──ここは、世界の海のどこかに存在する基地のとある広々とした部屋。
あたり一面の壁際には綺麗にされ丁寧に並べられた単装砲、連装砲、魚雷や艦載機、戦闘機などの道具の数々。きちんと種類ごとに区別されて置かれていた。
しかしそれらは一度として使われた形跡はなく、まさしく鑑賞するためのものとしてそこに在った。
その部屋の中心で椅子に座ってただ黙って本を読んでいる少女がいた。
髪の毛や肌は真っ白で顔の左目を囲むようにして縫い目の痕。纏っている服装は基本黒で形成されていて、頭からは二本の角のようなものが生えている。体型は人間でいうところの高校生くらいだろうか。
更に読んでいる本は先ほどにもあった装備品などに関するもの。目をそこから離すことはなくじっくりと読んでいた。
その表情は完全な無。傍から見れば考えていることを読み取ることは非常に困難だと言っても過言ではないであろうほどの無であった。
「……」
無音。たまに本のページをペラリと捲る音がする程度で、それ以外にこの部屋からは音は一切出ない。
まるでこのまま永遠と時が進んでいってしまうような感覚に陥ってしまうのだが───ここで部屋の外から足音が聞こえてきた。
その足音は丁度この部屋の戸の前で止まり、止まったタイミングで三回、戸が軽くノックされる。
『姫サマ。リ級デス』
「……」
気が付いているのかいないのか、声に一切の反応を示さない少女。先ほどと全く同じ姿勢で本を読み続けている。
『…入リマスヨ』
戸が開き、外から自らをリ級と名乗った少女が入ってきた。
彼女もまた白い肌だが少女とは違い黒い髪。腕に当たる部分に謎の黒い生物のようなものを身に付けており、その様はまるで人間ではなく怪物のよう。
───そう、少女を含めた彼女らは人間ではなく『深海棲艦』と呼ばれる未知の種族である。
突如として海に現れ次々に制海権を奪っていった謎の生物。人間の扱う通常兵器では全く歯が立たず、人類は窮地に立たされていた…のだが、ここで人類側に対深海棲艦の兵器となる艦娘が登場。ここから人類と深海棲艦の真の戦争が始まった───というのが通説だ。
つまり、現在は戦争の真っ只中であり、本来少女は艦娘と戦わなければならないのであるが、少女の興味は本…もっと言えば、装備に関することで占められているようだ。
「姫サマ。本日ヨリ飛行場姫サマノ所カラ戦艦レ級ガ派遣サレマシタ」
「……」
「報告ハ以上デス。失礼シマシタ」
出来るだけ少女の機嫌を損ねないように最低限のことだけを報告し、部屋から出ていこうとするのだが──部屋の入り口からまた足音がした。リ級とは別の者の足音だ。
「ココガコノ基地ノトップの部屋カ……」
先ほど話題にも上がったレ級であった。
フードを被っていて常に笑っているように見える表情で、そしてしっぽから生き物のようなものが生えているという人間とは乖離した特徴をやはり持っていた。
「レ級! 勝手ニ姫サマの部屋ニ入ッテハイケマセン!」
「堅イコト言ウナッテ。今日カラココニ所属スルンダカラ、ココノ姫ノ顔グライ見サセテクレヨ」
けけけと笑ってリ級を一瞥した後、すぐさまレ級は視線を少女の方へと向けた。リ級のときとは異なり、それは相手を見定めるかのような目付きであった。
そんな目付きに反応したのかチラッと一瞬目だけをレ級にやった少女。しかしすぐまた本の方へと視線を戻してしまった。
「…本当ニ周リに感心ガ無インダナ。飛行場姫サマの言ウ通リダ」
「モウ良イデショウ? ホラ、早ク出テイキマスヨ!」
「ダガ、強イノカ? コノ姫…工作艦ダロ?」
工作艦。それは旋盤や溶接機、クレーンなどの各種工作機械を装備し、艦船の補修・整備などを行う艦船のことであり、事実上、移動工廠となっている艦船である。
ここで一先ず言えることは、少女は戦闘用の艦ではないということだ。
ちなみに工作艦とは艦種の一つであり、艦娘や深海棲艦はこの艦種のどれかに属する。例えば、リ級は重巡洋艦でレ級は戦艦である。
艦種だけを見れば、圧倒的に戦闘ではレ級が強いということになる。
「モノハ試シカ………撃テッ!」
刹那、レ級は自身の艤装と呼ばれる装備を展開、砲弾を少女のほうにむけて飛ばす。弾は驚くほどの速さで少女のほうへ飛んで行きそのまま着弾、そして爆発が起こり、少女は煙に紛れて見えなくなってしまった。
「レ、レ級! アナタナンテコトヲ!!」
「リ級、オマエモ知ッテルダロ? 深海ハ弱肉強食。強イヤツガ上ニ立テルンダ。コノ程度デヤラレルヤツノ下ニハ就キタクナイネ」
そう語るレ級の言外には、これで少女はやられてはないだろうということが示唆されていた。
「(一応『姫』ナンダ。コノ程度デヤラレルワケガナイ。最高デ中破…最低デ小破ダロウ。最モ、コレデ中破ニナルヨウナヤツニモ付イテイキタクハナイケドナ)」
レ級はこれまでの基地を含めてあらゆる戦線で艦娘たちと砲を交えている。その際にレ級単体で熟練の艦娘の艦隊のうち三隻を大破に追い込んだこともある。
それ故艦娘側からも恐れられており、飛行場姫からもその実力を認められていたため、自他ともに自分に実力があることは分かっていた。
だがこの煙が晴れた後、レ級は驚きの光景を目にした。
「ナッ……無傷、ダト…!?」
少女の持っていた本は爆風などにより粉々に粉砕されてしまっていたが、肝心の狙った少女のほうは全くの無傷。攻撃は間違いなく命中はしていたのだが、0ダメージだったということだ。
持っていた本が失われたが、そのポーズのままで表情を変えない少女。驚きで固まっているレ級に、少女がズズズッと今度は顔ごとレ級の方へと向けられた。
───瞬間、ブチッと何かが切れるような音がした。
同時に少女は表情を一変、目の瞳孔が完全に開き眉間どころか顔全体にしわが寄り、怒ったような顔つきに。レ級がそれを認識した瞬間には既に間近に少女はいて───
───レ級は天井へ殴り飛ばされていた。
レ級の上半身がめり込み、下半身が天井から出てきているという妙な光景になっている。気絶してしまっているのか、そこからレ級が動くことはなかった。
「……」
少女は殴り飛ばした後、再び無表情に戻り、早足で壁際に飾ってある装備たちが先ほどの爆風によって汚れていないか、位置がずれていたりしてないかの確認に向かった。
一つ一つ丁寧に見ていっている少女にリ級は一度謝罪の意味を込めた礼を行ってから、レ級を無理矢理天井から引っ張りだして、また挨拶をしてから少女の部屋から去る。
「………」
少女一人となったその部屋からは、爆発によって汚れた装備をキュッキュッキュッキュッと拭いている音だけが響き渡るのだった。
───────────────────
「…リ級、何ナンダヨアノ姫」
「何ッテ……姫サマハ姫サマデスヨ?」
その基地の食堂のような広間でリ級がこの基地についての説明を始めようとした際、レ級が唐突にこう告げた。
「ソウジャネェヨ。ナンダヨアノ強サ。絶対工作艦ナンカジャネェダロ」
「戦艦ノ癖ニ艦載機飛バシタリ、雷撃戦ニ参加シタリ、果テニハ対潜モ出来ルレ級ニハ言ワレタクナイト姫サマモ思ッテマスヨ」
レ級の愚痴を一蹴し、リ級はヨシと基地についての説明を始めた。
「コノ基地デハ規則ガアリマス。タッタ一ツダケデス」
「一ツダケ…?」
他の基地を経験してきたレ級にとって規則というものは結構多かったものであり、それらを煩わしいと感じてはいた。だが、艦隊運営上仕方がないことなのだなと割りきっている部分もあった。
だが、この基地では規則は一つだけというではないか。そこに疑問を抱きつつレ級はリ級の言葉を待った。
「ソレハ────姫サマヲ怒ラセナイコトデス」
「アッ…」
その言葉でレ級は全てを察した。そして納得がいってしまった。
正直、未だに殴られ気絶してしまったことをレ級は信じられないところがあった。だが身体が憶えているのか、少女のことを思い出すと震えてしまっていた。
ここで、レ級は一つ疑問を抱く。
「…ッテイウカ、同ジ深海棲艦ナノニ容赦ナイノカヨ。戦争中ダロ? 戦力ハ大事ニスベキダヨナ?」
「姫サマハ良クモ悪クモ平等デスカラ…自分ノコトヲ妨害スルヤツラハ徹底的ニボコボコニスルノガ姫サマデス」
「怖ッ…ソリャ飛行場姫サマモビクビクシテタワケダ」
「飛行場姫サマガ…?」
「アァ…ッテ言ッテモ、ソウイウ感ジジャ無クテダナ…」
深くは思い出せないようで、その話は一旦置いておくことにして本題の話を進めることにした。
「トニカク、ココデハ姫サマヲ怒ラセサエシナケケレバ大体何デモイイデス。分カリマシタ?」
「…ジャアマタ質問。アノ姫、何ヲシタラ基本怒ルンダ?」
「エット…眠リヲ妨ゲル。姫サマノ部屋ノ装備ヲ汚ス。本ヲ破ク。上等デナイ燃料ヤ弾薬ヲ食ベサセラレル等々…基本姫サマノ身ノ回リノコトニツイテデスネ」
「自己中カヨ…コンナンデ艦隊ヲ指示シタリデキルノカ?」
「ソレガデスネ…指示ハカナリ的確ナノデス」
「無茶苦茶ダ…」
こんな基地でやっていけるのだろうか。飛行場姫サマのところへ戻れないだろうか。というかそもそもあの姫以外戦力はいらないんじゃなかろうか。色々な思いが入り交じりながらレ級は一人、思い切りため息をつくのだった。
不評そうなら消します…
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修理の刻
──ペラッ。
「………」
今日も少女は部屋の中心の椅子に腰を掛け、本を読みながら過ごしている。昨日爆発により一冊が粉々にされたため新たな本を引っ張りだしそれ読んでいるようだ。
さらに壁際の装備たち全てが昨日よりも輝いて飾られており、どれほど大事にしているのかが窺える。
新たなページを開いてから少しした後、部屋の戸が割と雑に三回叩かれた。少女からの返事を待つことはなくそのまま戸は開かれ、少女よりも背が高めな一人の女の人が入ってきた。
「…ヲ」
「………」
入って早々、軽く手を挙げ声を掛けるその人。少女は一瞬目を向けた後、本を読むのを再開した。
彼女は空母ヲ級。空母というところからも分かるとおり、艦載機や戦闘機を飛ばしたりたりして戦闘を行う艦である。
ヲ級の特徴といえば、深海棲艦特有の白い肌なども挙げられるだろうが、一番はやはり頭に付いている生き物のような艤装だろう。艤装の口のような場所から艦載機を出し、持っている杖状の物でそれらを操作していくようだ。
戦闘の後だったりするのだろうか。頭の上の艤装はボロボロになっており、煙のようなものが出てきていた。
「ヲ…」
「……」
あと、何故かここのヲ級は『ヲ』しか話さない。しかし少女はヲ級の言わんとしていることを理解しているようで、本に栞を挟み置き場にしまいこんでヲ級の方を見た。
それを確認したヲ級が少女に何かを差し出した。
「ヲ!」
まさしくそれらは資源であった。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト。各資源の数を表すならば、おおよそ400程度であろうか。
「…」
少女はそれら資源をじっっと見つめる。表情こそは変わらないものの、何かを見定めるかのような目付きであった。
しばらくすると少女は資源から目を離し、ヲ級の頭の艤装を片手で掴み外した。同時に少女自身のクレーンやアームなどが付いた艤装を展開。どうやらこれからヲ級の艤装の修理を始めるようだ。
「…」
「ヲ!」
掌を広げてヲ級に見せる少女。意味を理解したのかヲ級は返事をし、艤装を外したまま部屋から出ていってしまい、少女は本格的に修理を開始した。
一応告げておくならば、この基地に少女に頼る以外に艤装の修理手段がないのかと問われればそうではない。自動で修理できるところは一応存在はしている。
だが、圧倒的にそれらに任せるよりも少女に任せる方がとても丁寧に整備してくれる。寧ろ修理に出す前よりも綺麗になって帰ってくるとまである。だから少女に任せるほうが絶対によいのだ。
しかし、それは少女の時間を潰してしまうことに他ならない。読書、装備コレクションの手入れなど少女のやることは結構ある。そのため少女へ修理や整備を頼むのならば、それ相応の対価を用意せねばならない。
そこでヲ級が用意してきたのが各資源である。いくら少女と言えど、深海棲艦である以上燃料が尽きれば動くことは出来ないだろう。
更に艤装は弾薬や鋼材も必要とするため必須。ボーキサイトは装備コレクションの艦載機系類が破損した場合の修理に必須。
これら全てにある程度の貯蓄はあるものの、あればあるだけ困らないものなのだ。
ヲ級は艤装の修理を、少女は資源の獲得とお互いに利害が一致している。そのため少女は艤装の修理を引き受けたのだ。心なしか、ヲ級の艤装も少女に丁寧に修理されていて嬉しそうだ。
「…」
修理開始から五時間ほど経過した。修理作業事態は終わったようで、自身の艤装にヲ級の持ってきた燃料と弾薬を補給させた後収納した。同時に部屋の戸がまた雑に三回ノックされてヲ級が入ってくる。
「ヲォ!」
「……」
ヲ級は自身の艤装を見て驚きの声をあげた。ボロボロで煙も出ていた自分の艤装がたった五時間程度で元通りの綺麗な状態でそこにあったからである。装着してみると、フィット具合も良さげな様子。ヲ級、御満悦である。
「ヲ~♪」
「……」
さて修理をした少女はというと、もうそれに興味を失っているのか、それに目もくれていない。修理前のようにまた本を読んでいた。
「ヲ!」
ヲ級は少女に頭を下げ、軽くスキップを歩みながら部屋から出ていく。部屋にはまた少女一人だけとなった。
──ペラッ。
少女の読書はまだ終わらない。
────────────────────
「オ、ヲ級ジャン。ナンカ嬉シソウダナ」
「ヲ、ヲ~♪」
「ヘェ、アノ姫ニ艤装直シテモラッタノカ。工作艦ラシイトコロモアルジャナイカ。ワタシモ見テモラウカナァ」
「ヲー?」
「資源ガ必要? 何デダ? 別ニイラナイダロ。ジャア、行ッテクルナー」
「ヲ…」
多分これからも今回みたく短くて本当にサクッと読める感じのやつになります。
シリアスとかも多分ないです。
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遠征の刻
「…困リマシタネ」
ある日の午後。一人自分の部屋にてある資料と海図を読んでいたリ級はため息をつきながらそう呟いた。その資料には、『征遠』の二文字が刻まれていた。
彼女はしっかりとした真面目な性格故、自らが進んでこの基地の運営に努めている。
同僚の深海棲艦はある者は適当、ある者は戦闘のことしか考えてない戦闘狂、ある者は割と楽観的な性格であるため運営には向かないなど、まともな者があんまりいないためこうして彼女が殆ど一人で努めるしかないのだ。
彼女の上司であるあの少女も基本運営に手を貸したりはしない。ただ本当に危機的状況に陥っている場合では少女自身の危機にも繋がるため、その時は動いてはくれるだろう。そんな時がくればの話ではあるが。
「最近ノ鋼材ノ収集量ガ明ラカニ少ナイ…マダアソコハ見ツケタバカリノ島デアルハズ…」
深海棲艦の遠征とは主に島などから取れる資源を収集することである。燃料が取れるところ、鋼材が取れるところなど目星を付けてそこに燃費のいい水雷戦隊を派遣して資源を蓄えていくのだ。
「…報告通リ艦娘ガコノ辺リニモ目撃サレタカラデショウカ?」
可能性はなくはないだろう。深海棲艦とは手段は多少異なるものの艦娘にも遠征という行為は存在するのだから、自分達が見つけた島で艦娘達も資源を取っているかもしれない。
資源に余裕がないわけではないが、戦闘をさせ続ければ補給や修理で着々と消えていってしまう。だからリ級としてはあの場所への遠征はやめ、新たな場所に派遣をさせたい。出来れば効率のよいところを。
しかしそんな簡単にどこでどこが多く取れるかなど分かれば苦労はしない。適当に派遣させそこに何も無ければ、資源をただ無駄にするだけであり、少女を怒らせてしまうだろう。故に頭を抱えていたのだ。
「…姫サマナラ分カルカモシレナイ」
リ級の頭の片隅にその言葉が過る。少女は見た目に反して、実はこの基地の誰よりも昔から深海棲艦としてこの世に君臨している。長く生きている少女ならばこの辺りのことは詳しいかもしれない。
「イヤ、ダメデス。姫サマニ負担ヲ掛ケサセルナド…」
だがリ級としては少女にはあまり苦労はさせたくないみたいだ。怒らせたくないというのも勿論あるだろうが、上司として慕っているところもあるのでそこからも来ているのだろう。
「デモ………シカシ………ヤッパリ………」
脳内で議論を続け、オーバーフローしそうになってしまったリ級。最終的に彼女が出した結論は──
「…ヨシ、姫サマニオ尋ネシヨウ」
迷う時間を無駄だと判断したようで、その目に覚悟を決めたような灯火が宿る。まるでそれは艦娘との決戦に向かう深海棲艦、または激しい戦へ死にに行く戦士のようだった。
彼女はその役割上、何度か少女の部屋へと赴き色々と報告をすることがよくある。その際は自分からただその事柄を淡々と告げ、すぐに出ていけばよかった。
だが、今回に関しては少女から意見を貰わなくてはならない。少女の大切な時間を割いてもらわなくてはならない。覚悟はしたリ級であったが、少女の部屋へと向かう足取りは重く、少し呼吸が荒くなってしまっていた。
そしてもう気付けば目の前には少女の部屋。唾を飲み込み、いつもよりも遠慮がちに戸を三回ノックした。
「ヒ、姫サマ。リ級、デス」
いつも通り、返事はない。ここまではいい。ここからが問題だ。またソッと優しく戸を開け、カクついた動きで少女のもとへと近づいた。
「……」
やはり少女は昨日と変わらず同じ本を読んでいる。これから少女の時間を削ることへの心苦しさ、そして怒られるのに対する恐怖が入り交じった感情を持ちながら深呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「姫、サマ。実ハ────」
現在がどういう状況なのか、そこで少女に何をしてほしいのかを短く告げる。全てをいい終えた時、咄嗟にリ級は目を瞑った。恐怖が上回ってしまい少女の顔を窺うことが出来なくなってしまったのだ。
殴られるのを覚悟していた少女であったが、いつまでのその衝撃が来ない。恐る恐る目を開け、確認を行おうとすると────少女が目の前に立っていてリ級のことをじっと見つめていた。
「……」
「ヒ、姫サマ…?」
いつの間にか本には栞が挟まれて置き場にしまいこまれてある。まさかこんな状態になるとは思ってなかったリ級は現実逃避からか「(ア、姫サマノ顔キレイ)」と呑気に考えてしまっていた。
「アッ…」
「……」
持っていた海図と資料を取られ、リ級は変な声を出してしまう。そんなのを気にも掛けない少女はどこからかペンを取り出し、資料を眺めつつ海図のとある場所に丸印を三つササッとつけた。
「……」
「ワッ!」
用が済んだのか少女は雑に資料と海図をリ級に返し、また椅子に座って本を読み始める。
リ級はそれらをなんとかキャッチし、海図のほうを眺める。丸がつけられていたのは一つは基地の近くの島、後の二つは少し遠目の大きめな島で、それぞれまだ未探索な島々であった。
「ココハ………ハッ、失礼シマシタッ!!」
その時、ここがまだ少女の部屋だということに気がつき、挨拶をしてから急いで退室をした。なんとか用事を済ませることが出来たという安堵をリ級が包み込んだ。
自身の部屋に戻り、改めて海図を眺めてみる。何度確認しても行ったことがない島々だ。不安はあるけれども少女が示した場所でもある。試しに行ってみる価値は十分にあった。
「…トリアエズ、派遣シテミナクテハ分カリマセンネ」
海図を持ち遠征部隊の場所へと赴き、概要を全員に伝える。その際あの少女が示した場所でもあると伝えることも忘れず、適当に行わないよう渇を入れてから準備をさせ、三部隊を島々に派遣させた。
待つこと二時間程度、各部隊が帰還した。艦娘に遭遇することはなく、しかも求めていた鋼材が多く持ち帰られた。大成功だ。
「流石…姫サマデス!」
自分だったらこの場所を思い付くことはなかっただろう。やはり頼って正解であった。リ級の少女に対する信頼や忠誠心が高まっていく。
遠征部隊の全員に感謝の言葉を告げて休みを取らせ、潤った資源を見て更にリ級は少女への気持ちが増していくのを感じるのだった。
「オ、ナンダヨ鋼材一杯アルジャナイカ。オイリ級、少シグライ食ベテモイイダロ?」
「エッ…」
「……オォ、結構旨イナ。上等ナ鋼材ダナコレ」
「ア、アァ……ナンテコトヲ………アッ!」
「………………」
「ナンダヨリ級。ヤッパリオ前モ食イタイノカ…………ヤベッ」
───ブチッ。
私はボーキが常に足りません。
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来宅の刻
「……」
本日も少女の様子は変わらない。いつものように部屋の中心の椅子へと座り、黙って本を読み続けている。その表情もやはり無のまま。何も変わっていないいつもの景色であった。
ただ、今日に限ってはどこか違っていた。それは少女自身ではなく───
「オォ……ヤッパリ、コーショーノ部屋スゴイ…!!」
───少女の部屋にお邪魔していた、一人の女の子がいることであった。
少女よりも背丈が小さくどこか子供らしい一面も備えている女の子も、少女のように白い肌をしており頭に二本の小さな角が生えていた。服装も殆ど白で統一されている。
しかしそんな可愛らしい見た目をしていながらも、この女の子はリ級やレ級に並ぶ…いや、それより遥かに高い実力を持つ深海棲艦の一人である。
そう、彼女は深海棲艦の姫級の一人の『北方棲姫』である。姉に同じく姫級の『港湾棲姫』や『飛行場姫』がいて、普段は名前にもある通り北方の海域を本拠地として生活をしている。
どうやら今日は少女の基地へ遊びに来たみたいだ。実力者ではあるものの、感性は子どものそれに近いようで、目を輝かせながら飾られている装備達を見ている。特に艦載機や戦闘機系がお好みなようだ。
「ゼロモアル…!! トッテモキレイナノ…!!」
無意識なのかそれらに手を伸ばし触れそうになった瞬間…北方棲姫はハッと少女の方を見て手を引っ込めた。
「ア、アブナイ…コーショーニ怒ラレルノハモウイヤダ…」
北方棲姫が言外に語ったが、彼女は一度少女に怒られている。とはいってもあの怒った顔つきでギロッと睨まれただけであるのだが。
そうなった理由は本当に単純で、過去に一度北方棲姫が少女の装備コレクションに無造作に触れてしまったからである。それがトラウマになったのか幼い精神ながら少女は怒らせてはいけないと学んだのだ。
昔、北方棲姫からそういったことをされたのにもかかわらず少女のほうは北方棲姫を追い出したりなどはする気配はない。ただ無関心なのか、はたまた装備コレクションが褒められるのが嬉しいのか…おそらく前者だろう。
そんな最中、外から二人分の足音がして部屋の戸が三回ほどノックされた。
『姫サマ。リ級デス』
『レ級デース…』
『コラ! シッカリ挨拶シナサイ! 姫サマノ部屋ナノデスヨ!』
『メンドーダナ…』
挨拶がされ、入ってきたのはリ級とレ級の二人だった。珍しい組み合わせかもしれないが、ここの二人は意外と一緒にいることが多い。割と息が合っているかもしれない二人であった。
部屋に入るやいなや、何故かお互いに見つめ合うレ級と北方棲姫。そのあとすぐ北方棲姫がレ級に指をさした。
「ア、飛行場姫オネーチャンノトコノレ級! 久シブリ!」
「ゲッ、北方棲姫サマジャン…」
北方棲姫の反応に対して嫌そうな反応を示したレ級。それにため息をつきながらリ級がレ級の頭を軽く叩いた。
「レ級。オ客サマガ来ルコトハ伝エマシタヨネ?」
「イヤ、マサカ北方棲姫サマダトハ…」
「ハァ…トコロデ何デソンナニ嫌ソウナンデス?」
「ナンカ苦手ナンダヨ…ソレヨリ、報告ハイイノカ?」
「ッ! モ、申シ訳アリマセン姫サマ! 早速報告シマス!」
レ級に言われ軽く焦って少女へ本日の報告を行うリ級。だがやはり少女はそれに怒ることはなく本を読み続けていた。
「マタレ級ト遊ビタイケド、今日ハコーショーノコレクションヲ見ニ来タダケダカラマタ今度ネ!」
「勘弁シテクレヨ…」
また装備コレクションを見始めた北方棲姫のその言葉にレ級は遠い目をしてしまう。何かトラウマでもあったのだろうか…
「ネェネェレ級。ココノ装備達スゴイヨネ!」
「…マァ確カニナ。ヨクヨク見レバ全部手入レサレテルンノカ」
「デモ───
───『レップウ』、ナイ…」
すると突然、今まで何事にも無関心であった少女がピクリとその言葉に反応し、北方棲姫をじっと見つめた。
「…姫サマ?」
リ級のことなどお構い無しに席を立ち、早足で北方棲姫の元へと向かう。いきなりの行動に驚いたのか、その場の全員が呆気にとられていた。
「………」
「…アッ!」
北方棲姫があるものを見つけたのか、少女の持ってた本を奪い取り、少女の読んでいたページの次を開き少女に見せる。
「コレ、レップウ!!」
「………」
少女は示されたページをじっと見つめる。表情は一切変わらないため周りが少女がどう反応するかを窺っていると……少女は本を奪い返したかと思えば突然艤装の展開を行い、どこからか手提げバッグのようなものを取り出す。それで準備完了と言わんばかりに部屋の外へスタスタと歩き出してしまった。
「───マ、待ッテ下サイ姫サマー!!」
少し遅れて、リ級が追いかける形で部屋を出ていってしまう。少女の部屋には未だに驚いている北方棲姫とレ級だけが残ってしまった。
「…行ッチャッタ」
「…ソウ、ダナ」
展開が急すぎてそれ以外に言葉が出てこないみたいだ。
また少しして、北方棲姫とレ級は目を見合わせる。
「…ワタシタチモ行クカ?」
「ウン!」
この小説は陸姫姉妹の設定でお送りします。
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航海の刻
でもこれが私の限界でした許してください。ではゆっくり見ていってください。
「……」
今日の舞台は珍しく海上。艤装を展開し手提げカバンを持ってスイーッと滑るかのように少女はそこにいた。少女の後ろには少女を追ってきたリ級、あとはなんとなくで付いてきたレ級と北方棲姫の姿があった。
「…姫サマ。ドチラニ行カレルノデスカ?」
「……」
リ級の言葉には無視。目をある方向から動かすことはなく一直線にその方向へと進み続けている。
「…コノ先ニ何カアルノカ?」
「ウーン…ワカラナイノ…」
「ワタシモ正直…姫サマハ一体何処ニ…?」
付いてきている三人は少女の行動を不思議に思いつつも、リ級は大切な上司だから、レ級や北方棲姫はなんか気になるからという理由で最後まで付いていくことにしたみたいだ。
工作艦らしからぬ速力で移動を続ける少女。スピードは変わることなく、どこか目的の場所へ向かおうとしていることはほぼ確実だと三人は認識していた。
「……マダ、掛カルノデスカ?」
日が暮れても、また朝が来ても、少女は減速はせず同じ方向に進み続けている。そろそろ燃料が尽きかけてきていることを自覚しつつも、ここまで来たのだからという意思で三人は付いてきていた。
「…ココ、ナンダカヘン…」
ふと、北方棲姫が何かを感じとった。それを見たレ級やリ級は目を瞑り、自分にもそれが感じられるかを確かめてみる。
「…他ノ深海棲艦ノ気配ガ無イ?」
「エエ、殆ドアリマセンネ…」
深海棲艦は、おおよそどこに同族がいるかを気配で感じとることができる。海の大部分を占領している彼らにとってそれらが感じられることは当たり前のことであった。
だが、現在の場所ではそのような気配が感じられない。いつも当たり前に感じているものが消えてしまった喪失感やそれに対する不安感。北方棲姫の感じた違和感はこれであろう。
前述したように、深海棲艦は海の大部分を占領している。そのため占領していないところ、あまり深海棲艦のいないところというはある程度場所が絞られてしまう。
その場所とは、人も深海棲艦も寄り付かない竜巻などの災害の多い場所。もしくは─────実力のある艦娘がいる鎮守府付近。あるいはその本部である大本営。
「…マサカ、姫サマ…」
リ級はある一つ結論にたどり着いてしまった。考え得る限り悪い方向の、そして可能性が非常に高いとある結論に。
少女以外の三人に不穏な空気が流れ始める。もしかして自分たちは少し大変な状況になってしまっているのではないか、薄々と本能ながらそう感じてしまっていた。
残りの燃料は本当にあまりない。これから基地へ帰還しようにもその前にどこかで必ず燃料が尽きてしまうだろう。もし戦闘になってしまえば不利なのはこちら。色々と不安を抱いてしまうが……リ級は少女を信じることにした。
「…姫サマガイレバナントカナリマス。キット…」
リ級には祈り続けるしか道は残されていなかった。
────────────────────
───ここは大本営。突如現れた謎の脅威、深海棲艦に対する人類最後の砦であり、最高戦力が集結している場所である。ここから提督の選抜や指名を行ったり、各鎮守府に資源をある程度援助したり、任務や大規模な作戦を命じたりなどをする。
そこの頂点に立つのは六人の元帥。戦争の始まりから艦娘を指揮しており、現在深海棲艦から奪還できた海域の8割はこの六人の力といっても過言ではないほどであった。
「…深海棲艦との戦争から大体七年。おおよそ深海棲艦の全貌は掴めてきたな」
「だが、まだ未確認がいないという保証はない。さらにまだ奪還していない海域も数多くある…こちらとしても戦争は早めに決着をつけたいところだが…」
「国民には不自由な生活を送らせてしまっている。取り戻すためにも我々含め一致団結し、協力していかねばなるまい」
その言葉に全員が頷く。会議室に漂う重々しい雰囲気にその険しい表情から、彼らが本心でそれらを語っていることが窺えた。
「だがそのためには───」
「…あぁ、あの『化け物』をどうにかせねばなるまい」
その言葉と共に全員が手元の資料を眺める。そこには、とある深海棲艦の名前が刻まれていた──
「『工廠棲姫』……我々が深海棲艦壊滅のためにまず討たなければならない相手だ」
───工廠棲姫。それは六年前に存在が初めて確認されて以来現在に至るまで目撃がされておらず、確認されている深海棲艦の中で最も硬く、最も強いとされている工作艦の深海棲艦である。
六年前。ようやく艦娘の性質や艦娘専用の装備が少しずつ理解されていき整備され始めた頃、唐突に本部が襲撃を受けた。
相手は一隻。怒り狂ったかのような目付きや全てを破壊しつくしてしまうかのような怪力を持ち、謎の黒いオーラのようなものを纏っていて、更に動くものは何でも片っぱしから壊して回っていたという。
まだ建造ができる艦娘が少ないことも影響してか、その被害は本部が壊滅する一歩手前であった。当時本部にいた全ての艦娘が轟沈寸前にまで追い込まれ、対象は無傷のままであったという。
そのまま本部の者全員が、この深海棲艦に皆殺しにされ人類は終わるのだと悟ったその時──────突如、その深海棲艦の目が『装備』に関する資料の方へとやられた。
資料に手を取り読み始めていき、それと共にその深海棲艦の黒いオーラのようなものが段々と消えていった。すぐ後にその深海棲艦は近くの者に無言且つ無表情で装備の資料の装備の写真一覧のページを見せてきた。
その者はそれらの場所を尋ねているのだと咄嗟に判断し、装備格納庫のほうを指差した。正解だったのか、急にその者らや破壊活動に興味を失くし、指された場所に一直線に障害物を破壊しながら向かっていった。
その後、その深海棲艦の存在が消失。同時に装備に関する資料数冊と、格納庫にあった装備全てが何者かによって強奪されていた。
この直後にその深海棲艦が工作艦であったことから、『工廠棲姫』と命名。自分たち側の装備が解析されることを恐れてか『工廠棲姫』の居どころを掴み装備を奪還しようという作戦が立てられたが、現在までその場所は発見が出来ていない。
並行して近々また襲撃されるのではないかということで、二年間ほど警戒態勢が敷かれていたが、現れることはなく結局は解除された。
つまり、人類は艦娘という戦力を多数保持していたのにもかかわらず、一隻の深海棲艦に大敗北をしてしまったのだ。
「とはいえ、それらは六年前の話。現在の戦力は六年前のそれを遥かに凌駕していることは言うまでもあるまい」
「そうだ。だから簡単に沈めれるとは言わないが、多大な損傷を負わせることは可能であろう」
「そもそも工廠棲姫は生きているのか? いや、生きていてほしいなどとは思わないが」
「どこからも邂逅し沈めたという報告は出ていない。生きているとして考えていく他ないだろう」
話合いが着実に進行していっている最中─────突然館内放送が本部内に鳴り響いた。
『本部近海に深海棲艦が発生、第一迎撃部隊は出撃準備を直ちに行ってください。繰り返します──』
「驚いた。まさかこの辺りに深海棲艦がやってくるなど…」
「どうせはぐれた駆逐艦程度であろう。大和率いる第一迎撃部隊が何故──」
『目標は『重巡リ級』、『戦艦レ級』、『北方棲姫』そして──────こ、『工廠棲姫』です!!!』
その名前が出た瞬間、全員が目を見開き動きを止めた。何故今になって。今度は四隻で強襲か? やつらの意図が見えない…
思考していると会議室の扉が開かれ、艦娘の大淀が入ってきた。
「げ、元帥方!! 避難をお願いします!!」
「…レ級に北方棲姫、そして工廠棲姫か。一筋縄ではいかないやつらが集まってきてはいるが…」
「大淀、心配はあるまい。第一迎撃部隊は最高火力を誇る艦娘六隻を集めた艦隊だ。必ず相手に大きな傷痕を残せるであろう」
「寧ろどれほど相手が抵抗出来るかというのも確認したい。我々はここから見守らせてもらおう」
「そ、そうですよね!」
元帥達はそこから動く気配を見せず、戦いを見守るという判断を下したようだ。大淀は少しほっとした様子で元帥達に同意する。
惜しみ無く最高戦力を投げつけるのだ。負けることはあり得ない。誰もがそう確信していたのだ。
工廠棲姫艦隊と第一迎撃部隊が邂逅するまで後───
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分断の刻
本日あんまりほのぼのしてないかもです。
空気が急に切り替わった。立ち入るべきでない場所に立ち入ってしまった。少女を除く三人はそれらを感じとり身震いをしてしまう。先ほどまで晴れていた空が暗く重いものに変わってしまったかと錯覚してしまうほどにだ。
「コレハ…」
「…嫌ナ予感的中カヨ…」
「…」
うっすら進行方向から偵察機が見え、撤退していった。もちろん自分たち深海棲艦側のものでなく、艦娘側…もとい人類側のもの。いつ戦闘が始まってもおかしくはない状況下にあっていた。
「…敵艦載機ガモウスグ来ルデショウ…北方棲姫サマ、レ級、対空準備ハ出来マスカ?」
「ゴメン…対空アンマリ積ンデナイ…」
「コッチモダ…ドウダ、白旗デモ挙ゲルカイ?」
「フフッ、ソレデモイイカモシレマセンネ……来マス!!」
──瞬間、空一面が鉄の群れによって覆われた。それらは規則正しい配列を組み、もう絶対にこちらを逃がさないとでもいうかのように辺りを飛び続けている。
三人は同時に別方向へと散り回避行動を取り始めた。しかし残り燃料は数少ない。動ける時間は本当に限られてしまっている───だからこそ、
「ダカラコソ、出シ惜シミナンテ出来マセン!! 『改flagship』覚醒…!!!」
詠唱と同時にリ級の全身が黒い嵐に包み込まれる。直ぐ様それらは振り払われ、中から禍々しい黒と黄が織り混ざったオーラを、左目からも青く凄まじいオーラを放つリ級が現れた。
レ級や北方棲姫並に艦娘側から厄介視されているほどの実力を持つ重巡リ級の頂点、『重巡リ級改flagship』の降臨である。
「ヒュゥ、ヤルナァリ級。ダッタラ…ワタシモイッテモイイヨナァ!! 『elite』覚醒!!!」
リ級を横目に見ていたレ級も詠唱を行う。レ級もまた黒い嵐のように包まれていき、それが過ぎ去ったかと思えば、赤黒くおどろおどろしいオーラを纏ったレ級、『戦艦レ級elite』が姿を現した。
「カエレッ…!!」
北方棲姫のほうは、丸型の猫の耳のように角を生やした『深海猫艦戦』にてやってくる艦載機に応戦。着実に落としてはいるものの、数の差もあり徐々に北方棲姫の艦戦の数も減りつつあった。
「チッ、シブトイナァ!!」
「数ガ、多過ギマス…!!」
覚醒を果たした二人とはいえ、北方棲姫同様戦況は悪くなっているの一言。耐久、火力等々能力自体は上々しているものの、数の暴力には流石に苦戦せざるを得ないようだ。
一方、少女の方はどうなっているかというと───
「………」
そんな彼女らのことなどお構い無しに航海を止めることなく一直線に進み続けていた。しかしさっきからずっと艦載機からの攻撃はどこからどう見ても受けている。直撃している。けれども無傷。本当に当たっているのか疑ってしまうのだが、そこはきちんと直撃している。だがしかし0ダメージである。
「……」
少女は無表情のまま何も声を発することはない。その目の先には一体何が映っているのだろうか…
─────────────────────
「──分断、成功ですね」
「えぇ、皆さん優秀な子達ですから」
第一迎撃部隊所属、一航戦『赤城』と『加賀』。旗艦の大和達から一つ離れた場所にて艦載機を飛ばし戦闘に参加していた。
目的は、先ほども彼女らが言ったように戦力の分断。戦艦レ級eliteに北方棲姫、そして予想外の重巡リ級改flagshipに…工廠棲姫。個々で強い深海棲艦が一つに固まって行動していたとすれば厄介極まりない。戦力を分断させ、確実に倒しにいく方針に定めていた。
そして、戦力分断の目的はもう一つ存在していた。
「工廠棲姫──現在こちらに速度を変えず向かってきています」
「あの子たちの攻撃を当たり前のように耐えているのは驚きました…流石、現段階の第一目標ですね」
最も危険視されている工廠棲姫の撃破。そのために赤城と加賀以外は工廠棲姫の進路先の場所にて艤装をフル展開して待ち構えていた。
「最初資料を見たときは驚きましたが…彼女達なら」
「えぇ、何かしら打撃を加えてくれるでしょう。その間私達のやるべきことは…」
「…そうね、加賀さん。他三隻の足止め、可能ならば撃沈させること。一航戦の誇り、汚させはさせません!!」
「この場だけは、譲れません…!!」
そうして彼女らは矢を放つ。絶対に深海棲艦との戦争の終止符の王手をつくために。
───
「…この辺り、ですね。工廠棲姫の進路予想先は」
「赤城や加賀からの報告では、進路方向は変えることなく進んでいるとあった。間違いはないだろう」
第一迎撃部隊旗艦であり大和型戦艦一番艦大和、同じく二番艦武蔵。共に現存する艦娘の中で最高レベルの火力を持ち、数多の深海棲艦をその砲撃により沈めてきた歴戦の戦士である。
「…少々、戦力が過剰ではないかと思ってしまうな」
「そうねぇ、私達の全力を一身に受けるだなんて…工廠棲姫が逆に可哀想よね」
長門型戦艦一番艦長門。二番艦陸奥。彼女らは大和型には劣るもののそれに食らい付くほどの火力を有し、幾多の戦場を駆け巡り多数の強敵と対峙し、その力で沈めてきたこれまた歴戦の戦士である。
大和、武蔵、長門、陸奥、赤城、加賀。この六隻が大本営最後の防衛線の一つである第一迎撃部隊だ。
「…まさか長門に陸奥、慢心しているわけではないな?」
「それはない。工廠棲姫の恐ろしさは資料越しではあるが理解をしている」
「それでもちょっと思っただけよ? 武蔵も『改二』の実装が許可されたのよね?」
「あぁ…ただ、気持ちは分からなくもないがな」
ちょっとした軽い雑談にて少しだけ気を落ち着かせる。しかしその体制は戦闘モードに完全に入っていた。
「──赤城さん加賀さんから報告です。工廠棲姫と私達の接触までおよそ残り五分!」
「…いよいよ、か」
「最初から全力でやるぞ…陸奥、武蔵!」
「オッケー。じゃあ……いくわよっ!!」
刹那。武蔵、長門、陸奥の三人が特殊な嵐によってつつまれる。しかしリ級やレ級のような禍々しいそれではなく、むしろ神々しさに近いものであった。
吹き去った後に現れたのは───大和をも上回る火力と装甲を兼ね備えた『武蔵改二』、世界のビッグ7『長門改二』、自信を備え本領発揮『陸奥改二』。日本が…いや、世界が誇る最強の艦娘が今ここに爆誕した。
「皆さん、砲撃の準備をお願いします!」
しかし彼女らにも劣ることは決してない大和。じっと工廠棲姫の来るであろう先を見つめている。その言葉に従い、全員が砲を構えてその時を待った。
少女と彼女らが接触するまで───残り三分。
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砲撃の刻
ごめんね
「クッ…コノォ!!」
リ級、レ級、北方棲姫による対空戦。段々と数を増やしつつこちらを追い込んできている敵艦載機に対し、ほぼ燃料が9割ほど尽き掛けている深海棲艦陣営。全員が冷や汗をかきつつも引くに引くことが出来ない状態であった。
「ココママデハ…!」
最悪の展開になることを嫌でも察してしまうリ級。背筋が凍りつくような寒気が漂い、若干思考がパニックに陥りかける。
「グァッ!!」
「! レ級!!」
別方向から聞こえた仲間の叫び声、思わず振り返るとレ級が中破の状態になってしまっていた。
「──イタイッ!!」
「ッ…北方棲姫サママデ…!!」
本当にこのままでは不味い。姫サマがなんとかしてくれるまで耐え抜かねば───と、ここまで思考したリ級はとあることに気がつく。
「──姫サマ!?」
いないのだ。どこにも、自身の尊敬しているあの少女が。見渡すが、やはりどこにもいない。次に視界ではなく、気配を頼りに少女の居場所を探ってみると───艦載機の飛んできている方向…すなわち、敵が集まっているであろう方向にそれを感じた。
同時に、リ級は悟ってしまう。敵の本当の狙いは───少女であると。そして自分たちは少女と行動させないようにするためにここで沈める気であると。
「ソンナ………ハッ、ウゥ!!」
少女への心配からか脳内が真っ白になってしまい、油断してそのまま爆撃に直撃してしまった。浸水状況は赤。すぐにでも修理をしなくては不味い状態だ。
「(アァ…ワタシハモウ、沈ムノデスネ…)」
次にまた爆撃、もしくは魚雷を受けてしまえば沈んでしまうだろう。リ級は祈るかのように、その場に座り込んでしまった。
「リ級ゥゥゥゥ!!!」
「ダメェッ!!!」
レ級や北方棲姫がこちらに必死な表情で駆け寄ってきている。必死にリ級の方へ二人とも手を伸ばしていた。
しかしリ級はそれらを掴もうとはせず、ただ祈りを捧げていた。
「(ゴメンナサイ、レ級、北方棲姫サマ…ソシテ、姫サマ。ドウカ、無事デアリマスヨウニ…!!) 」
────途端、艦載機がこちらへの攻撃を止め、一斉にもとの方向へと撤退をし始めた。
「…エ?」
一つ残らず、全てがいきなり方向転換をして飛んでいく。その様子はどこか、何か焦っているかのようにも見えた。
その場に残されたのは、中破しているレ級と小破しかけた北方棲姫、大破で轟沈寸前のリ級のみであった。
「…助カッタ、ノデショウカ…?」
いきなりのことで実感の湧かないリ級に、少し小走りな様子で二人が駆け寄ってきた。北方棲姫に至っては、リ級に抱きついている。
「ヨカッタ…皆、無事!」
「全ク、沈モウトスルンジャネェヨリ級…心配シタジャネェカ」
「ス、スミマセン北方棲姫サマ、レ級……」
謝りつつも、リ級は思考する。何故いきなり撤退をしたのか。何故止めを差さなかったのか。敢えてそうしない理由があった…?
