。

 

そう言って来たのだから。

 

中将は頑張ったが、あまりに責めが酷過ぎて屈してしまった。

その事に手を打たなかったのは我々だ。

おかげで今、我々が作戦に細工しても疑われる事はない。

だからきちんとケリをつけてしまおう。

中将と提督を、もうこれ以上放置してはならない。やるなら隅々まで消毒しよう。

大将はそういって、雷に微笑んだ。

そして二人で作戦要綱を見直し、ほんの僅かに変えたのである。

 

作戦は複雑なようでいて、死線に向かわせるという観点ではシンプルだった。

次第に補給が途絶え、資源が枯渇してから敵本陣と対峙するよう後方支援の期限を調整したのである。

 

 全滅

 

それが一番槍の前線基地部隊に課せられた真の命題なのだから。

 

 



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エピソード58

注意:今回と次回は、その性質上ネガティブです。
今後にとって非常に重要なパートですが。ちょっとツライという方はパスしてください。


作戦開始から1ヶ月と5日後。

 

「・・くそっ!くそっ!補給船が!くそうっ!」

「このままじゃ兵糧攻めになる!敵本陣は島のどこだ!ええい!偵察部隊は何をやってる!」

ここは前線基地と定められた島の沖合にある、海のど真ん中。

悪態をついているのは前線基地の責任者である長官と副長官だった。

 

「この作戦は由緒正しき軍人の血統であるお二方にしか任せられない。よろしく頼む」

 

大将からそう言われた時には喜びに震え、引き受ける事を即決した。

だが。

何かがおかしいと思ったのは、作戦が始まってからだった。

大将が今まで血統と言う言葉を使ったのを聞いた事が無い。

だが、前線基地に説明通りの規模の兵力と、連日届く補給物資に目を奪われ、すっかり忘れてしまった。

島には最初から備蓄資材がうなるほど用意されていた。自鎮守府よりも豪勢なくらいだ。

部隊を構成する鎮守府は大小様々な規模で混じりあっていたが、これだけいれば充分という数だった。

しかし。

探しても探しても、肝心の敵陣が見つからない。それどころか敵の一体も居ない。

毎日のように通信で討ち取るのは今日か明日かとせっつかれるので、敵が見つからないとは言えなかった。

そうこうしているうちに、予定期間を過ぎた頃から、目に見えて補給物資が減って来た。

超大量の物資を連日送るのは無理があるとは気付いていたが、物資は生命線だ。

「もっと送ってくれ!」

そう訴えても

「予定量を既に超過しているからこれ以上は無理だ。ところで、期日を過ぎたのだが、いつ戻るのだ?」

と、逆に問われる始末。

「そっ、それは・・」

言いよどむ長官の沈黙を大将が破った。

「一旦状況を整理し、計画を練り直す。討ち取った敵の船魂を持って直ちに撤退せよ」

「・・・」

「解ったかね?」

「こ、今週!今週一杯時間をください!あと少しなんです!」

「・・よし、解った。では今週末を最終期限とするから撤退準備を始めるように」

大将との通信を終えた長官は冷や汗が止まらなかった。

冗談ではない。

敵が見つからないので当然戦闘しておらず、船魂も1つとして獲得していない。

つまり連日戦果を上げてると吐き続けてきた嘘が、このまま撤退すれば即座にバレてしまう。

偵察部隊こそ連日出航しているが、それ以外の部隊は出撃しようがないので毎日待機していた。

それが半月、1ヶ月ともなれば緩みも生じてくる。

ちょっと位と思っていたらあっという間に昼間から宴会を繰り広げる程に堕落していた。

報告が偽りで、手ぶらで戻り、さらに宴会で物資を食いつぶしたと解れば軍法会議モノだ。

こうなったら基地を捨ててでも前進しよう。全員で探せば見つかるだろう。

長官がそう決断し、副長官を説得。

こうして全軍での出撃命令となったのである。

 

しかし。

 

出航から数時間後、最後尾の艦隊から恐ろしい通信が入ってきた。

今まで幾ら探しても見つからなかったのに、前線基地の島を膨大な敵が占拠しているというのである。

長官は慌てて偵察部隊を送ったが、最悪の事態を告げる報告が返ってきた。

島の備蓄資源は深海棲艦達が海中に運び込み、補給船は次々沈められるか追い返されているという。

現在の自軍位置と補給船達は島を挟んで反対側の位置関係にあった。

つまり、兵站のど真ん中を敵に食い破られた格好になっていたのである。

ここで全軍が一致団結出来ていればまだ勝機はあったかもしれない。

だが、説得された筈の副長官が半狂乱になって長官に食ってかかったのである。

「お前があの時全軍出撃と言ったからこのザマだ!お前の慢心が原因だ!」

「ふざけるな!長官に向かってなんだその口の聞き方は!」

「この際どうでも良い!大体、宴会を推奨し資源を無駄に食いつぶしたのは貴様じゃないか!」

「俺の先祖の最高位は将軍だ!家老止まりのお前より良い血筋だ!だから貴様は副長官なのだ!」

「じゃあそのお偉い血筋でこの戦況を何とかしてみろ!出来るならな!」

「お前は出来ると言うのか、ええ!?出来るって言うのか!あの時、代案も無く賛成したお前が!」

「やってられん!やってられるか!もう好きにさせてもらう!」

こうして他の司令官達は、ほぼ半々の形で長官派と副長官派に分裂した。

副長官は艦娘の残存燃料が大本営まで引き返すには足りないと判断。

何とか島の反対側に回り込み、補給船から直接物資を受け取り、そのまま撤退しようとした。

しかし、それは敵の目論見通りであり、補給船を目前にして島から集中砲火を浴びる事になる。

進撃していった艦隊は次々と沈められていった。

半数が沈み、もうダメだと悟った副長官派の司令官達は、次第に勝手な行動を取り始めた。

敵に特攻する者、逃走を試みる者、敵に白旗を上げる者、様々だった。

だが、乱れに乱れた行動は、膨大かつ統率の取れた深海棲艦達の敵ではなかった。

各個撃破を粛々と、易々と、遂げていく。

降伏の意思表示をしていようがお構いなしに火の海に沈めていった。

秘書艦は副長官に、指揮命令系統がズタズタで全体状況さえ集まらないと報告し、続けて言った。

「如何致しましょうか?ご指示を」

副長官はがくりと頭をうなだれた。

「もう・・終わりだ」

そして秘書艦の目の前で、拳銃自殺を遂げてしまったのである。

副長官を失った艦隊は総崩れになっていった。

 

長官派は、副長官派の艦隊があっという間に壊滅していく様子を距離を取って見ていた。

そして悟った。あれだけの膨大な物資が届いた訳を。

いや、全艦隊がベストの状態で戦えたとしても勝てるかどうか怪しい物だった、と。

1週間目の時点で撤退していれば、あの時ああしていれば。

幾つもの判断ポイントでことごとく油断していた過去の自分が恨めしい。

だが、自分はまだ生きている。

副長官のように無意味な最期を遂げてなるものか。

「・・一番槍なんてどうでも良い。帰るぞ。敵の船魂は全部副長官が持っていた事にすれば良い」

長官は部下と短く相談し、思いきり島を北回りに迂回して帰る航路を指示した。

こうして、まさに副長官が無念の自殺を遂げる頃、全軍撤退を始めたのである。

撤退指示は部下達も支持したので、こちらの陣形は乱れなかった。

この時は。

しかし、長官や、その側近は解っていた。

この航路では、航続距離が足りない艦娘が全体の半数以上に上る事を。

伝えられた司令官達も気づいていた。

だが、燃料切れの後は誰かが曳航するなり救済策があるだろうと思っていた。

しかし長官は自分の艦娘達が足りている事だけ確認し、残りは捨て駒にするつもりだったのである。

 

撤退行動開始から2日目の夕方。

 

「・・霧が濃くなってきましたね」

部下からそう言われた長官は眉をひそめた。

「霧が白くない。灰色というか、鉛色というか。とにかくうっとうしい色だな」

「ええ・・不気味です」

そして先行する偵察部隊から通信が入った。

「ち、長官・・殿・・」

「なんだ?」

「む、無理です・・私は・・自害いたします・・」

「おい!どうした!何があった!報告しろ!」

パン!

通信機から銃の発砲音がした後、応答は無くなった。

長官がますます濃くなる霧を睨みつけた時、ふいに霧が晴れた。

 

「!」

 

その視界に現れたのは、膨大な深海棲艦達だった。

そしてその中心から発せられる強く青い光と余りに強い妖気。

とても太刀打ち出来る数ではない。

踏み込んではならない所だという事は長官にも、側近達もすぐに理解出来た。

島で見た深海棲艦達は、目の前の景色に比べたら可愛いと思える位だった。

「あ・・あ・・あぁぁああぁあ」

余りの恐怖に言葉も発する事が出来ない。

航路を・・航路を北回りではなく、南回りで取れば良かった・・

 

「ドチラデモ一緒ダ、長官」

 

長官はびくりとした。

考えが読まれた事にも、頭の中に直接響くように聞こえた声にも、その声色にも。

 

 



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エピソード59

長官はカラカラに乾いた口をそっと開いた。思いが読まれるなら、会話も出来る筈だ。

「・・い、一緒、だと?」

「ソウダ。我々ハ貴様ヲ迎エニ来タノダ」

「む、迎え・・に?」

「貴様ハ前線基地ダト鼓舞サレタヨウダガ、ソレハ大将ノ罠ダ」

「な、なんだと!嘘だ!」

「偽リデハナイ。貴様モ疑念ガアッタデハナイカ」

「え・・」

「血統ナド、大将ガ重視スル訳ガ無イ」

「そ、それは、それは違う!」

「デハオ前達、前線基地ニ召サレタ者達ノ共通事項ガ何カ解ルカ?」

「・・・わ、解らない」

「簡単ダ。提督ノ鎮守府ト演習シテ中将ニ文句ヲ言ッタ者達ダ。覚エガアロウ?」

 

長官の額に脂汗が浮き出てきた。

たしかに長官派として同行している司令官達は、提督の演習に猛抗議した者達だ。

なぜ解るか。

元々長官が命じて抗議させていたからだ。

辺境の弱小鎮守府相手の演習だと舐めていたら、開始後10分も経たずに全滅させられた。

それも何かにつけ嫌味を言ってくる同僚の司令官がたまたま来訪していた時だった。

同僚にわひゃひゃひゃと何十分も指を差されて笑い転げられながら、長官は誓ったのだ。

こんな大恥をかかせてくれたクソ鎮守府など握り潰してやる、と。

そして調べる程に怒りがわき上がってきた。

民間採用で、事務官上がりで、軍人との血縁も無く、兵隊訓練すら碌に受けてない!?

許せん。絶対に許せん!軍を馬鹿にしてるのか!

だから提督がその後、どう大人しくしようとあらゆる難癖をつけて怒鳴り込んだ。

使える人脈という人脈を使い、中将へ徹底的に揺さぶりをかけた。

中将が提督の後ろ盾になっている事は明らかだったからだ。

育成の要である演習に出て来れなくしてやる。

そしてついに提督の鎮守府がある時点から演習に出て来なくなったのを見て、ニヤリと笑った。

第1段階終了、第2段階開始だ。

提督の低LV部隊が出撃でヘマをする度に罵り続け、辞めるか腹を切らせてやる。

いや、割腹なんて高尚な死に方は許さない。首でも吊るか野たれ死ねば良い。

いっそ深海棲艦のエサになればいい!

潰す、潰す、必ず潰してやる!

そうして計画を練っていた時に、この大討伐命令が下りたのである。

 

長官はそこまで考えて、眉をひそめた。

「お前が、なぜ知っている?」

「ククククク。軍ノ施設ナゾドコデモ見ラレルシ、情報ハ筒抜ケダ」

「な、なに!?」

「ソンナ事ハドウデモ良イ。貴様、我々ト共ニコノ憂サヲ晴ラサヌカ?」

「・・なに?」

「貴様ヲ私達ニ売リ渡シタ裏切リ者ノ大将ニ一矢報イヌカ?」

「そっ・・それは・・だが私は艦娘にはなれん。何をしろというんだ!」

「簡単ナ事ダ。大本営ノ連中ヲ弱体化サセル工作ヲ手伝エ」

「じゃ、弱体化?憲兵の目だってある。捨て駒として見殺しにするつもりだな!」

「ククククク。私ハ貴様ノヨウニ、燃料切レデ即座ニ見捨テルヨウナ薄情者デハナイ」

「なっ、なにっ!?」

「ソウ案ズルナ。戦ウ必要ガアレバ貴様ガ今見テイル全員ヲ貸シ与エヨウ」

長官は歯を食いしばった。

大討伐の為に集められた艦隊の数十倍、水平線を埋め尽くす程の深海棲艦達。

それも駆逐艦だけでなく、重巡が、空母が、戦艦が、姫クラスまでが、じっとこちらを見ている。

これが、俺の、部下になる、だと・・

だ、だが、それは・・

しかし、断れば・・

「当然、八ツ裂キニシテヤル。生キテ戻レルト思ウナヨ」

そうだよなと、長官は思った。

奴らを見た途端に自殺した偵察部隊長が正しかったのかもしれない。

 

いや。

 

し・・死にたくない。

 

長官はガチガチと顎を震わせた。

 

俺は、俺は、こんなとこで死にたくない。

大将に裏切られ、あいつに笑われたまま死んでたまるか。

せめて一矢!一矢報いたい!裏切った大将を後悔させる為に復讐したい!

俺が強い事を!良質の血統こそが正義である事を!あいつらに見せつけてやりたい!

 

「ククククク。ナラバ選択肢ハ1ツデアロウ?」

脳に響く柔らかい声に、ついに長官は叫んだ。

「なっ!仲間に!俺を仲間にしてください!」

「良ク言ッタ。忠誠ノ証トシテ、オ前ノ魂ヲ半分預カル。艦娘達ハ始末スル」

「へっ?」

長官が目を見開いた。

 

 

「現在もバイタルシグナル1つ検知出来ません。全滅と見て良いでしょう」

事務官から最終報告を受けた大将は、大きく息を吸いこみ、吐き出しながら頷いた。

中将は悲痛な面持ちで俯いていた。

全鎮守府の1割に達する大隊を送り込んだ。

最後の行動は不可思議な所があると事務官は首を捻りながら言った。

まず、全軍出撃後、短時間で進撃を止め、2手に分離した。

元の島に突然現れた深海棲艦反応に副長官を含む隊が接近するも、短時間で全滅。

迂回し、大本営に撤退しようとした長官を含む隊もその移動中、海の真ん中で突然消息を絶った。

その後丸1日呼びかけるも応答なしというのが、現在の状況である。

事務官は大将が頷いたのを見て、一礼すると部屋を出ていった。

中将はそっと、だが強く机を叩いた。

「なぜだ・・なぜあれだけの大部隊が全滅してしまったのだ」

大将は頷いた。

「敵数は不明確な所があったとはいえ、予想最大数の倍の艦隊を送った。それでも無理だったとはね」

「今回の作戦、最初から奇妙な動きでした。もっと早く撤退させていれば・・」

「防げたかもしれん。だが、あれだけ後少し、もう少しと言われてはな」

「・・長官は軍人揃いの名家でしたから、より多くの戦果を欲したのでしょうか」

「しかし、彼らが出撃させていたのは偵察部隊だけで、本陣は島に居たままだったのだよ」

中将はまさかという目で大将を見た。

「・・なんですって?それは初耳です」

大将はそっと中将を手招きすると、机の引き出しから書類を取り出した。

「これはバイタルシグナルがどこから発信されていたか時間別に示したものだ。見たまえ」

中将は目を見開いた。

「そ・・そんな・・しかし毎日戦果を上げていると・・」

大将は首を振った。

「虚偽の疑いがある、という事だ」

言葉を失う中将を、大将は真っ直ぐ見つめて言った。

「いずれにせよ、大隊が全滅など公表出来ん。秘匿事項として速やかに本件を完了させよ」

「ほ、他の鎮守府には・・」

「真実を言えると思うかね?」

「・・いえ」

「その通りだ。書類一式をヴェールヌイ相談役の元に。控えは焼却せよ」

「各鎮守府に配布した作戦書も・・回収しますか?」

「すべて回収し、焼却するように」

「畏まりました」

「長官、副長官の一族には私から伝えておく」

「よ、よろしくお願いいたします」

よろよろと扉を閉める中将を見送ると、大将は椅子の背もたれに身を預けた。

粛清完了。討伐叶わず。

・・当然なのだが。

あの海域には深海棲艦の相当強大な陣営が居るのは昔から知られている。

今居る全艦娘を出撃させても勝てるかどうかという数の敵が居るのだ。

大将だけがヴェールヌイ相談役から告げられる特別機密事項の1つである。

その一部を迷子になった偵察機が偶然見つけてしまった時には厄介な事になったと眉をひそめたものだ。

だが結果的に、粛清の隠れ蓑として上手く活用できた。

鳳翔さんには感謝しなくてはなるまい。

大将は目を瞑った。

 

特別機密事項、か。

 

最もまずい情報は、881研の初代所長が悪魔だったという事だろう。

艦娘の前身たる生体兵器開発計画。

おぞましい人体実験で失敗した子達や旧システムを海洋投棄し続けた結果、深海棲艦になった。

そして旧システムが暴走した事で、轟沈した艦娘まで深海棲艦にされている可能性がある。

これが今一番有力な説だとヴェールヌイ相談役は仰っていた。

研究の成功作たる艦娘と、失敗作たる深海棲艦による怨恨の輪廻。

それがこの戦争の正体なのだから、反対勢力が言ってる事も実はそんなに的外れじゃない。

歴代大将達はこの事をどのように思われたのか、今度の元帥会で訊ねてみようか。

どうせ煙に巻かれるだろうが。

大将は目を開けると、事務官の持参した航跡報告書を眺めた。

敵本陣の位置は諸説あった。

もし長官がロストした位置がそうなら、まさに命がけで素晴らしい情報を残した事になる。

1度の情報では信憑性は低いが、ヴェールヌイ相談役に覚えておいて頂くのは悪くないだろう。

また一つ、私の罪が増えた。

悪魔の所業に比べればどうという事もないが、閻魔様はこの大虐殺を許してはくれまい。

大将は腰を上げた。

 

さて、全ては済んだ事。

雷と二人で夕食を頂くとしよう。

 



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エピソード60

大将が雷と夕食を取り始めた、丁度その頃。

 

「お疲れ!皆ほんとよくやった!何より無事で良かった!えーとあとね、あとね!」

「挨拶はもう良いにゃ。早く頂きますっていうにゃ」

「お行儀が悪いですよ、多摩さん」

「にゃっ!?鳳翔さんごめんなさい・・にゃ」

「うん、嬉しくて言葉が出ないからもういい!じゃあ挨拶はこの辺で!存分に召し上がれ!」

「頂きま~す!」

 

提督の鎮守府は終了期限当日に最後の荷を送り届け、作戦を完了した。

今回認定されたクラス11(前回より1上がっていた)への命令は、文月曰く

 

 「眠い位簡単」

 

であり、苦労してこなしているように見せる為の細工が必要なほどだった。

それは第4、時に第3艦隊までもが通常の遠征を並行して行うことで対処した。

(さすがに仮想演習や出撃をすると大本営から目立つので遠征のみとした)

余談だが、今回も命令を誤読して命令以上にハードな任務をこなした鎮守府は多かった。

伊19と伊58が命令書を適切に読みこなすという役割は大変大きいのである。

宴もたけなわになった頃、提督は伊19の隣に行った。

「楽しんでる?」

「すっごく美味しいご飯なのね!さすが鳳翔さんなのね!提督、御馳走様なのね!」

「うへ!?何で知ってるのさ・・」

「皆知ってるのね」

そう。

今夜の晩御飯は作戦で頑張った間宮さんも労う為、鳳翔に特注した御馳走だった。

その費用は提督が内緒で払っていたのだが、女の子の間では内緒話ほど音速でくまなく伝わる。

だから単に言わないだけで全員知っているのである。

提督は苦笑しながら言った。

「まぁ重要じゃない内緒話だから良いか・・ところで伊19さん」

「イクで良いの。何なのね?」

「今回も伊58と作戦命令書の解読頑張ってくれたじゃない」

「大本営のアンポンタンが悪いだけなのね」

「いやいや、重要な役割だよ。だから特別賞をと考えてるんだけど、何か希望ある?」

「んー・・美味しい物は鳳翔さんのお店に行くか、間宮さんの売店で買えるし・・」

「そうだね。下手に取り寄せるより旨いよね」

「・・あ」

「なんだい?」

「私達、班当番ではあんまり活躍出来ないのね。特に遠征系は・・」

「まぁ、艦種的に対象外になる事は多いかな」

「だから自己訓練を兼ねて、色々な海域で情報収集をしてるのね」

「そう言ってたね。伊58は暗号の勉強をしたいって言うから、今度大本営に何か学ぶ方法がないか相談しようかと思ってるよ」

「今度の作戦の時も、輸送する子達を遠くから見守ってたんだけど・・」

「うんうん」

「何度か、あの子達も気づいて無い、紙一重の危ないシーンがあったのね」

「・・そうだったんだ」

「私達は気付いてる、でもあの子達に知らせれば敵まで気付いて攻撃を開始しかねない」

「んー、状況が解るなあ」

「そう言う時に、提督に発砲許可を求める事も出来ないのね」

「そりゃそうだ」

「そういう時、攻撃を事後承認で認めてっていうのはだめなのね?」

「う~ん」

提督は腕を組んだ。

確かに目の前で味方が危ない目に遭おうとしてる時に指を咥えて見てるのは辛いだろう。

だがそれは、場合によったら・・

しばらく考えた後、提督は伊19に言った。

「イクはスナイパーだよね」

「なの」

「スナイプ能力と強制離脱能力を上げる事。そして出航前にそういう可能性がある事を私に言う事」

「ふええっ!どうすれば良いのね!?」

「イクが仲間を見殺しにするのが辛いように、私もイクを危険に晒したくない」

「・・」

「射撃場や練習場はいつでも使えるようにしておくから、幾らでも使って良いよ」

「・・」

「事後承認は構わない。だがイクが安全な形で仕留め、万一気付かれても逃げ切れる力を持って欲しい」

「・・」

「そうでないと、私は余りに心配で気が狂ってしまうよ」

伊19は提督をじっと見た。

親が子に向ける目をしている。意地悪ではなく、本当に心配してる目だ。

言ってる事も理解出来る。

ちょっと心配し過ぎな気もするけど。

「・・解ったのね」

「ん。ただこれはイクさん限定の話だから、んー、何て呼ぼうかな・・」

「なんで限定するのね」

「事後承認はかなり危険な行為だ。イクさんを信用してるからこそ特別に認めるんだよ」

伊19は俯いた。顔から火が出そうだ。真っ直ぐ目を見たままそういう事言うのは反則なのね。

「じゃあとりあえず、オプションとでも呼ぼうか」

「・・お、オプション、なのね?」

「うん」

「解ったのね。じゃ、じゃあ、練習頑張るのね」

「そうだね、どうせ練習するなら効果的な方が良いか。じゃあコーチも付けよう。声かけておくよ」

「誰なのね?」

「ん、まぁ、すぐ解るよ。明日射撃場に0900時に来てくれる?」

「解ったのね」

 

翌日。

 

「ほ、鳳翔、さん?」

「はい。5分前行動は素晴らしいですね。おはようございます」

狙撃銃を手に伊19が射撃場に着くと、待っていたのは鳳翔だったのである。

「おはようございます、なの。鳳翔さんがコーチしてくれるのね?」

「ええ。提督に基礎的な所を教えてほしいと頼まれまして」

伊19はにっこり微笑む鳳翔に頭を下げつつ、内心怪訝に思っていた。

軽空母であり、凄腕の料理人だが、回避はともかく、狙撃は専門外じゃないだろうかと。

そんな伊19の気持ちを知ってか知らずか、先に撃ちますねと鳳翔は言いながら伊19の銃を手に取った。

ふんふんと頷きながらボルトを下げつつ内部を眺め、

「綺麗に整備してますね。とても良い事ですよ」

と、にこりと笑うと、実弾を5発装填した。

「では、凪いだ海の上から的を撃ちましょうか」

 

シャカッ・・ターン、シャカッ・・ターン・・

 

伊19は射撃する鳳翔の動作を、そして的を見て固まった。

全く無駄が無い流麗な動き、そしてビタリと的の中心1点に当てていく。

その技量を察した伊19はぞわぞわと鳥肌が立った。

凪とはいえ、波のある海上からこれだけ早いペースで撃ったら10cm圏内に集まれば上等だ。

しかし引き寄せて見た的は、弾丸とほぼ変わらない穴が1個しか開いてない。

弾が全て的に命中していた事は的の揺れで解っていた。つまり全て1ヶ所に当たったのだ。

 

