夕焼け道を君と歩いて (赤瀬紅夜)
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『一章』陽菜とマネージャー
【クロスロード・サインポスト】


本作品は、CUE!の話から数年後のお話です。

六石 陽菜の担当マネージャーになってから成長していく陽菜と共に歩き、少しだけ大人になった二人の物語。

 

 

【クロスロード・サインポスト】六石陽菜

 

という、CUE内のストーリーを読むとより一層楽しめます。

 

※読まなくても内容的には関わりません。

 

表紙イラストを、アニ見さんに描いていただきました……大人っぽい陽菜ちゃんが美しい!

 

 AiRBLUE事務所にて、陽菜はマネージャーと対面していた。

話している場所は、最初にAiRBLUEに関わる時に通されたあの場所だ。

陽菜の前には少し甘めのコーヒーを、そしてこちらにはブラックコーヒーを用意しておいた。

 

「それで、今から話すことだけど…」

 

 普段からは事務所であまり2人きりになるのは避けていたが、今回はかなり重要な話だった為、こうして話し合いの場を設けることになった。

 

「はい…」

 

いつになく真剣な面持ちで、陽菜は訊ねる。

 

「あるアニメの主役が陽菜になるかも知れないって話、実現が近そうって言うのを話しておこうと思って」

 

……そう、今日は陽菜に白羽の矢が立った、ある小説のアニメ化の話を持ってきていた。

 

 

「………という訳で、もしかしたら陽菜に声優が決まるかもしれないんだ」

 

 終始頷き、更には考え込む様に聴いていた陽菜だったが、話が終わって見てみると、すんなりと受け入れている様だった。

 

「わかりました、今は可能性の話ですけど、わたしはわたしで今出来る事をやろうと思います」

 

しっかりとこちらの目を見つめて、練習に励もうと決めた様だった。

 

 

「……はるな?あ、はるなだ」

 

 少し甘めの声が聞こえ、そちらに視線を向けると、高校生くらいだろうか、少し背が低めだが、陽菜に駆け寄る1人の少女の姿があった。

 

 その少女は、頭に全体的に黒色で赤いリボンが結ばれている車掌の帽子のようなものを被り、服はひらひらした薄手のものを羽織っている。

 

陽菜に駆け寄ると、すぐさま背中に隠れてしまう。

 

ええと、この子は確か……。

 

「ええっと、Springの若葉 日向わかば ひな………だっけ?」

 

 AiRBLUE事務所に所属し、陽菜達のFlower、Bird、Wind、 Moonのいわゆる「花鳥風月組」の後輩にあたるのだろう。

 

 「春夏秋冬組」……その中でも春…つまりはSpringに属する、声優のタマゴだった。

 

 恥ずかしがり屋な性格なのか、陽菜の影に隠れる様にして佇む日向に、思わず苦笑いする。

 

「その、今は陽菜と大事な話をしてるから、後でお願い出来ないかな?」

 

 今は陽菜の後輩と遊んでいる時間ではなく、陽菜の今後の話の最中だ。

 

普段なら別に気にしないが、今日はこの話をする為に色々準備もしたのだ。

 

 こちらの事を察したのか、陽菜からすぐさま離れ、帽子を目深に被って去っていく。

 

 

……しかし、こちらの席を通過する際に膝を思いっきり蹴られる。

 

「……っ!」

 

 加減を知らないのか、めちゃくちゃ膝に響いた。

日向の方を向くと、膨れっ面になりながら口を開いた。

 

「ひな達のマネージャーよりも先輩で、はるなの専属マネージャーだからって……カレシ面するなっ!」

 

それだけ言うと、小さい影は少し急ぎ足で遠ざかっていった。

 

 

「くぅ………なんなんだよあの子。膝結構痛いんだけどな」

 

蹴られた膝をさすりながら、陽菜の方に向き直る。

 

「ふふっ…、マネージャーさん、可笑しいですね」

 

すると、陽菜まで笑っていた。

 

なんだよもう、さっきの日向といい、陽菜といい、珍しく真面目な話をしていたのに。

 

「そんなに笑わないでよ、陽菜っていつの間にあんなにべったりな後輩が出来たの?」

 

いまだ笑いを口元に残しつつ、陽菜は言う。

 

「つい数ヶ月前ですよ。日向ちゃんって、わたしとマネージャーさんが付き合っていることに不満みたいで」

 

不満……か。

 

陽菜と付き合ってから、既に一年ほど経過していた。

 

 この事務所において、恋愛についてはなにもお咎めが無かったものの、陽菜のファンの事を考えると世間に公表はされていない。

 

 一応、事務所内にも広がらない様にしていたはずなんだけど……暗黙の了解の様に、殆どの人が知っているらしい。

 

何とか誤魔化そうと、話題を変える事にする。

 

「陽菜もすっかり成長したしね、もう声優のタマゴじゃない訳だし」

 

 そう、陽菜は出会ってからのここ数年で成長していた。

 

 麻色の髪を少し伸ばし、それでもあのリボンは着けたままで。

 

身長も少しだけ伸びていたりする。

 

 もちろん、声優としても仕事をこなし、声を当てるだけじゃなくナレーションの仕事などもしていた。

 

「それで……一応あちらの方には話を通すけど」

 

はい、よろしくお願いします、と返され、つい窓の外を眺める。

 

 そこには、真っ赤な夕日が映し出されていた。

 

オフィス街から眺めるその景色は、これからの陽菜の道を照らしてくれそうな気がする。

 

「陽菜……話すことも終わったし、帰ろうか?」

 

 陽菜の飲み終わったコーヒーのカップとこちらのカップを手に取り、席を立つ。

 

今日の陽菜のレッスンはもうない訳だし、暗くなる前に送って行こう。

 

 2人で玄関先に向かうと、数人の人たちが温かい目で見てくる。

 

……本当に、ここの情報管理はどうなっているんだろうか。

 

まあ、早いところ陽菜を家に送り届けよう。

 

 外に出ると、街が赤く染まりきっていた。

陽菜もどことなく赤くて、最初の頃に一緒に帰ることになった時のことを思い出す。

 

あの時、陽菜はパンダの話だったり、幼なじみの……確か、ふたばちゃんの話をしてくれた。

 

 しばらく歩いているうちは、お互いに無言のままだったが、事務所を離れていくうちに少しずつ距離を詰める。

 

その距離は、他人から、マネージャーと声優、そうして恋人へという間隔に昇華する。

 

手が触れ合いそうな距離になったところで、陽菜の手をそっと握る。

 

 少しだけこちらよりも高い体温、そして柔らかな感触が左手から伝わってくる。

 

なんだよ、手を繋ぐなんて何回もしてきたのに、まだ恥ずかしさが何処かにあるらしい。

 

「マネージャーさん、ちょっと大胆ですね」

 

そんな風に、夕陽に当てられた顔で言ってくる。

 

 陽菜の薄化粧の顔が綻ぶのが見て取れる。

 

控え目な力で握りかえされるのを、つい嬉しく思ってしまう。

 

「このまま陽菜の家まで送るけど、どこか寄り道していく?」

 

 歩いている歩道のすぐ近くを通り抜ける車を横目で見ながらそう言う。

 

陽菜はその言葉に首を横に振って答えた。

 

「マネージャーさんとこうして……手を繋いで帰ってるだけで十分です」

 

十分……か。

 

「分かった、家まで送るよ」

 

そう、陽菜は今、AiRBLUEの寮には住んでいない。

 

 別に、Flowerのメンバーと仲が悪くなったとか、追い出された、とかいうことではなく。

 

単純にそれぞれがそれぞれに、少しづつ自立……というか独り立ちする様になった。

 

Flowerでいうと、

 

 陽菜は一軒家をローンで購入していて、

 

 舞花は実家に帰って弟達の世話を焼きつつ親孝行をしてて、

 

 志穂は事務所近くのアパートで気ままな一人暮らしをしてて、

 

 ほのかは運動好きな子たちとシェアハウスに住んでて、

 

四人で話し合って、それぞれ少し距離的には離れた。

 

 

チームとしての絆は消えてなんかいないし、仲だって良い。

 

それでも、やっぱり仕事とかでも会えない分、どこか疎遠になっているところもあるのかもしれない。

 

これを成長と取るのか、又は大人になってしまったと言うのか、どちらかはわからない。

 

 

……少し余談を言うと、マネージャーとしてではなく、個人として、陽菜の家の実質的な契約者だったりする。

 

陽菜は契約しようとした時に、あまり継続的な収入は入らないと判断された為、こちらが手を回した、と言うわけだった。

 

 会話を挟みながらも歩くと、楽しい時の流れは速いというか、すぐそこに陽菜の家が見えてきた。

 

二人を包んでいた夕日も、閑静な住宅街の隙間にその身を隠そうとしていた。

 

家の前に着くと、陽菜は手を離して家の前でくるりと回る。その行動は、良いことがあった時にはしゃぐ子供みたいに見えた。

 

陽菜は、夕陽を浴びながら微笑んで言葉を紡ぐ。

 

「マネージャーさん、最後に結構前に訊いたことをもう一度訊いても良いですか?」

 

 胸の前で手を組んで、少し不安げな表情を浮かべ始める。

 

結構前の事……?

何のことかわからなかったが、頷く。

 

 

「わたしって、可愛いですか……?」

 

 

その言葉に、結構前の時がいつの時だったかすぐさま思い出す。

 

あれは確か、大きなライブ前の時に、あまりの不安に亀井さんを連れ出して外に出ていた陽菜に声をかけた時だった。

 

まさにあの時、陽菜にかけた言葉はひどいものだったと、今なら思える。

 

だから、あの時にはっきり答えれなかった想いを載せて答える。

 

 

「可愛いよ……ちゃんと言えなかったあの時よりも、今の陽菜を愛してる」

 

 

言葉一つ一つが陽菜に伝わる様に、真剣に言った。

 

その言葉を聞き入れてか、陽菜は再び微笑みを浮かべて夕陽に輝きながら言った。

 

 

「その言葉が聴けて……幸せです」

 

 

 そう言った陽菜の姿は、時間帯と相まって本当に可愛くて、美しかった。

 

数歩の距離を一気に詰めて、陽菜を抱きしめる。

 

一番最初に抱きしめた時よりも、陽菜の身長は少しだけ伸びていて右肩に顎を載せてれるくらいになっているのがわかる。

 

「……わたし、最初の頃よりもマネージャーさんが近くて好きです」

 

 それは担当マネージャーになったからだろうか、それとも、恋人という関係からだろうか。

 

何故か尋ねると、抱きしめている腕に少し力を入れながら、陽菜は答えた。

 

「身長が少しだけ伸びて、わたしの目線がマネージャーさんとより近くなったから……」

 

陽菜の長い麻色の髪を優しくそれでいて宥める様に撫でる。

 

辺りは夕焼けの赤色から、日が落ちてほの暗い黒色へと変化てしいた。

 

 陽菜を抱きしめるのをやめ、家に帰らせる。

 

このままでも良かったのかも知れないが、これで風邪を引かれたら困る。

 

「……頑張らないとな」

 

そう、陽菜の家の前で呟き、住んでいるアパートに帰るために踵を返す。

 

自室に帰ると、携帯を取り出してとある会社……まぁ、有り体に言ってしまえば、陽菜の主役が決まるかもしれない制作会社に電話を掛ける。

 

「すいません、陽菜の担当マネージャーの者でして……はい、以前お話し頂いた件ですが……」

 

陽菜の……いや、大事な彼女の為にも頑張ろう。

 

 陽菜に見せたい景色を見せる為に。

 




ここからは少しだけ余談。
#CUEandF,#CUEandFuturesの企画とは別に、この話の続き(ここからめちゃくちゃ話が多くなる予定)を収録したものを、コミケにて販売する予定です。

発売は早くても再来年辺りになってしまうかもですし、未だ書ききっていない状況ですが、読みたい、購入したい、など意見が有ればコメントやメッセージにてお待ちしています。

コミケのお話は、色んな人の後押しもあって実現に出来るだけ近づけようと頑張っている次第です。
まだまだ未熟者ですが、僕の物語が皆さんの心に響くものになればと思います。

それでは。

追伸: #CUEandF,#CUEandFuturesの方もよろです!


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朝に事務所へと向かう。

陽菜との帰り道の翌日。
2人で事務所に向かうことに。


陽菜と夕焼けの道を帰った翌日。

 

陽菜の住んでいる一軒家まで迎えに行く。

本当は車できてもよかったけれど、今日は事務所以外で収録やレッスンがあるわけじゃないから電車で2、3駅乗り継いできた。

インターホンを押して、陽菜がいるか確認する。

 

「陽菜ー?起きてる?」

 

しばらくすると、バタバタと音を立てながら玄関の扉が開いた。 

 

「マネージャーさん!おはようございます」

 

私服に身を包んだ陽菜がにこりと笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。

「おはよう、陽菜。それじゃあ、支度も出来てるみたいだし行こうか」

はい、そう返事をして隣を歩いてくれる。

今日のスケジュールだったり、やるべきレッスンを教えながら事務所に向かう。

一通り伝えると、陽菜は腕に抱きついてきた。

 

「今日は大胆だね」

 

陽菜は普段からこんなにくっつく事はないので少し疑問を持ってしまう。

すると、少し意地悪っぽい笑みを浮かべてこう答えた。

 

「実は昨日、私の家にマネージャーさんを泊まらせなかった事をちょっとだけ後悔してるんです」


 

それで今日は朝からこんなにじゃれついてきているのか。

分かった分かった、と言って陽菜の頭を撫でる。

長い髪と今日も結んできたリボンが風に揺れる。

数分ほど道端で頭を撫でた後、パッと手を離す。

 

「ほら、そろそろ急がないと遅れちゃうよ」

 

「そうですね」

 

少しだけ距離をとって事務所まで歩く。

 

隣を歩く彼女の横顔は、少しだけ大人びて見えた。

 

事務所に入ると、入り口に志穂がいた。

 

「ジャーマネ、久しぶりだな」

 

髪を伸ばして大人げな志穂に、挨拶をされる。

 

「そうだね、最近合わなかったし」

 

「志穂ちゃん!元気だった?」

 

「ああ、一人暮らしは気ままなモノだな」

 

そう言って、陽菜と志穂は話に花を咲かせる。

2人も積もる話もあるだろう。

 

2人をその場に残し、事務所の上のフロアへ向かう。

 

社長室……の隣に入り、りおさんに挨拶する。

 

「おはようございます、りおさん」

 

「おー、おはよう!」

 

書類を何個か受け取って雑談をする。

 

「そういえば、新人の子たちは慣れましたかね」

 

「そうだねー、大分慣れてきて新人マネージャーとも仲良くなってるよ」

 

新しいマネージャー、ってあの子か。

 

自分が一時期居なかった時によく働いてくれたと聞いた。

 

「そろそろ陽菜のところに行きますね」

 

「了解ディース、頑張ってきてねカップルさん!」

 

「あはは、弄らないで下さいよ」

 

志穂と話しているであろう陽菜と会うために、下のフロアに降りる。

 

「マネージャーさん!今日もお仕事頑張りましょうね!」

 

そう言って浮かべた笑顔を糧に、今日も頑張れる。




こんな感じで、今回の更新を終えます!

