その身に咲くは剣の花 (ヤマダ・Y・モエ)
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第一話

初めまして。
BLEACHの漫画読み直してみたらふと二次を書いてみたくなったので投稿します。


 

 

気が付いたら真っ暗だった。

いや、正確には何も見えない訳ではない。どういう訳か、自分の姿ははっきりと見えるし、周りを見れば白装束を着て頭に三角巾を被った人達がズラリと並んでいた。どうやら、人や物ははっきりと浮かび上がるらしい。暗い時は何も見えぬという俺の常識が今木っ端微塵に砕け散った。

……ん? そもそも俺とは誰だ?

 

「はい、次の人ー」

 

 自身の忘却というかなり重大な問題が頭に浮かんだのだが、それも前から聞こえる声によってかき消えた。

 声のした方を見てみると、そこには黒い着物を着た男がいた。その横にも同じような者がおり紙を手渡しているようだ。紙を手渡された者はそのまま光になって消えていった。つまり、白装束を着て並んでいる者はあの紙をもらうために並んでいるのだろう。

 

「? 次の人ー、早くして下さーい」

 

 どうやらまだ『次の人』とやらは前に進んでいないようだ。一体どれだけ愚鈍なのか。呼ばれたらすぐに行くというのが常識というものだろうに。

 そう思いながら前を見てみると黒い着物を着た男はこちらを見ていた。というか、俺を見ていた。

 自分を指差し『え、俺?』と確認してみると男はぶんぶんと首を振って肯定の意を返してきた。成程、愚鈍なのはどうやら俺だったようだ。

 

「はーい、じゃあ君は……げっ」

 

 ちょっと待ってほしい。『げっ』とはなんだ。そんな露骨に嫌そうな顔をするんじゃない。何を配っているのか知らないが、明らかにハズレじゃないかその反応は。

 

「は、ははは……そんなに睨まないでほしいのだけど……。ま、まあ! なんとかなるさ!」

 

 会ってまだ五分と経っていない男の『なんとかなるさ!』ほど説得力の無いものはない。

 

「し、仕方ないんですって! これ僕達が任意で決める訳じゃないんですから……。と、とりあえずはいどうぞ! よい死後を!」

 

 男は訳の分からない事を言って俺にその紙を押し付けてきた。

 というか、さっきこの男はなんと言った? 死後? 死後とはあれか、そのままの意味で死んだ後という事か。

 

 つまり、俺は死んだという事か。

 

 その結論に達した瞬間、取り乱す暇もなく俺は光に包まれていった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

【流魂街】

 どうやら死後の世界というのは天国でも地獄でもなくこの流魂街という所らしい。らしいというのは、他人の又聞きであり俺自身が確認した訳ではないからだ。とはいえ、確認する術など他人から聞く以外にない故、コレは俺の中ではほぼ確定事項なのだが。

 それはそうと、黒い着物を着た男が俺にあの紙を渡す際に露骨に嫌そうな顔をした理由が分かった。あれはどうやら『嫌そう』というよりも『憐み』を多段に含んだ顔だったようだ。というのも、これも他人の又聞きだがこの流魂街は1~80の地区に別れているらしいのだ。そして、その当てられた数字が小さければ小さいほど治安が良いらしい。逆に大きければ大きいほど治安が悪く、80なんかはもう人の住むような所じゃないとかなんとか。まあそんなことはどうでもいい。問題はあの男が露骨に憐みの視線でこちらを見てきた事に対してだ。そう、ここまでこれば誰でも分かる。俺に割り振れられた地区は大きい方の数字なのだ。しかも下から数えた方が早いぐらいの。

 

南流魂街78地区【戌吊】

 

 80じゃないのを喜ぶべきなのか、こんな中途半端ならいっそ80にしてくれと嘆くべきなのか。いや、ここは中途半端なのを喜ぶべきであろう。もし80にいたらせめてもう少し小さい数字が良かったと嘆く筈だからだ。

 だが、生活に困っていることに変わりはない。聞けば、死んだ者は腹が減らないという。しかし、何故か俺の腹は減る。俺はそういう幽霊なのか。

 訳が分からないが、余所は余所、ウチはウチの精神でやっていかなければならないようだ。疑問に思っていたとしても解決策が浮かぶ訳ではないからだ。しかし、問題は流魂街に住む大半が俺の様に腹が減るという不具合を感じる訳ではないということだ。つまり、食料の需要が少ない。俺にとっては死活問題だ。他人から盗むという手もあるが、犯す罪の重さに比べて得られる利益が少ない。場合によってはハズレもあると考えると尚更だ。

 これらの事を考えた上でどうするか。生きる上では何が必要なのか。俺が出した結論は……狩猟生活である。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 考えてもみて欲しい。何故日々を怯えながら過ごすのか。何故飢えに怯えるのか。それは人がいるからだ。

 人がいなければこうして野生生物を狩って生を繋ぐことが出来る。しかも、他人に気を配る必要はない。寝込みを人に襲われる心配もない。代わりに動物に襲われる可能性はあるが、人間に比べれば可愛いものだろう。場所を選べば心配なし。

 早速今日の飯を獲ってくるとしよう。出来れば肉が良い。最近食べていなかったからな。

 

「きゅ?」

 

 飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。目の前に兎が現れた。愛くるしく首を傾げながらこちらの様子を窺ってくるがそんなことは関係ない。野生に生きているのならいつ他人の血肉となるか分からぬものだ。そして、血肉とする事を戸惑ってはならない。俺は狩る。明日を生きる為に、未来を生きる為に。

 この日、俺は生きるという事の本当の意味を知った。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・うさぎ肉

・生きるという意味

 

 




流魂街の食糧事情などはオリジナル設定です。


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第二話

 

 森で数カ月か過ごしていると自然と体が適応してきた。

 まず、毒キノコを食べても問題なくなった。一度間違えて食べて笑いが止まらなくなってしまったのだが、食料が無くなってどうしても食べなくてはならない時に食べ続けていたら、自然と体が受け入れるようになった。これでもう何も怖くない。

 次に、野生動物の追い詰め方が効率よくなった。というのも、単純に俺の脚が速くなったというのもあるのだが、野生の勘というやつだろうか、なんとなく動物の次の行動が分かるようになったのだ。これは適応というよりも成長といったところか。

 最後に、俺の五感が研ぎ澄まされた。特に眼と鼻と耳がだ。眼は夜目が利くようになり、鼻は野生動物の臭いどころか、個別にかぎ分けられるようになり、耳はより遠くの音まで聞こえるようになった。狩猟の成功率の上昇もコレによるところが大きい。ますます野生児と化してきた訳だが、生きていく上では避けては通れぬ道故、むしろ喜んで野生児である事を受け入れようと思う。これからは喋る時は『わんわん』と言った方が良いのだろうか。

 さて、実はこの数カ月で面白い拾い物をした。刀だ。血に濡れた黒い着物の片隅に突き刺さっていたのだ。野生生物にやられたのだろう。油断するからそうなるのだ。たかが野生生物と油断することなかれ。彼奴等は追い詰められた時、思わぬ力を発揮するのだ。窮鼠猫を噛む、例え兎であろうと追い詰められたら我々に噛みついてくるのだ。大方、この着物の持ち主は何らかの野生生物の狩猟に来ていたのだろう。そして、追い詰め油断したところで不意を突かれやられてしまったのだろう。馬鹿なものだ。野生の世界で油断するなど言語道断。油断した者からやられていくのだ。

閑話休題。

 大層な事を矮小の身で申したが、やったことは死体漁りとなんら変わらない。流石に着物までは取らなかったが、刀は頂戴した。野生での戦いにおいて、武器があるのとないのでは成功率に雲泥の差がある。前に木の枝で戦う事があったのだが、素手で縊り殺すよりも格段に楽だった。木の枝は脆い為、それ以来は使っていないのだが、刀という殺す為の明確な道具があるのならそれを使わない意味はない。故に、ありがたく頂戴したのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ザシュッ

 

 森に肉を切り裂いた音が響く。無論、野生の世界に普通は肉を切り裂く音は響かない。音の原因は俺だ。俺が刀で動物を切り裂いたのだ。

 あの刀を拾って以来、狩りの効率が格段に良くなった。肉に困らない生活というのはなんともいいものだ。毎日が楽しくて仕方が無い上に、餓死をする危険が少ないというのは身心ともに楽になる。

 しかし、あれ以来獲物を狩るときに妙な気分になる時がある。それも追い詰めていざ斬りかからんとしている瞬間に突如体がありえないほどの高揚感を感じるのだ。初めは肉にあり付けることからくるものだと思っていた。実際、肉にあり付ける日は軽く有頂天だった。だから、俺はこの高揚感が食欲の所為だと錯覚していた。しかしそれが違うということが分かったのはついこの間の夜のことだ。その時俺は狼に襲われたのだ。よくあることだ。火を焚いていたとしても襲ってくる勇猛果敢な動物はいる。それと弱肉強食の争いをすることも幾度もあった。だが、今までと違ったことは俺の傍らに刀があったことだ。我流ではあってが、狩りに使っていくうちになんとなく使いこなせるようになった。その刀を俺は抜刀し、狼に斬りかかった。分かったのはその時だ。狼に斬りかかる瞬間、俺はあの高揚感に包まれていた。晩飯を食べたのにも関わらずだ。理解した、この高揚感は食欲とかそんな簡単なところからきていないと。そう、この高揚感はもっと奥深く、魂に根付いているものだと。俺は狼を斬り殺した時にはこの高揚感が何なのかを理解していた。この高揚感は……。

 

 武器を振る事に喜びを覚える子供心だ。

 

 この事実を認識した時は恥ずかしさのあまり片っ端から周囲の木々を斬り裂いていった。斬り裂いている時でさえ高揚感を感じ、更にコレが高まっていくのだから恥ずかしさは募っていくばかりだ。なんという悪循環。結局落ち着きを取り戻し、動物を斬っても恥ずかしさを覚えない程度には回復した。その内高揚感を覚えないように訓練しないといけないな。狩りではそういう余計な感情は邪魔だ。野生生物は邪な感情に敏感だ。殺気、怒気、これらに反応する野生生物の第六感は眼を見張るものがある。その為、武器を振る時にそのような高揚感を覚えていたらいつか狩りに異常をきたすかもしれない。明鏡止水の心だ。俺が目指すのはあの領域だ。

 今後の目標を決めた俺は現在、狩りの序でに明鏡止水の心を手に入れる為の修行に励む。斬り殺す時に心を鎮め、食事の時にも心を鎮める。というか、何かをする時でさえも常に心を穏やかに、冷静でいられる様にしている。偶に寝込みを襲われることもあるがそんな時も焦らず冷静に斬り殺して明日の食料にする。最近は狼に襲われる比率が高くて食料に困らなくなって良い。筋張っていて固く、あまりおいしくないのが珠に傷だがな。

 そう言えば、最近狼だけに限らず他の生物もよく襲いかかってくる。どこか興奮しているようだが、あれは一体何なのだろう。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・狼肉(多)

・ウサギ肉(多)

・刀

・厨二心(?)

・明鏡止水の心(笑)

 



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第三話

◆◇◆◇◆
↑これは時間経過や場面転換を表しています。


 

 

 

―――ねえ聞こえる?

 

……。

 

―――ハァ、やっぱり駄目ね。

 

………。

 

―――まあ、当たり前か。まだ自分を認識すらしていないものね。

 

…………。

 

―――じゃ、また声をかけるわ。次は雑音ぐらい聞こえると良いわね?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 やはりおかしい。

 刀を手に入れてまたまた数カ月が経過した。そろそろ狩猟生活も一年ぐらい経つのではないだろうか。コレぐらいになるともはや狩りは一種の作業と化し、森は俺の庭になってくる。木の上でも自由に動けるようにもなった。明鏡止水の心も最近では様になってきており、狩りの手を鳥にまで伸ばし始めた。鳥は意外と美味しいということが分かった。

 いや、そんな事は些事だ。それよりも何がおかしいのかと言うと、ここ最近俺の食料が減ってきているのだ。これはつまり、森の中の生物が減っているということだ。俺にとっては死活問題だ。食料が無いから流魂街を離れて狩猟生活しているというのにここでも食糧問題が起きてしまったら俺の居場所はこの世にない。もう死ぬしか無くなってしまう。あれ、死後の世界で死んだらどうなるのだ? あの世のあの世があるのか? 訳が分からん。違う、訳が分からないのは今の状況だ。何故森から生物が居なくなる。俺は食物連鎖が崩壊するほど動物を狩ってしまったのか? いや、それはない。必要な分しか狩っていないし、その辺りには気を配っていたからだ。

 そうなると、原因は他にあるという事か。例えば、この森に招かれざる客が来たとか。……招かれざる客ってなんだ? 森にとって招かれざる客とはすなわち森の害となるものだが、実はこれがあまりない。あるとすれば食物連鎖を崩壊させるほどの野生動物が森に侵入したことか。だが、その様な生物がそうそう現れる筈もない。なら原因は何だ? 全く訳が分からん。否、矮小な人間の身で森羅万象を理解しようとする方がおこがましいか。

 

結論、放置。

 

 分からぬものは分からぬし、これ以上考えたところで解決策が出るわけでもない。なら俺は難しい事は考えずにいつも通り過ごしていれば良いだろう。森の再生力は凄まじい。いずれこの森も元に戻るだろう。

 そうと決まれば、早速今日の飯を獲ってこねばな。久しぶりに川魚でも突いて食べるか。どこかに岩塩は落ちていないだろうか。……ある訳ないか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「そっちに行ったぞ! 追え!」

 

 数日前の呑気に構えていた俺は愚かだった。もう少し、何をして良いのか分からなくても何かをするべきだったのだ。そうしていれば、今の様に『人に追われる』という珍体験をせずに済んだかもしれない。

 今日の朝、眼が覚めた時から嫌な予感はしていたのだ。妙な胸騒ぎを感じ、今日は一日中大人しく過そうと思った矢先、例の黒い着物を着た男たちが現れたのだ。そして、何やら俺に質問してきたのだが、質問の意味が分からず黙っていたら「沈黙は肯定とみなすぞ」といきなり刀を抜いて俺に斬りかかってきたのだ。訳が分からない。大体何だ『虚(ホロウ)』って。食べれるのかソレ。

 運が良い事に、男たちの初撃をなんとか避ける事ができ、俺は今こうして逃げている。それはもう、途中で木を斬り倒したり獲物を狩る用の罠を作動させたり、あるいは木のくぼみに身を潜め気配を殺してやり過ごしたり、様々な方法でだ。

 何故、男たちを殺さないのか。それはその男たちが食べれないものだからだ。殺したら食べる。これは野生の常識だ。だからあの男たちは殺さない。もししつこいようなら隙を突いて気絶させ、森の外に捨ててくるつもりだ。

 それはそうと、最初の木を斬り倒して妨害するまでは良かった。問題はその後だ。いきなりシュバッととても速く移動するようになったのだ。眼で追えないほどではないのでなんとか今まで逃げきれているのだが、あれは一体何なのだ。今日は分からない事が多くて困る。己の無知を呪いたい気分だ。だが、それを嘆いていても何の解決にもならない。とりあえず分からぬものは分からぬと断じ、俺は逃げるしかあるまい。

 

「こっちだ!」

 

 考え事をしながら逃げ回っていたら発見されてしまったようだ。こんな時に考え事ができるということあ、無意識のところで余裕があるのか? それとも単純に能天気なだけなのか? 個人的には前者であってほしい。

 それはそうと、どうやって逃げようか。いくら反応出来るからといって単純な速さなら向こうの方が圧倒的に上なのだ。いつまでも逃げれるわけではないだろう。簡単な解決方法は俺もシュバッと動くあれを出来れば良いのだが、それが出来ない事は分かり切っている。正確には、出来るのかもしれぬが仕組みが分からないのだ。まあ眼で見てみる限りで言うと足に何らかの力を溜めてそれを蹴っている感じである。だが、問題はその『何らかの力』である。これが分からない。あっちも俺と同じ幽霊と言われる存在なら俺も出来ない事はないのだと思うが……試してみるか?

 

「大人しくしろ!」

 

 俺に接近した男はそのままの勢いで刀を振り抜いた。殺す気は無いようで峰打ちだが、だからといってくらってしまっては今後の生活に支障が出てしまうだろう。峰だからといっても骨は折れるし、下手すれば死に至るのだ。そんなもの誰がくらうか。幸い、刀で斬りかかれたのは今のが初めてではない。隙あらば斬りかかってきており、その度に俺は生死の境目を漂うことになったのだが、その全ての太刀筋は眼に見えている。そして、避けることはわけなかった。よって、今振り抜かれた刀の太刀筋も見えており、体を少し捩じることで避けるが出来た。

 

「さっきから何故当たらない!?」

 

 それはお前の太刀筋が見えているからだ、とは言えない。そんな事を言ってしまえばこの男たちの逆鱗に触れ、ますます激しい攻勢に出られてしまうからだ。世間に疎く、常識が成っていない俺でもそれぐらい分かる。だから俺は何も言わずに黙々と回避し続け、序でにあのシュバッと移動する方法も試してみようと思う。例え出来なくても、やるだけやってみるだけである。要するにあれは、脚に力を溜めてドーンとするだけであろう。ならばそこまで手間でもない。避けながらでも出来ることだろう。

 早速試してみた。脚に力を入れ後ろに跳んでみる。するとどうだろう、当たり前の如く、いや、力んだだけいつもよりも少し速く後ろに跳べた。当たり前である。俺が欲しいのはこんな当たり前の結果でなくシュバッとした結果なのだ。どうやら単純に力を溜めるだけでは駄目なようだ。おっと、危ないじゃないか男よ。俺は今、お前たちのそのシュバッとした動きを再現するのに必死なのだ。邪魔しないでもらいたい。

 さて、単純に力を溜めるだけで駄目ならどうすればいいのだろうか。……そう言えば、今の俺は幽霊であったな。ならば幽霊らしく霊力とやらを溜めて跳んでみようではないか。とはいえ、その霊力とやらが何なのかサッパリ分からぬのだがな。東洋の神秘、気のようなものか? まあ、気とか言われても使ったこともない故、どちらにしてもサッパリわからないのだがな。とりあえず、霊力とやらを脚に溜めてみよう。やれるやれないじゃない、気持ちの問題である。やるという気持ちがあれば成功率は上がるとどこかで聞いたことがある。っと、止めろ男たちよ。俺は今、ある意味人生の分岐点に立っていると言えなくもないのだ。この気持ち次第で成功率が上がるという事を証明する為に、いざ。脚に霊力かと思われる力を溜め、もしかして霊力ではないかもしれないので更に力を溜めてみる。

 

「っ!?」

 

 男たちの動きが何故か止まったがそんなものどうでも良い。更に力を溜めに溜め、いざ後ろに思いっきり跳躍した。

 

ズドンッ!!

 

 世界が弾けた。脳が揺れ、眼がチカチカし、視界がグルグルと回る。それは、今までにないほどの速さだった。世界が入れ替わるというのだろうか。今まで目の前にいた男たちが次の瞬間には遠く離れたところにいたのだから。……ああ、そうか。俺は今頭を打ったのか。通りで頭が痛い訳だ。というか、頭を強く打ったわりにはこんな事を考えていられるとは、余裕があるな。この状況でも余裕があるということは、これは俺が能天気という事で決定だな。

 ……うっ、やばい。そろそろ意識が……。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・溢れ出る探究心

・燃える心

・計画性(教訓)

・能天気

 



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第四話

 今日は本当に分からない事が多い。森から生物が減っているかと思えば、黒い着物を着た男たちに襲われる。まったく、俺が一体何をしたというのか。昨日まではただ動物を狩って寝て過ごすだけの生活だったというのに。もしや本当にそれが原因で森から生物が減り、男たちに追われているというのか? そんな馬鹿な。少なくとも、森の生物が減った事に付いての原因は俺の目の前にあるではないか。

 

 白い体躯、逞しい四肢、臀部から伸びた三本の尻尾。顔に付いた狐のような仮面。そして、四足歩行なのに俺よりも大きい体。

 

 その化物の周りには先ほど俺を追っていた男たちの死体が倒れていた。何故、死体と断定する事が出来たのか。それは簡単だ。どんな生物でも、頭が無ければ生きていられないからだ。つまり、俺を追っていたあの男たちはあの化物に頭を潰されていたのだ。先ほどまで追われていたとはいえ、つい哀悼の意を表してしまう。何故彼らは死なねばならなかったのだろう?

 

 グチャ

 

 簡単なことだ。弱肉強食。弱い者は肉になり強い者が食べる。つまりはそういうことだろう。俺もこの森の動物たちに対して同じことをした。群れていた兎一羽を追い詰めて狩ったこともあった。狼が兎を狩る瞬間も見たことがある。今起きていることはそれらと同じだ。では、何故悪寒が止まらない。何故こうも冷や汗が出てくる。……ああ、そうか。これも簡単なことだ。この森に住んでから今まで経験したことが無かったからだ。弱者の立場を経験したことが。

 

「グル……」

 

 こちらに気付いた化物と眼が合う。口からは食した男たちの血液が滴り落ちている。俺も直にああなるのか。そこらに散らばっている物言わぬ肉片へとなり果てるのか。

 ……嫌だな、死ぬのは。ここで何かやりたい訳でもない。目標もある訳ではない。だが、何をやりたいのか、どういう目標を立てるのか、これからの人生で見つかるかもしれないこれらも、今死んでしまったら見つからない。故に、死にたくない。

 だから、立ち上がれ。目の前の異常に呆然としている場合ではない。

 悪寒を感じた、冷や汗も流した。それでも、『恐怖』など抱かなかったのだから。だから、動ける筈だ。

 

「ガァァァアアアア!!!」

 

 化物が口を開け、鋭い歯をむき出しにして俺目掛けて跳んでくる。それを俺は横に大袈裟なほど避ける。ガチンッと、嫌でも死を連想してしまう音が聞こえる。あんなのに噛まれたら一溜まりもないだろう。幸いな事に、さっきまで呆然として動かなかった体は動かせた。刀も握っている。なら、やることは一つだ。

 横に避けた勢いをそのままに、俺は脱兎の如く逃げ出した。冗談じゃない。今あんなのと戦って俺が勝てるわけが無い。勇気と蛮勇は違うのだ。

 しかし、あちらは脚が四本、こちらは二本、すぐに追いつかれる事は明白だ。ならばどうするか。答えは単純だ。

 

シュンッ!

 

 そう、あの男たちに学んだシュバッと動く例のやつで逃げるのだ。これなら脚が二本しか無くても逃げれるだろう。幸い、火事場の馬鹿力でも働いたのか、さっき発動させた時は制御出来なかったこれも、今はしっかりと制御出来ている。二連続で幸いな事が起きている。運は俺の味方だ。

 

「ガアァ!!」

 

 後ろの化物が吼えると、いきなり熱を感じた。反射的に地面に伏せてると、真上を真っ赤な炎が通り過ぎていった。少し掠ったのか、髪が少し焦げた気がする。

 いや待てそれよりもあの化物には遠距離からの攻撃手段があるのか。一気に逃げ切れる確率が低くなったのだが。これはあれか、二連続の幸運続きで今日の俺の運は使い果たしたという事か。後は不運だけが残ると。なんだそれは。この状況で後は不運しか残らないとか俺に死ねと言っているのか? ……そう言えば、あいつはさっき何を吐いた? 俺の見間違いじゃなかったら炎だった筈だ。こんな森であの規模の炎なんて吐いてしまったら森が燃えるんじゃないか?

