オラリオの防衛者 (リコルト)
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プロローグ


どうも、初めまして!作者のリコルトです!
此度からダンまちとワールドトリガーのクロスオーバー作品を投稿していこうと思います。
学業の関係でなかなかすぐには投稿できないことが多くなりますが、極力投稿していこうと思いますので、拙い作品ではありますが、見ていただけると嬉しいです!

それではプロローグをどうぞ!





 

 

 ───ボーダ―。正式名称は「界境防衛機関」。別世界から侵略してくるネイバーやトリオン兵と呼ばれる者達に対抗する組織で、約600人近い戦闘員のその多くは活動拠点である三門市内の学生によって構成されている。

 

 ボーダーに所属する全隊員はA級、B級、C級とクラスは違えど、日頃からいつ迫ってくるか分からない敵にいつでも対応できるようにと本部で訓練を行っている。そのため、ボーダー本部は普段から活気がある状態なのだが、今日だけはどこか雰囲気が違っていた……

 

 

……………………………

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………

 

 

「あれっ?荒船先輩と佐鳥先輩だけっすか?」

 

 頭に感情を一切感じられない猫を乗せている猫目の少女、夏目出穂がスナイパー専用の練習室に顔を出すと、そこには普段ならスナイパーの監査役として一度も顔を出さない日が無かった人物がおらず、一瞬驚いてしまう。

 

「本当だ……。あれ?東さんは?」

 

 出穂と共にやってきた彼女の同僚であり、親友でもある雨取千佳は普段ならいるはずであろう人物ーー東春秋を探そうとキョロキョロと周りを見渡すが、その姿を認識することはできない。

 

「おっ。玉狛のおチビちゃん達じゃねぇか」

 

 二人の存在に気付いた荒船と佐鳥は誰かを探している様子だった二人に声をかける。

 

「おやおや~、二人とも誰かを探しているみたいだったけど、ご友人とかでも探していたのかな~?」

 

「いえ、普段ならいつも東さんはいるのに、今日はいない日なんだなと思って。もしかして、体調不良っすか?」

 

 のらりくらりとした佐鳥の質問に出穂が答えると、荒船と佐鳥は一瞬何かに動揺したような雰囲気を醸し出し、お互いに顔を見合わせる。

 

「……東さんは墓参りに行ってるんだ」

 

 そう言って、荒船は自慢の帽子で目元を隠しながら出穂と雨取の二人に説明する。

 

「墓参り……もしかして、親族の?」

 

「いや、親族じゃない。東隊の元ボーダー隊員だった男だ。だが、東さんにとっては息子みたいに誰よりも大切な人だった。俺も佐鳥もそいつとは友人でな……。今でも死んだのが信じられないぐらいだ」

 

「ですね……あの人が死んだと聞いた時、俺も最初は信じられませんでしたもん。木虎とかすごい動揺していたし」

 

 かつての思い出を振り返るように荒船と佐鳥は静かにその場で目を閉じる。その光景を見て、その人物はボーダーの多くの隊員に影響を与えたのだろうと、ボーダーに入ったばかりの雨取と出穂も容易に理解する事ができた。

 

「すごい人……だったんですか?」

 

 雨取の問いに荒船はああ、と言って話を続ける。

 

「あいつは戦闘の腕だけでなく、戦術、エンジニアリング、それに医療の才がずば抜けていてな。間違いなく今のボーダーにいなければいけない存在だった。あいつがもし生きていれば、第二次大規模侵攻の結果も変わっていたかもしれないと思うぐらいにな……」

 

 

_______________

 

 

 

『パーフェクトオールラウンダーの理論を確立させたい?確かに俺は攻撃手、銃手、射手、狙撃手の戦闘は全て出来るが、木崎さんには全く及ばないよ。荒船、そういうのは木崎さんを参考にするのが一番じゃないか?』

 

 

『確かにな。だが、お前には他の戦闘員には見られ無いエンジニアリング、医療に精通しているという長所がある。俺の理論にはそういう所も組み込みたいんだ』

 

 

『へぇ、成る程ね。良いよ、教えてあげる。けど、エンジニアリングと医療には専門用語とか多いよ。果たして体育会系の荒船君に理解できるかな?』

 

 

『うるせぇ、叩き斬るぞ。バカにすんな』

 

 

『はいはい、じゃあ今から東隊の隊室に来なよ。俺がその二つを勉強する際に使ったノートがあるから。体育会系の荒船君でも一年でマスターさせてみせるよ』

 

 

________________

 

 

(今日がその一年だよ………バカ野郎が)

 

 

 荒船はかつて自身の目標であるパーフェクトオールラウンダーの理論化の実現のために尊敬していた友と交わした会話を一字一句忘れること無く覚えている。一年という月日が経過していても、荒船にとってそれは大事な記憶だった。

 

「……おチビちゃん達。もし時間があるなら、そいつの話をもっと詳しく聞いていかないか?」

 

「「えっ!?良いんすか(ですか)?」」

 

「ああ、別に減るもんじゃないからな。それにあいつの話はむしろ参考になることばかりだ。佐鳥も付き合うよな?」

 

「ええっ!?俺もですか!?俺、次の仕事が「ついでに佐鳥の黒歴史も話して…」勿論、付き合います!」

 

 荒船の言葉に佐鳥は目に涙を浮かべながら、うんうんと頷くように承諾する。その様子を見て雨取は何かを察したように苦笑をし、出穂は憐れみの視線を送っていた。

 

 

「じゃあ、話すぜ。旧東隊の5人目と呼ばれ、東さんの全てを受け継いだ男。水谷聡人(みずやときと)の話をな…………」

 

 

 

……………………………………

 

 

 

…………………………………………………

 

 

 

………………………………………………………………

 

 

 ボーダー本部から少し離れ、警戒区域外にある墓所。高台にあるため、移動には少々不便ではあるものの、そこで眠る者が守りたかったボーダー本部が一望できるその場所で、肩口まで伸びた黒髪と眠たそうな眼と180メートル以上もある長身が特徴的な男ーー東春秋は『水谷聡人』と彫られた墓石を静かに見つめていた。

 

「お前がいなくなってからもう1年か……」

 

 東は返事をしない事を分かっていながらも、いくつもの供え物と花で彩られた墓に語りかける。

 

「水谷とは俺と同じで今のボーダー発足時の付き合いだったな。二宮、加古、三輪はそれぞれ隊を作ったんだが、お前だけは俺に最後まで付いてきてB級の育成に専念したんだよな。奥寺も小荒井も人見も元気だよ。今でもお前が遺した戦術ノートを読み漁るぐらいだ。ボーダーでの用事が終わり次第、会いに来るそうだから彼らの話も聞いてやってくれ」

 

 そう言って、墓石に水と線香を捧げようとすると、新たな来訪者が墓石の前にやってくる。

 

「忍田本部長、それに沢村………」

 

「我々も線香をあげても良いかな?」

 

 忍田の言葉に東はもちろん、どうぞと言い、線香に火を着ける際に使用した火種を二人に貸し出す。

 

「今年も供え物が沢山だな」

 

「ええ。二宮隊、加古隊、三輪隊、それに嵐山隊や影浦隊や荒船隊といった面子が前に来ましたね。これから太刀川隊や鈴鳴第一も来るとか」

 

「そうか」

 

 そう言って忍田と沢村は白い煙を出す線香を墓にあげ、墓の前で黙祷を捧げる。

 

「聡人君……惜しい人物を無くしたものだ」

 

「そうですね……私や東君といった同期メンバーの中で将来性に関しては彼が一番でしたから。けれど、一年前の遠征の際に起きたネイバーによる遠征挺襲撃事件で、彼は襲ってきたネイバーと共に自爆。そのまま行方不明に……」

 

「ああ……けれど、水谷が犠牲になったおかげで遠征挺とそれに乗船していた数十人のメンバーは無事に帰還できたんだ。俺もその内の一人だ」

 

 墓石の前で忍田、沢村、東は彼が亡くなった原因である事件を鮮明に思い出す。特に東は彼が亡くなる直前に彼と話した唯一の人間であった。

 

 

______________

 

 

『東隊長!貴方はこれからのボーダーを支える重要な人物です!東隊長だけは絶対に死なせません!だから、ここは俺がこいつを何とかします!』

 

 

『それはお前も同じだ、水谷!お前が死ねば、悲しむ人物は大勢いる!お前にはまだ後輩に教えることがまだ残っているだろう!』

 

 

『東隊長、俺は貴方という根から生まれた葉や枝みたいなものなんです。植物にとって致命的なのは根を失うこと!根さえ残っていれば、後はどうにかなります!それに後輩にはすでに教えることは全て遺しています。悔いはもうありませんよ』

 

 

『待て!水谷!』

 

 

 

_________________

 

 

 

 

(水谷……もし生きているなら…………)

 

 

 

…………………………

 

 

 

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………………………………………………………

 

 

 

「ゲホっ……ゲホっ……ここは?」

 

 

 薄汚れた路地裏のような場所で、見慣れない景色に動揺しながらも紺色のジャージを模した戦闘体をした少年ーー水谷聡人は意識を覚醒させる。

 

「確か……俺はあのネイバーと自爆して……」

 

 右手で頭を押さえつつ水谷は覚えている事を思い出す。

 

 遠征からの帰還の際に謎のネイバーが襲ってきたこと。

 

 そのネイバーと共に自爆特攻したこと。

 

 この辺りが水谷にとって最後の鮮明な記憶だった。

 

 自爆特攻した以降の出来事の記憶は曖昧で、まるで宇宙のような無重力空間に漂う感覚だけは覚えている。そして、気付けば見慣れない場所で目覚めたというわけだ。これだけの出来事を基に水谷はある仮説を立てる。

 

「もしかすると……ここはネイバーフッドか?襲撃されたのは空間転移中だったからな。あの爆発と共に知らない場所に放り投げられたと仮定すれば、俺がここにいるという説明はつく。少なくとも死んでいなければの話だけど」

 

 それを踏まえつつ、水谷はゆっくりと辺りを見渡す。

 

「建物の材質は石材や木材……中世を彷彿とさせるな。そして、この街の中心らしい場所にそびえ立つ塔と街を囲うような壁……ファンタジー小説やゲームとかによくある城塞都市といった所か」

 

 最初は知らない場所で動揺していたものの、彼の何事にも今分かる情報だけで仮説を立てて分析するという性分と見ず知らずのものに対して湧き出す彼の興味により彼は普段の冷静さを取り戻していた。

 

「そう言えば、今は戦闘体だったか……良かった。どうやら、戦闘体には特に影響は無さそうだ。もしかすると、好戦的な国家かもしれないからな」

 

 ネイバーと自爆覚悟で戦った水谷。最初は何故戦闘体のままだったのだろうかと疑問は残ったものの、トリガーは彼の唯一の対抗手段である。この際は全く気にするような問題では無いと切り捨てるように判断した。

 

 激しい戦いの後で何かしらの不調は無いか試しにバッグワームを起動すると、無事彼の背中にグレーのマントが現れ、水谷は安堵する。

 

「ひとまずは散策して情報収集かな。手持ちも応急手当て用の医療セットと自分でカスタマイズするための各種トリガーチップしか持ってないからなぁ。誰か親切な人に会えれば、良いんだけど」

 

 

 そう言って、東隊オールラウンダー水谷聡人は見知らぬ街の雑踏へと飛び出すのだった。

 

 

 

 




プロフィールその1

名前:水谷 聡人(みずや ときと)

所属:東隊

ポジション:オールラウンダー

性別:男

年齢:17歳(もし生還していれば荒船達と同い年で、18歳組の一人だった)

身長:169cm

血液型:B型

星座:つるぎ座

誕生日:7月20日

職業:高校生

好きなもの:東隊長、新人の育成、トリガーのカスタマイズ、医療系に関わる物事、海鮮類

得意なこと:情報収集と分析、仮定を立てること、エンジニアリング、応急手当て

パラメーター

トリオン 10

攻撃 9

防御・援護 11

機動 7

技術 12

射程 8

指揮 9

特殊戦術 8

経歴:第一次大規模侵攻で自分以外の親族を失い、引き取られる形でボーダーに入隊。そのため東春秋や沢村響子とは同期である。その後、旧東隊に配属され、オペレータ兼戦闘員を担当する。旧東隊解散後は隊を作らず、後輩隊員育成のために東春秋に付いていき、現東隊を結成。奥寺、小荒井、人見ともここで知り合うが、しばらくして水谷聡人が例の事件に巻き込まれる形で行方不明に。結成して一年も経たずに5人体制による東隊は崩壊することになった。

その他:普段から彼はトリガーを変えるための各種トリガーチップを所持している。そのため、彼は時間と場所があれば、どこでも自分でトリガー編成を変えることができる。戦闘員でもこれが出来るのは一流のエンジニアやオペレータとして知識を持つ彼しかいない。



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見知らぬ世界の散策

 

 

「うぉ~、すっご!なんだよ、これ………」

 

 紺色のジャージの上からローブのようにバッグワームを被り、顔を隠しながら街中を散策する水谷は街中の雰囲気に圧倒されるように声をあげる。

 

 活気のある街の大通りにいくつもの屋台がある様子はヨーロッパの朝市を連想させ、生まれて一度も海外に行ったことがない水谷にとってとても新鮮な光景だった。

 

 それだけでも水谷を十分に驚かせるものであったが、それ以上に水谷が驚いたのは………

 

「獣人、ドワーフ、それにエルフまでいるのか」

 

 自分と同じ人間だけでなく、ネコや犬といった耳をした獣人、濃い髭が特徴的なドワーフ、尖った耳を持つエルフといった自分の住んでる世界にはいない異種族が何事も無いように平和に暮らしていることだった。

 

「はは……国近や半崎にファンタジーの世界に来たと話したら、興奮間違い無しだな」

 

 水谷はボーダー内でも屈指のゲーム好きであったおっとり系ゲーマー少女と『ダルいっす』が口癖のスナイパー少年が興奮する様を思い浮かべながら、クスッと笑みを溢す。

 

(それにしても、本当にここは俺…いや、ボーダーすらも知らない異世界のようだな。多種族による城塞都市、通貨もヴァリスと呼ばれる見知らぬ貨幣、文字も英語に似ているけどまったく見たことが無い。話し言葉だけ分かるだけでも不幸中の幸いだった。話す、聞く、読む、書くが出来なかったら、コミュニケーションのコの字すらも出来てない所だ)

 

 しばらく街中を散策することで、この街での文化レベル、生活様式、地形などを情報として接収し、水谷は分析を行い、改めてボーダーすらも未知の異世界に来てしまったのだと確信する。

 

「東隊長や遠征挺に乗っていた皆は無事帰れたんだろうか?それなら別に良いんだけど…」

 

 一応、言葉は通じるので、屋台を営むお店の人達に大きい船みたいな目撃情報は無かったか、俺みたいな服装をした異邦人をした人物を他に知らないかと聞いてみたが、関連性のありそうなニアピン情報も見つからない。俺が倒れていた現場を察するに遠征挺は無事で、俺だけが遠征挺から投げ出されたのだろう。

 

「はぁ……マジ何でこんなことに。今頃、遠征帰還のお祝いで東隊長と焼き肉食べに行ってたのになぁ」

 

 自分一人という犠牲だけで尊敬する人物と多くの人々の命を救えたという答えは見知らぬ異世界に来た水谷を安心させる材料ではあるものの、メンタル面に何も支障が無いわけではない。戦闘員として優れた能力を持っているものの、彼はまだ高校生。誰も自分を知らない世界にいきなり放り込まれて心機一転しろと言う方が難しいだろう。

 

(まぁ……こうなっては今更悔いても仕方がない。ここでしばらく調査をすれば元の世界に戻るための手掛かりの一つは見つかるだろう。今はどこか衣はともかく食住を確保しないと。もし、東さんだったら、こういうこともテキパキと簡単にこなすんだろうな……)

 

 何とか気持ちを切り替えつつ、生活できる場所が無いかと路地裏にまで足を踏み入れる水谷。

 

 すると………

 

 

「待ちなさーい!!このドロボー!!」

 

 

「チッ!!くそっ!!」

 

 

 何かがパンパンに詰まった麻の袋を必死に抱えながら逃げるように走る男とその男を追いかける赤いポニーテールが特徴的な水谷と年が変わらないぐらいの少女が水谷へと迫ってくる。

 

「なに?泥棒?」

 

「そこのガキ!邪魔だ!!どきやがれぇ!!」

 

「そこの君!!彼を捕まえてぇ!!」

 

 ト〇とジ〇リーみたいに止まることを知らない追いかけっこをする二人が、互いに叫びかける。泥棒か……どの世界にもいるものだな。

 

 

 見過ごせないと思った俺はバッグワームを解除し、左手に小さな緑色のキューブ、利き手である右手に黒いハンドガンを生成した。

 

「スパイダー」

 

 その言葉と共に左手の緑色のトリオンキューブからワイヤーが飛び出し、子供の悪戯みたく彼らの足元にビンっとワイヤートラップが張られる。

 

「うぉっ!?何だ、このヒモぉ!?」

 

 全速力で走る男は突然足元に張られたワイヤーを回避できず、驚いた様子で空を飛び、バタンっと重い音を立ててすっ転ぶ。顔から転んだのか鼻血が出ている。

 

「何あれ?急に男の足元にヒモが現れて……っ!?危ない!!その男はお尋ね者のレベル2の冒険者よ!!」

 

「てめえ!!よくも邪魔しやがってぇ!!先にテメェからぶっ潰してやるぅ!!」

 

 立ち上がった男は鼻血を垂らした顔で、水谷の後ろから殴りかかるように拳を大きく振りかざす。

 

「レベル2?ゲームだったら、雑魚じゃないかそれ?ゲームとかアニメに少し疎い俺でも分かるぞ」

 

 

 だが、水谷は後ろから襲いかかろうとする男の攻撃をかわし、続けて殴りかかろうとする男のジャブも難なく余裕でかわしていく。先程、水谷に危険を知らせた赤髪のポニーテールの少女はありえないといった様子で口を開け、その光景を眺めるしかなかった。

 

「やれやれ……少し落ち着きなよ!!」

 

 

 しばらく男の攻撃をかわし、受け身状態だった水谷がここで反撃。右手のハンドガンの銃口を男の足に向け、数回バシュンバシュンという音と共に引き金を引く。

 

 

「ぐあぁぁぁ!!!??」

 

 男は悲鳴と共に撃たれた足を押さえ、その場に踞る。

 

「何、今の火薬が爆発したみたいな音?君、もしかして彼の足に怪我を「いや、よく見てください。血はおろか、傷すらも出してませんよ」……何これ、黒い重し?」

 

「何だよ、これぇ!?足に石がめり込んでるのに、痛みが無いなんて気持ち悪りぃ!?くっそ!動けねぇ!?」

 

 水谷と赤髪のポニーテールの少女の視線の先。そこには足に貫通するようにめり込んだ黒い重しによって足が地面に固定された男の情けない姿だった。

 

「……自首するならその重し外してやるよ」

 

 

 鉛弾(レッドバレット)

 

 トリオンを重しに変えて相手を拘束する汎用射撃オプショントリガー。直接的な破壊力が無い代わりにシールドと干渉しないメリットはあるが、重くする効果にトリオンを割いているため、射程と弾速が落ちるデメリットがある。水谷が男に撃ったのは通常弾ではなく、この鉛弾だったのだ。

 

 

 

「すごいね、君!レベル2の冒険者を難なく無力化するなんて!何処のファミリア出身なの?さっき出したヒモや重しは君の魔法なの?さっきの見慣れない武器は何?」

 

「お、落ち着いてくれ。一気に言われると………」

 

 目をキラキラとさせながら、赤髪のポニーテールの少女は俺にマシンガンの如く質問攻めをしながら身体を寄せてくる。もし俺が辻だったら、確実に死んでたな……。

 

「アリーゼ!大丈夫ですか?」

 

 そう思っていると、向こうから緑と白を基調とした服装の金髪のエルフの少女を筆頭に、自分の世界で見慣れた着物の黒髪の少女、子供みたいな体型のピンク髪の少女など十人ぐらいの女性が一気にゾロっとやって来る。恐らく、この赤髪の少女の仲間だろう。

 

「平気平気!この人が捕まえてくれたんだ!」

 

 アリーゼと呼ばれた赤髪の少女は俺を指差して事情を仲間達に説明する。それを聞いて、エルフの少女は不審者を見るような視線、日本人っぽい着物を着た少女とピンク髪の小柄な少女は興味津々といった視線をこちらに送ってくる。

 

 後者はまだしも、前者は何で?まだ俺、君には何もしてないはずなんだけど。迅さんみたいにセクハラをするような人を見る目だよ、それ。

 

 そう思いつつ、彼女からの視線に耐えていると彼女達を後ろからかき分けるように胡桃色の髪をした落ち着いた様子の女性が前に現れる。

 

「この度は私のファミリアの団長の手助けをして頂きありがとうございました」

 

「いえ、そんな大したことじゃ無いです」

 

 そう言って、頭を下げてお礼を言った女性に頭を上げさせると、彼女は俺の心の中を覗くようにじっと見つめる。すると、彼女は女性らしくふふふと笑いながら、俺にある提案をする。

 

「どうやら何か困り事を抱えているようですね?よろしければ、お礼を兼ねて私達のホームに来て頂けないでしょうか?出来る限り私達が相談に乗りますよ」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 これは嬉しい提案だ。もしかすると、彼女からこの異世界についてさらに詳しい情報を聞けるかもしれない。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて………」

 

「はい。ちなみに貴方のお名前は?」

 

水谷聡人(みずやときと)です」

 

「ミズヤ聡人さんですね。私の名前はアストレア。彼女達アストレアファミリアの主神です」

 

 

(アストレア……?歴史か何かで聞いたことが……)

 

 

 

 




トリガーセット(暫定)

メイントリガー

・拳銃(アステロイド)

・鉛弾(改)

・シールド

・拳銃(メテオラ)

サブトリガー

・スパイダー

・バッグワーム

・シールド

・メテオラ



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アストレアファミリア

 

 

 捕まえた強盗を衛士らしき人物に引き渡した後、アストレアという女性と彼女が結成した組織、アストレアファミリアの団長であるアリーゼと呼ばれる赤髪の少女に連れられ、水谷は彼女達の拠点へと案内された。

 

 場所は(オラリオ)の南西部。アストレアファミリアの面々が立ち止まるそこには一人暮らし用というよりはシェアハウスや学生寮といった言葉がしっくり来る大きめの一軒家だった。

 

 予想外の形をした拠点に水谷は心の中でおいおいと少し言葉を濁らせる。

 

 それもそのはず。彼はアリーゼからアストレアファミリアというものを聞いていた。いや、正確には彼女から自慢するように聞かされていたが正しいのだが。

 

 アストレアファミリアは正義のファミリア。

 

 (オラリオ)にのさばる悪を正義と秩序で安寧をもたらし、人々が笑って暮らせるようにする。アリーゼから聞いたその理念に水谷はかつて所属していた組織(ボーダー)を思い出を振り返るように思い出し、その理念に心から共感した。水谷もこの異世界に来るまでは彼女達と同じ人々の平和を守るために最前線で尽力してきた一人であったからだ。

 

 そんな話をアリーゼから聞かされ、水谷は平和を維持する大切な組織だからその組織の拠点もさぞ大きいのだと、勝手に街一個分ぐらいの敷地を持つボーダーの拠点と比べるようにイメージしていたのだ。もちろん、勝手にイメージしたのは水谷であり、それを理解している彼は彼女らの拠点に非を言うわけではない。ただ、不動産みたいに家を紹介され、それに拍子抜けするように動揺してしまったのだ。

 

「ここが君達の拠点?」

 

「そう!名前は『星屑の庭』よ。ロキファミリアやフレイヤファミリアと比べて規模はまだ小さいからこんな拠点だけど、いつかは(オラリオ)の平和の象徴になるような大きい拠点を構えるんだ!」

 

 目をキラキラとさせながら、夢を語るアリーゼに他のファミリアのメンバーはまた始まったよと言うように苦笑し、黒髪の着物の少女は『今やったら確実に財政は火の車やな』と鋭いツッコミを入れ、ピンク髪の小柄な少女も『間違いねぇ』とそれに同調する。そんな中で、俺に不審者を見るような視線を送った金髪エルフは素晴らしい夢だとアリーゼに唯一賛同しているんだが。

 

 

(まぁ、確かに言われてみればメンバー十数人の拠点だからこの位が妥当か。玉狛支部もこれぐらいだったし。それにしても……彼女達おもしろいな。ボーダーにいた頃を思い出す。あんな感じで色々な奴がいたんだよなぁ)

 

 

…………………………………

 

 

 

…………………………………………………

 

 

 

………………………………………………………………………

 

 

「紅茶で良かったかしら?」

 

 

「ええ、大丈夫です。お構い無く」

 

 

 アストレアから温かい紅茶が入ったカップを差し出され、水谷はそれを一口頂く。最初は彼女達の拠点に男性が来るのは初めてだと落ち着いた様子だったアストレアも少しソワソワしていたが、水谷にとって紅茶は好物の分類に入るものである。紅茶を頂いた水谷が美味しいと口から零すと、作った本人であるアストレアは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「それで、聡人さんはどういった困り事があるのかしら?」

 

「ああ、実は…………」

 

 拠点内に設置されたアットホーム感満載のソファに座りながら、水谷とアストレアが相談を始めようとすると、立ち聞きしていた金髪エルフが話に割り込む。

 

「待ちなさい、怪しい人間(ヒューマン)。アストレア様と話す前に貴方は素性を明らかにすべきだ。あの見慣れない武器、見慣れない服装、見るだけですでに怪しい人物と私達の主神で易々と相談させるわけにはいかない」

 

「リオン……そんなこと言うものじゃないわ。彼はアリーゼを助けてくれたのよ」

 

「しかし、アストレア様!もし、彼がアストレア様に先程の見慣れない武器を向けたらどうするのです!」

 

 そう言って金髪のエルフ───リュー・リオンは主神であるアストレアを強く説得し、アストレアも落ち着いた様子でそれを聖女のように優しくおさめようとする。

 

「ごめんね、ミズヤ。リオンが………」

 

「いや、大丈夫だ。彼女の言い分もよく分かる。それよりもいつも彼女はあんな感じなのか?」

 

 リューの事について頭を下げるアリーゼに水谷は目の前で主神と今現在言い争っているリューについて深く訊ねる。

 

「そうですわね。彼女はうちのファミリアで唯一のエルフ。元々エルフという種族はプライドが高く、潔癖を好む種族なのですが、彼女の意地っ張りでバカ真面目な性分も重なり、ファミリアに入って一年が経ってもああ言ったトラブルは日常茶飯事ですの」

 

「だな~。今は少しマシになってきたけど、あいつと肌を触れることが出来るのは団長とアストレア様ぐらいだからな。同じファミリアの仲間同士で握手とかするだけでも間違ってあいつに投げ飛ばされるぐらいだぞ」

 

 アリーゼの代わりに主神とリューが言い争っている様子をヤレヤレと呆れた様子で見ていた二人がそれに答える。

 

 

 一人は和を意識させる着物と簪。そして、それに映える黒髪を持つ少女。名前をゴジョウノ・輝夜。このアストレアファミリアの団長であるアリーゼを支える副団長である。

 

 

 そして、輝夜に賛同するピンク髪の小柄な少女。姿だけはこのファミリアで最も小さい方に分類されるが、どこか大人っぽい雰囲気を漂わせる。名前をライラ。アストレアファミリアではアリーゼや輝夜と並ぶ幹部的中心人物だ。

 

 

「成る程……要は見知らぬ人には易々と気を許せない気難しいやつというわけね。ちなみに、素性も明かさない不審者が二人の長であるアストレアさんと話すことを踏まえた上で二人は俺をどう思っている?」

 

 そう言って水谷は二人に訊ねると、輝夜とライラは彼の座っているソファーの空いているスペースに右には輝夜、左にはライラという感じで挟み込むような形で座り込む。

 

 

「別に私はミズヤ様を邪険に扱おうとは思っていませんわ。うちの団長を手助けしてくれたわけですし、アストレア様が認めた者なのですから。むしろ、私個人としてはミズヤ様に興味があります。極東出身の風貌をしているにも関わらず、どこか異質な所が見られるミズヤ様に……ね」

 

 

「ワタシは別に最初からお前をリオンみたいに不審者とか思っていねぇよ。輝夜と同じでお前に興味があると思っている方だ。お前の素性も興味があるが、それ以上にお前が使っていた武器に興味がある」

 

 

 二人の答えに水谷はそうか、と呟いてしばらく考えると、水谷は未だに言い争っている二人に聞こえるように一つの提案をする。

 

 

「なら、アストレアさんとファミリア団長のアリーゼ、それに俺の脇にいる二人を加えた面子だけで相談をしましょう」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

…………………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………………

 

 

 

「聡人さん、本当によろしかったのですか?ここにいるアリーゼ達以外を部屋から閉め出したら、聡人さんに対する不審感が増すばかりだと思うのですが………」

 

 アストレアの言い分も水谷にはよく分かる。実際、その提案をさけた際にリューはふざけるな!と文句を言っていたし、強引に部屋を追い出される最後まで抵抗していた。

 

「ええ、今から話すことはここにいる全員にとって信じられないような内容ですから。さっきみたいに話を遮られ、収拾がつかなくなることが目に見えています。そこで、俺がその話をしても大丈夫だろうという人物を選び、こういった場を設けました。ここにいない他のメンバーに対して素性が分からない人物が直接説明をするよりは見知った仲であるアリーゼ達から今から話す内容を間接的に説明してもらった方が彼女達も納得しやすいと思うので」

 

「それは納得ですわ。あのポンコツエルフがミズヤ様が話をする度に邪魔をしたら、相談のしようがありませんから。ちなみに、私やライラが選ばれた理由は何故でしょう?」

 

「二人がアストレアファミリアの中心人物であること。もう一つはあの面子の中で不審がることなく俺に純粋な興味を持っていたこと。この二つが主な理由かな?それと輝夜さん、()()()()口調で大丈夫です」

 

 水谷がそう言うと、アストレアとアリーゼとライラは驚いたような表情を見せる。輝夜は水谷に一瞬動揺した表情を見せ、溜め息混じりに参ったと観念する。

 

「気付かれたか……これは驚いたわ」

 

 先程までのお嬢様のような優しそうな声が一変して、武士のような力強い声を輝夜は発する。

 

「第一印象は大事だからな。まぁ、詳しい素性すらも晒していない俺が言える立場じゃないんだけど」

 

「ふふっ、確かにな。ミズヤ聡人……いや、ミズヤ。気に入ったわ。貴様がどんな素性のものであろうと、この輝夜、全て受け入れよう。さぁ、話してみせろ」

 

 そう言って上機嫌になった輝夜は懐から扇子を取り出し、水谷に話を促す。その機嫌が良い様子にアリーゼとライラは珍しいものを見るような視線を彼女に送るが、視線に気付いた輝夜の一睨みで視線を一蹴する。

 

 

「じゃあ、まずは俺の素性について説明か。簡潔に言うと、俺はこことは違う世界から来た人間です」

 

 

 

 

 



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事情説明

課題……多い……死ぬ(白目)


 

 『異世界から来た』

 

 

 水谷のこの発言は彼の発言を全て受け入れると自信満々だった輝夜のみならず、女神であるアストレアでさえも驚かせる威力を持っていた。選別した面子だとはいえ、思考がフリーズするこれぐらいの反応はするだろうと水谷自身もある程度予想はしており、そのまま水谷は話を続ける。

 

 自分は異世界でアストレアファミリアのような悪しき者達を倒す組織にいたこと、自分が持っていた武器はトリガーと呼ばれる自身が所属している組織が保有する専用の武器だということ、とある遠征の帰り際に敵に襲撃され、自分がそれを相撃ちにした形で退けたこと、アリーゼ達に会うまでの経緯を水谷は未だにポカンとする彼女達でも分かるように説明した。

 

 

 

「………以上が、俺の素性の全てです」

 

「あ~……、嘘はついていないよな?」

 

 黙って水谷の話を聞いていたライラは言いづらそうに水谷へと訊ねる。それに素早く答えたのは水谷ではなく、全てを理解した雰囲気を醸し出すアストレアだ。

 

「ええ、彼が嘘をついている気配は全く無いわ。それに彼が言っていた事に思い当たることがあるのよ」

 

 そうね、と思い出すような素振りを水谷達に見せ、アストレアはそのまま話を続ける。

 

「実は昨日の夜、天界から新たに神が地上に降りてくる気配に似ているものを感じとったのよ。ヘルメスやロキもそれを感じたらしくて、私に連絡してきたの。恐らくそれが……」

 

「間違いなく俺ですね」

 

 水谷が目を覚ましたのは今日の午前。昨日の夜にあの路地裏に転移されたと考えれば、時系列もバッチリである。

 

「まぁ、アストレア様が嘘をついていないという事ならミズヤが言っている事は本当だろう。私はミズヤを信じる。でないと、私が嘘つきになるからな」

 

「アタシもミズヤの事は信用しても良いと思うぜ。それにコイツはアタシ達と同じ正義側の人間ときた。悪側の人間で無い以上、不審がる必要も排斥する必要もないだろ」

 

 そう言って輝夜とライラは水谷の言っていることを信用するといった旨を彼に伝える。それを聞いた彼女達の主神であるアストレアと水谷はその答えに対して信じてくれて良かった、と安堵し、最後の一人に目を向ける。

 

 

「アリーゼ、貴女はどうなの?」

 

 アストレアの言葉に水谷、輝夜、ライラの視線は赤髪の少女アリーゼに向けられる。

 

「団長……何か言ったら、どうなんだ?」

 

 何も言わないアリーゼに輝夜も心配になり、声をかける。すると、アリーゼはそれにゆっくりと答える。

 

 

 

「そうだね……私はミズヤを信じる……()()()……」

 

 

(((()()()?)))

