短編詰め (夜鐘)
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知らなくていいこと(楽玲)

お題:うなじ
楽玲付き合ってる時空の話ですが、玲さんは話さないです。



「玲さん……玲さん?」

 

 玲さんはすうすう、とやけに安心した顔で寝息を立てて眠っている。あーあ、寝てらあ、と天井を仰いだ。濡れた髪をスポーツタオルでガシガシと拭きながら、玲さんの体に薄い掛け布団を被せた。ここ、冷房、直で当たるんだよなあ、ベッドの位置変えたい。

 

(……AM3:03。まあ、昨日も遅くまで課題していたみたいだし、お昼間もなーんか眠そうだったしなぁ)

 

ベッド脇に置いてあるデジタル時計を元の位置に戻して、玲さんを起こさないように、そおっと、ソファーベッドに移動した。

お互い学業とバイトと趣味で忙しく、ゲーム内では顔を合わせるものの、中々、現実で会えなくなってしまった。それに危機感を覚えた結果、休みの日ぐらいは一緒にいようと部屋に誘ったのはいいけれど、人の家って緊張するもんだし、泊まりまでは軽率だったかもしれないと反省する。

 

 

(そろそろ半年、はんとし……半年かぁ)

 

 玲さんと『お付き合い』というものを始めて半年。正直、未だにこれはお付き合いしているのか?と疑問を抱くこともある。まあ、一人暮らしの男性の家で何の警戒もなく眠れるのだから信頼はされているのだろうとも思う。

 この前、やっとこさ付き合い出したルストとモルドのお祝いがてら話していた時に、最近やっと玲さんが崩れ落ちずに手を繋いでくれるようになったと報告したら、真面目に引かれたんだよなぁ。いやでも、めちゃくちゃ進歩したんだよ。手差し出しても、逃げられてた事を思えば。逃げ出さなくなっても実際手を握ってみれば、茹でタコも真っ青な赤さで崩れ落ちてしまってたんだから、初めて手を繋いで目的地までたどり着けた時には野生の動物を手懐けたような達成感が……って違う。話がそれた。

 終始、そんな調子だったものだから亀よりゆっくりなスピードで交際を続けてきた訳だが。

 

(もしかして、玲さんにそういう欲求が無い説?いや、まさか。……まさかだよな?)

 

 今の今まで俺も疑問に思わなかったのも大概だけど、最近やっと俺がいる空間に慣れてくれたばっかりだし……猫かな?あれ?玲さんは実質猫だった?

 ちょっと待て。そういえば、俺も俺で玲さんにそういう事求めた事なくない?

 

「えっ」

 

 もしかして俺にも性欲が無かった説……?

 

ーーえっ。

 

い、いやいやいや。待て。待て待て待て?確かにマスかくよりマッピングでマス塗る方が得意なんだけど。は?何いってんの?馬鹿なの?ーーでも、真面目な話、そこそこ『そういう動画』でも『男の栗本』も……。そういえば、玲さんでそういう想像した事……あれ?

 冷や汗が背中を伝う感覚がする。ははっ、えー?まーじで?俺は玲さんを神格化でもしてんの?確かに、ファーストインプレッションの強キャライメージと、その後の廃人ゲーマーとしての尊敬を引っ張りすぎたとは思うけれど。そんなはず、そんなはずは……。すうすうと寝息を立てる玲さんを確認し、ゆっくりと見下ろす。『これは玲さんだ。幸せそうに眠っている』なんてRPGの勇者のような感想を抱いて、頭を抱えた。

 

(いくら俺でも、これが『違う』ことはわかる)

 

落ち着けぇー、深呼吸しろ。確かに玲さんはゲーム仲間だけれど、それ以外のものを見つけてしまったからこうしてお付き合いを始めているわけでして。でもまあ、実際問題『それ以外のもの』が一緒にゲームをする楽しさに負けているからこうなったんですけど、なにか弁解ある?はっはっー、ねえよ!頭の中の高校のクラスメイトが口々に有罪判定かましてきよる。

 

(俗に言う、名前書いて満足した状態じゃん)

 

お付き合いをするということは身体的接触も勿論ある訳で。一応思い返して見れば、付き合ったんだから手を繋ごうと思い立った辺りまではちゃんと、そういう事も視野に入れてた。ただ思いの外、玲さんが初心だったからあんまり、ねえ?申し訳ないなあ、という気持ちも先立ちましてぇ。その内、何がどうねじ曲がったのか、このお付き合いはCEROがAがデフォになってしまった、と。で、なんの因果かよりにもよって今その事実にたどり着いてしまった。

 

(ええ……?)

