とあるギーク女の禍難。 (SUN'S)
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第1話(氷室冬香)

○月%日

 

夕方、私は女子生徒の人気を独り占めするナンバーワンな男子生徒こと織斑一夏に屋上へ呼び出された。私も思春期なので告白なのでは?と期待してしまいそうだけど、ただの相談事だと思うんだよね。

 

だいたい、私みたいなボッチを相手するほど織斑君は暇じゃないだろうし、こういうのを期待するだけ無駄っていうんだろうね。まあ、あんまり考えすぎるのは止めるとしよう。

 

それよりも織斑君の覚悟を決めたような視線の理由は何なのかな?なんて思いながらも彼の話を聞いていると鬱陶しいほど近寄ってくる女子生徒を遠ざけるために彼女の真似事を頼みたいそうだ。

 

いや、そんなこと言われても私は交際した経験なんて一度もないんだよ?と言えば「君にしか頼めないんだ」と頭を下げられた。

 

ひょっとして、これが失恋なのだろうか。

 

そんなことを考えていると織斑君を見ると無言のまま見続けていたのを頼み事の肯定と受け取ったのか、私の左手を両の手で握り締めながら「ありがとう、ダメ元で頼んでみるもんだな」と言ってきた。

 

はあ、どこで間違えたのかな。

 

○月/日

 

早朝、私は朝練のために家を出る時間を早くしたにも関わらず織斑君は通学路の途中にあるバス停のベンチに座って私のことを待っていた。

 

恋人の真似事を引き受けた覚えなんてないけど、織斑君は承諾してくれたと勘違いしてるんだよね。どうすれば誤解を解けるのかな?等と考えながら歩道を歩いていると織斑君が竹刀袋の沈丁花の刺繍が可愛いと褒めてくれた。

 

そうだよね、沈丁花って可愛いよね。

 

部活の先輩は華やかなモノを勧めてくるけど、私は沈丁花みたいな落ち着いた花柄が好きかな。いや、男の子の持ってる竹刀袋のドラゴンもカッコいいと思うよ?

 

そんなことを話していると織斑君の名前を呼びながら満面の笑みを浮かべてこっちへ走ってくる複数の女子生徒が見えた。

 

チラッと見上げるように織斑君を見れば凄く不機嫌そうな表情を浮かべているし、それほど女の子を嫌うような出来事があったのだろうか。

 

とりあえず、深く考えるのはやめよう。

 

ただ、なんというか真実を知るのは怖いし、織斑君に聞いたらなんとなく後悔するかもしれない。それより私を突き出すように構えるのは可笑しいと思うんだけど、少しだけでも話を聞いてほしい。

 

○月↓日

 

織斑君は義理堅い性格なのだろうか?等と考えることが増えてきた。ほとんど強引とはいえ恋人の真似事を行う関係へと引きずり込んだ相手を気遣うなんて簡単には出来ないことだ。

 

ただ、イケメンな織斑君の知名度は他の地域まで轟いているのは確かだからね。部室の前や武道場の出入り口なんかに現れると女の子は阿鼻叫喚だよ。

 

いつもは厳格そうな先輩なんて恋する乙女みたいな表情を浮かべながら可愛い剣道してるし、どんだけイケメンに飢えているのだろうか。

 

胴着の襟元を直していると織斑君の下校デートという取って付けたような名前の護衛を頼んできた。いや、私は諦めてるから良いんだけ、私を除いた女子生徒の猛攻は酷くなると思うな。

 

そんなことを思いながらも竹刀袋を代わりに持つと言ってくる織斑君の手を押し返して、他の女子生徒か、逃げるためにも両の手は開けておいた方が良いと教える。

 

なんとなく納得してるみたいだけど、私のことをチラチラと見てくるのは何故だろうか?なんて考えているとフェンス越しに睨んでくる複数の女子生徒にビビって腰を抜かしそうになった。

 

あんな殺気を剥き出しにしたヤツと知り合いになった覚えはないけど、たぶんクラスメイトだったような気もするんだよね。

 

いや、本当に多分なんだけどね?