 炎の通った道をゆっくり眼で追ってみると、やはりその周りの木々は燃えていた。かなり煙も出ており、既に退路は無い。成程、不運だけ残るとは言い得て妙だったか。

 火の手が回るのが異常なほど速い。化物が吐いた火だけあって、普通とは違うようだ。その所為か、煙の量も多い。碌に息も吸えなくなり、頭の回転も鈍くなる。

 

 ドスンッ

 

 後ろに向けていた視界を前に戻すと、化物が一歩一歩ゆっくりとこちらに近付いてきていた。大方、獲物を追い詰めた気分でいるのだろう。実際その通りだ。俺は追い詰められている。まともにやり合って勝てる気はしない。恐怖は抱いていないが、それでも俺が無事に勝ってこの場に立っている未来が見えないのだ。

 

―――俺はここで死ぬのか

 

 嫌だのなんだの言っていたが、こうも『詰んだ』状況にあるとすんなりその現実を受け止める事が出来た。俺は、この後、あの男たちと同じように唯の物言わぬ肉片へとなり果て、この化物の胃袋に収まるのだろうと。

 ……だが、このまま無抵抗にやられるつもりは毛頭ない。死ぬと分かっていても、せめて相手に一矢報いたいのが男子たる者の意地であろう。故に、俺はここ数カ月で使い慣れた刀を構えた。化物もそれを見て、俺が一矢報いるつもりだと察したのだろう。歩みを止めて正面から俺を睨みつけた。

 一瞬の静寂。俺には一分も十分にも感じられたその静寂を破ったのは、化物の方だった。だが、今までと違うのはその臀部に備わっている三つ尾を細く尖らせ、突き刺してきたことだ。そんな突飛な攻撃に俺の眼は追えても体は反応しなかった。尾が体を突き破り、内部を蹂躙する生々しい感触が俺を支配する。そして次に感じたのは、内部からの焼かれる様な激痛だった。否、この尾は熱を帯びているのだ。それも肉を焦がすほどの熱を。

 あまりの激痛に声を発する事さえもできない。意識は朦朧とし、徐々に視界は暗くなっている。しかし、最期まで視界を閉ざす訳にはいかなかった。一矢報いると決めたのだ。例えこれで俺が死ぬとしても、この化物に傷の一つでも付けなければ死に切れん。

 化物は止めと言わんばかりに口を大きく開け、俺に跳びかかってきた。

 嗚呼、だから言ったのだ、無事で済むわけがないと。まともにやり合って勝てるわけが無いと。元より腹を貫かれる程度の怪我は承知済みだ。そして、

 

片腕を捨てることも、だ。

 

 俺が突き出した左腕に化物が噛みついた。牙が肉を裂き、骨を砕く。素人目で見てもこの腕が一生使いものにならないと分かる。構うことは無い。この化物に一矢報いると決めた時から、四肢の欠損は覚悟していた。

 まあ、予定通り四肢を欠損したのだから、

 

一矢報いさせてもらおう。

 

 腹に突き刺さっている尾の一本を半分断ち切り、返す刀で化物の背中を突き刺した。

 

「ガァァアアアアアア!!!?」

 

 叫び声を上げ、化物は後ろに下がった。それと同時に俺の腹に刺さっていた尾は引き抜かれ、夥しいほどの血が溢れ出た。

 その瞬間、俺は一種の満足感のようなものを感じた。不思議なものだ。これからこの化物に食われて死ぬというのに。いや、理由なら分かっている。俺がこの化物に一矢報いる事が出来たからだ。腹を貫かれ、体内から焼かれ、片腕を使いものにならなくされたとしても、俺が化物に一矢報いる事が出来た、この結果だけでもう死ぬには十分過ぎる。

 気付いたら、俺は地に伏していた。

 

「……新手が来たか。……お前、名前は?」

 

 暗転していく意識の中、誰かに名を聞かれた。名乗ろうにも、既に声を出す力もない。俺は震えて動かしにくい手を精一杯動かし地面に己の名を書いた。それが最後の力だったようで、名前を書き切った後、体はピクリとも動かなくなった。視界ももう真っ暗だ。唯一機能しているのは煙臭さを感じる事から嗅覚と、木の焼ける音が聞こえるから聴覚だけだろう。

 

「『アセビ』か。覚えておく。絶対に忘れない。だからお前も覚えておけ、私の名前を」

 

 ああ、覚えておくから早く言ってくれ。俺はもう眠たいんだ。だんだん音も聞き辛くなってきている。

 

「『カロール・コンブスティーブレ』だ。いつか絶対にこの尾の借りを返しに来る。それまではこの名を覚えておくことだ」

 

 カロール……だな。ああ、覚えたぞ。だが、残念だったな。お前が俺に借りを返せる日は二度と来ないだろう。

 何故なら、俺は―――

 

 

 

 

 

本日の収穫

・男たちの置き土産(瞬歩)

・男子の意地

・化物との戦闘経験

・半分に斬られた尻尾

 

 



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第五話

 ……暖かい。森での生活ではこの様な何かに包まれるような優しい暖かさは感じる事が出来なかった。森での暖かさと言えば、太陽の光と、焚火だけだった。寒い日は体を毛皮にくるんで眠ったものだが、それも無いよりはマシと言ったものでこのような優しい暖かさは感じられない。

 そういえば、何故この様な暖かさを感じられるのだろう? まさか動物にのしかかられているのか? それにしては重さを感じない。駄目だ、訳が分からない。ん? 待て。『訳が分からない』? そういえば、最近何度も心の内で連呼したような気がする。確か、森から動物たちが居なくなり、黒い着物を着た男たちに追われ、白い化物に襲われ……!!

 ハッと目が覚めた。そうだ、俺はあの化物に襲われ、腹を貫かれ左腕を噛み砕かれたではないか。てっきり死んだものだとばかり思っていたが、どうやら生きていたようだ。いや、決めつけるのはまだ早い。俺の知っている言葉の中に、地獄の二番底という言葉がある。意味は良く分からぬが、死んで尚あの世のような世界があるのだろう。つまり、ここはそういうところかもしれないのだ。

 鬼が出るか蛇が出るか、意を決して眼を開けた。ぼやけた視界に初めに移ったのは見慣れぬ天井だった。いや、見慣れぬのは当たり前か。流魂街に来てから即座に森での狩猟暮らしだ。そもそもどのような天井にも馴染みが無い。あるのは生い茂る木々から漏れる太陽の光だ。お蔭で毎日眼が覚めたら眩しくて仕方が無かった。

 それは良いとして、ここは何処なのだろうか。とりあえず体を起こそうとしてふと違和感を感じた。なんとなく、左側が軽いのだ。左腕を挙げてみようとするも、その左腕が上がることは無かった。何故なら、俺の左腕は肩からバッサリと無くなっていたからだ。

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 声のした方を見てみると、そこには黒い着物を着た男……ではなく女がいた。黒い着物ということであの男たちが思い出された。追われていたとはいえ、俺の生死を分けたあの歩法を教えてくれたのはあの男たちだ。やはりどうも悲しくなってしまう。

 男たちへの哀悼もそこそこ、次はこの女の事だ。あの男たちと同じ服を着ているが、彼らと同じような存在なのだろうか。なら俺はこの後この女に追われるのだろうか。

 

「喋らない方がいいですよ。まだ喉を痛めてますから」

 

 この言動からして追われることはなさそうだ。

 腹を見ると赤い染みが出来た包帯が巻かれていた。どうやらここは病院のようなところらしい。女は喉を痛めていると言ったが、大方煙を大量に吸ってしまったからだろう。死ぬ気で一矢報いたつもりだったが、こうして生を繋いでくれたことに一言お礼を言いたかったのだが、言えないのなら仕方ない、せめて頭を下げよう。

 

「あ、それとあまり動かない方がいいですよ。傷が開きます」

 

 どうやら頭を下げることも出来ないらしい。なんという無情。俺は自分の恩人に何も返す事が出来ないのか。

 

「酷い怪我だったんですよ? ここに運び込まれた時なんかはいつ死んでもおかしくない状況で、隊長まで出てきたんですから」

 

 やはり俺は死にかけていたのか。というか、棺桶に肩まで浸かっていたのではないだろうか。なにせ、三本の尻尾により体内から焼かれ、片腕を再起不能なまでに噛み砕かれたのだ。これで死なないなど奇跡であろう。

 

「……その、左腕に件ですが、残していても壊死して腐敗菌や感染症に罹ってしまうので切り落とす事になってしまいました。……すみません」

 

 どこか辛そうな表情で左腕切断の経緯を説明してくれた。

 何故彼女が辛そうにするのかが分からない。左腕が使えなくなること前提での行為だったのだ。そうなってしまったのは単に俺があの化物よりも弱かったからであり、彼女に責任は一切ない。むしろ、死ぬ筈だった俺を助けてくれたのだ。称賛こそすれ非難を浴びる謂われはない。……それとも、俺を助けた事自体が非難を浴びる事だったのだろうか? だとしたら申し訳ないが、俺にはどうする事も出来ない。精々残った利き腕で腹を斬ることぐらいしかできないだろう。

 彼女に自分を責める必要が無い事を伝えなければならない。だが、意思を交える為に使われる筈の喉は現在使えぬときた。使えない口である。

 とりあえず、右手をヒラヒラと振ることで気にしなくても良いという事を伝える。

 

「……ありがとうございます」

 

 どう伝わったかは分からないが、彼女はそう述べると歪な笑みを浮かべた。なんだ? ちゃんと伝わらなかったのか?

 

「でも、いくらアセビさんが気にしなくても駄目なんです。私の腕がせめて席官並みにあったらあなたの腕は……」

 

 つまりは己の実力不足を嘆いているのか。だったら俺も同じだ。あの化物に手も足も出ず、己の体に穴を三つ開け、更に腕を一本犠牲にしなければ太刀傷さえ負わせられなかった。今まで食してきた動物たちに面目が立たない。だというのに、何故か俺は彼女ほど自分が許せないという気分ではない。そんな気分にならないほどズタボロにやられたのか、あるいはそもそも負けたとすら思っていないのか……おそらく前者だろう。

 だが彼女は違うだろう。俺の腕を切断したのは間違いなく正しい判断だと思うが、それでも自分に実力があればと思ってしまうのは仕方が無い。なら俺に出来ることは彼女が今以上の実力を身につけれる事を願うしかない。そういう意味を込めて、俺に手近にあった紙に『精進』と書いて彼女に見せた。

 

「……はい!」

 

 俺の意図を全て汲んだかどうかは知らぬが、彼女は元気よく返事をした。彼女への恩は後々形にして返すとして、次は己の事だ。これからどうすべきだろう。おそらくあの森は火事で生物は殆ど別のところへ避難しているだろう。つまり、俺が再びあそこへ戻ったとしても、生きる術が無いということだ。なら、場所を移すか? いや、元よりそれぐらいしか無いだろう。……ところで、ずっと気になっていたのだが俺の名前をどこで知ったのだろうか。俺は流魂街に来てから一度も人には教えた事もないのだが。例外があるとすればカロール・コンブスティーブレ……長いな、コンブでいいか。それに教えただけなのだが、まさかその時に書いたあれだろうか。だがあれだと、まるで殺された被害者が最後の抵抗に犯人の情報を残すみたいな感じになるわけだが、特定される犯人がいなかったから俺の名前になったのだろうか。結局、その疑問は口がきけない今は解くことができないだろう。別段急いで解明すべき事でもない。口がきけるようになったら聞くことにしようか。

 

「あの、それでですね、アセビさんが持っていた【浅打(あさうち)】なんですが、あれは……?」

 

 【浅打】? 何のことだ? いや待て、俺の持ち物と言ったら肉か刀しかないだろう。肉の事は単純に肉と呼べばいいのだから、ここはあの刀の事を指しているのか。成程、あの刀にはちゃんと銘があったのか。知れて良かった。

 

「【浅打】は死神しか持っていない筈なんですけど、あれは何処で手に入れたんですか?」

 

 この問いに答える事は簡単だ。森で拾った。それだけなのだから。だが、今は口がきけず、こんな簡単な問いにもすんなり答える事が叶わない。沈黙している俺に疑わしげな視線が突き刺さる。ええい、そんな眼で見ても何も怪しい事などない。ああそうだ、そこに紙があるじゃないか。さっきも紙で俺の意図を表したのだから初めからそうしていればよかった。早速、再び紙に筆を走らせる。うむ、何処から見ても『森で拾った』だ。問題ない。俺は紙を彼女に見せた。

 

「……? えっと、森で拾った?」

 

 肯定。別に何処からか盗んだわけでもなく、他人から強奪したわけでもない。あくまで拾ったのだ。落とし物は落とし主に、という常識は知っているが、その落とし主もおそらく死んでいるのだから構わないだろう。死体漁りとは何事か、と言われればそれまでだが。

 

「それの持ち主の人は?」

 

 既に死んでいた。おそらくなんとなく勘付いてはいたのだろう。俺が首を横に振ると、彼女は「そうですか……」と呟いた。何か思う所でもあるのだろうか? 何にせよ、俺にはそう関係の無い事であろう。

 

「分かりました。最後の質問ですが、森に四人死神が派遣されたと思うのですが、それは虚にやられたということで間違いないですか?」

 

 虚とは、おそらくあの白い化物の事だろう。あの男たちも虚と言っていたから間違いない筈だ。

 勿論肯定だ。俺が木に頭をぶつけて気絶しているうちにあの男たちはやられたのだから。

 

「分かりました。協力ありがとうございます。……ここからは、私事なんですけど、その、構いませんか?」

 

 実力が無い事を嘆いていたのも私事ではないのか。いや、あくまで仕事に関する事だから私事じゃないのか。何にせよ、こんな喋れない無口男が相手でよければいくらでも喋ってもらって構わない。

 

「アセビさんは……死神になる気はありますか?」

 

 先ほどからちょくちょく出てくる『死神』というのはこの黒い着物を着た者たちの事を指しているのか? だとすると、俺は計三回も死神にあったことになるな。俺の中の死神の形は鎌を持って全身骨だけのボロボロのローブを着た感じだったのだが、また俺の中の常識が木っ端微塵に粉砕されたな。

 で、彼女は俺に死神になる気があるのかと聞いてきたな。どういう意味だ? 死神というものはなろうとおもってなれるものなのか?

 

「あ、死神が何なのか分からないですか? そうですね……じゃあ、掻い摘んで説明します」

 

 俺の表情から察してか、彼女は死神について説明してきた。

 曰く、「虚から人々を守り、迷える霊を成仏させる存在」らしい。今の内容だと俺が終われていた理由が小指の甘皮ほども理解できないが、俺が何かしたのだろうな。よく考えれば、森に住む不審者そのものじゃないか、俺は。

 

「そして、その死神になる為に一般的には真央霊術院を卒業する必要があるのです」

 

 ここで彼女の話は終わった。つまり俺はこれから真央霊術院なる寺子屋のようなところに通う必要があるのだろうか。森での生活に別段未練を感じないので別に構わないのだが、良いのだろうか。こんな森で生きた野蛮人がそんな所に通って。

 

「入院する為の入試はあるのですが、アセビさんの霊圧なら問題なく合格できると思います」

 

 霊圧とは一体。いや、そういえば俺も一度それらしきものを使ったではないか。俺命名の【霊力】というものを。まさかあれは死神達の常識の中にある名前だったのか?

 いや、それよりも、彼女は俺の霊圧なら問題ないと言ったな。霊圧が何かは未だに分からんが、まあ、圧力みたいなものだろう。霊圧と圧力、名前が被っているだけで同じようなものだと決めつける俺の頭の程度が知れた瞬間だな。俺の頭の具合は霊圧とは関係ないだろうが、ついこの前まで森で狩猟生活をしていた俺がそう容易く合格するものだろうか? 合格の基準が分からないから何とも言えんな。

 とりあえず、彼女の提案を無碍に扱うことも出来ない。森で暮らすよりかは生活水準が上がるであろうし、合格するにしても不合格するにしても行ってみることにしようか。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・人脈

・死神への第一歩

 

本日の喪失

・森での狩猟生活

・左腕



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第六話

 

 新しい朝が来た。希望に満ち溢れた朝だ。何故なら、今日から森での狩猟生活から一転し屋根付きの部屋での生活になるからだ。生活水準が上がった。やったぞ百合子殿。ああ、百合子殿というのは俺が怪我で入院していた時に良く喋りかけてくれたあの人だ。俺だけ何故か名前が知られているのは釈然としなかったので教えてもらった。名前の件だが、聞いても「さあ? 何故でしょうね?」とはぐらかしてきた。退院する時ははぐらかさず「地面に書いてあったので」と教えてくれたがあれは絶対に人で楽しんでいる目だ。人が悪いというか性格も悪いし趣味も悪い。

 色々あったが俺も今日から真央霊術院とやらで寮暮らしだ。そう、俺は百合子殿に勧められた真央霊術院の入院に成功したのだ。入試を受けた時は訳が分からない状況になりこれは不合格かと狩猟生活の準備をしていたのだが、蓋を開けてみれば合格しており、1組に配属されるようだ。万事休すかと思いきや一転して合格、きっとこれから良からぬ事があるのだろう。しかし、俺を不安にさせたあの騒ぎは一体何だったのだろうか……?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 入試前日。

 退院できた。百合子殿に聞いたことだが、どうやら真央霊術院の入試は明日で、参加希望者は募らず自由に参加できるらしい。前提として霊力があるかどうか調べられるようだが、俺なら問題ないとのこと。俺の霊力の量は良く分からないが、百合子殿が言うならそうなんだろう。現死神の彼女が言うことを疑う余地はない。それから一応助言も頂いた。入試の時は全力でやる事、だそうだ。なんでも、唯でさえ俺には片手しかないという大きな枷があるのだから、出し惜しみしている暇なんてないとのこと。ご尤もだ。言われるまでもない。片腕が無い事は人生において大きな障害だろう。故に、俺が手を抜く事などありえない。俺が全力でやっても所詮人並み以下なのだから。

 幸いな事に、浅打は返してもらえた。真央霊術院に入るのなら必要だろうとのことだ。霊術院でも支給されるが、やはり自分の物が一番と。元々俺の物ではないのだがそれはこの際気にしないでおこう。刃の研ぎ方も教わり、なんと砥石までも頂いてしまったのだ。少々嵩張るが、持っていて損な物でもないだろう。百合子殿には世話になりっぱなしである。死神になった暁には好物のおはぎを差し入れしようか。

 それはそうと、どうやら俺は一週間も入院していたそうだ。その内五日は眠っていたらしい。眠っている時が一瞬だとはいっても、少し寝過ぎじゃないかと思ったものだが百合子殿曰く「あれほどの大けがならむしろ当然」とのこと。それもそうかと納得してしまった。何にせよ、体がなまっている事に変わりはない。明日の入試に備えて、森を十周ぐらいしてくるか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 入試当日。

 突然だが、俺の本名は寄生木アセビである。読みはヤドリギアセビだ。何故この名前にしたかというと、単純にふと目に入ったのがヤドリギとアセビだったからだ。何とも頭の程度が知れてしまう名付け理由だ。……そういえば、この入試は頭の程度がものを言う内容なのだろうか。百合子殿が霊圧霊圧と連呼するからてっきり戦う方向で決めつけていたが、これはあまりに短慮だったかもしれない。しかし、そんな事を今更悔いても何も始まらぬ。俺に学はあるのか、と聞かれれば堂々と『ない』と言い切れる。あれば森で狩猟生活などやってない。その程度の頭なのだ。

 受付で名前を書いている最中も内心で不安に包まれていた。周りの受験者達が皆、賢そうに見えてしまう。なんだあいつは、眼鏡なんてかけて如何にも賢そうじゃないか。隣のやつなんか筋骨隆々で勝てる気がしないのだが。なんだあの腕、丸太か? あんな腕で殴られたら俺に残された右腕が吹き飛ぶぞ。ああ、周りを見れば見るほど俺よりも優れた人で溢れかえっているように見えてしまうではないか。本当に俺は合格できるのか……?

 俺が絶望している瞬間にも時間は進んでいる。遂に入試が始まったのだ。入試内容は単純、受験者が二人一組になり一対一で戦い試験官がそれを評価するという形式だ。そして、受験者の人数は百一人である。何故か黒い斑の付いた犬が連想されたが、そんなことはどうでもいい。問題はこれが二人一組になって挑む入試だということだ。当然あぶれる者が出る。そして、あぶれた者とは俺のことだ。上からあいうえお順に組まれて行くのだが、俺の苗字は寄生木、後ろに人はいない。つまりあぶれる。あぶれた者はありがたい事に試験官直々に相手してくれるそうだ。周りを見渡すだけでも不安に煽られるというのにこの件で完全に俺の心は不安で決壊した。やはり、昨日走っているときに猪に出会ってしまったのが運の尽きか。景気良く丸焼きにして幸せな気分を味わったのが駄目だったというのか。良い事があった後は必ず悪い事が、それも良い事の度合いが大きければ大きいほど降ってくる悪い事が絶大になる。それは俺の左腕と腹に残った傷が保証している。断言しよう、何か運の良い事があると、それの倍悪い事があると。

 

「次、百一番、寄生木アセビ」

 

 遂に呼ばれた。死刑宣告を受けたような心持ちだが、やらなければならないのだろう。運が悪かろうとやってくる現実は変わらないのだ。ならばここで立っていても意味が無い。前に、俺自身が言ったではないか。呼ばれたのなら早く行くべきだと。

 

「お前は俺が相手をする。先手は譲ってやろう。思いっきりやるが良い」

 

 元より、そのつもりだ。試験官がどのくらいの実力か分からない。分からないが、俺は全力でこの試験に挑む。たとえ、負ける確率の方が高くてもだ。

 試験用に支給された木刀を持って前に出る。構えることはしない。俺が刀を使う時はいつも狩りの時だった。狩りの時に構えることはしない。やることはただ一つ。

 

「では、初め!」

 

 相手の首を断ち切る事だけだ。

 開始の合図と同時にあの歩法……百合子殿は瞬歩と言っていたな。瞬歩で試験官に近付き、首目掛けて木刀を振るった。型も何もない、ただ獲物を狩る為に振るわれた木刀は、すんでのところで反応した試験官の木刀を弾くだけに終わった。しかし、狩りでは良くあることだ。一刀目が防がれる事など承知済み、刀を振るった勢いを殺さずそのまま回転し、相手の顎目掛けて渾身の蹴りを放った。

 

 バキャッ!

 

 ……うん? おかしい、俺としてはこれも防がれて一旦体制を立て直す腹積もりだったのだが、予想外に手ごたえを……脚ごたえを感じたぞ?

 試験官の方を見てみると、俺の脚の先には試験官はいなかった。代わりに少し離れたところ、試験会場の端に試験官の姿はあった。壁を貫通し、見事に伸びている試験官の姿が。いち早く状況に追いついた男が試験官の口に手を当て「息を…していない……!?」と呟いた瞬間、俺は試験前に感じていた絶望とは違う絶望を感じた。人を殺してはいけないものだというのは、森で暮らしていた俺でも分かっている。なので、すわ御用か!? と合格以前の問題になってしまった事に絶望したのだ。

 とりあえず俺は蹴り上げていたままの状態だった体を元に戻し、事の成り行きを静観していた。俺が行っても出来ることは無い。なにより、事を混乱させるだけだろうと思った結果だ。

 幸い、その試験官は息を吹き返した。この場合は試験官にとって幸いな事なのだろうが、俺は何故か嫌な予感を感じていた。これは、あれか。俺にとっても幸いなことであって、そのツケが明日辺りに降りかかるのか。なんということだ。俺はただ試験を受けに来ただけだというのに、どうしてこうなる。

 思わずため息を吐いてしまった。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、少なくとも俺の幸せはしばらく訪れない事を考えると、やりきれない気持ちになる。その気持ちのまま空を見上げると、ふと、視界の端に黒猫を見つけた。試験会場に植えてある木の上で、ジッとこちらを見つめているのだ。目があったと思うと、その猫はそのまま木から飛び下りどこかに行ってしまった。

 ……とりあえず、今日の晩は久しぶりに魚でも食べるか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 現在。

 こんなこともあり、俺は合格を半ば諦めていたのだ。試験官相手に殺人未遂。試験の内容はこれだが、合格する要素が見当たらないからだ。因みに、その日の夜は獲った魚を他の動物に取られるわ、その動物を追って取り返したら、焼いていた魚が焦げるわ散々な目にあった。

 お蔭で昨日の晩は大した量を食べる事が出来なかった。朝も霊術院にいかなければならないので適当になっていた果実を数個食べるだけだったので、今の俺は腹が減っているのだ。まさか霊術院初っ端からこんな悪い状態で通うことになると思わなかった。しかし、それも今日までだ。聞けば、朝晩と食事が提供されるらしい。部屋を用意してくれるだけで十分だというのに食事までついてくるとは夢にも思わなかった。これは嬉しい。何もしないで食事が提供されるとは、以前の環境からは考えられない事だ。

 まだ見ぬ食事達に思いを馳せていると、俺に割り当てられた教室を見つけた。中からは多くの喋り声が聞こえてくる。どうやら、既に多くの人達がいるようだ。

 これからどんな事が待ち受けているのか。それは分からないが、とりあえず入ってみなければわからないと、俺は教室の扉を開けた。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・初めての知り合い(百合子殿)

・砥石

・瞬歩(歩法の正式名称)

・入試で試験官を瀕死に追い込んだ男(称号)

 



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第七話

お気に入り登録100人! こんなに登録していただけるとは思いませんでした。ありがとうございます!


