指揮官の日常はKAN-SEN達に侵略されているようです (烏丸蓮)
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第一話 指揮官はKAN-SEN達の意見・要望を聞きたいようです

初投稿です。どうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 ある晴れた昼下がり、今日の通常業務を済ませ一段落がついた頃、指揮官はKAN-SEN達からの匿名意見書に目を通していた。

 彼の前には山積みとなった意見書が我が物顔で陣取り、指揮官はそれを片っ端から片付けていく。

ある程度片付いた後、指揮官は宙を見上げぽつりと言う。

 

「あー……これどうしようかな……」

 

 

 

 

 

 指揮官のいるこの場所はアズールレーン基地……主に4つの陣営―ユニオン、ロイヤル、鉄血、重桜―が在籍している対セイレーンの最前線基地である。

指揮官は一年ほど前にこの基地に着任し、KAN-SEN達と奮闘していった。

 とはいっても、最近はセイレーンの動きも前ほど激しくなく出撃回数も減っている。いや、むしろ穏やかな程である。

 そして、徐々に戦闘行為も減っていき、束の間の平和がやってくるようになり、それに応じるかの如く指揮官の業務にも余裕ができるようになった。

 

 

 そんなある日、時刻は早朝、指揮官が執務室に行くと扉の下に白い紙が挟んであった。

指揮官は不思議に思いながら紙を拾い上げ、中を確認すると

 

 

 『食堂のメニューをもっと増やしてほしいです』

 

 

 短くこう書かれていた。名前は書かれていないがおそらく、KAN-SENの誰かではあろうと察しはつくし、わざわざ遠回しで伝える辺り、現状のメニューに不満はないがもっと色々食べてみたいという要望なのだろう。

 

 

(よし、それならメニューを増やそう)

 

 幸い、戦闘回数が減ったことでこの母港には暇を持て余しているKAN-SENも出始めている。

 調理の人数を増やすことで、食事メニューが増えても大きな負担にはならないだろうと考え、一週間後には要望を反映するようにした。

 

 

 

――――結果は好評であった。

 

 

 

 なかなか食べることのない他の陣営の郷土料理はそれだけで食文化を豊にしてくれる。

料理の研究に付き合ってくれたロイヤルメイド隊や東煌やアイリス等のKAN-SEN達に感謝だ。きっと要望を出してくれた子も満足しているだろう。

 

 そこで指揮官は考える。他にもなにか意見や要望があるKAN-SENがいるのではないかと。

いや、もしかしたら人に言えない悩みや相談があるかもしてない。それならば、指揮官がやることはひとつ……意見箱もとい目安箱を設置することであった。

 匿名を条件に皆の生の声を聴くことで、組織としてもっと円滑になるのではなかろうか。いや、なるはずだ。……よし、早速実行あるのみだ。

 

 

そして一ヵ月前、食堂前に目安箱は設置された。

 

 

 初めは目安箱に投函される枚数も少なかったが、時間とともに段々と右肩上がりに増えていった。

これには指揮官もニッコリ、KAN-SEN達はホッコリ……とはならなかった

問題は内容である

 

 

『最近、駆逐艦の子達に避けられているのだが閣下、私はどうすればいい?』

 いや、知らねーよ。盗撮をやめればいいのでは?指揮官は訝しんだ。

 

 

『私のプリンを食べたのは誰ですか? 怒らないので名乗り出てくださいね』

 指揮官は存じません。でも後でプリン買ってあげるから怒らないでね?それとここは掲示板ではありません。…………つーか、これ俺が疑われてね?

 

 等々、当初の目論見ははずれ、こんな意見?ばかりが届くようになってしまった。心の中で毎回ツッコミいれるのも大変である。どうしてこうなったのだろう、これには指揮官も頭を抱えてしまう。

 

 

「お疲れ様です、ご主人様。紅茶を淹れたので一息入れましょう」

 

 

 頭を抱える指揮官の前に湯気をたてる紅茶が差し出される。顔を上げるとそこにはフリルに彩られたメイド服を着こなす銀髪の美女、ロイヤルが誇るメイド隊のメイド長ベルファストが立っていた。

 

「ありがとう、ベル」

 

 指揮官は感謝を言いながら紅茶に一口つける。甘味のある紅茶は疲れた頭にすぐさま効果を発揮し、心身共に癒される。

 

 

「進捗状況はどうですか?」

 

「いや、あんまり進んでいないな」

 

 ある程度、片付いたとはいえまだまだ意見書の山は机の半分を占めている。その山を見て今日の秘書艦ベルファストは提案する。

 

「では、私もご主人様に協力致しましょう」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 そう言うとベルファストは意見書の山を半分崩し、秘書艦用の机に持っていき作業を始める。一枚目、二枚目……と意見書に目を通しながら少し考えこむと、新しい用紙を取り出し凄まじい速さでペンを走らせていく。ベルファストは秘書艦としては長くこのような書類仕事に慣れており、次々と意見書の山がなくなっていく。

 

 

(これは俺も負けてられないな……)

 

 優秀な秘書艦に触発されて指揮官もやる気に満ちていく。よし、もう少しだ……頑張ろう!

 

 

 

 

 

『指揮官様はいつ赤城と新婚旅行をするのでしょうか? 赤城はとても寂しいです……』

 赤城と結婚した事実はございません。それと匿名でお願いします。

 

 

『エンタープライズ先輩と毎日演習がしたいです』

 毎日はできないが検討しよう。というか、これエセックスだろ?誰か分かるから直接俺に言ってほしいな。

 

 

『指揮官様と毎日演習がしたいです。きゃっ! 言っちゃった///』

 いや、どっちの意味の演習?言っちゃったじゃねえよ。心の中に留めておいて

 

 

『なぜ、アニメでは鉄血はあまり活躍しなかったのか……』

 まあ、気持ちはわかる。”びそくぜんしんっ!”に期待しよう!

 

 

『指揮官はどの娘が好きなんですか? わたし、気になります!』

 ノーコメントで

 

 

『指揮官様がお好きなのはこの大鳳ですわ!』

『いいや、私だよ!』 『それは拙者だな!』

『指揮官はこの前オサナナジミが好きって聞いたわよ?』

『『『誰に!?!?』』』

『私の記憶に』

 なんでこの子達普通に会話してんの!?絶対、裏で打ち合わせしてんだろ!

 

 

 こんなことがありながら紆余曲折、完全に無駄な業務から2時間が経過していった―――――

 

 

 

 

「ああ、もう……疲れた……」

 

 すでに指揮官に気力なし。得られたものは疲労感、その疲れから机の上に突っ伏してしまう。ただ、あと少し……そうあと数枚でこの地獄から解放される……それだけが指揮官にとって喜ばしいことである。

 

 

「ご主人様、こちらの書類整理は終わりました」

 

 顔を上げるとベルファストが数枚の用紙を指揮官の机に置く。彼女の机は綺麗さっぱり片付いており、膨大の山はすでにこの数枚の紙に集約されていた。流石は頼れるメイド長、これには指揮官も微笑まずにはいられない。

 

 

「ありがとうベル、ベルが居なかったらもっと時間を無駄遣いしてたよ」

 

「これぐらい手伝うのは当然です。なぜなら、私は’’あなたの’’メイドですから♪」

 

 指揮官は”あなたの“が強調されたことに些か疑問に思うが……まあ、この際は良しとしよう。では早速、この基地の皆の意見、要望、思いが集められたものを見ていこう。今日は疲れたし、早く自室に帰りたい。

 

 

 

 

『ここで問題よ。金髪まな板ツンデレ姉さんの胸はこれ以上成長するのか

 3択――ひとつだけ選びなさい

① 毎日のバストアップ体操の成果によって胸が大きくなる

② 改造によって突然大きくなる

③ 変わらない。現実は非情である                 』

                              

 

 

「……………………??????????」

 

 

 長い沈黙――――しんと静まり返った執務室からは壁時計の音がはっきりと聞こえてくる。まるで時が止まったかのように錯覚するが、チクタクとリズムよく流れる音は指揮官を現実に引き戻す。理解不能な出来事に脳の処理は追い付かなかったが、やがて指揮官はようやく言葉を発せられた。

 

 

「なにこれ?」

 

「ヒッパー様の胸部装甲についてのアンケートですね」

 

「………………?????」

 

 指揮官はまだ混乱している

 

 

「ちなみに皆様の選択理由もございます」

 

「……?」

 

 ベルファストから指揮官に渡される数枚の紙。

 

 

 

『綾波は③……です』

『うーん、私は③かな……? あっ、エンプラ姉とヨーク姉も③だって! 3票入れといて!』

『余はヒッパーの頑張りを知っておる。①だ』

『改造で大きくなるといいですね……②で』

『ちょっとオイゲン!! なんで、あんたこのこと知ってんのよ! バレてないと思ってたのに!!!』

『インディちゃんが一番だよ!』       

 

 

 どうやらアンケートに関するコメントらしい。本人らしきものと最後に関係ないコメントも混じっていたが指揮官は気にしない。それよりも、言うべきことがもっと他にもある。

 

 

「なんていうか……うん、色々言いたいことあるんだけどね……」

 

「はい」

 

「その……こんな悲しいアンケート見たことないし聞いたこともない。つーか、これただの嫌がらせだよね?……まあ、今はいいや。問題はさ……」

 

 

 指揮官は少し間を置き大声をあげる。

 

 

 

「なんで目安箱がアンケート箱になっているんだよ!!!」

 

 

 

 度重なるKAN-SEN達のボケに対して、指揮官はついに感情を爆発させた

 

「なんで!? 何があったらアンケート箱になるんだよ!? 目安箱は匿名で皆の意見とか要望とか悩みとかを調査する箱なの! いや、そもそもどうでもいい内容のものがほとんど占めているけどね!」

 

「お、お待ちくださいご主人様! これも皆様の立派な意見だと思います!」

 

「うるせえ! つーか、百歩譲ってアンケートはいいにしても中身が悪すぎるだろ! なんでヒッパーの胸についてのアンケートなんだよ! もっと他にあるだろ!?」

 

「……確かにご主人様の言うことも一理あります」

 

「一理というか真理だと思うけどね俺は」

 

「ですが、得られるものもありました。こちらをご覧ください」

 

 まだなにかあるのかよ。と指揮官は心の中で思う。しかしだ……ベルファストから得られるものがあると聞き少しだけ期待を寄せる。ベルファストから受け取った紙にはこう書かれていた

 

『KAN-SENアンケートの集計結果は①18票、②34票、③158票でした。ご協力感謝いたします』

 

 

「……いや、すげえどうでもいいよ! 得られたものは皆のヒッパーに対する認識ぐらいじゃねえか! 後、なんでほとんどのKAN-SENが参加してんの!? みんな暇なの!?」

 

「そうそこです。このアンケートは皆様が参加したことに意味があるのです」

 

 なに言ってんだこのメイドは?

 

「この基地には色々と個性豊かなKAN-SENたちがおります。その皆様が陣営の垣根を超えて一つのことに参加する……例え、変な内容のアンケートだとしても基地内の結束を生むことになります」

 

「…………ふむ、確かにそうだな」

 

 指揮官は思案する。そう、ここには多種多様なKAN-SEN達が存在する。ロリコンや変態、ヤンデレやツンデレ、ポンコツエロメイドやオサナナジミ、にくすべ、アークロイヤル…………あれおかしい、碌なKAN-SENがいねえや。

 しかし、そんな個性溢れる面々が一様に参加することは実は凄いことなのでは?と指揮官は考える。

アンケートに答えるのが面倒だと思うKAN-SENもいるだろう。ただ、それでもこんなアホな内容について意思表示をすることは良いことではないだろうか。本当に仲間のことがどうでもいいのならアンケートに答えないではなかろうか!いや、答えない!

 

 

「そうか……俺はどうやら思い違いをしていたのかもしれない……」

 

「……! ご主人様!」

 

「そうだよな……昔の皆ならこんなもの、誰も相手にしなかったと思う」

 

「はい……しかし、今は違います。ご主人様があの時一心に頑張って下さったからこそ、今の私達がいます」

 

「頑張るも何も……ベル達に変える勇気や変わる努力があったからこそ今があるんだよ。それに……」

 

 

 指揮官が初めてここに着任した頃、KAN-SEN達は今のように和気藹々とはしておらず、むしろ殺伐としていた。それもこれも前任の指揮官が元凶であり、その影響をもろに指揮官も受けることになった。KAN-SEN達は現指揮官の話を聞いてくれないし、聞こうともしない。あるのは指揮官に対する憎悪、怒り、悲しみ等の負の感情。だから、指揮官はこの基地を良い方向に変えていこうと決意した。もちろん自分の為でもある。しかし、一番は何といっても――――

 

 

「皆が楽しく笑いあえるのが一番だからな」

 

「…………ふふ♪ そうですね♪」

 

 ベルファストは微笑みを浮かべる。予想通り、この指揮官は私達のことを考えて行動してくれる。そんな指揮官だからこそKAN-SEN達は好きなのである。好きだからこそ――

 

 

「皆様はご主人様のことをもっと知りたいのです」

 

「えっ?そ、そうか……なんか照れるな……」

 

「はい、ですので…………」

 

 ベルファストは一呼吸置いて言う。

 

 

「これからはご主人様のことをもっと知るために、アンケートにご協力くださいませ」

 

 

「ん? ああ、そうだな。 KAN-SEN達ともっと親密になるのも指揮官として重要な仕事だからな!よーし! 早速アンケートについて答えるぞ!…………ってなるかあああああ!!!!」

 

 指揮官、本日二度目の絶叫

 

「なんでだよ!?なんでそんなにアンケートに拘るんだよ!つーか、このアンケートに答えて俺の何を知れるの!?」

 

「ヒッパー様の今後の成長について……でしょうか?」

 

「今後の成長って……胸だけじゃねえか! 意味ねえよ、そんなもの!……とにかくだ!」

 

 

「今後一切、アンケート用紙の投函を禁止する! 全KAN-SEN達に今すぐ通達するように!」

 

 

「……かしこまりました」

 

 ベルファストはほんの少しだけ不服そうな表情をして、指揮官に一礼をする。そして体を反転し、扉に向かって歩き始めるが、ふと何かを思い出し指揮官に向き直る。

 

「……最後でいいので、ご主人様は先ほどのアンケートについてお答えできないでしょうか?」

 

「ん? 俺か……まあ、そうだな……そんじゃ、④の神龍に大きくしてもらうで」

 

 ツッコミ疲れた指揮官は投げ遣りな態度で、これで終わるのならいいと何も考えずに答える。

 

 

「分かりました……では、ご主人様も入れて④は5票になりました」

 

「いや、他に4人もいんのかよ! そいつら頭大丈夫か!?」

 

「それではまず初めにヒッパー様にお伝えしてまいります。ご協力ありがとうございました」

 

「ヒッパーは一番駄目だって! 考え直して!」

 

 

「それでは今日の執務お疲れ様でした」

 

 

 バタン――とベルファストは執務室の扉を閉める。そして、後に残された指揮官にどっと疲れが押し寄せてくる。だが、もう少しだけ業務は残っている。といっても残り数枚の意見書だ。それに目を通せば今日の仕事は終わりだ。

 

(もうちょっとだ、もうちょっとで終わる……)

 

 終わりの見えてきたゴール。いかに疲れていようが構わない。いや、疲れている時こそ終了したときの解放感は気持ちがいい。その後は酒だ、そう酒を飲もう。お気に入りのグラスにビールを注いで、肴はチーズやソーセージ。鉄血の皆に教えてもらったスタイルで今日を過ごそう。……よし、気力が漲ってきた。これで―――終わりだ!

