奇術師のヒーローアカデミア (ビット)
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奇術師のヒーローアカデミア

 リハビリ作


 

 

 この僕、喪蝋 密架(モロウヒソカ) は転生者だ。前世は漫画好きのサラリーマンで、勤めていた会社が特別ブラックだったわけでもなく、特別大きな会社だった訳でもない。極々一般的な独身成人男性だったと言えるだろう。

 

 なにかの拍子であっけなく死んでしまったらしく、死んだ時の記憶は全くと言っていいほどない。気がつくと幼い子供の姿になっており、薄暗い路地で突っ立っていた。状況を飲み込まないままに、フラフラと歩いていた所を、パトロールをしていたヒーローに保護されて今に至る。

 

 両親は何処へ行ったか全くもって不明だが、一応戸籍はあったらしく、保護された当時6歳だった僕も今では15歳だ。義務教育である中等学校を卒業し、将来を見据えて自分の進路を決定する時期に差し掛かり、僕は今とある高等学校の試験を受けにきた所だった。

 

 瞳を動かすだけでも、視界に映り込んでくる人、人、人。2メートルは優に超えているだろう、強靭そうな巨躯を揺らしながら歩く者もいれば、背中に翼が生えた者もいる。一見普通に見える者も、見えていないだけで誰しもが“異能”を備えている。

 

 ここは僕が以前生きていた世界とはまるで違う理が支配する世界。人類の総人口の8割が異能を発現させた“超人社会”に他ならない。

 

 そしてここ、雄英高校を受験する生徒の殆どが、将来“ヒーロー”になることを目指す者達だ。

 雄英高校はトップオブトップのヒーロー育成機関。名だたる多くのヒーロー達の出身校であり、定員は40名前後。倍率おおよそ300倍を超え、トップヒーローを目指す者達の登竜門でもある。

 

 急な突風が吹き、思考を中断させられる。オールバックにセットした赤毛の髪を撫で付けた。改めて凄まじい難易度を誇る高校受験だ。緊張はーー驚くことに殆どしていない。口元には笑みすら浮かんでいるほどだ。

 

 「あっ!」

 

 誰かが高い声を上げた。声のした方を見ると、一人の女子が上を見ながら駆け出そうとしているところだった。女子の視線の先を辿ると、風にさらわれた受験票が見える。

 

 「任せて♠︎」

 

 僕は瞬時に個性を発動した。ピンク色のオーラが急速に伸びていき、空を舞う受験票に貼り付いた後、僕の方へと引き寄せられる。今度は飛ばさないようにしっかりと掴んだそれを、僕は駆け寄ってきた女子に渡す。

 

 「ごめん、ありがとう!テレキネシス?いい個性だね」

 

 「気にしないで、むしろ余計なお世話だったかも♣︎」

 

 前髪を切り揃えた、耳朶がコード状になっている少女だ。コード状のそれを器用に操り、受け取ったそれを鞄の中に仕舞う彼女ならば、受験票を取ることも容易なことだっただろう。

 

 「ウチ、耳郎響香。よろしく」

 

 「ボクは喪蝋密架。ヒソカって呼んでくれよ♦︎」

 

 軽く自己紹介を終えた僕たちは、適当な世間話に花を咲かせながらそのまま自然と受験会場の方へと向かっていった。

 

 席について暫くすると、受験に関しての説明がプロヒーロー、プレゼント・マイクによって行われる。

 

 「……やっぱり、教師もプロヒーローなんだね」

 

 確かめるようにそう呟く耳郎に、僕もそうだねと小声で相槌を返す。雄英高校の教師は全員が現役のプロヒーローだ。さらには全員が相当の実力者達でもある。

 

 雄英で待つヒーローたちのことを考えると、一瞬体が震えた。口の端が緩み少し熱の入った吐息が漏れる。

 

 『受験会場には1ポイントから3ポイントまで点数がつけられた3種類の仮想ロボヴィランが配置され、自由に走り回ってる!コイツらを破壊・行動不能に出来れば、割り振られた分のポイントがお前らの獲得ポイントとなり、それが多ければ多いほど受験に有利に働くってわけだ!』

 

 配布された資料に目を通しながら説明を聞いていると、ふと説明にはない4種類目の仮想ヴィランが記載されていることが分かった。隣の耳郎もそれに気がついたようで、互いに顔を見合わせる。

 

 「先生!資料には4種類のヴィランが記載されています!もしこれがミスなら最高峰として恥ずべき失態!」

 

 丁度他の受験生から質問が飛んだ。小声で話していた他の受験生への注意までしていたようだけど、僕は適当に聴き流す。どうやら記載された4種類目のヴィランは、お邪魔ギミックとして配置された0ポイントのヴィランらしかった。

 

 説明が終わり、受験票を見て会場へと向かう。奇しくもまた耳郎と一緒だったようだ。

 