 分かり切っていたことだが、俺は人との交流に慣れていない。一年間人と交流していなかったことが災いした。百合子殿とは普通に接する事が出来たからここでも大丈夫だと油断したのが不味かったか……。

 真央霊術院に入院した初日、俺は浮いていた。物理的に浮いている訳ではない。ただ、ここの雰囲気にどうも馴染めないのだ。俺自身が何かした訳ではない。周りが俺の事を避けているような気がする。いや、避けられている。なにせ俺の周りにだけ綺麗に空間が空いているのだから。俺は何かしたか? 教室に入る際に挨拶も無しにいきなり自分の席に座ったのが不味かったのか? いや、それ以前に俺が入った瞬間、教室の空気が死んだような気がする。……ああ、つまり、これはあれか。分かったぞ。考えても見て欲しい。俺は森で生活していた、言わば野生児だ。そんなのが人に囲まれて過ごしていた人達に適応できると? 否、そんな訳が無い。今まで兎や狼、猪と熊に囲まれて生活していた男が人に混じって生活が出来るわけがない。ここの生徒たちはそれを目聡く感じ取ったのだろう。『こいつは俺達とは違う』と。つまり、この空気は怯えに近いものということだ。成程、皆が俺に怯えているというのなら、俺は何もしない方が良さそうだな。怯えた兎に刺激を与えると更に畏縮してしまう。ここは俺もこれまで以上に大人しくしている必要がありそうだ。そう、さながら冬眠中の亀の如く、敵を前に息を潜める蛇の様に……。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 霊術院の授業内容は斬拳走鬼と僅かながらの座学だ。どちらかというと斬拳走鬼は評価の対象となる。斬拳走鬼九割、座学一割ぐらいだ。斬拳走鬼の斬とは斬術、つまり斬魄刀を扱う技術を表すもので、拳は体術や素手での戦闘の技術を表すもの、走は歩法、俺が使った瞬歩などの技術を表すもので、鬼とは鬼道という死神が使う術の扱いを能力を表すものである。霊術院ではこれらの技術を学び、死神として十分な実力が備わったら卒業、ということになっている。その為、各個人の技術に合わせて一回生から六回生まである。俺は入院したばかりの為一回生だ。普通なら一回生は一年後に二回生へという形で段階を経て上がっていくのだが、何事にも例外があり、その実力が一回生や二回生以上であると判断された場合は、一年と待たず進級出来ることもある。また、逆に実力が進級するに及ばないと判断されたものは留年という形を取られることもある。因みに、全六回生だ。

 この様な説明を受け、早速『斬』の授業に入った。といっても、最初は皆の素質が見たいからと、二人一組に分かれて自由に打ち合ってみろ、という指示だったが。そして、運の悪い事に俺と組むことになってしまった者は……怯えていた。

 

「あ、あの……」

 

 呼ばれたので視線を目の前の男に向けると男は「ひっ……」と後ずさる。さっきからこれの繰り返しだ。いくら俺が周りの人々と雰囲気が違うからといって、目があった瞬間悲鳴を上げて後ずさるのはあんまりではないか。俺が一体何をした。

 

「コラそこ! 何をしている!」

 

 ほら見ろ。教師に怒られたではないか。俺が怒られる謂われは無いというのになんということだ。

 本来、俺に構えという構えは無い。野生の世界ではいつどこからどんな相手が襲いかかってくるか分からない。そんな状況で敵と遭遇する度に構えを取るということは、はっきり言って無駄である。最初の一匹二匹なら良いだろう。だが、それが十匹目、二十匹目となったらどうだ? 構える事が馬鹿らしくなってくる。それならどんな体制でも常に迎撃出来るようにした方が楽だ。しかし、この場合ではこれは適さない。周りを見ていて気付いたのだが、皆打ち合う時は構えてから始めている。つまり、ここでの構えとはこちらの準備が完了したという合図でもあるのだ。故に、俺は普段はやらない正眼の構えを取った。無論、片腕での不格好な構えだが。

 俺が構えた事により男は更に怯えるが、流石に教師に怒られる方が嫌なのか、渋々と木刀を構えた。

 【浅打】は霊術院に入院すれば支給されるのだが、それは三回生からだ。流石に一回生に持たせるのは危ないということ。予め持っていた俺はくれぐれも授業で使用しないようにと朝に注意を受けた。安心しろ、あの刀を使うのは狩りの時だけだ。

 閑話休題。

 さて、お互いに構えたが、一向に相手が攻めてくる気配が無い。ガクガクと震え、腰が引けて、俗にいう『へっぴり腰』という姿勢になっている。この様な状態の男に斬りかかって良いものだろうか? いや、良くないだろう。今斬りかかったところで相手を吹き飛ばして終わりだ。そんなもの、誰の為にもならない。故に、構えて待つ。相手が覚悟を決めるまで。

 

「そこ! 早く始めないか!」

 

 ……待っている暇はなさそうだ。

 仕方ないので、本来なら自殺行為だが俺は男から視線を逸らした。野生の世界で睨み合いとは一種の上下関係を作るものである。先に眼を逸らした者が下、最後まで睨んでいた者が上だ。睨み合っても勝負がつかないときに初めて刃を交える。睨み合いの末、負けた者はどうなるのか。そんなもの決まっている。弱肉強食は野生の常識、負けた者は肉になる以外に道は無い。故に、本来なら俺のしたことは自殺行為なのだが……ここは野生の世界ではなく人間の世界。相手に合わせて行動する必要もあるだろう。俺の視線がそんなにこの男を畏縮させるのなら、俺が視線を逸らすべきなのだろう。

 

「う、うわああああああ!!」

 

 気合いの入った声なのか、ただ恐怖によっての声なのか分からぬが、男が俺に斬りかかってきた。両手に持った木刀を唐竹に一閃。がむしゃらに振ったのだろう、後先考えないそれを、木刀で受けた。男は錯乱したようにそのまま何度も俺の木刀に打ち付けた。両手で持って振るわれている筈のそれは、俺の予想以上に軽かった。何度か木刀と木刀が打ち付けられたとき、俺は頃合いを図って木刀を男の手首目掛けて振った。反応できなかった男は木刀を取り落とした。何が起きたか分からない様子の男の首筋にそっと木刀を添えた。

 こんなものだろうか。初めからこの男が、俺よりも弱いということは分かっていた。木刀を持って俺と対面しただけで震えていたのだ。分からない筈が無い。問題は、この打ち合いをどの頃合いで収めるかということだ。結局、男が木刀を打ち付けるだけという悶着状態になった為、あの様に始末をつけた。……男が怯えるのは分かる。だが、なぜこうも周りから注目されているのだ。俺が何かしたか、訳が分からん。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 斬術の授業は訳が分からないまま終わった。結局、俺は何故注目されていたのだ。

 まあいい。次は拳、体術の授業だ。これも初めは皆の素質が知りたいと、自由に組み手をしてみろという指示だった。またか、また俺はあの何とも言えない空気を味わうのか。いや、俺は構わないのだが、問題はその被害者となる哀れな相手が心配だ。

 

「ねえ、ちょっと良い?」

 

 どちらかというと、俺は拳の方が得意だ。なにしろ、刀が手に入るまではずっと素手で狩りをしてきたのだからな。特に相手を組み伏せるのが得意『だった』。今はもう無理だ。片腕しかないのだから、相手を、特に人型を組み伏せることはできない。とはいっても、素手で殴ったり蹴ったりが苦手ではない。むしろ得意分野だ。だから、斬術の授業の時に比べれば加減は効く筈だ。

 

「ねえ、ちょっと?」

 

 斬術の時は駄目だった。手首を叩いたが、威力が強過ぎた様で手首を痛めてしまったのだ。その所為でこの授業をその男は休んだ。なんだかとても申し訳ない。

 

「聞いてんの!?」

 

 む、なんだ? 下から大きな声が聞こえた。見下ろすと、そこには勝ち気な眼をしてこちらを睨んでくる女がいた。というか、小さいな。俺の胸ぐらいに頭があるとは。

 

「やっと反応したわね。アンタ、あたしと組みなさいよ」

 

 なんでだ。この女は何故俺と組もうとする。恐れていたのではないか? 斬術の授業以来、俺は一層周りから避けられているというのに、何故この女は……。

 

「あたしは別に避けちゃいないわよ。ただ、あんたが強いって分かったからこうして組もうとしてんのよ。理解した?」

 

 ……こいつ、今俺の考えを読んだのか? だとしたらかなり便利な女だな。俺は喋る事が苦手だから喋らずに会話が成立するならどんなに便利な事かと……四番隊に入院していた頃に思った。

 

「アンタの目は口ほどに物を言うのよ。分かりやすいったらないわ」

 

 ああ、成程。そういうことか。どっちにしろ、便利な事には変わりないな。俺の事を恐れていない稀有な存在だ。今後もうまく交流していきたいものだ。……そういえば、まともに交流を持とうとした人間は百合子殿を含めて二人目だな。もしかして、俺は交流関係狭過ぎなのだろうか? いや、森を抜けてまだ二週間も経っていない。こんなものか。

 

「とりあえず、早速始めるわよ」

 

 といって構える彼女。俺は構えない。彼女はどうやら人間観察が得意なようで、俺が構えなくても雰囲気で準備が出来ていると察する事が出来ると判断した。だから、構えず。いや、構えていないのが俺の構えか。

 

「やあっ!」

 

 彼女は俺の鳩尾に正拳突きを放つ。それを身を捩る事で回避し、そのまま回転する事で裏拳を放った。彼女はそれを腕で受け止め、空いている手を俺の顎目掛けて振り抜いた。

 俺は純粋に彼女の技量に驚いていた。俺がここにきて戦った事がある人達は、皆、一撃や二撃でやられていったからだ。二撃にしても、初めの一撃目で既に勝負がついたようなものだった。が、彼女はこうして攻撃を放ったのにも関わらずそれを防ぎ、更に反撃を加えてきたのだ。反撃をされることは森での生活で良くあったが、人間相手では初めてだった。だが、驚いたからといってこの攻撃がかわせない訳ではない。

 俺は身を逸らしつつも地を蹴り、彼女の顎目掛けて蹴りを放った。バク転の要領だ。森での狩りならこの時点で勝負がつく。だが、彼女はそれを手の平で防ぐことにより直撃は免れた。なんという技量。

 

「あんた、やっぱり強いわね。ここにきてからというもの、あまりの程度の低さに呆れたけど、あんたみたいなのもいて安心したわ」

 

 どうやら彼女はかなりの自信家の様だ。実力も伴っているので当たり前のことか。しかし、惜しむらくはその身長が足りない事か。身長があれば射程も伸び、体術は今よりももっと強力な物になったであろうに。

 ふと、反射的に右手を頭を守るように上げてみると、丁度そこに彼女の蹴りが入った。綺麗な延髄蹴りである。当たったら多分死んでいた。

 

「……アンタ、今あたしの事見て溜息ついたでしょう? そこは何処見てついた? 胸か? 身長か? どっちにしろ、覚悟しないさい!」

 

 この後、彼女の満足が行くまで組み手に付き合わされた。こっちは片腕だけだというのに、彼女は両腕で乱打してくるものだから防ぐのに苦労したが、これはこれで良い修行になったと思う。「何で当たらないのよー!!」と彼女を更に怒らしてしまったようなので、今度は掠るぐらいはしてみようか。当たりはしない。痛いからな。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・自覚すること

・クラスメイトの恐怖

・友人(?)

 



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第八話

 

 走と鬼の授業は流石にいきなりやってみろという事にはならなかった。走に関してはやってみろと言っても出来ない輩が大半だろうし、鬼に関してはそもそも知識が無い。故にこれらに関してはまずその仕組みについての授業だった。しかし、走で学ぶ歩法に関しては、俺は実戦で瞬歩を習得している。誰かに師事していた訳ではない、あの男たちの見よう見真似の為、変な癖がついていたりするかもしれないが、そこはこれからの鍛錬次第だろう。基礎は出来ているのだ。後は形を整えるだけである。

 問題なのは鬼道だ。初めは詠唱の仕組みとそれの暗記を目指すのだが、はっきり言って出来る気がしない。なんだ言霊とは。ただ詠唱するだけではいけないのか。言葉一つ一つに霊力を込めるという感覚が何度考えてもさっぱり理解できない。足元で霊力を足場にする瞬歩のような具体的なものならよかったのだが、言霊という抽象的なよく分からないものはさっぱりだ。これは早くも死神への道を踏み外したかも分からん。因みに、拳の授業を共にしたあの女子生徒は「はぁ? アンタあんな単純な事も分からないの? バッカじゃない」と貶してきた。しかしその後に「とりあえず、単語一つ一つに霊力を含ませて唱えればいいのよ。それで大体うまくいくわ」と助言してくれた。ありがたい。ありがたいが、やはりそれでも理解できないと伝えたら「……アンタは脳筋かもね」と若干憐みの視線でこちらを見てきた。そんな口は悪いが世話焼きな彼女の名前は山査子紫蘭。読みはサンザシシランだ。なんと彼女はこの霊術院を主席合格したらしい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 食堂の飯は美味い。今までは肉やら茸やら魚やら果物、初めの頃は虫も食べたか。それらをただ焼いたり齧ったりするだけであったが、味噌汁や生姜焼きなどの料理は壊滅的な食生活を送っていた俺にとっては脳が震えるほどの衝撃だった。思わずガタッと思いっきり席を立ってしまい、周りの人々を驚かしてしまったのは申し訳なく思うが。

 

「アンタ……どんだけ食に飢えてんのよ……」

 

 近くを通った紫蘭のそんな呟きが耳に入ったが、むしろこれぐらいの反応で済んだことが奇跡と言えよう。口やら眼から光を発さなかっただけマシである。

 とりあえず、霊術院の食堂の飯は美味い。これからおそらく六年間通う所の飯が美味いとそれだけでやる気が出てくる。実に素晴らしい事だ。

 

 さて、昼飯が終わった後は座学の授業だ。尸魂界の歴史から死神の歴史、更には滅却師殺すべしなど、様々な知っておくべきことが黒板に羅列されていく。尸魂界とはこの世界のことで、この世界を大雑把に分けると流魂街と瀞霊挺の二つに分かれ、それらがある世界を尸魂界と呼ぶらしい。要するに、あの世の名前は尸魂界ということだ。あの世は地獄や天国のことだと思っていた純粋無垢だった俺の心を返してほしい。

 ともあれ、座学は俺の知らない事を知れる良い機会なので中々楽しめた。初めなので本格的な授業にはならなかったが、それでも今後の楽しみとするには十分だったのだ。

 

 座学も終わると、俺たちは指定された寮の部屋に入る事になる。寮は一人一部屋などという贅沢なものではなく、二人一部屋である。俺と同室になった者には申し訳ないと思うが、一年の辛抱だ我慢してもらうしかない。

 自分に指定された部屋に入ると、そこには斬の授業で俺と組むことになってしまった男子生徒がいた。男子生徒は俺を見た瞬間「ひっ」と声を上げて後ずさる。とりあえず、寝床は極限に離した方がお互いの為だろうと悟った。俺は持ってくる荷物など浅打以外にない為、荷ほどきといった面倒事はしなくても良い。その辺この男子生徒は怯えつつもせかせかと荷ほどきをしている。此処には同室の人物を確認しにきただけの為、浅打を持って鍛錬場へとむかった。

 

 鍛錬場は俺が試験を受けたところでもある。此処は自由に解放されており、誰が使ったのか調べる為の名簿に名前さえ書けばいつでも使用していいとのことだ。まあ、自主鍛錬する事は良い事であり、それを奨励する事はすれ、止めることはしないということだ。

 中にはそこそこの人がいた。といっても、ほとんどが上級生だ。流石に今日初めて霊術院に入院した者は此処には来ないか。俺という例外を除いて。

 早速浅打を抜いて素振り……には入らない。まずは体の基礎となる筋肉を鍛える事から始める。腕立て伏せ五百回、腹筋五百回、懸垂五百回。こんなものだろうか。いや、片腕しかないのだから腕立て伏せと懸垂はもう百回やった方がいいか。今は皆、発展途上の未熟者だが、これからどんどん成長していき、片腕の俺ではどう頑張っても力勝負で勝てない時が来るだろう。しかし、それに甘んじてはいけない。やはりどのような状況になっても万全であれるように、筋力の向上は必須だ。俺のような隻腕は尚更にな。

 

「あ、アンタも来てたんだ」

 

 まず手始めに腕立て伏せからと準備運動をしていたら後ろから声が掛かった。この声は紫蘭か。

 

「アンタ今から斬術の鍛錬するの? だったらあたしも混ぜてくれない?」

 

 斬術の鍛錬をするがそれは今じゃない。軽く動いてからするつもりだったのだが……と、ここで閃いた。そういえば紫蘭はかなり小柄な体で、重石にするには丁度良いんじゃないかと。腕立て伏せの時に彼女を乗せてやればとても良い効果になるのではないかと。

 

「な、何よそんなにジロジロ見て。まさか、胸が小さいとか言いたい訳じゃないわよね……?」

 

 違う、身長の話だ。とりあえず、俺は軽く体を温めてから斬術の鍛錬を行うため、先にやってくれと伝える。彼女は良く分かっていない様子だったが「まあ、先にやってるわよ」と結果的にこちらの意図通りになった。雰囲気で察してくれて何よりだ。

 とりあえず、腹筋から始めようと思う。筋肉に負荷をかける為、ゆっくりと絞っていくのだ。これに懸垂を合わせれば、普通の常人なら疲れてきて休憩に入るだろう。なので腕たせ伏せの重石になる序でに休憩してもらうのだ。紫蘭が常人並みの体力かどうか知らんが。

 

 腹筋、懸垂を終え、最後に腕立てだけとなった。此処でチョイチョイと紫蘭を呼ぶ。彼女は木刀を振り抜いて汗を拭った。そして俺が自分を見ている事に気付き「ん?」と自分を指差した。俺はそれに肯定し、もう一度チョイチョイと手招きする。

 

「なによ? やっと斬術の鍛錬でもしようっての?」

 

 首を横に振ると、彼女は「じゃあ何よ?」と聞いてくる。俺は背中に指をさすと彼女は訳が分からぬと言った顔をした。

 

「アンタの背中がどうしたってのよ? まさか痒いから掻けとか言うんじゃないでしょうね」

 

 何故その発想に行きついた。背中が痒いなら自分で掻くに決まってるじゃないか。

 

「違うみたいね。じゃあ、まさか背中に乗れっていうの?」

 

 その通りだ。やはり会ったばかりだというのに彼女との意思疎通はかなり楽だ。俺の眼は口ほどに物を言うらしいが、それを読み取る彼女の観察眼も大したものだと思う。普通では真似できまい。百合子殿でさえも、喋らぬ俺の意図を読むことはできなかったのだから。入院中は専ら筆談だった。

 

「別に休憩する予定だったから良いけど、何する気よ?」

 

 それはやれば分かる。腕立て伏せの体制を整え、彼女に乗るように促す。紫蘭はそれに答え、恐る恐る俺の背中に乗ってきた。が、全体重を掛けている訳では無いようで、脚は地面に付いている。俺は視線で脚を地面から離す様に促すと、彼女は「え゛っ」と変な声を出した。そして、ゆっくりとだが脚を宙に浮かせ、俺の体に彼女の全体重が掛かる。これで腕立て伏せ六百回はかなりきつそうだが、同時に良い鍛錬になる。

 

「ちょ、まさかアンタこれで腕立てする気なの? 止めといた方がいいわよ。いくらアンタの身体能力が化け物染みてるからって、人一人乗っけて、しかも片腕でやるなんて正気の沙汰じゃないわ」

 

 そんなこと知ったことではない。やると言ったらやるのだ。

 

「……まあ、アンタがやるって言うなら止めはしないけど、後であたしの鍛錬には付き合ってもらうわよ?」

 

 元よりそのつもりだ。俺はこの後も刀の素振りと、走り込みもしなければならないのだ。この程度でへばっていては話しにならない。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……アンタ、やっぱりあたしの乗せて腕立てするのは止めなさい。あの後、あたしの鍛錬に付き合って尚且つ走り込みまでしたアンタの馬鹿体力は素直にすごいと思うけど、それが毎日続けられるとは思えないわ」

 

 激しく同意だ。流石に無茶し過ぎた。特に腕立てからの斬術の鍛錬はかなりきつかった。後一本しかない腕が千切れてしまうかと思った。その後の走り込みは、まあ、普通だった。しかし、だからこそ前の鍛錬のきつさを際立たせている。なんだあれ、最後の辺りは腕の感覚が無かったぞ。流石に腕が二本とも無くなってしまえば死神への道は諦めるしかない。

 そんな教訓を得て、現在は大浴場に入って汗を流し、紫蘭と共に自室に戻る最中だ。

 

「でも、アンタの斬術はすごいわね。何処に打ち込んでも全部弾かれるか逸らされちゃうもの。何か極意でもあるの?」

 

 それは簡単なことだ。単純に眼で見えて、体で反応が出来たから、それだけだ。だが、これは極意でも何でもない。唯の生まれ持ったものだ。故に紫蘭に教えられることは何もないと首を横に振る。

 

「そっかー……ま、あたしもアンタの技術というかその体捌きは学ばせてもらったから良いんだけどね。あ、あたしここだから。じゃね」

 

 そういうと彼女は「疲れたー」と言って部屋に入っていった。ふむ、俺の部屋は実はこの隣なのだが、まあ、言わなくていいか。言ったところで何か変わる事でもない。

 自室に戻ると、同じ部屋割の男は眠っていた。そういえば名前はなんというのだろうか。確か部屋の前に書かれていたな……ふむ、山田清之介(ヤマダセイノスケ)か。普通でとても覚えやすい名前だな。

 同室の男の名前を覚えたところで、俺も寝るとしよう。今日は、疲れた。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・尸魂界の知識

・重石(山査子紫蘭)

 



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第九話

 

 

 

 鬼道は難しい。

 仕組みや言霊の説明を終え、いざ実践と鍛錬場に赴いた。だが、そこで遂に俺の鬼道の才能の無さが露呈した。「破道の四『白雷』」を撃てば何故か俺が感電し、「破道の十二『伏火』」を撃てば何故か俺が拘束される。そう、何故か俺の鬼道は全て己に返ってくるのだ。唯一「破道の一『衝』」だけはまともに飛んでいったが……威力がおかしい。衝とは本来、弱い衝撃を放つ技なのだ。それなのに、何故か俺が放った『衝』は岩を粉砕した。おかしい。霊力の加減とか、鬼道の不得意とか以前に、何故「破道の一」だけが成功するのか。そしてこの威力は何なのか。教師でさえも「君は頭おかしいんじゃないか?」と言ってきたぞ。なんだ頭おかしいって。霊力おかしいなら分かるが頭は無いだろ頭は。

 そして、更に悪意を感じる出来事があった。【破道】は『衝』以外からっきしのくせに【縛道】は完璧だったのだ。「縛道の一『塞』」「縛道の四『這縄』」といった一桁代の【縛道】は勿論の事、なんと十番台飛んで二十番台の【縛道】まで使えるのだ。何者かの悪意を感じるのも当然であろう。なんだこれは。【破道】の才能を全て【縛道】に注いだのか。どっちにしろ偏りは良くないだろう。練習しようにもしかし、教師に【破道】は無闇に撃つな、と釘を刺されてしまった。解せぬ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 そんな解せぬ事があっても時は流れていく。霊術院に入院して一ヶ月が経とうとしていた。相変わらず、斬拳走は優秀と教師に言われているが、鬼だけは壊滅的に駄目である。【縛道】だけ出来ても意味が無いのだ。【破道】が出来ねば意味が無い。そういえば、【回道】というものもあるらしいのだが、それは三回生になってから学ぶらしい。是非ともそっちは普通に使えることを願う。

 

「何黄昏てるのよ。先生に呼ばれたんだからさっさと行くわよ」

 

 そう言いつつ俺を急かす様に脹脛を軽く蹴ってくるのは山査子紫蘭。斬拳の授業では露骨に避けられている俺と懲りずに組み続ける奇怪な女子だ。この女、最初から俺に対して遠慮をしていなかったが、この一ヶ月間で更に遠慮しなくなった。具体的には、俺がまだ朝食を摂っているというのに「朝練に行くわよ!」と茶碗を持っているのも構わず俺を鍛錬場に連れ出し、夕食を摂っている最中でも「鍛錬に行くわよ!」と椅子を引き摺ってでも俺を連れ出す。紛失してしまった茶碗は十数個。食堂の皆、すまない。

 そんな紫蘭と俺は教師に呼び出されていた。紫蘭は「遂に来るべき時が来たわね」と謎発言をしていたが、俺には何のことかさっぱりだ。しかし、成績優秀で教師からの評判も良い紫蘭と共に呼ばれたということは少なくとも悪い様には成らないだろう。

 

「何よ? あたしの顔に何か付いてるわけ?」

 

 ただ紫蘭は努力家だと再認識していただけだ。他意はない。

 さて、紫蘭が一方的に話し、俺がそれを聞いて首を振るやりとりをしていると、いつの間にやら職員室に着いた。中に入ると、俺たちの学年の教師が待っており、俺たちはそこに向かう。周りの教師は皆、にこやかな笑顔を向け、まるで何かを祝福する様な雰囲気だ。正確には、紫蘭を、だが。

 

「良く来た。そこに座ってくれ」

 

 そう促され、俺たちは向かいの椅子に座る。この空気からして完全に悪い話という線は消えた。まずはそこに安堵した。

 

「さて、それで此処に呼んだ事についてだが、まず、山査子紫蘭」

「はい」

「君の斬拳走鬼の成績は一回生の範疇を大きく上回るものと、各教師からの申し入れがあった。よって、明日からは二回生として授業に励むように」

「はい!」

 

 飛び級か。一年で進級できるところを一ヶ月で進級とは流石としか言いようがない。しかし、やはりどこかでそれも当然か、と思う己がいる。

 何故彼女が俺としか組まないのか。それは単純に、俺以外に相手になる者がいないからだ。俺たちの所属する学級は『特進学級』という優秀な者を集めた学級だというのはついこの間知ったことだ。その中でも、紫蘭の相手となる者はいないのだ。俺でも、【破道】に関しては完全に紫蘭に劣っている。いや、これに関しては誰よりも劣っている。

 俺以外相手にならぬほどの実力を持っている。故に飛び級をして二回生になる。それが当然の流れだろうと俺の中で結論付いた。しかし、疑問なのは何故この場に俺が呼ばれたのか、ということだ。確かに斬拳走、これに関しては紫蘭と比べて遜色ない成績を修めている。特に斬に関しては紫蘭相手に勝ち越している。だが、鬼が全ての平均点を下げているのだ。なにせ、【破道】を放つと自爆する欠陥を持っているのだから。いくら【縛道】が出来ても致命的な欠陥だ。故に、何故俺が此処に呼ばれたのか分からないのだ。

 

「次に、寄生木アセビだが」

 

 遂にきた。さあ、言うがいい。俺がなんだ? まさか退学か? 問題行動はしていない筈だが、まさか茶碗の件での厳重注意か? いや待ってほしい。あれは紫蘭が強引に俺を連れていったのが悪いのだ。

 

「君も、明日からは二回生として授業に励んでくれ」

 

 ……なんだって?