 

どうしよう、すげえ困惑しているし、この交際中の男女にとっては美味しい状況が、実はめちゃくちゃ不味いのではないかと思い始めてきた。どくどくと嫌に脈打つ心臓が煩い。身動ぎをしたせいで露わになった玲さんの真っ白なうなじに、どうしても目を奪われる。

 

「……っ」

 

ーーギシリ、と二人分の体重をかけたベッドが軋む音に体が跳ねた。……いや、え?まっ、ーー俺今、ナニをした?

 

 

「ぅう……ん」

「!………うぐ」

 

 寝苦しかったのか、玲さんが身動ぎ掛け布団を抱き枕のように抱き込んで、背中を丸めた。びっくりした、びっくりした、びっくりした!口を覆う手が間に合わなければ、即死だった!叫び声を押し止めていた息を、手の中にゆっくりと吐き出す。

 

 

「……勘弁して」

 

 呟いた言葉がどこか遠くに聞こえるし、口を抑え続けている掌がひどく熱い。崩れ落ちるようにベッド脇で尻餅をついた。




玲さんは知らなくていいこと。
楽郎くんは知ってしまったこと。

変な解釈してて、申し訳ないなあと思いながら書いた。私は、その……A〜Bぐらいの展開に沸いてしまうので……。あまりにもトンチキな状況に置いてしまった楽郎くんに申し訳なくてボツろうかと思ったけど、七夕であまりにも嬉しいことが続いたので、記念に。
その内手直しします。

Q.ナニしたんですか?
A.うなじにちゅ


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スタートダッシュ(魚紅)

 いや……あの……地味に応援してるCPなんですけど、なかったので書くしかねえなって……。みんな書いてください……。


 

ーーあ。

 

 それを見つけたのは、部活帰りに一緒に帰っていた先輩が本屋に寄るというので、久しぶりに本屋に立ち寄った時だった。一部のマニアから根強い人気を誇る紙媒体だが、多くの若者は、より身近にある電子書籍を愛用している。それは紅音にとっても同じで、紙の本にはあまり馴染みがない。普段であれば寄ることのない本屋というのは、自分に場違いな気がして居心地が悪い。そんな状況で、おそるおそる本屋の商品を眺めていた時に、よく見慣れた顔が印刷された雑誌をみつけて、思わず立ち止まったのだった。

 

「あれ!永遠さまじゃん!紅音がファッション誌なんて珍しい」

「本当だ!紅音ちゃんも永遠様好きなの?」

 

 思わず手に取ってしまったそれを友人と先輩に見留られた紅音は、少しの動揺を押し殺して振り向いた。

 

「最近、おすすめされたんです」

「あー、わかる!とりあえず永遠さまのコーデをストックしておけば間違いないもんねえ」

 

 まさか先輩達も、本人に『良かったら読んでね!』とおすすめされたとは思うまい。さらに言えば、紅音が非常に言語化しにくい気持ちを、彼女に抱いていることなんて想像さえつかないだろう。それを無理矢理、言語化するならば、おそらく『羨望』と『嫉妬』だった。キャーキャーと楽しそうにやっぱり綺麗だよね、この前永遠さまが着てたスカート買ったんだ、だとか。先輩達が盛り上がっているのを、紅音はただただ静かに、側で聞いていたのだった。

 

 

***

 

 

 隠岐紅音はただの中学生である。部活で全国大会に出場していたとしても、ゲームの中で名前を知られるほど注目を集めていたとしても。その本質は、まだ幼さが抜けない、ただの少女だった。

 

「……綺麗」

 

 雑誌の表紙を飾るその人は、こちらをみて、うつくしく微笑んでいた。彼女ーーアーサー・ペンシルゴンが天音永遠だったと知ったのは、出逢ってからどれだけたった頃だっただろう。さしてファッションや芸能人に興味がない紅音でも知っている有名人ということもあり、とても驚いたことを覚えている。そして、同時に知ってしまったあの人の現実での顔にも飛び上がるほど驚いてしまった。

ーーゲームというものは凄い。同じゲームをやっていると言うだけで、普通なら一生顔も合わせる事もないであろう人と友達のように話すきっかけを得られたりするのだ。

 

「天音永遠さん、二十四歳。……五歳差かあ」

 

