がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】 (水色クッション)
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おわりのはじまり
至らぬ点が多々ありますが、優しい目で見ていただけると幸いです。
2人の幼女が頑張るゲームの実況、はーじまーるよー。
先駆者様との差別化を考え、今回走るルートは【滑川小学校】ルート! 小学校で7日目の雨の日を終えた先の称号【しょうがっこうぐらし!】の獲得を目標とします。
7日って短くなぁい? と思う方もいるでしょうが、しかしこれがなかなか厳しい。その理由はいくつかあります。
・プレイヤーキャラは当然小学生。ステータス、所持スキルともに高校生以下。
・購買部や地下室といった豊富な資源回収部屋が存在しない。(当たり前だが治療薬もなし)
・高校と違い電気や水などインフラが停止してしまう
他にも様々な点が高校とは違っていますが、総じて不利に働いています。特に総資源量は非常に厳しく、雨の日を迎えた頃には空っぽになっていることでしょう。そのための7日目設定?
細かな解説はプレイ中に説明するとして、早速キャラメイクに移りましょう。
名前は……「
そしてこのキャラメイク中に周回特典アイテム「ランドセル」使用! 本ルートに入る上で欠かせない存在です。
「ランドセル」は名前から想像できる通り、作成中のキャラを小学生にするアイテムです。これがなければ「しょうがっこうぐらし!」は獲得できません。大人は称号獲得の対象外みたいですね。
あっ、ちなみに取得条件は「身長」が学園生活部の誰よりも低い……つまりゆきちゃん以下のキャラで5回最初からプレイすることです。バッドエンドでもカウントされるので、初日に速攻でかれらの食事になれば取得は容易いでしょう。
さて、キャラメイクが終わりましたね。外見は……ちょっと癖がかったオレンジ髪の、活発な印象の女の子です。 とてもかわいいですね、心が癒やされます。
そして肝心のステータスは−−−
体力:よわい
筋力:とてもよわい
知力:よわい
直感:ちょっとよわめ
持久:よわめ
精神:ふつう
スキル:不屈I(一度だけ、死亡する攻撃にぎりぎりで踏ん張る。クールタイム:24時間)
………………
………………
…………………………これマジ? ステータスが貧弱すぎんだろ……。
はい。この貧弱極まりない戦闘ステが「しょうがっこうぐらし!」獲得の妨げの一つです。ここにシャベルゴリラ殿は不在なので、必然的に自分が最前線に出る必要があります。が、かれらとまともに戦えるだけの力がまりーちゃんにはありません。
幸い精神は(小学生にしては)そこそこの値なため、かれら殺害に躊躇はいらないでしょう。
何度ダイスを振り直したところで戦闘で頭を抱えることは変わりません! セーブデータ選んではーいよーいすたーと。
親の顔より見ただろうオープニングですが、開始場所が違うので一部変更がありますね。飛ばせないのは変わりませんけど。
操作可能になりました。場所は教室、アウトブレイク直前からのスタートのようです。下校時刻らしく、みんな荷物背負って部屋から出ていってます。
「まりー、いっしょにかえろ!」
ぬっ! るーちゃんが話しかけてきましたね。話し方からして信頼度も高めです。
そうです。主人公を小学生にしていると、確定でるーちゃんが出現するのです。バタフライ・エフェクトか何かで事故に合わずに済んだんですかね?
しかしここから生き残れるかはプレイヤーに委ねられます。是が非でも救いましょう。
イベント前にるーちゃんについて解説をしましょうか。
プレイヤーを除けば、るーちゃんは小学校での唯一の生存者です。あと1人2人隠しキャラがいない事もないんですが、今回は出現させません。
ステータス、スキルはりーさんをそのまま小さくしたような傾向にあり、前衛には向いてません。正気度低いところも受け継いじゃってます。まぁ、まりーちゃんも戦闘は向いてないんですけどね。
るーちゃんが死亡すれば7日間プレイヤー1人で過ごすハメになり、雨の日前には確定で発狂、そのまま自害しかねません。そういう意味では生存のための必須キャラと言えるでしょう。
(小学生は化物達の中、1人ぼっちでいれるほど心が強く)ないです。
以上解説終わり! そろそろ例のイベント始まりますよぉー。
「……今のおとって……なんだ……ろ──きゃっ!?」
来ました! 初日名物アウトブレイク発生イベです! 校門からかれらが侵入し、同時に学校内の数名がかれら化、モブを襲って感染させていきます。
「まりー!? どこに行くの!?」
最初期はまだかれらも少なく、比較的安全に動けます。これを逃せば死あるのみ。まず最速でUターン、るーちゃんの手を引いて3階へ逃げ込めー!
道中のかれらは振り切ればそのへんのモブに標的を移します。悲鳴と光景に精神が削られますが、必要経費です。(画面内で)死なないよう祈ることしかできません。
3階からいつも通り屋上に──と行きたい所さんですが、なんと滑川小学校、屋上が施錠されています。小学生の力じゃドアはぶち破れません。
高校のノリでプレイした兄貴達を陥れる初見殺しですね(1敗)
じゃあ何処に逃げ込むんだという話ですが、私はトイレを選択します。
チョーカーさんが生存した実績がある安牌です。
ちなみに時間が経つとトイレの個室は埋まり、使用不能になります。だから急ぐ必要があったんですね。
トイレまであと少し! なのですが大人かれらが2体道を塞いでいますね。しかも通り抜けにくい絶妙な配置です。
これはぶっ飛ばしてその隙に逃げるしかありませんね。現状、殺傷道具もないため頃すには時間がかかり過ぎます。
背中のランドセルを装備して──ーダッシュしながらフルスイング!
喰らいやがれオラァアアア↑アアア↓アぁぁあるぇ? (ポスン)
先制強攻撃で怯まないとかウッソだろお前wwwwって笑ってる場合じゃねぇやばい掴まれる回避回避回避セーフ!!!
……うーん、ここまでダメージ低いのは想定外ですね。中に教科書ぎっちり詰めこんでおくべきでした。
しかし掴み移動のおかげで2体とも左に寄りましたね。逆側を通れるので結果オーライ。倒す必要もなくなったのでさっさと尻尾まいて逃げましょう。オボエテロー!
さーてトイレに着きましたね。あとはるーちゃんといっしょに中に篭ってましょう。あとは音を出さずに一定時間経過すればイベント終了です。
代わり映えしない景色を眺め続けるのも退屈でしょうし、
み な さ ま の た め に
ドンドンドン
「お願い、中に入れて! 早くこのドアを開けて!?」
ア゙ア゙ッ! 不味あじイベが起きてしまいました。同じ場所で篭城し続けていると感染済モブが乱入を試みるマイナスイベントが発生します。
受け入れれば感染者が内部で発生、その始末に追われてしまいます。見捨てれば目と鼻の先で惨劇を見届け正気度と同行者の信頼度を投げ捨てるまごうことなきゲロマズう○こイベント。
私は正気度を生贄に捧げ、完全に無視を決め込みます。こんな狭苦しい中でかれらの相手なんてできるわけないだろ!
「ぃやだぁ!! じに、たくな、ぁあああああああああ゛あ゛ぁ!!?」
彼女の断末魔を聞き届け、イベント終了です。ここで音を立てると次の標的にされかねないので口は塞いでおきましょう。
あとはだんまり決め込むだけなので倍速だ倍速だ倍速だ!
…………倍速中に乱入が2回発生してますね……。糞みてぇなリアルラックしてんなお前な。当然2回とも見捨てますが、これは後々に響くかもしれませんね……。
(少女長トイレ中……)
ゲーム内時間で3時間程経ちました。灯りもブッ壊されてますし、部屋ン中真っ暗で何も見えねぇ。
「…………まりぃ……? ……ねぇ、まりー……?」
なんだねるーちゃん。
「……あれって、なんなの……?」
私にもわからん。
「……ともだちやあのひとは、どう、なったの?」
(わから)ないです
「…………しんだの……?」
知らん!!
「…………こわいよ、まりー……ひぐ、もう、やだよぉ……」
おっ、そうだな。
……別に適当に返事してるわけではないです。小学生だからゾンビ映画の知識も持ってないですし、クラスメイトも完全無視でここまで来ましたから、曖昧な返事しかできないというだけの話。
イベント終わるまでるーちゃんを抱きしめておきましょう。両者の恐怖値の上昇抑制や正気度の安定に繋がります。そして何より絵面が尊い。(重要)
2人は震える体で互いを抱きしめ存在を確かめ合うように涙ぐんだ瞳で見つめ合い荒い息遣いだけが聞こえる静寂の恐怖に耐えながらそのぬくもりに微かな希望を見出し──あぁ^〜たまら──
イベント終わったので今回はここまでです。
御視聴ありがとうございました。
◆◆◆
「まりー、いっしょにかえろ!」
「いいよ! ねぇ、かえりにるーの家にあそびに行ってもいいかな?」
少女は自分の一番の親友に声をかけた。橙髪の彼女は快活に、自分が声をかけるのを待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲かせる。
「もちろん!!」
真っ直ぐ家に帰るように、と帰りの会で担任から注意はあったが遊びたい盛りの子供にはあまり響かない。
言われたとおり家で遊ぶから大丈夫、そういう言い訳も通るだろうという子供なりの考え。
他愛もない話をしながら靴を履き替えた時、くぐもった爆発音を2人は耳にした。
「今の音って……なんだ……ろ……」
遠方で立ち昇る黒煙。爆発箇所の一つではない、両手の指では数え切れない幾つもの煙と炎。崩壊を続ける街は明らかに尋常の光景ではない。
言葉を失うには十分な衝撃であったが、続く現象は更に常軌を逸していた。
人が、人を喰らうのだ。肉を引き千切り、血濡れた顔で臓腑を啜っている。血混じりの涎を滴らせた、獣性丸出しのあのいきものが、仮に人であると仮定するなら。
「──ッ」
今度こそ、瑠璃は正しく絶句した。呼吸の仕方さえ思い出せなくなり、視界と思考が黒く染まっていく。
校門から「かれら」が侵入してくる。足が動かない。恐れによって脳が運動の伝達を放棄せしめ、果てには意識さえ──
「にげるよ、はやくッ!」
隣の親友に強引に引っ張りあげられて、瑠璃はようやくといった具合に正気に戻った。焦燥に満ちた顔から、自分が呆然としていた時間は思うより長く、幾ばくかの猶予もない事を理解する。
2人は校舎内に戻りだした。まだ入られていない、いないはずなのだが、何故、どうして、似た光景が中に広がっている。
その全てに無視をし続けた。悲鳴、咆哮、絶叫、それはまるで逃げる者、自分たちに対する怨嗟にも聞こえてくる。
「見ちゃ、だめ、だから」
そこに心がないわけではない。あくまで親友は、自分のために。弱い自分たちだから、隣に手を伸ばすだけが精一杯なのだ。
心を抉る。『かれら』に襲われた者が、やがて新たな『かれら』となる。見たくなくても、悲劇はそこら中に転がっていた。
『ぃやだぁ!! じに、たくな、ぁあああああああああ゛あ゛ぁ!!?』
逃げて逃げて逃げて、隠れた先で聞こえた声。顔は見えなくても、声が雄弁に表している。
『何故だ』その感情は、薄情者に対する憎悪だろう。
『どうして』貪る音と、扉の隙間から溢れる紅。どうなったかなど、答えは1つしかない。
声ならぬ呻きが木霊して、やがてそれも遠く離れていく。
脅威がゆっくりと去っていく。
「…………まりぃ……? ……ねぇ、まりー……?」
「……ん……」
周囲から音が消え去ってから三十分程経ったとき、他の誰にも聞こえないように瑠璃は囁く。
「……あれって、なんなの……?」
「わかん、ない」
「……ともだちやあのひとは、どう、なったの?」
「………………」
沈黙する万里花。俯いて、目を合わせない仕草。
「…………しんだの……?」
「…………たぶん、でも、でも、しかたなかったから……」
自分に言い聞かせるような声。見捨てなければ死んでいたとしても、そう簡単に割り切れるようなものではないのだろう。
「…………こわいよ、まりー……もう、やだよぉ……」
「だいじょうぶ、だから。あたしがまもるから……ね……?」
瑠璃の目から、涙が零れ落ちる。恐怖は既に限界に達していた。今まで泣かなかったのは、声をあげれば死ぬという生存本能でしかない。
「ぎゅーっ、てするから、 ずっといっしょだから。あたしが、まもるから、だから、なかないでよ……」
お互いを抱きしめ合う。どれだけ恐くても、痛くても、2人でなら耐えられる。何か起きても、きっと立ち直れるのだと、根拠も疑いもなく信じられる。
けれど、1人ぼっちなら、親友が自分を置いて何処かに行ってしまったのなら、残された方は、きっと──
夜が深まる。悪夢は、まだ覚める気配はない。
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かれら殺し
和名:千寿菊
花言葉【嫉妬】【悲しみ】【友情】【変わらぬ愛】など
おはよーございまーす!!!
嘘です夜です真っ暗闇です。
前回は最初のゾンビラッシュを凌ぎきったところからでしたね、夜になったことでかれら化した児童の大半は下校し、残っているのは残業に囚われた先生方だけでしょう。子供のために身を粉にする姿に涙がで、出ますよ……(建前)早く全員帰って、どうぞ(本音)
流石にずっとトイレに篭りっぱなしというわけにもいかないので、行動を起こすとしましょうか。探索ゼロで一日潰してしまっては後々詰みかねません。
今夜中に部屋一つをセーフルーム化、仮でいいので寝所の確保を目標に動きます。クッソ狭いトイレで寝てしまっては疲労と正気度がマッハ。
これが高校なら二日目に屋上向かうだけで安全に助かるのですが……生き残りは自分たちしかいないので仕方ありません。
名残惜しいですが抱きつきを解いて──ああっ、離れただけで泣かないでるーちゃん! 大丈夫だから、ちょっと周辺を見に行くだけだから!
予定よりも恐怖度と正気度が危険ですねクォレハ……。計三回の乱入イベが効いてしまってます。
説得の結果三分だけ離れる権利を勝ち取りました。この時間で周辺の安全を確保してしまいましょう。
ちなみにこういった約束、時間を過ぎると信頼度や正気度の低下、心配により単独でプレイヤーを探し始めるといったマイナス行動を起こします。注意しましょう。
それでは装備を確認して……お、ランドセルの中からハサミを見つけました。子ども用なので攻撃力も耐久もしょっっッぼいですが、現状唯一のまともな武器です。……武器なのかな? とにかく装備しておきましょう。
準備万端、外に──おっと、転がってる死体に躓きました。真っ暗だから仕方ないね。気を取り直していざ出陣!
廊下はまだ灯りが生きていますね。二日目あたりから電気系は氏んでしまうので、明日の昼までには光源の確保も必要です。
近くに子どもの
音を立てないようにこっそりと、充分に接近しましょう。範囲内まであと二……一……喰らえステルスキル!
飛びかかって首に一刺し、二刺し! 力づくで体を崩した後のもう一発! 床に押し付けた末のトドメの一撃!
……モーションクッソ長いっすね。しかも周りに音は立てるし、相手の筋力値によっては振りほどかれるし、こんなんじゃ商品になんないよ~。
ままええわ。この糞モーションは武器とスキルがあれば改善しま
ゥ゙……ゲエエェァァ……
……
…………
…………
なんで? なんで? なんで?
……えーと、あ、まりーちゃんゲロ吐きましたね。え、うそ、なんで?
この精神値だと一体目でも大丈夫なハズなのに……
おおお落ちつけステータスを見間違えたんだちゃんと確認して
──ギャァアアアア正気度が減ってるぅうううッ!!?
死んじゃう、発狂しちゃうぅウウウあああああああ!!!!
……混乱して操作を放棄してますねこれ。うーんこのガバガバプレイ。
何故ゲロったかは分かりませんが、ひとまずるーちゃんのところに戻りましょう。放心してたせいで時間がヤバイ。
さぁるーちゃん、安全は確保した! 一緒に行こうぜ!
え、顔色悪い? 酸っぱい臭いがする?
…………隠そうとしたのに一瞬でバレましたね。信頼度が高いというのも考えものです。
「この服って……しおんちゃんだよ、ね?」
あ、そっかぁ……。さっきコロコロした奴はどうも友達だったみたいです。そのせいでショックと精神値の判定に失敗してゲロったんですね。
「……たすけられなかったの?」
これしか方法ないからね、しょうがないね。(生き残るためには)覚悟決めろ。
「まりー、それって…………うう……わ、……わかっ……た……」
ええ子やるーちゃん。まあ、るーちゃんにかれら頃しをさせる気はないです。精神値がりーさん以下のため、下手すれば一発で病みますから。
かれら頃しによる精神摩耗は数重ねるほど耐性得るので、雨の日までにヤリ慣れておくのは実際ダイジ。道すがらドンドンヤっていきましょう。
−−−
後ろ向いてステルスキルのチャンスですねぇ! 喰らえ滅多刺しアタックゥ!
次行こうぜ。
−−−
割れた窓ガラスにかれらをぶつければ、突き破って落下するか頭部切って大ダメージを与えられます。ちょうど実践してやりましょう。
ガシャーン! ア──…… はい、今回は即死させられましたね。
−−−
かれら一体とタイマンですね。上級生なのかこちらより少しデカいですがこの程度なら問題無しです。るーちゃんは離れててね。
ノロノロ掴みを回避して膝裏に攻撃。掴みの勢いも相まってすっ転んだら首にハサミをグザー! ハサミも耐久すっからかんなので奥まで蹴り刺してトドメ。これぐらいならクソザコ能力値でもやりようがありますね。
問題はこれが大人かれらで通用するかだな……。
−−−
職員室の前までたどり着きました。今回はここを拠点として雨の日まで過ごしますが、まずは中にいる奴らを全員ぶっ倒してセーフルーム化させる必要があります。
ここでセーブしておく予定が、ゲロった動揺でこいつ忘れてますね。モンハウ化していたら絶望ですが、一%なんか引くわけないやろ(慢心)
失礼しますなんて言わなくていいのでこっそり開けましょうね。
頼む頼む頼む頼む頼むお願いしますなんでもしま…………よかった。幸運にもたった三体だけですね。馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(安心した途端強気になる屑)
ですが油断してはいけません。大人かれらに万が一掴まれると、筋力差が開きすぎて脱出QTEもできず噛みつかれます。要は攻撃のほぼ全てが問答無用で即死の極悪仕様になっているわけですね。コワイ!
まずは一体目をステルスキルで…………あ、武器は壊れてましたね。代用としてそこらの椅子を持ち上げて後頭部に投げつけます。どっせーい!
よしよし怯みました、接近してトドメをぐふぇ!
糞が! 振り回された腕に引っ掛かっただけで吹き飛ばされたぞ!? だが奴はスタン状態、今度こそ確実に息の根止めてくれる!
ヨシ! (死亡確認)残り二体ですね!
「みぎだよまりー! 気をつけて!」
おっぶぇ! 随分近くまで寄られてましたね。
これが非戦闘員のるーちゃんを連れてきた理由です。画面外の死角からの攻撃に反応して、セリフを言ってくれるんですね。
「まりーに、近づかないでっ!」
他にも物を投げて敵の注意を引いてくれたりします。今やってますね。怯んだかれらには急所攻撃が可能なのでチャンスにもなります。この機会を逃さないように。
机の上にカッターが置いていたので回収、隙だらけの喉を掻っ裂いてやりましょう。ᖴoo↑気持ちいぃ〜(血に酔う)
最後の一体は回り込んでチクチクすればオワリ。
実にスムーズな流れでした。特に二体目はるーちゃんがいないとこうは行きませんでしたね。イエーイ、とハイタッチしたいところですが、るーちゃんが何やら暗い顔してます。そら(直接ではないとはいえ人頃したら)そうなるわな。
正気度が心配なキャラは何人かで協力してかれらを倒せば、一人でヤるより正気度の減少は少なくなります。赤信号、皆で渡れば怖くない(集団心理)
それではセーフルーム化のために死体を窓から投げ捨てて…………投げ捨て……投げ…………
持ち上げられませんでした。ハァ〜〜……(クソで固め息)
仕方ないので廊下まで引き摺っておきましょう。後は入口に鍵を掛けて、近くの棚も倒して物理的にも塞いでしまえば完成です。
これでようやくひと息つけますね。チカレタ……
ステータス的にも疲労がMAXなので、軽く物色したら就寝します。ゲロしたせいで食事も水くらいしか受け付けません。
ちなみにいくら物色しても学校内に
……
…………
いくつかの菓子とペットボトルがありました。固形物は今は無理なので水分だけ補給しておきましょう。るーちゃん、お菓子どうぞ。
後はそのへんのソファに寝っ転がって就寝! 疲労値もあって一瞬で画面が暗転します。
一日目が終わったところで今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。
○
「るー、あいつらはもういなく、なったから、ここを出よ?」
あたりの安全を確認してくる、そう言って一人離れた親友が戻ってきた。
ほんの一瞬の内に、人の顔はここまで変わるのか、開けた扉から見える顔つきに、瑠璃はそう思わざるを得ない。
「……ま、りー? なにが──そのあかいの」
「だいじょうぶだから。ケガは、してないよ。えへへ」
笑う目の奥に光は無く、代替として虚ろを宿す。青褪め痩けた頬、呼吸に交じる酸の臭い。血に濡れた左手は隠しようもなく震えており、彼女が何を為したか察するのは容易い。
「この服って……しおんちゃんだよ、ね?」
すぐ側の廊下に倒れた死体。着ている服には見覚えがある。ほんの数時間前に話をした仲の友達。近くでぶちまけられた吐瀉物が血と混ざって悪臭を放っている。
凶行者の正体は、最早疑いようもない。隣に立つ親友だった。
「たすけられなかったの……?」
「よんでも、たたいてもダメだった。これしかないよ。やらないと、私たちもあいつらになっちゃうから。ああでも、つらいのに、どうして私こんな顔してるんだろうね?」
万里花は暗い笑みを浮かべた。悲しみの涙、矛盾した嗤いが張り付いている。
顔を拭い、深く息を吐く。ほんの少しだけ顔色が戻り始めた。
「……うん。もうだいじょうぶ。かくご、できた。……これからは、あたしがるーを守るから。あんしんして。あいつらは、あたしが、『ころす』から」
つまりそれは、自分ひとりが汚れを負うことだと、拭えぬ血を被ることだと言っている。止めることが、あるいは共に罪に塗れることが、友人として正しい有り方なのだろう。
「わ、……わかっ……た……」
それを自分は、肯定することしか出来なかった。弱く、臆病で、『かれら』を殺す覚悟が持てなかったから。
「じゃあ、いこっか! しょくいんしつが使えるようになれば、きっとソファとかで寝られるよね」
彼女はやはり笑顔を張り付かせている。平気だと、心配ないと誇示するように。弱い自分を、支えるくらい大丈夫だと。
(なにか、わたしにできること……なにか、ないのかな。もらってばかりなんて、友だちって言えないよ……!)
辛いときには協力し、分かち合える仲であることが、本当の親友と言えるだろう。だからこそ瑠璃にとってこの甘い嘘に溺れ続ける状況は、容認し難いものであった。
(あなただけが、まもりたいって思っているわけじゃないんだ。わたしだって、あなたのことが大切なんだから)
今は共に並べない。けれど、いつかそう有れるように。彼女は心の内に、静かに決意を固める。
○
『覚悟はできた』その言葉に偽りなど無いかの如く、万里花とかれらの間に躊躇は見られない。
見知った顔に躊躇いなく凶器を突き立てる姿を見て、瑠璃は親友として少なくない畏怖を覚えた。
友として付き合ってきた中で、彼女はいわゆる世間の普通と
近くにいるはずなのに、遠くに行ってしまった感覚。
既に、変わり果てた世界に順応を始めているらしい。あるいは先程の友の殺害に伴い、頭のネジを一つどこかに飛ばしたか。どちらにせよ彼女は、前の世界の正しさとは離れはじめている。
二人、三人、殺すたびに振るう手から慈悲が消えていく。だんだんと慣れてしまっている。親友が変わってしまっていくのが、酷く怖い。
(目を、そむけちゃだめ。わたしは見ていないとだめなんだから)
彼女の変質が自分のためだと理解しているからこそ、それに何かを言う資格もないと分かっていた。
自分は片棒をかつぐ共犯者であり、その罪は等しく背負わされるものである。だからこそ、目を背ける訳にはいかないのだ。
道中の『邪魔』なかれらを殺しながら、二人は目的の部屋、職員室の扉を開ける。
中には子どもたちと同じく、かれらとなった先生が三人。どれも見知った顔である。内一人は、クラスの担任でもあった。耳が鈍くなっているのか、扉の音に気がついた様子はない。
「そこにかくれてて」
言葉短く、万里花は姿勢を低くしながら担任に接近を始めた。小さな体はしゃがむだけで机の影に収まり、かれらの視覚に入りにくい。
見つかることなく後ろを取り、近くの椅子を持ち上げた。そのまま叩きつけるように担任に目掛けて投げつける。
「きむらせんせい、ごめんなさ──いっ!?」
頭部にぶつかったかれらは、呻きをあげて仰け反った。謝罪と共に最後の一撃を入れようとした時、万里花の目が大きく見開かれる。
「ぐ……痛っだ……」
振り返りと共に無造作に払われた腕に、彼女の頭部が巻き込まれた。意図しないただそれだけで、軽い体は殴りつけられたように横に飛ぶ。
彼女とかれらの体格差は、正しく大人と子どものそれ。埋めがたい差が大きく開いている。無造作な一動作さえ、致命的な脅威にもなり得る可能性がある。
幸運にも、支障をきたすダメージとはならなかった。先に立ち直ったのは少女。未だにふらついているかれらに対して、再び椅子を持ち上げ、今度は投げることなく殴りかかった。
「うあああああああああーッ!!」
咆哮をあげて頭部を潰しにかかる。倒れ伏した担任に向けて、幾度となく叩きつけた。かれらに成ると肉や骨は軟化しているのだろうか、幼子の力でも頭蓋骨は潰れていく。
「はぁ……! はぁ……! げほ、これで、あとふたり……!」
(だめ、みぎにせんせいが来てる!)
痛む頭を抑える万里花に、かれらの接近に気がついた様子はない。隠れて様子を伺う瑠璃には、万里花と違い部屋を広く見渡せた。
「みぎだよまりー! 気をつけて!」
「──えっ? ヤバっ!?」
瑠璃は咄嗟に声を張り上げた。反射的に視線を動かした先、ほんの1mにかれらの腕が迫る。咄嗟に反対側に距離を取るも、後ろには二体目のかれらが待ち構えていた。
小さな体で机の下を素早く潜り、横の通路へと抜け出した。これでひとまずは、直面の危機は去った形となる。
(まずいまずいまずい、このままじゃまりーが!)
正面から挑んだところで大人には力負けするのは明らかである。故に背後を取るか、不意をつくかの必要があるのだが、二人に追い回されて思うように動けないでいた。
すぐに万里花の息が切れ始めた。生死に関わる緊張の連続、それも今日初めての出来事。かかる負担は幼い身には並大抵のものではない。
(なにか、なにかしないと! さっきやくそくしたんだ、わたしもまりかをまもるんだって!)
いてもたってもいられなくなり、隠れ場所から飛び出した。音を立てたことで一瞬だけ寄せられたかれらの眼。濁った瞳に見つめられるだけで竦みそうになる。
しかしそれだけだ。かれらは目線をすぐに外し、近くにいる万里花を優先して狙う。
「まりーに、近づかないでっ!」
近くにあった物を無我夢中で投げつけた。初めて行ったかれらへの攻撃。思えば、相手を傷つけようと明確な害意を持ったことさえ初めてのことかもしれない。
ぶつけられたかれらがゆっくりと振り返る。標的を親友から自分へと移した。またしても向けられる眼と、自分一人に浴びせられる膨大な殺意。
なんの暖かさもない、飢餓衝動に支配された
「ひぅ、ぃ、や──」
初めてかれらを見たときのように、全身が金縛りに合う。近づいてくるかれらに対し、何も抵抗できない。
死が目の前に迫る。
「や、めぇ、ろぉぉおおおおああっ!」
窮地を救ったのは、またしても自分の親友。
後ろからかれらの体に絡みつき、手にしたカッターでかれらの首の裏、後頚部を力づくで引き裂いた。
傷から赤の噴水が舞い上がる。必然、しがみついていた親友にそれは降り注ぎ、彼女の貌を染め上げた。
「…………ごめんね」
小さく呟かれた謝罪は何に対してのものか。そこで口を噤んだ以上、それは本人にしか分からない。
「……あとは、ひとりでやれるから、休んでて」
そう言い残して、万里花は最後の一体に向かい合った。障害物を利用した跳んでしゃがんでの立体的な移動。
動きの鈍いかれらでは影も掴めない、上手く死角に回り込んでいく。確実に付ける隙だけを狙っての攻撃は、時間はかかれど危険の色はない。
やがて脚の負傷によって倒れたかれらに、何度も物を叩きつけて頭を潰した。これで三人目。動くものは、少女たち以外にはいなくなる。
「はぁ……はぁ……も、だめ……」
万里花は崩れるように壁にもたれかかった。疲労がどっとのし掛かったのか、しばらく動き出しそうには見えない。瑠璃はあの時の恐怖が未だ抜けず、腰を抜かしたまま。
部屋に静寂が広がる。荒い呼吸だけがいやに響きわたった。
「……さすがにここにおきっぱなしは、よくないよね。せんせいたち、そとに、だしてくるよ」
数分後、ようやく呼吸を整えた万里花が立ち上がった。「重い……」殺したかれらの死体を抱えて出口に向かう。身長差から半ば引き摺るような格好であり、今にも潰れそうである。
三度の往復で全員を外に出し、出口を施錠する。深く息をついた彼女の全身は汗まみれで、それを覆うように血に濡れている。
「は、は、るー、だい、じょうぶ?」
息も絶え絶えに呼びかける。呼ばれたことで瑠璃はようやく思考を取り戻した。
「あ、え、わた、わたし」
「ちょっと、つかれちゃったから。ごめん、あたし、さきに休むね」
飲みかけの、誰のものかも分からない水を躊躇なく飲みほして、ソファにその身を投げ出した。間接がどうのなど最早気にする余裕も無かったのだろう。
ほんの十数秒で意識を手放し、永眠するかのように深い眠りに落ちる。
最初のかれらを殺した時以外、外に現すことこそなかったが、彼女の体は肉体的、精神的にも限界が来ていた。十にも満たない幼い少女が、ほんの半日で年の数より多くのかれらを殺したのだ。衝撃は計り知れるものではない。
「…………」
瑠璃は万里花の近くに腰を下ろした。小さな寝息も聞こえる距離。
顔を覗き込む。眠りによって剥げた仮面の下、血濡れた少女の顔は歪んでいた。
「ごめんね、わたし、なにもできなかった……」
向けられた殺意、一度で耐えられないほどの恐怖に襲われた。それを親友は何度も、何度も向けられて、それでもそれを跳ね除けていた。
恐怖は感じていたのだろう。最初の涙も、今の怯えた顔も、本当の心の内を現している。
「こわかったよね……わたしのせいで、いっぱいめいわくかけたよね……!」
涙が零れ落ちる。共に並ぶと誓ったはずがこのザマ。あまりの情けなさに死にたくなる。
零れた水が、血濡れた彼女の顔をほんの少しだけ洗い流した。
「もうこんなの、いやだよぉ。きょうのことなんて、ぜんぶ、夢だったら、いいのに……」
頭はこれを紛れも無い現実だと理解していても、今も心は必死に否定し続けている。何もかもただの悪い夢で、目が覚めた後に、隣の親友にこんなことがあったのだと笑い話を提供する。きっと親友は馬鹿みたいに心配して、夢の中であたしを呼べと胸を張るのだろう。
それができれば、どれだけ良かったことか。きっともう、戻らない夢想なのだろう。
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寝ても覚めても
そんなんだから仕事でもポカミスやらかすんだよおめぇは(自戒)
評価、感想、本当にありがとうございます
とても励みになります
※追記
「ちょとsYれならんしょこれは……?」 の部分でいくつか誤字報告を頂きましたが、この部分は故意です。ブロント語というFF11スレで流行ったネットスラングです。
はじめてのおとまりがっこうに胸踊る2日目はーじまーるよ!
