魔界の王ヨハネ (フリート)
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魔界の王 その①

 普通になりたい。

 玉座に腰掛け、退屈そうに片肘をついて呟くのが魔界の王ヨハネの日課である。

 生まれながらにして特別な力があった。出来ない事など両手で数えるぐらいしかない。人々が空想上に思い描く神様の真似事だって、やろうと思えば可能だ。寧ろ、神様を名乗ってもそこまで違和感はない。ヨハネは特別な存在なのだ。

 

 しかし、ヨハネ自身はこんな力など必要はなかった。

 指一本で生物の命を奪える力など必要ない。片手で一つの街を、一つの国を滅ぼせる力など必要ない。天候を操作する様な力も、災害を起こすような力も必要ない。要らない、何も要らない。こんな力、持っていてもどうしようない。

 

「余は、独りは嫌だ」

 

 低く呻くように口から零れ出た心の内。

 ヨハネは孤独だった。この異常な力を以って魔界の王に君臨するヨハネに、対等な存在などない。母はヨハネを産んで直ぐに亡くなった。ヨハネの膨大なる力に身体が耐えきれなかったのだ。父は、そんなヨハネの力を恐れていた。いつか自分に牙を剥くのではないかと恐怖し、その恐怖が限界となった時、死んだ。そしてこの時、ヨハネは父殺しの称号と魔界の王という二つの称号を得たのである。

 

「こんな力があるから、父上と母上は余を置き去りに死んだのだ。こんな力など、要らぬ」

 

 母を亡くし、父を亡くし、王となったヨハネが見たのは、畏怖と崇敬を自分に抱く魔界の民たちと、怯え、恐慌する他の種族の人々。ヨハネには、家族も友達も居なかった。

 

 だから常々思っている。普通になりたい。普通の女の子になりたい。

 力なんてなくても良い。出来ない事がたくさんあっても良い。普通に家族に愛されて、普通に友達を作って、普通の女の子としての生活がしたい。普通になりたいのだ。

 

 誰でも良いから、余を普通の女の子にしてくれ。

 

 毎日、毎日、それこそ存在もしない神様にだってヨハネは祈り続けた。いつか、いつかはと夢を見続けた。だが、夢は夢でしかない。

 神様はやはり空想上の存在で、いつかはと願ってもそのいつかは訪れなくて、最近は半ば諦めながら祈る日々。叶わない夢を見続けるのは、どこか普通の女の子らしいと自嘲さえ浮かんで来る。

 

「普通になりたい」

 

 今日も、そんな自嘲をしながら日課の言葉を呟いた。呟いてから、ため息を一つ吐いた。どうせ何も変わらない、今日も、明日も、明後日も、こうして普通になりたいと呟きながら独りの時を過ごすのだ。何だか泣きたくなって来る。これからの人生を思って、もう一度大きくため息を吐こうとした、その時だった。

 

「な、何だこれは」

 

 突如として、それは現れた。

 玉座より見下ろした先、階段から五歩ほど離れた位置に、眩い光と共に現れたのは見慣れない魔法陣らしきもの。丸の円の中に奇妙な模様が入ったそれは、赤黒く禍々しい輝きを放って、ヨハネの視界に入って来る。

 

「何者かが、余を暗殺しようと直接ここまで乗り込んで来たのか?」

 

 真っ先に浮かんだのは、自分を殺そうとする暗殺者。自分を殺したい存在など、探せば星の数ほどいるだろう。けれども、直ぐにその考えを振り払った。明確な理由があったのではない。ただの直感であったが、この魔法陣らしきものは違う。

 それに、やはり妙だ。らしきものとは言っているが、これは明らかに魔法陣の類。だが、この魔法陣から魔力が一切感じられないのだ。魔法陣なのに、魔力がない。では、魔法陣ではないではないかと思うが、魔法陣にしか見えない。まったくの未知。

 

 ヨハネは、この魔法陣に興味を抱いた。今まで変わり映えのしない独りの日常に、突然姿を現した未知。もしかすれば、もしかするかもしれない。この魔法陣は自分を変えてくれるかもしれない。もしかしたら、自分の願いを――。

 

「行ってみるか」

 

 取りあえず、近付いてみることにした。

 ヨハネは玉座から立ち上がると、一歩一歩踏み締めながら階段を降りて行く。階段を降りきってから、魔法陣まで後一歩の所まで歩いた。

 近くに来てみたが、やはり魔力は感じられない。何も感じない。この魔法陣はどういう意図のものなのか見当がつかなかった。

 