 緊張からか、先ほどと比べて口数の少なくなった彼女から目を逸らし、ウォーミングアップを開始する。“身体”が非常に敏感になり、感覚が研ぎ澄まされていることが分かった。

 

 口元がまた歪む。僕の“個性”の悪い癖だ。身体を伸ばしながらそんなことを考えていると、突然のスタート合図が行われた。

 

 自分の意識とはほぼ関係なく、身体のバネを利用して一瞬で駆け出した。この世界に生を受け、個性が発現して8年と少し。この個性は、身体はーー戦闘に飢えていた。

 

 他の受験生は突然の開始の合図に遅れてしまったようで、発破をかけるプレゼント・マイクの声が遠くで聞こえてくる。

 

 『標的捕ーー』

 

 駆動音とともに現れたロボットに“念”を込めた拳を叩き込み、一発で粉砕する。研ぎ澄まされた感覚はすぐに次の獲物を見つけ出し、右腕からピンク色のオーラを放つ。

 

 変幻自在の愛(バンジー・ガム)

 

 「バンジー・ガムは、ゴムとガム、両方の性質を合わせ持つ……♥︎」

 

 仮想ヴィランに貼り付いたオーラは、僕が個性を解除しない限り絶対に離れない。伸縮自在のオーラに捉われたそれを、周りを確認した後に円を描くようにして振り回す。

 

 派手な破壊音。次々に破壊される仮想ヴィラン。僕が最初の狩りを終えた後、広場にはようやく他の受験生の姿が見え始めていた。

 

 「マ……マジかよ」

 

 ロボの破片があちこちに散らばる、凄惨な現場を見て一人の受験生が声を漏らした。僕はそれに構うことなく、次の狩場へと移動する。

 

 人間離れした脚力によって生み出されるスピードは、野生の獣に勝るとも劣らない。僕はヴィランを次々と破壊していった。

 

 ーー僕の個性は、公には“対象物にくっつき、かつ伸縮自在のオーラを自由に操ることができ、身体能力の強化も行える発動型の個性”、として個性届けには登録されているが、実際にはそれは違う。この個性と9年近くも付き合ってきた僕だからこそわかる。この個性は常時発動型の、異形型の個性だ。

 

 異形型とは、体の一部や身体全体が、本来の人間ではなく、異形と成る個性のこと。僕の場合、“ヒソカ=モロウ”という、前世で愛読していた漫画に出てくるキャラクターの性質を身体に宿す異形の個性だ。

 

 誰しもがもつ生命エネルギー、“オーラ”を操ることができる“念能力”と、そこから派生した“伸縮自在の愛(バンジー・ガム)”、“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”、という能力を操ることができる。更に戦闘となると過剰に興奮して性格が好戦的になり、超人的な反応速度や思考能力、直感、身体能力、洞察力が素で搭載されたとびきりの強個性。話す言葉や態度が勝手にヒソカっぽく変換されるというデメリットもあるが、そこはまあいい。

 

 外見も整った目鼻立ちに癖のある赤毛と、ヒソカ=モロウそのもの。更には名前までまんまときた。この個性に気がついてから、僕はすぐに思ったーー絶対にヒーローにならなくてはいけない、と。

 

 原作でのヒソカは、非常に好戦的かつ冷酷な人間で、人を殺すことになんのためらいもない狂人だった。主人公と共闘するシーンも描かれてはいたが、その性質は完全な悪人だ。

 

 この個性にもヒソカのそういった性質は反映されており、僕は時折強烈な戦闘への欲求に悩まされることがある。僕を誘惑し、戦場へと駆り立てようとするそれには抗い難い。このままでは僕はいずれタガが外れて犯罪者になってしまうという恐れがあった。

 

 個性でヒソカの精神性を発現することはあっても、普段の僕はただの善良な一般市民だ。自ら進んで犯罪者になんてなりたくない。

 

 だから合法的に個性を使用した戦闘が許されるヒーローを目指した。個性を持て余し、衝動に身を任せ悪事を働く人間を合法的にボコボコにできる、まさに僕にうってつけの天職。

 

 だから僕はヒーローになる。

 

 溜まりに溜まった破壊衝動を発散させ、うっとりとした表情でヴィランを破壊しまくる僕の耳に、一際大きな駆動音が届く。巨大な揺れとともに現れたのは、体高およそ40メートルは下らない、お邪魔ギミック0ポイントヴィラン。

 

 「へぇ……♠︎」

 

 あがる悲鳴。一目散に逃げていく受験生たち。丁度横を走り抜けたところで転けた少年に手を伸ばして立ち上がらせた後、再度0ポイントの方を見る。

 

 距離はおよそ60メートルくらい。近くにまだ壊されていないビルのハリボテが2つ。使えそうだ。

 

 「ちょっとヒソカ!逃げないの!?」

 

 聴き覚えのある声が聞こえてきた。振り向くと焦った顔の耳郎がこちらを見つめている。余裕綽々の自身とのギャップに少し笑ってしまった。

 