 

 

 今のアリーゼの話し方の雰囲気的に『けど』みたいな逆接が来ると思っていた輝夜、ライラ、水谷は思わず彼女を二度見する。順接が来るなんて思いもしなかっただろう。

 

 

「ミズヤの世界のお話聞かせてくれない☆?」

 

 

 緊迫した雰囲気から一気に放たれるアリーゼの何事にも興味津々な可愛らしい少女の反応に水谷は困惑、アストレアは笑みを浮かべ、輝夜とライラは心配して損したとソファーにうなだれる。

 

 

「アリーゼは………いつもこんな感じなのか?」

 

 

「「……いつもこんな感じだ(だな)」」

 

 

 ソファーでうなだれる二人の言葉に水谷はアハハ…と苦笑を浮かべて二人に同情し、自分の世界について語り始めるのだった。

 

 

……………………………

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

………………………………………………………………

 

 

「へぇ~、ミズヤはそっちの世界のニホンという国から来たんだ!どういった雰囲気の国なの?」

 

「俺が戦っていた敵さえいなければ、戦争も無い平和な国だよ。文明もこっちの方がかなり発展している。ただ、そちらの世界でいう極東と似ている所が多いかな?日本も東側にある国で、輝夜が着ている着物や和風文化が今も健在だし」

 

「成る程、道理でミズヤに私と何処か似ている部分があると感じたわけか」

 

「ああ、俺も輝夜の姿を見て驚いたよ。異世界の筈なのに、自分の故郷を連想させる風貌をしているからな」

 

 

 緊迫した空気は幕を下ろし、水谷達はそれぞれの世界について女子会のような雰囲気で話を進め、異世界の壁は無いと言える程すっかりと打ち解けあっていた。それは互いに平和を愛し、平和の為に戦うという共通点があったからである。

 

 

「飢えが無く、子供達が自由に勉強や遊びが出来る世界……かぁ。今のオラリオでは想像することも出来ない夢のような世界だよ。本当に信じられないな~」

 

 水谷の故郷である日本について興味津々に聞いていたアリーゼは今のオラリオと比べて夢のような世界だと口にする。

 

「それはこちらも同じだ。この迷宮都市オラリオみたいにダンジョンというものはこっちの世界には無いし、神が下界に降りてきた事もエルフや獣人という種族も存在しない。ただ、神の名前はこちらも同じだけど。……まさか、アストレア()が神様だったとは……。今まで普通の人間だと思ってました、すいません」

 

「しょうがないわよ。貴方はまだこの世界について知ったばかりなのですから。それに間違えたからといって私は天罰を下すような能力や権利も持っていませんし、こちらの世界出身の人達もよく間違えるものですよ」

 

 

 水谷はアリーゼ達と話す中で、彼らがいる迷宮都市オラリオについて、この世界の歴史、そして天界の神様達がこの地上に降りてきたという水谷の世界では神話に近いレベルの実情を知ることが出来た。

 

 ロキ、フレイヤ、ヘルメス………アリーゼ達の会話から出てきた神様の名前、水谷の世界でも名だけは聞いたことがある神様達の名前を聞いて彼は自分の世界で軽く勉強したことがある神話について思い出し、気付いてしまう。

 

 

 アストレア。ギリシャ神話に出てくる正義を説く神様の名前で、彼女の持つ善悪を測る天秤は天秤座のモチーフになり、彼女自身は乙女座のモチーフになっている。

 

 

 それに気付いた水谷は真っ先にアストレアへと頭を下げた。まさか、気軽に話していた人物が本当の神様だったとは。アリーゼ達が『様』を付けて呼んでいた理由もこの時に理解した。水谷は神話みたく無礼を働いた天罰を喰らうのではないかと覚悟する。

 

 しかし、それを見たアストレアは別に構わないわと笑顔で水谷に頭を上げさせた。話を聞くと、神様達は地上で致命傷を負ったり、神の持つ能力を使用すると、天界に強制的に帰らせられるらしいと制限があるか。

 

 ただ、相手は神。水谷はこれ以降、どんな神にも敬称で様を付ける事を律儀に固く誓ったのだった。

 

 

………………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

「ミズヤはこれからどうするの?」

 

 

 一時間程近くお互いの世界について語り合い、話題のネタもそろそろ尽き始めた所でアリーゼが水谷に訊ねる。

 

「そうだな……正直に言うとあまり決めてない。アストレア様が言うにはこちらの世界に流れ着いたのは俺だけみたいだし、仲間の安否も知ることができた。やることがあるとすれば、元の世界に戻る方法を探すぐらいなんだが………」

 

 頬をポリポリと掻きながら、答えづらそうに水谷は話す。すると、アリーゼは机をバンっと強く叩いて、水谷にある提案をもちかける。

 

「なら!私達のファミリアに入らない?」

 

「えっ……アリーゼ達のファミリアに?」

 

 アリーゼの提案。それは自分達のファミリアに入らないかという旨の勧誘に近いものだった。予想外の勧誘に水谷も度肝をぬかれた表情を見せる。

 

「団長のその提案に賛成。ミズヤとは気が合いそうだからな」

 

「おう、アタシも賛成だぜ。レベル2の暴漢を楽に倒せる人物がファミリアに来るなら、心強いし、大歓迎だ!」 

 

「輝夜……ライラ……」

 

 アリーゼの提案に輝夜、ライラも賛成の意を示す。三人から強く誘われる水谷に、トドメと言わんばかりにアストレアも提案の意を示す。

 

「行くアテも無いのでしょう?もし、私達のファミリアに入って頂ければ、ミズヤが所属していた組織の設備には負けるけど、不自由しない生活の拠点を私達はミズヤに提供しようと思っているわ。それにミズヤがファミリアに入ってくれれば、ライラが言っていたようにとても心強いし、眷属(こどもたち)にも良い刺激が与えられると思うのよ。だから、もし不都合が無ければ、私達のファミリアに入ってくれないかしら?」

 

 三人の少女と一人の女神による提案と説得に水谷はしばらく真剣に考え、考え抜いた答えを彼女らに告げる。

 

「分かりました……それじゃあ、お言葉に甘えてお世話になろうと思います」

 

 水谷にとってここは誰も知り合いがいない異世界。衣食住を踏まえたゼロからの生活は正直言ってかなり厳しい。加えてこの世界のルールも知らない。それならば、知り合ったばかりであるものの、異世界から来た自分を信用し、戦力として勧誘してくれる彼女達の提案に乗る事が、互いにwinwinの利益をもたらし、最適解だった。

 

「けれど、その前に他のメンバーにさっき話した事を伝えないとな。いきなり、俺がファミリアに入りましたというのは流石に無理があるし」

 

「大丈夫!私達にまかせてよ!!」

 

 

 その後、水谷の素性や事情はアリーゼ、輝夜、ライラ達によって他のメンバーに伝えられた。最初はやはり、アリーゼ達みたいに動揺していたが、彼女達の説得とアストレアの言葉はとても効果的で水谷について信用しようとする者達が徐々に増えていった。

 

 

 結果、ファミリアメンバー全員が水谷を信用し、彼のファミリアへの入団は大いに歓迎されることになった。ただし、その内の一人である金髪エルフは最後まで彼を信用するのは早いと反対していたが、アリーゼとアストレアのお願いで仕方なく渋々彼の入団を許したのは言うまでもない。

 

 

 

 




ダンメモをしながら執筆しているのですが、輝夜の口調ってかなり難しい………笑


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ファミリア入団と神の恩恵

ようやく……終わりが見えてきました。
そして、感想と好評価をくれた読者の皆様。本当にありがとうございます。
久しぶりに見たら、バーの色が黄色でびっくりしました笑
まだまだ不定期更新が続きますが、完成次第出していきますので……


 

 

 

「さ~て!ミズヤのアストレアファミリア入団が決まった事だし、早速神の恩恵(ファルナ)刻んで、ステータスお披露目会を開こうと思いま~す!」

 

 

『『『お~!!!』』』

 

 

 アリーゼ達の説得によりファミリアメンバー全員(一人は渋々)が水谷のことを信用し、彼の入団を快く歓迎するために再び彼女達の拠点『星屑の庭』に全11人のファミリアメンバーと主神であるアストレアが揃った所で、アリーゼが音頭をとって謎のテンションで宣言する。

 

 それに数名の他のファミリアメンバーも呼応するが、当事者の水谷はまだそれが何かをよく理解していなかった。

 

 

神の恩恵(ファルナ)ってなんだ?」

 

「神の恩恵っていうのは言葉通り神様が授ける恩恵のことだ。神の恩恵を授かるというのはその者が恩恵を授けた神のファミリアに眷属として所属を意味する。加えて、神の恩恵を授かった者は岩をも砕く怪力、瞬間移動を可能とするスキル、炎を巧みに自由に操る魔法など一般人の枠から外れた力を持つ。それが私達『冒険者』だ」

 

 なるほど、この世界でいうトリガーのような異質な能力は神様から授かっているのか。輝夜の説明に水谷は納得する。

 

「さっき輝夜が言っていた怪力やスキルや魔法といったものはその神の恩恵を授けられた全員が使えるのか?」

 

「そこは努力と才能次第だな。魔法やスキルの才能が無ければ、生涯覚える機会も全く無いし、鍛練や戦闘経験を積まなければ、神の恩恵によって与えられる個人のステータスも成長しない。神から与えられた力だけで最強になれるとは大間違いだ。ミズヤもそっち側の人間か?」

 

 そっち側の人間……神から力を与えられただけでバカみたいに喜び、努力や鍛練を怠る人間というわけね。

 

「そんなわけ無いだろ。事実、俺も最初から強かったわけじゃない。色々な人から戦う術を学び、それを最大限に生かそうと努力してきた。何もせずに最強になれるとか神になれるとかこれっぽっちも思ったことは無い。……逆にそんな夢みたいな考えを持っている奴程弱いし、戦場ではすぐに死ぬ」

 

 

 水谷はそれをボーダーの後輩隊員らをよく観察した上で、よく理解していた。

 

 ボーダーの後輩隊員、主にC級隊員には輝夜が言っていたような者達が少なからず存在していた。

 

 トリガーという武器を得ただけで、英雄とかになれると勘違いしている奴。訓練なんかせず、理想ばかりを述べている奴。中には格好いいからと言うだけの奴もいて、ボーダーの中でもネイバーに対して異常な殺意を持つ三輪の方が数千倍まともな動機と考えを持っている。事実、その殺意を糧にして必死に努力し、最年少のA級部隊長になったのだから。

 

 そして、そういう奴等はいつか越えられない壁にぶつかり、越えられず、廃れていく。まるで趣味に飽きたように簡単にボーダーを辞めていくのだ。そういう点でボーダー時代、水谷は少ないトリオン量という才能の差という壁にぶち当たっても工夫と努力で乗り越えた木虎に目をひかれ、弟子にしたというエピソードがある。嵐山隊に彼女を強く推薦したのも誰であろう水谷であった。

 

 木虎以外にも数名の隊員が水谷に声をかけられて、弟子になった経歴を持っているが、いずれもA級やB級中位以上の地位をおさめている。そして、いずれの隊員も共通点としてまず挙げられたのが、才能に自惚れず、努力を惜しまない者達だった。これには彼の師である東も『水谷の人を見る目は本当に確かだな』と絶賛していたぐらいである。

 

 

「ふっ……確かにな。ミズヤの言う通りだ。理想が悪いとは言わない。だが、それだけを語る者は弱く、そして心が脆い。だからこそ、私達はその理想に近づこうと自ら努力し、現実を見るんだ……」

 

 そう言って、ミズヤの考えに自分の考えが共鳴した輝夜は上機嫌に笑みを浮かべていた。

 

「ふふふ。私達、やはり似た者同士気が合うらしい。これ程機嫌が良いのは久しぶりだ……惚れそうなぐらいにな」

 

「ははっ。生まれてから一度も異世界の住人からも自分の世界の住人からも告白されたことは無い俺にはキツイ冗談だ。数時間前まで他人だった人に告白は流石に不用意だぞ。もう少し、自分の気持ちに慎重になるべきだ」

 

「…………冗談か。まぁ、良いわ。ほれ、アリーゼとアストレア様の元に行け。ミズヤを待っているぞ」

 

「おい、押すなって………!?」

 

 溜め息交じりに機嫌を落とした輝夜が話題を逸らすように強引に水谷をアリーゼ達の元へ連れていくために押し出そうとする。主役の登場にアリーゼ達ステータス興味津々組は待ち望んだように目をキラキラとさせていたが、この時ファミリアの中で一人ピンク髪のパルゥムであるライラは輝夜の僅かな感情の機微を察知して『フラれたか……照れ隠しめ』と輝夜を見て面白そうにニヤニヤしているのだった。

 

 

「じゃあ、ミズヤ。上半身裸になってアストレア様に背中を見せてくれるかな?」

 

 アリーゼの話を聞くと、神の恩恵は背中を通して授けられるものらしく、授けられると背中にタトゥーのような紋章が浮かび上がるとか。この時、アリーゼが自慢気に実物を見せようと素で上半身の服を脱ごうとして水谷を含めた他のメンバーに止められたのは秘密のお話である。

 

「分かった。あ、その前に……トリガー・オフ!」

 

 腰から取り出したトリガーを握り、戦闘体の解除を宣言する。すると、戦闘服であった紺色のジャージが粒子状に消滅し、水谷のお気に入りの私服である紺色のフード付きのパーカーが現れる。

 

「生身の姿の方が良いよな?」

 

 先程、アリーゼ達に自身が持つトリガーとトリオンで構成されたトリオン体について説明したので、彼女達も最初の頃よりそこまで驚きはしない。彼女達は興奮を抑えながら静かに水谷が神の恩恵を刻まれるのを待ち続ける。

 

「オーケーです、アストレア様」

 

 紺色のパーカーを脱ぎ、その下にあった黒いインナーも全て脱ぎ捨て素肌を露にする。無駄な脂肪が一切無く、逆にそこまで筋肉があるわけではない。そんな女性受けの高そうな体型を女性しかいないこの空間に解き放ちつつ、水谷は部屋にあったソファーベットに寝っ転がり、背中をアストレアに見せる。

 

「じゃあ……やるわね」

 

 小さな道具箱から先端が尖った裁縫針のようなものを取り出し、アストレアはそれを自身の指先に予防接種のようにチクッと突き刺す。

 

 すると、突き刺した部分から膨れるように少し赤い血が吹き出る。傷付けたのなら、当然の結果である。そして、傷付けた痛みに対して何事もなく、アストレアは淡々とそのまま指から吹き出る血を水谷の背中に滴り落とした。

 

 滴り落ちた血が水谷の背中に落ちると、背中に水の波紋のようなものと共に黒いエンブレムが現れる。中心に位置する一本の剣、そしてその両脇から生える翼。アストレアファミリアを象徴とする正義のエンブレムだ。

 

「お~、これが……」

 

 無事アストレアから神の恩恵を授かり、水谷は部屋にあった姿見で自分の背中に刻まれたエンブレムを確認する。

 

「これで聡人さん……いえ、聡人も私の眷属ね」

 

「はい、よろしくお願いします。アストレア様」

 

「ええ、こちらこそ。ちなみに、聡人のステータスを紙に写したのだけれど、見てみる?」

 

 そう言ってアストレアは黒い文字が記された一枚の羊皮紙を水谷に渡す。

 

 

 だが………

 

 

「…………すいません、文字が読めないです」

 

 

 かろうじて所々に散らばる数字は見慣れているため理解できる。けれど、文字だけは異世界(オラリオ)に来たばかりの水谷にとって未知との遭遇に等しいぐらいの代物であったのだ。

 

 

「なら、アタシ達が読んでやるぜ!」

 

「なっ!?おいっ!?」

 

 そんな困った様子の一瞬の隙を突いて、盗賊のような素早い動きでライラが水谷の右手からステータスの書かれた羊皮紙を奪う。

 

 

『『『『『どれどれ………………』』』』』

 

 

 奪ったライラと水谷のステータスに興味を持っていたアリーゼ達数名のファミリアのメンバーが水谷のステータスをじっくりと上から下へと文字を読んでいく。

 

 

 

「え……嘘……何これ……?」

 

 

「おいおい……マジかよ。レベル2の冒険者を難なく倒せるからある程度覚悟していたがこいつは……」

 

 上から下へと楽しむように興味津々な様子で読み続けていたアリーゼ達の顔が徐々に口を開けるように驚愕した様子を見せ、彼女達を驚かせるステータスを持つ目の前の半裸の男にチラッと目をやる。

 

 

「アリーゼ、そこの人間(ヒューマン)がどうしたのです?」

 

 

「団長もライラも一体何にそこまで驚いている?」

 

 

 彼女から発せられる雰囲気と表情がガラッと変わり、心配になったリューと輝夜はアリーゼ達に訊ねる。それに対してアリーゼは手に握られた水谷のステータスの書かれた羊皮紙を黙って渡し、リューや輝夜達残りのアストレアファミリアのメンバーがそのステータスに目を通す。

 

 

「何ですか!?このステータスはっ!?ありえない!」

 

 

「っ!?……本当に興味が尽かない男だな、ミズヤは」

 

 

 これにはリューが大きな声をあげ、輝夜は一瞬驚きつつも面白そうな笑みを浮かべ水谷を見る。

 

 

「いや……あの、全員が全員驚いているところ悪いんだが、そのステータスについて教えてくれない?」

 

 

「えっ?あ、うん……えっとね………」

 

 

 本来なら文字が読めない水谷のために口頭で説明するのが一番の目的だったのだが、驚いている様子の彼女達についていけない水谷が気まずそうに話しかけ、思い出したように代表してアリーゼがそのステータスについて口で説明する。

 

 

 

 簡単にステータスの内容を説明すると…………

 

 

 

水谷聡人(みずやときと)

 

 LV:2

 

 力:I0

 

 耐久:I0

 

 器用:I0

 

 敏捷:I0

 

 魔力:D500

 

 神秘:I

 

 医療:I

 

 魔法:【トリガー・オン】

   

 ・速攻魔法

 ・自身のトリオンを精神力として換算。専用の道具トリガーを握り詠唱することで、戦闘体になることができる。

 ・精神力を消費することでトリガーに登録されたトリガーチップの能力・武器を生み出せる。

 ・戦闘体で受けた外傷は生身の身体に殆ど影響しない

 ・解除詠唱【トリガー・オフ】

 

 

 スキル:防衛者の誇り(ボーダーズ・プライド)

 

 ・早熟する。誰かを守ろうとする防衛者の意志がある限りその効果は継続。誰かを助けるために自らの力を行使した際、手に入る経験値にボーナスが入る。

 

    :幅広く身に付ける者(ダイバーシティ)

 

 ・発展アビリティのスロット個数の制限解放。何かを学ぼうとすればする程、それに適した発展アビリティがレベルアップ時に複数具現化する時がある。

 

 

    :強化視覚支援

 

 ・水谷聡人のサイドエフェクト。視力の強化、暗視効果に補正。他人と一時的に目を通して視覚を共有できる。

 

 

「えっと……これ……もしかして、弱い?」

 

 

 

『いやいや、強いから!ウチの即戦力だから!』

 

 

 水谷の問いにアストレアファミリアの乙女達が声を張り上げてハモるように強く反論する。これで弱いと言われたら、レベル2がまだ数人しかいない彼女達も堪ったものではないだろう。

 

 

 その後、無事アストレアファミリアに入団した水谷を歓迎する夕食会が開かれたのだが、彼女達にステータスについて根掘り葉堀り聞かれたのは言うまでもない。

 

 

 




次回は詳しいステータスの話?ですかね笑。
いきなりレベル2とか水谷も意外とチートなのかな?レベルアップ時に必要な偉業も次の話で明らかになるかと………
それと気付いた方もいると思いますが、水谷聡人実はサイドエフェクト持ちです笑。きくっちーの目バージョンだと思って下さい笑。
ちなみに、この強化視覚支援……ワールドトリガー本編だとB級ランク戦の村上と空閑の水中戦闘で暗視能力として出てきています。どうやら汎用されているようですが、詳しい関連性が有りそうですね。彼、トリガーを作るエンジニアの才能もありますし笑。



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ステータスと歓迎会

 

 

 無事正式に水谷のファミリア入団が決まり、ファミリアメンバーである彼女達が気になっていた水谷のステータスもファミリア内で公になった所で夕食を兼ねた水谷の入団歓迎会が催される。

 

 食卓に並ぶたくさんの彩り溢れる料理。料理が得意なファミリアメンバー達数人で調理されたもので、男性という異端者がいない空間で調理された料理らは量よりも質に拘ったような女子力が高いものばかりであった。まぁ、主神や水谷を含めると総勢13人でそれを賄う以上元々の量は多いのだが。

 

 

「どう?お口に合わなかったかしら?」

 

 

「いえ、とても美味しいです」

 

 

「そう、良かったわ」

 

 

 異世界から来た水谷に対してこちら側の世界の料理が水谷の口に合うか心配だったアストレアと調理組だったが、ラタトゥイユのような野菜料理や魚介が沢山入ったスープを美味しそうに食べる水谷の様子を見てホッと一安心して、嬉しそうに微笑む。

 

 男子1人に対して女性12人(1人は女神)という圧倒的な女子会のような雰囲気で始まった歓迎会だが、歓迎会の話題は未だ熱が冷めない水谷のステータスについて盛り上がる。

 

「それにしてもいきなりレベル2か~。レベル2なんて私と輝夜しかいないのに~」

 

「レベル2ってそんなにすごいものなのか?」

 

 

 アリーゼに話を聞くと、レベル2の冒険者というのはオラリオでは上級冒険者と呼ばれ、冒険者としては一流の地位を持ち、オラリオの冒険者の半分ぐらいしかいないとか。

 

 レベルアップには基本アビリティをただ上げるだけではなく、【偉業】というものも達成しなければならないらしく、それがかなり難しいらしい。

 

 命懸けの冒険、生死を分ける程の戦闘の勝利、文明の発展、など人それぞれで【偉業】となりうるものがあるが、俺の場合はあのネイバーとの戦闘がそれに値するだろう。実際、死を覚悟するような戦闘だったし。

 

「そう言えば、さっきライラやアリーゼが興奮していた発展アビリティってどういうものなんだ?」

 

「発展アビリティっていうのはね、レベルアップ時に基本アビリティとは別に発現する特別なアビリティのことよ。発展アビリティの種類は私達神様も全てを知らない程無数にあるのだけれど、主に【調合】といった専門職的な能力や【耐異常】といった個人の肉体や精神に反映される能力に分かれていて、どういった発展アビリティが目覚めるかは個人の趣味や個性に関係している事が多いわね」

 

「加えて、本当なら発展アビリティはレベルアップ時に1個しか獲得することが出来ない。だが、ミズヤの場合は【幅広く身に付ける者(ダイバーシティ)】というレアスキルのおかげで発展アビリティの獲得に制限がない。まったく……早熟スキルといい、冒険者の誰もが羨むレアスキルばかりではないか」

 

 なるほど、発展アビリティとはそういう個性的なものなのか。アストレアと輝夜の説明を聞いて水谷は納得する。

 

 しかも、発現した早熟スキルや発展アビリティ無制限のスキルはオラリオでも類を見ないレアスキルらしいとか。スキルの能力も価値が分かる冒険者にとっては羨まざるを得ないもので、冒険者である彼女達が興奮したような声を上げるのも十分によく理解できた。

 

「ミズヤはここに来る前、趣味で何かやっていたのか?」

 

 異世界から来た水谷に対して友好的で彼のファミリア入団にも強く賛成していたアストレアファミリア所属の獣人ネーゼが水谷に問いかける。

 

「趣味……薬品の調合とか怪我の応急手当とか医療系の物事にはハマっていたし、得意だったな。後はエンジニアリング……簡単に言えば、物作りも得意だな」

 

 いや、この状況で趣味を話すとか合コンかよ。というか、合コンだとしても男女比がおかしいだろとツッコミたい気持ちを内心で抑えつつも簡単な自分の趣味や得意な事を説明する。すると、彼女達から『お~!!』という歓声が同時に沸き起こる。

 

「いや~、うちらのファミリア【調合】とか製作タイプの回復系の発展アビリティを持っている人が丁度欲しかったんだよな!しかも、レベル2はミズヤとアリーゼと輝夜の三人しかいないからそもそも【発展アビリティ】を持っている人も少ないんだ。だから、回復スキルを持つミズヤの存在は非常にありがたくて!【医療】は回復ポーションの製造・強化だけでなく、他人の状態異常も知る事が出来る医療系ファミリアが喉から手が出る程欲しい発展アビリティなんだぜ!」

 

 ネーゼに話を聞くと、どうやら輝夜とアリーゼは【耐異常】という状態異常に適応できるアビリティを持っているからまだしも、他のメンバーは持っていないため、ダンジョンのモンスターが繰り出す状態異常攻撃に悩まされていたらしい。しかし、【医療】は材料さえあれば、そういった状態回復や傷を治す回復薬も作れるので、自分はまさしくそれを解決するような存在だったとか。

 

「物づくりか~……確かにそれは【神秘】が出ても当然かな~。アスフィとも気が合いそうなタイプだし」

 

【医療】の話をしている一方で、アリーゼとライラは自分が最も知りたかった話題の一つに触れていた。そうそう、すごい気になってたんだよ、それ。

 

「なあ、さっきから話しているその【神秘】ってアビリティは一体どういうものなんだ?」

 

【医療】とか【調合】は想像することが出来るが、【神秘】って言われてどういうものか想像するのは難しい。何か幸運になるみたいなアビリティなのだろうか?

 

「【神秘】っていうアビリティはオラリオでも5人未満の人しか持たないレアアビリティで、私も持っている人は有名な一人しか知らないぐらいなんだ。それでね……ライラが「アタシが一番欲しいアビリティなんだよな!!」……なのよ」

 

 えっ、そんなに【神秘】持ちって少ないのか。オラリオの人口で万単位なのにその内の数名とか宝くじに当たったのとほぼ変わらない確率だぞ。

 

「ちなみにどういったアビリティなんだ?」

 

「神の十八番である『奇跡』を発動させることが出来て、魔法に匹敵する能力を持つ魔道具を制作することが可能になるんだ。物作りが好きな人は誰もが憧れるアビリティだね」

 

 そう言ってアリーゼは隣で悔しがりつつも、羨ましそうにこちらを見てくるアストレアファミリアの技術屋であるライラに視線を送る。なるほど、要はドラ○モンの秘密道具を製作できるというわけか。力を失った神様の力を使用できる点も踏まえて、これはとんでもないアビリティだな。

 

「……技術屋は二人もいらないよな?」

 

「いや、早まるな。俺もこの世界に来たばかりだから、何を作ろうにしてもライラの知識が無いと難しそうだ。それに技術系は多い方が効率は良いし、ライラもいつかアビリティが出るかもしれないぞ」

 

「おっ、そうだよな!良いこと言うじゃねぇか、ミズヤ!早くアタシもレベルを上げて自分だけのオリジナル魔道具を作ってみたいぜ!」

 

 何とかフォローをして、退団願いをするまで落ち込んでいたライラが元気を取り戻した所で歓迎会は再び盛り上がるが、ここで俺に対して不信感を抱いていたエルフのリューがこちらを睨み……

 

「あまり自惚れない方が良い。レアスキルとレアアビリティが出たから何だと言うのです。私はまだ貴方を認めたわけではありませんから………ご馳走さまでした」

 

 そう言い残して、リューは席を離れ、自分の武器を腰に添えて屋外へと出ていく。

 

「あ~あ、あのバカエルフ……ダンジョンに行ったな」

 

 そう言って、いつもの日常風景だと言わんばかりに輝夜はまるで彼女の動向を分かっているような口振りをする。

 

「追いかけなくて良いのか?」

 

「ああ、ダンジョンで汗を流したら、勝手に戻ってくる。それにあのエルフの行動の燃料はミズヤに対する嫉妬だ。ファミリアに入ってきた順としては後輩なのに、全てで負けている自分が許せないのだろう。相変わらず無駄にプライドが高い奴め。一年前に入ってきたばかりのレベル1の小童が先輩面をするなど百年早いわ」

 

「ごめんね、ミズヤ。リューが……」

 

「気にすることはない、アリーゼ。誰だって一度は嫉妬することはあるから」

 

 リューは俺に認めて無いと言っていた。だが、嫉妬を感じて行動している以上、俺の才能を認めて劣等感を感じているため彼女の言葉は矛盾を生んでいる。

 

 レベル、スキル、戦闘、そしてアビリティ。先程ネーゼが回復担当はいないような口振りをしていたが、回復魔法を覚えているリューがその回復担当だったそうだ。けれど、効率が悪く、あまりに使えないため回復とは呼べないものだったらしい。劣等感を抱くのみならず、立場的にも俺の存在が気に食わなかったのだろう。

 

 ただ、彼女は不器用なだけで俺のことを認めている傾向はある。さっきのコトバも最初よりはそこまでキツい言い方じゃなかったし。いつか彼女が表立って認めてくれるようになってくれると良いんだが………

 

 

………………………………

 

 

…………………………………………………

 

 

……………………………………………………………………

 

 

「ここがミズヤの部屋だよ」

 

 

「すまないな、本当に自室まで用意してくれて」

 

 

 歓迎会という名の夕食会が終わり、それぞれ風呂も済ませた後、俺はアリーゼに連れられてファミリアの自分の部屋へと案内されていた。

 

 部屋の中にはベッドと机と椅子の三つだけ。まだ物寂しい雰囲気は漂っているが、基本的な生活が出来る3種の神器は揃っていて、後は自分が手を加えれば、簡単に雰囲気を変えられる。これだけで十分だ。

 

「じゃあ、明日の朝はパトロールを兼ねて、ミズヤにオラリオを案内するから!明日の朝にパトロールが出来る装備を整えて、ホームの玄関前で集合ね!何か困った事があったら、ミズヤの真向かいの部屋の輝夜が対応してくれるから!」

 

「ああ、分かった」

 

「それじゃ、ミズヤ。おやすみ~!」

 

 そう言い残して、部屋を案内してくれたアリーゼは役目を終えて彼女自身の部屋へと戻っていった。基本の家具しか置かれてない部屋で水谷は数時間ぶりに一人になる。

 

 

「パトロールか……あっちの頃とは変わらないな」

 

 かつて、自分がいた世界で現ボーダーの古参メンバーとして色々な先輩、後輩、親友と街の平和のために駆け抜けた日を思い出して、フッと笑みをこぼす。

 

「何処の異世界に行っても、平和な世界っていうのは実現しないものだな……」

 

 それなら、自身のやるべきことはただ一つ。どんな世界でも、組織は違えど、平和の為に尽くすだけだ。かつての仲間がいないというだけで頓挫するわけにはいかない。

 

 構成員の年齢も全員が自分より幼く、組織としての規模も小さい。もし、培った経験が役に立つのならば、彼女達の助けになりたいし、反映させたい。同じ平和を愛し、正義を貫く者として。

 

 

「……まだ寝るまで時間はあるな。トリガーチップを変えておくか。持ってた他の奴が使えるかまだ分からないし」

 

 

 そう言って水谷は机に自身のトリガーを置いて、他のトリガーのデータが詰まったトリガーチップとカスタマイズ用の工具を機材と工具を懐から取り出す。

 

 

 カタカタという機材の音とカチカチというトリガーを弄る工具音と共に水谷の異世界での初日は幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 




勝手なこちらの都合ですが、水谷のサイドエフェクトの話は幕間のような短編の形で近い内に出そうと思います笑。やっぱり一話にまとめるのは難しい!
それとすでに気付いた方もいるかもしれませんが、水谷がいる年代はリューが入団してから一年後……つまり、原作の九年前です!ということは二年後に……ザワザワ……。
それとダンメモのキャラステータスを参考にしたのですが、アリーゼとライラはこの時14才、輝夜は15才ですね!水谷まさかの幹部を差し置いてファミリアの最年長笑。
ちなみに、問い合わせが非常に多かったのですが、輝夜をヒロインにするかはまだ未定です笑。自分としてはそれもありなんですけどね、推しキャラだし笑。



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【幕間】水谷のサイドエフェクト

バーの色がオレンジに……好評価を付けてくれた方には本当に感謝しかありません。ありがとうございます。

まだ課題はありますが、完成次第投稿していきますよ!