 

 



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第2話(氷室冬香)

◇月℃日

 

私は意外にも織斑君との偽りの恋人関係を始めてからぼろを出さずに頑張っている。織斑君は休み時間は友達とサッカーや鬼ごっこを楽しんでいるけど、私とは登下校の時しか親しそうに話さない。

 

一応、私の学校生活を考えてくれているのかと思ったこともあるけど、あれは学校の中では交際関係を隠しているという周囲へのアピールだそうだ。

 

いつか真っ当な恋人として笑い合えると嬉しいんだけどな。まあ、織斑君のモテすぎるっていう苦悩は平凡な私には分からないし、分かろうとすれば頭を抱えて悩むことになるのは必然としか言えない。

 

それにしても織斑君は他の男の子より運動神経抜群なのに部活しようとは思わないのかな?なんて考えながら教室の窓からグラウンドを眺めていると小さく手を振ってくれた。

 

こういう然り気無い彼氏アピールは徹底してるのは凄いと思うんだけどさ、私の後ろで「織斑君は私に手を振ってくれたのよ!」とか騒ぎ出してるからビックリするんだよね。

 

まあ、織斑君が満足するなら良いけど。

 

◇月>日

 

たぶん、昼頃だったと思う。

 

織斑君と交換したメールアドレスを眺めていると「今から会えないか?」という短いけど、織斑君から初めてのメールが届いた。

 

どう、織斑君にメールを返せばいいのか。

 

ずっと、それを考えているとメールじゃなくて通話で話すことになってしまった。ゆっくりと深呼吸しながら携帯電話を左耳に押し合えると織斑君の声が聴こえてきた。うわあ、電話越しだと声って低くなるんだね。

 

そんなことを考えながら織斑君のメールの理由を聞けば家の前で待ち伏せしてる女子生徒が居るから撤去してほしいそうだ。ああ、デートのお誘いかと勘違いするなんて恥ずかしい…。

 

そういえば織斑君のお家を知らないんだけど、どうやって女子生徒を撤去すれば良いのかな?等と思いながらも織斑君の話を聞いていると金切り声が聴こえてきた。

 

この人は織斑君は怒っているのか、それとも通話の相手である私へ怒っているのかな?そんなことを考えつつ、深い溜め息を吐きながら家屋の屋根を跳び移りながら織斑君の家を探す。

 

私は探偵じゃないから短時間で見付けるのは無理だし、あんまり目立たない外見のお家を探すのは難しすぎるんじゃないかな?

 

独り言のように口ずさんでいると二階建ての綺麗なお家の前で騒ぎ立てるツインテールの似合う女の子をベランダの手すりの間から見下ろしながら覗いている織斑君を見付けることが出来た。

 

とりあえず、あのドアを叩きまくってる女の子を止めれば良いのかな?とベランダで辺りを見回している織斑君の手を乗せている手摺に着地しながら問えば「まあ、うん、頼めるか?」と言われた。

 

まあ、一応、私は織斑君の彼女だからね。

 

あとは任せてくれていいよ?

 

◇月×日

 

私は昨日の突撃訪問を経て、織斑君の女子生徒へ対する苦労を体験することが出来た。あれは怒ることを嫌う人でも怒ると思う。

 

それに説得するために後ろから話し掛けただけで攻撃してくるとか最近の女の子は過激すぎじゃないかな?と織斑君に言えば頷いてくれた。

 

まあ、学校へ通ってる平日は毎日のように女子生徒からデートしようと誘われてる織斑君は選り取り見取りなのは分かるんだけど、女の子を避けるために頻繁にトイレに行くのはヤバイよ?

 

最近なんて織斑君はお腹が弱いって噂が出回ってるし、腹巻きでも編んであげようかな?なんて言ってる子も増えてきてるんだよね。

 

私も織斑君の体格でも細道の逃走ルートは探すけど、あんまり無茶するのはダメだよ?怪我すればお見舞いを口実にお家へ押し入ろうとする人も増えるだろうし…。

 

いや、べつに怖がらせるつもりはないよ?

 

とりあえず、織斑君はプレゼントは受け取らずに周囲を警戒して安全な中学生活を送れると良いね。一応、私は織斑君の彼女だから逃げるときは私のお家を頼っていいよ?