「(…イヤ、アレハ違ウ…)」
前提がおそらく違う。艦載機達は、きっとそうしなければならない理由があったはずだ。そうでなければあんな風に急いでは撤退をしないだろう。明らかに優勢であったのはあちらだったのだから。
ある方向へ消えた少女、そして同じ方向へ向かっていった艦載機達───この二つがリ級の脳内で混ざりあい、一つの答えを導きだした。
「マサカ……」
「ドウシタ? リ級」
「?」
疑問に思う二人に対し、リ級は不安な顔つきで提案をする
「…皆サン、先ヘ進ミマショウ」
「「!?」」
それは自殺宣言とも呼べる提案であった。折角撤退をしてくれたのにそれらを追うということは、自ら沈められにいくようなもの。呆気にとられている二人にさらに声かけをつづけた。
「マダ、戦闘ハ終ワッテマセン!! 姫サマガ…姫サマガ、マダ戦ッテイマス!!」
そこでようやく二人も気がついた。少女が完全にいなくなってしまっていることに。そして……その気配の方向と艦載機の向かっていった方向と完全に一致してしまっていることに。
そう、まだ戦闘は終了していない。続いているのだ。
────────────────────
──少し時は戻り、数分前。大和率いる戦艦軍団は、工廠棲姫の来るときを今か今かと待ちわびていた。
聞こえてくるのは控えめな波の音だけ。これからここが戦場になってしまうなどと誰も想像できないほど爽やかな海だ。
誰かがごくりと唾を飲み込む。ある者はまた冷や汗をかいていた。
失敗はできない。自分たち次第でこれからの戦況は大きく変わるかもしれないからだ。
「──皆さん砲撃よぉい!」
──見えた。工廠棲姫。写真は現存していなく、イラスト越しでしか存在を確かめられなかった最悪の深海棲艦。
「今ここで───討つ!」
照準、弾道計算、全てをズレなく完璧に合わせる。工廠が蛇行することなく一直線に進み続けていたとことも、こちらにとって好機であった。
「ってぇぇぇぇぇ!!!!」
全員による一斉射撃。工廠棲姫に雨のように砲弾が降り注ぎ爆発を起こしてか煙が発生してしまっている。
「全弾……命中です!!」
偵察機からの報告を受け、大和が全員に叫ぶように告げる。だがしかし警戒は解かない。相手は大本営最高警戒深海棲艦。大破で無力化が出来ているだなんて思いはしない。おそらく中破であろうが、中破であろうとこちらにとっては脅威であるので油断はできない。
「どうだ…?」
中々晴れない煙。相手の状況は確認しておきたかったため、追加攻撃を煙が晴れるまでは誰も行おうとはしなかった。
徐々に晴れて行く煙……そこには、全員が仰天するその姿があった。
「こ…工廠、棲姫……無傷…です…!!!」
「バカな…!」
よくよく見れば、無傷ではなく若干汚れている。白い肌が煙によって黒く汚れてしまっているのだ。だが明確なコレという傷は見えない。艤装も黒い煙を出している程度で損傷という損傷は窺えない。よって大和はこれを無傷と敢えて表現したのだ。
「………」
『!』
工廠棲姫が視線をバッと大和達へと向ける。やはり無表情で、大和達はそこからさらに恐怖感を感じていた。
──ブチッ、と何かが切れる音がした。
その表情は無から一転。瞳孔が完全に開き、眉間どころか顔全体にしわが寄り、怒ったような顔つきになる。
「っ、怯むなぁ!! うてぇぇぇ!!!」
一瞬だけ全員が怯むものの、長門の叱咤により全員がハッと意識を取り戻し、再び砲撃を仕掛けていく。
工廠棲姫はそれらを最低限の動きで回避。同時に二つほど砲弾を両片手でキャッチ。そのまま大和と武蔵にブン投げていく。
「なっ…!」
「うそっ!」
行動が予想外過ぎたのか、大和と武蔵は動けずに投げつけられた砲弾に直撃してしまい大破してしまい、武蔵に関しては当たりどころが悪かったのは気絶してしまった。
「もしや砲撃は効かないのか…ならばっ!!」
「ちょ、長門っ!!」
砲撃にしつつ工廠棲姫に接近。そのまま殴り合いを仕掛けていくのだが───簡単に拳が捕まってしまい、ギリギリと握り潰されていく。
「ぐ、ぐぁ…!!」
握ったまま、自慢の怪力で長門を片手で持ち上げ、陸奥目掛けてブン投げる。
「バカなぁぁ!!」
「キャアァ!!」
装甲が硬い戦艦ではあるものの、戦艦同士が猛スピードで衝突しては一溜りもない。両方大破し、そのまま二人は意識を失ってしまった。
「ぐ…赤城さんたちに、伝えなくては…!!」
大和が直ぐ様急いでは別の場所で役割を果たしている赤城や加賀に通信で状況を報告する。
「………」
未だ意識のある大和に対して攻撃を仕掛けようと、あの表情のまま構えていると───空から飛行機の音がし、工廠棲姫の目は空へと向けられる。
「流石一航戦の方々…早い…」
「…………」
再び表情を無へと戻し、大和への興味をなくしたのかじっと空を見続けている。
決着はまだついていない。
終わり雑でスミマセン…
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獲得の刻
「……」
少女はその場から動かない。何か考え事でもしているのか、または何かを待っているのか、それとも探していたりするのだろうか。
唐突に動きを止めた少女に対して大和は疑問に思う。自分含め艦隊はほぼ全滅。大破にまで追い込んでしまわれた。あと一撃でも食らえば沈んでしまうことは明らかであった。
大和としては、自分が沈んでしまったとしてもリ級、レ級、北方棲姫に回していた艦載機の攻撃を工廠棲姫に集中させることによって、長い年月を掛けて岩に窪みをつくる雫のごとくダメージを与えられるだろうと思っていた。自分を沈める時に幾分か動きが止まるだろうから、そこを狙ってもらおうと思っていた。
だが少女は大和を放置した。というかほぼ興味を失っているかのようだ。
だからこそ大和は少女の思考が読めない。そもそも何故ここにきたのか。今にも沈みそうな私達に興味を失っているということは、何か別の目的がある…?
「(……もしや、工廠棲姫は既に戦争自体に興味すら抱いてないのでは?)」
そう考えればこれまで工廠棲姫の行動に辻褄が合うと大和は思った。大和たちが捕捉したとき、また少女も大和たちを捕捉していたはずである。さらにリ級達との戦力分断にはある程度気が付いていたはず。だったならば待ち伏せされて攻撃されることも想定していたはずだ。
しかし現実として工廠棲姫は何にも対策をしていなかった。する必要がなかったと言われればそれまでであるが…
そして、こちらを攻撃してきた理由も艦娘だから、人類側だからではなくて、やられたからやり返しをしただけなのかもしれない。やられたことに対し、怒った。その怒りを私達はぶつけられただけ……
「(…いえ、まだ確信は持てません。だったら何故ここに来たのかの説明がつきませんから…)」
どうせ我が身の運命は現在工廠棲姫によって委ねられているし考えたところで意味はあまりないのでは、と大和は悟りつつも、思考を止めることは出来なかった。
ふいに、少女がある方を見つめる。その向きは追加の艦載機が次々に飛んできている方向。赤城と加賀がいるところであった。
「……」
再び少女は移動を開始した。やはりその向きは先ほど向いた、赤城や加賀のいる場所。
「…まさか」
もしかして工廠棲姫は顔には出てないものの、怒ってしまったのだろうか。さっきから少しずつ工廠棲姫を攻撃し続けている艦載機に腹を立ててしまったのだろうか。その向きに進んでいるということは───
大和は赤城や加賀が沈められるという最悪の事態が浮かんでしまい、少女に聞こえない程度の声量で通信を行う。
「………」
少女は無言無表情である場所を目指している。どうやら大和の予想に反し、そこまで艦載機の攻撃自体気にしていないようだ。それ以上に大事なことがあるとでも語っているかのように、少しスピードを出して進んでいる。
その目には少しだけ……本当にほんの少しだけ、期待の感情がうっすらと見え隠れしているようであった。
────────────────────
「大和さんから入電……工廠棲姫、こちらに接近中です!」
「大和さんたちを放っておいてこちらへ…? いえ、喜ぶべきなのでしょうが…疑問が残りますね…」
「確かにそうですが……」
先ほどから行われている艦載機による攻撃。それらをものともせず、さらに追い払おうともせずにこちらに接近しているという報告も二人は受けていた。
「…しかし、どうして工廠棲姫は今になって…」
「……」
今回の工廠棲姫の襲撃には不可解な点が多いと二人は感じる。前回のようなバーサーカー気質ではなく、かと思えばあっさりと大和たちを撃破してしまう実力を出している。大和同様、別の目的があると踏んでいた。
「────! ………加賀さん」
「…赤城さん?」
「…工廠棲姫に対し、対話を試みましょう」
「!!」
自分たちが、そして艦載機たちが本気を出しても大した影響が出ていない工廠棲姫に対して、今回戦闘では無理なのではないか、自分たちだけでは戦力不足ではないのかという考えに至っていた。
質はこれまでの戦闘経験や、他者からの評価にて保証はされている。だが量が足りなかった。工廠棲姫に打点を与えるにはそれこそ連合艦隊レベルの…いや、それ以上の数で押しきらないといけなかったのかもしれない。
しかしそんな大戦力をこの場でいきなり用意するのは不可解。事前の大きな準備が必要だ。今は無理なのだ。
そして結局このまま抵抗しようがしまいが、敗北には変わりない。凄く情けないが、この場では工廠棲姫の目的を満たし帰ってもらうことがこちらにとってのある意味での勝利になる。
「…しかし、それを指令部が許すかどうか」
「……これは、元帥方の判断です。謝罪と共に、命令を受けました」
「!」
大和がやられた辺りから、指令部のほうでは空気が殆ど死んでいた。誰もが無言になってしまっていた。
しかしそんな中ある者が言う。彼女たちの強さは我々が一番よく知っている。だが工廠棲姫には敵わなかった。足りなかったのは何か? それは数である可能性が高い……と。
この意見に次々に周りが賛同。自分たちは慢心していたのだと。もう少し工廠棲姫を強く見ておくべきであったと誰もが言い始めた。
少女が赤城のほうへ向かい始めてから、元帥達は赤城に連絡を取った。だがこれは艦娘である君たちのプライドを傷付けかねない。無礼だということは承知だがこの案を託す…と。
「……一航戦の誇りは大切です…しかし」
「赤城さん……」
苦渋の決断。二人は顔を見合せ覚悟を決めた。これは対話に応じてくればの話。問答無用で攻撃をされて沈むかもしれない……それらも承知の上だった。
概要を飛ばした艦載機達にも告げ、攻撃を止めさせ少女の様子を伺うことに徹させることに切り替えさせた。
「…」
少女のほうは突然攻撃が止んだのか一瞬周りを見るが、再びすぐに直進をし始めた。
何事もなくおおよそ二分後。赤城と加賀は少女を視認。ゴクッと唾を飲み込むと、向こうも気が付いたのかものすごいスピードにて接近をしてきている。思わず警戒態勢をとってしまうも、少女は目の前でキュッと停止した。
「…工廠棲姫。あなたの目的は何ですか?」
意を決し、赤城が一つ少女へと語りかける。少女はそれに反応し、持っていたバッグの中から本を取り出してあるページを開き二人に見せる。そこには北方棲姫が示した『烈風』の写真があった。
「…『烈風』ですか?」
「まさかこれを求めて…?」
「……」
次に少女はバッグを開き直す。するとどういうことかそこには燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト各資源一万程度の量があった。
「こ、これほどの資源をどうやってその手提げバッグに…!?」
「赤城さん、確かにそこも気になるけれど……これらを提示したということは、これらと交換してくれってことかしら…?」
「……」
正解なのか加賀をじっと見つめる。ここで工廠棲姫を怒らせる理由はない、ということで取引に応じることにした。
それぞれの資源を艦載機をにも手伝ってもらいながら受け取り、代わりに加賀が矢筒の中から一本矢を取り出し少女へと渡された。すると渡された瞬間、矢が烈風へと変化した。
「………」
ほんの一瞬、赤城や加賀にも気が付かれないほど時間、少女の目がキラキラと輝いた。色んな角度から烈風を眺めながら、いつの間にか取り出した布巾でキュッキュッキュッキュッキュッと烈風を磨いている。その様から、工廠棲姫は思ったよりも幼いかもしれないと二人は考えていた。
用が済んだのか、少女は大切そうにバッグへ烈風を仕舞いこみ、自分の基地方面へまた移動をし始めた。
赤城や加賀はその場に立ったまま、少女が見えなくなるまで見送るのだった。
────────────────────
「……ア、姫サマ! ヨクゾゴ無事デ!」
「コーショー!!」
「…マァ、無事ダヨナァ」
「…………」
少女の目の前にはボロボロのリ級とそれを支えながら進んでいた北方棲姫とレ級がいた。
「……」
「アノ、姫サマ?」
「エッ」
「……イキナリドウシタ?」
少しその場に止まった少女はバッグ開けロープを取り出したかと思えば、グルッと全員をロープで縛り、そのまま引っ張ってまた航海をし始めた。
燃料が残り少ないため着いてこさせたら、いつか動かなくなってしまうだろう。そこでなのかは分からないが、どうやら三人を基地まで引っ張っていくつもりのようだ。
「…優シク縛ッテルミタイデスネ」
「引ッ張ラレテモアンマリ痛クナイノ!」
「ナンカラシクナイナ…?」
そう、らしくない。いつもの少女ならば三人など無視して勝手に一人で帰ってしまうのに、何故か今日に限っては帰るのを手助けしてくれている。
少女にも仲間意識があったのか………それとも、気分がよかった故の気まぐれか。真意は少女にしか分からない。
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演習の刻
頭のなかでは出来てるのに文章化できないこのもどかしさなんなんでしょうね…
ではどうぞ。
先日、深海棲艦の敵の本部である大本営へと足を運び、主力部隊をほぼ壊滅させ自身は無傷のまま烈風を買い取り帰宅した少女であるが、その様子はいつも通りで変わらない。今日も今日とて自分の部屋の中心の椅子に座り、本を読んでいる。
変わったところといえばこの部屋の状態であろう。少女の装備コレクションの中に買い取った烈風が追加されたのだが、特に少女は烈風を気に入ったようで、烈風単体専用のショーケースに入れ保管され、正面から見て美しい角度で飾られていた。
───ペラッ。
ページを開く。すべてのページを気に入っているのかどのページも何分もかけてじっくりと味わうようにしてその世界にのめり込んでいた。
途端、少女の部屋の外からタッタッタッタッと足音が聞こえてきた。乱雑な歩き方で、丁寧に歩いてくるリ級やこれよりも軽い足音なヲ級、ヲ級よりも軽い北方棲姫やゆったりと歩くレ級の誰でもない足音であった。
そのまま足音の持ち主はノックをすることなく扉をバーンッと開けた。
「失礼スルゾ。姫」
「………」
やってきたのは戦艦ル級。身長はヲ級よりもほんの少しだけ小さめで、黒髪。やはり深海棲艦であるため肌は白く、黒い服のようなものを上下に着ていた。
少女の反応はやはり無視。チラ見することもなくずっと本を読み続けていた。
「姫、レ級ヤリ級ニ聞イタノダガドウヤラ大本営ニ行ッテ戦闘ヲシタソウジャナイカ」
「………」
「一体何故…何故───
────何故、私ヲ連レテ行カナカッタ!!??」
このル級の性格は勇敢で、少女に対して敬語を使うことはない。そこだけを見ればどこかの長門型一番艦と同じのように感じてしまうのだが………彼女は、『戦闘狂』であるのだ。
日々基地の演習用の空間にてそこらにいる深海棲艦を誘い演習をし続け、その練度を高めている。
だがそれでは飽きたらず出撃させろと何回か少女に直談判しているのだが、その度に声がうるさいという理由で殴り飛ばされている。
それらをル級は少女を認めさせれば出撃が出来ると認識。ある程度訓練や演習をし、自信がついたら演習を申し込むようになった。
その際はちゃんと対価として資源や資材を用意しているため、少女はちゃんと応じてくれている。ただし殆ど瞬殺で終わるのだが。
「姫ニ演習デ勝ッテスライナイリ級ヤレ級マデ出撃ヲシタトイウデハナイカ!!」
「………」
「私ハコンナニ頑張ッテイルトイウノニ…!!!」
見た目からはおしとやかで美人というイメージを持たせてくるが、性格がコレである。当初リ級が基地運営に協力してもらおうと話しかけて即止めたということは有名な話である。
「教エテクレ! ドンナ強敵ト対峙シタノダ!? ドンナ戦イヲシテキタノダ?! ナァ姫!?!」
「………」
流石に目の前で叫ばれるのに耐えきれなくなったのは少女の顔があの表情をつくりル級を睨む。今にも少女はル級を殴り飛ばしちゃいそうな勢いだ。
「ットト、スマナイ。今ノハ煩カッタナ。反省スル」
「……」
「トイウワケデダ! 私ト演習ヲシロ! 姫ハストレス発散ガシタイ! 私ハコノ渇キヲ満タシタイ! 対価ハ今回ハイラナイダロウ!!」
「………」
表情を怒ったもののまま変えずに本を閉じて艤装を展開、そのままスタスタと部屋から出る。向かっている先は…演習空間だ。
────────────────────
唐突に使用が開始された演習空間には二人の深海棲艦が対峙していた。
片方は戦艦ル級。やっと強者と戦うことができるということから全身で喜びを表現しており、相手を前にしても笑顔を絶やさないでいる。
もう片方は我らが少女。その表情は怒のままであり、拳をベキバキボキィと鳴らしている。その佇まいは最早ラスボスで、無言でル級をボロボロにすると告げているようであった。
──演習開始のピストルが鳴る。同時に少女は猛スピードでル級に接近、右拳でル級を艤装ごと粉砕しようと拳を振るうが……間一髪のところで避けられてしまった。
「危ナイィ…流石、姫ダナ。ダカラコソ、楽シイ!!!」
ル級の笑顔が増していく。そしてル級は天に向かって大声を張り上げていく。
「『改flagship』覚醒ッ!!!」
瞬間、ル級が黒い嵐によって包まれていく。嵐が晴れるとそこには、狂気を感じる黒と黄のオーラ、左目からも青いオーラを出している『戦艦ル級改flagship』が出現した。
「……」
「アハハハハ!!!! 楽シイナァ、楽シイナァ!!!」
戦況はル級の防戦一方。いくらル級が最上位態になったとはいえ少女には及ばない。時々少女に砲撃を食らわせる程度だ。
だがル級は笑い続けていた。ル級は少女には及ばないというだけで、この基地の深海棲艦の中ではトップクラスの実力の誇っており、そこらの駆逐艦や軽巡洋艦では勝負にはならない。
対等に勝負ができるのはリ級やレ級といった者たち。北方棲姫とも戦いたいようだがそれに関してはリ級から必死に止められているそうだ。
つまり現状この基地でル級の圧倒してくるのは少女のみ。誰から見ても勝ち目のない一方的な演習。だがル級は逆境に立たされているからこそ燃えていた。勝とうともがき続けていた。
「グフゥッ…!」
クリーンヒット。少女の左拳がル級の腹へと突き刺さる。あまりの重さにフラつくもすぐに体勢を立て直し再び攻撃を仕掛け始めた。
「ハッ、マダマダァァァ!!!!」
少女には0ダメージ。さらに拳や脚の追撃。ル級はほぼ大破寸前にまで追い込まれる……だが、笑顔を止めない。
「ハァァァァッ!!!」
「………」
最後の力を振り絞って少女へ攻撃───しかし0ダメージ。無傷であった。そのままル級へ無慈悲に少女の拳が振るわれ────ル級、轟沈判定。演習はそこで終わってしまった。
「………」
気を失ったのかル級はその場に倒れてしまっている。少女はル級を放置してそのまま部屋へと戻っていってしまった。
流石に今回のことでル級は少女に演習を申し込むことはなくなるだろう。演習を眺めていた者たちは誰もがそう感じていた。
「姫! マタ演習ヲシヨウ! 次ハ負ケヌ!!」
「………」
「今回ハ対価ヲ用意シタゾ!! サァ、マタアノ熱イ演習ヲシヨウジャナイカ!!」
…もしかしたらル級はM体質だったりするのかもしれない。
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仮令の刻
あとまたまたまた遅れてすみません。今回番外編でございます。
ではどうぞ。
───これはもしもの世界の出来事。偶然に偶然が重なり続けた結果の世界でのお話。
少女は
石か鉄かで出来たとても頑丈な壁と床。そしてシングルベッドがギリギリ二つほど入る程度の狭い部屋。空間は薄暗く、あまり衛生的でないように感じる。
さらに極めつけには……鉄格子が設置されており、部屋から簡単に外へ出ることが出来ないようになっていた。完全に牢屋に入れられている状況であった。
「…目覚めましたか。工廠棲姫」
外からの声。少女はこれに反応に発声された方向に対して目を向ける。
彼女は軽巡洋艦大淀。陸上であるはずなのに艤装を展開し物凄く警戒した様子で少女へと話しかけていた。
「……」
「状況をあまり理解していないみたいですね…あなたは我々に捕らわれたのです。今後はあなたには我々の実験に付き合って頂きます」
「……」
「正直、あなたは生きているだけで我々の脅威。今すぐにでも息の根を止めたいところでしたが、上から実験に使いたいから生かすように言われました……上に感謝してくださいね」
「……」
暗に命令が変わればいつでも殺せるぞと宣言されたにもかかわらず少女の表情は変わらない。少しくらい反応してもいいのではないだろうかと大淀はそれに疑問を持つ。
「あなたが対物理攻撃に特化していることは知っています。私達の兵装はあまり効かないようですからね」
「……」
「ですから、あなたがどこまで物理攻撃を耐えきれるのか。そしてあなたに何が効くのかという実験を主にしていきます。電気ショック…毒ガスや毒薬でもいいでしょうね。あとはレーザービームなど、色々方法は────」
グゥー。
話を遮るようにどこからか腹のなる音がした。大淀は自分ではないことは分かっているため、発したのは目の前の少女ということになる。
しかし大淀はここで思い付いた。お腹が減るということは飢えで殺せる可能性もあると。よって敢えて放置してみることにした。
「…話はいじょ」
グゥー。
「…ではま」
グゥー。
「……」
「……」
大淀は悟った。
「(あ、これ飯もってこいって訴えてますね)」
しかし相手は捕獲されて収容されてなお警戒がされている工廠棲姫。易々とそうこちらの食糧を渡すわけにはいかない。それに思い付く限りだと深海棲艦の餓死など聞いたことがない。どうなるのか気になるという好奇心もあった。
だからまた意識してその訴えを無視することにした。
大淀は今度は一言も発することなくその場から立ち去ろうとする。するとどこからか────ブチッと何かが切れる音がした。
大淀はそれが聞こえた瞬間、無意識の内に全力疾走をしていた。
「(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!! あの音はヤバい!!!)」
表情を恐怖に染め、艦娘としての自分が持つ全力の力を振り絞ってその場から逃げ出していた。大淀自身何故自分がこうしているのかは理解していない。とにかくあの場に居続けるのは危険だということは分かっていた。
───突然、破壊音と同時に壁から手が生えて来て大淀をガシッと掴んだ。あまりの力強さに大淀の走りは完全に止められてしまう。震えが止まらない。おそるおそるその壁の方を見てみると……壁を破壊して出てきた少女がいた。
その表情はいつもの無ではなく顔全体にシワがより完全に怒りのものへと成っている。
「(何故、私はかなりの速さで逃げていたはず……っ!!!)」
初動が遅れたはずの少女がどうやって自分に追い付いていて今鷲掴みにされているのか大淀には理解出来てない。少女のやってきたほうをみてみると、ここから少女のもといた部屋まで壁が破壊されていた。
大淀は少女が特別な能力なんか使わず完全に馬鹿力だけでここまでやってきたことを理解してしまった。
「ば、化けも…」
言い終わる前に、大淀は一発殴られそのまま気絶。マンガのようなたんこぶが形成されていた。
すると今度は外から別の足音がし、施設に誰かが入ってきた。
「大淀! どうし……た?!」
「工廠棲姫!? 何故貴様が…!」
他の艦娘たちであった。咄嗟に艤装を展開して大淀が傷つかないよう少女に攻撃を仕掛けようとしていくが、それらは少女にとってストレス発散先が増えただけであった。
「………」
少女は怒りの表情を変えぬまま艦娘たちに特攻していき─────
────────────────────
──時は進み、場所は戻って最初の部屋。少女は椅子に座り、ナイフとフォークを用いて目の前の間宮特製ステーキを食べやすい大きさにカットしてそれらを食べていた。
「……」
目を瞑り、ゆったりとその味を吟味している。傍から見ればそれも無表情ではあるのだが……うっすらと、幸福の感情が見え隠れしているようにも見えた。
大淀さんファンの皆さん本当にすみませんでした。
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対策会議の刻
今日はちょっと読みづらいかもしれません。お気をつけを。
では、どうぞ。
工廠棲姫という脅威が一先ず去り、再び大本営の会議室にて会議が開かれていた。参加者は例の元帥六人+艦娘六名である。勿論その六名とは、工廠棲姫と戦闘をした『第一迎撃部隊』の者達である。
「……さて、ギリギリのところでなんとかなったわけだが」
「あぁ……皮肉なことに工廠棲姫から受け取った資源によって大和達の修復が殆ど間に合ってしまったため、殆ど被害はなかったのだがな」
「寧ろ少しだけ増えているとまである……無様なことだな…」
工廠棲姫から渡された資源に関しては受け取った瞬間から何か仕掛けられていないかという警戒がされ、先ほど全ての検査を終えたところであるのだが…全くもって異常など発見されなかった。自分達のもっている資源と何ら変わらないものだったのだ。
「…少し、よろしいでしょうか」
元帥たちが頭を悩ませて唸っている時、呼ばれた第一迎撃部隊の旗艦が…大和が遠慮がちに手を挙げた。元帥たちはおぉ! と返事をし大和のほうを向く。
「実際に対峙した君たちの意見はとても貴重だ。そんなに遠慮することはない」
「そうだとも。是非とも聞かせてほしい」
「では…一つ」
大和が深呼吸をし、続けた。
「…工廠棲姫は、人類と深海棲艦との戦争自体に興味をもっていない可能性があります」
『!』
意見を耳にした全員が驚いたような表情を作るのだが…直ぐ様納得をしたような表情へと変化していった。
「なるほど、工廠棲姫から全く攻撃を仕掛けなかった理由はそれか」
「そういえば、工廠棲姫が積極的に艦娘を沈めたという記録は存在していない…」
「とするならば、大和達に攻撃をしてきた理由は『やられたからやり返した』だけ、というわけか…」
ふむぅ、と思考を続ける元帥たち。だかその中の一人がある疑問を呈した。
「仮にそれが真だったなら、何故艦載機やそれを発進させた空母の赤城や加賀に対して攻撃をしなかった? 大和達が砲撃を仕掛ける前から艦載機に攻撃をされていたはず…」
「──それはやはり、烈風を求めていたからではないでしょうか」
次に発言したのは空母赤城。いきなりの発言を誰も咎めることなく、全員が赤城の声を聞く姿勢を取っている。
「工廠棲姫は、ある本に掲載されていた写真を私たちに見せてきました。それが烈風であったのです。つまり、工廠棲姫は烈風が艦上戦闘機であると知っていたということになります」
「…ふむ、それで?」
「自分達が私達の海域に近付いたときから出てきていた艦載機を見て、おそらく工廠棲姫は近くに空母がいることを悟っていたのでしょう。だから艦載機達を攻撃せず、どこから来たのかなどの観察をし、私達の場所を特定したとおもわれます」
「…続けて」
「私達を見つけ次第工廠棲姫は私達に烈風を要求してきました。怒っているような素振りは一切見せずにです…」
一度間を置き、赤城は続ける。
「まとめますと、私達が空母であり、烈風を所持している可能性があったからこそ攻撃をしなかったのだと考えます。やり返すことよりも、烈風を得ることを優先したというわけです」
赤城の発言が終了、再び全員が思考していく。
「…筋は通ってる」
「感情論に近いものを感じるな…工廠棲姫は我々の考えている以上に幼いのかもしれない」
「私もそう感じました」
「加賀…」
普段あまり積極的に発言をしない空母加賀が発言。少し驚く周りだが、聞く姿勢を取った。
「工廠棲姫は私が渡した烈風に対して何も警戒を抱くこと無く……そう、まるで子どもが新しいオモチャを貰ったときのように慎重に、丁寧に、そして大切そうに扱っていました。表情が変わらなかったため確信には至れませんが…」
「敵から渡されたものに対して無警戒とは…これは大和の説が本格的に正しい可能性が出てきたな」
これらを聞いていたある元帥に、とある考えが過る。
「『触らぬ神に祟りなし』……これは工廠棲姫を敢えて放置しておくべきなのでは?」
今までの説が本当に全て正しいならば、工廠棲姫と関わらなければその理不尽な力を振るわれることはないだろう。
「だが、今回我々は工廠棲姫の出現前に特に何かしたわけではない。しかし工廠棲姫はやってきた。そしてまたいつこちらに来るか分かったものじゃない」
「めちゃくちゃな説になるが…もし工廠棲姫が気分屋で、たまたまストレスが溜まっていたときの捌け口にここが選ばれたとしたらたまったものではない」
「それに我々の目的は深海棲艦の完全殲滅。工廠棲姫という深海棲艦もいずれは倒さねばならん」
最もな反論ではある。しかしまたここでそれへの反論が出てきた。
「だったら工廠棲姫は最後に滅ぼせばいい! 今のうちに別の深海棲艦を全て滅ぼし、残った深海棲艦を全戦力で叩いてしまえばいいはずだ!」
「忘れたのか。今まで何度も工廠棲姫以外の深海棲艦に艦娘たちが沈められてきたのを。君の気持ちはよく分かるが、一度落ちつくべきだ」
工廠棲姫以外の深海棲艦を全て滅ぼす。言葉にするの簡単に聞こえてしまうが、これまで空母棲姫や戦艦棲姫、駆逐古鬼を始めとした姫級深海棲艦や鬼級深海棲艦、さらに重巡リ改flagshipや戦艦レ級eliteなどの強深海棲艦などに沈められてきた艦娘は数多くいる。
まだ未確認な深海棲艦も含めれば、工廠棲姫が最後の深海棲艦になるころには戦力は今よりも大きく減っている可能性は十分に考えられる。そうなれば結局工廠棲姫に勝てないままになるのだ。
「だったらどうすれば!」
「『工廠棲姫を潰すにはもっと数が必要』…君が言った言葉だ」
「!」
告げられたその元帥はハッとした。そうだ、どうして忘れていたのだろう。自分で言った言葉であったのに。
「もう既に工廠棲姫のいる海域の位置は特定が出来ている……加賀」
「はい」
スクリーンに海域のある場所に点が打たれている海図が表示される。
「烈風に発信器をつけさせてもらいました。気付かれないように電池をギリギリにしてあり、無くなると音無く自壊する仕組みのものですので現在は反応はありませんが…」
「構わない。場所は…ここで間違いはないな?」
「はい。『地点ラの九』…この位置が工廠棲姫の基地の可能性が高いです」
「なんと……」
全員が驚く。今まで特定が難しかった工廠棲姫の居場所をあっさりと特定出来てしまったのだから。
「『地点ラの九』に集ることが可能な全鎮守府の全戦力を用いて、工廠棲姫の撃破を狙う」
「ぜ、全戦力…!」
「そうだ。爆撃や砲撃でも、それこそ雷撃でも構わない。とにかく我々の…人類の持つ全戦力を投入し、確実に始末するのだ!」
「っ!」
『縛り』は一切無し。全戦力を振り絞った真っ向勝負。大和やその他の艦娘も、リベンジを果たすという意味合いで身に力が入り始めていた。
「内容はいたってシンプル…だからこそ分かりやすい」
「出撃艦は全てか……これは燃えるな」
同じく元帥たちにも気合いが入り始める。過剰戦力ではとは誰も言うことはない。寧ろ過剰戦力であってくれと願うほどなのであるのだから。
「───以降、本作戦を『ラ九作戦』と命名。さぁ同志たちよ…人類の本気、見せてやろうではないか!!」
戦争は量ですからね(白目)
それと地点に関しては適当です。へぇこの世界ではそんな場所があるんだー程度に見てくれると嬉しいです。
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迎撃の刻
今回もまた読みづらくなっております。お気をつけを。
ではどうぞ。
その日の夜。夜偵をしていたもの達からリ級へとある報告が突然入った。
「───今マデニ見タコトガナイ規模ノ大艦隊ガココに向カッテキテイル…?!」
その報告にリ級は驚きを隠せない。今までに人間や艦娘達が海域奪還のために大規模な作戦を組んで連合艦隊で攻めてきていたことはあった。
だが今回の襲撃はまさに数の暴力。ここの基地の位置が特定されていたことも驚いていたのだが、それ以上に数に注目していた。捕捉されているだけでおおよそ二百。この基地にいる深海棲艦の二倍以上の数であったという。
「何故…何故ココニ……ッ!」
悟る。ここには自身の尊敬している最強の上司───姫サマがいるということを。とするならば向こうの狙いは恐らく姫サマ。だとしたら……姫サマにこの事を伝えるべきではないのではないかとリ級は感じた。
「姫サマニ負担ハカケタクアリマセン……デスカラ」
リ級は少女の部屋以外の基地内全てのスピーカーに館内放送を開始した。
「──緊急事態発生。全員、出撃準備ヲ即座ニ行イ集合シテクダサイ。繰リ返シマス──」
────────────────────
「──以上ガ現在確認サレテイルコトデス」
基地に所属する少女を除いた全深海棲艦にそのまま今の状況を短く伝えていく。それに対しての反応は様々で、ザワつく者、悟る者、受け入れる者、寧ろ早く戦わせろと急かす者など沢山いた。
そこには姫級や鬼級などの上位深海棲艦は存在しない。全員が一応eliteやflagshipなどに覚醒は出来るものの、彼らはどうしても上位深海棲艦には劣ってしまう。