 「逃げないよ♦︎あれはボクの玩具だ♦︎」

 

 「いや0ポイントなんだよ!?確かにアンタは合格ほぼ決まってるかもしれないけど……!それでも他会場の様子は分かんない!あんなの相手にすることないって!」

 

 「それでも、ボクは今ヒーローなのさ♥︎あんな危ないヤツ、ヒーローならほっとけないだろ?♠︎」

 

 面食らったような表情の耳郎に、ニコリと笑みを見せる。平気だ。だってこの身体が、この直感が言っている。あの程度、所詮ただの玩具だと。

 

 「……ウチにも」

 

 さてぶっ壊しにいこうとしたところで、彼女が震えた声で話しかけてくる。

 

 「手伝えることって、あるかな」

 

 こちらを真っ直ぐ見つめる彼女の瞳にーー今度は、僕が面食らう番だった。

 

 

 

 

 

 ビルの上に、仁王立ちで立つ。耳郎を抱えたまま。

 

 「降ろして!」

 

 「なんだ♣︎」

 

 キャンキャンと声をあげて抗議する耳郎を降ろすと、少しだけ僕の方を睨みつけてくるが、すぐに耳郎が手を耳の裏にあて音を拾う。

 

 「うん、駆動音が1番派手なのは胸部。装甲も分厚いし、アンタの言った通り上が重くて、重心は前に偏ってる」

 

 「他の受験生は?♥︎」

 

 「いないよ。ここら一帯には私たちしかいない」

 

 いいね、と返した後、すぐにバンジー・ガムを両手で発動する。オーラを飛ばして0ポイントの頚部の後ろに引っ掛けた。

 

 そのまま全身全霊の力を込めて手前へひく。

 

 「流石に重いね♥︎」

 

 ギチギチと鳴るのは、機械ではなく僕の筋肉の方。オーラで身体能力を強化して、ギリギリ巨体を傾かせた。

 

 僕一人ならこれですっ転がして終わりーーのつもりだったが、耳郎がいることでプランが変わっている。耳から伸びるイヤホンジャックを伸ばした彼女は、倒れかけているロボットの頭部へとそのコードを伸ばし、心音を強烈な衝撃として発射する。

 

 硝子のようなものが割れる音。途端に機能を停止し、僕の力と抗っていた力が消える。やはり頭部にあるものがセンサーだったか。

 

 他の仮想ヴィランにも頭部にセンサーが設置されており、それで受験生を捕捉していた。あれだけ巨大で危険なロボットを受験で使用するならば、センサーに不備があるようなことは絶対にあってはいけない。それは受験生への危険に直結するからだ。

 

 だからセンサーを破壊すれば機能を停止させられると考えた。だけど僕一人じゃあのロボットをすっ転がして巨体ごと地面に叩きつけてセンサーを破壊する方法しか思いつかなかった。

 

 市街地という状況が仮定された今試験、周りに人がいる可能性がある中でそんなことをすれば、危険行為として減点対象になっていた可能性もある。

 

 僕は0ポイントの左右にあるビルにバンジー・ガムを貼り付け、その巨体を支える。あまりの質量に支えているビルが壊れそうになり、ぼくはあちこちにバンジー・ガムをひっ付けて無理やり補強した。

 

 これで巨大な質量が倒れたことによる被害も少ない筈。けれど、あの脅威がまた機能を再開する可能性も想定できなくはない。そんな風に適当な理由をつけて、僕はバンジー・ガムでロボットの首を引きちぎり、適当な場所に貼りつけておく。

 

 その後暫くして試験終了の合図。集合地点へと歩きながら、僕は耳郎と話をする。

 

 「お疲れ様♠︎」

 

 「お疲れ様。あーあ、受かってるかなぁ」

 

 「君ならきっと受かってるさ、響香♣︎」

 

 「名前呼び?まあいいけど」

 

 どうだか、と笑いながら話す彼女と別れ、僕は筆記試験を終えて帰路についた。雄英高校か。たのしみだ。

 

 

 

 

 

 その後暫く経って家に合格通知が届いた。実技はヴィランポイントが100ちょい、レスキューなんとかが35ポイントで1位だったらしい。更にはオールマイトが雄英の教師に就任したという嬉しい報せも同時に届いた。

 

 「オールマイト……♥︎あなたと戦ってみたいな♥︎」

 

 歓喜に震える身体を抑え、クツクツと笑いながら僕は鍛錬で身体の火照りを鎮めることにした。

 

 これは僕が、少しだけ変わったヒーローになるまでのお話。

 

 

 




 


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2話

 ちょっとだけ続くかも

 ※作中のヒソカによる点数付けは、あくまで「僕のヒーローアカデミア」基準です

 


 紙の擦れる音だけが耳に届く。体高の高い異形型でも通れるように設計された大きなドアを開けると、十数人の生徒と目が合った。

 