私より遠いんだなあ、なんて思考に溺れて、ばたり、と紅音は自室のベッドに倒れ込んだ。肌に触れる布団は、母親が干したのだろう日差しの熱でほの暖かい。

 ーー四歳差。どうひっくり返っても縮まらない、彼と自分の差だった。社会に出れば何でもない歳の差も、現中学生の紅音にとってみれば途方もない差に思えた。一、二歳年上の高校生でさえ大人に見えると言うのに、相手は社会人ーーいや、芸能人と言った方が良いだろうか。友達に彼が好きだといえば、ファンなのかと聞き返されるに違いない。正常な判断だと思うし、紅音だって友達が同じことをいえばそう聞き返すに違いない。

 

(付き合いの長さも、経験も、強さも、知名度も。きっと何一つ自分は、ペンシルゴンさんに届かない)

 

それは、落ち込む理由にはなれど、諦める理由にならないのだ。頑張ると決めたなら、最後まで駆け抜けることしか、紅音は知らなかった。

 

「サンラクさんは『あの二人は、地球がひっくり返っても無い』って笑ってましたし!」

 

 話の流れから冗談だと思ったのだろう。サンラクは、秋津茜の方がまだ可能性がある、とまで言っていた。盲信するわけではないが、あの二人と付き合いの長いサンラクがそれを言われた事に、紅音は安心感を覚えたのだ。

 

(サンラクさんは意味のないところで嘘をつかない人だ)

 

信頼が自信を支えてくれる。実のところ、彼ーー魚臣本人からも「ないね」といい笑顔で一蹴されていたりするのだから、恐らくこれは紅音の杞憂なのだろう。ただそれがいつまで、杞憂であり続けるかはわからないのだ。紅音のように突然気持ちが芽生えるかもしれない。そうなった時から走り出したとしても絶対に追いつけない。だったら、今から走り出せばいい。なにせ、隠岐紅音は、諦めないことも、頑張ることも、走る事も、追いかけることも、大得意なのだから。

 

 

「よし!頑張ります!」

 

 

ぱちんと自分の頬を打って気合いを入れ直す。目下の目標は、魚臣さんから『ベルセルク・オンライン・パッション』で、ワンラウンドを取ること。そして、視界に入れてもらう事。その為には、少なくともメインストーリーで躓いているわけにはいかなかった。

 

 

***

 

 

ーー魚臣慧は困惑していた。

 ベルセルク・オンライン・パッション。通称『便秘』。魚臣が、過疎ゲーといっても過言ではないこのゲームに定期的にinしているのには、三つ理由がある。

 ひとつ、バグを駆使して戦うのが楽しいから。ふたつ、意外性のある動きに慣れることで、仕事にもフィードバックできるから。そして、みっつめ。別ゲーでの知り合いがこのゲームをクリアしようとインしているから。

 

 

「……あの、私、モドルカッツォさんのこと、好きかもしれないです!」

「はい?」

 

 少し恥ずかしそうに、しかし堂々とそう言い放った、筋肉隆々の髭面剣闘士へ、モドルカッツォこと魚臣慧は、全力で困惑の声を上げたのだった。

 





魚紅ちゃんを宜しくお願いします。
途中書きながら永紅か?????ってなってしまいましたが、これは魚紅です(多分)


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夏の日(楽玲)

 付き合ってる二人の夏の日。冒頭のみ


 チリン、と窓際で風鈴の音が響いた。夏の日差しが分厚いカーテンを通り抜けて部屋の中に熱を運んでいるが、稼働し続けているエアコンがそれを相殺していた。締め切った窓からでも聞こえるセミの声が否応にも、夏を感じさせてくる。

 

「あー、コンビニ……行きたくねえな」

 

 真夏の晴天下を、好き好んで歩きたいという人はどのぐらいいるのだろう。少なくとも楽郎はこの暑さの中出歩くのは、気が引ける。そう思いながらも、体から感じる空腹は如何ともし難く。気乗りしない気分のまま、今日の昼食と夜食の調達の為に、のそのそと動き出した。

 

「暑い!」

 

外に出て、開口一番そう発してしまう程度には気温が高かった。雲一つ見えない青空が目に眩しく、その日差しは、夏休みに入ってから必要最低限以外、外に出ていない楽郎の肌をじりじりと焼いていく。

 この春から楽郎の城となった、アパートは、通っている大学から歩いて15分の位置にある。交通の便もそこそこ、歩いて10分圏内にコンビニやスーパーもある好物件だ。オートロックだが、エレベーターがない上、築60年という中々に『趣のある』(ボロい)アパートなのだが、楽郎は気に入っていた。

 