明日も更新するのでお楽しみに〜!


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お昼ご飯を食べに。

レッスン中の陽菜は真剣そのものだ。

口の動かし方、呼吸への意識、練習する周囲への配慮。

多くのことに気をつけながらも、自信を持ちながら、自身をさらに高めるために日々練習を怠らない。

何時間か経ち、陽菜がレッスン室から帰ってきた。

水分を渡してなんとかねぎらいの言葉をかける。

「陽菜、お疲れ様。今日のレッスンは大変だったでしょ」

久しぶりに体も動かしていたらしいし、負担は大きかったはずだ。

だが、そんな心配をよそに、陽菜は楽しそうに笑った。

「いえ、とっても楽しかったです」

ペットボトルに口をつけながら、2人で椅子に腰掛ける。

「最近、声の出し方が楽になってきたというか……色んな音が出せるような気がしてきたんです」

色んな音……か。

声色という意味なのか、様々な性格のキャラクターを演じるようにできてきた、ということなのか判断し兼ねるが、陽菜にとってさらなる成長の兆しなのだろう。

「これからお昼なんだけど……陽菜が良ければどこかに食べにいかない?」

そう問いかけると、陽菜は快く頷いてから、着替えてくるので待っていてくださいと言い残してシャワー室に向かった。

 

陽菜をどこに連れて行こうか。

昼休憩の時間はお世辞にも長いわけでは無いから遠くに行くことはできないし、少し高級なお店に行くにしてもお金の心配もある以上そうそう行けたものではない。

ファミレスか、どこかのハンバーガー屋さんが妥当かな。

陽菜には申し訳ないけれど、あまり良いところには行けないようだった。

 

「マネージャーさん、お待たせしました」

行く時と同じ私服に身を包んだ陽菜と待ち合わせて事務所を出る。

 

春が近づいてきたとはいえ、まだ外は寒い。

悴んだ指を温めるように息を吐いていた陽菜の手を握る。

今くらいだったら別に握っても良いだろう。

「マネージャーさん、良いんですか?」

恥ずかしそうに俯いて尋ねてくる陽菜に、大丈夫だと答える。

目的のファミレスに着いたところで、店内に入る。

 

2人で対面に座り、メニューを広げる。

「わたし、こういうお店久しぶりで……えっと、このカルボナーラスパゲッティにしようかな」

店員さん呼んで注文をする。

「すいません、カルボナーラスパゲッティと、ハンバーグセットお願いします」

 

そうして注文の品が運び込まれるまでの間、なんとなく居心地が悪くなってしまう。

 

「そういえば……今朝、陽菜は志穂と何を話していたの?」

 

「志穂ちゃん、最近運動不足らしくて、ほのかちゃんと走り込みに行くって言ってたんです」

 

「自ら運動をね……彼女も変わったね」

 

「ふふ、そうですね」

 

すると、パスタとハンバーグは運ばれてきた。

 

「それじゃあ、食べようか」

 

「はい!」

 

少しだけ幸福な昼食をとって、2人で事務所に戻った。

 




とまぁ、こんな感じで第3話かな?更新です。

まったりとした日常回が続いて、しばらくしたら本編への本腰を入れたいと思います!

ではでは!


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アニメと本屋さん。

お昼から帰ってみると、陽菜と自分、2人で社長室に呼ばれた。

 

「2人とも、待っていたわよ」

 

そう、鳳社長から言われ、椅子に腰掛ける。

 

「あの社長、用件ってもしかして新規アニメの採用の話ですか?」

 

「ええ、そうよ。陽菜にはその主役のオーディションに行ってもらうわ。もちろん、担当マネージャーであるあなたも一緒にね」

 

そう告げた鳳社長の目はいつにも無く真剣のなものだった。

真っ直ぐに陽菜を見据えながら尋ねる。

 

「陽菜、アナタに出来るかしら?」

 

「はい!わたしなりにですけど、がんばります」

 

それに即座に答えてくれて、一安心だった。

 

「いい返事ね。それじゃあマネージャー、資料を渡すからそれによく目を通して陽菜に伝えて頂戴」

 

大きめの封筒を手渡され、部屋から出るように言われる。

 

「「失礼しました」」

 

声を揃えて言ってから部屋を出る。

ほっと一息ついてから、そのオーディションの予定を確認すべく封筒を開ける。

 

「陽菜、これから受けるアニメの内容だけれど……」

 

『作品名:おんハピ♪〜Only Happy♪〜』

 

原作、同名タイトルの小説…綾坂征人

 

不幸を背負った少女たちが天之御船学園の幸福クラス、という組に所属し幸福とは何かを友情を通して学んでいく日常モノ。

 

陽菜がオーディションに受かれば、主人公である西沢彩歌、という役の子を担当するらしい。

 

今まで演じてきた性格の子たちとは打って変わり、冷静沈着で物静か、そして他人に冷たい様な子であるらしい。

 

「……と、ここまで話したけれど質問とかある?」

 

事務所のソファーに座って話し始めて数十分。

出来る限り情報を陽菜に渡したところで声をかける。

 

「そうですね……その、原作の小説はどこで読めますか?」

 

「ええと、帰りに本屋さんに寄っていくなら多分あると思う」

 

「わかりました」

 

そうか、陽菜は小説が原作のアニメ化、いわゆるメディアリミックス作品の主役になるのは初めてだから勝手が分からないのかもしれない。

 

「キャラクターの性格面だけど……出来そう?」

 

そう尋ねると、すこしだけ考え込む様にして俯いた後、なんとかします、と力強い返事が返ってきた。


「よし、それなら少しレッスンしようか。コーチ……は今春夏秋冬組を教えてるから、見てあげるよ」

 

「マネージャーさん、見てても分からないじゃないですか」

 

「いやそんなことは……あるけど、それっぽくなかったら言うから」

 

「はい、そうですね」

 

そこから2、3時間ほどは2人で部屋の隅であーでも無い、こーでも無いと声の出し方を勉強していた。

「そろそろ本屋さんに行かないと、ですね」

 

「うん、分かった」

 

何となく終わりの雰囲気になって並んで事務所を出る。

本を買いに行くくらいなら陽菜1人でもいい気がするけれど、夜道も危ないので心配になってついていくことにした。

 

「マネージャーさん、他にもみたい本があるので一緒に来てもらっていいですか?」

 

「いいけど、2人で見る本ってある?」

 

強いていうなら声優の雑誌だろうか。

そう言って陽菜が来た場所は結婚に関する情報誌のコーナー。

 

「ゼクシィとか、他にも今のうちに目を通しておきたいなって」

 

「プ、プロポーズまだなんですがその辺は良いの?」

 

「してくれないんですか?」

 

潤んだ瞳で問いかける様にして聞いてくる。

いや、するけども!

まだ時期は早いんじゃ無いかな!

 

「この企画が片付いたら、かな」

 

「ふふっ、待ってますね」

 

早く行こう、と言って無理やり小説のコーナーに走る。

 

平積みされた本のうち一冊を手に取り、レジに並ぶ。

 

「もう、はぐらかさないでください…」

 

むくれた陽菜の手を握りもう少し待っていてね、と声をかける。

 

照れた陽菜から握り返された手は、とても温かかった。




こんばんはー、今日も更新ですよ〜。

実はストックなしで毎日書いてるので投稿止まるかもしれませんが、待ってくれるとありがたいです!

そんな訳で、今回はアニメ化のお話と本屋に立ち寄る話でした。

陽菜ちゃん、ゼクシィを見に行くなんて大胆な子……!

ではでは〜!


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スケート靴を履いて。

「スケート、ですか?」

 

「うん、気晴らしに一緒にどうかなって」

 

場所は陽菜の家。

少しお邪魔して何処かに出かけようかというところでひとつ、提案をする。

実を言うと、余ったスケートの券を二枚貰っていてどうせなら陽菜と一緒に行こうと思っていた。

 

「わたし、実はスケート滑れないんです……」

 

「それなら教えてあげるよ」

 

「お願いしますね、マネージャーさん」

 

不安げな陽菜を連れて、スケートに行くことになった。

 

車を出して、数十分の所に連れて行く。

スケートリンク場は、今の期間は一般解放をしていてそれに乗じて遊ぶ形だ。

 

入り口で券と靴を交換してから進む。

 

「マネージャーさん、スケートの靴って少しキツいですね」

 

「あー、それは力が入りやすくしてあるんだ。転ばないようにね」

 

「物知りなんですね」

 

にこにこと笑顔を浮かべて靴を履き終え、ふらつく陽菜に手を貸しながらリンクまで歩いて行く。

 

氷の上に立つと、陽菜は危なかしげに壁に寄りかかっている。

 

「もしかして立てない?」

 

「……はい。その、怖くて」

 

陽菜の手をとってゆっくりと歩き出す。

最初こそふらついていた陽菜だったが、だんだんとコツを掴んだのかぎこちなく滑り出していた。

 

「マネージャーさん、手、絶対に離さないで下さいね」

 

心の底からお願いする様にしっかりと手を握って滑っている陽菜をとても愛おしく感じる。

 

普段からこんなに自らくっつきに来てくれたことはなかったから、少し新鮮でもあった。

 

「少し滑ろうか、手は離さないからね」

 

のんびりとしたペースで陽菜をつれてリンクの上を滑る。

時々楽しそうにほほえむ陽菜を見て、ここに連れてきてよかったと心の底から思う。

 

最近は、オーディションに行くことも決まり、張り切り過ぎていた気がしていたのでここで一息つけると良いなと、そっと願う。

 

そこから数時間遊び、滑れる様になったところで帰ることにする。

 

「痛っ……」

 

「大丈夫?もしかして怪我でもした?」

 

靴を脱ぐときに痛そうに顔を歪めた陽菜に声をかける。

どうやら靴ずれを起こしてしまったらしい。

 

「靴ずれか……それじゃ一応靴を履いてもらって、よっと」

 

「……!マネージャーさん、こんな所でお姫様抱っこなんて」

 

いいからいいから、そう声をかけて車まで運び込む。

車内に置いて置いた絆創膏を貼りながら今でも恥ずかしがっている陽菜を嗜める。

 

「今日は楽しかった?」

 

「はい。わたし、スケート滑れる様になって楽しかったです」

 

明日には治っているであろう靴ずれを少し心配したが、この分だと大丈夫だろう。

 

「そろそろ車出すけど、シートベルトは締めた?」

 

「はい、今日はありがとうございました」

 

バックミラー越しに見える陽菜のとびきりの笑顔を見て、来て良かったと心から思った。

 

そこからお昼を外食で済ませて、陽菜の家まで送る。

 

「あの、マネージャーさん……今日は私の家で泊まりませんか?」

 

陽菜の家の前で車を止めた所で、そう言われてしまう。

 

それって……まあ、そういうことか。

 

「明日は普通にレッスンだし、今日のところはやめておこうかな」

 

「でも、その……ここ最近何もしてくれない…」

 

そう呟いた陽菜の言葉に、心が痛む。

愛想を尽かしたわけでもないし、デートの回数も増えている。

だが、そういう行為自体はこちらが避けていたのはあるのだろう。

 

「……駐車場に車止めるね」

 

「それって…」

 

「夕飯を食べたら帰るから」

 

それでも、良いです。

 

そう言われて陽菜の家に導かれるようにして入る。

 

久しぶりに入った彼女の家はどこか懐かしい香りがした。




昨日は休んでしまいました……。

いやぁ、寝落ちしちゃって_:(´ཀ`」 ∠):

と。そんな感じで今日も更新ですよ〜!

陽菜ちゃんの家に入ってからは明日投稿予定です!
お楽しみにー!

それと、感想が多く来て嬉しかったです。

毎回感想は楽しみにしてるので、読んでる方はどんどん感想をお送りください!