 いや待て。待ってほしい。

 

「君に関しては教員全員と話し合ったのだが、斬拳走に関しては問題ない。むしろ斬に関しては山査子よりも良い成績を修めている。が、問題なのは鬼道だ」

 

 ああ、そうだとも。だから俺はまだ一回生として鬼道を学び、一年ごとに進級していくつもりでいたのだ。この様な未熟な状態では、とても死神としてやっていける自信がない。せめて、【破道】の十番台が無難に撃てるようにならなくてはいけないのだ。……『衝』を除いてな。

 

「【破道】は暴発するどころか自爆してしまう。それなのに、【縛道】は二十番台まで詠唱破棄で完璧に発動させる事が出来る。これほど扱いの難しい生徒も珍しい。……しかし、今までその様な生徒がいなかった訳ではない」

 

 俺のような存在が、他にもいたということか。それならば、是非とも助言を頂きたいものだ。主にどうやって【破道】を前に飛ばすのか、という点で。

 

「流石に【縛道】だけ優秀なのは君が初めてだけどな。……そういう訳で、ここの卒業生の中にも、鬼道が戦闘において使えない生徒というのはいたのだ。その前例があったからこそ、君を進級させる事が出来る」

 

 いや、その言い方だとまるで俺の鬼道はもはや手遅れという風に聞こえるんだが。教師が生徒の希望を摘む様な発言をして良いのか。良くないだろう。俺も授業で鬼道を発動させるたびにこれはもう駄目なんじゃないか、と思ったりしない訳ではない。が、それでも毎日地道に練習しているのだ。この前は『衝』が岩を貫通し向こうの木を破砕したぞ。これはもう『衝』ではなく別の何かなのではないかと教師を悩ましていたのは記憶に新しい。練習が明後日の方向へ作用しているが、それでも俺は頑張っている。

 

「極端に言えば、死神は鬼道が使えなくても斬魄刀さえあれば戦えるのだよ」

 

 俺の【破道】はもう使えない事を前提に話しているなこの教師。今に見ていろ。いつか三十番代詠唱破棄を習得し度肝を抜いてやろう。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「まあ、気にする事無いんじゃない? 白打と歩法はともかくとして、斬術ならあたしよりも上なんだから」

 

 進級についての説明が終わり、紫蘭と共に帰路についている。

 彼女は教師に実質「お前に【破道】の才能は無い」と言われたことを気遣っているのだ。同じく飛び級する者同士、片方が落ち込んでいるとやり難いとでも思っているのだろう。だが、生憎俺はそこまで落ち込んでいない。教師から直々に「才能無い」といわれる衝撃は、まあ、そこそこはあった。目に物見せてやろうとも思った。だが、同時に納得している自分もいるのだ。俺に【破道】の才能は無い。そして、まともに使えるようになる為にはこの六年を全て【破道】に費やす必要がある。当然、斬術や白打に費やす時間などない。得意を伸ばすか不得意を克服するか、この段階まで来てしまうと前者が正しいだろう。何故か、簡単な事だ。

 

俺が不得意を克服しても、敵は殺せないからだ。

 

 所詮、全く出来なかったのが、普通に出来る程度になるだけで、しかもその普通とは一般死神から見れば未熟な域だ。しかし、斬術や白打は違う。自分でいうのもなんだが、俺はこの二つが得意だ。自分でもまだ伸び代があると思っている。これを伸ばせば、より多くの敵を殺せるようになるだろう。つまりは、そういうことなのだ。この事を俺は心のどこかで理解し、納得している。故に、俺は落ち込んでいない。そんな暇があるなら斬術と白打を磨く。むしろ、【破道】という選択肢を捨てることによって他に重点を置く事が出来るのだ。

 

「アンタ、普段無表情だからよく分かんないけど、ふっ切ったの?」

 

 ふっ切ったのではない。元々未練など無いのだから、この場合は、かなぐり捨てた、というのが正しいような気がする。

 

「ま、いいわ。進級したらどうなるか知らないけど、あたしとまともにやれるのはアンタだけなんだから、こんなところで立ち止まっていないでよ? 張り合いが無くなっちゃうじゃない」

 

 勿論だ。俺はこんなところで立ち止まってはいられない。あの日約束した、奴との約束を果たす為にも、戦える選択肢が一つでも残っているのなら、俺はそれを磨き続ける。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・進級

 

本日の喪失

・【破道】

 




芸術は爆発。鬼道も爆発。
因みに、主人公の『衝』の威力が何故高いのかというと、それが暴発寸前だからです。辛うじて自爆せずにギリギリのラインで前に飛んでいるだけですので、決してまともに飛んでいるわけではないです。


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第十話

 

 

 時間というものは皆平等に流れていく。楽しい時間も、苦しい時間も流れる時は同じだ。しかし、それを感じる人々の感覚は違う。楽しい時間は簡単に過ぎ去り、苦しい時間はゆっくりと流れていく。

 さて、俺が過ごした霊術院での一年は、森に住んでいた時と比べればゆっくりと流れていた気がするが、それでも充実していた。朝起き、朝食を食べ、紫蘭に引き摺られ鍛錬をし、授業を受け、それが終わったら夕食を食べ、俺よりも早く食べ終わった紫蘭に引き摺られてまた鍛錬をし、寝る。毎日毎日、これの繰り返しだった。いつか飽きるものと思っていたが、こうして一年過ぎて振り返ってみると、とても充実してたように思える。まあ、惜しむらくは、一回生の時に飛び級し、二回生になっても環境は大して変わらなかったことか。俺は露骨に避けられる事は無かったが、避けられている事には変わらず、紫蘭も色々な人と組んで自分と対等にやり合える相手を探していたが、結局は見つからなかったそうだ。「ま、一年上なだけだしそう変わらないわよ」と言っていたが、その顔はどこか悲しそうだったことを覚えている。やはり、鍛錬の相手が俺だけというのは味気ないのだろう。なんとかしたいと思うのだがこればかりはなんとも出来ん。ただ強い人材が育つことを切に願うだけだ。

 

 俺も紫蘭も進級するが、飛び級した時とは違い一年の過程を経て進級する。当然、面子は変わらない。授業内容は変わるだろうが、その他でやることは変わらないだろうな。……流石にあの生活がもう一年続くとなると、少し飽きるかもしれない。何か変化が無いと人間やっていけないものだ。

 

「なにダルそうな顔してんのよ。いいから早くそこ座んなさいよ」

 

 変化と言えば、俺も紫蘭も一年では身長も容姿も変わるとは無かった。これは俺達が死人……幽霊みたいなものだからだろうな。少なくとも何十年という単位で容姿に劇的な変化は現れない筈だ。

 

「あ? 今何であたしの事見て残念そうな顔した? おい」

 

 紫蘭はどうやら自分の容姿に劣等感を感じているようだ。優秀で文句のつけどころが無い紫蘭の唯一の弱点といえるだろう。まあ、そこを突くと烈火のごとく怒るから決して突いてはいけない弱点だがな。今の様に身長や容姿を気にかけるような視線を向けると即座に反応して殺気にも似た怒気を放ってくる。とても怖い。

 

「まあいつもの事だから良いわ。それよりも今年の目標よ、目標」

 

 進級前の最後の一夜。紫蘭は俺の部屋に押し掛け「目標決めるわよ!」と言い放った。いきなりそんな事を大声で言ったせいで寝ていた清之介は跳ね起きてしまった。俺も俺で柄にも無くビクッとしてしまった。まさか寝る一歩手前で来るとは思っていなかったのだ。とりあえず、清之介に迷惑が掛かるため俺と紫蘭は鍛錬場に場所を移し、改めて何の目標なのか聞いたところ進級してからの目標を決めたいとのことだ。

 

「これがあるかないかだけで一年の調子が決まるわ。だから、今日の内に決めておくのがいいのよ」

 

 とは言っても、俺は常に死神になるという目標を掲げ日々鍛錬している為、今年の目標と言われてもはっきりしないのだ。

 

「何よ、アンタは目標ないわけ? はー、つまらない男ねまったく。あたしはいっぱいあるわよ。まずアンタから斬術で一本取ること。それと三十番代の【破道】の詠唱破棄でしょ。それと、今年も飛び級する事ね」

 

 随分と今年の目標が多いな。しかし、そうか。この様な細かい目標なら俺にもあるな。例えば、三回生から実習があるという。現世で迷える魂を尸魂界に送る技術を学ぶのだ。この技術を【魂葬】と呼ぶ。その実習の時に虚に襲われることもあると先輩の霊術院生から聞いた。だから、その時に虚と戦って、あわよくば斬り殺したい。コンブより強いか弱いかはその時になってみないと分からぬが、あの時からどれほど俺が強くなったのかを確認したい。となると俺の目標は今年中に虚に出会い戦うことか。紫蘭に比べ、随分と条件が厳しい目標だが、紫蘭が言ったように無いよりいいだろう。

 

「……なんか殺気立ってるんだけど一体どんな目標にしたのよ。ああ、待って、言わなくていいわ。どーせアンタの事だから虚と戦いたいとか思ってるんでしょ?」

 

 何故分かった。

 

「眼が好戦的なのよ。死神が戦う相手なんて虚以外にいないでしょ。……まあ、隠密機動なら話は別でしょうけど」

 

 とりあえず、肯定の意を表明しておく。紫蘭は得意げな顔で頷き、それから目標の目標、つまり目標達成する為にやるべきことを語った。その姿はとても楽しそうで、明日からの希望に満ち溢れていた。この一年も紫蘭は充実しそうで何よりだ。

 紫蘭と夜遅くまでお互いの目標を言い合い、また今年もよろしくと挨拶をしてこの場は解散となった。部屋に戻ると清之介は既に寝ていた。俺もその横で布団を敷き、横になる。

 この一年で俺と清之介の寝る時の距離は少しだが縮んでいた。初めは俺に恐れを抱いていたが、共に過ごしていくうちに俺が無害だと察してくれたのだろうか。いや、未だに眼が合うと小さく震えあがるので恐れ自体は抱いているのか。まあ、これからも同室なので少しぐらいは話す事が出来れば幸いか。

 この一年は、森での狩猟生活に比べて安全に、平穏に過ごす事が出来たな。森よりも密度はなかったが、実に充実した一年だった。その大半は紫蘭のお蔭だ。だからこそ、俺は彼女がした事の大半を笑って許すのだが。何にせよ、今年も無事、それこそまた四肢を斬り落とすようなことにならないように過ごしたいものである。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・今年の目標

 




一つの区切りみたいな話です。次回は感想にてチラッと言った通り番外編です。


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番外編

 変な奴。それがあたしが寄生木アセビに抱いた印象だった。

 周りから浮いているのに、気にも留めない。勇気を出して喋りかけた生徒に反応はするけど、返事はしない。それが周りから浮くことに拍車をかけている。それに、どうやら入試に試験官に対して何かしでかしたらしい。あたしはあいつとは別の日に入試を受けたから見てないけど、試験官を半殺しにしたという話だ。確か試験官は護挺十三隊の席官ぐらいの実力はある筈。ま、席官と言っても末席かそれ以下だから流石に五席以上の力は無いんだけどね。でも、だからといって死神でもないのに試験官を倒した実力はすごいと思う。でもま、あたしも倒したんだけどね、試験官。

 

 初めての授業は斬術の授業だった。どんなものかとちょっと期待してたけど、今までまともな鍛錬をして剣を振っていた訳じゃない人を相手にしてもまともにやり合える筈もなく、まあこんなもんかと思った。だから、相手の技量に合わせて打ち合いをしていたのだけど、そこで教師の怒号が響いた。何事かって、声のした方を見てみると、噂の例のやつと、確か山田清之介っていう根暗そうな奴が対峙していた。対峙といっても、片方は木刀も構えずに余裕の態度で、もう片方は木刀を構えていても手が震え脚が震えの完全に戦意消失しているビビっている態度。どっちがどっちのなのかは言わずもがな。教師に怒られてようやくやる気になった山田の方が、半ばヤケクソに寄生木に打ち込んだ。技術も何もない、無茶苦茶な打ち方で斬術嘗めてんのかって感じだったけど、恐怖の呼び起こす力は予想以上に大きいらしく、木刀がぶつかり合う旅に大きな音が鳴り響いた。周りを見ればその場にいた生徒がその打ち合いを、打ち込んでいる山田の方に眼を向けていた。あたしも初めは「必死だなぁ」とどうでもよさ気に適当に見ていたけど、ふとある事に気付いた。

 

 寄生木アセビには、左腕が無い。

 

 寄生木の事はよく見ていなかったし、席も反対方向で体の左側は見えないから気付かなかった。後から思えば、これに気付かないのも問題だなとは思うけど、まあそれは置いておく。

 それに気が付いた時は驚いた。五体不満足で護挺十三隊に入隊しようとする人がいるなどと、想像すらした事が無かったからだ。風の噂で盲目でも入隊したすごい人がいるとは聞いたことがあるけれど、それに似たような人が身近にいるなんて、と若干の興味が湧いた。しばらく、といってもたった十数回の打ち合いだったけど、寄生木を観察した。実は、観察力はあたしのちょっとした自慢だったりする。その自慢の観察眼で寄生木を視て更にあたしを驚かせたのが、あれだけ打ち込まれているのに、寄生木は顔色一つ変えず、それをまともに受けていた。いや、片腕で両腕で振っている木刀を全て受け切っているのも驚いたが、あたしが驚いた事はそこではない。寄生木は、十数回も一方的に打ち込まれているのに、その場から一歩も動いていなかった。まるで右腕が別の生物の様に動き、全て受け切っていた。

 純粋にすごいと思った。上級貴族として、昔から死神になることを目標に剣を振っていたあたしでもそんなことはできない。少しでもその技術を盗もうと、半ば魅入るように見ていたら、遂に寄生木が動いた。動いた、といっても山田の様に激しい攻勢に出た訳じゃない。結果としていればたったの二振り、相手の手首を叩き、首に木刀を添えて、その打ち合いは終了した。

 強いと思った。こんな奴、今まで何処にいたのかも気になった。でもそれ以上に、寄生木と戦ってその技術を学びたいと思った。次の授業は白打だ。その時は、寄生木と組んでやり合おうと決め、早速動いた。……まあ、二回ぐらい無視されたけど、たぶんそれは誰かに話しかけられると思っていなかったからだろう。うん、そう思うと許せる。あたしは器の大きい女、この程度で怒らない。この時に分かったことだけど、こいつの眼は口ほどに物を言う。考えが分かる訳じゃないけどどう思っているのか、感情なら分かる程度だけどね。

 実際に組み手をしてみて分かった。斬術には当てはまらないけど、こいつの白打は技術が無い。たぶん、指導者に教えられたものではなく、実戦で鍛えられたものだから。だから、小技や繋ぎ技を使わず、ひたすら当たれば命にかかわる、もしくは行動に異常をきたす部位ばかり狙ってくるのだろう。事実、裏拳は頭を打ち抜く様に放ってきたし、蹴り上げは顎を狙って脳を揺らそうとしてきた。

 間違いない。こいつの白打は斬術よりも劣っている。斬術の時は手首を打って武装解除し、首に木刀を添えて無力化出来ていたのに、白打では一撃必殺を狙ってくる。つまり、余裕が無い。……まあ、それはあくまで攻撃面だけの話で防御面では結局一撃も当てられる事はできなかったけどね。その後、なんか身長や胸に向けて憐みの籠った眼で見てきたからひたすら乱打しまくってやったわ。やっぱりというか、結局一発も当てられなかった。滅茶苦茶悔しい。でも、同時に嬉しかったりもした。こんな強い奴が同じ時期に入院してくれて。あんまり期待していなかった学院生活に期待が持てるようになった。もっと強くなれるという期待が。

 この日を機に、あたしとこいつの関係は始まったんだと思う。一年という長い様で短い時間、一緒に鍛錬したりご飯食べたりするだけの変な関係だけどね。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 あの日以来、あたしと寄生木は授業で毎回毎回組むことになった。理由は察しの通り、こいつ以外は相手にならないし、あたしの技術の発展の為だ。朝の鍛錬にも夕方の鍛錬にも付き合ってもらってるし。……いや、あいつはあたしがいなくても勝手に鍛錬していたような気がする。まあ、一人でやるよりも二人の方が鍛錬になるだろうし、あいつも文句言ってこないしいっか。

そういえば、いつの頃からか、あたしの中で寄生木の事をアセビと呼ぶようになってたっけ。本当にいつからは覚えてないくらい自然にだけど、理由は覚えている。寄生木という呼び方よりもアセビの方が呼びやすいからだ。名前的に。

 

斬拳走鬼の授業は順調に進んでいき、残る鬼の授業の実習になった時、意外な事実が発覚した。あいつは鬼道が信じられないほど苦手だった。しかも【破道】限定で。まさか、『衝』以外の【破道】を撃つと自爆するのだ。しかも、アセビの生死が心配になるほどの大自爆だ。声出せよとは思ったけど、よく見たら口元がボソボソ動いている。ちゃんと詠唱はしているらしい。それであの結果とはもう一種の芸術なんじゃないかと思った。教師も「頭おかしい」といってたし。あたしも鬼道は初めてだったけどちゃんと前に飛んだし、教師にも「今の段階でそこまで出来れば上出来」と太鼓判を押してもらえた。この差は一体何だのだろうか。何者かの悪意を感じるけど、流石に個人の力量で左右される鬼道にそんなこと出来る人はいない。アセビをなんとかしようと珍しく焦っていた。あたしもあたしなりに助言はしたけれど、その程度であいつの芸術的な自爆は治ることは無く、遂には教師に授業以外の場での鬼道の使用禁止を言い渡された。その時のアセビの落ち込み様は半端では無かった。どのくらい落ち込んだかというと、周りか少し引くぐらい落ち込んでいた。その影響で今まで周りから浮いていたアセビは余計周りから浮く事になったが、本人は気にしてなさそうだった。

 

 アセビは【破道】の才能は一切皆無だった代わりに【縛道】の才能は天下一品だった。なにせ、初日から二十番代までの【縛道】を一通り使えているのだ。普通は一桁代すらまともに使えないというのに。これは「頭おかしい」といっていいかもしれない。何故か本人は不満そうな顔をしていたけど。なにが不満なのだろうか。あたしとしては【破道】よりも【縛道】の方が便利そうだし、とても羨ましいのだけど。あ、因みにあたしは十番代まで使える。初日でここまで使えれば上々なのだけど、一人規格外がいるから素直に喜べなかったのはあたしだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 こんな日々を送っているうちに一ヶ月が経過した。相変わらず鍛錬でも授業でも相手はアセビで、そろそろお互いの癖が分かり始めたころだ。

 白打はあたしの勝ち越し。アセビは白打において急所や行動に支障が出る部位を集中的に狙ってくるから、防御が楽だったり追撃が簡単だったりする。

 でも、斬術はあたしの負け越し。なんで刀を持ったか持たないかでこれほど変わるのかよく分からないけど、刀を持ったアセビは白打の時とは違って、相手を無力化するのが異常に上手い。一撃必殺の白打とどうしてこうも差が出るのか。聞いてみたところ、何故か実践されることになった。口で言いなさいよ。

 結果として分かったことは、白打、アセビの言うところの格闘戦では一撃必殺で相手を倒さないと逆に自分が殺される状況にあったらしい。殴っても間髪入れずに殴り返してくるため、何度か死にかけた事があるそうだ。お前一体何と戦っていたのよ。逆に刀の場合は何処を狙っても深く入れば全てが致命傷になる為、自然と小技を使うようになっていったそうだ。

 白打は勝ち越し、斬術は負け越し、歩法は……競争とかしたこと無いけど、たぶん同じくらい。鬼道は論外。【破道】を使ったら芸術的な自爆をするやつに勝っても嬉しくないし、そんなの見せられても勝った気分にならない。【縛道】限定なら完璧にあたしの負け越しだけどね。あいつ三十番まで詠唱破棄出来るし。あたしだって二十番代前半の鬼道しか詠唱破棄できないのに。ま、あたしは【破道】と【縛道】両方に対してあいつは【縛道】だけだから鬼道に関しては引き分けでいいんじゃないだろうか。総合的にはあたしの方が勝ってるけど、【縛道】に差があり過ぎるから。

 

 こんな感じで競い合っているけれど、当然あたしとアセビはそこらの一回生よりも頭一つ二つと言わず三つぐらい抜きん出ている。自惚れとかじゃなくて、客観的に見てそうなのだ。アセビの動きに一回生で付いてこれるのはあたししかいないし、あたしの動きに付いてこれるのはアセビしかいない。誰の目から見ても明らかだ。ま、だからアタシとアセビが飛び級するのは当然の結果だ。アセビ自身は自分の【破道】の才能の無さから渋ってたけど、結局は飛び級する事になった。まあ、あたしとまともにやり合えるアセビを飛び級させないと、周りから贔屓しているとか五月蠅そうだから、教師としては何が何でも飛び級させただろう。アセビが断固として拒否してもだ。……でも、流石に教師に「鬼道の才能が無い」と言われたことは気の毒に思う。実質希望を断たれたようなものだ。アセビが【破道】の練習を教師に隠れて地道に重ねていたのを一緒に鍛錬していたあたしは知っていた。だから、まあ、ガラにも無くアセビを慰めるような事を言ってしまった。思い出したら思わず身悶えしてしまうほど恥ずかしい。あたしってそういう奴じゃないってのに。しかも慰められた本人は大して気にしてなさそうな雰囲気だったのが余計恥ずかしい。部屋に戻って枕にうずめてゴロゴロバタバタしていたら同室の人から何故か生温かい視線を受けて余計恥ずかしくなって枕で顔を隠したら何故か頭を撫でられてまた恥ずかしくなってという悪循環。何かの拷問かと思った。これも全部あいつの所為だと考えることを放棄して、次の日はいつもの倍はあいつに打ち込んでやった。ちょっとすっきりした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 そして、一年。