 

 

『当選おめでとうございますにゃ。あなたに10,000ダイヤを進呈することが決まったにゃ。手数料として500ダイヤを明石のとこまで持ってくるにゃ』

 分かった、この紙は後でローンに渡しとくわ

 

 

『タッカラプト ポッポルンガ プピリットパロ!!』

 日本語でおk

 

 

『敗北を知りたい』

 今すぐオーガと闘ってこい

 

 

『指揮官!今度、綾波ちゃん達と怪談話をしましょう!』

 ああ、それはいいな。最近、また暑くなってきたからな。うん、予定空けとく。

 

 

『誇らしきご主人様、大変申し訳ございません。今日の朝、ご主人様のお部屋を掃除していたら、ご主人様が大切にされているグラスを割ってしまいました。そこでご主人様。この卑しいメイドに罰を与えてくださいませ!』

  おいおい、大丈夫か?怪我はなかっ………………は?

 

 指揮官は最後の意見書の意味を反芻する。どうやら、ポンコツエロメイドが自分のお気に入りのグラスを割ったらしい。そもそも、今日は自室の掃除を頼んでいないしグラスは戸棚の奥に閉まっていた。なんで発見したのだろう?というか、なんでそんな大事なことを目安箱で知らせたのかが、指揮官は疑問に思ったが―――途中で考えるのを止めた。

 そして、指揮官はある決心をする。

 

 

「うん……もう目安箱撤去しよう……」

 

 

 指揮官の呟いた言葉は宙へと消えていった――――

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 指揮官はKAN-SEN達の反感を買うようです(前編)

長いので2分割で投稿します。


一行でわかる前回のあらすじ   疲れタ。。。もぅマヂ無理。。。撤去しょ。。。

 

 

 

 現在の時刻は朝8時、寝ぼけ眼を手で擦りながら指揮官は大講堂に向かって歩いていた。昨日の疲れもあるが低血圧に朝は辛い。

窓の外を見ると、太陽光がさんさんと降り注いでいる。指揮官は今日も元気な太陽を羨ましく思い、これはいかんと両手で頬を軽く叩いて気合を入れなおす。

 指揮官としてKAN-SEN達にだらしない格好は見せられないのだ。

 

 今日も一日頑張ろうと心の中で呟きながら、目的地に着く。講堂内は騒がしく、すでにKAN-SEN達は来ているようだ。

 指揮官は大講堂の入り口を開き、開口一番に言う。

 

「よしっ、朝礼を始めよう」

 

 

 

 

 朝礼―――それは今日を円滑にするための儀式。

 

 ここの母港では毎日欠かさず行われている。

 朝礼を面倒だと思う者もいるだろうがここは海軍、死と隣り合わせということもあり、KAN-SEN達の現状を確認するという意味でも欠かせない日課である。

 まあ、最近はセイレーンとの戦闘も滅多にないし、平和そのものでもあるが。

 

 朝礼は挨拶から始まり、指揮官は今日の行事や当番、秘書官を発表していく。その時のKAN-SEN達の反応は様々である。

 メモを取っている者や静かに聞いている者、欠伸をしている者、隣とヒソヒソお喋りをしている者、指揮官を見つめている者や駆逐艦を熱心に見つめている者など様々であった。

 …………アークロイヤルそういうとこやぞ。

 

 ちなみにだが、この朝礼は強制ではない。現に今日の非番や哨戒に行っている者はここにはいない。

 確かに朝礼は大事だが、全員が参加する必要性はあまりないと指揮官は考える。

 朝礼に参加したKAN-SENが不参加のKAN-SENに情報を伝達するほうが、効率いいと思っている。

 

 だから―――指揮官は講堂内を見渡す。

 ここに基地内の半数のKAN-SENが参加していることは嬉しく思う。最初は誰も来なかったしね。

 

 

 

 

 

「――――以上で俺からの連絡は終わりだ。誰か質問や連絡事項があるものはいるか?」

 

 

 朝礼も終盤間近、指揮官はKAN-SEN達に問う。

 

 

「はい、質問がございます」とKAN-SENの誰かが挙手をする。

 

 目を向けると狐のような耳と尻尾を持つ重桜の正規空母、赤城が挙手していた。指揮官は赤城に問う。

 

 

「どんな質問だ? 赤城?」

 

「ハネムーンは熱海でよろしいでしょうか?」

 

「ああ、今度の休日に行ってきな。後、土産頼んだ」

 

 

 指揮官はこのぐらいのボケでは狼狽えない。赤城の発言を適当に流す。すると、赤城の隣に座っていた同じくケモ耳と尻尾がある正規空母、加賀が手を挙げた。

 

 

「なんだ加賀?」

 

「やはり熱海か……指揮官、いつ出発する? 私も同行しよう」

 

「そうだな、二人で行ってこい加賀院」

 

「……私は指揮官とも一緒に行きたいのだが」

 

 

 少しだけ残念そうに言う加賀。指揮官は少しだけ考えて「まあ、その内な」と答えておく。

 「そ、そうか……」と加賀の表情は普段と変わらないが、少しだけ口角が上がったかのように見えた。その隣で赤城と天城が微笑んでいる。

 和やかな雰囲気になる中、鉄血のにくすべことグラーフ・ツェッペリンが無言で挙手をする。

 

 

「おう、どうした? ツェッペリン」

 

 ツェッペリンは窓の外に視線を移し、目を細めて言う。

 

「憎んでいる。この忌々しい太陽を。」

 

「ああ、まだ眠いんだな。ツェッペリンは今日が終わったら、明日は休みだからもうちょっと頑張ろう。な?」

 

 

 指揮官は優しく言う。指揮官自身もまだ目が冴えていないから気持ちはわかる。

 だからこそ、今日を頑張った者……今日を頑張り始めた者のみ……明日が来るんだよ……!と、どこかで聞いた名言を思い浮かべながら思う。

 ツェッペリンは満足したのかそれ以上は何も言わなかった。

 

 その後、KAN-SEN達から手が上がり始める。

 

 

「はいにゃ! 昨日、ローンが500ダイヤを明石の所に持ってきて、『それでは10000ダイヤを下さい』って言われたにゃ! ローンがどんどん真顔になっていくのは怖かったにゃ……だから指揮官に精神的苦痛を受けたとして慰謝料を要求するにゃ!」

 

「ただの自業自得じゃねえか。つーか、よかったな。許せないっ!って言われなくて」

 

「ちょっとあんた!? 私の胸は神龍でも大きくできないってどういうことよ!!」

 

「ヒッパー、その情報はどこからだ? 俺はそんなこと言ってないぞ?…………おそらく、隣に座っているオイゲンが発信源だと思うが。ほら、オイゲン笑ってる」

 

 

 ……まずい。段々と脱線してきている。KAN-SEN全員を相手にしていたらとてもじゃないが日が暮れる。

 

 それならば―――

 

「あー……あと、2、3つの質問や連絡事項で朝礼を終了する。大事なこと以外は後で言ってくれ」

 

 

 その発言でほとんどのKAN-SEN達が手を下げる。言ってといてよかった。

 

 

 

「はいはい! 指揮官様! 大鳳にはあります!」

 

 大鳳が勢いよく立ち上がり主張する。

 

「ちなみにだが……もしくだらない内容だったら、今日はアルバコアと一緒に過ごしてもらうからな」

 

 どうやらどうでもいい内容だったらしく、青ざめた表情で大鳳は無言で着席する。

 

 

 

 

 指揮官はもうこれ以上質問はないのかと思っていると、隣から声が聞こえてきた

 

 

「ご主人様、シリアスの処遇はどうなさいましょう?」

 

 

 声が聞こえるほうに顔を向けると、ベルファストと隣に俯いたシリアスが立っていた。

 

 

 昨日、指揮官が自室に戻ると割れたグラスはなかった。どうやら、既に片付けられたのだろう。

 その代わりにメモが残されており、

『今日は申し訳ございません。明日、ご主人様に謝罪します』と書かれていた。

 すでにメイド長の耳に入っていたのだろう。シリアスはこっ酷く怒られたに違いない。

 

 

 しかしだ……なぜ、奥に閉まってあったグラスを割ってしまったのだろう?

 昨日、戸棚を確認すると他のグラス類は割れていなかった。

 割れたのは指揮官のお気に入りのグラスだけである。もしかして……狙ってやったのかな? 嫌がらせじゃないよなコノヤローと思いながら疑問をぶつける。

 

 

「なあ、なぜシリアスはあのグラスだけ割ったんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 シリアスは指揮官から目を背ける。ただ、割ったのなら割ったでいい。しかし、彼女には何かしらの言えない理由があるようだ。

 

 

「包み隠さずにすべて言いなさい」

 

 

 ベルファストが追い打ちをかける。その言葉にシリアスは観念して洗いざらい話す。

 

 

「昨日ご主人様の部屋の戸棚を掃除しておりましたら……戸棚の奥からこれを発見しました……この内容に驚いて割ってしまいました」

 

 

 申し訳なさそうにシリアスが取り出したのは一冊の本。

 

 その本のタイトルは――――――

 

 

『駆逐艦大全!~この世のロリの全てを置いてきた!~』だった

 

 

 

「???????????」

 

 

 

 指揮官の頭にはたくさんの?が浮かぶ。そして、その本のタイトルにKAN-SEN達はざわめく。

 

 

「えっ、指揮官はロリコン……? 嘘でしょ?」

 

「…………指揮官さん」「しゅきかん……?」

 

「よかったですねえ、陛下。可能性が出てきましたよ」

 

「ヴォースパイト! あなたもでしょうが!!」

 

「ふふ……これは矯正が必要ですね……」

 

 等々、KAN-SEN達は口々に言う。指揮官は身に覚えのない本について考え込み、そして言う。

 

 

「いや……普通、エロ本は戸棚に隠さないだろ」

 

 

 至極全うな意見。というよりもこんなことするのは一人しかいない。

 

 

「アークロイヤル、ちょっと話を聞かせてもらおう」

 

 

 そこで犯人と思われるアークロイヤルに聞いてみる。アークロイヤルは腕を組み、物思いにふけっていたが、指揮官に呼ばれこちらに顔を向けて発言する。

 

 

「……なに? 閣下は私がそんなことをする者だと思っているのか?」

 

「お前じゃなかったら誰が他にいるんだよ」

 

「……ふむ」

 

 

 アークロイヤルは立ち上がり本に近づく。まじまじと本をみて「あっ、これ私のだ」と小さく呟く。

 

 

 

「やっぱてめえのじゃねえか!!!!! なんで俺の戸棚に入っているんだよ!?」

 

 

 予想通りだと確信していた指揮官は声を荒げてしまう。

 

 

「ち、違うんだ閣下! これには深い理由があるんだ!」

 

「理由だと……? なんだよ、3行で話してみろよ」

 

「………………ワタシ ドウシヲ フヤシタイ」

 

「どこが深いんだよ!! 全然浅えじゃねえかあああああ!!!!」

 

 

 そのまま、指揮官はアークロイヤルに怒りの飛び蹴りを加えた。

 

 

 指揮官は激怒した。こんなことのために大切にしていたグラスを割られたのである。指揮官は知らない。なぜ、アークロイヤルが部屋に侵入して戸棚にロリ本を入れたのか。

 ただ、今はどうでもいい。諸悪の根源を絶たなければいけない……そう、それだけである。

 

 

「独房にこの変態をぶっこんでこい!!」

 

 

 指揮官は近くにいたニューカッスルとシェフィールドに指示する。

 二人は指揮官に一礼をした後、アークロイヤルの腕を掴んで引きずるように大講堂を出ていった。

 

 

 

 残された者にあったのは気まずい雰囲気。えっ、この雰囲気どうすんの? ロイヤルがなんとかすべきでは?と声が聞こえて来る

 

 

 

――――――まずいな……ここは指揮官としても場を変えねばならない。

 

 

 

「まあ、シリアス……俺を皆からロリコン扱いされるのを庇ってくれんだな……ありがとう」

 

 

 先に指揮官はシリアスに感謝を言う。なんで勝手に掃除していたとかは疑問に思うが、今はいい。彼女は今までロリ本を隠していたのだ。ベルファストに説教を食らったのだろう。それでも今まで誰にも言わなかったのだ。なんでだろう、シリアスから友情を感じる。

 

 ……シリアスの評価を改めなければならない。今までポンコツエロメイドとかメイド以外なんでもできるメイドと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 シリアスはシリアスなりに考えてくれたようだ。それが指揮官にとっては――――凄く嬉しい。

 

 

 

「? いえ、別にご主人様を庇ったわけではありませんが?」

 

「いや、なんでだよ!? そこは嘘でもそうと言えよ!! それならなんで隠し通していたんだよ!!」

 

「実は……後でこっそり読んで、ご主人様の性癖を知りたかったためです」

 

「台無しだよ!! 俺の感動を返せ!!」

 

 

 結局、シリアスはシリアスだった。なんていうかその……うん、やっぱポンコツエロメイドだわ。後で、ロイヤルメイド隊にしごいてもらおう。

 

 そう考える指揮官に声がかかる。

 

 

 

「指揮官……質問があるんだがいいか?」

 

「……なんだ? エンタープライズ」

 

 

 挙手をして、エンタープライズと呼ばれたKAN-SENに皆の注目は集まる。

 彼女はこの基地内の歴戦のエースだ。ユニオンで一番の発言力を持ち、また他のKAN-SEN達から尊敬を集めている人物。その彼女が質問をする、それだけでその場の空気が変わる。

 指揮官は少しだけ身構える。

 

 

「結局指揮官はロリコンなのか?」

 

「どう見たらそう見えるんだよおおお!!!」

 

 身構えた自分が馬鹿だった。

 

「俺はロリコンじゃない! 断じて違う! つーか、さっきのアークロイヤルとのやりとり見てなかったのかよ!」

 

「すまない……指揮官が変態でロリコンとしか聞いていなかった」

 

「それアークロイヤル! 俺は無関係!」

 

「そうか……それならいいんだ」

 

 

 エンタープライズはやっと引き下がる。他のKAN-SEN達からは指揮官がロリコンじゃないことに安堵する空気が流れる。そのことに指揮官も疑いが晴れて安心する。

 ただ、さっきの重たい空気が緩和されたことに、指揮官はエンタープライズに感謝する。

 

 

 

 ―――現在、午前9時前。朝礼を終了するのにいい頃あいだ。

 