 

うん、まあ、危険分子を排除しようと目論んでる先輩は多いんだけどね。最近は部室に行こうとするだけで来なくて良いとか言われるし、私より強い選手なんていないのにね?

 

 



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第3話(氷室冬香)

&月:日

 

私は剣道の県大会へ出場するために武道場の使用許可を貰うために職員室に来ているのだが、織斑君を狙っている教員は多いようだ。

 

どうすれば三十路を迎えそうな人が中学生の男の子と付き合えると思えたのだろうか?等と思いながらも罵詈雑言を浴びせてくる教員を見上げる。

 

それに、よく見れば厚化粧のせいでひび割れている箇所が遠目でも分かるほどあるし、ガミガミと怒って大きく口を開ける度に口紅や乾いた化粧の粉が床に落ちてる。

 

あんまり教員の話は聞いてなかったけど、なんとか武道場の使用許可を貰うことは出来たので良しとしよう。それにしても三十路間際なのに、あれほど自信を持てるのは凄い。

 

まあ、深く考えるのはやめよう。

 

こういう自意識過剰な人は怒るとモノに怒りの矛先を向けるって祖母も言っていたし、あと口臭を気にせず好かれていると考えるのはダメだと思う。

 

誰も残っていない武道場の真ん中で素振りを繰り返していると扉の空く音が聴こえ、素早く竹刀を構え直し、後ろに振り返ると織斑君が出入り口の段差に腰掛けながらスニーカーを脱いでいた。

 

いや、教室で友達と帰ろうとしてたよね?

 

&月\日

 

早朝、私は侍戦隊シンケンジャーの悪役として登場した腑破十臓の復刻版フィギュアを買うために秋葉原へとやって来た。

 

小学生の頃は秋葉原へ行くのはダメだと言われていたけど、それなりに背丈も伸びて剣道も強くなったので頑固な祖母を寝る間も惜しんで説得して、漸くオタクの聖地と呼ばれる秋葉原を堪能することが出来るのだ。

 

あんまり土地勘もないので地図を頼って特撮専門店を探さないとイケないのは辛いけど、格好良くて素敵な腑破十臓のために頑張るしかない。

 

のんびりとパソコンの設計図やアニメのキャラクターの衣装を模した格好で可愛く笑う女の人を遠目で眺めていると「かんちゃん、どこぉ~っ!」という声が後ろから聴こえてきた。

 

大きな荷物を抱えた女の子が人ごみをかき分け、キョロキョロと辺りを見ながら名探偵ピカチュウみたいな顔で歩いているのが見えた。

 

とりあえず、助ければいいのだろうか?

 

そんなことを考えながら女の子に「なにか困ってるの?」と問い掛けると「かんちゃん、迷子になっちゃったの…」と教えてくれたけど、私は迷子なのは貴女だと思うんだけどな。

 

いや、べつに独り言だから気にしないで…。

 

私の探してる特撮専門店へ行ってるとは思えないし、この子を連れて秋葉原を探し歩くのは難しいだろうし、公園を探して待機するしかないか。

 

&月≒日

 

なんとか買うことのできた腑破十臓のフィギュアを専用のショーケースに入れ、裏正を霞の構えにして写真撮影を行う。

 

あの時はフィギュアを買えず、帰るしかないと思ってたけど、かんちゃんさんのおかげで購入することが出来て、本当に良かった。

 

しかし、私達を双眼鏡で眺めたいた女の人は誰なのだろうか?あれほど凄まじい嫉妬の念を見たのは初めてだ。いや、嫉妬というより羨んでいるような視線だったような気もする。

 

まあ、そんなことより腑破十臓の最も格好良く見える立ち方を模索しよう。う~ん、上段の構えもカッコいいんだけど、もっと威圧感を増す立ち方にするには、どうすればいいのだろうか。

 

とりあえず、先ずは中段の構えは基盤として別の構えを考えるのも良いかもしれない。いや、それよりもドラマの中で使用していた構えを再現した方がカッコいいのでは…。

 

どうすればカッコいい姿勢を見付けることが出来るんだ。やはり、私は写真撮影の才能はないのか?等と考えながら焦点の合わない写真を見る。

 