 「おはよう♦︎」

 

 トランプをシャッフルしていた手を止め、片手をあげながらそう挨拶をした。何名かの生徒が軽く会釈をし、何名かの生徒がおはよう、と返事をしてくれる。無反応の者もいた。

 

 席につくと、教室には微妙な雰囲気が漂う。皆どうやら距離感を掴みかねているようで、僕もそれは同じだった。無言でトランプタワーを組み立て始めると、僕のすぐ後に来た眼鏡の生徒とくすんだ金髪の生徒が何やら言い合いを始めた。しかし無視をして組み立てに集中する。

 

 このトランプタワーの組み立ては僕の趣味ともいえるものだった。原作序盤でヒソカはよくトランプタワーを作っては壊しを繰り返していた描写があったのでこれも個性の影響だろう。鋭敏な感覚をフルに活用できるこれは、ヒソカなりの暇つぶしとして中々に優秀だったのかもしれない。

 

 騒がしくなってきた教室で一人黙々と作業をしていると、ふとやたらと薄い気配を感じた。入り口を見ると先程言い合いをしていた眼鏡の生徒と、ほか二人の生徒が話し合っていた。

 

 しかし気配は彼らのものではなかった。ならどこの誰だと彼らの足下へ視線を向けると、寝袋に入った無精髭のおじさんがこちらを見つめていた。

 

 「75点……♠︎」

 

 ボソッと口から出たそれを、僕はヒソカスカウターと呼んでいた。一定以上の実力者と出会うと、脳が勝手に強さに応じた点数を付け出し、あまつさえそれを口に出さずにはいられないのだ。

 

 ちなみに75点は結構な高得点である。つまり無精髭の彼もかなりの実力者だということだ。

 

 「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。此処はヒーロー科だぞ」

 

 ウィダーゼリーを飲み干しながらそう告げる男は、寝袋から出ながらゆらりと立ち上がった。長い髪はボサボサで、首に包帯のようなものを巻きつけている。

 

 「静かになるのに8秒もかかりました。君たちは合理的でないね。1ーA担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 「こちらこそよろしく♠︎」

 

 呆気にとられて黙りこくっている教室の中で、僕の返事はいやに響いた。僕たちの担任だと言う相澤先生はこちらをじろりと半目で流し見た後、学校指定のジャージを着てグラウンドへ来いと生徒全員に告げる。どうやらガイダンスも何もなしに個性把握テストなるものを行うらしい。

 

 素早く準備を終えた僕は、女子が教室から出るのを待ってから着替えを始める。

 

 個性把握テスト、楽しみだ。僕の身体がそう言っていた。

 

 

 

 

 

 着替え終わりグラウンドに出たあと、相澤先生による個性把握テストの説明が始まった。内容はその名の通り、個性使用が許可された身体能力テストだ。

 

 「入試一位は喪蝋か。お前中学の時のハンドボール投げの記録いくつだ」

 

 「110メートル♠︎」

 

 少しだけ目を見開く相澤先生。ヒソカの身体能力があれば、個性なしでもこのぐらい余裕だ。

 

 「なら個性使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。せいぜい派手にやれ」

 

 念を込めて普通に投げようと思っていたが、何でもやっていい、という言葉に引っかかり少し考える。相澤先生は派手にやれとも言った。これは生徒への見本の意も込められているのだろう。

 

 わかりやすく個性を使い、かつ大記録を出すことが求められている。なら、こうだろう。

 

 右手の人差し指からバンジー・ガムを発動し、渡されたハンドボールにくっつけた。そのまま片手でピンク色のオーラを振り回し、ハンマー投げの要領で思いっきり投げる。

 

 強化した身体能力に遠心力とゴムのしなりが加わったボールは鋭い音をたてながら飛んでいく。暫くすると先生の持っていた機械から高く短い通知音が鳴り、結果が表示された。

 

 「890メートル」

 

 「おおっ」

 

 大記録に盛り上がる生徒たち。面倒臭そうな表情を浮かべていた相澤先生だったが、とある生徒の楽しそう、という言葉を聞いて目の色が変わる。

 

 「楽しそう、か……雄英での3年間、そんな浮ついた気持ちで過ごすつもりか?」

 

 薄ら笑いを浮かべながら言葉を続ける相澤先生。

 

「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分とする」

 

 張り詰める空気。相澤先生から放たれるプレッシャーに充てられたのか、うめき声まで聞こえてきた。

 

 「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、ここがヒーローアカデミアだ」

 

 

 

 

 

 「喪蝋、2秒69」

 

 こんなものか、と心の中で呟きながら歩く。激しい無呼吸運動を行った直後でも、この身体は息の一つもみださずにピンピンしていた。この調子なら一位を取れそうだ。

 

 「アンタ凄いね、ヒソカ」

 「ああ、響香じゃないか♠︎」

 