 

 「それじゃ、本日の朝礼は終わるがもう何もないよな?」

 

 

 一応、指揮官はKAN-SEN達に問いかける。流石のKAN-SEN達もここは空気を読んで大人しく終わるのを待っている。

 

 

 

 

「指揮官! まだインディちゃんの可愛さについて、語っていませんよ!」

 

 声の主、ポートランドは元気よく発言する。彼女はユニオンの重巡洋艦でインディアナポリスの姉である。妹を溺愛しており、朝礼の時には大体がインディアナポリスの可愛さについて指揮官に言うのが日課だ。

 隣に座っているインディアナポリスや他のKAN-SEN達もこの手に慣れており見守っている。

 指揮官は別に少し時間を取るだけだと思い、面倒くさがらずに相手する。

 

 

「そうだな、今日もインディは可愛いな」

 

「でしょでしょ! やっぱりインディちゃんの可愛さは世界一だよ!」

 

「せやな。けど俺はポネキのほうが可愛いと思う」

 

 

 ここで指揮官は、ポートランドから『インディちゃんのほうが可愛いよ!』とツッコミが入ることに期待した。しかし、ポートランドは顔を真っ赤にして俯いてしまった。隣にいるサンディエゴがからかうように、肘でポートランドの脇腹を小突き、インディアナポリスはニコニコしている。

 ツッコマないのかと指揮官は少しだけ残念に思うがそれも一興。よしっ、このままいい雰囲気で終わろう。

 

 

 

「それでは解散!」

 

 

 

 

 

 指揮官の合図とともに騒がしくなる講堂内。

 席を立つものや隣のKAN-SENとおしゃべりを始める者、様々だった。

 

 指揮官は講堂を出ようとする……が、その前にあることを思い出した。目安箱である。今日で役割を終えたことを皆に伝えなければならない。

 扉の掴み部分に手をかけながら自由行動しているKAN-SEN達に言う。

 

 

「あーそれと……本日をもって目安箱は撤去するからもう投函するなよー」

 

 

 

 

 気軽に言ったその瞬間、講堂内の空気が変わった

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 

 異様な雰囲気を感じとった指揮官はKAN-SEN達に目を向けると、そこには負の感情を露わにしたKAN-SEN達がいた。

 さっきまでのほのぼの空間はすでに消滅して、代わりにあるのは負の暗黒空間。暗い……あまりにも……

 

 

 

「……えっ? ど、どうしたの皆さん……?」

 

 

 あまりにもよく分からない展開に指揮官はたじろぐ。やがて、KAN-SEN達は口を開く。

 

 

 

 

 

 

          「「「「「「「「ふっ……」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「…………ふ?」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「ふざけるなああああああああ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 ほとんどのKAN-SEN達の怒声が講堂内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

次回予告! 指揮官VS KAN-SEN勃発!!

      なぜ、指揮官は切れられたのか?

      その答えを探るべく我々はアマゾンの奥地へと向かった。

      そこで目にしたものとは――――!!

      そして、ついに動き出すKAN-SEN達の敵、セイレーン!

      彼女たちの目的は一体なんのか……?その答えは誰も知らない――――

 

 

 



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第3話 指揮官はKAN-SEN達の反感を買うようです(中編)

ポルガ博士、お許しください! 3分割にさせてください!




 一行でわかる前回のあらすじ  ◇――KAN-SEN、キレた!

 

 

 

 ―――よう!俺はアズールレーンの指揮官! 夢はKAN-SENマスターになること! ちなみに名前はあるがまあ答えなくても問題ないだろう!仕事は母港の運営だったり、KAN-SEN達の指揮をとったり、ツッコミだったりと様々だ!

 

 突然だが、俺は人生で最大の危機に直面している……! 酒に酔って、KAN-SEN達がいる女湯に突撃したり、シリアスに誤射で爆撃されそうになったりとかそういうものではないぞ!

 

 それは…………目安箱の撤去だ!

 

 おいおい、そんな怪訝そうな目をしないでくれよハニー、俺は何時だって真面目に不真面目解決指揮官なんだ!

 …………えっ? 『あんた何か解決したことあんの?つーか、ただのアンケート集計係じゃないの?』だって?

 

 ……上等だよハニー、屋上に行こうぜ…久しぶりに…キレちまったよ…

 

 

 

 

 今、アズールレーンの最前線基地は異様な熱気に包まれていた。

 それは夏の暑い日ざしが作り出す天然物の熱気ではない、人が……KAN-SEN達が作り上げる熱気であった。

 その熱気の中心地は基地内の大講堂からであり、当事者の指揮官はこれをもろに受けていた。

 

 

「ふざけんなー!」

 

「勝手に撤去するなー!」

 

「謝罪会見を開け―!」

 

「我々が納得できる説明をしろー!」

 

「指揮官大好きー!!!」

 

「早く指輪を買って、明石に渡すにゃー!」

 

「指揮官には失望しました……サンディエゴちゃんのファンをやめます」

 

「何で私!?」

 

 

 この通り、多種多様な怒声、罵声、謝罪要求、告白、失望等がブーイングの嵐になって、指揮官を襲ってくる。

 これに対し、指揮官は黙って耐えている。というよりも理解が追い付かないので黙るしかなかった。

 しかし、流石はここの長たる指揮官、黙っているだけではない。すぐに皆を静かにさせるために次の行動をとる。

 

 

 

「だ、黙れ!!!」

 

 

 

 指揮官は強くドンッ!と机を叩く。しかし、悲しいかな……歴戦の猛者達はそれぐらいの脅しには臆しないのだ。

 KAN-SEN達はその行動に対しさらにヒートアップさせていく。これには指揮官もお手上げ状態になってくるが、この状況に助け舟を出してくれる者もいる。

 

 

 

 

「はいはい、皆さんお静かにー」

 

 

 

 パンパンッと手を叩き注目を集めるのは、重桜の重鎮で、艦隊の中心的存在の天城であった。先程まで静観していた天城は、このままでは埒が明かないと考え、鎮め役を買ってでたのだ。

 流石に重桜陣営の重鎮が先導するだけあって、重桜メンバーを中心にひとまず熱波は収まっていく。

 

 これには助かったと指揮官は思うと、天城が問いかけてきた。

 

 

 

「指揮官様、なぜ目安箱の廃止をお決めになったのですか?」

 

 

 これにKAN-SEN達は指揮官に関心を集める。

 そうである、なぜ目安箱をなくすのかKAN-SEN達は知らない。ならば、KAN-SEN達はこれを知る必要はあると今更ながら考える。

 

 

 

「だって皆まともな意見出してくれないじゃん。大体が個人的なボケばっかりだし。最近、激務続きでツッコミ疲れたんだよ」

 

 

 

「「「「「「「「「……………………………………」」」」」」」」」

 

 

 

 指揮官は至極当然な理由を言うが、KAN-SEN達は先ほどまでとは一転して、今度は講堂内に静寂が訪れる。

 さっきまで指揮官に罵声を浴びせていたKAN-SEN達が、黙り込むのは非常に気味が悪い。俺また何かやっちゃいました?

 やがて、一人ずつ口を開いていく。

 

 

 

「お兄ちゃん……最低……」

 

「あなたには私を従える資格がないわ」

 

「私の居場所はどこなんでしょうか……」

 

「ハムマンはもう怒る気にもなれないわ……」

 

「だめだなぁ指揮官、ちっとも楽しんでいない」

 

「指揮官様のことは大好きですが、今のはあんまりですわ……」

 

 

 

 なぜか、KAN-SEN達は失望VOICEを各々言っていく。指揮官、これには理不尽だと思い反論する。

 

 

 

「いや、なんで俺が悪いみたいになってんの!? おかしくね!? 後、ハム太郎!! ごちゃごちゃ言ってるとアサガオの種食わせっぞオラァァァァ!!!!」

 

「なんでハムマンだけこんなに厳しいのだ!? それと、ハム太郎ならひまわりの種じゃないのか!?」

 

 

 

 指揮官に溜まった不満が理不尽にもハムマンに襲い掛かる。これに対しハムマンは抗議の声をあげるが、しかし指揮官これをスルー。そして、天城に問いかける。

 

 

 

 

「なあ……天城はどう思っている?」

 

「そうですね……私は指揮官様の意見を最大限尊重しますが……他の方にも聞いてみましょう」

 

 

 そう言うと天城はユニオン陣営の方を見て、あるKAN-SENに尋ねる。

 

 

「ヨークタウンさんはどう思われますか?」

 

 

 

 ヨークタウンと呼ばれたKAN-SENは、儚げな表情が印象的なユニオン代表の空母である。エンタープライズやホーネットの姉であり、エンタープライズがユニオン陣営の顔ならば、ヨークタウンはユニオンのまとめ役として機能している。

 

 今日もペットのハクトウワシ“いーぐるちゃん”を連れており、ヨークタウンの肩に乗って羽根を休ましている。

 

 そして、天城の狙いはここにある。各陣営の代表に意見を聞くことで、この場を収める算段だ。陣営の代表ならば感情論ではなく、中立の立場で発言するだろうと考えている。

 

 突然、指名されたヨークタウンは臆することなく堂々と答える。

 

 

 

「そうね……私は指揮官様と皆が、目安箱でたくさん関われるならその方がいいけど……指揮官様の業務が減るのなら、撤去に賛成するわ……でも、それでは皆は納得しないと思うから、ここはいーぐるちゃんに聞いてみましょう」

 

 

 指揮官はいーぐるちゃんに聞く必要ある?と疑問に思うが、黙っておく。

 指揮官は日々成長するのだ。ここでツッコミ入れても話が進まないしね。

 

 早速、ヨークタウンはいーぐるちゃんに問いかける

 

 

 

「いーぐるちゃんはどう思っているの……?」

 

 

 これにいーぐるちゃんはヨークタウンの耳元で「キーッ!」と小さく鳴く。それに対してヨークタウンはうん……うん……と相槌を打っている。なにこのシュールな絵は。

 

 

 

「うん……うん……。…………なに?『我々はエセックスの倒し方を知っている』ですって?……まあ!」

 

 

「なにがまあ!だよ。無関係なエセックスがとばっちり受けてるだけじゃねえか」

 

 

 エセックスはその発言を聞くと、すぐさまエンタープライズの後ろに隠れ、いーぐるちゃんを怯えた目で見ている。

 しかし気をつけろ、エセックス!! いーぐるちゃんは「我々」と言っていた! 他にも君の敵はまだまだいるぞ!!

 

 

 

 

 

「ふむ……それではあなたはどう思いますか? ビスマルクさん」

 

 

 天城は次のKAN-SENに尋ねる。

 

 ビスマルクと呼ばれたKAN-SENは鉄血艦隊の指導者にして、鉄血の代表的な戦艦。

 冷静沈着で寡黙な彼女は当初は近寄りにくい存在だったが、実は誰よりも仲間思いで、柔和な面を持った女性だと指揮官はわかった。その証拠に個性豊かな鉄血メンバーは彼女を慕っている。

 

 しかし、今のビスマルクは普段よりも表情が固く、強い意志を秘めていた。

 

 

 

 

「そうだな……私は目安箱の廃止に断固反対する」

 

 

 

 この発言に講堂内のKAN-SEN達はざわめく。そして、これには指揮官もひどく動揺する。

 彼女の意思は鉄血の意思、彼女が反対することは即ち、鉄血陣営が明確に反対の立場に立ったことを意味する。

 

 だがここで指揮官は狼狽えない。まずは理由を聞こうとビスマルクに尋ねる。

 

 

 

「ビスマルク、なんで撤去に反対なのかを教えてくれるか?」

 

 

 これにビスマルクは少し頷いて回答する

 

 

 

「私……まだ投函していない」

 

「いや、そんだけの理由かよ!?」

 

 指揮官、これにはびっくり仰天。

 

「つーか、猶予は一ヵ月あっただろうが! その間何してたんだよ!!」

 

「いや……何度も投函しようと思ったが……入れる時になんか恥ずかしくなってしまってそれで……///」

 

 恥ずかしそうに言うビスマルク。

 それに反応して、何人かのKAN-SEN達が「なんか分かるわー」といって表情で頷いている。いや、今頷いた赤城や大鳳たち、君たちに羞恥心なんかあったの?そっちのほうが驚きだよ。

 

 

 

「大丈夫だよ、匿名だから何も恥ずかしくないよ。匿名じゃない奴もたくさんいたし。……まあ、それなら後で渡してくれ。ちゃんと見て返事するから」

 

「で、できれば匿名で出したいのだが……///」

 

 

 

 うーむ、これは困ったと指揮官は思う。できればビスマルクの意思表示は尊重したい。しかし、このままこんな業務を続けていくと、間違いなく疲労が蓄積していく。知ってる? 最近、俺は夢の中でも作業しているんだよ? 可哀そうだと思わない?

 

 

 

「……よし、それではまだ意見書を出していない者は挙手してくれ。ビスマルクと一緒に後で纏めて見るから」

 

 

 指揮官は講堂内を見渡し皆に告げる。

 指揮官の妥協案として、まだ意見書を出したことのないKAN-SENがいるならば、ビスマルクと一緒に提出してもらうことだ。

 それならば、ビスマルクは匿名で出せるし、投函しようと思っている者も提出できて一石二鳥だ。

 

 

 

 

 ――――しかし、誰も手を挙げなかった。まあ、分かっていたけどね。

 

 

 

 

 

ビスマルクはこれに意気消沈してしまい、隣に座っているティルピッツに慰められていた。

 

 だがしかし! 鉄血の絆を舐めてはいけない! ここで挙手する者がいたのだ!

 

 

 

「指揮官、そういえば私まだ出していなかったわ」

 

 手を挙げた人物……それはプリンツ・オイゲンだった!

 

 …………いや、君が今回のほとんどの元凶だよ? 意味不明なアンケートを投函しなければ、目安箱の撤去はもっと遅かったと思うよ? そこんとこ分かってる?

 

 指揮官は怪訝な顔をしてオイゲンを見る。

 

 しかしここでは終わらない。オイゲンの行動に感化されて次々とKAN-SEN達が挙手していく。

 

 

 

「そういえば私もまだでした」

 

「指揮官申し訳ございません、私も提出しておりませんでした」

 

「悪い指揮官、俺様もまだだったぜ」

 

「レーベくんがまだなら私もまだです」

 

「我も出してはおらぬ」

 

 

 

 鉄血メンバーが手を挙げていく。それは指揮官を困らせるためではない。ビスマルクを守るためであるッ!

 そして、鉄血陣営だけでなく重桜やユニオン、ロイヤルメイド隊等のここにいるKAN-SEN達が次々と手を挙げていく。

 

 そうして、ビスマルクを残した全てのKAN-SENが手を挙げた。これを見てオイゲンは指揮官に言う。

 

 

 

「指揮官、これがKAN-SENの……いえ、人が持つ本質よ」

 

 

「………………ほう、人が持つ本質とはいったい何だ?」

 

 

 

「人の持つ本質、それは―――――」

 

 

 

 

 

「光よ」

 

 

 

 

 

 

 オイゲンはまっすぐと答える。

 

 人の本質は光――――そう、希望の光である。

 指揮官もKAN-SEN達も誰もが暗い過去がある。その過去は変えようがないし、変えられない。しかしだ……だからといって、気に病むことはない。過去が変えられないのなら今を変えればいいのだ!