普通なら怯えて逃げ出そうと試みるものがいてもおかしくはない。だが……決して誰も逃げ出そうとはしなかった。ザワついていた者も少し落ち着くと、覚悟を決めたかのような目付きになっている。
「──アリガトウゴザイマス」
自身と共に散ってくれる同志全員に感謝を捧げるリ級。その姿は既に、『重巡リ級改flagship』のものへと変貌していた。
「コチラモ出シ惜シミ等ハシテイラレマセン。ナノデ、全員出撃トシマス」
『!』
「深海棲艦ノ底力…見セツケテヤリマショウ」
全員にここから退避するという選択肢はない。というか既に基地を囲むように包囲されている状態であるためそもそも逃げることすら困難である。深海棲艦として生まれた彼らにとって敵に無様にやられることは望んでいなかったのだ。
「サァ───深淵ノ海ヨリ恐怖ヲ刻ミコムノデス」
───────────────────
「──コノ感覚、コノ空気…久シイモノダ」
戦艦ル級。彼女はほぼ単独で基地を北側戦線の防衛を務めいた。既に『改flagship』への覚醒は済ませ本気の状態へと成っている。
「アァ、待チ遠シイ……早ク艦娘共ハコナイダロウカ」
おそらくこの戦闘を楽しみにしているのは彼女のみであろう。その表情はもうそれはうっとりとしたものになっており、彼女の異常性を引き立てている。
だが、同時に彼女はここが死地になるであろうとも察していた。
自分のこれまで遭遇してきた艦隊の何倍もの戦力がこれから自分の前に現れてくる。きっと自分の想像よりもはるかに多いであろう。
どれだけ訓練や演習を積んできた自分でも、数の暴力に抗うことは難しいと分かっているのだから……
「──ダガ、マダ沈ムツモリハナイ」
ネガティブになってきた思考を振り払うように宣言。口調は真剣そのもの。本気で言っていることが窺えた。
「マダ、姫ニ勝利ヲシテナイカラナ」
あるあの少女に勝利すること。それが現在のル級の目標である。自分が真剣に取り組んでいる目標を艦娘に邪魔されることは許せないと感じているみたいだ。
出撃をして艦娘たちと戦うために少女に勝負を挑んでいるはずなのだが…どうやらどこかで目的が入れ替わってしまったのかもしれない。
「ソノタメニハ、コノ基地ヲ……コノ戦線ハ死守シナクテハナ」
ル級は生き延びる理由が見つかったとでも言うように振る舞う。そういう言い方をして自分を励ましているかのようにも見えた。
すると、艦娘たちがやってくるのが視認できた。やはり、多い。ざっと五十はいる。ル級は唾を飲み込むと同時に、心がたぎっていくのを感じた。
「アッハハ……アハハハハハ!!!!」
あぁ止まらない。止められない。これだけの数を自分は相手に出来るのかと感謝すら覚えていた。笑いが止まらない。楽しみで、嬉しくて、たまらないのだから。
「行クゾ艦娘共……コノ私ヲ止メラレルナラバ止メテ見セロォォォォォ!!!!!」
ル級先制での砲撃。その瞬間から、辺りには戦争の音が鳴り響き始めた。
────
西側戦線。ここで既に戦闘は開始されていた。
「ヲッ…!!」
戦線に立つのは空母ヲ級改flagship。その護と援護して数隻の駆逐艦が随伴についてくれていた。
しかし、戦況はあまりよろしくない。制空権は拮抗しておりなかなか取れず、さらに潜水艦がいることも確認されているため、上も下も警戒しながら動かなくてはならない状況であるからだ。
「……」
ヲ級が一瞬自身の艤装を見つめる。少女が手入れしてくれて以来、なんとなく使うのが勿体なくて綺麗にし続けたもののようで、未だ美しさを保っている。
「……ヲ」
自分の基地を──もっと言えば、少女の部屋の方向を向き一言呟いたかと思えばまた相手に向き合うヲ級。先ほどよりも決意を決めたかのような顔つきになっている。
「──ヲ!!」
その目に沈む気、負ける気などは一切見えない。ここからヲ級の本番が始まっていく──
───
「チィッ!」
東側戦線。ここでも戦闘は始まっており、ここを任された者、戦艦レ級eliteは小破に追い込まれていた。
「ハッ、コノ程度カヨォ…」
少しボロボロになった自身の身体を見るレ級。少しだけその目に乱れが生じていた。だが攻撃をやめることはなく、その砲撃をきちんと艦娘たちに当てていく。絶対にここを通さないと言わんばかりに…
ふと、ここでレ級は気がつく。自分がここを維持していることに思った以上に本気になっていることに。
「……ソウカヨ、クソッタレ。何ダカンダ楽シンデタノカヨワタシ」
配属されて時間も少なく、少女に殴られたりリ級に叱られたりル級に演習に付き合わされたことがあったりと、良い思い出など皆無なこの基地であったのだが…それでも少しだけ楽しんでいる自分がいたことにレ級は気がつく。
そしてそれらが無くなることを考えてみると……少しだけ、少しだけつまらなく感じてしまっていた。
「…チッ」
ため息をつき、改めて敵を見据えるレ級。きちんとした目標を定めきったからか、そこに迷いはない。
「コレカラノ退屈シノギノタメニ…沈ンデクレヤ、艦娘共」
──
南側戦線。ここでも既に戦闘は開始されていた。ただ他の戦線と異なる部分は───主力艦が南に集中していたのとである。
大本営最強の『第一迎撃部隊』を中心とした練度の高い艦娘たちが集中していたということだ。
その戦線に立ち向かったのは、この基地で最も練度の高い重巡リ級。『改flagship』への覚醒は完了しており、大和達相手になんとか拮抗をしていた。
練度を常に極めていたのはル級ではあるのだが、それよりも生きていることが長いリ級にはそれ以上の戦闘経験があった。だから自らここへと向かってきたのだ。
「グッ……」
しかし、それでも中破へと追い込まれてしまっていた。単艦ではないものの、圧倒的に戦力が相手が上回っていたのだ。
「マダ…マダヤレマス…!!!」
中破へと追いやられたとはいえどそこは改flagship。まだその力は削られておらず、次々に艦娘を中破、大破へとしていった。
「(ココデ沈ムワケニハイカナイ…!!)」
ここでもし自分が沈んでしまえば、南側戦線はがら空きになってしまう。そしたら本格的にあの方が狙われてしまう。そうなるのは…絶対に許せない。
引けないし、沈めないのだ。
「絶対ニ…負ケラレナイノデス!!」
決意がさらに固まったの感じる。ここからは、意地の勝負になるだろう。
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窮地の刻
そして多分短いです…ではどうぞ。
「アッハハハハハハ!!!」
北側戦線。戦闘開始から笑いを止めることはなくル級は戦い続けていた。表情は喜びを表していつつも、狙いは殆ど必中である。
しかも『改flagship』へと成っているためル級の攻撃の一つひとつが重い。当たってしまった艦娘は大破や中破…よくて小破にやられてしまっている。
だが、やられているだけの艦娘側ではなかった。艦娘側からしてしまえば北側の敵はこのル級のみ。よって的はル級だけであるため、ル級は集中攻撃を回避しつつ攻撃をするという厳しい状況下にいた。
「グゥッ!! …アハハ。ヤルジャナイカァ!!」
ル級も機械ではない。ある程度はかわせてはいるものの、必ずどこかで被弾をしてしまう。その何度目かの被弾によって現在中破にまで追い込まれてしまっているのだが、ル級は笑顔を絶やさない。
「ダガ……姫ニハ及バナイナ!!」
目標のあの少女と目の前の異常な数の敵。ル級は前者との戦闘のほうが厳しいと思っていたためか、それに比べればまだいけると感じていた。そのモチベーションのおかげなのか、ル級の近くの敵は大破撤退をしていき段々と数が少なくなっていっていた。
「ハァァァァッ!!!」
自分の付近にいた最後の戦艦に向かって砲撃。それを大破に追い込んだのを確認し、ル級はよしと一息をついた。油断なのか、だけその場に立ち止まってしまい、水中への注意を疎かにしてしまう。
その一瞬を見逃す敵ではなかった。
「──!?」
わずか一瞬を狙われた雷撃。完全に落ち着いていたル級はこれにより大破に追いやられ、そこから笑顔が消えてしまった。
「シマッ……ッ!!」
直ぐ様回避行動に移ろうとするのだが……艤装の当たりどころが悪かったのか、上手く動くことが出来ない。
「クッ…! …ハッ」
何度も何度も動かそうと試してみるが、全快状態よりも上手く動かせない。その内に二回雷撃がやってくるが、なんとかギリギリ回避。だが本当にギリギリで、次当たってしまえば沈んでしまうだろう。
「……ココマデ、カァ…?」
あのル級が弱音を吐いてしまうほど、絶体絶命な状況に追い込まれていた。
───
「ヲッ…!!」
西側戦線。こちらも戦況は悪い方向に傾き続けており、既に随伴の駆逐艦は全艦沈められてしまっているためヲ級単体になっている。
しかも艦娘側の戦闘機が追加されたため、なんとか拮抗していたのに航空劣勢へと追いやられてしまっている。弱り目に祟り目とはこの事だろう。
「ヲ……」
現在ヲ級は砲撃や雷撃、爆撃の回避をしつつ艦載機や戦闘機の着艦を行っていた。だが空母という性質上、接近されるとどうしようもなくなってしまう。艦載機からの攻撃を潜り抜けてきた艦娘の砲撃雷撃にはどうしようもなかった。
「ッ!!!」
中破。これによりヲ級はこれから艦載機の着艦を行うことが出来ない。これはすなわち…戦闘へと参加が出来ないということだ。
「ヲォ…!!」
悔しそうに拳を握るヲ級。だが撤退は許されない。回避行動をとり続けるしか、なかった。
「ヲ…!」
このままならばヲ級が沈んでしまうのも時間の問題であった。
──
東側戦線。ここはある程度戦況は拮抗していた。大破に追い込まれて撤退した艦娘も数多く、他の戦線に比べ少しだけ、ほんの少しだけ深海棲艦側に戦況が傾きつつある状況ではあった。
「……」
しかし、肝心の要であったレ級はもう既に満身創痍一歩手前であった。
まだ中破であったため戦えないわけではない。だが、かなりの燃料弾薬を消費してしまっていたのだ。
「…マダ、クルノカヨ」
大破撤退したとしても次々に別の戦力を補充して再攻撃を仕掛けてくる艦娘たち。しかしこちらはやはり撤退出来ないためずっと戦い続けている。有利なのはどちらか、最早言うまでもないだろう。
「……ハハッ」
気でも狂ったのか、こんな状況にもかかわらず乾いた笑いが出るレ級。いや、こんな状況だからかもしれない。
「諦メナイツモリダナ…」
ニィ…と笑みを浮かべて改めて戦闘モードへとスイッチを入れる。まだ、負けていない。
「諦メナイナラ…諦メルマデ付キ合ッテヤルヨォ!!」
思い切り叫んで艦娘たちのほうへと進みだす。
しかし…レ級の撃沈も時間の問題であった。
─
「ハァ……ハァ……」
南側戦線。ここでは……現在、敵主力艦隊に対してギリギリで持ちこたえている状況であった。
少し前からここのリ級は大破に追いやられ、火力や速度が落とされたものの、運がよかったのか敵の主力の悪いところにあたり中破にさせたり、奇跡的に砲撃雷撃等を回避することが出来たりしたため、戦線維持をなんとかこなせていたのだ。
「姫サマノ、モト…ヘハ……行カセ、マセン…!!」
リ級目は死んでいなかった。絶対にここを通すまいという目を敵艦たちへと向け続けていた。
けれどもそれに身体がついていっていなかった。激しい戦闘にて艤装は悲鳴を上げており、手や足はダランと下に垂れている。精神以外は満身創痍そのものであった。
「……あなたのその姿、この大和が見届けました」
目の前のリ級にそう語りかけるかのように、『第一迎撃部隊』旗艦大和が言う。キリキリキリと艤装の砲口をリ級へと向け、これから撃つと暗に予告している。
「ですが、私たちは進まねばならないのです。ここで散ってもらいます」
「ハァ……ハァ……」
「第一、第二主砲……斉射、はじ────」
ドシン
──途端、その場にいる全員の動きが止まる。南側戦線の者だけではない。北側、西側、東側。全ての者がこの音によって動きを止め、音のした方向───基地のほうを見た。
「あれは……!?」
基地の上に何かがいる。どす黒い純粋な漆黒のオーラを……いや、あれはオーラというには生ぬるい。言うなら…炎。炎を纏ったある人型の生命体がいた。
顔までもが黒く染められていて、目は獣のように鋭くなっている。そこから感じる感情は──『怒り』のみ。
一部艦娘と深海棲艦にはとても見覚えのある艤装を身に付けており、それらもまたそれに連動するかのように黒く染められ、黒い炎を纏っていた。
そう、それの正体とは────
「姫、サマ…?」
「工廠、棲姫…!!」
「───────────!!!!!」
声にもならぬ雄叫びをあげる少女───『工廠棲姫─壊』が姿を現した。
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リンチの刻
今回もちょっと…いや、かなり読みにくいかもです。
では…どうぞ。
───少し時が戻って、少女の部屋。
夜はかなり更けてきたのだが、まだ少女の寝る時間ではない。いつものように椅子に座って本を読みながらその時間がくるまで過ごしていた。
時間帯が夜であることを除けば、いつも全く変わらない景色。ただ一つ違う点があるとするならば──少し外が騒がしいことぐらいだろうか。
「……」
しかし少女はそんな音など気にすることなく──いや、それは言い過ぎかもしれない。とても無視できる音ではないのだから。
おそらく多少は気にしてはいるであろうが、敢えて無視をしているのだろう。表情は無から変わることなくじっくりと本を味わっていた。
──すると突然、基地が…少女の部屋がガクンと揺れる。速いスピードで何かが衝突してきたかのような衝撃が少女の部屋を襲った。
同時に爆発音のようなものが聞こえる。敵の砲撃がこっちに飛んできているような感じだった。
「…! …!!」
少女の部屋に飾ってある装備達も部屋の揺れに合わせて動き、装備同士が衝突していく。その影響で大事にしてきた装備たちに傷が入り始めた。
それが発生したことにより少女は突然本を読むのを止め、キョロキョロと速いペースで首を振って装備たちを見つめる。表情こそ変わらないものの、どこかパニックになっているようであった。
そして、専用のケースに入れられていた烈風が……ケースごと倒れてしまって、床と衝突してしまったのを最後に───
──プツン──
───切れてはいけない何かが、切れる音がした。
そう、それは例えるなら解いてはいけない封印を解いてしまったかのような、目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまったかのような……そんな感覚。
少女は艤装を一瞬で展開、同時に艤装を含む全身が黒く、純粋で淀みのない漆黒へと染まっていく。
さらに負の感情が織り混ざった黒の炎を纏う。突然、この負の感情とはただ一つ…『怒り』である。
「GRUUUUU…」
ベキッ、ビキッと床が少女の放つ圧力に耐えきれなくなり崩壊を始めている。そのまま少女は上を向き、天井の、破壊したとしても大切な装備たちへの影響が最も少ないところを見つめたかと思えば──
──少女はもう部屋からいなくなっており、そこにはたった今破壊されたとしか思えない穴が一つ空いていた。
────────
「───────────!!!!!」
叫ぶ。己の本能が赴くままに。自身の怒りを燃やし尽くすために。
しかし、怒りは収まらない。この怒りを引き出してきたやつらを叩きのめさなくては気が済まない。
少女は眺める。この基地を囲むようにして『敵』がいることを。自分の大事なものに傷をつけやがった『敵』が。
自分の基地にいる他のやつらはこちらへと砲は向けていない。『敵』の範囲は軽く絞られる。
『敵』は全て滅ぼしてしまえ。
少女が動き出した。最初は北側戦線へ。艦娘側で最も速い島風の出す何倍ものスピードで北側の敵艦隊へと突っ込んでいく。
「は、はや───」
艦娘たちはあまりの速さに目が追い付くことが出来ずに次々と轟沈一歩手前の航行不能状態へと追い込まれていき、ついにそこに立っているものは少女一人だけになった。
そして次は西側戦線。ここには艦載機や潜水艦がいるという対処の難しいエリアだ。
少女はある地点に立ち、思い切り拳を振り上げて海面へ殴りかかる。するとその衝撃で津波が発生。海中にいる潜水艦たちにまでその振動が伝わっていく。基地への影響は殆どないという殴り方も忘れていない。
「こ、これは無理でち!!」
「浮上するのぉ!!」
潜航するのが困難になってしまうほどの衝撃。思わず潜水艦たちは海面へと浮上してしまうが……それが少女の狙い。浮上してきた艦娘をガシッと片手で鷲掴みにし、艦載機を狙って上へと次々にブン投げていく。
「嘘でしょぉぉぉ!!!??」
怒り狂っていてもその狙いは必中。一石二鳥どころではなく一石十鳥レベルに艦載機をキレイに全て墜としていき、最終的に艦載機を飛ばしてきた空母達までも狙われ潜水艦もろとも轟沈一歩手前航行不能状態に追いやられてしまった。
続けて基地の壁を突き破って進んで東側戦線。ここも北側戦線同様敵艦隊へ突撃をし、すれ違いざまに、一隻一隻に大打撃を与え轟沈一歩手前航行不能状態へと追い込んでいく。
「こ、このぉ!!」
「くらえぇ!!」
ただ、艦娘たちもここまで少女がやってくるのを黙って見ていたわけではない。というよりも艦娘たちは少女を目標として動いていたのだ。最初の咆哮には怯んでしまったものの、ここで少女を仕留めなくては…と、動ける全員が全力で攻撃を仕掛ける。
少女に少しずつ反攻をし、雷撃や砲撃をしてダメージを与えようとするが──
「そ…そんな……!!」
少女は放たれた砲弾全てをキャッチ。雷撃にかんしては蹴り返していた。
圧倒的力の差。自分たちの力があっさりと受け止められ、これまでの努力が一瞬にして無へと還されたかのような感覚。
未だ攻撃を仕掛ける艦娘はいるものの、絶望をし、恐怖して動けなくなった艦娘たちも少なからず出てき始めた。
「──皆さん!! 怯んではいけません!!」
ここで、南側戦線からの増援。声を発した旗艦大和を含めた『第一迎撃部隊』をはじめとした人類の主力達が駆け付けたことにより、絶望していた艦娘たちに希望の灯火が宿る。
──そうだ、まだ大和さんたちがいる。大和さんたちがきっとこいつを沈めてくれる。だから私は…私たちは大和さんたちの手助けをしないと!!
動ける全員で少女を攻撃し続ける。その間に大和も、その他の主力たちも、一斉に主砲を少女へと向けた。
「──皆さん、一斉射撃です! ここ以外の皆さんも私たちに合わせて砲撃を行ってください!!」
駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦……全ての艦娘たちが少女を囲み、全員で少女へ重たい一撃を与えようとしている。
先ほどから少女はと言うと───唸り声をあげながらじっくりと身構えていた。正面から受けて立つようだ。
「3…2…1──0ォォォ!!!!」
大和の合図で、全ての砲撃が同時に少女へと襲いかかる。その威力は以前の砲撃の何万倍ほど。深海棲艦一人を滅ぼすのにそれほどの戦力が本当に必要なのかと疑ってしまうレベルである。
だがそこに誰も疑問を抱かない。この少女になら、これぐらいの戦力ではないと敵わないと悟ってしまってしたから。
「──やったかっ!?」
激しい爆発。立ち込める煙。姿の見えなくなった少女に対し誰かがそう呟く。そこに誰もいないことを願いつつ、煙が晴れる時を待つ。
そして、その時はやってきた。人影が、ある。先ほどと殆ど同じ姿勢でその場に立っている───無傷の少女が。
「─────」
最早、誰も何も発することがない。できない。本気の本気。人類の、艦娘の全力。それらを駆使しても……この少女に、一切のダメージを与えることが不可能であった事実が、理解できないから。
「───────────!!!!!!」
少女の雄叫びが響き渡る。
無傷で砲撃を受けきった少女は、そのまま残りの艦娘に突撃して────────
次話でこの小説は一区切りです。
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休息の刻
──まだ、力を隠していたとは……
──…幸い、工廠棲姫は艦娘たちを沈めるつもりはないらしい…援軍を要請し、撤退させよう。
──げ、元帥方……これから、工廠棲姫への対応は……
──……非常に不服ではあるが…放置するしかあるまいよ。
──そうだな。これより、工廠棲姫、そしてその基地への一切の手出しを無期限に禁じる……異論は?
──ない。それでいくしか……ないだろう。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ────
今日の少女は、いつもとは違い真剣な表情で…いや、訂正。あのキレた表情で一つ一つの装備を何度も何度も磨いていった。
どこからか取り出していたあのフキンがどんな素材で、磨き方にどんな拘りがあるのかは不明であるが、見る見る内に装備の傷が無くなっていき、元の綺麗で美しい姿を取り戻していった。キランッと輝いている。
ある程度整備し終わった装備は左側に並べて置いている。今ので五個目であった。そしてまた右側に並べてある整備待ちの装備たちは軽く数えても数十個は確認できる。少女はそれに対して無言でひたすらコレクションの手入れを続けていくのだった。
場所を移して基地全体。現在ここでは基地の修理を行っていた。先日の戦闘で基地がもうそれは悲惨な状態になってしまったためであり、三日連続で作業は少しずつ進んでいた。
ちなみに、少女の部屋に関しては一番最初に終わっている。というか少女が一人で修復を行ったのだ。
「ソレハアッチニヤッテクダサイ。ア、アレハアソコデス」
現場指揮を任されたのは重巡リ級。艤装の修理と自分の疲れを癒し終えた頃、少女がリ級の前にやってきてとある大きな紙を渡していった。
その紙というのが、今回の基地の修理計画である。
どこにどういう素材を使いどのような組み立て方をしていくのか、特にここはこうしておくように、等という指示が詰め込められたもので、一ヵ所一ヵ所丁寧に記載されていた。
リ級といえば、指揮を任されたということはそれなりに信頼されているのだ、ということに気が付いたのか、紙を貰った際には歓喜のあまり涙したという。
この基地にまともな者があんまりいないため消去法で選ばれた可能性もあるが……まぁ、ここでは触れないでおこう。
「…ヨシ皆サン、一旦休憩ヲ入レマショウ!」
基地の修復というこれからの生活に関わることだからなのか、戦闘狂のル級やあのレ級でさえサボることなくきちんと役割をこなしていた。レ級のほうは面倒くさがってはいたが…
リ級は近くの椅子に腰を下ろし、一息ついていた。
「フゥ……チョット疲レマシタネ……」
着々と元通りになっていく基地を見つめて笑みを浮かべるリ級。色々と大変だったなぁと背伸びをする。
「…アンナ姫サマ見タコトナカッタデスネェ……」
味方のはずなのに、思い出すと全身が震え上がるほど恐怖してしまう。首を振って、忘れようと努めて、少女を絶対に怒らせないようにしようと改めて決意する。
「──ソウイエバ、艦娘タチハドウナッタノデショウ?」
途中から疲労や負傷の影響で意識を失っていたためそのあとどうなったのかがリ級には分からない。後で全員にそれとなく聞いてみたみたいだが、残念ながら誰も記憶には残っていなかったようだ。
沈んでしまったのか、それとも撤退をしたのか。撤退したのならまた来られると正直困る。今の練度では敵わなかったのだから。
自分も鍛練を積んでいかないとなと強く感じつつ、時間も来たみたいで再び立ち全員に声かけを行う。
「サテ、再開デス! 早ク修理作業ヲ終ワラセテシマイマショウ!!」
今日もこの基地は平和みたいだ。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ─────
「……ヨシ」
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弐
到来の時間
何故か続きのようなものが書けたので、投稿します。
出来はちょっと悪くなってますが、よろしければどうぞ。
「がふっ……ねぇ、どうして……!? どうしてこんなことするの……!?!」
「……それが、あなたの役割だから」
「違う……!! 私のやるべきことは、深海棲艦を倒して海域を奪還すること……! ただただ仲間の盾になり続けるようなことじゃない……!!」
「……恨むなら、そういう鎮守府に着任した自分を恨みなさい」
「がはぁっ……!! ぁ……れ、れんそう、ほう、ちゃん……にげ……て……」
「……もう、倒れたのか。まぁ、ちゃんと盾の役割を果たしてくれたからいいわ。このまま置いていきましょう」
「──────」
───────────────────
艦娘たちから自分達の基地へと総攻撃を仕掛けられてボロボロになってしまい、最近ようやくその復興作業が完遂して、現在は遠征で復興作業にて失ってしまった資源を取り返そうと全員が奮闘しているという状況下においても───我らが少女のやることは変わらない。
いつものように自身の部屋の中心にある椅子に腰をかけ、楽な姿勢で装備に関する本を読み続ける。
ただ、なんとなくいつもより少女の部屋の外が妙に騒がしいところがあるのだが……少女は気にもとめず、自分の世界にめり込んでいた。
すると、少女の部屋の戸が三回優しく丁寧にノックされた。
「──姫サマ! リ級デス!」
いつもよりも声を出してからゆっくりと戸を開けて中にリ級が入ってきた。
「姫サマ、報告デス。基地付近に、艦娘カ深海棲艦カ見分ケガツカヌ人型ノモノ、ソシテ見知ラヌ連装砲ト思ワシキ装備ガ──」
そこまで告げた瞬間、少女はパンッと持っていた本を閉じて置き場にしまいこみ、ジッとリ級のほうを見た。艦娘という単語には一切反応せず、後半の装備という単語に興味を抱いたらしい。
「……」
その目は暗に、さっさとそこへと案内しろと告げているようであった。
「……デハ姫サマ。コチラデス」
一瞬いきなり見つめられたことにリ級は怯んだものの、なんとか持ち直して案内を開始する。部屋を出て、今のところ殆ど使われていなかった医務室へと到着した。
中に入るとそこには──長めの金色と少しの白色が混じったような髪で、少女と同じかそれより下ぐらいの背丈をし、極薄橙色と、ところどころに白色が混合した肌を多く露出している服を纏った女の子が寝かされていた。隣には、連装砲だと思われる謎の何かが一緒に寝ている。
「姫サマ、コチラガ…………姫サマ?」
「………」
少女の目にはもう隣の何かにしか映っていない。無表情ではあるものの、興味深そうに見てるなぁとリ級は感じていた。
「……」
そこからの少女の行動は早かった。何も言わずに連装砲っぽい何かをすっと手にとって、そのまま医務室から出ていく。
「チョ、姫サマ!?」
後ろからの声なんてお構い無し。歩いているはずなのに何故か異常なほど速いスピードを出しながら少女は自分の部屋へと戻っていった。
「アノ、待ッテクダサイィ!!」
リ級はさっさと出ていってしまった少女を追って医務室から出ていく。
医務室には、女の子のみが残されるのだった。
────────
─────
───
─
「んぅ……ぁれ……?」
目が覚める。そうして初めて目に入った景色は全く知らない天井。
「ここは……?」
ゆっくりと身体を起こし、周りを見渡してみる。鎮守府……とはまた違う構造の医務室のような場所。
見覚えなんて全くないこの場所になんでいるのだろう。そう考えた時、彼女──島風の頭に痛みが走り、昨晩の記憶が呼び起こされる。
「っ……そうだ、私は……私は……」
……どうなったのだろう。あの後、自分がどうなってしまったのか。自分は助かっているのか、逆にここは死後の世界であったりするのだろうか。
「……でも、意識ははっきりしてる」
自分の身体の感覚がしっかりとある。頬をつねると痛い。つまりこれは現実なのだと分からされる。
「……そうだ、連装砲ちゃん……連装砲ちゃんは……!?」
意識を失う直前まで一緒だった自分の装備であり相棒である連装砲ちゃんを探す。しかし、この医務室にはいないようだ。
「……いない。ってことは、逃げ切れたのかな……?」
嬉しいような寂しいような。複雑な気持ちを抱きつつ、一旦それは置いておいて、改めてここはどこなのかを考えてみることにした。
「普通に考えたら、別の鎮守府だけど……」
あたりをキョロキョロしながら考えていると───ふと、そこにあった鏡の中の自分と目が合う。
「───え?」
そこにいた自分は、見慣れたものじゃなくなっていた。自慢だった金色の髪に白色が混じってて、さらに肌も一部白く変色している。さらに目の色も黒色でなく、赤色になっていた。
まだ完全にとは言えないものの、これではまるで、艦娘というより……
「深海、棲艦……!」
事実が、受け入れられない。驚きの感情に比例して、目の前の鏡の中の自分が信じられないものを見たような顔をしていることでこれが鏡なのだと理解させられる。
自分は深海棲艦を倒すために艦娘として生まれたのに……まさか当の自分が、それになってしまうなんて。
「う……そ……」
身体がベッドへと崩れ落ちる。
「……そうだ、これは夢なんだ。寝ればきっと、この悪夢からも解放されるんだ。だから、早く寝ないと……っ!!」
そうして、島風は無理矢理眠りにつく。
全てが、悪い夢でありますように。起きたら全てが嘘だったんだと分かりますように。あの幸せだった日々に戻れますように───
……そう、願いながら。
─
───
──────
「……」
部屋に戻った少女は、とりあえずまずは目の前の連装砲のようなものを修理することにした。
今まで数えられないほどの装備を見てきた少女である。そのため目の前のこれが壊れているのかどうかの判別ぐらいは当然つく。
当初、そのままコレクションの一つに加えようと考えていたようだが、それが壊れているとすぐに分かり修理することを決意。久々に艤装を展開し、本気の修理態勢へと入ったようだ。
ちなみにだが、追いかけてきたリ級は追い返されていた。修理に集中するのに邪魔だという理由である。
どうやら、砲撃や雷撃によるものであろう破損は一部あるが、それ以上に海水によって中身がぐちゃぐちゃに濡れてしまい、機能しなくなってしまっている様子。
蓄えている鋼材で使えなくなったパーツを新調したり、まだ使えるものは乾かして再設置したりと……修理することおよそ7時間。ようやく修理が完了したようだ。
これには少女もふぅとため息。珍しくほんの少し無表情が崩れた瞬間であった。
「……キュー?」
「……!」
突然、目の前のそれが喋り……否、鳴き出した。まさか生きているとは思っていなかったのか、少女は少々驚いたようだ。表情は変わらないが。
「キュー、キュー……」
すると、それは何かを探すような様子を見せた。いや、これは誰かを探しているという方が正しいか。
「…………………………」
明らかに医務室にいたあの存在を求めているかのような素振りを見せている。それに対し少女は……
「…………………」
……なんだか、嫌そうに、
「…………」
とぉぉっても嫌そうに、
「……」
……自分の方へとついてくるようにと、それに手を振って知らせた。
連装砲であろうそれは、少女を警戒することなく少女へとついていった。
そのまま少女とそれは、医務室の方へと共に歩み始めるのだった。
これからの話は、後日談やアフターストーリー的立ち位置のつもりなので、毎日投稿はせず、続きが書けたら投稿するみたいなスタンスを取らせていただきます。
どうかよろしくお願いします。
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再会の時間
キャラ崩壊注意です。
外はいつもと何も変わらない平和な海。いつもと何も変わらない基地の運営。だがしかし、基地内にはいつも通りではないものが一つあった。
それが我らが少女。いつもならば部屋に籠り自身の装備コレクションを手入れしたり、またはそれに関する雑誌を読んでいるであろうが、本日は違っている。
「……………」
いつもの無感情はどこへいったのか、無表情であるもののどこか不機嫌そうな顔つき。そして自らで基地内を歩いている。向かう先は言わずもがな医務室。
「キュ~♪」
そんな少女の後ろに続くのは、連装砲であろう動く何か。少女とは反して、どこか上機嫌である。
「───」
これを見ている基地内の深海棲艦たちは目の前の状況に言葉もでない。無と怒しか感情のバリエーションがないと思われていた少女が、目の前では感じたことのない不機嫌さを醸し出しているのだから。
普段の少女ならば、自分の思い通りにいかなければ自らの力を以ってしてその方向を自分の望む方へと変える。
しかし、今回の相手は自身の愛する装備。少女自身の中で割と気に入っている判定であったこの連装砲擬きの声になっていない主張を聞き入れられない少女ではなかった。
今の少女をかなり複雑な思いが支配している。まさに今の少女は爆弾。一歩間違えれば即キレて殴られ、轟沈すぐ手前に一瞬で追い込まれてしまうだろう程の圧力がある。
「オ、姫ジャン。ココニ来ルナンテ珍シ………逃ゲヨ」
あの割と怖いもの知らずなレ級でさえ、今の少女を目にした瞬間撤退。英断である。
「キュ~キュ~♪」
元凶はそれにまっっっっったく気がつかず、のほほんと少女の後を付いてきている。というか、ここまでの圧力の中でのほほんとしていられるということは余程の鈍感なのか、むしろわざとなのではないかと思ってしまうほどだ。
結局、そのまま何事も起こることなく医務室へ到着。中に入るとまだ眠っている女の子が一人。
「キュ、キュー!!」
女の子を見るやいなや、慌てて駆け出す連装砲擬き。まるで赤ん坊が親を見つけた時のように安心したような様子で女の子へと抱き付く。
「……キュー?」
「ぅう……」
だが女の子は起きない。安心した様子から少しずつその顔は雲ってゆく。ぺちぺちと手のような部分で顔を叩かれるも、やはり女の子は起きなかった。
「………………」
ドンッ!!!