「ふむ、もしや余を呼んでいるのか?」

 

 少しの間考えて推測を立てると、ヨハネは躊躇なく魔法陣の中に足を踏み入れた。

 必要ないと言っていた力だが、信用はある。余程の事でもない限り、この力があれば危機に陥ることはない筈だ。足が、そして身体が魔法陣の中へと入り、ヨハネは中央に。

 すると、ヨハネに反応してか魔法陣の輝きが一際強いものとなった。あまりの眩しさに、ヨハネは咄嗟の反応として目を瞑る。訪れる宙に浮くような感覚。何かが始まろうとしている。

 

「ふふ」

 

 始まろうとする何かが終わるまで、大人しくしていようと、ヨハネは身動き一つしない。そんな中で、これから起ころうとする未知に思いを馳せながら、笑みを浮かべるのであった。

 

 

            ☆  ☆  ☆

 

 

 地に足が戻って来る感覚。目を閉じていても眩いと思う輝きが収まった時、ヨハネはゆっくりと瞼を開いた。

 

「「「な、なななな、な」」」

 

 先ず視界に映ったのは、三人の人間だった。三人揃って大口を開けたまま驚愕で固まっている。一人は、魔導師のような恰好をした人間、もう二人は見たことない衣服に身を包んだ二人の少女だ。魔導師の方は口元以外顔が見えないが、少女たちはよく見える。

 

(美しい。それに金髪の女子はエルフに顔立ちが似ている。まあ、今の表情で台無しだが)

 

 エルフは容姿端麗なものが多い。エルフに似ていると言うのは、最高の誉め言葉だ。もう一人の少女もエルフ的ではないが、しかし負けず劣らずの美しさだった。

 ヨハネは少女達から魔導師風の人間に視線を向ける。この魔導師があの魔法陣を発動させたのであろう。足元を見れば、あの魔法陣がある。魔力のない魔法陣。さらに言うならば、この魔導師にも魔力はなかった。

 

 視線を魔導師から、周りに移す。

 どこかの部屋のようだが見たこともない造り、内装だ。ただ、全体的に暗い。部屋自体が暗いというのもあるが、それよりも置かれている物が暗いのだ。黒を多めに取り入れた道具ばかり。この部屋の主は魔導師だろう。魔導師のローブも暗いし、そうに違いない。

 早速、未知に遭遇した。何が何だかよく分からないものばかりだ。

 

(この者たちに話を聞いてみるか)

 

 ヨハネは再び視線を人間たちに戻すと、口を開いた。

 

「余を呼んだのは、汝らか?」

 

 反応はなかった。聞こえてなかったのであろうか、それとも言葉が通じていないであろうか。再び、同じ質問をしようとすると、金髪ではない少女が言った。

 

「よ、よっちゃん、聞かれてるわよ」

 

 言葉は通じるようだ。魔導師をよっちゃんと呼んでるのが分かる。どうやら話す言語は同じらしい。

 

「えっ? ああ、あの、その……はい、私たちが呼びました!」

 

「私たちじゃなくて、私、でしょ! 巻き込まないで!」

 

「ずるいわよ! リリー! 私を生贄にしよっての!」

 

 やいのやいのと言い争いを始める二人の前で、ヨハネは声をあげて笑った。笑い声でビシッと二人、いや三人が固まるとヨハネの方へ顔を向ける。

 

「ふははは、仲が良いな。友達か、互いに大切にするのだぞ」

 

 言うと、魔導師と、言い争っていた少女の二人が首を素早く縦に振る。

 

「うむ。呼び出された身としては色々と聞きたいことがあるが、その前に名を教えて欲しい。当然、訊ねる身として余の方から教えてやる」

 

 ヨハネは一息ついてから高らかに言った。

 

「余の名はヨハネ。魔界の王ヨハネである」

 

 名乗ると、三人はまた固まってから、次の瞬間には顔を近付けてこそこそと話出した。が、ヨハネには丸聞こえである。

 

「魔界の王って、冗談でしょ!」

 

「冗談じゃなくて本物っぽいデース。というか、あの落書きの中から姿を現したのを私たちは目撃してマス。取りあえず事実として話を進めるわよ」

 

「落書き言うな。それよりも、ヨハネってどういう事よ!」

 