 現に希望の光はビスマルクを照らしている。過去に投函しなかったことで少し後悔しているビスマルクを皆は救いたいのだ!

 

 これには指揮官の目頭が熱くなる。なんか……あったけぇ……

 

 

 

 

 

「皆の気持ちはよく分かったよ…………よし、俺も手を打とう!」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「指揮官(様)!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 KAN-SEN達は大いに喜ぶ。そう、これで目安箱は撤去されなくて済む。KAN-SEN達はまだまだ指揮官に伝えたいことがあるのだ。

 そして、すでにKAN-SEN達はアンケート内容を第4弾まで考えてある。ここで止めたら意味がない……用意してきた意味がなくなるのだ。

 

 

 

 

 

「そんじゃ、ビスマルクと俺が指名するまとまなKAN-SEN数名は、後で意見や要望を提出してくれ。ビスマルク以外、内容はなんでもいいぞ! それで目安箱の役目は終わりだ!」

 

 

 

 

「「「「「「「「「「………………は?????????」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 KAN-SEN達は絶句する。今の流れは撤去しない方向なのでは……?そう考える。しかし、現実は違った。これにはKAN-SEN、怒りを露わにしていく。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「…………ふ」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「……ふ?」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「ふざけるなあああああああ!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 本日2度目の大絶叫。そして、KAN-SENは口々に自身の感情を吐露していく。

 

 

 

「なんで今ので撤去する流れになったのよ!」

 

「即刻、貴殿の発言を撤回せよ! 繰り返す! 即刻撤回せよ!」

 

「私達の楽しみを奪うんじゃねえ!!!」

 

「指揮官、見損なったぞ!!」

 

「アンケート係から逃げるんじゃないわよ!!!」

 

 

「ア、アンケート係だとぉぉぉ!?!?!? どいつだ! 今どいつが言った!?」

 

「ドイツじゃなくて鉄血だろ!!! いい加減にしろ!!」

 

「そういう意味じゃねえええええ!!!!!!」

 

 

 

 指揮官も負けずに声を張る。しかし、多勢に無勢。指揮官の声はかき消されてしまう。

 それでもなお、諦めない! 指揮官負けないもん!!

 

 

 

「つーか、俺にアンケート結果を集計させるつもり満々じゃねえか!! 発案した奴でてこい!!!」

 

 

 

 突然図星を指され、ほとんどのKAN-SEN達は目を逸らしてしまう。これには指揮官も激怒する。

 

 

 

「……あー、もう分かりました! お父さんは知りません!! もう撤去するから後は勝手にしてくれ!!!」

 

 

 

 そう言い残しながら指揮官は扉を開き急いで大講堂をでる。

 勢いよく扉を閉めてもまだKAN-SEN達のブーイングは鳴りやまない。そのまま指揮官は目安箱を回収しに走り出す。

 

 未だにKAN-SEN達の不満は聞こえていた。

 

 

 

「ふざけんなー!」

 

「逃げるんじゃねえよ!!」

 

「目安箱だ! 目安箱撤去するんだろ!? なあ目安箱なくすんだろ指揮官? ……箱置いてけ!! なあ!!!」

 

「お父さんじゃなくて私の旦那だろー!! 訂正しろ!」

 

「いや、わたしの旦那なんだが?……頭大丈夫か?」

 

「…………は? ふーん……頭に来ました」

 

「閣下、助けてくれ! シェフィールドとニューカッスルにロリコン矯正装置を付けられそうなんだ!なんとかしてくれ!!」

 

 

 

「「「「「「って、なんでアークロイヤルがここに!?!?!?」」」」」」

 

 

 

 こうして講堂内は一層と混沌を極めていった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風にワーワーギャーギャーと叫ぶKAN-SEN達を尻目に、ヴォースパイトは隣にいるクイーンエリザベスに声をかける。

 

 

「残念でしたねえ、陛下。考えたスピーチの内容が全部無駄になりまして」

 

「う、うるさいわね!! そんなこと分かっているわよ!」

 

 

 そう、主な4陣営の中で、ロイヤル代表クイーンエリザベスだけ聞かれなかったのである。これにはエリザベスも憤慨していたが、今になっては後の祭りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告! 指揮官は強引に目安箱を撤去し廃棄した!

       しかし、目安箱は不死鳥のごとく蘇っていたのだ!

       この謎を探求すべく我々は中国奥地の四川料理を食べに行った―――

       そこで食べた麻婆豆腐の味とは!!

 

       そして、ついに母港前まで辿り着いたセイレーン!

       彼女らの目的は何なのか……それは誰も知らない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結構長くなったのでまた分割します
どうしてこうなったorz


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第4話 指揮官はKAN-SEN達の反感を買うようです(後編)

間に合ったな
今回、ちょっと長いです




 一行でわかる前回のあらすじ   鉄血の絆、あったけぇ……

 

 

 

 

 

 時刻は午前10時、指揮官は執務室の前にようやく帰ってきた。

 

 指揮官の両手には先程、食堂前で回収してきた大きな目安箱が抱えられていた。その重い物を持って走ったせいで、少しだけ息遣いが荒れていた。

 

 指揮官は呼吸を整えてから執務室の扉を開け、室内に入ると自分の席の隣に目安箱を置き、自分も椅子に深く座る。

 

 これで一安心だと指揮官は安堵していると、扉がコンコンと2回ノックされ、「指揮官入るよー」と声がかかる

 

 

「あー、入っていいぞ」

 

 

 その言葉と同時に、今日の秘書艦であるホーネットが入室する。

 

 ホーネットはエンタープライズとヨークタウンの妹である。天真爛漫で明るい彼女はこの母港内では、比較的まともなKAN-SENであり、指揮官とも気が合う存在である。

 

 ホーネットは疲れている指揮官を見てから慰めの言葉をかける。

 

 

「指揮官、さっきはご苦労様だったねー」

 

「ああ……ほんと疲れたわ。なんで朝っぱらからあいつら元気なの? 俺にもその元気を分けてほしいわ」

 

「まあ、それほど皆にとって目安箱は大切なんじゃない? 私もあれ気にいってるし!」

 

「はあ……そんなもんかねぇ……」

 

 

 指揮官は深くため息をつく。KAN-SEN達が楽しんで投函していることは分かっているが、膨大な量を捌くにはちと骨が折れる。

 まあしかし、それも今日で終わりだ。これからは早く業務が終わり、自由時間がふえること間違いないだろう。…………少し、ほんの少しだけ寂しい気もするが。

 

 

 しみじみと思いながら指揮官はあることに気が付く。

 

 

 

「そういえばホーネット。エンタープライズはどうした? 今日、手伝いに来るって言ってなかったか?」

 

「あー、そのことなんだけどねー……」

 

 

 秘書艦については原則として一日交代制であり、秘書艦をしたいKAN-SENが複数人いた場合、一人だけ指揮官が任命する仕組みになっている。

 これは色々な経験を積ませたい指揮官の狙いもあるが、何よりもそのKAN-SENのことを深く知りたいという理由もある。

 ただ、偏りがないように調整するのも、指揮官の手腕が問われる。

 

 前に、ロイヤルメイド隊のKAN-SENを3連続で指名したとき、『指揮官メイド大好き説』がKAN-SEN達の間で出回ったのだ。

 その後、メイド服を着た一部のKAN-SEN達が、指揮官の目の前に現れたので、彼女らの誤解を解くのに大変だった。

 これに懲りた指揮官は秘書艦を慎重に選ぶようになった。

 

 そしてここで重要なのは、指揮官は一人だけ秘書艦を選ぶが、そのKAN-SENは姉妹艦や仲のいいKAN-SEN同士で一緒に手伝いに来てもいいことになっている。

 これはKAN-SEN達の要望で、これに指揮官は応じる形になったのだが。

 

 もちろんベルファストのように一人でしたがるKAN-SENもいる。

 

 そして、ホーネットが秘書艦の時は大体が、ノーザンプトンかエンタープライズが手伝いに来てくれる。

 しかし、今はエンタープライズの姿は見えず、先ほどの件もあってボイコットしたのだろうか?と予想する。その疑問にホーネットは答える。

 

 

「さっき、エンプラ姉から伝言預かったよ」

 

「…………どんな内容だ?」

 

「『実家に帰らせていただきます』だってさ」

 

「……いや、実家ってどこだよ。ここじゃないのか?」

 

「指揮官……実家はね……」

 

 ホーネットは目を閉じ、手を胸に当て答える。

 

「皆の心の中にあるんだよ」

 

「……………………ああ、なるほど。自室に引きこもっているわけね。つーか、随分と遠回しな言い方だな、おい」

 

 

 指揮官は実家のことが心の中であるなら、おそらく心の中とは誰にも邪魔されず安らげる場所、つまりエンタープライズの自室だと解釈した。

 

 指揮官は自分が予想したボイコットがほとんど当たっていたことに、嬉しくもあり悲しくもあった。

 

 

 

「まあ……とりあえず今日の業務始めるか」

 

「うん、今日はよろしくね! 指揮官!」

 

 

 

 こうして、ようやく今日のデスクワークが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――それから2時間半経過した。

 

 

 

 

 

 朝に大講堂でトラブルもあったが、なんとか朝の業務は終わることができた。

 この後は昼ご飯を食べて、少しの休憩をしてから昼の分の業務に取り掛かれば、遅くとも午後4時半には本日の業務が全て終了するだろう。

 目安箱を置いていた時は、それから3時間も意見・要望に目を通していたがその元凶も今はない。

 

 指揮官はようやく日常が戻ってきたと痛感する。今までが異常なだけだったのだ。

 

 

 (さてと……腹が減った。昼飯を食べに行こう)

 

そう思い、指揮官は隣で背筋を伸ばしているホーネットに尋ねる。

 

 

「ホーネット、今から昼飯を食べに行くが、一緒に来るか?」

 

「おっ! いいね! ご一緒するよ!」

 

「そうか。それじゃ行こうか」

 

 

 短いやりとりの後、指揮官とホーネットは並んで執務室を出て食堂に向かう。

 

 

 食堂は執務室を左にでて、50mほどまっすぐ進むとL字型の角にあたる。その角を右に曲がり、また50mほど進めば、『食堂』と書かれた表札が見え、そこに食堂の出入り口がある。

 その出入り口付近には大きな机があり、前は目安箱を置くために使われていたが、今は机だけがぽつんと残っている。

 

 だがここで問題が発生する。

 

 ホーネットと談笑しながら歩く指揮官、右角を曲がるとすぐに歩みが止まった。

 

 

 

 

 ―――なぜならば、50m先の机の上に、あるはずがない“目安箱”が置いてあったからだ。

 

 

 

 

「?????」

 

 

 これには指揮官の頭の中は疑問符でいっぱいだった。そして、すぐさま踵を返し執務室に向かい、勢いよく扉を開け目安箱を確認する。

 

 

 

 

 

 ――――目安箱はなかった。

 

 

 

 

 

 指揮官は驚くと同時に恐怖すら感じた。あの短い間で……執務室を出て50m歩く数十秒の間に、何者かが目安箱を持ち出し、食堂前の机上に置いたのだ。

 

 指揮官が頭ポルナレフ状態になっていると、ホーネットが指揮官を追いかけて戻ってきた。

 

 

「指揮官!? いきなり走ってどうしたの!?」

 

「いや……ここにあったはずの目安箱がない」

 

「……? 何言ってるの指揮官。目安箱は食堂前の机に“最初から”置いてあったじゃない」

 

「……何言ってんだホーネット。そんなはずは……ん? 今なんて言った?」

 

「だーかーら! 目安箱は最初から置いてあったの! 指揮官が朝礼の時に怒って大講堂をでた後、私も食堂前を通って執務室に向かったけど、その時にはあったよ?」

 

「な、なにーーーーッッッ!!」

 

 

 指揮官は必死に考える。確かに目安箱を回収して、自分の席の隣に置いた。それだけは間違いない。

 ………よく考えよう。執務室は一階にあり部屋には窓がある。誰かが窓から持ち出すことも可能なはずだ。しかしだ……あの短時間で目安箱を持ち出し、遠回りして先に元の場所に戻せるはずがない。そう、あの数十秒では戻せないんだ。

 

 そう考えを巡らしているとホーネットは言う。

 

 

「まあ、とりあえずさ。確認しに行ったらどうかな?」

 

「……それも一理あるな」

 

 

 確かに考えても何も始まらない。ホーネットの言う通り確認しに行こうと思い、指揮官達は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 場所は食堂入り口前――――昼時を過ぎKAN-SEN達も昼食を食べ終えたのだろうか、人混みはピーク時より少なかった。

 

 そして、指揮官とホーネットの両名は目安箱の前に来て調査をし始めた。

 

 

「うーーむ……確かにこれは我々が使用していた目安箱だ」

 

 

 箱に堂々と大きく『目安箱』と彫られた物を見て、指揮官は思う。一ヵ月間だが、それなりにKAN-SEN達が使用したこの箱は、所々汚れが付着しており年季を感じる。

 

 

「そうだ……中も見ておこう」

 

 

 そう思い目安箱を開け、中を確認する。その奥底に一枚の折りたたまれた紙があった。

 指揮官は疑問に思いながらもその紙開く。そこには

 

 

 

 

『 ど う し て 私 を 連 れ て い く の ? 』

 

 

 

と大きく書かれていた。

 

 

 

 

「いや、怖えよ!!!」

 

思わず、その紙を床に叩きつけてしまった。

 

 

「なんだこれ!? 何かの嫌がらせか!?」

 

「お、落ち着いて指揮官! これは……そう! 多分、目安箱の呪いだよ!!」

 

「そっちのほうがもっと怖いわ!!!!」

 

 

 指揮官は絶叫する。呪いなんてそんなもんあるかと否定したいが、現実に起こってしまったことだ。その呪いという言葉に少しだけビクビクする。

 

 しかし、ここで折れる指揮官ではない。なにがなんでも撤去するという黄金の意思が芽生え始める。それは自身を激務から解放するためである。自分の日常を守護(まも)るためでもあるッッ!!