 

 

「なぁなぁ、ミズヤ」

 

 

「ん?どうした、ライラ?」

 

 

 歓迎会という名の夕食会で新たなファミリアのメンバーになった水谷のステータスの話題で盛り上がっている中、ライラが水谷にある事について訊ねる。

 

「ミズヤの最後のスキルの所に【強化視覚支援】って書いてあるけど、ここの説明文に書かれている『サイドエフェクト』って一体何なんだ?」

 

 聞き慣れない言葉にライラは首をかしげ、他のメンバーもそれを知りたそうに水谷の方を見る。

 

「サイドエフェクトっていうのは俺の世界でいうスキルみたいなものだ。ただ、俺が所属していた組織でもそれを持っているのは数えられるぐらいしかいなくて、聴覚が人より優れているとか、人の心が読めるとか、未来を視ることができるとか色々な効果を持つサイドエフェクトがあったな」

 

「未来が分かるって最強だろ………」

 

「ああ、俺も勝てる気がしない……」

 

 水谷は思い出す。沢村さんに普段からセクハラをするぼんち揚げが大好きな(自称)実力派エリートを。ノーマルトリガーでもA級No.1アタッカーと互角の実力を持っていて、彼が所有する黒トリガー『風刃』は彼の未来を視るサイドエフェクトと非常に相性が良い。もし敵だったら、現ボーダーでも彼を倒せるのは忍田本部長ぐらいだろう。

 

「ちなみにステータスの説明欄には他人と共有が出来るって書いてあるけど、それってアタシ達でも出来るのか?」 

 

「ああ、少々難しい作業は必要だけど出来ないことはない。実際、俺が前いた組織では俺のサイドエフェクトを他人でも使えるようにする実験をしたことがあるからな」

 

 そう言って、ファミリアの中でも技術者としての才があるライラと水谷が専門的な技術関係の話で華を咲かせていた。そんな中、水谷は語り出す。自分のサイドエフェクトのちょっとしたエピソードを………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

…………………………………………………………………………

 

 

 

「えっ?俺のサイドエフェクトを他の隊員達が使えるようにする実験をしたい……ですか?」

 

 

「うむ。その通りだ」

 

 

 現ボーダーが設立して3年近くが経ち、隊員や設備も充実してきた頃。まだ旧東隊に籍を置いていた水谷は名指しで自分を呼んだ恰幅の良い男性ー鬼怒田本吉開発室長によってボーダー本部内に存在する技術者の拠点ーラボに実験の概要を聞かされながら連れていかれていた。

 

 元々、エンジニアの才もあり、ラボにも顔を出していた水谷にとってノーマルトリガーの量産などボーダーの活動の要である技術に携わっていた鬼怒田開発室長は憧れの的であり、技術関係にまつわる良い話し相手で、一方で鬼怒田も十代前半ながらもエンジニアの才を持つ水谷に対して非常に関心しており、若者からの意見も取り入れようとよく水谷に相談する比較的良好な仲であった。

 

「今、正隊員のトリガーには三つの機能がある。トリオンを用いた戦闘体への変換、緊急脱出(ベイルアウト)機能、そしてレーダー。我々技術開発室は今そこに新たにサイドエフェクトの機能も組み込ませて汎用化出来ないか挑戦している。そこで名が挙がったのが水谷、お前だ!」

 

「はぁ…なるほど?」

 

 ビシッと期待されるように指を差されるが、あまりピンと来ていない様子の水谷。サイドエフェクトを導入するなら他にもいると思うが……と訊ね返すが、水谷が選ばれたのにもしっかりとした理由と前例があったからであった。

 

 まず、迅さんの未来視や影浦の【感情受信体質】これらは全て実験済みで汎用化させるには今の技術では難しいとのこと。まぁ、あんなチート能力の集団が出来たら、防衛任務も苦労しないし、ボーダーに限らず国家権力並の軍隊がすでに出来上がっているに違いない。夢みたいな内容ではあるが、いざ現実になると非常に恐ろしい内容だ。

 

 次に風間隊の要である菊っちー。彼は【強化聴覚】いうサイドエフェクトの持ち主で、迅さん達のサイドエフェクトよりは比較的汎用化が出来そうなものである。

 

 しかし、いきなりの6倍近くの聴覚に耐えきれない者が続出し、これを知った菊っちー自身と隊長の風間さんが菊っちーを気遣ってこの実験は中止。同時に強化聴覚を用いたステルス戦闘は風間隊の永久特許扱いとなった。  

 

 そこで最後の希望として名が挙がったのが水谷だった。水谷のサイドエフェクトである【強化視覚支援】は視力強化と暗視のオンオフが意識的に可能だし、加えて影浦や菊っちーみたいな使用者にとって健康被害に近いデメリットも存在しない。

 

「確かにそう言われたら、俺のサイドエフェクトが適任だとは思いますが、全部が汎用化できるかどうかは……」

 

「それでも構わん。結果が出なければ出ないでこの実験はお蔵入りで、次の開発に移るまでだ。ほれ、このデバイスを頭から被れ。実験を始めるぞ」

 

 鬼怒田はVRのようなヘルメット型デバイスを水谷に渡し、水谷はそれを頭に付ける。

 

 

 こうして、実験は順調に進み………

 

 

…………………………

 

 

……………………………………

 

 

…………………………………………………

 

 

「これで実験は終わりだ。ご苦労だったな」

 

 

「ふぅー…………」

 

 

 一時間以上も頭に付けていたヘルメット型デバイスを外しながら、水谷は一息つく。流石に頭に一時間も窮屈なヘルメットを付けているのはキツかっただろう。その気遣いにとラボの技術スタッフがドリンクを水谷へと渡す。

 

「それで、汎用化はどうですか……?」

 

 受け取ったドリンクを丁寧に飲みながら、水谷は実験の結果について訊ねた。

 

「うむ……視力の増強、視覚情報の共有は体質的な問題で汎用化は難しいだろう。だが、暗視についてこちらの汎用化はどうにかなりそうだ」

 

「ははは……すいません。力になれなくて」

 

「何を言っておる。暗視だけでも十分な収穫だ。これが汎用化すれば、水谷がいなくても暗い場所といった視界が悪い場所でも活動が出来る」

 

 鬼怒田の言う通り暗視についてはボーダー隊員の活動で解決すべき点であった。実際、深夜間での活動で視界が暗いといった苦情が数件出ていて、こんな状況でも問題なく活動できたのが水谷のいるA級一位東隊であったのだ。都合良く視界が悪い日だけを全て東隊に任せるという真似はできないだろう。

 

「では、これからワシらは水谷のデータを基に暗視の視界支援の作成に移る。データと技術さえあれば、一週間ぐらいで作ってやるわい。楽しみにしておけよ」

 

「ええ、楽しみに待ってます」

 

 

 

 その後、鬼怒田の言う通り暗視の視覚支援の汎用化に僅か一週間で成功し、正隊員達のトリガーにそれが導入されていった。その恩恵はすさまじく、特に夜間の防衛任務に務める者達からは絶大な評価を受けていた。

 

 

 これを期にラボへの開発予算が倍以上に増え、ラボの技術スタッフ達は水谷を英雄扱いし、彼がラボを訪れた際はVIP対応をするのが通例になったのは別のお話である。

 

 

 

 




 すいません、前回水谷の発展アビリティについて説明しましたが、【医療】について分かりにくいという方もいましたので、ここで改めてまとめてみようと思います。

【医療】
 :ポーション等の薬剤を作成する時、品質を高めることが出来る【調合】という発展アビリティの効果に加え、触れただけで相手の状態異常や何処を怪我しているのかを知ることが出来るという医療系ファミリアが喉から手が出るほど欲しいレアアビリティ。また、このアビリティを持つ者と行動することで、回復魔法や【調合】といったアビリティが顕現しやすくなるという副効果がある。



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朝のパトロール

戦闘描写ってやっぱ難しい泣!!


 

 

「ふあぁ………もう朝か」

 

 

 平和そうにチュンチュンと鳴く鳥の鳴き声と窓から差す日の光で目を覚ます。目を覚ました水谷はベッドから降りるように立ち、机から調整したばかりのトリガーを手に取る。

 

 今日は朝からパトロール。といってもただのパトロールではない。アリーゼ達がパトロールを兼ねてオラリオを案内してくれるそうだ。オラリオに来たばかりでこの世界の地理関係に詳しくない俺にとって非常にありがたい。

 

 そう思いつつ、俺は簡単に髪を水で整え、歯を磨き、人前に出られる姿を整える。ちなみに、この歯磨きなどは昨日の夜の内にアリーゼ達が生活に困らないようにと買い出してくれたものだ。いつかこの分は彼女達に返さないとな。

 

 

「トリガー・オン!」

 

 

 身だしなみを簡単に整えた後、最後の仕上げと言わんばかりにトリガーを起動する。すると、身体を光の粒子が覆い、アリーゼ達と会った頃の格好である紺色のジャージ姿の東隊所属を意味する戦闘体へと換装する。

 

 

「さて……行きますか」

 

 

 戦闘体での身体の状態を確認した所で水谷は部屋を出る。彼女達と待ち合わせをしたその場所に向かうために。

 

 

………………………

 

 

…………………………………………

 

 

………………………………………………………………

 

 

「あ!ミズヤ、おはよう!」

 

「ああ、おはよう」

 

 待ち合わせ場所であるホームの玄関に到着すると、そこにはすでにパトロールする装備を整えた姿のアリーゼ達の姿があった。親睦を深めた彼女達は俺を見つけると、俺に一人一人丁寧に挨拶していく。本当に律儀な彼女達である。

 

「…………おはようございます」

 

「うん、おはよう」

 

 ただ、リューだけは……何て言うか律儀というよりは真面目って言葉が合ってるかな。朝も挨拶をするだけでそれ以上会話は長続きせず、彼女の方から何処か距離を置いてしまう。けれども、距離を置いているといっても嫌悪感から来ているものではない。純粋にまだ俺とは打ち解けられないというものだろう。エルフの性格は分かっているが、そう簡単には打ち解けられないよな。いや、逆にアリーゼとかがフレンドリー過ぎるっていうのもあるんだよな。

 

「おや、ミズヤ?昨日は見られなかった武器を腰に着けているが、それはもしや刀か?」

 

 お、流石は輝夜だな。やはり日本と似た極東出身だからこれにすぐ気付いたか。

 

「ああ、そうだ。名前は【弧月】。俺が接近戦で最も使う武器だ。耐久力もあって、かなり使いやすいんだ。まぁ、つい最近はチームのバランスの関係で使っていなかったけど」

 

 そう言って俺は左腰に着けた鞘から弧月を抜刀し、右手で見せつけるように軽く素振りする。旧東隊時代は接近戦が出来る奴が三輪しかいなくて、チームの攻撃のバランス的に俺も弧月を使っていたが、現東隊は小荒井と奥寺の二人が弧月を使う攻撃手(アタッカー)だからな。弧月を使う前衛の役割はもう十分かなと数ヶ月前まで弧月のトリガーは封印していた。

 

「ほぉ、刀を扱えるのか。なら、今度から私の特訓に付き合え。ミズヤなら私の良い特訓相手になりそうだ。そこのエルフでは特訓相手にならなくての~」

 

「なっ!?輝夜!!私は……!!」

 

「何、本当のことではないか。今はまだマシだが、ファミリアに入りたての頃は特訓しても息はすぐに上がるし、剣の腕もダメダメだっただろ?」

 

「ぐっ!…………」

 

 輝夜の会話で俺から離れていたリューが巻き込まれる。やめてくれ、輝夜。これで俺とリューとの溝が大きくなっていくんだが。頼むからリューもこっちを黙って睨まないで欲しい。普通に怖いから。

 

「はは……また今度な」

 

 冷や汗を流しながら曖昧な言葉で輝夜との約束に返事を返すと、同じタイミングで玄関に主神であるアストレア様がやって来て、団長であるアリーゼが代表するようにアストレア様の前に一歩足を踏み出す。

 

「では、アストレア様!いってきます!」

 

「ええ、気を付けてね」

 

 まるで学校に行ってくる子供とそれを見送る母を彷彿させる光景だ。アストレア様の言葉でさっきまで言い合いをしていた輝夜とリューも今はアストレア様の言動に癒されたように大人しくなっている。これが女神の力……いや、彼女の慈悲深い性格が成せる技か。

 

「じゃあ、私と輝夜、リュー、そしてミズヤは北側からパトロールするわよ!他はライラを中心に南側からお願いね!」

 

 

…………………………

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

「それにしても前に俺が倒した暴漢といい、オラリオってなかなか治安が悪いんだな。確か今は『暗黒期』と呼ばれているんだっけ?」

 

 アリーゼ達にオラリオの街をパトロールを兼ねて案内をされていた水谷はオラリオの街を見学している際に、以前の暴漢の件も踏まえて思ったことを口にする。

 

「そうだね。けれど、今は大分街の活気も戻って来た方だよ。五年前位はもっと酷かったから。……ゼウスファミリアとヘラファミリアの二大派閥が壊滅したことから始まった『暗黒期』。最初の頃は闇派閥(イヴィルス)と呼ばれるかつての二大派閥が抑え込んでいた過激なファミリアが暴走していたけど、二大派閥に代わってロキファミリアとフレイヤファミリアが台頭して闇派閥を抑えているのが今の状態だね」

 

「成る程な………」

 

 水谷の言葉にアリーゼが答える。その答えにはアリーゼの今のオラリオに対する複雑な感情が詰まっていた。

 

 五年前位といえば、アリーゼ達がまだ十歳ぐらい。リューと輝夜はオラリオの外出身だが、アリーゼはオラリオ出身だ。大方、その暗黒期が始まる瞬間を目撃し、経験したのだろう。もしかすると、それが彼女が正義のファミリアに入団した原点(オリジン)で、ファミリアの団長にもなったのだろう。

 

 俺も彼女の気持ちや境遇は似ているから十分に理解できる。俺がボーダーに入ったのも俺から家族と日常を奪った第一次大規模侵攻がきっかけだ。目の前で多くの瓦礫が積み上がり、家族や友人らが未知の生物らに殺された、だからこそ俺はボーダーに入った。俺みたいな経験をする人達を少しでも減らすために、平和な日常を目指すために。

 

 それが俺の原点(オリジン)だ。

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろお腹が減ってきた所だし、お店で何かを買って食べましょう!」

 

「団長に賛成どすわぁ、ミズヤは何にするおつもりで?」

 

 しばらく歩き続け、屋台が並ぶ大通りに辿り着いた所でアリーゼから朝食を摂らないかという提案を受ける。朝から何も食べていないためこの提案に反対するものはいなかった。

 

 サンドイッチに焼き鳥のような肉串、そして新作を謳う『ジャガ丸くん?』というコロッケに近いようなもの等色々と売られていて、非常に悩む。朝から油っこいものは食いたくないからジャガ丸くんはすでに除外済みであるが。

 

「俺はサンドイッチだな……この野菜が沢山入ったものが俺の好みだ」

 

「へぇ……意外です。てっきり男性の人間(ヒューマン)は野菜よりも肉といったものを好むと思っていたのですが」

 

「ド阿呆。人間の男性が全員肉しか食わない等とんだ偏見だわ。こういうミズヤみたいな男性は草食系男子と言って女性からモテやすいタイプの希少価値だ。エルフの里を出たばかりのポンコツエルフが人間を語るなど百年早いわ!」

 

「なっ!?ポンコツ………!?」

 

 野菜しか入っていないサンドイッチを朝食に選んだのがエルフであったリューにとって意外だったようで、自分の男性の人間に対する偏見を口にしてしまうが、それを人間代表である輝夜が指摘する。うん。フォローは嬉しいけど、滅茶苦茶ボロクソに言うじゃん。

 

「じゃあ、私はこの卵チキンサンドにするわ!」

 

 そんな言い合いをしている二人を他所にアリーゼは自分の食べるサンドイッチを注文していた。いや、サンドイッチの具材卵と鶏肉しか無いじゃん。野菜0%だよ。二人が言い合いしている中でよくそれを注文できたな。

 

 

 その後なんやかんやあって、輝夜とリューのサンドイッチも注文し、出来上がりを待っていると…………

 

 

「助けてぇ!!!」

 

 

 近くから少女が助けを求める声が聞こえて、俺とアリーゼ、輝夜、リューは現場へと向かう。そこは内装が綺麗な洋服店で、店の入り口では中年の男性八人が立て籠り、リーダー格の男が右手に握られたナイフを少女の首に突き付け、少女を人質にしていた。 

 

 

「早く逃走用の馬車を用意しろぉ!!」

 

 

 犯人らの要求は逃走用の馬車。立て籠り犯らしい聞き慣れた模範的な要求で、彼らは店から金銭を奪った強盗犯だとか。やはり、どんな世界に来てもこういう輩はいるんだな。

 

「私が剣で突撃します。アリーゼ達は少女の保護を……」

 

「落ち着け、特攻エルフ。奴等は未だ少女の首に凶器を突き付けておる。突撃すれば、少女の保護など無傷でやるのは難しい。もう少し状況を見ないか!」

 

「ですが……このままでは!!」

 

 輝夜の言う通りここは突撃を優先すべきではなく、まずはあのリーダー格の男の無力化と少女の保護が優先だ。

 

 

 だが、それなら…………

 

 

「分かった。俺が一人でいく。アリーゼ達は俺がリーダー格の男を無力化した次第に少女の保護、他の一般人が事件に巻き込まれないように周辺の警備を任せる」

 

「なっ!?正気ですか!?相手は八人。それを貴方が全員片付けるとか無謀すぎます!ここは「何か勝算があるんでしょ、ミズヤ?」

 

 リューの必死の言葉を遮り、アリーゼが落ち着いた様子で俺に訊ねる。

 

「ああ、もちろん」

 

「……分かったわ、輝夜はどう?」

 

「少なくともこのエルフが主役の特攻作戦よりは数百倍はマシだ。私はミズヤを信じよう」

 

「よし、なら私達三人は周辺の一般人の警護よ。後は頼んだわよ、ミズヤ」

 

「まかせろ」

 

「行くわよ、リュー、輝夜」

 

 そう言ってアリーゼ、輝夜、リューの三人はこれ以上一般人が事件に巻き込まれないようにと警護に回り、俺は犯人がいる方へと足を一歩ずつ踏み出す。

 

「おい!誰だ貴様は!?見慣れない顔だな!まさか、アストレアファミリアの者か!?」

 

「正解。といっても昨日入ったばかりの新人だけど」

 

「はっはっはっ!まさか、あの正義のアストレアファミリアが入ったばかりのレベル1冒険者を寄越すとはな!!とんだお笑い草だぜ!そんな新人にはレベル2である俺様が痛い目をあわせてやる!!ほれ、この少女を助けてみろよ!」

 

「助けて……お兄ちゃん」

 

 そう言って、男はナイフを俺の方へと向け、人質である少女を近くに強い力で抱き寄せる。まぁ、普通のレベル1だったら手は出せないだろう。()()()()()()1()ならばな。

 

 

 残念だったな。お前のその慢心が今回の敗因だ。俺の腰から見える刀で攻撃してくるだろうと視線が下を向いて、ナイフをこちらに向けることで俺が武器を使うのを警戒しているのは分かっている。

 

 だが、お前のそのナイフが少女の首から離れたことで俺の勝機はすでに決まっていた。お前の無力化なんて弧月が無くても充分に可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスクード」

 

 水谷がそう言うと、水谷に突き付けてナイフを持つ右手の下から分厚い壁が下から上に押し上げられるように垂直に突き上がっていく。

 

「ぐわっ!?」

 

 男もこれは予想外だっただろう。まさか、自分よりも若い少年が見せつけるように身に着けていた刀を使わずに攻撃を仕掛けてきたとは。

 

 エスクードにより男の右手だけが上の方に持っていかれ、腕が曲がる。右腕は叩きつけられたような強い衝撃を受け、堪らず凶器であるナイフを手から離し、ナイフは空を舞い、地面にカランという金属音と共に落ちる。

 

「いってぇ!!?クッソがあぁ!!!」

 

 予想外の反撃に男は激昂し、先程の衝撃で一瞬拘束を解いてしまった人質である少女に対して手荒い動作で再び拘束しようとするが、水谷はそれを見逃さなかった。

 

「旋空弧月!」

 

 水谷の左腰に着けられた鞘から水谷は弧月を抜刀。抜いた刀の柄からは光刃が表れ、水谷はそれを離れた距離にいるリーダー格の男に対して大きく数回振るう。

 

 

 

【旋空】

 

 孤月の専用オプショントリガー。

 

 トリオンを消費して刀身を瞬間的に拡張でき、振り回されるブレードは先端に行くほど速度と威力が増す事ができる。また、射程の性能は効果の持続時間と反比例し、発動時間を短くするほど射程を伸ばす事が可能だ。

 

 

「がっ……!?レベル1に負け……!?ありえな……い?」

 

 

 刀身が伸びた弧月の攻撃を喰らったリーダー格の男は少女に触れることなく、その場に跪くように倒れる。男の姿を見てみると、弧月を喰らった部分には生々しい痛そうな痣が出来ていた。

 

「安心しろ。そこまで深い傷じゃない」

 

 元々、トリガーの武器は全て一般人が大怪我をしないように攻撃を受けても軽い痛みを伴う怪我をするか、意識を失うかのレベルにまで威力を絞っている。余程、本人が威力の調整を間違えない限り人間が死ぬことはほぼありえないのだ。

 

「………………これがミズヤの実力!?」

 

「ほぅ………良い腕じゃないか、ミズヤ」

 

 初めて水谷の実力を目の前で実際に目の当たりするリューと輝夜も仲間でありながら彼の男を一瞬で倒す実力、刀を振るう見事な腕前に驚きと関心を露にしていた。

 

「さぁ、今の内に!」

 

「ありがとう……アストレアファミリアのお兄ちゃん」

 

 そう言って少女は横で気を失っている男から解放され、アリーゼ達の元へと駆けていく。

 

 

 これで人質は無事に解放。残りは残党だけだ。

 

 

「さて、残党狩りといこうか」

 

 

 店に立て籠る残党七人に対して弧月の刀身を向ける。対して男達もリーダーがやられて投降する様子もなく、各々の武器をこちらへ向けてくる。

 

 

 一対七か。……少し本気を見せるか。

 

 

 

 

 

 




現在の水谷のトリガーセット

メイントリガー

:弧月

:旋空

:エスクード

:??


サブトリガー

:??

:??

:??

:??



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水谷の実力

ついに10000UA……本当にありがとうございます!
そして、課題がついに終わりました泣。
少しずつ投稿ペース上げていきますよ!


 

 

 

「くそぉ!!よくも団長を!!」

 

「このガキぃ!!」

 

 リーダー格の男を難なく倒され、その結果に対して仇討ちと言わんばかりに二人の鉄剣を持った男達が水谷に対して攻撃を仕掛ける。

 

 だが、水谷はこれを難なくヒョイヒョイとまるでかわし慣れているような動作で回避する。

 

(まだ……太刀川さんや迅さん、いや奥寺や小荒井の方がまだ全然剣の筋が良いぞ)

 

 水谷にはボーダーの強者達と戦った経験がある。剣に優れたNo.1攻撃手、トリオン量が異常に多い千発百中を座右の銘に掲げる弾バカ、感情を読み取れる奇襲が出来ないタイプの攻撃手、さらには規格外のオリジナルトリガーを使用するパーフェクトオールラウンダーとパワー系お嬢様など……水谷は色々な人達と戦ってきた。

 

 その経験は決して無駄にはならない。彼の同級生である【強化睡眠記憶】を持つ青年のように経験を100%ものにするのは不可能だが、何かを得ることができる。水谷はそこから得意の分析をして次へと繋げるタイプの人間なのだ。

 

「遅い!はぁっ!!!」

 

 弧月の刀身で男達が繰り出す下手な斬撃をいとも簡単に受け止め、水谷が繰り出す弧月の素早い連閃が鉄剣を切り裂き、男達にもダメージを与える。

 

「旋空弧月!!」

 

 そして、とどめと言わんばかりの旋空弧月(オーバーキル)による横薙ぎを二人にお見舞いする。それをまともに喰らった男達は白目を剥き、彼らより先に倒れたリーダー格の男のようにその場でバタっと倒れて意識を失うのだった。

 

 

 まずは二人。

 

 

 ほぼ一撃で二人の男を倒し、弧月を鞘にしまう水谷だったが、まだ戦闘は終わりではない……

 

「っ!おっと!?」

 

 水谷の元にスイカぐらいの大きさの火球と矢が降り注ぐ。水谷はそれも難なくかわし、それらが飛んできた方に目を向ける。そこには杖を持った男一人、弓を構えた男二人が水谷に殺意と共に各々の武器を向けていた。

 

「成る程……さっきの火球は魔法か」

 

 先程の火球の正体に興味深そうな様子を示すが、それを余裕を持って眺めている暇は無い。杖を持った男はすでに詠唱を終え、彼の近くに先程の火球が何個も量産される。弓兵の二人も矢をすでに弓に構えている状態だ。

 

(…………一般人もお構い無しか!!)

 

 弓兵らによる攻撃はまだしも、あの杖を持った男の火球の連発攻撃は辺りに大きな被害が及ぶ……そう推測した水谷は男達が撃ってくる前に先手を打つ。

 

 

「エスクード!!」

 

 

 先程リーダー格の男に攻撃する際に利用した防御型トリガー、エスクードを今度は一般人を守るように起動し、一般人やアリーゼ達の目の前に大きな金属製の壁が作られる。

 

「…………死ね、ガキ」

 

 杖を持った男の短く低い言葉と共に量産された火球と矢が改めて水谷に降り注ぐ。だが、水谷もそう簡単に炎で焼き殺されたり、射抜かれるような男ではない。

 

 メイントリガーでエスクードを使っているなら、左手のサブトリガーを使えば良い。水谷はここで空いていた左手を解放し、彼の左手に緑色の光を放つ大きなトリオンキューブが具現化される。

 

「メテオラ!!」

 

 左手に現れたトリオンキューブがサイコロステーキのようにさらに細分化され、細分化されたトリオンキューブは綺麗な軌道で火球と矢にぶつかっていく。

 

「ぐうぅぅっ!?爆発した!?ミズヤは!?」

 

 火球とメテオラが衝突したことによる爆風と爆煙は怪我をするような害は無いものの、エスクードでガードした一般人の元にまで及ぶ。辺りを漂う爆煙で一時的に水谷を見失ったアリーゼは水谷の安否を確認しようとするが、少しずつ爆煙が晴れ、彼の安否は明らかになる。

 

 

「これで五人目だな……」

 

 

 水谷は何事もなくピンピンとした様子で頬に付いた煤を拭っていた。対して男達はお店の壁にもたれ掛かるように意識を失い、衣服も身体も爆発に巻き込まれたようにボロボロだ。この原因として挙げられるのは間違いなく水谷の放った炸裂弾(メテオラ)だろう。

 

「ひ、ひいぃぃ!?」

 

「お、俺は逃げるぞ!!?」

 

 仲間と団長が呆気なく倒される光景を目の前で見た残りの残党二人は自分の身にも危険が及ぶと思い、仲間を放置してその場から立ち去ろうとする。

 

 二人はそれぞれ別々の方向に向かって直線的な大通りから曲がり角や障害物が多い路地のような細道に入るが、水谷には障害物などほぼ関係ない。

 

「ミズヤ、残りの二人が……!追いかけないと!」

 

「大丈夫だ、その必要はない!」

 

 逃亡した残党を見て、アリーゼは彼らを追いかけようとするが、その必要は無いと制止させる。なぜなら、水谷には一歩も動かず彼らを仕留める術を持っているからだ。

 

 必要の無くなったエスクードを解除して消失させると、水谷の両手から緑色のトリオンキューブが現れ、水谷の身体の周りを惑星軌道のように浮遊する。

 

(敵の逃走経路の仮定予測……弾道生成……ここだな……)

 

 

「バイパー!!」

 

 

 水谷の言葉と共に彼の周囲を惑星軌道のように浮遊していたトリオンキューブが光を放ち、逃走した男達を追いかけるように数十発の弾が射出される。

 

 だが、ただの直進しか出来ない弾ではない。水谷が放った弾は直線でも屈折するように弾道が変化し、男達がそれぞれ逃亡した細道の所で弾も追いかけるように大きく屈折する。

 

 

「「ひいっ!?うわぁぁぁぁ!!?」」

 

 

 弾が着弾した鈍い音と共に逃げた男達の情けない大きな悲鳴が別々の逃げた細道の方向から共鳴するように水谷達がいる所まで響き渡る。

 

 

 

 後に、アリーゼ達が逃げられないように縄を持って遠くでやられた逃亡二人組を確保するために確認しに行くが、そこに路上で倒れて気絶している無様な二人の姿があった。大方、障害物が多い細道に入れば、これ以上の追撃は無いと油断していたのだろう。

 

 

「すごい……一人であっという間に全員を……」

 

「ええ……あの人間(ヒューマン)は本当に何者なんですか……」

 

「さぁな……だが、私達ではタイマンでは倒せない力を持っているのは明らかだ。恐らく、前いた組織でもミズヤは大きな戦力を持つ重要人物であったのだろう。全く……味方だと非常に心強いが、敵になると改めて考えたら本当に恐ろしいな」

 

 

 縄で男達の手足を拘束しながら、アリーゼ達三人は大通りで一般人にお礼を言われ、有名人のように囲まれているアストレアファミリアの新人にさらなる興味を抱くのだった。

 

 

 

……………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………………………

 

 

 

「……と。まぁ、これが俺が知ってる水谷についてだ」

 

 

「はぇ~、本当にそんな先輩がいたんッスね……」

 

 

 スナイパーの訓練室で水谷について語っていた荒船の話を聞いた出穂はかつてボーダーに所属していた水谷という存在のデかさに開いた口が塞がらない様子だった。

 

「あいつは攻撃手(アタッカー)銃撃手(ガンナー)射手(シューター)狙撃手(スナイパー)という四分野のポジションのトリガーをレイジさんみたいに全てをマスタークラスまで極めたりしなかったが、実質マスタークラスと変わらない腕を持っていた……特に()()はな……」

 

()()……ですか?」

 

 そう言って雨取は首を傾げて荒船に訊ねる。

 

「ああ、水谷は全てのトリガーをバランス良く使えるが、一つだけずば抜けているものがあってな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが()()()()だ。水谷は二宮さんに次ぐ元No.2射手で、おチビちゃんは知り合いだと思うが、那須隊の那須はあいつの弟子だ。あいつは射手の最盛期を二宮さんや加古さん、そして出水と作り上げた仲間だな」

 

 

「「No.2射手で、那須先輩の師匠!?」」

 

 

 

…………………

 

 

…………………………………

 

 

…………………………………………………

 

 

 

「へぶしっ!!……誰か俺の噂でもしてるのか?」

 

 

 

水谷 聡人

 

弧月:8576ポイント

 

スコーピオン:4657ポイント

 

レイガスト:4580ポイント

 

アステロイド:6754ポイント

 

ハウンド:6554ポイント

 

メテオラ:8675ポイント

 

バイパー:17780ポイント

 

イーグレット:7019ポイント

 

ライトニング:4424ポイント

 

アイビス:4219ポイント

 

 

 

 

 

 




現在の水谷のトリガーセット

メイントリガー

:弧月

:旋空

:エスクード

:バイパー


サブトリガー

:バイパー

:メテオラ

:シールド

:アステロイド


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事後処理と帰還

 

 

 立て籠り犯達との一悶着を終え、八人の無様な失神した男達を厳重に動けないように縄で縛って見張っていると、引き渡すためにアリーゼ達が呼んだ屈強な男で構成された衛士達がやってくる。

 

 それにしてもアリーゼと初めて会った時の事件から思っていたが、なぜあの衛士達は目をしっかり覆う仮面とインド風文化を思わせる袈裟のような服で統一されているのだろうか。それぞれの趣味……?いや、全員があの同じ奇抜な服を着るっていう趣味を持ち合わせているという線は無くはないが……可能性は低いよな。

 

「アリーゼ、遅れてすまない」

 

 そう思っていると、あの奇抜な服を着た男性集団の奥から屈強な男達とは程遠い女性の声が聞こえ、まるで女主人かと思わせるように屈強な男達はその声の主である女性を通すために道を開ける。

 

 その者はモデルのような長身で、整った怜悧な顔立ちとアリーゼ達が持っていない大人の女性特有の色気を持ち、麗人という言葉が非常に似合う女性だった。服に関しても彼ら衛士のような服ではなく、彼女の髪色と同じ紺色のチャイナ服に近いもので、それがまた彼女が持つ大人の女性特有の魅力を引き立てていた。

 

「彼らがアリーゼ達の言っていた立て籠り犯か……」

 

 紺色の髪色を持つ女性は縄で縛られている犯人達に視線を移すが、一瞥したように視線をすぐにこちらへ戻す。

 

「八人か……これをアリーゼ達がやったのか?数も多いが、ほとんどがレベル2以上の冒険者だぞ?だとしたら、アリーゼ達には苦労と迷惑をかけたな……」

 

「ううん、違うわ!彼……ミズヤが一人で彼ら全員を相手にしたのよ!すっごく強かったんだから!」

 

「何だと……彼一人で?」

 

 紺色の髪の彼女は申し訳なさそうに頭を下げようとするが、アリーゼの言葉でそのモーションを一時停止し、今度は俺の方へと視線を向け始める。

 

「アリーゼ、彼は新入りか?」

 

「そうよ!名前はミズヤ聡人!昨日入団したばかりで、レベル2のうちのファミリアの期待の新人よ!年齢は17歳でファミリアの中でも最年長なんだから!」

 

 そう言ってアリーゼは誇らしげに勝手に俺の自己紹介をする。おい、文章の後半なんで年齢公開したんだ。ファミリア最年長アピール知らない女性にとって需要無いでしょ。しかも、最年長といってもアリーゼとは3歳、輝夜とは2歳……誤差だからな!誇らしげに言うと、アリーゼ達と年がかなり離れていると思われるからやめてほしいんだが。

 

「成る程、アストレアファミリアに入ったということは彼も私達と同じ正義を持つ者というわけか。それに……なかなかの修羅場をくぐって来たようだな。それなら、あの犯人達を一人で相手したというのも頷ける」

 

「は、はぁ……」

 

 俺を見定めるようにしばらく観察し、俺を見て何かを感じたのか勝手に納得する。アリーゼ達とは仲が良さそうだが、彼女は一体何者なのだろうか?