「よっちゃんって、双子のお姉さんとかいる? 後、生き別れた妹さんとか」

 

「いないわよ! 完全に他人の空似!」

 

「まさか、ヨシコの堕天使ヨハネ(笑)じゃなくて、本物のヨハネが現れるなんて。もしかして、彼女を参考にしたんデスカ?」

 

「善子言うな! (笑)をつけるな! それと私は何にも知らないわよ。もう、一体何が起きてるって言うの?」

 

 それにしても、魔界の王を名乗ったのは失敗だったか。どうやらヨハネの事を知らないらしいし、言わねば只のヨハネとして接することが出来たのではないか。まあ、なるようにしかならないか。

 そんなことを考えながらヨハネが暫く待っていると、三人の中で話がまとまったのか、ヒソヒソ話を止めて自己紹介をしてくれた。

 

 金髪の少女の名前が小原鞠莉。小原が性で、鞠莉が名前らしい。ヨハネが知る人間の名前は、名が先に来るが、こちらでは名が後のようだ。マリーと呼んで欲しいとの事だったのでそう呼ぶことにした。そちらの方が馴染みやすい呼び方だ。

 もう一人の少女は桜内梨子。こちらはリリーと呼ぶことになった。梨子本人はあまり乗り気ではなかったが、やはりそちらの名前の方がヨハネとしては呼びやすい。

 二人とも、いざ自己紹介をしようという時はガチガチになっていたが、ヨハネが威圧感の割に優しいというか馴染みやすい事もあって、少し緊張は緩和されたようだ。

 それからもう一人。

 

「ふっ、我が名は堕天使ヨハネ。魔界の王ヨハネよ、お前を歓迎しよう」

 

 魔導師だ。こちらもさっきまでヨハネにガタガタ震えていた人物と同一とは思えない態度だった。ヨハネにしてみれば、震えられるより、こちらの方が好ましい。

 

「それにしても、ヨハネ? 余と同じ名か? 堕天使と言うのが何か分からんが」

 

 奇遇にも同じ名前なことにヨハネが興味を持つと、梨子が慌てたように訂正した。

 

「違います。本名は津島善子です。ヨハネは偽名です」

 

「だから善子言うな! 後、ヨハネは偽名じゃないわ!」

 

 恐らく、本名の方が津島善子なのだろう。名前の響が梨子や鞠莉と似通っている。ヨハネと言うのは、善子が自分に名付けた名前であろうか。善子本人はヨハネと呼びたがられているようだし、ヨハネは善子のことをヨハネと呼ぶことした。

 

「あ、ありがとう」

 

 善子が嬉しそうにヨハネに礼を言った。

 三人の自己紹介が終わると、ヨハネは先ほどのヒソヒソ話の方で気になることがあったので、そのことについて訊ねた。それはヨハネと善子が似ているという話だ。善子が自分で付けたとしても、同じヨハネという名前、そして容姿も似通っているというのは興味深い。

 三人は聞かれていたことに驚きつつも、ヨハネの問いに答えた。即ち、善子の隠れていた顔を晒したのだ。その顔を見て、ヨハネは言葉を失った。

 

「余だ……余が目の前にいる」

 

 魔導師が顔を隠していた被り物を取ったと思えば、そこに居たのはヨハネ自身だ。まるで鏡写しのような善子の顔に、ヨハネは目を奪われるまま、じっと見つめるのだった。

 



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魔界の王 その②

 考えるべき事は沢山ありそうだったが、とにもかくにも今は未知を楽しもう。

 自己紹介を終えた後、ヨハネ達は部屋を後にした。街を見てみたいと言うヨハネの要望があったためだ。善子達にしても、部屋にこもって話し合っただけで事態の把握は難しいと判断して、ヨハネの要望に沿うことにした。

 部屋を出て街へと繰り出すと、ヨハネは驚いてばかりだった。先ず目に付いたのは、巨大な建物群。やはり見たことがない造りで、何よりも煌びやかなものが多い。

 

(余の知らない国、ではないな。そんな小さな話ではない。どうも世界そのものが違う。間違いない、ここは余のいた世界ではない)

 

 ヨハネは確信を抱いた。あの魔法陣で、自分の知らない人間の国に転移させられたのかと思っていたが、どうやら違う世界に転移して来たようだ。確かにそう答えを出した方が納得も出来る。何故なら自分の知らないものが多すぎるのだ。