「わぁあ!?!」
「キュ?!!」
ここで少女の不機嫌はMAX。少しキレ気味になりながら壁へ強烈な一撃。大きな音と共に基地全体が軽く揺れる。その衝撃で女の子は驚きながらも目を覚ました。
少しスッキリしたのか少女の顔がいつもの無表情に戻った。
「何!? え、地震!? ていうかここどこ?!?」
「キュ、キュー!!」
「あ、連装砲ちゃん! あれ、重いから現実……? って、そういえばここって──」
ふと、少女と女の子は目が合う。すると、女の子はぽつりと呟いた。
「──夕張?」
「……?」
しかし少女には聞こえず。
「じゃない、深海棲艦!!」
女の子は飛び起き、連装砲ちゃんと呼んでいたそれを抱き締めて、少女からできる限りの距離を取って睨み付ける。
「……?」
ここで、少女は疑問を抱いた。目の前の女の子はおおよそ深海棲艦。しかし目の前の女の子がやっている睨み方はどちらかといえば艦娘のしていたもの。同胞が自身に対してこのような睨みをすることに違和感を覚えたのだ。
「これ……やっぱり夢じゃない! 深海棲艦がここにいるってことは、ここは深海棲艦の基地。なら私をこんな風にしたのはお前たちしかあり得ない! 許さない……許さないっ!!」
「??」
女の子は鏡や目で自分の姿を確認。軽く絶望したような顔を作ったかと思えば、直ぐ様怒りの感情に切り替わって少女を強く睨み付ける。
一方睨み付けられている少女は何もかもが分からない。なんか知らないけど起きたら急に怒りだして睨んでくるとしかとれない状況なのだから。
「キュ、キュー!」
「大丈夫だよ連装砲ちゃん。連装砲ちゃんだけは絶対守るから…!」
「キュー!!」
温かく優しい顔つきで連装砲ちゃんを撫でる女の子。対して連装砲ちゃんの方は何やら慌てている様子だ。
「……艤装はもうないけど、連装砲ちゃんを逃がすくらいの時間は作るっ!!」
連装砲ちゃんを置いて、拳を作り再び少女を睨んでくる。
「行って! 連装砲ちゃん!」
「………」
全力を振り絞って少女へと攻撃を仕掛ける女の子。少女のほうはとりあえず直ぐ様反撃が出来る構えを取るようだ。
「はぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
今その攻撃が少女のほうへと届くというこの瞬間───
「キュー!!!」
──連装砲ちゃんが、少女を庇うようにして女の子の前に立ち塞がった。
「っっ!?」
「……!」
これには双方が予想外。動きを止めて、連装砲ちゃんの方を見る。
「れ、連装砲ちゃん!? なんで!!」
「キュ、キュ、キュー!!」
「……へ、勘違い?」
「……?」
どうやら、連装砲ちゃんと女の子は意思疎通が出来ている模様。
「キュー」
「え、連装砲ちゃんこの深海棲艦に修理してもらったの!?」
「キュウ!」
「しかもめちゃくちゃ丁寧だったなんて……嘘、じゃないよね」
「キュ、キュウ。キュキュキュ!」
「へぇ、そんなに優しかったんだー……」
まるで会話をしているかのようにスムーズに意思疎通が進んでいる。連装砲ちゃんの言っていることが理解出来てない少女は珍しく置いてけぼり。今日は本当に珍しいことが起こる日のようだ。
「でもそんなに優しくしてくれてたのなら、私をこんな風にはしないよね……」
「キュ、キュウ」
「そうだよね……。うん、謝るよ」
その言葉の後、女の子は少女へと顔を向ける。さっきまでのような敵対心丸出しのようではなく、悪いことをしてしまったという罪悪感が見て取れるものになっている。
「その……ごめんなさい。連装砲ちゃんを修理してくれたのに、ヒドイ態度を取ってしまって……」
「…………」
少女が目の前の女の子にヒドイ態度を取られたことによって不快になった、ということはない。というよりもそれ以前にまだいつの間にか移っているこの展開についていけていない。
頭を深く下げる女の子と状況をあまり理解出来てない少女。なんとも言えない光景が広がっている。
と、その時──
「ナ、何事デスカ!! ッテ、姫サマ!?」
この基地の数少ない常識人、重巡リ級が姿を現した。どうやら、先ほどの基地全体が揺れた謎の衝撃の原因究明に震源であるこの場所にやってきた様子。彼女はレ級やル級あたりがやったと思っていたようであったが、なぜか目の前には自身の敬愛する少女が。すぐにこれは少女がやったものであると判断する。
「ヒ、姫サマデシタカ……」
皆の視線がリ級へと向かい、リ級はそれに戸惑う。全員が無言になりつつその状態が少し続いてしまった。
「オ取込ミ中ノヨウデスノデ、ワタシハ失礼シマスネ……」
「……」
「ヒ、姫サマ!?」
退出しようとしたリ級、しかし肩をガシリと掴まれ逃げられない。
「アノ、姫サマ……?」
「……………」
「ア、ハイ。ワカリマシタ」
無言の命令をリ級は本能で捉え、そこの女の子の手をとり退出する。
「あ、あの!」
「スミマセン、貴女ガ何者ナノカトイウコトハ一旦置イテ、トリアエズココカラ出ナクテハナリマセン。ココジャナイ場所……ワタシの部屋ニデモ行キマスカ」
「キュー」
それに続くようにして連装砲ちゃんも出てゆく。残されたのは少女ただ一人。
「………」
誰もいなくなった医務室にて、少女は女の子が使っていなかった方のベッドに横になり、そのまま目を閉じる。以降少女が目覚めて出ていくまで、誰も医務室に入ることはなかった。
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整理の時間
よろしくお願いします。
さて、場所は移ってリ級の個室。割り当てられたその狭い部屋に二人と一匹……一体? の連装砲がいた。机を挟んで向かい合うようにして座っている。
何から説明をしようかと考え黙っているリ級と、今のこの状況に不安を感じ口を開けない女の子。その二人の沈黙など知ったことかと言わんばかりに連装砲は女の子のほうにすり寄っている。
「……此方カラ一方的ニ説明シテイクノハ、其方モキツイデショウ。ナノデ、其方ノ疑問ニ思ッテイルコトヲ
「疑問に……?」
ここで、リ級がやっと口を開く。反射的に聞き返してしまう女の子。
「エェ。答エル事ガ出来ルモノナラバ、オ答エシマスヨ」
「……じゃあまずは──」
──あなたから見て私は何に見えますか?
女の子は次のような質問を投げ掛けた。質問の意味がよく理解できなかったリ級は意図を理解しようと脳内で考えるが答えが出ず……素直に答えることにした。『深海棲艦』だ、と。
その答えを聞き女の子はやっぱりかと思う反面、やはりそうなのかということを自覚してしまい気分が落ち込む。
最初こそこの状態に至ったのはここの深海棲艦のせいであると考えてたものの、連装砲が庇った深海棲艦や、目の前の深海棲艦の様子を見る限りそのようには感じない。
むしろこの人たちは、最初から自分のことを深海棲艦として接してくれていたのではないか。そうとすら考えてしまう。その場合ここに連れてこられる前にこんな風になってしまったんじゃないか。だったらどうして……?
「……アノ」
「! は、はいっ!」
「ソノ、大丈夫……デスカ? 何ダカ浮カナイ様子デシタガ……」
心配そうに女の子を見つめるリ級。本来敵である相手なのにこちらを見つめるその姿は敵であることを忘れさせる。きちんと目の前の深海棲艦も生きているのだと感じ取らざるを得ない。
その事で一瞬動きが止まるも、女の子は答える。
「は、はい。大丈夫、です。……ちょっと、混乱していて……」
「アァソウデシタカ。タマニイルノデスヨ、誕生シタバカリデ自分ノコトヤ状況ガ分カラナイ
怖がらせないようリ級は笑顔で接する。彼女にとって、目の前の女の子はあくまで先程自分で言った類いの深海棲艦であると思っていた。
少女との一悶着があって無事なことには少し驚いてはいるが、まぁ十中八九女の子の下にいる連装砲のお陰だろうと思っている。
だが他の深海棲艦に比べて見たことのない姿をしていることには少し疑問を持っていた。深海棲艦というのは力を持つ姫や鬼を除いて大体同じ姿をする傾向がある。注意深く観察をすれば違いはあるが、おおよそ同じになることが多い。
だがそこにいる女の子の姿は初めて見る。新しい姫や鬼なのではないかと一瞬考えたが、姫や鬼のような上位深海棲艦は他の深海棲艦が見たときすぐに姫や鬼であると直感的に気がつくものだと経験則でリ級は知っている。
そうなればやはり飛び込んでくるのは、この深海棲艦は何者なのだろうというものであった。気配は深海棲艦であるのだが、そこにうっすら別のものが混じっているような気がする。
しかし警戒こそされてはいるものの敵意はなさそうであるとリ級は判断する。この子をどうするのか非常に難しいところだと内心考えていた。
「(モシヤ姫サマモ此ノ件ヲ難シク感ジテオラレタタメニ私ニ託シテクダサッタノデハ……? ツマリ此レハ姫サマガワタシヲ信頼シテクレテイル証……!!)」
あくまで面倒だから押し付けられたとは考えないようだ。
一方、女の子のほうは迷っていた。その中身は、自分の経緯を言うかどうかである。少し前の自分ならばこんなことは考えなかっただろうが、優しく接してもらい言ってしまったほうがいいのかなと考えが改まってきているのだ。
このまま内緒にして深海棲艦として過ごしていくほうが己の命の安全という意味ではよいのだろう。だがあくまで女の子の心はまだ艦娘のつもりだった。
ならば敵である深海棲艦をここで無理やり倒していくのがいいのだろう。結果として他の深海棲艦にリンチにされるとしても一体でも道連れにできれば使命は果たせたことになる。
しかし同じ志を持つ同じ艦娘に見捨てられた。協力して深海棲艦を倒すどころか、沈められた。ここで自分のこの在り方に亀裂が微量ながら入った。
この亀裂が深まったのはこの基地で目覚めてからだ。連装砲ちゃんを直してくれたり、目の前の深海棲艦みたいに優しくされたり。
勿論これは向こうが勘違いをしてるからという可能性もある。だが、敵が敵と思えなくなってきつつあった。
だからこそ少し心を許してしまい、話してしまいたいという考えが出てきてしまったのだ。どことなく受け入れてくれるんじゃないかという根拠のない自信もないことはない。だが受け入れてもらえるなどの以前に話してしまいたいという欲求が強くなっていた。
内心で首を振り、もう言ってしまおうと決意して女の子は口を開く。
「……あの、私……話したいことがあるんです」
「! 何デショウ」
神妙な顔つきの女の子にリ級は真剣に、だが威圧感を与えない表情で向き合う。重要なことは下手に隠されるよりはある程度事情を知っている者がいたほうがいい。その考え方からである。
「……実は───」
語り出す女の子。自分が元は艦娘であったこと、同じ艦娘に沈められたこと、気が付いたらここにいたこと、自分が深海棲艦であることが信じられないことなど……途中女の子の感情が強くなりながら言いたいことを吐き出していく。
飛び出してくる数々の事柄にリ級は怯んでしまっていた。艦娘が深海棲艦になる。この事象に過去リ級は出会ったことはないし、考えたこともなかった。
ならばこの子は深海棲艦ではないのか? いやしかし気配はしっかりと深海棲艦のもの。それに仮に巧妙にできたスパイだとしても、わざわざこちらに告げるメリットはない。
「フーム……」
話を聞けばこの子にはもう戻るところがないという風にも聞こえる。ならば此方で監視という名目で置かせておくのはどうだろうか。最悪何かをやらかしたらその場で滅してしまえばいい。
うん、その方針でいこう。
「……分カリマシタ。デハ本日カラ、貴女ノ事ハ此処デ監視ノ下イテモライマス。ソレデイイデスネ?」
「あっ……はい」
監視という単語に少し曇った様子を見せるが、納得して返事。
「ソレデハ……オヤ、モウ夜デスカ」
ふと時刻を見るともう0時を回っている。かなり長いこと話していたようだ。見ると、女の子のほうも少し眠たげな様子。
「明日姫サマニコノ事ヲオ伝エシマス。ナノデ今日ノトコロハ……コノ部屋デ休ンデ下サイ」
「えっ……いいんですか? その……ここは貴女の部屋じゃ……」
「マダヤルコトガアリマスノデ。ソレニ、監視スル事ガ決マッタ以上誰カガ見テイナクテハイケナイデショウ」
遠慮する女の子の主張を弾いてさっさと眠らせるリ級。ここで、リ級はあることを尋ねた。
「ソウイエバ……貴女ノ名前ヲ聞イテイマセンデシタ。ワタシノ事ハ『リ級』ト呼ンデ下サイ。貴女ノ名前ハ?」
「私は……『島風』。『島風』です。よろしくお願いします、リ級……さん」
「エェ、ヨロシクオ願イシマス。ソシテオ休ミナサイ」
「おやすみな……さい……」
こうして色々と面倒なことにあったものの、一応女の子──いや、島風がこの基地に加わることとなったのだった。
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平穏の時間
その日の朝早く。少女は誰よりも早く目を覚ました。一瞬自分がなぜここにいるのか考えるような動作をした後、すぐに解決したのか医務室から出て自身の部屋へと向かい始めた。まだ早く、かつ夜の遠征部隊はまだ帰ってきていないことも関係して少女とすれ違う者は誰一人としていなかった。
さて部屋につき、少女はいつものように飾ってある装備たちの点検から開始。少しでも埃などのよごれが見つかった場合はいつものフキンで念入りに拭いていく。ここにあるものは全て少女のお気に入りの装備たち。決して手を抜かずに丁寧に手入れしていく。
数時間とはいえこの部屋を離れていたということもあって、微妙に汚れが出来てしまっている。そういうのを落として輝きが見えるレベルにまで拭くのが少女だ。
その作業だけでも数時間かかる。いつの間にか部屋の外が徐々に人の気配がするようになってきた。業務が開始されたようだが、少女は気にも留めず作業を続けていく。
それから少しした後一段落がついたのか、フゥと一言息を吐き。するりといつもの椅子に座りこんだ。さらに慣れた手つきで本を取り出して読み始める。もちろん内容は装備についてのもの。一ページ一ページを吟味するように時間をかけて読んでいく。そんなときに、丁寧なノック音が部屋に響く。
『姫サマ。リ級デス。失礼シマス』
同時に扉が開けられる。中に入ってきたのは二人分の足音。入ることを宣言をしたのはリ級のみなのに二人分であることに疑問を持つ……ことはなく意識は本に向けられたままだ。
「本日ヨリ、コチラノ深海棲艦ガ着任シマス。名前ハ種トシテ新シイモノデアロウコトカラ確定ハシテイマセンガ、駆逐艦デアルコトカラ、暫定的ナ呼ビ方トシテ『シ級』トサセテイタダキマス」
これに少女は一瞬二人に目を向けて、再び本のほうに目を向ける。
対して、入ってきた二人のうちリ級ではないほう──すなわち、島風はこの様子に疑問をもった。そのため島風は隣にいるリ級に対して小さな声で話しかける。
「……あの、この人……いつもこんな感じなんですか?」
「静カニ、姫サマノ前デス。ソシテ姫サマヲ『コノ人』呼バワリシナイヨウニ」
さっきここに来るまではかなり優しかったはずのリ級の冷たい対応に不思議に思う島風。だが上司の前だとこんなものかと自分を納得させてまた少女の方を向き、口を開く。
「ほ、本日よりここでお世話になります、駆逐艦シ級です! よろしくお願いします!」
そして頭を下げる。その時にも少女は島風に何も声を掛けることはなく本に没頭していた。すでに興味を失ってしまった様子。この態度にちょっとイラッとはしたものの我慢して顔をゆっくり上げた。
「報告ハ以上デス。失礼シマシタ」
「あ、失礼しました!」
出ていくリ級を追って挨拶をして出ていく島風。完全に部屋から出て行ってしまったあとで、島風は色々と尋ねる。
「あの、さっきの姫様っていつもあんな感じなんですか?」
「エェ、イツモアノヨウナ感ジデス。朝モ言イマシタガ、決シテ姫サマヲ怒ラセナイヨウニ」
「あ、はい」
挨拶に行く時から何度も機嫌を損ねるなと言われ続けていたためか言われ慣れた島風であった。
以前新たに入ってきたレ級は戦艦であり、且つ戦闘専用要員であるため演習や実戦時ぐらいしか出番がないため基本気ままにここでのんびりしているのだが、駆逐艦である島風には演習実戦に加えて遠征の業務などを行ってもらうことになる。その遠征の指導を今日はするようだ。
「基本ワタシガ指示ヲ出シテイマスガ、異例ノ事態ガ発生シタ場合ハソノ場の判断ヲ現場ニ任セテイマス。詳シイ対応等ハ彼女ラニ聞イテクダサイネ」
「えっと……彼女ら?」
「? ハイ、彼女ラ、デスヨ」
手で示された、おそらく休憩中であろう駆逐イ級や駆逐ロ級たち。かつては敵としていたそれらがこれからは同僚……さらには先輩になるのかと考えると少し変な気持ちになるのか変な表情を浮かべる島風。
「(……言ってること、わかるかなぁ)」
まだ人型だったら意思疎通が出来そうなのに、明らかにそこにいるのは異形。もはや生物って言ってしまった方がよさそうである。
だけどこれから一緒に過ごしていくことには変わりない。とりあえず挨拶をしようとイ級たちに話しかけようとしたとき────
「キュ~!!!」
遠くから、島風の連装砲の声。振り向くと物凄い勢い、且つ泣き顔で島風のほうに一直線にかけてきている。
「あ、連装砲ちゃん!」
「キュー!!!!!」
飛びついてくる連装砲を島風は綺麗にキャッチ。
「キュ、キュー、キュー!!」
「ご、ごめんってば! だって連装砲ちゃんぐっすり眠ってたし、リ級さんによれば今日はすぐ終わるみたいだったし、いいかなって思って……」
「キュ、キュー!!」
「ほんっとにごめんね! だから落ち着いて連装砲ちゃん!」
騒ぐ連装砲をなだめる島風。声を発する、さらに昨日少女と一緒にいたあの連装砲であるということで全員が二人のほうを向く。具体的には、『エ、アレ昨日姫サマトイタ連装砲?ジャン。ソレト仲良クシテルアノ深海棲艦何者???』という視線だ。
島風が注目されてしまうというちょっと想定外な事態に軽いパニックになってしまっていたリ級に、レ級とヲ級が肩を叩いて話しかける。
「オイ、面白イコトニナッテルジャネーカ。ナァヲ級?」
「ヲー……」
「ン? オー確カニ。アレハ姫喜ビソウダナ」
「ア、貴女達……」
仕方なく、事情を話していくリ級。本当ならゆっくり慣れさせていくつもりだったのだが、こんなことになってしまっては自分の計画が崩れてしまったことも述べる。妙に特別扱いをしている様子のリ級に二人は少しの疑問を持つが、そんなものなのかもしれないとも考え一旦思考を終わらせる。
「デモ……結果トシテハ大丈夫ソウジャナイカ?」
「エ、ソレハ一体……」
「マァ見テロッテ」
ずんずんとレ級はようやく落ち着いた連装砲とそれを抱える島風のほうに行く。そしていきなり島風の腕を掴んで上に上げた。
「コイツハ今日カラココデ世話ニナル駆逐艦シ級ダッテサ! ヨロシクシテヤッテクレヨ!」
レ級がそうやって声掛けをしてやると周りにいた深海棲艦たちはそれぞれの言葉で声を島風の方に出していく。なんと言ってるのかははっきりと島風はわからなかったが、よろしくと言ってくれているのはわかった。
レ級は新参ながら以前いたところでの活躍などから一目置かれている存在だ。さらにこの基地では比較的まともな部類ではあり、かつ親しみやすい性格から割と人気だ。そんな彼女からの紹介だ。反応しない者のほうが少ない。
「ホラ、コイツラガ挨拶シテクレタンダ。オ前モ返サナキャ、筋ジャナイダロ?」
ニヤッと島風にレ級は語る。島風にとってレ級はデータでしか知らなかったが、親しみやすい性格なんだと理解した。
全員のほうを向き直して、一度深呼吸をして、皆に聞こえるよう叫ぶように言った。
「今日からお世話になります、駆逐シ級です! よろしくお願いします!!」
「キュー!!!」
島風に声にも全員が反応をしてくれている。見た目は異形ではあるが、歓迎をしてくれている様子が痛いほどに伝わった。
ふと、島風は以前いた鎮守府を思い出す。──道具として扱われ、個人を排他していて、冷たかったあの場所を。
それに比べてこちらはどうだろう。姫はわからないが、ここにいる人たちはみんなあったかい。歓迎してくれている。
「……ン? ドウシタ新人。泣イテンノカ?」
「……あ、あれ? あれ? おかしいな……」
「ヲ……?」
目の前が滲んでくる。でも、悲しいわけじゃない。むしろ────
「ソノ、大丈夫デスカ……?」
唯一事情を知っているリ級が心配そうにこちらに話しかけてくる。これに島風は何と返すかは決まっていた。
「──うん、大丈夫! 本当によろしくねっ!」
もちろん、とびっきりの笑顔でだ。
主人公は現状空気。
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申込の時間
ということで平和回。
「……そういえば、姫様ってどれくらい強いんだろう」
ある日、自由な時間が出来たがすることがなく呆けていた島風がボソリと呟いた。連装砲ちゃんは今回ここにはおらず、自由にさせている。他の者たちもそれを許しているようだ。
敵であるはずの深海棲艦たちに快く迎え入れてもらえてから気が付けば一週間、やるべきことにもあっという間に慣れてきて気楽に過ごしていた。ここの規則かかなり緩いことも関係しているのだろうか、出来ればここに居続けたいなと島風は考えている。
その規則の中心にいるこの基地のトップである少女。怒らせるなというところから、少女の強さがこの基地を作り上げているのだということは想像できる。
「でも……うーん」
だけど実際どれほど強いのかは知らない。どんな風に戦うのか、というかそもそも普段何をしてるのか、どうして連装砲ちゃんを直してくれたのか、そして……どうして積極的に出撃をさせないのか。
「…………」
強さから始まった疑問があらゆる方向へと拡散していく。次々に湧いて出てくる疑問は留まるところを知らない。
「(前にいたところ……思い出したくもないけど、あそこも一日一回は確か誰かが出撃をしていた。なのにここは遠征ばっかりで全然出撃してない。……そういえばだけど、戦争してるはずなのに)」
島風も今思い出したように、現在人類と深海棲艦は戦争をしている状態。なのにもかかわらずそれを知ったことかというようにここではみんな平和に暮らしてる。
それが嫌ということは決してない。むしろここにいたいとは思いはするが艦娘と敵対できるかと言われればすぐには答えられない。ただ、気になるのだ。
「んー……」
少女がこの基地の皆に対して何かしてきていたかと聞かれたら何もしてなかったのではと思う。島風のいた時間は決して長くはないが、それでもある程度の全容を掴むのには十分な時間だ。
まだ自分の知らないどこかで何かしているのかもしれないが、少なくとも自分が見えるところでは何もしていなかった。
なのにもかかわらず基地の皆は少女に対して恐怖心以外の何かを抱いてた。恐怖政治の一言では片付けられない何かが、この基地にはある。……一体それは、何なんだろう。
「うーん……」
「何ヲソンナニ悩ンデイルンダ? シ級」
「ひゃあ!?」
突然後ろから声をかけられて驚く島風。振り向くとそこには戦艦ル級がいた。演習のあとなのか少し顔や身体に軽い傷や汚れが見える。
「えっと、お疲れ様?」
「ン? アァ。マァコレダケ汚レテイタラ分カルカ。アリガトウ。ソレデ、サッキ何ニツイテ悩ンデイタンダ?」
「えっと……」
島風は考える。新参でしかない自分がこんな踏み入った話を振っていいものかと。さらに相手はこの基地の強者の一人であるル級。反感を買いたくはない。いや戦闘以外についてはまともだから買うにしてもそこまで買わないだろうけど。
色々考えて……とりあえず最初に思った疑問を投げることにした。
「その、姫様って実際どれくらい強いのかなって……。物凄く強いのはなんとなく分かるんだけど、実際見たことないから」
「フム、確カニ。見タコトガナイナラ自然ナ疑問ダナ」
顎に手を置いて思考を始めるル級。少しすると衝撃なことを告げた。
「ナラ、見テミルカ?」
「……え? 何を?」
「決マッテイルダロウ。姫ノ戦闘ヲダ」
「……あの、どうやって?」
「? 直接ニ決マッテルジャナイカ。当然ダロウ? コレカラ演習ヲ申シ込ミニ行クノサ」
「い、いやいやいやいや!」
島風がまだここに慣れていない頃、忙しい合間を縫って色んなことを教えていたリ級の、嫌になるほど何回も言われたあの言葉が島風の頭をよぎる。
『良イデスカ? 姫サマハ普段姫サマノ部屋デ過ゴシテオリマス。決シテ邪魔ヲシテハナリマセンヨ!』
ル級の提案したことはリ級の教えてくれたことに反する。つまり、少女を怒らせることに直結する。それは避けるべきではないのかと思ったのだ。
「心配スルナ。最近ハ平和過ギテイル。姫モ退屈ダロウ。キット乗ッテクレルサ」
「いやいやいやいやいや! それに演習って誰が?!」
結局は相手依存。確実に上手くいく保証はない。なのにル級は自信ありげだ。
加えて演習するにしても島風は姫級深海棲艦と戦えるほど強くはない。ル級は先ほど演習をしたはずだから疲労も溜まっているはずだ。いくら戦闘狂とはいえ続けての演習などいけるはずが、
「無論私ダ! ソコハ譲ラン!!」
……いけるみたいだ。
これには島風も引いた。戦闘狂いであることは知っていたがここまでとは……という風に。
「オ前ハ姫ノ戦闘ガ見レル。私ハ姫ト戦エル。姫モ私ト戦エル。全員ガ幸セニナルジャナイカ!」
「どう考えても姫様が幸せにはなってないと思うけどなぁ……」
そのままずるずると引き連られるようにして少女の部屋のほうへ歩いていく。途中すれ違った他の深海棲艦から同情するような目で見られていたことに少し悲しくなった島風であった。
「トイウコトデ、失礼するゾ姫!」
「し、失礼します!」
ノックもせずにバーンと扉を開けて中に入るル級と、反射的に背筋を伸ばして丁寧に挨拶をする島風。後者のはリ級の教育の賜物だろう。一応少女は上司であるのでせめてノックくらいはすべきだとは思うが……まぁこのル級には難しいのかもしれない。
対して少女は────連装砲ちゃんの手入れをしていた。
「キュッキュー♪」
「あ、連装砲ちゃん!」
「キュ!」
「わぁすごい、めちゃくちゃ綺麗……」
ピッカピカに輝く連装砲ちゃん。島風に気が付いたのかすぐに島風のほうへ行き自身を見せびらかしている。綺麗になったよ、見て! とでも言っているかのようだ。
そんな彼女らをスルーして、ル級はずんずんと少女のところへ進み声をかける。
「サァ姫! 演習ヲシヨウジャナイカ!」
「……」
少女は直ぐ様本を読み始めてこれを無視。いつもの光景だ。
だがこんなところで折れるル級ではない。何度も何度も申し込む。
「最近ハ暇ダロウ? ナラ演習ヲシヨウジャナイカ!」
「平和過ギテ退屈ダロウ? ナラ演習ヲシヨウジャナイカ!」
「運動ガシタイダロウ? ナラ演習ヲシヨウジャナイカ!」
少女、これを全て無視。いつもの光景である。
島風はチラチラとその光景を眺めつつ連装砲ちゃんと戯れている。すぐ怒ると思っていたため意外と短気ではないんだなと感じた。
ル級は声をかけ続けるが少女はやはり無視している。数分経っても変わらないため、流石にもう無理だろうと島風がル級に一声かけようとしたその瞬間、ル級が渋々かなり大きい箱を取り出した
「フム……ナラバ仕方ガナイ。姫、対価ダ」
中身を開いて少女に見せる。そこには鋼材があった。
「……」
数は少ない……だが、質はよい。少女は本から目を移してそれらを見たあと、本をしまって箱を取り鋼材の質の確認を始めた。
島風は驚きフリーズする。少女が動いたからだ。
「……」
確認が終了したようで、少女は箱を閉じて自分の椅子の近くに置く。加えて艤装を展開して部屋から出ていった。
「オオ、ソウデナクテハ!」
意気揚々としてル級も出ていった。行き先は当然、演習室であろう。
誰もいなくなった少女の部屋にて、ようやくフリーズから解けた島風が思わず突っ込んでしまった。
「いや、そんなのあるんなら何で最初から出さないの?!?!」
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強さの時間
演習ルームの観戦場の一つ。島風はとりあえずそこへ足を運んでいた。予想外の展開になったとはいえ、実際気になっていた少女の強さ。そしてそんな少女とル級はどんな戦闘を行うのかを見てみたかったのだ。
まだ演習の準備を執り行っているのか、開始はまだなされていない。おそらく先ほどまで演習をして整備中だったル級の装備を引っ張りだしているからだろう。
少女がポツンと待機している場所から遠くにある観戦場から一人でそれを見ている島風。連装砲ちゃんもこれから行われる演習に興味津々なのか、ニコニコしながら島風に抱き抱えられながら今か今かと待っていた。
ここで島風は、ふと思う。
「(……もしかしたら、何か分かるかもしれない。この演習から、何でこの基地が基地としてやっていけているのかが)」
少女に対して周りが寄せている謎の敬意や信頼。逆にこれらがなければこうやって基地の運営は出来ていないはず。
それが強さだけで成り立っているとは到底思えない。対価さえ用意すれば装備を手入れしてくれるらしいが、それだけだったとしてもそれまでにいかないだろうし、何より対価が必要という時点でそれによるものでないことは分かる。
ならば今まで見たことなかった演習でそれが掴めるのかもしれない。例えば、その者の欠点を教えつつ能力が向上できるようにアドバイスとかをすることだったり、工作艦ということで様々な種類の装備を作成してそれを用いて色々な戦況を再現して経験をつけさせたりなんて。
「……いや、さすがにそれはないかぁ」
装備の開発ができるとは言っても使えるわけではないかと思い至り後者を否定する。だが、前者に関しては強くあり得るかもと感じていた。
というかむしろあとはそれくらいしか残ってないのではとも感じる。ここで他の者たちの信頼度を集めていなければ本当にこの基地がわからない。
もしかしたら知らないだけで、姫級深海棲艦というだけで無条件に服従をするものとかがあるのかもしれないが……。流石にそれはあってほしくないなと島風は感じた。これまで考えてた時間が全て無駄になるからだ。
「うーん……?」
「オヤ、ドウサレマシタ? 首ヲ傾ゲテ」
「あ、リ級さん。お疲れ様」
「ハイ、オ疲レ様デス」
やってきたのはリ級。演習が行われると噂にはなってたためここに来たこと事態はおかしくはないものの、ただ演習を見に来ただけではないような雰囲気を纏っている。
島風の真横に立つ。そのままリ級は顔を向けて話しかけてきた。
「貴女ガ来テ一週間デスネ。何カ困ッタトコロトカハアリマセンカ?」
「ううん、特にないよ。むしろ快適」
「ソレハ良カッタデス」
どこか今日のリ級はやわらかいし温かい。今のリ級ならば、自分の疑問に答えてくれるかもしれない。
なんとなく島風はそう思った。そのため一声かけてみた。
「……あの、リ級さ──」
途端に鳴り響く演習開始直前を知らせるサイレン。互いに準備ができた時に鳴るものだ。よく見ればすでにもうル級はスタンバイしている。
一旦ここは目の前の演習を見ることに集中することにしたようだ。
「オヤ、始マルミタイデスネ。サテ、ル級ハドレダケ姫サマニ食ライ付ケルノデショウカ……」
「え、そんなになの姫様って」
一度だけではあるが、島風は偶然ル級が演習をしてるところを短時間だが見たことがあった。その短時間でもル級の強さが嫌というほど伝わってきていたのだ。
「……ソウイエバ、貴女ハ姫サマノ戦闘ヲ見ルノハ初メテデシタネ」
「うん」
「ソレナラ良イ機会デスネ。姫サマノ勇姿ヲ存分ニ堪能シテクダサイ」
「あ、はい」
瞬間、演習開始を告げるピストルが放たれる。目をリ級からそちらに移せば既にル級は動き出していた。
さらに黄色いオーラを全身から放ち目の辺りからは青いオーラが見える。戦艦ル級flagship改の登場である。
思わず島風は息を呑んだ。遠くにいるはずのル級のオーラが伝わってきたからだ。
これに対して少女は変わらず無表情。特にその場から動かずのほほんとしている。
次の瞬間、二回の砲撃。移動をしながら色々な場所から一点に放たれている。まるで艦隊のようだと島風は感じ取った。
速さを武器としている自分ならばおそらく頑張れば避けられるだろう。しかし、それだけだ。そこから反撃してあのル級を倒せる考えが浮かばない。それに持久戦に持っていかれたら不利になるのは明らか。
姫様ならどうするのだろうと、少女の動向に注目する。
すると少女は放たれた砲弾をキャッチし圧縮してその場に落とす、これを繰り返していた。
「──はぁ?!」
避けるでも被弾するでもなく握りつぶす。見たことないそのやり過ごし方に島風は思わず叫んでしまった。
それからもその場から全く動かずにやり過ごしている。加えて驚いてるのは自分だけのようで、リ級やル級はそれに怯む様子すらない。
「……姫様って本当に工作艦……?」
「ソウデスヨ。工作艦デス。……マァ、初メテナラソノ反応モオカシク無イデスネ」
言外に少女が化物扱いをされているにもかかわらず、リ級は怒るどころか苦笑しながら答える。尊敬しているとはいえ多少そう思うところがあるみたいだ。
「アレデマダ本気ヲ出シテイナイノデスカラ、恐ロシイモノデス」
「え、あれでもしかして手を抜いてるとか……?」
「積極的デハナイノハ事実デスネ」
変わらずル級の攻撃を何でもないように払い除けている少女と懸命に続けるル級。防戦のみの少女であるはずなのに状況は少女が有利になっていた。
「──ソレデ、何カ私ニ聞キタイ事ガアルノデスカ?」
「ふぇ?」
「アァ、視線ハソノママデイイデスヨ。演習開始前ニ何カ言イタゲデシタノデ、何カアルノカナト思イマシテ」
すると突然、リ級が島風に話しかけてきた。これに対して島風は考える。
「(……どうしようかなぁ。でもチャンスだよね、知りたいことが知れる。……姫様の演習からそれっぽいことも感じ取れないし……。もしかしたらタブーなのかもしれないけど……その時は仕方ないか)」
考えた結果、聞いてみることにしたようだ。
「……少し、聞きたいことがありまして───」
ここから、島風はゆっくりと言葉を紡いでいく。出来るだけ簡潔に、そしてあまり不快にさせないように気を付けて。
リ級はこれを静かに聞いていた。島風が懸念していたような難しい表情を作ることはなく、どこか納得をしたような顔つきになっていった。
「──ナルホド、ソウダッタンデスネ」
島風が全てを話し終えた後、リ級は顎に手をおいて考える仕草をとった。
「……ソウデシタネ。貴女ハ元々艦娘ミタイデスシ、知ラナイノハ仕方アリマセンネ」
次の瞬間、リ級は信じられないことを島風に告げた。
「実ハデスネ……コノ基地ハ今行ワレテイル深海棲艦ト人類ノ戦争、ソレニハ
「──え?」
なんとなく知ってたって方もいたかな?
