『正義のサイヤ人』~仲間の夢を未来へつなぐのは間違っているだろうか~ (灰色パーカー)
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1.正義の味方!その名はポーロット!

迷宮都市オラリオ。『ダンジョン』と通称される地下迷宮を保有する、いや迷宮の上に築き上げられた巨大都市。

 

都市を、ひいてはダンジョンを管理する『ギルド』を中核にして栄えるこの都市は人間(ヒューマン)も含めてあらゆる種族の亜人(デミ・ヒューマン)が生活を営んでいる。

 

この都市に住む者の大半は『ファミリア』と呼ばれるものに所属している。ファミリアは天界から降りてきた神が自身の恩恵を与えた者達を集めて組織した集団のことだ。

 

オラリオには法律が敷かれているので、法を犯せば当然ペナルティをくらう。それをわかっていながら、尚犯罪に手を染める者が一定数いる。

 

時にはファミリアが一体となって『悪』を為すことすらある……

 

 

――――――――――――――――――――――

 

そこに一人の少年がいた。純白の髪に紅色の瞳。傍から見ればウサギにも見える少年は、見たことのない造りの建物、大勢の人々、活気ある町の様子に圧倒され、キョロキョロとあたりを見回していた。

 

誰がどう見てもお上りさん状態である。

 

「うわぁ~、すごいな!ここが・・・お爺ちゃんが言っていた迷宮都市オラリオ」

 

この少年、元々祖父と二人で田舎暮らしをしていた。しかし祖父の急死もあり、田舎から出てきたのだった。

 

 

全ては、胸に抱いた理想のために。

 

 

 

「僕はここで夢を叶えるんだ。綺麗な女性との出会いを!両手に花のハーレムを!」

 

そう。この少年、女性との出会いしか考えていなかった。オラリオに来たのも、女性と出会うにはオラリオが一番と祖父に言われたからに過ぎなかった。

 

 

「まずはギルドに行って冒険者登録を・・・うわっ!」

「いってえなぁ!気をつけろ、このガキ!」

「す、すみません」

 

少年が浮かれながら歩いていると、正面から来た男とぶつかった。少年は男に頭を下げるが、男は苛立った態度で立ち去って行く。

 

 

 

「盗みは良くないな~しかも自分からぶつかっておいてその態度、尚良くない」

「痛ててて!な、何すんだよ!」

 

しかし何処からか現れた青年が、去って行く男の手を掴む。そのまま手を背中側に回して拘束する。

 

「何って君、今そこの白髪の少年から財布を()っただろ」

「なっ!」

 

そう言って後から来た青年は、拘束した男の胸ポケットから財布を取り出した。

 

「ほら、白髪の君。これ、君のだろ?」

「え?・・・あぁ!それ、僕の財布!」

 

青年から自分の財布だろと言われ、慌てて自分のポケットを見る少年。青年の言った通り、少年は財布を掏られていた。

 

「はい、どうぞ・・・さて、お前も掏りなんて下らない事止めて、働け」

「こ、この!覚えてやがれ!」

 

そう言って走り去っていく掏りの男。実際その男の腕は相当なものだった。少年の全財産が入った財布。硬貨がぎっしり詰まった財布は持っただけでチャリンチャリンと音が鳴る。

 

それを喧噪の中とは言え、少年に気づかせることなく奪ったのだから。まして少年はそんな重たいものを取られたことに気づいてすらいなかった。

 

まさに洗練された技術。そうそう気が付く者もいないだろう。後から現れたこの青年を除けばだが・・・

 

 

 

「あの、ありがとうございました!」

「いやいや、気にすることは無いよ。当然のことをしただけさ」

 

掏りから財布を取り戻した青年。黒のタンクトップと長ズボン、左袖に何かのエンブレムが入った青色のジャケットを着た黒髪の彼は朗らかにそう言った。

 

「でも気をつけなよ。この町には良い人が沢山いるけど、悪さをする人も少なからずいるから」

「は、はい・・・」

 

青年に忠告され、項垂れる少年。自分が浮足立っていたことが恥ずかしいのか、はたまた単純に掏りにあったことが悲しいのか。

 

 

 

 

「君は・・・見たところオラリオの外から来たようだけど?」

「え・・・あ、はい。その、冒険者になりたくて」

 

どこか暗い雰囲気が漂い始めた少年に対して、青年が話題を変える。少年もその問い掛けに直ぐに答えた。

 

「冒険者か……確かに冒険者はこの都市固有だもんな。それに、手っ取り早く金を稼ごうと思ったら冒険者が一番だしね。その分危険も多いけど」

 

「その・・・お金を稼ぐっていうのも理由の一つなんですけど、それだけじゃないというか・・・」

 

冒険者になりたい理由をはぐらかす少年。当然だ、会って数分のこの青年に「自分は出会いを求めて来ました」などと言えるはずが無い。そんな図太い神経を少年は持ち合わせてはいない。

 

「・・・まあ、多くは聞かないさ。冒険者になる理由なんて人それぞれだからね」

「す、すみません」

 

深く詮索されなかったことに安堵する少年。もし踏み込んで聞かれていたらうっかり話していたかもしれないと、内心バクバクであった。

 

「冒険者志望だとまずはギルドに行かなきゃなんだけど、場所はわかるかい?」

「は、はい。あの一番高い建物ですよね、ギルドがあるの。入国したときに城壁の門番さんから聞きました」

「うん、それであってるよ」

 

冒険者になるためにはまずギルドで冒険者登録をする必要がある。そのことを知っているかも含めて聞いた青年だったが、杞憂だったらしい。

 

「この道を真っすぐ行けば着くから。観光とかもしたいだろうけど、この町はいつもこんな感じだから先にギルドに行くことを勧めるよ」

「はい!何から何までありがとうございました!」

 

そう言って少年は、ギルドに向けて走って行った。青年は走って行った少年が見えなくなるまで、手を振っていた。

 

 

 

「ポーロット、どうかしたのですか?」

 

青年が少年を見送ると、誰かが声を掛けてきた。青年をポーロットと呼んだ声の主は、白のシャツに緑のショートパンツ、茶色のサイハイブーツに緑のコートを羽織り、フードで顔を隠していた。

 

「ん?いや、ちょっと掏りにあった少年と話をね。掏られたものはちゃんと取り返したよ」

「そうですか、それは良いことです。ですがパトロール中にいなくならないで下さい」

「ごめんごめん」

 

この青年、否、ポーロットはもともと町のパトロール中であった。そこに掏りにあった少年を見かけたので、ああして財布を取り戻し少年に返したのだ。

 

「一度ホームに戻りましょう。そろそろ交代の時間です」

「そうだな」

 

 

彼らの仕事はこの町の、オラリオの治安を守ること。

 

弱きを助け、悪を征する正義の味方

 

 

青年の名はポーロット。かつてオラリオの暗黒期と呼ばれた時代を終わらせ、都市に平穏をもたらした最強の戦士。

 

 

 

これは、本来の歴史から逸脱した、別の歴史の物語・・・・・

 




初めまして、灰色パーカーです。本作品を読んでいただきありがとうございます。

私は、他にも執筆している作品があるので頻繁に投稿することは難しいですが、自分の思う話は最後まで書き切ろうと考えています!

もし何か感想などありましたら、是非送ってほしいです。励みになります。



尚、私はダンまちのヒロインではリューさんとシルさんが好きです。


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2.団長の出会いと急な手合わせ





オラリオの暗黒期。それは闇派閥による悪行が都市全体に蔓延っていた時代。毎日どこかで事件が起き、多くの市民が危険に晒され、死人が出るのも珍しくなかった。

 

この時代の人々は、次は自分ではないかという恐怖と不安で、心は荒んでいた。

 

 

しかしこの時代、ただ悪が蔓延っていたわけではない。事件を未然に防ぎ、人々を守り、平穏をもたらそうと戦った者達も当然いた。

 

商業と学問を司る神ガネーシャ、正義と秩序を司る神アストレア、そして平和を司る神エイレーネ。この三柱の神とその眷属が日々悪と戦い続けていた。

 

 

当時ポーロットはエイレーネ・ファミリアに属し先輩団員達と共に闇派閥と戦っていた。

 

 

 

 

元々ポーロットはオラリオで生まれたわけではない。オラリオの外で生まれ、紆余曲折を経てこの都市へ流れ着いた。やって来た頃、ポーロットはまだ幼かった。歳は七つになったばかりだった。

 

オラリオに来るまでの間、人間の負の側面を嫌という程見ていたポーロットの目には既に光は無く、未来に何かを期待することも止めており、心のねじ曲がった人間になるのは時間の問題だった。

 

 

だが、一人の青年との出会いがポーロットの人生を変えた。青年の名はジーベル。彼は路地裏で膝を抱えて座り込んでいるポーロットを見て確信した。この少年はここで腐らせるには惜しい人材だと。この少年はいずれこの暗黒期のオラリオに光をもたらし得る人間であると。

 

何故そう思ったのかは定かではない。しかし、敢えて言うならばジーベルの直感だった。彼はこれまで幾度となくこの直感で危機を脱してきた。故にジーベルの、直感に対する信頼は厚かった。

 

 

彼はすぐさまポーロットをホームに連れて帰り、主神を説得してポーロットをファミリアに入団させた。ポーロットは青年と出会ってからファミリアに入るまで一言も発しはしなかったが、ポーロットとしてもあのまま路地裏にいるよりは幾分かマシと考えていた。

 

 

 

ジーベルの直感は正しかった。ポーロットの成長は目を見張るものがあった。当時のポーロットは言われたことを盲目的に行っており、戦闘における知識や対処の仕方、隊列から何まであっという間に吸収し自分の物にしていた。

 

一方で、剣を振るう才能だけが致命的に欠けていた。振りかぶれば後ろに落とし、振り下ろせば前に落とす。どれだけ教え込んでも一向に上達しなかった。

 

 

しかし、こと体術においては類まれなる才能を発揮し、人間(ヒューマン)という体術に向かない種族でありながらも、数多くの敵を打倒していった。

 

 

 

これはひとえにポーロットが『サイヤ人』という民族だったからだ。

 

サイヤ人とはかつて神が降臨するまで、己の肉体のみで魔物と戦い、また多くの種族と領土戦争を行っていた戦闘民族である。

 

彼らは長い進化の歴史の中で他の人間や種族にはない特性を獲得した。それは死の淵を乗り越える度に自身の肉体を強化できるというものだった。この特性を生かし幾度となく戦闘を行うことで、領土を広げていった。

 

しかし下界に神が降臨し人々に恩恵を与えだすと、サイヤ人の成長速度を、恩恵を与えられた眷属の成長速度が上回り、あっという間に形勢は逆転。

 

それまでの恨みを晴らそうと全種族から攻め入られ、サイヤ人は絶滅寸前にまで追いやられた。

 

今ではサイヤ人は100人と残ってはおらず、かつての獰猛さや攻撃性は失われ、世界中様々な場所でサイヤ人であることを隠して暮らしている。

 

ポーロットはこのサイヤ人としての特性を色濃く受け継いでいたため、体術に優れていたのである。

 

更に、これもサイヤ人故か、ポーロットは戦いの中で成長するうちに、未だ発見されていないレアスキルをいくつも発現させた。

 

いつの間にかファミリアのメンバーから全幅の信頼を勝ち取るまでに至り、かつて世界に絶望し路地裏で座り込んでいたポーロットの面影は無くなっていた。

 

ファミリアのメンバーとふれ合い、多くの人々と出会ったことで、明るく正義感の強い少年へと成長していた。

 

--------------------

 

 

 

エイレーネ・ファミリアに入団してから6年、今やポーロットはLv3の第二級冒険者となっていた。

 

 

「ポーロット、今いいか?」

「はい、何ですか?ジーベルさん」

 

僕がホームの中庭で鍛錬に勤しんでいると、団長のジーベルさんがやって来た。

ジーベルさんはLv4の冒険者だが、経験値の量からしていつランクアップしてもおかしくないと言われている。

 

「どうだポーロット!久しぶりに手合わせしないか?」

「今からですか?」

 

藪から棒にジーベルさんは手合わせをしようと言ってきた。普段一緒に鍛錬をしようとは言ってくるが、手合わせとはまた珍しい。

 

「そうだ!お前、ステータスは全部Bを超えてるんだろ?どんなものか見てやるよ」

「は、はぁ……」

 

確かにステータスは全部B超えているけども……ジーベルさんはいつも突然なんだよな。まあでも、この人と戦うのは楽しいけれど。

 

「じゃあ、お願いします!」

「よ~し!来い!」

 

構えを取って臨戦態勢を取る。ジーベルさんは普段背中に背負った剣で戦うがまだ抜刀してはいない。体術で戦う僕に合わせてくれている。

 

「うおぉぉぉ!」

 

ジーベルさんとの距離を一気に詰め、顔面を蹴り飛ばすつもりで全力で右足を振りぬく。しかしジーベルさんは一歩後ろに引くだけで僕の蹴りを回避する。

 

だが、蹴り一発で終わるなどとは思っていない。間髪入れずにラッシュを叩き込む。

 

「おおおぉぉ!」

 

だがどれだけ拳で攻め込んでも、一発も当たらない。全て避けられるか、ガードされてしまう。隙を見て蹴り技を繰り出すが、これもまたバックステップで回避されてしまう。

 

「今度は……こっちから行くぞ!」

 

ジーベルさんがそう言ったかと思うと、突然目の前に現れた。しかも既に右腕を振りかぶっている。

 

「オラァ!」

「くうっ!」

 

ジーベルさんの拳をなんとか両手で受け止める。しかし踏ん張った地面は衝撃に耐えられずにひびが入り陥没してしまう。

 

Lv差があるため手加減してくれているのだろうが、それでもこの威力である。

 

 

「ほらほら!どうしたぁ!」

 

尚もジーベルさんの攻めは続く。もともと体術メインで戦うことが無いからか、どこかちぐはぐな攻撃。しかしパワーとスピードが桁外れなため、まったく油断できない。

 

「くっ!」

 

今でさえかろうじて攻撃をガードするので精一杯だ。ジーベルさんの体術の拙さが、ギリギリで僕の回避を成立させている。

 

「少し速めに行くぞ!」

「ッ!ぐあっ!」

 

だから、パワーとスピードのどちらかが上がれば、途端に対処できなくなってしまう。現にジーベルさんのスピードが上がり対処が追い付かなかった。

 

彼の左拳が僕の顔面に炸裂し、庭の反対側へと吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「がはっ!」

 

二、三度地面をバウンドしながら壁にぶつかってようやく止まる。だがこの程度ではまだまだ倒れるには早い。

 

「どうした、どうした。お前の強さはその程度じゃないだろう!」

「言われなくても!波ぁ!」

 

気功波。この6年間で身につけたスキルの一つ。自身の気=精神力(マインド)を操り、エネルギー波として放出する技。魔法と違い詠唱する必要が無い上に、込める気の量で威力を変えることができる。また応用の幅が広いため非常に重宝している。

 

「このっ!」

 

僕が撃った気功波に対しジーベルさんは両手で受け止める。だが勢いを殺せずに数メートル後退させられる。いくらLv4の冒険者とはいえ、魔法と遜色ない攻撃をノータイムで撃たれたら守りに入るしかない。

 

 

「くぅ!ぜい!」

 

ジーベルさんは受け止めた気功波を上空へと放り投げる。だがこの隙を見逃す僕ではない。

 

「だあぁらぁぁ!」

「しまっ……ぐはぁ!」

 

一瞬でジーベルさんとの距離を詰め、鳩尾に渾身の飛び蹴りをお見舞いする。

 

 

 

たとえLvに差があろうと、ステータスに差があろうと、人体の急所に無防備なまま攻撃を食らえば、ダメージを負うのは必至。前かがみに崩れるジーベルさんに対し、間髪入れずに顎を蹴り上げる。

 

「ぐふ!」

 

顎を蹴り上げ、起き上がった上体目掛けて今まで以上のラッシュを浴びせていく。

 

「おぉりゃああああ!」

 

何十発とジーベルさんに拳をお見舞いしていく。ジーベルさんも攻撃を受けるまま、為されるがままである。チャンスと見て全力の右ストレートをぶち込む。

 

「うおぉぉぉ!」

「確かに……強くなったな」

 

だが、ラッシュに無抵抗だったジーベルさんが突如復活し、僕の右ストレートが左手で受け止められる。しかもあれだけラッシュを浴びせたにもかかわらず、ジーベルさにはほとんどダメージが無かった。

 

「だが、まだ甘い!」 

「がはっ!」

 

腹部に重たい一発をくらい、その場に膝をつく。今まででもっとも大きなダメージを負い、腹部を押さえたまま立ち上がれない。

 

「あ……がぁ……」

「はあっ!」

 

膝をついて動かない僕を蹴り飛ばすジーベルさん。地面を転がったまま僕は暫く動けなかった。

 

 

「ここまで、だな。大丈夫か?」

「はあ……はあ……は、はい」

 

なんとか返事を返すものの、うまく話すことができない。それを知ってか知らずか、ジーベルさんは一方的に今回の手合わせの評価を始めた。

 

「最後に手合わせをした時と比べて遥かに強くなっている。それは俺が保障する。ラッシュのスピードと手数、絶妙なタイミングでの蹴り、見事だった」

 

未だ地面から起き上がれない僕は、寝そべったままジーベルさんの評価に耳を傾ける。

 

「気功波からの飛び蹴りも中々だった……更に顎、再びラッシュ……ここの流れも良かった。だが、最後の最後で欲しがったな、一発を」

 

確かにジーベルさんの言う通りだ。最後、決定的な隙を見せたジーベルさんに全力の一撃を加えようとした。

 

「あの一瞬、確かに大きな一発を与えられる絶好の機会だったろう。だが、それは同時にお前が最も油断していたタイミングでもある。一撃を加えることで頭が一杯になったお前は俺が反撃するかもしれないという可能性を見落とした」

 

返す言葉も無い。まったくその通りだ。なんとか起き上がりジーベルさんと向かい合う。

 

「チャンスになっても、決して油断するな。それさえ忘れなければ、お前はもっと上へ行ける」

「ハア、ハア……はい!」

 

団長からの貴重なアドバイスをもらい、まだ大きな声は出せないが、精一杯返事をする。

 

 

「ところで、何もただ手合わせをするために声を掛けたわけじゃないんだ。ポーロット、お前に頼みがあるんだ」

「頼み……ですか?」

 

なんだ、手合わせだけが目的ではなかったのか。また団長の直感だけで行っているものだとばかり。

 

「実はな、ギルドから一つ依頼が来ているんだ。国外へ向けて出発する商人の一団を護衛して欲しいそうだ」

 

護衛の依頼か。よくある依頼だが、それならわざわざ僕に頼む必要はないのでは…………その、うちの団員なら誰でもできるのでは?

