TS少女は堕としたい (鏑木ハルカ)
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第1話 ホットスタート

 なぜかやめられない、そんなモノに心当たりはあるだろうか?

 例えばたばこ、例えば酒、例えば 賭博……様々なモノを思い浮かべた人がいるだろう。

 僕、式目風弥の場合、それは古い携帯ゲーム機のソフトだった。

 

 それはサクッとクリアすることもできるゲームだったが、同時にやり込み要素もあるゲームだった。

 通常50レベルもあればクリアできるゲームだが、アイテムを集めきったり、キャラを育てたりしていると際限なく遊び続けることができてしまう。

 そんな古いゲームを父の遺品から見つけ、幼い頃からずっと、十年近くやり続けてきた。

 

 その日も僕は、そのゲームをまるで作業のようにやっていた。

 もはや敵の幹部も、ラスボスも、一瞬で蒸発できるレベル。そんなキャラが登録最大数の二十も存在する。

 だというのに、プレイをやめることができない。これはまさに中毒と言えるだろう。

 

「ふあぁぁぁ……」

 

 日課のようにラストダンジョンを三周し、一息つくべく大きく伸びをして背筋を伸ばす。

 肩や背中がポキポキと鳴る感触が心地いい。

 そして天井を見上げた瞬間……その天井が落ちてきた。

 

「はぇっ!?」

 

 反射的に頭をかばい、落ちてくる天井を支えようと右腕を突き出す。

 しかしそんなモノ、落下してくる質量と言う暴威の前には、まるで役に立たなかった。

 雪崩を打って落ちてくる瓦礫の山に、僕は瞬く間に意識を失い、闇に閉ざされていったのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

『個体名:式目風弥の生命活動の停止を確認。生体情報の複製を開始します』

「……なんだ?」

 

 朦朧とした意識の中、僅かにそんな声を聞いた気がした。

 しかし意識を覚醒させようとしても、それは叶わず、目を開くことすらできなかった。

 

『該当情報に適性不備。補助情報として携帯機より補完します』

『複数の補完情報を確認。情報の統一を開始します。成功しました』

『各種職業の統一を実行。成功しました』

『複数の性別登録を確認。最多数の性別へ統一します』

『各種技能を新情報へ移行します』

『職業:忍者による無装備特典を付与しました。急所攻撃を付与しました。罠解除スキルを付与しました。職業:大司祭による魔術師系魔法をインストールしました。僧侶系魔法をインストールしました。職業:錬金術師による錬金術系魔法をインストールしました。錬成スキルをインストールしました。レベルを統合しました。アイテム情報を統合しました。ステータスを統合しました。所持容量を超過しました。インベントリー機能を付与しました。アイテム情報をインベントリー内に複製します。オートルート機能を追加しました。貨幣情報を現地貨幣に変換します……』

 

 何を言っているのか分からない。目を開けることもできない。

 ただひたすら、訳の分からないまま浮遊感に身を任せるしかなかった。

 そうしてどれくらいの時間が経過しただろう? 不意に僕は、背中に硬い感触を覚えたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ギャーギャーと騒々しい喚き声で、俺は目を覚ました。

 何やら身体をまさぐられる感触もあり、寝ていられなかったというのもある。

 そして目を覚ました僕が最初に目にしたのは、醜悪極まりない虹色の角の生えた小人の姿。

 そいつらが俺の服を剥ぎ取り、下半身に群がっている光景だった。

 

「な、なんだ!? お前ら一体――」

 

 何をしている、そう聞こうとして、僕は違和感に気が付いた。

 自分の手足が抑え込まれているのは、まぁ分かる。この小人たちが抵抗を防ぐために、そうしているからだ。

 問題は、下半身に群がって何をしているのかと確認しようとしたが、そこへの視線が丸い肉の塊によって妨害されていることである。

 

「胸? おっぱい! ほわい!?」

 

 そう、僕の胸には、結構大きなおっぱいが存在していた。そしてそれが、僕の視線を大きく妨げていたのだ。

 状況を全く理解できていないが、足の間に潜り込んだ小人が腰に巻いた布を取り去り、見慣れた肉の棒を取り出したことで、僕は危機感を抱いた。

 見える肉球は明らかに女性の物だが、それ以上に男であろうが、この状況になれば危機感を抱くだろう。

 

「バカ、やめろ! 放せ!」

 

 暴れようとするが、細くなった僕の手足はびくともしない。

 そして僕の腰元を覆う小さな布切れが剥ぎ取られた時、それは起こった。

 突然力が沸きだし、腕を押さえていた小人を跳ねのけた。

 足も簡単に振りほどけてしまい、自由になった足で、伸し掛かろうとしていた小人を蹴り跳ばす。

 更に視界も変化して、小人の身体の各所に白く光る個所が浮かび上がっていた。

 

「一体、何が……」

 

 今まで手も足も出なかった小人をあっさりと跳ね退けた怪力に、疑問符を浮かべる。

 しかし小人からすれば、それはどうでもいい出来ごとだったらしい。

 むしろ反抗されて怒りを燃やし、こちらに向けて一斉に飛び掛かってきた。

 四つ足からの跳躍。手慣れた襲撃。

 いつもの僕だったら、抵抗もできずに押し倒されていただろう。

 しかしその跳躍は、まるでスローモーションのようにゆっくりとしたものだった。

 

「うわぁっ!」

 

 だが襲い掛かられた僕にとっては、ありがたい状況だった。

 飛び掛かってきた小人に向けて拳を突き出し、光る個所を殴りつける。

 首元に光る個所を手刀で抉り、なぜかそうすればいいと感じたとおりに動かすと、ボキリという骨を砕く感触が伝わってきた。

 そして同時に小人の首が千切れ飛び、宙を舞った。

 小人は力無くその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。

 

「え……え……?」

 

 自分が生物を殺した。素手で首を刎ね飛ばした。殺すという意志は明確には無かったが、その結果に呆然とする。

 だがその隙を突くべく、他の小人たちも襲い掛かってきた。

 仲間が倒されたというのに、怯みすらしない。

 

「く、来るなぁっ!」

 

 何がどうなったのかは全く分からない。

 しかし自分が女の身体になったことと、無抵抗だととんでもないことになるという事実だけは理解できた。

 そして小人も、死ぬまで襲撃をやめないことも。

 

 だから僕は、全力で抵抗した。

 両腕を押さえていた二匹。両足を押さえていた二匹。残っていたのは四匹だけ。

 それを手足を振り回して一瞬で倒しきる。

 拳の一撃で、蹴りの一発で、あっさりと命を落とす小人たち。その感触に吐き気を催すようなおぞましさを感じる。

 しかしそれをやらねば、僕の末路は悲惨なものになったはずだ。

 

 死亡した小人たちを見下ろし、立ち尽くす僕の元に、がさがさと言う草を掻き分ける音が届く。

 いや、それだけではない。

 しんだ小人たちと同じような、ギャーギャーと言う耳障りな叫び声も。

 この場にいるのは危ない、そう思って振り返った先に、新たな小人たちが現れていた。

 その数、十以上。そしてさらに増えつつある。

 

「マジかよ……」

 

 増援だけではない。さらに巨大な、小人と呼ぶには問題のあるレベルの相手も姿を現す。

 気が付けば、僕は逃げ場も無いほどに包囲されていた。

 これを切り抜けねば、絶望の未来が待っているはずだった。

 



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第2話 ボーイミーツガール

 襲われるのが分かっている相手に無抵抗なんて、馬鹿らしい。

 なので僕は必死になって抵抗した。

 幸いにして、僕は女性化していると同時に身体能力もかなり強化されているようで、小人一匹倒すのは全く苦にならない。

 しかし精神的に生物を殺すという作業は非常に重く、さらに雲霞のごとく押し掛けてくる小人の群れに、精神が次第に疲労していく。

 

「くそっ、どれだけいるんだ、こいつら!」

 

 屠った数はすでに十や二十では足りない。むしろ周囲の小人の数は増えつつある。

 特に額に虹色の角を生やした個体が増え始めていて、そう言った個体は通常の小人よりもさらに強く感じられた。

 それでも屠る手足を止めるわけにはいかない。

 見たくも無いことだが、こいつらは性的な興奮状態でこちらに襲い掛かってくるのだから。

 

「ああ、もう! いいさ、徹底的にやってやる!」

 

 こちらだって伊達に無駄にゲームをやり続けてきたわけではない。

 根気と集中力だけは、普通より高いと自認している。

 数に任せてかかってくるなら、その全てをねじ伏せて、生き残るまでだ。

 半ば自棄になった気分で、僕はひたすら小人を潰す作業に埋没していったのだった。

 

 

 

 どれくらい経ったのだろう?

 女になった身体で、負けたら凌辱されるという恐怖心から、ひたすら戦い続けた。

 日は一度昇り、そして沈んだのは把握している。

 周囲は見通しの悪い木々が生え繁っていて、小人たちの数が残りどれくらいなのか分からないままだ。

 周囲には百を遥かに超える死体が転がっている。

 

 それだけの数の敵を屠ってきたというのに、僕の手足は擦り傷一つ付いていない。

 普通ならあり得ない。人の拳はそこまで頑丈にできていないはずだった。

 だが僕の拳は未だ無事。身体能力以外にも、どうやら耐久力も向上しているらしい。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 だんだんと思考が霧に霞んだように鈍っていき、まるで機械のように小人を殺戮していく。

 中には返り血だけでなく、口にしたくもない液体をこちらにぶちまけて死ぬ奴までいる。

 おかげで俺の姿はどうしようもないほどに汚れ切っている。

 それでも手足を止めず戦い続けていた。

 途中で何匹か、角の大きな個体ややたらと抵抗してくる個体も存在したが、光る個所を攻撃すると、どんな敵も一撃で仕留めることができた。

 今が明るいのか、暗いのかすらわからず戦い続け、そしてようやく、周囲から生き物の気配が消え去った。

 

「終わった……の、か?」

 

 なにも動く者のいなくなった森の中で、僕は周囲を警戒しつつ辺りを見回す。

 周囲には地面も見えないほどに埋め尽くされた小人の死体。むせかえるような血臭。

 生き残っている敵はいないようだった。

 

「まさか、最後の一人までこっちに襲い掛かってくるとか、どんだけバトルジャンキーなんだよ……」

 

 早くこの場を離れたい、ドロドロになった身体を洗いたい。しかし僕の足はもはや一歩も動けなかった。

 一晩の間に数えきれないほどの小人を虐殺し、心身ともに疲れ果てていたからだ。

 

「ああ……もう、ダメ……」

 

 視界が歪み、足元もおぼつかない。

 ついに僕は立っていられなくなり、大の字になって地面に倒れ込んだのだった。

 

「もう……襲われても、いい……眠らせて……」

 

 そう一言だけ口にして、僕は瞬く間に眠りに落ちていったのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ゴブリンの大発生。

 迷宮と呼ばれる場所の近くで、ごく稀に発生する現象。

 繁殖力が強く、性欲旺盛で、そしてどんな生物とでも子供を産む。

 そんなゴブリンが迷宮という住処を得た場合、一気に繁殖して地上にあふれ出ることがある。

 ボク――ミィスの住む村の近くでそれが観測されて、村は警戒態勢に入っていた。

 

「ミィス、今日は頼むぞ」

「は、はい!」

 

 近くの街に救援要請の使者を出した後、ゴブリンたちの監視のために、もう一人の猟師であるギブソンさんが声を掛けてきた。

 ボクの住む開拓村は、まだ人が少ない。冒険者を除くと、武器を扱える人間は数えるほどしかいなかった。

 そんな中、両親を失い、一人で暮らすボクは、使い捨て出来る戦力として数えられていた。

 

 それも仕方ない話なのかもしれない。

 僕は身体があまり強い方ではない。外見も男らしいとはとても言えず、女の子と間違えられる方が多いくらいだ。

 弓を扱えると言っても、せいぜい野ウサギや野鳥を射殺せる程度。ゴブリン相手に戦えるような物ではない。

 

 母は知らず、父は三年前に亡くなった。

 そんなボクが、村にどれだけ貢献できているかといえば、ほとんどできていないと答えるしかない。

 村に置いてもらえるだけでも御の字。

 だからこそ、今回のゴブリン偵察に駆り出されたと言える。死んでも村に影響を与えない人材だから。

 

「悪いな、貧乏くじを引かせた」

「いえ、役に立てるなら」

「そう卑屈になるな。もし襲われたら俺が足止めする。お前は村に知らせに逃げろよ?」

「え、でも」

「それくらいの役には立ってみせるさ」

 

 軽く胸を叩いてから、森の中を先導するギブソンさん。

 早くに両親を亡くしたボクからすれば、父の次に尊敬できる人だ。

 そんな彼と死地に向かえるというのは、非常に心強かった。

 

「なんだ、これは――」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、どうやら目的地に到着したらしい。

 しかし近辺からは生臭い臭いが漂ってきていて、ゴブリンが近くにいるのが分かる。

 

「ギブソンさん、静かにしないと」

「いや、その必要はない」

 

 ゴブリンがそばにいるのなら静かにしなければ。そう考えての警告だったが、ギブソンさんはその必要が無いことを知らせてきた。

 

「見ろ。ゴブリンどもが死に絶えている」

「え?」

 

 そう言われて木々の先に目をやると、彼の言う通りゴブリンの死体が山のように、いや、地面が見えないくらい、辺り一帯に埋め尽くされていた。

 

「これは――!?」

「分からん。誰かが倒したのか、何らかの別の何かが殺したのか」

「牙の痕は……無いですね」

「ああ。多くは何かの打撲が原因か? 一部は刃物で斬られたように首が飛ばされているな」

「刃物? じゃあ人の仕業なんですか?」

「その可能性は……ん?」

「どうかしました?」

「生存者だ!」

 

 そう言うと、ギブソンさんはゴブリンの死体を掻き分け、一人の女性を抱き上げた。

 その人は裸で、血と精液でドロドロになっており、悲惨な目に合ったことが見て取れる。

 

「生きてるんですか?」

「ああ、呼吸はしている。おそらくゴブリンに攫われて、戦闘に巻き込まれたんだろうな」

「早くお医者さんに診せないと!」

「ああ。他にゴブリンもいないようだし、偵察はここまでにしておこう」

 

 そう言うとギブソンさんは彼女の身体を布で拭い、保温用に羽織っていたマントをかけて身体を隠す。

 汚れを落とされた彼女は凄く綺麗で、華奢な身体をしていた。

 そんな彼女がゴブリンに弄ばれたのかと思うと、怒りが沸き起こってくる。

 それでも、彼女が生きて助け出されたことに、安堵の息を漏らしていた。

 



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第3話 森の異変

 ボクたちが少女を保護した後、近くにある水辺まで移動することになった。

 なぜ村に直接戻らなかったのかは、彼女の状態の酷さにある。

 僕はまだ、十二年しかこの世界に生きていないが、それでもゴブリンに攫われた女性がどんな目に合うかくらいは理解できる。

 彼女の状態が、まさにそれに近い。

 

 それに、血と体液にまみれた彼女は酷く汚れていて、こう言ってはなんだけど、とても臭い。

 この臭いが、別の敵を引き寄せる可能性があったからだ。

 これを洗い流し、身を清めるのが目的である。

 

「ミィス、お前が彼女の身体を洗ってやれ。俺は周囲の様子を見てくる」

「ボクがですか?」

「そりゃそうだ。彼女だって、俺みたいなオヤジに身体を触られるより、お前の方がよっぽどマシだろ」

「それは……」

 

 ギブソンさんにそう言われ、ボクは言い返すことはできないでいた。

 悲しいかな、僕の外見はそこいらの女の子より女の子っぽい。

 細い手足では獲物を射抜くことができず、筋肉が付く気配すら見えない。

 日に焼けない肌も、妙に綺麗な金髪も、村の女性からは羨望の目で見られている。

 だけど、それって男としてどうなんだろうとは常々思っていた。

 

「ここなら水も大量にある。布は持ってるな?」

「収納(カバン)に、たくさん用意してます」

 

 収納鞄は空間魔法が付与された、一般的な魔道具である。

 内部の空間を拡張されているため、見た目以上の容量を収納することができるのが便利だ。

 便利な道具だが、しかし問題はないわけではない。

 外部からの干渉してくる魔法に、ほとんど抵抗できないということである。

 つまり、中身を自由に覗くことができてしまう点だ。

 だがこれも悪いばかりではない。密輸などに使うことができないため、逆に信頼性は増す。

 

「よし、じゃあ、しばらく見て回ってくるから、その子の世話は任せるぞ」

「はい」

「変なイタズラはするなよ?」

「しませんよ!」

「あ、でも中までちゃんと洗うんだぞ」

「うう……」

 

 ボクをからかいつつもその場を立ち去るギブソンさん。岩が多く足場が悪いというのに、足音をほとんど立てない。

 この辺りの技量の高さが、ボクの尊敬を集める原因である。

 村では、なんだかボクとギブソンさんを『掛け算』している女性たちもいるらしい。掛け算って、なんだろう?

 

 ともあれ、時間がそれほどあるわけでもない。ギブソンさんもあまり長居はしないはずだ。

 ボクはカバンから布切れを取り出し、それを濡らして彼女の身体を拭っていく。

 

 布切れは野外では使い道がかなり多い。

 今回のように拭くだけではなく、包む、縛る、覆うといった用途にも利用できる。

 なので狩りには必須と言えるアイテムだった。

 

「うわ」

 

 彼女の汚れを拭きとっていくと、ボクは思わず声を漏らした。

 それくらい、血や体液の下から出てきた彼女の顔は、綺麗で愛らしかったからだ。

 黒い髪を肩口で切り揃えた髪型は、この近辺ではかなり珍しい。たいていの女性は髪を長く伸ばしているから。

 小麦色の肌は健康的で、肌の張りもすごく滑らかだった。

 髪の艶に至っては、もはや神の領域で、まるで夜空を映したかのようだ。

 その髪が光を反射する様は、夜空の星を見ているみたいで、飽きが来ない。

 

「すっごく綺麗な人だ」

 

 こんな人がゴブリンに襲われていただなんて、それだけで怒りが湧き上がってくる。

 同時に、彼女を護らないとという、分不相応な義務感も。

 

「あ、そうだ。身体の方も」

 

 汚れは身体の方にも及んでいる。というか、面積的に身体の方が汚れている部分が多い。

 丁寧に身体を拭っていくと、ここでもボクは声を漏らした。

 とにかく柔らかく、細く、今にも壊れそうなくらい繊細な身体をしていたからだ。

 

「すっご、村の女の子たちと全然違う」

 

 身体の張りはもちろんの事、胸の先端なども全く違う。

 それに寝かせても形の崩れない胸とかも、村の女の子たちと同じ女性とは思えないくらいだ。

 胸はあまり大きな方ではないが、腰がとても細いので、相対的に大きく見える。

 それでいて、身体全体のバランスがおかしくならないくらいの、絶妙な細さである。

 

「うう……こんなの拷問だよぉ」

 

 見ているだけで刺激的な身体を拭っていくとか、精神的な負担が凄い。

 それでも何とか拭き終わって、一息吐いた頃、僕はさらなる難関にぶち当たった。

 

「あ、中……」

 

 ゴブリンに襲われていたのなら、当然汚れているであろう場所。

 それに思い至って、僕はついに鼻血を噴き出したのだった。

 

 

 

「なにしてんだ、お前」

 

 偵察から帰ってきたギブソンさんが、ボクの醜態を見て呆れた様な声を上げる。

 鼻血を拭ったため真っ赤になった布切れ。どうせ汚れるならと彼女の股間をこれで拭い服を着せたところでボクは力尽きた。

 人並外れて大きい部分が暴発し、彼女だけでなくボクまで着替える羽目になったからである。

 どうやらボクは、オークの血が流れているらしく、村の大人よりも大きい。

 

「変なことはしてませんから!」

「お前にそんな度胸があるとか、思ってないよ」

 

 僕の醜態にゲラゲラと笑い声を上げながら、ギブソンさんは肩を叩く。

 僕は彼女にも着替えを着せて、その彼女をギブソンさんが担ぐ。

 野外に出る時、最低でも着替え一式を持ち歩くようにしていたのが、役に立った。

 

「周辺にゴブリンどもは一匹も残っていなかった。どうやらあそこで全滅させられたらしいな」

「ゴブリンが大繁殖したのに、全滅ですか?」

「それだけじゃないぞ、魔晶石もほとんど残っていない」

 

 魔晶石は魔獣の額から突き出している、虹色の角状の石だ。

 これは魔獣の体内の魔力が凝縮してできた石とされており、相応の値段で取引されている。

 これが一つも残っていないということは、それを意図的に集める何者かがゴブリンを殲滅していったということになる。

 

「やっぱり、人……ですかね?」

「ゴブリン数百匹を殲滅できる人数がこの地に来たという話は、聞いたことが無いんだけどなぁ」

「じゃあ、それができるような達人が――」

「そういうのってギルドが所在を監視してるんじゃないか? なんにせよ、ゴブリン退治とか受けそうにないと思うけど」

「うーん、じゃあやっぱり謎のままですか」

「まぁ、俺たちの仕事は偵察だからな。目の前の事態を村に届けるのが仕事だ」

 

 そう言うとギデオンさんは彼女を背負ったまま立ち上がり、軽快な足取りで村へ戻り始めたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 



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第4話 TS少女と男の娘

 視界を埋め尽くすほどの小人の数。

 それが僕に飛び掛かり、服を剥ぎ取っていく。そして足を押し開き、股間に異物感を覚えたところで、僕は目を覚ました。

 

「く、来る! 雑魚が!?」

 

 跳ね起きた俺は夢の中の小人を迎撃するために拳を突き出した。

 しかしもちろんそこに小人の姿はなく、代わりにコロンと横に転がった少女の姿があった。

 

「あ、あれ?」

「うーん……むにゅう……」

 

 ゆったりとした半ズボン状の寝間着とシャツを着て、おへそを丸出しにして眠る姿は無防備極まりない。

 僕が男のままだったら、このままお持ち帰りしてもおかしくはない。

 というか、状況的にお持ち帰りされたのは僕の方か?

 

 少女は肩の下まで金髪を伸ばした非常に整った顔つきをしており、まだ幼い年齢に見える。

 そんな子供がなぜ僕の隣で寝ているのか、少しばかり疑問に思う。

 前の姿のままだったら、確実に事案である。

 

「えーっと……」

「んにゅ? あ、目が覚めたんですか」

 

 少女は目をこすりながら目を覚まし、こちらを確認するとそう言ってきた。

 

「君が僕を助けてくれたの?」

 

 とりあえず聞きたいことはたくさんあるが、まずはこれを聞いておかねばなるまい。

 

「あ、はい。ボクたちはゴブリンの大繁殖を偵察に行って、そこで」

「ゴブリン……あれがゴブリンだったのか」

 

 ファンタジーの定番であり、有名な雑魚であり、最近ではエロモンスターとしてオークを凌ぐ人気を持つ。それがゴブリンである。

 そんな群れに襲われて無事だったことに、改めて安堵の息を吐いた。

 

「あの、ボクも聞きたいことがあるのですが?」

「うん、なに?」

 

 この子、可愛い顔してボクっ子なのか。属性盛ってるなぁ。

 

「ゴブリンが全滅していたんだけど、なぜか分かりますか?」

「ゴブリン? ああ、あの小人ね。あれは僕がやっつけたんだよ。ビシビシーってね」

 

 年上の威厳を見せるべく、拳をビュッと突き出して見せる。

 しかしその鋭さは、ゴブリンどもを相手にした時よりも遥かに鈍かった。

 というか、ブンという風切り音すら鳴らないレベルの鈍さだ。

 

「なんで?」

「あはは、冗談はそれくらいにして」

「いや、冗談じゃないんだけど……そうだ、僕の名前は式目風弥っていうんだ。君は」

 

 自己紹介を忘れていたことを思い出し、少女に名前を聞いてみる。

 彼女は警戒心が無いのか、ふわっと笑うと名乗り返してくれた。

 

「あ、ボクの名前はミィスです。お姉さんはシキメ・フーヤさん? 名字持ちなんですね」

「別に貴族とかってわけじゃないけどね。故郷ではみんな名字を持ってるよ」

「そうなんだ?」

 

 なんだか、彼女の発音が微妙に違う気がするが、それはまぁ置いておこう。

 僕の動きが唐突に悪くなったのは、一つ心当たりがあった。

 それは明らかに地球ではないこの世界に来た時に聞いた声にあった、『無装備特典』というやつだ。

 おそらくはなにも装備していない時に限り、大幅に能力が向上するスキル。

 これは僕が長年やってきたレトロゲームにあった、忍者という職業のスキルだ。

 

「あの時、服を剥ぎ取られたことで『無装備』状態になって、スキルが発動した?」

「どうかしたんです?」

「あー、いや、気にしないで」

 

 この状況はよくあるファンタジー小説にある『異世界転生』に近い。

 僕は天井が崩れ落ちるという状況に会い、死亡し、この世界へとやってきた可能性がある?

 

「いや、そんなマンガじゃあるまいし」

 

 とはいえ、この状況は科学的なものでは説明がつかない。

 ミィスという少女も、明らかに海外の人の外見なのに、日本語を話している。

 いや、口元の動きが微妙にずれがあることから、謎の翻訳が成されているのかもしれない。

 

「それより僕を助けてくれたのに、お礼を言ってなかったね。ありがとう。今は言葉以外は何も返せないけど」

「そんなことないですよ。ボクが見つけたわけでもないですし」

「そうなの?」

「はい。見つけたのはギブソンさんで、ボクはついて行っただけで。あ、シキメさんがボクの家にいるのは、ギブソンさんも独り身だからで」

「そのギブソンさんって、結構いい歳の男の人?」

「はい」

 

 なるほど、いい歳の男性の小屋に放り込むわけにはいかないから、幼い少女の部屋に押し込んだという訳か。

 それにしても、なぜ一緒に寝ていたのか……と疑問に思って周囲を見回して、その原因に思い当たった。

 この部屋……というか、小屋。ベッドが一つしかない。

 これくらいの年頃の少女だと、他者と寝ることにも拒絶感は少ないだろう。

 小屋は真ん中に囲炉裏があるだけの山小屋みたいなつくりになっている。他にはベッドとクローゼットが一つずつあるだけの粗末な小屋だ。

 こんな幼い少女を一人で住まわせているなんて、少しばかり可哀想に思える。

 

「あの、お父さんかお母さんは?」

「両方ともいません、母は記憶に無くって、父は三年前に」

「あっ、ゴメン」

 

 考えてみれば、赤の他人を引っ張り込んでいるのに、他に人が居ないという状況から察するべきだったかもしれない。

 

「それより、お姉さんはどこから来たの? 無事を知らせないと」

「あー、僕はすっごく遠いところだから、連絡は難しいかも」

 

 なにせ、どう考えても世界が違う。地球にはゴブリンなんて実在しなかったし。

 いや、おとぎ話の中では存在したけど、確認はされていない。それが百匹単位で生息する場所なんて、地球にはない。

 だからここは、異世界で間違いないのだろう。

 

「あ、そうだ……ステータスオープン、とか!」

 

 異世界といえばステータス、そう考えた僕は深く考えずにそう口にしてみた。

 しかし何も起きない。

 

「うーん、じゃあインベントリーとか?」

 

 ステータスには反応が無かったが、こちらには反応があった。

 目の前に板状の表示が出現し、そこには大量のアイテムが収められていた。

 そして僕には、その名称に見覚えがあった。

 

「これ、あの携帯ゲームの?」

 

 武器の名前などから携帯ゲームのRPGの装備と推測できるものが、そこには大量に収められていた。

 そしてなにより、大量のゲーム内貨幣も。

 

「な、なんだ、これ……えっと一枚だけ」

 

 ゲーム内にあった貨幣を一枚呼び出し、ミィスに見せる。

 

「ねぇ、ミィス。これってお礼になるかな?」

「うわ、金貨!?」

「結構価値が高い?」

「うん。新人の職人のお給料が、これ二枚くらいだよ」

「ええ……」

 

 新人の職人の給料が二十万と推測すると、金貨一枚十万円の価値と計算できる。

 そして僕のインベントリーの中にはその金貨がなんと……一七二億枚も収まっていたのだ。

 



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第5話 衝撃の事実(オーク級)

 十年間、僕は同じゲームを延々と続けてきた。

 その結果、所持できる限界まで所持金を集め、数多くのアイテムも集めきっている。

 そのわけの分からない執着の結果が、この一七二億ゴールドという所持金である。

 しかしこの世界もゴールドが貨幣単位とは限らなかった。

 

「この金貨一枚で一万ゴルドだから……うん、二枚で職人の一か月分の給料ですね」

「そ、そうなんだ。ちなみにぶしつけだけど、ミィスちゃんは月どれくらい稼いでいるのかな?」

「ちゃん……いえ、ボクの場合、五千ゴルドってところですね」

「それ、すごく安くない?」

「ボクは猟師としては半人前ですから」

 

 悔しそうに唇をかむ彼女の姿に、この村での境遇が見て取れる。

 おそらく、村に寄与できない彼女は、あまりいい待遇を受けていないのだろう。

 

「じゃあ、この金貨はギブソンさんと二人で分けて。僕の命を助けてくれたお礼だから」

「え、でも」

「僕はほら、まだあるから」

 

 そう言って懐に手を突っ込み、もう一枚取り出してみせる。

 もちろん服の下には何もないのだが、何もない場所から取り出したのでは妙に思われてしまう。

 もっとも、すでに一つ取り出しているので、もう遅いかもしれないが。

 

「いいん、ですか?」

 

 言葉をつっかえさせながらも、断る力はなさそうだった。やはり彼女の生活は、かなりカツカツだったらしい。

 

「そうだね。あ、僕は旅を続けててさ。できれば、しばらくここに住まわせてくれるとありがたいんだけど?」

「え、ここにですか!?」

「この村に宿屋とか、あるかな?」

「小さな開拓村だけど、一応あります。でもあまり綺麗じゃないけど。あ、でも、この小屋よりはマシ」

「んー、見知らぬ人の宿に泊まるより、君の小屋の方が快適そうなんだけどね」

 

 ちらっと流し目で、わざとらしく媚びてみると、彼女は顔を赤くしてコクコクと頷いてくれた。

 

「やった。じゃあ、しばらくはよろしくね!」

「こ、こちらこそ」

「あ、もちろんできる限りは僕も手伝うから。多分結構いろいろできるよ」

「それは助かりますけど」

 

 ゴブリンの首を刎ね飛ばすほどの手刀を放てるのだから、おそらく僕の身体はゲーム由来の能力を得ているはず。

 大量の所持金から考えるに、一つのキャラではなく作ったキャラ全ての能力を統合されている可能性があった。

 僕のやっていたゲームでは、一つのキャラで持てる最大金額は四十億程度だったはずだ。

 それが四キャラ存在し、他のキャラは所持金を控えめにしていたので、総額にするとおよそ一七二億になる。

 

「実はちょっと試してみたいこともあるし」

「あの、あまり変なことは……」

「大丈夫大丈夫、きっと大丈夫」

 

 ぱたぱたと手を振る僕を、怪訝そうな目で見るミィス。

 それよりももう一つ、僕には気にかかることがあった。

 

「それより、この小屋にお風呂はあるかな? なんだか生臭くって」

「あー、ゴブリンの返り血とかでドロドロでしたから。一応できる限り拭き取ったんですけど」

「それでかぁ。体臭だったら嫌だなって思ってた」

「それは無いですよ。むしろいい匂いがしましたし」

 

 そう言えば、ミィスは僕にしがみついて寝てたっけ。臭くなかったのかな?

 

「ゴホン。お風呂は無いですけど大きめのたらいがあるから、それでお湯に浸かることはできますよ」

「お、それいいね。お願いできる?」

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 

 ミィスは大きな布を取り出し、土間のところに敷いた。

 そこに大きなたらいを運んできて上に置く。

 これで水がこぼれても床が汚れることはないし、湯から上がった時に足が汚れることも無い。

 そして腰に巻いていたウェストポーチを逆さにして。水を大量に流し込んでいく。

 流れ込む水の容量は明らかに鞄の容量を超えていた。

 

「それ、凄いね」

「え? ああ、収納鞄ですか。わりとありふれた魔道具ですよ?」

「そうなんだ」

「それよりシキメさんの収納魔法の方が凄いですよ。さっき金貨を取り出したやつ」

「あー、あれね……」

 

 あれは魔法ではなくインベントリーのスキルなんだけど、ここは黙っておこう。

 どうやら収納魔法とやらが普及している影響で、僕のインベントリーを変に思わなかったらしい。

 ミィスは続いて小屋の隅にあった赤い小石を取り上げると、それをたらいの中の水に落とす。

 しばらくすると、こぽこぽと水が沸騰し始め、湯が沸き始めた。

 

「その石は?」

「これですか? これは発火石です。本来は火を熾すために使うんですけどね」

「へぇ?」

「水の中に入れると、火が出ない代わりにお湯を沸かせるんですよ」

「ふぅん……便利だね」

「ええ。生活に必須の道具です」

 

 日本ではガスや電気でお湯を沸かせるが、この世界ではこの石でお湯を沸かすのが定番なのだろうと納得する。

 お湯が沸いたようなので、僕は服を脱ぎ捨て、さっそく身体を洗うことにした。

 どうにも生臭さが鼻に突き、我慢できなかったからだ。

 それを見て、慌てたようにミィスが背を向ける。

 

「それじゃボクは、お風呂から上がるまで外に出ていますので」

「なにいってるの。どうせなら一緒に入ろう?」

 

 こんな美少女と一緒に入れる機会を逃すなんて、もったいない。

 そんな下心も込みで、僕は彼女を誘ってみた。

 しかし彼女は背中を向けたまま、蟹のように横に歩いて玄関に向かおうとする。

 

「おおお、お気になさらず!」

「そうはいくかー! こうなったら是が非でも一緒に入ってもらうからね」

「ひ、ひやぁ!?」

 

 悲鳴を上げるミィスのズボンに僕はしがみついて逃亡を阻止する。

 彼女は必死でそれを押さえて抵抗するが、全裸になった僕の身体能力は、彼女のそれを遥かに凌駕している。

 逃げ切れようはずがなかった。

 

「ひゃああぁぁぁ!」

 

 ついに抵抗虚しくずるりと引き下げられる彼女のズボン。

 元々が寝間着用だっただけに、ゆったりとした仕立てだった。なので、あっさりと引きずりおろすことができた。

 問題は、そこから現れた巨大なナニかだ。

 ずるんと、いやボロンと零れ落ちた棒状の肉塊は、僕にとって見慣れた代物だった。

 唯一違うとすれば、そのサイズ。

 すでに大人と変わらぬサイズ、というか大人以上。太股の半ばまであるそれは、その外見にそぐわぬ威容を誇っていた。

 

「ミィス……君、男だったんだね……」

「う、うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 僕は呆然とそう呟くしかできなかったのだった。

 



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第6話 異世界の生活

 僕がミィスの小屋に転がり込んで、数日が経過していた。

 その間に僕は自分の身体の事を、できる限り調べていた。

 

 まず身体能力だが、これは非常に低い数値で安定している。ただし全裸になれば、忍者としてのスキルが解放されて滅茶苦茶な戦闘能力を発揮することができていた。

 続いて魔法能力だが、こちらは何の制限もなく使用することができた。

 問題は魔法が大火力過ぎて、近くの森にクレーターを作ってしまったことくらいか。はっきり言って味方がそばにいる状況だと、とても使えない。

 僧侶系魔法や錬金術系魔法も同じく問題なく使用できていたので、僕はこの小さな村の回復ポーション作りの名人として立場を築きつつあった。

 

「これでミィスに家賃を払うことができるね」

「そんなの、気にしてないのに」

 

 ミィスはそう言ってくれるが、さすがに十二歳の少年の世話になるのは気が引ける。

 ゲーム内通貨にしても、額が額だけに使うのは気が引けてしまう。

 だからと言って、村を出るという選択肢は、僕にはなかった。

 なぜかというと、ミィスに一目惚れしていたからである。

 

「いやー、ミィスは可愛いなぁ」

「あの、ボク男なんですけど?」

「そこがいいんですよ!」

 

 そう、僕はこの世界に来て、何の因果か女になってしまった。

 この世界で生きていくためには、やはりいろいろなことが問題となってくる。例えば、性的な問題とか。

 正直言って、精神が男のままの僕は、そこいらの男に組み敷かれるとか、考えるだけで鳥肌が立つ。

 しかしその相手が、少女と見紛う美少年なら、何とか耐えられるのではないか? と、そう考えたのだ。

 それとなにより、完全な一目惚れである。

 

「ところでミィス。お嫁さんはいらないかな? 僕とか」

「もう! シキメさんはそうやって、すぐボクをからかうんだから!」

 

 プゥッと頬を膨らませるミィスを見て、つい頬を緩ませてしまう。

 彼はどうやら、僕の名をシキメ、姓をフーヤと勘違いしているらしい。この世界でそれが普通の名前だと考えられているのなら、無理に修正する必要も無いかと放置している。

 

「それより回復ポーションができたから、ギルドに納品してくるよ」

「あ、ボクも行きます。チャージラットの討伐が規定数に達しましたから」

 

 チャージラットというのは、頭にコブの生えた大きなネズミのような生き物の事だ。

 このコブというのが、虹色の石のようなコブで、ゴブリンの額に生えていたものと同じものらしい。

 これは体内の魔素が凝縮され突き出たもので、強力な魔物になればなるほど、このコブが大きな角なるらしい。

 

 そして僕のインベントリーには百を超える角が収められていた。

 どうやら、あのゴブリンどもの角を自動で回収してくれていたらしい。インベントリーさん、マジ万能。

 

「そういや、ゲームでも勝手に戦利品がアイテム欄に入ってたよなぁ」

「げーむ?」

「んや、なんでもないよ」

 

 ミィスの暮らす小さな開拓村は、人口が百に満たないほどしかいない。

 それでも生息域の最外縁部ということもあり、冒険者ギルドというモノが設置されている。

 冒険者とは、武装した軍に所属していない何でも屋のような存在で、この世界でもかなり需要がある存在らしい。

 

 しかし何の後ろ盾も持たない冒険者は、身元の信頼ができない。

 そこでギルドが身元を保証することで、世間的な信頼を得ることができるというわけだ。

 逆に言えばギルドの規則を破ってしまうと、その信頼を得ることができなくなってしまう。

 そうなってしまうと、もうそこらの盗賊と何ら変わりない立場に転落するという仕組みだ。

 

 ギルドの信頼を得る限りは、冒険者としての立場を得ることができる。

 しかし裏切ってしまうと、武装したならず者と認識されてしまう。

 だからギルドは裏切れない。それがこの世界の冒険者という存在である。

 

「荒事が多いから、ポーションを納品してくれるシキメさんはありがたいって、ギルドの人が言ってましたよ」

「僕みたいな旅行者を信じてくれるとか、チョロ……ゲフンゲフン。いや、信じやすい人だなとは思うけどね」

「ギルドは結果が全てですからね。有用な薬を提供してくれるなら、出自とかどうでもいいんですよ」

「それを子供に諭される僕って、世間知らず極まってる?」

「いい大人は、僕みたいな子供に求婚なんてしませんから」

「それを言われるとつらい」

 

 そう言って村の中でも一際大きな建物の中に、足を踏み入れる。

 中では冒険者たちがすでに大勢たむろしている状態だ。この村の近くには迷宮と呼ばれる稼ぎ場所があるので、四十名程度の冒険者が来訪している。

 はっきり言って、村の収容限界を超えていると思うのだが、そこはギルドが宿泊施設を提供することで、どうにかやりくりできていた。

 最初、僕がそこに泊まれなかったのは、ギルドに加入していなかったかである。

 

「ちわーっす。ポーションお持ちしましたぁ」

「あ、シキメさん。待ってたんですよ!」

 

 すでにこの数日で顔見知りになった受付のお姉さんが、僕に向けて手を振ってくれる。

 彼女もああ見えて結構な手練れで、服を着ている僕くらいなら余裕で取り押さえることができる。

 荒くれ者な冒険者たちを相手にするのなら、それくらいの実力がいるということだろう。

 

「確認しますので、しばらくお待ちくださいね」

「はぁい」

「それじゃ、ボクはあっちの納品受付の方に行ってきますね」

 

 僕とミィスでは納品する品が違うため、受付の場所が違う。

 僕が確認を受ける間に、ミィスも納品を済ませてしまおうという考えだった。

 

「うへー、相変わらず高品質の回復ポーションですね。これ八級くらいの効果がありますよ」

「え、マジで? それ十級なんだけど?」

 

 僕が習得している錬金系スキルで、ポーションの作成も可能だ。

 特にクリアレベルを大幅に超えている僕は、素材さえあればほぼ全てのポーション作成が可能となる。

 そのための知識は、なぜかすぐに『思い出す』ことができた。

 おかげで日々の糧には困らずに済んでいた。

 

「とんでもない! こんな辺境だと十級でもあれば御の字なんですよ。それなのに八級に匹敵する効果がある十級とか、ありがたいを越えて崇めたいくらいです」

「そうなんだ? でも崇めるのはヤメテね」

 

 ゲームでは、十級とか九級は初心者向けのタダ同然のポーションだった。

 それでもこの近辺では需要があるのか、かなりの速度で売れているらしい。

 

「そういえばシキメさんは魔法もこなせるんでしたっけ?」

「ええ、まぁ」

 

 魔術師系と僧侶系、それに錬金術とゲーム内にある魔法は全て使用できる。

 その威力も半端なものではなく、クレーターを作った時は言い訳に四苦八苦したものだ。

 そばにいたのが純朴なミィスだったおかげで、どうにか誤魔化せたと言っていい。

 

「実は迷宮の方で、大規模な探索隊が組まれることになりまして」

「パス」

「そこをなんとか!」

「僕は平穏に生きていきたいんです!」

 

 そもそも僕は近接戦を封じられた状態に近い。戦うためには裸になる必要がある。

 そんな僕が、死地である迷宮に潜るなんてまっぴら御免だ。

 

「うう、つれないですぅ」

「それより早く代金払って」

「はいぃ」

 

 僕の催促にしぶしぶお金を支払うお姉さん。

 これもまた、いつものやり取りだったりするのだった。

 




特級ポーション ライフ100%回復、欠損治癒有り
一級ポーション ライフ80%回復、欠損治癒有り
二級ポーション ライフ50%回復、欠損治癒有り
三級ポーション ライフ30%回復
四級ポーション ライフ10%回復
五級ポーション ライフ5%回復
六級ポーション ライフ3%回復
七級ポーション ライフ1000回復
八級ポーション ライフ500回復
九級ポーション ライフ300回復
十級ポーション ライフ100回復

あくまで参考数値です。


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第7話 疑惑のレベルと新しい仕事

 受付のお姉さんから代金を受け取り、僕は獲物の討伐報告に向かったミィスを待つ。

 その間、彼女から言われた言葉を反芻していた。

 僕が作った回復ポーションは十級の物だ。しかし彼女はそれを八級並みと評価した。

 これはおそらく、錬成の際に加算されるレベル補正によるものが影響していると思われる。

 

「レベル補正……ねぇ?」

 

 しかし僕のレベルは実はそれほど高くはないとされていた。

 胸元から取り出したギルドカードによると、僕のレベルは03レベルである。

 この世界の一般人はおよそ7から10レベル。兵士で15から20レベル、一流の人間でその職の30レベルというところだ。

 そして達人と呼ばれる連中で50レべル、英雄と呼ばれる者たちでも80と、100レベルに届かない。

 ゴブリンを虐殺してみせたことから、これは桁が溢れているのではないかと考え、三桁まで計測できるもので試してもらったが、結果は003となっただけで、変化はなかった。

 

「まさか四桁の可能性……とか」

 

 僕のやっていたゲームでは、最大レベルのキャラは2000を超えている。

 この世界に来た際にデータが統合されているなら、四桁に到達していてもおかしくはない。

 というかゴブリンを虐殺できたり、ポーションの効果が上昇したりしている以上、その可能性はかなり高い。

 しかし問題は、それを測定してもらうと、誰かにその数値を見られてしまうということだ。

 この世界でステータス表示するためには、ギルドの機材を利用するしかない。

 

「まぁ、効果が上がってるなら、別にいっか。率先して戦いたいというわけでもないし」

 

 おそらく日本での僕は、すでに死んでいる。

 僕は集合住宅の一階に住んでおり、その天井が落ちてきたということは、上層の重量が一斉に襲い掛かってきたことを意味している。

 戻ったところで死んでいるか、運よく生き残っていたとしても、死に瀕した状態である可能性はかなり高い。

 

「ここで生きていくしかない。なら、できる限り平和に暮らしていきたい」

 

 それも女として。それを考えると、やはり気が重い。女性を卑下する意味ではなく、慣れ親しんだ性別というのは、やはり手放しがたい。

 そんなことを重い溜め息を吐きながら考えていると、周囲の視線が集まるのを感じ取った。

 ギルドの片隅で、アンニュイな吐息を吐く美少女。それが今の僕だ。

 荒くれ者の冒険者たちからすれば、目を奪われても仕方あるまい。

 もっとも、元男の僕からすれば、そんな視線は煩わしい物でしかない。

 

「あ、シキメさん。そちらの用事は終わりました?」

「ミィス、そっちはもう終わったの?」

「はい、ついでにギブソンさんにも会いまして」

「ああ、いつぞやはどうも」

「やあ、シキメさん。なんだかいつもその挨拶されてるね」

 

 ミィスの後ろから現れたのは、厳つい巨漢のギブソンさんだ。

 こめかみに付いた傷の痕が、さらに威圧感を増している。

 すでに何度か会っているし、ミィスから助けられた経緯を聞いているので、会うたびにお礼を言ってしまう癖がついていた。

 

「どうも癖になっちゃったみたいで。勘弁してください」

「ハハ、それならしかたないな。そうだ、ついでにお昼でも一緒にどうだい?」

「え、奢りですか?」

「真っ先にそれを聞くのか? まぁ、この間君から貰った『お礼』で懐は暖かいから、別にいいけど」

「ではゴチになります!」

 

 容赦なく昼食をたかる僕に、ミィスはあわあわと狼狽していた。

 

「シキメさん、そんな遠慮なく!? すみません、ギブソンさん」

「ミィス、いい女は奢られてなんぼなんだぞ?」

「え、そうなんですか! じゃあボクも奢った方が――」

「子供が変な気遣いしないの。ミィスに出させるくらいなら、僕が出すよ」

「そんなわけにはいきませんよ。ボクも最近調子がいいですし」

 

 その言葉通り、ミィスは最近調子よく獲物を狩ってくる。

 原因は簡単で、僕が筋力強化ポーションとか敏捷強化ポーションなんてのを彼に飲ませているからだ。

 元々非力で、獲物を仕留めきれなかった彼だが、その非力さを解消してしまえば、問題は解決できる。

 そしてなにより、ミィスは罠や危険の探知能力が高く、隠密能力も高かった。

 これは獲物を仕留めきれず、逆襲されるたびに逃げ回っていた結果、その方面の能力が成長したらしい。

 

 ギルドに併設されている食堂に移動し、僕たちは思い思いに注文する。

 ミィスはトーストとサラダのセット、僕はサンドイッチ、ギブソンさんは鳥のグリルである。

 ギブソンさん、それは昼から重過ぎませんかね?

 

「そうだ、今度新しく仕事を受けることにしたんです」

「へぇ、どんな?」

 

 ミィスは猟師として、開拓村周辺の獣や害獣、魔獣などを狩る役割を負っている。

 それらはギルドの依頼とも重複し、基本的に事後承諾的に依頼を果たすことで、日々の糧を得ていた。

 そんな彼が新しく依頼を受けるというのは、珍しいことだった。

 

「はい。迷宮の大規模派遣部隊の斥候役に」

「ブフーッ!」

「うわぁ!?」

 

 ミィスの答えを聞いて、僕は思わず口にした水を噴き出した。それは正面に座っていたミィスの顔面を直撃する。

 平和に暮らしたいと考えていた矢先にこれだから、無理は無いだろう。

 

「シキメさん、いきなり顔面に水をぶっ掛けないでください!」

「あ、ゴメン。お詫びに僕の顔にブッカケていいから」

「しませんよ!」

「さぁ、君の熱い情熱と欲望を思う存分、何度でも」

「しませんってば!」

 

 僕たちのいつものやり取りを聞いて、ミィスの隣に座っていたギブソンさんが、耐えきれなくなったように笑い出した。

 

「いや、お前たちは全く……緊張感が無いな」

「すみません。ミィスってば、素直じゃなくて」

「それはシキメさんの方でしょ!」

「こんな調子で、いつまでたっても僕の想いに応えてくれないんですよ」

「大変だな。まぁ、ミィスはまだ子供だから、気長に待て。欲求不満の解消なら、俺が付き合うぞ」

「ノーサンキューで」

 

 ギブソンさんは、立場の低いミィスの世話を焼いてくれる数少ない信頼できる大人だが、男女の仲にはなりたくない。

 彼は残念ながら、男らし過ぎるのだ。

 

「とにかく、その件についてはきちんと話をしよう。あとで」

「え、はい?」

 

 ここではギブソンさんがいて、あまり詳しい話はできないのだ。

 




特級能力強化ポーション 能力+300%
一級能力強化ポーション 能力+150%
二級能力強化ポーション 能力+100%
三級能力強化ポーション 能力+75%
四級能力強化ポーション 能力+50%
五級能力強化ポーション 能力+30%
六級能力強化ポーション 能力+20%
七級能力強化ポーション 能力+10%
八級能力強化ポーション 能力+20
九級能力強化ポーション 能力+10
十級能力強化ポーション 能力+5

あくまで参考程度です。


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第8話 探索隊への参加

 小屋に戻った僕たちは、囲炉裏を挟んで家族会議を行うことになった。

 と言っても、話をするのは僕とミィスだけだが。

 

「どうして迷宮の探索隊参加しようと思ったの? 生活するだけなら、今のままでもいいじゃない」

「そうだけど……今のままじゃ、ボクいつまで経っても足手まといだし」

「そんなことないよ。ミィスと一緒に暮らせて僕は幸せだもの」

 

 見知らぬ土地の見知らぬ村。そんな場所で信頼できる保護者と出会えるということは、どれほど幸運なことだろう。

 ミィスはまだ幼いが、この地にしっかりと根を下ろして暮らしている。

 その保護を受けることが、僕にとってどれほど心強く思えているか。

 

「でも、ボクももっと強くなりたいんだ」

 

 歯を食いしばるように、宣言したミィスの目には、不退転の決意が宿っているように見えた。

 確かに、ボクが転がり込んできてから、ミィスの生活は向上している。

 狩りは順調で、僕の家賃もある。身体も毎日薬を飲んで、快調だろう。副作用だってない薬だ。

 

「おそらく、今のままでも少しずつ強くなってると思うよ。それにミィスはまだ子供だし」

「それが嫌なんだ。ボクはいつまでも子供扱いだから」

 

 ああ、そうかと思わず納得した。子供がいつかはかかる病気のような物。

 大人として認めて欲しいという承認欲求。身体がそれについて行かない、もどかしさ。

 もちろん、これを諫めて安全な成長を促すのも大人の役目だろう。

 しかし僕は、ミィスよりいくらか年上だけど大人でもない。彼の言い分は理解できた。

 

「そっか、わかった」

「……じゃあ、入ってもいいんだね!」

「その代わり、僕も行きます」

「ええ!?」

 

 彼の気持ちは分かる。ここで無理に(いさ)めても変なしこりを残すだけだ。

 ならば彼の安全を確保するため、全力を尽くせばいい。

 僕が同行し、万全を期して彼を帰還させる。それで何も問題は無くなる……はずだ。

 しかしそんな僕の言葉にミィスはいきり立った。

 

「そんな、危ないよ!」

「その危ない場所にミィスは行くんでしょ?」

「ボクはいいの!」

「なにがいいの?」

「それは」

「それに危なくなったら、ミィスが護ってくれるでしょ?」

「……う」

 

 できる限りの極上の笑みを浮かべて、ミィスにそう問いかける。

 ミィスは言葉を無くして立ち尽くし、しばらくしてまた腰を落とした。

 

「もちろん、できる限りは護るけど、ボクの力じゃ限界があるよ?」

「その時は僕が手伝ってあげる」

「それじゃ『ほんまつてんとー』だよ」

 

 どうやら僕の同行は承知してくれたようだ。あとは彼が全力を出せるように、サポートしてやればいい。

 

「一緒に行っていいんだね? そうと決まれば、用意しなくちゃ」

「でも、絶対指示には従ってね? ボクもその約束で同行することになったんだから」

「了解、了解」

 

 気安く返事をしながら、僕はインベントリーからアイテムを選別し始めた。

 

 

 

 まずは僕の装備よりもミィスの物だ。

 インベントリーの中には、ゲーム内で集めたアイテムが山のように詰まっている。

 中には弓の装備もあるため、そこそこの物をミィス用に用意した。

 そこそこ程度で押さえたのは、あまり強い弓だと威力が強すぎて周囲への被害が予想できたからだ。

 

 続いて鎧。といっても、金属鎧ではミィスには装備できない。

 ミィスの体力では、革鎧も怪しいくらいだ。

 なので、布製の鎧を用意しておいた。

 

 あとは回復ポーション各種と、解毒薬、解痺薬等々の薬品類。

 それといつもより効果の高い筋力強化薬と敏捷強化薬。

 

 それらを購入しておいた拡張鞄に詰め込んでいく。僕の持つインベントリーの能力は皆無ではないが貴重な能力だ。

 この力を見られて面倒に巻き込まれるのは、できるだけ避けたい。

 ミィスもその辺は理解してくれていて、僕の行動を追及するようなことはなかった。

 意外と大雑把な性格をしているのかもしれない。

 

「ミィス、こっちの服と弓、装備できる?」

「ん、装備はできると思うけど」

 

 疑問符を浮かべながらも、素直に服を着ていく。

 魔術師用の服だが、基本的にどの力でも装備できる装備だ。

 布製で軽く、それでいてちょっとした革鎧よりも防御力がある。

 

「うん、ちょっとダボついてるけど、普通に着れるね」

「よしよし。では次はこの弓」

「はーい」

 

 シーフ職用の弓だったが、問題なく引けるようだった。

 ギッと軋む音を立てて弦を引く。少し固そうではあったが、充分に使用できるようだった。

 

「いきなりで不安かもしれないけど、明日はそれで行こう?」

「え、これで?」

「うん。それなりにいい弓だから、きっと役に立つよ」

「そんなの、借りちゃっていいのかな?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。僕は弓使わないから」

「なんで弓使わないのに、持ち歩いているのか」

「それは僕にも分からない」

 

 なにせこの世界に来た理由すら分からないのだから。

 ともあれ、遠征の準備はほとんど終わった。

 あとは水と食料、それに着替えを用意しておけば、ほぼ完了である。

 ロープやランタンなどの細々したものは、ミィスの拡張鞄に入っている。

 この小屋に雑多な物が少ないのは、その辺が理由だ。

 

「よし、それじゃ準備完了ってことで、お風呂に入ろう」

「え、また?」

「そう、また」

 

 ミィスが聞き返してくるのも当然で、この辺ではあまり毎日お風呂に入るという習慣が無いらしい。

 しかし元日本人である僕は、毎日入らないと、どうにも落ち着かない。

 たらいに水を満たす作業が面倒くさいが、それも収納鞄やインベントリーがあれば、簡単にこなすことができる。

 あとは発火石を放り込めば勝手にお湯が沸くので、ある意味日本より便利である。

 放置し過ぎると熱湯になってしまうけど。

 

「じゃあ、ボクは用事があるから……」

「逃がすかぁ!」

 

 ミィスは僕と一緒に風呂に入ることを恥ずかしがる。子供の頃って、性差を気にせず入浴したモノじゃなかっただろうか?

 自分の子供の頃は……そう言えばミィスくらいの時は一人で入っていたか?

 入浴に関しても、髪が長く無くて助かったと思う。

 長い髪の場合、乾かすのにかなり面倒な手間がかかってしまうから。

 ミィスと背中を流し合い、頭を洗ってから身体を拭う。この頃になるとミィスは僕の視界から逃れようと動くが、これも仕方あるまい。

 僕からしても、挑発する意図が無い訳ではないのだから。

 

 そうして一つしかないベッドに二人で入り、ぐっすり眠って出発の日の朝を迎えたのだった。

 

 



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第9話 迷宮探索隊へ

 翌日、僕たちは迷宮の探索隊と合流した。

 迷宮とは、この開拓村の近くに存在する巨大洞窟で、その深さは先が分からないほど深いという話だ。

 内部では無限に魔獣が沸きだし、この間僕が襲われたゴブリンも、そう言った魔獣の一種らしい。

 

「それが内部で大発生して、地上に溢れたのがこの間の?」

「そうです。やつらは狂暴だから、シキメさんが生きていたのは奇跡に近いんです」

「いや、ほんとギリギリだったよ」

 

 あと十分、いや五分も襲撃が続いていたら、力尽きて薄い本みたいな展開になっていたはずだ。

 ミィスのような男の娘にメチャクチャにされるならともかく、ああいうのは御免被る。

 

「今回の探索は、本当にゴブリンの大発生が収まったのか、確認するのが目的です。ボクが参加できたことからも、ゴブリンの生息する領域、つまり浅い場所を見て回って戻ってくる予定なんです」

「なんだ。僕はてっきり、ミィスが冒険者と一緒に、深い場所まで入っていくのかと」

「ボクがそんな場所に行ったら、即死しちゃいますよ」

「それは困るなぁ。代わりに僕の深いところに入ってこない? ずずいっと」

 

 気分を解すために、軽くエロトークなんかを飛ばしてみるが、ミィスは最初、それが下ネタだと把握できなかったようだ。

 そして意味するところを徐々に理解していき、顔を赤く染めていく。

 そんな反応をするから、ついからかっちゃうんだよな。

 僕が面白がっていると察したミィスは、プイッと顔を背けて足早に集合場所に向かう。

 

「ああ、待って待って! 冗談だから」

「いじわるなシキメさんはキライです」

「それは困る! 謝るからぁ」

 

 後ろからしなだれかかるように抱き着き、媚を売る。

 これもまた、ミィスの興味を煽るためのアピールである。

 この村に来て数日、村人からの僕への視線は、かなり好色な物が混じり始めている。

 しっかりと、僕の相手はミィスであると、周囲にアピールしておかねばなるまい。

 そんな態勢のまま、集合場所に到着した。もちろんいい印象を与えられるはずがない。

 

「おいおい、ガキと女かよ。しかもピクニック気分じゃやってられねぇぞ?」

「ミィスの野郎……最近女ができたからって、調子に乗ってやがるな」

「なにもできねぇくせに色事だけは一人前かよ。オーク返りが」

 

 大っぴらにではないが、明らかに聞こえがよしの嫌味の数々。

 元々ミィスがあまり良く思われていないとあって、その言葉には遠慮が無い。

 オーク返りというのは、ミィスにオークの血が混じっていることへの当てつけだろう。

 歳不相応に巨大なイチモツの正体は、先祖に混じったと思われるオークの血によるものだ。

 その血の影響もあって、彼の村での地位は限りなく低い。

 

「むっ」

「な、なんだよ!」

「いえ、失礼しました。仕事前に不謹慎でしたね」

「あ、ああ。気を付けてくれ」

 

 僕は陰口を叩いた冒険者たちに鋭い視線を向けたが、確かに彼らの言う通り、これから危険な場所に赴くというのに、冗談が過ぎていた。

 それにミィスの今後の村での立場もある。ここは穏便に収めた方がいいと考え、丁寧に謝罪しておく。

 

「まぁ、その辺にしておいてください。シキメさんには、今回の遠征のために大量の回復ポーションを提供してもらいましたし」

 

 そこで今回の依頼主に当たるギルドの職員が、仲裁に入ってくれた。

 さすがの荒くれどもでも、ギルドの意向は無視できない。

 特に僕が、彼らの命綱になるポーションの提供者だと公言してくれたのが大きい。

 僕の機嫌を損ねれば、もしくは命に何らかの問題が発生すれば、今後のポーションの提供が途絶えると、明言したようなものだ。

 そうなってしまえば、僕たちだけでなく、他の冒険者を敵に回してしまう。もちろんギルドも。

 

「それでは、出発しましょう。目標は表層地域の確認。ゴブリンの大発生が本当に終息したかの確認です」

「おう!」

「もちろん途中の素材は、俺たちのモンだよな」

「それは当然。我々の目的さえ達せられれば、後はご自由に」

 

 参加している冒険者の数は三十人を超える。ここに僕やミィス、ギブソンさんを足しておよそ四十人弱。

 この村の人口の半数に迫る団体だ。冒険者のほぼ総数が集まっていると言っていい。

 

「それでは改めまして。私は今回の依頼主に当たるショーンと言います。今回は皆さんに参加していただき、ありがとうございます」

 

 ギルドの職員であるショーンさんが、丁寧に一礼する。

 その所作には一切の無駄がなく、彼自身もかなり腕が立ちそうに見えた。

 それに気が付けるというのも、僕がこの世界に来て特殊な力を得たからだろう。

 

「今回の探索隊のリーダーには、四級冒険者のミッケンさんにお願いしようと思います」

「おう、まかせろ!」

 

 大戦斧を担いだ戦士風の男が、分厚い胸を叩いて受け負った。

 冒険者には十級から一級、そして特級のランクがあり、ミィスや最近登録した僕は十級に当たる。

 このランク付けは、アイテムなどにも適用されており、回復ポーションもこの十一階級でランク分けされている。

 ちなみにギブソンさんで六級らしい。

 四級はかなり腕が立つ冒険者でないとなれないランクで、彼が見かけ相応の腕前であることが理解できた。

 

「その、本当にシキメさんも参加なされるのですか? 私としては村で待機していただきたいのですが」

「こう見えても身を護るくらいはできます。それにミィスが護ってくれますので」

「いえ、優秀な錬金術師なのですから、護身ができるのは理解できますが……」

「それに僕が直接現場にいた方が、消耗が少ないと思うんですよ。現場で的確な医療指示を出せます」

 

 僕は医者でもないから、基本的に傷の手当なんてできない。

 しかし各種ポーションに加え、僧侶系魔法も使用できるので、現場で怪我を治すくらいのことはできるはずだ。

 ちなみに魔術師系の魔法は威力が高過ぎて、これほどの団体では使い辛い。

 魔法の余波で同士討ちになってしまいそうだから。

 

「それにミィスだけが危険な場所に行くのは、僕も心配で」

「ハァ、分かりました。ですが指示には従ってくださいね」

「それはもちろん」

「それと道中は隊列の半ばに……」

「それはイヤです。ミィスと一緒に居ますので」

「いや、しかし――」

「斥候の心得もあります。危険を探知する人員は多い方がいいでしょう?」

「……わかりました。ではそのように。ギブソンさん、少しいいですか?」

 

 僕がわがままを言ったので、ショーンさんも心配事が増えたのだろう。ギブソンさんを呼びつけ、詳細な打ち合わせを始めていた。

 そうしてしばらくしてから村を出発し、迷宮へと向かったのだった。

 



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第10話 ミス

 迷宮の位置は、僕が襲撃を受けたすぐそばにあった。

 入り口は驚くほど小さく、人が二人並んでどうにか通れるレベルだった。

 しかし内部は逆に広々としていて、大人五人が並んで歩けるほどの通路になっていた。

 

「入り口付近に敵はいないな」

「はい、ボクもいないと思います」

 

 斥候役のギブソンさんとミィスが敵の存在を探る。入り口が狭いため、四十人の大所帯では、この近辺で戦力をうまく生かすことができない。

 

「内部に入れば道はいくつも分かれています。そこで適宜部隊を分け、それそれが担当する表層部分の探索を進めてもらいます」

 

 ショーンさんの言葉に冒険者たちが神妙に頷く。

 しかし話を聞きながらも、その手は迷宮探索の準備を休めていない。

 この辺はさすがと言うべきだろうか。

 

「シキメさん、ボクたちも用意しましょう」

「う、うん」

 

 ゲーム内では、洞窟内でも視界を失うようなことはなかった。しかしここは現実。光源の用意は必須となる。

 

「俺たちは斥候のいない隊の補充要員だ。俺はアンソニの隊に入るから、お前らはノーバスの隊に入れ」

「はい」

 

 ノーバスというのは参加している部隊で、一番年若い冒険者の集まりだった。

 全員が十代という若い集団だが、それだけに補充要員は最も手厚い。

 その証拠にショーンさんも、この部隊のサポートに付いていた。

 

「よろしく、ノーバスだ。こっちは仲間のエランとドーラ」

「ミィスです。今回は斥候を受け持ちます。よろしくお願いします」

「シキメです、錬金術師やってます」

「ショーンです。攻撃魔法なら少しだけ使えますので」

 

 そばかすを浮かべた十代後半に見える少年が、僕たちに挨拶してくる。

 後ろに控えるエランとドーラはローブを着た魔術師と神官っぽく見える。

 戦力としてのバランスは取れているが、斥候役がいないのは少し不安がある構成だ。

 なによりも、前で敵を押さえられる人材がノーバスしかいないのが、凄まじく不安だ。

 

「うーん……ショーンさんは前に出れませんか?」

「まぁ、出れなくは無いですが、私は膝をやって引退した身ですので」

「それじゃ無理ですねぇ」

 

 かと言って僕が前に出るには、全裸にならないといけない制限がある。

 なんとも不便なスキルを持ったものだ。

 

「い、いざという時は僕が護りますから」

「うん、ミィスのことは頼りにしてるよ」

 

 とはいえ、十二歳の少年を肉壁にするわけにはいかない。

 

「そうだ、確か魔法に召喚魔法があったな」

「え?」

「いやいや、なんでもないよ」

 

 僕が使える三系統の魔法では、各系統ごとに召喚魔法が存在していた。危なくなったら召喚魔法で魔獣を呼び出し、逃げるまでの時間を稼がせよう。

 そんなことを企んでいる間にも、冒険者たちは続々と洞窟の中に消えていく。

 そして他の冒険者がいなくなってから、僕たちも中に入ることにした。

 一番最後まで待ったのは、ノーバスたちが冒険者の中で一番未熟なメンバーだったからだ。

 

「他の連中が進んだ後なら、安全に探索できるというモノです」

「それって、冒険者としてどうなんでしょう……」

 

 ショーンさんが得意顔で解説してくれるが、ノーバスたちは不服そうだった。

 彼らからすれば、ギルドの職員、それも探索を受け持つ重鎮を相手にいいところを見せるチャンスだと考えていたのだろう。

 しかし僕としては、ショーンさんの意見に賛成である。

 

「まぁまぁ。今回の目的はゴブリンの大発生が終息したか、確認するだけですから」

「そうですよ。目的を見失わないこと、危険を最大限に避けることは、冒険者としても重要な要素です」

 

 そうして誰もいなくなった洞窟の中に足を踏み入れる。

 光源となるランタンは先頭を歩くミィスが持つ。彼は罠を調べたり敵の接近を探知するという役目があるので、視界の確保は誰よりも重要になる。

 

「私たちの受け持ち範囲は南西方向です。この領域なら、私たちでも敵の襲撃に対応できますので」

「はい、敵が来たら皆さんにお任せしますね」

 

 ドーラさんが受け持ち範囲を教えてくれた。対してエランという少年は、僕たちに対して何も口にしない。

 これは無口というより、彼が極度の人見知りだからのようだ。

 

 すでに先行している冒険者が敵を排除しているのか、しばらくは敵の気配もなく順調に探索することができた。

 通路の端に魔獣の死骸などが放置してあることから、敵がいないという訳ではないらしい。

 ノーバスたちはその死骸を物欲しそうに見ていたが、さすがに目先の欲に流されることはなかった。

 その行動で、ショーンさんの評価も上がったみたいだ。

 

「そろそろ受け持ち範囲ですね」

 

 しばらく歩いた後、ドーラさんがそう告げてきた。

 どうやらこの三人の中でリーダーはノーバスらしいけど、主導権は彼女が握っているっぽい。

 

「なら、敵が来るかもしれないですね」

「ミィスも気を付けてね」

「うん……」

 

 さすがにミィスも緊張を隠せない。

 彼の腕力では、ゴブリンすら相手にできなかったのだから。

 しかし今のミィスなら、ゴブリンも余裕で相手にできるはずだ。それくらいには、彼に与えた装備の性能は高い。

 

「あ!」

 

 そしてこちらが警戒を強めたと同時に、敵の襲撃が発生した。

 ミィスは小さく声を上げ、僕はそれに備える。

 ショーンさんも長杖を構え、腰を落とす。しかしノーバスたちは、ミィスの声の意味を測りかねていたようだ。

 

「ノーバスさん、敵!」

 

 ミィスが報告の義務を忘れ、自分の弓を構えるのに精一杯だったので、代わりに僕が警告を飛ばす。

 それを受けて、ノーバスたちはようやく武器に手をかけた。

 しかし迫りくる敵は、それよりも早かった。

 大きな犬に角が生えた様な敵が通路の奥から駆け寄ってきて、ノーバスの肩口に噛み付く。

 

「ぐわぁ!」

 

 短いノーバスの悲鳴に、慌ててドーラが回復魔法の詠唱を始める。

 しかし噛み付かれたままでは、傷を癒すことができない。

 そのままノーバスは押し倒され、角の生えた犬に伸し掛かられていた。噛み付いた口を離し、再び別の――急所である首に狙いを定める。

 そこへミィスの矢が襲い掛かった。

 いつもならあっさりと弾き返されるであろう一撃は、しかし容赦なく犬を弾き飛ばす。

 

「ギャウン!?」

 

 ドン、と重い音を立てて吹き飛んだ犬は、そのまま壁に磔にされた。

 しばし矢の拘束から逃れようともがいていたが、次第にその動きは弱々しくなり、やがて息絶えた。

 

「――え?」

「ええ?」

 

 その一撃を放ったミィスはもちろん、僕もその威力の呆然とする。

 彼に貸し出したのは、僕がやっていたゲームで盗賊が使う武器だ。

 射程は長いが、威力はそれほどでもない。

 これでこの威力なら、最強クラスの武器はどれほどの威力があるのか、恐ろしくなってくる。

 