 

 

「…………よし、俺決めた。呪いだがなんだが知らねえが、必ず撤去してやるよ! 呪いなんかに負けてたまるか!」

 

「いいよー指揮官! カッコいいーー!……でも、足が震えているのはちょっとカッコ悪いかな」

 

「うるせえ!! これは…………なにかの病気だよ!! 文句あっか!?」

 

「文句も何も問題大有りだよ!? ヴェスタルに診てもらおうよ!」

 

「今はいい! とりあえず、目安箱を回収して部屋に戻るぞ! ついて来い!」

 

「えっ? あー、待ってよ! 指揮官――!!」

 

 

 指揮官は目安箱を抱え、執務室へと早々と帰っていく。その後ろをホーネットは、遅れないようについていく。

 

 

 

 

 

 その後、執務室に戻るとホーネットは早速聞く。

 

「ところで指揮官。それ持って帰ってどうすんの? 執務室の前にでも置いとく?」

 

「それ、今までと何も変わらねえよ!!……まあ、よくぞ聞いてくれた」

 

指揮官は一呼吸置いて言う

 

 

「分解して燃やす」

 

「………………えっ?」

 

「だから、バラバラに分解してこの世に塵も残さないように燃やす」

 

「あー……そういうこと……」

 

「そういうことだ。つーわけで、分解するから鋸を持ってきてくれ。確か倉庫にあったはずだろ?」

 

「うーーーーん……………………まあ、指揮官の気が済むならいっか! ちょっと待ってて! すぐに取ってくるよ!」

 

 

 ホーネットは意味ありげに言い部屋を出る。指揮官はその反応に若干の違和感を覚えるが、今は気にしない。

 流石にバラして燃やせば、誰にもどうしようもできなくなるだろうと考え、不敵に笑う。

 

 

 

 

 

 ――――そして、本日をもって目安箱は一ヵ月の役割を終え、跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の朝、指揮官の目覚めはとても良かった。今、指揮官の心は夏空の様に晴れ渡っている。結局、目安箱の呪いとかはなく、昨日の晩はビクビクしながら過ごしていた自分が馬鹿らしく思えた。

 だが、もうこれですべて解決した。

 指揮官は服を着替えて歯を磨く。いつの間にか自室に入りこみ、布団に包まって幸せそうに寝ている大鳳を追い出して、今日も元気に出勤する。

 

 

 しかし、この後すぐに指揮官は絶望に叩きこまれる。

 

 

 

 

 

――――食堂前、机の上に目安箱はあった

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 指揮官は絶句する。昨日、確かにバラバラにして燃やしたはずだ……箱の形跡もなくなった目安箱が燃え尽きるのも、燃えカスをゴミ袋にいれてゴミ置き場に廃棄したのも、確かにこの目で見ている。

 燃えた後もなく、いつもと変わらず少し汚れがある年季が入った目安箱。

 そして、震える手で箱の蓋を開ける。そこにはまた、折りたたまれた紙が一枚。

 

 恐る恐る紙を開いていくとそこには赤い文字で書かれてあった――――

 

 

 

 

 

 『あああああああああああ熱いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

   助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぎゃああああああああああああ!!!!

    死にたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!  』

 

 

 

 

 指揮官はこれを見てしばし沈黙し……ようやく言葉を絞り出した。

 

 

「うん……もう少しだけ……ここに置いておこう…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1時間後、ここは母港内にあるどこかの会議室――――そこには数名のKAN-SENがいた。

 

 

 その会議室は円卓があり、KAN-SEN達はそれを囲んで座っている。

そして、悪の組織のように見せる雰囲気作りだろうか、室内は電気をつけておらず薄暗い。

 これにより、誰が誰だかわからない状態なので、プライバシーに配慮した形になっている。

 

 

???「皆、今日は集まってくれてありがとう。これより第135回KAN-SEN円卓会議を始めるわ」

 

 

 落ち着いた声で謎の人物が発言する。そして、その一声は会議の始まりの合図でもあった。

 

 

???「ふむ……我を招集するとは……遂に世界の終焉が訪れたようだな……」

 

???「いえ……暇な人たちが集まっているので、別に招集された訳じゃないんですが……」

 

???「…………ふん。それぐらいのこと理解しておる……」

 

???「なあ……さっさと本題に入ろうぜ。もう寝そうな奴が一人いることだし」

 

???「むにゃ……Zzzzzzzz……」

 

???「ちょ、ちょっと!? 起きてください! ラフィ……えーとっ、白うさぎさん!」

 

???「ふぁ…………ニーミおはよう……」

 

ニーミ「いや、ここでは本名を出さないでくれませんか!?」

 

???「ぐだぐだですね。あなたたち」

 

 

 

???「……そうね。本題に入りましょう。実は……指揮官様が目安箱を撤去しない可能性が出てきました」

 

 

 

 

    「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

???「……ああ、なるほどな。今朝の“あれ”が関係しているんだな」

 

???「そうよ……指揮官様は燃やしたはずの目安箱が、また元通りになっていたことに恐怖していたわ」

 

???「『指揮官は目安箱の呪いだと信じきっていたよ!』ってホーネットが言ってた……」

 

ニーミ「まあ、箱が復活した謎も単純なトリックですけどね……」

 

???「ふむ……卿はまだまだ心眼が足らぬようだ……」

 

???「それならば……今日にKAN-SEN円卓会議を開いたのはなぜですか?と一つ質問です」

 

???「ええ、そのことなんだけど……指揮官様の心を挫くために、ここで畳みかけます」

 

???「ふーん…………なるほど、撤去させないように諦めさせるんだな。それは面白そうだな。で、その役は誰がやるんだ?」

 

???「……ここは私に任せてもらってもいいですか?」

 

???「あら、何か策はあるのかしら?」

 

???「とっておきの策があります。ええ」

 

???「ふふ……それじゃ、お願いしようかしら。私もその次に私のやり方で、指揮官様に諦めさせるわ」

 

ニーミ「どうやら決まったようですね」

 

???「二人とも……頼んだ」

 

???「ああ、任したぜ」

 

???「……二人の健闘を祈る」

 

 

 

???「それでは……第135回のKAN-SEN円卓会議を終了します。お忘れ物がないよう気を付けてお帰りください」

 

 

 

 その言葉にKAN-SEN達はそれぞれ席を立って会議室を出ていく。

薄暗い室内にさっきまで進行役だったKAN-SENが呟く。

 

 

「ふふ……指揮官様は私達の猛攻に耐えられるのかしら……」

 

 

 不敵に笑う彼女の姿は自信に満ちあふれていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから少し時は過ぎ、現在の時刻は午後1時、指揮官は執務室を出て廊下を歩いていた。

 

 朝のあの事件から指揮官は執務室に籠り、何かに怯えながら今日の業務活動をしていた。

 本日の秘書艦、雪風が心配するようにこちらを見ていたが、大丈夫だと雪風に言って安心させておいた。

 しかし、怯えっぱなしではない。段々と時が経つにつれて指揮官の精神は安定し、まともな思考ができるほどまで回復した。

 よくよく考えれば……いや、よくよく考えなくてもKAN-SEN達の仕業であることは間違いない。だが、謎が未だに解けていない。

 

 ここはもう一度目安箱を見てみようと思い、食事もかねて確認しに食堂に向かった。

 

 

 食堂前、指揮官は目安箱を見つめていた。いつもと変わらずに存在感を放つ目安箱。

 指揮官は蓋に手をかけようとしたその時、箱の中からガタガタと音がした。これには指揮官の心拍数が跳ね上がる。

 しかし、ここで怖気づいてしまってはどうしようもない。指揮官は勇気を振り絞って、恐る恐る蓋を開ける。

 

 

 

 

中にいたのは鉄血艦装のレーベくんだった。

 

 

 

 

「おやおや……こんな所にいたのですね、レーベくん」

 

 指揮官は声のするほうに顔を向けると、そこには鉄血の駆逐艦Z2ことゲオルク・ティーレがいた。Z1ことレーベレヒト・マースの妹艦であり、自分の艦装と姉のことを“レーベくん”と呼んでいる。そのわざとらしい登場の仕方に指揮官は疑問をぶつける。

 

 

「……どうしたんだティーレ。まるで、俺が蓋を開けると同時に、狙ったかのように登場して……すげーわざとらしいぞ?」

 

「そんなことはないと思います。はい」

 

「つーか、なんでティーレの艦装がここに入っているんだ?」

 

「最近、鉄血の艦装で流行っているプチ家出というものですね」

 

「家出!? 艦装って家出すんの!?」

 

「思春期にありがちですね。ええ」

 

「艦装に思春期ってあるの!? というか、なんで家出先がここなんだよ!?」

 

「その疑問についてですが、レーベくんを見てください指揮官。どうやら、ここが気に入ったらしいですね」

 

「えっ? レーベくんそうなの?…………おい、レーベくん首を横に振ってるぞ? 滅茶苦茶、嫌がってんじゃねえか」

 

 

 ティーレの艦装ことレーベくんは一頭身なので、首を横に振るという表現は少し違うが、嫌がっているという意思表示は理解できる。

 そんなレーベくんを見てティーレは無理やり押さえつける。

 

 そのやりとりを見てふと疑問に思う。

 

 

「……よく考えたらレーベくん、手も足もないのにどうやって入り込めたんだよ」

 

「………………それはですね」

 

 

 

 

 

 

「…………思春期って怖いですね。はい」

 

 

 

 

「思春期でなんでも解決できると思ったら大間違いだよ? 指揮官は騙されんぞ?」

 

「……とにかく、レーベくんはここが気に入ったらしいので、レーベくんの家を撤去しないでください」

 

「レーベくんの家ってなんだ!? ここに住ませるつもりかよ!?」

 

「それでは失礼します」

 

「あっ、おい待て! まだ話は終わって……レーベくんこっち見てる! 悲しそうな表情でこっち見てる! ティーレ! お願いだから気付いてあげて!!」

 

 

 

 指揮官との会話を切り上げさっさと撤退するティーレ。

 

 彼女はレーベくんを抱きかかえて帰っていったが、彼女の腕からこちらに助けを求めるかのような表情で、レーベくんは指揮官をじっと見ていた。

 指揮官も目を逸らすことが出来ず、ティーレの姿が見えなくなるまでその場で佇んでいた。

 

 

「うん……とりあえず飯を食うか」

 

 いろいろな感情が一気に沸き起こるが、指揮官は考えるのをやめて食欲を優先した。

 

 

 

 

 

 昼ご飯を食べ終えた指揮官は食堂をでる。

 

 結局、さっきは目安箱に関する情報をなにも得られなかった。得られたものはティーレの艦装レーベくんに対する扱いだけだった。

 

 これではいかんと思い、もう一度目安箱を確認することに決めた指揮官。

 箱の中を見ようとするとまた、ガタガタと音を立てた。

 

 これに少しだけ驚いた指揮官だが、もしかしたらレーベくんがまた閉じ込められているのかもしれない。そう考え、急いで蓋を開ける。

 

 

 

 

 

 中にいたのはいーぐるちゃんだった。

 

 

 

「おやおや……こんな所にいたのね、いーぐるちゃん」

 

 

指揮官は声のするほうに顔を向けると、そこにはユニオンの空母ことヨークタウンがいた。そのわざとらしい登場の仕方に指揮官は疑問をぶつける。

 

 

「……どうしたんだヨークタウン。まるで、俺が蓋を開けると同時に、狙ったかのように登場して……つーか、既視感を感じるんだが?」

 

「そんなことはないと思うわ。指揮官様」

 

「それと、なんでいーぐるちゃんがここに入っているんだ?」

 

「最近、いーぐるちゃんで流行っているプチ家出というものね」

 

「最近のトレンドは家出なのか?……一応聞くけどなんでいーぐるちゃん家出したの?」

 

「思春期にありがちなことね」

 

「いーぐるちゃんの思春期ってなんだよ。発情期の間違いじゃね?」

 

「その疑問についてだけど、いーぐるちゃんを見てほしいの指揮官様。どうやら、ここが気に入ったようだわ」

 

「さっきから思っていたけど、なんでティーレとセリフが全部同じなんだよ。台本でもあんのか?」

 

「? 何を言っているのかしら指揮官様? 意味が分からないわ」

 

「俺のほうが意味分かんねえよ……それで、どうやっていーぐるちゃんはこの中に入り込めたんだ?」

 

 

「…………ちょっといーぐるちゃんに聞いてみるわね」

 

 

 そう言うと、ヨークタウンは「いーぐるちゃん、どうやって入ったの?」と尋ね

る。

 

 

 

 指揮官はいーぐるちゃんに聞く必要ある?ヨークタウンが無理やり入れたんじゃない?そこんとこ白状しちゃいなYO!と疑問に思うが、黙っておく。

 指揮官は日々成長するのだ。ここでツッコミ入れても話が進まないしね。……あれ、これもデジャヴ?

 

 

 これにいーぐるちゃんはヨークタウンの耳元で「キーッ!」と小さく鳴く。それに対してヨークタウンはうん……うん……と相槌を打っている。またこのシュールな絵ですか、そうですか。

 

 

「うん……うん……。……なに?『我は主の望みでここに入ってみたが、暗くて狭く居心地が悪かった。もう入りたくない』ですって…………えっ!?」

 

「なんでヨークタウンが驚愕してんだよ。そっちのほうが驚きだよ」

 

「……とにかく、いーぐるちゃんはここが気に入ったらしいので、いーぐるちゃんの家を撤去しないで欲しいの」

 

「いーぐるちゃんの話を聞いてやれよ。真顔でヨークタウンのこと見てるぞ?」

 

「それでは失礼します」

 

「あっ、おい待て…………いや、今回は別にいいか」

 

 

 

 指揮官との会話を切り上げさっさと撤退するヨークタウン。

 

 彼女はいーぐるちゃんを肩に乗せて帰っていったが、いーぐるちゃんは無表情でヨークタウンのことをじっと見ていた。

 

 指揮官は呆れて何も言えず、ヨークタウン達の姿が見えなくなるまでその場で佇んでいた。

 

 

「よし……今日の仕事をさっさと終わらせるか」

 

 指揮官は考えるのをやめて仕事を優先した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、午後5時。本日の業務終了―――

 

 

 

 

「いやー、今日も無事に終わったなー」

 

 指揮官は座りっぱなしで、固くなった筋肉をほぐすために背伸びをしている。

 今日の秘書艦雪風はもうここにはいない。時雨たちと遊ぶ約束があるといって1時間前には、執務室を出ていった。

 その頃にはほとんどの業務を終えていたので、気兼ねなく雪風を送り出した。

 

 

「さて、この後はどうするかな……ロイヤルのとこに行って、紅茶でも飲もうかな」

 

 この後の予定について考えているとふっと思い出す。

 

「あー、そういえば目安箱のこと忘れてた……」

 

 

 そうだ、今日中にまだやることがあった。昼時の意味不明なやりとりで、目安箱について考えるのを止めていた指揮官だったが、何も問題は解決していなかった。

 寧ろ、このままではまたKAN-SENたちがアホな内容を投函してくるのではないかと考える。

 

 

 …………気が進まないが行こう。そう考えて、憂鬱になりながらも部屋を出た。

 

 

 

 食堂前、相変わらず目安箱はそこにあった。

 

 午後5時ということもあり、食堂近辺にはKAN-SENの姿は見当たらなかった。後、1時間ほどでKAN-SENたちが夕飯を食べにやってくるだろう。それまでにはこの目安箱を何とかしたい。

 ……とりあえず、これを執務室に持っていこう。誰かに投函されることは阻止しなければ。そう思い、目安箱に手を伸ばしたその時、

 

 

 

 

 

        ガタガタッ!! ガタガタガタガタッッッ!!!