 

「問題は護衛することではなく、護衛として商人たちを送り届ける場所だ。大陸中央部まで行くらしい。普通に行って帰って来るのでは相当日数が掛かる」

 

どうしてそんな遠い場所にその商隊は赴くのか。もっと近いところにも栄えた都市や町があるというのに。港町メレンとかベオル山地の麓の町とかさ。

 

「そこでお前の出番なんだよ、ポーロット。お前の舞空術なら行きはともかく、帰りは数時間で戻ってこられるだろ?」

「ああ、なるほど」

 

6年の修行で獲得したスキルの一つ「舞空術」。活動可能領域を空中、果ては大空にまで拡張するスキル。このスキルのおかげで空中に浮くことも自由に大空を飛ぶこともできる。

 

「今のオラリオでは何が起こるかわからん。メンバーの長期間の離脱は好ましくない。お前なら片道の日数で帰ってこられるだろうからな。請け負ってくれるか?」

 

確かにジーベルさんの言う通りだろう。万一に備え、戦力はできるだけ整えておくべきだろう。

 

仮に大陸中央まで一週間かかるとしても、普通の冒険者なら帰還するのに三日はかかるだろう。

 

だが舞空術があれば商隊を送り届けたその日にオラリオに帰還することができる。

 

「わかりました。その依頼、僕が行きます」

「頼んだぞ。出発は明後日の正午らしいから、明日中に準備を済ませておけ」

「はい!」

 

 

 

 

二日後、僕は商隊護衛の任務のためオラリオを離れた。大陸中央まではおよそ十日、予想より三日も長いがまあ良いだろう。帰るときに皆にお土産でも買って帰ろうかななんて呑気な事を考えていた。

 

 

 

 

 

しかし、この時はまだ知らなかった…………この日の朝が、皆と顔を合わせる最後になるなんて…………

 




主人公のステータスはいずれ設定集という形で投稿します。


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3.悲しい別れ・・・死んでいった仲間達

商隊の護衛任務に就いてからはや十日。予定では、大陸中央にある都市には到着しているはずだった。しかし未だ目的地には着いていなかった。

 

道中やけに多くの盗賊に出くわしたのだ。オラリオの外ということもあり、大した強さの敵はいなかったものの、襲い方が不可解だった。

 

商隊の積み荷を奪うというよりも、足止めをしているように感じたのだ。現にこうして予定日を過ぎているというのに目的地に着けていない。

 

結局、目的地に着いた時にはオラリオを出発してから二週間が経っていた。

 

「早くホームに帰らないと……元々十日で帰るって言ってたのに。変に心配とかしてなきゃいいんだけど」

 

ここまで予定が狂ってしまってはお土産なんて買う暇など無い。商隊と別れを済ませ、舞空術を使い、文字通りオラリオに飛んで帰る。

 

 

 

一時間ほど経った時だった。既に帰路の半分、いや四分の三を消化し、オラリオの町並みが見えてきた頃、突然オラリオの方に光の柱が現れた。

 

その光の柱は空の頂まで伸びていた。それを、僕は一度だけ見たことがある。ある闇派閥を捕らえたとき、その派閥の主神が天界へと送還されたときに同じような光の柱が現れたのだ。

 

 

「まさか……どこかの派閥の神が天界へ?」

 

その可能性は十分あるが、だとするとどこの派閥だ?出発前、どこかの闇派閥の逮捕に乗り出すなんてことは聞いていない。この二週間の間に一気に情勢が動いいたのだろうか。

 

 

(ドクンッ!)

 

そんな風に、闇派閥の神の誰かが天界へ送還されたのかと思案している時、体に異変が起きた。急に体から力が抜けていく。さらに舞空術を使っているはずなのに、うまく飛べない。それどころか落ちている。

 

「な、なんだ・・・これ・・は・・・」

 

まるで魔石コンロの火を点けたり消したりしているかのように、落ちては止まり、落ちては止まり。それを三、四回繰り返し、ついに地上に向かって自由落下を開始する。

 

「うわぁー!」

 

幸運にもセオル密林の上を飛行していたため、木々がクッションとなって転落死は免れた。だが、体の異変は一向に治まる気配がない。落下している時には気が付かなかったが、背中が燃えるように熱い。

 

「何だコレ……力が……抜けて……」

 

正確には精気と言った方が良いのかもしれない。先ほどまで漲っていたものが、急速に失われていく感覚。

 

体の変調は、オラリオに伸びる光の柱が消えるまで続いた。ようやく背中の熱さが消え、力が抜けていく感覚が無くなり、立ち上がる。

 

(体が重い…………まるで鉛みたいだ……とにかく、一刻も早くオラリオへ……)

 

謎の倦怠感を抱えつつも、何とかオラリオへ帰ろうとする。しかし、ここで更なる異変に気付く。

 

(舞空術が……使えない?)

 

任務完了からこれまで、いやLv2へとランクアップしてから今日までずっと使ってきた『舞空術』が使えない。このスキルに時間制限や回数制限などというものは存在しない。自分の意思で自由に扱えるはずなのだ。

 

(くそっ!こうなったら走っていくしか……)

 

舞空術を諦め、走ってオラリオを目指そうとする。しかしいくら走っても前に進まない。決して進んでいない訳では無いが、全くスピードが出ない。

 

しかも大した距離を走ったわけでもないのに、息が続かない。数百メートル走ったところで直ぐに立ち止まってしまう。

 

(なんなんだコレ……さっきから……オラリオに光の柱が現れてから……)

 

木に手をつき、肩で息をしながら先ほどからの体の異変について考える。先ほどからおかしい。スキルが使え無い上に、まるで身体能力が()()()()()()まで落ちているような……

 

(光の柱……スキルの使用不可……身体能力の減退…………え?)

 

そこまで考えて、頭に浮かんだ一つの可能性。考え得る限り最悪の、悪夢のような可能性。

 

(まさか………いや、そんな訳…………)

 

別の可能性を考えようにも、もはや()()以外に考え付かない。()()なら全て合点がいく。条件は全て揃っている。

 

揃ってしまっている。

 

 

光の柱と体の異変。それが意味するところはすなわち…………主神の…………

 

「違う!あり得ない、そんな事!絶対に!ホームにはジーベルさんがいるんだ!マイスも!コヒルも!グルナーにピーツ、ジーナにシナコルだって!皆いるんだ!エイレーネ様が死ぬなんてあるものか!」

 

必死に自分に言い聞かせるが、もはや頭から離れない。そうとしか考えられない、しかしそうであってほしくない最悪の予測が…………

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あれからどのくらい走り続けたのか。数時間なのか数十時間なのか、まだ半日と経っていないのか、既に何日も経っているのか。

 

確かな事は、セオル密林から見えていたオラリオの外壁が今はもう目の前にあることだけだ。最後の力を振り絞り、ホームへと駆けていく。

 

門番が何か叫んでいるが、そんなことどうでも良い。早くホームに帰らなくては……

 

 

街ですれ違う冒険者や住民たちの「生きていたのか」、「今までどこにいたんだ」、そういった声や目線が僕の心を一層締め付ける。

 

 

 

だが、なんの問題も無い。ここを曲がればホームが見える。きっとみんなが待っている。エイレーネ様もジーベルさんも、他の団員の皆もきっといる。

 

そう思い、そう願い、そう言い聞かせて、道を曲がる。

 

そして、曲がった先には……

 

 

 

 

廃墟と化したホームがあった。骨組みこそ残っているが、壁も敷居も崩れていた。煤だらけになり、燃やされたことが伺える。

 

「あぁ…………あ………」

 

ホームの前には規制線が張られ、数人の冒険者が調査をしているようだが、そんな事気にする余裕が無い。必死に足を動かすが、上手く前に進めない

 

「………………ポーロット?」

「………え?」

 

張られた規制線の前に立っているのは、リューとアリーゼか?なんだか前も良く見えない。

 

「二人が…………なんで、ここに……」

「ポーロット、今ここに入るべきではない」

「リオンの言う通りよ、今はダメ」

 

この二人はどうして止めるんだ。ここは僕のホームだぞ。団員の僕が家に入って何が悪い。

 

 

「…………」

「待ちなさい。今入ってはいけない」

「どいて……くれ」

 

リューが僕の前に割って入り、止めてくる。押しのけようとしてもびくともしない。力も上手く入らない。

 

「頼むから………どいて……くれ」

 

 

「行かせてやれ、リオン」

「なっ!カグヤ、本気ですか⁉」

 

規制線の向こうから極東風の格好をした女性、カグヤがこちらにやって来た。そのままリューを僕の前からどかせる。

 

「お前の仲間なら中庭にいる……早く行ってやれ」

「カグヤ!」

「あり……がとう」

 

遮る人がいなくなり、足をもつれさせながら中庭へ向かう。皆が、そこにいるんだ。

 

「カグヤ!何故彼を行かせた!」

「黙れリオン……どうせいつかは知ることになる」

「だからと言って!今会わせるべきではないはずだ!今の彼が、受け止められる訳が無い!」

「ならば尚の事会わせてやらなくてどうする!あのまま誰にも会わせずこちらで保護するとでも言うのか?親類を失ったことも無いくせに知ったような口を聞くな!」

「くっ!」

 

 

 

調査中なのだろう。アストレア・ファミリアの面々が至る所にいる。皆こちらに気が付くや驚いているが、反応する余裕は無い。

 

中庭も酷い有様だ。芝生は全て燃えてしまい地面が見えてしまっている。ほんの二週間前ここでジーベルさんと組み手をしたというのに、その時の面影は一つも残っていない。

 

「皆は……どこに……?」

 

カグヤは言った。ここに皆いると……だが見渡しても誰も、どこにも居ない。

 

二度三度見渡して不可解なものに目が留まる。庭の中央あたりに、何か黒い大きなものが複数置かれている。サイズはちょうど人間と同じくらいの…………

 

「嘘だ…………そんなはず……」

 

見てはいけない、確認してはいけないと頭の奥で警鐘が鳴る。だが、体はその黒い物体に向かって動き出す。一歩進むごとにその正体に近づいている。

 

そして黒い何かの側までやってきて、目に入ったソレは…………

 

 

「…………ジーベル…さん?」

 

体の一部が焼けただれ、煤だらけになったジーベルさんだった。体中に傷を負い、腹部には槍で貫かれたかのような大穴が開いていた。

 

「ジーベルさん…………あぁあ…………」

 

ジーベルさんの隣には副団長のマイスさんの姿があった。彼もまたジーベルさんと同じように体中に傷を負っていた。両足に至っては焼け焦げてしまっている。

 

「ああぁ…………あ…………あああ」

 

その他に団員の顔がわかる遺体は二つだけ。それ以外は全身が焼け焦げ顔の判別がつかなかった。

 

「あああ…………ああ…………」

 

理解した。わかっていたんだ、最初から。ただ必死に考えないようにしていただけだった。団員の皆は僕以外残ってはいない…………そして、皆の死と光の柱、体の異変が示すのは…………

 

「ああぁぁあ…………あぁぁああ………」

 

()()()()()()()()…………すなわち、エイレーネ・ファミリアの壊滅

 

「ああああぁぁあぁあぁあああ!!!」

 

「「「ポーロット!」」」

 

誰かが名前を呼ぶ声も、もはや頭に入らない。もう立ってすらいられない。

 

ジーベルさんが死んだ。マイスさんが死んだ。他の皆も死んだ。そしてエイレーネ様まで…………

 

「くっ…………くそっ…………くっそぉぉぉ!」

 

体中から激情が湧き上がる。皆を失った悲しみ、皆を殺されたことへの憎しみ、そして自分への怒り。僕がもっと早く依頼を遂げていれば、皆を救うことができたかもしれない。もっと速く飛んでいれば、皆の助けに間に合ったかもしれない。

 

「くっ!…………く、くっ!」

 

激情ゆえか、体が燃えるように熱い。失ったはずの魔力が、気が、体中を駆け巡っている。

 

そしてその気は次第に膨れ上がり、体中から放出された。

 

「ああアァァああアァァ!」

 

体内から噴き出た気は、今まで纏っていた気とは様子がまるで異なっていた。

 

 

『金色』

 

あたりを眩く照らす黄金の気。不思議と力が溢れてくる。力が使えなくなる前と同等、いやそれを遥かに超える力が………

 

「これは…………一体………な、に」

 

不可解な黄金の気の力を感じていたが、そこで僕の意識は途切れった。

 

 

 

 

その様子を見ていたアストレア・ファミリアは全員がこの状況に追い付いていなかった。仲間の死、主神の送還、その事実に絶望し慟哭しているポーロットから、突然金色の魔力が発せられたのだから。

 

「何……アレ?」

「金色の……魔力?」

 

元々ポーロットは別の派閥の人間。オラリオの秩序を守るため幾度となく共闘した間柄であっても、本人の能力全てを知っているわけではない。

 

それでも、この状況はあまりに不可解だった。仮にあの金色の魔力がポーロットの能力であったとしても、主神が消え、ステータスを封印されている今の彼に、能力を使う事などできないのだから。

 

「アイツ、いつの間にか金髪になってやがる」

 

そう。この時ポーロット本人は気が付いていなかったが、彼の髪は黒髪から金髪へと変化していた。

 

しかし彼の変容も長くは続かなかった。突然金色の魔力が消失しポーロットが倒れ伏したのだ。その時には髪の色も黒に戻っていた。

 

「「「ポーロット!」」」

 

気絶したポーロットの下へ駆けつけるアストレア・ファミリアの面々。この場にいる全員がポーロットの身を案じていた。

 

「外傷は無し………恐らく疲労だろう。後は……」

「とにかく彼を安全な場所へ移さなければ!」

「………ホームに連れていきましょう。保護するだけなら私達で十分事足りるわ」

 

そうして満場一致でアストレア・ファミリアの面々は自分達のホームへとポーロットを担いでいく。

 




課題…………終わらない…………続き…………書けない


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4.向き合う現実………

目を覚まし、真っ先に目に入ってきたのは、知らない天井だった。少なくともここはホームではなく、かと言ってバベルにある医療系ファミリアの病室でもなく………

 

とりあえず起き上がる。どういう訳か、着ている服が変わっている。まあ当然か。倒れた人間を寝かせるのに、着の身着のまま寝かせることは無いだろう。

 

(倒れた?……そうだ、僕は………あれ?何してたんだっけ)

 

倒れる前の事を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。頭に靄が掛かっているような、というよりどこか思い出すことを拒んでいるような………

 

「ポーロット!起きたの⁉」

「おぉ⁉」

 

突然大声で名前を呼ばれ、ビクついてしまう。扉が開け放たれた部屋の入り口には、アストレア・ファミリア団長アリーゼ・ローヴェルが立っていた。

 

「起き上がって大丈夫?かなりの疲労が溜まってたみたいだけど?」

「は、はい(疲労?)。おかげさまで」

 

 

「アリーゼ、ポーロットが起きたと聞こえましたが?」

 

少ししてやって来たのは同じくアストレア・ファミリアの団員リュー・リオンだった。

 

「あらリオン、あなたが一番に来るなんて珍しい!あ、私が一番だから二番目かしら」

「あんな大声を出したら誰だって見に来るでしょう。私が一番近かったというだけです」

「もお~つれない事言っちゃって~ポーロットを熱心に介抱してたくせに~」

「そっ、それは!アリーゼも同じでしょう」

「まあね~」

 

アリーゼさんとリューさんが言い合っているのを傍から見ていたが、気になっていたことを尋ねた。

 

「あの………ここは、何処なんですか?」

「あれ?言ってなかったかしら?」

「アリーゼ………ここは我々のホームです、ポーロットさん」

 

アリーゼさんに呆れながら、リューさんが返答してくれた。リューさん達のホーム、すなわちアストレア・ファミリアの本拠地であると。しかし……

 

「なんで僕がここに、アストレア・ファミリアのホームで寝てるんですか?」

「…………覚えてないの?」

 

途端、アリーゼさんの雰囲気が変わる。先ほどまでの明るく溌剌なものとは打って変わり、暗く重たいものとなった。傍にいるリューさんも似たり寄ったりだ。

 

「………あなたは、倒れたんですよ。あなた自身のホームで、エイレーネ・ファミリアのホームで」

「ホームで?………でも……じゃあなんでわざわざアストレア・ファミリアのホームに運んだんですか?ホームで倒れていたのなら、そのままエイレーネ様や団長に引き渡せば………」

 

なぜだか………二人と話せば話すほど、どんどん体が強張っていく。これ以上話を続けてはならないと、漠然とそんな気になっていく。

 

 

「………覚えていないのね、やっぱり」

「覚えてないって………何なんですか……さっきから」

「「………」」

 

アリーゼさんもリューさんも押し黙ってしまう。それにどこか話すことを躊躇っているように見えるのは何故だ。

 

「………ポーロット、あなたが自分のホームで倒れたのはね、ジーベル達の遺体を見たからよ」

「………………はぁ?」

 

ジーベルさん達の遺体?………一体、何を言って………

 

「ジーベル達は闇派閥の連中に殺された。その上あなたのホームに火を放って」

「そんなっ………何言ってるんですか………だって……」

 