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真相の時間
「実ハデスネ……コノ基地ハ今行ワレテイル深海棲艦ト人類ノ戦争、ソレニハ
「──え?」
予想していなかった真実がリ級から伝えられ島風は困惑する。どういうことなのだと、そんなことがあるものなのかと言葉こそ違えど同じことに関する疑問は留まるところを知らない。
加えて、そんなことは聞いたことがない。リ級の今言ったことは、自分たちは人類側でも深海棲艦側でもない別の陣営であると言ったとも解釈できる。仮にそうだとしたら相当重要であり、多くに知られているはず。
なのに自分はそれを聞いたことがない。単純に自分のいた環境の問題もあるのかもと考えるが、それでも流石に耳にする程度には聞いていないとおかしいはず。
「……マァ、ソウデスヨネ。一応正確ニオ伝エスルト、実質的ニソウナッテシマッテイル、トナリマスガ。参加シテハイル事ニナッテイルンデスガ、一度モソウイウ戦闘ハシテイナイデスカラネ。……ソモソモ、姫サマガ戦争ニ乗リ気デハアリマセンシ」
「な、なるほど……」
少女が乗り気ではないと言う言葉にはこれ以上ないほどの納得をするものの、新たな疑問が浮上してくる。
他の深海棲艦からの催促とかは来ないのか、じゃあ何のためにこういった演習をしているのか、どうして────リ級たちはここにいるのか。
なんだか予想よりもかなり重たい話になってきていることにどこからか冷や汗が流れ出してくる島風。先ほどまではまだ普通の感覚で聞けることであったとしても、今湧き出てきた疑問達はかなりデリケートなものになっているかもしれない。そのため聞こうか聞くまいか悩んでしまう。加えて聞いてしまったことで変な空気になってしまったかもしれないとも思った。
表情にはそれは出さず、脳内でこれからどうするべきかを思考し続ける。だがその様子を見つめるリ級は思わずクスリと小さい笑みを浮かべた。
「気ニナッテイルノデショウ? 色々ナ事。特ニ、私達ト姫サマノ関係ニ」
「!」
責めるようではなく囁くように告げたリ級に島風はちょっと驚きつつ、考えを当てられたことにちょっとした恥ずかしさを覚えた。びっくりしてしまった表情の島風を見つつクスクスと笑い、リ級は続ける。
「──昔ノ事デスガネ。ココニイル深海棲艦達ノ殆ドハ皆、元々落チコボレダッタノデスヨ」
「……え?」
勿論私モ含メテ、と何故か笑みを浮かべて話すリ級にあり得ない、と島風は感じ取った。
この基地はもはやリ級がいなければ回らないに等しい。遠征や演習、食事や工廠の人員や整備などの指示、少女への報告などこの基地に必要なことのほとんどを担っている。もちろん何らかの用事でリ級が抜けるときには他の者がこれらを行うが、リ級ほど適切に回せる者はいないだろう。
それに、リ級だけでない。遠征時にお世話になった駆逐や軽巡の深海棲艦の先輩たち、こうして目の前で少女と戦っているル級、たまに絡んできて割と話を聞いてくれるレ級、『ヲ』ばかりで何を言ってるかあまりわからないが気にかけてくれているのはわかる優しいヲ級────等々、この基地のみんなが落ちこぼれであったなんて思えないのだ。
「今ハ違イマスヨ? シカシ──少ナクトモ私ハ、アノ時マデハ本当ニ落チコボレダッタンデス」
そう言ってリ級は視線を演習の方へ戻す。しかしまるで演習自体を見ていないような表情だった。すぐに島風に顔を戻して驚きが止まらない島風にさらに続けた。
「長クナルノデ多クハ話セマセンガ、色々アッテ姫サマニ居場所ヲ貰ッテココニイル、トイウ形デスネ。大体他ノ皆サンモソノヨウナ感ジノハズデスヨ」
「──そう、なんですね……」
ようやく戻ってきた島風。リ級の先ほどの言葉には特に気になっていた疑問のはっきりした答えがあったわけではないが、『居場所を貰った』という言葉から推測するに、少女に大きな恩義を感じているということはわかった。表面では怖がりつつも、他のみんなもそうなのだということも。
「タダ──レ級ニ関シテハ正直良ク分カリマセン。彼女ノミ落チコボレダッタトイウ話ハ聞キマセンカラ」
「……え、そうなんですか?」
「デスガマァ警戒ハシナクテモイイト思イマスケレドネ。初期ノ頃ハシテイマシタガ何モ無カッタノデ」
『蛇足デシタネ』と告げてさらにリ級は話す。
「他ノ疑問ニツイテハ、気ニナルノナラバ暇ナ時ニデモ私ノ部屋ニ聞キニ来テクダサイ。答エラレルトキハオ答エシマスノデ」
「あ、はい。なんだか色々すみません」
「オ気ニナサラズ。……オヤ、決着ガツイタミタイデスネ」
演習終了のサイレンが辺りに鳴り響く。勝者は勿論少女。いつの間にかその場からいなくなっている。対して敗者のル級は満身創痍、だがめちゃくちゃ嬉しそうな表情を浮かべている。島風は引いた。
「デハ、オ先ニ失礼シマスネ」
「あ、はい」
一声かけてからリ級が去っていき、その場に島風一人になる。先ほど言われた話を脳内で再び繰り返すため思考する。その際にある部分が引っかかった。それはかつてリ級も落ちこぼれであったということ。詳しいことは語ってくれなかったものの、あの場面で冗談を言うような人には見えないことから、本当なのだと思う。
「……」
今の自分はどちらかと言えば落ちこぼれに部類されるのだろうと島風は思う。だから鎮守府では捨てられたのだ。この基地にきてからも完全に歯車の一つとして回れているかと言われたらそうじゃないだろう。実際多く失敗しているのだから。そんな自分を周りは温かく慰めてくれていた。逆にそれが罪悪感を煽り反省に反省を重ねてしまうのだが。
対局の位置にいると思っていた自分とリ級。しかしかつてリ級もこちら側だったのだと聞いてしまった。そのおかげなのかせいなのか、島風はふと思ってしまう。
「……なれるのかな、わたしも……リ級さんみたいに」
なんでもバリバリこなせて頼れる存在。憧れを抱かないといえばそれは嘘だ。今まではどこか無理だと決めつけていたが────。
「……ねぇ連装砲ちゃん。わたし、リ級さんみたいになれると思う?」
「────」
「連装砲ちゃん?」
「キュゥ……」
「……寝てる?」
見れば、いつの間にかぐっすりな連装砲ちゃんが。話が長くて眠っちゃったのか、それとも単純にお眠だったのか。どっちでもいいかと島風は思わず苦笑。
このまま抱えっぱなしなのは寝にくいだろうと島風もその場を後にして、自身の部屋へと向かう。
「(……まぁ、まずは自分が出来ることをやらないとね!)」
まだまだ残っている疑問は、役に立ち始めたときの褒美として聞こうと決意。ということでまず目の前にある出来ること、連装砲ちゃんを寝やすい場所で寝かせることを始めるのだった。
ここまで平和
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計画の時間
新たに自身の目標を見つけ、努力を始めた島風。仕事として与えられた遠征から、今までは中々取り組まなかった(取り組む余裕がなかった、が正しいかもしれない)演習にも参加してみたり、直接リ級に教えを乞いに行ったりもした。
最初こそ少しやる気が空回りしたり、演習にてボコボコにされたり、失敗を何度も繰り返したりしていた。だが他の者がカバーしてくれたり、反省点を告げてくれたり、丁寧に教えてくれたりなど、他の者の力もあって着実に力を付けていた。
それはきちんと結果にも現れてきているため、努力することが楽しくなってきていた。
どれもこれも島風にとっては忘れたくないエピソードとなったのだ。……流石にル級が少女に対して挑発に挑発を重ねまくった結果、共闘とはいえ少女と戦うことになったときのことはもう思い出したくないようだが。
まだまだ基地の中では下の方とはいえ力を付けてきた島風。今日もまた一日頑張ろうと起き上がったその時、いつもとは違う変な感覚に気がつく。
「……連装砲ちゃん?」
いつも大体自分と同じ、もしくはそれより少し早く目を覚ます連装砲ちゃんの目が覚めてくれないのだ。
苦しそうな表情をしているわけではない。昼寝の時や就寝の時のようにすやすやと眠っている表情。
だったら今日は少しお寝坊さんなのかな、と島風はまずは自分自身の準備を始めることにした。着替えや身を整えなど、やることとしてはそこまではないが、ある程度の時間はかかる。それまでに起きてくるだろうと踏んでいた。
しかし目覚めない。ちょくちょく覗きにきても起きる気配がまるでない。
「連装砲ちゃーん、起きてー。ご飯食べにいこー」
軽く揺さぶってみるが、やはり起きない。ここまでになると少し嫌な予感もするが、考えないように頭を振って打ち消す。
「……先に行ってるからねー?」
一応声を掛けて、急ぎ足で食事へと向かう。帰ってきたら目を覚ましてるだろうと期待し、早足で帰ることと連装砲ちゃんの分の食事も持って帰ることを心に決めた。
道中、食事中、連装砲ちゃんのことが頭から離れず、どこか上の空だったのを他の深海棲艦の者、主に一緒の遠征部隊の者たちから心配をされていたが、自分は大丈夫と返すだけだった。いつも一緒の連装砲ちゃんが来てないことも心配されたが、それも今日は寝坊みたいでと濁して急いで食事を済ませ、連装砲ちゃんの分のご飯を持って自室へ戻る。
「ただいま、連装砲ちゃん!」
どこか不安な自分の心から目を逸らすために元気よく振舞って部屋の戸を開ける。
きっと大丈夫だと信じていた。起きたら自分がいなくて泣いてて、帰ってきたことに気が付いて駆け寄ってきて、それを自分は謝って、それで終わりのはずだと祈っていた。
しかし、現実はそうはいかなかった。
「……あれ?」
無音。起きてきた様子なんてない。島風がどこにいったのかを探していた形跡もない。行く前と同じ、何も変化してない。
慌てて向かうとまだ寝ている連装砲ちゃん。流石にこれはおかしいと考えざるをえなかった。
だけど考えすぎじゃないかという考えも捨てきれない。本当にまだ寝てるだけなんじゃないか、少ししたら何もなかったように起きて来るんじゃないかと。
「……どうしよう……!」
島風自身、今日やらなければいけない任務がある。いくら連装砲ちゃんのことが心配とはいえ、その任務に行かないわけにはいかない。だけど連装砲ちゃんは心配……。
「そうだ! リ級さんのところに行こう……!」
狭間で揺れに揺れた結果、今一番自分が信頼しているリ級に相談に行くことにした。幸い、任務開始時間まではまだ時間があった。
「ごめんね、連装砲ちゃん……」
優しく抱きかかえて、リ級の部屋のほうへダッシュ。今ここで抱かれてるのに気づいて起きてくれれば──なんて願いも届かずに連装砲ちゃんは眠ったまま。心臓がドクドクしてることを実感しつつ、助けを求めに行ったのだった。
────────────
ここは、比較的本部からは遠い位置に存在するとある鎮守府。外観は綺麗ではなく、ボロボロといってもいいかもしれない。そんな鎮守府の執務室にて、提督らしき男が複数人の艦娘たちからの報告を聞いていた。
様子をみると、艦娘たちはどこか提督に怯えているように見える。
「──以上より、本遠征は成功。資源の獲得を完了しました」
「ご苦労」
男からはその一言が告げられる。それにどこかホッとしたような様子で艦娘たちが退室をしようと動こうとしたその時、男が動き出した。
「……だが、足りんなぁ。私は最低でもこの成果の倍を求めたはずだが?」
ギロリと遠征部隊の艦娘たちを睨む男。慌ててすぐさま頭を下げる旗艦。
「も、申し訳ございません、提督。……ですが」
「言い訳はいい。聞きたくもない。……あまり私の機嫌を損なわないでくれたまえ。そのままもう一度──」
「ま、待ってよ!!」
責める男に対して、部隊の艦娘の一人が大声で反抗する。その場の全員の注目を引いた。
「だって、提督全然補給させてくれないじゃん! 燃料とか数少ない中、なんとかやりくりしてきたんだよ! せめて補給くらいは──」
「黙れ」
どこからか取り出した拳銃をその艦娘に向ける。場の空気が再び男の支配下になってしまった。
「俺がここの鎮守府に着任した以上、お前ら艦娘は俺の奴隷だ。そんな成果しか出せてないお前らにくれてやる燃料なんぞここにはない」
今度は全員を睨む男。怯む艦娘たち。
「生きたきゃ、さらに俺のために働け。成果を出せ。そうすれば最低限度の衣食住の保障はしてやる。成果を期待以上に出せるのならば、相応の上乗せもしてやる。いつも言っていることだろ?」
銃をしまい、姿勢を整え続ける。
「今のことは不問にしてやる。だが──次はない。アレと同じになりたくなければ……分かってるな?」
「──は、はい! 申し訳ありませんでした!!」
冷や汗と身体を震えを抑えながら、謝罪。誠意が見えたのか男から威圧感が少し消え、ため息を一回。
「分かればいい。では、行け」
『はい!』
艦娘たちが退室。一人になったその場所で、先程渡された遠征報告書を眺め、再びため息。
「全く……まぁ、いい。計画に支障はない」
ぐしゃぐしゃに紙を力に任せて丸め、ゴミ箱に捨てる。その後パソコンを起動。色々と操作され開かれた液晶には海図と光る点が映っている。
「『地点ラの九』……ほう、『ラ九作戦』の場所から場所を変えてないとは驚いた。争いを避けるためとっくに移動をしているものだと思ったのだがなぁ」
にやりと呟くその男。そして再び拳銃を取り出し、構える。銃口が向けられた先には、工廠棲姫を捉えた写真があった。
「──深海棲艦には、どういうわけか元来我々が保有していた武力で傷をつけることができない。しかし、妖精とやらが作成した武器を艦娘が扱うことで、初めてダメージを与えることができる」
ふと、男が呟く。どこか苛立ちを含んでいるような雰囲気がある。
「──そんなの、認められるものかッ!」
瞬間、銃口から弾丸──ではなく、レーザービームが放たれ、写真の工廠棲姫の額部分に穴が空く。
「長い歴史を積み上げてきた人類の叡智が、艦娘や妖精などというぽっと出の存在にあっさりと超えられるなど……断じて許されないッ!」
視線は、変わらない。
「……私が証明してやる。私の開発した武器でッ! あの工廠棲姫をッ! 滅するッ!! ……そうすれば、上のバカどもも洗脳が漸く解けるだろう。艦娘や妖精のせいで停滞した科学は動き出し、何れそいつらは不要になる」
怒から喜へ、表情が変化。
「素晴らしい。あぁ、なんと待ち遠しいことか……。そのためにも、早く計画を進めなくてはならない」
窓のほうを眺め始める。方角は砂浜のあるほうで、見ればぐちゃぐちゃにされた駆逐イ級だった何かが大量に廃棄されていた。
「俺の武器が深海棲艦の肌に通ることは確認出来ている。姫級とはいえ、通らない道理はない」
机に向きなおし、キーボードのある箇所を押す。画面が切り替わって、今度は連装砲ちゃんの図が出てきた。内部一ヶ所部分が赤く点滅している。
「いいぞぉ、破損した様子はない。想定通り、連装砲を気に入ったようだな。流石俺の開発した装置だ。素晴らしいタイミングで動作してくれている。後は全ての準備が整い次第起動すれば……!」
そこから笑いが抑えられなくなり、一人笑い声を上げ始めた。
「工廠棲姫……お前の命ももうすぐだ。精々俺の糧になってくれよぉ?!」
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点検の時間
「連装砲サンガ……デスカ」
「そうなんです……」
リ級の部屋に突撃し、話をした島風。当初朝早くということもあり断られるかと考えていたが、そんなことはなく快く迎え入れてくれた。
「あの、考えすぎじゃないかって思うところもあるんですけど、ちょっと怖くて……」
「……」
リ級は装備について詳しくない。自身のに近い装備──重巡、または軽巡ならばまだそれなりに知識はあるが、それ以外の艦種の装備に関しては見たことあるなという程度の認識のものしかない。
加えて持ち主から離れて自立する連装砲ちゃんのような装備などこの基地にはない。だからこの症状が何を意味してるのか、どうすれば治る(直る?)のか、島風の言う通り考えすぎなのかなど、全く分からない。
「(ウーン、困リマシタネ……)」
だからといってここで知りませんと返してしまうことなんてリ級には出来ない。折角自分を頼ってくれたのだからどうにかしてあげたいと思う。
考える。この基地で一番装備に詳しく、連装砲ちゃんをなんとか出来そうな存在は誰かと。一瞬で答えにありつけた。
「(ソリャア、姫サマデスヨネ……)」
リ級以外が考えても全員が至るであろうこの結論。勿論少女以外に装備を直せる設備がこの基地にないわけではないが、それは既存の装備に限る。構成などが知られるそれらを機械的に直してるだけに過ぎない。
対して少女ならば、色々見てきた経験なども相まってこの原因を理解してくれるかもしれない。さらに少女は一度海水によって動かなくなった連装砲ちゃんを修理した実績があるため、修理もできるだろう。この件は少女に任せることが最適解のはずだ。
「(デスガ……)」
しかしまたここでリ級の忠誠心がその考えを阻む。姫サマのお時間を邪魔することはできない、と。極力はこちらだけで解決したいと。
だが案が出てこない。このままずっと考えていても時間だけが過ぎてしまう。早くしなければと焦って考えるほど余裕がなくなり何も思いつけないという悪循環。
「(……仕方アリマセン)」
悩み考えた末、リ級の導きだした結論は……。
「……一度、連装砲サンヲオ預カリシテモヨロシイデスカ? スミマセンガ、コチラデ手ヲ尽クシテミマスノデ、貴女ハ任務ノ方ヲオ願イシテモイイデスカ?」
「……わかり、ました」
任務があるため仕方がない。それは納得しているが、どうしても気になってしまうようだ。
最後によろしくお願いします、と頭を下げて任務のほうへと向かっていった島風。これを見送った後、受け取った連装砲ちゃんを優しく机の上に寝かせる。
「……サテ、ヤリマショウ」
リ級は自身が蓄えている資源を確認し始める。装備の修理を頼むため相応の対価を用意しなくてはならないからだ。よって、数も質もよいものを揃えていかないといけない。
「……ヨシ、コレダケアレバ……」
かき集めたそれらをカバンに詰め込み、再び連装砲ちゃんを抱き抱えた。部屋から出て少女の部屋の方へと向かい始める。
それから感じる動悸。やはり慣れないなと感じつつも、逃げることなく歩みを続ける。
「……オ、リ級ジャン」
「オヤ、レ級」
道中、レ級と遭遇。抱き抱えられている連装砲ちゃんとバッグを見て色々と察したようで、苦笑いのようななにかを浮かべる。
「アー……ソレ、アイツノダロ? 壊レタノカ?」
「マダ分カリマセン。ソレヲ含メテ診テ貰オウカト」
「フーン、ナルホドナァ」
少女の強さを知っているレ級からの回答としては、おかしなところなんてなさそうなその言葉。そのはずなのに、妙な違和感を覚えるリ級。
「(……元気ガ、ナイ?)」
言い方を変えれば生気を感じられない、だろうか。心ここにあらずといった様子。いつものレ級らしくない、とすぐさま感じ取れた。
「オ、ドウシタリ級? モシモーシ?」
それに気がつけてから、無理矢理にいつものように振る舞おうとしていることに気がついた。
比較的新人側であるとはいえ、既にもうレ級はこの基地にとっては掛け替えのない一人。何か抱えているならば力になりたいと、リ級はじっとレ級のほうを見る。
「……レ級、何カ悩ンデル事ガアルナラ、遠慮ナク私ニ──」
「オット、ココニイルヨリ早ク姫ノ所ニ行ッタラドウダ? ホラ、行ッテコイ!」
「エ、チョ、レ級?!」
「ジャ、私モ行クカラ!」
「アノ、マダ話ハ──!」
話すだけ話して去ってしまったレ級。周囲を振り回すそれは確かにいつものレ級と言えるのかもしれない。しかしやはり違和感が消えない。その証拠にリ級は見たからだ。
──改めてリ級が見つめたとき、レ級がほんの一瞬だけ怯んだような表情になったところを。
「……デスガ今ハ、コチラヲ優先シマショウ」
後程時間を取って向き合おうと決意し、一旦今はやるべきことを優先して少女の部屋の方へ向かう。
──この時、レ級を追いかけていれば違った結果になったかもしれない、と後悔することなど知らずに。
──────
場所は移り、少女の部屋。島風襲来から時間がそれなりに経ったこともあり少女は既に混乱から回復しており、本を読んだり装備の手入れをしたりといつもの日常を送っていた。
お気に入りの烈風含めて現在は完璧に手入れを済まされており、その輝きは美しいの一言に尽きる。
そして現在、椅子に座って本を読んでいる少女。無音とも呼べるその空間に、ノックが響く。
『姫サマ、リ級デス。失礼シマス』
部屋に入ってきたのは当然ながらリ級。少女は一瞬だけリ級の方を見てから再び本の方を見ようとしたが、抱えられてる連装砲ちゃんを目にすると、視線を固定して固まった。しかしすぐに戻り今度はリ級の方をじっと見る。
「……」
説明しろ、と無言の圧で告げている。連装砲ちゃんは少女の部屋にこそ飾られてないものの、お気に入り装備の一つであったため、今の連装砲ちゃんが状態異常なのだと理解した。
それに対して少し怯むリ級であったが、なんとか立ち直って言葉を紡ぐ。
「──ハイ。説明サセテ頂キマス」
何がどうしてこうなったのかを出来るだけ簡潔に、漏らさず伝えていく。
「勿論姫サマノオ時間ヲ取ッテシマウコトハ理解シテオリマス。デスノデ、コチラノ方ヲ用意サセテ頂イタノデスガ──」
「……」
「……ヒ、姫サマ?」
艤装を展開。連装砲ちゃんをリ級から回収し、近くに寝かせた。差し出された資材の入ったカバンになど見向きもせず、早速修理に取り掛かり始める少女。
「……失礼、致シマス」
念のためカバンをその場に置いて、頭を下げて退室する。これ以上ここにいれば少女の邪魔になってしまうという判断からくる行動であった。
さらに、今回少女は時間を提示していなかった。今回は手入れではなく修理だからということも考えられるが、いつ終わるのか見通しが立てられないということも示していたのではないだろうか。それほど厳しい問題である可能性もあるということだ。
「……」
実際、少女はこれ以上ないほど集中しており、修理を行っている。
まずは点検。悪い箇所の特定作業に入っていた。ここから原因発見、修理と順に進んで行くのだが、ここで少女の手が止まった。
「……!」
原因箇所の発見が出来ない。正常に稼働しているとしか思えないのだ。
連装砲ちゃんそのものの開発経験無し、修理経験はダメになった部品を取り換えただけでしかないことも関係しているのかもしれないが、深海棲艦の装備、部屋にある装備は全て触ってきている。普通の連装砲もそれに含まれているし、構造もそれに近いことも部品の取り換えのときに理解している。経験則、知識に基づいて判断した結果は、異常なしになった。
「……」
これには少女は驚き、一瞬だけ表情に出る。まさかの機器に異常があったわけではなかったのだから。
だとするならば、後考えられるのは、別のなにかが異常を発生させているとか。
全く想定とは違うこの状態。このアプローチが状態を知るという面から見れば全く意味が無かったというわけではなかったが、直接的に修理に結び付いていたわけではない。これを受け、少女は───一旦、連装砲ちゃんを元の状態に戻した。
戦略的撤退を図った少女。一度休憩をし、その間に冷静になって次のアプローチを考えるようにしたようだ。
椅子に座り、軽く息を吐く。そのまま目を瞑り、脳内にてどうすれば連装砲ちゃんが完璧に修理できるのかについての思考を巡らせていった。
そんな時だった。
「邪魔スルワネ」
思考が止められ、ノックもされることなく入ってきた侵入者に対して怒った目付きで睨む。
「アラアラ……久々ナノニ、ソコマデ睨マナクテモイイジャナイ」
くすくすと余裕のある笑みを浮かべる侵入者。睨まれているにもかかわらずそこに恐れは見えない。
「今日ハ貴女ニ話ガアッテ来タノ。嫌デモ聞イテ貰ウワヨ?」
侵入者──戦艦棲姫はそう言いながら、笑みを浮かべつつ少女のほうをじっと見るのだった。
字空け忘れてましたので修正
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将棋の時間
片や睨み、片や不気味に笑みを浮かべるという不穏な空気の中、どうなってしまうのか──!!
パチン……パチン……。
静かな部屋に鳴り響く叩き付ける音。規則的に鳴っているというわけではなく、ある時は鳴ってからすぐに、ある時は少し間を置いてからまた鳴る。
それ以外には何も聞こえない。互いに向き合い正座をし、間に将棋盤を挟んで対局している。そう、今行われているのは将棋だ。戦闘でも討論でもない。あの殺伐とした雰囲気の中でどうしてこうなったと誰が見ても言うだろう。
「……久々ネェ。コウヤッテ将棋ヲスルノハ」
ふと、戦艦棲姫が独り言のように呟く。
「鈍ッテナイカ心配シタケレド……変ワッテナイワネェ。嬉シイワ」
真っ最中であるはずなのに、雑談に持ち込もうとしてくる。それに対して少女は反応を特には示さない。どうやらこのように将棋を通じてコミュニケーションを取るのは以前にもやっていたらしい。
「聞イタワァ。貴女、大本営ノ精鋭ヲホボ壊滅状態ニ追イ込メタソウジャナイ。ソコマデヤッタノニ、ドウシテ沈メナカッタノ?」
「……」
「……マァ、貴女ラシイトイエバソウネェ」
傍から見れば戦艦棲姫が少女に一方的に語り掛けてるだけ。だがどこか通じ合っている。そうも見える。
そこからまた無言での指し合いになる。しばらく駒を盤に叩きつける音が不定期に鳴り響くだけに。しかしそれがずっと続くわけではなく、時折戦艦棲姫が思い出したように少女に何かを語り、一言二言会話(とはいってもやはり戦艦棲姫が話しているだけなのだが)をすることを繰り返していた。
こうして雑談をしつつ将棋を楽しんでいるはずの二人だったが、突然戦艦棲姫が明るくなってきた雰囲気に水を差すような低い口調で話し出した。手番が戦艦棲姫に回ってきたタイミングだった。
「……今日、ココニ来タノハコウシテ将棋ヲ指スタメダケジャナイワ」
「……」
驚きの反応などは一切示さない少女。分かっていたのだろう。少しだけ顔を上げて戦艦棲姫の方を見る。早く言え、とでも言うように。
これから話す、という流れを作り出しておきながら、どこか話しにくそうな戦艦棲姫。少しの沈黙の後、ため息をついて切り出した。
「──最近、貴女ヲ問題視スル勢力ガ増エテキテイル」
間髪容れずに続ける。
「元々、声ノ数ハ少ナクナカッタワ。ダケド我々側、人類側共ニ不干渉トイウ形ヲ保ッテイタカラコソ見逃サレテイタ面モアッタ。デモ、ソウデハ無クナッテキタ」
見つめ返す戦艦棲姫。
「サッキ話題ニ出シタ、アノ出来事。ソコデ艦娘ヲ一切沈メナカッタ貴女ニ不信感ヲ持タレテイル」
確かにそうだ。大本営襲撃(初めてのお使い烈風編)時、ラ九作戦(少女ブチ切れ事件)時、両方とも艦娘たちを轟沈寸前には追い込んでいたが、それ以上のことはしていない。
深海棲艦側の一般常識として、人類側についている艦娘たちは殲滅対象だ。沈めるために最大限の力を出すべきだ。言われなくても生まれ出でてから染みついている常識。それが少女には抜け落ちてしまっていたようだった。
「私ハナントナク分カルワ。付キ合イハソレナリニ長イカラ。ダケド他ノ連中ハ違ウ。深海棲艦デアルハズナノニ深海棲艦トシテノ使命ヲ果タセテナイ貴女ヲ排除シヨウトスル声モアル」
パチンッと王手。対策をしなければ、そのまま取られてしまうところまで追い込まれた。
「コノママナラ、排除案ガ多数決デ可決サレル可能性モアル。私モ組織ニ属シテイルカラ、決定ニナッタラ逆ラエナイ。ソノ状況ハ貴女ニトッテモ面倒ナハズヨ」
すると、戦艦棲姫はどこからか紙を取り出した。『所属証明書』と書かれたそこには、自身は深海棲艦側に属しており人類を殲滅させるために活動していく、などと署名をした者の立場が深海棲艦側にあるのだということ記載されていた。
「コレニ嘘デモイイカラ署名シテオクコトヲ勧メルワ。私ハ旧友デ将棋仲間ノ貴女ト戦イタクナイ。ソレニ貴女ニトッテモ、深海棲艦側ト主張シテオクコトニ不利益ハ無イト思ウケレド?」
少女の手番。王手にしてきた駒を王の駒でバキィッと叩き割った。視線は戦艦棲姫。その目には明確な意思が見えていた。
「……二日、時間ヲアゲルワ。ソノ時ニ返事ガ変ワッテイルコトヲ期待シテオク」
分かっていたようにため息をつき、視線を盤面へ。
「……ソレニシテモ、ドウシテナノカシラネェ」
再びため息。理由は言わずもがな、目の前の盤面にあった。
自軍はまさかの王、金のみ。それ以外は全て取られてしまっていた。さっき王手をかけられたのは辛うじて取ることが出来た歩で苦し紛れの一手のみ。
まるでさっきまで対等な勝負をしていたような振る舞いをしていた戦艦棲姫であったが、そんなことはなく圧倒的大差で負けていた。ほとんど勝負はついているといってもいいほどだ。
「私モ色々特訓シテキタハズナノニネェ……。前ト全ク変ワッテナイ気ガスルワ」
二人の付き合いは先ほど戦艦棲姫が言ったようにそれなりに長い。姫級深海棲艦の中でも超初期の頃から存在していた二人だったからこそ交流期間が長かっただけとも言えるかもしれないが、とにかく関係は深いほうであった。
そこから二人はいつしか将棋をする仲になった。戦術の勉強になるという方便で深海棲艦の中で昔に流行ったことがきっかけである可能性はあるが、本当にそうだったのかは正確には分からない。
これまでの戦績は少女の全勝。だが戦艦棲姫が弱いわけではなく、むしろ姫級深海棲艦の中では強い方だ。加えて勉強もしているため腕も上げてきている。実は以前よりはいい勝負になっているのだが、まだ圧倒的な差で負けてしまっているという事実に変わりはない。
「マダマダ足リナイ、トイウ訳ネ。……次ハマタ腕ヲ上ゲテクルワ」
立ち上がり、出口の方へ。去る直前、振り向く。
「ソレ、書イテオイテネ。ジャアネ、コーショ」
一人残された少女。渡された紙をじっと見つめ、掴む。そのまま──
ビリビリビリッ!