ではでは〜


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家の中で夕食を。

玄関を入ってしばらくした所にある水槽の中にいる亀井さんにも挨拶をして、しばらくは陽菜とだらだらと何気ない時間を過ごす。

 

6時を過ぎたあたりで、陽菜が夕食を作り始める。

エプロンを身につけて、鼻歌を歌いながら……少し楽しそうだ。

 

久しぶりに陽菜のエプロン姿を見たな……とぼんやりと考える。

 

トントンと、まないたと包丁がリズム良く音を出していて、なんだが恵まれた気待ちになる。

 

「今日は何を作るの?」

そう尋ねると、陽菜はカレーです、と微笑みながら答えてくれた。

 

どうせなら買い物でもして帰るべきだったかなと後悔しつつも食器を出したりスプーンを並べたりと出来ることを手伝う。

 

カレーに使っていた牛乳を一口飲んで、そういえば志穂は未だに牛乳が克服してなかったなと思い出す。

 

そう言ったら陽菜は少しむすっとして、頬を膨らませながらこう言った。

 

「志穂ちゃんの話も良いけど、今はわたしを見てください」

 

それもそうか。

ごめんと一言謝って席に着く。

 

カレーが出来たようで、器によそって運んできてくれた。

 

スパイシーな香りと、食欲をそそる色がとても美味しそうに見える。

「食べようか」

 

「そうですね、いただきます」

 

そう言って手を合わせた陽菜と一緒にご飯を食べる。

料理が得意という訳ではなかった陽菜だったが、一人暮らしをするにあたって花嫁修行と言ってかなりの猛特訓をしたらしい。

 

微笑ましくも立派になった陽菜が可愛くて、からかいながら夕食を食べ終える。

 

「さてと、カレーライスも美味しかったし帰ろうかな」

 

そう言って席を立つ。

食器を洗ってから片付け玄関に向かおうとした所で、陽菜に後ろから抱きしめられる。

 

「待ってください、マネージャーさん」

 

声を絞るようにして発せられた言葉からは、悲痛さが伝わってきて心を締め付けた。

 

「ごめん、帰らないと……」

 

心苦しいが、ここで断らないと明日に響く。

 

「いやです、今日はその、帰しませんから」

 

「……分かった、でもその前にお風呂には入ろうか」

 

背中から頷いたように感触が帰ってきた。

 

どうやら今夜は、長い夜になりそうだ。

 

 

陽菜のベットに腰掛けて、お風呂から上がるのを待つ。

久しぶりだったからか、いくらか緊張してしまう。

とりあえずゴムの用意はしていたようでその点は安心だが、あまり激しくして明日に響かせないようにしなくては……と心に決める。

 

シャワーの音が響く中、キュッとシャワーを止めて脱衣所に歩く音が聞こえる。

何度かの衣ずれの音の後、髪をドライヤーで乾かしてから寝室まで歩いてきた陽菜の姿に思わず見惚れてしまう。

 

「可愛い、下着だね」

 

陽菜はピンクの下着しか履いておらず、悠々とその肢体を晒していた。

隣に腰掛け、しなだれかかるようにしてもたれたて、耳元でそっと呟いた。

 

「マネージャーさん、その……気持ちよくさせてください」

 

その言葉に、理性が吹き飛んでしまった。

 

 

 

翌朝。

重い腰を上げるようにして目覚めると、隣にシーツにくるまって寝ていた陽菜が身動ぎをする。

結局あの後お互いに興奮してしまい5回ほどしていた気がする。

 

窓から差し込む光に、小鳥の囀りが聞こえる。

時間も時間だし、そろそろ陽菜を起こして事務所に行かないと。

 

「おはようございます……マネージャーさん」

 

寝ぼけ眼のまま、こちらに抱きついてきた陽菜をなんとか押しとどめて朝食の支度に取り掛かる。

 

シーツには事後の光景が広がっている。

それらを軽く片付けながら朝食を作る。

 

陽菜と共に美味しくいただき、新しい朝と事務所に向かうため車を出す。

 

意識がハッキリしてきた陽菜が、その日一日中私はなんてことを…と恥ずかしがっていたのはまた別のお話。




とこんな感じで今回は終わりです。

しっかり愛し合ってやることやらないとね!というテンションで書いていましたが、濡れ場は全カットです。
全年齢ですからね、気が向いたら書こうと思います。

甘えてくる陽菜ちゃん…、いいですよね!

そんな訳で、また明日お会いしましょう!


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星を見上げて。

だるくなった身体を引きずって事務所にはいった2人だったが、あいにくにも忙しい

一日となってしまい、事務所を出た頃には日もすっかり暮れ、空には星が煌めいていた。

マネージャーの車に乗り込み、陽菜の家に向かう。

 

「明日はお休みだけど、この後どうしようか」

 

探りを入れるようにそう陽菜に訊ねる。

助手席に座った陽菜が、微笑みながらマネージャーさんともっといたいです、と答えた。

昨日と同じように駐車場に車を止めて陽菜の家に入る……前に何気なく空を見上げた。

つられるようにして隣にいた陽菜も夜空を見上げた。

 

「綺麗ですね、沢山の星が…」

「うん、東京にしてはよく見える」

 

しばらくの間、2人で空を、星を眺めていたが、ふと隣にいる陽菜に視線を向けると、たまらなく愛おしく感じる。

先日求めあったからだろうか、いつにも増してこの想いは強くなる。

 

そっと肩を抱き寄せて、少しだけ下にある唇に自身の唇を重ねる。

 

驚いたように目を見開いた陽菜は、スッと目を細めて遠慮がちに舌を入れてきた。

それに応えるように唾液を絡ませる。

いくら陽菜の家の前とはいえ、場所は閑静な住宅街、人がいつ通るのかも分からない。

2人は長い口付けを交わして、離した。

 

「んっ……マネージャーさん、中に入りませんか?」

 

分かった、と頷いて陽菜の家の中に入る。

さっきまであった熱も幾分か冷めていき、一緒にソファーに腰掛ける。

しばし気まずい雰囲気が流れる中、こちらにもたれかかってきた陽菜をそっと抱きしめる。

 

ここ最近は無理ばかりをさせてしまってる気がする。

宥めるようにして語りかける。

 

「陽菜は、オーディションとか日々のレッスン大変じゃない?」

 

「そんなことありません、それに……マネージャーさんが一緒にいてくれるから頑張れるんです」

 

嬉しいことを言ってくれる。

それに、この子はとびきり優しい。

 

いつもありがとう、と思いながら陽菜の頭を撫でる。

気持ち良さそうに目を閉じた陽菜に、追い討ちをかけるようにソファーに押し倒してキスをする。

しばらくは恋人である陽菜を愛していた。

 

数時間が経ち、2人で起き上がってお風呂に向かう。

汗と体液を洗い流し…しばらくはイチャイチャとくっつき合う。

 

お風呂からベットに向かう前に、陽菜の髪を乾かす。

ドライヤーの風を送り、サラサラとした髪を手でかき分けながら水分を飛ばしていく。

 

「マネージャーさん、こうしているとふたばちゃんのことを思い出します」

 

「へぇ、あの幼馴染っていうこのこと?」

 

「はい……よく髪を触ってもらったので」

 

乾かした後、リボンを手渡す。

シュルシュルと巻いていつもの髪にセットする陽菜。

 

笑顔を浮かべて幸せそうにする彼女を、これからもっと幸せにしたいと心に誓ったものになった。

 




そんな訳で、今日の分です!

明日、明後日とお休みさせていただきます〜、というのも、陽菜ちゃんのえっちな話でも書きたくなったのでそれを書いています!

時期が来れば公開するかも?

そんな訳で、最近イチャイチャしすぎな2人を妬みつつも後書きを終わります!
ではでは〜


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オーディション

遂にやってきたオーディション当日。

陽菜と2人で事務所から電車を乗り継いで、会場の都内にあるビルに向かう。

一応、主人公の西沢彩歌役以外も受けれるようだったが、陽菜自身が辞退した。

その子に集中してあげたいから、らしい。

電車の中で、揺られながら音楽を聴いてリラックスするようにしている。

手は自分のを包み込むように握ったままだ。

何故だかは知らないが、本番前に自分の手を握っていると緊張が解れるらしい。

駅に降り立ち、程近いビルの前まで歩く。

 

「それじゃ、午前中のオーディションが終わったらここと同じ場所で待ってるからね」


「はい、精一杯頑張ります!」

 

「肩の力は抜いてね」

 

そう言葉を交わして陽菜を送り出す。

普段だったら中までついていくのだが、今回は声優1人で来てほしいという要望があったため、多少不安になりながらも送り出した。

大丈夫、きっと陽菜なら勝ち取れる。

 

そうな風に考えつつ、向かいにあるカフェに入店する。

すると、自分と似たような格好をした人たちが何人も席に座ってソワソワとビルを眺めている。

 

……そうか、自分だけじゃないんだな。

 

ここにいる多くのマネージャーたちと共に、彼女が笑顔で帰ってくるのを待った。

口に運んだコーヒーは、とびきり苦いブラックだった。

 

数時間後、陽菜はビルから覚束ない足取りで出てきた。

こちらを見つけると、健気に笑顔を浮かべようとしているのだが、上手くいかずに泣き顔になってしまう。

 

「何があったの?」

 

事情を聞くべく、陽菜に優しく問いかける。

 

「マネージャーさん……最後の最後で、台詞を噛んで……ううっ」

 

台詞を噛んだらしく、ものすごく落ち込んでいる陽菜に午後からのレッスンをさせるのは酷だろう。

 

社長に一報を入れ、お休みにする。

後でとやかく言われるかも知らないが、今は陽菜の方が優先だ。

 

「ねえ、陽菜。今からすき焼き食べに行こうか」

 

「どうして、ですか?いつも食べる時は、オーディションに受かった時だけじゃないですか」

 

また泣きそうになる陽菜に、無理やり言い聞かせる。

 

「大丈夫だから、きっと受かるよ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

陽菜の肩を抱き寄せながら車に入れる。

しばらく無言で移動していたが、少しずつ陽菜が話し始めた。

 

「実は、最後の最後以外はうまく行ってたんです……それでも、噛んだところがずっと気になってて」

 

慰めるように声をかける。

 

「終わったことだから……って切り替えるわけにもいかないしね」

 

さらに続ける。

陽菜が辛い思いをしているなら、励まさないと。

 

「でも、その失敗も経験になるよ、これまでだって陽菜はいろんな道を乗り越えてきたじゃない」

 

「そう、ですね……わたし、少し落ち込みすぎてたみたいです」

 

よし、いくらか元気になったみたいだな。

まだ油断はできないけど、悲しい顔のまま食事なんてしたくないから。

 

「そろそろ着くよ。沢山食べさせてあげるからね」

 

どうか、受かっていますように。

その願いは届くか否かは、陽菜の結果次第だ。

 

 




オーディションで失敗してしまった陽菜ちゃん。

さてさて、受かることは出来るのでしょうか?

また明日更新しますのでお楽しみ!!


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すき焼きを囲む。

すき焼きを食べながら、陽菜の様子を伺う。

先程まではしょんぼりしていた素振りは見せず、美味しそうにすき焼きの牛肉を卵につけて食べている。

陽菜の気持ちが落ち着いたのなら、よかった。

 

「オーディションのことは分からないけど、結果が出るまで時間がかかるし、気持ち切り替えて行こう」

 

「はい。そうしてみます」

 

まあ、今はゆっくり食べてくれるとこちらとしても嬉しい。

 

そこから1時間ほど経過し、二人で店を出る。

 

「あの。ここはわたしが払います……いつも悪いですし」

 

「いやいや、マネージャーの経費で落とすから大丈夫だって」

 

「そ、それなら割り勘で!」

 

そんなこんなで、割り勘で払って帰路についた。

 

家の前まで送り、陽菜を車から下ろす。

 

「今日はゆっくり休んでね、明日のレッスンも遅れずにね」

 

「はい、おやすみなさい」

 

そう言葉を交わして、陽菜と別れた。

事務所に戻って、久しぶりに陽菜以外の子を見る。

 

「あれは……確か、日向ちゃんだったかな」

 

今日も車掌の帽子を被って、一生懸命レッスンに励んでいる。

すると、花鳥風月組では無い、春夏秋冬組を担当しているマネージャーと顔を合わせる。

 

マネージャーである、彼女は、経験はまだ浅いが色んなこと信頼を築けているらしい。

 

「先代マネージャーさん、陽菜の様子はどうでした?」

 

「先代って言い方慣れないな……ええと、陽菜なら最後の方で噛んじゃったらしいけど、多分大丈夫だと思います」

 

「それならよかった……その、ここ最近、あなたに内緒で相談を受けてたんです。どうしたらもっと上手くなるのかって」

 

その言葉に、陽菜の真意を見たように気がして息が詰まる。

 

「ありがとうございます、陽菜もきっと緊張してたんだと思います」

 

「ならよかった……のかな?先代マネージャーさん、陽菜のこと頼みましたねって、あなたの方が付き合い長いんだった」

 

それではー、と言って春夏秋冬組のレッスンを見に行ってしまった。

 

陽菜が自分に隠してさらに練習……か。

きっと無理をして、努力をして頑張ったのだろう。

 

これからも支えてあげなきゃな。

 

合格したとして、待ち受けるのはプロばかりの声優が集う場所だ。

今回は人気作からのアニメ化なだけあって盛り上がりも、キャストの力の入れ具合も十分だと聴く。

 

「陽菜、出来る限りのことはするよ」

 

そう独り言を呟いて、手伝える範囲内の書類整理や陽菜のプロフィール更新などをして、その日は退社した。

 

明日、陽菜が事務所に来た時に、安心してレッスンできるように自分も心を切り替えよう。




と、こんな感じで決意を固めたマネージャーでした〜!

いやぁ、今回はギリギリですね、また危ないと思いましたがなんとか間に合いました!

ではでは、感想もお待ちしています!


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封筒の中身は

オーディションがあってから数日後。

事務所に合否を知らせる封筒が届いていた。

割と大きめのサイズで、こうして事務所に封筒という形で届くなんて珍しいな、と思いながら手に取る。

 

折角なら陽菜と一緒に結果が見たい。

 

陽菜が事務所に来るまで待つ事にした。

しばらくすると陽菜が事務所にやってきた。

 

手招きをして個室に二人で入る。

 

「あの、マネージャーさん……最近会ってなかったからっていきなり」

 

部屋に入るなり、顔を紅潮させて恥ずかしげにチラチラと周囲を窺っている。

 

「き、キスだけですよ?この後レッスンがあるのでそれ以上は……」

 

「ちょっと待って、勘違いしてない?」

 

陽菜に事情を説明する。

事務所に合否の封筒が届いたこと、内容は見ておらず一緒に見ようと思ったこと。

 

「みんながいる中で見るのもどうかなって思って」

 

「ううっ、わたしはなんて勘違いを!」

 

バンバンと机を叩いて悶えている陽菜に封筒を手渡す。

 

「これが……あ、開けますね!」

 

ピリピリと少しずつ破っていき、遂に紙を取り出す。

目の前に広げて、二人で内容を見る。

 

するとそこには……六石陽菜を『西沢彩歌』役として抜擢することが書かれていた。

 

「やった!わたし、演じてあげることができるんですね!」

 

「陽菜なら出来ると信じてたよ」

 

封筒の奥には、キャラクターの資料やどういうイメージでやってほしいなどが事細かに書かれていた。

 

そりゃ封筒が大きくなるわけだ。

 

「わたし、早速レッスンに行ってきますね」

 

そう言い残して部屋を走って出て行った。

 

全く、陽菜なりに嬉しかったんだろうな、これから陽菜を支えてあげないと。

 

「さてと、決まったならこちらも動かないとな」

 

他のキャストや収録現場などの確認をしないといけない。

 

原作の小説はこの前読み終わったところだし、作者だったり監督を少し調べておこうかな。

あんまり聞いたことないし。

 

おふいに戻ると、りおさんが笑顔でコーヒーを差し出してきた。

 

「マネージャーくん、新しい仕事頑張ってね」

 

「どうも、というかりおさんはなんで知ってるんですか?」

 

「ふふ、その生き生きとした表情を見ればわかるよ」

 

そんなにわかりやすかったかな?