 

「自己紹介がまだだったな。私の名前はシャクティ・ヴァルマ。ガネーシャファミリアの団長をやっている。お互い同じ治安を守るファミリア同士だ。気軽に私のことは呼び捨てでシャクティと呼んで構わない」

 

「改めて水谷聡人です。よろしくお願いします」

 

 紺色の髪の女性、シャクティから友好の証として差し出された右手を俺は丁寧に握手でそれに応える。

 

 成る程、彼女はガネーシャファミリアの団長だったのか。てっきり屈強な男ばかりだったから団長もそれを越える巨漢を予想していたが、意外にもほっそりとした綺麗な女性で驚いた。

 

 けれど、ガネーシャファミリアは構成員がアストレアファミリアの二倍を越えるオラリオ全域の治安の維持に努める大規模ファミリア。ストレートに言うと、アストレアファミリアの上位互換である。その中でシャクティはファミリア唯一の地位である団長の座に着いている。少なくとも並大抵ではない実力の持ち主だというのは明らかだ。

 

 アリーゼに聞くと、彼女はつい最近レベル4に到達したらしい。つまり、俺が今までオラリオで会った誰よりも強い実力を持っているということか。

 

「ミズヤ、此度は市街で暴れた犯人らの鎮圧に感謝する。後始末や周囲のパトロールは私達が引き継ぐからアストレアファミリアの皆はホームで休むと良い。全員!かかれ!」

 

 

「「「了解!!」」」

 

 

 シャクティの一声でガネーシャファミリアの男団員らは縄で縛った犯人らを強引に立たせて何処かに連行し、周囲に他の不審な人物がいないか警戒する。

 

 

 

「それじゃあ、シャクティのお言葉に甘えて疲れた私達は帰ることにしようか。お店で買ったサンドイッチはホームでアストレア様とシェアしながらゆっくり食べましょう!」

 

 そう言ってアリーゼはシャクティに残りの後始末とパトロールを任せてホームへの帰還を提案する。おお、サンドイッチ。戦闘ですっかり忘れていた。

 

「ミズヤは戦闘で疲れていると思うが、私達は逃げた犯人らを縛るぐらいだけで特に何もしてないだろ。団長は一体何に疲れていると言うのだ?」

 

 アリーゼの提案に相変わらずの口調で食い付く輝夜。この中で最年少のリューも普段は言い合いをする仲である輝夜の言葉に確かに…と賛同していた。

 

 

「ミズヤの戦闘を見るのに疲れた☆」

 

「イラッ☆」

 

「アリーゼ……確かに彼の戦闘には驚かされた所はありましたが、それを疲れたというのは…………」

 

「ははは…………」

 

 アリーゼの至ってふざけていない真面目な顔から放たれる映画に飽きたような子供の言い分に、輝夜は満面な笑顔を維持したまま顔に青筋を立て、リューはアリーゼをフォローしようとするが、真面目なエルフはアリーゼを完璧にフォローしきれていない。

 

 全く……かつてのボーダーにいた頃を思い出させるやり取りだ。彼女達みたいに俺も年が近い奴等と漫才みたいな日常を過ごしていたんだよな。

 

 

 こうして、あれから彼女達の漫才みたいなやり取りが数分近く続いたものの、全員分の持ち帰りサンドイッチを手に取って『アストレア様が待っているわ』と逃げるように走ってホームへと帰還するアリーゼの強引な手段により帰還することとなった。まぁ、オラリオの街中についてはほぼ理解したし、地図もあるから地理関係についてはもう大丈夫だろう。

 

 

………………………

 

 

………………………………………………

 

 

………………………………………………………………………

 

 

「聡人、入るわよ」

 

 

 サンドイッチをファミリアの面子と食べ終え、自分の部屋の中に戻って今日使用したトリガーチップのメンテナンスを行っていると、廊下から主神であるアストレア様の呼ぶ声が聞こえ、俺は快く自室のドアを開けて招き入れる。

 

「アストレア様、どうしたんです?」

 

「今日、聡人がパトロールで立て籠り犯と戦ったじゃない?ステータスを更新しようかなと思って」

 

 ステータスの更新。そう言えば、この異世界は敵と戦うことで経験値を得るという何処かのRPGみたいなものがあったな。といっても経験値の値はすぐ反映されるのではなく、神様による更新手続きを経て初めて自身の実力として反映されるとか。アストレア様が言っていたのはそれだろう。

 

「分かりました」

 

 そう言って、背中に刻まれたファミリアの証をアストレア様に見せるために俺は服を脱いで、上半身裸になり、近くにあった椅子に腰をかける。

 

「じゃあ、やるわね」

 

 アストレア様も近くにあった椅子に座って、ステータスを更新しやすい体勢を整えると、早速小さな針のようなもので小指に傷を付け、それにより噴き出した女神の赤い血を一滴背中に付着させる。

 

 すると、神の恩恵を刻んだ時と同じように背中に波紋が生まれ、波紋から文字みたいなのが顕現する。俺は読めないものの、アストレア様がスラスラと読んでいる辺り顕現しているのは神聖文字だろうか?

 

「ふぅ、終わったわ。最新の知りたい?」

 

 更新手続きを終え、いつの間にか写した羊皮紙を握っている主神の言葉に首を縦に振る。本来ならアストレア様に読ませず、自分で読むべきなのだが、まだオラリオの共通語でも読み書きはできない。アリーゼ達にも迷惑をかけるし、遅くても一月以内には習得したいものだ。

 

 

 で、アストレア様にステータスを聞くと……

 

 

 

 

水谷 聡人

 

レベル2

 

力 : I 0→48

 

耐久 : I 0→I 24

 

器用 : I 0→I 52

 

敏捷 : I 0→I 15

 

魔力 : D500→D500

 

神秘:I

 

医療:I

 

 

 

魔法:【トリガー・オン】

 

   

 

 ・速攻魔法

 

 ・自身のトリオンを精神力として換算。専用の道具トリガーを握り詠唱することで、戦闘体になることができる。

 

 ・精神力を消費することでトリガーに登録されたトリガーチップの能力・武器を生み出せる。

 

 ・戦闘体で受けた外傷は生身の身体に殆ど影響しない

 

 ・解除詠唱【トリガー・オフ】

 

 

 

 

 

スキル:防衛者の誇り(ボーダーズ・プライド)

 

 

 

 ・早熟する。誰かを守ろうとする防衛者の意志がある限りその効果は継続。誰かを助けるために自らの力を行使した際、手に入る経験値にボーナスが入る。

 

 

 

   :幅広く身につける者(ダイバーシティ)

 

 

 

 ・発展アビリティのスロット個数の制限解放。何かを学ぼうとすればする程それに適した発展アビリティがレベルアップ時に複数具現化する時がある。

 

 

 

 

 

   :強化視覚支援

 

 

 

 ・水谷聡人のサイドエフェクト。視力の強化、暗視効果に補正。他人と一時的に目を通して視覚を共有できる。

 

 

 

 魔力……まぁ、俺の場合はトリオン量に変化は無いものの、他のアビリティは向上している。あまり伸び代が少ないと思われるが、アストレア様が言うには一度の戦闘でここまで伸びるのはかなり凄いことらしい。大方、スキルのせいだろうな。

 

 

「そうだわ、聡人。今日の午後空いているかしら?」

 

「午後ですか?」

 

 うーん……今のところは無いだろう。パトロールはシャクティ達が引き継いだし、アリーゼ達も各々の私情のために朝食を食べたら何処か出掛けてしまった。

 

 

「予定は無いので、大丈夫です」

 

 

「そう、良かったわ。なら、出かける準備をしましょう」

 

 

「出かける準備?」

 

 

「ええ、今から聡人には私とギルドに行ってもらうわ。聡人にはダンジョンにも正式に潜れるギルド冒険者としての登録をしてもらいたいのよ」

 

 

 

 

 



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【幕間】玉狛支部にて

ちなみに、多くの人が気になったと思いますが、ワールドトリガー原作の時系列は玉狛第二が二宮隊に勝利し、ランク戦が終了した直後です。那須隊の茜ちゃんはまだ引っ越しはしていないぐらいかな。茜ちゃん……退場は辛いって。


 

「遊真くん、修くん。ただいま」

 

 

「おかえり、チカ。」

 

 

「おかえり。訓練はどうだったか?」

 

 

 本部でのスナイパー訓練から帰ってきた雨取が帰ってくると、彼女達の所属する玉狛支部で留守を任されていた修と遊真がチームメイトである彼女達を出迎える。

 

「あれ?ヒュースくんは?」

 

「ヒュースはヨウタローと雷神丸の散歩に出かけているぞ。チカと入れ違いになったな」

 

 彼ら玉狛第二の四人目のメンバー、ヒュースはというと、玉狛支部の誰よりも強い信頼関係を結んでいる林道陽太郎と陽太郎の相棒であるカビパラの雷神丸の散歩に出かけるために雨取が帰ってくる十分前近くに外出している。角も専用のトリオン体で隠しているし、陽太郎がいるから大丈夫だろうと玉狛支部に残された修達も彼の外出という散歩に異論を言うことは一切しなかった。

 

「それにしても、レイジさんや烏丸先輩や小南先輩、それに宇佐美先輩達まで玉狛支部の全員が僕達に留守を任せて一斉に外出なんて珍しいよな……」

 

「うむ、オサムの言う通りだな。今日は何かあるのか?」

 

「あっ……遊真くん。もしかしたら…………」

 

 普段とは違う先輩達の様子に不審な所を覚える三雲と空閑。一方、二人に対して一つだけ心当たりがある雨取はそのことを三雲達に話そうとする。

 

 すると…………

 

 

『たっだいま~!』

 

 

「あっ、宇佐美先輩の声だ!」

 

 

 ちょうど良いタイミングで不在だった玉狛支部の面々が支部へと帰ってくる。先頭で一番に帰還を知らせた宇佐美を筆頭にゾロゾロと留守番をしていた三雲達と顔を会わせる。

 

「すまないな。留守を任せて」

 

「いえ、全然」

 

 同じ支部の先輩であり、戦闘の師匠である烏丸に対して三雲は大丈夫だったということを伝える。

 

 木崎や小南、烏丸や宇佐美も遠くに行ってきて疲れた感じはあるが、どこか誰かを悼む複雑な様子で静かにソファーに座っていると、沈黙を破るように空閑が訊ねた。

 

「そう言えば、今日こなみ先輩達は俺達に留守を任せてどこに行ってきたんだ?」

 

「えっ!?……あ、あー……そうね……」

 

 普段ならハキハキと答える小南だが、今日の小南はどこかボーッとしたような様子である。事情を知っている烏丸や木崎や宇佐美もその時の小南の気持ちは理解していた。

 

「…………もしかして、水谷先輩のお葬式ですか?」

 

「ミズヤ先輩?誰のことだ?」

 

「さぁ……?僕も聞いたことがない」

 

 突如、雨取の口から放たれた名前に空閑と三雲は首を傾げるが、小南達はその言葉を聞いて、目を見開いたような驚いた様子で雨取に視線を向けるのだった。

 

「……雨取。水谷のことを誰に聞いたんだ?」

 

 雨取の師匠である木崎が雨取に訊ねる。

 

「えっと……今日のスナイパー訓練で、荒船先輩から水谷先輩について聞きました」

 

「成る程……確かに水谷先輩は荒船先輩と同じ学校でしたし、本部でもよく一緒にいましたからね。雨取が荒船先輩から聞いたのは納得です」

 

 雨取の話に普段のイケメンボイスで烏丸が思い出すように納得し、同じように木崎達も納得するのだった。

 

「烏丸先輩、水谷先輩とは……?」

 

 話に追い付けない三雲は烏丸に訊ねる。そして、しばらくして烏丸は弟子の三雲に一言短く言うのだった。

 

「……三雲達は遠征に行くからな。ランク戦も終わったし、ここで水谷先輩について知るのはありだな…………修!」

 

「は、はい!」

 

「水谷先輩について教えてやる。遊真も興味があるならオペレーター室についてこい」

 

 

……………………………

 

 

 

……………………………………

 

 

 

……………………………………………………

 

 

 

「元東隊万能手……水谷聡人。この人が……」

 

 

 烏丸の紹介でオペレーター室のデータベースから三雲、空閑、雨取の三人は水谷聡人のデータをカタカタと閲覧する。

 

「驚いたな……東隊にはもう一人いたのか」

 

「うん。遊真君達が知らないのは無理ないよ。水谷先輩が東隊にいたのはちょっとしかいなかったから」

 

「ふむ。成る程……」

 

 空閑はモニターに映る水谷のデータを見て驚いた表情を見せるが、宇佐美の説明を受けて納得する。空閑が玄界に来たのはまだ一年も経っていない。一年前過ぎに消えた彼との面識はおろか、知る機会もほぼ無いだろう。

 

「みずや先輩は強かったのか?」

 

 空閑がボソッとオペレーターである宇佐美に訊ねるが、代わりに小南が答える。

 

「当然よ!水谷さんはかつて東さんが率いたA級一位時代の戦闘員兼オペレーターだったんだから!」

 

「「元A級一位のメンバー!?」」

 

「ああ、加えて水谷は俺の次にパーフェクトオールラウンダーに近い実力を持つ男だった。パーフェクトオールラウンダーになることは無かったが、その才を補うように水谷は医療やエンジニアリング、オペレートの才が優れていた。あいつ程の男は二度と現れることは無いと思うぐらいにな」

 

「それに射手の修に関係するが、水谷先輩は二宮先輩に次ぐNo.2射手のバイパー最強の使い手で、那須隊の那須先輩は水谷の弟子だ。あ、あと木虎も水谷先輩の弟子だったな」

 

「No.2射手か……そりゃ、強いな」

 

「那須先輩と木虎が…………!?」

 

 玉狛支部の面々によって明らかになる水谷の素性に三雲と空閑は驚きを隠せない。特に射手として通じるものがある三雲にとってその驚きは倍以上だろう。

 

 那須と木虎……いずれも三雲が対峙したことがある相手で、水谷の話を聞くまでは知る由も無いのは明らかであった。特に木虎に師匠がいたということは三雲以外でもあまり想像がつきにくい筈だ。

 

「でも、何でそんな実力のある人がボーダーにいないんだ?そんな人がいたら、今頃東隊はA級に上がれるぐらいの実力を持っている筈だぞ?」

 

(お葬式…………まさか!?)

 

 空閑は気付いていないようだが、勘が良い三雲はこの時全てを理解した。なぜ、玉狛第一の全員が朝早くから一斉に支部から出掛けたのか、先輩達がなぜ人を悼むような複雑な表情を浮かべていたのかを。

 

「……水谷先輩はもうこの世にはいない。あの人は一年前近くの遠征で遠征挺を守るために自らを犠牲にして襲撃してきた人型近界民と共に死亡したんだ」

 

「なっ!?遠征で……!?」

 

(烏丸先輩が言っていた遠征に行くなら一度は水谷先輩の話を聞いておいた方が良い理由はこれだったのか……)

 

 烏丸は三雲達に伝えたかったのだ。先日のランク戦で玉狛第二は遠征に行ける権利を取得した。かつてA級であったチームも混ざる中、そんな彼らに劣らない実力を持っているということを上位二チームに入り、遠征への参加という権利を取得したことで証明できただろう。けれど、そんな実力を持っていたとしても遠征には死と隣り合わせだという危険がある。かつてボーダーの誰もがその実力を優秀と認めた水谷でもそれを回避することが出来なかったことを。

 

「……そんな険しい顔をするな、修。俺……いや、俺達は別に今更お前達に遠征へ行くなと言っているわけじゃない」

 

「えっ……?」

 

「俺達はあくまで遠征にはこういう危険があるぞということを伝えただけだ。水谷先輩の話を踏まえた上で遠征に行くか、行かないかは修達の自由だ。まぁ、聞いた所で修達の意思は変わらないと思うけどな」

 

 三雲達は新結成チームであるため最下位のランクからのスタートでありながら、結果として二十近くあるチームの二番目の実力を持つチームとして成長した。その経過として、上位ランクという壁への挫折、新戦略の構築、そしてヒュースの加入と絶対に遠征部隊に選ばれるために色々な策を講じてきた。今更、それを棒にふることはしないだろうと彼らの成長を間近で見てきた玉狛第一の面々はよく理解していた。

 

 それを聞いて、三雲達は遠征に行くことを反対されているのではないと理解してホッとすると同時に、三雲は師匠である烏丸にあるお願いを申し出る。

 

 

「烏丸先輩…水谷先輩の試合って見ることができますか?」

 

 

「水谷先輩の試合だと……?確かに水谷先輩の記録はいくつか残っているが、どうして修は水谷先輩の試合をみたいと思ったんだ?」

 

 弟子からの予想外の申し出に烏丸は驚いた様子で三雲に質問を訊ね返す。

 

「はい……!遠征経験がある水谷先輩の実力がどういったものなのか知りたいし、水谷先輩の戦い方を自分の力に生かせるか一人の射手として確認したいんです!」

 

 烏丸をじっと見つめる三雲の強い言葉に烏丸は動揺する様子もなく静かに沈黙するが、しばらくして何かを思い出して決心したように答えるのだった。

 

「…………分かった。少し待ってろ」

 

 そう言い残して烏丸は自分の部屋のある方へと向かっていく。しばらく何かガサガサと烏丸の部屋から聞こえると、手にDVDを持った烏丸が三雲達の元へと戻ってくるのだった。

 

「修、これを使え」

 

「烏丸先輩、これは?」

 

「水谷先輩が入っていた時の東隊、その初陣のランク戦の記録で、相手は鈴鳴第一と諏訪隊だ。実況は三上先輩で、解説は風間さんと加古さんがやっている。解説もないただの戦闘記録を見るよりはマシだろう」

 

 烏丸は修に持ってきたそのDVDを手渡す。実はこのDVD……何事もなく受け渡しがなされているが、かなりのレア物である。水谷の詳しいランク戦の記録など今では古株のボーダー隊員が持っているぐらいで、烏丸も太刀川隊の時に手にいれたものである。海老名隊の残念なオペレーターならば、大金でも支払って手に入れるに違いない。もし手に入れたら、普段のようにニタニタと自室でそれを満喫するのは目に見えている。

 

「ふむ……諏訪隊も鈴鳴も俺達が戦ったことがあるチームだな。修、早く見てみよう」

 

「ああ、分かった」

 

 空閑に急かされるように修はDVDをブルーレイディスクに入れて、支部にある大きなテレビにそのランク戦の模様を映し出す。テレビに映された模様を見て三雲、空閑、雨取はおろか木崎、小南、宇佐美、そして烏丸もその失われた光景を懐かしむようにテレビに集中していた。

 

 

 

 

『始まりました!ランク戦夜の部!実況は風間隊オペレーターの三上、解説には風間隊隊長の風間さんと東隊とは縁がある加古隊の加古さんに来て頂きました………....………………』

 

 

 

 

 

 




次回はまた本編に戻ろうと思います!
幕間については少しずつ更新していく予定です!次回は東隊と共に今回出てきた水谷がいた時代の東隊のランク戦初陣の回想の話でも作ろうかなと思っています笑。
ちなみに、ダンメモを今日の生放送を見てガチでやりこもうと思いますので、たぶん更新遅れます笑。アストレアファミリア……ボイス最高でした!


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ギルドへ

ストーリーがボイス付きだと最高ですね。特に輝夜とライラがアルフィアと戦うシーン……!!


 

 

 身だしなみを改めて整えて、俺は再びトリガーを起動して戦闘体へと換装する。別に誰かと戦うわけではない。自分が持っている私服がオラリオに来た時の一着しかないため、仕方がないから戦闘体の紺色のジャージ姿に着替えただけだ。

 

 戦闘体になれば、朝のパトロールの際に付いた服の汚れや汗は関係ないし、ボーダーでもそう言って着替えるのが面倒くさいと一日中戦闘体のやつもいた。まぁ、ボーダー時代なら長期の私的利用は本部長に叱られている案件だが、今回は付き添いの人物が特別だからな。

 

「準備が整いました。行きましょう、アストレア様」

 

「ええ。分かったわ、聡人」

 

 付き添いの相手は俺の主神であるアストレア様。ファミリアの心臓のような存在で、同時に下界では戦う力を有していない神々の一人だ。そんな方を治安が安定しないオラリオの街で無防備にフラフラとさせるわけにはいかない。実際、アストレア様は正義の象徴として闇派閥に狙われているという話をアリーゼ達に聞いたからな。だからこそ、アリーゼや輝夜は日頃から腰にレイピアと太刀を携えて、アストレア様に対しては過保護なのだろう。アストレア様に危害を与えないための眷属の優しい心遣いだ。

 

 向かうはオラリオの中心部から北西部。南西部にあるアストレアファミリアからは北側の方にあり、そこにはオラリオの運営や冒険者の活動に携わるファミリアとは性質が異なる中立機関ギルドが存在するとか。

 

 何でもアストレアファミリアは一ヶ月後近くに大きな行事……いや、活動というものがあり、アストレア様はその行事に新しく入団した俺を参加させるべく、その手続きのためにギルド公認の冒険者登録を行わなければいけないらしい。

 

 

……………………

 

 

……………………………………

 

 

……………………………………………………

 

 

 

「それにしても……アストレア様」

 

 ギルドへと向かう道の中、俺は街並みを観察しながら隣を歩くアストレア様に話しかける。

 

「どうしたの、聡人?」

 

 その言葉に慌てて動じる様子もなく優しい声でアストレア様は応答する。その何気ない仕草からはアストレアという女神の慈悲深い性格が惜しむ様子も無いように溢れていた。

 

「アストレア様って街の人達から人気なんですね」

 

 何を言っているのか良く分からない……自分がいた世界ではナンパに近いものだと思う人がいるだろう。だが、俺が観察していたのは街並みもあるが、そのほとんどが隣を歩くアストレア様に対する人々の態度であった。

 

「あらあら。そんな事ないわよ」

 

 アストレア様自身は自分の人気ぶりに対して否定的に笑顔で答えるが、全然そんなことはない。

 

 

『あっ!アストレア様だー!』

 

 

『アストレア様!こんにちは!』

 

 

 街中の通行人や店の人達がアストレア様の姿を視認する度に、声をかけて手を振り、アストレア様もそれに対して丁寧に笑顔で手を振って対応する。これで人気じゃないよとか笑顔で言われたら、ボッチの人とかは二度と立ち直れないだろうな……無自覚な所も含めて。

 

『若いお兄ちゃん!もしかして、アストレア様のファミリアの新入りかい!?』

 

『あっ!?この人、朝起きた事件の犯人達をたったの一人で倒した人だよ!私、彼の戦闘をその場で見たんだから!すっごい強かったんだよ!』

 

「えっ!?ちょっ………!?」

 

 そう思っていると、今度はアストレアの隣を空気のように歩いていた俺へと街の人達が集中する。話を聞くと、多くの人達が朝起きた事件を通して間近で俺の姿を見たという人が多かった。また、中には事件を間近で見ていないが、目撃者の噂を通して話しかけてきた近所のおばちゃんを彷彿させる人達もいた。予想よりも俺が解決した朝の事件の顛末が噂のようにオラリオ中に広がっていて、多くの人に話しかけられた俺は動揺を隠せない。

 

「あらあら、ウフフ。聡人の方が人気者よ」

 

 いや、アストレア様。貴女がそれを言いますか……

 

 

…………………

 

 

 

……………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 色々となんやかんやあったが、俺とアストレア様は目的地であるギルドへと辿り着いた。本当なら、徒歩で一時間ちょっとで着く予定だったのが、行き違う通行人達に丁寧に接していたおかげで日は傾き始め、夕方になろうとしていた。

 

 ギルドの外観はまるでイタリアにある某神殿を思わせるシミ一つ無い白色を基調とした大きな神殿風の建物で、他の建物とは雰囲気がまるで違う。

 

 ギルドの壮観な外観を観光客のように眺め終わった後、本来の目的を果たすために俺達はギルドの中へと入場した。入ってみると、中は外観に比例するように広大な空間が広がっていて、夕方になっても冒険者らしき者達が多く行き交っていた。流石はオラリオの主要施設と言った所だろう。

 

「あっ!これはアストレア様!アストレア様自身がギルドに来るのは珍しいですね。本日はどういったご用件でギルドにいらっしゃったのですか?」

 

 アストレア様に連れられてギルドのサービスカウンターのような場所までやって来ると、アストレア様の存在に気付いた人間(ヒューマン)の女性が対応してくれた。話を聞いている感じアストレアファミリア専用の担当職員だろうか。アストレア様とも親友のように打ち解けている様子だ。

 

「今日は隣にいる彼のギルドの冒険者登録……それと来月辺りに行う【遠征】のメンバーに彼を加えるように手続きの変更をしたいの。頼めるかしら?」

 

「隣……?おやおや~、アストレア様!まさかのアストレアファミリアの新入団員は初の男ですか!顔立ちも良いですし、これはオラリオ中の話題になりますよ~!」

 

 担当していた受付の職員がアストレア様の隣にいる俺を見ると、ニヤニヤとした様子で俺を見定める。確かに言われてみれば、男性は俺しかいなかったな。

 

 けれども、そんなに噂になるのか………?

 

『なにっ!?リューちゃん以来のアストレアファミリアの新入団員が初の男だと!?これはオラリオに新たな話題の風が吹くんじゃないのかっ!?』

 

『彼……なかなか格好良いわね。今からでもうちのファミリアに来ないかしら?』

 

『十人以上の女の園に一人の男だと……?まさか、これは噂のハーレム!?……万死に値する……リア充死すべし』

 

 

 なる……いや、もうなった後だわ。

 

 受付の職員の声が大きいせいで、周りの冒険者……特に男性からの冒険者からの視線が痛い。詳しい内容はよく分からないが、呪詛みたいなのを唱えてる人もいるし。

 

「あらあら、別にそんなんじゃないわよ。彼も私達と同じで正義を愛する者。それに彼、すごく強いんだから。アリーゼや輝夜と同じレベル2なのよ」

 

「なんとっ!?これはもう期待のエース確定じゃないですか!ギルド広報部も良い記事が……グフフ。分かりました!では先にそちらの用紙に必要事項を書いてください。私はその間、来月の遠征の訂正用の書類を持ってきますので!」

 

 そう言い残して、ギルド職員の女性は俺に冒険者登録のための申請書類を手渡し、別の書類を取りに向かうために奥の部屋へと姿を消していった。

 

 名前と年齢はオラリオで生活する上で特に大事だから、アリーゼ達から文字の書き方を学んでスラスラと書けたが、出身や自己PRみたいなものはどうすれば良いだろうか。

 

 そう思いながら困っていると、アストレア様は名前と年齢だけで十分だと教えてくれた。オラリオは敵対している他国といった例外以外は基本的に出自を問わず歓迎している部分がある。オラリオの運営を左右するギルドもオラリオの発展のために犯罪歴でも無い限り腕が立つ冒険者が多く必要だとか。そういった面から誰でも冒険者になれるし、お互いにWin-Winの関係と呼べるものだろう。

 

 それに最悪、何かあっても自分の身柄の保証人はアストレア様が直々になってくれるそうだ。こんな心強い保証人は他にはいないだろう。

 

「あ、書き終わりましたか?」

 

 奥の部屋から多くの書類を挟んだ太いファイルを持って先程の女性が帰ってきたため、俺は書き終わった申請書類をギルド職員の方に返却した。

 

「ふむふむ……名前はミズヤ聡人。年齢は十七歳ですか。自己PRの欄が空白ですが、レベル2冒険者とこちらで書き加えておきますね。これだけでもギルドで受けられる冒険者依頼(クエスト)の質はかなり変わりますから。うん、これでよし!」

 

 アストレア様が言ったようにやはり出自や身元はギルド職員からはあまり訊ねられないようだ。それよりも冒険者の質や実力を重要視している面が見受けられた。まぁ、出自をしつこく訊ねられるよりはマシだろう。

 

「では、アストレア様。ミズヤさんのダンジョン攻略のアドバイザーも私が担当しても宜しいですか?」

 

「ええ、構わないわ。貴女にはアリーゼ達がいつもお世話になっているから」

 

 彼女達が話しているのはアドバイザーシステムの話だ。アドバイザーシステムとは駆け出しの冒険者や発足直後のファミリアに専任としてギルド職員がサポートするシステムの事だ。熟練者が揃った大規模派閥なら必要はないが、うちのファミリアは人数も少ししかいない小規模派閥だ。まぁ、団員の質……レベルが上がれば、少数精鋭のファミリアとして中規模派閥になるそうだが。

 

「分かりました!では、改めて宜しくお願いします!じゃあ、次に来月の【遠征】の話ですね。こちらは既存の十一人の団員にミズヤさんを加えた十二人の登録の変更でお間違いないですね?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「かしこまりました!では、これで冒険者登録と【遠征】のメンバーの変更は終了です。お疲れ様でした!」

 

 頭を下げるギルド職員の女性を後にして、俺とアストレア様はギルドを後にした。ギルドの中にはクエストボードなど気になる事が多くあったが、生憎すでに夕方。また時間があった日に訪ねれば大丈夫だろう。これで夜に帰ってきたら、過保護な彼女達が心配しそうだからな。

 

 あ、服を売ってる屋台はまだ開いてるかな?一応、ブランドには拘る必要はないし、一週間分ぐらいの服は安いやつで揃えておきたい。流石にいつまでも戦闘体は無理だからな。

 

 

…………………………

 

 

………………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

 水谷とアストレアがギルドを後にして数十分後、彼らと入れ違いになるようにギルドに足を踏み入れる男がいた。

 

 全てを照らし出すような色をした金髪、そして小人族(パルゥム)という種族の性質を顕著に表す小柄な容姿。何も知らない者から見れば、ただの子供に見えるかもしれないが、彼の一つ一つの言動や雰囲気には何十年も生きて経験したという重く大きい何かが詰まっていた。

 

「あっ!これは勇者(ブレイバー)!ロキファミリアの団長がギルドに来るとは珍しいですね!」

 

 先程まで、水谷とアストレアの対応を行っていたギルド職員が勇者と呼ばれた男に話しかける。

 

「ああ、そうだね。そう言えば、君はアストレアファミリア担当の職員だったね。これは都合が良い………」

 

「ん?どうしました?」

 

「いや、実は少し人探しをしていてね。単刀直入に言おう。アストレアファミリアに紺色の服を着た極東出身の風貌を持つ男を知らないかな?」

 

 そう言って金髪の彼はギルド職員に訊ねた。

 

「紺色の服……極東出身の風貌を持つ……そう言えば、さっき来てた彼は極東出身に多い黒髪でしたね。もしかして、ミズヤ聡人さんのことですか?」

 

「何っ?さっきその彼が来ていたのかい?」

 

「え、ええ……ギルドの冒険者登録や遠征の加入といった手続きでアストレア様と来ていましたよ。そうですね……()()()さんが来る数十分前でしょうか?」

 

「なるほど……まさかの入れ違いか」

 

 水谷を探しに来ていた小人族の男、フィン・ディムナは頭を右手でやれやれといった様子を見せる。

 

「朝起きた闇派閥に関わる十人近い犯人らによる事件を一人で解決した噂の新人(ルーキー)に興味があって、もしまだギルドにいるのであれば、会おうと思っていたが…………」

 

「あの、よろしければ、こちらでミズヤさんとアストレア様にフィンさんが会いたいという旨を伝えられますが……?」

 

 ギルド職員の女性が気遣ってアポイントメントの提案をするが、フィンはそれを丁重にお断りするのだった。

 

「いや、大丈夫。また日を改めることにするよ。それにダンジョン攻略に出掛けたうちのガレスが数日で帰ってくる。彼もアストレアファミリアの男の新人団員に興味があると思うから、彼が揃ってから会いに行くとするよ。忙しい所、話しかけて悪かったね」

 

 そう言い残して、フィンはギルドを後にして自身のロキファミリアのホームへと帰還するのだった。

 

 

(ミズヤ聡人……か。正義を貫くアストレアファミリアに入った男がどういった者なのか久しぶりに気になって仕方がないよ。その人柄……その強さについても……ね)

 

 

 

 



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オラリオに来て数日……

アストレアレコード……泣きまくりでしたね。
まさかの展開の連続でした。
エレボスゥ………泣
めっちゃ良い奴やん。


 

 

 

「はぁっ!」

 

 

「くっ!そらっ!」

 

 