 入試の時に仲良くなった響香が話しかけてきた。最初に教室に入ってきた時に姿を見ていたので、彼女が受かっていることに特別驚きはしなかった。というか、もし気付いていなかったとしても驚きはしなかっただろう。何やら確信めいた直感が、彼女は絶対に受かっていると僕に訴えてきていたから。

 

 「きみの個性だとこのテストは苦戦しそうだね♣︎」

 

 「ほんとだよ。どうしよっかなぁ」

 

 腕を組んで思案する響香から目を逸らし、テストを受けている生徒の方を観察する。氷の個性と爆発の個性が、見た目の派手さも相まってかなり目立っていた。

 

 ふと爆発の彼がこちらを睨みつけていることに気がつく。とりあえず笑いながら手を振ると、舌打ちをしたあとにそっぽを向かれてしまった。どうやら嫌われてしまったらしい。

 

 そのままテストは続き、ハンドボール投げまで進んだ。ここまでの種目は全部一位だ。最初のとは別でハンドボール投げをやらせてもらい、記録を950メートルまで伸ばすことに成功した。

 

 これも一位かな、と思っていると、他の女子が記録無限を出した。物を浮かせる個性で、あれくらいの大きさならずっと浮かせていられるらしい。だから記録無限。面白い個性だ。

 

 「負けちゃった♥」

 

 「今まで全部一位だったのにね」

 

 笑いながら半目でこちらを見てくる響香。かくいう彼女は、イヤホンジャックをうまく使って上体起こしや立ち幅跳びでいい記録を出していた。これなら最下位の心配はなさそうだ。

 

 「……アイツ、まだいい記録出せてないけど。相澤先生、本当に除籍するつもりなのかな」

 

 「心配?♦︎」

 

 「いや、別に」

 

 言葉とは裏腹に、彼女の表情には少し憂いが見えた。まだ個性を使っていない緑色の癖っ毛の彼に少しだけ同情にも近い感情を抱いているようだった。

 

 彼は一度投げ終わった後で、相澤先生から何やら注意を受けているようだった。内容までは聞こえてこなかったが、どうやら使おうとした個性を先生の個性によって消されたらしい。何か事情があるのだろう。

 

 「彼なら大丈夫さ♦︎」

 

 

 「?知り合いとか?」

 

 不思議そうに少し首を傾げる響香に違うと返事をする。更に不思議そうな顔をする彼女に向けて、僕は笑いながらこう言った。

 

 「勘さ」

 

 僕の勘はよく当たるんだ。

 

 大きな炸裂音と共に、癖っ毛の彼が投げたボールは遥か遠くへ飛んでいく。記録は705メートル以上。全体で見ても五位に食い込む、文句なしの大記録だ。

 

 どうやら先ほどの個性の使用で指が折れてしまったようで、痛そうに指を押さえている。しかしその痛みを堪えながら、無理矢理に作った笑顔でテストの続行を告げる彼にーー僕の身体が急激に反応を示した。

 

 今日一上がる口角。ツカツカと早足で癖っ毛の彼の元へと歩み寄り、僕は声を掛ける。

 

 「やあ♠︎」

 

 「へ!?なに!?だれ!?」

 

 「ボクは喪蝋密架♥︎ヒソカって呼んでくれよ♦︎さっきの、凄かったね♣︎」

 

 「あ、う、うん、ありがとう、喪蝋くん。僕は緑谷出久」

 

 引き気味の緑谷ーーいや、出久を見つめながらニヤニヤとした笑みを浮かべる。僕の今の身長は179cmで、緑谷よりも10cm近く高い。必然的に見下ろすような格好になっている。いきなりそんな男からニヤニヤしながら声を掛けられた彼としては些か以上に困惑していることだろう。

 

 「ボク達は相性いいよ♥︎性格が正反対で惹かれあう、とっても仲良しになれるかも♠︎」

 

 「そ、そうかな……」

 

 やはり引き気味にそう答える緑谷は、しかし少しだけ笑っていた。

 

 

 

 

 

 その後も順当に試験を終え、ハンドボール投げ以外の種目では一位を獲った。持久走でバイクに乗る女子生徒には驚かされたが、念で強化されたわけでもないバイクなら僕の方が速い。

 

 改めて自分の肉体の規格外さを噛み締めていると、相澤先生が結果を空中に投影していた。

 

 「ちなみに除籍はウソな」

 

 投影と同時に笑いながらそう述べる先生。

 

 「君たちの全力を引き出す為の合理的虚偽」

 

 一部の生徒から絶叫が上がった。主に最下位の出久から。バイク女子は当たり前ですわと呆れたように溢し、響香は少しホッとした様子を見せていた。

 

 「やっぱアンタが一位?凄いじゃん、おめでとう」

 

 「ありがとう♠︎でも個性の相性がよかっただけさ♥︎」

 