まあともかく。

 

「頑張りますよ、陽菜にとってもかなり大きな仕事ですからね」

 

コーヒーを受け取り、啜る。

あのカフェと同じ苦い味が口の中に広がったが、今は幸せだった。

 

「それでは、マネージャーくん」

 

「はい?」

 

「陽菜ちゃんとはいつ籍を入れるの?」

 

「ぶふぉっ!え?籍?」

 

突然なにを言い出すんだこの人は。

勢い余ってコーヒーを吹き出してしまった。

 

「そろそろ二人も結婚しないと、良い加減にしないと周りが痺れを切らしちゃうよ?」

 

「は、はぁ」

 

「ご両親に挨拶はしたの?」

 

パソコンを使いながらいやいや答える。

 

「毎年挨拶に行ってます……その、お世話になってるって」

 

「なるほどねえ、今の企画が終わったら正式に行ったほうがいいね」

 

「……わかりました、というかこの一件が終わったら陽菜と結婚しようとは考えてました」

 

それならよし!と言って離れていく。

 

全く、あの人はいつでもこうやって自分をおちょくってくる。

 

結婚か、いろいろ頑張らないとな。

 

挙式を少し調べたりしている自分に、つい苦笑いが出てしまった。




てな感じで、無事!オーディションに受かりました!

通常だと何回か審査があるらしいのですが今回は省かせて貰いました!

これから陽菜ちゃんとマネージャーが歩む道に注目です!

ではでは、また次回お会いしましょう!


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『二章』動き出す物語
お弁当で胃袋を


合格から数日後。

 

 陽菜はオーディションを見事に潜り抜けたが、役によってはまだオーディションをしているらしく、声優同士の顔合わせはしばらく先なのだそうだ。

主人公役を勝ち取った陽菜はというと……今日も今日とてレッスンに打ち込んでいた。

 

今日は基本的な運動に役作り……最初の頃よりも練習の量も質も格段に上がっていた。
陽菜の演じるキャラクター……西沢彩歌はモノローグが多いという役回りである以上、台詞の流暢さや長文を読めるだけの技術が要求される。

 

更に、冷静で観察眼が高いという性格でもある故、陽菜が演じたこともないキャラクターだ。

 

……だからこそ、彼女なりに苦戦している様だった。

 

 

レッスンを終えた陽菜に、スポーツドリンクを手渡す。

 

「ありがとうございます、マネージャーさん」

 

そう言って喉を潤していく陽菜。
レッスン着で汗を拭い、美味しそうにドリンクを飲む姿は努力をしてきた証とも言えた。

 

腕時計を見ると、短針が12を指している。

 

「お疲れ様、それにそろそろお昼だけど……またどこかに食べにいく?」

 

そう尋ねると、陽菜は静かに首を振った。

 

「いえ、お弁当を作ってきたので……その、一緒に食べませんか?」

 

お弁当……しかも陽菜の手作りか。

是非とも食べたいというか、お金を払ってでも体験したい。

 

「いいの?」

 

恐る恐る陽菜に尋ねると。彼女は大きく頷いた。

 

「もちろんです。マネージャーさんのために作ってきたん出すから」

 

その言葉が嬉しかった……何というか、愛されている様に感じて。

 

「分かった……それじゃあオフィスで待ってるから」

 

はい、着替えてきますね……そう言い残して陽菜は更衣室に向かって行った。

 

陽菜の手料理は幾度となく食べたことはあるが。お弁当は初めてだ。

 

 

 

数分後、陽菜がオフィスにやってきた。

 

「マネージャーさん、せっかくなので屋上で食べませんか?」

 

その提案に乗って屋上で食べることにした。

 

天気も晴れているし、ちょうど良いだろう。

まだ少し肌寒いけど春もすぐそこまできている。

 

「そう言えばどうして屋上で食べるの?」 

 

そう軽く尋ねると、陽菜は嬉しそうに言った。

 

「高校にも屋上はあったんですけど立ち入り禁止だったので、それを思い出して誘っちゃいました」

 

「そんなことがあったんだね……」

 

陽菜の高校か……何度かいく機会はあったけれど、あまり深いところまでは知らなかったからな。

 

「到着です!」

 

そう言って勢いよく扉を開く陽菜。

眩しい光と共に……屋上の景色が広がる。

 

青空に映える家庭菜園の数々……と言っても植木鉢程度なんだれど。

 

適当な場所に腰をかけてお弁当を広げる。

自分はお茶を自販機で買っておいたのを置いておく。

 

「これです、マネージャーさんどうぞ」

 

そう言って渡されたやや小ぶりな弁当箱を開けてみると……そこには美味しそうな光景が広がっていた。

 

黄色い卵焼きにタコさんウインナー、小さなハンバーグに唐揚げ……夢の様な弁当にテンションが上がる。

 

「すごい……これ凄いよ陽菜!」

 

白米の部分には澱粉と海苔、そしてふりかけでハートは描かれていた。

なかなかに芸が細かい。

 

「ふふっ、喜んでくれた様で何よりです」

 

そう言って微笑む陽菜に、どこか母性を感じる。

 

そうか……自分たちに子供が生まれたら、こうしてお弁当を用意してそれを食べてってできるんだな。

 

陽菜の独占場でもあるキッチンで自分も手伝ってあげたいとは考えているけれど。

 

「食べようか……こんなに美味しそうなお弁当初めてだよ」

 

二人で手を合わせていただきます、という。

何だか気恥ずかしいがこうでもしないと失礼な気がした。

 

卵焼きを一口食べてみる……すると、口の中にほのかな甘みと卵焼きの美味しさが広がる。

 

「美味しい……」

 

噛み締める様にして言うと、それをニコニコと陽菜は見つめていた。

 

ハンバーグに手をつけてみると、箸で割るだけで肉汁が溢れる。

上にちょこんと乗ったデミグラスソースが可愛らしげだ。

 

それを食べて、咀嚼していくたびに陽菜の愛情を感じる。

そのまま美味しい、美味しいと言い続けて弁当を空にするまで食べ続けた。

 

「そう言えば、これって冷凍食品も入ってないっぽいのに陽菜は全部手づくりしたの?」

 

そう尋ねると、陽菜は笑顔で答えた。

 

「はいっ、マネージャーさんに喜んでもらおうと思って早起きしちゃいました」

 

なるほど……そこまでして作ってくれた弁当を、すぐさま平らげてしまったのは何だか申し訳ない気持ちになるな。

 

「本当においしかったよ。ありがとう」

 

精一杯のお礼を言う。

 

陽菜は暖かな日差しの中で、優しく微笑みながらこう言った。

 

「お粗末様でした……また、一緒に食べましょうね」

 

その約束は数日後に果たすことになった。

今度は自分が弁当を作ったのだが……それを散々ダメ出しされたけど、完食してくれたのはまた別のお話。

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

一人の小柄な少女と、スーツを着た男性がとある事務所で向かい合って話している。

 

「ディレクターさん、本当にわたしが通過したんですか?」

 

「うん、あーでも今はディレクターじゃなくてマネージャー、ね」

 

「そうでした」

 

小柄な少女の名前は(さくら) 美聡(みさと)

リレープロダクションという事務所に所属する、声優のうちの一人だ。

彼女はバトンを繋いでここまで……アニメの登場人物に抜擢されるにまでなっていた。

 

彼女の正面にいる元ディレクターである彼の手には、次の仕事であるアニメの資料が握られていた。

そのアニメの名前は『おんハピ♪』……今度陽菜が主役の声を当てる物だ。

 

こうして物語は動き出す。

始まった物語はバトンを繋ぎ、未来へと進んでいく……。

 

coming soon.




こんばんは、レッド!です。

という訳で……今日から毎日連載、再開です!
とは言っても体調やら勉強やらでお休みする日があるかも知れませんので、その辺はご了承下さい!

さてさて、ここからだんだんと物語は動き出します。
陽菜達を待ち構える試練の数々!是非ともご期待ください!

もちろん、マネージャーともイチャイチャさせます。
ではでは!
あと書きはこの辺で、感想待ってますね!


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ふたりでお参り

お弁当を食べたその日の帰り道。

 

事務所から陽菜の自宅まで向かう間に少し寄り道をしていくことにした。

 

その場所場所というのがここ……都内の神社だ。

 

「マネージャーさん、ここって」

 

「うん……せっかく陽菜のアニメも決まったことだし、成功するようにお参りしようと思って」

 

小さな神社ではあるが、ご利益はあるだろう。

 

2人で階段を登っていき頂上に着くとそのまま賽銭箱の方まで行く。

 

境内は人も少なく、ちょっとしたデート気分になれる。

 

賽銭箱の前に来ると、財布から10円玉を取り出して陽菜に手渡す。

 

「こう言うときって五円玉の方が良いんでしたっけ?」

 

そう聞かれたが詳しことは知らない。

でも確か五円玉は初詣の時じゃなかったっけ?

 

「これで良いんじゃないかな……わからないけど」

 

「ふふっ……そうですね」

 

何がおかしいのか、そう陽菜は笑いながら賽銭を投げ入れた。

自分も同じように入れてから手を合わせる。

 

「……」

 

そうして幾ばくかの時が流れて、顔を上げると隣にいる陽菜は未だに一生懸命に手を合わせていた。

 

「……待たせました、行きましょう」

 

そう言って顔をあげた陽菜は、こちらの手を握ってくる。

なんだか気恥ずかしくなってくる。

 

「ええと、陽菜は何をお願いしたの?」

 

少しの恥ずかしさを悟られないようにそう尋ねる。

 

「アニメの成功……それに、こんなマネージャーさんと一緒に過ごせる日々が続けば良いなって」

 

手を握る力を僅かに強めてそう囁く。

 

一緒に過ごす……か。

今でこそ、こうして一緒に居られるけれど一時は他の事務所に声をかけられた事もあった。

それでもこうしてここに留まったのは陽菜が居たからだ。

 

そして、この子がいる限りはこの仕事を……陽菜の担当マネージャーを降りる気はない。

 

この事は……今も昔も変わらないことだ。

 

「陽菜」

 

「えっと……なんですか?」

 

突然の呼びかけに戸惑うようにして答える陽菜。

 

「絶対に、幸せにするから」

 

力強くそう言った、言い切った。

 

なんだかその言葉にまだ釣り合ってない気がして、歩みを進める。

それを陽菜が立ち止まって引き留めた。

 

後ろを振り返ると、陽菜は笑顔でこう言った。

 

「約束ですよ?マネージャーさん」

 

この日、陽菜との大切な約束が一つ増えた。

それはかけがえのない物で、護らなくてはならない大切な物だった。

 

家に向かう途中に、コンビニが見えた。

「寄っていく?小腹も空いたし」

 

「それなら……」

 

おずおずと着いてきて、陽菜はレジ近くの肉まんを指さした。

 

「その、食べてみたくて……」

 

そう言う陽菜のお腹から、きゅるる……と可愛らしげな音が聞こえた。

 

「可愛いね……すみません、肉まん二つ下さい」

 

そうして店員から肉まんを受け取り、熱々な物のひとつを陽菜に手渡す。

両手で受け取った陽菜は、その包み紙を開けて蒸気に目を見開いて驚く。

 

「もしかして、肉まんとか食べるの初めて?」

 

「はい……あんまり学校帰りに寄り道とかした事なくて」

 

確かに……陽菜だったらそうなのかもしれない。

 

「それなら食べようか、ほら冷めない内に食べよう」

 

「はいっ!」

 

そうして肉まんにかぶりつくと、中から肉汁と皮の甘さが口の中に広がる。

久しぶりに食べたな……こう言うの。

 

「あふい!」

 

そう言って火傷しながらも、何とかして食べている陽菜が可愛い。

 

そうか……今が幸せってやつなんだな。

そう、心の中で思った。

何気ない日常が一番なのかも知れない。

 

そう感じても声には出さなかった…何だか恥ずかしくて。

 

2人で肉まんを食べ終えると、そのまま帰路に着いた。

今回は結構寄り道しちゃったな。

 

この日、陽菜とは手を繋いだまま家まで送ることになった。

手に伝わってくる陽菜の体温がやけに高かった事を今でも覚えている。

 

 




こんばんは、レッド!です。

毎日更新まだまだやりますよ!

肉まんが食べたいですね……コンビニに走りたい!!

次の話は舞花ちゃんがちょっと出てくるかも!?
いやガッツリ出てくるかも!!

ではでは、また次回にお会いしましょう!