 団員達による朝のパトロールが非番のアストレアファミリアホーム『星屑の庭』。団員の彼女達にとって、俗に言う休日と呼ばれる日なのだが、早朝の『星屑の庭』からは誰かと誰かが互いに戦い合っている声と何かがぶつかり合う音が辺りに響き渡っていた。

 

「そこっ!」

 

「ちっ!やるな、ミズヤ」

 

 その声と音の正体は団員同士で模擬戦を行っていた水谷と輝夜。二人は練習用の竹刀を使わずに水谷は刀をモチーフにした攻撃手(アタッカー)用トリガー『弧月(こげつ)』、輝夜は極東から持ち出した彼女の愛刀『彼岸(ひがん)深緋(こきあけ)』とどちらも下手すれば怪我をしかねない真剣を使っており、発せられる音も木のポクンッといった軽い音ではなく、ガキンッと鋭い金属音である。

 

 どちらも全身を使い、自身の得物を全力で振るうが、互いに危ない状況ながらも二人はどこかこの模擬戦を楽しんでいるような笑みを浮かべていた。

 

「はぁっ!」

 

「居合の太刀・一閃!!」

 

 長かった各々の刀がぶつかり合う剣撃は終わりを迎え、水谷は弧月による横薙ぎ、輝夜は極東で培った得意の居合の流派の一撃でこの模擬戦は終了する。

 

「……やはり刀に関しては輝夜には敵わないな」

 

「ぬかせ……どの口が言うか」

 

 一瞬の攻撃で決着した模擬戦。水谷は輝夜の頭の横で弧月を寸止めし、輝夜は水谷の右肩に刀を突き付けるという引き分けという形で朝の模擬戦は幕を下ろした。二人は勝負の結末を確認し終えると、納得したように得物を鞘へと収める。

 

「流石は極東の剣術を究めただけのことはある。俺も防御に徹するだけで精一杯だったよ」

 

「そんな中でも反撃してきた奴が何を言うか。だが、久しぶりにやりがいのある刀同士の戦いが出来て楽しかったぞ。そこのエルフだとすぐに終わってしまうからな」

 

 そう言って輝夜が視線を向けている方へ俺も同情するように視線を向ける。そこにいたのは…………

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ…ゲッホ……」

 

 

 大の字の姿で仰向けになっているリューである。彼女の手の側には先程輝夜との模擬戦で使われた木刀が転がっていて、彼女自身の土埃にまみれ、息も上がっている。言わなくても分かるだろう。彼女は俺の前に行われた模擬戦の試合で輝夜にボコボコにされたのだ。

 

 三十分以上も輝夜と戦い、引き分けた俺に対して、リューは僅か三分で敗北。オラリオにカップラーメンというものがあれば、ちょうど完成している時間である。

 

 最初はリューも動きは良かったんだが、輝夜のギアが少しずつ入ったことで剣筋のキレが鋭くなったのに対して、リューは疲労で彼女の俊敏さが失われていったからなぁ。加えて、居合という近接戦に特化した輝夜に対して突撃するのは無理があるだろう。カウンターでリューが輝夜に腹から刀による峰打ちを食らった時は全てを察した。

 

 うん……すごく痛そうだなと。

 

「まったく……剣の腕は以前よりも上がってきたが、体力が話にならんの。いい加減その短期特攻はやめないか、クソ雑魚エルフ。もっと先を見る戦いをせよ」

 

「だ…誰が……クソ雑魚エルフ……ですか!」

 

「おーおー、まだ反抗するだけの元気は残っているか。だが、今日は終わりだ。そろそろアストレア様達が目覚める時間だからな。クソ雑魚エルフはそれまでにその身体に付いた土埃を何とかせい」

 

「くっ……!」

 

 そう言って恨めしそうにリューは土埃を落とすためにお風呂場がある方へと急ぐように向かって行った。

 

「……なかなか厳しいな、輝夜は」

 

 俺は素直な感想を輝夜に述べる。だが、別にそれを悪いと思っているわけではない。あれぐらいの厳しい剣の指導は俺もボーダー本部長の忍田さんで経験しているし、別に意地悪で輝夜もやっているわけではないだろう。

 

「あいつはまだ甘過ぎるんだ。一見落ち着いているように見えてどこかバカみたいな所がある。現にミズヤが来る前に闇派閥の傘下の組織のアジトを襲撃したのだが、あいつはバカみたいに特攻して後半はバテバテで、私や団長がどれだけ肝を冷やしたことか。攻撃魔法が楽に使えるのも、まだ当分先の話になりそうだ」

 

「ん?リューは回復魔法の他にまだ魔法が使えるのか?」

 

 前にリューが少し回復魔法を使えるという話を聞いていたが、他にも魔法が使えるのは初耳だった。

 

「ああ。『ルミノス・ウィンド』……辺り一帯の悪を光で簡単に消し飛ばす奴の切り札と言っても良い魔法だ」

 

 まさかの攻撃魔法。しかも、広範囲に及ぶ魔法ときた。輝夜の話し方から察するに凄まじい威力を持っていそうと思っていたが、輝夜がそれをアストレア様に禁じられている理由も教えてくれた。

 

「簡単な話だ。ルミノス・ウィンドはまだあのエルフには手が余る魔法。ルミノス・ウィンドは詠唱のために集中力が必要だし、精神力(マインド)も大量に使う。あのエルフが一回でもそれを使うと、精神力の使いすぎで倒れてしまう精神疲弊(マインド・ダウン)を引き起こすんだ。だから、いつもあのエルフが使って倒れた後は私やアリーゼが回収していた」

 

 成る程……言葉通り一度きりしか使えない最後の切り札というわけか。それに一度使って倒れるのなら、戦場で使うのはもっての他だろう。それだけで戦線が崩れかねない。リューを回収するアリーゼと輝夜が肝を冷やすわけだ。ファミリアの総意としてアストレア様がリューにその魔法を禁じるのも理解できる。

 

「ただまぁ、魔法に必要な精神力は経験値を貯めれば増やすことはできる。そこはあのエルフの頑張り次第というわけだ。それよりもミズヤ……今日、お主当番じゃないのか?」

 

「当番?…………あっ!?」

 

「やれやれ……忘れていたのか」

 

 輝夜に言われて俺はあることを思い出して急ぐように『星屑の庭』のキッチンへと向かう。

 

 

 やばい……今日は朝の料理当番だったな。

 

 

………………………

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………………

 

 

「ミズヤって本当に何でもできるわよねー」

 

 

 アストレアファミリアの食卓にて、アリーゼが俺を作った朝食を食べながらそんなことを口にする。ちなみに、今日の朝食はバターロールのような小ぶりなパンを主食に、焼いたベーコンとチーズを中に詰めたチーズオムレツ、レタスとトマトの生野菜のサラダという主菜と副菜を加えた誰もが食べやすい朝食だ。

 

「団長……もうミズヤが来て五日目だぜ。いつまでそんなこと言ってるんだよ」

 

「だって、ミズヤが完璧超人過ぎて私の団長の威厳というものが失くなって来ちゃうかもしんないんだよ!ファミリアにとって由々しき事態だよ!」

 

「はぁ……そんなことだろうと思った」

 

 アリーゼの話を聞いたライラを筆頭にアストレアファミリアの団員達は溜め息を吐きながら同じ事を考える。

 

「団長。そんなにミズヤに威厳を奪われるのが嫌なら、団長の座をアストレア様に返すのも有りよ。極東の似たような言葉で『大政奉還』という言葉があってなー」

 

「待って、輝夜!何で私が団長を降りる前提で話が進んでるのかしら!?そこは『アリーゼが団長にふさわしいよ☆』とかフォローが入っても良いところじゃない!?」

 

 ははは……相変わらず騒がしい彼女達だ。もうすっかりこの風景は見慣れたものになってしまった。

 

「それでもスゴいですよ、ミズヤさんは。料理も私よりすごい手際が良いし、美味しいんですから」

 

「ああ、全く!こんな高性能な男なのに貰い手が一切いないって良い意味で可哀想だと思うよ」

 

 そう言ってくれるのは俺と同じく朝食当番だった料理好きの人間(ヒューマン)であるマリューとお洒落が好きなアマゾネスのイスカだ。二人はあの騒がしい彼女達は真逆で、大人しく世話好きで穏健派という言葉が非常に似合う。年はこちらが一歳ほど年上なのだが、俺がまだオラリオの生活に慣れない数日前まではよく助けられたものだ。あ、あとイスカ。貰い手がいないってまだそんな年齢じゃないからな。まだ十七歳だぞ。

 

「そうか?別にそこまですごい事はしてないと思うが?」

 

「そんなことはあらへんよ。男というものは家事全般を全て女に任せようとする。ミズヤみたいな家事も出来る男はなかなかオラリオにはいないぞ。まぁ、どこかのエルフは未だに料理も全く出来ないけどな」

 

「なっ!?輝夜……!貴女って人は!!」

 

 輝夜の言葉でさらに食卓の会話がエスカレートしていく中、それを止めるように玄関の方から何かを鳴らすような音が聞こえ、それを機に話が一斉に止む。

 

「今のは玄関からか?」

 

「ああ。団員はここに全員いるし、来客という事だな。アタシが代わりに見に行ってやるよ」

 

 そう言ってすでに朝食を食べ終わっていたライラが代表して玄関へと向かう。

 

 

『はーい。おはよーございま……がっ!!?』

 

「「「がっ?」」」

 

 玄関から彼女の性格が滲み出た気だるそうな挨拶が聞こえたと思ったら、その直後に銃に撃たれて絶命した鳥のような彼女の声が聞こえた。心配になった俺やアリーゼ達は玄関に向かうと、そこには顔を赤くして気絶している直立不動のライラと三人の来客らしい人物がいた。

 

 真ん中にいる一人は金髪の爽やかそうなイケメンの男児……いや、あれはライラと同じ小人族(パルゥム)か?

 

 そして、その両脇に立つ翡翠色の髪が目立つ妙齢のエルフと髭を生やした戦士という言葉が似合うドワーフ。その外見からはいくつもの修羅場を乗りきってきたという貫禄が滲み出ている。

 

「あっ!フィンさん!おはようございます!」

 

「ああ、おはよう。アリーゼ」

 

 客人らの顔を見るや否やすぐにアリーゼは真ん中にいた金髪の男に挨拶を交わす。この前のシャクティといい、別のファミリアの知り合いだろうか?

 

「あらあら、ロキの所の三人の子供がホームにやってくるなんて珍しいわね」

 

「朝早くから訪れて申し訳ない、女神アストレア。ある人物に用事があってね。今ここにミズヤ聡人はいるかな?」

 

 金髪の男が指名したのはまさかの自分。アリーゼ達と知り合い同士の会話をしに来たのだろうと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 

 

「あ、それ俺です」

 

 

「ああ、君がミズヤ聡人か。初めまして、ロキファミリアの団長をしているフィン・ディムナだ。よろしく」

 

 

 

 



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対談と闇派閥の掃討戦

ごめんなさい……今回は急展開すぎるかも。
いきなり話が進みすぎた感が自分でもすごいです……


 

 

 

「あ……紅茶でよろしかったでしょうか?」

 

「うん、大丈夫だよ。僕らもそこまで長居はしないから」

 

 そう言ってマリューから客人用に淹れた紅茶を頂くと、美味しそうに三人は口をつける。その一連の動作からは冒険者というよりは貴族のようなどこか品の良さを感じさせる。

 

「それでうちらのファミリアのミズヤに何の用ですか?まさか大派閥お得意のスカウトとかではあるまいな?」

 

「とんでもない。別にそんなことをするために君達のファミリアに足を運んだわけじゃない。今日は個人的な興味で彼に会いたかったのと彼の実力を見込んでお願いしに来たんだ」

 

 輝夜の皮肉めいたキツイ言葉にも金髪の男は慣れたように爽やかそうな笑顔で対応する。これがオラリオ内で最強のファミリアの団長のカリスマ性と処世術と言うべきか。

 

「改めて自己紹介をしよう。僕はロキファミリアの団長をしているフィン・ディムナだ。小人族(パルゥム)で、年は君の二倍以上あるが、気軽にフィン……もしくは勇者(ブレイバー)と呼んでくれ」

 

 フィン・ディムナ。

 

 オラリオ最強の大派閥ロキファミリアを率いる団長で、冒険者としての実力はレベル5。年も三十三歳と冒険者としての経験も同じ団長であるアリーゼの倍以上に豊富で、最強のファミリアの団長として相応しい実力と経歴を持っている。

 

 また、彼はとある事情で衰退してしまった小人族の復興のために冒険者になり、自らが小人族の象徴となろうとした経緯から付いた二つ名は勇者(ブレイバー)。世界中で彼を知らない人は絶対にいない、とソファベッドで顔を赤くして横になって倒れているライラが倒れ際に話してくれた。

 

 何でも小人族にとってフィンという存在は誰もが会いたい有名人なものだとか。実際、彼にはファンクラブというものがあり、独身である彼に対してアタックする者が多く、ライラもその内の一人だとアリーゼがこっそり教えてくれた。

 

 まぁ、ライラの雰囲気とアリーゼ達の雰囲気、そしてアタックされる本人の雰囲気でライラのアタックがどういった結果だったのは何となく察せる。……ドンマイ。

 

「私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。私も君のここ数日の噂を街で色々と聞いていて興味があった。フィン同様に私もリヴェリア……もしくは二つ名の方で呼んでくれ」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 フィン同様にロキファミリアの所属でファミリア最強のレベル5の魔術師。ファミリアのみならず、オラリオ内でも最強クラスの魔術師に付けられたその二つ名は九魔姫(ナイン・ヘル)

 

 翡翠色の髪を持つ彼女の種族はオラリオでも珍しいエルフで、しかも彼女はその中でもエルフ達に崇拝されるハイエルフと呼ばれるエルフの王族の出身らしい。年齢も外見に惑わされやすいフィン以上でエルフの長寿という性質から百歳は越えているとか。もちろん……女性に年の話をさせるつもりはないからな。女性にも色々あると思うし……。

 

「ワシはガレスだ。お主のことはフィンから聞いたばかりだが、なかなかの良い男じゃな。今後ともよろしく頼む」

 

 ガレス・ランドロック。

 

 中でも年老いた貫禄がある髭がトレードマークの彼も同じくロキファミリア所属の前衛で、勿論レベル5。付いた二つ名は重傑(エルガルム)と、ドワーフの体格に相応しい二つ名だ。つい一週間前まで自らを鍛えるために一人でダンジョンに潜っていたらしく、帰って来たのも昨日の夜ぐらいだとか。

 

 

 いずれもオラリオで数十人ぐらいしかいない希少な第一級冒険者達。普通の人ではお目にかかるどころか、対談すらも出来ない彼らがわざわざ足を運んでやってきたのだ。俺に用件があるといっていたが、一体何の用だろうか?

 

「君のここ数日の活躍は噂で聞いているよ。たった一人で事件を片付けたアストレアファミリアの新星、入団時ですでにレベル2という有望株。どんな人物かと思って見に来たら……僕たちの予想以上の男だったよ。戦わなくても伝わる噂を裏付ける程の実力と経験……何より同時に伝わってくる君の誰かを守りたいという意志が非常に良い。アストレアファミリアにはピッタリの人物だよ」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

 フィン……いや、フィンさん達に誉められて嬉しいのだが、話の先が一向に見えてこない。まさか、わざわざ会いに来て誉めただけで帰るわけではないだろう。

 

「さて、ここからが本題だ。君の実力を見込んで頼みがある。明後日に行われる闇派閥(イヴィルス)のアジトの掃討戦に君の力を貸してもらいたい」

 

「掃討戦……ですか!?」

 

 実力も俺以上はあるであろう人達から頼まれたのはオラリオを脅かす闇派閥の掃討戦への参加であった。第一級冒険者の三人だけでもアジト一つを潰すのは簡単そうに見えるが、それでも戦力として足りないのだろうか。俺もいきなり朝から飲み屋感覚で明後日に一緒に敵のアジトを潰すぞと言われて動揺を隠しきれない。

 

「ちょっと待て、勇者(ブレイバー)。闇派閥の掃討戦なんて話は聞いていないぞ。いきなりファミリアの面子を貸せだなんて都合が良すぎるんじゃないか?」

 

「そうだよ!フィンさん!いきなり闇派閥を潰すとか、ミズヤを貸してくれとか話についていけないんだけど!」

 

 フィンさんの申し出に対して、俺が答える前に輝夜とアリーゼがその申し出に反論するかのような態度に出る。どうやら、この掃討戦の話は予めアリーゼ達と決められていたような話ではなく、俺と同じように今日はじめて聞かされたようだ。確かにいきなり言われて納得しろと言う方が難しい。参加する側としても詳しい説明が欲しいものだ。

 

「アリーゼ達が言うように突然の話で申し訳ないとは思っているよ。だが、オラリオに長く住み着いていた一つの闇派閥のアジトが見つかったんだ……ミズヤ、君のおかげでね」

 

「俺、ですか?」

 

「ああ、順を追って話すよ。何よりこの掃討戦はアストレアファミリアにも元から参加してもらう予定だったし、アストレアファミリアにとって非常に関係がある話だからね」

 

 

…………………………

 

 

…………………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

「「「え~っ!!星屑の庭の襲撃作戦!!?」」」

 

 

「ああ、その通り。君達アストレアファミリアのホームである星屑の庭を襲撃するという作戦を明後日の夜に闇派閥の一端……モーモスファミリアが実行するという確かな情報を入手したんだ。僕達はそれに便乗して手薄になったモーモスファミリアのアジトを強襲する」

 

 

 フィンさんの話を要約すると、こういう事だ。どうやら、俺が先日捕まえた犯人達にそのモーモスファミリアの幹部が混ざっていたらしく、その男が自身のアジトの場所について吐いたらしい。ただ、その話には続きがあった。

 

 何でも重要な幹部を捕まえられたモーモスファミリアが腹を立てて、アストレアファミリアのホーム襲撃作戦を企てていたのだ。それが明後日の夜……フィンさんが立案した掃討作戦の同時刻であった。

 

「ちなみになんだが、モーモスファミリアってどんな感じのファミリアなんだ?」

 

「う~ん……上級冒険者の数はそこそこだけど、団員は七十人ぐらいと数が自慢の闇派閥かな。私達もよくモーモスファミリアの相手をしていたけど、数による力押しが強くて…」

 

 成る程、アリーゼが言うには質よりも物量で強引に押すタイプのファミリアか。それを経験したアリーゼの話し方から察するに余程苦戦したようだ。総力戦になっても約10対約70による団員の抗争はそれこそフィンさんみたいな人達がいなきゃ盤面は覆しにくいだろう。

 

「ということはつまり、フィンさんが言いたいのはこの掃討戦では敵のアジトを攻める側とアストレアファミリアのホームを防衛する側に別れて掃討するという話ですか」

 

「うん、察しが良くて助かるよ。彼らは団員数が多く、彼ら全員をアジトで一気に押さえようとすれば、制圧に時間がかかり、残党を生み出してしまう可能性が高い。そこで僕達は人数が分断される彼らの作戦にわざと乗っかって制圧しようと思っている。アストレアファミリアに囮役を演じさせるのは僕達もあまり乗り気では無いんだけどね」

 

「全く酷い話やわ……けれど、うちらのファミリアに手を出すなら話は別だ。それで、勇者様はどういった編成でこの掃討戦に臨むのでしょうか?」

 

 確かに輝夜の言う通り参加するのであれば、編成は大事になってくる。だが、おそらく…………

 

「モーモスファミリア襲撃班にはこちら僕、リヴェリア、ガレスの三人。闇派閥関連の作戦にはあまり下の冒険者を関わらせたくなくてね。加えて、そこにアリーゼ達を含めたアストレアファミリアの十一人を総動員する。そしてミズヤには「アストレアファミリアのホームの防衛ですよね、フィンさん」……その通りだ」

 

「待って!フィンさん!ファミリアの防衛をミズヤ一人に任せるのは危険すぎるよ!」

 

 

………………

 

 

…………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

 まさか……先に言われてしまうとはね。頼みにくいお願いだとは分かっていたが、すでに彼自身が理解していたか。

 

「考え直してよ!今回ばかりは一人じゃ駄目だってぇ!ミズヤが前に一人で八人倒した時とは人数も全然違うんだよ!」

 

「別に死のうとしているわけじゃない!しっかり説明するから!だから、泣くな、騒ぐな、揺さぶるな!?」

 

 輝夜達の手を借りて団長のアリーゼを何とか押さえると、揺さぶれてクシャクシャになった服を整えて、目の前の彼は落ち着いた様子で分かりやすく説明する。 

 

「まず、モーモスファミリアはアストレアファミリアと絡みがある以上リューまでのアストレアファミリアの構成員については知っているだろう。あくまで相手の作戦に乗っかろうとしているのに、見知ったアリーゼ達が総出でホーム前で防衛をしていたら、そのモーモスファミリアの襲撃作戦すらも無くなり、分断による掃討作戦も失敗に終わる。恐らく、モーモスファミリアの襲撃作戦は星屑の庭に眷属がいないことがベストなんだ」

 

「ん?どういうこと?」

 

「モーモスファミリアの話を聞く限り、彼らの悪行は殺人というよりは強盗や立て籠りといった自らの犯罪をパフォーマンスのように見せ示すものが多い。奴等にとっては恐らく、無人の星屑の庭を放火とかで襲撃できたならノルマ達成。そこに最悪アストレア様や眷属がオマケで巻き込まれれば、万々歳なんだろう。だからこそ、この防衛戦で俺が要になってくる」

 

 すごいな……まさか、僕の考えと同じ考えに至ったというわけか。戦略の組み方やその説明が明らかに上級冒険者のそれじゃない。戦闘の実力だけでなく、指揮官としても十分な素質を持っている。まさに僕の写し鏡みたいな青年だ。

 

 

 ミズヤ聡人……君に会って正解だったよ。

 

 

「恐らくモーモスファミリアの連中は入団したばかりの俺の存在は知らない筈だ。だからこそ、俺が星屑の庭の前で待っていても、他人だと勘違いした星屑の庭の襲撃班らはノコノコと確実に姿を表す筈…これがフィンさんの作戦でしょ?」

 

「はっはっはっ、まさか全て言われるとはね」

 

 これには僕も笑いしか出てこない。まさか、ノーヒントで年下かつ上級冒険者に作戦内容と意図を全て言い当てられるなんて。まだそんな年じゃないけど、僕の後継者と言われても不思議ではないと思うよ、彼は。

 

「けど、大丈夫かい?アリーゼ達が心配するように今回の掃討戦はあまりにもミズヤへの負担が大きい。最悪、別の作戦を考えることも可能ではあるが…………」

 

「いえ、大丈夫です。この作戦が自分でもベストだと思いますので。自分の役割はしっかり果たしますよ」

 

「…………分かった。作戦はこのままでいこう」

 

 

………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

 アストレアファミリアとの対談を終え、僕達も自分の主神が待つホームへと帰還する。

 

「ガレス、リヴェリア。二人は彼……ミズヤ聡人についてどう思ったかい?」

 

 そう言って僕は隣を歩く同僚達に訊ねた。

 

「ワシは彼を気に入ったぞ。彼女達と同じように将来性が非常に高い青年だと思う」

 

「私もガレスに同意見だ。特にあのフィンの作戦を言い当てた事には驚いた。彼はきっと良い指揮官になるな」

 

 ミズヤと知り合い、二人は彼に良い印象を持った様子だった。勿論、僕もガレス達と同じ気持ちだ。今度は闇派閥関連無しで落ち着いて話がしたいものだよ。

 

「それよりもフィン。帰りにミズヤから何を貰った?やたらと二人で話をしていたが……?」

 

「ああ……これかい?」

 

 リヴェリアに訊ねられ、僕は帰り際に秘密裏に貰った物をリヴェリアとガレスに見せた。この二人なら、この道具についても口外はしないだろう。

 

 

「ミズヤが作った()()()()だそうだ」

 

 

……………………………

 

 

 

 

…………………………………………………

 

 

 

 

…………………………………………………………………

 

 

ー二日後・夜ー

 

 

 アストレアファミリアとロキファミリア三幹部との対談を終えた二日後の夜。フィンが得た情報と読み通りにモーモスファミリアは動き出していた。

 

 漆黒の黒いローブを被って人気が少なくなった街路を疾走する男達。彼らが向かっているのは襲撃地であるアストレアファミリアのホーム『星屑の庭』である。

 

「それにしてもアストレアファミリアのホームには今誰もいないんですか?」

 

「ああ、先にアジトに帰った偵察によればアストレアファミリア総勢1()1()()が外出したのを見たそうだ。最悪、今残っているのは無力な女神様だけだよ」

 

「けれど、噂では新入団員がいるとか…………」

 

「気にしすぎた。そんなのどうせ何処かの流浪者だろう。実際、アストレアファミリアが手を貸さず、一人で倒したらしいじゃねぇか。まぁ、この件が済んだら、仲間の恨みも込めてそいつにも復讐しねぇとな」

 

「ですよね!俺の気にしすぎですよね!」

 

 走りながら一人の団員が部隊の長に訊ね、部隊の長がそれに対して嬉々とした様子で応えると、邪魔な障害が無いと知った部隊の士気はグングンと上昇する。

 

「よし、そろそろ目的地だ。火属性の魔法が使える奴等は準備しろ!奴等のアジトを炭にしてやるんだ!」

 

 

 だが、この時彼らはまだ知らなかった。アストレアファミリアにはその新入団員が近くで待機をしていたことを……

 

 

 

 

 

 

変化炸裂弾(トマホーク)!!』

 

 

 

 

 

 

 

 アストレアファミリアの新入団員の右手に作られた変化弾(バイパー)、そしてもう片手に作られた炸裂弾(メテオラ)が一つに組み合わさった合成弾が襲撃部隊の死角である真横から襲い、追い撃ちと言わんばかりに真上からも雨のように降り注ぐ。

 

 

「ぐうっ!?襲撃だと!?」

 

 

 突然の襲撃による爆発で、部隊長は誰がやったのかと混乱するが、彼の目の前に先程の爆撃を引き起こした張本人が爆煙と共に姿を現した。

 

 

「お、お前は!?」

 

 

「アストレアファミリアの新入団員と言った所かな。ここからは誰一人行かせる気は無いよ」

 

 

 オラリオの住人達が寝静まった夜、水谷一人だけによる防衛戦が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 



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『星屑の庭』防衛戦

まずは先にキャラ設定について重大な訂正に関してお詫びを申し上げたいと思います。
先日、ボーダー所属の時代年表に関して、水谷がボーダーにいる時代に公式設定だとまだボーダーに所属していないキャラクターがボーダーにいるというキャラ設定ガバカバだというご指摘を頂きました。
すいません、普通にガバガバでした。
そこで、誠に勝手ですが、水谷のいなくなった時期を二年前近くから一年前近く、それと共に水谷のオラリオでの年齢を16歳から17歳へと変更させていただきました。
一応、これまで投稿した作品を全てチェックして改訂しましたが、もしまだ直っていなかったという部分があれば、ご連絡ください。
ちなみに、今のところその改訂によるストーリーの大幅変更や不都合は無いと思われます。強いて言うなら、ヒロイン(未定)の年齢差ぐらいかな笑?

というわけで、長くはなりましたが本編をどうぞ!




 アストレアファミリアホーム『星屑の庭』前にてアストレアファミリア12番目の団員である水谷とモーモスファミリアが対峙した所で、水谷の右耳に付けられた通信機に通信音声が流れ、水谷はそれに耳を傾ける。

 

 

『こちら側からも見える爆煙だったけど、其方はどうやら始まったようだね』

 

 

「はい、フィンさん」

 

 

 通信の相手は別動隊のリーダーとしてアジトを襲撃している筈のフィン・ディムナ。爽やかな声の主は続けて水谷と音声通話を続ける。

 

『ミズヤ、其方には何人いるかい?』

 

「先程の攻撃(トマホーク)で10人ぐらいはやりましたが、まだ40人は残っていますね」

 

『成る程……10と40。その計算だと奴等のアジトには20人ぐらいがいるというわけか。まさか、ホームの襲撃にここまで力を入れてくるとは僕も予想外だったよ。まぁ、その分こちらの仕事が楽なんだけど』

 

「笑って楽観視しないでくださいよ、フィンさん。俺の方が逆にその分とてもキツいんですから」

 

 通信を通してフィンが爽やかな笑顔を振り撒いて笑っているのが容易に理解できる水谷。流石の水谷もこちら側と向こう側の戦力差に文句を言いたいぐらいだ。

 

『はっはっは。流石にこれは僕もミズヤに文句を言われても仕方がない。勿論分かっているよ、こちらから人数を割いて増援を送るつもりだ。指名はあるかい?』

 

 そう言ってフィンは水谷に増援を送る旨を伝え、さらにはどういった人選が良いかを訊ねる。

 

「そうですね……自分どちらかというと中衛的なポジションなので、前衛が2,3人欲しいですね。輝夜とライラ……それと、リューをこちらにください」

 

『分かった。彼女達にはすぐにそちらへ向かわせるように指示するよそれにしても…………』

 

「はい?」

 

『君がくれた秘密兵器(これ)は実に使いやすいね』

 

 

………………………………

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………………

 

 

「フィンさん、これを持っていてください」

 

 

 アストレアファミリアホームにフィン達が訪れた日。フィンは水谷と二人っきりになった帰り際のタイミングで水谷からあるものを受け取っていた。

 

「ミズヤ、何だいこれは?」

 

「通信機です。これを片耳に着けて話すことで、俺が持つもう一個を通じて遠距離でも会話ができるようになります」

 

 水谷がフィンに渡したのはボーダー時代に使用していた通信機のスペアだった。けれど元々オラリオには通信機というものは普及しておらず、通信機という初めての物に触れるフィンに水谷は詳しくその使い方を説明する。

 

「驚いた……これがあれば、互いの戦場の情報を遠くでも共有できる。これはミズヤが作った魔道具(マジックアイテム)かい?」

 

「えっ、あー……まぁ、そういった感じです。俺の発展アビリティに【神秘】が顕現してて、それで作った感じですね。あ、フィンさんに渡したそれに関してはなるべく秘密にしてくれると嬉しいです」

 

 流石に水谷も素直にこの通信機は異世界から持って来ましたよとは言えないだろう。そこで水谷は自分の発展アビリティを利用し、何とか話を噛み合わせようと努力するが、フィンにとって通信機の件に加えて水谷が【神秘】というレアアビリティを持っていることの方に驚きを隠せなかった。

 

「君は【神秘】を持っているのか……この通信機の説明を受けた時点で察しはしていたが……今からでもロキファミリアに改宗して欲しいぐらいの人材だよ……うん、もちろんだとも。この通信機の件については秘密にするし、後で君に返すつもりだ。流石にこれが出回れば冒険者業だけでなくオラリオに大きな影響が出る。魔道具っていうのは秘密にしておくぐらいが十分だよ」

 

 そう言ってフィンは受け取った通信機を水谷の目の前で自分のポーチへと大事そうにしまうのだった。

 

 

「それじゃあ、お互いの戦場で頑張ろう。ミズヤ」

 

 

「はい!フィンさん」

 

 

…………………………

 

 

 

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………………………………………………………………

 

 

(さてと……輝夜達のスピードを考えたら、到着は10分ぐらいか。それまでには数を半分にでも減らしておきたいな。ホームには今もアストレア様がいるし……)

 

 そう思いつつ、水谷は後ろの自分のファミリアへと目を向ける。本当なら水谷は主神であるアストレアを何処かへ避難させたかったのだが、アストレアが『私は聡人を信用する。眷属(こども)達が頑張っているのに私だけが逃げるなんて真似出来ないわ』と言ってフィン達の説得も退けたぐらいである。

 

 主神に信用されるのは良いが、少しは自分の身分も考えてもらいたい。これはアリーゼ達がアストレア様に対して過保護になるのも理解できると、水谷は複雑な気持ちになる。

 

 

「くっ……!ひ、怯むな!う、撃てぇ!」

 

 

 そんな水谷の気持ちを他所にモーモスファミリアの連中は襲撃に戸惑いながらも本来の目的を果たすために『星屑の庭』へと攻撃を開始する。

 

 魔導士らによる炎の魔弾、弓兵らによって放たれた火矢などが水谷の後ろにある建造物へと飛んで行くが、水谷がそれを見逃す筈がなかった。

 

「なっ!?こちらの攻撃が……!?」

 

 モーモスファミリアの放った攻撃が全て『星屑の庭』に直撃する前に爆散する。その原因は『星屑の庭』を守るように螺旋状に緑色の軌道を描く無数の変化弾(バイパー)であった。

 

 変化弾を放った主、水谷は改めて両手にトリオンキューブを作り、それはバラけるように分割される。そして、その内の数個は先程『星屑の庭』を守ったように水谷の周りを螺旋状に公転するのだった。

 

「いきなり大将は駄目だな、モーモスファミリア。俺がまとめて片付けてやる」

 

 水谷がそう言うと、螺旋状に回転していた変化弾は時計回りに外側へと範囲を広げるように動き、それによって生まれる円形(しゃてい)はモーモスファミリアの面々に恐怖を与えた。

 

 

「水谷式変化弾(バイパー)……渦潮(ボルテクス)!!」

 

 

 かつてボーダー最強のバイパー使いと呼ばれた男がその力を発揮する…………

 

 

 

 