「じゃあやってみましょうか。こういうのは習うより慣れろです」

 

伊19はごくりと唾を飲み、ぎこちなく、鳳翔へと視線を動かした。

にこりと笑う鳳翔に、ひきつった笑いを返す伊19。

鳳翔はさっきと全く同じ笑顔なのに、もはや別人に見える。

これからどれほどの苛烈な特訓が待ってるのだろう。

 

1時間後。

 

「トリガーを引き過ぎて銃口が2mm右にずれてます。指を下へ絞るように動かしてみましょうか」

「はっ、はいなのね!」

鳳翔の指導は的確で、余計な事を言わない。

たまたま出るブレには何も言わないが、毎回出ているクセはすぐに指導が入る。

そしてそれを言われたとおりに意識して直すと目に見えて改善するのである。

伊19は射撃を続けつつ、歓喜と同時に恐怖を覚えていた。

自分なりに今までマニュアルを見たり、合同演習に出たり、もちろんコーチングも受けた。

それらは長い訓練期間を経てやっと何か改善した気がするという程度なのに、この1時間はなんだ。

鳳翔さんに断ってメモも取っているが、言われた事は僅かなのに強烈な改善効果がある。

それだけ自分の問題を見抜き、その解決方法として最も適切な答えを持っているという事だ。

鳳翔さん・・何者なのね。

「他の事を考えていませんか?重心がぶれてますよ?」

「ひゃいっ!ごめんなさいなのね!」

いけないいけない。こんな恐ろしい人を怒らせてはいけない。

集中集中。

 

「・・美味しいのね~」

「うふふ、お気に召しましたか?」

御汁粉を啜り、ぽへんとした顔になる伊19を見て、鳳翔はくすくす笑っていた。

訓練を長時間やる必要も意味もない。ましてや精神論なんて1ミリも要らない。

1回毎の到達目標を定め、対象者の抱える課題を見極め、適切に導き、実感させ、楽しみを与える。

それらが揃って初めて訓練する事に興味を持ち、高い効果が出ると鳳翔は考えていた。

だから訓練中、鳳翔は何度も伊19に声をかけ、二人でよく話し合った。

不規則な波、突風への対処、弾頭の偏心、弾にかかる火薬圧力の偏り、銃身の熱変形、自らのクセ。

命中を阻害する理由を二人で挙げた後、事の前と狙撃中、というキーワードを伝えた。

伊19はすぐその意味を理解し、メモを振り返りながら銃を調整し、練習を再開したのである。

3時間の訓練を通じて、鳳翔は伊19が今まできちんと練習してきた事を見抜いていた。

そうでなければ、あれだけの高いレベルの会話に初回からついて来れる訳が無い。飲み込みも早い。

鳳翔はにこにこ笑っていた。久しぶりに鍛え甲斐のある子と巡り合えましたね。

出来ればもう1人、一緒に取り組む人が居れば良いのですが。

提督にリクエストしてみましょうか。

 

 



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エピソード61

「鳳翔さんの講座、とっても面白いのね!提督、ありがとうなのね!」

「そうかそうか。良かったなぁイクさん」

うんうんと頷く提督に、鳳翔は言った。

「ただ、訓練をより楽しんでもらう為には、2人でやるより3人でやる方が良いのです」

「んー、私がやってるのは拳銃だから方向が違うんだよなぁ」

「提督も教えた通り練習なさってますか?」

「もちろんですよ。毎朝45発、欠かさず」

「そうですかそうですか。じゃあ今度拝見しましょうか」

「うはっ、よろしくお願いします」

「うふふ」

「それはそれとして、もう1人か。じゃあ聞いてみようかね。比叡さん」

「はい」

「えっと、インカムの回線貸してくれる?全体放送するから」

「はい。こちらでよろしいでしょうか?」

「ありがと」

比叡から受け取ったイヤホンマイクを装着した提督は、比叡に合図してコールサインを送った後、

「えー、毎度おなじみ提督でございます。さて!今回はお得な情報をいち早く貴方にお届け!」

がくっとつんのめる鳳翔、くすくす笑う伊19と比叡をよそに、提督は続けた。

「今提督室に来ると一流の狙撃講座の受講資格が貴方の物に!先着1名様限定!さぁ早い者勝ちですよ!」

ジト目になった鳳翔が口を開いた。

「バーゲンセールのTVショッピングじゃないんですから・・」

だが提督は拳を握り、さらに熱を込めた。

「さぁまたとないチャンス!只今なんと無料!コーチの実力は折り紙つき!さぁ誰がこの超お得な・・」

 

ガチャッ!

 

「すっ、鈴谷だよ・・おっ、応募、間に合った?」

 

提督はぜいぜいと息を切らせる鈴谷ににこりと頷きつつ、マイクに話しかけた。

「早いね鈴谷さん。え~、定員に達しましたので募集終わり~、各自作業に戻ってくださ~い」

鳳翔は呆気に取られた。こんなに早く応募者が来るとは。

伊19は肩をすくめた。提督は変な所で女の子の心を掴むのが上手いのね。

鈴谷は提督に手招きされたので机の前まで歩いて来た。

「じゃあ紹介するね。狙撃のコーチをしてくれる鳳翔さんと、同じ受講生の伊19さん」

「すっ、鈴谷です!よろしくお願いします!」

「鳳翔です。こちらこそよろしくお願いします。えっと、何故応募したのか聞いても良いですか?」

鈴谷は表情をこわばらせると言った。

「鈴谷は航空巡洋艦までなったんだけど、どうしてもイマイチなんだよね」

「イマイチ?」

「えっとね、最上姉ちゃんも言ってたんだけど、潜水艦への攻撃能力は弱いし、砲火力は戦艦に劣るじゃん?」

「・・」

「艦載機積載能力では空母に勝てないし、魚雷の命中度なら軽巡の方が良いし」

「・・」

「マルチパーパスなんて言えば聞こえはいいけど、要はどれもハンパで燃費は悪いじゃん」

「・・」

「鈴谷だって提督から大事にされてるのは解ってる。だから鈴谷に任せてもらえる分野を作りたいじゃん」

「・・」

「鈴谷は狙撃が楽しいし、しっかり練度を上げればちょっとは提督の役に立つと思ったの」

「・・」

「・・それじゃ・・ダメかな?」

鳳翔はくすくす笑いながら提督を見た。

「提督から何か先に仰いますか?」

提督は困った顔をしながら鈴谷に向いた。

「うーん・・えっとね、鈴谷」

「うん」

「潜水艦がうようよいる海域では、君は航空戦艦より低燃費で軽巡より高い防御力がある」

「・・」

「副砲をきちんと組み合わせれば高い連撃能力があり、魚雷を積めば夜戦での一撃も頼りになる」

「・・」

「だから攻略目標に応じた装備変更が要るだけで、決してハンパなんじゃない」

「・・」

「けどね」

「?」

「鈴谷が鈴谷である為に、自信をもって前へ進む為に狙撃能力を身につけたいなら、私は喜んで了承する」

「・・」

「ただし今後、自分をイマイチだなんて言っちゃダメだ。守れるかな?」

鈴谷は無言でぽたぽたと涙をこぼした後、ぐいっと手の甲で涙を拭い、

「うん!解った。もう言わないよっ!」

と、ニカッと笑って答えたのである。

「よし。じゃあ鳳翔さん、鈴谷をよろしくお願いします」

鳳翔は鈴谷と握手しながら、相変わらず提督は犯罪級の天然ですねと苦笑した。

あんな事を面と向かってさらっと言うなんて・・

鈴谷さんの手が熱い位ですし、頬を染めちゃって。初々しいですね。

よし、しっかり教えてあげましょう!

 

こうして。

 

班当番のある日を除き、伊19と鈴谷は鳳翔の下で訓練を続けた。

1ヶ月が経ったある日、鳳翔は一人で提督室を訪ねたのである。

 

コンコンコン。

 

「開いているぞ」

長門の声に呼応するかのようにそっと開いたドアから、鳳翔が顔を覗かせた。

「長門さん、お邪魔します。提督はいらっしゃいますか?」

「ああ。居るぞ。提督、鳳翔殿がお見えだ」

「応接席にかけてもらって。この書類を見てから行くよ」

「うむ。鳳翔殿、こちらへ」

長門に促されて応接セットの席に腰かけた鳳翔は、そっと長門と提督を見た。

・・しっかり心の通い合う関係になったようですね。そしてスッキリした雰囲気。

理想的な司令官と秘書艦の関係ですね。

「やぁお待たせしました。すいません書類が多くて」

「大丈夫です。提督も大変ですね」

「さてさて、どうされました?」

「伊19さんは、そろそろ基礎訓練を卒業として良いと思います」

提督が驚愕の表情で固まったので、長門が怪訝な顔になった。

「・・提督、どうした?なぜそんなに驚いている?」

「あ、あの、伊19が、基礎を卒業・・認定・・ですか?」

「ええ」

長門はますます怪訝な顔になった。

「どういう事だ、良かったら、私にも解るように説明してくれないか?」

「あぁごめんね長門。えっと、本人を前に言い辛い事でもあるんだけど」

「う、うむ」

「鳳翔さんが最終的に要求するレベルは、それはそれは高い所にあるんだよ」

長門は脳裏にやつれた金剛達の顔が思い浮かんだ。

キャベツの千切りやシチューを作るのでさえあれだ。

そういえば誰も卒業とは言って貰えなかったような・・

「ふむ。それで?」

鳳翔は笑顔の裏で思った。長門さん、あっさり納得するほうが酷いですよ?

「鳳翔さんの軍事訓練は対象者に極めて親切で的確だし、叱らないし素晴らしい内容なんだが」

「う、うむ」

「最終的に卒業と認めてもらえる課題まで到達出来る割合は5%もない」

「・・なに?」

提督の言葉に対し、鳳翔がすこし拗ねたように口を尖らせた。

「5%は酷いですよ提督。今までのトータルで7.81%です」

長門はごくりと唾を飲んだ。それ、あまりにも低い割合じゃないか?

「すみません。じゃあえっと、8%もないんだよ」

「そ、その一人に、伊19が到達したというのか?」

「うん。だから凄まじい事なんだよ」

鳳翔は苦笑しながら言った。

「で、応用課程をどうしましょうかと聞きに来たんですけどね」

「伊19は何と?」

「受けたいが、提督次第だと」

「鳳翔さんは、どう思います?」

部屋の中に一瞬の沈黙があった後、

「・・応用課程は諸刃の剣ですし、伊19さんは到達出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」

「うん」

「ただ・・」

鳳翔は寂しげに笑った後、言った。

「出来れば伊19さんには、屈託のないあの笑顔で居て欲しいですね。私の我儘ですけど」

「単独に近い隠密行動を取らせようとする場合、追加で必要な講義はありませんか?」

「・・どの海域でも、ですか?」

「いや、せいぜい大本営近海程度までで」

長門はドキリとした。

 

 



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エピソード62

先日公開したエピソード58と59の艦娘達の処遇について、まずは戸惑いをもたらした事について、お詫びしたいと思います。
申し訳ありませんでした。

本章では以前も悩んだのですが、過去の章で描写した事を改めて書くと、直前にモロに答えを示すクイズのようでシラけてしまわないか、というのを私はとても気にします。
ただ、解らないのもそれはそれで面白くなくなると思いますから、活動報告の方でエピソード58と59について補足を記しました。
気になる方だけご覧ください。
ここで書かないのは、こういう事を言い訳と受け止める方が居るので、火に油を注ぐような事にしたくなかったからです。

作者が豆腐メンタルなのは仕様です。
諦めてください。




 

大本営近海。

 

海底までくまなくセンサーが仕掛けられ、自動迎撃システムや重装備の地上部隊が24時間警護する海。

日本国内で最も厳重な警戒が敷かれている海域を「程度」だと?

だが、鳳翔はあっさり答えた。

「その程度なら基礎課程で大丈夫ですよ」

長門は目を見開き、改めて提督の言葉を理解した。

鳳翔のいう応用課程とは、一体何を想定しているのだろう。

提督は頷いた。

「ならば応用課程は保留としましょう。ところで、鈴谷はどうです?」

「伊19さんに比べるともう少し手前から始める格好になってますが、進捗度合は悪くないですよ」

「ええ。鈴谷は雰囲気のせいでサボってるように見られますが、ちゃんと真面目にやってますからね」

「そのようですね。今は4mの高波を乗り越えながら、正確に射撃する方法を考えてもらってます」

「あー、そろそろ難関に差し掛かってますね」

長門はじわりと汗をかいた。

普通の海の上でだって精密射撃は神経を使う。

それをそんな荒れた海でやるなんて狂気の沙汰だし、実戦なら積極的に避けるべき状況だ。

でも、出来なければ鳳翔は次のステップに進まないし、進めなければ卒業認定には達しない。

伊19、お前はどこまで学んだのだ?

 

「どうなさったんですの?」

「ん・・」

港の端にぽつんと座って水平線を眺める鈴谷に、熊野は声をかけた。

しばらく鈴谷は黙ったままだったが、熊野は隣に腰掛けると、じっと待っていた。

やがて、鈴谷は口を開いた。

「イクちゃんがさ、卒業しちゃうんだよねぇ」

「一緒のレッスンを受けていたんでしたわね」

「卒業するのは良い事だと思うんだけど、なんか寂しいなって、ね」

「一人になってしまうから、ですの?」

「今まではさ、イクちゃんが先輩って感じで、3人で和気あいあいと話してたんだ」

「ええ」

「でも来週から、鳳翔先生と二人。あの明るいイクちゃんが抜けるとさ・・」

「んー、鳳翔先生が苦手なんですの?」

「そうじゃないよ。優しい先生だもん。だけど、その・・」

熊野はしばらく考えた後、

「貴方に手を貸すのはやぶさかではなくてよ。ちょっと聞いてきますわね」

そう言ってきょとんとする鈴谷を置いて、足早に去って行ったのである。

 

「へ?熊野も受けたいの?」

「ええ。ただ、お願いが1つ」

「うん」

「鈴谷さんが修了するなり、卒業する時点で引き上げたいんですの」

「あ、いや、それなら認められないよ」

「どうしてですの?」

「鳳翔さんは下手でも熱意があれば受け入れるけど、中途半端な気持ちなら来るなって言うんだよ」

「でも、鈴谷が・・」

「うーん・・じゃあこう言うと良いよ」

 

「鈴谷さんとライバルでありたい、ですか」

「ええ。艦娘として共に同じ鎮守府で戦う以上、レッスンの後も切磋琢磨する関係で居たいんですの」

鳳翔の店を訊ねた熊野は、提督から言われた事を含んで希望を伝えた。

提督は、鈴谷と同レベルに仕上げて欲しいと頼みなさいと言った。

鳳翔は生真面目な性格であるが故、頼まれた事を出来るだけ叶えようとする。

ある人と同じレベルというのであれば、その人としっかり比較してキッチリ同じにしようとする。

鈴谷が居ないと比較出来なくて困る、だから一緒に過ごせるだろう、という理屈である。

鳳翔はふうむと腕を組んだ後、そっと目を閉じた。

「正直な話、鈴谷さんの狙撃センスは天性の物がありますよ」

「同じ分野でなくてもよろしくてよ。同じ戦場で戦える技量さえあれば」

「熊野さんが得意とする事は?」

「もちろん、主砲での砲撃。それも電探と連携するものですわ」

鳳翔はふむと頷いた。

「一緒になりうるか、確認させてもらいます。射撃場へどうぞ」

 

「とぉぉぉぉおおおぉおぉおおっ!」

熊野の砲撃結果を見た鳳翔は頷いたが、帰ってきた熊野に言った。

「最初なので、少し厳しい話をしますね」

「はい」

「貴方の砲撃は上手ですが努力によるものであり、練度に応じた限界となるでしょう」

「は、はい」

「一方、鈴谷さんの狙撃は未完成ですが、その才能は物凄く伸びる可能性があります」

「で、では・・」

「ただし、才能をきちんと開花させるにはとてつもない努力が要ります」

「・・」

「貴方は並び立つのではなく、鈴谷さんを支えるポジションの方が合うでしょう」

「・・」

鳳翔はにこっと笑い、熊野の目を覗き込んだ。

「鈴谷さんが御一人で寂しがっているのを見かねたのでしょう?」

「うっ」

「提督はなかなか良い入れ知恵をされましたけど、鈴谷さんの隠れた才能は誤算でしたね」

熊野はぞっとした。何もかも見透かされているかのようだ。

「あなたの求めるオーダーに応える事は出来ません」

「・・はい」

「でも、講義に同席するのは良いですよ」

「え?」

「鈴谷さんがどのような講義を受けているか聞き、会話に混ざる事も許します」

「・・あ、あの」

「鈴谷さんの成長を、傍で支えてくれませんか?」

熊野はぎゅっと目を瞑ると、鳳翔に深々と頭を下げたのである。

 

翌日。

 

熊野は鳳翔から言われた通り、鈴谷に内緒で、少し遅れて射撃場に足を運んだ。

伊19と鈴谷は驚きつつも熊野を喜んで迎えたのである。

「ほぉーう、聴講生って熊野だったの!今朝まで何も教えてくれなかったじゃーん!」

「ごきげんよう皆さん。ごめんなさい。鳳翔さんから口止めされていたの」

「これで鈴谷ちゃんも寂しくないのね!良かったのね!」

「うふふ。鈴谷さんをちょっと驚かせようと思いまして。熊野さんを怒らないであげてくださいね」

「う・・しょ、しょうがないなぁ」

「はい。一緒に座学を受けましょ。これからよろしくお願いしますわ」

 

季節は春から夏へと変わり、その夏も過ぎようとしていた。

 

「うぅ・・熊野ぉ」

「はいはい。今日の狙撃は惜しかったですわね・・って重いですわ!」

鳳翔の店でかき氷を食べていた鈴谷は、ふと熊野の腕にゴツンと頭を乗せた。

「もう少し、鈴谷さんなら行けそうな気がするんですけどね」

「どこをどうしたら良いんだろー、先生教えてよぅ」

「それが出来ればやってあげたいんですけどね・・その壁は自ら超えて頂かないと」

カウンターに顎を乗せ、鈴谷は悔しそうな顔をしながら鳳翔を見た。

鳳翔は苦笑していた。

伊19も通った基礎課程は、鈴谷もとうの昔に終わっている。

それなのに通い続けているのは、鈴谷の突出した才能のせいだった。

 

「鈴谷さんの狙撃センスは本物です。伸びしろはこんな物じゃないような気がするんです」

 

夏が始まる頃、鳳翔は提督にそう告げた。

「ええとそれは、応用課程に入るって事?」

「はい。あのセンスを死蔵するのは余りにも勿体無いです」

「んー、センスの有無より、本人がやりたいかどうかだからなぁ」

提督は腕を組んだ。

 

応用課程。

 

鳳翔がこれはと認めた人に提示する特別カリキュラムだ。

大将直属の艦娘達は例外なくこの応用課程を受け、あっさりと卒業している。

応用課程と一口に言っても、その内容は決まった物ではない。

ある者は砲術を、ある者は操船を、ある者は運の使い方を、それぞれ極めた。

しかし、その代償は大きい。

時として生まれ持つ性格さえ変わってしまう。

例えば大将直属の雪風はあまり笑わなくなり、静かに話すようになった。

普段はあまり変わらないように見える武蔵も、本気を出すとその恐ろしさに味方さえ委縮してしまう。

大和が中将直属になったのは、普通でありたいと言う理由で応用課程を断ったからだ。

それくらい、艦娘としての将来を左右するのである。

 

鳳翔の話に、提督は首を振った。

「ダメだ。私の一存では決められない。応用課程を受けるか否かは本人に決めさせる」

「それはそうですね。では、基礎課程を卒業として、応用課程を望むか確認しますね」

「・・んー、私も同席する。ここで話してくれないか?」

「構いません。では熊野さんも同席して頂いてよろしいですか?」

「・・そうだね。聞いてもらった方が良いな」

「解りました。では呼んできますね」

「あぁ、いや、こちらで呼びましょう。加賀さん」

「はい。既にお呼びしています。まもなくいらっしゃいます」

「さすが加賀さん。ありがとう」

「どうという事はありません」

 

 



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エピソード63

「そ、そんな凄い事なんだ・・」

「で、ですが、性格が変わってしまう程の訓練、というのは・・」

鈴谷は自らの可能性に目を輝かせているが、熊野の表情は沈痛だ。

鳳翔が首を振った。

「訓練で性格が変わるような事は致しません。問題は能力を得た後なんです」

「後?」

「例えば提督が、にこりと笑ったままフライパンを握り潰したらどう思います?」

「・・引く」

「ええ」

「そういう事です。ありえない程の能力差を見た周囲の目は確実に変わります」

「・・」

「今まで親しかった人がよそよそしくなったり、嫉妬の目で見られたり」

「・・熊野ぉ」

振られた熊野はぎょっとした。

「わっ、私がそのような豹変をするとでも仰りたいのですか!?」

「だってぇ、鈴谷にとって一番大事な友達は熊野だも~ん」

「妹なんですけど・・」

「どっちでもいいよぅ、熊野が白い目で見るようになったら鈴谷立ち直れないよ~」

そこで初めて、熊野は聴講生を認めた鳳翔の意図に気が付いた。

一緒にレッスンを受けた今、たとえ応用課程を受けた鈴谷の成長にも自分はついていける。

白い目で見る事などありえない。

鈴谷の凄さに慣れる事。

それが聴講生という真の目的だったのではないか。

 

 「鈴谷さんの成長を、傍で支えてくれませんか?」

 

鳳翔はあの時そう言った。その意味は、この日を見越していたのだろう。

恐らくは、熊野を自分の味方につけ、渋る提督を説得しやすくする為に。

周到な計画だ。

だが。

 

それは大きな間違いですわ。

 

熊野は口に掌を当てると、涼しげにほほほほと笑った。

怪訝な顔をする提督達を見回すと、熊野は自信たっぷりに言った。

 

「着任直後にバンジージャンプさせるような鎮守府で、今更何を仰るんですの?」

「し、しかしだね熊野」

「球磨さん、多摩さんが陸軍の外人部隊で訓練を受け、鎧を着て走り回るような鎮守府ですよ?」

「そ、そうだね。あの一件の発端は私だから責任を感じるけどさ」

「伊19さんや伊58さんが大本営の命令書を最初に読んで解読する鎮守府ですよ」

「え?何か変?」

「そして戦術のほとんどを文月さんと提督が一緒になって考えてるじゃありませんか」

「そうだね」

「ここまで申し上げてまだ解りませんか、提督、鈴谷」

「え・・」

「ごめん熊野、解んない」

熊野はどんと胸を張り、どや顔で言い放った。

「こんな変態的な鎮守府で、鈴谷が狙撃に秀でた所で嫉妬も何もありませんわ!」

鳳翔は苦笑した。

一言、鈴谷が成長しても熊野は味方ですと仰ってくれれば充分だったんですが・・

もう私が何も言わなくても結論が出てしまいましたね。

そして熊野さんが仰った事、確かにそうですね。

あらゆるイレギュラーがまかり通っているこの鎮守府で、多少能力が上がろうと今更ですか。

だが、提督はそれでも慎重だった。

「えーそうかなぁ。鈴谷が万一ぼっちになったら可哀想だよ?」

「その時は提督、責任を取って鈴谷と結ばれなさいまし!」

「・・は?」

「そうすれば少なくとも鈴谷は一人にはなりませんわ!」

提督はぱちくりと目を瞬いた後、

「別に構わないし、私は今も味方だけど、それで良いの?鈴谷さ・・鈴谷!?」

全員が鈴谷に向き直ると、真っ赤になって俯いている鈴谷がそこに居た。

押し黙っていた鈴谷は視線を感じ、それに耐えきれなくなると、

「てっ・・提督が味方なら・・良い・・じゃん」

と、蚊の鳴くような声で答えたのである。

 

「良いか鈴谷。無理だと思ったらすぐ私に言いなさい。いつでも助けてあげるからね!」

ぎゅむぎゅむと鈴谷の手を両手で上下から包みながら、提督は念を押した。

しかし。

「・・は、はうぅ・・」

鈴谷は耳まで真っ赤になっており、声が出ない。代わりに湯気が出そうである。

「良いね?鈴谷。ちゃんと聞いてるかい?緊張するのは解る。私はずっと味方だからね!良いね!」

何度も念を押された鈴谷はやっとのことで、

「・・はぃ」

と、頷きながら答えたのである。

鳳翔と熊野は呆れていた。

鈴谷は解ってないんじゃなく、解っているのだ。

正確には提督が破滅的に理解してない事を解ってなくて、鈴谷自身は深く意味を捉え過ぎだ。

加賀はポーカーフェイスのままだったが、自らの体調の異変に気づいていた。

なんでこんなに胃がキリキリ痛むのでしょう。後で赤城さんに聞いてみましょうか。

 

パタン。

 

3人が出て行くと、提督は加賀に呟いた。

「なぁ加賀さん」

「はい」

「私は所属艦娘全ての味方だと示してきたつもりだったんだが、改めて言った方が良いかなあ」

「なぜです?」

「いや、熊野は私が見捨てるとでも思ってたのかなと思ってさ・・」

「あれは単なる比喩だと思います。ありえないけど、万一そうなったら、という」

「でもさぁ、鈴谷は、上司の私と養子縁組なんか結んで何が楽しいんだろう?」

「・・・は?」

「え?いやほら、熊野が万一の時は私と結ばれれば良いって言ったら鈴谷真っ赤になってたじゃない」

「・・・はぁ」

「戸籍上で親子になったからって何が楽しいのかなぁ。そんなに信用無いのかなぁ」

加賀はげっそりとなった。

違う。

幾らなんでもそれが違う事だけは解る。

結ばれるというのは結婚するという事で、間違っても養子縁組の話じゃない!