しかし話を聞くうちに蘇る記憶。廃墟と化したホーム、焼き払われた中庭。そして………中庭に並べられていた遺体、その中にジーベルさんやマイス達の姿があったことを……

 

 

「ジーベルさん達だけではない………あなたの主神、神エイレーネも、奴らに………」

「あぁ…………ああぁ………」

 

リューさんが告げた、主神エイレーネの死。禁忌とされる『神殺し』、よりにもよってエイレーネ様が闇派閥の奴らに……

 

全て思い出した。倒れる直前に見たことも、至った真実も、何もかも。

 

 

僕以外の皆が殺された。家族が殺された。大恩人が殺された。そして主神が殺された。

 

 

「くっ………うぅ………」

 

思い出した記憶が、変わりようの無い事実が、僕の心を締め上げる。涙が後から後から零れ落ちる。目元を手で覆っても止まってくれない。

 

「うぅ………ひっく………グスッ」

「ポーロット………」

「………………」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

どれほど泣いていたのだろう。ようやく涙も止まり落ち着いてきた。

 

「す、すみません……………見苦しいところを……」

「そんなことないわ。泣きたいときは思いっきり泣きなさい」

 

涙が零れるのは止まったが、皆が死んだ事実は心に重くのしかかったままだ。

 

「ちょっとあたし、アストレア様の所にいてくるわね。ポーロットが起きたよーって!リオンはポーロットの相手しといてあげて」

「え⁉あ、アリーゼ⁉」

 

そう言ってピューっと走っていくアリーゼさん。残されたリューさんも困惑している。

 

「「………………」」

 

僕らの間に重たい空気が漂い始める。気を使ってか、あるいは単に話すことがないからと黙っているだけか、リューは何も言わず側にいてくれた。

 

 

「あの……エイレーネ様やジーベルさん達がどうやって死んだのか、わかりますか?」

「…………申し訳ありません。それはまだわかっていないのです」

 

アリーゼさんとアストレア様を待っている間、リューさん達が廃墟になったホームの調査をしていたことを思い出した。事件の詳細について聞いたのだが、まだわかっていないらしい。

 

 

「ですが…………検死の結果、あなたの仲間が亡くなった直接の原因は焼死ではありませんでした」

「……焼死じゃない?」

「はい。彼らは皆、体に重傷を負っていた。それが亡くなった直接の原因だと思われます。」

 

どういうことだ。じゃあ犯人達はジーベルさん達を殺した後、更に火をつけて遺体を燃やしたとでもいうのか……………

 

 

(ふざけるな……)

 

嫌でも怒りが湧いてくる。人を殺した上に、遺体を燃やしただと……人の尊厳を、何処まで踏みにじれば気が済むのか……

 

 

 

「ポーロット」

 

闇派閥への怒りで頭が一杯になっている時、耳に響いた優しい声音。顔を上げると、入り口に一柱の神が立っていた。

 

「……アストレア、様」

 

正義と秩序を司る神アストレア。胡桃色の髪をまとめ、藍色の瞳を持つ気品あふれるその神は、僕の前に座り真っすぐにこちらを捉えてきた。

 

「ポーロット、今回の事は、私も重く受け止めているわ……………闇派閥によるファミリアの壊滅は今までにもあったけれど、神の殺害なんて一度も無かった」

「………………」

 

優しい口調で、しかしはっきりと話し始めるアストレア様。どう言おうと、決して真実は変わらない。それがわかっているからこそ、アストレア様は言葉を濁さない。

 

「……あなたの心の痛みはよくわかるわ……エイレーネとは天界にいた頃からの付き合いだから。あの子がいなくなった辛さは私も同じよ」

 

ホーライ三姉妹。アストレア様は天界でエイレーネ様、更にはエウノミアー様と共にそう呼ばれ、一緒に過ごされたと聞く。

 

超越存在(デウスデア)ゆえに、いずれエイレーネ様とは再会できるとはいえアストレア様も苦しんでおられるのだろう。

 

「あなたのファミリアとは幾度となく共闘した……互いに互いの窮地を救ったこともあった……一度はファミリアの合併を本気で考えたこともあったのよ?」

「そう、ですか」

 

 

共通の神物を失ったからか、昔のことを話し出すアストレア様。彼女の話を聞きながら、僕もまた皆がいた頃を思い出す。

 

初めて皆に会った時のこと、初めて一緒にダンジョンに潜った時のこと、ランクアップした時皆が誉めてくれたこと、死にかけて本気で心配させてしまった事、その後ステータスが大幅に上がっていて驚かれたり嫉妬されたこと……

 

皆との思い出が、後から後から蘇ってくる。

 

 

 

「…………ポーロット、あなたは………これからどうするの?さっきの今で、いきなり聞かれても困るでしょうけど」

「……これから」

 

 

これから…………そんな事一つも考えていなかった。

 

「…………わかりません」

「そう…………」

 

実際そう答えるしかなかった。皆が逝ってしまったことをまだ受け止め切れていないのだ。まして、これからの事なんて…………

 

 

 

「ポーロット……これは私の主観だけど、あなたはこの町を出るべきよ」

 

黙ったままの僕に対し、アリーゼはそう言った。いつもの溌剌とした雰囲気は鳴りを潜め、重苦しい声音で彼女は続けた。

 

「闇派閥がエイレーネ・ファミリアを全滅させた以上、生き残りであるあなたも殺そうとする可能性は高いわ。そうでなくても、今のオラリオで恩恵どころか暮らす場所すら持たないのはあまりに危険すぎる」

 

主観とは言っていたが、十分客観的な理屈だった。何もかも失い、前すら向くことができていない奴は、遅かれ早かれ命を落とす。そういうことだろう。だからオラリオの外へ脱出し生き延びろということだ。

 

「もちろん暫くはここに居てくれて構わないわ。私達にとっても色々と都合が良いし……でも、あなた自身ずっとそのままって訳にはいかないでしょ?」

「……………………」

 

反論の余地無く、ぐうの音も出ないほどに、徹頭徹尾その通りだ。

 

このままアストレア・ファミリアの厄介になる訳にはいかない……

 

 

 

「…………とにかく今は休みなさい。後の事はまた明日考えましょう」

 

アストレア様の言葉を最後に、この場はお開きになった。だが、確かにこのまま彼女達の下にいるべきではないだろう。

 

今やアストレア・ファミリアは僕以上にその身を危機に晒している。闇派閥にとって目の上のたん瘤である、三柱のうち一柱とそのファミリアがいなくなったのだ。

 

残った二柱のファミリアのうち、少人数であるアストレア・ファミリアが狙われる可能性は十分あり得る。

 

彼女達が万全であればそうそうやられることは無いだろうが、僕というお荷物を抱えたままでは、それはもはや万全とは言えないだろう。

 

 

そこまで考えれば、少なくとも今、僕が優先すべきことは一つだけだ……………

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜も更けた頃、僕はアストレア・ファミリアのホームから抜け出した。洗濯されていた自分の服に着替え、手元に残った僅かな装備を携え、自分を救ってもらった人達の下を去る。

 

寝ている彼女達を起こさぬよう、悟られぬように、細心の注意を払いながら、外へ出る。

 

(……………お世話になりました)

 

ホームの前で、ペコリと頭を下げて歩き出した。この先の事はまだ何も考えていない。何処へ身を置くかも、どうするのかも。ただ目の前の課題に対処することしか、今は考えられなかった。

 

 

 

「何も言わずに出ていくとは、礼儀知らずですね」

「!」

 

辺りに響く凛とした声音。驚いて振り向くと、木刀を携えたリューさんがいた。

 

「あなたは、そんなことも教わらなかったのですか?」

 

細心の注意を払っていたつもりなのだが、普通にバレていた。これもステータスが封印された影響だろうか。満足に気配も消せないとは……

 

「リューさん…………」

「アリーゼも言っていたはずだ。しばらくはここに居て構わないと………今のあなたが街に出たところで露頭に迷うだけだ」

 

 

半端な理由であるのなら、行かせない。無理にでも連れ戻す。そんな目で一歩一歩静かに迫ってくるリューさん。

 

 

「確かに……僕に戻る場所なんてない……けれど、今やるべきことだけは、はっきりわかる」

 

嘘を並べても看破される。建前を言っても通じない。だから、はっきりと伝える。小細工などせずに、正面から豪語する。

 

「アストレア・ファミリアから離れること……それが今、僕がなすべきことなんです」

「…………どういう意味だ」

 

リューさんの声は先ほどまでのような凛とした声では無かった。底冷えするような重たく冷たい怒気を孕んだ声音だった。

 

 

「僕がアストレア・ファミリアに厄介になって、皆さんの足手纏いになる訳にはいかない」

「……あなた一人を保護したところで、私達には大した負担になどならない。あなたが男性であることを考慮に入れたとしても、それは変わらない」

 

…………その辺は割と負担なのでは?

 

そうでなくとも、かなりなストレスだと思うのだが。団員11人(全員女性)に対してよそ者一人(唯一の男子)…………負担だろう。

 

だが、そんな理由では無いし、そういう話でもないのだ。

 

「………今、この町には『正義の味方』が必要なんです」

「……は?」

 

ゆっくりとこちら近づいていたリューさんの歩みが止まる。脈絡の無い僕の言葉にリューさんも訝しむ。

 

「今この街の人たちは不安を抱えている。闇派閥と戦ってきたファミリアのうちの一つが無くなったことで、今まで以上に闇派閥の犯罪が増えるんじゃないかって」

 

ある意味、均衡が崩れたと言っても良いだろう。犯罪者達とそれを捕まえる者達。この両者のバランスが取れていたからこそ、闇派閥も迂闊に行動を起こせなかった。

 

しかし、エイレーネ・ファミリアが壊滅した今、その均衡は崩れ闇派閥は攻勢を強めるだろう。

 

「だからこそ、人々が迷い苦しんでいる時にこそ、正義の味方という存在が必要なんです。何かあっても守ってくれる、何とかしてくれる、そういう希望を与えるのが正義の味方なんです」

「…………」

 

僕の言っていることに、リューさんも思う所があるのだろう。何も言わず、じっと話を聞いている。

 

「アストレア様は正義の神。その眷属たるアストレア・ファミリアのメンバーはまさに正義の味方たり得るんです…………でも、僕が側にいたんじゃその存在を消してしまいかねない」

「……どういう意味ですか?……自分を矮小な存在だと思い込んで、自分を卑下しているのならそんなことはやめなさい」

 

まるで僕を諭すように、あるいは叱るようにリューさんは言った。

 

だが違う。そんなことを言っているんじゃない。そんな低い次元の話をしているんじゃない。

 

 

「そうじゃない………僕がここに残れば、必ずアストレア・ファミリアの弱点になる。闇派閥の次の標的がアストレア・ファミリアなら、奴らは必ず力を失った僕を人質にする」

 

もしもこのままアストレア・ファミリアに保護されているなら、闇派閥の連中は僕を使ってリューさん達を無力化し、彼女たちを殺そうとする。

 

「そうなった時、リューさん達は僕を見捨てはしないでしょう。いや、見捨てるという選択肢を()()()()。大義のために、一人の命を見捨てることができない」

「なっ!それは…………」

 

リューさん達は人々を守るために戦っている。自分達の手が届かずに守り切れない命も当然あるだろう。だが、手が届き得る命を諦めてまで悪を討とうとは絶対にしない。

 

もちろんそんな状況になったら、僕だって見捨てることはできないだろう。誰だってそうだ。たとえ無関係な人間であったとしても、殺されそうな人を見て見ぬふりなんてできる訳が無い。

 

「だから、そうならないために、僕は出ていくんです」

「し、しかし!あなたが出ていこうと、街であなたが攫われたら同じだ!それならばまだ私達と一緒にいた方がマシだ!」

 

アストレア・ファミリアの庇護から離れようと人質にされたら結局は同じ結末だと言いたいのだろう。どうせ同じことなら一人でいるよりも、まだ一緒にいた方が守れる可能性があると。

 

「同じじゃないよ。今僕が自分の意思で出ていくことが最良なんです。それが一番闇派閥の認識を誤魔化せる」

「どういう…………」

「……僕がアストレア・ファミリアに保護された時点で闇派閥の連中は僕とリューさん達との関係を疑う。でも、僕がすぐにあなた達の下もとから去り、更に一切の接触を断てば、連中は僕には利用価値が無いと判断する。そうなれば奴らも僕には接触してこない。利用価値も無く、まして力を無くした人間に何て興味無いですよ、アイツらは」

「……………………」

 

僕が言い終わると、リューさんは押し黙ってしまった。彼女も何となくわかっているのだろう。それが、ある意味一番安全で、互いにとっても良い判断であることが。

 

「しかし………あなたは…………」

 

それでも納得がいかないといった様子だ。今のあなたは一般人と同じ、か弱い存在なのだと。まして自分達がよく知る相手を放ってはおけないとでも言いたげな表情だった。

 

「………大丈夫だよ、リューさん。別に死にに行くわけじゃない……………さようなら、どうかご無事で」

 

それが最後の言葉だった。言い終わった僕は街の方へと歩いていく。振り返りはしなかったが、リューさんはもう追っては来なかった。

 

 




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5.別れの挨拶と垣間見えた事件の真相

アストレア・ファミリアのホームを離れてから二週間が経とうとしていた。今僕は街のはずれにある安宿にいた。部屋は粗末だが、他に人はおらず、一人になるには丁度良い場所だった。

 

この二週間ずっと無気力に過ごしていた。ファミリアの皆がいなくなった喪失感、これから自分はどうすればいいのか、そんな思いがぐるぐると頭を回っていた。

 

あれからリューさん達とは会っていない。たぶんリューさんが他の皆に僕の意図を伝えてくれたのだろう。

 

実際、思惑通り闇派閥の連中も僕に何かしてくる気配はない。きっと連中にとってはもう僕には利用する価値も、相手をする暇もないのだろう。

 

こうなってくると、いよいよ闇派閥が何か大事を企んでいるような感じがする。

 

「……まぁ、アストレア・ファミリアなら大丈夫だろう」

 

彼女達は皆強い。闇討ちされても返り討ちにできるほどに。それに僕からの警告紛いの言葉もリューさん経由で伝わっているだろう。対策はしっかり練っているはずだ。

 

 

 

むしろ問題なのは…………

 

「これから………どうしようかな」

 

僕の今後の身の振り方、それが目下最大の問題である。オラリオに残ってひっそりと生きていくのか、それともオラリオから離れて別の街で暮らすか。

 

リスクは高いがオラリオに残れば、何かしら仕事に就けるだろう。オラリオを出れば恐らく今後一切闇派閥からの干渉を受けることは無いだろうが、碌な仕事に就けるかどうかわからない。非常に悩ましいところなのだ。

 

「でも………出るべきだよなぁ、オラリオ」

 

アリーゼさんも言っていた。恩恵を持たない、ないしどこのファミリアの庇護下にもない人間が今のオラリオに残るのは危険だと。

 

如何に正義の味方が戦い続けたとしても、今のオラリオは暗黒期。そう易々と終わりを告げるとは思えない。

 

アストレア・ファミリアの活躍を見届けたい気持ちはもちろんあるが、今後なりふり構っていられなくなった闇派閥が僕に接触してくることも無きにしも非ずだ。

 

その可能性を潰す意味でも、この街からは出ていくべきだ。

 

「……………………」

 

だが、いざ出ていくとなると少なからず寂しいものがある。この街にはファミリアの皆との思い出が詰まっている。

 

中でも群を抜いているのは、やはりホームだろう。皆と最も多くの時間を過ごした場所。今は亡き帰る場所。

 

街中を歩いて回るのは難しいが、せめて最後にもう一度ホームを訪れてから街を出よう。そう決めて荷物をまとめる。

 

――――――――――――――――――――――――

 

二週間ぶりに訪れたホーム。かつて笑顔が絶えない幸せな場所だったホームも、今は虚しい廃墟。

 

最後に訪れた時は冷静さを欠き、且つ他の皆の事で頭が一杯だったため気にする余裕が無かったが…………これは、相当心に来るものがあるな。

 

ホームに張られていた規制線も外され、自由に入れるようになっていた。廃墟と化したホームの中に這入り見て回る。残っている物は何もなく、煤だらけになっていた。

 

「一体、ここで何が………」

 

そんな疑問が湧くが、答えが出るはずもなく…………ただただ怒りと悔しさが沸き上がるだけだった。

 

 

 

 

一時間ほど見て回り、最後に中庭を通って外に出る。中庭もやはり煤だらけで、芝生はあちこち焼けてしまっていた。

 

「此処は、この後どうなるのかな。ギルドの要請で更地にされて、別の建物が建つのかな」

 

ホームの入り口にまで戻ってきて、ふとそんな事を考える。僕がオラリオを出てからも、しばらくはこのホームもそのままにされているだろうけど。

 

だが数年、いや十数年もすれば取り壊されて、別の建物が建つのだろう。

 

「ギルド主導の下、ゴブニュ・ファミリアが建て直しをするのかな」

 

なんにせよ、恐らくこれがホームを目にする最後になるだろう。だからホームの正面に立って心の中で礼を言い、お辞儀する。

 

(今までありがとうございました)

 

 

 

そうしてオラリオの城門へと歩き出そうとした時だった。

 

「やはり来ていたか。ポーロット」

「!………シャクティさん」

 

ガネーシャ・ファミリア団長 Lv5の第一級冒険者シャクティ・ヴァルマがそこに立っていた。

 

後ろからいきなり名前を呼ばれたため少し慌てたが、見知った顔の相手だったので胸をなでおろす。これが闇派閥の連中だったら目も当てられない。

 

「お前に、話しておきたいことがある」

 

 

―――――――――――――――――――――――― 

 

(sideアストレア・ファミリア)

 

 

時は少し遡る。ポーロットがまだ安宿で今後について決めあぐねていた時。

 

リュー達はホームの居間に集まっていた。団長のアリーゼが溌剌と話していたが、リューの意識は別の事に向いていた。

 

(あれから二週間………彼は今頃どうしているだろうか。今も無事でいるだろうか、立ち直れているだろうか)

 