細かく破き、その場に放り投げる。一仕事終えたかのようにぐっと背伸びをして立ち上がり、連装砲ちゃんの方に向かう。どうやら息抜きはできたようだ。再度艤装を展開して、修理へと取り掛かる。
その目にはもう迷いはなかった。
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囮の時間
「……時は満ちた。今こそ、俺の力を示す時──!!」
────────
異常のありそうな箇所に加えて、殆ど全ての部品の取り換えに成功。これにより連装砲ちゃんの修理を完了させることに成功した少女。連装砲ちゃんはまだ寝ているものの、比較的状態がよくなったからなのか少女は先ほどと比べてそこまで気にかけている様子ではない。
「………」
修理開始からおよそ7時間。途中戦艦棲姫襲来というハプニングがあったものの、完遂することが出来たようだ。普段よりも集中して取り掛かっていたためか非常に疲労が溜まっているのか椅子に腰かけて目を瞑っている。寝ている……のだろうか。休んでいることは確かではあるようだが。
すると、部屋の戸が静か目にノックされる。
『姫サマ、リ級デス』
リ級のようだ。最初修理を始めた際に少女の邪魔をしないようにと、長い時間近づかないようにしていたが、そろそろ時間も経ってきた頃なので一度確認の意味も込めてきたのだろう。
勿論少女は返事などしない。できないのかもしれない。それを理解してか少ししてリ級が部屋に入ってくる。ただしいつもよりも出来る限り音を立てずに。
「──ッ!」
入ってきて早々、休んでいる少女を見て驚くリ級。長い間少女に仕えてきたがこのように寝ている様子を直接見るのは初めてだったからだ。
「姫サマ……ナント……!」
目の前で気を抜いて休んでいる姿に愛おしさや美しさを見出し感極まって口元を押さえてしまうリ級。いずれ見れたらいいなと密かに思っていた少女の姿の一つをこうして拝見できたのだ。言ってしまえば、いきなりめちゃくちゃ刺さる推しの供給が行われた状態だ。こうなっても仕方がないといえよう。
「──ハッ、イケマセン。休マレテイルナラバ、早ク出テイカナケレバ……」
少女を心配する忠誠心からなんとか持ち直す。言葉の通り出ていこうと行動をしようとするが、『ソノ前ニ』と一瞬辺りを見渡し連装砲ちゃんを探す。すぐに発見。預けたときから様子は変わっていないように見えるが、少女がこうして休んでいることから絶対修理してくれたはずだと結論づける。
「(島風サン達が任務カラ帰還スルノハ四日後。アノ集中サレテイタ姫サマノ様子カラ帰還サレル頃ニ終ワルカト予想シテイマシタガ……流石姫サマデス!)」
リ級の中で少女に対する尊敬度がぐんぐん上昇。元より上限のないメータのためどこまで上がるのかはわからないが。
それはともかくとして、邪魔をしないために一度少女へ頭を下げることを忘れずに行い、再び静かに部屋から出ていった。
残された少女と連装砲ちゃん。いずれ起こる二つの大きな厄災に向けての、束の間の休憩といったところだろう。なおそれを少女が知るのは、少し先の話ではあるのだが。
──────
「──ュー!! キュー!!!」
「……」
「! キュ、キュー!!」
リ級が訪ねてからおよそ3時間後、起床。目覚めた少女の瞳に映るは大きい起きている連装砲ちゃん。手(ひれ?)で少女の胸のほうを叩いて起きたことに喜んでいる様子。起きたというよりもどちらかといえば起こされたといってもいいこの状況。普段の少女なら絶対そこで朝いちばんの怒りを見せるところではあるが、怒りの様子を見せない。きっと連装砲ちゃんだからだろう。
出来ていると確信はしていたがこうして意識を取り戻し完治した連装砲ちゃん。改めてそれを認識した少女は一回息を吐き、優しく連装砲ちゃんを抱きかかえてゆっくり床に下ろす。そして立ち上がり、腕を天へやり身体を伸ばす。ゴキベキバキという鳴ってはいけないような音を鳴らしつつ身体をほぐしていく。連装砲ちゃんはそれをまね始めた。
日課のほぐしを済ませたその後は基本的に少女の気分次第。本を読んだり装備の手入れをしたり、はたまた食事に出ることもしばしば。さて今日はどうするかという時に、視線を連装砲ちゃんに向ける少女。
「キュ?」
いつものフキンをどこからか取り出し、手入れを開始。連装砲ちゃんは早速の手入れに驚いたものの装備である連装砲ちゃんにとって手入れは嬉しく気持ちの良いことなのでその身を少女に任せる。
「キュー……」
「…………」
職人のように集中して手入れを行う少女。時に強引に、しかし時に優しく手入れ。完全に連装砲ちゃんの顔は蕩け切っていた。
先のリ級の言葉が真なら島風帰還まではまだ時間がある。それまではこうして気まぐれにやってきた連装砲ちゃんの手入れをしたりして過ごしていくのだろう。
──その、はずだった。
「────キュ」
「……?」
突然、少女から距離を取った連装砲ちゃん。そのままどこかへかけていく。
「……」
先ほどの様子とは異なり、ただの機械になってしまったかのような様子。あれが先ほどと変わらず元気いっぱいなものであったら気に留めなかったが、明らかな不具合。とりあえず、追いかけることに。
早朝のようで誰も目覚めていない。そのため誰もいない基地の中を全速力で駆ける連装砲ちゃん。思っていた以上の速さで進む連装砲ちゃんに対し、少しギアを上げて連装砲ちゃんに追い付こうとする少女。
「キュ──」
「…………」
全力を出すと基地に損害が出てしまい大事な装備や連装砲ちゃんが傷ついてしまうことを恐れてか全力ではないにせよ、並大抵の深海棲艦の速度よりは速いものを出している少女であるが、どういうことか連装砲ちゃんとの距離がわずかながらしか縮まらない。
簡単な改装をしたもののあそこまで速くなるための部品の導入はしていないはずなのだが、あの速度。元々の艦の速力の関係もあるのだろうか。何にせよさらにギアを上げて追いかける少女。
ついに基地の外──海に出た。このことで少女はぐんとスピードを上げて連装砲ちゃんに接近。基地から大分離れて結構進んだある地点で──突然連装砲ちゃんの速度がガクンと落ちた。
「!」
少女も速度を落として連装砲ちゃんを捕まえた。確認すると意識を失っている様子。
「……」
突然の暴走。加減があったとはいえ少女に匹敵するほどのスピード。いずれかに思うところがあったようで思考を始める少女。そこに──。
「よぉ。死んでくれ」
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轟沈の時間
避ける。向けられた銃口の射線上から。
しかし完璧に避けるにはわずかに遅かった。頬にその攻撃を受けてしまった。ただし銃弾のかすり傷などではない。──直線上に肌が抉られた痕が出来ていた。ジュクジュクしている。溶けている、といってもいい。そこから熱も感じられる。
「ッ! は、ははっ……!」
驚き、口角を上げる男。確信こそしていたものの姫相手に対する実行は初めてであったからだ。
通じる。それだけで男の何かが湧き上がる。
「……」
ぎぎぎ、と顔を男の方へ向ける少女。
いるのは男だけでなく、男の護衛として位置しているような複数の艦娘たち。少女に対して向けられている視線は恐怖、そして驚愕。以前少女に対して敵意をむき出しにしてきた者たちとは真逆でそれらは感じられない。
しかし、その男の近くにいる。それだけで敵であることを理解した。
──ブチっと切れる音がした。表情が怒りのものに変化する。
一瞬で優しくその場に連装砲ちゃんを置いて男たちの方へ攻撃を仕掛ける。
「! おい、俺を守れ!」
命令を下し自分の盾を動かす男。少女にとってはもうそこにいれば攻撃対象。前に出てきた艦娘に焦点を絞り拳を一撃。一瞬で轟沈寸前まで追い込む。
「ちぃ……!」
男の持つ銃は男の手で改造したもの。少女に傷を与えるほどの威力を持つが、十秒のクールダウンがある。残り四秒。その四秒を稼ぐために再び別の艦娘に盾の役割を命じる。
一撃大破。残り三秒。さらに一人に命令。動ける護衛残り一人
再び一撃。残り二秒。さらに一人に命令。動ける護衛残り零人。
一撃。残り一秒。次はお前だというように男のほうを向く。
今少女の一撃が男に突き刺さる、その瞬間。
残り零秒。
「効くことはわかった。さぁ、死ねッ!」
銃口を敢えて少女の方に向けず下にやり、振り上げる。同時に攻撃。
──少女の腕、首、身体がきれいに分離した。
各切断部分から強く噴き出す青い液体。
支えがなくなり、少女だった『それら』が海に落ち、沈んでいく。
「はは、ははは、ははははハハハハハハ!!!!」
放たれたのは、光線。いわばレーザービーム。それによって少女を破壊した。
「俺が! 人の技術が!! 討ち取ったんだ!!! あの、工廠棲姫をッ!!!」
歓喜。それが男を包む感情。
しかしふと、少女が置いた未だ気絶している連装砲ちゃんが目に入る。
「あぁ、お前ももういらねぇな」
クールダウン後に再び放ち、連装砲ちゃんを切断。少女と同様に沈んでいく。
「──ハハハ! これで証明できた! ようやく艦娘や妖精の時代が終わる!!!」
嬉しくてたまらない。そんな表情が隠せない。
「アハハハハハハハハハ!!!!!」
しばらくの間、その場所は男の高笑いで包まれた。
──────
「──!!」
瞬間、リ級は身体を起こす。切らしている荒い息。バクバクし続ける鼓動。異常な寒気。
辺りを見渡す。自身の部屋だ。このような症状が出る理由が分からず、目覚めたばかりで頭が回らないが必死で考える。刹那突として気が付く。
「……姫サマ?」
少女の気配が感じ取れない。深海棲艦同士で気配を感じあえることは以前に述べさせていただいたが、意識すればその存在が誰なのかを識別できる。実は毎日起床と同時に敬愛する少女がちゃんといるかをなんとなくで確認している。
その気配が何故かない。感じられない。
「……落チ着キマショウ。思イ出スノデスリ級。以前ニモアリマシタカラ」
基本的に自室でのんびり過ごす少女であるが、ごくたまに外出をしている時がありはしていた。用事は出歩くだけだったり資材資源採取だったりと多岐に渡るのだが。
ただし前回は五年ほど前だったりする。それほど頻度は低い。
「……」
しかし前回にはなかった妙な感覚を覚えるリ級。
深呼吸をして自身を落ち着けようとするものの晴れることはない。
「……三時間以内ニオ戻リニナラナケレバ、捜索スルコトニシマショウ。エエ、ソウシマショウ」
自分を納得させるためにわざと声に出すリ級。
どうせそんなことにはなるはずがない。きっとなんでもないように帰ってこられるはずだ。強くそう念じ自身の仕事に取り掛かろうとする。
──しかしこの日、少女が帰ってくることはなかった。
────────
「──!?」
任務の真っ最中、島風は『何か』を感じた。敵発見の感覚? 単純に体調不良? いずれでもない。島風自身なんと言えば良いのかわからない変な感覚なのだ。それも、今まで感じたことのないもの。ただ分かることは、この感覚は良い方向のものでは決してない、ということだけだ。
思わず動きを止めて思考を始める島風。そんな様子に一緒に任務に来ていた他の深海棲艦が声を掛ける。
「あ、あぁうゥん、大丈夫。ごめんナさい」
あれ、と自分の先ほど発した言葉に違和感を持つ島風。
「(私ってこンな話し方ダったっけ? ……って、こっチも?)」
内心の声までも少し違和感を覚えるものとなっていることに気が付く。少し前まではこのようなことはなかったのにもかかわらず、だ。先ほど感じた『何か』と、話し方の変化。この二つは何か関連があるとして、任務をこなしつつ思考する。
「……アれ、こレってもしカして」
すると、自分の今の話し方が若干他の深海棲艦のものに似ているのではないかという考えに至った。これまで自分が会ってきた者を挙げた時、その話し方が人間側なのか深海棲艦側なのかで微妙ながら違いがあることに気が付いたのだ。
これを真としたとき、自分に何が起こっているのかを考えると次のようになっているとすることができる。
「(私、深海棲艦に近づイてル?)」
寧ろ今までがおかしかったのかもしれない。外見だけが深海棲艦に酷似しているのに、まだ染まり切っていなかった状態。それが漸く進みだしたというところだろうか。
この姿になった当初は深海棲艦側に対しては敵対する者という感情しかなかったため、非常に恐ろしい変化でしかなかった。しかし今では──それでもいいのかなと考えてもいた。
「(リ級さんニ近づけテるって考えれバ……それに、こっちのほウが温かイし)」
とりあえずは納得。今のは自分が染まってきているよというだけのサインだったとするならば。
……だが島風の内心に未だに残る霧。おそらくその原因は『何か』。理由を自身で考え解明したと思ったはずなのに晴れない。
「(……なんでだロう?)」
今思いつくあらゆる可能性を思考するものの、変わらない。変えられない。
「(……後で考エよう)」
霧は薄くならないが濃くもならず一定。確かにこのままにしておくのは気持ちが悪いが、思いつかないのであれば仕方がない。それに、思考は帰ってからでもできるし、なんなら連装砲ちゃんをリ級から引き取りに行ったときにでも話を聞けるかもしれない。
「(そうダよね、連装砲ちゃんのコともあるし、はヤく任務こなさナきゃ。『速きこと、島風の如し』だカらね!)」
残り任務期間は三日弱。まだまだ始まったばかりのことではあるが、再び気合を入れて取り掛かるのであった。
──────
その日の午前九頃から、特定の海域のみにて嵐が発生。波が荒れに荒れており、雨も槍のように降り注いでいる様子。加えて海の中でも渦巻が発生しているため海上でも海の中からも近づくことが危険とされた。
午前十時、リ級が指揮を執り少女の捜索を開始。幅広く探索を行うが発見できず。また、件の海域には近づくことが難しいとされ、一度嵐が止むまで待ってからその海域を探索することに。
午後三時。例の海域以外の殆ど全ての探索を終了。発見できず。嵐も止まず。再び同じ箇所の探索を行うことによってすれ違った可能性を排除する方向に。
午後九時。嵐は止まず。加えて他の場所にて成果無し。一旦ここで探索を断念。日を改めて探索を行うことに。
翌日午前七時。嵐の存在消失を確認。探索開始。
午後六時。成果無し。
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通説の時間
『──アラ、珍シイワネェ。ソッチカラ連絡シテクルナンテ』
「……」
ある暗室。そこにて一人どこかへ通話の形で連絡を取っている者が一人。相手の余裕があるような態度と少々緊張気味な様子から、上司と部下のような関係性であることが窺える。
「……ナァ、明日ナンダロ?」
『エェ、ソウネェ。──何? マサカ怖気ヅイチャッタ?』
「……ンナ訳ナイダロ。ソレヨリ、『姫』ヲ知ラネェカ?」
『…………コーショノコト?』
相手を纏う雰囲気が変化。一段声のトーンが落ちる。それに少しだけ怯みはするものの、すぐに持ち直して続ける。
「アァ、突然行方ガ分カラナクナッタ。捜索シタガ手掛カリ無シ。コレダト明日は上手ク行カナインジャナイカト思ッテナ」
「……………」
雰囲気変わらず黙る相手。しばし無言が続く。仮に知らないのであれば即座に否定が入るであろうこの場面。黙っているということはもはや心当たりがあると言っているようなもの。そこで相手が何を言うかを待つことで聞いてやろうと考える。
『──マタ、ナノカシラネェ』
「マタ、ッテ……ドウイウコトダ?」
『ソウネ、ソレジャア話シテイキマショウカ。《深海棲艦ガ沈ンダラドウナルカ》ヲネ』
────
『ほ、本当に沈めたのか!?!?』
「えぇ、あの工廠棲姫を海に沈めてやりましたよ」
ある鎮守府の執務室。男が一人椅子に腰を掛けて笑みを浮かべながらどこかに電話をしている。この様子から非常に機嫌が良いということが窺え、受話器を持つ反対側の手で愛銃を回している。
その相手は海軍の本部。すなわち元帥である。彼はかつてラ九作戦を指揮したが沈められなかった工廠棲姫に対し、一旦触れないようにしたようではあるが、やはり諦めきれなかったところがあったのか、男のこの話にすごく関心を示していると同時にどこか悔しさのようなものが見え隠れしている。
『しょ、証拠は……?!』
「証拠ですか。あぁそれは写真に収めてお送りいたしましたよ。もうじき届くんじゃないですかねぇ?」
先日、工廠棲姫を海に沈めた男はその証拠としてその光景を写真に収め、プリントアウトしそれを海軍本部に送った。上は古臭いだろうからネットよりもこっちのほうが伝わるだろうという男の判断によるものであった。
『では、方法は!』
「そちらも証拠写真と同封して送らせていただきましたよ」
自身の銃、その設計図のコピーも一緒に送ったのだ。これにより、この武器が流行り本部から艦娘不要説の後押しをしてもらおうと考えたからである。大本営最高警戒深海棲艦であった工廠棲姫に通用したのだ。採用しないわけがないと信じながら。
『信じられない……。確かな証拠を目の当たりにしたわけではないからこのように言えるだけなのかもしれないが、あの工廠棲姫をまさか君たちの鎮守府のみで沈めることが出来たとは……』
「……そう、ですね」
『君たちの鎮守府』という点に引っかかりを覚える男。これではまるで男と艦娘の力によって撃破したと言っているようではないか、と。ふざけるな、といいたい男であったが抑える。
『──ん? 少し待っててくれ』
先方の声が離れていく。誰かが訪ねてきたきたようで、遠くで話声のようなものが聞こえる。
間が出来、意識を戻し、一回受話器から離れてため息。
「(……はぁ、《深海棲艦に通常兵器は通じない》という固定観念に振り回された老害め。……だがその時代は終わる。今日にな)」
何故電話をしているのかというと、その写真が届くのがこの時間辺りだからだ。常識が変わる瞬間に立ち会えることはできないものの、その瞬間を聞くことはできるだろうという考えの下からだった。
「(本来は立ち会いたいところではあったのだがな)」
視線を窓へ。外の様子がはっきり見える。──嵐が。
この嵐はつい先日から発生していた。この鎮守府から大本営までの距離は、手紙が緊急を要するものならばその日に届けられるほどの距離に位置している。つまりは行こうと思えばすぐに行けるような距離であるため、報告ついでに証拠写真らを渡す予定ではあった。
しかしこの嵐によって阻まれた。突発的で局所的な嵐。加えて毎年押し寄せる台風の比ではないほどの威力のため、人間が外に出ることをただいま禁じられているのだ。
「(まったく、ついてない)」
内心ため息を零す。だが時代が移るという事実は変わらない。その瞬間を聞こうじゃないかと受話器を耳に当て、改めて意識を電話の方へと移す。
『──すまない、待たせた』
「いいえ、とんでもありません」
『そして、届いたよ。君の証拠とやらがね……!』
「!」
思わず身を乗り出す。
ついに来たかと。待ちわびたその時がもう目の前にきているのだから。
「ではすぐに確認を」
『う、うむ……』
びりびりと何かを破く音。中身の写真がこれから見られるだろうというのは容易に想像できる。
男は笑う。声に出さずに。
男は待つ。自身を称える声を。
男は想像する。これからの自分を。
『あ、あぁなんてことだ……』
さぁ来いと身構える。この時、この瞬間から、時代は男のものに────
『なんてことを、してくれたんだ……ッ!!!』
───なることなど、あるはずがなかった。
「──は?」
「まさか、こんなことになるとは……そうか、これも我々先人の過ちか。きちんと訂正し伝えていれば……」
「な、何をおっしゃっているのですか……?」
ぶつぶつと一人思考を開始する元帥に男は混乱。流れが完全に訳の分からない方向へと行ってしまった。
受話器の向こうから伝わってくる微かな怒り、そして多くの後悔の念。理解が追い付かずしばし動けなくなった男に元帥がゆっくりと話し始める。
「《深海棲艦に通常兵器は通じない》という話を聞いたことがあるとは思うが……あれは厳密には違う、ということだ」
──────
「……何、言ッテンダ? アノ『姫』ガ沈ムワケナイダロ?」
『イイエ、沈ムワ。──直接見タノハアンマリ無イケドネ』
その強さを身をもって知っているためか強めに反論。しかし即座に返されてしまう。ここまで強く断言されてしまうと何も言えなくなってしまい、一瞬黙る。だがすぐに次の問いを始める。
「……分カッタ。仮ニソウダトシヨウジャナイカ。ナラ今マデコウシテイルノハ可笑シインジャナイカ? シカモ『姫』ダゾ? アンタモヨォーク知ッテルハズダヨナ」
『鈍イワネェ。ダカラコソ、コノ話ナンジャナイ』
「……《深海棲艦ガ沈ンダラドウナルカ》、ダッケカ」
一瞬、想像する。沈んだらどうなるのかを。しかしはっきりとした答えは出てこない。何せ人間への質問に変えるならば、『人は死んだ後どうなるのか』となるのだから。実体験のしようがない。するとしたら、それは自分の終わりの時なのだから。
『私モ直接体験シタコトハ無イノダケレドネェ』
普通無イダロと思いつつ黙って相手の言葉を待つ。
『……深海棲艦ハ基本的ニ、再ビ同ジ深海棲艦ニナルノヨ。ソノ記憶、練度ヲリセットシテネ』
「……ヘェ」
あまり興味なさそうに答える。それはそうだ。記憶と練度を犠牲にするということは、生まれ出てくるのが同じ容姿であったとしても全く違う。自分ではないのだ。興味深くはあったがどうせ自分には関係がないことだという感覚が抜けないようだ。
『私モソレダケカッテ思ッタ時ハ、ソコマデ興味ヲ持テナカッタワァ。今ノ貴女ミタイニネ』
「ウゲッ……」
同じ感想を持ってしまったことに若干嫌だというような声を思わず出してしまう。しかしガン無視して相手は続ける。
『コレハ、コーショガ発見シタノダケレドネ────』
────
「────どういう、ことですか? 《深海棲艦に通常兵器は通じない》という通説が異なることは理解はしていましたが……」
『……そうだろうな。実践しているのだから』
「…………」
重々しい雰囲気が晴れない。どういうことなんだという混乱、まさか自分はとんでもないことをやらかしてしまったのではないかという焦り、しかし自分のやったことは間違っているわけがないという信念。ぐちゃぐちゃに混じって整理できない心のまま、若干震える手で受話器を握り続ける男。
『──少し、昔の話をしようか。艦娘という存在がまだいなかった時期、つまり深海棲艦が現れだした時期だ』
「…………」
男がまだ小さかった頃だ。
『当時、我々は持てる力で深海棲艦に攻撃を仕掛けた。それらはきちんと効き、順調に沈めることが出来た』
「!」
この話を真とするなら、男の開発したレーザー銃以外の攻撃にて沈めることができたということだ。しかし今では上の通説が浸透しきっている。これは一体どういうことなのだろうか。
『──しかし奴等は復活していったのだ。何事もなかったようにな』
「! なんと……」
これが艦娘ならば、もっと言えば妖精さんの開発した装備ならば、基本的に相手は復活することはない。なるほど、それがあるならば艦娘のほうがいいと言える理由も分かる。しかし、まだ解消されていない点もある。
「(……待てよ?)」
そう、これだけでは通説が厳密に違うどころか、普通に効いている。加えてその復活してきた深海棲艦が本当に復活したものとは限らない。別個体の可能性もあるはずである。さらに復活しても、攻撃が効くならばまた同じように沈めてしまえばいいだけのことだ。
「……お言葉ですが元帥殿。先ほどのお話との関連が見えないのですが……」
『うむ、そうだな。実は深海棲艦は──』
ドシン
場面転換が多すぎるんだよね、それ一番言われてるから。
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やり返しの時間
ただ加筆しただけなのでほぼ中身変わってないのは許してヒヤシンス。
「──『深海棲艦ハ兵器デ沈メバ、ソノ兵器ノ攻撃耐性ガ付ク』……?」
『ソウヨォ。ソレガ深海棲艦ノ特徴ノ
電話口にて戸惑った口調の彼女と、冷静な向こう。どこかこういう反応も仕方ないかという雰囲気を漂わせている。圧倒的で衝撃的な事実。それを聞かされ一瞬頭が真っ白になってしまったが、その後とある疑問が彼女に浮かぶ。
「──ジャア、何デ未ダニ戦争ガ続イテルンダ? 記憶ガ無クナルッテイッテモ、本能デ人間ヘノ敵意ハアルダロ? 練度ハ確カニ痛イカモシレナイガ、耐性ガ付クナラソレダケデモウ強イジャナイカ」
深海棲艦の一部は理性を持たず本能で動いてる者もいる。どこの基地にも所属してないはぐれ艦隊だったり、海上(もしくは海中、海底)に突発的に誕生した深海棲艦だったりがその部類に入る。彼らは不思議なことに人間側か深海棲艦側かを明確に見極めて攻撃対象を定めている。こういった存在が実際にいる以上、記憶がなくなってもどう行動すべきなのかは深海棲艦ならば分かる可能性はありそうだ。
戦争勃発から七年以上は経過している。現状確かに人類側が不利な方に傾いてはいるところもあるものの、一応拮抗している形である。もし仮にこの耐性が付くということが事実ならば、人類を壊滅、もしくはそれに近しい形に出来ていたはずだ。
聞いている限り彼女の語る『姫』以外に戦争に非常に消極的な存在はいなそうだ。であるならばこのような疑問が浮かぶことも不自然ではないだろう。
『ソコデ、《艦娘》──正確ニハ《艦娘》ト《妖精》ガ絡ンデ来ルノヨ』
「! ヘェ……。ッテ、妖精? 妖精ッテナンダ?」
『空母ノ艦娘ガ艦載機ヲ飛バスデショウ? アレノ操縦者ダッタリ、ソノ艦載機ヤ魚雷ナンカヲ開発シテル謎ノ存在ヨ』
「……ソンナノガイルノカヨ」
『コレモコーショガ気ガ付イタ事ナノヨネェ』
ドウナッテンダウチノ『姫』と別方向の疑問は尽きることは知らないが、変わらず耳を傾け続ける。
『《妖精》ガ開発シタ武器ヲ《艦娘》ガ扱ッテ深海棲艦ヲ沈メタ時……ソノ時初メテ、兵器ヘノ耐性ガ付カナクナルラシイワ』
「ナルホドナァ、ダカラ私ラノ相手ハ艦娘ナンダナ。マタ戻ッテキタトシテモ確実ニ沈メルタメニ」
自身のことであるにもかかわらず初めて知ったことに関心を寄せる彼女。しかし、話の本筋がズレ出していることを悟り始めた。そのことを伝える。
「──ナァ、ツマリハドウイウ事ナンダ? マサカダトハ思ウガ……『姫』ハ沈ンデ記憶ヤラ練度ガリセットサレタダナンテ言ワナイヨナ?」
『ソレハアリ得ナイト思ウワァ』
話している内に早口になってしまった。そんなことはないとは思いつつも先ほど『姫』でさえも沈むと断定されてしまったことからその可能性だってある。少し震えている様子も見受けられた。彼女にとってはその程度に『姫』は悪くない存在であったのかもしれない。
しかし即刻否定。少し気持ちが軽くなったような様子になるものの、今度はじゃあ一体どういうことなんだという疑問が湧き止まない。関係がないのならばこの話をする必要はないのだから。
『私ハ正確ニハ今ノコーショハ知ラナイノダケレド……』
一拍置いて、続けられる。
『少ナクトモ、コーショハドンナ攻撃デ沈ンデモソノ攻撃耐性ガ付クシ、記憶モ練度モ失ワナイ。ソウイウ風ニ自分ヲ改造シタカラネェ』
──────
「■◼◼■◼■◼◼■■────!!!!!」
壁を破壊し、嵐の中からその姿を現して雄たけびを上げる。その怒りが高純度の黒い炎となって溢れ出しており、周囲の物を呑み込み溶かす。
その様は、まさに化物。『敵』と認定した
「──ッかハァッ! ハァッ、ハァッ……!」
ショックからしばらく呼吸を忘れていた男、なんとか取り戻し呼吸を再開。
「(な、なぜッ?! こ、いつがッ、ここにッ!?!)」
混乱、そして恐怖。それのみが今の男を支配している。本来、工廠棲姫は海の底に沈んでいったはずなのだから。三つに分解されたそれらが墜ちていく様を目の前で見ているのだから。
それが今『工廠棲姫』として目の前に存在している。この事実は男にとって受け入れ難いものであった。
「提督! 何事です、か……」
爆音に誘われやってくる艦娘たち。口調から男の心配の様子はなく、ただの現状確認のために来たようであった。
しかし、工廠棲姫にとってそれは関係ない。目の前に、加えて男の付近に現れた。それだけで『敵』なのだから。
「! よく来たお前ら! 行け!」
「え?! あ、はい!?」
艦娘たちに気が付いた男は即座に言葉を掛け、すぐに艦娘たちの後ろへ回る。
前に出された艦娘達は困惑と怒りが混じったが、自身の使命を思い出し工廠棲姫へ向き合う──
ク゛シ゛ャ゛リ゛
──その瞬間に、破壊される。それなりの練度を誇るものの、全艦同時に一撃大破。ここが海上ならば轟沈──いや、それ以上といってもいいような損傷。ここが陸上であったが故に未だ生きているというべきだろう。
ここまで一瞬。しかし男は時間が稼げるとは微塵も感じてなかった。仮に出来ても僅か数秒だろう、と。しかしその時間で冷静に近づくことはできる。これを男は狙ったのだ。
身体の震えは止まないものの、ある程度思考が許されるようになってきた。過呼吸もまだマシになってきはした。
「(考えろ! これをどうすれば打開出来る?!)」
だからといって、この先の手が思いついたわけではない。相手はあの工廠棲姫。こちらに視線が向いていることからすぐにでも殺しにきてもおかしくない状況。
生死がかかった故に普段以上に思考は捗る。そして、先ほどの自分の思考を思い出した。
──復活してきたとしても、また沈めてしまえばいい。
反射的に男は手をポケットへと突っ込む。
あった。レーザー銃。
「は、ははははハハハハハ!!!」
自身を鼓舞するため、笑う。ぎこちないが、震えを静まらせるには十分すぎた。
「そうだッ! 俺にはこいつがあるッ! お前を一度沈めたッ! この銃がッ!!」
最初からこうすればよかったと思いながら銃口を工廠棲姫へ。対象は動かない。避けようともしない。
「海を彷徨う亡霊がッ! 沈めェ!!!」
トリガーを引く。放たれる光線。一度は少女の肌を溶かし、身体を貫いた攻撃。今回も同様に工廠棲姫へ致命的損傷を与え────
「──は?」
──る、わけがない。
光線は工廠棲姫の胸元に放たれている。男の想定では胸元を貫通させ、そのまま全身を真っ二つに分断するつもりであった。しかし、現実はどうだろうか。
光線は確かに当たっている。それは誰の目から見ても明らか。だが、貫通などしておらず、ダメージを食らっている様子がない。つまり、0ダメージなのだ。
「────」
言葉が出ない。男の持つ知恵、技術の結晶。それがいとも容易く無効化されてしまったのだから。
「■◼■◼■■────!!!!!」
工廠棲姫の叫びが響く。激しく揺れ出す鎮守府。
その勢いのまま、工廠棲姫は男の方へ──────。
前あった最後の箇所は一旦なかったことにしてちょ。
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決意の時間
沈黙。それが通話で連絡をしている彼女らを支配している。これは驚愕によるもの。『姫』について何かしらの秘密があるとはしていたが、まさかそうなっていたなど信じられなかった。
──コーショハドンナ攻撃デ沈ンデモソノ攻撃耐性ガ付クシ、記憶モ練度モ失ワナイ。ソウイウ風ニ自分ヲ改造シタカラネェ。
彼女の脳裏に、先ほどの言葉が繰り返される。仮にこれが事実ならば、『姫』次第で深海棲艦の未来は大きく変わってくる。もしその改造を他の深海棲艦すべてに施したらならば、そう考えると戦争では圧倒的有利に働くだろう。
今彼女はこの話を直接見たわけではなくこうして聞いただけだ。しかしこの場面で嘘を吐くような者ではないということを彼女は理解しているし、幾度か攻撃を無効化している『姫』を彼女は目撃している。あれがこの話によるものであったとしたら……? その耐久力にも説明が付く。
「……アンタノ口振リカラ、『姫』ハチャント帰ッテクルンダロウナッテコトハ分カッタサ」
『マァ……ソウネェ』
「──ナァ、本当ニヤレルノカ? 《『姫』ヲ生ケ捕リ》ナンテ」
彼女の語る《『姫』の生け捕り》。これが今回の《作戦》の内容である。もし仮に期日に自身が深海棲艦側であることを示さなかった場合に行われるもので、以前よりそれに関するやり取りを今回のような形で行っていた。
当初は基本的に動くのは向こうの相手であり彼女はその補佐であると聞いていたので、少し楽観気味なところはあった。それ以上の懸念点があったためにそこを考える余裕がなかったとも言えるかもしれない。しかしこうして改めて『姫』のバケモノっぷりを聞かされてしまったために、流石にそこに対しての不安も出始めてきたみたいだ。
今聞いた『姫』の特性を纏めると、【一度ある方法で沈めてしまえばその耐性を付けた状態で復活する】というもの。そういう風に改造した状態であらゆる原因で幾度も沈んできたことと推測できる。そのためにあの耐性を持ち合わせているのだろうと考えられる。
だとすると、『姫』に今持ち合わせている手段で効く攻撃はできないのではないか、という方向に考えがいってしまう。砲撃、雷撃、爆撃など……深海棲艦が持つ攻撃手段では『姫』にダメージを与えることすらできない。だというのにそんな状態で生け捕りなんて不可能ではないかと、このように彼女は考えてしまったのだ。
「……ナァ、『姫』ハアンタノ友人ミタイナモンナンダロ? ソモソモソウイウ相手ト戦イタイトカ思ワナインジャナイノカ?」
少し前のめりになり、少々早口になって続ける。
「今カラデモ遅クハネェダロ? ホラ、《触ラヌ神ニ祟リナシ》ナンテ言葉モアルジャンカ。ダカラサ、ヤッパリ『姫』ガドッチヲ選択シタトシテモ、放置デイインジャ──」
『──アラ、コーショニ情デモ湧イタノカシラァ? ソレトモ……ソノ基地ノ連中ニ対シテカシラァ』
「……!」
突かれてしまい、黙ってしまう。さっきまで早口でまくし立てていたのに急に黙ってしまったその様子が面白かったのか、くすくすと笑いながら相手は続ける。
『ソウネェ。アノ基地ハコーショニノミ忠誠ヲ誓ッテイル歪ナ深海棲艦達ノ集マリ。アル意味反乱分子ノヨウナモノダモノネェ……。《作戦》決行時ニ一緒ニ生ケ捕ケシテヤロウカシラ』
「! マ、待テッテ。重要ナノハ『姫』ノ方ダロ? ダッタラ基地ノ奴ラニ構ッテル暇ナンカナイハズダ。ソレニ、ダイタイ『姫』ヲ生ケ捕リニシテドウスルンダヨ?」
ここでも少々早口になり話題を別の方に逸らす。気付いてか気が付いてないのかまた小さく笑いながら、乗っかってきた。
『生ケ捕リニシテドウスルカ、ネェ……。マダ詳シクハ決マッテナイケド、〈殺ス〉コトハ確定シテソウネェ』
「……ハ? 『姫』ヲ? 殺ス?」
そのことに対する怒りのようなもの以前に、どうやって? という疑問が彼女を包む。
さっきも出てきていたように、現在の『姫』には深海棲艦の持ちうる全ての攻撃への耐性を持っていることが考えられる。傷一つ付けることが出来ていない。そうなっていると相手が先ほどそのように断言していた。仮に沈めてもその耐性を付けて復活する。殺すなんて不可能であるように思われるだろう。
『──勘違イシテナイカシラ。〈沈マセル〉コトト〈殺ス〉コトハ完全一致デハナイノヨ』
「──ハ? エ? マスマス分カラン。沈ムコトガ死ト同義ジャナイノカ?」
『サッキ普通ノ深海棲艦モ記憶ヤ練度ヲ失イハスルケド復活デキルッテ言ッタジャナイ。マァ、記憶ヲ無クスコトヲ死トスルナラソレモソウダケレド。ココデハ「存在ソノモノノ消滅」、ツマリ肉体ノ死ヲ死トスルワネ』
前置きをし、続ける。
『深海棲艦ニハネ、〈核〉ガアルノ。コレガ破壊サレレバ問答無用デ記憶モ肉体モ失ワレ、死ヌ』
「……〈核〉」
『〈核〉ハ深海棲艦ノ命。肉体ノ奥深クニ隠サレテルッテ言ワレテルワァ。マァ私ハ実際ニ見タコトハナイシ、深海棲艦ニヨッテソノ場所ハ違ウミタイダケドネェ』
「……」
新たな〈核〉という真実。今回に関しては自分にも関わるため少し黙ってしまう。もっと深くこの〈核〉について知りたい欲求はあったが、一旦は置いておくことにした。おそらく、生け捕りにして『姫』の〈核〉を探し当てて破壊し殺そうということだろう。
考えもしなかった『姫』の死。不可能だと思っていたそれがこれまでの事実によってそれが可能であることを知ってしまった。そこまで考えてると気が付けば彼女は問いかけていた。
「……サッキモ言ッタケド、『姫』ハアンタニトッテ大キイ存在ナンダロ? 殺スッテコトハ存在ヲ消スッテコトダッテノハアンタノ方ガ知ッテルヨナ。ソレナノニ、ドウシテ──」
『ハァ……アナタ、未熟ネェ』
友人の死について動揺することなく、当然のように呆れてため息を零される。予想と違った反応に驚きを隠せない。少し動揺した様子やぽつりと本音が落とされるというような反応を期待していただけに。
『確カニ、私個人トシテハコーショノ事ヲ好マシク思ッテイルワァ。将棋仲間トシテネェ』
「ダッタラ……」
『デモソレッテ全体ト関係無イワヨネ?』
「……全、体?」
『組織主義……ト言エバイイカシラ? 私ノ意思ヨリモ組織ノ意思ノ方ガ重要ナノ。何ヨリモ、ネ。コノ《作戦》ハ組織ノ意思。ナラバ、私ハソレヲコナス義務ガアル』
「!」
今までなかった本気のトーン。これまでとは違う物言いに、何も言えなくなってしまう。固い決意を持った、信念しかない声。これが向こうの行動原理であるということを理解せざるを得なかった。説得は不可能だろう。
『アナタニモ何レ分カルワァ。組織主義ガ、深海棲艦ガ持ツベキ本当ノ意思ナノダカラ』
「ッ……」
『ソレジャア、切ルワネ。安心シナサイ。《作戦》ハ何カ事故ガ起キナイ限リハ確実ニ遂行スルカラ』
「! 待テ、待ッテクレヨ! 戦艦棲姫サマ!」
切れる通話。結局未来を変えられなかったことでしばらく立ち尽くしてしまう。
近づいてくる決行日。これから彼女はこの基地の主を捕らえるために戦うことになる。所謂、裏切り者として。
「クソッ……!」
想いを馳せる。最初は任務できただけのつもりだったが、段々普通に楽しくなってきてしまったこと。今までの基地以上に温かさがあったこと。
でもどうしようもない。上には逆らえないのだ。やるしかないのだ。
「……恨ンデクレヨ」
それなら、思いっきり敵を演じてやろう。そうすれば、自分はここに戻ることはもうできなくなる。自分の心残りもなくなるかもしれない。
そうだ、それがいい。一回頷き、深呼吸をし、戦艦レ級は決意を固めるのであった。
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作戦の時間
少女捜索開始から数日。様々な場所へ捜索したものの成果が全く得られず仕舞い。敬愛する姫サマを発見することが出来ずにいた代理指揮者重巡リ級(普段から基地の運営を任されているためやっていることは何も変わらないが、少女がいない間はあくまで〈代理〉らしい)は憔悴しきっていた。彼女の行動原理は基本的に全て少女のためであり、少女のため=基地のためという法則で運営を行っていた。普段から少女の過ごしている場所の管理をすることこそ生きがいのようなものであったのだ。
しかし現在ではその少女がいない。少女のことを疑っているわけではないが、万が一少女の身に何かあったらと思うと震えが止まらなくなる様子。だがそれで基地の管理をおざなりにしてしまえば少女に顔向けできないとして無理やりに身体を動かして基地の運営をこなしてきた。
それでもそろそろ限界であったのだろう。先述したように顔色があまりよくなく、憔悴しきっている。どこか動きもぎこちなく、心身共に極限状態に近い。
今彼女を支配するのは、少女の安否の心配。これも先述したように、少女の実力を疑っているわけでない。何度も実体験しているのだから、疑いようもない。けれどもそれでも心配なものは心配のようだ。
漸く仕事に一段落ついたのか、ふうと一回息をつく。するとおもむろに立ち上がって軽く身体をほぐした後、ある場所に向かって歩き出す。その方向はおそらく、この基地から唯一海に出られる場所。
遠征や出撃(滅多にない)の際に使われる場所であり、かなり広めになっている。つまり、もし少女が帰還したときに必ず通る場所。時間が出来ればすぐにここへ来て少女の帰りを待つのだ。
普段はちらほら誰かいたりする。ヲ級だったりル級だったり他の駆逐艦巡洋艦たちだったりも待っていたときがあった。それほどまでにどういうわけか忠誠心を集めている少女であったが、今は誰もいなかった。
「……姫サマ」
運営を任されているリ級がこの基地からいなくなると基地は回りづらくなる。故に基本的にずっとこの基地に居続けるしかない。本当は捜索隊のように実際に現地に行って探索をしたかったのだが、こればかりは仕方がない。捜索や報告に漏れはないと確信しているため少女は未だ行方不明であることは明白。いつもずっと自分の部屋でコレクションに囲まれて暮らしている少女が長いことこの基地を空けるという時点で嫌な予感が働くだろう。それでもリ級には、この基地の者たちは待つしかないのだ。いつでも少女が帰ってきてもいいように。
「ドウカ……」
手を組み静かに祈りの姿勢。自身の想いの全てを込めている様子がはっきりと伝わってくる。これも少女が行方不明になってから彼女がずっと続けていることであり、リ級にとっては必要な行為であった。
そんな中、ふと祈りを捧げている方向からさぁっと波の音が聞こえた。明らかに自然にそうなったのではなく誰かがやってきたときに聞こえるもの。思わず顔を上げると──。
「! ヒ、姫サマ……!!」
「……」
大事そうに連装砲ちゃんを抱えた少女の姿がそこにあった。
いきなりの帰還。そんな気配など一切なかったのに突然現れたことへの驚き、無事に帰ってきてくれたことへの喜び。特に後者の感情が強く走り感激のあまりしばらく動けなくなってしまう。
声も出せないリ級など気にも留めず、普通に基地の中へ入り、自分の部屋の方へと向かう少女。久々の再会でも変わらない少女の行動により正気に戻ったリ級は少女を引き留めようとする。なんにせよ無事に帰ってきたのだからお祝いの宴会を開きたい。せめてそのことだけでもお伝えしようと。
「ヒ、姫サ──」
しかしその瞬間、リ級はある二か所に目を奪われる。片方の頬にある何かから抉られたような痕。首にある無理やり繋ぎ合わせたかのような痕。
これらからリ級は考える。きっと自分の想像できない何かがあったのだろう。だから帰還されるのにこんなに時間がかかったのだろう。もしそうであったのならば、少女は相当疲れているはずだ。疲れている中宴会をしたって少女は楽しめないだろう、と。
一度口を噤み、少女の行く方に向かって頭を下げる。
「(ドウカ、ユックリオ休ミニナッテ下サイ)」
少女が見えなくなるまで頭を下げ続け、そのまま放送室のほうへ急ぐ。これから行うのは少女が無事に帰還したという嬉しい報告。しかしそれと同じくらい警告の意味も込めている。
今少女は疲れていること。もし騒いでしまったら少女の機嫌を損ねてしまうこと。一応言っておかないとル級とかいう戦闘狂が少女に特攻するかもしれない。他にも少女を慕う深海棲艦がその目で帰還されたことを確認しに行くかも分からない。
そこで強く警告することで、彼女らに「疲レテイルナラ仕方ナイ」と思わせることができ少女を休ませることが出来るということだ。
当たり前のように突然帰ってきて基地内を歩いている少女を目撃している深海棲艦も既に多少なりともいるだろう。下手に何もしないよりはこうして全体に周知させておいた方が、万が一「疲レテイテモ戦ワセロ!」とかいう戦艦のストッパーになってくれる期待もある。
「フゥ……」
放送が終了し、一息。
非常にあっさりしたものだったとはいえ、帰ってきてくれた。それだけでリ級の肩はふっと軽くなる。嬉しさによるものなのか少し目の前が滲んできていたようだが……。
「……イエ、ココデ折レテハイケマセン!」
目元を擦り改めて気合を入れる。
そう、気が緩んでしまうここが正面場。後日行う宴会の事もしっかり頭に入れた上で、リ級は次に自分がやるべきことのために動き出す────その刹那、通りかかった出撃場所にて、思いもよらない者に遭遇してしまう。
「──セ、戦艦棲姫サマ?!?」
「アラ、コーショノ所ノリ級ネ。話ガ出来ソウナ子デ助カッタワァ」
戦艦棲姫。少女と同じく姫級の深海棲艦であり、長く生きている深海棲艦の一人でもある。実力はもう語るまでもないだろう。
「コーショニ話ガアルノ。呼ンデキテクレナイカシラ?」
「ア、アノ実ハ姫サマハタダイマ休息中デアリマシテ。オ急ギデナケレバ後日ニシテ頂キタイノデスガ……」
「残念ナガラ急ギナノヨォ。コーショモ分カッテイルハズダカラ、ホラ早ク!」
「シ、シカシ……」
笑顔の圧で問いかける戦艦棲姫と、考えるリ級。一応疲れていると勝手に判断したのは自分ではあるから呼びに行くくらいなら──と思考を続けていると、ぬっと後ろに気配を感じる。
「! 姫サマ……」
「アラ、ワザワザ来テクレタノ? 嬉シイワネェ」
リ級から離れて少女の方へ向かう戦艦棲姫。
「サァ、今日ガ時間ヨ。アノ紙ヲ出シテモラオウ────」
──途端。
ト゛コ゛ォ゛ッ!!