 

(例えば、あの魂を感じない生き物。中に人を乗せて走るようだ。馬の役割をしているようだな)

 

 車、あるいは自動車と言うらしい。人間が作った馬。本物の馬よりも速い。建物といい、この自動車といい、途轍もない技術力である。ヨハネならば構造さえ理解してしまえば片手間に創造出来るが、そんな力を持たない人間が造ったことに感心を抱いた。

 見るもの全てが興味深いヨハネは、気になる事があればその都度善子達に訊ねた。

 

「ヨハネよ、あれは何だ?」

 

「ああ、あれ。自販機よ。お金入れたら飲み物が出てくるの」

 

「リリー、これはどういうものだ? 自動車とどこか似通っている。見た感じ、こちらの方が馬とそっくりだな」

 

「これはですね、自転車と言います。車と同じで、移動する時に乗る物です。ほら、あんな感じで」

 

「マリー、あの者は何をしている?」

 

「ワオッ! 公衆電話? 今時珍しいわね。あれは離れている人と話が出来る道具よ」

 

 三十分ほど街を歩けば、四人はすっかり打ち解けてしまった。まるで子供のようにこれはこれはと訊ねて来るヨハネに、善子達も親しみを持ったのだ。魔界の王、つまるところ魔王であるが、三人にしてみれば同年代の女の子にしか見えなくなったのである。

 暫く当てもなく歩いていると、鞠莉の腹が鳴った。善子と梨子には聞こえていなかったが、ヨハネの耳にははっきりと聞こえている。指摘されて、鞠莉は顔を赤らめながら食事を取ることを提案し、一同頷いた。

 三人に案内されて、ヨハネはファミレスという食堂に入る。勝手が分からないヨハネは三人に導かれるままに席に着き、メニュー表を手に取った。

 

「味はどれもそこそこに美味しいわよ」

 

 どれを頼むか悩むヨハネに鞠莉が笑いながら言った。

 ヨハネが唸ってる間に、善子達は選び終える。善子はスパゲッティというもの、鞠莉はハヤシライスというもの、梨子は、チャーハンというものだった。どれもヨハネにはどういう料理なのか分からない。誰かと同じものを頼もうかと思ったが、とある絵――写真というらしい―を見てその料理に決めた。どういう料理か想像がつくものだったからだ。ステーキとメニュー表には書いてあった。見た感じ、何かの肉を焼いたものだろう。

 

 全員の料理が決まったところで、梨子が店員を呼ぶ。呼ばれた店員は迅速な動きで注文を受け取った。チラリと、ヨハネに目線を向けたのをヨハネは気付いていた。三十分も街を歩けば分かったが、今の自分の恰好は異質なのだ。店員の行動も全くおかしなことではない。

 注文してからそう時間も経たないうちに、別の店員がやって来た。

 

「お待たせいたしました。ステーキのお客様は――」

 

「余だ」

 

 料理を運んで来た店員に応えると、店員は怪訝そうにヨハネを見た。これは鞠莉に訊いたのだが、余、という一人称は身近なものではないらしい。物語の中でしかないような人称で、それを当然のように使うヨハネにこの店員は驚いたのだろう。

 ヨハネの前に絵の通りの料理が置かれた。良い匂いだ。食欲がそそられる。

 既に全員の下に料理が行き渡っているので、早速食事の時間に入る。

 

「「「いただきます」」」

 

 ヨハネ以外の声が揃った。

 

「いただきます?」

 

「料理を作ってくれた人、この料理に使われている生き物に感謝の気持ちを込めて言う言葉よ。私たちの国の文化」

 

 善子が教えてくれた。

 ここでヨハネが頭に浮かんだのは、宗教にあるような、神の恵みがどうちゃらこうちゃらという前口上。あれと似たようなものだろうが、存在もしない神に言うのではなく、実際に存在している者たちに言ってるところは気に入った。

 

「いただこう」

 

 善子達と同じように両手を合わせる。

 そうしてから、テーブルに備え付けてあったナイフとフォークを使いステーキを一口サイズに切った。梨子が意外そうにポツリとこぼした。

 

「……ナイフとフォークは知ってるのね」

 

 当たり前ではないかと返しそうになったが、先ほどまでしつこいぐらいに質問をしていたのだから、梨子がそう思うのも不思議ではないだろう。

 ヨハネは聞かなかったことにして、切ったステーキを一つ、口の中に入れる。

 