加賀は胃を押さえた。痛っ。また痛くなってきました。一体どうしたんでしょう。

「えと、胃薬飲んできます」

「どうしたの?食当たりかい?それとも風邪?」

「解りませんが、ちょっと失礼します」

「具合悪かったら工廠長に相談しておいでよ~」

「ありがとうございます」

 

こうして鈴谷は応用課程に入ったが、その事を知った周囲は

「すっごいクマ!狙撃部隊はエリートだクマ!習得したら教えて欲しいクマ!」

「なるほど。じゃあ輸送任務の護衛は鈴谷さんにお任せ出来そうですね。予定しときます~」

「暗視も可能なスコープとか欲しかったら僕に言ってね。作ってあげるよ」

と、盛り上がりこそすれ、鳳翔が言うような展開にはちっともならなかったのである。

しばらくしてその事を聞いた提督は、

「良かった良かった。皆が仲良く過ごして欲しいからね」

と、胸をなでおろしたそうである。

 

 

「やぁ、ちょっと良い?お邪魔するよ」

鈴谷が鳳翔の店で越えられない壁だと言って嘆いた翌日。

最上と三隈が鈴谷達の部屋を訪ねてきたのである。

「んにゃ~?最上姉ちゃんどうしたの?」

「ほら、前にさ、もうちょっとアテになる電探が無いかって聞いて来たじゃない」

「・・うん!うん!言った!」

「だからこれを持って来たんだよ」

熊野がきょとんとした。

「32号対水上電探・・ですわね。普通のと何が違うんですの?」

「えっと、最大探知距離がざっと2倍。誤検知やノイズは1/10ってとこかな」

鈴谷と熊野はぎょっとした顔で最上を見た。

「え?何そのチート性能」

「ど、どど、どういう事ですの?」

三隈が肩をすくめた。

「電探の設計図を入手した最上さんは、部品精度をきちんと取れば精度が上がる事に気付いたんですわ」

「へぇー」

「その理想値を計算して、徹底的に近づけたのがこの電探なんですの」

最上がにこっと笑った。

「なんか狙撃の課題で煮詰まってるって聞いてね。僕が役に立てないかなって」

鈴谷は電探を受け取りつつ、目を潤ませて最上を見返した。

「あ、ありがとう。ありがとう最上姉ちゃん。これなら出来るかも」

「ところでさ、鈴谷は今どんな課題やってるんだい?」

「えっとね、2km位先のどこかに数秒間だけ出てくる潜水艦の潜望鏡を撃ち抜くの」

「・・・へ?」

「気付かれたらずっと出てこないとか、次々出てくるといった変則行動もあるんだよね・・」

最上はふっと笑った。

「それなら熱線誘導魚雷を持ってきてあげた方が良かったかなあ」

「え?なにそれ?」

「敵と認識した熱の方に向かって自分で方向を修正して進んでいく魚雷っていえば解る?」

「なにそれ。超便利な兵器じゃん!」

「だよね。たださ、間違って自分の船の熱源を検知しちゃうとね」

「・・えっ?」

「自分に向かってすいすい進んでくるから怖いのなんのって。あははっ!」

「ダメじゃん!ウルトラ危ないじゃん!」

「だからまぁ、その電探で頑張って」

「そうだね!うん!この電探があれば行けるかも!」

「じゃ、僕は帰るよ。操作方法は元の電探と同じだけど、解んない事あったら聞いて」

「はーい」

こうして鈴谷は、その後ずっと愛用する事になる電探を装備したのである。

 

「いっしっしっしっし。課題クリアー。最上姉ちゃんの電探はカンペキだね!」

「今日はあっさりクリアしましたわね」

「電探のシグナルに集中すれば、潜望鏡が上がってくる様子が見えてくるようだよ~」

楽しそうに笑いあう鈴谷と熊野を見て、鳳翔は微笑みながらコトリと水羊羹の皿を置いた。

ええ。これでもう充分でしょう。

「それを召し上がったら、提督の所に行きましょうか」

「えっ?」

「なんで?」

鳳翔は頷いた。

「応用課程、卒業の報告に」

鈴谷と熊野は一瞬きょとんとし、ゆっくり互いの顔を見ると、キャーと言って抱き合った。

「マッ、マジ!?マジで私卒業!?信じられないよー」

「良かった、良かったですわね!今まで一生懸命やって良かったですわね!」

鳳翔は頷いた。この二人の絆なら、この後も途切れる事は無いだろう。

それに・・

最上さん達の支援が受けられているのなら、鎮守府内での立場も大丈夫でしょう。

熊野さんが言った事が正解でしたね。

今までの卒業生、通称異能者達はほとんどが孤独になりました。

だからその孤独や嫉妬に耐えるべく、表情が硬くなっていきました。

唯一の例外は姉が異能者ではなく、普通に接してくれる武蔵さんだけ。

熊野さんが、鎮守府の皆が温かく受け入れる限り、きっと。

鈴谷さんがこの先も、あの素敵な笑顔を保ってくれる事を願ってやみません。

満面の笑顔で水羊羹を頬張る二人を見ながら、鳳翔はそっと祈っていた。

 



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エピソード64

さて。
ここからはネガティブになります。
当然ポジ的な場面はありますが、そこだけ読んでも訳が解らないと思います。
なので、ネガ成分が無理な方はここで読み止めてください。




「うーん・・」

「どうかなさいましたか?」

 

気の早い鈴虫が夏の終りを告げ始めた、ある夕暮れの事。

 

今日の仕事はとうに終わってるというのに、提督はずっと目を瞑って考え込んでいた。

秘書艦当番だった扶桑はそんな提督の様子に気づき、そっと近寄ってきた。

やがて、提督は扶桑に今気付いたかのようにハッとすると

「あ、あぁごめんごめん。仕事終わったね。秘書艦のお役目お疲れ様」

「いえ、夕食がまだですし。それはそうと、ずっとお悩みのご様子なのが心配で」

「先日、取り寄せた資料見せたでしょ。今後の海域で必要とされる艦種と敵艦についてって奴」

扶桑は表情を曇らせた。

「駆逐艦だけであんなに強い敵の居る海域に行かせるなんて、とても心配です・・」

「そうだよね。LVを十分上げてから行くにせよ、なんだって駆逐艦以外の艦隊は迷うんだろう」

「羅針盤が役に立たず、気付かないうちに逸れてしまうとの事でしたが・・」

「理由が解らん。後は・・今後ますます敵艦が強くなっていくって記述もあった」

「たとえ駆逐艦でもFlagship級ともなれば侮れないでしょうね」

「その為には君達のように重装甲の艦をもう少し手厚くしたいんだけど」

「より訓練を強化いたしましょうか?」

「いや、君達は良くやってる。考えてたのは空母の事なんだよ」

「空母・・ですか?」

「うん。正規空母だろうと軽空母だろうと、中破で艦載機発着が不可能になるでしょ」

「それは仕方がないですよ。私達航空戦艦も同じですし」

「ただ、艦載機は先制攻撃の要だから出来るだけ使いたい。それこそ敵陣の奥に潜る程にね」

「それはそうですが・・」

「という話を昨日117研にしたらね、こういう艦種があるよって資料を送ってくれたんだ」

「・・装甲、空母?」

「そう。さすがに大破すると無理みたいだけど、中破までなら離着陸出来るそうなんだ」

「重装甲の空母という事ですね」

「そう。ただ、装甲空母に該当する艦娘は1人しか居ない」

「大鳳さんと仰るんですね」

「うん。正規空母並の積載数86機を誇るけど、1人だとなぁ・・安定運用が出来ない」

「私達の場合なら私と山城が交互に出撃し、残る方が補給や入渠をしていますからね」

「そういう事。休む時間も考えると、出来れば同型艦は2人居て欲しいんだよね」

「大鳳さんをお二人迎えてはどうですか?」

「そこで問題になるのがね、扶桑さん」

「はい」

「大鳳を入手する為の建造レシピなんだよ・・」

提督から手渡された紙を見て、扶桑は目を見開いた。

「け・・桁、間違えていませんか?」

「私もそう思って117研に確認したんだけど、間違ってないんだってさ・・」

「4000、2000、5000、5200ですか・・長門さんでも最大600でしたのに」

「しかも成功率は9%未満らしい」

「・・えっと、たとえ10回行うのでも物凄い物量が要りますよ?」

「そもそも今のクラスでは備蓄庫に溜められる上限がそれぞれ15600だからね」

「さ、3回でボーキサイトが枯渇しますね・・」

「うん。あまりに傾注し続けた為に破滅した鎮守府もあると聞いてる」

「恐ろしいですね」

「大鳳が居たら全艦重装甲の艦隊が作れる。強行偵察の航空隊が航空戦艦のみじゃ辛いでしょ?」

「私達が持てるのは水上機限定ですからね。積載数も正規空母さんにはかないませんし」

「全ての兵装を瑞雲にしても40機前後だもんね」

「加賀さんがいかに凄まじいかよく解りますわ」

「一人で98機だもんね。赤城も82機だし」

「特に加賀さんは第3兵装スロットだけで46機ですから・・」

「まぁ強いよね。ただ、それゆえに」

「はい」

「赤城と加賀は高LVだからと指名頻度が高い。引っ張りだこ過ぎて可哀想なんだ・・」

「だから大鳳さんに強行偵察を担って頂く、という事ですね」

「うん。それに、赤城、加賀、大鳳でローテーションすればだいぶ休めると思う」

「5航戦のお二人は搭載機数が少ないですしね・・あと、翔鶴さんのツキのなさは・・」

「真面目に頑張ってるのに気の毒なほど不運なんだよね。どうしてああ流れ弾に当たるのか・・」

「あれでは強行偵察を頼んだら轟沈しかねませんものね・・」

「そうなんだよ。だから文月も重要な役回りを頼みづらいといってる」

「だから更にLV差がついてしまうんですね。加賀さん達と」

「搭載機数でいうと蒼龍飛龍ペアはより厳しいしなぁ」

「改になってやっと着任初期の赤城さんと一緒ですからね・・」

「うん。彼女達はどちらかと言うと強い軽空母として考える方がしっくり来る」

「蒼龍さん達はそこを相当気にしてらして、練習量は物凄いんですけどね」

「うん。出撃させろと迫られるが、ここぞという時の被弾が多い気がするから心配なんだよね・・」

「心配の種はつきませんね・・」

扶桑は大鳳の資料の1点を見て、あっと声をあげた。

「どうしたの扶桑さん?」

「て、提督、大鳳さんの・・運が・・」

「・・・・2!?ご、誤記じゃないの!?2桁目が消えてるとか?」

「い、いえ、消えたようには見えませんが・・」

「おうふ。翔鶴より運の無い子が居るなんて・・」

「陸奥さんでさえ3ですものね」

「おお、そうか。一ケタの子もそう言えば居るね。ん?扶桑さんも最初は・・」

「ええ、私は最初5でしたけど・・今は13ですし・・」

「・・でも扶桑さん、最近被弾しないよね」

「それは・・」

扶桑はぽっと頬を赤らめると

「提督が一生懸命直してくださったから、艤装が扱いやすくなったんですよ」

そう言って真っ直ぐ提督を見て微笑んだのである。

「・・うん。あれは調べるのも直すのも骨が折れたけど、それなら良かったよ」

「感謝していますよ。今も、ずっと」

ずっと、という所にしっかり熱を込めて言ったのだが、提督はいつも通り気付く事は無く、

「だとすると、しっかり演習させてから出せば良いのかな。うーん・・」

というので、

「はぁ・・空はあんなに青いのに」

と、深い溜息を吐く扶桑であった。

 

こうして。

秘書艦全員にヒアリングした結果、居てくれた方が助かるという結論になった。

ゆえに提督は文月を呼び、長い時間をかけて大鳳お迎え作戦を練ったのである。

 

大鳳お迎え作戦。

 

燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト。

これらが開発で消費される割合に応じた資源調達が出来るように遠征を計画。

遠征可能な第2~第4艦隊をフルに使い、提督と文月が交代でその時最適な艦娘を編成して出航させ、4日で1回建造出来るペースを確保した。

その建造も、運の良い子達が建造するとお迎えしやすいというジンクスを信じる事にした。

本作戦での特別秘書艦(建造専任)として隼鷹を指名。

建造する時は第1艦隊を隼鷹、青葉、伊58、瑞鶴、雪風、瑞鳳の強運勢とし、装置を取り囲んだ。

1回、2回・・

この時はまだ、まだ皆に余裕があった。

3回、4回・・5回・・

回を追う毎に隼鷹が装置の周りにラッキーアイテムを並べ、手に数珠を持ち、念仏まで唱えるようになった。

傍で見る工廠長は提督に言った。まるで悪魔召喚儀式じゃよ、と。

誰かが言った。

在籍艦娘総出で出撃し、この資源を補給や修復に使っていたら、もう攻略出来ていたんじゃないか、と。

ついに6回目も失敗した隼鷹は艦娘達からの白い目を感じ、肩身の狭い思いをしていた。

その事に、飛鷹は不満を募らせていたのだが、

「そこでヒソヒソ言うなら貴女が建造して御覧なさい!どれ程のプレッシャーの中でやってると思ってるの!」

隼鷹を指差して喋っていた子達を飛鷹が睨みつけながら言い放った事で、ついに表面化した。

長門は関係者から事情を聞き、次回から隼鷹以外の第1艦隊のメンバーも持ち回りで建造する事とした。

更に、食堂に皆を集め、自ら頭を下げ、非常に成功率が低いが、ここまで来たら迎えようと言った。

だが、その反応は均一ではなく、多少のガス抜きになった程度だったと長門は後に言う。

そして作戦開始から約1ヵ月が過ぎた7回目で失敗した時、長門は提督に告げた。

「提督、駆逐艦や軽巡に疲労の色が濃い。悪いが出航ペースを下げる。開発は6日おきだ」

「そうだね。確率論から考えればまだ想定内だが、1日休みを足して7日ごとにしよう。ありがとう」

「提督も無理をするな。ダメならダメで一旦諦めるのも手だぞ」

「うーん・・」

こうして、ついに作戦開始から1ヶ月半が経過した10回目でも失敗。

軽巡と駆逐艦が勢揃いし、祈られる中で装置を動かした瑞鳳は、明らかに異なる建造時間を見て気を失った。

そこでついに、遠征をとりまとめていた天龍の何かが切れた。

 

 



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エピソード65

 

「おいコラ提督っ!いい加減にしろぉ!」

 

ついに天龍が執務室のドアを蹴破る勢いで突入してきた。顔を真っ赤にして。

「天龍ちゃん、お行儀悪いわよ~」

後から入って来た龍田も口では天龍を止めているが、その意図が無いのは態度で明らかだった。

眉をひそめ、天龍の前に立ちはだかる日向。

同じく天龍に殺意の籠った目を向ける文月。

そしてその横にある書類の山の陰に、げっそりとやつれた提督が居るのを天龍は見つけた。

何か言いかける文月を制し、提督は弱々しい声をあげた。

「天龍さん。怒る気持ちは解る。解るんだ。だけどこの先の事を考えるとね」

「解ってねェからあんな無駄遣い出来んだろうが!提督が自分で1回分集めてみやがれ!」

「・・そうだね・・うん。申し訳ない」

 

提督が力なく頭を下げた途端、天龍はバツの悪さを感じてふいと目をそらし、舌を打った。

前の司令官と違って、提督がちゃんと遠征に出続ける自分達を気にかけてるのは解っている。

提督自身は甘味断ちをして願をかけ、自分達には甘味のタダ券も配ってくれている。

どうして装甲空母とやらが必要なのかもちゃんと秘書艦達が教えてくれた。

それは自分達を護る為に一生懸命考えた結果である事も。

だから天龍自身、率先して駆逐艦達を鼓舞してきた。

さらに、自分達の疲労を見かねた長門がペースを落すと決めた時も提督は更に休みを足した。

別に提督が私腹を肥やしてる訳じゃなく、大鳳がいつまでも出てこないのが悪いのも解ってる。

解ってる。何もかも解ってる。誰も悪くないんだって事くらい解ってる。

だが既に皆は疲労困憊で、やり場のない怒りが充満してる。

だから一言怒鳴らなきゃ気が済まなかったのだが、言ってもちっとも気が晴れない。

むしろ気まずい。

そう。天龍は解っていた。

さっき自分が放った言葉は単なる言いがかりで、提督は責任を感じてるから反論せず謝ったのだと。

・・くそっ。これじゃ弱い者イジメじゃねぇか。

 

歯を食いしばり、床を睨みつけたまま動かない天龍を一瞥した後、日向は提督へと振り返った。

「提督、天龍の言い方はともかくとして、とりまとめる者として限界を訴える気持ちは解る」

「・・」

「私も本作戦からの撤退を進言する。正規空母も、軽空母も、水母も、我々航空戦艦だって頑張る」

文月は日向を見た。

その目は裏切る気かという怒りの色で溢れていた。

提督は目を瞑り、左右の手を重ねたまま、ピクリとも動かなかった。

日向はゆっくり、ゆっくり言葉を続けた。

「今後の攻略で、もしどうしても必要と解ったら、気長に月1ずつ、回してはどうだ?」

「・・」

「提督も少し、休むべきだ。作戦開始から、毎日どれだけ眠っている?」

提督はゆっくりと目を開けた。

「私はどうでも良いが・・もはやこれまで、か」

「まぁ、そうなるな」

提督は文月を見て小さく首を振ると、深い溜息を吐いた。

ややあってから、提督は顔を上げつつ言った。

「遠征班の子達には本当に申し訳ないが作戦失敗とする。もう2度とこのレシピは回さない」

天龍は意外な一言にきょとんとした。

「えっ?」

「文月。最後まで一緒に考えてくれて、ありがとう」

「お、お父さん・・」

「皆をここまで疲労の極地に追い込んでまで迎えたいのかと、自問自答し続ける毎日だった・・」

「・・」

「天龍、悪かった。今まで板挟みになって、一番辛かったろう。心から・・」

提督は天龍に近寄ろうと、立ち上がろうとした。

しかしそこで、意識が途切れた。

 

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・

 

無機質な電子音を発する機械に、提督は囲まれている。

壁のように分厚いガラス板ごしに、3対の目が提督を見つめていた。

 

提督が倒れた直後。

文月は工廠長を呼んだが、同行した医療妖精も口を揃えて

 

「わしらは純粋な人間の治療は専門外じゃよ。すまんが」

 

と、首を振られてしまった。

大本営に緊急連絡を入れた長門は、通信を終えた後、無言で拳を握りしめていた。

そう。

我々は高速修復剤で傷が治り、間宮アイスで瞬時に元気になれる。

だが提督はたった一人の例外である事を失念していた。

高速修復剤も間宮アイスも効かず、ドックに入る事も出来なければ、故障した箇所の予備部品も無い。

誰もが無言だった。

溜まった疲労は皆にネガティブな未来を予感させた。

叢雲は最初の司令官との別れの朝を思い出すまいと、何度も頭を振っていた。

やがて医療用に改装した高速輸送機でやってきた医師は提督を見るなり、即座に大本営の病院へと連れ去った。

真っ暗な海を全速力で大本営へと駆け込んできた天龍と長門に対し、五十鈴は提督が入院したと告げた。

「まだ手術中よ。死線を彷徨ってるわ」

そして二人をギヌロと睨みつけると

「提督が貴方達に一体何をしたから倒れる程追い詰めたのか、私達に説明して頂戴」

そういうと、五十鈴は二人についてくるよう促した。

 

ガチャリ。

 

長門と天龍が連れてこられたのは、第666資料室と書かれた部屋だった。

ただ、その中は薄暗く、重厚な机と椅子が1つ、部屋の奥に見えるだけだった。

その椅子に腰かけ、机越しに静かにこちらを見つめているのはヴェールヌイ相談役。

相談役の傍らには無言で腕組みをする雷が居り、反対側に五十鈴が着いた。

部屋の床には、何故かビニールシートが敷き詰められていた。

長門は全ての責めを負うつもりで腹を決めた。

天龍は頑張った。

頑張って頑張って、疲弊し困窮した果てにやり場のない怒りを1回ぶつけただけだ。

口を開こうとした長門を、涼しげな声が遮った。

 

「やぁ。長門、天龍、こんばんは。私はヴェールヌイ。雷と五十鈴は知ってるね?」

 

そっと見る二人に、ヴェールヌイ相談役は続けた。

「私の、そして鳳翔の大切な親友である提督に何があったのか、自ら説明する気はあるかな?」

長門は口を開きかけた天龍を手で制すると、言った。

「私が説明する」

「うん。拷問は手間がかかるからあまり好きじゃない。そうしてくれると助かる」

天龍は呼吸が浅くなっていた。

ヴェールヌイ相談役の口調は静かで涼しげだ。

つまり、自分達が少しでも隠し事をすれば、一切躊躇わずに拷問を始めるだろう。

じっと部屋の暗がりに目をこらすと、うっすらと物が見えてきた。

ロープ、パイプ椅子、大小様々なハンマー、名前も知らない禍々しい道具。そして高速修復剤。

天龍はその意味を理解し、目を見開いた。

どれだけ傷ついてもたちどころに修復してしまう薬、それが高速修復剤だ。

つまり、痛めつけるだけ痛めつけては修復剤をかけ、治った所を再び痛めつける事が出来る。

真実を全て喋り終えるまで続く無限の拷問。

殺されるより恐ろしい。

 

「・・だから全ての責任は、私、長門にある」

天龍は長門の言葉にハッとして長門を見た。

長門は全責任を一人で負うつもりで、事実を曲げている。

それはダメだと天龍が口を開きかけた時、ヴェールヌイ相談役が溜息交じりに言った。

 

「あぁ、いけないよ長門。君には期待していたのに、がっかりさせてくれたね」

 

天龍はその言葉の意味をすぐに察した。

ヴェールヌイ相談役に言って良いのは真実だけ。

たとえ仲間を庇う為でも嘘偽りを混ぜれば許されない。

咄嗟に天龍は長門の前に出てざざっと土下座すると、

 

「待ってくれ!俺が今から全て話す!」

 

と言ったのである。

ヴェールヌイ相談役は数秒間、無言で天龍を見下ろした後、静かに言った。

 

「・・ダー。天龍、最後のチャンスだ」

「ありがとうございます!」

 

天龍は、怖かった。

どう考えても言いがかりをつけたのは自分だし、それが体調急変の引き金を引いたと思っていた。

きっと殺される。でも全部本当の事を言わないと長門まで死ぬより辛い拷問が待ってる。

それだけは。自分を何度も庇ってくれた長門だけは、帰るチャンスを掴んで欲しい。

全部話し終える頃には、天龍の声はかすれていた。

 

長門は崩れ落ちるように床に座っていた。

天龍一人さえ、自分は守ってやれなかった。

天龍は洗いざらい本当の事を喋ってしまった。

もし天龍が命を絶たれるのなら、私も共に行くぞ。一人で寂しい思いはさせぬ。

 

「これで全部だ。一切嘘は言ってねぇ」

「・・・」

 

カリカリとペンを走らせる音がする。

だが、一言も声はかからない。

天龍はどうしたら良いだろうと考えていた。

 

 



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エピソード66

 

カリカリというペンの音は断続的に続き、誰一人として言葉を発しなかった。

天龍は土下座したままだった。

なにせ顔を上げるのが余りにも怖い。

頭の上に鉛の板が乗っかってるかのようなプレッシャーを感じる。

天龍は思った。

あー、どうせ殺すのならひと思いにやってくんねぇかなぁ。

ロシア式のあんな拷問やこんな拷問は勘弁してくれ・・頼む・・頼むよ・・

ペンの音が止まり、ふぅと息を吐く音がすると、

 

「うん、鳳翔の断片的な報告とも全て符合する。よく解ったよ」

「・・」

「しかし大鳳とは、随分欲張ったものだね。提督もいささか目が曇ったかな」

「・・」

「だいたい、たかが犬の心配で倒れるとは、いささか司令官としての資質に問題があるね」

「・・」

「やるならもっと犬を増やすべきだった。遠征要員なら用が済めば解体すれば良いしね」

「・・」

「駆逐か軽巡を60隻も作れば、疲労問題に悩まず無限に遠征を命じ続けられる」

「・・」

「ま、提督はこのまま大本営に呼び戻そう。鎮守府1つ満足に運営出来ないのだから」

 

ガリッ

 

天龍は床に爪を立てながら、考えを巡らせていた。

 

俺は、なんでこんなに腹を立ててんだ?