 いらっしゃいませー、という電子の声とともにコンビニの扉の隙間から冷気を纏った風が楽郎の体に当たる。昼食とエナドリと夜食をカゴに放り込み、漫画雑誌を冷やかすころには、額に滲んでいた汗は、すっかりと引いていた。

 

「あ、あの!」

「あれ?玲さん?」

 

雑誌の立ち読みを咎められたかと視線をあげると、よく知った顔が目の前にあった。何かを考える前に、口からはするり、とその人の名前が滑り落ちる。

 

「ぐ、偶然、ですね!」

「びっくりした。玲さんも買い物?」

「姉からお使いを頼まれまして……」

 

そういうと、玲はゲーム雑誌を手に取るとカゴの中に丁寧に置いた。それをみて、手にとっていた読みかけの雑誌の購入を決める。立ち読みして買わないというのも気が引けたからだ。雑誌をカゴに放り込み、楽郎はにこにこと嬉しそうに笑っている玲と一緒にレジへと向かう。

 

「そういえば前にも、こういうこと一回あったね」

「あ、高校の時……ですね」

「そうそう」

 

 あれは、高校二年の夏のことだ。顔見知りーーというかほぼ他人という状態だった時期に、今と同じように声をかけられた気がする。楽郎は記憶を掘り返して、あの日もこんな暑い日だったと思い返す。そういえば白いワンピースを着ているのも一緒だ。ーーお気に入りなのだと、前に言っていた涼しげな真っ白のワンピースが目に眩しい。

 

「あ、アイス……」

「買っていく?でも、こう暑いと、帰るまでに溶けちゃわない?」

 

 玲はアイスの入ったケースの前で足を止める。冷え冷えと氷が降りたそれらは、外の暑さを考えるに心惹かれる物があるが、この炎天下歩いて持ち帰ることを考えると二の足を踏んでしまう。

 

「今日は……あの、えっと車、なんです」

 

 玲さんはそう言ってちらりとコンビニの外に目を向けた。視線の先には黒塗りの高級車が止まっており、楽郎は、あれかー、と少したじろいでしまった。身内に車狂がいる楽郎だからこそ、この程度で済む。もしここにいたのが一般家庭の大学生ならば、物々しく感じて一歩引いてしまうだろう高級車だ。普段はそんなに意識することはないのだが、ふとした瞬間に彼女がお嬢様であることを思い出す。

 

「ああ、そういえば帰省中だっけ?」

「お盆が近いと本家に親族が集まるので……。思ったよりも長居することになりそうなので、荷物を取りに、こっちの家まで送ってもらったんです」

 

 玲はトントンと米神のあたりを指で叩いて、「VRのヘッドギアですよ」と悪戯げな顔で笑った。楽郎は、昨日一緒にゲームしようと連絡が来た経緯を思わぬカタチで知ってしまって、納得の顔を見せた。

 

「ふふ、結果的に楽郎くんに会えたので、お使いを頼んだ姉には、感謝するべきですね」

 

玲は、はにかんでそう続ける。うぐ、と楽郎は少しだけ言葉に詰まった後仕切り直すかのように、咳払いを一つ挟む。

 二人が付き合い始めて一年と半年程。当初、恋人らしいことをするたびに、言葉を詰まらせ、固まっていた玲も、今では可愛らしいと言えるほどの動揺しか見せなくなり、時には(自覚はないままだが、)楽郎を振り回すこともあったりするのだから、楽郎としては気が抜けない。

 

「あー、アイスは俺はいいから、玲さんは選んだら?」

「……よかったら家までお送りしましょうか?運転手にお願いしますが……」

「いやいや、いーよ。流石に気が引けるし、そんなに遠いって訳でもないから」

「そう……ですか」

 

アイスキャンディーを持ったまま見るからにしゅん、とした玲をみて、楽郎は困った顔で頬を掻いた。もちろん名残惜しいと思ってもらえるのは嬉しい。お互い家族と顔合わせ済みだといっても、流石に彼女の実家のお抱え運転手の車に乗るのは楽郎といえども難易度が高かった。

 

(今度埋め合わせに、寄り道誘ってみるかな)

 

 そんな事を思いながら、楽郎がレジに進もうとしたときに、玲は、それなら、と言葉を繋ぐ。その言葉に引かれるように足を止めて、視線を玲に移した。楽郎の中では完全に話が終わってたため、一瞬話の脈絡が読めずに、きょとんとした顔で玲さんの言葉を待つことになる。

 

「一緒に、食べながら歩いて帰りませんか?」

「ん?」

「姉のお使いは運転手さんにお願いすればいいですし、食べながら帰れば、溶ける心配も無いですし……!」

 