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第11話 リカバリー

 ミィスの弓の威力に一瞬呆然とした僕だったが、即座に自分のやらねばならぬことを思い出した。

 それは怪我をしたノーバスの治療である。

 この場に錬金術師……すなわち薬師として同行している以上、怪我人の治療は僕の仕事だ。

 

「待ってくださいね、すぐ治療します」

 

 ノーバスに駆け寄り、回復ポーションの中身を咬まれた傷口に振り掛ける。

 回復ポーションは飲むという行為ができない時もあるので、振り掛けるだけで効果があるように作られている。

 その効果は目覚ましく、深々と肉を抉られたノーバスの肩は、見る見る肉が盛り上がり、元の状態へと戻っていった。

 

 おかしいな……回復ポーションは七級までが固定値回復であり、六級からは割合回復となる。

 このポーションは十級だが八級並みの回復力があると聞いていた。

 つまり生命力にしておよそ300の回復量である。

 これは僕のやっていたゲームでは、大した回復力ではない。

 

 僕の場合、生命力は延々と成長を続け、最終的には万を超えていた。

 割合で言うと、八級だとせいぜい1パーセントの回復力すらない。

 となると、ノーバスの生命力は、おそらく非常に低い値なのだろう。駆け出しならば、さもありなんである。

 

「ふぅ、これでだいじょ――きゃっ!」

 

 完治を確認し、一息ついた僕は、ノーバスによって突き飛ばされた。

 そのノーバスはというと、ミィスの胸ぐらをつかみ上げて詰め寄っていた。

 

「お前、何やってんだ!」

「ご、ごめんなさい……」

「ごめんで済んだら人は死なねぇんだよ!」

 

 そのままドンとミィスを突き飛ばし、仁王立ちで見下ろす。

 肩を食いちぎられかけた彼の身からすれば、この激昂も当然である。

 しかしそれが分かっていたとしても、これは少々やり過ぎだ。

 

「あの、ミィスも反省してますから、そのくらいで……」

「あんたもこいつを甘やかせんな! こいつの警告がもっと早ければ、俺は怪我をせずに済んだんだぞ」

「それはそうですけど……ミィスはまだ子供ですから」

「戦場では子供もクソもねぇんだよ!」

 

 一々ごもっともな正論に、僕も反論する言葉を失ってしまう。

 確かにミィスの警告の遅れが、致命的なミスとなった。

 もしあの犬の牙が肩でなく首に食いついていたら、彼は今頃死んでいたかもしれない。

 それを理解しているが故に、ミィスをかばう言葉を失った。

 

「ノーバス、それくらいにしときなさいよ。彼女はあなたの傷を治してくれたのよ?」

「うっ、そりゃそうだけどよ……」

「それに確かに警告は遅れたけど、ホーンドウルフに押し倒されたあなたが助かったのも、彼のおかげよ」

「ぐぅ」

 

 ドーラの言う通り、ミィスのサポートは非常に素早く、この場の誰よりもだれよりも早く行動に移していた。

 エランは突然の襲撃に何もできずにいたし、ドーラも回復魔法を飛ばすタイミングを計り損ねていた。

 僕はミィスを護るばかりに意識が向かっていたし、ショーンさんは明らかに僕を護るために動いていた。

 

「ノーバス君の言う通り、確かにミィス君の警告は遅かった。これは責められるべきことでしょう」

「そうだろ!」

「ですがノーバス君、あなたにも非はあったのでは?」

「え?」

 

 ショーンさんの援護を受け、ノーバスは我が意を得たりと得意顔になる。

 しかしその矛先は、次の瞬間、ノーバス本人にも向けられた。

 

「あなたが言った通り、ここは戦場です。ではその戦場で、あなたは剣を鞘に納めたまま動き回るのですか?」

「うぐっ」

 

 確かにノーバスは剣を鞘に納めたままだった。それが彼の迎撃を一歩遅らせたことは間違いない。

 ミィスは常に弓を手に持って、片手にはランタンを下げている。

 いざという時はランタンを落としてすぐに射撃できる態勢を取っていた。

 ショーンさんも長杖を持っているので、いつでも防御に使うことができる。

 僕とエラン、ドーラは、そもそも接近されてはいけない立ち位置だ。

 敵と真っ先に交戦すべきノーバスが、最も準備に時間がかかる状態だったことは問題である。

 

「そういうわけで、『私から』見るに今回の戦闘は双方に問題がありました。なのでこの辺で手打ちとしませんか?」

「うう……わかったよ!」

 

 渋々ながら納得したノーバスを見て、僕とミィスは大きく安堵の息を漏らす。

 それにしてもショーンさんも人が悪い。ギルドの重鎮が『私から』と口にしたなら、一介の冒険者が歯向かえるはずがない。

 彼の意見はギルドの意見と同じなのだから。

 

「ミィス君も。安堵しているところ悪いですが、次からはしっかりと警告を飛ばしてください。それが私たちの生死を分かつこともあるのです」

「わ、わかりました。今度はしっかりします」

「よろしい。では行きましょう。誰も死なずに経験を積めた。これ以上何を望みますか?」

「そ、そうですね、行きましょう」

 

 一瞬にして場を治めたショーンさんに追従するように、僕は同意の声を上げた。

 そんな僕にノーバスは近付いてきて、ぼそりと告げてくる。

 

「さっきは悪かった。それと、ありがとう」

「え?」

「突き飛ばしたことだよ。お前も悪かったな」

「ひぁ!? は、はい」

 

 僕に謝罪した後、ミィスにも謝罪の言葉を飛ばす。

 やはり子供を突き飛ばしたことは、彼の中では後ろ暗いことだったのだろう。

 

「あの、ボクの方こそすみませんでした。今度こそしっかり警戒しますので」

「ああ、任せた。俺たちにそっちの技能を持つ奴はいないからな」

 

 そのノーバスの態度に、僕は意外な驚きを受けた。

 さっきは頭に血が昇って暴れたが、落ち着けば分別のある態度も取れるじゃないか、と。

 考えてみれば人見知りのエランや、気の強そうなドーラが従っているのだから、見所はあるのだろう。

 そして失敗したミィスを見て尚、彼に仕事を任せるところもポイントが高い。

 

「へぇ……」

「将来性はあるんですよ、まだまだ未熟ですけどね」

 

 そんな僕の背後にショーンさんが忍び寄って、話しかけてくる。

 僕も警戒能力が高くなっているので、その行動には気が付いていた。

 なので驚きはしなかったが、内容には個人的に少し引っかかるところがあった。

 

「そうみたいですね。でもミィスも負けていませんよ?」

「ええ。真っ先に危険に気付いたのは彼ですからね」

 

 僕としては、ミィスの長所もきちんと売り込んでおく。ギルドに目をかけられれば、彼の村での立ち位置もよくなるのだから。

 そんな僕の思惑に勘付いているのか、ショーンさんもきちんと彼を評価していた。

 村での立場に惑わされず、ミィス自身の能力をギルドが評価してくれていると知って、僕は少し安心したのだった。

 



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第12話 聖女のお仕事

 最初の襲撃でトラブルはあったが、その後の探索は順調そのものだった。

 ミィスの感知能力は高く、敵の接近よりも早くこちらが態勢を整えることができていた。

 おかげで万全の状態で迎撃を行え、怪我らしい怪我を負わずに済んでいる。

 そうして受け持ち範囲をあらかた調べ終わって、僕たちは休息を取っていた。

 

「意外とトラブルは無いですね。ゴブリンもいないし」

「本当に大発生が起こったのか、怪しくなってきたな」

「それはないです! ボクはちゃんと、ゴブリンの死骸も見ましたし」

「問題はそれですよ。誰がゴブリンを蹂躙したのか、それがわかりません」

 

 ミィスの証言を疑うノーバスに、ショーンさんは問題点を指摘する。

 

「それなら僕がやったんですよ」

 

 シュッシュッッと拳を突き出し、ファイティングポーズを取ってみせる。

 しかしその拳に勢いはない。やはり近接戦の技術を得るには、全裸になる必要があるらしい。

 僕の突き出す拳は、全く腰の入っていない子供のパンチみたいになってしまった。

 そんな僕の姿を、生暖かい目で眺める一行。ミィスまでその視線を送ってくる。

 やめて、くせになっちゃう。

 

「ハハハ、そういうことにしておきましょう」

「信じてないですね?」

「もちろん」

「しょんぼり……」

 

 まぁ、信じてくれないなら、それはそれで僕の異能を隠す役には立つ。

 僕は『いいんだ、いいんだ』といじけていると、通路の奥から悲鳴聞こえてきた。

 

「今の、悲鳴!?」

「誰かドジ踏みやがったか!」

「え、でも魔獣の気配は無いですよ?」

「暢気に言ってる場合か!」

 

 ドーラとノーバスはそう叫ぶと武器を取って駆け出していった。

 エランはおろおろとこちらに視線を向け、それから一礼してから後を追っていく。

 僕とショーンさんは、それを見送って大きく溜息を吐いた。

 

「あの正義感は悪くはないのですが……状況判断力に難ありですね」

「まぁ、見捨てるわけにもいきませんから、間違いじゃないんですけどねぇ」

「あ、あの、追っかけなくていいんです?」

 

 暢気に話す僕たちに、ミィスはおろおろと聞いてくる。

 迂闊にノーバスに付いて行かなかったのは好印象である。

 ともあれ、先行する彼らを放置するわけにはいかない。僕とショーンさんは立ち上がって、ノーバスたちの後を追いかけたのだった。

 

 

 

 現場に僕たちが駆け付けた時、先行していたノーバスたちは呆然と立ち尽くしていた。

 彼らの眼前には落とし穴が口を開き、冒険者が数人、そこを覗き込んでいた。

 

「誰か、アンソンを助けて!」

「いやでも、あれは――」

「でも生きてるのよ! 動いてるじゃない!?」

「どうやって引き上げるんだよ!」

 

 混乱した状況を確かめるべく、僕は彼らの隙間をすり抜け、落とし穴の中をのぞく。

 

「うげ」

 

 そこには落とし穴に落ち、下に仕掛けられた槍衾にモズの早贄のごとく串刺しにされた冒険者の男が存在した。

 槍が腹と足を貫き、微妙なバランスで宙に浮かんでいる。

 口元から泡状の血が吐き出され、目が虚ろに動いていた。

 手足が痙攣するように動いているので、確かにまだ生きているのだろう。

 

「無理だ、諦めろ。とどめを刺してやるのがせめてもの慈悲――」

「いや、待ってください。まだ何とかなります」

 

 僕が習得している魔術師系魔法の中には、対象を浮遊させる魔法がある。

 本来は落とし穴に対応するための魔法だが、これを使えば落下を防ぐことができる。

 彼――アンソンの身体にロープをかけ、ゆっくりと持ち上げれば何とかなるはずだ。

 

「というわけで、僕が魔法をかければ、落下は防げます。あとはゆっくりと持ち上げれば助けられます」

「出血が酷いぞ。本当に助かるのか?」

「それにはドーラさんとそちらの……」

「アリアよ」

「アリアさんが対応してください。その装備だと僧侶系魔法が使えますね?」

 

 先ほどまで取り乱していた彼女はアリアという女性だった。

 彼女の服装は白いローブにメイスという鈍器を装備した、典型的な僧侶の装備だ。

 

「え、ええ」

「この距離なら魔法が届きます。引き揚げながら回復魔法を掛けて体力を強引に維持させてください」

「でも、それじゃ引き上げ終わるころには魔力が尽きちゃうわ」

「上まで引っ張り上げれば、僕が何とかします」

 

 インベントリーの中には、回復アイテムも大量に存在する。

 それに僕自身も回復魔法が使える。生きてさえいれば、何とでもなる。

 

 そんなこんなで、僕の指示通りにアンソンを引き上げる作業が始まった。

 ゆっくりと引き上げつつ、ドーラとアリアが交互に回復魔法を掛け続け、体力を回復させていく。

 アンソンは槍を引き抜かれる苦痛に呻きながらも、どうにか命を繋いでいた。

 

「よし、抜けたぞ!」

「あとは急いで引き上げろ。だがぶつけるなよ!」

 

 槍が抜けると同時にごぽりと血が流れ出す。

 同時にアリアとドーラも、その場に腰を落とした。これは出血を見たショックではなく、魔力切れによるものだ。

 

「場所を開けて、回復剤を使います!」

 

 回復魔法でも良かったのだが、詠唱しないでいい分、ポーションの方が早い。

 先の十級ポーションの回復量を見たところ、八級ポーションでも命の危機を脱することはできるはずだ。

 その後で十級ポーションを何本か使って全快させよう。

 そうすれば、僕が持つポーションの高効果も目立たないはずだ。

 

「まずは一本、それから……」

 

 八級を一本、それから十級を二本、三本と使っていく。

 しかし身体を貫いたほどの傷は、意外と塞がりにくい。

 四本使用したところで、ようやく傷口が完全に塞がった。やはりノーバスとは比べ物にならない体力を持っているらしい。

 

「やっと塞がった。この人、凄い体力してるんですね」

「え……助かったの?」

「はい。でも体力をかなり失ってますから、しばらくは安静に」

「ああ、ありがとうございます! アンソン、よかった……」

 

 無事を聞いて泣き崩れるアリア。ひょっとすると、この二人は恋仲なのかもしれない。

 しかし、僕の周辺では別の声が上がりつつあった。

 

「マジかよ、あの傷を治すなんて」

「もう助からないと思ってたぜ」

「俺もだ。腹をぶち抜かれて生きているなんて、奇跡だ」

「奇跡……伝説にある聖女様って奴か?」

「まさか。いや、でも、彼女の出自は誰も知らないし」

「じゃあ本当に? 聖女様なのか!」

 

 待て待て、僕は現在忍者であって聖女ではないぞ。いや、錬金術師とか魔術師とか司祭とか聖騎士とか魔法剣士も混じってるけど。

 いや司祭が混じってるから聖女でいいのか?

 

「いやよくない。僕は聖女じゃないです、錬金術が使えるだけで」

「それでもだ。そもそも聖女ってのは必要な時に必要な力を発揮して人を救う者に与えられる称号みたいなもんだし」

「そう言うのは『勇者』のお仕事でしょう? いやいや、やめて、ホントに。そんな風に呼ばれるなら、村を出ちゃいますよ!」

「え、それは困ります!」

 

 慌てて否定の声をあげたのは、ショーンさんだった。

 ギルドの関係者からすれば、高性能なポーションを供給する僕の存在は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 そんな僕に逃げ出されたとなれば、ショーンさんの責任問題になりかねない。

 結局ショーンさんの必死の説得により、僕の聖女格上げは棚上げとなったのである。

 



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第13話 任務完了

 その後、各所で怪我人は出たが、死亡者は出すことなく、探索は完了した。

 やはり浅い階層ということもあって、ノーバスたちより未熟なものはいなかったようだ。

 落とし穴に落ちた冒険者も、実は苔に足を滑らせた不注意が原因だったらしい。

 冒険者たちは再び迷宮の入り口に集まり、ショーンさんの言葉を待っていた。

 

「お疲れさまでした。これにて今回の探索は終了とします。ゴブリンの大発生は完全に終息したことを確認しました」

 

 彼の言葉を聞き、冒険者たちは大きく安堵の息を漏らしていた。

 ゴブリンはノーバスたちでも倒せる程度の弱い魔獣だが、その繁殖力と数は凄まじく脅威になる。

 冒険者の三倍を超える数が押し寄せてきた場合、彼らだけでは対処できない可能性が高くなる。

 大発生の終息は、彼らにとっても重要な情報だった。

 

「報酬はギルドの受付にて配布します。素材の買い取りもやっておりますので、採取した素材はそちらで売っていただいて構いません」

「やったぜ!」

「これで借金を返せるぞ」

「酒、酒飲める! 酒!」

 

 この辺境の開拓村では、冒険者の仕事と言ったら、魔獣退治か、迷宮探索しかない。

 あとは村を往来する商人の護衛や、周辺での薬草採取くらいで、冒険者にとってはあまりおいしい立地とは言えなかった。

 その代わりに常に仕事は存在するという点では、食い詰めた冒険者などが訪れる場所でもあった。

 

「うわぁ……」

「す、すごい熱気ですね」

「ミィスはお酒飲むの?」

「ボク、未成年ですよ?」

「よし、今度挑戦してみよう」

「よくないですよ!」

「そしてお持ち帰り」

「一緒に暮らしてるじゃないですか?」

 

 お持ち帰りの意味をそのまま受け取るミィスの純真な視線に、少し胸が痛くなった。

 顔を真っ赤にして怒る姿を期待していただけに、罪悪感が凄さまじい。

 

「ゴホン。彼らも危険を冒したわけだから、羽目を外す必要はあるんだよ?」

「そうなんだ。じゃあボクたちもごちそうにしましょうね!」

「そーだねー」

 

 うしろめたさを隠すための言い訳に、見事に食い付いてきたミィス。その純粋さへの後ろめたさを隠すため、少々棒読みの返事を返す。

 そんな僕の背中を、冒険者たちがバンバンと叩いて行った。

 

「おう、嬢ちゃん! ポーション、助かったぜ!」

「あれだけ効く薬は初めてだったよ!」

「アンソンを助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 中にはアリアさんもお礼に来ており、僕の周りは人だかりができていた。

 僕はミィスとはぐれないように、彼を抱きすくめるのでやっとの状態だ。

 

「ギルドに薬収めてるんだろ? 今度個別に売ってくれよ」

「いや、それはギルドの方にお伺いを立てないと」

「今度一緒に飲もうぜ、何なら朝まで!」

「お断りします!」

「ダメ!」

「なんでミィスが拒否してんだよ?」

 

 中には紛れてナンパしようとした輩もいたが、これは丁重にお断りしておく。

 ちなみにミィスも身を挺して護ってくれていた。正面から抱き着くようにして所有権を主張する彼に、思わず母性をくすぐられてしまう。

 いや僕は元々男だから、母性なんて無いはずなんだけど。

 

「すみませんね、家主がこう言ってますので」

「チッ、余計な真似を」

「おう、ローガン。てめぇ、なに勝手に抜け駆けしてんだ、コラ?」

「いけませんねぇ、ローガンさん。彼女は我がギルドにとって非常に重要な要人なのですよ? それこそ、あなた以上に」

 

 僕をナンパしてきたローガンという男が、今回のリーダーであるミッケンさんとショーンさんに挟まれる。

 そのまま両腕を抱えられて連行されていった。

 ローガンも抵抗しているが、巨漢のミッケンさんには歯が立たない。ショーンさんの方も関節を決めて抵抗を封じていた。

 その後に聞こえてきた悲鳴から、彼が酷い目に合っていることだけは間違いない。

 

「えーと……じゃあ、僕たちはこれで!」

 

 その悲鳴にドン引きした冒険者を後目(しりめ)に、そそくさとその場を立ち去る。

 ショーンさんの配慮で聖女扱いを逃れはしたが、あの状況では再燃しかねない。

 今回の報酬も、後でギルドに受け取りに行けばいいだろう。

 

「ほら、ミィス。行くよ?」

「う、うん」

 

 人ごみを掻き分け、どうにか抜け出したところで、背後から呼び止める声があった。

 振り返るとそこには、ノーバスたちが僕たちを追ってきていた。

 

「おい、ミィス」

「あ、ノーバスさん……あの、今日は本当に――」

「いや、それはもういいんだ。お互いミスしたことだしよ。それよりお前、まだ猟師を続けるのか?」

「え、どういうこと?」

「その、お前が冒険者になろうと思ってるんだったらさ……よかったらだけど……」

 

 言い淀むノーバスの背中を、ドーラがドンと叩いて気合を入れる

 

「なに口ごもってんのよ、らしくないわね!」

「いや、でもよ」

「ごめんなさいね。このバカは、よかったらあんたに仲間になってくれないかって言いたいのよ」

「え、ボクが仲間に!?」

 

 驚いた声を上げるミィス。確かに彼らの構成だと、斥候役の人員が欲しくなるだろう。

 ミィスは幼いとはいえ、今回の依頼できっちりと仕事をこなしてみせた。最初のミスはご愛嬌というやつだ。

 

「でも……」

 

 驚きから立ち直ると、ミィスはこちらをちらりと見上げてきた。

 ノーバスたちも冒険者なら、この村を出ることもあるだろう。

 その彼らの仲間になっていたなら、僕はこの村に置いて行かれることになる。

 僕はこの村で貴重な薬を調合できるのだから。

 

「ごめんなさい、ノーバスさんとは一緒に行けません」

「なんで――」

「察しなさいよ、このバカ!」

 

 再びドーラに背中を平手で叩かれ、ノーバスは口篭もった。

 その視線が僕の方に向いているところを見ると、ミィスの真意を察したのだろう。

 

「無理は言えないわね。すっごく残念だけど」

「ドーラさん、本当にその、誘ってくれてすごく嬉しかったんですけど」

「分かるわ。シキメさん、綺麗だものね」

「え、いや、そうじゃなく」

「なに、僕、綺麗じゃないの?」

「シキメさぁん!?」

 

 僕のツッコミに、ミィスが半泣きになって訴えてくる。

 実に良い反応。これだからこの子をからかうのをやめられないんだ。

 



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第14話 薬草採取

 ゴブリンの脅威が去ったと知れ渡り、開拓村では再び平穏な日々が戻ってきていた。

 ミィスも僕が一緒に居ることで他の村人からの風当たりが改善し、笑顔でいることが増えている。

 その美貌ははっきり言って少女にしか見えず、村の少年たちが見惚れている場面も何度か見受けられた。

 だが少年たちよ、知っているはずだが、彼は男だ。

 そんなある日、僕の方で問題が起こった。

 

「あれ……?」

「ん、どうかしました、シキメさん?」

 

 インベントリー画面を操作していて気が付いた。十級ポーションの素材が足りていない。

 十級はこの村では最も需要があるポーションで、最も安く、そこそこの回復量を持っていた。

 もっともゲーム内では回復量が足りず、ほとんど作ってはいなかったのだが。

 

「薬草が足りない。これだと納品が滞っちゃうな」

「ええ、大変じゃないですか!」

「うーん、九級で代用してもらえないかなぁ?」

 

 九級ポーションは十級の三倍の回復力があり、ストック数も多い。

 もっとも、固定値回復のポーションではキャラの必要回復量に追い付かなかったため、これもあまり数は無い。

 それとレベル補正による回復量上昇も問題だ。

 僕の作るポーションは、レベル補正によって一定の効果上昇がある。

 それは十級ポーションならば、五倍に近い補正量だ。

 これだけでも問題なのに、これが九級となるとさらに効果が上がる可能性がある。というか、まず確実に上がるだろう。

 

「うーん、さすがに元と同じ値段といかないか。やっぱり十級で収めないとなぁ」

「薬草、どうするの?」

「ん? もちろん採ってくるよ。幸い村の近くにある薬草だし」

 

 というか、ギルドに行けば売ってもらえるかもしれない。これまでの貯蓄もあるし、少し聞いて来よう。

 

「そうだね。採取に行くより先に、ちょっとギルドまで薬草の在庫が無いか聞きに行ってくるよ」

「あ、ボクも一緒に行く。この前の報酬ももらってないし」

「あー、探索隊のやつね。まだもらってなかったの?」

「シキメさんももらってないでしょ?」

「……そういえば」

 

 あの後、ギルドは報酬を受け取ろうとする冒険者でごった返していた。

 そしてそのまま併設されている食堂、というか酒場に流れ込んでいったので、混雑は目を覆わんばかりになってしまった。

 僕とミィスはトラブルを避けたかったので、報酬の受け取りを後回しにして、小屋でのんびり、まったりだらだら過ごしていたのである。

 この数日のポーションの納品で懐も潤っていたので、受け取るのをすっかり忘れていた。

 いや、そもそも僕のインベントリーには、世界がひっくり返るほどの金貨が収まっているので、今さらという感じはしていた。

 

「そろそろ受け取りに行かないと、逆に怒られるよ?」

「あー、あのお姉さん、怒らせると怖いからねぇ」

 

 受付のお姉さんは非常に愛想はいいのだが、なにげに体術もかなりこなす。

 荒くれ者揃いの冒険者を相手にするのだから、受付と言えどある程度の荒事もこなさせるのが、ショーンさんの方針らしい。

 報酬の受け取りに期限は決められていない。報酬記録は僕たちの冒険者登録情報に紐付けられているため、事実上百年後だって受け取ることは可能だ。

 それでも遅れれば遅れるほど、事務の人の手続きは面倒になっていく。

 それで怒られるのは、なんだか理不尽な気分になってしまう。

 

「今なら人も減っているはずだし、ちょっと様子見に行ってみよう」

「賛成」

 

 シュパッと挙手してから、ミィスが立ち上がる。彼の今の服装は、寝間着のままだったので着替える必要がある。

 僕も寝間着の上に汚れ除けのエプロンをかけたままで作業していたので、着替える必要があった。

 僕はそのまま着替えてもよかったのだけど、ミィスが問答無用でカーテンを引いて僕との間を隔ててしまう。

 

「うーん、気難しい年頃なのかな?」

「そーじゃなくて! シキメさんはもう少し慎みを持って!」

「ミィスが相手だから見られてもいいんだよ。むしろもっと見て?」

「またそうやってからかう! ボク分かってるんだからね」

 

 カーテンの向こうからミィスの怒鳴り声が聞こえてくる。

 最近は耐性が付いたのか、あまりオドオドしてくれない。それが少し物足りない。

 

「うーん、もっと積極的に攻めるべきか」

「バカなこと言ってないで、早く着替えてよぉ」

「我慢できなくなったら、いつでも押し倒していいんだからね?」

「ホントに勘弁して!?」

 

 泣きそうなミィスの声に免じて、僕は手早く着替えることにする。

 日本の女性なら出かける際にはメイクは欠かせないのだろうけど、僕はそういう技術は持っていない。

 幸いにして、僕の顔はかなり見栄えがいいので、その必要が無いのが救いだ。

 

「うーん、僕可愛いのに、なんでミィスは襲ってくれないのだろうか?」

「いい加減にしないと、本当に怒るからね?」

 

 着替え終わってカーテンを開けると、ミィスが怒って後頭部を叩いてきた。

 彼が実力行使に出るということは、本気で嫌がっている証拠なので、この辺りで勘弁してやろう。

 

 

 

「次からはもう少し早く来てくださいね?」

「は、はい」

 

 こめかみに血管を浮かせた受付のお姉さんから報酬を受け取り、僕とミィスはガクブルしながらカクカクと頷いた。

 それはそうと、今回の目的はもう一つある。一刻も早くこの場を立ち去りたいが、ここは踏ん張らねばならない。

 

「えっと、それとですね」

「まだ、なにか?」

「いえ! あの、十級の回復ポーションの素材が切れそうなので、薬草……ニール草の在庫無いですかね?」

「それは大変じゃないですか! どうしてそんなになるまで言ってくれなかったんですか」

「いやぁ、まさかここまで需要があるとか、思わなかったので」

 

 とはいえ考えてみれば、通常の三倍近い効果を持つ十級とか、僕でも買い占めてしまうかもしれない。

 

「ちょっと待ってくださいね。今在庫を確認してきます」

「お手数かけます」

 

 カウンターを離れて奥の部屋に消えるお姉さんを見送って、僕とミィスは大きく息を吐きだした。

 

「こ、こわかった」

「うん、あのお姉さんは怒らせないようにしよう」

「賛成。でもシキメさんの方が怒らせそうだけど」

「なにおぅ!」

 

 ミィスの頭を捉え、こめかみに拳を当ててグリグリと抉ってやる。

 彼も痛がってはいたが、そう言うスキンシップは嫌いじゃないのか、笑っていた。

 そうやってじゃれ合っているうちに、お姉さんが戻ってくる。

 

「お待たせしました。十級の素材になる薬草ですが、残念ながら在庫が無いようです」

「えー、結構そこいらにある素材だと思ったのに」

「ギルドで仕入れているポーションはシキメさん以外のところからもあるんですけど、そちらに回されていたらしいです」

「ありゃま」

「しかも、この間の探索以来で冒険者さんの懐が潤ってしまって、採取とか行かなくなってしまったようです」

「あちゃ~」

 

 薬草の採取依頼というのは、あまり割のいい仕事ではない。

 収入が安定してしまうと、どちらかというと敬遠されてしまう類の依頼だ。

 なので、この前の大きな仕事で余裕のできた冒険者は、採取依頼を受けなくなったらしい。

 

「そうなると、自分で採りに行くしかないですかね?」

「うーん、護衛とか必要なら、こちらから募集をかけてみますけど? シキメさんは重要人物ですし」

「いや、そこまででもないですよ。ミィスもいますから」

 

 隣にいるミィスの頭をポンと叩いてあげると、彼は満面の笑顔を浮かべた。

 僕に頼りにされていると知り、プライドが刺激されたらしい。

 

「それじゃ、僕たちは採取に行ってきます」

「はい、お気をつけて。余った素材はこちらで買い取りますので」

「あはは、しっかりしてますね」

「当然です」

 

 鼻息荒く胸を張るお姉さんに見送られ、僕たちはギルドを出たのだった。

 



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第15話 森での遭遇

 村を出た僕たちは、そのまま迷宮近くの森へと向かった。

 迷宮にはこの村の他に、もう一つ付近の村がある。

 それは僕たちの住む村とは迷宮を挟んで反対側に位置し、この村よりもやや迷宮に近く、森の外にあった。

 街道は迷宮を迂回するようにその村とも繋がっているため、僕たちの住む開拓村はその不便さゆえに人があまり訪れない村となっていた。

 だいたいY字に街道があり、左上に僕たちの村、右上にその村、下に街が繋がっており、左の線が森の中に突っ込んでいる形を想像してくれればいいだろう。

 

「なんでこんな場所に、村を開拓しようと考えたんだか」

「それは、この村の周辺にすごく質のいい薬草が繁殖しているからなんだ」

「へぇ?」

「で、その薬草を簡単に採取できるように、その薬草を荒らす害獣を狩るために、ボクたちの村ができたの」

「そうなんだ」

 

 これまで僕は、インベントリー内にあったポーションのストックと素材を利用して、ギルドに納品していた。

 この世界の素材を使って、錬金術を行った経験は、まだない。

 ゲーム内の素材はひょっとすると、非常に純度の高い物が収納されているとか?

 効果が高かったのはレベル補正だけでなく、その影響もあったかもしれない。

 

 それもこれも、実際に作ってみないことには判断ができない。

 ミィスとそんな会話をしながら、迷宮のそばまでやってきた。

 周辺に生える様々な木々。その根元の北側に、僕の目当ての雑草は生えている。

 まるでキノコのような植生を持つそれは、確かにそこに存在していた。

 

「おー、あるある。これがニール草だよ、ミィス」

「この尖った、ぎざぎざの草?」

「そう。お金ない時はこれを集めてギルドに売れば、少しは小銭になるよ」

「ずっと見逃してたよ。ボク、ひょっとしてすごく損をしてた?」

「まぁ、あまり高くは買ってくれないみたいだけど」

 

 僕はギルドに納品している関係で、薬草の買い取り価格については詳しくなっていた。

 

「それと回収する時は根っこから採るんだよ? 葉は薬草にできるし、根っこは毒になるんだ」

「ど、毒!?」

「薬も過ぎれば毒になるって感じなのかな? ミィスは狩人だから覚えておくといいかも。毒矢とか作れるし」

「毒矢かぁ。肉が取れなくなっちゃうから、使ったことなかった」

「ミィスの場合、矢を引く力が弱いから、肉を取らない魔獣とかなら使ってもいいかもね」

「とっさに使い分けるのが難しいかも」

「矢筒を二つ、用意するとか。普通の矢と毒矢の矢筒」

 

 矢筒なら重さも大したことないので、ミィスの負担も少ないはず。

 もっとも今は、僕の貸し与えたロバーズボウという盗賊用の弓のおかげで、かなりの威力を出せるようになっている。

 迷宮の表層付近やこの近くなら、その弓で充分に通用するはずだ。

 

「それともう一つ。今日は攻撃魔法の威力をちょっと試したくって」

「またクレーター作るつもり?」

「違うって。あれは中級魔法の【火球】の魔法だったから、あそこまで威力が出たんだ。今回使ってみるのは最も初級の【火弾】の魔法」

「【火弾】?」

「火の玉をぶつける魔法なんだ。ほら、こんなの」

 

 そう言うと僕は火弾の魔法を起動し、発射した。

 しかしそれは、僕の想像した火弾の魔法とは、似ても似つかぬものだった。

 突き出した手のひらからは二メートル近い火の玉が飛び出し、それは三十メートルほど突き進んで消えていった。

 もちろん、途中にあった木立も円形に切り抜いたように焼失している。

 

「ええ……」

「うわぁ」

 

 この威力は僕も予想外だった。威力は元より、射程も三倍近く伸びている。

 これはもう弾丸って言うレベルではない。大砲だ。

 

「シキメさん、レベル3だったよね?」

「ギルドの測定では、そうだったね」

「ぜったい違うよ、これ」

「で、でも三桁の測定もしてもらったし」

「1003レベルとか言うオチじゃないよね?」

「うーん……」

 

 ゲームのキャラクターは二十キャラ作ることができた。

 そしてほぼ全てのキャラが四桁になるまで育てている。

 それらが統合されてこの身体が作られたとすれば、1000レベルでは済まないところまで行ってる可能性がある。

 まぁ、それを素直に教える必要も無いだろう。無駄に危険な情報を、子供に知らせるのは酷だ。

 

「なんにせよこの調子だと、攻撃魔法を戦闘中に使用するのはやめておいた方がよさそうだね」

「うん、ところでシキメさん」

「なぁに?」

 

 少し震えながら、ミィスは僕に確認してくる。

 

「【火球】の魔法で中級ってことは、上級とかの魔法もあるの?」

「……最上級の魔法も使えるよ」

「使わないで」

「分かってる」

 

 最上級の魔法で、核爆発のエネルギーを世界に現出させる魔法がある。

 ただの【火球】の爆発でクレーターができ、初級の【火弾】で三十メートルの範囲を焼き払ってしまうのだから、そんな魔法を使ったらどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

 

「まぁ、補助の魔法もあるから、そっちを主体で使うことにするよ。それに錬金術系の魔法とか、僧侶系の魔法もあるから」

「そうしてね。ボク、巻き込まれて焼かれるとかイヤだし」

「ミィスをそんな危険な目に合わせるわけないじゃない」

 

 男に興味が無い僕にとって、ミィスだけが『抱かれてもいい』男である。

 そんな貴重な人材を、危険に晒すはずがない。

 

 雑談をしながらも、僕たちは薬草の採取を続けていた。

 スコップに似た道具を使って土を掘り、根っこから採取していく。

 進化のしかたが違うのか、スコップも日本の物とは少し形状が違う。

 どちらかというと小型の鍬の刃のような形状をしていた。平たい刃先が土に食い込みにくく、作業はあまり進展しない。

 

「先が尖ってたら、もっと掘りやすいんだけどね」

「でもそれだと、土を掘れる面積が減っちゃいますよ?」

「そういうものかなぁ?」

 

 この世界ではレベルが存在する。レベルが上がれば、身体能力も上がっていく。

 だから掘りやすいスコップの形状よりも、面積を重視した鍬の刃のヘラみたいなものが広まったのだろう。

 僕も掘りにくさは感じていたが、力押しで掘り進められるのだから、あまり問題には思わなかった。

 その時、迷宮の方から人の叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「頑張れ、すぐに町に連れてってやるからな!」

「傷は浅い、助かるから気をしっかり持つんだ!」

「……え?」

 

 どこかで聞いた覚えのあるシチュエーション。

 先日アンソンを助けた時も、こんな声を聞いた気がする。

 厄介ごとに関わりたくはないのだが、会話の内容が問題だ。

 こんな会話をしてて、助かるパターンって、あまり聞いたことが無い。

 いやな予感に苛まれながら、僕たちは迷宮の方に駆け出したのだった。

 



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第16話 面倒ごとの予感

 迷宮の入り口から。木立の陰に隠れて様子を窺う。

 迷宮では怪我を治した瞬間、恩を忘れて襲い掛かってくる連中もいると、受付のお姉さんから聞いたことがあったからだ。

 見知らぬ人間が命を懸けて戦う迷宮では、ありとあらゆる危険に備える必要がある。

 こちらが少数だったり、非力だったりすると、例え命の恩人でも金を稼ぐための獲物と化してしまう。

 だから、まずは姿を隠し、相手が信頼できそうな人間かどうか、様子を見ることにしたのだ。

 

 視線の先では、男二人がもう一人の男に肩を貸して、迷宮から出てくるところだった。

 肩にぶら下がるように身を預けている男は意識がすでに無いようで、足元にパタパタと血の雫を滴らせていた。

 こちらから傷口が見えないところを見ると、背中に傷を負っている様子だった。

 男たちは厳つい顔をした三人組で、正直遠目からは山賊のようにしか見えない。

 というか、非常に危ない人に見える。顔に残された大きな傷、剃り上げて無くなった眉毛、肩に刻まれたドクロの入れ墨。

 これで真っ当な人間に見えたら、目の病気を疑った方がいい。

 

「うーん……」

「おじさんたち、危なそうだよ?」

「それ、どっちの意味で?」

 

 おじさんたち『が』危なそうなのか、おじさんたちの『命が』危なそうなのか。どっちの意味でも間違いではない。

 正直見た目が怖すぎて、できるなら近付きたくない連中である。

 そう考えた僕は、遠くからこっそり魔法を発動させ、離れた場所から治癒することにした。

 魔法の発動に必要なのは、発声と視認。声が対象に届く必要はないので、隠れて相手に魔法を掛けることは可能だ。

 結構深そうな傷だったので、使用したのは中級回復魔法の【中治癒】。

 

「なんだ、この光は!?」

「お、おい、傷が――」

 

 発動による淡い光のエフェクトにより、彼らは自分に何らかの魔法がかけられたことを悟る。

 そしてそれは、瞬く間に消えていく傷によって、どのような魔法かを知らせることができていた。

 

「回復魔法?」

「しかし、これほどの治癒効果は……まさか上級の【快癒】か!」

 

 いえいえ、中級の【中治癒】ですから!

 というか、回復魔法にもなんらかの補正がかかっているのか。ひょっとしたら初級魔法の【小治癒】でよかったかもしれない。

 

「周辺に誰かいるのか?」

「おい、シムスの奴が目を覚ますぞ」

 

 あ、やべ……回復魔法をかけられたと分かれば、誰がかけたか探そうとするのは当然だった。

 

「ミィス、逃げるよ?」

「え、なんで?」

「厄介ごとには関わりたくないんだ」

 

 あの冒険者たちは、開拓村で見かけたことが無い。

 小さな村だけに、常駐する冒険者の顔は数日もあれば覚えることができる。

 僕が見たことが無いってことは、別の村からこの迷宮に来ているということだ。

 その為人(ひととなり)までは、僕も分からない。回復魔法が使えてポーションまで作れる美少女と知られれば、囲い込んでしまおうと思う輩も多いだろう。

 

「あ、ちょっと――」

「ほら、早く!」

 

 ミィスの手を強めに引いて、僕たちはその場を離れる。

 しかしそれほど大きな動きを隠し通せるはずもなかった。

 

「あ、いたぞ! 金髪と黒髪の二人組!」

「ちょっと待ってくれ、せめて礼を――」

 

 男たちがそんな声をかけてきたが、上級と勘違いされるほどの回復魔法を使用したとあちこちに知られるのは面倒くさい。

 黒髪や金髪はこの周辺では珍しくもない髪色なので、僕たちと特定できる情報ではないはずだった。

 回復したと言っても、意識のない仲間を背負ったままでは、僕達に追いつけようはずはない。

 それに追いつかれそうになったら、相応のアイテムを使って力尽くで逃げる覚悟もしていた。

 視界を奪う煙玉とかも、インベントリーには存在する。

 

「ハァ、ハァ……追いかけてこない?」

「来てないみたい。仲間を置いて来るわけにもいかないだろうし」

「そっか、よかった。それにしても、ミィスは意外と息を切らせてないね?」

「森の中は慣れてるから。それにいつも逃げ回ってるから」

「スタミナがあるのはいいことだよ」

 

 年下の、美少女と見紛う少年が、この時は少し逞しく見えた。

 少しドキドキしながらも、荷物を確認する。

 収納袋の中には、途中で中断されたとはいえ、かなりの量が収まっていた。

 

「これだけあれば、ある程度の数は作れそうかな?」

「よかったね。途中でやめちゃったから足りないかと思った」

「まぁ、元よりミィスが心配するほどの問題でもないんだけどね。代用品はあるし」

 

 十級の数が足りないなら九級を納品すればいいだけだ。

 今回は現地の薬草の効果確認の意味も兼ねての採取である。あと魔法の試射。

 

「それじゃ、これでポーション作成を試してみよう」

「じゃあ、小屋に戻らないと」

「ん? あー、別にここでもできるよ」

 

 基本的な錬成道具なら、インベントリーの中に入っている。

 素材もあるし、あとは落ち着いて集中できる環境さえあれば、ポーションを作ることはできる。

 

「じゃ、試してみようか。ミィスは周辺の監視よろしく」

 

 こんな野外で、魔獣の襲撃の可能性もあるが、ミィスの高い感知能力とロバーズボウの威力があれば、安全は確保できるだろう。

 インベントリーから錬成台と薬研、それに薬草と水を取り出す。

 

「さて……まずは【浄化】、次に【乾燥】」

 

 錬成魔法の【浄化】で薬草や自ら汚れや不純物を取り除く。続いて【乾燥】で薬草を乾燥させ、薬効成分を濃縮した。

 続いてそれを薬研で細かく砕き、粉末状にした。

 これを【浄化】した水に混ぜる。

 

「んで、【抽出】」

 

 これで濃縮した薬効成分を、純水の中に抽出する。

 

「最後に【濃縮】。炭を入れて、仕上げに【清澄】っと」

 

 薬効を抽出した薬液を濃縮させ、効果を上げる。

 炭は不純物を吸着させる効果があるので、抽出後の粉末を吸着させる役に立つ。

 最後に吸着させた薬草の滓を【清澄】によって取り除き、ポーションの完成である。

 

「え、もう!?」

 

 完成まで十数分。通常の薬師や錬金術師では、この速度は出せない。

 これも測定不能なレベルの恩恵だろう。

 

「うん。いつも見てるでしょ?」

「そうだけど、薬草から作るところは初めて見たし」

「途中の過程に薬草の処理が入っただけだからね。これが七級以上だと、こうはいかない」

 

 七級からは固定値回復ではなく割合回復薬となる。

 最大生命力の何パーセントを回復とか、そう言う薬である。

 最大生命力の数値が大きくなれば、固定値回復を超える回復量を発揮するので、その分錬成が難しくなる。

 

「さてさて……【鑑定】っと」

 

 錬金術系魔法で出来上がったポーションの効果を確認する。

 効果は十級で間違いなく、ギルドに納品したポーションと同じだけの回復量があった。

 つまり、素材の効果はこれまで納めていたものと変わらないということだろう。

 

「今までと一緒か。じゃあ、過剰な効果は僕の方が問題という訳かな」

「つまりシキメさんが凄いってことだね」

「いや、そのキラキラした目で見つめるのはやめて。押し倒したくなるから」

「ひぇっ!?」

 

 胸元を押さえて僕から飛び退くミィス。

 その姿は男に襲われた女の子そのものだ。

 こんな仕草をするから、僕も自重できなくなるんだよね。

 



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第17話 お買い物

 次の日、ポーションを納品した僕たちは、買い物に出かけていた。

 この日の目的は収納鞄。僕にはインベントリーが存在するので、必要ないと思われるかもしれないが、ミィスが勘違いしていた空間収納魔法はかなり高位の魔法で、これの使い手と思われるのは面倒を引き起こしかねない。

 そこでダミーを用意するため、収納鞄を一つ購入しておこうという話になっていた。

 

 しかしそこはそれなりに高価な魔道具のため、先立つ物が必要だった。

 そこでポーションの納品で稼いだ金を、ここで注ぎ込もうと考えていた。

 もちろん、インベントリーには頭が痛くなるほどの金貨が収まっている。しかしこれを使うと理性のタガが外れてしまいそうで怖かった。豪遊の結果、どこの富豪かと勘違いされる可能性がある。

 そして、金持ちは特に、トラブルに巻き込まれやすい。

 ましてや僕のように、身寄りのない美少女となると、狙う輩も多くなるだろう。

 

「ってわけでミィス、これってどうかな?」

「それはさすがに武骨過ぎない?」

 

 登山用リュックのような大きな背負い袋を担いで、ミィスに確認を取って見れば、あまり(かんば)しい答えは返ってこなかった。

 口が大きく容量が大きい分、拡張された収納力も高い。それでいて動きを阻害しない、非常に便利な品だったのに。

 

「ミィスはもっと可愛い方が好きなの?」

「うーん、そこまでじゃないけど、やっぱりもったいないというか……」

「ふぅん?」

 

 そこまで言われたら、色々試してみたくなるな。

 まずは少し小さいけど花や小鳥の刺繍の入ったウェストポーチを試してみる。

 腰回りのワンポイントになって可愛いのだけど、口が小さくて出し入れの際に薬草なんかを傷めてしまう可能性があった。

 

「実用性が少し……って感じかなぁ?」

「似合ってたけど、もったいなかったね」

「え、そうかな?」

 

 ミィスに似合っていると言われ、一瞬心が揺らいでしまった。しかし高価な品に手を出す以上、実用性は無視しがたい。

 続いて選んだのは大きなカバンの付いたショルダーバッグ。

 淡いクリーム色をしていて、白いシャツと薄紅色のスカートによく似合う。

 しかしこの世界に来てもう十日以上経つ。スカートや女性用下着にも、ずいぶん慣れてきたものだ。

 

「ほほぅ、これはこれは」

「うっ」

「いいね。実にいい」

 

 肩から斜めに掛けてみたが、肩紐が胸を圧迫し、その形がくっきりと浮かび上がる。

 この身体は豊満な方ではないが、全体的に華奢な分、胸が大きく見える。

 斜めに押されることで、その形状がはっきりと浮かびあがった形になる。

 薄い生地のシャツだから、先端までくっきりと。

 その攻撃力は、一瞬でミィスが視線を逸らせたほどだ。

 

「よし、これにしよう!」

「ヤメテ! 目のやり場に困っちゃう!」

「なに言ってるの。ミィスは毎日見てるでしょ?」

 

 一緒にお風呂に入っているのだから、おっぱいも下も丸出しである。

 そのたびに顔を真っ赤にしているミィスをからかうのが、日々の楽しみだ。

 しかしその言葉に、店内の別の冒険者がざわつく。

 この店は冒険に使う魔道具を扱っているため、それなりの数の冒険者が出入りしていた。

 

「おい、ミィスの野郎……」

「シキメちゃんの胸を毎日見てるだと?」

「そういやアイツの家って、仕切りとか無い掘立小屋だよな」

「ってことは着替えも?」

「フルオープンです」

「やめてよォ!?」

 

 冒険者の疑問に答えた僕に、ミィスが抱き着いてきて僕の口を塞ごうとする。

 その行為すらじゃれあっているように見えるのか、冒険者たちの視線はさらに鋭くなった。

 そんな視線から逃れるように、僕たちは会計を済ませて店を出る。いや、僕は逃げる必要とか無いんだけど。

 

 その後は再びギルドに戻って食事をすることにした。

 ギルドに併設されている食堂は酒場も兼ねていて、よく冒険者たちが出入りしている。

 特に安くて量が多いことで有名で、味もそこそこ。実にお手頃だ。

 

「最近はここでご飯が食べれて、すごく嬉しい」

「そうなんだ? いつもはどうしてたの?」

 

 ミィスは嬉しそうに鳥の炙り焼きを頬張っていた。

 そう言えば彼は、村にほとんど寄与できなかったので、収入も少なかったらしい。

 しかし最近は、僕の装備と家賃のおかげで、かなり余裕のある生活をできているらしい。

 

「いつもは狩った鳥の肉を囲炉裏で炙って焼いて、後は野菜をそのままとか」

「おおぅ、なんという偏った食生活。僕が一緒に居る限り、そんな生活はさせないからね!」

 

 育ち盛りの子供が、そんな不健康な食事をさせるわけにはいかない。

 ポーションの納品で稼げてもいるし、インベントリーの金貨もある。いざとなれば、迷宮に潜って稼ぐのもいいだろう。

 危険な真似はしたくないが、この戦闘力は人目の無い場所でなら存分に振るうことができる。

 

「そんな! シキメさんには家賃までもらっちゃって。ボクの家、あんなあばら家なのに」

「安心して眠れるってことは、何よりも代えがたい贅沢なんだよ?」

「ボクも男なんだけど……」

「ミィスなら、襲ってもオッケー」

「またそんなことを」

「むしろ襲いたい」

「今日から別の場所で寝ることにする」

「ウソウソ! 冗談だよ」

 

 いつもの会話を交わす僕たちの耳に、他の冒険者の話が飛び込んできた。

 いつもならそれは聞き流すのだが、内容が無視できない物だった。

 

「なぁ、聞いたか? ラバンの村の連中が通りすがりの回復術師に助けられたってよ」

「はぁ? 奇特な奴がいるもんだな。でも俺らにもシキメちゃんがいるだろ?」

「まぁな。怪我を負った冒険者が()()うの体で迷宮から出てきたところに、回復魔法一発で完治させて、名前も名乗らず立ち去ったんだと」

「へぇ……普通は謝礼を要求する場面だよな? 定番だと五千ゴルドってところか?」」

「それくらいだろうなぁ。命の値段にしたら、安いもんだ」

 

 大銀貨五枚。前のミィスのひと月の稼ぎとほぼ同じ額。回復魔法一発分の値段として、それを高いと見るか、安いと見るかは人による。

 それでも確実に言えるのは、決して安い金額ではないということだ。

 

「その奇特な聖人様の姿は見たのかよ?」

「金髪のガキと黒髪の女だってよ」

「おい、それって……」

 

 話をしていた冒険者の視線が、僕の方に向けられる。

 聞き耳を立てていた僕は、それ気付かぬ振りをして食事を続けていた。

 頬に一筋の汗が流れ落ちたのは、ご愛嬌である。

 

「あの人たち、悪い人じゃなかったみたいだね」

「そーだねぇ。人は見かけによらないねぇ」

 

 だらだらと汗を流しながら、僕は料理を口に運び続ける。

 今までは美味しかった料理が、全く味がしなくなっている。

 ここで同一人物とバレるより、シラを切り続けた方が面倒はなさそうだ。

 そう判断して、僕はミィスとの食事に専念するのだった。

 



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第18話 炎嵐弓

 どうも僕が通りすがりの回復術師と疑われたようなので、しばらくは家の中での作業に集中することにした。

 ミィスも僕の助手になってくれているので、退屈はしない。

 今回の作業内容は、ポーションだけではなく道具生成である。

 

「せっかく錬金術が使えるんだから、色々試したいよね?」

「で、なんでボクの弓を使うの?」

「ミィスの弓が弱いと思ったから」

「グサッと来るなぁ」

「腐らないの。君はまだ成長途中なんだから」

 

 とはいえ、現状は成長を待ってくれない。

 僕は異世界転生した身であり、いつまで彼と一緒に居られるか分からない。

 ならば、僕がいなくなっても大丈夫なように、彼を補助してやるのは悪いことではないだろう。

 

 現在はロバーズボウを貸し出してはいるが、それだけでは少し物足りない。

 確かに迷宮表層の敵は一撃だったが、これが中層や、さらに深い階層の敵となると、そうもいかないだろう。

 そこまで足を伸ばすつもりはないが、大は小を兼ねるとも言う。もう少しマシな弓を持たせてやりたい所存。

 

「えーと、キマイラの皮、ワイバーンの腱、エルダートレントの木材……」

「待って待って。それだけでなんだか不穏な気配がするんだけど!」

「気にしない気にしない。えっと、皮と芯材と弦の素材はこれでいいとして、複合弓にするにはもう二種くらい木材が欲しいね」

「こ、これ以上強くするの?」

「骨を使おうか。ファイアードレイクの肋骨」

「それ、一匹でも出たらこの村が滅ぶよ?」

 

 ドレイク種は、ドラゴンほどではないが、強敵に属するドラゴンの眷属だ。

 ゲーム内でも後半にならないと出てこない敵なのだが、得られる素材はかなり高級な武器の材料になる。

 それらを錬成台の上に並べると、目の前にレシピ画面が現れた。

 

「あれぇ?」

「どうかしたの?」

「いや、これ……」

 

 どうやらレシピ画面はミィスには見えていないらしい。

 そこに表記されていたアイテムは、灼牙刀という刀の一種だった。

 

「なんか刀ができちゃうみたいなんだよ」

「ボクに接近戦をしろと?」

「いやいや、そんな危険な真似はさせられない!」

 

 どうやら腱が弦の素材として認識されなかったっポイ。ポイポイ。

 レシピでは腱は柄の素材に使われていた。そこで糸を用意することにした。

 どうもこの世界に来てから、レシピにも微妙な修正が入っているっぽい。というか、僕のスキルをこの世界に無理やり合わせた感じだろうか?

 

「ワイバーンの腱はダメかな? じゃあエピックアルケニーの糸を……」

「それ、国が亡ぶ敵だよね?」

「そうだねー、迷宮の深層にいた敵の素材だね」

「シキメさん、あの迷宮に入ったことあるの?」

「あ、あそこの迷宮じゃないよ。別の迷宮」

 

 ここはゲーム内とは違う世界なので、強さの基準が異なる。

 エピックアルケニーは深層の敵だが、僕にとってはランダムエンカウントする雑魚的の一種に過ぎない。

 しかし、この糸はかなりいろいろなアイテムに使用することができたので、ゲーム内では非常に使い勝手が良かった。

 なので見つけ次第率先して倒しまくり、インベントリーに大量にアイテムが収納されている。

 

「今、この錬成台に乗ってるアイテムだけで、この村を全部買えちゃう気がするんだけど」

「あー、買えるかもしれないねぇ」

「こんなのでできた弓を持ち歩いてたら、ボクが襲われちゃうんじゃない?」

「あ、その可能性もあるか」

 

 そう言いながらエピックアルケニーの糸を錬成台に乗せた瞬間、再びレシピが開いた。

 

「お、今度は弓だ。でもこのままだとミィスが目を付けられちゃうのか」

「うん、ボクを殺して弓を奪って、よその村に行って売り払えば、凄い大金が手に入るね」

「それは困るなぁ。ミィスは僕のお嫁さんになってもらわないといけないし」

「お婿さんじゃないの!?」

 

 そう言いながら、今度は別のアイテムを錬成台に乗せる。

 今度はインビジブルストーカーというアンデッドの皮だ。

 インビジブルストーカーは透明なグールのようなモンスターで、その表皮は強力な隠蔽効果がある。

 この効果で姿を隠し、背後から急襲してくる面倒な敵だ。

 

「コレ、インビジブルストーカー」

「なんでカタコトなの?」

「いやなんとなく。ともあれ、これを一緒に錬成したら隠蔽効果が付くんだよね」

「へぇ、すごい!」

「そーであろう、そーであろう」

 

 素直に驚きの表情を見せるミィスに、僕の鼻は天井知らずに伸びていく。

 この反応の良さは、彼の魅力の一つだ。

 

「とにかく、錬成開始」

 

 ポーションの錬成と違い、こちらは素材の変形などが必要になってくる。

 使う錬金術系魔法も違うため、この世界では初めての武器錬成となる。

 

「まず、【変形】で形を整え、【融合】で素材を強化していく……」

 

 ベースとなるエルダートレントの木材が弓の形に変形し、その左右にファイアードレイクの肋骨が貼り付き、融合していく。

 それを取り巻くようにキマイラの皮が巻き付き、弦の部分をエピックアルケニーの糸が張られていった。

 性能は単純な弓だけなので、特殊な付与は必要ない。魔術式を組み込む手間は省ける。

 隠蔽効果はインビジブルストーカーの素材を【融合】した時に付与されているので、これも後付けで魔術式を組み込む必要はなかった。

 

「えーと……完成かな?」

 

 出来上がった弓は、一メートル程の複合弓(コンポジットボウ)だった。

 これは狩りに使うには少し取り回しが悪そうだ。

 

「ま、まぁ問題は性能だよ」

「うん……」

 

 不安そうなミィスの視線に耐えかねて、僕は出来上がった弓に【鑑定】をかける。

 結果、出来上がったのは炎嵐弓という、非常に強力な弓だった。

 その威力はロバーズボウの三倍以上である。

 

「威力は問題なし。隠蔽効果も付いてるね」

「良かった。でもこれ、そのままでも目立つよ?」

「そこは外側に何らかの偽装を施そう」

 

 炎嵐弓の表面は、きらきらした赤い素材で覆われており、非常に目立つ。

 なので性能を阻害しない範囲で木の板やボロ布を貼り付け、できる限りみすぼらしく仕上げてみせた。

 

「どうかな?」

「これなら、目を付けられることも無さそう」

「弦の方はどう? 固くて引けないとかないかな?」

 

 ゲーム内では筋力の使用制限などは無かった。

 しかしここは現実。筋力が足りなければ引けないという可能性もある。

 ミィスは偽装した弓を手に取り、その弦を大きく引き絞る。

 

「うわ、すごく固いのになぜか引ける。気持ち悪い……」

「使用者制限が無いから、そのせいかな」

 

 ミィスが手を離すとバシュッという音を立てて、弓弦が鳴る。

 その音の鋭さに、この弓の威力が窺い知れた。

 

「実際の威力は、放ってみないと分からないね」

「今から試しに行ってみる?」

 

 わくわくした表情を隠そうともせず、ミィスは積極的にそう言ってきた。

 この子が自分からどこかに行こうと言ってくるのは、初めてかもしれない。

 

「お、ミィスがデートに誘ってくれるの? それは行くしかないじゃない!」

「もう、そうやってからかうのはヤメテよ」

「あはは、ごめんね。でも試射はした方がいいから、試しに行くのは賛成」

 

 僕の【火弾】の魔法のように、とんでもない威力を発揮する可能性がある。

 うっかり村の中で射てしまうと、周辺に被害を及ぼすかもしれない。

 そうなると、ただでさえ低いミィスの立場がさらに悪くなってしまう。

 そんなわけで、この日の午後は新しい弓の試射に向かうことになったのだった。

 




ロバーズボウ
攻撃力:160 重量:3 射程:30m
補記:盗賊でも使用できるように開発されたショートボウ。威力はそこそこ程度しかない。

炎嵐弓
攻撃力:500(80) 重量:7 射程:80m 
特殊効果:性能隠蔽(鑑定を受けた際、本来の攻撃力ではなく、偽装された攻撃力(カッコ内の数値)を表示させる。
補記:赤い鉱石のような物質で作られた複合弓(コンポジットボウ)。取り回しが難しいが、高い威力を誇る。また隠蔽効果もあり、本来の威力を隠している。


攻撃力はそこに筋力値を加算し、合計値から防御力を引いた数値がダメージになると想定してます。
炎嵐弓だと無装備のアンソンを二発で仕留めるくらいの威力でしょうか。完全武装でも三発で充分な威力になります。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


次の更新は明日の18時を予定しています。
よろしければ平行連載中の神トレ!(https://ncode.syosetu.com/n2558gj/)もお楽しみください。

また、お気に召しましたらブックマーク、評価のほど、よろしくお願いします。


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第19話 秘めたる才能

 昼食を食べてから、僕とミィスは迷宮へと向かうことにした。

 いつもの森の中ではなく迷宮を選んだのは、こちらの方が魔獣が大量に徘徊しているからだ。

 もちろん危険度も森の中とは比べ物にならないが、数日前に探索隊が表層付近を調べ上げたので、魔獣の数はかなり減っているはず。

 

「というわけで、手ごろな敵を探してみよう。ミィス、この階層で一番弱いのは何かな?」

「えっと、この辺だとホーンドウルフとかゴブリンじゃないかな」

 

 ホーンドウルフは前回探索隊に参加した時に倒した、虹色の角の生えた犬のことだ。

 虹色の角は体内魔力が凝縮して突き出したもので、魔晶石として様々な用途に使用される。

 それが突き出したホーンドウルフは、弱いわりにおいしい獲物として認識されている。

 

 今回、ミィスが主力になってもらうつもりなので、光源となるランタンは僕が持っている。

 魔法は片手が自由なら使用できるので、ランタンを持っていても問題ない。

 魔法の発動に必要なのは、視認、発声、照準だ。視認のために対象が見えていなければならず、発声で魔法名を口にし、照準のために片手を標的に突き出す必要があった。

 逆に言えばそれしか必要ないため、見えて、喋れて、手を突き出せれば魔法は使える。

 

「じゃあ、その辺を狙ってみようか。失敗しても僕がサポートするから、安心して」

「不安だなぁ」

「なにおぅ!?」

「痛い、痛い! あと当たってるから」

 

 背後からミィスに抱き着き、頭を空いた片手でぐりぐりと抉る。

 ミィスはその痛みにもがくが、もちろん逃がしたりしない。

 あと当たっているのはわざとである。アピール大事。超大事。

 

「っと、騒ぎ過ぎたかな? さっそく来たみたいだよ」

「あ、ホントだ」

 

 僕たちの声を聞きつけたのか、シタシタという足音がこちらに向かってくる。

 と言っても薄暗い迷宮の中。視認するほどには至っていない。

 しかも足音がする方角は、十メートルほど先で曲がり角になっていて、その先が見えない。

 

「足音の数は一つ。リズムからすると四足歩行。ホーンドウルフで間違いない?」

「ラッシュボアなんかもいるけど、この軽い音はホーンドウルフで間違いないと思う」

 

 ミィスは矢を矢筒から引き抜き、炎嵐弓に番える。

 そしてキリキリと弦を引き絞って、通路の先に狙いを定めた。

 最初は通路の上方を狙っていたが、少し首を傾げた後、その鏃の先を水平近くまで下げていく。

 これは以前の弓と今の弓で、軌道が大きく変わるための挙動だろう。

 そうしているうちにホーンドウルフがかどから姿を現し、同時にミィスは矢を放った。

 同時に、放たれた矢が弦の張力に耐え切れず、バキンと砕け散る。

 

「ええっ!?」

「うっそぉ!」

 

 ボクとミィスの驚愕の声が同時に響く。

 しかしホーンドウルフは、そんな事態を斟酌(しんしゃく)してくれない。

 こちらの隙を見逃すまいと、全速力でこちらに駆け寄ってくる。

 ミィスは次の矢を放っていいのか、とまどっていた。また矢が砕けるのではないかという恐れがあるためだ。

 

 なので僕が攻撃魔法を発動させる。

 腕を突き出し、【火弾】の魔法を起動し、放つ。

 前回と同じく二メートル近い火の弾が飛び出し、壁に衝突してから弾けて消える。

 その途中にいたホーンドウルフに至っては、骨も残さず消し飛んでいた。

 

「……えっと、平気?」

「うん、ありがと。まさか砕けるとは思わなかった」

「僕もだよ」

 

 弓の性能が高すぎて、ミィスが普段使いしている矢ではその威力を支えきれなかったのだろう。

 

「どうしよう、これじゃ撃てないよ」

「そうだねぇ。いっそ矢も僕が作ろうか?」

「え、ここで?」

「ここでできないことも無いけど、襲撃とかあるから今は無理かなぁ」

 

 ゲームと違い、キャンプを張れば敵が襲ってこないということはない。

 ここで錬成している間に襲撃される可能性は、捨てきれない。

 

「でもね? 作るのは無理でも、すでにあるモノを使うことはできるのだよ」

「え?」

 

 僕はそう言うとミィスの方に手を差し出し、そこに鉄製の矢を十本ほど取り出してみせた。

 

「え、いいの?」

「僕は使わないからね。ミィスが使うならちょうどいいじゃない」

「使わないのに、なぜ持っているのか?」

「乙女の秘密だよ」

 

 正確に言うと、アイテムコレクターな気質があった僕は、矢ももちろん収集していたからだ。

 そして一本だけがインベントリーにあると寂しく思えたので、収納枠一杯まで集めてしまった結果である。

 十年以上同じゲームをやっていると、そう言うことの一つや二つはある……はずだ。

 

「ほら、さっきの爆音を聞きつけたのか、お代わりが来たみたいだよ」

「あ、ホントだ」

 

 今度の足音は三頭分。

 盛大に壁を【火弾】が叩いたため、僕たちの存在を嗅ぎ付けたのだろう。

 ミィスは矢筒の空いた場所に鉄の矢をねじ込み、そのうち一本を弓に(つが)える。

 

「うわ、重……」

 

 その矢の重さに驚きながらも、炎嵐弓の弦を引き絞った。

 本来ならばミィスの筋力で弾けるはずもない強弓。しかし性能のサポートで易々と引き絞ることができる。

 珍しく鋭く険しい視線で通路の先を見つめ、そこにホーンドウルフが姿を見せた。

 

 その瞬間、ミィスは鉄の矢を放った。

 今度は砕け散ることはなく一直線に飛翔し、ホーンドウルフの角の下、眉間の部分を正確に射貫く。

 ホーンドウルフは後方に吹っ飛び、壁に衝突して縫い付けられてしまった。

 その間にもミィスは二の矢、三の矢を放ち、壁に三つのホーンドウルフのオブジェが完成してしまった。

 

「うわぁ……」

 

 その冷酷無比な攻撃に、僕は思わず声を漏らした。

 っていうか、ミィスの弓の腕、普通に凄いじゃないか。

 どうしてこの腕前で、成果を上げられなかったのか?

 

「ミィス、実は凄い子?」

「そんなことないよ。獲物とかほとんど狩れなかったし」

「それは筋力が無かったからで……ああ、そうか」

 

 彼は何の補助も無ければ、ゴブリンの皮膚すら貫けない弓力しかなかった。

 だから彼が狩るのは鳥やウサギといった小動物ばかりだ。

 これらは村に危害を与える動物ではないので、評価には繋がらなかったっぽい。

 

「僕が狩れる獲物って、小さい奴ばっかりで、たまに上手く目に当たった時にゴブリンを倒せるくらいだよ」

「つまりミィスは常に獲物の目を狙って撃ってたと?」

「うん」

 

 そんなハードな狙撃を繰り返していたのなら、そりゃあ腕前も上がるだろう。

 今後は炎嵐弓のサポートもあるし、彼も成長して力も増していく。

 そう考えると、ミィスは将来有望な狩人ではなかろうか?

 



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第20話 美味しいお肉のために

 壁に張り付いた獲物に刺さった矢を引っこ抜き、ホーンドウルフの解体をミィスが行う。

 虹色の角を根元から抉り出し、毛皮を剥いでいく。

 残念ながら肉は食用には向いていないということなので、廃棄だ。

 

「食べられないんだ?」

「食べられないことはないけど、臭みが強くておいしくないんだ。よっぽどじゃないと口にしたくないよ」

「へー、でも臭みさえ何とかすれば食べれるんだ」

「そんな方法あるの?」

「うーん」

 

 臭みのある肉の処理法と言えば、やはり匂いの強い食材なんかで煮込むホルモン料理を思い出す。

 他にも牛乳やヨーグルト、重曹なんかに漬け込んでおくと、消臭効果があると聞いた。

 

「牛乳で煮込むとか……クリームシチューとかグラタンなんかが向いてるのかな?」

「へー。今度試してみようかな」

「クリームや牛乳を用意する方が高くつかない?」

 

 開拓村では家畜は貴重品だ。

 村人すべてを賄えるほどの牛乳は期待できない。

 その分値段はお高めになっており、これをメインに組み込むくらいなら、普通に食べれる肉を買った方が安上がりというありさまである。

 

「でも、そうなると、いいお肉を食べたくなるよねぇ」

 

 ミィスは小さな獲物しか狩れない。それはギルドの食堂で食べる以外では、鳥や兎の肉くらいしか口にできないという意味になる。

 そもそもパンと芋だけという日も少なくなかったらしい。

 僕と暮らすようになってからは改善されているが、それでも鳥以外の肉という欲求に負けてしまいそうになる。

 

「ねぇ、ミィス。この階層にラッシュボアがいるって言ってたよね?」

「うん、いるね。イノシシのお肉かぁ」

 

 僕の言いたいことが伝わったのか、ミィスも少し宙を眺めて何かを妄想している。

 

「ねぇ、ミィス。狙っちゃおっか?」

「この弓なら、普通に狩れるかも」

「そうと決まれば……」

「お肉のために頑張ろう!」

 

 僕たちの想いは重なり、ハイタッチをして、歩き出す。僕の方が背が高いため、ミィスはピョンと飛び上がって手を合わせた。

 こうして、その後の方針が決まった。食欲のために標的になったラッシュボアには非常に申し訳なく思う。なむなむ……じゅるり。

 

 

 

 いくつかの角を曲がり、十数分探し回ったところでようやくラッシュボアを見付けた。

 ラッシュボアは普通のイノシシよりも一回り大きな体躯を持っており、例によって虹色の角が額に一本生えている。

 これを使って突撃をしてくる、殺傷力の高い魔獣だ。

 気を抜くと命を落とすレベルの敵なので、油断はできない。

 

「いた」

「うん。一匹だけだね」

 

 迷宮の通路の端に生えた草を暢気に食んでいるラッシュボアを見付け、僕たちの目は輝いた。

 これほど狩ってくれと言っている獲物は、そうはいない。

 

「よし、じゃあいくよ」

「うん、イッて」

「なんか発音……」

「いいからいいから」

 

 どこか納得してない顔で、ミィスは弓を構えた。

 通路の影にからの半身を隠し、突撃攻撃を避けやすいようにしている。

 鉄の矢を番えて、キリキリと弦を引き絞った。

 その音がラッシュボアにまで伝わったのか、不意に頭を上げてこちらに視線を向けてきた。

 それと同時に、ミィスは矢を放った。

 

「ブキィ!」

 

 威嚇の声を一つ漏らし、突撃のために頭を下げる。

 まるでその挙動まで想定していたかの如く、下げた頭の眼球を鉄の矢が射抜いた。

 ドンと、まるで棒で肉を叩いたかのような音が響き、ラッシュボアの身体が数十センチ後ろにずれる。

 そしてしばらくふらついた後、耐えきれなくなったかのように膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 

「……やった?」

 

 ただの一矢で仕留めたことが信じられず、ミィスがそう聞いてくる。

 僕はそれに即答することなく、しばらくラッシュボアの挙動を見つめていた。

 そして全く動かず、完全に息絶えたと判断してから、通路の角から身を乗り出した。

 

「やったね!」

「やった……ボク、狩れたんだ……」

「ってか、ミィスの腕ならいい弓さえあれば、これくらいできたんだよ?」

「やった……やったぁ!」

 

 珍しくミィスの方から僕に抱き着き、喜びを爆発させる。

 僕は彼を受け止め、その場をクルクル回ってその喜びに付き合う。

 そうしてしばらく抱き合った後、自分の体勢に気付いたミィスが離れた。

 

「あ、もう終わり? 残念」

「もう、気付いていたなら注意してほしかったな」

「なんで? ご褒美じゃない」

「シキメさんは、もう少し慎みを持って」

 

 そんなことを言い合いはしたが、ミィスも本気で怒ってはいない。

 それより先に、問題となるのはラッシュボアの解体だった。

 ミィスも解体用のナイフは持っているが、大きなイノシシを解体するには少々不足だ。

 体格も小さい彼が解体するとなると、かなりの時間がかかるだろう。

 

 というわけで、僕がラッシュボアの解体を行うことにする。

 解体に使用するのは、忍者刀という種類の武器だ。

 これは反りのない小さめの刀のような形状をしており、斬れ味もいい。

 本来の目的とは違うが、解体には非常に使いやすい形状をしていた。

 

 皮を裂き、内臓を掻き出して肉を処理していく。

 日本ではもちろん解体なんてしたことは無いが、この世界に来た時に得た錬金術系のスキルで解体系の技能も存在したので、苦も無くこなすことができていた。

 そのスキルの効果か、内臓などを見ても気分が悪くなることも無い。

 

 肉を処理して僕とミィスの拡張鞄に収納していく。

 途中でミィスの鞄がいっぱいになってしまうというトラブルもあったが、売りに出す毛皮や牙、魔晶石以外をインベントリーにしまうことでどうにかなった。

 その間も魔獣の襲撃は無く、僕たちは意気揚々と村へと帰還したのだった。

 

 

 

 ミィスの小屋に戻ってきた僕たちは、さっそく夕食の準備に取り掛かった。

 背骨の部分を砕いて布袋に入れ、鍋の底に敷いて水を入れて煮込む。これで骨髄からいい出汁が出るだろう。

 しばらく煮込んでから大豆から使ったペーストを混ぜて味噌みたいな風味を付ける。

 このペーストはこの世界のメジャーな調味料で、味噌の代わりに使える味をしていた。他にも醤油っぽい味のバージョンもあるため、僕の舌は苦も無くこの世界の味に馴染んでいた。

 

 そして沸騰する寸前に野菜やキノコを入れて、再び煮込む。

 これらは帰ってくる途中に森で仕入れたものだ。

 素人がキノコに手を出すと、結構な確率で毒キノコを引き当てるものだが、僕には鑑定の魔法があるので、安全だ。

 

 さらにくつくつと煮込む時間が続く。沸騰すると大豆の風味が飛んでしまうので、ここでの火加減はかなり注意を要する。

 野菜に火が通った頃を見計らって、最後にラッシュボアの肉を薄切りにしたモノを投入した。

 

「ミィス、待て。ステイ!」

「ワン!」

 

 待ちきれず、取り皿片手に匙を持ったミィスが手を伸ばしていたが、心を鬼にしてそれを制止する。

 ミィスも僕の冗談交じりの声に乗って、犬の鳴き真似をしてみせた。

 その仕草は破壊力が凄まじく、一瞬料理そっちのけで押し倒そうかと考えたくらいだ。

 確かインベントリーに犬耳のかぶり物とかあったよな?