 

 

 

 

 

 目安箱の中で激しく何かが動いている音がした。

 

 

「……………………」

 

 

 指揮官は辺りを見渡す。

 

 ヨークタウンやティーレがまた入れたのか、それか今度はユニコーンがユーちゃんを入れたのかは分からない。それでもKAN-SENたちがいないことを確かめる。

 

 左右確認……よし!上下前後……よし!心の準備……よし!

 

 

 指揮官は覚悟を決めて蓋を開けた。

 

 

 

 

 

 

「やあ、アズールレーンの指揮官」

 

 

 

 中に入っていたのは人類の敵で、KAN-SENたちが死闘を繰り広げている相手“セイレーン”の“ピュリファイアー”…………の生首であった。

 

 

「……………………」

 

 

 指揮官はその場で硬直する。

 

 なんでここにセイレーンが……? なんで生首……? つーか、君なにしてんの?

そんな疑問が後から次々と湧いてくるが、最初にした指揮官の行動は―――

 

 

「……失礼しました」

 

 

 そっと蓋を閉めることだった。

 

 

 

 

「いや、おい! そっと閉めるんじゃない! 開けろ!!」

 

 ピュリファイアーの生首が激しく箱の中で暴れているが、指揮官は困惑することしかできなかった。しかし、このままでは状況が一変しないので、質問することにした。

 

「あの……なんでここにセイレーンの方がいるのでしょうか……? ぶぶ漬けでもどうどすか?」

 

「遠回しに帰れって言われた!? つーか、私だってこんな暗い所に居たくないよ!」

 

「それじゃ、なんで入ってるんだよ」

 

「これには深いわけがあってね……話すと長くなるけど語っていい?」

 

「手短に頼むわ」

 

「……オブサーバーにちょっかいを掛けたらキレて、私を生首にしやがってここに突っ込まれた」

 

「そっか…………あれ、君たちどうやって侵入してきたの? 誰とも会わなかった?」

 

「普通に入れたよ? 途中で残念そうなメイドと鉢合わせになったけど、指揮官に郵便物があるってオブサーバーが言ったら通してくれた」

 

「この基地のセキュリティは一体、どうなっているんだ……それとシリアスェ……」

 

「まあ細かいところはいいじゃない! それより早くここから出してよ。なんかこの箱、鳥の匂いが充満しているんだけど」

 

「そっか……まあ、事情は分かった。今日は見逃してやるから、他のセイレーンにも伝えといてくれ。これはゴミ箱じゃねえと」

 

「…………おい、今ゴミって言ったか? 私のことゴミって言ったよな!?」

 

 

 

 指揮官はピュリファイアーの生首が入った目安箱を抱え、執務室に急いで向かう

 執務室にあったガムテープで目安箱をぐるぐる巻きにした。

 

 

 

「だせー! ここからだせー!!」

 

 

 ピュリファイアーは以前抗議の声を上げ続けるが、指揮官は無視する。そして、完全に蓋を閉じて母港の外、堤防に向かって走り出した。

 

 

 

 

 ――――堤防に辿り着いた指揮官は大声で叫んだ!!

 

 

 

 

「ピュリファイアーをぉぉぉぉぉぉ大海原にシユゥゥゥゥゥゥゥゥーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 そして、生首の入った目安箱を力一杯海に放り投げた!!

 

 

 

        「超!!!!! エキサイティン!!!!!!!!」

 

 

 

 

 放物線を描きながら海に落下し、大きな水しぶきをあげる。

 目安箱は次第に沈んでいき、その落下点からはブクブクと泡沫が海上に出ていたが、泡沫は小さくなっていきやがて沈黙……海面には平穏が訪れた。

 

 

 指揮官はこれを最後まで見届けてから母港に帰る。

 

 

 

「つーか、何が『次回!ついに動き出すセイレーン!』だよ。ただ、ゴミを捨てに来ただけじゃねえか……」

 

 

 そう呟きながら執務室に戻る指揮官、しかしこのときあることに気づいた。

 

 

「…………ん? ゴミ?」

 

「待てよ……もしかしたら……!」

 

 

 指揮官は走り出す。執務室に早く帰りたいわけではない。自分の推測が当たっているのならまだ、その場所にあるはずだと思い、急いでゴミ捨て場に向かった。

 

 

 

 

 

 ゴミ捨て場から戻ってきた指揮官は執務室の扉を開ける。

 

 どうやら、予想は当たっていたようだ。なぜ、燃やしたはずの目安箱が元通りになっていたのか。答えは簡単、目安箱は二つあったのだ。

 ゴミ捨て場に行って探したら、燃えカスの入ったゴミ袋をすぐに見つけた。

 確かにそれなら指揮官が執務室をでて、あの短時間でKAN-SENの誰かが目安箱を食堂前に置いたり、執務室から持ち去ることもできるだろう。

 

 

「なんであんな簡単なことに気づかなかったんだろう……」

 

 

 指揮官は悔しがるが今となっては仕方ない。

 それよりも気掛かりなのは、目安箱を海に捨ててしまったことだ。

 流石にもう蘇ることはないだろうがどうだろう……

 

 

「まあ、明日の朝礼で言おうか……」

 

 

 今日も疲れたので早めに自室に帰って寝よう。

 そう思い執務室の扉を閉めて鍵をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の日の朝、講堂内

 

 

 

 今日も朝礼は挨拶から始まり、指揮官は今日の行事や当番、秘書官を発表していく。

 

 

 

「――――以上で俺からの連絡は終わりだ。誰か質問や連絡事項があるものはいるか?」

 

 朝礼も終盤間近、指揮官はKAN-SEN達に問う。

 それにホーネットが手を挙げて、指揮官に問いかける。

 

 

「指揮官、食堂前に置いてあった目安箱どうしたの?」

 

「ああ、そのことなんだが……鼠が紛れ込んでいたから海に捨てた」

 

 

 指揮官は身構える。昨日は撤去するだけであのブーイングの嵐だった。海にダイブして今は海底にあることが分かったら、自分も海に沈められるのでは……?

 

 そう考えながら、周りを見渡すがKAN-SEN達の反応は薄かった。

 

 

「…………えっ? 皆さん、何も言わないの? 罵倒しないの?」

 

「あー、そのことなんだけどね……」

 

 

 ホーネットが申し訳なさそうに言う

 

「皆と話し合った結果でね……最近、指揮官と関われていないじゃない? その原因って皆が面白がって、関係ない内容を投函したことで、指揮官の業務が増えたからって結論になったんだ。だからその……撤去してください!」

 

「えっ……あっ……そう……そっか……」

 

「ほんとっ迷惑かけてごめん!」

 

 

 その言葉をきっかけに、「ほんとすまない」「悪かったわ」「ごめんなさい」とKAN-SEN達が謝っていく。

 

 

「うん……なんか俺もごめん……」

 

 

 謝る必要は全くない指揮官だが、なぜか謝ってしまった。それは脳内の情報処理が追い付かないために起きたものだった。

 

 指揮官はしばらく放心状態だったが、ふっとあることを疑問に思う。ここのKAN-SEN達はほとんどがお馬鹿さんだから、今回のことは水に流そう。

 しかしだ、目安箱に入っていた赤い文字で書かれた紙のことだ。あれだけは趣味が悪い。というよりも、KAN-SEN達でもやっていいことと悪いことの区別はついているはずだ。

 

 誰がやったのかを聞いてみようと思い、KAN-SEN達に尋ねる。

 

 

 

「まあ、今回のことはいい。ただ、腑に落ちない点がひとつある……赤い文字で書かれたこの紙だ。別にそこまで怒らないから、やった本人は名乗り出なさい」

 

 

 その紙を皆に見えるように高く掲げ広げる。その書かれた内容を見てKAN-SEN達はざわつく。

 

 

 

「ねえ、指揮官……そんなこと誰もやってないよ?」

 

「……君たちではないの?」

 

「そんな悪趣味なことしませんわ」

 

「それは冗談では済ませれない案件です……」

 

「流石にそんな気色悪いこと誰もしねえよ」

 

 

 KAN-SENが口々に答える。どうやら本当にやってないようだ。段々と講堂内が静まってくる。

 

 

「待て……ホーネット、一昨日のことを覚えているか? 秘書艦の時に昼飯食べに行ったよな? あの時、目安箱に入っていた紙は誰が入れたんだ?」

 

「うん、それなんだけど……誰がしたのか他のKAN-SENに聞いたけどさ……誰も入れてないって」

 

「つまり…………この紙のことは誰も知らない……そういうことでいいんだよね?」

 

 

 

 

「「「「「…………………………」」」」」

 

 

 

 講堂内がしんと静まり返る。

 

 

「よし、今からお祓いしに行こう……」

 

 

 その言葉は誰にも聞こえず、指揮官は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――とある鏡面海域

 

 

「そういえば、なんかKAN-SEN達が目安箱?とかいうもので楽しんでいたわね」

 

「うん、あんたが私を押し込んだ箱のことね。後、さっさと私の体戻してよ。首だけじゃ不便なのよ」

 

「そこで私も投函してきたわ」

 

「話聞けよ…………それで、なんて書いたの?」

 

「目安箱の気持ちを書いてみたわ。『どうして連れていくの?』とか『熱い、助けて』とかね」

 

「うわっ! すごい悪趣味!! ついに頭でもおかしくなったの? 大丈夫? あっ、元からか!!!」

 

「………………もう一回、押し込んでやろうかしら」

 

「えっ!?……ちょ、ちょっと待って! ただのジョークだって! セイレーンジョーク……ちょっ、やめっ、ぎゃああああああああああ!!!!!!」

 

 

 鏡面海域に断末魔が響き渡った。

 そして、セイレーンがまさか投函していたとは誰も知る由はなかった……

 

 

 

 

 




今回の話はこれでおしまいです。
話のオチが弱くなって申し訳ないorz
なかなか思い通りに書くのは難しいですね……



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第5話 KAN-SEN達は指揮官の好みを調査するようです(前編)

お久しぶりです
ネタが思いついたのでまた投稿します



 

 

 

 

 ここはアズールレーン最前線基地。

 セイレーンとの戦闘も最近では滅多になく、基地には束の間の平和が訪れていた。

 しかし、その基地に所属する指揮官とKAN-SEN達は、一時の平和を全て享受しているわけではない。

 指揮官は毎日執務作業に追われ、KAN-SEN達は演習や遠征、勉学、新技術の研究、他陣営との交流、海水浴、飲み会、BBQ等と陣営の垣根を超えて、お互いに絆を深め切磋琢磨していった。

 …………最後の方はいらない説明だったが、とにかく有事の際に備えて日々研鑽している。

 

 そんな変わらない日常の中で、ある日の午後のことである。

 指揮官と本日の秘書艦“綾波”で今日の業務を片付けていた。

 綾波は重桜所属のKAN-SENで、この母港内ではZ23ことニーミやラフィ―、ジャベリンといった通称“初期艦組”の1人で古参にあたる駆逐艦である。戦闘能力が非常に高く、彼女は自分の大剣で飛行している戦闘機をぶった切るほどである。まさに鬼神である。

 そんな彼女と他愛のない雑談を交えながら執務作業を終わらせていると、執務室の扉がノックされる。

 

 

「入ってどうぞー」

 

 

 指揮官はドアのほうに目を向けて、短く言う。

 この執務室にはよく、KAN-SEN達が執務の手伝いや遊びに来るので来客は珍しくない。この時間になってくると遊びに来るKAN-SENがほとんどなので、恐らくその誘いだろうと予想する。

 

 指揮官の入室許可に対して、そのKAN-SENは執務室の扉を開け、開口一番に言い放つ。

 

 

「指揮官、我々と一緒に来てもらおう」

 

 その発言の主はユニオン空母のエンタープライズであり、その隣にはエンタープライズの後輩、空母エセックスが立っていた。

 

 

「……いきなりどうしたんだ? エンタープライズ。なにかあったのか?」

 

「それについては後で説明する。とにかく一緒に来てくれ」

 

「来てくれって……どこにだ?」

 

「調査室だ」

 

「調査室?」

 

 

 指揮官は怪訝な表情でエンタープライズを見る。

 この母港内には独房(主にアークロイヤル用)はあるが調査室というものは存在しない。多分、KAN-SEN達が勝手に作ったのだろうと指揮官は予想する。

 

 

「それで……俺の何を調べるんだ? 何もしてないぞ?」

 

「色々だ」

 

「色々ってあんた……具体的に言ってくれ」

 

「そうだな……指揮官の趣味、嗜好、性癖とか様々なことだな」

 

「あー! すみません! 実家の母が危篤かもしれないんで今日の所は帰ります!」

 

 

 これはまずいと指揮官は直感的に判断する。この手の類は面倒事に巻き込まれるのは確実だ。

 

 以前も、『私達ともっと親睦を深めましょう!』とKAN-SEN達に飲みに誘われ、ほいほいと連いていった結果、途中で親睦会という名の取調べに変貌していった。

 何故かというと酔った勢いに任せ、冗談で指揮官が好きな異性のタイプを口にしたからである。その瞬間、場の空気が凍り付き、指揮官の酔いも一気に醒めたのはいうまでもない。

 ちなみに、その時の冗談で言った好みのタイプは、身長2mを超す大柄の女性であった。無論、そんなKAN-SENはこの母港にはいない。

 

 その後、目からハイライトさんが家出したKAN-SEN達に尋問された。ギャルゲーの選択肢のように、バッドエンド直行ルートを避けながらなんとか乗り切ったが。

 指揮官はそんな苦い経験を思い出し、咄嗟に親をダシにつかってやり過ごそうとする。

 

 しかし、エンタープライズはキョトンした顔で指揮官に言う。

 

 

「? 何を言っている指揮官? お義母様は朝方に電話した時、元気だったぞ?」

 

「…………いや、なんで勝手に君たちが実家に電話してんの!?」

 

「こんな世の中だ。指揮官の身内に何かあってはいけないと思ってな。だから、私達KAN-SENが、定期的にお義母様に連絡するのが義務となったんだ」

 

「義務ってなんだよ!? 本人は全く知らされてないんだけど!?」

 

 

 指揮官は初めて聞く内容に驚いている。

 通りで、この基地に着任当初は頻繁に連絡をよこしていた母親が、最近になって全く連絡を寄こさなくなったわけだ。

俺の代理としてKAN-SEN達が親に連絡していれば、向こうからは緊急事態じゃない限り電話とかしないよね……と一人で納得する。

 ウンウンと頷いている指揮官を見ながら、あることを思い出しエンタープライズは言った。

 

 

「それと安心してくれ指揮官。あなたの妹とペットの柴犬“ゴンザレス”君とも連絡を取り合って安否を確認している」

 

「妹まで!? つーか、ペットの名前は“タロウ”なんですけど!? なんだよゴンザレスって!」

 

 

 その指揮官の発言にエンタープライズは苦笑を浮かべ、言葉を返す。

 