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【幕間】東隊の追憶①

 

 

「お、三人とも来たな」

 

 

 水谷が別の世界で生きているということを知る由もない東隊隊長であり、彼の上司であった東が一日中付き添うように水谷が眠るとされている墓地で過ごしていると、墓地に彼の死を悼む新たな来客が訪れる。

 

「「すいません、東さん!遅くなりました!」」

 

 息のあった連携をここでも発揮するのはB級内でもタッグプレーに関してはA級3位の風間隊隊長である風間蒼也もかなりの実力だと絶賛する才の持ち主である東隊攻撃手ー小荒井登と奥寺常幸。東隊の中でも最年少の二人で、隊長である東が特に目をかけている後輩達である。

 

「東隊長、遅れてしまってごめんなさい。事務関係の仕事で色々と長引いてしまって……」

 

 そして、その後から二人の弟の面倒を見るように片手にお供え用の花束を持ってくる姉属性が強い少女。東隊オペレーターである人見摩子も水谷が眠るとされている墓地に姿を見せる。ボーダー内での年季は水谷が上だが、水谷とは同い年でよくボーダーの話題に関係無く親しい仲であった。

 

 墓地に全員集結した現東隊。普段からオペレーターとして黒い女性用スーツを着用している人見には関係ない話だが、本来ならば一周忌であるため男達は二宮隊の隊服のような黒服が望ましい。だが、彼らは着慣れた東隊を象徴する紺色のジャージ姿の隊服である。

 

 その理由はすでに一周忌をみんなの学校が無い前の土日に既に終わらせていたというのもあるが、水谷が旧東隊の時代から愛していた紺色のジャージを模した隊服で水谷に会いに行こうという東の粋な計らいによるものが大きかった。

 

 

……………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

「水谷先輩……俺達ようやく(サブ)トリガーを解禁したんすよ」

 

 そう言って小荒井が水谷の墓地の前で先日終了したランク戦の結果、そして自分と小荒井が隊長である東にこれまでの頑張りや実力を認められて、メイントリガーだけで基本攻撃をするという東考案の縛りプレイから解放されたことを目の前の墓石に対して報告をするのだった。

 

「けれど、やっぱり弾トリガーって扱いが難しかったです……水谷先輩が遺した弾トリガーの使い方が載ったノートも見たんですけど、水谷先輩みたいに撃てるようになるのはまだまだ先ですね」

 

 続けて先のランク戦でサブトリガーの解放と共にサブトリガーとして射手型の弾トリガーを使用した奥寺が語りかける。初めての弾トリガーでチームに貢献したものの、自分としてはまだ上手く扱えきれていないと納得していなかった。なぜなら、奥寺は全てのトリガーを幅広く使う万能手(オールラウンダー)でありながら、射手No.2の実力を持つ先輩隊員の姿を仲間として間近で見てきたからである。それは奥寺だけでなく、小荒井も弾トリガーを使用すれば、同じ事を思うだろう。

 

「それにしても……水谷君が亡くなってもう一年が経つのね。未だにそんな実感が湧かないわ」

 

 お供え物として持ってきた花束を彼ら達より前にやってきた隊と同じように墓所に綺麗に飾った人見が悲しそうな声でそう話す。彼女にとって水谷は同じ隊でも特に話しやすい人物だったし、オペレーターの技術がある者同士よく相談もしていた。未だに隊室にあった彼の私物は東隊の隊室に保管されるように丁寧に放置されているし、その分死んだという実感が未だに湧かないのが人見の心からの気持ちだった。事実、水谷はボーダーをよく知る古株だったので、外部へのスカウトや広報、そして遠征など等各部署で引っ張りだこになっていて、フラッと突然行ってはフラッと突然帰って来るというように隊を空けることも少なくはなかった。

 

「ああ……人見の言う通りだ。隊室にいると、いつかお前が帰って来るんじゃないかと思ってしまうよ……今のお前が成長した奥寺、小荒井を見たら何を思うんだろうな。あの頃みたいにお前の意見も聞いてみたいよ」

 

 自分の部下達の話を聞いていた東が訊ねるように水谷の墓石へと話しかける。

 

 その時、東の脳内を一つの喪われた東隊の昔の思い出が駆け巡った。

 

 それは水谷がいた時期の現東隊のランク戦の思い出。ボーダーの誰もが『現東隊の最盛期』と呼んでいた現東隊の初期の頃の懐かしき記録(レコード)であった…………

 

 

…………………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………………

 

 

『始まりました!ランク戦夜の部!実況は風間隊オペレーターの三上、解説には風間隊隊長の風間さんと東隊とは縁がある加古隊の加古さんに来て頂きました!』

 

『よろしく頼む』

 

『ええ、よろしくね。三上ちゃん』

 

 簡単な実況と解説の自己紹介が済んだところで、彼らの話題は此度のランク戦へと早速入ろうとする。

 

『今回、マップの選択権を得た鈴鳴第一が選んだマップは河川敷A!これを踏まえた上で、解説の二人は今回のランク戦がどういった展開になると思われますか?』

 

『注目なのは結成僅かにして快進撃を遂げ続けている鈴鳴第一かしらね。未だ誰もが崩しきれていない攻撃手の村上君がいるし、マップ選択の権利がある。河川敷Aは市街地マップよりも高層マンションが多いし、射程に自信がある銃撃手や狙撃手が有利なマップね』

 

『ああ。諏訪隊の諏訪と堤は銃撃手ではあるが、二人はボーダーでも珍しい散弾銃(ショットガン)型を使う近距離で威力を発揮するタイプだ。実質、攻撃手とは変わらず、そう考えれば村上以外の仲間の来馬や別役といった銃撃手や狙撃手がマップによっては活きてくるだろう。だが、狙撃手に関しては東隊の東隊長……そして、今回からあいつが混ざっているからな』

 

 風間の淡々とした言葉にその人物を良く知っている加古が笑みを浮かべて強く反応する。

 

『そうね……今回からは水谷君がいたわね。村上君とは別の意味で注目すべきなのは間違いなく水谷君よ。村上君を崩せるのも恐らく彼ぐらいだし、逆に他の隊がどのように水谷君を倒すのが見所ね。彼を倒すのは旧東隊からの長い付き合いの私でも難しいぐらいだから』

 

『成る程。さて、試合開始まで残り数分!各々のチームは一体どういった戦い方を見せるのでしょうか!』

 

 

…………………………

 

 

……………………………………………

 

 

…………………………………………………………………

 

 

「さてと…………そろそろ試合が始まるわけだが、小荒井と奥寺はもう大丈夫か?」

 

「「は、はい!だ、大丈夫です!」」

 

「おいおい……緊張し過ぎだ、二人とも」

 

 俺の確認の言葉に小荒井と奥寺が試合前にも関わらず未だに緊張した様子を見せており、俺だけでなく東さんや人見もその光景に思わず苦笑してしまう。

 

「まぁ、二人が元A級の水谷の前で未だに緊張するのも分からなくはない。だが、水谷が旧東隊を解散して以降ボーダーのラボでトリガー開発をしていたにも関わらず、俺の隊への勧誘を引き受けてくれたのは小荒井や奥寺の成長のためだ。水谷が隊にいなかった前回のランク戦まで二人はボロボロだったからな」

 

「「め、面目ないです…………」」

 

 

 

 水谷が来るまでのランク戦の数試合はポイントを得て、勝ちはしたもののそれらは全てベテランの東による点数で、小荒井や奥寺はポイント獲得にあまり貢献することが出来なかった。確かに勝利はしているが、それでは二人が隊員として成長しない。そう考えた東は一人の長い付き合いの後輩に頭を下げて隊への勧誘をしたのだった。

 

 それが当時、旧東隊解散以降は防衛任務には出てはいるものの、自分の才を生かしてトリガー開発にのめり込んでいた水谷聡人だった。東は小荒井や奥寺と同じ攻撃手と同じ目線でアドバイスと指揮管理が取れ、積極的に自らの見解を述べることが得意な人材を探していたのだ。

 

 東の勧誘にもちろん水谷は快諾。お世話になった上司が頭を下げてお願いしにきたのだ。追い返すような真似をする方が逆に難しいぐらいである。

 

 

 

「さて……じゃあ試合前の最後のミーティングだが、小荒井と奥寺は最初に何をすべきか分かるな?」

 

 水谷の問いに奥寺と小荒井ははっきりと答える。

 

「「はい!まず、俺達は合流を優先します!」」

 

「うん、その通り。俺が二人の戦いを見てアドバイスしたように二人の個々とした戦い方では前回のランク戦の二の舞だ。二宮先輩の辻みたいに二人は単騎でも強いタイプじゃない。だが、二人にはその息のあった連携がある。二人がそれを生かして戦えば、A級にも負けない実力になるはずだ。他に質問は?」

 

「村上先輩はどうするんですか?村上先輩を倒すのはかなりキツイと思いますが……」

 

 そう言って奥寺が水谷に訊ねる。

 

「村上に関しては転送場所によるが、俺が倒すつもりだ。奥寺達は他の諏訪隊と鈴鳴第一を狙ってくれ。東さんも奥寺達の援護に回ってください」

 

「大丈夫か、水谷。それだと水谷の負担が……」

 

 東の心配も水谷には分からなくはない。何せ相手は一チームを支えるエース攻撃手。彼のように水谷は攻撃手一つに絞って極限まで極めたタイプじゃない。攻撃手同士の間合いだったら、村上の方が有利だろう。

 

 だが………

 

「大丈夫ですよ、東さん。久しぶりのランク戦で少し自分も暴れたくなりましてね。それに荒船から『そろそろ鋼には痛い目を見て貰わないとな』と言われてるんですよ』

 

「全く……分かった。そこは水谷にまかせよう。だが、もし困ったら、いつでも援護に行くからな」

 

「了解です!」

 

 

 こうして、最後のミーティングを終えると、試合開始前のアナウンスが再度流れて転送のカウントダウンが始まる。

 

 

 これが水谷を加えた新東隊の最初の戦いであった……

 

 




次回はこの回想の続きを出そうか、前回の本編の続きを出そうか悩みどころです……笑。


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【幕間】東隊の追憶②

前回の続きです!


 

 

「ここは……成る程、俺は西岸に転送されたか」

 

 

 青い光と共に見慣れた東隊の隊室から何処にでもありそうな住宅街へと転送された水谷。辺りを見渡すと、周りには真新しい家屋が広がっていて、遠目からは『河川敷A』というマップの特徴の一つである西岸と東岸を結ぶ一本の橋が目に入る。『河川敷A』というマップに慣れている水谷はマップを確認せずとも、自身が東側にいるか西側にいるかを視界だけの情報で理解することができた。

 

 

(天気は晴れ……やはりボーダーに入隊したばかりの隊員で構成された今の鈴鳴第一には天気の選択までは難しいか。天気の選択は自分の隊の首を絞めかねないからな……)

 

 ランク戦のマップ選択には地形だけでなく、天気や昼・夜の時間帯の選択も可能である。

 

 曇り・雨・曇が一切無い快晴・雪・霧・暴風雨……など幅広く天気を変えることが可能だが、その選択が良い結果に転ぶ時もあれば、時には雨によって自隊の射線が上手く通らないといった悪い結果に転ぶ場合もある。それだけ天気の選択は試合を左右するほど重要なのだ。

 

 何も操作がなければ、此度のランク戦みたく自動的に天気は晴れとなる。マップや隊員にほぼ影響が無い晴れとなった以上、此度のランク戦では転送されたマップでの立ち回り、チームワーク、そして個々の隊員の実力というものが鮮明に試合に表れてくるだろう。

 

「摩子さん。西岸と東岸の隊員の配置を教えて」

 

 右耳に着けた通信機を通して俺はオペレーターの人見に自分以外のメンバーの位置を訊ねる。

 

『水谷君と東隊長が西岸で、奥寺君とコアラが東岸に転送されたわ。同時に西岸で東さんを含む二人、東岸では三人が合流する素振りを見せてそれ以降はバッグワームを使用してレーダー上から姿を消してるわね』

 

「東さん以外にバッグワームを使う隊員が四人か。まず、西側の一人は鈴鳴第一の狙撃手の太一だろう。だったら、東側のもう三人は恐らく全員諏訪隊だ。諏訪隊は奇襲が得意なチームだからな」

 

『じゃあ、水谷先輩。奥寺と合流したら、東岸側の隊員達を倒しても良いっすか?』

 

 俺と摩子の通信に話を聞いていた東岸に転送された小荒井が参入し、俺に訊ねる。

 

「うーん……少しは様子見だな。諏訪隊も過去のランク戦からしてチームの合流を真っ先に優先している。もし接敵すれば、諏訪隊はフルメンバーの可能性が高い。東岸側には諏訪隊だけでなく、鈴鳴第一の誰かが一人いる筈だ。そいつを狙うのもありだし、そいつを諏訪隊と引き合わせて漁夫の利を狙うのもありだというのが自分の意見だ」

 

 もし東岸にいる鈴鳴第一が村上だったら、東さんの援護無しでは小荒井達が負けてしまうが、来馬さんだったら二人で点数を取れる筈だ。何せ援護が厄介な鈴鳴第一の狙撃手は俺がいる西岸にいるんのだから、向こうは村上がいない限り来馬さんは孤立無援の状態だろう。

 

『水谷先輩と東さんはどうするんですか?』

 

 奥寺が通信内で確認するように訊ねると、それに対してうちの隊の隊長である東さんが答える。

 

『ひと先ずは水谷と二人で西岸側にいる他の隊の連中を片付けてから奥寺達がいる東岸側に移動するつもりだが、水谷はどうしたい?』

 

「…………俺の援護は大丈夫なんで、東さんは先に橋の方へ向かって下さい。すぐに追い付きますから……」

 

 そう言い残して俺は自分の前の街角からヌルリと姿を現すシルエットに目を向ける。

 

 現れたのは緑色のジャージ姿の男。右手には攻撃手用トリガーの弧月、左手には機動隊の盾のように上下に細長い黄色いシールドで作られた攻撃手トリガーのレイガストが握られていた。誰かを守る騎士のような攻守を兼ね備えたトリガーの組み合わせをする攻撃手はボーダーでも俺が知る限り彼一人しかいない。

 

 

「こちら村上……水谷と接敵しました。太一、俺が削るまで狙撃は絶対にするなよ」

 

 緑色のジャージの男は耳に付けられた通信機で仲間に俺と接触したことを伝える。

 

「水谷、お前とは個人戦以来だったな。ランク戦でお前と戦えるとは思っていなかったよ」

 

「俺も久しぶりのランク戦の初めての相手が村上だとは……生憎うちの後輩が向こうで待っているんだ。お前を速攻で倒して早めに行かせてもらう」

 

 

…………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………………

 

 

『さぁ!マップにランダムで隊員の転送が終了しました!マップ配置を見てみましょう!』

 

 実況席に座る三上が観覧席のモニターを操作すると、モニターに今回のマップと隊員達が何処に転送されたかが分かりやすく映される。

 

『東岸側にいるのは諏訪隊の三人、鈴鳴第一の来馬隊長、東隊の奥寺隊員と小荒井隊員。一方、西岸側には東隊の東隊長と水谷隊員、鈴鳴第一の村上隊員と別役隊員が転送された模様!解説の二人はこの配置についてどう思われますか?』

 

『一番良いのは諏訪隊かしら。一番狙われやすい橋を渡らずに東岸で全員が合流できるもの』

 

『ああ。その次に東隊、鈴鳴第一といったところか。来馬一人の実力であの東岸を生き残るのは難しい。早く西岸にいる仲間が駆けつけないと真っ先にやられるのは孤立無援の来馬だろう』

 

『成る程……鈴鳴第一はマップ選択権を得ましたが、確かに今回は運悪く転送位置により自分の首を絞めたような苦しい状況ですね。おっと!ここで接敵!接敵したのは………』

 

 再び三上がモニターを操作すると、今度はモニターに住宅街で向かい合っている水谷と村上が映しだされる。

 

 

『ぶつかったのは鈴鳴第一のエース攻撃手である村上隊員!そして元A級部隊にも所属し、万能手でありながら射手No.2の実力という異色の経歴を持つ水谷隊員です!』

 

『あら、いきなり面白い展開ね』

 

 そう言って加古が面白そうに口元に笑みを浮かべる。その顔はまるで物事に興味津々な子供のそれであった。

 

『加古さんと風間さんはこの二人の戦いどちらが勝つと予想されていますか?』

 

『水谷君には悪いけど、今の段階では村上君ね。鈴鳴第一には水谷君を仕留めるために狙撃手が待機してるけど、東隊の東さんは橋側に移動しているわ。恐らく、対岸にいる奥寺君達の援護に回ったのだと思うけど、これだと水谷君に援護が望めない。……()()段階ではね』

 

『えっ?』

 

 含みがある加古の言い方に三上が首を傾げて訊ね、それに自隊の隊長である風間が答える。

 

『確かに加古の言う通り水谷は援護が望めず、普通に考えれば水谷が劣勢だと思うが、水谷にはその盤面を覆す実力がある。鍵を握るのは万能手である水谷のトリガー構成。水谷は俺や加古と違って毎回トリガー構成を変えるからな』

 

『成る程……水谷隊員のトリガー構成に注目ですね。おっと!ここで村上隊員と水谷隊員が交戦!鍵を握ると言われている水谷隊員のトリガー構成は……!?』

 

『あら、水谷君が()()を使わないなんて珍しいわね』

 

()()()()()()()()()()か……』

 

 

………………………

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

………………………………………………………………

 

 

「ぐっ……!」

 

 右手に握られた片手剣ー攻撃手用トリガーのスコーピオンで村上を強襲するが、相手の村上は防御に特化したレイガストを所持している。なかなか上手く決定打にならない。

 

「珍しいな……水谷がスコーピオンを使うなんて。てっきり、俺は使い慣れた弧月を使うと思っていたんだが」

 

 戦闘中にも関わらず、村上はレイガストの盾で俺の攻撃を余裕そうにガードしながら俺に話しかける。

 

「当たり前だろっ!村上にはサイドエフェクトがある!同じ戦い方で挑む馬鹿なんてゴリ押しの太刀川さんぐらいしかいないって!」

 

 村上には『強化睡眠記憶』という恐ろしいサイドエフェクトを所持している。これは人間の誰もが持つ睡眠時の記憶の整理・定着の能力が異常に強化されたもので、学習の効率が常人よりはるかに高いというものだ。 私生活においては勉学や身体操作の学習能力の高さ、戦闘面においては技の短期習得や特定の敵・技への対応など利便性が高い。

 

 一度、村上とは荒船に紹介された関係で個人戦をしたことがあった。その時は俺が弧月でギリギリ勝ち越したが、次同じコンディションで勝てるかと言われたら、勝てない方が可能性としつ高い。何故なら、村上が俺が弧月を使って戦った経験をサイドエフェクトの力ですでに100%自分の力にしてるからだ。あまり使わないスコーピオンを今回選んだのもそれが理由だ。

 

「ちっ…………」

 

 村上の弧月による一撃が俺の腹を掠め、切れた部分から緑色のトリオンが泡のようにシュワシュワと漏出していく。

 

 スコーピオンは軽量化と(ブレード)の形を自由に変えられ、身体のどの部分から出せるというメリットがある。だが、(ブレード)は耐久力が弱く、耐久性が良い弧月とぶつかり合えば先に砕けるのはスコーピオンである。

 

「スラスター!」

 

 ここで村上はレイガスト専用オプショントリガー『スラスター』を発動。トリオンを推進力に変え、レイガストという大きな盾を利用した重い突撃攻撃(チャージアタック)が腹をやられた俺に襲いかかってくる。

 

 だが、そう簡単にやられるわけにはいかない。俺は空いていた左手をこの場で初めて解禁する。

 

「パイパー!」

 

「っ!?」

 

 左手から放たれる変化弾(パイパー)を見た村上は即座にスラスターの推進方向を変える。

 

 それもそのはず。放たれたパイパーが俺を守るように周囲を螺旋状に回っていたからだ。このまま俺に突撃すれば、俺を円の中心に見立て守る螺旋状に回転するバイパーに横から襲われる。喰らえば、緊急離脱(ベイルアウト)をする程ではないが、身体からトリオンが漏れ出すのは避けられないだろう。

 

「水谷式変化弾(パイパー)……渦潮(ボルテクス)か。厄介だな」

 

「ボロ負けしても恨むなよ、村上」

 

 

………………………………

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

『おっと!水谷隊員!お得意のバイパーを利用して村上隊員の攻撃を回避!バイパー使い最強の技が光ります!』

 

渦潮(ボルテクス)パイパーだな。あれは接近戦を得意とする攻撃手だったら、初見は避けられないだろう。村上もスラスターが無かったら、やられていたな』

 

『風間さん、渦潮(ボルテクス)パイパーとは?』

 

 そう言って三上が風間に訊ねる。

 

渦潮(ボルテクス)パイパーは水谷が生み出したオリジナルの変化弾(パイパー)だ。水谷は多彩なトリガーを使う代わりにシールドやエスクードをあまりセットしない。それは水谷がほとんどの攻撃をパイパーで迎撃、最悪自分のサイドエフェクトである【強化視覚支援】による強化された動体視力で回避できるからだ。あのバイパーは迎撃用の物だな』

 

『成る程……要は水谷隊員にとってシールドのような相手からの攻撃を守るものなんですね』

 

『そうね。シールドというよりは結界に近いかしら。あのバイパーは自分を円の中心と仮定して、バイパーを自分の周りに螺旋状に弾道を引いているのよ。今は自分の周りにしか弾道を引いていないけど、その気になれば射程を延ばして建物一つを囲うことも容易ね。全く……何処にあんな発想力があるのかしら』

 

 射手である加古が水谷のオリジナルバイパーの解説をするが、何処か羨ましいそうな表情を見せる。同じ射手としてあれ程弾を自由自在に操る実力と発想力があればその才を羨み、欲するのは当然だろう。

 

『加えて水谷はボーダー内でもリアルタイムに弾道を引くことが出来る。それがあの自由な発想のバイパーを可能にしているんだ。射手の中でバイパーを使わせれば、水谷は誰にも負けないだろう。水谷式のバイパーに村上が何処まで対応できるかがこの戦いの肝だな』

 

 

………………………………

 

 

 

……………………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………………………

 

 

「どうした、村上!攻めてこいよ!」

 

 

「くっ……弾道が複雑……すぎる!」

 

 

 立場は一転。今度は水谷が村上を攻める展開となっていた。水谷が追いかけるように放つバイパーをレイガストと弧月で防ぐが、水谷のバイパーの軌道を利用した全方位攻撃に村上は後退せざるを得ない状態だった。

 

 さらに…………

 

「ちっ……こいつはもぐら爪(モールクロー)!?」

 

 足から地面や厚い壁に刃を潜行させて離れた敵の死角をつくスコーピオンの応用技であるモールクローが村上の真下から襲いかかる。全方位からのバイパー、死角である真下からのスコーピオンと余裕の無い組み合わせに負け無しのエース攻撃手と呼ばれていた村上が苦戦を強いられていた。

 

 この展開は村上の実力を知る者、彼による敗北を知る者なら誰もが驚くだろう。何せあの村上がタイマン勝負で押されているのだ。村上を複数人で倒すのもやっとなのに、一人で水谷は渡り合うどころか彼を押している。

 

 だが、水谷の独壇場はまだ終わらない。

 

(あれは……グラスホッパー!)

 

 水谷の右手に現れたのは青い光を放つ球体。それは機動戦用オプショントリガー『グラスホッパー』。空中や地面に足場を作ることが出来るジャンプ台トリガーである。

 

 水谷はそれを発動させると、青い球体は四角い形となり、村上の周囲を塞ぐように複数出現する。

 

(しかも……こいつは乱反射(ピンボール)か!)

 

 水谷が仕掛けたのはグラスホッパーの応用戦術である『乱反射(ピンボール)』。周囲にグラスホッパーを多数配置し、三次元的に高速で移動して惑わす技で、最近B級になったばかりにも関わらず、優秀な腕を持っているとスカウトされてA級にスピード出世を果たした中学生の緑川が考案したものである。

 

 村上の読み通り水谷はグラスホッパを多数展開すると、その一つに乗って村上の周りを縦横無尽に駆け回る。けれども、元々機動戦はあまり長けていない水谷にとってオリジナルの緑川のような素早さを出すことは叶わなかった。

 

(動きが緑川と比べると遅い……なら、水谷が攻撃を仕掛けて接近した際に反撃(カウンター)をするまでだ)

 

 縦横無尽に駆け回るが、攻撃を与えるためには村上に接近する必要がある。そう考えた村上は弧月を握り締め、水谷が最も近付いた所を狙おうとする。

 

 だが、この時村上は重大な推測ミスをしていた。オリジナルの緑川は攻撃手であるためスコーピオンを使用するが、水谷がそのまま緑川の模倣をするだろうか?なぜ、水谷はグラスホッパーというオプショントリガーを(メイン)トリガーである()()にセットしたのだろうか?

 

 それは水谷の左手にある変化弾(パイパー)が全てを語っていた。

 

「なっ、なに……!?」

 

 ピンボールで素早く駆け回る水谷は村上に接近すること無く、変化弾(パイパー)を次々と射出していく。

 

 射出されたバイパーは縦横無尽に全方位から村上を襲うが、その主がグラスホッパーで縦横無尽に駆け回っているため、縦横無尽×縦横無尽というその軌道すらも正確に把握するのは困難な普段よりもさらに複雑な弾へと昇華する。

 

「水谷式変化弾(パイパー)……迷宮(ラビリンス)!」

 

 変化弾(パイパー)とグラスホッパー。誰もが思い付かない異色の組み合わせが炸裂し、複雑さが増した弾は村上の両肩とお腹を貫き、緑色のトリオンを漏出させる。

 

「がはっ……まだだ!スラスター!」

 

 バイパーを食らって吹き飛ばされたことで、弾の迷宮から皮肉にも脱出することに成功した村上。だが、このままやられっぱなしではいかない。その強い思いを秘めた村上は弧月とレイガストを再度握り締めて水谷にすさまじい勢いで突撃する。

 

 だが、水谷はその攻撃に対して動揺する素振りも見せない。むしろ、その攻撃は想定の範囲内だと言わんばかりに余裕そうな笑みをこぼすだけだった。

 

 

「すまんな、村上。チェックメイトだ」

 

 

「なっ……にっ!?これは…………」

 

 

 突如、地面から現れたパイパーが天へと昇るように垂直に射出され、村上の頭部を首から貫き、脳を貫通する。

 

(地面……まさか、さっきのスコーピオンによるモールクローで出来た穴か!?スコーピオンを何度も地面から仕掛けてきたのは弾の軌道を確保するためか!)

 

「流石元A級……桁違いの実力だな」

 

『戦闘体活動限界!緊急離脱(ベイルアウト)!』

 

 水谷という元A級隊員の実力を体感し、賛辞を言い残した村上の身体はトリオン伝達脳を貫かれた事で、緑色の光と共に爆発し、空中へと飛んでいくのだった。

 

 

………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

『試合開始早々最初の緊急離脱(ベイルアウト)!やられたのは鈴鳴第一のエース攻撃手村上隊員!』

 

 ボーダー内でもトップクラスの攻撃手の実力を持つ村上がランク戦初めての脱落で観戦席が一斉にざわつく。ざわつく理由として村上という実力者が脱落したのもあるが、それよりも一番目に脱落したこと、一対一で敗北したことの方が大きいだろう。

 

『これは予想外の展開となりました!解説の二人はこの戦いの結果と勝敗をどうお考えでしょうか?』

 

『元同じ隊の私からすれば、水谷君に対しては流石の一言に尽きるわ。で、勝敗についてはやはり今回の戦いも水谷君のトリガー構成が鍵を握っていたわね。あのグラスホッパーとバイパーの組み合わせを喰らってから村上君の勝敗が決まったと言っても過言じゃないかしら。私もあれは初見だと厳しいわね』

 

『確かにあの攻撃は村上隊員を上手く崩しましたよね。あれは水谷隊員以外でも出来るものでしょうか?』

 

『あんなの射手の私や二宮君にも出来ないわね。グラスホッパーをしながらあんなに縦横無尽に弾を飛ばせば、自分にも被弾しかねないわ。あれは水谷君の【強化視覚支援】による強化された動体視力と瞬時に弾が当たらないように自分の理想の弾道を引くことが出来る水谷君にしか出来ない芸当よ』

 

 水谷が生み出した変化弾……迷宮(ラビリンス)は加古の言う通りそう簡単な物ではない。何故なら、その発動時に弾に複雑さを加えるために従来の弾道形成とグラスホッパーの飛ぶ軌道を瞬時に決めなければならないからだ。加えてあの複雑な弾を自分に当てないようにする。これだけの条件をクリアできるのはサイドエフェクトを持ち、分析や予測を得意とする水谷ただ一人だろう。

 

『確かにそれは凄いですね…………風間さんはどうですか?』

 

『確かに加古の言うようにあの水谷式変化弾(パイパー)が今回の勝敗を分けたが、俺からすれば水谷のスコーピオンの扱いも勝敗を分けたんじゃないかと考えている。グラスホッパーを見せることでスコーピオンを使うぞという(ブラフ)、村上を仕留めた弾道の確保……最初は何故あまり使わないスコーピオンを水谷が使うのかと疑問に思っていたが、今回の立役者は間違いなくスコーピオンだろうな』

 

 A級の中でもスコーピオンの扱いに関してはトップクラスの風間が水谷のスコーピオンの扱いについて素晴らしいと大絶賛する。自分が使い慣れた武器で水谷が鮮やかに勝利したことが同じ古株同士自分のことのように嬉しいのだろう。

 

『ちなみに、風間さん。村上隊員を仕留めた最後の一撃についてあれはどういった仕組みで……?』

 

『あれはスコーピオンによる【もぐら爪(モールクロー)】で作った地面の穴に時間差で射手が得意な置弾を設置したトラップだな。もぐら爪(モールクロー)は元々奇襲の為に使用するから何度も使用するのはあまり効果的じゃないんだが、最後の一撃を見てあのスコーピオンは地面に穴を掘っていたからだと確信することが出来た。後はバレないようにバイパーを置弾として穴に潜りこませ、好きな時に時間差で発射するだけだ』

 

『成る程……!流石は元A級!開始早々波乱の展開になりましたが、まだ試合は序盤!他の隊員達の動向、そして村上隊員を仕留めた水谷隊員の次の標的に注目です!』

 

 

………………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

「さてと……次は撃たなかった狙撃手を狩りに行くか』

 

 

【水谷 聡人:1PT獲得】

 

 

【メイントリガー】

 

:スコーピオン

 

:グラスホッパー

 

:バイパー

 

:???

 

 

【サブトリガー】

 

:バイパー

 

:???

 

:???

 

:???

 

 

 




本編に出てきたアストレアファミリアのホームを守った水谷の弾の詳しい正体が明らかになりましたね。
次回は久しぶりに本編を書こうと思います!
このままだと、原作がダンまちからワールドトリガーに変わりかねませんから笑。


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乱戦と増援

 

『があぁぁぁっ!?』

 

 

ーーーーどうなっている?

 

 アストレアファミリアのホームには誰もいないと報告を受けていた筈だ。なのに、この状況は一体なんだ?

 

 今回の作戦のために50人近いファミリアの過半数の団員を連れてきたのに、この無様な有り様は……一体?

 

 アストレアファミリアホームを倒壊させるどころか傷の一つも付けられず、むしろその50人近い団員らが藁のように吹き飛ばされ、すでに何十人が負傷させられている。

 

 

 自称アストレアファミリア所属だと言う()()の少年に。

 

 

 作戦の部隊にはレベル1の雑魚もいるが、レベル2のモーモスファミリア内でも精鋭クラスも連れてきている。だが、あの少年はそんな精鋭らに臆すること無く、彼の魔法で生み出したと思われる魔弾で次から次へと戦闘不能にしていった。

 

 あの戦い慣れた動きやレベル2を難なく倒す所を見て、恐らくあの少年はレベル2以上だと推測できる。 

 

 そう言えば……ここにいる道中で部下からアストレアファミリアの新入団員の噂について聞いたな。アストレアファミリアに協力した見慣れない男の流浪者が俺達の仲間を一人で倒したと。長年恨みが溜まっていたアストレアファミリアへの襲撃が終わったら、今回の発端であるその男もぶちのめそうと思っていたが、まさかその男が……こいつなのか?

 

 本当なら一石二鳥だとほくそ笑みたい所だが、生憎とガチでそんな余裕が無い。もうすでに戦力の半分があの生意気な少年によって倒されている。

 

 クソっ!こんな無様な負け戦を晒すぐらいだったら……待てよ、ホームをこの生意気な少年一人が余裕で守っているなら、他のアストレアファミリアの団員は何処に向かったんだ?必要無い情報だと思って偵察からは何処に行ったのか聞き忘れていたが……まさかな?