 

 とはいえ、やはり寄生虫などの心配もあるので、しっかりと火を通しておかねばならない。

 しばらく煮込んでから最後に僕が取り皿にスープを少し掬い、味見をして確認する。

 

「よし、オッケー」

「いただきまぁす!」

 

 待ちきれないとばかりにミィスが鍋に匙を突っ込み、取り皿に移す。

 味は我ながら、合格点を出してもいい出来だった思う。

 熟成させなくてもこの味とは、異世界の食材、おそるべしだ。

 

 



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第21話 おすそ分け大作戦

 翌日、僕たちは新たなミッションに挑むことにした。

 僕はこの世界で、何かをするという目的を何も持っていない。

 ()って、目的はその場その場で設定して生きていこうと考えていた。

 

 まず昨日は、この世界の保護者であり、ターゲットでもあるミィスの強化を行った。

 次は彼のこの村での地位を向上させるという、新たな課題を掲げた。

 朝、洗顔を済ませ、昨夜の鍋の残りに穀物を混ぜ込んで雑炊風に仕立てたもので朝食を済ませた後、その目標をミィスに告げた。

 しかしミィスはあまりピンとこなかったらしく、カクンと首を傾げていた。

 

「でもシキメさん。どうやってボクの評判をよくするんです?」

「そーだねぇ」

 

 掲げはしたものの、方針を何も決めてなかった僕は、ミィスの反論に口篭もった。

 今、ミィスは普通に魔獣を狩れる実力を持っている。

 それを公開すれば、この村での地位は自然に上がるだろう。

 しかしそれをすれば『なぜ?』という疑問が湧いてくる。

 自重を忘れて作った弓の存在を、他の人間に嗅ぎ付けられたら、僕だけでなくミィスの身にも危険が及ぶ可能性があった。

 

「実力を公開するのは危険だね」

「弓のことがバレたら、いろんな人に狙われそう」

「だよねぇ。なら実力を示す方向性は避けよう」

 

 では、どうすればいいか? 評判を上げるには村に貢献すればいい。

 僕はポーション作りで村に貢献し、その地位を築いた。

 

「ミィスにもポーション作りをさせてみるとか?」

「ボク、それは自信ないよ」

「錬金術系の魔法とか――」

「使えないよ!」

「だよねぇ」

 

 貢献と言ってもいろいろある。討伐で貢献するだけが、村のためとは限らない。

 

「例えば主婦の人とかいるし……そうか!」

 

 村の主婦の人たちは、別に討伐で村に貢献などしていない。

 彼女たちは妻として、もしくは母として村に貢献していた。

 少年のミィスではその方法での貢献はできないが、彼女たちへの貢献はできる。

 

「お裾分け、しよう!」

「お裾分け?」

「僕の故郷の言葉でね。料理とか作り過ぎた場合、近所の人に配って無駄をなくすんだ」

「ふむふむ?」

「僕たちは昨日、食べきれないほどの肉を持ち帰ってきたでしょ? それを近所に配ろう」

 

 お肉は正義だ。

 たいていの場合、肉類はギルドに売って、そのまま食料品店へ回される。

 狩ってきた猟師や冒険者にお金が入り、その金でご飯や肉を買うという、なんとも効率が悪い流れができていた。

 だが、それをギルドを介さず、周辺に配ったらどうだろう?

 ただで肉が食えるなら、誰だって喜ぶ。

 

「でもその肉をどうやって獲って来たか、疑問に思われないかな?」

「別に実力で狩ったと主張する必要はないよ。罠で狩ったと言ってもいいし、毒や麻痺薬を使ったと言ってもいい」

「毒……それ、平気なのかなぁ」

 

 毒を喰らわせて仕留めた獲物の肉を食べるのは、抵抗があるかもしれないと、ミィスは懸念していた。

 しかしそこはそれ。僕は後に残らない毒や麻痺薬も、インベントリーにある。

 というか、ゲームでは毒で仕留めたところで、素材に影響は出なかった。

 その辺も実際に試しておく必要があるかな?

 

「ともかく、今回のお肉は近所に配っちゃおう。運よく瀕死のラッシュボアを見付けて、僕の薬で仕留めたってことで」

「うん、それでいいよ」

「それから後で毒の効果も調べてみて、影響が無いようならそれで仕留めた肉もご近所さんに配るって言うことで」

「毒、危なくない? シキメさんが」

「だーいじょうぶ、だいじょうぶ」

 

 毒を扱う僕の心配をしてくれるミィス。なんて優しい子なのだろうか。

 いや、僕がドジだと思われてる可能性も、無きにしも非ずだが。

 

 

 

「すみませーん、お裾分けに来ましたぁ」

 

 思い立ったら吉日とばかりに、僕たちはさっそく近所のおばさんたちにラッシュボアの肉を配りに回った。

 ラッシュボアの肉はまだ四十キロ以上あるため、各家に一キロずつ配ったとしても、余裕で余る。

 肉一キロと言えば、結構なボリュームになる。一食分は確実に賄えるだろう。

 

「お裾分け? おや、お隣の奥さんじゃないかい」

「ええ、奥さんに見えますか! やだなぁ」

 

 奥さんと呼ばれてくねくねと身体をくねらせて、恥じらって見せる。

 それを見て、ミィスが慌てて『違いますよ!』と否定していた。

 なんとつれない。いや、これはツンデレというやつかもしれない。ともあれ今は本題だ。

 

「ゴホン。実は死にかけたラッシュボアを見付けまして。そこを僕の睡眠薬とミィスの矢で仕留めたんですよ」

「睡眠薬ぅ? この肉、食べて平気なのかい?」

「そこに関しては大丈夫です。毒性が無いのは確認済みですし、僕たちも夕べ美味しくいただきましたので」

「そうなの? じゃあ、ありがたくいただいておくわね。ミィスも、ありがとうね」

「いえ、その……」

「あんたが頑張ってるのは、私らはみんな知ってるよ。だからもっと胸をお張り」

「は、はい」

 

 上機嫌でミィスの背中をバンバン叩くおばさん。実にパワフルだ。

 そう言えば、ミィスを悪く言う人たちって、冒険者とかそう言う人たちばかりで、村の女性から非難されているのは見たことが無かった。

 

「あんたが一人で生きているのを見て、何とかしてあげたかったんだけどねぇ。うちも食っていくだけで一杯一杯でさ」

「そんな! おばさんにはいつも、水汲みを手伝ってもらったりしてましたし」

「その程度のことしかできないのが歯がゆかったのさ。いい奥さんを捕まえて、私も安心だよぉ」

「いや、シキメさんは奥さんではないです。お客さんです」

「おばさん、ミィスが冷たいです」

「アハハハ、そりゃダメだよ、ミィス。ちゃんと夜は可愛がってあげるんだよ? いいモノ持ってんだからさ」

「だから違いますってぇ!」

 

 勘違いという訳ではなく、おばさんも事情を知ったうえでミィスをからかっているのだろう。

 しかしそれを真に受けて、顔を真っ赤にして否定するミィスの姿を愉しんでいる。

 分かる。その気持ち、痛いほど分かるぞ、おばさん。

 

「それじゃ、僕たちはこれで」

「あぃよ。肉、ありがとうね」

「いえいえ。いつもお世話になってますから」

 

 一緒になってミィスをからかいたくなる衝動をグッと抑えて、僕は別れの挨拶をする。

 この手のおばさんは、放っておくと際限なく話が伸びる。

 小さいとはいえこの村には他に十数軒の民家がある。

 今日中にその数を回らないといけないのだから、時間が足りない。

 それをおばさんも理解しているのか、物足りなさそうにしながらも、僕たちを見送ってくれた。

 こうしてこの日一日、僕たちは肉を配り歩いたのだった。

 



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第22話 ギルドでのお約束

 村中の家に肉を配り、ミィスの評判はかなり上がったはずだ。

 次に僕たちは、ギルドへと向かった。

 もう日も傾いてきた時間帯だが、昨日倒したラッシュボアの毛皮や牙、魔晶石を売る必要がある。

 夕方になって込み始めたギルドに足を踏み入れる。

 カウンターに向かって歩いて行く途中、僕たちの前に立ち塞がる連中がいた。

 

「よう、嬢ちゃん。まだミィスなんかと組んでるのか?」

「こんにちは。そうですね、多分ずっとです」

 

 立ち塞がったのは四人の男たち。揃って使い込んだ装備を身に着けているので、それなりに経験は積んでいそうだ。

 ニヤニヤ笑う男たちの視線に、背筋が怖気立ってくる。

 明らかに僕を『女』としてみる視線。いや、これは道具としてみる視線だ。

 正直言って、粘着質な視線が気持ちが悪い。そして道具として見られていることに、気分も悪い。

 

「どうだ? ミィスなんか捨てて俺たちと組まねぇか? ギルドのランクも、レベルも、俺たちの方が高いぜ?」

「遠慮します」

 

 一言の元に切って捨て、僕は男たちを迂回しようとした。

 しかし男たちは僕を囲み、その行く手を阻む。

 

「通してください」

「話が終わってないだろ? 俺たちと組めよ。いい思いさせてやるぜ。夜もよ」

「せめてミィスより大きくなってから来てください。では」

 

 ミィスは先祖にオークが混じっているらしく、アレが大きい。これは村では結構有名なことで、これが元で迫害されたりもしていた。

 半分くらいはやっかみも混じっているのだろう。

 それを間接的に指摘され、男たちは明らかに鼻白んだ。

 

「おい、いい加減にしないと、痛い目を見るぜ?」

「そちらこそいいんですか?」

「なにをだよ?」

「これ以上あなた方が絡んでくるなら、僕にも考えがあります」

「ハッ、何ができるって言うんだよ!」

 

 自信ありげに胸を張る男たちだが、彼らはまだ気付いていない。

 ギルド内の他の冒険者の視線が、明確に鋭くなってきていることに。

 

「ギルドへのポーションの納品をやめます。そして村を出ます。原因はあなたたちということにして」

「ハァ?」

「僕がこのギルドへのポーションの納品をやめれば、困る人も多いでしょうね」

「そ、そんなこと、できるはずが……」

「その原因になったあなたたちが、この村で無事に生活できればいいんですが?」

 

 そこまで言われて、初めて男たちは周囲の視線に気が付いた。

 僕が後ろに庇っているミィスも、弓に手をかけている。

 中には剣を抜いている冒険者もいるほどだ。そしてギルドの職員は、それを制止していない。

 それは、彼らへの私闘を非公式ながらも認めるという証でもある。

 

「お、おい、マジかよ……」

 

 さすがに剣を抜いている冒険者の姿を見て、男たちは怖じ気付いた。

 この村のギルドで販売するポーションは、非常に高品質だ。そのおかげで命を繋いだ冒険者も、数多い。

 その要因である僕がこの村を出る。ポーションを納めない。それがどれほどの痛手となるか分からない冒険者は、ここにはいない。

 

「よぉ、兄ちゃんたち。面白そうな話してるじゃないか。俺たちとも『お話し』しようぜ?」

 

 そう言って取り囲む冒険者たちから一歩踏み出してきたのは、ミッケンさんである。

 その横にはショーンさんも同伴していた。

 この村の冒険者の中でも随一の実力者と、ギルドの重鎮の登場に、男たちも事態の重大さに気付いたようだった。

 

「い、いや、俺たちはこの後用事が……」

「そうツレないことを言うなよ。お前たちだって、用事のある彼女たちの邪魔をしていたじゃないか」

「そ、その辺については反省してますので、ご容赦いただきたく」

 

 震える声で、妙に丁寧な言葉遣いになる男たち。

 それもそのはず、ミッケンさんは実力だけでなく、顔まで強面なのだ。

 あの体格から見下ろすように威嚇されると、僕だってビビる。漏らしちゃうかもしれない。

 

「ミィス、もういいから」

「ん」

 

 弓と矢に手をかけ、いつでも撃てる態勢を取っていたミィスを、僕は手で制する。

 その言葉を聞いて、ミィスは戦闘態勢を解いた。

 

「それじゃショーンさん。後のことはお任せしても?」

「ええ、彼らにはしっかりと『お話し』させていただきます」

「そ、そんな」

「ミランダ。彼らを『地下の』談話室にお連れして」

「はぁい」

 

 いつもの受付のお姉さんがやってきて、男たちの手を取る。

 それを振り払おうとした男たちだが、なぜかその手はびくともしなかった。

 それどころか、軽く動かすだけで男たちは膝をつき、ねじ伏せられてしまう。

 

「うわぁ」

 

 明らかに違う体格差をものともしない光景に、僕は思わず言葉を無くす。

 しかも男二人を同時に、だ。

 残りの二人は、ミッケンさんによって頭を掴まれ、そのまま宙に持ち上げられていた。

 ミシミシという頭蓋の軋む音が、僕の元まで届いている。

 そのまま四人の男たちは、職員たちの手によって地下へと連行されていった。

 ミッケンさんとショーンさん、それにいつものお姉さんことミランダさんも一緒に姿を消す。

 

「あー、えー……その、買い取りお願いしたいんですけど?」

 

 僕はとりあえず本来の目的を思い出し、いつもと違う受付の人に話しかけた。

 その人も少し引き攣った顔をしていたけど、僕の言葉ににこやかに対応してくれた。

 

「はい、回復ポーションですか?」

「いえ、昨日死にかけたラッシュボアを見付けたので、その素材を」

「ラッシュボアですか。よく倒せましたね?」

 

 僕とミィスのコンビでは、倒せるかどうか怪しく思えたのだろう。

 しかし、実際僕たちの見かけはその心配も納得なくらい、貧弱だ。

 

「ちょうどけがをした個体を見付けまして。それに睡眠薬も持ってましたので、それで眠らせてからとどめを刺しました」

「なるほど、運が良かったですね。ですがシキメさんはこの村にとって欠かせない人ですから、できれば……」

「わかってます、無茶はしませんよ」

 

 僕だって、僕のミスで人が死ぬ事態というのは、後味が悪い。

 

「肉は近所の人に配ってしまったのですけど、毛皮と牙、それに魔晶石があります」

「大丈夫ですよ、個別に買い取らせてもらってますから」

「それと、これ残りで悪いんですけど、皆さんで食べてください」

 

 僕は素材と一緒に、残りの肉を買取カウンターに乗せる。

 残りとはいえ、十キロ近くあるので、職員みんなで食べるには十分な量になるはずだ。

 

「え、いいんですか? これも買い取っても構わないんですよ?」

「これだけだと、大した金額にならないので」

「なるほど。シキメさんたちがよろしいのでしたら、喜んでご馳走になります」

 

 こうしてギルドにも媚を売っておけば、ミィスの立場はうなぎ登りになるだろう。

 あとは定期的にこれを続ければ、彼の生活も安定してくるはずだった。

 



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第23話 失敗はせいこうのもと

 ギルドで料金を受け取った後、僕たちはミィスの家に戻ってきた。

 今回、瀕死の獲物を薬の力で倒したと主張した以上、今後はそう言う戦術も使えないといけない。

 その手法をミィスと相談する必要があった。

 

「というわけで、ミィスには状態異常を起こす矢を提供しようと思います」

「それって、高いんじゃないの?」

「毒矢みたいなものだよ。薬の効果時間が短い物を鏃に塗って射ればオーケー」

 

 ただ、うっかり自分の手を傷付けた際に効果を受けてしまう可能性があるので、ミィスは取り扱い方に注意が必要になる。

 殺傷力の高い毒などは危険過ぎて渡すのはためらわれる。

 

「毒は危険だし、睡眠薬も……危ないかな?」

「森の中で熟睡しちゃったら、そのまま餌になっちゃうかも」

「だよね。じゃあ効果時間の短い痺れ薬が適当かな?」

「それだと咄嗟の時に逃げられないかも」

「うーん……」

 

 魔獣や害獣が徘徊する森で狩りをするミィスにとって、何らかの薬というのは非常に危険度が高い。

 かと言って効果の低い薬では、獲物を仕留めるに至らない。

 半端な薬では、ミィスの身が逆に危険に晒されてしまう。

 

「毒、麻痺、睡眠、全部危険になるかぁ」

「動きが阻害されるのは、やっぱり怖いね」

「毒矢系はダメかな? なら、粘着弾なんてのはどうかな?」

「粘着弾?」

「トリモチが入ったカプセルみたいなものを投げつけるんだよ。当たれば足元が地面に引っ付いて、身動きが取れなくなっちゃう」

「それ、転んだ時に引っ付いたりしないかな?」

「いつもは拡張鞄に入れてるでしょ? あそこに入れておけばコケても潰れないと思うよ」

 

 拡張鞄は内部の空間を拡張している。つまり外の世界と内部の空間にずれが存在している。

 そのずれが衝撃を吸収して、内部に衝撃が伝わらない……はずだ。

 

「粘着弾で敵の足を止めて、それから矢で仕留める。ナイフでもいいね。それと念のため、粘着弾と同じ構造の麻酔弾も用意しておこう」

「それなら、最初から麻酔弾でいいんじゃない?」

「麻酔弾は気化する力が強いから、下手をしたらこっちも巻き込まれちゃうよ」

「気化?」

「空気に溶けて周辺に広がる煙みたいになる現象かな?」

 

 麻痺薬はゲーム時代も非常に気化しやすい特性を持っていた。

 もし敵と一緒に麻痺してしまった場合、逃げることもできず揃って倒れてしまうことになる。

 そしてどちらが先に薬の効果から逃れることができるかと考えた場合、生命力の高い魔獣の方が先だろう。

 麻痺して身動きが取れないまま魔獣に喰われるなんて、普通に死ぬよりも恐ろしい。

 なんにせよ、薬は非常に扱いが難しいから、実際に実験してみる必要があるだろう。

 

 

 午前中に粘着弾と麻酔弾を十個ほど試作してみて、それを試すために再び森にやってきた。

 まずは安全に倒せる野ウサギやチャージラットという害獣や魔獣を探し出す。

 

「あ、いた」

 

 繁みの影に、チャージラットの群れを発見した。

 チャージラットは額が分厚い骨に覆われたネズミで、その額を使った頭突きで敵を攻撃する害獣である。

 額が硬いとはいえ、体重が軽いため、それほどの威力は無い。

 この近辺では、ミィスが狩れる数少ない害獣だ。

 

「よし、それじゃ試してみるね。もし失敗したら、ミィスがフォローして」

「うん」

 

 神妙な表情でミィスが頷く。

 僕は肩掛け型の収納鞄からピンポン玉サイズの粘着弾を取り出し、狙いを付けた。

 このピンポン玉サイズの中には粘着弾が圧縮されて詰まっており、外側の殻が割れた瞬間、その圧力によって一気に周辺に散らばる仕様だ。

 

「えい!」

 

 この身体のままでは身体能力が低い。無装備特典のない状況では、僕の身体は見かけ通りの能力しか持たない。

 なので気合を込めて、力いっぱい粘着弾を投げつける。

 粘着弾は一直線にチャージラットに向かって飛翔し――

 

 ――途中の木に当たって跳ね返ってきた。こっちに。

 

「うわわわっ!?」

 

 悲鳴を上げて逃げようとするが一歩遅く、僕に命中した粘着弾は破裂する。

 そして白い粘液は一気にぶちまけられ、僕と、僕のそばにいたミィスに降り注ぐ。

 

「うきゃー!?」

「ひゃあっ!」

 

 全身に降り注ぐ粘液に、身動きが取れなくなる。

 そしてその騒動を聞きつけたチャージラットたちは、尻に火が付いたように逃げ出していった。

 

「シキメさぁん……」

「あぅぅ、ゴメンよぉ」

 

 少しばかり、殻が固かったようだ。もう少し柔らかくしないと、うまく割れてくれないみたい。

 

「ちょっと待ってね。今、中和剤を……あれ、手が届かな……いた、いたたた! ()る、腕が攣る!?」

「え、シキメさん、ちょっと!?」

 

 肩掛け式の拡張鞄が背中側にずれてしまい、そこで固まってしまっている。

 何とか前に回そうと手を回そうとするが、背中に手を回したところで粘液が固まり始め、身体が捻じれた状態で固まりつつあった。

 

「シキメさん、この粘着弾、どれくらいで効果が切れるんです?」

「いてて、素材の剥ぎ取りの問題もあるから、三十分くらいで溶けるはずなんだけど、それまではむしろ固まっちゃうんだ」

「それまではこのまま?」

「うん」

 

 僕の返事に、ミィスは泣きそうな顔をした。

 こればっかりは、謝るしかない。粘着弾の効果が切れたら、土下座をしてでも許してもらおう。

 しかし粘着弾はこのままでは使用できないので、一度村に戻った方がいいだろう。

 森の中は迷宮よりはよっぽど安全だが、それでも危険な獣は存在する。

 

「効果が切れたら、一旦戻ろ?」

「うん。ボクもこのまま狩りしたくないよ」

「帰ったらお風呂入ろうね?」

「う、うん」

 

 ミィスは顔を赤くして頷く。風呂に入るということは、僕と一緒に入るということだからだ。

 

 

 村に戻ると、門を護っていた人から何事かという視線を向けられた。

 粘着弾の粘液は三十分ほどで効果が切れるが、液体そのものが消えるわけではない。

 つまり、僕もミィスも、白濁液まみれで戻って来るしかなかった。

 

「お前ら、一体ナニしてたんだ?」

「ミィスのお願いで、粘液ぶっ掛けられました」

「ボクのせい!?」

 

 まぁ、ミィスのための実験だったので、嘘にはならないはずだ。

 

「お前、ちょっとは加減しろよ……それにしても、オークってすげぇんだな」

「ボクのせいじゃないですよォ!」

 

 門番の人は別の意味で言っていたのだが、ミィスには伝わっていないようだった。

 僕もあえてその誤解を解かず、そのまま通過したのだった。

 既成事実、大事。

 



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第24話 新兵器の実験

 翌日、三種の粘着弾を作り直し、再び森に向かうことにした。

 三種類用意したのは、殻の硬さを調整し、使いやすい硬さを見付けるためだ。

 ゲームではレシピ通りに作れば便利に使える物が作れたのだが、やはり実際に使うとなると調整が必要になる。

 

「シキメさん、今度は大丈夫なんでしょうね?」

「もちろん。まずはこの一番柔らかい奴から――ひゃう!」

 

 そう言いつつ、一番柔らかい殻の粘着弾を取り出し――そのまま握り潰した。

 パンという破裂音と共にぶちまけられる粘液状のトリモチ。

 瞬く間に動きを封じられ、その場に磔になってしまった。

 

「ミ、ミィス、助けて……」

 

 見るとミィスは、今度は警戒していたのか、僕から距離を取っていた。

 

「なんとなく、こうなる気はしたんだ……」

「ヒドイ、ミィスがいじめる!」

「自業自得じゃないかなぁ?」

 

 どうやら一番柔らかい殻は、柔らかすぎてちょっとした刺激で破裂するみたいだ。

 これでは狩りや冒険では使えないだろう。

 

「拡張鞄の中に中和剤があるから、それをぶっかけて」

「シキメさん、その表現、好きなの?」

「いや、ミィスにかけて欲しいだけ――いたっ、痛い痛い!」

「………………」

 

 ミィスは無言で炎嵐弓を使って僕をペシペシ叩き始めた。

 素手じゃないのは、今の僕がネトネトだからだ。

 

 

 ミィスの手により救助された僕は、今度は頭から水をかぶって粘液を洗い流した。

 これは前日のミスを反省して、水と布を大量に持ち込んできたからである。

 

「うう、酷い目にあった」

「ところで、硬いのはダメだし、柔らかいのはダメとなると、結局中間くらいのしか残ってない?」

「ちょっとは僕のことも心配して」

「シキメさんがからかわなかったら、心配してあげたのに」

「ごめんね、つい」

 

 それもこれも、ミィスの反応が可愛いのがいけない。

 だがそればかりでは嫌われてしまうので、まじめに検証を続けよう。

 結果として、三種の両端が不可だったので、残り一つの改良を進めるしかないのだが、その使い勝手も確認しておきたい。

 僕はずぶ濡れのまま中間の物を試験した結果、そのままでも充分使用に耐えられることを確認できた。

 

「これなら、狩りで使えるかな」

「うん。動きを止めたら、ボクでもラッシュボアを狩れるね」

 

 実際、野性のラッシュボアを見付けて粘着弾を投げつけたところ、見事に動きを止めることに成功していた。

 そして動きが止まったところを、ミィスがいつも使っている弓で目を射抜き、仕留めることに成功していた。

 図体のデカいラッシュボアは身体相応に目玉もデカい。炎嵐弓を使うまでもなかった。

 動きさえ止めてしまえば、ミィスの矢の餌食にするのは容易(たやす)かった。

 

「ん~、ついでにもう一つも検証しておこうか」

「もう一つ?」

「うん。僕の収納魔法、ちょっと普通と違うみたいでね」

 

 簡単に言うと、自動で素材を回収してしまう点だ。

 ミィスが仕留めた魔獣の素材は、こちらに入ってきていないので、僕が倒した敵のみに発動するっぽいけど、まだ確証はない。

 以前、迷宮でホーンドウルフを焼き尽くしたことはあるが、あの時は素材が一つも入ってこなかった。

 やはり焼き尽くしてしまった影響で、素材が入手できなかったのかもしれない。

 

「と言っても、僕の攻撃魔法は威力が高すぎるからなぁ。どうやって倒すべきか」

 

 魔法では完全に敵を焼き尽くしてしまう。

 近接戦闘では全裸にならないと、身体能力が上がらない。

 粘着弾で動きを止めても、ミィスのような決定打を持たなかった。

 

「毒はどう?」

「毒?」

「うん。肉を採らないのなら、毒を使っても問題ないでしょ」

「ああ、そうか」

 

 毒で倒しても肉を捨てていけば、問題はない。皮や牙、魔晶石だけでも充分に金になる。

 そう理解すると僕の行動は早かった。

 インベントリーの中から毒の入った小瓶を取り出し、標的を探す。

 

 しばらく捜し歩いていると、再びホーンドウルフの群れを発見した。

 僕たちは木の陰からそれを観察する。

 群れの数は少なくとも五匹。影に入っているかもしれないので、もう一、二匹はいるかもしれない。

 それだけの数がまるで毛玉のように固まっているため、正確な数は把握できない。

 逆にそれだけ固まってくれるなら、毒瓶一つで全てのホーンドウルフを巻き込めるはずだ。

 

 投擲した小瓶はホーンドウルフの群れの手前に着弾し、周辺に強力な毒液を撒き散らす。

 中には直接浴びてしまった個体もいて、一瞬にしてひっくり返り、手足をびくびくと痙攣させて絶命していった。

 そして死亡したホーンドウルフが消えていく。

 インベントリーを確認すると、ホーンドウルフの死体という項目が一つ増えているのも確認できた。

 その後も順々に死体の数は増えていき、六つ増えたところで増加は止まる。

 そして、毒瓶の着地点にホーンドウルフの死体は残っていなかった。

 

「なるほどね、これが自動ルート機能ってやつか」

 

 この世界に転移する時に聞いた声。その中にあった機能の一つ。

 おそらくは『僕が』倒した敵から価値のあるモノをインベントリー内に移動させる能力だろう。

 ゴブリンの死体が残っていたのは、魔晶石以外に価値が無かったからと思われる。

 

「確認はできたよ、ミィス」

「そうなの? なら今日は帰る?」

「そうだね。結構時間も経っちゃったし、この辺で帰ろうか」

 

 回復ポーションの素材はまだ残っているので、あと数日はのんびり暮らせるだろう。

 新しいラッシュボアの死体も解体して収納鞄に収めているため、まだ数回は『お裾分け』できるはずだ。

 折を見て配って、ご近所さんに媚を売っておくことにしよう。

 

 

 

 村に戻ると、チャージラットの素材である皮だけでも売っておこうという話になった。

 これは一つ五ゴルドにしかならないのだが、靴や手袋と言った消耗品によく使われる素材で、価格のわりに需要が高い。

 ギルドからも、これの持ち込みは歓迎されているので、率先して売っておこうということになったのだ。

 いつもの気軽さでギルドの門をくぐると、なぜか珍しい人だかりができているのが目に入った。

 

「あれ、珍しいね」

「ホントだ」

 

 人だかり自体は、ギルドではよく見かけられる。

 依頼票の前とか、買い取りカウンターの前とか、騒動を起こした連中とか、だ。

 しかし今回はそんな騒動の気配はなく、場所もロビーの真ん中と、人だかりができるような場所ではない。

 その人だかりの真ん中から、大きな声が上がった。

 

「おお、いたぞ。アンタだ! その輝くような黒髪は忘れない!」

「ハ?」

 

 そして人だかりを掻き分けて出てきたのは、傷顔(スカーフェイス)に入れ墨という、いかにも山賊という風情の男たち三人。

 

「だ、誰か……山賊です!?」

「誰が山賊かぁ! 俺だよ俺、ヴェンスだよ!」

「お巡りさん、知らない人です!」

「そりゃあんたが自己紹介する前に逃げちまったからだろうがぁ!」

 

 怒鳴り付ける顔は本気で怖い。その顔で迫られたら、正直漏らしそうだ。

 だが逃げるという言葉で彼のことは思い出せた。

 この間、迷宮から怪我をした仲間を背負って逃げ出してきた男の一人だ。

 

「ああ、あの時の。元気そうで何よりです。お仲間の人も元気ですか?」

「思い出してくれたか。シムスの奴も元気だよ。まだ安静にさせているけどな」

 

 彼も治癒魔法をかけられたことは理解していても、それがどのレベルの魔法かは知らされていない。

 シムスにかけたのは完全回復させる高位魔法だから、すぐにでも活動できるのだが、それを知らなくても無理はなかった。

 

「怒鳴って悪かったな。どうしても一言礼を言っておきたかったんだ。聖女様」

「ハ? 誰が聖女?」

「あんたのことだよ。仲間の命を救ってくれた恩人だ」

 

 いやいや、せっかくショーンから聖女扱いをやめてくれという要望を呑ませたというのに、またそう呼ぶ奴が出てきちゃったよ……

 



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第25話 レベルの測定

 このギルドに所属している冒険者は、僕の聖女扱い禁止というローカルルールを理解している。

 だからヴェンスの発言に、生温い視線を送っていた。

 誰もがそれを追求するどうかか、迷っている様子だ。

 

「ゴホン、その辺の話はまたの機会に」

「あ? そうなのか。まぁ、迷惑をかけるつもりはなかったから」

 

 頭を掻いてしおらしく頭を下げるヴェンス。

 事情は分かったので丁寧に謝礼を受ける。ただ、彼は謝礼金として五万ゴルドを渡そうとしてきたが、これは丁重にお断りしておいた。

 日本で言うと新卒の二か月分に匹敵する金額は、彼らにとっても安い値段ではないはずだ。

 

「そういうわけで、僕たちは用事がありますんで」

「そうか、引き留めて悪かった。だけど本当に謝礼金いいのか?」

「構いません。今のところ困ってはいませんから」

「すまない。実を言うと少し助かる。情けない話だけど、シムスの入院費も安くなくてな」

 

 頭を掻きながら相好を崩す。厳つい顔も、笑うと少しだけ優しそうになった。

 この頃になると、もう最初の印象は薄れているので、笑顔で握手を交わしてからカウンターに向かった。

 とはいえ悪目立ちしてしまったのも確かなので、僕たちはいそいそと買い取りを済ませてもらい、自宅へと戻ったのだった。

 

 

 

 翌日になって、僕は新たな作業を行うことにした。

 次の作業は、冒険者ギルドで運用されているレベル測定機材の複製だ。

 これは僕の能力を調べるため、いつかは作らねばならないアイテムである。

 もちろんこんなアイテムはゲームでは存在しなかったので、レシピ自体は僕には分からない。

 

 しかしこの世界に存在するアイテムである以上、レシピは存在する。

 そして僕は最高レベルの錬金術師でもあるおかげか、なぜかレシピを思い出すことができた。

 これも転生時に得た、さまざまな知識のインストールのおかげだろう。

 

「でもこれ、ギルドの秘匿機材だった気がするんだけど……」

 

 ミィスが心配する秘匿機材とは、世間に流通させてはいけない機密の道具という意味である。

 これを個人で作ったことがバレたら、厄介なことになるのは請け合いだ。

 

 しかし僕にはインベントリーがある。

 ここにしまい込んでおけば、誰にも見つかることはない。

 

「大丈夫、大丈夫。それに正確なレベルは調べておかないと、面倒に巻き込まれるかもしれないでしょ」

「そうだけどさぁ」

 

 悪事を行っていることに不安を示すミィスを置いて、僕はインベントリーから材料を取り出していく。

 

「素体となるミスリル鉱石に天秤。あと魔素反応を測定するための魔晶石と、ヴォラクの目」

「ヴォラクって、すっごく高位の悪魔じゃない!?」

「そうだねー。あとミーミルの眼球も追加で」

「それ神話の中に出る巨人の名前ェ!!」

 

 まぁ、神話の題材がゲームに出てくるということはよくある。

 この世界にも、似たような神がいたのかもしれない。

 なんにせよ、これらの素材が貴重なことくらいは、僕でも分かる。

 ゲームでも貴重な素材だったから。

 

「天秤をベースにヴォラクの目とミーミルの眼球を埋め込んでミスリルをコーティング。あとはそこに識別用の回路を刻み込んで……」

「あああ……国が買えちゃうような素材をあっさりと……」

「普通の測定器じゃ、性能不足だからねぇ」

 

 三桁まででは、僕のレベルは調べきれなかった。

 最低でも四桁は必要になる以上、素材のレベルも跳ね上がる。

 それにここから先は、非常に繊細な作業になる。測定用の回路を刻み込む作業は、僕自身の手で行わねばならない。

 ミィスへの返事も生返事になりがちなのも、そのせいだ。

 そんな僕の空気を察したのか、ミィスも以降は話しかけて来ず、作業をじっと見つめていた。

 

 目が悪くなるんじゃないかと心配するくらいの時間、作業に没頭して、ようやく測定器は完成した。

 五十センチほどもある大きさなので、あまり実用的な大きさではないが、測定範囲が六桁という既存の倍の桁数が測定できる。

 

「やっと……完成だ」

「おつかれさま。お茶、用意したよ」

「ありがと。気が利くね、ミィス」

「もちろん」

「惚れちゃったからお嫁さんにして!」

「それはダメ!」

「けちぃ」

 

 ミィスの家には、日本や貴族でのむようなお茶は存在しない。

 森の中で摘んできた食用の草を乾燥させた、雑なお茶だ。

 しかしそれでも、淹れたてのお茶の強い緑の匂いが、錬成で疲れた精神を癒してくれる。

 

「ふぅ、落ち着くぅ」

「こればっかりは、この村の住人でよかったと思うねぇ」

 

 人によっては青臭いと思われるかもしれないほど強い緑の匂いが、逆にリラックス効果を生んでくれる。

 桑の葉のお茶とか、その辺の風味に近いかもしれない。

 

 そうして一休みした後、僕たちは測定器の実験に入った。

 まずはミィスのレベルを測定して、正常に動いているか確認する。

 

「というわけでミィス。ここに手を置いてみて」

「う、うん……って、なんで胸元に僕の手を押し当てようとするの!?」

「チッ」

「今舌打ちした? ねぇ、舌打ちした?」

「ちょっとした冗談だよ。でもいつでも揉んでいいからね」

「そう言うのは大人になってからって聞いたよ」

 

 どうやらミィスは父親からかなり厳格な教育を受けていたらしい。全く余計な教育をしてくれる。

 とはいえ、これもオークの血が先祖返りした彼を思ってのことかもしれない。

 淫獣扱いされているオークの血が混じっているからこそ、彼に厳格な貞操観念を植え付けたのだろう。

 

 ともあれ、僕の作った測定器ということで、ミィスもおっかなびっくりな様子だった。少し不本意である。

 しかし測定器は正常に動いていたようで、ミィスのレベルをきちんと表示する。それを見て、ミィスは変な声を上げていた。

 

「ミィスのレベルは……7、だね」

「ひょえ!? この機械狂ってるんじゃない? 僕のレベル、3だよ」

「ここ最近の狩りの成果で上がったんじゃないかな」

 

 実際、ミィスは弓の腕だけ見れば、7レベルなんてものじゃない。

 おそらく弓を引く力が弱い部分で減点されているのだろう。

 なお、測定前のミィスのレベルは、僕と同じ3だった。

 

「それじゃ、僕の番だね」

「うん、がんばって!」

「なにを頑張るのか分からないけど、いくよ!」

 

 僕は気合を入れて測定器に手を乗せる。

 特に魔力を流すとか、血を垂らすなんて言うお約束はしなくてもいいのが、この測定器のいいところだ。

 そして表示された数値に、僕たちは思わず声を漏らした。

 

「おぅわ」

「うひゃぁ」

 

 表示されたレベルは、24003レベル。四桁を想定していただけに、これは想定外だった。

 しかし考えてみれば、これくらいのレベルが無いと、レベル補正で回復ポーションがばかげた効果を発揮できないだろう。

 

「まさか万越えだったとは」

「なにをどうすればそんなレベルになるの?」

「うーん、十年以上ひたすら迷宮に潜ったからかな」

「そんなことしてたんだ? シキメさんっていったい何歳なの?」

「女性に歳を聞く悪い子はここかぁ!」

 

 と言っても、僕の年齢はギルドカード上では十五歳だ。年齢的には、ミィスと大して違いはない。

 もっともこの年代の一歳差は、非常に大きな成長の違いを生む。

 ミィスもきっと、一年で凄く成長していくだろう。たった三歳、されど三歳差というところである。

 

「ともかく、このレベルのことは他の人にはナイショで」

「うん。でもこんなの、人に言っても信じてもらえないよ?」

「そうだろうねぇ」

 

 英雄レベルで三桁に届くかどうか。そう考えれば、僕がやってたレトロゲームと、強さの基準は似ているのだろう。

 まぁ、世間的にはレベルが低いけど錬成の腕はいい錬金術師という立場を、貫き通そうと思うのだった。

 



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第24話 新しい服

 僕のレベルが判明した翌日、さらに別のミッションに挑んでいた。

 これまで僕は、村で買ったシャツとスカート、それと寝間着で生活していた。

 インベントリー内にはもっと性能の良い装備も存在したけど、武骨な鎧や派手派手しいローブでは、日常生活に向いていない。

 かと言ってスカートというのは、地味に錬成には向いていなかった。

 

 布面積の広い服は、それだけ素材などで汚れやすい。

 エプロンなどで防御することも可能だが、全ての面積を守れるとは言い難かった。

 特に錬成台などが無いミィスの家では、床に座って作業することが多い。ふわりと広がるスカートは、地味に作業の邪魔になっていた。

 

 そこで白衣と布面積の少なめな、可愛い服を作ろうと思い至ったのである。

 ついでにミィスにドキドキしてもらえれば、なお良し。

 

「というわけでデザインを考えたんだけど」

「うんうん?」

「僕にデザインセンスは無かった――!」

 

 がっくりと絵に描いたような地に手を付いたポーズを取り、僕は自身の絵心の無さに絶望した。

 わりと貧乏なミィスの家に紙が無かったので、木の板に炭で絵を描いていたのだが、そこに描かれた絵は惨憺たるものだった。

 この絵から服のデザインを起こした場合、まず確実に正気度判定を行わねばなるまい。これがゲームならば。

 

「えっと、普通にお店で買えばいいんじゃないかな?」

「まぁ、そうなんだけど……なんとなく、生産職としてのプライドが刺激されてね?」

「うん、チャレンジ精神は認めるよ」

 

 自分でできないことは他人にやってもらう。それは非常に現実的で、効率の良い方法だ。

 しかしそこはそれ。生産職である錬金術師が服一つ作れないというのは、どこか屈辱を覚えざるを得なかった。

 それでも、背に腹は代えられない。僕は泣く泣くミィスに手を引かれながらギルドへ向かった。

 

 なぜギルドに向かったのかというと、単純に言えば、ギルドに併設されている店では、基本的に大抵の物は取り扱っているからだ。

 そして取り扱っていないものに関しては、適切な店を紹介してくれる。

 詳しくない商品を買おうと思った場合、ひとまずギルドに行って話を聞けば、自分の足で探して回るよりも早く見つかる、なんてことは多い。

 

「というわけで、ミランダさん。可愛い服を扱ってる店、紹介してください。ミィスもイチコロな奴」

「あ、最後のは良いですから」

「ふむ、ここに来たのはミィス君の発案?」

「最初は自分で作ろうとしたんですけど、性能はともかくデザインで挫折しました」

 

 ツレないミィスの言葉に、ミランダさんは口元に人差し指を当てて思案し、返してきた。

 実際ミィスの提案でここに来たので、彼は素直に頷いている。

 それを見て、ミランダさんの目は目に見えて輝きを増した。

 

「よくやってくれたわ! いつも思っていたのよ。シキメちゃんの服が可愛くないって!」

「シンプルで動きやすいんですけどね。汚れやすくて」

「お姉さんに任せなさい。こんな可愛い子を着せ替え人形にできるチャンス……もとい、美を追求する機会を無駄にしたりしないわ!」

「今、一瞬本音が漏れましたね?」

「気のせいよ!」

 

 いきり立つミランダさんの様子を見て、他の女性職員まで集まってきた。

 更には冒険者たちも興味の視線を向けてくる。

 そんなわけで、ギルド主催の僕のファッションショーが、今幕を開けたのだった。

 

 

 

 水着モドキ、ハーフパンツ、タンクトップ、ホルターネック、果ては童貞を殺すセーターに至るまで、僕が最初に提案した布面積の少ない服という条件で、さんざん着せ替えをさせられた。

 特に水着に着替えさせられ、それを披露した時など、冒険者たちから歓声が上がったくらいである。

 あと童貞を殺すセーターのデザイン、どこから湧いて出たんだよ?

 水着もビキニだけでなくスク水っぽい物から競泳までバリエーション多過ぎだ。

 この世界、絶対日本の影響が流れてきてる。

 

「こんなもんで、いい……のかな?」

 

 何度も何度も着替えさせられ、僕はようやく候補を決めた。

 丈の短い、おへその出るみぞおちくらいまでのタンクトップ。スパッツにミニスカート。絶対領域を作るニーハイソックス。

 そこに汚れを防ぐための白衣を羽織り、完成である。

 タンクトップはゆったりめだけど、ここに肩掛け鞄を下げるので、胸元を押さえることができる。

 そしてアクセントに右腰に吊るした、薬瓶入れ。非常時に速やかに薬を使えるため、実用性もあった。

 

「どう? ミィス、似合ってるかな?」

「えっと、うん。でももう少し肌を隠した方がいいんじゃないかな? おへそとか」

「お、ミィス君はおへそが気になる? シブい趣味だね」

「そういう意味じゃなくって! 他の人も見てるじゃない」

 

 ふむ? 言われてみれば、鞄のベルトで押さえられて浮きだした胸元とか、剥き出しのおへそとか、見えても良いように履いたスパッツの太ももとかに視線が集まっている。

 ミィスならいくらでも見られていいが、むさい男どもの視線に晒すのは、少しばかりもったいない。

 

「なら、こうしよう。家では前を開けるからね?」

「家でも前を閉じていてもいいんだよ」

 

 僕は白衣の前を閉じて、身体を視線から隠す。

 肩掛け鞄は白衣の下に下げていたので、胸のラインも綺麗に隠れる形だ。

 この行為に冒険者たちとミランダさんから落胆のため息が漏れる。

 

「って、なんでミランダさんが残念そうなんですか?」

「前は閉じちゃダメよ。それは実用的だけど可愛くないもの……」

「ふむ?」

 

 言われて確かにと納得する。

 可愛い服をとリクエストしたのは、僕の方だ。

 それをわざわざ白衣で隠すというのは、確かに本末転倒な気がする。

 ここは多少の妥協はするべきか。それに見せつけてミィスの嫉妬心を煽るのも、悪くない。

 

「ま、そういうわけだから、ミィスは我慢してね」

 

 プチプチとボタンを外し、前を開ける。

 冒険者たちとミランダさんは、無言でガッツポーズをしていた。

 ともあれ、服が決まった以上、後は数を揃えねばなるまい。

 

「これと似たような感じの服を……そうですね、三セットください」

「まいどありー、ってギルドは服屋さんじゃないんだけどね」

「今さら何言ってんですか」

「誠にごもっとも」

 

 散々ファッションショーをさせられたというのに、本当に今さらである。

 ともあれミランダさんの癒しにもなったし、僕の服も用意できた。

 冒険者たちも眼福だったようだし、誰も損はしていないイベントだったと考えておこう。

 



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第27話 自重しなかったツケ

 ミランダさんに服を見繕ってもらって以降、僕の錬金術は更にペースが上がった。

 元々丈の長めのスカートでは、回復ポーションの練成作業に支障が出ていた。

 さらにミィスの小屋は机の類が存在しない。

 食事を便利にするための小さな膳くらいしかないので、基本的に床に座り込んで作業することになっていた。

 しかしそれだと、スカートの裾などが非常に錬成作業の邪魔になる。

 

 今回見繕ってもらった服装は、ミニスカートにスパッツだけであり、邪魔になる時は白衣は脱げばいい。

 上もゆったりとしているが、みぞおちくらいの丈しかないタンクトップなので、作業の邪魔にはならなかった。

 上から見ると胸の谷間や先端もばっちり見えるので、ミィスへのアピールも万全だ。

 

「ミランダさん、ぐっじょぶ」

「ん、なにかいいました?」

「ミィスが胸を覗きに来てくれなくって、寂しいなって」

「ハイハイ」

 

 残念ながら、ミィスは僕の作業を邪魔しないように、錬成中は近寄らないようにしている。

 非常にお行儀のよろしいことで、目論見が破れた僕としては『がっでむ!』と叫びたい気分だった。

 それにミィスも、最近は僕のセクハラに慣れてきたのか、挑発を受け流しつつある。

 

「早くも倦怠期なのだろうか?」

「なに言ってんですか!」

 

 僕の手が空いていることを確認したうえで、後頭部をペシンと叩いてくる。

 こういったスキンシップをミィスからしてくれる程度には、ボクに心を許してくれているのだ。

 

「いっそ錬金用の机とか作っちゃおうかなぁ」

「確かに腰に悪そうな態勢ですからね」

「女の子の腰は大事だしねぇ。ハッ、ここで身体を傷めたら、ミィスが責任を取ってお嫁にもらってくれるかも!」

「その前に身体を大事にしてくださいよ! そりゃ、貰いますけど……」

 

 最後の方はよく聞き取りにくかったので、僕は立ち上がってミィスの背後から抱き着く。

 なにを言ったのかは、把握してるんだけどね。

 

「ん~、今なんて言った? 聞こえなかったから、もう一回言って? ほら、ほら!」

「そう言うイジワルを言う人には、言いません」

「ちぇー、けちー」

 

 言いつつも胸をグリグリ押し付けてみるのだが、反応は芳しくない。

 これは親しくなり過ぎて、家族みたいに思われているのか?

 だとすれば、これは由々しき問題である。

 

「これは意識してもらうための改革が必要だ!」

「必要ないからァ!」

「まぁ、それはそれとして、机は作ろう。この辺のスペース借りていいかな?」

「いいですよ。何でしたら、食事の時も便利なようにテーブルとイスも」

「ちなみにここに、耐久力が天元突破した机が……」

「そんなのはいらないです!?」

 

 象が踏んでも潰れない机を作ろうと対抗心を燃やしたあげく、ドラゴンがぶん殴っても壊れない机を作ってしまったことがある。

 エンチャント可能な領域を全て耐久力上昇で埋めただけの机だ。

 正直、イージスの机と言っても過言ではない耐久力は、今ではやり過ぎたと反省している。

 ともあれ、机を作る許可が出たのだから、パパっと作ってしまおう。

 

「シキメさん、普通のだよ、普通の!」

「ハイハイ、なんのエンチャントもしないよ」

「ならいいけど」

「素材はベヒーモスの大腿骨が丈夫でいいかな」

「もうダメだぁ!?」

 

 頭を抱えて慟哭するミィスに、さすがに悪いと思って、普通の木材を取り出した。

 

「冗談だよ、冗談。ほら、こっちのは普通の樫材だよ」

「うぅ……心労で胃が痛くなってきた」

「ミィスが老け込むのは、まだ早いよ」

 

 彼は素直な反応を返してくれるので、どうしてもからかうのがやめられない。

 その点はきちんと反省しておこう。

 

 ミィスの反対もあったので、あくまで普通の机を作っていく。

 もっとも、接合部が釘だけだと不安だったから、錬金術魔法の【融合】を使って強度は上げておいたけど。

 

 こうしてリビングテーブルと錬金用の作業台が完成した。

 ちょっと高級な素材なので小屋の景色とずれがあるけど、便利だからよしとしよう。

 

 完成した机といすの使い具合を確認するため、十級ポーションを十本ほど作ってみる。

 やはり床に座ってやるよりもよっぽど楽で、精密に作ることができた。

 おかげでいつもの五割り増しくらいの速度で完成したので、早速ギルドへ納品しに行くことにした。

 回復ポーションは常に需要があるため、少数でも持ってきてくれとミランダさんに告げられていたからだ。

 

「そう言えば僕、自分のことばっかりで、ミィスの家とか後回しにしてたなぁ。ゴメンね?」

「なに言ってるの、それって普通のことでしょ」

「そうはいかないよ。ミィスは家主で、恩人で、僕の恋人なんだから」

「最後だけは違う!」

「そうだね、夫だった」

「もっと違うし!」

「僕の事、嫌い?」

「……そんなわけ、ないじゃない」

 

 少し媚びた風にして目を潤ませると、ミィスは顔を赤くしてそう答えてくれた。

 脈が無いわけじゃないということが分かっただけでも、収穫というところか。

 ミィスの反応にウムウムと頷いて手応えを実感していると、ギルドの方からミランダさんが走ってきた。

 

「あれ、どうしたんだろ?」

「ん? あ、ミランダさんだ。こっちに来るね」

 

 僕の指摘に、ミィスも首を傾げていた。

 彼女は僕の目の前までくると急停止し、膝に手をついて呼吸を整えていた。

 そんな彼女のために、スタミナポーションを差し出してあげる。

 これはキャラの持久力を底上げするポーションで、これがあると長時間走り続けることができる。

 喉を潤すこともできるので、ちょうどいいはずだ。

 

「んぐっ、んぐっ、ぷはぁ」

「落ち着きました? どうしたんです?」

「大変なのよ、シキメちゃん! 今ギルドに来ちゃダメ!」

「はぃ?」

 

 一瞬、ギルド追放されるようなことかと考えてみたが、心当たりが無……無……いや、有り過ぎるな。

 クレーター作ったり、ゴブリン虐殺したり、変なポーション納めたりしてたし。

 

「ど、どれがバレたんでしょう?」

 

 僕は恐る恐る、ミランダさんに尋ねてみた。

 もっとも、僕はこの村に薬師として貢献しているので、よっぽどのことが無い限りは保護してもらえるはずだ。

 

「落ち着いて聞いてね」

「落ち着くのはミランダさんの方では?」

「揚げ足取らないの! 良い? あなたのことが、この国の貴族にバレちゃったみたいなの」

「えぇ!?」

 

 貴族というと、アレだ。偉くて、金に汚くて、美女を(はべ)らせている連中のことだ。

 自分のイメージながら、偏りまくっていることは自覚している。

 しかし、そんな連中に話が届いてしまったとなると、厄介ごとになる気しかしないのだった。

 



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第28話 旅立ちの決意 

 ミランダさんの話では、貴族の使者がギルドへ来て、非常に効果の高いポーションを作る僕を召し抱えようとしているらしかった。

 このまま僕がギルドに顔を出した場合、まず間違いなく、そのままその貴族の屋敷に連れていかれるらしい。

 ほとんど拉致監禁に近いと思うのだが、それがまかり通ってしまうのが、この世界の権力者だ。

 

「ど、どうすればいいんでしょう?」

「とにかく見つからないように。見つかったら私たちでも庇いきれないわ」

「でもでも、この村の人たちだったら、ミィスの小屋に住んでることくらい、すぐ突き止められますよ?」

「そうね……凄く残念だけど、しばらくこの村を離れた方がいいかも」

「えぇ、それだとミィスを置いて行くことになっちゃうじゃないですか!」

 

 僕の叫びを聞き、ミィスが服の裾を掴んでくる。

 これは何かを訴えたいわけではなく、心細くて僕に縋っているだけだ。

 僕としても、ここまで懐いてくれたミィスを置いて行くのは、未練がある。

 

「しかたないわ。ここで貴族に召し抱えられちゃうと、一生会えなくなるかもしれないのよ」

「そんなまさか……そこまで悪名高い貴族なんです?」

「はっきり言って最低よ。あんなのゴブリンやオークと変わらないわ」

「うへぇ」

 

 厳つくて強面の冒険者を相手にしてるミランダさんからここまで言われるとは、よっぽどのものである。

 そこまで言われると一目見てみたいという好奇心が沸かなくも無いが、デメリットが大き過ぎた。

 

「わかりました。しばらく村を離れます。どっちに行けばいいですかね?」

「ここから南に行けばこの国――レンスティ王国の王都に向かうことになるわ。東に一日ほど行けば、その領主の屋敷があるわ」

「北と西は?」

「どっちも大瘴海が広がってるわ。突破はよっぽどの腕利きでないと無理かも」

「大瘴海って?」

「この森のことよ。負の力を帯びた魔力が滞留していて、生態系が危険な方向に歪んだ森」

「そんな危険な場所だったんですか、ここ」

「一応人類の最前線なのよ?」

 

 この地域は大陸の南東部に当たり、平野部が広く温暖な気候をしている。

 逆に大陸の中央部は大瘴海と呼ばれ、気温や地形の変化が激しい。

 そこに住む魔獣の質は狂暴そのもので、この森が人の生活域の拡大を大きく阻害している……らしい。

 その最前線に拓かれたこの村のギルド職員であるミランダさんは、最前線であることを誇らしげに宣言していた。

 最前線だからこそ、村への貢献という要素が、立場に直結しているのだろう。

 

「他国に行くには、大瘴海を超えるしかないんです?」

「王都を抜けることができれば、反対側にモーラ王国があるわ。あそこの王様はまだマシな性格をしてるって聞くわね」

「王様がマシでも、土地を治める貴族がねぇ」

「まぁ、この国だって、王様自体は悪くないのよね」

 

 聞くところによると、この国の王様は悪い性格ではないのだが、統治能力の面でかなり問題があるらしい。

 王都を離れれば離れるほど、貴族への監視の目が緩むそうだ。

 このレンスティ王国最外縁に存在する開拓村は、そう言った意味で言うと、限りなく無法地帯に近い。

 

「なら王都に近付けば安全になるってことでもありますね。そっちに向かいましょう」

「ボクも……一緒に行く」

 

 そこへ突然、ミィスが決意表明をした。

 安全な王都方面に向かうとはいえ、村の中しか世界を知らない子供では、危険であることに変わりはない。

 

「危険だから、ミィスを連れていけないよ」

「ヤダ、ボクも一緒に行く!」

「僕、貴族に追われるかもしれないんだよ?」

「いい。ボクがやっつける」

 

 全身で抱き着くようにして、僕から離れまいとするミィス。

 胸の辺りの生地に湿った感触が伝わってきたことから、彼が泣いているのが分かる。

 よく考えてみれば、ミィスはこの三年間、孤独に過ごしてきた。そこへ僕が転がり込み、結果として彼の孤独は癒されたはずだ。

 だが僕が旅立つとなると、彼は再び孤独な生活に戻ることになる。

 一度知ってしまった孤独な状態に戻ることは、彼にとって非常に恐ろしい事態に思えたのだろう。

 

「……ミィス」

 

 彼をあやすように頭を撫でながら、ちらりとミランダさんの方を見る。

 彼女に何とかしてもらおうというのではなく、どうすればいいのか、意見が欲しかったからだ。

 僕は裸にならないと戦闘能力を発揮できない。

 日頃は非力な少女と同じ能力しかない。違うとすれば、錬金関係の魔法が使え、バカげた生命力が溢れ捲っているくらいか。

 そんな事情を、彼女はもちろん知るはずもない。

 それでも幼い彼を村から連れ出していい物かどうか、その判断を仰ぎたいと思ったのである。

 

「そうね……それが、いいかもしれないわね」

「ミランダさん、なぜです?」

 

 僕はどちらにも決めかねていた。

 この疑問は、彼女がそう判断した理由を知りたかったからだ。

 

「まず、この村の人間なら、ミィス君のところにシキメちゃんが世話になっていたのは、誰でも知ってるわ」

「そうですね」

「なら、あなたという獲物を逃がした貴族はどう出ると思う?」

「えっと……追っ手をかける?」

 

 僕が逃げたのなら、それを追ってくるはず。そう考えて素直に答えを口にする。

 しかしミランダさんは、ボクの答えに首を振った。

 

「それだけじゃ、済まないわね。もちろん追っては掛かるでしょうけど」

「じゃあ、どんな手が?」

「あなたが逃げるなら、呼び寄せる手を打つかもしれない。例えばミィス君を餌に」

「なっ、バカな!?」

 

 思わず声を荒げる僕に、往来する人たちが視線を向けてくる。

 だが僕としてはそれどころではない。僕が逃げても、ミィスの安全は確保できないと彼女は言っているのだから。

 

「その可能性がある。それを躊躇なくするくらいには、ゲスな相手なのよ」

「じゃあ、ミィスを連れて逃げるしかないんですか?」

「もしくは一切の自由を捨てて貴族に囲われるか」

「ちなみに大事にされそうです?」

 

 僕の疑問に、またしてもミランダさんは首を振る。

 その顔色から、ろくでもないことになると想像していたが、彼女の口から出たのは、さらに最悪な状況だった。

 

「多分、魔力が尽きるまで回復ポーションを作らされ、夜は慰み者にされ、使い物にならなくなったら部下に下げ渡されて、最後は死ぬとか、そんなところでしょうね」

「うげぇ。さらにオマケで、その貴族の外見って」

「さっきも言ったでしょ。ゴブリンやオークの方がマシって」

 

 ここまで聞いて、僕は決心した。

 この村には世話になった。しかしそんな貴族に目を付けられた以上、留まることはできない。

 僕と関わった以上、ミィスの安全も保障されない。

 ならばもう、二人で逃げるしかないじゃないか。

 

「分かりました、ミィスと逃げます。そう言えば、その貴族の名前は?」

「ヴォルト・ラングレイよ。ヴォルト・ラングレイ辺境伯」

「うわぁ、凄い権力者だ」

 

 辺境伯と言えば、国境を守ったりするために軍の編成権を持つ伯爵のことで、普通に伯爵よりも地位が高い。

 一般的にはほぼ侯爵と同レベル。下手をすれば公爵にすら肩を並べかねない。

 辺境伯が独立して国を打ち立てたなんて話も、歴史にはあるらしい。

 

「これは是が非でも逃げ切らないと」

「うん、ボクも頑張るよ」

 

 事態を把握していないのか、ミィスは拳を握り締めて応援してくれる。

 そんな小さな彼が、この世界では一番頼もしかった。

 



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第29話 逃避行の始まり

 僕たちは、急いで小屋まで戻り、さっそく旅支度を開始した。

 とはいえ僕にはインベントリーがあり、ミィスも拡張鞄を持っている。

 もっとも拡張鞄ではあまり容量が入らないので、大半は僕のインベントリーに収めることになる。

 この能力、一体どれくらい収納できるのか。限界に達したことはまだないので、分からない。

 

「ミィス、急な話になったけど、大丈夫?」

「うん。元々荷物なんてほとんどなかったし」

 

 ミィスの小屋に物が少ないのは、父が死んでから収入が減り、小屋の小物を売って食いつないでいた時もあるかららしい。

 幸か不幸か、今はその荷物の少なさに救われた。

 

「よし。それじゃ、押し掛けて来られる前に村を出よう」

「うん!」

 

 ミィスは握り拳を作って大きく頷いた。

 本人はキリッと口元を引き締めているつもりかもしれないが、僕から見ると幼い子供が気合を入れているように見えて、妙にほっこりしてしまう。

 しかしゆっくりしていられないのも事実。ましてや僕は、この世界に関してほとんど知識を持っていない。

 開拓村という狭い世界で生きてきたミィスも、それは同じだ。

 ここから旅立つということは、かなりの面倒を背負い込むことになるだろう。

 

「それじゃ、行くよ」

「うん……」

 

 そこでミィスはクルリと背後に振り返り、掘っ立て小屋のような自分の家をじっと見つめる。

 そして小さく『いってきます』と告げて頭を下げた。

 僕はその仕草に、胸を打たれた想いをした。

 彼からすれば、この小屋は今まで生きてきた場所。父との思いでの場所でもある。

 そこに僕が転がり込んだせいで、ミィスは離れなければならなくなった。

 

「ごめんね」

「シキメさんのせいじゃないよ!」

 

 思わず零れた僕の言葉に、ミィスは振り返って強く告げた。

 

「全部、その悪い貴族のせいだから」

「うん、そうだね」

「シキメさんは悪くないよ。ボクがそう保証してあげる」

 

 僕をかばってくれたミィスの言葉に、思わず泣きそうになった。

 でも年上の僕が先に泣くわけにはいかない。なのでいつもの通りセクハラをしてごまかすことにする。

 

「それは凄く心強い。お礼に僕の操もあげるね」

「またそうやって、すぐにごまかそうとするぅ」

 

 頬を膨らませたミィスの頭を胸に抱き、僕は彼にささやきかけた。どうやら見透かされていたらしい。

 

「冗談。すごく頼りにしてる」

「う、うん。まかせて」

「僕は世間知らずだから、ミィスだけが頼りだよ」

「ン」

「お礼にえっちなご奉仕してあげるから」

「台無しだよ!?」

 

 ミィスにいつもの勢いが戻ったことを確認し、僕たちは村を出るべく門へと向かった。

 開拓村は森の真っただ中に作られているため、村全体を囲むように柵がある。

 これがないと、村の中にあっさりと魔獣の類が入り込んでしまう。

 

「来たか、シキメの嬢ちゃん」

「あ、いつもご苦労様です」

 

 門番を務める元兵隊の村人に、僕は一礼して通り過ぎようとした。

 そんな僕に門番は素知らぬ顔で話しかける。

 

「話は聞いてるよ。貴族に目を付けられたってな?」

「ええ。おかげで、しばらく村を離れることになりました」

「そりゃタイヘンだ。実は俺のところにもついさっき、貴族から黒髪の少女が通ろうとしたら、引き留めるように通達が来たんだ」

「それは……」

 

 この村の出口は二つしかない。北側の森と南側の王都へ向かう門だけだ。

 もちろん、それ以外にも柵を越えようと思えば、越えることはできる。

 そのためには、運動能力を得るために裸になる必要があった。

 村の中とはいえ、全裸はさすがに恥ずかしい。

 

「だけどよ。俺ももう歳だからな。通る人間の髪の色がくすんで見えることもある」

「……あ」

「ミィス、お嬢ちゃんをしっかり護れよ?」

「は、はい」

「返事すんな。俺は『見えてない』んだからよ。お前はその辺が素直過ぎる。まぁ、これは独り言だけど」

「あ、えっと、んっと……」

 

 口篭もってワタワタ手を動かして言葉を探すミィスの頭にポンと手を置き、僕は一礼してから門を通り過ぎた。

 ミィスもその様子を見て、真似をしてから後を追ってくる。

 門番の彼も、村に貢献できないミィスをあまり良く思っていなかった一人だ。

 でも『僕を護れ』と、ミィスを激励してくれた。

 それに僕たちの通行に目を瞑ってくれたこともある。結局この村の人たちは……お人好しばかりだ。

 

 

 

 僕はミィスと共に、村を南へと進んでいた。

 その先を一週間も進めば王都である。この一日で四十キロ歩けるとして、二百八十キロほどか。

 もちろん途中に宿場町や宿泊所のような施設は存在するのだが、山もあったりするらしいので、直線距離だともう少し近そうだ。

 僕たちはミィスに合わせて進まないといけないのでおそらくもう少し、十日ほどかかるかもしれない。

 

「一週間から十日かぁ……食料足りるかなぁ?」

「一応沢山持ってきてるよ」

「そうなんだけどね。まぁ、いざとなったら僕の収納魔法内にあるアイテムで……」

「それ、なんか怖い」

「失敬な!」

 

 ちょっと料理に能力強化(バフ)効果が付いているだけだ。

 王都までの道のりには、途中で宿泊のための小屋なんかが設置されていたりする。

 しかしそれは、馬での移動を前提に作られており、子供連れでそれほど距離を稼げていない僕たちは、そこまで辿り着けていない。

 なので今日は野宿である。

 

「野宿とか初めてだよ」

「ボクもあまり経験はないけど、まぁなんとかなるよ」

 

 ミィスはかまどを手早く作り、薪を集め、それに発火石で火をつける。

 その上に鍋を設置し、拡張鞄から水を注いでお湯を作っていた。

 

「ミィス、いいお嫁さんになれるよぉ」

「ボク、男!」

「そうだね。ミィス大きいもんね」

「どこ見て言ってるの!?」

「どう? 一発やらない?」

「しないから!」

「ちぇー」

 

 ミィスだって興味が無い訳ではないだろうけど、今はそれどころではない。

 長旅になるのだから、できる限り体力を残す必要がある。

 特に子供のミィスだと、長旅はかなり堪えるだろう。

 そんな子供に野営の準備を任せっきりにするわけにもいかず、僕も立ち上がって手伝うことにした。

 

「じゃあ、僕は薪を集めてくるね」

「うん、おねがい」

 

 これから道端で夜を明かすとなると、朝まで焚き火を絶やさないように薪が必要になる。

 急いで小屋を出てきたので、薪を持ち出すという考えが無かった。

 おかげで発火石はあれど薪が無いという状況だ。

 ミィスは前もって用意していたのか、拡張鞄の中に少しだけ薪を用意していた。

 

「そう言えばミィス。よく薪を用意してたね」

「うん、これはいつもの狩りの時に必要になるかもって入れて置いた分なんだ。ボクも急いでたから、忘れてた」

「そっか。備えあればってやつだねぇ」

「ギブソンさんに教えてもらったんだ」

 

 ちょっとだけ誇らしげに、ミィスはギブソンのことを口にした。

 彼はミィスの父と並んで、狩りの師匠に当たる人物である。ミィスにとってギブソンとの別れは、悲しい出来事だっただろう。

 それでもその教えが、今僕たちを助けている。それが誇らしかったのかもしれない。

 

 狩りに出れば野営をすることもあるし、そのための薪を拡張鞄に入れていたのだろう。

 この辺り、やはり現地の人は用心深いと感心したのだった。

 