一瞬で繰り出された殴り。リ級からすれば突然突風が吹いたかと思えば、少女が殴った後の姿勢に、そして戦艦棲姫が消えていたことしか分からなかった。
少女はそれだけで終わらず、艤装を展開し駆ける。その先は、おそらく戦艦棲姫が飛ばされた場所。
「! オ待チクダサイ、姫サマ!」
慌てて追いかけるリ級。艤装を展開することも忘れない。
先ほどの爆音によって駆け付け、少女やリ級が出ていくのを目撃した者たちは、何かあるのかもしれないとして、念のため艤装を纏い同じく基地の外へと向かうのだった。
─────────────────
「ハァ……イキナリ酷イジャナイ。コーショ?」
「……」
基地の出入り口から数十メートル地点。殴り飛ばされたはずなのに損傷はまるでない戦艦棲姫、それを分かってか直接やってきた少女。戦艦棲姫の言葉に何も反応することなく、ただ無表情のままじっと戦艦棲姫を見つめる。まるで早く帰れ、と言っているようだ。
そんな様子の少女に「変ワラナイワネェ」と一言呟き、一度ため息。気を取り直し再び少女に問いかける。
「マァ、イイワァ。ソレヨリコーショ。アノ紙ヲ出シナサイ? ソレダケデ私ハイイノヨ?」
「……」
「……ヤッパリ、ネェ」
体勢を崩さない少女に、呆れや諦めを含んだ笑みを浮かべる。再びため息を俯いて零したかと思えば──。
「ジャア、〈作戦〉決行ネ」
目付き、声質、全てが切り替わる。同時に海底から異形巨人の姿をした戦艦棲姫の艤装出現。互いに戦闘態勢が整ってしまった。今にもぶつかり合いそうな時、基地の方からリ級を始めとしたヲ級やル級、他の駆逐艦巡洋艦など多くの深海棲艦がやってくる。
「……状況ハ分カリマセンガ、姫サマト対立サレテイル以上──私達ハ、姫サマノ援護ヲサセテイタダキマス!」
「──アラアラ」
代表してリ級が言葉を発する。数としては多対一。圧倒的不利であるはずなのに余裕を崩さない戦艦棲姫。ここまでの戦力差ならば圧倒的に厳しいはず。それなのにどうして焦りすらもしないのかと少女を除く基地の深海棲艦達が内心思っているところに……突然、横から攻撃される。
「──ッ!?!」
攻撃と言ってもダメージになるものではなく怯ませるもの。上手く引っかかったリ級は一瞬思考が飛ばされてしまった。戦艦棲姫は攻撃をした様子はない。加えてこっち側にいた存在からの攻撃だ。
「……ドウイウ、事デスカ──レ級ッ!!」
自分たちから一歩前に出てきて、少女と戦艦棲姫の元へ行かせないように立つレ級。いつもの彼女のように不敵な笑みを浮かべてはおらず、無表情だ。
「レ級、《改flagship》ヲ許可スルワ。思ウ存分、暴レナサイ」
「……了解」
少女vs戦艦棲姫、基地の深海棲艦vsレ級という大きな二つの戦いが今、始まろうとしていた。
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決戦の時間
突然の妨害行動。少女の元へ行かせないようにして前に陣取るその振る舞い。裏切りと呼んでもいいこの行為に一同動けない。そんな彼女らに目もくれず、俯いたままのレ級。
「《改flagship》覚醒……」
呟く。そして起こる突風。風に包まれ、次に姿を現したレ級は大きく見た目を変えた。左目が青く光り、全体的に黄色く、しかしどす黒いオーラを纏っている。見た目が変わった。だがそれだけではないのだということがその場にいる者全員が直感で悟る。姫たちを除き、今この場で一番強い深海棲艦は、彼女であると。
そして絶望する。そんな彼女が、自分たちの敵として目の前にいることに。
「ッ! レ級! 説明シテ下サイ! ドウイウ事デスカ?!」
「……ドウイウ事、ネェ?」
ニィ、と笑みを浮かべた。さっきまでの無表情が嘘のように。まるでいつものように。
顔を上げる。笑っていた。しかしそれは、見たものに恐怖しか与えない。
「見リャ分カルダロ!? 私ハオ前達ノ敵ダッ!! 姫ヲ援護シタキャ、私ヲ倒シテミヤガレ!!」
本人からのはっきりとした裏切り宣言。これで決定した。少女陣営にとっては、レ級は敵なのだ。
これを受けての、他の者たちの反応は様々だ。
「……面白イジャナイカ」
驚きつつも、新たなる強敵の発見に心が躍ってしまう者。
「ヲ……ォ……?」
裏切りのショックで怯んでしまい、まだ信じることができてない者。
「……レ級?」
──どこか、違和感を覚える者。
しかし、どんな反応であっても彼女らのこれからの行動は決まっていた。
「……ソウダ、ソレデイイ」
艤装展開。成れる者は成る。最初から全力状態。そうしなければ対抗すらできないからだ。
レ級に対して情がないわけではないし、むしろ全員があるほうだろう。けれども、彼女らの主は少女だ。少女がその道を選んだのならば、ついていくしかない。レ級が向こうに行ってしまった時点で、この戦いは避けられない。
「……ヘ、来ネェノカヨ。ダッタラ、コッチカラ行クゾォ!!」
今、こちら側の火蓋が切られた。
────────
「アラ、始マッタミタイネェ」
首を鳴らしながら告げる戦艦棲姫。相対する指を鳴らしてその時を待つ少女。
「ジャア、コッチモ始メマショウカ」
再び空気が変わる。瞬間、両者後ろに下がり少し距離を空ける。
「ハァッ!」
ズドンッ!!
戦艦棲姫の艤装から放たれる砲撃。予備同化などなしに速さに特化したもの。
突然放たれた一撃。並大抵の相手なら怯み、対応できず、当たってしまうかもしれない。
しかし、少女は歴戦の深海棲艦だ。
ガシィッ!!
容易く見切り、片手でキャッチ。そのまま圧縮。勢いよく投げ返した。
自分が撃った弾がそのままの速さで返ってきたと言ってもいい。これも者が者なら対応できず、被弾してしまうだろう。
だが、戦艦棲姫も歴戦の深海棲艦であり、少女のことを長く知っている者でもある。そんな行動など予測済みだった。
右手の甲で弾く。斜め後ろからの爆発音と、爆風。
戦闘開始から僅か数秒。両者無傷だ。
「……マァ、ソリャ効カナイワヨネェ」
くすっと笑う戦艦棲姫。効かないこと分かっていたはず。なのにどうしてこんな行動に出たのか。こうして両者がぶつかり合うことは久しい。実力が鈍ってないかを試したとも言えるかもしれない。
「ヤッパリ貴女ニハ、コッチジャナイト駄目ミタイネェ」
拳を握る。そう、少女と同じ近接戦。戦艦の攻撃である砲撃が効かないということを戦艦棲姫は知っている。
今回戦艦棲姫に課せられた任務は、少女の生け捕り。多少なりともダメージを与えなくてはならない。そこで、近接戦闘だ。
互いに、駆ける。互いの得意な拳を握りしめて。
近づく。同時に繰り出す。己が持つ、その拳を。
衝突。威力がすさまじく衝撃波が海面にも伝わっている。
「──ネェ、忘レタノカシラァ? コーショ」
しかし、拮抗はすぐ崩れた。
「……!」
徐々にではあるが、押される少女。
身体を捻り戦艦棲姫の拳に蹴りを入れ、競り合いを止め、そのまま下がり距離を取る少女。自分の拳と戦艦棲姫を順に見る。
「フフフ……久々ダモノネェ。イイワァ、ソノ表情」
「……」
少女の艦種は工作艦。戦艦棲姫は言わずもがな。双方、最強格の姫級深海棲艦であることは間違いない。しかし、艦種というこの差は超えられない。
現状の純粋な力比べでは、戦艦棲姫が上であるということが、たった今証明された。
──────
「ソンナ、姫サマガ……ッ!」
「ヨソ見シテンジャネェ!」
「ッ!」
戦闘開始からわずか一分程度。戦況は荒れていた。
状況として多対一。多少個々の力が低かったとしても、それを数で補うことで拮抗、または圧倒するはずだった。
戦争とは数である。数が多い方が征することが基本である。しかし、圧倒的な実力を持つ個を相手にしている場合は話は別だ。
駆逐艦、巡洋艦などの《改flagship》に成ることが出来ない艦は、殆どがあのレ級を前にして動くことが出来ず航行不能。現在戦闘行動を行えている成れる艦や成れないが勇気を持つ艦も全員小破以上の損傷。なお、対象はかすり傷未満の損傷しか見受けられない。
加えて、優勢なのはレ級である。理由は単純、個が群を超えていたからだ。
「戦闘狂ノル級サンヨォ、コノ程度ナノカァ?!」
「クッ……! ──イイゾ、イイゾレ級ゥゥ!!」
基礎となる速さ、火力。加えて戦艦にあるまじき雷撃や戦闘機発艦。レ級eliteの状態で既に他の深海棲艦の改flagshipに届くか届かないかの位置に居たのを、flagshipをすっ飛ばして改flagshipに成ってしまった。並の深海棲艦ならば、勝てない。届かない。
それが分かっているからこそ、リ級はレ級に対して疑問を抱いていた。
「(コレホドノ強サヲ持チナガラ、何故マダ戦闘ガ続イテイルンデショウカ……?)」
できないわけではないはずだ。今のレ級の動きからそれは見て取れる。
現在ヲ級の艦攻や艦爆に対処しつつ、ル級を圧倒しながら、リ級と砲火を交えている。三人を完全に翻弄しているにもかかわらず、必死さが感じられない。当たり前のようにこなしている。すなわち、本気を出していないということ。
時間を稼いでる、と見る事も出来なくはない。リ級らを少女と戦艦棲姫の戦いに入らせないように戦闘をしているわけであるので、敢えて長引かせていると判断する事も出来る。
しかしレ級は少女の強さを体感したり、見たりしてきたはずだ。何か目的があっての戦闘ならば、少女を制圧することが目標のはず。いくら戦艦棲姫とはいえ一対一で少女を完封することは厳しいだろう。
それなら、リ級達全員を撃沈寸前の航行不能状態か、それ以上にして戦艦棲姫に合流すれば、目標達成は早いはずだ。
しかし、それをしていない。加えて小破以上の損傷を誰にも負わせていない。
やはりおかしい。リ級はそう感じ取らざるをえなかった。
「──レ級、ドウシタンダ! 何故本気ヲ出サンノダ!」
「……ヲ?」
他の者も薄々同じことを感じ取っていたらしい。全員その場で動きを止め、レ級を囲むようにして位置する。
ル級は手加減されてることに憤りを感じて詰め寄り、ヲ級はどこか不思議そうにレ級を見つめる。そのほかの者たちも、全員同じところに至ったのだろう。三人と同様に、遠目ではあるがレ級を囲んだ。
「──ナ、ナンダヨオ前ラ? 私ハ、敵ダゾ? 今マデココノスパイヲシテタンダ。今日コノ日ノタメニナァ。ホラ、サッサトカカッテ来イヨ」
はがれてきている。少しずつ。
「──レ級」
「ッ! ソンナ目デ見ルンジャネェ!」
砲撃。しかし、当たらない。
「……ラシクナイ。オ前ラシクナイゾレ級! 演習ノ時ノオ前ト戦ッテイタトキハモット気ママダッタ。ダガ、今ハ?! ツマラン戦イ方シカシナイジャナイカ!!」
「……ェ」
「モシ本当ニ敵ニ回ッタノナラバ、私ハ敵トシテ受ケ入レテヤッタサ。ダガソノ目ハナンダ! 敵ノ目ヲシテナイジャナイカ! 何カ、アルンダロウ!?」
「ヲヲ!!」
「……ルセェ」
「……話ナラ、イクラデモ聞キマスヨ。私以外ニモ、ココノ皆サンハ全員──」
「──ウルセェンダヨォ!!」
再び、発砲。やはり、誰にも当たることはなかった。
「オ前ラハナァ、私ヲ敵トシテ迎エ討テバイインダヨ!! 覚悟ハ決メタンダ!! 敵トシテ、ココニ立ツッテ!! ……ナノニッ!!」
思いの丈を叫ぶレ級。
「ナノニ……ナンデ……」
段々と声がしぼむ。頬を伝る水滴。
「ナンデ、優シクスルンダヨ……ッ!」
苦しかったのだ。裏切ることになってしまうことが。
最初は任務と割り切っていた。だが、そのうちここでの生活が楽しくなってきてしまったのだ。同時に、ここにいたいと思うようにも。ラ九作戦時、基地の防衛を積極的に務めるくらいには。
今まで見てきた基地は、無機質だった。機械のようにタスクをこなし、それが当然とするものだったから。
しかしここは温かみがあった。元々落ちこぼれ集団であったことの名残りなのかもしれない。だがそれがレ級にとって、妙に居心地が良かったのだ。
「……レ級」
手を差し出すリ級。レ級のこの反応を見て、もう誰も自ら進んで敵になろうとしたなどと思っていなかった。何か、理由があるんだと。
「────」
レ級は思わず、手を伸ばして────。
「全ク、ヤッパリマダマダネェ」
そして、弾かれた。
めっちゃ時間かかったのにこれで3000字? うせやろ?
あ、アンケートなんですけど、もしかしたら本編として使うかもしれません。
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仮令の時間
一番アンケートで多かった〈少女 in 艦これ始めたて提督の鎮守府〉については、思ったより構想が膨らんでいって番外編でやるの勿体ねぇなって感じたので本編でやりたいと思います。
なので今回は二番目の〈『仮令の刻』の続き〉をどうぞ。
これは続き。もしかしたら起こったかもしれない可能性の延長である。
さて、食事にて腹を満たした少女。用意されてるベッドのようなところに腰を下ろし、単身で捕らえられたはずなのに何故か所持していた鞄からお気に入り装備といつもの布巾を取り出しお手入れ開始。
この場が敵地であることを理解しているのだろうか。いや、してないわけではないだろう。だがそれがどうしたと言わんばかりの振る舞いだ。
『……』
みるみるうちに輝いていく。元々も丁寧に保管されていた故か輝きはあったものの、磨かれることでその光はさらに増していき、装備も喜んでいるようだ。
今日も少女は我が道を往っているようで何よりである。
「工廠棲姫」
そんな中、別室から少女が映る画面を見ながらマイクに語る者が一人。正体は殴られ気絶していたが、どうやら復活したらしい大淀。直接姿を少女に見せることをなくすことで安全性を確保しているみたいだ。
しかし、少女は聞こえてるのか聞こえてないのか無視し続ける。
「これより、貴方のその装甲の耐久テストを開始します。銃や爆弾、多くの兵器を試させていただきますよ」
『……』
「どれだけ痛くても苦しくてもこちらが結果を十分に得られるまで止めるつもりはありません。覚悟はいいですか?」
『……』
「……まぁ、いいでしょう」
脅すための事前予告。少しでも反応を見れたらいいかと思ってのことではあったが、完全無視。装備磨きに熱心な様子。カメラ越しで様子を確認している大淀だが、ここまで無反応なのは想定外のようで、少し不満げ。
しかしそれはそれとして置いておき、進めるようだ。
次の瞬間、少女の背後にある天井の一部が一つ開き、そこから巨大なショットガンが出現。銃口は少女に向けられている。加えてこの動作により生じた音はほぼない。
対して未だ少女は作業に夢中。銃の配備が完了したことにすら気がついていないかもしれない。
「(工廠棲姫にこういった類いの武器による攻撃は効かないとされてます。しかしそれは、全て工廠棲姫が手で受け止めてしまうから。正面から対峙して弾を放ってもどういうわけか反応されてしまう。おそらく、意識の中に存在したから)」
思わずにやりと笑みを浮かべる大淀。この銃は勿論深海棲艦対策として作られたものであり、実際に深海棲艦に対して効くことが証明されている。ちなみに妖精さん産だ。
「(なら意識の外から撃てば効く可能性もある! 加えてこれはショットガン。弾は分散するから尚更反応できるはずがない!)」
ただしこれは巨大故に持ち運びが困難であるということと、生産が容易ではないということを踏まえて、こうして捕らえられた深海棲艦の処刑の一つとして用いられている。
「っ!!」
勢いよく起動スイッチをオン。刹那、大量の対深海棲艦弾が散弾し少女に襲いかかっていく。そのまま装備もろとも命中してしまう────わけがなかった。
『……』
布巾を装備のほうに落とし、空いた片手で全弾キャッチして回収。視線は装備にやったまま。手を開きその場に弾を落とす。
じゃらじゃらと音を立てるその数は一発に込められてる弾数に相違ない。
「……はぁッ?!」
別室で見ていた大淀、たまらず叫ぶ。
角度的に見えるはずのない弾なのに確かに全て手に収まっている。いくら規格外とされる少女だとしても、死角からの攻撃にも容易に対応できると誰が分かるだろうか。
少女は布巾を持ち手入れ再開。気に入らない箇所があったのか、ある場所を執拗に磨き続けている。
「……な、なら数を増やせば!」
ボタンを押す。すると今度は少女を円で囲むようにして天井が開きそこからガトリングが出現。数にして六。
銃と弾。それらの数を増やせば火力も増える。単純の話だ。
「これで……ッ!」
スイッチオン。同時に射撃開始。弾が尽きるまで。
射撃音のみが響き、爆煙で映像から部屋を確認出来ない。しばらくして弾が尽きたのか音が止み、煙も段々薄くなっていく。
「──やりましたか……?」
次に大淀が見た光景は──大量の銃弾が刺さった何かであった。
「……は? いやですがしかし……」
照準は少女に向けられていたし、そのように設定した。ならなんか銃弾の山と化した何かは少女で違いないはずだ。人によっては集合体恐怖症になってしまいそうである。
普通、銃弾は刺さらない。貫通する、もしくは内部にめり込むものだ。開発中に不具合が生じたなどの報告はなかったため異常はないはずだし、以前行われた実験ではちゃんと貫通したりして撃たれた肉体はぐちゃぐちゃになっていた。
となると少女が問題なのは確か。そもそも深海棲艦自体謎が多いのだから全てが想定通りにいくようなものではないと大淀は考える。
今重要なのはこの攻撃で工廠棲姫にダメージ、もしくは致命傷、あわよくば死を与えられたかどうかだ。
何度も確認する。それは動かない。停止している。先ほどのように手入れをしているなんて動作も見られない。完全に動きが止まっているのだ。
そうなれば、目的を達成した可能性は高いと誰が見ても思うだろう。
「となるとこれは……本当にやったのでは? 人類の勝利なのでは……?」
ただし、その“誰“は人類側の存在であろう。
大淀は知りもしない。連射の音に混じって、爆発音が発生したことに。
大淀は気が付かない。それの足元に、少女が持っていた装備の破片が落ちていることに。
大淀は悟れない。弾同士が衝突して軌道が変わる偶然が生じたために、手入れ真っ最中だった装備に数発命中していたことに。
大淀は感じ取れない。──徐々に、刺さった銃弾が黒い炎に呑み込まれていっていることに。
ゴオオオオォォォ!!!!
「!? 地震ですか?!」
途端、地面が非常に激しく揺れ始める。思わず立っていられなくなりしゃがむ大淀。
「いえ、これは地震にし、て……は──」
思わず視線を映像のほうに向けた瞬間、大淀は恐怖で倒れ込んでしまう。前に殴られる前に感じたあの感覚以上のものによって。
『───』
黒いそれが、こっちを見ていた。存在を認識していた。
しかし向こうからしたら、カメラを見ているだけのはず。自分ではないはずだと言い聞かせて落ち着きを取り戻そうとするが、明らかにその目はカメラというより“大淀“を見ていた。
『GRUUUUU……』
切れてはいけないものはもう切れてしまった。取り返しはつかない。よりにもよって最悪の方に舵を切ってしまったから。
「ひ、ヒィッ!」
これは一種の災害である。一度起こってしまえば誰にも止めることは出来ない。だから事前に起こさないための努力をするべきだったのだが、引き金は引かれてしまった。
これは、もう仕方がないことなのだ。
「■◼◼■◼■◼◼■■────!!!!!」
───その日、ある島のある区画が地図から消えてしまったことは言うまでもないだろう。
使い回し?
知らない子ですね……
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絶望の時間
あのにらみ合いから一転。先に動き出したのは少女だった。
再び右拳を振るう。今度は勢いをつけて。
「アラ、マタ比ベ合イ? 何度ヤッテモ無駄ヨォ」
小さく殴るモーションを入れ、さっきと同じように拳をぶつけ合うような形で対応する。衝突時、一瞬拮抗状態になるものの、やはり少女が押されてしまう。
ここで、少女は力を緩め拳を外した。
「!」
対抗していたものが消え、勢いそのままに戦艦棲姫の身体が拳を突きだした方に傾く。
その隙に少女は戦艦棲姫の背後に回り、全力で蹴りを入れる。
「カ……ッ!」
堪らず飛ばされる戦艦棲姫。怯んだ様子をそのままにしておく少女ではない。間髪容れず右拳を構え追撃。
勿論、戦艦棲姫もこのままやられっぱなしではなく、砲撃で注意を引いて立て直し、受ける。
「流石……ネェ、コーショ……ッ!」
「ッ……」
再び拮抗状態へ。今度は戦艦棲姫が受けに回っているため、受け止めることに意識がいってるのか、現状態が維持されている。
このままでも埒は明かない。今度は拳の形を変え戦艦棲姫の腕を掴み、そのまま背負い投げ。
しかし投げた直後艤装によって少女の脚が掴まれ、反対方向に投げられる。これで互い距離を取った状態。少々ダメージを負ったものの振り出しに戻った。
「アッハハ! イイワネェコーショ」
「……」
力では負けているにもかかわらず、どうして少女が戦艦棲姫に互角以上に渡り合えているのか。それは、艤装の大きさに他ならない。
少女の艤装は他の姫級深海棲艦に比べ、非常にコンパクトに纏まっている。少女の戦闘スタイルはその身体能力を活かした肉弾戦。故に激しい動きが必要とされる。その際に他の姫級深海棲艦のように艤装が大きすぎると、まぁ言ってしまえば邪魔になる。
加えて、少女の艤装は装備の改修、修理、開発(これは滅多にないが)の時にしか使われない。であればその時に必要な最低限のものだけがあればよい。そのような改造が少女によって施され、現在のサイズに至る。
対して戦艦棲姫は艤装が大きい。そもそもの戦艦という性質上、速く激しい動きをするというよりは、どっしり構えて砲撃、肉弾戦の場合はやってきた敵を葬るスタイル。力こそはあるものの、その分スピードはそこまでだ。
それならスピードで翻弄できる少女が有利と判断できるかもしれない。確かにそれは、少女と対峙してきた回数が少ない艦娘や深海棲艦もそうだろう。
しかし戦艦棲姫などの、古くから少女と付き合いがある者は違う。完璧ではないものの、ある程度は対応が出来る。現にさっきの隙を作らせない追撃も、戦艦棲姫だからこそ立て直せた面もある。
「久々ヨォ。コンナニ楽シイノハ」
「……」
「本当ナラ、モットコウシテイタインダケドネェ」
少し不満げに呟く戦艦棲姫。これがただの演習であるならば、こんな呟きもなかっただろう。
「(──ソウ、今回ハ『生ケ捕リ』トイウ目的ガ明確化サレテイル。戦闘ヲ長引カセルコトハ、組織ニトッテノ利点ハナイハズ。サッサト終ワラセナイト)」
一度深呼吸が挟まれる。そして、目が切り替わった。
「……!」
「今度ハコッチカラ行クワヨォ!」
連続砲撃をされながらこちらへ突撃してくる。砲撃は顔が狙われていて、視界を狭めて注意を逸らす意図が読み取れる。
もちろん少女もそれに気が付いている様子で、しゃがんで回避行動。勿論視線は戦艦棲姫に向けたままで。
距離が近づき、戦艦棲姫の構えた拳が少女へと向かってくる。それに対して少女は受け止める──ではなくこれも回避。回り込んで隙が大きいサイドから拳で一撃。
「クゥ……ッ!」
「……?」
妙に入った感覚がしたことに違和感を抱きつつも、追撃態勢に入る。
さっきみたく立て直されることを想定し、それも込みでの行動をしているのだが、なぜかその様子が作られない。少女が攻撃して、戦艦棲姫が吹っ飛ばされ、それを少女が追撃して──という繰り返しが出来上がりつつある。
立て直す余裕がなくやられっぱなしになってしまっているとも受け取ることはできる。だがこの現状に違和感がないわけではないようで少女はどこか納得していない様子。
けれども、このまま押し切れば撃破に繋がるチャンスであることには違いない。何度かループをしたところで、轟沈寸前へ至らせることが出来るであろう一撃を放つため、右拳を構えて最後の追撃を行った────その瞬間。
「ッ!?!」
左の脇腹が何か鋭いもので刺され、そこから何かが体内に入ってきた。思わず身を引いて距離を取る。
「──アラ、コレハ通ルノネ」
起き上がった戦艦棲姫。何故かあまり傷は見られない。どうやらわざとやられていたらしい。
そして手に持っているのは大型の注射器。中身はない。
何かを打たれた。だとしても、戦闘態勢を崩す理由にはならない。再び構えをとって再突撃をする。
「──ッ?!」
そしてすぐ、少女はがくりとその場に崩れ落ちた。
「──ナルホド、毒ハ効クノネェ。マダ耐性ヲ付ケテナカッタカシラ?」
打たれた中身。それは超即効性の毒であった。ただし直接注射をしなければ即効性も毒性もないため、敢えてやられたように振舞い、止めの際に隙が出来る反対側に刺せる機会を窺っていたのだ。
「死ニハシナイシ、多分コノ程度ジャア貴女ハ殺セナイ。暫ク動ケナイダケヨ」
「──」
「……サテ、任務達成。アッチハドウカシラ」
動けなくなった少女を尻目に、レ級たちの方へ顔を向ける。その光景を見て、戦艦棲姫はため息をついた。
「──全ク、ヤッパリマダマダネェ」
パチンと、指を鳴らした。
────────
「──エ」
差し出された手を弾いた張本人であるレ級は、誰よりも驚いていた。なぜこんな行動をしたのか、分からないからだ。
そんな彼女の理解を置いていくようにして、身体が勝手に動き始める。
「ド、ドウナッテンダ! ナンデ勝手ニ動クンダヨ!」
照準が合わせられる。対象は、この基地の者たち。
「止メロ! 止メテクレ!」
自分が敢えて狙わなかった駆逐・軽巡にも照準が合わせられている。レ級ではないレ級は、本格的に全てを滅ぼそうとしていた。
「レ級……?」
「今スグ私カラ離レロ!」
「ドウイウコ──」
もう、遅かった。肉体は完全に暴走し始め、目の前にいる少女側の深海棲艦全てを轟沈一歩手前まで追い込んでいく。
これはレ級の意思ではない。止めろという悲痛な叫び声が辺りを支配する。
「最初カラ、コウスルベキダッタワネ」
「! 戦艦棲姫! ドウイウコトダッ!」
「アラアラ、遂ニ敬称スラ消エチャッタノネェ」
くすくすと微笑。
「コッチハ片付イタトイウノニ、変ナノニ絆サレチャッテネェ」
「! 片付イタダトッ!?」
その言葉に全員が顔を戦艦棲姫のほうに向ける。毒により、倒れ込んでしまった少女がいた。
「ソ……ンナ、ヒメ、サマ……」
少女が倒れた。その事実で全ての者の戦意が喪失。そこに容赦なくレ級ではないレ級の攻撃が刺さり、倒れていく。
「! クソッ。止マレ、止マレェェェ!!!」
「無駄ヨォ。貴女ノ指揮権ハ私ニアルノダカラネェ。……ッテ、聞ク余裕モナサソウネェ」
旗艦と任命された者は、随伴艦の者たちをある程度ではあるがコントロールすることが出来る。旗艦の命令こそが、全体の利に繋がるからだ。
「彼女達ハ放置シテオクト面倒ソウダカラ、ココデ排除シテモイイケレド……沈メルニハ惜シイ。ココデコーショヲ倒シウル手段ヲコッチガ持ッテイルコトデ、我々ニ従ウヨウニ仕向ケレバ、全体ノ利ハ大キソウネェ」
まもなく、全ての少女側深海棲艦をほぼ轟沈に追い込むことが出来る。
「ジャア、撤収ノ準備ヲシマショウカ」
そう言って、少女を連れ帰るための準備をしようとしたその時──突然レ級に何かが命中し水飛沫が舞い上がる。そのままその場にレ級は倒れた。
「! アノレ級改flagshipガ、一撃デ……?」
一瞬、観察。そして導き出した。
「酸素魚雷……誰ガ? ──!」
気配を感じ、振り向く。そこに──彼女はいた。
「戻ッテきて、正解だっタ!」
左目から青いオーラ、全身から黄黒いオーラを放つ駆逐シ級──島風が。
島ちゃんもうちょい良いセリフあったと思うのに出てこなかった。悔しい。
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島風の時間
瞬間、島風は基地のある方角へ振り向いた。少しの間、そのままフリーズ。
その時、島風を含む深海棲艦数隻は遠征任務真っ最中であった。以前少女が見つけた遠くの資源供給場所目指して航行中の出来事。何事かと思い他の深海棲艦たちもフリーズしてしまった島風の方をみる。
「──行かナきゃ」
途端、駆け出す島風。驚く他の艦たちに向かって動きは止めずに叫ぶ。
「ゴメン、デも行カナいとダメって強ク響いてくルノ!!」
島風を突き動かしているのは、突然鳴り響いた直感。行きなり目覚めたものであった。
具体的に何がどうしてこんな嫌な予感が働いているのか自分自身にもわからない。ただ、何かとんでもなくヤバいことが起きている、そんな気がして止まらないという状態。
「──間ニ合っテ……っ!」
加速、加速、さらに加速。島風はこの時、この海で誰よりも速くなっていた。
同時に徐々に出始めるオーラたち。目からは水色の、全身からは黒と黄色の。
深海棲艦としての覚醒が、始まってしまった結果であった。
───────────
静かなこの海上の舞台。立っているのは二人、戦艦棲姫と島風。
まず島風は自分達の基地の人たちに向けて目を瞑り静かに謝罪。早く来れなかったこと、操られてそうとはいえ攻撃をしてしまったこと、諸々に対して。
数秒後、目を開けて今度は戦艦棲姫を見据える。
「ネェ、あなタガやッたノ? 皆を」
「……フフ、ソウヨォ。ダトシタラ何? 貴方ゴトキニ何ガ出来ルノカシラァ」
戦艦棲姫の近くには、膝をついて動けない少女。島風も少女のあの論外染みた強さを理解している。なら、それを倒した戦艦棲姫はそれ以上なのだと、簡単に推測出来る。
だが、そんなことは関係無い。
「……ココの皆はネ、私ニ居場所をくレタの。捨てラれちャッタ私に、普通に扱ッテもラえたの」
思い出す。ここで生活してからの出来事を。
「そんな温かい場所を、貴方は──オ前は、汚シタッ!!」
「!」
オーラの純度が上がってゆく。先ほどまで暴れていたレ級改flagshipの放っていたオーラに匹敵──いや、それ以上かもしれない。
これに驚いた戦艦棲姫。一瞬目を見開いた後、ニィ……と不気味な笑みを浮かべる。
「……ヘェ、マサカコーショガ……」
まるでそれは、新しい玩具を見つけたような目付き。同時に戦闘態勢に入る。
「本当ナラ別ニヤル必要ハナイケレド……試シテアゲルワァ」
少しだけ、ギアが上がった。先ほど少女を相手にしていたほどではないものの、そこらの艦娘や深海棲艦らを圧倒することが出来る程度には。
しかし、島風は怯まない。じっと戦艦棲姫を睨みつけながら、一言叫んだ。
「……連装砲チャンッ!」
途端、基地からドゴンと壁が破壊される音が響き、物凄い勢いで何かが接近してくる。現れたのは島風の相棒、たった一つの自立する連装砲ちゃん。
「──キュウッ!」
主人の言葉によって呼び出され島風の傍にいき、敵である戦艦棲姫のほうを見る。先ほどまで全く動いていなかったことが嘘のよう。加えて島風と同じようにオーラを纏い、左目から青い炎のようなものが出ている。
「アラアラ、本格的ニソウッポイワネェ……ジャ、実力ハ──ドウカシラッ?!」
瞬間辺りに轟くドゴンという一発の速く重い砲撃音。まともに食らえばすぐに大破してしまうだろう。
「──イクヨッ!」
「キュ!」
しかし、二人は避けた。二手に分かれ、別々の方向から戦艦棲姫に接近していく。
避けられたはずだが、戦艦棲姫は余裕の笑みを崩さない。そうこなくっちゃと言わんばかり。すぐに次弾装填、接近戦の準備の両方を開始する。
「五連装酸素魚雷、行ッチャッテッ!」
「キュゥゥゥ!!」
駆逐艦特有の素早さを活かし、様々な方向からの魚雷発射や砲撃。加えて常に接近するのではなく、時折離れて捕らわれないようにすることもされている。その速さだけなら、少女に匹敵するのではないかと思えるほどだ。
対して戦艦棲姫、砲撃はともかくとして魚雷は比較的脅威となり得るためそこは徹底的に避け、避けづらいものは一番被害を被ってもあまり関係ないところに着弾させるなどで対処している。
「アッハッハッハ! 凄イジャナイ!! コンナノヲ隠シテタナンテ、コーショモ酷イワァ」
現状は島風が戦艦棲姫を圧倒しているように見える。事実、少しだけではあるが、戦艦棲姫はダメージを負ってきていたのだから。
だが戦艦棲姫から焦りというものを一切感じない。
「──マァデモ、今ハココマデカシラネェ」
刹那、接近していた島風の身体が戦艦棲姫の艤装によって掴まれた。
「エ、ナン──」
驚きもつかの間、そのままぶん投げられてしまう。いきなりのことのため、島風は体の制御ができない。
「安心シナサイ。沈メナイカラ」
同時に、その方向に向かって即砲撃。まともに食らえば大破は確実。島風は避けるどころではなくなっている。
鳴り響く爆発音。辺りに発生する爆発による煙。結果からすれば、戦艦棲姫の完勝だった。
「筋ハ良イカラ、後ハ練度次第カシラネェ……ン?」
──ここまでは。
煙が晴れていく。しかしそこには誰もいない。大破したはずの島風の姿はそこにはなかった。
「ドウイウ……ッ!」
歴戦の猛者はすぐに気が付いた。主人が大破したはずなのに反応を示さなかった連装砲ちゃん、少女並みのスピードを得ていた島風。
そうなれば──。
「気ガ付クノ、オッソーイッ!!」
戦艦棲姫の後ろに回っていたボロボロの島風。気が付かれた瞬間に放たれる、今の島風の全力。
「イッケェ!!」
「キュウウウ!!」
ありったけの魚雷と砲撃を、今度は一か所に集中砲火。
「クゥ……!」
魚雷着弾による爆発と、ちまちまながら効いてくる砲撃。ここで初めて、戦艦棲姫から苦しみの声が出てきた。
「──ハァ、ハァ、ハァ」
これが長時間続けば、戦艦棲姫を中破に追いこめたかもしれない。しかし割と島風は限界であった。
深海棲艦としての覚醒。それを用いた初めての戦闘。あふれ出て来る力の制御。加えて戦艦棲姫から与えられるとんでもないダメージ。
現在の島風は大破寸前の中破。あの砲撃のとき、無理やり身体を捻らせ直撃を避ける事が出来たため、こうして不意をつくことができた。
これも覚醒によるパワーアップによるもの。だが、これが今の島風の身体、体力、集中力全ての限界。今同じことを要求されたとしてもおそらくできないだろう。連装砲ちゃんも大分苦しそうだ。
「……ハァ、ヤルジャナイ。惜シイッテトコロネェ」
あの全力を食らってなお、ピンピンしている戦艦棲姫が魚雷爆発の煙から出現。被害状況は、小破といったところだろうか。
「面白カッタワァ。ダカラココハ──」
「マダ、終ワリ……ジャナイヨ」
戦艦棲姫の言葉を遮り、島風が言う。
「……ドウイウコトカラシラ? モウ貴女動ケナイワヨネ?」
そう、島風はもう限界。連装砲ちゃんも同じく。今にも倒れてしまいそうな勢い。それでもまだ終わっていないと零す島風に、戦艦棲姫は尋ねた。
「ウン……ソウダヨ。私ハ確カニ限界……"私"ハネ」
「……マサカ」
「デモ……アナタナラ行ケマスヨネッ! 姫サマッ!!」
ドゴォッ!