おはよーございまーす!!! 11! 1!
……あれ? おかしいですね。普通は起き上がるところから再開のはずですが、今回は何故か窓の側に立っている状態で始まってますね。
なーんか嫌な予感がするぞー……
……うげ。なるほど、原因が判明しました。
ステータス欄に【悪夢】のマイナススキルが追加されてしまってますね。そこから夢遊的な行動でもしていたのでしょう。
【悪夢】の効果は、睡眠時に疲労と精神の回復を軽度に阻害するマイナススキルです。まだ軽いっちゃ軽いので、ここから精神系のマイナスが積み重らないように早めに治しておいたほうがいいでしょう。(できるとは言ってない)
1人で取り除くには時間がかかるんだよなぁ……。ちなみにめぐねえ(養護教諭Ꮩer・激レアキャラ)に相談すれば一発で治療完了するゾ。
私は出会ったことすらないです……(クズ運)
まあこの程度私にとっては誤差も同然。今後の活動に支障などありえませんね。
現在時刻はAM7時。未だに別のソファでおねむのるーちゃんを起こしましょうか。
おはよーねぼすけ、朝だぞー。おはよーねぼすけ、朝だぞー。おはよーねぼす──
「ううん……りーねぇ……わかったよ……あれ? どうしてまりーが……」
寝ぼけてんじゃねぇぞ! 起きてええええええ!!!! (首絞め公)
「……そっか、やっぱり、ゆめじゃなかったんだね……」
夢じゃありません…………! 現実です…………! これが現実……!
「ひぐ、えぐ、りーねぇ…………あいたいよぉ…………」
やばば、茶化してる場合じゃねぇ、ここはどうにかフォローしないと。えーと、えーと……
あっそうだ(唐突)
ここ職員室だし、そこの電話使えば会話できるんじゃないかな。なんなら昨日の大人かれらからスマホ拝借してきたので、こちらも使えるし。
「……そっか、そうだよね! きっと、りーねぇも心配してるよね……!」
初日に提案しないのかという疑問についてですが、一日目のりーさんはスマホを鞄にでも入れてるせいか電話が繋がらないんですね。接点無しな他キャラの番号は知らないので提案できませんし。
掛けたけど出なかった、では心労がぐんと貯まるマイナスイベントになってしまいますが、二日目なら大丈夫でしょう。きっと、多分。
「りーねぇ!? わたしだよ、るーだよ! ……うん、……えっといまは、学校にいるんだけど……そうだよ、まりーに、助けてもらって…………」
ちゃんと繋がったようですね。えがったえがった。これで2人の正気度も回復することでしょう。……ん?
「あ、まりーなら、すぐそこにいるけど……ねえ、りーねぇが話したいってさ」
おっすおっすりーさん、今日は何のパンツ履いてらっしゃるんですか? (人間の屑)
『万里花なのね! 心配したのよ、二人とも無事で本当によかった……!』
あの程度の苦難なんて楽勝でしたね(震え声)どうやらりーさんの信頼度も随分高いみたいです。信頼度が低いとるーちゃんに何かしていないか疑われたりして大変なので助かりますね。
『その……昨日はどうやってかれらから逃げ切れたの……?』
ここは正直に「トイレに隠れていた」と答えましょう。高校でも同じような生存者がいるかもしれないと考えて、トイレ籠城中のチョーカー姉貴の救出率が上がります。さすがに確実ではないんですけどね。
『そっか……ねぇ、そっちには、貴女達以外に無事な人はいるかしら?』
(い)ないです。隠しキャラ出現の条件は満たしてない以上、我ら二名を除いて全滅しております。
ていうかこのゲーム、フラグが複雑怪奇すぎて隠しキャラの安定した出現方法が未だに不明だゾ……(wiki参照)せーちゃんとかアリアちゃんに会いてぇな俺もなぁ。
『分かったわ、直ぐに助けに行くから。私達といた方が、きっと安全よ』
あ、おい待てぃ。そちらの安全が確保されるまでは急がなくても大丈夫だゾ。具体的には称号獲得の七日目まで待っていてほしいですね。
実はこの会話、エンディングのフラグです。助けは要らないと言えば次に電話するまで、気の済むまで小学校生活を堪能するエンドレスモードに突入です。まあ遠足に行かないと早々に限界がくるんですけどね……。
逆に、もう待ちきれないよ、早く
焦りでろくな準備しないまま、りーさんが周りの制止を無視して単独で向かい空しく死亡します。当然その後の救援は来ないのであっちもこっちもバッドエンド一直線ですね。
『本当に、大丈夫なの……? いいのよ、無理なんかしなくても』
(無理してんのは)お前じゃい! るーちゃんは誤魔化せても、この私は誤魔化せなかったようだな。心労で声が震えております。
ていうかそちらはまだ1フロアも安全確保できてないでしょ。職員室を既に籠城化した私達のほうが順調な滑り出しですね(謎の張り合い)
『身勝手なお願いなのは分かってる。だけど、約束して……どうか、るーちゃんを守ってほしいの……!』
この質問には2秒以内に「もちろん!」を選びましょう。ちょっとでも迷う素振りを見せると信用されません。必ず即答します。涙声で縋る美少女の頼みなんか断れるわけねぇよなぁ!
『…………ありがとう、貴女がるーの友達でいてくれて。私たち姉妹は幸せ者ね……』
我が血(ガバ運)と誇り(ガバプレイ)に掛けて誓いましょう。ていうか失敗してるーちゃん氏んじゃったトラウマがががが。
いやあの時のりーさんの慟哭は思い出すだけで鳥肌が……あれはほんにもう……くわばらくわばら…………。一週間このゲームに触れなくなりましたねあれは。
後はるーちゃんに電話投げて放っておきましょう。気が済むまで電話続けてる内に、部屋内の昨日出来なかった箇所を物色していきます。
カッター、ドライバー、モップ……武器はできるだけ集めておきます。小学生は技量も低く、すぐに使用中のものを壊しますから。
それと何でもいいので、何か水を入れられそうな容器。高校と違って水道が止まるため、水を数日分貯めて置かなければなりません。しかし学校なんだからゾンビパニックでなくとも災害用の備蓄くらい用意してくれよ……。防災意識が低すぎる-114514点。
ラッキー、非常持ち出し袋がありました。これ一つに便利な物資が沢山入っている優良アイテムです。グレードは最低品ですが、それでも貴重です。先生だけ生き延びるつもりだったんだろう、ずるいぞ! (ゴマすり)
ついでに残ったジュースとお菓子を口に放り込んでおきます。……あれ、まだ食事は出来ないのか? おっかしーなー1日寝れば平気だと思ったんですが。
しかしこれはまずいですね。 既に空腹値は限界なのに食事ができないので、少しずつ体力が低下していきます。ただでさえ低いステータスへのデバフはちょとsYレならんしょこれは……?
「ねぇ、何日かしたらりーねぇがこっちに来てくれるって……うん? まりー、どうしたの? そういえば昨日から、なんにも食べてないよね」
姉妹の会話も終わったようで、るーちゃんがこっちにやってきました。(どうして食べないのか)私にもわからん。仕方ないので水以外はるーちゃんに押し付けましょう。
「ううん、わたしもいらない……いまはあんまり、食べたくないかな……」
さいですか。そんじゃ今から外に行きましょう。るーちゃんは……着いてくるみたいですね。正直私1人ではあまりにも心許ないので、素直にありがたいです。
今日の目標は3階廊下制圧と水の汲み置きです。イクゾー! デッデッデデデデ
職員室から外に出ました。前回は暗くてよく見えませんでしたが、床も壁もみんな血みどろの素敵な光景がお出迎えしてくれます。早速正気度減少ですね……。
「ぃ……! だ、いじょうぶ、だから……」
これで叫ばないのはなかなか偉い。見続ける度にマイナスなので早めに掃除したい所さんですが、ステがクソザコの2人だけではどれだけかかることやら……。大量の水も必要ですし、全部は無理そうですね。
廊下でたむろしているのはひー、ふー、みー……ばらけて7体います。武器も確保した今、集団でないかれらなど慎重になれば恐るるに足りません。
おびき寄せながらチクチクするだけの光景なんて倍速だ倍速だ倍速だ! この程度に15分もかけるなんてちょっと遅すぎるんとちゃう?
LEVEL UP!
かれらを相当数倒したことでレベルが上がりました。習得するスキルは……王道を往く『製造』ですね。両者とも知力がチンパンなので、このスキルが無いといつまでたってもバリケードが作れません。
小学校ルートならひとまず最初に取るべきです。
各学年の教室にいる居残り組もサクッと処理。足を狙って転けたら頭をひたすらボコる黄金ムーブ。子どものかれらなので楽勝ですね。
「──まりー、後ろ!?」
ギャアアアア!!!
クソクソクソこいつロッカーの中に隠れてやがった!? レアポップなんぞしてんじゃねぇ確率0.014%だろぉが!!
離せこのクソガキぃ! てめぇにやる肉なんざ小指の先だってねぇんだよ自分のハナクソでも食ってやがれってクソザコ筋力でほどけねぇぇ!??
ヤバイヤバイ押し負けたあぁもうだめだ残念わたしの冒険はここでおわってしまった……
「この、まりーを、はなせ!!」
る、るーちゃん!? 彼女が攻撃してくれたおかげで拘束が緩みました! この隙に回避用のドライバーをシュウウウウト!!
よっしゃ、抜け出しました。この溝鼠如きがさっきはよくもやってくれたなぁ! 二度と目覚めんようその頭蓋、粉微塵に散らしてやるぞォ!
死ね! 死ねっ死ねっ死ね! ヒャハハハハ! 全て内側、粘膜を曝け出したその姿こそが、いやらしい貴様には丁度よいわァッ!! (血酔狩人)
「まりーやめて! もう死んでるから、もうだいじょうぶだから!」
いえいえまだですよ、と言いたいところですが、抱きつかれては動けませんね。今日はここまでにしといたる。
ところでるーちゃんはなんで泣いてるんですかね?
「だって……ひぐ、まりーが死にそうで、それに、怖かったの。さっきのまりー……」
確かに言い訳の余地もないですね……。彼女がいなければ感染待ったなしでした。けれど俺は悪くねぇ! このクズ運が悪いんだ! 一族の呪われた血が!
ひとまずあいつが最後の1体だったようで、3階のマップは赤から透明になりました。後は湧き潰しのため階段を塞いでやれば、セーフゾーンに分類され青く染まるはずです。
「ねぇ、すこしやすまない……? つかれてさっきみたいなこと起きるの、もうやだよ……」
残念ながらその提案は却下だ。インフラの停止が起きる前にかたをつけておきたいので。停止するのは夜か、明日か、それとも今すぐか、時間は1日目を除いたランダムですが、なるだけ早いに超したことはありません。
「わかった……でも、むりしちゃだめだよ?」
賛同も得られたので、机をひたすら階段まで運んでいきましょう。1人1つさえ運べないので、るーちゃんにももう少し頑張ってもらいます。
人数も少ないし高校の倍以上かかりますねこれ……。
☆少女運搬中…………
ようやく終わりました。まさか最低ランク作るだけでこれだけ時間かかるとは……。バリケードというより机と椅子をただ重ねただけなんですけど。有刺鉄線? そんな贅沢な素材うちにはねぇよ。つくづくこの小学校は高校に劣ってますね。
外では既にカラスが鳴いている時間です。残っている児童は早くおうちに帰りましょうねぇ〜。
そんじゃあ次は水の確保ですね。ゴミ箱に空のペットボトルが大量にあったので、これを使わせてもらいましょう。ちゃんと洗ってるよねこれ? ゲームの都合上、一括して「空のペットボトル×20」なんて書かれているし問題ないんですけど。
水道で水を入れては行ったり来たりをするだけの単調な光景を繰り返しましょう。両手いっぱいに荷物抱えるので無防備になります。そのため先に廊下を制圧したんですね。
「ふぅ、ふぅ……これぐらいあれば、きっとたりるよね?」
きっと大丈夫だと思います。足りなければ、校内の自販機をこじ開けてやりましょう。危険度高いので手段の1つというだけですが。
2人とも汗だくだし私の方は血もべっとりですね。しかし着替えもねぇ、洗濯機もねぇ、シャワーもねぇのでどうしようもないです。俺らこんな学校いやだ、高校行くだ(行けない)
血だけでも流しておきましょうか。服はどうしようもないです。かれらから剥ぎ取るのも精神的にマイナスですし。うーん、体操服くらいは後で確保しておきましょうか。
2日目のミッションコンプリートしたところで今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。
○
時間は少しだけ遡る。
全てが変わり果てた一日目の夜、千寿万里花は夢を見ていた。
仄暗い世界に1人だけ。隣に、親友はいない。
──否、1人ではない。気がつけば、無数の亡者が列を成していた。怨嗟を振り撒き、獣じみた唸り声でこちらに迫る。
その貌から理解した。あれは自分が殺した『かれら』だと。
二度目の死を与えられた筈が、今再び憎しみの炎を燃やして立ち上がり自分を殺しにかかっているのだと。
「──いやっ」
恐れたのは、『かれら』の瞳。憎悪に満ち、血走った眼が自分を射抜くのだ。その眼は、ある事実を容赦なく突きつける
何故、貴様は我らを殺したのだと。
望みを絶ち、喉を描き切り、頭蓋を砕き、ほんの一夜で積み上げた躯の山。清算などとうに出来ぬ罪。底に仕舞い込んだ罪悪感が裏返り、人という形を得て牙を剥く。
「来ないでっ!?」
その瞳から逃げだした。苦しみと絶望の声から、己の心を閉ざそうとする。自分は悪くない。そう思わなければ、あまりの重さに壊れてしまうからだ。
逃げて、逃げて、息が詰まるほど走り続けているのに、かれらとの距離は離れない。むしろ、少しずつ縮まっている。
逃れることなど出来ないのだ。かれらは彼女の心が生んだもの、心は決して離れない。心を喪うことは、思考を喪うことでしか成しえない。死によってでしか、逃れられない。
「うそっ!? いやだ、こんなところで!! 」
辿り着いた先は行き止まり、後方には愉悦に歪んだかれらが跋扈する。
腕を掴まれた。足が取られる。小さな体を押し倒され、かれらは頸部に向かって生温い息を吐いた。
「いやだ! いやだいやだいやだいやだッ!! だってお前たちがわるいんだ! お前たちが殺そうとするから、やりかえしただけなんだよッ!!」
必死の叫びにかれらは答えない。せせら笑いながら、生者に対して纏わり付くのみ。
「はな、れろ! あたしは、お前たちみたいになるつもりなんか…………!」
剛力で首を締められた。呼吸が全くできない。抵抗もいたずらに体力を削るだけにしかならず、やがて視界が明暗しはじめた。
微かに映る景色には、かれらが口を開いて緩やかに迫る姿が見える。意識の消失と同時に、噛み殺す算段なのだろう。
「か、ぁ…………ぐ……ぞぉ…………」
音が消える。視界が途切れる。首の圧迫感も、徐々に遠いものになっていく。守ると決めたはずの、小さな光が見えなくなってしまう。
「る、う──」
終わりの時、首を喰い千切られる瞬間に。
亡者の濁流に飲まれる刹那、世界の全てが流転した。
「──ぁっ!!?」
意味深な悪夢、怖れが許容から溢れ強制的に覚醒を果たした。
「ぇ……あ、ゆめ?」
首筋を撫でるもかれらの手はなく、ただ空を切るだけだった。差し込む日の明るさで、先程のものがようやく夢であると気がついた。
悪夢にしてはリアルが過ぎた。罪を糾弾する瞳、沸き上がる恐怖、肩を掴まれた際の異質なつめたさ、どれも現実そのものとしか思えない。
「……」
喰われる、命が終わろうとする時、奇妙な感覚が自分の中に芽生えた。何処までいっても夢はただの夢、喰われて死のうが、直前に覚めようが、現実に死を齎すわけではないのだが。
恐怖の中に混じった小さな何か。ほんの僅かでありながら鮮明に際立つ、まるで大部分を占めた感情とは対極の──
(なんだったんだろう……そうだ、今は、ゆめのことなんか考えてるばあいじゃないよね……)
悪夢に囚われていた思考が、現実を認識し始める。目に入る見覚えはあり、しかし馴染みのない壁。職員室で就寝していたのだと、今更ながら気がついた。
辺りを見渡す。荒らし回された部屋の跡。嗅ぎなれない大人特有の匂いに混ざった血の臭い。そして自分の左手から香る、死の臭い。
「──、ぇうッ」
糾弾の眼が脳裏を過る。
昨日の昼から何も口にしていないため、吐き出す中身などとうにない。黄色がかった胃液だけを何度も何度も吐き散らす。喉が焼けつくように熱く、頭痛がし始めた。
「げぅっ、ふっ……ひどいかお、だよね。るーには、みせらんないかな」
窓に映る顔は別人の様。たった1日でげっそりとした輪郭に、汗と返り血でぼろぼろになった前髪が無造作に垂らされている。
もし男であったなら、落ち武者、と形容できるかもしれない。
「ほら、わらわないと、えへ、へへへへ」
窓に映る歪んだ嗤いに、その下手くそさにまた嗤えてしまう。
「あたしが、まもるんでしょ。へいきだって言えるように、わらうんだよ」
口を更に吊り上げる。やはり歪んだ笑み。そもそも昨日までの自分は、一体どうやって笑っていたのだろうか。こうでは無い気がするが、どうにも思い出せない。目を細め、頬を緩ませるだけだった筈なのだが、今やっているものとは何かが違う。
「あたししか、いないんだ。あたしだけが! はは、だから、もっとしっかりわらわないと!」
泣きたい心を底に沈める。念入りに、友達が自分を見て笑えるように、徹底的に踏み付ける。
今は上っ面だけの笑顔でもいい。泣いた顔を見るよりも、この顔の方が、きっと彼女は安心するから。
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ふたりぼっちで過ごす夜
会話文は書いていて難しかったです。ひらがな多すぎて読みづらいよな、小学生が覚える単語か、前の文でこの言葉は漢字にしてたっけ、みたいに。
それでも書いてる間ずっとニヤニヤしてました。楽しかった。
※注意:ガールズラブ描写あり
全身水浸しになって戻って来た万里花を見て、瑠璃はようやく安心感を覚えた。昨日から今まで丸一日近く、顔から足まで血塗れた姿で隣に立っていたのだ。
友達とはいえさすがに恐ろしいものがある。
幾分かは見える格好にはなっただろう。ちなみに今の彼女、何も服を着ていない。
「たっだいまー。えーと、あれ、タオルどこにあるんだっけ……?」
拭き物が見つからないからと首を振り回して髪の水気を飛ばしている。ブルブルと震える行為はまるで犬猫の習性。それでも幼子が行えば愛嬌に満ちているのだから不思議なものだ。
「ぷへ、ちょっとスッキリした。あー、おふろにはいりたい。りーねえちゃんのところにはあるといいなー」
「ちゃんとふいて、かぜひいちゃうよ」
万里花はそのまま職員室の中で一番偉そうと思った椅子にどっすんと腰を下ろす。水滴が零れ座面を濡らすが気にする様子はない。どころか今度は橙の髪を絞り始めた。ぼたぼたと大きな雫が垂れ落ちる、椅子は泣いていい。
あちこち濡らして回る姿に呆れた瑠璃がタオルを渡す。受け取った途端に「うおー」と髪をゴシゴシと拭き始めた。当然、タオルを退けた後の髪は爆発している。
「ぷっ、あはは。なにそのかみがた、ほら、それ貸して」
「えーっ、いいよほっといても。どうせかわくし」
口は尖らせながらもタオルは素直に返す。受け取った瑠璃は対象的に、その髪を優しく傷まないよう拭き始めた。
「泳いだあと、いつもこうしてもらったよね。りーねえちゃんから」
「そうだね、らんぼうに拭くとかみが傷むんだって、拭いてもらうたびにりーねーが言ってた」
「そんなに変わるのかな? わたしのかみ、さらさらだってみんな言ってくれたよ?」
親友はどうにも自分に対して大雑把と言うか、ばっさり切り捨てればがさつであった。姉の影響か、早い段階でおしゃれに興味を持った瑠璃とは美意識に差があるらしい。
拭いている最中、瑠璃はふと背中に視線を落とした。小さな切り傷、あの時かれらに押し倒された際に、床に散らばったガラスの欠片で切ったのだろう。血が止まりかける程度には治っている。
「このけが、いたくないの?」
「え、どこど──っ、 …… あー、水がしみたわけだ」
傷に触れて初めて気がついた、と言った反応。見た目通り、ごく軽いものらしい。それでも見かけた以上、放置するのは気分が悪い。
「まってて、何かとってくる」
「つばでなおるよ」
「それでもダメ」
「ぶー」
引き出しから絆創膏を探し出し、万里花の背中に貼り当てる。これで服に擦れて痛むことはないだろう。
「へたっぴ、一回しわくちゃにしたね。わたしはみのがさない」
「…………ん!」
「いだだだだだ!? ごめんつねらないで!?」
傷の処置は終え、前側を拭くため正面に回った。万里花の瞳は若干涙目である。
「もう自分でふけるけど……?」
「だーめ、どうせふきのこしいっぱい残すんでしょ?」
「そうやって目で黙らせるところ、なんかりーねえちゃんに似てきたよね……」
「んー? なにかいったかなー?」
「ふひ、ちょ、くすぐったいって」
「あはは、さわるたびにビクってしてる。おもしろーい」
「もう目的わすれてるよね!? あ、ちょっと、ふひ、やめ、まってまって、いひひ」
「こちょこちょー」
「いひひひ! ストップ! ヒヒ、ストォーップ!」
くすぐりに耐えかねて椅子から転げ落ちる万里花。馬乗りにされ、今度は床に押さえつけられいいようにやられ続ける。脇腹を触られ、気持ち良さと悪さが同居した不思議な感覚がぞわぞわと駆け巡る。耐えきれず大声で笑い続けた。
「ひーッ、ひーッ、ははっ……あの、もうかんべんし、て──よ…………泣い、てるの?」
「…………ごめんなさい」
「……なんで、るーがあやまるの……?」
唐突に、消え入りそうな声で行われた懺悔。先程までのふざけあった雰囲気は消え、冷たい空気が漂う。
「だって……だってわたし、あなたにまもってもらってばっかりで……! わたしのせいで、まりーはけがをしたんだよ!?」
「大げさだなぁ、こんなのへっちゃらだよ」
万里花は自分の側頭部を撫でた。かれらとなった担任に打たれた跡。腫れは見られないが、まだ触れるたび微かな鈍痛が走る。
「それに、あやまるのはわたしの方だよ。きのうも、わたしがダメダメなせいでこわい思いをさせちゃったもん」
「どうしてそう考えるの!? まりーがわたしのせいできずつくのなんて、もうわたしは見たくないのに! 」
「…………だって、その」
額に落ちる涙を見ていると、考えていた言い訳が出てこなくなる。彼女は本気で心配していて、それを誤魔化そうなどと考えるのは、卑怯な気がしたから。
「まりーが辛くなるならいっそ、わたしなんか……わたしが、いなければよかったのに……」
「……それは、ちがう」
万里花は瑠璃の顔を両手で掴み、自分の顔にまで引き寄せた。必然、至近距離で見つめ合うことになる。互いの潤んだ瞳に、泣き顔の自分達が映りあった。決して目を逸らさす、互いの奥底を見透かそうと。
「るーは、わたしのこと、すき?」
「……すきだよ。だいすきだから、きずついてほしくないの」
「わたしもすき。だから、たたかってほしくない。ころすのって辛いことだから」
目を真っ直ぐに向けた、恥ずかしげもない即答。幼少ゆえ、大人の愛の言葉とは含む意味合いは少し違うかもしれないが、親愛という点において彼女達は強固に繋がっている。
だからこその堂々巡り。大切に思うからこそ友の不幸を否定し合う。自分から進んで他人の不幸を背負おうとする。
「うん、そうだよね……理由は、それだけじゃないんだ。じゃあ、がっかりすること言っちゃおうか」
だから万里花は、穢れ無き自己犠牲、思いやりの鎖、そこに醜い打算を加えた。親友はきっと賢いから、もう一つの本当を与えれば納得してくれると思って。
「ほんとはね、自分のためなんだよ。るーを、がんばって守ろうとするの」
「……どういうこと?」
少しだけ言い淀んで、また口を開く。彼女に嫌われるのは、やはり怖い。
「ひとりだけじゃ、こわくてこわくて仕方ないんだ。あいつらの血がさむくて、つめたくて、頭がおかしくなりそうになる。だから、となりに誰かがひつようなの」
「それが、わたし?」
「そう、だね。だけど、るーには、変わってほしくなかった。ずっと、きれいなままでいてほしい。るーまでわたしと一緒のとこまでおちちゃうと、もういっしょにふざけあったりできなくなるんじゃないかって、思ったの」
彼女にはいつまでも純粋なままで、日常を汚されないでほしかった。そしてその隣に居れば、自分も世界が終わる前の、あの時を思い出せるのではないか。
もう落ちることのない血、纏わりついた死臭を忘れ、穏やかな日々へ逃避できると。
二人で一緒に堕ちてしまえば、もう罪から逃避することはできなくなる。必死になって親友が戦わないよう振る舞ったのは、あくまで己が勝手に抱いた幻想が壊れてほしくなかったから。
「あなたが思った完ぺきなわたし、つまり今のわたしじゃない、りそうの友だちがほしかったの?」
「うん、そう思ってもいいかな。はは、わたし、ひどいやつだね。でも、あなたしかいないの。わたしには、かぞくも、きょうだいだっていなかったから。今はもう、あなただけがようやくできた、つながりだから」
万里花の顔に一筋の跡が作られる。見つめ合うからこそ、零れる場所は目の辺り。だから、流れるこれは決して自分の涙ではない。もう悲しくて泣かないと、朝に決めたばかりなのだから。
エゴを押し通す。あくまで自分の保身のために。
「だから、もうね、いなくなるなんで言わないでよ……? わたしのために、わたしが生きていくために、いっしょにいてよ」
心のがらんどうを埋めるため、自分は友を必要とする。友もまた、自分が居なければきっと生きていけないから頼ってくれる。
歪んだ友情。依存関係。愚かしい執着。何と言われようがどうでもいい。此処に彼女以外に傷を舐めてくれる者などいないのだから。こうしなければ、とっくに狂ってしまったから。
「……わたしのこと、きらいになった?」
「ちょっとだけ」
「なっとくしてくれた?」
「……ほんの、ちょっとだけだよ」
「あはは、もう、これいじょうは話せないよ」
ちょっとだけ、つまり、まだたくさんあなたが好きだと言ってくれる。友は歪つを曝け出して尚、衰えることなく好意をぶつけてくるという優しさの傑物らしい。説得は諦めるしかないのかもしれない。
「わたしも、たたかえるようになりたいの。まもられるだけはいやだから」
「……とても辛いよ。気持ちわるくて、夢にだって飛びててくる」
「あなたといっしょなら耐えられる、でしょ。まりーが言ったことばだよ」
「……あはは、そう言われると、よわいなぁ」
二人で共に、血塗られた道を歩む。止めなければ、と良心が囁くも、既に遅いのかもしれない。
自分を助けに入ったあの時、ドライバーを刺した感触から気付いたが、既にあの『かれら』は息絶えていた。あの時はそれを認められず、己が殺したのだと振りまくように死体を破壊した。
自覚無くとも彼女は一歩、沼中に足を踏み入れている。
それに、自衛の手段はあった方がいい。己は万能ではないし、友達に生きてほしいと願うなら、生存率の高い方を選ぶべきだろう。
身勝手な思いの果てに殺すことは、あってはならない。
「それじゃあ、よわっちいあたしをよろしくね。たよりにしてる」
「まかせて。こんどは、わたしがまもるから」
これがベストな落とし所。二人で生き残る最善手。
「…………」
しばし、無言で見つめ合う。その眼はまるで宝石のようで、ずっと見つめていたくなるような美しさ。茶と橙、二つの色は違えど美しさは勝るとも劣らず。
嗚呼、記憶の中の親友は、果たしてこんな美しい色をしていただろうか。何故だろう。魅力的で、もっと近くで、見ていたくなる。触れていたくなる。
馬乗りから床に寝転がり、横に並び合った。互いに顔を掴み、自分に引き寄せようとする。より一層縮まる距離。
今度は自分から近づいていく。親友も負けじと距離を詰める。目一杯まで、限界以上に。
鼻先が触れ合う、それでも遠い。もっと近くで求めていたい。近く、近く、顔が触れ合うまで、瞼を合わせるまで。心が熱く求めている。
唇が、意図せず、触れ、合────
盛大に鳴った腹の音。乙女にあるまじき胃の咆哮が静謐を切り裂いた。ポンと、かかった魔法が消えたような気がする。
「「………………」」
呆けた顔を見て、自分の腹に視線を移す。相手の腹にも移した後、最後はまた親友の顔に。無駄にシンクロした動き、交錯する視線に一瞬のズレもない。
「「ぷ、あはは、あはははははは!」」
二人同時に噴き出した。相手の顔が、瞳に映る自分の顔が、本当にそっくりな間抜け面を晒しているのが、あまりに可笑しすぎて。
「あはは、昨日からなんにも食べてなかったもん。……そうだ! すっかりわすれてたけど、いいもの見つけたんだよ」
万里花が勢いを付けて立ち上がる。机の引き出しをを開け、小さなビニール袋をひっくり返した。ゴトゴトと転がる二つの容器。
「じゃっじゃーん。せんせい、引き出しにカップラーメンなんてかくしてたんだ。お湯もあそこにあるし、これ食べようよ! ね、ね、どっちの味にする?」
「うーん、みぎにしようかな?」
「えっ、わたしもこっちがいいな!」
「じゃあ、はんぶんこにしよっか」
「いいね、さんせー!」
互いに腹を割って話したからこそ、さっきのように、さっきよりも綺麗な笑顔を咲かせられる。こんな世界でも、二人で一緒に笑い合える。
「ねぇ、ところでさ……ずっとはだかだけど、服、着ないの?」
「…………あ、…………えへへ、わすれてた」
昨日は悪い日だったが、けれど今日は良い日になった。明日もきっといい日にできる。明後日も、その次も。
こんな世界でも、明日を生きるための夢ができたから。
次回は連休中のどこかで投稿予定です。確定後また追記します。
追記:次回は水曜19時投稿予定です
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かれら殺し(2)
level UP!
二人で幸せを作る三日目はーじまーるよー!
前回やることやった後、信頼イベントに突入したんですが、何故かずっと画面が黒塗りだったんですよね。ロリ二人がイチャイチャし合う、ある意味一番の見どころさんだった筈なんですが、とても残念です。
え? 百合の間に挟まるな殺すぞ?
………………それでは続きを始めましょうか。まずはまりーちゃんのステータス確認から。
なかなか悪くない体調値ですね。『悪夢』のせいでもう少し回復が鈍いかと思いましたが、信頼イベントで中和してくれたらしいです。
ついでに大量の経験値も獲得、これは流れ来てます。このまま無事進めば七日生存など朝飯前ですね。勝ったなガハハ!(早とちり)
スキルポイントは……よし、ここは『暗殺』を取得します。未発見時に音なく、確実にやつらを殺せる強スキルの一角。RTAの第一人者にしてWR保有者の動画でもステルス無双をかましていたことから、その強さに疑いようもありません。
やっと、あの糞ザコモーションとはおさらばできるんやなって……。
始めに行うことは、学園生活部への電話です。一日一回は必ず連絡を取り合うようにしましょう。さもないとりーさんが心労で病みます。だらしねぇな。
こちらの正気度回復したり、他メンバーがかれらの対処法をレクチャーしてくれたり、プラス効果もちゃんと用意されてるので、サボる理由も特にありません。
チャートにちゃーんと忘れないよう記載しておきます。
それではりーさんに電話を…………繋げません。
学校全体が停電しやがってます。うんちが! (悪態美幼女)
こんな時のための救済物として、回線無しでも繋がるトランシーバーが用意されてます。しかも高校とギリギリ繋がる距離設定の物が。製作者の優しさが身に染みますね。
高校の番号は前回の電話で聞き出しました。もし聞いてなくても周回プレイ時に記憶しているので大丈夫です。
繋がってくれよなー頼むよー頼むよー。
『──わわわ! くるみちゃん早くこっち来て! 本当に誰かと繋がったよ! ちっちゃい女の子みたい!』
うるせぇ!!(音量設定ミス)
今の声はゆきちゃんですね。ドタドタ走っている音も聞こえます。「本当か!」「もしかしてあの子が──」続いてゴ……くるみちゃん達が近づいて来ています。
『もしもーし! 私は学園生活部の丈槍由紀でーす! あなたの名前を教えてください!』
わが名は小学生!!!!
