見られちゃいけない!? (S・H指揮官)
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見られちゃいけない!?
「ごめんくださーい」
「はいはいにゃー」
購買部。レンジャーが店に入ると、店の奥から明石が顔を覗かせる。
「あ、レンジャーかにゃ。どうかしたかにゃ?」
「明石ちゃん、指揮官君が注文してたものを代わりに取りに来たんだけど……」
「あー、そういえば指揮官から連絡を受けてたにゃ。ちょっと待ってるにゃ」
明石は店の奥に入り、すぐに紙袋を抱えて出てきた。
中身はロイヤルの古典文学書であり、指揮官がロイヤルの言語を学ぶために注文したものだった。届いたという連絡を受けた指揮官だったが、ちょうど手が離せない状態であり、自分の代わりにレンジャーに取ってきてもらうように頼んでいた。
「はい、これにゃ」
「えーっと、うん!確かにこれですね!」
タイトルを確認し、レンジャーは明石から本を受け取った。
「本当に指揮官君は勉強熱心ですね。先生、嬉しくなっちゃいます!」
母港の教官の一人ということもあり、レンジャーは勉強熱心な指揮官に嬉しそうであった。その一方で、明石は複雑そうな顔を見せる。
「本当はもうちょっと休んでてほしいにゃ。最近勉強と仕事のし過ぎだから、このままじゃ倒れちゃうにゃ」
「それもそうね。うん、だからこそ私達が指揮官君を支えてあげなくちゃいけませんね!……あ、それはそうと、明石ちゃん……例のモノは……」
レンジャーは辺りをキョロキョロ見渡し、誰もいないことを確認してから小声で明石に尋ねた。
「あ、そっちも届いてるにゃ。ちょっと待つにゃ」
明石は再び店の奥へと入り、しばらくしてから紙袋を抱えて姿を現した。
「はい、これにゃ」
レンジャーはゴクリと息を呑み、その紙袋を受け取った。
大きさは先ほどの指揮官への荷物と同じぐらい。恐らく、中身は書物なのだろう。
「ポネキ先生の作品は人気だから、予約にも中々苦労したにゃ」
「ありがとう、明石ちゃん!これ、毎月の楽しみなのよ!」
レンジャーはまるでおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでいた。
「でも、そんなこそこそ読む必要があるのかにゃ?詳しくは言えにゃいけど、こういった本を読んでるのは結構いるにゃ」
「は、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
顔を赤くするレンジャーに、明石はやれやれと溜息を吐く。
「まぁ、レンジャーがそういうのなら、明石も何も言わないにゃ」
「助かります……それじゃ、お代はいつも通りで?」
「いつも通りにゃ」
「えーっと、あったあった。はい、どうぞ」
「毎度ありにゃ」
レンジャーからお代を受け取り、明石はフリフリと手を振った。
「それじゃあ、来月もお願いしますね」
「頑張ってみるにゃ」
そして、レンジャーはそのまま指揮官の待つ執務室へと向かっていった。
「指揮官君、入りますよ」
「あぁ、どうぞ」
レンジャーが執務室へ入ると、中では指揮官と青葉、そしてフィーゼがせっせと書類と格闘していた。残った書類の量を見る限り、もう少しで終わりそうではあった。
「はい、これ。指揮官君に頼まれていたものですよ」
「ありがとう、レンジャー、その辺りに置いといてくれ」
レンジャーは指揮官の机の空いたスペースに袋を置く。
「お勉強も頑張ってくださいね、指揮官君。先生、応援してますから!」
「あぁ、頑張るよ。ありがとう」
指揮官がレンジャーの方へと顔を向け、ニコッと笑う。
思わずドキッとしてしまうような、凛々しくも穏やかな笑顔だった。
「……よし、これで終わりっと。青葉、フィーゼ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちもそろそろ……よっしゃー!終わったぁ!」
「こちらも終わった」
「お疲れさん、2人とも」
「うぅ、本当に疲れたよ……こんな日に限って秘書艦だなんて……」
「そう言うな。フィーゼなんか非番なのに手伝ってくれたんだぞ」
「うわーん、フィーゼちゃんありがとう愛してるー!」
青葉はそう言ってフィーゼに抱き着いた。
「それはそうと指揮官。おやつを頂きたい」
抱き着かれたフィーゼは何事もないかのように、指揮官におやつをねだる。
「ちょっと待ってろよ。あ、レンジャーもどうだ。中々にいい品が手に入ってな」
「せ、先生は今日はいいかな……早くこれを読みたいし……」
「そういえば、そっちの袋の中身は何なんだ?」
指揮官は、レンジャーが抱えている紙袋を見ながらそう言った。
「え、こ、これ!?」
「あぁ、見たところ何かの本みたいだけど。それなら、読み終わってから読ませてほしいかな、と思ってさ」
「え、えーっと……」
しどろもどろになるレンジャーの姿に、指揮官と青葉は首を傾げる。