自分達の下を離れたポーロットの身を案じていた。ポーロットが出ていった時、リューはその経緯を事細かくファミリアの皆に伝えた。

 

リューを含め何人かは連れ戻した方が得策ではないか異議を唱えたが、団長のアリーゼや主神であるアストレアがそれを制した。

 

本人が自分の意思で出て行った以上、それを尊重するべきだと。それでも心配なことには変わりなかった。

 

(彼のことだ、自暴自棄になったりしていないだろうが………食事も摂らずふさぎ込んでいたりしないだろうか)

 

「————リオン!話を聞いてるの!」

 

その声にはっとするリュー。顔を上げればアリーゼが細い柳眉を吊り上げていた。

 

「団長である私が話をしているのにボーっとしているなんて、今の貴方、とっても度胸があるわね!」

「すみません、アリーゼ。集中を欠いていました」

 

リューが謝罪の言葉を返すと、アリーゼも「わかれば良いわ!」と明るく笑い返した。

 

「高潔なエルフ様はいつから寝坊助さんになったのでございましょう?しかも立ったままなんて………そんな器用な真似、私にはとてもとても」

「カグヤ、私は寝ぼけてなどいない。あと、その口調はやめろ。無性に癇に障ります」

「苛めてやるなって、カグヤ。アホみてえに強い冒険者でも()()()はしょうがねえだろ~、女なんだしよー」

「ライラッ、下品だっ。それに私は……あ、()()()ではありません!」

 

カグヤとライラから集中砲火を浴び、リューは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、声を荒げる。

 

「あら、そうだったのねリオン!ごめんなさい、気が付かなくて!でもダンジョンだったらそんな泣き言なんて言ってられないし、今も我慢してね!」

「貴方も真に受けないでください、アリーゼ!」

ばちこーん☆と片目を瞑って良い笑顔、おまけに親指を立ててくるアリーゼに、リューはとうとう悲鳴を上げる。

 

耳まで赤くするリューの姿に周囲にいた他の団員達も声を上げて笑う。

 

「さて、話を戻すわ!『下層』で闇派閥の動きがあるっていう情報がギルドから入ったわ」

 

アリーゼの言葉でその場の全員の目つきが変わる。それまでの和やかな雰囲気も吹き飛び、刺すような緊張が走っている。

 

「私達アストレア・ファミリアはこれから『下層』の調査へ向かう。何か発見できれば良し、敵の企みを阻止できれなお良し、捕えられれば万々歳ってね」

「また罠の匂いがしねー?27階層の悪夢の時みたいにさぁー」

 

一年前、27階層で起こった大事件。ギルド側の陣営と闇派閥による激戦。両者相当な被害を受け、多くの死傷者を出した。

 

「そうだとしても行くしかないわ!あんな惨劇を二度と起こさせないために。それに…………」

 

そこまで言ってアリーゼが言いよどむ。

しかしすぐに真っすぐな眼差しで言った。

 

「エイレーネ・ファミリアに何があったのか、その手掛かりがわかるかもしれない」

 

相手が闇派閥である以上、先の事件、エイレーネ・ファミリアの壊滅事件について何かしているかもしれない。アリーゼのその言葉に他の団員達も奮い立つ。

 

共に戦ってきた友として、エイレーネ・ファミリアの無念を晴らしてやりたいという思いは全員の胸の中にあった。

 

「それにあたり都市の防衛はガネーシャ・ファミリアに頼んでおいた。この後、出発するから、みんな準備しておいて」

 

アリーゼの話が終わり、各々装備を整えていく。それはリューも例外ではなかった。

 

しかしこの時、リューは漠然とした不安を抱えていた。

 

(嫌な予感がする………何か恐ろしいことが起きようとしているような…………)

 

ただ、そんな事を誰かに相談する訳にもいかず、リューは頭を切り替えて準備を進めていった。

 

 

―――――――――――――――――――――――― 

 

(sideポーロット)

 

「もっと食え。どうせ碌に食べていないんだろう?」

 

机に並べられた料理の数々。サラダにスープ、肉料理にパスタとコース料理かと疑うような皿が並んでいた。

 

今僕はシャクティさんに連れられ料理屋に来ていた。話があるからとついてきたものの、店に着いたら開口一番「好きなだけ食え」と料理をだされ、なし崩し的にご馳走になっている。

 

「あの、シャクティさん」

「ん?なんだ、デザートなら全部食い終わった後に頼んでやる」

「違います!そうじゃなくって!」

 

まるで親戚の子供扱いだ。いくら僕でもデザートをねだるほど子供ではない。

 

「話って何ですか?」

「ああ、そうだったな。なに、オラリオを出るんだろ、その前にいくつか伝えておきたかったからな」

 

その言葉を聞いて驚いた。なぜこの人は僕がオラリオを出ること知っているのか。誰にもそんな事話していないし、それに…………

 

「なんでそのことを…………だいたい何で僕がホームにいるってわかったんですか」

「そんな難しい事じゃない。私の勘だ、勘」

 

勘…………鋭すぎじゃないだろうか。風の噂で【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナも相当な直観力を持っていると聞いたことがあるが、彼もここまでの鋭さなのだろうか。

 

「…………私も、妹を殺されたからな…………お前の気持ちが、少しだけわかるだけだ」

 

 

……ああ、そうか。シャクティさんも実の妹アーディさんを闇派閥の連中に殺されている。要は同類なのだ、僕たちは。最愛の家族を失ったという点で。

 

「まあ、私は妹一人だけ。片やお前は家族全員。私と同じだとは口が裂けても言えんがな」

「…………悲しみに大きいも小さいも無いでしょ。そもそも比べることなんてできないんですから」

「…………そうだな」

 

悲しみとは個人個人の心に宿る思いであって、一律に同じだと言うことは決してできない。

 

何かを失った辛さ、苦しさ、人それぞれ違った思いを、仮に「悲しみ」と、一括りに呼んでいるだけなのだから。

 

「話というのはお前のファミリアの事だ。残念ながら、二週間経った今も碌な証拠が集まっていない。何があったのかも、誰がやったのかもな…………すまない」

「いえ………」

「ただ、お前がオラリオにいなかった期間、街中での戦闘は一度も無かった。それ故ジーベル達はダンジョンの中で襲われたのではないかというのが、我々の見解だ」

 

なるほど。それならば証拠が出てこなくても不思議ではない。ダンジョンの中なら、場所さえ気をつければ人に見られることも無く、何か証拠が残っても自然に消えてしまうだろう。

 

「これからも調査は続けるつもりだ。今回の件は他人ごとではないしな」

「はい…………お願いします」

「オラリオを出て落ち着いたら手紙を寄こせ。我々でも、アストレア・ファミリアでも良い。何かわかれば必ず伝える」

「…………ありがとうございます」

 

正直感謝してもしきれない。オラリオを出てしまえば、そうそう情報なんて手に入らない。それを手紙という形で伝えてくれるというのだから。

 

「それと…………()()()()()()はするなよ」

「えっ?」

 

それまでとは僅かに違った雰囲気で話すシャクティさんに、思わず聞き返してしまう。

 

「今は何とも無いかもしれない。だがこの先、いつか必ず、お前は悲しみに飲まれる。どうしようもない孤独と一緒にな。」

 

その言葉の意味がはっきりとは分からなかったが、どこか印象的で、説得力があって、すっと頭に入ってきた。

 

「そうなった時、()()()()()()()()()()()()

「わ、わかりました」

 

僕の返答に満足したのか、シャクティさんはふっと笑った。その顔は知り合いを見る目というよりも、どこか懐かしいものを見ているような目で…………

 

「さて、話したかったことはそれだけだ。さぁ、もっと食え」

 

話は終わっても、子供扱いは終わっていなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

それからしばらくご馳走になった後、互いにまったりとしていた。すると、不意にシャクティさんが口を開いた。

 

「ところでポーロット。アストレア・ファミリアとの別れは済ませたのか?」

「え?いや…………まぁ」

 

本当は別れの挨拶なんてしていない。そもそも一人を除き、アストレア・ファミリアの人達には何も言わずに出て行ったのだ。

 

まして今もう一度彼女達の下を訪れてしまったら、早々に離れた意味が無くなる。

 

「その様子では済ませていないんだろ。しばらく会えなくなるんだ。助けてもらった礼も含めてちゃんと言っておけ」

「………はい」

 

何故か怒られた感じがする。いや、諭されたといったところか。なんだか、この人にはこの先も頭が上がらない気がする。

 

「とは言え、それも少し先の事になりそうだがな」

「え?」

 

シャクティさんの言葉に思わず聞き返す。先になるってどういうことだ?

 

「実は昨日アリーゼがうちに来てな。『下層』で闇派閥が動いているという情報が入ったから調査に行くと。その間、都市の防衛を頼むとな」

「闇派閥が…………」

「ああ。アリーゼの話ではギルドから直接その情報を受け取ったらしい。まぁ、他のファミリアからのタレコミならもう少し慎重になるんだが、ギルドからの情報だからな。()()()()()ということだろう」

 

なるほど。それでアストレア・ファミリアは『下層』に。

 

 

 

 

……………………アレ?

 

 

 

「………あの、シャクティさん」

「なんだ、どうした?」

 

ふと浮かんだ疑問。普段なら恐らく気にも留めずに聞き流していたであろう一言。

 

()()()()()って、何をですか?」

「は?()()()に決まっているだろう」

 

そう。文脈から行けばその通りだ。だが僕が気になっているのはそこでは無い。

 

「いや、そうじゃなくて……………どうしてギルドなら信頼できるんですか?他のファミリアはダメなのに」

「どうしてって、ギルドはこの街を実質取り仕切っている組織だぞ。それにギルドはオラリオを守る活動に積極的に手を貸している。一年前の27階層の悪夢の時もギルドがどれだけ協力してくれたか、お前も知っているだろう?」

 

確かにギルドはこの街を守るために様々なファミリアと協力して活動している。都市の運営から迷宮の管理、ドロップアイテムの売買などを行い、オラリオをオラリオ足らしめている重要な要素の一つである。

 

それ故、全幅の信頼を置くにふさわしいのだが……………………

 

 

ギルドはこの都市の運営機関、街の味方、住民の味方、信頼が厚い…………ギルドは、()()()

 

 

「………………はっ!」

 

唐突に浮かんだ一つの仮説。ただの憶測であって、推理でもなければ考察でもなくて。

 

間違っている可能性の方が遥かに高くて。こんな考え、切り捨てて然るべきなのに……

 

もし、『()()()()()()()()()()』という固定観念を闇派閥が利用していたとしたら……

 

「……それなら、辻褄が合う」

「どうした?ポーロット」

 

考えに耽っている僕を見て、シャクティさんは訝しんでいたが、それどころでは無い。

 

(依頼という形で僕を都市の外に追い出す。舞空術による救援要請を封じたうえで、皆を罠にかけて殺害。更に守り手がいなくなったところで、エイレーネ様を殺害。そして送還…………)

 

もしも、商隊の護衛任務がギルドと闇派閥による罠だったとしたら。全てがつながる、つながってしまう。

 

「何故だ、何故!」

「おいっ、大丈夫か?さっきから変だぞ」

 

見かねたシャクティさんに肩を掴まれ、思考の海から浮き上がる。少し考えすぎていた。

 

そもそもこれは僕の仮説であって、証拠なんて何一つないのだ。ここで物思いに耽っても仕方がないのだ。

 

とは言え、今思いついた事。一応シャクティさんに伝えておこう。考えすぎだと跳ね除けられるのがオチだが、そういった可能性もあることを知らせておくべきだろう。

 

「……すいません。シャクティさん、実は…………」

 

伝えようとしたその時、何か忘れていることに気づく。とても重要な、今もっとも優先しなければいけないような…………

 

(この人はさっき何といった?『下層』に闇派閥………ギルド…………()()()()()()()()()()()……………はっ!)

 

ガタッ!と椅子を倒しながら勢い良く立ち上がる。いきなり立ち上がった僕にシャクティさんも他の客も驚いていた。

 

「お、おい……本当にどうした」

(マズい!もしも、本当にそうなんだとしたら…………)

 

「シャクティさん!アストレア・ファミリアが『下層』に行くのは、いつですか!」

「は?いや、今日向かうとしか聞いていないが……何故だ?」

 

マズい。間に合うだろうか。もう少し早く気が付いていれば!

 

もう動かずにはいられなかった。倒れた椅子もそのままに店の出口へと走っていく。

 

「ちょ、おい!ポーロット!」

「ごめん、シャクティさん!ここの勘定頼む!今度返すから!」

 

それだけ伝え、一目散に走っていく。今僕が向かうべき場所へ、アストレア・ファミリアのホームへ。

 

 

 

「ま、待てポーロット!一体どこへ?

くっ、店員!支払いは置いておく!」

 

シャクティも代金を置いて直ぐに店の外に出るが、この時間は人通りが多くポーロットの姿を見つけられなかった。

 

「くっ、アイツ一体どこへ」

 

ギルドの話をしたところで様子がおかしくなったことを思い出し、とりあえずギルドへと向かうシャクティ。

 

しかし、それはポーロットが向かった場所とは正反対の方角だった…………

 




次回、いよいよ死神と激突します




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6.復活!友を救え、ポーロット!





「はぁ………はぁ……はぁ………」

 

店を飛び出してから数十分、ようやくアストレア・ファミリアのホームが見えてきた。

 

今日出発ということは、もう既に『下層』に向かった可能性もあるが…………

 

(頼む!間に合ってくれ!)

 

まだホームに留まっていてくれと、一縷の望みを抱いて走る。街の喧騒を駆け抜け、二週間前にも世話になったアストレア・ファミリアのホームに辿り着く。

 

不作法ではあるが、呼び鈴も鳴らさずにドタドタと中へ這入る。

 

「リュー!アリーゼ!いるか~!」

 

大声で二人の名を呼ぶが、木霊するだけで一向に返答が来ない。カグヤやライラ、他の団員の名前も呼ぶが、やはり返答は無い。

 

「どうかしたの、ポーロット?血相を変えて」

「アストレア様!皆は?団員の皆は?」

「落ち着きなさい。あの娘達なら『下層』へ向かったわ。闇派閥(イヴィルス)に動きがあるって情報が入ったから」

「くっ!」

 

遅かった。もう手遅れだ。出発前ならばなんとか説得できたかもしれないが、彼女達がここに居ない以上もうどうしようもない。

 

もう手の打ちようが無い。ギルド側が絡んでいる恐れがある以上、彼らには頼れない。他のファミリアを当てにしても、取り合ってはくれないだろう。

 

よしんば取り合ってくれたとしても、団員の選別や装備の確認などに時間を取られて、とても間に合わない。

 

 

 

 

 

…………もう、これしかない。

 

 

 

 

「アストレア様!あなたの恩恵を僕に下さい!」

「なっ、ちょっと待ちなさい!どうしたというの?いきなり」

 

アストレア様が驚くのも無理はない。何も言わずに出て行った奴が突然戻ってきた挙句、恩恵を授けてくれなどと。混乱しない方がおかしい。

 

だが、悠長に説明している時間は無い。リューさん達の身に危険が迫っているかもしれないのだから。

 

「アストレア様!ギルドからの闇派閥(イヴィルス)の情報、それ自体が罠の可能性があります」

「は?……どういうこと?」

 

手短に僕の仮説を説明する。重要な所だけを、危惧しなければならない部分だけを。

 

「ギルドは中立ゆえ、その行為と情報には信頼の価値がある。誰もが当たり前だと思っている常識を、闇派閥(イヴィルス)は利用しているかもしれないんです!」

「…………そんなっ」

 

今の会話だけで僕が言わんとしていることがわかったのだろう。闇派閥(イヴィルス)が今までのような荒っぽい手段ではなく、狡猾な手段で貶めに来ていることが。

 

「もちろん何の証拠もありません。ただの憶測でしかない。間違っている可能性の方が高いでしょう」

 

ありのまま思ったことを、脳裏に浮かんだ可能性について語る。アストレア様もじっと静かに聞いてくれている。

 

「でも、もし!もし、今言ったことが正しかったら、今度はアストレア・ファミリアの皆が危険な目に合うかもしれない……僕らと同じ、エイレーネ・ファミリアと同じ結末になりかねない!」

「……………………」

 

同じ結末…………即ちファミリアの壊滅。誰も生き残らず全員が天に昇ることになる…………主神(アストレア様)も含めて。

 

闇派閥(イヴィルス)は既に一線を越えた。もう禁忌を破ることに抵抗は無いだろう。そういう連中なのだ。

 

「僕は……全てを失った……大切な家族も、主神も、帰るべき場所も、何もかも………だから、最後に残ったものだけは失いたくない!信じられる、友達だけは!」

「!」

 

気づけばそんな事を言っていた。この状況で、僕の気持ちなんて関係ないはずなのに……

 

それがわかっていても、もう止まらなかった。

 

「お願いします!アストレア様!戦う力を僕に下さい!友達を助ける力を下さい!」

 

膝をつき、両手を床につける。アストレア様を見上げながら、目を見据えて言葉を紡ぐ。

 

「僕に、あなたの眷属を()()()()()()()()()‼」

「……………………」

 

頭を床にこすりつけ、ただひたすらに懇願する。アストレア様の顔は見えないが、ずっと黙ったままだった。

 

 

 

そして幾ばくかして、アストレア様は言った。

 

「背中を見せなさい、ポーロット。あなたに恩恵を授けましょう」

「!」

 

ガバッと顔を上げてアストレア様を見る。その御尊顔は、穏やかで慈愛に満ちたものだった。

 

「その憶測の真偽がどうであれ、あの娘達の身が危ぶまれているのは事実。——それに、あなたの()()は伝わった」

 

アストレア様に促されるままに、上着を脱いで背中を晒す。そしてアストレア様がご自分の神血(イコル)を僕の背中に垂らすと、背中に刻まれた刻印が淡く光りだし明滅し始める。

 

アストレア様は正確な指さばきでファミリアの象徴と僕の真名を刻んでいく。

 

アストレア様が恩恵を刻み終わると、失っていたステータスが蘇っていく。体中に力が漲り、感じ取れなかった多くの気がわかるようになっていく。

 

立ち上がり、自分の力を感じ取ろうとするが………

 

(強くなっている)

 

ステータスの詳しい数値は聞いていないものの、それでも強くなっているのが、よくわかる。更には、以前の自分には無かった『力』まで……

 

(……良い気持ちだ。こんな大変な時だっていうのに)

 

力を取り戻したからか、自分が強くなっているからか、心はひどく穏やかだった。自分でも怖いくらいに。

 

(よし!待ってろよ、アストレア・ファミリアの皆!今行くぞ!)