「ふむ、美味いな」

 

 自然と出た感想だった。美味い。そして、鞠莉の言う通りで、そこそこ美味い。こう目を瞠る様な美味しさではなく、安心感があると言うか、安定感かあると言うか、そう、普通に美味しいというやつだ。色々と不満を抱きにくい味だった。

 そのことを口に出すと、鞠莉は同意するように頷き、善子と梨子はムッと眉間に皺を寄せてヨハネと鞠莉を睨んだ。ブルジョワどもめ、と善子がぼやくのをヨハネは聞き逃さない。

 一時、料理を食べることに集中していた四人だったが、食事が半ばになって来ると、会話を挟み出す。

 

「しかし、何がどうなって余はこちらの世界に来てしまったのだろうか」

 

「えっ? ヨハネさんの力で来たんじゃないんですか?」

 

「マリーもそう思っていたのだけれど、違うの?」

 

 梨子と鞠莉が顔を見合わせ小首を傾げる。

 

「いや、余の力ではない。そもそも意図して来たわけでもない」

 

 世界を移動する。出来ない事はない。ただそれは、ヨハネが移動する世界を把握していたらの話だ。存在を認知していないような世界に移動することは、ヨハネの力を以ってしても不可能なのである。やはり、ヨハネをこちらの世界に連れて来たのは――。

 

「ふふふ、この堕天使ヨハネの大いなる力が、異界の魔王を召喚せしめたのだ」

 

 善子が恰好を決めながら言った。出会った当初の魔導師風の服であれば様になっていたのだが、街を出る前に鞠莉達と同じような服に着替えていたため、その衣装でやると違和感はぬぐえない。梨子が呆れたように手を叩く。

 

「はいはい、よっちゃん。今は真面目な話の最中だから、ごっこ遊びは後にしなさい」

 

「こっちだって大真面目よ! そもそも私の描いた魔法陣から出て来て、出て来た本人は知らないって言うんだから、後は私しかいないでしょ? リリーも認めなさい。私は、ヨハネは本物の堕天使なのだと」

 

「んっもう、ヨシコったらオーガの首を獲ったように」

 

「善子じゃないわ、ヨ・ハ・ネ!」

 

 善子の主張を鼻で笑う鞠莉と梨子だが、ヨハネは一考に値すると思っている。大体、ヨハネとしては、初めから善子が呼んだのだと推測していたし、自分や、鞠莉達も知らない特別な力を善子が持っている事だって戯言と断定は出来ない。

 では善子ではないとしたら、全くの第三者が介入していたとするならば。これも頭の片隅には入れておいた方がよい考えである。

 

「そもそも、事が事だから私たちだけじゃ何も解決しない気が」

 

「だったら、梨子、皆を巻き込んじゃう?」

 

「そうですね。ダイヤさんの意見とか聞いてみたいですし。まあ、千歌ちゃんは『奇跡だよ!』とか言うだけで何の役にも立たないような気がするけど、居ないよりはマシかな」

 

 言いながら、梨子は手提げの入れ物の中から手のひらサイズの道具を取り出すと、その道具を操作して耳に当てる。続けて、一人で話し出した。

 

(公衆電話というものと同じようだな。あれは不特定多数の人が使えるもので、今リリーが使っているのは個人で所有し使えるものなのだな)

 

 傍から見ていておかしいな光景である。話し相手が見えないから、あれでは気狂いのようだ。これが、この世界の常識の一つなのであろう。この常識の一つをとっても、ヨハネの世界とは完全に異なるのが分かるものだ。

 梨子が話をしている間に、ヨハネは残っていたステーキを胃の中に放り込む。ヨハネが食べ終るのと、梨子が話し終えるのは同時刻だった。

 

「取りあえず、ダイヤさんの家に集合」

 

「ふ~ん、ダイヤの?」

 

「はい。大人数が集まれる場所は限られてますから」

 

「じゃあ、早く行くわよ。皆にも、堕天使ヨハネが本物であることを証明しなくちゃ」

 

 どうやら場所を変えるらしい。ダイヤという共通の友達の家へと向かうようだ。かなり頭の回る人物で、何か問題があれば一番頼りになるとの事。ヨハネも特に言う事もなく決定に従う。四人とも食事は終えたので、早速とばかりに席を立ち、店を出て行く。

 因みに、食事の代金は全額鞠莉が支払った。

 



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