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【そっと背中を押して】上

その日は陽菜と一緒にはおらず、1人で外回りをしていた。

この仕事は、自分が新人の頃にりおさんがしていたことでいろんな企業や要人にAiRBLUEを売り込む、というものだった。

あの頃は新人ばかりだったけど、今では陽菜達の様に立派に成長して子達も多い。

 

「ここも終わりか……」

 

また、ある建物から出て事務所に戻る。

先程の案件は快い返事だったけど毎回こうなるとは限らない。

有名な声優を輩出しているからと言っても、まだまだAiRBLUEの小規模さは変わらない。

 

アーツ&スターズ……みたいに大きいところでもないし、やっぱり地道に活動していくしかない。

 

実際問題、ここの業界は事務所の大きさによって態度を変えられることも多い。

結構前だけど、まほろの昔いた……芸能事務所とはいえ影響力は並大抵ではない。

 

根回しという程ではないけど、やっぱり企業の大きさはそれだけで採用側を安心させる事にはなるんだろう。

 

「難しいな……」

 

そう呟きながら、歩いているとすぐ近くのスクリーンの前……そこに舞花の姿が見えた。

 

「舞花」

 

「……」

 

呼び掛けても反応しない、もう一度。

 

「舞花!」

 

気づいた様でこちらに振り向く。

 

「あっ、マネージャー。何してんすか?」

 

「それはこっちの台詞だよ……夢中になって何を見ているの?」

 

ため息まじりにそう答える。

舞花は話しかけた時から店頭に出ているスクリーンに釘付けになっていた。

 

「新作の格ゲーです。店頭のモニターで、デモやってるから」

 

ああ……なるほど。

 

「ゲーム欲しいんだ、舞花も変わらないね」

 

「そうっすか?」

 

そう言うも、出会ってから少し経った頃同じ様なことがあったことを思い出す。

あの頃はまだお金もなくて、買うかどうか悩んでたんだっけ。

 

バレバレなくらいに買いたいって気持ちを抑え込みながら。

 

「舞花さ……少し見ない間に大人っぽくなった?」

 

そう聞いたのは、舞花が髪をポニーテールではなく下ろしていたからだ。

それに、最初の頃と比べると薄化粧ではあるがお洒落をして、服も何処となく良い物っぽい。

 

「そうっすかねー、自分……お洒落とか興味無いので」

 

「今は……実家にいるんだっけ?」

 

そう聞くと、コクリと頷いて話し出す。

 

「久しぶりにこの辺に来てて、ぶらっと見てたら弟たちに買いたくなっちゃって」

 

そうか、あの格ゲーは弟たちにね。

 

舞花も随分と成長した……なんて思ってしまう。

 

「せっかくだし、ゲーム買ったらどこか行く?まだ事務所に戻るまで時間もあるし」

 

それを聞いた舞花は、ピクリと身を震わせて訪ねてきた。

 

「マネージャーの奢りっすか!?」

 

食い気味に、身を乗り出して。

 

なんだろう……こう言うところは少し図々しくなったのかも。

 

「あはは……それくらいならいいよ」

 

やったー!と言いながら喜ぶ姿は、未だに高校生みたいだった。

 

そこからしばらく話したあと、舞花は店内でゲームソフトを買ってきて鞄にしまうと、嬉しそうに歩き出した。

 

「それならゲームセンターに行きたいっす!」

 

やれやれ、人の奢りだとわかると随分乗り気なんだから。

 

走り出した舞花を追いかけてるように、自分も歩き出した。




こんばんは。レッド!です。

そんな訳で、前後編で分けます。

舞花とのお話……でもあり、少し成長した姿も見れます。
今回のお話は、CUE!の舞花キャラクターストーリー、【そっと背中を押して】を参考に作っています。
興味のある方は是非ともCUEをプレイしてみてください!!

ではでは、今日はこの辺で。


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【そっと背中を押して】下

舞花とゲームセンターに入ると、2人で遊んだ。

クレーンゲームやったり、ゾンビを撃ったり、太鼓叩いたり、車に乗ったり……色々だ。

 

最近ゲームセンター自体に行ってなかったのもあって楽しめた。

舞花は、最初の頃と変わらずに純粋に楽しんでいて無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

「最後にこれやりましょうよ!」

 

そう言って指さしたのは……メダルゲーム。

好きなのだろうか?

というか、舞花は昔は貧乏だったしこういう擬似的にお金が増える……みたいな感覚になれるから楽しいのだろう。

 

「そうだね……最初は15枚、これをどれだけ増やせるか勝負しようか」

 

「おおっ!なら勝ったらジュース奢ってくださいよ!」

 

ノリノリになって舞花が答える。

余程自信があるのか、余裕の笑みすら浮かべている。

 

そこから30分ほど……それぞれの手持ちを増やす為に色んなところを回る。

小さな筐体から、金魚すくいのようなものまで沢山だ。

 

増やす、といったもののすでに残るは一枚……最後に希望をかけて入れてみるが、すぐさま無くなってしまう。

 

「これは負けたな……」

 

そう思って店内に舞花の姿を探す……が、見つからない。

 

どこに行ったのかと探していると、一際大きな歓声が聞こえてきた。

 

聞こえてきた場所、確かメダルを落とすゲーム……プッシャーだったか……に向かう。

 

そこには1人の少女を取り囲む様にして人だかりができていた。

 

その少女とは舞花でその手には……いや、両脇には大量に積み重なったコインが積まれていた。

 

「マネージャー!自分の勝ちっすよ!」

 

そう言って満面の笑みで手を振る舞花は、今日一番幸せそうだった。

 

 

自販機で買ったジュースを手渡して2人で飲む。

 

「んっ……ぐっ……ぷはぁ!うまい!」

 

テレビのCMかと言うくらい美味しそうに飲む舞花。

……勝利の味は格別だろう。

 

「美味しいなら良かった」

 

まさか、舞花があんなに荒稼ぎをするとは思わなかった……そっち系の才能でもあるのだろうか?

 

「マネージャー……あのさ」

 

ふと空を見上げる様にして舞花が語る。

 

「あの時の言葉を覚えてるっすか?」

 

あの時……?

いつなのだろうか……出会った頃か、ライブに出た時か、陽菜と付き合った時か、事務所で別れた時なのか……。

 

「ごめん、いつの事かな?」

 

覚えてないですよね……そう言って舞花はため息をつき目線を地面に落とす。

 

「自分がまだ新人の頃、格ゲー買ったじゃないですか」

 

ああ……買おうか買わまいか迷ってた時か。

結局買って、すごい喜んでたんだっけ。

 

「うん、その日は格ゲーに付き合わされたしね」

 

そうそう……そう、にこやかに言って再び空を見上げる。

 

「自分、『レッスンとか、大変なことも多いけど。声を担当したアニメを楽しみにしている人達がいる。自分みたいに、すっごい喜ぶ人たちだって、きっといる!』そう言いましたよね」

 

「うん」

 

「自分たち声優の仕事にも、楽しみに待ってる人たちがいるって」

 

ゲームも声優も、待ってる人たちが居て……それを届ける側からしてみれば嬉しい事なんだ。

 

舞花はそのまま言葉を繋げる。

 

「だから……だから、陽菜はきっと、みんな楽しみにしてる作品に携わっているんすよ。うまくいえないけど、これからもそうやってみんなに愛されていくんだと思います」

 

「陽菜……か」

 

突然出てきた名前に驚くが、それもそうか。

今では自分は陽菜の担当マネージャーなのだから。

 

「マネージャー……陽菜のこと、支えてあげて欲しいっす」

 

そっと、呟く様に言った。

それは囁きのようでもあり、微かな願いを絞り出した様な言葉でもあった。

 

「もちろん、これからも陽菜を……」

 

その続きは、舞花の言葉で遮られた。

 

「マネージャー、その続きは陽菜に直接言ってあげて欲しいっす」

 

そう言って舞花は、スマホを渡してきた。

 

その連絡先は……陽菜だ。

 

『もしもし?舞花ちゃん?』

 

耳元で陽菜の声が聞こえる。

 

「マネージャー、言ってやってくださいよ」

 

言われなくてもわかってる。

 

「陽菜、あのさ……」

 

舞花のお膳立てもありつつ、陽菜を支えるという、大事なことを彼女へと伝えた。

電話口からは、慌てた様な嬉しい様な返事が返ってきて……思わず笑ってしまった。

 

「舞花、ありがとね」

 

その声は、きっと彼女には届かない。




こんばんは、レッド!です!

ギリギリでした!!

なんとか……間に合った……。

舞花ちゃんの成長した姿……満足してもらえましたかね?
マネージャーと陽菜の関係を応援してくれているのがなんとなーく出てればなぁと思います。

ではでは!


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暗がりの映画館で。

久しぶりに訪れた、2人ともお休みの日。

この日はデートに出かけていて、手を繋いで久しぶりに恋人らしくあれる。

陽菜とブラブラとしていると、近くにできた映画館のことを思い出した。

 

「そういえば陽菜、映画館が近くに出来たって知ってる?」

 

「はい……聞きました」

 

「それならさ、せっかくだし映画見に行かない?」

 

そう言うと、陽菜は目を輝かせた。

嬉しそうに握った手の力を強める。

 

「本当ですか!?」

 

「う、うん」

 

思わぬ食いつきに焦ってしまう。

まさか、こんなにも陽菜が乗り気になるとは……。

 

 

二人で件の映画館に行くことにした。

向かう道中、陽菜はノリノリで嬉しそうに微笑んでいた。

 

「マネージャーさん、わたし、映画を観るのが好きなんです」

 

「へえ、なんだか意外だね」

 

陽菜はどちらかと言えば家とかで見そうなイメージだ。

 

映画館に着くと、新しく出来たばかりだったからか、多くの人で賑やかだった。

逸れない様に、一応手を握る力を強める。

 

「何観る?結構色んな映画があるけど」

 

現在公開している映画も、邦画、洋画……ジャンルだってアクション、恋愛、ミステリー、アニメ……様々だ。

 

陽菜は悩みながらも、ある一点を指差した。

恥ずかしげに頬を赤らめている。

 

「恋愛映画……か」

 

観に行ったことはないジャンルだ……やはり、陽菜も立派な女の子だから、こう言うのを観たいのだろうか。

 

「その……昔から彼氏と恋愛映画って憧れてて」

 

消えそうな声で言った想いに思わず声をあげそうになる。

そうか、陽菜自身そういう経験は無いって言ってたしな。

 

「んーわかった、なら観ようか」

 

陽菜の手を引いて券を買いに行く。

 

大人二枚……今思えば、いつの間にか陽菜は高校を卒業していて自分と同じ様な立派な大人なんだよな。

そう考えると、なんだかこそばゆいというか変な気持ちになる。

 

券を購入してしばらく待つことにしたが、上映まで後30分ほど……意外と早く見れそうだ。

 

「あのっ……出来れば良いんですけど、ポップコーンとかも欲しいなって」

 

陽菜がおずおずと声をかけてきた。

申し訳なさそうに、それでいてお願いする様に低姿勢で。

 

「ポップコーンね、そういえば食べるのは結構久しぶりかも。買いにいこっか」

 

「はいっ!」

 

気持ちいい返事が返ってきて、2人で買いに行く。

 

せっかくなので、大きなバケツの様なものを買って2人で分け合うことにした。

味付けは2人で迷った挙句、結局は塩とキャラメルのハーフにして貰った。

 

入場前、出来立てのポップコーンを口に運ぶ。

キャラメルの甘い味わいが口に広がってきて美味しい。

 

「もう、マネージャーさん。映画始まる前に食べきらないでくださいよ?」

 

そう言う陽菜にも、ポップコーンを一つだけ口に押し込んだ。

驚いた様に目を見開き、その味を堪能する。

 

「……美味しい」

 

「でしょ?ほら、そろそろ入場だからトイレ済ませて来な」

 

そうして陽菜がトイレに向かい、しばらく1人で待ちぼうけをする。

なんだか、陽菜と映画館に来るのって初めてだから緊張してくるな……まあ、始まってしまえばどうとことない。

せめてそれまでは……陽菜の表情を堪能しよう。

 

「お待たせしました!」

 

噂をすれば……か。

 

「行こうか、もう入れるみたいだし」

 

2人で券を渡して中に入る。

 

取った座席は真ん中ほどのところを隣同士で。

2人で座って直ぐに広告が始まる……タイミング的にはバッチリだ。

 

だがその中のうちの一つ……結婚式場のCMが流れ始めた時に、隣からものすごい視線を送られる。

……いや、わかるけどさ陽菜。

そこまで露骨にしなくてもっ!

 

そんなことがありつつも、映画本編は始まる。

 

2人でポップコーンをたべながら、ジュースを飲みながら観ていく。

 

あらすじとしては、年上の男性に惹かれた女子高校生が、だんだん自身の気持ちと向き合いながらもその男性に想いを告げる……と言うものだった。

 

「なんだかこのお話、昔のわたしみたいですね」

 

そう陽菜に言われて、確かにと納得してしまう。

 

あの頃は陽菜を避けたりもしてたんだっけ……今でこそこうしてるけど、やはり声優とマネージャーという関係から変わるのは怖かった。

 

しばらく物語は進んでいき、終盤に差し掛かったところでポスリと肩に重みを感じる。

見てみると、そこには静かな寝息を立てている陽菜がいた。

 

レッスンで疲れたのか、はしゃぎすぎたのか、肩を揺らしても起きない。

 

「どうしようこれ……映画に集中出来ない」

 

そこから陽菜は起きず、映画の内容は頭に入ってこないまま上映は終わった。

 

館内が明るくなってから陽菜が目を覚まして寝ていたことを謝られたが、さすがに言えなかった。

 

陽菜が寝ている最中に、暗いからと言って陽菜に散々キスやらなんやらしていた事を………。

 

 




こんばんは、レッド!です。

今回はかなり余裕を持って更新ですよ……!

今回は映画館に陽菜ちゃんとマネージャーが行きましたが楽しんでもらましたかね?

こういう話が読みたい!などのリクエストがあれば受け付けますので、どうぞ気軽に感想などにお書きください!!
ではでは!