……はい、真面目に答えましょう。まりーちゃんとゆきちゃんはどうやら波長が合うみたいなので、ふざけあっても撮れ高結構ありそうですが。
『せんじゅ、まりか……そっか、あなたがりーさんが昨日言ってた子だね!』
そうだよ(肯定)向こうでは事情を理解して、りーさんに通信機を渡したようですね。
『万里花! 心配してたのよ、電話も繋がらなくて、どうしようかとこっちの皆と話し合ってところなんだから!』
すいまへぇ〜ん停電が起きたみたいで。……思ったより心配されてますね。学園生活部のメンタルを重視するなら、電話は一日二回にした方がいいのかもしれません。
『電気が使えないって……大丈夫なの? それに、そっちはお水だって止まるかも……』
へーきへーき、へーきだから。それに備えて準備はできてるから大丈夫っすよ。それよりそっちは何か変わったことありませんでした? 具体的にはチョーカーさん救出してないかなって。
『私達の学校に、まだ生き残ってる人がいたの、あなた達と同じように、トイレに隠れていたんだって。ずっと暗い場所にいたせいで、まだ何かに怯えてるみたいだけど……大丈夫、きっと良くなるわ』
よっしゃあ! 貴衣ちゃん生存確定! 別に小学生ルートでは生存の有無は関係ないんですが、運ゲーを制した証にはなります。 嬉しい話は精神がプラスになりますしね。
『ところでるーちゃんはいるかしら。少し声が聞きたいのだけど……』
「りーねー? わたしならまりーの横にいるよー」
ということなのでるーちゃんに会話を繋ぎます。向こうでは四人の声が重なっていますね。明日は五人になってもっと騒がしくなります。
こちらはたった二人から増えないので少しだけ寂しい気もします。せーちゃん……(未練)
しかしここで停電しましたか。三日目の朝で発生というのは早くもないけど、遅くもない、つまり普通ですね。水道も死んでることでしょう。
イージーモードならあと三日くらい持つんですけど。職員がかれらになっても働いてるのかな?
小学生ルートはどんな設定でも実質ハードモードなんだけどな! HAHAHA!
くだらねえ無駄話をしてる内に、今日の通話は終わったらしいです。長話をしてるとバッテリーが持たなくなるからね、しょうがないね。
「きょうはなにをするの? きのう三かいはあんぜんにしたけど……」
今日は二階の家庭科室に行きましょう。校内図を指差してるーちゃんに教えます。
「かていかしつ……あんまり入ったことなかったな……」
低学年で入る機会ってないですよね。家庭科の授業だってありませんし(昔を懐かしむ)
それは置いといて、家庭科室は小学校でほぼ唯一のまともな食材が手に入る部屋です。停電で冷蔵庫が止まった今、中の物は一日で死ぬことでしょう、季節設定は夏ですし。是が非でも本日中に確保しなければ。
「たしかあの日、あした六年生がカレーをつくるって言ってたような……そうだね、行ってみよっか」
なぬ、カレーとな!? それは上々。今日のご飯は豪華になりますね。
ちなみにるーちゃんのこの発言か、事件発生前に噂を聞くことで中身が確定します。カレーは当たり。生姜焼きとか野菜炒めとかも当たりの部類です。
ぶっっっちぎりの大ハズレはお茶の入れ方の勉強とかいう話を聞くこと。当然腹の膨れる物などありません。お茶っ葉だけでどうすりゃいいんだ……。
ともかく今回はカレーで固定です。前日とはいえ、先走って材料の準備したやつくらいはおるやろ。
「わたしもいくよ。あいつらの注意をひくくらいなら、わたしだってできるから」
なんだか日に日にるーちゃんが積極的になってないか? これはもしかしたら、もしかすると……覚醒イベント、あるかもしれません。見たことはないですし、攻略サイトにも載ってないですが。
NPC中ほぼ最弱ステータスなので、前線に出す機会がまるでないんですよね。正直お留守番してもらった方が……という。かれらと戦わせることもなく、だから覚醒イベントの情報も無いんでしょう。
しかしそれは高校生以上での話。このルートでは主人公をも超える活躍を見せてくれます。
もちろん連れていきますよ。先日助けられたことで、彼女の有用性は証明済ですし。
装備の確認もして、二人で力を合わせてダンジョン攻略にイクゾー!
折れた(折った)モップ棒が少しだけ消耗してますが、まま、大丈夫でしょ。
バリケードを潜り抜けて、二階の階段に来ました。ここからは奴らの占有領域です。余計な音を立てないようゆっくり移動しましょう。
二階のかれらは三階と違って、妙に感覚が鋭い気がします。戦闘中の音でお呼びじゃない奴まで来ることもザラ。
教室や廊下の配置数も約二倍に増えており、危険度は三階とは一線を画します。チュートリアルはここまで、ということですね。
音を立ててはいけないのなら静かに殺すまで。そのために取得した暗殺スキルです。ちょうど階段下のかれらで有用性を証明しましょう。
索敵範囲ギリギリまで近づき、奴が振り向いたと同時に階段から高らかにジャンプ。高所から突っ込んで押し倒し、動脈をカッターの刃で引き裂きます。
これがほぼ無音で行われました。 たった二日で殺人技術を身に着けるとか殺しの才能ありますねぇ。
モーション終了後の、血を払いながらぬるりと立ち上がる姿にもはや戦慄さえ覚えますね。
ぅゎょぅι゛ょっょぃ。ステルス方面だけで、一度見つかればクソザコですが。
「まりー、はやくいこ……?」
おっそうだな。こいつ一人程度でモタモタしてる場合ではありません。家庭科室は階段を降りてすぐ右にあり、ちょうど職員室の下に位置します。近いのは楽でいいことです。
失礼しまーす! ガラー
家庭科室ではまず最優先で包丁を獲得します。部屋内にいるかれらに見つからないよう戸棚を開け、装備中のカッターと交換します。
包丁は十分な攻撃力、固定の入手箇所、スペアも豊富とその短いリーチ以外極めて優れた武器です。欠点もクラフトで長棒をくっつけることで補えます。非力キャラでプレイ時、序盤から最終日までお世話になった方もいるのではないでしょうか。
これは余談ですが、やはり包丁はりーさんが持っているイメージが強いですよね。このゲームでもそれを反映してか、りーさん装備時のみの専用技があります。
どす黒いオーラを纏いながら突貫する、ハイパーアーマー付き、鬼追尾、直撃時に完全即死、連発可能とバランスブレイカー級の壊れ技です。その凶刃に斃れるのは大体、恋愛方面でやらかしたプレイヤーなんですけど(3敗)
みんなは一途になって、(終わった世界を)生きようね!
そんな話は置いておいて、装備の更新も済んだのでかれらを片付けます。八体と数は多く大変ですが、まあなんとかなるでしょう。
「……なんだか、六年生のひとたちがおおいね。まるでじゅぎょうのこと、おぼえてるみたい」
気づいてしまわれましたか。これで雨の日のフラグ『かれらは生前の記憶に基づいて行動する』の解除です。おバカなまりーちゃん一人では気が付かなかったことでしょう。
こそこそ隠れながら一体ずつ仕留めていきます、直接戦闘は不利だからね。まずは正面にいる、後ろ向いて呆けたあいつから殺ります。
隙を見せたな、背中に一刺し! からの刃を両手で持ち上げ傷口引き裂きながら引き抜く! ちゃんと包丁の向きに拘ってるのがポイント高い。レイプ目で頬を拭う姿がヤンデレじみてセクシー……コワイ!
そう見えるだけとはいえ、ヤンデレ幼女とかゾクゾクしますね。命の危機という意味で、ええ。
一体倒したらすぐ物陰に逃げ込みます。キャラが小さいと隠れやすくていいですね。さあこの調子で二体目のお間抜けさんを探しましょうか。
良さそうな奴を発見しました。その命頂戴致す! 我が剣の錆と成れ、いざ尋常に不意打ち──
「──ギォオアアアア゛ア゛ッ!!」
ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!! フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!! (目力対抗)
あの野郎盛大な断末魔を響かせてくれやがった! おかげで部屋内の全員に見つかりましたねぇ! ふざけんなよお前!
確率で出してくる断末魔を回避する方法は主に二つ! 喉を潰してやるか、口を手で塞ぎながら殺すかです。前者はともかく後者は噛まれるだろいい加減にしろ!
この状況で奴らを索敵状態に戻すのは無理無理カタツムリ。武器をリーチの長い折れたモップに変更し、全員ぶっ掃除してやります。これしかありません。ほらるーちゃんも見てないでこっち来て!
まだ気が付かれたばかりで、かれら共はノロノロ振り向いている最中です。今のうち、囲まれる前に各個撃破して数を減らさねば。
スタミナなんぞ気にしてられねぇ! 攻撃は全力振りの連打一択です。半端な攻撃じゃ毛ほどのダメージにもなりません。幼女の力舐めんな。
まず脇腹をぶん殴る! 更に肩に振り下ろし! 掴みがきたので回避、横に回ってどつきます。隙を晒しました、フィニーッシュ!
眼孔に折れた先端をぶっ刺します! ぬ、まだ動くかこいつ! 眼球をぐりぐりシェイクしてやりましょう、ようやく黙ったので腹を蹴り、その反動でモップを抜きます。
さあ次はお前か、それともてめえかぁ! あ、待って二人同時はやめてくださいお願いします何でもしますから!
「おぉーい! こっちだよっ!」
るーちゃんが大声を上げたことで、約半分があちらに注目しました。るーちゃんはまだかれらを殺せないので心配ですが……うまく逃げ続けることを祈るしかありません。まずはこっちを早く片付けましょう。
足元がお留守だぞクオラァ! 膝を付きました、右手に持った包丁で、全力の横薙ぎを敢行します。その首ぶった切ってやる!
流石に斬首はできませんが、半ばまでめり込んだのでヨシ! 血を吹きながら倒れ、ビクンビクン痙攣しています。包丁が刺さったままですが、回収の時間も惜しいので放りましょう。
次だ次、三体目のどてっ腹にバチコーン──
──パキン。
は? 待って待ってここで壊れるのはまずいって!
『──折れた(折った)モップ棒が少しだけ消耗してますが、まま、大丈夫でしょ』
なんて抜かしてたが大丈夫じゃなかったなぁおい! 慢心が窮地を呼んだ気分はどうだ? 感想を述べよ!
やべぇ攻撃くる回避を、あ無理だ間に合わねぇ壊れたモップ棒でガードするしかグボエェェ!!
掴みは防ぎましたが力負けてど突かれました。体重も軽いせいで机一つ分スッ転がされましたねぇ。
「うしろにいる! はやく立ってよまりー!」
あ、やばい、頭から倒れたせいでちょっと動けない! ひいいお慈悲ぃ〜! お慈悲ぃ〜〜!
「ほらにげるよ! ねぇ、いそいでよ!!」
るーちゃんが手を貸してくれました。これでようやく移動できあああ足首掴まれた!?
流行らせコラ! 流行らせコラ!(がっこうぐらし!実況プレイ)
ゴキ、と首のへし折れた音が響きます。幼女渾身の足蹴で死ねるなら本望ダルォオ!?
ずるずると引き摺られながらドア前まで一時撤退します。この間にスタミナを回復させてしまいましょう。
「どうしよう……いっかいもどったほうがいいんじゃ……」
ダメです。(ブリュリュリュ)戦闘中の部屋から離れてしまうと、戻った時にはそっくりそのままリポップしてしまいます。ここまでの頑張りが無駄になるのはどうにか避けたいところ。
あと半分なんです! お願いしますなんでもしますから! 大丈夫、職員室よりちょっと難しいだけだ! かれらが子どもな分逆に楽かもしれませんし。
「ああもう……むちゃは、しないでよね?」
おう、考えてやるよ。
こうならヤケだ! クソでもミソでもかかってこいやぁ! 今日の晩飯はカレーじゃなくておめぇらのミルフィーユにしてやるよ!
○
家庭科室に残った最後の一体、甦る躯を黙らせた。首に刺さり、半ばで止まった包丁。仰向けの喉に靴裏を叩き付け、後頚まで貫通させる。
神経を断絶してなお伸ばされた手を振り払うと、もう『それ』が動くことは無くなった。
「これで、さいごだよね。……だいじょうぶ?」
「うん、まあ、おとといよりはへいきかな。それよりごめんね。またヘマしちゃった」
深々と潜っていた包丁を引き抜いた万里花。ほじくり出した、と言う表現の方が正しいか。
「ううん、それよりまりーがぶじでよかった、あれは本当にあぶなかったんだから」
「あはは、モップが折れるなんてさすがに思わなかったな」
血と肉の貼り付きを布で拭き落とし、光沢の戻ったそれをまじまじと見つめる。反射して映された顔は、またしても血化粧に彩られていた。
「しょくよく、ある?」
「……いまは、ちょっとムリかも」
先日と違って嘔吐するまでは行かなくても、何かを口に入れた途端に戻しそうな気分ではあった。そも、嗅覚以外にまで作用しかける程、紅き臭いでむせ返る部屋で食の話をすることが間違いではある
「なくても、れいぞうこから取っておかなくちゃ。ていでんしたから中身はすぐ腐っちゃうよ。あしたのごはんが足りない」
「それより、その手でとっちゃだめだよ。あらいに行かないと」
「じゃあそこに水が……あ、すいどう止まっちゃってる」
万里花は仕方ない、と肩を落とす。水は今、職員室で保管しているため戻らなくてはならない。まったく不便だと呆れながら出入口の扉に歩き始めた。
瑠璃はその後ろについて行こうとした時、微かな呻きを拾った。
「まって……まりー、右のそれ」
「…………あ、生きてるね。近くをとおったから、はんのうしたんだ」
足元にいるそれは、首に包丁を叩きつけられたまま痙攣を続けていた。
立ち上がることはおろか、寝返りさえできないほどの損傷。口元に指を差し出すような自殺行為でもしない限り害は無いだろう。
「
万里花が冷たく言い放つ。興味の失せたように視線を外し、歩行を再開した。血混じりの、か細い咳が吐き出される。
「まってよ……この人、くるしそうだよ」
「…………じゃあ、どうする?」
「……えっと、それは」
殺してやれ、とは瑠璃は言えなかった。そう要求するのは、友としてあまりにも最低の行為だろう。例え彼女がもう戻れないほど殺しを重ねているとしても、ひと一人分の業を積ませることに違いはない。
「わたしが、やる」
「……ほんとに?」
「きのう、やくそくしたから。あなたを、まもれるようになるって。だから、今かくごをきめる」
「……そっか、わかった」
悲しげに笑いながら、先程拭いたばかりの包丁を手渡す万里花。瑠璃はその重さに愕然とした。重い、摘み取った命の残滓たちが、あまりにも重い。
「おさえとくね、しんぱいしないで」
口に布をねじ込ませ、指を踏み砕いて万が一さえ封じておく。一連の動作は滑らかで一切の躊躇いはない。弱りきったそれは、少女の力でも難なく押さえ込めた。
促すように首を振る万里花。膝を付き、両手をかれらの胸の上で合わせる。奇せず、死を看取り、祈るような格好になった。違うのは刃が垂らされていること、看取るのではなく死を与えること。
(……こわ、い)
後悔が頭を埋め尽くす。今になって逃げ出したく、親友に全て任せてしまいたくなる。
昨日、目の前の彼女を助けた時は無我夢中で、思考の暇さえなかったから行えた。今は余すことなく受け止められてしまう。
親友に任せてもいいのでは? いつもどおりに。それで怖い思いは終わりにできる。今日、無理して行う必要性がどこにある? 明日にしようか。先延ばしでもいいだろう。明日ならきっと気持ちの整理がついて──
息が荒くなる。手が震え、うまく刺せる未来が見えない。被るだろう血を予想するだけで恐ろしくてたまらない。親友に、縋って──
それはとても『優しい』目をしていた。ほんの少しだけ、嬉しそうにも見える。
昨日親友が言っていた理想の自分。穢れが無いだけの白いわたし。それが目の前にあるから。ここで諦めれば、彼女の夢に近づくから。
(その目……やめてよ。わたしはあなたを、まもるって、なんども言ってるだろ! そんな目で、見るなっ!!)
ここで折れれば、彼女の暖かさに包まれて、二度と立ち上がれなくなる。
反骨精神が沸き上がった。彼女の思惑に打ち勝つべく、折れかけた心を拾い集めていく。わたしはあなたの理想の人形じゃないのだと、怒りさえ補強材として覚悟を再形成した。
「ぁぁあああああああッ!!」
深く、深く心臓に突き刺した。命の消えた感触が鮮明に走り抜ける。もう
顔をあげた時、世界が一変していた。血の赤が、目を焼く程にくっきりと見える。ひと呼吸で気付いた死の臭い。この世界は哀しき臭いで満ちている。
これが友の見ていた景色。遅れて自分はそこに立った。赤いヴェールが垂らされているのに、凍りつく程に寒々しい。熱に触れたくなる。隣の彼女に、どうしようもなく抱きつきたくなった。
「あ、まりー。わたし、わたし、いや──」
「だいじょうぶ」
万里花が先んじて抱きしめた。ありったけの思いを込めて。狂おしいほどの冷たさが、ほんの少しだけ和らいだ。
「ひぐ、うあ、あああぁぁ──」
「だいじょうぶ。ずっといっしょだよ。……じごくにだって、いっしょにいてあげるからね」
賛辞はしない。責めることもまた。どちらも、今の瑠璃には消えない傷になると知っているから。自分が先に踏み入れたため、ほんの少しだけその気持ちが分かる。
分かるが故に、彼女に掛ける言葉は有りはしないのだ。
次回は日曜19時投稿予定です
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小さな理想郷
ここからもうちょっと手足が丸っこい感じを想像してます
【挿絵表示】
みーな氏作「みーなのキャラメーカー(β版)」より作成しました。規約……大丈夫かな。
違反等あればすぐに削除しますのでお知らせください。
ようやくまともな食事にありつける三日目後半、はーじまーるよー!
ッシャアァ! ッシャオラァアアッッッ!!!!
るーちゃんの覚醒イベントですよ! 始めて見ました! ていうか史上初じゃないですかコレ!!?
何がどう、どうなってフラグが成立したのかまるでさっぱり分かりませんが、とにかく彼女の覚醒イベントが存在するという情報はデマではありませんでした!
いやっほーい! 最早ここで死んでも一片の悔いはありませんが、ちゃんと称号は獲得していきます。ご安心ください。
画面に戻って、まずは傷心のるーちゃんを抱きしめているところですね。ここは早めに立ち直ってほしいので、全力で慰め続けます。
良ぉお~しッ!
よしよしよしよしよしよしよしよしよしよし立派に殺れたぞるーちゃん。
「……ありがと、すこし、げんきでた。ずっといっしょって言ってくれて、すごくうれしい」
あれ、もう終わり? もっと甘えてもよかったんやで。
抱きしめタイムが終わったので、本来の目的に移りましょうか。冷蔵庫を開けたい所さんですが、血塗れの手では食材に触れられないので手を洗いに行きます。てかその途中で覚醒イベントが起きたんでしたね。
水道が止まっていることは先程確認しました。なので職員室に汲み置いた水を取りに行く必要があります。あ~めんどくせーマジデ……
手を洗ってきました。手だけと言わず全身血が付いていたので洗いました。おかげで水の消費ががが。
さっぱりして機嫌も良くなりましたね。血塗れは精神に悪影響を与えるので、できればなりたくないです。今の二人は石鹸の匂いがするかわいい女の子です。嗅ぎたい。間に混ざりた──
「んん……ふくがくさい……けど、これしかないよね……」
──殺気を感じたので実況に戻ります。るーちゃんもこう言ってることですし、明日は二階の教室から服を取りに行く予定です。三階は上級生ばかりでサイズが合いませんでした。
でも明日の服より今日の飯のほうが大事。早く戦利品を持ち帰りに行きましょう。
それでは宝箱の中身をご開帳。開けーゴマッ!
「うわぁ……やったねまりー! ざいりょういっぱいあるよ!」
や゛ったあああアアア゙ア゙ー!!!(純粋糞サイヤ人)
かなりの量が入っていました! カレーだけでなくサラダやデザートの材料まで盛り沢山です! やっぱり今日はノリに乗ってますねぇ! (血族にあるまじき豪運)
肉類は今日が期限ギリギリなので、明日にはもうアウトですね、残念。お、果物の缶詰です、デザートは正気度の回復に役立ちます。……随分前に作っただろうナニカを見つけました、ゾンビ菌より恐ろしいものが入ってそうなので皿ごと捨てときます。
まだ残ってる氷や保冷剤も入れときましょう。缶詰は別として、何日くらい持つでしょうか。
それではこれを持って……持って帰ッ……。
「なん回かに分けたほうがいいんじゃ……」
俺も今考えたところ! (クソザコ筋力知能)シャベルウーマンなら小指の先で持ち上げられるというのに、ほんまこの非力っぷりが……。
おっと、もう一つ必要な物がありましたね。カセットコンロを持っていかなければなりません。えーっと、どこにありましたっけ。
引き出し、無い。食器棚、無い。机の裏、無い。……あるぇ?
おかしいですね、どこかに一つはポップする筈なんですが、予備のガスも合わせて。
「ねえ、もしかしたら、あそこにあるんじゃないかな」
そう言ってるーちゃんが指差したのは釣り戸棚。なるほど、確かにあそこにありそうですね。うーん、手が届きません。身長が絶望的に足りない。ジャンプ、ジャンプ! ダメです、取手に掠りもしません。
「まりーじゃむりでしょ……わたしより背がひくいのに……」
え、マジで? ……二人並ぶとちょっとだけ身長低いです。気が付きませんでしたねぇ。あれ、てことはまりーちゃん全キャラ中最低値ですか?
ともかく今はあれをどうにかしましょう。脚立が欲しいのですが、学校を探索中に見たことはありませんでした。あったとしても持ってくるのが面倒だよなぁ……。
……せや! 椅子を積み重ねて足場にしたろ!
「えぇ……あぶないよそれ……」
二段重ねれば足りそうですね。一段目に椅子を四つ、その真ん中に二段目を置きます。ぐらつきはありません。安全確認ヨシ! (猫)
早速扉を開けましょう。あ、本当にカセットコンロがありました。冴えてますね今日のるーちゃん。覚醒しただけのことはあります。
カセットコンロと予備のガスボンベ、両方いただきます。おっとっと、結構重たいらしく、ふらついてしま──あっ、やべ。
ドンガラガッシャーン!
○
「まりーってさ、ほんとにバカだよね……」
「んん!? 今すごいしつれいなこと言われた気がするぞ!?」
聞こえぬようくぐもった声での発言だったが、万里花は耳聡く反応したらしい。瑠璃を睨みつけて警戒する様は小型犬のよう。ピンと逆立った尻尾が見えかねない。
「なんでもないよ、聞きまちがいじゃないかな?」
「……むむむ」
渋々、と言った様子で元に戻る。正直に受け取った反応が素直すぎて、少しだけ吹き出してしまった。
「やっぱりバカっておもってるな!」
「おもってないってば」
彼女たちは今、料理をしていた。夕食にしては些か早すぎる時間ではあるが、ずっと満腹まで食べられなかった彼女たちには時間帯など些細な話である。
それに停電しているのだ。夜になれば灯りは付かず、電池式のランタンだけが光源になる。当然料理など出来はしない。
「ぜんぜんわからん!」
そう言って本を叩きつける万里花。今読んでいる家庭科の教科書は、当然ながら上級生の読み物だ。習っていない漢字が難しいらしい。
「…………こめをあらって……な、なんだろう、これ……」
隣で諦めずに解読を続ける瑠璃。姉がいると、先々の授業を予習できるのかもしれない。
早々に投げ出した万里花はカレールウの袋を取り出し、後ろの説明を見始めた。「ほう」「ふん」格好つけて唸っているが、おそらく理解できていない。
「あれ、コンロがつかないよ、どうしよう」
「えーっと……たしかそこを引いて──」
前途多難。二人にまともな料理の経験はない。瑠璃はほんの数回、姉や親の手伝いで台所に立ったことはある。火を使う作業からは遠ざけられていたが、作り方は姉や親を通して見ていた。何となくだがイメージも出来る。
問題は橙の少女。料理の『り』の字すら知らない有様らしい。せいぜいが、インスタントラーメンを作れる程度。それもカップでなければ危ういか。
「ほうちょうってこうにぎるんだよ。はんたいの手はこう」
「ほへー」
故に時間が非常にかかる。慣れた人間の二倍、三倍、早めに調理を開始したのは、図らずも正しい選択であった。
「だすげでるー、玉ねぎきったらなみだでてぎた」
「あ、その手で目をこすっちゃダメだよ!」
「うわぁあああ!? さきに言ってよそれ!!」
ゆっくりと進んでいく。傍からは見ていられないほど、ゆっくりと。
「にくはぜんぶ入れます。にんじんはのけてください」
「それじゃ大きくなれないよ、りーねーみたいになりたくないの?」
「…………!」
「あー、しょうらいまりーはチビってからかわれそうだなー」
「………………やさいもいれます」
「よろしい」
姉の面影をなぞる。彼女の後ろ姿を自分に摸して、イメージを近づいていく。
「わわわ! あわがいっぱいだよ! だいじょうぶかな?」
「えっと、いまは中火だから、これくらいかな? ……あ、あれ」
「逆だよそれ、つよくなってる!」
そして──
「かんせい! ……なのかな? ちょっとしゃしんとはちがう気がするね」
「……うん、りーねーみたいには、やっぱりいかなかったな」
出来上がったものは、年齢を鑑みれば、十分に上出来と言えるだろう。本人達は納得しているとは言いがたいが。とはいえ飯は飯、内心涎を垂らしている。空腹感には勝てないのだ。
「いただきまーす!」
「うーん……やっぱりちょっとちがう……」
豪快な盛り付けを、これまた大口を開けて豪快に食らいつくのが万里花。控えめでちびちびと口に運び続ける瑠璃。食べ方から感想まで何もかも対象的である。
ふと瑠璃は、万里花のカレーに目を落とす。運動部の中高生のような盛り方、違和感はそこではない。なんというか、色合いが、少し違う。
隣にあるサラダにも手をつけた痕跡がない。
「やさい、やっぱりいれてないよね」
「……な、なんのことだか」
冷や汗を垂らして露骨に目を逸らす。やましいものがあるとひと目で分かるお粗末さ。
「……やさいはきらいだよ」
万里花はサラダからトマトを抜き出して弄ぶ。「ぐぇ」顔を顰めて投げるように中に戻した。
筋金入りの嫌いっぷり。カレーの中身すら避けるとなると相当らしい。
「食わずぎらいってやつだよ、ほら、あーん」
「え、えと、あ、あーん……」
呆れた瑠璃が人参を万里花の口元に運ぶ。突然の接近に面食らう万里花。逡巡の末、しぶしぶと口を開けた。友の好意と匙中の苦手な野菜、天秤にかけ前者を取ったようだ。
「……んぐぇ」
梅干しでも入れたかのように口をすぼめた。覚悟を決めて噛み締める。「んん?」驚いた顔になり、やがて唇を緩め始める。色々と表情が忙しない。
「……たべれた」
「ほら、ね」
自分でも信じられないと言った様子。ここ三日間で積み重なった食事の不足もあるだろう。苦手だったあの味が、今はそれ程感じられなくなっている。
「うんまい!」
一度克服すればなんのその。喜色満面でモリモリと食い続ける姿に、見ているだけで瑠璃は自然と頬が緩む。
食事は楽しくあってこそ、彼女は食べる側に関しては才があるらしい。作った側としては、その笑顔を見るだけで冥利に尽きるというものだ。
○
夜、二人は横に並んで添い寝をしていた。ソファを連結し、カーテンを剥ぎ取って掛け布団の代わりにする。二人が小さいからこそ狭い中で、なんとか横に並ぶことが出来ていた。
「かたいね、ちょっとねぐるしいよ」
「うん、そうだ、あしたはほけんしつとか行ってみよっか」
窓から見える景色は黒に染まり、文明の滅びを暗に告げていた。車の音、僅かな喧騒さえ聞こえない静寂が一帯に広がっている。
窓から差し込む月明かり、そして小さなランタンだけが二人を照らす。見える世界の範囲はとても狭い。
「……とてもしずか。あいつらもいなくなって、ここにはあたしたちだけみたい」
「ほんとに帰ったのかもしれないよ。みんな、むかしのことを、おぼえてるみたいだから」
「そう、なんだ。じゃあなんであたしたちのこと、おそうのかな」
「……それは、わかんないよ」
無音と暗闇。忘れていた夜の怖さを思い出す。
「あとどれくらいで、りーねーがたすけくれるかな……?」
「あと三日か四日だって。今はそとに出るのがむずかしくて、二階まであんぜんをかくほしてからだって言ってた。だいじょうぶ、それくらいなら、ごはんだってのこってるよ」
「……会えるよね、ダメだったり、しないよね」
「たいじょうぶ、りーねえちゃんがみすてたりするもんか! それまでぜったいに生きのびるんだ!」
万里花は拳を上げて唸る。目に自信が満ち溢れている。助け人への信頼を表していた。
その強い自信に不安が和らぐ。きっと姉は助けてくれる、親友のようにそう信じられる。
「ねぇまりー、手、にぎってもらってもいい?」
「いいよー、……あったかいね、るーの手」
「まりーはちょっとつめたいね。ひんやりして、きもちいい」
手を伸ばせば触れ合える距離。互いに身を寄せ合って夜の恐怖を凌ぎきっていく。
「もっと、近くにきてほしいな」
「それってきのうのキ……い、いいよ、るーとなら、チ、チュー、しても」
「……ちがうよばか! わたしがやりたいのはこっち!」
瑠璃は上半身を起こしてぎゅんと距離を寄せる。顔を赤くして「あうあう」とショートを起こしている馬鹿に対し、顔を固定し自分の額を近づけた。焦りからか些か勢いが強い。
ゴン、と双方の間で星が舞った。
二人は痛みに悶絶してソファの上を転げ回る。これではただの頭突きであった。
「いっ……! あ、あたしなにかやっちゃったの……!?」
「ち、ちがうの……ごめん、やりなおさせて……」
痛みから復帰の後、二人は向かい合う。緊張した面持ち。万里花の方は、今度は殴られるのかと若干怯えが入っている。瑠璃の中に、動揺させたからだと逆ギレに近い感情が沸いてきた。
「もう、さっきのはちがうんだって……ほら、まえがみあげて」
「こ、こう?」
「そう、じゃあいくよ──」
近づく顔。ギュッと目を瞑って──
コツン、とおでこを重ね合わせた。額から熱が伝わってくる。
「ね、どうかな?」
「どうって……うまくいえないけど、なんだかポカポカする」
「えへへ、わたしもいっしょ」
額を合わせたまま、再度ソファに倒れ込む。呼吸さえ聴こえる距離で密着しているのに息苦しくない。不思議と心地よい気分であった。
「これで夜はこわくないでしょ?」
「うん、とってもあんしんする。ぐっすりねむれそう」
「よかった、うなされてたんだもん。どうしようって思ってたんだよ?」
「……あれ、気がつかれてたの?」
「ばか、またひとりでしょいこもうとしてたんだ」
安心した心に、睡魔が優しく忍び込んでくる。抗えない。抗う気もない。
「こうこうなら……きょうみたいにおなかいっぱい……たべれるよね……?」
「そうだといいね、いまは、ちょっとせつやくしないと」
「シャワーもあって……ふとんもあって、なんにんも…………いっしょで……いいなぁ…………」
「ほんと、うらやましいよね……はやく、りーねーがきてほしいな……」
「うん……るー、おや……す、み…………」
「おやすみ、まりー……ふあ、わたしも、ねむくなっちゃった……」
寝息を立てる二人。その手は強く握られていた。夢の中でも、どんな時でも、離してなるものかと。必ず守る、二人で生き抜く。地獄の中でも足掻き抜いてみせる、そう誓うのだ。
○
「……けほっ」
夜中。小さな咳の音、本人も、隣も、気が付かない。
作ったばかりの理想郷に、罅が入り始めた。
次回は水曜19時投稿予定です。
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幻影
花言葉【絶望】【別れの悲しみ】
特大級のガバがやってきた4日目はーじまーるよー!