 

実際、本当に危険が迫っているのかなんてわからない。憶測が間違っているなら、むしろそれが一番良い。

 

だが残念ながら、こういう時、起こってほしくない事の方が起きやすい事を、僕は知っている。

 

「アストレア様、ありが…………」

「ポーロット、あの娘達をお願いね」

 

礼を述べようとしたところでアストレア様に遮られる。そして彼女たちのことを任せられる。

 

「………はい!」 

 

ただ一言。力強く返答し、駆け足でホームの外へと移動する。一度深呼吸をし、一気に気を高める。

 

「はあぁぁ!」

 

体中から気が噴き出し身を包む。気を放出したことで発生した突風が砂を巻き上げ、木々の枝は大きく揺れる。

 

その状態のまま上空へと飛び上がり、ダンジョンの入り口であるバベルへと全速力で飛んで行く。

 

(みんな、無事でいてくれ!)

 

 

 

「頑張って…………ポーロット」

 

アストレアはホームの入り口から、ポーロットが飛び経っていくのを見守りながらそう呟いた。

 

どうか全員が無事に帰還するようにと祈りながら…………

 

 

 

その日、オラリオにいる多くの住民が空気を弾く轟音を聞いた。大気を震わすその轟音に何事かと空を見上げた誰もが、バベルの方へと飛んで行く人影を見た。

 

この街で空を飛べる人間など一人しかいない。誰もが一人の人間を思い浮かべ、ある者は歓喜し、またある者は涙した。

 

ファミリアを滅ぼされ、全てを失い、打ちのめされていた男が戻ってきたと。

 

都市の悪と戦う『平和の使者』は滅んでなどいなかったと。

 

この街にはまだ希望が残されていると。

 

 

さらに、バベルの中に居た者達も驚愕を露わにしていた。外で大きな破裂音がするなと入り口付近に集まっていた人々の間を、誰かが突風とも見まがう速さで駆け抜け、飛び越えて行ったことに。

 

辛うじてその姿を捉えた人々が、まさかといった表情で走り去っていった男を振り返る。

 

しかし、すでにその男はダンジョンの入り口の先へと消えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(sideアストレア・ファミリア)

 

凄まじい爆発だった。広間の壁面は大きく抉れ、床にはいくつものクレーターが出来ていた。

 

未だ静まらない振動と遠くから残響してくる瓦礫の音を聞きながら、リューは身を起こした。

 

「みんな、無事?」

「あっぶねぇ~!」

「やはり罠だったか………爆弾で生き埋めとは、品が無さ過ぎて笑えるがな」

 

周囲ではアリーゼ、ライラ、カグヤ、そして周囲のアストレア・ファミリアの団員達の声が上がる。負傷しているものもいるが全員無事だ。

 

アストレア・ファミリアの面々は下層に降り立った際、闇派閥(イヴィルス)であるルドラ・ファミリアに誘き出される形で罠に嵌められた。大量に設置された火炎石の無差別爆撃によって。

 

しかし、罠の存在に目敏く気が付いたライラの警告によって間一髪、その爆撃から逃れていた。

 

「なんで生きてやがるっ…………アストレア・ファミリアの糞女どもがぁ!どれだけの火炎石をつぎ込んだと思ってんだ⁉」

 

ルドラ・ファミリアの幹部であるジュラが罵声を吐くも、既に残された策も無く怯んでいた。

 

「やってくれたわね、ジュラ。でも貴方の悪巧みも、ここまでよ。終わりにするわ。闇派閥(イヴィルス)も、悪の時代も」

 

アリーゼの言葉が男たちの罪状を読み上げるように滔々と響く。彼女の後ろに控えるリュー達の鋭い眼差しが、後退るジュラ達を射抜く。

 

アストレア・ファミリアが正義の鉄槌を下そうとした、その時だった。

 

 

ダンジョンが()()()のは…………

 

 

「————————」

 

引き絞った銀の弦に刃を走らせたかのような、途轍もない無機質な高音域。遭遇した事の無い事態にその場にいた全ての者が動きを止める中、()()はやってきた

 

—ビシリッ、と

 

崩れた壁面の奥に走った、広く、長く、深い亀裂。その中を何かが蠢いていた。アストレア・ファミリアの面々が亀裂の奥で瞬く深紅の眼光を捕らえた、次の瞬間。

 

猛烈な斜線が走り抜け、ルドラ・ファミリアのうちの一人が、寸断された。

 

「—え?」

 

誰も知覚できず、本人も気付けぬまま、一つの命が終わった。紫紺の破爪が無慈悲に閃き男の体が三つの部位に分解されたのだ。

 

「おい、どうし—ぐづっっ?」

 

二人目。仲間の身を案じた人間の上半身が弾けた。紫紺に輝く破爪の仕業だった。

 

三人目。剣を構えようとした獣人がひしゃげた。宙に躍り出た巨体による圧殺だった。

 

突如現れた厄災『ジャガーノート』によって一瞬のうちに三人がやられ、ルドラ・ファミリアの者達はパニックに陥った。冷静さを欠き、ある者は戦おうとして、斬殺。逃げようとした者は追い付かれて刺殺。動けなかった者は、捕食された。

 

中には何とか隊列を組み魔法を放つ者達もいたが、ジャガーノートの持つ盾の力『魔力反射(マジック・リフレクション)』によって魔法を反射され、自らの魔法に身を焼かれた。

 

「「ぎゃあぁぁー!」」

 

広間には無数の悲鳴と、肉が斬られ潰されるぐちゃりという音、血が噴き出す耳に障る音が響き渡る。

 

 

「何………アレ?」

 

一方、アストレア・ファミリアの団員達は未だ無傷だった。だが、これは単にジャガーノートが数の多いルドラ・ファミリアを優先して殲滅しているだけに過ぎず、彼女達に矛先が向くのは時間の問題だった。

 

「皆しっかりして!アレは直ぐに私達を狙ってくる!」

 

アリーゼが言うが早いか、ルドラ・ファミリアのほぼ全員を殲滅し終えたジャガーノートは既にアストレア・ファミリアに照準を合わせていた。

 

「っ!アリーゼ、危ない‼」

「⁉」

 

直後、【厄災】がアリーゼの首を狙った。傍にいたリューが咄嗟にアリーゼの体を突き飛ばし、ギリギリでアリーゼの首が飛ぶのを阻止する。それでも完全に躱しきれず首元に浅くはない傷をつける。

 

だが凶悪な破爪はそれだけでは終わらず、広間の床を爆砕する。その衝撃と爆風でリュー達は吹き飛ばされ散り散りになってしまう。

 

「きゃぁっ!」

「うわぁぁっ!」

「くっ!」

 

吹っ飛ばされながらも何とか体勢を崩すまいと踏ん張る団員達。だが全員があと一歩、いや半歩でも前に出ていたら四肢の一つや二つ持っていかれていた。その事実が全員の心を縛りつける。

 

「—ああああああああ!」

 

そんな中ただ一人、リューだけは【厄災】相手に向かっていった。

 

()()が相手では体勢を立て直す暇なんて無い!たとえ無茶でもここで攻めなければやられる!)

「だめっ!リオン」

 

斬られた首元を押さえながら、アリーゼがリューに向かって叫ぶ。リューの考えもあながち間違いではなかったが、それでも冷静さを欠いていることに変わりは無かった。

 

『鎧を纏った恐竜の化石』とも言うべき【厄災】に向かってリューは木刀を見舞った。

 

「っ!」

 

だが、リューの渾身の一撃は無情にも空を切った。ジャガーノートは逆関節を軋ませながら跳躍、数十M(メドル)はある天井に()()()()()()

 

そこから始まる連続跳躍。その超高速移動は容易くリューの知覚を振り切り背後を取った。

 

「‼」

 

敵の移動速度に戦慄していたリューは反射的に回避していた。長年の戦闘経験と何とか死を免れようとする体がリューを動かしていた。

 

だが次の瞬間、リューは途方もない衝撃に襲われた。敵の破爪を避けるのでさえギリギリだったリューに対し、第三の腕のごとく尾が叩き込まれる。

 

「ぐぁっ!」

 

棍棒とも見まがうジャガーノートの尻尾はそれだけで十分な必殺であり、直撃したリューの全身の骨に無数の罅を刻む。

 

瓦礫の塊に背中を叩きつけられ吐血するリュー。全身に走る激痛で動くことができず、その隙にジャガーノートはあっさりと接近し、容赦なく破爪を振り下ろす。

 

「「「リュー!」」」

「—馬鹿がっ!」

 

動けず見ているだけだった仲間たちがリューの名を叫ぶ。リューが尾で吹っ飛ばされた時点で走り出していたカグヤだったが、リューの下に到着する前に敵の爪がリューを砕く。

 

 

(ああ、死ぬのか)

 

途切れかけた意識の底でリューは自分の死を悟った。抗いようの無い運命と、覆しようの無い事実を前に、リューの時は止まった。

 

敵の爪も、こちらに向かって駆け寄る仲間の姿も、とても緩やかだった。辛うじて仲間達の声だけは聞き取ることができた。

 

(…………ごめんなさい、みんな)

 

ジャガーノートの爪がゆっくりと、しかし確実に迫ってくる中リューは仲間達に謝っていた。

 

勝手に飛び出してしまったことに、一人先に死んでいくことに、共にオラリオに正義を示せないことに。

 

(ごめんなさい、アストレア様)

 

主神からの多大なる恩に報いることができなかったことに。授かった正義を全うできなかったことに。

 

(ごめんなさい…………ポーロット)

 

自分達を『正義の味方』と呼び、信じてくれた友に。その期待に応えられなかったことに。

 

 

そして、破爪がリューを捉えようとしたその時、誰もがもうダメだと思ったその時…………

 

 

「だぁりゃぁぁ!」

 

一人の男がジャガーノートを蹴り飛ばした。不意打ちをくらった【厄災】は容赦なく吹き飛び数十M(メドル)離れた壁面に激突した。

 

「はぁ……はぁ………間に合った………」

 

広間にいた全ての者の意識外から現れた、白い魔力(オーラ)を纏った彼は、そっとリューの前に降り立った。着ている服はボロボロで体のあちこちを負傷している彼の顔は、誰もが知り、そして下層にいる筈の無い男だった。

 

「………ポー、ロット?」

 

 

 

(sideポーロット)

 

「はぁ……はぁ………間に合った………」

 

上層からここまで、ノンストップで飛んできた。途中何度もモンスターと遭遇したが、そのどれとも戦わず、翔けてきた。モンスター達の隙間を掻い潜り、攻撃をかわしながら。

 

進むことを優先していたため、躱しきれずに掠めることも多々あったが。

 

だがその甲斐あって、こうして辿り着いた。外れて欲しいと願った、しかし外れないとどこかでわかっていた運命に()()()()()

 

 

「………ポー、ロット?」

 

側で瓦礫に打ち付けられているリューさんが僕を呼ぶ。その瞳は驚愕に満ちていた。

 

「どう……して?」

 

リューさんは何故ここにいるのかと問うてくるが、一旦無視して彼女の身を起こしそのままゆっくりと背負う。

 

「痛っ!な、何を⁉」

「掴まっていて下さい」

 

リューさんを背負いこの場から、と言うより壁に激突しめり込んでいるあの化け物から距離を取る。

 

「ポーロット、お前……ちょっ!」

 

一瞬でカグヤさんのいる場所まで移動し、彼女の手を強引に掴み一緒にアリーゼさん達のもとまで後退する。

 

驚くみんなを余所にカグヤさんの手を離し、背中のリューさんをそっと下ろす。

 

「リューさんの手当てをお願いします。たぶん、骨に罅が………」

「うそ!リャーナ、セルティ!」

 

アリーゼさんの指示の下、リャーナさんとセルティさんが回復魔法やポーションを駆使してリューさんの傷を癒していく。

 

「ポー、ロット……な、ぜ…?」

「そうだ………なぜお前が下層(ここ)にいる」

 

未だ激痛に苛まれているリューさんやカグヤさんが疑問を口にする。だがそれは恐らくここにいる僕以外の皆が抱いているものだろう。

 

だがすぐ向こうに化け物がいるのだ。悠長に話している暇はない。化け物から目を離さずに告げる。

 

「………友達を、助けに来た」

 

 

「「「……は?」」」

 

当然というか、思った通りというか、みんな驚いていた。治療中のリャーナさんやセルティさんも手が止まるくらい。

 

「地上にいる時に色々あって………皆が危険に晒される可能性が出てきた。それでここに」

 

アリーゼさんは首元を押さえたまま、カグヤさんは立ち尽くしたまま目を見開いていた。他の皆もここが下層であることを忘れて、呆けている。

 

「もっとも、僕が思っていたものとは些か違っているけれど」

「で、でも!それじゃあなたは誰に恩恵を授かったの?」

「アストレア様です。事情を話して頼み込みました」

 

すると、とうとうあの化け物は壁から頭を引っ張り出してきた。

 

「みんなは此処にいて下さい。此処でじっとしてて下さい………アイツは、僕一人で片付けます」

「なっ、ダメよ!勝てっこないわ!」

「………久方ぶりの戦闘で勘が鈍ったか?お前一人でどうにかなる相手ではない。アレを吹き飛ばしたのも不意打ちだったからこそだ」

 

一人で戦うと言った僕をアリーゼさんとカグヤさんが止めに入る。僕よりもほんの少しだけ長くあの化け物を見ていたからこそ、その驚異度の高さから止めているのだろう。

 

「………大丈夫です。前の時とは違う」

「…………前?」

 

僕が言った『前の時』。それが何なのかわからず皆、首を傾げている。

 

「僕は、ジーベルさん達の危機に間に合わなかった。でも、今回は違う!」

 

一歩。化け物の方へと踏み出し、敵を見据えたまま続ける。

 

「間に合ったんだ、今回は!僕は家族を守れなかったけど、だからこそ友達だけは!友達だけは必ず守る!」

 

二度と誰かを失わないために、大切な誰かを守るために、僕は今この『力』を使う。

 

気づかぬうちに宿っていた、巨大な力を。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ゴゴゴゴゴ

 

徐々に『力』を開放していくと、自分でも信じられないほど気が上がっていく。空気は震え、小さな瓦礫が中に浮きはじめる。

 

「ぬあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

次第に広間(ルーム)全体が揺れだし、僕以外の、あの化け物も含めて全員が動きを止める。

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

 

そして、一気に『力』を開放する。髪は逆立ち、全身から今までとは違う金色に輝く気が放出される。

 

 

「きゃあ!」

「うおっ⁉」

「くっ!」

 

突然放出された黄金の気と光に、最も近くにいたアリーゼさんやカグヤさんが身構える。後ろに控えるリューさん達他の団員の人たちも目を手で覆っている。

 

(金色の気、見たことがあるような……………無いような)

 

新たに宿っていた黄金の力。その色や気の質にどこか覚えがあるように感じるが、よく思い出せない。

 

(まぁ、良いか。アレを倒すのが先だ)

 

気を開放し、構えを取る。既に攻める体勢を整えていた化け物だったが、何故か突っ込んでこなかった。

 

こちらの準備が整うのを待っていたのか、単に余裕のつもりなのか。どちらにせよあの化け物は倒さなくてはならない。

 

広間に散らばる無数の骸。闇派閥(イヴィルス)の者達の遺体だろうが、これをやった下手人はあの化け物だ。アストレア・ファミリアは闇派閥(イヴィルス)であっても相手を殺さない。

 

よしんば殺すことになってもあんな無惨な殺し方はしない。仮に闇派閥(イヴィルス)の同士討ちであっても同様だろう。

 

つまり犯人はあの化け物で、奴はこの場にいる者全員を殺すつもりなのだろう。此処で倒さない限り逃げても恐らく追ってくる。

 

 

「行くぞ!」

 

踏み込んだ地面が爆ぜるほどの勢いで化け物に突貫する。

 

 

 

 

 

さあ、決戦だ。

 




この話の各所で色々な作品の名言(迷言)をお借りしています。

おわかりいただけましたでしょうか?

ヒントはオンドゥル語、「神様は乗り越えられる試練しか与えない」です。

わかったら感想でお答えください(笑)


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7.強さ圧倒的!決めろ、必殺のかめはめ波!

今回、地の文がポーロット目線ではありません。ご了承ください。


ジャガーノート。

 

【厄災】として冒険者を狩る者。迷宮の異物を葬るために遣わされた『抹殺の使徒』。彼の中に意思は無く、ただ使命を全うする。

 

そのはずだった。

 

だが、今彼(?)は動くことができなかった。遥か前方にいる一人の人間、抹殺対象である異物の一つ。その様子が異常であると、彼の本能が警鐘を鳴らしていた。

 

自分の意識外から現れ不意打ちを見舞ってきたその男にジャガーノートは殺意を募らせていた。殺戮行動を邪魔された挙句、自分に攻撃を加えたその男を真っ先に斬殺しようと決めていた。

 

だができなかった。壁にめり込んだ体を引っ張り出した時、その異物は咆哮と共に金色の魔力(オーラ)を纏っていた。その異様な変化と異物から感じる途轍もない力の気配。

 

本能的にそれを感じ、動くことを躊躇った。動いていいものかと逡巡した。

 

ポーロットはこの時、【厄災】が動かないのは余裕のつもりなのかと考えていたが、実際はそうではない。

 

【厄災】に余裕などなかった。自分と同等以上の力を持ちうる標的に、最大限に警戒していた。今までのように機械的に殺そうとするだけでは殺せないと、そう考えていた。

 

そして、その標的は己が纏う魔力(オーラ)の勢いを一際強くさせ踏み込んできた。

 

 

この破爪に懸けてあの異物を破壊する、その決意の下【厄災】も攻撃に転じる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

気を開放したポーロットは蹴った地面が爆ぜるほどの勢いでジャガーノートへと突貫した。

 

 

その直後、

 

「ッ!」

 

 

ズゴォン!