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第30話 追跡者

  ◇◆◇◆◇

 

 

 シキメさんが森の中に入っていくのを、少し寂しい思いで見送る。

 彼女を保護してからまだひと月程度しか経っていない。

 だけどもう、彼女のいない生活は考えられないくらい、頼りにしていた。

 

「あれで、エッチな嫌がらせさえなければ、理想的なんだけどなぁ」

 

 頻繁に仕掛けてくる少し下品な冗談。本気なのかどうか分からないけど、一見すると清楚な彼女に言われると、一瞬本気に思えてしまう。

 僕は頼りになる外見をしていないし、シキメさんは一人で生きていけるくらい、凄い技術を持っている。

 今回の騒動だって、彼女の錬金術が凄すぎたせいで起こった騒動だ。

 

「ボクがもう少し頼りになるなら、村を出なくて済んだのかな?」

 

 ギブソンさんくらい頼りになれば……せめて外見だけでも。何度そう思ったか分からない。

 細くて日に焼けない手足。ツヤツヤの金髪に線の細い顔。

 いかにも女性的で、頼りにならない。

 シキメさんは可愛くて、凄い錬金術が使えて、凄い魔法も使えるから、僕じゃとても頼りにならないだろう。

 

「もっと鍛えなきゃ」

 

 腕をまくって力こぶを作ろうとしたが、二の腕は全く膨らまなかった。

 そんな自分の腕に情けない気分になった。

 落ち込んだ気分をごまかすように、沸いた鍋の中に干し肉やクズ野菜を放り込んでいく。

 

「明日もいっぱい歩くし、たくさん食べて早く寝なきゃ」

 

 ボクはもちろん、シキメさんもか弱い女性だ。

 あんな挑発をしてきたけど、それはボクを気遣ってのことに違いない。

 故郷の村を出ることになった僕の気を紛らわせるために、あんなことを言ったんだろう。

 なんだか、いつものシキメさんの言動と変わらない気もするけど。

 

「あれ、誰か来る?」

 

 その時、村へ向かう街道に人の気配を感じた。

 ボクは散々魔獣に負けて追い回された経験があるので、気配に関してはかなり鋭い。

 それにここは、王都に繋がる道だ。往来する人はかなり多い。

 だけどそれも昼間の話だ。日が傾いてから移動する人は、ほとんどいない。

 ボクたちは道端で野営しているので、通行の邪魔にはならないはず。そんな事を考えて、その人たちが通り過ぎるのを見送ろうとした。

 その人たちはまっすぐに道を歩き、僕のそばまで近付いてきて……

 

「よう、ミィス。お前一人かよ?」

 

 そう声をかけて、獰猛な笑みを浮かべたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 僕は落ちた枝なんかを手当たり次第インベントリーに放り込んでいく。

 錬金術系魔法に【乾燥】の魔法があるので、多少湿気った枝でも問題なく薪にできるからだ。

 しかし落ち葉は多くても枝の数はあまり無い。道端から少し入った場所というのは野営に使われることも多いので、この辺りの枝は取りつくされているのかもしれない。

 

「うーん、枝が無い」

 

 このままでは、ミィスにいいところを見せられない。それは嫁を自称する僕からしては、いささか問題のある事態だった。

 

「周辺チェック……誰もいないね?」

 

 ミィスのいる場所からも少し離れているので、街道からこちらを見ることはできない。

 周辺の視線が無いのなら、容赦なく僕は全裸になろう。むしろ僕が見たいし触りたい。いや、そんなことしている暇はないのだけど。

 ともあれ服を脱ぎ、インベントリーにしまい込んだ時には、僕の身体からはすさまじい力が溢れてくるのを感じ取っていた。

 これはゴブリンに襲われた時には、実感することのできなかった感覚だ。

 誰しも貞操の危機に際しては、身体の変化など気にする余裕はないはずである。

 

「僕の膜を破っていいのはミィスだけなんだけどね。さて、悪いけどそこの木には薪になってもらおう」

 

 インベントリーから剣を取り出してみようとして、ふと気付く。

 無装備特典で身体能力が上がっているのだから、武器を装備したらダメじゃないか。

 しかも木にはゴブリン相手にも見えた白い光が灯って見える。

 これはおそらく、急所攻撃スキルによるものだろう。

 

「素手で木を倒すなんて、どこのサバイバル系ゲームなんだか」

 

 ぶつくさ言いながらも、木の光っているところに蹴りを一発くれてみる。

 する時はメキメキと音を立てて、倒れてしまった。

 この身体の攻撃性能、マジパネェ。

 

「あー、えっと……まず、細かくして薪に使えるサイズにしないといけないよね」

 

 さすがにそのサイズにするのは、素手では難しい。

 そこでゲーム内で作った適当な強さの斧を取り出し、木を滅多斬りにして細かくしていく。

 さすがにただの木に錬金術で強化された斧の威力は過剰過ぎたのか、スパスパと容易く両断されていく。

 そして細かくなった薪に、まとめて【乾燥】の魔法をかけていった。

 薪の山から白い煙が立ち上り、瞬く間に乾燥した薪が完成した。

 

「これでよし。ミィスにいいところ見せれるぞ」

 

 鼻歌でも出そうなほど上機嫌で僕はインベントリーに薪をしまう。

 自然乾燥した薪と違って魔法で徹底的に乾燥させているので、こするだけで摩擦熱で燃えそうなくらい、カラカラになっている。

 こんな状態だと持ち運ぶのも危険かもしれないが、インベントリー内なら何も問題はない。

 

「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その時、僕の耳にミィスの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ミィス!?」

 

 明らかに、何らかのトラブルが発生したと分かる悲鳴。

 僕は一瞬、脳裏に自分が全裸であることを思い出したが、それどころではないと考えなおし、ミィスの元へ駆け戻った。

 周囲の木々が、まるで早送りのように後方へと吹っ飛んでいく。

 これは僕の足が異様に速くなっているからこそ、起こる現象だろう。

 

「ミィスッ!」

 

 街道に飛び出し、野営場所に駆け戻ると、ミィスが男に羽交い絞めされていた。

 さらに周辺を三人の男に囲まれていて、あれでは逃げることもできないだろう。

 四人の男は見かけたことがある顔だ。冒険者ギルドで、乱暴な勧誘をしてきた四人組。

 それを見て、僕の頭に血が昇った。

 

「お前ら、ミィスから手を離せ!」

「お、戻ってきたか……って、なんで裸?」

「う、うるさいな!」

 

 ミィスは首元にナイフを突きつけられていて、身動きできない状態だった。

 僕としても、そんな状況では迂闊に殴り掛かることもできない。

 

「まぁいいか。手間が省けたぜ」

「そうだな。予想通り、いい身体してやがる」

「ヴァルトの豚に差し出す前に、俺たちで食ってもいいんじゃねぇか?」

「初物だよな? 別にそうじゃなくてもいいけどよ」

 

 舌舐めずりする男たちに、僕は総毛立った。

 僕も元々男なのだから、彼らの言っていることは理解できる。

 だからと言って、ミィスを見捨てることはできない。

 僕は両手を上げて、抵抗する意思が無いことを示したのだった。

 



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第31話 襲撃者たち

 ミィスは片腕を背中にねじり上げられ、身動きが取れないよう対になっていた。

 そして背後の男は空いた片腕でミィスの喉に短剣を突きつけている。

 いつでもミィスの命を奪える状況。如何に身体能力の上がっている僕でも、この状況でミィスを無傷で助け出すことは難しい。

 

 だから機会を待つ必要があった。

 ミィスから、連中が離れる機会を。

 

 ミィスを束縛している男以外の三人が、こちらに向かってやってくる。

 今の僕は、服を全く来ていない全裸の状態。

 連中の顔は好色に染まり、興奮を隠せないでいた。

 

「森で何をしてたのかわからねぇけど、素っ裸とは準備がいいじゃねぇか」

「まさか俺たちをもてなす用意をしてくれたのかぁ?」

「そりゃこっちも頑張らねぇとな」

 

 僕を取り囲むように近付き、上から下まで舐め回すような視線を送ってくる。

 さすがに羞恥心を感じ、胸や股間を隠すが、その手は男たちによって掴み上げられる。

 

「おいおい、せっかく脱いだんだ。隠す必要は無いだろう?」

「安心しろよ。優しく可愛がってやるからよう」

 

 舌なめずりしながら、身動き取れなくなった僕の身体をまさぐり始める。

 立ったままなので、いきなり腰元に触られなかったのが、唯一の救いだろうか。

 僕の身体は、彼らに比べて遥かに小柄だから。

 

「人間相手に殺意を持ったのは、初めてだよ」

「そう噛み付くなって。そのうち自分からおねだりするようにしてやっから」

 

 ミィスが自由になれば、僕も遠慮はいらない。

 しかし今はダメだ。僕とミィスまでは距離があり、一息に距離を詰めることができない。

 逆に言えば、離れた位置にいる男は僕のことが良く見えないはずだ。

 機会を窺っていれば、いずれ我慢できなくなって、こちらにやってくるはず。

 その前にこの三人に、いいように弄ばれてしまうのは、もはや避けられまい。

 

「初めてはミィスがいいんだけど?」

「初めてだったのか? ゴブリンのオモチャになってたって聞いたんだけどよ」

「いたっ!?」

 

 男の一人がそう言うと、僕の胸の先端をねじり上げる。

 明らかに僕に声を出させるためだけの行為。気持ちよくもなんともない。

 むしろ全身を虫が這いまわっているかのような、不快感を覚えていた。

 ミィスも、こちらの様子を知って歯を食いしばって泣くのを我慢していた。いや、我慢できず、涙を流して、しかし声だけは上げまいと意地を張っている。

 それがこの連中を喜ばせるだけの行為と、知っているのだろう。

 

「おいおい、俺の番まで壊すなよ?」

「わぁかってるって」

 

 それでも僕は、ミィスを安心させるために、笑みを浮かべてみせる。

 その顔は自分でも理解できるほど、引き攣っていた。

 

「シキメさん!」

 

 僕の我慢が彼にも伝わってしまったのか、遂にミィスはついに我慢できなくなってしまったようだ。

 じたばたと暴れ、男の拘束から逃れようと身をよじる。

 

「バカやろう、死にたいのかよ! 大人しくしてろ」

「いたっ!」

 

 拘束する腕をさらにきつくひねり上げ、ミィスの後頭部にガツンと一撃入れる。

 それでも彼は暴れることをやめず、喉元から短剣が離れた隙をついて、男の腕に噛み付いた。

 男は腕に鎧を付けていなかったので、その噛み付きをまともに受けてしまう。

 これは彼にできる、唯一の抵抗だった。

 

「グワッ、このガキ! 優しくしてりゃつけ上がりやがって!?」

 

 わずかな時間、噛み付かれた苦痛に男の拘束が外れる。

 その隙を逃さず、ミィスは男を突き放して僕の方に駆け寄ろうとしていた。

 

 それはいかにも、無謀な行為だ。

 たとえ一瞬、男から逃れることができたとしても、男とミィスでは素早さも耐久力も違う。

 子供に噛まれた程度では、男もそれほどダメージを負ったりしない。

 

 それはミィスだって理解していたに違いない。

 それでも彼は、僕の方に駆け寄る衝動を抑えきれなかったのだ。

 

 現に男は、驚いてミィスから手を放してしまったがすぐに体勢を立て直し、ミィスの後を追っている。

 いや、背後から斬り付けようと、短剣を振り上げていた。

 

「ミィスッ!」

 

 僕も、この好機を逃すつもりはない。しかしどう考えても、間に合わない。

 それでも行動を起こさないと、ミィスが背中から斬り付けられてしまう。

 反射的に右の男の喉元に手刀を突き入れ、頚椎を砕く。そのまま手刀をこじって首を刎ねた。

 これも急所攻撃スキルのおかげだろう。

 

「お――」

 

 他の二人は、突如巻き起こった惨劇について行けず、妙な顔をしていた。

 その驚愕の隙をついて、反対の手で左側の男の眼窩(がんか)に指を突き込み脳髄を抉る。

 

「お前――!?」

 

 ここにきてようやく正面の男が事態に追い付き、怒りの声を上げた。

 しかしもう遅い。僕は左右の男たちから手を引き抜き、正面の男の頭を両手で掴んでそのまま跳躍し、膝を男の顎に叩き込んだ。

 顎が砕け、その下の喉も潰され、男は仰け反るように倒れていく。

 

 見るとミィスも、焚き火のそばで前のめりに倒れ込もうとしているようだった。

 背後の男に対応しようとしているのか、身体を後ろにねじりながら。

 捕えていた男はミィスに追い付き、剣を振り下ろそうとしているところだ。

 

「クッ!」

 

 僕は、飛び膝蹴りの要領で跳ね上がったため、地面に落ちるまでわずかに時間がかかる。

 その時間が、あまりにももどかしく、致命的だ。

 地に落ちるまでのその時間が、ミィスの助けに行くロスタイムと化す。

 刹那の時間を争うこのタイミングで、左右の男を倒すために両手が塞がっていたとはいえ、なぜ跳躍という手段を選んでしまったのか、後悔に苛まれる。

 これもひとえに、僕の経験の無さが原因だろう。

 ゴブリンを相手に、ただ戦うだけでよかった前回とは違う。

 

「ミィス!」

 

 僕はもう一度叫び、間に合わぬと知りながらも、彼の方へ手を伸ばす。

 ようやく足が地面に付き、彼の方へと駆け出した。

 しかしどう考えても、振り下ろされる剣の方が早い。

 

 ――彼が死ぬまでに、回復ポーションをかけることができるか?

 

 僕の脳裏には最悪の事態がよぎる。

 僕の救出は間に合いそうにない。ミィスが攻撃を受けるのは確定事項。そう、思っていた。

 

「てえぇぇぇい!」

 

 ミィスは倒れながらも手を伸ばし、焚火にかけられたままだった鍋に手を伸ばし、それを男へを投げつけた。

 彼が倒れ込みながら身をよじっていたのは、これを狙ってのことだったのだ。

 この反撃を男は想像しておらず、煮え滾ったスープをまともに顔面に受けてしまった。

 ぐつぐつと沸騰する液体を顔面に受け、男は地面に倒れ込み、悶える。

 

「ぐ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」

 

 この時間を使って、ミィスは僕の胸に飛び込んできた。

 

「シキメさん!」

「ミィス、よくやった!」

 

 彼の機転に、僕は称賛の声を上げてミィスを抱き留めつつ、倒れた男の首を踏み砕いたのだった。

 



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第32話 シキメの本領

 しばしミィスとの抱擁を楽しみ、僕たちは男たちの死体を処分する。

 錬金術系魔法の【掘削】で穴を掘り、男たちの死体を埋めて隠した。

 もともと根無し草の冒険者だから、死体さえ見つからなければ、騒ぎになることは無いだろう。

 

 なお、彼らの持つアイテムなどはありがたくいただいておく。

 もっとも、僕の持つアイテム類には及びもつかないほど、粗雑な物しか持ち合わせていなかったけど。

 やはり役に立つのはお金。それと着替えと食料だろう。

 武器などは役に立たないので、錬金術系魔法で【融解】と【成型】インゴットに戻しておく。

 いつかこの鉄も使うこともあるだろう。

 

「ミィス、このことはナイショね」

「う、うん」

 

 正当防衛とはいえ、人を殺した。冒険者ギルドに所属している以上、彼らもその庇護を受けている。

 それに手をかけたと知られると、いろいろと詮議されることになるだろう。

 彼らが貴族の意向で動いていた可能性がある以上、余計なことは言わない方が得策だ。

 

「でも、これからどうしよう?」

「そうだねぇ。こうして手が回っている以上、この先も待ち伏せがあるかも」

 

 刺客が彼らだけとは限らないので、今の僕たちは街道から大きく外れた森の中に身を潜めていた。

 スープはダメにしてしまったし、焚き火の明かりも目立つので、次の料理を作れない。

 しかたなく僕たちは、干し肉と野菜を齧りながら、夕食をとっていた。

 

「貴族の手配がかかっているなら、この先も危険かもしれない」

「そうだよね」

 

 ミランダさんによると、王都はまだマシなようだが、それでも一冒険者の言葉より権力を持つヴォルト辺境伯の方を信じる可能性が高い。

 いかに僕が開拓村で地位を築いたとしても、しょせんは平民の根無し草だ。

 

「どうしよう……?」

 

 ミィスは不安そうに、肩を震わせていた。そのヒロイン力が半端ない。

 とはいえ、このまま放置もできそうにない。

 この先、僕がこの世界で生きていくには、この問題をどうにかする必要がある。

 ミィスのためにも、僕のためにも。

 

「……やるか」

 

 ゲーム内では真正面からの戦闘しかしていない。しかし、現実と化したこの身体なら、できることはたくさんある。

 例えば――

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ヴォルト・ラングレイ辺境伯は悪名高い男だった。

 それでも、『彼』はその悪名高い男に仕えてきた。

 騎士とは血に仕える者。そう教えられて育ってきたのだから。

 たかが辺境の村の、一錬金術師を召し抱えると言い出した時も、反対はしたが止め切ることはできなかった。

 それが少女の未来を闇に閉ざす結果になるとしても。

 

「まったく、貧乏くじだな」

 

 ギルドの食堂で食事をとり、来賓用の客室へと向かう。

 主の命とはいえ、やろうとしていることは少女の拉致。そんな任務に気が進もうはずもない。

 それでも彼は、任務遂行のために手を打っていた。その結果のことは考えないようにしている。

 

「もっとも、その少女はもう村を出たらしいがな」

 

 一応追っ手はかけておいたが、追いつけるかどうかは不明。このまま逃げ切ってくれればという想いと同時に、任務を果たすために捕まってくれという葛藤もある。

 その板挟みで胃が重くなる感覚を覚えていた。

 ドアを開け、自室の中に足を踏み入れる。

 そこに先客がいた。

 

「君は?」

 

 来賓用の、少し豪華な部屋。

 そこに全裸の少女が一人、存在した。

 黒髪を肩まで伸ばし、細身だが均整の取れた体つきをした、美しい少女。

 それを初めて見た時、『彼』は最初、ギルドの連中が機嫌取りのために娼婦を呼んだのかと考えていた。

 

「初めまして。僕はシキメ・フーヤ。あなたの探し人です」

「君が? 自分から出頭してくるとは――」

「【窒息】」

「――かはっ!?」

 

 問い詰める言葉を断ち切り、少女が魔法を放った。その発動は驚くほどに滑らかで、素早い。

 捜し人がいきなり目の前に現れた驚愕と混乱で、『彼』はその魔法に対処できなかった。

 急に呼吸がままならなくなり、立っていられない。

 

「あなたに恨みはありませんけど……僕とミィスが生き延びるために、死んでください」

 

 少女の、鈴を鳴らすかのような可憐な声。 

 その疑問を抱えたまま、彼の眼球がぐるりと回る。

 

 それが長年ヴォルトに仕え、多くの平民を不幸に落としてきた『彼』の見た、最期の光景だった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ヴォルト・ラングレイは、自分の境遇が不満だった。

 辺境伯と呼ばれる公爵に並ぶ立場とは言え、領地は魔獣が住む森の境目。辺境中の辺境と言っていい場所。

 それ故に、彼を田舎者と蔑み、嘲る貴族も多い。

 

 もちろん彼がその職責通り、魔獣から国を護り、領地を開拓して広げていけば、その声は称賛の声に変わっただろう。

 しかし彼は、開拓はそっちのけで領地の女性を漁り、金品を巻き上げることばかりに注力した。

 そうした行為の結果、彼を蔑む声は加速していく。

 つまりは、彼の自業自得だった。

 

「まったく。せっかく私が召し抱えてやろうというのに、なぜあんな辺鄙な村に住み着いているのだか」

 

 ある日、四人組の冒険者から聞き出した『聖女』と噂される錬金術師の話。

 彼女の作る薬は、通常の回復ポーションを遥かに凌ぎ、死に瀕したものですら救って見せたという。

 さらに治癒魔法まで使いこなし、その外見は女神のごとくと噂されていると。

 実際その少女と接触があったらしい冒険者の言葉によると、少なくとも外見は噂通り、いや噂以上という確認は取れた。

 

「あの村までなら歩いて一日というところか。明日にはこの屋敷に辿り着くはず。噂通りの美貌なら、私自ら可愛がってやろうじゃないか」

 

 好色な彼は、まだ見ぬ美少女に涎を垂れ流し、それを拭う。

 自室へと戻り、そこの寝台に眠る別の被害者を見て、ゴクリと喉を鳴らしていた。

 このまま欲望のままに寝台の女性に伸し掛かってもいいが、残念ながら彼の精力には限界がある。

 明日には、噂ではとびっきりの美少女がやってくるというのに、ここで無駄弾を撃つ必要もないのではないか? と、そう考えた。

 

「貴様、誰の断りを得て私の寝台で寝ている。邪魔だ、とっとと出て行け!」

 

 自分勝手極まりない言葉を喚き散らし、女性を寝台から追い出し、部屋から放り出す。

 脂肪で覆われたとはいえ巨漢のヴォルトに、女性はなす術もなく放り出された。

 自分が一人で寝台に横たわるのは何時以来か。ふと、そんな事を考えた。

 

「それも明日までの我慢というわけか。ぐひ、ぐひひひ……ひ?」

 

 豚のような笑い声をあげたヴォルトは、不意に息苦しさを感じ、首元を押さえた。

 それは次第に悪化していき、すぐに自力で息を吸うこともできなくなる。

 いや、吸うことはできている。だというのに、息ができていない。

 まるで体の中から、酸素が消えてなくなってしまったかのように。

 

「くけ、けひっ、けひゅ――」

 

 助けを呼ぼうと言葉を発しようとするが、まるで豚の悲鳴のような声しか出ない。

 部屋から飛び出そうとしてもすでに遅く、床に倒れびくびくと痙攣するしかできなかった。

 そうしてヴォルト・ラングレイ辺境伯は、この夜息絶えた。

 

 なお、後に発見された彼を調べた結果、死因はまったく分からず、心不全として処理された。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

「これで、よし」

 

 魔術師系の上位魔法【窒息】を放った体勢のまま、僕はぼそりとそう呟いた。

 目の前ではオークの方がマシと言われた評判通りの男が、ぐったりと倒れている。

 隠密を維持したまま屋敷内に潜り込み、ヴォルトの寝室に身を顰めた僕は、ベッドに待機していた女性を見てどうしたものかと頭を悩ませていた。

 しかしヴォルトは何を考えたのか、その女性を放り出したので、遠慮なく彼の暗殺を実行したのである。

 

 この【窒息】の魔法ならば、目立った死因は判明しないし、そもそもこの魔法を使える者もごく稀だろう。

 この魔法ならば、ヴォルトの死が自然死と疑われる可能性も高かった。

 

 なにより、ヴォルトが生きている限り、僕はこの世界で追われ続ける。

 すでに彼の使者を手にかけているので、僕に疑いの目が向く可能性はある。

 この二つの死を結び付け、僕たちがレンスティ王国から追われる可能性は、少なからずあった。

 

「ま、普通なら繋げられないだろうけどね」

 

 ここに僕がいると判断できる人間はいないだろう。

 あれから僕は、ミィスに屋敷の場所を聞き、ヴォルトを暗殺することに決めた。

 そして人の足で一日ほど、およそ四十キロの距離を一時間で走破し、今この場にいる。

 常識的に考えれば、僕はまだ開拓村の近くにいると思われているはずだ。

 それを可能としたのは、ひとえに常人離れした身体能力ゆえである。

 

「誰かに見られたら、どうしようって思ったけどね」

 

 その身体能力を発揮するには、僕は全裸になる必要がある。

 全裸で街道を駆け抜け、問題にならなかったのは、今が夜だからという一点に他ならなかった。

 

「さて、帰ろ。ミィスも待ってるし」

 

 そしてその夜の時間は短い。

 早く帰らないと、人目について目立ってしまうだろう。

 そう判断し、僕は再び街道を駆けだしたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 後日僕は、凄まじい速度で走る全裸の女性という謎の魔獣の噂が広まったのだけど、聞かなかったことにしようと心に決めたのだった。

 



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第33話 方向転換

 夜が明けて、僕たちは再び街道脇へと戻っていた。

 もちろん、まだ襲撃の危険性は残っているのだが、朝っぱらから人目のある場所で襲い掛かってくるような暗殺者は、あまりいないだろう。

 そう考えての移動である。

 むしろ昼間は、人目の無い森の中の方が危険な可能性もあった。

 

「そんなわけで、これからどうしよう?」

「本当にヴォルト様をコロ……えっと、問題を解決してきたの?」

 

 疑問に思っているのを隠そうともせず、ミィスは僕に問い返してくる。

 殺すという単語を避けたのは、一応人目を気にしてのことだ。

 この街道は森の中の開拓村と、森の外の町を繋ぐ唯一の道で、人通りはそれなりにある。

 

「僕は裸になると、凄く身体能力が上がるからね。それにスタミナポーションもあるから、疲れ知らずで走り抜けることができるんだ」

「それはそれで凄いと思うけど……そっか、あのゴブリンたちは本当にシキメさんがやったんだ?」

「前からそうだっていったじゃない」

「でも、だったら、僕たちがここにいることでアリバイ? は成立しているんじゃないかな」

「歩いて一日の距離を数時間で往復しちゃったわけだしね」

 

 ここからヴォルトの屋敷まで、歩いて一日。およそ四十キロ。

 一晩でこれを往復するとなると八十キロを走破した計算になる。

 箱根駅伝の片道を、一人で、数時間で走破したと考えれば、どれほど異常なことか理解できるだろう。

 僕の姿は夕方には村の門番が目撃しているので、その夜に死んだヴォルトを殺害した犯人だとは普通は考えないはずだ。

 とはいえ、使者の方の容疑はかけられる可能性はある。

 ここから村までなら、充分に往復できる距離だから。

 

「チート盛り盛り、ドーピング有りだもんなぁ」

「普通なら、信じられない話だよね」

「それはともかく、これからのことだよ。ヴォルト殺害の犯人と疑われることはないと思うけど、ああいう貴族が出てきた以上、この先どうするか考えなきゃ」

 

 ヴォルトのように、僕を囲い込もうとする貴族は、これからも出てくるだろう。

 そうなれば、平穏な生活というのも、この先難しくなってくる。

 それは王都に辿り着いたとしても、おそらくは変わらない。

 

 むしろヴォルトのように下心だけではなく、保護するつもりだったり、力を必要として囲い込もうとする貴族が出てくるはずだ。

 それくらいには、僕の力は、この世界において貴重だと思われる。

 

「やっぱり、モーラ王国まで抜けちゃいます?」

「それが無難なのかな?」

 

 レンスティ王国では、僕のポーションの話は広まり過ぎている。

 この国で安穏と暮らすのは、もはや難しい。

 ならば名前の広まっていないモーラ王国に移住し、そこでひとまず腰を落ち着けるというのは、充分に有りだろう。

 

「ミィスは平気なの? この国を出ても」

「この国にはあんまり執着はないかなぁ。ボクは元々、村から出たことも無いし」

「村にはないの?」

「そりゃ少しはあるけど……父さんが死んでからは、生きていくだけで必死だったし」

「そういえばそうだったね」

「まぁ、村の人たちもそうだったんだろうけど」

「いい人たちだったね」

「うん」

 

 ミィスは物心つく前に母親を亡くし、父親も三年前に失っている。

 十歳になる前に両親を失った彼は、村から出るという機会がほとんどなかったはずだ。

 そう言う点では、彼は僕に近い。世界のことを、ほとんど知らないのだから。

 

「なら、王都を抜けてそのままモーラまで足を伸ばしてみようか? どこか僕たちが一緒に暮らせる場所を見つけるまで、旅を続けるのも悪くない」

「そうですね。時間ならいっぱいありますし」

 

 ミィスは十二歳。僕もステータス上では十五歳。

 年齢的にはほとんど変わらないけけど、若いという点で共通している。

 これから先、この世界を旅するにあたって、時間は多ければ多いほどいい。

 

「それとも、いっそ森に引き返して、森の中を突破するという手も」

「そんな危険な!」

「だよねぇ。ちなみに森の向こうはどんな国があるの?」

「話だけなら、イルトアって国があるらしいよ。魔獣対策にゴーレムを軍隊で運用してるとか」

「ゴーレムって、石とかでできた巨人っぽい?」

「鉄とか銀でできたのもあるみたいだけど。魔獣の中にはすごく大きな生き物もいるから、そのために巨体を持つゴーレムを運用してるんだって」

「へー」

「あまり離れるとゴーレムの制御が外れるから、ゴーレムに乗り込んで操るって聞いたよ」

「それはそれで凄いなぁ。見てみたいかも」

 

 中身男としては、巨大生物というのはやはり憧れがある。

 そして、それと相対するゴーレムというロボっぽい要素なんか、燃えるに決まっている。

 ましてや乗り込んで操るとなると、ロボそのものと言ってもいい。

 

 ミィスはそういうのを見たことが無いから、さらっと流しているのだろう。

 一度目にすれば、男の子ならきっと目を輝かせるはずだ。見た目は女の子だけど。

 

「じゃあ、大瘴海を突破する?」

「いやいや、危ないでしょ。いくらシキメさんが強いって言っても、四六時中気を張ってたら倒れちゃうよ」

「確かに睡眠は大事。特に僕には」

 

 こちとら徹夜の経験なんて、数えるほどしかしたことがない。

 眠りに対する耐性という面では、僕はミィス以下の耐久力しかない可能性がある。

 

「そもそも、この大森林……えっと、大瘴海だっけ? ここを迂回するにはどれくらいかかるの?」

「えっと、どれくらいって正確には言えないけど、イルトアには一年以上かかるらしいよ」

「それは長い。ってかあの森、どんだけおっきいの」

「この大陸でも、最大の大森林だからね」

 

 ミィスの話によると、この大陸の中央部三分の一を、あの大森林が覆っているらしい。

 そこを開拓するのは、周辺諸国の悲願となっており、同時に叶わぬ壁となっていた。

 ミィスもこれは人伝に聞いた話で、確実な話ではないと前置きしていた。

 それでも、大きいことは理解できたので、そのイルトアという国に向かうことに逡巡してしまう。

 

「でも片道一年なら、ほとぼりを冷ますにはちょうどいいかも」

「え、そっちに行くの確定なの? ボクはモーラに行くと思ってたのに」

 

 往復で二年。向こうで一年滞在したとしても三年。

 僕は十八歳になり、ミィスは十五歳になる。

 僕たちの年齢だと、三年は見違えるほどの成長を与えてくれるはずだ。

 一見して分からないほど成長すれば、また村に戻ることも可能なはず。

 

「悪くないかも。ミィスはロボ……じゃなくてゴーレム、見たくない?」

「見たい!」

 

 モーラ王国に行くには、どうしてもレンスティ王国を縦断する必要がある。

 その途中でヴォルト・ラングレイ辺境伯殺害の疑惑が、僕たちに向かないとも限らない。

 ヴォルトの殺害に関しては疑われることは無いだろうが、その使者はあの開拓村で殺害している。

 村に入るところは誰にも見られていないはずだが、距離的に殺害可能な距離であることには違いない。

 そちらの嫌疑が僕たちに向く可能性は、充分に有る。

 

「この国にも少し居辛くなったし、そっち方面に移動するのも悪くないよね」

 

 まさか自分が殺人を犯すなんて、思いもよらなかった。

 そして護身のためとはいえ、それを実行しておいて、まったく嫌悪感を抱かないことに驚愕している。

 

「これって、どういう変化なんだか」

「どうかしたんですか?」

「いーえ、なんでも」

 

 この変化は自分が思っているより危険かもしれない。

 下手をしたら、ミィスが危機に晒された時、論理的に考えすぎて、彼を見捨てるなんて事態にもなりかねない。

 

「うん、気を付けていかないとね」

「ん?」

「なんでもないよ」

 

 僕の独り言を聞きつけ、ミィスは不思議そうにこちらを見上げてくる。

 そんな彼の頭を、ごまかすように僕は撫でた。柔らかい髪の毛の感触に、思わずうっとりしそうになる。

 まさに天使の髪質。こちらを見上げ頭を撫でられて目を細める様子に、彼に荒事は向いていないと改めて認識した。

 僕は今回のような事件は決して許されないと、心に誓ったのだった。

 



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第34話 新しい町

 それから僕たちは西側に進路を取り、王都へ向かう方角とは違う町へ辿り着いた。

 そこは開拓村よりは遥かに立派な町で、しかし王都への進路とはズレがあるため、発展しきっていない。

 そんな微妙な雰囲気のある町だった。

 

「あ、門番が二人だ」

「ホントだ」

 

 開拓村では一人だけだった門番もこの町では二人いて、そこに大きな発展度の違いを見出していた。

 彼らの装備している鎧や槍も、村の門番とは雲泥の差だ。こちらの方がよっぽど強そうに見える。

 町に入る人たちも彼らの武装に威圧されたのか、大人しく門番に自らの身分証を提示している。

 

「大丈夫かな……?」

 

 ミィスはその様子に、不安そうな声を上げていた。

 多くの町が、各種ギルドの身分証によって、その身分を保証されている。

 僕もミィスも冒険者ギルドに所属していて、これは各国で通用する、意外と権威ある身分証でもある。

 それと同時に、冒険者ギルドのネットワークの広さの証明でもあった。

 

 開拓村では僕たちが村から姿を消し、その夜に貴族の使者が原因不明の死を遂げるという事件があったので、僕たちに疑いが向く可能性もある。

 その場合、手配書がこの町まで届いている可能性は充分にあった。

 このまま町に入るには身分証を提示する必要があるが、その直後に御用となるかもしれない。その危険をミィスは危惧しているのだ。

 

「ま、まぁ、大丈夫だよ。事件が起きたのは昨日の夜だし、ここまで手配が回っている可能性は低いよ」

「でも……」

「いざとなったら大立ち回りになるから、ミィスも心の準備だけはしててね」

「ちょ、シキメさん!?」

「大丈夫、ミィス一人なら担いで逃げ出せるよ」

 

 僕が村に忍び込んだ時、誰かに目撃されたという可能性は限りなく低い。

 高レベルの忍者の隠密を見抜けるような腕利きは、少なくともあの村にはいなかった。

 使者の男も、悲鳴一つ上げる暇なく【窒息】の魔法で始末したため、すぐに死体を発見されるということはなかったはず。

 下手をすれば、まだ発見されていない可能性だってあるはずだ。

 

 万が一手配が回っていたとしても、僕ならミィス一人を保護して逃げおおせることなど、実に容易い。

 そのためには裸になる必要があるけど、命には代えられない。

 

「何かあったら僕が護ってあげるから」

「それ、立場が逆じゃないかなぁ?」

「じゃあ、ミィスが僕を護ってね。お礼にお嫁さんになってあげる」

「またそういう……」

「じゃあ、ミィスがお嫁さんになってくれるの? ママになってくれるの!?」

「そういう意味じゃないから!」

 

 ミィスの緊張を解すため、僕はあえていつものノリで冗談を口にする。

 その甲斐があったのか、ミィスは僕にツッコミを入れることで、緊張から解き放たれたらしい。

 気楽に語り合う僕たちの様子を見て、周囲の旅人たちも、なんだか笑顔を浮かべていた。

 僕たちは見た目は似ていないが女の子同士に見えるため、微笑ましく見えてしまうのだろう。

 

「次、女二人か?」

 

 僕たちを見て、門番の人は少し意外そうな声を上げた。

 僕もミィスも、純粋な女の子は一人もいないのだが、そこは突っ込むのは野暮というモノだろう。

 

「冒険者ですから」

「まぁ、それならわからんでもないか。一応身分証を出してくれ」

「はい」

 

 この世界では、個人の強さというのは見かけ通りではない。

 身体強化する手段があり、魔法があり、ポーションがあるこの世界では、肉体的な強靭さというのは補助できる範囲の力だ。

 もちろん、基礎となる身体の強さが重要なことは変わりないので、冒険者は基本的に身体を鍛えている。

 僕と一緒にミィスも身分証を提示し、門番の人はその記載情報を確認して驚きの声を上げた。

 

「男!?」

 

 これはもちろん、ミィスにかけた声だ。

 金の髪を肩の下まで伸ばし、それを首元でぞんざいに縛っている彼は、どうみてもおしゃれに無頓着な女の子にしか見えない。

 

「そうですよ、失礼な」

「いや、すまん。つい」

「僕の夫です」

「違います」

「ミィスがツレない……」

 

 ミィスの反応にしょんぼりと肩を落とす僕に、門番の人はガハハと豪快に笑った。

 

「嬢ちゃん、じゃなくって坊主か。女を待たすなんて罪な男じゃないか」

「男と認めてくれたのは嬉しいんですけど、それはどうでしょう?」

「なんだ、脈なしか? じゃあ嬢ちゃんは俺と付き合わないか?」

「ぜぇったいに嫌です」

 

 門番のおっちゃんは性格は良さそうだが、見かけが野武士というか、落ち武者というか、どう見てもそれ系である。

 悪人には見えないが、ベッドを共にできるかというと、確実に無理と宣告してしまう。

 もちろん女性的に見たら、大丈夫という人も多いだろう。だが僕には無理だ。

 

「そりゃ残念だ。別嬪さんを逃しちまったか!」

「そうなんですよ! 僕はこんなに可愛いのにミィスは相手にしてくれないんです!」

「坊主は不能なのか?」

「でっかいです!」

 

 朝とかお風呂とかで巨大山脈を築くくらいには。もっとも実用されたことは一度もない。

 

「シキメさぁん!? もういいですから、通っていいですか?」

 

 僕と門番のおっちゃんのダブル攻撃に、ミィスはついに音を上げた。

 様子を窺っていた後ろの旅人たちも、くすくす笑い声をあげていたのだから、無理もない。

 その様子に気付いて、門番のおっちゃんは頭を書いて謝罪する。

 

「悪い悪い。悪気はなかったんだ。犯罪歴も無いし、ギルドの違反歴も無い。問題なしだ、通って良し」

「はぁ……」

 

 ようやく降りた通行許可に、ミィスは疲れ果てたように溜息を吐いた。

 しかしこのままセクハラを続けていたら、彼に愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 

「まずい。ここいらで、なにかいいところを見せておかねば」

「昨日、あれだけ活躍したのに?」

 

 門をくぐって、まず僕たちは冒険者ギルドへ向かった。

 手配状況の確認と、この町で活動するなら挨拶くらいはしておいた方がいいという判断だ。

 それともう一つ。

 

「それにしても、タイミングよくイルトア行き商隊とかあればいいんだけどね」

「そうだね。ボクたちだけじゃ、やっぱり不安だもの」

 

 イルトアに向かうにあたって、やはり二人っきりというのは不安が付きまとう。

 特にミィスは弓でしか戦えないし、僕も魔法くらいしか主戦力が無い。

 裸になれば素手で敵に相対することもできるが、それはさすがにミィスが嫌がる。

 そこで、多くの旅人が参加し、複数の冒険者と同行する商隊の護衛などの仕事が無いか、探そうと思っていた。

 

「いやいや、待って。二人っきりの旅というのも、それはそれで……ぐへへ」

「ボクはなにもしないからね!?」

「何かしてくれるなら、いつでもウェルカムだよ? あ、でも町中で露出ってのは却下で」

「しないって言ってるでしょ!」

「ちぇー」

 

 新しい町に到着して、テンションが上がっているのか、いいところを見せようと決意した直後にこの有様である。

 とはいえ、旅の方針は決めておく必要があった。

 

「護衛だけじゃなくて、別の稼ぐ手段とかも考えておいた方がいいかもね」

 

 僕の最大の稼ぎ頭である、ポーション作成。

 しかしそれだけだと、レベル補正による高品質さで、また注目を集めてしまう。

 そこで今回はポーションを売らず、別の品物を作って売ることを考えていた。

 

「媚薬とか!」

「え、作れるの!? 結構高いと思うんだけど」

「もちろん作れます。そしてミィスで実験したいです」

「ぜったいやめてね?」

 

 こめかみに血管を浮かせた笑顔でそう注意されては、一服盛る計画は行えない。

 ともあれ、住み慣れた村を離れたというのに、意外とミィスが元気そうで安心した僕なのであった。

 



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第35話 ミィスの不調

 僕たちは町中をギルドに向けて歩いていた。

 その道中の光景ですら、開拓村とは大きく違う。

 木でできた平屋が中心だった村と違い、この町の建物は石造りが大半で二階建ての家もちらほらと見て取れる。

 それだけ建築技術が発達し、住人が裕福という証なのだろう。

 

「壁が、石だ」

「そうだねぇ。僕としては木の家の方が好きだけど」

 

 石の家は頑丈ではあるが、その分脆い。

 地震の多い日本で育った僕としては、少し揺れただけで崩れるというイメージすらある。

 もちろん、耐震設計をしっかりと行い、芯材をきちんと入れて補強しているならば、その心配は少なくなるのだけど。

 

「そもそもこの辺だと地震が無いのかな?」

「地震?」

 

 僕の言葉に、ミィスは不思議そうに首を傾げる。

 ひょっとしたら地震のことを知らないのかもしれない。

 

「地面が揺れること。経験したことはない?」

「ヤだなぁ、シキメさん。地面が揺れるはずないじゃないですか」

「あー、そーだねぇ」

 

 地震を知らず、経験したことも無いミィスは、地面が揺れるという現象を信じられないようだ。

 まぁ、ここで説明しても信じられないのなら、あまり教える意味は無いか?

 それに、冒険者ギルドの建物の目の前にきていた。

 初めて訪れるギルドなので、ここは気を引き締めてかからねばなるまい。

 ミィスも少しつばを飲み込んで、緊張を隠せないでいた。

 

 僕は扉を押し開け、ギルドの中へ足を踏み入れる。

 そこは大きな町のギルドに相応しく、大勢の人でごった返していた。

 

「うわ、多い」

「すご、ここだけで村の冒険者と同じくらいいるよ」

 

 大きな建物のロビーには、三十人以上の冒険者がたむろしていた。

 朝早い時間に到着したこともあって、まだここで依頼を探しているものも多そうだった。

 僕たちは空いているカウンターを見付け、そこで受付の人に話しかける。

 

「すみません、今日この町に来たばかりなんですけど」

「冒険者の方ですか? 登録証をお持ちですか?」

「はい、ここに」

 

 僕とミィスはギルドの証明書を提示し、受付のお姉さんに見せる。

 そこには僕たちの基本情報が記載されていて、最新の所在地も記されていた。

 

「開拓村から来たのですね。レベルは……双方3レベル?」

「はい。まだ登録したばかりで」

 

 ミィスは本来7レベルに成長していたが、ギルドで測定していないために3レベルのままになっていた。

 自動で更新されるようなハイテクは搭載されていないらしい。

 

「はい、所在の情報を更新しました。ようこそ、マーテルの町へ」

 

 にっこりと、こちらに笑顔を返す受付のお姉さん。

 どうやら僕たちは、まだ手配されていないらしい。

 もちろん、僕の暗殺を見られたわけではないので、犯人と確定できるはずがない。

 そうと決まれば、もう一つの目的を果たさねばならない。

 

「僕たちはイルトアに向かおうと思っているのですが、そちらに向かう商隊とか無いですかね?」

「護衛の依頼をお探しですか?」

「ええ。こっちのミィスは猟師として働いていましたし、僕……私も錬金術や回復術が使えます」

「回復術師の方でしたか。それでしたら、引く手数多(あまた)だと思いますよ!」

 

 この世界では回復術師の数は少なくはないが、やはり旅の道中となると、回復できる者が多いほど心強い。

 遠距離から一方的に攻撃できるミィスの弓も、役に立つ。

 長旅をするなら、歓迎される人材のはずだ。

 

「そうですね、イルトア方面だと、あまり数が無いのですけど……」

「急ぎというわけではないので、一週間以内にあれば教えていただければ」

「分かりました。では宿泊している宿などは?」

「さっき到着したばかりなので。ついでにおすすめの宿なんかあれば、教えてください」

「それなら、通り沿いの山猫亭がおすすめですよ。清潔で値段も手ごろです」

「お風呂とかあります?」

「それはさすがに。でも公衆浴場はありますから、そちらをご利用ください」

 

 それを聞いて、僕は少し思案した。

 この世界に来てから、僕はミィスとずっと一緒に居る。それはお風呂の時間も同じだ。

 公衆浴場である以上、男女の浴場は分けられているはずであり、この世界に来てから初めてミィスと別れてお風呂に入ることになる。

 それが少し不安だった。

 

「それにミィスも、僕と離れるのは寂しいよね?」

「シキメさん、僕はシキメさんが来るまで、ずっと一人だったんだからね?」

「そんな寂しいこと言わないで」

「まぁ、部屋にお湯を運んでもらえないか、聞いてみたらいいんじゃない?」

「その手があったか」

 

 僕はミィスの発案を称えるべく、その頭を胸に掻き抱いた。

 もちろん、きちんと『当たる』ようにである。

 ミィスは最初じたばたともがいていたが、やがて観念したのか動きを止めていた。

 

「あの、シキメさん……」

「はい?」

 

 そこへ声をかけてきたのは、受付のお姉さん。どうやら僕たちのコミュニケーションを微笑ましく見ていたようだが、その時、ミィスが僕の腕の中で力なく寄りかかってくる。

 

「あれ、ミィス、どうしたの?」

「え?」

 

 見ると、ミィスは僕の腕の中でぐったりとしていた。

 うっかり窒息させたかと思ったのだが、僕はそこまで豊満な体型をしていない。

 それに、ミィスの顔は紅潮し、呼吸も荒い。明らかに発熱の兆候を示していた。

 

「わわっ、ミィス? 本当にしっかりして!?」

「シキメさん、私は医務室の回復術師を連れてきますから、彼をこちらへ!」

 

 受付のお姉さんはロビーにあった椅子を並べて、簡易なベッドをその場に作る。

 その上にミィスを横たえて、僕は後悔していた。

 ミィスはまだ子供だ。筋力強化ポーションや、敏捷強化ポーションを服用させ、スタミナポーションなどで疲れを飛ばしているとはいえ、急激な環境の変化は、彼にストレスをかけていたに違いない。

 その結果がこれだ。肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労からくる発熱。

 僕は自分一人でミィスとの旅を楽しみ、彼の体調を気にすることはなかった。

 いや、気にはしていたけど、精神面まではフォローしていなかった。

 そのツケが今、表に出てきた。

 

「シキメさん、連れてきました! 彼を診せてください」

 

 そこへ、お姉さんが回復術師を連れて戻ってきてくれた。

 やや老齢の回復術士は、足を引きずりながらミィスのそばへ寄り、彼の熱や顔色、口の中などを見て診断する。

 

「あー、こりゃ疲労だな。命に別状はないが、しばらくは寝かせとけ」

 

 ぶっきらぼうな口調でそう診断し、いくつかの薬を処方してくれる。

 それは錬金術師の僕から見ても分かるようなありふれた薬で、熱冷ましと栄養剤に当たるモノだった。

 

「び、ビックリした……」

「こうなると、宿は少し高くてもお湯が使える宿の方がいいですね。別のところを紹介します。私からの紹介状も添えますので、そちらをご利用ください」

「すみません。重ね重ねお手数をおかけします」

 

 お姉さんはカウンターへ戻り、一枚の書状を用意してくれた。

 ここにきて、僕は何もできていないことを悟る。錬金術師として、ミィスの容態を診断し、薬も用意できたにもかかわらず、何もできなかった。

 それが悔しくて、少しだけ唇を噛んでいたのだった。

 



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第36話 堕とす? 堕とされる?

 一度気絶したミィスだったが、回復術師の人に『大丈夫』というお墨付きを頂いていた。

 その後、受付でお勧めされた宿に向かうことになったのだが、先ほど気絶したミィスのことが心配でしかたない。

 一度倒れた彼を歩かせるわけにはいかない。かといって、このままギルドに放置するのも邪魔になる。

 そんなわけで僕はミィスをおぶって宿に向かうことにしたのだった。

 

「あの、シキメさん? 本当に大丈夫だから……」

「ダメ」

「恥ずかしいし」

「ダメ」

「ボク男だし」

「見た目女の子だから大丈夫」

 

 かたくなに自分で歩こうとするミィスの主張を、僕は徹底的に排除した。

 たとえ恥ずかしかろうと、彼が不調ならば、その言葉には従えない。

 そもそも、倒れた人間がどれだけ大丈夫と主張したところで、信じられるはずがないのだ。

 

 その後、僕たちは紹介された宿に到着した。

 そこは町を貫く大通りに面した宿で、まるで貴族の邸宅のように豪華な造りをしていた。

 

「いやあ、お姉さん……これはやり過ぎでしょう?」

「こ、ここに泊まるの? ボクたち」

 

 僕とミィスが入り口で思わず立ち尽くしていると、後ろに新たな客がやってきて、僕たちの後ろに並んだ。

 ここに立っていると邪魔になると判断し、覚悟を決めて門をくぐる。

 豪華なシャンデリアが吊り下げられたロビーを進み、受付に紹介状を差し出しつつ、名前を告げる。

 

「冒険者ギルドで紹介されてきたのですけど……シキメと言います」

「冒険者ギルド? ああ、セーヌさんの紹介でしたか。承知いたしました、今部屋をご用意いたします」

 

 明らかに場違いな服装の僕を、変な目で見ることもなく丁重に案内してくれる受付の男性。

 それにしても、あの受付のお姉さんはセーヌさんというのか。今度しっかりとお礼をしておかねばなるまい。

 

「あの、失礼なことをお聞きしますが、その……代金とか?」

 

 正直言って、僕だけならこの宿を買い取って余りある金貨を所持している。

 しかしミィスはそうではない。彼もあれから何度か猟をしているし、その成果もあって貯蓄もできている。

 それでもここに泊まるには、その貯蓄を吐き出す必要があるだろう。

 もし料金が足りなかった場合、彼は非常に心苦しい思いをするはずだ。

 ただでさえ、精神的にストレスを感じているミィスに、これ以上負担はかけられない。

 

「大丈夫ですよ。紹介状を渡された以上、お客様の料金はギルド側で負担することになっておりますので」

「そうだったんですか。でも、まだ何も貢献していないのに……」

「おそらくここに来る前の功績が評価されたのでしょうな」

「そう言うのって、伝わっているものなんです?」

「ギルドには、特別な連絡網が存在すると聞いております。機密なので、我々では把握できておりませんが」

「そうなんだ……」

 

 つまり、何らかの方法で僕たちが開拓村に貢献したことが伝わっていたから、この宿を紹介してくれたということか。

 それはそれでありがたいけど、せっかく村から逃げてきたのに、足取りを残すことになってはいないだろうか?

 

「こちらになります。ミィス様には後ほど湯と水を届けさせますので」

「お世話になります」

 

 身体を拭くお湯と、頭を冷やすために使う氷嚢などにも使える水。

 これらは何かと使い道が多い。もちろん水程度なら僕のインベントリーにも収納されている。それでも用意していくれるというのはありがたかった。

 日本では実感できなかったが、清潔な水というのはいつだって貴重なのだ。

 

 意識を取り戻しているミィスをベッドに寝かせ、運ばれてきたお湯で彼の背中を拭いてやる。

 下も拭こうとしたが、さすがにミィスに断られた。

 

「一発出してスッキリした方がいいと思うんだけど?」

「シキメさん、さすがに今は突っ込み返す余裕はないよ」

「ごめん。ちゃんとお世話するね」

「ううん、ボクも言い過ぎた」

 

 珍しく、しおらしく謝罪したのが効いたのか、ミィスも謝罪を返してくれた。

 それにしても、この状況なら今後の予定も考えねばなるまい。

 

「ミィスが元気になるまで……少なくとも一週間以上はこの町に留まろうか?」

「そんな! ボクならもう大丈夫だから」

「そんな有様で何言ってるの? それにまたミィスに倒れられたら、僕の立場も疑われちゃうよ。幼い恋人に無理させて倒れさせた女、みたいに」

「うーん、そこは弟と姉くらいにして欲しいなぁ」

 

 軽口を叩ける程度には、ミィスの元気は戻って来たらしい。

 だがここで無理をさせるのは、本当に危ない。今回は軽くて助かったけど、次もこの程度で済むとは限らない。

 

「まぁ、ここで旅の資金を貯めると考えれば、悪い話じゃないよ。事が事だっただけに、僕たちも慌て過ぎたかもしれない」

「そうかも。本当に慌てて飛び出してきたからね」

「うん。だからミィスはゆっくりして身体を休めていて」

「シキメさんだけで働くんですか?」

「僕の本職は錬金術だからね。危ないことはしなくていいし」

 

 素材はまだまだインベントリーにある。

 場合によっては開拓村のように十級回復ポーションを納めてもいい。

 その場合は、また騒動になりかねないが、どうせ一週間かそこらで出て行く町だ。問題はあるまい。

 

「なんだか、またやり過ぎそう」

「ほほう? ならやり過ぎないように、ヤっちゃおう?」

 

 僕はそう言うと白衣を脱ぎ捨て、ミィスに寄り掛かるようにシナを作る。

 それを見てミィスは再び大きなため息を吐く。今はやはり、僕にツッコミを入れる元気が無いらしい。

 

「シキメさん……」

「あ、疲れた? ちょっと悪ノリしちゃったね。僕もそろそろ寝ると――」

「そんな風に媚びなくても、ボクはシキメさんのことが大好きだから、逃げ出したりしないよ?」

「――え?」

 

 この『大好き』の一言に、僕は完全に思考停止してしまった。

 考えてみれば、世界に来て僕はずっと孤独だった。いや、孤独になるところだった。

 それを避けられていたのは、ミィスがずっとそばにいてくれたからだ。

 それにどれほど、僕が助けられてきたか。

 ミィスはそれに気付いていて、そしてそれを口にすることなく、僕に寄り添ってくれていた。

 

「あ、あぅ……」

 

 

 反撃する余裕も無くし、口篭もってしまう僕。

 ミィスはそんな僕に寄り添い、身体を伸ばして頬にキスをしてくれた。

 僕は硬直したまま、その接吻を受け入れる。身体を動かすこともつらいだろうに、拒否なんてできようはずもない。

 いや、完全に停止してしまった僕に、彼を拒否する余裕なんてなかったというべきか。

 

「今はまだ、ボクは頼りないかもしれないけど、大きくなったらきっとシキメさんに応えられると思うから……それまで待ってくれるかな?」

 

 じっと僕の目を見つめ、そう告げてくる。

 これはもう、何も考えられなくなる。無意識に顔に血が昇り、真っ赤になっていることが自覚できた。

 僕はミィスを堕とそうと、ずっと頑張ってきたつもりだった。

 しかしこの一撃はいけない。

 こんなの、耐えられるはずないじゃないか。

 

「よ、よろしくおねがいします……」

 

 僕は何を言っていいのか分からなくなって、そう言うしかなかった。

 どうやら僕は、堕とすより先に堕とされてしまったらしい。

 




ここまでで、第一部終了とします。
八月中は更新を停止し、九月からは小説家になろうで英雄の娘の番外編を数本投稿しようと思います。
再開は十月を予定しておりますので、それまでしばらくお待ちください。


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第37話 錬成の不調

お待たせしました、再開します。


 ミィスの体調が崩れたため、僕たちはマーテルの町でしばらく滞在することにした。

 彼の熱は二日もすれば引いて体調も戻ってきたのだが、これから先の長旅を行う上で、万全でないのは正直怖い。

 冒険者ギルドの依頼もしばらくは受けず、僕の納品だけを行うことにする。

 

「というわけで、例によって回復ポーションを作っていたのですが!」

 

 ミィスのベッドの脇で錬金台を取り出し、十級の回復ポーションを錬成していたのだが、その効果があまり思わしくない。

 できあがったポーションは通常の回復力とあまり変わらない物だった。

 

「うーん……?」

 

 錬金台での錬成は、錬成陣と呼ばれる魔法陣に魔力を送り込んで使用するため、ある程度の品質が保証される。

 しかしこの日できあがった回復ポーションは、いつもの僕の物より品質が劣化していた。

 この性能の劣化は、この宿に来てから……つまりミィスが体調を崩してから始まっている。

 これはおそらく、僕が自分の薬が『誰かの命を支えている』という事実を実感したからかもしれない。

 つまるところ、僕は怖くなったのだ。この薬がもし効かなかったら、という状況を想像する。

 今のところそんなことは起きていないが、そんな事態になり、ミィスが死んでしまったらと考えると、手が震えてしまう。

 この震えが送り込む魔力に微妙な振動を(バイブレーション)及ぼし、効果の劣化を引き起こしているっぽい。

 

「シキメさん、どうかしたの?」

「ひょわぁ!?」

 

 不意に肩越しにミィスが僕の手元を覗き込み、できあがったばかりのポーションに視線を落とす。

 別になにもやましい所はないのだが、自分の顔の横に彼の顔が存在していることに気付き、ポーションを取り落としてしまいそうなほど驚いてしまった。

 

「いいいいや、なんでもないよ。ちょっとポーションの質が悪いなって思っただけ」

「それ、大変なんじゃない?」

「いやぁ、僕の場合これで普通くらいだからちょうどいいかも。それより病人はベッドで寝てなさい」

「え、もう飽きちゃったよ」

 

 ミィスは基本的に大人しく聞き分けが良いとはいえ、まだ子供だ。

 一日中ベッドに縛り付けられていると、さすがに飽きてもぞもぞと動き出してしまう。

 ましてやここは、彼も初めて訪れた町。好奇心が(うず)いてしかたないのだろう。

 しかし、さすがにここで甘い顔はできない。病気は病み上がりが一番大事だということは、僕だって知っている。

 

「ほら、ベッドに戻って。何のために僕がここで錬成しているのか、わからなくなっちゃうじゃない」

「そりゃ分かってるけどぉ」

 

 クルリと彼の身体を反転させ、ベッドに押しやる。

 その背中の感触が、以前とは少し違う気がする。子供特有の体温の高い、柔らかい感触なのだが、その奥にしなやかさのような物を感じ取ったからだ。

 

 ――おや? ひょっとして背筋が発達してきてる?

 

 そういえば彼は、僕と一緒に狩りに出歩いたり、冒険者との命のやり取りも経験している。

 敵を倒すことでレベルの上がるこの世界なら、またレベルアップしていてもおかしくはないはず。

 

「ミィス、ついでにレベルも測定しようか?」

「れべる? こないだ計ったじゃない」

 

 彼のレベルを測定したのは、村を出る前。しかしそこから冒険者とのトラブルが挟まっているので、レベルアップしている可能性は高い。

 それともう一つ、僕は気になることがあった。

 

「まぁまぁ。そう言わずに」

 

 ひょいと取り出した測定器をミィスの前に押しやる。

 この世界では測定器自体が貴重なので、普通はこんな気楽に測定できたりはしない。

 しかしこっそり測定器を作った僕たちは、気が向いた時に測定できるのが強みだ。

 

「んー」

 

 目の前に差し出された測定器に断ることもできず、ミィスは素直に手を置いた。

 その手に反応して測定器がミィスのレベルを測定し、画面に表示する。

 

「お、9レベルになってるじゃない」

「ホント!?」

「多分、あの冒険者を倒したのが効いたんだよ」

「え、それだけで?」

 

 ミィスが首を傾げるのも無理はない。

 あの冒険者たちはそれほど強い部類ではなかったし、とどめを刺したのはあくまで僕だ。

 それだけなら、僕も彼と同じ意見だっただろう。

 

 しかしこれで僕は確信する。

 パーティという制度が、この世界のシステムにも組み込まれていると。

 おそらく僕が倒した敵の経験値は、ミィスにも適用されている。

 そしてそれは、多少距離が離れていても適用されているのだと。

 

 あの夜、僕が倒した相手は四人の冒険者だけではない。

 開拓村に訪れていた騎士。そして領主のヴォルトも殺害している。

 ヴォルトはともかく、騎士はかなり手練れのように見えた。あっさりと仕留めることができたのは、待ち伏せていた僕が全裸で不意を突けたからだ。

 それほどの相手だったのだから、低レベルのミィスのレベルが上がっているのも納得だった。

 

「これからミィスはどんどん強くなっていくね。頼りになる」

「え、そ、そうかな?」

「なるなる。僕が保証するよ」

「だといいんだけど」

「それよりポーションだよ。これはどうにかしないと」

 

 目の前でミィスが倒れたことによる、心的外傷みたいなものだろう。

 自分の薬が誰かを救えない可能性を、どうしても考えてしまう。その影響で手が震え、品質が落ちてしまう。

 レベル補正のおかげで失敗作にはならず、一般的な回復ポーションレベルで収まってくれている。

 

「ま、いいか。とりあえずはこっちを売りに行こう」

 

 そういって取り出したのは、粘着弾だ。こちらなら、多少品質が下がっても効果は高い。

 それに有効性も折り紙付きである。

 

「ギルドに行くの? じゃあボクも――」

「ミィスはちゃんと寝てなさい。でないとヒドイことするからね?」

「ひ、ヒドイこと?」

「んふふ。いい子にしてないとパパにしちゃうからね」

「パパって何!?」

 

 自分の身体を掻き抱いて僕から距離を取るミィスを見てると、思わず吹き出してしまう。

 その姿はまさに怯える美少女そのものだ。

 少しばかり興奮してしまったので、ダメ押しとばかりに彼に飛び掛かり、横腹をくすぐって悶えさせる。

 

 それに、子供にはこういうしっかりと罰があることを覚えさせないと、簡単に決まりを破ってしまう状況がある。

 例えば今回のように『部屋を抜け出してはいけない』などだ。

 特に好奇心旺盛なミィスは、僕がいない隙に宿の探検とかやりかねない。

 それだけならまだいいが、病み上がりで町に飛び出したらと考えると、少しばかり心配になってくる。

 

「それじゃ行ってくるから。ちゃんと寝ておくんだよ?」

「はぁい」

 

 笑い疲れて涙目になっているミィスに『大人しくしてるんだよ』と念を押してから、僕は冒険者ギルドへと向かったのだった。

 




次の更新は明後日の7日を予定しています。

明日は小説家になろう・カクヨムにて神トレ!(https://ncode.syosetu.com/n2558gj/を投稿する予定ですので、そちらも合わせてお楽しみください。


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第38話 買取査定

 ギルドへ向かう町中を歩きながら、ふとミィスと一緒でない異世界を歩くのは初めてなのじゃないかと気が付いた。

 この世界に来て、僕は常にミィスと共に行動をしていた。

 一緒でなかった時と言えば、ヴォルト辺境伯とその使者を暗殺しに行った時くらいではないだろうか?