もう、いっそのことかんちゃんさんに頼んでみようかな?そうすれば安心してカッコいい姿勢の腑破十臓を撮影することが出来そうな気がしてきた。

 

 



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第4話(織斑一夏)

○月%日

 

俺は今日こそ告白しようと氷室冬香を屋上へと呼び出した。この日のために五反田弾御手洗数馬の考えてくれた告白のセリフを言おうとした瞬間、なぜか最悪にも彼女のフリを頼んでしまった。

 

ただ、氷室さんは嫌な顔すら、ほとんど表情を変えないから怒っているのか、それも分からないけど。無言で頷いて了承してくれた。やっぱり、氷室さんを好きになって良かった。

 

そのことを相談するために二人を家へ招いたというのに「お前は肝心なところでヘタレるよな」とか「こう、もっと強気に攻めないとダメだな」なんて言われたけど、俺だって精一杯に頑張ってんだよ。

 

そう二人に言い返せば声を揃えて「いや、お前は告白でキザっぽく決めてヘタレてるよな?」と言われ、反論することも出来ず…。

 

どうにか氷室さんとの微妙な関係を戻す方法を考えてくれと頼んだが、今は関係を拗れない方向へ運ぶことに集中しろと言い聞かせるように言われた。

 

はあ、どうすれば誤解を解けるのだろうか。

 

そんなことを考えながらジュースのお代わりを要求してくる二人に向かって「なあ、ちゃんと考えてくれよ」と言えば「まあ、向こうも今の関係は難しいって考えてるだろうし、別れを切り出されるのは待ってれば良いんじゃないか?」と最低なことを口走りやがった。

 

俺は氷室さんと誠実な交際関係を築きたいって言ってるだけなのに茶化すのはやめてくれよ。それと数馬だってモテるのはイケメンの特権とか言ってた癖にアドバイスもねえじゃんか…。

 

○月↓日

 

早朝、俺は氷室さんの使ってる通学路の途中で待ち伏せするように彼女を待っていると竹刀袋を抱き締めて歩く氷室さんが見えた。

 

剣道を話題として使うのはダメかと思いながらも竹刀袋の椿が綺麗だと褒めると表情を変えずに喜んでいるのは分かった。

 

そして、なにより俺と氷室さんの関係は変わらず良好なので良しとしよう。ただ、どういう理由なのかは聞いていないけど。

 

なぜか氷室さんは部活動の禁止を先輩を通して教員から言い渡されたそうだ。俺は胴着を纏う氷室さんを見たいのに、この中学校の教員はバカなのか?

 

いや、そいつは絶対にバカのはずだ。

 

剣道部の中で一番の戦績を誇っている氷室さんを休ませるとかバカとしか思えない。だいたい、恨み妬みで人を貶めようとするのはクズの所業だ。

 

先ずは氷室さんの部活動の禁止を取り下げを願って担任に掛け合ってみよう。もしくは弾に頼んで担任の弱みを調べて脅すしか方法だけだ。

 

たぶん、そんなことしたら氷室さんに軽蔑されるのは確実なので最終手段として控えておこう。あとは氷室さんとデートするしかない。

 

しかし、こういうのは男の俺から誘った方が良いのは当然だけど、どうやって氷室さんを誘えば良いんだろうか?等と考えながら二人に相談したのに「それぐらい自分で考えろよ」と言われた。

 

それが分からないから相談してるんだよ。

 

○月±日

 

折角、覚悟を決めてデートに誘おうと氷室さんの家に来たのに出掛けているとおばさんに教えてもらった。まあ、

確かに事前にデートしようって話した覚えはないけど、遊びに行くなら俺も一緒に行きたかった。

 

そんなことを思いながら暇潰しに駅前のゲーセンで対戦を募集していると微刀"釵"という名前のテロップが横入りしてきた。

 

ちょうど止めようと思っていたタイミングで来るのはビックリしたけど、あんなエグいほど強化された大太刀を使用するキャラなんていたのか。

 

俺のキャラは打刀を主体として戦うことを前提としているため、距離を離そうとすれば一撃で倒される可能性がある。

 