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2人のマネージャー

 陽菜を先に帰らせて、自分は事務所で残業をしていた。

 

最近忙しくなっていて人手が足りず、こうして入っているわけだ。

 

残ってる人は、自分とりおさん、それに春夏秋冬組を担当している後輩のマネージャーの三人だ。

 

キーボード音と紙をめくる音だけが響くオフィスは、まるで締め切り間際の作家部屋のように危機迫ったものだった。

 

それぞれに早く家に帰りたい理由がある。

そのためにひたすら手を動かす。

 

「あーー!もうやってやれない!わたし、ちょっとコーヒー煎れるね」

りおさんがバテてそう言う。

 

「マネージャーくんはブラックで良い?」

 

「はい、お願いします」

 

こう言う時はブラックにして眠気を吹き飛ばすしかない。

 

りおさんは、後輩マネージャーの方にも声をかける。

 

「マネージャーちゃんは何が良い?」

 

「……ミルク多めで砂糖無し」

 

「はーい」

 

それを基にりおさんはテキパキとコーヒーを淹れていく。

 

それが出来上がると、りおさんはそれぞれにコーヒーを手渡して自らも煽るようにして飲む。

 

「んぐ……ぷはっ!よっし!やるぞ〜!!」

 

うおおお!!!と覇気のようなものを出して仕事を片付けていくりおさん。

ここまで来ると、相当の仕事が無くなっていく。

 

自分もやるか……そう思ってパソコンに向き合った。

 

そこから30分ほど経過した頃……りおさんが勢いよく立ち上がって荷物を片付ける。

 

「終わった〜!ごめんね2人とも!先に帰るからっ!!!」

 

余程疲れたのか、すぐさま走り去って行く。

 

待ってろ終電〜〜!!と叫びながら事務所を出て行った。

出会ってから数年経ったが、最初よりもお茶目さが増していってる気がする。

 

それでも、面倒はちゃんと見る大人なんだよね……りおさんは。

 

「うーん、もう少しかかりそうだな……集中するか」

 

人もいないことだし、本気を出してみよう。

書類整理からデータ管理、わりとズボラなりおさんがやっていたからか、所々間違えてしまっている。

それに苦笑しつつもさらに1時間……やっとのことで作業を終えた。

 

「終わりっ……疲れた……」

 

そう言って椅子にもたれていると、自分の顔を覗き込む人物が1人……。

 

「先輩、仕事が終わったので上がって良い?」

 

ぶっきらそうに言ったその人物こそ、後輩のマネージャー、水谷カオリだった。

 

目の下にクマ、ショートカット気味の髪に、少しやつれたビジネススーツ……そして少し吊り目気味な目が印象的な、後輩マネージャー。

 

陽菜たち、花鳥風月組の後続グループにあたる、春夏秋冬……Spring、Summer、Autumn、Winterを担当するマネージャーだ。

 

仕事が終わったらしく、どうせなら自分も帰るので誘ってみる。

 

「お疲れ様だね……どうせなら途中まで送って行こうか?」

 

そう聞くと顔を背けて、むくれていう。

 

「要らないから……1人で帰るし」

 

「いやでも終電無いし…」

 

「先輩……迷惑だから」

 

「こんな夜道を女の子1人で帰らせれないよ」

 

「なら……」

 

そんなやりとりをした後、事務所の戸締りをして後輩を送り届けることにした。

 

「最近はどう?新人ばかりで大変でしょ」

 

そんな先輩ぶったことを言ってみる。

こうでもしないと、この子には舐められてしまうからだ。

 

「ボチボチ。それぞれにクセがあるけど良い子かな……うん」

 

「ならよかった」

 

自分が新人の時はどうしてたっけ。

あの時のことを忘れたことはないけど、毎日が大変で駆け回ってた記憶が多い。

 

「先輩、アナタは最低だと思う」

 

「えっ!?何、急に」

 

真面目な顔してそんな事を言う後輩に、驚きを隠せない自分がいる。

外灯に照らされた横顔に……穴を塞いだピアスに後に目を向けてしまう。

 

「日向さんから聞いたの。マネージャーのヤツが陽菜を連れ回してるって」

 

「人聞き悪いな…あの子も」

 

若葉日向……陽菜の後輩のSpringの子だ。

陽菜によく懐いていて、自分との関係を不満に思ってるらしい。

 

「どうせ付き合ってるなら、もうはっきりすれば、良いのに」

 

そう毒づかれて返す台詞もない。

 

「なんとか頑張って行くよ」

 

「ならいいけど」

 

またもや素っ気なく返される。

 

はぁ……こういう子の扱いは難しいな。

思えば担当して来た声優は、困ったり変な子もいたけれど、強く反発とかはしなかったから……。

 

そんな風に考えたところで、神瑞駅に着いた。

 

「それじゃ、気をつけて帰ってね」

 

「先輩にそんな言われ方されたら、まるで……」

 

「まるで?」

引っかかったような言い方をする後輩マネージャーに聞き返してしまう。

 

「まるで送り狼みたい……」

 

めちゃくちゃ引かれていた。

薄っぺらい鞄を盾がわりにして距離を離していく。

 

「カオリさん……ごめんなさい、そんなつもりはなくて」 

 

「サヨウナラ!もう話しかけないでください!」

 

そう言い残して改札口に駆け込んで行ってしまった。

 

これは、メンタルに来るものがある。

普通に嫌われてしまったみたいだ。

 

少し凹みながらも、帰路に着くとLIMEが一件届いている。

 

名前は水谷カオリ……さらに苦情かと思うと、年甲斐もなく泣きそうになる。

 

開いてみるとスタンプがひとつだけあり、今では懐かしく感じる『神室絢』が猫を抱えているモノだ。

 

デフォルト化された文字で「ほらみて」とだけ書かれている。

 

次の瞬間には、冗談ですから……ね!と表示され、ようやく自分がいいように揶揄われていたことに気がつく。

 

そうわかっても、強く言い返せない辺り、お人好しってやつなのだろう。

 

「何かあったら言ってほしい」

それだけ返信してスマホを鞄に仕舞い込む。

 

円滑でこそないものの、事務所内の連携は良くなっている。

 

……自分が居なくなってもいいように、しなきゃな。

 

街灯越しに見える月は、霞んで見えた。

 

ささやかな未来を祈って、数年以上暮らしたアパートへと向かった。




こんばんは、レッド!です。

大きくお話を変えて書き直しております。
お楽しみに!


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もうひとりのディレクター→登場人物紹介

こんばんは、レッド!です。

 

こちらの話は削除をされております。

少し登場人物をまとめていますので、それをお楽しみください。

 

マネージャー

 

六石陽菜の担当マネージャー。

陽菜の五つ年上。

本名不詳……というか、名前ない

陽菜を守るタイプのマネージャーで、平々凡々だが人を大切に想う心は人一倍ある。

マネージャー業に就く前は会社員だったが、あまりの労働の日々に精神をすり減らしていた。

 

六石 陽菜

 

言わずと知れた人気声優。

AiRBLUE声優として人気を博しておりながらも浮ついた話がないことで人気を集めているらしい。

性格などは省きます。

数年後の設定のため、髪は伸びており身長も僅かだが高くなっている。

 

鷹取 舞花

 

陽菜と同じFlower所属の声優。

今は寮ではなく実家に暮らしており、親孝行に勤しみつつも声優として仕事をしている。

ポニーテールを結ぶのは実家にいる間だけになっており、普段は髪を下ろしたり女子力をあげるために試行錯誤している。

 

(当初の予定では、声優を辞めて実家で働いているようなふわっとしたものだったが、【そっと背中を押して】上・下を書いているうちに変更となった)

 

鹿野 志穂

 

陽菜と同じFlower所属の声優。

以前はマネージャーの住んでいたアパートに引っ越してきており、作中以前の時間では、マネージャーとお隣さん同士だったこともある。

 

陽菜の良き理解者であり、相談を受けたりしているらしい。

 

アニメ業界の中で相当の場数を踏んでおり、若き天才と称されている。

 

五十鈴 りお

 

AiRBLUEのチーフマネージャー。

いくつになっても衰えぬ肌と体力を武器に頑張る、トラブルメーカー(言いすぎ)

 

マネージャーとは親しく、先輩として面倒を見ることもしばしば。

 

マネージャー曰く、相談を持ちかけると5割はからかってくる、のだそう。

 

若葉 日向

 

陽菜たちがFlower、Bird、Windの花鳥風月なのに対して、その後輩にあたるSpring、Summer、Autumn、Winnterの春夏秋冬組のSpringに所属する女の子。

陽菜を目指して声優になったので陽菜にべったりである。

チーム内では協調性を取ろうと試行錯誤している子でもあり、日々悩みは尽きない。

陽菜の彼氏であるマネージャーを嫌っており、会う度に蹴りを入れている。

 

水谷 カオリ

 

AiRBLUE所属、春夏秋冬組を担当してるマネージャー。

ぶっきらぼうなところがあるが、本当は優しい。

他の声優たちをさん付けで呼ぶ。

ミニマリストでぬいぐるみ集めが趣味。

 

 

継岡

 

リレープロダクション所属、ボイスディレクター兼マネージャー。

過去にリレープロダクションを立て直した凄腕。

実は甘いものが大好き。

 

こんなところでしょうか。

いろいろ人も増えてきましたね〜。

 

ではでは!



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『三章』約束のリボン
リボンと捜索


これは、少し前のお話。

 

マネージャーはアニメの収録場所であるスタジオの玄関口という待ち合わせ場所で陽菜が到着するのを待っていた。

 

と言うのも、本日の収録は先方の挨拶を自分が済ませている間に陽菜がレッスンをしている為こうして集合するために待ち合わせている……というわけだ。

 

それも、今回は普通の収録ではない。

オンライン公開収録という初めての試みで、オンライン上に生で声を当てる場面を見せながら行う。

そのため、始まる30分程前には集合して欲しいという事だったが……。

 

「遅いな……」

 

日が高く昇った空を見上げて陽菜の到着をいまかいまかと待ちわびる。

そこまで遠い場所でもなかったから電車で来るように言っておいたけれどどこかで道を間違えたのかもしれない。

 

あと五分経ったら迎えに行こうと思ったところで、陽菜の姿が見える。

こちらに少し小走り気味で向かっているようだ。

 

レッスン着からは着替えたらしく、普段着を着ていたが急いでいて暑いのか、袖を7部ほど捲っていた。

 

「マネージャーさんっ……お待たせしました」

 

目の前で止まると、そう一息に言い切る。

 

「収録までは少し時間はあるけど、台本のチェックと他の声優さんたちに挨拶してきてね」

 

既に何回か収録に来ているとはいえ、この辺はしっかりしておかないと。

自分の言葉に陽菜が頷いたところで、奇妙な違和感を感じる。

 

なんだろうかと疑問に思って陽菜の頭に軽く触れる……と、そこで気がついた。

 

「陽菜、今日はリボン着けてきて無いんだね」

 

何気なく口に出して陽菜に知らせると、目の前の彼女は焦った様にして髪を確認する。

 

いつもの場所にリボンが無いと分かると、途端に焦った様に表情を硬らせる。

 

「マネージャーさん、わたし、どこかにリボン忘れて……と、取りに行ってきます!」

 

「ちょっと、陽菜落ち着いて!」

 

走って取りに戻ろうとする陽菜の肩を掴んでその場に留めさせる。

 

「離してくださいっ!」

 

掴んだ手の力を弱めずに陽菜に向けて言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫だから、マネージャーとして責任を持って代わりを見つけてくる。だから陽菜は収録に向かってくれ」

 

陽菜の肩は震え、瞳には反抗の光が灯った。

だが、それの一瞬のことですぐさま陽菜は踵を返すと収録現場に向かった。

 

「マネージャーさん……わたし、信じてますからね」

 

その言葉に、自信たっぷりという風を装って語る。

 

「ああ、任せろ。何があっても陽菜が困る様な事にはしないから」

 

陽菜はその言葉を聞いて胸を撫で下ろし、歩いて行った。

 

その少し寂しげな背中を見送ってから息を整える。

 

「さて、探しますか」

 

ここは一息、気合を入れなくちゃいけないみたいだ。

 

 

各所のお店や雑貨屋を駆け回る。

それでもリボンは見つからない。

 

……それに近いものはあったが、髪に巻くには太すぎたりデザインがおかしかったりと散々だった。

 

「陽菜っ、待って……」

 

そう言いつつも最後の店にたどり着くも、そこにはリボンは置いてなかった。

 

仕方ないのか……?

とぼとぼと重い足を引きずって収録現場に向かう。

 

ビルに入ると、もうそろそろ収録が始まるとのことだった。

 

間に合わなかったのか……心の中で後悔が渦巻いていく。

 

「……きゃっ」

 

前をあまり見て歩いてなかったからか、人にぶつかってしまった。

 

パラパラと手に持っていた荷物が落ちてしまい、それを一緒になって拾い上げる。

 

「すいません……よく見てなくて」

 

どこかのメイクさんだろうか、メイク道具に髪を整える道具も落ちている。

だが、その中に陽菜が付けていたリボンにそっくりのものが落ちていた。

 

思わず手を伸ばして掴み取り、尋ねてしまう。

 

「あの……これは?」

 

それを視界に入れると、落とし主のその人は目を瞬いて受け取った。

 

「これは……髪に巻きつけるリボンみたいなので、よく使ってるので」

 

その言葉を聞いて、どうしても必要になってしまう。

どうするべきか……ここは、正直に言うしかない、か。

 

「あのっ、図々しいのは承知なんですがそれを譲って頂けませんか!?」

 

「えっと……それはどうして?」

 

不思議そうに首を傾げ、応答を求めてくる。

 

「それはですね、実はこれからウチの声優の収録が始まってその子の髪飾りに必要なんです」

 

どうかお願いしますっ!

 

そう言って頭を下げた。

ビルの廊下で、足を揃えて目の前の女性に頭を垂れた。

 

「いいですよ…….それくらい」

 

そう言ってリボンを手渡してくる。

 

その表情はにこやかだった……………

 

 

ここで、自分の記憶は途切れていた。




投稿できないかと思ったー!!!

こんばんは、レッド!です。

前回は不評でしたが、今回からバトンリレー編を少し抜けて少し前のお話に入りたいと思います。

と言うのも、前回で解釈違いを起こしたまま次の話に進むのが怖いので、前から用意していたお話を書いていきたいと思います。

ではでは!