名案だ!と玲は瞳をキラキラと喜色で光らせた。え?いいの?と目を白黒させたのは楽郎だ。

 

「え、今、実家……。親戚が来てるんじゃ?」

「まだ皆揃ってる訳では無いですし、明日帰れば大丈夫、です」

 

 やけにはっきりと大丈夫だと断言している玲の勢いに押されながらも、玲さんがいいなら、と楽郎は頷く。一人で買い食いしながら帰るのは躊躇われても、連れがいるなら別である。帰り道のお供として、アイスキャンディーのエナドリ味を手に取った楽郎は、今度こそレジへと会計のために向かった。

 




力尽きた。書き出しを遠くに置きすぎたんだよな……。
そろそろこのシリーズ、短編詰めじゃなくゴミ箱とかにした方がいいのかもしれない……
コミカライズ二話目もよかったですね〜〜〜!


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真夜中の所為(葉夏)

お誕生日おめでと〜ごさいました!のお話
恋しい夜と愛しい朝の間にいる夏蓮ちゃんと葉くんの話です。




ーー甘い香りがする。

 

 離れてすぐに葉がそう言って、眉尻を下げた。身に纏った、金木犀の淡い香りが彼の体に移ったのかもしれなかった。

 

「こんなに長い間、ずっと一緒にいているのに、僕たち、キスはした事なかったんだね」

 

とっておきの秘密を打ち明けるように、私の耳元で呟いた。

 

 

***

 

 

 午前零時を回った頃、当たり前のように真っ暗な窓の外を見下ろして、短く息を吐き出した。椅子に座ったままフラフラと足を泳がせる。一昨日は私の、そして今日ーーいやもう昨日になってしまったか。昨日は、葉の誕生日だった。幼少期から家が隣同士で、お互いの家族も仲が良く、更に誕生日も一日違いだと、当然のように葉の誕生日と私の誕生日のお祝いは合同になる。それは毎年の事で特に不満に思ったこともない。誕生日がもう数日離れていれば日を置いて、二度ケーキが食べれたのにな、というぐらいだ。

 

(葉は寝た、かな)

 

ペタペタと裸足の足同士をくっつけて、物思いにふける。窓から見える隣の家の部屋の灯はすでに消えている。葉からの今年の誕生日プレゼントは金木犀の香りの練り香水だった。綺麗な装飾が施された蓋を開けると甘い香りが、鼻腔を擽る。金木犀……そういえば近くの公園の花はもう開いているのだろうか。毎日、通学の際に通っている道だというのに、そんな事も思い出せない。

 

(こういう気分って、何ていうんだっけ)

 

ノスタルジック?エモーショナル?なんとなく違う気もする。首を捻って、欠伸をひとつ。明日は朝からネフホロに籠るのも良いだろうし、葉を引っ張って買い物に出かけるのもいいだろう。そう思うと早く寝なければ、という思いもあるが、どうにもベッドに横になる気になれなかった。正しく、感傷的な気分で、ただ自分が何に浸っているのかが判然としなかった。

 

 

(ーー葉はもう寝た、よね)

 

 

数分前の思考を繰り返して、真っ暗な葉の部屋を睨む。手元にある端末を操作すれば、確かめられる事実を、混ぜ返して難問にしているのは私自身だ。

 そう、例えば、例えば今、目の前の部屋の電気がついて。葉が眠気と戦いながら「どうしたの?寝れないの?」なんて問いかけてきたのならば。ーーならば、なんだというのだろう。自問を繰り返して、ただ答えを見つける気のない思考の迷路を漂い続ける。ーー馬鹿らしい、と自分に心底呆れてしまって溜息をついた。電気を消してベッドに寝転がればその内寝られるだろう。きっとこんな思考になるのは真夜中の所為だ。

 部屋の電気を消そうと、椅子から立ち上がる。そして、立ち上がったと同時に、沈黙を守っていた端末が低く唸り声を上げた。メッセージの到着を告げるバイブ音、ポップアップしたメッセージは数拍前に考えていた通りのもので、なんとも言えない気持ちになった。

ーーどうしよう、もう寝る、とでも返そうか。どうしよう、寝れない、とでも伝えてみようか。どうしよう、と自問を重ねながら指先は酷く正直だった。

 

「葉、」

「かれん?どうしたの、電話は珍しい……」

「ちょっと付き合って」

 

葉は、んー、と愚図るような声でモゾモゾと言葉を零した。返事が鈍いのは半分寝ている所為だろうか。

 