 

「指揮官……その……少し言いにくいんだが…………タロウってニックネームダサくないか? そんな一秒で考えたものより“ゴンザレス”のほうがカッコよくないか?」

 

「てめえ!! 俺がつけた名前馬鹿にすんじゃねえ!!! やんのかコラァァッッ!!」

 

 

 一触即発。指揮官は自分の命名センスを馬鹿にされたことに怒り、エンタープライズに決闘を申し込もうと一歩前に出る。

 と、そこにエンタープライズの隣で静観していたエセックスが口を開く。

 

 

「…………エンタープライズ先輩、そろそろ本題に入りましょう。このままだと話が進みません。指揮官も落ち着いてください」

 

「ふむ、それもそうだな」

 

「納得できないが…………確かにそうだな」

 

 

 話が進まないと判断したエセックスは指揮官たちを落ち着かせる。

 それにエンタープライズと指揮官はエセックスの言葉に同意して、一先ず矛を収めた。

 

 

「それで……俺に何をさせようというんだ? 言っとくがまだ仕事は残っているぞ?」

 

「それなら綾波だけで問題ない……です。もう少しで終わりそうなので、行ってくるといい……です」

 

 

 指揮官の問いに秘書艦の綾波が答える。

 多分、綾波は善意で言ったのだろうが……指揮官には逃げ道を塞がれたのと同じ状況だった。

 

 

「それなら私達と一緒に来てくれ。まあ、そんなに時間はかからないと思う」

 

「はあ……まあ、さっさと終わらせるか」

 

 

 指揮官は気乗りしないがこのままだと押し問答になる可能性がある。それなら、エンタープライズ達に従って、早く調査とやらを終わらせるのがいいと考え席を立つ。

 

 

「それじゃ、綾波。後は任せたぞ。まあ、一応俺が帰ってくるまで執務室に残ってくれ。もし戻るのが遅かったら、ここの鍵だけ閉めて俺に持ってきてくれ」

 

「了解……です」

 

「指揮官、それでは行こうか」

 

 指揮官は綾波にそう伝えると、エンタープライズとエセックスと共に執務室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば調査室ってどこにあるんだ?」

 

 指揮官はユニオンKAN-SEN2名と廊下を歩きながら、疑問をぶつける。

 

「母港内には使われていない部屋がいくつかありましたので、ここから近い空室を借りました」

 

「そっか…………まあ、今度からは部屋の使用許可をとってね?」

 

 

 どうやらこの場所から近い所にあるらしい。

 人目がない山奥に連れていかれて、質問はすでに拷問に変わっていることもないだろし、頬の汗を舐めて、嘘をついているかどうかも確認されないだろう。

 指揮官は内心、ホッと胸を撫で下ろしていると「着きましたよ」とエセックスから声がかかり、3人の歩みはある部屋の前で立ち止まった。

 

 

 

 そこは扉に『調査室!』と可愛らしい字で書かれた白い紙が貼ってある部屋だった。

 

 

 

「では入ろうか指揮官」

 

 エンタープライズに入るように促され、指揮官を先頭に3人は入室する。

 

 

 室内は簡素なつくりだった。部屋はおよそ8畳の広さで正方形になっており、部屋の中央には3人分が作業できる横長の机とその周りに椅子が4つ置かれている。

 そして、ドアのほうから見て左隣にテレビ台とその上に32型の液晶テレビがあり、右隣りには掛け時計が設置されていた。

 窓からは太陽の明るい日ざしが差し込み室内を照らしている。

 

「指揮官は窓側の席に座ってくれ」

 

 エンタープライズは窓まで移動して、ブラインドシャッターで入ってくる明かりを調整しながら指揮官に言う。

 指揮官はエンタープライズに言われた通りに行動し、窓際の席に座る。

 そして、指揮官の対面にエンタープライズが座り、その隣にエセックスも着席した。

 

「それで……俺の何を調べるんだ?」

 

 指揮官は2人が着席すると同時に問いかける。

 

「そうだな。では初めに……指揮官はどのKAN-SENが好きなんだ」

 

「いきなり回答に困る質問だなオイ」

 

 

 最初からとばしてくる質問に指揮官は苦笑いをする。

 エセックスは記録係だろうか……ペンを持って机に用紙を置き、指揮官の言葉を一字一句、文字に起こそうと会話に耳を傾けていた。

 

 

「そうだな……皆のことは好きだよ? 好きじゃなきゃ指揮官とかしてないし」

 

「ふむ……ではどの艦種が好きとかはあるのか? 駆逐艦とかどうだ?」

 

「いや、どうだって言われましても……嫌いではないけど。つーか、なんだその質問は。意味が分からんぞ」

 

 

 指揮官は嫌な予感を感じ始める。どう考えても誘導尋問のような気がしてならない。

 エンタープライズは両手を組み、真剣な眼差しで指揮官を見ている。指揮官は何もやましいことはしていないのに、その真剣な表情に目を逸らしてしまう。

 そんなやりとりをしている中、記録係のエセックスが指揮官に尋ねる。

 

 

「最近、購入した本とかはありますか? 例えば……Hな本とか」

 

「えっ!? それどういう質問!? たとえ買ったとしても人に言うか!!」

 

 いきなり変な質問をされ、指揮官は声を荒げる。

 

「エロ本を買うならどういう系が好みなんだ? やはり幼い少女が載っている系か?」

 

「やはりってなんだ!? エンタープライズは俺をどういう目で見てんだ!? つーかよ!」

 

 

 

 

「本当に聞きたいことを直接聞けよ!! まどろっこしいなオイ!!」

 

 

 

 

 指揮官はこれでは埒が明かないと思い、本題に入るように促す。

 指揮官の趣味や嗜好を調査するだけなら、さっきまでいた執務室でも可能なはず……

 しかし、人目につかない場所まで連れて来たということは、おそらくだが周囲の目が届かない所で調べたいのだろう。誰にも聞かれないのが重要なのだ。

 

「……では単刀直入に聞こう」

 

 エンタープライズは身を乗り出して指揮官に顔を寄せる。

 真っ直ぐな瞳でエンタープライズは目の前の相手を捉える。相変わらず綺麗な整った顔立ちだなと指揮官は思っていると、エンタープライズは声を潜めて言う。

 

 

 

 

 

 

「指揮官はロリコンなのか?」

 

 

 

 

「んなわけねえだろうがああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 突然のシャウトにエセックスの体は一瞬ビクッとする。

 しかし、その絶叫にはエンタープライズは全く意に返さず続けて質問する。

 

 

「……ロリコンではないのか?…………指揮官、本当のことを言ってくれ! 私はあなたならどんな性癖も受け入れるぞ!!」

 

「どこぞのロイヤル空母と一緒にするんじゃねえ!! 前の朝礼の時に俺はロリコンじゃないって皆納得しただろーが!!」

 

「それなんだが……なかなか誰にも指輪を渡してくれないからな。前にKAN-SEN円卓会議でロリコンかもしれないって議題に上がったんだ」

 

「それを確かめるために、私と先輩が調査員として白羽の矢が立ったわけです!」

 

「ええ……まだ、ロリコン疑惑が払拭されてなかったよ……」

 

 

 ふたを開けてみたら、ただロリコンだと疑われているだけだった。

 指揮官はこんなことのために、綾波に業務を任せた自分が馬鹿馬鹿しくなった。

 指揮官は心の中で溜息をつき、ロリコンの疑いを晴らすため、未だに疑惑の目をしたユニオンKAN-SEN達に言う。

 

 

 

「安心しろ。俺はロリコンじゃないさ。ぶっちゃけるとな…………赤城たちに体を密着される度にドキドキしている」

 

 

 指揮官は少し恥ずかしそうに言った。

 そう、これは本音である。たとえお馬鹿さんが多くても、ここのKAN-SEN達は基本的にスタイルの良い美女・美少女だらけなのだ。

 そんな彼女たちに抱き着かれると、少なからず意識してしまうのは仕方がない。

 こんな発言すると赤城や大鳳は喜びそうだが……まあ、ロリコン疑惑を晴らすのが先決だ。

 

 

「それでは……指揮官はちゃんと反応するのですね? 大丈夫ですよね?」

 

「反応って……何が反応するのか気になるが……まあそうだな、大丈夫だ」

 

「そして、ユニオンの空母に激しくドキドキするというわけだな」

 

「いや、ユニオン空母はどっから出てきた? 捏造するんじゃありません」

 

 指揮官がエンタープライズのボケに反応すると、エセックスは今までの会話から察して安堵する。

 

 

「指揮官がロリコンでないなら安心しました。指揮官がもしそうだったら……私達も困るので……」

 

「ああ、そうだな。これでもしロリコンだったなら指揮官を独房に入れて、ロリコン矯正装置を付けるところだったが……よかった」

 

「発想が物騒すぎるだろ!? もし、ロリコンだったらそんな罰があったのかよ!」

 

「冗談だ……まあ、皆は指揮官のこと本気でロリコンと思ってはいないさ。時間を取らせてすまなかった」

 

 

 エンタープライズは謝りながら、ペコリと頭を下げる。それを見てエセックスも慌てて指揮官に頭を下げた。

 

 

「別にいいさ、こんなことには慣れているからよ」

 

 

 指揮官も安堵する。これで皆にロリコンだと疑われないだろう。

 エンタープライズたちに多少時間を取られたが、これもいわゆるコラテラルダメージに過ぎない。疑惑払拭の為の致し方ない犠牲だと割り切った。

 

 

「それでは報告書を作成して終わろうか……エセックス!」

 

「はい、先輩! えーと…………『指揮官はKAN-SENに密着されるとギンギンする』……と。これでよろしいですね?」

 

「待て待て待て待て……全然よろしくねえよ、ちゃんと書きなさい」

 

 

 先程までとは変わってジョークを言えるほど、調査室には穏やかな雰囲気が流れている。

 そんな雰囲気の中、エンタープライズは終了の合図を出す。

 

 

「では指揮官の疑いも晴れたことだ。執務室に戻ろうか」

 

 

「ああ、そうだな。帰って早く執務を終わらせ「ちょっと待った!」ないとな……は?」

 

 

 指揮官が話している最中に、言葉に被さるように誰かが発言する。

 3人は声がしたほうに顔を向けると、そこには扉の前で腕組みをして、体重をドアに預けているアークロイヤルの姿があった。

 

 

「閣下はまだロリコンである可能性が高い」

 

「……何言ってんだこのロリコン」

 

 いつの間にかロイヤルのロリコンことアークロイヤルが、室内に侵入していることも疑問に思わないほど、変態の言うことが理解できなかった。

 

 指揮官たちが不審者を見るような目で見ていると、アークロイヤルは口を開く。

 

 

「では、その証拠をお見せしよう」

 

「証拠……?」

 

「閣下、その場で立ち上がってくれ」

 

「……? なんで立たないといけないんだ?」

 

「いいから立ってくれ。立てば分かる」

 

「はあ……?」

 

 指揮官は言葉の意味を疑問に思いながら立ち上がる。

 

 

 

 その時である――――指揮官の制服からバサバサと大きな音を立て、なにかが落ちてくる。

 それは雑誌であった……指揮官は予期せぬ出来事に体が硬直する。

 エセックスとエンタープライズが不思議に思いながら、雑誌を拾い上げるとそこには――――

 

 

『必勝ロリ本! 駆逐艦の全てを教えます!!』

 

 

『俺の駆逐艦はこんなにも可愛い!』

 

 

『駆逐艦大全~この世の全てを置いてきたPrat4!~』

 

 

 等々、そんなロリコン御用達の雑誌が計10冊ほど落ちていた。

 中身を見てエンタープライズとエセックスは絶句する。

 アークロイヤルは暗黒微笑を浮かべている。

 そして…………指揮官は未だに硬直しており、現実に起こっていることに理解が追い付いていなかった。

 

 室内がしんと静まり返る中、指揮官は必死に思考する。

 なぜ、こんな大量の雑誌を俺の制服に入れたのか。つーか、ただの嫌がらせだよね?

 それよりもアークロイヤルはどうやってロリ本を一瞬で紛れ込ませたのか……次から次へと謎が湧いてくるが、それよりも指揮官はひとつだけ確信したことがある。

 

 

 

 

 ――――そう、アークロイヤルによるいともたやすく行われるえげつない攻撃はすでに始まっているのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。
後編はそんなに時間が空かないと思います。


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第6話 KAN-SEN達は指揮官の好みを調査するようです(後編)

投稿が遅くなってもうた……
メイの馬鹿! もう知らない!



 

 

 

 

 

 

 

 夏の暑さもピークを迎え始めているある日の午後のこと、指揮官に人生最大の危機が直面していた。

 調査室の外では駆逐艦たちが元気にはしゃいでいる声が聞こえ、蝉がミンミンと大合唱を響かせていた。

 それとは正反対に室内は静寂に包まれ、エンタープライズとエセックスは指揮官に対して、ロリコン疑惑が再燃し冷やかな目をむけている。

 アークロイヤルは目を閉じ、静かに微笑んでいる。

 

 指揮官はアークロイヤルの態度に若干苛つきながらも、頭をフル回転させこの状況を打破するため口を開いた。

 

 

「お、俺はロリコンじゃないぞ! 本当だ信じてくれ!!」

 

 打破しようにも何も思いつかず、言い訳っぽく言ってしまった。

 それを聞いたエンタープライズは冷たい目を向けて言う。

 

 

「指揮官……では、あなたの制服から出てきた本について説明してくれ」

 

「ぐっ……そ、それは……!」

 

 

 指揮官はアークロイヤルが犯人であることに目星はつけてある。そもそも、こんなことするのはアークロイヤルしかいない。

 しかしだ、いつ制服にロリ本を紛れ込ませたのかも判明できず、指揮官は説明したくてもできようがなかった。

 指揮官が黙っていると、アークロイヤルがニヤニヤしながら指揮官の肩をポンと叩く。

 

 

「閣下、ついに性癖が露呈してしまったな。ふふっ、ようこそ……こちらの世界へ……」

 

「~~~~ッッ!!」

 

 

 指揮官はアークロイヤルの同類発言に、言葉が出ず憤慨していると2人のユニオン空母が陰で囁きあう。

 

 

「エンタープライズ先輩……やはり指揮官を正常に戻さないと駄目です」

 

「そうだな……とりあえず独房に入れて、電極を脳に差し込んで……記憶を改竄しなければな……」

 

「ちょっ、君たちの発想怖いって……!? つーか、ロリコン矯正装置ってそんな危ないもんだったの!?」

 

「ふふっ、私もメイド隊に付けられそうだったが……この情熱は誰にも止められない!」

 

「てめえは大人しく改心されろ!!」

 

 

 怒りが頂点に達した指揮官は飛び蹴りを繰り出し、アークロイヤルに命中させる。変態は「グフッ!」と声を出しながら、盛大に蹴り飛ばされた。

 

 とその時である。アークロイヤルから数冊の雑誌が服の中から出てきた。

 

 

「???」

 