 長い様で短い一年が経過しても、あたしの生活は一年前から変わることは無かった。序でに身長も伸びなかったし体も成長しなかった。悔しい、毎日牛乳を飲んでいるのに一体何がいけないのか。こんなに努力しているあたしが悪い筈が無い。世界だ、巨乳が覇権を握っている世界が悪いんだ。

 

 明日から三回生だと思うと少し緊張すると共に、何かやり残した事があるんじゃないかと不安になる。二回生に飛び級した時はこんな事感じなかったのに何故だろう。一年間二回生として過ごすと心の中で思うことがあるのか。それに、どこか不安もある。普通に進級するということは生徒の面子も変わらない。あたしはアセビとは違って、そこそこの交友関係はあるけれど、やっぱり一年間一緒にいた時間が長い人は誰かと聞かれたらあいつになる。つまり、あいつと喧嘩したり気まずくなったりしたらこれまでの生活が一変する事になる。そうなった時にどうすればいいか分からないから不安なのだ。そこそこの交友関係など本当に困った時に力になってくれる事なんてほとんどない。だから自分の力でなんとかしなきゃいけないのだけど、生憎今まで『知り合い』は入るけど『友達』はあんまりいなかったからどうすればいいか分からない。

 せめてあいつが何をしたいのかとかが分かればそれに協力することも出来るし、気まずくなってもどこか落とし所が分かるかもしれない。少なくとも、何も知らないよりもマシな筈だ。だが、それをどう聞く? いつも通り直球で聞くのも今回に限ってはどこか情けなくてあまり気乗りしない。と、グズグズしていたあたしの肩を叩く人がいた。といっても、同室の人なんだけど。同室の人は「考えるのは後にして、とりあえず行ってき」とポンッと背中を押して部屋から出した。あたしが悩んでいる事が分かったのだろうか? 部屋に戻ろうにも中から鍵を掛けられていて入れないし、あたしは渋々あいつの部屋に行った。

 あいつの部屋っていってもそれはあたしの部屋の隣だ。すぐに付いてしまう。なんて聞き出そうかと悩んでいたが、同室の人の助言を思い出し、扉を蹴破ってアセビを連れ出した。その連れ出した時の口実が「目標決めるわよ」だった。……図らずも目的を達してしまった。あれだけ考えても結論は出なかったのに、随分とあっさりと口に出していて吃驚した。こうなると分かっていたのかもしれない。同室の人―――リサは。

 

 鍛錬場に着くと、あたしは自分の目標を次々に言っていった。

 そして、言いきった時にアセビは何か考え込むような顔をしていた。自分の目標でも決めているのだろう、としばらくボーッとしていたが、不意にアセビから殺気を感じた。見れば、アセビは今まで見た事の無い顔で前を見つめ、左腕があった筈の場所に手を当てていた。

 一度こいつの上半身を見た事がある。左腕が無かったのは勿論だが、それに次いで目立っていたのが腹から背中を何かで貫かれたような三つの痕だ。それを見てからアセビのこれらの傷は虚にやられたものだとずっと思っていた。あたしの予想が当たっているのなら、たぶんこいつは虚を殺そうとかそんな感じの物騒な目標でも立てているのだろう。本人に聞いてみたら頷いてたし。

 それからいくらか雑談をし、あたしたちは解散した。結局、アセビと気まずくなったりした時の対処法に関しては何一つ思いつかなかったし、それに役立つようなことも聞けなかったけど、まあ、よく考えたら一年一緒に過ごして問題も起こらなかったし、成るように成るかと楽観視して、床に就いた。睡魔が程なくやってきて、良い感じに寝れそうだった時、隣から、リサから「うまくできた?」と聞かれた。こんな遅い時間まで起きていてくれたのだろうか。だとしたらすごいお人好しだ。でも、こうして気にかけてくれるというのはちょっと嬉しい。

 あたしは「うん」と言って、本格的に寝る為に意識を落としていった。

 さあ、明日から三回生だ。

 

 

 

 

 

 



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第十一話

新生活が始まった為、投稿がいつもよりも少し遅れました。
それはそうと、この前ふとランキングを覗いてみたらなんとこの小説がランキング入りしておりました。たいへんうれしいことです。読んでくれた方々、感想をくれた方々、どうもありがとうございます。……まあ、一番驚いたことは一週間ぐらい前までは100ぐらいしかなかったお気に入りが、一気に900人以上まで跳ね上がったことですね。これもたいへんうれしいことです。お気に入りしてくださった方々、ありがとうございます。


 

 

 ―――もしもーし

 

 ……。

 

 ―――もーしもーし

 

 ………。

 

 ―――あーあ、駄目ねこりゃ。むしろ前よりも遠ざかってる

 

 …………。

 

 ―――ハァ、霊術院ってとこに入って死神を目指すだかなんだか知らないけど、平和ボケしたら意味ないわね。最近は“妾(わたし)”を振ってないし、焦らされるのは趣味じゃないんだけど。

 

………………。

 

 ―――反応が無いのに喋ってるのも虚しいだけね。森で暮らしてれば、今頃良い感じに妾色に染まっていたというのに儘ならない使い手なこと。ま、気は長い方だし、精々死ぬまでに会えると良いわね?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 無事進級をして変わった授業内容にようやく慣れて早二週間ぐらい。

 進級したとしても俺の生活は大して変わることは無い。早朝に起きて鍛錬、授業、夕食を食べて鍛錬、入浴、就寝。端的にいうと俺の生活はこれの繰り返しだ。一見退屈そうに見えるが、これはこれで充実した生活だ。しかし、最近どうも何か物足りないような気がする。何が物足りないのか俺にも分からぬが物足りないのだ。森にいた時は感じた事が無かったのだが……一体何なのだろうな、これは。

 いや、分からぬことは分からぬし、ましてや俺のことだ。日々を過ごしていればいずれこの物足りなさの原因が分かるだろう。それまでは、今まで通り生活し、何が物足りないか分かったら行動する。これでいい。

 

 さて、実は今日、現世で魂葬の実習がある。前々から魂葬に付いてはクドクドと説明を受けてきた。俺達が死神になった際、現世で任務に付いた場合、これは必須技能だから教師もより丁寧に説明した。なんでも、斬魄刀の柄尻の部分を死者の額に押し付けて終わり、という簡単な作業らしい。ただ、霊力の調整が苦手な奴ほど手古摺るらしく、まさに俺にとって鬼門となる。いや、どうなのだろう。俺が苦手なのは【破道】だけであり、【縛道】は得意なのだ。一概に霊力の調整が苦手とは言い切れない。……俺の体の事なのだが、どうしてこうも曖昧なのか。鬼道全般が駄目なら判断のしようがあるというのに面倒な事だ。これでもし魂葬しようとしたら逆に幽霊を爆散させてしまうような結果になってしまったらどうしようか。腹でも斬るか。

 

「何やってんのよ、さっさと……って、ア、アンタ、何よその覚悟決めたみたいな顔」

 

 腹斬りの覚悟を決めていたところ、横から声が掛かった。紫蘭だ。次の授業が遂に現世での実習の為、一向に動く気配が無い俺を連れ出しにでも来たのだろう。進級しても生徒の面子は変わらない。なので今年も面倒な俺のことは全て紫蘭に押し付けようという魂胆らしい。一応言っておくが、俺は自ら問題を起こしたことはない。起こした問題と言えば試験の時の試験官殺人未遂と茶碗大量破損ぐらいだ。なので面倒者扱いされるのは誠に遺憾である。

 

「魂葬如きで何をそんなに張り切ってるんだか。ま、いいわ。ボサッとしてないで早く行くわよ」

 

 死神の立派な仕事である魂葬を如きというとは不謹慎な奴め。しかし、早く行かなくてはいけないのは事実な為、特に不満を表に出すことなく紫蘭に付いて行く。

 いざ行かん、現世。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 現世で実習と言っても、全員を教師が監督する訳ではない。都合よく彷徨える幽霊が一カ所に纏まっているのもありえない事なので、各自で四、五人の班を作り、卒業見込みの六回生がそれを監督するのである。教師は危険が無いか見回りだ。

 そして、当然の如く俺と紫蘭は同じ班だが、もう二人か三人がこちらにやってくる気配が無い。どうも俺たちを省いても丁度既定の人数になったようだ。露骨にホッとしている奴もいるな。その露骨さは俺が流魂街に案内される前の死神を思い出すな。あいつは露骨に嫌そうな顔をしたがな。

 俺たちの成績は三回生でも頭一つ二つ飛び抜けている為、俺達が二人でも問題は無いとのこと。俺にとってはむしろ好都合かもしれない。昨日の夜、目標を虚を殺す事と定めた以上、それを何としても実行したいからだ。これを実行される上で一番懸念していたのが足手まといがいるかいないかだったが、紫蘭なら大丈夫だろう。しかし、監督する死神がいるというのは厄介だ。虚が出てもその死神が倒してしまうかもしれないからだ。まあ、その辺りは俺の運次第か。まさか邪魔だからと監督の死神を後ろから刺すわけにもいかないからな。

 

 監督死神との挨拶もそこそこ、俺たちは彷徨える幽霊を探し始めた。俺たちの自主性を重んじる為か、基本的に監督死神は陰ながら俺たちを見守っているらしい。「めんどいから後はよろしゅう」なんて言葉は俺たちの中で勝手に美化しておいた。

 

「と言ってもやる気無いわねあの死神。御座なんて敷いてお茶飲んでるわよ。あ、こっち見た。うわ、なにあの顔。腹立つわね……!」

 

 あの死神はもう俺の中で道端に転がっている石ころと変わらん。気にしないのが吉と判断する。

 さて、幽霊を探して一時間、遂に山の中で発見した。刀を引っ提げて辺りを目的も無く歩いているように見える。とりあえず引き止めて、どっちが初魂葬に挑むか決める。

 

「あたしとしてはどっちでも良いんだけど、どうすんのよ? この侍、なんかすごい形相でこっち見てるんだけど」

 

 確かに刀を俺達目掛けて振ってきているな。だが残念な事に斬魄刀ではない刀で斬っても死神に傷は付かない。だから俺も紫蘭も気にしていないのだがな。

 

「ま、とりあえずじゃんけんで決めましょうか。最初はグー、じゃんけん」

 

 ポン

 

 俺はグー、紫蘭もグー。つまり、あいこだ。

 

「あいこで」

 

 しょ

 

 俺はグー、紫蘭もグー。つまり、またあいこだ。

 

「いやちょっと待ちなさいよ。アンタやる気無いでしょ。さっきから腕を動かしてすらいないじゃない」

 

 それはお互い様だと思うのだが。

 お互いが勝つ気の無いじゃんけんは適当にグーを永遠と出し続けるだけの為、一向に勝負がつかない。仕方が無いのであっち向いてホイで決めた。俺の勝利だった。

 

「じゃ、アンタが先ね」

 

 どうやら勝った人が先にやる取り決めだったらしい。俺はてっきり負けた人が先にやるものだと思っていたのだが、違ったようだ。どちらでも良い為、別に構わないのだが。

 侍の幽霊を向きあい、早速魂葬をしようとするも、ブンブンと刀を振り回して非常にうっとおしい。気にせずにやることも出来るが、やはり邪魔な為、でこピンで相手を沈めてみる。侍は仰け反った頭を木に打ち付け気絶した。何故か親近感が湧いた。とりあえず、気絶させたところで柄尻を額に押し付け魂葬してみる。

 

「ぎんもぢぃいぃぃぃいいぃいぃぃ!!」

「ブフォ!!?」

 

 尸魂界に送られる直前、侍が訳の分からない言語を叫んだかと思えばそれに驚いた紫蘭が思いっきり吹き出した。正直、俺もかなり驚いた。柄にもなく表情筋を動かして驚いたと思う。何だったのだろうかあれは。日本語に直すと『気持ち良い』だろうか。気持ち良かったのなら結構だが、あんな奇声を上げる必要があったのだろうか。紫蘭なんか顔を青くして「ありえないわ……。あれが人間の出せる声……?」と戦慄を隠せない様子だ。

 

「アンタって、なんでこう、所々で吃驚するような変な事するのよ……」

 

 故意にやっている訳ではない。今のは俺でも吃驚したぞ。

 その後、紫蘭の魂葬用の幽霊を見つけ出し、無事に魂葬を終えた。俺の時とは違い何事も無く普通に、だ。こいつも少しは俺の様な失敗をしても良いと思うのだが、少なくともこの一年間、こいつは失敗という失敗をしていない。全てをそつなく、優秀にこなしている。大したものだ。

 紫蘭の魂葬を終えたら丁度集合の時間になった。終始何もしなかった監督の死神は終わった瞬間出てきて「そんじゃお疲れさん」と言って瞬歩で集合場所まで戻っていった。俺たちも走っていくのは面倒なので瞬歩で集合場所に戻る。余談だが、三回生で瞬歩が使える者はそんなにいない。全体の二割ぐらいであろうか。四回生になると完成度は兎も角、使える者は増えてくるのだがな。

 

「んー、あたしたちってあんまり瞬歩の鍛錬してこなかったわよね?」

 

 集合場所に皆よりも早く付いたので適当にその辺りに腰を下ろして休んでいると、突然紫蘭がこんな事を聞いてきた。確かに、俺たちの鍛錬と言えば斬術と白打が主だ。鬼道は俺が自爆するという欠陥を抱えている為、鍛錬はせぬし、瞬歩も鍛錬せずともそこそこ速かったので鍛錬したことは無かった。

 

「じゃあ瞬歩の鍛錬もしていかない? 外出許可とればアンタの昔住んでた森とかで鍛錬できるわよね?」

 

 俺が昔森に住んでいたことは既に教えてある。隠すような事でもなかったので、聞かれた瞬間すぐに教えた。教えた時は少し驚いていたが、どこか納得したような顔をしていた。

 昔話は此処までで良いとして、突然瞬歩の鍛錬をするとはどういうことだろうか。外出許可は三回生になれば取れる物であるが、それでも週に二、三回取れれば良い方というそこそこ取り難い物だ。そこまで回数を重視していないのだろうか。

 

「やっぱり何事も疎かにしちゃいけないと思うのよ。アンタの鬼道はもうどうにもならないにしても瞬歩は鍛錬してそんなこと無いでしょう?」

 

 成程、確かに紫蘭の言う通りだ。少なくとも瞬歩は創意工夫次第でいくらでも速くなる。鍛錬しておいて損は無いだろう。それに、虚との戦いでは必須技能だからな。

 

「じゃ、そういうことで週末辺りに外出許可取りに行きましょ。野宿はアンタの得意分野よね?」

 

 野宿する気か。確かに得意分野というか、昔はそれが生活という感じだったので問題は無いが。

 全員が集合するまで、週末の森での野宿についていろいろ計画を立てた。そしてその後尸魂界に戻り、夕食を食べた後、いつも通り鍛錬をして就寝した。つまり、現世での実習があったということ以外はいつも通りの一日であった。

 しかし、森に戻るのも久しぶりだ。狩りの腕は鈍っていないものか不安なところがあるが、二人以上で狩猟生活することは無かったので少し楽しみではあるな。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・魂葬(気持ち良い)

・週末の予定

 



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第十二話

投稿が遅れて申し訳ありません。
大学生活が始まり、一人生活が始まると何かとこれを書く時間というものがあまりなく、こうして遅れてしまったわけです。
いざとなればストックしてある三つを週一で投稿します。
そうですね、一週間に一度の割合で水曜の夜九時ジャストに投稿されていたら、「あ、作者は忙しいんだな」と思ってください。


 

 外出許可は意外にもあっさりと取れた。

 紫蘭が頼んだら俺と同時にすぐだった。本人は「まあ、あたしにもコネがあんのよ」と言っていたな。教師から即座に外出許可取れるとは一体どんなコネなのだ。

 どんなコネだろうと、外出許可が取れたことは喜ばしい事だ。期間は一日。森で野宿して早朝に霊術院に戻るという予定だ。そこで瞬歩の鍛錬をするのだ。確かに、森の中で瞬歩をするのは意外と難しい。俺が瞬歩を覚えたての頃、木に頭をぶつけたのが良い例だ。少しでも加減を間違えると木にぶつかってとても痛い。だから、瞬歩の鍛錬をするにはもってこいの場所だ。

 

「さあ! 早く行くわよ!」

 

 紫蘭は外出許可を取れたその日から機嫌がいい。森での野宿が楽しみなのだろうか。実際に生活していた俺だから言うが、狩りが終わると本当に何もやる事が無い。やる事と言ったら刀を手に馴染ませ、ひたすら振るぐらいだ。その延長で邪魔な木を問題ない範囲で斬り倒したりもしていたな。それぐらいだ。偶に仕掛けた罠の補修に行ったりもするがそれも週に一回ぐらいの頻度で、それも終わってしまえばあとは寝るだけという、実は学院生活よりも簡素な生活だ。まあしかし、常に命の危険と隣り合わせという生活はそれだけで日々の生活が濃くなるのだがな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 俺が以前住んでいた森とは別の森に着いた。俺の住んでいた森は以前のあの戦いで焼け、今は生物が住める所では無くなってしまっていた。退院してすぐに森に向かったのだが、俺の予想をはるかに超えて真っ黒だった。コンブの火力を侮った訳ではないが、これほど被害が出るとは思わなかった。この森が再生するのに百年は掛かると思うと、若干申し訳ない気持ちと共に故郷を無くしたような寂寥感を感じた。

 俺の気持ちはどうでもいいが、以上の理由から今日野宿する森は俺も知らない別の森である。知らない森でも勝手は同じだと思われるのでそこまで問題としていないがな。とりあえず拠点に出来るような広い場所を探してそこに荷物を置く。俺は浅打、紫蘭は……色々。女は荷物が多いと出掛ける前に清之介が言っていたがどうやら本当の事らしい。しかし、色々と言っても紫蘭の事だ。大方その荷物の中身は包丁やまな板と言った料理に使う物や、手拭いなどの実用品ばかりだろう。

 

「じゃあ、早速瞬歩の鍛錬ね」

 

 荷物を置いて焚火の用意をし、早速瞬歩の鍛錬に入る。と言っても、ただ瞬歩するのも面白くない為、序でに昼食で食べる為の食料集めも兼ねる。

 

「そうね。じゃあ、獲れた食料に応じて得点を付けましょうか。キノコや木の実は一点。肉は二点ね。魚はちょっと難しいから三点にしましょう」

 

 肉が二点か。つまり、兎を重点的に狩れば効率がいいということだな。肉も増えて点も増える。まさに一石二鳥だ。

 

「あ、でも減点があった方が面白いわね。じゃ、兎を狩ったら減点十点ね」

 

 と、ここで何故か紫蘭から兎禁止令が出た。何故だ。立派な栄養源をみすみす見逃すとは一体何を考えているんだこいつは。兎は肉だぞ。肉が目の前をうろついていたら捕まえて食べるだろ、普通。

 いくらなんでも狩猟生活の常識をブチ壊すようなこの意見は俺も否定せざるを得なかった。

 

「……え、却下? いや、待ちなさいよ。じゃあ、何? アンタは兎を狩ってそれを食べるっていうの?」

 

 肯定。

 というか、肉が目の前を歩いていたら食べるだろ常識的に考えて。無論、そこに種類による差別は無い。俺は本当に切羽詰まっていたら人間の肉も食べれる自信がある。流石にそれは本当に死にそうなときだけだが。

 

「お、落ち着きなさい。冷静になって考えてみれば分かる筈よ。兎を狩るよりも猪や熊を狩った方が肉の量は多いのよ? それに、何もあたし達はずっと此処で暮らす訳じゃないわ。今日一日、今日一日だけなのよ? なら小さいのチマチマ狩るよりは大きいの一匹狩った方がいいと思わない?」

 

 その意見はご尤もだが、それだと初めに言った勝負方法が意味の無い物になると思うのだが。得点を競うということはそれなりの獲物の量が必要になるのだが、今日一日分の食料となると紫蘭が言ったように猪や熊を狩ってくれば済む話だ。得点で競い合う意味が無くなる。その辺りの事を紫蘭は理解して言っているのか? いや、理解していないだろうな。今も「完全論破!」と俺に指を突き付け胸を張っているのだから。紫蘭らしくない。こんな自分の発言と矛盾する様な事を言ってしまうほど焦燥するとは。……いや、待て。そもそも何故彼女は焦っているのだ? 先のやり取りに何か焦る要素があったか? ただ兎を狩るか狩らないかでどうしてここまで焦り、話しをややこしくするのだ?