 

 

 

轟音と共にジャガーノートは広間の奥へと吹き飛んでいた。

 

ジャガーノートが居た場所には、殴り飛ばす格好のポーロットだけが立っていた。

 

「…………は?」

 

誰が漏らしたか、疑問を含んだ呆けた声。広間にいた誰も何が起きたのかわからなかった。

 

ポーロットが飛び込んでいった途端、本当に一瞬後にジャガーノートが吹き飛んだのだから。

 

 

ジャガーノートも例外ではない。異物が突っ込んできたと思ったら、次の瞬間殴り飛ばされていたのだ。地面を数回バウンドしながらも何とか体勢を、立て直しポーロットを警戒する。

 

だがすでにポーロットはジャガーノートの懐に入っていた。

 

「だありゃぁぁ!」

 

ジャガーノートが何かしようとする前に、下から重たいアッパーを食らわせる。

 

そのままジャガーノートですら反撃できない速度で拳を重ねていく。

 

「おりゃぁぁぁ!」

 

金色に輝く拳から繰り出される嵐の如き連続攻撃。敵に反撃の隙を与えないラッシュの応酬は一突きごとに轟音を響かせる。

 

だが無数の拳を受けながらも、ジャガーノートは強引に破爪を振るう。ポーロットはそれを高速で躱して背後に回ると、ジャガーノートのがら空きの背中を蹴り飛ばした。

 

「だりゃぁぁぁぁぁ!」

「ゴオオォ⁉」

「・・・あっ、やば」

 

蹴り飛ばしたのは良いものの、方向が不味かった。丁度アストレア・ファミリアの方に向かって蹴り飛ばしてしまった。

 

「くっ!おりゃぁ!」

「ゴガァ!」

 

急ぎ舞空術で敵を追い、ドパーンという音と共に真上から重たい一撃を加える。地面に叩きつけられ、苦悶の声を上げるジャガーノート。

 

ポーロットはそのまま悶える敵とアストレア・ファミリアの中間に降り立ち、ジャガーノートの次の動きに気を配る。

 

 

 

「うそ…………何、アレ?」

 

一方アストレア・ファミリアは目の前で起こっている光景に理解が追い付いていなかった。先ほどまで多くの冒険者を屠っていた化け物が、たった一人の冒険者にいいようにやられている。

 

「ポーロットってあんなに強かったか?」

 

小人族(パルゥム)のライラがそんな疑問を口にするが、この場の誰もが同じ思いだった。元々ポーロットは第二級の冒険者ではあったが、アリーゼやリュー、カグヤには実力で劣っていた。

 

そのポーロットが、アリーゼですら完全に躱せなかった攻撃を躱し、リューですら当てられなかった攻撃を命中させ、カグヤですら追い付けなかった敵の速度を超えているのだ。

 

彼の実力と目の前の光景の矛盾に皆が困惑する中、這いつくばっていた【厄災】が何の前触れもなく()()()

 

「えっ?」

 

ポーロットの後方にいたアストレア・ファミリアは突然消えた【厄災】に困惑し、警戒レベルを最大限に引き上げる。しかしどれほど周りに気を配っても敵の姿を捉えられない。

 

先ほども決して完全に捉えきれていたわけではない。それでも敵が動く斜線すら見えないなんてことは無かった。

 

全員に緊張が走る。このままでは先程までと同じように、手も足も出ないまま気が付かないうちに殺されてしまうと。

 

 

 

治療中のリューや他の団員を背にしながら周りに気を配っていたカグヤは、ふとポーロットに視線を向ける。

 

「アイツは、どこを見て………」

 

【厄災】を相手にあれほどの戦いぶりを見せるポーロットならば、敵の位置を把握していると考えてのことだった。

 

「ッ!上か!」

 

カグヤの声に他の団員も一斉に目線を上に向ける。

 

ポーロットの視線の先、彼のちょうど真上の天井に【厄災】は張り付いていた。【厄災】は持てる膂力の全てを使って逆関節を動かし垂直に跳躍していた。

 

「アイツは……あの動きが見えていたのか?」

 

予備動作すら見せずに跳ねた敵の動きを容易く見切ったポーロットに、カグヤはおろか他の団員も驚愕の色を隠せなかった。

 

 

 

 

天井に張り付いていたジャガーノートは左の破爪を構え、ポーロット目掛けて天井を蹴った。天井に無数の罅が入るほどの踏み込みによる初速に加え、落下速度と自身の重さ、殲滅兵器たる破爪と、持ちうる全ての潜在能力(ポテンシャル)を込めた一撃。

 

しかし、ジャガーノートはこの一撃で決めるつもりなど毛頭なかった。

 

この異物は必ずこの一撃を避けてくる。だからこそ異物が回避した方向へと飛び、二撃目で確実に息の根を止めると、そう思案していた。

 

どの方向に避けても必ず追撃せんと対象の動きに注力する。回避したと油断しているその背中を惨たらしく刺し穿ってやろうと、ドス黒い殺意を秘めながら。

 

だが、

 

「⁉」

 

ポーロットは避けるどころか一歩も引かなかった。ただ真上の敵に対し体を捻り、腰に右手を構えるだけだった。

 

「バカがっ!避けろ‼」

「ポーロット!」

 

ポーロットが避けようとしないことにカグヤとアリーゼが動揺を露わにする。誰が見ても回避するべき場面で、一切動こうとしないポーロット。

 

敵の動きに、否、敵が動かないことに焦るジャガーノート。こうなると、もはや一撃目で決めるしかない。

 

ポーロットに避ける気が無い以上追撃を考えるだけ無駄なのである。

 

「―――――――――――――――――――」

 

咆哮も雄叫びも無く、【厄災】たる力の全てが込められた破爪が振り下ろされた。

 

風を切り、肉を裂き、命を刈り取る破壊の爪を、紫紺に輝く斬撃を、ポーロットは右手に集中させた気の剣でいとも容易く()()()()()

 

ガキィーン‼

 

破爪と気の剣がぶつかり合い、広間には鋭い音が響き渡り、衝撃は爆風となってリュー達を襲う。

 

「きゃあ!」

「くぅっ!」

 

 

踏ん張った足元は陥没し亀裂が入るがそれだけだ。ポーロットには何のダメージも無く、ジャガーノートには生まれて初めての感情が生まれる。

 

時間にして僅かコンマ数秒。だが確かに【厄災】の脳裏には破爪を受け止められたことへの動揺が、焦りが、恐怖があった。

 

「はあっ!」

 

ポーロットは受け止めたジャガーノートを気の剣で力任せに押し返す。着地しそのまま後退するジャガーノートには、今までで最大の警戒心が宿っていた。

 

「ふんっ……俺にもこれくらいはできるんだぜ?」

 

『スピリッツソード』。己の気を利き手に集中させ、剣を形成する技。折れず、曲がらず、よく切れる。

 

だがそれは普段のままだったらの話。金色の力を開放したポーロットのスピリッツソードは、強靭な肉体を誇る階層主であっても容易く切り裂くほどの切れ味を持つ。

 

この場合、ジャガーノートは破爪が受け止められたことに嘆くよりも、スピリッツソードで両断されなかった破爪の性能を誉めるべきだろう。

 

「さあ、第二ラウンドと行こうか」

 

そう言って、スピリッツソードを構えたまま再び突撃するポーロット。ジャガーノートも両方の破爪を構え応戦する。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ポー、ロット……」

 

治療を終えたリューはアリーゼ達と共にポーロットの戦いを見守っていた。その常軌を逸した戦闘力を目にしながら。

 

「リュー、大丈夫?」

「……はい、アリーゼ…………すいません、勝手に飛び出して」

「その話は後でじっくりやるからね……ほら」

 

そう言ってリューに肩を貸すアリーゼ。実際、リューの負傷はリャーナとセルティの奮闘もあって完治していたものの、ダメージまでは抜けきっていなかった。

 

まして、一度は本気で死を覚悟したのだ。精神的なダメージは計り知れない。

 

「世話を掛けます……それにしても……あれは一体?」

「詳細は何もわからないわ……でもポーロットのアレは一度見たことがあるでしょ?」

「……彼の、ホームで……でしょうか?」

 

金色の魔力(オーラ)を纏い、逆立った金髪。ポーロットの身に起きた変化は、彼が自身のホームで仲間の遺体を見た時に見せたものと同じものだった。

 

「仮にあれが………ステータスの、増強スキルであったとしても……あまりにも……」

 

今なお【厄災】と激しい剣戟を繰り広げているポーロットを見ながら、リューはその異常な強さをスキルによるものだと仮定する。

 

一時的にステータスを上昇させるスキルならば、ポーロットのあの強さも説明がつく。

 

「ええ、増強なんてレベルじゃない」

 

だが問題は、ステータスの上り幅だ。スキルで強くなると言っても、それは自身のLvの範囲内での話。ポーロットのそれは、あまりに強くなり過ぎていた。

 

「まあ、L()()()()()()()()上がっているだろうな。にわかには信じられんがな」

 

カグヤの言うLvそのものが上がっているという予測。それが現時点で最も正しいと思われた。

 

Lvとは幾多の苦難を乗り越え、偉業を達成し続けて、ようやく昇華できるもの。それをスキルの力で簡単に上昇させるなど普通ではありえない。

 

しかし、ステータスが上昇しただけではあそこまでの強さは得られない。自分達ですら手に負えなかった怪物をあそこまで圧倒できるはずが無い。

 

 

はっきりした答えを得られぬまま、アストレア・ファミリアの面々はポーロットの戦いを見守るしかなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

幾度となく剣と破爪が交錯する。甲高い音が広間に響き、両者の間には火花が散る。

 

袈裟斬り、切り上げ、兜割りに薙ぎ払い。ポーロットの剣戟に対し、ジャガーノートは二本の破爪で迎撃する。その表情に変化は無いが、間違いなく彼は追い詰められていた。

 

自分以上のスピードとパワーを誇る相手の攻撃は、一つでも食らえば致命傷となる。それがわかっているからこそ、ジャガーノートは必死にポーロットの剣を防いでいく。

 

自分の最高の一撃を防いだ相手でも抹殺対象には変わりない。敵の剣に耐えながら攻撃のチャンスを見計らっていた。

 

 

だがその機会は直ぐに訪れた。

 

 

ポーロットが剣を振り下ろした直後、その動きが一瞬()()()()のだ。これまで止むことの無かった剣戟の雨が止み、ここぞとばかりに【厄災】は両方の破爪を振り下ろす。

 

 

刹那、破爪を振り下ろしながら【厄災】が見たポーロットは、()()()()()。獲物が罠にかかり笑みを浮かべる狩人のように。

 

 

ここに来てジャガーノートは自分の失策に気づく。自分が攻め時だと思った隙は、敵がわざと作ったものなのだと。

 

それに気づいてももう遅い。

 

「—だぁらぁぁ!」

 

ポーロットは振り下ろされた破爪が交差し重なるタイミングを見逃さず、スピリッツソードを全力で振り上げた。

 

強烈な力で振り上げられ剣に押し負け、破爪は真上へと弾かれる。その衝撃によってジャガーノートの巨躯がほんの僅かだが宙へと浮いた。

 

いくら【厄災】が尋常ならざる機動力を持っているといえど、足場の無い空中では意味をなさない。

 

成す術が無い【厄災】にポーロットは肉迫し、袈裟斬りの要領で左の破爪を斬り落とす。だが橙色の軌跡を描いて振り下ろされた斬撃はそれだけでは終わらない。

 

地面を切り裂き、瓦礫を破壊しながら進み、奥の壁面にまで届いてようやく止まった。

 

左の破爪を切り落とされ声にならない痛哭を上げながらも、ジャガーノートは着地と同時に数十M後退する。

 

「—ふっ。必死だな」

 

隙を見せた途端に反撃し、攻撃を食らったと思ったら一目散に後退する。そんな【厄災】に対し、もはやポーロットは当初ほどの脅威を感じていなかった。

 

スピリッツソードを解除し、右手に集まっていた気が消えていく。代わりに気を開放していく。

 

気が上がるにつれて体から噴き出す魔力(オーラ)の勢いが増していく。左手を前に突き出し気を集中させ高密度の気弾を形成する。

 

「っ!いけない!」

「ポーロット!撃っちゃダメ!」

 

ポーロットがやろうとしていることに一早く気が付いたリューとアリーゼ。【厄災】が持つもう一つの武器、破爪とは全く方向性の違う武器の脅威を知る二人が止めるように必死に叫ぶ。

 

「くらえ‼」

 

だがその声は届かなかった。ポーロットは溜めた気弾を撃ち放った。

 

並みのモンスターならば一瞬で蒸発してしまう程の威力を秘めた光弾が炸裂する寸前、ジャガーノートは紫紺の殻に包まれた体を発光させた。

 

 

直後、着弾した光弾をポーロットに向けて()()()()()

 

 

「なっ⁉」

 

敵に多大なダメージを与えるつもりで放った一撃。それが自分へと跳ね返されポーロットは面食らう。

 

「このっ!」

 

跳ね返ってきた光弾を左手で弾き強引に軌道を変える。飛んで行った光弾は離れた地面に着弾し、強烈な閃光と爆炎を放つ。閃光がおさまると、直径十数M(メドル)のクレーターが出来ていた。

 

「ちっ!」

 

危うく自分の放った光弾に焼かれるところだった。距離が離れていなければ軌道を変えるどころか避けることすら難しかったかもしれない。

 

現に初見でジャガーノートの『盾』を見破れず、自らの魔法で身を焼いた闇派閥(イヴィルス)の冒険者がいたのだから。

 

 

だがポーロットが気弾に気を取られていた一瞬でジャガーノートは距離を詰めた。丁度跳ね返った光弾に隠れるように。間合いに入った時、既にジャガーノートは残った最後の破爪を振りかぶっていた。

 

「—しまった‼」

 

光弾への対処で反応が遅れたポーロットをジャガーノートは()()()()。紫紺に輝く破爪がポーロットの胴を寸断し、体が上下に分かたれる。

 

「「「……へ?」」」

 

直後、アストレア・ファミリアの時が止まる。ここまで終始圧倒していた冒険者が、自分達を救ってくれた友が、切り裂かれたことに瞠目する。

 

「ポーロットォ!」

「……そんなっ!」

 

アストレア・ファミリアがその光景に絶句する中、ただ一人ジャガーノートだけは違和感を抱いていた。

 

自分は目の前にいる人間を両断した。現に体が上下に分かたれている。にもかかわらず斬ったという実感が無かった。

 

“自分は今、何を斬った?”

 

そんな疑問をジャガーノートが抱いた時だった。

 

 

 

「おりゃぁぁぁ!」

 

 

 

上から強烈な衝撃が襲った。殻の一部が砕け脚部をも粉砕する轟音が鳴る。

 

「「「……え?」」」

 

その場の誰もが驚愕する。両断されたと思ったポーロットが無傷のままジャガーノートを急襲し、拳で背部を貫いたのだから。

 

ポーロットはそのまま貫いた手に気を集中させ、ジャガーノートの体内で光弾を炸裂させる。

 

「————————————————!!」

 

再び声なき痛哭が響く。体内で爆ぜた光弾に焼かれ、【厄災】を包んでいた紫紺の『殻』が砕け散る。

 

ジャガーノートは痛みに耐えながらも右の破爪を振り回し、背に乗るポーロットを振り落とす。

 

危なげなく着地したポーロットは満身創痍の【厄災】に視線を送る。

 

互いに互いを睨んでいるが、その眼に宿るものは正反対だった。

 

片やその眼に憎悪と焦燥を宿し、片やしたり顔で余裕の色を見せる。

 

「残像拳だよ。知らなかったか?」

 

『残像拳』。高速で移動することにより相手に残像を認識させ、攻撃を回避する技。ポーロットはこの技で破爪を回避し、ジャガーノートの上空へ移動したのだった。

 

この技の存在を知らなかったアストレア・ファミリアの団員達も目が点になっている。

 

「まぁ、俺もあんたの『盾』については知らなかったんだから、あいこだろ?」

 

あいこかどうかはともかく、これでジャガーノートは益々不利になったといっていい。武器を全て晒しただけでなく、ポーロットの動きが自分の反応速度を完全に超えているのだから。

 

「―さぁ、幕引きだ」

 

そう言いながら、ポーロットは両腕を前方へと突き出した。両手首を合わせゆっくりと体の後ろへ引いていく。

 

「か……め……」

 

ポーロットの掛け声とともに気が増幅され、両手へと収斂されていく。収斂された気が刻一刻と青白い輝きを増大させていく。

 

それを見たジャガーノートは直感した。アレをくらってはいけない。食らったらお終いだと。しかし、脚部を破壊され満足に動くことができない。

 

それでも損壊した逆関節を軋ませ広間の奥へと後退しようとする。

 

「っ!マズい、逃げる気だ!」

「ポーロット!」

 

敵の僅かな動きから次の行動を読んだカグヤとアリーゼがポーロットに警告する。だが、そんなこと、ポーロットは百も承知だった。

 

「……は……め……」

 

後退しようとするジャガーノートに肉迫し、残像拳を駆使して撹乱する。幾つもの残像を生み出しながら敵の退路を奪い、同時に攻撃位置を見極めさせまいとする。

 

ポーロットは、多重残像拳に気を取られ破爪を振り回す【厄災】の正面へと回り込み、溜め込んだ気を一気に解き放った。

 

「波ぁぁー!」

 

撃ちだされた青白いエネルギー波が【厄災】の体を爆砕する。頭部は砕け、破爪は吹き飛び、化石のごとき巨躯はエネルギーの奔流に飲まれ、塵となって消え去った。

 

 

青白い閃光が止み、あたりに静寂と暗闇が戻った時、立っていたのはポーロットだけだった。

 




お久しぶりです。

ジャガーノート戦、いかがだったでしょうか。
原作では、ジャガーノートは攻撃が当たりさえすれば簡単にダメージが通っていました。ただ、それだとすぐ終わってしまいそうだったので耐久力はマシマシになってます(笑)


ポーロットが使った技、ドラゴンボール好きな方であればだれでも知っているでしょう。そう、スピリッツソードです。

元々ベジットの技なんだからこんな簡単に使うな!と言われそうですが、言い訳させてください(笑)

ジャガーノートの破爪を受け止めるという展開上、まず素手は無理だと思いました(斬り落とされちゃう 汗)。次に思いついたのはサウザーやザマスが使っていた短いタイプの気の剣でした。

それで、どうせ気の剣ならスピリッツソードって言った方が書きやすいし、伝わりやすいかなと考えました。

ということでスピリッツソードにしました!(笑)

次に残像拳(及び多重残像拳)です。これも結構有名ですよね。アニメとかゲームでの残像拳の効果音(ピシュンって音のやつです)大好きでした(笑)

最後は言わずと知れたかめはめ波です。
かめはめ波ばっかりはちょっと書き方に苦労しました。かめはめ波の掛け声ってゆっくりで、且つ溜めながらじゃないですか。

だから結構書きづらかったりするんですよね。


あと、ポーロットが攻撃する時、よく「だぁらぁぁぁ!」とか「おりゃぁぁぁ!」とか叫んでもらってますが、これは全部悟空が攻撃時によく言ってるやつをイメージしてるので、読者の皆さんに補完してもらえたらと思います。


最後に、新たにお気に入り登録してくださった皆さんありがとうございます。励みになっています。

また、評価・感想お待ちしています!
では、また次回!