【WARNING!!】
・感染しました。徐々に自我を失い、やがてかれらとなってしまいます。感染進行度100%になるまでに治療薬を使用してください!
・感染により、『悪夢』が『かれらの幻覚』に悪化されました。
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!?????
…………えーと……表示の通り、まりーちゃんが、感染しました。
空気感染か、噛み付きがかすっていたのか、何回も血塗れになったのが悪かったのか、原因は不明ですが、このあと三日くらい経過したら……お前、消えるのか……?
パート1で説明した通り、小学校に治療薬はないので高校や大学、駐屯地に向かうか、ランダル社まで取りに行く必要があります。車は乗れずに、子どもの足で。つまり無理ですね。スタミナ切れで殺されます。
大学や駐屯地に行こうものなら熱烈に歓迎されますね。感染状態で向かうと警告無しの敵対扱いになってしまいます。いたい気な幼女に威嚇すら無しとかあいつら鬼かよ。
残された可能性は今すぐ学園生活部に助けを求めることですが……これも選択肢としては入りません。こちらに迎えに来る時と地下まで薬を手に入れに特攻する時、どちらかで誰かしらが犠牲になります。具体的にはマニュアル見て精神がほぼ逝きかけのめぐねえがやられます。
プレイヤースキルでどうにかしようにも、子どもだし病人ゆえ、縛り付けてでも戦闘は止めさせられるので何も干渉できないのです。
その後自分たちのせいでと小学生組が精神崩壊→壊れたるーちゃんを見たりーさんも発狂→雨の日に足手まとい三人発生→全滅。うわぁあだめだこりゃ。
そもそもこれがあるから七日目まで迎えを控えているんですよ。これでは本末転倒もいいところ。
詰みました。生存の道が闇に閉ざされています。
…………。
……………………。
…………………………続行します。
この先全てノーミスだろうが死亡確定、最強理論すら通らない絶望的状況ですが続行します。
何言ってんだこの大ガバ野郎、と思われるかもしれませんが理由はあります。
まずは一つ目。進行のスピードから、ギリギリ雨の日までは耐えられそうなこと。八日目以降は捨てます。
そして二つ目。まだ称号獲得の条件を満たせる可能性があるからです。ここで獲得条件を詳しく表示しますね。
『しょうがっこうぐらし!』
条件:『滑川小学校』を拠点に設定後、『雨の日』後のエンディングを見る。(注)使用キャラは小学生であること。
……気がついたでしょうか。条件の中に、生存の二文字は含まれていません。つまり、どちらかが最後まで生き残ってしまえばいいんです。全滅してしまえばENDではなくGAMEOVER突入なので、一人だけでも生き残る必要はあります。
三つ目。るーちゃんが覚醒していること。これでまりーちゃんの死体を見ても精神がミリ耐えし、自害しないでくれることを祈ります。SSR確定なこの状態をリセットで捨ててたまるか、という意地もありますが。
最後。…………プレイした皆さんは、雨の日ってどう乗り越えたでしょうか?
おそらく大半の方がフラグ立てによる放送、次いで全てのかれらを全滅、無力化させるという脳筋解決方。
そして、もう一つ。原作でめぐねえがやったように、守護霊ルートで走っている先駆者様が行ったように、誰かを生贄に捧げる方法。
ここで小学校の状況を確認しましょう。電気が止まっているので校内放送は出来ません。皆さん知っての通りまりーちゃんのクソザコステータスではラッシュを受け止めるなど夢のまた夢。
はい、最後の一つが残りましたね。
つまりどういうことか、はっきりと言います。
感染しなくても、最初からまりーちゃんは七日目に生贄にさせる予定でした。
七日目までどんな形であれ身体が持てばいいんです。ですからプレイは続行します。
先日のフラグ会話も、学園生活部に教えてあちらを生存させるため。あちらが全員生存しなければその日中に迎えが来ないからね。
嘆いてばかりもいられません! 死ぬ前にやるべき事はまだ残ってます。(学園生活部のための)雨の日フラグ回収、(るーちゃんが)雨の日終了時間まで時間を稼げるよう二階の制圧とバリケード設置、最後に発狂しないよう(るーちゃんの)正気度維持! 馬車馬の如く働くぞフハハハハ!
え、まりーちゃんの正気度? 『かれらの幻覚』のせいでもう無理です。
『かれらの幻覚』ですが、先述の『悪夢』を強化した上で、凶悪な追加効果まであります。起きている時にも一定確率で亡霊共が現れ、こちらの正気度をゴリゴリ削るよう責め立ててきます。
判定に失敗すれば感染進行度まで上がるおまけ付き、ふざけろ。なので死にゆく者をケアする余裕もなし、これからを生きる、るーちゃんを支えていくだけで精一杯です。
レベルアップのポイントは『伝染力低下』を取得しましょう。説明文によると体内の菌が空気や水に触れるとすぐ活動を停止するようになるらしく、近くで過ごしても他人に感染させることはなくなります。
……どうなってんだこのスキル。研究者に見つかったら脳みそ切り開かれそう。(TLoU)
それと感染のせいでポイントを戦闘系に振れなくなったのが痛いですねこれは痛い。
それではプレイにモドルゾー
○
『もしもーし、ゆきおねえちゃーん、くるみおねえちゃーん、りーねえちゃーん、きこえてますかー』
「はーい、丈槍由紀ですよー! 昨日ぶりだねまりーちゃん」
「おっ、今日は早く繋がったな」
「ええ、無事なようでよかったわ」
朝の通信。声を聞き、双方の無事を確認し合う行為。ラジオに一方的な放送はあれど、こうして学校の外の人と語り合えるのは彼女らとだけだった。
思いつく限りは通信を試みたが、ほぼ全てが繋がりもしないかノイズとかれらの呻きだけ。絶望的な生存率を感じさせてならない。
小さな彼女たちが生き残れたのは、ありったけの幸運のおかげだろうか。
『きのうはね、るーといっしょにおりょうりしたんだ! カレーつくったの、すっごくおいしかった!』
「へえ、小さいのにすごいな。料理できるなんて」
「……あら? るーちゃんもあなたもそんなこと出来たかしら……」
『はじめてだよ。でも、るーがいっぱいがんばったんだ』
『……えと、りーねーがつくってたところ、ずっとみてて、だからまねできるかなって』
「そうなのね、ふふ、参考になれたみたいでとっても嬉しいわ」
この場合、妹は姉の背を見て育つと言うのだろうか。姉として手本にされていたというのは恥ずかしいような、嬉しいような、どちらにせよあたたかな気持ちになれるものだ。妹の成長を実感できるなら尚更である。
『それでそれで、ゆきおねえちゃんのところはなにかあったかな?』
「ふっふっふー、聞いて驚け、学園生活部に新しく部員が増えたのだ。その名も──」
『たかえおねえちゃんだっけ? きのう言ってたよねー』
「柚村たか──え? 知ってたの?」
肩透かしを食らい、しょぼんと項垂れる由紀、その間をずいと押しのけた人物が口を開く。
「よう、紹介に預かった柚村貴衣だ。どうやら二人ともアタシの命の恩人だって聞いたぜ。ありがとな」
『……なにかしたっけ、わたしたち。ずっとここにいたよね』
「あんた達がトイレに隠れてたみたいに、まだ中に生きてる人が居るかもしれないって探しにきてくれたんだ、ゆき達がな」
『ほへー、そうなんだ。でも、たすけたのはあたしじゃなくておねえちゃんたちだよね。だから、ありがとうはそっちに言うべきだよ』
「はは、謙虚なやつだな。じゃあ……ありがとな、ゆき」
「たかえちゃん、恥ずかしいよ、えへへ……」
帽子を撫でられ、ふにゃりと笑う由紀。撫でれば撫でるほど顔がへにゃへにゃになっていく。
「そんなわけで昨日からこっちは五人に増えたんだ。そっちは……やっぱり、変わらず二人のままか?」
『うーん、ぶじな人はやっぱりいなかったね。一階はまださがしにいけてないけど……』
「……そうか、もう四日目だ。言いたくはないが、あまり希望はないかも知れねぇ……」
『……そうだよね』
「それより、無理はしないで。まずは自分と、二人の身を守るのを優先するのよ」
『わかってるよ、りーねえちゃん。あ、そうだ、あいつらのことでちょっと分かったことがね──』
それからは双方の間で、かれらについての情報共有を進めていく。曰く、生前の記憶に従っている、夜は学校から帰宅し朝に登校する、大きな音に優先的に反応する。
既知の情報も多くあったが、気が付かなかった部分もある。子ども故の先入観に囚われない見方が二人に気付きを与えたか。
逆に小さな彼女達への助言も忘れない。かれらをより知ることは生存の可能性に直結する。生き残ってほしいのなら、知識はあればあるほどいい。
『そーいえば、めぐねえせんせい、だっけ? せんせいそこにいないの?』
「めぐねえでいいよー、本人は佐倉先生って呼んでほしいみたいだけどね。うーん、今どこにいるんだろ」
「たしか職員室だろ。ってか、やっぱ先生呼びは似合わねぇよな、雰囲気から」
「でもそこがいいところでもあるわ、きっとあなたたちも仲良くなれるわ」
「やっぱあの人、高校の教師じゃなくて小学校の方が向いてるんじゃないか?」
「あはは、違いない」
そこからは雑談に花を咲かせ、年頃の女性の話題にあちらが疑問符を浮かべ、小さな彼女達の体験談から昔の良き思い出に思いを馳せて。
『ばいばーい、おねえちゃんたち』
『またね、りーねー』
「ええ、
最後は互いに明日の無事を願い、通信を切る。
「っしゃぁ! 今日もやってやるぞ! あいつらを助けるためにもな!」
「ええ、きっとるーちゃんもあの子も無理をしてるから。早く行ってあげないとね」
気合十分。胡桃がシャベルの煌きを見て豪語した。小さな子ども達のために、守るべきもののためなら、自然と気合が湧いてくる。
順調に行けば、三日あれば外まで手が伸び、安全を保ちながら迎えに行けるようになるだろう。あと少し、持ちこたえてくれればそれでいい。ただ生きてさえくれれば、いくらでも救ってやれるのだから。
○
「じゃっじゃーん、るーにもんだいです、これなーんだ」
くるくると無駄な回転運動を行いながら登場する万里花。瑠璃の目の前に躍り出た後、格好つけて被った帽子を指差した。
「あ、それわたしのぼうし! どこにおちてたの?」
「げた箱のちかく。あいつらがすくないうちにちょちょいっと行ってきたんだ」
万里花は頭の上でつばを回しながら答える。なんでもないことのように言うが、一階まで降りる危険な行為であったことは想像に難くない。
「なにやってんの! あぶないことしないって何回もやくそくしたでしょ?」
「ごめんごめん、でも、おちてるのを見たら取りにいかなきゃって思っちゃって」
「かえすね」と言いながら持ち主の頭の上に帽子を乗せる。帽子を被った瑠璃を見て、万里花は満足気に頷いた
「うーん、いつものるーがもどってきた。やっぱりぼうしがないとるーじゃないよね」
そう言って笑う彼女に心外だと瑠璃は思う。確かに四六時中着けていた記憶はあるが、帽子が本体と思われていたとは失礼な話である。
無言かつ半目で睨む瑠璃に気づき、万里花は慌てたように取り繕った。
「だ、だってるー、そのぼうし取りに赤しんごうわたろうとするんだよ? いのちより大切みたいなもんじゃん、ね、ね?」
「あれはその、ちょっとあわてて……やめよっか、この話すると、あのときのりーねーを思いだしちゃう」
「あはは、一日じゅうおこられっぱなしだったね、あたしたち……」
今となっては笑い話にもなるが、一歩間違えれば二人とも大事故になりかけた帽子の話。
風に飛ばされた帽子を追って瑠璃が道路に飛び出し、一緒に釣られて追いかけた万里花。道路間際で滑った拍子に前にいた瑠璃を引っ掴んで共に転ばせ、紙一重で車の衝突を避けた。
偶然が重なった現象だった。目の前を豪速で横切った鉄の塊を前に、二人して青褪めて震え上がったものである。
遅れて来た姉に泣かれ、抱きつかれ、そして最後にたっぷりのお説教をかまされた。その時の悠里の顔は、彼女達の中で苦い経験として鮮明に残っている。
「そういえばさ、なんでそのぼうしがだいじなの? ずっと聞いてなかったよ」
「……ないしょ」
「えー、そりゃないよ、ねぇおしえてよー」
「りーねーのところに行ったら、またあとでおしえるから、ね?」
「……やくそく、だよ」
取りつけた約束。しかし、万里花の顔が浮かない。不満があるのか、それとも──
「それで──けほ、ごほっ」
「……だいじょうぶ? かぜひいちゃったのかな……ねつは、ないみたいだけど」
万里花が唐突に咳き込んだ。瑠璃がおでこを触って体温を確認するが発熱は無いと判断した。感覚的な判断ではこれが限界だろう。
「ちょっと待ってて。しょくいんしつに、薬ないかさがしてくるね」
「ごゆっくりー」
瑠璃が離れていく。一人だけの静かな教室。
『──本当は気がついているんだろう? もう少しでお前はわれらと同一に成り堕ちるのさ』
否、この場には二人の少女がいた。少なくとも、万里花の眼には淡紫の、同じ年頃の少女が見えている。
『衝動に駆られるだけの醜いけだものと、思っていたよね。あなたも今まで散々と葬ってきたわれらになるさ』
「なんのよう……しおんちゃん、に似たやつ」
首の刺し跡から血を零しながら、少女はふわりと辺りを飛びまわった。嘲笑う声が頭蓋を鳴らす。
『似た誰かじゃあないかもね。私は君への怨みを晴らすため現れた本人、だったらどうしようか』
「うるさい、おそってくるからやっただけだ! うらむならじぶんをうらんでよ!」
『先に斬りかかったのは君だろう、私はあの時後ろを向いて、君に気が付きもしなかった』
少女は嗤う。万里花の心の罅に浸透するように、言葉を紡ぐ。
『君に気が付いていたとして、それでも襲わない可能性はあった。私と君は、ともだちだったからね』
「そんなのかんけいない、きっと殺しにきたさ! 今までだって止まったやつなんかいないんだから!」
『可能性はあったさ。かれらは生前の記憶を残していることは知ってるだろう。私との友情、私の中にあった思い出たちに、賭ける価値はあったとも』
「それ、は──」
もしかしたら、『しおんちゃん』は本当に。いつだってそう成れた可能性を願っていて、しかしそうあったことを否定する。
本当に彼女が人のままであったなら、それを殺した自分は一体何者なのか。彼女だけではない。今まで奪ってきた命、あれは本当に、一人たりとも理性の無い怪物だっただろうか。確証が持てない。かれらには記憶が残っていると知ってしまったから。
『安心するといい。きっと大丈夫さ。君はきっと、あの子を覚えてやれるから──』
「──うるさいって言ってるだろっ!」
その言葉を聞いた途端、万里花の頭が赤いもので塗り潰された。激情のままに、彼女に向かって割れたガラスを投げつける。
『……ああ、変わったね、ひどく暴力的になった。われらに近くなったのかな?』
「消えろ、消えろ、きえろ! はやく、はやクッ!」
ガラスが当たる度、不自然な程に少女は傷ついていく。投げつけただけで腕が斬れ、腹が裂けた。頭の半分が吹き飛んで、夥しい程の血が床を染めていく。
痛みすら心地よいかのように笑みが深まった。理解できない。理解してしまえば、きっとかれらになってしまうのだろう。
『ふふ、もう少しで一緒になれそう、楽し──』
「死ねッ!」
埒があかないと判断し、渾身の力で頭部を殴りつけた。首から上が吹き飛んでいく。脳を喪っても当たり前のように不自然に直立する躯。やはり奴らは人ではないのだと再認識できる。それがほっと安心感をもたらす。
「は、は、は、ちがう、あたしは、あいつらなんかに」
血も、躯も、頭の声も霞のように消え果てて、有るのは飛び散ったガラスの破片だけ。全てがただの夢の中の出来事。
「けほ、げほっ、く……そ、こんなの、ただの……かぜで……」
口は気丈に豪語する。だが心の内では確信があった。親友を見るたびに少しずつ這いでる何か。きっと委ねてはならないものが、大きくなっていく。
今はまだ耐えられる。明日もおそらく大丈夫だろう。二日、三日目には、もう分からない。
「うぁ、あ、ああ……」
夢の影響か頭痛がし始めた。立っていられなくなったり、机に倒れ込み頭を抱える。
「だい、じょうぶ。るーは、つよいから。ちゃんとお別れできれば、きっと……」
親友との別離。思うだけで心が軋む。瑠璃も同じだろうか。もしそうだとすればやるべきことがある。せめてきれいなお別れを。彼女の傷が薄くなるように、自分の死が、彼女を縛る鎖とならないように。
「……ずっといっしょだってゆびきり、したばっかりなのにな」
そしてかれらとなった自分が親友を殺さないように、その方法を考える。
「うあ゙、ないぢゃ、だめだよ、あだし……。だいじょうぶだよって、わらわないと」
残された時間はもう多くない。親友にどう語り掛ければ、この胸の痛みは消えるのだろうか。
こんなこと書きましたがまだ最後の結末決まってないんですよね……
次回は土曜19時投稿予定です。
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穏やかな日常
灯滅せんとして光を増す五日目はーじまーるよー!
【WARNING!!】
・感染が進行しています。急いで治療薬を使用してください!
うるせぇ! ねぇもんはねぇんだよ畜生め! ここからランダル本社まで歩いて行けって言うのかよ時間切れになるわ。
前回はるーちゃんの帽子拾って彼女の正気度回復できたのでのでいいゾ〜これ。少し無理してでも一階に降りたかいがありましたね。やっぱ子どもの笑顔を……最高やな!
これで計三回、同じ人物と信頼イベントを起こせたことで、関係する称号も獲得しました。三回だよ三回。きっと信頼度も上限近くになったことでしょう。
本当は嫌われてた方が離別の精神ダメージ少なくていいんですけどね……。けどこんなにええ子の信頼度下げるとか出来るわけないやろ。
まだ隣で寝ているるーちゃんはそっとしたまま起床しま──おっと、貧血気味にふらついてしまいました。
進行度が高くなると様々なデバフが付いてしまうのでやりづらいですね。50%超えればステータスの低下、80%にもなればかゆうま化が深刻になり、発音さえも怪しくなってきます。筋力バフ? 治療薬がないとそれ以上のデバフが打ち消してきます。
今日はまだ問題なく動けそうですが……雨の日まで持ってくれれば問題ないんです。お願いしますなんでもしますから。
『苦しいよね、隣にいる親友の喉に、喰らいつきたくて仕方がない。無防備に曝け出されて、とっても美味しそう』
さっさと朝飯流し込んでしまいましょう。空腹値が低いと合わせて衝動が強くなってしまいます。葛藤によるストレスの蓄積や自傷行為をされると洒落になりません。
寝ているるーちゃんには悪いですが、一人お先にいただきます。これで残りの食料は……やっぱギリギリですね……。あと二人で一日分。雨の日は抜くと(死ぬと)仮定すれば、次の日に回収されてもなんとかなりそう。
『でも君は耐えなきゃいけない。友情を裏切るくらいなら死を選ぶ、そうでしょ?』
これ以上、学校内での物資の回収は見込めません。遠足に行くにも足がないので今あるものが全てです。開き直ってここからは防衛設備の特化を進めていきましょう。
これ以上一階近くの部屋に踏み込むと、間違いなくかれらに袋叩きにされてしまいます。というわけで結局開放できたのは三階だけでしたね。二階は一部の部屋のみ攻略しましたが、時間が経てば再占拠されてしまうでしょう。
小学生二人という戦力ではあまり手が回りませんでした。くるみちゃんの戦闘力が恋しいなぁ。
『きっと大丈夫さ。だってこんなにあの子を思ってるんだもの。だから安心して、少し休むといい──』
やめろォ!!
ふざけるな! オレは貴様らの
これはオレの戦いだ!!
「ひっ……ど、とうしたの、まりー……!?」
やっべぇ!? いつの間にか起きてたるーちゃんにさっきの醜態を見られました。
傍から見れば虚空に向かって迫真極まる声で叫び出したイカれた奴です。友達のこんな姿見たら正気度こわれちゃ^〜う。
「よく見て、ここにあいつらはいないから……だから、だからおちついて……!」
るーちゃんに顔を掴まれてじーっと見つめられました。
そうそう、信頼度が極高の相手の顔をどアップで見ると、狂気が静まることがあります。ちょうど今やられてるこれです。やっぱり信頼度必要じゃないか!
「だいじょうぶ……そう、だいじょうぶだよ……」
……OK、一旦落ち着きました。ゲロカス亡霊糞ゴミ畜生共も今は静かになってくれてます。
この見えない誰かとの会話、見ちゃった相手の精神削るんですよね。ただのイマジナリーフレンドとの違いは、自分にもダメージがあること。ゆきちゃん化よりひでえ。
かと言って好き放題に喋らせ続ければそれはそれで闇がどんどん深まります。適当なところで一喝して黙らせるのがいいんですが……なかなか、落とし所が難しいねんな──ウェーッホ、ゲホッ、ゲホッ!!
失礼、痰が絡みました。
「かぜ、なおってないね……」
(もう治ら)ないです。なんて言えるわけないので誤魔化しておきましょう。ただし、ぼかしながら別れの言葉は言っておきます。覚悟させておけば、それだけ精神ダメージは軽減されます。
俺、消えっから! (ど真ん中豪速球)
「そんなこと、うそでも言わないでよ……きっとよくなるから、りーねーたちのところなら、きっとなおるから、ね?」
やっぱ無理です(手のひらぐるぐる)涙腫らしながら呟くところを更に追い詰めるとか人間のやることじゃねぇ! これが人間性を捧られるRTA走者と私の埋められない差なんやなって……。
でぇじょぉぶだ。すぐに元気になってやる、と言って頭を撫でます。ほら、明るい顔になってくれました。
…………え、笑顔がつらい。どうすりゃいいんですかこれ?
○
早速バリケード補強を行いましょう。準備いいですかるーちゃん。
「お、おー」
それでは図工室から拾ってきた紐で重ねた机同士をギチギチに固めます。はい、るーちゃんはこっち持ってそこに結んで。
「ここだよね? ほどけないように……はい、できたよ」
それではまりーちゃんは裏に回ってここを結びます。…………不器用っすね、るーちゃんの二倍の時間かかってるじゃないか。それともこれも感染の影響でしょうか。
「うしろに気をつけてね。今はいないし、わたしも見てはいるけど」
るーちゃんはこう言ってますが、心配する必要はないです。
感染したせいでやつらからの隠密性が上昇しているためよほどの音を立てない限り標的にされることはないでしょう。余命数日と引き換えに得たスキルがしょぼすぎる-931810点。
そんじゃ見所さんがないので倍速だ倍速。
☆幼女加速中……
「これでかんせいだね。ほかにやることある?」
昼過ぎくらいには終わりましたね、特にアクシデントもなかったです。動画的には地味ですが、たまにはこんな時があってもええやろ。
他にやる事は……そうですねぇ、階段に小物をばら撒いておきましょう。奴らは階段に弱いのは周知でしょうが、何かを踏みつけた時にも面白いように転びます。ビー玉やおもちゃやペンやら何でもいいので散らかしまくってやりましょう。
後は油を撒くのもいいですね。稀にバク転しながら転がり落ちるコメディアンなかれらが見られることも。
「うーん、何もやらないよりはいいのかもね。わかった、わたしはあっちのきょうしつから取ってくるよ」
ではわたしは逆側の部屋を漁りましょう。クラフト先のない無駄物も、こういった点で役に立つのです。さあ目に付いた物から片っ端に拾って──
──ん? これは……トランプを発見しました。
トランプなどの玩具は、誰かと遊ぶことで信頼度を高める効果を持ちます。元々の信頼度が知り合い以下だったり、切羽詰まった状況下だと拒否されてしまいますが。
特にトランプは二人でも大人数でもこれ一つで対応できるのが優れてますね。遊びの種類も豊富で、飽きが来ないのもGOOD。
つまりこれが示すことは……
四回目の信頼度イベントってみっかぁ!
こうなったら最大値まで上げてやります。その状態で離別した時の称号も一緒に獲得してやりましょう(ヤケクソ)
○
というわけで今からババ抜きやります。るーちゃんには当然のように快く頷いてもらえました。
「ちょっとわくわくするね、くらい中でやるのって」
外は既に真っ暗で、停電してるので小さなランタンの光だけが頼り。今回はベッド代わりのソファにトランプ広げてやっています。
私は学園生活部とは何度も対戦してきましたが、るーちゃんとやるのは初めてですね。
カードを配るのに時間かかりそうなので倍速もいいですか、ちょっとキャラごとの思考の解説挟んじゃましょう。
ゆきちゃんはすぐ顔に出るタイプなので、勝つのはまあまあ簡単です。ジョーカーと上がり札を往復して選択してやると、コロコロ表情が変わって面白いです。あとめっちゃかわいい。
しかし原作主人公故の何か『持ってる』ものがあるのか、たまにとんでもない豪運を発揮します。例えばストレートフラッシュを二連打してきたり。その時は素直に諦めましょう。
くるみちゃんは……ゲームのver.によって思考が変わります。私が今プレイしているver.では意外にも堅実派で、冒険はしてきませんね。確か前はガンガン行こうぜ系だった覚えがあります。
りーさんは言わずもがな慎重系。表情は鉄仮面の如く強固で、完璧なポーカーフェイスから何も読み取ることは出来ません。『ツイてる』状態のゆきちゃんを除けば一番強いと感じました。
めぐねえは……そうですね、一番弱いです。ゆきちゃん並の面の薄さと逆補正掛かったような運の悪さ。不憫枠かな?
カードも配り終えたので実況に戻ります。るーちゃんがどんなタイプなのかは分かりませんが、小学生に負けるわけないやろ!
ババ抜きって三人なら最初から勝負になるのですが、二人だと最後のペアまでは正直ただの作業でしかありません。なのでそこまで飛ばします。
「むむ……」
はい。現在私がジョーカー持ってて、るーちゃんが引く番です。るーちゃんがこっちをじーっと見てきながら選ぼうとしてきます。かわいい。
ここで表情を変えましょう。右の上がり札に伸びかけた瞬間に、逆に怪しく笑います。すると不思議、ジョーカーをするっと引いてくれました。
「ん、こっちだね! ……あっ」
ポカンとした表情がかわいい(二度目)後ろで念入りにシャッフルして差し出してくれました。さーてどっちかなー?
右。
「…………」
左。
「…………」
右。
「っ…………」
反射的に瞬きしました! 右だっ!
……あれ、引けない? なんで?
「そ、そっちはひいちゃダメ!」
さてはカードをがっちり挟み込んでやがるな! 物理的に引かせないとかなんだその戦法、小学生か!? 小学生だったわ。
「んん、わかったよ……はい」
勝てました。やったぜ。
こんなふうに本当に細かい表情の変化が楽しめて、勝敗に関わらず眺めてるだけで面白いです。製作者の拘りっぷりがマジでやばい。
「ね、もう一回やろっ。つぎはまけないから」
リクエストに答えるのもいいですか、動画映えを気にして違うものにします。るーちゃん、『スピード』ってやったことありますか?
「しってるよ、まりーともやったことあったでしょ?」
ならば上々。説明の必要はないみたいなので、早速カードの束を二つに分け、四枚表向きに並べましょう。ジョーカーはワイルドカードに設定します。細かなルール変更も出来るんですねこれ。
「じゃあいくよ、いっせーのー……せ!」
えーっと、……台札がスペードの3だから……あ、これか。2を出して、また3に戻って、隣がKなのでQを──
「──はい!」
ア゛! 先に重ねられてしまいました。いや見ている場合じゃありません次の手札を──
「そこ!」
あのさぁ……いや、年を取ると頭の回転が鈍くなってくるんです……。若い子のピチピチニューロンには敵いませんね。
あれ、でも操作してるまりーちゃんは小学生では……つまり私も小学生の可能性が微レ存……?
ちなみに操作キャラの『知能』ステが高いと出せるカードに矢印がついたりしてくれます。まりーちゃんにはありませんよ。(クソザコ知能)
「こう、こうだね!」
ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 助けて! 待って下さい! お願いします!
「はい──やった、かった!」
アアアアアアア! (発狂) 負けました……。
この上なく自分の衰えを感じますね。脳トレ押し入れから引っ張り出そうかな……? あ、るーちゃんまだやりたそうですね。今度こそ勝ってやる……。
…………
………………
十回くらいはやりましたね、さあもう一戦……と行きたいところですが、なんだかるーちゃんの目が落ちかけてます。眠いのでしょうね。
時間的にもいい具合なので、勝敗同数で癪ですが一旦終わらせてやります。次こそ白黒はっきりさせてやるからな。
……次、くるかなぁ?
「ふぁ……んん、まりーは、ねむくないの?」
眠いけど寝たくないです。『かれらの幻覚』が睡眠中にも襲いかかるので眠りたくない。『悪夢』と違って友情パワーでもどうにもなりません。
言えるわけないのでるーちゃんにはあまり眠くないとでも誤魔化しておきます。
「そっか、じゃあさきにおやすみ……」
横になったので灯りも切っておきます。真っ暗でなんにも見えません。何かする気もないですけど。
それでは今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。次回は最後の安息日です。
○
すやすやと友が寝息を立てる中で、万里花は未だ眠らずにいた。自らの掌も見えぬ暗黒、心を侵食していく絶望も似た色をしている。
「ゲホッ、ゴフッ……だい、じょうぶ。あしたまでは、たぶん」
起こさないよう、瑠璃の顔にそっと触れる。どんな表情をしているのかは分からない。
今にもその顔を引き裂いて、中身を舐め取りたい、想像するも悍ましい衝動に駆られてくる。その寝顔を歪め、怯えた顔のまま肉を喰いちぎる、感情のたっぷり乗った肉は蕩ける程に甘美であろう。
漏れ出る闇を、顔を振って否定した。寝ている今の顔が安らぎに満ちていることを願って。
「あたしはもうだめだけど、あなたはちがうよ。もっとすてきな場所に、きっといけるよ」
そのまま手を動かし、髪の毛を優しく撫でた。油っこくベタりした手触り。汗と、ほんの少しの血が入り混じった、ボロボロに傷んでしまっていた髪の毛。
碌に水も使えない中では、身を清めることも最小限にするしかない。血濡れた日を繰り返し、あの日までの透き通るような美しさは失われてしまった。
新たな場所では、そうならない生活であることを祈る。己は共に行けないが、ここよりも幸せであることを祈る。
「だからね、気にしないで? るーがしあわせなところに行けるなら、あたしはそれでいいから」
くすぐったいのか身じろぎをする瑠璃。とても長い、腰よりも長い後ろ髪が露わになる。
「……やくそく、まもれなかったね」
万里花は髪を持ち上げて、そこに軽く口づけをした。彼女だけの匂い、華の香りを探し出す。
「とおくに離れていっちゃっても、ともだちでいてくれるかな? てがみも出せないし、会うこともできないけど…………ううん、だめだよね、そんなともだち、わすれたほうが、いいにきまってる」
近づく死の足音。友の隣で死ねるのならあまり怖くはないのだろう。だがそれは、彼女に危険を及ぼす行為でもあった。死ぬならば孤独でなければ。たった一人で、死が齎す恐怖に耐える必要がある。
「……ごめんね」
小さな手のひらには二人分は収まらない。なら自分の全てを賭して、せめてこの宝物だけは──
書きだめがなくなったので次回は遅れます。
来週土曜予定です。
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狂う日常
……開幕ガバですね
死に至る病がその身を侵す六日目はーじまーるよ!