このキャラを相手に素早く距離を詰め寄るのは難しいけど、数馬の教えてくれた撹乱ステップで翻弄してやるぜ。

 

なんて格好付けてたのに、あっさりと負けてキャラは「無念なり」とか呟いてる。チラリとゲーム台の向こうを覗けば眼鏡を掛けた女の子がゲーム台の前に座っていた。

 

ハッキリと言えば意外だけど、穏和そうな人ほど怒ると怖いって弾が言っていたことを思い出した。とりあえず、今日は氷室さんとのデートすることが出来なかった記念として記憶しておこう。

 

はあ、どうすれば氷室さんの誤解を解くことが出来るようになるのか。最近は、それだけを考えてるせいか、学校でも凰鈴音に怒られるし、あいつは俺のなにが気に食わないんだ?

 

 



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第5話(織斑一夏)

∀月∧日

 

結局、俺は氷室さんをデートにも誘えず弾達と暇を潰そうにゲーセンに通い詰めている。二人は「クレーンゲームで取った縫いぐるみをプレゼントするのはどうだ?」と提案してくれたけど。

 

どうしても俺は剣道しか興味無さそうな氷室さんに渡しても迷惑なんじゃないかと考えてしまう。正直に言えば俺は氷室さんと手を繋いでデートしたい。

 

それでも氷室さんは剣道の試合へ向けて練習を怠ることなく繰り返している。なにより下校するときは決まって、俺の下駄箱を見てから帰っている。

 

もう、なんでこんなに愛らしいんだろうか?

 

それこそ世界の心理なんじゃないかと考えるときもあるが、氷室さんは存在しているだけで世界を癒やす存在だと考えれば当然のことだ。

 

いや、むしろ世界のほうが俺の大好きな氷室さんのために存在してるのではないだろうか。ああ、やばい、そうとしか思えなくなってきた。

 

とりあえず、少し落ち着こう。

 

よし、先ずは氷室さんと二人っきりでお弁当を食べるために人の少ない場所を探し、そこで肩を並べて食べるのが最初の目標だ。

 

∀月〓日

 

今朝、竹刀を構えた氷室さんを公園で見掛けた。どんな練習してるのか、こっそりと眺めていると一瞬だけ氷室さんの身体が増えたように見えた。

 

そんなこと有り得ない。ひょっとして俺が氷室さんに増えてほしいって思っていたせいなのか?等と考えながら氷室さんを見ていると数馬のヤツが大声で俺の名前を呼びやがった。

 

アイツ、ぜったいに氷室さんがいるって分かってるのに叫んでるよな?そうとしか思えないぐらい絶妙なタイミングで話し掛けてきた。

 

はあ、今日こそ話そうと思ったのに邪魔されるとか最悪すぎると思うんだけど。アイツらは人の恋路で楽しそうにしやがって、アイツらも恋患いになったら絶対に弄ってやる。

 

いつ来るのか。それすら分からない小さな仕返しを考えながら氷室さんに気付かれる前に数馬の近くに駆け寄り、思いっきり顔面を殴り潰しておいた。

 

この程度のパンチなら許してくれるはずだ。もしも数馬に許してもらえなかったら数馬が俺に謝るまで殴ればいい。なにかの本で読んだ気がする。

 

そんなことを思い出しながら後頭部を押さえている数馬のシャツの襟を掴んで気付かれる前に公園から逃げる。さすがに恋人の関係とはいえ覗きは犯罪なので反省しよう。

 

∀月℃日

 

早朝、久しぶり帰ってきた織斑千冬に彼女が出来たことを報告したら泣き崩れた。どうして、泣くのかと聞けば「私なんて男の友達すらいないのに…っ」とのことだ。

 

確かに千冬姉は男の人と会ってるところを見たことないし、この家に遊びに来るのは決まって篠ノ之束だけだったような気がする。

 

まさか世界的有名人な千冬姉は一人しか友達のいないボッチな学生生活を送っていたとは思えない。いや、むしろ実姉の悲しい過去なんて知りたくない。

 

そんなことを考えていると「彼女の写真を見せろ」と腰に抱き着いてくる千冬姉を引き剥がし、パーカーのポケットから携帯電話を取り出して千冬姉に見せると泣き出してしまった。

 

いつもは強くてカッコいいはずなのに千冬姉って情緒不安定なのかもしれない。それこそ千冬姉がいるときは恋沙汰を話すのは控えた方が良いのか?