尋常じゃない強さの蹴り。吹っ飛ばされる戦艦棲姫。結果、被害状況は一瞬で大破に近い中破へ。
「カッハ……ッ! マサカ、モウ動ケルナンテネェ……コーショォォ!!」
「GRUUUUU……」
──ブチ切れ寸前の少女、完全復活。
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“終わり“の時間
波が震えている。まるで恐れているように。
重い空気が漂い始めている。これから大荒れになることを知らせるように。
それらの中心に在る少女。完全にブチ切れてるわけではないものの、既に黒い炎を纏い、表情もバケモノそのものに。いつ爆発してもおかしくない。
これを見る者は、一人ひとり様々な感情を抱く。
初めて見る姿に恐れる者、気絶する者、あふれ出る無敵感から歓喜する者、あれが自分に向けられることを想像してゾッとする者、戦艦棲姫に同情する者、勝ちを確信してほっとする者など、本当に様々。
「(既ニ耐性ヲツケ始メテル……ヤッパリ規格外ネェ、コーショ)」
その中で、戦艦棲姫は多くの感情を抱いていた。
「(アァ、久々ダワァ"ソレ"。万全ノ状態デアレバ全力ヲブツケ合イタイ。ダケド今中破シテシマッテル……。正直アンマリ戦イタクナイワネェ)」
垂れてくる冷や汗。しかし──すぐさま切り替えた。
「(デモ……コノ状態デドコマデヤレルカノ腕試シナラ、イイワヨネェ!)」
この瞬間から、戦艦棲姫は挑戦者となった。叶うことは現段階では限りなく難しい。それでも、食らいつこうと決意した。
「サァコーショッ!! 今度ハ小細工無シノ全力デヤリマショウッ!!」
「■◼◼■■◼◼■────!!!!!」
呼応するように少女は叫ぶ。これが、開戦の合図になった。
まず超スピードで接近し殴り掛かる少女。身構える戦艦棲姫だが、今の少女は一歩も二歩も先にいる。
「ガハ……ッッ!!」
反応できずに食らってしまう。痛みから隙が生まれてしまい、そこを少女に突かれ再び吹っ飛ばされる。
「──ッ、ナラッ!」
体勢を立て直し、今度は逆に攻撃を仕掛けにいく。これで戦闘の主導権を握り返せばまだ抗えるかもしれない。
砲撃を駆使しつつ接近を仕掛ける。
この砲撃は敢えて直撃させるようにはせず足元を狙い、爆発を起こさせるのが目的だ。そうすれば、僅かな隙を衝くことが出来るかもしれないから。
もっと万全であれば、これをする必要もないだろう。しかし、ほぼ大破してしまっている戦艦棲姫にはこれしかないのだ。
一方、少女は動かない。目くらましが成功しているのか、敢えてそうしているのかは不明。戦艦棲姫はそれを好機と見た。
「──ハァァアッ!」
少女の完全な死角に到達成功。さらに今出せる全力の拳を少女に向かって放つ。
これが駄目なら全て無理だと言わんばかりの力が注がれた攻撃。もはや『生け捕り』のことなど一切考慮していない。
並大抵の姫級深海棲艦ならばこれでノックアウトであろう。姫級の、加えて戦艦の全力だ。戦艦棲姫はにやりと笑みを浮かべる。
しかし、それはほんの一瞬に過ぎなかった。
ガシィ
戦艦棲姫の見ずに、手だけでそれを受け止めた。それも、片手でだ。
ギリギリギリィ
潰されてゆく。戦艦棲姫の全力の拳が。握力で。
苦痛から逃れようと抜こうとするが、抜けない。一度掴まれてしまったのだ。そこから逃れることは、もう不可能。
グシャリ
潰し切った瞬間、全力の蹴りが戦艦棲姫を襲う。手だった部位と蹴られた部分の痛みでまた吹っ飛ばされてしまった。
戦闘開始時点では拮抗していた者同士とは思えないほどの、一方的すぎる戦闘。これが、少女──いや、工廠棲姫。
もはや限界であり、起き上がることすら苦しいはずの戦艦棲姫。息を切らしながら、何とか立ち上がる。
「ハァ……ハァ……」
目を向ける。そこにいるのは、ある程度スッキリしたのかいつもの顔に戻った少女。相手はたった一人。全く歯が立っていなかった。
「──ウフフ」
戦艦棲姫は全力だった。敵わないことは分かっていたものの、多少は戦えるだろうと思って戦闘をした。
「アハハ」
しかし結果はどうだろう。轟沈に近い大破にまで追い込まれてしまった戦艦棲姫に対し、ほぼ傷を負っていない少女。誰がどう見ても、蹂躙が起こっていたのは明らか。
「アッハハハハハッ!!!!」
戦艦棲姫の笑い声がこの海域全体に響き渡る。突然のことに、それぞれがまたそれぞれの反応をする。
「ハハハハハハハハッ!!!!」
気でも狂ったんじゃないかと思えるこの行動。しかし笑い声は、段々と落ち着いたものになっていく。
「──アー、笑ッタワァ。本ッ当、コーショ強過スギヨォ"ソレ"」
どこか悔しさのようなものを感じつつも、笑顔で感想戦に移りだす戦艦棲姫。そこには不思議なことに、これまでのような『敵意』は一切感じられない。
「……」
「『ハヨ帰レ』ッテ? モウ、釣レナイワネェ。イイジャナイ、モウ任務ナンテ関係ナインダシ」
『!?』
戦艦棲姫の言葉に少女以外の基地の深海棲艦らが反応する。
戦艦棲姫の目的は、少女の生け捕り。そのために少女を戦闘不能にさせたり、レ級に任務の邪魔になりそうなリ級やル級たちと戦わせたのだから。
しかし今出てきたこの発言は、その任務を放棄したとも取れる。少女に敗北してしまったからか? それとも何か別の理由があるのか?
「オイ、ソレドウイウコトダ……?」
「アラ起キテタノネェ、レ級。ドウイウコトッテ、ソノママノ意味デシカナイワァ。マ、言ッテシマエバアソコノ駆逐艦ネ」
「シ級……?」
「……エ、私?」
目で指された先に居たのはいきなり強くなった島風。突然自分が話題に出たことで少し困惑している様子。全員の困惑を置いてけぼりにしつつも、戦艦棲姫は少女との会話(?)を続ける。
「全ク、最初カラ言ッテクレレバ戦闘ナンカシナクテモ良カッタノニ……『次世代ノ姫』ヲ育成シテルダナンテ」
「……」
姫級深海棲艦とは、最初から少女や戦艦棲姫のような姫というわけではない。先に誕生した深海棲艦らにある程度育てられ、そこで艦隊指揮能力であったり実力であったりを磨いていく。
姫級は所謂ボスだ。海域の主となりえる存在だ。それを育てることは、深海棲艦の未来を育てるということ。深海棲艦にとっては人間の殲滅と同じくらい大切なこととなっている。
つまり、次世代の姫(島風)を育成していた少女は、明らかに深海棲艦側にいると言える。人間の殲滅をしていなかったのは、育成に力を注いでいたからと言えるのだ。
たとえ少女がそのつもりではなくても。
「……」
「マァ、偶然デショウケド。デモコレデ戦ウ理由ガ綺麗サッパリ無クナッタワァ」
少女は表情を変えない。無表情のまま。
「トイウワケデ……ジャアマタ来ルワ、コーショ」
「ア、アノ! 待ッテ下サイ!!」
そのまま帰ろうとする戦艦棲姫。しかし、リ級はこれを止めた。
「マダ何カヨウ? 貴女ノ姫サマハ私ガ帰ルコトヲ望ンデルケド」
「ソノ……レ級ハ、レ級ハドウナルンデスカ?!」
「!」
レ級。戦艦棲姫の部下としてこの戦闘に参加し、基地の深海棲艦らを戦闘不能に陥らせた張本人。だがしかしそれはレ級の意志ではなく、無理やり戦艦棲姫がさせたもの。
つまり現在レ級の指揮権を握っているのは戦艦棲姫。戦艦棲姫の言動次第で、レ級のこの先が決まる。
「アァソウネェ……ウーン、レ級ハココヲ気ニ入ッタミタイダシ……」
仲間のこれからがどうなるかがかかってる大事な瞬間。リ級らは緊張していたが、戦艦棲姫はそこまで深く考えずに決断を出す。
「アー……ナラ、トリアエズコーショニ指揮権ヲ譲渡スルワァ。煮ルナリ焼クナリ好キニシナサイ」
「ハ……?」
なんか適当に放り投げられたレ級の指揮権。もともと飛行場姫のところの所属だったはずだがそんなんで大丈夫なのだろうか。
「ソレジャ、今度コソ行クワネェ。バイバイ、コーショ」
身体を重そうに引きずりながら基地とは反対方向に航行していく。敵は、完全にいなくなった。
これによって、嵐は過ぎ去ったのだ。
「……ハー、終ワリマシタネ」
「ソウダナ……姫ノ本気、初メテ見タナ。アレト私ガ対峙シタト思ウト……クゥ! タマラン!」
「ヲォ……(ドン引)」
その瞬間、基地の深海棲艦らの空気が和やかなものになる。まるで、待ち望んでいた平和が訪れたように。
「リ級、コレカラハ演習ノ頻度ヲ増ヤスベキダト思ウゾ。我々モモット強クナラナキャイケナイダロウ? ソレニ、強クナッタレ級ヤシ級ト戦イタイカラナ!」
「確カニ、私達ハモット強クナキャイケナイノハソノ通リデスガ……トリアエズハ基地ノ修復、皆サンノ入渠、ソノ資源集メヲ流石ニ優先シマスヨ。カナリノ資源ガ吹キ飛ブデショウカラ……」
この空気に、レ級は困惑を隠せないでいた。
まるで、自分がこれまでと同様にこの基地にいれるかのような会話内容。処罰、処刑のことなど一切語っていない。
「……ナア」
「レ級。大丈夫デスカ? 身体ガ痛イトカナラ、先ニ入渠シマス?」
先ほどまで敵対していた者に掛ける言葉じゃない。レ級には、優しすぎるものだった。
「──ソウジャネェダロ?!」
だから、レ級は切れた。自分は、罰せられるべき存在なのだから。
「私ハ"裏切リ者"ダ!! オ前ラヲ傷ツケタンダゾ?! オ前ラノ姫ヲ殺ソウトシタンダゾ?!! 何故普通ニシテイラレル?!」
叫ぶ。自分がどれだけ悪なのかを主張するために。そこにリ級が待ったをかける。
「シカシ、アレハ戦艦棲姫サマニ操ラレテイタダケデショウ……?」
「ソモソモガ違ウ! 私ハモトモト"スパイ"ミタイナモノダ! オ前ラの"敵"ナンダヨ! ダカラ、サッサト殺セ!」
「レ級……」
頑なだ。強く拒絶している。
確かにレ級が基地の深海棲艦達に牙を向けたのは事実。しかし敵対中の行動から、完全にレ級を敵と見ているものは誰もいなかった。
「……レ級、オ前自身ハドウ感ジテイルンダ。敵ダ味方ダ云々ハ置イテオイテダ。包ミ隠サズ言ッテミロ」
「ッ……」
ル級の言葉。しかしレ級は口を閉じてしまった。必死に閉じているようにも見える。
「楽シカッタノダロウ? 居心地ハ悪クナカッタノダロウ? ダカラ私達ヲ庇ウヨウナ、手加減スルヨウナコトヲシテイタノダロウ?」
「大丈夫デスヨレ級。貴女ヲ敵トシテイルヨウナ者ハイマセン。折角指揮権ガ姫サマニ移ッタノデスカラ、ココニイマショウ?」
「──アァソウダヨ! 悪クナカッタサ! モウ少シココニイテイタイッテクライニハナ! ダケドソレジャ駄目ナンダヨ! 何モ無シニ許サレテハイケナインダ!!」
だから殺せ、と主張を続けるレ級。周りが許したところで、自分が許せないのだから意味がない──そういうことなのだろう。
すなわち、レ級は罰を求めているのだ。たとえその結果、自分が死んでしまうとしても。
そんなレ級の近くに、少女が現れた。
「! 姫サマ……」
「……」
レ級を見下す少女。次の瞬間──。
「──グエッ!?」
レ級は真上に蹴り飛ばされた。結構な高さまで飛ばされ、そのまま海面に落下する。
しかし、これによって沈むことはなかった。
興味を失ったのか、これ以上レ級に何かするというようなことはなく、リ級に前回とほぼ同様の基地の復興指示書を渡し、自室へと帰っていく。残ったのは、基地の深海棲艦らのみ。
「……アレ、ナンデ私……」
「……姫サマハ先ホド"罰"ヲ与エタミタイデスネ」
「……タッタアレッポッチガ?」
「本気デ沈メルナラ、姫サマハオソラク下ニ向カッテ殴ルト思イマスヨ」
「……」
その通りである。というより沈めるつもりなら、もっと徹底的にやるはずだ。それこそ、原型が残らないくらいに殴り続ける──のように。
とはいえ、これで望みの罰は与えられた。少女により審判は下されたのだ。ここにいてもよいという、唯一の判決は出た。
もう、レ級を縛るものはない。
「ナア、私……本当ニココニイテイイノカ……?」
「エェ、勿論デス。……オカエリナサイ、レ級」
「アァ……スマナイ、アリガトウ」
これで、ややこしいものはほぼすべてなくなった。これから皆、平和を謳歌するのであろう。
少女がいる限り、この平和はきっと続いていくのだ。
……たまに少女がブチ切れて基地が大変なことになる、ということはあるけれど。
後半島ちゃん空気になっちゃった……
次回のちょっとした後日談で『弐』は完結です。
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これからの時間
戦艦棲姫という厄災が去り、いつも通りの割と平和な環境へと戻った少女の基地。本日も少女は部屋に籠り装備の手入れや読書をし、他の者は任務や執務などをこなしていた。
まさに前の日常に戻ったと言えそうだ。しかし、完全に戻ったわけではない様子。
特にその光景は演習場にて現れていた。
「ハァッ!」
「キューッ!」
「ッテェ!」
「甘イナッ!」
現在ル級と島風(+連装砲ちゃん)のコンビvsレ級の状態。ル級やレ級は改flagshipへ、島風は出来る限りあの時に近いオーラを放出する姿へと、それぞれ自分の中で最強の姿になり激しい戦闘を繰り広げている。
本来レ級は自身の指揮権を持つ者──飛行場姫、戦艦棲姫と渡っていき、現在は少女である──の許可や指令無しでは改flagshipに至ることはできない。
理由は単純、強すぎるからだ。そこらの姫程度には制御することが難しいからだ。
しかし少女はそれをほぼ完全に放棄し、レ級に一任させている。別に反旗を翻されてもやり返せばいいし、管理とか面倒……と考えてるのかは不明だが。
対して島風。以前戦艦棲姫と戦闘を繰り広げた時の姿に似ているものの、完全に一致しているわけではない。オーラの純度は低く、十分速いが動きも前ほど機敏でない。つまり今の島風の全力は、あの時の島風に劣ってしまっているというわけだ。
そのために、ル級と艦隊を組んで演習を行っている。現在では戦力としてレ級にこそ劣るものの、ル級も立派な強者だ。そこから戦闘をやり方を学ぶ、という意味合いもあるのだろう。
駆逐艦と戦艦で戦い方は大分異なるとは思うが……本人たちは気にしてない様子だ。
形勢は割と拮抗している。どちらが勝ってもおかしくない、という状況だ。
島風のただの駆逐艦らしからぬ速さとル級の意地になって相手に食らいつく執念、そして全てにおいて能力がほぼ上限値であることに加え雷撃や航空戦といったレ級の多彩な手。
人数こそ3人(+連装砲ちゃん)と少ないものの、まるで起こっていることは戦争。艦隊同士がぶつかり合っているかのような激しさがそこにはあった。
──ジリリリリ
途端に鳴り響く演習終了を告げるサイレン。
「……ムゥ、コレデ終ワリカ。正直物足リナイノダガ」
「……流石ニ疲レタカラモウ勘弁シテクレ……」
「ソウカ? 意外ト余裕ソウダガ」
「ンナワケネーヨ」
元の姿に戻る二人。まだ続けたそうなル級と、連戦が続いたからか若干辛そうなレ級。しかし息が切れてるといった身体の疲れはそこまで見られないため、ほとんどは精神的なもののように見える。まぁそりゃ戦闘狂ル級とほぼ休憩なしでずっと演習してたらこうなってもおかしくはないのかもしれない。
「ハァーッ! ハーッ!──」
「キュー……」
少し離れたところで、島風は膝に手を突いていた。傍にいる連装砲ちゃんも疲労困憊といった様子。
「(ト、遠スギル……ッ!)」
島風は、演習が終わってすぐなのにいつものように会話出来ている二人を見てそう感じた。
元々島風はここに来る前も来た後も、練度向上のために何かをしてきたわけではなかった。強いて言うなら遠征程度。しかしそれだけで第一線級の実力を身に付けられるのかは当然否である。
だが島風は、一瞬だけこの基地で少女の次に強くなってしまった。基準値が著しく高くなってしまったのだ。
「(アノ時、"アノ私"ノオ陰デ危機ハ脱セタ。ダケド、ソレデモ全然ダッタ……早ク、"アノ私"以上ニナラナキャイケナイノニ……ッ!)」
戦艦棲姫自身が語っていたことを真とするなら、身を引いたのはあの島風がいたからとなる。さらに戦艦棲姫との戦闘の中で告げられていた練度不足という言葉。あの瞬間ではあの程度で許されていたものの、この先はあの戦闘時以上の練度が求められる可能性が十分に考えられる。
もし、自分の練度不足のせいであの時以上の厄災が来てしまったら……?
島風はこの割と緩くて温かいこの基地をかなり気に入っている。折角出来た居場所が自分のせいで崩れてしまうかもと思うところもあっただろう。練度向上のために自分の全てを費やしてもおかしくないほどだ。
つまるところ、彼女は焦っているのだ。早く強くならないとという強迫観念に追われている真っ最中なのだ。
「ヨッ。オ疲レサン、シ級」
「ァ……ォ疲レ様、デス」
「中々良イ動キガ出来テイタナ。後ハ体力モ付イテクレバ、サラニ強クナルダロウ」
「コンダケ疲レテンノハメッチャ連戦シタカラダト思ウガ……マァ体力ハ大事ダナ」
労いの言葉を掛けてくる二人。それに反応できるのがやっと。体力作りというワードはなんとか聞き取れたため、今後はそれを中心にしていこうと心に決めた島風だった。
「アリガト、ゴザイマス……」
島風には二人が自身を責めている、というようには見えない。そのため、ある程度は認められているのだということは理解できる。だが同時に、"ある程度"では駄目なのだと自分を内心で責めた。
「(モット、モット、強クナラナキャ……アノ時以上ニ……ッ!)」
「……ナァル級サンヨ、チョットコイツニ話アルカラ先ニ帰ッテテクレルカ?」
「ン? アァ分カッタ」
ル級が去り、二人きりに。しかし島風は思いつめすぎて気が付いていない。そんな島風に、レ級は背中を一発叩いてやる。
「ッタァ!?」
「焦ンナヨ、シ級」
「ハ、エ、レ級サン……?」
「マァ、一回裏切ッタ挙句アノ時オ前ニ一発デヤラレチマッタ私ガ言エタコトジャネーカモダケドナ?」
一息吐き、真剣な表情で告げた。
「──アンマリ私達ヲナメルナヨ?」
「ッ!?」
そこにいるのは、歴戦の猛者の戦艦。朗らかな表情ではなく、戦場だからこそ見られる戦士としての表情。
決して数日程度じゃ追い付けないのだと理解せざるを得ない風貌が、島風の目の前に存在していた。
「コレデモ私達ハカナリ練度ハ高イ。加エテ色ンナ戦場ニ出テキテル。ソンナ私達ニ、元々タダノ駆逐艦ダッタオ前ガスグ追イ付ケル訳ナイダロ?」
「……デモッ! 強クナラナキャマタ──」
「ダーカーラー、ソレガナメテルッテコトナンダヨ」
今度は優しく二回ほど背中を叩いてやり、落ち着かせる。
「強クナロウトスルノハ良イコトダ。実際、オ前ガ強クナレバ相当ナ戦力増強ニナルカラナ」
「ダッタラ」
「ダケド急イデ強クナル必要ハコレッポッチモネーヨ。私達ハ弱クネェ」
ソレニダ、と続けた。
「オ前、戦艦棲姫ガ退イタノニ自分ガ関ワッテルッテ思ッテルダロ?」
「エ、デモソレハチャント言ッテタカラ」
「バーカ。アンナノ半分ハ嘘ニ決マッテルダロ。アンナニボロボロダッタノニソレガ100%ソウナワケナイ。ゼッテェ姫ニヤラレタカラッテモノ入ッテル」
「!」
固定観念にとらわれてた島風に一つの風が吹く。そういう視点もあるのだということに気が付けたからだ。
確かにあの発言は、戦艦棲姫の撤退のための言い訳とも捉えることができる。事実、少女はほぼ無傷だったのに対して戦艦棲姫は大破していたのだから。
「ダカラ、焦ンナ。仮ニ私達ガ突破サレテモ、姫ガイル。何カアレバアノ姫ガ絶対ナントカスル。少ナクトモ、私ガ入ッテカラハソウダッタカラナ」
「……ソッカ」
少女のことを想像する島風。言われてみれば、確かにそうだということに気が付いた。
今回の戦艦棲姫を最終的に退けた張本人であり、負ける姿が想像できない最強の深海棲艦。特にあのブチ切れモードに関しては、怖いと感じたものの誰も打ち破ることはできないだろうという謎の信頼感がある。
「姫サマガ、イルモンネ」
段々と落ち着いてくる島風。あの姫サマがいるなら、そこまで焦らなくてもいいと思えたからだ。
「……チェー、本当ハ姫無シデ説得シタカッタンダガナー……内心私達ヲ見下シテタリ?」
「ソ、ソンナワケ!」
「冗談。実際姫ノ方ガ説得力アルカラナ」
冷静になり、島風はレ級が自身を励まそうとしてることに気が付いた。現状は何も変わっていない。だが、もっとゆっくりでもいいのだと気が付くことが出来たのだ。
「ソノ、アリガトウゴザイマス」
「気ニスンナ。後輩ヲ導クノモ、先輩ノ勤メダカラナ」
会話が一段落し、演習場から出る。最後にレ級は島風の頭を撫で、こう告げた。
「励メヨ、シ級。イツデモ付キ合ッテヤル」
「! ハイ!」
それを最後にし、別れる。きっとこれからも島風は練度向上に励み高みへと至るだろう。そう、姫に相応しい深海棲艦へと。
置いてかれないようにしないとなと一人考えている最中、物陰からリ級が姿を見せた。先ほどまでの出来事を見ていたのか、微笑んでいる。
「フフ、オ疲レ様デスレ級。スッカリココノ一員デスネ」
「見テタノカヨ……アーモウ、柄ジャネーコトハ恥ズイナヤッパ」
「似合ッテマシタヨ? センパイ?」
「……ウッセェ!」
いつもはリ級にダル絡みをしたりするレ級だが、今回に限っては立場逆転。だが、嫌そうではない。それを分かっているのか、リ級も深くはしないが絡みを続けている。
日常がもとに戻った。多少の変化は行われているが、本質は変わらない。少女が居続ける限り、この基地は何があってもこの日常に帰ってくる。
それは、きっとこれからも──。
ちなみにあの厄災を引き起こしたのもご存知の通り少女である。まぁコーショちゃん他人に従うの嫌いだからね、仕方ないね。
何はともあれ、これにて『弐』は完結。
次回以降は『参』。
別名『少女 in 艦これ始めたて提督の鎮守府』でお送りいたします。
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参
過去の始まり
またの名を、『少女 in 艦これ始めたて提督の鎮守府』編。
なお、メタ視点はなしの現地人提督であるとする。
夜。この基地のほとんどの深海棲艦が寝静まり明日へ備えていたり、一部は遠征や哨戒などに出ていたり、事務作業をしていたり(ただしリ級のみ)する時間。もちろん、基地のトップである少女も例外ではない。
「……」
日課である装備の手入れが終了。それぞれの装備を定位置へと置き直し、輝く装備たちを眺める。その様子に満足したようで、そこから目を外し就寝の準備をしようとしたとき──ある一つの装備に目を引かれた。
15.5cm三連装副砲。少女が装備というものに興味を持ったかなり初期の段階でコレクションしたもの。他の装備と同じようにきらきらと輝いている。ただ、他の装備に比べ、若干使われた形跡が多く残っている。
少女はそれを見つめていたが、少しすると興味を失ったように当初やろうとしていた就寝の準備を開始。ベッドに入って布団を被り、そのまま目を瞑っていく。同時に、部屋の電気も消えほぼ真っ暗の状態になった。
「……」
普段、少女は夢を見ない。ただ寝て起きて、いつもの趣味の時間を始めるだけ。たまに起きる面倒なことを殴り飛ばしてしまうだけ。
しかし、今日の少女は違った。たまたま就寝前に見てしまった15.5cm三連装副砲。これがきっかけで、少女は夢という形で昔を思い出す。少女がまだ基地を持つ前──まだ見ぬ装備を求め色々と彷徨っていた時期。そしてその中でたどり着いた、新人提督の鎮守府での日々を。
目に入ったのは、偶然。過去を思い出したのは、いつもの気まぐれ。それらから目覚めた少女は一瞬程度であろうが、こう思うのであろう。
──懐かしい夢を見た、と。
────────
大本営から装備を頂戴し、自身の拠点に持ち帰り装備たちをある程度(装備たちが輝きだす程度)をした後、壊れないような場所に設置して一先ず満足した少女の次の行動は、新たな装備の獲得であった。
少女は今「装備これくしょん」という新たな趣味に目覚めたのだ。自身には殆ど不要なこの装備というのは一体どれだけ存在するのだろうという興味、全ての装備を集めてここに並べたいという収集欲などが少女を支配していた。
また、当時の少女には部下がいなかった。そんなのいるくらいなら殴り飛ばせばいいし、いたら邪魔なだけ──と考えたのかどうかは不明だが、孤高の姫として存在していた。
加えて海域を支配する、人間を殲滅するなどの深海棲艦特有の思考は装備これくしょんに目覚めた瞬間どっか行った。つまり、この時の少女は本当に自由そのものであった。
色んな海域を巡った。色んな装備を見た。そして奪ってきた。奪った装備は丁寧に手入れをし、飾り付ける。コレクションは順調に増えていっていた。
「……?」
そんなことを繰り返してきた少女は、ある時自身の不調を覚え始める。上手い具合に航行できず、いつもみたいに機敏に動けないのだ。これには少女はすぐに思い当たったらしい。そう、燃料不足だ。
「……」
少女の燃費は驚くほどいい。補給無しで長時間活動できる程度には。
しかし、それはあくまで燃費がいいというだけであって、補給しなくてもよいというわけではない。そのため暇さえあれば装備手入れ、強奪、持ち帰りの繰り返しをしていた少女の身体は、段々と万全ではなくなっていたのだ。
それでもなお少女の趣味への欲はとどまらなかった。自身のこと以上に趣味を優先し続けた。結果、コレクションは増えていき手入れ技術も向上したが、段々と動きがぎこちないものになっていた。
深海棲艦の本部に帰れば補給は可能であろう。しかし少女はそこが好きではない。理由は単純、命令されるからだ。加えて装備これくしょんは一人で楽しみたいという思いもあったのだろう。とにかく少女には本部に帰るという選択肢はないも同然だった。
ある日、ふと一つの基地が目に入る。深海側ではなく人間側、いわゆる鎮守府と呼ばれる場所。認識した後、少女はそこに向かいだす。燃料含め色々と貰って行こうという算段だろう。
向かっている最中──ある叫び声が少女の耳に入った。
「た、たすけてくれぇ!!」
当然、少女は無視。その方向に振り向くことすらなく先へ先へ進む。
「だれかぁ! 俺泳げないんだぁ!!」
無視。声の発生源に近くなってきたのか、段々声は大きくなり続ける。
「たすけてくれぇぇ!!!」
……流石に少女もイライラしてきたようだ。何かが切れるような音こそしてないものの、瞳孔が開き眉間にしわを寄せ始めている。この間も、絶えず叫び声は響き続けていた。
ただ、少女がイライラすることも分からなくはない。何せこの叫び声の主である男がいる場所は、少女の位置よりも遥かに陸に近い場所──超浅瀬であるのだから。
「しにたくねぇんだぁぁ!!」
加えて言うと、今少女がいる場所も言ってしまえば艤装を展開せずにいても普通に立てるような場所。浅瀬の部類に入る。言ってしまえばその場所で溺れ死ぬなど、頑張らないとできないのだ。
これでもっと海の方で溺れていた、というならば少女は完全に無視をしていたのだろう。放っておけば勝手に死に、静かになるから。だが近くにいる男はそうではない。
どう見ても死にそうにはない。何かしなければこの騒音は永遠に鳴り響き続けるだろう。少女は渋々そうに──本ッッッ当に渋々そうに男の方へ向かった。
むんず
首根っこをがしっと掴んで浅瀬から救出。そのまま陸地へと運ぶ。男は脱出できたことに気が付いたのか息を切らしつつほっとした表情。しかし、すぐに少女に気が付き目を見開く。
当然のことであろう。自身を助けたのは、敵である深海棲艦の、さらに言えばその中でもかなり危険視されている姫級深海棲艦なのだから。辺りに唯一の対抗手段ともいえる艦娘がいない時点でかなり"詰み"に近い。
普通なら死を恐れ命乞いをするか、手榴弾などで自分諸共爆発して殲滅を図るかとかだろう。
そう、「普通なら」だ。
「助けてくれたんだよな? ありがとう。それでえぇと君は……俺と一緒に着任してくれる艦娘……で、いいんだよな?」
「……???」
少女は浮かべる。「こいつなにいってんだ」という無表情を。あっけに取られてついその場に落としてしまった。
「わっ! っと。ふぅ、ともかく、これで挨拶できるな」
未だ混乱状態の少女に向かい、男はその場に立ち、告げた
「えっと、今日から──だな。この鎮守府に着任することになった。正直ド素人で分からないことの方が多いが、勉強しながら進んで行きたいと思う。これから、よろしくな」
「……」
当初はすぐにここを去る予定であったであろう。しかしこの出会いから始まる日々が、意外と長く続いてしまうのだということを──この時の少女は知らなかった。
出来る限りシリアスをなくして天上天下唯我独尊させたい。
いつも通り、不定期更新で進んでいきます。
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