【WARNING!!】
・感染進行度が上昇しています! 直ちに治療薬を使用してください!
・感染が中期に達したため、全ステータスが減少します。体力、スタミナが減少し続けます。
カァッハッ! (吐血)
これはやばいですね。明日まで持つかどうかも怪しくなってきました。体さえ動けば、防犯ブザーでも鳴らしながら飛び込んで行くことでイベント達成なため、なんとか持ちこたえて欲しいところさん。
そして現在時刻は……11時!?
そんなに疲労を溜めた覚えは無いのですが……体内時計まで狂ってますねこれは。
寝起きもクッソ悪いです。『かれらの幻覚』のせいで休息の筈が正気度が寝る前より減る始末。直前のトランプで回復させていたのでまだ危険域ではないようですが。
それではソファから立ち上がりカーテンをふっ飛ばしてまずは靴を履いてから──
バタッ
……地面にへたりこんでしまいました。え、うそ、立てなかった?
頭痛がする、は、吐き気もだ……く、ぐう……。
「まりー、おきたんだね! ……かぜ、ひどくなってる。ねつがたかいよ……」
駆け寄ってきたるーちゃんに介護してもらいながら、なんとか立てました。あー……これやばい。歩行モーションもヨタヨタで、見てるだけで痛々しいです。
「きょうはもう、なにもしなくていいから。ずっとむちゃばっかりだっから、一日くらい休もう?」
もうこの体調では何も出来そうにないです。るーちゃんの言うとおり、体力を出来るだけ温存して明日に備えるくらいですかね。
あ〜立ってるだけでHPが減っていくんじゃぁ^〜。
「ほら、かぜなんだからねてなきゃ。あとお水、汗かいてるからいっぱい飲んで」
ん? 確かこの未開封のミネラルウォーター、二日目に見つけられた貴重品ですね。るーちゃんが七日目過ごすために大事に取ってた物です。
当然これは受け取れません。汲み置きしていた物もそろそろ飲用には危ないので、飲める水は本当に少ないんです。
「だめ、飲んで。かぜひきがむりしちゃためだよ」
いいえ、わたしは遠慮しておきます。
「……なら、すてるよ。いいの?」
…………受け取っておきます。いつまでも拒否してると本気でやってきそうな気配を感じました。
「あとこれ、ごはんだけど……ほんとうは、えいようある物のほうがいいんだけど、ごめんね」
そう言ってほぼ最後の食料も渡してくれました。
なんでるーちゃんが謝る必要があるんですか。この食事の貧相さは遠足に行き、食料を備蓄出来なかった私(とゲームデザイン)のせいです。
「……ばか、またそうやってじぶんをせめる」
こちらも受け取ります。感染すると、渇きよりも飢えの方が優先度は高くなります。
感染中期状態で飢餓を放っておくと、自分の爪や指を食べ始めることがあるんですね。自食症ってやつです。それを防ぐために腹は満たしておきましょう。
今日はこれで基準値は上回ってくれるでしょう。残りは……まあ、るーちゃんは感染もしてないし、一日なら抜いても死ぬ訳ではないので気にしなくていいですね。
横になるとHPの減少は止まりました。腹も喉も満たせたので、短い間ですが少しずつ回復もしていってます。
……。
……ほんとに何もしないのは落ち着きませんね。もっと何か明日に備えたほうがいいような……。
「こら、そわそわしないの。おとなしくねてないと」
怒られちった。お母さんかな? (ママー)
まあ、るーちゃんもこう言ってますし、今日は本当に大人しくしていましょう。ここで動いて体力消耗して、明日の発症が早まったとかマジで洒落になりませんから。
……ブルブルッ。
まりーちゃんが震えました。熱が上がってるんでしょうか。
「さむいの?」
平気っすよこんくらい。全然いけるいける。
「……下に、いってくるね。ほけんしつにふとんがあると思うから。まりーはそのままねてて」
えっ。
いや待って待って保健室って確か一階でしたよね? そこまで行ってくるってさっき言いました?
やめろ危険です! こんな理由でるーちゃん死ぬとかしょうもなさ過ぎる、直前で称号獲得を無為にしないでくれ。
「だいじょうぶだよ、まりーもぼうしひろってこれたし、わたしだってなんとかなるよ?」
下駄箱にちょろっと降りるのとかれらが待ち伏せする保健室では危険性が違うダルォオ!? 手が塞がった状態で階段登るのも危ないって、考え直して!
「……わたしいくね。あぶなかったら、すぐもどってくるよ、まってて」
あ、扉開けて走ってしまいました。……待てコラガキ! 早く力づくにでも引き戻さなくては、クソッ、ふらついてる場合じゃねぇぞはよ立って走れ!
ダッシュまで激遅ですねぇこれじゃ追いつけねぇ!?
三階のバリケードまでは走りましたが、既にスタミナが切れてしまいました。もたれ掛かって息を整えるしかありません。終わったら早く助けに行かないと──
──待てよ? このまま下の階に降りて、今のまりーちゃんには何か出来るんでしょうか。
一体ならギリギリ、でも囲まれてしまったらもう、逃げるための足とスタミナがもうありませんよ。最悪の場合るーちゃんを連れ戻そうとして、逆にるーちゃんにピンチを呼び寄せるのでは。
ホラー映画でよくある、足を引っ張る屑野郎の仲間入りかな?
…………一旦ここで待ってましょう。るーちゃんは覚醒してるので希望はある、はず。前例がないので未知数ですが。何か悲鳴が聞こえたらすぐに向かいます。
……。
…………。
…………遅いですね……。
本当に大丈夫でしょうか、今すぐ下に行ったほうがいいんじゃ……。
いや、時間はそんなに経ってなかったです。私がソワソワしてただけでした。もう少し、信じて待つことにします。
……。
…………足音です! 軽快に走るこの音はかれらではありません! 顔がひょっこり見えました、るーちゃんです! あ~よかった……。
「は、は、あ、あれ、まりー? へやにいてって言ったはずだよ?」
お前が心配で下に行こうとしてたんだよ! なーんでいきなりこう積極的な思考になっちゃったんですかね……。
「ご、ごめんね。まりーがつらそうだから、らくになってほしくて……それにわたし、たすけてもらってばっかりだったから、少しでもおんがえししたかったの……」
そんなことしなくていいから。それに恩返しなら既に三回ほど命助けられてんだよなぁ……。思い返すと、ガバのリカバリーは彼女がほとんど担当してくれてますね……。
怪我してないですよね。噛みつかれて感染でもしてたら全てがおじゃんですよ。
「だいじょうぶだよ、ほら」
腕まくりをして体を見せてくれました。うーん、どこにも傷はないですね。えがったえがった。
「どこもケガしてないって。ほら、はやくもどろ、ね?」
そうですね。いやーほんと、まりーちゃんのように感染したらどうしようかと。
「…………え」
ん? 立ち止まってどうしたるーちゃん。せっかく命懸けで持ってきた掛け布団も落として──
「かん、せん──まりー、それって……」
…………あっ。
しまっ、た。
「もしかして、あいつらみたいに、なっちゃうの。うそ、やめて、やめてよ」
やばいやばいやばいやばいィ! 失言してしまった! どうする、ごまかせるのかこれ!?
「ね、だまってないで、なにか言ってよ。うそだって、言ってよ」
ヒッ! ハイライトを失った瞳が見つめてくるぅ! さすがりーさんの妹、その恐怖は姉に勝るとも劣りませんね……。
えーっと、えーっと、そう、嘘、嘘でした。ごめんねーたちの悪いジョーク言っちゃって!
「ごまかさないでよ! わたしだって、おかしいって思ってたもん! ただのかぜって聞いたのに、ちっともよくならないじゃない!?」
やっぱりこれでは無理がありましたね……。他には、他は……
「まりーがあんなふうになっちゃうの、そんなの、いや……」
その、あれだ! 病院に行ったら助かりますから! 根拠はないけど、そんな気がします! 診断してもらって、ちゃんと治療を受ければ、きっと治るさ!
……なお、病院は稼働していない模様。
「ほん、と? それは、それだけは、うそじゃない、よね?」
絶対。ウソジャナイ。たぶん、きっと、おそらく、メイビー。
「しんじて、いいよね?」
もちろん!! …………。
「よかっ、た。まりー、あいつらみたいにならなくてすむんだよね……ほんとに、よかった…………」
るーちゃんが感極まり、まりーちゃんの服を掴みながら崩れ落ちてしまいました。
……まあ、後日治療薬打ち込んだとしても、衰弱が激しすぎて可能性が半々ですし、希望はあんまり残ってないんですけどね……。アニメ太郎丸みたいな感じです。
えぐえぐ泣いちゃったるーちゃんの頭を撫でておきましょう。嘘つきまくりの裏切りまくりで心が抉りとられそうですが、これも称号獲得のため致し方ない犠牲なんだ……。取得にはこれしか方法が思いつかなったんです……。
そのまましばらく撫で続けます。ショッキングな事実()で減ったるーちゃんの正気度を少しでも回復させておきます。
「……もどろっか」
元よりそのつもりです。無駄な消耗は明日に響くので大人しく寝る予定ですよ、そんなに心配しなくても。
……
…………
………………
あれから三時間くらいごろごろしております。またトランプでリベンジでもしようかと思いつきました。
……ん? なんだ、バリケードのあたりから音がするぞ?
「なんの音だろ……わたし、あっちの方もういっかいみてくるね」
私の聞き間違いでもないですね。るーちゃんが後ろのバリケードを見に行ってくれました。率先して動いてくれるの助かります。
「うそっ!? なんで、ずっとこなかったのに!」
なんだなんだ、やたら切羽詰まった声ですね。私も様子を見に行って──
「来ちゃだめ! あいつら、上がってきてるっ!!」
……は? いやいやおかしおかし一度バリケード作れば雨降るまでそこはセーフゾーン化して奴らは入って来れなくなるはずですよ。バグかな、バグですねこれは。ほらこのゲームフラグが複雑な影響で壁抜けとか多いし、挙動を理解した人はショトカジャンプを多様してRTAしたりとかね。
まだ明日でしょ今日はちゃんと晴れてますよほら窓から天気を確認して──
──あれ、あれ?
ほんとに雨降ってます。
は?
○
「来ちゃだめ! あいつら、上がってきてるっ!!」
半ば悲鳴のような叫びが響きわたった。瑠璃の顔に映る焦燥が、この警告が冗談でも遊びでもないと伝えてくる。
(どう、して? 今までのぼってくることなんて、いちどもなかったはず)
奴等は階段を登りにくいのは今までの生活で理解している。よほどのこと、それこそ挑発でもしない限り、行き止まりも用意された階段へと足を伸ばそうとはしなかった。
つまりいつもとは違う何かが起きている。これまでの六日間には無かったイレギュラーが、行動に至る理由となった。
(っ……そうだ、外にいるあいつらは、どうして)
万里花は自分の直ぐ後ろにある窓から確認しようとする。
「……ぅ……っ」
立って後ろを振り向く。それだけの簡単な動きさえ鈍い。高熱と頭痛、倦怠感、重い風邪のような症状が動きを阻害する。ほんの二動作に大きく息を吐いた。割れた窓から体を乗り出し外を見つめる。
映るのは校舎に侵入するかれらの群れ。積極的で意味を持っているように、真っ直ぐ入り口へと向かう姿に奇妙さを感じてならない。そしてこの六日間には一度もなかった、空から垂れる雨。
「……このてんき……あめ?」
数時間前に輝いていた太陽は消え、雲が一部だけを覆い隠している。降り始めた雨はこの周辺だけで、遠くに映る隣町にはさんさんと日光が降り注いでいた。
ぽつぽつとまばらだった雨が、見る内に強まっていき、やがて音を立て始めた。この不安定な天気の外を、自分は好んで歩こうとは思わない。どこかで雨宿りを──
「──あ」
かれらは雨宿りのために屋内に入ろうとしていたのだと気が付いた。だがそれは原因を知っただけにすぎない。今を解決する策には至らない。
「……う、ぁあ……か……!」
逃げようと一歩踏みかけた矢先、先程までとは比較にならぬ頭痛が万里花を襲った。視界が黒白に点滅し、意識が途絶えかける。瞳が充血し、見える世界が赤く変色した。
膨張を続ける獣性が、遂に人格さえも破壊し始める。
『少し早かったけどこれで終わりだね。一緒になろう、われらと、共に』
(こんな、ときに、またじゃまを)
死線を前に、亡霊達は歓喜に満ちる。頭を震わせる雄叫びは、頭痛と共にコーラスを奏で吐きだすほど不快感を煽る。死者達の群れが幻影を成した。明暗する視界の中では、かれらとの見分けさえつけられない。
『われらが這い上がるぞ。肉を喰らい、まだ温かな臓腑を取り出してこねくり回そう。大丈夫、動けるほどの肉は残してやるさ。だから安心してその身を差し出すといい』
囁く声は常軌を逸する程に猟奇的で、甘い毒のように染み込んでくる。自分は同じになりかけている。それを幸福と思えるけだものの思考が、心の中に形成されていた。
『そう否定しないで。われらと一緒になることは不幸ではない。自我の境界線が消え、薄く遠く解け広がっていく。われらはそこで多くを共有出来る。僅かばかりのなりそこないと、不完全な触れ合いをするよりも孤独ではないよ』
(だまれ、だまれ、だまれ! うるさいんだよ、おまえたち!)
直接叩きつけられるような思念は、まったく注釈的で理解出来ない。脳内に無い知識を喋る何者か、それが意味するは、肉体が別人に操られかけているということか? それが本来の自分を覆いつくしたとき、己は動く躯と化すのだろうか。
『さあ身を委ねよう。あの子と一緒にー─』
(やめろ、やめろ、やめろ!)
万里花は大きく息を吸い込んだ。夢の中から抜き出すには刺激がいる。特にこれほどまでどっぷり浸かった中から抜け出すのは容易ではない。だからこそ。
「亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜ア゙ァッ!!」
声の限り絶叫した。頭を思いっきり掻き毟りながら、息の限界まで喉を鳴らし続ける。頭の暗闇を、全て口から吐き出すように。
全力で突き立てた爪が皮を剥いで、頭から血が滴り落ちた。血が頭中の汚泥を洗い流してくれる。
「は、は、もど、れた?」
全身が恐怖に震える。奴らの声が未だにこびり付いて離れない。脳を揺らす感触が続いている。この体がまだ自分のものなのか、確証が持てない。
「う、ぷ、えぇ……」
視界は未だに霞み続けるが、赤みは引いて亡霊は消えている。これでようやく今を直視できる。狂気の渦から、なんとか抜け出せすことが出来た。
「まりー、なにやってるの!? はやく、にげなきゃ!」
「……あ、る、う?」
「ほら立って、つらいかもしれないけど、今は走らなきゃ!」
瑠璃が膝をついた万里花の手を握った。そのまま強引に立ち上がらせる。既にバリケードの隙間を強引に抜けて、かれらが三階に入り始めていた。
ふらふらと不安定に走る万里花を、瑠璃が手を引いて誘導する。奇しくもそれは、始まりの日とは逆の格好であった。
足を引っ張るのは、既に万里花の方に逆転している。
「……ほんとに、ごめんね……あたしは──」
「あやまらないで! それにその後のことばを言ったら、ぜったいゆるさないからっ!」
「……あはは、ごめん、もう、いわないよ」
厳しい言葉に、万里花は力なく苦笑する。あの時の友の苦悩を理解できたから。こんな状況で足手まといの自分は、いっそ死にたくなるほど情けなく思えるのだ。
その自分を受け入れてくれるのが、とても嬉しくて悲しい気持ちになる。
「なおるって言ったんでしょ、そのびょうき! だからあきらめないで、ちゃんと生きてよ!」
「…………そう、だね。あたし、いきれる、よね?」
「なんで自分でうたがうの! もう、こう言わなきゃいけないの? まりーは、わたしの、ために、生きてよっ!!」
瑠璃もあの時の万里花と同じく我儘を溢す。それが、あの時のように救いになると信じて。自分は親友のために付き合ってあげているのだと。ただの重荷でなく、ちゃんと親友の願いを聞いてあげられていると、此処に存在する為の言い訳が出来る。
「…………うん、わかった。…………ありがとう」
自分でついた嘘が、今はほんの少しだけ信じてみようと思える。小さな、生きる希望として。
最終日は日を開けずに投稿したいです(願望)
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少女たちは足掻く
(登場はもう少し先になります)
命の使いどころさん、早いですよ!? 六日目後半はーじまーるよー!
糞が。糞が糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞もう気が狂うほど気が狂う狂う狂う気が狂狂狂狂。
なんとここに来てイベント、『にわか雨』が発生してしまいました。なんでよりにもよって最終日直前に……?
まりーちゃんの感染といいこれといい、この小学校呪われてんじゃねぇか? って言いたくなるほどの不幸が降り掛かってますねほんま。
『にわか雨』の解説ですが、字のごとくこれはほんの一時間だけかれらが『雨の日』と同様の状態になるイベントです。
雨の日の特徴はまず、効果としてまず外のかれらが八割程減少し、その分の数が学校内にポップします
更にこちらを発見しなくてもアクティブ状態になるため、自発的に未発症者を求めて探し始めます。その過程でへなちょこなバリケードは壊されるんですね。
凶暴性も上昇し、より攻撃頻度が上昇、振りほどきの難度すら上がる強化状態になるのです。
『にわか雨』は限られた時間だけかれらをそんな同一状態にするイベントです。クソっぷりが分かっていただけたでしょうか。
…………。
糞 が
どうするんですかこれ完全にチャート破綻しましたよ。バリケードは破られ占拠した部屋は元通りにされ、現在一日目のように逃げ回る羽目に陥ってます。
感染のデバフがきつ過ぎてもうそれさえ困難です。るーちゃんが無理やり引っ張ってくれなければとっくにお陀仏してたでしょうね。
「どうしよう……そうだ、あのときみたいにトイレに!」
だめです。(ブリュリュ)雨の日ではその方法は通用しません。凶暴化したかれらは容赦無く扉をぶち破ってきますから。
ーーあ、やばい転げそう。
「ほら、つらいけどちゃんと走って……ねぇ、おねがいだから……!」
ぬわああああん疲れたもおおおん! スタミナ切れでふらっふらで今にも倒れそうです……。高熱出して全力疾走とか拷問レベルで辛いからね。画面が黒白にチカチカしだして私の目も痛い。
なんとか職員室まで来れました。ひとまず中に入って武器を回収しましょう。気休め程度ですが壁も作ってあるので、その時間くらいは持ってくれるはず。
「はぁ……はぁ、……まりー、これから、どうすればいいの……?」
ちょっと待っとくれ。今それを必死に考えてるんじゃ。
迎え撃つのは不可能。まりーちゃんは要介護状態、るーちゃん一人では荷が重すぎます。……たぶん二人が万全でも無理でしょうね。
自分を犠牲に……は、七日目の選択肢ですよね。今はどうにかして時間いっぱい耐えなくては。ゲーム内でも一時間かかりません。
……トイレやロッカーなどのちょっとした隠れ場所はアウト。鍵のかかった、誰も立ち寄らなかった場所が望ましいですが……。そこなら時間まで持ちこたえられるかもしれない。
……何か、何かないですかね。もう時間がないぞ。扉が壊される。
くそ、とにかく鍵を取りましょう、そこからいい感じの部屋を見つけ出すしかありません!
倉庫室……確か一階にあったっけ……? そこまで降りれるかどうか……次! ……用務員室、コンピュータ室、職員用更衣……うーん、突破される気しかしない。あとは──
──これは、屋上の鍵、ですか。
…………ずっと閉鎖してたから奴らの習性外、職員室すぐ近く、雨が降ってるから外扱いで寄りづらい……。扉の耐久性も一時間くらいなら……。
…………いけるのでは?
この一手に賭けます。失敗したらもうリセットするしかないです。
高校の一日目でもないのに屋上に逃げるとかそんなまさかって感じですね。私も思ってもみませんでした。
「おくじょうににげるの? ……それしか、ないのかな……」
るーちゃんに説明しました。信頼度が高いとノータイムで賛同もらえてありがたいです。正気度が低いと盲目的にもなるので、そこは考えどころさん。
「っ、みて、ドアが!」
押し続けられた扉が倒されてしまい、かれらが押し寄せてきました。数は、ひーふーみー…………たくさんいるな! (思考放棄)
ここでの戦闘は押しのけて間を抜けることだけを考えます。欲張って経験値稼ごうなどと露ほどにも思わないように。
道を開けろ、そこのけそこのけ幼女が通る!
あやっぱ無理。デバフのせいでスタミナが全然回復しません。一人退かすことさえ大変ですよ。咳のせいで動きもキャンセルされちゃうし。
仕方ありません。ここはアイテムの『防犯ブザー』を使います。小学校なのでランドセルに括られてる分だけ大量に取れましたからね。
大量に栓を引いてやりましょう。お前らの鼓膜を破壊してやる!
「まりー、今のうちだよ! はやくっ!!」
何も聞こえなくなったゾ……(自爆)
ともかくかれらは大きな音に優先的に反応し、騒音クラスでは一定時間行動不能になります。うずくまってる今のうちに部屋から脱出しましょう。
──あ痛た!? 転がっていた椅子にすねを強打しました。いつからあったんだこんなもの!?
うげ……。視界が赤くぼやけていますね。だから見落としてしまいました。
「……ねぇ、もしかして、見えてないの……?」
(目を凝らせば見えなくも)ないです。特にるーちゃんだけは、やけにくっきり映りますね。
この不思議な現象は、感染によって記憶が破壊されているために、視界にモヤがかかります。ですが信頼度の高いるーちゃんの記憶だけは、忘れまいと無意識的に抗っているためですね。
と言うわけで前を歩いてくださいオナシャス! 後ろついていきますから!
「……手、はなさないで。ちゃんとにぎってて……これなら、いっしょにはしれるよね……?」
僕の魂ごと、離してしまいそうな気がするから。
本当に迷子になるため離さないように。画面真っ赤のまま彷徨う末路を辿ります。
「いそいで、うしろに来てる……!」
ぬん! 後ろにまだ残ってるブザーを投げつけます! これで壊される数秒だけ時間が稼げますよ。ただしデメリットとして音につられて余計な奴らまで集まります。
しかしここではその数秒が必要なんですね。
あ、やばいやばいまたスタミナ切れてぶっ倒れる! るーちゃん屋上はまだですか……?
「もうすぐだよ! ほら、かいだん気をつけて!」
うお危ね!? 言われなきゃまた転けてました。さりげない優しさが心に染みますね。
すぐ直近に一体いる音が聞こえます。早く駆け上がらねば……。
「カギが開いたよ! のぼって!」
うおっしゃあああ屋上にゴォオオールぅう!!
──からの反転して扉を閉め直しじゃあァアア!!
全力全開でボタン連打します。扉を開こうとしてくるかれらと鍵を閉め直すまでの筋力対抗のお時間です。
「だめ、ゆらされちゃしめれない……!?」
感染すれば筋力上がるんじゃねぇのか!? デバフに打ち消されてぜんっぜん力入んねぇんじゃねぇかよ!
ここで開かれたら一巻の終わりなんだぞ、後でぶっ倒れても構わねぇ、出せよ十六連射!
「うあ、もう、だめ──きゃあっ!?」
ごめんなさいやっぱり無理でしたね! 二人一緒でも大人かれら一体さえ止めらませんでした。テメェさえ居なければさぁ! 僕は幸せに実況できたんだよ! お前さえ居なければ! 絶対に許さないぞ! お前絶対に許さないからな! 痛ぁいっ! ッウワアアアア!!
二人いっしょに開いた扉に跳ね飛ばされ、差し掛けの鍵が虚しく転がりました。一体目が突進の勢いのまま屋上に転がり込み、後続もすぐそこまで迫っています。
…………どうして! なんでこうなるのよ! こんなの、どうしようも──
まだだ! まだ終わってないッ!
○
一秒が引き伸ばされた感覚、短い人生の走馬灯が瑠璃の頭を駆け巡った。勢いのついた扉に跳ね飛ばされて尻もちを付いた時、絶望が心を折りかけた。諦めかけてしまった。だからその後の万里花の行動に、意図を見出すのが遅れてしまった。
立ち上がり、無手のまま侵入したかれらに向かって走る万里花。やけになったものとは違う、眼には強い意思が宿る。
ほんの短い距離をひた走る。倒れるように膝を折った先、足元には鍵が転がっている。
「た、て、あたし……」
必死に動き続けた。一呼吸の時間が惜しい、力を振り絞って前進を続ける。
ドアノブを掴む。階段の前、続くかれらが最後の面に足を載せた。縋るように体重を預け、全身を使って扉を閉じる。瞬間、万里花は鍵を差し回した。
その僅か数瞬先に、拳を叩き付ける音と憤慨したような唸りが聞こえてきた。
入り込んだかれらを一切無視してもう一度扉を閉める。それ以上の侵入を防ぐ大功績を上げた覚悟ある行動はしかし、命を投棄した愚行でもある。
後ろからの唸り声に万里花が振り向いた。もう遅い、両手が肩を掴み、大口がぬめりを垂らして迫り来る。
「うあ、ぁあああああっ!?」
万里花の右肩に牙が突き刺さる。薄い服布など何の防壁にもならず、華奢な体の一部を千切られた。体格の差から有無を言わさず押し倒される。二度目、次は先の傷をより深く抉るよう口を寄せる。頭を抑えようとした抵抗も意味がない。
「あぐ、はな、ぜ──るうううぅ゙ー!」
縋るような友の悲鳴に、瑠璃は急ぐ。正確には、万里花が噛みつかれる寸前には、もう走り出していた。それでも遅すぎた、危機には間に合わなかった。それでも急ぐ。手に包丁を構え、向かうは食い千切った肉に夢中のかれらの背中。
柔らかな肉皮に破顔し隙を晒すかれらに、怒りと共に刃を突き刺した。笑みのまま硬直するかれらの背中を何度も貫く。
傷つけた内蔵から黒混じりの血が吐き出された。人間ならば致命傷、しかし死を超えた獣を沈黙させるには未だ不足。
「まりーから、はなれろ!」
頭部を掴み、包丁が頸を裂く。信号を伝達する神経も、呼吸を送る気管も物理的に途絶させれば、いかに怪物とて生きてはいられない。
覆いかぶさる死体を剥がし、友の容態を確認した瑠璃は言葉を失った。一目見ただけで分かる重傷、抉られた肉が、服を巻き込んで肩を赤く染めている。
「ありが、とね。えへへ、死ぬかと、おもっちゃった」
「ごめん……わ、わたしが、すぐ、うごければこんなことに……」
「あぁ、きずならへいき、だよ? あたしはさいしょから、びょーきだしね」
痛みに脂汗を流しながら、万里花は苦くとも笑みを崩さなかった。だが瑠璃の顔は青いままだった。それに騙されるほど浅い傷ではないのだ、感染を置いても放置出来ない箇所と傷の深さ、そして出血量。
「ほら、あめが止みそうだよ。よかった、あたしたち、たすかるよ」
僅か数十分の、短い雨だった。耳を済ませれば扉から漏れる呻き声も小さくなっている。
二人は全てを捨てたことで、なんとか生き残れた。安全にした居場所、僅かだがそれでも希望だった資源、大きな傷を代償として。喪ったものは、あまりにも大きい。
○
空が紅く、やがて黒く染まった。僅かな月明かりが学校を照らす。天には輝ける星空が広がっている。ただ、遠く西にある雲を除いて。
「ごふっ、げほっ! ……ぎぃ……」
月の照らす屋上に影が二つ、一つはのたうち回って肩と口からそれぞれ色の違う液体を撒き散らし、もう一つは離れた場所からその光景を見て泣きながら頭を伏せている。
万里花の容態は数時間で見る間に悪化していった。感染は既にある程度進んでいたが、傷を通してより速まっていく。噛まれた肩から現れた筋と黒斑が、右腕と首元にまで広がっていた。
「ふー、ふぅー……! る、う……はなれ、て……」
歯茎を剥き出しにする狂犬のような息遣い。正気と狂気の境をたゆたう。誰かが今近づけば、飢餓の衝動を抑えられる自信はない。
それ故、瑠璃は苦しむ友に近寄ることも出来ずにいた。衰弱と獣化を強める親友の様をまざまざと見せつけられて、声もかけられず祈ることしか出来ない。
姉たちに助けを求めることだって考えた。いても立ってもいられず、夜に少なくなるかれらを思い出し、危険を侵して巣窟と化した職員室に潜り込んだ。
そこで見たのはかれらに破壊された無線機の残骸、希望が一つ消えた徒労だけの結末。そもそも、先日の時点でバッテリーは切れかけていた。持ち出していたとしても意味はなかったかもしれない。
せめてと傷の処置行おうも不意に暴れだす体には難しく、なにより彼女が必死に近づくなと言う通り、一時的に正気を失い被害を齎す可能性もある。
「あぁ、うぁあああアアアアッ!」
万里花は絶叫しながら柵に頭部を打ち付けた。額が裂け血が降り掛かる。正気を失いかけた時は痛みで戻りやすいことを理解してからは、幾度も自傷行為を繰り返している。何度も頭部を壁や地面にぶつけ、肩の傷を広げようと掻き毟る。床や壁を引っ掻いた指先は、既に爪が剥がれ落ちていた。
血を吐き散らし、激痛を糧とした抵抗は確かに効果的だった。彼女は気力だけでもがき、そして余計に苦しんでいる。
「──ァアアアアア! だまれ、だまれだまれぇ、きえろ、きえろォッ!」
見えぬ何かに目を血走らせ、万里花は両手をばたつかせる。指先から飛び散った血が地面に付着した。
瑠璃はもう、親友が苦しみ続ける様を見ていられなかった。視線が落ちる。
(……ちが、ちがう、こんなおわりかたなんて、ぜったい、いやだよ)
それでも浮かぶ、残酷で優しい考え。苦しみは、長いより一瞬のほうがいいのではないか。それが友としての最後の慈悲ではないだろうか。
生きてほしいと我儘をこぼした。それが親友を苦しめているのなら。
(でも、わたしのせいで──)
暗い思い、迷いの中で、それでも終わらせるため──
「る、う。だいじょうぶだよ」
瑠璃に向けられる視線。意識を半分失いかけ、虚ろの中にありながら、未だその眼は瑠璃を見つめている。
まだ、希望を捨ててはいない。
包丁を落とし、警告も無視して瑠璃は駆け寄った。そんな彼女に万里花は困ったような笑みを浮かべる。
「まだ、あきらめ、ないで、しんじ……て」
「うん……うん、そうだよね、きっと、まりーもわたしも助かるよ、だから──」
瑠璃は親友の右手を握る。五本全て爪が割れて傷だらけ、痣だらけの指を優しく包んで──
「……死なないで」
言葉無く、万里花は親指を立てて答えた。直後にだらしなく落ちる腕を、慌てて瑠璃が支えた。
意識を手放し、今だけは穏やかに寝息を立てる。苦痛の間、ほんの少しだけの安息の時間。
○
親友に近づいて、離れて、また近づいて、瑠璃は眠れない夜を過ごした。届いているかも分からない励ましをかけ続け、彼女を見守り続けて、扉にも神経を張り巡らせた。
(…………)
徹夜の警戒が、小さな体には予想以上の体力の消耗を招く。ほんの少しの気の緩みから、頭が休息に入ってしまった。体は動き目は視界を伝達するが、肝心の脳がぼうっと処理を放棄している。
「ん……う……あうっ」
(しま……わたし今……!)