 

「とりあえず、兎を狩ったら減点よ。いいわね?」

 

 また兎を狩らないように念押しか。これではまるで兎を守っているようにも感じるな。

 ……ああ、成程。そういうことか。

 答えに達した。そういう事なら、今後長期に渡って狩猟生活するのであれば許されない事だが、たった一日の狩猟生活、それぐらいの選り好みは多めに見よう。

 

「な、なによ、その生温かい目は……」

 

 いや何、いつも鍛錬鍛錬と周りの女に比べるまでも無く女っ気のない紫蘭だったが、こうして女らしい一面を見ると思わず暖かい気持ちになるのだ。なんというか、あれだ、ほっこりする。

 

「き、気持ち悪いわね……。早く狩りに行くわよ!」

 

 そういうと紫蘭はズンズンと一人で狩りに行ってしまった。張りきるのは構わないが、森は意外と迷いやすい為、拠点から出ていく時にはそこらの木に分かるように印をつけていかなくてはならないのだが、大丈夫なのだろうか。まあ、紫蘭の事だ。何も考えなしには飛び出さないだろう。……大丈夫だとは思うが、一応、念の為に印をつけておくか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あははっ! 大量、大量よ!」

 

 瞬歩を駆使しての狩りは結果だけで言えば紫蘭の圧勝だった。

 紫蘭の得点、十八点。対する俺は四点だ。どうしてここまで大差が付いたのか。それは獲った獲物の違いだ。紫蘭はキノコや木の実が十五個、魚が一匹。俺は猪と熊、合わせて二匹。いくら俺の方が得物が大きくても得点では紫蘭の圧勝である。勝負に勝って試合に負けるとはこのことか。

 いやしかし、まさかこんな勝ち方があったとは。俺は肉に捕らわれ過ぎていたのかもしれない。俺が矛盾と言った彼女の発言は彼女の中では別段おかしなものではなかったということか。キノコや木の実であれば十個以上あったとしても食べきれる量だ。紫蘭は初めからこの手段で勝つ気だったのだろう。

 しかし、勝ったのは数字上だけの話だ。実際にこれを食べろと言われたら、俺は食べれない事は無いが、進んで食べてみたいとは思わないな。

 

「ちょっと、何やってんのよ。あたしの採ってきたキノコを二つに分けて。……え、コレ毒なの?」

 

 キノコと木の実を合わせて十五個、その内の七個が毒入りだ。食べたら笑いが止まらなくなるものや、痺れて動けなくなるもの、その時々で違う症状がでるもの、刺激を与えたら爆発するもの、様々な危険物が勢揃いだ。よくここまで危険物を集めたものだと逆に感心してしまう。

 

「へぇ、これが毒キノコなの。アンタは食べた事があるわけ?」

 

 勿論だ。笑ったり痺れたり忙しい時期もあった。今や懐かしき良い思い出だ。

 

「そこでなんで思い出に浸れるのか分からないのだけど、まあいいわ。それより、この猪と熊って血抜きしてあるの?」

 

 背負った時に血が付くからまだやっていないな。

 食事の準備で一番何が厄介かというと、それは血抜きだ。血の臭いで獣が集まり、よく戦闘になったりもしたな。それとは関係なく、今は片腕の為、色々作業の効率が悪いというのもある。片腕で動物を木から紐を使ってぶら下げるのはとてもやり難い。口を使わなければとてもじゃないが紐も結べない。

 なので、今日はこの作業を紫蘭に一任しようと思う。何、首を斬り落として紐で吊るすだけだ。難しい作業じゃない。

 

「いや、別に良いんだけど、その間アンタは何をすんのよ?」

 

 何をするの、か。それは勿論、血の臭いによって集まってくる獣たちの対処だ。斬ればそれによってまた血が流れ、獣が寄ってきてしまう為、素手で相手をしなければならない。と言っても、まったく問題は無い。片腕でも首を圧し折ったり、背骨を叩き折るぐらいはできる。兎に角、なるべく血を流させないように追い払うか殺さなくてはならない。

 

「そう。あ、血抜きしてる間、あたしもそれ手伝って良い? 白打の良い鍛錬になりそう」

 

 血抜きをするのなら問題は無い。それに、獣に囲まれた状態での白打は確かに良い鍛錬になるだろう。反射神経も鍛えられる。少なくとも、俺の白打の師匠はこの獣たちだった。

 

その後、予想通り狼や熊など、多くの獣が集まってきたが、俺と紫蘭は白打に戦闘不能にして追い払った。安全が確保できるまで戦ったので、かなり多く戦ったが、お互い無傷で無事拠点に戻る事が出来た。

 

「動物の連携を嘗めてたわ……。アンタが斬術や白打が得意な理由がちょっとだけ分かった気がする」

 

 紫蘭は疲れていたが、逆にこんなもので疲れていたら森で一夜は過ごせない。夜になって焚火が消えてしまった時には再び焚火を付ける間もなく獣たちと連戦連闘だ。日が昇っているうちは殺さないように追い払う余裕はあっても、夜にはそんな余裕などない。獣がこちらとの実力差が分かるまでずっと戦い続けなければならない。正直、初めの頃は生きた心地がしなかった。

 

血抜きが終われば後は簡単だ。毛皮を剥ぎ、内臓を取り、ばらす。これだけである。内臓を取るという作業も血抜きに次いで面倒な作業だが、内臓は紫蘭の『赤火砲』で焼いたり『衝』で吹き飛ばす。こうしておけば獣は寄って来ないし、吹き飛ばした内臓は獣が勝手に処理してくれる。

こうして飯の準備を終え、他の獣に奪われないように高い木の上に乗せておく。

 

「さてっと。じゃ、本格的に瞬歩の鍛錬、始めましょうか」

 

 一日だけの森での野宿生活は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・猪の肉

・熊の肉

・食べれるキノコ

・毒キノコ

・食べれる木の実

・毒入り木の実

・紫蘭の新たな一面

 



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第十三話

お決まりの前書きですが、投稿が遅れて申し訳ない。
ちまちま一日に100~500、暇があれば500~1000文字のペースで書くとこれぐらいの更新速度になってしまうのです。楽しみにしてくれている人には申し訳ない限りです。


 夕方になった。俺と紫蘭は疲労で固まった筋肉を入念に伸ばし、たき火を囲んで飯が焼けるのを待っていた。

 俺と紫蘭の瞬歩の競い合いは予め決めておいた木にどちらが先に傷を付けれるか、という勝負方法だった。結果は、互角。しかし、競い合う『速さ』という点においては紫蘭の勝ちだ。僅差だったが、木に辿り着き刀に手を掛けたのは紫蘭の方が早かった。しかし、木に傷を付ける時の剣速は俺の方が僅かに速かった。故に、結果的にいえば互角。

 

「ねえ、まだ焼けないの?」

 

 今日の鍛錬の結果を振り返っていると正面から紫蘭の今か今かと待ち侘びる声が聞こえた。肉の様子を見てみると、ジュウジュウと肉汁がとても良い感じに滴っていた。うむ、少々熱いが食べ頃だな。

 

「ほんと!? じゃあ、あたしコレッ!」

 

 いくつかある内の一番大きいやつを紫蘭は取り、それに齧り付いた。まあ、一番大きいやつは紫蘭に譲るつもりだったから別にいいのだが、もう少し遠慮というものをしても良いと思う。しかし、今更そんなこと気にする様な仲でもないと考えるとそんな小さい事どうでもよく感じる。

 

「熱っ!」

 

 齧り付いたは良いが出来たては当然熱い。肉から口を話した紫蘭は舌を少し出して顔を顰めていた。舌を火傷したのだろうか。

 とりあえず、霊術院から持ってきた水を飲むように促す。火傷したなら冷やすべきだろう。俺が火傷した時はどう対応されたか知らないがな。

 

「ありがと」

 

 紫蘭に水を渡しつつ、冷ましておいた肉を齧る。うむ、やはり熊の肉は美味い。猪は流石に一日の期間では食べ切れないので、襲ってきた狼の餌にでもしておいた。狼たちの餌は何も俺達でないといけないということは無い。あいつらにとってみれば食えればなんでも良いのだ。よって、猪をその場に置いて去れば、あいつらは追ってくることも無く、その餌を喰らうのだ。

 

「そういえばアンタ、森で生活してた時、飲み水どうしてたのよ? 川の水は危ないっていうじゃない?」

 

 それは愚問というものだぞ紫蘭。そこにあるものを使い、食し、飲まなければ狩猟生活なんてものはやっていけない。川の水が危ない? 俺からしてみればそれがどうした、だ。飲まなければ死ぬのだ。腹を下そうが嘔吐しようが飲まなければ死んでしまうのだ。

 

「……あー、うん。愚問だったわね。聞いたあたしが馬鹿だったわ。あんたの事だからきっとすぐに慣れたんでしょう?」

 

 俺が愚問と思った理由と紫蘭が愚問と思った理由が違う。いや、実際紫蘭の言ったことは正しいんだがな。俺は川の水にすぐに慣れた。初めは腹を下したりと色々忙しかったが、今ではなんともない。

 

 食後の果実も美味しく頂き、俺は寝る準備を始めた。寝る準備と言っても寝床を整えるという意味ではない。焚火の炎を消さない為の薪の準備だ。無論、今回のこの野宿の目的が瞬歩であるから、瞬歩で薪を集める。紫蘭にも協力してもらっている。明確に競い合っている訳ではないが、紫蘭よりも多くの薪を拾ってくるべきだと俺の本能が語りかけてくるのだ。紫蘭も何故か鼻息を荒くして張り切っていたので、あちらも俺よりも多く薪を拾う気であろう。望むところだ。こっちは伊達に一年近く毎日薪を拾ってきた訳ではないと思い知らせてやろう。……片腕で勝てるかどうかは気にしてはいけないところだろうな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「うーん。野宿って星空とか綺麗だと思ってたんだけど、何も見えないわね」

 

 夜、俺と紫蘭は各自寝る場所で横になって夜空を見ていた。紫蘭は満天の星空を期待していたようだが、焚火の明かりでそれを見ることは敵わないだろう。消せば素晴らしい景色がそこにある訳だが、夜中に焚火を消す事は獣たちに食べてくれと言っているようなものだ。

 

「そういえば、これで後は寝るだけな訳?」

 

 そうだな。野宿、というか狩猟生活は夜にする事が本当に無い。後はもう寝るだけだ。

 

「そっか……。じゃあさ、暇だから一つ聞いて良い?」

 

 聞きたい事? 紫蘭が俺に聞きたい事があるとは珍しい。まあ、普段とは違う特殊な環境なので普段とは違うことが思い浮かんだんだろう。

 

「アンタはさ、何で死神になろうと思ったの?」

 

 何故死神になろうと思ったか。ふむ、そういえば考えたことも無かったな。きっかけは怪我をして入院していた時に百合子殿に進められ、今よりも生活水準が上がるならと思ったことだな。霊術院に入ってからは、ひたすら強くなる為に鍛錬をしたな。

 

「あたしはね、上級貴族なのよ。両親は面子を気にするし、他の貴族との交流でわざと負ろと言われた時もあった。あたしもね、嫌々だったけど親の言うことを聞いて負けたりもしたわ。でも、あたしだって人間だもの、我慢の限界だってあるわ。ある日、あたしは親が負けろと言った試合で相手をボコボコにしたの。そしたらその相手、癇癪起こしてもううちと商売はしないとか何とか言って帰って行ったわ。実際、うちと商売はもうしなくなったわね。これが原因であたしは家を事実上勘当されたわ。今は面子があるから周りに隠して正式な手続きはしてないのだけど、それも死神になるまで。死神になったら本当に勘当され、あたしはもう二度とあの家の敷居をまたぐことはないわ。……なんか話が逸れちゃったわね。ま、あたしが言いたいことは要するに、あたしを勘当した親に一泡吹かしてやりたいわけ。元々そんなに好きじゃなかったから勘当された件に関しては結構どうでもいいんだけど、なんか悔しいじゃない? あと、単純に強くなりたいっていうのもあるわね。負けるのは嫌だもの。……さて、あたしは話した! じゃあ次はアンタね。言っとくけど、ちゃんと声に出してよ? アンタの感情は結構読みやすけど、さすがに今回ばかりは言ってくれなきゃわかんないわ」

 

 

 中々に重たい話を聞いた気がする。まあ、俺が口を挟んだところで何かできるわけでもない。紫蘭も俺が関わることに良い顔をしないだろう。親がいない俺に紫蘭の気持ちは分からぬし、この件は関わらずに聞きに徹するとしようか。

 それにしても、声に出して、か。

 いや、それよりも死神になろうと思った理由か。そういえば、俺は何故あんなにも鍛錬をするのだ? 狩猟生活していた時からの日課とは言え、霊術院に入ったのなら目的はほぼ達した筈だ。それなのに、俺は狩猟生活の時よりも更に厳しい鍛錬を何故こなしていたのだ? 単純に考えるなら、心理的な面で強さを求めていたからだろう。では、何故強さを求めたのか。その根幹にある物は何なのか。………あいつか。カロール・コンブスティーブレ。あいつが俺の強さを求める根幹にあるのか。それなら、俺が強くなろうと、死神になろうとしている理由は一つだな。

 

「……奴に、借りを返す為だ」

「へっ!?」

 

 聞こえなかったのか? 俺が強くなろうとしている理由は、奴に、コンブに借りを返す為だと言ったのだが。奴に持っていかれた腕の借りをな。奴の尻尾を一本を半分に断ち切ってやったが、あいつは尻尾が三本あるのだ。せめてあともう半分断ち切らねば納得がいかない。

 ああ、一つの疑問が解決すると妙にスッキリするな。良い感じに睡魔が襲ってきた。今夜はぐっすり眠れそうだ。

 

「ねえ、ちょっと! アンタ今喋ったわよね!? もう一回! ちゃんと聞いてなかったからもう一回言って!」

 

 五月蠅い。俺は眠るのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

―――フフッ、思わぬ収穫ね。これで少し近付けたかしら?

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

本日の収穫

・何かへの第一歩

 



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第十四話

えー、この話は作者が多忙のため、ストックから投稿するものであります。残りストックはあと2つです


 三回生には長期休暇というものがある。

 これは三回生だから、というよりも三年に一度の休みということだ。霊術院には下級貴族や紫蘭の様な上級貴族が結構多い。その為、三年に一回は実家の方に顔を出して挨拶をしてくる、そしてその序でに休んでこい、という上の意図だ。

 日頃の鍛錬の疲れや勉強の疲れを癒すのにはまさにうってつけの期間だ。ただしそれは、帰る家がある者に限る。長期休暇中は霊術院の教師連中もいなくなる。まだ仕事が残っていたりするものはここに残るが、基本的に霊術院は閉められる。寮も管理人がいなくなるため、閉められる。普通なら皆帰る家があるためそんなことはどうでもいいのだろう。同室の清之介も鼻歌まじりに荷を纏めている。

 そんな中、帰る家のない例外の存在、つまり俺は刀を研いでいた。皆は明日からゆっくり休むのだろうが、俺は違う。俺の場合は明日から普段の生活よりも過酷な狩猟生活だ。霊術院で三年間ひたすら鍛錬をしていた俺にとってもはや獣は敵ではない。襲い掛かってきても片腕でも余裕で対処できる自信はある。だが、いつ襲われるかわからない環境というのはそれだけで神経をすり減らすものだ。つまり、心休まる暇がない。常在戦場を言葉通りに実行するのだからな。休まるはずもない。この心構えは立派で素晴らしいものだが、やはり人間には休息も必要だ。

 愚痴を言っていても状況が変わることはない。不意に声をかけられたので顔を上げてみれば清之介が荷物を背負い扉の前に立っていた。今から出発するのだろう。返事の代わりに一つ頷くと清之介は薄い笑みを浮かべて去って行った。思えば、あいつとの関係は最初こそ最悪だったがそれも随分と改善されたものだな。昔は俺が身じろぎしただけで怯えていたものだが、今では共に茶を飲む仲にまでなった。俺は特別なことはしていないため、あいつの意識に何らかの変化があったのだろう。まあ、嬉しいことなので素直に喜んでおこう。……まあ、ここで嬉しさを噛みしめていても俺が狩猟生活に逆戻りという事実は変わらんのだがな。いつまでもここにいても仕方がない。俺も部屋を出るか。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 意を決して扉を開けると、猫が踏まれたような声がした。なんだ? 俺は一体何を踏んでしまったのだ? 恐る恐る下を見てみれば、なんてことはない。いつも通り床を踏んでいる俺の両足が目に入った。よかった、ならさっきのは幻聴か。

 

「んなわけないでしょう! 人の頭を扉にぶつけといて失礼よ!」

 

 どうやらさっきの声は踏まれた猫が発したものではなくぶつけられた紫蘭が出した声だったようだ。よかった、幻聴を聞くほど耄碌していないということか。

 ひとり安心していたらいきなり脛に鋭い痛みが走った。紫蘭が俺の脛を爪先で蹴ったのだ。

 

「無視すんじゃないわよ! 折角こっちが気を使って来てやったのに……ああもう!」

 

 叫んだと思ったら今度は頭を振り始めた。一体何だというのだ。何故今日の紫蘭はこうも情緒不安定なのだ。

 

「もういい! 細かい説明は後でさっさと行くわよ!」

 

 行くとはどこにだ? 森にか? 初めて森で野宿生活してからというもの、紫蘭は外出許可が取れる度に森で野宿生活を行ってきた。五回以上は行ったのではないだろうか。それなのにまだ行きたいというのかこいつは。

 

「言っとくけど、森じゃないからね。なんで折角の休みを神経すり減らして過ごさないといけないのよ」

 

 それもそうだ。いくら気に入ったからと言ってそれは鍛錬に向いているから、という前提があってこそだ。鍛錬をするでもないのに森で野宿するなんて酔狂な人間は少なくとも俺以外いないのではないだろうか。

 

「あんたのことだからどうせ森で過ごそうとか思ってるんでしょ? 馬鹿じゃないの?」

 

 馬鹿と言われてもそれしか行く場がないのだから仕方ないではないか。それとも今更【戌吊】に戻って生活しろというのか。その場合、まず他人の家に襲撃をかける必要があるぞ。恨みもない人にそのようなことするのは御免だ。

 

「もうちょっと人を頼ることを覚えなさいよ。少なくともここにあんたの友達で仮にも上級貴族な女の子がいるんだから」

 

 ……つまり、どういうことだ? 紫蘭は何が言いたいのだ? まさか紫蘭の家に泊めてくれるのだろうか。いやしかし、紫蘭の実家は上級貴族だ。俺のような流魂街出身でもない森の野生児を泊めてくれるのだろうか。

 

「あたしの家に泊めてあげるわ。ま、広いし、離れでいいのならって条件付だけどね」

 

 なん……だと……!? 条件付きということは既に実家にも了承済みということか!?

 

「わかった? わかったならさっさと行くわよ。あ、言っとくけどあたしの親に挨拶とかいらないから。あたしが実家に帰るのも親が面子を気にしてるだけで、あたしも顔合わせる気ないし」

 

 ……なんというか、男前だな、今日の紫蘭は。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 広い。

 俺が紫蘭の家を見たとき、初めに思ったことがこれだった。これに関して紫蘭は「まあ、鍛錬するのには適した広さよね。でも四大貴族の家なんかはもっと広いわよ」と言っていた。これ以上に広い家となると逆に移動するのが手間ではなかろうか。だが、俺も人のことは言えないな。元の住まいが森で、しかもそこで狩猟生活を送っていたのだから言えるはずがない。

 広い屋敷の隅にあるポツンと存在している離れに荷物を置いて、自分の部屋へと戻っていた紫蘭と合流する。どうやらすぐにでもこの屋敷から出ていきたいらしく、早く早くと俺を急かしてきた。

 屋敷を出るとまず紫蘭は昼飯を食べようと言ってきた。当然、俺が金を持っているわけがないから紫蘭の奢りだ。我ながら情けないことこの上ないが、紫蘭は「どーせ無駄に貯めてるだけだから気にすることないわ」と言っていた。やはり今日の紫蘭は男前だな。

 昼飯は紫蘭のお気に入りの茶屋ですることになった。紫蘭はきな粉付きのおはぎを頼み、俺は団子を頼んだ。紫蘭が気に入るだけのことはあり、味は絶品だった。金があればまた来てみたいと思うほどだ。

 

「んー、やっぱりここのおはぎは美味しいわね。特にきな粉がついてるやつが。にしても、アンタってあんまり甘いもの食べてる印象がなかったけど、案外普通に食べるのね」

 

 霊術院には甘いものなんてほとんどないからな。しかし、あれば基本的になんでも食べるぞ、俺は。

 ずずっ、とお茶を啜る。このお茶も丁度良い渋さで団子によく合うな。うむ、美味い。それに、外の様子を眺めながら食べれるというのも中々落ち着けて良い。これだ、これこそが休日の正しい過ごし方だ。実に心休まる。

 しばらくこうして外の様子を眺めていたら、ふと、何か違和感のようなものを感じた。

 

「どうしたの?」

 

 違和感の原因を探ってみると、なるほど、俺の視界に入る人の数と足音の数が合わないから違和感を覚えたのだとわかった。森では気配だけではなく聴覚でも何かが来ると察知できなければならないため、俺の聴覚は人よりも優れているらしい。俺には実感がなかったが、紫蘭が教えてくれた。

 

「ああ、あれは蜂家の末っ子ね。代々隠密機動の刑軍で処刑、暗殺を生業としてる根暗一族よ。立派なのは肩書きだけで、兄妹の何人かがすでに死んでると聞いたわ」

 

 なるほど、処刑はともかくとして暗殺を生業としているから足音が聞こえないのか。日頃からの訓練の賜物だろうな。まあ、俺には無縁のものだ。足音を消すのに苦心するぐらいなら相手が視認できないほどの速さで近づいて斬った方が楽だからな。

 

「ま、そんな話はどうでもいいとして、次はどこに行く? アンタがここに来れることなんて滅多にないんだから、今日は日が暮れるまで遊び倒すわよ!」

 

 ふむ、確かにそうだな。今、戦闘考察するのは無粋というものか。偶には戦いのことを忘れて遊ぶのも必要だ。

 それならば紫蘭よ、先ほど見掛けた着物を見に行くのはどうだ。……なんだその眼は。俺が着物を見たいというのはおかしなことか。よく考えれば俺はこの一着と霊術院の服しか持っていないのだ。せめてもう一着ぐらいはあっても良いと思うだろう?

 

 

 

 

 

 

本日の収穫

・美味しい茶屋

・着物

 



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第十五話

ストックからこんばんは
残りストックはあと一つです


 

 長期休暇期間を紫蘭の家で過ごしてからさらに月日が経った。

 俺は特に変わりないが、紫蘭の方は家との確執を完全に絶ってきたらしい。詳しくは語られなかったが、なんでも中途半端に勘当するならさっさと完全に勘当して欲しいと、会いたくもない両親に直訴したらしい。まあ、それについては俺が気にすることではないか。家のことは解決した、もう何も問題はない。俺がわかっているのはこれだけで十分だ。

 さて、三回生には長期休暇の他にもう一つ特別な行事がある。試験だ。物々しい名前がついて院生なら見ただけで顔を顰めそうなものだが、実際は一年間学んだことの総復習だ。三回生なら魂葬がそれに当たる。

 以前、俺の魂葬は魂魄に意味不明な奇声を上げさせるという謎の結果に終わったが、あれの原因は二度目の実習で明らかになった。

 前提として知っていてもらいたいことは、魂葬にも技術があり、各個人によって上手いか下手かが分かれるということだ。上手い者は滞りなく魂葬を終え、下手な者は尸魂界に魂魄を送る際に魂魄の方に痛みが生じる。この痛みの度合いも人によって違うらしく、少し苦手だというだけならばチクリと針で刺された程度の痛みで済むらしいが、そうではない者、つまりかなり苦手な者がやった場合はかなりの痛みが生じ、度を越えて苦手な者は度を越えた痛みが生じる。

 さて、ここまで言えばある程度の人は俺が何を言わんとしているのか分かったと思う。念の為にもう一度言っておくが、魂葬は得意な者が行うと“滞りなく”終わり、苦手な者が行うと“痛み”が生じるのだ。俺の場合、何も滞りなく終わったか? 答えは否である。むしろ魂魄に奇声を上げさせるという暴挙をしでかしてしまった。そう、俺は魂葬が下手な部類に入るのだ。しかもかなり。

 二回目の魂葬の実習を行った際に、俺が担当した魂魄は、俺が魂葬をすると同時に「ギャァァアアアアア!!!? 痛ってぇええええええ!!」と叫びながら昇天した。この瞬間、俺は魂葬が苦手であるということが分かった。

 ではなぜ一回目の時、あの魂魄は「気持ちいい」と言ったのだろうか。気になった俺は紫蘭に聞いてみたところ、「アンタは……分からなくていいのよ……」となぜか遠い目をして言っていた。教えてくれなかったので次に清之介に聞いてみたところ「まあ……君は知らなくていいんじゃないか?」とはぐらかされた。だからなぜ俺が知ってはいけないのだ。次こそはと、最近少し会話を交えた紫蘭と同室の矢胴丸リサに聞いてみたところ「それは単純にそいつの性癖や。痛みつけられることに快感を覚える奴やな」と言っていた。なるほど、だからあの魂魄は「気持ちいい」と言っていたのか。……いや待てよ。俺はここで思った。痛みを快楽に変換できるというのはかなり便利な技能ではないだろうか。思い立ったが吉日と早速紫蘭とともにその技能を体得しようとしたが、紫蘭には全力で却下された。序でに誰がこのことを教えたのかと聞いてきたため正直に矢胴丸と答えたら「リサァアアアアアアア!!」と怒声を上げながらどこかに行ってしまった。この後、二日ほど矢胴丸は霊術院を休んでいたのだがこのことと何か関係があるのだろうか。できればないと信じたい。

 さて、このような感じで、俺はたまにある大きな出来事以外はすべて鍛錬に費やした。紫蘭が当初目標としていた飛び級をするというのは達成することができなかった。紫蘭は悔しがっていたが、俺はこれはこれでいいと思っている。何故なら、単純に鍛錬する時間が増えるからだ。時間は無限に刻まれていくが、俺たちの時間は有限だ。限られた時間を有効に活用しなくてはならない。特に、この院生である時間はな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 この一年を軽く振り返ってみたが、矢胴丸と交流することが少し増えたこと以外は特に去年と変わったことはなかったな。まあ、その交流をした本人は「なんや、本当に喋らんやっちゃな」と顔を顰めていたが。なので、俺はあっちから喋りかけてこない限りはあまり関わらないようにしている。嫌いな奴に関わられるほど苦痛なこともないだろう。

 さて、そろそろ現世に着く。そこで俺たち三回生は魂葬の試験をし、教師の合格点がもらえればめでたく四回生に上がることができる。

 俺と紫蘭は今回に限り別々の班だ。実力に偏りが出るのは試験の際に不平等が出るからとのことだ。今頃紫蘭は魂葬だけに及ばず、斬拳走鬼すべてが苦手な者と組んでいることだろう。まあ、紫蘭はあれで面倒見が良いため、その者の合格はほぼ間違いないと思うがな。