「……き、気にしちゃダメです!いかがわしい本とかじゃありませんからなぁ!」
レンジャーはそう叫んで執務室を飛び出してしまった。
「指揮官、すんごい興味あるからレンジャーさん追いかけていい?」
「やめてさしあげろ」
「指揮官、早くおやつを」
「分かった分かった」
目を輝かせながらおやつを要求するフィーゼに、指揮官は苦笑いをするのだった。
「はぁ……はぁ……」
逃げるように自分の部屋に駆け込んだレンジャーは、必死に息を整えていた。
「し、指揮官君にだけは絶対に知られるわけにいかないもんね……」
息も整い、レンジャーは先ほどの指揮官の笑顔を思い出した。
「……指揮官君……でも、いけない。私と指揮官君は教官と生徒の関係。そんな禁断の関係には……あぁ、でもそんな背徳的な関係も魅力が……ハッ!?」
妄想の世界に旅立ちそうになったレンジャーだったが、すぐに我に返る。
「あ、危ない危ない。……さ、さぁ、さっそく新刊を読まなくちゃ!」
レンジャーはウキウキした様子で袋から本を取り出す。
そして、本の表紙を見て凍り付いた。
「……あ、あれ?」
その本は、指揮官に頼まれていた本であった。
「…………」
レンジャーはしばらく考え込み、そして一つの結論にたどり着いた。
「間違って指揮官君に渡しちゃったぁ!?」
レンジャーは慌てて部屋から飛び出した。
「さて、と。届いた本でも読むか」
指揮官は紙袋を手に取る。
「私も見ていい?」
青葉が饅頭を頬張りながら指揮官の手元を覗き込む。
「いいけど、青葉に読めるのか?」
「私も見てもいいだろうか」
羊羹をハムハムと食べていたフィーゼも、青葉と同じように指揮官の手元を覗き込む。
「いいぞ、フィーゼならすぐに理解できるだろうしな」
「指揮官、私とフィーゼちゃんの対応に差がありすぎない?」
「気にするな」
ジトっと睨んでくる青葉にそう言いながら、指揮官は袋から本を取り出す。
「……」
「……」
「……」
3人は凍り付いた。
本の表紙に描かれていたのは、際どい姿の女性のイラスト。R-18に指定してもいい絵だ。
「……」
パラッ。
フィーゼがおもむろに表紙をめくる。
1ページ目から「そういった」シーンがデカデカと描かれている。心なしか、そのシーンの男女がどこか指揮官とレンジャーに似ている気もする。
「指揮官、これは一体どういうものなのだ?」
「……ハッ!?フィ、フィーゼ!見ちゃダメだ!」
指揮官は本を放り投げ、フィーゼの目を両手で覆い隠す。
「指揮官、確か勉強用の本ってことで、これ経費で落としてたよね……?経費でこんな本を買ってたの……?」
青葉は何か恐ろしいものを見るような目で指揮官を見ている。
「いや、違う!買ってない!断じて買ってない!そもそも、こんなの買ってたらお前らいるところで開けんわ!」
「と、なると……」
その時、執務室の扉が勢いよく開かれる。
そこには、鬼気迫る顔のレンジャーが立っていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……見ました?」
「え、えーっと……?」
「本、見ました?」
指揮官達の視線が、地面に落ちている先ほどの本に注がれた。レンジャーもその視線に気付き、本がすでに3人の目に触れたことを知る。
「……」
「……」
「……」
「……」
何とも言えない空気が執務室を包み込む。
「……」
「……」
「……う」
「う?」
「うぇぇええええええええん!」
レンジャーがその場にへたり込み、大声で泣きだした。
「れ、レンジャー!?」
「指揮官君に見られた!絶対に指揮官君には知られちゃいけなかったのにぃ!」
「わ、悪い!悪かった!見て悪かった!」
「たまたま……たまたま指揮官君と私にそっくりなキャラが主人公とヒロインだったから、気に入って毎月買って、色々考えてたのよ……」
聞いてもいないことを喋りだしたレンジャーに、指揮官と青葉はどうしていいか分からずにただ固まっていた。
「指揮官君と(ピー)したり、(ピー)で(ピー)な関係になりたいのは確かだけど、我慢するためにこういう本で発散してたのにぃ!」
「わー!声が大きい!レンジャー、声が大きいって!」
「青葉、(ピー)とか(ピー)で(ピー)な関係って何なのだ?」
「青葉、今すぐフィーゼの耳をふさいでくれ!」
「りょ、了解!フィーゼちゃん、あなたが知るにはまだ早すぎることだよ!」
フィーゼの耳をふさぐ青葉に、際どい発言を大声で放つレンジャー、そしてそんな彼女を必死に宥める指揮官。執務室の中はまさに阿鼻叫喚であった。
その後、指揮官と青葉、そして落ち着きを取り戻したレンジャーは、お互いの為ということでこの日のことを胸にしまうことを約束し、話を終わらせた。
しかし、この一件でしらない概念を耳にしたフィーゼは指揮官や青葉を質問攻め。しばらくの間、指揮官と青葉はフィーゼの知識欲と好奇心に悩むこととなるのだった。
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