「いいよ、寝るまで電話繋いでおく?」

「うん」

「僕、先寝ちゃったらごめん」

「起きてて」

「むちゃ、言うなあ」

 

欠伸を噛み殺すような音と共に目の前の真っ暗だった窓がオレンジ色の光に満たされる。カーテンの隙間に手が掛かったと思うと、寝巻きの葉が窓際で、ひらひらと手を振った。

 

 

「寝つき、いつもは良いのにね」

「寝る気分じゃなかっただけだから」

「そうなんだ?」

「うん、もうちょっと今日が続けば良いなって」

「なるほど」

 

耳元で聞こえる、潜めた笑い声が心地いい。また一つ、一緒に歳をとったと言うのに、昨日までとなにも変わりないやり取りが心地よかった。

 

「明日」

「ん?」

「明日は朝からネフホロをしたい」

「うん、いいよ」

「お昼はオムライスがいい」

「うん」

「あと……あ、そう言えば葉。公園の金木犀はもう花咲いてたっけ」

「どうだったかな。またあの香りを嗅いだ覚えがないから、まだだったと思うけど」

 

 

 窓の向こうで考え込む葉を見ながら、思いつくままに言葉を零していく。うんうん、と葉がいつも通り頷くのをみて、漸く気持ちも微睡んでくる。

 

 

「葉の誕生日が終わるね」

「んんー、日付変わったからもう終わってるんだけどな」

「私が寝るまでは葉の誕生日」

「ふふ、そっかあ」

「うん、そう。ロスタイム。誕生日の」

 

 ちょっと得した気分だね、と葉は笑った。その様子を見て、自然に頬が緩む。

 

「ねえ、誕生日の終わりってなにかないの」

「何かって?」

「その日、一番におめでとうを言う。だから、終わりにも何かあれば良いのにと思った」

 

おはようとおやすみが対になっているように、誕生日という特別な一日にも、おめでとうと対になる言葉があれば良いのに。ぼんやりとそんな事を思ってそのまま口に出した。不思議そうな顔をした葉が、私が言いたい事を理解したのか得心した表情になった。

 

「もう一度おめでとうじゃあ、駄目なの?」

「なんか違う」

「誕生日の締めかあ」

 

葉が考え込んで口を閉じる。暫くそうだなあ、と思考に浸っていた葉は、例えば、と言葉を紡いだ。

 

「また来年もお祝いさせてね、とか」

「そのまま」

「いいでしょ、別に」

 

 む、と唇を尖らせた葉が、じゃあ夏蓮はなにがいいと思う?と問いかけてくる。さて、なにがいいだろう。なんと彼に声をかけたいだろうか。彼になにを伝えたいだろうか。どうすれば過不足なく彼にこの気持ちが伝わるだろうか。来年も、再来年も、これからもずっと隣で一番に誕生日を祝って、独占するには。

 

「私は、」

「うん」

「キスを送りたい」

「は、……うぇ?!」

 

がつん、とガラス窓に額を打ち付けた葉が動揺を隠せないまま、額を抑えたのをみて思わず吹き出した。葉が酷く動揺している様が新鮮で、愛しく、そして恋しかった。

 

「ねえ…….」

「ふ、ふふっ、そんなに驚くとは思ってなかった」

「驚く、驚くよ!あー、びっくりした」

「意味は葉のと一緒なのに?」

「そりゃ、そりゃあ!そう、だけど!」

「電話じゃキスは出来ないから、残念」

「……」

 

もっと早くに思いついておけばよかった、と零すと、いきなり行動に移されると、心臓壊れちゃったかもだから予告があって良かったよ、と葉は俯いたまま答えた。

 

「明日だね」

「明日かあ、次は僕が寝れなくなりそう」

「寝れるまで付き合う」

 

参ったとばかりに両手を上げた葉に、飛びっきりの笑顔でそう返した。




イベントごとの前後一ヶ月まではセーフだから……(大遅刻)
単行本発売までもう秒読みですね……どきどきする!


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思い出せない(NoCP)

サンラクくんが怖い話をするだけ。



 

 

 

 ええっと、これは俺が高校に入る前に聞いた話なんだけど、うちの学校の保健室、なんかでる、らしいんだ。ーーいや、まじまじ。本当だって。そりゃあ、うちの学校は七不思議だって七つ揃ってない、霊的なものに縁がない学校だけどさ。

 え?いかにもな伝聞形で入るのがあからさまに作り話っぽい?おいおい、そういうメタ読みはやめようぜ。折角こうして人数を集めて雰囲気を作ってるんだからさ。それに始める言ってただろ?話す内容は、誰かから聞いた話でも良いし、何処かで聞いた出どころのわからない噂話でもいいってさ。

ーーああ、それは勿論。実際に自分が体験した話でも問題ない。まあ、そんな体験をしたことがあれば、だけど。

 

雰囲気でてきた?