 今回の授業は、身体能力に優れた僕に圧倒的に有利な条件だった。パワーだけでなく瞬発力も強化できるのだから、寧ろこれで負ける方が難しい。

 

 「喪蝋、お前すげーな!どんな個性なんだよ?」

 

 「私にも教えて下さいまし!今回は一位を明け渡してしまいましたが、つぎはこうはいきませんわ!」

 

 「つかお前ら仲良いな、同中?」

 

 耳郎と話していると、赤髪の男と、明るい金髪に黒メッシュの男、バイク女子が話しかけてくる。その他の生徒とも話をしながら、僕はそれぞれの個性について話しつつクラスメイト達と一緒にグラウンドから移動し始めた。

 

 雄英高校、次はどんな試練が待っているのか。楽しみだ……♠︎

 

 



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3話

 
 全話の前書きにも追加しましたが、ヒソカの点数付けは「僕のヒーローアカデミア」基準で行われてます。

 動き少なめな繋ぎの回です。下ネタっぽい表現あるので苦手な人は注意して下さい。


 雄英高校が始業して2日目。今日は待ちに待ったヒーロー基礎学の授業がある日だ。戦闘訓練や災害救助、個性強化など、ヒーロー活動における基礎を学ぶ授業で、オールマイトが担当する授業でもある。

 

 英語や国語など一般の高校に通う生徒が当たり前に受ける授業も当たり前に受け、そして迎えた午後の授業。他のクラスメイト達からも楽しみだ、という熱が伝わってくるようだった。

 

 「わーたーしーがー!普通にドアから来た!」

 

 「95点……!♦︎」

 

 「すげー!オールマイトだ!本当に教師やってんだ!」

 

 現no .1ヒーローにして、史上最高のヒーローと名高い彼の登場に、教室の興奮は一気にヒートアップする。ヒソカスカウターでもかなりの高得点が叩き出された。90点越えは初めてかもしれない。

 

 口角が上がり、抗い難い衝動を必死に押さえつける。油断すれば今にもオールマイトに飛びかかってしまいそうなほどだった。最早周りの声も殆ど耳に入ってこない。

 

 オールマイトが手に持ったリモコンを操作すると、教室の床から棚が現れた。そこには雄英入学前に事前に申請したコスチュームが入っており、今回の訓練ではそれを着て行うとのこと。

 

 オールマイトが教室を去ったころ、漸く身体が落ち着いた。周りも既に着替えを始めており、僕も自分の棚からコスチュームの入ったアルミ製の鞄を取り出す。

 

 上は丈の短い黒のノースリーブに、下はかなり緩めで足首で締まっている白のズボン。靴は先が上を向いたもので、腹部は紫のゴムボールのような光を放つ素材で作られている。天空闘技場編のヒソカの服装をそのままコスチュームに落とし込んだ。耐熱性・防寒性に優れ、ちょっとやそっとでは壊れないとびきり頑丈な素材で作られている。

 

 特に着替えることに苦労することもなく、寧ろかなり早めに着替え終わった。そのまま演習場へと向かうと、金髪に黒メッシュの少年、上鳴と、赤髪を逆立てた少年、切島が声を掛けてくる。

 

 「ようヒソカ!イカしてるぜ!ムッキムキだな!」

 

 「ピエロ?か?よくわかんねーけどお前のイメージにピッタリだな!」

 

 「ありがとう♠︎君たちも決まってるね♣︎」

 

 そこそこ変わったコスチュームというか、ヒーローっぽくはないと思うのだが、級友たちは手放しで褒めてくれた。素直に嬉しくて自然と表情が綻ぶ。

 

 和やかな雰囲気が流れたが、それもすぐに終わる。オールマイトが授業についての説明を始めたからだ。まだ浮ついた雰囲気が残っているが、しかしそれでも空気が引き締まった。

 

 「さあ始めようか有精卵共!戦闘訓練のお時間だ!!」

 

良いじゃないか皆、カッコイイぜ!と生徒達を褒めるオールマイトに、フルアーマーのコスチュームを着た少年が質問を投げ掛ける。

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 あのアーマー、眼鏡の彼だったのか。

 

「いいや!もう二歩……いやもう三歩先に踏み込む!2対2での屋内での戦闘訓練さ!」

 

 オールマイトの言葉に、疑問が首をもたげた。同じ疑問を抱いた生徒も複数いるようだ。

 

「ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内のほうがヴィラン発生率は高いんだ。監禁・軟禁・裏商売……このヒーロー飽和社会、ゲフン、真に賢しいヴィランは、屋内(やみ)に潜む!!」

 

 カンペを読みながら捲し立てるオールマイト。

 

「よって今から、君たちには『ヴィランチーム』と『ヒーローチーム』に分かれて、屋内での戦闘訓練を行ってもらう!」

 

「基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知る為の実践さ!ただし今度はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」

 

 猫背で蛙のような容姿の女子生徒、蛙吹がオールマイトに質問を投げかけ、オールマイトがそれに答えた。彼女の質問を皮切りに、生徒達が次々と質問を投げかける。

 