・・あぁ、解った。

犬と呼ばれたのが、とても久しぶりだからだ。

・・そう、か。そうだ。

俺はちっとも解ってなかったんじゃねぇか。

2人目の司令官は立案力は0だったが、それ以外の振る舞いは「海軍の当たり前」だった。

普通の鎮守府では、大本営では、俺達は犬で、捨て駒で、沈んでも替えの効く兵器の1つに過ぎねぇ。

司令官の決めたあらゆる事に従うのが「絶対」だったじゃねぇか。

・・あぁくそ。くそっ。

過去の記憶を持った艦娘が着任する度、異口同音に口にしてきたじゃねぇか。

 

 「この鎮守府は艦娘に優しい。他ではありえない」

 

と。

あまりにも当たり前に鎮守府を支配していた雰囲気。それは提督が生み出してくれた空気。

俺は、俺達は、その中で慢心してなかったか?

優しくされる事を、対等に扱ってもらえる事を、考えを聞いてもらえる事を、当然視してなかったか?

それらは提督の元を離れたら、何一つとして認められねぇ事だったのに。

・・そうだよ。

共に戦ってくれる部下だと言ってくれたのは、提督ただ一人だったじゃねぇか。

 

天龍は土下座したまま、怒気をはらんだ声を絞り出した。

どうせ始末される身だ。せめて提督の汚辱だけはそそぐ。

「・・待てよ」

「なんだい?」

「提督は、最高の運営をしてくれたんだぜ」

「そうかな。その果てに飼い犬に手を噛まれ、自らは倒れ、大鳳は迎えられなかったのだろう?」

「ぐっ・・」

天龍は歯を食いしばった。

 

ちくしょう。

とてつもなく悔しいが、相談役の言う事は事実だ。

提督が望んだ事に、文月と執った作戦に、俺は何て言った?

 

「解ってねェからあんな無駄遣い出来んだろうが!提督が自分で1回分集めてみやがれ!」

 

だもんな。

ははっ。笑わせんなよ、俺。

 

・・でも。

 

このまま、恩義ある主の命に応えねぇままなんて、冗談もほどほどにしようぜ。

命がけで作戦を執った提督に、応えなくてどうするよ。

ふざけんなよ。

この俺が借りっぱなしなんて、性に合わねぇンだよ!

 

天龍は再び口を開いた。

「・・俺は、俺達は、まだ諦めてねぇぞ」

「今更、何をだい?」

天龍はキッとヴェールヌイ相談役を睨み上げた。

「大鳳の奴を!俺達の!鎮守府に!首根っこ引っ掴んで!否が応でも着任させる!」

ヴェールヌイ相談役が冷たく目を細めた。

「ほほう?そんな事が君達に出来るのかい?飼い主の手を噛む事しか能の無い犬ではないと?」

「やってやる!提督が間違ってない事を証明してやる!」

「・・10日」

「なに?」

「明日から10日の内に達成するんだ。そうしたら提督の異動を再考してあげても良い」

「無茶言うな!」

「大口叩いた割に今更怖気づいたのかな?あぁ、上手になったのは口先だけって事かい?」

もう我慢ならねぇ!

飛びかかろうとする天龍の肩を掴んだのは、長門だった。

「10日間で達成する。だがもう1つ頼みたい事がある」

「なんだい?」

「達成した場合、実演習への再参加を認めてほしい。仮想演習だけで育成するのは困難だ」

ヴェールヌイ相談役は眉をひそめた。

「うん?自主的に参加を見合わせていると聞いているが?」

「それは表向きだ。実際は中将の指示だ」

五十鈴が目を見開き、何か言おうとしたのをヴェールヌイ相談役は押し留めた。

「ダー。君達が本当に達成したら、私が必ず再参加出来るようにすると約束する」

「解った。汚名返上の機会を与えてくれた事に感謝する」

「それは10日後に改めて聞くとしよう。あぁ、先に言っておくよ」

「なんだ?」

「未達の場合は鳳翔と間宮を除き、君達所属艦娘全員の記憶とLVを剥奪し、あの鎮守府ごと解体する」

「!」

「なに、達成すれば良いだけだ。失敗など万に一つも無いだろうが、先に言わなければ不公平だろう?」

「・・解った」

「話は終わり。明日0000時からカウントダウン開始だよ」

自分を真っ直ぐ見返す長門の瞳の中に、ヴェールヌイ相談役は強い炎を感じていた。

これで良い。どう転んでも。

 

長門達が鎮守府へと全速力で引き返した後。

 

廊下から集中治療室の提督をガラス越しに見ていたのは、ヴェールヌイ相談役、雷、そして五十鈴だった。

最初に口を開いたのは五十鈴だった。

 

「ねぇヴェールヌイ、あんなに提督を侮辱しなくても良いんじゃない?」

「そんな事より、私は五十鈴が中将の理不尽を見逃していた事をじっくり問い詰めたいね」

「うっ」

「待ちなさいヴェールヌイ。あの子達をけしかける為とはいえ、私も聞いてて面白くは無かったわ」

「誤解しているよ雷。私は提督の身が心配で仕方ないから、一刻も早く取り戻したいんだよ」

「あの鎮守府で内乱に巻き込まれるとでも?艦娘達の忠誠度はもはやトップクラスよ」

「ニェット。司令官として働いている事がだよ。幾つか不穏な話を聞いてるしね」

「ちょっと、どういう事?説明しなさいよ」

「なかなか証拠が揃わないけど、軍内部で変な勢力が蠢いている」

「なにそれ。粛清してあげるからどこの阿呆か言いなさい」

「それさえもまだ絞れてない。とりあえず雷、例の調査隊の設立、全力で阻止しておいてくれないかな」

「・・昨日承認されたわよ」

「なんだって?ダメだ、あの男を隊長にしてはいけない。黒い噂が絶えないんだよ?」

「元帥会やOB一族からもの凄い圧力がかかったのよ。撤回は出来ないわ」

ヴェールヌイ相談役はうっとうしいとばかりに舌打ちした。どうしてこう余計な事ばかり起こるんだ。

五十鈴はヴェールヌイ相談役に訊ねた。

「ところで、貴方は提督を呼び戻してどうするつもり?」

「勿論大本営資料室に匿うよ。彼ほど有能な部下はいないしね」

「それは仕事相手として?それとも楽しくおしゃべりする相手として?」

「両方に決まってるじゃないか。彼に頭を撫でられながら毎日仕事出来るなら悪魔と契約しても良い」

「どう考えても私利私欲じゃない」

だが、ヴェールヌイ相談役は珍しく大声で怒鳴った。

「私なら提督をあんな姿には絶対にさせない!絶対にだ!」

ぽんと、ヴェールヌイ相談役の肩に手を置いたのは雷だった。

「あの子達が寄ってたかってイジメた訳じゃないのよ。そこは解ってあげないと」

ヴェールヌイ相談役は震える声のまま、提督から目を離さずに言った。

「心底どうでも良い。提督が目を覚まし、二度とこんな事にならないのならそれで良い」

雷は頷いた。ヴェールヌイ相談役がどれだけ提督の身を案じているのか解ったからだ。

大事な提督になんて事をしやがったという煮えくり返るような怒りの気持ち。

それをあの子達をけしかけ、退院までに大鳳を迎えて喜ばせよという指示で押し殺したのだ。

そうしなければ、きっと提督が悲しむから。

五十鈴は肩をすくめた。

あの時、杓子定規に取り潰せば良かったの?それともこれが正解なの?

それはいつ、どういう形で解るのかしらね。

 

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・

 

酸素吸入器のマスクの下には、紙のように白い提督の顔があった。

看護師が提督に繋がれた機械から数字を読み取り、慌しく立ち去っていった。

ヴェールヌイ相談役は瞬きさえ忘れたかのように、じっと、ただじっと、提督の顔を見つめていた。

今の自分は、提督にとってあまりにも無力だ。

だが死なせない。死なせてなるものか。

私を絶望の底から救いだし、人の心の温かさを教えてくれた提督を。

雷は五十鈴に目配せし、そっと立ち去る事にした。

中将にしなければならない話、聞かねばならない話がある。

ヴェールヌイ相談役はまだ何も言ってないが、それが解らぬほど私達は愚鈍ではない。

今は夜中だがそんなのは些細な事で、尋問を延ばす理由にはならない。

「行きましょ」

「・・ええ。雷、ごめんなさい。私の手落ちよ」

「変えられぬ過去より未来を変えよ、よ」

五十鈴は雷を見た。

雷は片目を瞑ってニッと笑った。

「主人の言葉よ。大好きなの」

 



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エピソード67

ずっと昔の、ある日。

 

ヴェールヌイ相談役はまた一つ、腐敗による粛清を受けた鎮守府の顛末を記した報告書を読み終えた。

重い溜息を吐くと、部屋を抜け、階段を上がる。

途中、すれ違った事務官達は直立不動で敬礼するが、ヴェールヌイ相談役は一瞥しただけで歩き去った。

人間が皆、とんでもなく性悪に見えてくる。

どいつもこいつも面の皮一枚で笑っている悪魔なんじゃないか?

つかつかと廊下を大股で歩き、突き当たりにある温室に入る。

温室はむわっとするほどの熱気で出迎えた。

ヴェールヌイ相談役はこの温室の隅、巨木の木陰にひっそりと置かれたこのベンチが大のお気に入りだった。

ちょこんと腰掛けると、巨木から零れる日の光をぼうっと見上げる。

どうしてだ。

どうして私達艦娘は、ああも醜い争いをする人間の為に、命を賭けて戦わねばならないのだ。

むわりむわりと湧き上がる黒い疑問を押さえるように目を瞑る。

 

すぅーっ。

 

胸一杯に、熱帯植物が生み出したばかりの酸素を吸い込む。

 

はぁーっ。

 

肺の中にある息を全部吐き出す。まるでそうする事で苦しい思いが吐き出せるかのように。

ヴェールヌイ相談役はベンチにごろんと横になると、顔の上に帽子を被せた。

誰にも邪魔されない、貴重な息抜きの場所。

泣きたい時、腹が立った時、モヤモヤした時。

いつもここにきて横になり、時に涙する事で、なんとかやり場のない怒りを自己解決してきたのだ。

 

ヴェールヌイ相談役は、ロシアでの改造実験は概ね成功とされた。

しかし、実際は大きな問題を抱えていた。

どれかの実験の副作用で、忘れる事が出来なくなってしまったのである。

あらゆる記憶が、ずっと記憶として残る。

だからこそ、全ての記録が集まる資料室に陣取り、情報のゆらぎから不穏な動きを察知している。

雷が粛清する調査の発端はヴェールヌイ相談役の気づきによる物が多い。大事な仕事だ。

だがその一方で、ヴェールヌイ相談役はあまりにも軍の汚れた部分を見過ぎた。

過去からの全ての経緯を覚えているからこそ、同じように繰り返される腐敗に辟易していたのである。

 

「おや相談役、サボりですか?」

ドキッとして帽子を取ると、提督が両手にカップを持って見下ろしている。

「サ、サボりじゃない。休憩だよ」

「なるほど。ところで間違えてチョコパフェを2つ買ってしまったのですが、1つ如何ですか?」

「・・・頂く」

「どうぞ。隣よろしいですか?」

「・・うん」

 

しばらく無言でパフェを口に運んでいたヴェールヌイ相談役は、ふと手を止めて提督に訊ねた。

「提督」

「はい」

「何故このベンチを知っている?通路からは見えない位置にあるのに」

「そりゃ、私が配置したからですよ」

ヴェールヌイ相談役が驚いた顔で提督に振り向くと、提督はニッと笑いながら続けた。

「内装業者に大本営が発注したベンチの型番を教えてもらいましてね」

「じゃ、じゃあ、このベンチは」

「私の私物です」

「・・いつ運び込んだ」

「年に1度、温室の清掃日があるじゃないですか」

「業者に大掃除をさせる日・・あっ!」

「ええ。あの日は全てのベンチを運び出し、外で水洗いして、元に戻しますよね」

「その隙に自分で運び込んだのか?」

「いいえ。ベンチを1個書き足したんですよ。業者向けの搬入指示図に」

ヴェールヌイ相談役は呆気に取られた後、ぷふっと吹き出した。何と大胆で周到な!

しかし、そのおかげで、私は今まで壊れずに済んだ。

そしてこれからも必要だ。

「・・では私も、共犯という事になってしまったな」

「そうなんですか?」

「それを聞いたのに一切処罰する気も無ければ、このベンチを撤去したくもないのだから」

「・・相談役」

「うん?」

「そこまで自らを厳しく律していては、身が持ちませんよ」

「私は艦娘の長という立場もあるからね。きちんとまっすぐであらねば」

「どうせこの世は曲がりくねってます。無理に真っ直ぐでいる方がしんどいですよ」

「えっ?」

「人の世は理不尽です。治世者に緩く、庶民はずるく、皆不正をやっている」

ヴェールヌイ相談役は伏目がちになると、そっと口を開いた。

「・・・提督」

「はい」

「人は、護るべきものか?私には解らなくなってきた」

「・・そうですね。報告書に書かれる位の目立つ者だけを見ていると、心底反吐が出るでしょう」

「うん」

「でもですね」

そういって提督は、熱帯植物の葉っぱを拭く清掃員を指差した。

「ああやって毎日、この暑い温室で、植物を愛し、丁寧に世話をする人は報告書に乗る事はありません」

「そうだな・・彼らが頑張ってくれるから、この温室は清潔だ」

「はい。目立つ者だけを見ていれば、この世を一部で判断する事になります」

「・・」

「大多数の目立たないけれど地道に生きている人と、一部の目立つ人々」

「・・」

「それがこの世の構成なんですよ」

 

ヴェールヌイ相談役は提督の笑顔を見返しつつ、提督の言葉が引っかかっていた。

「だが、皆不正を働いているのであろう?」

「ええ。自販機のつり銭入れに残ってる小銭を神の恵みと言って懐に入れたり」

「・・えっ?」

「黄色信号で横断したり、駆け込むなといわれてる電車に飛び乗ったり」

「・・」

「そんな不正を、人間はするものですよ」

「それくらい・・別に良いじゃないか」

「不正は不正です。でも、それが人間です。ミスをし、私利私欲に弱く、自分が大事で、3つ子の魂100まで」

「・・そういう、ものなのか」

「そういうものです。でも、判断するのなら目立たない人を基準にしてください」

「・・」

「目立たない人々こそ、この世の大多数を占めるのですから」

「・・ダー、解ったよ」

ヴェールヌイ相談役はそう言って自分で驚いた。

こんなに素直に相手の意見を受け入れたのは何年ぶりだろう。雷に言ったら

「大変!明日は絶対晴れたままドカ雪が降るわ!避難命令出さないと!」

と、目を丸くするに違いない。

提督はヴェールヌイ相談役から空になった容器を引き取りながら言った。

「さてさて、私もそろそろ追っ手がかかる頃なので、戻りますよ」

「追っ手?」

「はい。いつまでサボってんですかーって。結構怖いんですよ?」

「そうか。提督はサボってたんだね」

「ええ。相談役と二人で」

「だから私は休憩してただけだ」

「じゃ、私も休憩してただけ、ですね」

ヴェールヌイ相談役はジト目で提督を見た。

提督はくすくす笑いながら、空になった2つの容器をそっと掲げる。

ヴェールヌイ相談役はぎゅっと深く帽子を被ると、帽子の影でささやいた。

「まったく・・だから人間は見捨てられない」

「何か仰いましたか?」

「何も。じゃあ私はそろそろ戻る。提督も酷い目に遭う前に帰る事を勧めるよ」

「そうします。では」

これがヴェールヌイ相談役と提督が、仕事以外で会話した最初の出来事だった。

以来、ヴェールヌイ相談役は提督と会えた曜日と時間に、合わせるようにベンチに通った。

誰かと、仕事と全く関係ない、他愛の無い話がしたかった。

提督は仕事の事を深く聞かず、くだらない話に興じてくれた。

提督の計らいで鳳翔の甘味お取り寄せ同好会にまで引きずり込まれた。

メンバーと一緒になって甘味に舌鼓を打ったりした。

いつしか提督は、資料を借りに来たと言って資料室を訪ねてくるようになった。

「ここは隠れるには絶好の場所だからね」

「はて、何の事でしょう?」

すっとぼける提督を追い返さない自分こそ叱られそうだと思ったとき、ヴェールヌイ相談役は気づいた。

私は提督がここにくるのを、毎日楽しみにしているのだと。

私が記憶し続ける化け物だと知っても、提督は態度を変えずに居てくれるだろうか。

ヴェールヌイ相談役は俯き、寂しげに微笑んでいたのだが。

「・・は良いものですよ、相談役」

「うん?あ、えっと、ごめん。今ちょっと聞き逃してしまったよ」

「人と触れ合う温かさは良いものですよと申し上げました」

「えっと、たとえば?」

「そうですね。手を繋ぐとか、膝枕とか、頭を撫でてもらうとか、何気ない事ですが気持ち良いですよ」

「・・された事が無い」

「それなら、やってみますか?」

「・・ダー」

 

ふっ・・ふおおぉぉぉ・・おぉおおお・・

ヴェールヌイ相談役は提督の膝に座り、わしゃわしゃと頭を撫でられながら震えていた。

きっ・・気持ち良い。なんだこの快楽は。

温かい風呂に入ったような心地良さ。

全てが許されるような優しさ。

あぁ・・あぁ・・いつまでも・・こうして・・いたい・・

「おっと、危ない」

ヴェールヌイ相談役が落ちそうになるのを支えた提督は、ヴェールヌイ相談役が眠っている事に気がついた。

「・・お疲れなんですね」

そういうと提督はヴェールヌイ相談役を膝の上で抱きかかえると、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。

 

1時間後に目覚めたヴェールヌイ相談役は耳まで真っ赤にしながら言った。

「なっ、なんで起こしてくれなかったんだ!」

「お疲れなのかと思いまして」

「・・うー」

「何かご用事がありましたか?」

「いや、その、何も無い」

「そうですか。もしお気に召さなかったのなら、もう致しませんよ」

「あっ、いや・・その・・そうじゃない」

「え?」

「まっ、また・・その、時間がある時にだな・・」

「解りました。その時はここにおかけください」

そういって提督は、ぽんぽんと自分の太ももを叩いたのである。

 

 

「・・」

ヴェールヌイ相談役は返事も出来ず、その瞳はすっかり光を失っていた。

 

提督が、居なくなる?

 

数分前。

提督と資料室の前でばったり会い、そのまま並んで温室へと足を運んだ。

そしてベンチに座った後、司令官として異動する事になったと提督から告げられたのである。

ヴェールヌイ相談役は、凍りついた。

温室に居る筈なのに、体がじんわりと冷たくなっていくような感覚。

冷たく暗い、戦いと腐敗の歴史を見続ける自分の唯一の希望。明日を迎える楽しみ。

こんな事が起こらないように、あんなブツブツ愚痴ってるオッサンも快く引き受けたのに。

私は良い事をしたよ。それなのに、こんな酷い仕打ちをするのかい、神様?

 

 行かないでくれ。

 私の全権限を使って阻止するよ。

 またここで一緒にパフェを食べよう?

 

そう、言いたかった。

でもそれは、どう考えても自分の我儘で、提督を辛い目に遭わせるだけだ。

だが、せめて。せめて理由を。

「・・どうして事務官である提督が、司令官として着任するんだい?」

「んー」

提督は言い淀んだが、ヴェールヌイ相談役はぎゅっと袖を掴んで言った。

「いずれ私の所に情報は集まってくるが、友の口から、今、聞きたいんだ」

提督は溜息を吐き、チラと周囲を見回し、ヴェールヌイ相談役に片目を瞑った。

「では、今から私は独り言を言います」

 

「・・ふうん」

ヴェールヌイ相談役は全身をこわばらせたまま、どうにかその言葉を引き出した。

 

 ど ち く し ょ う

 

1ヶ月前に来たあいつのせいで提督は無茶苦茶な立て直し役を押し付けられた・・だと?

完全なババじゃないか。

提督は内憂外患のハイリスクな危険に晒され、私は楽しみを奪われるというのか?

許されない・・許されないだろう、こんな事は。

悶々と考えるヴェールヌイ相談役の横で、時計を見た提督はそっと立ち上がった。

「すみません相談役。私はそろそろ列車に乗らねばなりません」

「えっ・・そ、そうか。行くのか」

「行く先は戦地です。何があるか解りません。だから出発前にお話出来て良かったです」

「ダメだ。そういう事を言ってはいけない!」

提督はくすっと笑った。

「フラグが立ちますか?」

ヴェールヌイ相談役はキッと睨み返した。

「バカ!安物アニメじゃないんだ!」

「すみません。不謹慎でしたね」

「無事に戻ってこい。絶対に戻ってこい。これは相談役命令だ!」

「相談役命令ってあるんですか?」

「うるさいうるさいうるさい!何でも良いから命令だ!」

「・・はい。解りました。それではまた、大本営へ戻って来る日まで」

 

何度も振り返っては手を振る提督を、ヴェールヌイ相談役は見えなくなるまでじっと見ていた。

 

ダスビダーニャ・・スチャストリヴォ・・

ベレギテ セビャ・・ベレギテ セビャ・・

 

提督が見えなくなるまで。

小さく、小さく、何度もそう呟きながら、力一杯拳を握っていた。

約束するよ、提督。

この騒動の元凶には、ふさわしい最期をくれてやるとね。

静かに資料室を向いたヴェールヌイ相談役の瞳は死神のようだった。

 

さて、殺りますか。

 



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エピソード68

まだ真夜中に鎮守府へと帰ってきた長門と天龍は、港に大勢の艦娘が揃っているのを見て頷いた。

そして先頭に立っていた扶桑に、二人は息を整えつつ事のあらましを説明した。

「だから今、提督は人質に取られている」

「今日の0000時からカウントダウンは始まっている。期限は10日間しかない」

扶桑は静かに聞き返した。

「提督の状況は、伺ってますか?」

長門が答えた。

「手術を行い、とても危険な状態が続いてるとだけ聞かされた」

扶桑が頷いた直後、天龍は土下座した。

「すまねぇ!ほんとすまねぇ!俺が余計な事を言ったばっかりに!」

だが、扶桑の背後から、天龍の予想とは違う声が返ってきた。

「じゃ、遠征第1陣の皆さん、そろそろ行きましょうか~」

天龍と長門が声の方を向いた。

扶桑が譲った道の先には龍田を先頭に、装備を整えた艦娘達が揃っていたのである。

「龍田・・お前」

「鳳翔さんに言われたのよ~、寝言は寝て言え、泣き言は聞かんってね~」

「・・・」

「戦艦と正規空母、重巡の方も今回はお仕事があるからね。詳しくは食堂で聞いて~」

そういうと龍田達は真っ暗な海に下りて行った。

 

食堂の半分は黒板や机、携行型の通信機が並べられ、大勢が集える臨時の司令所と化していた。

黒板を背に、その中央に陣取っていた鳳翔は、長門と天龍の姿を見つけると微笑みつつ声をかけてきた。

「長門さん、天龍さん、おかえりなさい」

二人は険しい顔で返した。

「すまない。作戦を教えてくれるか」

「その前に確認します。大本営から10日間で大鳳さんを建造しろと連絡が来ましたが、今日からですね?」

「そうだ。今日の0000時からだ」

「解りました。では作戦を説明します」

 