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リボンと入院

「マネージャーさん!起きてください!」

 

そんな声で起こされる……目を覚ますと先ほどと同じ廊下に、寝転がっていたいたらしい。

陽菜が心配そうにこちらをみていた。

 

「ごめん……あっ、これリボン」

 

そう言って右手に握りしめていたリボンを陽菜に手渡す。

陽菜は困惑しながらもそれを手にとって、髪に巻き付けた。

 

……うん、これでこそいつもの陽菜だ。

 

「それじゃ、収録頑張って…」

 

立ち上がってそう言ったところで、またもや意識がぐらつき始める。

顔のすぐ近くに床があって、さっきまではっきり聞こえてきていたはずの陽菜の声は遠くに聞こえる。

 

あれ、どうしたんだろう?

 

そう思った時には、再び意識は無くなっていた。

 

 

 

 

次に目が覚めたのは白色の天井だった。

隣からは機械的な音がする……ここはもしかして病院だろうか?

 

身体を起こしてみると、自分が寝巻きの様な……病院服を着ていることに気づく。

あたりを見渡すとここはどうやら個室の様だ。

 

「どうしてこんなところに……」

 

陽菜と一緒にオーディションに行っていたはずが……ん?

 

記憶が抜け落ちているからか、あまりはっきりと思い出せない。

 

最後に自分を呼ぶ声だけが聞こえていた様な?

 

うんうんと唸っていると、扉が開きそこから医者らしき風貌の男が入ってきた。

 

「どうやら意識を取り戻した様だね」

 

椅子に座ってこちらを向くと、身体を軽く診てから明日には退院だね、と呟く。

 

「あの……自分は何を?」

 

カエルの様に見える不思議な医者に尋ねる。

陽菜がどこに行ったのかも聞きたい。

 

「そうだね、まずは過労によって倒れた……それに軽い記憶障害が残っているらしいね」

 

床に強く頭をぶつけてね、とカルテを見ながら言った。

 

たったそれだけのことで大袈裟な、と思ったけど、陽菜ならやりかねない。

 

身体を労ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり心配性なところがあるから……。

 

「あの……自分を連れてきてくれた女の子が居ませんでした?」

 

そう尋ねると、医者はにこやかに言った。

 

「確かにいたよ、リボンを髪に巻き付けてとても心配そうにね」

 

やはり陽菜が運んでくれたのか……ありがたい様な、やりすぎな様な。

 

それじゃあ、これで失礼するよ。

そう言ってカエル顔の医者は去っていった。

 

入院まですることになるとは思わなかったけど、明日には退院するらしいし、ここは休んでおこう。

そう思ってベットに寝転がる。

 

そう言えば身の回りの品が見当たらなかったけれどどこに置いてあるのだろうか?

一応社長たちにも連絡しなきゃな……そう考えていたところで心地よい眠気に襲われた。

抵抗も虚しく、そのまま眠りについてしまった。

 

 

 

翌朝……スマホの目覚ましの音で目が覚める。

よく音を聞いてみると引き出しの中に鞄と一緒に置いてあった、きっと陽菜がやってくれたんだろう。

 

スマホを手にとって連絡事項を確認する。

 

事務所からしっかり休めとの旨のメール、陽菜からの心配をしたと言うメール、不在着信が4件……。

 

特に異常は無い様だった。

 

ホッと一息ついたところで、看護師さんが院内色を持ってきてくれてそれを口に運びながらこれからの予定を組み立てていく。

 

今日のお昼には退院なので、それまでに陽菜に連絡を入れなくては。

 

そう思ったところで気がつく。

 

自分の優先事項の1番最初が陽菜になっていると言うことに。

 

以前までの自分だったら真っ先に仕事をとっていただろう。

 

それがここまで変わったのだ、自分もすっかり陽菜にゾッコンらしい。

 

思わずにやけてしまう。

こんなに幸せなこと無いな、と噛み締めながら陽菜の携帯に電話を掛けた。

 

元気だよ、と心配をかけない様に伝えるために。




今回はまさかのマネージャーが入院してしまうところまで書きました!

過労でぶっ倒れるくらい働き詰めってやばい……。

そんな訳でまた明日に続きます!

多分5話編成くらいになるかな?

ではでは〜!


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リボンと羽夜双葉

向かった先は陽菜の家……だったのだが、その前に呼び止められた。

 

呼び止めたのは陽菜と同じくらいの年齢らしき女性…….髪を後ろでひとまとめにしている。

 

この人どこかで……って、リボンをくれた人か!

 

「あ、あの……この前はリボンありがとうございます」

 

そう言って頭を下げる。

あの時に意識を失ってしまったとはいえ、陽菜に届けれたのは不幸中の幸いだった。

 

「気にしないで……その、私も慌ててたから」

 

そう言ってなんでも無いように微笑む。

 

「そういえば、何故あそこに?関係者以外は入れない様になってるはずなんですが」

 

疑問が残っていたので尋ねてみる。

どこの誰ともわからない人が入れる様な場所では無い、何せオンライン収録の本番前だ。

 

「それは……私がその関係者だから」

 

そう言って名刺を手渡してくる。

 

そこには、有名な声優に対してヘアーセットとメイクセットをしてくれる会社の名前。

そして、その人の名前だろう。

羽夜双葉(はねよるふたば)という文字が刻んであった。

 

「なるほど、羽夜さんは元々美容師を目指してたんですね」

 

「はい、メイクとかもやってみたくてこの会社に」

 

雑談をしながら駅まで歩く。

陽菜と同い年らしい、羽夜さんはかなりの努力家みたいでその身ひとつで多くの業界を渡り歩いて来たらしい。

 

羽夜さんは、ふと立ち止まってこちらを向いた。

 

「この会社にきて2、3年経ちますけど、そろそろ大きな仕事が貰えそうなので」

 

「それなら……いつかウチの声優達とも会うことになるかもしれませんね」

 

そう、切り返す。

いつか陽菜たちと……大きなイベントで会えれば凄いことだろう。

 

「声優たち……?という事はあなたはその関係者という事?」

 

不思議そうに尋ねる彼女に、説明してなかったな……と申し訳なさそうに話す。

 

「はい、あの時にいた声優の内、1人を担当しているマネージャーなので」

 

一応、名刺だけ渡しておく。

 

羽夜さんはそれを受け取ると、会社名を読み上げて嬉しそうに言った。

 

「AiRBLUE……そこのマネージャーさんだったんだ」

 

そして、こちらに一歩近づいてお辞儀をしてこう言った。

 

「私……声優大好きなんです、これからも応援させてくださいね」

 

「はい、今後ともよろしくお願いします……?」

 

疑問げに返してしまう。

だが、さっきの言葉を言い残して羽夜さんは歩き出した。

 

「それでは、私はこっちなのでお身体をお大事に!」

 

手を振っており、それに対して振り返すと彼女は駆けて行った。

 

「さて、と」

 

伸びをしてから、気合を入れる。

 

「電車に乗って、陽菜に会いに行きますか!」

 

愛しい人の元へ、急ぎ足で向かう。

 

そういえば羽夜さんって「これからも」応援させてくださいって言っていたような。

 

もしかして以前から知っていたとか?

 

うーん、まあ、結構有名になったし知っていたとしても不思議はないか。

 

疑問を振り払うようにして、駅に向かった。

 

 




こんばんは、レッド!です。

昨日はお休みでしたが、今日は更新です。

羽夜双葉……かなりの重要キャラかも?

というわけでまた次回〜!


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リボンと願い

お昼を過ぎた辺りだったので、陽菜はまだレッスン……と思ったら、どうやら家にいるらしい。

駅から出てしばらく歩く……そう言えば陽菜がここに引っ越すと決めた日からずっとこうして電車を乗り継いで向かってる気がする。

 

もちろん、日によって陽菜がこっちのマンションに来ることもある。

 

割合的にはほぼ同じだが、それでも陽菜の家に向かう時……この時は、1番陽菜のことを考えてしまう。

 

もちろんレッスン中だって、事務所からの帰り道だって、陽菜のことは頭にある。

……だが、これから陽菜に会えるという瞬間を味わうために歩くこの時が……好きなんだと思う。

 

「……着いた」

 

今思えば退院したばかりなのに、すぐさま出歩いて良いのだろうかと疑問に思うが、医者からの許可も出たし良いんだろう。

 

合鍵を差し込んで扉に手をかける。

 

「ただいま…」

 

そう言って中に入ると、トタトタと階段を降りる足音が聞こえて来る。

 

「お帰りなさいっ、マネージャーさん!」

 

涙を浮かべた陽菜が、玄関に辿りつくなり抱きついてくる……それを優しく抱き止める。

良かった……良かった……と泣きながら言う陽菜の頭を撫でる。

 

髪の感触が心地いい……。

 

「全く、陽菜は心配性なんだから」

 

すこし嗜めるように言う。

現にさっきの事より前にも、陽菜が心配になってしまうのは多くあった。

 

それでも、今回はとびきりだった。

 

それだけ自分が陽菜から大切に思われている、そう思うと救われた気がした。

 

「心配にもなります!わたしの目の前で倒れてっ……死んじゃうかと思いました」

 

涙を流しながら陽菜は言う。

自分を抱きしめた彼女の腕の力が強くなる。

 

「ごめん、許してくれる?」

 

「許しません!ずっとこうして抱きしめてくれなきゃ許しませんからっ!」

 

首を横に激しく振って、陽菜は涙を流す。

肩が陽菜の涙で濡れていく。

 

「分かったから……もう泣かないで」

 

陽菜の頭を身体を包み込むようにして抱きしめる。

ぽんぽんと背中を優しく叩く。

 

ただ、それだけで時間が過ぎる。

 

玄関で泣きじゃくってる陽菜を抱きしめて、それから十数分後……陽菜がようやく離れてくれた。

 

「マネージャーさん、その、お疲れ様でした」

 

恥ずかしげに俯いてそう言う陽菜に、ありがとうとお礼を言う。

 

心配をかけてしまったことは確かだ。

それに仕事にだって支障は出てるかもしれない。

 

目の前の陽菜は自分のことをこんなにも心配してくれたんだ。

その想いを無駄にしないためにも、これからは身体のことも気をつけよう。

 

そう、この身体は最早、自分だけのものでは無いのだから。




という事で!!

リボン編は終了です!!!

少し短めとなりましたが、次からはバトン編に戻ります!

少し連載をお休みしますが、お楽しみに〜!


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『特別章』六石陽菜誕生日祭 New!
5年越しの贈り物


アニメの収録帰りに陽菜が思い出していたのは、マネージャーに贈られたプレゼントと思い出の数々だった。

2021/3/21
六石陽菜の誕生日記念。

本日21:00〜
『春を告げる君の笑顔』
を公開!
今回のお話の続編です〜。


桜が開花し始めた3月21日。

 

1人の少女……いや、女性が扉をくぐり抜けて建物から出てくる。

背中まで髪を伸ばしながらも、前髪の一端にリボンを巻き付けている……目立つほどでもないが、そのリボンは微かに薄いピンク色らしくこれから訪れる春を示していた。

しかし、羽織っているのは冬物から抜け出しきれていない薄手のコートであり、懐のポケットには開けたばかりのカイロが入っている。

妙にチグハグとした格好をしているが、朝方に悩みながらも持ってきていたコートが功を奏したようだ。

午前中までは暖かったが、日が落ち夕闇に包まれたことで東京の夜は冷え込んでいた。

 

「……さっきはもっとこう」

 

しかしその姿は、忍び寄ってきた寒さや、市街に漂う喧騒をものともせずに待ち合わせ場所へ早足で移動している。

ぶつぶつと独り言を繰り返しながらだったが、目的の場所に辿り着く。

 

神瑞と書かれた駅の改札口……しかし、用事があるのは駅ではなくその表通りだ。

数多の店が並び、この時間帯では静かな盛り上がりを見せている場所……かつて2人で何度もここで落ち合っていた。

 

六石陽菜は、待ち人が来ないかと手に持ったスマートフォンを覗き込んでいた。

 

「マネージャーさん、遅いなぁ……」

 

3月21日……そう、この日は陽菜の誕生日だった。

キュイッターを見てみるとお祝いのメッセージやイラスト、更には演じてきたキャラクターについてのキュイートが多い。

陽菜は性格上、あまり見ないようにしていたのだが、今日だけは心の底から楽しんでいた。

 

思えば、声優や監督さんがやたら優しく、ちょっとしたケーキを用意していたのも今日の為だろう。

 

……表向きにはキャスト発表を終えていないので、共演者も含めた誰も会えないのが痛いところだが。

 

「お礼、言い損ねちゃったな……」

 

……すっかり誕生日のことを忘れていた。

いや、本当は覚えていたけれどマネージャーさんが……。

 

そこまで思考を巡らせたところで、慌てて首を振る。

五分ほどしか経過していないが、陽菜にしてみれば1時間も経過したように感じているようだ。

 

何人もの人とすれ違う。

しかし、それは正しくない。

陽菜がその場から動いていないだけで、赤の他人は待ち合わせを終えたり、帰路へと急ぐ人ばかりだ。

 

陽菜は、六石陽菜は……これまでの事を思い出す。

 

「マネージャーさんと出会ってから……多くのものを」

 

そっと瞼を下ろす。

少しぼやけたアルバムを捲って、記憶の糸を手繰り寄せる。

 

あれは……そう。

わたしがまだマネージャーさんと出会ったばかりのこと。

 

 

‥‥…

 

マネージャーさんがAiRBLUEに来てから半年も経ってない……三月。

 

「陽菜、これ誕生日プレゼント」

 

そう言って何気ないようにして渡してくれた亀のぬいぐるみ。

寮からお引越しして今の家に住んでいても、わたしのベッドには亀のぬいぐるみを置いたままでいる。

 

今思えば、Flowerのみんなから貰ったケーキも……亀さんでとっても嬉しかったな……,。

 

だから、十七歳の誕生日が今日に至るまで、わたしの中でも大切な宝物。

 

亀井さん2人きりになってた時は少しだけ自重してたけど。

 

貰った日から毎晩の様に抱いて寝てたっけ……。

 

‥‥…

 

あの頃から……わたしはマネージャーさんに特別な気持ちを持っていたのかな?