 

 じゃあ、話を戻すか。ーーはあ?最初からお前らが茶々入れる所為だろ?なんかよく分からん空気になったから、仕切り直しだよ。

 最初に言った通り、これは俺が高校に入る前に聞いた話なんだ。教えてくれた人は、学校の近くでゲームを売ってる個人店の店長さんで、学校の近くに店を構えているからかな?結構噂話とかにも詳しくてさ。雑談の一つとして教えてくれて。その人も卒業して大分経ってるし、もう話してもいいだろって。そう言う話。

 

 その話をその店長さんに教えてくれたのは、その当時のうちの学校の生徒。男子で当時、高校二年生だったらしい。

 その男子生徒はさ、ちょっと体調を崩しがちっていうか……ぼかさず言うと夜更かし常習犯のゲーマーだったらしい。個人経営のゲーム屋に店長と仲良くなるほど顔を出すんだから、お察しってやつ?新作ゲームが出ると寝る時間を犠牲にして攻略に勤しんでたらしいよ。気持ちはわかる。俺らだって攻略の為に、極める為に、遊び尽くす為に、朝方までゲームの中にいることなんてザラだろ?でも、そういう生活を学生の身でしてると、どうしても直面する問題があるよな。

 

 そう、授業中の眠気。

 こればっかりはどうしようもない。これはゲーマーじゃなくても一度は経験があると思うし、ゲーマなら言わずもがな……あるよな?

 それをうまく誤魔化すやつもいれば、開き直る奴もいると思うんだけど、彼はどうしても眠気が勝つ時は、うまく授業をサボって、保健室で仮眠を取ることが多かったらしい。でも成績はそこそこで、先生からも概ね真面目って評価だったんだってさ。そう自分で言ってたらしいから、要領のいい人だったんだと思う。

 

 その日は、二徹目の四時間目の前にひどい眠気が襲ってきたらしくて。体調不良を理由に授業をサボって保健室に行ったらしい。養護教諭の先生はそういう生徒には慣れっこで、次の授業にはちゃんと出るように約束して、空いてるベッドで寝かしてくれた。

 

 それからーー、どれくらい寝てたんだろうな……。二徹目の眠気で、一度本格的に寝だしたら、起こされでもしない限り、熟睡モードに入っちゃうだろ?少なくとも俺はそうなんだけど。10〜20分の仮眠で自然に起きるなんて事はないはず。

 でもさ、不思議な事にその人は自然に目を覚ましたんだ。保健室にきた時は、空いてたはずの隣のベッドにカーテンが引いてあった。目を覚ましてすぐ、あれ、先生なんで起こしてくれなかったんだろう?って思ったらしい。他の人が保健室に来たことも気づかないほど、相当深く眠ってた自覚があったから、放課後まで寝過ごしたんじゃないかって思ったんだってさ。

 

 でも、その割にはやけに保健室の中が静かだったからすぐにおかしいなって思ったらしいよ。ほら、学校って基本、何処にでも人がいるから休み時間とか放課後って何処にいても人の声が入ってくるっていうか……ザワザワしてるだろ?あの感じが全然なくて、じゃあまだ授業中だろう、眠気もなんかスッキリしてるし、教室に戻るかって先生に声をかけようとしたんだけど、丁度、先生が保健室にいなくて。

 

 それ自体は、保健室の常連だったからさ。退出時間をノートに書いて戻ろうとしたんだって。うん、そう。レイ氏は知ってると思うけど、うちの学校の保険室って入室時間と退出時間を書くノートがあってさ。基本、先生とか保健委員が書くものなんだけど、その時は誰もいなかったから、自分で書いて、保健室を出ようとしたんだよ。けど、書こうとしてすぐ違和感に気づいたんだ。

 

あれ?自分の名前がない。って。

 保健室に入った時は養護教諭の先生が書いてたのを彼は見てたのに、ノートの最後のページのどこにも自分の名前がなかった。先生が書き忘れたのか、古いノートに間違って書きつけたのか、兎に角。彼が見る限り、そのノートには名前は見つからなかったらしい。彼は保健室の常連で、先生とも何度も顔を合わせていたからそういうこともあるだろうと、それなら退出時間と一緒に入室時間をかけばいいだろうとノートに向かって、ぞっとした。