 問題は俺だ。俺という生徒は実に面倒な生徒であり、鬼道は【破道】が撃てず、魂葬は相手に絶大な痛みを齎してしまうほど苦手だ。【破道】も使えず、魂葬も苦手、だが三回生で最優秀の成績を修めている紫蘭とは互角にやりあえる。これほど扱いに困る生徒もいないだろう。要は、俺に成績が芳しくない生徒と組ませるべきか、俺が紫蘭の次に成績が優秀な者と組むべきかが教師陣の悩みどころというわけだ。まあ、それは結局のところ、俺が成績の芳しくない生徒と組むことで落ち着いた。理由はわからないが、決められた班に文句を言う気はない。紫蘭以外と組むのも偶には良い。むしろ、紫蘭に慣れてしまうと感覚が麻痺してしまうため、こういう組み合わせは望むところだ。……まあ、相も変わらず組んだ者には恐れられているがな。全く、毎回思うが、俺が何をしたというのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 相方の魂葬は拙いながらも滞りなく終わった。魂魄は、少し痛かったのか顔を顰めていたが、試験管もこのぐらいならいいだろうと合格点を与えた。

 今回の試験は各班に一人ずつ、試験管が配備される。本職の死神たちだ。

 しかし、それ故に評価に若干のバラつきがあるのだが、本職が良しとしたならそれでいいのか。

 さて、問題は俺だ。俺の魂葬は苦手という次元をすでに超え、魂魄にとってみれば一種の兵器のような代物になっている。間違いなく、不合格扱いだろう。いくらこの死神の合格の基準が低くても、痛みで絶叫し、白目を剥きながら昇天される魂魄を見れば不合格にするはずだ。

 しかし、そんな未来に怯え、何もしないわけにはいかない。何事も行動しなければ前に進めないのだ。こんなところで止まっているようでは、『奴』に借りは返せない。そう意思を奮い立たせ、いざ魂葬と柄尻を目の前の魂魄に向けた瞬間―――

 

 

 

―――懐かしい、そう思える気配を感じた。

 

 

 

 

本日の収穫

・戦いの予感



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第十六話

今回はストックからではありません。
ええ、やっと一話書き上げて投稿するに至ったのです。……大学生活忙しすぎぃ


 

 

 

 懐かしい気配を感じた。

 それは、俺が“此処”にいる理由を作った存在でもあり、俺が死神になる上での目標の一つでもある、そんな存在の気配を感じた。

 

「これは、虚か!?」

 

 しかし、その気配はひとつだけではなく、複数存在していた。なるほど、これが虚の気配か。俺はコンブしか知らないから奴かと思ったのだが、そうでもないようだ。

 

「君たち! 今すぐ集合地点に戻るぞ! 俺が殿を務める!」

 

 この場の指揮権はこの死神にある。俺としては一度虚と戦ってあの時よりもどれほど強くなったか試してみたいところだが、仕方ない。

 それに、今俺の隣にいるのは紫蘭ではない。彼女なら安心して俺の都合を押し付けることもできたのだが、他の院生となるとそういうわけにもいかない。同じ班になったものがむざむざ虚に食い殺されるというのも目覚めが悪いのだ。

 そういうわけだ、そこの名も知らぬ院生よ。腰を抜かしてないでさっさと立ってほしい。このままではこの死神がいくら強くても食い殺されてしまう。

 腰を抜かしてしまった同じ班の者の腕を強引に立たせ、走る。瞬歩で移動してもよいのだが、それだとこの者を置き去りにしてしまう。瞬歩ができるかできないかは知らぬが、必死に走っていることからできないのだろうな。まあ、三回生でできないというのは別におかしな話ではない。四回生の後半になってできるようになってくるものだと聞いているからな。

 

「くそ……! 雑魚ばかりだが数が多い!」

 

 後ろから追ってくる虚を死神が一刀のもとに斬り伏せる。確か、虚を殺す常套手段としてその仮面ごと顔を斬るというものがあったな。それをこの死神は的確に成していく。まるで作業のようだ。いくら虚が雑魚でも、相当場数を踏んでいなければここまでできないだろう。

 

「!! 危ない!」

 

 死神の技量に感嘆していると、いつの間にか目の前に虚がいた。ここまで近づかれて気づかないとは、迂闊。否、少し腑抜けすぎたか。ここはすでに戦場だ。いついかなる時、敵に襲われるか分からない。

 俺は緩んでいた気を叩き直し、改めて虚と対峙する。

 見た目はかなり小さい。と言っても俺が初めて出会った虚、コンブと比べてだが。四足歩行で立てば俺の身長を優に超えていたアイツとは違い、この虚は俺とほぼ同じくらい。しかも、感じられる霊圧もコンブに比べてかなり小さい。

 アイツとの戦い以外で虚と戦ったことのない俺だが、感覚的に理解した。理解できてしまった。

 

―――こいつは、俺よりも弱い。

 

 柄に手を掛け一閃。鞘から取り出す序でに虚の仮面を切り裂いた。上手く入ったようで、虚はそのまま霊子となって消えていった。

 

「……ハハッ、なんだお前。強いじゃないか」

 

 俺が強い? 何を馬鹿な。今ので俺の強弱を判断されても困る。あんなのは、ただの作業だ。この死神のように多くの雑魚虚を作業のように処理していったのならわかる。が、これは一対一だ。案山子を斬ったのと何ら変わらない。

 この時、俺は一抹の不安を抱いた。

 俺の記憶にあるカロール・コンブスティーブレは確かに強大だった。しかし、それが過去の美談のように、誇張されたものだったとしたら? 今の虚のように、何も考える必要がなく、ただ作業のように斬れる存在に成り下がっていたとしたら?

 もし本当にそうなっていたとしたら、それは“とても退屈なことだ”と俺は思った。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 何か緊急事態が起きた時の集合場所に辿り着いた。

 結局、あれから何度も前から襲い掛かってきた虚を斬り殺したが、最初と同じように雑魚ばかりで、半ば作業のようになってしまった。同班の者は出てくるたびに悲鳴を上げていたが、まあ、仕方ないか。どんな虚でも死神一人を殺す力を持っているのだからな。何、殺すまでが難しいだけで、実際に殺すことはそう難しいことではない。首を刎ねれば生物は死ぬのだ。ただそれに至るまでが難しいだけであり、殺すことは簡単だ。だから、同班の者も怯えていたのだろう。事実、いくら雑魚で小さかろうと、俺たちの首を噛み千切ることぐらいはできるだろうからな。

 集合場所には結構な人数の院生が集まっていた。その周りを死神たちは囲み、刀を構えて周りを警戒している。俺の今回限りの相方はそこでやっと一息つけたようだ。ふむ、体は大きいがそれと度胸は比例しないか。そういえば、こいつは俺と班が同じじゃないときでも常にオドオドビクビクしていたような気がする。そういう性格なのか。まあ、どっちでもいいか。

 俺は同班の者へ割いていた思考を打ち切った。そういえば、紫蘭はどこにいるのだろう。アイツの行動力なら真っ先にここについていてもおかしくない。しかし、周りを見渡してもそれらしき人影は見受けられない。ふむ、紫蘭は身長が女子の平均身長よりも低いため、見つけにくいのか。ならばと少し目線を下にして探してみるが、やはりそれでも見つからない。おかしいな。アイツはいつも勝ち気で、自分の決めたことは何が何でもを実行しようとする気概の持ち主だったが、こういう緊急時に私情を挟む奴ではない。そして、いくら同班の者が鈍くても、アイツなら迅速に集合場所に戻ることができただろう。ましてや、今回は本職の死神がいるのだ。それなのに、この場にいないというのは少しおかしい。

 ここでふと、疑問が生じた。疑問と言っても些細なことだ。何故そうなのかと聞けば、そうであるからそうなのだと答えが出て、それで終わるような、そんな疑問。しかし、この疑問だけはそれだけで終わらしてはいけないと、俺の中の何かが訴えてくる。その疑問とは“何故、雑魚虚がこんなにもこの場に現れたのか”だ。偶然で片づけられる疑問だ。実際、このような虚の大量発生は偶にあるのだ。だからこそ死神たちも冷静に対応していたのだ。これが本当の意味での異常事態だった場合、もう少しぐらい取り乱していただろう。

 嫌な予感がする。

 仮に、この事態の首謀者がいるとすれば、この雑魚虚たちにも意味が生まれてくる。この雑魚虚たちに何がさせたかったのか。状況的に足止めか。雑魚だったが、数だけはそれなりにいたからな。しかし、なぜ足止めをする必要があったのだ? 今は魂葬の実習の時間であり、虚側からしてみれば足止めする理由などないはずだ。自分の食糧が減るからと言って死神相手に雑魚虚をけしかける必要はない。

 駄目だ、わからない。そもそも俺は頭が良い方ではないのだ。考えるよりも斬った方が性に合っている。つまり、考えるよりも行動しろということだ。仕方ない、少々規律違反であるが、自分の足で紫蘭を探しに行くとしよう。万が一のことがあれば事だからな。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 人に見られないように瞬歩で抜け出したのは良いが、紫蘭がどこにいるか皆目見当も付かない。霊圧で感知しようとするが、何かに邪魔されるがごとく、うまく感知することができない。明らかに交戦中ということがわかるだけに、焦燥感が募る。

 いや、俺が焦っても仕方がない。冷静に紫蘭の霊圧を辿っていこう。うまく感知することができないだけで、感じはするのだ。少なくとも、方向は分かる。

 紫蘭の霊圧を感じる大体の方角に向けて瞬歩で進んでいると、紫蘭と同じ班の者がこちらに向かって走ってくるのが見えた。その顔は恐怖により青ざめており、所々躓いてはいるが、それでも走ることを止めることはしなかった。

 

「あ、あなたは……寄生木アセビ……さん」

 

 俺が姿を現すと、男も走るのを止め、こちらに縋るような目を向けてくる。

 

「お願いです! 助けてください! 山査子さんがまだ虚と戦ってて……! 俺を逃がすために山査子さんは囮になって…! 怪我をして……!」

 

 怪我……だと?

 

「山査子さんがいるのはあっちです!」

 

 男が指差した方向は確かに紫蘭の霊圧を感じる方向と同じだった。

 それにしても、紫蘭が怪我、か。なるほど、これは……心中穏やではいられないな。

 

 逃げてきた院生が指し示した方向へ瞬歩で進んでいくと、不意に何か違和感を感じた。そして次の瞬間、世界が変わった。

 さっきまでうまく感知することが出来なかった紫蘭の霊圧が急に感じ取れるようになったのだ。それだけではない。周りの景色も一変した。地面は抉れ、木々が燃え盛る、そう、あの日の俺が住んでいた森のように。

 少し進めば、紫蘭の姿を捉えることが出来た。無事であったことに安堵したが、それはぬか喜びだったと次の瞬間には気付かされた。

 

 紫蘭の左腕が、焼け爛れていたのだ。

 

 それだけではない。腹からも血が流れている。俺は、その傷に既視感を覚えた。

 そう、その傷は、若干の差異があるが、あの日カロール・コンブスティーブレに付けられた傷と同じだったからだ。

 

「あ……アセビ……」

 

 俺に気付いた紫蘭が弱弱しい声で俺の名を呼んだ。すぐさま紫蘭に駆け寄ろうとすると、それを邪魔するかのように横から声が響いた。

 

「『アセビ』だと? 今、貴様はアセビと言ったか?」

 

 周りが一変してから、なんとなく気がついてはいた。ここには“奴”がいることを、その霊圧で感じ取っていた。

 だが、いるとわかっているのと、実際に会うというのは存外湧き上がる感情が違うものなのだな。紫蘭に傷を負わせたという理由も相まって、俺は今、無性にこの目の前の“狐の面を付けた虚”を斬り殺したい。

 

「ああ、やっとだ。やっと会えたなアセビ。この二年間、貴様に斬り飛ばされた尾の恨みを忘れた日はなかったぞ……!」

 

 堂々たる様で炎の中から出て、その声と体躯で完全にこれが“奴”だと確信ができた。

 体躯は大きくなり、尾の本数も二本ほど増えていたが、何よりもこの霊圧が、炎の熱が、そして、対面したことで疼きだしたこの左腕と腹の傷が、“奴”であると嫌でも確信した。

 

「あの日の続きだ。次こそ貴様を喰らい尽してやろう」

 

 我が宿敵、カロール・コンブスティーブレが、尾から血を滴らせ、二年の月日を経て、再び俺と対峙した。

 

 

 

 

 

 

本日の収穫

・宿敵との再会

 



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第十七話

長らく間を空かせてしまい申し訳ありません。
大学生ともなると忙しくて忙しくて書く暇がなく、この話もストックから引っ張ってきたものです。
これでストックもなくなってしまったので、次回の投稿はかなり間が空くかもしれませんが、首を長くして待っていてください。



 

 

 “奴”を認識した瞬間、俺は抜刀し、奴に斬りかかろうとした。

 否、事実として俺は柄に手を掛け、脚はすぐさま瞬歩で近づけれるように構えていた。

 

「……? どうした? 来ないのか? 何故だ? 俺も、お前も、この日が来ることをずっと待っていたはずだ!」

 

 カロールが何か吠えているが、生憎俺は今それに耳を傾けていられる余裕がない。

 

「刀を抜け! 瞬歩で斬りかかってこい! 術を放て! 今日はあの日の続きだ! あの日のように! 狂ったように俺に斬りかかってこい!!」

 

 ああ、そうだ。今日はあの日の続きだ。俺は失った片腕の借りを、奴は断ち切られた尾の借りを返すために俺を殺しに来るし、俺も殺しに行く。

 だが。こんな俺たちの私闘に、巻き込んでしまった者がいる。俺たちの、“やられたらやり返す”と、単純に言ってしまえばこれだけのくだらない戦いに巻き込んでしまった者がいる。

 

「ア…アセビ……!」

 

 紫蘭だ。

 俺が来た後、弱々しい足取りで下がったと思えば、そのまま木に寄り掛かるようにようにして倒れたのだ。

 

「ごめん……なさい。あたし……あたしは……!」

「喋るな」

 

 左腕に重くもないが軽くもない火傷、腹には……三つの何かが刺さった傷。半ば分かっていたようなものだが、やはりこれはカロールにやられた傷か。

 

「まさか、その女と知り合いか? お前を探しているとき、偶然その女に出くわし、お前のことを聞いたのだが、だんまりでな。俺がお前を探している印として、俺がお前に付けた傷と同じ位置に傷をつけた。ああ、安心しろ。その女だけが特別ではない。お前を探す過程で出くわした死神には、全て同じ傷をつけている。中には耐えきれず死んだ者もいるがな」

 

 そうか。つまり、名も分からぬ哀れな被害者も、今俺の目の前で倒れている紫蘭も、元々の原因は全て“俺”か。

 分かっている。俺がどうしようと、カロールの行動を防ぐことはできなかったと。原因は俺に合っても、俺はカロールではない。どうにかしようとするには無理がある。

 だからこそ、俺とカロールが相対したこの瞬間に、こいつと決着を付かせなければならない。それが俺の責任であり、こいつの被害にあった者たちへの『償い』だ。

 

「まさか、その女が傷付いたことで傷心でもしたか? そんなわけないだろう!! 忘れないぞ! 俺の尾を斬り飛ばした時のあの表情(カオ)を! あの―――」

 

 何故だか分からないが、その先を言わせてはいけないような気がした。

 反射的に斬魄刀を抜き放ち、カロールに斬りかかった。

 

「っ!? なんだ? 随分と性急だな!?」

 

 一瞬怯んだカロールだったが、次の瞬間には残りの尾ですぐさま反撃に移った。まともに打ち合えばただでさえ片腕しかない俺では三本の尾を防ぐことはできない。

 瞬歩で後ろに下がって回避すると同時に鬼道を放つ。

 

「縛道の四、『這縄』」

 

 霊子の縄でカロールの腕を拘束する。

 本来この縛道はそこまで拘束力はない。カロールであればすぐさま引きちぎって反撃してくるだろう。だが、その引きちぎる『一瞬』を作り出すことに意味があるのだ。

 

―――縛道の二十六、『曲光』

 

 カロールが腕を拘束した縄を引きちぎるのに意識を一瞬割いたうちに鬼道を発動し、己の姿を見えなくする。

 この鬼道、霊圧で自分の姿を覆い隠し姿を見えなくするものなのだが、霊圧を感じさせるわけではないので自分の姿を隠す意味はあまりない。

 が、奇襲に使うというのなら話は別だ。一瞬だけでも敵の姿が見えないと、大なり小なり混乱する。そして、混乱したその瞬間に、首を斬り落とすのだ。

 

ザシュッ

 

 手応えは感じた。肉を裂き、骨を断った感触を感じた。

 その感触に何とも言えない感情を覚えながらも、すでに亡骸と化したカロールの姿を確認する。首を半ばまで斬り裂き、夥しい量の血を流している。……死んだか。存外、あっけないものだな。

 とにかく、殺したのなら次は紫蘭だ。紫蘭自身の生命力が高いのか、まだ死んでしまうような事態にはなっていないが、このまま放っていたら危険だ。早く集合場所に戻って治療を受けさせなければならない。

 

「ダメ……アセビ、逃げて……!!」

 

 その瞬間、背後で爆発的に跳ね上がった霊圧を感じた。

 振り向いた瞬間、カロールの死骸が強烈な光を発し、避けることもできずに俺はその光に包まれた。

 俺は馬鹿だ。何故考えなかったのだ。カロールは自ら言っていたではないか。『出くわした死神にはすべて同じ傷を付けている』と。それはつまり、『出くわした死神は全て退けてきた』と言っているようなものではないか。

 

「ガ、ハァ……!!」

 

 熱い。体が焼けるように熱い。いや、事実焼けているのかこれは。あの光は、熱を持った光線、あるいは爆風か。カロールの能力を考えると爆風と考えた方が妥当か。

 

「『妖炎(エスぺヒスモ)』。単純なものだ。俺の炎には軽い幻覚作用があり、どんな幻覚を見るかは分からないが難点だが、今までの経験からかかった方にとって都合の良い幻覚を見るみたいだな。……さて」

 

 つまり、俺が斬り飛ばしたと思っていたものは、ただの炎で、カロールはそれを爆発させただけということか。

 

「貴様、弱くなったな」

「何……?」

「フン、他者と触れ合って腑抜けでもしたか。……ガッカリだ。まさか俺の怨敵がそんな雑魚だとは思ってもみなかった」

 

 弱くなっただと? それはつまり、森に住んでいた頃の俺の方が鍛錬した俺よりも強かったということか? 何だそれは、理解できない。何が変わった? 環境? 心構え? 分からない。

 

「まあいい。拍子抜けだが、貴様もその後ろの女も喰らって幕引きとするか」

 

 一歩二歩と動けない俺に近づいてくる。それはさながら、“あの時”の焼回しだった。

 

―――嗚呼、結局俺は、何も成長していなかったのだな。

 

「じゃあな」

 

 カロールの牙が、俺の胸に食い込んだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

―――馬鹿ね、早くこっちに来なさい

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 死んだ。今度こそ完全に死んだ。

 まさか、死後の世界でも死ねるとはな。死後の世界で死んだらどうなるのだろう。授業では霊子になりその辺の物質になるようだが、虚は斬魄刀で斬られ死んだら罪を尸魂界に送られるか地獄に送られるのでひょっとしたら違うのかもしれないな。

 

「……?」

 

 はて、それはそうと、死んだ俺が何故このような考え事ができるのだろうか。まさかとは思うが、またあの真っ暗な、流魂街に流される前の場所に戻ったわけではあるまいな?

 

「そんなわけないでしょう。良いからさっさと目を開けて立ちなさいな」

 

 女の声が聞こえた。ここには俺以外の生き物もいたのか。その事実に驚きつつ、俺は目を開けた。

 

「……!?」

 

 目を開けた瞬間、ここに俺以外の生き物がいた事実よりも、驚いた。

 目に飛び込んできた光景、まず第一に入ってきた情報は、ただひたすらに紅いこと。

 地面も紅、空も紅、その他の物質もすべて紅。

 そして次に、それらが全て鋭角であること。地面に転がっている石は全て鋭く尖り、空に浮く雲も尖っている。流石に俺自身は丸みを帯びているが、まさか地平線の彼方まで鋭角となると頭がどうかしそうだ。

 そして最後に、地面から夥しい量の『棘』が生えていた。

 短い棘ではない。刺せば人を2、3人は貫けるであろう長い棘だ。その棘の先端から、何かを貫いたかのように、紅い液体が滴っている。

 

「冷静に分析しているところ悪いのだけど、時間がないから話を進めていいかしら?」

 

 あまりの光景に圧倒され、本来なら初めに認識すべき者を認識していなかった。

 声で女と判断したが、声をかけてきたのはやはり女だった。だが、その姿形は背景に負けず劣らず奇抜な物だった。

 容姿は端麗。いや、妖艶と言ったところか。服装は真っ赤な花が描かれたこれまた黒い着物。ここだけ見れば常識の範囲内だが、次からがおかしくなってくる。

 まず、手には人のしゃれこうべを持っている。その時点でどうかと思うのだがこの女はなんと、そのしゃれこうべを時折ペロリと嘗めているのだ。俺には永遠にわかりそうもない趣味だ。そして目には見えているのか見えていないのかは定かではないが、何故か両目に眼帯を付けている。試しに音を立てずに動いてみたところ、しっかりと顔は俺を追ってきている。おそらく見えているのだろう。ならばなぜ眼帯を付けているのだ。

 さらに一際目立つのがその髪だ。ザンバラと言った風ではないが、全く切ったことがないのだろう。髪の長さは腰を越え足首をも越え地面に髪の毛が付いてしまっている。髪は女の命と聞いたことがあるが、その言葉に真っ向から喧嘩を売っている風貌だ。

 

「妾(わたし)の評価はどうでもいいの。まずは妾の愚痴を聞きなさい」

 

 何故俺が愚痴を聞かなければならないのだ。

 

「まず貴方、腑抜けすぎ」

「……」

 

 いきなり、何だ。

 

「何なのあの腑抜けた戦いは。そりゃ昆布も落胆するわ。貴方、自分が弱くなってるって自覚してるの? いいえ、してないわよね。していてあの腑抜けっぷりだったら流石の妾も見捨てているもの」

 

この女も、カロールも、俺が腑抜けたというのか。

やはり、森にいたころの俺とは違っているのか?

 

「ええ、そうよ。いいわ、妾も貴方に死なれたら困るから教えてあげる」

 

 俺に死なれたら困る、だと? どういうことだ。……いや、考えればすぐにわかることだな。

 この妙な世界に俺とこの女が二人。これだけで十分に答えは出ているではないか。

 

「……お前、俺の斬魄刀か」

「あら、口を開いたと思ったらそれ? まあ、そうだけれども」

 

 やはりそうか。ということはここは俺の精神世界ということか。……妙な場所だな。

 

「じゃあ、妾の正体を明かした序でに腑抜けた原因を教えましょうか。と言っても、全て教えるのは貴方の為にならないから、以前の貴方がやっていて、今の貴方がやっていないことを教えてあげるわ」

 

 以前の俺がやっていて、今の俺がやっていない、だと?

 

「見敵必殺」

「……は?」

「敵を見つけたら即殺す。どんな状況だろうと、どんな状態だろうと、敵がいれば即殺す。これが以前の貴方よ。なに親友の安全を確保してから戦ってるの馬鹿らしい。戦場に安全な場所なんてどこにもあるはずないでしょうが。敵を殺す、これ以外の安全確保があるとでも?」

 

 ……ああ、なるほどな。確かにそうだ。

 何をしていたんだ俺は。紫蘭の安全を確保したことは良いとして、何故俺はカロールが話している間に奴を斬りつけなかった? あんな隙だらけな首、すぐさま斬り落とせたではないか。

 

「さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか」

 

 本題だと? 今のが本題ではないのか?

 

「違うわ。さっきから余裕だけど、貴方この世界から出た瞬間死ぬわよ? 死なないように、ここでできることをするに決まっているでしょう?」

 

 ここでできること、だと?

 ……ああ、なるほど。

 

「……始解か?」

「正解。まあ、他の斬魄刀と違って妾との『対話』『同調』は簡単なものよ。対話はすでにしているから、次は同調ね」

 

 これらのことは、普通持ち主が主導で行うものでないのか? 何故斬魄刀が仕切っているのだ?

 

「妾との『同調』の条件が特殊だからよ。……さあ、時間が無くなってきたわ。説明を省いて単刀直入にいうわよ」

 

 そういった瞬間、女の気配がガラリと変わった。気軽な雰囲気から重い雰囲気へ。ただの女から鬼の気配へ。

 

 

 

 

 

 

―――汝、妾に捧げる供物は、何ぞや?