鳳翔が立てた作戦は、鎮守府所属艦娘全員であらゆる資源調達にあたるというものだった。

軽巡、駆逐艦、それに軽空母と水母は遠征を命じられ、複数の班に編成された。

各班は汎用性のある6隻ずつの固定編成とされ、遠征、補給、休息のサイクルで淡々とこなしていく。

実施する遠征は短時間で少量の資源しか得られないが、24時間体制にする事でカバーされていた。

班を組み替えない方が単純でミスも無く、単位時間あたりの獲得量は多いというのが鳳翔の説明だった。

次に、潜水艦は2隻しか居ないが、単艦ずつ交代して東の海へと出撃する事を命じられた。

勿論資源採取の為であるが、伊19も伊58も計画表を見てあぁついに来たと溜息を吐いたという。

一方、重巡、正規空母、戦艦は、ある無人島から資源を輸送するよう命じられた。

兵装は最小限とし、あらゆる空きスペースに資源を積んで来いと言われたので、効率は最悪だった。

だが、その島は近く、そして全ての種類の資源が大量に隠し置かれていた。

そう。

龍田達が日頃から貯めに貯めた裏資材である。

 

廊下の隅で未転売の裏資材はどこにあると鳳翔から尋ねられた時、龍田は誤魔化そうとしたが、

「言わなければ、言わせるまでですよ?」

と、鳳翔はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

鳳翔の瞳の底に宿る狂気に腰が抜け、震えながら島の位置を説明した龍田は、

「あれは・・あれは武器になる。間違いなく」

と、我が物とすべく練習を始めたのは少し後の事である。

 

こうして、提督と文月による「優しい」計画では4日かかった資源集めを2日間に圧縮。

さらに建造者についても鳳翔はたった一人を兼任者として指名した。

それが誰かというと、

「ふえぇええっつ!?わっ、私っ!?むっ、無理!無理無理無理無理!」

こう言って涙目になりながら首を振る瑞鶴に、鳳翔は

「記憶もLVも全て剥奪されたくなければ、やるのです」

このたった一言で黙らせた。

 

ちなみに提督達の作戦では鎮守府を護衛する艦隊は別に用意されていたが、今回は無かった。

長門がその事を訊ねると、鳳翔は

「この程度の範囲、私一人で守れます」

と、さらっと答えたという。

 

開始された作戦は極めて順調に進んで行った。

しかし、いつもの和気あいあいとした雰囲気とは全く異なり、乾いた、静かなものだった。

冷淡で理詰め、そして居るだけで強烈なプレッシャーを与える鳳翔の前で「何か言う」など許されなかったのである。

鳳翔は指令室以外でもこれを徹底した。

たとえば、建造時に居合わせた艦娘達が工廠に向かって手を合わせていると、

「貴方達がそこで祈っても無意味です。もたもたせず計画通り行きなさい」

鳳翔はそう言いながら面々を海へと押し出したのである。

「ああまで言われては・・いっそスッキリしましたけど」

とは神通の談である。

 

 

作戦開始から8日目、まもなく夜明けという頃。

 

瑞鶴は寝床で呼び出しベルの音に気づき、むくりと起き上がった。

それは建造用の資材が揃った事を告げる物であり、ベルが鳴ったら工廠に向かい、建造する。

それが瑞鶴に与えられた任務だった。

眠い目を擦りつつ、半分寝惚けたまま工廠に向かう。

 

これまでに、瑞鶴は3回の建造命令を発していた。

4回目ともなると、瑞鶴は工廠に置かれた膨大な資源を見ても、それを装置へと放り込む事にも慣れてしまった。

さらに、建造以外の時は容赦なく資源輸送のお役目が回ってきたので失敗を嘆いている暇さえ無かったのである。

鳳翔からは

「指定通りに資材を入れて建造を命じるのが貴方の役割で、成否は貴方の責任ではありません」

呪文のように繰り返し言い含められた瑞鶴は、以前の隼鷹のような心理的なプレッシャーも感じていなかった。

前回の作戦の失敗要因を、鳳翔は徹底的に潰していたのである。

 

「うー・・むにゃ・・ねみゅい・・・」

いつも通りに膨大な資材を投入しようとしたが、溜まった疲れに勝てず、つい資材に寄りかかってしまった。

すると。

 

ズ・・ズズ・・ガラガシャーン!

資材ごと、瑞鶴は派手に転んでしまった。

 

「あ、あいたたた・・ああっ!?しまった!資材崩れちゃった!」

 

瑞鶴は痛む腰をさすりながら起き上り、はっとして工廠の惨状を見渡した。

ヤバい。工廠散らかしたら工廠長さんに怒られる!数量確認もしてない!どうしよう!

瑞鶴は冷や汗をかきながら一瞬で考えた。

まだ誰か来る気配はない。ベルは鳴ったのだから規定量はある筈だ。

最も早く片付けるには・・そうだ!

瑞鶴は手近にある資源から順不同で次々と機械に放り込み始めた。

誰か来る前に建造してしまえば散らかした証拠は隠滅出来るというわけである。

ポイポイと放り込んでいると、にわかに外が騒がしくなってきた。

気付かれた!?まだ!まだよ!まだ来ないで!

ポポポイポイポイポイ!

「・・・よし!全部入った!」

入れ忘れが無い事を確認し、急いで蓋を閉じた瑞鶴は叩きつけるようにスタートボタンを押しこんだ。

その直後。

 

ガチャッ!

 

瑞鶴がキッとドアの方を見ると、そこには妖精に引っ張って来られた工廠長が立っていた。

皆がこちらを指差している。さっきの音に気付いて飛んできたのだろう。

か、間一髪!

ふあっ・・良かったぁ・・

工廠長にえへへと中途半端に笑いながら、腰が抜けた瑞鶴はぺたんと機械の前に座り込んだ。

だが、工廠長は傍までやってくると、言った。

「・・瑞鶴っ!」

びくりとする瑞鶴。

ヤバっ。やっぱバレてた!?

だが、恐る恐る顔を上げた瑞鶴に掛けられた言葉は、

「瑞鶴・・良くやった・・この時間、間違いない。た、大鳳。大鳳じゃぞ!」

ふえ?

工廠長の視線を追うように、そっと建造時間の表示板に目を向けると、そこには

「6:39:46」

と、記されていたのである。

「やった・・瑞鶴、やったな!おめでとう!・・おい?どうした!しっかりせい!」

工廠長に肩を揺さぶられても瑞鶴は呆けていた。

あれだけの資材、あれだけの手間隙をかけても来なかった大鳳。

もう来ないだろうと正直思っていた。

だから全く実感が湧かなかった。

ただただ、建造時間がカウントダウンされていくのを見つめていた。

妖精達は大慌てで食堂に向かって駆け出した。鳳翔に作戦完了を知らせる為に。

 

 

数時間後、大本営の病院内。

「・・・」

提督は一般病棟に移されていたが、担ぎこまれた日からずっと眠ったままだった。

その隣で昇り切った朝日を背に、目を瞑ったまま提督の手を握っているのはヴェールヌイ相談役だった。

眠っているのではなく、ずっと考えていた。

提督が大切にしている艦娘達に不可能に近い意地悪をしてしまった。

当然、今の今まで何の音沙汰も無い。

もし、もしあと2日で建造出来なかったら、言った通り鎮守府を解体せねばならない。

提督はその時どんな顔をするだろう。

ひどいショックを・・受けるよね。

でも、それでも私は、提督を、どうしても、護りたかったんだ・・

この手を血に染めてでも、私は・・

でも・・提督が目を覚ましてくれなければ・・もう何もかもどうでも良い・・

「ん・・」

ヴェールヌイ相談役はその声にハッとして、目を開けた。

提督の目がうっすらと開いている。

ヴェールヌイ相談役は提督にそっと訊ねた。

「て、提督・・見えるかい?聞こえるかい?」

「ん・・あ・・相談役?」

ヴェールヌイ相談役はボタボタと大粒の涙をこぼしながら、何度も頷いた。

「そう・・だよ・・うぐっ・・」

「相談役・・すみません・・」

「なっ・・なにが・・だい?」

「無事に・・戻って来いと言う・・ご命令に、反して・・しまいましたね・・」

「そうだ・・そっ、相談役・・命令・・違反だぞ・・ばか・・ばか・・ばかもの・・」

「ええと・・命令違反の場合は・・どうなるのでしょう?」

ヴェールヌイ相談役はギュッと目を瞑り、目を見開いた。

くそっ、提督が目を覚ましたのに涙で視界がグズグズじゃないか。

しばらく嗚咽を続けていたヴェールヌイ相談役は、キッと提督を見下ろして言った。

「そ・・添い寝1時間だ」

「?」

「添い寝1時間だっ」

そういうとヴェールヌイ相談役は、そのまま提督のベッドに倒れ込んだ。

「罰に・・なってない気がしますよ」

「うるさいうるさいうるさい!私が決めた事だ!異論は認めない!」

「・・はい」

 

ぽん。

 

提督の右手が弱々しくも自分の背中を撫でた時、ヴェールヌイ相談役はわんわん泣きだした。

温かい。

大好きな大好きな提督の手の温もり。一日千秋の思いで待ちわびた温かさだ。

ヴェールヌイ相談役はひとしきり泣くと緊張が解けたのか、あっという間に眠りに落ちて行った。

 



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エピソード69

作戦開始から8日目の昼頃、大本営。

 

「・・おー」

「写真撮っておきましょ、写真」

カシャカシャという微かな音に気付いたヴェールヌイ相談役は、ぽえんと目を開けた。

提督は自分の背中に手を置いたまま、再び眠っていた。

「うーん」

起き上がり、ゴシゴシと瞼を擦り、振り向いたヴェールヌイ相談役は、ぎょっとして目を見開いた。

そこには五十鈴と雷が立っていた。ただし、それぞれスマホを手に。

「・・・なっ!何をした!何をしたああああ!」

ベッドから飛び降りてジタバタ動くヴェールヌイ相談役を見ながら、雷は肩をすくめた。

「写真撮ったに決まってるでしょ」

五十鈴はニヤリと笑った。

「100枚は余裕よ」

「・・殺るさ」

ヴェールヌイ相談役が薄笑いを浮かべながら兵装を展開しようとした時、雷は言い放った。

「アタシ達を吹っ飛ばせば自動的に掲示板サイトにアップロードされるからね?」

「はぁ!?や・・やめろ・・あらゆる意味で終わる。終わってしまいます」

「なら、言う事は1つでしょ?」

「・・か、返して、ください」

「・・続きは?」

「・・なっ・・何でも奢ります」

「あっ、アタシ乗った」

五十鈴が手を挙げたので、貴方もそれで勘弁してくださいという目で雷を見るヴェールヌイ相談役。

だが。

「あたし別に要らないわ。じゃーアップロード開始ー」

「やめろおおおおお」

「・・何でもする?」

ヴェールヌイ相談役はがくりと頭を下げた。

くそっ。全権委任は怖すぎるが、この際他にオプションは無い。

「なっ・・なんでも・・します」

「じゃ、頭を下げてもらおうかしら」

「?」

怪訝な顔で見返すヴェールヌイ相談役に、雷は笑いながら言った。

「提督の鎮守府、大鳳作ったわよ。だから長門達に詫びて頂戴」

雷はてっきり凄まじいブーイングが来るかと思っていたのだが、

「はっ、ハラショー・・良かった・・ほっ、本当に・・良かった・・」

ヴェールヌイ相談役が棒立ちしたまま大泣きするのを見たのは何年ぶりかしらと、雷は思った。

 

同じ頃。

鎮守府は報告に出発した長門達を除き、大掃除の真っ最中だった。

この8日間、遠征と建造以外の全ての当番を飛ばしたし、普段は行儀に厳しい間宮も最大限寛容に振舞った。

ゆえに鎮守府内は内戦でもあったのかというくらい荒れ果てていたのである。

テキパキと片付けを進める艦娘達に、巡回していた鳳翔はにこやかに声をかけた。

「うんうん。自主的に後片付けがきちんと出来る皆さんは偉いですね」

「は、はーい」

鳳翔の労いに対し、艦娘達は引き攣った笑顔で返事しつつ震えていた。

普段からは想像もつかない、閻魔大王より恐ろしい指揮官としての鳳翔閣下を見てしまいました。

大鳳が出た頃、私達は疲れ過ぎて曜日や時間の感覚どころか記憶さえあやふやになってました。

有無を言わさず無茶苦茶な強行軍を命じる鳳翔閣下に比べたら、提督の指示のなんと優しかった事か。

提督が居なくなるとどういう事になるか、文字通り身に沁みて解りました。

鳳翔閣下を再び召喚するような事態には遭遇したくありません。

だから私達はそうならないよう、自主的に考え、率先してやらせて頂きます。

だから・・

だから・・

はっ、早く・・

提督・・お願いだから早く帰って来てください・・

食堂に引き上げてきた鳳翔に、箒を持った間宮が声をかけた。

「よろしかったのですか?提督の為とはいえ、進んで悪役を引き受けてしまわれては・・」

鳳翔は微笑むと、こう返した。

「今回は提督の為でもありますが・・私が本気になったら、あんなものではありませんよ」

間宮はごくりとつばを飲み込んだ。

 

8日目の夕方。

長門と天龍は大鳳を連れて大本営にやってきた。

「提督・・貴方と機動部隊に勝利を。正規空母、大鳳です!」

晴れやかな笑顔で自己紹介をした大鳳。

だが、その隣に居た長門と天龍は車椅子に乗って出てきた提督の姿を見て固まった。

そして、提督もまた、居る筈のない大鳳の姿に呆気に取られていた。

車椅子を押してきたヴェールヌイ相談役は、少し俯いて黙っていた。

雷が溜息と共に肩をすくめると、

「ほらほら、びっくりしてないで、お互い言う事があるでしょ!」

と口火を切ったので、ようやく場が動き出した。

 

「長門、これは一体・・」

「皆で迎えた大鳳だ。提督の、新しい部下だ」

しばらく大鳳をじっと見ていた提督は、やがて目を潤ませながら何度も頷くと、

「そうか・・やっと来てくれたんだね。大鳳さん、ありがとう。ありがとう・・そうか・・」

長門は苦笑しながら続けた。

「あと、皆、心から提督の早期帰還を願っている」

「え?なんで?私はあんなキツイ作戦を命じたのに・・」

「提督のプランは優しかったと、鳳翔の指揮を通じて理解したのだ」

「あぁ・・そういう事ね」

提督は苦笑した。まぁ鳳翔さんが陣頭指揮を執れば地獄の方が居心地が良い筈だ。

それぞれの能力を限界以上に引きずり出し、手段を選ばず目的を果たすからなぁ・・

だからこそ大将が倒れた際の総代理指揮権を持ってるんだけど・・

その時、天龍がやっと口を開いた。

「そ、それより、提督の具合は、どう・・なんだ?」

提督は苦笑交じりに返した。

「自分に対する監督不行き届きだと皆から叱られた。今後は自分も含めて管理を徹底していくよ」

「・・そ、その、この後ずっと、車椅子、なのか?」

「いや、ずっと寝てたから長時間立ってるのがしんどいだけだよ。2~3日リハビリすれば元通りになるって」

提督はそっと車椅子から立ち上がり、ほら立てるよという顔をして、再び座った。

天龍は安堵の溜息をつきながら答えた。

「そ、そっか・・良かった・・ごめん。ゴメンな提督」

「なんで?」

「あの時俺が余計な事言ったから、ぶっ倒れたんだろ?」

「いやいや、1カ月半も睡眠1時間ちょいで仕事したからだよ。天龍は悪くないよ」

「1時間!?文月だって5時間は寝てたって・・」

「皆の事がとにかく気になってね。横になってからも作戦練ってたし・・」

五十鈴が腕を組んだ。

「もう2度とそんな阿呆な生活はしない事ね。長期戦って事忘れてるでしょ」

「はい。すいません」

その時、ヴェールヌイ相談役が顔を上げた。

「君達の勝ちだ。提督はリハビリが終わり次第鎮守府に復帰してもらう」

「・・おぉっ!」

「実演習への参加も各方面にしっかりと認めさせた。心置きなく参加してくれ」

「ありがたい。ヴェールヌイ相談役殿、ご尽力に感謝する」

「あ、あと・・」

長門と天龍が首を傾げた。賭けはそれだけだった筈だが。

「・・大鳳を建造してくれて、ありがとう。提督が悲しむ顔を見ずに済んだ」

そう言って、ヴェールヌイ相談役はぺこりと頭を下げた。

「・・えっ」

驚く長門達と提督を前に、ヴェールヌイ相談役は続けた。

「提督は・・本当に・・私のかけがえのない親友なんだ。だから、本当に・・」

「・・」

「ほっ、本当に・・本当に・・二度と無理をさせないでほしい・・お願いだ・・」

車椅子のハンドルをぎゅううっと握りながら、絞り出すようにヴェールヌイ相談役は言った。

ふいに、その手を包む手があった。

ヴェールヌイ相談役が顔を上げると、それは天龍の手だった。

「二度と同じミスはしねぇ。信じてくれ」

長門と提督は互いを見て、くすっと笑った。

 

翌日。病院のリハビリ室にて。

「ちょっ!ちょっと!相談役!ちょっと休憩!休憩入れましょう」

「まだ医師の立てた計画の半分も歩いてないじゃないか。一体どれだけ休憩を入れたら良いんだい?」

「寝てて筋肉が細ったんですよ・・きっと」

「1ヶ月昏睡したってそんなに落ちないよ。それに」

ヴェールヌイ相談役は目を逸らした提督の腹をぐにっと掴んだ。

「イタタタタタ!」

「異動前はこんなに腹の厚みは無かった気がするよ?」

「ちゅ!中年太り!中年太りです!」

「言い訳はそれで終わりかな?」

「いへっ?」

「さぁ立ち止まって休憩になっただろう?再開するよ」

「そっ、そんなぁ~・・とほほ、長門の方が優しいなぁ」

ピクリ。

「ほう・・私は鬼ババだと言うのかい?」

「そこまで言ってません」

「ならばこの先、ずーっと車椅子生活をするのかな?」

「うぐっ」

「面倒だぞ~車椅子は~」

「ううっ」

「まあ私の体じゃないから別に良いけど、どうする?」

「・・すいません。歩きます」

「ハラショー」

 

二人の様子を部屋の隅で見ていた雷はくすくす笑っていた。

あのヴェールヌイ相談役があんなに嬉しそうにするなんて、提督も隅に置けないわね。

だが、ふっと真顔になった。

ヴェールヌイ相談役は今の大本営体制の要だ。

だからこそ注目を集めないよう、私が表で目立つようにしてるのだけど・・

この事を面倒臭い連中が気付いたら、提督を始末しようとするかもしれないわね。

ヴェールヌイ相談役に致命的なダメージを与える為に。

・・鳳翔には伝えておきましょう。

その時、看護師の1人がその場から立ち去ったが、その事には誰も注意を向けなかった。

 

「ククククク・・色々ナ意味デ提督ハ始末シテオイタ方ガ良サソウネ」

「長官」のリポートを読んだ「それ」は、何度も頷いた。

そしてじっと跪いたまま待機する「長官」の方を見やると、

「丁度良イジャナイ。部下ヤ捨テ駒ノ調査隊ヲ使イ、上手ニ提督ヲ始末ナサイ、長官」

と言った。

人である事を放棄した、元「長官」は深く頷いた。

そして

「復讐ノ機会ヲ賜ッタ事ニ感謝イタシマス。必ズ、達成シテゴ覧ニイレマショウ」

手にした大鳳の顔写真を見ながら残忍な笑みを浮かべ、そう答えたのである。

 

 




5章、終了です。

この後提督が復帰し、大鳳は1週間後に轟沈させられました。
大鳳は自身の誕生の経緯を知っていたからこそ、早く役に立ちたいと焦っていた訳です。
また、大鳳さんは正確にはきっちり1週間しか居なかったのではなく、実際はもう少し、半月は居たわけですね。
ところが、作戦中から提督の帰還までの鎮守府があまりにも混乱していた為、叢雲も含めた多くの艦娘達の記憶には残らなかった。
こういう可哀想な巡り合わせや、自身の行動の結果とはいえ、ダメコン積載ミスで本当に沈められてしまったという辺りが運2という解釈です。
その後4年を経て第1章に繋がる訳ですが、この4年間、中将は隊長を通じて再び「長官」に圧力をかけられます。
第2章以降の中将に比べて第1章の時の中将がダークなのが、この4年間の壮絶さを暗示しています。

さて。
本章ではこの小説の基礎部分に幾つか触れてきました。
提督や艦娘達の初期、鎮守府の独自文化の経緯、提督と大本営のつながり、ドロップの解釈、深海棲艦が生まれた経緯、そして現在の深海棲艦のボス、反対勢力、そして海軍内の黒い蠢きの理由などなど。
特に後半はどうしてもダーク寄りの描写が増えましたし、その為に大変残念な事に0評価を頂く事にもなりましたが、これ以外に私の描ける世界はございませんでした。

私は丁度1年前にこの小説を書き始め、翌3月4日に第1話をアップロードいたしました。
つまり今日で丁度1年なので、この日を節目としたかったのです。
終盤で1話が長めになっているのはその為です。
第5章にして初めて話数調整を入れました。

これにて本編は終了、後はエピローグを残すのみとなりました。
1年前に初投稿した日に、エピローグをお届けする。
まさかここまでロングランになるとは思ってませんでした。
エピローグは既に予約アップロードしてありますので、明日6時にご覧頂けます。
一話完結なので、いつもより長い話になりました。

執筆中、特に終盤は色々あった1年でした。
完結まで運べて本当に良かったです。
幾ら素人の書くSSとはいえ、1日で4000前後のUAを頂く中、途中でぶったぎって行方不明では申し訳ないですからね。
それに、いつでも同じテイストで書けるのがプロですが、私は素人なのでぶれてしまいます。
途中、夏期休暇を取ったらあっという間にテイストが変わり、必死になって戻しました。
ですから私はこのテイストで書けるうちに最後まで書き切ってしまわないと二度と書けない。だから書くしかない。そんな1年でした。
作家さんが如何に大変か、片鱗を味わった気がします。

私は以前も申し上げましたが、MMDアクセサリとして鎮守府を公開する為に、ドラマとしてどんな状況がありうるかシミュレートする為にこの作品を書き始めました。
それは1章で事足りたわけですが、皆様の優しさが嬉しくて、5章524話、計160万字ほど書かせて頂きました。
書ききった、と言って良いと思います。
UAもなんと85万を突破致しました。

バカの一つ覚えのようで恐縮ですが、
高い評価をつけてくださった皆様に。
優しいコメントを書いてくださった皆様に。
厚くお礼申し上げます。
本当に、本当に長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

それでは、いつもの通り、明日の朝6時。
最終話として、エピローグをお届けします。
お楽しみに。


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エピローグ:彼誰時の涙

その日。

「・・んー?」

提督は自室で寝ていたが、物音がしたような気がして目が覚めた。

まだカーテンの隙間から光すら差し込んで来ないので、夜中だなとぼんやり思った。

再び寝ようと布団の中でまどろんでいると、置き時計の鐘が3時を告げた。

皆の修復作業も終わり、夜戦も無く、とても静かな時間。

なにせ周囲に何も無い島ゆえに、鎮守府が静まればあとはひたすらに静かなのである。

旧鎮守府ならば野生動物がちらほら歩いていたのだが。

 

「・・・」

提督はむくりと身を起こした。

たまに、こうして夜中に目覚める事がある。

何か気になってた場合は特に多い。

そこまで考えて、そりゃそうだなと提督は溜息をついた。

もう1ヶ月近く、気の休まらない日々が続いてきたのだ。

大反撃というか、鎮守府防衛戦というか、総力戦というか。

一体何なんだという程に、好戦的な深海棲艦が連日群れをなして攻めてくる事態が続いていた。

鎮守府に来ようとする定期船は次々と沈められたし、通信は今も妨害されたままだ。

他の鎮守府の支援攻撃部隊も、最近はとんと見ていない。

なにせ水平線を埋め尽くすほどの敵意を持った深海棲艦を毎日相手にしているのだ。

過去の鬼姫討伐なんて比較にもならない。こんな事態聞いた事もない。

 

毎日長門達が説得工作を続け、応じた子達にも協力してもらい、新たに襲いかかって来る者達の説得にあたっている。

戦いは敵が防衛ラインを割り込み、専守防衛隊がやむを得ないと判断した場合のみだ。

それでも連日苛烈極まりない戦闘が続いている。

元々近海域に住んでいた深海棲艦達は全員鎮守府に匿った。

それでも今居る子達の相当な割合が、今回襲い掛かってきた深海棲艦達で占められていた。

必要性と本人の希望により、深海棲艦のままの者、艦娘に戻った者、ごちゃ混ぜだ。

安全を考えて島の地下を深く掘って皆の住まいを構築しているが、パーソナルスペースは狭い。

昔の寮のようだと教育方の妙高は笑っていた。

一方で、給糧方の間宮と調達方のビスマルクはうんざりした顔をしていたな。

・・それもそうか。

なにせ人事方の扶桑が一昨日、所属数が15万を超えたと報告してきたからな。

薄々感じてるんだけど、もう鎮守府って規模じゃない気がする・・

 