 

自分の名前がわからないんだ。

 

 ペンを持った手が一向に動かない。一瞬のパニック状態になるまで時間はかからなかったらしい。確か四時間目が始まる前に保健室に入った時には、養護教諭の先生に「また来たの?」と名前を呼ばれたはずなのに、よく覚えていない。休憩時間に友達に呼ばれたはずなのによく思い出せない。ゲームでよく使っていた名前は本名をもじったものだった筈なのに、それさえも判然としない。よく思い出そうとするほど、記憶はまるで遠い昔の記憶を思い出そうとする様に、霞かかってしまう。

 そんなパニック状態なものだから、まともな行動は取れなかったんだ。普通に考えたら職員室に駆け込んで生徒一覧を見せてもらうとか、そうまでしなくても、教室に駆け込めば友達の一人や二人が彼の名前をよんでくれたかもしれない。ーーこのノートに退出時間を書かないと、ここから出れないっていう錯覚というか、脅迫観念を覚えてたのかもな。

 この状況で保健室の外がしんと静まりかえっているのも、いやに不気味に感じるだろ?

 

 それで、必死になって名前を絞り出そうと思って、ふと気づいたんだ。ノートの一番最後にひとつ、退出時間が書かれていない名前があるって。その名前はなんというか、見覚えのない名前だとは思ったらしい。でも、自分の名前が思い出せないんだ。状況的に見ても、これが自分の名前なんじゃないかって思うのは、おかしな発想でもなんでもない。

 

 そうだ、そうに違いない。退出時間を書いてここを出てしまおう。

 

 自分にそう言い聞かせて、追い立てられる様にデジタル時計の時刻を走り書きで書きつけて、保健室の出入り口に手をかけて退出したんだ。

 

 ん?そうそう。別に保健室から出れないとかそういう事はなかった。普通に教室に戻れたし、その時には学校特有の喧騒も戻ってきてたし、教室に戻れば友達が自分を名前で呼んでくれた。ーー保健室でノートに書いてあったその名前をさ。

 

 

おしまい。

 

 

***

 

 

「なんというか、怖い話……?」

「一発目だしこんなもんじゃね?」

「確かに一発目から、首を切りに来るような話をされてもねえ」

「しっかり不気味さはあった」

 

カッツォと鉛筆がルストを巻き込んで、好き勝手言っているが、何事においても一番手ほど、緊張するものはないんだよ。次の話をする前に批評会に移るのはなんなんだ。嫌がらせか?

 

「あの、ベッドに寝てた人は、保健室から出れたんですよね?」

「普通に出れたって、サンラクさん言ってたけど……」

 

 秋津茜がそうつぶやくと、モルドがその呟きを拾って不思議そうに首を傾げた。

 

「あ、いえ。その人じゃなくて、その人が寝てる間に保健室にきて眠ってた人……」

「はい!秋津茜さんは気づいてはいけない事に気づいてしまったのでSANチェック、かなぁ?」

「京極さん!?」

 

 こういうのはわからないのが不気味なんだから結論を求めるのは無粋だよ?と京極はカラカラと笑った。おいおい、残暑の怖い話大会の続きはどうした。俺だけ話しておわりか?はぁー?身内だけのゆるい企画だけどさあ、最低限、やろうって言い出したペンシルゴンの話とついでにカッツォの話を聞くまでは終わらせないが?二人に念を送っていると、近くにいたレイ氏がこそりと秘密の話をする様に声をかけてきたので、思考を一旦中断する。

 

「い、岩巻さんは、こういう話もお詳しいんですね?」

「本人曰く、乙女ゲー以外は専門外らしいけど。あの人も大概バイタリティに富んでるからなあ。あ、そういえばこの話、ちょっとだけ余談があってさ」

「そう、なんですか?」

「うん。その人、岩巻さんのお店の常連さんだったんだけど、高校を卒業した後は、ぱったりお店に来なくなったらしくてさ。実はその人、顔見知りなんだ。友達とかではなかったけど、ワゴン覗きながら話したこともある。ーーだからこの話をしようと思った時、あれ?って思ったんだけど」

 

 

「そういえば、あの人の名前思い出せないなって」

 

 




おしまい。

旅狼メンバーが、学怖とか洒怖形式で怖い話をする話が読みたくて書いたけど、怖い話を作る才能がないという気づきを得ました。
この話が漫画ならホラー系一発芸:ケチャップ吐血を途中で挟んでギャグになってたかもしれないのでセーフ(?)


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