 あの時は夜だったし、時間をかけないために必死に走っていたことや、裸だったので人目につかないように気を付けていたので、ふらりと散歩気分で一人歩きするのは初めてかもしれない。

 

「ふむ? これはこれで新鮮かもしれない」

 

 どこか残る寂しさをごまかすように、そんな言葉をあえて口にする。

 ふんわりと流れてきた屋台の美味しそうな香りに、つい『ミィスのお土産に』とか考えてしまう辺り、僕もかなり彼に依存しているようだ。

 

「これは本格的に責任を取ってもらわないと」

 

 どこにいても、どこかミィスのことが頭の隅にある。それくらい彼のいない生活は考えられなくなっている。

 日本にいた時は、これほど誰かのことを考えて生活したことはない。

 

「ま、まぁ、ミィスは僕の保護者だから仕方ないよね。うん」

 

 そんなことを考えていると、いつの間にがギルドに到着していた。

 すでに一度訪れているので、迷うことはない。

 僕がギルドに足を踏み入れると、中にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらに向いてくる。

 これは僕が非常に目立っているからだ。

 

 なにせ子連れでギルドを訪れ、子供が倒れ大騒ぎを起こしたのだから。

 それに僕自身が目立つ風貌をしているというのもある。

 肩口で切り揃えた黒髪は、この近辺の女性にしては珍しい髪型だそうだ。

 それに露出の多い服装に白衣を羽織るという独特のスタイル。おまけで僕の顔は結構可愛いらしい。

 らしいというのは、この世界ではあまり綺麗な鏡というのが存在していないからだ。

 

「そっか。鏡でひと稼ぎというのも、悪くないな」

 

 鏡自体の構造は単純だ。問題は平坦なガラスが作れるかどうかにかかっている。

 それも僕の錬金術なら、大きくない物なら可能である。

 もっともそれを納品するに当たっては、いろいろと面倒な手続きがありそうなので、今回は見送っておこう。

 

「あ、シキメさん。ミィス君の様子はどうですか?」

 

 僕を見付け、向こうから声をかけてきてくれたのは、あの時医者を手配してくれた受付の女性だ。

 今は仕事中なのか、いくつかの書類を手にして依頼を張り出す掲示板の前に立っていた。

 

「ええ、もう熱も引いて元気にしてますよ。あの時はお世話になりました」

「いえいえ。子供の熱だけはどこで出てもおかしくないですからね」

 

 騒動を起こしたというのに寛大な言葉を返してもらい、僕は少し感動した。

 この世界に来てから、こうも世話好きの人たちばかりに出会えて、すごく幸運だ。

 神様がいるなら、五体投地で感謝したい。代わりに目の前のお姉さんに感謝しよう。

 僕はお姉さんに向けて両手を広げ、そのまま地面に倒れ伏した。

 

「ちょっと、シキメさん!? どうかしたんですか?」

「いえ、感謝の五体投地を」

「やめてくださいよ、目立っちゃうじゃないですか!」

 

 まぁ、いきなり錬金術師が職員に向けて五体投地すれば、周りから奇異の目で見られても仕方ないか。

 あまり迷惑をかけたいわけでもないので、ここは大人しく彼女の言に従っておこう。

 

「コホン、失礼しました。えっと、ミィスは今日も一緒について来ようとしたから、無理やりベッドに押し込めてきました」

「……いたずらとか、してませんよね?」

「……………………してません。たぶん」

 

 押し倒してくすぐり倒したのは、いたずらに入るだろうか? 一瞬そんなことを真剣に悩んだけど、正直に伝える必要もあまりない。

 

「依頼の貼り出しですか?」

「ええ。最近少し魔獣の出没が増えていまして」

「そりゃたいへんだ。あ、今日はポーションを売りに来たんですけど?」

「それなら、あっちの三番窓口でやってますよ」

「そっか、ありがとうございます」

 

 彼女の言葉に従って、三番窓口という場所へ顔を出す。

 そこには年配の男性が一人、受付に座っていた。

 

「すみません、ポーションの買い取りはここでやってると聞いたんですけど?」

「ああ、こちらであってますよ。おいくつお譲りいただけますか?」

 

 丁寧な口調でそう告げてくる男性。整えられた口髭といい、片眼鏡といい、どこかの執事と言われても納得してしまうだろう。

 そんな雰囲気に気圧されながら、僕は買っておいた収納鞄から昨日作った回復ポーションを取り出し、カウンターに並べる。

 職員は並べられた回復ポーションを手に取り、片眼鏡の位置を直して観察する。

 察するに、あの片眼鏡がアイテムの識別を可能にしているのだろう。

 職員はしばらく回復ポーションを眺めた後、再び丁重な口調でこちらに告げてきた。

 

「品質は一般的ですが、数が多いですね。これはあなたが?」

「はい」

「一日で、ですか?」

「そうですけど?」

「一日の製造量としてはかなりのモノですね。驚きました」

「そ、そうなんですか」

 

 しらばっくれたが、錬金術もとんでもなく高レベルで取得している僕は、かなりの速度で錬成できる。

 その生産力は通常の錬金術師を遥かに超えているだろう。

 効果ばかりに目が行っていたが、そちらで悪目立ちしては、元も子もない。

 なので即座に話題を変えて、ごまかすことにした。

 

「えっと、それとですね、他にも売りたいものがあるのですけど」

「おや、そうでしたか。それは今お持ちになっておられますか?」

「はい、これです」

 

 僕は粘着弾を取り出しカウンターに乗せた。

 職員のおじさんは、それを興味深そうに眺める。

 

「これはどのような効果があり、どういった時に使用するものでしょう?」

「粘着弾と言って、敵の足元に投げつけるとこの球が破裂して、粘液を周囲に撒き散らすんです」

「ほほぅ?」

「粘液はかなりの粘りがあり、チャージラットやラッシュボアくらいなら動きを封じることができます。効果時間は三十分程度」

「それだけ持つのなら、仕留めるには充分な時間ですね」

 

 職員は片眼鏡を少し持ち上げ、キラリと光を反射させた。

 その向こうにある眼光が、まるで獲物を狙う鷹のように鋭くなっている。

 新しい稼ぎ話を嗅ぎ付けたと、ありありと顔に出ていた。

 

「ええ。それに効果時間を過ぎると粘りが抜けて、ちょっとドロッとした液体になっちゃうんで、洗えばすぐに落ちます」

「ふむふむ。毛皮などを傷める心配もないと」

「そうですね。あと肉などに沁み込んで、変な毒性を持たせることもありません」

「それは素晴らしい。つまり獲物の素材には一切の影響を与えず、動きを止めることができるのですね」

「まぁ、そういうことです」

 

 僕の話を聞き、職員は身を乗り出し気味にして話を続けた。

 

「この粘着弾、ですか? これはどれくらいの値段で売り出したいと思っていますか?」

「そうですね。五百ゴルドくらいで流通させたいと思っているので、二百か三百くらいで買い取っていただければと」

「安いですね。千でも買い手は付くと思うのですが」

「あまり高くすると、駆け出しじゃ手が出せないじゃないですか。あまり高価な素材も使っていませんし、うまく使えば新人の育成にも使えますから、できるだけ使ってもらいたいんです」

「ふむ……それでしたら、レシピをギルドに売ってもらえないでしょうか?」

「レシピを?」

 

 僕としては、それは意外な申し出だった。

 しかし、僕は十日もすればこの町から出立する身だ。僕がいなくなった後、粘着弾の作り手がいなくなると、流通が止まってしまう。

 それでは新人育成のために使ってもらうという、僕の希望には沿わなくなってしまう。

 

「ちなみにおいくらで?」

「そうですね……五十万でどうでしょう?」

「ごっ!?」

 

 五十万ゴルドという大金に、僕は思わず叫びかけた。

 これは町中で一年以上は遊んで暮らせる額だ。それだけあれば、この町でしばらくゆっくりするのに十分な額だった。

 もっとも、後ろ暗いことがある僕たちが、この町に長居することはあり得ないのだが。

 ともあれ、その額に目を剥いた僕は、慌てて周囲を確認したのだった。

 




次は明後日の9日を予定しています。
明日は小説家になろう・カクヨムにて神トレ!(https://ncode.syosetu.com/n2558gj/を投稿する予定ですので、そちらも合わせてお楽しみください。


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第39話 不審者との出会い

 その後、僕は職員のおじさんと細かな部分を詰め、五十万ゴルドという大金を手に入れた。

 とはいえ、それほどの大金をこの場で取引するのは僕も怖いので、ギルドの口座に振り込んでもらうことにした。

 さすがにここで大金を受け取るのは、どこで誰に見られるか分かったものじゃない。

 一応仕切りの板は設置されているが、人の目はどこにあるか分からないのだ。

 

「レシピ……か」

 

 そこで僕は、この身体の元になったゲームのことを思い出していた。

 それはムービーやグラフィックなどにこだわるゲームが増えてきた時代に、アイテムなどのデータ量で勝負をかけるという異色作だった。

 アイテムグラフィックはできるだけ使い回し、下手をしたら新規のグラフィックはまったくなく、とにかくアイテムや素材、敵の種類だけを増やしまくったようなゲーム。

 そんな徹底的な、一種のやり込み要素のあるゲームだった。

 

 ゲームパートは二つに分かれており、地上パートでは錬金術師としてアイテムや装備を作り、それを持って地下パート、つまりダンジョンに潜って攻略するという流れ。

 そして地下で得た素材を持ち帰り、さらなるアイテムを作り出す。そんなループ要素が存在した。

 

 ダンジョンも十層ごとにエリアが変わり、それぞれで手に入る素材やアイテムが変化することで飽きがこない造りになっていた。

 それは合計十エリア。つまり総合で十層×十エリアで計百層に及ぶ大作ダンジョンが存在することになる。

 しかしそれは、飽きやすい子供にはあまり向いておらず、あまり大きな売り上げを上げることはできず、続編が出ることもなく、次から次に出る新作の波にあっさりと呑まれてしまったゲームだ。

 

 僕が納品している回復ポーションも、粘着弾も、基本的にこのゲームのアイテムである。

 他にも、この世界に転生する際に得た知識で、ゲーム内に無いアイテムのレシピなんかも、なぜか知識の中にあった。

 つまり僕は、ゲームのキャラクターとしての性能の他に、この世界に対応した知識も持っていることになる。

 一体なぜこんなことになっているのか、いまだに原因は不明だ。

 

 ギルドとの取引を済ませ、そんなことを考えながら、掲示板に向かう。

 依頼の貼り出してある掲示板前は、大勢の冒険者でごった返しており、小柄な僕の身長では充分に吟味できないほどだった。

 

「んー!」

 

 背伸びしたり、ピョンピョン跳ねてみたりしたが、体格の良い冒険者たちの壁を越えることはできない。

 そんな時、後ろから僕の肩を叩く者が存在した。

 

「ん?」

 

 振り返ってみると、そこには背の高い青年……いや、少年か? 存在していた。

 小ざっぱりとした身なりに、綺麗な鎧と装飾の施された剣を腰に()いている。

 あからさまに『少年剣士』という風情で、脳裏に一瞬『勇者様』という単語がよぎったくらいだ。

 

「君、錬金術師だよね? よかったら僕とパーティを組まないか?」

「ハァ?」

 

 無駄に爽やかな笑顔で、そう告げてくる。彼の後ろには杖を持った女性と剣を背負った背の高い女性、それに小柄な、僕と同じくらいの短剣を装備した女性が存在した。

 僕の脳内には、さらに『ハーレムパーティ』という単語も浮かんでくる。

 

「僕たちは攻め手は多いんだけど、回復手段が少なくてね。回復術師は数が少ないし、錬金術師の君が入ってくれればありがたいんだけど」

 

 まくしたてるように話す少年に、僕は彼の目的を悟った。

 要は回復術師の代わりに、僕の作るポーションで補おうという考えなのだ。

 ついでに可愛い女の子ならなお良しというところだろう。つまるところ、ナンパである。

 

「うん、おことわりします」

「え、なんで? 僕こう見えても強いよ!」

「いえ、その……そう、宿で病気の弟が待ってますので」

「なんだって! なら僕がその病気を治すのを手伝ってあげるよ」

「いえ、単なる過労ですので」

 

 正直に言おう。彼は地雷だ。

 小ざっぱりした身なりは、育ちの良さを連想させる。

 ピカピカの綺麗な鎧は、実戦経験の無さを如実に主張していた。

 さらに後ろで控える女性たちの視線が、きつく鋭い。まるでライバルを睨むかのように。

 いや、事実として僕をライバル視しているに違いない。

 

「なら、栄養のある食事が必要だね。そうだ、ルルドの実が近くの森に……」

「いえいえ。弟もほとんど快癒してますし、一週間後には町を出る予定ですから」

「そうなんだ? ちなみにどこへ向かう予定?」

 

 少年剣士はしつこく僕に食い下がってくる。

 これは実際に向かう目的地を告げて、お呼びでないと思い知らせるべきだろう。

 

「イルトア王国まで。かなり遠いので同行はできないでしょうね」

「いや、偶然だね。僕たちもイルトアに向かう途中なんだ!」

「ハァ!?」

 

 イルトア王国まで、片道一年という長旅になる。旅商人でも、少し尻込みしてしまう距離だ。

 僕たちも、イルトアまでは旅商人の護衛などを乗り換えながら、目的地を目指す予定だった。

 そんな旅路を行くのは、この世界でも数が少ない。

 だというのに、そんな珍しい旅を僕たち以外でも行おうとしている者がいる。その事実に驚愕してしまう。

 

「良かったら一緒に――」

「いえいえいえ! さすがにそんなご迷惑をおかけするわけには。あ、僕、弟が待っているので帰りますね!」

 

 さすがにこんな連中と延々付き合わされるのは、御免被りたい。

 これ以上付きまとわれる前にお断りの言葉を告げて、僕はそそくさとその場を立ち去った。

 彼は僕の後を追いかけようとしていたようだが、何か別の冒険者に絡まれて足止めを食らっていた。

 絡んでいった冒険者は、見るからにごろつきという風情だったので、そういうところまで主人公気質なのかもしれない。

 もっとも僕としては知ったことではないが。

 

 ギルドを飛び出し、宿まで戻ったところでボクは玄関から外を窺う。さすがに後を追ってくるような真似はしなかったらしい。

 そんな僕の様子を見て、玄関ロビーにいた警備員が僕に話しかけてきた。

 

「お客様、何かお困りごとでも?」

「ああ、いえ。ちょっと困ったナンパに遭ってしまいまして。ついてきていないか警戒してただけです」

「なるほど。ですがご安心ください。当宿では出入りする者をしっかりと監視しておりますので」

「そうなんですか?」

「はい。お客様のことに関しましても、情報を漏らすような真似は致しません。ですが、しばらくは出入りを避けた方が良いかもしれませんね。ご入用の物がありましたら、宿の者にお申し付けください」

「それは……その、お世話になります」

 

 さすがお高い宿はサービスが行き届いている。この宿を紹介してくれたお姉さんには、感謝の言葉も無い。

 僕はギルドの方に向かって合掌し、お姉さんに感謝の祈りを送ったのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ギルドを飛び出していった少女――シキメを見て、少年剣士――ナッシュは小さく舌打ちした。

 彼女を仲間に迎えたかったのは本当だが、何より彼女の回復ポーション作成能力が欲しかったのは本当だ。

 

「ナッシュ、どうしたの?」

「いや、残念だなって思ってさ。彼女、かなり腕利きの錬金術師らしいし」

 

 ナッシュの位置からも、受付のやり取りは聞こえていた。彼はシキメの隣の窓口で買い取りを行っていたのだから。

 幸い他の冒険者には、彼女の能力について聞こえてなかったので、今なら独占的にスカウトできると思っていたのだが、逃げられてしまったというわけだ。

 

「しかたない。憂さ晴らしにご飯食べに行こうぜ」

 

 見目麗しい女性を連れているナッシュたちは、ギルドに併設されている食堂は使えない。

 気性の荒い彼らからすれば、絶好のカモに見えてしまうからだ。

 しかし、ギルドを出て他の食堂に向かう彼らに、声をかける者がいた。

 

「ナッシュさん、ですね?」

「誰だ?」

「私は旅商人のタラリフという者です。実はお勧めの商品を見てもらいたくて罷り越しました次第でして」

「商品?」

 

 そう答えたナッシュの前に、タラリフは黒い石を差し出した。

 

「こちら、幸運を招き入れると呼ばれた鉱石にございます。将来有望な冒険者であられますナッシュ様に、ぜひ身に付けていただきたいと」

「ふぅん? 胡散臭いな」

「確かに確かに。私もそのようなことをいきなり言われたら困惑してしまいます。しかし、こちらの効果は身をもって実感しております」

「例えば?」

「いくつかの商談が立て続けに成立し、大儲けをさせていただきまして」

「なら、手放すのはおかしくないか?」

 

 ナッシュのツッコミに、タラリフはぴしゃりと額を打つ。仕草がいかにも芝居臭い。

 その様子にナッシュの警戒心が湧き上がるが、それはなぜか一瞬で霧散した。

 

(しか)り然り。されどこちらの与える幸運には限度があるという話でしてね。私もそろそろ手放す頃合いになってしまったというわけです」

「限度って……」

「あまり持ちすぎると、反動が来る。そう聞かされております。よって将来有望な方に受け継いでもらいたいと思いまして」

「それが、俺?」

「さようにございます」

 

 いつものナッシュなら、こんな申し出は受けない。その程度の警戒心は持っている。

 しかし彼は、この黒い石に魅入られたように、視線を外せなくなっていた。

 断るべきだ、そう理解しつつも右手が石に伸びていくのを止められなかった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 




次の更新は来週月曜の12日となります。
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第40話 悪ふざけと誤解

 宿の従業員さんが入り口を見張ってくれているので、僕は安心して部屋に戻ることができた。

 できるだけ平静を装っていたが、その挙動がミィスに伝わったのか、部屋に入るなり彼は僕にそのことを尋ねてきた。

 

「どうかしたの、シキメさん?」

「えっ? ううん、なんにも」

 

 心配をかけちゃいけないと思い、僕はとっさにそう答えた。

 しかしミィスは僕の挙動の怪しさにすでに気付いており、ごまかすには至らない。

 

「そのわりには、なんだかアヤシイ動きをしてるんだけど?」

「うぬ、よく見てるね、ミィス」

「そりゃ、なんだかんだで結構一緒に居るし」

 

 観察眼を誉められたことが嬉しかったのか、ミィスは少し自慢げに胸を張る。

 しかしその表情も、僕の答えに一変した。

 

「いやぁ、実はギルドでナンパされちゃって」

「え、そいつ殺していい?」

「ダメだよ!? なんで一足飛びに危険な発想に至るの!」

「冗談だよ。でもなんだかムカッと来た」

 

 ミィスは少し唇を尖らせて、不機嫌を表明する。

 その嫉妬が、僕を女性と見てのことなのか、家族に手を出す不埒者に対しての物なのか、今一つ判別がつかない。

 まぁ、大事に思われているのは確実だから、良しとしておこう。

 

「それより聞いて。粘着弾のレシピがギルドに売れたんだよ」

「え、レシピごと? それっていいの?」

「うん。できるだけ多くの人に使ってもらいたいからね。ほら、僕たちはもうすぐ町を出るじゃない?」

「あ、そうか。僕たちが出て行っちゃったら、粘着弾はもう作れないもんね」

「そういうこと。だからレシピごと売っちゃった。それでかなりの大金が入ってね。なんと五十万ゴルド」

「えぇっ、そんなに!?」

 

 ミィスはその額に驚いているが、考えてみればこれ一つ使うだけでミィスがラッシュボアを仕留められるくらいの効果があるのだから、当然かもしれない。

 むしろ安売りし過ぎたかと危惧していたくらいだ。

 しかし、貧しい暮らしをしてきたミィスにとっては、天文学的な金額に聞こえたのだろう。

 

「そうでもないよ。だってこれ一つでミィスはラッシュボアを仕留められたでしょ?」

「そういえばそうだけど」

「さらに言うと、これは攻撃用だけじゃないよ。逃げる時に地面に投げつければ、相手を足止めすることもできるし」

「そっか、逃亡用にも使えるんだ」

「そうそう……あ、それだ。煙幕弾とかも作ってみようかな?」

「なんだか、またやり過ぎる気がするから、やめた方がいいと思う?」

 

 実に失礼なことをぬけぬけと告げてくるミィス。

 僕はその言葉に少しだけムッとしたので、手をワキワキさせながら、彼ににじり寄った。

 

「そんな憎まれ口を叩くのは、この口かなぁ?」

「ちょ、何その手は! ボクなにも嘘はついてないし!」

「真実でも言っていいことと悪いことがあるんだよ。特に女性に関しては」

「シキメさんがやり過ぎるのは、女性とかそういうの、関係ないじゃない!」

「問答無用っ!」

「きゃー!?」

 

 なんだか失礼な言い訳をするミィスに、僕は飛び掛かって口元を引っ張る。

 ベッドの上で押し倒されたミィスの口に指を突っ込み、怪我しない範囲で左右に引っ張って変な顔をさせた。

 

「いふぁい! ひひめふぁん、ひふぁいよ!?」

「ふふーん、何を言っているのか分かりませーん」

「ふぉんなぁ!」

 

 ジタバタともがくミィスに(またが)り、心行くまでその柔らかい感触を堪能する。

 そのせいだったのか、僕は部屋の扉がノックされたことに気付かなかった。

 

「ふぁー! ひひめふぁん、ふぁれかひた!」

「えー、聞こえないよ、ミィス。しっかり話して、ほら、ほら」

「ふぁれかひふぁってぇぇぇぇ!」

 

 そこで僕は、ミィスが『誰か来た』と叫んでいたことに、ようやく気付いた。

 同時に、ミィスの叫びが廊下まで響いていたのか、部屋に従業員の人が飛び込んできた。

 ガチャガチャと騒々しく鍵が開けられ、従業員の男性が飛び込んでくる。

 

「シキメ様、ミィス様、どうかなさいまし――」

 

 そこで彼が目にしたのは、ベッドの上で横たわり、もがいた影響で服がはだけたミィスの姿。

 そしてその上に馬乗りになり、彼を逃がすまいと腰を動かして制御する僕の姿だった。

 

「あ――」

 

 唐突に開いた扉にミィスに跨ったまま振り返り、そこで飛び込んできた従業員を見て硬直する。

 いくら僕でも、今の自分の格好がどういう物かくらいは、想像がつく。

 そして従業員の人も、ミィスに跨り、腰を振り、唾液に濡れた指を口から引っこ抜いた僕の姿を見て、当然の妄想をしたらしい。

 

「こ、これは失礼を。どうかお許しください」

「いや、これは――!」

「しかしできるなら、もう少し静かに(むつ)み合っていただきとうございます。この宿には、他のお客様もご逗留されておりますので」

「だから違うって――」

「それでは失礼をいたしました。どうかごゆるりと」

 

 パタンと閉じられる扉。

 硬直して言葉をなくしたままのミィスは、この扉の音でようやく再起動したようだ。

 

「ち、違うんです。誤解なんです! これはシキメさんのいつもの悪ふざけで!?」

 

 扉に向かって手を伸ばし、必死に言い訳をするミィス。

 しかし従業員の足音は、すでに廊下の遥か向こうに移動している。

 これは僕の耳だからこそ聞き取れる音だろう。ミィスでは聞こえないはずだ。

 しかしそんなことはミィスに理解できようはずがない。

 僕の下から逃れようと、必死にもがくが、僕がそれを指せなかった。

 

「ええっと、ミィス」

「な、なに、シキメさん?」

「もうあっちまで行ったみたいだから、聞こえないと思うよ?」

「そんなぁ……」

 

 しょぼんと僕の下で脱力するミィス。乱れた寝間着と暴れて紅潮した表情は、事後と言っても差し支えない。

 

「えー、どうせなら勘違いじゃなく本当にしちゃう?」

「しませんからぁ!?」

 

 涙目になって力尽くで僕を押し退け、ベッドから這い出すミィス。

 しかし僕は気付いていた。跨った時にゴリゴリとした感触が、彼から伝わっていたことに。

 うん、寝起きの生理現象かもしれないので、ここは追及しないで置いてあげよう。

 

 

 

 膨れっ面になって僕から目を逸らすミィスと、少し気まずい時間を過ごす。

 そんな、微妙な緊張感から解放してくれたのは、小さなノックの音だった。

 今回は聞き逃すことなく、僕は返事を返す。

 

「はぁい! どちらさま?」

「フロントの者です。シキメ様にお客様がいらしてますが、いかがいたしましょう?」

「お客様って……?」

 

 一瞬、あのナンパ男のことが脳裏に浮かんだが、従業員の答えは違っていた。

 

「はい、冒険者ギルドの方です。シキメ様のご希望のご依頼を持ってきたと」

「あ、そうか。こちらに通してください」

 

 イルトア王国まで向かう商隊の護衛。僕はそれをギルドに探してもらっていた。

 途中でミィスが倒れて騒ぎになったのだが、忘れずに探し続けてくれていたようだ。

 その一件だとすればミィスにも話を聞いてもらわねばならないので、僕は部屋に通してもらうようにお願いしたのだ。

 

「シキメさん、押しかけて申し訳ありません。ミィス君のことを考えると、ギルドにいついらっしゃるか分からないので」

 

 従業員に案内されて部屋に入ってきたのは、今朝も挨拶をしたお姉さんだった。

 その手に書類を持っていることから、間違いなく仕事を持ってきてくれたのだろう。

 




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第41話 馬車(ロバ)の購入

 受付にいたお姉さんを部屋に迎え入れ、室内に(しつら)えられたテーブルセットを囲む。

 彼女の表情は、なぜか紅潮していた。

 

「あの、シキメさん?」

「はい?」

「お取込み中だったのでしたら、別に次の機会でも……」

「違いますから!」

 

 勘違いしたままの従業員から何か吹き込まれたのか、そんなことを告げてくる。

 それに反応し、ミィスが即座に否定の言葉を放った。

 しかしその速度は、どこか心にクルものがある。

 

「なにも、そんな勢いで否定しなくても」

「むしろシキメさんが否定してよ」

「いっそ事実にしちゃってもいいのよ?」

「また悪ノリしてるでしょ!」

「うん」

 

 素直に肯定した僕に、ミィスは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

 それを見て僕たちの間に何もなかったと察したのか、お姉さんは口元を隠してくすくす笑っていた。

 

「まぁ、雑談はこれくらいにしましょう。以前シキメさんが捜していらした依頼が見つかりましたので、お知らせしに来ました」

「お手数かけます」

 

 ミィスの体調の悪さを察して、こちらまで持ってきてくれる辺り、実にサービスが行き届いている。

 そう言えば、このお姉さんには結構世話になっているのに、まだ自己紹介すらしてもらってない。

 

「そういえば、まだお名前を窺ってませんでしたね。改めまして、はシキメ・フーヤと言います」

「あっ、み、ミィスですっ」

 

 僕が率先して自己紹介し、ミィスが慌ててそれに続く。

 その自己紹介を受けて、お姉さんは丁寧に頭を下げた。

 

「これはご丁寧に。私は冒険者ギルドマーテル支部所属のメイリンと申します」

 

 にっこりと、おそらくは営業用ではない笑顔を向けてくれる。

 その優し気な笑顔に、ミィスが少し固まっていた。

 むかついたので肘を脇に突き込んでおく。

 

「デレデレしない」

「ぐぇっ、そんなことないし」

「仲睦まじいところ申し訳ないですが、仕事の話をしても」

「あ、ごめんなさい」

 

 小さく咳払いして、脱線しまくる僕たちを注意してくるメイリンさん。

 これは明らかに僕たちが悪いので、素直に謝っておく。

 

「ミィスさんの体調次第だと思うのですが、五日後にイルトアの王都行きの商隊があります。護衛を募集しているのですが、いかがでしょう?」

「五日後かぁ」

 

 ちらりとミィスの様子を窺う。

 倒れてから二日経ち、ミィスの体調はほぼ完全に近い状態に戻りつつある。

 とはいえ、完全ではない以上、長旅は警戒しておかないといけない。

 今から五日後なら、完全に回復しているか、微妙なところではないだろうか?

 そんな僕の危惧を察知したのか、ミィスはこちらに向けて小さく頷いた。

 

「僕なら大丈夫だよ」

「そうはいってもねぇ」

 

 子供と酔っ払いの『大丈夫』は、正直言って、全く信頼できない。

 

「うーん、この調子だと確かに完治はしそうだけど、無対策ってのは良くないかも」

「えー、ホントに大丈夫だよ?」

「長旅になるからね。病気だけでなくて、怪我とか食(あた)りとか、有るかもしれないじゃない?」

「なるほど。では、小さめの馬車を購入するというのはいかがでしょう?」

 

 僕たちの会話を聞いて、メイリンさんはそんなことを提案してきた。

 確かに馬車があれば、動けなくなった時などの対応がかなり楽になる。それに荷物の運搬も、収納鞄だけに頼らなくて済む。

 僕たちの場合は、僕のインベントリーがあるのであまり気にしていなかったけど、それをごまかすのにも都合が良いかもしれない。

 

「ちなみに、おいくらほどしますでしょう?」

「そうですね。小さめの物でしたら三万ゴルド、馬を付けて合計五万ゴルドというところでしょうか」

「五万かぁ」

 

 僕のインベントリーの金貨なら、問題なく支払える額だ。

 それ以前に、粘着弾のレシピの報酬だけでもお釣りがくる。問題は、馬を養い続けることができるかという点だった。

 しかしそれをメイリンさんは勘違いしたのか、別の提案をしてきた。

 

「長旅で、移動速度を必要としないのでしたら、馬をロバにするという手もあります。それでしたらさらに一万ほど安くなりますよ」

「計四万ゴルドですね。それなら……」

 

 長旅なら馬車はあった方が楽だ。幌がついていれば、風雨だってしのげる。道中の練成も安定して行えるだろう。

 毎晩テントを張るのも地味に面倒だったので、馬車で寝起きできるというのは、大きなメリットとなる。

 購入する価値は、充分にある。ロバならば、いざという時は失っても痛くはない。

 

「そうですね、これからのことを考えるとあった方が良いかもしれません。でも僕は操車技術が無いんですよね」

「それならボクができるから、シキメさんに教えてあげる!」

「ほぅ? ミィスは馬車の操縦ができるんだ?」

 

 馬車の操車となると、馬に乗るのとは違う技術が必要になると聞いたことがある。

 ミィスに詳しく話を聞くと、彼の父親が存命の時に、獲物を運ぶ馬車を使うことがあったらしい。

 その時に馬の扱いを一通り学んだそうだ。

 

「じゃあ、馬車が来たら教えてね」

「うん!」

 

 僕に教えるという行為が嬉しいのか、満面の笑みで大きく頷く。

 その様子が可愛らしかったので、彼の頭をポンポンと叩く。子供特有の細い髪の感触がとても気持ち良かった。

 

「それでは、馬車の代金はレシピの報酬から引いておくということでよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

「では、こちらの方にサインを。馬車の取引についても追記しておきますので」

「お手数かけます」

 

 メイリンさんが持ってきた書類は、護衛以来の受諾票とレシピの売却契約書だった。

 そこに馬車についての一文を追記し、ボクがそれに目を通してからサインした。

 

「この宿なら、馬車を停めておく駐車場も完備しておりますので、手配でき次第こちらに運び込んでおきますね」

「なにからなにまで、お世話になります」

「いえいえ。あの粘着弾のレシピ、安上がりなのに効果が高そうで、新人からベテランまで需要が広がりそうです。それを考えますと、こちらの方がお世話になってるくらいですよ」

「材料はそんなに高くないですからね」

 

 水場に生息しているスネアトードの粘液とそこらの森で採取できるリピ草の汁を混ぜると、強力な粘りが出る。

 粘着弾はこれを混ぜ合わせ、割れやすい殻に高圧で注入することで、破裂させる。

 それだけのモノなので、材料費だけなら百ゴルドもしない。

 ギルドに二百程度で売り、ギルドがそれを四百から五百程度で流通させる。

 それで新人にも使いやすいアイテムを広げることができると考えていた。それに新しい素材集めで、それが依頼にも繋がる。

 

「これで新人たちの生存率が上がるなら、安い物です」

「冒険者は命懸けですからね。私はそんな無茶したくないですけど」

「シキメさんはどちらかと言えば錬金術師ですから。でも、道中お気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 

 これから先、僕たちはまた旅に出る。この街のギルドには、本当に世話になった。

 その感謝を込めて、僕は彼女に深く頭を下げたのだった。 

 




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第42話 新たな装備

 メイリンさんと細々とした打ち合わせを行い、彼女が退室してから僕は少し考えごとをしていた。

 今回、馬車というかロバと荷車を購入することになったので、そこに何か手を加えられないか考えていたのだ。

 それをミィスがなぜか心配そうな顔で眺めている。

 

「ん? ミィス、どうかした?」

 

 その表情に気付き、僕は少し首を傾げて問うてみた。

 ミィスは僕の質問に、慌てたように手を振って答える。

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

 そこで僕は先ほどのやり取りを思い出した。

 先ほど、ミィスは僕の悪ふざけにかなり強い態度で反応していた。

 ひょっとしたら、言い過ぎたなんて考えているのかもしれない。

 

「さっきのは別に気にしてないよ。無視されるよりよっぽど嬉しいし」

「……怒ってない?」

「もちろん。僕もミィスの反応が楽しみでやってるところがあるからね」

「よかったぁ」

 

 ミィスはホッとしたように胸に手を当て、大きく息を吐き出していた。

 こういう心配性なところは、彼の悪いところと言えるかもしれなかった。

 

「そうじゃなくて、さっき馬車を買ったじゃない?」

「うん」

「その馬車を改造できないかなぁって」

「うん?」

「使い捨てる可能性もあるからロバにしてもらったけど、ロバって持久力はあるけど足は遅いし力も少し劣るじゃない?」

「そうだね」

「だからロバが歩く力をサポートする装具みたいなのを考えてた」

「うん?」

 

 ミィスは『なにを言っているんだ、こいつ』みたいな顔をしてくる。その表情は少し傷つくぞ?

 先も言った通り、ロバは持久力の面で馬を超えるが、牽引力や最高速度の面で劣る。

 反面、馬より小柄な分、食料も少なくて済む。

 装具に付与して弱点を補えば、ひょっとしたら馬を上回るロバが誕生するかもしれない。

 

「――というようなことを考えていたんだ」

「馬を超えるロバって……何その超生物?」

「人間だって、テーピングすることで動きが良くなったりするじゃない」

「そうなの? テーピングって何?」

「布なんかを巻いて固定したり、動きを補助したりする技術かな。そういうのって、まだ知られてないのかな?」

「少なくとも、ボクは知らないかな」

 

 テーピングというのは、ある意味現代医学の成果と言える。

 元々は怪我の予防や防止目的で発展した分野だ。それが人間にしか通用しないということはないはず。

 ロバも思う存分身体を動かせるとなると、さらなる身体能力を発揮するかもしれない。

 

「というわけで、そこを補う装具を考えようと思います。最終的にはミィスにも装備してもらうかも」

「え、ボクも?」

「うん、もっと動けるようになりたいでしょ?」

「それはもちろん。でも人体実験はちょっと……」

「大丈夫、僕を信じて」

「シキメさんの開発面の自重に関しては、信じられない」

「それはひどい」

 

 ショックを受けた顔をしてみせるが、まぁ、この世界に来ていろいろやらかしたことは事実だ

 ともあれ、今はロバの装具を考えよう。

 

「やはり足回りの強化は必須だと思うんだよね」

「馬は足を折ると二度と歩けなくなる可能性もあるからね」

「そこで関節を補強しつつ、身体を支える構造を作ろうと思うんだ」

「でも、変に体重がかかると、そこに負担がかかるんじゃ?」

 

 僕が考えていたのは、関節部を補強するギプスのような構造。

 変な方向に力がかかるのを防いで、耐久性を増すように考えていた。

 しかしミィスが主張するように、変に力をかけると体重を支えきれずに逆に怪我してしまう可能性があった。

 

「うーむ……」

「やっぱ自然に任せるのが最適なんじゃ?」

「そうだ、体重が支えきれないなら、体重を軽くしてしまえばいいじゃない」

「ハァ?」

 

 武器の重量を軽くする【軽量化】の付与魔法は存在する。

 それを生物にかけることができれば、負担も軽減するはずである。

 

「いやシキメさん。その魔法は生き物にはかけられないんでしょ?」

「それが実は、試したことがない」

 

 なにせゲームの中の魔法である。

 ゲーム内ではアイテムにしかかけることができなかったので、馬にかけるなんて試したことがないのは当然だ。

 しかし『かけたことがない』と聞いて、ミィスは呆れた様な顔をした。

 

「シキメさんって意外と抜けてる?」

「なにおぅ!?」

 

 まぁ、ミィスがこういうのも無理はないので、こめかみに拳を押し付けてグリグリする程度で勘弁してやろう。

 またしてもベッドに押し倒されたミィスは、涙目になって悲鳴を上げていた。

 その声に被虐心をそそられたのはナイショである。

 

「冗談はこの程度にして」

「ボクは冗談でこめかみを抉られたの?」

「男の()が細かいことを気にしない」

「なんか発音が変なんだけど?」

 

 ともあれ、連れて来られるロバの体格が分からないので、その辺のサイズを微調整できるようにしないといけないだろう。

 膝を保護しつつ、装着者の体重を軽減する。

 同時に筋力などは落ちないようにしなければならない。

 そう言ったことを考えつつ、装具をデザインしていく。

 

「シキメさん、これなに?」

「……ロバの装具」

「サイじゃないの?」

「そう見えないことも無い、かもしれない。多分? きっと……」

 

 僕はデザインセンスがないため、設計に描いたデザインはまるで金属製のサイのようにずんぐりとしたシルエットだった。

 

「うぬぅ、そう言うならミィスが代わりに描いてみてよ!」

「え、いいの?」

「もちろん! 紙とペンは僕が提供してあげるから」

「やった。実はお絵描きって楽しそうだなって思ってたんだ」

「そんな子供の遊びみたいに」

 

 しかしここで、ミィスは意外な才能を発揮してみせた。

 きちんと写実的なロバの絵を描き、そこに鎧のような装具を装着させたものを描き上げていく。

 弓といい、絵といい、この子ハイスペック過ぎやしないか?

 

「ねぇ、ミィス。絵を描くのは初めて?」

「うん。あまり描いたことはないかも。でも見たものを直接写し取るなら、わりと簡単なんじゃない?」

「そんなことはない。というか多分、器用さがずば抜けて高いからなのかなぁ?」

 

 なんにせよ、優れたデザイナーがそばにいるなら、利用しない手はない。

 僕はミィスにあれこれ指示を出してデザインの細部を詰め、外装部分は完成したのだった。

 




次の更新は来週月曜となります。
明日は小説家になろう・カクヨムにて、神トレ!(https://ncode.syosetu.com/n2558gj/を投稿する予定ですので、そちらも合わせてお楽しみください。


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第43話 新たな旅の仲間

 翌日、メイリンさんがロバと馬車を運んできてくれた。

 ロバは肉付きの良い頑丈そうなロバで、長旅にも耐えられそうな(たたず)まいだった。

 馬車も、ロバに負担をかけない程度のコンパクトさで、幌を付けることもできるようになっている。

 これがあれば、急な雨でも風雨を凌ぐことができる。

 

「こんな感じですが、いかがでしょう?」

「充分ですよ! この子も丈夫そうで――」

 

 メイリンさんの確認に、僕が太鼓判を押そうとしたら、髪にガブッと噛みつかれた。

 幸い僕の生命力が異様に高いせいで、髪を毟られるような事態にはなっていないが、これは少しイラっとする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ、まぁ」

 

 懐からハンカチを取り出し、唾液でべとついた髪を拭う。

 するとロバはさらに、僕の髪をモチャモチャとしゃぶり始めた。

 

「その、この子は少し我が強くて。その分、身体の強さは折り紙付きなんですが……」

「ロバは我がままだって聞いたことがありますから、そういうこともあるでしょうね」

 

 するとロバはようやく僕の頭から口を離し、『ブヒン』と小さくいなないた。

 その時の表情、明らかに僕を侮った物だった。

 

「……ミィス、少しメイリンさんを連れて席を離れてもらえるかな?」

「え、うん?」

 

 よく分からない風ではあったが、僕の雰囲気に押されてメイリンさんを連れて行った。

 僕とロバ以外誰もいなくなった駐車場で、おもむろに服を脱ぐ。

 そして無装備特典が発動した段階で、全力の殺気を放ちロバに叩き付ける。

 ロバはそれをまともに受けて、カクカクと震えて腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 ご丁寧に失禁までしているようだ。

 

「今日からは僕が主人。わかる?」

 

 へたり込んだロバの顔を覗き込むようにして、優しく諭す。

 もちろんロバに人間の言葉が理解できるとは思わないが、その空気は感じ取れたらしい。

 僕が『立て』と命じると、足を震わせながらも立ち上がった。

 それを見て、ボクが主人と認識したと確信する。

 その後いそいそと服を着こみ、ミィスたちを呼び戻す。

 

「えっと、どうかなさったんですか?」

「はい。少しこのロバさんとオハナシしていました」

「おはなし?」

「快く僕を主人と認めてくれましたよ。ね?」

 

 僕がそうロバに微笑みを向けると、ロバはカクカクと頭を上下に振って肯定を表現する。

 意外に頭のいい子じゃないか。脚さえ震えていなければ。

 

「それじゃ、この子にはもう少し付き合ってもらいますか」

「付き合うって、何かするんです?」

「はい。ロバ用の装具をいくつか作りまして」

「なるほど、錬金術師の面目躍如ですね」

「そんなところです」

 

 そう言って偽装用の収納鞄から装具を次々と取り出し、ミィスと協力してロバに取りつけていく。

 四肢を補強する装甲。背中にかぶせるように固定する鎧、頭部を護る兜。

 完成したその姿は、まるで鋼鉄の馬を小型にしたようなシルエットになっていた。

 

「これは……随分と厳つい装備ですね」

「そうですね、四肢の補強と防護、身体も防護に保温機能を付けて体調管理しています。頭の兜も鉄より遥かに強度がありますよ」

「どこの軍馬ですか」

「しかも軽量化も付与されていて、ロバの負担は一切増えていません。むしろその影響がロバ本体にまで及んでるはずですので、軽快に歩けること間違いなしです!」

「なんだか、凄い装具なんじゃないですか、それ?」

「…………ぜひ内密にお願いします」

「ギルド関係者である私に言われましても」

 

 ロバの威容にメイリンさんは少し引き気味である。

 だからと思って張り切って装具を作っていたら、いつの間にかこんな風になってしまっていた。

 もちろん性能も、見た目相応にエライことになっている。

 

 しかし僕たちの旅路を一手に引き受けるロバなのだから、警戒し過ぎということはないはずだ。

 問題はそれを、彼女の前で披露してしまったことだろうか。

 少し調子に乗って、ギルドの関係者である彼女に性能を説明してしまったのは失策だった。

 でも、ミィスはなんだかよく分かっていない風だったし、誰かに自慢したかったんだもの。

 

「ともかく、こちらにサインください。それで納品は完了になります」

「はいはい」

 

 差し出された書類に羽ペンでサインをしていく。その書き味の悪さに、一瞬万年筆でも作ろうかと考えてしまったが、さすがにこれ以上は自重しておこう。

 これ以上メイリンさんに目を付けられると、ギルドに囲い込まれて町から出してもらえなくなりそうだから。

 そうして彼女たちがギルドへ戻っていって、ようやく僕とミィスは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

 

「よし、試乗しに行こう!」

「賛成!」

 

 新しいオモチャは試したくなる。僕もミィスも、そんな感情に支配されていた。

 ましてや今回は、ミィスがデザインした装具を身に着けたロバだ。

 彼も自分が製作に参加した気分になっている。つまりノリノリだった。

 

「そうだ。試乗の前に、この子に名前を付けてあげないと」

「あ、そうだった! えっと、なにがいいかな?」

「そうだねぇ、ロバだから……」

 

 英語だとドンキー。さすがにそんな名前は可哀想だ。

 どうせならもっとカッコいい名前にしてあげたい。カッコいいと言えばドイツ語かな?

 

「イーゼルって発音だったかなあ?」

「イーゼル、悪くないね!」

 

 まんまドイツ語でロバって意味だけどミィスも気に入ったようだし、ロバも異論は無さそうだった。

 そんなわけで、このロバの名前はイーゼルに決定。

 

「というわけで、君の名前はイーゼルだ。異論はない?」

「ブルル」

 

 一ついなないて頷くロバ。

 名前が決定したところで、僕たちは荷車にロバを繋ぎ、一旦町の外を目指して移動したのだった。

 

 重装備のロバを見て、町の人たちは変な顔をしていた。

 たかがロバになぜあれほどの重装備を、という感情がありありと浮かんでいる。

 しかしそんなことは、僕たちにとっては些細なことだ。

 目立つのは本意ではないが、旅に支障をきたす方が怖い。

 

「この辺なら、多少飛ばしても大丈夫かな?」

 

 街から少し離れた街道。道は舗装されていないが往来する人に踏み固められて、土の地面は硬い。

 安定した路面をしているので、スピードを出しても問題は無さそうだった。

 

「了解。それじゃ、スピードを上げていくよ?」

「うん。でも安全には気を付けてね」

 

 旅に出る前にイーゼルが怪我をするとか、荷車が横転して破損とか、目も当てられない。

 そこはミィスも承知していたのか、ゆっくりと、しかし確実に速度を上げていく。

 それに応えてイーゼルも軽快に速度を上げていき、駆け足で街道を疾走していた。

 順調なのは良いことなのだが、その速度が問題だ。

 

「ちょ、ミィス、早過ぎない?」

 

 僕は自分でかなりの速度を出せるのだが、人の操縦する馬車となると、スピード感が違う。

 僕が見る限り、荷車の速度はすでに普通の馬の全力疾走くらいは出ている。

 時速にしておそらく四十キロ以上。ロバの全力疾走を超える速度が出ているのだが、イーゼルにはまだまだ余裕がありそうだった。

 

「うん。でもイーゼルはまだまだ余裕がありそうなんだ」

「えぇ……?」

 

 どうやら軽量化の結果、イーゼルの疾走速度がかなり向上してしまったらしい。

 

「……うん。ミィス、イーゼルを走らせる時は自重してね?」

「それより先に、シキメさんが自重するべきだったと思うんだ」

「今回はミィスも参加したじゃない」

「ボクはデザインだけだから」

 

 疾走する荷車の上で、僕たちは意地汚く責任を押し付け合う。

 そんな僕たちを我関せずと無視しながら、イーゼルは街道を爆走していたのだった。

 




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第44話 出発の日

 ロバのイーゼルの思わぬスペックの高さを目にして、僕たちはマーテルの町に帰還した。

 軽く三時間ほどは性能テストに徹していたというのに、イーゼルの体力はまだまだ余裕がありそうだ。

 その様子を見て、ミィスが感嘆の声を上げている。

 

「凄いね、イーゼル。普通あんな速度で三時間も走ったら、普通は足が壊れちゃうよ」

「頑丈なロバを選んだってメイリンさんが言ってたけど、その評価以上に頑丈なのかもね」

 

 僕たちが作った装具が予想以上の性能を発揮したというのもあるが、それについて行ける頑丈さはやはり評価せねばなるまい。

 イーゼルとなら、イルトア王国まで旅を続けられそうだった。

 それはそれとして、僕としてはもう一つ気がかりがあった。

 

「やはりこっちが問題だねぇ」

「荷車の方?」

「うん。振動がかなり酷くて、お尻が痛い。それに耐久性も少し問題ありかな」

 

 車軸の付近から、わずかにキシキシと軋む音が聞こえてくる。

 おそらくはイーゼルの速度に、車体の方がついてこれなかったのだ。

 これは車体の方も、作り直す必要がある。

 

「幸い出発まではまだ時間があるし、荷車の方も改造しよう」

「ど、どんな……?」

 

 僕の提案に、ミィスは戦慄したような表情をしてくる。

 確かに装具に関しては少しやり過ぎたかもしれないが、荷車に関してはそこまで無茶はできない。

 なにせ動力源が付いていないのだから。

 

「せいぜい頑丈さを強化する程度だよ。あと振動を抑えるサスペンションと、動きを滑らかにするベアリング。それに幌の部分も改造したいかな。あ、幌の部分を折り畳み式にするのもいいかもね」

「もう、何を言っているのか分からない」

 

 この世界には蝶番やネジ、ガラスにゴムなども普及している。

 さらに魔法や魔獣の素材なども存在するため、精密なテクノロジー以外の面でなら、地球を越えているかもしれない。

 あとは、それを活用するアイデアの普及の問題だろう。

 

 宿に戻った僕たちは、さっそく荷車の設計に入った。

 折り畳み式の幌と考えていたが、この世界において収納鞄が存在し、僕のインベントリーにしまってしまえば、持ち運びに困ることはない。

 ぶっちゃけテントをそのまま収納しておけば、幌は不要になる可能性もある。

 しかし、それを人前で使用することは、余計な注目を集める可能性もあった。

 収納鞄に出し入れできる量は、体積に由来しており、テントなどの内部が空洞の物は、余計な収納量を取ってしまうからだ。

 

「ひとまず幌は置いといてサスペンションから考えていこう。目立たずコンパクトに、という思想で行くと、サスペンションはねじり棒式が良いと思うんだ」

 

 旧い戦車などで使われていた方式で、車軸に二本の棒を並行して設置、連結させ、それが捻じれる力を利用して衝撃を吸収する方式だ。

 通常のバネや油圧サスペンションと違い、高さを必要とせず、丈夫なのが強みである。

 

「それ、初耳の機構なんだけど?」

「で、車体本体は表面の木の内側に幻狼(ガルム)の皮を貼り付けて強化しよう。外に貼らないのは目立っちゃうから」

「いやだから、それって国が亡ぶレベルの魔獣だからね?」

「あと、幌は一度撤去して、すぐに展開できるように扇上の骨組みを前と後ろに設置して球状のテントができるようにしよう」

「普通に四角じゃダメなの?」

「球状の方が衝撃を受け流せるんだよ。戦車のT-54とかがそんな設計だったし」

「戦車って何!?」

 

 半球状の砲塔部を持ち、衝撃を逸らす形状が一時世界の標準となった時期がある。

 それを荷台の幌の部分に利用し、矢などの攻撃を逸らそうと考えていた。

 幌の皮の部分も二重に縫い合わせ、外側を一般的な狼などの皮、目立たない内側にガルムの皮を使用し、内部の安全性を高めておく。

 

「いつも不思議に思ってたんだけど、シキメさんはなぜそんな凄い皮を紙みたいに縫っていけるの?」

「この針はなんと魔鉱石(マギタイト)製なのだ。魔力を注げば注ぐほど硬くなるから、ガルムの皮だってスイスイ縫えるんだよ!」

「待って、マギタイトってちょっとした欠片だけで、金貨が山みたいに積まれるって伝説の金属じゃ――?」

「そうともいう」

 

 僕の言葉に、再びミィスが頭を抱える。

 錬金術系魔法とこういった加工アイテムがあるからこそ、多彩な道具を作ることができる。

 そういう武具やアイテム以外の加工道具の多彩さも、僕のやっていたゲームの魅力だった。

 

 そうして荷車の改良に三日を費やし、ついでに旅の食料や水などを補給して、旅立ちの日がやってきたのだった。

 

 

 

 町の北門の前にイルトア王国行きの商隊が待機していた。

 そこに冒険者の集団が三つ、彼らを護衛すべく集合していた。

 僕たちを含め、計四つの集団が彼らを護衛することになる。

 

「こんにちは、シキメさんですね」

 

 ロバを武装させた荷車に乗って商隊に近付くと、一人の壮年の男性がこちらに近寄ってきた。

 ミィスが荷車を停めて、小さく会釈し、僕に視線を向けてくる。

 おそらく自分一人では、どう対処していいか分からないから、助け舟を求めているのだろう。

 

「シキメは私です。エルトンさんですね?」

「はい。私が今回の依頼人になります、エルトンです。イルトアまでの道中、よろしくお願いします」

「こちらこそ、お世話になります」

 

 冒険者の集団のうち二つは、かなり厳つい見た目で、歴戦の雰囲気を漂わせていた。

 彼らのうち一つの集団は、僕たちを見て『チッ』と舌打ちして視線を逸らす。

 おそらくは僕たちがあまり頼りにならなさそうなので、興味を無くしたと思われる。

 逆にもう一つの集団は、こちらを珍しそうに値踏みしてきていた。その視線を隠そうともしていない。

 

「シキメさんは凄腕の錬金術師とお聞きしてます。この荷車を見る限り、どうやら噂に間違いは無さそうですね」

「あ、わかります? この子の装具には結構手間をかけたんですよ」

 

 見た目の材質は鉄。そこに軽量化と筋力補助、耐久性強化など、様々な付与を施している。

 もちろん一目でそれを見抜ける人間はあまりいないだろうが、それでもこの装具の放つ威圧感のごとき雰囲気は感じ取れるだろう。

 

「そちらの荷車も、普通ではない様子。ついでに道中のポーションなども提供していただけるとか?」

 

 僕は攻撃魔法の制御ができないし、全裸にならないと戦えないため、ポーションでの支援が主な役目となる。

 ミィスはまだ子供だし、御者兼弓手ということで、援護に徹する役割だ。

 つまり僕たちは、矢面に立たない同行者。他の冒険者からすれば寄生と取られてもおかしくはない。

 

 しかし逆もまた真なりというべきか、回復術師の数が乏しい冒険者たちにとって、回復ポーションを随時作成できる僕は、貴重な癒し手となる。

 だからこそ、彼らも僕たちを邪険にはできないでいた。

 

「シキメさんじゃないですか!」

「ん? ……げ」

 

 僕は突如割り込んできた声に、思わず嫌悪の声を漏らす。

 そこにいたのは、五日前にギルドで僕をナンパしに来た少年剣士だったからだ。

 

「シキメさん、知り合い?」

「ほら、この間ギルドでナンパしてきた……」

「あ!」

 

 ミィスが怪訝な表情で彼らのことを聞き、ナンパ男だと知らされて珍しく険しい表情をする。

 そう言えばあいつらもイルトア王国に行くと言っていたから、この商隊の護衛に便乗してくる可能性はあったんだ。

 

 こちらを必要としつつ、よく思っていない冒険者。隙あらば、こちらを取り込もうとするナンパ男。

 そして彼らに対し、嫌悪感を持つ僕とミィス。

 この旅は、どうも一筋縄ではいきそうにないと予感させる第一歩だった。

 




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第45話 不安な道中

 護衛が全員集まったということで、僕たちはマーテルの町を出ることになった。

 商人の馬車は二台。その前後左右を、冒険者四組が囲むようにして進む。

 メイリンさんには出発前に挨拶に伺いたかったが、前日にも挨拶していたので、今回は省略した。

 機会があるなら、また会うこともあるだろう。

 

「今回の護衛団のリーダーは俺たち『鋼の盾』の一団が受け持つことになった。異論はないか?」

 

 厳つい顔の冒険者の一人が、僕たちを含めた他の護衛にそう告げてくる。

 彼らは鋼の盾と呼ばれる冒険者の一団で、防御を中心とした堅実な戦術で成果を上げているらしい。

 ベテラン勢の冒険者のもう一つの一団と比べても経験が豊富で、この差配に異論があるモノはいなかった。

 ナンパ男たちとは比べるべくもない。

 

「それでだな。そっちの……シキメと言ったか」

「はい?」

「お前たちは最後尾を護ってくれ。いざという時はその荷車が盾になる」

「了解しました」

 

 これはいわゆる、ワゴン戦術というやつだ。

 馬車や荷車を障壁代わりにして敵を防ぎ、その合間から射撃などで敵を倒す。

 こちらにはミィスもいるので、ちょうどいい。

 

「先頭はナッシュ、お前らが行け。後続の速度に気を付けろよ」

「ああ、わかった」

 

 そう答えたのは、ナンパ男。どうやら彼はナッシュという名前らしい。

 相変わらず彼は三人の女性を引き連れていた。なんだかムカつく。

 

「隊列の左右を俺たち鋼の盾と、そっちの風の刃が受け持つ。鋼の盾の代表は俺、ハーゲンだ。何かあったら、遠慮なく相談してくれ」

 

 僕以外の冒険者たちは、馬車を持っていなかった。ただ鋼の盾と風の刃は馬を二頭ずつ連れている。

 これは長旅で荷物が増えることを考えて、わざわざ用意したっぽい。

 逆にナッシュたちは、馬などに関しては何も用意していない様子だった。

 

「準備は良いな? では出発!」

 

 ハーゲンの声に商人のエルトンが馬車を動かす。

 二台目もその後ろについて動き、他の冒険者が左右を固めていた。

 ナッシュたちは慌ててその前に進み出ていく。

 さすがにこのタイミングでは、僕たちにちょっかいをかける余裕は無さそうだった。

 僕たちも二台目の馬車の後ろについて、荷車を動かしていく。

 

 やがて門に到着し、それぞれがギルドの登録証を提示し、拡張鞄の中身の検査を受ける。

 拡張鞄は他者の鑑定を妨害する機能はないので、中身は見る者が見れば丸わかりだ。

 もっとも、こういう機能が無いと、密輸などがし放題になってしまう。

 僕が拡張鞄を購入したのも、この検閲をやり過ごすためだ。

 さすがに旅をする者が手ぶらでは怪しまれるし、インベントリーの中身は通常の手段では見ることができない。

 

 検査は無事終了し、馬車の隊列は次々と門をくぐっていく。僕たちもその後に続いていった。

 こうしてマーテルの町を後にしたのだ。

 

 

 

 町の周辺でいきなり魔獣に襲われるなんてことは、滅多にない。

 なので初日の日中は、ほとんど馬車について行くだけの、単調な旅路だった。

 そうして午前中を移動に費やし、昼の休憩で食事をとることとなる。

 初日なので町で購入したパンや野菜が食べれるため、みんな新鮮な昼食に舌鼓を打っていた。

 これが旅の終盤になると、味気ない干し肉や干し野菜ばかりになり、非常にテンションが落ちていく……らしい。

 

「ミィス、それだけで足りる?」

「うん、大丈夫」

 

 ミィスはコッペパンに切れ込みを入れ、レタスの葉とトマトをスライスして挟んだ、実に健康的な食事を口にしていた。

 このくらいの年齢なら、肉とかもっと欲しがるものかと思ったのに。

 

「ミィス、お肉好きだったでしょ? ほら、こっちのハムも一緒に挟んじゃいなよ」

「い、いいのかな。初日からこんな贅沢しちゃって」

「貧乏性が染み付き過ぎてない? むしろこのハムは日持ちしない奴だから、最初から食べないと傷んじゃうよ」

 

 遠慮するミィスのパンにハムをねじ込み、ついでに口元に付いたマヨネーズっぽいソースを拭い取る。

 ミィスの世話をするのは、僕にとっても癒しの時間だ。それを理解しているのか、過剰なまでに構いたがる僕を、ミィスも逆らわずに受け入れている。

 そこへよりにもよってナッシュが押し掛けてきた。後ろには例によって女性三人。

 こちらを見る彼女たちの視線が、やや鋭くなっている。

 僕にナッシュが構うことが、気に入らないという感じだった。

 

「やぁ、よかったら一緒に食事しない?」

「いえ、僕たちはもうすぐ食べ終わりますから……」

「そう言わずにさ。それにほとんど食べていないじゃない」

 

 しつこく僕の横に座り肩に手を回そうとしたところで、ミィスが弓に手を伸ばしていた。

 僕はその手を制しながら立ち上がり、ナッシュの手を躱す。

 

「すみません、この後は荷物の整理が残ってますので」

 

 荷車には、旅に必要だと思われる荷物がかなり積み込まれている。

 全てインベントリーに突っ込むことも可能なのだが、それだと道中で荷物の多さを変に思われるかもしれなかった。

 拡張鞄の容量には、限度があるので、いくらかの荷物はこれ見よがしに荷車に積んでいるのだ。

 

「話がはずんでいるところ悪いが、俺もシキメに話があるんだ。ナッシュ、ここは譲ってくれんか?」

 

 そこへハーゲンがやってきて、ナッシュを牽制してくれた。

 彼から用事があるという話は聞いたことが無いが、彼を追い払ってくれるのはありがたい。

 ナッシュもハーゲンには逆らえないらしく、小さく『そっか』と呟いて、軽く手を振って立ち去って行った。

 

「あの、ありがとうございます」

「ああいう自信過剰な奴はしつこいからな。お前さんも大変だ」

「ええ、まぁ」

「それと、話があるというのは本当なんだ。お前さん……シキメは錬金術師なのだろう?」

「ええ、そういう触れ込みで依頼を受けましたから」

 

 錬金術も専用の魔法を使用するが、攻撃用の魔法や回復術は、今一つ効果のほどが安定していない。

 

「長旅となると回復が重要になるからな。ポーションの在庫を知っておきたくて」

「ああ、そういう。そうですね、十級なら五十個ほど、九級が十個、八級が五個というところです」

「八級まであるのはありがたいな」

「それとスタミナポーションもあります。疲労したと感じたら、遠慮なく言ってください。それに素材を収集する暇をくれるなら、道中で調合することもできます」

「こりゃたまげた。それだけの量があるなら、今回の仕事は楽勝だな」

「過大評価はしないでくださいね。できる限りはしますけど」

 

 できる限りをやってしまったら、大騒ぎになってしまう。

 だからこれはサービストークだ。いや違うか? まぁいい。

 それにインベントリーには特級の回復ポーションだってストックしてあるし、よほどのことが無い限りは事が足りるだろう。

 

「慎重に判断しただけさ。それだけあれば、お前さんたちを戦力外と思ってる連中も、考えを改めるだろう」

「ハーゲンさんは、そうじゃなかったんです?」

「戦えないお荷物なら必要ないが、シキメは違うだろ?」

「む……まぁ、そうですけど。あとミィスだって弓の腕はなかなかのモノですよ」

「ほう? それは期待できそうだ。思わぬ掘り出し物かもしれんな!」

 

 ガハハと笑いながら僕の背中を叩き、ミィスの方も一緒にバンバンと叩く。

 僕は前のめりにふらつき、ミィスなんかは身体が傾くほどの衝撃を受けていた。

 どうやら豪放磊落(ごうほうらいらく)という言葉がしっくり来る御仁のようだった。

 

「それじゃ、あと半刻ほど休憩をとるから、その間にお前さんたちは薬草でも集めに行ってくるといい」

「え……でも」

 

 勝手に護衛を外れてもいいのか、それが不安だった。

 それを察したのか、ハーゲンは不格好なウィンクを返してくる。

 

「ここにいたら、またナッシュに絡まれるだろ。別の場所に移動してパパっと飯を済ませてこい」

 

 他の人に聞こえないように、こちらの耳元で囁くように告げる。

 大雑把そうな外見のわりに、細やかな気配りができる人だ。人は見かけによらない。

 

「そういうことでしたら、お言葉に甘えて」

「おう、行って来い。いざという時に薬が足りないのは困るからな!」

 

 こちらは逆に、周囲に聞こえるほどの大声。僕たちが薬のために素材集めに行くことを周囲に知らせるためだ。

 このリーダーなら、今回の旅は落ち着いて進められる、そう感じていた。

 




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第46話 些細なトラブル

 初日の旅程は予定通りの距離を進むことができていた。

 大人の足でほぼ一日。その程度の距離の場所に、掘っ立て小屋が一つ立っていた。

 これは旅人が風雨を凌げるよう設置された、一種の無料宿泊施設である。

 ただし、最低限度の施設でしかない。屋根があり、鍵をかけられる扉があり、井戸がある程度だ。

 扉は壊そうと思えばすぐ壊せるし、屋根だってボロボロで隙間風が入ってくる。井戸水も煮沸しないと飲むのが不安になるレベルだった。

 

「うわぁ、ベッドも無いんですね、ここ」

「そりゃ、金目になるモノを置いていたら持っていかれますからね。ベッドだけでなく人目もありませんから」

「まぁ、そうですよね」

 

 初めて見た小屋に唖然とし言葉を失った僕たちに、エルトンは丁寧に説明してくれた。

 小屋の裏側には湿気った藁が積まれていたので、馬やロバの餌には困らない。

 もっとも、おいしく食べてもらえるとは思えないけど。

 

「うーん……エルトンさん、僕たちは荷車の方で宿泊してもいいですか?」

「え、一緒の方が安全じゃないですか?」

「ほら、僕は女性ですし、錬成作業もしておきたいので」

「なるほど、回復ポーションですね! そう言えば昼にニール草を集めていましたな」

 

 ニール草は十級ポーションの材料になる。それを錬成するなら、落ち着いた環境で行いたい。

 狭苦しい小屋の中に入れば、きっとナッシュがちょっかいをかけてきて、それどころではなくなってしまうだろう。

 

「あ、それとこれを皆さんで飲んでください。疲れが取れますよ」

「おお、これはありがたい。失礼ですが、鑑定してみても?」

「もちろんです」

 

 確かにエルトンの言葉は失礼ではあるが、出会って間もない冒険者の薬を危険に思うのも、無理はない。

 安全のためと知っていれば、腹も立たないというものだ。

 僕は最下級のスタミナポーションを人数分取り出し、エルトンに手渡す。

 

「人数分ありますので、一人一本でお願いします」

「承知しました。私が責任をもって配っておきますよ」

「助かります」

 

 僕が一人一人に配って回ると、必ずナッシュが邪魔をしに来るはずだ。

 だから、彼が代行してくれるのは、非常にありがたい。

 それにこの薬を作った時期は、通常の薬師のそれより遥かに高効率だったので、あまり人目に見せたいものではなかった。

 この幌をかけれる荷車の上で錬成すれば、人目を避けることができる。

 もっとも、せいぜい二畳くらいの広さしかないので、狭いのは仕方ない。

 

「それでは、私は小屋の方へ。何かあれば声をかけてください」

「ええ。そちらも、何かあれば一声お願いします」

「はは、承知しましたとも」

 

 そう言うとエルトンは小屋へ戻り、冒険者たちと夜を明かす準備に入った。

 僕たちも荷車の前後に敷いてあった折り畳みの幌を引っ張り上げ、天井部で連結して簡易テントを作成する。

 

「それじゃ、僕たちもさっと汗を流してから食事にしようか?」

「うん、シキメさんは先に流しておいて」

「ん? どこかいくの?」

「ちょっとね」

 

 ミィスは珍しく、険しい顔をしたまま弓を手に取り、荷車を降りる。

 汗を流すためには服を脱ぐ必要があるので、僕たちは荷車の上にたらいを置いて、そこで水浴びする予定だった。

 しかしミィスは一人荷車を降りていく。その深刻な顔に、僕は止めることができなかった。

 

「どうしたんだろ? なんか危ないことしないといいんだけど」

 

 ミィスは基本的に、僕の言うことを聞いてくれる。だから危険な真似をする時は、必ず僕に報告してくれるはずだった。

 しばらくすると、テントの外から話し声が聞こえてきた。

 それは言うまでもなくミィスと、そしてナッシュの声だった。

 

「やぁお嬢さん。こんなところでどうしたのかな?」

「ボク、男ですよ。ナッシュさん」

「そう……なのか。いや失礼。女性にしか見えなかったものでね」

「一応気にしているんで」

「謝罪するよ。で、シキメさんはいるかな?」

 

 案の定、奴の目的は僕だったようだ。ミィスに穏和に接していたのも、彼が女性だと思っていたかららしい。

 現に、ミィスが男だと告げてからは、ナッシュの口調に少し棘を感じていた。

 

「今、水浴びしてます。用があるなら、後にしてください」

「そうなんだ? で、どっか隙間とか無いかな?」

「ありません!」

 

 あの野郎、平然と覗きを敢行しようとしやがった。ミィスはこの展開を予想していたから、弓を持って出たのか。

 

「いや、冗談だよ。スタミナポーションのお礼を言おうと思ってね。良かったら後で――」

「この後シキメさんは、回復ポーションの調合をする予定ですので、お気になさらず」

「そうなのかい? それにしても君、ちょっと刺々しくない?」

「そうでもありませんよ。でも、彼女は僕が護るんです」

「へぇ……いいね、小さなナイト君だ」

 

 どこか嘲るようなナッシュの言葉。それを聞いていた僕も、一瞬頭に来た。

 しかしまぁ、ミィスが護ると宣言してくれたことに、ちょっと感動してしまったので、ここは流しておく。

 

「バカにしてるんですか?」

「まさか。彼女は貴重な錬金術師だからね。大事にしないと」

「では、そういうことでお引き取りください」

「……なぁ、本当に敵い剥き出しだな、お前?」

 

 ミィスの言葉にナッシュの声が一段低くなる。

 あからさまな威嚇に、ミィスの緊張がテント越しに伝わってきた。

 正直、ミィスを威嚇するなど、僕にとって許されざる行為だ。思わずインベントリーの中から粘着弾をいくつか取り出し、投げつけれる体勢を取ってしまう。

 しかしそこに、ハーゲンの声が響き渡った。

 

「ナッシュ、何してる! 見張りの打ち合わせをするって言っただろ!」

「へーい……仕方ないな。じゃあな、小僧」

 

 そう言って立ち去っていく足音。同時にこちらに向かってやってくる足音もあった。

 

「お前は先に小屋に戻ってろ。俺は彼女たちと少し話していく」

「シキメちゃん、お風呂中のようですよ?」

「話はテント越しにでもできるだろ」

「その手があったか」

「バカなこと言ってないで、さっさと戻れ。風の刃の連中に切り刻まれるぞ」

「おお怖い怖い」

 

 お茶らけてその場をごまかしつつ、ナッシュは小屋へと戻ったっぽい。

 代わりにハーゲンの困ったような声が聞こえてきた。

 

「坊主……えっと、ミィスだったか。悪かったな、あいつが迷惑かけて」

「……いえ」

「ちょっと目を離した隙に抜け出されてな。俺としても、お前たちの重要性は理解してるつもりだ」

「え、そうなんです?」

「シキメの嬢ちゃんはもちろんだが、お前さんも優秀な射手なんだって?」

「そう、言ってくれてますけど」

 

 答えるミィスの声には、張りが無い。

 彼はいまだに、自分が未熟なままだと思い込んでいる。

 僕の装備を得て攻撃力が増し、レベルも上がったミィスは一端の射手である。

 自覚がないのは本人だけというところだ。

 

「まぁ、お前さんはまだ子供だからな。その点を差し引いても、シキメの嬢ちゃんの価値は高い」

「シキメさんは凄い人ですから」

「そのようだ。さっき貰ったスタミナポーション、あっという間に疲労が抜けちまったぜ」

「でしょ! あれのおかげで、僕も長旅ができるんですよ」

「だけど無理し過ぎて寝込んだんだって?」

「ウッ!?」

 

 得意げに声を上げたミィスだったが、ハーゲンの反撃に瞬く間に声を詰まらせた。

 

「ハッハ、気にするな。そういうことがあったから、シキメの嬢ちゃんはこれを用意したんだろうさ」

「そうらしいですね。ボク、本当に情けない……」

「なに、荷車はあればなんにでも使える。むしろこうしてテントを用意できるってのは大きいな。いざという時は片づける必要もなく逃げ出せる」

 

 そういうとハーゲンはミィスの頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわした。 

 その様子が、テント越しのシルエットで見ることができる。

 

「ナッシュみたいな奴は、残念ながら冒険者にも多い。お前もしっかり彼女を護るんだぞ? 何かあったら俺に声をかけろ」

「はい、そうさせていただきます」

「いい返事だ。それと今夜はこっちで寝るのか?」

「ええ。シキメさんはそのつもりです」

「ならお前もしっかり休んで疲れをとっておけ。小屋の見張りには参加しなくていい」

 

 突然、護衛の仕事を放り出せと言わんばかりのことを告げてくる。

 それにはミィスも困惑し、疑問の声を返していた。

 

「え、でも……」

「お前たちの価値は、提供してくれたポーションですでに判明している。だから余計な仕事はせんでいいと言っているんだ」

「そう、か。じゃあ、お言葉に甘えて」

「ああ。それを伝えに来ただけだ。シキメにもそう伝えてくれ」

「はい」

 

 僕以外の味方がいる。そうと知って、ミィスの声に元気が戻っていた。

 おそらくそれを心配して、ハーゲンは来てくれたのだろう。

 ナッシュのちょっかいを牽制し、ミィスへの激励する。そういった気配りで仲間の士気を保つ。

 開拓村にいたギブソンやミッケンとは違う方向性だが、指揮官としては頼もしかった。

 



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第47話 離脱者

 ハーゲンが仲裁してくれているので、旅は順調……と思いきや、そうはいかないのがナッシュのクォリティである。

 順調に進んでいたのは三日目までで、そこから唐突に問題が発生し始めていた。

 

「やぁ、シキメさん」

「うげ、ナッシュ……何の用です?」

「そんなに邪険にしなくても」

 

 そうは言うが、ことあるごとに邪魔しにきたり覗きを画策したりして、本当にウザイのだ。

 しかもミィスが男と分かってからは、彼にもきつく当たる傾向が見える。

 僕たちの険悪さを見抜いてハーゲンが距離を置かせてくれているのに、こいつは一切空気を読まずにこっちに近付いてくる。

 今回も最前列を守っているはずのこいつが、持ち場を放り出して一人で最後列の僕たちの元へ訪れるというのは、問題のある行動である。

 持ち場を離れては、何のための護衛か分からなくなってしまう。

 

「いや、今回は本当に用事があって来たんだ」

「へぇ?」

 

 生返事を返す僕と、警戒して弓に手をかけるミィス。

 その気持ちは嬉しいけど、仲間内で刃傷沙汰は勘弁してほしいと、心の中で冷や汗を流していた。

 

「実はもうすぐお昼の休憩じゃないか」

「そうですね。それくらいの時間かな?」

 

 この日も朝から出発し、すでに三時間ほど進んでいる。

 一時間おきに軽い休息は取っているけど、旅も三日目となると、かなり疲労が溜まりつつあった。

 荷車に乗る僕たちですらそうなのだから、徒歩の彼らからすれば、かなりきつい状況だろう。

 だからこそ、僕の提供するスタミナポーションが、余計に威力を発揮している。

 

「それでね。良かったら水を分けてもらえないかと思ってね」

「ハアァ!?」

 

 水。旅をする上では必須の食料であり、同時にどうやっても嵩ばってしまう荷物でもある。

 特に馬やロバを連れ歩くとなると、大量の水が必要となるため、僕たちもかなりの量をストックしていた。

 休息も水場を見付けては補給を行うようにしている。水の確保は言うなれば、旅人の最低条件とも言える必須事項である。

 

「ちょっと待ってくださいよ。水用意してなかったんですか!? 昨日の水場は?」

「いや、うっかりしててね。町で結構仕入れたんだけど、予想以上に消費が激しくって」

 

 そんなはずはない、と一瞬反論しかけたが、僕にはその原因に心当たりがあった。

 彼らももちろん、前回の水場で補充をしていたのを、僕は見かけている。

 しかしナッシュは、夜な夜な連れの女性とお楽しみなことをしていた。

 もちろんそんな行為をすれば、後始末も必要になる。そこで水を無駄に浪費してしまったのだろう。

 

「ふ、ふ……」

 

 ふざけるな、と叫びたい衝動を必死で抑え、僕は深呼吸して心を落ち着けた。

 

「それは分かりましたが、なぜ僕に? そう言う場合は雇い主のエルトンさんか、護衛隊のリーダーであるハーゲンさんに言うべきでは?」

「いやぁ、この程度のことで彼らに手間を取らせるのはね」

 

 更に僕の頭に血が昇る。旅先で『水がない』というのは、命に係わる事態だ。

 それを『この程度』と言い捨てる彼の危機感の無さに、怒りすら覚えた。

 

「なら放置していいんじゃないですかね? 『この程度』の問題なら」

「いや、そうはいかないでしょ」

 

 僕の冷たい対応に、慌てたように手を振って否定する。

 僕としても、正直言ってこいつの相手はもう疲れた。

 なので仲裁役を呼ぶことにする。

 

「ハーゲンさん、問題が発生しました。車列を止めてください!」

 

 このままでは埒が明かないと判断し、車列の中段を護衛していたハーゲンに声をかける。

 回復ポーションやスタミナポーションを提供する僕は、この商隊においてエルトンの次くらいに重要な存在である。

 その僕の助けの声に、彼は慌てたように飛んできた。

 

「どうかしたのか?」

「ええ。ナッシュさんが水を切らしたらしいんです」

「……なんだと?」

 

 やむを得ない状況でない限り、水を切らすというのはあるまじき行為だ。

 そんな基礎を怠ったナッシュに、ハーゲンは怒りを込めた視線で睨み付ける。

 

「い、いや、補充はちゃんとしてたんだ。少し計算をミスって無駄にしちゃっただけで……」

「ミスはまぁ、誰にでもある。だがなぜそれを俺に報告せず彼女に告げた?」

「いや、彼女はほら、たくさん水を確保してるじゃないですか」

「それは回復ポーションや、スタミナポーションに使われるものだ。お前だって恩恵は受けているだろう!」

 

 ついにハーゲンは声を荒げ始めてしまった。まぁ、自業自得ではあるけど。

 その剣幕に、ナッシュは一歩後退る。

 

「うちのパーティから水を融通してやる。その代わりお前はもう彼女に近付くな」

「え、そんな――」

「それが嫌なら、ここで抜けろ。依頼人には俺が口利きしてやるから、違約金は発生しないようにしてやる」

「無茶苦茶だ!」

「いつまでも目溢ししてもらえると思うな。ここまででも、かなり譲歩しているんだぞ」

 

 数秒、いや十数秒にも渡って、ハーゲンとナッシュは睨み合う。

 正直言ってハーゲンと睨みあえる胆力だけは、大したものだ。彼は見た目が怖いので、僕なら一瞬で目を逸らしてしまうだろう。

 ともあれ、ここで睨み合っていても仕方ないと理解したのか、ナッシュは不服そうに吐き捨てる。

 