提督は目を瞑って考えた。

もし東雲組が居なかったら、

もし戦いのみに明け暮れていたら、

もし最上達が艦娘化装置を作っていなかったら、

もし皆が自ら考え、独自に動いてくれなかったら、

もし日向と北方棲姫による強行補給隊が居なかったら、

もし工廠長達が大深度地下の建造技術を持っていなかったら、

もし鳳翔さんとレ級隊が率いる鎮守府専守防衛部隊が居なかったら。

 

この鎮守府は一体何度滅ぼされていただろう。

 

提督は顔を上げ、カーテンの隙間からそっと窓の外を見た。

目の前に広がる海は真っ暗だった。

夜戦のない海は本当に久しぶり、いや、砲撃音が絶える事自体久しぶりだ。

静かな海って良いね・・ほんとに。

提督はややあってから、

「ん、お手洗いでも行ってくるか・・」

そういって、ガバリと布団から出た。

 

用を済ませて廊下を歩いていると、窓ガラス越しにチラリと光が見えた気がした。

目を凝らしてみると、ずっと先にある波止場の端で何か黒い影が見えた、気がした。

「・・・」

その時どうして鳳翔か長門を招集しなかったのか、問われた提督は解らないと答えた。

「まぁ、寝ぼけてたんだと思うよ」

それが結論だった。

 

「やっぱり夜中は寒いなぁ・・」

寝間着にガウンを羽織った提督は、ふるるっと震えつつ波止場に向かっていた。

手には布の袋が1つ。足元は星明りで辛うじて見えた。

波止場の先に目を凝らすと、その先に何か居るのは解る。

だが、真夜中のうえ・・

「そっか、今日は新月か。どうりで暗い訳だ」

そう言いながら歩いていった。

 

「・・・やぁ、良い星空だね」

「!?」

提督が声をかけると、「それ」は傍まで来た提督に気づきつつも硬直している気がした。

なにせ星明かりしかない真夜中、塊としてそこにあるという以上は良く見えないのである。

後に、そもそもどうして提督棟から見えたんだと長門に訊ねられても、提督は肩をすくめるばかり。

常夜灯さえも消えている真の闇。

後で考えれば、幾ら真夜中でもこんなに暗いのはおかしかったのである。

 

「それ」が全く警戒を解いてない気配を察した提督は

「私はなんだか目が覚めちゃってね。寝る前に淹れた温い茶しか無いんだが、一緒にどう?」

と言いながら手に持った袋を揺らした。

数秒の沈黙の後、「それ」は答えた。

「・・オ前ハ、私ガ誰ダカ解ッテイルノカ?」

「いや。でも・・解らないといけないかい?」

「ナニ?」

「私はもう人間でも無ければ艦娘でもなく、その昔、ここへ島流しされた身だ」

「・・・」

「私が何者ですらないんだから、別に君が何者でも良いんだよ」

「・・ソウ、カ」

「私が今興味があるのは、用意すべきコップは1つか2つかって事なんだけど・・」

「・・・」

しばらく沈黙した「それ」は諦めたような声で言った。

「モラオウ、カ」

「よし。ちょっと待ってね」

そう言うと提督は、袋から魔法瓶とコップを取り出した。

「おっ熱い。古い魔法瓶だがなかなか捨てたもんじゃないね。火傷に気を付けて。ここに置くよ」

「・・アリガトウ」

「うん」

 

ズズズズズ・・・ズズッ

ハァー

 

提督と「それ」が茶を啜ったのと、吐息を吐き出したのがピッタリ同じだったので、二人はふっと笑った。

「新月の夜は暗いけど、星は良く見えるね」

「・・アァ」

「何か考え事をしてたのかい?」

「・・何故ソウ思ウ」

「こんな所で真夜中にじっと動かないなんて、一人になりたいか考え事をしたいか、でしょ」

「・・・」

「んー、静かな時間も良いね。毎日騒がしいとこういう静けさは天国だね」

「ソウダナ。毎日毎日考エ、命ジ、マタ考エル」

「でもまぁ、今も酷いけど、昔も酷かったなあ」

「昔?」

「あぁ。大本営で働いてた時は職場で寝泊りするくらい忙殺されていたのを思い出すよ」

「・・大本営、カ」

「うん。一番忙しかったのは事故調査委員会の頃だったなぁ」

「・・ドンナ事故ヲ、調査シタンダ?」

「一番多かったのは鎮守府がやらかした艦娘轟沈事故。他にも兵装の暴発事故とか、まぁ、そういう類だね」

「・・大本営内ヲ調ベタリハシナカッタノカ?」

「たとえば?」

「ソウダナ・・881研トカ」

「キングオブ伏魔殿、通称ヤバイ研か。確かに叩けば埃どころじゃ済まなそうだね」

「・・アア」

「そういえば大本営内の調査命令って出なかったな。よく考えれば突っ込み処満載なんだが」

「調ベテナイノナラ・・」

「うん」

「・・881研ノ過去、ソレモ、最初ノ頃ヲ調ベルト良イ」

「初代、昆柊所長の時代とかって事かぁ・・」

提督がそう言った途端、ぐにゃりと星空が歪んだ。

いや、正確には「それ」が放つ凄まじい殺気が周囲の空気を歪ませたのである。

「それ」は低い声になると、言った。

「・・ソウダ・・ソイツノ・・事ダ」

だが、提督は周囲の変化に気付く事は無かった。

何故なら目を瞑って一生懸命思い出そうとしていたからである。

「あれ、うーん。えーとね、えーと、ここまで出かかってる記憶があるんだけど・・・」

「・・何ヲダ」

「あー・・・」

もどかしそうに提督は眉をひそめながら、コップから次の一口を啜った時、

「あっ!思い出した!」

と叫んだので、「それ」はびくりとして、殺気を放つ事を止めた。

「ナ、ナンダ。急ニ大声ヲ出スナ」

「ごめんごめん。あれは読もうと思ったら止められたんだよ」

「何ヲ読モウトシタンダ」

「昆柊実験全記録という古くて分厚い資料。相談役があんな怖い顔をしたのは初めて見たよ」

「・・・」

「特別機密事項は大将以外知ってはならない、と仰ってたなあ」

「・・知リタイカ?」

「何か知ってるの?」

「アァ。一部、ナ」

「んー・・」

提督はそう言って考えこんだあと、

「貴方が言っても良いなら。でも辛くなるなら言わなくて良いよ」

と返した。

「知リタインジャナイノカ?」

「知りたいけど、貴方の気持ちはそれ以上に大事にしたいからね」

「・・」

「言葉にするのは結構しんどい事だよ。言ってスッキリすること、逆に落ち込む事、両方ある」

「・・」

「だから、貴方の思う通りにして良いよ」

「それ」はしばらく黙った後、言った。

「デハ、言ウ」

「・・解った。あ、お茶のおかわりは?」

「頂ク」

「ん・・」

 

数十分の後。

 

「ソシテ私ハ、気付イタラ無人島ニ打チ上ゲラレテイタ。海藻ガ酷ク絡ンデイタ」

「・・」

「直前ノ記憶ガ全然ナカッタカラ、最初ハ遭難シタンダト思ッタ」

「・・」

「何日モ飲マズ食ワズデ過ゴシタノニ腹ハ空カナイシ、海水ニ浸カレバ元気ニナレタ。不思議ダッタ」

「・・」

「コレガ所長ノ言ウ、「強化実験」ノ成果ナノカッテ思ッタ」

「・・」

「ダカラ嬉シカッタ。研究ガ上手ク行ッタ、所長ノ言ウ通リニシテ良カッタト」

「・・」

「ダガ、タマタマ入ッタ洞穴ノ中デ、私ハ水溜リニ映ル今ノ自分ヲ見テ、アマリニ恐ロシクテ叫ンダ」

「・・」

「ソシテ理解シタ。私ハ遭難シタンジャナク、散々実験サレタ挙句ニ捨テラレタンダト」

「・・」

「最初ハ悲シカッタ。何日モ泣イタ。自分ノ姿ヲ見タクナイカラ海ノ底ニ潜ッタンダ」

「・・」

「ソシテ次第ニ、生キタママ捨テラレタ事ニ腹ガ立ッテ来タ」

「・・」

「ダカラ、ダカラ私ハ、復讐スル事ニシタ。沈ンデイタ装置ヲ蘇ラセ、仲間ヲ探シタンダ」

「・・あぁ、そうか」

「ウン?」

「貴方の言ってる事は、概ね反対勢力の主張と符合するんだよ」

「・・私ガ、ソイツラノ言ウ事ヲ、鵜呑ミニシテルトデモ?」

「逆。貴方が反対勢力にその情報を提供したのかなと思って」

「・・私ガ人間ニ打チ明ケタノハ、コレガ初メテダ。アァ、モウ人間デハナカッタカ」

「まぁそうだね。んー、そうなるとどうしてだろう・・」

「私以外ニモ実験室ニ集メラレテイタ孤児ハ居ル。誰カガ言ッタノカモシレナイナ」

提督はふんと鼻を鳴らすと、

「いずれにせよ、昆柊所長ってのは畜生以下の外道というか、悪魔だな。反吐が出る」

「・・・」

「その話を聞いて、よく解った」

「何ガダ」

「艦娘の建造、修理、そして解体。それらの装置をどうして大本営が作れたのかって事さ」

「・・・」

「やはり人体実験をしていたんだね・・膨大な数の孤児を使って」

「私ハ、率先シテ実験台ニナッタヨウナ物ダガナ。信奉シテイタカラ、何モ疑ワナカッタ」

「そして、その実験の果てに艦娘が誕生した」

「ソウダ。ダカラ艦娘モ憎イ」

「当然だね。やるべき事をやってない。最初に君達を治療し、死んだ子を弔うべきだ」

「それ」はじっと沈黙した後に呟いた。

「オ前ハ、ツクヅク変ワッタ奴ダナ」

提督はガリガリと頭をかいた。

「んー、もう何十年と言われ続けてるんだけど、どういう事なんだい?教えてくれないか」

「ククククク・・良ク言ワレルカ。ソウダロウナ」

「一人で納得してないで教えてくれよ」

「解ッタ解ッタ。私ハオ前ト話シテルウチニ、オ前ガ敵カ味方カ解ラナクナッテキタ。ソウイウコトダ」

「よく解らないけど・・会話をするのに敵か味方か区別する必要があるの?」

「イ、イヤ、ダッテ敵ヲ利スル情報ヲ話ス事ハ無イジャナイカ」

「敵味方に分けて対応しようとするから色々しんどいんだよ。話せる相手なら敵味方なんてどうでも良いよ」

「それ」は深い溜息を吐きつつ呟いた。

「ダカラ送リ込ンダ3兵団ガ誰モ帰ッテコナイノカ。大惨敗ノ挙句ニ奇襲マデ失敗トハナ・・」

「え?何か言ったかい?」

「・・イヤ」

 

その時、水平線の彼方が微かに明るくなってきた。

明け方と呼ぶには余りにも暗過ぎる、彼誰時と呼ばれる時間。

近くに居る人の顔が解らず、「彼は誰?」という時。

 

「モウイイ・・オ前ニ構ウノハ止メル」

「えっ?」

「今夜ダッテ、散々時間ヲカケ、武器ガ暴発スル罠ヲ仕掛ケタノニ、何一ツ持ッテコナイナンテ・・」

「・・・」

「コッチハ今カ今カト待チ構エテタノニ、スタコラ歩イテ来テ茶ヲ渡サレタンダゾ。全ク酷イ肩スカシダ」

提督は、自分を「それ」がジトリと睨み付けたような気がしたのだが、

「敵だと認識しなければ、こんな寝間着に武器なんてつけてこないよ」

と、肩をすくめた。

再び「それ」は深い溜息を吐いた。

自分が仕掛けた罠のせいで兵装は置いて来ざるを得なかったし、武装した部下も遙か沖の海中だ。

通信は自分達がジャミングしている。

何もかもが裏目に出てるじゃないか。

そもそも、この信じられない顛末を、この後部下に一体何て説明すれば良いんだ。

「私ノ負ケダ。ココニ深海棲艦ノ大群ガ来ル事ハ今後無イト思ッテ良イ」

そして音も無く海に浮かぶと、振り向きながら言った。

「・・普通ニ話ガ出来タノハ、久シブリデ・・ソノ、楽シカッタ。礼ヲ言ウ」

「また来れば良いよ。ケーキでも食べながら話そうよ」

「オ前ダッテ私ノ姿ヲ見レバ恐レ戦ク。自分ダッテ二度ト見タクナイ姿ナノダカラ」

「東雲達に何か出来ないか相談してみるよ。そんな事言わずまたおいでよ」

「東雲トハ誰ダ?」

「元建造妖精だったけど鎮守府から焼け出され、誰かからレシピをもらって深海棲艦を作っていた子だよ」

「・・良イ事ヲ教エテヤル」

「?」

「轟沈シタ艦娘ヲ深海棲艦ニスルレシピハ、私ガ書イタンダ」

「それ」はニヤリと笑った。さすがに提督は怒るだろう、と。

さぁ、せめて気分だけでも害するが良い!

だが、帰ってきた言葉は

「凄いね!」

であり、提督は目をキラキラさせたのである。

「それ」はがくっとつんのめった。

「ハァ!?何ガ!何ガ凄イトイウンダ!」

「だってそのレシピが無ければ私は何人かの娘達と再会出来なかったよ!」

「エ・・ア・・ソ、ソウカ・・」

「再び会えたのは貴方のおかげだよ!ありがとう!」

「・・ウ、ウゥ」

もう嫌だ、この提督。

「またおいでよ!皆で貴方を元に戻す方法を考えよう!な!」

ゆっくりと空が薄青色に変わり始め、次第に世界に色が蘇り始めていた。

「それ」は肩を落とすと、俯いたまま首を振り、

「オ前ト話シテルト戦意ガ削ガレル。核兵器ヨリ恐ロシイナ」

そしてくるりと背を向けながら続けた。

「・・終戦マデ生キ延ビロ、提督」

「終戦は、何を以って達成されるんだい?昆柊前所長はもう死んだし・・」

「それ」はガバリと振り返り、勢い良く提督の肩を掴んだ。

「ナッ!?ナニッ!?昆柊ガ死ンダダト!?元帥会ノ黒幕トシテ君臨シテルンジャ・・」

提督は肩をすくめた。

「それは2ヶ月前までだよ。コンクリ壁と10tダンプの間で車ごと潰されたら不老長寿でも生き残る術は無いね」

「それ」は提督の言葉を聞くと、がくりとうなだれた。

「ソ、ソンナ・・ソンナ・・」

この作戦開始前に、全て終わっていたというのか?

なんて・・なんて身勝手な・・私が今まで生きてきた意味は・・

 

その時、暗闇に慣れた提督の目にうっすらと、「それ」が見えた。

全身、錆びた機械と肉体がつぎはぎだらけに縫い合わされたその姿を。

だが提督は、その瞳から零れ落ちる涙に、心を見出した。

そう。人が人である唯一の理由である、「心の存在」を。

提督は頷きながら言った。

「戦いを止めて、うちに来ないかい?」

「・・」

「私にはもう貴方の姿が見えてるけど」

「!!!」

顔を手で覆い隠そうとする「それ」に、提督はにこりと笑った。

「大丈夫。ほら、逃げたりしてないでしょ」

「ソンナ・・簡単ナ事ジャ・・ナイ」

「難しく考えたってどうせ同じだって。始めなきゃ始まらないよ?」

「それ」は目を瞑り、額に手をやった。

クソッ、提督を罠に嵌めて殺すつもりだったのに。

クソッ、こっちが提督の罠にどっぷり嵌ってるじゃないか。

クソッ、罠だ、罠に決まってる。

クソッ、解ってるのにどうしてこんなに動揺してるんだ!私は!

こんな戯言に!こんな絵空事に!こんな綺麗事に!

捨てた筈の希望にまだ縋りたいのか、私は!

「それ」は罠のスイッチを切り、リモコンを海に投げ捨てると、ずぶりと海に潜航しつつ言った。

「帰ル」

「またおいで!新月の午前3時頃!ここで待ってるからね!」

ブクブクという水泡がすっかり消えた時、水平線から太陽が顔を覗かせた。

 

「いつか、いつか暁の水平線を一緒に見よう・・な?」

 

提督はそう、海面に向かって呟いた。

 

今からずっと先の未来。

深海棲艦との戦いが突如として終了する、半年前の出来事であった。

 




終劇、です。

エピローグにつきましては本当に迷いました。
迷って迷って、結局、提督の走っていく道の果てに何があるのかという事を示すのが、皆様が色々想像出来て楽しいかなという結論に達しましたので、こんな話と致しました。

この小説では、深海棲艦は実に多様です。
大きく分けると厭戦派と好戦派、元艦娘と元人間で分かれます。
最初に提督と会話したヲ級は厭戦派の元艦娘(蒼龍)ですし、エピローグで記したのは好戦派の元人間で、かつ、そもそも深海棲艦という概念を生む事になった初代881研の犠牲者です。
この二人は深海棲艦の中でも対極に位置するといっても良いわけです。

深海棲艦がどうしてあんな外見をし、何故謎に包まれているのか。
そして翻って、艦娘とはそういえばなんなんだろう。
どうして、どうやって、生まれたのだろう。
なぜ唯一深海棲艦に対抗出来るのだろう。
それらを説明をする為に考え続けた私の結論がこれでした。

また、本話まで記した後、話が全く書けなくなりました。
前回、書ききったと申し上げたのはそういう事なんです。
ですから、恒例の自爆フラグを立てていないのです。
いや、過去も立てるつもりなかったんですけど、今回ばかりはリクエスト頂いてもお応え出来そうに無いので。


さてさて。
毎朝6時が恒例となっていた物語ですが、お別れの時間です。
長らくお付き合い頂きましたことに、深く感謝致します。
実に思い出深い1年を経験させて頂きました。
特に評価10累計ランキングにて最高9位を頂けた事。
これは間違いなく皆様のお力によるものですから、最高の報酬でした。

ありがとうございました。
優しい言葉をかけてくださった皆様に良き事がありますように。
それでは。

2015/3/4 銀匙


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アンコール:彼女達のその後

・・・。
もう見に来る人も居ないかもしれません。
話が書けなくなったって書きましたし、完結扱いにしましたからね。
でもね。
何気なく見た評価10ランキングで5位にまで上がってるし。
山のように感想頂いてるし。
あれですよ。
「フラグなら用意してやったよHAHAHA」
的なパワーを感じましたよ。

もう設定集を一生懸命見返しましたよ。何か書き忘れてないかって。
そしたら1つだけあったんですよ。
だから書きましたよ。

それでも、この1話しか書けなかったです。
だからまた明日からのお楽しみとは言えません。
あれですよ。
ターミネーター2で溶鉱炉に落ちてくシュワちゃんがやった
「b」
みたいなもんですよ。

私の書いた話をランキング5位まで押し上げてくれてありがとう。
その感謝をこめて。
書き残していた最後の1ピースです。
受け取ってください。




その日、北方海域の深部。

 

「大鳳ぉ~!陸奥ぅぅぅぅぅ!蒼龍ぅぅ!飛龍ぅぅぅぅ!返事をしろぉぉぉぉ!」

遠くに見える海面のさらに先から、自分を呼ぶ声がする。

ずっと、何度も、何度も聞こえる。

きっと長門だなと蒼龍は思った。

そういえばさっき、日向も呼んでたっけ・・

でもさ長門、私はもう体が動かないし、呼んでも返事できないよ。

・・ねぇ、長門。

まだ生きてるなら早く帰んなよ。

この海は寒いよ。

 

私達はもう沈んでるんだから、さ・・・

 

次第に薄れゆく意識の中、蒼龍はふっと笑った。

あの戦況じゃ、沈んでもしょうがないよねぇ・・

そう。先刻の戦闘は圧倒的な差だった。

敵が何隻居たのかさえ数えられない程だった。

岩山を過ぎた時点で敵の大軍勢に気付いた長門は即時撤退を命じた。

でも、連中は真っ先に大鳳へ襲い掛かり、避けようのない程の魚雷を浴びせた。

そして大鳳をとっさに庇おうとして操船に迷った陸奥もろとも轟沈させた。

反撃しようとした私達にも16インチ砲弾が信じられない密度で飛んできた。

弾が集まり過ぎて黒い雲が飛んできたのかと思った。

最後に海の上で見えたのはどこまでも高い炎と煙の壁だった。

戦いにすらならなかった。

あんな攻撃チートすぎる。

長門や日向が生き残った方がむしろ信じられない。

一体どうやって回避したんだろう。

そもそも1度に6隻までしか来ないんじゃなかったっけ?

大本営の提供情報と違い過ぎるじゃない。

そうよそう。そうだわ。

大本営に・・文句・・言って・・・

 

 

「ウ・・」

顔にかかる波しぶきに気付き、蒼龍はゆっくりと目を開けた。

頭を動かすと視界がぐわりとふらついて気持ち悪い。

そっと片目を開ける。

見えてきたのは大きな陸地の海岸で、遠くに道路はあるが車が来る気配はない。

足元には海が広がっている。

波打ち際に横たわってるんだなと解った蒼龍は、そっと身を起こした。

・・頭がガンガン痛む。

再び目を瞑り、ゆっくりと記憶を呼び覚ます。

ハタと気付いた蒼龍は首を傾げた。

・・あれ?

私、確か轟沈したんじゃなかったっけ?

海底から上を見た記憶があるよ?

海に沈んで意識失ったのに陸に打ち上げられて目覚めるなんて凄くない?

提督の言ってたダメコンてこれなの!?

長門は真面目だから探してるだろうなぁ。早く合流してあげないと。

しかし、作動するならもうちょっと早く動いて欲しいわね。

どうせ最上が変な改造したんでしょ。死んだかと思ったじゃないって一言言ってやらないと。

ふんと鼻息を鳴らし、何気なく反対側を向いた蒼龍は息が止まった。

手が届く程の至近距離に、ヲ級が倒れていたのである。

「!?」

蒼龍は一瞬で考えた。

 

やっ、ヤバい。

艦載機はあの時飛行甲板もろとも全て破壊された。

丸ごと海水に沈んだんだから副砲だって動く筈が無い。

つまり丸腰。清々しい程何も持ってない。

あぁ、こんな事なら多摩に素手で戦う武術講座を受けとけば良かった!

そっと・・そっと逃げよう。うん。

時間稼いで最大戦速で逃げれば、あるいは・・

蒼龍がそろりと立ち上がろうとした時、ヲ級がぱちりと目を開けた。

硬直する蒼龍。

 

あ。

終わった。終わりましたよ私。

折角ダメコンで復活したのにまた瞬殺ですかそうですか。

 

だが、蒼龍の予想に反し、そのヲ級は

「キャアアアア!撃タナイデ!・・アレ?」

驚いて顔を庇ったかと思ったら、眉をひそめ、不思議そうに顎に手を当てて考えだしたのである。

その仕草に見覚えがあった蒼龍は、指差そうとした自分の手を二度見した。

白い。

何この白さ。驚きの白さじゃないですか。

いやこの際それは良いや。目の前に居るヲ級って、もしかして・・

「ヒ、飛龍チャン?」

その声にぎょっとしたヲ級がこちらを向くと

「ソ、蒼龍チャンナノ?」

「エ?見テ解ルデショ」

「ヲ級見テ蒼龍ト思ウ人居ナイト思ウヨ?」

「エッ?」

「エッ?」

「ヲ級ハ貴方デショ」

「エッ?」

「エッ?」

二人はペタペタと自分の体をひとしきり触った後、

 

「シ、シ、深海棲艦ニナッチャッター!?」

 

と互いを指差しながら叫んだのである。

 

二人はほうほうと言いながら互いの艤装を触ったり観察していたが、やがて飛龍が言った。

「ネェネェ、ソコニ本ガ挟マッテルヨ?」

「ヘ?」

蒼龍は頭部艤装の内側に挟まっていた冊子を取り出した。

表紙には

 

 空母ヲ級艤装(flagshipクラス向け) 取扱説明書

 

と書かれていた。

「親切!」

「確カニ説明書ナキャ解ンナイヨネ」

「ジャア飛龍ノ方モ入ッテルンジャナイ?」

「エエトネ・・ア!アッタヨ!」

「ジャー、トリアエズ読モッカ・・」

だが、飛龍はきょろきょろと周囲を見回すと言った。

「コンナ砂浜デ読ンデテ大丈夫カナ?」

「ア、ソッカ。見ツカッタラヤバイカモネ」

「ジャア・・アノ森デ読モウカ」

「ソウダネ」

 

浜に程近い所にあった森は、人の手の入った林というよりは原生林という感じだった。

二人は奥まで分け入り、やがて巨木と柔らかい草の茂る地面を見つけた。

黙って頷いた二人は草に座り、太い幹にもたれつつマニュアルを紐解いたのである。

 

数時間後。

 

「・・アーモウ、メンドクサーイ」

蒼龍はバフンとマニュアルを閉じ、投げ出した足をパタパタと動かした。

飛龍はジト目で蒼龍を見ながら言った。

「何言ッテルノヨ。自分ノ艤装デショウ?」

「ダッテー」

「ダッテジャナイ」

「ウー」

飛龍は溜息を吐いた。昔からこの子は興味が無いと投げ出す癖がある。

丁度良いから、さっき出てたやつ、やってみるか。

「・・蒼龍チャーン」

「ナーニー?」

「見テテクレルー?」

 

ダルそうにしつつもこっちを向いた蒼龍の前で、飛龍は艤装のシステムを動かした。

艤装が発した強い光が収まると、蒼龍は目を輝かせた。

「オオオオオー!?」

「じゃーん」

そこには在りし日の飛龍の姿があった。

ただし兵装は無く、服装はごくごく今風であり、傍目には一般人の女の子に見える。

しかし、蒼龍にも飛龍にも、兵装が無いなどという事はどうでも良かった。

「元ニ戻ッタネー!」

「艤装の機能の1つで、flagshipクラスなら服も自由に変えられるんだって。早く蒼龍も戻りなよー」

「ドウヤンノドウヤンノ!ネェネェ何ページ!?」

飛龍はニヤリと笑って頷いた。

よし、興味が続いてるうちに全部読ませてしまおう。やれば出来る子だし!