 「先生、当クラスは二十一名です。2対2での訓練だと1人余ってしまいますわ」

 

 「そこなんだよなぁ〜!今日は1チームだけ3人のチームを作ろうと思っているんだが、これから常に直面する問題だ!何か他にいい案があれば採用したいんだが」

 

 「オールマイト先生♥︎」

 

 目の前に転がってきたチャンスに、どうしても心の昂りを抑えきれずにいた。なんだね喪蝋少年と返すオールマイトに、僕は特大級の戦意をぶつける。身体から紫色のオーラが立ち昇った。

 

 「よかったら貴方と闘ってみたいな♠︎」

 

 「……む」

 

 プロヒーローの戦闘力を知るいい機会になるしね♣︎、と適当な理由を付け加えたが、結局のところボクが闘いたいだけだ。オールマイトは腕を組み思案している。その様子に可能性があるとみて、更に畳みかける。

 

 「訓練の様子を見学するなら、貴方がちょうどいいお手本になる♣︎ハンデをつければ生徒側にも勝算が生まれるかもしれないしね♦︎」

 

 単純な戦闘なら相手にもならないだろうが、これは訓練だ。内容やハンデ、個性次第では、勝ちを拾える可能性は出てくる。

 

 「……いや、ダメだ!そういう授業を行う時も来るかもしれないが、今回はあくまでチームで行うということに意味がある!」

 

 「そっか残念♠︎」

 

 身を焦がさんばかりの昂りは驚くほどあっさりと引いていった。雄英高校に在籍する限りチャンスはある。今回は叶わなかったが、また次の機会を窺うとしよう。

 

 その後オールマイトによって訓練の説明が続けられた。状況設定は『ヴィラン組織』がアジトに『核兵器』を所持していて、『ヒーローチーム』はそれを処理しようとしている。『ヒーローチーム』は制限時間内に『ヴィランチーム』全員を拘束するか『核兵器』の回収をする事。『ヴィランチーム』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーローチーム』全員を拘束する事。

 

 くじを引き終わり、同じくじを引いた生徒を探すと、衣服が浮いていた。このクラスでよく見る怪奇現象の類だ。

 

 「あっ、喪蝋くんと一緒か!私葉隠透!よろしくね!」

 

 「よろしく葉隠♠︎よかったらヒソカって呼んでよ♦︎」

 

 分かった!と元気よく返事をする彼女は透明人間の個性らしい。詳しくは知らないが、強個性だし、何より僕の個性との相性は悪くなさそうだ。

 

 「作戦たてよ作戦!私の個性は『透明』!透明だよ!ヒソカくんの個性って、防戦に向いてそうだよね。あのひっつくゴムみたいなやつって複数出したりできる?」

 

 「できるよ♣︎」

 

 部屋いっぱいにゴムとかつよそうじゃない!?と騒ぐ葉隠を見ていると、何だか微笑ましい気持ちになってくる。恐らく他人に表情が伝えられないからだろう、大袈裟な身振りでこちらとコミュニケーションをとろうとするさまは、端的にいって可愛らしいものだった。

 

 他の生徒の訓練中はモニタールームで試合の観戦を行うそうだ。しかしどうやら音声は聴こえないらしい。残念。訓練なら聞こえてもいいと思うのだけど。

 

 「おお!緑谷すげぇ!」

 

 初戦は出久、無限女子こと麗日チーム対爆豪、眼鏡の彼こと飯田チームの訓練だった。前者がヒーローチームで、後者がヴィランチームだ。

 

 目を細めモニターを見つめる。流れている映像では、出久と、くすんだ金髪の彼、爆豪が接敵し、最初に爆豪側が仕掛けた不意打ちに上手く対応してカウンターを喰らわせた形になっていた。投げ技で爆豪を地に打ち付けた出久は、ファイティングポーズをとり何やら声を張り上げている。

 

 身体が震えた。やはり彼には僕の心を熱くさせる何かがあるらしい。

 

 なんとか確保テープを巻こうと奮闘する出久に、爆破という強力な個性で圧倒する爆豪。出久はよく爆豪に絡まれていたり、冷たい態度を取られているのを見かける。何か因縁があるのだろう。

 

 いきなり籠手のピンを引き抜き、演習場を震わせるほどの大爆破を起こした爆豪は、オールマイトから厳重注意を受けていた。コンクリートでできた壁を大きく抉っている。物凄い火力だ。もしも直撃すれば並みの人間なら無事では済まない。

 

 誰かが爆豪のことをセンスの塊だと言った。確かに、爆破の反動を利用した機動力と、おそらく我流であろう体術、そして何より身体機能である個性を連続しようしても底を尽きないタフネスは、天性のものに恵まれていると言える。

 

 「青い果実……♣︎」

 

 誰にも聴こえない程の小声でそう溢す。

 