がくんと落ちた頭の衝撃で覚醒を果たした。どれだけの時間そうなっていたかは分からないが、そう長い時間ではなかっただろうと瑠璃は思う。
「ねぇまりー、今はねてるの──っ」
目覚めてから一番の懸念、友の容態を確かめようと顔を覗いて、瑠璃は声を失った。
「──いや、死んじゃいやだよ、ねぇ……」
あれほど高熱にうなされていた体が、もう微かにしか熱を発さない。黒斑は顔全体にまで進行し、喀血の混じった涎が、同じく黒ずんだ唇から垂らされていた。
揺すっても反応はなく、意識は戻らない。浅く苦しげな呼吸。未だ血が止まらない肩部。見れば見るほどに、深刻さを証明されていく気分だった。
「りーねーは、まだ来ないの……!? もうむりだよぉ……!」
瑠璃は屋上の柵から身を乗り出した。動く物がないか、泣き腫らす目を拭って周囲を見渡していく。
何も無い。辺りは変わらず彷徨う躯が取り囲んでいて、崩壊した町並みがむざむざと虚無を突きつける。車の音、人の声、希望を見出だせるものは近くに存在していなかった。
「…………え?」
諦めきれず更に遠景を映そうとした視界に、上から下へ垂れた一筋の線。先程、彼女たちに不幸をもたらした透明な一筋。
「……う、そ」
柵を掴む右手が、僅かに濡れた。ただの汗と否定した矢先にまた濡れる。空から下る衝撃が手はおろか全身を砕きかねない、そう錯覚するほど信じられなくて。
「う、あ」
上を見上げる。朝日が目を焼いてしまうことはない。先日とは違う、空はここから遠くまで全て厚い灰色に覆われて、昨日のように数時間で日を拝めそうには思えない。
「いや、あああ」
この世界は、自分たちを弄んでいる。絶望する様を哂っている。そう思えるしかない。自分たちはどこまで苦しまなければならないのか。ただ生きようと願うだけなのに、何故こんなにも世界は苦難で溢れているのだろうか。
「ああ、ああ、ぁああああああああああああああああああああああああ!?」
曇天の空から、もう一度雨が振り始めた。強く、重く、冷たく心を濡らしていく。
絶叫する瑠璃。崩れるように膝を付いて、雨よりも大粒の涙を流す。暗雲に心まで暗く染まって。
彼女は二人の小さな世界が、壊れる音を聴いた。
最終日は毎日投稿で流す予定なので、もう少し時間をください
(ガバガバ展開を勢いで誤魔化す物書きの屑)
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チルドレン
名残惜しいけど仕方ない。思い出を力に変えて、気持ちを入れ替えて頑張ろう。
今日から始まるのは──
すべてを終わらせる時……! 七日目にして最終日はーじまーるよー!
これからの手順をもう一度確認しましょう。まず廊下に出てかれらの大群が迫って来ることを確認します。すると時間経過後にかれらの大群ラッシュが始まるので、適当に逃げ回って時間を稼ぎましょう。
そうすればNPC……今回はるーちゃん固定ですが「ここはもう駄目だ、〇〇まで撤退しよう」的なことを言うので従います。指定の場所まで下がった後、立てたフラグによっていくつかの選択肢が出現します。
①校内放送を使う(放送不可)
②策を考える、外で囮になり時間を稼ぐ(放送不可)
③誰かを生贄にする(一人死亡)
④諦める(GAMEOVER)
今までのフラグによっては他にも選択肢が出るのですが、今回は省略。私が選ぶはもちろん③。(そもそも選択肢が)ないです。小を切り捨て大を生かす救済措置にして、小学校での唯一の手段。
さあその身を燃やし尽くすぞ、いざ死地へ赴かん──
……
…………
………………すいませ〜ん、木下ですけどぉ、ま〜だ(暗転明け)時間かかりそうですかねぇ?
…………ふ、フリーズした? いやメニューは開きますね、時間はきちんと進んでいますし……も、もう少しだけ待ってみましょう。
…………
………………えっと、これは、多分まりーちゃん意識を失ってますね。更にステータス見るとガンガンHPが減っていってます。出来ることは奇跡的に目覚めることを願いながら、命のカウントダウンを見続けることだけです。
まるでお世話ゲームで死神が取り憑いてしまったみたいだぁ……。三十分以内に先祖様を供養しなきゃ……ん、まりーちゃん家族構成が見れねぇぞ? まあどうでもいいです。ほんとにそんな機能はないですし。
……あれ? てことはもしかして。
・バリケード崩壊、屋上以外の部屋未占拠。
・装備ほぼ無し、防犯ブザー数個のみ
・まりーちゃん瀕死、犠牲選択肢出現せず
・通信機破壊済、助けは高校組のラッシュが終わってから
………………。
こ 無 ゾ
○
雨が強まる。振り始めてから十分も過ぎれば、大雨と言って構わないほどに勢いを増していく。乾きかけていた屋上の床も完全に濡れてしまった。
「まりー、おきて……わたし、どうすればいいの、ねぇ、こたえてよぉ……!?」
体を揺すっても意識は戻らない。屋根の無い屋上、雨が体を残酷に叩く。弱りきり、濡れそぼった体はあまりにも冷たい。命の灯火まで消えてしまいそうなくらいに。
「いや、いやだ、死なないで……!」
全身を強く抱きしめた。自分のありったけの熱を注ぎ込む。
万里花は答えない。どれだけの熱を伝えても、溢れる程の思いを注いでも、ぽっかりと開いた穴から流れ落ちる感覚。
こんな時どうすればいいのか、瑠璃には分からなかった。頼れる姉が、大人が、答えを指し示してくれることを祈って。
「りーねー、りーねぇえ! はやくきてよ、まりーをたすけて!」
叫びは雨音に掻き消えて、どこにも届くことはない。そして瑠璃は気がついてしまった。
「まって……りーねーたちのところにも、雨がふってたら……あ……たすけ来れな、くて」
視線は巡ヶ丘高校の方へ向く。雨雲は遠くまで続いており、あちらは晴れていると楽観出来るものではなかった。
瑠璃は高校にもかれらの群れが押し寄せて来るのではと予測した。かれらの始末に手一杯で、ここに倒れている親友のように犠牲を出す可能性さえある。そうなれば他のことを考える余裕もなく、今日中に助けが来る期待は持てない。最悪の場合、もう来ない可能性だってあり得る。
瑠璃は、続いて友を見た。子供の目でも今日持てばいい方だろうと判断出来る。いつ死んでも、かれらになってもおかしくない。今すぐに治療が必要だった。病院でもない高校に治療法があれば、の話だが。
「…………そんな」
詰みだった。ここにいる限り、助けを待つ限り、どうあっても万里花は助からず、自分も後を追う羽目になる。
あまりにも、救いのない終局。
「……ふへ」
揺れる感情。恐くて、辛くて、悲しいはずの心が矛盾していく。
「ひは、あはは」
口角が持ち上がる。友の出す仮面の笑みともまた違う。嗤いたいから哂っているのだ。
「ははは、はははははは!」
泣いて嗤うたびに心がぐちゃぐちゃに混ざっていく。自分が今、何を思っているのか分からなくなってしまう。悲しいのか、嬉しいのか、辛いのか、楽しいのか。全てが虚構に思えてくる。
絶望が突き抜け反転した。混沌とした感情が、本人でさえ理解不能な笑顔を作った。理性が溶けるたびに凄惨さを増す笑い声。笑っているからこそ、心が砕かれていくのかもしれない。
「あはっ、あははははは! ぁはっはっはっはハッハッハハハッ!」
世界はこんなにも不幸に溢れ、自分達を否定して。無様にしがみついででも生きようとする価値が、呪われた世界のどこにある?
せめて苦しまないよう彼女の命を断ち、そしてその後に自分も死のう。きっとそれがいい。思うほどに、それが最も手っ取り早く幸せな道に見える。
壊れた心、まるでかれらのように何も感じなくなった肉体でいた方が遥かに幸せで。この世に最早なんの楽しみも、心残りなど──
「アハハハハ、ハハハ、ははは…………は、は」
──心残りは、あった。
壊れる一歩手前で、瑠璃は躊躇した。目の前で浅い呼吸を繰り返す、死にかけた友を視界に入れた。
彼女は今も諦めてはいない。自分以上に絶望的でもまだ折れてはいなかった。自分の我儘を、『生きて』と言った願いをまだ叶えてくれている。
「はは……だって、もうわたしたちは……」
二人で交した約束があった。一人だけで逃げるのは、許されない気がした。
じくり、心が針で突き刺されたように痛む。
「もう、だれも、たすけてくれないのに……」
自分がいるから、万里花は今も生きている。傲慢でなく、瑠璃はそう感じていた。願いが命をつなぎ留めてくれている。
殺したくない。なら辛い道を歩いても我慢しなければ。
『ここにいる限り』救いはない、ならば──。
「……ちがう、ちがう! ちがう! まだ、わたしがいる! まりーを、わたしがたすけるっ!」
折れかけた心を再び集める。思考を再開させ、助かる道を模索する。
考えた答えは荒唐無稽で、可能性など万に一つ。子供の浅知恵に相応しい、夢物語の妄想であった。
「ぜったいにあなたを、たすけるからッ!」
彼女は意識を失っている万里花を、背中に担ぎ出した。扉の鍵を開けて、重い一歩を踏み出す。
つまるところ、歩き高校まで向かおうというのだ。背中に瀕死の親友を背負ったままで。
子供がたどり着ける距離ではない。道中にはかれらが潜み、そもそも道を正確に覚えていない。背中の重さは、ただ立つだけで膝が折れそうな程の負担。
脳裏にいくつも浮かぶ懸念の材料。それら全て棚に置いてこの道を選択した。出来る、助かる、根拠のない自信で自らを偽り、鼓舞する。
蜘蛛の糸を渡るが如き儚い希望。彼方に見える小さな光に惹かれるように、彼女は死と隣り合わせの世界に足を踏み入れた。
(まだあさ早いから、ちょっとしかあいつらは来ていないんだ。……ぬけだせるのは今だけ、しかないよね)
瑠璃は未だ薄暗い学校内を走る。背中の重みが何倍も負荷をかける。屋上の階段を降りただけで汗が滲み始めた。まだ、道中の百分の一も超えていないというのに。
殆どのガラスが割れ、乾いた血があたりに散らばる廊下を進む。三階は少しだけ綺麗にしていたが、また荒れ果ててしまっていた。
「…………おちつけ、つかまれたら、それで終わりなんだ……」
まばらなかれらに対してはその横を全力で駆け抜ける。背負うため塞がった手では抵抗は出来ない。振ったかれらが後ろから追跡してくるため、尻込みして止まることは死を意味する。
「は……はっ、おも……くない……だいじょうぶ……いける!」
万里花の背丈は、同年代の中でも低い部類である。当然体重も相応に軽い。瑠璃は今は彼女の小ささに深く感謝する。これ以上の体重は抱えきれない。
だからと言って、持ち上げるのが容易なわけでもない。小学生の同年代、両者の差はさほど大きくはない。筋力などほぼ無い幼子が、自分と同体重を背中に載せているのだ。ただ立つだけで限界に近い。
それでも彼女が動けるのは、思いの力があってこそだ。鉄の意思が肉体の限界を錯覚させる。
前へ、前へ、休むことなく足を動かし続ける。かれらを振り切り、階段を降りて──
「あっ!?」
気持ちが急ぎすぎ、冷静さを失っていた。階段の踊り場で倒れた死体に躓き万里花と共にうつ伏せに倒れる。
倒れた時の音と、反射的に出してしまった声。近くにいるかれらが数体反応した。
万里花が重しとなって、すぐに起き上がることが出来なかった。かれらが視線をこちらに向ける。致命的な隙。
(うあ、かまれ──)
それでも諦めない。瑠璃はせめて抵抗をと万里花をどかそうともがいて──ふと、気づく。
「ま、り……?」
「……………………」
万里花が、瑠璃を包むように体を広げてくる。動けない、いや、動くなと伝えているようにも瑠璃は思えた。
(どういうこと……もしかして、わたしをかくしてるの?)
瑠璃は親友に従うことにする。意識を失っているため何も疎通は無かったが、意図は読み取ることは出来た。
かれらがほんの目の前に迫った。腰を屈め、足元を確かめる仕草をした。呻き声に瑠璃の心臓が跳ねる。眼前に迫る血だらけの顔に冷や汗が止まらない。
「ッ……!」
(お、おちつけ……おとをだしたら、こんどこそ終わり……!)
叫び出したくなる心を必死に抑え込んで、万里花の行動を信頼を寄せる。何度も彼女のおかげで危機を超えた。今回も無駄な行動はしない──はずだと。
取り囲むかれらの一体と目が合った、気がした。
「…………」
視線が外される。首をかしげるような動きをした。
かれらが離れていく。不格好な歩き方で階段を下ろうとして、転げ落ちた。
「──ぷはっ……! あぶなかった……ありがと……」
止めていた息を吐き出して背中の親友に礼を言う。当然、返事はなかった。
(まりーがあいつらみたいになりかけてたから、なかまだって思われたのかな……かくされてたわたしは見えなくて。でも、それなら……)
感染はかれらと同族と認識されるほど進行していることになる。助かりはしたが、気分は更に焦燥を覚える。彼女に残った時間は一刻の猶予も無い。
「……いか、なきゃ、はやく」
瑠璃はゆっくりと立ち上がった。見つからないよう階段の上から一階下をこっそり伺う。
(走っていけば……いや、あそこに十人、それをとおった先にも…………そうだ、たしか昨日はこれを使って)
万里花の懐を弄り、防犯ブザーを取り出した。自分達が使える最後の道具、使いどころは今だと瑠璃は確信する。
(ぬいたらすぐにあそこと、そこになげる。そしたら、あいつらのいない左に行ってまどから出る。……だいじょうぶ、
広い場所にさえ出れば、動きの鈍いかれらの脅威は大幅に減少する。大回りで移動すればさほどの危険はないのだ。狭い屋内で大量に居るからこそ脅威である。
「……いち」
陽動を作るとはいえ、あれ程の群れに近づくなど自殺行為もいいところだろう。やけくそじみていると一人自嘲した。
震える手を深呼吸で抑えピンに指をかける。
「に、の」
三つ同時に引き抜いた。手の内からけたたましい音が鳴り響く。校内全員の視線が瑠璃に殺到する。殺気が襲いかかる。
ただ一人に降り注がれた悪意の渦。
「──ッ、さん!」
重圧を振り払ってブザーを投げた。注がれた視線が宙を舞うそれに移り、我先にと追い始める。
ここからが勝負。三つ全て、口に咥えて踏み潰すか噛み壊されるまでのほんの僅かな時間が外に出るタイムリミット。
階段を下りる、背中の重さを加えて倍の衝撃に足が悲鳴を上げるも無視を決め込んだ。かれらの後ろを壁伝いで左に曲がりすぐそばの窓に向かう。
正面は、未だ出入りするかれらに塞がれているためだ。
「い、やだ! わたしたちは、まだ──」
窓の枠に万里花を載せる。垂れた下半身を持ち上げれば、ずるずると外に押し出されていく。投げ捨てられた万里花はそのまま頭から落下した。
瑠璃も窓枠を乗り越えて後から続く。砂利に汚れた万里花を救い出して、再び背中に担ぎ上げる。
すぐ後ろの窓から伸ばされる幾多の腕。数秒遅れれば失敗していただろう博打を自覚し、今更ながら肝を冷やした。
「はは……やったよまりー、わたし、一人でがんばったよ」
そのまま校門へ歩を進める。まだ『登校』の少ないかれらの横を大回りで通りながら。
掛けた声に親友は答えない。
「がっこう、もうぬけたよ。もうしんぱいないから、だから」
雨が更に強まる。遠くでは稲光が垣間見えた。
大きな水溜りに足を入れてしまった。靴から浸透した水が、いやに気持ち悪く歩きにくい。
「ほんとに、にげるの、たいへんだったから……」
大雨の中、友を背負って瑠璃は歩き続ける。
命を賭けた。死ぬような思いをした。今日だけではない。一週間、あの学校で何度もあった。
もう二度と、あんな思いはごめんだと思う。新しい場所では、もう少しゆっくりしていたいと思う。
その願いがきっと姉と、友と、『三人』で叶うことを信じて。
「だから……あれ、もしかして、おきて」
首筋に温い息が吹きかかる。万里花が口を開けた証拠だった。
瑠璃は振り返れない。その理由はもしかしたら、彼女は既に──その先を考えたくなかったから。
「ま、りぃ?」
橙色の頭が動く。肩にゆっくり口が重なろうとして。
○
上下左右に一切差異の無い真黒の世界。万里花は黒の中を泳いでいた。
おかしなことに、落ちているというの感覚だけはあった。ぶくぶくと深い水底に溺れるように、ゆっくりと落ちていく。
無限の暗闇を一人静かに沈んでいく。果ても底もなくひたすらに落ちる。手を伸ばし藻掻こうと闇の内を漂うばかりで、大きな流れを変えられはしない。
『昨日の時点で終わりだと思っていたが意外と足掻く。本当に、敬意を表すよ、君のしぶとさに』
闇が歪み、紫の少女が形作られる。この三日程で見慣れた姿に、万里花は衝動的に唾を吐きかけたいほどの嫌悪を感じた。
頭を鳴らす声も相も変わらず頭痛を招く。そして理解する。ここは夢の中、外の自分は今頃意識を失っているのだと。
「……きえて、そしてはやくここから、出して」
『何故そこまで抵抗する。今も苦痛が体を蝕んでいるだろう』
ふらふらと彷徨いながら少女は言葉を紡ぐ。体が反転し、闇に溶ける。音もなく後ろに現れた。二人に分身し、すぐに戻る。
闇の中、存在を自在に操る少女。腕一つ満足に動けない自分。世界の主導権は明らかに彼女の手中。それが不味かった。
「ともだちが、外でまってるんだよ。ひとりはつらいから行ってあげないと」
『それさ。君にとってそれ程大事なものなのかい?』
「るーが、生きてっていってるから。だからあたしは生きていたいの」
『ふふ、なるほど。お前達に相応しい、歪んでいる。たった一本のか細い糸で繋がれている、ほんの容易く狂う関係だね』
瑠璃が「生きて」と願うからこそ万里花は必死に生にしがみつく。呪詛に囚われる万里花を罪に感じ、瑠璃は一人抜けることを良しとしない。
どちらかが降りれば、もう片方は即座に砕ける。この一週間で、それ以外の希望が何一つ見いだせなかったために。
瑠璃の方はまだましだろう。彼女には姉という関係がまだ残る。精神的な支柱が一つ残る。より深刻なのは万里花の方だった。彼女にはたった一人の友達以外に何も残っていない。
故に彼女は残ったそれに強烈に執着する。病的な関係に。
それの何が悪いと万里花は思う。たった二人で生きるには本当に、こうするしかなかったのだと。
依存的であることは、理解していた。共倒れの危機であることも。
『そして危うげで美しい友情、壊すのは君だよ、同胞よ』
「──やめろッ!」
嘲笑顔から一変、冷たい瞳が万里花を射抜く。
紫の少女の背後、無数に伸びる手。手、手、手。万里花に掴みかかる。
危うい関係、壊すのはより死に近かった万里花の側。ここで自分が死ねば、かれらになれば、彼女を喰い殺すこととなる。そうならずとも、彼女の心を壊すには十分で。
『君の全てを飲み込んで、われらの中に取り込んでやろう。蛆が悶えるような抵抗も、もう終わりさ』
躯達が体中を掴みとる。髪や服、掴めるものは何でも掴み、二度と離さぬよう底の底まで引き摺りこもうと。
「はなせ、はなせよ! あたしは、るーにまだ……!?」
『あの子が心配か。それもすぐに消えるとも。ともに、同じ場所に行けるのだから』
動けぬ体で必死になって抵抗した。無我夢中で腕を振り払う。ここで死ねば、今までの全てが無に返してしまう。
『いいや、この一週間に意味はあったとも。あの子と君の関係は依存し合う程に深まっているのだろう? 今のあの子は、姉以上に君を愛している。ならば、彼女は共に死んでくれるさ、そして──』
「やめろ、それいじょう、いうなぁ!!」
全力の叫び。隠したい秘密を暴き立てられるからこそ、懇願してでも言われるのを厭った。
『それは、
「ぁ…………ちが、う、おもってなんか……!」
心が揺らいだ。
刻々と迫る死は恐ろしく、何度かそれを考えたことがある。ろくでもない世界、増し続ける苦痛、望みを見出だせず、死んだほうが共に幸せなのではと。
自分から諦めるのは許されないから、思いに蓋をしていただけで。
『望みは叶えよう』
一時、緩んだ抵抗。その間に戻れないところまで引きずり込まれる。
彼女の弱さが、二人の友情を終わらせる。
亡者が口を開けて。
彼女を噛み砕こうと。
全部
消え──
「さっきのお話聞いてたけど、んまぁそう……よく分かんなかったね」
『ッ!?』
この場に居ないはずの第三者。何者かが一切の気配も無く亡霊の背後に立つ。
「彼女は子ども、私達と同じチルドレン。だから救う必要があったんですね」
園芸用のスコップが容易く、亡霊の胸を穿った。瞬間まで殺気すら出さぬ暗殺、腐り落ちた顔が驚愕に満ちる。
「おねえ、ちゃん、だあれ……?」
「またね」
夢の支配者が呆気なく消失した。謎の人物も忽然と姿を消す。夢が終わりを迎える。
○
「……るぅ」
「よかった……! おきたんだねまりー!」
ゆっくりと瞼を上げる万里花。霞んだ視界いっぱいにどこかで見た髪色が映る。鼻腔をくすぐる華の香りから、ようやくそれが瑠璃であることに気が付いた。
ここまで発症しないこと自体が奇跡。目覚めるなど、それ以上の何かである。
「……あたしたち、どうして、そとに?」
「もう待ってらんないから、自分でりーねーのところに行くことにしたの。しょうがっこうはもうそつぎょうだよ」
ひと目で分かる空元気。今までの自分がそうだったから、なんとなく分かってしまう。
背中に揺られながら、ぽつぽつと喋りだす。
「そうぎょう……そっか、ならあたしたち、とびきゅー、するんだ……」
「そうだよ、さいねんしょうてんさいこうこうせい、……なんて、ちょっとおかしいかな?」
「るーはかしこいからいいけど、あたしはバカだから……にゅうがく、できるかな。こうこうって、しけんがひつよーだって、聞いたんだ」
自然と笑い会う二人。
「じゃあ、たくさんべんきょうしないとね。わたしも、りーねーもおしえるからさ。ずっと付きっきりで、おしえてあげる」
「……あはは、かんべんしてよ。きょねんの夏やすみじゃないんだから……そういえばあれ、けっきょく、間にあわなくてしかられたし……」
「うーん、あれはさいごまでのこしてた自分がわるいんじゃないかな」
苦いはずが、思い出すたびどこか眩しくて。消えてしまった思い出たち。自分達がもっと強ければ、たくさんのものを守れたのだろうか。
「おなか、すいたなぁ……あ、だ、だいじょうぶだよ? まだおかしくは、なってないから」
「…………じゃあ、今なにが食べたいの?」
「ハンバーグ、からあげ、オムライス、ラーメン……あと、お菓子にプリンとか、ケーキとか……」
「……びょうきなのに、しょくよくだけはあるんだね……」
「おーなーかーすいたぁああ……」
今は、その手に一つだけしかない。
「……るぅ」
「なぁに?」
「よんでみた、だ、け…………」
「そっか」
最後の一欠片さえも取りこぼす。
「ねぇ……まりー?」
「………………」
「雨、まだあがらないね」
陽の光が、見えない。
「へんじしてよ……ひとりじゃ、さびしいの……」
また明日、同じように側にいられる日が来るのだろうか。
ここから実況者が消えます。
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思い──
すぐには見えなくても積み重ねが大事。そうでしょ?
一度に少しづつ、それが大きなものになる。
『──職員、並びに生徒の皆さんは体育館に集合してください、繰り返します……』
柔らかな女性の声が校内全域に鳴り響く。
肉に群がろうとした躯共が、大人しく声に従って体育館へと向かい始めた。
『全校集会を行います。きょ、教職員の──』
放送は時に詰まりながら、何度も繰り返された。時間の経過に従って、廊下に群れるかれらは数を減らしていく。最後には二度と動かない死体と、もがく死にぞこないだけが残った。
「……本当に効いた、のか?」
廊下からかれらの呻きが消えてから数分後、放送室の扉が僅かに開き胡桃が顔を出す。廊下中を埋め尽くした大行進は、まるで悪い夢であったかのように姿を消している。
ゆっくりと外に出た胡桃に続いて、後ろの三人が各々自分の目で廊下を確認に向かう。
「どうする……このまま夜になるまで隠れて様子をみるか?」
「……いえ、確認を行いましょう。ただし下の階にかれらがまだ多ければ、すぐにここに戻ります」
「そうだな。で、誰が行く? 偵察なら少人数の方が動きやすいだろうし」
「じゃあ、あたしと──」
危険事なら自分が一番適任だろうと胡桃が名乗り出る。ほぼ同時にもう一人が立候補した。
「私も行きます。確認をしようと言ったのは私ですし……大人として、危険を引き受ける責任もあります」
「……いや、めぐねえは、その」
意志の強い顔で、佐倉慈が手を上げた。
難色を示す胡桃。本来誰も行きたがらないようなことを率先してくれるのはありがたい。が、彼女はおっとりーー悪く言えばどんくさい部分があると、胡桃はこれまでの中で感じていた。荒事に向いている人物とは言えない。
やはり一人で行くべきかと思案して──
「大丈夫です。恵飛須沢さんの足を引っ張ることはしませんよ。私は絶対に貴女達を生かす……義務がありますから」
その目に静かに燃える炎。執念にも似た、強烈な意志が宿っている。
彼女の中に自分達の知らない何かが起きたのだろうか。義務、と言い切る脅迫感に疑問が喉まで出かかったが、胡桃はそれを飲み込んだ。この状況で関係ない話をするべきではないと判断する。
「そっか、じゃあ一緒に頼むぜ、めぐねえ」
「めぐねえじゃなくて……」
「はーい、お願いしますね、佐倉先生」
少なくとも、今の彼女は頼れる先生であった。本人もこうして頼られることを望んでいた節がある。
「くるみちゃん、めぐねえ、気をつけてね……」
「おう、部屋の中で待っててくれ。それと……りーさんのこと、目を離さないでくれ」
「平気ですよ。危ないことはしませんし、させませんから」
「いや、めぐねえの方が危なっかしい気が……」
「えっ……そ、そんなに信用が……?」
二人は薄暗い廊下へと足を進めていく。部屋に残ったのは由紀、貴依、そして明らかに正常でない様子の悠里の三人が残った。
悠里は小学校に何度も連絡を試みようとしているが、その結果は彼女の様子を見れば判断がつく。目の焦点は虚ろで息が早く荒い。過呼吸になりかけている。
「りーさん……大丈夫だよ、きっと。るーちゃんも、まりかちゃんも、きっと助かってるから」
「でも、でも……! じゃあどうして、あの子たちは答えてくれないの……!?」
「最後にお話した時に言ってたよ、『もうすぐ電池が切れちゃうかも』って。だから、繋がらないのはおかしくないよ?」
由紀は震える悠里の手を取って、にっこりと微笑んだ。今の彼女に必要なのはおそらく正論ではなく、優しい希望の言葉である。
「でも、あっちはくるみみたいな強い人だっていないのに、るーちゃんはどうやって助かるの!?」
「だから、りーさんが助けに行くんだよ、今から!」
「わたし、が?」
「二人が今、下の方に行って外に出られるかどうか確認してるから。その後いっしょに、みんなで迎えに行こうよ、ね!」
小学校がここと同じように襲われていた場合、生きている可能性は低いと言わざるを得ない。それでも自分の目で見るまでは断ずるわけにはいかない。
もし生きていたならば、こうして時間を掛けるごとに事態は悪化していくことになる。小さな彼女たちを救えるのは、ここにいる者だけなのだ。
「おーい、戻ったぞ。……一階にも、外にも奴らはほとんどいねぇ。車を使うには、絶好のチャンスだな」
「準備をしてくださいね、すぐに出発します」
幸いにも今すぐに向かうことが出来る。全員の意思も一致していた。ならば、やるべきことは自ずと決定する。
「誰が行く? 確か車は四人乗りで……」
「運転できるめぐねえと、りーさんはいるよね。わたしたちじゃ二人の顔が分かんないし」
「全員でもいいんじゃないか? あたしらは荷物置きに座ればいいとして」
そうして決まっていく作戦。その中で誰の頭にも過ぎった、一つの懸念。
「……もし、もしだ。ちびどもが奴らに噛まれていたら……どう、する?」
言い出したくはないそれを、貴依は敢えて言い切った。悠里が縋るような目で皆を見渡す。やめてくれ、と。それを覚悟の上で彼女は話題にした。
死体を見るよりも、あるいは残酷であるかもしれないが、可能性も最も高い。だからこそ想定しておく必要がある。悲しい結末であることも。
生かすか、殺すか、二つに一つしかない。悠里には、どちらを選べばいいのか──
「……可能なら、連れ帰ります。救かる可能性があるしれません」
「っ……治る? どういうことですか!?」
第三の選択肢を提示したのは、彼女たちの教師であった。疑いと驚愕の目が突き刺さる。
「詳しくは車の中で説明します。今は時間が惜しい。行きましょう、若狭さん」
自身の罪悪感と二人の命、比べるまでもないと慈は断ずる。この事件は自分達、大人によって仕組まれていたものだと知った時から誓ったのだ。
例え敵意を持たれようと、自分は変わらず彼女達のために戦うと。
そうして向かう。決意と共に。もうもぬけの殻であることを、知る者は居ない。
○
喉が嗄れるまで叫び続けた。友達を助けてください、お願いします、誰かいませんか、呼び寄せる危険を承知で、それでも縋らずにはいられなかった。
反応するのは躯達だけ。本当に届けたい相手は、終ぞ現れることはなかった。
そして少女は再度知る。
世界は壊れてしまって、生きている人は本当に自分たちしかいないことを。
「はー、はー……ま、りー……がんばれ、しんじゃだめだよ……!」
瑠璃は雨の中を走り続ける。背中に小さな友を背負って。
本来、彼女の肉体なら同程度の重りを抱えて疾走することなど不可能だろう。
為したのは精神、窮地に立たされた心が、負担を度外視して肉体を稼働させ続けている。
喉から香る血の味が、段々と濃厚に感じ始めた。雨と汗が、全身を内と外から濡らしていく。身体は疲労の極地、脳が錯覚させているだけの状態。
(このたてものは……わたし、まだ、ここまでしか歩けていないのに……まに、合うの……?)
数時間は走り続けた感覚の中で目に入る現実。一度発狂しかけた精神を何とか持たせているだけに過ぎない。既に罅割れていた心に、弱気がこれ以上無いほど浸透する。
「う、あ……?」
支柱が揺らげば、体も容易く崩れ落ちる。錯覚が覚め始めた。そもそもが火事場の力、長時間持たせられるようなものではない。
(くそ、くそ……今がんばらないと、なんにもならないのに……!)