 指揮官は不思議に思いそれを手に取ると、そこには

 

『やはり俺の駆逐艦は最高だ!』と題名が書かれた本だった。まあ、要するにロリ本である。他の雑誌も同様に似たタイトルだった。

 

 

「エンタープライズ、エセックス! 証拠が出てきたぞ!! やっぱ、この変態が犯人じゃねえか!!」

 

「い、いやそれは……閣下に無理矢理持たせられて……」

 

「なんで俺がそんなことしないといけないの!? 大人しくお縄につきやがれ!!」

 

 

 この期に及んで言い訳するアークロイヤルと指揮官が言い争っているのを見て、エンタープライズは呟く。

 

 

「…………面倒だから2人とも独房に入れて更生させるか」

 

「そうですね……ついでに、指揮官をユニオン空母好きにするよう調教しましょう!」

 

「ま、待てっ! 俺は無関係だろ!? 頼むからめんどくさがらないで!!」

 

「そうだ! 私達はそんなものには屈しないぞ!!」

 

「いや、俺をてめえと同類扱いするな」

 

 

 指揮官達がギャーギャー騒いでいると、エンタープライズが一歩近づいて

 

 

「……とりあえず、2人とも一緒に来てもらおう。事情は独房で聞こう」

 

 

 そう言うと指揮官達を捕らえるべく、エセックスと歩調を合わせ、じわじわと詰め寄る。

 

 たがしかし、黙って捕らえられる指揮官達ではない。じりじりと後退する指揮官にアークロイヤルが提案する。

 

 

「閣下……ここは協力して、この包囲網を脱出しようではないか。私達が協力すればこの危機も脱しよう」

 

「…………ああ、そうだな。その後、お前は独房にぶち込んでやる」

 

 

 2人は顔を合わせ笑う。そう、絶体絶命の中、指揮官達に芽生えたものは奇妙な友情。

 この危機を乗り越えるには協力するしかないのだ。

 

 

「では参ろう! 閣下!!」

 

「おう! やってやるよ!!」

 

 

 アークロイヤルの言葉と同時に2人は勇敢にも前に歩を進め、ユニオン歴戦の猛者に挑む。

 

 

 

    「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」

 

 

 

 2人は勇ましく叫びをあげ、明日の自由を勝ち取るために眼前の強敵に突撃する

 

 アークロイヤルとエセックスは互いに手を合わせ、取っ組み合いになる。

 

 しかし、指揮官は――――

 

 

「痛たたたたたっっ!! エンタープライズ、もっと優しくお願い!! 背骨から変な音が聞こえる!!」

 

「そ、そうか……ではこれぐらいの力はどうだ?」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 指揮官はエンタープライズに飛び掛かるが、やはり人間とKAN-SEN、圧倒的な力量差で指揮官は呆気なく捕らえられベアハッグの体勢になる。

 指揮官は腰や背骨がミシミシと悲鳴を上げるのを聞き、エンタープライズに力を緩めるように要請する。

 エンタープライズも別に危害を加えるつもりはないので、力を和らげる。

 しかしこの体勢、端からみれば恋人同士が抱き合っているように見える。

 

 

「おい、閣下! 何をイチャイチャしてるんだ!? 閣下は幼女しか抱き着かないはずだろう!?」

 

「し、指揮官、後でそこを交代してください!……エンタープライズ先輩が代わってもいいですよ!」

 

 

 未だに取っ組み合いを続けている2人は、ハグしているように見える指揮官達に抗議する。

 

 

「指揮官……私の後ろに手を回してくれ……」

 

「ああ……これでいいか?」

 

 指揮官はエンタープライズに手を回し、より密着する形となる。

 突如、始まった謎のラブコメっぽいもの。

 2人はお互いに目を見つめあい、言葉を発しない……そう、今2人は見つめあうほど素直にお喋りできない状態なのである。

 

 

「んがぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

 

 突然、ラブコメを始めだした指揮官と尊敬する先輩をみて、やり場のない怒りが目の前で取っ組みあっているアークロイヤルに襲い掛かった。

 

 

「うわっ!」

 

 

 いきなり発揮されたエセックスの馬鹿力を受け、アークロイヤルの体勢が崩れ、床に倒れこんだ。

 エセックスもそれに引っ張られる形で転倒し、アークロイヤルに覆いかぶさる。

 

 その時である。倒れこんだ拍子にエセックスの服から何かが落ちて散らばった。

 

 

「お、おい2人とも大丈夫か?」

 

「一体、どうした?」

 

 

 指揮官とエンタープライズは隣で大きく転倒した音を聞き、ラブコメ空間から引き戻され、そちらに顔をむける。

 そして、アークロイヤル達が倒れこんでいるのを見つけ、一旦体を離し2人に駆け寄った。

 

 

「ん? なんだこれ……」

 

 指揮官が近寄ると散乱しているものを見つけ拾い上げる。それは写真だった。

 

 

 そこに写っていたものは―――エンタープライズだ。

 彼女が被写体の写真だった。しかし、どうもおかしい。写真の中のエンタープライズはどれもカメラ目線ではなかった。

 

 

「こっちは指揮官が写っている写真だ! ただ、どれも目線がこちらを向いてないな……」

 

 

 エンタープライズも写真を拾い上げ分析する。

 指揮官とエンタープライズが個々に写っている写真で、目線が向いていない……

 

 つまり、ここから導き出される答えは――――盗撮だった。

 

 

「……! あわわっ! み、見ないでください……!」

 

 

 エセックスは指揮官達が私物の盗撮写真を見ていることに気づくと、素早く立ち上がり顔を真っ赤にしながら涙目で写真を回収する。

 指揮官とエンタープライズはあのエセックスが、まさか自分たちの盗撮写真を持っていることに唖然とし、アークロイヤルは同じ仲間を見つけた嬉しさで口角を吊り上げている。

 

 

 エセックスは恥ずかしながらもこの場にいる全員に発案する。

 

 

「あ、あの……指揮官とアークロイヤルさんのことは秘密にするので……どうかこのことはご内密に……!」

 

 ただの秘密の共有だった。

 

「エセックス、まずは説明してもらおうか……その後でその写真は押収する」

 

「つーか、俺はロリコンじゃないんですけど!? なんでまだ疑われているの!?」

 

「ふふふ……まだまだエセックスは盗撮技術が未熟だな……!」

 

 

 エセックスの発言にその場にいる3人はそれぞれ三者三様の反応を見せる。

 しかし、エセックスも負けていられない。この状況を改善すべく、羞恥心で思考回路がショート寸前になりながらも、次の一手を打つ。

 

 

「ま、待ってください! 今、思ったんですけど……私たちが恥ずかしい私物を持っているなら先輩も何か持っているはずです!」

 

 

 訳がわからない理屈だった。

 

 

「…………そんなものあるわけないだろう」

 

「ふむ、それもそうだな。我々だけ痴態を見られるのは公平ではない……ということで服の中を見せてもらおう」

 

 エセックスの発言に意外にもアークロイヤルが乗り気になる。

 

 

「いや、我々って……俺は君の罠に貶められた哀れな被害者なんだけど……一緒にしないでくれる?」

 

「そうですよ! 先輩も恥部を曝け出してください!」

 

「私達と運命共同体になろうではないか! エセックス、手伝ってくれ!」

 

「分かりました!」

 

 

 そう言って、アークロイヤルはエンタープライズの後ろに回り、羽交い締めにする。

 エセックスは身動きが取れない尊敬する先輩の服の中を探り始めた。

 

 

「……な、なにをする! 私のそばに近づくな!……お、おいエセックスどこを触ってるんだ!? そこには何もないだろ!?」

 

「先輩の腹筋……鍛えられてとても美しいです!」

 

 

 何故か彼女は服よりも腹回りを重点的に調べているようだ。その時のエセックスの表情は惚れ惚れしており、とても生き生きとしていた。

 それとは反対に、腹筋をぺたぺた触られているエンタープライズは、くすぐったいのか恥ずかしがっていた。

 

 指揮官は流石にこれには参加できず、傍観するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……! 何かポケットから出てきました!!」

 

 

 エセックスは満足したのか腹筋を触るのをやめ、ポケットの中を調べる。

 そして、何かを発見したのだろうかエセックスはエンタープライズの私物を取り、勢いよく高々と上げた。

 

 

 高くあげられた物体、それは……ローションだった。

 

 

「いや、お前もかよ!?…………ってローション!? なんでローション!?!?!?」

 

「ふむ……どうやらレーションと間違えて持ってきたようだな」

 

「なんでそんなに君は冷静なの!? つーか、レーションとローションって……一文字違うだけで現物を間違えることなんてありえねえよ!!」

 

「今日は偶々だ。何時もはレーションを持ち歩いている」

 

「当たり前だろうが! いつもローションを懐に忍ばせていたらただの危険人物だって!」

 

 

 まさか、皆の頼れるエンタープライズがこんな阿保だとは夢にも思わなかった。

 しかし、ローションを日常的に持ち歩いていないことに指揮官は少しだけ安心する。これを持ち歩くのがクセになっていたら、目も当てられない。

 

 指揮官がそんなことを考えていると、横からアークロイヤルが口を開く。

 

 

「ふふ……これで我々は他人に言えない秘密ができてしまったな。これについてどう思う閣下?」

 

「どうもこうもこの基地にはまともなKAN-SENが少ないことが分かった」

 

「閣下、そういう意味で言ったのではないのだが…………では今後のことはどうしようか?」

 

「とりあえず、このことは他言無用にしよう。そのほうが皆の都合はいいだろ?」

 

「そうですね……私も秘密にするのがいいです。一番、知られたくない人に知られましたが……」

 

「そうだな、流石にローションを持ち歩くKAN-SENと思われるのは遺憾だ」

 

「私もただ駆逐艦を愛しているだけだ。ロリコンだと思われるのは遺憾だ」

 

「いや、それ紛れもない事実じゃん」

 

 

 何かアークロイヤルがふざけたことを言っているが、皆の了解は得られた。

 

 時刻は午後5時、すでにこの部屋に来てから2時間が経過していた。

 すでに今日の業務は終わっているだろうが、もしかしたら綾波は執務室に残っているのかもしれない。

 

 それなら待たせるのは悪いと思い、3人を見渡して言う。

 

 

「それじゃ、俺は執務室に戻るけどもういいな? 他には何もないな?」

 

「ああ、もう問題ない。時間を取らせてすまなかったな」

 

「今日はありがとうございました!」

 

 

 エンタープライズとエセックスの了承を得られ、指揮官は退室しようとする。

 しかし、ロリコン疑惑はどうなったのだろうかとふと思い体を反転させ、エンタープライズ達に向き直る。

 

 

「そういえば、俺のロリコン疑惑どうなった? もう無実でいいよな?」

 

「そうだな……指揮官が無実なら、秘密の共有ができないから今は保留だ」

 

「保留って……まあ、いいや。他のKAN-SENには疑いが晴れたって言っといてくれ」

 

「了解した」

 

「閣下いいのか? 正直に自分を曝け出したほうが楽になれるぞ?」

 

「お前は詐欺罪と児童ポルノ所持罪で訴えるからな。独房にぶち込まれるのを楽しみにしとけ。いいな!」

 

 

 指揮官はそれだけを言い残し、ドアを開け部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 指揮官は疲れた足取りで廊下を歩く。

 コツコツと廊下に靴の音が響くのを聞きながら、執務室を目指す。

 流石に綾波はもういないだろうなと思いながら、廊下の角を曲がると『執務室』と書かれた表札が見えてきた。

 指揮官はやっと帰ってきた安心感から少し早歩きになり、扉の前まで到達する。

 

 

「綾波―、まだいるかー?」

 

 

 指揮官は扉を開きながら、部屋の中に声をかける。

 

 

「おかえりなさい……です!」

 

 

 綾波はまだ執務室にいた。

 彼女は指揮官の椅子に座り、手持ち無沙汰なのか指揮官の帽子をくるくる回していた。

 だが、指揮官が帰ってくるのを見て嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

 

「おう、ただいま。待たせて悪かったな」

 

「問題ない……です」

 

「そうか……執務はもう終わったか?」

 

「はい……ジャベリン達が手伝いに来てくれた……です」

 

「後で、手伝ってくれた皆にお礼しないとな」

 

 

 そう言って、指揮官と綾波は笑い合う。

 指揮官がこの基地に着任して随分経つが、綾波とは旧い仲で何度も彼女に助けられた。

 いや、綾波だけではない。他のKAN-SEN達も同じだ。色々と皆は指揮官を助けてくれる。

 そして、彼もまたKAN-SEN達が快適に、この母港を過ごせるように努力している。

 

 そんな持ちつ持たれつの関係を築き上げているので、お気に入りのグラスを割られたり、勝手に私室に侵入されたり、アンケート係にされたり、エロ本を服に差し込まれたりしてもKAN-SENのことが嫌いになれない。

 

 

「そういえば……どんなことを取調べされた……ですか?」

 

「ん? ああ、大したことないよ。俺は事実無根だ。つーか、ただの冤罪だった」

 

「……? それならよかった……です」

 

「……あっ、そうそう。今から晩飯を食べに行くか? 今日は体力を物凄く使って腹が減ってんだ。なんでも奢るぞ」

 

「……! それならジャベリン達も誘いたい……です!」

 

「よし、それなら今すぐ行こうか」

 

「はい……です!」

 

 

 綾波は早く食事をしたいのだろうか、指揮官の手を取り引っ張る。

 その行動に指揮官は優しく微笑み一歩前に踏み出す。その時、指揮官の制服から一冊の本が出てきて、綾波の足元に落ちた。

 

 綾波は不思議に思いながらその落下物を拾い上げる。

 

 それは雑誌であり、タイトルは『モーレツ! 駆逐艦帝国の逆襲!』と書かれていた。

 表紙を飾るのはスクール水着をきた幼女たち、要はアークロイヤルの私物のロリ本だった。

 綾波は驚いた顔で交互に指揮官の顔と雑誌の表紙を見て、指揮官は青ざめた表情で大量の冷や汗を流していた。

 

 時が止まったかのように錯覚するが、やがて

 

「――――!!」

 

 顔を赤らめた綾波は全力疾走で執務室を飛び出した。

 

 

「あっ、ちょっと待って!! お願い!! 俺に弁解をさせてくれ!! それは違うんだアークロイヤルの物なんだ!! 俺はやってない!! それでも俺はやっていない!!!」

 

 

 指揮官がすでに廊下を出た時には、綾波は食堂へと繋ぐ廊下の角を曲がり切っている頃だった。まさに俊足、韋駄天の如し。

 

 だが、指揮官は諦めない。諦めたらそこで試合終了、もしくは指揮官生活が終了するのである。1050年は独房行きになる可能性があるのだ。

 

 

「待って――――!! 綾波――――!!!!」

 

 

 そう、今日も指揮官はKAN-SEN達に振り回されている

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。
なんか思っているより文章が長くなるのは何故ですかね……
次の話も近日中には出せると思うのでよろしくお願いします。


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