 その後も爆豪が圧倒するが、しかし粘り強く奮闘する出久。お互い何か声を張り上げ、まるで口喧嘩でもしているようだった。追い詰められていく出久。しかし余裕のない表情を浮かべているのは、寧ろ爆豪の方だった。

 

 出久が猛る。爆豪が吠える。モニター越しでもわかるほどの熱気と激情。一々声にして反応を示していた生徒たちも次第に口数が減り、彼らの闘いに魅せられていた。

 

 ああ、いい……♠︎やっぱり君はいいよ、出久♥︎

 

 身体が震える。視線と吐息に熱が篭る。爆熱と衝撃にモニターが強い光を発し、思わず目を細めた。刹那、オールマイトが告げる。

 

 「ヒーローチーム!WIIIIIIIN!!!」

 

歓声をあげる生徒たち。ボロボロの演習場の中で倒れ伏す出久に、立ち尽くす爆豪。勝者と敗者がまるで逆転したようなその光景は、生徒たちの脳裏に強く刻まれたことだろう。

 

 「凄かったねー!」

 

 興奮気味にそう話す葉隠に、適当に返事をした。まだ身体の昂りは治らない。今は崩した体勢で座っているからいいものの、気を抜くと勃っていることがバレそうになる。

 

 身体は完全に出来上がっている。戦闘に飢えた僕はいつも吊り上がっている口元を更に吊り上げ、怪しい笑みを浮かべていることだろう。

 

 他の生徒が演習を行なっている間、心を落ち着かせなんとか鎮める。面白そうな個性を目にするたび身体が反応して大変だった。

 

 「続いてヴィランチームの喪蝋少年、葉隠少女、ヒーローチームの轟少年、障子少年、尾白少年、演習場へ移動してくれ」

 

 次は僕たちの番だ。立ち上がり演習場へ移動する。相手は全国でたった4人枠の推薦入学者、轟を含めた3人チームだ。かなりの強敵といってもいいだろう。

 

 ふと轟と目が合うが、向こうは興味なさそうにすぐに視線を逸らした。

 

 「つれないな♦︎」

 

 普段なら少し落ち込むところかもしれないが、今日はかなり機嫌がいい。相手のつれない態度も、むしろ僕の心の熱を高める薪になった。

 

 「相手3人チームかー!まともに戦闘するとかなり厳しそうだよね……」

 

 「そうだね♠︎でも策はあるよ♥︎」

 

 難しそうにムムムと唸る葉隠に、そう告げると途端に元気になる。どんな策?と聞いてくる彼女に、僕は他のクラスメイトには言っていない個性の使い方を説明した。

 

 「確かに、それなら相手も騙せそう!でも3人に攻めてこられたら流石に不利だろうし、確保テープを巻かれちゃうよ?」

 

 「大丈夫、戦闘なら任せてよ♦︎」

 

 事もなげに、笑みを浮かべながらながらそう告げる僕に、葉隠は少しだけ間をおいてわかった、と返事をした。時間稼ぎにしろ相手を倒すにしろ、どちらにせよ戦闘は避けられない。その後、葉隠にやって欲しい役割について話し終えたところで、そろそろ訓練が始まるぞ、というオールマイトからの通信が聞こえた。

 

 核のハリボテを置き、更に念には念をいれて下準備をする。全ての準備が満足に終わり、いよいよ開幕の合図が聞こえる。

 

 がんばるぞー!と声をあげる透明人間。今の彼女は、言ってしまえば素っ裸だ。透明という個性上、これが1番強い!本気!と言うのも分かるが、そこは女子としてどうなのだろうか。まあ、この個性社会で人の生き方や価値観についてどうこう言うのも無駄なので黙ってはいたが。

 

 そんなことを考えていた瞬間、立ち昇る冷気を肌で感じた。僕は咄嗟に葉隠を抱え、足にオーラを集中する。

 

 “凝”

 

 生命エネルギーを集中することで、硬度や威力が上がる。凍りつく床。いや、床だけではない。壁も、天井も。建物が、全て凍り付いている。

 

 足から身体を昇ってこようとする冷気を踏み込みで振り払う。

 

 「寒い!ブーツ履かなきゃ!皮剥がれちゃう!」

 

 部屋の隅に置いていたブーツを履かせ、葉隠を下ろす。ありがとう、と告げる彼女はどことなく恥ずかしそうだったが、もはやそんな事は気にならなかった。

 

 「イイ……♥︎イイよ……♥︎」

 

 はじめて実感する圧倒的な支配力を持つ個性に、身体の興奮が収まらない。早く、早く発散させてくれと個性が喚く。

 

 「隠密性能は下がっちゃったけど……♠︎プラン通り行こうか、葉隠♥︎」  

 

 

 

 ここは最上階。登ってくるだろうヒーローチームを――真っ正面から迎え撃つ。

 

 

 

 




 


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