一度膝を折れば、容易に立ち上がることは出来なくなってしまう。執念が彼女をひたすらに走らせ続けた。かれらの多い大通り、破壊され通行の困難な道路、余儀なくされる回り道のせいで、行けども行けども目的地に近づいている感覚がない。
その感覚が更に瑠璃の精神に冷や水を浴びせかける。
「……すこし、すこしだけ、休もう。そしたらまた、走れるはず……だから……!」
魔法が切れる。のしかかる疲労感、全身の節々が動かす度に痛む。ほんの数秒前まで、この痛みは感じていなかった。
脳内に垂れ流されていた興奮物質で先延ばしにし続けた、ツケを一気に支払わされた。
「カギは、あいてる。知らない家だけど、入ってもいいよね……?」
瑠璃は痛みに呻きながら、すぐ横の家に歩みよる。
「う、ぁ……」
玄関に入った瞬間に力尽き、膝を付いて這いつくばった。背中の万里花を横に転がせ、苦しげに呼吸を繰り返す。
現状、立ち上がることすら叶わない。限界以上の稼働、幼い体には負担が大きすぎた。
(それでも、うごかなきゃ。家のなかだって、安全だってかくにんしたわけじゃないのに……)
ふらふらと時間をかけて立ち上がる。壁に体を預け、足を半ば引き摺りながら動かして一人、部屋を見渡して行く。血や割れたガラスなどの荒らされた形跡は無く、ここ数日の内に生活していた跡も同じくない。テーブルにうっすらと積もった埃を指でなぞる。
(見たかんじ、だれもいない……よね。やっぱりわたしと、まりーと、りーねーたちしか、もういないのかな)
瑠璃は家の中を一周し、玄関へと戻る。壁に体を預けたままずるずると崩れ、万里花の隣に座り込んだ。
雨で貼り付いた前髪を両手で掻き揚げて、顔を着ている上着の袖で拭う。当たり前だが服も濡れているため、ただの気休めにすぎない。
「あきらめちゃ、だめ……だけど……」
目の下には隈。精神的なショックの連続で顔はやつれ、一週間前の、初めてかれらを手にかけた万里花と顔の様子が似ていた。幼少には辛い出来事が多すぎた。例え危うげでも正気を保つこと自体が喝采に値する。
「……ほんとに、できるのかな」
分の悪い賭けであったことは彼女とて重々承知している。それでも、か細い光に惹かれずにはいられなかった。
通したい願いがあった。自分の身を切り裂いてでも叶えたい奇跡があった。それでも無情に、光は遠くなっていく感覚。無力感に打ちのめされてしまう。
「……行こう。ゆっくりしている時間なんて、まりーにはないんだから」
座り込んでから経過した時間は二分程度。全身に表れた不調は何一つ回復していないが、時間をかけるごとに悪化していく万里花の様子を見れば、十分な休息など遅すぎる。瑠璃は再び背負おうとその体を持ち上げようとして──
「……この、おと」
雨の音に混ざって、微かに耳を打つ駆動音。一週間前、平穏な日々の中で聞き慣れていた車両の排気音。普段なら顔を顰めるような、規制を無視したかのような音が、今はありがたかった。
「──まって、行かないで!」
弾かれたように動き出す。扉を吹き飛ばす勢いで駆け出して、道の真ん中で涸れた声で叫び続ける。喉が切れ、血の味がしようとも構わない。今、この瞬間を逃せば希望は潰える。
「りーねぇー、りーねぇえ! ねぇ、わたしはここにいるよ!」
懐から防犯ブザーを取り出し、音を鳴らす。声を上げ、必死に自分の存在を呼びかけた。
音が急速に近づいてくる。雨の中から、車がうっすらと見え始める。
願いはもうすぐ叶う。そう信じてーー
○
「やばいぞめぐねえ、後ろから来てる!」
「わ、分かってますって! でも前だって電柱が──」
「右だ右、そこを曲がれ!」
車の中には結局、五人全員が乗ることになった。かれらを直接手にかけたのは現状、胡桃と貴依の二人だけ。それも直接的な戦闘は胡桃が大半を担当している。大きく偏りすぎた戦力が、人員の分散の妨げと化してしまった。
昨日の今日の出来事もあり、学校に残るのは不安要素が大きすぎる。
すし詰めになれば、あとの二人も何とか入れるだろう、そんな心積もり。乗車人数程度の違反を取り締まる人間も既にいない。
「前にも二体いるぞ、どうする!?」
「…………しっかりつかまっていてください。少し、手荒な真似をします」
躊躇わずアクセルを踏みつけた。近づく距離、一切の減速はないままに。
「うぉっ!? ……や、ば、当たった瞬間破裂したみたいに」
「あわわ……そこ、手、落ちて……」
容赦無い正面衝突、同時に脆いかれらの四肢は耐えきれずに吹き飛んだ。左手がボンネットに転がり、血がフロントガラスを濡らす。それもやがて風雨に流され、凹み以外残ることはないだろう。
「めぐねえ、平気か?」
「……ええ、大丈夫です」
多少顔は青いが、ハンドルを握る手は正常であった。元生徒を直視さえ出来なかった筈の彼女が、覚悟を決めて前を見据えている。
事故による無惨な現場や、火事によって全焼した家や店の数々を横目に、五人を乗せた車は進む。
「学校だけじゃなくて、ほんとに街もめちゃくちゃになってるんだね……」
「……そう、ですね。この一週間、救助や、通信さえない事を考えると、ここだけでなくもっと広い範囲で災害が起きている可能性もあります。最悪、日本中にまで広がっているのかも」
「このままガソリンが尽きるまで逃げれば何とかなるかもって考えたけど、それも駄目か……」
今まで外に目を向けてこなかった。その余裕も。恐ろしいのは学校の中だけで、外には正常な世界が広がっているのかも、そんな淡い思いが砕かれる。
走れども破壊の爪痕はそこかしこに色濃く残る。逃げ場などない、嫌でも実感してしまう。
「…………るーちゃん」
その光景に一番ダメージを受けていたのは悠里だった。車の中でも口数少なく、ただ呆然と前を見ていた。
近づく小学校、見える景色はここまでの光景と何ら変化はない。妹の周囲も、自分達の置かれた現状と何ら変わりないのだと理解する。それよりも酷いのかもしれない。
「若狭さん、次はどちらですか?」
「え、あ、ごめんなさい、そこじゃなくて次を右です」
慈はそんな悠里に対して、思考を中断させるように声をかける。ここで悲惨な想像をしようと意味はない。ただ無駄に心を痛めるだけだと、機械的な会話を続けて思い耽る暇を削っていく。
回り道に次ぐ回り道。平時の倍ほどの時間をかけて一行はたどり着く。時間としては雨が振り始めてから半日程度。
「やばいな……ほとんど校内に残ってる、やっぱりあたしたちみたいに放送出来なかったのか……?」
「おぉーい、まりーちゃーん! るーちゃーん! 助けに来たよー!」
「……これなら、きっと気付くはずですが……」
近くでクラクションを鳴らす。釣られたかれらが寄ってくるだけで、期待した反応はない。届いていない筈はないと、全員が思った。
「ち、違うわ、隠れて声が出せないだけ……そう、よね、きっと、二人は生きてる……ゆきちゃん、きっとそうよね……!?」
「とにかく行くしかねぇ、三階の職員室、だったよな。そこじゃなくても、なるべく上の階にいるはずだ」
ここまでは何事も無くたどり着けた。
たどり着いてしまった。
○
「──え?」
目の前を横切った
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──届かず
いいところまでいった。これって結構、すごいんじゃないかな。
ずっと待ってたのかもしれない。
もういいよ、おわりだよ。
一歩ずれていれば確実に命は無かっただろう。そう思えるだけの勢いで眼前を横切る車。大きく跳ねた水たまりが降りかかる。
「──だ、め、まってよっ!」
顔に降りかかった水に意識を取り戻されて、瑠璃は反射的に追いかけた。
依然として自動車は暴走を続けている。右側の壁に車体を擦りつけ、お互いを削り合って雨の中火花を散らす。中にいる人間は明らかに正気ではない。まともなら本能がすくみ上がり、反射的に止まるはずだろう。もしそうでないとしたら、足を踏み間違えているだけか。
破壊の限りを尽くす鉄塊。悲鳴にも似たエンジン音が辺りに轟く。加速、超速、全てをなぎ倒し──
「──」
電柱に突貫。超重量の衝突は最早爆発としか形容できない。車は縦方向に真っ二つになるまで割れかけた。宿った運動エネルギーは想像を絶する。
フロントガラスから吹き飛んだもの。直角軌道で射出された人間が宙を舞い、頭部から地面に叩きつけられる。着地部位が容易く弾け飛んだ。
電柱は根本から割れ、ゆっくりと倒れて行く。重みに耐えかね電線が千切れた。
支えを失った電柱が崩れる。隣のその隣までの屋根をひしゃげさせる。舞い散る粉塵。接触の瞬間、地面さえ揺れた。絶大な音量が鼓膜を蹂躙する。
「──ッ」
圧倒的なスケールに、幼子はその始終に呆けることしかできない。自身の許容量を超えた光景に、急激に白痴化したかの如く呆然と立ち尽くす。
飛び出した人間は彼女達には何も関係は無かった。服装から若い男だと辛うじて推測出来る。
今まで籠城し続け、やがて雨の影響で集まるかれらに、追い出されるように家を出た。その際に傷を負い感染、朦朧とした意識のまま運転し続け今ここで発症したのだろう。
この世界にはどこにでもある、ありふれた悲劇の話。
「う、あ」
自分達や姉とは何ら関係のない男の終点。生き続けたいとした執念が報われなかった結末。
音に野次馬共が寄ってくる。響いた爆音は、雨という妨げを超えてかれらの興味を引いたのだ。
数十秒もせずうようよと現れ出したかれらを前に、しかし瑠璃は動けない。
唐突に表れ消失した光明。結果で言えば、為すべきことに変化はない。かれらに囲まれる最悪な状況にまで落ちてしまったが、それは副産物に過ぎない。
重要なのは落差。ほんの一瞬天にまで持ち上げられた気持ちが地に叩きつけられる。その高低差が、ただ不幸が襲うよりも大きな傷を与えるのだ。
「ぁあ……う、ああ……」
浮ついた心が急速に冷えていく。心臓が氷を送り出したかのように、全身から熱意が消える。
助かると思っていた。走り続けた先、努力には褒美が付き物で、それが今だと愚かしく確信してしまった。偽物、偽物、偽物、もう届かない程遠くに逃げた光さえ、嘘っぱちではないのかと疑問が生じる。掴める気がしないのに、掴む意味さえないのではないか。そう思ってしまう。
握り締めていたはずの手から、指の間を抜けてこぼれ落ちる物。小さな飛沫を上げて着水したブザーが、音を鳴らし続ける。
甲高い音は少女の慟哭。水に溺れてもなお、それはずっと代弁を続けていた。
○
小学校に飛び込んだ全員の目に、真っ先に入ったのは既視感だらけの校内だった。割れた窓、破り取られた掲示物、血がこびり着いた床、どれも高校を彷彿とさせる。
「やばいぞ、予想以上に、多いッ!」
「早く上に行こうよ! そこなら、きっとここより少ないから!」
各々が武器を振るって小さなかれらを退ける。ペンライト、ブザー、使える道具は大盤振る舞いに使用した。小さくともその牙にはかするだけで死する猛毒が潜む。力は弱いが、危険性に大差はない。
「るーちゃん、るーちゃん? ねぇ、どこにいるのっ!?」
「おぉーい、どこだちび共、返事をしろぉ!」
大声を出す度にお呼びでないものばかりが反応する。それでも止めることは出来ない。救出なのだから、自己の存在を対象に伝えなくては始まらない。危険を承知で叫ぶしかない。
「くそっ、教室を一部屋ずつ調べるか?」
「まずは三階の職員室を探しましょう、そこが一番可能性が高いはず」
当ても無く一階に居続けては自分達さえ危ないと判断し、一旦見切りをつけて上へと移動する。
「りーさん、それっぽいやつはいたか!?」
「……いえ、いなかったわ、きっと」
悠里以外は彼女達の顔を知らない。
自分の胸辺りの身長、薄い桜色の、腰まで届くスーパーロングヘア。もう一人はオレンジのショートヘア。判別出来る情報はその辺りだけであった。帽子やリボンなどは一週間も付けっぱなしとは限らない。
悠里が二人の判断をするしかないのだ。生きているのか、死んでいるのか、かれらになっているのか。
「……これは、バリケードの跡か?」
三階で彼女達を迎えたのは、机と椅子がいくつも転がっている光景。階段には統一性の無い小物が多数散らばっており、そのほとんどが踏みつぶされている。
二人が築いた必死の抵抗の残骸か。進む度に、生存の可能性が消失していく。
「だめ、三階にもいる……」
「いや、大丈夫さ、あたし達のところだって同じように突破されて、それでも助かったんだ……」
ガラス片が散らばる掃除のされていない廊下。二人ではそれだけの余裕が無かったのだろうか。一階よりは少ないがそれでも多くのかれらが、二人が過ごしていたはずの場所を我が物顔で占拠している事実に焦燥が込み上げる。
「来てやったぞ、早く返事しやがれェェッ!!」
職員室の扉を叩きつける勢いでこじ開けた。入り口に積みたがった残骸を胡桃が吹き飛ばし、中を見渡す。
きっとそこには、隅で縮こまって震える二人がいると信じて──
「…………え?」
音に振り返ったのは、生者とは思えないほど顔色を黒くした大人達。
想像していた顔はどこにもいない。
つい最近まで暮らしていた痕跡、食器やボトルが転がり、片付けられていないトランプが散らばっている。
居たはずなのだ。そこには、きっと。
「か、隠れてるんでしょ……ね、もう、だい、じょうぶだから。お願いだから、出てきてちょうだい……?」
ふらふらと、悠里が危うげに二人を捜し出す。小さい体、いくらでも隠れられる場所はある。くまなく探せば、きっと見つかってくれる。
「おい、危ないぞりーさん!? ……クソッ!」
机の下、ロッカー、引き出し、おおよそ人が隠れられそうにない箇所まで目を向けて、それでも二人は見つからない。何故だ? 何故? どうして出てきてくれないのかが分からない。こんなにも求めているのに。
「……あ」
視界にちらと映ったそれに、悠里は目が離せなくなる。妹が、瑠璃が、大切にしていたもの。今、かれらに踏みつけられたもの。
くしゃくしゃになった、血だらけの帽子。それを踏みつけて、嗤う醜き怪物共。
「──おまえ、たちィ」
悠里はそう理解した。誤解した。
胸に秘めた希望すべてが暗い炎へと変換される。一瞬にして振り切れた狂気が衝動的に肉体を突き動かした。
赤く血走った瞳がかれらを射抜く。荒れ狂う殺意に全てを委ねた少女の声なき慟哭。凶器を握る手の平からも赤を滲ませながらかれらに突貫する。
「もう死になさいよ、みんな、みんな」
血潮が舞った。振るう包丁が人体をズタズタに切り裂く。痛み、苦しみ、見せつけるような肉の傷つけ方。
修羅、今の彼女の貌を評するにはそれを置いて他にない。人の内に宿る僅かな獣の本性、それが知識に無くとも囁くのだ。どうすればこの肉は傷つくか、より多く血を噴き出すか、殺傷への正解は声に委ねるだけでたどり着く。
「どうして、どうして!? なんでこうなるの、なんであの子たちを──殺したのよォッ!?」
しかしその思考は、一つの前提の元に生まれているものだ。狂気の底に落ちる度に、彼女は二人の生存を否定していくことになる。段々と心が崩れ落ちて行く。まだ生きているのでは、その考えを持てなくなってしまった。
「ああ、いや、いやぁ! いやぁああああああアアアアアアアアアッ!?」
落ちる、落ちる、底の底へ。光の届かぬ無間奈落へと。
躯の山、血の涙を流し、自ら目を曇らせた狭窄者が叫ぶ。心を自らの手で打ち砕く。
○
「……どう、して」
血が滲むほど握りしめた拳。雨と混じり、隙間から薄赤を滴らす。
「なんで、なんで、なんでぇ……?」
力なく車体を殴りつける瑠璃。既にその手は内側だけでなく、手の甲まで内出血による痣をいくつも作っていた。
「もう、やだよぉ」
叩く音さえ雨音に紛れる程に弱々しい。
心が怒りに満ちていた。襲いかかる理不尽への、運命への敵意。やり場のない怒りの矛先を求めて車を何度も殴りつけた。
何度殴っても気が晴れることはない。現状を変えられない無力感と、時間が経つごとに増す空しさだけを得る。
「うぅ、ひぐ、うぁ……ぁ……」
瑠璃は遂に殴ることさえ止めて、車の側で膝を屈する。もう十分だ、仕方ない、よくやった方だよ、体が動く意思を放棄して、諦めることを囁いてくる。
空しい八つ当たりの間にも、かれらは新鮮な肉を求めて近づいてくる。何十体ものかれらに取り囲まれてしまったのが、後ろからでも伝わってきた。
心を乱さず、万里花さえ放置してその場を離れればあるいは、まだ生存の可能性はあったかもしれない。出来なかったのは己の弱さ、あの時僅かでも希望を持ってしまった浅はかな思いが、可能性を摘み取った。
「あぁ、まりー……そう、だ、たすけなきゃ……」
絶望の中にもちらつく友の顔。瑠璃は虚ろな顔で立ちあがる。ふらふらと、壁に対して這うように手を添えながらゆっくりと歩く。かれらの歩きにすら劣る速度。
心で支えてきた肉体。内部は異常をいくつも起こし、一歩踏み出すたびに呻きが漏れる。もうあの時の錯覚はもう一切ない。熱情は消えたのだ。痛みが余すことなく伝わってくる。
今更一人で逃げたとしても、どこかで捕まってしまうだろう。それでも、二人で逃げることは譲れない。
「まりー……まりぃ……すぐいくから、わたしが、たすけるから……」
諦めるつもりはない。今はただ、心は自分たちを弄ぶ世界への怒りで占められた。認め、膝を屈することへの反骨心が、惰性的に体を操る。
最後のひとかけら。それさえあれば、まだ自分は戦える。それだけのために折れかけた心で立ったのだ。
「ねぇ、まりー、いっしょに、いこうよ……」
けれど──
「まりー……そこにいるよね、ねぇ……?」
それさえも失えば、自分はどうすればいいのだろうか。
「ま、り……?」
彼女を寝かせた家に着き、瑠璃は玄関の扉を開けた。
視界の先、両の足で立つ親友の姿。横になっていたはずの最後の記憶、それが今はしかと地面を踏みしめている。
赤子のように震える瑠璃より、よほどしゃんとした立ち方をしていた。
「あぁ……そっ、かぁ……」
唐突なめまいに襲われた。瑠璃の顔から一切の血の気が引け、崩れるように座り込む。今度こそ立てない。もう二度と、立ちたくもなかった。
万里花が『かれら』になったのだと、気がついてしまった。親友はもう人から堕ち、得体のしれない化け物へと変貌した。人の肉を喰らい、人に害ある、瑠璃にとっての敵と成り果てた。
「まに、あわなかったんだね……」
万里花はそれこそ十二分に持った。本来、昨日の時点で発症しただろうそれを、この瞬間まで奇跡によって延ばしてみせた。それでも間に合わなかったのは、自分の怠惰のせいだ、そう瑠璃は思った。
「ごめんなさい……まりー、ごめんなさい……」
瑠璃は顔を上げ、万里花の貌を見る。黒斑と赤筋に汚れた頬、濁った瞳。その二つを見て、すぐに目を逸らす。一瞥で十分、それ以上は見ていられない。
彼女も見てほしくなどないだろう。醜く歪んだ顔をまじまじと見るのは、悲しすぎて耐えられない。
「たすけられなくて、ごめんなさい……」
親友が迫る。動き出した足は視界の端に映っていたが、瑠璃は俯いたまま動かない。
全てを失った。もう立つ理由はない。心を奮わせる熱が、消えた。
「…………」
身体よりも先に心が死んでいく。
世界から色が消えていく。音が鼓膜を震わせず、嗅ぐもの全てが無味無臭。自分の中に命はあるが、それを感じ取ることが出来ない。
怒りも、悲しみも、全てが極大の絶望に飲み込まれていく。
消えた思考、残ったのは『三人』で過ごす、叶わない願い。
牙が首筋に迫る。
親友のためなら死んでもいい。そして、親友になら、殺されてもいい。永遠を二人で。最後の最後までふたりぼっちで生きて死ぬ。やはり自分はそれを求めていたのだ。
死が怖くない。ふたりならどこへでも、きっと、とても幸せだ。
それでも、ひとり残された姉のことを、申し訳なく思う。
「……ばいばい、りーねー」
首に痛みが走る、意識が、闇へと溶けていく。最後までたった一つだけ残った色。涙の滲む視界の中で、親友の色とそっくりな。
あの花の色を焼き付けて──
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ガランサス
死の間際、見る夢は二つと思っていた。笑顔で迎え入れる親友の幻影か、今まで積んできた躯達に飲み込まれるか。天国か地獄、少なくとも終わったと感じていた、のだが。
万里花の視界には少女が立つ。その姿をどこかで見たことがあるような、無いような。
高校の制服を着た、園芸用のスコップを握る少女。常に瞑目であるが、明確にこちらの位置を認識しているらしい。
「おはよーごさいまーーーす」
「え、あ、おはよーございます?」
間の抜けた抑揚の薄い声。反射的に万里花が返す。
「えっと、おねえちゃん、だあれ? なんだか、どこかであったような気がするけど。へんだよね、こうこうせいはりーねえちゃんくらいしか知らないのに」
万里花は年上の彼女に問うた。彼女は目を逸らす、閉じられていても、視線のようなものが外されたのは察知出来た。
「うーん、ちょっと答えづらい。何というか、一言で言うと……チルドレン、なのかな……?」
「ちるどれ……もしかしておかあさん? ……え、ええぇ!? あ、でもこうこうせいってけっこんが──」
「違う違う、そういう意味じゃなくて……私自身にもよく分からないけど、私たちには血とは違う不思議な繋がりがある。あなたと私だけじゃなくて、他にもいっぱいいるよ。ほら、周りを見て?」
その言葉と共に現れる様々な影。チルドレン、と呼ばれた存在。彼女と同年代の少年少女、更に年上も年下もごちゃまぜに。人間であればまだましだろう。明らかに人ではないナニカも紛れている。
挙句の果てに、彼女とまったく瓜ふたつの存在まで。それも複数。魑魅魍魎とは正しくこのことを指す。
「えっと、おかあさん? ……だいかぞくだね」
「だから違います、子どもがこんなにいたらコウノトリさんが壊れちゃ〜う」
「いたっ……く、ない」
脳天に手刀を落とされる。手加減か単に非力か、速度に反してポンとやわらかい当たり。
「ほら立って、行くよ」
怪訝に思いながらも、万里花は差し出された手を握って立ち上がった。集団が前に進み始めたので、万里花もとりあえずといった具合で追いかける。
「……あれ?」
その集団の早さに驚く。中央にいたはずが気がつけば最後尾になっている。
「まって」
堪らず全力で駆ける。手を伸ばして追いすがるが、その距離は段々と離れて行く。あまりにも速すぎる。彼ら彼女らは歩いていて、自分はこうして駆けている、なのに一向に手が届く気配がない。
「おねえちゃん、まって!」
その集団さえ抜いて前を進む、瞑目の少女。誰も少女に追いつけない、届かない。自分からは、既に遥か彼方の位置にいる。
彼女は常に先陣を切る。
瞑目、閉ざされた視界、ゆえに一寸先が闇の道なき道を誰よりも速く、誰よりも前へ。恐れは、ないのだろうか。
「……とってもきれい……」
背中を向けているのだから、顔を見ることは出来ない。そんなことは万里花も分かっている。
圧倒されたのはその立ち姿。その遠さと大きさに畏怖を覚える。白く冷たい、他を寄せ付けぬ雰囲気を纏う。
その背中に魅せられる。
「どうやったら、そんなにつよくなれたの?」
遠い背中に問うた。何かを聞ければ自分も強くなれると思って。
「私はそんなに強くないよ、ただ、全力で頑張っただけ」
納得し難い回答。崇拝するか、目を背けるか、それ程に隔絶した存在が発したとは思えない。
「最短で、最速でないと私自身があの時助からなかった。ただ無我夢中で生きようと足掻いた、それが、私の始まり」
彼女のルーツ。あの終わった世界にはありきたりな理由。
「たくさん殺して、まるで怪物みたいになって、そんな私にも繋がりが出来た。怖がられながら、それでも私の中身を見ようとしてくれる人がいてくれた」
独白が続く。
「その人に私はどう接したらいいか分からなくて、何度も間違えて傷つけて……それでも私を見捨てないでくれた。その人を見て私は思ったんだ。この人を絶対に守りたいって」
きっとその決意が彼女を形作ったのだろう。ただ最善の道をひた走る、回り道寄り道、無論間違えたこともあるだろう。それでもめげずに前へ。
四六時中休むことなく頭を動かし、完璧たる道を求道し続ける。ただひたすらに。
そこに光があり、自分がそれを拾えるのなら止まる理由はない。それが罪深く、血塗れの道であろうとも。
ともすれば人間味のなく、怪物だと誤解されかねない行為。
「気がついたらそばにたくさんの人がいた。私の秘密を覗いて、それでも変わらずそばにいてくれて。こんな世界でも変わらず希望はあるって、知ったんだ」
それでも進んだのは、全てあの笑顔の和を広げるために、守るために。
地獄の底、クソったれと化した世界への叛逆。自分を全力で好いてくれた人たちのために、人を捨て怪物と化してでも世界に小さな牙を突き立てた。
削ぎ落とし、突き詰める。装飾も飾り気もない、白銀の、ただ一振りの刃となった生き方。
その果てに得た未来。ほんの小さく、それでいて揺らがない、希望に満ちた光。
尋常ならざる努力の末に、彼女は無二の理解者を得たのだろう。『見た』光景を思い出すように、満足気に微笑む。己の全てを賭して最善を歩み、己が最高を得た。
「……すごいなぁ」
つまりお前には覚悟が足りぬ、と彼女は言うのだ。最適化し、限界まで突き詰めてようやく辿り着ける境地、執念さえ混じる覚悟には遠い。
「──そっか」
それなら、今から覚悟を決めればいい。
言葉が、歩いた道が、勇気を与えてくれる。
彼女が見つけられた文句の付けようもないハッピーエンド。
諦めなければ夢は叶う。誰もが口にして、そして信頼の置けないその言葉を彼女が体現したのだ。重なることのない次元、遠く離れた世界の出来事でも、どこか身近な存在が為したこと。
ならば、自分の生きぬいた先のどこかにも希望はある。少なくとも、信じることはできる。
「あなたの体から酷い音がする。その決断の先に、あなた自身の幸せはないのかもしれない。それでも行くの?」
「……おねえちゃんがわらった時、あたしにも見えたんだ。みんながわらって、しあわせにすごしているあのこうけい。あたしのさきにもそれがあるって分かったから、もうこわくないよ」
最初から全力で生きた彼女と、遅れに遅れてようやく決心した自分。追いつくためには、より切り捨てるしかない。過去も今も、未来さえも。
彼女のように人を辞めよう。彼女以上に。心だけでなく肉体まで。そうなれる因子がこの中にある。
「ありがとうおねえちゃん。あたし、もうすこしだけがんばるね」
「そう……がんばれ、それとあなたのともだち、大切にね」
もう一度だけ挑戦しよう、あの背中に憧れた者として。
○
あのおねえちゃんが笑った時、あたしにもおねえちゃんが『見た』光景が、一緒に見えた。
おねえちゃんだけじゃない。あそこにいたにいちゃんもねえちゃんもみんなが作る、とてもきれいな光景。
何でもないおはなしの中で花が咲く。友達が、恋人が、家族がそこに居て、まぶしく輝いている一つの世界。
たくさんの人がずっと賑やかに笑い合う絵。
あの光景が、一体どれだけの夢物語か。それを信じて進むあの人たちがどれだけ無謀で、愚かなことをしているのか。ばかなあたしでも分かる。
おねえちゃんが叶えた夢物語、あたしには、できていたのかな。
『…………こわいよ、まりー……もう、やだよぉ……』
力がなかった。
『ひぐ、うあ、あああぁぁ──』
頭がなかった。
『──いや、死んじゃいやだよ、ねぇ……』
何度も、あの子を泣かせてしまった。
目を覆いたくなるような悲劇。泣いて、涙も枯れて、それでも足りないから血を流した。
それでも、これからはせめて──
あんな世界を作りたい。願いを叶えたおねえちゃんを見て、あたしもそう思えた。
あんな世界があればいい。そこにあたしがいなくても。そのために未来を繋げよう。あたしは繋げて、託すだけでもいいから。
あたしの大好きなともだちが、大好きな人と居られるように。
そのためになら、あたしは死のうと思えた。
何かを得るために何かを捨てる必要がある、それだけの話。あたしのぜんぶを空っぽにして、代わりに空いた手のひらにめいっぱいのキラキラを集めよう。
みんなの顔をキラキラで満たすための第一歩。踏み出すにはちょっと遅かったけど、それでも無駄なんてことはない。あのおねえちゃんが証明してくれた。
壊れた世界は悲しさに溢れていて、涙も出尽くしちゃうほど泣きたくなる。それでも希望はここに確かにあるんだと、知ったから。
今、その方法がある。あたしの中のびょーきは頭をおかしくする代わりに、力が強くなって傷の痛さも感じなくする。それを使えばいい。
食べたい、壊したいって気持ちを、守りたいって気持ちで我慢するのだ。どれだけ、持つかは分かんないけど。
でも、るーのことを思えば、きっとできる。あたしは単純バカだから、頭の中を一色にすることなんてわけないのだ。
だから、そのためにあたしは笑っていよう。ずっとニコニコ、笑えなくなるその時まで。
あたしの小さな物語が振り返ったときに、希望の話として伝えられるように。
あたしの咲かせる花が、あのおねえちゃんがあたしを勇気づけてくれたように。いつか、だれかを照らせる光となれたらいいな。
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シシャの花
あの手を、離したのだから。でも……
万里花は己が手で気を失わせた友達を抱きしめる。黒ずんで、もう人とは思えない手で優しく体を包んだ。
自分の全てを伝える。耳元で囁いた最後の言葉、そこにありったけを籠めて、それでも伝えきれなかったものを抱擁にて示す。全身で万感の想いを叫び続ける。
それでも足りない。狂おしいほどに求めてしまう。密着して共有する体温、実際には、万里花の冷たさが一方的に熱を奪っている。
この手を離せば、孤独が寒さを携えて襲い掛かるだろう。それでいい、そうでなければならない。明るく、あたたかいところに彼女を遺すために、自分は一人冷たく歩むのだから。
震える手で抱擁を解き、宝物を扱うかのようにそっと床に寝かせる。とてもゆっくりと。
この遅さが逡巡の証。何度覚悟を決めようとしても、その度に折れそうになる。手放した後悔が、未練がましく胸にのしかかった。後から後から際限なく湧いてくる想い、せめて、せめてほんの少し──
(だめ、だから、これいじょういると、かみついちゃう)
その思いを振り払って前に進む。垂れ落ちそうな涎を飲み込み、朧げな意識で犬歯を引き込める。
扉を開ける、最後に親友の顔を瞼の裏に焼き付けようと振り向いて。
「──ひとり、に、しないで……」
ただの寝言である。自分が伸ばしかけた腕も、戻りかけた足も、獣の衝動に一時駆られかけただけの行動。
頬を伝う一筋の雫。これも顔に降り掛かった雨であろう。
「いってきます」
手を振って笑顔でお別れを。届かなくてもいい、自分に言い聞かせるための仕草だから。
これより紡ぐは悲劇ではなく喜劇。少なくともそう決めたなら、その出々しに泣き顔などするべきではない。
○
扉から出てきた少女を男は見る。そして興味を無くした。
同族になど興味は宿さない。それよりも惹かれるのが、その扉の隙間にちらりと見えた未感染の少女。あれを追ってここまでやってきたのだ。
幸いに、何故か意識を失っているらしい。大した抵抗もなく肉にありつけるだろうと本能が呼びかける。
飢餓感に駆られ、待ちきれずに先程の少女を横切りなが──
「きえろ、あたしたちのせかいを、よごすな」
ぶちぶち、ぐるん。
何かがひしゃげる音と同時に、男の視界が縦に横に回転する。
一瞬、完全な前後不覚に陥り地面に落ちたことでようやく現在の自分を認識した。一度似たことをされた覚えがある、車に吹き飛ばされた時の感覚によく似ていた。
かれらという生き物は痛みも怒りも解することはない。正体不明の衝撃に疑問を呈すこともせず、立ち上がってあの肉を追おうとして、気が付く。
立てない、体が動かない。足が折れたからや神経が傷ついたからでもなく、そもそも動かす部位がない。
首から下、胴体から足先に至るまでごっそりと消えている。正確には、少女が腕を凪いだことで男の首から上が泣き別れしていた。
本当の今の状況を認識した後、男だったかれらはあっさりと意識を手放した。
「うん、だいじょうぶ。まだ体はうごくね。こわれちゃうまでうごかそう。これでさいごだし」
斬首を為した万里花は無手である。ならどうやって首を切り離したか、極めて単純かつ最も信じがたい理由。
「がんばれあたし。こわいやつらをみんなやっつけてやろっか」
答えは圧倒的な膂力。肉体の変質により幼子の領域を超えた力が振るわれることとなった。
事件の元凶達が彼女を見れば、「適合」と言葉を吐くかもしれない。それは半分当たりで半分外れている。
脆くなっているとはいえ人体を捩じ切る、異常なまでの出力上昇は凡百のかれらにはない変化ではあるが、菌の侵食までコントロールしている訳ではない。より妥当な言葉を用いるなら、突然変異とでも言うべきか。より長い時間をかけた獣性のせめぎ合いが生んだ奇跡。
しかし倒したのはまだ一体だけ。続々と集まるかれらの群れは多く、そのほとんどが万里花の後ろにいる瑠璃を認知していた。
一体取り逃せば瑠璃は死ぬ。全てここで殲滅させる必要があった。異形の力は得たと言えど、変わらず満身創痍の己に出来るのか──
「ううん、るーはもう泣かせない、ぜったいに、しあわせにしてやる、だから──」
雲の切れ間から光が差し、万里花を照らす。雨の中、彼女だけが輝いている。濡れた髪と水溜まりに陽光は反射し、幻想的な光景を映し出していた。
弾ける笑顔。まるでここが楽園であるかのように。紅き地獄を否定する爽やかさ。
「わらえよ、あたしッ!!」
天が彼女を祝福するように、より一層輝いた。
かれらの眼を灼く光。地獄の底だからこそ綺羅星のように瞬いた黄金。
だからこそ、その煌きは条理を、道理を──千里さえ超えて伝播する。
○
車の中の空気は鉛を混ぜこんだように重く苦々しかった。
車内の誰もが視線を落として言葉を発することなく、運転席に座る慈だけが黙ったままハンドルを切っている。
あの後も屋上から一階まで探し続けて、結局二人が見つかることは無かった。かれらのいない無事な部屋は何一つ見当たらず、隠れられそうな箇所には見るも無惨な腐乱死体があるだけ。
かれらとなっている姿も見えず、手がかりといえば悠里が抱きしめている血塗れの帽子しかない。
好意的になら、既に学校を抜け出して今もどこかを彷徨っている。悲観的かつ現実的に見るなら、確認不能なほど損傷した死体のどれかに二人が混ざっていた。
彼女達が前者を選べたとしたらそれこそ、雨がかれらを呼び寄せることを
「……えっと、みんな! まだあの二人は、きっとね……」
由紀が沈黙を破るも、見る間にトーンダウンしていった。数少ない、まだその希望を信じる側の彼女もこの空気に同調しかけて揺れている。
ぎょろり、皆の暗く濁った瞳が見つめてくる。そこに悪意はなく、ただ注目しているだけではあるのだが。
「……もう、いいのよ。ごめんなさい、みんなを危険に晒してまでいない人を探す必要なんて、なかったのに……」
悠里の殆ど動かない唇から、ぼそぼそと諦めの言葉が紡がれる。
結局のところ選択は悠里次第。悠里が頼んだからこそここまで来たのであって、どのような結果であれ一人納得してしまったのなら、そこで終わるのだ。
「るーちゃん、まりか……ごめんね、私が、頼りないお姉ちゃんなせいで……」
あらゆる色を失った顔、生気も無く、まるで人形のように表情が固定されている。深い絶望が、悲しみ以外の全てを流し尽くしてしまった。
仮に脱出したとして、生きている方がおかしいのではないか。ネガティブな思考が頭を埋め尽くしてしまう。この世界は、理由もなく希望が持てるほど優しくできてはいないから。
そう、思っていて──
「──ッ」
悠里が後ろを振り向いた。遠くで何かを呼んでいる気がした。
視線の先、僅かに雲が穴を空けており、隙間から陽光が差し込めている。一筋の光芒は辺りに様々な色を映し出した。空に現出した虹、そして地上を眩く照らす。
その地上から虹さえ凌駕する黄金が立ち昇った。無論それは幻想の類、物理的に光が発されているものではない。ただ、それだけの雰囲気があった。
「止めてくださいッ!」
大声に反応して車が急停止した。皆が何事かと悠里を見つめてくる。
自分以外には聞こえていないのか。
だれかを想う慈しみ、溢れ、漏れ出す思念が自分に何かを伝えようとしている。
「……まり、か、なの?」
『────』
何かが聞こえる。あそこには何かがある。自分の、願いが──
○
かれらの服を引っ掴み、自分の身長にまで頭の位置を下げさせる。有無を言わさない強引さ、邪気の無い笑顔のまま、少女は暴力に血を染める
「それっ!」
型も糞もない素人な大振りのフック。しかしその実、空気を裂く音を鳴らし男の頬を三分の一ほど吹き飛ばす威力があった。十も満たぬ幼子の、いや、人の埒外にある膂力。
顔面を殴りつけられ、大の大人が冗談みたく飛ぶ。二倍以上の質量差、逆ならともかく小さい側が為したのだから恐ろしい他ない。
「つぎ!」
万里花が変色した右手を突き出した。爪が肉を削ぐ。掠めるだけで首が抉り取られ、致死量の鮮血が噴き出した。
子どもらしく、柔らかくぷにぷにとした手のひらはそこに無い。その手には殺傷のための武器、堅く鋭い爪が形成されつつあった。
「つぎ──おっとと?」
三体のかれらが万里花を掴もうとのしかかる。背丈の差は圧倒的で、体を大きく開いて迫る様は見上げるほどの壁が倒れるようにさえ見える。
かれらは皆、この小さな小さな同族擬きを敵と定義した。心の臓を止め、その肉を貪ろう、一分の齟齬もない共通認識が広がっている。
掴んだ、寸前に姿が消えた。少女が跳ね飛ぶ。かれらの身の丈以上に跳ね上がり、下にいる三体の頭部を自らの影が覆った。かれらが光感覚に変化を感じてようやく見上げた時にはもう遅い。
「おそいよ!」
首を裂き、眼孔を穿き、頭蓋を粉砕する。瞬刻、暴風が舞った。その姿を二度目に捉えることも出来ずかれらは本当の死を迎え、それでも更に身体を刻まれる。
かれらが崩れ落ちる前に着地、形成された第二陣に死体を蹴り飛ばし怯ませる。
「……ぺっ!」
束の間の小休止、万里花は口から唾を吐き出した。中には血塊が混じる。
(びょーきがなおったってわけじゃない。笑ってごまかしてるだけで、あたまがいたい、ひとが、たべたい。あと、あたしはどれくらいこのままでいられるのかな?)