 

 

………………………

 

 

 

……………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

「バイパー!!」

 

 

「「ぐはあっ!!?」」

 

 

 水谷の左手から放たれる複雑な弾道による全方位攻撃がモーモスファミリアの下っ端達を容赦無く襲う。強烈な一撃を喰らったことで、体力や精神力に自信のある団員以外はその場で倒れて意識を失うが、鉛弾や火薬と違って生身への大きな怪我が無いため気絶した奴等はどれほど幸福だろうか。もしここに他のアストレアファミリアの乙女達がいたら、彼女達が持つ金属製の武器で下手をすれば大怪我をしていたに違いない。特に加減を知らないリューはやりかねないだろう。

 

「この!生意気なガキめ!」

 

「くたばりなぁ!」

 

 巨漢に似合った大剣を振り回すように躍起になった男二人が水谷を後ろから襲う。

 

 それに気付いた水谷は左腰に付けられた鞘から右手で弧月を引き抜こうとするが、迫り来る何かに気付いた水谷はその手を止める。水谷の手を止めるその表情には動揺や焦りというものは一切無く、まるで誰かを信頼したような余裕を見せる笑みが浮かび上がっていた。

 

 

「居合いの太刀・二刹!」

 

 

「やあぁぁっ!!!」

 

 

 男二人が大剣を大きく振りかぶるその瞬間、彼らの懐に潜るように現れたのはフィンが増援として寄越してくれた輝夜とリューであった。輝夜は極東剣術の太刀による刹那を思わせる素早い二連撃をお見舞いし、リューは風を起こすような素早いスピードによる剣撃を男達にかます。それらを喰らって男達が流れるように倒れたのは言うまでもないだろう。

 

「すまんな、ミズヤ。遅れたか?」

 

「いいや、全然。ナイスタイミングだ」

 

 刀を鞘におさめた輝夜の言葉に水谷は笑顔で答える。そこへ最後の増援であるライラが駆けつけるのだった。

 

「おいおい……うちの勇者サマに言われて増援に来てみれば、半分も敵戦力が残ってねぇじゃないか。圧倒的数差だからと全速力で急いで来てみれば、残りもミズヤで片付けられるんじゃないか?」

 

「いやいや、俺も限界があるからな。ほら、一応無傷で全員の相手をしていたわけじゃないし」

 

 そう言って残りの残党も片付けさせようとするライラに水谷は自分の有り様を見せる。その姿は所々傷が付いていて、緑色のトリオンが漏れていた。傷が浅くトリオン漏れが少ないのを見ると、乱戦で敵の剣といった武器が軽くかすったのだと思われる。

 

「ミズヤ、本当に大丈夫なのですか?傷口から光が漏れていますし、腹の傷など抉れていますよ」

 

「心配するな、リュー。別にこれは戦闘体だからな。致命傷を負えば、普段の生活と同じ生身の姿になるだけだし、戦闘体で付いた傷は生身に殆ど影響しない」

 

 

 

 実はこの世界でのトリオン体……つまり戦闘体が破壊された際の検証は既に水谷がここ数日間で終えていた。

 

 結果としてまず、破壊された際は緊急離脱(ベイルアウト)が使えない。そりゃ、ボーダー本部が無いのだから当然である。どうやら、戦闘体が破壊されるとその場で換装が解けて生身の姿に戻ってしまうらしい。確か遠征先でも緊急離脱が出来るようにと携帯設置タイプのポータル……分かりやすく言えば、持ち運びセーブポイントを作る話がボーダーの開発部でもあったが、今の段階だと難しいとお蔵入りになったはず。エンジニアとしての水谷が長い年月をかけてでも作ろうとした目標でもあった。

 

 後はこの世界では魔法だけでなく、剣による物理攻撃も戦闘体に効果があること。元々トリオン体である戦闘体には銃やナイフといったトリオン以外で作られた武器に関しては殆ど攻撃を戦闘体に与えられない仕様になっていた。だが、この世界では運悪くそれが実装されていない。

 

 実際に輝夜が刀で水谷の身体を試しに斬り倒した所、見事に真っ二つからの戦闘体活動限界。水谷はこれを戦闘体を作るトリオンがこの世界では魔法を撃つ際に必要な精神力(マインド)に成り代わったバグのような物ではないかと考えている。簡単に言えば、機械類の更新に一部失敗したようなものだ。

 

 だが、それ以外は元の世界と変わりはない。もし、戦闘体で受けた傷や痛みが生身でも適用されていたらと思うとヒヤヒヤしていた水谷だったが、その心配も杞憂だった。最悪それだったら、すでに輝夜に試し斬りされた時点で水谷はあの世行きである。

 

 

「おやおや?つい先日まではミズヤに対してツンツンとしてたエルフが今日は優しいんだな?これが神様達が言う所謂『ツンデレ』というやつじゃないのか?」

 

「だ、誰がツンデレですか!からかわないでください、ライラ!確かに最初はライラの言うようにミズヤに思う所がありましたが、今はもう違いますから!私はミズヤを()()として心配しただけです!」

 

 ニヤニヤとした表情でライラがリューをからかい、顔を真っ赤にして必死そうにリューが弁明する。だが、リューが言ったその言葉を誰もが聞き逃さなかった。

 

 あれほど水谷に対して打ち解け難い態度をとっていたリューが水谷を仲間だと呼び、心配したのだ。もし、この場にアリーゼがいたら『リオン!成長したわね!』と戦場にも関わらず騒ぐに違いない。

 

 まぁ、そういったネタになりそうな話を好むライラと輝夜に聞かれた以上、それがアリーゼや他の団員に伝わるのは時間の問題であろうが。

 

「さて……長話はここまでのようだな」

 

 話を区切るように水谷は彼の仲間達に語りかける。見てみると、残りの20人近い残党が話をしていた水谷達の周りを迫るように囲っている。

 

 それを見たアストレアファミリアの4人は互いに背中を預けるようにして東西南北の敵を網羅するように布陣を展開し、各々の得物を手に握る。

 

 

 さぁ、防衛戦ならぬ……残党狩りの時間である。

 

 



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防衛戦の終結

 

 

 

 輝夜達アストレアファミリアの増援が参戦した事で、防衛戦は第二ラウンドに突入。いや、防衛戦というよりは残党狩り……最悪、蹂躙に捉えられてもおかしくはないだろう。

 

 何せモーモスファミリア側は水谷一人でも圧倒されていたのだ。そこに援軍が来れば、流石のモーモスファミリアも泣きっ面に蜂。まさに悪夢を見ているかのような光景でファミリアの団員らも少数の水谷達を囲ったはいいが、やけくそのような心理状態だった。

 

 

………………………

 

 

………………………………………………

 

 

「おらぁっ!こいつでも喰らいなぁ!」

 

『ぐあぁぁぁっ!!?』

 

 ライラが懐からお手製の爆弾を取り出して、蝶のように小柄な体型を生かして素早く辺りへと振り撒く。

 

 散った爆弾らが地面にカタっと音を立てて転がると、爆弾は手榴弾のように爆発をモーモスファミリアの団員達にもたらす。その爆発は地面を抉り、地形に影響を与える程の威力を持っていた。まったく容赦がない一撃だ。

 

変化炸裂弾(トマホーク)!」

 

『なあぁぁぁっ!!?』

 

 とまぁ、俺も例外じゃない。

 

 右手と左手を総動員して生成する射手の大技である『合成弾』がライラの攻撃のカバーに入る。俺が普段から使うバイパーに威力が高いメテオラを付与したことで、ライラの爆弾に負けず劣らずの一撃をもたらしていた。

 

 奴等はアストレアファミリアのホームを襲撃するために火矢や火薬といった物を持ってきていた。そっちは爆撃がありで、こっちは無しといった言い分は言わせない。

 

「ナイスだ!……ミズヤ!前方っ!」

 

 そう言ってライラは俺のカバーに感謝の言葉を送るが、一転してすぐに警句を送る。それはライラが言うように俺の前方から素早い動きでナイフを持った盗賊風の男達三人が襲いかかってきていたからだ。

 

「っ!!………………………」

 

 だが、生憎と合成弾を撃ってしまったばかりだ。再度合成弾を撃つには時間が必要だし、この距離で弾を撃てば俺にも被弾しかねない。

 

 だから………………

 

 俺は前方からの攻撃を避けるのではなく、俺の後ろから襲ってきた攻撃……仲間の金髪()()()の援護攻撃を避けて、その攻撃を前方から襲ってきた三人に当てる。

 

「ナイス、リュー」

 

「ミズヤもよく私の援護に気付きましたね」

 

 駆け付けたリューに助けられた形で彼女にお礼を言うと、彼女も入団したばかりの先日から想像ができない賛辞の言葉を言い返される。

 

 元々、こういったチームワークによる連携は旧東隊の時代からたくさん練習していた。味方がどんな状況にいるか、味方が何をしようとしているかの把握は朝飯前だ。

 

「いくぞ、リュー」

 

「ええ、ミズヤ」

 

 互いに背を預けてそれぞれの腰に着けられた得物を右手に握りしめ、俺とリューは残り僅かの敵に向かっていく。

 

「やぁっ!!はぁっ!!」

 

 リューが持ち前の素早さに風の魔力を纏わせることで嵐のような縦横無尽の連撃を浴びせる。対して俺は……

 

「グラスホッパー!!」

 

 機動戦用オプショントリガー『グラスホッパー』を展開。敵集団を囲うように複数顕現させ、俺はそれに流れるように乗って縦横無尽に弧月で斬りつける。

 

「旋空弧月!!!」

 

 そして、最後のグラスホッパーで俺は高く飛び上がり、敵集団の上空から弧月による遠距離斬撃を敵集団に向けて吹き飛ばすように振るう。

 

『ぎゃあぁぁぁぁ!!!』

 

 俺とリューのコンビネーションから逃れられた者はおらず、全員がリューに斬りつけられるか、俺の旋空弧月で無双系ゲームみたいに吹き飛ばされて意識を失っている。

 

「ふぅ、終わったか……」

 

「こっちも終わったぜー」

 

「私も全員の始末が済んだぞ」

 

 俺とリューが自分達に襲いかかってくる敵達を沈黙させて各々の得物を鞘へとしまう。すると、ちょうど良いタイミングで別の場所で他の敵達の担当をしていたライラと輝夜が報告するようにこちらへと合流してきた。

 

 だが…………

 

「いや……まだだな」

 

「どうしたんですか?ミズヤ?」

 

「指揮をしていた隊長らしき男がいない」

 

 ライラと輝夜が担当したモーモスファミリアの団員らの顔を見ても、あの多数の部隊を指揮していたそれらしき人物を見つけることが出来なかった。もしかして、あの乱戦の最中に隙を見て逃走したのだろうか。

 

「おい!ミズヤ!あれを見ろ!」

 

 屋根の上から探していたライラが何かを見つけたらしく、俺達はライラが大声で指差す方へ目を移す。

 

 そこには俺達に背を向けて急ぐように走り去ろうとする一人の男の姿があった。ただ、走り去るにはスピードが遅く、よくよく見てみると、彼の背中には重そうな金属製の盾らしきものがあった。

 

「何だあれ?盾を背負っているのか?」

 

「大方、私達の追撃をあの盾一つで防ごうとしているのだろうな。急いで逃げれば良いのに……バカな男よ」

 

「まるで亀ですね………」

 

 男の無様な敗走姿を見て、俺と輝夜とリューは思ったことを口々に話す。確かにリューの言うように遅く走る姿はまるで亀みたいだな。

 

 と、別にこのまま逃すわけにはいかない。

 

 距離は500mぐらいか。なら…………

 

 相手との距離が射手の弾トリガーの射程では厳しいと判断した俺は右手に新たな武器を顕現させる。その武器は俺にとって大事な人がお気に入りとして使っていたものだった。自分ではあまり使わない場面が多かったが、こう持ってみると何だか複雑な気持ちになる。

 

「ミズヤ、その武器は何ですか?」

 

 重量感が目でも伝わる対物ライフルを両手で固定し、照準を最後の標的に合わせた所で、リューがこの見たこともない武器について訊ねる。

 

「こいつの名前はアイビス。俺が最も尊敬していた人が使っていたお気に入りの狙撃銃(スナイパーライフル)だ」

 

 

 

……………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

「ハァ……ハァ……早くアジトに帰らないと……」

 

 乱戦の隙を見てただ一人生き残った襲撃作戦の指揮を取っていた男は後ろを振り向くことなく、アジトに帰ることだけを一心に逃げ続けていた。

 

「あいつらには申し訳ないが…………俺の推測が正しければ、アジトは大変なことに。急がなければ……」

 

 男はその最悪な事態を食い止める為に奔走するが、時すでに遅し。男がそれに気付いた頃にはすでにロキファミリア三幹部とアストレアファミリア面々が制圧した頃であった。

 

 だが、それを男はそれを知らない。行ったところで、そのアジトの光景に絶望し、フィン達がいる今では自首をするような結果になってしまうだろう。

 

「ふっ……ここまで来れば……」

 

 男は息を荒げて初めて後ろを振り向く。戦場からかなり離れ、追ってが来ないことにホッとしたのだろう。

 

 だが…………

 

「なにいぃぃぃ!!?砲撃いぃぃぃ!!?」

 

 男の後ろには弾速が遅いものの、すごい轟音を立てて一直線上に迫る砲撃の姿があった。弾速が遅いため、もっと前に後ろを振り向いてその砲撃に気付けば、回避できただろう。だが、それはもう回避できない距離にまで来ていた。

 

「くっ……ならば、この俺の最後の希望である盾で守るまでだ!この盾はあの生意気な少年の魔弾を上手く防御していた!高い金額だったが、ここで役に立つとはな!」

 

 男はそう言って背中に亀のように背負っていた盾を構える。本来なら水谷のバイパーの追撃を避けるためのものであったが、男はここが使い時だと判断する。

 

 だが、それは勘違いであった。

 

 水谷が行ったのは狙撃。狙撃とは遠距離にいる敵を一発で仕留めるものだ。しかも、水谷が使ったのは狙撃手用トリガーの中でも最も威力がある『アイビス』。

 

 つまり、今放たれている弾は水谷が乱発するバイパーやメテオラの数十倍の威力はあるというわけだ。

 

 

「がはっ……!?な、なぜ……?た、盾が……!?」

 

 

 水谷のアイビスによる狙撃は盾を中心から射貫き、盾はガラスのように簡単にひび割れる。それでもその狙撃弾は威力が落ちることはなく、そのまま男の胸元へヒット。ドンッという衝撃と共にボロボロになった男は吹き飛ばされてしまう。

 

(もう……アストレアファミリアはこりごりだ)

 

 アストレアファミリアの襲撃を企てた事を悔やみながら、男はそのまま意識を失ってしまった……

 

 

………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

「よし……これで全員だな」

 

 5人で手分けして、50人近い団員全てを手錠にかけたところで、俺達はようやく一息つくことができた。

 

 時間はまだ深夜。何せ50人を倒すのに一時間も経過していない。本来なら、このまま何もなければ待機なのだが、フィンさん達の動向が分からない。

 

『もしもし、ミズヤ?聞こえるかな?』

 

「ええ、聞こえます」

 

 そう思っていると、フィンさんから通信機を通して耳に彼からの会話が聞こえてきた。

 

『こっちは全員無事捕縛が完了したよ。主神や団長も捕らえることができた。そっちはどうかな?』

 

「こちらも取りこぼしなく、全員の捕縛に成功しました。今さっき手錠をかけたところです」

 

『驚いた……まさかこんなに早く終わるとは』

 

 通信機の向こうでフィンさんが俺達の予想外の鎮圧の早さに驚いた声を上げている。

 

『そちらの状態は分かった。今、夜勤担当のガネーシャファミリアに捕まえた団員らの移送を行わせるつもりだ。こちらが終わり次第、そちらにも向かわせるからそれまで見張りをしてくれるかな?』

 

「分かりました」

 

 

 

 その後、ガネーシャファミリア所属の人達が来たのだが、50人近い数の引き渡しと移送だ。そう簡単に終わるわけない。結果として俺達が奴等を制圧するよりも時間がかかってしまった。

 

 アジト襲撃組とホーム防衛組の後始末が終わり、合流できた頃にはもう日が昇ろうとしていた頃だった。ファミリアが違うフィンさん達と一度解散した後、夜の作業で活躍した俺を含めたアリーゼ達が朝にも関わらずベッドに入ったのは言うまでもない。

 

 



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後始末と配分

すいません泣
大学生活が始まってあまり時間が取れなくて…………




 

 

「ここがフィンさん達ロキファミリアのホームか……」

 

 

 そう言って水谷はまるで観光名所を見るような目で自分達のホームの倍以上の規模がある建物を見上げる。

 

 オラリオの北区画に存在する周囲の建造物と趣きを異とする尖塔の並び立つお城のような大きい館。

 

 建物の名は【黄昏の館】。オラリオの二大派閥の片翼を担うロキファミリアのホームだ。

 

 

 あのモーモスファミリアの一件から二日。増援が来るまで50人という相手をした水谷の疲労が癒えた所で、今作戦の指揮を取っていたフィンからアストレアファミリアの代表として水谷にロキファミリアに来て貰いたいという一報がアストレアファミリアに届いたのだ。

 

 何でもモーモスファミリアの事務的な後始末が済んだらしく、それをアストレアファミリアにも代表として最後に確認して貰いたいということらしい。最初はそこは団長同士アリーゼが行けば良いのではないかと、水谷は自分が代表者として選ばれたことについて謙遜しながら言ってみたのだが……

 

『ミズヤ……会議関係は団長一人で行かせたら、絶対に駄目だぞ!会議が混沌と化すからな!』

 

『団長が一人で会議に参加するとか……それほど終始ヒヤヒヤするものなんて無いな。ウチの勇者様の見立て通りここはミズヤに会議を任せた方が全然マシだ』

 

『すみませんが、ここはミズヤにお願いした方が良いと思います。アリーゼ一人に会議関係の仕事を任せると…あの…その…とにかくヤバいんです……』

 

 輝夜、ライラ、リューを筆頭にアリーゼ以外の全団員から水谷に行ってもらった方が良いと叱られるような強い言葉で推薦されてしまう。アリーゼの空気が読めない天然に近い性格から察していたが、水谷もここまで言われるとは思っていなかった。リューに至っては何とかアリーゼをフォローしたい気持ちが伝わるのだが、あまりにも中途半端で語彙力が消失しているではないか。

 

 そんな経緯があり、結果として水谷一人でロキファミリアのホームに訪問したのだが、しばらくすると玄関の大きな扉から見慣れた金髪の小人族が姿を現す。

 

「やぁ、ミズヤ。二日ぶりだね」

 

「フィンさん、ご無沙汰しています」

 

 玄関から姿を現したのは水谷を呼んだ張本人ロキファミリアの団長フィン・ディムナであった。

 

「突然呼んで申し訳無い。モーモスファミリアのアジトや一味についての後処理が少々大変でね。リヴェリアやガレスに手伝ってもらいながら昨日ようやく終わったんだ」

 

 そう言ってフィンは水谷に言うのだが、彼持ち前の爽やかな声と笑顔のせいで疲れた様子が見えない。レベル5という人並み外れた体力によって本当に疲れていないのか、笑顔という仮面で疲れを隠しているのか見極められるのは数少ないだろう。

 

「さぁ、中に入って。ロキファミリアへようこそ」

 

 

…………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

 

…………………………………………………………

 

 

 フィンさんによってロキファミリアのホームを案内され、俺はホームの長い廊下を歩きながら、オラリオ二大派閥の施設というものを体感する。

 

 100近くはありそうな部屋の数々、広い敷地面積を持つ練習場と庭、大きな食堂や図書館などファミリアのホームというよりは大学と呼んだ方が相応しいのではないか、と思うぐらいの設備。俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 

「ミズヤ、ここだよ」

 

 長い廊下を歩き、一つの部屋へと辿り着く。フィンさんに促されるように中へと入ると、そこには応接室を思われる内観と設置されたソファーで待っているように座っていた見慣れた顔があった。

 

「ガレスさん、それにリヴェリアさんまで」

 

「よぉ、青年!待っておったぞ!」

 

「ミズヤ、体調の方はもう大丈夫か?」

 

「ええ、もう大丈夫です」

 

 がっはっはと大きな声を発しながら、笑顔で待ちわびた様子を表現するドワーフのガレスさん。そして、俺が部屋に入ってくるまで上品に紅茶を飲みながら読書をしていたハイエルフのリヴェリアさん。いずれもフィンさんと同じロキファミリアの最高幹部で、オラリオ内でも上位の実力と地位を持っている人達だ。

 

 そして、もう一人……

 

「おっ!君がアストレアん所の新入団員やな!ふむふむ……フィンが言ってたようになかなかの美男やないか!」

 

 関西弁のような話し方でこっちにやって来た朱色の髪の女性。声は女性なのだが、露出させている女っ気が無い上半身とどこか親父臭さを彷彿させる性格のせいで男性ではないかと錯覚させられてしまう。

 

 何故、彼女が女性なのかと分かったかだって?それはアストレア様が恐らく彼女に会うだろうと見込んで事前に警告をしてくれたからだ。

 

『絶対に男性と間違えないように』と…………

 

「貴方がロキ様ですね」

 

「せや、うちがロキファミリア主神のロキや!フィン達からは色々と聞いてるで~!大活躍やったらしいなぁ!」

 

 そう言って目の前の女神はフレンドリーな口調と共に親密な態度で握手をする。うちのおしとやかな性格のファミリアの主神とは真逆な性格だ。だが、オラリオではロキ様みたいな神々が一般的なスタイルで、逆にアストレア様みたいな大人しく上品な神の方が珍しいとか(輝夜談)。

 

 と、言っても目の前の女神に対して油断してはならない。何せ目の前にいるのは北欧神話で知らない人はいない神ロキだ。狡猾さでは神話でもトップクラスで、ラグナロクでは戦争を起こした首謀者である。正義の女神であるアストレア様とは水と油ぐらい違い、相性が悪そうに見える。が、それは天界の話。アストレア様が言うには狡猾さはまだ面影は残っているものの、地上に降りてきてからは丸くなったらしい。

 

「さて、早速だけど確認を済ませようか」

 

 フィンさんから紙の束を受け取り、俺は空いていたソファーへと腰をかける。話し手であるフィンさんと話しやすいように彼の真向かいに座った位置である。

 

「まず、モーモスファミリアについてだけど、眷族は無事全員捕縛。今はギルドとガネーシャファミリアに委託して闇派閥の情報を聞き出している感じだ。主神の方はすでにギルド側の判断で送還したそうだ」

 

「送還?」

 

「送還っていうのは文字通り神を天界に返すことだ。地上に降りた神々にはルールがあって、それを破れば送還されるし、地上で致命傷を与えられても送還される。といっても神々の送還はなかなか無い。神々の送還はギルドで管理されているからね。昨日の夜に天に昇る光がその送還だよ」

 

 まだオラリオに来たばかりという俺の経緯を知っていたフィンさんが丁寧に説明する。ああ、あの夜にギルドから昇ったあの光が送還をしていた光だったのか。

 

「けど……自分の故郷に帰されるって神々にとってあまり罪が軽くないような気が……?」

 

「そんなことないでぇ。神々ちゅうのは自分の仕事をサボって地上に降りてきてるんや。天界に帰れば、仕事三昧の生活で、二度と地上に降りられないんやからな」

 

 な、なるほど。神々にも事情があるんだな。確かに永遠に仕事三昧は俺も嫌だわ。それにサボっていたんだから、居心地が悪いのも何となく予想はつく。

 

「……と、まぁ、これが今回の作戦の結果だ。次は報酬について話をしようと思う」

 

 資料に目を通して今回の作戦の報告の確認を終えると、次は報酬の話へと移る。話し終わったフィンさんが立ち上がり、応接室の隅にあった配膳用のワゴンからジャラジャラと中身が詰まった袋をいくつか持ってきた。

 

「まずは金銭面から精算しようか。今回のモーモスファミリア掃討作戦の達成報酬金がこれまでの懸賞金を含めてギルドから300万ヴァリスを頂いた。これを僕達ロキファミリア、そしてアストレアファミリアに均等に分配したいと思う」

 

 300万ヴァリス……それを2で割るから150万ヴァリスがアストレアファミリアに入るわけだ。100万以上あれば、設備や装備をより良いものに替えることができる。一夜の戦いにしては貰い過ぎな気もしなくはないのだが。

 

 促されるように150万ヴァリス相当が入った袋をフィンさんから受け取るが、話はまだそれだけじゃないようだ。

 

「だけど、それに付け加えて個人的にロキファミリアから100万ヴァリスをアストレアファミリア側に提供しようと思う。この100万ヴァリスはミズヤ個人のものだ」

 

「えっ………?」

 

 さらに追加と言わんばかりにフィンさんは中身が詰まった新たな袋を俺に手渡す。中身の重さはさっき貰ったものよりも軽い。50万ヴァリス分の差額だろう。

 

「う、受け取れませんよ。いきなり個人的に俺に渡されても……それにこの100万ヴァリスはロキファミリアが貰った報奨金の3分の2で、ロキファミリアの利益は50万ヴァリスになるんですよ!」

 

 もし、このまま俺がこれを受け取れば、報酬金の配分はロキファミリアが50万ヴァリス、アストレアファミリアが250万ヴァリスとなる。共同戦線を組んだにも関わらず、これはあまりにも不公平極まりない分配だ。

 

「これは僕、リヴェリア、ガレス……そしてロキが相談して出した結論だよ。君は今回の作戦内で最も重要な働きをした。僕達ロキファミリアの三人が活躍しないぐらいね。だからこそ、僕達は個人的に君にギルドから受け取った報奨金の一部を戦功報酬として君にあげようと考えたんだ」

 

 戦功報酬……たしかボーダーにもそういった制度があった。何度か貰った経験はあるが、ここまでの大金ではない。17歳の少年がいきなり一日で100万を手に入れるなんて並大抵ではありえない話だ。

 

「別に私達は50万ヴァリスもあれば十分な方だ。だから、ミズヤがあまり利益だとかどうとか気にする必要はない。それに私達三人がその気になれば、ダンジョンで100万ヴァリスを稼ぐなど容易だからな」

 

「リヴェリアの言う通りじゃ。そこは大人しく貰っておけ」

 

 今回の作戦に参加したリヴェリアさんとガレスさんも俺にこの大金を受け取ってくれと促す。ロキ様も口には出さないが、その細い目で受け取れと言っているような感じがする。

 

「……分かりました。このお金は大事に使わせて頂きます」

 

 ここでこれ以上揉めれば、ロキファミリアの方々に迷惑をかけてしまう。それなら、いっそのこと懐に入れてしまうのが平和的だ。逆に何か裏がありそうな雰囲気もあるが、ここで警戒して場を悪くするのも宜しくはない。アストレアファミリアとロキファミリアの全面戦争とか死んでも嫌だ。

 

「うん、大事に使ってくれると嬉しい。で、次はモーモスファミリアから押収した物資面の話だね。押収した物資についてはルールがあるんだけど、これは簡単に言えば活躍したもの勝ちなんだ」

 

「活躍したもの勝ちですか……え、ということは……」

 

 活躍したもの勝ちという言葉を聞いて、思わず二度聞きしてしまいそうになる。だが、そんなのも想定の内だとフィンさんは笑顔で下っ端の団員にその押収した物資とやらを持って来させた。

 

 下っ端の団員達がどんどん持ってくるが、凄い量だ。本や何かに使う工具やモンスターの素材、武器、それに加えて机や椅子といった家具も揃っている。数的にかなり規模が大きい闇派閥だったらしいが、それに見合う程の量だな。

 

「すでにロキファミリアの取り分は確保している。ここにあるのは全てアストレアファミリア……いや、君のものだよ」

 

 

 おーい、マジですか。すでに仕分け終わった後で、この量が俺の手元に入るのかよ。俺は粗大ゴミの業者とかじゃないんだけどなぁ。……まずは、分類別に仕分けからだな。

 

 

 



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一夜の働きにしては多過ぎな報酬

 

 

 

「これで…………最後だな」

 

 バラエティ豊富に積まれた多量の物資の大まかな仕分けが終わり、水谷は一時の休憩を挟む。事後報告の確認をしに来ただけなのに、肉体労働をやらされるとは当の本人も予想外の出来事だっただろう。

 

 今は亡きモーモスファミリアの闇派閥での基本的な立ち回りは戦闘ではなく、多くの構成員がいるという利点を生かした諜報活動、ダンジョンやオラリオ外での素材などの採集と闇派閥という組織の基盤を支える立場であった。冒険者で例えるなら鍛冶師やサポーターのような立場であろう。

 

 そのため、モーモスファミリアが備蓄していた物資というのはフィン達が予想していたよりもかなり多かったのが現状である。一夜にして闇派閥の基盤を支えていたファミリアと物資が消えたのだ。闇派閥の上層部は苦虫を噛み潰したよう顔をしているに違いない。

 

「それにしても、やけにモンスターのドロップアイテムや薬草といった物が多いような…………」

 

 水谷の視線の先にある箱詰めされた木箱の山々。そこにはモーモスファミリアが遺したモンスターのドロップアイテムや薬草等が詰まっていた。物資を大まかに分ける基準として、モンスターのドロップアイテムといった素材、武器、知識書や調合する際に使用する小道具や机といった家具等、の三つに分類したのだが、モンスターのドロップアイテムといった素材が全体の六割をしている。ちなみに、割合として一番少ないのは武器類だ。

 

「それはアリーゼの話を聞いて君に合わせたんだ」

 

「合わせた……とは?」

 

「実は輝夜達を君の増援に向かわせた後、アリーゼに君がどういった人物か色々と質問させてもらったんだ。そしたら、アリーゼが君は【医療】の発展アビリティも持っている事を教えてくれてね。君への配分を素材や物作りに関わる知識書を多めにしたんだ。その分、武器類の配分はこちらが殆ど独占しちゃったけど」

 

「成る程……配慮に感謝します」

 

 それを聞いて違和感を覚える異様な配分に水谷は納得する。けれど、水谷にとってその配分は利益しかないため、気になりはしたが、別に文句を言う事でもなかった。

 

 何せ水谷にはトリガーがあるため、アリーゼや輝夜のような金属製の得物は必要としない。しかも、得物が壊されても水谷の場合はトリオン(この世界では精神力)を消費すれば、再度複製して戦線に復帰することができる。この世界ではある意味で鍛冶屋泣かせな存在なのだ。

 

 むしろ、この異世界に興味があり、かつ物作りが趣味な水谷にとって知識書やモンスターのドロップアイテム等の方が価値がある。実際、仕分けしていた時にモンスターに詳しいリヴェリアに訊ねながら、水谷は終始目を輝かせていた。モンスターのドロップアイテムは余れば、換金できるという話もあったが、水谷はそれに耳を傾ける余地も無い。

 

 ただ、内心焦ったのは水谷が異世界から来た異邦人だということがバレたかもしれないという事だ。しかも、聞く相手がアリーゼ。これには水谷もドキドキしたが、話を聞いた感じバレてはいないようだった。

 

 この手の話は本音が出やすいアリーゼが一番危険……と数時間前に輝夜達がアリーゼ達を会議や交渉の場に一人で出せない事を改めて理解し、水谷は一人頷くのだった。

 

「そうだ……ミズヤにはこれを……」

 

 そう言ってフィンさんが渡してきたのは水谷が掃討戦の前に渡した通信機。それと一振りの太刀であった。

 

「まずはこの通信機というものだ。これは君から借りたものだから君に返さないとね」

 

「ありがとうございます……因みにその刀は?」

 

 通信機を返して貰い、懐にしまった水谷の視線に映るのは弧月と同じぐらいの大きさの太刀。鞘には輝夜が持つ愛刀『彼岸(ひがん)深緋(こきあけ)』と似た意匠が描かれていて、鞘に所々描かれた水色が流れる水を思わせる模様を作り出している。

 

「これはモーモスファミリアから押収したものでね。これも君にあげるつもりだ。ロキファミリアの極東出身のメンバーが言うにはかなりの業物らしいが、輝夜だったら恐らく知っているだろう。好きに使うと良い」

 

「えっ!?良いんですか、こんな貴重な業物っ!?」

 

 そう言ってフィンは水谷にその太刀を渡すが、水谷は謙虚にその受け渡しを拒否しようとする。仕分けしたあれ以上の量の物資を報酬として受け取ったのに、これ以上追加で受け取れば、仕分けた本人としては拒否したくなるのも当然である。だが、この太刀の受け渡しは水谷にとって大きな意味を持たせていた。

 

「ミズヤ達は来月ぐらいに遠征に行くのだろう?オラリオに来たばかりのミズヤは初めてだと思うが、遠征はかなり危険なものだし、体力や精神力を多く使う。特にミズヤのような戦闘に関して精神力に依存している者はダンジョンでいつか限界が来る。先輩冒険者としてアドバイスすると、君もアリーゼ達のように一つはこういった武器を携帯しておいた方が良いと思うんだ」

 

「っ!!」

 

 それを聞いて水谷はハッとする。今の水谷は戦闘面においてトリオン体……つまり構成する精神力(マインド)で戦っている。フィンが言うように水谷の戦闘は精神力に依存していて、精神力が無ければ水谷は先の掃討戦のような戦いはできない。

 

 けれど、水谷のレベルは2。生身でも普通の冒険者よりは高い身体能力を持っている。そこで、フィンが提案したのが精神力が無くなっても生身でも戦える方法であった。戦い方のバラエティーは応急処置レベルまで低下するが、素手でダンジョン内のモンスターと戦うよりは全然マシである。

 

「精神力を回復する方法もあるけど、最悪の場面に対して対策を増やすことは悪いことじゃない。僕としても将来有望な君をダンジョン内で死なせなくはないからね」

 