「分かったよ。悪かったな、迷惑かけて」

「え、ええ」

 

 口では謝罪の言葉を述べていたが、反対に視線は刺すように鋭かった。

 明らかに、僕に敵意を持った視線。

 

「ならこっちへ来い。水を融通してやる」

「いや、いい」

「なに?」

「いいって言ったんだ。俺たちはここで抜けさせてもらう。違約金はないんだろ?」

「……ああ」

 

 虚を突かれたように、ハーゲンは答える。

 まさか本当にナッシュが抜けるとは思わなかったからだ。

 

「ここからなら、戻れば水場に辿り着けるからな。短い間だったが、世話になった」

 

 そう言うと車列の戦闘に戻り、女性の仲間たちに声をかける。

 

「おい、俺たちはここで離脱するぞ。お前らはどうする?」

 

 質問口調ではあるが、明らかについてくることを確信している。

 それを答えさせることで、自分に追従する者であることを確認しているのだろう。

 案の定、女性たちもナッシュについて行くことを了承していた。

 そしてナッシュは、手をひらひらと振りながら、元来た道を戻り始める。

 そんな彼らを見送って、ハーゲンも不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「まったく、変な方向にプライドの高い馬鹿だな」

「本当に。一言謝罪しておけば済んだ話ですのに」

「まぁいいさ。ああいう連中は早死にするのが相場だ。縁がなかったと考えておこう」

「それは嬉しいですね。彼とはもう縁を持ちたくないので」

「ハハッ、そりゃそうだ」

 

 その瞬間だけは痛快そうに、彼は笑って持ち場に戻っていった。

 

「アイツ、帰ったの?」

「うん。もう会うこともないでしょ」

「良かった。アイツはなんだか気に食わなかったんだ」

 

 珍しく、ミィスも不機嫌そうである。唇を尖らせる様は、いかにも子供っぽい。

 

「まぁ、これでゆっくり旅が出いるって言うもんだね」

「邪魔はされなくなったね」

「お、ミィスは僕と二人っきりがいいんだ?」

「作業の邪魔のこと!」

 

 いつものミィスらしい反応が返ってきたので、僕は少し安心した。

 このままミィスまで不機嫌なままだったら、僕の癒しはどこで得ればいいのかと思っていたからだ。

 



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第48話 狂気と暴挙

  ◇◆◇◆◇

 

 

 ナッシュは不機嫌を隠そうともせず、地面を蹴り付ける。

 その態度に、彼の仲間たちはびくりと背筋を伸ばした。

 彼女たちにとって、ナッシュはただ一人の男性であり、半ば信仰の対象と化してもいる。

 そこまで女性を心酔させられるナッシュは、ある意味稀有な才能の持ち主と言えた。

 

「くそっ、あのガキども! せっかく俺が使ってやろうって言ってんのに!」

 

 彼の目当てであるシキメは、錬金術師として突出した能力を持っていた。

 日に大量の回復ポーションを製造する能力、粘着弾という優秀な補助アイテムを生み出す開発力。

 彼女を仲間たちのように下僕にすることができたのなら、どれほどの富を生み出したか計りしれない。

 

「誰が好き好んでイルトアなんて僻地まで行くかっての。お前のために俺がわざわざ骨を折ってやったんだろうが!」

 

 シキメの生み出す財力目当てだったナッシュが、イルトア王国という遠方まで足を延ばすはずもない。

 全てはシキメに話を合わせるだけの方便に過ぎなかった。

 だというのに、彼女たちはたびたび邪険な態度を取り、ナッシュに不快な思いをさせる。

 挙句の果てに、ハーゲンという男にまで大目玉を喰らい、この始末だ。

 元々堪え性の無かったナッシュに、これを我慢できようはずもない。

 

「チクショウ、見てろよ! どうにか目に物を見せて――」

「あの……ナッシュ、これ以上の干渉はあまり良くないと……」

 

 そこへ仲間の一人がもっともなことを進言する。

 しかし頭に血が昇ったナッシュは、これを一蹴。

 

「うっせぇ! エレナ、お前は黙ってろ!」

「で、でも――」

「いいか、二度と言わねぇ。今度口を開いたら、お前は追放だ」

 

 エレナと呼ばれた女性は、ナッシュの仲間たちの中では、最も新顔である。

 それだけに彼への心酔は、他の者よりも浅かった。

 だからこそ、反論することができたのである。

 

「待てよ? そういやこの先の水場ってほとんどなかったよな?」

「ええ、だからハーゲンはあんなに怒ったんだと思う」

「となると、途中の水場になりそうなところは、街道沿いの井戸だけか」

 

 主だった街道には、水場になる井戸が設置されている。

 とにもかくにも、水が無ければ旅は成り立たない。そして人の往来が無くなれば、経済も停滞してしまう。

 だからこそ各国が公費を使ってでも、街道沿いに井戸が設置している。

 

 とはいえ、それも人通りの多いところまで。

 辺境を通るなら、水の確保は当然の理屈である。

 

「よし、一度町まで戻るぞ!」

「え?」

「いいか? この先の水場は限られている。つまりあいつらの進行速度はある程度予想できるってことだ」

「な、なるほどぉ」

 

 ナッシュの自慢気な声に、エレナ以外の仲間たちは感心の声を上げる。

 もっとも上げなかった場合、ナッシュから冷たい視線を送られるから、上げざるを得ないのだが。

 

「俺たちは一度町まで戻って馬を仕入れる」

「でも、ナッシュ。私たちに馬を買うお金なんて――」

「いいんだよ! これが上手く行きゃ、馬なんてお釣りがくるくらいの金が入るんだから」

「な、なんで?」

 

 ナッシュの意図を掴みかねて首を傾げる仲間たちに、ナッシュは自慢げに胸を張る。

 

「いいか、これから馬を買って連中の先回りをする」

「うん?」

 

 マーテルの町を出て、ここまで歩いて三日が経過している。

 ここまでは馬車に合わせた行軍をしてきたので、一日あたりの移動距離は、実はそれほどではない。

 彼らが急いで町まで戻れば、二日で戻ることができるだろう。

 

「町に戻って馬を仕入れる、ついでにスタミナポーションもな」

「うんうん」

「それを馬に飲ませながら一気に駆け抜ければ、五日か四日後には連中の先回りができる」

「それはできるかもしれないけど――」

「先回りした後で井戸に毒を放り込んでやるんだ」

「なっ!?」

 

 水場の無いこの先で、水源に毒を入れるというのは常識では考えられない暴挙だ。

 これが人に知られたら、奴隷落ちでは済まないだろう。おそらく死罪は免れまい。

 

「ナッシュ、考え直して!」

「まぁ落ち着けよ。お前らがビビるのも理解できる」

「だったら……」

「だけどな、連中を一網打尽にできりゃ、あいつらの荷物は俺たちのモンだ」

「あ!」

 

 旅先の誰も見ていない場所。そこで死んだ連中の荷物は、誰も所有権を持たない。

 もちろん、正確にはエルトンの商会の品となるが、持ち去ってしまえばそれを証明することは難しいだろう。

 

「そいつをマーテル以外の町で売り払っちまえば、俺たちは大金持ちってわけだ」

 

 エルトンは馬車二台分の物資を運んでいる。

 もちろん井戸に水を投げ込めば、馬車馬も死んでしまうだろうが、そこは乗ってきた馬を代わりに繋げばいい。

 

「それだけじゃねぇぞ。護衛の連中やシキメの拡張鞄を奪っちまえば、その中身も俺のモンだ」

 

 ついに『俺の物』と言い出したナッシュだが、仲間たちはそれに気付かず、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 十人を超える冒険者の拡張鞄。それに錬金術師と言えば、高価な資材を持っていることでも有名だ。

 そのうえ馬車二台分の商材までとなれば、命を懸けるだけの価値はあるかもしれない。

 そんな錯覚に支配されていた。

 

「だ、ダメだよ、ナッシュ!」

 

 しかしそんな彼らに水を差したのは、やはり先ほどと同じくエレナという女性だった。

 仲間になって日が浅く、良識を振り入れない彼女は、もはや仕返しのためになりふり構っていないナッシュに抗議する。

 しかしそれは、彼にとって邪魔でしかなかった。

 

「うるさいな、お前。これ以上邪魔するなら、ここで斬るぞ?」

「ひっ!?」

 

 ついに追放どころか仲間を斬ると言い出したナッシュに、エレナは一歩後退る。

 そんな彼女を見て、ナッシュは唾を吐き捨てた。

 

「いいか、お前はもういらねぇ。誰にも話さねぇなら、生かしておいてやる。だがもう一緒には来るな」

「…………」

 

 殺意……いや狂気をみなぎらせたナッシュの視線に、エレナはコクコクと頷くことしかできなかった。

 それだけではなく、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。もともと冒険者でもなく、魔術の研究をしていただけの彼女にとって、ナッシュの殺意は荷が重すぎた。

 そんな彼女への興味を失ったのか、ナッシュは残りの仲間を連れて町へと向かった。

 エレナはそんなナッシュの背中を、何も言わずに見送る。

 

「冗談じゃない……これ以上関わるのは、こっちから御免被るよ」

 

 護衛として町を出ていながら、単独で町に戻ってくる。

 そこから馬を購入し、慌ただしく町を出る。

 その先の井戸に毒が投げ込まれ、商人たちが死んでいる。

 

 これだけの状況証拠が揃えば、誰もがナッシュを疑うだろう。

 その程度のことが、ナッシュと他の仲間たちには理解できない。

 それだけ欲に目がくらんでしまっているのだ。

 

「ことが広まるまで十日くらいかな? その間に町に戻って、ナッシュと縁が切れたことを広めないと」

 

 そうすれば少なくとも、自分が巻き込まれることはあるまい。

 ナッシュが捕まるまで大人しく宿かどこかに身を落ち着け、アリバイを確保しておかねば。

 そう考えると、エレナはいそいそとナッシュたちの後を追い、マーテルの町へと向かったのだった。

 



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第49話 愚者の末路

 ナッシュたちは一度町まで戻り、馬と毒を購入して再びマーテルの町を出た。

 丈夫さを優先して馬を選んだので、かなりの強行軍となったが、それでも先回りには成功している。

 馬車と徒歩による移動では、一日にせいぜい三十キロそこそこしか移動できない。

 対して馬を手に入れたナッシュたちは一日六十キロ以上を移動できていた。

 

「今日でちょうど六日。連中は今日、この水場を利用しに来るはずだ」

「でも井戸に毒を入れたら――」

「なんだ、お前もエレナと同じことを言う気か?」

「違うよ! 飲まれる前に毒に気付かれるんじゃないかって心配になったんだよ」

「それなら安心しろ。持ってきた毒は殺鼠剤に使われているやつだ」

 

 食ってもらわないと効かない毒なので、無味無臭。しかも巣に持ち帰った場合も想定して遅効性。

 毒の効果が出てくるころには、全員が致死量を口にしているという寸法だった。

 

「無味無臭で遅効性、さらに吸収されやすいように水に溶けやすい。今回みたいな状況にうってつけの奴さ」

「さすがナッシュ。抜け目ないわね!」

「分かったらさっさとやるぞ。まず俺たちの分の水を確保、それから毒を仕込んで姿を隠す。わかったな?」

「了解だよ」

「バーバラ、アン、それと水を節約するために、町まではお楽しみは無しだ」

「残念だけど、しかたないねぇ」

 

 剣士のバーバラと、斥候のアン。二人は抜けた魔術師のエレナと違い、今回のナッシュの提案に乗り気だった。

 だからこそ『お楽しみ』が無いという不満も抵抗なく受け入れる。

 彼女たちの脳内には、その後の光景が浮かんでいたのだから。

 

 バーバラとナッシュが水の補給をする間、アンが街道を見張ってエルトンたちの到着を見張る。

 ここまでの道中で空になった水を補給し終わった頃、アンが声を上げた。

 

「来たよ、ナッシュ。連中だ!」

 

 駆け戻ってきたアンは、エルトンたちの到着を告げる。

 

「先頭はハーゲンの野郎。商隊の左右を風の刃とシキメの奴が護ってる」

「配置変えしたか。まぁ、今は関係ねぇ。隠れるぞ」

 

 三日間の旅とは言え、それぞれの長所くらいは把握している。

 特にハーゲンの仲間の斥候と、ミィスの目の良さは特筆すべきものがあった。

 迂闊に近付いては、こちらの存在を察知される可能性がある。

 

「ハーゲンのところの斥候は油断できない。それとミィスってガキは目がいい。勘付かれないように距離を取るぞ」

「うん、しかたないね」

「薬の効果が出るまで一時間、余裕を見て二時間は森の中だな。まぁ我慢しろ」

 

 すでに成功を疑っていないナッシュの言葉に、バーバラとアンも頷き返す。

 彼女たちもまた奇妙な高揚感と万能感に呑まれて、まともな判断が下せなくなっていたからだ。

 

 

 

 二時間後、ナッシュたちは水場にある掘っ立て小屋までやってきた。

 そこには荷車にテントが設営されており、掘っ立て小屋の扉も、開けっ放しになっていた。

 常に警戒しなければならない護衛たちからすれば、扉を開け放ったままというのはあり得ない醜態だ。

 その醜態を晒した結果を想像してナッシュはニンマリと相好を崩すと、まずは掘っ立て小屋の中へ向かう、

 この連中の中で一番警戒しないといけないは、やはりリーダーであるハーゲンだと判断したからだ。

 

「上手く毒を飲んだようだな、馬鹿どもが。俺を甘く見るからこうなるんだよ」

 

 馬車の馬はすでに息をしておらず、毒が上手く機能したことを示していた。

 だというのに人の姿がないのは、全員小屋の中で死んでいるのか。

 

「おい、ハーゲンの野郎の死体を確認しに行くぞ」

「うん、まぁこの様子だと確認するまでも無さそうだけどさ」

「バカ野郎。俺は慎重なんだよ!」

 

 すでに余裕の様子を見せるバーバラを一喝し、ナッシュたちは掘っ立て小屋へ向かう。

 直後、その背後から何か柔らかい物が投げつけられた。

 それはパンと破裂音を残して弾け飛び、代わりに粘着性の高い液体を周囲に撒き散らす。

 

「うわっ、なんだ!?」

「げ、なにこれ! ねばねばして身動きが――」

「クソ、生き残りがいたのかよ!」

 

 それぞれが悲鳴を上げ、しかし動きを封じられてしまう。

 そこへ小屋の中からハーゲンが出てきた。

 

「やっぱりお前だったか」

「ハーゲン! 水を飲んだんじゃ――?」

「ああ。毒を口にした時は慌てたぞ。幸い事なきを得たけどな」

 

 そう言うハーゲンの様子は健康そのもので、毒を口にしたようには見えなかった。

 それを疑問に思っていると、ナッシュの背後からシキメの声がした。

 

「いやいや、僕の職業を忘れないでくださいよ。錬金術師ですよ? 毒薬に対する備えくらいありますって」

「シキメ! お前まで生きていたのか!?」

「まさか井戸に毒を投げ込むなんて暴挙に出るとは、ちっとも思いませんでしたけどね」

 

 背後を振り返ることができないナッシュを配慮してか、シキメは彼らの正面に回り込んでくる。

 その後ろには、ミィスも弓を構えて控えていた。

 

「ああ、安心してください。井戸の毒は解毒剤を放り込んでおいたので、また飲めるようになりましたから」

「なっ、なんだと!」

 

 これも考えてみれば、すぐわかることだ。錬金術師は薬物のエキスパートでもある。

 そこいらの毒に対応する魔法薬くらい、常備していてもおかしくはない。

 そこに理解が及ばない辺り、ナッシュがどれほど頭に血が上っていたか想像できる。

 

「公共の井戸に毒を盛るのは、死刑に値する罪だ。もはや言い逃れはできないぞ」

 

 命を懸けてまで旅商人に毒を盛るなんてことは、通常では考えられない。

 ましてやそこらの野盗では、ここまでの危険を冒そうとは思わないだろう。

 だからこそハーゲンは、これがナッシュの逆恨みであると推測できていた。

 

「そ、そんなことは……そうだ、証拠! 証拠がないだろ!?」

「さっき毒のことを口にしてましたよね?」

「いやそもそも本当に井戸に毒が投げ込まれていたのかよ!」

 

 シキメがすでに解毒している、ということは井戸に毒を盛った証拠は消えているということだ。

 それを期待してナッシュは悪あがきをする。

 

「あ、それだったら、解毒前の水は確保しておきましたので」

 

 シキメはそう口にすると、拡張鞄から水袋を取り出した。

 それをプラプラ振りながら、ナッシュの口元へ持って来る。

 明らかな挑発だが、今のナッシュは手も足も出せない状況だった。

 ミィスによって投げつけられた粘着弾は、既に硬化を始めており、指くらいしか動かせない状況になっていた。

 

「大人しく捕まるなら、命だけは助けてやる。町についたら処刑されるだろうがな」

「くそっ、ちくしょう!!」

「なんだったらここで処分しちまおうぜ。町まで連れていく食料だってもったいねぇ」

 

 風の刃に所属する剣士が、吐き捨てるように口にする。ナッシュが行ったことは、それに充分値する暴挙だった。

 これにハーゲンもしばし思案した後に、重々しく頷く。

 

「そうだな。連行する手間と食料を考えると、それが正しいか」

「ま、待ってくれよ。ちょっと魔が差しただけだったんだ!」

「たとえそうだとしても、許されないと言っている」

 

 腰に下げた剣を抜き、ナッシュへと迫るハーゲン。

 彼を拘束している粘着弾は、三十分は溶けない。引き千切るだけの力が無い以上、ナッシュに逃げる手段は残されていなかった。

 

「ミィス、向こうへ行こう。これは子供が見ちゃいけない奴だ」

「シキメさん、ボクは……」

 

 子供じゃないと言いたいのだろうが、見て気持ちいい物でもなかった。

 それを理解したのか、ミィスは小さく頷いてから、シキメと共にその場を去っていく。

 

「待って! 私はナッシュにそそのかされただけで――」

「いやだ、死にたくない! お願い、見逃してよォ」

「クソォ! なんで俺がこんな目に――ぎゃあああああああ!」

 

 聞こえてくる悲鳴を遮るように、シキメはミィスの耳を塞ぐ。

 胸焼けするような気分を堪えながら、荷車のテントへもぐりこんだのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 




先日、ニコニコ動画様とコミックウォーカー様にて、拙作「英雄の娘として生まれ変わった英雄は再び英雄を目指す」のコミカライズ版が更新されました。
https://seiga.nicovideo.jp/watch/mg516246
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000063010000_68/
言寺先生のオリジナルのエピソードになるので、こちらも合わせてお楽しみください。


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第50話 暴走の原因

 ナッシュの処刑は速やかに行われた。

 実際正当防衛な面はあるが、死ぬほどの悪人だったかと言えば、首を傾げざるを得ない。

 確かに彼はうざったくはあったが、ここまでの悪行を行うような人間には見えなかったからだ。

 何が彼の悪意を暴走させたのか、それが分からなかった。

 

 僕とミィスは、彼の死体を埋める墓穴を掘り、ハーゲンたちは彼の首を刈って、それを袋に詰めて収納鞄に詰め込んでいた。

 これは彼の死を証明するためであり、同時に街で彼の首を犯罪者として晒すためでもある。

 これもハーゲンたちがやりたいからするのではなく、ギルドの規定でそうされているからだ。

 

「井戸に毒を投げ込むのは、それだけの大罪ってわけだ。まったく、若造が暴走しやがって。やりきれんぜ」

 

 ハーゲンも汚れた剣を拭いながら、そう吐き捨てていた。

 そこへナッシュの死体を(あらた)めていた彼の仲間が声をかける。

 

「ハーゲン、これを見てくれ」

「なんだ?」

 

 斥候役の彼が取り出したのは、黒銀色の小さな石だった。

 それはまるでコールタールを固めたかのように、表面に虹色の光が浮かんでいた。

 それを手に取り、夕陽の光に透かすようにして眺める。

 しかし鑑定能力を持たないらしい彼には、それが何か理解できなかったようだ。

 

「少しいいですか?」

 

 僕は司祭の職業のキャラも作っていたので、アイテムの鑑定ができる。

 そう思ってハーゲンからその石を渡してもらい、鑑定を行う。

 本来なら手に触れるのは危険かもしれないので、その場に置いて行うのだが、すでにナッシュやハーゲンが触れているので危険はないと判断する。

 そうして拡張鞄から取り出す振りをしてインベントリーから鑑定用の道具を取り出した。

 

 鑑定アイテムの小さな石を取り出し、預かった石の上下左右に配置する。

 そして鑑定用の用紙を上にかぶせると、石が砕けてその粉末が文字となって用紙に転写されていった。

 それを取り上げて、内容を読み込む。

 

「……うげ」

 

 そこに書かれていたアイテム名は『強欲の結晶』。効果は欲望の増幅。

 他に詳細は書かれていないので細かな能力は分からないが、これの影響でナッシュが暴走した可能性は高い。

 どこでこんなものを手に入れたのか分からないが、こんなものを放置しておくのは明らかにマズい。

 

「どうした?」

「どうもナッシュの暴走の原因、これみたいです」

「なんだと!?」

 

 僕やハーゲン、それに斥候の人が触れても大丈夫だったのは、おそらくレベルが違うからだろう。

 少なくともハーゲンは、それなりに経験を積んだ冒険者という格好をしている。

 

「シキメさん……?」

「おっと、ミィスはこれに近付いちゃダメだよ? ナッシュみたいになっちゃう」

「え、やだ」

 

 ミィスにまでこんな態度を取られるとは、さすがナッシュ。嫌われたものだ。

 しかしレベルの低いミィスにとって、この石はかなり危険な代物だ。

 レベル的な関係を見ても、僕が管理しておくのが適切だろう。

 

「あの、この石ですが、僕が管理しておいて大丈夫でしょうか? 次の町についたら、ギルドに報告しますよね?」

「ああ。毒の件は報告しておかないといけないからな。その原因になったであろう品なら、それも報告しないといけない。でも……大丈夫か?」

「それに関しては、多分大丈夫です」

 

 なにせ僕のレベルは、他の追随を許さないくらい高い。

 レベルで影響に抵抗できるのなら、僕ほど安全な人間はいないだろう。

 問題は、それがミィスに影響を及ぼさないかどうかだ。

 

「ともかく、こんな物騒な物、持って逃げようとか思いませんって。ミィスには後で何か対策を立てておきますね」

「そうか……済まないが頼む。正直言って、俺もそんなものは持ち歩きたくない」

「気持ちは分かります」

 

 ナッシュの様子を思い返すに、この石の影響下に入っても、その自覚を持つことは難しそうだった。

 自分が正気でなくなっているのに、それに気付かないというのは、僕だって恐ろしい。

 一応、どれくらい役に立つか分からないが、毎日ステータスチェックはしておこう。

 ひょっとすると、状態異常みたいな感じで表示が出るかもしれない。

 

「じゃあ、そういうわけで。僕たちは夜営の準備をしてきますね」

 

 死んだ振りをさせていた馬たちの解毒も、早急に行わなければならない。

 さすがに仮死状態とはいかないが、冬眠に近い状態にする深睡眠薬があったので、それを飲ませておいたのだ。

 呼吸数や心拍がかなり低下して一分に一度くらいまで下るので、一見すると死亡したと勘違いしてもおかしくはない。

 元のゲーム内では、仮死状態にすることで毒や病気の進行を抑えるのに使用していた。

 最も眠り込んでしまうので、他の行動が一切取れなくなるというデメリットはあったが。

 

「ああ。だが異常を感じたら、すぐに言うんだぞ。あんたがいなくなったら、俺たちが困る」

「そう評価していただけると嬉しいですね。もちろん言いますよ。僕も正気でいたいですから」

 

 そう言うと僕たちは馬たちを解毒してから、テントの中に引き篭った。

 ナッシュもいなくなっているので、外で食事をしてもよかったのだが、今回は他にやることがある。

 

「というわけで、念のためにミィス用の装備を作ろうと思います」

「ボク用?」

「うん。この石は欲望を増幅させる効果があるらしいんだ。ナッシュが暴走したのも、それが原因っぽい」

「確かに正気って感じじゃなかったね」

「僕やハーゲンさんが持ってても平気なのは、多分レベルが高いからだと思う。レベルがまだ低いミィスには、危険かもしれない」

「うぅ、シキメさん、ちょっと寄らないで」

「ヒドイ!? あ、でもミィスはちょっとくらい欲望に溺れた方がいいかも?」

「ヤダよ!?」

「その欲『棒』で僕を貫いてもいいのよ?」

「そういうのは大人になってからって……」

 

 とはいえ、今のミィスは近寄らない方がいいのは事実だ。

 この状況を早急に打破するためには、さっさとアイテムを作るに限る。

 

「うーん、効果が呪詛なのか、精神汚染なのか分からないけど、どちらも精神耐性を上げておけば問題ないかな?」

 

 呪詛の場合は体力と精神の総合値による抵抗判定だった気がするので、それだけだと足りないかもしれない。

 とりあえず適当な指輪に精神耐性を増強させる付与を行い、次いで呪詛耐性を付与しておく。

 

「ミィス、この指輪を付けて」

「え、結婚?」

「してもいいの!? 今すぐしよう!」

「ま、まだ早いよ」

 

 まさかミィスの方からネタを振ってくれるとは思わなかったので、思わず便乗してしまった。

 しかしこれを活かさない手はない。

 

「とりあえず手を出して」

「うん」

「左手ね」

「……?」

 

 首を傾げつつも疑いなく左手を差し出してきたミィス。その薬指に僕は指輪を装着しようとした。

 ようやく意図を察したミィスは、必死に手を引こうとするが、僕がそれをさせない。

 

「ちょ、シキメさん、放して!?」

「ぐへへ、放しませんよォ。こんなチャンス二度とないし」

「よだれ、よだれ出てるよ!」

「おっと……じゅる」

 

 口元を拭いつつも、ミィスの薬指に指輪を装着する。

 瞬間、ミィスの慌てたような表情が『すん』って感じで落ち着いてしまう。

 目も少し死んでいる気がする。

 

「あ、あれ、ミィス……どうかしたの?」

「うん。考えてみれば、たかが指輪だし、いいかなって」

 

 冷静に、落ち着いた声音で返すミィス。直前の狼狽が欠片も見当たらない。

 あ、これアカンやつや。

 指輪の効果が高すぎて、強制的に平静にされてる状態っぽい。

 それを察して、僕は慌てて指輪を回収したのだった。

 



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第51話 指輪をプレゼント

 さすがに精神に影響を及ぼすような指輪を身に着けさせるわけにはいかない。

 ミィスから指輪を取り外し、効果を弱めてから付与しなおすことにした。弱くすることで余ったリソースには、別の物を放り込んでおくとしよう。

 そんなわけで指輪を外すと、ミィスの精神は通常通りに戻った。

 

「よかった。ミィスがマグロ系にならなくて!」

「え、マグロってなに?」

「んー、何の反応も返さない人のことかな?」

「へー」

 

 マグロなミィスに跨って攻め立てるのもまた一興と思わなくもないが、今は置いておこう。すごく惜しいけど、それどころじゃない。

 ミィスは僕の答えに生返事を返し、手をかざして左手の薬指に嵌めた、作り直した指輪を眺めていた。

 どうでもいいことだけど、その仕草はどう見ても婚約指輪に見惚れる乙女にしか見えない。

 それはそれで眼福なので、僕としては咎める理由にはならないけど。

 

「あ、そうだ!」

「なに?」

 

 唐突にミィスは顔を上げて、僕の方を振り返る。

 その顔には心配という感情が、浮かんでいた。

 

「ハーゲンさんたちにも、用意しておかなくてもいいかな?」

「……あ」

 

 僕としてはミィスが無事なら他なんてどうでもよかったので、そこまで考えが及ばなかった。

 むしろ自分だけでなく他人の心配にまで気が回るミィスに、感動すらしてしまった。

 

「ミィスはいい子だねぇ」

「ちょ、どういうこと!」

「そうだね、ハーゲンさんは大丈夫かもしれないけど、エルトンさんは危険かもしれないから、他の人にも用意した方がいいね」

 

 エルトンに用意するなら他の人にも用意しても、たいして手間は変わらない。

 ついでに僕も、ミィスとお揃いの指輪を用意しよう。そうしよう。そう決めた。

 

 

 

 指輪というのは、携帯性という面では優れたものを持っているが、実は個人に合わせるという面では最悪に近い。

 例えば僕に合う指輪はどう考えてもハーゲンには合わない。サイズの問題というモノは、常に付きまとってしまう。

 紐を通して首から吊るせばだれでも携帯できるのだが、そんな方法で『装備』した場合、指輪の効果が正しく発揮できるのかは分からない。

 かと言って、これ幸いにと実験することもできないので、ここはサイズ補正機能付きの指輪を作ることにする。

 

「そうなると、サイズ補正機能を持たせないといけないんだよなぁ」

「難しいの?」

「んー、付与としてはそれほど難しい物じゃないんだけど、その分だけ付与のリソースを消費しちゃうからね」

 

 例えば二つしか付与できない指輪があるとする。

 そこに呪詛耐性と精神耐性を付与してしまうと、サイズ補正を付与する余裕がなくなってしまう。

 ならどうすればいいのか? もっとも簡単な答えは、付与枠の多い別の素材に切り替えることだ。

 そして、そういう素材は得てして高価な素材である。

 無料で配る予定ならば、その辺の負担は避けたい。金銭的な意味ではなく、在庫的な意味で。

 

「やっぱり高い?」

「ん? 僕にとっては、それほどでもないんだけど、素材の在庫がね」

 

 山のように様々な素材が放り込まれたインベントリーだが、高価な素材やアイテムを優先して保存していたため、このレベルの素材というのは意外と少ない。

 一番安い素材と高めの素材ばかりを貯め込み、中間部分が手薄になるというのは、ゲームではよくあることだ。

 

「もういっそ、高額素材を使って作っちゃうかな?」

「やめて! 絶対とんでもない性能のを作るに違いないんだから!?」

「そんな必死な顔で止めなくても……」

 

 だがまぁ、あまり高価なアイテムをバラまくのも、目を付けられる元になる。

 ここは一番安い指輪を二種類作って配ることにしよう。人間の指は十本あるのだから、問題はあるまい。

 

 

「というわけで、念のためこの指輪を装備しておいてください」

 

 僕はサイズ補正機能の付いた精神耐性と呪詛耐性の指輪を二つずつ、同行者の皆に配る。

 特に一般人であるエルトンさんには、常に身に着けるように念を押した。

 

「いや、シキメ嬢ちゃん……精神耐性と呪詛耐性の指輪って……」

「あ、お代はいいですよ? アフターケアですから」

 

 僕にとってはどれも大した品ではない。たとえ代金を貰ったとしても、誤差程度の額でしかない。

 

「いや、これ一つだけでも五万ゴルドはしますよ?」

「俺としても、気安く買えるしなじゃねぇなぁ」

「え、そんなにするんですか? 他の人、ボッタクリ過ぎじゃないです?」

「嬢ちゃん、それでも買う価値のある品だから、その値段なんだよ」

 

 使っている素材は呪詛耐性と相性のいい銀。このサイズなら千ゴルドもあれば買える。

 そこに付与する素材も、五千ゴルドもあれば揃う品ばかりだ。

 あとは付与者の技術料というところだろう。

 

「まぁ、卸値とか仲買の利益も乗っているでしょうけど、安くても三万、高ければ六万はしますよ」

「うへぇ……と、ともかく、今回は利益とかそういうの抜きで、着けてもらわないと危険なので受け取ってください」

「分かりました。そういうことでしたら、ぜひ」

「俺もありがたく頂いとくぜ。予想外の儲けになっちまった」

「……お金、取っといたほうが良かったです?」

「冗談だって! いやあながち冗談でもねぇけど、勘弁してくれ」

 

 もちろん僕も、こんなところで利益を得ようとは考えていない。

 ハーゲンはそれなりに実力のある冒険者だし、エルトンの行動範囲も広い。

 彼らに恩を売っておけば、今後も便宜を図ってもらえるかもしれないという下心もあった。

 

「あ、こっちのハミも同じ付与をかけてますから、馬に噛ませておいてください」

 

 ミィスに言われて、他の人間だけでなく馬やロバにも耐性を持たせる必要があると気付き、僕は馬の口に噛ませるハミの部分に付与をしておいた。

 ちなみに愛馬(ロバ)のイーゼルには、すでに装着済みである。

 

「これは……そんなところまで気を回していただいて、ありがとうございます」

「普通は馬まで気は回らねぇからな。嬢ちゃんは良い嫁さんになるぞ」

「それはミィス限定でお願いします」

「…………」

 

 ハーゲンはちらりとミィスの、その左手に目をやり、ニタリとイヤらしい笑みを浮かべる。

 

「安心しな、ボウズ。人の女を横取りするほど、ゲスじゃねぇよ」

「ボクはそんなつもりじゃ――!」

「揃いの指輪着けてて、そりゃ今さらってもんだろう?」

「うぅ、シキメさん~」

「諦めて事実にしちゃえば、何も問題ないよ。今からでもする?」

「なにをですか! 問題だらけです!?」

 

 涙目になって反論するから、ミィス弄りはやめられないんだよなぁ。

 ちらりとハーゲンの方に視線を向けると、彼も僕と同じ心境だったらしい。

 厳つい顔をほっこりと緩ませてニコニコしていた。

 

「やめられない、でしょう?」

「ああ、これはクセになる」

「でも、あげませんからね」

「言ったろ。人の物に手は出さん」

 

 そんな僕たちの様子を見て、エルトンさんが深々と溜め息を吐いたのは、しかたないことだろう。

 




予約投稿1日ずれてた(´・ω・`)


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第52話 報告と襲撃

  ◇◆◇◆◇

 

 

 翌日、シキメたちの一行が立ち去った小屋の裏。

 そこには真新しく掘り返された痕跡があった。

 それはナッシュたち三人が埋められた跡。そこに一人の男がふらりとした足取りで訪れていた。

 

「おやおや。将来有望と見込んでいたのですが、そうでもなかったようですね」

 

 掘り返された地面を見つめ、訪れた男――タラリフはいつも通りの慇懃な口調でそう呟いた。

 非常で丁寧な、それでいて残念そうな口調。しかしその顔は侮蔑に満ちた笑みが浮かんでいた。

 

「暴走したのは想像通りでしたが……それにしてもあっさり看破されて返り討ちとは。シキメと言いましたか、あの少女」

 

 顎に手をやりしばし思案する仕草を見せる。それですら、どこか芝居がかった仕草に見えた。

 顎に手を当て、右の爪先をカツカツと上下させる。いかにも『今考えてます』という仕草。

 

「ふむ。このままではあなた方も無念でしょう? 私が力を貸しますので、もうひと働きしてみませんか?」

 

 そう言うと顎に当てていた指を離し、パチンと軽快な音を鳴らす。

 すると地面がもごもごと盛り上がり、やがて一本の腕が飛び出した。

 続いて二本、三本目の腕が飛び出し、首のない死体が三体、這い出して来る。

 もちろん言うまでもなく、それらはナッシュたちと同じ服を着ていた。

 

「おっと。ここにいては私も襲われてしまいますね。それではナッシュ様、ご健闘を」

 

 言葉の内容とは違い、まるで危機感のない軽薄な声を残し、タラリフの姿は煙のように消え失せたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 進路を塞ぐ国境になる山脈の手前で、僕たちは麓にある町に到着した。

 ここにもギルドは存在するので、そこでナッシュたちの暴挙を報告することにする。

 エルトンとハーゲン、あと風の刃のリーダーと僕、それとミィスの五人でギルドを訪れる。

 そこでハーゲンが代表して受付の人に話を付け、そのまま支部長の個室に案内された。

 

「それで、同行した冒険者を処分したと聞いたが?」

 

 僕たちの目の前に腰を下ろした支部長は、オールバックの髪型にサングラスをしており、その見た目はまるでヤの付く自営業の人みたいに見える。アロハシャツとか似合いそうだ。

 いや、冒険者という戦力の支部長なのだから、暴力と関係が深い職業というのもあながち間違いではないかもしれない。

 ソファに腰かけ大きく足を組み胸の前で手を組みくつろぐ姿は、正直言って怖い。

 

「ああ。ナッシュという冒険者が暴走してな。俺も警告のつもりで『問題を起こすなら仕事を降りろ』と言った影響もあるかもしれない」

「いや、ハーゲンさんは僕たちをかばってくれたんじゃないですか!」

 

 まるでナッシュ暴走の原因を自分一人でかぶろうとしているように聞こえ、僕は慌ててそれを否定した。

 そんな僕の前に手のひらを差し出して言葉を制し、説明を続けた。

 

「奴はエルトン氏の仕事を降りた後、おそらくマーテルの町に戻って馬と毒を用意して先回りし、俺たちの夜営場所の井戸に毒を投げ込んだんだと思う」

「井戸に毒だと……!?」

 

 水源への攻撃は、ギルド加入時の注意事項でも警告を受けるくらいの禁忌である。

 たとえ戦争が起きても、こういった行為は滅多なことでは行われない。

 それを新人冒険者が行ったと聞いて、支部長はいきり立つ。

 額に血管が浮かんでいる辺り、本気の怒りを感じられる。マジ怖い。

 

「それでまぁ、ことが露見した段階で処分した。証拠になるかどうかわからないが、奴が投げ込んだ井戸の水も確保してある」

「いや、お前がそう言うことで嘘を吐くとは思えん」

 

 ハーゲンはこの町でも名前が知られているのか、支部長は彼を擁護する。

 

「だが一応マーテルの町に確認の使者を送るから、それまでは町に残っていてくれ」

「どれくらいかかる?」

「馬を飛ばして片道で三日、向こうで情報を集めて戻ってくるまで一週間というところか」

「それくらいなら俺は構わない。だが他のメンツは分からん」

 

 そう言うとハーゲンはこちらに視線を飛ばしてくる。

 その視線を受けて、エルトンは頷き返していた。

 

「私は大丈夫です。商談や荷の処理も残っておりますので、一週間くらいなら待てるでしょう」

「俺たちは元々この町までの予定だから大丈夫だ。だが逗留を押し付けられるのだから、宿代くらいは出して欲しい」

「ああ、それくらいなら用意しよう。だがあまり高価な宿は無理だぞ」

「かまわんさ。今回の報酬もあるし贅沢は自分の金ですることにする」

 

 エルトンに続き、風の刃のリーダーもそう言って肯定する。

 残るは僕だけなのだけど、もちろん僕は急ぐ旅ではないので、了承する。いや、できるなら国境を早めに超えたいとは思うけど。

 

「僕も構いませんよ。目的地まではエルトンさんと同行するわけですから、僕一人先を急いでも仕方ありません」

「そうか。ではしばらく町で待機してくれ。すまないが町の出入りは制限させてもらう」

「まぁ、しかたないよな」

「俺たちはここまでだったから、かまやしないけどな」

 

 風の刃のリーダーは、ここまでの契約で護衛をしていたらしい。

 この先はハーゲンたちと僕たちの二部隊で護衛することになる。本来ナッシュたちを含めて三部隊の予定だったのだが、こればかりは仕方ない。

 

「それで、井戸の方は封鎖してきたのか?」

「いや、ここのシキメが解毒剤を持っていたので、それで浄化してきたよ」

「ほほぅ?」

「それだけじゃないぞ。毒を飲んで倒れた俺たちを見て、すぐに解毒剤を全員に処方したんだから、かなりの腕前だ」

「毒を見抜いたのはともかくとして、よくそれだけの薬を持っていたな」

 

 じろりとこちらに視線を向ける支部長。いや視線はサングラスに遮られていたのでよく分からないのだが、こっちを睨んできたのは分かる。

 

「え、えへへ。道中で薬を作ることを許可していただきましたので」

 

 頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべておく。

 腕のいい錬金術師と認められるのは嬉しいが、腕利きすぎると注目を集めてしまうのは避けたい所。

 しかしそんな杞憂をハーゲンが察するはずもない。

 

「しかもこの指輪を見てくれ。こいつをどう思う?」

「ほう、お前が指輪とはな。身を固める相手でもできたのか? それとも俺にくれるのか?」

「やらん。それにこれ、タダで貰ったんだぜ」

「なに?」

 

 ハーゲンの指に嵌った精神抵抗と呪詛耐性の指輪。それをサングラスを外して睨むような視線で眺める。

 

「安い素材だが、いい付与がついてるな」

「それぞれ精神耐性と呪詛耐性らしい」

「なぜ、そんな物を?」

「ナッシュの暴走はどうやら呪詛による可能性があってな」

 

 ハーゲンはそう言うとこちらに目配せしてくる。

 僕はその合図を受けて拡張鞄の中から取り出す振りをして、インベントリーから強欲の結晶を取り出した。

 もちろんそのままでは悪い影響が他の人に及ぶかもしれないので、指輪と同じ付与の台座に乗せることで、周囲への干渉を防いでいる。

 

「うわっ、なんだよ、この見るからに禍々しい石ころは!」

「こいつの影響で精神が暴走したっぽいんだよ。どこから手に入れたかは分からねぇ」

「あ、今は台座の力で周囲への影響は防いでますから、そこはご安心を」

 

 石を見るなりソファの限界まで身を後退(あとずさ)らせた支部長に、僕は安心させるようにそう告げた。

 その言葉を受け、台座をしげしげと眺めた後、再びハーゲンに話しかける。

 

「そいつを聞き出す前に処分しちまったってか? 下手を打ったな」

「言い訳のしようもねぇな。見つけたのも処分した後だったし、不可抗力だと主張したいが」

「あいつは最初に会った頃から自意識過剰気味だったからな。旅の最中に段々と歯止めがかからなくなった感じだったから、気付かなかったんだよ」

 

 風の刃のリーダーが、そう弁護してくれたので、ハーゲンの不手際はそれ以上不問ということになった。

 それから一通り報告を済ませ、僕たちはようやく解放されることとなる。

 今回も、この町にいる一週間程度の間の宿泊費がギルド持ちとなったのが、幸運かもしれない。

 

「じゃあ、俺たちはこれで。逗留先の宿は後で受付に伝えておくよ」

「ああ、頼む」

 

 風の刃のリーダーが席を立ったことで、この場は解散となった。

 僕たちも席を立ち、私室を出るため扉へと向かう。その時になって唐突に地面が揺れた。

 

「うわっ!」

「地震か?」

 

 ドンという突き上げるような揺れと、何かが破壊される衝撃音。

 支部長は窓を開けて周囲の状況を見ようとして、呆気にとられた。

 

「な、なんじゃ、ありゃあ!?」

 

 その言葉の意味は、背後にいた僕たちにも伝わった。

 私室の窓はそれなりに大きいため、彼の向こうにある光景も見える。

 そこには土煙を上げて崩落する、町の外壁の姿があった。

 

「一体、何が――」

「トーマス、いるか! 至急外壁に人を派遣しろ。何があったか確認させるんだ。あと被害者の救出と受け入れ準備!」

 

 僕が状況を尋ねる前に、支部長が大声を上げた。

 トーマスというのが誰かは分からないが、ドアの外で『分かりました!』という声と、駆け出していく足音が聞こえてくる。

 一瞬呆気にとられはしたが、この支部長、一瞬にして立ち直って状況に対応している。

 この立場にいるのも、伊達ではないというところか。

 

「支部長さん、道中で回復ポーションを作ってました。それを提供します」

「すまん、助かる!」

 

 僕も負けじと、できることを口にしていた。

 支部長もそれに即座に反応し、上着を羽織って部屋を出ていった。おそらくは陣頭指揮を執るためだろう。

 それを悟って、僕たちも彼の後を追いかけたのだった。

 



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第53話 シキメの本領

 ギルドのホールに降りてきた時、そこはすでに鉄火場と化していた。

 大勢の冒険者に召集がかけられ、ぞろぞろと集まってくる冒険者と彼らへの説明の対応に奔走する職員で埋め尽くされている。

 これは壁が倒壊したにしろ、襲撃があったにしろ、救助のために人手が必要という判断によるものだ。

 

「襲撃というのは間違いないのか!?」

「はい、現在確認中ですが、自然倒壊ではないようです」

「なら救助隊を編成する。緊急依頼だ、報酬は是が非にでも町長からむしり取ってきてやる!」

「またそんな脅迫めいたことを――」

 

 職員は支部長の啖呵(たんか)に呆れ顔をしていたが、この人がそんな言葉を口にすると、似合い過ぎて怖い。

 そこへ状況確認に飛び出していた職員が戻ってきた。

 

「し、支部長、報告……しま、す!」

「トーマス!?」

 

 彼は肩口から傷を負っていて、かなりの怪我に見えた。

 僕はすぐそばに駆け寄って、十級の回復ポーションを振り掛ける。

 一般人の彼はそれほど体力があるわけでもないので、十級でも瞬く間に傷が塞がっていく。

 その効果に、彼は目を瞠って驚愕した。

 

「この、効果は……」

「それは後だ。トーマス、状況は?」

「は、はい! 南城壁から魔獣三体の襲撃を確認。首の無い不死者(アンデッド)ですので、おそらくはデュラハンかと」

「デュラハン!? そこらの兵士じゃ歯が立たねぇぞ!」

「はい、兵士にもすでに多くの負傷者が出ています。回復ポーションの提供を耳にしておりましたので、まもなくここに運ばれてくるかと」

 

 彼は扉の外で僕の言葉を聞いていたのだろう。この場に負傷者を搬送するよう、指示を出していたようだ。

 その言葉を受け、支部長は大きく頷く。

 

「よくやった、トーマス。お前はしばらく休憩した後、冒険者たちの総括に入れ。ミランダ、戦闘貢献度の高い連中にデュラハン討伐の依頼を出せ。ハーゲン、到着したばかりで悪いが、お前もやってくれるか?」

「ああ、任せておけ」

 

 ハーゲンは大きく頷くと、その場で装備を身に着け始めた。

 今までは支部長との面会ということで武装を解除していたが、宿にもよらずにここに来たので、主要な装備は全て拡張鞄に詰め込んでいたのが功を奏した。

 そして装備し終えたハーゲンと風の刃のリーダーが飛び出していくと同時に、負傷した兵士たちが担ぎ込まれてきた。

 

「錬金術師です、怪我人を見せてください!」

 

 ここから先は、僕の仕事だ。

 怪我人を見て次々とポーションを振り掛けていく。

 中には十級では足りずに、九級や八級を使わねばならない怪我人もいた。

 苦痛に呻く怪我人を前に、僕は一心不乱にポーションを使用していく。

 怪我人の波は留まるところを知らず、デュラハンの脅威がどれほど高いか、思い知らされた。

 

「シキメさん――」

「こっちの人は十級でいい、こっちは九級じゃないと……」

「シキメさん!」

 

 不意に僕は、腕を引くミィスの声に現実に引き戻された。

 緊張した表情のまま振り返ると、そこには困惑した彼の顔が存在した。

 ミィスの表情を捉え兼ねた僕の耳に、ミィスは口を寄せて囁くように告げる。

 

「それ以上は、拡張鞄には入らないよ?」

「あっ」

 

 その言葉に、僕は今まで使ってきたポーションの量に気付く。

 今まで使ったポーションの数は、普通の拡張鞄の中に入るかどうかという量だった。

 これ以上ポーションを使用すると、内容量に疑問を持たれることになる。

 それを追及されたなら、僕はインベントリーの存在に言及する必要があるだろう。

 

 もちろんミィスには、これが収納魔法として伝えてある。

 しかし収納魔法の所持者は、国に監視される存在でもあった。

 もしそれを知られてしまうと、僕がこの国から目を付けられる結果になる。

 せっかく国境目前まで来たのに、ここでまた目を付けられるのは得策ではない。

 

「どうした、次の患者が運ばれてきたぞ!」

 

 支部長が言う通り、怪我人の波はまだ収まりそうにない。

 しかしポーションをこれ以上使うことは、僕の異能に気付かれる可能性が高い。

 能力を隠すか、怪我人を見捨てるか。その選択が僕の目の前にある。

 

「どうすれば……」

 

 ぎゅっと、僕の袖をミィスが強く掴む。

 ここで僕の異能を知られれば、彼と一緒に居るのが難しくなる可能性がある。

 その不安が、彼に緊張を強いていた。

 

「でも……見捨てる、なんてできない!」

 

 目の前の人たちを見捨てるほど、僕は非情になり切れない。

 この人たちはあの領主や冒険者ほどクズではない。死ぬ理由のない人たちだ。

 だけど、ミィスと別れるのも御免被る。

 能力は隠す、怪我人も治す。どっちもやれる手段を模索する。

 

「ミィス、ちょっと!」

 

 彼を引き寄せ、ミィスの拡張鞄から取り出す振りをして錬成台を引っ張り出した。

 その上に回復ポーションを作るための練成陣を配置し、僕は職員の人に告げる。

 

「回復ポーションは切れました! 今から作りますので、ニール草と水をありったけ持ってきてください!」

 

 ニール草は十級ポーションの素材。

 そして僕が最も手早く錬成できるポーションでもある。

 この場で作り、この場で使う。これならインベントリーの存在を知られずに、怪我人を癒せる。

 

「なっ……」

 

 その僕の作業を見て、支部長が息をのむ気配が伝わってくる。

 だが、そんなことを斟酌(しんしゃく)している余裕はない。

 ニール草【浄化】汚れを落とし、【乾燥】させ、水に混ぜて【抽出】する。さらに薬効を【濃縮】し、【清澄】で不純物を取り除いて完成だ。

 これを同時進行でいくつもの作業を並行して行う。

 

 通常なら錬成台の上で行う作業は一つだけなのだが、今はそんな悠長に行っている余裕はない。

 空いた錬成陣に次の素材を、さらに次を、と矢継ぎ早に錬成を行っていく。

 この作業の速さに支部長は驚いたのだろうが、錬成陣の補助がある以上、最低限の品質は保証される。

 多少の無茶も、ゴリ押せるというモノだ。

 

 そのおかげか、僕の手は震える余裕をなくしていた。

 錬成に失敗すれば人が死ぬ。その状況は変わらないのだが、そんな心配をする余裕すらなくなっていた。

 ひたすら無心になって、十級回復ポーションを作り続ける。

 その速さは運び込まれる怪我人の速度に追い付き、追い越しつつあった。

 

「【浄化】、【乾燥】、【抽出】、【濃縮】、【清澄】――」

 

 ぶつぶつと、念仏のように呪文を唱え、錬成を完成させていく。

 完成した十級ポーションは、いつの間にか以前のように高品質な物になりつつあった。おそらくは、余計なことを考える余裕がなくなった影響で、作業に集中できているからだろう。

 おかげで八級が必要な患者にも、十級で事足りる状況になっている。

 

 次第に余裕が生まれ、その場にいた者たちの目が僕へと集まりつつある。

 その視線にようやく気付く余裕が生まれたからか、僕は隣からミィスの姿が消えていることに気が付いた。

 

「ミィス? ミィス!?」

 

 錬成の手を止め、キョロキョロと左右を窺い、彼の姿を捜す。

 僕の様子に気付いたのか、ギルド職員の人が僕に耳打ちしてくれた。

 

「ミィスさんなら、少し前に弓を持って出ていきましたけど?」

「ミィスが? 弓を?」

 

 こんな状況で弓をもってどこへ行くというのか。そんなこと、考えるまでも無かった。

 この怪我人が続く状況は、デュラハンが暴れているから起きている。

 ならば彼は、デュラハンを倒しに向かったに違いない。

 そうすれば、僕がその力を披露する必要が無くなるのだから。

 



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第54話 ミィスの覚悟

  ◇◆◇◆◇

 

 

 こっそりとギルドの建物を抜け出し、ボクは外壁の崩された南へと向かう。

 先ほど、ボクは酷いことをしてしまったからだ。

 シキメさんに、目の前の怪我人とシキメさんの秘密を天秤にかけるような選択を強いてしまった。

 彼女は優しい人だから、そんな選択を突きつけられたら悩むに決まっている。

 それでもシキメさんが注目され、その結果ボクと一緒に居られなくなるのは、すごく嫌だった。

 

「だから、つい口出ししちゃったんだ……」

 

 彼女の心配をする振りをして、ボクの欲求を優先させてしまった。

 そんな自分の卑しさに後悔した。

 でもシキメさんは、そんなボクの目論見を正面からねじ伏せてしまった。

 

 その場で作って癒す。言葉にすれば簡単だけど、それを実現させるのがどこまで難しいか、ボクには正確には分からなかった。

 だけどギルドの人が呆然としてしまったところを見ると、かなりトンでもないことをしていたのだと思う。

 少なくともボクは、錬成台を使っているとはいえ、五つ以上の作業を並行するなんて人は見たことが無い。

 

 それでも怪我人が運び込まれる限り、シキメさんはその無茶を強いられ続ける。

 彼女が凄いことは重々承知しているけど、この無茶が続く限り、いつかは限界が来るに違いない。

 ならばどこかで、シキメさんを止めねばならない。

 

「でも、ボクが言って止まる人じゃないんだよなぁ」

 

 シキメさんは見かけと違って軽薄な態度をよく取るけど、意外と意固地で頑固な性格をしている。

 もっとも、そうでなければあれほどの技量を得ることはできないのだろう。

 岩のように揺るがず、ただひたすら自らを高め続ける。

 そんな信念にも似た一途さが無ければ、あれほどの技量にまで到達できないはずだ。

 

「……だからこそ……無茶を押し通しちゃうから」

 

 きっと、シキメさんは倒れるまで薬を作り続けるだろう。

 回復ポーションは一つ作るだけでも、かなり魔力を使用すると聞いたことがある。

 簡単に作れるなら価値が低くなってしまうので、これは納得だ。

 そもそも回復ポーションはそこいらの人が作れるような物じゃない。その即効性は回復魔法とも遜色がない。

 しかもいくつも作り置きできるアイテム。それを作り出せるというだけで、錬金術師の価値は上がる。

 ともあれ、それだけ魔力を消費するアイテムをあの勢いで作り続けたら、いくらシキメさんでも長く持つはずがない。

 

「シキメさんは止まらない。でも早く止めないと。なら……手段は一つだけだ」

 

 怪我人が続く限り止まらないのなら、怪我人の方を止めるまでだ。

 怪我人を出し続けるデュラハン。それを倒してしまえば、シキメさんが無理をする理由が無くなる。

 

「ボクは非力で、一人でデュラハンを倒すなんてできないけど……シキメさんの弓があれば!」

 

 シキメさんの作ってくれた炎嵐弓は、一射でホーンドウルフを壁に縫い付けるくらいの威力がある。

 ボクの力でも、この弓があるならきっと戦えるはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、南にある町並みで一番高い建物へ向かったのだった。

 

 

 

 南にある建物で一番高いのは、三階建ての民家だった。

 周囲に人影はなく、行き交うのはギルドの職員と冒険者のみ。

 そんな状況だから、ボクが民家のドアを激しく叩いても誰も見向きもしなかった。

 

「すみません、開けてください! 急用なんです」

 

 だが中から誰も反応しない。中から鍵がかかっているらしく、ボクは扉を開けることができなかった。

 しかし、いい射撃位置を取るためには、どうしてもここの屋根に向かいたい。

 

「しかたない、扉を壊します。離れてくださいね!」

 

 僕は炎嵐弓に鉄製の矢を(つが)え、扉の蝶番(ちょうつがい)に向けて狙いをつける。

 幸い扉は外開きなので、蝶番は外側に付いていた。

 そこを破壊してしまえば、扉は鍵で支えるだけになるため、ボクでも簡単に蹴破ることができるはずだ。

 

 容赦なく矢を放つと、鉄の矢は蝶番を射抜き、半ばまでめり込んで止まっていた。

 それを二度繰り返し、扉を蹴破る。

 扉の向こうには、娘をかばう両親の姿があった。

 

「お前、何しやがる!」

「急いでるんです! 弁償とか謝罪とかは後で必ず!」

 

 今は構っている余裕なんてない。そもそも平時ならば、こんな無茶はしない。

 こうしている間にも、シキメさんは魔力を消耗し続けているのだから。

 

 ボクは怒鳴る父親らしき男を無視して、階段へと向かった。

 その肩を掴もうと、男は背後から迫ってきた。

 ここで問答をする時間すらもったいないので、ボクは振り向きざまに矢を放つ。

 その屋は男の襟を射抜き、男を後ろに吹き飛ばしながら壁に縫い付けて止まる。

 男の服が頑丈な麻でよかった。もし絹のような柔らかい素材だったら、服を引き裂くだけに留まっていただろう。

 

「きゃああああああ!?」

「パパァ!!」

「ごめんなさい、本当に急いでるんです。事情は後で話しますから!」

 

 悲鳴を上げ、泣き叫ぶ母親と娘をにそう言い置いて、ボクは階段を駆け上がった。

 最上階に辿り着くと、南側の部屋の窓を押し開け、そこから身を乗り出す。

 窓のすぐ上まで来ていた屋根の縁を掴み、身を躍らせて屋根へ上がる。

 

「よし、ここなら狙える――!」

 

 最も高い建物だけに、南の外壁付近で戦う様子が、手に取るように見て取れる。

 拡張鞄から矢を取り出し、炎嵐弓に番えてゆっくりと狙いを定める。

 暴れているデュラハンは三体。どこかで見た様な……いや、あれは――

 

「ナッシュ、さん?」

 

 新品のようだった鎧は泥で汚れているが、傷一つない様子は変わらない。

 兵士たちと斬り結んでいるため、真新しい傷が見えるが、古い傷とは明らかに違う。

 

「ボクの武器と言えば、この目の良さくらいだし」

 

 この距離でも傷痕の新旧を見分けられる目は、シキメさんの折り紙付きだ。

 ボクがデュラハンという強敵と立ち向かえるとすれば、この距離を味方につけるしかない。

 

「――――」

 

 大きく息を吸い、いったん止めてゆっくりと吐く。

 息を吐く間は弓がブレないので、狙いがつけやすい。

 この世界の魔獣には総じて虹色の角が存在する。これがいわゆる魔晶石である。これは魔法を使うための器官が異常発達した結果と言われていた。

 そしてこの器官が損なわれると、体内の魔力が暴走し、生きていることができなくなる。

 

 デュラハンという不死者(アンデッド)は、生きていないためこの器官は無いと言われている。

 代わりにどす黒い角が身体の一部から飛び出している。

 この黒い角は、言うなればアンデッドの魔晶石。俗に魔瘴石と呼ばれている。

 これはアンデッドを生み出す負の力が(こご)った物であり、失われると死滅するのは、魔獣と同じだ。

 

「ここから、『あれ』を狙い撃てれば……」

 

 相手は反撃できない。一方的に攻撃することができる。

 ボクの本来の力では、硬い角に弾かれ、砕くことなんて夢のまた夢だっただろう。

 しかし今のボクには、シキメさんから授けられた炎嵐弓がある。

 これがあれば、この距離でも充分な破壊力を発揮できるはずだ。

 

「――ッ!」

 

 声を出せば、狙いがずれる。

 なので無言のまま、裂帛の気合を込めて矢を放つ。

 狙いはもっとも狙いやすい位置にいた、元アンさんの角。

 

 デュラハンも兵士たちも、冒険者たちですらこちらに気付いていない。

 完全な不意打ち。その狙い違わず、ボクの矢は魔瘴石を撃ち砕いたのだった。

 



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第55話 意地

 ボクの放った矢は、狙い違わずアンさんの魔瘴石を撃ち砕いた。

 その結果、彼女……いや、彼女の『元』彼女の生命活動――いや、元から生きていないけど――ともかく、動きは停止した。

 ガクリ、と力なくその場に崩れ落ちるアンさん。彼女は元の死体へと戻ったみたいだ。

 

 しかしその様子が、他の二体のデュラハンに伝わる。

 二体の視線――これまた、頭は無いけど――がボクの方に向く。

 こちらに一歩踏み出してくるデュラハンだったが、その前に冒険者たちが立ちはだかる。

 

「町中に行かせるな!」

「ここで食い止めろ。おい、補助魔法、切れてるぞ!」

 

 その中には、ギルドで見かけた怪我人の姿もある。シキメさんに癒されて、戦線に復帰した人だろう。

 そんな彼の雄姿を見ていると、こちらも奮い立たされる気持ちになる。

 

「もう一射!」

 

 気合を入れるため、敢えて口に出してから弓を引き絞る。

 再び放った矢は、今度は角に当たって弾かれてしまった。円柱状の角だけに、上手く芯にあてないと弾かれてしまうようだ。

 だが、こちらに注意が向いたことは、無駄ではなかった。

 

 こちらに注意が向いたことで、他の方向への注意が逸れる。

 その隙を突いて、冒険者たちが一斉に斬りかかった。

 だがそれは、デュラハンの分厚い防御に阻まれてしまった。

 元の鎧の防御力だけでなく、アンデッド化した影響か、皮膚が鉄のように硬くなっていたからだ。

 何人もの剣が弾かれ、体勢が崩れる。

 そこへデュラハンの剣が、まるで虫でも払うかのように薙ぎ払われる。

 これを避け損ねた数人が斬り伏せられ、別の冒険者に引っ張られて戦線を離脱する光景が見えた。

 

「なんて、こと……」

 

 たった一振り。それで数人の冒険者が退場させられた。

 彼らは死亡するまでには至っていないが、これまでに死亡した者も周辺に倒れている。

 今運び出された人たちも、助かって良かったと思う反面、ギルドに運び込まれてシキメさんの負担になってしまう。

 

「早く……早く、仕留めないと!」

 

 二の矢、三の矢と続けるが、やはり不意を突いた最初の一撃とは違い、対処されてしまう。

 ナッシュさんたちは、デュラハンになったことで理性は消え失せ、技術的な物は失われているが、それを補って余りある身体能力を手に入れていた。

 こちらの矢を完全に見極め、剣を無造作に振り回すことで斬り払っている。

 鉄の矢を小枝のように斬り払う姿は、そこらの剣士からすれば羨ましく思える程だろう。

 

「クッ、打開策が……」

 

 ボクは元々、ただの狩人だ。狙って矢を放つしか、能が無い。

 シキメさんなら、きっと魔法や錬金術でどうにかできただろう。他の魔法使いでも、似たようなことができるかもしれない。

 専門の弓手なら、矢を使った特殊な技も持っているかもしれない。

 だけどボクは、ただ矢を放つしかできなかった。

 

「これが……冒険者と猟師の違い……」

 

 手札が少ない。いや、無い。

 正面切って対峙してしまうと、対処法が無い。打開策が見つからない。

 これが、今のボクの限界なのか?