 

まあ、千冬姉にも素敵な出会いがあるはずだ。

 

その時を気長に待つしか堪える方法はない。

 

それと限界を越えて非行に走るのだけはやめてくれよ?等と思いながら啜り泣いている千冬姉を抱き上げ、掃除したばかりの二階の寝室へと運んでやる。

 

しかし、千冬姉は完璧主義者のようなイメージだったけど。あんな乙女チックな思考の持ち主だとは思いもしなかったし、千冬姉を崇めてる人に見せたらすごい発狂しそうだな。

 

たぶん、あれは向こうも見たくもないだろうけど。

 

 



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第6話(織斑一夏)

∈月―日

 

早朝、俺は今日こそ氷室さんをデートに誘おうと意気込みながら家を出ようとしたところを千冬姉に捕まった。はあ、千冬姉まで俺の邪魔をするのはやめてくれないか?

 

そんなことを半泣きの千冬姉に言えば「久々に帰ってきたのに、私を構ってくれないのか!?」と叫ばれた。まあ、確かに俺が千冬姉と会うのは二ヶ月ぶりだけど。

 

俺は氷室さんと学校でしか会えないんだぞ?等と思いながら鯖折りのように絞まる腕を引き剥がすために千冬姉の腕を引っ張ってるのに動かない。

 

しかも引き剥がそうとすれば腕の締め付けが強くなるせいで腰が痛くてやばい。このまま抵抗してると腰を折られるかもしれない。

 

ゾッとすることを考えてしまい、なんとか千冬姉を引き剥がして落ち着かせるために「今日はデートに行かないから落ち着いてくれ」と言った瞬間、ゴギッという鈍い音が聞こえたような気がする。

 

∈月∞日

 

翌朝、俺は千冬姉のせいでぎっくり腰になった。

 

どうすればぎっくり腰なんかになるんだとお見舞いに来てくれた弾達に聞かれ、正直に答えると数馬が小さな声で「千冬さん、ゴリラの守護神でも引き連れてんのか?」と呟いていた。

 

まあ、それは俺も考えたことあるけど。

 

千冬姉だって女性なんだから可愛い守護神に決まってるだろうが、俺はうつ伏せのまま反論しながら僅かに動く首を数馬と弾の座っている方に動かすと拳を鳴らす千冬姉が立っていた。

 

ゆっくりと俺は二人と千冬姉から視線を反らし、聴こえてくる絶叫に堪えながら悲鳴が収まるのを待っていると頭を撫でられる感触にビビっていた。

 

俺にしか聴こえない小さな声で「一夏、ぎっくり腰が治ったら覚悟しておけ」と言われ、今度こそ殺されるんじゃないかと考えていた。

 

もう、マジで千冬姉のこと誰か貰ってくれないか?なんて思いながらも千冬姉の言葉に頷いて「覚悟しておく」と言ってから気絶しようかと考えていた。

 

しかし、そうなると俺が目を覚ます頃には弾と数馬は帰っているはずだ。そうなれば千冬姉の相手するのは俺だけしかいないことになるのは当然だ。

 

それだけは避けたい。

 

千冬姉には二人を起こさず、今日は止まってもらおうと提案すると「ああ、そのくらいは良いだろう」と了承してくれた。

 

とりあえず、俺の安全を確保出来たけど。このまま二人には悪いが、俺の代わりに千冬姉の相手を頼むしかない。あんまり友達を売るようなことはしたくないけ。

 

それでも俺が助かるには仕方無いことだ。

 

∈月〃日

 

早朝、腰を左右へ動かして痛みを和らげるように軽く運動する。弾と数馬は昨日の事件を経て千冬姉の命令を聞く忠実な下僕のようになっていた。

 

千冬姉、俺の友達だってこと忘れてないか?