「……ですね。では、お言葉に甘えて……」

 

 フィンの気遣いと共に水谷はその太刀を受け取る。だが、生憎と今の服装に太刀を腰に差す場所や腰に吊るせるような物が無い。そこは太刀の扱いに一日の長がある輝夜に聞くのが一番であろう。

 

「けれど、その太刀は遠征に行く前に一度、鍛冶専門のファミリアに調整を頼んだ方が良い。長らく使っていなかったせいか、刃こぼれしているからね」

 

「分かりました」

 

 

 その後、水谷はロキファミリアの面々に今回の共闘の参加にお礼を言って自身の帰る場所であるアストレアファミリアへと帰還するのであった。

 

 ちなみに、あの大量の物資報酬は素手での持ち帰りが不可能なため、ロキファミリアから台車を借りる事になり、水谷がそれを返しにロキファミリアに再度訪れたのは数日後の話である。

 

 

…………………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

………………………………………………………

 

 

 

「ふぅ……俺の部屋も大分賑やかになったな」

 

 大量の物資をファミリア内に搬入し終え、その中に含まれていた家具類を自分の部屋に着飾り、初日の生活に必要最低限度の家具しか無かった部屋から、調度品を置く余裕があるぐらいに家具類が充実する見違えた部屋にビフォーアフターした景観に謎の達成感を覚える。

 

工房のように改造されたデスク。

知識書が並ぶ本棚の数々。

カーペットや花瓶といった生活感溢れるアクセント。

 

 デスクには調合用のフラスコやビーカーが並び、本棚と合わせると自分の趣味部屋みたいになってしまうが、そこは生活感が溢れるように調度品で調整した。これなら、女性しかいないこのファミリアの誰かを部屋に招待しても大丈夫だろう。

 

 一番の驚きはこの某番組のようにビフォーアフターした部屋ではなく、このビフォーアフターした経緯である。この華やかなビフォーアフターに費やしたお金が0円……いや、0ヴァリスなのだ。破格のリフォーム価格である。

 

『聡人、もう大丈夫かしら?』

 

 部屋の外から呼ぶ声がする。このファミリアで下の名前を呼ぶのは一人しかいない。

 

「構いませんよ、アストレア様」

 

 部屋の外を繋ぐドアを開け、廊下で待っていたファミリアの主神をビフォーアフターした部屋へと招待する。

 

「あらあら、まぁまぁ、綺麗じゃない!」

 

 生まれ変わったという言葉が相応しい部屋を見たアストレア様は女性らしく手を口に当てながら、部屋に対して嬉しい感想を述べる。その部屋をセッティングした本人にとって主神の感想は非常に嬉しいのだが、残念ながら部屋を自慢するために呼んだわけではない。

 

 主神を呼んだのは掃討戦以来のステータス更新をするためである。

 

 アリーゼや輝夜やリュー達全員のステータス更新はすでに終わり、残るは自分のみ。結果を聞いてみると、彼女達の基礎アビリティが少し上がったぐらいで、そこまで変化は無かったそうだ。だからこそアリーゼ達だけでなく、意外と主神のアストレア様も大健闘した俺のステータス更新に期待を覚えている。

 

「じゃあ、始めるわ。背中を見せて頂戴」

 

 アストレア様に背中を見せ、アストレア様は慣れた手つきでステータス更新を実行する。お互い何度も経験すれば、慣れるのも当然で、初めてステータス更新した時よりも簡単にそれは終了した。

 

「はい、終わったわよ」

 

 アストレア様から新たに更新されたステータスのコピーの羊皮紙を受け取り、上から下へと数値を読む。

 

 ふむ……魔法・スキルに変化は無しか。

 

「今回の戦いで基礎アビリティがかなり上がったわね」

 

「そうですね。まぁ、俺には防衛者の誇り(ボーダーズ・プライド)という早熟のスキルがありますから」

 

 

水谷 聡人

 

レベル2

 

力 : I 48→I98

 

耐久 : I 24→I 42

 

器用 : I 52→H100

 

敏捷 : I 15→I 35

 

魔力 : D500→D514

 

神秘:I

 

医療:I

 

 

※魔法・スキルに変化は無し

 

 

 アストレア様の言う通り全体的に大きく上昇している。特に器用の上昇率が顕著だ。やはり、そこは色々なトリガーを使う戦い方が反映されているのだろう。

 

 けれど、今回のステータスを見て一番の収穫なのはステータス欄の『魔力』の上昇だ。

 

 元々いた世界ではトリオン量というものは個人の個性みたいなもので、所有するトリオン量を増やすといった事は不可能に近いものとされていた。

 

 だが、この異世界ではトリオン量は精神力へと換算されている。そのため精神力の量や質が分かる『魔力』の欄にずっと焦点を当てていたのだが、今回のステータス更新で自分が出した仮説が証明されたのだ。

 

 それは精神力に換算されたトリオン量が増えるのか、どうか?という仮説である。

 

 今回のステータス更新の結果を受けて、冒険者と同じ要領で精神力に換算されたトリオン量が増えることが判明。今回は少ししか増えなかったが、成長すれば今よりも長期的に戦えるし、トリオン量の消費量の関係で使えなかった戦法も使い放題だ。この発見はかなり大きい。

 

「そうそう……ステータス更新で思い出したわ。実は近い内にある催しが開かれるのよ」

 

「催し……パーティみたいな?」

 

「ええ、そんなものね。名前は『神会(デナトゥス)』。三ヶ月に一度、神々が集まって情報交換したり、ランクアップした眷族に二つ名を付けたりするのよ。今回はレベル2の聡人に二つ名を付けるために招集されてね」

 

 二つ名……レベル2であるアリーゼや輝夜も持っていた筈。確か『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』と『大和竜胆』だったような。自分にもそういった二つ名が付けられるのか。

 

「で、話を戻すのだけれど、実は今回の神会の後に各ファミリア間の友好を深めるために眷族達を交えた食事会が開かれるのよ。聡人も一緒にどうかしら?」

 

 アストレア様の話を聞くと、今回の食事会には俺以外に団長のアリーゼに、俺と同じ戦線を戦った輝夜、ライラ、リューの四人を連れて行くらしい。アストレア様としてはファミリアの全員を連れていきたい所だったが、人数や食事の関係で代表者を少人数にしぼる形になってしまったそうだ。

 

 まぁ、別に断る理由はない。むしろ、他の神々やファミリアについて詳しく知る良い機会だ。

 

 

「良いですね。俺も行きます」

 

 

「ふふっ、なら決まりね」

 

 

 



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一方ファミリアの乙女達は………

 

 

 水谷がファミリアの主神であるアストレアとステータス更新をしている一方で、その他のアストレアファミリアの乙女達11名は何をしていたのかというと、ホーム内で最も広いリビングルームの机とソファ-を独占するように使用した女子会のような小さな宴を催していた。

 

 

「なぁ……ミズヤのこと皆はどう思っている?」

 

 

 そう言って空になったグラスに小人族(パルゥム)秘伝のお酒を足しながらライラは他の乙女達に訊ねる。

 

「私は今ではミズヤの事は同じファミリアの良き仲間だと思っています。先日の戦いの際に彼と共闘したのですが、チームワークや援護も完璧で非常に戦いやすかったです」

 

「私もリオンと同じね!ミズヤはもう私達と志を同じとするかけがえのない仲間の一人よ!加えるなら、すでにアストレアファミリアの期待のエース!いや、救世主ね☆!!」

 

「前回の遠征からずっとファミリアの財政は赤字だったからな。今回の掃討戦の成果でようやく黒字になったし……」

 

 ライラの問いかけに果実のジュースが注がれたコップを飲みながら冷静にリューは答え、ライラのお酒を調子に乗って飲んでしまったせいで若干酔い気味のアリーゼもハイテンションな様子でリューに賛同する。

 そんな酔い気味のアリーゼを介抱しながら、彼女の意見にファミリアの経済事情を踏まえたツッコミを入れるのは干し肉をおつまみ感覚で噛る真面目な性格の獣人であるネーゼであった。

 

「そういう意味じゃねぇよ。団長、リオン」

 

「???どういう意味ですか、ライラ?」

 

 二人の答えに対して違うといった表情と言葉を発するライラにリューだけでなく、他のファミリアの面々も一斉にライラの方へ興味津々な視線を向ける。

 そんな空気の中でライラは焦らすように問いかけの真の意味を改めて問いとして伝えるのだった。

 

「要はここにいる皆はミズヤを()としてどう思っているか、ということだ」

 

『『『っ!!?』』』

 

 ライラの問いかけを聞いていたファミリアの面々はプラズマが走ったような衝撃を覚え、表情が一気に覚醒する。

 

「男?ミズヤは男ですが……それが何か?」

 

 ただ一名、最年少のポンコツエルフはライラの言葉の真の意味を理解していなかったとか…………

 

「エスカとかマリューはどうなんだ?二人はミズヤとお洒落や料理関連で結構会話するだろ?」

 

 まず、ライラはファミリアでも穏健派であり、水谷と仲良く話していたエスカとマリューに話をふってみる。

 

「えっ!?う、う~ん……ミズヤはスタイルも良いし、何でも出来るからオラリオでも有数の優良物件だと思うぜ。わ、私はまだミズヤとは趣味を話す仲が良いし……恋人と思うにはまだ全然早いような気が…………」

 

「わ、わ、私もまだそういうの早い気がするなぁ~!それにミズヤさん……料理も丁寧に教えてくれるし、お兄ちゃんみたいな感じがするんだよね。ラ、ライラはどうなのよ!?」

 

 話をふられた被害者であるエスカとマリューは顔を赤くしながら、話題を逸らそうと問いかけた張本人であるライラに反撃するように意見を求める。

 

「アタシか?アタシはフィン一筋だぜ!ミズヤも悪くない男だとは思うが、アレは……恋人にはしたくないけど、ずっと親友でいたいタイプの人間だな、うん」

 

『『『こ、こいつっ!?』』』

 

 そう、この問いかけは圧倒的にライラが有利なのだ。

 

 何故なら、ライラには周りにもバレバレで公認扱いされている片想いの相手がいる。

 つまり、ライラは一方的にファミリアの他の仲間達に意見が聞ける立場に座っているのだ。それを瞬時に理解したライラとまだ状況を理解していないリューを除く乙女達はやられたと言わんばかりに動揺した様子を見せる。

 

「そう!二人が言っていたようにミズヤはオラリオでも類を見ない優良物件だ!スタイルが良い!何でも出来る!冒険者として将来有望!次の神会でミズヤの存在が二つ名と共に公になるわけだが、もし公になったらどうなるか……?」

 

「確実にミズヤは狙われるに違いないな…………女性冒険者達だけでなく、他の女神達からも」

 

「その通り!流石ネーゼだ!」

 

 ネーゼの指摘にライラはビシッと指を突き付けながら、彼女はそのままの勢いで話を続ける。

 

「オラリオの女性冒険者……いや、女神も執着心が強いからな。ミズヤの事が知られれば、多くのスカウトが来るに違いねぇ。もしミズヤがその気になれば、他のファミリアに改宗するのも可能性とは低くない話だ。そうなれば、ミズヤとは()()()()()仲には二度となれる機会は無いぜ」

 

『『『ご、ごくりっ………』』』

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ライラは固唾を飲むように謎の動揺と焦りを感じている仲間達の姿を見て面白そうにしているが、彼女の言葉に一人の乙女が反論する。

 

「悪戯はその辺にしろ、小人族(パルゥム)。あのミズヤがそう簡単に他のファミリアの誘いをホイホイと承諾するわけがない」

 

「そ、そうだよ!輝夜の言う通り!ミズヤが私達を放って他のファミリアに行くわけないから!」

 

 ライラの言葉に反論したのは極東産の米酒をお猪口に注ぎながらそれを上品に口へと運ぶ少し不機嫌そうな様子を見せる輝夜であった。だが、上品そうに見えるのは彼女の腹から上を見た姿で、足は不機嫌だからか女性としての品性の欠片も無く胡座をかいており、彼女が着ている着物からは程良い肉付きの腿が丸見えであった。

 そんな不機嫌そうな輝夜の言葉を団長であるアリーゼがオブラートに包もうとフォローに入る。

 

「おーおー、やっぱり言う事は違うなぁ。()()()()さんよ」

 

「優勝候補?ライラは何を「リオン、それ以上言ったら、この小人族諸共刀の錆にするからな?」は、はいっ………」

 

 ライラの挑発に輝夜はピクンッと反応し、口にしていたお猪口を静かに机に置く。リューはライラの言っている言葉が理解できないためその意味を訊ねるのだが、輝夜の殺意が少し混じった言葉に思わず萎縮してしまうのだった。

 

「私はミズヤのことは実力、そして思想と共に気が合う仲間……それだけだ。それこそ、先程お前が言ったずっと親友でいたいタイプの男だな」

 

「いやいや、優勝候補だろ?ミズヤと会話する回数もこの中で一番多いし、ミズヤと話す時がここ最近で一番イキイキしてるじゃねぇか?」

 

「ち、違うぞ!私とミズヤは極東の文化を語れる唯一の仲だからだ。好きで何回も話しているわけでは……」

 

 輝夜はライラの言葉に反駁を繰り返す、が………

 

 

『(あれは嘘だね)』

 

『(嘘だな。動揺も微かに見えたし……)』

 

『(ライラの言う通り確かに最近の輝夜って妙にイキイキしていたかも。掃討戦の時もミズヤに増援として呼ばれて一番嬉しそうだったから……)』

 

 黙って見守る仲間達は輝夜の言葉を静かに嘘だと隠すように理解し、団長であるアリーゼも最近の輝夜の変化に思い当たる節があるような素振りを静かに見せるのだった。

 

「とにかく……これ以上は私の詮索をするなよ。私は少し外の風に当たってくる」

 

 そう言い残すように輝夜は立ち上がり、ホームから出ようとする。すると輝夜の目の前に…………

 

「おっ、輝夜か。今から散歩に行くのか?」

 

 輝夜と入れ違えるようにステータス更新を終えてリビングルームに入って来た水谷と主神であるアストレアが立ち塞がるのだった。

 

「うっ……ま、まぁ、そんな所だ」

 

 先程の話題を引きずられたくはないと、輝夜は一刻も早く外に出ようとするが、アストレアの細い腕が彼女の動きを止めようと彼女の腕を掴み取る。

 

「ア、アストレア様?これは……?」

 

「ねぇ、輝夜?明日の予定は大丈夫かしら?」

 

 そう言って女神アストレアは輝夜に訊ねる。

 

「えっ……大丈夫ですが……一体何の用でしょう?」

 

 普段のアストレアらしからぬ強行な手段で止めに来た事に輝夜は目をパチクリとさせながら驚いた様子を見せるが、続けてアストレアは笑顔で彼女にあるお願いをするのだった。

 

「じゃあ、決まりね。明日、聡人と神会の後で開かれる宴で着る彼専用の衣装の買い物とロキファミリアから貰った刀の調整に付き合ってくれないかしら?ただの買い物だし、()()()()でも大丈夫でしょ?」

 

「え…あ…あっ、アストレア様……それは……」

 

「そうか。フィンさんが言っていたように刀に関して言えば、輝夜が一番詳しいから心強いな」

 

 言い辛そうに輝夜が硬直している脇で、水谷とアストレアによって明日の予定がどんどん決められていく。

 

 その光景を見たアストレアファミリアの面々は……

 

 

『『『(アストレア様が一番確信犯だ)』』』

 

 

 主神全面協力の元で二人きりの買い物(デート)の予定が埋められていく仲間に助け船を出すわけもなく、ただその光景を静かに見守るしかなかったとか。

 

 

 



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いざ、バベルへ

 

 

 掃討戦というファミリアを巻き込んだ戦いの後始末を遺恨を残すこと無く終えて迎えた初めての安息日。

 水谷はオラリオで調達した黒色のスラックス風のズボンに加え、淡い水色一色の無地カットソーに紺色のジャケットを羽織った私服姿で、ホームの玄関前で立ちながら誰かを待っている様子をただ一人醸し出していた。

 

「結構時間がかかってるなぁ……」

 

 調整に出す刀を持ちながら、玄関で20分。街中で刀を持った黒髪のスラッとした青年が誰かを待つ姿は非常に絵になり、行き交う街人は男女問わず彼に視線を移す。

 水谷は色目を使っている女性からの視線とオラリオでは珍しい極東出身の風貌だという物珍しさが詰まった視線にひたすら耐え続けているのだった。

 

「すまない……待たせたな。ミズヤ」

 

「い、いや……全然大丈夫だ…が…」

 

「むっ?どうした?」

 

 時間をかけてホームの中から姿を現した輝夜の姿に水谷は思わず息を飲み込んでしまう。

 

 冒険者として戦う際に使用している戦闘衣に似ているが、動きやすさ重視というよりは華やかさといったお洒落の方を重視した緋色を主役とする美しい着物姿。

 

 そして、当の本人はというと、普段は面倒だからとあまりやりたがらない化粧を施していて、口にはうっすらと紅を差しており、椿油を施した黒髪はサラサラと普段より艶が醸し出されている。

 

 水谷は輝夜の女性としての徹底ぶりとそれを体現した極東美人の色気に一瞬ドキッと動揺するが、彼ら二人以外の街人からしてみれば、目に毒だと言いたいぐらい破壊力があるだろう。なぜなら、その視線の先には極東出身を思わせる黒髪の若い美男美女が吊り合うように立っているからだ。

 

「あ……いや、今日の輝夜はいつもより違うなぁと……」

 

「前に水谷にも話したが、私は極東の貴族の出身だ。面倒だから自分からはあまりしないが、化粧といった知識は並の人よりは充分にあると自負している。……それよりもどうだ?何処か変な所は無いか?」

 

 そう言って輝夜はあまり着慣れない華やかさ重視の着物姿を回るように見せつけながら、頑張ってお洒落した成果を一番に感想を聞きたかった目の前の彼に訊ねる。

 

「そんな所は全く無いぞ。むしろ、素が元々綺麗だった輝夜が今日はいつもより女らしくて俺は素敵だと思うな」

 

「っ!!?///」

 

 輝夜の問いかけに水谷は悪戯なく思ったままの事を輝夜に伝えるのだが、それを聞いた輝夜は普段の現実主義的な冷たい雰囲気ではなく、15歳という年齢に似合う乙女の雰囲気を表情から漏らしてしまう。

 

「そ、そうか。それなら良い。そ、それよりも早く用事を済ませるよう!ほら、早く行くぞ!」

 

「えっ?ちょっ……何でそんなに早く行く必要があるんだ?待っ……引く力強っ!?」

 

 そう言って輝夜は水谷のジャケットの袖を摘まみ、彼と同じレベル2の力で彼を引っ張るように急ぎ足で用事を済ませる目的地へと向かうのだった。

 

 この時、引っ張られた水谷はその姿勢の関係で輝夜の顔を見ることが出来なかったのだが、すれ違った街人とファミリアのホームの窓から一部始終を見ていた主神と眷族が語るには『顔は照れて赤くなっていたが、あれは間違いなく女性が嬉しそうにしていた顔だった』らしい。

 

 

…………………………

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 二人が辿り着いたのは真上にそびえ立つ50階建ての白亜の摩天楼。そこは立地的にオラリオの中心にある事から都市のシンボルとも呼べるような場所で、同時にダンジョンから溢れるモンスターを食い止める蓋の役割を果たす重要な施設でもあった。

 

「ここがバベルか……」

 

 バベルはおろかダンジョンにも来たことが無いため、初めてのオラリオの中心部エリアに水谷はすでに心を踊らせる。

 

「ああ、そうだ。地下はオラリオが誇る迷宮(ダンジョン)になっているが、2階から上は冒険者や神々が使える場所になっている。私達が訪れるのは冒険者が使用できる最上階である20階。そこに私が信頼する鍛冶師がいる。ついでにその階に宴用の服を売る店もあった筈だ」

 

 そう言って輝夜はバベルの20階に当たるであろう中層辺りを見ながらここに来た理由を水谷に話す。

 

「輝夜が信頼する鍛冶師ってやっぱり刀に精通しているんだよな?もしかしてその人は極東出身なのか?」

 

「いや……半々と言った所だな。まぁ、実際に会ってみれば、すぐにどんな奴か分かるだろう。ほら、中に入るぞ」

 

「あ…ああ。分かった」

 

 水谷は輝夜に引っ張られるような形で目的の場所があるバベルの中へと入る。

 

 

 ただ、その様子を天から見守る女神が一人。

 

 

 黒髪のお嬢様の隣にいる同じ黒髪の少年を見ながら、美しき銀髪を持つ女神は彼に興味を抱き、見入るように立ち上がり、そして妖艶な笑みを浮かべる。

 

 

 けれど、美神と呼ばれる一人の女神の興味を引いた彼はというと、バベルの()()()からのアプローチに気付くわけもなく、目の前にいる仲間の手によって女神の視界から姿を消してしまうのだった。

 

 

……………………………

 

 

………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………

 

 

 

「ふふっ……面白い子を見つけたわ」

 

 

 バベルの最上階。

 

 神々が住むことができるバベルの上層の中で最も高い階であるそこで、一人の美神がオラリオを一望できる大きな窓を見ながら静かに微笑む。

 

 その美神は炎を模した扇情的なドレスを着こなしているが、ドレスの隙間から彼女の透き通るような白い素肌が大きく見え、女性達はその容姿に羨望を抱き、男性達は彼女に誘惑されそうだと言うぐらいの魅力を保持していた。

 

「…………どうなさいましたか、フレイヤ様?」

 

 彼女の様子の変化に気付いた200cもある長身の猪人の男が慌てる様子もなく、落ち着きがある声で訊ねる。

 

「さっきね……何気なくバベルの下の方を見たら、面白い魂を持っている子を見つけたのよ」

 

「面白い……魂ですか?」

 

「ええ、そうよ。彼の魂はまるで水……それも汚れを知らない清らかな水のようね。けど、それだけじゃない」

 

「それだけじゃない……とは?」

 

「うふふ……水っていうのは不思議なものなのよ。ある時は氷のように固くなり、ある時は霧のように分散する……水っていうのは柔軟に幅広く形を変えるのだけれど、彼はその水を体現したような感じなのよね。将来、どういった子になるのかここまで興味を持ったのは初めてだわ」

 

 そう言って、女神……フレイヤは先程まで飲んでいたワインの側に置かれていた酔い醒まし用の水が入ったコップを手に取り、透明な水を眺めながら中に入っていた氷でカラカラッと音を立てる。

 

「…………取りに行きますか?」

 

 女神の意図を汲み取った猪人の男……オッタルは短く一言で主神にご意向を訊ねる。が、フレイヤはその問いかけにゆっくりと首を振るのだった。

 

「今はまだお預けかしらね……だって、彼と一緒にいたお嬢さんは確かアストレアの眷族だったもの。アストレアとは良い神友だし、彼女が関わっているのなら、あまり大事にしたくないわね。だけど……次の神会で彼女に訊ねる良いネタができたわ」

 

「…………それは良かったです」

 

 

 そう遠くない神会に向けて一人の美神は静かに動きだし、彼女に仕える猪人は久しぶりに見た主神の楽しそうな様子に一瞬笑みを見せ、静かにその場から退出するのだった。

 

 



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ヘファイストスファミリアの鍛冶師

久しぶりの投稿です……


 

 

 迷宮(ダンジョン)の最前線であり、神々の娯楽施設でもあるバベルへの入館を果たした水谷と輝夜の二人は流れるように目的の20階へと足を運ぼうとする。

 

 移動手段はバベルに唯一存在する昇降装置(エレベーター)。その動力源は魔石から抽出されるエネルギーを利用しているのだが、魔石から発生するエネルギーという大きなコストの関係で唯一存在するバベルでも一台しか無い。

 この経済的な背景に前の世界で似た原理のものを使い慣らしていた経験がある水谷はもう少しその辺を解決出来れば普及して便利になるのにな、と技術者の視点の悩みと共に少し残念な表情を浮かべていたとか。

 

 

……………………

 

 

 

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……………………………………………………

 

 

 

「ここが20階か」

 

 

 昇降装置(エレベーター)で移動して数分。二人は目的の場所があるバベルの20階へと到達する。

 

 エリアの形は大きな円形をベースとしており、右か左の一方からずっと進んでいけば、最終的には元いた場所へと帰れるようになっていた。

 二人は目的の場所まで道中にあるお店を眺めながら移動するが、ダンジョンに最も近いという場所に合わせて武具屋や攻略に必要なアイテムを売る雑貨屋のような店の割合が多い。しかも、神々も足を運ぶバベルだからか売られている商品の値段も大分高額なのである。

 

 言わば『ブランド品』と言った所であろう。

 

 売られている商品をよく見てみると、売っているファミリアのロゴがそれぞれ彫られている。ブランドというのは長い年月をかけて作った顧客との信用だ。長い年月をかけて多くの顧客から品質や使いやすさの面から信用されているからこそ、買い手が存在し、優れた価値を有している。

 

 そういったブランドの顧客になりたい所だが、水谷が適当に選んだ剣の価格は800万ヴァリス。

 

 つい先日まで火の車だったファミリアにとってブランド品が扱えるのはまだ先の事になるだろう。そう思いつつ、水谷は黙って見てみぬフリをして剣を元の場所に返すのだった。

 

 

「ここだ、着いたぞ」

 

「ここが輝夜が言っていた目的の場所か?」

 

「ああ、鍛冶で有名なヘファイストスファミリアのバベル出張店だ。ここに私の専属鍛冶師(スミス)がいる」

 

 

 色々と見て回り、辿り着いたのは赤茶色が目立つ武具屋。入り口の脇には誇らしそうに磨かれた武器や防具がショーウィンドウ内に飾られていて、その外観からは鍛冶師がいる工房というよりはファッションブランド店を彷彿とさせる。

 

 店の名前には『ヘファイストス』の名のロゴ。 

 

 ヘファイストスファミリアと言えば、オラリオでは名を知らない鍛冶系統を専門とするファミリアだ。 

 

 その名を知らないのは冒険者が集うオラリオで探索専門ではなく、鍛冶専門という珍しい生産系ファミリアだからという理由だけではない。

 ヘファイストスファミリアが有名なのは世界最高と噂される武具の品質が最たる要因だろう。

 

 鍛冶の神であるヘファイストス並びにその主神が認めたファミリアの幹部達が作った武具はこの世のものとは思えない程の価値があり、冒険者や採集家(コレクター)にとって憧れのような存在である。現にオラリオ外からもヘファイストスファミリアの武具を買うためだけに来る人も多い。

 

 そんなファミリアの関係者に専属鍛冶師(スミス)がいると輝夜の話を聞いた時は流石の水谷も動揺を隠せずにはいられなかった。オラリオでは珍しい刀の手入れは刀に精通する知識を持つ並みではない鍛冶師にお願いするとは思っていたが、あのヘファイストスファミリアにお願いするとは思いもしない。15歳の少女が一流の店の関係者に対して専属契約を交わすとなると……逞しいという言葉しか見つからないだろう。

 

 

…………………

 

 

…………………………………

 

 

…………………………………………………

 

 

「おーい、いるのか?」

 

 店の中に入り、輝夜が中に人がいるのか呼び掛けをするが、返事が無い。行きつけのラーメン屋みたいなノリで訊ねた輝夜の声が武具類で埋まった店内に響き渡る。

 

 だが、店内から返ってくる言葉は無し。店内も来店したばかりの水谷と輝夜しかおらず、二人しかいない店内が物寂しさをさらに一層醸し出していた。

 

「輝夜……いないようだが?」

 

「いや、店の裏だな。これは」

 

 そう言って、輝夜は関係者以外立入禁止である店内の奥にある部屋へと目をやる。すると、店裏の奥から急ぐようにドタドタと走る音が近付いてくるのだった。

 

「すまない!店の奥で在庫確認をしていてな……って、輝夜ではないか!?」

 

「先月の調整以来だな、単眼の巨師(キュクロプス)

 

 現れたのは男性である水谷よりも長身の褐色肌の女性。服は和風を感じる動きやすい服装で、左目の黒い眼帯が特徴的だ。雰囲気的にもまだ少年少女と呼ばれる年齢の水谷や輝夜よりもかなり年上だろう。

 

 にも関わらず、輝夜は彼女に向かって本性を隠さないタメ口。普段なら、お嬢様のような口振りで振る舞っているが、眼帯の女性も親友のように砕けた感じで話しているのを見ると、互いに気を許した仲に違いない。

 

「時期的に定期調整というわけでは無さそうだが、もしかして新しい刀を買いに来たのか?」

 

「違う。今日、用があるのは私の後ろにいる客。先月の私のように刀を調整しに来たんだ」

 

「後ろ?ほぅ……見ない顔だな。そもそも、輝夜が男を連れて来る事すら珍しいのだが……ついに輝夜も身を固める時が「何の挨拶と勘違いしている!!彼は新しいファミリアのメ・ン・バーだ!!」

 

 口元に手を当てて、感慨深そうにしている眼帯の女性に対して、輝夜は怒気を露にして抗議する。静かに青筋を立てて怒る普段の彼女からすれば、こうして大声を吐き出すように怒る彼女も珍しいものだ。

 

「冗談よ、冗談。そんなに怒るなって。アストレアファミリアの新しい男性メンバーの噂はすでにウチのファミリアにも届いてる」

 

 そう言って、軽い感じで輝夜を慰めた眼帯の女性は水谷の方へと興味を移す。

 

「紹介が遅れたな。私は椿・コルブランド。ヘファイストスファミリアの団長をしていて、そこにいる輝夜とは専属契約を結んでいる関係だ」

 

「初めまして、水谷聡人です。よろしくお願いします」

 

「うむ、こちらこそ!気軽に椿と呼んでくれ。私も期待の新星であるお主に会いたいと思っていたのだ」

 

 

 初対面である二人が互いに簡単な自己紹介をし、友好の握手を交わした所で本題へ。

 水谷は持ってきた刀を鍛冶師である椿に早速預け、刀の調整について話を進めるのだった。

 

 

……………………

 

 

……………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

「ふむ……確かに刃こぼれはしているが、良い刀だ。丁寧に研ぎ直せば、再び扱えるだろう」

 

 

 鞘から刀を取り出し、ジロジロと刀身を鍛冶師という職人の目で丁寧に鑑定する椿さん。俺の世界では鍛冶師というのが数少ない中々お目にかかれない職業なので、鍛冶師に会うのも初めてだし、武器を取り扱う仕事風景を見るのも初めてだ。

 

「確か闇派閥から取り上げた物だったな?闇派閥は極東でも活動しているし、大方そこで得た物だろう。錆びてはいるが、刃が微かに青色という美しい意匠も凝らしている…輝夜は何かこの業物の事を知っているか?」

 

 ヒューマンとドワーフのハーフであるハーフドワーフという珍しい種族である極東出身の椿さんが言うには刀としては一級品で、何かしら有名な物らしい。だが、極東出身の彼女すらも検討がつかないそうだ。

 

 そこで、椿さんが訊ねたのは極東の華族出身という経歴を持つ極東事情に最も詳しい輝夜だ。そう言えば、フィンさんも輝夜なら知っているかもしれないと言っていた気がするな。

 

「青色の刃……そう言えば、私が幼い頃にゴジョウノ家が保管していた倉から賊に名刀を盗まれた事件があったな。名前は確か『睡蓮』と言っていたような……」

 

 まだ幼い頃だから覚えてないと話す輝夜。だが、もしその刀がその『睡蓮』という名刀なら、大変な事態ではないかと気付かされる。

 

「えっ、という事は、もしかすると輝夜の実家の物かもしれないということか?名刀なら向こうも探していると思うし、返した方が良いんじゃ……?」

 

「いや、探している素振りは無かったし、諦めていた感じもあったから返さなくて良いだろ。ていうか、実家に返したくもないし、わざわざ帰りたくもない。そのままミズヤが使ってしまえ」

 

 まさか、返すべき家の血縁者にそのまま借りパクしてしまえという悪魔の囁き……まぁ、輝夜は家出した身だし、あまり実家に関わりたくもないのだろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 輝夜が持つべきだと伝えもしたが、彼女は普段使う太刀の他に小太刀があるため、もう刀は必要ないと。受け取り手がいないなら、俺が引き取るしかない。

 

「そうだ……椿、来月にまでその刀の調整は終わるか?来月に我々のファミリアの遠征があるから、それに何とか間に合わせたい」

 

「あい、分かった。他の客の予約もあるが、私とお前の関係だ。優先的に作業をしよう」

 

「ありがとうございます」

 

 輝夜のお願いにより他の客よりも優先的に刀を調整してくれる事になり、俺は刀の持ち主として輝夜の分まで椿さんにお礼をする。

 

「お礼なんて良いぞ、ミズヤ。私もお前とは鍛冶師としても冒険者としても良い仲を築きたい。また、調整やら武器の買い出しで困ったら、ウチのファミリアを訪ねて来ると良い」

 

 

 こうして、俺と輝夜は刀をしばらく椿さんへと預けて、店を後にするのだった。

 その後はもう1つの目的である衣装の買い出し。といっても、こっちは予約していた物を取りに行くだけ。アストレア様……俺が参加する事を見越してすでに発注していたのかよ。

 

 

 



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