 

ふと頬が熱くなっていくのを感じた陽菜は、スマホに表示された新着メールを発見する。

その差出人は……若葉日向となっている。

 

若葉日向とは、六石陽菜を目標として頑張っている2期生のいわゆる後輩だ。

背丈は小さな女の子だが、その視野と強情な所は誰かさんに似ていた。

陽菜としては懐かれたことが嬉しかったのだが、アニメの収録などで一緒に顔を合わせれる事は少ない。

 

「内容は……マネージャーさん発見!?」

 

待ち合わせている相手であるマネージャーの後ろ姿が少しだけブレて激写されている。

きっとマネージャー本人には隠して撮ってあるのだろう。

どこかのデパートか、背景は小物や商品が所狭しと並べてある。

 

「もう、マネージャーさんにイジワルしちゃダメだよ?」

 

当のマネージャーは何をしているのか聞けないまま、曖昧に返信をする。

 

それでも、神瑞駅からは一歩も動こうとしなかった。

 

‥‥…

 

 

高校卒業直後の3月21日。

わたしは高校を卒業してしばらく悩んでいた……。

 

これから大学に行くのか。

ちゃんと声優になるのか。

 

その時に初めてFlowerのみんなと大喧嘩したんだっけ。

志穂ちゃんは大学に行くことを勧めてくれて、舞花ちゃんとほのかちゃんは声優になる事を勧めて。

それをきっかけでみんなで口も聞かないくらいに……。

 

あの時は酷くて、最初にチームになった時かそれ以上にギスギスしちゃって、部屋に塞ぎ込むのと逆で出来るだけお仕事に時間をかけて会わないようにしていたくらいだった。

 

「陽菜〜」「…陽菜」「陽菜!」

 

呼びかけられる声に不安になったりもした。

 

でも……そんな時でもマネージャーさんはわたしに付きっきりになってくれていた。

 

チームメイトだけじゃなくて、他にもいっぱい相談してくれて。

嬉しい気持ちと安心感が、わたしの心の中を満たしてくれた。


誕生日に気まずくなって寮を出ようとしたわたしを引き止めて、すき焼きに連れて行ってくれた。

ふたりっきりで話し合って、わたしが声優として頑張りたいって言ったら「陽菜を支えたい」って言ってくれたっけ。

 

もっと沢山の事があったのに、みんなと話し込んだり多くの人を巻き込んだのに。

 

最後まで、ドキドキして……誕生日のすき焼きの味が分からなかった〜なんて考えちゃってた。

 

…‥

 

ポケットに入っていたカイロは未だに温かいまま、陽菜の左手を寒さから守っている。

 

右手は数年前からのスマホ内にある画像を表示したままだ。

 

「……嘘つき、マネージャーさんは誕生日には迎えに行くって言ってたのに」

 

ツーショット写真を発見する……2人ともどこかぎこちなく映っている。

このカメラの枠よりも外で、陽菜とマネージャーは手を繋いでいた。

 

お忍びデートと言えば聞こえはいいが、陽菜が頼み込んだ物だったのだ。

 

…‥

 

声優の道を選び取ってから十九歳の誕生日。

 

わがままでマネージャーさんと2人きりで出掛けても何も進展はしなかった。

 

ここまでくると声優とマネージャーという関係が恨めしい……。

 

わたしが積極的になっても反応してくれないし、マネージャーさんは景色にばかり目を向けていた気がしてる。

 

その後にランチを食べて、街に戻る最中に夕焼けが見たいって言い始めたわたしに……マネージャーさんは困った顔をして車を止めてくれてた。

 

海岸沿いにマネージャーさんと歩いて、たまたま通りがかった人にカメラを預けて何気なく撮った写真。

 

そこで突然マネージャーさん手を繋いだ、から……お互いびっくりしちゃってた。

 

…‥

 

その日から、厳密にはその日を境にして陽菜とマネージャーの距離は縮まっていった。

 

陽菜は乱れていた心を落ち着かせようとスマホの電源ボタンに触れる。

 

しかし、その直後に件のマネージャーからのメッセージだ。

 

『もう到着するからまってて、陽菜』

 

陽菜……その言葉に、文字に心拍数が上がっていく。

 

六石陽菜にとっては何度も呼ばれ、誰からも言われる。

 

しかし、特別だった……マネージャーには、彼だけには幾つになっても呼ばれることに緊張してしまう。

 

…‥

 

付き合ってから……二十歳になった。

その年の3月21日は……わたしからお願いをしちゃって……。

そう、思い返すだけでも恥ずかしい。

 

半ば無理やり塞いだ唇は、わたしが思っていたよりも温かかった。

 

かれこれマネージャーさんとお付き合いをしてから、一年とちょっと。

色んなことがあったけれど、わたしは幸せ……だよね?

 

マネージャーさんは望んでいたのかどうか、その時はわからなかったけれど……わたしはちょっとだけ我慢が効かなかったみたい。

 

…‥

 

深呼吸をして、瞼を開ける。

 

桜の花びらがスマホの画面に載っていた。

すぐ目の前には、小鳥が戯れていた。

コートをはためかせた風は心地良かった。

空を見上げると、月が煌めきを放っている。

 

季節が過ぎて何年も経った。

きっと、多くのものを感じて吸収して背負ったのは陽菜で、六石陽菜は変わり続けていた。

少女は大人に変わって、魔法少女は魔法のアイテムよりもマイクを手に取っていた。

 

「わたし、このままで良いのかな……変わり続けていて」

 

演じていた子達は何も変わっていない。

すれ違って、手を取って、感じ取って演じたのは陽菜自身のはずなのに、違和感が拭えないのだ。

 

声優としての陽菜とわたし個人の六石陽菜が重なり続けて、くるくると色を変えていく。

 

そんな時に車が一台。

やや速めのスピードでこちらに向かっていた……それを見て陽菜は確信する。

 

あの車は、マネージャーさんのだ。

 

そう確信した陽菜は顔を綻ばせた。

春の始りを告げるように、それでいて待ち侘びていたように。

六石陽菜は最愛の人に向かって手を振った。

 

……to be continue




こんばんは、レッド!です。

最初に謝ります、ごめんなさい。

もう1話あるので……お待ちください(*´-`)

次はマネージャー視点となり、物語が進行していきます。

公開は本日の21:00〜となります。

しばしのお待ちを!!!


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春を告げる君の笑顔

こちら、いわゆる後編となっております!

前回のお話は『5年越しのプレゼント』となります!

それでは、ゆるりと本編をお楽しみください。

あらすじ
アニメ収録を終えたマネージャーは陽菜を迎えに行こうと車を走らせていたが、二期生のSpringメンバーである若葉日向を見かけてしまう。


ある準備を終えたマネージャーは、アニメの収録を終えた陽菜を迎えに行くために車を走らせていた。

 

目的の場所は神瑞駅……収録場所から近いため送迎車の場所で拾う形だ。

 

街灯が流れていく中、信号待ちで停車させる。

赤いライトで照らされた景色の端に、車掌が被っていそうな帽子が映る。

 

「あの帽子って、確か……」

 

いわゆるAiRBLUE二期生と呼ばれる少女たち……の中でもややこしい子が被っている帽子に似ていた。

若葉 日向。

チームSpringに所属している六石陽菜に憧れた少女。

つい半年前までは二期生全体が研修生状態だったけれど、その中でSpringのリーダー顔負けの活躍をした子だった。

陽菜のことを知った瞬間には、目の色を変えてしまって大変だったが……。

 

ため息をついてあおくなった信号を見てアクセルを緩く踏んでいく。

 

きっと気のせい。

そうやっていくら自分自身に言い聞かせても、向かう先は神瑞駅から変更されていた。

 

…‥

…‥

 

「お前か……ひなに何の用事があるの」

 

「険しい顔しないで、何があったのか話してよ……日向ちゃん」

 

よく知るデパートの入り口で不貞腐れていたのは、紛れもなく若葉日向そのものだった。

 

お気に入りの車掌帽を片手でいじりながら、背伸びをして蹴りをいれようとして失敗している。

もちろん避けたからだ。

 

「危なっ!」

 

「コドモ扱いするなっ!」

 

売り言葉に買い言葉。

さらに言い返そうとして、自分から口を紡ぐ。

 

「落ち着こう……ここで言い争っていても間に合わなくなるから」

 

「……‥誕生日プレゼント

 

「なんて?」

 

僅かに口を動かして日向が放った言葉を聞き返すマネージャー。

 

それを見た日向は、小さな体躯を活かして腕を取る。

 

「ついて来て、ひなとブレゼント勝負するの」

 

普段……と言っても会う回数は少ないが、マネージャーは日向とあった際には毎回蹴りを入れられている。

普段から鍛えているのか、高校生の細腕でデパート内に引き摺っていった。 

 

 

日向のプレゼント選びに付き合っていたマネージャーだったが、折角なので陽菜へと渡す追加の贈り物を探すことにした。

 

「形に残るものがいいよな……」

 

そう思って女性物の髪留めや小物を見てみるが煌びやかで目移りしてしまう。

 

日向には秘密にしてあるが、陽菜と付き合い始めたのは1年も2年も前のことだ。

その間、公にできないとはいえ……プレゼント選びには自信があった。

 

それでも……いや、それだからこそ、マネージャーとしてではなく『恋人らしい贈り物』なんてしてこれなかった。

 

結婚しないのか、そう言われた事も多々あった。

……その声の主に五十鈴りおであったが。

 

「リボンがあるから……これとか」

 

手に取ってみたミサンガを見つめてみるが、これでは目立ちすぎる……。

 

カシャ

 

背後の音に驚いて振り返ると、不機嫌な顔をした日向がスマホを構えていた。

 

「ひなの買い物終わったから……事務所まで送って」

 

覚束ない手つきでスマホを操作している。

 

……パパラッチだろうか。

もしやこれは脅しなのではと頭を抱えるマネージャーだったが、日向は気にも留めない様子で歩き出す。

 

「そっちは出口じゃ……」

 

マネージャーは日向を必死に追いかけた。

見失ってしまっては元も子もないと考えたからだ。

 

…‥

…‥

 

日向を事務所……ではなく、寮まで送り届けた。

夕食前の時間となっており水谷マネージャーに確認を取るとそうして欲しいと指示があったからだ。

 

「後輩というより同僚だよな……」

 

「何かひなに?」

 

いや特にないから……そう、後頭部座席に呼びかける。

 

デパートで日向に追いついたところであんな事になるとは思わなかったが。

結局、日向が選んだプレゼントは亀と桜の花びらが一緒になっているキーストラップだった。

 

今日はもう遅いので、明日渡すらしい。

 

誕生日プレゼントだったら意味がないのはないか……そう思ったが口を噤むことにした。

当の本人である陽菜が喜ぶなら、干渉しすぎるのもおかしな話だ。

 

「寮……ついたよ」

 

かつては何度も足を運んだ場所の目の前に車を駐める。

 

無言で降りようとした日向だったが、言葉の一片だけを車に置き去った。

 

「助手席にあるペンダントを……渡すこと」

 

お礼すら言わない。

最近の若い子は〜……なんてマネージャーは思わない。

 

デパートを出る直前、寄り道をさせられて購入したのだから気の利いた台詞だと思う。

ここで何かを買えと半ば強制で言われた時はどうしようかと思ったが、陽菜の誕生日に渡すものとしては上々だろう。

……普段使い出来ない点を除けばだが。

 

覚束ない足取りで走っていって姿を消した日向に、マネージャーは苦笑いに近いものを浮かべていた。

 

腕時計を見ると収録終わりから10分以上経過している。

 

スマホを取り出して素早くメッセージを送信する。

 

『もう到着するからまってて、陽菜』

 

僅かな音と共に送信が終わった……が、漢字変換を忘れている場所を発見してしまい、ひとり車内で悔しく思う。

流石に取り消しは出来ないが。

 

あくまでも安全運転で、さらにバックミラーを確認してからマネージャーは夜の街を突き進んだ。

 

…‥

…‥

 

神瑞駅に到着すると、一瞬だけ女性が窓の視界を横切った。

 

……陽菜が街頭に身を寄せて立ち尽くしている様に見えたのだ。

何処かのカフェに入っているとばかり考えていたが、寒そうな顔つきは不安になる。

嫌な予感が脳裏を通り過ぎた。

 

だがしかし、一瞬後には笑顔になり手を振ってくる。

 

遅れてしまったことがマネージャー失格だと、後悔しながらもすぐさま停車させる。

そのまま手早く鍵を閉めると、走って陽菜を迎えに行く。

 

「マネージャーさん!さっきヒナちゃんから送られてきたメールはなんですか!?」

 

……最初に言う台詞はそれなのか。

 

一先ずは陽菜に平謝りをする事にした。

 

 

~~~~

 

六石と書かれた表札の家まで陽菜を送り届ける。

都内にある陽菜の実家だ。

 

流石にもう……道は覚えてしまった。

 

「マネージャーさん、この箱はなんですか?」

 

「うーん、向こうで開けてくるといいよ」

 

秘密にしておこう。

……舞花は驚くだろうから。

 

「ふふっ、久しぶりにここに来ちゃった」

 

助手席から降りて、陽菜がくるりとその場で舞う。

 

「いっぱい楽しんできてね」

 

運転席からは降りずに、そう呼びかける。

 

陽菜はその言葉に……しっかりと頷いた。

 

「きっと、お父さんとお母さん以外も……祝ってくれると思います」

 

「え……もうバレたの」

 

「カマをかけてみただけです……やっぱりFlowerのみんなもいるんだ」

 

しばらくの無言の後、陽菜は僅かに身を乗り出す。

開け放たれた運転席に手をかけると、口元に陽菜を感じた。

 

いや……春の香りが自分の元までやってきたのかもしれない。

 

「わたしは……マネージャーさんと2人っきりの誕生会の方がよかったかもです」

 

そう言って陽菜は……微笑んだ。

 

春を告げる陽菜の笑顔は、どんな時よりも好きになってしまう。

 

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

「行ってきます。マネ……____さん」

 

マネージャーさんではなく、自分の名前が告げられて……陽菜との時が刻まれていくようだった。

 

「……明日の先にわたし達は居ます、か」

 

マネージャーは、少しだけ寂しくなった助手席を見ながらそう呟いた。




ありがとうございました。

陽菜に、AiRBLUEに……CUE!に明日の先があることを祈ります。


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