 

そんなことを考えながら運ばれてくる定食のような料理を食べていると「一夏、お前の彼女なんだが…」と氷室さんを話題に出してきた千冬姉を見詰める。

 

なぜか申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺の携帯電話を渡してきた。二人とも首を傾げているし、二人の仕業じゃないのは確かだ。

 

携帯電話の電源を点けようとボタンを押しているのに点かない。どうなってるんだ?等と思いながら千冬姉に問えば「踏んで壊してしまった」と言われた。

 

ちょっと待ってくれないか?

 

俺の携帯電話を踏むような状況なんて昨日はなかったと思うんだけど。なあ、携帯電話を踏んだのって千冬姉で間違いないのか?

 

とりあえず、氷室さんの家に行く理由が出来た。それと千冬姉は暴れる癖を治さないと結婚どころか恋人すら出来ないと思うんだが…。

 

先ずは携帯電話を買い替える。

 

その後は氷室さんとお家デートしよう。

 

 



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第7話(氷室冬香)

今朝、学校に行かなくていい休みの日なのに織斑君が家に来ていたそうだ。私は剣道部の練習試合を兼ねて地区予選の相手と交流試合してたけど。

 

先鋒を務めていた向こう側の生徒が「ずいぶんと変な太刀筋だな」なんてズバッと言ってきた。

 

そこまで変な動きだったかな?と考えていると「先程の逆胴だが、あれが真剣ならば体を両断されていた」と私を称賛するような言葉が飛んできた。

 

まあ、確かに逆胴は渾身の一撃を放てる得意な技だけど、ほんの少ししか剣を交えていない相手に見破られるなんて驚きだよ。

 

どうやって見破ったのかと聞けば「竹刀の持ち方が私とは逆だ、それに右の胴を放つより速さより左の胴を放つ方が速いと感じた」と言われ、こういう人を天才っていうのだろうかと考えてしまった。

 

そんなことを考えながら副将の試合を見ていると人差し指で太股を叩いてリズムを測っているようにも見えたけど、よく見れば時計を見て苛立っているようにしか見えない。

 

もしかして、友達と遊ぶ約束でもしているのだろうか?と思いながらも彼女から視線を外して大将の試合を応援するために正面を向いた瞬間、織斑君が道場の出入り口に立っていた。

 

一応、ここって隣の地区の中学校なんだけど。

 

「なぜ、ここにいるのだ!?」

 

いきなり、私と話していた向こう側の征途が立ち上がって織斑君を指差しながら叫んでいる。ひょっとして、待ち合わせの友達って織斑君だったのかな。

 

私は織斑君と隣の女の子を見比べるように見ていると「氷室さん、試合は終わってるよな?」なんて聞いてきたので「うん、まあ、終わってるよ?」と答えておいた。

 

よく見れば五反田君や御手洗君まで来ているし、あと目付きの悪い女の人もいる。いったい、どういうパーティーメンバーなのだろうか?

 

勇者の役割は織斑君だよね。五反田君は戦士か盗賊なのは確定として、御手洗君は魔法使い一択だし、女の人はバーサーカーなのは決定なのは確かだ。

 

「一夏、久しぶりだな」

 

「あァ~ッ、誰だっけ?」

 

ポリポリと後頭部を掻くような仕草を見せたかと思えば彼女のことを知らないと言い放った。不穏な空気というより重苦しい感じだ。

 

とりあえず、織斑君と近しい友人なのは確かなはずなんだけど。もしや織斑君は彼女のことを本当に覚えていないのだろうか?等と考えながら見ていると女の人が近付いてきた。

 

「お前だな、私の大切な一夏を惑わしたのは…」

 

「な、なんだと!?」

 

驚いたかと思えばギロリと睨んでくるのは何故なのだろうか?なんて思いながら彼女のふりしていることを責めてくるとは予想外だ。

 

それにしても二人とも殺気みたいな圧力を掛けてくるのはやめてくれないかな?私だって間違えて竹刀を生身の部位に叩き付けそうになるし、あんまり睨まれると怖くて仕方無い。

 

そんなことを言えば「ふん、この程度の威圧で怯むなど一夏の選んだ女とは思えんな」等と言われたけど。私は無駄なことに労力を割くつもりはないだけです。

 