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8.運命を超えて・・・アストレア・ファミリア、生還す‼

久しぶりの投稿になります。


ジャガーノートをかめはめ波で倒したポーロットはすぐにアストレア・ファミリアの下へと戻る。

 

「全員、無事だな?」

「……ええ、受けた傷も血は止まったわ」

 

戸惑いつつも返答するアリーゼ。それを聞いたポーロットはすぐに帰還を促した。

 

「じゃあすぐ地上に戻るぞ。またあんな化け物が出てくるとも限らん」

「そ、そうね……みんな!」

 

ポーロットの提案を受け入れる団員に檄を飛ばすアリーゼ。だがアリーゼは目の前のポーロットに少なからず違和感を抱いていた。

 

(口調が、変わってる?)

 

普段のポーロットは基本的に敬語を使って話す。元団長のジーベルにはもちろんのこと、自分達に対しても物腰柔らかだったはずが、今はどこか口調が荒い。

 

その時、

 

「…………悪い、少し待ってろ」

「え?ポーロット⁉」

 

突然ポーロットがどこかへと移動してしまった。帰還を勧めた本人がいなくなり、アリーゼだけでなくリュー達他の団員も困惑する。

 

 

―――――――――――――――――――

 

「ハァ……ハァ…くそっくそっくそぉ!あの糞女どもめぇ」

 

ポーロットがジャガーノートと戦っていた広間からのびる脇道を一人の男が走っていた。

 

闇派閥(イヴィルス)、ルドラ・ファミリア構成員。

 

ジュラ・ハルマー。

 

ジャガーノートによる殺戮の中、ジュラは運良く腕の欠損だけで済んでいた。ジャガーノートの意識がリュー達に移り、ポーロットが乱入してきたため、ジュラは気配を殺して逃亡を図っていた。

 

斬り落とされた腕の激痛とジャガーノートに対する恐怖をリュー達への罵声で紛らわせていた。

 

「アイツらが!アイツらが死んでいればこんな事にはならなかったんだ!あれだけの火炎石を使ったってのに!」

 

腕を押さえながら少しずつ前へと進むジュラ。何とかここから逃げのびて、今度こそアストレア・ファミリアを皆殺しにする。そうでなければ腹の虫は収まらないうえに、自分の身の安全も保障されない。

 

そう考えていた。

 

 

だが、そうは問屋が卸さない。

 

ピシュン!

 

「運よく殺されなかったみたいだな」

「なっ!て、テメェ」

 

広間から遠ざかっていたジュラの目の前に、ポーロットが突然現れた。下層を後にしようと考えていたポーロットだったが、自分達から離れようとしている気を感じ取っていたのだ。

 

それがジュラであると気が付いたポーロットはここまで追ってきたのだった。

 

「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。逃がす訳にはいかねぇ」

「な、なんで此処に!いや、そもそも力を無くしたはずのテメェが何でダンジョンにいやがんだ⁉」

 

いきなり現れたポーロットに動揺するジュラ。自分を追って来たことやどうやって力を取り戻したのかなどわめき立てるが、ポーロットは嫌そうな顔をしながらジュラを一瞥する。

 

「やかましい奴だな。まぁ良い、悪いがついて来てもらうぞ」

「何……がぁ!」

 

ドサッ

 

有無を言わさずポーロットはジュラを気絶させた。そのままジュラの襟元を掴み、急ぎリュー達のもとへと帰っていく。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「ポーロットは、一体どこへ?」

「わからない。待ってろとだけ言ってどっか行っちゃったわ」

 

ポーロットがいなくなったことにリュー達は混乱していた。新手が来たわけでも、先ほどの化け物が生きていたという訳でもない。それなのに何処かへと行ってしまったことに訝しんでいると、

 

ピシュン!

 

「悪い。遅くなった」

「「「っ!」」」

 

すぐにポーロットが戻ってきた。気絶したジュラの首根っこを掴みながら。

 

「ジュラ!」

「こいつの気が残っていることに気が付いたからな、捕まえてきた。さぁ、地上に戻るぞ」

 

気絶させたジュラを見せながら、ポーロットは再度地上への帰還を促した。

 

「勝手にどっか行ったのはあんたでしょ?まったくも~」

 

ポーロットに文句を言いつつもアリーゼは皆を促し、帰還の途に就いた。ポーロットが先頭に立ち接近してくるモンスターを倒しながら上の階層へと進んでいく。

 

上階への階段に着いた時、リューとアリーゼは一度だけ後ろを振り返った。ジュラ達による爆発でボロボロになった階層の壁、下手をすれば全滅していたかもしれない強敵、駆けつけてくれた友、そんな事を思い起こしながら迷宮を一瞥し、二人は階段を登って行った。

 

 

――――――――――――――――

 

ポーロット達は休むことなく進み続け、数時間で地上へと帰還した。途中で現れたモンスターはポーロットが過剰ともいえる金色の力で蹴散らしたため、リュー達はほとんど疲弊せずに地上に戻ることができた。

 

外は既に日が暮れ夜になっていたが、迷宮の出入り口では普段通り冒険者とギルド従業員が行きかっていた。

 

「ふぅ~ついたぁ!」

 

迷宮を抜け地上に出るとアリーゼはうんと伸伸びをする。リューや他の団員も地上に戻ってきた事に安堵していた。脇により各々肩の力を抜いていく。

 

「まったく。一時はどうなるかと思ったぞ」

「案の定罠だったな!どうにかなったけどよ」

 

カグヤとライラも緊張を解きながら口を開く。闇派閥(イヴィルス)に対する愚痴を言いながらも、それを言えることに安堵していた。一歩間違えれば自分達もルドラ・ファミリアと同じ末路をたどっていたかもしれないのだ。

 

「それもこれもポーロットのおかげです」

 

ポーロットが救援に駆け付けてくれたこと、その事にあらためて礼を言うリュー。体に残っていたダメージもほとんど抜けきっていた。他の団員もポーロットに視線を向ける。

 

「礼はいらない。俺は・・・僕は、自分がやりたいことをやっただけですから」

 

ポーロットはリュー達に答えながら、纏っていた金色の力を解いていく。髪の色は金色から元の黒髪に戻り、逆立っていた髪も同時に元に戻っていく。

 

それに応じて口調も元の丁寧なものへと変わっていった。あれほど圧倒的な力を誇っていても、元の姿に戻ってしまえばその力は見る影もない。

 

「それより、今はギルドに報告を。下層で起きたことと、それに……この男のこ、と……も」

 

ドサッ

 

帰還報告とジュラの身柄を引き渡すこと。それを優先すべきだと伝えようとしたところでポーロットは倒れ込んだ。

 

(……アレ?なんだ……………意識が……)

「「「ポ、ポーロット!」」」

 

突然のことだった。これまで一度も負傷していないはずのポーロットが倒れたことにアストレア・ファミリアは面食らった。何ともないような顔をしていた者が意識を失ったことで、彼女たちの脳裏に嫌な予感と焦りが浮かぶ。

 

「ポーロット!ポーロットォ!」

「バカリオン!さっさと回復の魔法を使え!」

「それよりアミッドの所に運んだ方が早いわ!」

 

ポーロットの体を担ぎながらリュー達はディアンケヒト・ファミリアの治療師のもとへと連れていった。

 

 

――――――――――――――――

 

気が付くと、ポーロットは真っ暗な場所にいた。右を見ても左を見ても真っ暗な空間で距離感さえつかめなかった。

 

自分が立っているのか宙に浮いているのかもわからなかった。もしかしたら水中に沈んでいるのかもしれないとさえ思っていた。

 

しばらくすると、あたりが明るくなってきた。いや、正確にはポーロットの後方から光が差してきていた。

 

「……………!」

 

ここが何処なのか判るかもしれないと、振り返って見た視線の先には、二度と合うはずの無い人が立っていた。

 

「団…長……?」

 

既に命を落としたはずのジーベルがポーロットに微笑んでいた。よく見れば副団長のマイスをはじめ他の団員達も一緒に立っていた。

 

「みんな……」

 

死んでいった仲間達に再会できたことに驚くものの、ポーロットはこれが夢であることを瞬時に理解した。死んで逝った者たちは蘇らない。それが事実でありこの世の理であると知っている。

 

事実、ジーベル達は一言も話さない。それでも再び会えたことはポーロットには嬉しかった。この時間が少しでも長く続けばいいとさえ思った。

 

しかし、そう上手くはいかなかった。ジーベル達はポーロットに微笑んだ後、次々に光の先へと消えていってしまう。

 

「……………さようなら、みんな」

 

手を振りながら去っていく皆に別れの言葉を告げるポーロット。仲間達が光の先に消えると同時にポーロットの意識も暗転した。

 

 

 

「……………んんっ」

 

再びポーロットが気が付いた時、そこはバベルの医務室の一つだった。

 

「ポーロット!気が付きましたか?」

「大丈夫!?」

 

ベッドに横たわる自分を深刻な面持ちで見下ろすリューやアリーゼ、さらには他のアストレア・ファミリアの数名もベットへと集まってくる。

 

皆心配そうな顔をしており、状況からポーロットは自分が倒れたということを思い出した。

 

「……お騒がせしてしまったな」

 

そう言って身を起こすポーロット。疲労感からか体が重たく感じるが、それ以外には体の不調は無かった。リューに支えられながら起き上がり、そっと窓の外を見た。まだ少し暗いものの既に朝日が昇って来ていた。

 

「……大丈夫です。体が少し重いですが、それ以外には何も」

「そうですか。それは良かった」

 

何ともないというポーロットの言葉にリューをはじめ団員の皆が胸を撫で下ろす。

 

「もぉ~いきなり倒れたりするから慌てたわよ」

「まったくだ。ただでさえ多くのことが起きすぎて手が回らなかったというのに」

「あはは……どうも、すみません」

 

アリーゼとカグヤの言葉に苦笑いで謝罪するポーロット。そんな話を交わしながらポーロットは倒れた時の記憶を思い起こしていた。

 

(たしか……地上に戻った後、ジュラの身柄を引き渡そうとして……!)

 

そこまで思い出し、大事な事を思い出す。今回の件で唯一生き残った闇派閥の冒険者のことを、真実を紐解くための足掛かりとなり得る男のことを。

 

「あ、あの!あの人は!?ジュラはどうなったんですか⁉何か情報は?」

「落ち着け。まだ帰還してから数時間しかたっておらんのだ。取り調べなどしておらんわ、たわけ」

 

ジュラについて矢継ぎ早に尋ねるポーロットに対し、呆れた様子で話すカグヤ。そもそもポーロットが倒れてからの数時間。各々身なりを整え、数名を主神の下へ向かわせたものの、ほとんどの団員はずっとポーロットの側についていたのだ。

 

「それにジュラは今話ができる状態じゃないわ」

「えっ、それは……どういう?」

「大方、どこぞの誰かが気絶させた時に無駄に強く殴ったのだろうよ。ははは、有能よな」

「えっ⁉」

「カグヤ……ジュラは欠損した腕からの出血が多かったらしく、今現在意識不明なんです」

 

カグヤのセリフに一瞬冷や汗を流すポーロットだったが、リューの補足で状況を理解した。つまり、外傷によって意識不明であり話すこともできないということだ。

 

現状では手掛かりを得ることはできないとわかり落胆したポーロットだったが、今はアストレア・ファミリアの皆が助かったことを喜ぶべきだと頭を切り替える。

 

「そういえば……アリーゼさんとリューさんは、傷の方はどうですか?」

「バッチリよ!傷も塞がったし痛みも引いたわ!さっすが私よね!」

「ええ、私の方も問題はありません」

「そうですか、よかった」

 

二人の息災な様子を見てポーロットは安堵した。そのままベッドから降りて身支度を整える。

 

「ん?お前何をしている?」

「いえ、退院しようかと」

「「「は?」」」

「もう体も大丈夫ですし、このままここにいても意味がないなら一度アストレア様のもとへ行きましょう。きっとあの(ひと)はあなた達の帰りを待っている‥‥‥話さなきゃいけないこともありますし」

 

ポーロットは体を伸ばしながらアストレアのもとへ向かおうと告げる。ここにいない数名の団員から報告は受けているだろうが、それでもアストレアは心配していると履んでいた。

 

「そうね。こちらとしても聞きたいことは山ほどあるしね!」

「まぁ、妥当だな」

「しかし大丈夫でしょうか?アミッドあたりにどやされる気が……」

「おやおや。化け物にも勇猛果敢に攻め込んでいく狂暴エルフも、女医のことは怖いのでしょうか?フフフ」

「黙れカグヤ。アミッドが怖いという意味ではありません。それにそのしゃべり方はやめろと前にも言ったでしょう」

 

 

 

「誰が、怖くないんでしょうか?」

 

ビクッ

 

「ア、アミッド……」

 

リューとカグヤが言い争っているところに、ぬらっと現れたのは件の女医、アミッド・テアサナーレだった。都市で最高の医術を修めている冒険者で、病院という場所での最高権力者であり患者に対し絶対的な優位性を持つ人間だ。

 

「どうも。お世話になってます」

「おはようございます、ポーロット。気が付かれたんですね」

 

ストレッチを続けたまま挨拶をするポーロット。アミッドもまた無表情のまま返答した。だがその顔も徐々に険しい者へと変わっていく。

 

「患者の貴方が、一体何をしているんですか?」

「あ、いえ。体は何ともないので退院しようかと」

「……ほう。医者の診断も受けずに患者の勝手な判断で退院しようと?稀に見る愚患者ですこと」

 

ますます険しい顔になっていくアミッドとは対照的にけろっとした顔で続けるポーロット。だがポーロットの様子を見たアミッドは深いため息をついて、あきらめた様子で言った。

 

「はぁ~、まあもともとあなたは疲労で倒れただけのようですし、特に異常が無いならば良いでしょう」

 

愚患者甚だしいですが、と付け加えながらアミッドはポーロットの退院を容認した。もっともポーロットはたとえ退院を認められなくても、窓から飛んで逃げるつもりではあったのだが……

 

「それよりも、闇派閥(イヴィルス)の冒険者について話があります」

 

アミッドのその一言で全員の間に緊張が走る。

 

「現在、【奴隷猫】ジュラ・ハルマーは厳戒態勢の下で治療を行っています。バイタルは安定しつつありますが、出血量が多かったため目覚めるのがいつになるかは今の段階では判断できません」

「そう……」

 

ジュラが目覚めないということは調査を始められるのがいつになるかわからないということ。その事に若干気を落とすアリーゼだったが、すぐにいつものテンションへと戻り溌剌と口を開いた。

 

「ま、死んでしまった訳じゃなし。起きたらこってり絞ってやりましょう!」

 

アリーゼの言葉に皆少なからず笑みをこぼす。この前向きで明るい性格が団員達に慕われる所以でもる。

 

「ふぅ~、すいません、お待たせしました」

「じゃあ、すぐにホームに戻ってアストレア様に報告しましょう」

 

ストレッチを終え、顔をパンパンと叩きながらポーロットはアリーゼ達に呼びかける。それを合図にアリーゼやリュー達は病室を出た。

 

――――――――――――――――

 

アストレア・ファミリアのホームに戻ると、主神のアストレアが団員の帰りを待ちわびていた。団員一人一人を抱きしめ、「よく帰って来た」と涙ながらに頭を撫でていた。

 

「え~ん、帰ってきたよぉ~アストレア様~」

「……うぅ///アストレア様、その…ご心配をおかけしました」

「主神さま、何もそこまで気に病むことも無かっただろうに」

 

若干過剰に反応し主神を強く抱きしめ返すアリーゼ、恥ずかしさからややぎこちなく抱きしめ返すリュー、心配せずとも平気だとそっと抱き返すカグヤ、十人十色の反応を示す団員の面々。

 

(良かったね……アストレア・ファミリアのみんな)

 

ポーロットはそれを傍から見ているだけだった。リュー達全員が、またアストレアと再会できたこと、それはポーロットにとっても嬉しい事だった。

 

自分のような思いをリュー達が、アストレアがしなくて済んだことを静かに喜んでいた。誰一人欠けることなく、この瞬間を迎えられたことを。

 