 

 

 

 

 

 



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第十八話

遅くなって大変申し訳ございません。
掛ける合間を縫ってちまちまと書いていたらいつの間にか一か月……。
お詫びに本日は二本立てとなっておりますので、それで勘弁してくだしあ


 

 

 

 ぐちゃり、と肉が潰される音がした。

 私は、ほんの一瞬のことだったが、そのあまりの現実に意識が飛んでしまった。

 いや、それも無理はないだろう。

 なぜなら、その潰された命というのは、この約三年間を共に過ごした親友、寄生木アセビだったのだから。

 飛んだ意識の中でこれまでの思い出が思い出される。

 初めて会った時のこと。一緒に鍛錬している時のこと。森で過ごした時のこと。夏の長期休暇を共に過ごした時のこと。

 楽しい思い出だけではない。鍛錬や親と縁を切るなど、つらい思い出もあるけれど、アセビと過ごした日々はとても充実していた。

 このまま、ずっと続くものだと思っていた。

 進級、時には飛び級し、そこそこ優秀な死神として護挺十三隊に配属に共に入隊し、慣れない環境に時には愚痴をアセビに聞かし、また次も仕事を頑張る。こういった、当たり前の日々が続くものだと思っていた。

 なのに。

 その続く筈だった日常は、突然現れた虚に奪われてしまった。

 

「アセ、ビ……?」

 

 力なく垂れ下がる腕、動く気配のない足。

 当たり前だ。手足が無事でも、それを動かすための頭が潰されてしまったのだから。

 

(誰に?)

 

 目の前の虚に。

 

「……さない」

 

 ああ、これほど激情を覚えたのはは一体いつ頃だったか。両親と喧嘩した時よりも怒っているかもしれない。

 

「許さない……!!」

 

 いくら感情が昂ぶっても、もうこの体では満足に敵を斬れないし、鬼道も撃てない。でも、だからと言って、ここで何もしないわけにはいかない。アセビを殺されたのだ。せめて、一矢報いてから私も後を追わねば、アセビにあわせる顔がない。

 なけなしの霊力を集め、私が今もっとも得意とする破道を放つ。

 それは、アセビが縛道において私の一歩も二歩も先に行くものだから、負けまいとして毎晩毎晩がむしゃらに練習した破道。アセビに追いつくために頑張ったのに、そのアセビの敵をとる為に使うことになるとは皮肉もいいところだ。

 

「破道三十―――」

 

 その破道を唱えようとした瞬間、カロールから膨大な量な霊力が溢れ出た。いや、カロールじゃない。この霊力は私が普段、いつも身近に感じていたものだ。

 分からないわけがない。これは、この霊力は―――

 

「晒せ『串刺し姫』」

 

 ―――アセビのものだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 斬魄刀の始解の条件は『対話』と『同調』だ。

 自らの斬魄刀と『対話』し、そしてその名前を聞き出して『同調』してから初めて始解ができるようになる。

 ……が、それはあくまで一般的な斬魄刀の在り方であり、俺の斬魄刀は容姿も奇抜なら始解の方法も独特だった。しかし、その独特な方法だったからこそ、俺はカロールに噛み砕かれることなく、今もこうして生きているのだろうな。

 

 意識が現実に戻ると同時に、すぐさま始解し、カロールの頭部を串刺してやろうと思ったが、俺の霊力が上がると同時にカロールは口を離し、後ろに跳んで行ってしまった。

 

「……改めて、名乗っておこうか」

 

 厳かな声でカロールは言った。さっきまでとはまるで違う、しかし、俺が初めて会った時と同じ雰囲気だ。なるほど、どうやらそんなことにも気付かないほど、俺は腑抜けていたのか。

 

「私の名は、カロール。カロール・コンブスティーブレだ。貴様は?」

「……寄生木。寄生木アセビ」

 

 お互いに名乗りあった。

 これ以上の問答はいらない。

 カロールは四肢に力をこめ、俺はこの始解が最も使いやすい状態、つまり完全に脱力しきった状態で相手の一挙一動を見逃すまいと相手を見据えた。

 

「……」

「……!」

 

 先に動いたのは俺だ。

 始解を会得する前の俺なら確実に後手に回ったであろうこの状況。しかし、今の俺は違う。答えを……否、あるべき姿に戻った俺はそんなヘマを犯さない。確実にしとめるため、常に先手を打ち、不意をつく。

 “不意をつく”。簡単なようで戦闘において最も難しいことだ。相手の不意をつくには、常に相手の思いもよらぬことをし続けなければならない。例えば、斬魄刀も持たずただ素手をカロールの口めがけて放つ俺のように。

 

「なっ……!?」

 

 ただの拳打を放たれるとは思っていなかったのだろう。一瞬カロールの動きが止まるが、すぐさま反応して俺の腕に喰らいつくためその顎を開いた。

 

 それが俺の狙いだとも知らずに。

 

「……ぶち撒け、串刺し姫」

 

 カロールの顎が閉じようとした瞬間、俺の右腕から紅い棘が皮膚を突き破った。

 噛み切るために力をこめた顎が例えその棘に気付いたとしても途中で止まれるはずもなく、カロールの口内を棘が貫いた。

 

「アガッ!!?」

 

 触れたらこちらのものだ。そのまま棘を枝分かれさせるように体内を蹂躙していけば、どんな生物でも死に至るだろう。

 しかし、それを実行しようと思った瞬間、指先に感じた僅かな熱を感じ、腕を引き抜き身を捩る。そしてその瞬間、まともに喰らったら炭化してしまうであろう程の熱量を持った熱線が放たれた。体を捩じった勢いを利用し、手の甲からと長い棘を生やし、叩き付けようとした。が、腹に凄まじい衝撃を受けた。カロールの尻尾だ。

 尻尾によって吹き飛ばされ、木を何本もへし折ってようやく減速する。

 受け身をとったところで追撃に熱線が迫るが、瞬歩によってそれを避ける。なるほど、口内を蹂躙したが、さして問題にはなっていないか。

 幸い、始解を会得したことにより、物理的な攻撃はほぼ効かなくなった。つまり、以前の俺とは違い、まだ戦える。

 

「……ここまでのようだな」

 

 しかし、俺の思いとは裏腹にカロールはここで幕を引こうとする。

 何故だ?

 

『いたぞ! こっちだ!』

 

 ……成程。そういえば、現場には監督の死神がいるのだったな。集合場所で人が足りないのなら探しに来るのも当たり前か。

 

「またしても、私は貴様に傷を付けられた。しかも、今度は一方的に……!!」

 

 視線で射殺すとはこのことか。視線に物理的威力があれば俺の上半身が吹き飛んでいるだろう眼力でカロールは睨んでくる。

 

「……いずれ、貴様を完膚なきまで叩き潰せる力を身に付けたとき、再び私は貴様の前に現れる。その時までこの勝負、預けるぞ」

 

そう言い捨てるとカロールは森の奥へ消えていった。

それと同時に死神たちが近づいてくる気配を感じる。紫蘭はすでに回収されたようだ。ということは、気付かぬうちにかなり離れていたのだな。

 

「……!」

 

 戦いが終わった安堵感からか、はたまた初めての始解を用いての戦闘からくる疲労なのか、急に四肢に力が入らなくなった。

 身近にあった中ほどから折れた木に凭れ掛かり、そのままズルズルと座り込む。ともあれ、戦いは終わった。紫蘭はおそらく無事であろうし、俺も始解を会得できた。過程は無様の一言だが、結果だけ見ればよかったのではないだろうか。

 そう自己評価をしていく内に、徐々に目の前が暗くなっていった。

 ああ、疲れたな。今は、ゆっくり休むとしよう……。

 

『そうね。お疲れ様、宿主様?』

 

 

 

 

 

 

 

本日の収穫

・始解

・勝利




友人に書いてもらったアセビくんです。次の話に紫蘭を載せます。



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第十九話

本日は二本立てとなっております。
最新話から飛んできた方は前の話に戻ってくださいまし。


 

 

 

 【串刺し姫】

 斬魄刀には種類があり、主に『直接攻撃系』と『鬼道系』に分かれる。『鬼道系』はここからさらに『炎熱系』や『氷雪系』などに細かく分かれる。『直接攻撃系』は読んで字のごとく、直接攻撃する斬魄刀だ。因みに、【串刺し姫】はどちらかというと『直接攻撃系』に含まれる。

 更に、形状にも種類があり、ほとんどの斬魄刀は始解の前の形状が『浅打』なのだが、中には『常時開放型』というずっと始解のままの斬魄刀もあれば、始解時に二刀に分かれる『二刀一対型』というものも存在する。

 さて、ここで問題なのが、俺の斬魄刀である【串刺し姫】だ。非常に語呂が悪いのは仕方ないとして、こいつの始解はかなり難がある。

 まず第一に、【串刺し姫】には決まった形がない。無形、とでもいえばいいのか。こいつは何もしていない状態だと、たとえ始解するための条件を達成していたとしても、始解することが出来ないのだ。では、何をしなければならないのか。ここで第二だ。【串刺し姫】が言った“供物”という言葉を思い出してほしい。この供物とは文字通り【串刺し姫】に捧げるものである。その捧げるものの条件は“自分が大切だと思っているモノ”。その捧げた大切なモノに【串刺し姫】が憑依し、その憑依したモノが斬魄刀になるのだ。無論、捧げたからには一生その“モノ”は返ってこない。その“モノ”が返ってこないとなると、当然【串刺し姫】は『常時開放型』に分類されることになる。いや、これはさしづめ、『常時憑依型』と言ったところか。

 カロールとの戦いのとき、一通りこの説明を受けて俺が捧げたモノは俺自身の『血液』だ。体中を流れている血液全てを斬魄刀にしたのだ、あの状況で勝つにはこれを捧げるしかなかった。任意で血液を斬魄刀化したり、副次効果で血液を操れるとはいえ、それは【串刺し姫】も可能なことだ。俺“だけ”の血液ではないと思うと、なんだか複雑な気分になるな。

 

 ……さて、自分の斬魄刀の考察はこんなものか。かれこれ十回は繰り返し考察したが、中々飽きないものだ。

 

「あーもう!! なんでできないのよこのポンコツ刀!!」

「山査子さん! 病室では静かにしてください! 周りの患者さんに迷惑です!」

 

 ……訂正。ただの現実逃避であった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 カロールとの戦いのあと、俺と紫蘭はすぐに四番隊に担ぎ込まれた。俺は肩から胴にかけて食い込んだカロールの牙による傷、紫蘭は左手の火傷と腹に空いた三つの穴。これだけ見ると紫蘭の方が重傷だが、俺の方も負けず劣らずであり、大切な血管が何本か切断されていたらしい。紫蘭の方は失血死、俺の方も失血死の恐れがあった。二人揃って失血死のおそれありとは、笑えないな。

 紫蘭の左手は痕も残らず完治するらしい。これに対して紫蘭は特に反応を現さなかったが、やはり女性なので良いことだろう。

 

「ですから! 病室内で浅打を抜かないでください!」

「なんでよ。別にいいじゃない。減るもんじゃあるまいし」

「減ります! いつその刃で誰かを傷付けやしないかと私の精神がズリズリと擦り減っていきます!」

 

 しばらく安静にとのことで俺と紫蘭は同じ病室にて入院することになった。担当の隊員はなんと百合子殿だ。最後に会ったのが二年前か。長いようで短い間にここに戻ってきてしまったな。

 

「アセビさんからも何か言ってください!」

 

 無関心を貫いていた俺に、ついにお呼びがかかってしまった。

 

「アセビ? 別にいいわよね? あなたの部屋でもこうやって斬魄刀を弄ってたじゃない」

 

 紫蘭が今やっているのは始解を会得するための『同調』だ。弄っているに収まることではない。

 

「ダメですよ! ね、アセビさん?」

 

 別に、この部屋には俺以外人がいないのだから構わないのだが。規律の問題なのか。

 

「……別に、構わない」

「「!!?」」

 

 ……それにしても、先ほどから病室の入り口でジーっと笑顔でこちらを見ている女性が怖すぎる。顔は笑っているが、あれは確実に怒っているだろう。そういえば、ここは病室。うるさくしすぎるのも問題というわけか。となると、無関係な俺は狸寝入りを試みた方がよさそうだな。

 

『え、あ、た、隊長!?』

『病室では静かにしないと……いけませんよ?』

『は、はい! すみませんでした!!』

『あなたも、病室内に斬魄刀の持ち込みは禁止です』

『え、いや、でも……』

『禁止です』

『……はい』

 

 なるほど、隊長だったのか。道理で恐ろしい訳だ。くわばらくわばら。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

結局、紫蘭は注意されても斬魄刀との『同調』を止めることはなかった。といっても、あの隊長の隙を伺ってのことなので、相当効率は悪いようだがな。

 そして夜、みんなが寝静まった頃に俺は一人抜け出して散歩をしていた。別に、少し出歩くぐらいなら貧血の心配もないだろうと思ってのことだ。ちょうど今日は満月。散歩にはうってつけの月夜だ。

 何気なくぼんやり月を見ながら歩いていると、背後から気配を感じた。

 

「アセビ」

 

 振り向くとそこには、ある程度予想はしていたがやはり紫蘭がいた。

 しかし、普段の勝ち気な様子とは打って変わって、表情に陰りがある。とりあえず、何か話があるらしいので、適当な木の下に腰掛ける。紫蘭もそれに続き、俺の横に腰掛けた。

 

「……アンタは、始解できるようになったわね」

 

 少しの間をおいて、紫蘭がそう切り出した。

 

「きっと、アンタは霊術院に戻ったら飛び級か、もしかしたら卒業するかもね」

「……」

 

 確かに、始解は霊術院で学ぶものが身に付ける技術ではない。すべての過程を放り棄てて死神になっても、何も問題はないだろう。

 

「……それに比べて、ずっとアンタと一緒にいたあたしは始解どころか『同調』すらまともにできない。アンタが土壇場でできたことが、あたしにはできない……」

 

 俯いたまま独白する紫蘭の表情は分からないが、その声からは悔しさ、そして若干の嫉妬が混じっていた。

 

「別に、出来ないことをアンタの所為にする気はないわよ。これがあたしの実力で、あたしとアンタの差だってことは理解している。そりゃ、悔しいけど、認めるしかない。でも……」

 

 言葉を区切ると、紫蘭はゆっくりと顔を上げ、目を合わせてきた。その目には、大粒の涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。

 

「でも……やっぱり出来ないのは悔しい! いつも一緒にいたのに何でアンタだけって思っちゃうわよ!」

 

 感情の枷が外れたのか、紫蘭は俺の服を掴み、涙を流しながら自らの思いを吠えた。

 こんなこと今までになかったので、どうすればいいのか分からない俺は、なすが儘に紫蘭の独白を聞いていることしかできない。

 

「でも、それよりも……アセビに置いていかれるって考えると、とても怖いのよ……」

 

 なるほど、それが本音か。

 自分の言いたいことをすべて言い切ったのか、掴んでいた手を離し、膝に顔をうずめた。

 しばらく、紫蘭の鼻を啜る音が続いた。こういう時、どういうことを言えばいいのか分からない俺の脳味噌が憎い。しかし、ここで何も言わないというのは間違いだろう。

 

「……俺は、紫蘭とは対等だと思っている」

「……え?」

「……戦闘面のことだけじゃない。普段の日常からも、俺とお前は対等で、これからもそうあり続けると思っている」

「……」

「俺が、先に飛び級しようが、卒業しようが、関係ない。どちらが先に死神になろうとも変わらない。

だから、自分なりにゆっくりやると良い」

 

 俺が言えるのは、これぐらいだ。仮に俺が先に死神になろうとも、紫蘭との関係を変えるつもりはないし、対応もそのままだ。

 要するに、俺は何も変わらない。だから紫蘭は紫蘭なりにやればいい、ということが言いたかったのだが、うまく伝わっているだろうか。別の伝わり方をしてさらに落ち込ませたりしてないか?

 すると紫蘭は突然立ち上がり、顔に付いた涙を腕で拭うと、いつもの勝ち気な表情で笑った。

 

「何よ、そんなに喋れるんだったら、はじめっから喋りなさいよ」

 

 普段のように、俺に文句を言うと、ビシッと指を突きつけた。

 

「それと! なんかアンタが一歩先に行った風に言ってたけど、あたしもすぐに追いつくんだから! むしろアンタなんか追い越して先に死神になってやるわ!」

 

「覚悟しときなさい!」そう言い放つと紫蘭は駆け足で病室に戻って行った。

 何が何だかよくわからないが、紫蘭が元気になったならそれで良しとしよう。

 立ち上がり、伸びを一つすると、丁度目の前にきれいな丸い月が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




紫蘭です。友人曰く「桃太郎をイメージした!」だそうです。



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次回は二十話なので番外編です。


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第二十話

遅くなって申し訳ありません。
前回、次は番外編と言いましたが、あれは嘘です。
この話で二十話なので次で番外編となります。


 

 

 二日後、俺は退院した。傷は完治していないが、すでに入院しなくてはいけない段階は超えており、これ以上入院する意味がないからだ。

紫蘭は未だに入院中だ。もとより俺よりも酷い怪我だったのだ。それなのに始解の鍛錬をしてしまったから治りが遅くなり退院時期も遅くなったらしい。自業自得と言ってしまえばそれまでのことなのだが、止めなかった俺にも非はある。だからといってどうすることもできないのだがな。今日も今日とて始解の鍛錬中だ。

さて、俺は今日で晴れて自由の身となったわけだが、自由を満喫するためには一つ障害が残っている。それは、霊術院からの呼び出しだ。なんでも、俺の今後についての重要な話し合いがあるのだとか。内容のある程度の予想はついているのだが、呼び出された以上行かないという選択はあり得ない。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 さて、霊術院に呼び出されて教師と死神の今後についてのありがたいお話を終え、今は自室にて先の話を自分なりに整理している。

 話というのは案の定、霊術院生であるのにも関わらず始解を会得してしまった俺の今後についてだ。結果から言うと、半分は俺の予想通り、もう半分は俺の予想外の話だった。

 まず予想通りの方は、俺は死神になるらしい。今すぐ、というわけではなく残りの死神になる上で必要な技術を詰め込み方式で学んでから、とのことだが。必要な技能というのは、まだ俺たちが手を出せない鬼道、【回道】だ。【破道】に全くと言っていいほど適性の無い俺が修められるのかどうかは微妙だが、【縛道】は他の生徒よりも頭一つ抜きんでていることから、一応やっておけと言われた。それが終わればめでたく死神だ。いつになるかは俺の才能次第というところか。まあ、【回道】の才能があろうとなかろうと俺の行く進路に関係はないのだがな。

 そう、この進路というのが俺の予想外な話なのだ。

 死神はそれぞれ護挺十三隊という所に所属している。それぞれの隊に役割があり、俺にも希望の隊というものがあるにはあった。戦闘専門の部隊、十一番隊である。

 日々戦闘漬けの生活。それは俺が強くになるにはうってつけの環境だと思ったのだ。俺の数少ない理想も今日来たとある隊の副隊長に粉々に粉砕されたわけだがな。

 

 隠密機動第二分隊『警邏隊』隊長、または二番隊副隊長、大前田希ノ進。

 

 これには驚いた。何故こんなところに二番隊の副隊長が来るのかと。そしてまさか俺が二番隊に配属されるとは夢にも思わなかった。

 というか、俺はどっちに配属されるのだろうか。二番隊隊士として配属されるのか、隠密機動として配属されるのか。そもそも二番隊に死神っていたのか。……ともかく、俺には二番隊に配属されることになった。

 流石に予想外だった。自分の理想が十一番隊だったとはいえ、客観的に見てもそこが俺にとって一番合っている隊だと思っていたのだから。それが他の隊ならともかく、隠密性の高い二番隊とは驚いた。いや、隠密行動ができないわけではない。むしろ得意な分野だが、何も考えずに戦う方が性に合っている。しかし、俺が配属先を選ぶことが出来る立場ではないことは分かっている。特別優秀な成績も残していない。今回の件も異例の事態故の特別な措置だ。ここからは俺の勝手な想像なのだが、おそらく二番隊に配属されたのもただ単にそこにしか空きがなかったからだろう。実際、あの二番隊副隊長殿も何やら渋い顔というか、どこかぎこちない様子だった。要するに、俺は招かれざる客、ということになる。

 全く、ここに入院した時もそうだが、何故俺はこうも人間関係に苦心するのか。俺に問題があるのは分かっているが、それでも俺が関わる人間には癖が強すぎると思う。……そうだな、別に理由があったわけではないが、これからは必要最低限、人と本当の意味で会話するとしようか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

―――何が『特に理由がない』よ。久し振りに人に会ってどう話せばいいのか分からなかっただけのくせにね。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 翌日。紫蘭は退院していた。

 驚くべき早さだが、本人が言うには「退屈だったから一日大人しくしてたら治った」らしい。そんなに早く治るのなら初めから大人しくしていてほしかった。

 それはそうと、退院したことは喜ばしいことだ。ならば挨拶にいくのが筋というものだろう。

 丁度食堂に紫蘭の姿を発見した。言葉をかけるなら今だ。

 

「しら―――」

「あ! やっと見つけたわアセビ! アンタ一体全体どういうことよ!」

 

 俺はこの状況がどういうことなのか分からんのだが。それにお前が大声を出すから皆の注目の的ではないか。見ろ、そこらの人がこっちを見てコソコソ何か話しているではないか。

 

「彼が噂の……」

「馬鹿、目を合わせるな。半殺しにされるぞ」

 

 解せぬ。何故俺は何もしていないのにこうも悪名が広がる。目を合わしただけで半殺しとはいったい何だ。俺がいつそのようなことをした。

 

「何よアンタ二番隊に配属されるんですってね!?」

 

 ……そういえば、この話題で紫蘭を泣かせてしまったばかりだったな。俺に過失は全くないとはいえ、どこか気まずい。

 

「なんで十一番隊じゃないのよ!!」

 

 そっちの話か。そして俺自身もそれに関しては今でも疑問に思っている。

 いやそれよりも、何故紫蘭が俺の配属先について知っているのだ?

 ふと、視線を逸らすと、こちらに目を向け眼鏡を光らせる人物がいた。というか、矢胴丸リサだった。なるほど、お前が犯人か。

 

「お蔭様であたしの一人勝ちや。感謝しとるで」

 

 こちらに近づいてきてそういう矢胴丸。いや待て、勝ちってなんだ。

 

「アンタの配属先で一種の賭けをしとったんや。あたしが二番隊、紫蘭が十一番隊で清之介が一番隊」

 

 ああ、そういうことか。それで賭けを外した紫蘭が行き場のない怒りを俺にぶつけたわけか。まあそれはいつものことだから良いとして、個人的には清之介がこの賭けに参加していたことが意外だったな。当の本人は俺たちが今晒されている視線に巻き込まれないように席で茶を一杯やっているわけだが。

 ……いや、待て待て。今の問題は賭け事云々ではなく、何故こいつらが俺の配属先を知っているか、ということの方が問題だ。もう答えは出ているも同然だが、それでも答え合わせは必要だ。

 

「……矢胴丸。お前、盗み聞きしたな?」

「喋った……やと……!?」

 

 そんなに俺が喋ることが意外か。いや、それもそうか。霊術院に入って人前でまともに喋ったのは初めてだしな。主に口を開いたのは紫蘭の前だけだった気がする。

 

「……本来あの話は外部に漏れてはいけない類いの話だ。だから、くれぐれもばれない様に注意しろ」

 

 そこまで秘匿にしなければいけない情報ではないと思うが、まあ、俺が配属されることが確実になるまで外部に漏れないのなら漏れない方が良いだろう。でなければ、わざわざ呼び出して人目のつかないところで話す理由もないのだから。

 

「喋ったと思ったら何故か心も広い……」

 

 何故かとは何だ。俺は元々心は広いつもりだ。狭かったらあのような謂れのない悪名に今すぐ怒鳴り散らして怒っているだろうに。

 

「この前からそうだけど、アンタ急に喋るようになったわね? 何かあった?」

 

 何かあった、か。

 きっかけはカロールとの出会いだが、決意したのは俺が二番隊に配属されると分かった時だ。まあ、一言で言うなれば、

 

「……心境の変化だ」

 

 これに尽きる。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・二番隊配属(予定)

・心境の変化

 



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