 



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第8話(氷室冬香)

>月⌒日

 

たぶん、昼頃だと思う。

 

この前、いきなり練習試合へ乱入してきた織斑君の話を聞くために彼の家を訪ねることにした。あの怖そうなお姉さんは居ないって言ってたけど、どこかに隠れているとかありそうなんだよね。

 

そんなことを考えながらインターホンを押しているのに誰も出てこない。買い物にでも行ってるのかな?等と思っていると通り掛かったオバサンに「織斑さんなら旅行に行ったわよ?」と教えて貰った。

 

むう、一応は彼女なのに旅行することも教えてくれないのは酷いと思うけど。彼女の真似事だから家庭の行事を教える必要はないと思われたのかな?

 

私が「はあ…」と深い溜め息を吐き出しながらガックリと肩を落として道の端を歩いていると織斑君と仲良くしている男の子が見えた。

 

えっと、あの人の名前は五反田君だよね。

 

ちょっとだけ織斑君の旅行先でも聞こうかな。これで五反田君が知ってたら私は友達の定義の外側にいるってことなんだけど、その時は諦めて部活にも遊びにも行かずに夏休みの間は引き籠ろう。

 

>月∧日

 

今朝、五反田君が遊びに行こうと誘ってくれたので着いていこうと思う。べつに、これは浮気って訳じゃないはすだし、なにより織斑君はお姉さんと二人っきりで旅行なのだ。

 

私だって男の子と遊んでも文句は言わないよね?なんて思いながら五反田君の行きつけらしいゲーセンでクレーンゲームで瓜坊の見た目をしたにゃんこ先生を取ってくれた。

 

とりあえず、ありがとうございます。あんまりクレーンゲームは得意じゃないので欲しかったキャラを取って貰えて嬉しい…。

 

そんなことを言えば何故か五反田君は顔を赤くしてタイムクライシスを眺めている。もしかして、シューティングしたいのかな?なんて思いながら一緒にする?と聞けば「…うん‥」と小っちゃい声が聴こえてきた。

 

成る程、この人はシャイな人なんだ。

 

私が一人で納得していると「氷室さんはアイツのこと、どう思ってんの?」と唐突に聴いてきた。アイツって織斑君のことで良いんだよね?

 

それとも別の人なのかな?

 

私は織斑君の彼女(仮)なので上手く言えないけど。たぶん、仲良くは出来てると思う。まあ、他の人には不釣り合いな恋人だろうけど。

 

それより五反田君は好きな人っていないの?と切り返すように問えば「俺は出来た時に教えてやるよ」と言ってきた。やっぱり、モテる男の子は違うんだと再確認することができた。

 

>月∞日

 

早朝、竹刀の手入れを行おうと竹刀袋から取り出したら木刀が紛れ込んでいた。たぶん、お兄ちゃんの使ってたヤツだと思うけど、なんで私の竹刀袋から出てきたんだろうか。

 

それと、私のお兄ちゃんは俗世で言えば中二病を患っていた哀れな患者とのことだ。あまり喋った記憶はないのに、この木刀を一生懸命に作っていたのは覚えている。

 

これはネット通販で購入した1mm程の竹光を鋼蜂と呼ばれる加工のために採取される珍しい蜂の集めた蜜を使って何十枚も重ね合わせたモノだ。その努力の結晶を妹の竹刀袋へ隠すのはダメだと思う。

 

そんなことを思いながら家を出ていったお兄ちゃんの部屋の扉を開けるとグレートマジンガーが出迎えてくれた。いや、どちらかと言えば出迎えたというより通せん坊しているんだけどね。

 

だいたい、織斑君は私のお兄ちゃんと似ているような気がするのは何故だろうか?なんて考えながらグレートマジンガーを押し退けて部屋の真ん中に座ってコンセントの抜けたテレビを見詰める。

 

ここでテレビゲームを一緒にしてたのは良くも悪くも印象的だった。まあ、お祖母ちゃんはあんなに負けず嫌いな女の子を連れて帰ってきた時は卒倒しそうになってたけど。

 

 



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