 

数日後。

 

「んー、どうしよっかー」

「どうしようねー」

 

夕暮れの防波堤に腰かけ、海にちゃぷちゃぷと裸足をつける二人の姿があった。

マニュアルによれば、こうする事で海水から自分に必要なエネルギーは補給出来るらしい。

実際お腹は空かないからやり方は合っているのだろう。

一方、傷ついた場合は別途修理が必要なのは艦娘の頃と一緒だった。

そして兵装や艦載機を動かす為の燃料、弾薬、ボーキサイトは調達しなければならないとあった。

しかし最後の点については二人は問題としなかった。

問題なのは、

 

「ヒマだよねー」

 

そう。

二人は直前の袋叩きともいえる戦いの記憶があった。

また、提督の下で自らの行動を自ら決めるよう言われ続けていたので、散々話し合った挙句、

 

 「戦いから足を洗おう」

 

という結論に達していた。

ゆえに兵装はどうでも良く、そして猛烈に暇なのである。

こうしてエネルギーチャージすればお腹は空かない。

服装も好きに変えられる。

しかし人の世で生きていく為には何をするにも必要な物がある。

細かくはお金であり、働いたり家を借りるといった大きな事をするには人との繋がりである。

要はどこの誰とも解らない人には誰も手を貸してくれないのである。

二人はこの数日間、浜に近い町を歩き回り、その現実に直面していた。

お金が無いと何一つ出来ないが、お金を得るには働かねばならず、その為には保証人が要る。

働くのは構わないが、勿論二人は保証人になってくれる人なんて知らない。

このままでは八方塞がりだ。

 

「・・提督に連絡出来ないかなー」

 

蒼龍はそう言ったが、飛龍は首を振った。

「忘れたの?うちら轟沈して、深海棲艦になっちゃったんだよ」

「あー・・戦う意思は無いとはいっても、深海棲艦には違いないもんね・・」

「それこそ攻撃される身だよ」

「提督に敵意なんてこれっぽっちも無いんだけどね」

「むしろ大本営に文句言いたいよね」

「電ちゃんなら武器を捨てて白旗振ってったら撃たないんじゃないかな?」

「でもね蒼龍ちゃん」

「うん」

「提督の鎮守府へどうやって行くのよ」

「あ」

 

そう。

二人にとって大変困った事に、何度考えても鎮守府がどこにあったかが思い出せなかった。

提督の顔や、やって来た事は少なくとも二人のどちらかは覚えていた。

だが、鎮守府の位置や番号など、手がかりになる情報を二人ともさっぱり覚えていなかったのである。

「あーあ、提督に会いたいね~」

「そうだけど、まずは現状をどうにかしないとね」

「だね」

その時。

 

「あんた達」

 

ギクッとしつつ振り返ると、そこにはおばちゃんが1人立っていた。

「は、はい」

「若いモンがぶらぶらしてるんじゃないよ。学校行ってるのかい?」

「あ、あの・・」

何て答えたら良いんだろう。

戸惑っている二人におばちゃんはニッと笑うと

「冗談さね。あんた達、深海棲艦だろ?」

「ひっ!」

「あっ、あのっ、わ、私達は危害を加えるつもりは全然なくて」

パタパタと手を振る二人に対し、

「そんなに怖がらなくて良いさね。お仲間同士仲良くやろうじゃないさ」

そういうと、一瞬だけ深海棲艦の姿に変わり、再びおばちゃんの姿に戻ったのである。

目を見開き、ぽかんとする二人におばちゃんは言った。

「なんだい?」

「あ、あの、私達以外にもいらっしゃるんでしょうか?」

「うーん」

おばちゃんは周囲をチラと見まわすと、

「まぁ夜になるし、うちに来ると良いさね」

そういうとスタスタと歩き出したのである。

 

「おじゃましまーす」

 

浜辺から少し内側にある小さな一軒家。

それが案内された家だった。

家の感じと言い、中の様子と言い、年季が入っている。

とても数年でこうなるとは思えない。

「アタシしか住んでないから気にしないでいいさね」

「ありがとうございます」

「今、お茶を淹れるからね」

 

「・・そうかい。まだ3日目かい。初々しいねぇ」

事情を聞いたおばちゃんはそういうとニコニコ笑った。

「えっと、お名前伺って良いですか?」

「坂之上嘉代子だよ。もっとも、自分で適当に付けた名前だけどね」

「その由来は?」

「ほれ、アタシはカ級だろ?だから嘉代子。で、最初に住んだ家が坂の上にあったのさ」

「坂の上に居るカ級さんだから、って事ですか」

「そういうことさね。で、あんた達はこれからどうするんだい?海で艦娘相手にドンパチやるのかい?」

蒼龍も飛龍もパタパタと手を振って声を揃えた。

「もう戦争はこりごりですよ~」

おばちゃんはカラカラと笑い、

「あんた達仲良いねぇ。それに、もう戦いたくはないんだね?」

「はい。でも・・」

「でも?」

「働きたいんですけど、どこも保証人が居ないとダメだって言われちゃって」

「バイトなら何とかなるんじゃないのかい?」

「応募用紙もらったんですけど住所書かないとダメだって・・でも、お家を借りるには保証人とお金が要りますし・・」

「一応やってみたんだね。うんうん、感心感心」

おばちゃんは腕組みをして頷いた後、

「ならここに住みな。保証人立てろって言うならアタシがなってやるさね」

「えっ!本当ですか!」

「ただし、ちゃんとお金を稼ぐ努力をして、稼げるようになったら自分達で家を借りるんだよ。それが条件さね」

「あ、はい。それはもちろんです」

「ここのお家賃はお幾らでしょうか?」

「今言ったって払えないだろ?1ヶ月以内に仕事が見つかる保証も無いさね」

「そ、そうですよね・・」

「そんなにがっかりしなさんな。ゆっくり探して行けば良いし、御足なんて要らないよ」

「はい・・」

「ま、全ては明日からさね。んじゃあ風呂の支度でもするかねぇ」

立ち上がろうとするおばちゃんを二人は押し留めた。

「私達がお風呂用意してきます!」

「ん、風呂はその右の扉さね。もう洗ってあるから湯を入れれば良いさね」

「はい!」

おばちゃんは風呂場に入って行く二人を見て頷いた。

礼儀正しく率先して動ける子は、大概人の世でも上手くやっていけるもんさね。

あの子達は鎮守府で良い教育を受けてきたね。

 

一口に深海棲艦と言っても、非常に多様な個性がある。

攻撃的な子、大人しい子、明るい子、全く意欲が無い子、過去に怯える子。

そして、鎮守府に帰りたいと泣く子。

おばちゃんは腕を組んだ。

「あの子達は鎮守府への恨み言は言って無かったし、ホームシックになるかもしれないね・・」

 

翌朝。

 

「・・あんた達は人前に出るのは照れる方かい?」

3人で波止場に向かい、「足湯」のようにエネルギーチャージした帰りに、おばちゃんは二人に訊ねた。

「えっと・・」

言い淀む飛龍に対し、

「大丈夫ですよ?」

と、あっさり返す蒼龍。

おばちゃんはニッと笑いながら答えた。

「駅前のスーパーでバイト募集してるみたいなんさね。品出しとレジ打ち。やってみたらどうだい?」

蒼龍はうんうんと頷いたが、飛龍は眉をひそめながら

「レジとか触った事無いでしょ?ちゃんと出来るかなぁ・・」

「必要な事は知らないと言えば教えてくれるさね。やる気があれば良いんだよ」

「そうですか?採用してくれるかなあ・・」

おばちゃんはニッと笑った。

「アタシが一緒に行けば他よりは雇ってくれる可能性は高いさね。どうする?」

飛龍は頷きながら返した。

「・・うん。贅沢言ってられる立場じゃないし!行きます!」

「じゃ、行こうかね」

 

「おや、坂之上さん。どうしました?」

スーパーに着くと、おばちゃんは慣れた足取りで事務所へと真っ直ぐ歩いていった。

そして部屋の奥に居た女性に手を振ったのである。

「あの人が店長だよ。急ですまないけど、ちょっとお話出来るかい?」

「ええ、あちらにどうぞ」

 

事務所の隅の応接セットに通された3人は、出されたお茶をずずっと啜った。

「それで、どうしました?」

店長が促すと、おばちゃんはあっさり言った。

「この子達は来たばかりのヲ級ちゃんなんだけど、バイトにどうさね?」

ぶふっ!?

蒼龍は飲みかけた茶を吹き出した後、むせ返りながら慌てて周囲を見回した。

飛龍は同じく鼻に逆流した茶で涙目になりながら、それでもおばちゃんの口を手で塞いだ。

「ちょ!なっ、何言ってるんですか!?げほげほげほっ!」

そう、言いながら。

だが、店長は平然と

「良いですよ」

と返したので、二人は店長を凝視した。

「ええっ!?」

「あっ、あのっ、良いんですか!?」

店長はニッと笑いながら答えた。

「お仲間同士、仲良くやりましょう」

二人はかくんと顎が下がった。

 

「うちの従業員は全員、深海棲艦なのよ」

「はー」

店長の言葉に素直に驚く蒼龍に対し、飛龍は

「それならそうと仰ってくださいよぅ、坂之上さぁん」

と言いながらおばちゃんを揺さぶった。

おばちゃんは

「これが初めて紹介する楽しみだからね、やめらんないさね」

そう返し、カッカッカと笑ったのである。

店長は苦笑しながら

「ただ、どこもかしこもうちと同じという訳ではないので、外では言っちゃダメですよ」

と言った。

「もう少し、その辺りを教えて頂いても良いですか?」

飛龍は店長にそう言って促したのである。

 

「しばらく生活してるとね、私達には何となく、あの子は深海棲艦だなあとかが解ってくるの」

店長はお茶を啜りながら話し始めた。

「一方で人間の方は見分けが付かないみたいだけど、深海棲艦への敵意は物凄いの」

「・・」

「ここは漁港が近いという事もあって、近い人が深海棲艦の攻撃で亡くなったって人も多い」

「・・」

「なにより、漁業が出来なくなったのは深海棲艦がうようよ居るから危険って事だしね」

「・・」

「だから直接攻撃されたかどうかじゃなく、深海棲艦は一律敵。そう見られる」

「・・」

「あとね、深海棲艦と解った場合、変な連中が連れ去って行くの」

「変な連中?」

「フルスモークを張った真っ黒なワンボックスカー数台でやって来るんだけど・・」

「・・」

「連れてかれた子は誰も帰ってこなかった」

「・・」

「それに、深海棲艦らしいという噂が立っただけでも警察に呼ばれるわ」

「・・」

「実際に行って、切り抜けてきた子達の話では、明らかに警察と違う雰囲気の人が居たそうよ」

「・・」

「だから外では深海棲艦だなんて言っちゃいけないし、疑われるような行動をしてもいけない」

「・・」

「逆を言えば、それさえ守って大人しく生きていく分にはバレないって事よ」

蒼龍と飛龍は互いを見て頷いた。

やはり最初に思った、深海棲艦としての姿を見られるのはマズいという勘は当たっていたのだ。

そして次第にしゅーんとする二人を見て、おばちゃんは言った。

「そんなにしょげなさんな。あたしゃもう40年も普通に暮らしてるんだからね」

「40年!?」

「店長だってそろそろ20年だろ?」

「19年5ヶ月です!」

「大して変わらないじゃないさ。要は長く暮らしてる子達も沢山居るってことさね」

「そう、なんですか・・」

飛龍はまだショックが抜けて無いようだったが、蒼龍はそっと手を挙げた。

「あの」

「なんだい?」

「その、えっと、私達は年を取るんでしょうか?」

「なんでだい?」

「艦娘の時は何年経っても外見は変わりませんでしたけど、お二人は、その」

「あぁ、老けてるってことかい?」

「すっ、すみません!でもでも、あの」

「これはそうしてるだけさね。ほら」

そういうとおばちゃんはすっと光ると、若い女性になったあと、続けて小さな子供に変わった。

「やろうと思えば幾らでも化けれるんでちゅ!」

そしてすいっと元の姿に戻ると、

「ただね、人間は年を取るのが普通だろう?」

「え、ええ」

「だからうちらだけ年を取らないと変に見られるんさね」

「あ、深海棲艦っていう疑いを・・」

「御名答。だから年を取ったように化けたり、数年で住所を変える子も居る。やり方は色々あるさね」

「考えないといけないですね・・」

「まぁあんた達は大学生とも成人とも見えるから、数年は気にしなくていいさね」

ようやく飛龍が顔を上げた。

「でも、忘れないようにします。色々ありがとうございました」

おばちゃんが返した。

「ん。そこを踏まえると後の説明がやりやすいね」

店長は頷きながら継いだ。

「その為に、地上組という互助会があるんですよ」

「地上組?」

蒼龍と飛龍は耳慣れない単語に声を揃えた。

 

「さっきも言った通り、深海棲艦が戦わずに人の世で生きるのは色々気を付けなきゃならん事があるんさね」

「はい」

「それを個人で気にかけて行くのは大変だし、他の人はどうしたのか気になる事もある」

「そうですね」

「だから地上組という組織に属し、組織からアドバイスを受けたり相談するんさね」

「なるほどぉ」

「属するには会費が要るけど、心細くないと思えるだけでも損は無いと思うよ」

店長が口を挟んだ。

「実際、深海棲艦の疑いをかけられた時も連絡してくれますし、逃走の手助けもしてくれますよ」

「逆を言えば連絡が来なきゃ疑われてないんだから、のんびり暮らせばいいんさね」

蒼龍は頷き、飛龍は眉をひそめながら聞いた。

「でも、あの、バイト代でお支払い出来る会費なんですか?」

おばちゃんが頷いた。

「個人加入でも1人1ヶ月2000コインだし・・」

「うちで働くならまとめて天引きで払っておいてあげますよ。団体割引もあります」

おばちゃんはニッと笑った。

「あたしもこの店から払って貰ってるんさね。1500コインで済むからね」

飛龍は苦笑する店長を見ながら思った。結構、坂之上さん、しっかりしてるわ。

こうして、二人はバイトを始め、地上組の一員になったのである。

 

それから3年が過ぎた。

 

途中、二人はバイトで貯めたお金を元に、おばちゃんの家を出た。

とはいってもすぐ近くのアパートに引っ越したので、おばちゃんは

「どうせならちょっと遠くにすれば景色も変わるだろうに」

といいつつも、どことなく嬉しそうだった。

飛龍は仕事ぶりを買われ、地上組の地域部長として忙しい毎日を送っている。

一方で蒼龍はバイトからパートに変わったが、相変わらずスーパーで働いている。

優しくて明るいので客からも評判が良かった、というのもある。

だが、蒼龍は飛龍の忙しさを間近で見ていた。

そしてその仕事にやりがいを感じているのだという事も、長年の付き合いで解っていた。

だから自分が飛龍の分も身の回りの世話をしてあげようと決めたのである。

 

「えっとえっと、書類は持ったし、携帯持ったし、い、行ってきます!」

「ほ~ら、お弁当忘れてるよ~」

「ああっ!ごめん!あ、ええとね、今日は21時まで会議だから夕食要らない!」

「最近ずっと遅いよね~、大丈夫なの~?」

「元老院にリポート上げなきゃいけないのよ。今週末には終わるよ」

「んじゃ来週末にお花見行こっか」

「あ!そっか!もう桜の時期か!行く行く!あたしランチ奢る!」

「あはは。楽しみにしてるよ~」

「普段ご飯作って貰ったりしてるからね!じゃ行ってきます!」

「はいよ~」

パタパタと走って行く飛龍の後ろ姿を見送った後、蒼龍は玄関でうーんと伸びをした。

その時ふと、良く晴れた空に目を細めた。

艦娘としての私達は轟沈してしまったし、深海棲艦になった時はショックだった。

だが、たまたま飛龍が居てくれたおかげで、おばちゃん達との出会いがあって、今がある。

もう二度と戦うのは御免だし、バレるかもという怖さはあるけれど、割と幸せに暮らしてる。

色々あったけれど、これで良かったのかもね。

 

「じゃ、洗濯してからお仕事行きますかね~っと」

 

蒼龍はにこっと笑うと、部屋に戻っていったのである。

 

 




というわけで、おしまい、です。

そうなんです。
最初に着任していた蒼龍と飛龍は北方事件の時に大鳳と陸奥と共に沈みました。
大鳳も陸奥も最終的には再び提督の元へ帰りましたが、蒼龍と飛龍は帰りませんでした。
彼女達がどうなったのかという事、そしてストーリー後半に出てきた地上組の生活ってのはどんなもんだろうという事。
この辺もこんな感じで設定は考えていたんです。
話を書けるかなと思って。

お気付きの方も居るかもしれません。
そう。
戦いを捨てた深海棲艦の日常生活。
これが第5章のもう1つの候補だった「奇抜過ぎる方のストーリー」でした。

 鎮守府成分0%
 艦娘が敵
 深海棲艦同士のハートフルな物語

・・心優しい読者さんがゲーム出来なくなるだろバカヤロウ。
これがボツにした理由でした。
本来はここから艦娘からの逃亡劇や反対勢力との関わりとかが入る筈だった訳ですが、そういう理由でばっさり止めました。
ここまでなら心のダメージも無いでしょう。

だから、今。
完結と言ってから2日以上たった、
もう誰も読みに来ていないであろう金曜日の夜に。
そっと放流して逃げます。
気づいた人だけが読んでくだされば良いのです。
これでフラグ回収。
枕を高くして眠れます。




・・・・。



ええと。
何か嫌な視線を感じますから言っておきますよ。

もう、もうさすがにネタは残ってませんからね?
元が世界設定も解説もほっとんど無いブラウザゲーですからね?
15話くらい書こうかな~って気軽に始めただけの小市民ですからね?
囲まれたって無い物は無いですからね?

・・残ってませんよ?
881研のオカルトな毎日とか事故調査委員会の日常とか嫌でしょ?
私オカルト苦手だし。血生臭いの大嫌いだし。
事故調査委員会の尋問の日々とか誰得過ぎるでしょ?ね?

冗談抜きの話、毎回、新しい章を始める時は
「書き始めるなら絶対に終わらせる」
そう覚悟して筆を取ってきました。
だから安易に始める事はしないんです。
シナリオも設定もラストも全部出し尽くしましたから。
今回の話も本当にかき集めた残り火みたいなものなんです。


でも、ありがとうございました。
終わってから評価10がこんなに増えるとは思いませんでした。
感想をあんなに頂けるとは思ってませんでした。
ツイートで名残を惜しんでくれた人も居ましたし、お疲れ様と声をかけてくれた人も居ました。
嬉しかったです。
嬉しいと言えば、この話にお二人も推薦をつけてくれたんですね。
勿体無い。ありがたい。

本当に本当に、ありがとう。


・・・でも、もうネタは無いですからね?
ビッグウェーブ再びとかキマシタワーとかやっぱりとか言ってる人!

 無 い で す か ら ね ?



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ラストアンコール:ヴェールヌイのバレンタイン

何気なく評価10ランキングを見たらまさかの4位。
TOP5に入っただけでもありえないと思ってたんですけどね。
それに、意外と相談役の評価が高い。
最終盤にしか登場しなかったのに。
というわけで、4位達成記念。
これが本当のラストアンコールでございます。

では、どうぞお楽しみくださいませ。



「ほう。随分と海岸線が変わったものだね」

「そう?しょっちゅう見てると解らないわね」

「私は・・少なくとも5年は見てないな」

「もう少し引っ張り出すべきかしら」

「遠慮しておくよ」

ヴェールヌイ相談役と雷の楽しげな会話を聞きながら、護衛の重巡達はにこにこと笑っていた。

たまにはこうやって気分転換して頂くのも良い事だ、と。

 

時は月初に遡る。

「・・あ、ちょっと外すわね」

雷は入室してきたヴェールヌイ相談役を見るなり、共に書類を捌いていた面々にそう告げた。

ヴェールヌイ相談役が自ら部屋を訪ねて来る。

それは資料を見ていてとんでもない事に気付いたとか、とにかく急を要する時だ。

なぜなら、(あの横着な)ヴェールヌイ相談役が自ら足を運ぶ事なんてまず無いからである。

雷はヴェールヌイ相談役の手を引き、足早に使われていない会議室に入るとドアに鍵をかけた。

「で、何があったの?腐敗?敵襲?どこの地域?」

だが、ヴェールヌイ相談役は俯いたまま頬を染めて言った。

「こっ・・これを・・何とか手に入れたいんだ」

そう言って雷に見せたのは

「世界の知られざるスイーツカタログ チョコレート編」

であった。

 

「何を言い出すかと思えば・・」

雷はヴェールヌイ相談役の説明に安堵しつつ溜息を吐いた。

ヴェールヌイ相談役は、特に調理に関して不器用である。

ロシア料理なら3品作れる(うち1つはロシアンティーだが)が、それ以外は五十鈴曰く

「一見食べ物に見える大量破壊兵器」

と化してしまう。

最初は皆、警戒せず箸をつけた。

しかし。

キャベツの代わりにあじさいの葉で巻いたロールキャベツとか、

割れた包丁の欠片が入っているシチューとか、

塩と間違えて漂白剤を入れたスープとか、

とにかく洒落にならないのである。

3度目の騒動の後、雷はヴェールヌイ相談役にキッチンへ近づかないよう厳命した。

食べたい物は買うか、私が作ってあげるからと言い含めて。

だから本の中から1品選び、雷が作るか手配して欲しいとヴェールヌイ相談役は頼んできたのである。

 

ただ、今回は雷が

「どれが食べたいの?作れるかどうか考えるから指定して」

と言っても、

「い、いや、その、甘い物に拘りがある人が、その、なんだ、美味しいと喜んでくれるような物をだね・・」

と、もごもご言って要領を得ない。

雷はこういう奥歯に物が挟まったような表現が大嫌いである。

ゆえに、

「さっさと吐きなさい!誰が食べるの!」

そう言いながらバンと机を叩き、

「・・てっ・・提督・・だよ」

と、ヴェールヌイ相談役は蚊の鳴くような声で答えたのである。

雷はまだ眉をひそめつつ腕組みをしながら訊ねた。

「今までどうしてたのよ」

「おっ・・贈った事が、無いんだ」

「じゃあどうして今年は贈るのよ?」

「・・」

「・・」

ジト目の雷を、帽子越しにそっと上目遣いでチラ見するヴェールヌイ相談役。

言わなきゃ話が進まないと諦めの溜息を吐くと、呟いた。

「昔の・・夢を見たんだ」

「昔の?」

「提督が、飛行機で担ぎ込まれた日の事を」

「・・あー」

雷は思い出した。

提督が退院するその日まで、ヴェールヌイ相談役は全ての仕事を放り投げた。

提督が集中治療室に居る頃は通路からガラス窓越しに見つめてピクリとも動かなかった。

一般病棟に移ってからは、ずっと悲しげに俯いて提督の手を握り続けていた。

リハビリ中も朝から晩まで片時も傍を離れなかった。

最近では、週に1度の頻度で鳳翔に提督の様子を訊ねている。

(通信手段はもちろん雷と鳳翔のホットラインであるが、雷は黙認している)