 

「でも、撃つしかないじゃないか!」

 

 こんなところまで出張ってきて、手も足も出ませんでしたなんて……どんな顔でシキメさんの前に顔を出せるっていうんだ。

 狙いを研ぎ澄ませ、可能な限りの速さで矢を放つ。

 それをデュラハンは、事も無げに斬り払い続ける。

 

 状況は完全に膠着状態になっていた。

 ボクはデュラハンに決定打を出せず、デュラハンは冒険者に阻まれ、近付くことができない。

 それでも、冒険者たちがどうにかしてくれるかも、という淡い期待を抱いてもいた。

 しかしそれを撃ち砕くように、ナッシュさんのデュラハンがこちらに手を伸ばした。

 

「? なに――!?」

 

 その仕草に『なにを?』と口にしようとした直後、ボクの背筋に冷たい汗が流れた。

 反射的にボクは身を躍らせる。例えその先に屋根が無かったとしても、そうしないと即死する、そんな確信があった。

 

 ボクが屋根から飛び降りた瞬間、ボクのいた屋根が吹き飛ばされた。

 運が良かったのは、その攻撃でボクが大きく跳ね飛ばされたこと。そしてボクの身体が軽かったことだろうか。

 結果としてボクは屋根から大きく吹き飛ばされ、街路樹にぶつかってから地面に落ちた。

 もし直接地面に落ちていたら、手足の一本は折れていたかもしれない。いや、命が無かった可能性もある。

 

「う、ぐぅ……」

 

 呻くボクは、しばらく身動きが取れなかった。

 おかげでボクの攻撃が無くなってしまい、デュラハンの猛攻で冒険者の人たちの囲みが解けてしまう。

 遠くで冒険者や兵士たちの声が聞こえてきた。

 

「し、しまった!」

「追え、逃がすんじゃない!」

「チクショウ! あの野郎、足が速ぇ!?」

 

 ボクのいた屋根は、壁から五十メートルほどの距離があった。

 南へ向かう通りがあるため、この家と外壁までほぼ一直線。

 そして身体能力を強化したナッシュさんは、五十メートル程度なら、ほぼ一息で駆け抜けてくる。

 

「グルルルルルアアアアアァァァァァァ!!」

 

 口も無いのに、そんな咆哮が聞こえてくる。

 ボクがようやく顔を上げると、ほんの数メートル先で剣を振り上げるナッシュさんの姿があった。

 その後ろには、バーバラさんの姿も見える。

 

「――あ」

 

 ボクは地面に倒れた状態。デュラハンの驚異的な身体能力から繰り出される剣撃を、避けられるような体勢ではない。

 それに万が一躱したとしても、その後ろにはバーバラさんが控えている。

 完全に逃げ道は無くなった。その事実を悟る。

 

「だけど……ただでやられてやるものか!」

 

 寝転がった状態でも、かろうじて一射くらいはできる。

 今ならナッシュさんを壁にしてバーバラさんを射抜くことができるはず。

 ボクは相打ちを覚悟し、それでも反撃の一打を放つ。

 同時にナッシュさんの剣が、ボクへと振り下ろされた。

 

 そこから先のことは、ボクの理解の範疇を越えていた。

 僕を狙って振り下ろされた剣は、なぜかヌルリと軌道を変えて地面を抉るに留まった。

 そのナッシュさんの脇をすり抜けるようにして、ボクの矢はバーバラさんの角を撃ち砕く。

 力なく崩れ落ちるバーバラさんを一顧だにせず、すれ違ったナッシュさんは次の一撃を放つ。

 しかしそれも、ボクの直前で軌道を変え、外れてしまう。

 

「あ、うああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 至近距離で攻撃を外したおかげで、ナッシュさんの体勢は大きく崩れている。

 彼の左肩に生えている魔瘴石は、今ボクの前に大きく晒された形になっていた。

 その角に向けて、ボクは至近距離にもかかわらず炎嵐弓を引き絞った。

 

 二度に渡って攻撃を外したナッシュさんは、その原因を計りかねて硬直していた。

 これは理性を捨ててしまい、本能だけになってしまったが故の危機感の無さ。

 ボクに攻撃するための本能が、回避する意思を封じ込めてしまっていた。

 この隙を逃すのは、天祐を逃すことに等しい。

 

 ボクが放った矢は容赦なくナッシュさんの左肩を抉り取った。

 結果として身体から魔瘴石が切り離され、黒い角が宙を舞う。

 

「グカッ!?」

 

 それが彼に、どういう衝撃を与えたのか分からないが、ビクリと身体をこわばらせ、そしてゆっくりと倒れていった。

 これで三体。これ以上の怪我人が出るのは、防がれたはずだ。シキメさんの無茶も、これで止まる。

 ボクはそう確信すると、安心したかのように意識を手放したのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 




15日にコミックウォーカー、ニコニコ静画にて連載しておりました拙作『英雄の娘として生まれ変わった英雄は再び英雄を目指す』のコミカライズが完結いたしました。
この機会によろしければ、そちらもお楽しみください。


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第56話 ミィスへの罰

 僕がミィスの元に駆け付けた時、彼はナッシュのデュラハンを倒し、力尽きたところだった。

 その光景を見た時、致命傷を負ったのではないかと心配し、矢も楯もたまらず彼のもとに駆け付けた。

 

「ミィスッ!?」

 

 うつ伏せに倒れたままピクリともしない光景を見て、最悪の事態が頭をよぎる。

 しかし彼は傷らしい傷は打撲しかなく、他の冒険者たちに比べても軽傷と言っていいくらいだった。

 

「よかった、指輪の効果が出たんだ」

 

 彼の指輪は、精神耐性効果を少し弱めていた。その分の空いた容量に物理防御を付与しておいたのだ。

 それに呪詛耐性もあるため、呪詛の塊のようなデュラハンの攻撃をさらに防げるようになっていたと思われる。

 冒険者の方も数名の死者が出ているようだが、襲撃の脅威度に比べれば、まだ少ない方と言えるだろう。

 僕は持ってきたギルドで作ったポーション類を、その場の冒険者に預け、ミィスをギルドへと連れ帰った。

 

 

 

「ど、どうでしょう?」

「打撲だけじゃな」

 

 ギルドの医務室にミィスを運び込み、ギルド所属の回復術師に容態を見てもらった。

 初老の老人の回復術師は容赦なくミィスの服を剥ぎ取ると、各所を触診してそう断言する。

 

「骨にも異常は無いし、外傷も無い。頭の方は目を覚ましてからしか判断できんが、まぁ問題はないじゃろう」

 

 専門家のお墨付きに、僕はホッと安堵の息を漏らす。

 彼の頭部に傷痕が無かったことから、そちらもきっと大丈夫のはずだ。

 それはそれとして、こんな危険な真似をしたミィスには、しっかりと説教と罰を与えねばなるまい。

 

「ミィスに罰……ぐへへ」

「一応うちの患者にいかがわしい真似をするんじゃないぞ?」

「わかってますとも。負担になるような真似はしません」

「そうか? ならいいが」

 

 言いつつも疑わしい視線を向けてくる。

 僕だって大事なミィスに無理を強いるつもりはない。

 僕が満足し、ミィスにも負担がかからない。そんな罰を考えておくとしよう。

 

「言っておくが嬢ちゃん。この坊主も考えがあって無理をしたんじゃ。そこのところを配慮してやってくれんか?」

「え? ええ」

 

 ミィスがこんな無茶をしたのは、僕の負担を減らすためだというのは理解はできる。

 なので、これを強く非難しようとは思っていない。

 ただちょっと、あまり無茶はしないでほしいという、警告を与えるだけである。

 

「ん、うぅ……」

 

 そのタイミングで、ミィスがうめき声をあげ、目を覚ました。

 僕はその頭を軽く撫でて彼を安心させ、優しく声をかける。

 

「ミィス、大丈夫? 痛いところとか、無い?」

「シキメさん? うん、大丈夫。あちこち痛いところはあるけど」

 

 半身を起こし、ずるりとかけていた毛布がずり落ちる。

 その下には、下着すら履いていない彼の姿があった。

 

「ななな、なんで! なんで裸!?」

「そりゃあ、診察するためにくまなく調べたから。服は邪魔になるでしょ」

「坊主というわりにゃ、立派なモンを持っとったな」

「みみみ見られた!? もうお婿に行けない!」

「じゃあ僕が貰ってあげるね。そして肉欲と背徳に満ちた退廃的な生活を送ろう」

「ボクはもっと健全なのがいい!」

 

 そう言いながら毛布を胸元まで引き上げる姿は、もはや美少女の恥じらいの姿にしか見えない。

 僕と出会ってから頻繁にお風呂に入り、石鹸なども使って肌のケアもしているので、その美少女っぷりに、さらに磨きがかかっている。

 僕が今男だったら、容赦なく押し倒していたことだろう。

 

「なんにせよ、怪我が無くて良かった」

「う、ごめんなさい」

「もう黙って無茶なことをしないでね?」

「うん。でも……」

「僕のことを考えてくれたのは分かるけど、黙っていなくなるのは絶対に無し!」

「は、はい」

 

 僕の剣幕に、真剣に怒っているのを理解したのか、ミィスは素直に頷いてくれた。

 

「ならば良し。じゃあ、今日の罰として、ミィスには一週間の……」

「い、一週間の?」

「僕のお布団になる刑を処します」

「お布団ってなに!?」

 

 僕がこの世界に来てもう一か月以上になる。

 この世界に四季があるのかどうかはよく知らないが、それでも夜は少し冷え込んできていた。

 いつもは二人一緒に毛布にくるまって寝ているのだが、それでも少しばかり肌寒くなっている。

 暖かい毛布を作ってもいいんだけど、ここは更なるスキンシップを求めてミィスに覆いかぶさってもらおうと思う。

 

「じゃあさっそく」

「ちょっと、シキメさん! 毛布を取らないで!」

「うふふ、よいではないか、よいではないか」

「うきゃー!?」

 

 悲鳴を上げるミィスに覆いかぶさったところで、僕の襟首が何者かに掴まれた。

 いや、何者かなんて聞くまでもない。ここにいるのは僕たち以外では、回復術師の爺さんだけだ。

 

「ワシの職場でいかがわしいことをするなというに。そういうのは宿に戻ってからにせい」

 

 年齢にそぐわぬ怪力を発揮し、僕とミィスを猫の子のように掴み上げ、そのまま医務室の外に放り出された。

 僕はともかく、ミィスは服を着ていないので首根っこを鷲掴みにされていた。

 

「ちょっと! ミィスは怪我人なんだからもっと優しく!」

「目を覚まして早々にイチャつくような患者に、配慮はいらんじゃろ」

「ヒドイ! 訴えてやるぅ!?」

「どこへじゃ?」

 

 そう言い捨てると、僕たちの目の前でバタンと扉が締められた。

 医務室の外はギルドのホールに繋がっており、僕たちのやり取りはその場にいた職員や冒険者に、丸聞こえになっていた。

 

「ん? お? おぉ!?」

「こ、これは――」

「いけませんわ、新たな扉が開かれる音が……」

 

 そしてミィスは美少女のような容姿に素っ裸のままだった。

 しかも下の方まで丸出しである。

 

「あ、ああ!?」

 

 その状況に気付いて、ミィスは慌てて下を隠そうとした。

 とはいえ、彼が羽織っていた毛布はすでに回復術士によって没収されており、隠すものなど自分の手しかない。

 しかしミィスのご立派さんは手で隠しきれるものではなかった。

 バッチリとその場にいた人たちに目撃され、男の冒険者や女性の職員さんに新たな嗜好を目覚めさせている。

 

「さすが僕のミィス。一撃でこれだけの影響力を……」

「シキメさんのバカァ!?」

 

 そう叫ぶミィスの頭に、再びドアを開けて顔をのぞかせた回復術師の爺さんが、服を投げつけてよこした。

 

「忘れモンじゃ」

「そういうのは最初っから持たせてあげてくださいよ。ライバルが増えちゃったじゃないですか」

「知らんわぃ」

 

 言うが早いか、再び扉はぴしゃりと閉じられる。

 まったく、何を考えているのか分からない爺さんである。

 

 

 

 僕たちはその後、食堂で食事を済ませてから、ギルドの指定する宿屋に移動していた。

 ナッシュがデュラハン化したことで事態が混迷し、事情を改めて聞くために待機という状況になっていたからだ。

 元々滞在する予定だったので、これは問題はない。

 この日は一日、厄介ごとがあまりにも多過ぎた。

 僕は疲れ果てていたので早々に入浴を済ませてベッドに潜り込み、ミィスを上に乗せてから毛布をかぶった。

 

「うぅ、恥ずかしい」

「罰だからね? ほら、もっと力を抜いていいから」

「でも」

「一晩中、腕を突っ張って寝るつもり?」

「ちょっと無理かも」

 

 僕との接触を避けるために前支えの状態で腕をプルプルさせていたミィスだが、力尽きて僕の胸に顔を埋める結果となってしまった。

 

「ま、僕の胸じゃちょっと硬いかもしれないけどね」

「そんなことないよ! すごく柔らか――いえ、なんでもないです」

「ん~? もう一回言ってもいいのよ?」

「言いませんから!」

 

 とはいえ、これは罰であると同時にご褒美でもある。

 今日はミィスは凄く頑張ってくれたので、これくらいはしてもいいだろう。

 むしろミィスは自分に厳し過ぎるので、こうでもしないと触れてすらもらえない。

 それに正直なところ、僕のために頑張ってくれたミィスに、少しばかりときめいてしまっていたのだった。

 



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第57話 シキメ流処世術

 当初は緊張していたミィスだったが、やはり昼間の疲労が抜けていなかったのか、すぐに眠りに落ちてしまった。

 僕の胸に顔を埋めて眠る彼は、邪心の欠片も無いため、まるで子猫を抱変えているような気分になる。

 さすがにそんな彼に悪戯をする気分にもならなかったため、当初の目的を達成することにした。

 決して下心だけで、彼にこんな仕打ちをしたわけではないのだ。

 

「どれどれ?」

 

 ミィスの身体をギュッと抱き締め、その背中に手を回す。

 身体が動かないように足でも固定したため、いわゆる『だいしゅきホールド』という姿勢になった。

 最近のスキンケアの効果と栄養が行き渡っているため、すべすべのぷにぷにの感触が伝わってくる。

 

「あ、やっぱり」

 

 しかしその皮膚と脂肪の下にある筋肉の感触が、マーテルの町にいた時とはまったく違っていた。

 筋肉の量はあまり変わっていない。しかしその硬さとか弾性が遥かに増している。

 

「ミィスは筋肉の量が増えずに、密度とか強度が増していくタイプなのかな?」

 

 ガチムチマッチョになりそうにないのは、一安心かもしれない。

 僕と一緒に生活していることで、ミィスは目を瞠る速度で成長している。

 もし筋肉量にその成長が反映されてしまったら……

 

「うぅ、ちょっとヤなもの想像してしまった」

 

 今のミィスの顔をしたボディビルダーのような姿を想像し、ブルリと身体を震わせる。

 そうなったからと言って、決してミィスを嫌いになったりはしないが、さすがに僕の嗜好からは少し外れていた。

 

「ともあれ、ミィスもデュラハンを倒してまたレベル上がるだろうし、ますます頼れる存在になっていくなぁ」

 

 僕は全裸にならないと近接戦闘ができない。攻撃魔法だって、威力が高すぎて味方がいる場所では危険だ。

 その点、ミィスが頼りになるなら、彼を頼ることができる。

 少しばかり実利に寄り過ぎた思考なので、自分が嫌になってしまいそうだが、この危険な世界ではそういったことも考えればならない。

 

「今回は指輪に物理防御の強化を付与してたから良かったけど、もっとミィスを強化しておかないといけないな」

 

 少なくとも、今回の『万が一』の想定は無駄にならなかった。

 ミィスは少し、思い込んだら一直線な傾向があるみたいだから、護りを固めておいて損は無いだろう。

 

「そうだなぁ……次は何に付与しよう?」

 

 ミィスに似合いそうなもの……服はちょっと目立つし、洗濯などで着替えないといけなくなる。

 やはり常に身に着けるアクセサリーなどが定番だろうか?

 

「例えばネックレスとか……ひゃぅ!?」

 

 ミィスを抱きしめたまま、アクセサリーの設計に思考を飛ばしていると、首筋にミィスの寝息がかかってきた。

 くすぐったいような、温かいような、そんな感覚に思わずびくりと身体が硬直する。

 

「こ、これはアブナイ。ヘンな気持ちになっちゃう」

 

 さすがに疲れて眠っているミィスの下で、いろいろ致してしまうわけにはいかない。

 そんなわけで必死に思考を設計に引き戻し……

 

「あ、首輪とかいいかもしれない」

 

 ……危ない方向にズレた。

 いや、ミィスは明らかに子犬系な属性持ちだから、似合うとは思うんだ。

 でもそれはちょっと……背徳過ぎて……

 

「いいじゃん?」

 

 今日見た毛布一枚羽織っただけのミィスの姿。そこに犬用の首輪を追加してみると、予想以上にそそられた。

 これを実現しない手はない。

 

 そんなことを考えながら、僕もいつの間にか眠りに落ちていたのだった。

 

 

 

 翌朝、僕はミィスの下で目を覚ました。

 一瞬何事かと驚愕したが、昨夜、自分が要求した罰だと思い出し、安堵した。

 

「それにしても、律義に朝までお布団の刑に準じるとは、なんと素直な――!?」

 

 そこまで言って、僕は下腹部の違和感に気が付いた。

 そこには、朝の生理現象によって一足先に元気を取り戻したミィスの雄姿があった。

 僕の体格はあまり大きな方ではないが、それを差し引いても僕のへその辺りまで届くそれは恐怖すら覚える。

 

「う、ちょっとこの状態は初めて見たかもしれないけど、凶悪過ぎませんかね?」

 

 お腹破れちゃうかもしれない。なんてことを考えてはいたが、さすがにそんな無茶なことはあるまい。

 そもそも僕は全裸になれば、防御力が跳ね上がるのだから、きっと大丈夫だ。

 なんて馬鹿なことを考えつつ、ミィスの下から這い出して着替えを済ます。

 今日はギルドの呼び出しがあるので、残念ながらミィスとイチャつき続けるわけにはいかない。

 

「それにしても、ナッシュたちがアンデッド化かぁ」

 

 僕の中にインストールされた知識では、そんなに早くアンデッドになったりはしない。

 特にナッシュの場合、前日に処刑され、翌日に僕たちの到着したこの町に襲い掛かってきた。

 時間経過で言うと、半日程度しか経っていない。

 

「何らかの手が入った可能性が高い、かな?」

 

 だとすれば誰が? なんのために?

 そもそもナッシュが持っていた強欲の結晶って石は一体なんで、どこから入手したのか?

 今回の事件、まだまだ分からないことが多過ぎる。

 

「その辺もギルドに報告しておかないといけないよなぁ」

「んうぅ?」

 

 僕の言葉を遮るように、ミィスが呻き声を出した。

 目をこすりながら半身を起こす彼の姿を見て、僕は再び決意する。

 

「よし、やっぱり首輪で決定だな」

「うぇ、なんの話ぃ?」

「んふふ、なんでもない」

 

 素材になる首輪を入手してこないといけない。

 いろいろとブッ込んである僕のインベントリーだが、さすがに首輪なんて物は入ってない。

 ないなら作るか、購入してこなければならない。

 

「ミィス、ギルドに行く前に買い物に行くから、早く着替えよう?」

「うん。あ、そうだ」

「ん、なに?」

「おはよう、シキメさん」

「おはよう、ミィス。僕の寝心地はどうだった?」

 

 僕の言葉に昨日の状況を思い出したのか、顔を真っ赤にするミィス。

 それを悟って顔を隠しながら僕に枕を投げつけてきた。

 

「わぷっ!」

「もう、シキメさんってば、すぐにエッチなこと言うんだから!」

 

 ミィスのいつもの態度に少しばかり安心する。どうやら、体調には問題ない様子だった。

 それはそれとして、隠すなら顔より下の方じゃないのかね、ミィス。

 さっきからブルンブルンしてて、こっちの方が目のやり場に困るんだが。

 

 

 ここは国境に位置する町で、北にある山を越えれば他国に入ってしまう。

 それ故に北側の門は頑丈で兵士もたくさんいる。

 その国境を超えるべく、旅人も多数流入していて、旅人が増えれば落とす金も増える。つまり町が栄える。

 風が吹けば桶屋が儲かるみたいな理論だが、事実として賑わっているのだから、しかたない。

 

「すごい人出だね」

「ミィスも迷子にならないでね。さすがにこの人ごみじゃ、見付けられないかも」

「う、うん」

「そうだ、手を繋いでいこう」

「ええ!?」

「今さら恥ずかしがる仲じゃないでしょ」

 

 僕は強引にミィスの手を取り、市場の中を練り歩く。

 

「今日は何を買いに来たの?」

「マーテルの町で臨時収入があったからね。食料と水の補給、それに錬成用の資材も追加したいし」

「あ、ポーションとかたくさん作ってたもんね」

「うん、まぁね」

 

 ポーション便に限って言えば、まだまだ余裕はある。薬草類も、ギルドに言えば売ってもらえるだろう。

 僕が目指すのは革と金具。それに物理防御を強化するための練成素材だ。

 それらの品を捜すべく、左右に視線を飛ばす僕に、背後から声がかけられた。

 

「すみません、シキメさん、ですね?」

「いいえ、人違いです!」

 

 振り返った先にいたのは、フードを目深にかぶった怪しい男。

 そもそも僕の名前を知っているということは、昨日ギルドにいた人間ということになる。

 なら考えられる最大の可能性は……勧誘だ。

 ここで甘い顔をすると、ナッシュのように面倒になることは学習した。

 だから僕は一刀両断に会話を斬り捨て、足早にその場を立ち去ったのだった。

 

「あ、ちょ――!?」

 

 背後で男が何か言っていたようだが、無視するに限る。

 これは僕が、この世界に来て学んだ処世術の一つなのだ。

 



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第58話 注目の理由

 怪しい男の追跡を、敢えて人混みの多い場所を駆け抜けることで、振り切る。

 ギルドの前までやってきたが、さすがにこの混雑で追跡劇を演じることは避けたのか、追っては来ていなかった。

 

「よし、撒いたな」

「今の、誰かな?」

「きっとナッシュみたいなナンパだよ。関わらないに限る」

「射っていい?」

「ダメ、人目のある場所では避けなさい」

 

 どうもミィスは、ナッシュを倒したことが変な自信になっているのかもしれない。

 最近、やたらと過激な意見が飛び出してくる。

 

「いい? ミィスはまだ子供なんだから、危険なことからは逃げなさい」

「うん、わかった」

 

 昨日、デュラハンに突撃しておいて、平然とそんなことを言っている。

 自覚があるんだか、無いんだか、よく分からない状況だ。

 

 ともあれ、ここまで来たんだから、さっさとギルドの用事も済ませてしまうに限る。

 僕たちはギルドのドアを開け、ホールへと踏み込んでいった。

 すると、中にいた冒険者たちの視線が、一斉にこちらに注がれた。

 

「な、なに!?」

「僕にも分かんないよ!」

 

 その視線の圧に、僕たちはそろって腰が引ける。

 冒険者たちも、僕たちに視線を向けるが、積極的に話しかけるようなことはしない。

 どこか、互いに牽制し合っているかのような、そんな雰囲気だ。

 

 しかしこの後、支部長とも話をしなければならない。

 先ほどと違い、逃げるわけにもいかず、僕たちはカウンターへと歩を進めた。

 しかしカウンターに到着する前に、ギルドの職員が話しかけてくる。

 

「シキメ様、お待ちしておりました」

「あ、はい」

「支部長は私室にてお待ちです。こちらへ」

「お手数かけます」

 

 案内されている最中、僕は手持ち無沙汰になって、先ほどの冒険者の態度を聞いてみることにした。

 前を行く職員の背中に向けて、質問を飛ばす。

 

「あの、先ほどの冒険者たちは――」

「ああ、あれですか。あなた方にお礼を言おうとしてたのでしょう」

「お礼?」

「先日、あなたの回復ポーションで命を救われたものも多いですから」

 

 言われてみれば、昨日の騒動では、僕のポーションが無ければ致命傷になっていた者も多数いた。

 中には何度も怪我を負った人もいたくらいだ。

 

「それにミィスさんも」

「ボクもですか?」

「ええ。あなたの援護射撃が無ければ、危険な状況でしたから。それにデュラハンを仕留めたのも、あなたでしたし」

「そういえば……」

 

 聞いた話では、デュラハン三体は、全てミィスによってとどめを刺されていたらしい。

 遥かに格上の相手に、よく無双できたものだと感心する。

 

「無双って程でもなかったらしいけど」

 

 ちらりとミィスを見てみると、頭の上に『?』マークを浮かべて、首を傾げている。自分が何を成したかを理解していない様子だった。

 この調子だと、また強敵に向けて突撃しかねない。早く防御の充実を行う必要があるな。

 

「支部長、シキメさんとミィスさんをお連れしました」

「おう、待ってたぞ」

 

 扉をノックし、中の支部長に報告する職員。

 帰ってきた返事に扉を開け、僕を室内へ案内すると、職員の人はそのまま退室した。

 

「今日は済まなかったな。個別に話を聞きたい案件だったから」

「口裏合わせとか、されちゃ困りますもんね」

「まぁ、その……表現的には問題があるが、そんなところだ」

 

 ナッシュを処分し、その翌日にアンデッド化して襲撃してくる。

 この報告内容から、僕たちがもっと早い段階――例えば、町を出てすぐにナッシュたちを始末したと疑われる可能性もあった。

 そう言った事態への口裏合わせをされないように、個別に面接し話を聞くことにしたのだと推測できる。

 

「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はこの街のギルドの支部長であるゴステロだ」

「あ、はい。シキメ・フーヤです、よろしく」

「み、ミィスですっ!」

 

 改めて自己紹介する支部長に、僕は丁寧に頭を下げて挨拶した。

 それを見て、ミィスもぴょこんと頭を下げる。

 動きが激しくて、首の後ろで縛った髪が犬の尻尾のように揺れていた。

 

「それで、ナッシュを殺害した状況だが……」

 

 ゴステロ支部長は、改めて今回の事件の発端となったナッシュの暴走事件について聴取した。

 とは言っても、僕としても新たに報告する様な事案はない。

 昨日……いや、一昨日にナッシュを殺害し、昨日デュラハン化して襲ってきたという事実だけだ。

 

「しかし、たった一日、いや半日でアンデッド、それもデュラハンになるなんてなぁ」

「僕も最初は信じられませんでしたよ。でもほら、あんな石もあったわけですし」

「あー、あれなぁ」

 

 強欲の結晶と名付けられていたあの石は、調査のためにギルドへと預けている。

 というか、僕自身持ち歩きたくない。

 

「はっきり言って、正体は全く不明だ。まだ一日しか調べてないけどな」

「なにか分かったら知らせてくれますか?」

「とは言っても、お前はしばらくしたら町を離れるのだろう?」

「そうだった……」

 

 僕はいつまでもこの町に逗留するわけではない。むしろできるだけ早く、この国から出ていきたい立場だ。

 貴族を暗殺している以上、捕縛の手が伸びてくる危険はいつまでも残る。

 

「通信の魔道具とか、存在しないですよねぇ」

「通信?」

「あーいえ、離れた相手とオハナシできたら便利だなぁって」

「そうだな。そういうのがあれば、世界が変わりかねんが」

 

 軍事においても、通信、索敵、輸送の発達は戦場の有様を変えてきた。

 それは地球においてもそうだったので、この世界ではさらに効果が大きいだろう。

 ただでさえ、拡張鞄という輸送の切り札があるこの世界。通信が発達したら、一気に戦場の様相が変わりそうだ。

 

「まぁいっか。僕が深くかかわることも無いだろうし、これから北に向かうんだから、お任せしちゃおう」

「それって『ギルドに丸投げ』って言うよな?」

「そ、そうともいう」

 

 厄介ごとを持ち込まれたゴステロさんは、ジットリした視線を僕に向けてくる。

 とはいえ、これを放置するわけにもいかないし、僕に強欲の結晶を突き返すわけにもいかない。

 結局この一件は、ギルドが管理するしかない状況だ。

 

「まぁいい。あの石はギルドで預かっとく。お前がまたこの町を訪れたら、わかったことを報告する。それでいいか?」

「ええ。多分帰りに寄りますから。でも二年くらい先になるかも」

「それくらい時間がありゃ、何か分かってるだろうさ」

「じゃあ、そういうことで」

 

 僕は軽く一礼し、ゴステロさんに感謝を示す。

 ギルドに問題を持ち込んだことは、僕も理解していた。

 

「こっちこそ、大ごとになる前に事態を知ることができて感謝してるさ。だが他の連中からも話を聞かにゃならんから、もう少し町にいてくれ」

「それはもちろん。どのみちエルトンさんが出発しない限りは、身動き取れませんから」

「わかった。じゃあその間は坊主とイチャコラしといてくれ」

「ええ。遠慮なく」

「遠慮してください!?」

 

 最後に振ってきた冗談に便乗し、ミィスを(もてあそ)んでおく。

 この支部長、たった一日でミィスの(いじ)り方を心得るとは、なかなか油断できない人物である。

 



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第59話 ゲームにない職業

 ひとまずの聴取を終えた僕は、ゴステロに一つ頼まねばならないことがあったことを思い出した。

 それは先ほどの怪しい男のことでもあり、このギルドに入った時の視線のことでもある。

 

「ゴステロさん、さっきギルドに入った時なんですけど……」

 

 そう切り出した僕に、ゴステロはポンと手を打って事情を察した。

 この辺りの話の速さは、さすがというべきか。

 

「ああ、やっぱ注目されたか?」

「ええ。ドン引きするくらい」

「そりゃあれだけ派手なことすりゃ、注目もされるだろうさ」

 

 そう言われて、僕は少し首を傾げた。

 昨日のことを言っているのだろうが、やったことと言えば、拡張鞄から取り出す振りをして、インベントリーからポーション出しまくったことと、その場で作ったことくらいだ。

 作ったのは最下級の十級ポーションで、それも錬成台に敷いた錬成陣を使用した速度重視の物だから、これも大したことじゃない。

 

「自覚なしかよ。いいか? 五つの工程を並列処理するってのがどれくらいバカげたことか……」

 

 そこからゴステロによるお説教が、懇々と続けられた。

 どうも通常の錬金術師は一つの工程しか同時に行えないらしい。

 僕はそれを五つ同時に、別の工程を同時にこなすというのは、ゴステロも初めて見たのだとか。

 

「そんな人間を放置しようなんて考えるはずがないだろ。礼を言いたい、あわよくば仲間に引き入れようなんて考える奴は、そりゃあ出てくるってもんよ」

「それはそれで困るんですよねぇ」

 

 なにせ僕たちは、この国から一時逃げ出そうとしている人間だ。

 それがこの国で活動するというのは、本末転倒である。

 

「勧誘とかホント困るんで。ここに来る途中も変な男に絡まれましたし」

「迂闊に手ぇ出すなって通達しておいたのに、まったく」

 

 チッと舌打ちして、ゴステロは椅子に背を預けた。

 その態度はどこからみてもヤの付く自営業の人である。

 少しだけ、自分がアヤシイお店の面接に来た気分になった。

 

「お前の生産能力は貴重だ。ギルドとしても手放したくない。それはこの町の話に限ったことじゃないぞ」

「そう言ってもらえて光栄です」

「だから、できるだけお前の意向には沿うようにしたい。そうだな、ギルドから護衛を付けるか。抜け駆けするバカを排除するために」

「そこまでしてもらわなくても……」

「しねぇとまた付きまとわれるぞ」

「うっ!?」

 

 今回宿泊している宿は、マーテルの町の宿ほど高級ではない。

 出入りはわりと自由だし、セキュリティもほとんど無いも同然だ。

 そこで僕がフリーに扱われた場合、部屋の前に勧誘の行列ができることは、充分に察せられた。

 

「ぐぬぅ……しかたないです、お願いします」

「よし、ハーゲンの野郎にでも言っとく」

「ハーゲンさんですかっ!?」

 

 思わずツッコミを入れたが、考えてみれば、これ以上の適任はいないだろう。

 旅の間に気心も知れているし、どうせこの後も同行する相手なのだから、効率もいい。

 新しい護衛を雇うより、手っ取り早いだろう。

 こちらの事情にも、秘密にしている分を除けば、ある程度明るい。

 

「ま、まぁ、無難ですよね?」

「だろう? あいつらもどうせ足止めされてる間はやることないんだ。遠慮なく護られとけや」

「はいはい」

 

 おざなりではあるが、最適な相手を選んでくれたのは感謝している。

 だけどなんとなく、その容貌から素直に感謝しきれないので、雑な返事を返してしまった。

 それでも部屋を退室する時には、笑顔で礼をすることができた。

 怖い容貌だけど、気が付けば気を許してしまっていることに、その時気付く。

 実はこの支部長、かなりやり手なんではなかろうか?

 

 

「というわけでミィス。ハゲのハーゲンさんとお買い物に行くよ!」

「はぁい!」

「誰がハゲだ、コラ。この頭は剃ってるだけだ」

 

 ギルドに呼び出され、有無を言わさず護衛に着けられたハーゲンに向けて、少しお茶目に冗談を飛ばしてみる。

 彼がこの程度で怒らないことくらいは、旅の間に理解していた。

 おそらくは仲間からも名前と頭を散々弄られてきたに違いない。

 

「すみません、冗談です。でも買い物がたくさんあるので、付いてきてくれるのは助かります」

「俺は荷物持ちかよ」

「いえ、周囲の人が近付かなくなるので」

 

 禿頭で体格が大きく、身の丈に合った巨大な大戦斧を持つハーゲンは、その場にいるだけで周囲に威圧感をぶちまける。

 これなら余計な勧誘も近付いてこないだろう。

 

「それじゃ早速行きましょう。まずは革製品で欲しい物があるんです」

「食料とかじゃなくてか?」

「それは喫緊の問題ではないので」

 

 食料や水は確かに必要だが、出発まで間がある現状、すぐに必要というほどでも無い。

 むしろ早めに購入してしまうと、傷んでしまう可能性がある。

 なので出発間際に買うのが適切だろう。

 

「しかし革製品なぁ……そこらの露店で売ってるのはダメか?」

「やはり品質というモノがありますし……あ、これカワイイ」

「おいィ!?」

 

 雑貨屋に向かう途中で、僕は星マークの入った大型犬用の首輪を見付けた。

 なぜこんな国境に近い町でと思わなくもないが、これはどうやらテイマー用のアイテムらしい。

 

「テイマーっているんですね」

 

 魔獣や動物を使役するテイマーという職業は、僕のやっていたゲーム以外では聞いたことはある。

 しかしやっていたゲームでは、そういった職業は存在しなかった。

 これも、ゲームと現実の違いというところだろうか?

 

「お、嬢ちゃん、なかなか目が良いね。こいつならどんな魔獣も言いなりってもんよ」

「ほぅ、言いなりですか」

「おう、自由自在に使えるようになるぜ」

「ほほぅ、自由自在に!」

「しかも術者の補正でスタミナも上昇するんだから、至れり尽くせりって寸法よ!」

「スタミナアップで至れり尽くせり!?」

 

 ちらりと横のミィスに視線をやり、彼を自由自在に操れる未来を無双する。

 思わずじゅるりとよだれを啜ってしまったのも、無理はあるまい。

 

「僕の思うままに……腰を……うん、悪くない」

「ちょっと待って! シキメさん、誰に使うつもりなの!?」

「え、ミィスに」

「やっぱり!」

 

 ミィスに使って僕を押し倒させ、優しく、しかし荒々しく、それでいてぎこちなく。スタミナが尽きるまで……

 

「おっと、いけない。よだれが」

「ぜぇったい要りませんからね!」

「え~、いいじゃない、ちょっとだけ。先っぽだけだから」

「なんの話!?」

 

 いつもの僕たちのやり取りなのだが、露店のおじさんはこれを見て大爆笑していた。

 ちなみにハーゲンは、これまたいつもの呆れ顔だ。

 

「あっはははは! 悪いな嬢ちゃん、さすがにこいつは人間には効かねぇんだよ」

「なぁんだ」

「あぁ、よかった」

「でも効果を強化したら、できるかもしれないな」

「よしやってみよう」

「お願いヤメテ!」

 

 早速商品を購入した僕に、ミィスが飛びついて首輪を取り上げようとする。

 しかしミィスと僕では、まだ僕の方が身長が高い。

 僕が手を上げて届かない場所に首輪を持っていくと、ミィスがピョンピョン飛んでそれを取り上げようと暴れる。

 それがまるで、子猫がじゃれついてくるみたいで、見ていて楽しい。

 しかしそれをハーゲンが没収した。

 

「あ、なにするんです!」

「そのくらいにしとけ。坊主が本気で泣くぞ?」

「ム、それはちょっと可哀想ですね」

 

 納得した僕に、ハーゲンは首輪を返してくれた。

 目の前で不貞腐れているミィスに向けて、僕は本当の理由を説明してあげた。

 

「あのね。これはミィスの防御力を上げるための素材にするんだよ」

「え?」

「この間みたいに、ミィスが危険な目に合うかもしれないから、もっと強化しようと思ってね」

「そ、そうなんだ。よかった」

「そういうわけで、安心してね」

「うん、ありがとう」

 

 ニコっと僕に笑顔を向けるミィスに、僕はドキッとした。

 しかしその笑顔もそれまでだ。

 

「あれ、でもなんで首輪?」

「え、似合うと思ったから……」

「やっぱダメェ!?」

 

 ミィスは再び抵抗をし始めたが、こればっかりは譲れない。

 何度も問答を繰り返し、無理やり試着させた結果、首輪ミィスが爆誕したのだった。

 



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第60話 新装備

 あの後、ミィスが泣いて頼むので、首輪による防御力強化は泣く泣く諦めた。

 いや、ミィスも事情は察しているので断ったりしなかったが、首輪をつけたまま恨めしそうにこちらを見つめ続けるので、諦めざるを得なかったというか。さすがに良心が痛んだというか。

 最終的にはチョーカーのようなデザインにして、首輪に付いてた星の飾り物をそこに移植することで納得してもらった。

 

 宿に戻って、さっそく錬成付与を開始することにした。

 ちなみにハーゲンは、ギルドの配慮で隣の部屋に移動してきている。

 これで何かあれば、すぐに彼に頼ることができるというモノだ。

 あのゴステロという支部長、なかなかに気が回る。

 

 それはそれとして、僕はまず、既存のチョーカーを用意してミィスに合わせてみる。

 これを基本として、素材から自分で作り上げるつもりだった。

 

「どうして最初っからこのデザインにしてくれなかったのかなぁ」

「いやぁ、せっかく似合ってたのにもったいない」

「ボク、また泣くよ?」

「それは勘弁して。ミィスのガチ泣きは僕に堪える」

 

 入れ物が完成したら、次は中身だ。

 チョーカーに込める付与は防御力向上、サイズ補正、そして魔法への防御も込めておきたい。

 とは言え、大した素材も使っていないこのチョーカーでは、付与の効果は対して大きなものにはできないだろう。

 

「んー、ミィス、やっぱりこっちのドゥームスパイダーの糸を使わない?」

「それ、終焉の魔獣とか呼ばれてる怪物だよね?」

「そうなんだ?」

 

 言われてみれば、奴が徘徊しているのは最終ダンジョンの最終階層。しかもメインの敵として登場する。

 他のモンスターに率いられるザコではない。

 途中に存在するボスではないが、それに準ずる高位モンスターだった。

 

「むむむ……さすがにそれはマズいか」

「マズいなんてものじゃないと思うよ?」

「じゃあ、もう少しランクを下げて……糸出す魔獣っていうと、ヘルキャタピラー?」

「それも世界は滅ぼさないけど、国くらいは滅ぼす魔獣だよ」

「ぐぬぬ」

 

 確かに終盤に登場する敵ではあるが、それほど強くなかったはず。

 ちょっと巨体で、攻撃力が高くて、普通の武器だと傷一つ付かないくらい硬いくらいで。

 その後も何度かミィスに確認してもらったが、僕の提供できる素材では、騒ぎになりそうにないものは作れそうになかった。

 

「しょうがないにゃあ。でもこれだと、物理と魔法の防御値を百五十ほど上げるのがせいぜいで……」

「シキメさん、百五十がどの程度なのかボクには分からないけど、そういうのって貴族が身に着けるくらいの装備だからね?」

 

 実はミィスが今身に着けている指輪が、同程度の防御値を持っている。

 デュラハンがこの防御を突破できなかったのは、その攻撃が防御値を突破できなかったからだ。

 僕が知る限り、デュラハンというのはもう少し強い敵のはずだったのだが、ナッシュにはアンデッドの適性が無かったということだろうか?

 もしくは、やはり促成栽培のアンデッドでは、通常より劣るシロモノしかできないということかもしれない。

 

「指輪の方が付与強度が高いのは、やっぱ金属だからかなぁ」

 

 結局取り出したのはヒュージスパイダーという、序盤の敵の糸。

 これはようやく集団に対する魔法を覚え始めた頃に出てくる敵だ。

 素材の付与強度――付与できる魔法の強さ――はほぼ最低限だが、それでも市販品のチョーカーよりは高い。

 

 錬成台を取り出し、糸を布にするための【紡績】の魔法の準備を整える。

 そしてできるだけ防御値を確保するために、サイズを整えるサイズ補正の能力を排除することにした。

 サイズが調整できなくなるため、ミィスの首周りのサイズを計ることにした。

 

「というわけでそこに立って」

「うん」

「ふむふむ?」

「あの、シキメさん?」

 

 僕は背後から抱き着くようにしてミィスに密着し、首周りをメジャーで計る。

 もちろんその際に胸を押し付けることも忘れない。

 それを感じ取ったのか、ミィスがもじもじと動き出していた。

 

「ほら、動かない」

「そんなこと言ったって……」

「気になるならあとで思う存分揉ませてあげるから」

「揉みませんし!」

「じゃあ僕が揉んでいい?」

「ダメです!」

 

 ミィスの下半身に伸ばした手は、ぺシリと叩いて撃墜された。

 

「おのれ、ミィスがいい子過ぎて、全然手を出してくれない」

「そういうのって恋人がすることでしょ。ボクたちはまだ違うし……」

「よしなろう。今すぐなろう」

「だから、そんなに心配しなくても、ボクはシキメさんを嫌いになったりしないって」

「うう、本当にミィスが聖人過ぎてツライ」

 

 ミィスは僕の欲望まみれの行動すら、一人になることを心配して媚を売っていると誤解している。

 僕としては、女体の神秘に迫りたいだけなのに。

 

「ま、まぁいいか。気を取り直してっと」

 

 サイズ補正機能を外すなら、ミィスの成長に応じてサイズを作り直す必要が出てくる。

 しかしこれはベルトの構造を取り入れるなどすれば、調整可能になる。

 星の飾りを取り付けることだし、これで調整する機構を隠せば、デザインも悪くならないだろう。

 

「少し長めに作って、この飾りのところで調整するようにするからね?」

「うん、わかった」

 

 機構の説明を先にしておき、続いて糸を布へと加工する。

 錬金台に錬成陣を設置し、その上に糸を置いて魔法を起動する。

 できあがった布をさらに【加工】で帯状に加工してから飾り金具を取り付ける。

 最後に【付与】で物理と魔法の防御値を強化して、完成だ。

 

「はい、できた」

「いつもながら簡単に作るけど、魔道具ってこんなに簡単に作れるものだったかな……?」

「細かいことは気にしない。ほらほら!」

 

 作ったチョーカーは黒い帯に赤いラインの入ったちょっとおしゃれな感じの物だ。

 そこに星の飾り物が付いていて、そこに長さを調整する巻き込み機構みたいなものを付けておいた。

 完成したものをミィスに着けてもらうと、飾りっ気のない美少女の、精一杯のおしゃれ感が出ていて、実にいい。

 

「オッケー、可愛いよ!」

「そこはカッコいいって言ってほしいなぁ」

「カッコいい子は膝をすり合わせてもじもじしたりしない!」

 

 ビシッとミィスに指摘すると、自分の仕草に気付いたのか、がっくりと床に手をついた。

 

「なんてこと……ボクよりシキメさんの方が男らしいなんて」

「そっち!?」

 

 確かに僕は今、仁王立ちでミィスに指摘したが、それはそれでなんだかショックだ。

 いや元々が男なのだから、そういったところでガサツになるのは仕方ないところではあるのだが。

 それはそれとしても、ミィスの仕草が女性的過ぎるのはある。

 

「そういや、ミィスはなぜそんなに女の子っぽいの?」

「うぐっ、その言い方は……」

「ああ、ゴメンゴメン。でもほら、ミィスは最初の時も僕が気付かなかったくらい仕草が女の子してたから」

 

 初めて会った時も、お風呂に入るまで彼が男だと気付かなかった。

 それくらい、彼の仕草は女性的だった。

 

「それは多分、父さんが死んでから、近所のおばさんたちに育てられたからっていうのはあるかも」

「なるほどぉ。女性に育てられたから、女性的な仕草が身に付いたと?」

「あと、近所のお姉さんたちが、よく女の子の服を着せてきたり……」

「気持ちは分かる。すごく分かる。今から着る?」

「わからないでいいから! あと着ないから!?」

 

 ポカポカと胸元に殴りかかってくるミィスに、僕は笑いながらその頭を押さえ、攻撃を封じてみせた。

 手の長さの違いが彼の攻撃を封じ込める。

 このやり取りのおかげで、僕の精神は大きく癒されていた。

 ギルドでの視線や、変な男に付きまとわれたりと、今日は本当に気疲れが激しかった。

 ミィスといると、こういった疲労が瞬く間に癒されるので本当にありがたい。

 まるでマスコットのような彼に、心の底から感謝したのだった。

 




精神耐性リング
防御力:20 重量:1
特殊効果:精神耐性値50上昇
取引価格:12万ゴルド
補記:安い素材を高い技術で限界まで耐性を付与された一品。ちょっとした小楯くらいの防御力を持っている。
耐性値は100の場合、同程度のレベルからの完全耐性を得られる(レベル差補正で低下していく可能性あり)。

呪詛耐性リング
防御力:20 重量:1
特殊効果:呪詛耐性値50上昇
取引価格:15万ゴルド
補記:安い素材に高い技術で限界まで耐性を付与された一品。耐性を取りにくい呪詛に抵抗し、小楯程度の防御力はあるため、取引価格が跳ね上がっている。

ミィス専用 精神・呪詛耐性リング
防御力:150 重量:1
取引価格:100万ゴルド
特殊効果:精神耐性値50上昇、呪詛耐性値70上昇 
補記:ミィス専用に高価な素材を使って錬成された品。精神耐性値がやや低い分、軽い鎧程度の防御力強化されている。

ミィス専用 物理防御チョーカー
防御力:50 魔法防御:50 重量:1
取引価格:5万ゴルド
補記:最低レベルの魔獣素材にシキメが付与を行った品。
物理防御だけでなく、こっそり魔法防御も強化されている。
指輪と合わせると板金鎧並みの防御力を誇る。


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第61話 呪いの装備の活用法

 ミィスの防具に目途が立ったところで、今度は僕の装備について考える。

 言うまでもなく、僕が最大の力を発揮できるのは裸の時だ。

 しかし魔術師としてなら話は別になる。

 現在、魔法はレベル補正の影響で強くて使い物にならない状態だが、これをどうにかすれば魔法職として戦えるようになるかもしれない。

 

「というわけで、呪われた装備~」

「しまって!?」

 

 取り出したのは呪われて防御値が下がる革鎧。

 装備すると脱げなくなるのだが、その効果をミィスも知っていたのか、速攻で拒否されてしまった。

 

「大丈夫だよ、解呪用の聖水もあるから」

「平気と分かってても、いい気分しないよぉ」

 

 まぁ、防御値を下げたところで、魔法の威力が下がるわけではないので、今回は意味が無い。

 問題は魔法の威力をどうやって下げるかという点である。

 

「魔法の威力を下げる、かぁ」

「シキメさんでも難しいの?」

「僕だって何でもできるってわけじゃないし」

 

 とはいえ、魔法の威力を下げるのは、いくつか心当たりはある。

 

「魔法の威力を下げるなら、まず魔法関連のステータスを下げるとかかな?」

「すてーたす?」

「あー……魔力とかそんなの?」

 

 この世界の測定器では、レベルなどは計ることができるが、ステータスまでは表示されない。

 そもそもレベルが何を基準にして上昇しているのかも、怪しいところだ。

 経験値を入手し、レベルが上昇する。上昇したとして、何が上がったのかは、ゲームと違い分からない。

 だが、魔法の威力を下げるのは、比較的簡単だ。

 知力や魔力と言ったステータスを下げればいいのだから。

 それらは現状では確認しようがないが、そういった効果を持つアイテムは存在する。主に呪われた装備として。

 

「例えばこの重圧の杖とか、ステータス全般が低下する効果があるから、魔法の威力が下がるはず」

「へえぇ。でもどうしてそんなものを持ってるの?」

「うっ、それは……コレクター魂が疼いて……」

 

 実際、マイナス効果ばかりで、持っている意味はまったくない装備だ。

 しかし全種コンプリートした状態じゃないと気持ち悪くなるのが、マニアというモノである。

 そう言った性質の影響で、この呪い装備もインベントリーに残されていた。

 

「ま、まぁいいでしょ! でも今からじゃ試射にも行けないなぁ」

「そもそも町からも出れないでしょ」

「そういえばそうだった……」

 

 ゴステロ支部長の聞き取り調査が済むまで、僕たちは町から出れない状態だった。

 今の僕の魔法を、町中で試射するのは危険過ぎる。

 結局、装備を用意しても、それを試すのはしばらく無理そうだった。

 

 

 

 翌朝になって、僕たちはまた買い物に出ることにした。

 エルトンも出立を足止めされているため、僕たちも調査のことが無くても出発することができない。

 もてあます時間に何をするかというと、ミィスを弄るか、素材を弄るかしかなかった。

 

「というわけで、今日は別のアイテムを作ってみようと思うんだ」

「別の? ボクの以外に?」

「そうそう。ミィス以外にも、僕の分も必要になるし」

 

 無装備特典という特典にならない特典がある以上、僕は服を着た状態では戦えない。

 体力だけはレベル相応にあるが、それとて急所に攻撃が当たった場合、どうなるか分からない。

 いわゆる首ナイフ問題である。

 

 ナイフという貧弱な武器では、高レベルのキャラクターに致命傷になるほどの大ダメージを与えられない。

 しかし首という急所にナイフが当たった場合、そのキャラクターは即死するのかどうかという、昔からある問答である。

 もちろん、答えなど出るはずもない。

 それでもここがゲームではない以上、首に刃物が当たれば即死する可能性は、常に考えておかねばならなかった。

 

「特に首周りの防備とか……あ」

 

 そこでふと昨日のことを思い出した。

 

「昨日の首輪……」

「まだ諦めてなかったの!?」

「いや、ミィスに着けてもらうのは諦めたよ? でも僕が着ける分にはいいんじゃないかな?」

 

 大型犬用なのか、結構ごつい造りの首輪だった。

 あれなら首の防護にもなるので、目的に沿う。

 

「え、シキメさんが?」

「そう、僕が。裸で首輪だけとか」

「それは、えっと……」

「妄想した? 似合ってた?」

「し、してないし!」

 

 顔を真っ赤に染めてプイッと横を向くミィスが可愛くて、僕は彼を背後から抱きしめてしまう。

 ミィスは抵抗しないでいたが、もじもじと居心地悪そうにはしていた。

 

「嬢ちゃん、イチャつくのもいいが、買い物があるなら先に済ませてもらえんかな?」

「あ、ごめんなさい!」

 

 もちろん外出するのに僕たちだけというわけにはいかない。

 護衛であるハーゲンもついてきているので、いつものように大っぴらにはじゃれ合えないでいた。

 

「それじゃ、僕たちはこの先の露店に行ってますんで」

「あぃよ。俺は勝手に後ろからついてくから、遠慮すんな」

 

 護衛らしからぬ奔放な発言をして、ひらひらと手を振るハーゲン。

 その気安さに甘えて、僕たちは足取り軽く、露店を目指したのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 仲良く手を繋いで市場をかけていく二人を、後ろから眺める。

 こうしてみると、かなり見栄えのいい姉妹にしか見えないのが恐ろしい。

 一人は少年で、一人はギルドが手放したくないほどの錬金術師とは、とても見えない。

 その少年の方も、デュラハンを三体倒せる猛者なのだから、恐ろしい。

 

「どっちも、揃って自覚がねぇのがなぁ」

 

 わりと重要人物なはずなのに、まったく自覚が無さそうなのに頭が痛くなると同時に、微笑ましくもなってくる。

 そんな彼に背後から話しかけてくるものがいた。

 

「ハーゲン様、ですね?」

「うぉっ!?」

「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。私は旅商人のタラリフという者です、はい」

 

 慇懃に、しかしふてぶてしく一礼する男の姿。

 その仕草にハーゲンは、言いようのないうさん臭さを感じていた。

 

「実は本日、ハーゲン様にお買い上げいただきたい商品がございまして」

「商品? いやそもそもお前が商人?」

 

 仮にもハーゲンは何度も死線を潜ってきたベテランである。

 シキメたちの姿に多少気が抜けたとはいえ、護衛中に背後を取られるほど気を抜いたつもりはない。

 だというのに、この男は背後に、しかもこの距離になるまで、一切気配を感じさせなかった。

 明らかに怪しい。そんな男の持ちかける商談に、乗り気になれるはずもない。

 

「今は仕事中だ。悪いけど他所を当たってくれ」

「いえいえ。見るだけでもいかがでしょう? これなんですけどね」

 

 そう言って懐から取り出したのは、濃い緑色の宝石。

 まるで腐った水に浮かぶ藻を掻き集めて固めたかのような、不穏な気配を漂わせていた。

 ハーゲンはその石を見て、最初不快感を覚え、次に警戒心が薄れるのを感じ、さらに眩暈を起こし、最後にそれらがすっきりと消え去るのを感じ取った。

 

「な、んだ……」

「どうです、こちらの宝石は持ち主に幸運を――」

「ああ、悪いが本当に仕事中でな。商談は後にしてくれ」

 

 こんな怪しい商人を相手にしている余裕はない。シキメたちの姿はすでに人込みに紛れている。

 早く後を追わねば、見失ってしまう可能性があった。

 

「じゃあな!」

 

 そう言うと、有無を言わさずその場を立ち去っていくハーゲン。

 その背中を呆然と見送るタラリフは、ポツリとつぶやいた。

 

「バカな。魅了の効果が出ていないだと――?」

 

 走り去っていくハーゲンの姿は、すでに人込みの向こうに消えた。

 それを見てタラリフは一つ首を振る。

 

「いや、高レベルの冒険者だから耐えきったのかもしれないな。やはり狙い目は抵抗力の低い新人か。シキメを逃したのは惜しかったかもしれない」

 

 そう言うと大きく息を吐き、ハーゲンと反対側へと歩いて行ったのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 



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第62話 禁断の魔法

 僕の服は白衣を除くと、全体的に丈が短い。

 しかもそれでいてサイズが小さくピチピチというわけではなく、各所がゆるゆるの隙間だらけの服装だ。

 それもこれもミィスを挑発するためなのだが、このある意味痴女一歩手前の服装に首輪が付くとどうなるか?

 その答えが目の前にある。

 

「ほらほら、ミィス。シャンと背筋を伸ばして」

「そ、そんなこと言ったって……」

 

 背徳的な格好になった僕を見Tえ、ミィスは膝をすり合わせるようにモジモジし始めた。

 僕はミィスとは逆に、仰け反るほどに胸を張る。

 丈の短い上着はそれだけで胸を覆いきれず、下半球がチラリと顔を覗かせた。

 

「もう、やめてよ、シキメさん!」

「ん~、なぁんのことかなぁ?」

「分かってて言ってるでしょ」

「今さらでしょ」

 

 僕とミィスは、いつも一緒にお風呂に入っている。

 胸だって散々見られていた。今さら下半分チラ見せしたところで……

 

「あ、ひょっとして、これがチラリズムの効果!」

「うぬ~」

 

 ポンと手を打つ僕に対し、唸り声一つ上げてミィスは背後に回り込んだ。

 そのまま背中に抱き着いてくる。

 

「なるほど、こうすれば確かに『前』は見えないね」

「ふふ~ん」

 

 しかも抱き着かれている以上、振り返ってもそこにミィスはいない。

 僕の動きと一緒に、振り回されてしまうからだ。

 

「しかし甘いよ、ミィス君」

「んぇ?」

 

 ミィスは背後から僕に抱き着いている。

 つまり、その手は僕の前に回されていた。

 

「ンフフ、僕のお腹、すべすべでしょ」

「ひゃ」

 

 白衣越しに抱き着いていた手を、お腹の前に移動させる。

 上着の丈が短いので、そこはおへそが丸出しになっている場所だった。

 更に上着の下から胸元へ、逆の手を移動させた。

 言うまでもなく、見せるために下着は着けていない。

 着けないと形が崩れるとよく聞くが、その辺は魔法万歳でどうにかなるだろう。

 

「ん?」

 

 そこで僕はお尻に当たる異物感を覚えた。

 そんな物は言うまでもない。ミィスの持つ凶悪兵器の感触に違いない。

 身長差があり、服や白衣越しでも、なお感じ取れる大きさとは……

 

「あー、その、うん、ちょっと離れようか、ミィス」

「……うん」

 

 その感触にミィスも自分で気付いていたのだろう。そそくさと僕から離れクルリと背中を見せる。

 感触が分かるくらいなのだから、外から見ても一目瞭然。それがミィスクォリティである。

 だからと言って放置するわけにもいかないので、僕はミィスの背中に白衣をかけてあげる。

 彼には少し丈が長いが、前を隠すくらいの余裕はある。

 おかげで露出多めの首輪少女と化した僕が剥き出しになってしまったが、これはある意味自業自得と言えよう。

 

「あのー、お客さん。いい加減店の前でイチャつくの、やめてもらえませんかねぇ?」

「あ、すみません」

 

 僕たちは首輪を買ってその場で身に着け、店先で騒いでいたのだから、店の人が不快に思うのも無理はない。

 ミィスは見かけ少女にしか見えないので、一見すると女の子同士がじゃれ合ってるように見えたから、放置されていたのだろう。

 これが男女のじゃれ合いだと知られていたら、もっと早く『出てけ!』と言われていたはずだ。

 

「お騒がせしましたぁ!」

「ごめんなさーい!」

 

 僕たちは店の人にそう告げて、てってけとその場を後にした。

 もちろん、この行為に頭を悩ませる人物は他にもいる。

 

「おい、お前ら! 護衛を置いて先に行くな!?」

 

 体格の大きいハーゲンは、僕たちと違って人込みを縫って走ることに向いていない。

 ましては、大戦斧を背負っているので、なおさらだ。

 もちろん通行人を傷付けないよう、刃にカバーはかけられているが、大きいことに違いはない。

 そんな彼が、美少女二人を追いかけているのだから、不審に思われるのも無理はない。

 

「おい、待て! 俺は違う、俺はあいつらの護衛だから!」

 

 案の定、見回りの兵士に声をかけられ、不審者として尋問されていた。

 僕とミィスは、その様子を見て笑いを堪えることができなかった。

 

 

 午後からは、ナッシュたちの遺体を埋葬することとなった。

 強力なデュラハンに変化した死体なので、形を残す土葬とはならない。

 骨になるまで焼き尽くし、浄化され、町外れの無縁墓地に捨てられるように廃棄される。

 謎の石に踊らされた結果とはいえ、少々可哀想になった。

 

「まぁ、井戸に毒を投げ込んだんだから、まだマシな方さ。普通なら首を晒されるぜ」

「うわぁ」

 

 ハーゲンの説明に、僕は思わず声を上げた。

 街道沿いの水源は、旅人にとってはまさに命綱だ。

 そこを汚染したという事実は、いかな理由があれど決して赦されない。

 それほどの罪を犯して首を晒されることなく火葬されるのは、まだマシな末路ということは、なんとなく理解できた。

 

「まぁ、連中の首はギルドに提出してるから、晒そうと思えば晒せるんだが……また別のアンデッドになられちゃ敵わんからな」

 

 今回の騒動で、少数ながら死者が出ている。これ以上の危険は、ギルドとしても侵せないというところだろう。

 その当人であるゴステロ支部長が、僕たちの元にやってくる。

 

「聖水の提供、感謝する。前回の回復ポーションの費用を含め、後で報酬を支払うことを約束しよう」

「いや、元はと言えば、僕たちの処理が甘かったからですし」

「処理した内容はハーゲンから聞いている。風の刃の面々の証言とも、食い違いはない。デュラハンの発生は、何らかの異常事態であると認定できる」

「なら、いいんですけど」

「お前らに罪が問われることはないから、安心しな」

 

 デュラハンにまでなってしまったナッシュの死体は、焼いただけでは不安ということで、聖水を使った浄化まで行われている。

 この町の教会で作られている聖水は、最下級の十級の品質がせいぜいだった。

 そこで僕が、さらに高位の聖水を提供して、徹底的に浄化してもらった。

 この聖水は鑑定してもらったうえで使用されているので、今回の浄化についてはギルドの保証付きということになる。

 

 教会の司祭が進み出て、焼き尽くされた骨に聖水をかけつつ、死霊浄化の魔法をかける。

 この魔法は死者を浄化する、僧侶系の対アンデッド用の魔法だ。

 ナッシュの残された骨は、この魔法を受けてさらに崩れ、完全に塵へと変化してしまう。

 ゲーム内では、こうなってはもはや、蘇生魔法すら力を及ぼさない。

 

「蘇生魔法か……」

 

 ここはゲームではなく現実。蘇生の魔法がゲームにはあったが、この世界でその力がどういう結果を及ぼすのか、僕では把握しきれない。

 そもそも、そのレベルの魔法を使える人間なんて、見たこともない。

 

「実験するから死体ください、なんて言えないもんなぁ」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ、なんでも」

 

 僕たちのそばには、ハーゲンとゴステロがいる。

 これ以上不穏なことを口に出すのは危険だ。

 それでなくとも、僕は思ったことが口から洩れてしまうようなのだから。

 気を引き締めるために口元をぎゅっと(つぐ)み、同時にミィスの手を強く握った。

 

「――シキメさん?」

 

 僕の行動に、ミィスが不審そうにこちらを見上げてくる。

 いつものおちゃらけた態度と違うので、不安に思ったのかもしれない。

 僕は彼を不安にさせないよう、できる限りの作り笑いを浮かべる。

 

「大丈夫だよ」

 

 それでももし、ミィスが死ぬようなことになったら、蘇生魔法を僕はためらいなく使うだろう。

 そうならないためにも、彼の身は絶対に守ろうと心の中で誓う。

 ミィスを死なせないために、彼自身にももっと強くなってもらう必要があるはずだ。

 そのためには、彼自身のレベルアップが不可欠になるだろう。

 

 



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第63話 パワーレベリング

 その日、僕たちは町の食堂で朝食をとっていた。

 いつもの町の風景に、デュラハンが起こした災害痕を復旧する非日常が混じり込んだ、朝の風景。

 その騒動も次第に落ち着きを取り戻し始めた、騒々しくも活気のある食堂。

 そこでエッグトーストを齧りながら、僕の耳に飛び込んできたのは――

 

「鉱山の魔獣?」

「ああ、どうやらこの先の鉱山が魔獣の巣を掘り当てちまったらしくてな」

「そりゃタイヘンだ。この町にも影響があるんだろうなぁ」

「鉱石の仕入れは、少し困るだろうな。なんせ連中、攻撃したら爆発しやがるんだ」

 

 聞こえてきた『爆発』という言葉に、僕の身体はピクリと動く。

 ゲームでもそういう行動を執るモンスターがいたからだ。

 

「それ、凄いのか?」

「周辺数メートルに爆風が撒き散らされるんだとよ」

「なんだ、たった数メートルかよ」

「バッカ、おめえ、考えても見ろよ。それだけあれば人一人吹っ飛ばすにゃ充分だろうがよ」

「あ、そうか。そりゃタイヘンだな」

 

 攻撃したら確実に自爆し、否応なく巻き込まれる。

 鉱石系の魔獣だから装甲が硬く、遠距離攻撃が効きにくい。そんな特徴が聞こえてきた。

 鉱山で働く人にとっては、これは災難以外の何物でもない。

 しかし僕にとって、これは天啓のように聞こえてきた。

 

「ミィス、このあとギルドに行こう!」

「むぐ、んぐっ? な、なんで?」

「んふふ、君のレベル上げを敢行するのだよ」

「ふぁ!?」

 

 ギルドに向かうのは、現在のミィスのレベルを記載させるため。

 僕の考えが正しければ、この方法でミィスはかなり強くなれるはずだ。

 もっとも、レベルはおそらく身体能力基準の強さの指標にしか過ぎない。

 実戦経験を積まないと戦い方は身に付かないと思うが、それは後でどうにかするとしよう。

 今はレベルを上げて、ミィスの基礎能力を上げることに注力しよう。

 

 

 そんなわけで、僕たちはハーゲンの護衛の下、ギルドにやってきていた。

 相変わらず視線の矢を受けるが、ハーゲンの存在と、ゴステロ支部長の通達のおかげで、直接勧誘しようとする者はいなかった。

 ただし、あの一件の礼を告げに来る者は、今も少なくない。

 むしろ数名に囲まれてしまい、ハーゲンが『後にしろ』とかき分けてくれる事態になっていた。

 

「悪いな。アイツらも悪気はないんだ」

「知ってますよ。ヘンな勧誘じゃない限りは、機嫌を損ねたりしません」

「そうしてくれ」

 

 カウンターに向かい、受付の人に登録情報の更新を告げ、レベルを測定する石板を用意してもらった。

 相変わらず二桁までしか測定できないもののようだが、ミィスの場合はこれでも充分だ。

 

「それじゃ、こちらに手を……ああ、知ってましたね」

「はい。測定したのはこの前ですから」

 

 ミィスの登録情報はまだ3レベルのままだ。

 しかし僕は、彼のレベルが10レベルまで上昇していることを知っている。

 石板に手を置いたミィスは緊張しているようだが、受付の人は手慣れた様子だった。

 その余裕の表情が、ミィスの測定結果を見た瞬間、驚愕に染まる。

 

「え、レベル――っと、失礼しました」

 

 さすがにレベルを口にするほど迂闊ではなかったようで、口に手を当てて、強引に言葉を切り、謝罪の言葉を口にする。

 周囲を見て、視線が集まっていないことを確認すると、そっとこちらにミィスの登録証を返してくれた。

 そこには僕の測定器と同じ、レベル10の文字。この間までレベル9だったが、デュラハンを倒したことで一つ上昇したらしい。

 周囲の視線も、さすがにカウンターでのやり取りの最中にまで向けるのはマナー違反のため、無理やりな様子で視線を外している者も多かった。

 

「すごいですね。ちょっとした騎士に匹敵する強さですよ」

「そうでしょう、そうでしょう。でもナイショですよ?」

「守秘義務がありますので、そこはご安心を。相手が支部長でも話しません」

「それを聞いて、安心しました」

 

 これでミィスの情報が他所に漏れることも、まず無いだろう。

 まだ十二歳にもかかわらず、このレベル。青田買いしたい者や、騙してこき使ってやろうという人間がいれば、即座に目を付けられる。

 しかし情報がここで止まっている限りは、そういう危険もない。

 

「それじゃ、僕たちはこれで」

「ええ、より一層のご活躍を期待しておりますね」

「アハハ、それはどうかなぁ」

 

 軽く手を振り、カウンターを離れる僕。その僕の姿に、ミィスは意外そうな声を上げた。

 

「えっ!? あの、シキメさん……?」

「ん、なぁに?」

「討伐依頼とか、受けないの? ほら、鉱山――」

「あー。殴ったら爆発する奴でしょ? 無理、無理」

 

 殴るとすぐ爆発する魔獣をなのに、接近戦で倒そうなんて危険すぎる。

 それに僕が目論んでいるのは、討伐証明になる魔晶石を回収できない戦い方だ。

 ぶっちゃけると僕しかできない戦い方なので、ここで情報が漏れるのはマズい。

 

「ほら、ミィス。今日のところは宿に帰るヨー」

「なんか棒読みっぽくない?」

「無い無い」

 

 そう言ってぐずるミィスをカウンターから引き剥がし、僕たちはギルドを後にしたのだった。

 

 

 そうしてやってきたのは、(くだん)の鉱山。

 ここの下層……情報では地下三階分くらい潜った場所にその敵がいるらしい。

 

 そしてここからの戦闘は企業秘密ということで、ハーゲンとロバのイーゼルには留守番をしてもらった。

 鉱山にロバを連れていけないし、ハーゲンにここから先の戦闘を見せるわけにはいかない。

 ハーゲンは渋っていたが、無理についてくる場合、ギルドを脱退して行方をくらますと宣言したら、渋々ながら了承してくれた。

 彼の仕事からすればあり得ないことなのだろうが、今回ばかりは目を瞑ってもらおう。

 

「あんなこと言ってて、結局来るんじゃない」

「そりゃそうでしょ。敵を倒さないとミィスのレベル上げができないからね」

「レベルって、そんな簡単に上がるモノじゃないよ?」

「ここにきて急成長してる人が言っても、説得力ないなぁ」

 

 ミィスの鼻先を指で押してやると、まるですっぱいものを食べたかのように顔をしかめる。

 その仕草が面白くて、つい何度も繰り返してしまった。

 

「もう、シキメさん、イジワルはヤメテよぉ」

「ごめんね。ミィスの仕草がまるで子猫っぽいから、つい」

「むぅぅ」

 

 不貞腐れるミィスだが、彼の言うことも一理ある。

 早くいかないと時間が遅くなるし、別の冒険者が討伐に来る可能性もある。

 この鉱山は町の貴重な収入源の一つだし、事態が長引けば、間違いなく討伐の依頼は入るだろう。

 それまでにできる限り、爆発する敵……おそらくはフロートボムと呼ばれる特殊な魔獣を倒してしまいたかった。

 

「それじゃ行くよ。明かりの準備は良い?」

「あの、本当にボクは何もしなくていいの?」

「うん。それどころか、僕もほとんど何もしないけどね」

「え?」

「私に良い考えがある」

「なんか、不安。それになんで『私』?」

「いや、つい……」

 

 それにこのセリフは失敗のフラグじゃないか。僕としたことが迂闊だった。

 発光する石を埋め込んだバンダナ状の魔道具を頭に着け、前振りとなる補助魔法をいくつか使用して、鉱山へと足を踏み入れる。

 地下から魔獣が沸きだし、人がいなくなった鉱山は、狭い迷宮のような場所だった。

 しかしフロートボムが出現しているため、ここを根城にしようとする他の魔獣も存在しない。

 つまり一気に最下層まで辿り着くことができた。

 細い竪穴を降り、最下層に足を踏み入れ、ほんの数分でフロートボムは姿を現す。

 

「早速出たね。まずは僕が様子を見るから、ミィスは少し離れていて」

 

 パーティ機能があるのだから、ミィスには鉱山に入ってもらう必要はなかったかもしれないが、まぁこれも僕の力を知ってもらう一環と思おう。

 まずは手始めに障壁という補助魔法を使用し、拳でフロートボムをコツリと叩く。

 もちろん無装備特典のない拳では、大したダメージを与えられない。

 しかしその攻撃にも、フロートボムはしっかりと反応し――盛大に爆発したのだった。

 



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第64話 ゴリ押し

 フロートボムの爆発で、僕の視界は一瞬にして赤い閃光と灰色の爆炎で覆われた。

 埃と煤を思いっきり吸い込んで、思わず咳き込んでしまう。

 

「ケホッ、ケホッ」

「し、シキメさん!?」

 

 背後でミィスの慌てた声が聞こえてくる。

 もっとも、この結果は当然と言える。フロートボムを殴れば爆発するのは当然だ。

 

「大丈夫だよ、怪我一つないから」

「……え?」

 

 宣言通り、僕の身体には傷一つ付いていない。

 これは先ほどかけた障壁の魔法による効果のおかげだ。

 この魔法は序盤で覚えることができる魔法で、熟達すれば魔法やモンスターのブレスなどを完全に無効化してしまう魔法だ。

 フロートボムの自爆は、一種のブレスみたいなものだと考えていたので、この魔法が有効だと思っていた。

 

 しかしこの魔法、効果の発動率が凄まじく低いので、序盤はあまり使い道がない。

 その発動率は、なんとレベル当たり1%ほど。しかも上限は95%で頭打ちになってしまう。

 あまりの効果の不安定さから、効果を実感できるのは40から50レベルほどと言われている。

 ちなみにゲームのクリアレベルも、同じくらいだった。

 

「さっきの障壁の魔法は魔法とかブレスを完全に防ぐことができるんだ」

「え、すごい!」

「ただしレベル当たり1%くらいの確率で」

「え、ダメじゃん……」

 

 期待に満ちた視線を向けてきたミィスだったが、一瞬で死んだような目に変化した。

 それでも、僕のレベルを考えれば、この魔法は恐ろしいほどに効果的だ。

 なにせ上限の95%の無効化率を誇るのだから。

 

「僕が使うと、九割以上の確率で無効化しちゃうんだ。でも効果時間が短いことと完全じゃないのが問題点かな」

「へぇ~すごい!」

「でしょ。もっと褒めてもいいのよ?」

「さすがシキメさん。さすシキ!」

「その略し方、どこで覚えてきたの……?」

 

 ともあれ、これでフロートボム相手にレベル上げ(レベリング)が可能であると証明された。

 あとはパーティ機能で、僕とミィスは取得経験値が共有されているので、僕がフロートボムを引き受け続ければミィスもレベルが上がっていくという寸法だ。

 一応ミィスにもこの障壁の魔法の効果は及んでいるので、不意を突かれても問題はあるまい。

 ただし、近接攻撃は防げないので、そこは注意だ。

 それに5%の失敗確率だってある。僕の場合、無駄に高い体力値のおかげで何事もなく済むだろうけど、ミィスはそうはいかない。

 防御策は講じておいて損はないのだ。

 

「それじゃ、ガンガン行くよー」

「あ、待ってよ、シキメさん!?」

 

 僕が先に進むと、ミィスがちょこちょこと後を付いてきた。

 まるでカルガモのヒナみたいなその態度に、思わず笑みを漏らしたのだった。

 

 

 暗い坑道の中で、続けざまに爆発音が響き渡る。

 灯りを頼りにズンズン先に進み、ドンドンと誘爆を誘う。

 そのたびに魔法をかけ直しているのだが、そろそろ使用回数が限界に達するはずだった。

 

「シキメさん、魔力とか大丈夫なの?」

「ん~」

 

 その辺はミィスも気付いていたのか、僕に確認を取ってきた。

 確かに僕の特定の魔力域は尽きかけているはずなのだが、不思議とその気配がない。

 ひょっとすると魔力域も二十キャラ分統合されてしまったのかな?