(………………もし、()()()が生きていたら、なんて言ってくれたのかな)

 

けれど、思わずにはいられなかった。ジーベル達が生きていたらどうだったかを。自分が成し遂げたことを喜んでくれたかを。

 

(エイレーネ様は…………あんな風に、褒めてくれたのかな…………)

 

平和の神(エイレーネ)が天界に戻っていなければ、アストレアのように抱きしめてくれたのか。そんなあり得ない可能性を、考えずにはいられなかった。

 

目の前に尊く、輝かしい光景が広がっているだけに、ポーロットの孤独と寂寥感は途方もないものだった。仲間を想って見上げた空も、滲んだ涙ではっきりとは見えなかった。

 

 

 

 

「―ロット、ポーロット!」

「…………え?は、はい」

 

不意に名前を呼ばれ一瞬気が付かなかった。慌てて返答し前を向くと、正義の神(アストレア)が立っていた。その顔は涙で目元が赤くなっているが、それでも尚美しく、慈愛に満ちた顔だった。

 

「ありがとう、ポーロット。全部、あなたのおかげよ」

 

ポーロットの肩に手を置きながらゆっくりと話し出すアストレア。その凛とした声音は簡単に、しかしポーロットの中に深く入ってきた。

 

 

「あなたが可能性に気づいてくれたから……その可能性をあり得ないことだと切り捨てず、行動を起こしてくれたから………私の娘達は生きて戻って来られた」

 

 

「あなたがいてくれたから、私達は今日を生きていける………本当に、本当にありがとう」

 

そう言って、アストレアは眷族(リュー達)にしてきたのと同じようにポーロットを抱きしめた。

 

「………………///」

 

まるで心を見透かされているようだった。自分の仲間と主神がいたらあんな風にしてくれたのかなと、考えていたことをそのままアストレアにされたポーロット。

 

自分の子供っぽさに顔が熱くなるものの、それ以上に自分が取った行動が間違い出なかったと、よくやったと心から認めてもらえたこと。

 

それがまるで、亡き主神エイレーネから言われたように感じられたことで、ポーロットは胸がすく思いだった。孤独も寂寥感も消え去るほどに、アストレアの言葉はポーロットに強く響いたのだった。

 

「……ありがとう、ございます。アストレア様」

 

ポーロットが答えると、アストレアはそっと抱きしめていた腕を解いた。

 

「さぁ、中に入りましょう。聞きたいことも、説明することも沢山あるのだもの」

 

そう言ってアストレアはポーロットの手を引きながら、ホームの中へと誘っていった。

 

 

 

 




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9.探せ、手掛かり!真実は誰の手に⁉





アストレア・ファミリアのホームへ招かれたポーロットはこれまでの経緯について事細かに説明した。

 

シャクティとの会話の中で思い至ったこと……一連の闇派閥(イヴィルス)による襲撃はギルドが関与しているかもしれないこと、リュー達を助けるためにアストレアに恩恵を授かったこと。

 

「そんな、馬鹿な……」

「……たしかに盲点だったな」

「迂闊だったわ。そんなことにも気が付かなかったなんて」

 

ポーロットの話はアストレア・ファミリアの団員全てを驚愕させた。これまで都市の平和のために協力してきたギルドが、よもや闇派閥(イヴィルス)に手を貸しているなど、考えたくは無かった。

 

しかし、こと下層での一件に限れば、すべて合点がいくのだ。下層で闇派閥(イヴィルス)に動きがあると、そう進言してきたのはギルドなのだから。現にジュラ達は罠を仕掛けリュー達を一掃しようとしていた。

 

「……ただギルド全体が関与している、という訳ではないと思うんです。もしそうなら、もっとやりようはあったでしょうから」

 

ギルドという組織が完全に闇派閥(イヴィルス)に与していたとするなら、このような考えが浮かばないほど周到に事を進めることができた筈なのだ。

 

「……だとすると、ギルド側の内通者が誰なのか、調べないとね」

 

動揺してはいるものの、アリーゼはすぐに容疑者を特定するために動こうとする。

 

「まずはアリーゼとジーベルに情報を渡した者について、ですね」

「加えてその上司と部下、それから同僚の中で特に親しい奴とかなぁ」

「あとはここ最近で急な休職や長期の欠勤をしている奴だろう。もしもの時のために身を隠しているかもしれんしな」

 

あっという間に容疑者と調査範囲を絞っていくアリーゼ達。誰が何を担当するか、ギルド側への対応はどうするか、次々に役割が分担されていく。

 

その流れるような対応に余計なものなど一つもなく、無駄な動きをする者は一人もいなかった。

 

 

「…………(汗)」

 

ただ一人、ポーロットを除いては。

 

ポーロットはアリーゼ達の対応の早さについて行けていなかった。もともとエイレーネ・ファミリアでもこういった理知的な分野ではこれといって役には立っていなかった。

 

むしろ現場で闇派閥(イヴィルス)と戦ったり、捕縛・逮捕のために都市中を飛び回る方が多かった。そのため今の状況では、邪魔にならない所でボケーッと立っているしかなかった。

 

「―それじゃ、決まりね!各自、明日までに役目を果たすこと!以上!」

 

何もできずにいると、アリーゼ達の作戦会議が終わってしまった。結局何もできなかったポーロットはいたたまれない気持ちのまま、リュー達を見送るしかなかった。

 

「……さて、ポーロット!」

「え?あ、はい!」

 

いきなり名前を呼ばれ一瞬もたついたものの、すぐに呼ばれた方を向くポーロット。そこには一段落付いたといった様子のアリーゼが立っていた。

 

「あなたはシャクティの所に向かってちょうだい。今ここで話したことを、そのまま伝えて来てくれたらいいから」

「……は、はい!」

 

図らずも仕事を割り振られたことに驚くものの、頼まれたからにはしっかりやろうと意気込むポーロット。力強く返答し早速ガネーシャ・ファミリアのホームへ向かおうとする。

 

 

けれど、次のアリーゼの一言でポーロットは固まった。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()としての初仕事、頑張りなさいよ!」

 

 

 

 

「………………え?」

 

アリーゼの言ったことが、一瞬理解できなかった。耳にはちゃんと入ってきたのに、言葉の意味だけがまったく入ってこなかった。

 

「あ、あの……それは、どういう……」

「?そのままの意味よ。あなたは今日からアストレア・ファミリアの団員なんだから。これからよろしくね!」

 

アストレアの恩恵を受けた以上、もはやポーロットはエイレーネの眷属ではない。

 

精神的にはともかく、肉体的には既にアストレアの眷属なのだ。

 

アストレアから恩恵を授かったことの意味を、ポーロットはこの瞬間まで完全に理解できていなかった。

 

いや、正確にはそこまで頭が回っていなかった。

 

 

 

(そっか……改宗(コンバージョン)したんだもんな)

 

 

もともと改宗(コンバージョン)をする気など無かった。新たな神の恩恵を授からず、無力な一人の人間として生きていくつもりでいた。

 

それでもし命を落とすことになろうとも、自分を救いここまで導いてくれた仲間との絆を、エイレーネからの祝福を、今際の際までこの背に背負っておくつもりだった。

 

だが今回、アストレア・ファミリアの危機に際し、新たな恩恵を授かった。友の危機を前にそれ以外のことは頭から抜け落ちていた。

 

なんとかリュー達を救わねば。その一心であの時のポーロットは動いていた。

 

その甲斐あって、ポーロットは間に合った。リュー達に迫る死の運命に追い付き、打ち破った。アストレアからの祝福により、誰一人欠けることなく今日を迎えることができている。

 

そのことに不満は一つも無かった。ただ、死んで逝った仲間達との最後の繋がりが消えてしまったことに、ほんの僅かに胸が苦しくなる思いだった。

 

上手くいったはずなのに、喜ばしい気持ちでいた筈なのに……………どこか心に影が落ちていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

その後、ポーロットはガネーシャ・ファミリアのホームに来ていた。丁度シャクティがホームの正門にいた折であり、話があるといったところスムーズに中に通されていた。

 

今は応接室のような場所でシャクティが来るのを待っている状態だ。ガネーシャ・ファミリアの性質からか、このファミリアには外部から来る者が一定数いる。ギルドの職員、他派閥の神などだ。

 

そのためかこの部屋に限らずホームの全てに掃除が行き届いていた。僅かな汚れも、埃すらも落ちていない。

 

部屋の作りも豪華であるため、こういった場に慣れていないポーロットは借りてきた猫のようにソファーに縮こまっていた。

 

「―待たせたな」

 

そうこうしているうちにシャクティが応接室に入ってきた。彼女がポーロットの向かいに座ると、一息ついてから先に話し出した。

 

「……街中で空を飛ぶ冒険者が現れたと聞いた時はまさかと思ったが、アストレア・ファミリアに入団したとはな。予想外だったよ」

「……あははは」

 

もうすぐ都市を出ると言っていた男がその次の日には他派閥に改宗(コンバージョン)したとあっては驚くのも無理は無いだろう。ぎこちなく笑いながら頭を掻くポーロット。

 

「で、話とはなんだ。まさか改宗(コンバージョン)したというだけではないんだろう?」

「はい……あ、でもその前に。あの‥‥ご飯代を払いのはもう少し待ってもらえますか?ちょっと、手持ちが……」

「そんな事気にせんで良い。もともと私が誘ったんだからな」

「……ありがとうございます」

 

料理屋では食い逃げに近い形で出て行った上に支払いをシャクティに丸投げしていたことをポーロットは気にしていたのだが、そこはシャクティの好意で水に流された。ポーロットは礼を言うとすぐに話し始めた。

 

「実はー」

「…………!」

 

話を聞いていくなかでシャクティは何度も驚いた顔をした。ギルドの闇派閥(イヴィルス)関与の疑い、下層での戦闘、ポーロットの改宗(コンバージョン)

 

たった一日でここまでの事態が起きるものかと頭を抱えたい気分になったものの、何とかポーロットの言わんとしていることを飲み込んだ。

 

「……つまり、今後はギルドからの情報にも注意を払う必要があるということか」

「現在アリーゼさん指揮の下、ギルドの調査が行われています。闇派閥(イヴィルス)に関わった職員については直に判明するかと」

 

少なくとも今回の事件に関与した職員についてはすぐに捕まるだろうとの見解を述べるポーロット。

 

しかし、油断はできない。もし本当にギルドが闇派閥(イヴィルス)側についているとすれば体裁のためにその職員を生け贄(スケープゴート)にする可能性もあるのだ。

 

ギルド側が進んで調査に乗り出し、然るべき対応を取らない限り何も安心できないのだ。

 

「なるほどな……お前がいきなり走り出した意味が、わかったよ」

 

ポーロットの話を聞き終わったシャクティは穏やかな口調でそう言った。

 

穏やかで、しかしどこか悲し気で、それでいて懐かしいものを見るような、そんな顔でシャクティは続けた。

 

「突拍子も無いことを思いつき、自分の考えを信じて突っ走る」

 

自分の無鉄砲さを言われているのだと、恥ずかしさを感じるポーロットだったが、シャクティの口調がどこか引っ掛かっていた。

 

「……あまり、無茶はするなよ」

 

まるで手のかかる兄弟を諭すような、懐かしむような。そんな喋り方が気になるポーロットだったが、なぜそう思ったのかは終ぞわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はすまなかったな、わざわざ。こちらでも色々と調べてみるつもりだ」

 

話が終わったポーロットとシャクティは応接室を後にし、ホームの正門にまで出てきていた。

 

「はい。シャクティさん達も、どうかお気をつけて」

 

ペコリと頭を下げたポーロットは、すぐにアストレア・ファミリアのホームへと戻っていった。気を開放し白い(オーラ)を纏いながら、飛び去って行った。

 

 

「……ふっ。やはり、アイツは()()に似ているよ」

 

ポーロットが飛び去って行った方角を見ながら、シャクティは誰にも聞こえないような小さな声で吐露した。

 

「大切な誰かを守るために……傷つきそうな誰かを救うために……なりふり構わず死地に飛び込み、己が正義を貫かんとする」

 

シャクティがポーロットに抱いた印象は一貫してそうだった。幼いころから平和の使者として生きてきたポーロットは、ずっと誰かを想って戦っているように見えた。

 

それは自分が愛し、ずっと一緒にいたかった者と同じだった。正義感が強く明朗で、勇ましくも愛らしかった、たった一人の()()()()()()と。

 

「……なぁ、もし生きていたら、お前もポーロットに手を貸しただろう?……アーディ」

 

消え入りそうな声で紡いだ言葉は、誰にも聞かれることは無く、無窮の空へと消えていった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

翌日、ポーロットはアリーゼやリュー達と共に進捗状況の共有を行っていた。

 

「ギルドの上層部に問い詰めたところ、相当に驚いていました。あの反応からして、恐らく本当に知らなかったのでしょう」

「直近での長期欠勤者はいなかったが、昨日突然休んだ者は3人いた。そいつらがいつもつるんでいたこと、ここ一か月ほど何やらコソコソ話しているのを目撃した者が多数いる」

「けど、そいつらが今どこにいるかはわかってねぇ」

 

それぞれが調べたこと、わかったこと、現段階ではわかっていないこと。リュー、カグヤ、ライラが次々に報告を済ませ、情報を共有していく。

 

「ちなみに昨日ウラヌスの所へ行ってみたけど、かの大神も予想外だったみたいよ」

 

アストレアが三人の後に補足する。まさか一人でギルドに向かったのかと全員肝を冷やすが、ちゃんとアリーゼと一緒に行ったと聞き胸を撫で下ろす。

 

「じゃあ、まずはその三人を探しましょうか。ウラヌス神が動くならギルド内部のことは任せるしかないわ」

 

一夜明けた今でもジュラは目を覚ましてはいない。そのため目下最大の情報源は行方知れずのギルド職員のみである。

 

「でも団長ぉ、この広いオラリオでどうやってその3人を探すのぉ?」

「わかるのは名前と住所だけでしょ?」

 

アリーゼの3人を捜索するという意見に対しマリューとセルティが声を上げる。これまでの闇派閥(イヴィルス)のような冒険者の捜索ではなく、一般人の捜索。

 

広大なオラリオ、更にはそこに住む数万人もの人々の中からどうやってその3人を見つけるというのか。

 

「まさか……ひたすら聞き込み?」

「え?そうよ?」

 

ノインのそんな問いかけに、違うと言って欲しかった確認に、アリーゼはあっさりと肯定した。

 

もちろんといった表情で笑い返すアリーゼに、聞いた張本人のノインはおろか他の団員も勘弁してほしいという思いだった。

 

「捜査は足で!それが鉄則よ!」

 

確かにそうかもしれないのだが、もっと別の方法を考えろと誰もが思った。リューは深い溜息をつき、カグヤは頭を抱え、ライラに至ってはどうやってバックレようかとさえ考えていた。

 

「とりあえずその3人が住んでる地域からね。そこで聞き込みをして動向を探りましょう」

 

アリーゼは端から3人はそれぞれの自宅にはいないだろうと考えていた。一応訪ねてはみるものの無駄に終わるだろうと予感している。

 

「さぁ、気合を入れて頑張るわよ!」

 

一人意気込むアリーゼにリュー達他の団員は力なく答えるのであった。普段は快活で面倒見も良いものの、極稀にこのような無茶な計画を立てるのである。

 

またその溌剌なテンションで押し切ってしまうためリュー達もついて行くしかなくなるのである。

 

それでも、なんだかんだそれが一番手っ取り早い策であることが多いため、馬鹿にできない所もあるのだ。

 

「じゃあ、三人一組で動きましょうか。ポーロットは私とリオンと一緒に……って聞いてる?」

「…………」

 

そんな中、ポーロットは心ここに在らずといった様子だった。視線もやや落ち気味で、話を聞いているのかいないのかわからなかった。

 

「ポーロット?」

「…………あ、はい!」

「話聞いてた?」

「えっと…ギルドの上層部が驚いていたって」

「それ出だしじゃない!?」

 

案の定ほとんど聞いていなかったポーロット。アリーゼ達の会話は右から左に流されていた。

 

これが何てこと無い会話であったならば問題ないのだが、議題が議題だけにそうはいかない。

 

「あのねえ、今はボーっとしてて良い時間じゃないの!事件解決のために話し合ってるの!わかる⁉」

「はい…………すみません」

 

ぷんすか怒るアリーゼに対し、しゅんとするポーロットという構図は傍たから見れば微笑ましいものではあったが、本題に戻ろうとリューが助け舟を出す。

 

「アリーゼ、その辺で良いでしょう。それよりも、聞き込みをするならば早い方が良い」

「もう~しっかりしてよね。じゃあ各班、聞き込みよろしく!」

 

アリーゼの号令と共に各自聞き込みに出張っていく。ポーロットも気を取り直してアリーゼ、リューと共に出かけていく。

 

「…………ポーロット」

「……はい?」

 

だがそこに声を掛けてくる人物がいた。誰あろう、主神アストレアだった。ポーロットは今もしゅんとしているものの、それとは別の理由で悩んでいるのではないかとアストレアは履んでいた。

 

「大丈夫?」

「?いえ、別に大丈夫です…けど?」

「…………そう」

 

けれど、ポーロットは平気だと言った。何ともないと。その答えを聞いてもアストレアの懸念は晴れなかった。大丈夫だと言ってはいても、とてもそうには見えなかったのだ。

 

それでも本人がそう言う以上、多くは聞けなかった。本当に何ともないのか、まだ距離を置かれているのか。

 

それとも………ポーロット自身、()()()()()に気が付いていないのか。

 

そんな一抹の不安を抱えながら、アストレアはホーム防衛役のカグヤ、ライラ、アスタと共に見送るしかなかった。

 

 

 




こんばんわ。灰色パーカーです。

まずは感想を送ってくださった皆様にお礼を申し上げます。

本当にありがとうございます!

励みになります!やはり感想が送られてくると、読んでくれる人がいるという実感が得られるので、執筆意欲がどんどん湧いてきます。

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