提督が楽しそうだと聞けば上機嫌となり、悩んでる風だと聞けば上の空になる。

ゆえに。

「加賀さんが窓口となって、今週一杯ケッコンカッコカリの希望者を募るそうですよ」

と鳳翔がうっかり言ってしまった時は大変だった。

当該期間、ヴェールヌイ相談役は国会に証人喚問されており、どうあっても調整出来なかった。

だが、雷が後ろから羽交い絞めにしてもなお、

「わっ!私は行く!終わってからじゃ締切を過ぎてしまう!離せ雷!離せぇぇぇえええ!」

と言いながら、港に向かって500m以上雷を引きずっていった。

結局、後から走ってきた武蔵がヴェールヌイ相談役をひょいと掴んで持ち上げると、

「すまないが大将命令なのでな。このまま連れて行く」

といって、大暴れするヴェールヌイ相談役を連行した。

だが、証人控え室に連れて行かれると、今度は頬をぷっくり膨らませて完全黙秘を決め込んだ。

雷は鳳翔を通じて龍田に頼み、ヴェールヌイ相談役の分の書類を作成してもらった。

それを聞いたヴェールヌイ相談役は予定から半日以上遅れてようやく証人喚問に応じたのである。

後日送られてきた書類の控えを枕の中に入れ、毎日抱きかかえて寝ている事は気づかないふりをしてあげている。

雷はジト目になった。

あの時は龍田に大きな借りを作ってしまった。

色々な憶測を飛ばすマスコミの対策も苦労した。アタシ完全にとばっちりじゃない。

「ほんとにアンタは提督の事になると見境が無くなるわよね」

「そっ、そんな事はない」

「それで、提督にチョコ贈ってどうするの?愛の告白でもするの?」

「ちっ、ちがっ!たっ、ただその」

「その?」

「ふ、不老長寿化を祝って、あと・・げ、元気な顔も見たいな・・と」

消え入りそうな声で答えつつ、両手の人差し指をつんつんと合わせるヴェールヌイ相談役。

雷は溜息を吐いた。

大本営の中では好き勝手に振舞うのに、提督の事になるとトコトン意気地なしだ。

それぞれ足して二で割って欲しいんだけど。

「でも、私も提督が好きそうなチョコなんて知らないわよ?」

「そ、そう、か・・」

「鳳翔に聞いてみたら?確か甘味同好会を一緒にやってた仲でしょ、あの二人」

ヴェールヌイ相談役は一瞬嬉しそうに雷を見たが、すぐにしゅんとなった。

「・・なによその反応」

「あの鳳翔からチョコがもらえるなら、私のチョコなんて受け取る必要が無いだろう・・」

雷は再び溜息を吐いた。

「中学生の初恋じゃあるまいし、何言ってるのよ」

「・・・」

雷はぼーっと見返すヴェールヌイ相談役に首を傾げた。

「・・なに?」

「そうか・・」

ヴェールヌイ相談役は納得したように次第に大きく頷きながら答えた。

「これが・・これが初恋というものなんだね。ハラショー・・ハラッショー!!」

雷は肩をすくめた。周りの方が良く解ってるという事は往々にしてあるものだ。

しかし、と雷は思った。

なんか嫌な予感がする。

ヴェールヌイ相談役は何度も頷いた後、らんらんと輝く目で雷を見た。

「恋は戦争なんだろう!?」

「えっ?え、ええ、まぁね。でもそれは喩えってやつで」

「私は提督を奪還するぞ!」

「は?」

「必ず奪い返して大本営に連れ戻す!やってやる!やってやるぞ私は!ウラアアアア!」

雷はポンとヴェールヌイ相談役の肩を叩いた。

「盛り上がってる所悪いんだけど」

「なんだい?主兵装は先日完成した4連装レールガンで良いよね」

「向こうには、「あの」鳳翔総料理長が居るんだけど」

ヴェールヌイ相談役が一瞬にして凍りついた。

 

「無理だ・・到底私だけじゃ勝てない・・いっそ大将直属部隊を全員呼んでくるか」

「おーい、話きけー」

「大体、鳳翔総料理長なんて極悪チートをどうして鎮守府側に渡してしまったんだ」

頭を抱えるヴェールヌイ相談役の傍で、雷はぽりぽりと頬を掻いた。

確かに鳳翔を敵に回すなんて想像もしたくないが、そもそも恋は戦いというのは実弾で戦闘しろという意味じゃない。

しかし、全く人の話を聞いてない。まぁヴェールヌイ相談役の定常運航だけど。

とりあえず、しばらく放っとこう。傍で見てるの楽しいし。

「ぬおおぉ・・だから大本営直属艦娘を2倍ないし3倍に増やせと言っておいたのに」

「本土防衛用なんだから意味が違うでしょ」

「こうなったらロシア開発局に連絡して大将直属艦娘全員をロシア仕様に改造してもらうか」

「あたしも!?」

「ああっ!もう年度末だから開発局の連中を買収する予算が取れない!元帥会をどう脅せば良いんだ!」

「チョコ1個からすんごい離れたわねー」

「そうか!鎮守府取り潰し命令を出せばどうだ!それなら鳳翔と提督を切り離せるかもしれない!」

「出来る訳無いでしょ。そんな書類来たらあたしの所で破り捨てるわよ」

「いや!鳳翔に気付かれたらすべて水の泡だ!うぉぉおおおどうしたら良いんだー!」

「素直に渡して来たら良いじゃない」

 

ピタリ。

 

ヴェールヌイ相談役は数秒間止まった後、ぐぎぎぎと雷の顔を見た。

「あら、ちゃんと聞いてるのね」

「いっ・・今、なんて言った?」

「自分でチョコ渡して来たら?」

「・・・でっ」

「で?」

「でっでででで出来る訳ないだろう?何言ってるんだ!」

真っ赤になって腕をパタパタ振るヴェールヌイ相談役も可愛いわねと思いながら、雷は言った。

「会ってチョコくらい渡せなきゃ提督に忘れ去られるわよ?」

 

あ、涙目で上目遣いって結構破壊力高いわね。アタシも嘘泣きの練習しようかしら。

 

袖で涙をごしごしと拭きながら、ヴェールヌイ相談役は呟いた。

「・・忘れられて、しまった、かな」

「もう退院してから何年?10年近く経つんじゃない?」

ヴェールヌイ相談役は俯いてしばらく唇を噛んでいたが、やがて

「チョッ、チョコレート渡す位・・やるさ、わ、忘れ去られるくらいなら・・うん」

と、ぶるぶる拳を震わせながら意を決したのである。

 

こうして。

ヴェールヌイ相談役がその後4日も悩み抜き、オーソドックスなホールのチョコケーキを選択。

それ位なら作れると言い、雷が半日がかりでこしらえた。

そして雷の監視下で(ここ重要)、ホワイトチョコでメッセージを書き、箱に納めたのが今朝の事。

両手でぎゅうっとラッピングした箱を抱きかかえるヴェールヌイ相談役。

それに(無理矢理同行するよう強制された)雷と、護衛の「要塞」重巡8隻。

物々しいのか初々しいのかよく解らない艦隊は、一路ソロル鎮守府を目指したのである。

 

「あー、今年は実に心安らかだなぁ」

「どうした?」

不思議そうに首を傾げる長門に、提督は返した。

「今年は協定が結ばれてるから安心して外を歩けるよ。儀式も終わったし!」

「あぁ、バレンタインの事か」

長門は苦笑した。

今までは暗黙の了解に基づいて運用していたので小競り合いが絶えなかった。

ゆえに今年からは事前に協定を結び、厳格な運用をする事になったのである。

長門は頷いた。

違反者の罰則は南極調査船の護衛2年間と定めたのが功を奏したな。

その時、通信棟の大淀から二人に連絡が入った。

「提督。大本営の雷様とヴェールヌイ相談役殿がこちらに向かっているとの事です」

「は?え?長門、そんな通知あったっけ?」

「い、いや、今確認したが、そんな指示は無いぞ・・」

「あの二人が揃ってくるなんて余程の事だ。龍田にも連絡を!お迎えする体制を整えよう!」

「うむ!大淀、出迎える旨返信を!その後鳳翔と間宮に宴席の支度をするよう伝えてくれ!」

「了解しました!」

 

「鎮守府に連絡しといたわよ」

雷が通信を終えてそう言うと、ヴェールヌイ相談役は殺意の籠った目で睨み返し、口を尖らせた。

「なんて事をしてくれたんだ!出来るだけ気付かれたくなかったのに!」

「暗殺じゃあるまいし。連絡なしに行って提督が留守だったらどうするのよ」

「帰ってくるまで部屋で待ってるに決まってるじゃないか」

「部屋?執務室の事?」

「自室に決まってる!」

「・・なんで?」

「提督の布団にくるまってスーハースーハーしてれば2週間は余裕で待てる。異論は認めない」

雷は溜息を吐いた。この姉はもう1度ロシア開発局に送り返すべきだろうか。

・・いや、ますます酷くなりそうな気がするから止めとこう。

こういう予感は大事にした方が良いって雪風も言ってたし。

「とにかく、連絡はしちゃったし、港で出迎えてくれるって言ってたわよ。良かったわね」

雷はヴェールヌイ相談役を二度見した。

今度は真っ赤になって俯いている。これだけ表情に出すってほんと珍しいわね。

「どうしたというのよ・・今度は」

「まっ・・待っててくれるのか・・提督が・・」

「秘書艦の子じゃないの?」

途端にヴェールヌイ相談役がジト目になった。

「艦娘なんてどうでも良いのだが」

「清々しい程欲望に忠実だけど、その艦娘達は提督が大事にしてるのよ?」

「うぐおっ!?」

「ちょっとは猫かぶりなさいよ」

「え、エラー猫で良いかな?」

「物理的に猫を頭に乗せろって言ってるわけじゃないわよ」

「じゃ、じゃあこの猫耳を被るのか?どうして持ってるのを知ってるんだ?」

「そうじゃなーい!って、何でそんなもの持ってるのよ?」

「五十鈴が買ったけど使わないからあげると言ったんだ」

「あの子はどうして買ったのかしらね・・まぁ折角持ってるなら付けてみたら?」

「こっ、これで、良いのかな?」

雷はほわほわの猫耳を付けたヴェールヌイ相談役を見て頷いた。

馬子にも衣装、変態にも猫耳。見た目だけは恋する可愛い乙女の完成だ。中身は危険物だが。

「良いわね。後は艦娘達を押しのけたり悪口を言わなければ完璧よ」

「そうか。あと、提督を1人お持ち帰りしたいのだが」

「ダメに決まってるでしょ、たこ焼きじゃないんだから。それに何人も居るような言い方しないでよ」

「うー」

「わがまま言う子なんて、提督は嫌いだと思うわよ?」

「!!!」

「せいぜい嫌われないようにしなさいな」

「・・・」

鬼姫討伐の戦略会議でさえ見せないくらい真剣な表情で考えこむヴェールヌイ相談役。

雷は首を振った。まぁこれで大人しくなるでしょ。

提督の鎮守府にあまり迷惑をかけても悪いしね。

 

一方。

 

「我々ノ知ル限リ、深海棲艦ノ動キデ大キナ変化ハナイデスヨー?」

「ここ1ヶ月ほどの大本営の動きで変わったトピックスもありません」

「だが、何の理由も無いのに雷様とヴェールヌイ相談役殿が揃ってご登場なんてありえない」

「うーむ、何かやったような記憶も無いのだが・・」

提督室には第1艦隊の面々や龍田、事務方、そしてル級達も緊急招集されていた。

情報を紐解き、理由をあれこれ討議したが一向にこれと言った物が見つからず、面々は首をかしげていた。

一方、間宮と鳳翔は大急ぎで歓迎用の支度を整える事になった為、

 

 「本日の昼食はおむすびと味噌汁のみ、セルフサービスとなります」

 

という看板が食堂の入り口に立った。

艦娘達は

「まぁ、ひじきと枝豆のおむすび美味しいし~」

「今日は元々食べ過ぎちゃうからこれで良いよねー」

等と言いつつはしゃいでいた。

 

そう。

 

提督に本命チョコを用意する子は多いし、提督は全て笑顔で受け取ってくれるので争いにはならない。

(鳳翔か間宮の監視下で作る為、変な物が入ってないと保証されている事も大きなポイントである)

そして今年から、提督に対してチョコをあげ、握手する以上の行為は固く禁じられた。

さらに、順番は抽選で決め、指定時間に提督室で長門と龍田立会いの下で行う事とされている。

一方、男性は提督と工廠長の二人しか居ないので朝から2時間もあれば終わってしまう。

だから艦娘同士で贈り合う友チョコが年々ヒートアップし、ついに今年は

「全員で様々なチョコを作ったり取り寄せて、それらを食堂に取り揃えて食べまくる日」

というイベントになったのである。

深海棲艦達に配るシュークリームも今日はチョコシューになっており、

「オオ、皮モクリームモ茶色イ!」

「コレハコレデ美味!」

と、深海棲艦達にも好評だった。

 

食堂で盛り上がる艦娘達を他所に、提督室では真剣な討議が続いていた。

一体何故あの2人が来るんだ、と。

 

そんな中、ついにヴェールヌイ相談役の一行が到着した。

 

鎮守府の港に到着したヴェールヌイ相談役は、決死の覚悟を決めたような硬い表情をしていた。

だから出迎えた長門達は何事かと色めき立ったが、雷が

「あ、えっと、まぁ恋する変た・・少女がチョコ渡したいだけの簡単なイベントなのよ」

と補足したので、長門は頷くと提督室までヴェールヌイ相談役を案内し、二人きりにした。

「愛しの旦那様が心配じゃないの?」

雷は帰ってきた長門を見てニヤリと笑ったが、

「器用じゃない者同士、気持ちは解る。それに、いちいち動揺していてはここで生きて行けぬ」

そう、長門が答えたので雷は頷いた。

「それで、雷殿の用向きは?」

「無理矢理付き添いを頼まれただけよ。ヴェールヌイ相談役は海に立つのも久しぶりだったしね」

「ならばチョコ交換会に参加せぬか?」

「ごめんなさい。私は何も持ってきてないのよ」

「構わぬ。余る程あるから好きな物を好きなだけ食べて行ってくれ」

「そうなの?じゃあちょっとだけ頂くわ」

そんなわけで雷は食堂に連れて来られたのである。

 

雷はぽかんと口を開けつつ部屋の中を見回した。

スゴイ。部屋が茶色に見える位チョコだらけだ。

隅の方に申し訳程度におむすびと味噌汁が置いてある。おむすびが前菜で、後はデザートの満漢全席って感じだ。

各国のチョコからクッキー、ケーキ、ドリンクと、もう何でも揃ってる感じがする。

「よくもまぁ、こんなにチョコのスイーツがあったわね・・」

「艦娘全員で手配するからな。ほぼ世界中のチョコを網羅している」

「・・大本営でもこんなに揃わないわよ」

「入手しづらい物でも鳳翔が何とかしてくれるのだ」

雷はゆっくりと巡回しながら思った。

美味しそう・・主人にあげるチョコ、私の手作りトリュフだけで良かったかしら?

袖をくいくいと引かれた雷が振り返ると、龍田がにこりと笑いながら

「これをどうぞ。今晩まで持ちますよ~」

と、保冷剤入りのクーラーボックスを手渡したのである。

「そっ、そんなに沢山貰ったら悪いわよ」

「全員で食べてもうんざりするくらいありますから~」

「・・じゃ、じゃあ、ちょっと頂くわね・・ありがと」

「どういたしまして~」

雷はケーキをボックスに入れながらハッとした。しまった。また借りが増えてしまった。

 

その頃。

「・・てっ、ててて提督」

「はい」

ヴェールヌイ相談役はニコニコする提督の前で未体験ゾーンに突入していた。

口から心臓が飛びでそうなくらいドキドキしている。

頭のてっぺんまで真っ赤になっているのが解る。

ロシア開発局で艤装の配管を間違って組み込まれた時でもこんなに辛くなかった。

たった、たった一言。

「チョコを(雷が)作ったから受け取って欲しい」

というのがこんなにも大変なのか!?

昨日の晩、ベッドで悶々と想像していた時は、あわよくば

「大好きだ!」

と伝えて抱き付こうと思ってたのに、これでは到底無理だ。その前に心臓が止まってしまう。

それでも。

それでもヴェールヌイ相談役は、精一杯の気力を振り絞って顔を上げた。

提督の笑顔が近い!近すぎる!あぁバックステップ踏みたい。

ダメだ!言え!言うんだ私!

「あ、あああああの、その、ちょっ!」

「はい」

くっ、声が裏返る!舌がもつれる!

「ちょっ!チョコを!気持ちを込めて作ったから!受け取って・・くれないか」

「喜んで。ありがたく頂きます」

提督の手に両手でチョコの箱を乗せたヴェールヌイ相談役は、どさりと椅子に腰かけた。

ぜいぜいと肩で息をしながらヴェールヌイ相談役は思った。

ついに、ついに言えた。私はやり遂げた!

ヒマラヤ登頂した時の気持ちってこんな感じなのだろうか?

なんという達成感!なんという高揚感!ナチュラルハイと言う奴か!

この高揚感を味わいたくて世の女子はバレンタインデーに参戦するのだね!(※個人差があります)

提督はヴェールヌイ相談役を見ながらニコニコ笑っていた。

あの猫耳は新装備なのだろうか。

「ところで相談役」

「んー?」

「久しぶりになでなでしましょうか?」

「!!!」

「あ、いや、もし良かったら、ですけど」

ショックが収まったヴェールヌイ相談役は、光の速さで提督の膝の上に座った。

そしてくりくりと頭を撫でられながら思った。

あぁ・・あぁ・・この温もり・・この優しさ・・至福・・おっとよだれが。

 

「じゃあ本当にヴェールヌイ相談役のチョコを渡す為だけにいらしたんですか?」

雷はお土産の分を選び、ヴェールヌイ相談役と合流した後、鳳翔達が用意した昼食を食べた。

帰る前にちょっと食休みしましょうという事で、改めてチョコが溢れる食堂に入ったのである。

龍田は文月達とチョコブラウニーを楽しんでいたが、入って来た二人を見て誘った。

そして一緒にケーキを食べながら理由を尋ねたのである。

「ええ、そう。長門達の反応を見て、しまったと思ったの。貴方には先に言っておけば良かったって」

「確かにこういうイベントは直接渡さないと面白くないですものね」

「皆はもう渡したの?」

「0700時から順番に」

「じゃあヴェールヌイ相談役が一番最後だったのね」

「そうですね。でも皆で並んでる時じゃなくて良かったと思いますよ」

「なぜ?」

「鎮守府内の協定では、チョコを渡す事と握手する事しか認めてないですから」

「厳密ね」

「緩くしちゃうと一人が延々と提督を占有しちゃいますし、流血の事態が予想されるので・・」

雷は頷いた。ヴェールヌイ相談役の様子を考えればちっとも不自然ではない。

ヴェールヌイ相談役はにふんと笑った。

膝の上でナデナデしてもらったのは私だけということか・・ハラショー

 

こうして。

 

雷達の一行が帰って行くのを見送りながら、提督は肩をすくめた。

「チョコぐらい送って来てくれれば良かったのになぁ」

隣に居た長門は溜息を吐きながら言った。

「チョコを渡すのは口実で、提督に会いたかったという事だろう」

「・・そっか。そういえば退院してからお会いするのは初めてかもしれないね」

「私も久しぶりにお会いしたが、印象が違ったな」

「んー?相談役はいつもあんな感じだよ?」

長門は苦笑した。前回会った時はこの鎮守府の存亡の危機だった。

今日の態度から考えれば、ヴェールヌイ相談役は提督が倒れた事に凄まじく怒っていたのだろう。

いや、倒れた事ではなく、倒れるまで働かせたとお考えだったのだろう。

ならば我々に向けられたあの冷たい炎の理由も解る。

・・・となると。

「あーその、提督」

「うん?」

「相談役から・・こ、告白とか、受けたりしたか?」

「いいや。チョコ貰って、膝の上で頭を撫でて、終わり」

「・・文月みたいだな」

「あははは。そうだねぇ。北方棲姫といい文月といい相談役といい、変わってるよね~」

長門は思った。

ちびっ子特権か・・かなりうらやましい。

 

「♪~」

「随分ご機嫌じゃない。どうしたのよ?」

「ふふん。提督は私だけに頭ナデナデしてくれたのさ」

つやっつやの良い笑顔をしているヴェールヌイ相談役を見つつ雷は思った。

多分それは愛の表現じゃなく、お父さんが子供に良い子良い子するような・・

まぁ良いか。本人が幸せならそれで。

「良かったわね」

「うらやましかろう?」

「ふーんだ。私は主人に撫でて貰えばそれで良いのよ~」

「そういえば、そんなクーラーボックス持ってきてたかい?」

「スイーツを幾つか頂いて来たのよ。今夜主人と食べるの」

「ほう。確かにあのチョコケーキは美味だったから喜ぶだろうね」

「でしょ。代役頼んじゃった五十鈴の土産にもなったわ」

ヴェールヌイ相談役は頷いた。

強引に切り開いていく印象の強い雷だが、周囲にきちんと気を配り、礼儀を大事にする。

だからこそ大勢の部下がついてくるし、物事を進められる。

私ももう少し、この妹を見習わねばならないかもしれない。

「い、雷」

「なぁに?」

「そ、その・・今回は色々と助けてくれて、ありがとう」

「えっ・・」

期待した答と違ったので、ヴェールヌイ相談役は雷を見た。

「・・なんで異星人を見たような顔をしてるのかな?」

「ヴェ、ヴェールヌイが・・礼を・・言った?」

「私だって礼くらい・・」

言いかけてヴェールヌイは直近で雷に礼を言った出来事を思い出そうとした。

・・・6年前の大晦日だと?い、いや、そんな筈は・・しかし・・他に該当がないな。

「いや、あまり言って無いね。すまない雷。いつも感謝している」

雷は目を見開いた。ヴェールヌイ相談役が自らの非を認めて謝った上に自分に感謝の意を示した!?

鋭い眼差しで周囲をきょろきょろと見始めた雷を怪訝そうに眺めつつ、ヴェールヌイは訊ねた。

「何をしてるんだい?」

「大津波が来るの?それとも鬼姫の大群?かっ、覚悟は出来てるわよ!どっからでもかかってらっしゃい!」

ヴェールヌイはジト目になった。私がありがとうと言うのはそこまでおかしい事なのか?

「・・もう良い。帰る」

くるりと雷に背を向けると、ヴェールヌイ相談役はすいっと大本営に向かって進んでいった。

護衛の重巡達がくすくす笑っていたのは言うまでもない。

 

 




本話はバレンタインに公開しようと用意していた訳ですが、丁度その頃公開していた話の流れに組み込めなかったんですね。
なのでボツにした訳ですが、ヴェールヌイ相談役の成分は多いので、加筆して1本に仕立ててみました。
読みきりアンコールには良いかなと。
如何でしたでしょうか?

さて。
次回作を望まれる声が凄く多いのに驚きました。
なんと推薦も3つ目が頂けましたし。

ありがたい。だからこそ心苦しい。

実際、書こうと思えば書けるかもしれないんですが…
今年は、奥さんを探したいんです。
いや、2次元の嫁という意味じゃなく、リアルの。
良い年したおっさんが無茶すんなって言われるのは解ってますが、もう1回だけ、探してみたい。
そう思ったんです。
何でかと言えば、感想を拝見したから、です。
もちろんお世辞成分も沢山入ってると思うんですけど、人の温かさ、優しさが嬉しかった。
自分が作った物に喜んで頂いて、かつ次を期待されるって、人としてとても嬉しい。
だから同じ方向を向いて、仲良く生きていける人を探したい、出会いたい。
そう、思ったんです。
とはいっても探す手段が思いつかないんで、どうしたもんかと困ってるんですけどね。
ここまで付き合ってくれるような読み手の皆さんにはきちんと言いたかったので、恥を忍んで本当の事を書きました。
はい。



・・・・・と、書いたのが3月。今は8月。
さすがにどなたも読まれて無いでしょうけれど。

ええ、探すのを諦めました。正直疲れました。
相談所とかに何十万と突っ込んだわけですが、まぁその業界にお布施したようなもんでした。
詳しくは語りませんが、あの業界とは二度と関わりたくありません。
ほとんど詐欺です。

というわけで、別作品を始めます。
同じく艦隊これくしょんのSSで、本作の世界観を引き継いだお話ですので、スピンアウトの一種かもしれません。
タイトルは
「Deadline Delivers」

明日、8月16日に第1話をアップします。
URLはこちらです。
http://novel.syosetu.org/59760/

よろしければ、またお付き合い頂きたく。
どうぞよろしくお願いいたします。


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