 それに、魔法の使用回数だけが戦闘力ではない。

 

「まだまだいけるよ。アイテムはたくさんあるからね」

 

 インベントリーから、じゃらりと魔除けの山を取り出す。

 この魔除けには、障壁の魔法が込められており、使用することで障壁の魔法を起動することができる。

 あると便利なアイテムなので、大量のストックが存在していた。

 

「あ、これミィスにも渡しておいた方がいいかもね」

「うえぇ!?」

「大丈夫大丈夫、たいして高いアイテムじゃないから」

 

 渡された魔除けを、おっかなびっくりな手つきで受け取るミィス。

 額を尋ねられたが、その金額を正確に思い出すのに、しばらく時間がかかってしまった。

 

「んーと……確か一万ゴールド――いや、一万ゴルドだったかな」

「高い、高い!?」

 

 考えてみれば、猟師時代のミィスの二か月分の月収に当たる。

 そう考えれば、意外と高いアイテムなのかもしれない。

 

「まぁ、気にしなくてもいいよ。戦利品として拾うだけじゃなくて、錬金術でも作れるアイテムだから」

「そうなの?」

「そうそう。確かキメラの蛇の毒と――」

「だからそれ危険生物だから!」

 

 ミィスのいつものツッコミを受けながら、僕はさらに坑道の奥へと足を踏み入れる。

 そして最下層のさらに先、フロートボムが沸きだしてきたという穴に到着した。

 

「うーん、どうしたものかな?」

「どうかしたの?」

「うん。このままこの先まで進んでフロートボムを殲滅するのは簡単なんだけどね」

 

 この障壁の魔法があれば、致命傷を負う可能性は限りなく少ない。

 しかし、その痕跡を残してしまうと、後から討伐に来た連中が不思議に思うだろう。

 フロートボムの討伐は、すでにギルドに提出されていた。

 しばらくすれば、フロートボムの討伐に、別の冒険者が乗り込んでくるはずだ。

 

「今日のところは、この辺で帰ろうか。もうかなり経験値は稼いだはずだし」

「その、経験値って何?」

「うーん、貯めるとレベルが上がる、目に見えない不思議な力かな」

 

 正直、僕だって正確なところは分からないのだから、答えようがない。

 しかし存在することは確かなので、これを利用しない手はない。

 

「とにかく、元来た道を戻ろう。この先は依頼を受けた人に任せるに限る」

「う、うん。危険なことは避けないとね。正直言って、見てる方が心が痛い光景だったし」

 

 なにせ僕が爆心地に飛び込んでいく光景を、延々と見せ続けられたのだから、ミィスにとっては意外とキツイ討伐だったかもしれない。

 しかもこの戦法だと、戦利品として素材を集めることもできない。

 自爆で根こそぎ爆発四散してしまうのだから、素材が手に入る方がおかしい。

 

 

 そうして僕たちは、途中で煤だらけになった服を着替え、宿に戻った。

 途中でギルドの様子を見てきたが、どうやら討伐の冒険者は集まっていない様子だった。

 そりゃ殴れば爆発する相手なのだから、よっぽど装甲の厚い重戦士くらいじゃないと、旨味は無いだろう。

 いや、それですら、装備の整備を考えると、赤字になるかもしれない。

 あの敵を倒して素材を得るには、一撃必殺で仕留めるだけの攻撃力が必要になる。

 ひょっとすると、今のミィスなら可能かもしれないが、無理をする必要はない。

 

 そして翌朝――

 

「いた、いたたた……シキメさん、なぜか身体が!?」

 

 翌朝、ベッドの上で悶えるミィスの姿があった。

 理由は単純。急激なレベルアップにより、いわば成長痛にも似た痛みに襲われているのである。

 とはいえ、肉体ではなく、中身の方が優先して成長しているようなので、急に巨漢になったり、ムキムキになったりはしていない。

 ぷにぷにだった身体が、しなやかな弾力に包まれている。これは、高い運動能力を得ている証だ。

 

「おお、これはなかなか……いい感触」

 

 柔軟かつ強靭な筋肉に育ったミィスの足をつつきながら、僕はその感触を堪能する。

 子供らしい柔らかさを保ちつつも、それまで以上の強度を持つ肉の感触は、地球でも触れたことのないものだった。

 しかしそれは、痛みに悶えるミィスにとっては、嫌がらせに近い。

 

「シキメさん、痛いから! 今はそっとしておいてぇ!?」

「しょうがないにゃあ。じゃあ、ご飯を持ってきてあげるね」

「うう、ありがとうございますぅぅぅ」

 

 なかば涙目のミィスを置いて、僕は食事の軽食を部屋に持ち込んだ。

 どうにか身体を起こしたミィスの口元に、僕はミルク粥を匙に掬って運んであげる。

 

「はぃ、あーん」

「えぇ、自分で食べれるから――」

「そうなの?」

 

 僕の介護を拒否したミィスの腕を、指でつんつん突ついてやる。

 するとミィスは激痛に悶え、再びベッドの上に倒れ込んだ。

 この様子を見て、介護プレイとミィス弄りで、しばらくは楽しめそうだと含み笑いを浮かべたのだった。

 



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第65話 再出発

 ミィスの筋肉痛が引いた頃合いになって、エルトンの出発準備が整った。

 強欲の結晶という、謎のアイテムを預けっぱなしなのも気になるけど、事が解決するまで居座るわけにもいかない。

 僕は逃亡中の身であり、また依頼を受けている最中でもある。

 調査を依頼しているギルドとの連絡手段が無いことが難点だが、調査は続けてくれるという話なので、イルトア王国の帰りにでも寄って話を聞くことにしよう。

 

「それじゃ皆さん、出発しますよ」

 

 エルトンのゆっくりと馬車を動かし始める。

 ナッシュの襲撃から五日。南方の城門はすでに修復を済ませており、町はかつての平穏を取り戻しつつあった。

 私たちはそんな鉱山の町を後にし、晴れて山越えに向かうことになった。

 

「シキメ嬢ちゃん、ここから先は山越えになる。人手が減って負担が増えると思うが、しっかりと頼むぞ」

「任せてください。ミィスもいることだし、大丈夫ですよ」

 

 今回から風の刃が抜けてしまうため、護衛の人数が減ってしまう。

 そこで鋼の盾のパーティを二つに分け、車列の側面の防御につけてもらっていた。

 私たちはいつものように最後尾を護るので、負担自体は変わらない。

 むしろハーゲンたちの負担だけが増している状況だった。

 

「むしろハーゲンさんの方がつらそうなんですけど……」

「あーいや、ははは……」

 

 頭を掻いて誤魔化しているが、これは苦笑いの意味も含まれている。

 本来ならあの鉱山の町で追加の人員を補充する予定だったが、ナッシュの襲撃で復興のために人手を持っていかれたため、補充ができなかったというのが真実である。

 そのしわ寄せは人数の多い彼らに伸し掛かっている。

 

「一応スタミナポーションは多めに渡しておきますけど」

「ああ、そりゃありがたい。嬢ちゃんの薬は効くからな」

「それだけじゃ、足りませんよねぇ?」

「うっ、まぁ、そこは踏ん張りどころというか……」

 

 頬に一筋の汗を流しながら痩せ我慢をしてみせるハーゲン。だがここから先、山越えが待っているというのに、無理をしては身体を壊してしまいかねない。

 ここは何らかの手を打つことを、考えた方がいいだろう。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 町から離れていく車列。その中にシキメたちの荷車も存在した。

 街壁の上からその様子を見送っていた一人の男は、血がにじむほど拳を握り締め、搾り出すように呻き声を上げていた。

 

「なぜだ……」

 

 激情を持て余し、怒りのままに胸壁に拳を叩きつける。

 素手であるにもかかわらず、胸壁はその衝撃に耐えかねて、ビシリと亀裂が入った。

 これは決して、胸壁が劣化していたわけではない。それだけの衝撃を、彼の拳が生み出したということだ。

 

「シキメやハーゲンだけならまだ分かる。だがなぜ……他の連中、ミィスというガキにまで『誘惑』が効かん!」

 

 彼らが出発するまで、男――タラリフは何度もシキメたちの商隊に接触していた。

 しかしその結果はあまりにも芳しくない。

 ことごとく石の誘惑に耐えきり、彼の話を断って退けた。

 それがレベルの高いシキメやハーゲンたちならまだ理解もできる。

 しかしこれが、ミィスやエルトンといった一般人や、それに毛が生えた程度の者にまで同じ反応となると、さすがにおかしいと感じる。

 全てはシキメが用意していた呪詛耐性と精神汚染耐性の指輪のおかげなのだが、彼にそんなことが分かろうはずがない。

 

「この石が不良品なのか? いや、効果はしっかり確認しているはずだ」

 

 石に触れてその効果を確認するタラリフ。その瞳孔は一瞬だけ猫のように細くなる。

 それは人間ではありえない瞳だった。

 

「一旦奴らから離れて、別の連中を贄にしてもいいのだが……無視されたままというのも癪に障るな」

 

 タラリフから見れば、彼らは弱者であり、喰らわれるだけの贄だ。

 そんな弱者のはずの彼らが、小癪にも自分の思惑に逆らってくる。

 それが大事タラリフには許せなかった。

 

「虚仮にされたままというのも、我らの沽券にかかわる。ここは直接手を出してみるとするか。どうやって石の力から逃れたのか、しらねばならんし」

 

 いつもの芝居がかった態度を投げ捨て、タラリフは殺意に満ちた視線を車列に向ける。

 そして十メートルはあろうかという街壁から、軽やかに飛び降りたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇

 

 

 その夜、山道には宿泊所が配置されていないので、僕たちは山道の一角を利用して野宿することとなっていた。

 この山脈はレンスティ王国の北側の国境でもあり、徒歩でも越えることは不可能ではないが、かなり大きいため厳しい旅程となる。

 この山脈越えの最中だけは、停留所や宿泊所の恩恵は期待できない。

 なので水と食料だけはしっかりと用意してきていた。

 

「とはいえ、野宿でできる料理なんて、たかが知れてるんだけどねぇ」

 

 スープ、パン、炙ったチーズ、町から近いので果物や生野菜なんかも、まだ恩恵に預かれる。

 これがあと三日もすれば、質素な食事へと変化していくだろう。普通なら。

 僕の場合、インベントリーがあるので、中の野菜や果物はいつまでも新鮮なままだ。

 だからと言って、ハーゲンたちの前で披露するわけにはいかないのだけど。

 

「でもシキメさんの料理は美味しいから、ボク好きだよ」

「な、なんですと!? ミィス、今のセリフもう一度!」

「シキメさんの料理は美味しい?」

「惜しい、もうちょっと後!」

「ボク好――あ」

 

 そこでミィスはようやく自分が殺し文句を口にしたことを悟った。

 一瞬で顔が真っ赤に染まり、無言で僕をポカポカと叩いてくる。

 

「あははは。僕もミィス大好きだよォ」

「はーなーしーてー!」

 

 そんなパンチごと彼を抱きすくめ、動きを封じておく。

 とはいえ、今夜のうちにやらねばならないことはまだまだある。

 

「ゴホン。それはともかく、まずミィスには指輪の力について説明しておくね」

「え、これ? 呪詛耐性と精神耐性じゃないの?」

「もちろんそれもあるけど。ほら、精神耐性は少し下げたでしょ?」

「うん。そうだった」

「で、その下げた分に物理防御上昇をつけたんだよ」

「物理防御……あ、それでナッシュさんの攻撃が逸れたんだ!」

「そういうこと。とはいえ、万能な防御でもないし、ナッシュ程度の攻撃だったから防げたってのもあるから、過信はしないでできるだけ避けるようにしてね」

「ナッシュさん程度って、冒険者の人たちが薙ぎ払われてたんだけど……」

 

 確かにナッシュの力は凄かったらしいけど、それだってゲーム後半の敵よりは弱いと思われた。

 でないとミィスが無事だったことに説明がつかなくなる。

 

「ナッシュの討伐でミィスのレベルもさらに上がってるけど、やっぱり気を付けるに越したことはないでしょ。僕も心配だし」

「シキメさん、心配?」

「もちろん。だから安全第一、命大事に。わかった」

「うん、わかった」

 

 ミィスは神妙な顔で頷いた。

 本来ならこの夜は彼の守りを強化しようと思っていたのだが、別の用事ができてしまっていた。

 それはハーゲンたちの負担の軽減だ。

 人手不足のまま出発することになったため、護衛の手が足りなくなってきている。

 その負担は確実に彼らを蝕んでおり、初日にしてかなりの疲労が顔に浮かんでいた。

 

「護衛の手が圧倒的に足りていないでしょ」

「うん。僕も気を張ってるけど、山は死角が多いから」

「だよね。そこで僕の出番!」

「え、また何か作るの?」

「いやいや。ちょっとした魔法ですよ」

 

 実は魔術師系や僧侶系の魔法には、召喚魔術というモノが組み込まれている。

 それでモンスターを召喚し、使役すれば、人手不足解消に役立つだろう。

 僕はそう考えて、魔法を起動してみせた。

 



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第66話 召喚魔法の成果

 魔法に寄って地面に魔法陣のような物が生成され、それが消えた頃には九匹のインプが出現していた。

 召喚系の魔法は、魔術師系なら悪魔系召喚、僧侶系なら不死者召喚という二系統が存在する。

 さすがに不死系のモンスターを召喚するのはいろいろ問題がありそうなので、悪魔系の召喚魔法を使用したのだが、インプはあまり当たりとは言えない。

 あと不死系は臭いそうだし……

 

「うわっ、悪魔!?」

「んー、インプかぁ」

 

 ミィスは驚いていたが、インプは迷宮でも上層、つまり序盤に出現する悪魔だ。

 僕にとっては、はっきりいって弱いモンスターである。

 特に悪魔召喚の魔法で出現する悪魔の中では、最下級に位置していた。

 

「し、シキメさん、本当に大丈夫なの?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もし歯向かったら、容赦なく消すから」

 

 僕がミィスを安心させるためにそう口にしたら、インプたちは身を寄せ合ってガタガタと震え出した。

 なんだか僕が悪逆非道な召喚主みたいじゃないか?

 

「そっちもだいじょうぶだよ。言うことを聞いている限りは無体な真似がしないから!」

 

 僕がそう保証すると、インプたちは露骨に溜め息を吐いて安堵していた。

 僕ってそんなに横暴な人間に見えたのだろうか。実に不本意である。

 

「まぁいいや。君たちは三体ずつ三組に分かれて周辺の監視をしてくれるかな。あと増えると面倒だから仲間は呼ばないように」

「ギギッ!」

 

 金属が軋むような鳴き声を上げて、敬礼するインプたち。

 その後、ギャーギャーと騒ぎながら、組分けを始めていた。

 

「おい、シキメ嬢ちゃん。なんだか妙な鳴き声……うぉっ!?」

 

 インプたちの騒動を聞きつけたのか、ハーゲンがこちらの様子を見にやってきた。

 そこで群れているインプたちを見て、反射的に大戦斧に手をかける。

 

「わぁ、待って待って! 違いますよ、ハーゲンさん。この子たちは僕が呼び出したんです」

「呼び出した……? まさか召喚魔法か!」

「はい。一応魔法も使えますって言ってたでしょ?」

「そういや、そんなことを言っていたような……」

 

 エルトンの依頼を受ける際に、僕は魔法が使えると伝えている。

 錬金術の方が注目されていたため、忘れられていたようだが、戦力アピールの一環としてそう伝えていたのだ。

 

「ほら、君たちも挨拶!」

「ギィッ!」

「組分けは終わった? じゃあそっちの三体は休息、そっちの三体は待機、こっちの三体は周辺監視」

「グギッ!」

 

 僕の指示を受けて、三体のインプが周辺に飛び出していく。

 三体を待機としておいたのは、魔法の効果時間がいまだ不明だったからだ。

 この魔法、戦闘中に使える魔法で、戦闘が終われば召喚モンスターは自動的に送り返される仕様だった。

 しかしこの現実と化した世界では、戦闘とそうでない平時の区別が曖昧だ。

 彼らがどれだけの時間、こちらに顕現していられるのか、調べておく必要がある。

 

「本当に言うこと聞くんだな」

「ええ。人手不足を解消しようと思いまして」

「あのインプどもに見張りを任せようというのか。大丈夫なのか?」

「平気です。私の方が圧倒的に強者なので、サボったり逆らったりはしないはずです」

「強者? いや、それならいいんだが。気を遣わせたみたいで、悪かったな」

「今後の戦力増強にもなりますし、実験的に試してみようと思っただけですよ」

 

 結局のところ、僕たちはミィスと二人しかいない。

 今はハーゲンたちが一緒だからいいけど、この先、数で攻められる展開もあるかもしれない。

 数に対抗するには、やはり数を用意するのが、もっとも簡単な解決策だ。

 召喚魔法の詳細を把握し、実用できるようになれば、その数を簡単に用意することができる。

 

「ハーゲンさん、さっきこっちの方から下級悪魔が!」

 

 そこへハーゲンの仲間たちが、泡を食って駆け込んできた。

 下級悪魔といえば、正規の騎士と互角に戦える、一般人から見れば難敵に当たる。

 インプなら多少は余裕があるかもしれないが、遠目に下級悪魔としか分からなかったのなら、警戒するのも当然だろう。

 

「それなら落ち着け。あれは嬢ちゃんが呼び出した召喚魔だ」

「え、召喚魔法?」

「ああ。わりと高位の魔法なんだが、それを使ったらしい」

「あー、シキメちゃんなら、あるかもしれませんねぇ」

 

 どこか遠い目をしながら、仲間の人は虚ろな声でそう返してきた。

 

「なんだか、失礼な印象を持たれていません? 僕」

「錬成を五つ同時並行で行っておいて、今さら」

「いやー、あれはギリギリの状況でしたし」

 

 あのおかげで、錬成時に余計なことを考えることは無くなっていた。

 おかげで、一時的に劣化していた回復ポーションの性能は元に、戻っている。

 それに、ミィスは僕を心配してくれたようだけど、僕にはまだまだ余裕があったくらいだ。

 そんなやり取りをしつつ、その日の夜は更けていった。

 

 

 翌朝、僕は悲鳴を聞きつけて目を覚ました。

 僕の横にはミィスが引っ付くようにして眠っている。こういう姿を見ると、彼はまだまだ子供だと思い知らされた。

 

「な、なに!?」

「ん~?」

 

 疲れがあるためか、いつもは目覚めの良いミィスだが、なかなか目を覚まさない。

 とはいえ、さっきの悲鳴を無視するわけにはいかない。

 僕は抱き着くミィスの腕をほどき、テントの外に飛び出していった。

 身に着けている寝間着一つで、戦闘に参加するのはいささか不安ではあるが、僕の場合はむしろ素っ裸の方が強かったりする。

 そんな僕の目の前にドンと飛び込んできたのは、大量のホーンドウルフの死骸だった。

 

「こ、これ、なに?」

「グギッ!」

 

 その狼の死骸の山の上で、誇らしげにインプたちがポーズを取っていた。

 どうやら僕に褒めてもらいたいらしい。

 そしてその山のそばでは、ハーゲンの仲間の女性が一人、腰を抜かしていた。

 

「シキメ嬢ちゃんか。こいつは一体、どういうことだ?」

「それは僕が聞きたいですよ。一体どうした――」

 

 どうしたのか、と聞こうとした僕のそばに、インプが一匹舞い降りてきて、『グギッ、グギャギャッ』とパントマイムを始めていた。

 ハーゲンにはさっぱりだったようだけど、僕にはなぜか、その動きの意味が正確に伝わってくる。

 

「夜中に、近くにいた狼の群れを討伐しておいた? いつもより魔法が強く出てびっくりした?」

「そういや、昨夜は珍しく野獣の襲撃とか無かったな」

「頻繁にあるモノなんです?」

「結構な。こういった山道だと餌が無いから、二日に一度は襲撃を受けるんじゃないか?」

「へぇ~」

 

 確かにこの険しい山脈では、餌の確保は死活問題になるだろう。

 ならば山を下りればいいと思うのだが、なぜか魔獣というのは自分の縄張りに固執する傾向があるらしい。

 インプたちはその魔獣の群れの縄張りを一つ、壊滅させてきたようだった。

 

「ホーンドウルフなら、まぁそんなに強くないからインプでも倒せるだろうけど、それでもこの数はすげぇな」

「僕も驚きました」

「ハーゲン、驚いたわよ。うっかり漏らすところだったじゃない!」

「お前、一応女なんだから、その辺は少しボカせよ」

「男と旅してたら、多少のデリカシーなんて吹っ飛びますから」

 

 その女性は朝の用足しに出ようとして、この山を目撃してしまったらしい。

 まぁ、驚くのも無理はない。それに漏らしたとしても、それはそれでと思わなくもない。それくらいには、彼女は可愛い系の美人さんだった。

 

「まぁ、シキメ嬢ちゃんがいるから、お前程度じゃ――」

「なんかいいました?」

「いや、なんでもない」

 

 それなりにカワイイ女性だというのに、ハーゲンの言葉はヒドイ。

 これに関しては、女性の肩を持たざるを得ない。

 ともあれ、インプたちはしっかりと夜警の役目を果たしたのだから、褒めてあげないといけないだろう。

 



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第67話 不審者、再び

 山道を三台の馬車がゆっくりと進んでいく。二台はエルトンの、一台は僕たちの物だ。

 僕の召喚魔法により、インプたちが警戒を受け持ってくれているとはいえ、山という地形は死角が多い。

 岩の陰や木々の繁みから、いつ魔獣が襲い掛かってくるか分からない。

 インプたちは夜が明けても現界し続けており、戦闘終了という明確な区切りの無くなったこの世界では、ほぼ無限に呼び出し続けることが可能と判明していた。

 とはいえ、別の召喚魔法や、重ね掛けをした場合は、ゲームと同じく彼らは消えてしまうだろう。

 なんにせよ、彼らという『労働力』は、今の僕にとって非常にありがたい。

 

 馬という生物は、存外に打たれ弱い面がある。

 例えば足を傷付けられてしまえば、それだけで自らの巨体を支えきれず、命を落としてしまうからだ。

 そんな危険が最も高くなるのが、物陰からの奇襲だ。インプたちの警戒によりその危険が大幅に減少するのだから、むしろ感謝を捧げたいくらいである。

 

「不意打ちには注意しろよ。狼どもは気配を消すのが上手い」

「はーい。だ、そうですよ、インプの皆さん」

「グギャッ!」

 

 承知している、と言わんばかりの返事を返し、親指を立ててみせるインプのリーダー。

 ドヤ顔も実にキマッている。ヤダ、あのインプってイケメン!?

 一瞬『頼りになる』とトキメいてしまいかけたが、その外見はしょせんインプ。僕の嗜好からは大きく外れていた。

 

「まぁ、馬の脚が折れたところで、僕のポーションがあれば、多少の怪我は治しちゃうんだけどね」

「もちろん期待してるよ、シキメちゃん」

 

 そう言ってくれるのは、僕の前にご褒美のおもらし醜態を晒してくださった、ハーゲンのところの女性冒険者さん。

 魔術を担当している人で、その腕前は四階位魔法を使用できるレベルとか。

 ちなみに召喚魔法は五階位に属しているので、彼女にはまだ使えないらしい。

 

 魔術師としての力量も僕の方が上ではあるのだが、それでも彼女の腕前を侮ることはできない。

 なぜなら僕には、レベル補正という厄介な制限が引っ付いているからだ。

 僕の魔法は、正直威力が高すぎて、集団戦には一切向かない。

 対して彼女は適切な威力の魔法を適切な形で行使してみせる。そういう意味では、魔術師としての腕前なら、彼女の方が上である。

 

「それにしても、魔力が高すぎて攻撃魔法が使えないなんて、私からすれば贅沢な悩みなんだけどね」

「下手に撃ったら、ミィスごと巻き込んじゃいますから。えっと……」

「アルテミシアよ。いい加減覚えてくれないかしら。悲しくなっちゃう」

「すみません。ミィス以外の人間には、興味が薄いもので」

「シキメさん、さすがに失礼。そんなシキメさんはキライです」

「本気ですみません。今度こそ覚えました。絶対絶対!」

 

 最近ミィスがしっかりしまくっていて、どうも会話の主導権を奪われるケースが増えてきている。

 そんな僕たちの漫才じみた会話を聞いて、アルテミシアは含み笑いを浮かべていた。

 

「本当に仲が良いのね、あなたたち」

「もっちろんです!」

「仲が良いのは結構だが、警戒は怠るなよ。この近辺は鉱山があって、そっから魔獣が沸きだす可能性があるんだからな」

 

 ハーゲンが割り込んできて、僕たちの緩みっぷりを嗜める。

 そう言えば、山道を少し登った今の位置は、ミィスのレベル上げに使った鉱山が近い。

 だが彼が心配するようなことは起きないだろう。

 なぜなら、あの鉱山の最下層に沸いたフロートボムは、僕とミィスで数を減らしてしまったのだから。

 むしろ絶滅の危機に瀕して、保護が必要なくらいではなかろうか? いや、魔獣に保護なんて必要ないんだけど。

 

「全車、停止!」

 

 僕が心の中でそんな感想を思い浮かべていた時、車列の一番前から停止を求める声が上がっていた。

 その声に反応して、エルトンたちが馬車を停止させた。

 もちろんこのままでは僕たちの荷車も衝突してしまうので、ミィスも慌ててロバのイーゼルに足を止めるよう指示を出していた。

 僕はインプの一団に後方と左右の伏兵を確認するように飛ばし、問題が発生したであろう前方へと駆け出していった。

 ミィスも、イーゼルをその場に待機させ、僕の後ろに付いてくる。

 これは荷車に車輪止めをしておくだけでいいので、大した手間はかからない。

 

「なにがあったんです?」

「どうやら、不審者がこっちに近付いてきているらしい」

 

 僕より前に位置していたハーゲンは、既に事情を端的に聞き出していたらしく、後から来た僕にそう説明してくれた。

 前の方を見ると、確かに一人の男がフラフラとこちらに向かってきている。

 その人影には、僕も見覚えがあった。

 

「あれ、前に町中で話しかけてきた不審者?」

「知っているのか? あ、いや、見えてんのか?」

 

 確かにこの距離で視認するのは、難しい距離かもしれない。

 山道はうねるように谷を縫って続いており、視界が確保しにくい。

 そんな地形の中で、岩陰などから微かに姿が見えるくらいなのだから、専門の斥候でない限りは発見は難しかっただろう。

 インプたちは車列の左右や後方を主に警戒させていたので、発見が遅れたみたいだった。

 

「僕もミィスも、目は良いので」

「で、不審者ってのは?」

「以前町中で、僕に話しかけてきた奴です。僕に取り入ろうとした冒険者かとも思ったんですけど」

「待ち伏せしてるってことは、多分違うんだろうな」

「無視されたから、逆恨みで襲撃とか?」

「普通、その程度で命を懸ける奴はいないと思うんだが……まぁ、ナッシュの例があるからな」

「厄介ですねぇ。普通の旅人の可能性もあるから、先制攻撃とかできませんし」

「まぁな」

 

 ハーゲンはそういうと道の左右の岩陰に視線を走らせた。

 おそらく正面から一人が姿を現すことで注意を引き、左右か後ろからの奇襲という危険を考えたからだ。

 もちろん僕もその辺は警戒しており、すでにインプを飛ばしている。

 そして戻ってきたインプたちの報告を聞いて、ハーゲンにそう伝えておいた。

 

「今のところ、あの男以外は発見できていないみたいです」

「そうか? なら旅人の線が濃くなってきたな」

 

 インプたちは、そのまま僕たちの護衛を務めさせておく。今度はインプが伏兵を発見できていなかった時に備えて、数を用意しておきたかったからである。

 ハーゲンたちは腕利きの冒険者で、それはデュラハン襲撃の際にも知れ渡っている。

 そこにたった一人で襲撃をかけられる冒険者なんて、僕くらいのモノだろう。

 次第にその距離が詰まっていき、謎の男は僕たちの前方五十メートルほどまで近付いてきていた。

 ハーゲンが小さく合図を出し、他の冒険者たちも各々の武器を手に取る。

 

 しかしまだ構えるまでにはいかない。

 彼が普通の旅人であったならば、変に威嚇した場合、こちらが犯罪者にされてしまうからだ。

 

 しかしその心配は杞憂に終わる。

 距離がさらに近付き、両者の距離が三十メートルほどになった時、男は軽く手を振って一瞬で魔法を発動させた。

 

「な、なにっ!?」

 

 詠唱も無ければ、魔法陣の展開もない。

 完全な無詠唱。そして完全な不意打ち。これは熟練した魔術士でないとできない技だった。

 男から放たれた光弾の魔法は、空から警戒していたインプたちを容赦なく攻撃し、一撃のもとに撃墜して退ける。

 たった一挙動で、九体のインプが全滅である。その攻撃にハーゲンは一瞬声を失くしたが、即座に我を取り戻し、男に声をかけた。

 

「そこで止まれ! なぜこちらを攻撃した!?」

 

 敵だから……と一瞬思ったけど、よく考えてみれば、インプは悪魔の一種である。

 彼が『僕たちが襲撃されている』、もしくは『悪魔を従えた野盗』と判断しても、おかしくはない。

 その勘違いの可能性を考えたからこその、ハーゲンの警告だろう。

 

 しかし男はこちらの質問には一切答えず、さらに腕を振って魔法を放つ。

 今度は容赦ない範囲魔法。火球を着弾させ、その爆炎で周囲を吹き飛ばす、凶悪な物だ。

 

「伏せて!?」

 

 警戒の声を発し、僕は背後を振り返る。

 爆炎の魔法は着弾した後の爆発で周囲を焼き払う魔法だ。伏せていれば、その威力は大幅に削ることができる。

 僕は反射的にミィスをかばおうと振り返ったが、それより先にミィスが僕に抱き着き、押し倒す。

 

 そして魔法は炸裂し、僕たちを容赦なく吹き飛ばしたのだった。

 



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第68話 シキメの怒り

 爆発の直後、僕は必死にミィスの身体を抱え込もうとした。

 しかしミィスも僕と同じことを考えていたのか、僕に飛び掛かって押し倒そうとしてくる。

 これが裏目に出た。互いに押さえ込もうとした僕たちはその場に立ち尽くすこととなり、爆炎をまともに受けてしまう。

 

 至近で爆発した火球の魔法は、その威力を存分に発揮し、僕たちを吹き飛ばしていた。

 僕やミィスはもちろん、ハーゲンやアルテミシアもそれは同様だった。

 もっとも彼らは僕の警告が間に合い、伏せていたからまだマシだ。

 

 最悪だったのは馬車に乗ったままだったエルトンと、馬たちだ。

 馬車は横転し、そのまま転がされ、馬たちも日本だと殺処分を考慮されるほどの怪我を負っている。

 エルトンも右半身が火傷だらけで、命すら危うい状況だった。

 

「ミィスッ!?」

 

 僕はエルトンたちよりも、ミィスの状況の方が気になった。

 彼は僕に覆いかぶさるようにして庇っていたため、身体の位置が高い場所にあった。

 それは、より激しい火炎を背中に浴びたということでもある。

 案の定、ミィスは右半身から背中に大火傷を負っていて、命にかかわる状況だった。

 

「待って、すぐポーションを――」

 

 ほとんど反射的にインベントリーから回復ポーションを取り出し、彼に振り掛ける。

 ミィスの火傷は、距離が近かった分、エルトンよりも酷い状況だ。

 ポーションは即座に効果を発揮し、ミィスの火傷を癒し始めていた。

 

「……まったく。この程度防げないとは、大したことない連中じゃないか」

 

 そこへ男から不愉快そうな声が投げかけられる。こちらの状況には、あまり頓着していない様子だった。

 身動きの取れなくなった僕たちを見て、さらに二十メートルほどの距離まで近付いてきている。

 その足取りには、僕たちなどいつでも殺せるという自信を感じさせた。

 僕がミィスの治療に時間をかけている間、ただ眺めてるだけという、千載一遇のチャンスを棒に振るような所業。

 

「――悪魔召喚!」

 

 その隙を突いて、僕は召喚魔法を起動した。

 インプたちが蹂躙されてしまった以上、治療に手を取られる僕を護る存在が必要だ。

 ミィスはどうやら一命を取り留めたようだが、エルトンは特に危ない状況だ。馬たちも助けないと、今後立ち往生してしまう。

 そしてハーゲンたちも衝撃で皆気絶しているため、時間稼ぎを任せられない。

 

「ほう? また雑魚を呼び出すつもりか」

 

 そう言う男の顔は、やはり数日前に町中で声をかけてきた、あの男で間違いなかった。

 しかしその彼も、呼び出された悪魔を目にして警戒の態勢を取る。

 今回僕が呼び出せたのは、最上位とはいかないまでも、上位に位置する上級悪魔だったからだ。しかもそれが六体。

 

「――ぬぅっ!?」

 

 さすがに警戒の色を浮かべる男を無視して、僕は範囲系の回復魔法を飛ばす。

 この魔法は七階位、つまり回復系の最高位に位置する魔法で、回復量こそ少ないが味方全員を一度に回復できるのが利点だ。

 これにより、ハーゲンたちはもとより、エルトンまでも安全圏まで回復した。

 エルトンは元々の体力が低かったため、ほぼ全快と言っていい状況まで回復している。

 しかし、意識はまだ戻っていない。

 

「よかった……さて、そこのキミ?」

 

 僕はミィスを地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がり振り返った。

 上級悪魔たちは目の前の男を敵と認め、容赦なく殴りかかっていく。

 しかし悪魔たちは、先手を取りながらもタラリフに決定打を与えられていない。予想外の頑丈さだった。

 

「驚いたね。上級悪魔の攻撃を跳ね返せるなんて」

「大した敵ではないが、数が多いと厄介だがな」

 

 僕は片手を上げて悪魔たちを下がらせる。治療が済んだ今、僕本人が手を下さないと、腹の虫が治まらない。

 僕の指示を受けて後退する悪魔たちに、僕は二つの指示を与えておく。

 

「さて、何が目的でこんな真似をしたのかな? 言っておくけど、僕はすっごく怒ってるからね」

「ちっ、やはり貴様が問題になるか。上級悪魔まで従えるとはな」

「前に町で会ったよね?」

「ああ。見事に逃げられたけどな」

 

 彼が何を目的としているのかは、よく分からない。しかしミィスを傷付けたことだけは、理解できている。それだけで充分だった。

 そんな相手に僕が手加減する必要なんて、何もない。

 できる限り嘲るように、口の端だけを持ち上げるような笑みを浮かべ、こちらに来るように手招きをしてみせる。

 それを挑発と正しく理解した男は、怒りの形相を浮かべ、僕に向かって魔法を放つ。

 

 しかし、不意打ちは二度も通用したりしない。

 奴が魔法を放つよりも早く、僕は障壁の魔法を構築していた。

 彼我のレベル差がそのまま障壁の強度となるこの魔法を、奴は突破することができない。

 僕やミィスの直前で、奴の火球は掻き消されていく。

 それは図らずも、奴のレベルが僕を下回っている証である。

 

「バカな! この俺のレベルが貴様に劣っているというのか!?」

「そうだね。君では不意打ちで一発入れるのが関の山だ。そんな連中にミィスを傷付けられた自分自身に腹が立つ」

「ふ、ふざけるなぁ!」

 

 ぎょろりと奴の瞳の動向が細くなり、こちらへ駆けだしてきた。

 魔法が通用しない相手と見て、近接戦を挑むつもりなのだろう。

 その考えはあながち間違いではない。裸になっていない今の僕は、無装備特典を得られていない。

 体捌きは鈍く、攻撃力も皆無だ。

 そんな僕の顔面に奴の拳が突き刺さる。続けざまに腹に向かって蹴り。これもまともに喰らってしまった。

 

「は、ハハ……なんだ、格闘はからっきしじゃないか、ええ?」

「準備が必要な体質なんですよ」

「軽口を叩く余裕があるのは褒めてやる。だがこれまでだ、魔術師!」

 

 一声叫ぶと、奴の腕がさらに膨れ上がる。あからさまな筋力強化に、拳や蹴りの威力がさらに上がったのを、身をもって感じ取った。

 なるほど、確かに奴の拳は言うだけあって、一撃が重い。

 実際打撃を受け止めている僕の足が、足首まで地面にめり込むほどの威力がある。

 おそらくそこらの岩を殴れば、塵になるまで粉砕できるだろう。

 

 しかし、それでは足りない。

 僕は二十キャラ分のステータスを統合された、いわばバケモノである。

 その体力値の高さも桁外れになっている。

 

 例えば、奴の打撃を数値に直すなら一発で百ほどのダメージがあるとしよう。

 そこいらの岩はせいぜい五十程度で壊せるとすれば、奴の攻撃の威力が分かるだろう。

 しかし僕の体力値は桁が違う。二千を越えるレベルのキャラが二十キャラ。体力値の合計は二十万を越える。

 僕を倒すには、単純計算で二千発以上の攻撃が必要となる計算だ。

 

「くっ、貴様、一体――」

 

 男の顔に焦燥が浮かぶ。岩すら砕く一撃をすでに百以上放っているというのに、僕が倒れる気配が見えないからだ。

 

「どうしたの? 息切れしているようだけど?」

「うるさい、痩せ我慢している分際で!」

「痩せ我慢? ああ、確かに我慢はしているね。貴様をすぐにブチのめしたいのを」

 

 僕の大事なミィスに怪我をさせたんだ。ちょっとぶん殴る程度で済ましてやる気は、欠片もない。

 こいつには、僕の持つ最大最高のダメージを与えてやると、心に決めているんだ。

 

「どこまでも、舐めた口を――」

「ああ、もう疲れた? じゃあ快癒」

 

 殴り付かれてきた奴の目の前で、僕は完全回復の魔術を行使する。

 これで奴の与えてきたダメージは、全て帳消しとなったわけだ。

 

「なん、だと!?」

「残念。ほら、君がゆっくりしてるから、こっちの準備が整っちゃったよ」

 

 そう言って僕は背後に視線を向ける。

 釣られて男も僕の背後を見てしまった。そして硬直する。

 そこには、上級悪魔がなんと三十体以上も存在していたのだから。

 



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第69話 消失

 上級悪魔の厄介なところ、それは『仲間を呼ぶ』という行動がとれるところだ。

 一体一体が僕基準でそこそこ強く、頑強でタフ。それなのに仲間を呼び、最高で五階位というかなり強力な魔術師系魔法を使用してくる。

 殲滅力が及ばなければ延々と仲間を呼ばれ続け、増え捲った敵から高位の攻撃魔法が雨あられと降り注いでくる。

 ゲームのシステム上では最大九体が四グループ。つまり三十六体まで呼べることになる。

 そのゲームの枠が取り払われたこの世界では、まさに際限なく増え続ける悪夢的存在となるだろう。

 彼らがゲーム内の最大数で召喚を止めたのは、やはりゲームのシステムに精神的枷がはめられているからだろうか?

 

「ば、ばかな! これほどの悪魔を従えるというのか!? ありえん!」

 

 しかしそれだけでも、目の前の男にはやはり脅威に思えたのだろう。

 悪夢のような光景を目にしてしまった男は、ただひたすら現実逃避するしかできなかった。

 

「目の前にある事実こそが真実。僕は君を逃がす気も無いし、慈悲をかける気もない」

 

 そう宣言して彼の方に手を差し出す。ミィスを傷付けたこいつを許す道理は、僕には無い。

 その先に顕現させたのは、最高位の攻撃魔法。

 異界で核爆発を発生させ、その破壊エネルギーのみを召喚するという、攻撃魔法と召喚魔法の合わせ技のような、ゲーム内で最大威力を誇る魔法だ。

 僕のレベル補正が入れば、これがどれほどの威力を発揮するか、想像もできない。

 しかしそれを自重する自制心は、すでに僕からは失われていた。

 

「七、階位、魔法――」

「まずは試し打ちだ。当たらないでよ?」

 

 そう言って彼の背後に見える山に向けて、最高位魔法――【核撃】を放つ。

 轟ッという、無音の爆音が周囲に響き渡る。

 一見矛盾しているように思われるかもしれないが、限界を超えた爆音はすでに音と認識されない。

 衝撃波すら伴った轟音は、周囲の人間を打ち据え、再び地面に叩き付ける。

 しかしダメージ自体は存在しない。彼らには僕の障壁の魔法がかかっているのだから。

 

 そうでない男は悲惨な状態だった。

 地面に叩き付けられ、荒れ狂う飛礫に打ち据えられ、地面に四つん這いになっていた。

 その恰好が、彼には許せないほどの屈辱だったらしい。

 

「き、貴様……よくも私に膝を……」

「そんな暇あるのかな? 次は当てるから。ああ、別に逃げれるなら逃げてもいいよ?」

 

 そう言ったのは、彼の背後の山の状況を目にしたからだ。

 中腹だけが【核撃】の魔法によって抉り取られ、山がコの字型になってしまっていた。

 そして自重に耐えられなくなった山頂部分が、巨人に踏み潰されたかのように崩れ落ちていく。

 これほどの広範囲の魔法から逃れるのは、彼としても難しいはずだ。

 そしてなにより、無駄にプライドが高そうなこの男に、逃亡という選択肢は取れないだろう。

 

「クッ、この私が……逃げる、だと?」

「できるモノならね」

 

 僕は今度は、天に向かって手をかざす。

 天空には唐突に二十個の魔法陣が展開されていた。

 これは僕が魔法を並列起動したことによる現象である。二十の魔法を同時に展開できるのは、おそらくゲームに保存されていたキャラ数による影響だと考えられる。

 

「な、なんだ、これは!」

「さっきと同じ魔法。ただし二十個同時に」

「シキメ、貴様……貴様は一体――ッ!?」

 

 その叫びは途中で中断される。なぜなら、二十個の核撃魔法と同時に、僕の背後で上級悪魔たちが魔法を展開していたからだ。

 中級と上級の間くらいに位置する凍撃魔法。その数三十六発。

 悪魔たちを後ろに下げた時、僕は彼らにこう指示しておいた。

 できる限りの仲間を呼ぶこと。そして僕と同時に最大の攻撃魔法を放つこと。

 多分、呼ぼうと思えばもっと呼べるのだろうけど、彼らは基本的にゲームの枠内の思考に囚われる傾向にある。これはインプたちも同じだった。

 

「じゃ、さよなら。君が何者か知らないけど、ミィスに手を出したのが運の尽きだね」

「な、貴様ではなく、あのガキだと――」

「……うん、情状酌量の余地無し」

 

 傷付けた挙句、ミィスをガキ呼ばわりだ。もはや僕には一片の慈悲も存在しない。

 

「くたばれ。塵一つ残さない」

 

 冷酷に宣言し、僕は魔法を放つ。

 同時に後方の上級悪魔たちも魔法を放った。

 わざと遥か上空に生成した僕の魔法は、着弾までに少し時間がかかる。

 それまでの間に、彼は悪魔たちの凍撃魔法に散々打ち据えられることとなった。

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」

 

 彼の打たれ強さがここでは裏目に出ていた。

 上級悪魔たちが使った魔法は、それこそ中級の上位くらいの魔法。だけど僕のレベル補正が効いているのか、その魔法は中級の範囲を超えた威力を発揮していた。

 しかしそれでも、目の前の男は耐え切ってみせた。

 それでも無事には済まなかったのか、一発で手足が凍り付き、砕け散っていく。

 だが生来の打たれ強さか、即死するには至らない。

 

 一撃で死ねないが故に、男は嬲り殺しのように撃たれ続けることとなった。

 半端に回復魔法が使えるのか、瀕死になるたびに回復し、そして直後にはまた瀕死になる。

 上空の僕の魔法が着弾するまでの数秒、彼は生と死の狭間を何度も往復する羽目に陥っていた。

 

 だがそれも、僅かな悪あがきに過ぎない。

 どれだけ耐え忍んだところで、僕の魔法からは逃れようがないからだ。

 周囲の山が、森が、道が、根こそぎ焼き払われ、抉り取られ、蒸発し、消滅していく。

 僕のかけた障壁の魔法が無ければ、エルトンやハーゲンたちも無事では済まなかっただろう。

 

 それほどの破壊の嵐。

 いや、破壊というのもおこがましい物質の消失。

 視界から閃光が消えた後、そこには男はおろか、山脈の痕跡すら残されていなかったのだから。

 

「ちょっと……やりすぎちゃったかな?」

 

 てへ、と舌を出してみるが、ツッコミを入れてくれる人間は一人もいない。

 男はすでに跡形もなく消え去っていたし、エリンやハーゲン、ミィスたちの意識はまだ戻らない。

 まぁ、ブチ切れたところを見られなかったのは、良かったかもしれなかった。

 こんな破壊を見せつけられたら、彼らの僕を見る目がどう変化するか、予想もできない。

 

「よし。ともかく、みんなを安全な場所に……うん?」

 

 その時僕は、ゴゴゴゴッと地面がうねる様に揺れたのを感じ取った。

 あまりにも高範囲の魔法を放った影響かと最初は疑ったが、そのうねりは次第に大きくなっていき、地面に亀裂が走り始める。

 

「な、なに? 何が起きて……」

 

 そんな僕の問いかけに応えたわけではないだろうが、亀裂から唐突に水柱が噴き上がった。

 

「水脈を掘り当てた? いや違う、これって、間欠泉!?」

 

 噴き上がった水柱は、もうもうと湯気を立てており、その熱気がこちらまで伝わってくる。

 事態はそれだけでは終わらなかった。

 間欠泉は破壊の限りを尽くされて、脆くなった岩盤が崩れ、舞い上げられていく。

 結果更に水量を増していき、その水嵩は僕の足元にまで届いてきた。

 

「ま、まず……」

 

 このままでは、ここまで水没してしまう可能性があった。

 意識を失った怪我人を大量に抱えている状況では、溺死してしまう可能性があった。

 

「あ、悪魔たち! 怪我人と馬、それに馬車を安全な場所まで運んで!」

「フシュー!」

「グルルルルゥ!」

 

 僕の指示に、六本ある腕を器用に使って怪我人を担ぎ上げ、馬車や荷物を持ち上げていく。

 唯一、意識を保っていたらしいイーゼルが、悪魔を見て硬直していた。

 どうやらイーゼルは、僕が与えていた馬具によって男の火球のダメージをほとんどカットしていたらしい。

 僕と男が戦っている間も意識はあったようだが、死んだ振りをしていたっぽいところが、なんとも言えない。

 このロバ、ちょっと小狡過ぎるんじゃないですかね?

 




マダルト36発、ティルトウェイト20発


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第70話 転嫁され続ける責任問題

 僕が掘り当ててしまった熱湯の水量は凄まじく、瞬く間にクレーターは湖へと化していく。

 しかもそれが温泉というのだから、わけが分からない。

 クレーターに収まり切らなかった熱湯はそのまま山脈の残骸に残された谷を縦横に流れ出し、新たな川を創り出していった。

 

「お、おお……これはさすがに……」

 

 上級悪魔たちと最寄りの安全地帯に避難し、その壮大な光景を目にして、僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。

 我ながら、少しばかりやり過ぎてしまったことを反省したとも言える。

 

「麓の村は大丈夫かな?」

 

 入国者の税金と鉱山からの収入が主の国境の町だが、麓に存在するだけあって標高的には高くない。

 この水が流れ込んでいたら、どエライことになってしまう。

 ゴステロ支部長に怒られたらどうしようとか考えてしまったが、麓の町が滅んだら、おそらく彼も生きてはいないかと思い直す。

 ともあれ対策を取る必要があるかと考えはしたが、幸い、水流は町を避けて流れていったらしく、ここから見る限りは無事なようだった。

 

「う、うぅ……」

 

 そこへ呻き声を上げて目を覚ましたのは、以外にもエルトンだった。

 どうやら後ろにいたことが功を奏していたのか、ダメージ自体はそれほどでもなかったっっぽい。

 もっとも一般人の彼だから、少ないダメージでも体力値の比率的には重傷に近いダメージを受けていたが、それも僕が癒しておいたので今は完治している。

 

「あ、目を覚ましましたか、エルトンさん」

 

 この状況を誤魔化すべく、僕は愛想良く……いつもよりほんの十割り増しくらいの愛想の良さで、彼に尋ねた。

 エルトンはそんな僕に視線を向け――

 

「ヒッ、魔王!?」

 

 そう叫んだ後、泡を吹いてぶっ倒れてしまった。

 こんなに可愛い僕を見て魔王と叫ぶとか、美的感覚がどうなっているんだ? と思ったのも束の間、僕は背後に控える一団に気付いて、頭を抱えてしまった。

 そこには上級悪魔が三十六体、恭しく(かしず)いていたのだから。

 

「ああ、そうだった」

 

 僕は慌てて悪魔たちを追い返そうとしたが、この状況を説明するには、彼らがいてくれた方がいいと思い直した。

 というか、この状況を押し付ける対象として、彼らほどの適任はいない。

 ここはいっそ、悪魔たちには悪いが泥をかぶってもらうことに決めたのだった。

 

 

 しばらくしてエルトンが再び目を覚まし、再び悪魔を見て卒倒しかけていたが、どうにか持ちこたえてくれた。

 僕は彼に、悪魔たちが召喚された使い魔であることを説明し、ひとまず落ち着いてもらう。

 そうして次々と起き出したミィスやハーゲンが揃ったところで、この状況を説明した。

 

「つまりシキメさんが召喚魔法を使ったら、大当たりを引いて?」

「そうなんですよォ」

「シキメ嬢ちゃんが召喚した悪魔にあの男に攻撃するように命じたら、こんなクレーターができて?」

「いやー、困ったものです」

「結果岩盤をぶち抜いて、地下から温泉が湧き出して湖になったと?」

「大変ですねぇ」

 

 ミィス、ハーゲン、エルトンと続けざまに悪夢を見ているかのような顔で、僕の言葉を確認していく。

 いや、実際目の前の光景は悪夢に近いかもしれない。

 山脈の一部が完全に消え去り、山の向こうが湯気に霞む。

 それほど巨大な湖が突如として目の前に現れたのだから。

 

「それにしても、温泉とは……」

「そう言えば、鉱山は水没しちゃったみたいですね」

「大変じゃないですか!? あ、いや、町の主要産業を採掘から観光に切り替えれば、何とかなるかもしれませんけど」

 

 もちろん、口で言うほど簡単なことではない。

 多くの人が困惑し、町から離れることもあるだろう。

 それでも、被害だけ与えずに済んだことは、僕としてはわずかな救いとなった。

 

「それにしても上級悪魔を呼び出すとは、驚いたな」

「フシュルルルルル……」

「うおっ!? いきなり唸らないでくれよ」

「ゴルルル」

 

 凶悪な形相の悪魔のはずなのに、ハーゲンの苦情を受けてしょんぼりと肩を落とす。

 その仕草はあまりにも威厳も威圧感も無く、子犬のような仕草をする上級悪魔に、彼らは盛大に肩透かしを受けていた。

 

「それにしても、呼んだもんだな」

「あー、彼らは仲間を呼ぶ能力があるもので」

「それ、放っておいたらとんでもない軍隊を作れるんじゃないか?」

 

 上級悪魔は、単体でも討伐に騎士団が二つは必要なほどの、凶悪なモンスターである。

 それが三十六体も整列しているのだから、ここにいる上級悪魔だけでも、国が滅ぼせるレベルだ。

 そんな彼らより攻撃能力の高い僕は、一体どんな存在なのか……

 

「魔王というのも、案外間違いじゃないかもなぁ」

「シキメさん、どうかした?」

「んーや、なんでも」

 

 実際、召喚魔法の当たりだと魔王的存在を呼び出せたりはできる。

 とにかく、この仕業を上級悪魔たちの仕業としたことで、僕への追及は避けることができた。

 しかし、この事態をどこにも説明しないというわけにはいかない。

 

「とりあえず町に戻って状況を説明しないとなぁ」

「そうですね。それにしてもあの男、一体何者なんです?」

 

 町であった時は容赦なく逃亡したので、目的が分からない。

 そんな僕の疑問に、ハーゲンが答えてくれた。

 

「あいつはタラリフって奴らしい」

「知っているのか、ハーゲンさん」

「町で話しかけられてな。なんか緑の石を買ってくれって言ってたから、旅の宝石商かもしれん」

 

 一瞬石と聞いて、ナッシュの持っていた強欲の結晶を思い出したが、緑の石ということは違うのか。

 ハーゲンも、そう判断したからゴステロに報告しなかったらしい。

 

「旅の宝石商ねぇ。宝石の出どころはこうした盗賊行為って落ちかな?」

「その可能性もあるな。町に戻ったら、手配書を調べてもらうか」

「そのほうがいいですね」

 

 ともあれ、目の前の惨状だが……これを町に報告されるのは少し困る。

 僕が上級悪魔を呼び出せることが、問題になるかもしれなかった。

 

「ところでハーゲンさん」

「なんだ?」

「この惨状は上級悪魔の仕業なわけですが……」

「そうだな」

「いっそのこと、これもタラリフって奴の責任にしません?」

「ふむ?」

 

 僕の提案に、ハーゲンは少し考えこむ。

 自分のしでかしたことでアレだけど、個人が国家戦力に匹敵する殲滅力を持っているということが、今後は問題視されるだろう。

 そうなると、僕の身柄はギルドに拘束される可能性が高い。もしくは監視がつけられることも考えられる。

 この先、旅を続ける上で、そういう監視の目は非情に煩わしいものになるはずだ。

 

「タラリフの奴が、それだけの強敵であると設定したとしてだ。そんな強敵をどうやって倒したって説明するつもりだ?」

 

 その煩わしさはハーゲンも理解しているのか、僕の提案に乗り気な返答を返してきた。

 ただし、無条件というわけにはいかなさそうだ。

 ゴステロを納得させる理屈を用意しろと、ハーゲンは言っているのだろう。

 確かに上級悪魔は強力な存在だが、使える魔法は中級上位のモノに限る。彼らの脅威は、その規格外のタフネスと増殖力なのだから、クレーターを作った存在に言及されるはずだった。

 それをタラリフになすり付けようと画策していた。

 

「そうですね。ハーゲンさんと悪魔たちが注意を引いている間に、僕が粘着弾で動きを止め、ミィスが牽制。そうして彼の足止めをしている間に、間欠泉に巻き込まれて焼け死に流されていった、とかどうでしょう?」

「この惨状だから、そういうことになる可能性は低くは無いだろうが……マヌケ過ぎないか?」

「敵の尊厳にまで配慮してやる気はないですよ?」

 

 なにせ、あの野郎はミィスを怪我させた大罪人である。情けをかける理由など一片も無かった。

 その僕の意見にはハーゲンも納得なのか、しばし考えた後、小さく頷く。

 

「まぁ、そうだな。その方が穏便に済んでいいかもな」

「では、そういうことで。エルトンさんも、承知してくださいますね?」

「ももも、もちろんですとも!」

 

 そう言って壊れたおもちゃのようにカクカクと首を振るエルトン。その視線は、僕の背後の上級悪魔たちに釘付けになっていた。

 彼からすれば、言うことを聞かなかった場合、悪魔をけしかけられると言われた気分なのだろう。

 そういうことをする気はもちろんあるので、失礼だとは思わない。

 

「じゃあついでに、町に戻る前にひとっ風呂浴びていきませんか?」

 

 そう提案し、今だ湯気を上げ続ける湖を指差す。

 噴き出した直後は熱湯だったし泥を巻き上げて、水が汚れていたが、それも今は押し流されて綺麗な状態になっている。

 しかも湖の外縁部付近になると、適度に温度が下がっており、なかなかに気持ちよさそうな景色に見えていた。

 ミィスと二人で温泉……悪くないではないか!

 

「いきなりそういう方向に気分を切り替えられても……まぁ、確かにこの機会ってのはあるかもしれんが?」

 

 ハーゲンはちらっと背後の仲間たちを振り返ると、アルテミシアさんが凄まじい勢いでコクコク頷いていた。

 鉱山の町では水が貴重だったため、宿に風呂はついていなかった。

 身体を拭くだけの生活を送ってきた彼女としては、湯に浸かれるというのは降って沸いた幸運なのだろう。

 そんな女性に刃向かえるほど、ハーゲンも無謀ではない。

 そんなわけで、僕たちの旅は唐突に温泉旅行へと変化したのだった。

 



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第71話 つかの間の休息

 僕たちは国境の町に引き返す前に、ひと風呂浴びていくことになった。

 暢気な、と思うなかれ。正直言って今の僕たちは、僕以外は満身創痍の状況だった。

 魔法で怪我は癒したとはいえ、爆風で吹っ飛ばされたのだから泥だらけである。

 この状況を身体を拭くだけで収めるというのは、いささか不快感が残る。

 幸い適温の温泉が湧き出してくれたおかげで、湯治には困らない状況だ。

 

「泉質は……お、意外といいですね。微量の炭酸泉で血行に良いみたいです。有毒物質も無し」

「そうなのか? こういう時に鑑定能力のある奴がいると助かるな」

「ただ炭酸ガスが溶け込んでいてこの水量ですから、ガス中毒は注意しないといけないかもしれません」

 

 いかに微量のガスとはいえ、湖になるほどの水量である。

 空気中に放たれる二酸化炭素の量は、油断できない量になるだろう。

 幸い僕が周囲の山ごと吹っ飛ばしていたので、風通しは非常に良い。無事だった山からの吹き下ろしの風もあるので、中毒になる可能性は低いと思われる。

 それでも念のために、互いを監視するくらいはしておいた方がいい。

 

「窒息したりしないのかしら?」

「互いに見張っておけば、危ないことは無いと思いますよ」

「じゃあ、シキメちゃんは私と一緒に入るのね?」

「それは無理です。僕はミィスと一緒に入りますから」

「む、じゃあミィス君も一緒に入ろ?」

「ぼ、ボクは男ですよ!?」

「そういうのは、僕が身の危険を覚えるくらいの狼さんになってから言ってね」

 

 僕がおどけてミィスに告げると、彼は言葉を失ったように黙り込んでしまう。

 その顔はありありと不満が浮かんでおり、ふくれっ面になっていた。

 まぁ、このくらいの年頃の少年は、大人として扱ってほしい年頃なのだろう。

 もっとも、大人だったら僕の誘惑を放置するはずもないので、やはりミィスは子供なのだ。

 

「あ、でもハーゲンさんたちはこっち来ちゃダメですからね。悪魔くんたち、ちゃんと見張っておくように」

「グギッ!」

 

 僕の胴体ほどもある六本の腕で、器用に敬礼してみせる上級悪魔×三十六体。

 その壮観とも取れる光景に、ハーゲンたちは一歩後退って、壊れた人形のように首を振って頷いていた。

 実際、上級悪魔たちはその戦闘力相応に体格も巨大なので、威圧感だけは半端ない。

 その巨体と剛腕を利用して、土砂を積み上げ、温泉湖の沿岸部に壁を作り出す。

 多少湯が汚れてしまったが、お湯はいまだに噴出を続けているので、すぐ流されてしまっていた。

 

「それじゃ、こっちが女湯兼ミィス湯で、そっちが男湯ということで」

「ミィス湯って何!?」

「え、ミィス汁の方がいい?」

「その表現、すっごくヤダ!」

「往生際が悪いなぁ」

 

 僕に羽交い絞めされたミィスが、ジタバタと最後の悪足搔きをしている。

 しかしその程度では、僕から逃れることはできない。何せ背後には三十六体の悪魔が控えているのだから。

 大人しく連行されるミィスに、ハーゲンはしみじみと最後通告を行った。

 

「諦めろ、坊主。それにな……」

「それに?」

「お前さんと一緒に風呂に入ったら、男としての自信が無くなるから、俺たちもイヤだ」

「……………………」

 

 この言葉に、ミィスすら反論できずに黙り込んでしまう。

 確かにミィスのサイズはかなり凶悪な物がある。

 しかも形状もしっかり実用レベルというか、利用目的に最適化されたえげつない形をしていた。

 それを眼前で披露されたら、ハーゲンも自信喪失するだろう。

 問題はそれをどこで目にしたのかということだったが、よく考えたらデュラハン騒動の時にミィスは全裸でギルドのホールに放り出されていたので、その時に目撃していたのだろう。

 

「そんなわけでレッツゴー」

「分かったから! 入るから後ろから抱き着かないで!?」

「だって放したら逃げるじゃない」

「逃げられないよ! 悪魔が見張っているのに」

 

 ミィスの言葉通り、悪魔の一体がこちらを見張ってくれている。

 残り二体は男湯の監視を行っており、残る三十三体は周辺の監視をしてもらっていた。

 正直バカでっかい図体なので送り返したいと思うのだが、町で説明するためには実際に見てもらった方が早い。

 なので、送り返すわけにはいかなかった。

 

「召喚魔法が、狙った対象を呼び出せる魔法だったらよかったのになぁ」

「特定の悪魔からランダム召喚ですもんね」

 

 魔術師系の召喚魔法は、下はインプから、上は魔神と呼ばれる存在まで、多種多様な悪魔を呼び出せる。

 そう言われると凄い魔法と思われそうだが、実際は魔法を使った際に何が呼び出されるのか、全く分からない。

 そんな仕様なので、この上級悪魔たちを送り返したら、また呼び出せるか分からなくなるから、送り返せないでいた。

 

「ほら、ミィスもこっちおいで」

「ぼ、僕、身体洗ってるから……」

「じゃあ洗ってあげる」

「遠慮しますっ!」

 

 元気よく否定するミィスだが、お風呂の僕は天下無双だ。裸だから。

 彼の頭からお湯をぶっ掛け、汚れを落とすと、そのまま抱え上げて湖の中に連行してみせた。

 もちろんミィスにそれに抵抗する術はない。

 ぶらんと猫の子のように抱え上げられた彼を見て、アルテミシアが驚愕の視線を送る……主に下半身に向けて。

 

「シキメちゃん……その、そのサイズは死ぬんじゃない?」

「大丈夫です、愛があればきっと平気」

「平気というか、兵器レベルよね。ハーゲンが尻尾を巻くはずだわ」

「見~な~い~で~」

 

 それにしても後ろから抱え上げていて思うのだが、ミィスの肌は日々ツヤツヤになっている。

 これは僕の作る石鹸の効果もあるのだろう。

 それに目を付けたアルテミシアが、目を輝かせる。

 

「ねぇ、その石鹸、いくつか譲ってくれないかな」

「え。いいですけど、いくついります?」

「持てる限り!」

「いや、無茶言わないで」

 

 僕は錬金術スキルにより、石鹸を作り出しているわけだが、ここにレベル補正が入って洗浄力とか保湿力とかが凄く上昇している。

 こんなものを気安く流通させるのは、色々と問題があるはずだ。

 アルテミシアにはいつも世話になっているから、譲らないという選択肢はないのだが、個数は絞らせてもらおう。

 

「じゃあ、十……いえ、サービスして二十個で」

「買った!」

 

 まぁ、二十個もあれば、数か月は持つはずである。

 

「それにしてもシキメちゃん、色々できるのね。錬金術もだけど、魔術師系魔法も使えるし」

「まぁ、その分近接戦闘はできませんけどねー」

「…………」

 

 僕が白々しく答えると、腕の中のミィスが胡乱な目でこっちを見上げてくる。

 彼は僕が戦う姿を目にしているので、この言葉が嘘だと知っていた。

 しかしそれを素直に告げてやるわけにもいかないので、この視線は無視する。

 

「ミィス君は弓が得意なんだよね。どっちも後方支援型だから、前衛は欲しいわよねぇ」

「そーですねー。僕たちに色目を使わない人って、なかなか居なくって」

「それは難しいわね。シキメちゃんもだけど、ミィス君も凄く可愛いし」

「こんなのぶら下げてますけどねー」

「掴まないでぇ!?」

 

 ぎゅ、とミィスの下半身に腕を伸ばすが、驚いたことに指が回り切らない。

 この太さ、まさしくオーク級。

 

「ミィス……ひょっとして成長した?」

「どこ見て言ってるんですかぁ!」

「ちん――」

「言わなくていいから!」

 

 ミィスの悲鳴が響いた瞬間、男湯の方で爆発が起こった。

 どうやら、漏れ聞こえてくる僕たちの会話に我慢できなくなって、男連中が蛮勇に走ったらしい。

 もっとも死なない程度に手加減する知性はある悪魔たちなので、死んだりはしないだろう。

 




今年の更新は26日を最後に一旦停止します。
再開は1月中旬を予定しています。ストックもそろそろヤバいので……

また、今月英雄の娘のコミカライズが終了したばかりですが……
25日よりコミックジャルダン様にて、『半竜少女の奴隷ライフ』が『世界樹の下から始める半竜少女と僕の無双ライフ』に改題してコミカライズが始まります。
『え、そっち?』と思われた方、ご安心ください。私もですw
作画を担当してくださるのは、なろうでTS小説も書いていらっしゃるJ・ターナー先生です。
合わせてそちらもお楽しみください。


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第72話 新しい厄介ごと

 男湯は死屍累々の有様だった。

 僕とアルテミシアのエロ話に触発されて暴挙に出た結果、悪魔たちに撃退された男たちに、ハーゲンが頭を抱えている。

 まるで汚物を見るような目でプカリと浮かんだ仲間と御者を見るアルテミシアさんは戦力にならなかったので、しかたなく僕とハーゲンさんで仲間の二人を運び出すことにした。

 先ほどまでタラリフに半殺しになっていたというのに、元気な連中である。

 

「というか、嬢ちゃんは先に服を着てこい!」

「いや、服着たら僕重さで潰れますよ?」

 

 全裸のまま仲間を運ぶ僕を見て、ハーゲンは目を覆う。

 正直言って、この程度の裸体、ミィスの足元にも及ばない。

 ちなみにミィスは筋力不足だから、最初から戦力外である。

 僕が裸のままなのは、無装備特典が無いと大人を運ぶなんてできないからだ。

 

「それよりみんな重傷を負った直後なんですから、自重してくださいよ」

「シキメ嬢ちゃんに言われるとは思っていなかった」

「悪魔たち、そこのおバカたちは治しておいてね」

「グギィ」

 

 悪魔たちは一応僧侶系魔法も中位まで使いこなす。

 覗き防止で焼いたからには、治しておかないと禍根を残してしまう。

 悪魔たちはせっかく焼いたのになぜ治すのかと少し不満そうにしていたが、召喚主の僕には逆らえないため、渋々回復魔法を飛ばしていた。

 それからきちんと衣服を整えていると、ハーゲンは今日の移動を断念していた。

 回復魔法で治した直後はそうでも無かったようだが、温泉に浸かった途端に疲労が噴出してしまったのだろう。

 

「とりあえず今日はもう移動は無理っぽいから、ここで夜営するぞ」

「りょーかーい。ミィス、テントの用意だ」

「はぁい」

 

 馬とロバのイーゼルも温泉で温まっていたので、これから働かせるのは酷というものだろう。

 それに僕も、別の仕事が存在していた。

 

「エルトンさん、馬車の状態はどうです」

「よくありませんね。あの爆発をもろに浴びてしまいましたから。横倒しになったおかげで破壊は免れましたが……」

「修理は必要みたいですね」

「困ったものです」

 

 タラリフの奇襲で瀕死の重傷を負っていたエルトンも、僕の回復魔法で今は元気だ。

 しかし回復魔法でも馬車を直すことはできない。

 

「錬金術系の魔法なら直すこともできそうですから、僕がやりますよ」

「いや、ぜひよろしくお願いします。もちろん報酬は別途支払いますから。シキメさんがいてくれて、本当に助かります」

「直すのは馬車だけですからね?」

「いや、ははは……」

 

 馬車が横倒しになったのだから、積んでいた商品にも相応にダメージが入っている。

 その分は売り物にはならないため、エルトンの丸損となる形だ。

 正直彼にとっては災難極まりないが、盗賊に命や財産を根こそぎ奪われることを考えれば、まだマシである。

 そう考えて気持ちを切り替え、馬車の修理に乗り出したところは、さすが旅慣れた商人というところか。

 

「今なら馬も繋いでませんし、ちょっと見てみますね」

「いや、本当にありがとうございます」

 

 エルトンにそう断りを入れて、僕は馬車の周囲を見て回る。

 荷台部分にいくつかひびが入っているが、これは差し迫った状態というほどではない。

 続いて馬車の下に仰向けになって潜り込み、下部の損傷具合を診断した。

 

「あー、これは……」

「どうです?」

「できれば足元から覗き込むのはやめてほしいです」

「あ! いや、これはそういう意図ではなく!」

「すみません、冗談です。車軸にひびが入っていますね。それと車輪の留め具にもダメージが見えます」

「車軸と留め具ですか。留め具は予備がありますが、車軸となると難しいですね」

 

 僕の言葉にエルトンは腕を組んで悩み出す。

 その間に僕は馬車の下から抜け出して、もう一台の馬車をチェックしていった。

 

「こちらの方は、荷台にかなりのダメージがあるようです。下の方は……ああ、車軸折れてますね。擱座(かくざ)しなかったのは幸運だったかも」

 

 もう一台の馬車は車軸が完全に折れていた。しかし折れた面が奇跡的に噛み合うように食い込んでいたために、どうにか最悪の事態は免れていたという状況だった。

 

「こっちは町まで帰るどころじゃないです」

「なんということだ……」

 

 馬車が破損してしまうと、そこに乗せていた荷物も諦めねばならなくなる。

 いくらかは売り物にならなくなってしまったが、それでも生き残っていた商品はある。

 それを諦めねばならないというのは、さらに彼に追い打ちをかけていた。

 

「まぁ、直しますけど?」

「ハ? あ、いや、ご無理をなさいませぬよう――」

「いや、どっちも車軸と荷台くらいでしょう? 錬金術で加工すれば直りますよ。ついでに強化しておきます?」

「え? ええ?」

 

 車軸と言えば重要な部品ではあるが、要は一本の棒の左右に車輪を取り付ける部分である。

 見本となる部品もあることだし、見様見真似で試作することは可能だ。

 問題となるのは耐久性と滑らかな運動性だが、これもイーゼルの荷車を改造した経験がある。

 

「問題は素材ですね。元は木の軸を使用してますけど、今後の旅を考えると金属製にしておきたいし」

「そ、そこまでの改造を?」

「手持ちにある金属だと、オリハルコンとかアダマンタイト、ミスリル、ヒヒイロカネ、マナテクタイトとか……」

「は?」

「あ、いや。鋼鉄でいいですね。ハイ」

 

 うっかり希少金属を使用した車軸とそれに付随するベアリング機構やダンパーなんかを考えてしまったけど、それをエルトンに知られるのは非常に危ない。

 彼は旅に同行しているだけの商人であり、そこまで手をかけてやる義理は無いのだ。

 

「鋼鉄と言っても、かなり貴重ですよ。この近辺には存在しないかと」

「ああ、それだったら手持ちに――ん?」

 

 試作用にいくつか鋼鉄のインゴットを取り出そうとしたところで、僕は奇妙な物がインベントリーに入っていることに気が付いた。

 インベントリーに記載されていたアイテム名は、憤怒の結晶というらしい。

 

「これは……いつの間に紛れ込んでいたのか?」

「なんです、その緑色の石は?」

 

 僕はその覚えのないアイテムを、拡張鞄から取り出す振りをしてインベントリーから取り出した。

 深い、黒に近い緑色をしており、油が浮いたような虹色の光を反射している。

 この色合いには覚えがあった。

 

「うわ、これ強欲の結晶の親戚かも」

「えっ、あのナッシュさんが暴走する元になった!?」

 

 エルトンさんの言葉に、ハーゲンとアルテミシアがこちらに視線を向けてくる。

 残り二人の仲間と、もう一人の御者は気絶したままだ。

 どうやらこの石、タラリフを倒した際に自動回収(ルート)機能によってインベントリーに取り込まれたらしい。

 

「どうも、さっきの男が持っていた物を、悪魔が回収して僕の鞄に放り込んでいたようですね」

「悪魔が? なら、悪気はない……んでしょうか?」

「召喚悪魔ですから、悪意はないはずですよ」

 

 僕は全ての濡れ衣を悪魔たちになすり付け、知らん振りをすることにした。

 周囲に撒き散らされている不穏な気配を見るに、これもきっと強欲の結晶と似たような呪いのアイテムに違いない。

 どうせ町まで戻るのだから、封印台座に引っ付けてギルドに押し付けておこう。

 

「しかし、だとするとあのタラリフという商人、ひょっとするとその石にあやつられていた可能性もあるな」

「そうかもしれませんね。少し悪いことをしたかも? あ、でもミィスに手を出すような奴に手加減は無用ですね」

「嬢ちゃん、容赦ねぇな」

 

 拳をぎゅっと握る僕を見て、ハーゲンの額に一筋の汗が流れ落ちるのだった。

 




本年は今日の更新で、いったん終了とさせていただきます。
再開は一月中旬になる予定なので、しばらくお待ちください。

また、本日よりコミックジャルダン様にて、『半竜少女の奴隷ライフ』が『世界樹の下から始める半竜少女と僕の無双ライフ』に改題してコミカライズが始まります。
https://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=212
合わせてそちらもお楽しみください。


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