長くは持たないことは承知の上。今は衝動を上回る、ただ一つの想いが体を突き動かしている。
屍の山、むせ返る死臭の中でそれを作った張本人は笑う。死臭さえ心地よいかのように。世界を、自分を騙すために。
(たぶん、このうそもほんとになる。人をころすのがふつう、食べるのがしゅうかん。あたしはそんな感じになっちゃって、ニンゲンらしさってやつがもう──ううん、えらんだのはあたしなんだ。守れるものがあれば、それでいいの)
それでも自分は不幸を享受しよう、その先を行く友達のため
友の背負う筈の不幸まで、自分が二人分を背負って旅立とう。
「来なよばけもの、ハッ、まさか、ビビっちゃったかァ!?」
安い挑発はかれらでなく自分に聞かせるもの。そもそもかれらは言語を解するのだろうか。
馬鹿正直に迫るかれらの手をしゃがんで回避し、小ささを活かし下に潜り込む。足を裂き、かれらが崩れれば地を蹴った。
上へ下へ大きく躍動する。鈍いかれらは手を伸ばしても掴むのは霞ばかりで薄皮一つ剥ぐことさえ叶わない。
「ガぁッ!」
右手を用いた貫手。胸の中心、肋骨から心臓、背骨まで一切合切貫いた。
万里花は抜いた腕を払い肉片を飛ばした。特に肉体の変化が著しいのは右手である。噛まれた位置が関係しているのか。この腕を見て、人外と言わずに何と言う。
右肩の損傷を度外視しての猛撃。一度振るうごとに不死者を断つ。代償に元々刻まれていた傷が悪化していく。
「きえロォッ!!」
群れのど真ん中に降り立ち、内側から破壊する。その先は蹂躙そのもの。誰一人少女を捉えることなく、接触の刹那から無駄に凄惨に死んでいく。死にぞこない同士、その間に横たわる生き物としての違いを見せつける。
群れを壊せば疾駆を続け、道すがらにある新たなかれらを標的にする。さながら一つの嵐のように。地上に生まれた旋風は激しさを増し、赤き血を巻き込んで膨張を続ける。
「ギア、ア、あああ!」
充血した眼が動作の度に赤き残光を引く。その眼は限界を超えた証。人外の力を手にしながら、肉体は未だ変態を続ける。
黒筋が両足を包んだ。踏み込みの一歩目から爆発的な加速、僅か三歩でトップスピードに乗る。今までも速かったが、今のそれとは桁が違う。
アスファルトが踏み込みに耐えられず砕け散り、万里花自身の足も靴から血が噴き出した。幾ら外側を盛ろうと素体が脆弱極まる幼子そのもの。急激な変異に肉体が耐え切れていない。
これでは早晩砕け散るだろう。そも、自分に明日など有りはしないのだ。遺って腐り落ちゆくだけなら今ここに注ぎ込めばいい。
「アタシハ──」
形成される牙、両腕が更なる変異を遂げ、皮を剥いて肉の塊を曝け出す。
遂には四つ足での疾駆、人を捨てた獣の如く。更なる加速を為した。壁を、伝うと言うには余りにも速すぎる速度で駆け、空中から体を無理矢理捻り、全体重を乗せての叩き付けに移行する。
かれらの肉が比喩でなく爆散した。もう既に赤い汁を撒き散らす豆腐でしかない。
「──アタしハ、こコにいルぞッ!」
血反吐を吐き出しての咆哮。自身の存在した爪痕を此処に。
只管に斬って斬って斬りまくり、嵐のような殺戮劇。
既に視界は白黒と赤以外を識別せず、自分が何者で、此処が何処かさえ不確かなものになっていった。全身が火に包まれたように熱く、なのに先端から零度が侵食していく感覚の矛盾が生じる。
吐き出す血のドス黒さ。臓腑のいくつかが侵されたのか。持て余した力が反動を返しているのが分かる。嗚呼、今度は右腕が死んだ、あれ程あった灼熱の痛みさえ感じない。一番力を発揮して、一番摩耗の激しい部位だった。
虫食いだらけで動かなくなったあちこちを、壊れかけの箇所を総動員して歪に駆動させる。それでも段々と動かない箇所の割合が高くなる。
(……あたまがぐちゃぐちゃになっても、ぜんしんがいってるんだ。だから、わすれてないよ、あなたのこと)
狂ったように進み続けろ。立ち止まる時も、泣いている暇も何処にも無い。一つでも多くを刻むのだ。過去も今も未来も、己が全てを賭して足掻き続ける。
雪花の少女が見せた幻想、ああ、やはり、分不相応な願いだったのだろうか。それでも──
──それでも、あそこに彼女がいないことが許せない。自分がいなくなる分まで、彼女には幸せになってもらわなければ困るのだ。
自分が道半ばでいなくなっても、足跡は残る。残された者が光を掴む道標となる。いつか、友達が本当に笑えるその時まで、自分はここで笑い続けよう。
願いを聞け、想いよ届け。同じように、寂しがっているだろう人に。寂しがりやで、その癖臆病な、偽物でも本当みたいな愛を注いでくれたおねえちゃんのもとへ。
今はそれだけを、願う。
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変らぬ愛
遺書だ
──だいすき、だよ。
首を、しめられる。息が出来なくなって、目がぼやけて、最後に噛まれて死ぬんだと思った。痛くないようにする、友だちの最後のやさしさだと。
けれど、わたしは噛まれなかった。わたしを置いていくまりーの姿が、ぼんやりと写る。
まって、いかないで。わたしを、食べてもいいから。だからいっしょにいてよ……。
ねぇ、わたしを、ひとりにしないでよぉ……。
──いってきます。
なんで、笑ってるの……?
泣いていいのに。
だってこんなに悲しくて、息もうまくできなくて、元気なんてこれっぽっちも出ないのに。それでもまりーは、どうしてわたしに笑ってくれてるの?
手は、届かなかった。
──わらえよ、あたしッ!!
遠くで聞こえる、まりーの声。夢と現実のあいだにいるわたしにも、はっきりと聞こえたし、見えた。
キラキラしたきんいろの光。まりーが見せた、はじけるような笑顔。
ひとりぼっちの暗闇を照らしてくれる。まりーに任せてもいいんだって思った。やさしさがわたしを包んでいく。
きんいろの光はやがて遠くなっていった。もう、追いつけない。
……ちゃん、るーちゃん──
わたしの耳元でつぶやく懐かしい声。ああ、この声は──
ずっと聞きたかった、会いたかった。わたしの一番頼れる人。
大好きな、わたしのおねえちゃんの匂いがする。
ほんの少し、目が開いた。ぼろぼろ涙を流している、りーねーの姿。ぎゅっと強く抱きしめられる。まりーと違って、雨に濡れているのにとてもあたたかい体。
ちゃんと生きている人のぬくもりがした。
それじゃあ、まりーは、あのときはもう……死んで、いた、のかな。でも、こころだけは、今に負けないくらい、たくさん溢れていたのが分かる。
──るーちゃん! ああ、よかった……もう、大丈夫だからね……!
わたしの大好きな人に会わせてくれた。まりーの想いが、わたしたちを繋いだのかな。あなたの笑顔が、わたしにしあわせを運んでくれた。
でも、ね──
あなたは、どうしてここにいないのかな。
わたしだって、同じくらいあなたを助けたかったのに。
あなたの願いは、届けられたよ。
わたしの願いは、届かなかった。
○
「その子か?」
「ええ、そうよ。大切な、たった一人の妹」
胡桃が言う先には、悠里の背中に担がれた幼子がいた。彼女の言葉によれば、これが妹の瑠璃らしい。
あまり似てはないよな、と胡桃は率直に思う。髪の色や顔立ちに、共通点はあまり見られない。年の差のせいだろうか。
「……よく見つけられたな。まるで分かってるみたいに、真っ直ぐ向かっていっただろ?」
「……私にも、よく分からないけど、そんな予感というか……声が聞こえた気がしたの」
「妹のか? いや、今も気絶しているだろ? 声なんて……」
「違うわ、もう一人の、この子の友達の──」
「──まりー、がね、よんでくれたんだよ」
かすれた声で呟いた瑠璃に二人は目を見開く。ずっと気絶していたと思っていたが、どうやら話は聞かれていたらしい。
「っ、そいつは今どこだ! まだ見つかってないから──」
「いなく、なっちゃった。きのうね、肩をかまれてたの。びょうきになって、そして最後にわたしにかみつこうとしたのをやめて」
「っ……」
言葉を失った。
病気、噛み付く、単語から察するにかれらになったと言うこと。それが意味するは、もう助からないと言うことになる。
感染者を戻す条件、薬が効くには、感染後数時間の初期段階に限る。それを過ぎれば打ち込んだところで、かれら特有の不気味な生命力を取り除いてボロボロの体だけを残し、衰弱死を招くだけだ。
そう、教師である慈は言っていた。
「きょう、まりーがたおれてるのを見て、待ってるだけじゃまにあわないって思ったの。あいつらが来る前のあさにがっこうからにげて、まりーをかついで、ここまで来た」
二人は瑠璃の足を見た。膝は擦りむいて血が垂れ落ち、足首は赤く腫れ上がっている。挫いた足で、それでも歩き続けた傷痕。
こんな子どもがどうやって歩けたのだろうか、それも荷物を担いで。大の大人でさえ一歩も動けそうにない痛みが襲うというのに。
「でも、まにあわなかった。たすけ、られなかった。まりーは自分があいつらになる前に、わたしがここにいること、伝えにいったんだ」
(それが、この荒れ果てた有様か? さすがに信じがたいぞこれは……)
道の先には巨熊でも暴れ回ったような破壊痕が広がる。妹を担いで手の塞がった悠里を庇う胡桃だが、かれらが襲いかかる気配は一向に無い。全て道の端に肉塊と化して捨て置かれていた。
人が作り出していい光景ではない。それが出来るのなら、それは怪物と呼んでいいだろう。
「……りーねーにも聞こえたんだよね。まりーのことば」
「そう、やっぱりあれは、万里花だったのね。るーちゃんはここにいるよって、あの子、ずっと叫んでて──」
本来、死者が放つ言霊が。かれらという生者と死者の狭間に万里花は居たからこそ、現実に未だ肉体が在りながら届いたのか。
全ては確かめようのない現象。其処にいる死者が口を開くことはない、そも、あの時目を奪われた黄金も、言ってしまえば脳の錯覚によるものである。
それでも、二人が出会えた奇跡は確かに此処にある。聞こえたような言葉は錯覚だとしても、背中に感じる重みは、決して幻想ではない。
「まりーのおかげで、わたしはりーねーに会えたよ。でもね──」
垂らされた手をぎゅっと握りしめる。顔がくしゃりと歪んだ。
「わたしだって、まりーを、たすけたかったんだ……。けど、わたしのやったことは、ぜんぶまちがっていた。あのままがっこうにいても、きっと同じようにまりーがたすけてくれる。たすけて、しまうから……わたしがどうしていたら、今ここにみんなでいっしょにいれたのかな」
「るーちゃんの、せいじゃないわ。私達があと一日早く迎えに来ていればよかったの。……だから、これは私のせいよ。るーちゃんは悪くないわ」
「……ちがう、だって、だってわたし──」
「だってるーちゃん、こんなに頑張ったのよ? 本当に、よくやったわ。だから、私を恨んだっていいから、自分のことをそんなに責めないで……ね」
「…………」
赤い車が視界に入る。近くにいた三人が瑠璃に駆け寄り、それぞれ思いを込めた言葉をかけてくる。一度も顔を合わせたことは無いのに、泣き出すほど心配してくれていた。
抱きつかれ、ぎゅうぎゅうのもみくちゃにされてしまう。力も声も出ないので成すがままにされるしかない。悠里が足を怪我しているのだとと言えば、慌てて拘束を解いて謝り始めた。あたふたと慌てる様に、瑠璃は少しだけ吹き出してしまう。
(ねぇ、まりー……わたし、あなたをすててたすかったの。……ひどすぎるよね、わかってる、けど──)
近くに頼れる人たちがいる安心感が、体の疲労を浮き上がらせる。
遠ざかっていく。万里花が置いていかれてしまう。自分が、切り捨ててしまったから。
罪である。なんて浅ましく、身勝手極まりない行為である。赦されることなどない、呪われて然るべき──親友は、当然自分を恨むべきであり──
(──わたしを、ゆるしてくれますか)
去り際の、無邪気な笑顔が頭をよぎる。なんだって肯定してくれそうな、一片たりとも負の感情の無い笑顔。
こんな自分でも、此処にいてもいいのだろうか。
このあたたかい世界にいることを、あの笑顔に、ほんの少しだけ赦された気がした。
○
(そっか……あえたんだね)
二人の再会を感じ取り、万里花は赤く染まった瞼を再び開ける。世界がやけに赤いのは、目に血が降り掛かっただけではないのだろう。鼓動に合わせて、視界の端から筋のようなものが侵食していく。
(あたしのことは、ほっといていいから、さ)
探し回って、声をあげていることは知っていた。姿もちらりと見たことがある。彼女たちが見つけられなかったのは、万里花の容姿が変わり果てているからだった。皮膚を剥ぎとられた四肢、顔は黒斑に覆われ見る影もない。
万里花自身に見つけてもらおうという気が無かったことが、一番の原因であるのだが。路地裏に消え、死体に重なっていれば、誰も生存者がいるなどと思わぬだろう。
「かふっ……」
(……や、ば。あんしんしたら、もってかれていく)
意図に反して動こうとする体。自由が効かない。意識による抵抗と合わさり手足は痙攣したように跳ねる。
もう一度体は立ち上がろうとして、腕が動かなかった。
あれだけ人外の力を発揮した四肢に、なんの力も入らない。搾り出したところで、一雫さえも出ないほど衰弱しているのが感じ取れる。
(ううん、これでいいんだ。ばけものになったあたしが、みんなをきずつけたくなんかない。だから、あたしは──)
どくどくと流れる血。肉が削げ、骨が隙間から垣間見える。
どれだけ痛みを我慢したところで、肉自体が壊れれば動きは鈍る。そうしたところを捕まれ、喰らわれた。
なんとか気力を振り絞って撃破したが、それが最後の集団だったことは幸いであった。
血は溢れて止まらない。おそらく、真にかれらとして立ち上がるまでの時間の猶予はない。心はまだ人として死ぬことは出来るかもしれない。
(こんな、ときに、おもいでがうかぶ。これがそうまとーってやつか。………… はは、おんなじかお、ばっかりだね)
輝きを失った瞳。万里花の眼は今、現実を見ていない。
今までの、短い生の思い出がちらついてくる。十にも満たない年月の限られた思い出、その中で彩りに満ちたものの殆どが、友がどこかに関わるものばかり。その占有率に苦笑を禁じえない。
(でも、そうだよね。むかしのあたしってぬけがらみたいだったし、いきることに、なんにもかんじてなかったんだ)
思い返す記憶。どのくらい前だったかは混濁して思い出せない。ただ、あったという記憶だけ。
『わたし、るりっていうの。あなたはたしか……まりか、だよね?』
『……なに?』
『もしかして、泣いてたの? ねえ、泣くときってね、ひとりでいたらもっとさびしくなっちゃうよ。かなしいはわけあわないと』
『…………ふん』
彼女との出会い。あの頃の自分は今よりも暗い性格だったような。
誰もいなかった。自分の中のがらんどうを満たしてくれる、特別な何か。皆にあって自分にないもの。
やがて自分は羽虫のように、彼女の明るさに惹かれていった。
友がくれた熱、その姉がくれた愛、それが自分の心を満たしてくれた。空っぽの世界に色がついた。
二人が、千寿万里花という存在を救ってくれた。
救われた命、それをただ返すだけ。それでもこの思い出に対する恩にしては、まだ少なすぎるのかもしれないが──
(……ねぇ、そこでなにをしてるの? ……あの子をみてる?)
終わりを知った。聞こえなくなる。感じなくなる。何も見えなくなり、そして見えない何かが見えてくる。
(きみたちもともだちだったんだ? でも、ここでまってもむだかもしれないよ? おねえちゃんといっしょに生きることを、あたしたちのともだちはえらんだから。……そっか、それでもまつんだね。あたしもいっしょだ、えへへ)
薄闇の中に見える幾人か。きっとそれは生きている者には見えぬものなのだろう。限りなくその世界に近くなったからこそ、初めて認識をした。
(はなれてしんぱい? ううん、そんなことないよ。いまは、まわりにすてきなひとがいっぱいいるから。だからね、あたしたちがしんぱいしなくても、だいじょうぶだよ)
だから
これからは──
「ありがとう、るり! あなたのことだいすきだった、ううん、だいすきだよ!」
愛する人が往く道が、きっと光に満ちていることを願おう。
きっといつか、心から笑えるように。
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逆境を乗り越えて生きる
救出、完了です………………。
まりーちゃんは捨て置かれましたがるーちゃんは生き残ったので問題ありません。誰も発狂してもいないので完璧ですね!
それではRTAではありませんがここで手短に完走した感想ですが──
──何だこの……何だこのルート? (困惑)
正直、完全に詰んだかと思ってました。しかし発症してからも意識があるなど誰が予想できたでしょうか。抗体入りの水も薬も無しに意識を保つとかこいつすげぇ変異体だぜ?
隠しスキルか何かで抵抗スキルでもあったんでしょうか。実は生存者はみんなクローン人間だったから抵抗力あったとか……(未完時原作考察厨)
愛の力という解釈もありですね。カンストした信頼度が奇跡を産んでくれたとか。原作めぐねえも生徒たちを思って僅かに意識を取り戻しましたし。
まあ、何か言いたいかというと、それだけ珍しいルートだったということです。
るーちゃんの覚醒に始まり、にわか雨の日、突然変異など七日とは思えないほど見どころさんたっぷりなプレイに成れたかと思います。
クズ運と豪運がぐるぐるしてもうめちゃくちゃや。再走しろと言われましても、再現は多分無理です。
しかし、これだけのイレギュラーが発生しても『自分を犠牲にしてるーちゃんを救う』という大筋の流れは変わりませんでした。そこは心残りですね。
私だって好きで幼女を犠牲にしてるわけやないんやで……?
しかし引継ぎによるチートアイテムや小学生の枠を超えた超絶有能主人公でも持ち込まない限り、私の腕ではこのエンディングが限界というのも事実。プレイに自信ニキはぜひ犠牲無しのグッドエンドを目指して、どうぞ(数十敗)
見ての通り小学生ルートは日数も短く、
なので開拓もあんまり進んでないんですよね。おまけ扱いなので本編より人気は無いのは当たり前なんですが。もしかしたら私の知らないフラグがあり、容易に生存ルートにたどり着けるやもしれません。
プレイにおいては限られた資源や貧弱ステータスでギリギリを凌ぐ、可愛らしい見た目に反してストイックなプレイを要求されるギャップが強烈です。後はロリコンでリョナ好きというどこぞの日の丸一みたいな性癖があれば楽しめるでしょう。
小学生ルートに限らず、このゲームには中、高、大学、またそれぞれの先生、社会人、兵士、実験体果てにはコラボキャラなど数え切れないほどのキャラメイクが存在し、それぞれプレイスタイルもガラリと変わります。
そこに驚異的な自由度、キャラごとのマルチエンディング方式が合わさり、時には未だ誰も見たことのない結末を迎えることもあります。
皆さんもこのゲームを手に取り、まさしく自分だけの物語を紡いで見ては如何でしょうか。そしてそれを記録に残し、載せろ(豹変)
俺もやったんだからさ。
それでは雨があがり夜の深まる街並みを眺めながらのエンディングです。全員救出などではないので、曲もしんみりとしたものになってしまってます。
下手糞なプレイ、及び語りでしたが、最後まで見ていただいて本当に感謝です。
また、どこかでお会いできればいいですね。
《称号、実績一覧》
『もしかして小さな女の子が──』
【小学生】【女性】でプレイした
『ちびじゃないもん!』
学園生活部の誰よりも小さかった
『我が力こそすべて』
筋力が【すごい】以上に成長した
『こじんまりとした拠点』
拠点設立時の人数が三人以下だった
『Ω』
感染した
『生 き て』
発症した
『同族嫌悪』
発症後、かれらを殺害した
『かれ、われ、わたし?』
感染状態でかれらの幻覚を見た
『かんしゃく持ち』
一時的に狂った
『if:グーマちゃん』
るーちゃんを助けた
『if:チョーカー』
貴衣を助けた
『if:先生』
慈を助けた
『あなたといっしょに、いつまでも』
誰か一人の信頼度または好感度がMAXになった
『ひた走る者たちとの邂逅』
??????
『しょうがっこうぐらし!』
【小学生】でいずれかのエンディングを見た
『where you are not』
喪った
『逆境を乗り越えて生きる』
千寿万里花でエンディングに到達した
○
あの日から三日が経過した。夕焼け色の空、濡れた地面はとっくに乾き、見える景色はいつも通りの、壊れた街並みを広げている。
高校の屋上は、小学校の殺風景とは打って変わって色鮮やかな菜園を構築していた。予想しなかった光景に驚いていたことがつい二日前。
その屋上で瑠璃は一人、手摺りから外を眺め続けていた。自分の母校の方向、そして残された親友がいるだろう方向を。
遠くの空では鳥が羽ばたいている。鳥はあの菌に感染することは無いらしく、今も変わらず空を自由に飛んでいた。その自由を、少しだけ羨ましく思う。
無理をした足は一人で歩ける程回復した。まだ違和感はあるが、もう少し経てば完治もするだろう。
穏やかな日々。かれらと戦うこともなく、今はまだ食料に困窮してもいない。危険なことは、年上の人たちが片付けてくれる。
それでも忘れたわけではない。夜になると夢を見る。あの頃の友だちと過ごしたなんでもない普通を。かれらに変じた友だちに襲われる悪夢を。
親友と過ごしたあの日々を。暗闇の中、あの笑顔が照らす光を垣間見る。
今も夢を見続ける身でいられるのは姉のお陰だ。逆に言えば、姉のせいで親友と別れてしまった。
そうではない。そう言うことでは、ないのだが。
「…………」
ふと下を見る。ある男の死体がちょうど真下にあった。きっとここから捨てられたのだろう。
(だめだよね)
過ぎった考えを否定する。それを行ってしまったら、親友が身を挺した意味がそれこそ無くなってしまう。
姉も、姉の友だちも、そして万里花も悲しむだろう。きっと二人ぼっちになることは、望まれていないから。
「……うん」
前へ進もう。きっとそれが手向けになる。二人で共にいた幸せを、それを超える新たな日々を探し続けよう。それでようやく、会う資格が出来るから。
あの笑顔が言っていた。幸せになってほしいと。その願いを叶えるために、皆と共に生きていく。
自分を縛る呪詛なのかもしれない。それでも彼女を否定する気にはなれなかった。その鎖だけが、二人の間にあった友情を証明してくれる。体も、身につけていたものも、過去の写真さえ置いてきた。心の内に宿る思い出だけが、たった一つの縁なのだから。
「まりー、わたしね、もう少しだけがんばってみようと思うんだ。あなたには、まけたくないんだ」
涙が落ちる。何度悲しみを流しても、思うたびに溢れだしてしまう。これではいけない。幸せは、笑顔が運んでくれるのだから。
「だから──わっ?」
涙を拭った時、屋上に一陣の風が吹いた。
菜園に植えられた植物たちの花びらが舞う。小さな一角にある、園芸用にある場所の花も共に。
色とりどりの花が、黄金が、風に吹かれて飛び上がった。
沈みかけた太陽、空もまた金色を映す。光を、影を不規則に作り出して、屋上を抜けて空を駆けた。
その全てが小さくなって、見えなくなるまで瑠璃は眺め続けていた。いや、一つだけ咄嗟に掴んだものがある。
広げた手の平には、小さな花が一つ。
「──また、会おうね」
○
…………ん? エンディング後なのになんで画面閉じてないのかですか?
かれら百人斬りで得た経験値どうしようかなって思いまして。ほら、野球ゲーで選手登録する前の最後のステ振りみたいなやつです。
《【不屈Ⅰ】が発動しました》
LEVEL UP!
LEVEL UP!
LEVEL UP!
LEVEL UP!
LEVEL UP!
《【蘇生】を取得しました》
《【生物学的合成再生】を取得しました》
《【神経修復Ⅰ】を取得しました》
《【神経修復Ⅱ】を取得しました》
《【変異部位擬態】を取得しました》
ヨシ!
これにて本当に終わりです。
長時間のご視聴、大変ありがとうごさいました。
はい、ということで最終回で無理やり生存ルートに軌道修正させます。しずく姉貴という禁じ手まで使ったくせにバッドエンドで終わりましたなんて出来るわけないだルォオ!?
作者も苦いも甘いも両方書けてうん、おいしい!
実況(途中から空気でしたが)としてはこれで終わりですが、ハッピーエンド風なおまけを後日、まだ未定ですが投稿予定です。ですがひとまずはここで完結、ということで。
初投稿なこともありお見苦しい部分もありましたが、それでも読んでくれた皆様に感謝を。ありがとうございました。
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